今を生きる意味
4年前に死のうとして失敗。
精神科に強制入院。
今も精神科に通院中。
ずっと死にたいって、そればかりを考えている。
考えて考えて
やっと、誰にも迷惑をかけずに死ぬ方法を思いついた。
そしたら、それが今を生きる意味になった。
僕はその時を目指して今日を生きることにした。
とても幸せな気分になれた。
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「マジ、アイツこ○す!」
自殺の計画。
完璧な計画を確立した僕はとても自由になった。
これまで押し込んできた気持ちを開放することを覚えた。
そいつは、ネットの中にいた。
ことあるごとに僕を蔑み誹謗中傷してきたアイツだ。
アイツが絡んできたのは、半年前の深夜だった。
SNSの僕のはけ口のつぶやきに
《おまえ、アタマ悪そうだなw》
《メンヘラかよwww》
《ウザ、氏ねやw》
アイツはブロックしてもブロックしてもこんなことを書き込んできた。
いったい、いくつアカウントを持ってんだよ、こいつ!
ハンネは決まって“最強魔王”
最強?
魔王?
は?
マジでやってやる!
死ぬことを決めた僕には何も怖いものなど無い。
最強なのは、
この僕だ!!!
僕はいじめられっ子だった。
小中高と…
高校は2年の時に不登校になって、そのまま退学した。
家族は父親と、父の再婚相手の女とその連れ子。
実の母親は僕が1歳になる前に男を作って出ていった。
その事実を意地悪く僕に耳打ちしたのは、小3の頃から家に上がり込むようになった、父親の女。
後に父と再婚した、あの女だ。
僕よりひとつ下の新しくできた弟。
こいつは要領よく、勉強もできて友達もすぐにできて、しかもサッカーが上手かった。
僻みも入って、僕は弟が大嫌いだ。
父親は、何かと弟と僕を比べては僕を蔑ろにした。
義母弟は、僕に冷笑を浴びせた。
学校では、いじめられ
家では居場所が無く
初めて「死んでしまいたい」と思ったのは、小4になった頃だった。
それからずっと自殺について、考えてきた。
その方法を考えている時だけは、現実から逃れて気持ちが研ぎ澄まされ、現実よりもそれはどんどんリアルになった。
部屋は木造ワンルームで、築20年のアパートの二階。
西日の差し込む角部屋だ。
生活用品は最低限のものだけをセカストで買い揃えた。
父が別れ際に敷金と一緒にくれた手切れ金は5万円だった。
僕は生きていくために、バイトを探した。
コンビニでのバイト。
だりぃ、でも食っていくためには働かなくてはいけない。
実家にいた頃よりもマシだ。
シフトは多めに入れてもらえた。
「ねえ、ぼーっとしてないでさぁ、そっちのヤツ早く持ってきてよ!」
品出しをしていたら、先輩の真帆が怒鳴ってきた。
「あんたさ、ヤル気ないのが見え見えでムカつくんだけど!」
僕もこの女には日頃からムカついている。
店長のお気に入りの女だからって、偉そうにしている。
真帆は僕より3才上だ。
白髪に近い金髪で、数カ所に鮮やかな青のメッシュを入れている。
化粧っ気は無くて、多分ほぼスッピンだけど、髪の色だけでインパクトは十分だ。
これから棚に並べる雑誌を、僕は放り出すように真帆に渡した。
コンビニのバイトと、アプリで見つけた単発のバイトで、月に4万3千円の家賃を払って、光熱費とかもなんとか払うことができた。
就職は考えていない。
だって、僕は死ぬんだから。
古いワンルームの部屋は6畳のフローリングに、小さなキッチンが付いている。
ユニットバスで、風呂はいつもシャワーだけ。
料理はしない、つか出来ない。
キッチンではカップ麺の湯を沸かすくらいだ。
コンビニの賞味期限切れ弁当とかパンは廃棄しなきゃいけないけど、しれっと食べている。
店長は見て見ぬふりをしている。
バイト生活にも慣れてきた。
ある朝、
なんか、だりぃ…
熱があるかも…
休むとコンビニに連絡を入れて、布団にもぐり込んでうつらうつらとしていた。
僕を見て冷たく笑う弟。
ムカつく…
ムカつく…
僕を見て冷たく笑う義母。
ムカつく…
ムカつく…
安っぽいピンポンと乾いた音が鳴り、目が覚めた。
身体が痛い。
ダルい。
また鳴った。
ピンポン…
僕はふらふらと玄関まで行き、ドアを開けた。
白髪に近い金髪。
青いメッシュ。
真帆だ。
「あんた、具合悪いんだって?うわ!マジで顔色が悪いじゃん」
「何の用だよ…」
「お父さんが、これ持ってってやれってさ」
真帆が差し出したレジ袋から、レトルトの、お粥とかが透けて見えた。
「なんでオマエの父親が?」
「はぁ?店長だけど?」
ああ、真帆のことを勝手に店長のお気に入りだと思い込んでたけど、
そっか、父娘だったのか…
僕はふらっとした…
「えっ?ちょっとぉ!」
真帆の半ば叫ぶような声が耳に飛び込んできたと同時に
僕の視界は真っ暗になった。
頭が痛い…
身体中が痛い…
だりぃ…
僕は目を覚ました。
は?ここ、どこだ?
