コイアイのテーマ
誰にでも、たった一人、
忘れられない人が居るハズ…
私にとって、彼は、
かけがえのない
大切な人。
淡くて、霞んでしまいそうな日々は、
キラキラ輝いた思い出の日々でもあったー
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東京に就職が決まった私は、地元の大学を卒業し、上京して一人暮らしを始めた。
実家からも通えなくはない。片道2時間位かかっちゃう…。
両親も、この物騒な時代に、一人娘の一人暮らしには未だに大反対だけど、ホントに申し訳ないし、私も不安で一杯だったけど、
私は大学に入った時から心に決めていた。
卒業したら東京にー
希望の仕事もあって、
そして、彼の住む東京に行くんだってー
>> 70
ーそして、席替え当日…。
「えー!なんでー?
私は、窓側の一番後ろの席に座る敦史に向かって言った。
「ははーん、念力~」
敦史は、引いたクジをヒラヒラさせて、余裕の笑を浮かべていた。
クジには間違いなく私の後ろの席番が書かれてあった。
後で聞いたけどーー
先に私の席を覗き見て、後ろの席の子と交換して貰ったとのこと…
念力ぃ?…ズルじゃん!
「俺がひいた教壇前の席がいいって言うからさ…たまたまお互いの利害が一致したんだよね~」
背後からの小声の言い訳は聞き流していた。
「ーー加世の背中見て色々想像しよおっと」
私は思わず振り向いて、歯を噛んだまま言った。
「やめてよ、気になっちゃうでしょ」
あー、近くなったらなったで嬉しい以上に、大変そう…。
私はため息をついた。
>> 110
「何で?加世も一緒に決まってるでしょ」
「だって家に何も言ってこなかったし…」
「じゃあ電話しなよ。私とご飯食べて帰るって」
「でも…」
初めて会った年上の男の人と食事するのに、気が引けた。
美咲はそんな私の気持ちを察してか
「悪い人たちじゃないから安心しなよ。
それに、今から来る陽ちゃんて、私が今付き合ってる人なの。加世にも紹介したいと思っていたし」
と、ウインクした。
美咲の彼氏…紹介されるの初めて…
会ってみたい。
私は携帯で自宅に電話をかけた。
「…あ、お母さん?加世子。今、美咲と一緒なんだけど、今晩、美咲とご飯食べて帰ってもいいかな?…うん…」
美咲が『代われ』とジェスチャーをしたので、私は携帯を渡した。
>> 125
美咲は助手席に、私は後ろに乗った。
陽介さんが後部座席に置いてあったブランドの袋を取りながら
固まったままの私に気付いた。
「どうかした?」
「イエ…」
美咲は振り向いてニヤリと笑んだ。
「ホレ、早いけどクリスマスプレゼント」
陽介さんは、美咲に袋を渡した。
「えー!本当?!」
「クリスマスは仕事で会えないからなー」
美咲が袋を開けると、中からブランドの財布と香水が出てきた。
「わー、欲しかったやつ!陽ちゃん、ありがとーう!だーいすき!!」
「香水は、ここに来る前に寄ってきて、加世子ちゃんにも」
と、私に別の袋を渡してくれた。
「私は…」
「どれ?」
美咲が袋を取って、中を確認する
「加世子ちゃんのイメージで選んだんだけどね」
「陽ちゃん、センスいいね。
加世、これそんなにキツクない、爽やか系の香だよ。ほら」
美咲があけた蓋を私の顔に寄せるーー
と、爽やかな優しい花の香がした。
「日曜日、これもつけていくといいよ」
美咲はまたニヤリと笑って、香水を私に渡した。
>> 157
「今度遊びに来て」
「おっとー…?大胆発言」
「フフ、ちゃんと親に紹介するから」
「フフ、そういうことか」
後はバイバイするだけなのに、別れがたい…
「じゃあ」と、相手が言うのを、二人とも待っている雰囲気だった。
「加世の親に紹介されたら、悪いこと出来なくなるな」
「悪いことって?」
と、聞いた瞬間、敦史は短くキスをした。
「こういうこと」
またまた一気に顔が熱くなった。
「悪いこと、なの?」
「加世はどう思う?」
「私は…」
胸の中の正直な気持ちを探った。
「ちょっと恥ずかしいけど…敦史だから嬉しいし
ーー幸せだよ」
敦史は優しく微笑んだ。
「それはこっちの台詞だよ」
そう言って、またキスをした。
唇の暖かさが分かる長めのキスだった。
>> 162
「敦史?」
「うん。
カーテン開くと思ったんだ。だから、5分待ってみようってね」
さっきまでと変わらない、優しい声だった。
「私も、敦史が居る気がしたの」
「ヘェ、以心伝心ってやつだ」
「フフ、そうだね」
足元でおすわりしたままシッポを振るマンタと目が合った。
「そうだ、敦史ーー」
私は携帯を肩で挟んで、マンタを抱き抱えた。
「マンタだよ、見える?」
「おっ、ライバル!」
母の冗談や紳士話も話していた。
「部屋に入ってるじゃん」
「あぁ…マンタもねTSUNAMIが好きで、着信音が鳴ったから入ってきちゃったんだ」
「俺も好きですけど」
「ハハ、そうだよね。
敦史が好きだったから、私も好きになったんだもん」
息をはく様に敦史は笑った。
「マンタは、退散」
私はマンタを降ろし、
入口の方を指差すと、マンタは大人しく部屋を出て行った。
>> 166
翌日のHR直前、ベランダの窓枠からチョコンと美咲が顔を出した。
「昨日どうだった?」
「わっーーおはよ…
うん、楽しかったよ」
笑顔で答えたけど、美咲の顔が見れない。
その時、始業チャイムが鳴った。
「詳しくはお昼に屋上でね」
そう言って美咲はウインクをして帰って行った。
昨日見たこと…美咲に話すか話さないか、昨日からずっと悩んでいた。
どうしよう…
ベルが鳴り終わると同時に、敦史が入ってきた。
「オース」
けだるい感じに挨拶を交わしながら、
途中から、私を見ると、目を離さずにやってきた。
また胸がトキメクーー
「オス」
「おはよ」
私の椅子の背もたれをポンと叩いて、後ろの席に座った。
>> 171
駅に着くと、改札口を出た所で敦史が待っていてくれた。
目が合い微笑み合った時ーー
「敦史じゃん」
私の後ろから、他校の制服を着たグループの一人が、敦史に声を掛けた。
「よお」
私は敦史の後方に離れた。
「もう休み入ってんの?」
「今日終了式。そっちは?」
「明日。どこも終わってんのに、タリィよ」
その時、敦史が私の居場所を確認するようにチラッと振り向いた。
「ーー彼女?」
「うん」
「ヘェ、相変わらず、羨ましいね~。ーーじゃあな」
「おう、またな」
敦史の友達は、こちらを見て小さく頭を下げると、待っていた仲間達と去って行った。
「ゴメン、行こうか」
私服姿の敦史は、今日もまた格好良くて、私はドキドキしていた。
>> 172
敦史の地元は栄えていて、駅周辺はテナントの入ったビルや色んなお店が建ち並んでいた。
「ココ、俺のバイト先」
駅から程なくした所にあるピザ屋だった。
と、敦史は誰かを見つけて店内に入って行った。
ヒョロっと長身で眼鏡をかけた男の人と敦史が話している時、私は入口付近に立っていた。
「タカヤーンお願い!」
敦史は拝み倒す姿勢だった。
「ウッソーン!無理だから~」
「借りはちゃんと返すから!」
フイに男の人がこちらを見た。
「おっと…彼女?」
「そう。だから今日の一時間って貴重でしょ?
「こんにちはー。
マセタ年下に上手いこと使われてる高谷でーす」
高谷さんは、敦史の頭の上から私に挨拶してきた。
「こんにちは、真中です」
私も頭を下げた。
「イイ子そ~う。
アッシの為じゃなく、真中さんの為にーー1時間な!」
最後は敦史を見てどすを利かせた声で言った。
「ハハ、タカヤン最高!」
敦史は高谷さんとハンドタッチをして出てきた。
>> 183
「30分位かかるって」
お店の外で待っていた私の元にきて敦史が言った。
「私からのクリスマスプレゼントはどうしよう…
敦史、何か欲しいものない?」
私が聞くと、敦史はいらないと答えた。
でも、何かプレゼントしたいと引き下がらない私に対して、
「うーん…じゃあ、加世の全て」
「エッ?!」
敦史はクックックッと笑った。
「じゃあ加世の私物で、俺にあげてもいい物ちょうだいよーーパンツとか」
「エッ!!」
今度はお腹を抱えて笑いだした。
「どこまで本気なのっ!?」
私が怒って聞き返すと、
笑うのを止め、
「加世のものなら何だって嬉しいってことだよ」
とドキリとする男前な顔を向けられた。
>> 185
その後、敦史の地元を歩いて回った。
中学校や、よく買い食いしたというお店など、
知らない敦史の過去に触れられて嬉しかった。
あっという間に時間は過ぎて、
敦史と一緒にいられるのもあとわずかだな・・・
と、ストラップをつけた携帯で時間を確認していると、
「他にどこか見たいとか、行きたい所ある?」
と敦史に聞かれた。
「敦史の家とか?」
さっき洋史君も言ってたもんね――
なんて、軽い気持ちで聞いてみた。
「家には絶対連れて行かない」
「え、なんで?」
絶対とまで言われて、気になった。
「いろんな意味で、加世を汚したくないから」
「・・・」
「あ、もうタイムオーバーぎりぎり!
さ、戻るぞー」
敦史は踵を返して歩き出した。
>> 186
そんなに遠くなければ、家に行く時間はあったのに――
汚す・・・って、どういうことかな?
そんな事を考えながら、敦史の後をついて行った。
少しずつ、ネオンの明かりが増えていく――
繁華街の裏路地辺りに来たとき、
敦史が歩みを止めた。
「?」
隣に立って、顔を覗くと、
敦史の視線は、道路の赤信号で止まっている一台の車に向いていた。
「あれ?・・・」
その車は運転席に見慣れた顔の男性と、助手席に女の人が座っていた。
青信号に変わると、車は左折して
私たちの前を横切り、狭い路地へと入っていった。
「今のって、担任の先生だった、よね?」
私が言うと、敦史は無言で頷き、車の背後を見送った。
車はゆっくりとラブホテルの中へ入っていくところだった。
>> 193
帰宅し、真っ先に、部屋の棚に置いた宝箱を開けた。
敦史に言われた時から決めていたーー
それは、
初めて家族で行った海外旅行のオーストラリアで、父親が自分のために買おうとしていたキーホルダーだった。
レジの上で、光に照らされ、丸い黒石の中から、七色に輝いた魚が浮かび上がったーー
「この魚なぁに?」
「マンタだよ」
「キレイ…」
父は同じものをもう一つレジに並べ、袋を別にして、一つを私にくれた。
「旅行の思い出にーー大切にするんだぞ」
父に言われた通り、私はビニール袋に入れ大切に宝箱へ入れておいた。
だから新品の様にキレイーー
海をモチーフにした映画が好きと言った敦史に、喜んでもらえる気がした。
>> 200
午後2時から、5時まで――
敦史が自転車の往復をする約1時間を除けば、
たった2時間だったけど、毎日敦史に会えると思うと嬉しかった。
クリスマスイブの今日も、私は朝から勉強し、
14時に「散歩」と言って、水筒とプレゼントを持参して家を出た。
両親は出かけるのを喜んでいた。
ゆっくり歩いて15分で着いた。
もう少しで敦史がやってくると思うだけで、ドキドキした。
そんな緊張した私を和ませてくれるように、
カモが目の前の水面を行き来してくれた。
30分過ぎても敦史は来ない――
1時間過ぎた時、知らない番号から着信があった。
「もしもし・・・?」
「加世、オレ」
「敦史?」
「うん。悪い、まだバイト先でさ、
マジ混みで、まだ引かなくてさ」
苛ついているのが分かった。
「大丈夫だよ、気にしないで」
「マジごめん。又連絡するから」
「うん」
そのまま電話は切れた。
>> 230
「変わってないな~」
部屋を見回して美咲が言う。
「相変わらず殺風景でしょ」
私は飲物とお菓子をのせたお盆を、中央のテーブルに置いた。
「いいよー、加世の部屋落ち着くもん」
美咲はコートを脱ぎ、ベットに寄り掛かれる場所に座った。
「美咲、どっかに出掛けてたの?」
オシャレな私服姿を見て、思わず聞いていた。
「一昨日からずっと出っぱなし」
「え?家に帰ってないの?」
「うん。イブに家に居るなんて無理だもん。
予定空いてた友達と、ドライブ行ったり、カラオケ行ったりしてたの」
美咲は、そう言って、コップのお茶を口にすると、視線をコップに落としたまま、
「陽ちゃんは仕事で会えないからさ…」
と呟くように言った。
>> 245
以前のように、美咲は助手席、
私は後部座席に座り、
陽介さんは車を発進させた。
「イタリアンなんだけど、旨いんだ。
ちょっと走るけど」
陽介さんは、ハンドルを握りながら言った。
「ほんと?楽しみ」
美咲はにこやかに答えた。
その時、私の携帯が鳴った。
敦史からの着信だった。
「もしもし?」
「加世?今日21時で上がれることになったから」
「うん」
「もう合流した?」
「うん」
「どこの店?」
「ちょっと離れたお店に向かってるよ」
「じゃあ、帰りは駅まで送ってもらって。
21時半には着けるようにするから」
「うん」
「じゃあ、仕事戻るから」
「うん――頑張ってね」
私は電話を切った。
>> 247
陽介さんの連れて行ってくれたのは、
レンガ造りで、一見コテージのような雰囲気のある
おしゃれなイタリア料理店だった。
オレンジ色の照明に照らされたテーブルに、
陽介さんと美咲は並んで座り、
その向かいに私は座った。
「相変わらず、陽ちゃんって素敵なお店知ってるね」
「仕事の付き合いネタで、教えてもらってるんだよ」
陽介さんは、私たちが飲み物を決めている間に
オーダーを済ませた。
ひと段落すると、向かい合った私に微笑んだ。
「加世子ちゃん、久しぶり。
――って、この間会ったばかりか」
つかさず、美咲が
「そうだよ、まだ10日前の話じゃない」
と言った。
日曜日に会った事は、美咲の計算に入っていない・・・
改めて、罪悪感に包まれながら、
運ばれてきたソーダー水を口にした。
>> 251
そのサラダに手をつけることなく、
私は陽介さんを見た。
「美咲が本気なの分かるから・・・。
まだ16歳だし、陽介さんにしたら、子どもかもしれないけど、
美咲は陽介さんの事、本当に好きなんです」
「子どもなんて思った事ないよ。
逆に未来ある美咲には、俺は相応しくないと思ってる」
「だから、他の人とも?」
「それも含めて、美咲には不釣合いだろ」
陽介さんは、自虐的に小さく笑った。
「俺も同じ・・・
美咲を傷つけられないから、
加世子ちゃんと同じ選択しか出来ない」
黙ってる――ってこと・・・?
