―桃色―
世の中の男性が、全て同じだとは思って無い。
「私の付き合う人達」が特別だって、分かってる。
でも…
昔からことごとく浮気されて、今の彼に限って私は4番目の女…
そりゃ、男を信じられなくなるでしょ。
ただ、甘い恋がしたいだけなのに…
「おめでとう」の言葉も、プレゼントも無いまま、彼の腕の中で30歳の誕生日を迎えた―
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「じゃあっ、仲直りのチュウして?」
祐輔が目をつぶって口元を緩ませている。
私が軽くキスをすると、祐輔はそのまま私の頭と体をガッチリ掴んだ。
離れようにも、離れられない。
「祐…っ」
祐輔は激しくキスをし続ける。
その時…
――コンコンッ
「リコー、木村くーん。準備出来た?」
扉の向こう側で、里沙の声が聞こえる。
「ゆ…すけ、里沙…が…っ」
口を塞がれて上手く話せない。
「リーコー?開けるよー?」
「…っ!?」
キスを止めようとしない祐輔をなんとか振り払おうと、考え付いたのが…
――バシンッ!!
ビンタだった。
それと同時に、
――ガラッ
と、里沙が扉を開けた。
左の頬っぺを手で押さえながら、涙目で立ち尽くす祐輔。
ゼーハー言いながら、作り笑顔を見せる私。
そんな私達を不思議そうな顔で見る、里沙と慎也さん。
「何してたの?すごい音したけど…」
里沙の問い掛けに、私と祐輔は顔を見合わせてニッコリ笑って、
「仲直りしてたのっ」
と、声を揃えた。
「ビンタで…?」
ますます不思議そうな顔をする里沙と慎也さん。
苦笑いでごまかす私達…
果たして、ごまかし切れたのだろうか…
「それより準備は?」
「あっ!!」
私と祐輔は、慌てて海に行く支度をした。
「本当に、何やってたの…」
呆れ顔の里沙に、ペコペコと謝りながら、部屋を後にした。
部屋の鍵を女将さんに預けて、いざ海へっ!!
時間的に、海水浴場の駐車場はもう満杯だろうからと、旅館からタクシーで向かった。
海水浴場の近くにタクシーが止まり、慎也さんがお金を払ってくれてるのにも関わらず、私達3人は車から飛び出した。
ビーチは、観光客で埋め尽くされていて、辺り一面パラソルやシートが広がりカラフルだ。
家族連れや、カップル、恋人達が楽しそうに夏の海を満喫している。
「キャーッ!!早く行こっ」
「あ、里沙待って!!」
子供のように、はしゃぎながら走り出す里沙を追い掛けて、ビーチに入った。
もう、この雰囲気だけでテンションMAX!!
慎也さんと祐輔も駆け付けて、やっとの事で見つけたビーチの隙間に、ビニールシートを敷いて、荷物を置く。
すると祐輔は、おもむろに腰にタオルを巻き、ズボンを脱ぎだした。
「ゆ、祐輔っ!?」
「やだ木村君!あっち向いてよ!」
私と里沙は、目のやり場に困り、さっと後ろを向いた。
「着替え完了!!」
祐輔の声を聞き、振り返ると、得意げな顔でポーズを決めていた。
「お、木村。それいいな!俺もそうしよう」
祐輔を見た慎也さんも、タオルを巻いて着替え始めた。
「やんっ、慎ちゃんったら!」
里沙は嬉しそうに慎也さんの着替えを見ていたけど、私は咄嗟に顔を背けた。
「リ~コ?リコは、どうやって着替えるの?」
祐輔は、キラキラ目を輝かせながら私の前にしゃがみ込んだ。
上半身裸の祐輔…
実は祐輔の裸を一度も見た事が無い。
ウチでシャワーを貸す事はあっても、祐輔は必ず服を着て出てくる。
(細い体なのに、ちゃんと筋肉がついてるんだ…)
私はゴクリと唾を飲んだ。
「リコ?どうしたの?」
祐輔の声にハッと我に返った。
完全に変な妄想をしてた…
「リコっ、ちゃんと準備してきたっ?」
「もちろんっ」
顔を見合わせる私達を祐輔と慎也さんが首を傾げて見ている。
「せーのっ!!」
里沙の合図と同時に、二人で着て来たワンピースを脱ぎ捨てた。
「おおおっ!?」
祐輔と慎也さんが歓声をあげる。
そう、私達は家から水着を着て来たのだ。
でも、いざ服を脱ぎ捨てると、やっぱり恥ずかしい…
モジモジしている私を見て、祐輔が口を開けたまま固まっていた。
「祐輔…?なんか、変…かな…?」
すると、祐輔は顔がみるみる赤くなっていった。
「祐輔?」
「おーいっ、木村君?」
「どうした?木村っ」
私は、固まったままの祐輔に近づいた。
祐輔は、ハッ!!として、急にあたふたし始めた。
「あ、や、そのっ…
俺…ごめんなさーいっ!!!」
祐輔は、そう言い残して走り去って行った。
「えっ、ちょっと!祐輔っ!?」
祐輔の姿が、どんどん小さくなって行く。
「木村君も男の子なんだね~…」
「あぁ。アイツも立派な男なんだな…」
里沙と慎也さんは、遠い目で祐輔を見送っていた。
「何が男の子なの???」
この時、私は二人の言ってる意味が分からなかった。
「すぐ戻ってくるよ!!リコ、泳ごう!?」
「え、あ、うん…」
「俺、木村待ってるから行って来いよ」
慎也さんを残して、私は里沙に手を引かれながら海に向かった。
やっぱり、水に入る前には準備運動!!
