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飲み会で言われた失礼な発言が許せない
この世の中に、そして宇宙にあるものは
友達ってなんだろう

霊感ドライバー大沢宗一郎

レス129 HIT数 5243 あ+ あ-

F.S( EOhGh )
08/05/08 18:18(更新日時)

とりあえず、頑張ります💦

最後まで書けたら👏👏👏拍手して下さい💦

No.925346 08/03/27 08:44(スレ作成日時)

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No.1 08/03/27 09:42
F.S ( EOhGh )

【母ちゃんとの別れ】

宗一郎は病室にいた。昔より随分小さくなった母ちゃんの命が、今終わりを告げようとしていた。

「母ちゃん、親不孝やった…俺…いつも…」

涙で声にならない…

「いい…んや…お前は…母ちゃんの…生きがいやったん…やから…」

カーテンの外はきっと雨だろう。病院へ向かう時には降っていなかったが、今は二人の会話以外の別の音がするのがわかった。母ちゃんの命の鼓動を機械が少し遅れたリズムで刻んでいた。その電子音に合いの手を入れるように地面に叩きつけられる雨音がかすかに聞こえていた。
宗一郎の背後には初老の主治医と若い看護婦の二人が立っていた。二日前の面会の時は「これ以上は患者さんのお身体にさわりますので…」と注意されたが、今日は何も言わない。

「宗一郎…母ちゃんの…手を…握って…くれへんか…」

「う、うん…うん」

布団の間から少しのぞいた母ちゃんの左手を両手で包み込むようにしっかり握った。

「母ちゃんの手…随分小さ…なったな…」

「あほ…やな…宗一郎が大き…なったんやんか…」

子供の時、宗一郎の体操服にゼッケンを縫い付けてくれた母ちゃんの手を思い出した。

No.2 08/03/27 10:28
F.S ( EOhGh )

>> 1 その時の母ちゃんの手は白く長く、そして細い美しい手だった。こんなにしわだらけの手に変えたのは、全部自分のせいのような気がしてきて更に涙が溢れてきた。

「どう…や?宗一郎…に誇れる…人生歩いて…来たか…母ちゃんは?」

宗一郎の特別な能力を母ちゃんだけは知っていた。
宗一郎には他人の過去と未来を感じ見る能力があった。
それには相手の片方の手を両手で握って、眉間に意識を集中させる必要があった。

「母ちゃんは…昔も今も…それにこれからも…俺の…自慢の母ちゃん…やで…」

そう答えた。
母ちゃんの過去をのぞいたりは出来なかったが…そう答えた。

宗一郎はこの能力を知るきっかけになった事件以来、能力を使う事はしなかった。と言うよりも自分自身が怖くて使えなかった。
幸い、宗一郎自身が眉間に意識を集中させない限りは、いくら他人の手を握っても勝手に過去や未来が見える事はなかった。


母ちゃんの呼吸がだんだん激しくなってきた。それとは逆に宗一郎の手を握り返す手に力が感じられなくなってきた。
母ちゃんに終わりが近づいているのだろう…

No.3 08/03/27 22:38
F.S ( EOhGh )

>> 2 母ちゃんがまた何かを言おうとしていた。
母ちゃんの手の中の生命の灯火が少し大きくなった。いや、そんな気がした。

「宗…一郎…母ちゃん…の…最後の…お願い…や…もう……もう父ちゃんの…事で…苦しん…だらあかん…悪いのは…全部…母ちゃんや…から…宗ちゃんは…いっこも…悪ない…」

宗ちゃんと呼ばれるのは久しぶりだった。
確か…中学生に上がるまではそう呼ばれていたような気がする。だが一方で、父ちゃんが死んだ日を境に宗ちゃんから宗一郎に変わったような気もする。はっきりと思い出せない。
宗一郎が小学二年生の時に父ちゃんは天国に行った。その日の夜、母ちゃんが布団の中でしくしく泣いていた。母ちゃんが泣いていたのを見たのは後にも先にも、それが最後だ。母ちゃんはその夜が明けると今までの何倍も強い母ちゃんに生まれ変わっていたのだった。

「お…俺…俺…苦しんでないよ…でも…母ちゃん…ごめんな…ほんまにごめんな」

母ちゃんが少し笑った。
そして…
「あほ…あ…ほやな…宗…」

母ちゃんの身体の中で小さく揺れていた生命の灯火が今消えた。
宗一郎がしっかり握っていた母ちゃんの左手からも…

「母ちゃ―ん!母ちゃ―ん!」

No.4 08/03/27 22:57
F.S ( EOhGh )

>> 3 もう、母ちゃんが返事を返す事はなかった。
さっきまで微かに聞こえていた雨音が、今ははっきりと聞こえた。

主治医が事務的に生命の終わりを確認して
「ご臨終です。」
その言葉の後に死亡時間を言ってたようだが…聞こえてはなかった。

宗一郎には母ちゃんしかいなかった。兄弟もなく親戚と呼べるほどの親戚もいない。
あらためてそんな事を考えると何とも言いようのない淋しさがこみ上げてきた。

「一人ぼっちか…」

宗一郎は聞こえるか聞こえないかのような小さな声で呟いた。

母、智江58才の生涯だった。

宗一郎は30才になっていた。

No.5 08/03/28 06:47
F.S ( EOhGh )

>> 4 【宗一郎・七才】

「お-い!智江、宗!今帰ったで-!」

午後七時を少しまわっていた。
幸之助のしゃがれたその声を聞くなり一人息子の宗一郎が玄関まで駆け足でやって来た。
「お父ちゃん、お帰り!」

そう言うなり幸之助めがけてジャンプしてくる。幸之助がそれをしっかり受け止める。毎度の事だから受け止め損なった事は一度もない。

台所の方から声がした。女房の智江だ。

「あんた遅かったな-現場、住吉やろ?どこで浮気してたん?」

浮気してたん?…言葉の響きで冗談だという事はわかっていた。智江の愛情の裏返しのようなもので、幸之助が浮気など出来ない男だとわかってて、わざと言うのだ。

「おう!岡島と駅前の鳴門で一時間ほど、浮気してきたで!」

「へ-、そら良かったな-お風呂沸いてるから、はよ入り」

幸之助家族がこの森ノ宮に住んでから七年が経っていた。以前は西成の小さなアパートに住んでいたのだが、宗一郎が生まれたのをきっかけにこの森ノ宮に引っ越して来たのだった。
岡島は幸之助の大工仲間で無論男だ。
鳴門は駅前の居酒屋で仕事終わりに岡島とはちょくちょく顔を出す店だ。

「めしは鳴門で済ませたから、いらんで」

No.6 08/03/28 07:39
F.S ( EOhGh )

>> 5 「宗、お父ちゃんと一緒に風呂入ろうか?」
「うん、入る!」

台所で洗い物をしながら智江が幸せそうな笑みを浮かべていた。

幸之助にとってもこのひとときが、辛い仕事も忘れさせてくれ幸せを感じる時だった。

それに…俺は智江と一緒になって良かったな…と心の底から思えるひとときでもあった。


智江と初めて出会ったのは幸之助が28才の時で智江は25才だった。

幸之助が大工として一人前になる少し前だ。兵庫県の芦屋から少し離れた現場で仕事をしている時だった。
その現場から100メートルほど離れた所に小さな印刷所があり、そこの女事務員達が昼ご飯時になるとお弁当の買い出しに行くのに、幸之助が仕事をしている現場の前を通るのだった。
その現場は大邸宅の一部を取り壊して新たに建て変えるという大仕事だった。
いつしかその現場で働く職人のほとんどが女事務員達が現場の前を通るのを合図に自分達もお昼ご飯にするようになっていた。