その時、美咲が戻ってきた。
「なぁに、何話してたの?」
にこやかな美咲に
場は一気に明るくなり、陽介さんは微笑み、
「加世子ちゃんに、網の仕掛け場所聞いてたの」
と、美咲のイスを引いて向かい入れた。
>> 261
振り向いた敦史の顔に笑顔は無かった。
「友達のこと、気にしてんだろ?」
「…うん。
明日、連絡してみようと思ってる」
敦史は切り替える様に息を吐くと、暫く空を見上げーー、
そして私を見た。
「ーーごめんな」
感情的にならず、冷静に対応してくれる敦史が、うんと大人に見えて、
私はときめきながら首を横に振った。
その後少しの間、敦史は黙っていた。
きっと、敦史も気にしていたんだ……。
「明日、公園で会える?」
「うん。会いたい」
敦史は優しく笑み、自転車にまたがった。
「今日は帰るわ」
「うん。
送ってくれてありがとう」
私たちは笑顔で別れ、
私は敦史が見えなくなるまで見送った。
>> 274
敦史とはキスだけで、それ以上は進むことはなかったけど、
私たちの関係は、とても順調だった。
前に美咲が言った「経験豊富」ということが、
一切気にならなかったのも、敦史が私を好きでいてくれる、って
感じることが出来たからだと思う。
高2になり、私たちはクラスが離れたけど、
敦史はバイト、私は勉強に励みながら、
お互いに時間を作るように努めて会っていた。
今思えば、一番幸せだった時期だった――
私たちは夢の中を生きていたのかもしれない。
少しずつ、見えない所で歯車が狂いだしたのは、
高2の終わり――
敦史が、担任を――
自分のお母さんと付き合っていた先生を
学校で殴る事件を起こしてからだった。
>> 275
ホームルームが終わったばかりの放課後、
教室前の廊下で、敦史が担任を殴り、
担任は倒れて、口の中を切ったのか、血を流していたという――
その話はあっという間に校内を駆け巡り、
私の耳にも入ってきた。
そのまま職員室に連れて行かれたという敦史に
どうしても会いたくて、
私は放課後もずっと、職員室が見える
職員玄関辺りをウロウロしていた。
校内に生徒の声がしなくなった頃、
職員入口に、細くて美しい女性がやってきた。
どこかで見たことのあるその人の横顔を見つめていると、
フイに顔を上げた女性と目が合った。
しかし、その人は先を急ぐように私の前を通り過ぎ、
職員室のドアを叩いて、中へ入っていった。
その女性がつけていたきつい香水の残り香が漂う中で、
私は思い出していた。
以前、担任の車の助手席に乗っていた人――
敦史のお母さん。
>> 277
「何があったの?」
敦史はカバンの中に机周辺の私物を詰め込んでいた。
「一週間停学処分だって」
「そうなの?」
「一足早い春休み~」
敦史はふざけて歌うように言った。
私は泣きそうな気持ちで、敦史の顔を見つめた。
それに気づいた敦史は、小さく息を吐き
「ごめん」
と私の頭を撫でた。
「アイツ、母親を捨てたんだ」
「・・・」
「ただそれだけの事」
「・・・」
「嫌だけど、今日は親と帰るしかないんだわ」
「うん」
「ごめんな加世。
・・・マジ、ごめんな」
力ない敦史の言葉に、
私はただ首を振るしか出来なかった。
そして、敦史はお母さんと一緒に帰っていった。
- << 283 敦史の停学処分が明ける日に、春休みに入った。 『一足早い春休み』という言葉通りだったけど、 敦史はその一週間、バイトも外出も禁止されていた。 きっと、メールや電話が頻繁に掛かってくるだろう―― そう考えていたけど、私からのメールに返信してくるだけで、 敦史からは、連絡が無かった。 一週間、私は不安と憂鬱な気持ちで過ごし、 春休みに入り、敦史の処分の明けた今日、 池の公園で待ち合わせすることになった。 公園に敦史は先に着いていて、 ベンチに座って、ぼんやりと池を眺めていた。
愰読者の皆様へ愰
初めまして作者です溿
何よりも…
長々と、誤字、脱字も多く、下手で拙い文章で本当に申し訳ありません。
これまではピュアな内容でしたが、
今後、過激な内容、描写も増えてきますので、前もってお知らせいたします。
嫌だと思われる方、申し訳ありません。
楽しみにして下さってる方、いますか?
居てくれたら、嬉しいです。感謝です昀
今後も宜しくお願いいたします溿
作者より
>> 278
「何があったの?」
敦史はカバンの中に机周辺の私物を詰め込んでいた。
「一週間停学処分だって」
「そうなの?」
「一足早い春休み~」…
敦史の停学処分が明ける日に、春休みに入った。
『一足早い春休み』という言葉通りだったけど、
敦史はその一週間、バイトも外出も禁止されていた。
きっと、メールや電話が頻繁に掛かってくるだろう――
そう考えていたけど、私からのメールに返信してくるだけで、
敦史からは、連絡が無かった。
一週間、私は不安と憂鬱な気持ちで過ごし、
春休みに入り、敦史の処分の明けた今日、
池の公園で待ち合わせすることになった。
公園に敦史は先に着いていて、
ベンチに座って、ぼんやりと池を眺めていた。
>> 283
姿を見つけても、何だか名前を呼ぶのを躊躇した。
すると、フイに敦史が振り向いて、私を見つけると、
しばらく見つめ、そして、優しく微笑んだ。
「久しぶり」
私は妙に緊張しながら、敦史の隣に座った。
「うん。久しぶり」
そう言った敦史は、私の手を取って握った。
私はその繋いだ手を見て、涙が出てきた。
「・・・一週間、長かったぁ」
私は泣きながらも、敦史の顔を見て
いっぱいいっぱいの気持ちを口に出した。
「もう、嫌いになった?」
敦史は首を大きく横に振った。
「でも、たった一週間・・・私、敦史が遠くに
・・・遠くに、行っちゃったみたいに感じて――」
私の言葉を遮るように、敦史は私を抱きしめた。
今までにない位、力いっぱい強く――
「好きだよ。大好きだ――
でも・・・」
「――」
「俺は加世に相応しくないのかもしれない」
>> 286
17歳の誕生日に敦史は、
私が欲しいと言った、曲目がTHUNAMIのオルゴールをプレゼントしてくれた。
「こんなに安いのでいいの?」
雑貨店で千円しないくらい額だった。
「いいの。大切にするね。ありがと」
そう言ったのは嘘ではなく、
オルゴールは今も私の部屋にある。
洋史くんが働くことになったのは、地元の建築業だということだった。
地元だから通うことも勿論できるけど、住み込みというのは
彼の第一条件だったそうだ。
敦史は高校卒業するまでの1年間、
お母さんと二人で暮らすことになった。
美咲は、陽介さんを追いかけるように、
以前から田神さんに頼まれていたカメラテストを
東京まで受けに行った。
するとティーンズ向け雑誌のモデルに即決し、
その後美咲は、地元と東京を行き来する日々を過ごす事になった。
そして高校3年生となった4月――
私は敦史とも美咲とも離れ、
進学クラスへ進んだ。
>> 306
翌朝早く、マンタの吠える声で目が覚めた。
時計を見ると朝の5時前。
隣に敦史の姿がない事に気づいた私は、起きて服を着て廊下に出た。
すると、マンタの遊ぶスペースでマンタとじゃれ合っている敦史を見つけた。
私に気付いたマンタが駆け寄ってくると、敦史も振り向き微笑んだ。
「ヨッ」
敦史の元へ喜んで戻っていくマンタの後を私はついて行った。
「居ないから心配しちゃった」
「性的処理にトイレ行ってたの。
好きな子の裸抱いてて、普通じゃいられなくてね」
私は恥ずかしくて、マンタに視線を移したけど、マンタは敦史にお腹を見せて甘えていた。
「マンタァ…番犬なのに」
「もう親友。男同士で話してたんだよな~」
敦史はマンタの体を撫で、私も敦史の隣で膝をかかえ、マンタの頭を撫でた。
>> 307
「おはよ」
敦史は顔を近付け私に軽くキスをした。
「おはよう」
何だか照れ臭くて、目を合わせずに答えた。
「加世よく寝てたな」
「そう、だった?」
「あんな事やこんな事しても起きなかった」
「エッ!?」
驚いて敦史の顔を見ると、敦史はクックックと笑った。
「冗談!
でも、加世の体は目に焼き付けたから、
当分は一人で…フフフ」
「ヤーダ、物凄くエッチ!」
「エッチですよー。
昨日分かったろ?」
敦史は横目で爽やかに笑んだ。
私は昨日の出来事が蘇り一気に顔が熱くなった。
「そろそろ帰るわ」
敦史は立ち上がった。
「え?」
「家でシャワー浴びたいし、遅くなるとご近所さんに見つかるっしょ?」
敦史が言う事に納得した。
ーー納得したけど、たまらなく寂しくなってしまった。
敦史は手を差し出し、その手を掴んで立ち上がった私を抱きしめた。
そしてどちらからとなく唇を合わせた。
「上手になっちゃって…
俺が加世をエッチにさせてんだな」
優しい声、優しい眼差しの敦史がそこにいた。
>> 308
この日以降、今までとは違う感覚で
敦史に恋するようになった――。
高校では期末テストの結果が出て、
貼りだされた順位表の前で佐藤君に会った。
1番は佐藤君で私は5番だった。
「すごいね」
「真中も」
私たちはお互いを誉めあって笑った。
その時、廊下の先で、友だちと笑い合っている敦史を見かけた。
フイにこちらを向いた敦史は、私に気づくと、
優しく微笑み、そのまま友だちと去っていった。
私は微笑ながら、敦史の背中をトキメキながら見送った。
「真中の彼氏なんだってな?」
背後から佐藤くんが声を掛ける。
「・・・うん」
「有名な話らしいけど、俺知らなかったよ」
そう言って佐藤君は微苦笑した。
>> 309
夏休みに入り、私と敦史は休日にお決まりの
敦史のバイト間の中抜けデートを繰り返していた。
でも真夏の日差しを浴びる外で会うのは辛くって、
私が、バスや電車で敦史の地元へ行き、図書館やデパート、
大型スーバーのフードコートなどで会うことが多かった。
その日も私は、フードコートで敦史が来るのを
本を片手に待っていた。
すると、派手で賑やかな女の子のグループが、
少し離れたところから私を見て、ヒソヒソと何やら話すと、
私の元にやってきた。
「ねぇねぇ、敦史の彼女?」
私はキョトンとしてただ見つめるだけだった。
「そうだよね、結構一緒にいるもんね」
と、別の子が聞く。
けど、私は萎縮するように、下を向いた。
「そうだって、ほら、アオイ」
その言葉に私は顔を上げると、
アオイと呼ばれた子が後ろから現れた。
>> 310
その子は小柄で色白で、まるでお人形のような
クリクリの目をした可愛い子だった。
ただ、茶髪とお化粧は似合っていなかった。
「へぇ、敦史の趣味、変わったんだねぇ」
その子はキャハハと、悪びれることなく笑った。
アオイ・・・その名前を聞けば、思いつくのは一人だけ。
敦史の元カノだ。
「ねぇ、敦史とエッチした?」
初対面でそんな質問をされて、面食らってしまった。
その子は、私の耳元に顔を寄せ、
「敦史、いいでしょ?」
と言った。
私は心臓がバクバクして、もう顔を上げることが出来なかった。
その時、
「何してんのお前たち」
敦史がやってきた。
「新旧彼女同士で挨拶してたの」
アオイさんが答える。
「いらないから」
敦史は私と彼女たちの間に立った。
>> 313
敦史の家は、2DKのアパートだった。
DKを抜けると、お母さんの部屋があって、
その隣に引き戸続きで、8畳ほどの敦史の部屋があった。
「狭いだろ?
