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中谷月子( ♀ ezeSnb )
13/02/19 21:07(更新日時)

平和な生活を送っていた高校一年生多田由香里は、ある日弟が加担した虐めにより、少女が自殺をしたことによってその生活が一変する。

弟の弘一はマスコミを避けて、親戚中をタライ回しになった後、消息が知れなくなる。
父は、連日続く家の周りを取り囲むマスコミや野次馬に耐えられなくなり、「買い物に行く」と言って家を出たまま戻らなくなる。
とうとう母は、心が壊れてしまい入院先の病院で自ら命を絶つ。

由香里は幼稚園の時の先生、曽根崎美恵と再会した。
曽根崎レジャー開発という大会社の元会長の娘である曽根崎美恵は、由香里を養女にし、可愛がってくれ、そんな曽根崎美恵を由香里は‘おば様’と呼び、慕う。
これまでの過去を封印して、曽根崎由香里となりあらゆる教育を受ける。


そして由香里は様々な高校に転校生として現れては、闇の中に閉ざされた‘虐め’という問題に立ち向かうことになる。

No.1917064 13/02/19 17:41(スレ作成日時)

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No.51 13/02/19 19:49
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 50
近藤さんが
「ソノハラって、半年くらいの予約待ちでしょう?一日に三人くらいしかお客を受けない店で、イケメン美容師がいるって聞いたことがある!」
と、興奮気味に言った。
真田さんも驚いた表情で、「ねえ、私も予約できるかな?」と聞いてきた。
「無理よ、言ったでしょう?ソノハラは半年の予約待ちなんだから」近藤さんが、繰り返し言った。
真田さんは「だからあ、曽根崎さんの口利きで…」それに便乗したように「それなら私も…」と、近藤さんまでが言いかけた時に「おやめなさい」園田佳奈美が静かに言った。
「今日、転校してきたばかりの方に、無理なお願いをするなんて失礼よ。もし、半年待ちなら横入りみたいなズルはしないで、ちゃんと予約して順番を守るべきじゃないかしら?」と、理路整然と言い放った。
二人はつまらなそうな表情で、プレートに乗った食事をもそもそと黙って食べ始めた。
やだな…、なんだか雰囲気が悪くなっちゃったな。
「ダメかも知れないけど、おば様にお願いしてみます」私は、つい言ってしまった。
二人は、ぱっと明るい表情になった。「うわあ…、楽しみ!」「本当に、ダメかもしれないから…」「うん、分かったわ」二人は口を揃えてそうは言ったものの、もうソノハラに行けると思い込んでいるのが見て取れた。
園田佳奈美はもう何も言わず、鈴かに食事を続けていた。

午後の授業も終わり、私が校門をくぐるとそこには矢島さんが待っていた。
「おかえりなさいませ。由香里さん」と言って、ドアを開けてくれた。
「ただいま」
運転しながら、矢島さんはルームミラーで私の顔を見て、「どうかされましたか?」と聞いた。
「ううん。何でも無いの」
私は、今日のお昼に真田さんと近藤さんに頼まれたソノハラの予約のことを考えていた。

園田佳奈美が言ったことは、尤もなことだとも思うし、一方ではこれから卒業まで同じ顔ぶれで送る高校生活のために、真田さんや近藤さんと仲良くしたいとも思う。

No.52 13/02/19 19:52
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 51
「おかえりなさいませ」
「ただいま帰りました。佐伯さん、英語の授業、完璧でした」と報告した。
「そうですか。今日もこれから宿題をなさって、その後は英語のレッスンですよ」と言った。
そうか、今日は月曜日だ。
おば様にも、ただいまの挨拶をすると、部屋着に着替えてからすぐに私は宿題の数学の問題に取り組んだ。
前の高校よりも内容が少し進んでいる。
私は解答に行き詰る度に、ソファーで本を読んでいる佐伯さんに声をかけて教えてもらった。
佐伯さんの教え方は、とても上手で私はすぐに理解することができた。
「終わりました」
ノートを手に、佐伯さんはじっと見てから「ここは間違えていますよ」と言って教えてくれた。
「それでは、明日の予習を致しましょう。由香里さん、明日の授業の教科書を出してください」
私はこれまでどれだけ普通、いや怠慢な高校生活を送っていたのだろうと思った。

佐伯さんの教え方は、まさに教師のようで無駄がなく、勉強ってこんなに楽しかったんだ…、私をそう思わせるほどだった。
予習が終わると、英語のレッスンに入った。
初歩的なRとLの発音から丁寧に身振り手振りで教えてくれた。
「さあ、そろそろ夕飯の時間ですね」
その言葉を合図に、英語のレッスンは終わった。
佐伯さんは優秀な家政婦でもあるようで、すでに下準備を終えていたのだろう。すぐに夕食がテーブルに並んだ。
「おば様、佐伯さんの食事はどうされているんですか?」
「さあ…、自室でとっているのでしょう」
「なぜ、一緒に食べないのですか?」
おば様は、箸を箸置きにそっと置くと、私の方を向いて「ゆかりちゃん、いくら仲良くなっても、人それぞれ、距離をおかなくてはいけません。その距離は人によって違いますが、佐伯さんはこの家の家政婦であり、あなたの教育係りです。家族ではないのですよ」
「そうですか…」
「あなたは優しいのね。でも、こうした距離感が、他人との関係をうまく保ち、長続きをさせるのです」
「分かりました」
私の返事を聞き、一度、頷くとおば様は再び箸を持って、食事を続けた。

「学校は、どうでしたか?」と、おば様が聞いた。
「同じクラスの三人の名前を覚えました。一緒にお昼を食べました」
「そうですか」
「あの高校には、部活が無いのですね」
「そうです。秀でてスポーツなどを得意とする者は、それに見合った高校や大学に行くものです」
「なるほど…」

No.53 13/02/19 19:53
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 52
人それぞれ、距離をおかなくてはいけません。その距離は人によって違います。
こうした距離感が、他人との関係をうまく保ち、長続きをさせるのです。

私はおば様の言った、この言葉を念頭に近藤さんと真田さんの頼みは断るべきだと思った。


食事を終えて、リビングのソファーでおば様と談笑していると「お話し中、失礼いたします。由香里さん、ピアノのレッスンをそろそろ始めましょう」と、佐伯さんが言った。


ピアノ…
子供の頃…

「お母さん、ゆかりもピアノがしたい!」
「ピアノ?どうせ続かないでしょう?」
「お願い。ミキちゃんも、ヨウコちゃんも、みんなピアノを習ってるんだよ、おねがい、ゆかりもピアノ習いたい」
「母さん、やらせてみたらどうだ?」
「おとうさん!」幼かった私は、父の助け舟に目を輝かせた。
「でも、あなた…、由香里が続けられると思う?拾ってきたチビの面倒も、結局は私がやってるのよ」
「まあ、一度やらせてみろよ」
母は、不満そうな顔を見せながらも渋々納得した。
二週間ほどして、父の友人の娘さんが使っていたというピアノを譲り受け、我が家にアップライトピアノが届いた。
私は、すごく嬉しかったのを覚えている。
こうしてピアノ教室に通うことになったが、母が懸念していた取り、一年も続かずに私はピアノに触ることもなくなった。


「由香里さん、ピアノのご経験は?」佐伯さんがそう聞いた。
防音効果の施された部屋には、みごとなグランドピアノが置かれている。
「小学生のころにちょっとだけ…、ですが、経験は無いと言った方が良いかと思います」
「そうですか。では、初心者向けのソナチネの第二楽章から始めましょう」
「よろしくお願いいたします」
こうして、ピアノのレッスンが開始された。




No.54 13/02/19 19:55
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 53
「ごめんなさい」

私は、近藤さんと真田さんに丁寧に頭を下げた。
「私、おば様には言えませんでした。どうしてもソノハラに行きたいと思われるのでしたら、やはりちゃんと予約をとるべきかと、思いました」
二人は、顔を見合わせると「ああ、気にしないで。そうよね、こんな無理なお願いをして、こちらこそごめんなさい」そう言ってくれた。

私は、おば様の言葉に従って良かったのだと思った。

お昼になり、私はプレートに好きな物をとり、テーブルに着いた。
すぐにあの三人が寄ってきた。
「今日もご一緒してもいいかしら?」園田佳奈美が優雅な口調で言った。
「はい。どうぞ」と、私が返事をすると、昨日と同じ席にそれぞれが座った。
「曽根崎さん、このお二人のお願いを断られたそうですね?」と、パンを一口大にちぎりながら横を向いて園田佳奈美が私に話しかけた。
「ええ…、近藤さんと真田さんには申し訳ないと思ったのですが…」
「いいえ。こちらのお二人とも、由緒あるお家の方ですから、私はもっとプライドを持って人と接するべきだとこれまでも思っておりました」
園田佳奈美にそう言われ、二人は複雑な表情を見せた。
そして「曽根崎さんのご判断は、正しいと思います」と、はっきり言うと園田佳奈美は目の前の二人を見た。
それは、まるで無言の圧力のようでもあった。

私はまた気不味くなってしまい、黙って食事をした。
二人は早々に食べ終わると、「お先に失礼します」と言って、席を立った。
園田佳奈美は「曽根崎さん、この高校はいかがですか?」と私に聞いた。
「まだ二日目ですから、クラスの方々のお名前も覚えられません」
「それは仕方がありません。少しずつ慣れていかれると良いかと思います」
「ありがとうございます」
「これからは、ずっと日本にいらっしゃるご予定ですか?」
「はい」
と、他愛ない会話をしながらランチタイムを終えた。


