コイアイのテーマ
誰にでも、たった一人、
忘れられない人が居るハズ…
私にとって、彼は、
かけがえのない
大切な人。
淡くて、霞んでしまいそうな日々は、
キラキラ輝いた思い出の日々でもあったー
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>> 451
携帯番号を教えてから、陽介さんからは度々連絡があった。
でも『魔のコール』なんてことはなく、
必ず私が受けられる時間にかけてきてくれて、
そんな所でも、陽介さんの気遣いが感じられた。
「今晩空いてる?」
「特に予定はないです」
「じゃあ、一緒に飯食おう。20時に駅前の――」
そんな風に、いつも食事や飲みに誘ってもらった。
私の性格か、レジ前でいつも財布を出しては断られていたけど、
いつも驕ってばかりいるのに気が引けていた。
そんな私に、陽介さんは
「じゃあ、千円貰おうかな。どのお店でも千円。
安くても、釣りは俺が貰うから」
と言って、千円札を受け取ってくれた。
勿論、千円以下で収まるお店なんてなかったけど、
私は少しでも出すことで、落ち着かない気持ちがおさまっていた。
でも、これも、陽介さんの気遣いだってことを、
身に沁みて感じていた。
>> 452
陽介さんは仕事上がりで待ち合わせの場所に来るまでの時間、
持参した雑誌や本を見て待っていた。
「ごめんね」
その日も、陽介さんは少し遅れてやってきた。
「いいえ」
私が見ていた雑誌を仕舞おうとすると、
「加世子ちゃんって、その雑誌よく見てるよね」
と、陽介さんが手を伸ばし、私は見ていた雑誌を渡した。
「こういうの好きなんです」
それは、外国の生活を写真で紹介している雑誌で、
インテリアや料理、生活の風景まで、写真で綴られていた。
「海外に興味がある?それとも写真?」
「知らない風景や、インテリアや雑貨に、心惹かれるんです。
こんな素敵なのがあるんだぁ・・・って、見ているだけで
ワクワクするっていうか」
「へぇ・・・」
陽介さんは、雑誌を閉じて裏面を見ると、
そこを私に見せた。
「加世子ちゃん、就職先ここにしたら」
「え?」
そこには大手出版社名と住所が載っていた。
>> 453
「『好きこそ物の上手なれ』じゃないけど、
加世子ちゃん合うんじゃない?」
3年生になって、就職先を真剣に考える時期になっていたけど、
出版社――考えてみたこともなかった。
「東京都千代田区・・・」
「うちの本社の近くだね」
「でも、こんな大手・・・私には無理ですよ」
「最初から無理って思っちゃ、可能性つぶすだけだよ。
若いうちはね、『情熱』と、あとは『当たって砕けろ』の精神も必要だよ」
その日、陽介さんと話した私の中に、編集者になる夢が根差した。
陽介さんのアドバイスで、色々勉強したり、興味も膨らんでいった。
でも、仕事内容と同じくらい『東京』という土地が、
私の決意を固いものにした。
陽介さんも3ヶ月経てば戻る東京。
美咲もいる。
そして、敦史も――。
>> 454
3年生も終わりに近づき、
陽介さんが東京へ戻る日が近づいたある日のことだった。
いつものように、大学へ行った私の元に、
めずらしく、アオイちゃんが神妙な顔つきで近づいてきた。
「カヨちゃん」
「うん?」
「敦史のお母さんが亡くなったって」
「・・・・・」
私は言葉の出ないまま、アオイちゃんの顔を見つめた。
「地元の噂では、アパートで倒れて亡くなったまま、
数日間みつからなかったみたい。お酒が原因の突然死だって・・・」
あの、お母さんが・・・死んだ・・・。
私の頭の中は、呆然としていた。
「それで今、お葬式とかで敦史が帰ってきてるって」
私はアオイちゃんの目を見つめた。
アオイちゃんは真剣な眼差しのまま、見つめ返した。
私は込上げる衝動に急き立てられるまま、
教室を飛び出し、大学を後にした。
>> 455
電車で敦史の地元の駅へ行き、
後先考えずに敦史のアパートへと向かった。
私の胸は、先を急いだ乱れではなく、
敦史に会える――ただそれだけの思いに高鳴っていた。
アパートの前まで来て、私は少し離れた場所に立ち止まった。
外からは、何ら変わった所もなく、
その中で葬儀が行われている様子も見られなかった。
その時、アパート前に一台のタクシーが来て停まり、
中から黒の上下を着た、隣の部屋の女性が降りてきた。