洋史が居たときは間にカーテン引いて、もっと狭かったよ」
敦史は恥ずかしそうに笑った。
敦史の部屋は殺風景な位、キレイに片付いていた。
そのせいか、ベットがやたらと目立って見えた。
「ごめんな、この部屋クーラー付いてなくて」
敦史は窓を全開にし、2台の扇風機を強くかけた。
それでも、敦史の顔や首もとは汗をいっぱいかいていた。
「俺、シャワー浴びてくるわ」
そう言うと、敦史は私に背中を向けて
Tシャツを脱いだ。
骨張った逆三角形の背中は、細いのに逞しくて、
私は急にドキドキしてしまった。
と、フイに敦史が振り向いた。
>> 315
その時、玄関から、小さな物音が聞こえた。
その後に続く、人の気配で、敦史は唇を離して振り向いた。
と、次の瞬間、部屋の戸が開いた。
「お客さんだったの?」
敦史のお母さんだった。
私は乱れた首元を慌ててなおした。
「勝手に開けんなよ!」
「あら、ごめんなさいね」
敦史のお母さんは微笑み、戸を閉めた。
敦史は眉間にしわを寄せ、新しいTシャツを出して着替えた。
「加世行こう」
「う、うん・・・」
私は敦史の後をついて行った。
戸を開けると、クーラーのかかる部屋で
お母さんがこちらを見た。
「あの、お邪魔しました・・・」
「もう帰るの?ゆっくりしていけばいいのに」
「加世、行くよ」
敦史はお母さんに背を向けたまま、
靴を履いた。
私は敦史のお母さんに会釈をした。
「敦史が彼女つれてくるなんて、久しぶりね。
お名前は?」
「いいよ加世」
「そう、加世ちゃん。どうぞ敦史のことヨロシクね」
私は妙な雰囲気の中靴を履き、頭を下げて
敦史と一緒に外へ出た。
>> 316
外に出て、歩く間も敦史はずっと不機嫌だった。
「敦史のお母さんって、何歳?」
「40」
「へぇ、すごく若くてキレイだよね」
「化けもんだよ」
「・・・」
敦史が、お母さんの事を嫌っているのは
何となく知っていたけど、
私にはキレイで優しそうなお母さんに見えたから、
どうも腑に落ちない感じだった。
歩きながら、いつの間にか私たちは
駅の路地裏周辺に来ていた。
ここは以前、担任と敦史のお母さんの姿を見た辺り・・・
と、突然歩くのを止め、敦史が振向いた。
「シャワー浴びたいんだけど」
そう言うと、敦史は背後に頭を傾げた。
そこらはラブホテルが建ち並んでいた。
「一緒に来る?」
私は動揺して、返事が出来なかった。
>> 318
少し経って、シャワーの音が聞こえてきた。
私は緊張して、ソワソワして、どうしていいか分からなかった。
ふと、目に入った水槽の前に行き、美しくライトアップされた水中を
泳ぐ熱帯魚を目で追った。
そうしている内に、気持ちも落ち着き
ビデオで見たある映画を思い出した。
暫くたって、私の後ろに敦史が立った。
「何してるの?」
「水槽見てて――映画、思い出してた」
「ああ――」
そう言うと、敦史は水槽の反対側に立って、
水中越しにこちらを見て微笑んだ。
「フフ、加世の好きなレオ様には及ばない?」
「――」
及ばないなんて・・・
敦史の濡れた髪、キラキラと輝く瞳、そして眼差し――
全てが、憧れの俳優を超え、たまらなくドキドキした――。
>> 327
美咲は1学期は休みがちで、
ティーンズ向けのファッション雑誌の中で、
チラホラと見かけるほどになっていた。
「そこまでしてて、最後まではダメなんて、
加世ってば、男の生理を分かってないなぁ」
「私じゃないよ。敦史が、してこないの。
責任とれるまでは、って・・・」
美咲は、ポカンとして私を見て、微笑んだ。
「本気なんだね、彼。
加世、愛されてるね」
私は照れくさくて、嬉しくて、少し俯いた。
と、同時に、以前美咲が話そうとして、教えられなかった事を思い出した。
「ねぇ、美咲。ずっと前に敦史の中学時代のこと、
話そうとして止めたけど、何だったの?」
「ああ。・・・今の彼は別人みたいだから言うけど――
すごくモテてて、言い寄ってくる子も多かったみたいで・・・」
「うん」
「その殆どの子と、やってたんだって」
「やる、って・・・」
「H」
「・・・」
「それで、『バージンキラー』って呼ばれてたんだって」
美咲は可笑しく言ってちょっと笑ったけど、
私は苦笑するしかなかった。
>> 330
「小6の時、父親が亡くなってね、
まさに路頭に迷っていた私と母親を、
父の兄で銀行員の叔父さんが、色々面倒をみてくれたの。
保険金の受取から母親の仕事の世話までいたせりつくせりやってくれてた…」
私は美咲の話を、一言一句聞き逃さない様に、相槌もせずに黙って美咲を見つめいた。
「母親は全幅の信頼を寄せていたわ。
伯父さんはよき父親がわりでもあり私の勉強もよく見てくれた。
家庭教師の様に、私の部屋で、マンツーマンでね…」
「ーー」
「でもね、家庭があるのに、頻繁にウチへ来るのを怪しまなきゃいけなかったのよーーうちの母親はさ……」
美咲はぼんやりと窓を見つめながら、思い出すように小さく笑んだ。
「お母さんが伯父さんに不審を抱いた時には、
私はとっくに処女を喪失していたってわけ」
「エッ…」
美咲は私を見て寂しそうに笑った。
>> 333
『バイト終わったー。
朗報。
母親に男ができました。
パチパチパチパチ!』
敦史のお母さんは、男性が居ないとダメな人だって、
以前敦史は言っていた。
でも、『お母さん』なのに・・・。
「はあぁ・・・」
私は、その時『大人』に対して、言いようの無い
嫌悪感を感じた。
何故もっとしっかり出来ないのか?
何故もっと責任ある行動が出来ないのか?
何故?何故??何故???
大人になった今、
擁護するわけでなく答えるなら、
「人は完璧じゃないから」
――なんてご都合主義な答え。
私は気力のないまま、敦史に返信した。
『バイトお疲れさま。
良かったね。
おやすみなさい。
with love 加世」
その日ばかりは、美咲のことで頭がいっぱいで、
敦史へのトキメキは影をひそめていた。
>> 337
「離れること考えるの止め!
今はもっと楽しいことをさ――
そうだなぁ・・・加世は旅行どこ行きたい?」
私は咄嗟に有名なテーマパークを口にした。
「かんべーん」
敦史の困ったような言葉に笑い合い、
その後、旅行の話を楽しんで続けた。
今一緒に居られる時間を楽しんで大切にしなきゃ・・・。
そう切り替えて、過ごせたのは、
今振り返ってみても本当に良かった・・・。
夏休み中、美咲は東京へ引っ越すことになった。
当分は事務所が用意してくれた部屋で一人暮らしをするらしい。
「いつでも遊びにおいで」
駅まで見送りに行った私に美咲は言った。
美咲の両親も寂しそうに、心配そうに見送っていた。
私はこの時、いつか、東京へ行きたいと思った。
美咲が居て、敦史が行こうとしている東京へ――
>> 338
夏休みが終わり2学期になると、
進学クラスの雰囲気は受験モード一色となった。
私の第一志望は佐藤くんと同じ地元の大学。
先生に推薦入学を勧められ、両親とも相談して了承した。
勉強はもちろん続けたけど、何よりも敦史と会う事を優先させた。
敦史とは、池の公園や敦史の地元で会い、
たまに、二人の気持ちがお互いの肌を求めた時、
敦史の家に行くこともあった。
私たちはお互いの体を知り尽くしていたけど、
いつでも最後まではしなかった。
ある日敦史の部屋で、
敦史は専門学校のパンフレットを私に見せながら、
学習机の鍵のかかった引き出しの中身を見せてくれた。
「エ!」
私は思わず絶句した。
中には一万円札の束があった。
「150万。学校に納める分。
後は銀行に東京で生活する分を残してあるの」
敦史が頑張ってバイトして貯めたお金だった。
「凄いね」
ずっと見てきたから、
敦史のことを心から尊敬した。
>> 343
部屋は最上階で、窓からはテーマパークと海が臨めた。
「キレイ」
夜景がとてもきれいで、ずっと眺めていられそうだった。
「風呂、お湯溜めるな」
敦史はそう言って、バスルームへ消えた。
「うん・・・」
私は、ソファーに座り込んだ。
「張り切りすぎたかな――
凄い、足パンパン・・・」
一日中歩き回って、日ごろの運動不足もたたってか、
足が一回り太くなった感じだった。
「裸足になるといいよ」
脱衣所で手を拭きながら振り向きながら敦史が言い、
私は靴と靴下を脱いで、足を揉んだ。
「どれ、かしてみ」
やってきた敦史は、ソファーの前に座り、
私の足を持って、ふくらはぎを優しくマッサージしてくれた。
「気持ちいい・・・敦史、上手だね」
>> 344
敦史は上目遣いで微笑み、マッサージを続けた――
その手は、ひざを越え、ゆっくりと太腿の方へなぞられた。
一気に2人だけの密約の空気に変わった。
敦史はもう片方の足にキスをし、
そのまま上へ上へと唇を這わせた。
私はゾクゾクする快感に息を吐き、
敦史の動きに集中した。
私の足をなぞりながらスカートをたくし上げられ、
下着が露わになる。
敦史は足の付け根を指と舌でなぞった。
「・・・敦史」
私の声に、敦史が顔をあげた時、
バスルームから、お湯が溜まったことを知らせる
アラームが鳴った。
敦史は体を起こして、私と向かい合って見つめ合うと、
長く語るようなキスをした。
「風呂、一緒に入る?」
唇を離した敦史が聞く。
「今は、恥ずかしいから、先に入って」
敦史はフッと笑んだ。
「今は、な」
敦史は立ち上がり、
「次は、・・・な」
そう意味深に笑み、バスルームへと消えた。
>> 345
シャワーの音が聞こえてきた。
敦史とのこんなシチュエーション、何度も経験しているのに、
緊張してしまう・・・
敦史とのキス、肌を重ねること、
イヤラシイと感じていた事も、
もどかしい想いを伝える手段のように思えた。
きっと、私は・・・敦史しか知らない私は
ひどくHな女の子かもしれない。
だけど、私のすべてを受け入れてくれる敦史には、
すべてをさらけ出せた。
だから、ここにこうして居るのも自然なこと。
――だけど、余りにも緊張してしまい、
一人で待っていたら、逃げ出したくなった。
「ガチャ」
バスルームのドアが開いて、
下にバスタオルを巻いて出てきた敦史を見て、
ビクンと反応してしまった。
「イヒヒ!」
敦史は声を出して笑った。
>> 347
シャワーを浴び、湯船にゆっくりと浸かった。
側にあった入浴剤を開けて入れると、お湯がピンク色になり
花びらが浮かび上がった。
「わぁー」
私は思わず感嘆の声をあげた。
「どうした?」
敦史の声が隣の脱衣所から聞こえ、
ドキッとした。
「入浴剤いれたら、ピンク色になってバラの花びらが浮かんだの」
「俺も見たーい」
「えー」
私は湯船に顔が浸かるまで、深く沈んだ。
と、浴室のドアが開いて笑顔の敦史が入ってきた。
「うわっ、まじエロ色」
私はピンクのお湯に隠れるように、更に沈みながら
敦史の顔を見上げた。
「フフ、丸見えなんですけど」
ピンクのお湯は透明だった・・・
「入っていい?」
微笑みながら聞いてきた敦史に
私はコクリと頷いた。
敦史は腰に巻いたバスタオルを外し、
湯船に入ってきた。
>> 349
そうしている内に、私の緊張した気持ちは消えていた。
「のぼせる前にそろそろ出ようか」
「うん」
敦史は、先に立って、バスルームと脱衣所の電気を消し、
洗面台のライトだけの照明だけにしてくれた。
「加世は暗い方がより一層大胆になるもんな」
そんな事を言って笑った敦史だったけど、
さっきから、私を気遣ってくれているのが分かって、
その優しさに又ときめいていた。
私は湯船を出て、脱衣所で待つ敦史の所へ行った。
敦史はタオルで私の体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしてくれた。
いつかのラブホテルのことを思い出す・・・。
あの時は恥ずかしくてたまらなかった。
今は、恥ずかしさよりも、早く敦史と肌を重ねたいと思った。
私は敦史の方を向き、頬に手をあててキスをした。
敦史はドライヤーのスイッチを消し、
更に深いキスで答えた。
「やっぱり大胆になったな」
そうニヤリ言うと、裸の私を抱きかかえ
部屋へと向かった。
>> 350
部屋は間接照明の明かりだけになっていた。
ベットにソッと私を置き、
敦史はさっきの続きのような深いキスをした。
唇を離しキラキラと輝く敦史の瞳に
見惚れて、手をかざした。
「キレイな瞳・・・
目は心を映す鏡だって言うよ」
「じゃあ、目だけ別物だ」
「そんなことないよ。敦史の心はキレイだよ」
敦史は、微苦笑した。
「今、心で凄いこと考えてるのに?」
私はその意味するところを感じ取りながらも
敦史から目を離さなかった。
私の心は、それを求めていた。
敦史は見透かしたように、イタズラに微笑むと
私の手を取って、指先を口にふくみ、
それが始まりのように、体の隅々まで調べ上げていった。
>> 355
合格が決まった3年生は、ほぼ自由登校みたいなもので、
翌日、入学金を納めるため、敦史は学校を休むと言い、
私は午後から登校することにした。
待ち合わせは、敦史の地元の駅。
電車に乗り、早く着きすぎてしまった私は、
途中で会えるかと思いながら、敦史の家までの道を歩いていった。
昨日までの2日間ずっと一緒に居て、殆ど密着していたせいか、
別れてから、半日も経っていないのに、
体の一部を探すように、敦史を求めていた。
会ったら最初何て言おう・・・
おはよう、かな?・・・
そんな平和なことを考えている内に、
敦史のアパートの前まで来てしまった。
どこかで、見過ごしちゃったかな?