二人で軽く体操して、ゆっくり海に向かって歩いた。
ザザーッと押し寄せる波が足に掛かって、気持ちイイっ!!
歳も忘れて、里沙と水を掛け合ってはしゃいだ。
ちょっと飛び込んでみたり、バタ足したり、とにかく子供みたいに騒いだ。
しばらくすると、慎也さんが祐輔を連れてやって来た。
「祐輔!どこ行ってたの?」
「ちょっと…ね」
照れ笑いを浮かべながら、祐輔はモジモジしていた。
「も~っ、いいじゃん!とにかく遊ぼっ!
慎ちゃんも~!」
里沙が慎也さんの腕に、抱き着いた。
「お、おぉ…」
慎也さんも里沙の水着姿に、なんだかニヤけ顔。
(慎也さんも、あんな風にニヤけるんだ…)
里沙と慎也さんは、あっとゆう間に、二人の世界に入ってしまった。
「リ~コッ?」
祐輔は、後ろから私の腰に手を回してきた。
「やだっ、里沙と慎也さん居るんだよっ?」
「あの二人、見てるコッチが恥ずかしいぐらい、イチャついてんじゃん」
二人を見てみると…
納得。
確かに、見ているコッチが恥ずかしい…
「慎也さんって、里沙さんの前だと、あんなに崩れるんだね…
ちょっと、意外…」
「私の前で、平気でキスするからね…」
「てか、今もしてるけどね…」
二人を見てると、腰に手を回してるだけの祐輔がカワイク見える。
ここは会社じゃないし、知り合いも里沙と慎也さんしかいないし!
そう思ったら、急に祐輔とイチャつきたくなった。
腰に回された祐輔の手を握って、私は祐輔の頬っぺにキスをした。
ちょっとビックリした祐輔は、すぐに笑顔になって、私の頬っぺにキスを返してくれた。
一時間ぐらい遊んで、私達4人は、自分達のシートに倒れ込んだ。
「疲れたぁ~…」
慎也さんは、特にグッタリしていた。
それもそうだ。
慎也さん家のマンションからここまで、移動時間の大半を渋滞の中で過ごしたから。
さすがに疲れが溜まっていた。
「明日一日あるし、今日は旅館に戻るかぁ…」
「賛成…」
慎也さんの提案に、誰も反対しなかった。
シャワーを浴びて、帰り支度をした。
帰りは、旅館の人に迎えに来てもらった。
旅館に着き、それぞれ部屋に戻って少し休む事にした。
荷物を片付けていると、里沙から電話が掛かってきた。
『リコ、あと15分したら露天風呂行こ?』
「うんっ!じゃあ、ロビーに下りてくねっ」
『OK!』
電話を切ると、祐輔が後ろから抱きしめてきた。
祐輔は、私の肩に顎を乗せて甘えている。
「ここ、混浴あるのかなぁ?」
「無いらしいよ?あっても入らないし。
てか祐輔、海では急に居なくなっちゃって。どこ行ってたの?」
「いやぁ…まぁ…」
「なによ?」
「リコの水着姿見たら、その…
男の生理現象が…」
「はあっ!?」
私は肩をすぼめて祐輔から離れた。
祐輔は顔を赤くして下を向いている。
「それで…?」
「それで…そのぉ…
離れたトコの海に浸かって、落ち着くのをひたすら祈ってた…」
「プッ…カッコ悪~」
私は引きつった顔で祐輔をからかった。
「だって、仕方無いじゃん!リコがあんなに肌を露出した姿なんか、見た事なかったんだもんっ」
祐輔はプイッと横を向いた。
(里沙と慎也さんが言ってた意味が、やっと分かった…)
私はクスクス笑いながら、片付けを続けた。
「ねぇ、リコ?一つ疑問に思ってる事があるんだけど」
「ん~?」
「俺達、まだチュウしかしてないの、里沙さん知ってるよね?」
「うん、知ってるよ」
「なのに、なんで俺達同じ部屋なの?」
「私の家に泊まっても、何もしないの知ってるからじゃない?」
「でもさぁ…」
祐輔は私の背中にコツンと額を当てた。
「どうしたの?」
「家の中と旅行先じゃあ、なんか違うじゃーん」
「何が違うの?」
「気分がハイになると言うか…」
「あんたは、中学生かっ」
私は背中を少し倒して、祐輔を跳ね退けた。
「ねぇリコ?」
祐輔は正座をして小さくなっていた。
「どうしたの?」
「俺が、もし…リコの事欲しいって言ったら、どうする?」
「どうするって…
祐輔は、一人ですごい我慢してるみたいだったけど、それはどうしてなの?