午後の授業は古文だった。
教科書を出そうと、机の中を探ったが無い。鞄の中にも無い。
おかしいな…、
昨日、予習をした後で佐伯さんと一緒に忘れもののないように気を付けながら鞄に入れたはずなのに…

チャイムと共に、担任である舛崎先生が教室に入ってきた。
園田佳奈美の「起立」「礼」に合わせ、皆が立ち上がると「よろしくお願いいたします」と、声を揃えて言った。


No.55 13/02/19 19:58
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 54
舛崎先生は、教室を見回してから
「では、五十二ページからです」と言った。
私は思い切って、右手を挙げた。
舛崎先生は、「曽根崎さん、どうかしましたか?」と聞いた。

「申し訳ありません、古文の教科書を忘れてきてしましました」と、言った。
「曽根崎さん、忘れものをするということは、私や同じ授業を受ける他の者達に対しても、とても失礼なことです。放課後に、反省文を書いて教員室まで持ってきなさい」と、きっぱりとした口調で叱られた。
「園田さん、曽根崎さんに教科書を見せてあげてください」
「はい」と、園田佳奈美は澄んだ声で返事をすると、机を動かし私の机とくっつけると、中間に五十二ページを開いた古文の教科書を置いた。
私が小さな声で「ありがとう」と言うと、園田佳奈美はにっこりと笑顔を返した。

放課後、私は教室に残り、原稿用紙に反省文を書いた。
忘れ物をしたことを反省する文章と、これから忘れ物をしないための対策を三枚の原稿用紙に書いて、職員室へ向かった。

廊下を歩いていると、「助けて!」とかすかな声が聞こえた。
私は一度立ち止まってから、その声が聞こえた方に足を向けた。
トイレ。
誰もいない。
あの声は、空耳だったのだろう…
トイレに来たついでに私は用を足そうと、手洗い場の鏡の前に原稿用紙を置くと、個室に入った。
トイレを出て手を洗おうと思ったら、置いたはずの原稿用紙が無い…
風に飛ばされたのかと窓を見たが、サッシは閉まって鍵もかかっている。
狭いトイレの中を探しまわったが、探す場所など知れている。

「はあ…」
私はため息をつくと教室に戻り、またさっきと同じ文章を書くと職員室に入った。
「失礼いたします」お時儀をして、部屋を見回し、舛崎先生を見つけるとその席に近付いた。
「今日は、大変申し訳ありませんでした。反省文を書いてきました」
差し出した三枚の原稿用紙を見て、それから壁に掛ってある丸い大きな時計を見た舛崎先生は、「これだけの時間をかけて、たったの三枚ですか?」と聞いた。
「いえ…もっと早く書き終えたのですが失くしてしまって…」
「言い訳は聞きたくありません。曽根崎さん、あなたには緊張感が足りないようですね。もうお帰りなさい。明日からは忘れ物のないように!」そう言うと、原稿用紙には目を通さず、それをそのままゴミ箱に投げ入れた。

私は意気消沈して、教室に戻り机の中から教科書や筆記具などを取り出そうと手を入れた。

瞬間…

「キャッ…」

思わず小さな悲鳴を上げた。
何か、ぐにゃりとした冷たい物が、私の指先に触れた。
私はしゃがみ込むと、机の中をゆっくりと覗き込んだ。
目の前がふらつくような焦燥感に襲われた。

机の中には、教科書などと一緒に大きな蛙が入っていた。
蛙は腹が切り裂かれ、内臓が飛び出している。
尻もちをついたまま、暫く動けなかった。


No.56 13/02/19 20:07
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )


「お嬢様…、いえ由香里さん、どうされましたか?」予定よりも遅くに学校から出てきた私に矢島さんが心配そうな表情を見せた。
「何も…ないわ…」
「ですが、お顔の色が…」
「何でも無いの!さあ、帰りましょう」私は涙を堪えて言った。
矢島さんはスマホを胸の内ポケットから取り出すと「奥様、ゆかりさんがお見えになりました」とだけ言うと電話を切った。

蛙の死骸を見つけた後、しばらく茫然としてから、私は机に近付くと、ポケットティッシュを何枚も重ねて蛙を持ち机の中から取り出し、それを椅子に置いてから教科書を取り出した。
教科書にも、蛙の体液が付着していた。
ノートを破って、教科書を拭くとそれをゴミ箱に捨てた。
なんとか綺麗に拭いた教科書を入れた鞄と、蛙を包んでいるティッシュを持って、私は下駄箱で靴を履き替えると、校庭の隅に行き蛙を埋めた。

そしてやっと矢島さんが待つ車の場所まで出てきた。


帰り着くと、おば様と佐伯さんが玄関まで出てきた。
おば様は「おかえりなさい」といつも通りの口調で言った。
「ただいま…帰りました」
「由香里さん、具合が悪いのですか?」佐伯さんが心配そうに私の腕を軽くとった。
「いいえ。遅くなりました。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
おば様は、何も言わずにリビングの方へ行った。
私は自分の部屋に向かった。後ろから佐伯さんが「由香里さん、今日のお勉強は…」と話しかけた。私は振り返ると、「遅くなりましたが、いつも通りにお願いします」と言った。
あ、どうしよう…
宿題は、古文だった。
教科書を探したが、やはり部屋には無かった。
昨日、間違いなく佐伯さんと一緒に鞄に入れたのだから…

ノックの音がした。「はい」返事を聞いて、佐伯さんが部屋に入ってきた。
「今日の宿題は何でしょう?」
そう聞く佐伯さんに、私は情けない顔で「古文…、ですが私は教科書を失くしてしまいました」と言った。
佐伯さんは私に「曽根崎の者が、そのような顔をしてはいけません!」とビシッと言うと、部屋を出て行った。
制服から部屋着に着替えた私は、うなだれるように机に座り、鞄から教科書を出すと、まだ汚れの落ちていない部分をティッシュで丁寧に拭いた。


No.57 13/02/19 20:09
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )


三十分も経たない内に、再びノックの音が聞こえて佐伯さんが部屋に入ってきた。

その手には、古文の教科書があった。
「佐伯さん、どこにあったんですか?」
「高校の教科書を作成している出版社の者に届けさせました」
「え…?」
「いいですか、あなたは曽根崎の名を持つ人間なのです。何事にも慎重になる必要はありますが、うろたえることはおやめください」
「はい…分かりました」
佐伯さんは、「では、宿題を始めましょう」そう言って、新しい教科書を私に手渡してくれた。
私は、宿題に集中した。

「終わりました」
ノートを手に取ると、さっと目を通すと「間違いはありません」と言った。「では、明日の予習です」
佐伯さんのペースでいつも通りにしていたら、あの蛙の悪戯のことは考えずに済んだ。
明日の教科の予習を終えて、「お食事にしましょう」と、佐伯さんは言った。
「今日は、茶道のお稽古の日ではないのですか?」
「茶道は、着物の着付けから始めます。それにしては、少し時間が遅くなりましたから、茶道のお稽古は来週から始めましょう。さあ、手を洗ってテーブルに着いてください。奥様が待ちかねですよ」と言った。

私は言われた通りに、手を洗った。
石鹸で、何度も…何度も…

  • << 59 テーブルに着くと、おば様は 「ゆかりちゃん、わたしはあなたの意思を尊重するつもりです。そして、どんなことがあっても、わたしはあなたを全身全霊で守る覚悟でいます。ですが、わたしの方から手は差し伸べません。あなた一人の力ではどうにもならない事態が起こった時には、あなたからわたしに手を差し出してください。そうすれば、わたしはあなたの手を離すことはしません」 そう言ってから食事を始めた。 今日、起こったことは単なる悪戯なのか、それとも… 私は、「分かりました」と答えると、おば様に続いて食事を始めた。 翌日、朝のホームルームの時間になり、舛崎先生が教室に入ってくると、園田佳奈美が「起立」「礼」と言うと、「おはようござます」の声が教室に響いた。 舛崎先生が「おはようございます」と言い、続けて「昨日のお掃除当番は誰でしたか?」と聞いた。 カタカタと椅子の音がして、四人の生徒が立ち上がった。 舛崎先生は、右手に持ったゴミ箱を持ち上げて、「これは何ですか?」と聞いた。 四人は、はっとした表情を同じように浮かべた後、その内の三人が一人の生徒を見た。 その一人は「私が、ゴミ捨てをしました。間違い無く、ちゃんと捨てました!」と、体を小刻みに震わせながら答えた。 私だ… 蛙の体液が付いたのを、ノートを破って拭いた時にゴミ箱に捨てた…。 すぐに立ち上がると、「先生、私が捨てました」と言った。 みんなの視線が私に集まるのが分かる。 「曽根崎さん?…他の四人はお座りなさい」 と、舛崎先生は言うと、静かに四人は座った。 一人、立ったままの私は舛崎先生の次の言葉を待った。 舛崎先生はゴミ箱の中の三枚紙を取り出すと、一枚一枚広げた。 「曽根崎さんのお家が裕福であることは、知っています。しかし何も書いていない紙を捨てるのは、贅沢が身にしみついた傲慢としか思えません。それに、綺麗にお掃除をしたクラスメートに悪いとは思わないのですか?」 と、きつく言った。 私は、あの蛙の話をクラス全員が見ているこの場でするべきでは無いと思い、「それは…」と、言い訳を考えた。 すると舛崎先生は「まずは、昨日の掃除当番の四人に一人ずつお詫びをしなさい」 そう、ヒステリックに言い放った。 一人ずつ…? 私はまだ、このクラスの人の名前を園田さんと近藤さんと真田さんの三人しか覚えていない… どうしよう…