「あ、起きたんだ。看護師さん呼ぶね!」
真帆?
アパートで倒れた僕を真帆が呼んだ救急車で病気に搬送されたと知った。
肺炎になりかけていたらしい。
腕には点滴の針が刺さっている。
医者が
「うん、熱は下がったね。今日は入院して様子を見て、明日には退院できると思うよ」
と言い、看護師と一緒に病室を出て行った。
6人部屋だが、ベッドは半分空いていて、一人はかなりの高齢者で眠ったままだ。
もう一人は検査に行っているらしい。
あと一人は僕だ。
「あんたねぇ、ちゃんとご飯食べてんの?自己管理が出来てないんだよ!これ、タオルとか、着替えとかテキトーに持ってきたよ」
「うるせぇよ…病院なんかに運び込みやがって…、オレ入院費なんか払えねーぞ…」
言い返したが、弱々しい声しか出ない。
「お父さんから、保証金を預かって、もう払ってあるよ。入院の保証人もお父さんがなってるし」
「誰も頼んでねぇー、つーの…」
真帆が僕の枕元で声を荒らげた。
「あのね!風邪でも死んじゃうこともあるんだよ!」
死んだって、
いいのに…
そう思いながら、僕はまた眠りに落ちた。
ふと、目を覚ました。
自分が入院していることを思い出す。
部屋は薄暗く、他の患者の寝息が聴こえてきた。
目が慣れて、見回すとぐるりとベッドを仕切るように囲まれた薄い黄色のカーテン。
壁も天井も白で無機質だ。
尿意を覚えて点滴の袋が下がったパイプに掴まってベッドからそろそろと下りる。
軽い目眩いがした。
点滴のパイプにはコロが付いている。
それにしがみつくようにして、すぐ近くに置いてあった病院の名前が入ったスリッパを履いて立ち上がる。
病室を出ると、廊下は非常灯だけが点いていて、やはり薄暗い。
が、トイレの案内表示を見て10メートルほど歩いた。
用を済ませると、今度は喉の乾きが襲ってきた。
一度病室に戻り、棚を開けると自分の財布を見つけ、手に取る。
真帆が持ってきて置いてくれたんだろうな、と思った。
自販機でスポーツドリンクを買って、再び病室に戻った。
枕元には小型のテレビが備え付けてあるが、テレビカードとかいうのを買わないと作動しないらしい。
すっかり目が覚めてしまい、スマホを手に取った僕は、暇つぶしにネットニュースを見たりした。
そうこうしているうちに、良く聞くSNSにたどり着いた。
そして、なんの気もなく、アプリをダウンロードした。
ハンネは自分の名前をもじって“タク”と設定した。
性別や年齢は設定しなかった。
そして
暇つぶしに、つぶやいた。
《生まれて初めての入院中》
続けて
《死んでもいいのに、勝手に治療しやがって!》
思いついた言葉を羅列した。
すると、ピコンと小さな音が鳴った。
僕のつぶやきに、コメントが付いた音らしい。
《死にたきゃ黙って死ねよwww》
そいつのハンネは
“最強魔王”
だった。
《オマエ、何だよ!うっざ!》
カッとして、コメントを返した。
《怒っちゃったのかな?死ぬ死ぬ詐欺くんwww》
《ほっといてくれ!オマエには関係ないだろが!》
《死ぬ死ぬって言ってるヤツは死なねぇんだよなぁwオマエ、ただのかまってちゃんだろ?》
嫌気がさして
ブロックしてやった。
「多田さん、多田邦雄さーん、検温をお願いしまーす」
看護師の声で起きた。
朝だった。
体温計を見ると平熱。
「良かった。すっかり熱、下がりましたね。朝ごはん、お粥だけど食べられそう?」
「はい…」
「じゃあ、点滴は外しますね。10時から診察で、問題なければ退院できると思いますよ」
昨夜までのダルさは消えていた。
入院費と治療費とか合わせて6万円くらいだった。
