霊感ドライバー大沢宗一郎
とりあえず、頑張ります💦
最後まで書けたら👏👏👏拍手して下さい💦
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>> 128
瞳を閉じたまま…比奈子は続けた
「お金が欲しくて会いに行ったんじゃない…比奈子はパパに助けてほしかった…パパと一緒に暮らしたかった…でもパパは言ったよね…今の家族が大事だと…」
「…」
「でも…そのお金がパパにとってどれ程大事なお金だったかなんて知らなかった…パパが自殺して初めて知った…」
「…」
「パパの新しい奥さんに比奈子は電話したの…そして酷い言葉で散々罵った…お前らなんか死んじゃえって…パパ…ごめんね」
「…」
「だからもう二度と…比奈子はパパを手離さない…逃がさない…」
比奈子がそっと目を開け…幸之助を見つめて呟いた
「ねえ…パパ」
その言葉に…幸之助は心の奥底に恐怖にも似た得体のしれない気持ち悪さのようなものを感じた。
「俺は比奈子の父親じゃない…比奈子の父親は…もう亡くなってるんや…」
比奈子は幸之助の上着の両方の袖口を掴むと激しく引っ張り…そして怒鳴るように言った
「パパはここにいる!比奈子の目の前にいる!パパ比奈子を誉めてよ!パパを苦しめたお金に比奈子は復讐したの!」
「だから手段を選ばす…金の為に他人を騙したんか…?パパはそんな事しても喜ばへんぞ!」
>> 127
「パパ…お願い…比奈子を一人ぼっちにしないで…パパの言う事なら何でも言う事きくから…比奈子を叱って…でも…一人ぼっちにしないで…」
何が何でも…全てを明らかにさせるという気持ちは…幸之助にはもうなかった…
「比奈子が誰かに酷い目にあわされてるなら…何とかした…けど…比奈子が誰かを酷い目にあわせてたなら…俺にしてやれる事はないよ…ごめん」
「…」
「ただ…最後に言ってやれる事はある」
「…」
「比奈子はまだ若い…全てを償えるなら償って…やり直すんや…一から人生をやり直すんや」
比奈子は椅子から立ち上がろうとした。
幸之助はぼそっと言った
「コーヒーならいらんよ…まだ言いたい事もあるし」
比奈子は腰をおろした。
そして再び父親の写真に目をやると…
「パパ…最後ってどういう意味…?」
幸之助は躊躇なく言った
「俺は妻子を愛してる…一人になってみてよくわかった…でも…とんだ誤解から二人を傷付けた…もう二度と傷付けたくないんや」
比奈子はそっと瞳を閉じた。
「あの時もパパはそう言った…家を飛び出して比奈子が会いに言った時…」
まただ…
また父親と幸之助が…比奈子の記憶の中で混同している…
>> 126
幸之助はそっと視線をテーブルに落とすと
「嘘つき…?それは比奈子やないのか…?」
比奈子と視線をぶつけたままでは言えないような気がした…。
哀願するように比奈子は言った
「比奈子がいつ…パパに嘘ついたの…?」
「岡ジ…岡島から全部聞いたんや…北新地のクラブでの事…圭一の住まいを面倒みた経緯…遠藤が自殺した原因…」
比奈子は声を荒げた
「岡島さんが何を知ってるって言うの?」
幸之助は諭すように言った
「比奈子…岡島は全部知ってるよ…オーシャンのママと岡島は昔からの知り合いやからな…比奈子を立ち直らせる為に岡島がママに頼んだんや…」
それを聞くなり、テーブルの上に置かれていた幾つかの調味料を両手で払いのけた。
床に落ちた調味料の小瓶が激しく音を立てた。
そして比奈子は両方の手でテーブルを何度も叩きながら
「何よ!人を馬鹿にして!比奈子、比奈子だけが知らんかったやなんて!」
そう言うと比奈子は両手で顔を覆ってテーブルに泣き崩れた。
こんなにも怒りに打ち震えた比奈子を見るのは初めてだった。
「だからと言って…見捨てる訳やない…だけど…俺に出来る事は…もうないんや…すまん…」
>> 125
幸之助が何かを切り出すのを待つように…比奈子は目を反らすことなくじっと幸之助を見つめている。
しばらくの沈黙を破るように幸之助が口を開いた
「明日…嫁と息子が帰ってくるんや…誤解が解けたんや」
比奈子は表情を変える事もなく吐き捨てるように言った
「そう…」
「もう…ここには来られへん…東京にも行かれへん…父親にもなられへん…」
比奈子は幸之助から目を反らすと
「そう…」
幸之助が比奈子の視線を追いかけると、その視線は幸之助に瓜二つの父親の写真にあった。
「最初は比奈子が好きやった…でもその後は父親代わりとして比奈子を救ってあげたい…不運な過去から…現状から…そう思ってた…でも…俺には何も出来ん…」
写真を見つめたままの比奈子は呟いた
「勝手やね…」
「勝手かもしれん…でも嘘はついてないよ…比奈子は俺に出来る事があると思うか…?」
「比奈子は…比奈子はパパに何かしてほしいなんて思ったことないよ…何かしてあげたいと思ったことはあっても…」
比奈子の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
「俺は比奈子の父親にはなられへんよ…ただ似てるだけや…」
比奈子は幸之助を睨み付けた
「いやや…いやや…パパの嘘つき!」
>> 124
「ちょっとー手が離せないからー、パパー勝手に上がってー」
中から比奈子の声がした。
言われるがまま、幸之助が中へ入ると比奈子はキッチンにいた。
「丁度よかった、今から晩ご飯作るの…パパも食べてね」
比奈子は振り返る事なく、まな板で野菜を刻みながら言った。
幸之助は食卓の椅子に腰掛けると
「晩ご飯はいらん…話があるから…こっちに来て座ってくれへんか?」
出かけていたからか…家ではジーンズをはく事の多い比奈子が今日はミニスカートをはいている。鮮やかな黄色いミニスカートに白い半袖のブラウスという姿だ。
「パパ、後ろから比奈子の綺麗な足、ずっと見てたでしょう」
そう言いながら、初めて幸之助を振り返り、ニコッと笑った。
しかし、幸之助のただならぬ雰囲気を察したのか、その笑顔はすぐに消えた。
そして今度は真面目な顔で比奈子は言った
「パパが鍵を置いて帰ったから…もうしばらく来てくれないと思ってた…」
「うん…俺もそのつもりやった…」
比奈子は小さく呟くように尋ねた
「また…昨日の続き…?」
「とにかく…こっちに座ってくれ…」
比奈子は濡れていた手を手拭いで拭くと、幸之助の向かいに腰掛けた。
>> 122
申し訳ないのは自分の方だ…
岡島は圭一の親方として…圭一が少しでも仕事に集中出来るようにと…圭一の住まいを考え…姉の就職先まで考えた…おま…
森ノ宮の駅前でタクシーに乗ると比奈子のマンションへと向かった。
昨夜…コーヒーに睡眠薬のような薬物を混入されたのは間違いない
…
それがわかっているだけに…今日は会いたくなかった…
しかし…会って話すには今日しかない…明日には智江と宗一郎が帰って来るのだから…
比奈子を責めるつもりで会う訳ではない…
岡島が言ったように…関わりを持たずに無視すればいいのかもしれない…
だが…それでは何か喉の奥に小骨が刺さったままのような気持ち悪さが残る…そんな気がしてならない…
明日帰って来る智江に…何もかも終わった…そう言える形が欲しいだけなのかもしれない…
幸之助はタクシーを降り、マンションの1階から比奈子の部屋のインターホンを押した。
「はーい!」
比奈子は帰っていた。
幸之助はエレベーターで上へと上がりながら考えていた…
比奈子が隠そうとしていた事実を明るみに出し…自分には何も出来ない…そう告げるつもりだ…
幸之助は玄関の扉を開け、中へと入った。
比奈子は買い物へ行っていたのか、玄関から少し入った所にはデパートの紙袋が幾つか置かれていた。
>> 121
申し訳ないのは自分の方だ…
岡島は圭一の親方として…圭一が少しでも仕事に集中出来るようにと…圭一の住まいを考え…姉の就職先まで考えた…おまけに故郷へ帰った後も明美ママとは連絡を取り…自分の責任を最後まで果たそうとした…
岡島とミナミで飲んだ夜…幸之助は一人でタクシーに乗り岡島は乗らなかった…
あの後…岡島は最後に明美ママと会い、比奈子の事をくれぐれも頼むと頭を下げていたのだ。
幸之助は自分が恥ずかしかった…
最初から最後まで自分の保身しか考えてなかった自分が恥ずかしかった。
岡島が諭すように言った
「幸ちゃん…納得出来ん事もあるやろ…そやけど…あの女にはもう関わったらあかん…俺やママもサジ投げたんや…警察も黙ってないやろ…あの女の事は忘れるんや…幸ちゃんは智江ちゃんと宗一郎の事だけ考えたらええんや…わかったな」
岡島の言う通りだ…
「わかったよ…」
そう言って…電話を切った。
本当にわかったのか…?
比奈子はどうして同じ過ちを繰り返したのか…?
幸之助に話してくれた全てが…噂だったのか…?
確かめたい…
比奈子の口から…直接確かめたい…
- << 124 森ノ宮の駅前でタクシーに乗ると比奈子のマンションへと向かった。 昨夜…コーヒーに睡眠薬のような薬物を混入されたのは間違いない … それがわかっているだけに…今日は会いたくなかった… しかし…会って話すには今日しかない…明日には智江と宗一郎が帰って来るのだから… 比奈子を責めるつもりで会う訳ではない… 岡島が言ったように…関わりを持たずに無視すればいいのかもしれない… だが…それでは何か喉の奥に小骨が刺さったままのような気持ち悪さが残る…そんな気がしてならない… 明日帰って来る智江に…何もかも終わった…そう言える形が欲しいだけなのかもしれない… 幸之助はタクシーを降り、マンションの1階から比奈子の部屋のインターホンを押した。 「はーい!」 比奈子は帰っていた。 幸之助はエレベーターで上へと上がりながら考えていた… 比奈子が隠そうとしていた事実を明るみに出し…自分には何も出来ない…そう告げるつもりだ… 幸之助は玄関の扉を開け、中へと入った。 比奈子は買い物へ行っていたのか、玄関から少し入った所にはデパートの紙袋が幾つか置かれていた。
>> 120
どうして岡島は比奈子に幸之助を紹介したのか…?
岡島は言った…
比奈子は岡島と明美ママの関係を知らなかった…
それは…プライドの高い比奈子には岡島の紹介というよりも、ママが比奈子のホステスとしての実力に惚れ込んでスカウトした…という事にしたからだと言った。
もちろん圭一にも内緒にしていたらしい。
オーシャンで働く事をきっかけに比奈子には立ちなおってほしい…勿論岡島もそう考えていたが…万が一比奈子がまた客を騙すような事をしようとした時には岡島とママが無関係と思わせていた方がお互いに情報が入りやすいと思ったからだと言った。
店で…しかもママのすぐ側で遠藤親子と遊園地に行く約束をしてたくらいだから…その岡島の考えはあながち間違ってたとは言えないだろう。
店にも時々顔を見せ…弟の面倒も見てくれている岡島が故郷へ帰ると聞いて、弟の行く末を心配したらしい…
そこで、比奈子を安心させる為に幸之助を紹介したのだと言った。
岡島は
「まさかあの姉弟の父親と幸ちゃんが瓜二つて…しかも幸ちゃんが一人であの店に行くとは…その時には考えもしてなかったんや…」
申し訳なさそうに言った。
>> 119
「当然その悪い噂は店にも知れ…結局クビになったんや…一度悪い噂が立つとキタやミナミで働く事はほぼ不可能や…まあ自業自得や…でもそんな姉を見かねて圭一が俺に頭を下げて来たんや…どこかいい店を紹介してやってほしいと…圭一はクビの原因を知らんから平気で頼んできたんやなあ…そやけど…さっきも言うたけど一流クラブなんかはどこも雇ってはくれへん…そこで昔から俺が付き合いさせてもらってる明美ママに頼んだんや…ああ見えてあのママは気っ風のええ人で…全ての事情を知った上であの女を雇ってくれたんや…私がその娘を立ちなおらす…言うてな…でも…あかんかった…ママが遠藤の事に気付いた時には手遅れやった…ママは自分の孫を連れて…偶然を装おって遊園地にも行ったけど…全ての話がついてた後やったんやなあ…遠藤を死なせたんは自分の責任やから…そう言って店を閉める決心をしたんや…それを…幸ちゃんには全部ママの責任にしとる…許されへん!」
幸之助はショックだった…
ただ…まだ幾つかわからない事が幸之助にはあった…
岡島はその疑問にも全て答えてくれた
それは…
>> 118
「あの女の頼みで圭一を預かるようになって…それが縁であの女もプライベートな話を俺にするようになったんや…その頃のあの女は店での売り上げもナンバーワンで、ようさん稼いでた…ところがその当時付き合ってた店のボーイに、貯金の全部を持ち逃げされよったんや…ここまでは幸ちゃんが聞いてる話と一緒や…それからのあの女は、好きな男に騙されたショックと何千万という大金を失ったショックで…おかしなってもうた…自分を可愛がってくれてた客の弱味を握っては、ゆするようになったんや…その頃のあの女は弱味を握る為なら平気で客と一夜を共にしてた…圭一が意味もわからず…客が家に怒鳴り込んで来たって言ってた…俺も何となく悪い噂は聞いてたんやが…圭一の話を聞いて確信したんや…俺は圭一ごと縁を切ろうかとも思ったけど…幸ちゃんも知っての通り、圭一はあれでなかなか仕事は出来るし頭のええ子や…それで俺は圭一の住まいを面倒見て…あの女から引き離したんや…」
幸之助は言葉が出なかった。
相槌すらうてない…
岡島は更に続けた…
>> 117
「幸ちゃん…さっきから聞いてたら意味のわからん事ばっかりやな…あの女の何もかもを知ってるって言ってたけど…いったい何を聞かされてるんや…?」
岡島は真剣に聞いている。
しかし幸之助にしてみれば岡島の質問の方がよっぽど意味がわからない。
幸之助は比奈子から聞いた全ての話を岡島に打ち明けた。
それは比奈子の生い立ちから現在に至るまでの全てを話した。
全てを聞き終えた岡島がゆっくりと口を開いた
「そうか…そういう事やったんか…それで幸ちゃんは救うとか助けるとか言ってた訳か…」
岡島の言葉の意味がわからない
「そういう事って…どういう事や…?」
次に岡島が発した言葉に幸之助は驚いた
「幸ちゃん…あの女が幸ちゃんにした話はほとんど嘘や…福岡時代の話はほんまかもしれん…でも大阪に出て来てからの話はほとんど嘘やな…遠藤を自殺に追いやったのもあの女や…」
「じゃあ…あのママは…?」
今度は岡島が知りうる全てを幸之助に話した
「幸ちゃんが何もかも知ってるって言ってたから…すまん…あの時ちゃんと説明するべきやった…」
いや、幸之助も最後まで聞こうとしなかった
「俺が飲みに行ってた北新地の店にあの女はおった…」
>> 116
ただ…そうなると比奈子の事が気がかりだった。
比奈子とはもう一度話さなければならない…そう思っていたが…2、3日は開けようと思っていたからだ。
岡島は何かを察したのか
「ええか幸ちゃん…二度と智江ちゃんや宗一郎に誤解されるような事はしたらあかんで…俺が何を言いたいかわかるな…?」
「わかってる…ただ最後にもう一度だけ話さなあかんねん…それが俺自身のケジメやから…」
岡島はやはり怒った
「幸ちゃん!ええ加減にせい!智江ちゃんや宗一郎より大事なものがあるんか?」
岡島の言う通りだ…智江や宗一郎より大事なものなどない…
「岡ジ…聞いてくれ…オーシャンはなくなるらしい…これであのママとも切れるやろう…だから俺が助けてやれる事はもうないやろう…あのママとさえ切れれば…もう大丈夫やろう…でも一つ言わなあかん事があるねん…それは俺が父親ではない…あかの他人と言う事や…」
もう…比奈子には幸之助という父親の亡霊から解放されて…幸せになってほしい…
父親と思っていい…幸之助のこの一言が、比奈子につまらない勘違いをさせたのかもしれない…
明日には智江や宗一郎が帰って来る…
比奈子と話すのは…
今晩しかない…
>> 115
芦屋まで行ったはいいが智江の実家がわからず…智江の旧姓を頼りに電話帳で調べたらしい。
智江の旧姓は塩本といった。
ところがこの塩本という名字が意外に多く困り果ててたところに思い出した…それは昔智江と同じ職場で働いていた直子の名字だった。
直子の名字は波間といって珍しい名字だった。
そこからやっとの思いで智江の実家にたどり着いたらしい。
智江の実家の住所など幸之助に聞けば簡単な話だが、幸之助に聞けば芦屋へ来た事自体を咎められると思ったらしい。
幸之助は岡島に嘘をつかない…智江はそう言って岡島の話を全て信じてくれたらしい。
そう考えると…幸之助が会いに行くよりも岡島が会いに行ってくれた事が…結果的に良い答えを引き出してくれたのかもしれない。
岡島の話を聞いた智江は…すぐにでも帰りたいが実家の両親に事情を話したい…それで明日の朝に岡島が迎えに行く事になったらしい
。
いつもながら岡島の行動力には頭が下がる
「岡ジ…いらん苦労させてほんまにすまん…ありがとう…」
「幸ちゃん…何十年親友やってると思ってんねん」
電話口の向こうで、少し照れた岡島が…幸之助には見えた。
>> 114
少し興奮した感じの岡島が言った
「明日の朝、俺が智江ちゃんと宗一郎をそっちへ連れて帰る!全て誤解やて…智江ちゃんには俺から話した…智江ちゃんもわかってくれた!」
幸之助は何が何だかわからず
「えっ…?岡ジが何で…?」
すると岡島は得意気に
「智江ちゃんも強情なとこあるし…幸ちゃんが迎えに行っても会ってくれへんかもしれん…そやけど石川から駆けつけた俺を追い返す事はないやろうと思ったんや!智江ちゃんはちゃんと会ってくれたで!」
幸之助は感謝で言葉もない…いや、上手く感謝を言い表す言葉が出てこない…
明日…智江と宗一郎に会える
明日…智江と宗一郎がこの家に帰ってくる
正直まだ実感が湧かない…
でも…何よりも嬉しい…
「岡ジ…ありがとう…ほんまにありがとう…」
心の底から出てきた言葉だった。
真夜中の幸之助からの電話に、岡島はいてもたってもおられず…車に飛び乗り、智江の実家のある芦屋を目指したのだと言った。
ただ…岡島は智江の実家の場所は知らないはずだった…幸之助がそう言うと…
「出発した時には、そんな事考えてもなかった!」
って…
そこが…いかにも岡島らしかった。
>> 113
幸之助は家に帰った。そしてテレビのある部屋の座椅子に腰かけると、腕組みをして考えていた。
智江や宗一郎を迎えに行こうか…
しかし智江が会ってくれるかは…わからない。
会ってくれたとしても…智江に聞かれるだろう…あの女の人とはどんな関係?…と…
過去は…誤解だと説明して詫びれば許してもらえるかもしれない…
だが…現在の関係があやふやなままでは智江も許してはくれないだろう。
やはり比奈子とはもう一度話さなければならない…
そして比奈子に対する情の全てを絶ち切って…はっきり言おう…自分の考えを…
智江や宗一郎を迎えに行くのは…それからだ。
疲れていた幸之助は、ウトウトとそのまま眠ってしまっていた。
2、3時間眠った頃…幸之助は電話のベルに起こされた。
受話器を取ると、幸之助とは正反対のカン高い声がすぐに聞こえてきた。
「こ、幸ちゃんか?俺や、岡ジや!」
幸之助が思い悩んでいる時に何故かタイミングよく電話をくれる親友の岡島だ。
「おう!どうしたんや?」
幸之助が尋ねると間髪入れずに岡島が言った。
「どうしたも、こうしたもあらへん!幸ちゃん、よー聞けよ…」
「お、おう…何や…?」
>> 112
最愛の父親を最悪なタイミングで失った過去…
悪い男達にボロボロにされ、女としての自尊心さえ見失ったであろう過去…
手を差しのべてくれた…と思ったママには、お金の為に利用された…
初めて比奈子と出会った時には、そんな暗い影など微塵も感じさせなかった。
逆に夜の世界を自由に飛び回る蝶のような美しさと気高ささえ感じた。
でも…現実は違った…
この世で信じる事の出来た人は、唯一亡くした父親だけだったのかもしれない…
その父親に…何かをしてあげたかったと言う思い…
その父親を…おそらくお金の為に失ったと言う後悔の思い…
その全てを父親に瓜二つの幸之助に果たそうとしてるのではないか…
しかし幸之助にとっても幸せにしてあげたいと思える…そういう存在はいる…
それは智江や宗一郎だ…比奈子ではない…
今でも比奈子を救ってあげたい…そう思っている…
でも比奈子と一緒にいる事が…比奈子を救う事になるなら…
それは出来ない…
幸之助は比奈子の家を出た。
玄関の扉に鍵をかけると、その鍵を扉の郵便受けに放り込んだ。
日を改めてもう一度話しに来よう…
智江…宗…もう少し待っててくれ…
>> 111
ソファーの上にきっちりたたまれた自分の洋服を着ると、キッチンへ行き、水を一杯喉に流し込んだ。
それから、幸之助が入った事のない残りの二部屋の扉を開けてみたが、比奈子はいなかった。
幸之助がさっきまで眠っていたベッドに腰かけて、どうすればいいかと考えている時だ…自分が眠っていた枕の上辺りの、目覚まし時計の隣に鍵が置かれているのを見つけた。
そしてその鍵を重しにするように手紙もあった。
比奈子から幸之助への置き手紙だった。
『パパへ
疲れてたのね…急に眠っちゃうんだもの…
でもパパの話は何となくわかりました。
比奈子はパパと絶対に離れたくありません。
比奈子はパパと一緒に暮らしたいと思っています。
比奈子はパパが付いて来てくれるなら、東京の銀座で働こうと思ってます。
パパが比奈子を救うのではなく、比奈子がパパを救います。
パパのいい返事、待ってます。
その時まで…この家の鍵を一つパパに持っていてほしいです。
比奈子』
夫でもなければ…恋人でもない…ただ父親に似てるだけ…
ただそれだけで…どうしてここまで固執するのだろう…?
