注目の話題
女前の画像見つけた 女性の方意見求む
家の鍵をかけない人いますか?
夫が毎週、高齢の母の家へ。何だか嫌な気持ちに…。改善策は?

コイアイのテーマ

レス481 HIT数 49741 あ+ あ-

Saku( SWdxnb )
10/05/18 22:44(更新日時)

誰にでも、たった一人、
忘れられない人が居るハズ…


私にとって、彼は、
かけがえのない
大切な人。


淡くて、霞んでしまいそうな日々は、
キラキラ輝いた思い出の日々でもあったー

No.1259632 10/02/28 00:51(スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿制限
スレ作成ユーザーのみ投稿可
投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.1 10/02/28 01:10
Saku ( SWdxnb )

東京に就職が決まった私は、地元の大学を卒業し、上京して一人暮らしを始めた。

実家からも通えなくはない。片道2時間位かかっちゃう…。
両親も、この物騒な時代に、一人娘の一人暮らしには未だに大反対だけど、ホントに申し訳ないし、私も不安で一杯だったけど、

私は大学に入った時から心に決めていた。

卒業したら東京にー
希望の仕事もあって、
そして、彼の住む東京に行くんだってー

No.2 10/02/28 01:31
Saku ( SWdxnb )

>> 1 彼との出会いは高校時代ー。

一年生の真新しい教室で、「真中加世子」と名前が貼られた窓側の席に着いた私は、かなり緊張していた。

地元の共学校だったから、同じ中学で顔見知りの子もチラホラいたけど、不器用な私は、積極的に話しかけるなんて出来なかった。

No.3 10/02/28 01:44
Saku ( SWdxnb )

>> 2 「かーよ!」

名前を呼ばれて廊下の方を見ると、スタイル抜群で端正な顔立ちの女の子がニコニコと手を振っていた。

「美咲~」

私は席を立って、泣きそうな気分で美咲の元へ行った。

「クラス離れちゃったね、私C組だって」

「えー、そうなのぉ?」

美咲がC組と聞いて、更に心細くなった。

「だけど教室隣でしょ、どうせ顔バンバン合わすよ」

美咲は無邪気に笑って言った。

No.4 10/02/28 01:53
Saku ( SWdxnb )

>> 3 美咲とは、中学2、3年と同じクラスで、今では大親友だ。

とは言え、最初の頃は、グループも別で話したりもしなかった。
美咲は見るからに華やかで一目置かれるタイプだったし、私はいたって普通で、真面目タイプ(今も変わらないけど…)。

そんな私たちが仲良くなったきっかけは、クラスでおこったイジメだった。

No.5 10/02/28 02:10
Saku ( SWdxnb )

>> 4 中2の最初の頃、美咲は派手目なグループの中にいたけど、いつしか単独行動をするようになっていた。
後から聞いたら、グループ内で根も葉も無い噂話をされたとの事だったけど、美咲は一人でも堂々としていて、イジメには発展しなかった。

問題は美咲が抜けた後のグループ内で、それまで中心だった女の子がイジメのターゲットになってから。

最初は彼女も反省すべき、って感じだったのかもしれない。でも明らかに彼女が変わった後も、イジメは陰湿な方向へと進んで行った。

No.6 10/02/28 02:27
Saku ( SWdxnb )

>> 5 ある日休み時間に一人ぼっちで座る彼女は、離れた所から浴びせられる悪口に俯いたまま堪えていた。

私まで「もういいじゃん、十分じゃん」と心が痛くなった。
当時クラス委員だったせいか、眠っていた正義感が働いたせいなのか、次の瞬間私は、彼女の席の前に座って、持っていたお菓子を差し出した。

「一緒に食べよ」

彼女は驚いた顔をしていた。クラス中もシーンとなった。
私はドキドキしてきた。

「ねぇ私にもちょうだい」

そう言って隣の席に座ってきたのが美咲だった。

私は美咲にもお菓子を渡して一緒に食べた。

彼女は声を押し殺す様にして泣いていた。

No.7 10/02/28 14:18
Saku ( SWdxnb )

>> 6 その後、クラスのイジメは無くなって、私と美咲は仲良くなった。

中3のある日、美咲と思い出話をしていた時、

「あの時私が行かなかったら、加世が次のターゲットになってたね」

「えー!なんで?」

私はぞっとして美咲に聞いた。
美咲はクールな視線を向けてきた

「加世はお人よしっていうか、世間知らずだよね。人間なんてズルくて、汚いもんだよ」

「……」

「でもまっ、それが加世らしいんだろうけどさ」

笑って明るく言い返されたけど、私は引っ掛かったままだった。
傷ついたってより、美咲の人間不信が。

No.8 10/02/28 14:28
Saku ( SWdxnb )

>> 7 でもそんな美咲を見る事は、それ以降無かった。

美咲は私には無いものをいっぱい持っていて、一緒に居るのが楽しかった。

中3時代、美咲は私と同じ高校に行きたいと、かなり勉強を頑張った。

私が理由なばかりじゃないだろうけど、二人ともに合格できて本当に嬉しかった!

今までずっと一緒にいたから、クラスが離れてしまったのはショックだった。

No.9 10/02/28 14:41
Saku ( SWdxnb )

>> 8 「じゃあ、私行くね」

「うん…」

美咲がC組へ戻っていくと、すれ違うようにして、ヒョロっと細身な男の子が教室に入ってきた。

自分の名前を探しながら歩いていたその人の後ろを、私は窓側の自分の席に帰ろうとついていった。

いつまでたってもその人は私の前を歩き、そして立ち止まった席は、私の前の席だった

「薄井敦史…うすいあつし」

私が彼の机の名札を確認した時、彼は横目で私を見た。

No.10 10/02/28 14:52
Saku ( SWdxnb )

>> 9 冷めた表情なのに、切れ長の瞳は、凄くキレイだった。

私はドキッとして、目線を外すのが精一杯。
ドギマギと彼の後ろの自分の席に着いた。


これが、彼ー
敦史との最初の出会いだった。

今考えると、敦史が私を見たあの瞬間から、恋していたのかもしれない

あんなにキレイな瞳をした人、初めて会った。

No.11 10/02/28 20:42
Saku ( SWdxnb )

>> 10 高校生活が始まってみると、席が前後という事以外、敦史との接点は殆ど無かった。

敦史は無口な方だったけど、友達が多くて、その仲間はクラスの中心だった。

私はいつも3人組で、やっぱり真面目と言われていた。

休み時間も敦史は自分の席に居る事が多くて、だから男女の仲間の子らが集まってくるのが常だった。

私も席に残っていた時には
目の前の賑やかで楽し気な会話に交わる訳もなく、全く別世界の人達に感じていた。

No.12 10/02/28 21:16
Saku ( SWdxnb )

>> 11 敦史は、授業中や一人で居る時に、頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めていることがよくあった。

まともに話した事はなかったけど、そんな敦史はとても身近に感じられた。

最初はそう…

席替えするまでの2ヶ月間、私的な会話はなく、「好き」なんて感覚もあったのか、無かったのか……?


話す様になったのは、臨時の図書委員に敦史が任命されてからだった。

No.13 10/03/01 18:04
Saku ( SWdxnb )

>> 12 図書館が新設される事になり、各クラスの図書委員が旧図書室で本の整理をすることになった。

1学期の放課後から始まって、夏休みも当番制で登校する事に。

図書委員は私と相田君。

でも相田君は1学期が終わると親の転勤で海外へ引越してしまい、代わりに、担任が指名したのが、何の委員にもなっていない敦史だった。

No.14 10/03/01 18:06
Saku ( SWdxnb )

>> 13 敦史はバイトを許可されていて、ピザ屋で働いている様だった。

「放課後は無理でも、夏休みの日中なら学校に来れるだろ」

「はい」

担任の言葉に、敦史は文句を言うことなく素直に返事をした。

No.15 10/03/01 18:12
Saku ( SWdxnb )

>> 14 「何すればいい?」

振り向くと図書室の入口から敦史が近づいてきた。

「あ、あぁ…」

私は作業を止めて、敦史を自分達の持ち場に案内した。

「この棚の本の埃をはらって、この台にアルファベット毎に置いてから、番号順に並べていくの」

「分かった」

敦史は早速話した通りに作業を始めた。

No.16 10/03/01 19:51
Saku ( SWdxnb )

>> 15 敦史は淡々と作業を進めていった。

真面目にやってくれないんじゃないかって、考えていた自分が恥ずかしくなった。

フと気付くと、敦史の居る場所に太陽の日差しがあたっていた。

「あの…」

「ん?」

「暑くない?」

私は窓を指差した。

「あぁ、暑いっていうより、眩しいかな」

私は窓のブラインドを下ろした。

「ども」

敦史は小さく頭をコクりと下げた。

No.17 10/03/01 19:55
Saku ( SWdxnb )

>> 16 敦史は積み重ねた本の前で、動きを止めた。

「…あの、どうかした?」

「これさ、アルファベット後の番号、結構抜けてるんだよな」

「うん。抜けてる番号は後でパソコンで貸出中か検索するから、メモしておくの。でも、行方知れずも多いんだ」

「勝手に持ってかれてんだ」

「そうなのかな…」

「ーー真中って」

「ん?」

見ると、敦史が真っ正面から私を見ていて、ドキッとした。

No.18 10/03/01 20:19
Saku ( SWdxnb )

>> 17 どうせ又『真面目』って言われるんだって思った。

でも違った。

「真中ってーー
気が利くよな」

「え?」

意外な言葉にア然としてしまった。

「さっきから、困ったっ瞬間に声掛けてくれてるっしょ」

No.19 10/03/01 21:37
Saku ( SWdxnb )

>> 18 「そう…かな…?」

顔をそむけて作業に戻ると、敦史も作業をしながら続けた

「でももっと、はっきり言った方がいいよ」

「……」

「そういう性格、イイと思うし」

「……」

私は手が止まってしまった。
体が暑くなった。きっと顔も赤くなってるはず…

でも敦史は平然と作業を続けていた。

No.20 10/03/01 22:06
Saku ( SWdxnb )

>> 19 夏休み中、敦史は毎日の様に図書室に来た。

バイトでほんの1時間しか作業が出来ない時も、大雨の日も、死にそうな位暑い日も、ちゃんとやってきた。

その間、色んな話しをして、敦史は自分の事も話してくれた。

母子家庭で、2歳下にヤンチャな弟がいること。
仕事で不在がちなお母さんに代わって、ご飯を作っている事。
将来は料理人になりたいって事。
東京の専門学校に行くために、バイトして少しでもお金を貯めている事。

「学校は東京じゃないとダメなの?」

と聞いたら

「早く家を出たいんだ」

と、ちょっと沈んだ声で答えた。

No.21 10/03/02 12:19
Saku ( SWdxnb )

>> 20 私も自分の事を話したけど、一人っ子で、両親は夫婦で歯科医をしている事と、『マンタ』っていうビーグルを飼っていること。

そのマンタは10年生きていてもう老犬なんだって位しか話題がなかった。

そんなつまらない話しにも敦史は

「なんでマンタなの?」

と、のってきてくれた。

「うちに来たとき耳が異様に大きくて…」

「マンタみたい、って?」

私が頷くと、敦史はクックッと笑って

「平和ー」

と言った。

No.22 10/03/02 13:01
Saku ( SWdxnb )

>> 21 「平和ー」

と敦史にはよく返された。

そう言いながらも無邪気な笑顔にはイヤミがなくて、一緒に話していても心地良かった。

別世界の人だと思っていた敦史を身近に感じ、いつしか会うのを楽しみに作業に向かう自分がいた。

No.23 10/03/02 18:41
Saku ( SWdxnb )

>> 22 夏休み作業が終了した日の帰りだった。

「腹減ったー。真中は?」

と聞かれ、

「うん、ちょっと減ってる」

と答えた。
もう夕方近かった。

「何か食べてかない?おごるからさ」

「えっ、おごるなんていいよ!お金持ってるよ」

「小遣い5千円だろ?」

一ヶ月の小遣いの額も話していた…

「俺バイトしてるんだから」

「上京費用でしょ?無駄遣いしちゃダメだよ」

敦史はぐっと顔を近付けてきた

「かわいくねー」

「!……」

顔を離して、靴に履き変え敦史はチラリと振り向いた。

「高い飯なんておごんねーよ!ほら行くぞ」

私は顔を近付けられドキドキしたまま、慌てて靴を履き、敦史の後をついて行った。

No.24 10/03/02 18:57
Saku ( SWdxnb )

>> 23 敦史に連れて行かれた先は、ファーストフード店だった。

「遠慮しないで好きなものを好きなだけ頼んで」

そう言ってニヤケタ敦史に、私も笑んで

「じゃあ遠慮なく」

と、安心してお気に入りのセットを頼んだ。

先に席に座って待っていると、敦史がトレーを持ってやってきて、目の前に座った。

「とりあえず、作業完了に乾杯だな」

又ふざけた様に笑って、私たちはコーラの入ったカップを合わせた。

No.25 10/03/02 23:39
Saku ( SWdxnb )

>> 24 セットに追加のハンバーガーをガツガツと頬張る敦史を見て、
こんな細い体のどこに肉が付くんだろうと思った。

私は食べた分の、そのまま、特に下半身に付くのがコンプレックスだった。

「ん?」

敦史は眺めていた私を上目使いに見た

「よく食べるのに、細くて羨ましいなぁ、って」

「体重はあるよ。骨太なんだ」

「敢えて聞かない。ーー聞かれない為に…」

敦史はまた無邪気に笑った

「全然太ってないじゃん」

「制服着てるから…隠れてるだけ。もう、大変なんだよ、はぁ…」

敦史は笑ったまま

「どんなに大変か見てみたいわー」

と言った。

No.26 10/03/02 23:54
Saku ( SWdxnb )

>> 25 その言葉を、変に意識してしまったのがいけなかった。

敦史もばつの悪そうな顔になり

「ーって、オイ!黙るなよ。冗談なんだから」

と初めて焦った顔を見せた。
それが可笑しくて笑うと、敦史も照れた様に笑った。

No.27 10/03/03 00:37
Saku ( SWdxnb )

>> 26 ちょっぴり高揚した気持ちの中で、私たちは携帯番号を交換した。

そしてファーストフード店を出ると、敦史は自転車を押して、これからバイトに行くと言った。

「ご馳走さまでした」

お辞儀した私に、敦史はニコッと微笑み

「図書委員やって良かったよ、楽しかった」

と言ってくれた。

No.28 10/03/03 00:39
Saku ( SWdxnb )

>> 27 「うん。私も、良かった」

「俺さ、この先も図書委員やろうかと思って」

「え?ーー放課後に貸出当番もあるし、バイトは?」

「何とかシフトを調整してみるけど…」

「ああ、大丈夫!」

私は敦史の話しを遮った。

「受付は私一人でも大丈夫だから」

…だから、
…一緒にやろう
…一緒にやりたい
って、心の中で叫んでいた。

敦史は自転車にまたがり

「サンキュな。ーーじゃ、9月に学校でな」

と言って、何度か振り返りながら去って行った。

No.29 10/03/03 19:18
Saku ( SWdxnb )

>> 28 数日後、2学期が始まった。
夏休み明けの教室では、見るからに、あかぬけた子がチラホラと見られた。
私は入学式のまんま…。

「ウース」

聞き慣れた敦史の声に、廊下側の席にチラリと視線を向けてみた。
パァーと何人かの仲間が敦史の元に集まって、楽しげに話し出した。

敦史は相槌をうちながら、教室内を見渡し、私と目が合うと、『ヨッ』と顔で合図した。

私も答える様に笑んだ。

その時…

No.30 10/03/03 19:31
Saku ( SWdxnb )

>> 29 「かよー」

廊下に笑顔の美咲が立っていた。
セミロングの髪は緩やかなパーマがかかり、膝上のスカートは細くて長い足を美しく強調していた。

入口に向かった私は思わず、

「美咲、何だか雰囲気違うー」

と見惚れながら言った。

「へへ、ちょっと頑張ってダイエットしたの」

「だからかぁ、凄くキレイ」

「フフ、ありがと」

はにかんだ美咲はキラキラしていた

No.31 10/03/03 20:07
Saku ( SWdxnb )

>> 30 美咲、何かイイ事でもあったのかな?
って考えた時、

「加世、夏休み中に何かあった?」

と美咲から言われた。

「無いよー。図書委員の仕事で連日学校来てたよ~」

「大変だったね~」

「美咲は?何かあった?」

「フフ、今度ジックリ話すよ」

美咲は満面の笑を残して、隣の教室へと入って行った。

イイ事、あったんだ…

今まで以上に女の子らしくキレイになった美咲を見て、『恋』かなって想像した。

私が席に戻ろうとした時、

「真中」

No.32 10/03/03 20:36
Saku ( SWdxnb )

>> 31 呼ばれた先には敦史がいた。
けど、私を呼び止めたのは敦史の隣に立つ田瀬君だった。
田瀬君は敦史と同じ中学で、クラスでも一番敦史と仲が良かった。

「真中って、種元さんと仲イイよな」

「うん。中学から一緒だから…」

「種元さんって、付き合ってる奴いる?」

あぁ、またか…
そう心で思った。

好奇心いっぱいの田瀬君とは反対に、敦史は平静な顔で私を見ていた。

「いるよ。大学生だって」

「まじかー!」

田瀬君は大袈裟な位に肩を落とし、仲間の皆から笑われた。

No.33 10/03/03 20:52
Saku ( SWdxnb )

>> 32 男の子に美咲の事を聞かれるのは慣れっこだ。

そして、返事はいつも
「大学生の彼がいる」

美咲から、そう答えてほしいと言われ、そうしている。

実際、美咲が誰と付き合ってるか私は知らない。

美咲は何でも話してくれるけど、自分の恋愛話だけはしてこない。

それ程、私は恋愛に疎かった…

No.34 10/03/03 21:24
Saku ( SWdxnb )

>> 33 「種元さんがフリーになったらソッコー教えてな」

田瀬君に言われ私は頷く様にして俯いた。
敦史とは話せるようになったけど、この輪の中に入るのは無理だ…。

「田瀬さ、夏休みに、彼女と別れちゃったんだって」

仲間の別の男の子が言う。

「え?あの沢高の?早くねぇ?」

敦史が少し驚いた声で聞き返すと、田瀬君はため息をついて

「2ヶ月。最初から合わないと思ったけど、体が合わなくって~」

私は自分の席へと向かった。

「ーーそういや敦史、昨日アオイに会ったぜ。お前に会いたいってさ」

No.35 10/03/03 21:39
Saku ( SWdxnb )

>> 34 田瀬君の言葉が鮮明に耳の中に入ってきた。

「ちゃんと連絡してやれよ。お前たちはまだ終わってねーだろ」


ぼんやり席に着くと
始業ベルが鳴り、
先生が入ってきた。



『アオイ』
『終わってない』

二つの言葉がグルグルと心の中をかき乱していた……

No.36 10/03/03 21:54
Saku ( SWdxnb )

>> 35 始業式も、その後のホームルームも上の空だった。

敦史に彼女がいない訳がない!
学校内でも人気があるし、それに仲良くなってよーく分かったけど、中身もイイもんね…
なーに私、傷ついちゃってんだか!
と、笑ってる自分と、

こんなに好きになっていたのか…
と、悲しくて泣きそうな自分がいた。

失恋した日に午前で帰れるのは助かるな…と、思いながら
昇降口で靴を履きかえていた時…

No.37 10/03/03 22:16
Saku ( SWdxnb )

>> 36 隣に靴を置く人…

横を見たら、

敦史が、同じ様に私を見ていた。

私は気まずく目線を外して、歩きだした。

「なぁ」

私の後をついて来ながら敦史が呼ぶ。
おもいっきり聞こえているけど…聞こえないフリをして止まらなかった。

「かーよ!」

生徒たちが行き交う中、大声で呼ばれ、思わずドキッと振り向いた。

「ーって、呼んでもいい?」
敦史は、私の弱い、無邪気な笑顔を見せた。

No.38 10/03/03 22:22
Saku ( SWdxnb )

>> 37 「いいけど…」

私は目線を外して答え、

「じゃあ…」

と去ろうとした。

「話しがあるんだけど」

敦史を見ると、笑顔は無くて、真っ直ぐに私を見ていた。

No.39 10/03/03 22:42
Saku ( SWdxnb )

>> 38 高校から自転車を押す敦史の後をついて行って、大きな池を囲む公園に着いた。
その間、敦史も私も何も話さなかった。

敦史は自転車を止め、ベンチに座った。

「…今日、バイトは?」

「夕方から」

何だろ、怒ってるのかな、不機嫌なのかな…
敦史の顔に笑顔は無かった。

「座ったら」

敦史に言われて、私はベンチに座った。

No.40 10/03/04 12:22
Saku ( SWdxnb )

>> 39 池の水辺をカモが泳いでいた。
その光景に緊張していた心が少し和んだ。

「アオイって…」

いの一番に核心を口にした敦史に、私は身を固くした。

「元カノ。(田瀬)勇介はまだ続いてるって思ってたみたいだけど、中学卒業する時に別れたんだ」

心と頭の中のぐちゃぐちゃを、ものの数分で敦史本人によってクリアにされた。

「加世に…」

私の下の名前を小さく呼んだ。

「…こんな話しするの、おかしいかもしれねーけど…」

私はやっとまともに敦史の顔を見る事ができた。
敦史も私を見た。

No.41 10/03/04 12:33
Saku ( SWdxnb )

>> 40 「付き合ってる奴いる?」

私は激しく首を横に振った。

「いないよ」

「そっか…」

又敦史は笑顔もなく一点を見つめた。
その横顔は、ちょっぴり怖い位だった。


「俺と付き合ってみない?」

「!…」

No.42 10/03/04 20:46
Saku ( SWdxnb )

>> 41 「加世が、嫌じゃなければだけど…」

敦史は真っ直ぐに私を見た。

怒っている様に見えたのは、それだけ真剣なんだと思った。


「嫌じゃ、ないよ…」

と言った。
言った瞬間、涙が出た。

驚きと緊張と、敦史を好きっていう気持ちが溢れる様に、涙が止まらなかった。

No.43 10/03/04 22:06
Saku ( SWdxnb )

>> 42 敦史は手を伸ばして、涙を拭ってくれた。

それでも涙は止まらない。
敦史は自分の胸に私の頭を抱き寄せた。


敦史の匂いがした。
細いと思っていたけど、胸板が厚いのが分かった。
凄くドキドキしたけど、
落ち着いていった。


「付き合ってくれる?」

敦史は耳元に顔を寄せて言った。

「ーーうん」

頷いて答えると、敦史は優しく抱きしめてくれた。

No.44 10/03/04 22:14
Saku ( SWdxnb )

>> 43 その数分間、恥ずかしくて顔を上げられないでいた。

「なぁ、見てみ」

と言った敦史の言葉に私は目を上げ、敦史が指差した先を見た。

「カモな」

「うん。フフフ」

穏やか過ぎる風景に私たちは一緒に微笑んだ。

「カモって加世に似てない?」

私は敦史の顔を見上げた。

「名前が?」

敦史はクックッと笑って

「そういう平和なとこがだよ」

と言った。

No.45 10/03/06 11:54
Saku ( SWdxnb )

>> 44 そのあと、私たちは手を繋いで、池の周りを歩いた。

敦史はちょっぴりハシャイで、色々と話してくれた。

映画が好きで、
「古い映画もDVDを借りてよく見てるんだ…
そうだ、今度一緒に映画見に行こうぜ」
とか、

「最近、数学が敵対してるよー。加世、今度教えてよ」
とか…

「うん」

私は頷きながら、ずっと微笑んでいた。

高校での敦史は16歳にしては落ち着いていて、クールに見えたから、私だけに見せてくれる無邪気な姿が嬉しかった。

No.46 10/03/06 13:10
Saku ( SWdxnb )

>> 45 夕方のバイトへ向かう時間ギリギリまでずっと手を繋ぎ一緒に居て、その日は別れた。

家に帰ったら、敦史からメールが届いていた。

「もっと話したかったよ

OKしてくれて、ありがとう

また明日学校でな!」

短い文面だったけど、何度も読みかえした。
そして返信しようとして、何度も書き直した。

「私も同じだよ。

バイト、頑張ってねp(^-^)q」

って悩み尽くして、そう返信した。

それから私は自分の部屋で、今日あった出来事をボーとなって思い出していた。

初めて出来た彼氏ーー
改めてドキドキしていた。

No.47 10/03/06 19:36
Saku ( SWdxnb )

>> 46 翌朝、始業ベルと同時に敦史は先生と話しながら教室へ入ってきた。

「席に着けー」

敦史を目で追うと、座った瞬間に私を見て、ニコッと笑った。

「…それから、今日から新しい図書館の利用が始まる。薄井が図書委員を続けてくれるという事だから、真中と二人で今日の放課後、委員の仕事に向かうように」

「はい」

私たちはそれぞれ返事をした。

No.48 10/03/06 19:53
Saku ( SWdxnb )

>> 47 放課後。
新しい図書館では、簡単な開館セレモニーがあり、各クラスの図書委員が参列していた。

心なしか、図書委員の女の子の視線が私たち…というか、隣の敦史に向いてる様に感じた。

「ねぇ、真中さん」

セレモニー後、顔見知りの図書委員の子たちに声を掛けられた。

「薄井くんって、B組の図書委員なの?」

「うん。2学期から正式にね」

「そうなんだー」

その声のトーンは明らかに敦史に興味があるのが分かった。

私はため息をついて、その場から離れると、一枚の紙切れによって視界を遮られた。

No.49 10/03/06 20:07
Saku ( SWdxnb )

>> 48 「サボってんなよ」

紙切れから敦史が顔を出した。

「サボってないよー。何これ?」

「当番表。各クラス一枚だってさ。加世持ってて」

私は当番表に目を通した。
新しい図書館は2階建てで1、2階に受付がある分、今まで以上に当番が多かった。

「結構入ってるけど、バイト優先していいからね」

「サンキュ。でもなるべく出られる様にしたい。加世と一緒に居たいから」

パァーと顔が赤くなるのが分かった。
案の定、敦史にバレて、クックックッと笑われた。

No.50 10/03/06 20:24
Saku ( SWdxnb )

>> 49 その日は、大きなサイズの図書を、棚に移す作業を少しだけした。

私たちには段ボール1箱分が割り当てられたけど、敦史が一つ一つ開いて見て、全く作業が進まなかった。
いつの間にか、当番委員以外に残っているのは私たちだけになった。

「もしもし、薄井くん。サボらないで下さーい」

私は冗談で言ったのに、キッと睨み返された。

「下の名前で呼べって」

付き合おうって言われた後、そう約束した(された)んだった。

「……」

「それに、サボってないっすよ」

敦史は本を数冊持って、ぱっぱと棚に移した。

No.51 10/03/06 20:38
Saku ( SWdxnb )

>> 50 「加世、残り持ってきて」

私は残った数冊を敦史の所へ持って行った。

「はい」

「サンキュ」

敦史はそう言って受け取ると、サッと横に置き、私の手を引っ張り、抱きしめた。

「ま、待って!誰かが…!」

「死角だよ」

確かに、高い本棚に挟まれてはいるけど、いつ人が来るか分からないーー

「名前で呼んだら、放す」

「…あつし」

「ん?」

私は顔を上げて敦史を見た。

「敦史」

敦史はニッと笑んで、両手を広げて私を解放した。

No.52 10/03/06 21:09
Saku ( SWdxnb )

>> 51 敦史の顔を見ながら、涙が出てきた。

「泣くなよぉ~」

敦史の顔は困っていた。

「うん…ホント…ごめん…」

私は心から言葉にした。

「またギュってしたくなる」

「…フフ…」

私は泣きながら笑った。
正直、昨日みたいに敦史の胸で落ち着きたかった…

「手、繋いで…」

敦史は私の手を取り、指と指を重ねて、ギュッと握ってくれた。

No.53 10/03/06 22:03
Saku ( SWdxnb )

>> 52 落ち着いた私は敦史の顔を見て微笑んだ。

「もう大丈夫。ありがとう」

敦史も落ち着いた表情で私を見つめた。

「マジで好きだから」

「…うん」

「きっと、加世が思ってる以上に俺はーー」

その時、私たちのいる通路に生徒がやってきて、私たちは手を離し、私は残りの本を並べた。

No.54 10/03/06 22:48
Saku ( SWdxnb )

>> 53 人が居なくなった後、私たちは顔を見合わせた。

「やばっ、バイト遅れるわ」

「え?今日もバイト?ゴメンね、気付かなくて」

「大丈夫だよ。メールするな」

「うん」

さっきの続きが聞きたかったけど、私は笑顔で敦史を送りだした。

No.55 10/03/06 23:53
Saku ( SWdxnb )

>> 54 敦史の前で泣いてばかりいる自分が嫌になってしまう…

昨日からずっと、苦しくて、切ない気持ちでいっぱい…

敦史が目の前にいたら尚更、気持ちが揺さぶられてしまう

そんな事を考えていた帰宅途中、携帯が鳴った。

敦史からのメールだった。

「もっと一緒にいたかったよ。

また明日な」

また胸が苦しくなった。

落ち着かない不安定な気持ちになっても、
私も敦史と居たいと思った。

No.56 10/03/07 00:13
Saku ( SWdxnb )

>> 55 それから私は、はち切れそうな気持ちを抱えたながら、学校に通った。

教室では席も離れて、グループも違うから、ずっと一緒に居ることは無かった。
だから敦史は、図書委員の仕事を楽しみに、バイトのシフトも調整していた。

敦史は教室内でも私を「加世」と名前で呼ぶ様になったけど、それは図書委員同士で仲良くなったからだろう…と、クラスメイト達は思ったはずだ。

私たちが付き合っているなんて、誰も気付いていなかった。

No.57 10/03/07 01:04
Saku ( SWdxnb )

>> 56 ある朝、学校に向かう途中で肩を叩かれ振り向くと

「おはよっ」

と笑顔の美咲がいた。

「おはよーう。美咲、今日早いね」

美咲はいつもギリギリ登校の常習者だった。

「送ってもらってね」

美咲が言った時、脇の車道をグレーのスポーツカーがクラクションを鳴らして通り過ぎ、美咲はその車に向かって手を振った。

「送ってくれたのって、あの車?」

「そう」

「美咲のお父さん?」

美咲は私の顔を驚いた様に見てから、キャハハと笑った。

No.58 10/03/07 01:17
Saku ( SWdxnb )

>> 57 「年上だけどパパっていう年でもないしーーフフフ、今度彼に会ったら、今の話ししちゃおう」

「えっ?彼氏だったの?ごめん」

「フフ、加世には癒されちゃう。ホント、平和よね」

『平和』と言う言葉に反応して、私は美咲に向かい合った。

「ねぇ美咲、聞きたい事っていうか、話したいことがあるんだけど…」

「え?なぁに?」

聞き返された時には正門をくぐっていて、私たちは後で話そうと約束した。

No.59 10/03/07 11:10
Saku ( SWdxnb )

>> 58 私たちは昼休みに屋上で会った。

「加世の話したいことって?」

「あ、あのね…」

私は美咲に現状を話して、相談にのってほしかった。
でもいざ切り出そうとすると、言葉が出てこない。

「そう言えば、またクラスの男子に、美咲が付き合ってるか聞かれたよ」

「えー、薄井くんとか?」

「エ?…」

No.60 10/03/07 11:14
Saku ( SWdxnb )

>> 59 「どうして…薄井、くん?…」

私は美咲の口から敦史の名前が出たことに、戸惑った。

「だって、加世のクラスで一番カッコイイじゃない。
薄井くんに聞かれたんなら嬉しいなぁって思っただけ」

「そ、か…。聞いてきたのは田瀬君だよ。敦史といつも一緒にいるーー」

美咲はキョトンとした顔で私を見た。

「敦史って?薄井敦史?」

あ、……
私は言葉に詰まった。

No.61 10/03/07 11:21
Saku ( SWdxnb )

>> 60 「加世、名前で呼んでるんだ」

「あぁ、うん。…同じ図書委員になってね…」

「ふーん」

私は意を決して、続けた。

「それにね、私たち、付き合ってるんだ」

「ハ?」

美咲はポカンとした顔で私を見た。

「付き合ってる、って…加世と…薄井くん?」

No.62 10/03/07 20:42
Saku ( SWdxnb )

>> 61 「うん」

私はぎこちなく頷いた。

「エーー!」

美咲は驚きとも喜びともとれる表情で私に抱きついてきた。

「うそー、やったじゃん加世ー!初カレじゃん!」

「うん…」

「ん?どうしてそんなに暗い顔してるの?」

「美咲~」

美咲に悩みいっぱいの顔を見抜かれた後、
敦史のまえで泣いてしまう事や、一人でいても落ち着かない事などを、すがり付く様に美咲に話していた。

No.63 10/03/07 21:01
Saku ( SWdxnb )

>> 62 美咲は含み笑うようにして

「初々しい!」

と、私の肩にタッチした。

「本気で辛いんだよー!毎日いっばいいっばいで…」

「それだけ彼の事が好きってことでしょ」

「うん…そう、だと思う」

「じゃあ気持ちがMAXになる前に、言葉にして伝えてみなよ。
思いを溜め込むから、泣いたり、気持ちが辛くなるんだよ」

『なーるほど』と、私は心の中で合点した。
まるで難しい数式の回答のコツが見つかったような気分。

美咲って、やっぱり恋愛の天才ダ!

No.64 10/03/07 22:05
Saku ( SWdxnb )

>> 63 美咲は私の顔を覗き見て、ニッコリと微笑んだ。

「つき物がとれたみたいな顔」

「…うん、美咲に聞いて貰えて大分楽になったよー」

「いつでも聞くよ。これから加世と恋話するの楽しみ」

私も一緒に笑った。

「でも、加世と薄井くんって、意外な組み合わせだなー」

私は微苦笑した。

「だよね。…でも、二人で居ると、心地いいっていうか…」

「ごちそうさまでーす」

「違くてね、あぁ!」

美咲の顔を見て気付いたーー

「敦史って、美咲にタイプが似ているかも」

No.65 10/03/07 22:34
Saku ( SWdxnb )

>> 64 表面は華やかで、目立っているけど、冷静な部分がある所とか、
醸し出す雰囲気が似ている気がした。

「そうなのー?」

美咲はハシャイでケラケラと笑った。

「なら、彼が加世を選んだの分かるな」

「え?」

「加世と居ると、ホッとするの。癒されるもん」

美咲がそんな風に思っていてくれたのかと、照れ臭かったけど、嬉しかった。

敦史は…
どうかな…

No.66 10/03/07 23:31
Saku ( SWdxnb )

>> 65 その日の放課後も図書委員で、敦史はバイト前の1時間だけ、当番にやってきた。

人が引いたのを見計らい、返却された図書を戻しに行った。

「Jの22、22…」

本の戻るスペースを探す敦史の後を、私はカートを押しながらついて行った。

入学したての2ヶ月間、毎日見ていた敦史の背中ーー
細いのに、肩幅があるんだなぁって思った。

胸がいっぱいになった。

No.67 10/03/08 00:22
Saku ( SWdxnb )

>> 66 「敦史」

「うん?」

敦史は高い棚に本を戻しながら目だけ向けた。

「好きだよ」

ストンと踵をついて、体を向けた敦史は、初めポカンと私を見て、徐々にニヤケていった。

「嬉しいけど、変なタイミング~」

と言うと、笑顔を隠す様に、違う本を手に前を進んだ。

敦史の言う通りだと、私も少し可笑しかった。

「フフ。いつでも好きって思っているから…」

敦史は立ち止まって振り向いた。
優しい目だった。

「お前って、可愛いな」


ーチン♪ー

カウンターの呼び鈴で、雰囲気を壊され、私たちは笑いながら席に戻っていった。

No.68 10/03/08 23:00
Saku ( SWdxnb )

>> 67 その日の夜、敦史からメールが届いた。

『初めて加世の気持ちが聞けて、良かったよ

また明日な』

そうだった…
「好き」っていう気持ちを伝えていなかった。
前からずっと、好きだったのに…

でも気持ちを伝えた心は軽くなり、
明日敦史に会えると思うと、ただ嬉しくて、待ち遠しく夜を過ごした。

No.69 10/03/09 21:52
Saku ( SWdxnb )

>> 68 それからは毎日が楽しかった。

教室内でも敦史と話す事が増えたけど、
相変わらず私たちが付き合っていることは、誰にも気付かれなかった。

図書委員の当番が、さながら、デートみたいな感じで、
図書館という空間も手伝ってか、落ち着いて、お互いを知ることができた。

そんな高一の2学期も半ばを過ぎた頃、クラスで席替えをすることになった。

No.70 10/03/09 22:09
Saku ( SWdxnb )

>> 69 「俺、絶対加世の近くに行くから」

図書委員の当番中に、席替えの話題で敦史が言った。

「どうやって?」

「念じて。ウーン」

そう言って眉間にシワを寄せた敦史の顔が可笑しくて、声を出して笑った。

「ホントに近くなったら嬉しいけどね」

敦史は横目で私をみて、意味深げにニヤリと笑んだ。

No.71 10/03/09 22:27
Saku ( SWdxnb )

>> 70 ーそして、席替え当日…。

「えー!なんでー?

私は、窓側の一番後ろの席に座る敦史に向かって言った。

「ははーん、念力~」

敦史は、引いたクジをヒラヒラさせて、余裕の笑を浮かべていた。

クジには間違いなく私の後ろの席番が書かれてあった。

後で聞いたけどーー
先に私の席を覗き見て、後ろの席の子と交換して貰ったとのこと…
念力ぃ?…ズルじゃん!

「俺がひいた教壇前の席がいいって言うからさ…たまたまお互いの利害が一致したんだよね~」

背後からの小声の言い訳は聞き流していた。

「ーー加世の背中見て色々想像しよおっと」

私は思わず振り向いて、歯を噛んだまま言った。

「やめてよ、気になっちゃうでしょ」

あー、近くなったらなったで嬉しい以上に、大変そう…。

私はため息をついた。

No.72 10/03/10 00:33
Saku ( SWdxnb )

>> 71 「なぁ加世、勉強教えて」

ある休み時間、振り向くと、敦史は机に数学のノートを広げていた。

「うん、いいよ。どこ?」

その時、田瀬君が敦史の席にやってきた。

「敦史、何やってん?」

「勉強教わってんの。中間も間近だろ」

「ヤバイ!雪降る?地震?ノストラダムス??ヤバイわ~」

田瀬君は体を反りながら後退りしていった。

敦史はノートに鉛筆を走らせ、

『この手、つかえる』

とニヤリ。
私も鉛筆を取り、その横に

『教えてほしい所は?』

敦史はただニヤリ。

「もう」

苦笑するしかなかった。

No.73 10/03/10 12:05
Saku ( SWdxnb )

>> 72 中間テストが終わった後も、敦史は「ノート作戦」を使って、よく私と一緒に席に残っていた。

ある日、田瀬君がまたやってきて

「仲イイね~、遠くからだと、お前ら付き合ってる様に見えるぜ」

と軽いノリで言った。
すると敦史は笑顔で田瀬君を見て

「そうだよ。俺たち付き合ってんの」

私はビックリ!
ただただ敦史の顔を見つめた。

「またまた~」

田瀬君はケラケラと笑った。

「ホントだよ」

田瀬君が敦史を見ると、
敦史は『うん』と頷いた。

「エエーー!!」

クラス中のみんながこちらを見た。

No.74 10/03/10 20:09
Saku ( SWdxnb )

>> 73 前から敦史は
「付き合いを隠すつもりはないよ」
と言っていた。

その言葉は心強かったし、何より嬉しかった。

だから私もいつ周りに知られても大丈夫って気持ちでいた。

けど…
よりによって、田瀬君に知られてしまった…

そう、後でため息をつく事になる。

No.75 10/03/10 20:18
Saku ( SWdxnb )

>> 74 翌日、登校すると
周囲からの視線を感じずには居られなかった。

それはクラスを越え、学年を越え、校内のどこを歩いていても感じる視線だった。

「バレタネ」

その声がした窓を見ると、ベランダをつたってきた美咲がいた。

「ばれた、って…」

「アチコチで加世たちが付き合ってるって話してるよ」

その答えは予測していたけど、一気に気が重くなった。

No.76 10/03/10 20:30
Saku ( SWdxnb )

>> 75 「どうしてこんな騒ぎになっちゃうのかなー?」

「それは加世の彼が人気があるのと、二人のギャップでかな~」

笑って話す美咲に、いますぐ変身したい気分だった。

「何日かしたら、おさまるって。その前に加世も気にしない、気にしない。
ホラ、彼氏みたいにさ…」

美咲が指差した先には、教室に入ってきた敦史がいた。

「そうなんだよー、ヨロシク~」

聞かれては、そんな気楽に挨拶をしながらやってきた。

No.77 10/03/10 20:39
Saku ( SWdxnb )

>> 76 美咲が去ったと同時に敦史が席に着く。

「おーす」

クラス中の視線がこちらに向く。

「おはよう」

私は前を向いたまま挨拶した。

「不自然~。おーす」

私は息を吐き、振り向き

「おはよう」

と言った。

No.78 10/03/10 21:06
Saku ( SWdxnb )

>> 77 そのあと、中間テストの上位30名が廊下に張り出されたのを見に行った。

敦史も一緒だったから、廊下を歩いていても好奇の眼差しにさらされた。

「下ばかり見てんなよ」

「……」

敦史の言葉に、ほんの少し顔を上げた。

「堂々としていようぜ、俺らの付き合い、自信あるならさ」

そうだよね…。
下ばかり見ていたら、敦史との付き合いを自分で否定してしまう事になるよね。

私にとって今一番大切なのは、敦史自身なんだ

No.79 10/03/10 21:40
Saku ( SWdxnb )

>> 78 張り出された中間テストの上位者欄に敦史の名前は無く、私は後半の方にあったーー。

その日の昼休み、私は担任の先生に職員室に呼ばれた。

「真中、最近何か変わったことがあったか?」

先生の問いに、答えが見つからず、

「いいえ」

と答えた。

「中間テストの結果だが……」

先生は私の名前のファイルを広げて見せた。

「1学期に比べて、今回20番くらい順位も落ちてるだろ」

確かに先生の言う通りだった。

No.80 10/03/10 21:51
Saku ( SWdxnb )

>> 79 「真中は、薄井と付き合っているのか?」

先生の耳にまで入っていたのに驚いたけど、
私は真っ直ぐに先生の顔を見て

「はい」

と返事をした。

「付き合うのが悪いとは言わない。
ただ、これ以上成績に影響が出るようなら、親御さんにも話さなければいけないし、
薄井にも考えてもらわないとな」

「ーー」

「真中自身もよく考えなさい」

「ーー」

ショックだった。

敦史のせいで私の成績が悪化したと言われたようなものだった。

No.81 10/03/11 21:03
Saku ( SWdxnb )

>> 80 教室に戻りながら、悔しくて、悲しいーー
何とも言えない気持ちに包まれた。

でも一番のわだかまりは、敦史を否定されたことだった。

先生は敦史の何を知っているというのか?