その女事務員達の中に智江はいた。お弁当の数によって一人しか前を通らない日もあれば四人通る日もあった。

No.7 08/03/28 08:15
F.S ( EOhGh )

>> 6 ある日、その当時から一緒に仕事をしていた、仲間でもあり友人でもある岡島が言った。

「なあ宗ちゃん、四人の中でどのこがタイプや?」

「うーん…そうやな…一番背の高いこかな」
「うんうん、確かにあのこが一番べっぴんや」

それは智江ではなかった。

岡島が言った…
「でも意外やな…宗ちゃんのタイプって…あの…前通る時に顔真っ赤っかにするこやと思うてたで」

それが智江だ。
本当は岡島の言う通り智江の事が一番気になっていた。職人のほとんどがお昼の合図にしていた事もあり、女事務員が前を通る事の待ち遠しさも手伝って、とにかくジロジロ見るようになっていたのだ。
その視線を感じてか、前を通る智江はいつも火が出そうなほど顔が真っ赤っかだったのだ。
幸之助はいつしかそんな智江が可愛く思えてならなくなっていた。
そのてん、容姿端麗な一番背の高い女は実に堂々とした見事な歩きっぷりだった。逆にこっらが見られてる気さえした。実際、何度か目が合う事もあった。

建物も完成して、幸之助達の仕事もそろそろ終わろうとしていた…
そんなある日…

No.8 08/03/28 08:55
F.S ( EOhGh )

>> 7 智江を除いた三人が印刷所の方から現場の方に向かって歩いて来るのが見えた。

それと同時に親方が
「そろそろ飯やな…岡ジ!幸ちゃん!飯にしよか!」実によく通る声だ。

幼い時に父を亡くし、二年前に母を亡くしていた幸之助は親方の家に住み込んでいて、お弁当は親方の奥さんがいつも同じ物を二つ作ってくれていた。
そのお弁当を広げ、さあ食べようと思った時、いつもは素通りする筈の女事務員達がこっちに近付いてきたのだ。
そして一番背の高い女が口を開いた。
「私、直子って言うんやけど…このこがあんたと友達になりたいって言うてやんねん」と言って自分の右側にいる女の肩を幸之助達に差し出すように少し押したのだった。

その時に気がついた。幸之助が度々目が合うと思っていたのは勘違いで、本当に目が合っていたのはいつも隣で仕事をしていた岡島だったという事に…

No.9 08/03/28 09:44
F.S ( EOhGh )

>> 8 当の岡島はキョトンとしている。

「て言うよりも…私ら全員あんたと友達になりたいんやんか…あんた名前何ていうん?」
親方は全然知らん顔で弁当を掻き込んでいる。いや、少し口元が笑っているようにも見える。

「お、俺岡島って言うねん…こいつが同い年の幸之助や…」

岡島が見知らぬ女に声を掛けられるのは初めてではなかった。それなりに遊んでる風でもあったし、男の幸之助から見てもかなりのイイ男だった。幸之助にはそんな経験もなければ、男っぷりもお世辞にもいいとは言えないので時々羨ましく思った事もあった。だが流石の岡島もいっぺんに三人の女から声を掛けられた事はなかったのか少し動揺してるようだ。

「あさっての日曜は休みやろ?私ら三人と遊ぼうや!幸之助君も遊ぼう!そや、もう一人誘って-や!そしたら三対三になるし」

岡島は少し考える素振りをした後…
「わかった、その代わり条件がある。確か…もう一人ちっちゃいこがおるやろ?そのこも誘ってほしい。」

今度は直子が少し考えた後…
「智江か…岡島君のタイプなん?」

「そんなんちゃうよ!でも誘ってほしい。」
「う…ん…わかった、誘ってみるわ」

No.10 08/03/28 13:24
F.S ( EOhGh )

>> 9 その後…待ち合わせの時間と場所を決めて、直子達とは別れた。

親方が一言…
「若いもんは、ええのう」とニヤニヤしながら言った。

直子に軽く肩を押された娘は芳美で、直子の一言一言に終始、相槌を打っていた娘が奈美恵という名前だとわかった。そして顔を真っ赤っかにするちっちゃい娘の名前が智江だという事もわかった。

明後日の日曜日、12時に梅田の阪急前で待ち合わせだ。

智江ちゃんは来るだろうか?
いや、そんな事より岡島の出した条件が意外だった。岡島のタイプは絶対に直子だと思っていたからだ。

そんな事を考えながら仕事をしてたからか、午後からの仕事がどうにも手に付かなかった。
この現場も明日で終わりだ。


翌日も何となく上の空だったが仕事は無難にこなした。親方には二、三度怒鳴られたが…


そして…
日曜日が来た。

No.11 08/03/28 17:21
F.S ( EOhGh )

>> 10 「今日の岡ジは完璧やなあ。いつもの汚い作業着が嘘みたいや!」
冗談ではなく本気でそう思った。作業着を脱いで私服できめた岡島は二枚目俳優にも負けない位の男っぷりだ。
「幸ちゃんも着替えよか」

「俺はこれでええよ…一応、よそ行きなんやけどなあ…」

実際、これでも頑張ったつもりだ。

「あかんあかん、俺のええ服貸したるから着替えよ!」

言い出したらきかない岡島の性格を知っていた幸之助は渋々了解した。
幸い、岡島のアパートは幸之助が居候していた親方の家とは同じ西成区内で目と鼻の先だ。
岡島の家で少しコーディネートに時間はかかったが、今から出発すれば充分間に合う時間だ。

「そしたら、幸ちゃん行こうか!」
岡島が言った。

「岡ジ…気い使わせてごめんな…ありがとう」
岡島に借りた洋服は、さっきまで着ていた幸之助のよそ行きとは値段もセンスも雲泥の差だ。まあ首から上には相変わらず自信はなかったが…


地下鉄玉出駅から梅田駅までは40分ほどだ。どうやら駅を降りたとこ辺りでもう一人の友達と合流する事になっているらしい。


智江ちゃんは来るだろうか?

No.12 08/03/28 17:48
F.S ( EOhGh )

>> 11 梅田駅に着いた。
改札を出た辺りから少し離れた所でこっちに向かって手を振っている男がいる。
どうやらあれがもう一人の友達らしい。
その男とは初対面だ。岡島が昔バイトをしていた時の同僚だと言っていた。

「おーい!岡ちゃん久しぶり!」

その男は幸之助にも
「幸ちゃん、今日はよろしく!俺、山村って言うねん。山ちゃんて呼んで!」

安心した…これなら気を使わなくて済みそうだ。
ただ…一つ気になった事は、この山村が岡島に負けず劣らずのイイ男だった事だ。

何だかこの先の展開がわかりすぎるほど予想出来た。岡島が気にいってる娘が智江で、それ以外の娘は岡島を気にいってる。仮に岡島を諦めたとしても、山村に乗り換える事はあっても幸之助に乗り換える事はないような気がした。

そんな事を考えながらも幸之助は二人について阪急前へと歩きだした。

No.13 08/03/28 20:53
F.S ( EOhGh )

>> 12 待ち合わせ場所に着いたようだ。
直子達の姿はまだない。
着いたにも関わらず幸之助には右も左もわからない。梅田という土地に来た事じたいが初めてなのだ。
ただ、このような繁華街に来る事は初めてではない。西成から程近い難波には何度か遊びに行った事がある。

時刻は11時55分だ。


智江ちゃんは来るだろうか?