一緒に暮らすまではって言い出すし」
「俺…一度でもリコと一線越えたら、その後も、会う度に求めちゃうんじゃないかって思って…」
「それで?」
「そしたら、また体だけなんじゃないかって、リコを不安にさせたくなかったから…」
「祐輔…」
私は、祐輔がそこまで考えてくれてるなんて知らなかった。
それなら、一緒に暮らすまではって言い出したのにも納得できる。
今日まで2ヶ月弱付き合って、私には祐輔の愛情は充分過ぎる程伝わっていた。
だから、今更祐輔が思っているような不安を抱えるなんてことには、ならないと思う…
私も正座して祐輔と向き合った。
「祐輔、ありがとね。
私なら、大丈夫だよ?祐輔の本気の気持ち、充分受け取ったよ?」
祐輔は、目線だけを私に向けた。
「じゃあ…俺、もう我慢しなくていいの?一緒に暮らすまではって約束、破っちゃっていいの?」
「てか、最初から祐輔が勝手に決めてきた事だし…」
申し訳なさそうな雰囲気の祐輔を見て、思わず吹き出した。
すると、突然祐輔が私に飛び付いてきた。
「祐輔?」
「リコ…ごめんね…」
私はフッと溜め息をついて、耳元で小さく呟く祐輔の頭を撫でた。
「えっ!?祐輔!?何やって…」
祐輔は私に抱き着いたまま、ワンピースの肩紐を下ろし始めた。
「愛してる…リコ…」
「…っ!?」
祐輔の唇が、優しく首筋に触れる。
私は、どうしたらいいか分からず、目をギュッとつぶった。
(こ、心の準備がぁ~…!)
私の首筋と肩に、祐輔のキスが降り注いだ。
ゾクッとしながらも、なんだか落ち着く…
祐輔は首筋を唇でなぞりながら、私の唇まで到達した。
うっとりと、祐輔のキスに酔いしれていた時…
――ドンドンドンドンッ
と、部屋の扉が鳴り響いた。
私と祐輔はビックリして体を離した。
「リコ!!何してんの!!」
扉の向こう側からは、里沙の怒った声…
時計を見ると、約束の時間から15分も過ぎていた。
慌てて服を直して、扉を開けた。
「ご、ごめんね!ちょっと休もうと思って横になってたら、ウトウトしちゃって…ね!祐輔?」
私は話を合わせるように、祐輔に目で合図した。
『いいトコだったのに…』
祐輔が横を向いてボソッと呟いた。
―ドスッ
「いってぇ!!」
私は祐輔の足を思い切り踏み付けた。
「なんか、怪しい…」
里沙は、目を細めて私を見ている。
「ハハハハ…あ、ごめんね!露天風呂行こっ?祐輔、行ってくるね!」
「いってらっしゃ~い」
「やっぱり、なんか変だよぉ」
納得いかない顔をした里沙の手を引いて、部屋を出た。
脱衣所で服を脱いでる間も、里沙は私の方をじっと見ていた。
「な、なにっ?」
里沙は、体にタオルを巻いた私の首元を覗き込んだ。
「からかうつもりは、無いんだけどさぁ…」
里沙が上目使いで私を見る。
「なに?どうしたの?」
里沙は、自分の鎖骨の辺りを指でトントンッと叩いた。
「ん?」
「姉さん、キスマークついてまっせ?」
「ええっ!?」
慌てて鏡を見ると、鎖骨の辺りにくっきりと、赤い跡がついていた。
(祐輔のやつぅ~っ!!)
ワナワナと震える私の肩から里沙が顔を出し、鏡越しにニヤけながら私を見た。
「邪魔しちゃった?」
「里沙っ!!」
「キャハハハハッ、ごめんごめ~んっ」
里沙は全裸で浴室まで走って行った。
(もうっ!!!!)
私はフェイスタオルを首からかけて、赤い痕跡を隠して浴室に向かった。
本当に広くて、綺麗な浴室だった。
中には、いくつか種類の違うお風呂があって、大浴場から外に出た所に露天風呂があった。
―ジャーッ…
私はムッとしながら椅子に座って、シャワーでひたすら体にお湯をかけ続けた。
「まだ怒ってんのぉ?」
髪の毛を洗いながら、里沙が私の顔を覗き込む。
「別にっ」
私はムッとしたまま、シャンプーを手に取る。
「プッ…フフフフ…」
「何が可笑しいのっ!?」
「いや、リコ、変わったなって思って」
「何が?」
「だって、前はそんな風に感情をむき出しになんか、しなかったじゃん?」
「そう…だった?」
「うん。木村君と関わるようになってからじゃない?付き合い始めたら、尚更だよ」
「うーん…そうかも…」
二人でシャンプーを洗い流した。
体を隅々まで洗って、里沙と露天風呂の方に向かった。
露天風呂の周りには囲いがしてあって、景色は見えなかった。
「木村君が、本当のリコを引き出してくれてるんだねっ」
「うーん…
でも、私ってこんなに怒りっぽくて、ヤキモチ妬きだったなんて…なんか、みっともなくない?」
「そう?素直で可愛いじゃんっ!あ、リコ?湯舟にタオル入れちゃダメだよっ」
「あ、そっか…」
私は首にかけていたタオルを取った。
里沙は、私の首筋を見て微笑んだ。
「木村君ね、相当我慢してたんだよ?」
「里沙、祐輔から何か聞いたの?」
「少し前にね~。リコが一日風邪で休んだ日があったでしょ?その日、木村君とお昼食べた時に聞いたんだけど…」
里沙は、その時の事を話してくれた。
※※※※※※※※※※※※※※
―社員食堂
(今日はリコが休みだから、私と木村君は二人でお昼を食べた)
木村君はカツ丼を前にして、なかなか手を付けずにボーッとしていた。