幸之助は初めて比奈子に恐ろしさのようなものを感じた。
>> 110
カーテンの隙間から射し込む陽射しに、幸之助は目覚めた。
「うっ…」
頭が痛い…
幸之助は比奈子の家のベッドに横たわっていた。
洋服は脱がされ、下着だけの姿に変わっていた。
比奈子の姿が見当たらない…
幸之助が眠っていたベッドの少し広い場所に…まだ温もりと比奈子の香水の香りが残っていた…
ついさっき迄…比奈子が隣で眠っていたのだろう…
確か…昨日コーヒーを飲んだ後…
時計に目をやると、時刻は午後11時を少し回っていた。
今日は日曜日だ…和也や圭一に迷惑をかけずにすんだ事だけは…まだ幸いした…
しかし何故…比奈子はこのような手段に出たのだろう…?
気を失う直前に微かに聞こえた比奈子の言葉…
逃がさない…確かに…そう言った…
別に逃げるつもりはない…ただ…自分の比奈子に対する気持ちをはっきりさせたいだけだ。
昨夜の比奈子の話では…オーシャンという店は無くなるらしい…ママからの借金もないと言ってた…
なら…もう幸之助に出来る事は何もないのかもしれない…
だからと言って逃げはしない…それでは自分自身のケジメがつかないし…智江に対しても申し訳ない…そんな気がする。
- << 123 《お詫び》 午後11時➡❌ 午前11時➡⭕ でした💦
>> 108
比奈子は椅子から立ち上がると幸之助に背をむけキッチンでコーヒーを入れている。
背中をむけたまま比奈子が言った
「ねえパパ…一緒に住もう…比奈子はパパが必要なの…パパは何にもしなくていい…比奈子が頑張って働くから…パパにお金の苦労はさせない…だから…一緒に住もう…」
幸之助は返事をしなかった。
ただ…比奈子のこの言葉は本当の父親と最後に会った時に比奈子が父親にむけて言った言葉なのでは…何となくそう思った。
コーヒーを二つ入れると、比奈子は再び幸之助の前に座った。
「なあ比奈子…オーシャンを辞める事は出来んのか?ママにまだ借金してんのか?借金があるなら俺が…」
最後まで聞く事なく比奈子は答えた
「借金なんてとっくにないよ…それにオーシャンもママの都合で閉める事になったの…今日言ってた…」
最後のケジメとして考えていた二つの事が…幸之助が何もしないまま解決しようとしている…何だか拍子抜けしたような気分だ。
やはり…ママが店を閉めるのは遠藤の死と関係あるのだろうか…?
そんな事を考えている時だった…
何だか頭がクラクラしてきた…
目がかすむような眠気に襲われた…
ま、まさかコーヒーに…?
>> 107
どうして上着を取りに戻らなかったか…?と比奈子に聞かれていたので見られていたとは思わなかった。
「なんや…見てたんか…」
「うん…だって部屋に戻ろうと思ったらパパの大きな声が聞こえたから…」
幸之助が智江の名前を叫んだ時の事だろう。
幸之助は唾を一度大きく飲み込むと…話し出した
「比奈子は俺の事をパパと呼んで…父親のように思ってくれてる…そして俺も今は…比奈子に娘のような愛情を持って…接してるつもりや…そう言う意味で比奈子の事を大事にも思ってる…だけどな…やっぱり俺にはもっと大事なものがある…」
続きの言葉を比奈子が遮った
「でも比奈子はパパを手離さない!比奈子を一人にしないで!」
比奈子は抑えていたものを吐き出すように叫んだ。
しかし、幸之助も今日ばかりは自分の考えを譲る訳にはいかない
「待ってくれ!俺の話を最後まで聞いてくれ!比奈子にたいして出来る事を考えたつもりや!俺なりに…」
比奈子がまた…遮った「ごめんパパ…落ち着きましょう…コーヒー入れるね…」
幸之助も少し興奮してしまった事を反省した
「俺こそ…すまん…」
>> 106
比奈子は意外にも冷静だった。
「死んだ事は知ってる…でもどうしてなのかは知らない…自殺なんてバカね…」
幸之助が遠藤の死を告げると、冷たく突き放すようにそう答えたのだった。
幸之助は疑問に思っている事を聞いた
「比奈子は関係なくても…ママは関係してるのか?遠藤とは本当に解決してたんか?多額の預金が引き出されたのはママが原因じゃないのか?本当に何も聞いてなかったんか?」
比奈子はあからさまに不機嫌な顔色に変わった
「一度にそんな沢山質問されても意味わからない…パパ…まるで警察みたいね…」
今まで幸之助に対して、これ程露骨に不機嫌な表情を見せた事などなかった。
無関心を装おっていても心中はかなりナーバスになっているのだろう
「す、すまん…俺は比奈子が心配やったから…」
比奈子は口元で、ほんの少し笑うと
「比奈子も…ごめんねパパ…もうこの話はやめましょう…ところでパパの話って何?」
そうだった…幸之助が比奈子に言いたかった事は他にあった。
幸之助は…比奈子のマンションから出たところを智江に見られ、誤解されている事を正直に話した。
「へえ…あの人やっぱりパパの奥さんだったんだ」
>> 105
アナウンサーの話ではテレビに映し出された人物は、真夜中の南港の海に車ごとダイブしたらしい。
遺書が残されていた事から自殺は間違いないと思われるが、自殺する何日か前に多額の預金が引き出されていたらしく警察は自殺との関連を調べていると言った。
その写真の人物は、遠藤だった。
遠藤の死に比奈子は関わっているのではないか…?
遠藤とは和解したと比奈子は言っていたが…本当なのか…?
仮に比奈子が無関係だったとしても、オーシャンのママが無関係とは到底思えない。
幸之助はあの夜のバーでの遠藤を思い出していた。
あの日の遠藤の言葉の一つ一つを思い出せば思い出すほど、何とも言いようのない不安が幸之助の心を覆ったのだった。
比奈子なら何かを知っているかもしれない…
もし何かを知っていたなら…警察の捜査に協力するように進言しなければならない。
>> 104
和也と鳴門で晩ご飯を食べて、家に帰った。
ひょっとしたら智江や宗一郎が帰ってないか…?…玄関の扉を開ける時にふと思う。
だが…今日も家は真っ暗で静かなままだった。
約束の午前2時までは、まだたっぷりと時間がある。
しばらくすれば…比奈子に会い、自分の思いを伝えなければならない…
だが考える事は…比奈子と会うこの後の事よりも明日の事ばかりだった。
智江と会う事が出来るのか…?
もし会えたなら…誤解を招くような自分の行動を素直に謝りたい…
許してくれるだろうか…?
涙もろくて優しい反面、強情で意地っ張りな智江の性格を考えると…会う事すら難しいかもしれない。
だが…信じるしかない…会ってくれると…
幸之助は部屋の掃除と、少し溜まった洗濯をした。
明日…帰るであろう智江に家事を残しておきたくなかった。
テレビでは昔に智江とデートで観た映画が放送されていた。
全ての家事を終えて風呂に入ろうと思い、服を脱いでる時だった…テレビは映画の放送を終わりニュース番組に変わっていた。
そして…その画面には幸之助の知る人物の写真が映し出されていた。
自殺した…テレビのアナウンサーはそう言った。
>> 103
帰りの車中で考えていた…
父親の死を認めない…のではなくて、認めたくないのだろう…
家族を捨てて出て行った父親はかなり生活に困窮していたらしく…父親が自殺した後には財産と言える物はほとんど残っておらず、所持していた財布さえ空っぽだったらしい。
比奈子と最後に会った時には、既に死を覚悟していたのだろうか…
比奈子に与えたなけなしのお金は父親として最後の…娘への愛情だったのか…
それとも…比奈子になけなしのお金を与えた事で自らの死期を早めてしまったのだろうか…
もしそうなら…自分が会いに行かなければ、例え幾日かでも生きられたかもしれない…比奈子はそう考えたのではないか…
比奈子が…幸之助を通して亡き父親を見る…何となくその気持ちがわかった気がした。
そして…比奈子が気の毒でもあった。
オーシャンのママから救ってやりたい…
出来る事なら美雪という仮面を取って…幸之助だけが知っている素直で自然体の比奈子のままでいさせてあげたい…
救い出す…
自分に出来るだろうか…
そしてその後に…比奈子の全てを絶ちきる事が…自分に出来るだろうか…
>> 102
午後5時を少し過ぎた頃…帰り支度をしている時だった…幸之助はそれとなく圭一に尋ねた
「圭一は俺に似た親父さんとは随分会ってないのか?」
すると圭一は少し困惑顔で
「ええ…まあ…」
そう言って濁した。
自分達…姉弟を捨てた父親…そんな思いがあってあまり触れられたくなかったのかもしれない
「すまん…つまらん事聞いて…」
幸之助が謝ると…
圭一は言った
「いいんです…会いたくても会えないんですよ…もう死んでますから…」
亡くなっていたとは思わなかった…
圭一は更に続けた
「おやっさんだから言いますけど…俺達姉弟を捨てたあと…悪い奴に騙されて…自殺したんです…首吊って…」
圭一の心の中では既に消化されている思い出なのかもしれない…何故なら、辛い話をさほど辛そうに話している様子がなかったからだ。
圭一が言った
「俺はいいけど…思い出の多かったお姉ちゃんは辛かったと思います…お姉ちゃんが最後に会って…大阪に出て来た翌日の出来事でしたから…」
比奈子にお金を渡した次の日だ…
知らなかった…
「だから…お姉ちゃんは、いまだに認めないんですよ…死んだ事を…」
圭一は比奈子を憐れむような口調で言ったのだった。
>> 101
午後3時の休憩時間に…比奈子に電話をかけた。
比奈子はオーシャンの仕事を終えた午前2時頃にマンションに来てほしいと言った。
幸之助の話の内容が気になるのか、随分聞かれたが…会ってから詳しく話すと言った。
幸之助は出来る事なら外で会いたいと言ったのだが…上着も預かったままだから…と言われ仕方なく了解した。
どうして上着を取りに戻らなかったのか…?とも聞かれたが、それには言葉を濁した。
幸之助は比奈子への電話を切ると、岡島にも電話をかけた。
昨晩最後まで言えなかった自分の気持ちも話したかったし、今晩比奈子に会う事も伝えたかった。
だが…岡島は留守だった。
事務員らしき女の話では出張だと言っていた。
自分を父親と思えばいい…比奈子にはそう言った…
でもその一言が結果的に…智江や宗一郎を傷つけてしまった…
だからと言って逃げるのは嫌だ…逃げるのではなく…比奈子にはせめて最後に父親代わりとして出来る事をしてあげよう…それがケジメだ。
その頃岡島が…昨晩の電話の後、北陸道をぶっ飛ばして…芦屋にいる事など幸之助は知るよしもなかった。
>> 100
翌日は現場に出た。
自分が現場に出ている間に智江や宗一郎から連絡があるのでは…そう思うと気が気ではなかったが、親方である以上和也や圭一に迷惑をかける訳にもいかない。それに施主や工務店にも申し訳がたたない。
明日には智江や宗一郎に会える…会える保証などどこにもなかったが、そう信じ自分の気力を奮い立たせて現場に出た。
比奈子をオーシャンのママから救う事が、比奈子そのものを救う事になるのか…それはわからない。
ただ…幸之助にはその考えしか思いつかないし、その考えを実行するしかないと思った。それに智江や宗一郎が出て行った現状を考えると、あまり考えてる時間もなかった。
自分と比奈子の関係にケジメをつける…自分と比奈子の間にケジメをつけなければならないような、やましい事は一つもない…かもしれない。
では、何にケジメをつけるのか…?
それは…比奈子に対して自分が抱いてしまった恋心…たとえそれがたった一度だけだったとしても…
今まで自分が一度も嘘などついた事がなかった智江に対してへの罪悪感…
そう考えると…自分自身へのケジメなのかもしれない…そう思った。
>> 99
岡島は呟くように言った
「不幸のどん底って何や…?いったい救うって何から救うんや…?あほ見るのは幸ちゃんやで…父親やないんやで…似てるだけやで…」
幸之助が
「ありがとう…岡ジ…明日…」
そこまで言って…電話が切れた。
もう、十円玉も百円玉も持っていない。
両替するにも開いてる店はなかった。
結局…岡島を怒らせてしまった…
岡島には…こう言いたかった
明日…比奈子に会うよ…
どうすれば…救えるか…
俺にもわからんけど…
ママと縁を切らす為にもオーシャンを辞めるように説得するよ…
もしもまだ…ママに借金が残ってるなら…俺が全部立て替える。
父親なら…きっとそう考えると思うんや…
それできっぱり比奈子とはケジメをつける。
幸之助はポケットに手を突っ込むと、家へと歩きだした。
比奈子の事は、明日…全て解決させよう。
智江や宗一郎と会えるとしたら…
その日は…あさってか…
会ってくれるかな…?
俺の言葉を信じてくれるかな…?
家に着いた幸之助は…もう一度岡島に電話をかけるか…迷ったが…また怒らせそうな気がして…結局かけなかった。
>> 98
幸之助は岡島に話した。
比奈子を好きだった事…
でも比奈子は幸之助を父親としか見ていない事…
幸之助も今は父親と同じような気持ちでいる事…
比奈子との関係を智江に誤解されている事…宗一郎に誤解されている事…
そして…智江が宗一郎を連れて実家に帰った事…
岡島は黙って聞いてくれた。
最後まで聞くと、岡島は言った
「宗にまで誤解されてんのか…幸ちゃんもショックやけど…宗もショックやろな…智江ちゃんを迎えに行けん事情は知ってるよ…でも智江ちゃんは幸ちゃんが迎えに来るのを待ってるんと違うか…?今すぐ迎えに行ったらなあかんよ…」
幸之助が答えた
「それは…わかってる…わかってるけど…比奈子も放っておかれへん…俺を必要としとる…そんな気がするんや…そんな中途半端な気持ちで迎えには行けん…」
岡島は怒った
「何を言ってるんや!どっちが大事か考えろ!お人好しにもほどがある!幸ちゃんは、あの女の何を…」
幸之助が遮った
「何を知ってるんや…って言いたいんか?…全部知ってるよ…全部知ったからこそ…不幸のどん底から救い出してあげたいんや…俺も早くに親を亡くしたから…」
>> 97
まだ…起きてるかな…?