少し心配になり、背後を見渡したその時――
―ガチャンッ!ガッシャーンッ!!―
>> 361
その晩、部屋に閉じこもっていた私に洋史君から着信があった。
洋史君が話すには、
敦史の150万円を、お母さんが交際相手の男性に渡したが、渡した直後から男性と連絡がつかないと言う。
警察は初め家庭内暴力で話しを聞いたが、詐欺に切り替えて、遅くまでお母さんから事情を聞いたらしい。
「敦史は?」
「ニィ…兄貴は、落ちついたら加世さんに連絡するって言ってました」
「今どこに居るの?」
「…分かりません」
「お願い、教えて!」
「俺も本当に知らないんです。昼過ぎに家帰って、それから行方知れずで…」
私は洋史君の電話を切り、敦史に電話をかけたーー
と、すぐに留守番電話に繋がってしまった。
『今どこに居るの?
カヨ』
送ったメールはそのまま返ってきてしまった…
>> 362
昨日までずっと一緒に居て、手を伸ばせば
敦史に触れることが出来たのに・・・
今日は、敦史の声さえ聞くことができなくなるなんて――
繋がらない電話とメールを頻繁に繰り返しながら、
心も体も、削がれたピースを探すように、敦史を求めていた。
私は高校が終わってから、電車に乗り、敦史のアパートへ行った。
インターフォンを押し、ドアノブに手を掛けると、ドアが開いた。
敦史が居るわけないのに、緊張しながら、ドアを開ける。
――中は、人の気配はなく、あの日荒らされたままの状態だった。
でも、いつ敦史が帰ってくるかもしれない――
私は靴を脱ぎ、中へ入ると、散らかった部屋の片づけを始めた。
>> 363
翌日も、学校が終わってから敦史の家へ片付けに行った。
その次の日も、片付けをしていると、夕方5時過ぎに
敦史のお母さんが現れた。
「あら・・・」
「あ、こんにちは。済みません、勝手にあがってしまって・・・」
「片付けてくれてるの?」
「・・・」
敦史のお母さんは、自分の部屋へ向かって、
まだ散らばっている部屋の中から、服を数着手に取って袋に入れた。
「ここじゃ眠れないじゃない?
だからずっと、お店に泊まらせてもらってたの。
今日は着替えを取りにきただけだから」
「あの・・・敦史から連絡は?」
「アナタにないの?」
「はい・・・」
「そーう。フフ、
それなら、私にもないわね」
お母さんはあっけらかんとし過ぎているように見えた。
「これからお店なの。お好きなだけ居てね」
お母さんは、靴も数足袋に入れて、出て行った。
取り残された私は、奇妙な違和感を感じながら、
自分で決めた午後7時まで、片づけを続けた。
>> 364
次の日も、また次の日も、
私は敦史の家へ行き、片付けを続けた。
片付けている途中、一冊のアルバムが出てきた。
中を開くと、敦史の子どもの頃からの写真が綴じられていた。
そこでも、違和感を感じた――洋史君の写真が殆どない。
洋史君が写っているのは、敦史と一緒の写真だけだった。
以前の敦史の言葉を思い出す――「母親に邪険に扱われてる」
もし、洋史君がそうなら、このアルバムを見る限り、
敦史はとても愛されている。
きっとお母さんが撮ったであろう、その写真は、
どれも皆、笑顔と愛に溢れた写真ばかりだった。
ページをめくる度に大きくなっていく敦史の写真を見ながら、
たまらなく敦史が恋しくなった。
小学校高学年、中学生・・・
枚数は少なくなっていくが、私の知っている敦史に近づいていく――
でも何だか、写真の雰囲気が変わってきた。
そう、写真の敦史には笑顔が無くなっていた――
>> 366
そこに立っていたのは、紛れもなく
敦史だった。
私は喜び、敦史の元へ――
だけど、視界から、ゆっくりと敦史が消えていった。
「加世!」
敦史の声だった・・・。
「あつし・・・」
私の視界は、真っ暗な闇に包まれた――。
目を覚ました時、私は病院のベットの上にいた。
「よかったぁ」
寄り添っていた母親が、涙をながした。
「わたし・・・」
「倒れたのよ。睡眠不足と栄養失調ですって」
私の腕には点滴が刺されていた。
敦史が居なくなってから、食事は殆ど喉を通らず、眠れてもいなかった。
「ここには?」
「同級生が連れてきてくれたのよ。薄井くんって言ってたわ」
敦史、本当に帰ってきたんだね・・・。
「彼は?」
「もう帰ったわ。あなたの事、本当に心配していたの。
後で連絡してあげなさい」
涙が出そうになった。
たまらなく、敦史に会いたかった。
>> 368
「敦史・・・」
敦史は私を中に引き寄せ、ドアが閉まった瞬間に
きつく抱きしめた。
「体、冷たいじゃねーか!」
「――」
敦史は私を抱き上げ、ダイニングのイスに座らせると、
毛布を持ってきて包むようにし、
ストーブを私に向けたり、重ねる布団を運んできてくれた。
「敦史、側にいて」
何かをしようとしていた敦史は、戻ってきて
私の前に座り、私の冷えた手を両手で包んだ。
「大丈夫か?」
敦史の心配した眼差しに心が揺れた。
「どうして・・・
どうして、突然消えたりしたの?」
「・・・・・」
「私・・・」
涙が溢れ、言葉にならなかった。
敦史は私を無言で抱きしめ、
頬と頬が触れ合った私たちは、
どちらからとなく唇を合わせた。
>> 369
敦史は、私にかけた毛布を投げ捨て、
キスをしたまま私の服を脱がせていった。
裸になった私を、抱き抱えると、
自分の部屋のベットへ運び、自分も服を脱いだ。
私たちはちょうど一週間前のようにお互いの体を求め合った。
私の冷たかった肌は、敦史の体温で暖められ、
あつい程に熱を帯びていった。
欠けていたピースが一つ、また一つと埋まっていく様に、
敦史は私の体の隅々まで愛撫し続けた。
ストーブの灯火と、荒い息づかいが続く部屋で、
何一つ言葉を発することなく、
私たちは一つになった――
敦史は、まだ繋がったまま
顔をあげ、私をみつめた。
「他の男と寝ないで――
俺ももう、しないから」
その真剣な眼差しに、私は頷くのではなく、
敦史の首に腕を回し、引き寄せてキスをした。
敦史も深く激しいキスで答えた。
>> 372
ひどいお酒の臭いに包まれ、派手な毛皮姿の敦史のお母さんが現れた。
「あら、久しぶり」
一瞬にして敦史の顔と体が強張った。
私は慌てて服を身につけた。
キツイ香水の香りも漂わせ、ふらつきながら自分の部屋へ行くと、ベットに腰を掛けて、こちらを向いた。
「ねぇ、あっちゃん、足揉んでくれない?」
「よせ…」
それは、抵抗ではなく、警戒した答えだった。
「なーに?私が疲れた時は、いつも揉んでくれるじゃない」
敦史は全身を強張らせたまま、お母さんの前にひざまずき、ふくらはぎを揉みだした。
まるで、旅行の時、私にしてくれた様に…
「あ~気持ちいい」
お母さんはそう言うと、敦史の頭を撫でた。
「…やめろ」
敦史が小さく言う。
でも敦史のお母さんは、敦史を愛おしむ様に撫で続けた。
「やめろって言ってんだろ!」
手を振り払われたお母さんは異様な眼差しで私を見た。
>> 376
私は涙を隠すように、布団を被った。
「気分は?大丈夫?」
「うん」
「後で食べなさい」
そう言ってお母さんは、私の傍らにやってきて
おかゆと飲み物をサイドテーブルに置いた。
「この間の男の子――薄井くんが、タクシーで
連れてきてくれたの。彼、ずっと謝っていた。
もうあなたには会わないって言ってたわ」
私は布団を頭まで被った。
また涙が溢れてきた――。
「加世子は、彼のことが好きなの?」
「・・・うん」
私は布団の中から、涙声で頷いた。
「加世子が好きになった子なら、素敵ないい子ね」
私は布団の中で、声を出して泣いた。
お母さんは静かに部屋を出て行った。
『私、過去の敦史がどんなだろうと気にしないよ。
私が知ってる目の前に居る敦史が好きだから』
前に美咲に言った言葉が蘇った――。
心からそう思ったんだ。
それが、私の本心――
>> 379
「加世さん、痩せましたね」
隣に座った洋史君が、私の顔を見て言った。
私は苦笑するしか出来なかった。
敦史が最初に消えた日から半月、
体重は3キロ落ちた。
「最初――警察から帰ってから居なくなった時は、
携帯も留守電だったけど繋がって、兄貴から、
東京に居るって連絡があったんです。
でも、今は携帯を変えちまったのか、全く繋がらなくて――」
洋史君は、歯痒い感じに唇を噛んだ。
「あの女がニィの金を盗んで男に貢いだりしたから!