そんな事を頭の中でぼんやり考えていた時に岡島が幸之助に言った。
「あの向こうの方に見えるのん直子ちゃんと違うか?」

まだ、顔までははっきりと見えなかったが、人ごみに時々遮られながらもチラチラ見えるシルエットは確かに直子のような気がする。
「うん、そうみた…」返事を言い終わらないうちに山村が
「えっ?どの娘?あの娘か?…べっぴんさんやなあ」
どうやらルックスだけではなく視力も抜群にいいようだ。

それから少しすると、直子を真ん中に挟んでこちらに歩いてくる三人組がようやく幸之助にも確認が出来た。


直子の右側を歩いて来るちっちゃい娘…

智江ちゃんだ!

幸之助は思わず叫んだ…心の中で…

No.14 08/03/28 21:46
F.S ( EOhGh )

>> 13 「ごめーん!待ったあ?これでも、頑張って急いだんやけど…」
直子が申し訳なさそうに言った。

幸之助は智江を見ていた。芦屋の現場で何度も見ていたが、こんなに近い距離で見るのは初めてだった。

「ぜーんぜん、俺達も今来たとこやし!あっ俺、山村って言うねん、山ちゃんて呼んでな!」

この山村の少し図々しい明るさが皆の緊張を随分和らげた。だが何故か岡島だけは表情が硬かった…

直子が智江の後ろに回り両肩に手を置き、まるで岡島に差し出すような仕草でおどけて言った。
「岡島君、リクエストに応えて智江ちゃんを連れて来ましたよ!」

幸之助は…智江が自分に会いに来た訳ではなく…直子から岡島が会いたがってると聞いてここへ来たのだ…そして岡島の事が嫌ならここへは来なかっただろう…と思った。

なのにどうして自分がここへ来たのか幸之助自身にもわからずにいた。

「智江はー強力なライバルやから…うーん本当は誘いたくなかったんやけど…奈美恵が急に無理になったから…」
今度は少し甘えるような口調で直子が言った。

さっきから何故か不機嫌そうな岡島が、その調子とは真逆のきっぱりとした口調で…

No.15 08/03/28 22:24
F.S ( EOhGh )

>> 14 「直子ちゃん、俺がリクエストした娘はこの娘とは違うで、俺はこんなちっちゃい娘趣味ちゃうしな」

直子は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

更に岡島が続けた。
「なんか、しらけたなあーこんなんやったら奈美恵ちゃ…」

全てを言い終わらないうちに智江が
「うちは…うちは…頼まれたから…来ただけや!」
明らかに智江の声と身体は怒りと屈辱感で震えていた。そして智江は自分の手のひらを岡島の頬めがけふりぬいた。
しかし、直子が智江の両肩をしっかり捕まえていた為に岡島に当たる事はなかった。
だが何故か岡島は地面に這いつくばっていた…智江の手のひらよりも早く幸之助の拳が命中していたのだ。
「岡ジ!岡ジ!謝れ!智江ちゃんに謝れや!」

智江は直子の手を振りほどいて走りだした。人ごみをかき分けるように走りだした。

幸之助の怒りはまだ収まらない。
「岡ジ!いったいどう…」

岡島が地面から幸之助を見上げるようにして言った。
「何してんねん、幸ちゃん!はよ追いかけろ」

「は…?」

「何年、友達やってると思ってんねん!幸ちゃん、智江ちゃんの事好きやったんやろ!ええから、はよ追いかけろ!」

No.16 08/03/28 23:00
F.S ( EOhGh )

>> 15 「お、おう」

何が何だか訳がわからなかった。
でも…智江を追いかけた…他人にぶつかりながらも必死で追いかけた。

…見えた!智江ちゃんだ!…

「智江ちゃーん!」

周りの人ごみが一斉にこっちを見た。でも恥ずかしさは全然なかった。

だが、智江だけが振り向かなかった。

更に大きな声で
「智江ちゃーん!頼む!止まってくれー!」

あっ…止まった…動かない…

いや…こっちに向かって歩いて来る…大きな歩幅で…

智江が目の前まで来た…と思った瞬間、さっき空振りした智江のビンタが今度は見事に幸之助の左頬に命中した。

訳がわからない…

状況を整理する間もなく…今度は幸之助にしがみついて大声で泣き出したのだ。

「エーン…ごめん…ヒック…痛かった?…エーン …うちな…うちな…ヒック…悔しかってん…エーン」


幸之助は何も言わなかった…ただじっと抱きしめていた…

左頬だけが少し熱かった…

No.17 08/03/28 23:08
F.S ( EOhGh )

✋お詫び✋

自分自身で読み返してみて、誤字脱字の多い事にビックリしました💧
登場人物の名前を間違えてる箇所もありました💧
誠に申し訳ありません⤵⤵
以後、出来るだけ気をつけて書き進めていくつもりですので、読みにくいとは思いますが、どうぞよろしくお願いします💦

No.18 08/03/29 08:24
F.S ( EOhGh )

幸之助は駅前の公衆電話から女房の智江に電話をかけた。

「すまん、今日も岡島と鳴門で一杯やるから飯はいらんで!」

「いつも電話なんか、しやへんくせに珍しいなあ」

「う…ん、それがな岡島の様子がいつもと違うんや…真面目な調子で、俺に話しがあるって…」

「話しって?」

昔とは違って今は幸之助も岡島もそれぞれに独立をしていた。
お互いがそれぞれに見習いの弟子をかかえる身分になっていた。
大きな仕事でもない限りは同じ現場で仕事を一緒にする事もなかった。
鳴門へは毎週水曜日と土曜日に行こうと二人のあいだでは決めていたが、必ず守らなくてはいけない約束ではなかった。どちらかの仕事が長引いてどちらかが来れずに、お互いが結局一人で飲む事も度々あった。

「わからん…けど、わざわざ今日俺の現場まで来て、そう言うたんや」

「そういえば…今日、金曜日やもんね…」

「うん」

「何か悩み事やろうか?…うちら岡島君には色々世話になったんやし…帰りは何時になってもええから、最後までちゃんと話し聞いたって」

「うん、わかった」

そう返事をして電話を切った。

No.19 08/03/29 09:22
F.S ( EOhGh )

>> 18 鳴門の暖簾をくぐって店に入ると入り口からすぐ近くの席に岡島はいた。
岡島は一人ではなく見習いの圭一も一緒だった。

店内はカウンター席が八席で四人掛けのテーブルが二つある。
いつもはカウンター席で飲むのだが、今日はテーブル席の片側に二人並んで座って幸之助を待っていた。
幸之助の為に席を開けていてくれてたのだろう。

「岡ジすまん、待たせたみたいやな…圭一も久しぶりやな、親方に迷惑掛けんと頑張ってるか?」

圭一は岡島の下で働いて一年ほどになる。歳は17だった筈だ。
幸之助のキャリアでさえまだまだ勉強が必要な世界なのだから一年の経験ではほとんど何も出来ないに等しい。

幸之助が席に着くなり

「幸ちゃん…俺、大阪から出て行かなあかんねん…」

「な、何で?…出張か?」

「幸ちゃん…わざわざここへ呼び出して…出張の報告すると思うか?」

それはそうだ。全く予想してなかった話しの内容に、つい真面目にそう聞いてしまったのだ。


詳しく話しを聞くと…故郷の石川県で工務店を営む父親が病に倒れ、跡継ぎに岡島が指名されたと言うのだ。

不良をしていた岡島は19才の時に親から勘当され大阪に出てきていたのだった。

No.20 08/03/29 15:33
F.S ( EOhGh )