幸之助は百円玉を何枚か入れると電話をかけた。
「もし…もし…」
寝ていたのか、少し不機嫌そうだが間違いなく岡島の声だ。
「すまん…夜分遅くに…」
こんな時間だ…不機嫌も無理はない。
「こ、幸ちゃんか?幸ちゃんやろ?どないしたんや、こんな時間に?」
低い不機嫌そうな声が、何オクターブも上がった明るい声に変わった。
幸之助は正直に答えた
「うん…ちょっと親友の声が聞きたくなってな…」
「幸ちゃんがわざわざ電話してくるって事は…さては、何かあったな…?」
岡島はすぐに察した。
昔からそうだった…
岡島からの電話は、何か物事が上手くいった時や成功した時ばかりだった。
幸之助からの電話はその逆で、上手くいかない時や失敗した時ばかりだった。
幸之助が言うか言うまいか迷っていると、岡島は言った
「幸ちゃん…水くさいな…何でも話せよ…親友やないか…」
「うん…」
幸之助は心の奥底から、込み上げてくるものを感じた。
その込み上げてくるものは、涙という形になって溢れ出た。
この辛い胸の内を誰かに聞いてほしかった…いや、岡島に聞いてほしかった。
全て話そう…
>> 96
「…さん…」
「…お客さん…閉店ですよ…」
カウンターで飲んでいた筈が…つい、眠ってしまった…
時計の針は午前0時半を指していた。
幸之助以外に客はもういなかった。
「すまんな…今帰るよ…」
店員にそう言うと店を出た。
外は真っ暗で人影もなく、春の冷たい夜風が容赦なく幸之助に吹きつけた。
多少…頭はズキズキ痛むが、少し眠ったせいか…以外と意識ははっきりしている。
幸之助は家へと歩きだした。
しかし…誰も待っていない家に帰るのは辛かった…だからと言ってどこかへ飲みに行くほどの元気もなければ気力もない。
比奈子は今頃…オーシャンか…
昨日…初めて比奈子に電話をしなかった。
上着もあのまま…取りには行かなかった。
ぼろぼろな今の自分を見れば…元気づけてくれるだろうか…?
比奈子は悪くない…
幸之助に男を求めている訳ではなかったのだから…
幸之助も今は…比奈子に対して下心はない…きっぱり言える…でも…初めからなかったと言えば…嘘になる。
悪いのは全部自分だ…
罰が当たったんだ…
幸之助は公衆電話の前で立ち止まった。
>> 95
一歩も家を出なかった。
智江が電話をかけてくるのではないか…宗一郎がこっそり電話をくれないか…
そう思うと家を空ける事が出来なかった。
だが、もう時刻は午後9時半になる。
朝から何も食べてない…
今日はもう…電話はないだろう…
幸之助は見てもいないテレビを消すと家を出た。
昨日の今日だ…何かが解決した訳でもなければ進展した訳でもない…電話などあるはずがない…わかっていた…でも…今の自分に出来る事と言えば待つという事だけ…
そんな事を考えながら幸之助は鳴門へと歩いていた。
鳴門は混んでいた。
晩ご飯を食べる家族連れ…カップル…残業を終えたサラリーマン…
いつもの幸之助はこの鳴門の騒がしさが好きだったが、今夜はそれがうっとおしい。
宗一郎は晩ご飯食べたかな…?
宗一郎は風呂に入ったかな…?
おじいちゃんやおばあちゃんには優しくしてもらってるかな…?
お腹が空いてここへ来たのに…いざ、ここへ来ると食欲が湧かない…
幸之助はたいしたツマミを注文する事もなく…飲んだ…
ひたすら飲んだ…淋しさをまぎらわすように…
浴びるほど…
>> 94
翌日、和也に連絡して仕事は休んだ。
事情は話さなかった。とても仕事が出来る気分ではなかった。
何の物音もない静かな部屋で幸之助は考えていた。
智江と宗一郎を迎えに行こうか…
しかし…それは出来ないし、迎えに行ったところで相手にされないだろう。
兵庫県の芦屋に智江の実家はある。
父親は貿易会社の社長で、いわゆる智江はお嬢様だった。
幸之助は智江の両親から嫌われていた。
両親のいない男なんかに娘はやれないと言われ、結婚も大反対された。
結局…結婚式はお互いの両親が不在の友達ばかりのパーティーのようなものだった。
生まれたばかりの宗一郎を、孫とは認めないと言われて、智江が怒り…実家へは二度と帰らないと言った事もあった。
そういった経緯もあって、幸之助は一度も智江の実家に行った事はなかった。
きっと智江も宗一郎も実家では肩身が狭いだろう…
それを覚悟の上で実家へ帰ったのだから…
そこに智江の決意がうかがい知れた。
宗一郎と風呂に入る…それを智江が台所でニコニコ眺める…
何でもない日常が…今さらながら幸せだったと思えた。
>> 93
家の扉の前まで来て、幸之助は一つ大きな深呼吸をするとドアノブに手を掛けた。
鍵が閉まってる…
鍵を開けて中に入ると…室内は真っ暗だった。
電気をつけて、すぐにわかった…さほど広くない家だ…智江と宗一郎がいない事はすぐにわかった。
こんな時間に二人でちょっと出掛けるなんて事は考えられない…
だからと言って…智江がどこへ行ったかなんて見当もつかない…
幸之助は食卓のテーブルの上に置かれた置き手紙を見つけた。
智江からだった。
『幸ちゃんへ
宗一郎が言ってた青い壁のおばちゃんて、あの人でしょう
きっと宗一郎も智江と同じ光景を見たんやね
あの夜、宗一郎の言葉…胸が痛くなかった?
それでも幸ちゃんがあの人の所へ行ったなら…幸ちゃんにとって、あの人はよっぽど大事な人なんやね
智江は、しばらく実家へ帰ります
宗一郎の学校の事は、こちらで何とかします』
幸之助の目から涙が溢れた。
智江と宗一郎がいなくなった…
幸之助の手の届かない所へ…
幸之助の顔は涙でぐちゃぐちゃになった。
声を出して泣いた…そして叫んだ…
「智江ー!宗一郎ー!」
何度も叫んだ…
>> 92
時刻はもう午後の9時を過ぎていた。
家に帰れずにいた幸之助は鳴門で飲んでいた。
宗一郎の元気は戻っただろうか…?
智江はまだ怒ってるだろうか…?
智江や宗一郎が眠った頃に帰ろうか…
いや、やはり智江にはちゃんと説明するべきか…
しかし…説明するなら…どう説明すればいいのか…
頭の中で一つの思いが浮かんでは消え…また別の思いが浮かんでは消える。
比奈子に自分をパパと呼ばせていた事を後悔した。
パパと呼ばれる関係…どう考えても普通の関係とは思えないだろう…
比奈子とはやましい関係ではない…
しかし…それは比奈子が拒んだからであって…拒んでなければ…どうなっていたかはわからない…
それなのに…何もなかったと自信を持って言えるのか…?
過ぎて行く時間に比例して、ビールの空瓶だけが増えていく。
自信を持って言える事があるとすれば…
何よりも…誰よりも…家族を愛している…智江や宗一郎を愛している…
その気持ちに嘘はない…
帰ろう…
帰って謝ろう…
どんなに怒られても…謝ろう…謝って…謝って…それしかない…
幸之助は席を立った。
>> 90
二人の間に流れていた時間が一瞬止まった。
智江はただ…幸之助を見ていた。
幸之助も智江を見ていた。
二人の間を音もなく、車だけが流れた。
幸之助は動かなかった…いや、動けなかった。
智江は悲しげな笑みを一瞬滲ませると、そっと視線を外した。
そして、自転車に乗ると静かに走り出した。
幸之助の真っ白だった頭の中に…追わなければ…と言う文字だけが浮かんだ。
幸之助は走った。
二人の間には相変わらず車が流れている。
幸之助は叫んだ
「智恵ー!待ってくれー!頼むー!」
叫びながら思い出した…昔にも似たような場面があった…梅田の阪急前だった…
でも…今度はあの時とは違う…智江が止まらない…
幸之助は車の切れ目を見つけ道路を渡った。
全力で走った。
そして…何とか追いついた。
智江の腕をつかまえた
「智江!待ってくれ!聞いてくれ!」
幸之助を振り返る事なく、今度は智江が叫んだ
「放してー!その手を放してー!」
「放さん!聞いてくれ!」
智江は幸之助の方をゆっくり振り返ると…悲しみと刹那さを滲ませたような表情で…今度は小さな声で
「お願い…幸ちゃん…放して…お願いやから…」
>> 89
幸之助は一階へと降りるエレベーターの中にいた。
帰り際に比奈子は言った
「今日はいっぱい泣いちゃったから、お店は休むね…」
幸之助もそれには賛成だ。むしろ…ずっと休んでほしいくらいだ。あのママとは一分一秒も一緒にいてほしくないと思った。
時計を見た…
この時間なら寄り道せずに帰ったと智江は信じてくれるだろう。
エレベーターが一階に着いて扉が開いた。
まだ外は以外と明るいようだ。
マンションを出て歩道を歩いた。少し歩いた所で比奈子の家に上着を忘れた事に気付いた。
幸之助がUターンしようと思った時、頭の上の方から声がした
「パパー!上着ー!」ベランダから顔を覗かせた比奈子だった。
幸之助は比奈子を見上げるようにして、それに答えた
「今ー!取りに戻るー!」
それを聞くと比奈子は顔を引っ込めた。
幸之助が再びマンションへ戻ろうと、少し歩いた時…何故だか自分の背中を刺すように見つめる視線を感じた。
その視線は道路を隔てた反対側のフランス料理店の前にいる女から放たれていた。
幸之助はそれが智江だと、すぐにわかった。
智江の顔色を見て、一部始終見られていた事もすぐにわかった。
>> 88
幸之助は思わず立ち上がり、コーヒーカップを取ろうとした比奈子の手首を掴み、自分の方へと引き寄せた。
そして何も言わず抱き締めた。
比奈子は抵抗しなかった。
幸之助は比奈子の顎を少し指で持ち上げると、唇を重ねようと更に自分の方へと強く引き寄せた。
二人の唇が…重なろうかという瞬間…比奈子は顔をそむけた。
幸之助は咄嗟に謝った
「ごめん…」
比奈子も謝った
「パパ…ごめん…パパは比奈子にとっては…パパだから…」
比奈子は幸之助に…父親を求めているのだ…男を求めているのではない…
今…はっきりとわかった。
だが…不思議とそこには苛立ちも腹立たしさもなかった…
比奈子に憧れていた以前の自分なら…がっかりしただろう…でも今は違った…比奈子を何とか自分の手で救い出してやりたい…そんな気持ちの方が強かった…
それは…男として救えなくても…父親として救えるなら…それでもいいと思った。
他人の幸せを純粋に考えると、誰しもこんな気持ちになるのではないかと幸之助は思った。
「はは…じゃあパパも比奈子を本当の娘と思って…これからはビシビシいくから」
幸之助がそう言うと…比奈子は笑顔で頷いた。
>> 87
幸之助が聞いた
「それで比奈子はママに協力したんか?」
比奈子は大きく頷くと
「遊園地に行って…遠藤さんと遠藤さんの子供の前で…遠藤さんとは結婚してもいい…そう言ってほしいって明美ママに頼まれたの…」
おそらくママは比奈子を利用して、裏情報か弱味を仕入れたに違いない。
「でもパパ安心して…遠藤さんとはちゃんと話して、許して貰えたから…」
遠藤が比奈子を恨んだ理由はわかった。遠藤も事の真相を聞いて…比奈子を許す気になったのだろう。
そして比奈子はハッと何かを思い出したように言った
「それと…名前の事はごめんなさい…本当に悪気はなかったの…信じてもらえないかもわからないけど…」
全てを話してくれた…
辛い事も悲しい過去も全て…
もう何も疑う必要はない…
「いや、俺は比奈子を信じるよ…だから二度と他人を騙すような事はせんといてほしい…それに…ママと縁を切れるなら切ってほしい…辛い過去まで話させて悪かった…けど嬉しかった…」
比奈子は立ち上がると、幸之助の飲み終えたコーヒーカップを片付けようと手に取り
「約束する…比奈子は…二度とパパを裏切るような事はしないよ…」
>> 86
「その頃に明美さんと出会ったの…明美さんがスナックを始めるから一緒にやらないかって…」
ここからが遠藤を騙す事になった話ではないか…そう思った…何故ならママの明美も無関係ではないと思っていたからだ。
「その時には色々ありすぎて…クラブで働く事にも疲れてて…それで明美さんの話に乗ったの…それに、明美さんはお客さんへの残りの借金も全部立て替えて払ってくれたの…」
明美は比奈子と一緒に店を始めたいだけで、借金を立て替えたのだろうか…?
「でも、お店始めると…明美ママは新地のお客さんを引っ張れって…明美ママには恩があったから比奈子は新地の上客を沢山オーシャンへ連れて来たの…」
そう言えば…オーシャンのボトル棚には高級酒が並び、そこには一流企業のボトルタグが掛けられていた。
「だけど明美ママはオーシャンの売り上げの為ではなくて…そのお客さん達と仲良くなって…株の裏情報を聞いたり…弱味を握って脅かしたりしてたの…」
だんだん話が見えてきた…
「比奈子がそれに気付いたときには遅くて…明美ママには何度も忠告したんだけど…遠藤さんの一件が片付けば二度としないって言ったから…」
その男は端から比奈子を利用するつもりだったのではないか…根拠はないが何となくそう思えた。
幸之助は初めて口を開いた
「ひどい男やな…警察には届けなかったんか?」
比奈子は首を横に振った
「比奈子の貯金だけならまだ…お客さんに預かってたお金は公に出来ないお金だったから…警察には相談出来なかったの…」
男はきっとそれも知っていたのだろう。
そして比奈子は消え入るような声で
「今度はそのお客さんが比奈子を許してくれなくて…」
その後、その客が比奈子をどうしたかは幸之助にも想像できた。
おそらく…男として最低の行為だろう。
比奈子は化粧台の写真を見ながら幸之助に問いかけた
「パパ…もう聞きたくない…?逃げ出したい…?比奈子は汚れてるから…」
今度は幸之助が首を横に振った
「逃げ出したりはせんよ…汚れてるのはその男共やろ!比奈子は汚れてなんかないよ!」
比奈子の頬を再び涙が伝った。そしてポツリと言った
「強いね…パパは…」
遠藤を騙した事が事実なら…男に騙され利用され続けた女の…男への復讐だったのではないか…ふと、そう思えた。
>> 84
「パパは何も言わず…ただ抱きしめてくれた…そして一言…苦労ば、沢山しよっとか…?って…」
あのバーで幸之助が比奈子にかけた言葉と同じだった。
「でも…パパにはすでに新しい家族がいて…」
両親を早くに亡くし親方夫妻に面倒を見てもらっていた幸之助からすれば、比奈子の話は決して他人事ではなかった。
「そして、お母さんの所へ帰るくらいなら一人暮らしをすればいい…そう言って幾らかのお金を持たせてくれたの…」
幸之助は口を挟まず、時おり頷きながらも黙って聞いていた。
比奈子の涙も今は止まっていた。
「比奈子はそのお金で大阪に出て来たの…
それから…好きな人が出来て…その人がボーイをしてた新地のクラブで働くようになったの…」
新地のクラブに勤めていた事は知っていたが、経緯までは知らなかった。
「いつしかそのお店でナンバーワンになって…お給料も沢山もらえて…比奈子はその人と結婚したくて頑張って貯金も沢山して…」
比奈子ならナンバーワンになれるだろう。
岡島と知り合ったのも確かその頃の筈だ。
「何年か一緒に暮らしてたある日…その人は比奈子の貯金とお客さんから預かっていたお金と一緒に消えてしまったの…」
>> 83
比奈子の瞳は、今にもこぼれんばかりの涙で覆われた。
「チンピラ風の男達は…遠藤さんが比奈子に仕返ししたの…比奈子は遠藤さんを騙したの…」
当たってほしくなかった予感だった…
「いつか仕返しされる事はわかってたの…だからパパには店に来ないでって言ったの…パパには悪い比奈子を見られたくなかったから…」
幸之助は今までバラバラだった点が一つの線になっていくような気がした。
「比奈子のパパが出て行って…お母さんが再婚して…その再婚相手の男が…」
比奈子の瞳から我慢しきれない涙が幾つもこぼれた。
「その日はたまたま…その男と家で二人きりになって…その男が比奈子に酷い事をして…」
酷い事…幸之助にもその意味はすぐにわかった。
「それが18の時だった…怖くて家を飛び出して…怖くて家に帰れずに…」
気がつけば幸之助の目も涙で濡れていた。
「お母さんが持っていた書類でパパの住所はだいたい知ってたから…パパに会いに行ったの…」
比奈子はどこからかハンカチを持って来ると涙を拭い…自分を落ち着かすように大きな息を一つすると再び話し出した。
>> 82
他人のそら似とはよく言ったものだ…背格好も同じ位だろう。
幼い女の子と手をつなぎ、もう一方の手で赤ちゃんを抱いている。
女の子が比奈子で赤ちゃんは圭一だろう。
そして、幸之助に瓜二つの男こそが比奈子や圭一が今でも慕っている父親なのだろう。
それにしても…本当に似ている…
「パパの写真…似てるでしょう…」
そう言いながらコーヒーをテーブルに置くと、幸之助の向かいの椅子に腰掛けた。
少し考えた様子で
「ねえ…パパ…どこから話せばいい…?」
比奈子が尋ねた。
幸之助は答えた
「順序なんてどうでもいい…比奈子が話せる事は全部話してほしい…」
比奈子は溜め息を一つつくと
「パパ…途中で逃げ出すかもね…比奈子に二度と会いたくないって思うかもね…」
今から聞こうという覚悟が少し揺らいだ。
自分の疑問を晴らす事がそんなに大事なのか…?
もし…それが比奈子にとって辛い話なら…聞かない事が思いやりではないのか…?
妻子のある自分が比奈子の全てを知りたい…単なる男のエゴじゃないのか…?
