コイアイのテーマ
誰にでも、たった一人、
忘れられない人が居るハズ…
私にとって、彼は、
かけがえのない
大切な人。
淡くて、霞んでしまいそうな日々は、
キラキラ輝いた思い出の日々でもあったー
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>> 350
部屋は間接照明の明かりだけになっていた。
ベットにソッと私を置き、
敦史はさっきの続きのような深いキスをした。
唇を離しキラキラと輝く敦史の瞳に
見惚れて、手をかざした。
「キレイな瞳・・・
目は心を映す鏡だって言うよ」
「じゃあ、目だけ別物だ」
「そんなことないよ。敦史の心はキレイだよ」
敦史は、微苦笑した。
「今、心で凄いこと考えてるのに?」
私はその意味するところを感じ取りながらも
敦史から目を離さなかった。
私の心は、それを求めていた。
敦史は見透かしたように、イタズラに微笑むと
私の手を取って、指先を口にふくみ、
それが始まりのように、体の隅々まで調べ上げていった。
>> 355
合格が決まった3年生は、ほぼ自由登校みたいなもので、
翌日、入学金を納めるため、敦史は学校を休むと言い、
私は午後から登校することにした。
待ち合わせは、敦史の地元の駅。
電車に乗り、早く着きすぎてしまった私は、
途中で会えるかと思いながら、敦史の家までの道を歩いていった。
昨日までの2日間ずっと一緒に居て、殆ど密着していたせいか、
別れてから、半日も経っていないのに、
体の一部を探すように、敦史を求めていた。
会ったら最初何て言おう・・・
おはよう、かな?・・・
そんな平和なことを考えている内に、
敦史のアパートの前まで来てしまった。
どこかで、見過ごしちゃったかな?
少し心配になり、背後を見渡したその時――
―ガチャンッ!ガッシャーンッ!!―
>> 361
その晩、部屋に閉じこもっていた私に洋史君から着信があった。
洋史君が話すには、
敦史の150万円を、お母さんが交際相手の男性に渡したが、渡した直後から男性と連絡がつかないと言う。
警察は初め家庭内暴力で話しを聞いたが、詐欺に切り替えて、遅くまでお母さんから事情を聞いたらしい。
「敦史は?」
「ニィ…兄貴は、落ちついたら加世さんに連絡するって言ってました」
「今どこに居るの?」
「…分かりません」
「お願い、教えて!」
「俺も本当に知らないんです。昼過ぎに家帰って、それから行方知れずで…」
私は洋史君の電話を切り、敦史に電話をかけたーー
と、すぐに留守番電話に繋がってしまった。
『今どこに居るの?
カヨ』
送ったメールはそのまま返ってきてしまった…
>> 362
昨日までずっと一緒に居て、手を伸ばせば
敦史に触れることが出来たのに・・・
今日は、敦史の声さえ聞くことができなくなるなんて――
繋がらない電話とメールを頻繁に繰り返しながら、
心も体も、削がれたピースを探すように、敦史を求めていた。
私は高校が終わってから、電車に乗り、敦史のアパートへ行った。
インターフォンを押し、ドアノブに手を掛けると、ドアが開いた。
敦史が居るわけないのに、緊張しながら、ドアを開ける。
――中は、人の気配はなく、あの日荒らされたままの状態だった。
でも、いつ敦史が帰ってくるかもしれない――
私は靴を脱ぎ、中へ入ると、散らかった部屋の片づけを始めた。
>> 363
翌日も、学校が終わってから敦史の家へ片付けに行った。
その次の日も、片付けをしていると、夕方5時過ぎに
敦史のお母さんが現れた。
「あら・・・」
「あ、こんにちは。済みません、勝手にあがってしまって・・・」
「片付けてくれてるの?」
「・・・」
敦史のお母さんは、自分の部屋へ向かって、
まだ散らばっている部屋の中から、服を数着手に取って袋に入れた。
「ここじゃ眠れないじゃない?