「どうしたの?カツ丼冷めるよ」
「里沙さん…俺、ダメ男です…」
「はっ!?なんで?」
木村君の唐突な発言に、私は箸を置いて木村君を見た。
「俺、自分でリコを大事にするとか言いながら、会う度に変な事考えちゃって…」
木村君は小さく溜め息をついた。
「もう一ヶ月ちょっと付き合ってんでしょ?だったら、ちゃんとリコに話せばいいじゃん」
「でも…もしリコが、いいよって言ってくれたら…俺は、歯止めがきかなくなります」
「歯止め?」
「はい、多分会う度にリコを求めちゃいます…そしたら、リコは不安になりませんか?佐橋さんの事があるし…」
※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※
「でも…木村君は、ちゃんとリコに愛情伝えてんでしょ?」
「そうですけど…」
「なら、何ウジウジする必要があるのっ?あ、もしかして、リコと一緒に暮らしたい理由ってそれ?」
「いや、それだけじゃっ!」
木村君は身を乗り出して、また小さく肩をすぼめた。
「確かに、リコと一緒に暮らせば、体だけじゃない!愛情があるから、一緒に暮らしてるんだって伝えれるとも思ったんですけど…」
「けど?」
「1番の理由は、一日の最後にリコの顔を見たいんです。リコに顔見てオヤスミって言って、また、一日の始めにリコの顔見て、オハヨウって言いたいんですよ…」
木村君は、ちょっと照れ臭そうだった。
「相当、リコの事好きなんだ?」
「ヤバイぐらいに」
木村君を見てるだけでお腹いっぱいになった。
※※※※※※※※※※※※※※
「まぁ、結局木村君はウジウジしたまま、踏み出す決心はつかなかったみたいだけどっ」
里沙は、んーっと体を伸ばした。
「祐輔がそんな気持ちだったなんて、知らなかった…」
私は、湯舟に口まで顔を沈めて、ブクブクブク~っとした。
「だから、逆にリコから木村君にきっかけあげないと、木村君は行動に移せないんじゃない?」
「私からっ!?」
「って言っても、木村君からアクションあったみたいだけど」
里沙はフフッと笑った。
私は恥ずかしくて、ブクブクしたまま顔を出せなかった。
「貸し切り露天風呂でも一緒に入ったら?」
「ええ!?」
「だって、私が邪魔したせいで、また木村君が一歩踏み出す勇気無くしてたら、可哀相じゃん」
「…」
「私は、後で慎ちゃんと入るんだ~」
ニコッと笑って、里沙は脱衣所に向かった。
一人湯舟に残された私は、一点を見つめていた。
(私から…誘うの…?)
部屋に戻ると祐輔もお風呂上がりで、寝転がっていた。
「祐輔も入ってきたの?」
「うんっ、慎也さんと裸の付き合いしてきた」
「ハハッ、そっか…」
私は、まともに祐輔の顔が見られなかった。
頭の中は、貸し切り露天風呂の事でいっぱいだった。
「リコ、その浴衣可愛い~。似合ってる~」
祐輔は俯せになって、足をパタパタしている。
「でしょ?なんか、女性限定のサービスで貸してもらえたのっ」
浴衣姿を褒められて、上機嫌でクルッと回ってみた。
「…その浴衣、脱がしてぇな」
祐輔は床に顎を付けたまま、上目使いで私を見た。ちょっと、意地悪そうな笑みを浮かべている。
「ばっ、ばっかじゃないのっ!?」
私は顔を真っ赤にして、目を背けた。
「ハハッ、冗談!腹減った~。飯食いに行こっ?」
祐輔は、私の頭をポンッと叩いて部屋を出て行った。
さっき祐輔が私を見ていた目に、鼓動が早くなっていくのが分かった。
祐輔はいつもヘラヘラしているけど、たまにドキッとするほどの、『男性』の表情を見せる。
(もーっ!!鎮まれ、私の心臓!!)
襟元をギュッと掴んで目をつぶっていると、里沙が扉から顔を出した。
「リコ、大丈夫?具合悪い?」
「あ、ううん!ちょっとお風呂でのぼせちゃっただけ!」
「そう?ご飯行ける?」
「もちろんっ」
部屋の外で、慎也さんと里沙が待っていてくれたみたい。
私達は、旅館内にある食堂に向かった。
一人で食べ切れるのか!と、思う程豪華なお料理だった。
お刺身や、炊き込みご飯。すき焼きに天麩羅…
覚え切れない量の品数。
私達はビールで乾杯をして、最高の料理に舌鼓を打つ。
祐輔は、最初の一杯しかビールを飲まなくて、あとは、お茶やジュースを飲んでいた。
大満足に食事を終え、祐輔以外は少しほろ酔い気分だった。
ロビーの前で、里沙と慎也さんと別れた。
(今から、二人でお風呂に行くのかな…)
そんな事を考えながら、祐輔と部屋に戻った。
部屋に入るなり、私達が食事に行ってる間に敷かれた布団に、祐輔はダイブした。
「あ~、幸せ。
俺、このまま死んでもいい~…いやっ、死にたくないっ!!」
祐輔はガバッと起き上がった。
そんな祐輔を見て、私はクスクス笑った。
すると、何故か沈黙になった…
「アハハハッ、なんか喋ろうよ~」
祐輔の笑い声が、沈黙を破った。
「あ、そうだ!俺、せっかくだから、酒でも飲もうかな~。さっきは、さすがに飲めなかったからな~」
そう言いながら、祐輔は財布を持って立ち上がった。
「リコも飲む~?ロビーの自販機で買ってくるよ?」
祐輔は、お酒に弱い。飲んだら酔っ払って寝ちゃう…
(だめよリコ!勇気を出すのよーっ!)