成績だけで生徒を差別するような担任に幻滅すると同時に、
敦史との付き合いに口を出される筋合いはないと、
怒りにも似た感情がこみあげてきた。

『今後、誰からも
文句を言われない成績を残してやる!』

こんな反骨に、自分でも少し驚きながら、
そう固く決意した。

No.82 10/03/11 21:27
Saku ( SWdxnb )

>> 81 教室の自分の席に戻ると、真っ先に敦史が声をかけてきた。

「担任、何の用?」

私はいつもと変わらない様に心掛けた。

「大したことじゃなかったよ」

「大したことじゃないのに、職員室?」

「本当だって、きっと教室だと騒がしいからじゃない?」

私は、敦史に本当のことは言えないけど、嘘もつきたくなかった。

「ふーん」

敦史は納得したのか、どうか分からないけど、
その時は、それ以上何も聞いて来なかった。

No.83 10/03/11 22:12
Saku ( SWdxnb )

>> 82 その日の放課後も図書委員の当番があった。

私たちはカウンターを離れて、返却図書を戻していた。

大雨が降っているせいか、図書館利用者は少ない…
私は大きな窓に打ち付ける雨粒をボンヤリと眺めた。

「やっぱり、担任に何か言われたんだろ?」

気付くと敦史がずっとこちらを見ていた。

「だから、大したことじゃー」

「分かるんだって」

言葉を遮られた。

「加世のこと、ずっと見てるし、考えてりゃね」

「……」

敦史の眼差し…
慣れているはずなのに、
真っ直ぐなキレイな瞳から目が離せなかった。

No.84 10/03/12 18:43
Saku ( SWdxnb )

>> 83 「言いにくいのは、俺とのこと言われたから?」

「私の成績のことだよ。
今回落ちたから心配されたの」

「俺が原因でって?」

「敦史まで、そんな下らない事言わないで」

「ーー」

「テストを受けたのも、勉強した、しなかったも、私なんだもん。
私ね、頑張るって決意したの。
だから、見てて。
次からは文句の付けられない成績残すから」

敦史は少し笑った。

「男前だな~」

そう言われて、
私も笑った。

No.85 10/03/12 19:43
Saku ( SWdxnb )

>> 84 「にしても、その自信が羨ましいわ。
まぁ、元々加世は頭いいからな」

「元々は、全然遅れていてダメだったよ。
小学校低学で、ひらがなが読めなくて、みんなにバカにされたり…」

「意外だね」

「でも父と母は焦らなくていいと言ってくれて、
その変わり、毎日一つずつ勉強していこうって約束したの。
今日『あ』を覚えたら、
明日は『あ、い』
翌日は『あ、い、う…』
ってね」

敦史は黙って聞いてくれていた。

No.86 10/03/12 20:07
Saku ( SWdxnb )

>> 85 「そうしたら、覚えていくのが楽しくなって、
ひらがなもちゃんと覚えられた。
毎日付き合ってくれてた母親が言ったの
『加世が頑張った分、覚えられたね。
勉強は努力した分、ちゃんと返ってくるんだよ』って」

「……」

「それから、勉強はね、やればやった分、結果に出るって思ってるの」


「やっぱり加世は、俺の持ってないもの、いっぱい持ってるわ」

「そんな…」

敦史の方が私に無いものをいっぱい持っていると思った。

No.87 10/03/12 20:26
Saku ( SWdxnb )

>> 86 「いい親じゃん…」

敦史は呟くように言った。
そうだ…敦史は母子家庭だった。
でも敦史の口から、お母さんの話しが出たことは無かった…

「俺も勉強頑張ってみるわ」

「え?」

敦史はニヤリと笑んだ

「加世が俺のママな」

No.88 10/03/12 21:26
Saku ( SWdxnb )

>> 87 敦史の言葉は嘘ではなかった。

授業中も真面目にノートをとり、
休み時間中の「ノート作戦」も本物の勉強に変わっていた。

私も毎朝早く起きて、家で勉強をしてから登校した。


1年生の2学期の期末テスト
敦史は順位を30番も上げた。

私は3番だった。

No.89 10/03/12 23:37
Saku ( SWdxnb )

>> 88 テスト結果が出た後の、図書委員の当番の時だった。

「ジャーン」

と敦史は私の顔の前に、
ヒラヒラと細長い紙切れ2枚を見せてきた。

「なぁに?」

「映画鑑賞券。
恐ろしく頑張った俺へのご褒美」

「じゃあ私に出させて」

「いいって」

「でも…」

「じゃあ、映画館でポップコーン買ってよ」

楽しそうに話す敦史に

「うん」

と私も笑んで答えた。

No.90 10/03/14 20:03
Saku ( SWdxnb )

>> 89 映画デートは今度の日曜日。
敦史と付き合ってから初めて私服のデート。

何を着ていこう…やっぱり服を買おうかなーー

なんてことを考えながら、校内の廊下を歩いている時だった。

「真中」

呼ばれて振り返ると、担任の先生が立っていた。

「はい」

「期末頑張ったな。実力を出せたな」

そりゃ、先生に言われた言葉に発奮しただけですーーと、言いたい位だったけど、黙っていた。

「まだ薄井と付き合ってるのか?」

何だか…嫌な展開…

No.91 10/03/14 20:56
Saku ( SWdxnb )

>> 90 「はい」

私がはっきりと返事をしたら、先生はため息をついた。

「やっぱり薄井と付き合うのは考えた方がいいぞ」

「でも先生!あつし…薄井君は今回の期末でも、すごく頑張ってーー」

「そうだな。頑張ってたなーー」

先生は真顔で、その目は冷たかった。

「だが、成績うんぬんの問題じゃないんだ。
真中と薄井では友達も家も、周りの環境が違いすぎるだろ。
一時の感情で付き合っても、必ず後から歪みがでてくるし、親御さんだってーー」

「先生!」

担任の言葉を遮った。
涙がこみあげてきた。

「先生は敦史の何を知っているんですか?」

No.92 10/03/14 22:11
Saku ( SWdxnb )

>> 91 聞いてみたいー
答えてほしかった。

「わたしは、担任の前に君達の人生の先輩だから、色々分かるんだよ。
まだ分からないことが多い今の時期に失敗して、後悔してほしくないんだ。
特に真中はね、真面目でいい子だから、騙されやすいと思うんだ」

騙されるって敦史にですか?
失敗するのは悪いことなんですか?

沢山の疑問をぶつけたかったけど、
涙がこぼれて、言葉が出なかった。

No.93 10/03/14 22:24
Saku ( SWdxnb )

>> 92 「ちょっと先生、何泣かせてんの?」

そう言って駆け寄ってきてくれたのは、美咲だった。

「いや…」

少し困った顔をした担任の前に、美咲は仁王立ちした。

「女の子泣かせるなんて、先生の前に人としてサイテーだから。
いこ、加世」

そう言い放って、私の肩を抱いてその場を離れてくれた。

ホッとしたのもあって、涙がドッと溢れた。

No.94 10/03/14 22:49
Saku ( SWdxnb )

>> 93 美咲はそのまま、屋上に連れて行ってくれた。

そして、私が泣き止むまで、何も言わずにハンカチとティッシュを代わる代わる渡してくれた。

「ありがと…」

大分落ちついて、美咲を見たら、
アハハと声を出して笑われた。

「久しぶり、こんな泣き腫らした顔みるの!アハハ」

鏡を渡されて見ると、
目も鼻も頬も真っ赤で、グショグショ…酷い顔をしていた。

その時チャイムが響いた。

「4時限目サボって、加世の話し聞こうかな」

美咲はニッコリ微笑んだ。

No.95 10/03/15 21:28
Saku ( SWdxnb )

>> 94 授業をサボるなんて生まれて初めてだったけど、
罪悪感は無かった。
ーーというのも、4時限目は担任の授業だったからというのもある…。

美咲には、中間テスト後に担任に呼ばれた事から、さっき言われた事まで話した。

聞き終えた美咲は、不機嫌な顔をして

「カスだね、加世の担任」

と言いきった。

「フフ…」

それが気持ち良くて、私は笑ってしまった。

No.96 10/03/15 22:01
Saku ( SWdxnb )

>> 95 でも美咲はまだ怒っていた。

「バカな大人が居るもんだね。どんな人生過ごしたら、そんな偏った考えになるんだか!
どうせ全然モテなくて、彼女もできない、ロリコン、マザコン男だったよ!
自分より弱い者には強気で、ホント、蛆むし以下!」

その口調は激しくて、まるで、自分におきた事の様に怒っていた。

No.97 10/03/16 01:27
Saku ( SWdxnb )

>> 96 風が美咲の髪をフワリとなびかせたと同時に、振り向いたその表情は鋭く、ドキリとする程美しかった。

「加世、世間にはいろんな人がいるよ。
大人も、先生なんて呼ばれる人達も、中を開けばウンザリな奴だったりするの。
だから、ちゃんと自分を強く持ちなよ。
くだらない大人に負かされないように」

昔感じた、美咲の人間不信を思い出した。

No.98 10/03/16 01:42
Saku ( SWdxnb )

>> 97 美咲はきっと、人間関係で傷ついた過去があるのだろう…

「美咲は、誰かに傷つけられた事があるの?」

美咲はフッと力を抜くように息を吐くと、いつものにこやかな表情に変わった。

「そりゃいーっぱいあるよ、大体が男関係だけどね」

そう言って、ニッと笑った。

No.99 10/03/16 13:24
Saku ( SWdxnb )

>> 98 それから美咲は、敦史と順調かと聞いてきた。

私が日曜日デートで、着て行く服を買おうか考えていると話したら、

「一緒に買いに行こうよ!選んであげる」

と心強い事を言ってくれて、金曜日の放課後に買物に行く約束をした。


結局、美咲の傷に触れる事は出来なかった…

No.100 10/03/17 12:08
Saku ( SWdxnb )

>> 99 美咲とデートの話しで盛り上がっていたら、またチャイムがなって、4時限目が終了した。

あ~、サボっちゃった…

そう改めて感じたら、先生から言われたことも思い出して、ちょっぴり落ち込んだ。

そんな私に気付いた美咲が
「お弁当ここに持ってきてあげる」

私が机脇の袋にあると言うと、

「待ってて」

と、笑顔で屋上を去っていった。

No.101 10/03/17 12:14
Saku ( SWdxnb )

>> 100 校内の賑やかな声が遠くから聞こえる。

授業中、私が居なくて先生は何と思っただろう…

だけど先生に何を言われようと、私は敦史と別れたくはないーー
その気持ちだけは明確だった。

その時、屋上のドアが開いて、お弁当を持ってーー

「……」

やってきたのは
ーー敦史だった。

笑顔のない、怒っている様な顔で近づいてくる。

私は妙にドキドキして立ち上がった。

No.102 10/03/17 12:20
Saku ( SWdxnb )

>> 101 やって来るなり、敦史は私の首に腕を回して、強く引き寄せた。

「突然消えて、心配すっだろ!」

「…ゴメン」

敦史は腕を回したまま私の首元に顔を埋め、そのまましばらく黙っていた。


「…担任に何言われたか、くわしく分かんねぇけど…」

美咲が伝えたのは想像できた。


「加世が俺を思ってくれてる間は、離れないから」

No.103 10/03/17 12:33
Saku ( SWdxnb )

>> 102 「…うん」

顔をあげた敦史の目は相変わらずキレイだったけど、物凄く寂し気だった…。
こっちまで寂しくなって、私から敦史の胸に頭を寄せた。

「…私で、いいの?」

聞かなくていい質問だと思っていた。
でも正直、付き合った初めからずっと、心にある不安な気持ちだった。

「バカか…」

敦史は手の平でポンッと私の頭を叩いて、そのままソッと抱きしめてくれた。

「加世じゃなきゃダメだから」

優しい声だったーー。

No.104 10/03/17 18:12
Saku ( SWdxnb )

>> 103 この時の私は何も知らなかったーー

一番大切な人、
一番の親友が抱えている苦しみ、悩みをーー


近くに居ながら、
ずっと知らずに、
ずっと気付けずにーー


「平和」
と言われたまんまに
呑気なまでに高校生活を過ごしていたんだ…

No.105 10/03/17 22:20
Saku ( SWdxnb )

>> 104 金曜日の放課後になったーー

以前、美咲は
「将来の夢はアパレル関係で、スタイリストになれたら嬉しい」
と話してくれたことがある。

ファッション雑誌をよく見ていたし、実際、制服さえもオシャレに着こなしていた。

だから私は安心して美咲の後について、初めて知ったお店に入った。

「加世はやっぱり『ナチュラル&フェミニン』な感じかな。
色は白基準の、パステル系だね。
予算は…2万?!いらないから。
あっ、じゃあブーツも買おうよ」

と言いながら、パッパとコーディネートしてくれた。

No.106 10/03/17 22:45
Saku ( SWdxnb )

>> 105 服を着て試着室のカーテンを開けるーー

「うん、いい感じ」

美咲は満足気に頷いた。

「でも、この胸元、ちょっと寒いかも…」

とっても可愛いニットのアンサンブルだったけど、下のキャミが胸元ギリギリで恥ずかしいのが本音だった。

「オシャレは我慢なの!
デートなんだから、寒いなんて言ってない!」

「でもこのスカートも、膝上過ぎない?」

下半身に自信の無い私にとって未知の丈だった…。

「全然!ブーツ履くしーーあっ、当日はタイツは無し!生足ね」

「えっ!!」

「もーう。ホントに可愛いって、ホラ、鏡よく見てごらん」

肩を回され、鏡に映る自分を見るーー

ホントに…
馬子にも衣装…

No.107 10/03/17 23:00
Saku ( SWdxnb )

>> 106 コートにあった茶色のロングブーツも選んでくれて、予算半分位でまとめてくれた。
私は大満足で、

「美咲、絶対スタイリストになりなよ!
ならなきゃ、勿体ないよ!」

と、美咲に真剣な顔でせまった。

「ハハハ、ありがとっ」

真顔の私が笑えたみたいで、いつまでも、ハハハと笑いながら、
クリスマスで色づいた街を歩いていた。

「あれ、美咲?」

その声に振り向くと、背の高い洒落た感じの男の人が立っていた。

No.108 10/03/17 23:22
Saku ( SWdxnb )

>> 107 「健ちゃーん!」

健ちゃんと呼ばれたその人は、にこやかに私たちの前にやってきた。

「帰ってきてたんだー」

美咲が言って、二人は話しはじめた。

「うん、昨日ね。ちょうど美咲に連絡しようと思ってたんだぜ」

「またまた~」

「ホントだって。前話した仕事の件でさ」

「あ~…」

言葉尻が小さくなった美咲は私を見た。

「加世、こちら田神健二くん。地元はここなんだけど、今は東京にいるの」

「どうも初めまして」

田神さんはニッコリと笑んだ。

「どうも…」

No.109 10/03/18 00:29
Saku ( SWdxnb )

>> 108 「健ちゃん、この子は親友の加世」

「へぇー、美咲にも親友が居るんだ」

「それ、どういう意味?」

「そのままの意味」

田神さんはニカッと笑って、美咲はその腕をバンバンと叩いた。
仲の良い二人のやり取りを見て、私も微笑んでいた。

「な、夕飯一緒に食わない?ちょうどこれから、陽介と会うし」

No.110 10/03/18 17:37
Saku ( SWdxnb )

>> 109 美咲の顔が輝いた。

「えっ、陽ちゃんくるの?」

「うん。仕事終わりで来るって言うから時間決めてなかったけどーー
ちょっと連絡してみるわ」

田神さんは私たちから少し離れて携帯で電話をかけた。

「じゃあ、私はここで…」

そう言った私を美咲は驚いた顔で見た。

No.111 10/03/18 17:43
Saku ( SWdxnb )

>> 110 「何で?加世も一緒に決まってるでしょ」

「だって家に何も言ってこなかったし…」

「じゃあ電話しなよ。私とご飯食べて帰るって」

「でも…」

初めて会った年上の男の人と食事するのに、気が引けた。

美咲はそんな私の気持ちを察してか

「悪い人たちじゃないから安心しなよ。
それに、今から来る陽ちゃんて、私が今付き合ってる人なの。加世にも紹介したいと思っていたし」

と、ウインクした。
美咲の彼氏…紹介されるの初めて…
会ってみたい。

私は携帯で自宅に電話をかけた。

「…あ、お母さん?加世子。今、美咲と一緒なんだけど、今晩、美咲とご飯食べて帰ってもいいかな?…うん…」

美咲が『代われ』とジェスチャーをしたので、私は携帯を渡した。

No.112 10/03/18 17:46
Saku ( SWdxnb )

>> 111 「こんにちは、美咲ですーーはい、元気です
ーーイエ、うちじゃなく外でーーはい、ーーはい、ありがとうございます、また遊びに行きます。はーい、じゃ失礼します」

電話を切った美咲は、ニッと笑って、Vサインをした。
うちの両親は私同様に美咲を信頼している。
でも男の人も一緒と知ったら反対したに違いない。

その時、田神さんが携帯をジーンズのポケットにしまいながら戻ってきた。

「陽介、6時半には会社出れるって。店も飯食える所に代えたから、先に行ってようぜ」

No.113 10/03/18 17:55
Saku ( SWdxnb )

>> 112 田神さんに連れて行かれた先は、ビルに入った日本料理店だった。

高校生だけでは、まず行かないし、行けない…

洗練された明るい店内を抜け、個室に通された時には畏縮しきっていた。

「オシャレだねー。健ちゃんよく来るの?」

美咲ははしゃいでいた。

No.114 10/03/18 18:01
Saku ( SWdxnb )

>> 113 「ここは陽介だよ。さっき言われたの。制服着た女子高生連れて、暗室はヤバイからなー」

田神さんはそう言って笑うと、座椅子に腰をおろした。

「えー、私連れてきて貰ったことないよー」

美咲は少しすねて、田神さんの前に座った。

「加世ちゃんもいるって話したからかな?
ほら加世ちゃん、立ってないでこっち座りなよ」

そう言われた私は田神さんの隣に座った。

No.115 10/03/18 23:01
Saku ( SWdxnb )

>> 114 美咲と田神さんが雑談している内に、料理が運ばれてきた。

給仕係の人が下がるのと入れ違いに、
スーツ姿の男性が現れて、
その人と一番に目があった私は、ドキッと動きを止めた。

――というのも、その人は、
芸能人ではないかという程の端整な顔立ちで
見るからに人の目を惹く雰囲気を持っていた。

動きを止めている私に、その人は微笑むと、
靴を脱いで、中へ入ってきた。

「おう、お疲れー」

田神さんが声をかける。

「陽ちゃーん!」

美咲は明らかにハイテンションだ。

「どもども、遅れました」

濃紺のコートを脱ぎながら、
控えめに頭を下げて、席に座った。

No.116 10/03/18 23:24
Saku ( SWdxnb )

>> 115 一息ついたその人は、一通り皆の顔を見渡すと、
目の前に座る私に向かって

「鳴海陽介です」

と言って小さく頭を下げた。

「ま、真中加世子です」

私はドギマギと姿勢を正して頭を下げた。

その様子を見ていた田神さんが

「お見合いか!」

と、笑いながら突っ込みをいれた。
美咲も陽介さんの腕に触れながら
ケラケラと笑って

「分かった?彼女が加世」

そう言われた、陽介さんは
笑顔のまま横目で私を見て

「ああ、想像通り」

と言った。

No.117 10/03/18 23:53
Saku ( SWdxnb )

>> 116 陽介さんの食事も運ばれてきて、
田神さんが、仕切るように話し出した。

「俺ビール飲むけど、陽介は?」

「俺いいわ。車で来たし」

「美咲は?飲む?」

「ヤーダ、未成年なんですけど?
ね、加世」

「う、うん」

「飲ませなくていいよ。こいつ弱いから」

そう陽介さんに言われた美咲は
私を見て舌をだした。

「加世ちゃん何飲む?」

「えっと・・・」

私がメニュー表に目を落として迷っていると、

「ウーロンでいいよね。俺も、美咲もな」

陽介さんのスマートなフォローが
気持ちよく感じた。

No.118 10/03/19 00:20
Saku ( SWdxnb )

>> 117 それから、食事をしながら
田神さん、美咲、陽介さんの話しを聞いていた。

田神さんと陽介さんは、二人とも24歳で、
東京の大学で知り合い、卒業後、田神さんはカメラマンのアシスタントに
陽介さんは大手の旅行代理店に就職したそうだ。

陽介さんは今年の春に転勤で、田神さんの地元でもある
この町にやってきたという。

美咲とは、以前、田神さんがモデル探しにナンパしたのが
きっかけで知り合い、夏に陽介さんと会い、
美咲の一目ぼれから付き合ってるそうだ。

8歳年上の彼氏かぁ・・・
私には想像できないけど、並んで座っている
美咲と陽介さんは、とてもお似合いだった。

No.119 10/03/19 00:37
Saku ( SWdxnb )

>> 118 食事も終わり、デザートのフルーツが運ばれてきた。
田神さんは、さっきからずっと目の前の美咲に懇願している。

「だからさ、一度、東京きて、カメラテスト受けてみてって」

「もーう、無理だもん。今は地元離れたくないもん」

なるほど、仕事の話というのは、
美咲にモデルにならないかということか。

白熱する二人を残して、
私はトイレへ向かうために席を立った。

No.120 10/03/19 00:46
Saku ( SWdxnb )

>> 119 玄関近くを歩くと、外でタバコを吸っていた陽介さんに気づかれた。
陽介さんは、タバコを消して、戻ってきた。

「加世子ちゃんって、俺のこと『パパ』って言った子?」

以前、美咲に言ったのを思い出した。

「あ、すみません・・・」

「謝らなくていいけどさ・・・
加世子ちゃんって、可愛いね。男に言い寄られて困るでしょ?」

「ぜ、全然です!それは美咲の方です」

私は心底否定した。

「美咲は別物だから――
俺は、加世子ちゃんみたいな子、タイプなんだけどね」

カァーと顔が熱くなるのが分かった。

「かっ、からかわないでください」

No.121 10/03/19 00:53
Saku ( SWdxnb )

>> 120 「ホント、からかわないであげて」

振り向くと美咲が立っていた。

「加世には、校内1カッコイイ彼氏が居るんだから」

「へぇ・・・」

陽介さんは、意外だね、という顔をしていた。

「加世、気にしないでね、こういう大人も居るって、
免疫作りなね」

「うん・・・私、トイレ行くね」

私は、サッサとトイレへ向かった。

「ねぇ陽ちゃん、今日泊まりたい」

後ろから美咲の声が聞こえてきた。

「いいけど、明日の午後と日曜は仕事だから」

「分かってる」

甘えた美咲の声に、妙にドキドキしてしまった。

No.122 10/03/19 19:45
Saku ( SWdxnb )

>> 121 帰り、私たちはレジを素通りした。

「お会計は?」

私は心配になり美咲の耳元で聞いた。

「陽ちゃんが先に払ったから大丈夫」

さっき、タバコを吸っていたあの時か…

隣にいた田神さんが、私の顔を覗きこみ

「雄介は高給取りだから、気にしなくていいよー」

私は一足先を歩く陽介さんの元に行った。

「あの…ご馳走になってしまって、済みません。ご馳走様でした」

と頭を下げた。

「ハハ、加世子ちゃんは本当にイイ子だね」

そう言って陽介さんは、ポンポンと私の頭を撫でた。

No.123 10/03/19 20:12
Saku ( SWdxnb )

>> 122 田神さんとはその場で別れ、
送ってくれるというので、私は美咲と一緒に陽介さんの車を待っていた。

「さっきの、加世じゃなきゃ、嫉妬してたな」

「え?…」

驚いて隣の美咲を見ると、美咲はニッコリと笑ってこっちを見ていた。

「陽ちゃんって、カッコイイし、気配りが出来て優しいから、モテない訳ないじゃないーー
ついでに言うと、口も上手いし、その気にさせるのも得意だし…
…私みたいな16の小娘、本気で相手してくれてるのかな~って、不安になったりもするんだ」

いつも堂々と自信に満ちて輝いている美咲の口から、
こんな弱気な言葉を聞いたのは初めてだった。

No.124 10/03/19 20:28
Saku ( SWdxnb )

>> 123 「美咲と陽介さん、すごくお似合いだって思ったよ。
隣にいて、16歳だなんて全然見えないし」

「それって、老けてるってこと?」

『ううん、ううん』と慌てて首を振った。

「違くてね…
美咲には自信持ってほしいの…だって、二人並んでる時、本当に素敵だなって思ったから」

美咲は『フフフ』と笑うと、
「ホントに加世ってイイ子だね」

と言って、陽介さんがしたように、私の頭をポンポンと撫でた。

「そうそう、加世に渡すものがあるの…」

そう言って、美咲がバックから取り出したのは、淡いピンク色のグロスだった。

No.125 10/03/19 20:54
Saku ( SWdxnb )

>> 124 「日曜日、今日買った服着て、唇にこれ塗っていきなよ。
キスされちゃうかもしれないよ~」

「えっ!!」

「やっぱり、まだだったか~。
付き合って、10、11ーー3ヶ月でしょ?
そろそろいいんじゃない?
これで、ファーストキス、誘ってみたら」

「エエ!!」

私がただ固まって頬を赤らめていたら、
目の前にグレーのスポーツカーが来て止まった。

No.126 10/03/19 21:22
Saku ( SWdxnb )

>> 125 美咲は助手席に、私は後ろに乗った。

陽介さんが後部座席に置いてあったブランドの袋を取りながら
固まったままの私に気付いた。

「どうかした?」

「イエ…」

美咲は振り向いてニヤリと笑んだ。

「ホレ、早いけどクリスマスプレゼント」

陽介さんは、美咲に袋を渡した。

「えー!本当?!」

「クリスマスは仕事で会えないからなー」

美咲が袋を開けると、中からブランドの財布と香水が出てきた。

「わー、欲しかったやつ!陽ちゃん、ありがとーう!だーいすき!!」

「香水は、ここに来る前に寄ってきて、加世子ちゃんにも」

と、私に別の袋を渡してくれた。

「私は…」

「どれ?」

美咲が袋を取って、中を確認する

「加世子ちゃんのイメージで選んだんだけどね」

「陽ちゃん、センスいいね。
加世、これそんなにキツクない、爽やか系の香だよ。ほら」

美咲があけた蓋を私の顔に寄せるーー
と、爽やかな優しい花の香がした。

「日曜日、これもつけていくといいよ」

美咲はまたニヤリと笑って、香水を私に渡した。

No.127 10/03/19 21:35
Saku ( SWdxnb )

>> 126 自宅向かいの公園で降ろしてもらった。

助手席の窓が下がって美咲が顔を出す。

「加世、日曜日楽しんできなよ」

「うん」

運転席の陽介さんが頭を傾げるように見る。

「どうも、ありがとうございました」

「またね」

陽介さんは微笑み、車をゆっくり発進させた。

見送りながら、気持ちが高揚しているのが分かった。

時間を見ようと携帯を取り出すと、着信ランプが光っていた。

No.128 10/03/19 21:54
Saku ( SWdxnb )

>> 127 敦史からのメールだった。

『バイト終わりー

今、加世、何してる?

俺の予想…

勉強!かな?


明後日、スゲー楽しみ』

思わず、笑みがこぼれた。

着信時間PM9時35分

今はPM9時50分ーー


私は敦史のメモリーを開いて発信した。

No.129 10/03/19 22:05
Saku ( SWdxnb )

>> 128 呼出し音が鳴るーー
胸がドキドキしてきた。

ーカチャー

「ードタドターバタン!
……加世?」

敦史の声を、物音が邪魔をする。

「う、うん…
大丈夫?」

暫くして、その喧騒は無くなって静かになった。

「今、外に出たよーーハァ、もう大丈夫」

「フフフ」

敦史の笑顔が目に浮かんだ。

No.130 10/03/20 01:21
Saku ( SWdxnb )

>> 129 「メール見たよ。ありがとう」

「やっぱり勉強してた?」

「ううん。今日は美咲と一緒にご飯食べてきたの」

「ヘェ…。今は家?」

「家の前の公園。
家に帰る前に、何だか、敦史の声が聞きたくなっちゃって…」

「そんな風に言われたら、原チャリ飛ばして行くよ。
ーーって、もう10時じゃ、加世の親が心配するな」

「…うん」

無性に敦史のことが恋しかった…

No.131 10/03/20 01:52
Saku ( SWdxnb )

>> 130 「…敦史」

「うん?」

敦史の優しい頷きにー
胸がいっぱいになったー

「好きだよ」

「フフ…」

「なぁに?」

「イヤ…。
加世の気持ち、もっと聞かせてよ」

私は、泣けてきそうな気持ちを、一つ一つ言葉にしていったーー

「今、そばに居たい…」

「うん…」

「手を繋いで、ギュッて、してほしいよ…」

「うん…」


「…大好き」

そう言って涙がこぼれた

No.132 10/03/20 19:43
Saku ( SWdxnb )

>> 131 ねぇ美咲ーー
気持ちを伝えてるのに
泣けてくるのは、どうしてなの?

「なぁ加世、空見てみ」

私は涙目のまま、夜空を見あげた。

「月見える?」

「うん」

「真ん丸だな」

「ホント、真ん丸…」

欠けたところのない見事な満月だった。

「離れていても、今、同じもの見てるじゃん、俺たち」

「うん…」

No.133 10/03/20 20:10
Saku ( SWdxnb )

>> 132 同じ月を見ている敦史が、近くにいる様に感じた。

「加世が俺を想ってる時、
俺も加世を想ってるよーー」

胸の奥がギュッとしびれた。

「ーーうん」


「イヤ、バイト中でも想ってるから、きっと、加世以上だな」

敦史は照れを隠すように明るく言った。

No.134 10/03/21 21:04
Saku ( SWdxnb )

>> 133 「エヘヘ…ありがとう…」

私は恥ずかしくて、嬉しくて、消え入るように返事をした。

その後暫くの沈黙は、
敦史も、私と同じように月を見ていたんだと思うーー。

『ーカチャーニイ!今ーー母ちゃんのーー』

その時、受話器越しに切れ切れに聞こえた声は、敦史の弟さんのようだった。

「行くよーー
ゴメン加世、家に電話だっていうから…」

「うん。
突然電話してゴメンね」

「イヤ、嬉しかったよ。
……じゃあ、明後日」

「うん、明後日ね」


電話を切った。
そして帰宅し、部屋に着くと、敦史からメールが届いていた。

No.135 10/03/22 15:40
Saku ( SWdxnb )

>> 134 『話せて良かった

おやすみ』

いつも通りの短い文面だったけど、
敦史の優しい気遣いが感じられた。

窓辺に立ってカーテンを開けると、
真ん丸な月が、優しく輝いていたーー。


そして日曜日ーー

あまり眠れずに朝早く起きてしまった私は、
美咲に選んでもらった服を早々に身につけ、
待ち合わせ2時間前に家を出た。

No.136 10/03/23 18:03
Saku ( SWdxnb )

>> 135 外は快晴だった。
お天気も協力してくれて、心が弾んだ。

待ち合わせのデパートに着いて、本屋で時間を潰そうとしたが、気持ちはそぞろで、1時間以上、本を眺めてぐるぐると歩き回っただけだった。

それから、階上のトイレに入り、ミニボトルに移した香水と、グロスをつけた。

鏡に映った自分と、漂う香りに、少しだけ大人になった気がした。


時間まで、まだ20分位あったけど、
先に行って、待っていようと
1階中央ホールへ続く、エスカレーターに乗ったーー

No.137 10/03/23 18:46
Saku ( SWdxnb )

>> 136 ーーと、瞬時に、待ち合わせ場所に立つ敦史を見つけた。

制服ではない、ロンT、ジャンパーに細身ジーンズ姿の敦史が、すごく格好良くて、一気に胸の鼓動が高鳴った。

すると、不意に振り向いた敦史と目が合った。

こちらに体を向けた敦史は、微笑んだまま降りてくる私を迎えてくれた。

「早く着きすぎちゃったよ」

「私も…」

お互い、照れ臭さを感じていた。

「なんか加世、今日は…
ん?」

敦史の顔が曇った。

No.138 10/03/23 18:52
Saku ( SWdxnb )

>> 137 「香水、つけてる?」

顔を近づけ、敦史が聞く。

「う、うん…少しね…」

敦史の顔からさっきまでの笑顔が消えた。

「俺、女が香水つけるの好きじゃないんだ…」

「あっ…ゴメン…」

私が消え入るように謝ると、
敦史は一瞬俯いて、顔をあげ、

「加世は、『まんま』が一番イイよ」

と言って、優しく笑った。

No.139 10/03/23 19:55
Saku ( SWdxnb )

>> 138 「映画まで、まだあるから、どこかで時間潰そうか?」

「うん」

歩き出した敦史の後をついて行きながら、気付くと、敦史が私を見ていた。

「ん?」

首を傾げて見る。

「イヤ…」

敦史は、前を向き、さりげなく私の手を取った。

嬉しさと恥ずかしさが交ざって、繋がれた手ばかり見つめていた。

No.140 10/03/23 20:27
Saku ( SWdxnb )

>> 139 時間潰しに向かった先は、本屋だった。

さっき居座った気まずさもあって、
「トイレに行ってくるね」
と、敦史と別れた。


洗面所の鏡の前に立つ。

『俺、女が香水つけるの好きじゃないんだ…』

敦史の言葉を思い出し、ため息が出た。
そして、香水をつけた両手首を石鹸で洗い流した。

首元の香りは残っちゃうナ…
また小さくため息をついて、トイレを出た。

No.141 10/03/23 21:12
Saku ( SWdxnb )

>> 140 本屋の映画コーナーで写真集を見ている敦史を見つけた。

「何見てるの?」

近寄って、肩越しに声をかけた。

「ああ…
この映画、古いけど、凄く好きなんだ」

「ヘェ…」

それは、映画のモチーフとなった海の風景写真で、
敦史が開いていたページは、
深海にうっすらと淡い光が射した写真だった。



ーー今、この時の写真集が私の手元にある……

深い、深い海の底ーー
実際に光が届くことは無いだろう……
でも、今も、届いた光に希望を抱いてしまうーー

No.142 10/03/23 22:44
Saku ( SWdxnb )

>> 141 背後の棚の本をゆっくりとなぞり見ていた時だったーー

「加世子ちゃん」

名前を呼ばれて本屋のスペースを出ると、
エレベーター脇の喫煙所に陽介さんがいた。

陽介さんは吸おうとしていたタバコをしまいながら、近寄ってきて、
私も敦史から離れるように、歩いて行った。

「奇遇だねぇ」

「こんにちは。この間はありがとうございました」

「イイエ」

そう言って、笑んだ陽介さんは、
私服の装いもスマートでよく似合っていた。

「何だか、加世子ちゃん、この間と雰囲気違うな。
服のせいかな?口元もーー
可愛いよ」

No.143 10/03/23 23:51
Saku ( SWdxnb )

>> 142 自分の顔がパァーと赤らむのが分かった。

「イエイエ…」

俯いた私のすぐ近くに、陽介さんは顔を寄せてきた。

「香水もつけてくれたんだーー
加世子ちゃんにバッチリ合ってるよ」

敦史には嫌がられたけど、私自身好きな香りだったので、陽介さんの言葉は嬉しかった。

「そういや、日曜はデートだっけ?」

「はい、まぁ…」

陽介さんが映画のパンフレットを持っているのを見つけた。

「映画、どうでした?これから、それを観るんです」

と、パンフレットを指差した。

「ああ、悪くなかったよ。でもちょっと長かったな」

と、その時ーー

No.144 10/03/24 00:18
Saku ( SWdxnb )

>> 143 「陽介」

その声に振り向いた陽介さんは、トイレから出てきたであろう女性に向かって手をかざした。

その女性は、勿論美咲ではなく、
とてもキレイな大人の女性だった。

「加世子ちゃん、このこと…」

言葉を止めた陽介さんは、小さく笑った。

「じゃあ、近い内にまた飯食おうな」

と、笑顔を残して女性の元へと向かった。

No.145 10/03/24 12:23
Saku ( SWdxnb )

>> 144 陽介さんと女性が肩を並べて去っていく姿を見送りながら、否応なしに知ってしまった秘密に、胸中は落ち着かず、うろたえていた。

「誰?」

気付くと、敦史が隣に立っていた。

「あっ…ちょっとした知り合い…」

他の女性といるのに、『美咲の彼氏』とは、さすがに言えない…。

「ふーん…。
そろそろ行こう」

そう言った敦史は、スタスタと歩きだした。

「う、うん…」

私は小走りで敦史の後をついて行った。

No.146 10/03/24 12:34
Saku ( SWdxnb )

>> 145 エレベーターの前に立った敦史は、ずっと扉の方を向いていた。

「加世の名前が加世子だって、忘れてたよーー
ちゃんと『子』を付けて呼んだ方がいい?」

「いいよ、加世のままで…」

「ふーん…」

後も前を向いたまま淡々と返事をした。

「…香水も、さっきの奴にもらったんだ」

敦史にも聞こえていたんだ…。

「…うん」

その時、エレベーターの扉が開いて、敦史が先に乗って、奥の手摺りに寄り掛かるようにして振り向いた。

No.147 10/03/24 18:23
Saku ( SWdxnb )

>> 146 「ふーん…」

その顔に笑顔は無くて、見るからに不機嫌な眼差しを向けられた。

「敦史?」

「……」

黙ったままふて腐れているーー
ヤキモキを妬いてるのが私にも分かって、そんな子供みたいな敦史が、やけに愛おしかった。

「フフフ…」

「…何だよ?」

「ううん…フフ」

私は敦史の手を握って、隣に立った。

横目で私を見た敦史は、口元を緩め、繋いだ手をギュッと握り返してくれた。

No.148 10/03/24 18:34
Saku ( SWdxnb )

>> 147 敦史は飲み物を買ってくれた。
私は約束通り、ポップコーンを買って、二人の間のひじかけに置いた。

館内の照明が落とされ、上映が始まった。

そのアメリカ映画は、ロボットの少年が母親を求める内容だった。

敦史はポップコーンに手を伸ばしながらスクリーンを見ていたけど、
映画が中盤を過ぎた頃、ひじかけに置いたドリンクとポップコーンを足元に置き、
そして、私の手を取ったーー

No.149 10/03/24 18:46
Saku ( SWdxnb )

>> 148 ドキッとして、隣を見ると、敦史はスクリーンを見たままだった。

手を放して、今度は私の手首を掴むーー
そして手の甲をなぞる様にして、指と指を重ね合わせて、ギュッと握った。

そう手を繋ぐのが好きだと伝えてはいないけど、きっと敦史は分かってるはず…

映画館の暗さも手伝って、私は映画どころではなく、ドキドキしていた…。

No.150 10/03/24 18:59
Saku ( SWdxnb )

>> 149 映画がクライマックスに差し掛かった時、
敦史が顔を寄せてきたーー

私は、思わずビクンと反応して、敦史の方を向いた。

「トイレ行ってくるわ」

敦史はそう囁くと席を立ち、静かに館内を出て行った。

初めて落ち着いて見れたシーンは、
小さなサプライズから、少年の望みが叶い、母親とのつかの間の幸せな時間を過ごすーーというものだった。

そんな、切なくも心温まるラストシーンの余韻に浸りながら、隣に敦史が戻って来ていない事に気付いた。

私はエンドロールの前に席を立ち、敦史が出て行った出入口へ向かった。

No.151 10/03/24 19:16
Saku ( SWdxnb )

>> 150 映画館を出ると、すぐ横のベンチに敦史がぼんやりと座っていた。

「敦史?…」

「おう…終わった?」

「うん…」

私は敦史の隣に座った。

「体調でも崩した?」

「イヤーー大丈夫」

そう言って、笑った。

「映画、つまんなかったな~」

「そう?私は楽しめたよ」

「俺はダメだ、こういうの。見てて、イラついたよ」

「そんなに?」

イラつく要素なんてあったかな…?