今まで俺たちはずっと、あの女には振り回されっぱなしなんだよ!!」
話しながら、洋史君は怒りから語尾を荒げたけど、
隣の私を見ると、謝るように小さく頷いた。
「あの女は男が居る間は殆ど、帰ってもこないし、平和で――
でも、男が切れて、酒飲みだすと最悪なんです・・・」
敦史もそんな事を言っていた気がする。
この間も、ひどいお酒の臭いがしていた。
>> 380
「一、二年前は平和だったんだ。
家庭訪問に来た、ニィの担任をあの女がうまい事引っ掛けたから、
ニィも落ち着いたっていうか・・・」
私は洋史君の顔を見つめ、首を傾げた。
洋史君は思い出すように笑み、
「中学時代の兄貴は、めちゃくちゃだったんです。
でも、それは全部あの女のせいで・・・」
「・・・・」
「兄貴、加世さんと付き合いだしてからは、
ビックリするくらい変わったんです。
一途で、何だか幸せそうで・・・」
「――」
「だから、ニィのこと、信じて待っていてください!」
洋史君の話に胸が熱くなった。
泣きそうだった・・・・。
「今、敦史が連絡を断っているのは、
知られたくない秘密を、私が知ってしまったから・・・・」
洋史君はぼんやりと私の顔を見つめた。
「それって・・・・・
あの女とのこと?・・・」
>> 383
洋史君と別れ、家路につきながら、
私はぼんやりと敦史との過去を思い出していた。
『早く家を出たいんだ』
高一の夏休み、図書委員の仕事をしながら、
卒業後東京へ行くことを初めて聞いた日、
敦史が呟いた一言が思い出した――。
お母さんの話を一切しなかったのも、
女が香水をつけるのがキライと言ったのも、
母親を求める少年の映画をつまらないと途中で見るのをやめたのも、
たまに見せた、イラついた表情や、寂しそうな顔も・・・
――敦史と一緒にいて、腑に落ちないと感じた過去の出来事全て、
答えが分かった私は、自分の不甲斐無さに、涙が出た。
一番近くにいて、一番に敦史を見てきて、
彼がずっと苦しみ悶えていたことに、
何故、気づけなかったんだろう・・・。
私が少しでも寂しいと感じた時、
敦史は必ず側にいてくれたのに――。
家の前で空を見上げると
キレイな満月が浮かんでいた。
『離れていても、今、同じもの見てるじゃん――
――加世が俺を想ってる時、俺も加世を想ってるよ』
私は耐え切れず声を出して泣いた。
私はずっと敦史を想っているよ。
敦史も、私のこと想ってくれてる?――
>> 385
髪を短く切り、少し痩せた敦史は、
やってきて田瀬君の近くの席に座った。
式の間中、かすかに見える敦史の髪を見ていた。
敦史は動くことなくずっと前を見ていた。
式が終わり、卒業生が退場していく――
先に退場していく敦史の名前を
思わず叫びそうになった――
私は敦史から目を逸らさずに、その影が見えなくなるまで見送った。
その後クラスのHRを終え、みんなが在校生や先生と交流する中、
私は敦史のクラスへ向かった。教室に敦史の姿はもうなかった。
私は田瀬君を見つけ、敦史の事を聞いた。
「卒業証書もらって、もう帰ったよ」
私はお礼を言って、踵を返した。
「真中!敦史、今日は電車だって」
田瀬君の声に私は手を振り、学校を後にし、
駅へと急いだ。
>> 388
声を荒げた敦史は、自虐的に笑った。
「10歳の時からだぜ」
「――」
「フフ、最初はそれが当たり前だって思ってたんだよ――
母親とやるのが・・・
だんだん、普通じゃないって、狂ってるって分かって、
ハハハ・・・中学時代は付き合った女、言い寄ってくる女、
家に持ち帰ってやりまくったよ。
男が切れた母親に誘われりゃ相手してやった――」
苦しくて言葉が出ない。
涙だけが溢れて止まらなかった。
「悪かったな、お前の処女、こんな変態男が貰っちまって」
「・・・・敦史」
「でもそこらの下手な野郎よりは感じてもらえただろうな、
女が喜ぶテクは母親直伝だから」
「敦史!・・・もう、やめて。
お願い・・・やめて・・・。
私は、今の敦史が、本当の敦史じゃないって分かってるから」
「やめるのはお前だから!」
>> 390
部屋に入ると、そのまま腕を引っ張られベットに投げ飛ばされた。
体を起こそうとしたところを敦史に覆いかぶされ、
制服を剥ぎ取られた。
「敦史、やめて!」
遮るように口を唇で塞がられ、
敦史も自ら裸になった。
自分でしごいて硬くすると、私の片足を腕にかけ、
開かれた秘部に挿入した――
激しく、冷たく「グッグッ」と突き上げられる。
「イャ!・・・・ヤッ!・・・」
悲しくて痛くて、涙が止まらない――
なのに、体の奥で感じている自分もいた。
自分勝手に腰を振り、絶頂が近づいて動きが早くなる――
「ンン・・・」
敦史はそのまま私の中に出した――。
- << 393 付き合っていて、一緒に居て、 切ない位に恋しくて、愛しくて、 何度、私たちの体が溶け合って一つになれたらいいと思ったことか・・・ 今、彼に溶け入ることが出来たなら、 彼の苦しみを一緒に背負えるのに―― 泣き疲れ、私の上で眠ってしまった敦史の寝顔は、 とても安らかで、天使のようにキレイだった・・・・。 私は敦史の髪を撫でながら、また涙が溢れ、声を押し殺して泣いた。 そして、この時が、永遠に続けばいいと願った――。
>> 394
ホテルを一人で出ると、外は雨が降っていた。
周りに傘の屋根が出来る中を、
私はただ呆然と歩いていった。
誰かに支えて欲しかった――
寄りかかりたかった――
『誰か』の答えは、たった一人なのに、
私は心も体も拠り所を無くしてしまった・・・。
「アレ・・・加世子ちゃん?」
名前を呼ばれて、ぼんやり視線を向けると、
コンビニから傘をさして出てきたスーツ姿の男性――
陽介さんが私に近づいてきた。
「・・・・」
「加世子ちゃん?
――どうしたの、その格好?!」
私が握り締めていた、破れたブラウスの首元に気づいた陽介さんは、
自分の上着を脱いで、私にかけた。
「車で来てるから、乗って」
そう言って、路肩に寄せていた車の助手席に私を乗せ、
車を発進させた。
>> 395
走りながら、雨が強くなってきた。
雨粒を追いかけるようにワイパーが忙しく動いていた。
陽介さんは真っ直ぐ前を見据え、ハンドルを握っていた。
「これだけは答えて。
――襲われたの?」
「・・・・いいえ」
陽介さんは私を一瞥し、その後は何も聞かなかった。
そして、泊まっているというホテルの部屋に私を連れて行った。
「シャワー浴びて、これに着替えなよ」
「・・・・・」
ルームウェアを渡され、私が戸惑っていると、
陽介さんは声を出して笑った。
「大丈夫だよ、とって食べたりしないから」
そういうと、バスルームから離れて行った。
私は、バスルームのドアを閉め、シャワーを浴びた。
シャワーを浴びている途中、
脱衣所のドアが開いた気がした。
一瞬、体を緊張させたが、
すぐに出て行く音がした。
体を洗っていく――
私の中に残っていた敦史の痕跡が、
太腿を伝っていった・・・。
初めて、避妊されなかった。
不安や苦しみではない――
もう、頭も心もいっぱいで、何も考えられなかった。
>> 396
バスルームを出ると、トレーを持った陽介さんが、
入口ドアから入ってくるところだった。
「ごめんね、勝手にブラウス持ってったんだけど、
外れたボタンと破れたところ、直してもらえる様に頼んだから。
あと1時間位、ここで待ってなね」
さっきの物音はブラウスを取りにきたんだ。
「これ飲みな」
そう言って陽介さんは、トレーに乗せてきたカップを、目の前のテーブルに置いた。
私はソファーに座り、それを口に運んだ。
「・・・美味しい」
温かいハーブティだった。
向かい側に座った陽介さんは、そっと微笑んだ。
落ち着く紅茶の香りと、陽介さんの行き届いた気遣いに
心が癒され、自然と涙が出た。
陽介さんはそんな私を、包み込むような優しい眼差しで、
真っ直ぐに見つめた。
「他人だから、話せることもあるんじゃない?
――聞くよ」
>> 397
その言葉に私は、思わず声を出して泣いていた。
ずっと誰かに聞いて欲しかった――
今にも壊れてしまいそうな心の内を、
堰を切ったように打ち明けていた。
ただ頷いて聞いてくれていた陽介さんは、
私が全てを話し終えると、目の前から手を伸ばし、
包み込むように私の頬に触れた。
「よく、我慢してたな。
今まで一人で、辛かったろ?」
また、涙が溢れた。
今、陽介さんが居てくれた事が有難かった。
そうしている内に、縫製されアイロンまで掛けられたブラウスが
部屋に届けられた。
私は制服に着替えるため、脱衣所に入った。
「加世子ちゃん」
ドアのすぐ外で名前を呼ばれてドキッとした。
「・・・はい」
「加世子ちゃんが、色々話してくれたから、って
訳でもないんだけどさ――」
私は急ぐようにして着替えた。
「俺、今度結婚するんだ」
「え?!」
>> 399
帰り、陽介さんは車で送ってくれた。
その車中で、
「明日、向こうの家へ挨拶に行く為にこの街に来たんだ」
と話してくれた。
そして、家の前の公園に着いて車を止めると、
「会社用とプライベート用」
と言って、名刺を2枚渡された。
「こんな風に加世子ちゃんに会ったのも、
縁あってのことだろうし――
今日みたいにどうしようもなく吐き出したくなったら、
連絡しておいでよ」
私は渡された名刺に視線を落とした。
少し、戸惑っていた・・・
陽介さんは、これから結婚する人だから、
頼っちゃいけない・・・。
「話し聞くだけなら、浮気にはならないだろうし」
陽介さんは、私の心を見透かすように
微笑みながらそう言った。
>> 400
私は名刺を手にしたまま、車を降りた。
「ありがとうございました」
陽介さんが首を傾げて、私を見た。
「最後にちょっとだけ俺の本音吐かせてよ」
私は運転席の方へ回った。
陽介さんは、窓を全開にして腕を乗せ顔を出した。
「いっぱい遊んで、もっと色んな男見な。
せっかくフリーになったんだから」
「・・・・・」
「加世子ちゃんに合う男、他にも絶対居るから」
「・・・・・」
「今はまだキツイかもしれないけど、
時が解決してくれる、ってアレ、本当だから」
「・・・・・」
「――って、言うことありすぎ?」
照れたように笑った陽介さんに、
私もつられて笑っていた。
少しでも、笑う事が出来たのが嬉しかった。
すると陽介さんは、微笑みを消し、
真剣な眼差しで私を見た。
>> 403
翌日私は、自分の意思というより、心の奥の声に従うように、
敦史の地元に向かった。
敦史のアパートの前まで来たけど、
敦史のお母さんに会ったらどうしようかと、
近づくのを躊躇していた。
その時、隣の部屋のドアが開き、
中年の女の人がゴミを持って出てきて、私に気づいた。
私が思わず頭を下げると、
その女の人はゴミを捨てて戻ってきたところで
私に体を向けた。
「敦史君ねぇ、昨日の夜遅くに、荷物運び出してったわよ」
「そう・・・ですか」
女の人はそのまま部屋へ入っていった。
私は敦史の部屋のドアノブに手を掛けた。
すると、ドアに鍵は掛かってなくて、ゆっくりと開いた。
中に人の気配は無かった。
台所やお母さんの部屋はそのままだったけど、
開けられた戸の向こう――敦史の部屋に荷物が無いのが分かった。
私はその光景を、ただぼんやり見つめていた・・・・・。
>> 405
昨日敦史はここら辺に投げたんだ。
線路脇には細い溝があり、その横は雑草が生茂った小さな空き地だった。
高い鉄柵を越えなければ線路には入らない。
だから、溝に落ちたか、この空き地の中にあるはず・・・
私は必死になって探した。
敦史との思い出を――敦史との繋がりを失いたくなくて・・・
途中、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。
私は気にする事なく探し続けた。
「何やってるの!」
振り向くと、傘をさした老女が立っていた。
「探し物なんです」
「なにをぉ?」
「ストラップ・・・携帯電話に付ける、キーホルダーみたいなものを」
「キーホルダー?」
「みたいな、はい」
その老女は困った顔をした。
「ここ、私の土地なのよぉ」
「す、すみません」
「雨降ってるし、また今度にしたら?」
「・・・はい」
私は何も言えず、空き地から出た。
老女は傘を私の頭にもさしてくれた。
「キーホルダー、見つけたらとって置くわ」
「ありがとうございます・・・
明日も来て、探していいですか?」
私の問いに、老女は困った顔ながらも、
仕方ないというように、うんうん、と頷いた。
>> 407
ゴミの中の枯れ木の枝に、見覚えのある形――
私は、用水路の中を濡れることなど気にせずに渡った。
そして、絡まったソレをほどいて、手に乗せた。
「あぁ・・・」
涙がこみ上げてきた。
間違いなく、探していたストラップの一つ。
シルバーのチャームは黒くくすんで、濡れていたけど、
敦史が持っていたストラップだった。
「あらぁ、ねぇ!危ないわぁ、やめてやめてー!」
上を見上げると老女が下を覗き込んでいた。
私はストラップを持って、上へと上がった。
「なんて格好!ほんとに・・・」
老女の声に私は泣き笑いしながら、
ストラップを見せた。
「これ、見つかったんです」
「あら、良かったぁ」
「あと、もう一つ」
「もう一つ?!」
「はい。明日、また探します」
>> 408
老女も泣きそうな、困った顔をして、笑った。
「はあぁ、そんなに、大切なもんなのぉ?」
「はい」
老女は呆れながらフフフと笑って私を見た。
「手袋とか、長靴とか、用意してきてねぇ」
それから私は、老女の了解のもと、毎日来て探したけれど、
もう一つはなかなか見つからなかった。
そして、明日から駐車場にする工事が始まる最後の日。
関東全域を春の嵐が襲うという予報通り、
日中でも、暗く重い雲が空を覆っていた。
どぶ水をさらい、ごみの中まで探したけど、
やはり、ストラップは見つからなかった。
雨が降ってきて、寂しそうな顔の老女が上から顔を見せた。
「加世子ちゃん、もう、終わりにしな」
私は、その言葉に従うしかなかった。
そして、上へ上がろうと、階段の手すりに手を掛けたとき――
>> 409
ポケットに入れてあった携帯が鳴った。
『種元美咲』
美咲からの着信――出ようとしたら、切れた。
開くと、美咲からの着信2件と、留守録も入っていた。
私は、留守録を聞こうと、携帯を持つ角度を変えた――その瞬間、
「あっ!」
携帯電話が私の手からすべり落ち、
用水路の水の中へと落ちた――
急いで救い拾ったけど、携帯の電源は入らず、
画面は暗いままだった・・・。
『ピー。
加世!陽ちゃんが・・・、陽ちゃんが結婚するって!