>> 19 故郷へ帰るとなると、岡島とは今までのように再々会えなくなる淋しさはあったが、幸之助は素直に悪い話しではないと思った。

工務店経営の仕事も大工として一流の岡島なら、そつなくこなせるような気もした。

幸之助は自分が思っている事を岡島には正直に伝えた。

しかし、岡島は迷っていた。

一つは…病で倒れた父親が生命は助かったものの脳に障害が残り、物事を考えるという事がかなり困難になっているという事だった。
それは父親の介護を拒んでいるのではなく、他に理由があった。
自分への勘当が解かれた事と、後継者に指名されたいきさつの両方に父親の意志が全く反映されてないからだと言うのだ。

もう一つは…田舎での工務店経営は厳しく、二人の兄貴が継がずに、自分を指名するという事はその厳しさにかなりの覚悟がいるだろうという事だった。

幸之助は黙って聞いていた。岡島がどちらの結論を出すにしても、自分に出来る事があるなら出来るだけの応援をしようと思った。

それから…岡島は、もし自分が故郷へ帰る事になったなら自分が面倒をみている圭一を頼みたいと言った。
圭一も幸之助に頭を下げた。

勿論、幸之助は快く引き受けた。

No.21 08/03/29 16:45
F.S ( EOhGh )

>> 20 幸之助の返事を聞いて安心したのか、圭一は幸之助と岡島に何度も頭を下げてから、明日の朝早いからと言い残して店を出ていった。

岡島はもう一晩考えて明日には結論を出すつもりだと言った。

二人だけになってからはカウンターに移動して、しばらく飲んだ後鳴門を出た。

そして…別れ際に岡島が言った。
「幸ちゃん…俺が迷ってる理由やけど…ほんまは、もう一つあるねん…」

「ん…何や?」

「もう…幸ちゃんと今日みたいに酒、飲まれへんと思ったら淋しなってしもうて…」

相変わらず泣かせる親友だ。
でも…嬉しかった。

親方の下で二人で仕事を覚え、二人で怒られ、二人でよく遊んだ…

幸之助が返した
「岡ジ、明日はいつもの土曜日やで!明日の土曜日は会うてくれへんのんか?…会おうと思ったら岡ジがどこにおっても会いに行くで俺は!」

岡島はクルッと背中を向けた。背中を向けたまま右手で軽く鼻をすすって、振り返る事もなく…その右手を挙げて幸之助とは逆の方向へと歩いて行った。


森ノ宮駅の時計の針は21時30分を指していた。

四月にしては風が冷たかった。

No.22 08/03/29 22:50
F.S ( EOhGh )

>> 21 幸之助は風呂につかりながら、さっきの鳴門での岡島の話しを思い返していた。

本当は故郷に帰る事を幸之助に伝えたかったのに、幸之助の顔を見てるうちに迷いが出て、結論を明日に先延ばしにしたのではないかと思った。
確か…最初に岡島は、大阪を出て行かなければならないと言っていたからだ。
きっと自分の淋しさよりも、自分がいなくなれば幸之助が淋しがると思ったのだろう。

風呂を出てから智江に自分と岡島とのやりとりを全て話した。
智江は幸之助の話しに時おり相槌を打ち、時おり驚いた表情を見せて…最後に一言
「何か…淋しくなるねえ…」
と呟いた。
岡島が明日出す結論を幸之助も智江も何となくわかっていた。


一人息子の宗一郎はすやすや眠っていた。しばらく寝顔を眺めて、宗一郎を起こさないように小さな声で
「宗、おやすみ」
と声をかけた。すると横で一緒に寝顔を眺めていた智江も小さな声で
「この子…幸ちゃんが帰って来るちょっと前まで起きてたんよ…今日は鳴門の日と違うから、お父ちゃんと一緒にお風呂入るって言うて…」
そう言って智江は幸之助の方を向いてニコッと笑った。

その夜…幸之助は智江と久しぶりに愛し合った…

No.23 08/03/30 00:01
F.S ( EOhGh )

>> 22 「お疲れっしたっ!」
森ノ宮駅に到着した。
幸之助は弟子の和也が運転する軽トラックを降り、鳴門に向かった。
和也は20才で幸之助の下で働いて二年が経つ。仕事の覚えは悪いが、とにかく真面目で元気の良さに好感が持てた。
軽トラックは幸之助の車だが和也には幸之助の送り迎えをする事を条件に自由に使わせていた。
帰りの車中で、昨晩の岡島とのやりとりを要点だけ簡単に説明してやった。さほど表情を変える事なく黙って聞いていたが、圭一が幸之助の下で働くかもしれない、と言うとこだけは嬉しそうにしていた。


森ノ宮駅の近くには大阪城があり、その大阪城は桜の名所でもある。今日と明日が花見のピークらしく駅周辺はいつもに比べてかなりの人でごった返している。

鳴門の店内も17時半という時刻の割には混んでいる。普段の鳴門は夕方よりも遅い時間が忙しい店なのだ。

岡島がまだ来ていない事を確認すると幸之助はカウンターの一番奥の席に腰をおろした。
しばらく一人で飲んで待つ事にした。

二杯目の焼酎のお湯割りを注文した頃に岡島がやって来た。

今日は一人だ。

No.24 08/03/30 21:49
F.S ( EOhGh )

>> 23 岡島は、すでに一杯やってる幸之助を見つけると軽く右手を挙げ、店の入り口近くにいたアルバイト店員に生ビールを注文すると、幸之助に

「今日は、とことん付き合ってや、幸ちゃん!」

と言いつつ幸之助の隣に腰をおろした。

勿論そのつもりだ。智江も今日は幸之助の帰りがどんなに遅くなっても怒りはしないだろう。

岡島は昨晩よりかは、ふっ切れた表情で

「幸ちゃん…俺、故郷へ帰るわ…勘当されてたけど…親父やお袋に心配かけてきた事は事実やし…そのお返しやないけど…親孝行せなあかんなと思ったんや」

決心が変わらないうちに…まずこの気持ちを伝えようと思ったのだろう…幸之助はそう思った。

「うん、岡ジがそう言うって事はわかってたよ…俺に何か出来る事があったら何でも言うてくれよ…応援してるから…」

昨晩からわかっていた…もっと言ってあげたい事はいっぱいあったのに…でも…照れくささも手伝って上手く言えなかった。

それからは、岡島が故郷へ帰る話しよりも二人の見習い時代や幸之助家族の話しが話題の中心になった。

智江と付き合うきっかけになった梅田の阪急前での出来事も話題になった。

No.25 08/03/30 22:32
F.S ( EOhGh )

>> 24 岡島は、今の幸之助の幸せは自分のおかげだとか…
幸之助が智江を追いかけた後、直子と芳美にひどい男だと言われただとか…
挙げ句の果てには自分が結婚出来なかったのは幸之助のせいだと…
幸之助も負けずに言い返しては、その都度二人は大笑いした。

岡島は今日で現場が一段落した事と故郷での仕事の兼ね合いで、明日の昼から夕方くらいには大阪を出るつもりだと言った。
幸之助は智江と見送りに行くと言ったのだが、余計につらいから遠慮してほしいと言われ、渋々承諾した。

時刻もそろそろ21時を少し回っていた。

「なあ幸ちゃん、たまにはミナミでも行かへんか?馴染みの店もあるし…」

大阪では二大歓楽街の難波近辺をミナミと呼び、梅田近辺をキタと呼んだ。

岡島がミナミやキタで飲み歩いていた事は以前から知っていたが、幸之助を誘う事はあまりなかった。
前に冗談で
「一人でばっかり楽しまんと、ベッピンさんがいてる所に俺も連れて行け!」
と言ったら
「あかん、あかん俺が智江ちゃんに怒られる…幸ちゃんは女に免疫がないんやから」
と笑いながら返された。

幸之助も本心では、酒を飲むなら鳴門で充分だし…

No.26 08/03/30 23:21
F.S ( EOhGh )