No.152 10/03/24 21:15
Saku ( SWdxnb )

>> 151 「でも、加世が清涼剤だよ」

敦史は立ち上がって優しい眼差しを向け、手を差し出した。

「飯食いに行こうか」

「うん」

私は笑顔で敦史の手を取った。


そして、デパートを出て、いつものファーストフード店へ向かった。

No.153 10/03/25 12:59
Saku ( SWdxnb )

>> 152 それから、いつもの様に色々話して、笑い合ったりして、あっという間に時間は過ぎて行った…

私たちは、思い出の池を囲む公園へやってきた。

12月の空は夕方にはもう真っ暗で、寒いのもあって、人の姿も見えなかった。

だけど、今日一日、ずっと人の多い場所にいたから、二人きりになれて、何だか嬉しかった。

「寒くない?」

敦史が聞く。

「うん、大丈夫」

本当は、生足のせいで出ている部分が寒くて、辛かった。

No.154 10/03/25 21:50
Saku ( SWdxnb )

>> 153 私たちは、これまた思い出のベンチに並んで座った。

「カモ、いるか分かんねぇな」

「そだね」

「カヨカモな」

「やめてよ」

私たちは笑いあった。

真ん丸に近い月が、真っ暗な池の水面に映っていた。

「この間、電話でありがとうね…」

「ん?何だっけ?ああ…加世、
何かしてほしいって言ってなかったっけ?」

「えっ!?」

うっすらとだけど、敦史がニヤリとしているのが分かった。

No.155 10/03/26 12:36
Saku ( SWdxnb )

>> 154 「さっきから、イジワルだね…」

「う~ん…、照れ隠しかな」

「照れ隠し?」

前を見ていた敦史は、肩の力を抜くようにして笑うと、
私の方に顔を向けた。

「今日ずっと、加世にドキドキしてたから」

「ーー」

そんな事言われたら私の方がドキドキするよーー

敦史はソッと手を繋いできた。
その手はヒンヤリと冷たかった。

No.156 10/03/26 12:50
Saku ( SWdxnb )

>> 155 「敦史、手が冷たいよ…」

私は敦史の手を暖めようと、両手で挟んだ。

「加世の頬っぺで暖めてよ、あったかそうだから」

挟んでいた手を持って頬に当てた。

「ほら、あったかい」

「うわっ、冷たい」

思わず首をすぼめた。

敦史は笑って、私の手を取ると、両手共指を重ねてギュと握ってくれた。

そして、いつもの優しい眼差しで私を見つめた。

私も敦史を見るーー

敦史は顔を近付け、
私は目を閉じたーー

私のファーストキス

ソッと唇が触れただけの敦史の優しさが分かるキスだった。

No.157 10/03/26 20:00
Saku ( SWdxnb )

>> 156 帰りが遅くなり、敦史が家までーー正確に言うと、家の前の公園まで、送ってくれた。

「あれがウチ」

「でっかい家だな~」

敷地内には両親の歯科医院もあった。

「2階の一番右側が私の部屋なの」

「ヘェ、じゃあ今度忍び込んでみるわ」

私は敦史を見た。

「冗談だよ」

と敦史は笑った。

No.158 10/03/26 20:27
Saku ( SWdxnb )

>> 157 「今度遊びに来て」

「おっとー…?大胆発言」

「フフ、ちゃんと親に紹介するから」

「フフ、そういうことか」

後はバイバイするだけなのに、別れがたい…
「じゃあ」と、相手が言うのを、二人とも待っている雰囲気だった。

「加世の親に紹介されたら、悪いこと出来なくなるな」

「悪いことって?」

と、聞いた瞬間、敦史は短くキスをした。

「こういうこと」

またまた一気に顔が熱くなった。

「悪いこと、なの?」

「加世はどう思う?」

「私は…」

胸の中の正直な気持ちを探った。

「ちょっと恥ずかしいけど…敦史だから嬉しいし
ーー幸せだよ」

敦史は優しく微笑んだ。

「それはこっちの台詞だよ」

そう言って、またキスをした。
唇の暖かさが分かる長めのキスだった。

No.159 10/03/27 08:58
Saku ( SWdxnb )

>> 158 「また、明日な」

唇を離して、敦史が囁くように言う。

「うん…」

恥ずかしくて、俯きながら頷いた私は、
家の方へ歩きだした。

公園を出て振り向くと、見送ってくれていた敦史が、片手を挙げて爽やかに笑んだ。

たった10M離れただけの敦史に、胸がトキメイた。

私も小さく手を挙げて、
別れがたい気持ちのまま、家へ入って行った。

No.160 10/03/27 18:27
Saku ( SWdxnb )

>> 159 「ただいま」

玄関の中に入ると、
『マンタ』がフローリングの床をシャカシャカと蹴りながら来て、出迎えてくれた。

「加世~?」

奥から母の声がした。

「うん。ただいまー」

ブーツを脱いでると、エプロン姿の母が出てきた。

「おかえり。
映画どうだった?」

「うん。楽しかったよ」

答えながら、母の顔を見られず、階段へと向かった。

「ご飯の準備出来てるから」

「うん。着替えてから下りてく」

階段を上がって行くと、後からマンタもついてきた。

「お前もくるの?」

上目使いでシッポをワイパーの様に振る仕草が可笑しくて、笑いながら、一緒に階段を駆け上がった。

No.161 10/03/27 18:42
Saku ( SWdxnb )

>> 160 「着替えるからね」

そう言うと、マンタはドアの横におすわりをして伏せた。

「着替え」と言えば、必ず外で待つ。
母がよく
「マンタ以上の彼氏を見つけなきゃね」
なんて冗談を言うくらい、紳士的な雄犬だ。

私はマンタの頭を撫でて、部屋に入り、電気をつけた。
ーーと、瞬間的に窓が目に入って、『もしかしたら』という気持ちで、カーテンを開けた。

No.162 10/03/27 19:20
Saku ( SWdxnb )

>> 161 すると、公園前に立つ敦史を見つけた。

敦史もこちらを見上げて、ポケットから携帯を取出して、耳にあてた。

バックの中から着信音の『TSUNAMI』が流れたのに反応して、マンタがドアを押し開け部屋に入ってきた。

「マンタ、待て!」

マンタはバックの前でおすわりをした。

私は携帯を取って、通話ボタンを押した。

No.163 10/03/27 20:42
Saku ( SWdxnb )

>> 162 「敦史?」

「うん。
カーテン開くと思ったんだ。だから、5分待ってみようってね」

さっきまでと変わらない、優しい声だった。

「私も、敦史が居る気がしたの」

「ヘェ、以心伝心ってやつだ」

「フフ、そうだね」

足元でおすわりしたままシッポを振るマンタと目が合った。

「そうだ、敦史ーー」

私は携帯を肩で挟んで、マンタを抱き抱えた。

「マンタだよ、見える?」

「おっ、ライバル!」

母の冗談や紳士話も話していた。

「部屋に入ってるじゃん」

「あぁ…マンタもねTSUNAMIが好きで、着信音が鳴ったから入ってきちゃったんだ」

「俺も好きですけど」

「ハハ、そうだよね。
敦史が好きだったから、私も好きになったんだもん」

息をはく様に敦史は笑った。

「マンタは、退散」

私はマンタを降ろし、
入口の方を指差すと、マンタは大人しく部屋を出て行った。

No.164 10/03/28 06:52
Saku ( SWdxnb )

>> 163 「加世、気になってるから聞くけど…」

「うん?」

「今日の奴…
映画の前にあった奴、何者なの?」

「……」

「教えたくないならーー」

「2日前に、初めて会った人なの!」

敦史に隠し事は嫌だった。
一昨日美咲と一瞬の時、偶然田神さんに会って、陽介さんも交えて食事して、送ってもらったと、事実を話した。

「それで、香水?」

「美咲へのプレゼントのついでだよ」

「はぁーん…そういうこと…
今日は違う女連れてたよな…」

No.165 10/03/28 14:22
Saku ( SWdxnb )

>> 164 「……」

「加世も、気をつけろよな」

「きっと、もう会うことはないよ」

敦史は、陽介さんを遊び人と受け取ったようだけど、
私は悪い人だとは思えなかった…。

「ありがと、なーー
これで夜眠れる」

「フフ…」

そんなに気になってたんだね…。

「そろそろ行くわ」

「うん…。
気をつけてね」

「おう」

その後、二人して無言…
またも漂う別れがたい雰囲気を、敦史が吹っ切る感じで

「じゃあ、また明日」

と言って電話を切った。

敦史は笑顔で手を振って、去って行った。

No.166 10/03/28 21:15
Saku ( SWdxnb )

>> 165 敦史の姿が見えなくなるまで見送った。

見えなくなったトタンに、恋しい、切ない気分に包まれた。

ハァ…

カーテンを閉めながら、ため息が出た。

着替えようとして、フイに鏡に映った自分を見たら、
今日一日、敦史にはこんな私が見られていたのかと、気恥ずかしくなった。

そして、敦史とのキスがリアルに蘇ってきて、陶酔するように、手が止まった。

きっと、この先もずっと忘れることは無いだろう。

相手が敦史で良かったーー

No.167 10/03/29 08:16
Saku ( SWdxnb )

>> 166 翌日のHR直前、ベランダの窓枠からチョコンと美咲が顔を出した。

「昨日どうだった?」

「わっーーおはよ…
うん、楽しかったよ」

笑顔で答えたけど、美咲の顔が見れない。

その時、始業チャイムが鳴った。

「詳しくはお昼に屋上でね」

そう言って美咲はウインクをして帰って行った。

昨日見たこと…美咲に話すか話さないか、昨日からずっと悩んでいた。

どうしよう…

ベルが鳴り終わると同時に、敦史が入ってきた。

「オース」

けだるい感じに挨拶を交わしながら、
途中から、私を見ると、目を離さずにやってきた。
また胸がトキメクーー

「オス」

「おはよ」

私の椅子の背もたれをポンと叩いて、後ろの席に座った。

No.168 10/03/29 19:46
Saku ( SWdxnb )

>> 167 その日、敦史とは話す機会が少なくて、でもよく目が合う一日だった。

そして昼休み。
屋上で美咲と会って話した。

「うわーおッ!
グロス作戦、成功したね!」

美咲は予想が的中してハシャイでいた。

「美咲…」

「なぁに?」

その笑顔に何も言えずーー

「ううん…
これ、本当にありがとう」

と、グロスを差し出した。

「それ加世にあげるよ
次のデートにもつけていきなよ」

「ありがとう」

美咲はニヤリと笑んだ。

「今度は初体験しちゃうかもね~」

「え"っ!!」

No.169 10/03/29 19:57
Saku ( SWdxnb )

>> 168 「アハハ!
相変わらず反応いいな~。

でもさ、二人は相思相愛なんでしょう?だったら自然な展開だと思うけどな」

「そんな…まだまだ、まだまだ、早いよっ!」

私は慌てて言い返した。

「まぁ、焦ることはないけどね。
でも、初めての相手は嫌でも忘れられないから、
『この人』っていう大好きな彼と出来たら幸せだよ」

「ーー」

「私も陽ちゃんだったら良かったのにぃ…」

手摺りに寄り掛かかりながら呟いた美咲を見て、
美咲は陽介さんの事が大好きなんだーーと感じた。

その時の美咲に、真実を伝えることは出来なかった。

No.170 10/03/29 20:56
Saku ( SWdxnb )

>> 169 午後の授業が始まる間際、席についた敦史は、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。

何だか、懐かしいーー
大好きな姿だ。

私が席に戻ると、敦史は微笑んで、手を伸ばして椅子を引いてくれた。

「ありがとう」

「なぁ、終了式後に買物いこう」

「いいよーー何買うの?」

その時、先生が入ってきた。

「また後で」

敦史は小声で言って笑んだ。

No.171 10/03/30 12:04
Saku ( SWdxnb )

>> 170 後でーーと言われながら、結局、何を買うのか教えてもらえないまま終了式の日がきた。

買物は敦史の地元でーーと言われ、一旦帰宅して、午後一で待ち合わせの約束をした。

家に帰って軽く昼食を取り、何を着ていくか迷ったけど、デートの時の格好の上だけを変え、
美咲からもらったグロスを薄く付けて出掛けた。


久しぶりに電車に乗るーー
たった一駅だけど、ソワソワした気持ちだった。

No.172 10/03/30 18:50
Saku ( SWdxnb )

>> 171 駅に着くと、改札口を出た所で敦史が待っていてくれた。
目が合い微笑み合った時ーー

「敦史じゃん」

私の後ろから、他校の制服を着たグループの一人が、敦史に声を掛けた。

「よお」

私は敦史の後方に離れた。

「もう休み入ってんの?」

「今日終了式。そっちは?」

「明日。どこも終わってんのに、タリィよ」

その時、敦史が私の居場所を確認するようにチラッと振り向いた。

「ーー彼女?」

「うん」

「ヘェ、相変わらず、羨ましいね~。ーーじゃあな」

「おう、またな」

敦史の友達は、こちらを見て小さく頭を下げると、待っていた仲間達と去って行った。

「ゴメン、行こうか」

私服姿の敦史は、今日もまた格好良くて、私はドキドキしていた。

No.173 10/03/30 19:33
Saku ( SWdxnb )

>> 172 敦史の地元は栄えていて、駅周辺はテナントの入ったビルや色んなお店が建ち並んでいた。

「ココ、俺のバイト先」

駅から程なくした所にあるピザ屋だった。

と、敦史は誰かを見つけて店内に入って行った。
ヒョロっと長身で眼鏡をかけた男の人と敦史が話している時、私は入口付近に立っていた。

「タカヤーンお願い!」

敦史は拝み倒す姿勢だった。

「ウッソーン!無理だから~」

「借りはちゃんと返すから!」

フイに男の人がこちらを見た。

「おっと…彼女?」

「そう。だから今日の一時間って貴重でしょ?

「こんにちはー。
マセタ年下に上手いこと使われてる高谷でーす」

高谷さんは、敦史の頭の上から私に挨拶してきた。

「こんにちは、真中です」

私も頭を下げた。

「イイ子そ~う。
アッシの為じゃなく、真中さんの為にーー1時間な!」

最後は敦史を見てどすを利かせた声で言った。

「ハハ、タカヤン最高!」

敦史は高谷さんとハンドタッチをして出てきた。

No.174 10/03/30 20:25
Saku ( SWdxnb )

>> 173 「ーーって事で、7時までは一緒に居られる」

「大丈夫だったの?」

「大丈夫。さっきの高谷って店長だから」

店長を、タカヤンって…
でもご満悦な敦史を見ている内に、つられて笑ってしまった。

「ねぇ敦史?今日は何を買うの?」

「これから行くよ」

敦史は、横目で意味深に笑んだ。

No.175 10/03/30 23:21
Saku ( SWdxnb )

>> 174 駅を離れ、商店街の中を歩くーー
その間、敦史は2度、知り合いから声を掛けられた。

「敦史って、友達多いね」

私が聞くと、

「地元だからな」

とサラリと答えた。
私が地元を歩いていても、こんなに声を掛けられる事無いな…
思いながら、ついて行ってると、

「アチャー…」

敦史は呟いて歩みを遅めた。
私が不思議に思って、敦史の顔を見るとーー

「ニィ!」

No.176 10/03/30 23:48
Saku ( SWdxnb )

>> 175 向かいから、見るからにヤンチャそうな学ラン姿の4人組が歩いてきた。

みんな敦史に頭を下げて、挨拶しているーー
一人だけ、目鼻立ちのハッキリした色黒の男の子が、笑顔で私の前にやってきた。

「こんにちはー、彼女さんですかぁ?」

「寄るなや」

敦史は私の前に遮るように立った。
男の子は顔を横に倒し、

「加世さんですかー?」

「…はい」

「やーっぱり!」

敦史は観念したように振り向き、

「弟の洋史」

無表情に紹介してくれた。

No.177 10/03/31 00:10
Saku ( SWdxnb )

>> 176 そういえば前に、2コ下の弟が居るって、敦史言ってたっけーーって事は中2?
洋史君は、敦史よりも背が高く、筋肉質な体型で、もっと年上に見えた。

私がそんな事を考えていた時、兄弟で話しはじめた。

「家行くの?」

「いかねぇよ」

「じゃあ別の場所?」

「行くかよ、バーカ」

「俺、今日も帰んないし、遠慮しないで使っていーよ」

「お前もテキトーな事してんなよ。
また捕まっても、もう迎えに行かねーぞ」

「あーいよ。
じゃあ加世さん、またぁ」

そう言って屈託のない笑顔で手を振る洋史君に、
私も微笑んで手を振った。

No.178 10/03/31 19:12
Saku ( SWdxnb )

>> 177 「洋史君って、敦史とあまり似てないね」

見送りながら、考えずに敦史の隣で呟いた。

「ああーー父親が違うから」

「え…あっ、ゴメン…」

「いいよ、事実だしーー」

敦史は平然と、
その後も話しを続けた。

「俺もアイツも、顔は父親似らしいよ。
俺の父親は死んで居ないけど、洋史の親父は、産まれてすぐに女と逃げて、行方不明なんだと」

「……」

敦史の複雑な家庭環境が垣間見えて、同情する気持ちに包まれた。

「ついて来れてる?」

「う、うん…」

敦史は、笑っていたけど、
私は、話しも歩幅も敦史に近づくように、歩みを早めた。

No.179 10/03/31 21:44
Saku ( SWdxnb )

>> 178 「洋史君、家に帰ってないの?」

「寝に帰ってきてるけど、母親が居る時は、まず居ないな」

「……」

「逃げた男にソックリなせいで、母親に邪険に扱われてるからさ」

「敦史は?ーー敦史は、大丈夫なの」

大丈夫ーーなんて変だけど…心配になった。
案の定、敦史はケラケラと笑っていたけど、

「俺の父親は逃げなかったんじゃね?」

そう言いながら、もの悲しい横顔だった。

No.180 10/04/01 19:37
Saku ( SWdxnb )

>> 179 それから、小さな若者向けのショップが点在する路地に入り、
一見、雑貨屋の様に見える、アクセサリー屋の前で敦史は止まった。

「ココ」

中に入る敦史についていくと、小さな店内には、シルバー類のアクセサリーが所せましと並べられ、
店舗の隅では、お店の人が金属を削る作業をしていた。

「こういうの、どう?」

敦史が手に持って見せてくれたのは、ペアになっているストラップだった。

No.181 10/04/01 19:59
Saku ( SWdxnb )

>> 180 「すごく、可愛い」

それぞれのチャームはシンプルなのに、二つを合わせると、クロスの形になった。

「今までは、こういう、揃えちゃうのって絶対イヤだったんだけど…
加世とは、持っていたいと思って…」

棚に並ぶストラップを見ながら、
不器用に話した。

「加世はどんなのがいい?
俺は、ここらへんが良いと思うんだけど」

敦史が指差したものは、シンプルながらもオシャレで、どれも素敵だったけど、
私は、最初に敦史が見せてくれた、クロス型になるものに目がいった。

No.182 10/04/01 20:13
Saku ( SWdxnb )

>> 181 「これ、イイ?」

敦史が私の目線に気付いて、また手に取る。

「うん。
シンプルだけど、イイなって…」

「俺もコレ、第一希望」

敦史はニコッと微笑んだ。

「決まりな。
じゃあ、これは俺からのクリスマスプレゼントってことで」

その時初めて、ぶら下がった値札を見た。

「でも高いよ」

2個セットで一万円を越えていた。

「言うと思ったけど、
今回は絶対買うから」

「私も半分ーー」

敦史の手で口を押さえられた。

「それもーー
絶対俺が出すから」

メッと、子供のイタズラを叱る親のような目で見られた。

No.183 10/04/01 20:39
Saku ( SWdxnb )

>> 182 卒業後の学費や上京費用の為に、バイトしてお金を貯めている敦史には、無駄遣いしてほしくなかったけど、
今回ばかりは、敦史の気持ちを、素直に受け取ろうと思った。


「コレに、メッセージとか彫ってもらえるんだってーーどうする?」

メッセージの例文一覧表には、英語とはいえ、熱い文面が並んでいて、見ているだけで照れてしまった。

「敦史から貰ったのが分かると嬉しいな」

「A to K 、とかにする?」

「うん」

敦史はレジに行き、メッセージをメモしている様だった。

No.184 10/04/01 20:56
Saku ( SWdxnb )

>> 183 「30分位かかるって」

お店の外で待っていた私の元にきて敦史が言った。

「私からのクリスマスプレゼントはどうしよう…
敦史、何か欲しいものない?」

私が聞くと、敦史はいらないと答えた。
でも、何かプレゼントしたいと引き下がらない私に対して、

「うーん…じゃあ、加世の全て」

「エッ?!」

敦史はクックックッと笑った。

「じゃあ加世の私物で、俺にあげてもいい物ちょうだいよーーパンツとか」

「エッ!!」

今度はお腹を抱えて笑いだした。

「どこまで本気なのっ!?」

私が怒って聞き返すと、
笑うのを止め、

「加世のものなら何だって嬉しいってことだよ」

とドキリとする男前な顔を向けられた。

No.185 10/04/02 20:38
Saku ( SWdxnb )

>> 184 おどけて私をからかったり、
唐突に抱きしめたり、
無邪気にはしゃいだり、
シャイだったり…

付き合うようになってから知る、魅力的な敦史には参ってしまう…。

でもどんな時も敦史は誠実な人だ。
だからいつも安心していられたし、信じられたーー。


30分たって、受け取ったストラップには
A to Kの後に『with』と一文字入っていた。

「色んな気持ちの集大成」

敦史はそう言ってはにかんだ。

No.186 10/04/02 23:51
Saku ( SWdxnb )

>> 185 その後、敦史の地元を歩いて回った。
中学校や、よく買い食いしたというお店など、
知らない敦史の過去に触れられて嬉しかった。

あっという間に時間は過ぎて、
敦史と一緒にいられるのもあとわずかだな・・・
と、ストラップをつけた携帯で時間を確認していると、

「他にどこか見たいとか、行きたい所ある?」

と敦史に聞かれた。

「敦史の家とか?」

さっき洋史君も言ってたもんね――
なんて、軽い気持ちで聞いてみた。

「家には絶対連れて行かない」

「え、なんで?」

絶対とまで言われて、気になった。

「いろんな意味で、加世を汚したくないから」

「・・・」

「あ、もうタイムオーバーぎりぎり!
さ、戻るぞー」

敦史は踵を返して歩き出した。

No.187 10/04/03 00:17
Saku ( SWdxnb )

>> 186 そんなに遠くなければ、家に行く時間はあったのに――
汚す・・・って、どういうことかな?

そんな事を考えながら、敦史の後をついて行った。

少しずつ、ネオンの明かりが増えていく――
繁華街の裏路地辺りに来たとき、
敦史が歩みを止めた。

「?」

隣に立って、顔を覗くと、
敦史の視線は、道路の赤信号で止まっている一台の車に向いていた。

「あれ?・・・」

その車は運転席に見慣れた顔の男性と、助手席に女の人が座っていた。
青信号に変わると、車は左折して
私たちの前を横切り、狭い路地へと入っていった。

「今のって、担任の先生だった、よね?」

私が言うと、敦史は無言で頷き、車の背後を見送った。
車はゆっくりとラブホテルの中へ入っていくところだった。

No.188 10/04/03 00:41
Saku ( SWdxnb )

>> 187 薄暗い路地裏で、そのホテルの看板は、煌々と眩しい位の光を放っていた。

「担任の隣の女見た?」

敦史はホテルの方を向いたまま聞いた。

「チラッと…ハッキリは見えなかったけど…」

でも、ほんの一瞬でも凄くキレイな人だと思った。

「あれ、ウチの母親」

「エッ?!ーー」

振り向いた敦史は、笑っていた。

「担任には感謝してるよ
サカリのついたメスブタを相手してくれてるんだから」

「そんな言い方…」

「ヤッバー
加世には過激すぎだな」

敦史は両手で私の耳を押さえ、そのまま、自分の胸に抱き寄せたーー

「だから、加世が清涼剤なんだ…」

No.189 10/04/03 10:50
Saku ( SWdxnb )

>> 188 私は顔を上げて敦史を見た。

「敦史ーー大丈夫?」

心配顔の私を見て敦史はフッと笑った。

「本当に、担任には感謝なんだよ…
うちの母親は男が居ないとダメな人間で、
相手が担任だろうと、相手がいる間は、バカな事も酒に溺れることもないーー
俺も安心していられるんだ」

「……」

「加世には、理解しがたいよな…」

私は首を振った。

「色んな人が居るって分かってるつもり…
私が気になるのは、敦史の気持ちなのーー
辛かったり、悲しかったりしないかな、って…」

敦史はまた、ソッと抱きしめてくれた。

「加世が居てくれたら大丈夫…マジで」

私は『うん』と頷いた。

No.190 10/04/03 16:22
Saku ( SWdxnb )

>> 189 実際、敦史の表情は清々しい位で、声のトーンも穏やかだったーー

きっと敦史は、前からこの事実を知っていたんだろう…。

担任が敦史と別れた方がいいーーと、しつこく言ったのは、
敦史のお母さんとの関係を知られたくなかったから?
ーーそう考えると辻褄が合って、心が軽くなる気がした。


「ゴメンな、ホームまで見送れなくて」

駅前ロータリーに着いた時、既に19時5分前で、駅へと続く階段下で別れる事になった。

No.191 10/04/03 16:31
Saku ( SWdxnb )

>> 190 「いいよ。敦史のこと見送ってるから、もうバイト行って」

「悪い…。加世、帰り気をつけてな」

「うん」

私は笑顔のまま、胸元で手を振った。

敦史は歩きだし、5、6歩行った所で振り向くと、スタスタと戻ってきた。

何か忘れた?
ーーと、見ていた私の前にやってくると、流れるように首を傾げてキスをした。

「じゃあな」

唇を離した敦史は小さく笑んで、そのまま踵を返して去って行った。

私は胸の高鳴りとは真逆に、ボーっと立ち尽くしたまま、離れていく敦史を目で追っていた。

No.192 10/04/03 20:53
Saku ( SWdxnb )

>> 191 電車に乗り、立ったまま、車窓に映る自分の唇をなぞったーー

敦史と離れた直後に襲う、この渇望感が悩ましい…

敦史とずっと一緒にいられたらいいのに……


私はフイに思い出して、携帯を取り出し、ストラップと、チャームに刻まれた文字を見つめた。

そして、敦史にメールを打った。

No.193 10/04/03 21:14
Saku ( SWdxnb )

>> 192 『プレゼントありがとう。大切にするね。バイト、頑張ってね。

Be with you

カヨ』


そばにいるーーって、
一番敦史に伝えたくて、でも、私も欲しい言葉だった。


メールを送信したことで、悩ましい気持ちを解放できた私は、
リング型のストラップを微笑みながら揺らし見ていた。

No.194 10/04/04 22:28
Saku ( SWdxnb )

>> 193 帰宅し、真っ先に、部屋の棚に置いた宝箱を開けた。

敦史に言われた時から決めていたーー

それは、
初めて家族で行った海外旅行のオーストラリアで、父親が自分のために買おうとしていたキーホルダーだった。

レジの上で、光に照らされ、丸い黒石の中から、七色に輝いた魚が浮かび上がったーー

「この魚なぁに?」

「マンタだよ」

「キレイ…」

父は同じものをもう一つレジに並べ、袋を別にして、一つを私にくれた。

「旅行の思い出にーー大切にするんだぞ」

父に言われた通り、私はビニール袋に入れ大切に宝箱へ入れておいた。

だから新品の様にキレイーー
海をモチーフにした映画が好きと言った敦史に、喜んでもらえる気がした。

No.195 10/04/04 23:17
Saku ( SWdxnb )

>> 194 夜の11時過ぎ、バイトを終えた敦史からメールが届いた。

『今日は楽しかった。

おやすみ。


stay with me
あたってる?』

何度も読み返し、何度も微笑んでしまった。

『あってるよ。

私も同じ気持ち。
おやすみ。

with love カヨ』

夜遅くに精一杯のラブメール・・・
最後の一文送ってしまった後にハラハラして、
逃げるように布団の中に飛び込んだ。

No.196 10/04/05 20:31
Saku ( SWdxnb )

>> 195 敦史は、「冬休みはめいいっぱい稼ぐ」
――と宣言していた通り、
オープンから昼時間と、夕方から最終まで、毎日の様にバイトに入った。

私は触発されて、敦史がバイトしている時間、勉強に勤しんだ。
同じ時間、勉強とはいえ、集中することで、
敦史と繋がっている気持ちになれた。

それに、何もしないと、敦史のことばかり考えてしまって、
会いたくなってしまうから、朝から机にかじりついていた。

でも、そんな私を両親は心配した。

「散歩にでも行ってきたら?」、「美咲ちゃん呼んだら?」、

「少しは出かけなさい!」
――仕舞には、そう背中を押されて外に出た。

No.197 10/04/05 20:57
Saku ( SWdxnb )

>> 196 外は快晴、でも風がヒンヤリと冷たかった。
私は歩きながら、思い出の池を囲んだ公園へとやってきた。

明日はクリスマスイブ・・・
ピザ屋は忙しくなる一日だけど、
プレゼントも渡したいし、少しの時間でも会いたいな――

そう思いながら携帯を出して時間を見た。
14時――
バイトの中休みの時間かと思い、
私は敦史にメールを打った。

『バイトお疲れさま。

明日か明後日、
ほんの少しでも会えたら嬉しいよ。

でも無理なら大丈夫。
カヨ』

No.198 10/04/05 21:04
Saku ( SWdxnb )

>> 197 送信ボタンを押して、
敦史からもらったストラップをニヤケて眺めている時、
『TSUNAMI』が鳴って、慌てて、通話ボタンを押して耳にあてた――

「もしもし・・・」

「加世?」

「敦史・・・」

「メール見たよ。今どこ?家?」

「池の公園だよ」

「じゃあ今から行くわ。待ってて」

「えっ?えっ――」

既に電話は切れていた。

No.199 10/04/05 21:29
Saku ( SWdxnb )

>> 198 それから20分経って、自転車に乗って敦史がやってきた。
この寒空の中、息をきらし、汗いっぱいの顔で、

「早いっしょ?」

とニコッと笑んだ。

「大丈夫?」

手ぶらで家を出たけど、
唯一持っていたハンカチで、敦史の額の汗を拭いてあげた。

「サンキュ」

敦史は今度は照れたように笑って、

「あ―、疲れたぁ」

と、ベンチに倒れるように座った。

「そうだよね。疲れたよね・・・」

隣町から自転車で20分なんて・・・
すごく急いで来てくれたのが分かった。
ちょっぴり申し訳ない気持ちで敦史の隣に座ると、

「でも、俺も加世に会いたかったんだ」

と優しい笑顔で言った。

No.200 10/04/05 21:51
Saku ( SWdxnb )

>> 199 「夕方からもバイトだよね?」

「うん、17時な。
だから――2時間居られる。
なぁ、冬休み中、この時間に、ここで会わない?」

「でもバイトで疲れてるのに、
この往復もじゃ・・・大変」

「逆に、疲れが吹っ飛ぶんですけど」

敦史はイーと笑った。

「じゃあ、私が敦史の地元に行くよ」

「いいって、俺ココ好きなの」

「私も」

「じゃぁ、決まり」

そうして、冬休み中は
中抜けデートをすることになった。

No.201 10/04/06 20:28
Saku ( SWdxnb )

>> 200 午後2時から、5時まで――
敦史が自転車の往復をする約1時間を除けば、
たった2時間だったけど、毎日敦史に会えると思うと嬉しかった。

クリスマスイブの今日も、私は朝から勉強し、
14時に「散歩」と言って、水筒とプレゼントを持参して家を出た。
両親は出かけるのを喜んでいた。

ゆっくり歩いて15分で着いた。
もう少しで敦史がやってくると思うだけで、ドキドキした。
そんな緊張した私を和ませてくれるように、
カモが目の前の水面を行き来してくれた。

30分過ぎても敦史は来ない――
1時間過ぎた時、知らない番号から着信があった。

「もしもし・・・?」

「加世、オレ」

「敦史?」

「うん。悪い、まだバイト先でさ、
マジ混みで、まだ引かなくてさ」

苛ついているのが分かった。

「大丈夫だよ、気にしないで」

「マジごめん。又連絡するから」

「うん」

そのまま電話は切れた。

No.202 10/04/06 21:05
Saku ( SWdxnb )

>> 201 今日はイブだし、ピザ屋のバイトが忙しくなるのは
容易に想像できた。

2度目の連絡が来たのは午後4時過ぎだった。

電話が繋がった瞬間に、敦史は溜息をついて、

「もうさぁ・・・」

明らかにふて腐れていた。

「バイトお疲れさま。大変だったね」

また、大きな溜息――

「あっ、彼女さん?」

「あ、はい・・・」

「高谷ですー。ごめんねー、今日会う約束だったってねー。
忙しくて、薄井君に無理してもらっちゃってー」

「返せ。――加世、ごめん」

「ううん」

「明日は絶対!行くから!」

近くにいる高谷店長に言っている様だった。

No.203 10/04/06 21:54
Saku ( SWdxnb )

>> 202 「うん。楽しみにしてるね」

私は明るく言った。

「加世、今公園だろ?
寒いのに、ゴメンな」

「ううん、大丈夫。
夕方からも、バイト頑張ってね」

そんな会話をして、電話を切った。

クリスマスイブだからという訳ではなく、
敦史に会えないと分かって、寂しかった。

でも、敦史はバイト頑張ってるんだもんね・・・

私は水筒に入れてきたレモンティーを飲んで、
気分を切り替えてから、家路についた。

No.204 10/04/06 23:31
Saku ( SWdxnb )

>> 203 その晩ま私は机に向かい、日付が変わろうとしていた時間に敦史からメールが届いた。

『寝てたらゴメン。
今日はゴメン。
おやすみ』

私はすぐに返信した。

『起きてたよ。
遅くまでお疲れ様。
疲れてるのにメール、嬉しかったよ。
おやすみなさい。

カヨ』

送信して、すぐ、
電話が掛かってきたーー

No.205 10/04/06 23:43
Saku ( SWdxnb )

>> 204 「敦史?」

「うん。
加世起きてるって見たからさ、思わず…こんな時間にゴメンな」

「フフ、ゴメンばっかりだね」

「マジでーー昨日約束したばっかりなのにさ…」

「忙しいんだって分かってるよ。
疲れ過ぎて、敦史倒れないかって心配…」

「倒れることは無いけど、疲れすぎだよ……
だからーー」

「ーー」

「無性に加世に会いたい」

胸の奥がドクンとした。

No.206 10/04/07 12:29
Saku ( SWdxnb )

>> 205 「今から加世の顔見に行ってもいい?」

「エ…?」

「この間みたいに、部屋から顔見せてくれればいいから」

「いいよ…でも、今からなんて敦史が大変じゃない?」

「このまま家帰るよか、ずっとマシーー
じゃあ、下に着いたらメールするよ」

敦史はそう言って電話を切った。

私は携帯をサイレントにし、ドアを開けてみた。

両親はもう寝たらしく、家中がシーンとしていた。

私はまたドアを閉めて、寒くないように着替えを始めた。

No.207 10/04/07 18:14
Saku ( SWdxnb )

>> 206 それから30分経って、机の上の携帯が光ったーー

カーテンを開けて外を見ると、公園の中に自転車にまたがった敦史がいた。

私は部屋のドアを静かに開け、
階段を物音をたてずに降りて、
1階に着いた所で、辺りを見渡した。

今晩マンタは2階の両親の部屋にいるみたいだ…助かった。

暗闇の中でポケットに入れた携帯が光ったーー

私は、そのまま静かに靴を履き、玄関の鍵を解除しソーっとドアを開けて、外に出た。

玄関のドアも、門も音をたてない様に細心の注意を払って閉めた。

そして、敦史の元に駆けていったーー

No.208 10/04/07 18:58
Saku ( SWdxnb )

>> 207 私に気付いた敦史は最初驚いた顔をしたけど、まっすぐに私を見た。

そして、やってきた私を、手を伸ばして捕まえる様にすると、そのまま抱きしめた。

「加世ーー」

暫くギューッと強く抱きしめられていた。


「大丈夫だったの家?」

顔だけを離して敦史が聞く。

「うん。両親も、マンタも寝てるみたいで、こっそり出て来ちゃった」

敦史は微笑んだ。

「ヤバイ事させてるね」

私は首を振った。

「私も会いたかったから…」

No.209 10/04/07 19:13
Saku ( SWdxnb )

>> 208 敦史の顔がーー
キラキラ硝子の様に輝く瞳が目の前にあった。

敦史は私の髪をなで、
唇を重ねてきた。

それは今までのキスとは違ったーー
敦史の舌が私の口の中で舌を捕えて、強く、優しく動いた。


腰が砕けてしまいそうになるのを予測していたように、敦史の腕が私の体を支え、
そのまま、又抱きしめられたーー

彼のキスしか知らないけど、
敦史はキスがとても上手だと感じた。

No.210 10/04/07 22:25
Saku ( SWdxnb )

>> 209 「寒いよな」

私は唐突な出来事にぼんやりとしてしまい、
敦史の言葉にも、ただ首を振るしかできなかった。

「フフ、ごめん」

敦史はいつもの様に、無邪気に笑った。

「う、ううん・・・」

やっと声が出た。

No.211 10/04/07 23:25
Saku ( SWdxnb )

>> 210 敦史が、滑り台下の四方を囲まれた場所を見つけ、
寒さを凌ぐために、私たちは腰をかがめながら、
その中に入った。

「スゲー、秘密基地みたい」

敦史はハシャイでいたけど、

「暖かいけど、暗いね・・・」

私は真っ暗で少し怖かった。

「加世、おいで」

敦史に手を引かれ、そのまま敦史の前に座った。

No.212 10/04/08 12:03
Saku ( SWdxnb )