頭の中を整理出来ないまま言った
「逃げ出しはせん…嫌いにもならん…全てを受け止めるつもりで…ここへ来たから…」
>> 81
「早かったね…パパ」
比奈子がコーヒーを入れる間、少し待ってほしいと言ったので、幸之助は上着を脱ぐとリビングにある食卓の椅子へ腰掛けた。
キッチンに立つ比奈子の後ろ姿を眺めながら考えていた。
コーヒーを入れながら比奈子は…何から話せば…どう話せば…そんな事を考えているのだろうか…?
軽蔑されるかも…嫌われるかも…比奈子はそう言っていた…
そんな話なら…本当は幸之助だって聞きたくない…でも比奈子の事を知りたい…もっと知りたい。
覚悟を持って話されるなら…覚悟を持って聞かなければならない…どれほどの聞くに耐えない話であっても最後まで聞き届けよう…そう心に誓った。
比奈子の部屋に男の匂いを感じさせる物は一つもなかった。幸之助が見る所全てに整理整頓がなされ、冷蔵庫の扉には料理のレシピが貼られている。
比奈子の綺麗好きと几帳面な性格が垣間見える。
幸之助が隣の部屋を見ると、そこには化粧台が置かれていた。その化粧台に飾られた写真を見て驚いた。
その写真に写る人物が、幸之助と瓜二つだったからだ。いや、幸之助本人だと言っても過言ではない。年齢的にも今の幸之助と同じ位だろう。
>> 80
比奈子は更に
「比奈子ね…パパの事は大好き…パパにだけは嫌われたくない…」
幸之助は胸が痛かった…
「比奈子を悪い女と思いたくないから…遠藤の事…昨日の事…全部話してくれへんか?」
また、しばらく沈黙が続いた…
「パパ…わかった…全部話す…でも…パパに軽蔑されるかもね…嫌われるかもね…でも比奈子はパパに叱ってほしいの…昔のように…」
昔のように…?
幸之助に父親の面影を重ね…幾つもの疑惑を幸之助にかけられ…頭の中で混同しているのだろう…過去と現在が…
あとは比奈子の家で詳しく聞く事になった。
青い壁の803号室だと比奈子は言った。
青い壁のおばちゃん…
昨日の宗一郎の言った言葉が思い出された…
ごめん…宗一郎
幸之助は和也に残りの仕事を指示すると、一人現場を後にした。
現場から少し歩いたところでタクシーを拾った。
比奈子のマンションまでは40分位だろう。
幸之助はタクシーの窓に流れる景色を眺めながら考えていた。
智江には寄り道せずに帰ると言った…現場を早退した分、その約束は守れるだろう。
美雪…いや、比奈子の家にこんな形で招かれるとは…
重苦しさだけが幸之助の心を支配していた。
>> 79
「圭一に怪我をさせるような事になっちゃってごめんなさい…」
この気持ちは本当だろう…
ただ…幸之助の聞きたい事はそんな事じゃない。
「圭一に聞いたよ…美雪の本当の名前は比奈子って言うんやろ?」
美雪…いや比奈子は悪びれる様子もなく、すぐに答えた
「圭一から聞いたのね…ごめんなさいパパ…もう何年も美雪って名前使ってるから…比奈子って感じがしなくて…いやな思いさせたなら本当にごめんなさい…」
嘘だ…
「でも…遠藤と言う男には比奈子って名乗ったんやろ?それに昨日の男達も比奈子って呼んでたんやろ?」
「…」
「俺が前に話したバーの男は遠藤って名前やった…美雪…いや比奈子ちゃんが俺を遊園地で見かけた時…実は俺も比奈子ちゃんを見つけてたんやで…その時ママがその男を遠藤さんって呼んでるのを聞いたんや…」
しばらく沈黙が続き…
比奈子が口を開いた…消え入りそうな声で
「最近のパパは美雪って呼び捨てにしてくれてたのに…今はまた…ちゃんが付いた…パパは比奈子と距離を感じてるんやね…比奈子を悪い女と思ってるんやね…」
あきらめと悲しみが入り交じったような声だった。
>> 78
昨夜のからんでいたチンピラ風の男達は遠藤と関係があるのか…?ないのか…?
あるとしたなら…それが遠藤の仕返しなのか…?
おそらくママも関わっているのではないのか…?
幸之助は確かに聞かなかった…だが何故本名を自分から明かさなかったのか…?
バレないと思っていたのか…それとも美雪にすれば、そんな事は大した事ではないのか…?
本名など明かす必要はないと思っていたなら…自分も所詮…単なる客の一人でしかないのか…?
わからない事だらけだ…
何だか自分の知らない美雪が別にいるようで…言葉には出来ない不安が幸之助を襲った。
そんな不安を振り払うように、仕事に集中しようとしたが、やはり手につかなかった。
しばらくすると現場は3時の休憩時間になった。
幸之助は現場から少し離れた公衆電話から美雪に電話をかけた。
美雪が電話口の向こうで
「あっ、パパ…どうしたのこんな時間に…ひょっとして圭一の怪我の事…?」
いつもの美雪だった。
「昨日の事はだいたい聞いたよ…大変やったな」
美雪はほんの一瞬間を取ると
「うん、大変やった…初めて来たお客さんが、料金が高いって言いがかりをつけて…」
嘘だ…
>> 77
和也は自分のおでこに手を当てると
「あちゃー情けない…それでどうしたんや?」
「気がついたら…お姉ちゃんの家でした…それが…寝過ごしてしまって…お姉ちゃんは休めって言ったんですけど…バイク取りに行ってたらこんな時間になってしまいました…本当にすみません」
しかし3対1の喧嘩なら…それも仕方ないだろう…そう思った。それに…休まず仕事に来てくれた事は、鳴門での話が本物の決意だと思えて素直に嬉しかった。
そして今度は幸之助が聞いた
「ところで…そのお姉ちゃんに怪我はなかったんか?」
「はい…家出る時に見た感じでは、大丈夫そうでした」
幸之助それを聞いて安心した。
和也が幸之助に言った
「どうせ、タチの悪い客ですよね…ねえ親っさん」
それには幸之助が答えるよりも早く圭一が答えた。
「客ではないと思います…お姉ちゃんの本名を…比奈子と呼んでたんで…」
比奈子…?
幸之助は心臓が止まるかと思った…それほど驚いた…驚愕とはまさしくこんな時の事を言うのだろう。
比奈子…あのバーで遠藤が口にしていた名前だ…
うかつだった…美雪を本名だと思い込んでいた…
>> 76
圭一はスクーターを降りると恐縮した面持ちで
「親っさん、すみません…遅刻してしまって…」
幸之助がそれに答える前に和也が言った
「圭一どうしたんや、あれから何があったんや?」
二人は昨夜ミナミのゲームセンターで遊んでいたが、スクーターで帰る圭一と電車で帰る和也は午後10時頃には難波駅の辺りで別れたと聞いていた。
「実はあれから…まだ時間も早かったし…久しぶりにお姉ちゃんの顔見に行こうと思って…お姉ちゃんの働く店に行ったんです」
お姉ちゃんとは美雪の事だろう…
「おう、それからどうしたんや?」
和也が待ちきれない調子で聞いた。
「店に着くと…店の入り口のとこでお姉ちゃんがからまれてたんです…チンピラ風の男三人に…」
これには幸之助も驚いた。
オーシャンという店は客こそ少ないが、客筋は決して悪くない。
そんなチンピラが寄り付くような店とは思えなかったからだ。
和也は更に
「おう、それで?」
「それで…訳もわからんと割って入ったら、いきなり殴られて…ちょっとは殴り返したんですけど…後はあまり覚えてないんです…気絶してしまって…」
幸之助もその場に居合わせたら…圭一と同じ行動を取ったかもしれない…
>> 75
幸之助が大好きだった自分の父親に似ている…だから今まで以上に頑張る…
圭一はそう言っていた…
美雪も同じような事を言っていた…
あれは嘘だったのか…
それとも何かあったのか…?
和也も…昨日の様子なら病気は考えられない、何か事故でもあったのでは…と言う。
心配事がある時には心配事が重なるものだ…幸之助はそう思った。
現場の昼休みに幸之助は自宅に電話をした。宗一郎に元気がないので学校は休ませたと智江が言った。
幸之助もその考えには賛成だと答えた。
そして今日の仕事が終われば寄り道せずに真っ直ぐ帰るからと伝えた。
それから、圭一の家にも電話をかけたが誰も出なかった。
昼休みも終わり、現場が再開されて二時間ほど経った頃だった。
すぐ近くでノコを引いていた和也が遠くを指差した。
幸之助がその指の方向を見ると、こちらへ近付いてくる赤いスクーターが見えた。
圭一だった。
はっきり圭一だと確認出来た時に、幸之助は圭一の異変に気がついた。
顔には絆創膏が貼られ、頭と左手の指には包帯が巻かれていた。
やはり、事故だったのか…?
>> 74
幸之助は駅に向かって歩いていた。
結局昨日は一睡も出来なかった。
幸之助が家を出る時に、宗一郎はまだ寝ていた。
いつもの元気な宗一郎に戻ってくれてればいいのだが…
青い壁のおばちゃん…
どうして…?
いや、今は頭を切り替えなくてはいけない…仕事なのだから…
駅に着くと、和也はすでに来ていた。
ただ圭一の姿が見当たらない。
幸之助は和也に聞いた。
「昨日も一緒やったんか?」
和也が答えた
「はい、一緒でした…でも、次の日の事も考えて早めに別れました…」
和也と車の中で30分ほど待ったが、圭一は来なかった。
圭一が時々ずる休みをすると言っていた、岡島の言葉を思いだす。
これ以上は待てない…限界だ。
「和也、これ以上待っても現場に迷惑かけるし、もう出よう」
幸之助と和也は現場に向けて出発した。
>> 73
幸之助は驚いて言葉を失った。
青い壁のおばちゃんとは、美雪の事に違いない。
でも…どうして…?
さすがに宗一郎の大きな泣き声には智江も起きてきた。
「宗ちゃん、どうしたん?怖い夢でも見たんか?」
宗一郎は更に
「おばちゃん怖いからー青い壁のおばちゃんとこに行かんといてー」
美雪をタクシーで送った事はあったが、家になど行った事はない…
それとも美雪の勤める店に行かないでと言っているのか…?
いずれにしても宗一郎が外を出歩くような時間の話ではない…
智江は宗一郎を抱き抱えると
「よしよし…宗ちゃん怖かったなあ…母ちゃんの布団で一緒に寝ような」
そう言って自分の布団に寝かし、宗一郎の頭をなだめるように何度も撫でた。
でも…確かに美雪の事だ…
宗一郎は何かを見たのか…?
それとも誰かに何かを聞いたのか…?
いや、そんなはずはない…
じゃあ…宗一郎は何かを予感しているのか…?
智江のおかげで宗一郎も、だいぶ落ち着いたようだ。
智江が小声で聞いた
「幸ちゃん…青い壁のおばちゃんて誰…?心当たりあるの…?」
幸之助は動揺した心を悟られぬように、落ち着いた口調で
「知らんよ…」
そう答えた。
>> 72
どうしたんだろう…?
幸之助は布団の中で考えていた。
暗く静かな部屋に智江と宗一郎の寝息だけが微かに聞こえる。
幸之助は眠れなかった。
親指の痛みもあったが、そんな事より宗一郎が心配だった。
風呂を出てからの宗一郎の様子が明らかにおかしい。
いつもは美味しそうに食べるご飯も、今日はほとんど食べてなかった。
好きなテレビも視ず、幸之助や智江が話しかけてもどこか上の空だった。
明日の朝には、元気を取り戻してくれてればいいのだが…
幸之助の家は、六畳と四畳半の二部屋があって、幸之助は四畳半の部屋に一人で寝ている。もう一つの六畳の部屋に智江と宗一郎が布団を並べて寝ていた。
幸之助がそろそろ眠りにつこうかという時に、枕元の辺りに人の気配を感じた。
そこには宗一郎が立っていた。
そこは六畳と四畳半の部屋の間で、丁度幸之助の頭の上だ。
びっくりした幸之助は智江を起こさないように小声で言った
「どうした宗…眠れないんか?」
すると突然、宗一郎は泣き出した。そして泣きながら
「父ちゃん青い壁のおばちゃんとこに行かんといてー行かんといてー」
そう言ったのだ。
>> 71
だから幸之助はイメージした。
将来…大人になった宗一郎が満員の乗客を乗せて大きなバスを運転する姿を…
伝わったかな…?
幸之助そう思った時…宗一郎が突然、ふりほどくように手を離した。
幸之助も驚いて
「ど、どうした、宗…?」
「…」
「父ちゃんが手を強く握り過ぎたんか?痛かったんか?」
宗一郎は荒くなっていた呼吸をととのえると
「う、うん…何でもない…」
本当に大丈夫か…?もう一度聞こうと思った時に風呂場の扉が開いた。
「こら、そこの仲良しふたり組!いつまで入ってんの?ご飯出来たよ」
智江に即されるように二人は風呂をでた。
しかし、さっきの宗一郎の様子はいったい…
幸之助はわからなかった…
その時…宗一郎は幸之助のイメージしていたものとは全く違うものを見ていた…いや、見てしまった…
それは…自分の愛すべき父親が不幸のドン底に喘ぐ姿だった…
どうして…そんなものを見てしまったのか…勿論宗一郎にもわからなかった。
>> 70
「お返しって何?」
宗一郎が幸之助の手を握ったまま聞いた。
「宗は将来、何になりたいんや?」
宗一郎はほんの少し考えると
「僕はな…バスの運転手さんになりたいねん…大きいバス運転したいねん」
幸之助はニコニコ頷いた。
「死んだおじいちゃんは父ちゃんに、偉い人と同じ名前を付けたんや幸之助って…だから父ちゃんも宗に偉い人と同じ名前を付けたんやで宗一郎って…その人は車の仕事で偉くなった人やから、宗も…なれるよ、バスの運転手に…絶対」
宗一郎は目を輝かせて聞いた
「本当?」
幸之助は握られた手に少し力を込めると
「よし、今から父ちゃんが宗にパワーを送ったる…宗も目を閉じてそのパワーを受け止めるんや…ええか?」
宗一郎は力強く頷くとそっと目を閉じた。
「ええか宗…人間には眉毛と眉毛の間位に、もう一つ目があるんや…それが心の目って言うやつや…そこに気持ちを集中させるんやで」
宗一郎が目を閉じたまま返事をする
「うん、わかった…」
そして、幸之助も目を閉じると…己れの全身全霊のパワーを宗一郎に送った…と、言っても幸之助にそんな能力はない。
>> 69
「父ちゃん、お帰りー!」
いつものように宗一郎を受け止めると、台所から智江の声がした。
「幸ちゃん、ご飯の準備してるから先に宗ちゃんとお風呂入って」
幸之助は抱っこしたまま宗一郎に言った
「宗、風呂まだやったんか?よし、一緒に入ろう」
「やったー!父ちゃんと入るの久しぶりや!」
岡島と決まった曜日に鳴門に行ってた頃とは違い、最近は幸之助の帰りが不規則に遅かったりするので、宗一郎が先に一人で風呂を済ませている時の方が多かった。
言われてみれば確かに久しぶりだ。
以前は…仕事の事か家族の事しか考えてなかったのに…
二人とも、頭を洗い身体を洗い終えると一緒に湯船に浸かった。
宗一郎が幸之助の手を見て言った
「父ちゃん、その親指どうしたん?」
まさか、美雪の事を考えてて怪我したなんて言えない
「おう、これか?父ちゃんドン臭いから釘打たんと、指打ってしまったんや」
宗一郎は自分の両手で幸之助の怪我した手を包み込むように握るとおまじないをかけた。
「痛いの飛んでけ…痛いの飛んでけ…」
「あっ!宗のおかげで痛いの無くなった!」
「本当?」
「本当やで、今度は父ちゃんがお返ししたろ」
>> 68
今日は美雪の出勤が早かったのか、電話をかけたが繋がらなかった
。
電話ボックスのガラスに映った…少し項垂れる自分をみて、俺もまだまだ若いなと思った。
現場で仕事をしている時に、…今日は何を話そう…等と考えてて思わぬミスをしてしまった事もあった。
今日もハンマーで釘を打つつもりが、自分の親指を打ってしまった。
以前、和也がこのミスをした時に幸之助は、そんなミスは大工を始めて三日以内にやるミスだと叱った事があった。
昔…智江の事を考えてて仕事が手に付かず、親方に怒鳴られた頃を思い出す。
現場の前を通る智江はいつも顔を真っ赤かにしていた。今でも恥ずかしい時には顔が真っ赤かになる。
そんな智江が今でも好きだ。
美雪のように特別美人ではないが、智江には智江にしかない魅力があった。
子供のような無邪気さを失わず…疑う事を知らない…
今の俺は…智江を裏切っているのだろうか…?
俺は…卑怯者なのか…?