私はギュッと拳を握って立ち上がった。
「祐輔っ!!!」
突然の私の大声に、祐輔は目を真ん丸にして立ち止まった。
「どうしたの?」
「あ、その…えっと…」
「ん?」
私は恥ずかしくて、目をキョロキョロ泳がせた。
「あのね!わ、私と一緒に…」
「一緒に?」
「ろ、露天…」
祐輔は首を傾げながら近付いて来た。
「どーしたのっ?」
祐輔は優しい表情で、俯く私の顔を覗き込んだ。
その顔を見たら、なんだか気持ちが落ち着いた。
「露天風呂に行かない…?」
「一緒に行っても、向こうでバラバラだよ?」
「違うの…貸し切り露天風呂…」
私は蚊が鳴くような声で言った。
祐輔は固まったまま、私を見ている。
「リコ、本気…?」
私は、小さく頷いた。
「い、嫌だったらいいの!そうだよねっ。さっきお風呂入ったもん…」
祐輔は、あたふたしている私をギューッと抱きしめた。
「リコ、お酒のせいじゃないよね?ちゃんと今の言葉、明日も覚えてる自信ある?」
私の肩に顔をうずめて、祐輔は不安げな声を出した。
「うん…私、そこまで酔ってないよ…?」
すると祐輔は私から離れて、ニッコリ笑った。
「行こっか?」
二人で手を繋いでロビーに向かった。
貸し切り露天風呂の事をロビーで聞いたら、たまたま前の人が上がったところで、ちょうど空いていた。
(前の人って、里沙達かな…)
ちょっと変な想像をした。
脱衣所に入ると、また沈黙した。
「えっと…じゃあ、俺先に入るね」
「うん…」
私は後ろを向いて、祐輔が先に入るのを待った。
―ガラガラッ
浴室の扉が閉まる音を確認して、私も服を脱いだ。体にタオルを巻いて、浴室の扉を少しだけ開けて、中を覗いた。祐輔は、先に湯舟に浸かってる。
「ゆ、祐輔っ、あっち向いてて?」
「え、なんで…」
「いいからっ!!」
祐輔は口を尖らせながら、後ろを向いた。
私は祐輔から目を離さないように浴室に入って、かけ湯をした。
体に巻いたタオルをとって、急いで湯舟に浸かって、祐輔に背を向けた。
「ねぇ、リコ。もういーい?」
「駄目っ!!こっち見たら怒るからっ!」
「一緒に入ってる意味ねぇ~」
「そ、そうだけどっ」
いざ一緒に入ったはいいけど…
恥ずかし過ぎて、すでにのぼせそう…
―パチャッ…
ゆっくり祐輔が近付いて来て、私の肩を後ろから抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!!」
「大丈夫っ。後ろからじゃ、何も見えないよ」
私は体を小さくして丸まった。
「嬉しいなぁ。リコとお風呂入るの、夢だったから」
「そう…」
「でも、なんか生殺しじゃない?」
「だって…きゃっ!」
祐輔の唇が、私のうなじに触れた。
「やっ、祐輔!?」
「リコの体、綺麗…結構華奢なんだな…」
首筋、肩、背中と、祐輔が優しく唇でなぞる。
頭がボーッとしてきた…
「ゆ…すけ…」
「ん…?」
「キス…して?」
「フッ、前見えちゃうよ?」
「あ、そうだ…」
それは、流石に恥ずかしい。でも…
下を向いたまま迷ってる私を、祐輔がグッと体ごと振り向かせた。
「わっ!!」
私は咄嗟に体を隠して、小さく縮こまった。
祐輔は、お風呂の端っこに私を追い詰めた。
「祐輔…?」
「もう、理性保ってらんねぇよ…」
ドキッ―
また、『あの目』だ…
私の鼓動を早くする、祐輔の男の顔…
そっと祐輔の頬に触れた瞬間、祐輔は私の唇を奪うようにキスをした。
私の両腕を掴み、溶け合うように激しくキスをする。
耳、首筋、肩。
祐輔は私を抱き寄せて、軽く噛んだり、舌を這わせる。
胸元まで顔を下ろすと、祐輔は静かに私から離れた。
「部屋…戻ろう?」
「え…?」
祐輔は露天風呂に置かれた時計を指差した。
「時間…次の人が待ってる」
貸し切りの制限時間、15分が近付いていた。
「俺、先に着替えて、外で待ってるから」
祐輔は、私の額にキスをして浴室を後にした。
私は浴室で体を拭いて、祐輔が脱衣所を出たのを確認してから浴室を出た。
着替えて外に出ると、祐輔は壁にもたれ掛かって待っていてくれた。
祐輔は何も言わずに私の手を取って、部屋に戻った。
私が部屋の電気をつけたら、すぐに祐輔が消した。
「え…?」
訳がわからず、また部屋の電気をつけようとしたら、手を掴まれて布団に連れて行かれた。
布団に座って暗闇の中、祐輔と見つめ合った。
祐輔は、そっと私の髪止めを外して、頬っぺにキスをした。
「リコ、愛してる…」
いつもの『大好きだよ』よりも、言葉に重みがあった。
そっと口づけを交わした後、体中に祐輔のキスの嵐が降り注いだ。
キスの一つ一つから、祐輔の愛が伝わってくる。
幸せ…
快楽だけじゃない。
本当に幸せを感じた。
「リコ、ちょっと焼けたね」
「ん…?そう…?」
私はポーッとして、何も考えられなかった。
「あ、そうだ!」
祐輔は自分の鞄から何か取り出した。
「じゃーん!!『男のけじめ』っ」
何かを見せられたけど、暗くてよく見えない。
「けじめ?」
「そっ!まだ、赤ちゃん出来たらダメだもんね」
「あ~、なるほど…
てか、ちゃっかり用意してたのね…」
「リコの事、本当に大切に思ってるから…」
波の音が心地よく鳴り響く中…
祐輔と私は、一つに溶け合った…
気を失いそうなぐらい祐輔に愛された私は、目をつぶったまま動けなくなっていた。
祐輔の温もりと匂いに包まれて、眠りについた。
「んん~…あれ?」
目が覚めると、隣に居るはずの祐輔がいない。
起き上がりたくても、まだ体に力が入らなかった。