明細を見ると、肺のレントゲンとか、血液検査にけっこう金がかかっていた。
僕は国民保険に未加入だから、実費だ。
店長が保証金として15万円を預けてくれていた。
退院した足でコンビニに行き、バックヤードで店長に
「すみませんでした。お世話になって…」
と、9万円を返した。
「あの、…入院費とか、すぐに返せないんですど…」
店長は、少し髪が薄くなった頭を傾げるようにして、目尻に深いシワを見せながら
「いいよ、気にしないで。数千円ずつでも、ゆっくり返してくれりゃいい。それより、体調はどうだ?」
と、気遣ってくれた。
レジには真帆が立って接客していた。
帰りにチラッと真帆に向かって顎を付き出すようにして、「どうも…」とだけ小さく言った。
真帆は目を細めて笑顔をよこした。
今日明日と休みをもらって、明後日からまたバイトに入ることになっている。
コンビニで挨拶をした帰り道。
季節は春。
まだジャンパーが無いと肌寒いが、柔らかな空気が僕を纏っている。
コンビニからアパートまでは歩いて15分ほどだ。
春の空気を思い切り吸い込もうとしたら、めちゃくちゃむせた。
肺炎になりかけていたことを思い出し、帰ったら処方薬を飲もうと思った。
アパートにはテレビなど無い。
部屋にあったスティックパンを食べて、中古の冷蔵庫から出したペットボトルのミネラルウォーターで流し込んでから、薬を飲んだ。
何となく、昨夜のSNSにログインした。
すると
“最強魔王”
の名が目に飛び込んできた!
昨日、ブロックしたはずなのに…!
僕が一人暮らしを始めて、もう4年が経った。
4年前。
生きる意味が無く、未来への希望も無く、命にしがみつく気力も無く、ホームセンターで練炭を買った。
実家の風呂の空の浴槽に練炭を置いた。
父親がいつも飲んでいる缶ビールを3本と、ガムテープを持って服を着たまま風呂に入った。
内側からガムテープで扉に目張りをして、洗い場に座り込むと、ビールのプルタブを開けた。
初めて飲むビールは、ただ、苦かった。
こんなもんを、美味そうに飲む父親の気持ちが分からなかった。
ただ、頭の中心が痺れてきた。
酔っ払ってきたのだと思った。
二本目のプルタブを開けて、練炭に火をつけた。
ビールはやっぱり不味かった。
3本目を開ける頃に、吐き気が襲った。
買い物から帰ってきた義母が、風呂掃除をしようしたらしい。
内側から目張りしてあったから、風呂の扉は開かない。
むせるような煙に気付き、義母は119番に通報した。
僕は
助け出された…
助け出されてしまった…
それからの三ヶ月間、精神科に入院した。
重度の鬱。
精神科病棟では、最初の10日間を個室という鍵が掛かった窓の無い隔離室に入れられた。
その10日間の記憶が僕には無い。
そして、4人部屋に移された。
精神病院…
僕を含めて、誰もがイカれていて、だけど誰もが純粋だった気がする。
三ヶ月後に退院した。
迎えに来た父親は、終始無言だった。
中古の建売りの実家。
僕が、未遂で終わったとはいえ、自殺騒ぎを起こしたことで、近所からは好奇の目で見られ、あれやこれや噂され、家族は肩身が狭かったと思う。
僕は2つのことを思った。
次は失敗しない…
誰にも迷惑をかけない…
その後、しばらく精神科に通院しながら抗うつ剤や睡眠薬を処方してもらった。
そして、父親に言った。
「家を出ようと思う。一人で暮らす」
そして、僕は今のアパートで暮らし始め、コンビニでバイトすることになった。
時々、ものすごく不安定な気持ちにはなるが、精神科への通院はやめた。
そう、あれから4年。
僕は、誰にも迷惑をかけない自殺方法を今でも考えている。
21歳になっていた。
キャッ…!