No.58 13/02/19 20:14
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 57
テーブルに着くと、おば様は
「ゆかりちゃん、わたしはあなたの意思を尊重するつもりです。そして、どんなことがあっても、わたしはあなたを全身全霊で守る覚悟でいます。ですが、わたしの方から手は差し伸べません。あなた一人の力ではどうにもならない事態が起こった時には、あなたからわたしに手を差し出してください。そうすれば、わたしはあなたの手を離すことはしません」
そう言ってから食事を始めた。

今日、起こったことは単なる悪戯なのか、それとも…
私は、「分かりました」と答えると、おば様に続いて食事を始めた。




翌日、朝のホームルームの時間になり、舛崎先生が教室に入ってくると、園田佳奈美が「起立」「礼」と言うと、「おはようござます」の声が教室に響いた。
舛崎先生が「おはようございます」と言い、続けて「昨日のお掃除当番は誰でしたか?」と聞いた。
カタカタと椅子の音がして、四人の生徒が立ち上がった。
舛崎先生は、右手に持ったゴミ箱を持ち上げて、「これは何ですか?」と聞いた。
四人は、はっとした表情を同じように浮かべた後、その内の三人が一人の生徒を見た。
その一人は「私が、ゴミ捨てをしました。間違い無く、ちゃんと捨てました!」と、体を小刻みに震わせながら答えた。

私だ…
蛙の体液が付いたのを、ノートを破って拭いた時にゴミ箱に捨てた…。

すぐに立ち上がると、「先生、私が捨てました」と言った。
みんなの視線が私に集まるのが分かる。

「曽根崎さん?…他の四人はお座りなさい」
と、舛崎先生は言うと、静かに四人は座った。

一人、立ったままの私は舛崎先生の次の言葉を待った。

舛崎先生はゴミ箱の中の三枚紙を取り出すと、一枚一枚広げた。

「曽根崎さんのお家が裕福であることは、知っています。しかし何も書いていない紙を捨てるのは、贅沢が身にしみついた傲慢としか思えません。それに、綺麗にお掃除をしたクラスメートに悪いとは思わないのですか?」
と、きつく言った。

私は、あの蛙の話をクラス全員が見ているこの場でするべきでは無いと思い、「それは…」と、言い訳を考えた。
すると舛崎先生は「まずは、昨日の掃除当番の四人に一人ずつお詫びをしなさい」
そう、ヒステリックに言い放った。

一人ずつ…?
私はまだ、このクラスの人の名前を園田さんと近藤さんと真田さんの三人しか覚えていない…

どうしよう…


No.59 13/02/19 20:14
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 57 三十分も経たない内に、再びノックの音が聞こえて佐伯さんが部屋に入ってきた。 その手には、古文の教科書があった。 「佐伯さん、どこ… テーブルに着くと、おば様は
「ゆかりちゃん、わたしはあなたの意思を尊重するつもりです。そして、どんなことがあっても、わたしはあなたを全身全霊で守る覚悟でいます。ですが、わたしの方から手は差し伸べません。あなた一人の力ではどうにもならない事態が起こった時には、あなたからわたしに手を差し出してください。そうすれば、わたしはあなたの手を離すことはしません」
そう言ってから食事を始めた。

今日、起こったことは単なる悪戯なのか、それとも…
私は、「分かりました」と答えると、おば様に続いて食事を始めた。




翌日、朝のホームルームの時間になり、舛崎先生が教室に入ってくると、園田佳奈美が「起立」「礼」と言うと、「おはようござます」の声が教室に響いた。
舛崎先生が「おはようございます」と言い、続けて「昨日のお掃除当番は誰でしたか?」と聞いた。
カタカタと椅子の音がして、四人の生徒が立ち上がった。
舛崎先生は、右手に持ったゴミ箱を持ち上げて、「これは何ですか?」と聞いた。
四人は、はっとした表情を同じように浮かべた後、その内の三人が一人の生徒を見た。
その一人は「私が、ゴミ捨てをしました。間違い無く、ちゃんと捨てました!」と、体を小刻みに震わせながら答えた。

私だ…
蛙の体液が付いたのを、ノートを破って拭いた時にゴミ箱に捨てた…。

すぐに立ち上がると、「先生、私が捨てました」と言った。
みんなの視線が私に集まるのが分かる。

「曽根崎さん?…他の四人はお座りなさい」
と、舛崎先生は言うと、静かに四人は座った。

一人、立ったままの私は舛崎先生の次の言葉を待った。

舛崎先生はゴミ箱の中の三枚紙を取り出すと、一枚一枚広げた。

「曽根崎さんのお家が裕福であることは、知っています。しかし何も書いていない紙を捨てるのは、贅沢が身にしみついた傲慢としか思えません。それに、綺麗にお掃除をしたクラスメートに悪いとは思わないのですか?」
と、きつく言った。

私は、あの蛙の話をクラス全員が見ているこの場でするべきでは無いと思い、「それは…」と、言い訳を考えた。
すると舛崎先生は「まずは、昨日の掃除当番の四人に一人ずつお詫びをしなさい」
そう、ヒステリックに言い放った。

一人ずつ…?
私はまだ、このクラスの人の名前を園田さんと近藤さんと真田さんの三人しか覚えていない…

どうしよう…


No.60 13/02/19 20:17
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 59 「お詫びができないということは、反省していないということですか!」
舛崎先生の声に悪意を感じた。

その時、私の机の上にさっと小さな紙が素早く置かれた。
園田佳奈美だ…

そのメモには‘坂野上’‘小柳’‘西条’‘菅沼’と、書いてあった。
私は「さ…坂野上さん」と言うと、さっきの四人の内の一人がこちらを向いた。
「大変申し訳ありませんでした」私はお辞儀をした。
続けて、メモにあった‘小柳’‘西条’‘菅沼’その三人にも順に謝った。
そして、「舛崎先生、私が何の理由もなく、その紙を捨てたとお思いですか?」と、舛崎先生の方に向き直ってから背筋を伸ばして言った。「それならば、失礼を承知で申し上げます。物事には、全て意味があります。無駄などないのです。私がその三枚の白紙の紙を捨てた意味を察することが、先生の今後の課題だと思います。それから、曽根崎を侮辱する発言は、今後お控えください」一息でそう言うと、私は静かに椅子に座った。
メモで助けてくれた園田佳奈美の方をちらっと見たが、何事も無かったかのように前を向いていた。
教壇では、顔を真っ赤にした舛崎先生が頭から湯気でも出そうな形相で私を睨みつけてから、「きょ…今日のホームルームは以上です!」と言って、教室から出て行った。
私は、大きくため息を一つついた。


教師に反論するなんて、初めてのことだった。


No.61 13/02/19 20:20
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 60
家に帰り、宿題を済ませると佐伯さんにチェクしてもらった。
そして、翌日のための予習を済ませ、今日はテーブルマナーのレッスンを受けた。
「日本人ですから、まずは和食のマナーから覚えましょう」
「はい」
「由香里さん、なぜテーブルマナーが必要だと思いますか?」
「それは、綺麗に食べた方が見た目が良いから…ですか?」
「そうですね。生きていくためには‘食べる’という行為は切っても切れない不可欠なことです。一緒にお食事を楽しむ方々が不快な思いをしないように、食事の礼儀作法を身に付けることは一種のルールだとお考えください」
「はい」
「今日は、正しいお箸の持ち方についてお勉強しましょう。お箸を手に取る時には、まず箸の中央の辺りを利き手で持って、少し持ち上げてから箸の先の方を下から支えるようにもう一方の手を添えます。次に利き手を箸の下に滑らせて、親指と人差し指の付け根に収まるように箸を持ち替えます」
佐伯さんは、私の向かい側ではなく、隣に座って説明してくれた。
向かい側になると、鏡のように反転して見えてしまって私が混乱するからだろう。

見よう見真似で、佐伯さんのやる通りにやってみた。
「由香里さん、なかなか上手ですね。これを練習するうちに、ぎこちなさが無くなり、自然なお箸の持ち方ができるようになるでしょう。それでは、私は夕飯の用意を始めますので、由香里さんはお箸のお稽古を続けてください。ゆっくり、丁寧に確実に、そして優雅に…、たくさん言われたら困ってしまうかしら?」
「いいえ。お箸をちゃんと持つ決まった方法があるなんて知りませんでした。私、頑張ります」

微笑んでから、佐伯さんは部屋を出て行った。



No.62 13/02/19 20:25
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 61
夕食の席で「ゆかりちゃん、学校には慣れましたか?」とおば様に聞かれた。
「まだ、三日目ですからなかなかうまくいきません。実は、今日は先生に反論してしまいました」
「反論?」
「はい…」
私は、ぽつぽつと今朝のホームルームでの出来事を説明した。
おば様は数秒黙ってから「よく言いました。ゆかりちゃん、あなたは曽根崎の名を守ってくれたのですね」と、嬉しそうに言った。「それで、その三枚の紙をあなたはなぜ捨てたのですか?」と聞かれた「手違いがあって、捨てざるを得なかったんです」そう答えた。
「そうでしたか」
おば様はそれ以上のことは聞かなかった。