「リコ?起きちゃった?」
祐輔は、窓際でタバコを吸っていた。
「今、何時…?」
「まだ5時だよ~。
あ、コーヒー買ってきたけど飲む?」
「うん…」
祐輔はタバコの火を消して、私にコーヒーを持ってきてくれた。
「ありが…」
祐輔は私の前にしゃがみ込んで、コーヒーを渡さずに自分の頬っぺを指で突いた。
「リコ、おはようのチュウは?」
朝一番の優しい笑顔…
自分でもよく分からない感情に包まれて、私は祐輔の頭を引き寄せて唇にキスをした。
祐輔はゆっくり私から離れて、ニコッと笑った。
「おはよっ!」
「はよ…」
祐輔の笑顔を見ると、とても安心した。
と同時に、まぶたがまた重くなってきた。
「リコ、寝る?」
「祐輔は…?」
「俺は幸せ過ぎて、ちょっと寝たら元気いっぱい!」
私は眠くて微笑むのがやっとだった。
「隣に居るから、ちょっと寝な?海行くんでしょ?」
「ん…そうする…」
目を閉じると、かすかに耳元で祐輔の声が聞こえた。
『おやすみ、大好きだよ』
祐輔の低くて甘い声に安らぎを感じながら、私は眠った。
6時45分に祐輔に起こされて、朝食を食べに行く為に身支度をした。
7時半に食堂に行くと、里沙と慎也さんは先に来ていた。
「おはよーっ」
「おはようございまーすっ」
私達が挨拶すると、里沙達は明らかにテンションが低い。里沙はスッピンのままだ。
「はよ~…」
「お~…」
私達も席に着いて、朝食を食べ始めた。
「里沙、どうしたの?」
「リコごめん…私、海は無理だわ…」
「具合悪いの?」
「寝不足…」
「テレビか何か?」
「んーん。慎ちゃんが寝かせてくれなかったの…」
「えっ!?」
私と祐輔は目を真ん丸にして慎也さんを見た。
慎也さんは、ちょっと照れながら咳ばらいをした。
「あ~、ハハハハハ~…」
私と祐輔は顔を見合わせて、愛想笑いをするしかなかった。
里沙達が部屋で休んでるから、私達も海に行くのは止めた。
海の代わりに町で食べ歩きと、お土産巡りをする事にした。
炎天下の中、私達は手をつなぎ、汗だくになって歩き回った。
美味しい物を沢山食べて、お土産も里沙達の分まで両手いっぱい買った。
途中で、手作りのアクセサリーを作ってくれるお店で、二人お揃いのストラップを作ってもらう事にした。
出来上がったストラップは、後日配送してくれるみたい。
時間が経つのが早いような気がする…
あっとゆう間に夕方になり、旅館に戻った。
復活した里沙と露天風呂に入って、祐輔と結ばれた事を報告した。
「よかったね!」
里沙は、この一言しか言わなかった。でも、とても嬉しそう。
この日も美味しい夕食を頂いて、みんなで明日帰る事を惜しんだ。
満腹で部屋に戻り、明日帰る為の荷造りをした。
「来た時より、荷物多いね…」
私の、今にもはち切れそうな鞄を見て、祐輔がクスクス笑っている。
「お土産買い過ぎたね。こんなにも、誰に配ろう…」
「会社は?」
「だって、まだ私達の事、誰にも話してないし…」
「言えばいいじゃ~んっ」
祐輔は布団の上でゴロゴロ転がりながら、口を尖らせた。
「う~ん…」
「まぁ、リコが言いたくないなら仕方ないけどさぁ~」
「うーん…ごめんね、祐輔…」
俯く私に、祐輔は四つん這いで近付いて来た。
「リ~コっ?」
「ん…?きゃあっ!!」
祐輔にグイッと手を引っ張られて、布団に倒された。
そして、祐輔は私に覆いかぶさる。
「自信持てよ?周りの目なんか気にすんな」
祐輔は真剣な眼差しで私を見ていた。
そんな祐輔の頼もしい表情を見たら、少しだけ勇気が沸いた。
「もうちょっとしたら…言おうかな?」
私は祐輔の顔色を伺った。
自信なさ気の私を見て、フッと笑った祐輔が、額にキスをした。
「明日は、リコを寝不足にしてやるよ」
「プッ…何それっ」
「慎也さんに負けてられないっ」
「ハハハッ、祐輔には無理無理」
「笑った事、後悔すんなよ…?」
その夜、祐輔は昨日よりも少し乱暴に私を愛した。
何度も気が遠くなって、その度に祐輔は、首筋に痛いぐらいのキスをした。
外が明るくなるまで、溶け合った。
少し乱暴にされても、祐輔の優しさを感じる事ができた。
旅行から帰って来てから5日―
連休中、毎日のように祐輔と会っていた。
だけど今日は、久しぶりに里沙と二人で会っている。
「休みも明日一日で終わりだね~…」
「そうだね~…」
私達は『flower』でかき氷を食べながら、しみじみしていた。
「木村君はリコん家に泊まってんの?」
「ううん、昼間だけ会ってる」
「夜は?」
「夜会うと離れたくなくなるからって…」
「ブッ、木村君、相変わらずだね~。まぁ、木村君らしい気もするけどっ」
「でもなんか変でさ…
21時にはオヤスミってメール入るんだよね」
「寝るの早くないっ!?本当に寝てんの?」
「やっぱ、そう思う…?」
「うーん…」
私達は、無言でかき氷をサクサクしていた。
――旅行から帰って来た日の夜、祐輔から電話が掛かってきた。
『リコ、お疲れ~』
「お疲れ様。どうしたの?眠く無いの?」
『意外と平気。俺、あんま寝なくても元気なんだよねっ』
「フフッ、若いね」
『まあねっ。
あ!明日からのリコの予定は?』
「なんも無いよ?」
『なら、毎日会えるねっ!』
「なんなら…その…連休中は泊まりに来る…?」
『おやっ!リコからそんな事言うなんて、大胆~っ』
「嫌ならいいよっ!!」
『ごめんっ、怒らないでよ~。
でも、嬉しいけど止めとく』
「どうして…?」
『いや…えっと…』
「何かあるの?」
『ううんっ!