「あ、あの・・・」
思わず駆け寄って声を掛けた私に、
その女性「ああ」という顔をした。
「直葬だったから、公共の斎場に行ってたの。
敦史君たちは収骨して、戻ってくると思うわ」
そう言って、斎場のパンフレットを私に渡すと、
手持ちの塩を肩にふりかけ、疲れたように部屋の中へ入っていった。
私は、出発しようとしていた、女性が乗ってきたタクシーを止め、
パンフレットの斎場まで行ってくださいと運転手さんにお願いした。
>> 456
10分程で目的地に着いたけど、自分の格好が普段着で、
形振り構わずこんな所まで来てしまった事に戸惑い、
斎場に入る前でタクシーには停まってもらった。
どうしよう・・・ここに居ても不釣合いなだけだ。
私は冷静になり、運転手さんに引き返し下さいと、告げようとしたその時――
斎場の正面玄関に、敦史とその後から桐箱を持った洋史君が出てきた。
私は思わず、タクシーを降りた。
黒のスーツを着た敦史は正面玄関の脇で、タバコを吸いはじめた。
髪を短く整え、男らしく、精悍な顔つきになった敦史をただ見つめながら、
会えなかったこの3年近くの想いが、一気に込上げてきて、
私の目からは、涙がドッとあふれ出た。
ああ・・・ずっとずっと、会いたかった人――
他の誰でもない、私はずっと敦史を求めていたんだ。
その時、周りを見渡した洋史君が私に気づいて、動きを止めた。
そんな洋史君に気づいた敦史が、
ゆっくりと、こっちに顔を向けた――
>> 457
目と目が合った瞬間、時間が止まるようだった。
付き合っていた頃の、『二人だけの空間』が生まれたかの様に、
ほんの数秒間、私と敦史は目を離さずに見つめ合っていた。
敦史の顔がかすれて私は涙を拭った。
すると、私を見ていた敦史はタバコを灰皿に落とし、
やってきたタクシーに視線を移して、洋史君の後に続いて乗り込んだ。
私は敦史の姿を見失わないように目で追っていた。
タクシーは道に出る前に、私の目の前で停まった。
ガラス越しに敦史がいた。
叩けば、窓を開けてくれるかもしれない――
でも見つめるしか出来なかった。
淡い期待を抱いていたが、敦史は、さっきの様には私を見てくれなかった。
まるで私がこの場にいないように、ただ前を見ていた。
タクシーがゆっくり動き出す。
洋史君が小さく頭を下げる仕草をしたけど、
敦史は、最後まで私を見ることなく、遠ざかっていった。
>> 458
私は待たせていたタクシーに乗った。
「どこに行きます?」
「・・・元の場所へ、お願いします」
私は運転手さんに答え、座席に深く凭れた。
涙を出し尽くしたのか、酷い脱力感に襲われながら、
窓の外の風景を眺めていた。
そして、私は冷静に敦史の事を考えていた。
私を見ようとしなかった敦史は、
別れた時の激しい拒絶ではなく、
3年の月日を経て、私の存在を風化させたような顔をしていた。
敦史にとって私は、もうとっくに過去のものなんだ――。
『あまりにも幸せな思い出に逃げてるんだ――
加世子ちゃんは止まったままでも、向こうはどうかな?』
陽介さんの言葉が頭をよぎって、自嘲気味に笑った。
「すみません、やっぱり駅に行ってください」
私は運転手さんに行き先の変更を告げた。
>> 459
駅に着きタクシーを降りた場所で、私はぼんやりと立ち尽くしてしまった。
納得したはずなのに、まだこの街に敦史が居ると思うと
気持ちがざわついて、このまま電車に乗って帰るなんて出来なかった。
周りを見回すと、駐車場が目に入った。
そこは3年前、必死にストラップを探した場所――
私はゆっくりと、そこへ歩いていった。
コンクリートが敷き詰められ、コイン駐車場になっていた。
ぼんやりと、案内板に目をやる――
と、下の方にビニール包装されたチラシのようなものが貼り付けられていた。
『落し物のキーホルダーあります 家主』
「!」
それを見た私は、そのチラシを剥ぎ取った。
そして、周囲を見回して、真新しい時計店を見つけると、
そこへ走っていった。
>> 461
そう言って、女性は店の奥へ消えると、
小さな紙袋と封筒を持って戻ってきた。
「どうぞ」
私は女性からその二つを受け取った。
「おばあちゃん・・・私の母ですけどね、毎日工事に付き合ってたのよ。
地面を掘り起こしている時に出てきたって。そりゃもう、大喜びで――」