だからずっと、お店に泊まらせてもらってたの。
今日は着替えを取りにきただけだから」
「あの・・・敦史から連絡は?」
「アナタにないの?」
「はい・・・」
「そーう。フフ、
それなら、私にもないわね」
お母さんはあっけらかんとし過ぎているように見えた。
「これからお店なの。お好きなだけ居てね」
お母さんは、靴も数足袋に入れて、出て行った。
取り残された私は、奇妙な違和感を感じながら、
自分で決めた午後7時まで、片づけを続けた。
>> 364
次の日も、また次の日も、
私は敦史の家へ行き、片付けを続けた。
片付けている途中、一冊のアルバムが出てきた。
中を開くと、敦史の子どもの頃からの写真が綴じられていた。
そこでも、違和感を感じた――洋史君の写真が殆どない。
洋史君が写っているのは、敦史と一緒の写真だけだった。
以前の敦史の言葉を思い出す――「母親に邪険に扱われてる」
もし、洋史君がそうなら、このアルバムを見る限り、
敦史はとても愛されている。
きっとお母さんが撮ったであろう、その写真は、
どれも皆、笑顔と愛に溢れた写真ばかりだった。
ページをめくる度に大きくなっていく敦史の写真を見ながら、
たまらなく敦史が恋しくなった。
小学校高学年、中学生・・・
枚数は少なくなっていくが、私の知っている敦史に近づいていく――
でも何だか、写真の雰囲気が変わってきた。
そう、写真の敦史には笑顔が無くなっていた――
>> 366
そこに立っていたのは、紛れもなく
敦史だった。
私は喜び、敦史の元へ――
だけど、視界から、ゆっくりと敦史が消えていった。
「加世!」
敦史の声だった・・・。
「あつし・・・」
私の視界は、真っ暗な闇に包まれた――。
目を覚ました時、私は病院のベットの上にいた。
「よかったぁ」
寄り添っていた母親が、涙をながした。
「わたし・・・」
「倒れたのよ。睡眠不足と栄養失調ですって」
私の腕には点滴が刺されていた。
敦史が居なくなってから、食事は殆ど喉を通らず、眠れてもいなかった。
「ここには?」
「同級生が連れてきてくれたのよ。薄井くんって言ってたわ」
敦史、本当に帰ってきたんだね・・・。
「彼は?」
「もう帰ったわ。あなたの事、本当に心配していたの。
後で連絡してあげなさい」
涙が出そうになった。
たまらなく、敦史に会いたかった。
>> 368
「敦史・・・」
敦史は私を中に引き寄せ、ドアが閉まった瞬間に
きつく抱きしめた。
「体、冷たいじゃねーか!」
「――」
敦史は私を抱き上げ、ダイニングのイスに座らせると、
毛布を持ってきて包むようにし、
ストーブを私に向けたり、重ねる布団を運んできてくれた。
「敦史、側にいて」
何かをしようとしていた敦史は、戻ってきて
私の前に座り、私の冷えた手を両手で包んだ。
「大丈夫か?」
敦史の心配した眼差しに心が揺れた。
「どうして・・・
どうして、突然消えたりしたの?」
「・・・・・」
「私・・・」
涙が溢れ、言葉にならなかった。
敦史は私を無言で抱きしめ、
頬と頬が触れ合った私たちは、
どちらからとなく唇を合わせた。
>> 369
敦史は、私にかけた毛布を投げ捨て、
キスをしたまま私の服を脱がせていった。
裸になった私を、抱き抱えると、
自分の部屋のベットへ運び、自分も服を脱いだ。
私たちはちょうど一週間前のようにお互いの体を求め合った。
私の冷たかった肌は、敦史の体温で暖められ、
あつい程に熱を帯びていった。
欠けていたピースが一つ、また一つと埋まっていく様に、
敦史は私の体の隅々まで愛撫し続けた。
ストーブの灯火と、荒い息づかいが続く部屋で、
何一つ言葉を発することなく、
私たちは一つになった――
敦史は、まだ繋がったまま
顔をあげ、私をみつめた。
「他の男と寝ないで――
俺ももう、しないから」
その真剣な眼差しに、私は頷くのではなく、
敦史の首に腕を回し、引き寄せてキスをした。
敦史も深く激しいキスで答えた。
>> 372
ひどいお酒の臭いに包まれ、派手な毛皮姿の敦史のお母さんが現れた。