――結婚しちゃうって!!あぁ・・・・陽ちゃんが・・・ピー』
この留守電を聞けていたなら――
美咲にすぐに連絡していたなら、きっと何かが違ったはず・・・・・。
上空の暗雲は、美咲の居る東京の空も覆い、
その時、春の嵐をもたらしていた――。
>> 410
帰宅してから、自宅の電話から美咲の自宅に電話をし、
美咲のお母さんに事情を話して、美咲の携帯番号を教えてもらった。
自宅の電話から美咲の携帯に電話をしたが、電源を切っているのか
繋がらなかった。
翌日も何回か電話をかけたが、やはり繋がらなかった。
『用があるなら、きっとまたかけてくるだろう』
私はそう考えることにして、
新しい携帯に、敦史がつけていたストラップを付け、
美咲の携帯番号を登録した。
そして、季節は4月――
私は地元の大学に通う大学生になった。
新しい環境、新しいキャンパス、新しい顔ぶれ――
再スタートを切るには最適な場所だったけど、
やはり、私の心は会えない敦史を引きずったままだった。
入学式を終え、キャンパス内を歩いている時だった――
「あれぇ――?」
>> 411
向かいから、私の顔を覗き込むようにやってきた女の子・・・
「ああ」
私はびっくりした。
その女の子は、満面の笑みで私を見ていた。
「やっぱりぃ!敦史の彼女だぁ」
女の子らしい巻き髪に、色白でぱっちりの目をした
その女の子――アオイさんだった。
「どうして?」
「私?ここの学生だもん」
私は思わず絶句した。
「私ね、遺伝かもしれないけど、結構頭いいんだよ」
アオイさんはあっけらかんと言って笑うと、
あらたまった様に前で手を組んで頭を下げた。
「水沢アオイです」
「ま、真中、加世子です」
「そっか、敦史もカヨって呼んでたもんね、可愛い名前だね」
「・・・アオイちゃんこそ」
「そう?やっぱり?よく言われるんだぁ」
私はすっかりアオイさん・・・
アオイちゃんのペースに乗せられていた。
「私が付き合ってた子たち、おバカな子ばっかでねー、
誰もこの大学に来てないの~、寂しくて・・・。
だから、カヨちゃん、仲良くしよーう!」
このペースに乗せられたまま、
大学生活を送ることになるとは、思ってもみなかった。
>> 412
アオイちゃんとは学部も同じで、
一緒に行動することが増えていった。
アオイちゃんのご両親はお医者様で、アオイちゃんは一人っ子、
敦史の元彼女同士・・・私たちはあらゆる共通点があった。
「敦史ってインテリ女が好きだったのねぇ」
アオイちゃんは悪びれることなく言うのが得意だ。
最初に話しておくと、アオイちゃんは、
決して悪い子ではない。
ただ、かなり独特な性格をしている、と思う。
一言で言えば・・・いや、言えないけれど、
とにかく、あっけらかんとしていて、何も考えてない?能天気?
あと、かなり打たれ強い性格だと思う。
でも、言うことに悪気はなく、純粋とも思えた。
私は嫌いじゃなかった。何度、この性格に救われただろう・・・。
「敦史に襲われたの~?」
>> 414
佐藤君は髪が少し伸び、何だか男らしい顔つきになった気がした。
「同じ大学だけど、なかなか会えないな」
「そうだね」
理系の佐藤君とは利用する校舎も違った。
「サークル、どこかに決めた?」
「ううん、まだ検討中。佐藤くんは?」
「俺も検討中なんだけどさ・・・
真中、天文サークルとかってどう?」
「天文かぁ、星見たりするの、いいね」
「そっか。じゃ、候補に入れといて」
「うん」
そう話して、佐藤君は、私の隣のアオイちゃんに気づいた。
「どうもー」
アオイちゃんは首を傾げてにっこりと微笑んだ。
佐藤君も頭を下げ、
「じゃあまたな」
と笑んで、去っていった。
私が見送っていると、
「彼、カヨちゃんに気持ちありありだね」
「え?!」
>> 415
「暗に天文サークルへ誘ってきたしねぇ」
「佐藤君も検討中だって言ってたじゃない」
「ソコ信じるとこじゃないでしょーう。
何より、私みたいな可愛い子が一緒に居るのに、
一瞥するだけなんて、ありえないもーん」
「ハハハ・・・」
自分の可愛さを十分理解している
――これもアオイちゃんの乗りだ。
「何だか敦史とは真逆だけど、
カヨちゃんにはお似合いってカンジー」
そうだね・・・
敦史と佐藤君は全く違う。
その時、敦史の姿が頭に浮かんだ――
私は切ない気持ちで携帯のストラップに目線を落とした。
「カヨちゃーん!戻ってきてー」
アオイちゃんの声に顔を上げた。
アオイちゃんは、ニコニコッと頬杖をつきながら、
「今度、合コンあるんだけど、一緒に行こうね」
と、可愛らしくウインクをした。
>> 416
アオイちゃんと一緒に居ると、話題に敦史がよく出てきて、
忘れることなんて出来なかったけど、
天真爛漫に話すアオイちゃんのお陰で、
敦史の事を重く引きずる事なく済んでいた。
ある日、私は以前美咲から聞いた話しをアオイちゃんにしてみた。
「『バージンキラー』って?それ、本当だよ」
「え・・・。でも、アオイちゃん、敦史と付き合ってたんでしょ?」
「仕方ないじゃなーい、敦史モテモテだったんだもーん。
私も、敦史に言い寄ってった側だし、
彼女にしてもらえただけでも、優越感だったなー。
他の子とやらないでーなんて言ったら、彼女降格されちゃうでしょ」
「・・・・・」
めちゃくちゃだったという敦史の中学時代が垣間見えた気がした。
その背景には、敦史のお母さんとのことがあったんだ・・・。
勿論、そのことはアオイちゃんには話せない――。
>> 420
翌日、落ち込んだ気持ちを引きずり、大学へ行くと、
ファッション雑誌を見ていたアオイちゃんが、私に気づいて声を掛けてきた。
「ねぇ、このモデルの子って、加世ちゃんの地元出身なんでしょ?」
開いたページには、美咲が載っていた。
「うん。高校も同じだったよ」
「そうなんだぁ。可愛いけど、ガリガリだね。
――見る?」
アオイちゃんから受け取った雑誌を見ていたら、
美咲の声が聞きたくなって、
私は席を離れ、携帯から電話をかけた。
携帯をダメにした時、着信があったけど、
繋がらなくて、そのままにしてしまい、
ちょっぴり気になっていたんだ。
呼び出し音が鳴る――
『カチャ――もしもし・・・』
>> 421
「美咲?」
『・・・加世?』
「うん」
久しぶりに聞く美咲の声に、心が躍った。
「今、大丈夫?」
『仕事中だけど――ちょっとなら大丈夫』
美咲は場所を移動した様だった。
「3月に着信あったのに、連絡できなくてゴメン。
携帯、水に落としちゃって――何だった?」
『ああ・・・。ううん、大したことじゃなくて。
――加世、今大学通ってるの?』
「うん。美咲は、仕事頑張ってるみたいだね」
『うん、まぁね』
その後、少しの沈黙――
共有する話題が見つからなかった。
だからかもしれないけど、私は、
「私ね、敦史と別れて・・・」
『そう・・・』
「今、敦史、女の人と暮らしてるんだって」
誰かに聞いてほしかった胸の内を話していた。
>> 422
『・・・加世、忘れた方がいいんじゃない?』
「え・・・」
美咲にも言われ、何だか、力が抜けていく気がした。
『私も、陽ちゃんのこと忘れたもん』
「あ・・・。聞いた?結婚のこと」
『加世も知ってたんだ』
「偶然、陽介さんに会って、その時に・・・」
美咲はため息をついた。
『私も、もう他に居るの。
加世も一人だけ過去に生きていないで、前向いた方がいいんじゃない?』
「・・・・・」
その時、電話の向こうで美咲の名前を呼ぶ声がした。
『じゃあね、私仕事だから』
「うん」
電話は切れた。
敦史も美咲も、陽介さんも、
みんな新しい道を進んでいる・・・
私ひとり、過去を生きているんだ・・・
私はひどい脱力感におそわれていた。
>> 423
「かーよちゃん」
そんな私の元に、ニコニコとアオイちゃんがやってきた。
「今晩の合コン!医大生だよん、行こーう?」
アオイちゃんは頻繁に合コンに誘ってくるけど、
今まではずっと断っていた。
「・・・うん」
「え!ほんと?ヤッター、じゃあオシャレして行こうねー」
明るいアオイちゃんに、私は微苦笑しながらも、
救われた気分だった。
前に進みたいと思った。
その日の帰り、私は天文サークルへ入会の手続きに向かった。
部屋には、佐藤君が居て、私を見ると、ちょっと驚いた顔をしたけど、
すぐに、クッシャと目をなくす彼らしい笑顔に変わった。
入会後、佐藤君と一緒に部屋を出た。
「ちょっと諦めてかけてたんだ。真中、来ないから」
「ごめんね。色々あって・・・」
「真中・・・あの彼氏とは?」
「うん・・・別れたの」
「そっか・・・」
>> 424
その後、佐藤君は話を変えて、
相変わらずの話上手で、私を笑わせたり、驚かせたり、
佐藤君と話していると、飽きることがなく、
落ち込んでいることを忘れられた。
その晩、アオイちゃんと一緒に合コンへ向かう前に、
お化粧を直しにデパートのトイレに寄った。
入念にお化粧をするアオイちゃんの隣で、私は
「忘れろ」とばかり言われると愚痴ではないけど話していた。
「人に忘れろーって言われて、忘れられるもんじゃないよねー」
鏡に向かって、たっぷりとマスカラを塗るアオイちゃんを、
私はボンヤリと見つめた。
「無理して忘れることないんじゃない?」
鏡越しに、いつもの様にあっけらかんと言ったアオイちゃんの言葉に、
私の目から涙がこぼれ落ちた。
「カヨちゃーん、泣かない泣かない!
せっかくのお化粧が台無しー」
私はティッシュで叩くように涙を拭った。
みんなが「忘れろ」という。
でも私は、忘れられないでいた。
『無理に忘れなくていい――』
その一言を、私は欲しかったんだ・・・。
>> 426
合コンに参加して、色んな出会いを経験したけど、
「この人」と思える相手には出会えなかった。
何度かアオイちゃんは、合コン途中で意気投合した男の子と消えてたけど、
「イマイチだったー」
と翌日話すのが常だった。
「敦史みたいにHの上手な人居ないかなぁー」
「アオイちゃん!?」
TPO考えずに話すアオイちゃんには、こっちがハラハラしてしまう・・・。
「敦史を知ってる私たちって、嫌でもハードル高くしちゃうよねぇ。
あーあ、敦史の外見とHテク+優しくて、お金持ち!って人居ないかなぁ」
「・・・・・」
アオイちゃんの敦史ネタの殆どは、Hの事ばかり・・・。
アオイちゃんが過去に経験した人の中では敦史が一番だったと言う。
でも、それを、私に話す?!普通聞きたくないでしょ?
「だって私たち、敦史に処女を捧げた者同士、姉妹みたいなものでしょ?
隠す必要ないじゃなーい」
――私の抵抗なんて、アオイちゃんには蹴散らされてしまうだけだった。
>> 427
夏休み、天文サークルの合宿に参加することになった。
合宿は天文観測に適した山奥で、日中はキャンプみたいにみんなでワイワイ過ごし、
夜は、望遠鏡で夜空の星たちを眺めるといったものだった。
サークルの仲間たちは、みんないい人ばかりで、
いつも楽しく過ごしていた。
でも気づくと、私の隣には佐藤君が居て、
その場の雰囲気を楽しいものにしてくれてるのも、彼だった。
その夜、私は佐藤君と二人で天文観測をした。
「ほら、あの雲のようなのが天の川」
「わぁ、初めて見た」
本当に夜空を横切る美しい川の様だった。
望遠鏡で見ると、それは、無数の星の集まりだった。
「天の川を挟んで、ベガとアルタイル――織姫と彦星だよ」
「本当に離れてるんだね・・・」
その二つの星は、天の川によって隔てられていた。
>> 428
「織姫と彦星は夫婦だって知ってた?」
「知らなかった」
ずっと、恋人同士の話かと思っていた。
「二人は出会う前、機織と牛飼いの仕事をまじめにやっていて、
引き合わされた途端、相手に夢中になり過ぎて、
それぞれの仕事を全くしなくなってしまったんだ。
そのせいで、離れ離れにされてしまって、
年に一度、七夕の日にだけ会うことが許されたんだって」
「へぇ・・・」
夫婦という絆があるからか、
離れていてもお互いを想い合っている、
その二つの星を、私は少し、羨ましい気持ちで見上げていた。
「寒くない?」
「ちょっと、冷えてきたね」
佐藤君は自分が羽織っていたパーカーを脱いで、
Tシャツ一枚の私の肩にかけてくれた。
「ありがとう・・・。
佐藤君の彼女になった子は幸せだね」
今までずっと、佐藤君を見てきての本心だった。
佐藤君は私の顔を見て、また目線を外した。
>> 431
「俺、何かした?」
私は俯いて、首を横に振った。
「じゃあ、何で避けてんの?」
「ごめんね・・・」
「ごめんじゃ分からないよ。言ってくれたら、なおすし。
俺、真中に嫌われることしたかな、って考えてるんだけど分からなくて・・・」
私は佐藤君の為と言いながら、こんな変な状況を作って、
佐藤君を悩ませていることにショックを受けた。
そして、ありのままに話した。
「俺が勝手に想ってるの迷惑?