紙袋を開けると、中に透明な袋に入ったストラップが出てきた。
ずっと、私の持っていたストラップ。
シルバーのチャーム部分は少し黒ずんでいたけど、
「A to K with』
の文字もはっきりと見えた。
私の顔は綻び、同時に涙が込上げてきた。
「おばあちゃん、2年前になくなったんだけど――」
「――」
「あなたがきっと来るからって、こうして用意したものを、
自分のベット脇にずっと置いていたの」
私の目から涙がこぼれ落ちた。
女性は私の背中を抱いて、優しく微笑んだ。
「本当に良かったぁ、
宝物、見つかって良かったわね」
>> 462
私はお店を出たところで、『かよこ様』と書かれた封筒を開封し、
中の手紙を読んだ。
『かよこ様
前略ごめんください。
キーホルダー、見つかりましたよ。
この手紙を貴方が読んでいるなら、私の願いは叶った。
そして、あなたの願いも叶ったわね。
もしも、このキーホルダーに込める願いがあるなら、
それも叶う気がしますよ。
毎日探し続けた貴方のあの真っすぐな思いさえあれば・・・
これからの貴方の人生が幸多きものでありますように――
かしこ 家主』
私はその手紙を読み、見つかったストラップを見ながら、
思わず声を出して泣いていた。
ストラップに込める願い・・・
『A to K with』と刻まれた文字そのものだった。
その時、私の携帯が鳴った――
>> 464
駅に向かう間、付き合っていた高校生の敦史ではなく、
さっき目に焼き付けた敦史の顔が浮かんだ。
出来ることなら、今現在の敦史の声が聞きたかった。
話してみたかった――。
まるで、片思いの相手に抱くような想いに、
胸は高鳴り、敦史の姿を探した。
切符を買い、改札口を抜け、
東京行きの鈍行電車が停まっていた、ホームへと降りた。
ホームから車内の端から端まで探して歩いたけど、
敦史の姿は見つけられなかった。
その時、向かいのホームに特急電車が入って来た。
ゆっくりとスピードを落としていくその先頭のホームに
黒いスーツ姿の敦史が――
「敦史!」
その姿は特急電車の陰に消えた。
私は踵を返して、階段を駆け上がり、
敦史のいたホームへと走った。
>> 467
沢山涙を流したけれど、思い出ではない今の敦史に会えて、
敦史に聞こえてなくても、素直な想いを吐き出せて
私の心は軽くなり、晴れやかな位だった。
その二日後、陽介さんが東京へ戻る前日に、夕飯に誘われた。
「今日は飲む」という陽介さんとオシャレな居酒屋に入った。
「引越し無事に済んだんですか?」
並んで座り、サワーを飲みつつ陽介さんに聞いた。
「うん。全部お任せでやってもらったよ。
だから、今日はホテル泊まり」
陽介さんはジョッキのビールを口に運んだ。
「寂しくなっちゃいますね」
陽介さんはニコッと笑って隣の私を見た。
「東京おいで。卒業したらね」
「できれば・・・」
「俺は加世子ちゃん来ると思ってるよ。
決まったら、住む所も探してあげるよ」
「エヘヘ、ありがたいな――
私、ずっと陽介さんに頼りっぱなしですね」
「フフ、頼られて悪い気しないよ。
俺ね、情に訴えられると結構弱くてね」
「フフフ」
いつものように、楽しい時間を過ごし、
私たちは、陽介さんの泊まるホテルのバーで
飲みなおすことになった。
>> 468
それぞれお酒を味わいながら、
フイに陽介さんが私の顔を見つめて微笑んだ。
「今日会った時から思ったんだけど、
加世子ちゃん何かいいことあったの?」
「え?どうしてですか?」
「何か、いい女の顔してる」
「ハハ」
私は微笑んだまま、手元のカクテルを見つめた。
「――敦史に、会えたんです」
「――」
それから私は、敦史が帰ってきていた経緯から、
最後、ホームで見送ったまでを話した。
陽介さんは空いたグラスをすかさず、新しいお酒と交換しながら、
黙って聞いてくれていた。
「恋したい気持ちが高まっていた時だからか、
敦史に会って、いま又、一目惚れした気分なんです」
私も、色んな味のお酒を飲んで、ほろ酔い気分で浮れていた。
陽介さんは、その時手にしていたバーボンのグラスを一気に空けた。
「3ヶ月間、男見る目養わせたつもりだったけど、
無駄だったな――」
陽介さんは笑顔のない冷めた眼差しで私を見た。
「酷いことされたの、忘れてないよね?」
「・・・・・」
「今、女と住んでるんだろ?