店の奥の方でしゃがんで棚に商品を並べていると、小さな悲鳴のような声が聴こえたような気がした。
振り返りながら立ち上がり、レジの方を見る。
昼をとっくに過ぎ、客足が少ない時間帯になり、2箇所あるレジの出入り口に近い方だけを稼働させていた。
そこに立つ真帆が背後のタバコの棚に背をぴったりと付けるようにしていた。
何やってんだ、アイツ…
と、3人の客が血相を変えてこちらに向かって走ってきた。
なんだ?
一歩、レジの方向に足を踏み出した時に、男の声が響いた。
「金を出せ!」
男は手に包丁を握り、真帆の方へ向いていた。
マジかよ、
コンビニ強盗!
僕はジリジリとレジに近付いた。
男は僕に背を向けている。
真帆が僕に気付いて何かを言おうとしたが、目で制した。
ゆっくりと男に近付く。
「早くしろよ!金、出せよ!」
後ろ姿の男は黒のパーカーを着ている。
そして黒のニット帽。
色の褪せたジーンズとくたびれたスニーカー。
声からして若そうだ。
僕と同年代のイメージだ。
背はそう高くない。
そして、ひどく痩せている。
小柄なその男の膝と手元が小さく震えているのが分かった。
これが屈強そうななりをしていたら、違ったのだろうが、僕は強盗のすぐ背後に立った。
真帆はレジを開け、ゆっくりと金を取り出している。
男がもう一度「急げよ!」と、怒鳴った瞬間、僕は男のヒザの後ろにケリを入れた。
急に膝の裏側を蹴られた男は、いわゆる“膝カックン”の状態で、しゃがむように斜め後ろに倒れかけた。
今だ!
右手の包丁を間髪入れずに叩き払おう、とした次の瞬間、
思いがけず男は態勢を立て直して、こちらを睨みつけてきた。
手には包丁が握られたままだ。
ヤバっ!
小柄な男だとナメていたら、コイツの目、普通じゃない。
真っ赤に充血して、視点が定まっていない。
あ、僕は
ここで死ぬんだな…
なーんだ、自殺するまでも無かったんだな…
そう思った。
が、
自動ドアが開き、素早く侵入してきた何者かが、強盗に飛び蹴りを見舞った。
派手な柄シャツの男が強盗の落とした包丁を素早く蹴ってから、横に倒れている強盗の首に背後から両腕を回し、締め付けている。
「真帆、警察を呼べ!」
僕は叫んだ。
顔色をすっかり失った真帆が僕を見て、頷いた。
派手なシャツの男は強盗の首を締め付けたまま言った。
「あ、オレ警察だけど?」
同時に強盗は落ちた。
「非番でさぁ、買い物に来たらコンビニ強盗やってたから、マジでびっくりしたわ〜」
強盗やってた、って…
派手なシャツの男は中村という少年課の警察官だった。
僕と中村さんは、強盗とは別のパトカーに乗せられ、警察署で事情聴取を受けることになった。
コンビニにはたくさんの警察関係者が立ち入り、臨時休業。
真帆は血相を変えて駆けつけた店長に連れられて帰って行った。
パトカーの中で、
「君さぁ、相手が小柄だからって油断してたろ?アイツはシャブの常習犯だ。やっべえとこだったぞ〜、ま、正義感は立派だけどな、金を渡してさっさと逃がすに限るぞ~、長生きしたければな〜」
中村さんは僕にそう言った。
俯いたまま、
「オレ、長生きしようと思っていませんから…」
と、小さく答えると、中村さんは何も言わずに、僕の横顔をじっと見た。
「あれ?多田君じゃん」
その日はバイトが休みで、近所の激安スーパーで、レトルト食品やカップ麺を大量買いした帰り道だった。
「中村さん…」
「久しぶりだな。バイトは続けてんの?」
「はい」
中村さんは僕が手にしたレジ袋を見て、
「キミさぁ、そんなもんばっか食ってんの?」
と、聞いてきた。
余計なお世話だ、と言いたかったが、
「店の弁当とかも食べてます」
と、殊勝に答えた。
「な、メシ行こうぜ。奢るよ」