好きな気持ちなんて、そんな簡単に無くならないよ」
佐藤君に言われて、私はハッとした。
私も敦史に対して同じ気持ち、同じ立場にいるから・・・。
「彼女になってとか、強制する気はないよ。
ただ、今までと同じように、付き合っていければ、
それでいいんだ」
佐藤君はそう言って優しく微笑んだ。
私も頷いて笑った。
>> 434
「応援させてもらってもいいかな」
私の言葉に、顔を上げた由実ちゃんの目からは涙がこぼれた。
知れば知るほど、由実ちゃんは純粋でとてもいい子だった。
だから、佐藤君と由実ちゃんがうまくいけばいいなぁと、
陰ながら心から思っていた。
ある日の帰り、正門前で、佐藤君が私を呼んだ。
「あのさ、俺、由実ちゃんと付き合うことにしたよ」
「ほんと?おめでとう」
「ああ・・・」
佐藤君は少し考えてから、私を見た。
「俺、今でも真中が好きだよ」
「――」
「でも、由実ちゃんと付き合って、彼女のいい所
いっぱい見つけてったら、真中への気持ちも、
自然と思い出になっていくんじゃないかって、そう思ってる」
「――うん」
「だから真中も、前に進んでみろよ」
「・・・・・」
「俺、応援してるから」
佐藤君はそう言って、いつものように
優しく微笑んだ。
>> 436
「陽介さん!」
車を邪魔にならない所へ寄せている陽介さんの元へ
行こうとした私の腕を、アオイちゃんががっちりと掴んだ。
「すごーい、いい男~!久しぶりにゾクゾクしちゃったんだけどー」
「陽介さんは既婚者だよ」
「えー、じゃあ不倫になっちゃうのかぁ」
「アオイちゃん?!付き合う前提で話さないで」
そうしている内に、スーツ姿の陽介さんが車から降りてきた。
「久しぶり、元気だった?」
「はい。陽介さんも元気そうで」
その時、アオイちゃんが、私の服をツンツンと引っ張った。
「あ、彼女は友達の――」
「水沢アオイです。よろしくぅ」
アオイちゃんはとっても可愛らしく名乗った。
「鳴海です」
陽介さんは、余裕の表情で答えると、
「今日夕飯一緒に食べない?
良かったら、アオイちゃんも」
「ハイ!是非」
いの一番に返事したのはアオイちゃんだった。
>> 438
お酒も飲める開店したばかりのお店に私とアオイちゃんを降ろすと、
陽介さんは、一旦会社へ戻ってくると言って去っていった。
「カヨちゃーん、私陽介さんタイプー」
アオイちゃんは甘えるように私の肩に寄りかかった。
「結婚してるって言ったでしょ?」
「ソレはソレ、コレはコレでさ」
アオイちゃんに常識は通じないのは分かっていたけど、
本気で、陽介さんを口説きにかかりそうな勢いのアオイちゃんを見て、
私は何だか落ち着かない気持ちになった。
「先に確認しておくけど、カヨちゃんは、
彼と、どういう関係なのぉ?」
「何の関係もないよ。
以前は友達の彼だったの」
そうだった。陽介さんは、美咲と付き合っていたんだ。
前に美咲は陽介さんを忘れたと言っていたけど、
高校時代、あんなに好きだった陽介さんを、
キレイさっぱり忘れることができたのだろうか?
私はまだ、敦史を引きずっているというのに・・・。
その時、陽介さんがお店に現れた。
>> 439
「お待たせ。歓迎会、明日にしてもらって抜けてきた」
陽介さんは爽やかに笑うと、三角形のテーブルの一辺に座った。
「早いけど、始めちゃおうか。好きなの頼んでいいよ」
「飲んでいいですかぁ?」
アオイちゃんが、甘えるように聞くと、
陽介さんは、ハッとした顔で私を見た。
「そうか、もう飲める年になったんだ」
「21でーす。カヨちゃんはまだハタチだけどね」
「へぇ、大人になったんだね」
陽介さんは、微笑んだ。
「陽介さんはおいくつなんですかぁ?」
「今年29」
「へぇ、大人の男性ってカンジで、素敵」
「もう親父だよ」
何だか二人のノリに乗れなくて、
私は黙って、メニューを眺めた。
すると、陽介さんは私の持っていたメニュー表を
取りあげて閉じた。
「飲めるようになった加世子ちゃんに、
飲んでほしいのがあるんだ」
そう言うと、店員を呼び、
飲み物や食べ物を注文した。
>> 442
その後、陽介さんの車で、アオイちゃんを自宅まで送った。
私は泥酔しているアオイちゃんを、抱きかかえながら、お母さんに引き渡した。
「ごめんなさいねぇ、
もぉ、アオイちゃんったらぁ――本当にごめんなさいねぇ」
何度も謝られて、逆に恐縮しながら、私は陽介さんの車に戻った。
「まだ9時だし、二人で飲みなおそうか」
「はい」
私も、陽介さんと話したい気分だった。
車で移動する途中、敦史がバイトしていたピザ屋や
ストラップを探した場所が駐車場になっているのを横目に見ながら、
何とも言えない寂寥感に包まれた。
駅から然程離れていない、
ビルの階上のバーに入った。
私はバーが初めてで、何だか、その薄暗くオシャレな雰囲気に
ソワソワとしてしまった。
>> 445
「子どもがいたら、違ってたかもしれないけどね・・・」
「・・・・・」
私は何も言えなかった。
少なくとも、陽介さんは傷ついていると感じたから。
「これでも傷心中なのにさ、別れてすぐに
元妻の地元に出向なんて、酷い話だろ?」
陽介さんは、笑いながら顔をしかめた。
私も、それに微笑んだ。
「それで?加世子ちゃんは、
あの後彼氏できたの?」
「いいえ」
「ダッメだなぁ!遊べって忠告したのに」
「フフフ、遊べはしなかったけど、
合コン行って、色んな出会いは経験しましたよ」
「で?いい男が居なかった?」
「うーん・・・こう、ビビッとくる出会いは無かったです」
「フフ、最初から元彼と比べちゃってるんだ」
「そんなこと・・・」
「あるよ。加世子ちゃんは、あまりにも幸せな思い出に逃げてるんだ」
少し微笑んだまま私を見て言った陽介さんを
私はただ、見つめ返した。
>> 446
「俺、一人で海外に行って思ったけどね、夫婦でも恋人でも、
想いあってるなら、側に居ないとダメだわ」
「――」
「どんなに愛していても、
離れていると、その想いは風化していっちゃうんだ。
生身の人間だから、心も体も手を伸ばした所で欲しくなる――
寂しいけど、それが普通でね」
「――」
「加世子ちゃんは止まったままでも、
向こうはどうかな?」
陽介さんの言葉が、やけに身に沁みた。
前に洋史君から聞いた、敦史が女の人のところに居るという事を、
夢のように捉えていた。
あんな別れ方をされておきながら、
私が敦史を想っている時、敦史も私を想ってくれていると、
今もまだ、そう信じていたんだ。
>> 447
その後、陽介さんとは色んな話をした――
と言っても、ほとんど私の話を聞いてもらっていたのだけど、
あの日、全てを聞いてもらった陽介さんには、
安心して、何でも話すことができた。
その日の帰り、いつものように、車で送ってもらった。
途中、美咲の家を通り過ぎたとき、
「美咲には会いましたか?」
と思わず聞いていた。
「イヤ、結婚するって話した日が最後かな。
その後、酔って電話をかけてきたりしたけど、それも最初の頃だけで――」
「そうですか・・・」
「きっと、俺よりいい男見つけたんだろうね。
仕事も頑張ってる様だしね」
陽介さんが、過去の事と割り切っているのが、
羨ましい半面、寂しくも思えた。
「なに?」
そんな私に気づいた陽介さんが、横目で見て聞いた。
>> 448
「深く付き合って、家族同然、自分の体の一部とまで感じた相手を、
別れたから、『ハイ他人です、関係ないです』って
切り捨ててしまうのが、寂しいなって・・・
あっ、陽介さんの事を言ってるんじゃなくて――一般的に・・・」
「俺も同感」
家の前の公園に着き
陽介さんは家と反対側の道に車を停め、
ハンドルに前かがみに凭れた。
「でも、別れって、悪いもんじゃないって思うよ」
「・・・・・」
「別れがあるから次の出会いがある――ってね」
顔だけを向け、陽介さんは微笑んだ。
そしてそのまま、ジッと私を見つめた。
「下心感じる?」
「フフ、いいえ」
「おおありだよ」
その瞬間、私はドキッとして、困ったような
照れたような気持ちで目線を落とした。
>> 451
携帯番号を教えてから、陽介さんからは度々連絡があった。
でも『魔のコール』なんてことはなく、
必ず私が受けられる時間にかけてきてくれて、
そんな所でも、陽介さんの気遣いが感じられた。
「今晩空いてる?」
「特に予定はないです」
「じゃあ、一緒に飯食おう。20時に駅前の――」
そんな風に、いつも食事や飲みに誘ってもらった。
私の性格か、レジ前でいつも財布を出しては断られていたけど、
いつも驕ってばかりいるのに気が引けていた。
そんな私に、陽介さんは
「じゃあ、千円貰おうかな。どのお店でも千円。
安くても、釣りは俺が貰うから」
と言って、千円札を受け取ってくれた。
勿論、千円以下で収まるお店なんてなかったけど、
私は少しでも出すことで、落ち着かない気持ちがおさまっていた。
でも、これも、陽介さんの気遣いだってことを、
身に沁みて感じていた。
>> 452
陽介さんは仕事上がりで待ち合わせの場所に来るまでの時間、
持参した雑誌や本を見て待っていた。
「ごめんね」
その日も、陽介さんは少し遅れてやってきた。
「いいえ」
私が見ていた雑誌を仕舞おうとすると、
「加世子ちゃんって、その雑誌よく見てるよね」
と、陽介さんが手を伸ばし、私は見ていた雑誌を渡した。
「こういうの好きなんです」
それは、外国の生活を写真で紹介している雑誌で、
インテリアや料理、生活の風景まで、写真で綴られていた。
「海外に興味がある?それとも写真?」
「知らない風景や、インテリアや雑貨に、心惹かれるんです。
こんな素敵なのがあるんだぁ・・・って、見ているだけで
ワクワクするっていうか」
「へぇ・・・」
陽介さんは、雑誌を閉じて裏面を見ると、
そこを私に見せた。
「加世子ちゃん、就職先ここにしたら」
「え?」
そこには大手出版社名と住所が載っていた。
>> 453
「『好きこそ物の上手なれ』じゃないけど、
加世子ちゃん合うんじゃない?」
3年生になって、就職先を真剣に考える時期になっていたけど、
出版社――考えてみたこともなかった。
「東京都千代田区・・・」
「うちの本社の近くだね」
「でも、こんな大手・・・私には無理ですよ」
「最初から無理って思っちゃ、可能性つぶすだけだよ。
若いうちはね、『情熱』と、あとは『当たって砕けろ』の精神も必要だよ」
その日、陽介さんと話した私の中に、編集者になる夢が根差した。
陽介さんのアドバイスで、色々勉強したり、興味も膨らんでいった。
でも、仕事内容と同じくらい『東京』という土地が、
私の決意を固いものにした。
陽介さんも3ヶ月経てば戻る東京。
美咲もいる。
そして、敦史も――。
>> 454
3年生も終わりに近づき、
陽介さんが東京へ戻る日が近づいたある日のことだった。
いつものように、大学へ行った私の元に、
めずらしく、アオイちゃんが神妙な顔つきで近づいてきた。
「カヨちゃん」
「うん?」
「敦史のお母さんが亡くなったって」
「・・・・・」
私は言葉の出ないまま、アオイちゃんの顔を見つめた。
「地元の噂では、アパートで倒れて亡くなったまま、
数日間みつからなかったみたい。お酒が原因の突然死だって・・・」
あの、お母さんが・・・死んだ・・・。
私の頭の中は、呆然としていた。
「それで今、お葬式とかで敦史が帰ってきてるって」
私はアオイちゃんの目を見つめた。
アオイちゃんは真剣な眼差しのまま、見つめ返した。
私は込上げる衝動に急き立てられるまま、
教室を飛び出し、大学を後にした。
>> 455
電車で敦史の地元の駅へ行き、
後先考えずに敦史のアパートへと向かった。
私の胸は、先を急いだ乱れではなく、
敦史に会える――ただそれだけの思いに高鳴っていた。
アパートの前まで来て、私は少し離れた場所に立ち止まった。
外からは、何ら変わった所もなく、
その中で葬儀が行われている様子も見られなかった。
その時、アパート前に一台のタクシーが来て停まり、
中から黒の上下を着た、隣の部屋の女性が降りてきた。
「あ、あの・・・」
思わず駆け寄って声を掛けた私に、
その女性「ああ」という顔をした。
「直葬だったから、公共の斎場に行ってたの。
敦史君たちは収骨して、戻ってくると思うわ」
そう言って、斎場のパンフレットを私に渡すと、
手持ちの塩を肩にふりかけ、疲れたように部屋の中へ入っていった。
私は、出発しようとしていた、女性が乗ってきたタクシーを止め、
パンフレットの斎場まで行ってくださいと運転手さんにお願いした。
>> 456
10分程で目的地に着いたけど、自分の格好が普段着で、
形振り構わずこんな所まで来てしまった事に戸惑い、
斎場に入る前でタクシーには停まってもらった。
どうしよう・・・ここに居ても不釣合いなだけだ。
私は冷静になり、運転手さんに引き返し下さいと、告げようとしたその時――
斎場の正面玄関に、敦史とその後から桐箱を持った洋史君が出てきた。