>> 211 後ろから抱き抱えられる格好で、両手を重ねた。

物凄くドキドキしたけど、安心して寄り掛かっていられた。

「加世、いい匂い」

「お風呂入ったから…」

「ゴメン、汗くさいな」

「ううん、敦史の匂い、好きだよ」

ホント…
抱きしめられる度、敦史の匂い、体温まで愛おしく感じていた。

「この密着度ーー
ここでやっちゃう奴ら、居るかもしれないな」

「エッ?!」

No.213 10/04/08 18:04
Saku ( SWdxnb )

>> 212 「ハハ、大丈夫だって、いくら何でも、俺は場所選ぶわ」

「…エッチだなぁ」

「かーよぉ、男なんてみんなエッチだから。
で、ほとんどが変態だから」

「フフ、敦史も?」

「俺は筆頭、フフ」

そんな話しをしていても、敦史はどこか余裕があって、
私は、抱きしめられた腕に、守られている気分だった。

No.214 10/04/08 23:10
Saku ( SWdxnb )

>> 213 こんなに密接したまま、一緒にいるなんて初めてだったけど、
たわいない会話も楽しくて、心から幸せを感じていた。

「あ、そうだ・・・」

私はフイに思い出し、コートのポケットから、
小さな袋を出した。

「これ、私からのクリスマスプレゼント」

受け取った敦史は、携帯の明かりを点けて、
袋からキーホルダーを出し、
私の話を興味深く聞いてくれた。

「へぇ、早く光にかざしてみたいな。
大事にするよ」

そう言って、ジャンバーのポケットに閉まった。

No.215 10/04/08 23:47
Saku ( SWdxnb )

>> 214 「もう、こんな時間なんだね…」

敦史の携帯で見た時間は、夜中の3時を過ぎていた。

敦史と一緒に居ると、あっという間に時間が過ぎていくーー
いつもの事だけど、この日は特に早く感じた。

敦史は私に回した腕を強めた。

「まだ一緒に居たい」

「でも、明日…、じゃなくて今日もバイトでしょ?帰って少し寝なきゃ」

「加世はもう帰りたいの?」

「……」

私も敦史と同じ気持ちだったけど、
バイトで疲れている敦史に少しでも寝て欲しかった。

No.216 10/04/09 20:22
Saku ( SWdxnb )

>> 215 「じゃあ、今日の中抜けデート無しにして、その時間も休んでくれる?」

「今一緒にいられるって言うなら…」

「うん。じゃあ5時までいるね」

敦史は重ねた手の上で小指を立て、指切りをした。

「加世、トイレ平気?」

「うん。平気」

「俺ちょっと行ってくるわーー
一人で待ってられる?」

「フフ、うん」

敦史は携帯を出し、音楽をーーオルゴールのTHUNAMIを小さく鳴らした。

「これフルだから、聞いててな」

そう言って、携帯を置いて出て行った。

No.217 10/04/09 22:03
Saku ( SWdxnb )

>> 216 敦史の気遣いが嬉しい。

こんな暗い所で居るのは、少しの間でもやっぱり怖いから…。

きっといつも敦史が聞いているだろう曲を、私は目を閉じて聞いた。


オルゴールの音色のせいか、今までずっと一緒にいて、ほんの数分離れてるだけなのに、敦史が恋しくなった…。


何なんだろ…

自分が小さく思えて、溜息をついた。

No.218 10/04/10 09:30
Saku ( SWdxnb )

>> 217 「大丈夫?」

入口にヒョコっと敦史が顔を見せた。

敦史は楽しそうに中に入って定位置に座ると、
おいでという様に手を広げた。
私はその手をすり抜け、敦史の肩に抱き着いた。

「どうした?…」

「ちょっと…寂しくなっちゃって」

敦史は、優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。

そして、触れ合った頬と頬をスライドさせ、ソッとキスをした。

No.219 10/04/10 10:57
Saku ( SWdxnb )

>> 218 「おみやげ」

そう言って、敦史は温かい缶コーヒーを、私の頬にあてた。

「ありがと…」

私は気恥ずかしさもあって、目を合わせずに受け取った。


その時流れていたTHUNAMIが終わって、敦史は携帯に手を伸ばして、又鳴らした。

「鳴ってる間、ラブターイム」

敦史はそう言うと、私の頬に手をあて、唇を合わせた。

No.220 10/04/10 13:32
Saku ( SWdxnb )

>> 219 それから何度もキスを交わした。

重ねた唇を、離しては、重ね、
軽く、深く、
リードする敦史に、私は応えた。


曲が終わると、敦史は唇を離して、まっすぐに私の顔を見た。


「責任とれる様になるまで、最後までする気ないから…」

「……」

「意味分かった?」

「フフ…分かったよ」

No.221 10/04/10 14:34
Saku ( SWdxnb )

>> 220 私は敦史の胸に顔をつけた。

「私…
経験、ないんだ…」

「ーーだよ、な…」


「敦史が……
初めての人になって」

「ーー」

「いつか」

「うん。
ーーフフ」

敦史は小さく笑った。

「今って言われるのかと思ったー」

「フフ、私だって場所選ぶわ」

敦史は私の髪をクシャっとして、又キスをした。

No.222 10/04/10 16:18
Saku ( SWdxnb )

>> 221 はしゃいだり、キスしたり、話している内に、新聞配達のバイク音が聞こえてきて、私は携帯で時間を確認した。

「もう5時だ…」

敦史はギュッと手を握ってきた。

「親が起きる前に、家に戻らなきゃ…」

もっと一緒に居たかったけど、私は敦史から体を離した。

No.223 10/04/10 17:36
Saku ( SWdxnb )

>> 222 手を繋いだまま、外に出て向かい合うと、あまりの寒さに身震いした。

「敦史、風邪ひかないでね」

「加世も」

「帰り、気をつけてね」

「うん」

あとはバイバイするだけーー
込み上げてくる物悲しさに、私は初めて自分から敦史にキスをした。

敦史は優しく受け入れ、深く長いキスをしたーー。


「じゃあ…」

繋いだ手を離したら、
私は敢えて、振り返らずに足早に家へ帰った。

寒いから早く敦史に帰って欲しかった。

No.224 10/04/11 19:58
Saku ( SWdxnb )

>> 223 門も玄関も、静かに開閉し、階段も物音たてずに上がった。

2階はしーんとしていたけど、両親の部屋で
マンタが起きている気配がした。

私は静かに静かに自分の部屋へ入った。


入ってすぐ、カーテンを開けた。

公園の前の街灯の下に、自転車にまたがった
敦史が、私の部屋を見上げていた。

私と目が会うと、笑顔で手をかざして、
そのまま走り去った。

No.225 10/04/11 20:27
Saku ( SWdxnb )

>> 224 早く帰って欲しかったけど、
敦史が見えなくなってしまうと、寂しい・・・

「はぁ・・・」

ため息をつきながら、服を家着に着替えていると、
コートのポケットに入れた携帯が光っているのに気づいた。


『おかえり』

敦史からのメールだった。

たまらない・・・
じんわりと、涙が込み上げてきた。

寂しいと思う私の心を見通して、
いつも側にいてくれる。

敦史の優しさがたまらなく心に沁みた――

No.226 10/04/11 20:56
Saku ( SWdxnb )

>> 225 私も敦史にメールを送った。

『おかえり

少し眠れるね。
おやすみなさい。

with love カヨ』


言葉に気持ちを乗せるのって難しい――

ベットに横になりながら、悩ましい気持ちで
送った文面を眺めていたら、
いつの間にか眠りについていた。

No.227 10/04/11 21:45
Saku ( SWdxnb )

>> 226 「加世子、加世子――」

「・・・うん」

「もう、お昼よ」

耳元の母親の声で目を覚ました。

「え、お昼?」

「そう。ご飯食べなさい」

「うーん・・・」

私は体を起こし、枕元の携帯を手にした。

「うわ、13時?」

「フフフ、朝まで勉強してたの?
あんまり無理しないのよ」

母親は部屋のドアを開けたまま出て行った。

No.228 10/04/11 21:54
Saku ( SWdxnb )

>> 227 携帯には敦史からのメールが届いていた。

「ただいま、帰ったよ」
と、
「バイト行ってくるな」
という内容の2件だった。

敦史は今もバイトしているんだ・・・
呑気に寝ていた自分が嫌になる。


メールの他に着信があった。
30分前に――美咲から。

私は美咲の番号に発信をした。

No.229 10/04/12 19:43
Saku ( SWdxnb )

>> 228 電話はすぐに繋がった。

「美咲?」

「うん。加世、彼氏と一緒じゃなかった?」

「一緒じゃないよ。いま家だもん」

「そっか…。ねぇ、今時間あいてるなら会えない?」

「いいよ。ウチに来る?

「今駅だから、そうしようかな。じゃあ向かうね」

電話を切った私は、部屋を出て母親に美咲が来る事を伝えた。

No.230 10/04/12 20:02
Saku ( SWdxnb )

>> 229 私は着替えながら、陽介さんの事を思い出して、一気に気を重くしていた。

その時、階下から母親の明るい声が聞こえ、

「加世子ー、美咲ちゃーん」

と呼ばれた。


私が階段を下りていくと、ニッコリと笑んだ美咲のおかげで、玄関がパッと明るく華やいで見えた。

No.231 10/04/12 20:23
Saku ( SWdxnb )

>> 230 「変わってないな~」

部屋を見回して美咲が言う。

「相変わらず殺風景でしょ」

私は飲物とお菓子をのせたお盆を、中央のテーブルに置いた。

「いいよー、加世の部屋落ち着くもん」

美咲はコートを脱ぎ、ベットに寄り掛かれる場所に座った。

「美咲、どっかに出掛けてたの?」

オシャレな私服姿を見て、思わず聞いていた。

「一昨日からずっと出っぱなし」

「え?家に帰ってないの?」

「うん。イブに家に居るなんて無理だもん。
予定空いてた友達と、ドライブ行ったり、カラオケ行ったりしてたの」

美咲は、そう言って、コップのお茶を口にすると、視線をコップに落としたまま、

「陽ちゃんは仕事で会えないからさ…」

と呟くように言った。

No.232 10/04/12 20:31
Saku ( SWdxnb )

>> 231 食事した帰りに、早めのプレゼントを美咲に渡していたのを思い出した。

でも、陽介さんは本当に仕事なのだろうか?

この間の日曜日も、確か美咲には仕事と話していて、違う女の人と映画を見ていた…


私が一人考えていたら、目の前に美咲の顔が近付き、ニヤリと笑んだ。

「加世は?昨日は彼氏と会えたの?」

No.233 10/04/12 22:08
Saku ( SWdxnb )

>> 232 私は、夜中に家を抜け出して、
公園で――秘密基地で敦史と会っていたことを話した。

「加世が?!」
「エエ―!」
「本当に?!」

美咲は表情をコロコロと変えながら、
体を乗り出して話しを聞いていた。
それが、私は可笑しくて笑った。

「ハハ、そんなに驚かないでよ」

「驚くよ!加世がそんなに大胆なんてさー!
でーも、一見清楚そうな子の方がエッチだったりするんだよね」

「エッチ!?なんて、しないから!」

「ヒヒヒ!」

No.234 10/04/12 23:04
Saku ( SWdxnb )

>> 233 美咲にからかわれる様に笑われながら、
敦史が責任とれるまではしないーー
と言った事を話すと、
美咲は笑うのを止めた。

「へぇ……」

何かを考えている様子の美咲を、私は首を傾げて見つめた。

美咲は私と目が合うと、視線を外すことなく話し出した。

「昨日、隣町の友達も来ててね、薄井君と同じ中学だった子なんだけど…」

No.235 10/04/13 12:41
Saku ( SWdxnb )

>> 234 「彼、中学時代も凄くモテてたみたいで…」

そこまで話して、美咲は口を噤んだ。

「なぁに?教えて」

「大したことじゃなかった。加世は知らなくていい話」

「ヤだよ!敦史の事でしょ?教えてよ」

「うーん…
じゃあ核心だけ話すとね、彼は経験豊富ってこと」

「……」

豊富って…どの位のことを言うのか分からなかったけど、
彼女もいた敦史が経験済みなのは想像できた。

No.236 10/04/13 12:53
Saku ( SWdxnb )

>> 235 「責任とれる様になるまで、本当に手を出さなかったら、愛されてる証拠じゃない」

美咲はウインクする様にはにかんだ。


美咲はまだ何かを知っている様に感じたーー。


でも聞いてもこれ以上のことは教えてくれない気がしたし、
何よりも、今の私には、受け止める自信が無かった。

No.237 10/04/13 20:24
Saku ( SWdxnb )

>> 236 「やっぱり、話さない方が良かったね…」

少なからず、落ち込んでいた私の顔を覗き見ながら、美咲は溜息をついた。

でも私は、心の中の乱れを整理して、本当の自分の気持ちを探ったら、呆気ない位に答えが見つかった。


「私、過去の敦史がどんなだろうと気にしないよ。
私が知ってる目の前に居る敦史が好きだから」


私は、今私のそばに居てくれる敦史を信じたいと思った。

美咲は頬杖をついて、私を真っ直ぐに見つめていた。

「ーー加世って強いね」

「ーー」

「私、やっぱり加世好きだわ。
加世はそのままで居てよね。ずっとさ」

美咲は大袈裟にニヤリと笑んだ。

No.238 10/04/13 23:50
Saku ( SWdxnb )

>> 237 その後、美咲にここ数日の話しをしながら、携帯のストラップを見せた時、着信ランプが光っているのに気付いた。

サイレントを解除して開き見ると、
敦史からのメールだった。

『今休憩ー
約束通り、スタッフルームで爆睡するよ
おやすみ』

着信は14時15分。
今はもう15時近い…敦史は寝ているだろう…。

私はタイマーを17時10分前にセットした。

「彼からだった?」

「うん…
今バイト先の休憩で、寝てるって」

「フフフ、いいねー、ラブラブで!
あーあ、私の携帯はいつ鳴るんだか…」

美咲は携帯を頭の上にかざして、溜息まじりに見つめた。

No.239 10/04/14 01:11
Saku ( SWdxnb )

>> 238 「美咲から連絡してみたら?」

「でも仕事だって言うし」

「メールでも、着信でも、残しておいたら、返事くれるんじゃないかな?」

何も遠慮する事ないのに…と軽く言った後に、
もし仕事じゃなくて他の女の人と居たら……
と、胸がざわついた。

「うーん…。
そだね、痕跡だけでも残しておこうかな」

そう言って、美咲は電話を発信した。

No.240 10/04/14 18:05
Saku ( SWdxnb )

>> 239 暫くの沈黙の後、美咲の体はビクッと反応した。

「えっ?あ、陽ちゃん?
仕事中?ーー
今は加世と一緒。寂しい私の相手してもらってるの。
うんーーエ、本当?うん、加世に言ってみるね、うん、楽しみにしてるね
じゃあ後で」

電話を切った美咲は、体を弾ませ、満面の笑みで

「かーよ!
陽ちゃん、夕方から会えるって!」

「良かったね」

私も笑顔で答えた。

No.241 10/04/14 18:37
Saku ( SWdxnb )

>> 240 「それで、陽ちゃんが加世も一緒に夕飯食べようって」

「私は遠慮するよ。
せっかく二人で会えるのに、お邪魔しちゃ悪いもん」

「いいの。私は今日も陽ちゃん家にお泊りするし。陽ちゃんも、又加世とご飯食べたいって言ってたから」

「でも…」

「それにさ、言わなくていい事で加世を悩ませたお詫びさせてよ…
おごるのは私じゃなく陽ちゃんなんだけどさ」

そう言ってはにかんだ美咲は、その時廊下を歩くウチの母親に気付いて、立ち上がった。

「あっ加世のお母さん!
今日、加世と一緒に外で夕飯食べに出掛けてもいいですか?」

美咲の申し出に、母親が快く了承する声が聞こえた。

No.242 10/04/14 19:55
Saku ( SWdxnb )

>> 241 「駅に18時半に待ち合わせね」

美咲はそう言い残し、シャワーを浴びに自宅へと帰った。


陽介さんの秘密を知り、それを美咲には話せず、罪悪感を募らせていた私が、二人と一緒に食事なんてーー
どんな顔をして会えばいいものか…。
気が重かった…。


憂鬱な気持ちで、準備を始めたら、携帯のタイマーが鳴ったーー
16時50分。

私は、敦史に電話をかけた。

No.243 10/04/14 20:43
Saku ( SWdxnb )

>> 242 「…はい」

眠そうな声で敦史が出た。

「敦史?ーー加世」

「ん、加世?…アレ、今何時?」

「16時50分だよ」

「ああ、起こしてくれたんだ。ーー助かったよ、うーんーー」

体を伸ばしているのが目に浮かんだ。

「フフ、お疲れ様。あまり眠れなくて大変でしょう?」

「フー…
イヤ。今、超スッキリ」

「フフ、良かった」

敦史と話しながら、自然と自分の顔が綻ぶのが分かった。

No.244 10/04/14 21:04
Saku ( SWdxnb )

>> 243 「ねぇ敦史、今日これから美咲と夕飯食べに行ってくるね」

少しの沈黙があった。

「他には?アイツも来るの?」

「うん…」

又、少しの沈黙…。

「帰り何時?」

「分からないけど、21時位だと思う…」

「俺迎えに行くから、そいつに送ってもらったりすんなよ」

「でも、バイトは?…」

「タカヤンに掛け合って、昨日の貸し、返してもらうからーー
もう時間だから、後で合間みてメールするな」

「うん」

電話は切れた。

少し怒った様な敦史の声に、憂鬱な気分が、より一層増してしまった。

No.245 10/04/14 21:59
Saku ( SWdxnb )

>> 244 少し早めに駅に着くと、既に美咲は待っていた。

「美咲、かわいいー」

洗練された着こなしはさすがだったけど、
ほんのりと香る香水は、女らしさを際立たせ
何よりも、美咲自身がキラキラと輝いていた。

「ありがと。
陽ちゃんに会えると思うとウキウキしちゃって」

チークのせいばかりではなく、
美咲の頬は、高揚するようにピンクに染まっていた。

その時、見慣れたスポーツカーが目の前に来て止まり、
助手席の窓が下がった奥に陽介さんが見えた。

「陽ちゃーん!」

「おまたせ」

陽介さんはにっこりと微笑み、
最後に私を見て、小さく頷くように頭を下げた。

No.246 10/04/15 20:08
Saku ( SWdxnb )

>> 245 以前のように、美咲は助手席、
私は後部座席に座り、
陽介さんは車を発進させた。

「イタリアンなんだけど、旨いんだ。
ちょっと走るけど」

陽介さんは、ハンドルを握りながら言った。

「ほんと?楽しみ」

美咲はにこやかに答えた。

その時、私の携帯が鳴った。
敦史からの着信だった。

「もしもし?」

「加世?今日21時で上がれることになったから」

「うん」

「もう合流した?」

「うん」

「どこの店?」

「ちょっと離れたお店に向かってるよ」

「じゃあ、帰りは駅まで送ってもらって。
21時半には着けるようにするから」

「うん」

「じゃあ、仕事戻るから」

「うん――頑張ってね」

私は電話を切った。

No.247 10/04/15 20:27
Saku ( SWdxnb )

>> 246 「彼からだった?」

美咲は振り向いて聞いてきた。

「うん」

「何だか、尋問されてる様な電話だったね」

ルームミラー越しに陽介さんに言われ、ドキッとした。

「陽ちゃんてば、加世は私たちに気を遣ったんじゃない!分かってないな~」

「そう。ごめんね」

陽介さんは同じ様にミラー越しに私を見て小さく笑んだ。

何だか、陽介さんには全てを見透かされている感じがした…。

No.248 10/04/15 21:27
Saku ( SWdxnb )

>> 247 陽介さんの連れて行ってくれたのは、
レンガ造りで、一見コテージのような雰囲気のある
おしゃれなイタリア料理店だった。

オレンジ色の照明に照らされたテーブルに、
陽介さんと美咲は並んで座り、
その向かいに私は座った。

「相変わらず、陽ちゃんって素敵なお店知ってるね」

「仕事の付き合いネタで、教えてもらってるんだよ」

陽介さんは、私たちが飲み物を決めている間に
オーダーを済ませた。

ひと段落すると、向かい合った私に微笑んだ。

「加世子ちゃん、久しぶり。
――って、この間会ったばかりか」

つかさず、美咲が

「そうだよ、まだ10日前の話じゃない」

と言った。

日曜日に会った事は、美咲の計算に入っていない・・・
改めて、罪悪感に包まれながら、
運ばれてきたソーダー水を口にした。

No.249 10/04/15 21:57
Saku ( SWdxnb )

>> 248 食事が運ばれてきた。アンティパストもピザもパスタも
どれも、本当に美味しかった。

陽気に話す美咲は、場を明るくし、
陽介さんの秘密も忘れて、私も楽しい時間を過ごしていた。
そんな中、陽介さんが、私をジーと見て、

「加世子ちゃんって、いつもその髪型?」

と聞いてきた。

「そう言えば加世、中学の時から同じ髪型だね」

「うん」

美咲の言うとおり、ずっと肩に届く位のセミロング。
特に気にせずに、いつも同じ様にカットしてもらっていた。

「加世子ちゃんは、ショートが似合うと思うよ」

真っ直ぐに見られながら言われ、
思わずドキドキしてしまった。

No.250 10/04/15 22:27
Saku ( SWdxnb )

>> 249 「男が女に自分好みの髪型を伝えるのって、
何だか、イヤラシイ」

美咲は真横を向き陽介さんの顔を
ツンとした表情で見つめた。

「フフ、そうか?」

陽介さんは、笑って、グラスに口をつけた。

「だって、その通りの髪型に変えたら、
アナタの色に染まりました――って感じじゃない?」

「ハハハ」

「男は、暗に網をかけているような感じだし」

陽介さんは、私の方に顔を近づけ、

「俺は、加世子ちゃんを網にかけようとはしてないからね」

そう、囁くように言った。
美咲はそんな陽介さんの腕を押しながら、

「もう!当たり前でしょ!
――私、トイレ行ってくる」

と、席を立って行った。

No.251 10/04/15 22:43
Saku ( SWdxnb )

>> 250 美咲は陽気な空気も一緒に連れ去り、
私と陽介さんの間には、静かな空気が流れた。

「取ろうか?」

「はい・・・」

陽介さんは、追加で注文したサラダを
取り分けようとお皿を手にした。


「美咲に話してないんだ」

目線を落としたまま言った。
私も、同じくサラダに目線を落としていた。

「美咲に傷ついてほしくないんです」

「――」

陽介さんは取り分けてくれたサラダを
私の前に置いた。

No.252 10/04/15 22:56
Saku ( SWdxnb )

>> 251 そのサラダに手をつけることなく、
私は陽介さんを見た。

「美咲が本気なの分かるから・・・。
まだ16歳だし、陽介さんにしたら、子どもかもしれないけど、
美咲は陽介さんの事、本当に好きなんです」

「子どもなんて思った事ないよ。
逆に未来ある美咲には、俺は相応しくないと思ってる」

「だから、他の人とも?」

「それも含めて、美咲には不釣合いだろ」

陽介さんは、自虐的に小さく笑った。

「俺も同じ・・・
美咲を傷つけられないから、
加世子ちゃんと同じ選択しか出来ない」

黙ってる――ってこと・・・?


その時、美咲が戻ってきた。

「なぁに、何話してたの?」

にこやかな美咲に
場は一気に明るくなり、陽介さんは微笑み、

「加世子ちゃんに、網の仕掛け場所聞いてたの」

と、美咲のイスを引いて向かい入れた。

No.253 10/04/16 21:19
Saku ( SWdxnb )

>> 252 美咲に真実を言うか、黙っているべきか・・・
答えは簡単なようで、本当に難しい。

どちらが、美咲を傷つけないのだろう?・・・

私なら?
と置きかえて考えても、
答えは見つけられずにいた。


時間がちょうど、21時をちょっと過ぎた頃、
私たちはお店を出た。

「加世子ちゃん家まで送るね」

そう言う陽介さんに

「あの、駅まででいいです」

と答えた。

No.254 10/04/16 21:28
Saku ( SWdxnb )

>> 253 ルームミラー越しの陽介さんの無言の眼差しに

「待ち合わせしているので」

と答えた。

「えー、彼と?」

美咲は笑顔で振り向いて聞いてきた。

「うん」

「へぇ、加世ぉ、毎日会えてていいなー」

美咲は最後の方の言葉を陽介さんに向けて
言っていた。

陽介さんは、ただ微笑んで、ハンドルを握っていた。

No.255 10/04/16 21:47
Saku ( SWdxnb )

>> 254 21時半少し前に駅に着いたけど、敦史はまだ居なかった。

私は車を降りて、開いた助手席の窓から中を見た。

「じゃあね加世、彼によろしくね」

「うん。
ーー今日もご馳走様でした」

私は奥の陽介さんに小さく頭を下げた。

「待ち合わせ時間、何時?」

「21時半です」

「まだ来てないね」

「バイト先からなんで、少し遅れるかもしれません」

「大丈夫?」

「はい」

私は笑顔で答え、別れの挨拶を交わすと、
陽介さんは車をゆっくりと発進させた。

No.256 10/04/16 21:58
Saku ( SWdxnb )

>> 255 ロータリーを抜けて行く車を手を振って見送っていると、
弧を描くように車はまたロータリーの入口から入ってきて、私のすぐ近くに止まった。

そして、助手席のドアが開いて、美咲が降りてやってきた。

「陽ちゃんがね、心配だから、彼が来るまで待ってるって。
寒いし、車の中で待ってなよ」

「ううん、平気。
きっともうすぐ来るから」

No.257 10/04/16 23:29
Saku ( SWdxnb )

>> 256 美咲は陽介さんの元へ戻っていったけど、
車はエンジンをつけたまま止まっていた。

携帯に敦史からの着信はない。

年末でクリスマスの夜だからか、
酔っ払った人たちが陽気に通りすぎていき、
遠巻きにからかわれたりした。
その時、陽介さんが追い払うようにクラクションを鳴らしてくれた。

私が運転席に向かって頭を下げると、
暗い車内で、ほんのりとタバコにつけたであろう火が灯った。

そして、30分経ったころ、
自転車に乗った敦史が
猛スピードでやってきた。

「ゴメン!加世」

No.258 10/04/16 23:51
Saku ( SWdxnb )

>> 257 息を切らしている敦史の額は汗で濡れていた。

「最後の最後にオーダーが入って・・・ほんとにゴメン!」

「ううん」

私はハンカチを出して敦史に渡した。
敦史はニコッと笑んで受け取ると、額の汗を拭いた。

何だか、たまらなく愛しい気持ちで敦史を見つめていた。


「じゃあ、行きますか」

息が整った敦史に言われ、私が頷いたとき、
陽介さんがタバコを片手に運転席から降りてきた。


「待たせた挙句に、今からチャリで送るわけ?」

No.259 10/04/17 00:09
Saku ( SWdxnb )

>> 258 陽介さんに視線を向けた敦史の顔は、
一気に強ばった。

「他人にとやかく言われたくないんだけど」

嫌悪感の漂う言い方だった。


「他人だけどさ――
こんな真冬の夜に、彼女一人で待たせるなんて、
もうやめろよな」


「あんた関係ないだろ?
何でここに居るんだよ」


険悪な空気を察した美咲が、
車から出てきて、間に立った。


「あのね、この人私の彼氏で、
加世を送っていくって言ったんだけど――」

敦史は陽介さんを鋭く見据えたまま、
美咲の話を遮った。


「加世のことも狙ってるわけ?」


「敦史!?」

No.260 10/04/17 00:28
Saku ( SWdxnb )

>> 259 敦史は冷めた視線を美咲に移した。


「あんた、騙されてるよ。
日曜日にそいつ、他の女連れてたから」

沈黙が流れた――

美咲は振り向いて、陽介さんを見た。

陽介さんは顔色を変えずに、
タバコを口に運んだ。


「加世、行くぞ」

敦史は私の手を引っ張り、自転車を押し歩きだした。
美咲のことが気になったけど、
最後まで、その表情を見ることは出来なかった。

No.261 10/04/17 08:47
Saku ( SWdxnb )

>> 260 自転車を押す敦史の後をついて行きながら、私はずっと美咲のことを考えていた。

今頃、陽介さんとどうしてるのだろう…

美咲の気持ちを推し量ると、私の心は沈むばかりだった。


敦史も終止無言のままで、私たちは家の前の公園に着いた。

No.262 10/04/17 10:24
Saku ( SWdxnb )

>> 261 振り向いた敦史の顔に笑顔は無かった。

「友達のこと、気にしてんだろ?」

「…うん。
明日、連絡してみようと思ってる」


敦史は切り替える様に息を吐くと、暫く空を見上げーー、
そして私を見た。


「ーーごめんな」


感情的にならず、冷静に対応してくれる敦史が、うんと大人に見えて、
私はときめきながら首を横に振った。

その後少しの間、敦史は黙っていた。
きっと、敦史も気にしていたんだ……。


「明日、公園で会える?」

「うん。会いたい」


敦史は優しく笑み、自転車にまたがった。

「今日は帰るわ」

「うん。
送ってくれてありがとう」

私たちは笑顔で別れ、
私は敦史が見えなくなるまで見送った。

No.263 10/04/17 10:40
Saku ( SWdxnb )

>> 262 翌日、お昼頃に美咲にメールをした。

『昨日はごめんね。
会って話したいよ。

加世』


何よりも美咲のことが心配だったけど、
私は知っていて黙っていた事を、直接会って、美咲に謝りたかった。


程なくして携帯が鳴った。

『今家だから、来てくれるなら会うよ』

美咲にしたら凄く短いメール。
怒ってるのだろうか?ふさぎ込んでいるのだろうか?

私は色々考えながら、

『今から行くね』

とメールを返信し、準備を始めた。

No.264 10/04/17 12:56
Saku ( SWdxnb )

>> 263 10分程で美咲の家つき、インターフォンを鳴らした。

中から穏やかな美咲のお母さんが出てきた。

「こんにちは」

「加世ちゃん、久しぶりねぇ。いつも美咲と仲良くしてくれて、ありがとう」
と、ニコニコして言った。

「いえ、こちらこそ」

私も笑顔で答えた。

美咲におばさんの面影はあまりない。完全にお父さん似だと以前話していた事があった。
そして、美咲も実のお父さんを病気で亡くしていたんだった…。


「加世、上がって」

おばさんに呼ばれた美咲が玄関を下りずに現れた。
笑顔はなかったけど、いつもと変わらない姿だった。

No.265 10/04/17 13:16
Saku ( SWdxnb )

>> 264 玄関を上がると部屋の中から、美咲のお父さんが出てきた。

「こんにちは」

「こんにちは、おじゃまします」

そう答えた私ににこやかに会釈すると、部屋の中へ戻って行った。

「今日は講義がなくて家に居るの」

そう言うと、美咲は階段を上がりだした。

美咲のお父さんは大学の助教授だと聞いていた。
お父さんとお母さんの雰囲気は穏やかで、よく似ている気がした。


美咲は2階の自分の部屋であろう前で止まった。

「私、美咲の部屋入るの初めてだな」

「そうだった?」

私は頷いた。
今まではいつもリビングで過ごしていたから。

No.266 10/04/17 13:30
Saku ( SWdxnb )

>> 265 中は女の子らしいオシャレな部屋だった。

ところが、部屋に入った美咲は、ドアを内側から2ヶ所施錠した。

その違和感に、掛けられた鍵をぼんやりと見つめてしまった。


「ビックリした?これは防衛策。
親の為にもね…
家に、血の繋がらない男がいるわけだし…私もイイ女だしね」

「でも、お父さんでしょう?」

「正雄さんのこと?
お母さんの夫かもしれないけど、
私にとってはただのおじさんよ」

No.267 10/04/17 14:56
Saku ( SWdxnb )

>> 266 「ところで、加世も陽ちゃんが女と居るところ見たんだよね?」

「うん…。
黙っててごめんね」

「そんなのいいよ。
ねぇ、どんなタイプだった?」

「どんな、って……」

「キレイ系?可愛い系?
スタイルはいい?」

「……」

「歳はどの位だった?どんな服着てた?」

「ゴメン、遠くからちょっと見かけただけだから、分からないよ…」

殺気立っていた美咲はやっと落ち着いた様に、椅子に座った。

「私…勝てそう…?」

No.268 10/04/17 15:44
Saku ( SWdxnb )

>> 267 私はただ美咲を見つめていた。


「加世ーー
私、知ってたよ
陽ちゃんに他に誰かが居るって」

「ーー」

「最初に出会った時、彼女居るのか聞いたら、居ないとは言わなかったし。
私が一方的に夢中になって、付き合ってくれるって言うから…」

「……」

「昨日、あの後もね、結局私何も聞けなかった…
ただ泣いちゃったけどね…
でも泣いている私を陽ちゃんは一晩中抱きしめてくれてた」

「……」

「陽ちゃんはね、優しいの。優し過ぎるの。
選択権は私にあるのに、主導権は陽ちゃんなんて、やっぱりいびつな恋愛なのかもね」

No.269 10/04/17 21:23
Saku ( SWdxnb )

>> 268 美咲の家を後にしてから、池を囲む公園に来た。

太陽に照らされキラキラと輝く水面をぼんやり眺めながら、最後に言った美咲の言葉を思いだしていた。

「陽ちゃんが私を受け入れてくれる限り、
今の関係を崩したくないの。
陽ちゃんを失いたくないから」


複雑で曖昧な状況を生み出しているのは、陽介さんだ。

でも美咲の言う通り、陽介さんが優し過ぎるが故の関係…
美咲がそれでいいと言う限り、二人の関係を否定出来ない気がした。


「あれー加世、もう来てたの?」

振り向くと、自転車を降りた敦史が、爽やかに笑っていた。

No.270 10/04/17 21:37
Saku ( SWdxnb )

>> 269 「先に着いて、加世を待ってるつもりだったのに」

敦史はそう言いながら、ベンチの私の隣に座った。

「お疲れさま。はい」

私は、来る前に自販機で買っておいた
ホットのレモンティを渡した。

「おっ、サンキュ。俺これ好き」

「知ってたよ」

一緒に居る中で、敦史がよく選ぶのを見ていた。

「加世は、いい嫁さんになりますな」

敦史がお爺さん口調で言ったので、
私も真似て、

「ほほほ、そりゃそうですとも」

とお婆さん口調で答えた。

No.271 10/04/17 21:55
Saku ( SWdxnb )

>> 270 「加世は誰と結婚するんかのぉ?」

お爺さん口調の敦史の言葉を、
私はまともに受けてしまい、ポカンと敦史の顔を見つめた。
そんな私をみて敦史はニヤリと笑み、

「薄井加世子になりますかの?」

と敦史の声で言った。

「――」

私は相変わらず言葉が出なくて、
ただ、顔が熱くなるのが分かった。

「いつか」

その一言で、私は力を抜いて、
微笑んで敦史を見た。

「喜んで」

「ズッキューン!」

敦史は胸を撃たれたという
リアクションをして、
その後私たちは声を出して笑いあった。

No.272 10/04/17 22:17
Saku ( SWdxnb )

>> 271 「そうだ・・・」

敦史はズボンのポケットから
プレゼントしたキーホルダーを出した。

「バイトで使うバイクの鍵つけてんの。
これ、いいよな」

敦史はそういうと、頭の上で光にかざした。

すると、キーホルダーの中のマンタが虹色に輝き、
まるで、空を飛ぶアゲハチョウのようにさえ見えた。

「気に入ってんだ。ほんと、サンキュな」

「うん。気に入ってもらえて良かった」

敦史はそのまま私を見て、

「友達と話した?」

と聞いてきた。

No.273 10/04/17 22:51
Saku ( SWdxnb )

>> 272 「さっき、家に行って会ってきた」

美咲も他の女性の存在を知っていたということ、
それでも、今の関係を継続していきたいと話していたと、敦史に伝えた。

「何なんだよな、あの男は」

「美咲は、優しすぎるんだって言ってた」

「女はそうなの?俺なんか、ただの詐欺師にしか見えないけど」

敦史は少し苛ついているようだった。

「あーあ!別れてやりゃいいんだよ、後腐れなく!
俺ならそうするね、別れる時は、ハッキリ言うから」

「嫌だよ」

私は思わず、敦史の手を握っていた。

敦史は私の顔を見て、フゥーと息を吐くと
小さく微笑んだ。

「さっきのプロポーズ忘れたの?」

「・・・」

No.274 10/04/17 23:10
Saku ( SWdxnb )

>> 273 「冗談じゃなく、本気で言ったの」

「・・・」

私は敦史の顔を見つめるしかできなかった。
敦史も真っ直ぐに見つめ返していた。

「たまらなく好きなんだけど」

私は目を合わせたまま、小さく頷いた。

「キスしていい?」

私は、同じようにゆっくり頷いた。

敦史は私の頬に手をあて、唇を合わせた。

明るい日中に、誰に見られているか分からない――

でも私は、敦史との長い長いキスに、
心も体も溶け入るような幸せを感じていた。

No.275 10/04/17 23:34
Saku ( SWdxnb )

>> 274 敦史とはキスだけで、それ以上は進むことはなかったけど、
私たちの関係は、とても順調だった。

前に美咲が言った「経験豊富」ということが、
一切気にならなかったのも、敦史が私を好きでいてくれる、って
感じることが出来たからだと思う。


高2になり、私たちはクラスが離れたけど、
敦史はバイト、私は勉強に励みながら、
お互いに時間を作るように努めて会っていた。


今思えば、一番幸せだった時期だった――
私たちは夢の中を生きていたのかもしれない。


少しずつ、見えない所で歯車が狂いだしたのは、
高2の終わり――


敦史が、担任を――
自分のお母さんと付き合っていた先生を
学校で殴る事件を起こしてからだった。

No.276 10/04/18 00:25
Saku ( SWdxnb )

>> 275 ホームルームが終わったばかりの放課後、
教室前の廊下で、敦史が担任を殴り、
担任は倒れて、口の中を切ったのか、血を流していたという――

その話はあっという間に校内を駆け巡り、
私の耳にも入ってきた。

そのまま職員室に連れて行かれたという敦史に
どうしても会いたくて、
私は放課後もずっと、職員室が見える
職員玄関辺りをウロウロしていた。

校内に生徒の声がしなくなった頃、
職員入口に、細くて美しい女性がやってきた。

どこかで見たことのあるその人の横顔を見つめていると、
フイに顔を上げた女性と目が合った。
しかし、その人は先を急ぐように私の前を通り過ぎ、
職員室のドアを叩いて、中へ入っていった。

その女性がつけていたきつい香水の残り香が漂う中で、
私は思い出していた。

以前、担任の車の助手席に乗っていた人――
敦史のお母さん。

No.277 10/04/18 00:36
Saku ( SWdxnb )

>> 276 敦史のお母さんが中に消えてから、10分程経ったとき、
職員室のドアが開き、敦史とお母さんが出てきて、
中に向かって、お母さんは深々と頭を下げ、敦史の頭も押えるようにした。

ドアを閉めると、敦史はお母さんの手を振り払い、

「カバン教室だから」

と言って、階段を上がっていった。

私は別の階段を足早に駆け上がって、
敦史の教室の前まで行った。

すると敦史がやってきて、私を見つけると、
ばつが悪そうに目を伏せた。

「大丈夫なの?」

「俺はぜんぜんっ」

手をフラフラさせて中へ入っていった。

No.278 10/04/18 00:51
Saku ( SWdxnb )

>> 277 「何があったの?」

敦史はカバンの中に机周辺の私物を詰め込んでいた。

「一週間停学処分だって」

「そうなの?」

「一足早い春休み~」

敦史はふざけて歌うように言った。
私は泣きそうな気持ちで、敦史の顔を見つめた。
それに気づいた敦史は、小さく息を吐き

「ごめん」

と私の頭を撫でた。


「アイツ、母親を捨てたんだ」

「・・・」

「ただそれだけの事」

「・・・」

「嫌だけど、今日は親と帰るしかないんだわ」

「うん」

「ごめんな加世。
・・・マジ、ごめんな」

力ない敦史の言葉に、
私はただ首を振るしか出来なかった。

そして、敦史はお母さんと一緒に帰っていった。

  • << 283 敦史の停学処分が明ける日に、春休みに入った。 『一足早い春休み』という言葉通りだったけど、 敦史はその一週間、バイトも外出も禁止されていた。 きっと、メールや電話が頻繁に掛かってくるだろう―― そう考えていたけど、私からのメールに返信してくるだけで、 敦史からは、連絡が無かった。 一週間、私は不安と憂鬱な気持ちで過ごし、 春休みに入り、敦史の処分の明けた今日、 池の公園で待ち合わせすることになった。 公園に敦史は先に着いていて、 ベンチに座って、ぼんやりと池を眺めていた。

No.279 10/04/18 01:27
Saku ( SWdxnb )

愰読者の皆様へ愰

初めまして作者です溿

何よりも…
長々と、誤字、脱字も多く、下手で拙い文章で本当に申し訳ありません。


これまではピュアな内容でしたが、
今後、過激な内容、描写も増えてきますので、前もってお知らせいたします。

嫌だと思われる方、申し訳ありません。

楽しみにして下さってる方、いますか?
居てくれたら、嬉しいです。感謝です昀

今後も宜しくお願いいたします溿


作者より

No.282 10/04/18 12:44
Saku ( SWdxnb )

一括で申し訳ありません。

2名の匿名様、コメントありがとうございます。

とても励みになります昀

夜になりますが、続きを書いていきます。

これからも宜しくお願いします溿

No.283 10/04/18 20:45
Saku ( SWdxnb )

>> 278 「何があったの?」 敦史はカバンの中に机周辺の私物を詰め込んでいた。 「一週間停学処分だって」 「そうなの?」 「一足早い春休み~」… 敦史の停学処分が明ける日に、春休みに入った。

『一足早い春休み』という言葉通りだったけど、
敦史はその一週間、バイトも外出も禁止されていた。

きっと、メールや電話が頻繁に掛かってくるだろう――
そう考えていたけど、私からのメールに返信してくるだけで、
敦史からは、連絡が無かった。

一週間、私は不安と憂鬱な気持ちで過ごし、
春休みに入り、敦史の処分の明けた今日、
池の公園で待ち合わせすることになった。


公園に敦史は先に着いていて、
ベンチに座って、ぼんやりと池を眺めていた。

No.284 10/04/18 21:18
Saku ( SWdxnb )

>> 283 姿を見つけても、何だか名前を呼ぶのを躊躇した。

すると、フイに敦史が振り向いて、私を見つけると、
しばらく見つめ、そして、優しく微笑んだ。

「久しぶり」

私は妙に緊張しながら、敦史の隣に座った。

「うん。久しぶり」

そう言った敦史は、私の手を取って握った。
私はその繋いだ手を見て、涙が出てきた。

「・・・一週間、長かったぁ」

私は泣きながらも、敦史の顔を見て
いっぱいいっぱいの気持ちを口に出した。

「もう、嫌いになった?」

敦史は首を大きく横に振った。

「でも、たった一週間・・・私、敦史が遠くに
・・・遠くに、行っちゃったみたいに感じて――」

私の言葉を遮るように、敦史は私を抱きしめた。
今までにない位、力いっぱい強く――

「好きだよ。大好きだ――
でも・・・」

「――」

「俺は加世に相応しくないのかもしれない」

No.285 10/04/18 22:03
Saku ( SWdxnb )

>> 284 私は敦史の胸を押し離した。

「どうして、そんなこと言うの?」

敦史は苦しい表情で私を見つめながら、
黙っていた。

「相応しいかなんて、私が決めるよ」

「――」

「好きなら摑まえててよ!
大好きなら摑まえてなよ!
そんな――
そんな弱い気持ちなら、私から離れていくから!」

私は涙でぐちゃぐちゃなはずの顔を上げて、笑ってみせた。

敦史は一瞬泣きそうになった顔を伏せて、
声を出して笑った。

「加世ってSっ気あるよな?」

「エ、ス?」

「ハハハ、いつか試すのが楽しみだよ。ハハハ」

そう言って、悩みを吹き飛ばすように、
いつまでも笑っていた。

No.286 10/04/18 23:07
Saku ( SWdxnb )

>> 285 この時、敦史の悩みに寄り添えてあげられてたら?
何か、変わっていただろうか?