>> 25 知らない女と口をきくくらいなら智江と話す方が気を使う事もないし癒された。
岡島は幸之助のそんな部分をとうに見抜いていたのだろう。

次の店は岡島がおごりたいと言うので鳴門の支払いは幸之助が済ませて店を出た。

店の外は相変わらず、花見客なのか…家族連れやカップルが多い。
タクシーを拾うと行き先を告げ二人はミナミへ向かった。
森ノ宮とミナミはそんなに遠くはない。この時間のタクシーなら10分位だろう。

岡島が運転手に右や左と細かい道を説明してほどなく到着した。

さすがに土曜日という事もあって人が溢れている。

幸之助もミナミには何度も来ているが、それは昼間の話だ。
同じミナミでも、家族でショッピングする地域とスナックやバー等が軒を連ねる地域とは全然場所が違った。

タクシーを降りて、ほんの少し歩いた所にそのビルはあった。
エレベーターを3階で降りて、岡島の指差した店の看板には
スナック・オーシャン
と書かれていた。

薄暗い店内に足を踏み入れるとカウンターの中にいた年輩の女が
「あーら岡ちゃーんいらっしゃーい」
と声をかけた。

幸之助が見たところ…50代半ばといったところだろう。

No.27 08/03/31 00:19
F.S ( EOhGh )

>> 26 おそらくこの店のママだろう。
特別、美人でもないし…品があるといった風でもない。
他にホステスはいないようだ。

客は他に二人いたが、お世辞にも流行ってるようには思えなかった。

幸之助と岡島は店の一番奥の席にならんで座った。カウンターだけの小さな店だから、もう一組の客との間には空席が五つあるだけだ。

やはり女はママだった。慣れた手付きでウイスキーの水割りを作りながら
「ママの明美です。岡ちゃんには、いつも可愛いがってもらってます。」
そう言って幸之助に挨拶をしたのだ。

岡島がこの店のどこを気に入ってひいきにしているのかは、わからなかったが…独り身の淋しさをまぎらわしたい時に時々、ここへ来ていたのだろうと思った。

岡島と乾杯をしようとグラスを持ち上げた時…

店の扉が開いた

そして女が入って来た。

するとママが
「遅かったなー美雪ちゃん、どこまで煙草買いに行ってたん?心配するやんかー」

ママのその言葉で女がこの店のホステスである事がすぐにわかった。先客に煙草を頼まれて近くの自動販売機に行ったが売り切れで、少し遠くまで行っていたと説明していた。

さびれたスナックには似合わない美しい女だった。

No.28 08/03/31 07:38
F.S ( EOhGh )

>> 27 背は高く、ミニスカートからのぞくスラッとした長い脚がやけに色っぽい。少し茶色く染めたロングヘアーも美雪の美しさを引き立てていた。
タクシーを降りてから、この店に来る迄に何人かのホステスとすれ違ったが、どのホステスよりも美雪は美しかった。

ママが美雪にそれとなく目で合図をすると、美雪は幸之助達の方へやって来た。それと入れ替わるように、ママは幸之助達に軽く会釈をすると、もう一組の客の方へと向かった。

美雪は幸之助に自己紹介を済ますと岡島に
「岡島さんが、お連れさんと一緒やなんて珍しいね…お友達?」
そう尋ねた。

ママとは違い、品を感じさせる落ち着いた口調だ。

少し間を開けて岡島が答えた…
「うん、いつも話してるやろ…親友の幸ちゃんや」

たったこれだけの会話で、幸之助は岡島と美雪がただの客とホステスの関係ではないと予感した。

美雪は一瞬、淋しそうな表情を浮かべると
「そう…大沢さんをここへ連れて来るって事は…故郷へ帰る決心がついたって事なんやね…」

幸之助は美雪のこの言葉の意味がよくわからなかった。

「そうや、今日は君に紹介する為に幸ちゃんをここへ連れて来たんや」

No.29 08/03/31 08:24
F.S ( EOhGh )

>> 28 前もって何も聞かされていない…幸之助は益々意味がわからなかったが、次の美雪の一言で謎は解けた。

「今度、弟の圭一がお世話になります。色々迷惑かける事もあるかもわかりませんけど、よろしくお願いします」

岡島とはしょっちゅう鳴門で会っていたが、岡島が圭一を一緒に連れて来る事は全くないと言うほどなかったので…圭一の私生活等は全く知らなかったし、圭一に姉がいるなんて事は勿論初耳だった。
ただ…以前岡島が、弟子の圭一が時々仕事をズル休みするのを、困った奴だと愚痴をこぼしていたのを思い出した。

美雪が自分達姉弟の事を話してくれた。

美雪と圭一は九つ離れていて自分は26才になる…故郷は九州の福岡の小倉で、先に大阪に出て来ていた自分を頼って圭一も大阪に出て来た…その頃自分はキタに勤めていて、その店に客として来ていた岡島に弟の仕事の面倒を見てもらえないかと頼んだ…しばらくは圭一と同居していたが、岡島が敷金を援助してくれて今は住まいを別にしている…両親は健在で真ん中の弟と三人は九州で農業を営んでいる…

岡島はすでに知っているのだろう…美雪の話にときおり黙って頷いていた。

No.30 08/03/31 09:16
F.S ( EOhGh )

>> 29 さっきまでの幸之助は、美雪の美しさに少しドキドキしていたが…今は落ち着きを取り戻していた。

本当は岡島と美雪の関係の方が気になったが、あえて詮索する事はしなかった。
それに岡島は独身だし、確かに昔の若々しさは失ってはいたが今も尚イイ男には変わりはなかった。仮に美雪とただならぬ関係だったとしても、別に何の問題もない訳だから。

それからしばらくして、スナック・オーシャンをあとにした。
美雪は幸之助達をビルの出入口まで送ってくれ、何度も頭を下げていた。

その後、岡島が馴染みにしているバーをはしごして再び外に出た頃には午前2時を回っていた。

岡島とこんな時間まで飲み歩くなんて事は本当に久しぶりだった。結婚してからは無かったかも知れない。

仕上げにラーメンを食べ、その店をでた所でタクシーを止めた。

幸之助が先に乗り込んで奥へ詰めると…岡島は乗らなかった…運転手に幾らかのお金を握らすと
「幸ちゃん!今日は楽しかった!智江ちゃんや宗にも、よろしくな!」
そう言って車の扉を閉めようとしたのだ。

No.31 08/03/31 09:42
F.S ( EOhGh )

>> 30 幸之助はとっさに思った…



これが最後かも知れない…



苦労を共にして来た…



楽しい事も共にして来た…



最後かも知れない…





親友…




幸之助の目は…涙で濡れていた…

気が付けば…岡島の目からも涙がこぼれていた…

幸之助は用意していた惜別の言葉が…必要ない事を悟った…


幸之助は黙って頷いた…


車の扉が閉められた。



照れ症な岡島の事だから、こんな別れ方しか出来ないのだろうと思った。

それとも、最後の最後に別れを告げなければいけない相手がいるのではないかとも思った。


それは何となくだが…美雪ではないだろうか…
幸之助はそう思った。

No.32 08/04/01 07:38
F.S ( EOhGh )

>> 31 「…ちゃん」


「幸ちゃん…」


翌朝、智江の声に起こされた。

幸之助は慌てて飛び起きた。
二日酔いなのか…頭がガンガンする。
いつもは枕元の目覚まし時計で起きれるのに、さすがに今日は起きれなかった。

「あんた、早くしやんと遅刻するよ…お弁当は下駄箱の上に置いてるからね」

幸之助は急いで作業着に着替えると素早く靴をはいて…いや、慌てて…うまくはけない…。
食卓でパンをかじっていた宗一郎がその姿を見て、笑いながら
「父ちゃん、お弁当忘れたらあかんでえ、パンも置いてるから車で食べなさい」