翌日、矢島さんにいつものように車で送られて登校した。
下駄箱に向かう途中、校庭の真ん中に椅子が一つ、ぽつんと置かれていたが、気にせずに教室に入った。
私の席に行くと、椅子が…ない。

さっき校庭で見た、あの椅子…

私は教室を出ると、靴を履き替えて校庭に出た。椅子は登校してきた時のまま校庭の真ん中に置かれていた。
私は椅子を持つと、教室に戻って何も無かったように置いて座った。
クラスメートは私の方を誰一人として見なかった。

ただの悪戯ではない、これは悪質な虐めだ…
私はやっとそれを認識した。
ホームルームが始まり、いつものように舛崎先生は教室を見回して、私の顔を見るとそこで一瞬睨みつけるような顔をしたが、何も言わずにホームルームを始めた。
「もうすぐ春休みに入ります。成績の悪かった者は春休みの特別授業に出ていただきます。曽根崎さん、あなたはまだ転校してきたばかりで、学力を把握していませんから、特別授業には必ず参加してください」
「はい」


木曜日。

いつものように帰宅して宿題を終え、いつものように佐伯さんにチェックしてもらい、予習をした。
この予習の成果が出て、授業も宿題も苦痛では無かった。
「佐伯さん、今日は合気道のお稽古ですが佐伯さんは合気道も教えて下さるのですか?」
「いいえ。合気道は他の方に教えていただくことになっています」
「そうですか」
「では、これに着替えてください」
佐伯さんの出したまっ白な道着に着替えた。
「こちらのお部屋です」佐伯さんに付いて行くと、十二畳の和室に通された。
男の人が道着に黒帯を締めて、正座している。
「では、矢島さん。よろしくお願いいたします」
「矢島さん?」


いつも、スーツ姿できっとりとネクタイをして白い手袋をしている運転手の矢島さんとは、まるで別人に見えた。


No.63 13/02/19 20:29
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 62 「由香里さん、よろしくお願いいたします」
私は矢島さんの前に正座をすると、「よろしくお願いいたします」と膝の前に両手を付いてお辞儀をした。

「合気道とは、他の武道と比べて精神性が重視されます。そして合理的な身体の使い方によって、由香里さんのように体が小さい方でもその体格や体力とは関係なく相手を傷つけることなく制することが可能な武道です。ですから関節技が主になり、打撃技をほとんど必要としません。まずは、基本的な技から始めていきましょう」
「はい」
合気道の稽古は、かなり体力を消耗した。

稽古が終わり、「ありがとうございました」と礼を言うと、矢島さんは道場から出て行った。
私は矢島さんに言われた畳の拭き掃除を終えて、シャワーを浴びるとダイニングのテーブルに着いた。
「初めての合気道は、どうでしたか?」
「コツを掴むまで、まだまだ時間がかかりそうです」
「そう。ですが矢島さんは先ほどあなたには素質があると仰っていましたよ」
「え…、そうなんですか?」
「ええ」

そして、いつも通りに夜のピアノのレッスンも終わり、一人になった私は考えた。
私は今、虐めに遭っている。
弟が犯した罪の報いを受けているのだろうか…
明日からも、気を抜くことはできない。
何が私を待ち構えているのか、予測不可能な事態に、私は覚悟を決めた。



お昼は、あの四人で食事をするのが常になっていた。
私は、今日も食堂に行くとプレートに何種類かの料理を乗せて、テーブルに置いた。
スープを取るのを忘れた事に気が付き、テーブルを離れてスープカップを手に、また戻ると、先ほど置いたプレートが無くなっていた。
テーブルを間違えたのかと思い、周りを見回したがやはりこのテーブルに間違いない。
スープカップを置くと、また列に並びプレートを手に料理を取りながら、カップを置いた席をちらちらと見た。
そこに、園田佳奈美が座る姿を見た。
いつもの席に座ると、籠からフォークを取り出している。
私はプレートを手に、園田佳奈美の隣に座ると、「この前は、ありがとう」と言った。
園田佳奈美は、不思議そうに大きな目をぱちぱちとさせた。「ほら、お掃除当番の人の名前を教えてくれて…」「ああ、そのことでしたか」やっと園田佳奈美が笑った。
「舛崎先生って、普段は冗談も仰る楽しい方なんですが、忘れ物や手を抜くことには厳しい方なんです」「そうですか」そう話していると、あの二人がプレートとスープカップをそれぞれ手にして、向かい側に座った。
「曽根崎さんって、すごいのね。あの舛崎先生に意見するなんて、驚いちゃったわ」と、近藤さんが言った。
「私も!先生に反論する生徒なんて今まで見たことなかったわ。真田さんも同じでしょう?」「もちろんよ」


「あの…」


No.64 13/02/19 20:30
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 63
三人が、私を見た。
「園田さんも、真田さんも近藤さんも、皆さん名字で呼び合うんですね?」
と聞いた。
三人はあっけに取られたような顔をして、真田さんが「他に何て呼ぶの?」と聞いた。
「ニックネームとか、下の名前で呼び合うことはないんですか?」
園田佳奈美が「ここでは、ほとんどの生徒が幼稚園の頃から一緒に大学まで学んでいきます。ですから、もしも虐めのようなことがあれば、それは今後の大学まで続きかねません。ニックネームは時として、相手を傷つけ、虐めに繋がることもあります。ですから幼少の頃から、お互いを名字で呼び合うこととなっています」そう説明してくれた。

虐め…ね。


古文の教科書が無くなり、反省文が消え、あの蛙、そして今朝は椅子が校庭に置かれていた。
今日は金曜日。たった五日間の内に私の身に起きたこのことが、虐め以外のなにものでもないだろう。
表面だけ虐めなど存在しない、清く美しい仮面をかぶったお嬢様学校。
私は、背筋に悪寒が走った。

No.65 13/02/19 20:35
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 64
放課後、教室を出る時にみんなは「ごきげんよう」と、言う。
明日は休みだからだ。
「ごきげんよう」と、私も返してから廊下に出ると、トイレに入った。

下着を下ろそうとした時に、急に上から冷たいものを浴びせられた。
何が起きたのか、分からなかった。
上を見上げると緑色のホースが見える。
ドアを開けようとしたが、開かない。
「やめてよ!やめて!」繰り返したが、ホースから出る水は止まることなく、私の全身に降り注いだ。

馬鹿みたい。
私は開き直った。
硫酸を浴びせられているわけでもない。ただの水に怯えることなどない。
私は便座に座ると、お好きなだけどうそとでも云わんばかりに水を浴び続けた。
五分…
十分…

水の音だけはするが、上から降ってくる水は止まった。
私は立ち上がると、ドアを開けた。
あんなに頑丈に押さえつけられていたドアは、いとも簡単に開いた。
誰もいない中、緑色のホースがまるで生きた蛇のように波打ちながら、大量の水を吐き出している。
私は蛇口に近付くと、きゅっと閉めた。
暴れていたホースは大人しくなって、静けさだけが残った。

「由香里さん!」
ずぶ濡れになった私を見て、矢島さんが驚いた顔を見せてから、すぐにトランクから毛布を出すと、私の体を包んで、後部シートに座らせた。「大丈夫ですか?」「ええ、大丈夫です」気丈に返事をしたものの、春風はまだ冷たく私の体から熱を奪っていた。恐怖心は無いが、寒さで私は震えていた。


「いったい、何が起きたのですか?」
暖かいミルクの入ったマグカップを私に手渡しながら、佐伯さんがソファーの私の隣に座った。
「ただ、水をかけられただけです」着替えて、新しい毛布に身をくるむと体がやっと温まり、落ち着いた私は佐伯さんにそう言った。
「これは、どういうことですか?」
テーブルには、ズタズタに切り裂かれた教科書とノートがあった。


あの後、私は蛇口を閉めてトイレから出て、教室に鞄を取りに戻った。
教室の私の机の上には、それらがあった。


No.66 13/02/19 20:38
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 65
「私、虐めに遭っているようです」
マグカップをテーブルに置きながら微笑して答えた。

佐伯さんは、急にぎゅっと私を抱きしめた。
「なんてことを…」佐伯さんの口からは、洩れるように繰り返し「なんて、酷いことを…」とつぶやくように言葉がこぼれ出た。
「佐伯さん?泣いているの?」
佐伯さんは、私を強く抱きしめたまま、何も言わなかった。

「佐伯さん、私は大丈夫です。心配しないでください」
やっと顔を上げた佐伯さんは「いいえ、そういう訳にはまいりません!」と涙で潤んだ目、だが力強い目で私に言った。
「私は…」佐伯さんが私から目を逸らすと話し始めた。「私は、高校の教師でした」「ああ、それで、あんなに勉強を教えるのが上手いんですね」私は努めて明るい口調で言ったが、佐伯さんはそれには答えず話を続けた。
「私が担任をしていたクラスの男子生徒が自殺をしました。その生徒は虐めを受けていると、何度も私に相談にきていました。私は、虐めている者の自宅に行き、指導しました。虐めをやめるように、と。その内、これまで相談してきていた生徒は私の所に来なくなりました。ですから、私はてっきり虐めが無くなったものだと安心していました。それからしばらくして、その男子生徒は自宅で手首を切りました。虐めは続いていたのです。私に告げ口したと、虐めはエスカレートしていたのです。学校はその事実を闇に葬りました。男子生徒は幸い、一命をとりとめましたが、その後、ご両親は何度も学校に来て真実を明らかにするようにと求めてきましたが、学校側は相手にはしませんでした。教頭は私に‘何も話してはいけない’と言いました。その時に、私は逃げたのです。高校を辞職しました」