この時の私は何も知らなくて、平和で、敦史にとって清涼剤で――

敦史のことが大好きで、敦史とずっと一緒にいたくて、
敦史との未来を、ほのかに夢見始めていた
真面目と言われるただの女の子だった。


その後、3月は小さな変化が続いた。

中学校を卒業した洋史君が、家を出て住み込みで働くことになり、

陽介さんが、東京本社へ戻ることになった。

そして、私は17歳になった――。

No.287 10/04/19 00:15
Saku ( SWdxnb )

>> 286 17歳の誕生日に敦史は、
私が欲しいと言った、曲目がTHUNAMIのオルゴールをプレゼントしてくれた。

「こんなに安いのでいいの?」

雑貨店で千円しないくらい額だった。

「いいの。大切にするね。ありがと」

そう言ったのは嘘ではなく、
オルゴールは今も私の部屋にある。


洋史くんが働くことになったのは、地元の建築業だということだった。
地元だから通うことも勿論できるけど、住み込みというのは
彼の第一条件だったそうだ。
敦史は高校卒業するまでの1年間、
お母さんと二人で暮らすことになった。


美咲は、陽介さんを追いかけるように、
以前から田神さんに頼まれていたカメラテストを
東京まで受けに行った。

するとティーンズ向け雑誌のモデルに即決し、
その後美咲は、地元と東京を行き来する日々を過ごす事になった。


そして高校3年生となった4月――
私は敦史とも美咲とも離れ、
進学クラスへ進んだ。

No.288 10/04/19 19:28
Saku ( SWdxnb )

>> 287 進学クラスは、受験に向けて勉強優先のクラス。

授業中も張り詰めた空気で、ぼんやり窓の外を眺めている人なんていなかった。

私はクラスの中ではマイペースだったと思う。
何よりも敦史との時間を最優先させ、敦史がバイト中は勉強するリズムで、日々を過ごしていた。

そして新たな出会いもあった。

私はクラスの副委員に選ばれ、委員長に選ばれたのが佐藤利夫くんーー
いつも学年トップの秀才だった。

No.289 10/04/19 19:55
Saku ( SWdxnb )

>> 288 佐藤君は穏やかで、みんなからも好かれていた。

佐藤君位の成績なら、東京の有名大学志望かとおもいきや、
お父さんが長期入院中で、奨学金付きの地元の大学に行くつもりだと話していた。

クラスで、みんながピリピリする中、佐藤君と話す時だけ、和やかな気持ちになれた。


ある放課後、私たちはクラス委員の仕事で、教室でプリント折りの作業をしていた。

「真中は、どこの大学を目指してるの?」


「今のところ、佐藤君と同じ」

地元の大学は私の両親の出身大学でもあり、私も何となく、第一志望にしていた。

「へぇ、一緒なんて嬉しいな」

佐藤君は目がなくなる笑顔をみせた。

No.290 10/04/19 21:03
Saku ( SWdxnb )

>> 289 私たちは、プリントを職員室へ持って行った。

佐藤君は色んな事を知っていて、話題豊富で私を飽きさせなかった。

ケラケラ笑いながら教室へ戻って行った時ーー、

「……敦史」

教室の前の壁に寄り掛かり、敦史が顔だけ向けてこちらを見ていた。

佐藤君は教室へ行くと素振りをした。

「うん」

と頷き、私は敦史の元へ笑顔で向かった。

「バイトはぁ?」

「休みだけど」

「そうなんだ。教えてくれたら良かったのに」

「黙ってて、驚かそうと思ったのーー
靴箱の前で待ってても、来ないし」

「委員の仕事だったの」

「……」

No.291 10/04/19 21:27
Saku ( SWdxnb )

>> 290 その時、佐藤君が鞄を持って出てきた。

「真中…大丈夫?」

「うん。お疲れ様」

「うん。じゃ、また明日な」


佐藤君は何度か振り返りながら、帰って行った。

「俺たち、付き合ってんですけどー!」

敦史は佐藤君が去った方に向かって大声で言った。

「敦史?!」

「アイツ何だよ?」

「佐藤君?同じクラスで、一緒に委員してるの」

「そういうんじゃないわ!」

「ーー」

敦史は苛ついた眼差しを私に向けた。

「加世のそういう、脳天気なところ、たまにスゲームカつくよ!」

「!ーー」

敦史はそのまま私を追いて去って行った。
その先で何かを叩きつける物音が響いたーー。

No.292 10/04/20 19:08
Saku ( SWdxnb )

>> 291 追いかけたかった――

でも私は、その場にヘタヘターと座り込んでしまった。

涙は出なかった。
あまりのショックで、何も考えられない感じだった。

しばらくたって私は、
鞄を持ち、靴を履き替え、一人で正門を出て行ったけど、
その間ずっと、ぼんやりとしたままだった。

すると――

No.293 10/04/20 19:38
Saku ( SWdxnb )

>> 292 歩道の先に、敦史が立っていた。

私は敦史の姿を視界に入れながら、ただ、歩いていた。
そして、敦史の前をそのまま歩いていった。

次の瞬間、後ろから腕をつかまれた。

振り向くと、敦史は
眉間にしわを寄せて私を見ていた。

ぼんやり、見てしまう――
まだ、私の思考は止まっていた。

敦史はギューと目をつぶって、
大きく息を吐いた。

「・・・ごめん」

その一言を吐き出すために、
大きなため息?

思考が動き出した私の目からは、
涙がこぼれた。

No.294 10/04/20 19:57
Saku ( SWdxnb )

>> 293 そして、涙目で敦史を睨みつけ、
つかまれた腕を振り払って歩き出した。

「加世?」

私は歩みを止めなかった。

「加世!」

追いかけてきた敦史に
又腕をつかまれた。

「キライ!」

「え?」

「敦史なんてキライ!」

私はまた歩きだした。

「ええ?なんでー?」

敦史は素っ頓狂な声を出した。

私はちょっと笑ってしまい、走り出した。

「えっ?加世、待てって!待ってよ!」

「イヤイヤイヤ―!」

そのまま、追いかけっこのようになった。

No.295 10/04/20 20:31
Saku ( SWdxnb )

>> 294 敦史も楽しんでるのか、追いつかないペースで
私たちは池の公園に着いた。

私は立ち止まり、肩で息をしながら、
敦史を見た。
敦史は涼しい顔して、笑っていた。

「いいねぇ、たまの運動」

「はぁ、はぁ・・・」

「ハハハ」

敦史は無邪気に笑った。
この笑顔、久しぶりだ。

「最近の敦史、ヘンだよ」

「・・・」

3年生になって、
苛ついてることが多いように見えた。

「どんな時も、私、変わらない自信あるよ」

「――」

「敦史を好きでいる自信あるよ」

「――」

「だから、私を信じてほしい」

No.296 10/04/20 21:26
Saku ( SWdxnb )

>> 295 敦史は私の腕をとり、木陰に連れて行くと、
そのまま抱きしめた。

「信じてるよ。
――俺がバカなだけ」

敦史は私の肩に頭を埋めて、
首を振るような仕草をした。

「加世・・・
二人で居るときの、俺を信じて」

敦史は囁くように言った。

「・・・うん」

No.297 10/04/20 22:03
Saku ( SWdxnb )

>> 296 「もう、最後にするから・・・
こういうテンション、今日で最後」

疲れている様な、覇気のない声だった。

「このまま眠りたい・・・
加世と一緒に・・・
ここがベットだったら良かったのに・・・」

そう言われてもイヤラシくは感じなくて、
何だか切ない気持ちになって、敦史を抱きしめた。

しばらくそのまま、抱きしめ合ったまま、
お互いの息と体温を感じていた。


それ以降、こんなに元気のない敦史を見ることはなかった。

ただ、二人で居るときの敦史は私に寄りかかったり、
まるで、子犬のように、密接する事が多くなっていった。

No.298 10/04/21 12:01
Saku ( SWdxnb )

>> 297 夏休み前のある日、両親の知り合いの訃報が届き、父母は揃って、通夜から参列する為、泊まりで仙台へ行くことになった。

私一人を置いていくのを、母親は酷く心配したけど、

「殆ど学校だし、一人になるのは夜だけでしょ?
それにマンタもいるから大丈夫」

と私は答えた。


私は敦史に話した。

No.299 10/04/21 12:28
Saku ( SWdxnb )

>> 298 「それって、誘ってる?」

屋上で髪をなびかせながら敦史は聞いた。

「ないよ!」

「えー、加世、夜一人じゃ危ないよー」

「大丈夫、マンタ居るもん」

「マンタは犬じゃん。守ってもらえないよー」

「知らない人には吠えて飛び掛かるから大丈夫」

「……」

敦史は打つ手無しで黙ってしまった。

「…じゃあさ、期末テストの勉強しにくる?」

敦史はうんうんと頷き、

「行く行く!」

と満面の笑みで答えた。

No.300 10/04/21 19:50
Saku ( SWdxnb )

>> 299 当日、敦史はバイトを終えてから夜の11時近くにやって来た。

玄関の中に入って来たTシャツにジーンズ姿の敦史を見て、やたらとドキドキした。

「犬は?」

「もう寝てる」

「ダメじゃん」

そう言って笑った敦史を、私は2階の自分の部屋へ招き入れた。


「潜入」

と、部屋の中に足を踏み入れた敦史は、
学習机の上を見て、

「本当に勉強してた」

と笑った。

No.301 10/04/21 20:02
Saku ( SWdxnb )

>> 300 私は1階から、敦史の為に用意しておいたおにぎりと野菜スープを運んできた。

「これ加世が作ったの?」

「うん。」

「スゲー嬉しい」

敦史はそう言って食べはじめた。

「私はあと少し、本当に勉強するね」

私が笑むと、敦史も横目でニヤリと笑んだ。

No.302 10/04/21 20:11
Saku ( SWdxnb )

>> 301 暫くして、私が問題集をやり終えて振り向くと、敦史はベットの前で腕を組んだまま眠っていた。

疲れてるんだな…

私は席を立ち、ベットからタオルケットを取ると、敦史にソッと掛けた。


体を起こしたとき、

「終わった?」

敦史は顔を上げて私を見た。

「うん」

その眼差しに胸がときめいた。

No.303 10/04/21 20:19
Saku ( SWdxnb )

>> 302 「加世、ここに来て」

敦史はタオルケットを脇に置き、両手を広げた。
私はその中に後ろから抱き抱えられる姿勢で座った。

「思い出すな、秘密基地」

高一のクリスマス、この格好で朝まで一緒にいたんだーー

敦史は私の髪を優しく撫で、

「加世」

と呼ばれ、振り向いた唇所でを合わせた。

抱きしめている手が私の胸を触るーー

「加世って何カップ?」

「…C、かな」

「きっともっとあるよ」

そう言って、Tシャツの上からプチッと手品の様にブラのフォックを外した。

「敦史?!」

No.304 10/04/21 21:14
Saku ( SWdxnb )

>> 303 敦史は又キスで口を塞ぎながら、私の胸を弄った。

「変な…気分…」


「加世の全部を見せて」


「エ…」


「約束は守るよーー最後まではしないからーー」


敦史はそう言うと、私のTシャツをたくしあげ、頭から脱がせた。
ブラも外され、私は上半身裸になってしまった。

「敦史、…恥ずかしいよ」

私は腕を組んで胸を隠した。
敦史は立って部屋の電気を消すと、自らTシャツを脱ぎ上半身裸になった。

「俺も同じだよ」

そう言うと敦史は、ソッと私の手を取り、そのまま引き寄せた。

No.305 10/04/21 21:51
Saku ( SWdxnb )

>> 304 学習机の蛍光灯の光が私たちの体を照らした。

私は見られるのが恥ずかしくて敦史に抱きついた。

肌と肌が触れ合うーー
緊張していたけど、敦史のぬくもり、肌の感触が心地良く感じられた。

敦史は私を抱き抱える様にベットの上に運んだ。

髪を撫でながら
唇に、おでこ、目元、ほっぺ、耳、そして又、唇にキスをーー

「加世、凄くキレイだよ」

ゆっくり、優しく私の体を探っていった。

No.306 10/04/21 22:03
Saku ( SWdxnb )

>> 305 「敦史、私、おかしい… どうにかなっちゃいそうで怖いよ…」

「大丈夫だよ
加世に感じてほしいだけ
俺を信じてーー」

私はいつの間にか、生まれたままの姿になり、
敦史の手や口で、知られない所が無いくらいに愛撫された。

「ハアア…」

そして訳が分からないまま、興奮の波にのまれてしまったーー


暫くして一人で乱れてしまったことが恥ずかしくて、恐る恐る敦史の顔を見る。

敦史は変わらない優しい眼差しで、

「大好きだよ加世」

と言ってキスをし抱きしめてくれた。

そして、最後まですることはなく、肌を重ね抱きしめあったまま二人で眠ったーー。

No.307 10/04/22 12:06
Saku ( SWdxnb )

>> 306 翌朝早く、マンタの吠える声で目が覚めた。
時計を見ると朝の5時前。
隣に敦史の姿がない事に気づいた私は、起きて服を着て廊下に出た。

すると、マンタの遊ぶスペースでマンタとじゃれ合っている敦史を見つけた。

私に気付いたマンタが駆け寄ってくると、敦史も振り向き微笑んだ。

「ヨッ」


敦史の元へ喜んで戻っていくマンタの後を私はついて行った。

「居ないから心配しちゃった」

「性的処理にトイレ行ってたの。
好きな子の裸抱いてて、普通じゃいられなくてね」

私は恥ずかしくて、マンタに視線を移したけど、マンタは敦史にお腹を見せて甘えていた。

「マンタァ…番犬なのに」

「もう親友。男同士で話してたんだよな~」

敦史はマンタの体を撫で、私も敦史の隣で膝をかかえ、マンタの頭を撫でた。

No.308 10/04/22 12:27
Saku ( SWdxnb )

>> 307 「おはよ」

敦史は顔を近付け私に軽くキスをした。

「おはよう」

何だか照れ臭くて、目を合わせずに答えた。

「加世よく寝てたな」

「そう、だった?」

「あんな事やこんな事しても起きなかった」

「エッ!?」

驚いて敦史の顔を見ると、敦史はクックックと笑った。

「冗談!
でも、加世の体は目に焼き付けたから、
当分は一人で…フフフ」

「ヤーダ、物凄くエッチ!」

「エッチですよー。
昨日分かったろ?」

敦史は横目で爽やかに笑んだ。
私は昨日の出来事が蘇り一気に顔が熱くなった。


「そろそろ帰るわ」

敦史は立ち上がった。

「え?」

「家でシャワー浴びたいし、遅くなるとご近所さんに見つかるっしょ?」

敦史が言う事に納得した。
ーー納得したけど、たまらなく寂しくなってしまった。

敦史は手を差し出し、その手を掴んで立ち上がった私を抱きしめた。
そしてどちらからとなく唇を合わせた。


「上手になっちゃって…
俺が加世をエッチにさせてんだな」

優しい声、優しい眼差しの敦史がそこにいた。

No.309 10/04/22 21:00
Saku ( SWdxnb )

>> 308 この日以降、今までとは違う感覚で
敦史に恋するようになった――。

高校では期末テストの結果が出て、
貼りだされた順位表の前で佐藤君に会った。
1番は佐藤君で私は5番だった。

「すごいね」

「真中も」

私たちはお互いを誉めあって笑った。


その時、廊下の先で、友だちと笑い合っている敦史を見かけた。

フイにこちらを向いた敦史は、私に気づくと、
優しく微笑み、そのまま友だちと去っていった。
私は微笑ながら、敦史の背中をトキメキながら見送った。

「真中の彼氏なんだってな?」

背後から佐藤くんが声を掛ける。

「・・・うん」

「有名な話らしいけど、俺知らなかったよ」

そう言って佐藤君は微苦笑した。

No.310 10/04/23 00:34
Saku ( SWdxnb )

>> 309 夏休みに入り、私と敦史は休日にお決まりの
敦史のバイト間の中抜けデートを繰り返していた。

でも真夏の日差しを浴びる外で会うのは辛くって、
私が、バスや電車で敦史の地元へ行き、図書館やデパート、
大型スーバーのフードコートなどで会うことが多かった。

その日も私は、フードコートで敦史が来るのを
本を片手に待っていた。
すると、派手で賑やかな女の子のグループが、
少し離れたところから私を見て、ヒソヒソと何やら話すと、
私の元にやってきた。

「ねぇねぇ、敦史の彼女?」

私はキョトンとしてただ見つめるだけだった。

「そうだよね、結構一緒にいるもんね」

と、別の子が聞く。
けど、私は萎縮するように、下を向いた。

「そうだって、ほら、アオイ」

その言葉に私は顔を上げると、
アオイと呼ばれた子が後ろから現れた。

No.311 10/04/23 00:48
Saku ( SWdxnb )

>> 310 その子は小柄で色白で、まるでお人形のような
クリクリの目をした可愛い子だった。
ただ、茶髪とお化粧は似合っていなかった。

「へぇ、敦史の趣味、変わったんだねぇ」

その子はキャハハと、悪びれることなく笑った。
アオイ・・・その名前を聞けば、思いつくのは一人だけ。
敦史の元カノだ。

「ねぇ、敦史とエッチした?」

初対面でそんな質問をされて、面食らってしまった。
その子は、私の耳元に顔を寄せ、

「敦史、いいでしょ?」

と言った。
私は心臓がバクバクして、もう顔を上げることが出来なかった。


その時、

「何してんのお前たち」

敦史がやってきた。

「新旧彼女同士で挨拶してたの」

アオイさんが答える。

「いらないから」

敦史は私と彼女たちの間に立った。

No.312 10/04/23 00:55
Saku ( SWdxnb )

>> 311 アオイさんは、敦史の前に近づき、
甘えるような上目遣いをした。

「ねぇ敦史、また今度遊ぼう」

「暇ないよ」

「ちょっと位ならいいでしょ?
そうだ、彼女連れてきたっていいし――
前みたいに敦史の家に集まろうよ」

「アオイさ、お前男いるんだろ?」

「別れちゃったの~。
やっぱり敦史がいいな~」

私は今すぐにでもその場を離れたい気持ちだった。
それを察したのか敦史が、私の腕をとった。

「バカか。
もうメールも電話もしてくんなよ」

そう言い残し、私を引っ張りその場を離れた。

「何で~?
友だちとしてだよぉ」

敦史は振り返ることはなかった。

No.313 10/04/23 07:01
Saku ( SWdxnb )

>> 312 エレベーターに乗ると、敦史は大きなため息をついた。

「負の遺産だわー」


「…メールや電話、してたんだ」

「向こうから一方的にだよ。俺は無視してたよ」

「敦史のお家にも行ってたんだね」

「昔の話だよ。
ーー加世、妬いてんの?」

図星だったから、俯いたまま拗ねた顔をしたかもしれないーー
敦史はずっと私の顔を見ていた。

「これから、ウチ来る?」

「ーー」

「覚悟あるなら」

ほんの少し笑ったのか?ーー敦史は真面目な表情で私を見つめた。

No.314 10/04/23 19:37
Saku ( SWdxnb )

>> 313 敦史の家は、2DKのアパートだった。
DKを抜けると、お母さんの部屋があって、
その隣に引き戸続きで、8畳ほどの敦史の部屋があった。

「狭いだろ?
洋史が居たときは間にカーテン引いて、もっと狭かったよ」

敦史は恥ずかしそうに笑った。
敦史の部屋は殺風景な位、キレイに片付いていた。
そのせいか、ベットがやたらと目立って見えた。

「ごめんな、この部屋クーラー付いてなくて」

敦史は窓を全開にし、2台の扇風機を強くかけた。

それでも、敦史の顔や首もとは汗をいっぱいかいていた。

「俺、シャワー浴びてくるわ」

そう言うと、敦史は私に背中を向けて
Tシャツを脱いだ。

骨張った逆三角形の背中は、細いのに逞しくて、
私は急にドキドキしてしまった。
 
と、フイに敦史が振り向いた。

No.315 10/04/23 20:20
Saku ( SWdxnb )

>> 314 私はぎこちなく視線を外した。

すると、敦史は腰を曲げて、
私の頬にキスをした。
見返した私に手を差し出し、私がその手を取ると、
引っ張って立ち上がらせた。

顔と顔が近づく――
俯いている私の顔を起すように
唇を重ねた。

敦史はキスをしたまま、
私の服を肩からずらして、首元から肩にキスをした。

ゾクゾクッと体が震え、私は敦史の首に手を回した。

フッと、唇を離し、敦史は目の前に顔を持ってきた。
私も敦史を見る――

「たまらなく好きだ」

「・・・私も」

至近距離で見つめ合い、どれ程好きなのかを確認しあい、
深く、激しく唇を重ねあった。

No.316 10/04/23 20:37
Saku ( SWdxnb )

>> 315 その時、玄関から、小さな物音が聞こえた。
その後に続く、人の気配で、敦史は唇を離して振り向いた。

と、次の瞬間、部屋の戸が開いた。

「お客さんだったの?」

敦史のお母さんだった。
私は乱れた首元を慌ててなおした。

「勝手に開けんなよ!」

「あら、ごめんなさいね」

敦史のお母さんは微笑み、戸を閉めた。

敦史は眉間にしわを寄せ、新しいTシャツを出して着替えた。

「加世行こう」

「う、うん・・・」

私は敦史の後をついて行った。
戸を開けると、クーラーのかかる部屋で
お母さんがこちらを見た。

「あの、お邪魔しました・・・」

「もう帰るの?ゆっくりしていけばいいのに」

「加世、行くよ」

敦史はお母さんに背を向けたまま、
靴を履いた。
私は敦史のお母さんに会釈をした。

「敦史が彼女つれてくるなんて、久しぶりね。
お名前は?」

「いいよ加世」

「そう、加世ちゃん。どうぞ敦史のことヨロシクね」

私は妙な雰囲気の中靴を履き、頭を下げて
敦史と一緒に外へ出た。

No.317 10/04/23 20:53
Saku ( SWdxnb )

>> 316 外に出て、歩く間も敦史はずっと不機嫌だった。

「敦史のお母さんって、何歳?」

「40」

「へぇ、すごく若くてキレイだよね」

「化けもんだよ」

「・・・」

敦史が、お母さんの事を嫌っているのは
何となく知っていたけど、
私にはキレイで優しそうなお母さんに見えたから、
どうも腑に落ちない感じだった。

歩きながら、いつの間にか私たちは
駅の路地裏周辺に来ていた。
ここは以前、担任と敦史のお母さんの姿を見た辺り・・・
と、突然歩くのを止め、敦史が振向いた。

「シャワー浴びたいんだけど」

そう言うと、敦史は背後に頭を傾げた。
そこらはラブホテルが建ち並んでいた。

「一緒に来る?」

私は動揺して、返事が出来なかった。

No.318 10/04/23 21:11
Saku ( SWdxnb )

>> 317 初めて、ラブホテルに入った。

「18時までサービスタイムなんだって。
タカヤンに交渉するわ」

そう言って、敦史は携帯から電話をかけた。

その間私は、部屋の中を観察した。
いかにも・・・という部屋ではなく、
部屋に熱帯魚の水槽があり、白と青でオシャレな内装だった。

「サンキュ!
――やぁり、19時出勤~!」

時計を見ると、まだ15時30分だった。
気づくと、敦史が隣にいた。

「さっきから、一言も話してないんですけど?」

「そぉう?」

敦史はクックックッと笑って、

「シャワー浴びてくるわ」

と、バスルームの方へ歩いていった。

No.319 10/04/23 22:00
Saku ( SWdxnb )

>> 318 少し経って、シャワーの音が聞こえてきた。

私は緊張して、ソワソワして、どうしていいか分からなかった。
ふと、目に入った水槽の前に行き、美しくライトアップされた水中を
泳ぐ熱帯魚を目で追った。

そうしている内に、気持ちも落ち着き
ビデオで見たある映画を思い出した。

暫くたって、私の後ろに敦史が立った。

「何してるの?」

「水槽見てて――映画、思い出してた」

「ああ――」

そう言うと、敦史は水槽の反対側に立って、
水中越しにこちらを見て微笑んだ。

「フフ、加世の好きなレオ様には及ばない?」

「――」

及ばないなんて・・・
敦史の濡れた髪、キラキラと輝く瞳、そして眼差し――
全てが、憧れの俳優を超え、たまらなくドキドキした――。

No.320 10/04/23 23:18
Saku ( SWdxnb )

>> 319 「この映画、この後どうなったっけ?」

敦史は水槽を少しずつ伝って、近づいてきた。

「想い合っている二人は、結局結ばれない悲劇だよ」

「ラストじゃなくて、このシーンの後」

「このシーンは出会いのシーンだから、一目ぼれして見惚れてるかな」

「じゃあ、この後の後の後あたり」

敦史は水槽の陰から首をかしげて微笑んだ。

「何だろう・・・?」

私が言う口を塞ぐ様に、敦史はキスをした。

「これでしょう?」

「・・・あったかな?」

「あったよ!」

ムキになって答えた敦史に、
ちょっと笑ってしまった。

そんな私を見て、敦史も笑んだ。

No.321 10/04/24 08:27
Saku ( SWdxnb )

>> 320 「やっと笑った」

敦史はベットの縁に座り、私の両手を指を重ねて握った。

「嫌がる事、する気はないよ」

そう言った優しい眼差しに又トキメイて、
私は膝をついて、自分から敦史にキスをした。

「…私もシャワー浴びてきていい?」

敦史は私を見たまま、少し笑んだ。

「入り方分かる?」

「分かるよ」

私は手を放して、バスルームへ向かう私の後を、敦史がついて来た。

「一緒に入って教えてあげようか?」

「もう、分かるってば!」

面白がっている敦史を残して、ドアを閉めた。

No.322 10/04/24 11:29
Saku ( SWdxnb )

>> 321 シャワーで全身を洗いながら、頭で、この後どうなるんだろう…と考えていた。

浴室を出て、脱衣所の大きな鏡に映った、自分の体を隠す様に素早く下着を着て、
敦史も着ていたバスローブを身につけた。

そして部屋に行った。

と、敦史は目の前のベットに座り、こちらを見ていた。

「ありゃ、髪も洗ったの?」

「だって、敦史も…」

敦史はフフと笑って、

「そのままじゃ風邪ひくよ。ほら、乾かすよ」

敦史は私の手を掴み、今出てきた脱衣所へ戻った。

No.323 10/04/24 13:13
Saku ( SWdxnb )

>> 322 大きな鏡の前で、後ろから敦史がドライヤーで髪を乾かしてくれている間、私はただ鏡越しに敦史を見ていた。

ドクン、ドクンと胸が高鳴るーー

「OK」

ドライヤーを置いた敦史と、鏡越しに目が合った。

敦史はフッと笑んで、後ろから腕を回してきた。

No.324 10/04/24 17:55
Saku ( SWdxnb )

>> 323 そして首元に顔を寄せた敦史に、答えるように私も横を向き唇を合わせた。

敦史は開いた手で肩からバスローブをずらしていき、ブラのひもを指に挟んだ。

「これもいらない」

そういって、手を滑り込ませて、ブラのフォックを外すと、バスローブを、腰で結んだ所まで下げた。
ブラも外され、上半身裸になってしまった。

「敦史、恥ずかしい…」

「恥ずかしがらなくていいよーー
ありのままの加世を見せて」

敦史は私の胸を揉みながら、私の首元から肩へキスをしていった。

No.325 10/04/24 18:30
Saku ( SWdxnb )

>> 324 敦史は私の真後ろに立つと、うなじにキスをし、そのまま下に唇を這わせたーー
私は痺れる様な快感に、ヘナヘナ~と座りこんでしまった。

「アレ…エッ?…」

一体何が起こったのかーー
放心している私の前に、敦史が膝をつき顔を近付けた。

「あの日知っちゃったの、加世の感じるところ」

そう言って、指先で背筋をツツツーとなぞった。

「アッ…」

私は思わず体を反った。

「なっ」

敦史は微笑むと、私を抱き上げて、そのままベットへと運んだ。

No.326 10/04/24 20:38
Saku ( SWdxnb )

>> 325 敦史は私の上に膝と手をついて向かい合うと、話しはじめた。

「あの映画、確か一晩泊まったよな」

「…うん」

「じゃあ、加世の入試が終わったら、旅行に行こうよ。俺達の卒業旅行」

「うん」

「泊まりでな」

「ーーうん…」

「その頃俺18だし」

「フフ…うん」

「何?」

「18?って」

「結婚出来る年齢」

「……」

「責任取れるでしょ?」

「……」

「だから、それまでは、最後までしないからーーきっとね」

私は敦史の首に腕を回してキスをした。

そしてその日も、お互いの体を知るように体を重ね合い、最後まではしなかった。

No.327 10/04/24 21:46
Saku ( SWdxnb )

>> 326 『結婚』という言葉にときめいた。
敦史と結婚出来たら嬉しいのに・・・。

感じるという感覚
濡れるという感覚

すべてを敦史に教えてもらった。

肌と肌を隙間なく合わせながら、
敦史に抱きしめられるだけで、
言いようのない幸福感に包まれた。

最後までしたら、何か変わるのだろうか・・・
私は今のままで、十分だった。


「それじゃ彼が可哀想」

夏休みのある日、美咲から連絡があって、
会いに行った。

No.328 10/04/24 23:38
Saku ( SWdxnb )

>> 327 美咲は1学期は休みがちで、
ティーンズ向けのファッション雑誌の中で、
チラホラと見かけるほどになっていた。

「そこまでしてて、最後まではダメなんて、
加世ってば、男の生理を分かってないなぁ」

「私じゃないよ。敦史が、してこないの。
責任とれるまでは、って・・・」

美咲は、ポカンとして私を見て、微笑んだ。

「本気なんだね、彼。
加世、愛されてるね」

私は照れくさくて、嬉しくて、少し俯いた。
と、同時に、以前美咲が話そうとして、教えられなかった事を思い出した。

「ねぇ、美咲。ずっと前に敦史の中学時代のこと、
話そうとして止めたけど、何だったの?」

「ああ。・・・今の彼は別人みたいだから言うけど――
すごくモテてて、言い寄ってくる子も多かったみたいで・・・」

「うん」

「その殆どの子と、やってたんだって」

「やる、って・・・」

「H」

「・・・」

「それで、『バージンキラー』って呼ばれてたんだって」

美咲は可笑しく言ってちょっと笑ったけど、
私は苦笑するしかなかった。

No.329 10/04/24 23:48
Saku ( SWdxnb )

>> 328 「でも敦史、彼女いたんだよ」

「彼女居ても、やってたらしいよ。
だから、すごくダサい子でも彼相手に処女喪失できたんだって」

「・・・」

「あちゃ~、やっぱりショックか・・・」

美咲は黙り込んだ私の頭を、何度も撫でた。

ショック・・・というより、不思議な気持ちだった。
私の知っている敦史と、美咲の話の敦史が繋がらなくて、
ただの噂話かもしれないな、とその時は思った。

「そうだ加世、私、高校止めるから」

「エッ?!」

その一言に、ショックを受けた。

No.330 10/04/25 00:21
Saku ( SWdxnb )

>> 329 美咲は雑誌のサンプルを私に見せた。
その一番上は、美咲が一面に載った表紙だった。

「すごい!可愛い」

「今度出るの。今の高校は芸能活動とかってダメじゃない。
このままいったら出席日数も足りなくなるし、
2学期から東京の夜学に転入する予定」

「もう決まってるの?」

「うん」

「お母さんやお父さんは何て?」

「何も。この家には私は居ない方がいいのよ」

「そんな・・・」

私は美咲の部屋の、内側から施錠された鍵を見つめた。

「加世には、話そうかな・・・」

「?」

美咲は、同じように鍵を見ていた視線を私に移した。

No.331 10/04/25 07:14
Saku ( SWdxnb )

>> 330 「小6の時、父親が亡くなってね、
まさに路頭に迷っていた私と母親を、
父の兄で銀行員の叔父さんが、色々面倒をみてくれたの。
保険金の受取から母親の仕事の世話までいたせりつくせりやってくれてた…」

私は美咲の話を、一言一句聞き逃さない様に、相槌もせずに黙って美咲を見つめいた。

「母親は全幅の信頼を寄せていたわ。
伯父さんはよき父親がわりでもあり私の勉強もよく見てくれた。
家庭教師の様に、私の部屋で、マンツーマンでね…」

「ーー」

「でもね、家庭があるのに、頻繁にウチへ来るのを怪しまなきゃいけなかったのよーーうちの母親はさ……」

美咲はぼんやりと窓を見つめながら、思い出すように小さく笑んだ。


「お母さんが伯父さんに不審を抱いた時には、
私はとっくに処女を喪失していたってわけ」


「エッ…」


美咲は私を見て寂しそうに笑った。

No.332 10/04/25 20:22
Saku ( SWdxnb )

>> 331 「その後すぐ、逃げる様に此処へ引越してきて、
中学で加世に会ったってわけ」

美咲を見つめる私の目から、ポロポロと涙がこぼれた。

「かーよ、泣かないでー」

美咲は私の傍に座り、頭を撫でた。

「だって・・・」

私は言葉が出ず、ただ美咲を抱きしめた。


「・・・陽ちゃんに話した時と、同じだ――
陽ちゃんも、涙目になって、私を強く抱きしめて・・・
『そんなクソ親父のことなんて忘れさせてやる!』って・・・
あの時、嬉しかったな・・・」

美咲の声は、最後に涙声に変わった。

「うっう・・・」

私はのどの奥から言葉にならない声と同時に、
涙が溢れて止まらなかった。

No.333 10/04/25 21:34
Saku ( SWdxnb )

>> 332 何故、大人に守られるべき子どもが、
大人に傷付けられなきゃいけないんだろう・・・。


美咲は言った。
『初めての相手は嫌でも忘れられない』
と・・・。

この先もずっと、幾度となく
美咲の頭や心に去来するだろう・・・

消せない過去を、苦痛な思い出を、
傷つけられた美咲が、
背負っていかなければならないんだ・・・。



家に帰った私は、ショックを引きずったまま、
敦史からもらったオルゴールを、繰り返しネジを巻いて、
長い時間見つめていた。

そこに、敦史からメールが届いた。

No.334 10/04/25 22:07
Saku ( SWdxnb )

>> 333 『バイト終わったー。

朗報。

母親に男ができました。

パチパチパチパチ!』


敦史のお母さんは、男性が居ないとダメな人だって、
以前敦史は言っていた。
でも、『お母さん』なのに・・・。

「はあぁ・・・」

私は、その時『大人』に対して、言いようの無い
嫌悪感を感じた。
何故もっとしっかり出来ないのか?
何故もっと責任ある行動が出来ないのか?
何故?何故??何故???