「あら、久しぶり」
一瞬にして敦史の顔と体が強張った。
私は慌てて服を身につけた。
キツイ香水の香りも漂わせ、ふらつきながら自分の部屋へ行くと、ベットに腰を掛けて、こちらを向いた。
「ねぇ、あっちゃん、足揉んでくれない?」
「よせ…」
それは、抵抗ではなく、警戒した答えだった。
「なーに?私が疲れた時は、いつも揉んでくれるじゃない」
敦史は全身を強張らせたまま、お母さんの前にひざまずき、ふくらはぎを揉みだした。
まるで、旅行の時、私にしてくれた様に…
「あ~気持ちいい」
お母さんはそう言うと、敦史の頭を撫でた。
「…やめろ」
敦史が小さく言う。
でも敦史のお母さんは、敦史を愛おしむ様に撫で続けた。
「やめろって言ってんだろ!」
手を振り払われたお母さんは異様な眼差しで私を見た。
>> 376
私は涙を隠すように、布団を被った。
「気分は?大丈夫?」
「うん」
「後で食べなさい」
そう言ってお母さんは、私の傍らにやってきて
おかゆと飲み物をサイドテーブルに置いた。
「この間の男の子――薄井くんが、タクシーで
連れてきてくれたの。彼、ずっと謝っていた。
もうあなたには会わないって言ってたわ」
私は布団を頭まで被った。
また涙が溢れてきた――。
「加世子は、彼のことが好きなの?」
「・・・うん」
私は布団の中から、涙声で頷いた。
「加世子が好きになった子なら、素敵ないい子ね」
私は布団の中で、声を出して泣いた。
お母さんは静かに部屋を出て行った。
『私、過去の敦史がどんなだろうと気にしないよ。
私が知ってる目の前に居る敦史が好きだから』
前に美咲に言った言葉が蘇った――。
心からそう思ったんだ。
それが、私の本心――
>> 379
「加世さん、痩せましたね」
隣に座った洋史君が、私の顔を見て言った。
私は苦笑するしか出来なかった。
敦史が最初に消えた日から半月、
体重は3キロ落ちた。
「最初――警察から帰ってから居なくなった時は、
携帯も留守電だったけど繋がって、兄貴から、
東京に居るって連絡があったんです。
でも、今は携帯を変えちまったのか、全く繋がらなくて――」
洋史君は、歯痒い感じに唇を噛んだ。
「あの女がニィの金を盗んで男に貢いだりしたから!
今まで俺たちはずっと、あの女には振り回されっぱなしなんだよ!!」
話しながら、洋史君は怒りから語尾を荒げたけど、
隣の私を見ると、謝るように小さく頷いた。
「あの女は男が居る間は殆ど、帰ってもこないし、平和で――
でも、男が切れて、酒飲みだすと最悪なんです・・・」
敦史もそんな事を言っていた気がする。
この間も、ひどいお酒の臭いがしていた。
>> 380
「一、二年前は平和だったんだ。
家庭訪問に来た、ニィの担任をあの女がうまい事引っ掛けたから、
ニィも落ち着いたっていうか・・・」
私は洋史君の顔を見つめ、首を傾げた。
洋史君は思い出すように笑み、
「中学時代の兄貴は、めちゃくちゃだったんです。
でも、それは全部あの女のせいで・・・」
「・・・・」
「兄貴、加世さんと付き合いだしてからは、
ビックリするくらい変わったんです。
一途で、何だか幸せそうで・・・」
「――」
「だから、ニィのこと、信じて待っていてください!」
洋史君の話に胸が熱くなった。
泣きそうだった・・・・。
「今、敦史が連絡を断っているのは、
知られたくない秘密を、私が知ってしまったから・・・・」
洋史君はぼんやりと私の顔を見つめた。
「それって・・・・・
あの女とのこと?・・・」
>> 383
洋史君と別れ、家路につきながら、
私はぼんやりと敦史との過去を思い出していた。
『早く家を出たいんだ』
高一の夏休み、図書委員の仕事をしながら、
卒業後東京へ行くことを初めて聞いた日、
敦史が呟いた一言が思い出した――。
お母さんの話を一切しなかったのも、
女が香水をつけるのがキライと言ったのも、
母親を求める少年の映画をつまらないと途中で見るのをやめたのも、