加世子ちゃんは過去の女なの、目さましな」
>> 469
「分かってますよ。片思いみたいなもんです」
陽介さんは、タバコに火をつけた。
タバコを吸わない人が居ると、席を外して吸う人だ。
それに、私の話しに、こんな反論するのも初めて・・・
陽介さんは、いつも余裕ある態度で話を聞いてくれたから、
私は何でも話すことができた。
いつもと違う陽介さんに、私は少し戸惑っていた。
陽介さんは、フッと笑って、バーボンのグラスに手をかけた。
「母親の呪縛から解放されたのに、
抱きしめてもくれなかった男だよ――」
「陽介さん?飲みすぎですよ」
陽介さんは、息を吐きながら俯くようにして笑った。
「今、無性に寂しい気分だよ」
「・・・・・」
「――加世子ちゃんと、こんな風に会えなくなる」
私を横目で見つめた陽介さんの眼差しに
私はドキッとしながらも、平静を装った。
>> 470
「今は私と頻繁に会っているから、そう思うだけです。
東京に戻ったら、私のことなんて忘れちゃいますよ」
「そんなこと言うな」
命令口調にまたドキッとした。
「就活、サポートさせてもらうし、随時、連絡よこせよ」
「はい」
私は笑みを作って小さく頷いた。
陽介さんを、初めて男性として意識した瞬間だった――。
その後すぐ、時間も遅かったので、
私がトイレに立ったのと同時に帰ることになった。
トイレの鏡の前で、お酒で赤らんだ頬を
水で冷やした両手で押さえた。
波打った心の中までは冷やすことが出来ず、
私は、フゥーと息を吐き、トイレを出た。
細い廊下を歩いていく――
「加世子ちゃん」
陰になったスペースから陽介さんが現れ、
私は手を掴まれ、引き寄せられた次の瞬間――
>> 472
ホテルの玄関を出た所で、陽介さんは軽く手を挙げ、少し離れた所で常駐していたタクシーを呼んだ。
後ろをついていた私の腰に手を回し、隣に立たせると、
「一緒に乗ったら帰せなくなりそうだから止めておくよ」
と、前を見たまま言った。
こんな風に男の人に抱き寄せられたのが初めてで、私は身を固くしたまま、促されるようにタクシーに乗った。
「隣町までーー」
そう言って陽介さんは運転手さんに5千円札を渡した。
その時私は、やっと我に返った。
「大丈夫です」
「いいから」
「あっ、千円」
気が動転しながら財布から出した千円札を、陽介さんは笑顔で受け取った。
そしてドアの上に手を掛け、覗き込む様に私を見た。
「就活で上京する時は、必ず連絡しろよ」
「…はい」
陽介さんは最後に微笑むと
「お願いします」
と、運転手さんに言って、ドアを閉めた。
>> 473
動き出したタクシーの中から、後ろを振り向くと、
陽介さんは見えなくなるまで、見送ってくれていた。
お酒に酔っていたとは言え、
敦史以外の人と、初めてのキス――
敦史に気持ちがあるのに、体は別の感覚で反応していた。
私は、17歳の時に敦史に満たされた体の欲を
感じずにはいられなかった・・・。
陽介さんが東京本社へ戻ったあと、私は最終学年へと進んだ。
私は両親に、
「東京の出版社へ就職を希望している」
ことを話した。
両親はまず反対し、話し合う内に、通いならオーケーと言い、
最後には根負けする形で、了承してくれた。
「採用になったらよ」
あくまでも、第一希望の東京の出版社に採用されたら、
東京で一人暮らし。ダメなら地元で就職という約束をした。
>> 477
この公園は、敦史との思い出がありすぎる。
だから、ずっと来ていなかった。
のどかなカモの姿を、私は微笑んで見つめた。
「俺と付き合ってみない?」
この場所で、そう言われて付き合い始めたんだ――
ファーストキスも、まだ明るい日中にキスをしたことも、
「薄井加世子になりますかの」
と、ドキリとしたプロポーズも鮮明に思い出された。
私は、買ってきた写真集を袋から出して、ゆっくりと捲っていった。
深い海底に光が射している――
今、敦史の心には、光が射しているのだろうか?
お母さんが亡くなって、苦しみから解放されたのだろうか?
側に居られず、ただ想像するだけの敦史の心が、
どうか、安らぎに満ちていますように――
幸せでありますように――
心からそう願った。
愰読者の皆様へ愰
こんばんは、作者です。
好き勝手に書き綴り、長くなりました、お詫び申し上げます珵お付き合い下さった方々、心から感謝いたします炻
実は主人公が社会人になってからのストーリーを書きたくて始めたもので、これまでがプロローグ(前提)になります珵
「長すぎじゃい!」
とのお怒りの言葉も含め、率直なご意見やご批判、アドバイスなどをお気軽に頂けますと嬉しいです↓
http://mikle.jp/thread/1305455/
しばしの休憩をはさみ、新しく「コイアイのテーマ†main story†」を構成も考えつつ、書いていこうと思います。
頑張りたいですーー昀
完結できますようにーー昀昀
宜しければまた御覧下さい珵
作者より
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