大人になった今、
擁護するわけでなく答えるなら、
「人は完璧じゃないから」

――なんてご都合主義な答え。



私は気力のないまま、敦史に返信した。

『バイトお疲れさま。

良かったね。

おやすみなさい。

with love 加世」

その日ばかりは、美咲のことで頭がいっぱいで、
敦史へのトキメキは影をひそめていた。

No.335 10/04/25 22:30
Saku ( SWdxnb )

>> 334 すると、暫くたって、携帯が鳴った。
敦史からの着信だった。

「もしもし」

「加世、何かあったの?」

私は少し笑ってしまった。

「ん?」

「凄いな、って。
どうして分かるの?」

「なぁ、凄いだろ?俺って」

敦史はふざけたように言った。

「ホントに凄い」

「で?何があったの?」

「ふうん。
――友だちの悩みを聞いて、ちょっと落ち込んでたの」

「どんな?」

「それは言えないんだ・・・」

「そっか」

敦史の返事はとても優しかった。
優しくて、胸の中の殺伐とした感情が、
溶けていくようだった。

No.336 10/04/26 18:13
Saku ( SWdxnb )

>> 335 「困っちゃうな…」

涙が出てきた。

「泣くなよぉ」

「フフ、ねっ」

その後の沈黙も、敦史に見守られているような感覚に包まれた。


「敦史が居てくれるなら、他に何もいらない」

「フフ…」

「ずっとそばに居てね」

「……卒業するまでは」

「……」

「…その後は東京だよ」

「ヤダよ」

また違う涙が出てきた。

No.337 10/04/26 21:30
Saku ( SWdxnb )

>> 336 「ずっと分かってたことじゃん」

敦史の言葉通り。
でも、離れ離れになることを想像したら、
一気に心細くなった。

「俺は自信あるよ」

「――」

「離れても、俺の中で
加世が一番であり続けるって――」

「――」

「加世も言ったじゃん。
『変わらない自信ある』って――
だったら、どっちがその自信通せるか、
競争してみない?
きっと俺の方が勝つから」

「私だよ」

「ヒヒヒ、俺だって」

「・・・フフ」

なみだ目で笑ってしまった。

No.338 10/04/26 21:49
Saku ( SWdxnb )

>> 337 「離れること考えるの止め!
今はもっと楽しいことをさ――
そうだなぁ・・・加世は旅行どこ行きたい?」

私は咄嗟に有名なテーマパークを口にした。

「かんべーん」

敦史の困ったような言葉に笑い合い、
その後、旅行の話を楽しんで続けた。


今一緒に居られる時間を楽しんで大切にしなきゃ・・・。


そう切り替えて、過ごせたのは、
今振り返ってみても本当に良かった・・・。


夏休み中、美咲は東京へ引っ越すことになった。
当分は事務所が用意してくれた部屋で一人暮らしをするらしい。

「いつでも遊びにおいで」

駅まで見送りに行った私に美咲は言った。
美咲の両親も寂しそうに、心配そうに見送っていた。

私はこの時、いつか、東京へ行きたいと思った。
美咲が居て、敦史が行こうとしている東京へ――

No.339 10/04/26 22:14
Saku ( SWdxnb )

>> 338 夏休みが終わり2学期になると、
進学クラスの雰囲気は受験モード一色となった。

私の第一志望は佐藤くんと同じ地元の大学。
先生に推薦入学を勧められ、両親とも相談して了承した。

勉強はもちろん続けたけど、何よりも敦史と会う事を優先させた。

敦史とは、池の公園や敦史の地元で会い、
たまに、二人の気持ちがお互いの肌を求めた時、
敦史の家に行くこともあった。

私たちはお互いの体を知り尽くしていたけど、
いつでも最後まではしなかった。

ある日敦史の部屋で、
敦史は専門学校のパンフレットを私に見せながら、
学習机の鍵のかかった引き出しの中身を見せてくれた。

「エ!」

私は思わず絶句した。
中には一万円札の束があった。

「150万。学校に納める分。
後は銀行に東京で生活する分を残してあるの」

敦史が頑張ってバイトして貯めたお金だった。

「凄いね」

ずっと見てきたから、
敦史のことを心から尊敬した。

No.340 10/04/26 23:28
Saku ( SWdxnb )

>> 339 敦史は引き出しに鍵をかけ、その鍵を机の上に無造作に置いた。

大金を入れてある所の鍵を、そんな所に・・・
なんて、思って見ていた私に敦史はキスしてきて、
そのまま、ベットに傾れ込んだ。



2学期後半に、敦史は専門学校へ願書を提出した。
試験(面接)日が複数日あり、敦史は私の入試と合わせて
1月の試験を選んだ。


そして、1月。
敦史は東京へ面接を受けに行き、
私は地元の大学へ面接と作文の推薦入試へ向かった。

その後、私と敦史は、
それぞれ合格の通知を受け取った。

No.341 10/04/27 00:05
Saku ( SWdxnb )

>> 340 私の合格通知が届いた日、敦史から旅行のチケットを渡された。

中を見ると、以前私が言った、
テーマパークのチケットと
その付近にあるホテルの宿泊券が入っていた。
日にちは2日後。

「これ・・・」

「とうの昔に用意済み。
早いけど、加世の18歳の誕生日プレゼント兼ねてるから」

敦史のその言葉は、
『お金はいらない』と暗に言っていた。


「ありがとう」

私は敦史に微笑んだ。

No.342 10/04/27 19:35
Saku ( SWdxnb )

>> 341 両親には、美咲の所へ泊まりに行くと話した。

大学に合格したばかりということもあって、両親は快諾してくれた。
ーーちょっぴり心が痛んだ。


待ち合わせの駅のホームに敦史は既に来ていた。

シンプルながらカッコイイ私服姿にトキメキながら、斜め掛けリュック一つの身軽さにア然とした。

敦史は、大きな荷物を抱えてきた私を見ると、

「家出してきた?」

と言って苦笑した。

No.343 10/04/28 21:47
Saku ( SWdxnb )

>> 342 敦史と二人きりで、地元を離れるのは初めてで、
ソワソワした気持ちと、ワクワクした気持ちが入り混じりながら、
電車を乗り継ぎ、3時間かけて目的のテーマパークへ着いた。

先にホテルに荷物を預けに寄った。
テーマパークも眺められる、とても素敵なホテルで、
色々と手配してくれた敦史に、心がときめいた。

オープンしてから数年しか経っていなくて、
ヨーロッパの雰囲気の漂う建物などもとてもキレイだった。
アトラクションというより、園内を敦史と二人で歩いたり、
眺めているだけで、楽しくて、あっという間に時間は過ぎていった。

最後に花火を眺め、私たちはホテルへと帰った。

No.344 10/04/28 21:59
Saku ( SWdxnb )

>> 343 部屋は最上階で、窓からはテーマパークと海が臨めた。

「キレイ」

夜景がとてもきれいで、ずっと眺めていられそうだった。

「風呂、お湯溜めるな」

敦史はそう言って、バスルームへ消えた。

「うん・・・」

私は、ソファーに座り込んだ。

「張り切りすぎたかな――
凄い、足パンパン・・・」

一日中歩き回って、日ごろの運動不足もたたってか、
足が一回り太くなった感じだった。

「裸足になるといいよ」

脱衣所で手を拭きながら振り向きながら敦史が言い、
私は靴と靴下を脱いで、足を揉んだ。

「どれ、かしてみ」

やってきた敦史は、ソファーの前に座り、
私の足を持って、ふくらはぎを優しくマッサージしてくれた。

「気持ちいい・・・敦史、上手だね」

No.345 10/04/28 22:33
Saku ( SWdxnb )

>> 344 敦史は上目遣いで微笑み、マッサージを続けた――
その手は、ひざを越え、ゆっくりと太腿の方へなぞられた。

一気に2人だけの密約の空気に変わった。

敦史はもう片方の足にキスをし、
そのまま上へ上へと唇を這わせた。

私はゾクゾクする快感に息を吐き、
敦史の動きに集中した。

私の足をなぞりながらスカートをたくし上げられ、
下着が露わになる。
敦史は足の付け根を指と舌でなぞった。

「・・・敦史」

私の声に、敦史が顔をあげた時、
バスルームから、お湯が溜まったことを知らせる
アラームが鳴った。

敦史は体を起こして、私と向かい合って見つめ合うと、
長く語るようなキスをした。

「風呂、一緒に入る?」

唇を離した敦史が聞く。

「今は、恥ずかしいから、先に入って」

敦史はフッと笑んだ。

「今は、な」

敦史は立ち上がり、

「次は、・・・な」

そう意味深に笑み、バスルームへと消えた。

No.346 10/04/29 00:13
Saku ( SWdxnb )

>> 345 シャワーの音が聞こえてきた。

敦史とのこんなシチュエーション、何度も経験しているのに、
緊張してしまう・・・


敦史とのキス、肌を重ねること、
イヤラシイと感じていた事も、
もどかしい想いを伝える手段のように思えた。

きっと、私は・・・敦史しか知らない私は
ひどくHな女の子かもしれない。

だけど、私のすべてを受け入れてくれる敦史には、
すべてをさらけ出せた。

だから、ここにこうして居るのも自然なこと。
――だけど、余りにも緊張してしまい、
一人で待っていたら、逃げ出したくなった。


「ガチャ」

バスルームのドアが開いて、
下にバスタオルを巻いて出てきた敦史を見て、
ビクンと反応してしまった。

「イヒヒ!」

敦史は声を出して笑った。

No.347 10/04/29 00:23
Saku ( SWdxnb )

>> 346 「なぁに?」

「フフフ!
――どうぞ、空きましたので」

敦史はお風呂へと誘導するように手を広げ、
ボーイの様に頭を下げた。

「フフ」

私も緊張の糸が切れ、やっと笑うことが出来た。
そして、ちょっと威張ったフリをして敦史の前を通り過ぎ、
バスルームへと向かった。

「覗いても――」

「ダメ!」

敦史の声を素早く遮って、
ドアを閉めた。

No.348 10/04/29 00:37
Saku ( SWdxnb )

>> 347 シャワーを浴び、湯船にゆっくりと浸かった。
側にあった入浴剤を開けて入れると、お湯がピンク色になり
花びらが浮かび上がった。

「わぁー」

私は思わず感嘆の声をあげた。

「どうした?」

敦史の声が隣の脱衣所から聞こえ、
ドキッとした。

「入浴剤いれたら、ピンク色になってバラの花びらが浮かんだの」

「俺も見たーい」

「えー」

私は湯船に顔が浸かるまで、深く沈んだ。
と、浴室のドアが開いて笑顔の敦史が入ってきた。

「うわっ、まじエロ色」

私はピンクのお湯に隠れるように、更に沈みながら
敦史の顔を見上げた。

「フフ、丸見えなんですけど」

ピンクのお湯は透明だった・・・

「入っていい?」

微笑みながら聞いてきた敦史に
私はコクリと頷いた。

敦史は腰に巻いたバスタオルを外し、
湯船に入ってきた。

No.349 10/04/29 12:32
Saku ( SWdxnb )

>> 348 お湯が溢れだす――
敦史はお風呂の端に寄りかかる様に座った。
向かい合っていた私は、敦史に背中を向け寄り添った。

「大胆」

敦史は優しく言うと、後ろから腕を回した。
正面から見られるよりいいから――
私はお湯の中だけど、敦史の肌に触れ、
ドキドキしながらも安心していった。

敦史の手は私の胸をさりげなくなぞっていた。

「今日楽しかったな」

「うん」

「あそこ、水が出るところでの加世、笑えた」

「だって、ビックリしたんだもん」

私たちはお風呂で裸で密接しているのに、
いつものたわいない会話を続けた。

No.350 10/04/29 12:59
Saku ( SWdxnb )

>> 349 そうしている内に、私の緊張した気持ちは消えていた。

「のぼせる前にそろそろ出ようか」

「うん」

敦史は、先に立って、バスルームと脱衣所の電気を消し、
洗面台のライトだけの照明だけにしてくれた。

「加世は暗い方がより一層大胆になるもんな」

そんな事を言って笑った敦史だったけど、
さっきから、私を気遣ってくれているのが分かって、
その優しさに又ときめいていた。

私は湯船を出て、脱衣所で待つ敦史の所へ行った。

敦史はタオルで私の体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしてくれた。
いつかのラブホテルのことを思い出す・・・。
あの時は恥ずかしくてたまらなかった。
今は、恥ずかしさよりも、早く敦史と肌を重ねたいと思った。

私は敦史の方を向き、頬に手をあててキスをした。

敦史はドライヤーのスイッチを消し、
更に深いキスで答えた。

「やっぱり大胆になったな」

そうニヤリ言うと、裸の私を抱きかかえ
部屋へと向かった。

No.351 10/04/29 13:24
Saku ( SWdxnb )

>> 350 部屋は間接照明の明かりだけになっていた。

ベットにソッと私を置き、
敦史はさっきの続きのような深いキスをした。

唇を離しキラキラと輝く敦史の瞳に
見惚れて、手をかざした。

「キレイな瞳・・・
目は心を映す鏡だって言うよ」

「じゃあ、目だけ別物だ」

「そんなことないよ。敦史の心はキレイだよ」

敦史は、微苦笑した。

「今、心で凄いこと考えてるのに?」

私はその意味するところを感じ取りながらも
敦史から目を離さなかった。
私の心は、それを求めていた。


敦史は見透かしたように、イタズラに微笑むと
私の手を取って、指先を口にふくみ、
それが始まりのように、体の隅々まで調べ上げていった。

No.352 10/04/29 16:01
Saku ( SWdxnb )

>> 351 ベットの上で、敦史の腕の中で、
小さく丸まったり、体を反らせ、くねらせ――
私は気持ちよく泳ぐ魚のようだった。

「敦史・・・もう・・・」

敦史は下から体を起こし、
サイドテーブルのゴムを取ると
私の顔と向かい合った。

「いいの?」

敦史の手はゆっくりと動きを止めない。
小さな快感の波が続く中、小さく頷いた。

「でも・・・」

「でも?」

「少し怖い・・・
何か変わるのかな?」


敦史は優しく見守るように私を見つめた。


「コイがアイに変わるんだ」


「――」


「お互い、もっと深く、もっと好きになる」


私は敦史の確信に満ちた眼差しに、心も体もゆだねた。

No.353 10/04/30 12:56
Saku ( SWdxnb )

>> 352 指の代わりに敦史のものがゆっくりと入る。

「加世、力抜いて」
「俺のこと見て」

敦史の言葉に導かれ、私は敦史を見つめた。

「加世、凄くキレイだよ」

敦史は私を見つめたまま、知り尽くした感じる場所に辿りつき、ゆっくり動いた。

痛かったーーでも感じた事のない快感に、私は声をあげ気を失ってしまいそうだった。


「俺も…モウ…」


しばらくして敦史の動きが早まり、そして私の上に重なったーー。

No.354 10/04/30 13:01
Saku ( SWdxnb )

>> 353 私の目は涙で潤んだ。

「大丈夫…
痛かった?」

「嬉しいの…
敦史と一つになれて」


敦史は愛おしむ様な目で私を見つめ、髪や肩をなで、長く愛情の伝わるキスを交わした。


「愛してる」

「私も、愛してる」


このまま離れたくない。
このままずっと一緒にいたいーー

私だけじゃなく、敦史もそう考えているのが分かる程、私たちはお互いをの肌を求めた。

テーマパークのチケットもあったけど、私たちはチェックアウトぎりぎりまで何度も体を重ね抱き合った。


帰りの電車に乗ってからも、二人きりになりたくて、乗り換えの駅で降り、近くのホテルに入り肌を重なっ合った。

No.355 10/04/30 20:09
Saku ( SWdxnb )

>> 354 もう帰るだけの夜の電車で、敦史は手を繋ぎ私に寄り掛かった。

「帰ったら、学校に入学金払うの、加世付き合ってよ」

「うん…」

敦史は微笑むと、目を閉じ、しばらくして寝息をたてはじめた。
私は心地良い疲れを感じながら、車窓に映る私たちをぼんやりと眺めた。

『コイがアイに変わるんだ』

敦史の言葉が頭に浮かんだ。

『もっと深くもっと好きになるよ』

好き過ぎて、敦史になってしまいたいとさえ思った。

私は目を閉じ、敦史と頭を寄せ合ったーー。



この時、私は心から幸せに満たされ、この先も敦史とずっと繋がっていられると信じていた。

嵐の前の静けさを、平和なまでに過ごしていたんだ……。

No.356 10/04/30 22:01
Saku ( SWdxnb )

>> 355 合格が決まった3年生は、ほぼ自由登校みたいなもので、
翌日、入学金を納めるため、敦史は学校を休むと言い、
私は午後から登校することにした。

待ち合わせは、敦史の地元の駅。
電車に乗り、早く着きすぎてしまった私は、
途中で会えるかと思いながら、敦史の家までの道を歩いていった。


昨日までの2日間ずっと一緒に居て、殆ど密着していたせいか、
別れてから、半日も経っていないのに、
体の一部を探すように、敦史を求めていた。


会ったら最初何て言おう・・・
おはよう、かな?・・・

そんな平和なことを考えている内に、
敦史のアパートの前まで来てしまった。

どこかで、見過ごしちゃったかな?

少し心配になり、背後を見渡したその時――


 ―ガチャンッ!ガッシャーンッ!!―

No.357 10/04/30 22:29
Saku ( SWdxnb )

>> 356 確かに敦史のアパートから聞こえた。

 ―ガッシャーン!!―

アパートの他の部屋から、人が出てきて、
敦史の家の方を見ている――
私は駆け出して、敦史の家のインターフォンを押した。
激しい物音が中から続く――
ドアノブに手を掛けると、ドアが開いた。

中は、
家具が倒され、
物という物が飛び散っていた。

お母さんの部屋で、
敦史がいたるものを投げつけ、
部屋の中央で敦史のお母さんが、
頭を抱えるようにして、小さく丸まっていた。

「敦史!!」

私は部屋に入り、敦史の体に抱きついた。

「ああー!」

興奮している敦史は私を振り払い、
目の前の鏡台を押し倒した。

No.358 10/05/01 08:58
Saku ( SWdxnb )

>> 357 私は敦史を制止させるためにまた腰に抱き着いた。

「敦史、止めて!どうしたの?!敦史!」


「返せよ!俺の金返せ!」

お金…?

「返すって約束したもの!だからもう少し待って…」

お母さんは丸まったまま小刻みに震えていた。


「騙されたんだろうが!その男に棄てられたんだろうが!」


私はハッとして、隣の部屋を見にいった。
開かれた机の引き出しに、敦史のお金はなかった。


ードサッー


その物音に、急いで隣の部屋に戻ると、敦史がお母さんを壁に押し付け、首元を締め上げていた。


「返せよ、今すぐ返せーー殺すぞ


低くどすのきいた声だった。

No.359 10/05/01 09:56
Saku ( SWdxnb )

>> 358 「やめて!」

私が敦史の元に駆け付けるのと同時に、

「ニィ!」

玄関から洋史君が現れて、敦史とお母さんを引き離した。

お母さんは床に倒れ伏し激しく咳込んだ。

「何やってんだよ!
隣のおばちゃんが慌てて知らせてくれたよ。
他の奴が察に電話して、今から来るってよ」

敦史は止まったまま冷静な顔をしていた。

「洋史、加世連れてって」


「分かった」


「私は、敦史と一緒に居る」

「帰れ」

「でも!」

「ウチの問題だよ」

「加世さん行きましょう、早く」

私は洋史君に引っ張られ、敦史の家を出た。

No.360 10/05/01 12:08
Saku ( SWdxnb )

>> 359 外に出ると、入れ違いにパトカーが来て止まった。

数人のやじ馬の中を、洋史君は足早に私の手を引いて、その場から離れた。
私が後ろ髪引かれる思いで振り向くと、2名の警官が敦史の家に入っていく所だった。


「何で、何があったんだよ…」

家から離れ、歩きながら洋史君は悔しそうに吐き出した。

「敦史の学校に払うお金がなくなってて…」

「マジで?!何なんだよあの女は!」

地面を足で強く踏み、吐き捨てる様に言った。

敦史も洋史君も、
実のお母さんを心底嫌う姿が切なかった。

No.361 10/05/01 12:27
Saku ( SWdxnb )

>> 360 洋史君は駅まで送ってくれた。

すると、洋史君の携帯に着信があり、彼は頷きながら話した。
そして電話を切ると私を見た。

「呼び出しです。身元引受人、俺しかいないから」

洋史君は寂しそうに微苦笑した。

「ちゃんと後で連絡します」

「お願い」

今の私には、それが頼みの綱だった。

「じゃあ」

洋史君は小さく頭を下げて、来た道を戻って行った。

私は洋史君が見えなくなると、ぼんやりしたまま、電車に乗り、学校へは行かずに家路についた。

No.362 10/05/01 16:49
Saku ( SWdxnb )

>> 361 その晩、部屋に閉じこもっていた私に洋史君から着信があった。

洋史君が話すには、
敦史の150万円を、お母さんが交際相手の男性に渡したが、渡した直後から男性と連絡がつかないと言う。

警察は初め家庭内暴力で話しを聞いたが、詐欺に切り替えて、遅くまでお母さんから事情を聞いたらしい。


「敦史は?」


「ニィ…兄貴は、落ちついたら加世さんに連絡するって言ってました」

「今どこに居るの?」

「…分かりません」

「お願い、教えて!」

「俺も本当に知らないんです。昼過ぎに家帰って、それから行方知れずで…」


私は洋史君の電話を切り、敦史に電話をかけたーー

と、すぐに留守番電話に繋がってしまった。


『今どこに居るの?
カヨ』

送ったメールはそのまま返ってきてしまった…

No.363 10/05/01 20:28
Saku ( SWdxnb )

>> 362 昨日までずっと一緒に居て、手を伸ばせば
敦史に触れることが出来たのに・・・
今日は、敦史の声さえ聞くことができなくなるなんて――

繋がらない電話とメールを頻繁に繰り返しながら、
心も体も、削がれたピースを探すように、敦史を求めていた。


私は高校が終わってから、電車に乗り、敦史のアパートへ行った。
インターフォンを押し、ドアノブに手を掛けると、ドアが開いた。

敦史が居るわけないのに、緊張しながら、ドアを開ける。
――中は、人の気配はなく、あの日荒らされたままの状態だった。

でも、いつ敦史が帰ってくるかもしれない――
私は靴を脱ぎ、中へ入ると、散らかった部屋の片づけを始めた。

No.364 10/05/01 21:10
Saku ( SWdxnb )

>> 363 翌日も、学校が終わってから敦史の家へ片付けに行った。

その次の日も、片付けをしていると、夕方5時過ぎに
敦史のお母さんが現れた。

「あら・・・」

「あ、こんにちは。済みません、勝手にあがってしまって・・・」

「片付けてくれてるの?」

「・・・」

敦史のお母さんは、自分の部屋へ向かって、
まだ散らばっている部屋の中から、服を数着手に取って袋に入れた。

「ここじゃ眠れないじゃない?
だからずっと、お店に泊まらせてもらってたの。
今日は着替えを取りにきただけだから」


「あの・・・敦史から連絡は?」

「アナタにないの?」

「はい・・・」

「そーう。フフ、
それなら、私にもないわね」

お母さんはあっけらかんとし過ぎているように見えた。

「これからお店なの。お好きなだけ居てね」

お母さんは、靴も数足袋に入れて、出て行った。

取り残された私は、奇妙な違和感を感じながら、
自分で決めた午後7時まで、片づけを続けた。

No.365 10/05/01 21:26
Saku ( SWdxnb )

>> 364 次の日も、また次の日も、
私は敦史の家へ行き、片付けを続けた。

片付けている途中、一冊のアルバムが出てきた。
中を開くと、敦史の子どもの頃からの写真が綴じられていた。
そこでも、違和感を感じた――洋史君の写真が殆どない。
洋史君が写っているのは、敦史と一緒の写真だけだった。

以前の敦史の言葉を思い出す――「母親に邪険に扱われてる」
もし、洋史君がそうなら、このアルバムを見る限り、
敦史はとても愛されている。

きっとお母さんが撮ったであろう、その写真は、
どれも皆、笑顔と愛に溢れた写真ばかりだった。

ページをめくる度に大きくなっていく敦史の写真を見ながら、
たまらなく敦史が恋しくなった。

小学校高学年、中学生・・・
枚数は少なくなっていくが、私の知っている敦史に近づいていく――

でも何だか、写真の雰囲気が変わってきた。
そう、写真の敦史には笑顔が無くなっていた――

No.366 10/05/01 22:20
Saku ( SWdxnb )

>> 365 無表情で斜めにこちらを見ている写真の中の敦史を見ながら、
始業式の日、初めて会った時の敦史を思い出した。

雨の音が聞こえてきて窓を見上げたーー。
真っ暗だけど、もう夜なのだろうか…。

敦史が消えて、今日で5、6日か…。
敦史、いま何処に居るの…?

私は心も体も憔悴していた。


その時、玄関に鍵の差し込まれる音がして、ドアが開いたーー

私は、ゆっくりと立ち上がったーー


「…敦史」

No.367 10/05/01 22:36
Saku ( SWdxnb )

>> 366 そこに立っていたのは、紛れもなく
敦史だった。

私は喜び、敦史の元へ――

だけど、視界から、ゆっくりと敦史が消えていった。

「加世!」

敦史の声だった・・・。

「あつし・・・」

私の視界は、真っ暗な闇に包まれた――。


目を覚ました時、私は病院のベットの上にいた。

「よかったぁ」

寄り添っていた母親が、涙をながした。

「わたし・・・」

「倒れたのよ。睡眠不足と栄養失調ですって」

私の腕には点滴が刺されていた。
敦史が居なくなってから、食事は殆ど喉を通らず、眠れてもいなかった。

「ここには?」

「同級生が連れてきてくれたのよ。薄井くんって言ってたわ」

敦史、本当に帰ってきたんだね・・・。

「彼は?」

「もう帰ったわ。あなたの事、本当に心配していたの。
後で連絡してあげなさい」

涙が出そうになった。
たまらなく、敦史に会いたかった。

No.368 10/05/01 22:46
Saku ( SWdxnb )

>> 367 その日の晩に、私は自宅へ帰れた。
だけど、点滴と薬のせいか、ベットに横になってすぐに、
深い眠りに落ちてしまった。

翌朝早く、私は目覚めた。
私は、まだ静まり返った家のダイニングテーブルに
『外出してきます。加世子』
とメッセージを書き残し、家を出た。

2月の早朝は刺すような寒さで、私は偶然通りかかった
タクシーを止めて、敦史の家へ向かった。

敦史の家の前に着いた時はまだ6時前だった。

私はインターフォンではなく、ドアをノックした。

胸が静かに波打ち始めた時、
ドアが静かに開き、
そこに、敦史が立っていた。

No.369 10/05/01 23:08
Saku ( SWdxnb )

>> 368 「敦史・・・」

敦史は私を中に引き寄せ、ドアが閉まった瞬間に
きつく抱きしめた。

「体、冷たいじゃねーか!」

「――」

敦史は私を抱き上げ、ダイニングのイスに座らせると、
毛布を持ってきて包むようにし、
ストーブを私に向けたり、重ねる布団を運んできてくれた。

「敦史、側にいて」

何かをしようとしていた敦史は、戻ってきて
私の前に座り、私の冷えた手を両手で包んだ。

「大丈夫か?」

敦史の心配した眼差しに心が揺れた。

「どうして・・・
どうして、突然消えたりしたの?」

「・・・・・」

「私・・・」

涙が溢れ、言葉にならなかった。
敦史は私を無言で抱きしめ、
頬と頬が触れ合った私たちは、
どちらからとなく唇を合わせた。

No.370 10/05/01 23:47
Saku ( SWdxnb )

>> 369 敦史は、私にかけた毛布を投げ捨て、
キスをしたまま私の服を脱がせていった。
裸になった私を、抱き抱えると、
自分の部屋のベットへ運び、自分も服を脱いだ。

私たちはちょうど一週間前のようにお互いの体を求め合った。
私の冷たかった肌は、敦史の体温で暖められ、
あつい程に熱を帯びていった。
欠けていたピースが一つ、また一つと埋まっていく様に、
敦史は私の体の隅々まで愛撫し続けた。

ストーブの灯火と、荒い息づかいが続く部屋で、
何一つ言葉を発することなく、
私たちは一つになった――

敦史は、まだ繋がったまま
顔をあげ、私をみつめた。


「他の男と寝ないで――
俺ももう、しないから」


その真剣な眼差しに、私は頷くのではなく、
敦史の首に腕を回し、引き寄せてキスをした。
敦史も深く激しいキスで答えた。

No.371 10/05/02 14:40
Saku ( SWdxnb )

>> 370 しばらくして、敦史は下の服を着てキッチンに立ち、やかんでお湯を沸かしはじめた。

私は毛布を纏い、敦史の後ろに散らばった下着を身につけた。


「ごめんな…抱いたりして」


敦史は気遣ってか背中を向けたまま言った。
私は首を横に振った。


「…嬉しかった」


敦史は、私の服を拾って、私の背後に立った。


「痩せたな」


敦史はそう言って私の肩を撫でた。

No.372 10/05/02 15:20
Saku ( SWdxnb )

>> 371 私は肩に置かれた敦史の手を握ったーーもう離れたくない。放したくない。


「加世、俺働くよ」


「エ…」


「東京で雇ってもらえる所見つけてきた」

「専門学校は?!」

「料理人になるなら関係ない」

「でも…」

敦史は私に服をかけた。

「もう、金は戻ってこないし、あてにもしたくない。
この家に住んでた家賃を一括後払いしたって思うよ」


私は悲しくなった。
一年生の時から、目標を持って、バイトで時間を費やしてきた敦史を見てきたから…

こんなにたやすく敦史の夢が奪われてしまうなんて……


と、その時…

ーガチャー

No.373 10/05/02 19:35
Saku ( SWdxnb )

>> 372 ひどいお酒の臭いに包まれ、派手な毛皮姿の敦史のお母さんが現れた。

「あら、久しぶり」

一瞬にして敦史の顔と体が強張った。

私は慌てて服を身につけた。

キツイ香水の香りも漂わせ、ふらつきながら自分の部屋へ行くと、ベットに腰を掛けて、こちらを向いた。


「ねぇ、あっちゃん、足揉んでくれない?」

「よせ…」

それは、抵抗ではなく、警戒した答えだった。

「なーに?私が疲れた時は、いつも揉んでくれるじゃない」


敦史は全身を強張らせたまま、お母さんの前にひざまずき、ふくらはぎを揉みだした。
まるで、旅行の時、私にしてくれた様に…


「あ~気持ちいい」

お母さんはそう言うと、敦史の頭を撫でた。

「…やめろ」

敦史が小さく言う。
でも敦史のお母さんは、敦史を愛おしむ様に撫で続けた。

「やめろって言ってんだろ!」


手を振り払われたお母さんは異様な眼差しで私を見た。

No.374 10/05/02 19:43
Saku ( SWdxnb )

>> 373 「あんな女のどこがいいのよ!」

それはお母さんの台詞とは思えなかった……
敦史はうろたえ、今にも泣きだしそうな表情で振り向き、

「加世、いいから、出よう」

と細い声で言った。


「敦史、あなたの事を一番に愛しているのは私なのよ。ねぇ分かるでしょう?」


敦史はうなだれ首を振りながら私の方へ歩いてきた。


「早く…行こう…」


絞り出すようなその声は、何かを恐れ、見つかりたくない、逃げ出したいーーそんな声だった。


「加世さん、私ねぇーー」

No.375 10/05/02 20:32
Saku ( SWdxnb )

>> 374 お母さんは少し笑みを浮かべ、おぞましい一言を発したーー


「敦史の子をおろしたこともあるのよ」


その瞬間、敦史の生気が消え失せーーキラキラ輝いた瞳は光を無くした。



私は思考も足元もふらつき、何かに寄り掛かろうと手を滑らせ、床に座りこんでしまった。


敦史が駆け寄り手を差し出すーー

ービクンッー

私は反応してしまった……。

瞬きせずに見つめる敦史は、ゆっくりと手を引いた。

私はーー
敦史の手を掴めなかった私はーー
自ら立ち上がり……立ちくらみする様に又ふらつきーー意識を無くした。

No.376 10/05/03 10:39
Saku ( SWdxnb )

>> 375 私は自分のベットの上で目を覚ました。

外が明るい。時計に目をやると、2時だった。

夢?

――朦朧としていた頭が冴えていくのと同時に、
私の目からは涙があふれ出た。


目を閉じた瞬間に
敦史のお母さんの姿が浮かんだ――

『敦史の子をおろしたこともあるのよ』

私は身震いし、吐き気に襲われ、
枕に顔をつけ咳き込んだ――

そうしている内に、
敦史の姿が思い浮かんだ・・・
あの、気力を失くして立ち尽くす敦史を・・・。


「加世子」

部屋のドアがソッと開いて、
お母さんが入ってきた。

No.377 10/05/03 10:56
Saku ( SWdxnb )

>> 376 私は涙を隠すように、布団を被った。

「気分は?大丈夫?」

「うん」

「後で食べなさい」

そう言ってお母さんは、私の傍らにやってきて
おかゆと飲み物をサイドテーブルに置いた。


「この間の男の子――薄井くんが、タクシーで
連れてきてくれたの。彼、ずっと謝っていた。
もうあなたには会わないって言ってたわ」

私は布団を頭まで被った。
また涙が溢れてきた――。


「加世子は、彼のことが好きなの?」


「・・・うん」

私は布団の中から、涙声で頷いた。


「加世子が好きになった子なら、素敵ないい子ね」

私は布団の中で、声を出して泣いた。
お母さんは静かに部屋を出て行った。


『私、過去の敦史がどんなだろうと気にしないよ。
私が知ってる目の前に居る敦史が好きだから』

前に美咲に言った言葉が蘇った――。

心からそう思ったんだ。
それが、私の本心――

No.378 10/05/03 17:12
Saku ( SWdxnb )

>> 377 私は体を起こし、サイドテーブルに置かれた携帯を手にして、ドキドキしながら敦史に発信した。

『…電源が入っていないため繋がりませんーー』

メールを送っても、アドレス無しで返ってきてしまった。

私は携帯に付けた、敦史から貰ったストラップを見つめ、ギュっと握りしめた。



翌日から私は高校へ通った。
両親は心配したけど、
敦史が登校しているかもしれないーーそう思ったら、家に居るなんて出来なかった。

敦史のクラスまで行ったけど、やっぱり、敦史は学校に来ていなかった。

次の日も、又その次の日も、敦史は学校を休んだ。

そんな日が続いたある日、私の携帯に一本の着信があったーー

No.379 10/05/03 19:51
Saku ( SWdxnb )

>> 378 「加世さんですか?」

洋史君だった。

「ニィと連絡が取れないんですけど、何か知ってますか?」


洋史君は私が敦史と最後に会った日から連絡が取れていないと話した。


「洋史君、会って話せないかな?」


その時の私は、波立つ程の不安を抱え、少しでも敦史に繋がる道を探っていた。


仕事を終えた洋史君は、待ち合わせの駅にやってきた。


私たちは人気の少ない近くのベンチに座った。

No.380 10/05/03 20:15
Saku ( SWdxnb )

>> 379 「加世さん、痩せましたね」

隣に座った洋史君が、私の顔を見て言った。

私は苦笑するしか出来なかった。
敦史が最初に消えた日から半月、
体重は3キロ落ちた。

「最初――警察から帰ってから居なくなった時は、
携帯も留守電だったけど繋がって、兄貴から、
東京に居るって連絡があったんです。
でも、今は携帯を変えちまったのか、全く繋がらなくて――」

洋史君は、歯痒い感じに唇を噛んだ。

「あの女がニィの金を盗んで男に貢いだりしたから!
今まで俺たちはずっと、あの女には振り回されっぱなしなんだよ!!」

話しながら、洋史君は怒りから語尾を荒げたけど、
隣の私を見ると、謝るように小さく頷いた。

「あの女は男が居る間は殆ど、帰ってもこないし、平和で――
でも、男が切れて、酒飲みだすと最悪なんです・・・」

敦史もそんな事を言っていた気がする。
この間も、ひどいお酒の臭いがしていた。

No.381 10/05/03 20:57
Saku ( SWdxnb )

>> 380 「一、二年前は平和だったんだ。
家庭訪問に来た、ニィの担任をあの女がうまい事引っ掛けたから、
ニィも落ち着いたっていうか・・・」

私は洋史君の顔を見つめ、首を傾げた。
洋史君は思い出すように笑み、

「中学時代の兄貴は、めちゃくちゃだったんです。
でも、それは全部あの女のせいで・・・」

「・・・・」

「兄貴、加世さんと付き合いだしてからは、
ビックリするくらい変わったんです。
一途で、何だか幸せそうで・・・」

「――」

「だから、ニィのこと、信じて待っていてください!」


洋史君の話に胸が熱くなった。
泣きそうだった・・・・。


「今、敦史が連絡を断っているのは、
知られたくない秘密を、私が知ってしまったから・・・・」


洋史君はぼんやりと私の顔を見つめた。


「それって・・・・・
あの女とのこと?・・・」

No.382 10/05/03 21:16
Saku ( SWdxnb )

>> 381 「洋史君ーー
知ってたの……」

洋史君は伏し目がちに頷き、話しはじめた。


「何年前からか…
部屋の扉が開いて、ニィがあの女に呼ばれると、俺はいつも大きなヘッドフォンを耳にあてられた。
『これ聞いててな』
って頭を撫でて、ニィは隣の部屋に消えて行ったけど、
いつもCD一枚聞き終わるまでには戻ってきて、ヘッドフォンを外してくれたし、俺も大体寝てしまってーー」


私は黙って洋史君の話しを聞いた。


「でもあの日ーー
俺が小6だったあの晩、
ほんの出来心で、
戸をそっと開けて覗いたんだーー」

No.383 10/05/03 21:30
Saku ( SWdxnb )

>> 382 洋史君は目をギューっと強く閉じた。


「あの女は喘いで、兄貴は無機質に腰を振っていた…」


目の前が又白に変わっていくーー
何度打ちのめされてしまうのだろう……
私はちゃんと敦史に向かい合えるのだろうか……。


敦史が消えた訳を知り、洋史君は、寂しい、疲れた眼差しを私に向けた。


「加世さん……ニィは帰ってこないです…加世さんの所には…」

「……」

「俺が兄貴なら
ーー本気で好きになった女に、こんな事知られて、付き合ってられないから…」

「……」

No.384 10/05/04 21:11
Saku ( SWdxnb )

>> 383 洋史君と別れ、家路につきながら、
私はぼんやりと敦史との過去を思い出していた。


『早く家を出たいんだ』

高一の夏休み、図書委員の仕事をしながら、
卒業後東京へ行くことを初めて聞いた日、
敦史が呟いた一言が思い出した――。


お母さんの話を一切しなかったのも、
女が香水をつけるのがキライと言ったのも、
母親を求める少年の映画をつまらないと途中で見るのをやめたのも、
たまに見せた、イラついた表情や、寂しそうな顔も・・・
――敦史と一緒にいて、腑に落ちないと感じた過去の出来事全て、
答えが分かった私は、自分の不甲斐無さに、涙が出た。

一番近くにいて、一番に敦史を見てきて、
彼がずっと苦しみ悶えていたことに、
何故、気づけなかったんだろう・・・。

私が少しでも寂しいと感じた時、
敦史は必ず側にいてくれたのに――。


家の前で空を見上げると
キレイな満月が浮かんでいた。

『離れていても、今、同じもの見てるじゃん――
――加世が俺を想ってる時、俺も加世を想ってるよ』

私は耐え切れず声を出して泣いた。

私はずっと敦史を想っているよ。
敦史も、私のこと想ってくれてる?――

No.385 10/05/04 21:43
Saku ( SWdxnb )

>> 384 3月になり、私たちが高校を卒業する日がやってきたーー
結局、敦史は行方知れずのまま、学校にも登校していなかった。


体育館で卒業セレモニーが続く。

式が終わりに近づいた頃、手を挙げ、後ろを見る卒業生ーー田瀬君だった。
私は田瀬君が見ている方を見たーー

「!」

入口に、敦史が立っていたーー。

No.386 10/05/04 22:11
Saku ( SWdxnb )

>> 385 髪を短く切り、少し痩せた敦史は、
やってきて田瀬君の近くの席に座った。

式の間中、かすかに見える敦史の髪を見ていた。
敦史は動くことなくずっと前を見ていた。

式が終わり、卒業生が退場していく――
先に退場していく敦史の名前を
思わず叫びそうになった――
私は敦史から目を逸らさずに、その影が見えなくなるまで見送った。


その後クラスのHRを終え、みんなが在校生や先生と交流する中、
私は敦史のクラスへ向かった。教室に敦史の姿はもうなかった。

私は田瀬君を見つけ、敦史の事を聞いた。

「卒業証書もらって、もう帰ったよ」

私はお礼を言って、踵を返した。

「真中!敦史、今日は電車だって」

田瀬君の声に私は手を振り、学校を後にし、
駅へと急いだ。

No.387 10/05/04 23:18
Saku ( SWdxnb )

>> 386 電車に乗っても、敦史の姿を見つけることはできなかった。
たった一駅だけど、心は先を急ぐように落ち着かなかった。

敦史の地元の駅に降り、私は周りを探しながら、
足早に敦史が通るであろう道を辿った。

そうしながら、一緒に過ごした敦史の姿が浮かんだ。
キラキラしたキレイな瞳、優しい声、長い指、大きな手、
骨張った体、敦史の匂い・・・
どれもが全て愛しかった。

私は敦史の事がたまらなく好きなんだ――。


ロータリーへ続く階段を降りながら、
道を歩く敦史の後ろ姿を見つけた。
私は、階段を駆け下り、追いかけるように
駆けていった。

No.388 10/05/04 23:43
Saku ( SWdxnb )