思いがけない佐伯さんの過去。
おば様の娘さんも虐めが原因の事故で娘さんを亡くしている。
私の弟は、虐めに加担して被害者を死に追いやった。
そして、今…私自身が虐めに遭っている。
佐伯さんは、私の顔を見ると「もう、繰り返してはいけません」と言った。

部屋にノックの音が響いた。
「入ってもいいかしら?」おば様の声。
「どうそ」

No.67 13/02/19 20:39
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 66
おば様は、私の部屋に入り、テーブルの上の切り刻まれた教科書と、涙目の佐伯さんを見て、全てを察した様子で私の前に座った。矢島さんから、私がずぶ濡れで校舎から出てきたことも聞いているのだろう。
佐伯さんは「失礼いたします」と言って、席をはずした。

「どうしますか?転校しますか?」と訊ねた。
「いいえ」
と、私は答えた。「私は、逃げません」と、はっきりと言って、佐伯さんの話を思い出し「自殺もしません」と付け加えた。
「何か、考えがあるのですか?」
「私は、あの学校で起こっていることを明らかにします」
「あの高校の生徒の家庭はそれなりに由緒あり、いろいろな繋がりを持っています。圧力に潰されることになるかも知れませんよ」とおば様が言った。
「そのような圧力に曽根崎は屈するのですか?」
「うふふふっ…」おば様が笑った。「すっかり、ゆかりちゃんは曽根崎の者ですね。分かりました。では、あなたがこれからしようとすることをわたしは黙ってみています」
そう言って、おば様は部屋を出た。

「奥様!それでは由香里さんに危険が…」
リビングのソファーに座っているおば様の横に立ち、佐伯さんがそう訴えた。
「佐伯さん、あなたのお気持ちもわかります。ですが、ゆかりちゃんは強い子です。それに何が起きてもわたくし達で、この子を守ってみせましょう」
「奥様…」
おば様は次に私を見ると「ゆかりちゃん、一つだけ約束してください。この問題が解決したら、その時には転校すること」
「どうしてですか?」
「それは、自ずと分かってくることです。さあ、佐伯さん、そろそろお腹が空いたわ」

「はい、奥様」佐伯さんは返事をすると、私の手を一度ぎゅっと握るとゆっくり離してキッチンへと入っていった。

No.68 13/02/19 20:41
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 67
「ゆかりちゃん、佐伯さんの過去の話は聞きましたか?」
「はい」
「佐伯さんは、あの事件のことで今でも苦しんでいます。あなたのこれからやろうとしていることは、彼女を救うことに繋がるかもしれませんね」と言った。
私が…佐伯さんを救う?


翌日の朝、六時にいつものようにジョギングに出た。
もちろん佐伯さんも一緒だ。
一定のリズムを保って走っていると、隣に見知らぬ黒い上下のトレーニングウェアを着てフードで顔を覆った男が走っていた。
同じような格好をした男達は次々と増え、あっと言う間に五人の男に囲まれた。
佐伯さんは、私を庇うように前に立った。「あなた達、何ですか!」無言の男は、佐伯さんの襟元を片手で掴むと後ろに引き倒した。
「由香里さん、逃げてください!」佐伯さんが叫ぶように言ったが、私はすでに五人の男に囲まれていて、身動き一つできなかった。
男の手が私に伸びてきた時、その男が「ぐっ!」と声を上げた。
見ると、いつの間にか現れた矢島さんが、その男の手首を掴んでいた。
男達の標的は、矢島さんに向いた。
私は佐伯さんに駆け寄ると「大丈夫ですか!」と肩を抱いた。
矢島さんは、合気道の技を次々に繰り出すと、いとも簡単に男達を伏した。
逃げる男達。だが、矢島さんはその中の一人の男の腕を掴むと後ろ手に捻り上げている。
「誰の差しがねだ!」呼吸一つ乱れていない矢島さんは男に聞いた。
捕らえられた男は、痛みを堪える表情だけを見せて何も言わない。
「そうか、黙秘か…。あまり物騒なことは好んではいないが、仕方ない」そう言って、スマホを取り出し「ウェイウェイ、スーウォ―。ファンミングァン?ニーハオ…」と、言った瞬間、男は「ま…待ってくれ!」と叫んだ。「シェイシェイ、ツァイツェン」と言い、矢島さんは電話を切った。
「さあ、何を話してくれるんだい?」矢島は男の顔を覗き込み、フードを剝ぎとった。
男は、怯えた表情で「お嬢様の…ご命令で。ちょっと、その女を脅して来いって…」
「お嬢様?こちらにもお嬢様はおいででね。どのお嬢様のことだ?」「そ…それは…」男はまた黙った。
矢島さんはまたスマホを取り出して「残念だな。やはりファンミングァンに依頼するしかないようだな」と、冷たく言った。
「待ってくれ!ま…真由加さまのご命令で…」

‘真由加さま’


No.69 13/02/19 20:43
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 68
矢島さんは、私を見た。私は首を傾けて‘さあ?’というジェスチャーを示した。
「もう用はない。帰ったら、真由加お嬢様にこれ以上の手出しは無用だと伝えろ」と、言うと、矢島さんはやっと男の手を離した。
よろけながらも、男は一目散に逃げて行った。
矢島さんは「由香里さん、真由加って人をご存知ないんですか?」私を見て聞いた。
「ええ。クラスの友達ってまだ七人しか名前を知らないし…、それにみんな名字で呼び合うから、下の名前を知っているのは一人だけなんです。それより、矢島さん、‘ファンミングァン’って、何ですか?」
「ああ…」矢島さんは笑って、「有名な台湾マフィアの名前です。ですが、電話をするふりをしただけです。私は台湾マフィアとの繋がりなどありませんから」と言った。
「それよりも、由香里さん、お怪我はありませんでしたか?」「私は大丈夫です。佐伯さんは大丈夫ですか?」「突き飛ばされた時に、左の手首を捻ったみたいです。大したことはありませんが」「ダメですよ、ちゃんと病院に行ってください!」「分かりました。ありがとうございます」
「矢島さん、佐伯さんを病院に送り迎えしてください」「由香里さん、私はタクシーで行けますから…」「いいえ。私を守ってくださって怪我をされたのですから、矢島さん、お願いしますね」「かしこまりました」

「と、いうわけで佐伯さんは矢島さんの運転で病院に行きましたから、朝食は私が作ります」
「まあ、楽しみだわ」
「あまり、期待なさらないでくださいね」と言うと、おば様は笑った。

少し焦げ目の付いたフレンチトーストと、サラダ、無糖ヨーグルトにキウイなどのフルーツを入れたものと、オレンジジュースをテーブルに運んだ。
フォークとナイフを使って、小さく切ったフレンチトーストをおば様が口に運ぶのをじっと見た。
「あら、おいしいわ」と、言ってくれた。
「ああ、良かった」
「ゆかりちゃんは、何でも上手ですね。子供のころからちっとも変わりませんね」
「そんなことないです。子供のころ、自分から両親にお願いして始めたピアノもすぐにやめてしまいました。私は中途半端なんです」
「いいえ。あなたはきっと目的さえ持てば、最後までやり遂げる子だとわたしは思いますよ」
「そうでしょうか…。あ、おば様、矢島さんって毎朝ジョギングに付いて来ていたんですか?」
「ええ、そうでしょうね。矢島さんにはゆかりちゃんの警護もお任せしていますから」
「そうだったんですか」
今朝、あの男達に襲われそうになった時に、すぐに矢島さんが駆け付けた理由が分かった。
「おば様、園田さんってご存知ですか?」
「わたしが存じている園田さんは、園田研究所の所長さんだけです。その研究所が開発した最新医療機器が大変注目されて、話題になりました。その後すぐに研究所を大きくされた時に、パーティーに招待されたことがありました。あなたと同じくらいのお嬢さんがいらっしゃいましたよ」

「園田…佳奈美さん?」


No.70 13/02/19 20:44
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 69
「そうそう、佳奈美さんとおっしゃる目の大きな可愛らしいお嬢さんでした」
「私、園田佳奈美さんと、同じクラスなんです」
「まあ、…そうですか」そう言うと、おば様は少し考えるような顔を見せた。

病院から戻った佐伯さんの左手の袖から覗くギブスが痛々しく見えた。
「奥様、これでは家事全般ができかねます。不注意でご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「ゆかりちゃんを守ってくれてありがとう。治るまで、別の家政婦を雇いましょう。ゆかりちゃんのお勉強だけお願いしてもいいかしら?」
「はい、かしこまりました」
「ゆかりちゃん、月曜と火曜は佐伯さんに英語のレッスンを受けて、水曜から金曜まではしばらくの間、矢島さんに合気道のお稽古をつけてもらいなさい。少しでも早く護身術などを身に付けた方が良さそうですから。ピアノはわたしが教えます」
「奥様が?」
「おば様が?」
と、佐伯さんと同時に声を上げた。
「わたしは、これでも幼稚園の先生だったのですよ」と、得意気におば様が言った。