その…なんかガッツいちゃうのも嫌だしさっ!』
「プッ、何を今更…」
『それにほらっ、泊まり続けたりすると、帰りたく無くなっちゃうしさっ』
電話の祐輔は、なんか様子が変だった。でも、今日の昼間までは一緒に居た訳だし…
いざ旅行から帰って来て、夢から覚めた感じで、恥ずかしいのかなとも思った。
「ふぅん、なら別にいいけど…」
『あ、あとさ!残りの連休中だけは、昼間だけ会わない?』
「えっ、なんでっ!?」
『夜は男を狼にするから~』
「フフッ、昼間でも狼じゃんっ」
『まぁ、そうだけど…』
「なんか、祐輔…変だよ?」
『そ、そう!?
旅行ボケかなっ!?』
「そんな言葉、初めて聞いたよ…」
『ハハッ…あ、ごめん!母さんに飯呼ばれてるから』
「あ、うん…」
『じゃあ、また明日連絡するねっ』
「わかっ…」
プーップーップーッ…
(まだ、私喋ってんのに!!)
次の日から、祐輔とは昼間だけ会った。
でも特に変わった様子も無かったし、普通に喋って、体も重ねた。
ただ祐輔が帰る時だけは、そそくさと帰って行った。
そして、毎日21時頃におやすみメールが届く…
「怪しい…けど、旅行から帰って来たその日から変ってのが、気になるね」
里沙は、かき氷で冷えた体をミルクティーで温めていた。
「やっぱり、変だよね?何か隠してるのかな…」
私は今までの不安を里沙に話した事で、より一層不安な気持ちが膨れ上がった。
俯いていたら、後ろから聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
「リコちゃん…?」
「あ、ミキさん…?」
「やっぱり、リコちゃんだぁ~!」
ミキさんは両手を細かく振って、つま先歩きで近付いて来た。
里沙もミキさんの顔は覚えていたらしく、少しだけ頭を下げた。
「こんなトコで会うなんて、すごい偶然ね。ユースケとは、上手くいってるの?」
「はい、お蔭様で…」
もう祐輔とは関係無いはずなのに、どんな顔してミキさんと話していいか分からなかった。
「昨日の夜はね、偶然ユースケに会ったのよ。
フフッ…あの子、普段着だと幼く見えるわね?」
(昨日の夜…!?)
「な、何時頃に何処でですか…?」
私は、探るようにミキさんに質問した。
「20時半ぐらいだったかしらぁ?
ほらっ、前に私とユカが、ユースケと待ち合わせしてた駅!
リコちゃん達と会った所よ。
昨日は、ユースケと会ってたんじゃないの?」
(20時半…?
昨日祐輔は19時には帰った…その後出掛けたって事…?でも21時には、おやすみメールがきた…)
頭の中で色々考えながら、私は黙り込んでいた。
「リコちゃん?どうしたの?」
「あ、すみません…」
「あの、ミキさん?でしたっけ?」
今まで黙って話しを聞いていた里沙が、口を開いた。
「ええ、あなたのお名前は?」
「里沙です。よければ、ここ座ってください」
「え?あ、じゃあ…」
ミキさんは、少しとまどいながら私の横に座った。
「木村君、昨日は誰かと一緒でしたか?」
何も言えない私の代わりに、里沙がミキさんに質問を始めた。
「ユースケ、木村って言うんだぁ。
なんか待ち合わせしてたみたいだけど…
なに!?ユースケと何かあったの?昨日、リコちゃんと待ち合わせてたんじゃないの?」
こちらの事情も言わずに、ミキさんに昨日の祐輔の事をあれこれ聞き出すのは失礼だと思って、最近の祐輔の事を話した。
私が一通り話し終わると、ミキさんはタバコに火をつけた。
溜め息混じりにフゥーと煙を吐き出して、真っ直ぐ私を見た。
「話しは分かったわ…。
あのね、リコちゃん…なんか、告げ口してるみたいで言いにくい話しなんだけど…」
「…言ってください」
少し俯き加減の私を見て、ミキさんはすごく言いにくそうに話してくれた。
「昨日の夜、私が駅から出たら、ユースケを見掛けたの。車で来てたみたい。それで、誰かと待ち合わせ?って聞いたら、『彼女』とって…
それ聞いて、てっきり私は、リコちゃんと待ち合わせてると思ってたのよ…」
ミキさんの話しで、この場の空気が一気に重たくなった。
(彼女……?)