>> 387 そして、敦史の背後に立った。

「敦史!」

敦史は立ち止まり、暫く動かず、
それからゆっくりと、振り向いた。
私の目からは涙がこぼれた。

「どこに・・・行ってたの?凄く心配――」

「もう終わりにしよう」

「!――」

敦史の声も表情も冷静だった。
私は首を横に振った。

「ヤダよ・・・」

「無理だから」

「ヤダ!」

私は強く言い切った。
敦史は下を向き眉間に皺を寄せると、
睨み付けるように私を見た。

「分かってんのお前?
実の母親とやってたんだぜ」

私はそのキツイ眼差しに目を逸らした。

「分かったから・・・」

「何も分かっちゃいねーよ!」

No.389 10/05/04 23:53
Saku ( SWdxnb )

>> 388 声を荒げた敦史は、自虐的に笑った。

「10歳の時からだぜ」

「――」

「フフ、最初はそれが当たり前だって思ってたんだよ――
母親とやるのが・・・
だんだん、普通じゃないって、狂ってるって分かって、
ハハハ・・・中学時代は付き合った女、言い寄ってくる女、
家に持ち帰ってやりまくったよ。
男が切れた母親に誘われりゃ相手してやった――」


苦しくて言葉が出ない。
涙だけが溢れて止まらなかった。

「悪かったな、お前の処女、こんな変態男が貰っちまって」

「・・・・敦史」

「でもそこらの下手な野郎よりは感じてもらえただろうな、
女が喜ぶテクは母親直伝だから」

「敦史!・・・もう、やめて。
お願い・・・やめて・・・。
私は、今の敦史が、本当の敦史じゃないって分かってるから」


「やめるのはお前だから!」

No.390 10/05/04 23:59
Saku ( SWdxnb )

>> 389 私は携帯を――
敦史から貰ったストラップを強く握り締め、
敦史を真っ直ぐにみつめた。


「私は、二人でいる時の敦史を信じるから――」


敦史は更に私を睨み付けると、
私の携帯を取り上げ、ストラップを外した。

「ヤダ、やめて!」

私の制止も聞かず、敦史は自分のも外して、
線路の方へとストラップを投げ捨てた。

そして、私の腕を掴み、引っ張りながら歩き出した。

「敦史、痛いよ」

力をゆるめる事も、振り向く事もなく、
路地裏のホテル街に来ると、歩みを止めずにホテルに入った。

No.391 10/05/05 00:13
Saku ( SWdxnb )

>> 390 部屋に入ると、そのまま腕を引っ張られベットに投げ飛ばされた。

体を起こそうとしたところを敦史に覆いかぶされ、
制服を剥ぎ取られた。

「敦史、やめて!」

遮るように口を唇で塞がられ、
敦史も自ら裸になった。

自分でしごいて硬くすると、私の片足を腕にかけ、
開かれた秘部に挿入した――

激しく、冷たく「グッグッ」と突き上げられる。

「イャ!・・・・ヤッ!・・・」

悲しくて痛くて、涙が止まらない――
なのに、体の奥で感じている自分もいた。

自分勝手に腰を振り、絶頂が近づいて動きが早くなる――

「ンン・・・」


敦史はそのまま私の中に出した――。

  • << 393 付き合っていて、一緒に居て、 切ない位に恋しくて、愛しくて、 何度、私たちの体が溶け合って一つになれたらいいと思ったことか・・・ 今、彼に溶け入ることが出来たなら、 彼の苦しみを一緒に背負えるのに―― 泣き疲れ、私の上で眠ってしまった敦史の寝顔は、 とても安らかで、天使のようにキレイだった・・・・。 私は敦史の髪を撫でながら、また涙が溢れ、声を押し殺して泣いた。 そして、この時が、永遠に続けばいいと願った――。

No.392 10/05/05 00:22
Saku ( SWdxnb )

>> 391 敦史は、脈打つものが治まるまで、私の上で顔を伏せていた。


私はただ宙を見つめていた――
涙が止め処なく流れていった。


「妊娠したい・・・・」


体を起こしかけた敦史が静止する――


「子どもを授かったら、
敦史を愛したかたちが、生まれて残るんだもんね」


顔を上げた敦史の頬も涙で濡れていた。
そして、その顔はみるみる内に崩れ、
敦史は嗚咽しながら、抜け殻のような私をだきしめた。

「ゴメン、加世――
ゴメン・・・愛してる・・・愛してる
・・・ゴメン」


敦史は泣きながら愛撫し続けた――

No.393 10/05/05 00:33
Saku ( SWdxnb )

>> 391 部屋に入ると、そのまま腕を引っ張られベットに投げ飛ばされた。 体を起こそうとしたところを敦史に覆いかぶされ、 制服を剥ぎ取られた。 「敦… 付き合っていて、一緒に居て、
切ない位に恋しくて、愛しくて、
何度、私たちの体が溶け合って一つになれたらいいと思ったことか・・・

今、彼に溶け入ることが出来たなら、
彼の苦しみを一緒に背負えるのに――


泣き疲れ、私の上で眠ってしまった敦史の寝顔は、
とても安らかで、天使のようにキレイだった・・・・。

私は敦史の髪を撫でながら、また涙が溢れ、声を押し殺して泣いた。

そして、この時が、永遠に続けばいいと願った――。

No.394 10/05/05 01:05
Saku ( SWdxnb )

>> 393 いつの間にか眠ってしまった私は、
チェックアウトを知らせるコールで目を覚ました。

部屋に敦史の姿はなかった――

そして、携帯に敦史からのメールが届いていた。


『別れよう

もう、関わらないでほしい』


私は立ち尽くしたまま、ストラップのない
携帯の文面をただただ見つめながら、
敦史との別れを感じて
酷い疲労感に襲われていた。

No.395 10/05/05 21:01
Saku ( SWdxnb )

>> 394 ホテルを一人で出ると、外は雨が降っていた。
周りに傘の屋根が出来る中を、
私はただ呆然と歩いていった。

誰かに支えて欲しかった――
寄りかかりたかった――

『誰か』の答えは、たった一人なのに、
私は心も体も拠り所を無くしてしまった・・・。


「アレ・・・加世子ちゃん?」

名前を呼ばれて、ぼんやり視線を向けると、
コンビニから傘をさして出てきたスーツ姿の男性――
陽介さんが私に近づいてきた。

「・・・・」

「加世子ちゃん?
――どうしたの、その格好?!」

私が握り締めていた、破れたブラウスの首元に気づいた陽介さんは、
自分の上着を脱いで、私にかけた。

「車で来てるから、乗って」

そう言って、路肩に寄せていた車の助手席に私を乗せ、
車を発進させた。

No.396 10/05/05 21:48
Saku ( SWdxnb )

>> 395 走りながら、雨が強くなってきた。
雨粒を追いかけるようにワイパーが忙しく動いていた。

陽介さんは真っ直ぐ前を見据え、ハンドルを握っていた。

「これだけは答えて。
――襲われたの?」

「・・・・いいえ」

陽介さんは私を一瞥し、その後は何も聞かなかった。

そして、泊まっているというホテルの部屋に私を連れて行った。


「シャワー浴びて、これに着替えなよ」

「・・・・・」

ルームウェアを渡され、私が戸惑っていると、
陽介さんは声を出して笑った。

「大丈夫だよ、とって食べたりしないから」

そういうと、バスルームから離れて行った。

私は、バスルームのドアを閉め、シャワーを浴びた。

シャワーを浴びている途中、
脱衣所のドアが開いた気がした。

一瞬、体を緊張させたが、
すぐに出て行く音がした。

体を洗っていく――
私の中に残っていた敦史の痕跡が、
太腿を伝っていった・・・。

初めて、避妊されなかった。

不安や苦しみではない――
もう、頭も心もいっぱいで、何も考えられなかった。

No.397 10/05/05 22:41
Saku ( SWdxnb )

>> 396 バスルームを出ると、トレーを持った陽介さんが、
入口ドアから入ってくるところだった。

「ごめんね、勝手にブラウス持ってったんだけど、
外れたボタンと破れたところ、直してもらえる様に頼んだから。
あと1時間位、ここで待ってなね」

さっきの物音はブラウスを取りにきたんだ。


「これ飲みな」

そう言って陽介さんは、トレーに乗せてきたカップを、目の前のテーブルに置いた。
私はソファーに座り、それを口に運んだ。


「・・・美味しい」

温かいハーブティだった。
向かい側に座った陽介さんは、そっと微笑んだ。

落ち着く紅茶の香りと、陽介さんの行き届いた気遣いに
心が癒され、自然と涙が出た。

陽介さんはそんな私を、包み込むような優しい眼差しで、
真っ直ぐに見つめた。


「他人だから、話せることもあるんじゃない?
――聞くよ」

No.398 10/05/05 23:02
Saku ( SWdxnb )

>> 397 その言葉に私は、思わず声を出して泣いていた。

ずっと誰かに聞いて欲しかった――
今にも壊れてしまいそうな心の内を、
堰を切ったように打ち明けていた。

ただ頷いて聞いてくれていた陽介さんは、
私が全てを話し終えると、目の前から手を伸ばし、
包み込むように私の頬に触れた。


「よく、我慢してたな。
今まで一人で、辛かったろ?」


また、涙が溢れた。
今、陽介さんが居てくれた事が有難かった。

そうしている内に、縫製されアイロンまで掛けられたブラウスが
部屋に届けられた。
私は制服に着替えるため、脱衣所に入った。

「加世子ちゃん」

ドアのすぐ外で名前を呼ばれてドキッとした。

「・・・はい」

「加世子ちゃんが、色々話してくれたから、って
訳でもないんだけどさ――」

私は急ぐようにして着替えた。

「俺、今度結婚するんだ」

「え?!」

No.399 10/05/05 23:15
Saku ( SWdxnb )

>> 398 着替え終わった私は、ドアを開けた。

「美咲とですか?」

陽介さんは俯いて小さく笑った。

「違うよ。加世子ちゃんも一度見たことあるよ」

あ、前に映画を見る前に会った、
あのキレイな女の人・・・

「子どもができたんだ」

「――」

「年貢の納め時、ってね」

陽介さんは微苦笑した。

「美咲には?」

私の問いにゆらりと首を振った。


「ちゃんと話さないとな」

また、美咲が傷つく事を、
私以上に陽介さんが理解している、
苦しく、切ない表情を浮かべていた。

No.400 10/05/06 22:55
Saku ( SWdxnb )

>> 399 帰り、陽介さんは車で送ってくれた。
その車中で、

「明日、向こうの家へ挨拶に行く為にこの街に来たんだ」

と話してくれた。
そして、家の前の公園に着いて車を止めると、

「会社用とプライベート用」

と言って、名刺を2枚渡された。

「こんな風に加世子ちゃんに会ったのも、
縁あってのことだろうし――
今日みたいにどうしようもなく吐き出したくなったら、
連絡しておいでよ」

私は渡された名刺に視線を落とした。
少し、戸惑っていた・・・
陽介さんは、これから結婚する人だから、
頼っちゃいけない・・・。

「話し聞くだけなら、浮気にはならないだろうし」

陽介さんは、私の心を見透かすように
微笑みながらそう言った。

No.401 10/05/06 23:05
Saku ( SWdxnb )

>> 400 私は名刺を手にしたまま、車を降りた。

「ありがとうございました」

陽介さんが首を傾げて、私を見た。

「最後にちょっとだけ俺の本音吐かせてよ」

私は運転席の方へ回った。
陽介さんは、窓を全開にして腕を乗せ顔を出した。

「いっぱい遊んで、もっと色んな男見な。
せっかくフリーになったんだから」

「・・・・・」

「加世子ちゃんに合う男、他にも絶対居るから」

「・・・・・」

「今はまだキツイかもしれないけど、
時が解決してくれる、ってアレ、本当だから」

「・・・・・」

「――って、言うことありすぎ?」

照れたように笑った陽介さんに、
私もつられて笑っていた。
少しでも、笑う事が出来たのが嬉しかった。

すると陽介さんは、微笑みを消し、
真剣な眼差しで私を見た。

No.402 10/05/06 23:23
Saku ( SWdxnb )

>> 401 「忘れな」

「・・・・・」

「レイプまがいの事した男を、俺は許せないよ」


私は俯き、何も言えなかった。

「俺がフリーなら、忘れさせてやるのに」

顔を上げて目が合うと、陽介さんはニッと微笑んでいた。
私も小さく微笑み返した。


「じゃあ、行くね」

「はい」

「またね」

そう言って陽介さんは私が持っていた名刺を指差した。

そして、車を発進させ、
テールランプを数回点灯させて去っていった。

No.403 10/05/07 22:31
Saku ( SWdxnb )

>> 402 私は陽介さんに話を聞いてもらえて、立っていられる気がした。

『レイプまがいの事――』
そんな風に考えられるんだよね・・・。

泣いても、苦しんでも、悲しんでもいい状況で、
敦史が私に嫌われようとしたこと――
こうするしか、別れられないと考えたんだろうと、
敦史の立場で考えていた。

敦史はどうしているだろう・・・
支えてくれる人も、聞いてくれる人も居ない・・・
私以上に今きっと辛いはずだ。

『敦史

加世』

メールの内容は書けなくて、
私は最後に貰ったメールからそのまま返信した。
やっぱり――
メールは返ってきてしまった。

No.404 10/05/07 23:06
Saku ( SWdxnb )

>> 403 翌日私は、自分の意思というより、心の奥の声に従うように、
敦史の地元に向かった。

敦史のアパートの前まで来たけど、
敦史のお母さんに会ったらどうしようかと、
近づくのを躊躇していた。

その時、隣の部屋のドアが開き、
中年の女の人がゴミを持って出てきて、私に気づいた。

私が思わず頭を下げると、
その女の人はゴミを捨てて戻ってきたところで
私に体を向けた。

「敦史君ねぇ、昨日の夜遅くに、荷物運び出してったわよ」

「そう・・・ですか」

女の人はそのまま部屋へ入っていった。

私は敦史の部屋のドアノブに手を掛けた。
すると、ドアに鍵は掛かってなくて、ゆっくりと開いた。

中に人の気配は無かった。

台所やお母さんの部屋はそのままだったけど、
開けられた戸の向こう――敦史の部屋に荷物が無いのが分かった。

私はその光景を、ただぼんやり見つめていた・・・・・。

No.405 10/05/07 23:25
Saku ( SWdxnb )

>> 404 さっきまで晴れていたのに、どんよりとした雲が空を覆っていた。

まるでその天気のような心のまま、
私はアパートを離れ、駅へと歩いていった。

このまま、敦史と離れてしまうのだろうか?
敦史と会えなくなってしまうのだろうか?
携帯もメールも繋がらない――

私と敦史を繋ぐものが何一つ無いと、感じたとき・・・
私はハッと思い出し、踵を返した。

そして、私は駅裏ロータリーの線路脇に来て、
腰を屈めながら足元を隈なく探し出した。

昨日敦史が投げ捨てた、ストラップを――

No.406 10/05/07 23:43
Saku ( SWdxnb )

>> 405 昨日敦史はここら辺に投げたんだ。

線路脇には細い溝があり、その横は雑草が生茂った小さな空き地だった。
高い鉄柵を越えなければ線路には入らない。
だから、溝に落ちたか、この空き地の中にあるはず・・・

私は必死になって探した。
敦史との思い出を――敦史との繋がりを失いたくなくて・・・

途中、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。
私は気にする事なく探し続けた。

「何やってるの!」

振り向くと、傘をさした老女が立っていた。

「探し物なんです」

「なにをぉ?」

「ストラップ・・・携帯電話に付ける、キーホルダーみたいなものを」

「キーホルダー?」

「みたいな、はい」

その老女は困った顔をした。

「ここ、私の土地なのよぉ」

「す、すみません」

「雨降ってるし、また今度にしたら?」

「・・・はい」

私は何も言えず、空き地から出た。

老女は傘を私の頭にもさしてくれた。

「キーホルダー、見つけたらとって置くわ」

「ありがとうございます・・・
明日も来て、探していいですか?」

私の問いに、老女は困った顔ながらも、
仕方ないというように、うんうん、と頷いた。

No.407 10/05/08 10:31
Saku ( SWdxnb )

>> 406 次の日も、又次の日も私は空き地に通った。

何度か老女は顔を見せ、
隣の時計屋を営んでいること。今月、店をたたみ、空き地と合わせて駐車場にすることを教えてくれた。

「それまでに見つかるといいけどねぇ…」

駐車場にするーーっていうことは、埋め立てるんだ。探せなくなってしまう…。

空き地をこんなに探しても見つからないなら、溝に落ちたに違いないーー

私は途中まで横付けされた、手摺り階段を使って、下へ降りていった。

用水路に捨てられたゴミが沢山浮いていた。

目で見るだけでは、見つけられない。
私が水の中に手を入れようとした時ーー

No.408 10/05/08 20:08
Saku ( SWdxnb )

>> 407 ゴミの中の枯れ木の枝に、見覚えのある形――
私は、用水路の中を濡れることなど気にせずに渡った。
そして、絡まったソレをほどいて、手に乗せた。

「あぁ・・・」

涙がこみ上げてきた。
間違いなく、探していたストラップの一つ。
シルバーのチャームは黒くくすんで、濡れていたけど、
敦史が持っていたストラップだった。

「あらぁ、ねぇ!危ないわぁ、やめてやめてー!」

上を見上げると老女が下を覗き込んでいた。
私はストラップを持って、上へと上がった。

「なんて格好!ほんとに・・・」

老女の声に私は泣き笑いしながら、
ストラップを見せた。

「これ、見つかったんです」

「あら、良かったぁ」

「あと、もう一つ」

「もう一つ?!」

「はい。明日、また探します」

No.409 10/05/08 20:29
Saku ( SWdxnb )

>> 408 老女も泣きそうな、困った顔をして、笑った。

「はあぁ、そんなに、大切なもんなのぉ?」

「はい」

老女は呆れながらフフフと笑って私を見た。

「手袋とか、長靴とか、用意してきてねぇ」


それから私は、老女の了解のもと、毎日来て探したけれど、
もう一つはなかなか見つからなかった。

そして、明日から駐車場にする工事が始まる最後の日。

関東全域を春の嵐が襲うという予報通り、
日中でも、暗く重い雲が空を覆っていた。

どぶ水をさらい、ごみの中まで探したけど、
やはり、ストラップは見つからなかった。

雨が降ってきて、寂しそうな顔の老女が上から顔を見せた。

「加世子ちゃん、もう、終わりにしな」

私は、その言葉に従うしかなかった。
そして、上へ上がろうと、階段の手すりに手を掛けたとき――

No.410 10/05/08 20:41
Saku ( SWdxnb )

>> 409 ポケットに入れてあった携帯が鳴った。

『種元美咲』

美咲からの着信――出ようとしたら、切れた。
開くと、美咲からの着信2件と、留守録も入っていた。

私は、留守録を聞こうと、携帯を持つ角度を変えた――その瞬間、

「あっ!」

携帯電話が私の手からすべり落ち、
用水路の水の中へと落ちた――

急いで救い拾ったけど、携帯の電源は入らず、
画面は暗いままだった・・・。


『ピー。
加世!陽ちゃんが・・・、陽ちゃんが結婚するって!
――結婚しちゃうって!!あぁ・・・・陽ちゃんが・・・ピー』

この留守電を聞けていたなら――
美咲にすぐに連絡していたなら、きっと何かが違ったはず・・・・・。

上空の暗雲は、美咲の居る東京の空も覆い、
その時、春の嵐をもたらしていた――。

No.411 10/05/08 21:34
Saku ( SWdxnb )

>> 410 帰宅してから、自宅の電話から美咲の自宅に電話をし、
美咲のお母さんに事情を話して、美咲の携帯番号を教えてもらった。

自宅の電話から美咲の携帯に電話をしたが、電源を切っているのか
繋がらなかった。

翌日も何回か電話をかけたが、やはり繋がらなかった。

『用があるなら、きっとまたかけてくるだろう』

私はそう考えることにして、
新しい携帯に、敦史がつけていたストラップを付け、
美咲の携帯番号を登録した。



そして、季節は4月――
私は地元の大学に通う大学生になった。

新しい環境、新しいキャンパス、新しい顔ぶれ――
再スタートを切るには最適な場所だったけど、
やはり、私の心は会えない敦史を引きずったままだった。

入学式を終え、キャンパス内を歩いている時だった――

「あれぇ――?」

No.412 10/05/08 21:57
Saku ( SWdxnb )

>> 411 向かいから、私の顔を覗き込むようにやってきた女の子・・・

「ああ」

私はびっくりした。
その女の子は、満面の笑みで私を見ていた。

「やっぱりぃ!敦史の彼女だぁ」

女の子らしい巻き髪に、色白でぱっちりの目をした
その女の子――アオイさんだった。

「どうして?」

「私?ここの学生だもん」

私は思わず絶句した。

「私ね、遺伝かもしれないけど、結構頭いいんだよ」

アオイさんはあっけらかんと言って笑うと、
あらたまった様に前で手を組んで頭を下げた。

「水沢アオイです」

「ま、真中、加世子です」

「そっか、敦史もカヨって呼んでたもんね、可愛い名前だね」

「・・・アオイちゃんこそ」

「そう?やっぱり?よく言われるんだぁ」

私はすっかりアオイさん・・・
アオイちゃんのペースに乗せられていた。

「私が付き合ってた子たち、おバカな子ばっかでねー、
誰もこの大学に来てないの~、寂しくて・・・。
だから、カヨちゃん、仲良くしよーう!」

このペースに乗せられたまま、
大学生活を送ることになるとは、思ってもみなかった。

No.413 10/05/08 22:33
Saku ( SWdxnb )

>> 412 アオイちゃんとは学部も同じで、
一緒に行動することが増えていった。

アオイちゃんのご両親はお医者様で、アオイちゃんは一人っ子、
敦史の元彼女同士・・・私たちはあらゆる共通点があった。

「敦史ってインテリ女が好きだったのねぇ」

アオイちゃんは悪びれることなく言うのが得意だ。

最初に話しておくと、アオイちゃんは、
決して悪い子ではない。
ただ、かなり独特な性格をしている、と思う。
一言で言えば・・・いや、言えないけれど、
とにかく、あっけらかんとしていて、何も考えてない?能天気?
あと、かなり打たれ強い性格だと思う。
でも、言うことに悪気はなく、純粋とも思えた。

私は嫌いじゃなかった。何度、この性格に救われただろう・・・。

「敦史に襲われたの~?」

No.414 10/05/08 22:47
Saku ( SWdxnb )

>> 413 「シー!」

別れた話をした時の返しだ。

学食で、みんなの視線が向いて、何とも居心地が悪かった。

「私なんていつも乱暴に犯されてたよ~」

「え?・・・」

「敦史って、Hも自分勝手で全然優しくないしさぁ・・・
でも、いっぱい感じさせてもらったし、
女の喜びも開発してもらったんだけどね」

「・・・・・」

相変わらず、アオイちゃんの話には閉口してしまうが、
敦史が自分勝手で優しくないっていうのは、不思議な気がした。

そんな話をしながらアオイちゃんと
お昼を食べている時だった――

「真中」

振り向くと、佐藤君が立っていた。

No.415 10/05/08 23:10
Saku ( SWdxnb )

>> 414 佐藤君は髪が少し伸び、何だか男らしい顔つきになった気がした。

「同じ大学だけど、なかなか会えないな」

「そうだね」

理系の佐藤君とは利用する校舎も違った。

「サークル、どこかに決めた?」

「ううん、まだ検討中。佐藤くんは?」

「俺も検討中なんだけどさ・・・
真中、天文サークルとかってどう?」

「天文かぁ、星見たりするの、いいね」

「そっか。じゃ、候補に入れといて」

「うん」

そう話して、佐藤君は、私の隣のアオイちゃんに気づいた。

「どうもー」

アオイちゃんは首を傾げてにっこりと微笑んだ。
佐藤君も頭を下げ、

「じゃあまたな」

と笑んで、去っていった。
私が見送っていると、

「彼、カヨちゃんに気持ちありありだね」

「え?!」

No.416 10/05/08 23:27
Saku ( SWdxnb )

>> 415 「暗に天文サークルへ誘ってきたしねぇ」

「佐藤君も検討中だって言ってたじゃない」

「ソコ信じるとこじゃないでしょーう。
何より、私みたいな可愛い子が一緒に居るのに、
一瞥するだけなんて、ありえないもーん」

「ハハハ・・・」

自分の可愛さを十分理解している
――これもアオイちゃんの乗りだ。

「何だか敦史とは真逆だけど、
カヨちゃんにはお似合いってカンジー」

そうだね・・・
敦史と佐藤君は全く違う。

その時、敦史の姿が頭に浮かんだ――
私は切ない気持ちで携帯のストラップに目線を落とした。

「カヨちゃーん!戻ってきてー」

アオイちゃんの声に顔を上げた。
アオイちゃんは、ニコニコッと頬杖をつきながら、

「今度、合コンあるんだけど、一緒に行こうね」

と、可愛らしくウインクをした。

No.417 10/05/09 19:22
Saku ( SWdxnb )

>> 416 アオイちゃんと一緒に居ると、話題に敦史がよく出てきて、
忘れることなんて出来なかったけど、
天真爛漫に話すアオイちゃんのお陰で、
敦史の事を重く引きずる事なく済んでいた。

ある日、私は以前美咲から聞いた話しをアオイちゃんにしてみた。

「『バージンキラー』って?それ、本当だよ」

「え・・・。でも、アオイちゃん、敦史と付き合ってたんでしょ?」

「仕方ないじゃなーい、敦史モテモテだったんだもーん。
私も、敦史に言い寄ってった側だし、
彼女にしてもらえただけでも、優越感だったなー。
他の子とやらないでーなんて言ったら、彼女降格されちゃうでしょ」

「・・・・・」

めちゃくちゃだったという敦史の中学時代が垣間見えた気がした。
その背景には、敦史のお母さんとのことがあったんだ・・・。
勿論、そのことはアオイちゃんには話せない――。

No.418 10/05/09 20:12
Saku ( SWdxnb )

>> 417 お母さんが担任の先生と別れ、洋史君が家を出て、
敦史が苛つく事が多くなったと感じた高3のある時期――
もしかしたら、その時、お母さんは敦史に・・・・・。

帰り途中、キャンパス内で
私は立ち止まり、うな垂れた。

敦史は、優しかった。
中学時代の様に荒れたっておかしくない状況で、
いつでも、優しく、私の側に居てくれた。

自分が抱えた深い闇や苦しみよりも、
私のことを考えてくれていたんだ・・・。


「加世さん」

その時名前を呼ばれ、顔を上げると、
大学の門の外で、見慣れた顔――
洋史君が立っていた。

No.419 10/05/09 20:20
Saku ( SWdxnb )

>> 418 私は、まっすぐ洋史君の前に向かった。

「元気、っすか?」

「・・・うん」

「ニィから聞けって言われて・・・」

胸がドキンとした。
洋史君は、ためらいがちに目を伏せていた。

「――生理、きましたか?」

そんなこと・・・・・。
期待を裏切られ、私は小さく笑った。

「うん・・・」

「すみません」

洋史君は切なく私を見ると、また目を伏せた。

「敦史は・・・元気?」

洋史君はコクリと頷いた。

「仕事、頑張ってる?」

「加世さん」

「――」

「もう忘れてください」

No.420 10/05/09 20:47
Saku ( SWdxnb )

>> 419 また、言われた・・・。
みんなが、忘れた方がいいと言う。

「ニィは最低なことして離れてったんですよね?
それが、本物の兄貴ですから」

「・・・・・」

「兄貴――今、女の所に居るって言ってました」

「!――」

顔を上げた私を、洋史君は目を逸らさずに見つめた。

「兄貴は忘れたんですよ、加世さんのこと。
だから、加世さんもニィのこと忘れてください」

洋史君は、そう言うと、頭を下げて足早に去っていった。


敦史が女の人の所にいる・・・。
少なからずショックを受けた私は、
しばらくその場に立ち尽くしていた。

No.421 10/05/09 22:20
Saku ( SWdxnb )

>> 420 翌日、落ち込んだ気持ちを引きずり、大学へ行くと、
ファッション雑誌を見ていたアオイちゃんが、私に気づいて声を掛けてきた。

「ねぇ、このモデルの子って、加世ちゃんの地元出身なんでしょ?」

開いたページには、美咲が載っていた。

「うん。高校も同じだったよ」

「そうなんだぁ。可愛いけど、ガリガリだね。
――見る?」

アオイちゃんから受け取った雑誌を見ていたら、
美咲の声が聞きたくなって、
私は席を離れ、携帯から電話をかけた。

携帯をダメにした時、着信があったけど、
繋がらなくて、そのままにしてしまい、
ちょっぴり気になっていたんだ。

呼び出し音が鳴る――

『カチャ――もしもし・・・』

No.422 10/05/09 22:31
Saku ( SWdxnb )

>> 421 「美咲?」

『・・・加世?』

「うん」

久しぶりに聞く美咲の声に、心が躍った。

「今、大丈夫?」

『仕事中だけど――ちょっとなら大丈夫』

美咲は場所を移動した様だった。

「3月に着信あったのに、連絡できなくてゴメン。
携帯、水に落としちゃって――何だった?」

『ああ・・・。ううん、大したことじゃなくて。
――加世、今大学通ってるの?』

「うん。美咲は、仕事頑張ってるみたいだね」

『うん、まぁね』

その後、少しの沈黙――
共有する話題が見つからなかった。
だからかもしれないけど、私は、

「私ね、敦史と別れて・・・」

『そう・・・』

「今、敦史、女の人と暮らしてるんだって」

誰かに聞いてほしかった胸の内を話していた。

No.423 10/05/09 22:48
Saku ( SWdxnb )

>> 422 『・・・加世、忘れた方がいいんじゃない?』

「え・・・」

美咲にも言われ、何だか、力が抜けていく気がした。

『私も、陽ちゃんのこと忘れたもん』

「あ・・・。聞いた?結婚のこと」

『加世も知ってたんだ』

「偶然、陽介さんに会って、その時に・・・」

美咲はため息をついた。

『私も、もう他に居るの。
加世も一人だけ過去に生きていないで、前向いた方がいいんじゃない?』

「・・・・・」

その時、電話の向こうで美咲の名前を呼ぶ声がした。

『じゃあね、私仕事だから』

「うん」

電話は切れた。

敦史も美咲も、陽介さんも、
みんな新しい道を進んでいる・・・
私ひとり、過去を生きているんだ・・・

私はひどい脱力感におそわれていた。

No.424 10/05/09 23:25
Saku ( SWdxnb )

>> 423 「かーよちゃん」

そんな私の元に、ニコニコとアオイちゃんがやってきた。

「今晩の合コン!医大生だよん、行こーう?」

アオイちゃんは頻繁に合コンに誘ってくるけど、
今まではずっと断っていた。

「・・・うん」

「え!ほんと?ヤッター、じゃあオシャレして行こうねー」

明るいアオイちゃんに、私は微苦笑しながらも、
救われた気分だった。
前に進みたいと思った。

その日の帰り、私は天文サークルへ入会の手続きに向かった。

部屋には、佐藤君が居て、私を見ると、ちょっと驚いた顔をしたけど、
すぐに、クッシャと目をなくす彼らしい笑顔に変わった。
入会後、佐藤君と一緒に部屋を出た。

「ちょっと諦めてかけてたんだ。真中、来ないから」

「ごめんね。色々あって・・・」

「真中・・・あの彼氏とは?」

「うん・・・別れたの」

「そっか・・・」

No.425 10/05/10 00:18
Saku ( SWdxnb )

>> 424 その後、佐藤君は話を変えて、
相変わらずの話上手で、私を笑わせたり、驚かせたり、
佐藤君と話していると、飽きることがなく、
落ち込んでいることを忘れられた。


その晩、アオイちゃんと一緒に合コンへ向かう前に、
お化粧を直しにデパートのトイレに寄った。

入念にお化粧をするアオイちゃんの隣で、私は
「忘れろ」とばかり言われると愚痴ではないけど話していた。

「人に忘れろーって言われて、忘れられるもんじゃないよねー」

鏡に向かって、たっぷりとマスカラを塗るアオイちゃんを、
私はボンヤリと見つめた。

「無理して忘れることないんじゃない?」

鏡越しに、いつもの様にあっけらかんと言ったアオイちゃんの言葉に、
私の目から涙がこぼれ落ちた。

「カヨちゃーん、泣かない泣かない!
せっかくのお化粧が台無しー」

私はティッシュで叩くように涙を拭った。


みんなが「忘れろ」という。
でも私は、忘れられないでいた。
『無理に忘れなくていい――』
その一言を、私は欲しかったんだ・・・。

No.426 10/05/10 00:37
Saku ( SWdxnb )

>> 425 「まぁ、敦史以上の男が現れちゃえば、問題解決!
ケロッと忘れられちゃうってぇ」

「現れるかな・・・・・」

「カヨちゃんはね、敦史を美化し過ぎだよぉ。
確かに、顔も体もいい男だったけど、
性格は冷たいし、Hしたけりゃ、ゴム買えって私に買わせてさ、
ケチな男なんだからぁ」

「フフフ」

私は涙目でアオイちゃんの話に笑ってしまった。

「まずはぁ、行動あるのみ。
今日もこれから、いい男を探しにいきましょ」

アオイちゃんはウインクをして、私の腕をとると、
弾むように歩き出した。


佐藤君もアオイちゃんも、
私にとってすごく有難い存在だった。

No.427 10/05/10 20:12
Saku ( SWdxnb )

>> 426 合コンに参加して、色んな出会いを経験したけど、
「この人」と思える相手には出会えなかった。

何度かアオイちゃんは、合コン途中で意気投合した男の子と消えてたけど、

「イマイチだったー」

と翌日話すのが常だった。

「敦史みたいにHの上手な人居ないかなぁー」

「アオイちゃん!?」

TPO考えずに話すアオイちゃんには、こっちがハラハラしてしまう・・・。

「敦史を知ってる私たちって、嫌でもハードル高くしちゃうよねぇ。
あーあ、敦史の外見とHテク+優しくて、お金持ち!って人居ないかなぁ」

「・・・・・」

アオイちゃんの敦史ネタの殆どは、Hの事ばかり・・・。
アオイちゃんが過去に経験した人の中では敦史が一番だったと言う。
でも、それを、私に話す?!普通聞きたくないでしょ?

「だって私たち、敦史に処女を捧げた者同士、姉妹みたいなものでしょ?
隠す必要ないじゃなーい」

――私の抵抗なんて、アオイちゃんには蹴散らされてしまうだけだった。

No.428 10/05/10 20:53
Saku ( SWdxnb )

>> 427 夏休み、天文サークルの合宿に参加することになった。

合宿は天文観測に適した山奥で、日中はキャンプみたいにみんなでワイワイ過ごし、
夜は、望遠鏡で夜空の星たちを眺めるといったものだった。

サークルの仲間たちは、みんないい人ばかりで、
いつも楽しく過ごしていた。
でも気づくと、私の隣には佐藤君が居て、
その場の雰囲気を楽しいものにしてくれてるのも、彼だった。


その夜、私は佐藤君と二人で天文観測をした。

「ほら、あの雲のようなのが天の川」

「わぁ、初めて見た」

本当に夜空を横切る美しい川の様だった。
望遠鏡で見ると、それは、無数の星の集まりだった。

「天の川を挟んで、ベガとアルタイル――織姫と彦星だよ」

「本当に離れてるんだね・・・」

その二つの星は、天の川によって隔てられていた。

No.429 10/05/10 21:14
Saku ( SWdxnb )

>> 428 「織姫と彦星は夫婦だって知ってた?」

「知らなかった」

ずっと、恋人同士の話かと思っていた。

「二人は出会う前、機織と牛飼いの仕事をまじめにやっていて、
引き合わされた途端、相手に夢中になり過ぎて、
それぞれの仕事を全くしなくなってしまったんだ。
そのせいで、離れ離れにされてしまって、
年に一度、七夕の日にだけ会うことが許されたんだって」

「へぇ・・・」

夫婦という絆があるからか、
離れていてもお互いを想い合っている、
その二つの星を、私は少し、羨ましい気持ちで見上げていた。


「寒くない?」

「ちょっと、冷えてきたね」

佐藤君は自分が羽織っていたパーカーを脱いで、
Tシャツ一枚の私の肩にかけてくれた。

「ありがとう・・・。
佐藤君の彼女になった子は幸せだね」

今までずっと、佐藤君を見てきての本心だった。
佐藤君は私の顔を見て、また目線を外した。

No.430 10/05/10 21:23
Saku ( SWdxnb )

>> 429 「真中が、ならない?」

「えっ・・・・・」


佐藤君は、顔だけ横を向き私を見た。


「好きなんだ」


私は目線を外した。
ドキドキした・・・・。
でも、その時、鮮明に敦史の姿が浮かんだ。


「ごめん・・・。私、まだ・・・・」


「そっか――いいんだ。こっちこそゴメン」


「ううん。佐藤君は謝らないで――
嬉しかったし・・・でも、・・・ゴメン」


『ゴメン』ばかり言っている自分たちが可笑しくて、
どちらからともなく笑った。


その後も佐藤君の態度は変わらなくて、
常に優しく、穏やかに接してくれた。

No.431 10/05/10 21:52
Saku ( SWdxnb )

>> 430 サークルの仲間たちからは、
「お前たち付き合ってるんだろ?」
と言われて、二人で否定しても、
いつの間にか、公認の仲の扱いをされていた。

私も佐藤君と一緒に居ると、楽しかったから
ずっと甘えていたのかもしれない。

いつまでたっても佐藤君が特定の彼女を作らないのを、
私は自惚れではなく、自分のせいではないかと考えるようになった。
私がそばに居るのが、良くないんじゃないか、って・・・。

そう考えた私は、佐藤君と距離を取ることにして、
サークルに顔を出すことも少なくなっていった。

そんなある日、

「真中」

キャンパス内で、佐藤君に呼び止められた。

No.432 10/05/10 22:55
Saku ( SWdxnb )

>> 431 「俺、何かした?」

私は俯いて、首を横に振った。

「じゃあ、何で避けてんの?」

「ごめんね・・・」

「ごめんじゃ分からないよ。言ってくれたら、なおすし。
俺、真中に嫌われることしたかな、って考えてるんだけど分からなくて・・・」

私は佐藤君の為と言いながら、こんな変な状況を作って、
佐藤君を悩ませていることにショックを受けた。
そして、ありのままに話した。

「俺が勝手に想ってるの迷惑?
好きな気持ちなんて、そんな簡単に無くならないよ」

佐藤君に言われて、私はハッとした。
私も敦史に対して同じ気持ち、同じ立場にいるから・・・。

「彼女になってとか、強制する気はないよ。
ただ、今までと同じように、付き合っていければ、
それでいいんだ」

佐藤君はそう言って優しく微笑んだ。
私も頷いて笑った。

No.433 10/05/11 21:05
Saku ( SWdxnb )

>> 432 佐藤君は、頭も良くて、話題も豊富で、
外見も悪くないし、優しくて、穏やかで・・・

私が敦史を忘れて、佐藤君と付き合えたら、
きっと、幸せな毎日が過ごせただろう。
でも、私は敦史を忘れることができなかった。

アオイちゃんではない他の友達からは、
「佐藤君と付き合えば幸せだよ!結婚もありだね」
なんてよく言われた。

私も心からそう思った。
だからいつも、佐藤君には幸せになってほしくて、
誰か素敵な人が現れないかなって、
仲のいいお兄ちゃんを応援する妹の様に、
身内の気分で、願っていた。

私たちが3年になった時、サークルに
新入生の大和由実ちゃんが入って、少し状況が変わった。

No.434 10/05/11 21:16
Saku ( SWdxnb )

>> 433 由実ちゃんは、見るからにいい子で、
雰囲気が佐藤君とよく似ていた。

佐藤君も新入部員の由実ちゃんに、色々と教えたりしてあげて、
由実ちゃんは、そんな佐藤君に好意を寄せている様だった。

「加世先輩」

ある日私は、由実ちゃんに話しかけられた。

「なぁに?」

由実ちゃんは、伏目がちに躊躇しながら話した。

「あの・・・加世先輩は、佐藤先輩と付き合って――」

「ないない!」

私は即座に答えた。

「そうですか・・・」

由実ちゃんは、まだ、目を伏せていた。

「由実ちゃん、佐藤君のことが好き?」

由実ちゃんの頬が一気に赤くなった。

「・・・はい」

何だか、恋している姿が羨ましかった。

No.435 10/05/11 21:33
Saku ( SWdxnb )