「佐伯さん、お腹空いているでしょう?私の作ったフレンチトースト、おば様に褒められたのよ。佐伯さんも食べてみてください」
「ありがとうございます。ですが、私は外で済ませますから…」

‘いくら仲良くなっても、人それぞれ、距離をおかなくてはいけません。その距離は人によって違いますが、佐伯さんはこの家の家政婦であり、あなたの教育係りです。家族ではないのです’

あの言葉を思い出しそれ以上、私は佐伯さんを食事に誘う事をやめた。

朝からひと悶着あったが、読書を二時間してお昼になった。



No.71 13/02/19 20:47
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 70 「塚原と申します」早速家政婦紹介所から来た女性は小太りで穏やかそうな私の母親くらいの年代の人だった。
お料理もなかなか上手だった。
お皿を下げにきた塚原さんに「とても美味しかったです」と言うと「ありがとうございます」と、真ん丸な顔で嬉しそうに笑った。

二時になると、佐伯さんが部屋に来て、予定通りに宿題と予習をした。終わると夕方四だった。
「佐伯さん、六時には帰りますので、出かけてきてもいいですか?」
「どちらへ?」
「ここで暮らすようになってから、私はどこにも行っていません。ですから、ちょと近所をお散歩したいだけです」
「ですが、今朝のこともありますし、お一人では危険です」
「一日にそう何度も襲ってはこないでしょう?それに、きっと私の後ろには矢島さんが付いて来ているはずですから」
佐伯さんは少し考えると、一度部屋を出てすぐに戻ってきた。
「これを携帯していてください」
佐伯さんは新しいスマホを出すと、「1と通話ボタンを押すと、この自宅に繋がります。2は、矢島に繋がります」と言った。
「佐伯さん、ありがとう」
私は紫外線予防のクリームをたっぷりと佐伯さんに塗られ、日傘を手に外に出た。


左手に大きな公園を見つけた。
親子がサッカーボールを蹴ったり、カップルがバドミントンを楽しんでいる
マンションが立ち並ぶ、道をゆっくりと歩いた。
私は公園に入ると、遊んでいる人達の邪魔にならないように、端の方を歩いた。
水のせせらぎが聴こえてきた。
そちらの方に行くと、人工的に作られた小川が流れていた。すぐ傍にベンチを見つけ、ハンカチを広げて置くと、その上に座った。
ちょうど木陰になる場所だったので、日傘をたたんだ。

遠くから、子供の笑い声が聞こえる。
そよ風がすうっと、私の頬を撫でた。

のどかな場所だ。
澄んだ青空には、ふんわりと綿菓子のような真っ白な雲が浮かんで、川の流れに目をやると、川面は宝石を散りばめたようにきらきらと輝いていた。


No.72 13/02/19 20:48
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 71
これまでのことが、頭をよぎった。
私は深呼吸をした。
弟の起こした事件で、私の家族はバラバラになった。
家を取り囲む、マスコミ、野次馬達、
耳を覆いたくなるような罵声、ガラスの割れる音…

病院で曽根崎先生に再会して、しばらく過ごした田舎にある洋館。
知らされた母の死。
父や、弟はどうしているのだろう…

今、私が直面している虐めの問題。

ぐるぐると頭の中をこの短期間に起きたことが駆け巡った。

「由香里さん!」
矢島さんに名前を呼ばれ、私は我に帰ると声のした方を向いた。
スマホを胸のポケットにしまいながら、矢島さんが近付いてきた。
「由香里さん、大至急ご自宅にお戻りください」
「何か。あったんですか?」
矢島さんは神妙な目で「旦那さまがお亡くなりになりました」と、言った。

急いで矢島さんと二人、自宅に帰った。
「おば様!」
リビングのソファーには、おば様がいつもの落ち着いた顔で座って、ティーカップを手にしていた。
「おかえりなさい」
私に向いて、そう言った。「ゆかりさん、わたしはこれから主人の通夜や葬儀と告別式にでますから、数日間、ここを留守にします。怪我をしている佐伯さんには申し訳ないのですが、いろいろな段取りをお願いしなくてはなりませんから、佐伯さんも留守になります。主人の葬儀にはマスコミ関係者が来ることと思います。中にはまだ、あなたのお顔を覚えている者がいるかも知れません。ですから、あなたは葬儀の後の告別式が終わるまで、高校を休んでください。元会長の娘婿が亡くなったのに登校するのはおかしいですからね」と、いつもと変わらぬ口調で言った。
そして「塚田さん、留守の間、ゆかりをお願いしますね」と言った。「はい、奥様」「矢島さんはこの家にいて、ゆかりを守ってください。私の運転手は他の者に申しつけます」「かしこまりました」「佐伯さん、怪我をしているというのに、ごめんなさいね。喪服の用意はできてるかしら?」「はい、ご用意しております」
「それでは…」と、おば様はすくっと立ち上がった。
私は、一人っきりの夕食を終えて、しばらくしてからピアノのレッスンを始めた。
なんとかソナチネの第二楽章を弾き終え、ひと呼吸して、もう一度最初からゆっくりと弾き始めた。


No.73 13/02/19 20:51
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 72 日曜日。
いつも通り六時に起きて、ジョギングに出た。後を見ると、トレーニングウェアを着た矢島さんが私と一定の距離を保って走っていた。
帰ってシャワーを浴び、塚田さんの用意した朝食を終えてから昨日の続きを読もうと、本を手にした。そしてしおりの挟んであるページを開いた。
佐伯さんが進めてくれたこの本は、私立高校の吹奏楽部でチェロを弾く男の子が主人公の青春小説だった。とても読みやすくて面白い。
二時間の読書は、あっという間に終わった。私はまたしおりを挟むと、本を棚に戻した。昼食後、予習と復習を二時間してから時計を見た。
佐伯さんから渡されていたスマホを取り出すと、2と発信ボタンを押した。
一回のコールですぐに矢島さんが出た。「由香里さん、何かありましたか?」と、緊張感を携えている声だった。
「矢島さん、これからお時間はありますか?」
「もちろんです」
「では、合気道のお稽古をつけていただけませんか?」
「かしこまりました。すぐに道場へ参ります」

私は道着に着替えると、道場へ入り正座をして矢島さんが来るのを待った。
十五分を過ぎた時に、「失礼いたします」と言って矢島さんも道着姿で現れた。
私は「よろしくお願いいたします」と言って、稽古を始めた。

「矢島さん、高校を休んでいる間、この時間にお稽古をお願いしてもいいでしょうか?」
「由香里さん、佐伯さんが怪我をしたことをご自分のせいだと思っておられるのですか?」
「はい。私がもっと強ければ、佐伯さんに怪我をさせることはなかったと思っています」
「それは、一緒にいながら佐伯さんに怪我をさせてしまった私の責任です。由香里さんに落ち度はありませんから、どうかお気になさらず…」
「いいえ、佐伯さんの怪我のことだけではありません。これから、いつ何があるか分かりません。学校の中では私は一人です。矢島さんも佐伯さんもいません。姿の見えない虐めの加害者を特定するまで、何をされるか見当もつきません。ですから、このお稽古は自分の身を守るためにも必要だと、私は思います」
「分かりました。それでは、明日も今日と同じ時刻に稽古をしましょう」
今夜も夕食後、ピアノのレッスンを一人で済ませた。

月曜日になったが、私は登校しなかった。
一人で、今日の学校での授業時間通りの勉強を自宅でした。


No.74 13/02/19 20:53
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 73
ふと、私はこんなに勉強をする人間では無かったと思った。

前の私は、学校が終わると、仲の良い友達とハンバーガーショップに行って、大したことのない話題に声を上げて笑い、宿題は適当にすませたり、たまにはサボることもあった。
休日には友達とあちこちに遊びに出かけて、そう、ごく普通の女子高生だった。

弟の事件が無ければ、きっと今でもあの暮らしをしていただろう。
小さな悩みはその時その時にあったが、それはとても陳腐な悩みで、今となっては何を悩んでいたのかさえ思いだせない程度のものだ。
今、私は自らの意思でこうして勉強して、毎日を決まったスケジュールの中、過ごしている。
今までの私は何だったのだろう。
今の私が本当の私?
これまでの私が本当?