涙なんか出ないぐらいショックだった。
それよりも、何がどうなっているのか分からない。
祐輔が、私だけだって告白してくれて…
付き合ってからは、すごく大事にしてくれて…
溢れんばかりの愛情を注がれて…
数日前に身も心も結ばれて…
そのすぐ後に、私では無い『彼女』と待ち合わせ…?
頭の中は、オーバーヒート状態…
考える事も出来ずに、真っ白になった。
「リコ…?」
里沙の頭の中も、私と同じ状態なんだと思う。私を見る表情で分かる。
「やっぱり私、何か余計な事を言っちゃったかしらね…」
ミキさんも、表情が暗くなった。
「でも、なんか不振な点が在りすぎるわよね…?」
ミキさんに話し掛けられても、私には返事を返す気力も無かった。
「リコ…。すぐに木村君に連絡して聞いた方がよくない…?ここで色々考えても、何も解決しないんだし…」
「そうよ!もしかしたら私の聞き間違えだったかもしれないわ!」
「…」
祐輔に何をどうやって聞いたらいいのか…本当は今すぐにでも連絡して、真実を聞き出したいのに…
頭が働かない…
黙り続ける私を見たミキさんが、少しでも場を和ませようと、明るく話し始めた。
「そういえばね、私も…きっと私だけじゃないわね。
私達、ユースケに騙されてたのよ~」
「え…どういう…」
やっと言葉が出た。
ミキさんは私に微笑んだ後、少し呆れ顔で話し続けた。
「まだユースケがホストやってる時、私達には、『外国製の大きな車に乗ってる』って言ってたのよ。それを信じてたのに、昨日見たら軽自動車だったんだもん。ほんと、ガッカリよ。騙されたわ~」
クスクス笑いながらミキさんは、2本目のタバコに火を着けた。
里沙もちょっと苦笑いしていた。
だけど…
私は笑えなかった…
終わったと思っていた不安と、祐輔に対する不信感が、荒波のように押し寄せた。
目からは、静かに涙が流れ落ちた。
その涙は止まる事無く、だんだん溢れるほどの量になった。
二人は何も言わずに私を見ていた。
するとミキさんの携帯が鳴り、メールを開いた。
「ごめんなさい。私、人と待ち合わせしてたのよ。もう行かなくちゃ…」
「あ…色々すみませんでした…ありがとうございました」
泣きじゃくる私の代わりに、里沙がお礼を言ってくれた。
「こちらこそ、余計な事言って申し訳なかったわ…
リコちゃん…?ちゃんとユースケと向き合った方がいいわよ?」
私は返事が出来なかった。
「じゃあ、またね…?」
ミキさんは、静かに店を出て行った。
里沙は心配そうな表情で、私の横に座って、背中を撫でてくれていた。
「リコ…?大丈夫…?」
「ッ…べに…」
「え?」
「…口紅っ」
「口紅…?なんの事?」
「ゆ…すけ…の、車にあっ…た、口紅っ…」
「あぁ、前に話してた…えっ!?もしかして…」
「あれはっ…誰のなの…っ?」
「…」
お店の中だという事も忘れて、私は声を出して泣いた。
初めて祐輔とデートをした日、祐輔の車の中で見つけた口紅―
祐輔にホストクラブでのバイトの事を打ち明けられた後、あの口紅は、お客さんの物だったんだって、思い込んでいた。
でも、お客さんは祐輔の車を見た事も無かった…
終わったと思っていたのに…
解決したと思っていたのに…
祐輔は、まだ私に隠し事をしている。
今は愛情よりも、不信感の方が大きかった。
里沙は、顔も上げられないぐらい泣きじゃくる私を置いて、会計をしに行った。戻ってくると、黙って私を引っ張って店を出た。
そして、人通りの少ない路地裏まで連れて行かれた。
道の端っこに座らされた私は、小さく丸まって泣き続けた。
しばらく立ち尽くして私を見ていた里沙が、私の鞄から携帯を取り出した。
「里…沙…?」
里沙は無言で私の携帯を操作している。
「里沙…?やめて!今は…っ」
里沙が何をしようとしているのか、すぐに分かった。
必死で携帯を奪い返そうとする私の手を振り払って、里沙は電話を掛け始めた。
「…もしもしっ?お前、何またリコを泣かせてんだよっ!!」
電話の相手は祐輔だ。
私は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「は!?何しらばっくれてんのっ!?
いいからっ!今リコと『flower』の裏の路地にいるから!今すぐ来いよっ!!」
里沙は一方的に電話を切り、私に携帯を差し出した。
私は受け取る事が出来ない。
小さく溜め息をついた里沙が、私の前にしゃがみ込んだ。
「リコ、ごめんね?
でも、ちゃんと木村君と向き合った方がいいよ。木村君が来たら、私帰るから」
「やだっ!里沙もここにっ…」
すがるように訴えると、里沙は小さく首を横に振った。
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