私は思わず、タクシーを降りた。
黒のスーツを着た敦史は正面玄関の脇で、タバコを吸いはじめた。
髪を短く整え、男らしく、精悍な顔つきになった敦史をただ見つめながら、
会えなかったこの3年近くの想いが、一気に込上げてきて、
私の目からは、涙がドッとあふれ出た。
ああ・・・ずっとずっと、会いたかった人――
他の誰でもない、私はずっと敦史を求めていたんだ。
その時、周りを見渡した洋史君が私に気づいて、動きを止めた。
そんな洋史君に気づいた敦史が、
ゆっくりと、こっちに顔を向けた――
>> 457
目と目が合った瞬間、時間が止まるようだった。
付き合っていた頃の、『二人だけの空間』が生まれたかの様に、
ほんの数秒間、私と敦史は目を離さずに見つめ合っていた。
敦史の顔がかすれて私は涙を拭った。
すると、私を見ていた敦史はタバコを灰皿に落とし、
やってきたタクシーに視線を移して、洋史君の後に続いて乗り込んだ。
私は敦史の姿を見失わないように目で追っていた。
タクシーは道に出る前に、私の目の前で停まった。
ガラス越しに敦史がいた。
叩けば、窓を開けてくれるかもしれない――
でも見つめるしか出来なかった。
淡い期待を抱いていたが、敦史は、さっきの様には私を見てくれなかった。
まるで私がこの場にいないように、ただ前を見ていた。
タクシーがゆっくり動き出す。
洋史君が小さく頭を下げる仕草をしたけど、
敦史は、最後まで私を見ることなく、遠ざかっていった。
>> 458
私は待たせていたタクシーに乗った。
「どこに行きます?」
「・・・元の場所へ、お願いします」
私は運転手さんに答え、座席に深く凭れた。
涙を出し尽くしたのか、酷い脱力感に襲われながら、
窓の外の風景を眺めていた。
そして、私は冷静に敦史の事を考えていた。
私を見ようとしなかった敦史は、
別れた時の激しい拒絶ではなく、
3年の月日を経て、私の存在を風化させたような顔をしていた。
敦史にとって私は、もうとっくに過去のものなんだ――。
『あまりにも幸せな思い出に逃げてるんだ――
加世子ちゃんは止まったままでも、向こうはどうかな?』
陽介さんの言葉が頭をよぎって、自嘲気味に笑った。
「すみません、やっぱり駅に行ってください」
私は運転手さんに行き先の変更を告げた。
>> 459
駅に着きタクシーを降りた場所で、私はぼんやりと立ち尽くしてしまった。
納得したはずなのに、まだこの街に敦史が居ると思うと
気持ちがざわついて、このまま電車に乗って帰るなんて出来なかった。
周りを見回すと、駐車場が目に入った。
そこは3年前、必死にストラップを探した場所――
私はゆっくりと、そこへ歩いていった。
コンクリートが敷き詰められ、コイン駐車場になっていた。
ぼんやりと、案内板に目をやる――
と、下の方にビニール包装されたチラシのようなものが貼り付けられていた。
『落し物のキーホルダーあります 家主』
「!」
それを見た私は、そのチラシを剥ぎ取った。
そして、周囲を見回して、真新しい時計店を見つけると、
そこへ走っていった。
>> 461
そう言って、女性は店の奥へ消えると、
小さな紙袋と封筒を持って戻ってきた。
「どうぞ」
私は女性からその二つを受け取った。
「おばあちゃん・・・私の母ですけどね、毎日工事に付き合ってたのよ。
地面を掘り起こしている時に出てきたって。そりゃもう、大喜びで――」
紙袋を開けると、中に透明な袋に入ったストラップが出てきた。
ずっと、私の持っていたストラップ。
シルバーのチャーム部分は少し黒ずんでいたけど、
「A to K with』
の文字もはっきりと見えた。
私の顔は綻び、同時に涙が込上げてきた。
「おばあちゃん、2年前になくなったんだけど――」
「――」
「あなたがきっと来るからって、こうして用意したものを、
自分のベット脇にずっと置いていたの」
私の目から涙がこぼれ落ちた。
女性は私の背中を抱いて、優しく微笑んだ。
「本当に良かったぁ、
宝物、見つかって良かったわね」
>> 462
私はお店を出たところで、『かよこ様』と書かれた封筒を開封し、
中の手紙を読んだ。
『かよこ様
前略ごめんください。
キーホルダー、見つかりましたよ。
この手紙を貴方が読んでいるなら、私の願いは叶った。
そして、あなたの願いも叶ったわね。
もしも、このキーホルダーに込める願いがあるなら、
それも叶う気がしますよ。
毎日探し続けた貴方のあの真っすぐな思いさえあれば・・・
これからの貴方の人生が幸多きものでありますように――
かしこ 家主』
私はその手紙を読み、見つかったストラップを見ながら、
思わず声を出して泣いていた。
ストラップに込める願い・・・
『A to K with』と刻まれた文字そのものだった。
その時、私の携帯が鳴った――
>> 464
駅に向かう間、付き合っていた高校生の敦史ではなく、
さっき目に焼き付けた敦史の顔が浮かんだ。
出来ることなら、今現在の敦史の声が聞きたかった。
話してみたかった――。
まるで、片思いの相手に抱くような想いに、
胸は高鳴り、敦史の姿を探した。
切符を買い、改札口を抜け、
東京行きの鈍行電車が停まっていた、ホームへと降りた。
ホームから車内の端から端まで探して歩いたけど、
敦史の姿は見つけられなかった。
その時、向かいのホームに特急電車が入って来た。
ゆっくりとスピードを落としていくその先頭のホームに
黒いスーツ姿の敦史が――
「敦史!」
その姿は特急電車の陰に消えた。
私は踵を返して、階段を駆け上がり、
敦史のいたホームへと走った。
>> 467
沢山涙を流したけれど、思い出ではない今の敦史に会えて、
敦史に聞こえてなくても、素直な想いを吐き出せて
私の心は軽くなり、晴れやかな位だった。
その二日後、陽介さんが東京へ戻る前日に、夕飯に誘われた。
「今日は飲む」という陽介さんとオシャレな居酒屋に入った。
「引越し無事に済んだんですか?」
並んで座り、サワーを飲みつつ陽介さんに聞いた。
「うん。全部お任せでやってもらったよ。
だから、今日はホテル泊まり」
陽介さんはジョッキのビールを口に運んだ。
「寂しくなっちゃいますね」
陽介さんはニコッと笑って隣の私を見た。
「東京おいで。卒業したらね」
「できれば・・・」
「俺は加世子ちゃん来ると思ってるよ。
決まったら、住む所も探してあげるよ」
「エヘヘ、ありがたいな――
私、ずっと陽介さんに頼りっぱなしですね」
「フフ、頼られて悪い気しないよ。
俺ね、情に訴えられると結構弱くてね」
「フフフ」
いつものように、楽しい時間を過ごし、
私たちは、陽介さんの泊まるホテルのバーで
飲みなおすことになった。
>> 468
それぞれお酒を味わいながら、
フイに陽介さんが私の顔を見つめて微笑んだ。
「今日会った時から思ったんだけど、
加世子ちゃん何かいいことあったの?」
「え?どうしてですか?」
「何か、いい女の顔してる」
「ハハ」
私は微笑んだまま、手元のカクテルを見つめた。
「――敦史に、会えたんです」
「――」
それから私は、敦史が帰ってきていた経緯から、
最後、ホームで見送ったまでを話した。
陽介さんは空いたグラスをすかさず、新しいお酒と交換しながら、
黙って聞いてくれていた。
「恋したい気持ちが高まっていた時だからか、
敦史に会って、いま又、一目惚れした気分なんです」
私も、色んな味のお酒を飲んで、ほろ酔い気分で浮れていた。
陽介さんは、その時手にしていたバーボンのグラスを一気に空けた。
「3ヶ月間、男見る目養わせたつもりだったけど、
無駄だったな――」
陽介さんは笑顔のない冷めた眼差しで私を見た。
「酷いことされたの、忘れてないよね?」
「・・・・・」
「今、女と住んでるんだろ?
加世子ちゃんは過去の女なの、目さましな」
>> 469
「分かってますよ。片思いみたいなもんです」
陽介さんは、タバコに火をつけた。
タバコを吸わない人が居ると、席を外して吸う人だ。
それに、私の話しに、こんな反論するのも初めて・・・
陽介さんは、いつも余裕ある態度で話を聞いてくれたから、
私は何でも話すことができた。
いつもと違う陽介さんに、私は少し戸惑っていた。
陽介さんは、フッと笑って、バーボンのグラスに手をかけた。
「母親の呪縛から解放されたのに、
抱きしめてもくれなかった男だよ――」
「陽介さん?飲みすぎですよ」
陽介さんは、息を吐きながら俯くようにして笑った。
「今、無性に寂しい気分だよ」
「・・・・・」
「――加世子ちゃんと、こんな風に会えなくなる」
私を横目で見つめた陽介さんの眼差しに
私はドキッとしながらも、平静を装った。
>> 470
「今は私と頻繁に会っているから、そう思うだけです。
東京に戻ったら、私のことなんて忘れちゃいますよ」
「そんなこと言うな」
命令口調にまたドキッとした。
「就活、サポートさせてもらうし、随時、連絡よこせよ」
「はい」
私は笑みを作って小さく頷いた。
陽介さんを、初めて男性として意識した瞬間だった――。
その後すぐ、時間も遅かったので、
私がトイレに立ったのと同時に帰ることになった。
トイレの鏡の前で、お酒で赤らんだ頬を
水で冷やした両手で押さえた。
波打った心の中までは冷やすことが出来ず、
私は、フゥーと息を吐き、トイレを出た。
細い廊下を歩いていく――
「加世子ちゃん」
陰になったスペースから陽介さんが現れ、
私は手を掴まれ、引き寄せられた次の瞬間――
>> 472
ホテルの玄関を出た所で、陽介さんは軽く手を挙げ、少し離れた所で常駐していたタクシーを呼んだ。
後ろをついていた私の腰に手を回し、隣に立たせると、
「一緒に乗ったら帰せなくなりそうだから止めておくよ」
と、前を見たまま言った。
こんな風に男の人に抱き寄せられたのが初めてで、私は身を固くしたまま、促されるようにタクシーに乗った。
「隣町までーー」
そう言って陽介さんは運転手さんに5千円札を渡した。
その時私は、やっと我に返った。
「大丈夫です」
「いいから」
「あっ、千円」
気が動転しながら財布から出した千円札を、陽介さんは笑顔で受け取った。
そしてドアの上に手を掛け、覗き込む様に私を見た。
「就活で上京する時は、必ず連絡しろよ」
「…はい」
陽介さんは最後に微笑むと
「お願いします」
と、運転手さんに言って、ドアを閉めた。
>> 473
動き出したタクシーの中から、後ろを振り向くと、
陽介さんは見えなくなるまで、見送ってくれていた。
お酒に酔っていたとは言え、
敦史以外の人と、初めてのキス――
敦史に気持ちがあるのに、体は別の感覚で反応していた。
私は、17歳の時に敦史に満たされた体の欲を
感じずにはいられなかった・・・。
陽介さんが東京本社へ戻ったあと、私は最終学年へと進んだ。
私は両親に、
「東京の出版社へ就職を希望している」
ことを話した。
両親はまず反対し、話し合う内に、通いならオーケーと言い、
最後には根負けする形で、了承してくれた。
「採用になったらよ」
あくまでも、第一希望の東京の出版社に採用されたら、
東京で一人暮らし。ダメなら地元で就職という約束をした。
>> 477
この公園は、敦史との思い出がありすぎる。
だから、ずっと来ていなかった。
のどかなカモの姿を、私は微笑んで見つめた。
「俺と付き合ってみない?」
この場所で、そう言われて付き合い始めたんだ――
ファーストキスも、まだ明るい日中にキスをしたことも、
「薄井加世子になりますかの」
と、ドキリとしたプロポーズも鮮明に思い出された。
私は、買ってきた写真集を袋から出して、ゆっくりと捲っていった。
深い海底に光が射している――
今、敦史の心には、光が射しているのだろうか?
お母さんが亡くなって、苦しみから解放されたのだろうか?
側に居られず、ただ想像するだけの敦史の心が、
どうか、安らぎに満ちていますように――
幸せでありますように――
心からそう願った。
愰読者の皆様へ愰
こんばんは、作者です。
好き勝手に書き綴り、長くなりました、お詫び申し上げます珵お付き合い下さった方々、心から感謝いたします炻
実は主人公が社会人になってからのストーリーを書きたくて始めたもので、これまでがプロローグ(前提)になります珵
「長すぎじゃい!」
とのお怒りの言葉も含め、率直なご意見やご批判、アドバイスなどをお気軽に頂けますと嬉しいです↓
http://mikle.jp/thread/1305455/
しばしの休憩をはさみ、新しく「コイアイのテーマ†main story†」を構成も考えつつ、書いていこうと思います。
頑張りたいですーー昀
完結できますようにーー昀昀
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作者より
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