「いや、いいです」
「まぁ、そう言うなって。“人の好意はむげにすべからず”って言うだろ?」
「“タダより高いものはない“とも言いますけど…」
「キミ、おもしろいねぇ〜」
中村さんは伸び切ったラーメンみたいな笑みを浮かべてから、半ば強引に僕の肩に腕を回すと、近くの食堂に引っ張って行った。
多田さんは、親子丼に小さなうどんが付いたセット。
僕はカツ丼を注文した。
注文してから、警察官と食事するのに、カツ丼は滑稽だったかな、と少し後悔した。
すると、それを察したように
「あのな、取り調べ室で容疑者がカツ丼食うのは刑事ドラマの中だけだぞ」
と、笑った。
「オレ、容疑者じゃねーし…」
なんか悔しい。
多分、顔がちょい赤くなってるだろうな。
運ばれてきたカツ丼は、すごく美味かった。
- << 31 ※親子丼とうどんセットを食べたのは、中村さんです。 訂正してお詫びします。 m(_ _)m
それから、中村さんは非番だとか勤務が終わった帰りとか、ちょくちょくコンビニに顔を出すようになった。
僕のバイトが終わる時間くらいだったら、食堂とか居酒屋に連れて行ってくれた。
その夜、中村さんと焼き鳥屋に行って、僕はハイボール、中村さんは焼酎の水割りと焼鳥を注文した。
他愛のない会話をほぼ一方的に聞かされて、僕は相槌を打ったり、聞こえないふりをしたりしてやり過ごしていた。
中村さんが、ぽつりと聞いた。
「まだ、死にたいって思ってんのか?」
あの強盗事件の時に、僕は“長生きしようと思ってない”って言っただけなのに…
黙っていると、
「少年課、…まぁ生活安全課なんだけどな、いろんな少年少女と会うわけよ。でもな、多田君ほど絶望的な目をした者は、そうそういないんだよ」
中村さんは、手の中のグラスを弄びながら言った。
「オレ、もうすぐ22歳ですよ。少年じゃないですから…」
「ハハハ。ま、そーだな」
中村さんは、それ以上は何も聞かなかった。
季節は巡って
また、春になろうとしていた。
「いらっしゃいませ」
コンビニの自動ドアが開くと、スーツ姿の中村さんが入ってきた。
チャコールのスーツに、白いシャツ。
ネクタイは深緑だ。
あの強盗事件から、真帆はすっかり中村さんのファンになったらしく、満面の笑みを見せた。
「珍しいですね、スーツ。すっごく似合ってます!」
「今度、刑事課に配属になったんだよ」
「うわっ…刑事さん?かっこいーぃ!」
僕は他のバイトと交代の時間で、バックヤードで着替えながら、それとなく会話を聴いていた。
「邦雄くんは?」
「もう出てきますよ」
多田君から、いつの間にか“邦雄くん”に呼び方が変わってるし…
「お、お疲れさん。一杯付き合えよ」
「中村さんって、友達いないんですか?」
「痛いとこ突くなぁ~」
なんだかんだ思いながらも、僕は中村さんと一緒にコンビニを出た。
居酒屋。
枝豆、唐揚げ、肉豆腐…
あと、生ビールを二杯。
中村さんが適当に注文した。
「一応…ご栄転、おめでとうございます」と僕が言って、ジョッキで乾杯した。
多田さんは、まんざらでもない顔をして「一応、サンキュ」
と言った。
「あのさぁ、…」
「何だ?」
「SNSにさ、すげぇイヤなヤツがいるんだけど、警察がなんとかしてくれたり、しない?」
「あ〜、刑事も民事でも扱えるけど、ひでぇのか?」
「うん…《死ね》とかも、書き込んでくるよ」
「そのSNSって、見せてくれない?イヤだったらいいけど」
一瞬だけ考えて、僕はスマホを出した。
「これなんだけど…」
「え?どれ?」
「あれ?」
そこには、僕の《死にたい》という内容だけがずらりと並んでいるだけで、あの“最強魔王”のコメントはひとつも無かった。
アイツ、削除しやがったのか…?