たまに見せた、イラついた表情や、寂しそうな顔も・・・
――敦史と一緒にいて、腑に落ちないと感じた過去の出来事全て、
答えが分かった私は、自分の不甲斐無さに、涙が出た。
一番近くにいて、一番に敦史を見てきて、
彼がずっと苦しみ悶えていたことに、
何故、気づけなかったんだろう・・・。
私が少しでも寂しいと感じた時、
敦史は必ず側にいてくれたのに――。
家の前で空を見上げると
キレイな満月が浮かんでいた。
『離れていても、今、同じもの見てるじゃん――
――加世が俺を想ってる時、俺も加世を想ってるよ』
私は耐え切れず声を出して泣いた。
私はずっと敦史を想っているよ。
敦史も、私のこと想ってくれてる?――
>> 385
髪を短く切り、少し痩せた敦史は、
やってきて田瀬君の近くの席に座った。
式の間中、かすかに見える敦史の髪を見ていた。
敦史は動くことなくずっと前を見ていた。
式が終わり、卒業生が退場していく――
先に退場していく敦史の名前を
思わず叫びそうになった――
私は敦史から目を逸らさずに、その影が見えなくなるまで見送った。
その後クラスのHRを終え、みんなが在校生や先生と交流する中、
私は敦史のクラスへ向かった。教室に敦史の姿はもうなかった。
私は田瀬君を見つけ、敦史の事を聞いた。
「卒業証書もらって、もう帰ったよ」
私はお礼を言って、踵を返した。
「真中!敦史、今日は電車だって」
田瀬君の声に私は手を振り、学校を後にし、
駅へと急いだ。
>> 388
声を荒げた敦史は、自虐的に笑った。
「10歳の時からだぜ」
「――」
「フフ、最初はそれが当たり前だって思ってたんだよ――
母親とやるのが・・・
だんだん、普通じゃないって、狂ってるって分かって、
ハハハ・・・中学時代は付き合った女、言い寄ってくる女、
家に持ち帰ってやりまくったよ。
男が切れた母親に誘われりゃ相手してやった――」
苦しくて言葉が出ない。
涙だけが溢れて止まらなかった。
「悪かったな、お前の処女、こんな変態男が貰っちまって」
「・・・・敦史」
「でもそこらの下手な野郎よりは感じてもらえただろうな、
女が喜ぶテクは母親直伝だから」
「敦史!・・・もう、やめて。
お願い・・・やめて・・・。
私は、今の敦史が、本当の敦史じゃないって分かってるから」
「やめるのはお前だから!」
>> 390
部屋に入ると、そのまま腕を引っ張られベットに投げ飛ばされた。
体を起こそうとしたところを敦史に覆いかぶされ、
制服を剥ぎ取られた。
「敦史、やめて!」
遮るように口を唇で塞がられ、
敦史も自ら裸になった。
自分でしごいて硬くすると、私の片足を腕にかけ、
開かれた秘部に挿入した――
激しく、冷たく「グッグッ」と突き上げられる。
「イャ!・・・・ヤッ!・・・」
悲しくて痛くて、涙が止まらない――
なのに、体の奥で感じている自分もいた。
自分勝手に腰を振り、絶頂が近づいて動きが早くなる――
「ンン・・・」
敦史はそのまま私の中に出した――。
- << 393 付き合っていて、一緒に居て、 切ない位に恋しくて、愛しくて、 何度、私たちの体が溶け合って一つになれたらいいと思ったことか・・・ 今、彼に溶け入ることが出来たなら、 彼の苦しみを一緒に背負えるのに―― 泣き疲れ、私の上で眠ってしまった敦史の寝顔は、 とても安らかで、天使のようにキレイだった・・・・。 私は敦史の髪を撫でながら、また涙が溢れ、声を押し殺して泣いた。 そして、この時が、永遠に続けばいいと願った――。
>> 394
ホテルを一人で出ると、外は雨が降っていた。
周りに傘の屋根が出来る中を、
私はただ呆然と歩いていった。
誰かに支えて欲しかった――
寄りかかりたかった――
『誰か』の答えは、たった一人なのに、
私は心も体も拠り所を無くしてしまった・・・。
「アレ・・・加世子ちゃん?」
名前を呼ばれて、ぼんやり視線を向けると、
コンビニから傘をさして出てきたスーツ姿の男性――
陽介さんが私に近づいてきた。
「・・・・」
「加世子ちゃん?