いつもの…早起きして、ゆったりと朝食を取りゆったりと玄関を出て行く幸之助とのあまりの違いに宗一郎はよっぽど面白かったのだろう。

待ち合わせの森ノ宮駅に着くとすでに和也は来ていた。見馴れた軽トラックのすぐ後ろには圭一が赤いスクーターで待っていた。

一瞬、圭一の顔と昨日の美雪の顔が重なるような錯覚を覚えた。

圭一に軽く右手で挨拶すると幸之助は和也の隣に乗り込んで急いで現場に向かった。

No.33 08/04/01 08:20
F.S ( EOhGh )

>> 32 現場での圭一の仕事ぶりはいたって真面目だった。和也とも気が合うのか、仲良く仕事をしている。幸之助が何よりも驚いたのは圭一が、一年の経験では理解出来ないような仕事を簡単にこなしていた事だ。
圭一の頭の良さもあるだろうが、岡島の育て方に無駄が無かった事も理由の一つだろうと幸之助は思った。

ただ…以前に岡島が言っていた…圭一が時々ズル休みをするという事だけは気がかりだった。


今の現場はその日で終わりという事もあって、仕事は午後の3時頃には終わった。

幸之助は二人を先に帰し、久しぶりに親方を訪ねる事にした。

今日やり終えた仕事も親方の口利きで貰った仕事だった。親方はもう現役を引退していて、同居している公務員の息子の世話になっていた。
それでも親方の大工としての腕前に惚れ込んで仕事を依頼してくる人は少なくはなかった。親方はそんな仕事を幸之助と岡島に、平等に分け与えてくれていたのだった。

親方や奥さんとは電話では時々話していたが、顔を見るのは久しぶりだ。幸之助にとっては親代わりも同然で仕事さえ折り合いがつけば、毎日でも顔を見に行きたいくらいだ。

No.34 08/04/01 09:43
F.S ( EOhGh )

>> 33 電車に揺られながら幸之助は考えていた。

岡島はもう…金沢に着いただろうか?
それとも今頃…石川県へと続く北陸道の上だろうか?

まだ一日と経っていないのに…何か懐かしさのようなものを感じていた。


親方の家に着いた。

あらかじめ電話をしていたからか、テーブルの上には酒の準備がされていた。
公務員の息子は仕事の為留守で、親方と奥さんとの三人で日本酒を飲みながら語らった。
岡島の話しには…あまり詳しくは事情を知らなかったのか、親方も奥さんも少し淋しそうな表情を浮かべていた。
照れ屋の岡島の事だから、ちゃんとした別れの挨拶が出来なかったのだろうと、奥さんが庇っていた。親方も頷いていた。
対照的に息子の宗一郎の成長ぶりを話している時には笑顔で聞いてくれていた。
幸之助は、遠慮もなく自分の家族の自慢が出来て、それを嬉しそうに聞き入ってくれる人がいる事を幸せに感じた。

一方、親方夫妻の現状はあまり幸せとは言えなかった。
幸之助が住み込みしていた頃には公務員の息子は東京の本社にいたのだが、この息子との折り合いが悪いのだと話してくれた。

No.35 08/04/01 15:08
F.S ( EOhGh )

>> 34 東京から大阪に帰って来た当初はうまくやっていたのだが、親方が大工を引退した頃からうまくいかなくなったそうだ。
親方に収入が無く、自分の収入が生活を支えなければいけない状況が腹立たしいのだろうと奥さんは言った。
また、親方に依頼される仕事を幸之助や岡島に譲っている事にも不満を洩らしているらしかった。
一流企業のサラリーマンである息子とは、幸之助も決してうまが合うとは言えなかった。幸之助は今後、自分の生活に余裕がある時は出来るだけの援助を親方夫妻にはしようと思った。

幸之助がそろそろ帰り支度を始めた頃には、時刻は午後六時を過ぎていた。
奥さんが買い物のついでだからと言って幸之助を近くの駅まで送ってくれた。
その道中、奥さんが言った
「智江ちゃんには、くれぐれもよろしく言うといてね」

幸之助は意味がわからず、聞き返すと…

「ほら、親方や私の誕生日…そう、父の日や母の日までプレゼントを送ってくれて…幸ちゃんは知らんかったん?」

知らなかった…でも、知らなかったとは言わず…
「そんな事は…気にせんといて下さい」
そう答えた。

「ほら、今着てるカーディガンも…凄い、気に入ってるんよ」

No.36 08/04/01 15:41
F.S ( EOhGh )

>> 35 奥さんは嬉しそうに…そう言った。

でも、本当に嬉しいのは奥さんよりも自分かもしれない…
智江を心底愛しいと思った。

幸之助は帰りの電車を一旦、途中で降りた。
智江の大好きなチーズケーキを買う為だ。


家に帰ると、玄関を入るなり宗一郎が飛びつこうとしたが…左手にぶら下げているチーズケーキを見てやめた。そして、大阪中に聞こえるくらいの大声で
「母ちゃーん!チーズケーキー!」

すると智江がすぐさま飛んできて、これまた日本中に聞こえるくらいの大声で
「幸ちゃーん!どうしたーん?ありがとーう!」

智江…

俺が気付かん事に気付いてくれる…
俺にはもったいない妻や…

俺こそありがとう…やで…

幸之助は心の中で…感謝した。

No.37 08/04/02 09:04
F.S ( EOhGh )

>> 36 それから二日が経った日曜日…

「父ちゃんも一緒に乗ろーうやー!」
宗一郎がねだる…

「お父ちゃんはこっから、宗とお母ちゃんの写真撮ったるから…はよ行っといで!」
幸之助が拒む…

幸之助は家族揃って遊園地にいた。
元来、過激な乗り物が苦手な幸之助はカメラマンに徹していた。
幸之助は次々と乗り物巡りをする宗一郎に、嬉しそうに付き合う智江を見て、思い出していた。
ここへは独身時代にも智江と来た事があった…
その頃から、乗り物が苦手な幸之助に智江はふくれて言ったのだった
「幸ちゃんと来ても全然面白ないわー」

その言葉に反発して無理をしたのがいけなかった…その帰り道、何度もトイレに駆け込んでは、おう吐したのだ。

どちらにしても…苦い思い出だ…


今日は日曜日だから休みと言う訳ではなかった。
親方を訪ねた日から明後日まで仕事がないのだ。大工と言う稼業には仕事をくれる工務店や施主の都合等で、時々ある事だった。
それ以外にも、雨で休まなければならない日もある。


それにしても…人が多い…だから水族館にしようって言ったのに…
昨日の幸之助のこの案は即座に却下されていた。
「雨の日に行ける!」って理由で…

No.38 08/04/02 09:49
F.S ( EOhGh )

>> 37 幸之助は二人がトランポリンで遊んでいる間に、頼まれたソフトクリームを買いに行った。
そこは屋外に沢山のテーブルを出し、何軒か並んだ屋台風のお店で買って来ては、そのテーブルで食事を取るというスタイルだ。
さすがに天気の良い日曜日だけあって、ここも賑わっている。

幸之助はソフトクリームを買う列に並んでいる時に、見覚えのある若い女をみつけた。

幾つも並べられたテーブルの一番端の場所辺りにその若い女は連れの男と、楽しそうに食事を取っている。

若い女は…美雪だった。

岡島に紹介された時の妖艶な美しさとは違って、今日は健康的なスポーティーな装いだ。

あの晩の美雪も…今日の美雪も…どちらも美しい…

幸之助以外にもその美しさに思わず目を奪われている男は何人かいた。

幸之助は周囲の男達に対して…あの美女と俺は知り合いだ…という優越感と、美雪と楽しそうに食事をしている男に対しての、少しの嫉妬を同時に感じていた。

その男は幸之助よりも少し年上に見えた。

恋人なのか…?