中村さんは、陽気に「唐揚げ美味いぞ、食え食え」と、言っている。
アパートに帰って、シャワーを浴びた。
上下スウェットに着替えて、片手でタオルで髪を拭きながら、右手でSNSを開いた。
《ダセェな!》
《いつ死ぬかな?》
《死ぬなら、早く死ねよwww》
“最強魔王”の書き込みは、消えて無かった。
さっきは確かに無かったのに…
僕はまたブロックした。
春は引っ越しの季節だ。
引っ越しの単発バイトが多く入る。
コンビニよりも時給が良いし、力仕事だが、単調な作業は慣れれば苦にならない。
実際、この時期になると引っ越し業者の方から僕にヘルプの連絡が入る。
その日、
朝から4トントラックに家具を乗せていた。
エレベーター付きのマンションの5階から荷物を運び出し、トラックに積み込む。
スタッフは4人で、段取りよく作業が進む。
依頼者は僕と同じくらいの年の女性で、「終わったらスマホに電話してくれる?」
と言い、高級そうな小型の飼い犬を連れて部屋を出て行った。
部屋は2LDKで、まだ新しい。香水だろうか、キツイ甘い香りが充満していた。
運び出す家具も高級そうだ。
水商売の女性だろうか。
近い年齢でも、僕とは雲泥の差だ。
とにかく作業に集中した。
全ての荷物を運び出し、スタッフのリーダーが依頼人に作業完了の電話を入れている。
運び出し忘れが無いかを確認してもらわなくてはならない。
他の二人のバイトは、軽自動車でさっさと次の引っ越しに向かった。
トラックの荷台の扉を閉めようとした時、積み込んだ洗濯機と棚の間にちらりとタオルが見えて僕は荷台に乗り込んだ。
タオルを拾うと、その中からゴトリと鈍い音を立てて何かが転がり落ちた。
は?
拳銃?…
それから10日ほどが過ぎた。
コンビニのバックヤードで、いつもの廃棄弁当を食べていた。
つけたままになっていたテレビを何の気も無しに眺めていたが、箸が止まった。
《加西春香さん、23歳が殺害された事件の続報です。加西さんは2週間ほど前にこのマンションに引っ越してきたことが確認されています。全身に殴打された痕跡があったため、警察では他殺と断定。現場から複数人の男が立ち去る姿が目撃されており、その男らが加西さんの死になんらかの関係があるとみて、捜査を進めています。…では、次のニュースです…》
加西春香…
画面に映ったのは、あの引っ越しの時の女性だ。
間違いない…
「邦雄から電話がくるのって、珍しいなぁ~」
中村さんは、“邦雄君”から“邦雄”と、呼び捨てに変わっていた。
が、そんなことどうでもいい。
「おーい、邦雄?どうした?もしもーし」
「あの、オレ…中村さんに相談があって…」
「そっか、分かった。けどな、今さ帳場が立ってて抜けられそうもないんだわ。時間が出来るまで待っててもらえるか?」
「帳場って…加西とかいう、女の人が殺された事件ですか?」
「まぁ〜な」
「その事です。オレ、その事で中村さんに話があるんです!」
中村さんの口調が変わった。
「今、自宅か?すぐに行く」
電話が切れた。
10分ほどして、ピンポンと間抜けな音がした。
中村さん、早いな…
僕は警戒心も持たずに安っぽいドアを開けた。
そこには見知らぬ二人の男が立っていた。
一人はスキンヘッドで激太り、派手な刺繍のスカジャンにカーキ色のカーゴパンツ。
もう一人は痩身で紺色のブルゾンにベージュのチノパン。
首に金色のネックレスと、その首元には入れ墨がのぞいている。
まともな人種ではないと、瞬時に思い、ドアを閉めようとしたが、激太りの男の方が体をねじ込むように半身を乗り出してきた。
「多田邦雄クンだよね〜。引っ越し屋の多田クンだよね~」