劇的に変わった生活を苦に思わないのは、おば様のおかげだ。
佐伯さんや矢島さんが守ってくれているという安心感があるからだ。

私はもっと、もっと心身ともに強くならなければいけない。
そうしっかりと思ってから、再び机の上の教科書に目を落とした。


「ただいま」
玄関からおば様の声が聴こえた。
「おかえりなさい。大丈夫ですか?」と、私はおば様に声を掛けた。
ご主人を亡くし、疲れてしまっているのではないかと心配した。
おば様は、「ゆかりちゃん、わたしが着替えをすませたら、お茶にしましょう。塚田さん、用意をお願いね」と言った。
「かしこまりました、奥様」

おば様の好きなアールグレイの紅茶と、甘さを抑えたビスケットがテーブルに置かれた。
「ゆかりちゃん、そんなに心配そうな顔はしなくてもわたしは大丈夫ですよ」と、おば様が言った。
「私、結局、一度もお見舞いに行かないままで…」
「それは、前にも話したでしょう?主人はお見舞いを嫌う人でしたから。それに、思い残すことが無いくらい、好きなことを好きな時に好きなだけやってきた人ですから、わたしは今になって‘ああしてあげればよかった’とか‘こうするべきだった’なんて、後悔が無いのですよ。主人の寿命です。わたしは安らかな気持ちで主人を見送ることができました」
「そうですか」
「ですが…、ひとつだけ…」
「何でしょうか?」
「病室に残されていた主人の遺品の中に、亡くなった娘の写真を見つけました。思い通りに生きてきた主人でさえ、娘の死は無念だったのだとつくづく思いました」
「私が…、私がその無念を晴らします」
「ゆかりちゃんが?」
「はい。私はこれから虐めの無い学校作りを目指します」
「そう、ありがとう」
おば様は、私の手を両手でしっかりと握った。
暖かい手だった。
だが、おば様の表情はとても悲しく見えた。







  • << 76 まだみんな食堂にいる、そう思って入った教室には園田佳奈美が一人だけいた。 声をかけようと近付きかけたが、私はその足を止めた。 園田佳奈美は、雑巾で私の机を何度も拭いていた。 カタン… 私は近くにあった椅子に触れてしまい、小さな音を立ててしまった。 園田佳奈美ははっと振り返ると、私の姿を見て大きな目を更に大きく見開いた。 私は笑顔を作って、「園田さん、何しているの?」と近付いた。 園田佳奈美は、何も言わず視線を足下に落とした。 私は机に近付いた。 そこには、消えかかってはいるが‘成金出て行け!’とマジックで書いてあった。 「この席には…」 園田佳奈美が呟くように言った。「この席には、以前は私が座っていたの」 「ここに、園田さんが?」 「そう…、あいうえお順で…、あなた…曽根崎さんが転校してきたから私は一つ隣の席に移ることになったの。でも、それを知らない上級生たちは、まだここが私の席だと思っていて…だがら…」 「上級生が、こんなことを書いたの?」 園田佳奈美は黙って頷いた。 あの蛙の死骸は、‘成金出て行け’と書いた人物の仕業だと思ったが、反省文が無くなったことや、トイレで水を掛けられたこと、教科書などを切り刻まれたことは、私と知ってやったことだ。 虐めの加害者は、最低でも二組いる、私はそう思った。 「園田さん、あなたはこの高校に転校してきてからずっと虐められていたってこと?」 園田佳奈美は静かに頷いた。そして「舛崎先生が、転校してきたばかりだから慣れるためにクラス委員長になるようにって、そう言った時からエスカレートしていったわ」と言った。 「この高校は、家柄とかは関係なく転校生は虐めの対象になるってことね」 園田佳奈美は「そうかも知れません」と言った。 「守ってあげる」 私がそう言うと、園田佳奈美はやっと顔を上げて、不思議そうに私を見た。 「私が、あなたを守ってあげる」もう一度、園田佳奈美の大きな瞳をしっかり見つめて私は繰り返し強く言った。 廊下の遠くから、ざわざわと声が近付いてきた。 ランチタイムは終わりの時間になろうとしていた。 私は園田佳奈美の手から急いで雑巾を取ると、掃除用具のロッカーに入れ、席に戻り、机の中から午後の授業の英語の教科書とノートを出して、消えかけた机の文字を隠した。

No.75 13/02/19 20:54
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 74
久しぶりの登校。

クラスメート達は、口々に「この度は、ご愁傷様でした」と、神妙に言ってくれた。

ランチの時間になり、園田佳奈美と真田さんが同じテーブルに座った。
私は真田さんに「あら、近藤さんは?」と聞いた。
真田さんは、「近藤真由加さん…、お父様のお仕事の都合でお引っ越しするって、急に高校を辞められたのよ」と教えてくれた。
「近藤さんって…‘真由加’ってお名前なの?」
「そうよ。知らなかったの?」
「ええ…ごめんなさい。実は真田さんのお名前も名字しか覚えていなくて…」
「私は、真田美紀です」
「美紀さん…」
「みんな名字で呼び合うのですから、覚えられなくても仕方ありませんよ」と、園田佳奈美が言った。
「園田さんの名前は、覚えました。園田佳奈美さんですよね?」
「はい」
「私のおば様は、以前園田さんとお会いしたことがあるそうです」
「どちらで?」
「園田さんのお父様の会社のパーティーで…」と、言いかけると、園田佳奈美は「失礼」と、一言いって、食べかけの食事の乗ったプレートを手に席を立った。
「私、何か悪いこと言ったのかしら?」
「曽根崎さん、あのね、これから言うこと、園田さんには内緒にしててね。実は、園田さんも曽根崎さんと同じ転校生なの」
「え、そうだったの?幼稚園からずっと一緒なのかと思っていたわ」
「お父様のお仕事が成功してから、転校してきたの。だから…なんていうか、私達とは違うの」
「私達?」

「だって、私達は生まれた時からそれぞれ名家で育ってきたでしょう?園田さんは…ほら‘成金組’だから…、コンプレックスを持っているのよ」

「真田さん、親切心から私にそういったことを教えてくださるお気持ちは分かります。ですが、それは吹聴することではないと思います。私も、お先に失礼します」
そう言って、プレートを手に席を立った。


No.76 13/02/19 20:56
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 74 ふと、私はこんなに勉強をする人間では無かったと思った。 前の私は、学校が終わると、仲の良い友達とハンバーガーショップに行って、大し…
まだみんな食堂にいる、そう思って入った教室には園田佳奈美が一人だけいた。
声をかけようと近付きかけたが、私はその足を止めた。

園田佳奈美は、雑巾で私の机を何度も拭いていた。
カタン…
私は近くにあった椅子に触れてしまい、小さな音を立ててしまった。
園田佳奈美ははっと振り返ると、私の姿を見て大きな目を更に大きく見開いた。
私は笑顔を作って、「園田さん、何しているの?」と近付いた。
園田佳奈美は、何も言わず視線を足下に落とした。
私は机に近付いた。

そこには、消えかかってはいるが‘成金出て行け!’とマジックで書いてあった。
「この席には…」
園田佳奈美が呟くように言った。「この席には、以前は私が座っていたの」
「ここに、園田さんが?」
「そう…、あいうえお順で…、あなた…曽根崎さんが転校してきたから私は一つ隣の席に移ることになったの。でも、それを知らない上級生たちは、まだここが私の席だと思っていて…だがら…」
「上級生が、こんなことを書いたの?」
園田佳奈美は黙って頷いた。

あの蛙の死骸は、‘成金出て行け’と書いた人物の仕業だと思ったが、反省文が無くなったことや、トイレで水を掛けられたこと、教科書などを切り刻まれたことは、私と知ってやったことだ。
虐めの加害者は、最低でも二組いる、私はそう思った。
「園田さん、あなたはこの高校に転校してきてからずっと虐められていたってこと?」
園田佳奈美は静かに頷いた。そして「舛崎先生が、転校してきたばかりだから慣れるためにクラス委員長になるようにって、そう言った時からエスカレートしていったわ」と言った。
「この高校は、家柄とかは関係なく転校生は虐めの対象になるってことね」
園田佳奈美は「そうかも知れません」と言った。
「守ってあげる」
私がそう言うと、園田佳奈美はやっと顔を上げて、不思議そうに私を見た。
「私が、あなたを守ってあげる」もう一度、園田佳奈美の大きな瞳をしっかり見つめて私は繰り返し強く言った。

廊下の遠くから、ざわざわと声が近付いてきた。
ランチタイムは終わりの時間になろうとしていた。
私は園田佳奈美の手から急いで雑巾を取ると、掃除用具のロッカーに入れ、席に戻り、机の中から午後の授業の英語の教科書とノートを出して、消えかけた机の文字を隠した。

No.77 13/02/19 20:58
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 76
その日の授業を終え、私はトイレに入り、鍵をかけた。

素早く便座を踏み台にして、上に空いたスペースから体を乗り出して隣の個室にするりと身を移してから、そのドアの陰に身を潜めた。

すぐに、数人の小さな忍び寄る足音が聞こえた。
がさがさと、ホースを取り出す音に続き、鍵の掛った方の個室に向けて、音もなく緑色のホースが上からすっと差し入れられるのを見ていた。

同時に、ホースの先からはいっきに水が放たれた。
私は、ドアの陰から「きゃあーっ!」と声を上げた。
小さく、クスクスと笑う声が聞こえた。ドアの陰にいる私の姿は見えないが、私も相手の姿が見えない。

「やめて!」もう一度、そう叫んだ後、私はそっとトイレから出た。
そして、そこにいる三人の生徒に「やめなさいよ」と、静かに言った。
私が入っていると思って、水を掛けていた三人は突然後ろから現れた私の姿を見て、驚愕の顔を見せた。
ホースを持つ一人からそれを取り上げると、私はその三人に向かって水を放った。
ホースの口をきつくつまんで掛けたから、勢いのある水が噴き出した。
三人はきゃーきゃーと叫びながら、水から逃れようとしたが、私はトイレの出入り口に背を向け立っているのだから、逃げ場は無い。
一番奥で固まっている三人は、「やめてよ!」と、口々に叫んでいた。
「あら?私がやめてって、言った時にやめてくれた?」と、冷たく言うと、私は三人に水をかけ続けた。
しばらくして、「もうくだらない虐めはやめることね」そう言って、三人の胸のネームバッジをしっかり見て名前を覚えると、ホースを投げ出し、背を向けて、トイレから出た。
暴れる緑の蛇のようなホースを捉まえて、自分達で水を止めるだろう。