客か…?


それとも水商売にありがちなパトロンなのか…?



「…様」

「あの…お客様…」

No.39 08/04/02 11:39
F.S ( EOhGh )

>> 38 「あの…よろしいですか…?バニラとストロベリーのどちらになさいますか…?」


あの男が美雪とどんな関係であろうと自分には関係ない…


バニラ味のソフトクリームを三つ抱えて、美雪達とは反対方向へ歩き出した時、背中で聞き覚えのある声が…
「遠藤さんも、美雪ちゃんも待たせてごめんやでえ!トイレがえらい混んでてなあ!」

周囲の皆に聞こえるほどの大きな声の主はママの明美だった。

二人きりではなかった…

幸之助はその瞬間、不思議と何とも言いようのない安堵感のようなものを感じていた。



「父ちゃーん!」
大声で呼ぶ声は宗一郎だ。
家族連れやカップル達の人混みの向こうに、ベンチに腰掛ける智江とそのベンチの上でぴょんぴょん飛び跳ねてこちらに手を振っている宗一郎の姿が見えた。
幸之助も大きく手を振り返し、少し小走りに二人の元へ急いだ。

その時、幸之助は視界の端に…こちらを向いている美雪が見えたような気がした…。


今日はこの後、ミナミで買い物と夕食をして帰る予定だったので
「宗、名残惜しいけどそろそろ出よか?」

すると宗一郎は
「うん、わかった…そしたら最後に三人であれ乗ろう!」

No.40 08/04/02 12:05
F.S ( EOhGh )

>> 39 宗一郎が指差した先には、メリーゴーランドが見えた。
いくら乗り物が苦手な幸之助でもメリーゴーランドなら大丈夫だと思い三人で乗る事にした。
智江が一人で馬に股がり、その隣の馬に幸之助が宗一郎を後ろから抱きかかえるようにして股がった。

メリーゴーランドが動き出した。

幸之助は馬に股がりながら、ついさっきの出来事を思い返していた…いや、思い返すと言うよりも自分の気持ちを整理していた…と言う方が正しいかもしれない。


あの時…あの男に感じた嫉妬心は何だったのだろう…


たんに…美雪が美人だから同じ男として嫉妬したのか…


それとも…その美人が美雪だったから特別に嫉妬したのか…


それに…ママの姿を見た時に感じた…ほっとした感情は何だったんだろう…


幸之助は自問自答したが…答えは見つからなかった。


「幸ちゃん…何か考え事?」
智江が心配そうに聞いた。

「い、いや…これ何周するんやろ?ちょっと気分悪なってきた…」

幸之助はごまかした…。

No.41 08/04/02 14:35
F.S ( EOhGh )

>> 40 難波駅に着いた頃には、太陽は雲に隠れ今にも降りだしそうな天気に変わっていた。

予定通り家電や日用品や宗一郎のおもちゃを買って…

いや、宗一郎のおもちゃは予定外だったが…

最後にチーズケーキを買ってから夕食をとった。
夕食は智江のリクエストでカニのフルコースを食べた。
季節外れの割りには、有名店だからか客で賑わっているようだった。
食事を終えて、幸之助達がその店を出た時には、空は暗く雨が降りだしていた。

買い物をした荷物もあるので、その場所からタクシーで帰る事にした。幸いミナミには至る所に切れ間なくタクシーが走っている。

タクシーに乗るなり智江が言った
「夜のお姉さん達は、今から出勤やねえ…綺麗な人ばっかり…ねえ、幸ちゃん」

確かにタクシーの外には色とりどりの傘をさして、思い思いのファッションできめて、各々の店へと出勤するホステス達の姿があった。

「うん、そうやな…」そう言いながら、無意識にホステス達の中に美雪がいないか…と探している自分がいる事に気付いた。


ミナミを出発して、ちょうど真ん中辺りまで来た頃…智江が明日の朝食のパンを買いたいからと言うので、タクシーを止めてもらった。

No.42 08/04/02 15:22
F.S ( EOhGh )

>> 41 だが、パン屋らしき店が見当たらず
「智江…どこにパン屋があるんや?」

智江が指を差した店はタクシーを降りてすぐの正面の店だった。

「これ?これフランス料理屋やろ?」

「そう…ここのフランスパンが美味しいねんよ…昨日のうちに電話で予約しといてん」

そう言えば…何度か食べた事があった。

「幸ちゃんが仕事から帰るまでに自転車で買いに来てから知らんかってんね」

その度に前日の夕方に智江がここまでパンを買いに来てる事は知らなかった。

宗一郎もついて行くと言うので幸之助はタクシーで待つ事にした。
パンを買う二人を眺めていると、宗一郎が智江に何かを話しかけながら、どこかを指差している。

ちょうどタクシーを挟んだ、パン屋とは道路を隔てた向かいの建物のようだ。

幸之助も車内で180度、首を振るようにその方向を見た。

その建物はマンションだった。しかも同じマンションが三棟連なって建っている。三棟のマンションは壁の色だけがそれぞれ違っていた。
手前が青で、中央が白で、奥が緑だった。


パンも買い終え、再びタクシーは走りだした。

その時、宗一郎が
「なあ、お父ちゃん!どの壁の色に住みたい?」

No.43 08/04/02 16:02
F.S ( EOhGh )

>> 42 やはり宗一郎が指を指していたのは、あのカラフルな壁のマンションだった。
幸之助は少し考えたふりをして
「うーん…青がいいな…お空と同じ青がいいな」

すると宗一郎が
「うわっ、みんなバラバラやー…僕が緑で…父ちゃんが青で…母ちゃんが白やから…」

「よっしゃ!お父ちゃんが金持ちになったら三つとも買って、三人で毎日順番に住もう!」

智江が
「毎日引っ越しやなーそりゃ大変や」

幸之助が
「そうやな…そしたら青と白と緑、全部混ぜた色の壁の家に住んだらええ」

「それって何色?」
二人が同時に聞いた。

「ん!…わからん…」


家に帰るなり幸之助と宗一郎は一緒に風呂に入り、その後は疲れていたのか三人共すぐに眠りについた。

No.44 08/04/03 07:24
F.S ( EOhGh )

>> 43 やはり翌日は朝から雨だった。
幸い仕事は今日まで休みだし、昨日の疲れも残っていたので、一日中家でゆっくりするのも悪くないなと思った。
宗一郎はすでに学校へ行ったようだ。
智江も隣の奥さんと約束があるような事を、確か昨日言ってた。
幸之助一家は森ノ宮駅からほど近い高層団地に住んでいる。
団地住まいはマンション住まいとは違い、何かと近所付き合いが大変だと、智江が言っていたのを思い出す。

幸之助が食卓へ行くとテーブルの上には、昨日買ったフランスパンが半分とサラダが置かれていた。

智江と宗一郎がいないと、この家は本当に静かだな…妙な事に感心しながらパンをかじった。

朝食のような…昼食を終えると幸之助はまた寝た。

再び起きた時には、智江も宗一郎も帰っていた。

「父ちゃーん!風呂入ろーう」

もうそんな時間なのか…?と思い時計をみると午後5時を少し回っている。

日曜日でさえ、次の現場の下見等で忙しくしていたので、こんなに寝たのは久しぶりかもしれない。

風呂を出て…宗一郎とテレビを観てくつろいでいると、電話が鳴った。

No.45 08/04/03 08:14
F.S ( EOhGh )

>> 44 電話の相手は岡島だった。

電話の声は思いの外、元気そうだ。
やはり想像した通り故郷の工務店の経営は逼迫しているらしい。
ただ、泣き言を言っててもはじまらないので出来るだけの事はやるつもりだと言っている。

この電話をする前に親方に電話をして、今の自分の近況を話し、詳しく説明する事なく故郷へ帰った事も詫びたと言った。


幸之助も岡島が故郷へ帰ってからの出来事を全て話した。

親方の家を訪れた事…

遊園地で美雪を見かけた事…


岡島は親方から電話で聞いたのか、幸之助が訪れた事はすでに知っていた。

そして、美雪の話しには…何かを察したのか
「幸ちゃん、あの女に惚れたらあかんで…
俺も色々…うーん…とにかく…幸ちゃんの手に負える女やないんやから…」
そう言ったのだ。

岡島の仕事が落ち着けば、また鳴門で一杯やろうと約束を交わして電話を切った。


あの女に惚れたらあかんで…
その心配はないだろう…智江より誰かを愛するなんて事は幸之助自身にも想像がつかない。

俺も色々…
その続きは何だったのだろう…?