と、間延びした口調だが威圧感のある声だった。
痩身の男が「ちょっと聞きたいことがあるんでね、一緒に来てくれや」と、ドスの効いた声で言った。
僕は「何ですか?警察を呼びますよ!」と抵抗したが、「呼んでみろや!」と、怒鳴ると同時に脇腹を一発殴られて、ふらついたまま、二人に引きずられるようにしてアパートの外階段を下りた。
アパートのすぐ下には黒のアルファードが停まっていた。
運転席には金髪でソフトモヒカンの男が座っていた。
「離せよ!」
もう一度抵抗を試みたが、今度は顔面に痩身の男の拳がめり込み、後部座席に二人に挟まれるようにして連れ込まれた。
鼻血が僕のグレーのスウェットを汚した。
激太りが金髪に「さっさと出せや」と言い、アルフォードが走り出した。
車は40分ほど走り、止まった。
車中では、僕も誰も言葉を発しなかった。
「オラ!降りろや」
鼻血で喉の奥が生臭い鉄の味がしていた。
僕は言われるがままに、車を降りた。
何かの工場跡らしい。
埃っぽく、土と機械油の臭いがする。
いくつか壁沿いに立てかけられているガタガタのパイプ椅子の一つに座らせられそうになり、身をよじって抵抗したがスネを蹴られて、座るしか無かった。
ロープでパイプ椅子の背もたれごと、身体をくくられた。
足もロープで左右くくられ、身動きが取れない。
「オレに何の用だ?!」
激太りが「威勢が良いねぇ〜」と、ニヤニヤしながら僕を見下ろす。
痩身が言った。
「オマエ、チャカどうした?」
「何のことだよ?」
「春香が言ってたんだよ。引っ越しが終わった時に、バイトの様子がおかしかった、ってさ」
「お前、チャカ見つけたんだろ?どこにやった?」
「知らねーよ!」
また顔面を殴られた。
奥歯が折れたらしい…
口から血が溢れた。
「まだ、思い出せないのかよ?」
痩身の男が蛇のようにまとわりつくような目で僕を見る。
「コイツが思い出すまで、やれ」
激太りが顔面や鳩尾をめちゃくちゃに殴ってきた。
衝撃でパイプ椅子が後ろにひっくり返り、後頭部を強打した。
意識が薄れる…
ヤベェ!誰か来たぞ!
外で見張りをしていた金髪の声が、
そう叫ぶのが聞こえた…
「気付いたか?」
中村さんの声。
起き上がろうとすると、全身に激痛が走った。
「寝てろ。肋骨三本にヒビが入ってる」
そうだ…僕は拉致られて、ボコられたんだ…
「電話の後、すぐにお前のアパートに行ったんだけどな、ちと遅かった。お前の部屋では雇われた半グレが部屋を荒らしてた。で、そいつを捕まえて、お前が連れて行かれそうな場所を聞き出したってわけ」
「“聞き出した”って、ありゃやり過ぎだぞ。タコ殴りだったじゃねぇか。始末書、覚悟しとけよ」
横からそう言ったのは、中村さんの相棒の迫田さんという50代のガタイのいい男だ。
柔道の有段者なのか、耳が変形している。
「緊急事態だったんで…」
と、中村さんは迫田さんに言い訳してから、
「邦雄、ちょい喋られっか?」と僕に向き直った。
「はい」
と、返事をしたが唇が腫れ上がっているようで、上手く話せない。
が、加西春香の引っ越し中に、拳銃らしきものを発見したこと。
加西春香が殺されたことをニュースで知り、中村さんに拳銃のことを伝えようと思ったこと。
男らに拉致られ、暴行されたことを、ゆっくりと話した。
二人の刑事は、最後まで黙って僕の話を聞いていた。
話し終えて、
「ありがとう、水飲むか?」
と、中村さんがストローを差したコップを口元に近付けてくれた。
一口飲むと、切れた口の中にしみて痛みに顔をしかめた。
「散々な目に遭ったな。怖かっただろ?」
怖かった?