>> 434 「応援させてもらってもいいかな」

私の言葉に、顔を上げた由実ちゃんの目からは涙がこぼれた。
知れば知るほど、由実ちゃんは純粋でとてもいい子だった。
だから、佐藤君と由実ちゃんがうまくいけばいいなぁと、
陰ながら心から思っていた。


ある日の帰り、正門前で、佐藤君が私を呼んだ。

「あのさ、俺、由実ちゃんと付き合うことにしたよ」

「ほんと?おめでとう」

「ああ・・・」

佐藤君は少し考えてから、私を見た。

「俺、今でも真中が好きだよ」

「――」

「でも、由実ちゃんと付き合って、彼女のいい所
いっぱい見つけてったら、真中への気持ちも、
自然と思い出になっていくんじゃないかって、そう思ってる」

「――うん」

「だから真中も、前に進んでみろよ」

「・・・・・」

「俺、応援してるから」

佐藤君はそう言って、いつものように
優しく微笑んだ。

No.436 10/05/11 21:48
Saku ( SWdxnb )

>> 435 「かーよちゃん、一緒に帰ろっ」

その時、アオイちゃんがやってきた。

「じゃ、またな」

佐藤君は、軽く手をかざし、去っていった。

「何度目かの告白されちゃってたのぉ?」

ニコニコと聞いてきたアオイちゃんを
私は横目で見ながら、

「ぎゃーく!あーあ、恋したくなっちゃったなぁ~」

「あれ~、やっと敦史の呪縛が解けたぁ?」

そんな事を言うアオイちゃんに、思わず笑ってしまった時だった――


 ―プップー!―

車のクラクションが鳴った方を見ると、
正門前に深いブルーの車が停まって、運転席の窓が開き、

「加世子ちゃん」

中から、現れたのは笑顔の陽介さんだった。

No.437 10/05/11 22:00
Saku ( SWdxnb )

>> 436 「陽介さん!」

車を邪魔にならない所へ寄せている陽介さんの元へ
行こうとした私の腕を、アオイちゃんががっちりと掴んだ。

「すごーい、いい男~!久しぶりにゾクゾクしちゃったんだけどー」

「陽介さんは既婚者だよ」

「えー、じゃあ不倫になっちゃうのかぁ」

「アオイちゃん?!付き合う前提で話さないで」

そうしている内に、スーツ姿の陽介さんが車から降りてきた。

「久しぶり、元気だった?」

「はい。陽介さんも元気そうで」

その時、アオイちゃんが、私の服をツンツンと引っ張った。

「あ、彼女は友達の――」

「水沢アオイです。よろしくぅ」

アオイちゃんはとっても可愛らしく名乗った。

「鳴海です」

陽介さんは、余裕の表情で答えると、

「今日夕飯一緒に食べない?
良かったら、アオイちゃんも」

「ハイ!是非」

いの一番に返事したのはアオイちゃんだった。

No.438 10/05/11 23:56
Saku ( SWdxnb )

>> 437 陽介さんの乗っていた車の後部座席に乗り込む。

「すごーい、かっこいい!」

アオイちゃんは、真新しい車内を見渡した興奮していた。

「車、変えたんですね」

私は車を発進させた陽介さんに聞いた。

「ああ。心機一転、思い切ってね」

「心機一転、ですか?」

「管理職研修でね、今日付けで、
こっちの支社に出向になったの」

「へぇ、会社はどちらなんですかぁ?」

アオイちゃんは身を乗り出して聞いた。

「JNK旅行」

「えー大手ぇ!そこの管理職になられるんですかぁ」

「今まで気楽だった分、憂鬱だよ」

陽介さんは、ルームミラー越しに私を見た。

「3ヶ月間、こっちにいるから、よろしくね」

No.439 10/05/12 00:31
Saku ( SWdxnb )

>> 438 お酒も飲める開店したばかりのお店に私とアオイちゃんを降ろすと、
陽介さんは、一旦会社へ戻ってくると言って去っていった。

「カヨちゃーん、私陽介さんタイプー」

アオイちゃんは甘えるように私の肩に寄りかかった。

「結婚してるって言ったでしょ?」

「ソレはソレ、コレはコレでさ」

アオイちゃんに常識は通じないのは分かっていたけど、
本気で、陽介さんを口説きにかかりそうな勢いのアオイちゃんを見て、
私は何だか落ち着かない気持ちになった。

「先に確認しておくけど、カヨちゃんは、
彼と、どういう関係なのぉ?」

「何の関係もないよ。
以前は友達の彼だったの」

そうだった。陽介さんは、美咲と付き合っていたんだ。
前に美咲は陽介さんを忘れたと言っていたけど、
高校時代、あんなに好きだった陽介さんを、
キレイさっぱり忘れることができたのだろうか?
私はまだ、敦史を引きずっているというのに・・・。

その時、陽介さんがお店に現れた。

No.440 10/05/12 00:49
Saku ( SWdxnb )

>> 439 「お待たせ。歓迎会、明日にしてもらって抜けてきた」

陽介さんは爽やかに笑うと、三角形のテーブルの一辺に座った。

「早いけど、始めちゃおうか。好きなの頼んでいいよ」

「飲んでいいですかぁ?」

アオイちゃんが、甘えるように聞くと、
陽介さんは、ハッとした顔で私を見た。

「そうか、もう飲める年になったんだ」

「21でーす。カヨちゃんはまだハタチだけどね」

「へぇ、大人になったんだね」

陽介さんは、微笑んだ。

「陽介さんはおいくつなんですかぁ?」

「今年29」

「へぇ、大人の男性ってカンジで、素敵」

「もう親父だよ」

何だか二人のノリに乗れなくて、
私は黙って、メニューを眺めた。

すると、陽介さんは私の持っていたメニュー表を
取りあげて閉じた。

「飲めるようになった加世子ちゃんに、
飲んでほしいのがあるんだ」

そう言うと、店員を呼び、
飲み物や食べ物を注文した。

No.441 10/05/12 18:18
Saku ( SWdxnb )

>> 440 運ばれてきたのはシャンパンだった。

「去年転勤で、単身フランスに行ったらハマってね、このお店は本番のが飲めるから」

「フランスなんて凄ーい」

アオイちゃんはニコニコと、グラスに注がれたシャンパンを飲んだ。

「美味しーい」

「陽介さんここも単身ですか?…ご家族は?」

車も話す事からも、奥さんとお子さんの気配が感じられなくて、思わず聞いていた。


「ああ……別れたんだ」


「えっ?!ーー」


「えー!じゃあ今フリーなんですねぇ、私、立候補しちゃいまーす!」

「……」


陽介さんが離婚したなんて……私は唖然としたままだった。

No.442 10/05/12 18:29
Saku ( SWdxnb )

>> 441 「まぁ、相手居ない者同士、お互いがイイなら付き合ったっていい訳だけどーー
加世子ちゃん、どう思う?」

私はショックを引きずったまま答えた。

「そんな……、
別れたばかりで、すぐに他の人と付き合うなんて…」


「ーーって、姫が言ってるから、ゴメンね」

「姫ぇ?カヨちゃんとは何の関係もないんでしょう?」

「関係は無いどさ、嫌われたくない子でね」

「あーあ、つまんなぁい」


そのあとアオイちゃんは、一人でシャンパンのボトルをあける勢いで酔い潰れてしまった。

No.443 10/05/12 21:33
Saku ( SWdxnb )

>> 442 その後、陽介さんの車で、アオイちゃんを自宅まで送った。
私は泥酔しているアオイちゃんを、抱きかかえながら、お母さんに引き渡した。

「ごめんなさいねぇ、
もぉ、アオイちゃんったらぁ――本当にごめんなさいねぇ」

何度も謝られて、逆に恐縮しながら、私は陽介さんの車に戻った。



「まだ9時だし、二人で飲みなおそうか」

「はい」

私も、陽介さんと話したい気分だった。

車で移動する途中、敦史がバイトしていたピザ屋や
ストラップを探した場所が駐車場になっているのを横目に見ながら、
何とも言えない寂寥感に包まれた。

駅から然程離れていない、
ビルの階上のバーに入った。
私はバーが初めてで、何だか、その薄暗くオシャレな雰囲気に
ソワソワとしてしまった。

No.444 10/05/12 21:44
Saku ( SWdxnb )

>> 443 カウンターに並んで座ると、
陽介さんはバーテンダーに向かって、

「ノンアルコールの・・・・」

と注文をした。

「陽介さん飲んでください。私、電車で帰れますから」

「大丈夫。明日も仕事あるし、加世子ちゃんは飲んで。
――オーダーは任せてもらっていい?」

「はい」

何を頼んでいいのかさえ判らない私には、
陽介さんのさりげないリードが心地良かった。

目の前に淡いピンク色をしたカクテルが置かれ、
私たちは軽くグラスを合わせた。

「美味しい」

甘くて、さわやかでとても飲みやすかった。

「良かった」

陽介さんはニッコリと微笑んだ。

No.445 10/05/12 21:55
Saku ( SWdxnb )

>> 444 「連絡くれないから、どうしてるかと思ってたよ。
今日、門の前で話してたのは、彼氏?」

「いいえ、サークルの仲間です。いい人で・・・」

「俺は女の子に『いい人』なんて絶対言われたくないね」

「陽介さんは――」

「シー。
何も言われない方がマシ」

遮るようにした陽介さんが可笑しかった。

「陽介さんは・・・・素敵ですよ」

「フフ、それはいいね」

私たちは微笑み合った。
私は陽介さんの顔を見て、笑みを消した。

「陽介さん、離婚って・・・お子さんは?」

「流産だったんだ」

「・・・そうでしたか」

陽介さんは微笑んだまま、
手元のノンアルコールのカクテルに目線を落としていた。

No.446 10/05/12 22:27
Saku ( SWdxnb )

>> 445 「子どもがいたら、違ってたかもしれないけどね・・・」

「・・・・・」

私は何も言えなかった。
少なくとも、陽介さんは傷ついていると感じたから。

「これでも傷心中なのにさ、別れてすぐに
元妻の地元に出向なんて、酷い話だろ?」

陽介さんは、笑いながら顔をしかめた。
私も、それに微笑んだ。

「それで?加世子ちゃんは、
あの後彼氏できたの?」

「いいえ」

「ダッメだなぁ!遊べって忠告したのに」

「フフフ、遊べはしなかったけど、
合コン行って、色んな出会いは経験しましたよ」

「で?いい男が居なかった?」

「うーん・・・こう、ビビッとくる出会いは無かったです」

「フフ、最初から元彼と比べちゃってるんだ」

「そんなこと・・・」

「あるよ。加世子ちゃんは、あまりにも幸せな思い出に逃げてるんだ」

少し微笑んだまま私を見て言った陽介さんを
私はただ、見つめ返した。

No.447 10/05/12 22:42
Saku ( SWdxnb )

>> 446 「俺、一人で海外に行って思ったけどね、夫婦でも恋人でも、
想いあってるなら、側に居ないとダメだわ」

「――」

「どんなに愛していても、
離れていると、その想いは風化していっちゃうんだ。
生身の人間だから、心も体も手を伸ばした所で欲しくなる――
寂しいけど、それが普通でね」

「――」

「加世子ちゃんは止まったままでも、
向こうはどうかな?」

陽介さんの言葉が、やけに身に沁みた。

前に洋史君から聞いた、敦史が女の人のところに居るという事を、
夢のように捉えていた。
あんな別れ方をされておきながら、
私が敦史を想っている時、敦史も私を想ってくれていると、
今もまだ、そう信じていたんだ。

No.448 10/05/12 23:46
Saku ( SWdxnb )

>> 447 その後、陽介さんとは色んな話をした――
と言っても、ほとんど私の話を聞いてもらっていたのだけど、
あの日、全てを聞いてもらった陽介さんには、
安心して、何でも話すことができた。

その日の帰り、いつものように、車で送ってもらった。
途中、美咲の家を通り過ぎたとき、

「美咲には会いましたか?」

と思わず聞いていた。

「イヤ、結婚するって話した日が最後かな。
その後、酔って電話をかけてきたりしたけど、それも最初の頃だけで――」

「そうですか・・・」

「きっと、俺よりいい男見つけたんだろうね。
仕事も頑張ってる様だしね」

陽介さんが、過去の事と割り切っているのが、
羨ましい半面、寂しくも思えた。

「なに?」

そんな私に気づいた陽介さんが、横目で見て聞いた。

No.449 10/05/13 00:39
Saku ( SWdxnb )

>> 448 「深く付き合って、家族同然、自分の体の一部とまで感じた相手を、
別れたから、『ハイ他人です、関係ないです』って
切り捨ててしまうのが、寂しいなって・・・
あっ、陽介さんの事を言ってるんじゃなくて――一般的に・・・」

「俺も同感」

家の前の公園に着き
陽介さんは家と反対側の道に車を停め、
ハンドルに前かがみに凭れた。

「でも、別れって、悪いもんじゃないって思うよ」

「・・・・・」

「別れがあるから次の出会いがある――ってね」

顔だけを向け、陽介さんは微笑んだ。
そしてそのまま、ジッと私を見つめた。



「下心感じる?」

「フフ、いいえ」

「おおありだよ」


その瞬間、私はドキッとして、困ったような
照れたような気持ちで目線を落とした。

No.450 10/05/13 12:03
Saku ( SWdxnb )

>> 449 「女らしくなってーー
目が離せなかったよ」

陽介さんはそんな私の頬に手を宛てがった。

キスされる?!ーーなんて咄嗟に思ってしまったけど、
陽介さんは私の頬っぺを軽くつまんだ。

「恋したくなった気持ち、ちゃんと活かせよ」

私は笑んだ。

「ーーはい」

「まぁ3ヶ月は、飯とか俺に付き合ってもらってー。
男見る目を肥やしていきますか」

「フフ、そうですね」

すると陽介さんは携帯を出し私にも出す様に促した。

「番号言うから掛けて」

私が発信し、陽介さんの携帯が鳴った。

「ハイ頂き~。
魔のコール始まるから、覚悟しといてね」

陽介ははにかんで笑った。

No.451 10/05/13 19:06
Saku ( SWdxnb )

>> 450 翌日大学へ行くと、アオイちゃんが、覗き込む様に私の顔をジーっと見つめてきた。

「ナ、ナニ?」

「喪失後処女を卒業したかなぁ~と思って」

アオイちゃんが面白いことを言うので、私は笑った。

「何もないよ」

「カヨちゃんさぁ、鳴海さんと付き合えばいいのにー。
彼、カヨちゃんをお気に入りみたいだし、女慣れしてそうだから、絶対にHも上手でしょ?」


「アオイちゃん!
二言目にそれ言うの止めて!陽介さんに失礼でしょ」


「へぇ…やっぱり、カヨちゃんも彼がお気に入りなんだ」


「お気に入りだなんて…
ただ陽介さんには、色々助けて貰って…感謝してるの」

本心からそう思っていた。

No.452 10/05/13 20:01
Saku ( SWdxnb )

>> 451 携帯番号を教えてから、陽介さんからは度々連絡があった。

でも『魔のコール』なんてことはなく、
必ず私が受けられる時間にかけてきてくれて、
そんな所でも、陽介さんの気遣いが感じられた。

「今晩空いてる?」

「特に予定はないです」

「じゃあ、一緒に飯食おう。20時に駅前の――」

そんな風に、いつも食事や飲みに誘ってもらった。

私の性格か、レジ前でいつも財布を出しては断られていたけど、
いつも驕ってばかりいるのに気が引けていた。
そんな私に、陽介さんは

「じゃあ、千円貰おうかな。どのお店でも千円。
安くても、釣りは俺が貰うから」

と言って、千円札を受け取ってくれた。
勿論、千円以下で収まるお店なんてなかったけど、
私は少しでも出すことで、落ち着かない気持ちがおさまっていた。

でも、これも、陽介さんの気遣いだってことを、
身に沁みて感じていた。

No.453 10/05/13 20:25
Saku ( SWdxnb )

>> 452 陽介さんは仕事上がりで待ち合わせの場所に来るまでの時間、
持参した雑誌や本を見て待っていた。


「ごめんね」

その日も、陽介さんは少し遅れてやってきた。

「いいえ」

私が見ていた雑誌を仕舞おうとすると、

「加世子ちゃんって、その雑誌よく見てるよね」

と、陽介さんが手を伸ばし、私は見ていた雑誌を渡した。

「こういうの好きなんです」

それは、外国の生活を写真で紹介している雑誌で、
インテリアや料理、生活の風景まで、写真で綴られていた。

「海外に興味がある?それとも写真?」

「知らない風景や、インテリアや雑貨に、心惹かれるんです。
こんな素敵なのがあるんだぁ・・・って、見ているだけで
ワクワクするっていうか」

「へぇ・・・」

陽介さんは、雑誌を閉じて裏面を見ると、
そこを私に見せた。

「加世子ちゃん、就職先ここにしたら」

「え?」

そこには大手出版社名と住所が載っていた。

No.454 10/05/13 21:47
Saku ( SWdxnb )

>> 453 「『好きこそ物の上手なれ』じゃないけど、
加世子ちゃん合うんじゃない?」

3年生になって、就職先を真剣に考える時期になっていたけど、
出版社――考えてみたこともなかった。

「東京都千代田区・・・」

「うちの本社の近くだね」

「でも、こんな大手・・・私には無理ですよ」

「最初から無理って思っちゃ、可能性つぶすだけだよ。
若いうちはね、『情熱』と、あとは『当たって砕けろ』の精神も必要だよ」

その日、陽介さんと話した私の中に、編集者になる夢が根差した。

陽介さんのアドバイスで、色々勉強したり、興味も膨らんでいった。
でも、仕事内容と同じくらい『東京』という土地が、
私の決意を固いものにした。

陽介さんも3ヶ月経てば戻る東京。
美咲もいる。
そして、敦史も――。

No.455 10/05/13 22:08
Saku ( SWdxnb )

>> 454 3年生も終わりに近づき、
陽介さんが東京へ戻る日が近づいたある日のことだった。

いつものように、大学へ行った私の元に、
めずらしく、アオイちゃんが神妙な顔つきで近づいてきた。

「カヨちゃん」

「うん?」


「敦史のお母さんが亡くなったって」

「・・・・・」

私は言葉の出ないまま、アオイちゃんの顔を見つめた。

「地元の噂では、アパートで倒れて亡くなったまま、
数日間みつからなかったみたい。お酒が原因の突然死だって・・・」

あの、お母さんが・・・死んだ・・・。
私の頭の中は、呆然としていた。


「それで今、お葬式とかで敦史が帰ってきてるって」


私はアオイちゃんの目を見つめた。
アオイちゃんは真剣な眼差しのまま、見つめ返した。

私は込上げる衝動に急き立てられるまま、
教室を飛び出し、大学を後にした。

No.456 10/05/14 19:41
Saku ( SWdxnb )

>> 455 電車で敦史の地元の駅へ行き、
後先考えずに敦史のアパートへと向かった。

私の胸は、先を急いだ乱れではなく、
敦史に会える――ただそれだけの思いに高鳴っていた。

アパートの前まで来て、私は少し離れた場所に立ち止まった。
外からは、何ら変わった所もなく、
その中で葬儀が行われている様子も見られなかった。

その時、アパート前に一台のタクシーが来て停まり、
中から黒の上下を着た、隣の部屋の女性が降りてきた。

「あ、あの・・・」

思わず駆け寄って声を掛けた私に、
その女性「ああ」という顔をした。

「直葬だったから、公共の斎場に行ってたの。
敦史君たちは収骨して、戻ってくると思うわ」

そう言って、斎場のパンフレットを私に渡すと、
手持ちの塩を肩にふりかけ、疲れたように部屋の中へ入っていった。

私は、出発しようとしていた、女性が乗ってきたタクシーを止め、
パンフレットの斎場まで行ってくださいと運転手さんにお願いした。

No.457 10/05/14 20:27
Saku ( SWdxnb )

>> 456 10分程で目的地に着いたけど、自分の格好が普段着で、
形振り構わずこんな所まで来てしまった事に戸惑い、
斎場に入る前でタクシーには停まってもらった。

どうしよう・・・ここに居ても不釣合いなだけだ。
私は冷静になり、運転手さんに引き返し下さいと、告げようとしたその時――


斎場の正面玄関に、敦史とその後から桐箱を持った洋史君が出てきた。


私は思わず、タクシーを降りた。

黒のスーツを着た敦史は正面玄関の脇で、タバコを吸いはじめた。
髪を短く整え、男らしく、精悍な顔つきになった敦史をただ見つめながら、
会えなかったこの3年近くの想いが、一気に込上げてきて、
私の目からは、涙がドッとあふれ出た。

ああ・・・ずっとずっと、会いたかった人――
他の誰でもない、私はずっと敦史を求めていたんだ。


その時、周りを見渡した洋史君が私に気づいて、動きを止めた。

そんな洋史君に気づいた敦史が、
ゆっくりと、こっちに顔を向けた――

No.458 10/05/14 22:34
Saku ( SWdxnb )

>> 457 目と目が合った瞬間、時間が止まるようだった。

付き合っていた頃の、『二人だけの空間』が生まれたかの様に、
ほんの数秒間、私と敦史は目を離さずに見つめ合っていた。

敦史の顔がかすれて私は涙を拭った。
すると、私を見ていた敦史はタバコを灰皿に落とし、
やってきたタクシーに視線を移して、洋史君の後に続いて乗り込んだ。

私は敦史の姿を見失わないように目で追っていた。
タクシーは道に出る前に、私の目の前で停まった。

ガラス越しに敦史がいた。
叩けば、窓を開けてくれるかもしれない――
でも見つめるしか出来なかった。

淡い期待を抱いていたが、敦史は、さっきの様には私を見てくれなかった。
まるで私がこの場にいないように、ただ前を見ていた。


タクシーがゆっくり動き出す。
洋史君が小さく頭を下げる仕草をしたけど、
敦史は、最後まで私を見ることなく、遠ざかっていった。

No.459 10/05/14 23:23
Saku ( SWdxnb )

>> 458 私は待たせていたタクシーに乗った。

「どこに行きます?」

「・・・元の場所へ、お願いします」

私は運転手さんに答え、座席に深く凭れた。

涙を出し尽くしたのか、酷い脱力感に襲われながら、
窓の外の風景を眺めていた。
そして、私は冷静に敦史の事を考えていた。

私を見ようとしなかった敦史は、
別れた時の激しい拒絶ではなく、
3年の月日を経て、私の存在を風化させたような顔をしていた。


敦史にとって私は、もうとっくに過去のものなんだ――。


『あまりにも幸せな思い出に逃げてるんだ――
加世子ちゃんは止まったままでも、向こうはどうかな?』

陽介さんの言葉が頭をよぎって、自嘲気味に笑った。


「すみません、やっぱり駅に行ってください」

私は運転手さんに行き先の変更を告げた。

No.460 10/05/14 23:54
Saku ( SWdxnb )

>> 459 駅に着きタクシーを降りた場所で、私はぼんやりと立ち尽くしてしまった。

納得したはずなのに、まだこの街に敦史が居ると思うと
気持ちがざわついて、このまま電車に乗って帰るなんて出来なかった。

周りを見回すと、駐車場が目に入った。
そこは3年前、必死にストラップを探した場所――
私はゆっくりと、そこへ歩いていった。

コンクリートが敷き詰められ、コイン駐車場になっていた。
ぼんやりと、案内板に目をやる――
と、下の方にビニール包装されたチラシのようなものが貼り付けられていた。


『落し物のキーホルダーあります  家主』

「!」

それを見た私は、そのチラシを剥ぎ取った。
そして、周囲を見回して、真新しい時計店を見つけると、
そこへ走っていった。

No.461 10/05/15 01:00
Saku ( SWdxnb )

>> 460 息を切らしながら、店内に駆け込む。

「あの・・・!」

「いらっしゃいませ――どうしました?」

受付の女性は、必死の形相の私の元へきて
背中をさすってくれた。

「これ、私のだと思うんです」

私はビニールに入ったチラシを出した。

「あっ、・・・カヨコちゃん?」

「ハイ」

私が答えると、その女性はみるみる内に顔をほころばせた。

「おばあちゃん喜ぶわぁ」

No.462 10/05/15 08:14
Saku ( SWdxnb )

>> 461 そう言って、女性は店の奥へ消えると、
小さな紙袋と封筒を持って戻ってきた。

「どうぞ」

私は女性からその二つを受け取った。

「おばあちゃん・・・私の母ですけどね、毎日工事に付き合ってたのよ。
地面を掘り起こしている時に出てきたって。そりゃもう、大喜びで――」

紙袋を開けると、中に透明な袋に入ったストラップが出てきた。
ずっと、私の持っていたストラップ。
シルバーのチャーム部分は少し黒ずんでいたけど、
「A to K with』
の文字もはっきりと見えた。
私の顔は綻び、同時に涙が込上げてきた。

「おばあちゃん、2年前になくなったんだけど――」

「――」

「あなたがきっと来るからって、こうして用意したものを、
自分のベット脇にずっと置いていたの」

私の目から涙がこぼれ落ちた。
女性は私の背中を抱いて、優しく微笑んだ。

「本当に良かったぁ、
宝物、見つかって良かったわね」

No.463 10/05/15 08:28
Saku ( SWdxnb )

>> 462 私はお店を出たところで、『かよこ様』と書かれた封筒を開封し、
中の手紙を読んだ。


『かよこ様

前略ごめんください。

キーホルダー、見つかりましたよ。

この手紙を貴方が読んでいるなら、私の願いは叶った。
そして、あなたの願いも叶ったわね。

もしも、このキーホルダーに込める願いがあるなら、
それも叶う気がしますよ。

毎日探し続けた貴方のあの真っすぐな思いさえあれば・・・

これからの貴方の人生が幸多きものでありますように――

かしこ   家主』


私はその手紙を読み、見つかったストラップを見ながら、
思わず声を出して泣いていた。

ストラップに込める願い・・・
『A to K with』と刻まれた文字そのものだった。


その時、私の携帯が鳴った――

No.464 10/05/15 08:39
Saku ( SWdxnb )

>> 463 「加世さん?」

洋史君からだった。

「兄貴、明日から仕事で、もう帰ったんです――」

「・・・・・」

「きっと今、駅にいると思います」

「!――」

敦史が駅にいる・・・。

「洋史君、何で?・・・」

私にあれ程、忘れてくれと言っていた洋史君なのに・・・。


「母親が死んで、顔色一つ変えなかったニィが、
帰りのタクシーで泣きそうな顔してたから・・・」

「――」

「でも、これで最後にしますから――」

「ありがとう」

電話は切れた。

この連続した奇跡に、私は胸を熱くしながら、
急いで駅へと向かった。

No.465 10/05/15 20:43
Saku ( SWdxnb )

>> 464 駅に向かう間、付き合っていた高校生の敦史ではなく、
さっき目に焼き付けた敦史の顔が浮かんだ。

出来ることなら、今現在の敦史の声が聞きたかった。
話してみたかった――。
まるで、片思いの相手に抱くような想いに、
胸は高鳴り、敦史の姿を探した。


切符を買い、改札口を抜け、
東京行きの鈍行電車が停まっていた、ホームへと降りた。

ホームから車内の端から端まで探して歩いたけど、
敦史の姿は見つけられなかった。

その時、向かいのホームに特急電車が入って来た。
ゆっくりとスピードを落としていくその先頭のホームに
黒いスーツ姿の敦史が――

「敦史!」

その姿は特急電車の陰に消えた。

私は踵を返して、階段を駆け上がり、
敦史のいたホームへと走った。

No.466 10/05/15 21:33
Saku ( SWdxnb )

>> 465 階段を降りた所から、乗り込もうとしている敦史が見えた。
発車を知らせるアナウンスが流れ、
私はストラップを握りしめた手に力を込め、走った。

「敦史!」

その声に気づき振り向いた敦史は、
私を見て、ドアの方に戻ってきた。

ドアが閉まっていく――。

「見つけたの!」

ドアの前に辿り着いた私は、閉まりかけたドアの隙間から、
紙袋ごと、ストラップを投げ入れた。

敦史はそれを拾って、手に持つと、
閉まったドア越しに私を見つめた。


ときめく程に男らしくなった敦史がいた――
キラキラと輝く瞳が、少し潤んでいるように見えた。

私は溢れ出す涙の中、精一杯の笑顔で、
胸の前に手をかざした。

No.467 10/05/15 21:44
Saku ( SWdxnb )

>> 466 電車が動き出す。
離れていく敦史を追いかける様に、私の足も動き出した。


「ごめんね!私、今でも敦史が好きだよ」


聞こえるはずもない――
だけど、抑え切れない胸の内を叫んでいた。

敦史はドアに両手をつき、私の言葉を必死に読み取ろうとしていた。


「ずっと忘れられなかった!今でも敦史のこと大好きなの
――ごめん・・・」


そのまま電車は遠ざかり、敦史の姿も見えなくなった。


私は残されたホームの先に立ち、
溢れる涙を止めることもできないままに、
電車が見えなくなるまで見送った。

No.468 10/05/15 23:54
Saku ( SWdxnb )

>> 467 沢山涙を流したけれど、思い出ではない今の敦史に会えて、
敦史に聞こえてなくても、素直な想いを吐き出せて
私の心は軽くなり、晴れやかな位だった。


その二日後、陽介さんが東京へ戻る前日に、夕飯に誘われた。
「今日は飲む」という陽介さんとオシャレな居酒屋に入った。

「引越し無事に済んだんですか?」

並んで座り、サワーを飲みつつ陽介さんに聞いた。

「うん。全部お任せでやってもらったよ。
だから、今日はホテル泊まり」

陽介さんはジョッキのビールを口に運んだ。

「寂しくなっちゃいますね」

陽介さんはニコッと笑って隣の私を見た。

「東京おいで。卒業したらね」

「できれば・・・」

「俺は加世子ちゃん来ると思ってるよ。
決まったら、住む所も探してあげるよ」

「エヘヘ、ありがたいな――
私、ずっと陽介さんに頼りっぱなしですね」

「フフ、頼られて悪い気しないよ。
俺ね、情に訴えられると結構弱くてね」

「フフフ」

いつものように、楽しい時間を過ごし、
私たちは、陽介さんの泊まるホテルのバーで
飲みなおすことになった。

No.469 10/05/16 00:16
Saku ( SWdxnb )

>> 468 それぞれお酒を味わいながら、
フイに陽介さんが私の顔を見つめて微笑んだ。

「今日会った時から思ったんだけど、
加世子ちゃん何かいいことあったの?」

「え?どうしてですか?」

「何か、いい女の顔してる」

「ハハ」

私は微笑んだまま、手元のカクテルを見つめた。

「――敦史に、会えたんです」

「――」

それから私は、敦史が帰ってきていた経緯から、
最後、ホームで見送ったまでを話した。

陽介さんは空いたグラスをすかさず、新しいお酒と交換しながら、
黙って聞いてくれていた。

「恋したい気持ちが高まっていた時だからか、
敦史に会って、いま又、一目惚れした気分なんです」

私も、色んな味のお酒を飲んで、ほろ酔い気分で浮れていた。
陽介さんは、その時手にしていたバーボンのグラスを一気に空けた。

「3ヶ月間、男見る目養わせたつもりだったけど、
無駄だったな――」

陽介さんは笑顔のない冷めた眼差しで私を見た。

「酷いことされたの、忘れてないよね?」

「・・・・・」

「今、女と住んでるんだろ?
加世子ちゃんは過去の女なの、目さましな」

No.470 10/05/16 00:31
Saku ( SWdxnb )

>> 469 「分かってますよ。片思いみたいなもんです」

陽介さんは、タバコに火をつけた。
タバコを吸わない人が居ると、席を外して吸う人だ。
それに、私の話しに、こんな反論するのも初めて・・・
陽介さんは、いつも余裕ある態度で話を聞いてくれたから、
私は何でも話すことができた。

いつもと違う陽介さんに、私は少し戸惑っていた。

陽介さんは、フッと笑って、バーボンのグラスに手をかけた。

「母親の呪縛から解放されたのに、
抱きしめてもくれなかった男だよ――」

「陽介さん?飲みすぎですよ」

陽介さんは、息を吐きながら俯くようにして笑った。

「今、無性に寂しい気分だよ」

「・・・・・」

「――加世子ちゃんと、こんな風に会えなくなる」

私を横目で見つめた陽介さんの眼差しに
私はドキッとしながらも、平静を装った。

No.471 10/05/16 00:51
Saku ( SWdxnb )

>> 470 「今は私と頻繁に会っているから、そう思うだけです。
東京に戻ったら、私のことなんて忘れちゃいますよ」

「そんなこと言うな」

命令口調にまたドキッとした。

「就活、サポートさせてもらうし、随時、連絡よこせよ」

「はい」

私は笑みを作って小さく頷いた。
陽介さんを、初めて男性として意識した瞬間だった――。


その後すぐ、時間も遅かったので、
私がトイレに立ったのと同時に帰ることになった。

トイレの鏡の前で、お酒で赤らんだ頬を
水で冷やした両手で押さえた。
波打った心の中までは冷やすことが出来ず、
私は、フゥーと息を吐き、トイレを出た。

細い廊下を歩いていく――

「加世子ちゃん」

陰になったスペースから陽介さんが現れ、
私は手を掴まれ、引き寄せられた次の瞬間――

No.472 10/05/16 13:04
Saku ( SWdxnb )

>> 471 そこは公衆電話の置かれた箱の様なスペースだった。
陽介さんは私の頭と背中を手で支え、抱き寄せる形で唇を重ねた。


その激しく濃厚なキスに、酔いが全身に回る感覚に包まれながら、
私は抵抗せずにただ受け入れていた。


唇を離した陽介さんは、至近距離で私を見つめた。
否応なしに胸が高鳴るーー


「反則だよなーー
酔ってる時と弱ってる時は、落ちやすいって分かってんのに…」


放心して見上げる私と目が合うと、陽介さんは、私の口元を親指でなぞり、はみ出たグロスを拭き取った。


「俺はいつでも加世子ちゃんの都合のいい男になれるよーー」


そう言って小さく笑うと、私の頭をポンポンと優しく叩いた。

No.473 10/05/16 20:17
Saku ( SWdxnb )

>> 472 ホテルの玄関を出た所で、陽介さんは軽く手を挙げ、少し離れた所で常駐していたタクシーを呼んだ。

後ろをついていた私の腰に手を回し、隣に立たせると、

「一緒に乗ったら帰せなくなりそうだから止めておくよ」

と、前を見たまま言った。
こんな風に男の人に抱き寄せられたのが初めてで、私は身を固くしたまま、促されるようにタクシーに乗った。

「隣町までーー」

そう言って陽介さんは運転手さんに5千円札を渡した。
その時私は、やっと我に返った。

「大丈夫です」

「いいから」

「あっ、千円」

気が動転しながら財布から出した千円札を、陽介さんは笑顔で受け取った。
そしてドアの上に手を掛け、覗き込む様に私を見た。

「就活で上京する時は、必ず連絡しろよ」

「…はい」


陽介さんは最後に微笑むと

「お願いします」

と、運転手さんに言って、ドアを閉めた。

No.474 10/05/16 21:01
Saku ( SWdxnb )

>> 473 動き出したタクシーの中から、後ろを振り向くと、
陽介さんは見えなくなるまで、見送ってくれていた。

お酒に酔っていたとは言え、
敦史以外の人と、初めてのキス――

敦史に気持ちがあるのに、体は別の感覚で反応していた。

私は、17歳の時に敦史に満たされた体の欲を
感じずにはいられなかった・・・。


陽介さんが東京本社へ戻ったあと、私は最終学年へと進んだ。

私は両親に、
「東京の出版社へ就職を希望している」
ことを話した。

両親はまず反対し、話し合う内に、通いならオーケーと言い、
最後には根負けする形で、了承してくれた。

「採用になったらよ」

あくまでも、第一希望の東京の出版社に採用されたら、
東京で一人暮らし。ダメなら地元で就職という約束をした。

No.475 10/05/16 21:22
Saku ( SWdxnb )

>> 474 第一希望の出版社の採用は遅めで、夏前に採用者に内定が出される。

説明会の為に上京する日には、
陽介さんがホテルの手配をしてくれた。

陽介さんは、課長代理として忙しそうだったけど、
「来年の方が大変になる」らしく、
私に会う時間を必ず作ってくれた。

あのキスした晩の雰囲気になることは無くて、
やっぱりお酒のせいだったのか――と納得していた。

筆記試験と数回の面接――

最終面接も突破して、

夏前に私は内定をもらえた。

No.476 10/05/16 22:19
Saku ( SWdxnb )

>> 475 アオイちゃんは化粧品会社に内定をもらい、
数ヶ月前から、年下のラガーマンと付き合っている。

「勿論、体はサイコーなんだけどぉ、アオイの事、大切にしてくれるんだぁ」

そう、ニコニコと幸せに話している。


佐藤君は国家公務員を目指し、その後、見事に試験を突破した。

由実ちゃんと順調そうで、私に会うと、
「新しい出会い見つけた?」と心配してくれる。
いつまでも、優しいお兄ちゃんの様な人だった。

No.477 10/05/16 22:36
Saku ( SWdxnb )

>> 476 大学時代、結局私には彼氏は出来なかったけど、
キャンパスライフは充実していて、とても楽しかった。


地元で過ごすことになる最後の冬休みに、私は
高一の時敦史との初めてのデートコースを巡ってみたくなった。

デパートの本屋へ入り、何気なく棚を眺め見ていたら
敦史が見ていた海の風景写真集を見つけた。

私はそれを取って、レジへと持っていった。


その後一人で映画館へ行き、
洋画で人気シリーズの3作目を観た。

楽しめて、
この映画だったら、途中で敦史は席を立ちはしなかったろうな――
そんなことを考えた。

それから、お昼をファーストフード店で持ち帰りにし、
池を囲む公園へとやってきた。

No.478 10/05/16 22:50
Saku ( SWdxnb )

>> 477 この公園は、敦史との思い出がありすぎる。
だから、ずっと来ていなかった。
のどかなカモの姿を、私は微笑んで見つめた。

「俺と付き合ってみない?」

この場所で、そう言われて付き合い始めたんだ――

ファーストキスも、まだ明るい日中にキスをしたことも、

「薄井加世子になりますかの」

と、ドキリとしたプロポーズも鮮明に思い出された。


私は、買ってきた写真集を袋から出して、ゆっくりと捲っていった。

深い海底に光が射している――

今、敦史の心には、光が射しているのだろうか?
お母さんが亡くなって、苦しみから解放されたのだろうか?

側に居られず、ただ想像するだけの敦史の心が、
どうか、安らぎに満ちていますように――
幸せでありますように――
心からそう願った。

No.479 10/05/16 23:26
Saku ( SWdxnb )

>> 478 もう少しで東京へ行く――。

私の心は、切なさや不安よりも、希望に満ち溢れていた。

陽介さんが居て、
美咲が居て、
そして、
敦史が住む東京――。

出来ることなら、敦史と会って、普通に話せる仲になりたい。
そんな、淡い希望も胸に抱いていた。


でもその東京で、敦史と複雑に関わっていくなんて、
穏やかすぎる風景の中にいた私には、想像出来ないでいた・・・。



ハンバーガーを頬張りながら、私は池に視線を移した。

2羽のカモが「こんにちは」と挨拶するように並び、
そのまま、連なって水面を泳いでいった。

私はまた微笑んで、
それをいつまでも眺めていた。



《プロローグ》
 終わり

No.480 10/05/16 23:29
Saku ( SWdxnb )

愰読者の皆様へ愰

こんばんは、作者です。

好き勝手に書き綴り、長くなりました、お詫び申し上げます珵お付き合い下さった方々、心から感謝いたします炻


実は主人公が社会人になってからのストーリーを書きたくて始めたもので、これまでがプロローグ(前提)になります珵

「長すぎじゃい!」
とのお怒りの言葉も含め、率直なご意見やご批判、アドバイスなどをお気軽に頂けますと嬉しいです↓

http://mikle.jp/thread/1305455/


しばしの休憩をはさみ、新しく「コイアイのテーマ†main story†」を構成も考えつつ、書いていこうと思います。


頑張りたいですーー昀
完結できますようにーー昀昀

宜しければまた御覧下さい珵


作者より

No.481 10/05/18 22:44
Saku ( SWdxnb )

本編を書きはじめました🌊

『コイアイのテーマ†main story†』

http://mikle.jp/thread/1324027/


引き続き宜しくお願いします珵昀

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