あとは…、
園田佳奈美に対しての虐めの犯人探しだ。
誰もいない放課後。
少し遅くなることは、スマホで矢島さんに伝えてある。

No.78 13/02/19 21:00
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 77
教室に戻ると二人の生徒が、私の机の辺りでしゃがみ込み、なにかしている。
私は足音を忍ばせて、そっと背後に近付いた。

「それ、何?」
突然声を掛けれた二人は、悲鳴もあげず、その場に尻もちをついた。
「あなた方、二年生ですね?」
二人は何も言わないが、胸のネームバッジにはクラスと名前が書いてある。
私はそれをじっと見てから、スマホを取り出すと二人の写真を撮った。
「それは何?」
二人は何も答えない。
その手に持っているビニール袋に入っていたのは生ゴミだった。
「わざわざ家から持ってきたの?」
二人は体を震わせながら怯えていた。
すでに生ゴミは、少量だが私の机の中に入れられていた。
それも写真に撮った。
「校長室…、いいえ隠ぺいされるといけないから、この写真は教育員会と区長宛てに送ることにするわ。あなた達…このままではすまないわね」私はにっこりと笑った。
一人が「私達は、命令されただけなの!」と、言った。
もう一人は「ダメ、喋っちゃダメ!」と言った。
「命令?誰の命令?」
二人はまた黙った。
「もういいわ。それじゃあサヨナラ」私は、振り返り教室を出ようとした。
「舛崎先生…」そう一人が言った。
私は振り向くと「舛崎先生が?」と聞いた。
‘喋っちゃダメ’と言った方も、堰を切ったように話し始めた。
「私達、古文の点数が悪くて…、園田さんに嫌がらせをしたら単位をくれるって言うから…」
「それは、いつ?」
「園田さんが転校してきてからすぐ…」
「じゃあ、あなた達以外に、園田さんを虐めていた生徒はいないのね?」
「多分…、いないと思う」
「そう…。実は私、転校生なの。今ではその机は私が使っているの。だから、園田さんへの虐めは残念ながら果たせていないってこと。だから単位は諦めることね」
そう言って、教室を出た。
後からは「そんなあ…」と二人が情けない声を出していた。

舛崎美由紀…
教師でありながら、生徒に単位をやるからとそそのかして、虐めをさせるなんて卑劣な教師。
許せない。

No.79 13/02/19 21:02
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 78
「失礼いたします」
私は職員室に入った。
二度目だから、舛崎先生の机の場所は知っている。そこに真っ直ぐに向かった。
「あら、曽根崎さんまだ下校していなかったの?」
「先生にご相談があります」
「もうこんな時間ですから、また今度にしてくれませんか?」
私の顔も見ずに、舛崎先生は足元から大きめのハンドバッグを取り出すと、帰る準備を始めた。
私はわざと声を大きくすると
「いいえ。とっても大切な相談なんです!舛崎先生にどうしても聞いて頂きたいのですが、先生はお帰りになられるのですか?」
そう言った。
他の教師達が何事かと、こちらに視線が集まった。
「ちょ…ちょっと、曽根崎さん、どういうつもり?」
私は声の大きさを戻すと「ですから、ご相談があります」ともう一度言った。

「はあ…」呆れた様子で仕方がなく立ち上がった舛崎先生は、「生徒指導室に行きましょう」と言った。「はい」と答え、私は舛崎先生の後ろをついて廊下を歩いた。

「それで?何の相談かしら?春休みの特別講習を免除して欲しいとかそういう相談かしら?」
「いいえ。私は、その特別講習は受けるつもりはありませんから、その相談ではありません」
「なあに?受けないってどういうこと?」威嚇するように舛崎先生は私を睨みつけた。
私はスマホを制服のポケットから取り出した。
「携帯電話の類は校則で持ってきてはいけないと…」と、言いかけたが私はその言葉に被せるように制して「校則は知っていますが、緊急事態でしたので」と言って、タッチパネルの一つを押した。
‘私達、古文の点数が悪くて…、園田さんに嫌がらせをしたら単位をくれるって言うから…’
さっきの二年生の二人の会話を録音したものが流れた。
私は、そこで止めた。「まだ続きがお聞きになりたいですか?」とすっかり顔色を失くした舛崎先生に聞いた。
「…いいから」
「はい?」
「特別講習には参加しなくていいから!それを消去しなさい!」
「私、先ほど申し上げましたよね、特別講習に出席するつもりは無いと」
「じゃあ、何が望みなの?まさか…お金?あなた私を強請るつもりね!」
「私は曽根崎の家の者です。お金に不自由していません。それに犯罪者にはなりたくありません。このことを私が知っているっていうことだけご報告したまでです。あ、そう言えば、近藤さんには何て言って脅したんですか?」
「なんのこと?」
舛崎先生は腕組みをすると横を向いた。
「私を襲うように、近藤さんに命令しましたよね?」
舛崎先生は、そっぽを向いている。
私は、ため息をついてから、もう一度スマホの再生ボタンを押した。
‘私達、古文の点数が悪くて…、園田さんに嫌がらせを…’

「もう、やめて!」舛崎先生はガタン!と大きな音を立てて立ち上がった。はずみでパイプ椅子が後ろに倒れた。
「あなたが、私に恥をかかせたからいけないのよ!」と、血走った眼で憎々しそうに言った。


No.80 13/02/19 21:05
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 79
私は舛崎先生とは対照的に落ち着いた口調で
「物事には全て意味があり、無駄などない。私の行為の意味を察することが、先生の課題。曽根崎を侮辱する発言は、控えてください。あの時の言葉ですか?」
「当たり前でしょう!侮辱されて黙っていられるわけがないわ!」
「黙っていずに、ちゃんと私に言えば良かったのではないですか?先生は私の言葉に反論ができなかっただけでしょう」
「くっ!」
言葉に詰まった舛崎先生は耳まで顔を赤くして、「あんたに何が分かるのよ!」と叫んだ。

「それで、お話を戻しますが…近藤さんには何と言って脅したのですか?」
「近藤真由加が…万引きするのを見たのよ。誰にも言わないから、あんたをちょっと脅してって頼んだだけよ」
「なるほど。そういうことでしたか…。分かりました、それでは失礼します」
「このままで済むと思わないでね!卒業まで二年間もあるんだから…あんたには地獄を見せてやるわ!」
私は、もう一度スマホの再生ボタンを押した。
‘近藤真由加が…万引きするのを見たのよ。誰にも言わないから、あんたをちょっと脅してって頼んだだけよ’
たった今、喋った舛崎先生の言葉だ。
「先生の言った命令を失敗したから、近藤さんは万引きのことをバラされてしまう、もうこの高校にはいられない、と思って転校したんですね」
「知らないわよ!」舛崎先生は吐き捨てるように言った。
「園田佳奈美さんに二年生を使って虐めをしたのは?」
「あんたみたいな子供には分からないでしょうね。教師って、すごくストレスを抱えているのよ」

「ストレス解消って、ことですか。わかりました。それでは、ごきげんよう」

私は立ち上がるともう教室には戻らず、鞄は置いたままで学校を出た。
矢島さんが「由香里さん、大丈夫でしたか?」と、すぐに駆け寄ってきた。

No.81 13/02/19 21:07
中谷月子 ( ♀ ezeSnb )

>> 80 その後…
私に水を掛けた三人と、園田佳奈美に虐めを行っていた二年生の二人は退学になり、舛崎先生は辞表を提出した。
園田佳奈美のそれからのことは知らないが、高校生活を楽しんでいることを願う。


おば様と約束した通り‘この問題が解決したら、その時には転校すること’私はその言葉通りにあの高校から何も言わずに去った。


「おば様、次の高校はどうしましょう?」
「もう決まっていますよ」そう言って、にっこりと笑った。
ギブスの取れた佐伯さんも、傍らで微笑んでいた。

だが、その後も ‘虐め’という闇の中に潜んだ悪意は私を待ちうけていた。



その後…
私に水を掛けた三人と、園田佳奈美に虐めを行っていた二年生の二人は退学になり、舛崎先生は辞表を提出した。
園田佳奈美のそれからのことは知らないが、高校生活を楽しんでいることを願う。


おば様と約束した通り‘この問題が解決したら、その時には転校すること’私はその言葉通りにあの高校から何も言わずに去った。


「おば様、次の高校はどうしましょう?」
「もう決まっていますよ」そう言って、にっこりと笑った。
ギブスの取れた佐伯さんも、傍らで微笑んでいた。

だが、その後も ‘虐め’という闇の中に潜んだ悪意が私を待ちうけていた。




「どうだね、矢島君」
「はい、思ったよりも順調に進んでいます」
「そうか…それにしては、浮かない声だな」
「彼女が危険に晒される可能性を危惧しています」
「君も分かっているだろう。闇の中に巣くう卑劣な悪を消滅させるためには、内側からの強い信念という力が必要だということが…」
「はい、それはもちろんです」
「では、次の報告を待っているよ」
「了解しました、日下さん」

矢島裕也は会話を終えると、スマートフォンをそっと胸の内ポケットにしまった。


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