いくら考えても答えは見つからない…
ただ…胸を締め付けられる思いだけが…そこに残った。
幸之助は自宅の扉を開けた。
中から
「お帰りー幸ちゃん!」
智江の声が聞こえた。
>> 67
それからの幸之助は毎日仕事が終わると美雪に電話をする事が習慣になった。
美雪の出勤が早かったり、幸之助の仕事が遅くて電話が繋がらない事も時々あった。
話す内容はいつもたわいもない事ばかりで、オーシャンの客の事や圭一の事等が主だった。
美雪の幼少時代やキタ新地で勤めていた頃の話は、美雪が話したがらないのであまり話題にはならなかった。
幸之助もしつこく聞くような事はしなかった。
もう10日も会っていないが、電話で声を聞く事で、それをあまり感じなかった。
それにオーシャンへは、度々来なくていいと美雪に言われていた。スタッフがママと美雪しかいない店では、またパパを放ったらかしにしてしまうかもしれないし、店で会うよりもプライベートでゆっくり会いたいのが理由だと言った。
その言葉は幸之助も素直に嬉しかったが、仕事中の大人の色気を漂わす美雪や落ち着いた雰囲気の美雪も好きだった。
一度その気持ちを美雪に話すと、美雪は言った。
「パパだけに見せる美雪が本当の美雪で、仕事している時の美雪は本当の美雪じゃないの…前に勤めていたお店が厳しいお店だったから…」
確か…キタ新地のクラブと言っていた…
>> 65
「大沢さん…一つだけお願いがあるんです…」
「どうしたん?」
「二人きりの時だけ…今日みたいに二人きりの時だけでいいんです…」
「うん、どうしたん?」
「大沢さんを…パパって呼んでいいですか…?」
幸之助は言葉を失った。
また美雪の冗談かと思い顔を見たが、今度は冗談ではなさそうだ。
美雪は…大好きだった実の父親が、美雪に自分をパパと呼ばせたかったらしい…美幸も父親をパパと呼びたかったが照れ臭くて呼べなかったと言った。
「幼稚園まではパパって呼んでたのに…小学校に上がると周りの友達に冷やかされちゃって…」
何だか少し恥ずかしいが、今日みたいに二人きりになる事はそんなにはないだろう…それにそう呼ぶ事で美雪との距離が今以上に縮まるならいいとも思った。
「うん、美雪ちゃんがそれで幸せやったら、いいよ…二人きりの時は俺をパパやと思って普通に喋ったらええ」
と言いながら…気持ちは少し複雑だった。
自分に男としての魅力を感じてくれてるのではなく、父親の面影を重ねているのだと思えたからだ。
「嬉しーいパパ!じゃあ、ご褒美」
そう言って美雪は幸之助に自分の名刺を差し出した。
>> 64
時間が早いとは言え、この客足の遅さは常連客が美雪の休みを知ってて来ないのかも知れない。
美雪も幸之助の隣に座り、しばらく二人きりの時間が続いた。
話題がたまたま、幸之助の仕事の話しになった時
「実は私…大沢さんと何度も会ってる事…圭一にはまだ言ってないんです…言っちゃうと大沢さんがここへ来にくくなるような気がして…」
幸之助も圭一には言ってなかった。自分が圭一に言わなかった理由を自分自身よくわからなかったが、美雪とよく似た気持ちだったのかもしれないと思った。
二時間ほど経とうかという頃に客は来た。
その客の二人は、いない筈の美雪がいる事に大喜びしている。
幸之助は帰る事にした。
お会計を美雪に告げると、少し驚いた顔をしたが黙って計算をしてくれた。
幸之助がラストまでいるものだと思っていたのかもしれない。
美雪はビルの下まで送ってくれた。
下へと降りるエレベーターの中で美雪は言った…
>> 63
他の客はまだ誰も来ていない。
店には幸之助と美雪の二人だけだった。
美雪を初めて見た時や遊園地で見た時には、何か近寄りがたい、落ち着き過ぎた大人のオーラや美人特有のオーラを感じたのだが、今はそんなものはあまり感じなくなっていた。
幸之助と二人きりの時に見せる姿が本来の美雪の姿なのだろうと思った。そして、そんな姿の美雪の方が幸之助は好きだった。
美雪はウイスキーの水割りを作りながら
「私、本当は今日休みだったの…ママが急に来れなくなって…臨時出勤なんですよ」
そう言った。
美雪の休みを考えてはなかった…もしこの状況でママと二人きりだったら…
幸之助は急に休んでくれたママに心の中で感謝した。
幸之助は先ほどのバーでの遠藤の事を少し話した。
勿論、遠藤と言う名前は伏せて…
話を聞き終わると美幸は少し間をおいて
「その時の大沢さんは…きっとビックリしたんですね…でも私は夜が長いから…騙したとか騙されたとか聞き飽きちゃって…慣れって怖いですね」
やはり夜の世界で生きてる者達にとって、こんな話は日常茶飯事なのだろう。
ただ…美雪の言葉には、夜の世界で生きている自分をも否定しているような響きを感じた。
>> 62
扉を開けると、美雪は少し驚いた表情で
「あっ…大沢さん…いらっしゃいませ」
何を驚いたのだろう…?
幸之助が小首を傾げると、美雪はそれに気付いたのか
「私ね…今カウンターを拭きながら別れたお父さんの事を思い出してたの…そしたら扉がバンと開いて…大沢さんが…まるでお父さんに見えちゃって」
それを聞いた幸之助は冗談ぽく
「なーんや、僕の事考えてたんと違うんか…それに美雪ちゃんのお父さんて言われる程、美雪ちゃんと歳は離れてないと思うんやけどなあ」
美雪はその言葉を真に受けたのか
「気に障ったなら…ごめんなさい…私と圭一の記憶は出て行った時のお父さんのまま時間が止まっちゃってるから…」
申し訳なさそうに言ったまま、うなだれてしまった。
幸之助は慌てて
「ごめん、美雪ちゃん冗談やで…ほんまにごめん」
と言って美雪をよく見ると、美雪の肩が小刻みに震えている…泣いている…のではなく、笑いを堪えている事に幸之助は気付いた。
美雪は頭を上げ、幸之助を見ると舌をペロッと出し
「私も冗談、大沢さん意地悪ばかり言うんだもの」
一本取られた。
その男を思い出した途端に…幸之助は何とも言いようのない不安にかられた。
あんな店とは…オーシャンの事なのか…?
家族ぐるみとは…あの日の遊園地と関係あるのか…?
遠藤は更に吐き捨てるように言った…
「畜生!僕だけならまだしも僕の息子達まで騙しやがって!」
息子達…?
あの日は確か…息子らしき子供はいなかった…ただ、あの場にいなかっただけなのか…?
幸之助はまるでもやがかかったような心に様々な思いを巡らせていた。
遠藤はグラスのウォッカを一気に飲み干すと、涙の入り雑じった声にならない声で
「僕は…僕は…比奈子を…絶対に許さんよ…絶対に…」
そう言ったのだ。
比奈子…?
幸之助はさっきまで身体中に張りつめていた何かがフウッと抜けて行くのを感じた。
この男が遠藤である事には間違いない。
そしてこの遠藤を騙した女がいるのだろう。
だがそれは…
美雪ではなかった。
おそらくオーシャンとも無関係だろう。
夜の盛り場には珍しい話ではないのだろう。
ただ、これ以上この遠藤と言う男の醜態を見ている必要はなかった。
幸之助はバーを出た。
>> 60
「今日も例のお店ですか?」
マスターがその男に尋ねた。
その会話から察するに…男は常連客なのだろう。
男も幸之助と同じで、どこかへ飲みに行く前にここへ立ち寄ったのだろう。
男は答えた
「あんな店、二度といかんよ!」
マスターは思いもよらぬ答えに、これ以上の会話は危険と感じ取ったのか、そそくさと男の前から離れてその男がオーダーした酒を黙って作りだした。
男はお構い無しに続けた
「あいつら、絶対に許さん!家族ぐるみで騙された!」
幸之助はマスターが丁度自分の前に来たので、少し小さな声でお会計を頼んだ。
幸之助は男の殺気立った口調に、目を合わすまいとしていたのだが…やはり気になったのでチラッと男を見た。
何となくその男に見覚えがあった。
誰だっけ…?どこで見たっけ…?
幸之助はマスターに
「マスター、やっぱりもう一杯頼むよ…軽いやつ」
そうオーダーすると、みたび腰を下ろした。
マスターがフルーツ系のカクテルを作り終えるまでには、思い出していた。
男の名は確か…遠藤だった筈…
遊園地でママはそう呼んでいた。
間違いない…
>> 59
あの日美雪と待ち合わせたバーで時間を潰す事にした。
客はまだ一人もいない。
マスターが慌ただしく動いているところを見ると開店したばかりなのだろう。
その動きとは対照的に店には静かで落ち着いた音楽が流れている。
オーシャンに行ったなら…今日の美雪はどんな顔で迎えてくれるのだろうか?
まるで何事もなかったかのように迎えるのだろうか?
それとも満面の笑みを浮かべて迎えてくれるのだろうか?
マスターが聞いた
「今日はお一人ですか?」
マスターもようやく落ち着いたようだ。
幸之助は黙って頷くとバーボンのロックをオーダーした。
それからしばらく飲んでいたが、それ以上マスターが幸之助に話しかける事はなかった。
この前の美雪の泣き顔を見て、どう思っているのかは判らないが…こんな商売をして、毎日のように男と女の様々なあり方を見てると、いちいち気にはしていられないのだろうと思った。
三杯目のグラスを空にして、そろそろ席を立とうとした時に一人の客が入って来た。
幸之助はその男のオーダーが済むまで待とうと、上げかけた腰を再び降ろした。
>> 58
ただ…自分を守る為の嘘が、結果的に家族を守る為の嘘になるならば…それは仕方の無い事なのかもしれない…
智江や宗一郎を悲しますような事は絶対にあってはいけない…
ある筈がない…
だが一方で…美雪の事を少しづつ愛し始めている自分の気持ちは否定できない。
幸之助はタクシーの中にいた。
タクシーはミナミへと車を走らせていた。
あの日…和也と圭一との三人で飲んでいた…と言ったら智江は何の疑いもなく
「お疲れ様、幸ちゃん」
そう言った。
美雪と特別何かあった訳ではない…
なのに何故正直に言えなかったのだろう…
言わなかったのだろう…
まるで…これから美雪と何かある事を予感しているのか…?
それとも…望んでいるのか…?
「お客様、ここでよろしいですか?」
今まで家庭と仕事にしか興味のなかった男が、知らなくてよかった遊びを知ってしまうと…皆こんな気持ちになるのだろうか…?
「ああ、ここでええよ…ありがとう」
幸之助は車を降りた。
午後の7時だ。
オーシャンはまだ開いてないだろう。
>> 57
それから4日が過ぎた。
あれから美雪とは会っていない。
幸之助にとって、あの夜の出来事が…現実ではない夢のような…そんな錯覚を感じさせる一夜だったのかもしれなかった。
居酒屋ばかり行っていた自分が、ミナミと言う歓楽街の美人ホステスと、深夜まで二人きりで何時間かの時を共有したと言う事が、まるで他人事のようにしか思えなかった。
勿論、美雪と特別何かあったと言う訳ではない。
しかし…あの日初めて嘘をついた。
智江に初めて嘘をついた。
和也と圭一との三人で飲んでいたと…嘘をついた。
家族を守る為の嘘はあっても自分を守る為の嘘はなかった。
智江に嘘をついたと言う後ろめたさが、美雪に会う事をためらわせていたのかもしれない。
それとは別に…すぐに会いに行く事で自分の気持ちを美雪に見透かされそうな気がして、足が遠ざかっていたのかもしれない。
でも…会いたい気持ちを抑えつければ、抑えつけるほど会いたかった。
また嘘をつくかもしれない…
智江にまた嘘をつくかもしれない…
自分を守る為に…
>> 56
美雪はさほど怒った様子もなく
「岡島さんには…本当…色々お世話になって…でも、良い友人って感じかな」
幸之助はこれ以上の詮索は止めようと思った。
ただの…友人…この答えで充分だった。
そう言えば…オーシャンのカウンターで一人淋しく飲んでいた時…考えていた…
美雪と一対一のシチュエーションで何を話せばいいのだろう?と…
その時考えていた全ての事に答えを出してくれた…美雪自らが…
美雪とは…他人同士には無い、気持ちの繋がりがあるのではないかと、その時幸之助は思った。
「運転手さん、ここでお願いします」
美雪の声にタクシーが停まる。
停められた場所に幸之助は驚いた。
その場所は智江がパンを買いに来るフランス料理店の前だったのだ。
「大沢さん…今日は楽しい時間をありがとうございました…無理でなければ時々でいいから顔見せて下さい…駄目ですか…?」
ドアが開けられた。
幸之助は動揺した心を抑えて
「僕も楽しかった…顔見に行くよ…美雪ちゃんの顔」
少し嬉しそうな笑みを浮かべ、美雪は車を降りた。
そして、美幸は道路を横切ってマンションへと消えた。
それは…青い壁のマンションだった。
>> 55
そして、美雪はニコッと微笑むと
「まだ小学生くらいの時かな…その頃はお父さんとお母さんもうまくいってて、三人で遊園地に行ってね…ソフトクリームを買いに行ったお父さんを、お母さんとベンチで待ってて…」
幸之助は…はっ、とした。
「えへっ、実はこの前遊園地で大沢さん見かけたんですよ…私…大沢さんの背中に、お父さーんて叫んじゃいました」
そう言って…まるでいたずらを見つかった子供のようにペロッと舌をだして笑うのだった。
幸之助は、美雪の泣いた顔…笑った顔…話す声…全てが、可愛いと思えた。それは、憧れという感情とは別のものだった。
時刻は午前2時になろうとしていた。
時計に目をやった幸之助に、気付いた美雪が帰りをきり出した。
幸之助は美雪が同じ方角へ帰る事を知ってタクシーで送る事にした。
車の中で美雪は聞いた
「岡島さん、元気にしてますか?」
美雪が岡島の近況を知らないと言う事は少し意外だった。
「うん、元気やで…でも…岡島君の事は僕より美雪ちゃんの方が詳しいと思ってたなあ」
言ってすぐに後悔した…どうしてこんな嫉妬じみた嫌味を言ってしまったのだろうと…
>> 54
少し考えた風の幸之助を見て察したのか、美雪は話し出した…
美幸と圭一は実の姉弟で、二人が子供の時に父親は家族を捨てて出て行った。
母親とは仲の悪い父親だったが、美雪はその父親が大好きで慕っていた。
その後母親が再婚したのだが、その母親が再婚を境に美雪と圭一に辛くあたるようになった。
美雪は再婚相手の男や男の連れ子にも酷い扱いをされ、家出同然のように大阪へ出て来た。
その時、圭一も一緒に連れて行きたかったが、圭一は幼い子供だったし自分自身の生活さえ先が見えない状況では、それも出来なかった。
美雪は淡々と話した…
ただ…膝の上でギュッと握られたこぶしに、美雪の押さえきれない感情が読み取れた。
幸之助は黙って聞いていた。そして、呟くように一言…
「いっぱい、苦労したんやな…」
美雪の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
美雪は自分の右手の人差し指でその涙を軽く拭うと
「私ね…初めて大沢さんを見た時…本当にビックリしたんよ…でも…水商売の習性やね…どんなに偉い人をみても…どんなに有名な人を見ても…他のお客さんと同じように接しないと…でも…本当に似てる…」
気がつけば…息がかかる程の距離で美雪はそう言った。
>> 53
特別、何か話しがあって自分を誘った訳ではない事がわかった。
それに、自分が圭一の親方だからなのか、一度しか会っていない客だからなのかはわからないが、美雪も少しは緊張している事もわかった。
「圭一は迷惑かけてませんか?何かあったら、私にいつでも言って下さい」
よほど、姉弟の仲がいいのだろう…
「岡ジ…いや、岡島君の教え方が良かったのか、思ってた以上に仕事が出来たからビックリしてるんですよ」
お世辞ではなく、思ってた事をそのまま言った。
美雪はわかり過ぎるほど、嬉しそうな笑顔で「本当ですかー?…圭一も大沢さんの下なら…今まで以上に頑張ると思いますー」
幸之助は美雪の子供のような笑顔を見て、さっきまでの緊張がお互いに少し和らいだような気がした。
ただ…自分の下なら…と言う美雪の言葉が気になったので
「僕の下なら…って?」
美雪は少し真顔になると
「大沢さん…似てるんです…私と圭一のお父さんに…」
質問をぶつけた時に、何となくわかっていた。この答えが返って来る事は…
しかし…私と圭一?…弟はもう一人いた筈…
>> 52
すぐそばで、たこ焼きを焼いていた露店商にメモを見せると、バーの場所はすぐにわかった。
もう…二度とここへは来ない…
ついさっき…そう決心した自分とは正反対の自分が…ここにいる。
幸之助はバーに向かって歩き出した。
そのバーはマスターらしき初老のバーテンダーが一人の…いかにも格式の高そうな店だ。店にはマスターの趣味なのか、ジャズが流れていた。
幸之助はジントニックをオーダーしてカウンターの中ほどに腰を落ち着けて美雪を待った。
幸之助は…静かな店の雰囲気とは逆の…高鳴る胸の鼓動を感じずにはいられなかった。
しばらく待つと美雪はやって来た。
「今日はごめんなさい…全然お相手出来なくて…」
そう言って、頭を下げてから幸之助の隣りに腰をおろした。
「何か、僕に話しでもあったのかな?」
冷静さを装って聞いた。
「明日のお仕事に差し支えますよね…ごめんなさい…ただ大沢さんをこのまま帰しては駄目なような気がして…」
美雪の…プロのホステスとしての勘なのか…
実際…二度と来ない…と思っていたのは事実だ。
>> 51
美雪が…たった一度しか会っていない自分を待ってくれているとでも思っていたのか…
美雪の弟である圭一の親方だから…どの客よりも大事にしてもらえると思っていたのか…
幸之助は美雪に抱いていた感情が、ただの憧れだった事に気付いた…いや、そう思うようにした。
もう…ここへ来るのは最後にしよう…
お会計を済ませ、ビルの外へ出た。ママが背中で手を振っていた。さすがにこの時間は肌寒い…大通り迄出てからタクシーを捕まえようと思っていたが、ここから乗ろう。
幸之助が手を挙げようとした時、自分に急いで駆け寄ってくる足音に気付いた。
振り向くと美雪だった。
「大沢さん…少し時間頂けませんか?私…もうすぐ終わるんで、ここで待ってくれてたら嬉しいです。」