いや、怖くは無かった。
痛かったけど…
そう言うと、中村さんは目を細めた。
それが僕には悲しそうな顔に見えた。
迫田さんが
「それで、拳銃はどうしたんだ?」
と僕に訊いた。
「本物かどうかわかんなかったし、元通りにタオルに包んで洗濯機の中に入れておきました」
「そうか…だがな、その拳銃が行方不明らしい。それで組関係のヤツラは必死になって探しているようだ」
と、眉間に深くしわを寄せて言った。
加西春香は、キャバクラのホステスで、引っ越した部屋にはヤクザの彼氏が出入りしていた。
その男と手を切りたいと、周りに漏らしていたそうだ。
そして、別れようと決めて引っ越しすることにした。
ところが、男は加西春香の知らない内に部屋に拳銃を隠し置いていた。
そうとも知らず、加西春香は引っ越しを終えたわけだが、男は拳銃を取り戻すために加西春香の引っ越し先を突き止め、拳銃の在り処を聞き出そうと暴行を加えるうちに、死んでしまった。
これが、警察の読みだと迫田さんが話してくれた。
続けて中村さんが
「で、お前が何か知ってるか、もしかすると拳銃を盗み持ってんじゃねぇかと疑われて、アイツらに拉致られたってわけだ」
確かに、
荷台で拳銃を見つけた後、加西春香に言おうかどうしようか、迷った。
“あ、拳銃は洗濯機の中に入れておきましたよ〜“
なんて、言わなかったけど。
護身用のモデルガンだろう、くらいに思ったし、あの後は、コンビニのバイトがあって急いでいたから、そのまますっかり忘れていた。
確かに洗濯機の中に入れたんだけどな…
二日間の入院の後、退院した。
肋骨は4〜6週間で治るそうだ。
くしゃみをするだけでも、かなり痛む。
鎮痛剤を処方してもらった。
唇と左瞼が腫れ上がったままだ。
これは一週間ほどで治るらしい。
ぶつけた後頭部は、検査の結果、異常は無かったが、デカいたんこぶが出来ていた。
去年の春先にも、風邪で入院していたなぁ、と思い出した。
バイトは二週間中休んだ。
休みの前半は、ほとんど寝て過ごし、口の中が痛くて固形物が食べられないから、ドリンク系のカロリーメイトをチビチビと飲んだ。
一週間もすると、半グレとやらにひっくり返された部屋の片付けをした。
何度か真帆が賞味期限の切れていないコンビニ弁当持参で様子を見に来たりしてくれた。
医者の言う通り、顔と唇の痛みはマシになっていった。
ちょくちょくネットニュースを見たが、加西春香殺害の犯人逮捕も続報も載っていなかった。
ついでにSNSを開いたが、“最強魔王”の書き込みは無かった。
「あのさぁ。捜査、進んでねぇの?」
「まぁ〜なぁ〜…」
久しぶりに中村さんと晩飯。
町中華。
ラーメンと、半チャーハン。
餃子。
中村さんは、いつ呼び出しがあるか分からないからだと言って、ビールは飲まなかった。
「邦雄は飲めよ」
と言ってくれたが、僕も飲まなかった。
食べ終え、店を出て駅に向かう。
「邦雄さぁ、彼女とかいないのかぁ?」
と、中村さんがまた、くだらないことを聞いてきた。
「中村さんこそ、もう30半ば過ぎでしょ?結婚とかしないんですか?」
「いい子がいたら、紹介してくれよ〜」
「そんな極悪非道な真似できませんよ」
「はぁ?このやろ、ど〜ゆ〜意味だよ!」
と、急に中村さんが声をひそめた。
「邦雄、振り返るなよ。そのまま、真っ直ぐ歩け」
僕は素直にうなずいた。
「走れるか?」
「はい」
「次の角を右に曲がったら、全力で走れ」
「はい」
路地を右折。
先を僕が走り、すぐ後ろから中村さんも走る。
間を開けて、数人が追いかけて走ってくるバタバタという足音に混ざり「待て!」の声も聴こえたが、狭い路地に入り込み、中村さんは、真後ろから「右」「左」と、僕を誘導してくれた。
息が切れてきた。
肋骨に痛みが響く。
「左のドアに入れ!」
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