ぼんやり考えている時に、今切ったばかりの電話が、また鳴った。

No.46 08/04/03 10:37
F.S ( EOhGh )

>> 45 今度の電話は弟子の和也からだった。

和也は圭一と一緒らしく、二人で鳴門にいるので良かったら来ませんか?と言う電話だった。

幸之助は少し迷ったが行くことにした。

殆んど一日中寝ていたので、どうせ家にいても今夜はなかなか寝付けないだろうと思ったし、今後の事を考えると三人で酒を飲みながら飯を食うのも悪くないなと思ったからだ。
電話を切って、幸之助はそそくさと出かける準備をして、夕食の支度を始めていた智江に理由を説明して家を出た。

雨はかなり小降りになっている。
これなら明日の仕事は大丈夫そうだ。

鳴門に着くと和也と圭一は普段の見慣れた作業着とは違って、今どきの若者らしい派手なファッションで幸之助を迎えてくれた。

二人はとても気が合うようだ。このしばらくの休みの間も殆んど一緒に過ごしていたと言う。くだらない冗談を言い合っては二人で笑っている。

幸之助は若かりし頃の自分と岡島の姿を二人に重ねて、何とも微笑ましいような懐かしいような気持ちを感じていた。

ただ…圭一の顔を見ていると時々美雪の顔が思い出された。

No.47 08/04/03 18:04
F.S ( EOhGh )

>> 46 「親っさん…俺…頑張りますんで…何か迷惑かける事があったら…いつでも遠慮なしに怒って下さい!」
突然の圭一のこの言葉に和也は小声で
「あほ…お前酔ってんのか?親っさんは17のお前が酒飲むの大目に見てくれてんねんぞ…迷惑かけるな」

正直…17才の圭一に酒を飲ます事には多少…躊躇はあったが、ここで注意してもどうせ自分のいない所では、飲むだろうと思い大目に見ていた。

幸之助は落ち着いた口調で
「おう、頑張れ…しかし…ほんまにどうしたんや突然?」

和也は酒のせいなのか…それとも思わず発してしまった自分の言葉に照れているのか…顔を赤くして
「親っさん…似てるんです…俺の親父に…さっきからそんな事、考えてたら…つい…」

和也の父親と言う事は…美雪の父親と言うことになる。幸之助は自分の見た目がそんなに老けてるのかと、少し落ち込んだが…
「そうか…俺の事は大阪の親父や思ってくれたらええで」
そう返事した。

「姉ちゃんが見たらビックリするやろなあ…」

そう呟いた和也の言葉を幸之助は聞き逃さなかった。
幸之助がすでに美雪と面識があるという事を和也は知らなかった。

  • << 49 それに…幸之助が美雪と会った時だが、さほどビックリしたような様子はなかったように思う。 圭一のその言葉を、幸之助は聞こえなかったふりをした。 和也に圭一の事を頼むと言い残して幸之助は一人先に店を出た。 岡島にたった一度紹介された美雪を、どうしてこんなにも意識するのか… 遊園地で偶然美雪を見かけた時に、揺れ動いた自分の感情は何だったのか… 幸之助はオーシャンへ行こうと思った。 別に、自分の疑問に答えを出そうと思った訳ではない。 ただ…行こうと思った。

No.48 08/04/03 18:15
F.S ( EOhGh )

>> 47 《お詫びと訂正》
前ページの後半部分の『和也』は『圭一』の間違いです💦

すみません💧

No.49 08/04/03 18:35
F.S ( EOhGh )

>> 47 「親っさん…俺…頑張りますんで…何か迷惑かける事があったら…いつでも遠慮なしに怒って下さい!」 突然の圭一のこの言葉に和也は小声で 「あほ…… それに…幸之助が美雪と会った時だが、さほどビックリしたような様子はなかったように思う。

圭一のその言葉を、幸之助は聞こえなかったふりをした。


和也に圭一の事を頼むと言い残して幸之助は一人先に店を出た。

岡島にたった一度紹介された美雪を、どうしてこんなにも意識するのか…
遊園地で偶然美雪を見かけた時に、揺れ動いた自分の感情は何だったのか…

幸之助はオーシャンへ行こうと思った。
別に、自分の疑問に答えを出そうと思った訳ではない。

ただ…行こうと思った。

No.50 08/04/03 19:25
F.S ( EOhGh )

>> 49 幸之助は思いきって店の扉を開けた。

居酒屋には行き慣れてる幸之助もスナック等、ホステスがいるような店には扉を開けるだけでも勇気がいった。
幸之助は手前に何組かの客がいる事を確認して一番奥の席に座った。最初に来た時と同じ席だ。

ママがウイスキーの水割りを作りながら
「今日は一人ですか?まあまあ、こんなさびれたスナックへようこそ」

いつもこんな調子なのだろう…
だが、心とは裏腹に
「さびれたやなんて…今日もお客さん入って大繁盛やないですか」
このお世辞には、他の客と話し込んでいた美雪もこちらを向いて微笑んだ。勿論ママも喜んでいる。
でも…今日は確かに幸之助以外に五人の客がいて、あながちお世辞でもなかった。

美雪は幸之助とは反対の、店の入り口側で接客している。客は二人と三人の二組のようだが、席を空けずに座っているので一人で二組の接客をこなしているようだ。

どの客も楽しそうに飲んでいる。
きっと美雪のファンなのだろう。

幸之助はやがて接客の為に、自分の前にくるだろう美雪に、何を話せばいいかを考えていた。

  • << 51 圭一に…親父と似てると言われた事… 遊園地で偶然見かけた事… 岡島との関係…いや、これはまずいか… 幸之助は、そんな事をわざわざ前もって考えている自分が、普通じゃないなと思い…苦笑した。 ママはスルメを焼いたりカラオケをセットしたりと忙しくしている。 必然的に幸之助は放ったらかしにされていた。 おかげで最初に来た時は岡島と話し込んだりしていて見えなかった店の景色が今日はよく見えた。 幸之助が驚いたのは、数はそれ程多くはないが、客のキープしている洋酒に高級品が多い事だった。それに、いくつかのボトルタグには一流企業の社名が書かれている。 よく見ると美雪が接客している客の背広にも見覚えのある一流企業のバッジが刺されている。 さびれたスナックに明け透けなママ… そこに美人ホステスと一流企業の客達… 何か…違和感を感じずにはいられなかった。 鳴門で長居し過ぎた事もあって、ウイスキーの水割りを三杯飲んだ頃には午前0時半を少し過ぎていた。 ママはときおり話しかけてはくれたが、結局美雪が自分の元へ来る事はなかった。
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