そう言ってメモを手渡した。
美雪は幸之助の返事を聞くともなく店へと帰って行った。
メモにはショットバーの住所と電話番号が書かれていた。
>> 50
圭一に…親父と似てると言われた事…
遊園地で偶然見かけた事…
岡島との関係…いや、これはまずいか…
幸之助は、そんな事をわざわざ前もって考えている自分が、普通じゃないなと思い…苦笑した。
ママはスルメを焼いたりカラオケをセットしたりと忙しくしている。
必然的に幸之助は放ったらかしにされていた。
おかげで最初に来た時は岡島と話し込んだりしていて見えなかった店の景色が今日はよく見えた。
幸之助が驚いたのは、数はそれ程多くはないが、客のキープしている洋酒に高級品が多い事だった。それに、いくつかのボトルタグには一流企業の社名が書かれている。
よく見ると美雪が接客している客の背広にも見覚えのある一流企業のバッジが刺されている。
さびれたスナックに明け透けなママ…
そこに美人ホステスと一流企業の客達…
何か…違和感を感じずにはいられなかった。
鳴門で長居し過ぎた事もあって、ウイスキーの水割りを三杯飲んだ頃には午前0時半を少し過ぎていた。
ママはときおり話しかけてはくれたが、結局美雪が自分の元へ来る事はなかった。
>> 49
幸之助は思いきって店の扉を開けた。
居酒屋には行き慣れてる幸之助もスナック等、ホステスがいるような店には扉を開けるだけでも勇気がいった。
幸之助は手前に何組かの客がいる事を確認して一番奥の席に座った。最初に来た時と同じ席だ。
ママがウイスキーの水割りを作りながら
「今日は一人ですか?まあまあ、こんなさびれたスナックへようこそ」
いつもこんな調子なのだろう…
だが、心とは裏腹に
「さびれたやなんて…今日もお客さん入って大繁盛やないですか」
このお世辞には、他の客と話し込んでいた美雪もこちらを向いて微笑んだ。勿論ママも喜んでいる。
でも…今日は確かに幸之助以外に五人の客がいて、あながちお世辞でもなかった。
美雪は幸之助とは反対の、店の入り口側で接客している。客は二人と三人の二組のようだが、席を空けずに座っているので一人で二組の接客をこなしているようだ。
どの客も楽しそうに飲んでいる。
きっと美雪のファンなのだろう。
幸之助はやがて接客の為に、自分の前にくるだろう美雪に、何を話せばいいかを考えていた。
>> 47
「親っさん…俺…頑張りますんで…何か迷惑かける事があったら…いつでも遠慮なしに怒って下さい!」
突然の圭一のこの言葉に和也は小声で
「あほ……
それに…幸之助が美雪と会った時だが、さほどビックリしたような様子はなかったように思う。
圭一のその言葉を、幸之助は聞こえなかったふりをした。
和也に圭一の事を頼むと言い残して幸之助は一人先に店を出た。
岡島にたった一度紹介された美雪を、どうしてこんなにも意識するのか…
遊園地で偶然美雪を見かけた時に、揺れ動いた自分の感情は何だったのか…
幸之助はオーシャンへ行こうと思った。
別に、自分の疑問に答えを出そうと思った訳ではない。
ただ…行こうと思った。
>> 46
「親っさん…俺…頑張りますんで…何か迷惑かける事があったら…いつでも遠慮なしに怒って下さい!」
突然の圭一のこの言葉に和也は小声で
「あほ…お前酔ってんのか?親っさんは17のお前が酒飲むの大目に見てくれてんねんぞ…迷惑かけるな」
正直…17才の圭一に酒を飲ます事には多少…躊躇はあったが、ここで注意してもどうせ自分のいない所では、飲むだろうと思い大目に見ていた。
幸之助は落ち着いた口調で
「おう、頑張れ…しかし…ほんまにどうしたんや突然?」
和也は酒のせいなのか…それとも思わず発してしまった自分の言葉に照れているのか…顔を赤くして
「親っさん…似てるんです…俺の親父に…さっきからそんな事、考えてたら…つい…」
和也の父親と言う事は…美雪の父親と言うことになる。幸之助は自分の見た目がそんなに老けてるのかと、少し落ち込んだが…
「そうか…俺の事は大阪の親父や思ってくれたらええで」
そう返事した。
「姉ちゃんが見たらビックリするやろなあ…」
そう呟いた和也の言葉を幸之助は聞き逃さなかった。
幸之助がすでに美雪と面識があるという事を和也は知らなかった。
- << 49 それに…幸之助が美雪と会った時だが、さほどビックリしたような様子はなかったように思う。 圭一のその言葉を、幸之助は聞こえなかったふりをした。 和也に圭一の事を頼むと言い残して幸之助は一人先に店を出た。 岡島にたった一度紹介された美雪を、どうしてこんなにも意識するのか… 遊園地で偶然美雪を見かけた時に、揺れ動いた自分の感情は何だったのか… 幸之助はオーシャンへ行こうと思った。 別に、自分の疑問に答えを出そうと思った訳ではない。 ただ…行こうと思った。
>> 45
今度の電話は弟子の和也からだった。
和也は圭一と一緒らしく、二人で鳴門にいるので良かったら来ませんか?と言う電話だった。
幸之助は少し迷ったが行くことにした。
殆んど一日中寝ていたので、どうせ家にいても今夜はなかなか寝付けないだろうと思ったし、今後の事を考えると三人で酒を飲みながら飯を食うのも悪くないなと思ったからだ。
電話を切って、幸之助はそそくさと出かける準備をして、夕食の支度を始めていた智江に理由を説明して家を出た。
雨はかなり小降りになっている。
これなら明日の仕事は大丈夫そうだ。
鳴門に着くと和也と圭一は普段の見慣れた作業着とは違って、今どきの若者らしい派手なファッションで幸之助を迎えてくれた。
二人はとても気が合うようだ。このしばらくの休みの間も殆んど一緒に過ごしていたと言う。くだらない冗談を言い合っては二人で笑っている。
幸之助は若かりし頃の自分と岡島の姿を二人に重ねて、何とも微笑ましいような懐かしいような気持ちを感じていた。
ただ…圭一の顔を見ていると時々美雪の顔が思い出された。
>> 44
電話の相手は岡島だった。
電話の声は思いの外、元気そうだ。
やはり想像した通り故郷の工務店の経営は逼迫しているらしい。
ただ、泣き言を言っててもはじまらないので出来るだけの事はやるつもりだと言っている。
この電話をする前に親方に電話をして、今の自分の近況を話し、詳しく説明する事なく故郷へ帰った事も詫びたと言った。
幸之助も岡島が故郷へ帰ってからの出来事を全て話した。
親方の家を訪れた事…
遊園地で美雪を見かけた事…
岡島は親方から電話で聞いたのか、幸之助が訪れた事はすでに知っていた。
そして、美雪の話しには…何かを察したのか
「幸ちゃん、あの女に惚れたらあかんで…
俺も色々…うーん…とにかく…幸ちゃんの手に負える女やないんやから…」
そう言ったのだ。
岡島の仕事が落ち着けば、また鳴門で一杯やろうと約束を交わして電話を切った。
あの女に惚れたらあかんで…
その心配はないだろう…智江より誰かを愛するなんて事は幸之助自身にも想像がつかない。
俺も色々…
その続きは何だったのだろう…?
ぼんやり考えている時に、今切ったばかりの電話が、また鳴った。
>> 43
やはり翌日は朝から雨だった。
幸い仕事は今日まで休みだし、昨日の疲れも残っていたので、一日中家でゆっくりするのも悪くないなと思った。
宗一郎はすでに学校へ行ったようだ。
智江も隣の奥さんと約束があるような事を、確か昨日言ってた。
幸之助一家は森ノ宮駅からほど近い高層団地に住んでいる。
団地住まいはマンション住まいとは違い、何かと近所付き合いが大変だと、智江が言っていたのを思い出す。
幸之助が食卓へ行くとテーブルの上には、昨日買ったフランスパンが半分とサラダが置かれていた。
智江と宗一郎がいないと、この家は本当に静かだな…妙な事に感心しながらパンをかじった。
朝食のような…昼食を終えると幸之助はまた寝た。
再び起きた時には、智江も宗一郎も帰っていた。
「父ちゃーん!風呂入ろーう」
もうそんな時間なのか…?と思い時計をみると午後5時を少し回っている。
日曜日でさえ、次の現場の下見等で忙しくしていたので、こんなに寝たのは久しぶりかもしれない。
風呂を出て…宗一郎とテレビを観てくつろいでいると、電話が鳴った。
>> 42
やはり宗一郎が指を指していたのは、あのカラフルな壁のマンションだった。
幸之助は少し考えたふりをして
「うーん…青がいいな…お空と同じ青がいいな」
すると宗一郎が
「うわっ、みんなバラバラやー…僕が緑で…父ちゃんが青で…母ちゃんが白やから…」
「よっしゃ!お父ちゃんが金持ちになったら三つとも買って、三人で毎日順番に住もう!」
智江が
「毎日引っ越しやなーそりゃ大変や」
幸之助が
「そうやな…そしたら青と白と緑、全部混ぜた色の壁の家に住んだらええ」
「それって何色?」
二人が同時に聞いた。
「ん!…わからん…」
家に帰るなり幸之助と宗一郎は一緒に風呂に入り、その後は疲れていたのか三人共すぐに眠りについた。
>> 41
だが、パン屋らしき店が見当たらず
「智江…どこにパン屋があるんや?」
智江が指を差した店はタクシーを降りてすぐの正面の店だった。
「これ?これフランス料理屋やろ?」
「そう…ここのフランスパンが美味しいねんよ…昨日のうちに電話で予約しといてん」
そう言えば…何度か食べた事があった。
「幸ちゃんが仕事から帰るまでに自転車で買いに来てから知らんかってんね」
その度に前日の夕方に智江がここまでパンを買いに来てる事は知らなかった。
宗一郎もついて行くと言うので幸之助はタクシーで待つ事にした。
パンを買う二人を眺めていると、宗一郎が智江に何かを話しかけながら、どこかを指差している。
ちょうどタクシーを挟んだ、パン屋とは道路を隔てた向かいの建物のようだ。
幸之助も車内で180度、首を振るようにその方向を見た。
その建物はマンションだった。しかも同じマンションが三棟連なって建っている。三棟のマンションは壁の色だけがそれぞれ違っていた。
手前が青で、中央が白で、奥が緑だった。
パンも買い終え、再びタクシーは走りだした。
その時、宗一郎が
「なあ、お父ちゃん!どの壁の色に住みたい?」
>> 40
難波駅に着いた頃には、太陽は雲に隠れ今にも降りだしそうな天気に変わっていた。
予定通り家電や日用品や宗一郎のおもちゃを買って…
いや、宗一郎のおもちゃは予定外だったが…
最後にチーズケーキを買ってから夕食をとった。
夕食は智江のリクエストでカニのフルコースを食べた。
季節外れの割りには、有名店だからか客で賑わっているようだった。
食事を終えて、幸之助達がその店を出た時には、空は暗く雨が降りだしていた。
買い物をした荷物もあるので、その場所からタクシーで帰る事にした。幸いミナミには至る所に切れ間なくタクシーが走っている。
タクシーに乗るなり智江が言った
「夜のお姉さん達は、今から出勤やねえ…綺麗な人ばっかり…ねえ、幸ちゃん」
確かにタクシーの外には色とりどりの傘をさして、思い思いのファッションできめて、各々の店へと出勤するホステス達の姿があった。
「うん、そうやな…」そう言いながら、無意識にホステス達の中に美雪がいないか…と探している自分がいる事に気付いた。
ミナミを出発して、ちょうど真ん中辺りまで来た頃…智江が明日の朝食のパンを買いたいからと言うので、タクシーを止めてもらった。
>> 39
宗一郎が指差した先には、メリーゴーランドが見えた。
いくら乗り物が苦手な幸之助でもメリーゴーランドなら大丈夫だと思い三人で乗る事にした。
智江が一人で馬に股がり、その隣の馬に幸之助が宗一郎を後ろから抱きかかえるようにして股がった。
メリーゴーランドが動き出した。
幸之助は馬に股がりながら、ついさっきの出来事を思い返していた…いや、思い返すと言うよりも自分の気持ちを整理していた…と言う方が正しいかもしれない。
あの時…あの男に感じた嫉妬心は何だったのだろう…
たんに…美雪が美人だから同じ男として嫉妬したのか…
それとも…その美人が美雪だったから特別に嫉妬したのか…
それに…ママの姿を見た時に感じた…ほっとした感情は何だったんだろう…
幸之助は自問自答したが…答えは見つからなかった。
「幸ちゃん…何か考え事?」
智江が心配そうに聞いた。
「い、いや…これ何周するんやろ?ちょっと気分悪なってきた…」
幸之助はごまかした…。
>> 38
「あの…よろしいですか…?バニラとストロベリーのどちらになさいますか…?」
あの男が美雪とどんな関係であろうと自分には関係ない…
バニラ味のソフトクリームを三つ抱えて、美雪達とは反対方向へ歩き出した時、背中で聞き覚えのある声が…
「遠藤さんも、美雪ちゃんも待たせてごめんやでえ!トイレがえらい混んでてなあ!」
周囲の皆に聞こえるほどの大きな声の主はママの明美だった。
二人きりではなかった…
幸之助はその瞬間、不思議と何とも言いようのない安堵感のようなものを感じていた。
「父ちゃーん!」
大声で呼ぶ声は宗一郎だ。
家族連れやカップル達の人混みの向こうに、ベンチに腰掛ける智江とそのベンチの上でぴょんぴょん飛び跳ねてこちらに手を振っている宗一郎の姿が見えた。
幸之助も大きく手を振り返し、少し小走りに二人の元へ急いだ。
その時、幸之助は視界の端に…こちらを向いている美雪が見えたような気がした…。
今日はこの後、ミナミで買い物と夕食をして帰る予定だったので
「宗、名残惜しいけどそろそろ出よか?」
すると宗一郎は
「うん、わかった…そしたら最後に三人であれ乗ろう!」
>> 37
幸之助は二人がトランポリンで遊んでいる間に、頼まれたソフトクリームを買いに行った。
そこは屋外に沢山のテーブルを出し、何軒か並んだ屋台風のお店で買って来ては、そのテーブルで食事を取るというスタイルだ。
さすがに天気の良い日曜日だけあって、ここも賑わっている。
幸之助はソフトクリームを買う列に並んでいる時に、見覚えのある若い女をみつけた。
幾つも並べられたテーブルの一番端の場所辺りにその若い女は連れの男と、楽しそうに食事を取っている。
若い女は…美雪だった。
岡島に紹介された時の妖艶な美しさとは違って、今日は健康的なスポーティーな装いだ。
あの晩の美雪も…今日の美雪も…どちらも美しい…
幸之助以外にもその美しさに思わず目を奪われている男は何人かいた。
幸之助は周囲の男達に対して…あの美女と俺は知り合いだ…という優越感と、美雪と楽しそうに食事をしている男に対しての、少しの嫉妬を同時に感じていた。
その男は幸之助よりも少し年上に見えた。
恋人なのか…?
客か…?
それとも水商売にありがちなパトロンなのか…?
「…様」
「あの…お客様…」
>> 36
それから二日が経った日曜日…
「父ちゃんも一緒に乗ろーうやー!」
宗一郎がねだる…
「お父ちゃんはこっから、宗とお母ちゃんの写真撮ったるから…はよ行っといで!」
幸之助が拒む…
幸之助は家族揃って遊園地にいた。
元来、過激な乗り物が苦手な幸之助はカメラマンに徹していた。
幸之助は次々と乗り物巡りをする宗一郎に、嬉しそうに付き合う智江を見て、思い出していた。
ここへは独身時代にも智江と来た事があった…
その頃から、乗り物が苦手な幸之助に智江はふくれて言ったのだった
「幸ちゃんと来ても全然面白ないわー」
その言葉に反発して無理をしたのがいけなかった…その帰り道、何度もトイレに駆け込んでは、おう吐したのだ。
どちらにしても…苦い思い出だ…
今日は日曜日だから休みと言う訳ではなかった。
親方を訪ねた日から明後日まで仕事がないのだ。大工と言う稼業には仕事をくれる工務店や施主の都合等で、時々ある事だった。
それ以外にも、雨で休まなければならない日もある。
それにしても…人が多い…だから水族館にしようって言ったのに…
昨日の幸之助のこの案は即座に却下されていた。
「雨の日に行ける!」って理由で…
>> 35
奥さんは嬉しそうに…そう言った。
でも、本当に嬉しいのは奥さんよりも自分かもしれない…
智江を心底愛しいと思った。
幸之助は帰りの電車を一旦、途中で降りた。
智江の大好きなチーズケーキを買う為だ。
家に帰ると、玄関を入るなり宗一郎が飛びつこうとしたが…左手にぶら下げているチーズケーキを見てやめた。そして、大阪中に聞こえるくらいの大声で
「母ちゃーん!チーズケーキー!」
すると智江がすぐさま飛んできて、これまた日本中に聞こえるくらいの大声で
「幸ちゃーん!どうしたーん?ありがとーう!」
智江…
俺が気付かん事に気付いてくれる…
俺にはもったいない妻や…
俺こそありがとう…やで…
幸之助は心の中で…感謝した。
>> 34
東京から大阪に帰って来た当初はうまくやっていたのだが、親方が大工を引退した頃からうまくいかなくなったそうだ。
親方に収入が無く、自分の収入が生活を支えなければいけない状況が腹立たしいのだろうと奥さんは言った。
また、親方に依頼される仕事を幸之助や岡島に譲っている事にも不満を洩らしているらしかった。
一流企業のサラリーマンである息子とは、幸之助も決してうまが合うとは言えなかった。幸之助は今後、自分の生活に余裕がある時は出来るだけの援助を親方夫妻にはしようと思った。
幸之助がそろそろ帰り支度を始めた頃には、時刻は午後六時を過ぎていた。
奥さんが買い物のついでだからと言って幸之助を近くの駅まで送ってくれた。
その道中、奥さんが言った
「智江ちゃんには、くれぐれもよろしく言うといてね」
幸之助は意味がわからず、聞き返すと…
「ほら、親方や私の誕生日…そう、父の日や母の日までプレゼントを送ってくれて…幸ちゃんは知らんかったん?」
知らなかった…でも、知らなかったとは言わず…
「そんな事は…気にせんといて下さい」
そう答えた。
「ほら、今着てるカーディガンも…凄い、気に入ってるんよ」
>> 33
電車に揺られながら幸之助は考えていた。
岡島はもう…金沢に着いただろうか?
それとも今頃…石川県へと続く北陸道の上だろうか?