――どうしたの、その格好?!」
私が握り締めていた、破れたブラウスの首元に気づいた陽介さんは、
自分の上着を脱いで、私にかけた。
「車で来てるから、乗って」
そう言って、路肩に寄せていた車の助手席に私を乗せ、
車を発進させた。
>> 395
走りながら、雨が強くなってきた。
雨粒を追いかけるようにワイパーが忙しく動いていた。
陽介さんは真っ直ぐ前を見据え、ハンドルを握っていた。
「これだけは答えて。
――襲われたの?」
「・・・・いいえ」
陽介さんは私を一瞥し、その後は何も聞かなかった。
そして、泊まっているというホテルの部屋に私を連れて行った。
「シャワー浴びて、これに着替えなよ」
「・・・・・」
ルームウェアを渡され、私が戸惑っていると、
陽介さんは声を出して笑った。
「大丈夫だよ、とって食べたりしないから」
そういうと、バスルームから離れて行った。
私は、バスルームのドアを閉め、シャワーを浴びた。
シャワーを浴びている途中、
脱衣所のドアが開いた気がした。
一瞬、体を緊張させたが、
すぐに出て行く音がした。
体を洗っていく――
私の中に残っていた敦史の痕跡が、
太腿を伝っていった・・・。
初めて、避妊されなかった。
不安や苦しみではない――
もう、頭も心もいっぱいで、何も考えられなかった。
>> 396
バスルームを出ると、トレーを持った陽介さんが、
入口ドアから入ってくるところだった。
「ごめんね、勝手にブラウス持ってったんだけど、
外れたボタンと破れたところ、直してもらえる様に頼んだから。
あと1時間位、ここで待ってなね」
さっきの物音はブラウスを取りにきたんだ。
「これ飲みな」
そう言って陽介さんは、トレーに乗せてきたカップを、目の前のテーブルに置いた。
私はソファーに座り、それを口に運んだ。
「・・・美味しい」
温かいハーブティだった。
向かい側に座った陽介さんは、そっと微笑んだ。
落ち着く紅茶の香りと、陽介さんの行き届いた気遣いに
心が癒され、自然と涙が出た。
陽介さんはそんな私を、包み込むような優しい眼差しで、
真っ直ぐに見つめた。
「他人だから、話せることもあるんじゃない?
――聞くよ」
>> 397
その言葉に私は、思わず声を出して泣いていた。
ずっと誰かに聞いて欲しかった――
今にも壊れてしまいそうな心の内を、
堰を切ったように打ち明けていた。
ただ頷いて聞いてくれていた陽介さんは、
私が全てを話し終えると、目の前から手を伸ばし、
包み込むように私の頬に触れた。
「よく、我慢してたな。
今まで一人で、辛かったろ?」
また、涙が溢れた。
今、陽介さんが居てくれた事が有難かった。
そうしている内に、縫製されアイロンまで掛けられたブラウスが
部屋に届けられた。
私は制服に着替えるため、脱衣所に入った。
「加世子ちゃん」
ドアのすぐ外で名前を呼ばれてドキッとした。
「・・・はい」
「加世子ちゃんが、色々話してくれたから、って
訳でもないんだけどさ――」
私は急ぐようにして着替えた。
「俺、今度結婚するんだ」
「え?!」
>> 399
帰り、陽介さんは車で送ってくれた。
その車中で、
「明日、向こうの家へ挨拶に行く為にこの街に来たんだ」
と話してくれた。
そして、家の前の公園に着いて車を止めると、
「会社用とプライベート用」
と言って、名刺を2枚渡された。
「こんな風に加世子ちゃんに会ったのも、
縁あってのことだろうし――
今日みたいにどうしようもなく吐き出したくなったら、
連絡しておいでよ」
私は渡された名刺に視線を落とした。
少し、戸惑っていた・・・
陽介さんは、これから結婚する人だから、
頼っちゃいけない・・・。
「話し聞くだけなら、浮気にはならないだろうし」
陽介さんは、私の心を見透かすように
微笑みながらそう言った。
- << 401 私は名刺を手にしたまま、車を降りた。 「ありがとうございました」 陽介さんが首を傾げて、私を見た。 「最後にちょっとだけ俺の本音吐かせてよ」 私は運転席の方へ回った。 陽介さんは、窓を全開にして腕を乗せ顔を出した。 「いっぱい遊んで、もっと色んな男見な。 せっかくフリーになったんだから」 「・・・・・」 「加世子ちゃんに合う男、他にも絶対居るから」 「・・・・・」 「今はまだキツイかもしれないけど、 時が解決してくれる、ってアレ、本当だから」 「・・・・・」 「――って、言うことありすぎ?」 照れたように笑った陽介さんに、 私もつられて笑っていた。 少しでも、笑う事が出来たのが嬉しかった。 すると陽介さんは、微笑みを消し、 真剣な眼差しで私を見た。
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