まだ一日と経っていないのに…何か懐かしさのようなものを感じていた。
親方の家に着いた。
あらかじめ電話をしていたからか、テーブルの上には酒の準備がされていた。
公務員の息子は仕事の為留守で、親方と奥さんとの三人で日本酒を飲みながら語らった。
岡島の話しには…あまり詳しくは事情を知らなかったのか、親方も奥さんも少し淋しそうな表情を浮かべていた。
照れ屋の岡島の事だから、ちゃんとした別れの挨拶が出来なかったのだろうと、奥さんが庇っていた。親方も頷いていた。
対照的に息子の宗一郎の成長ぶりを話している時には笑顔で聞いてくれていた。
幸之助は、遠慮もなく自分の家族の自慢が出来て、それを嬉しそうに聞き入ってくれる人がいる事を幸せに感じた。
一方、親方夫妻の現状はあまり幸せとは言えなかった。
幸之助が住み込みしていた頃には公務員の息子は東京の本社にいたのだが、この息子との折り合いが悪いのだと話してくれた。
>> 32
現場での圭一の仕事ぶりはいたって真面目だった。和也とも気が合うのか、仲良く仕事をしている。幸之助が何よりも驚いたのは圭一が、一年の経験では理解出来ないような仕事を簡単にこなしていた事だ。
圭一の頭の良さもあるだろうが、岡島の育て方に無駄が無かった事も理由の一つだろうと幸之助は思った。
ただ…以前に岡島が言っていた…圭一が時々ズル休みをするという事だけは気がかりだった。
今の現場はその日で終わりという事もあって、仕事は午後の3時頃には終わった。
幸之助は二人を先に帰し、久しぶりに親方を訪ねる事にした。
今日やり終えた仕事も親方の口利きで貰った仕事だった。親方はもう現役を引退していて、同居している公務員の息子の世話になっていた。
それでも親方の大工としての腕前に惚れ込んで仕事を依頼してくる人は少なくはなかった。親方はそんな仕事を幸之助と岡島に、平等に分け与えてくれていたのだった。
親方や奥さんとは電話では時々話していたが、顔を見るのは久しぶりだ。幸之助にとっては親代わりも同然で仕事さえ折り合いがつけば、毎日でも顔を見に行きたいくらいだ。
>> 31
「…ちゃん」
「幸ちゃん…」
翌朝、智江の声に起こされた。
幸之助は慌てて飛び起きた。
二日酔いなのか…頭がガンガンする。
いつもは枕元の目覚まし時計で起きれるのに、さすがに今日は起きれなかった。
「あんた、早くしやんと遅刻するよ…お弁当は下駄箱の上に置いてるからね」
幸之助は急いで作業着に着替えると素早く靴をはいて…いや、慌てて…うまくはけない…。
食卓でパンをかじっていた宗一郎がその姿を見て、笑いながら
「父ちゃん、お弁当忘れたらあかんでえ、パンも置いてるから車で食べなさい」
いつもの…早起きして、ゆったりと朝食を取りゆったりと玄関を出て行く幸之助とのあまりの違いに宗一郎はよっぽど面白かったのだろう。
待ち合わせの森ノ宮駅に着くとすでに和也は来ていた。見馴れた軽トラックのすぐ後ろには圭一が赤いスクーターで待っていた。
一瞬、圭一の顔と昨日の美雪の顔が重なるような錯覚を覚えた。
圭一に軽く右手で挨拶すると幸之助は和也の隣に乗り込んで急いで現場に向かった。
>> 29
さっきまでの幸之助は、美雪の美しさに少しドキドキしていたが…今は落ち着きを取り戻していた。
本当は岡島と美雪の関係の方が気になったが、あえて詮索する事はしなかった。
それに岡島は独身だし、確かに昔の若々しさは失ってはいたが今も尚イイ男には変わりはなかった。仮に美雪とただならぬ関係だったとしても、別に何の問題もない訳だから。
それからしばらくして、スナック・オーシャンをあとにした。
美雪は幸之助達をビルの出入口まで送ってくれ、何度も頭を下げていた。
その後、岡島が馴染みにしているバーをはしごして再び外に出た頃には午前2時を回っていた。
岡島とこんな時間まで飲み歩くなんて事は本当に久しぶりだった。結婚してからは無かったかも知れない。
仕上げにラーメンを食べ、その店をでた所でタクシーを止めた。
幸之助が先に乗り込んで奥へ詰めると…岡島は乗らなかった…運転手に幾らかのお金を握らすと
「幸ちゃん!今日は楽しかった!智江ちゃんや宗にも、よろしくな!」
そう言って車の扉を閉めようとしたのだ。
>> 28
前もって何も聞かされていない…幸之助は益々意味がわからなかったが、次の美雪の一言で謎は解けた。
「今度、弟の圭一がお世話になります。色々迷惑かける事もあるかもわかりませんけど、よろしくお願いします」
岡島とはしょっちゅう鳴門で会っていたが、岡島が圭一を一緒に連れて来る事は全くないと言うほどなかったので…圭一の私生活等は全く知らなかったし、圭一に姉がいるなんて事は勿論初耳だった。
ただ…以前岡島が、弟子の圭一が時々仕事をズル休みするのを、困った奴だと愚痴をこぼしていたのを思い出した。
美雪が自分達姉弟の事を話してくれた。
美雪と圭一は九つ離れていて自分は26才になる…故郷は九州の福岡の小倉で、先に大阪に出て来ていた自分を頼って圭一も大阪に出て来た…その頃自分はキタに勤めていて、その店に客として来ていた岡島に弟の仕事の面倒を見てもらえないかと頼んだ…しばらくは圭一と同居していたが、岡島が敷金を援助してくれて今は住まいを別にしている…両親は健在で真ん中の弟と三人は九州で農業を営んでいる…
岡島はすでに知っているのだろう…美雪の話にときおり黙って頷いていた。
>> 27
背は高く、ミニスカートからのぞくスラッとした長い脚がやけに色っぽい。少し茶色く染めたロングヘアーも美雪の美しさを引き立てていた。
タクシーを降りてから、この店に来る迄に何人かのホステスとすれ違ったが、どのホステスよりも美雪は美しかった。
ママが美雪にそれとなく目で合図をすると、美雪は幸之助達の方へやって来た。それと入れ替わるように、ママは幸之助達に軽く会釈をすると、もう一組の客の方へと向かった。
美雪は幸之助に自己紹介を済ますと岡島に
「岡島さんが、お連れさんと一緒やなんて珍しいね…お友達?」
そう尋ねた。
ママとは違い、品を感じさせる落ち着いた口調だ。
少し間を開けて岡島が答えた…
「うん、いつも話してるやろ…親友の幸ちゃんや」
たったこれだけの会話で、幸之助は岡島と美雪がただの客とホステスの関係ではないと予感した。
美雪は一瞬、淋しそうな表情を浮かべると
「そう…大沢さんをここへ連れて来るって事は…故郷へ帰る決心がついたって事なんやね…」
幸之助は美雪のこの言葉の意味がよくわからなかった。
「そうや、今日は君に紹介する為に幸ちゃんをここへ連れて来たんや」
>> 26
おそらくこの店のママだろう。
特別、美人でもないし…品があるといった風でもない。
他にホステスはいないようだ。
客は他に二人いたが、お世辞にも流行ってるようには思えなかった。
幸之助と岡島は店の一番奥の席にならんで座った。カウンターだけの小さな店だから、もう一組の客との間には空席が五つあるだけだ。
やはり女はママだった。慣れた手付きでウイスキーの水割りを作りながら
「ママの明美です。岡ちゃんには、いつも可愛いがってもらってます。」
そう言って幸之助に挨拶をしたのだ。
岡島がこの店のどこを気に入ってひいきにしているのかは、わからなかったが…独り身の淋しさをまぎらわしたい時に時々、ここへ来ていたのだろうと思った。
岡島と乾杯をしようとグラスを持ち上げた時…
店の扉が開いた
そして女が入って来た。
するとママが
「遅かったなー美雪ちゃん、どこまで煙草買いに行ってたん?心配するやんかー」
ママのその言葉で女がこの店のホステスである事がすぐにわかった。先客に煙草を頼まれて近くの自動販売機に行ったが売り切れで、少し遠くまで行っていたと説明していた。
さびれたスナックには似合わない美しい女だった。
>> 25
知らない女と口をきくくらいなら智江と話す方が気を使う事もないし癒された。
岡島は幸之助のそんな部分をとうに見抜いていたのだろう。
次の店は岡島がおごりたいと言うので鳴門の支払いは幸之助が済ませて店を出た。
店の外は相変わらず、花見客なのか…家族連れやカップルが多い。
タクシーを拾うと行き先を告げ二人はミナミへ向かった。
森ノ宮とミナミはそんなに遠くはない。この時間のタクシーなら10分位だろう。
岡島が運転手に右や左と細かい道を説明してほどなく到着した。
さすがに土曜日という事もあって人が溢れている。
幸之助もミナミには何度も来ているが、それは昼間の話だ。
同じミナミでも、家族でショッピングする地域とスナックやバー等が軒を連ねる地域とは全然場所が違った。
タクシーを降りて、ほんの少し歩いた所にそのビルはあった。
エレベーターを3階で降りて、岡島の指差した店の看板には
スナック・オーシャン
と書かれていた。
薄暗い店内に足を踏み入れるとカウンターの中にいた年輩の女が
「あーら岡ちゃーんいらっしゃーい」
と声をかけた。
幸之助が見たところ…50代半ばといったところだろう。
>> 24
岡島は、今の幸之助の幸せは自分のおかげだとか…
幸之助が智江を追いかけた後、直子と芳美にひどい男だと言われただとか…
挙げ句の果てには自分が結婚出来なかったのは幸之助のせいだと…
幸之助も負けずに言い返しては、その都度二人は大笑いした。
岡島は今日で現場が一段落した事と故郷での仕事の兼ね合いで、明日の昼から夕方くらいには大阪を出るつもりだと言った。
幸之助は智江と見送りに行くと言ったのだが、余計につらいから遠慮してほしいと言われ、渋々承諾した。
時刻もそろそろ21時を少し回っていた。
「なあ幸ちゃん、たまにはミナミでも行かへんか?馴染みの店もあるし…」
大阪では二大歓楽街の難波近辺をミナミと呼び、梅田近辺をキタと呼んだ。
岡島がミナミやキタで飲み歩いていた事は以前から知っていたが、幸之助を誘う事はあまりなかった。
前に冗談で
「一人でばっかり楽しまんと、ベッピンさんがいてる所に俺も連れて行け!」
と言ったら
「あかん、あかん俺が智江ちゃんに怒られる…幸ちゃんは女に免疫がないんやから」
と笑いながら返された。
幸之助も本心では、酒を飲むなら鳴門で充分だし…
>> 23
岡島は、すでに一杯やってる幸之助を見つけると軽く右手を挙げ、店の入り口近くにいたアルバイト店員に生ビールを注文すると、幸之助に
「今日は、とことん付き合ってや、幸ちゃん!」
と言いつつ幸之助の隣に腰をおろした。
勿論そのつもりだ。智江も今日は幸之助の帰りがどんなに遅くなっても怒りはしないだろう。
岡島は昨晩よりかは、ふっ切れた表情で
「幸ちゃん…俺、故郷へ帰るわ…勘当されてたけど…親父やお袋に心配かけてきた事は事実やし…そのお返しやないけど…親孝行せなあかんなと思ったんや」
決心が変わらないうちに…まずこの気持ちを伝えようと思ったのだろう…幸之助はそう思った。
「うん、岡ジがそう言うって事はわかってたよ…俺に何か出来る事があったら何でも言うてくれよ…応援してるから…」
昨晩からわかっていた…もっと言ってあげたい事はいっぱいあったのに…でも…照れくささも手伝って上手く言えなかった。
それからは、岡島が故郷へ帰る話しよりも二人の見習い時代や幸之助家族の話しが話題の中心になった。
智江と付き合うきっかけになった梅田の阪急前での出来事も話題になった。
>> 22
「お疲れっしたっ!」
森ノ宮駅に到着した。
幸之助は弟子の和也が運転する軽トラックを降り、鳴門に向かった。
和也は20才で幸之助の下で働いて二年が経つ。仕事の覚えは悪いが、とにかく真面目で元気の良さに好感が持てた。
軽トラックは幸之助の車だが和也には幸之助の送り迎えをする事を条件に自由に使わせていた。
帰りの車中で、昨晩の岡島とのやりとりを要点だけ簡単に説明してやった。さほど表情を変える事なく黙って聞いていたが、圭一が幸之助の下で働くかもしれない、と言うとこだけは嬉しそうにしていた。
森ノ宮駅の近くには大阪城があり、その大阪城は桜の名所でもある。今日と明日が花見のピークらしく駅周辺はいつもに比べてかなりの人でごった返している。
鳴門の店内も17時半という時刻の割には混んでいる。普段の鳴門は夕方よりも遅い時間が忙しい店なのだ。
岡島がまだ来ていない事を確認すると幸之助はカウンターの一番奥の席に腰をおろした。
しばらく一人で飲んで待つ事にした。
二杯目の焼酎のお湯割りを注文した頃に岡島がやって来た。
今日は一人だ。
>> 21
幸之助は風呂につかりながら、さっきの鳴門での岡島の話しを思い返していた。
本当は故郷に帰る事を幸之助に伝えたかったのに、幸之助の顔を見てるうちに迷いが出て、結論を明日に先延ばしにしたのではないかと思った。
確か…最初に岡島は、大阪を出て行かなければならないと言っていたからだ。
きっと自分の淋しさよりも、自分がいなくなれば幸之助が淋しがると思ったのだろう。
風呂を出てから智江に自分と岡島とのやりとりを全て話した。
智江は幸之助の話しに時おり相槌を打ち、時おり驚いた表情を見せて…最後に一言
「何か…淋しくなるねえ…」
と呟いた。
岡島が明日出す結論を幸之助も智江も何となくわかっていた。
一人息子の宗一郎はすやすや眠っていた。しばらく寝顔を眺めて、宗一郎を起こさないように小さな声で
「宗、おやすみ」
と声をかけた。すると横で一緒に寝顔を眺めていた智江も小さな声で
「この子…幸ちゃんが帰って来るちょっと前まで起きてたんよ…今日は鳴門の日と違うから、お父ちゃんと一緒にお風呂入るって言うて…」
そう言って智江は幸之助の方を向いてニコッと笑った。
その夜…幸之助は智江と久しぶりに愛し合った…
>> 20
幸之助の返事を聞いて安心したのか、圭一は幸之助と岡島に何度も頭を下げてから、明日の朝早いからと言い残して店を出ていった。
岡島はもう一晩考えて明日には結論を出すつもりだと言った。
二人だけになってからはカウンターに移動して、しばらく飲んだ後鳴門を出た。
そして…別れ際に岡島が言った。
「幸ちゃん…俺が迷ってる理由やけど…ほんまは、もう一つあるねん…」
「ん…何や?」
「もう…幸ちゃんと今日みたいに酒、飲まれへんと思ったら淋しなってしもうて…」
相変わらず泣かせる親友だ。
でも…嬉しかった。
親方の下で二人で仕事を覚え、二人で怒られ、二人でよく遊んだ…
幸之助が返した
「岡ジ、明日はいつもの土曜日やで!明日の土曜日は会うてくれへんのんか?…会おうと思ったら岡ジがどこにおっても会いに行くで俺は!」
岡島はクルッと背中を向けた。背中を向けたまま右手で軽く鼻をすすって、振り返る事もなく…その右手を挙げて幸之助とは逆の方向へと歩いて行った。
森ノ宮駅の時計の針は21時30分を指していた。
四月にしては風が冷たかった。
>> 19
故郷へ帰るとなると、岡島とは今までのように再々会えなくなる淋しさはあったが、幸之助は素直に悪い話しではないと思った。
工務店経営の仕事も大工として一流の岡島なら、そつなくこなせるような気もした。
幸之助は自分が思っている事を岡島には正直に伝えた。
しかし、岡島は迷っていた。
一つは…病で倒れた父親が生命は助かったものの脳に障害が残り、物事を考えるという事がかなり困難になっているという事だった。
それは父親の介護を拒んでいるのではなく、他に理由があった。
自分への勘当が解かれた事と、後継者に指名されたいきさつの両方に父親の意志が全く反映されてないからだと言うのだ。
もう一つは…田舎での工務店経営は厳しく、二人の兄貴が継がずに、自分を指名するという事はその厳しさにかなりの覚悟がいるだろうという事だった。
幸之助は黙って聞いていた。岡島がどちらの結論を出すにしても、自分に出来る事があるなら出来るだけの応援をしようと思った。
それから…岡島は、もし自分が故郷へ帰る事になったなら自分が面倒をみている圭一を頼みたいと言った。
圭一も幸之助に頭を下げた。
勿論、幸之助は快く引き受けた。
>> 18
鳴門の暖簾をくぐって店に入ると入り口からすぐ近くの席に岡島はいた。
岡島は一人ではなく見習いの圭一も一緒だった。
店内はカウンター席が八席で四人掛けのテーブルが二つある。
いつもはカウンター席で飲むのだが、今日はテーブル席の片側に二人並んで座って幸之助を待っていた。
幸之助の為に席を開けていてくれてたのだろう。
「岡ジすまん、待たせたみたいやな…圭一も久しぶりやな、親方に迷惑掛けんと頑張ってるか?」
圭一は岡島の下で働いて一年ほどになる。歳は17だった筈だ。
幸之助のキャリアでさえまだまだ勉強が必要な世界なのだから一年の経験ではほとんど何も出来ないに等しい。
幸之助が席に着くなり
「幸ちゃん…俺、大阪から出て行かなあかんねん…」
「な、何で?…出張か?」
「幸ちゃん…わざわざここへ呼び出して…出張の報告すると思うか?」
それはそうだ。全く予想してなかった話しの内容に、つい真面目にそう聞いてしまったのだ。
詳しく話しを聞くと…故郷の石川県で工務店を営む父親が病に倒れ、跡継ぎに岡島が指名されたと言うのだ。
不良をしていた岡島は19才の時に親から勘当され大阪に出てきていたのだった。
幸之助は駅前の公衆電話から女房の智江に電話をかけた。
「すまん、今日も岡島と鳴門で一杯やるから飯はいらんで!」
「いつも電話なんか、しやへんくせに珍しいなあ」
「う…ん、それがな岡島の様子がいつもと違うんや…真面目な調子で、俺に話しがあるって…」
「話しって?」
昔とは違って今は幸之助も岡島もそれぞれに独立をしていた。
お互いがそれぞれに見習いの弟子をかかえる身分になっていた。
大きな仕事でもない限りは同じ現場で仕事を一緒にする事もなかった。
鳴門へは毎週水曜日と土曜日に行こうと二人のあいだでは決めていたが、必ず守らなくてはいけない約束ではなかった。どちらかの仕事が長引いてどちらかが来れずに、お互いが結局一人で飲む事も度々あった。
「わからん…けど、わざわざ今日俺の現場まで来て、そう言うたんや」
「そういえば…今日、金曜日やもんね…」
「うん」
「何か悩み事やろうか?…うちら岡島君には色々世話になったんやし…帰りは何時になってもええから、最後までちゃんと話し聞いたって」
「うん、わかった」
そう返事をして電話を切った。
✋お詫び✋
自分自身で読み返してみて、誤字脱字の多い事にビックリしました💧
登場人物の名前を間違えてる箇所もありました💧
誠に申し訳ありません⤵⤵
以後、出来るだけ気をつけて書き進めていくつもりですので、読みにくいとは思いますが、どうぞよろしくお願いします💦
>> 15
「お、おう」
何が何だか訳がわからなかった。
でも…智江を追いかけた…他人にぶつかりながらも必死で追いかけた。
…見えた!智江ちゃんだ!…
「智江ちゃーん!」
周りの人ごみが一斉にこっちを見た。でも恥ずかしさは全然なかった。
だが、智江だけが振り向かなかった。
更に大きな声で
「智江ちゃーん!頼む!止まってくれー!」
あっ…止まった…動かない…
いや…こっちに向かって歩いて来る…大きな歩幅で…
智江が目の前まで来た…と思った瞬間、さっき空振りした智江のビンタが今度は見事に幸之助の左頬に命中した。
訳がわからない…
状況を整理する間もなく…今度は幸之助にしがみついて大声で泣き出したのだ。
「エーン…ごめん…ヒック…痛かった?…エーン …うちな…うちな…ヒック…悔しかってん…エーン」
幸之助は何も言わなかった…ただじっと抱きしめていた…
左頬だけが少し熱かった…
>> 14
「直子ちゃん、俺がリクエストした娘はこの娘とは違うで、俺はこんなちっちゃい娘趣味ちゃうしな」
直子は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
更に岡島が続けた。
「なんか、しらけたなあーこんなんやったら奈美恵ちゃ…」
全てを言い終わらないうちに智江が
「うちは…うちは…頼まれたから…来ただけや!」
明らかに智江の声と身体は怒りと屈辱感で震えていた。そして智江は自分の手のひらを岡島の頬めがけふりぬいた。
しかし、直子が智江の両肩をしっかり捕まえていた為に岡島に当たる事はなかった。
だが何故か岡島は地面に這いつくばっていた…智江の手のひらよりも早く幸之助の拳が命中していたのだ。
「岡ジ!岡ジ!謝れ!智江ちゃんに謝れや!」
智江は直子の手を振りほどいて走りだした。人ごみをかき分けるように走りだした。
幸之助の怒りはまだ収まらない。
「岡ジ!いったいどう…」
岡島が地面から幸之助を見上げるようにして言った。
「何してんねん、幸ちゃん!はよ追いかけろ」
「は…?」
「何年、友達やってると思ってんねん!幸ちゃん、智江ちゃんの事好きやったんやろ!ええから、はよ追いかけろ!」
>> 13
「ごめーん!待ったあ?これでも、頑張って急いだんやけど…」
直子が申し訳なさそうに言った。
幸之助は智江を見ていた。芦屋の現場で何度も見ていたが、こんなに近い距離で見るのは初めてだった。
「ぜーんぜん、俺達も今来たとこやし!あっ俺、山村って言うねん、山ちゃんて呼んでな!」
この山村の少し図々しい明るさが皆の緊張を随分和らげた。だが何故か岡島だけは表情が硬かった…
直子が智江の後ろに回り両肩に手を置き、まるで岡島に差し出すような仕草でおどけて言った。
「岡島君、リクエストに応えて智江ちゃんを連れて来ましたよ!」
幸之助は…智江が自分に会いに来た訳ではなく…直子から岡島が会いたがってると聞いてここへ来たのだ…そして岡島の事が嫌ならここへは来なかっただろう…と思った。
なのにどうして自分がここへ来たのか幸之助自身にもわからずにいた。
「智江はー強力なライバルやから…うーん本当は誘いたくなかったんやけど…奈美恵が急に無理になったから…」
今度は少し甘えるような口調で直子が言った。
さっきから何故か不機嫌そうな岡島が、その調子とは真逆のきっぱりとした口調で…
>> 12
待ち合わせ場所に着いたようだ。
直子達の姿はまだない。
着いたにも関わらず幸之助には右も左もわからない。梅田という土地に来た事じたいが初めてなのだ。
ただ、このような繁華街に来る事は初めてではない。西成から程近い難波には何度か遊びに行った事がある。
時刻は11時55分だ。
智江ちゃんは来るだろうか?
そんな事を頭の中でぼんやり考えていた時に岡島が幸之助に言った。
「あの向こうの方に見えるのん直子ちゃんと違うか?」
まだ、顔までははっきりと見えなかったが、人ごみに時々遮られながらもチラチラ見えるシルエットは確かに直子のような気がする。
「うん、そうみた…」返事を言い終わらないうちに山村が
「えっ?どの娘?あの娘か?…べっぴんさんやなあ」
どうやらルックスだけではなく視力も抜群にいいようだ。
それから少しすると、直子を真ん中に挟んでこちらに歩いてくる三人組がようやく幸之助にも確認が出来た。
直子の右側を歩いて来るちっちゃい娘…
智江ちゃんだ!
幸之助は思わず叫んだ…心の中で…
>> 11
梅田駅に着いた。
改札を出た辺りから少し離れた所でこっちに向かって手を振っている男がいる。
どうやらあれがもう一人の友達らしい。
その男とは初対面だ。岡島が昔バイトをしていた時の同僚だと言っていた。
「おーい!岡ちゃん久しぶり!」
その男は幸之助にも
「幸ちゃん、今日はよろしく!俺、山村って言うねん。山ちゃんて呼んで!」
安心した…これなら気を使わなくて済みそうだ。
ただ…一つ気になった事は、この山村が岡島に負けず劣らずのイイ男だった事だ。
何だかこの先の展開がわかりすぎるほど予想出来た。岡島が気にいってる娘が智江で、それ以外の娘は岡島を気にいってる。仮に岡島を諦めたとしても、山村に乗り換える事はあっても幸之助に乗り換える事はないような気がした。
そんな事を考えながらも幸之助は二人について阪急前へと歩きだした。
>> 10
「今日の岡ジは完璧やなあ。いつもの汚い作業着が嘘みたいや!」
冗談ではなく本気でそう思った。作業着を脱いで私服できめた岡島は二枚目俳優にも負けない位の男っぷりだ。
「幸ちゃんも着替えよか」
「俺はこれでええよ…一応、よそ行きなんやけどなあ…」
実際、これでも頑張ったつもりだ。
「あかんあかん、俺のええ服貸したるから着替えよ!」
言い出したらきかない岡島の性格を知っていた幸之助は渋々了解した。
幸い、岡島のアパートは幸之助が居候していた親方の家とは同じ西成区内で目と鼻の先だ。
岡島の家で少しコーディネートに時間はかかったが、今から出発すれば充分間に合う時間だ。
「そしたら、幸ちゃん行こうか!」
岡島が言った。
「岡ジ…気い使わせてごめんな…ありがとう」
岡島に借りた洋服は、さっきまで着ていた幸之助のよそ行きとは値段もセンスも雲泥の差だ。まあ首から上には相変わらず自信はなかったが…
地下鉄玉出駅から梅田駅までは40分ほどだ。どうやら駅を降りたとこ辺りでもう一人の友達と合流する事になっているらしい。
智江ちゃんは来るだろうか?
>> 9
その後…待ち合わせの時間と場所を決めて、直子達とは別れた。
親方が一言…
「若いもんは、ええのう」とニヤニヤしながら言った。
直子に軽く肩を押された娘は芳美で、直子の一言一言に終始、相槌を打っていた娘が奈美恵という名前だとわかった。そして顔を真っ赤っかにするちっちゃい娘の名前が智江だという事もわかった。
明後日の日曜日、12時に梅田の阪急前で待ち合わせだ。
智江ちゃんは来るだろうか?
いや、そんな事より岡島の出した条件が意外だった。岡島のタイプは絶対に直子だと思っていたからだ。
そんな事を考えながら仕事をしてたからか、午後からの仕事がどうにも手に付かなかった。
この現場も明日で終わりだ。
翌日も何となく上の空だったが仕事は無難にこなした。親方には二、三度怒鳴られたが…
そして…
日曜日が来た。
>> 8
当の岡島はキョトンとしている。
「て言うよりも…私ら全員あんたと友達になりたいんやんか…あんた名前何ていうん?」
親方は全然知らん顔で弁当を掻き込んでいる。いや、少し口元が笑っているようにも見える。
「お、俺岡島って言うねん…こいつが同い年の幸之助や…」
岡島が見知らぬ女に声を掛けられるのは初めてではなかった。それなりに遊んでる風でもあったし、男の幸之助から見てもかなりのイイ男だった。幸之助にはそんな経験もなければ、男っぷりもお世辞にもいいとは言えないので時々羨ましく思った事もあった。だが流石の岡島もいっぺんに三人の女から声を掛けられた事はなかったのか少し動揺してるようだ。
「あさっての日曜は休みやろ?私ら三人と遊ぼうや!幸之助君も遊ぼう!そや、もう一人誘って-や!そしたら三対三になるし」
岡島は少し考える素振りをした後…
「わかった、その代わり条件がある。確か…もう一人ちっちゃいこがおるやろ?そのこも誘ってほしい。」
今度は直子が少し考えた後…
「智江か…岡島君のタイプなん?」
「そんなんちゃうよ!でも誘ってほしい。」
「う…ん…わかった、誘ってみるわ」
>> 7
智江を除いた三人が印刷所の方から現場の方に向かって歩いて来るのが見えた。
それと同時に親方が
「そろそろ飯やな…岡ジ!幸ちゃん!飯にしよか!」実によく通る声だ。
幼い時に父を亡くし、二年前に母を亡くしていた幸之助は親方の家に住み込んでいて、お弁当は親方の奥さんがいつも同じ物を二つ作ってくれていた。
そのお弁当を広げ、さあ食べようと思った時、いつもは素通りする筈の女事務員達がこっちに近付いてきたのだ。
そして一番背の高い女が口を開いた。
「私、直子って言うんやけど…このこがあんたと友達になりたいって言うてやんねん」と言って自分の右側にいる女の肩を幸之助達に差し出すように少し押したのだった。
その時に気がついた。幸之助が度々目が合うと思っていたのは勘違いで、本当に目が合っていたのはいつも隣で仕事をしていた岡島だったという事に…
>> 6
ある日、その当時から一緒に仕事をしていた、仲間でもあり友人でもある岡島が言った。
「なあ宗ちゃん、四人の中でどのこがタイプや?」
「うーん…そうやな…一番背の高いこかな」
「うんうん、確かにあのこが一番べっぴんや」
それは智江ではなかった。
岡島が言った…
「でも意外やな…宗ちゃんのタイプって…あの…前通る時に顔真っ赤っかにするこやと思うてたで」
それが智江だ。
本当は岡島の言う通り智江の事が一番気になっていた。職人のほとんどがお昼の合図にしていた事もあり、女事務員が前を通る事の待ち遠しさも手伝って、とにかくジロジロ見るようになっていたのだ。
その視線を感じてか、前を通る智江はいつも火が出そうなほど顔が真っ赤っかだったのだ。
幸之助はいつしかそんな智江が可愛く思えてならなくなっていた。
そのてん、容姿端麗な一番背の高い女は実に堂々とした見事な歩きっぷりだった。逆にこっらが見られてる気さえした。実際、何度か目が合う事もあった。
建物も完成して、幸之助達の仕事もそろそろ終わろうとしていた…
そんなある日…
>> 5
「宗、お父ちゃんと一緒に風呂入ろうか?」
「うん、入る!」
台所で洗い物をしながら智江が幸せそうな笑みを浮かべていた。
幸之助にとってもこのひとときが、辛い仕事も忘れさせてくれ幸せを感じる時だった。
それに…俺は智江と一緒になって良かったな…と心の底から思えるひとときでもあった。
智江と初めて出会ったのは幸之助が28才の時で智江は25才だった。
幸之助が大工として一人前になる少し前だ。兵庫県の芦屋から少し離れた現場で仕事をしている時だった。
その現場から100メートルほど離れた所に小さな印刷所があり、そこの女事務員達が昼ご飯時になるとお弁当の買い出しに行くのに、幸之助が仕事をしている現場の前を通るのだった。
その現場は大邸宅の一部を取り壊して新たに建て変えるという大仕事だった。
いつしかその現場で働く職人のほとんどが女事務員達が現場の前を通るのを合図に自分達もお昼ご飯にするようになっていた。
その女事務員達の中に智江はいた。お弁当の数によって一人しか前を通らない日もあれば四人通る日もあった。
>> 4
【宗一郎・七才】
「お-い!智江、宗!今帰ったで-!」
午後七時を少しまわっていた。
幸之助のしゃがれたその声を聞くなり一人息子の宗一郎が玄関まで駆け足でやって来た。
「お父ちゃん、お帰り!」
そう言うなり幸之助めがけてジャンプしてくる。幸之助がそれをしっかり受け止める。毎度の事だから受け止め損なった事は一度もない。
台所の方から声がした。女房の智江だ。
「あんた遅かったな-現場、住吉やろ?どこで浮気してたん?」
浮気してたん?…言葉の響きで冗談だという事はわかっていた。智江の愛情の裏返しのようなもので、幸之助が浮気など出来ない男だとわかってて、わざと言うのだ。
「おう!岡島と駅前の鳴門で一時間ほど、浮気してきたで!」
「へ-、そら良かったな-お風呂沸いてるから、はよ入り」
幸之助家族がこの森ノ宮に住んでから七年が経っていた。以前は西成の小さなアパートに住んでいたのだが、宗一郎が生まれたのをきっかけにこの森ノ宮に引っ越して来たのだった。
岡島は幸之助の大工仲間で無論男だ。
鳴門は駅前の居酒屋で仕事終わりに岡島とはちょくちょく顔を出す店だ。
「めしは鳴門で済ませたから、いらんで」
>> 2
母ちゃんがまた何かを言おうとしていた。
母ちゃんの手の中の生命の灯火が少し大きくなった。いや、そんな気がした。
「宗…一郎…母ちゃん…の…最後の…お願い…や…もう……もう父ちゃんの…事で…苦しん…だらあかん…悪いのは…全部…母ちゃんや…から…宗ちゃんは…いっこも…悪ない…」
宗ちゃんと呼ばれるのは久しぶりだった。
確か…中学生に上がるまではそう呼ばれていたような気がする。だが一方で、父ちゃんが死んだ日を境に宗ちゃんから宗一郎に変わったような気もする。はっきりと思い出せない。
宗一郎が小学二年生の時に父ちゃんは天国に行った。その日の夜、母ちゃんが布団の中でしくしく泣いていた。母ちゃんが泣いていたのを見たのは後にも先にも、それが最後だ。母ちゃんはその夜が明けると今までの何倍も強い母ちゃんに生まれ変わっていたのだった。
「お…俺…俺…苦しんでないよ…でも…母ちゃん…ごめんな…ほんまにごめんな」
母ちゃんが少し笑った。
そして…
「あほ…あ…ほやな…宗…」
母ちゃんの身体の中で小さく揺れていた生命の灯火が今消えた。
宗一郎がしっかり握っていた母ちゃんの左手からも…
「母ちゃ―ん!母ちゃ―ん!」
>> 1
その時の母ちゃんの手は白く長く、そして細い美しい手だった。こんなにしわだらけの手に変えたのは、全部自分のせいのような気がしてきて更に涙が溢れてきた。
「どう…や?宗一郎…に誇れる…人生歩いて…来たか…母ちゃんは?」
宗一郎の特別な能力を母ちゃんだけは知っていた。
宗一郎には他人の過去と未来を感じ見る能力があった。
それには相手の片方の手を両手で握って、眉間に意識を集中させる必要があった。
「母ちゃんは…昔も今も…それにこれからも…俺の…自慢の母ちゃん…やで…」
そう答えた。
母ちゃんの過去をのぞいたりは出来なかったが…そう答えた。
宗一郎はこの能力を知るきっかけになった事件以来、能力を使う事はしなかった。と言うよりも自分自身が怖くて使えなかった。
幸い、宗一郎自身が眉間に意識を集中させない限りは、いくら他人の手を握っても勝手に過去や未来が見える事はなかった。
母ちゃんの呼吸がだんだん激しくなってきた。それとは逆に宗一郎の手を握り返す手に力が感じられなくなってきた。
母ちゃんに終わりが近づいているのだろう…
【母ちゃんとの別れ】
宗一郎は病室にいた。昔より随分小さくなった母ちゃんの命が、今終わりを告げようとしていた。
「母ちゃん、親不孝やった…俺…いつも…」
涙で声にならない…
「いい…んや…お前は…母ちゃんの…生きがいやったん…やから…」
カーテンの外はきっと雨だろう。病院へ向かう時には降っていなかったが、今は二人の会話以外の別の音がするのがわかった。母ちゃんの命の鼓動を機械が少し遅れたリズムで刻んでいた。その電子音に合いの手を入れるように地面に叩きつけられる雨音がかすかに聞こえていた。
宗一郎の背後には初老の主治医と若い看護婦の二人が立っていた。二日前の面会の時は「これ以上は患者さんのお身体にさわりますので…」と注意されたが、今日は何も言わない。
「宗一郎…母ちゃんの…手を…握って…くれへんか…」
「う、うん…うん」
布団の間から少しのぞいた母ちゃんの左手を両手で包み込むようにしっかり握った。
「母ちゃんの手…随分小さ…なったな…」
「あほ…やな…宗一郎が大き…なったんやんか…」
子供の時、宗一郎の体操服にゼッケンを縫い付けてくれた母ちゃんの手を思い出した。
- << 2 その時の母ちゃんの手は白く長く、そして細い美しい手だった。こんなにしわだらけの手に変えたのは、全部自分のせいのような気がしてきて更に涙が溢れてきた。 「どう…や?宗一郎…に誇れる…人生歩いて…来たか…母ちゃんは?」 宗一郎の特別な能力を母ちゃんだけは知っていた。 宗一郎には他人の過去と未来を感じ見る能力があった。 それには相手の片方の手を両手で握って、眉間に意識を集中させる必要があった。 「母ちゃんは…昔も今も…それにこれからも…俺の…自慢の母ちゃん…やで…」 そう答えた。 母ちゃんの過去をのぞいたりは出来なかったが…そう答えた。 宗一郎はこの能力を知るきっかけになった事件以来、能力を使う事はしなかった。と言うよりも自分自身が怖くて使えなかった。 幸い、宗一郎自身が眉間に意識を集中させない限りは、いくら他人の手を握っても勝手に過去や未来が見える事はなかった。 母ちゃんの呼吸がだんだん激しくなってきた。それとは逆に宗一郎の手を握り返す手に力が感じられなくなってきた。 母ちゃんに終わりが近づいているのだろう…
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