- 注目の話題
- 妊娠中から旦那が無理になった
- 私はどうでもいい女?
- 義母との関わり方
―桃色―
世の中の男性が、全て同じだとは思って無い。
「私の付き合う人達」が特別だって、分かってる。
でも…
昔からことごとく浮気されて、今の彼に限って私は4番目の女…
そりゃ、男を信じられなくなるでしょ。
ただ、甘い恋がしたいだけなのに…
「おめでとう」の言葉も、プレゼントも無いまま、彼の腕の中で30歳の誕生日を迎えた―
新しいレスの受付は終了しました
- 投稿制限
- スレ作成ユーザーのみ投稿可
「リコは変わったんだよ?ちゃんと自分の気持ち、伝えられるようになったんだから。私なんか必要無いよ。
それに私…木村君と話しなんかしたら、多分殴っちゃうよ?」
それはダメ!と言うように、私は大きく首を横に振った。
そんな私を見て、里沙はフッと微笑んだ。
「木村君が来るまで、いっぱい泣いておきな?」
そう言って、私の背中を撫でてくれた。
私は泣き続けた。
何て聞こう…
どんな答えが返ってくるんだろう…
聞くのが怖い…
でも、真実を知りたい…
色んな感情が交錯する。
祐輔を待ちながら、涙が枯れるまで泣いた。
だんだん涙も出なくなってきて、放心状態になっていた。
「…リコっ!?」
――ドキッ
祐輔の声を聞いたら、体がビクッとなった。
汗だくで息を切らしながら、祐輔が私達の元に走って来た。
「ハァハァ…リコ…?なんで泣いて…」
祐輔は肩で息をしながら、前かがみで私の前に立った。
「リコ?大丈夫ね?」
里沙は私の背中をさすりながら、顔を覗き込む。
私は小さく頷いた。
ポンポンッと私の背中を叩いて、里沙は祐輔の顔を見ずに、この場を後にした。
残された私達は、しばらく無言のまま。
(ちゃんと…聞かなきゃ…)
黙って下を向いたまま座り込んでいる私の横に、祐輔が静かに座って、私の頭を撫でた。
私は祐輔のその手を振り払った。
「リコ…?」
「ゆ…すけ…」
「ん?」
心配そうな祐輔の顔を一瞬見て、私はすぐに目を逸らした。
「昨日の夜…どこに居た…?」
答えは分かっているのに、あえて質問する私は卑怯だ…
「昨日の夜…?い、家に居たよ?」
この期に及んで嘘をつく祐輔。
もう出ないと思っていた涙が、また溢れ出した。
「リコ、どうしたの?俺、何かした?」
自分がしてる事に罪悪感は無いのか…?
いつまでもとぼけ続ける祐輔に腹が立つ。
「何かしたって!?自分で分からないの!?」
私は涙を流しながら、祐輔を睨みつけた。
「一体、なんの話なのか…」
「嘘つきっ!!
それに祐輔は、隠し事ばかりだよ!!」
「リコ?お願いだから、ちゃんと話して?」
祐輔も、だんだんと苛立ち始めたようだった。
「昨日の夜、駅で誰かと待ち合わせてたんでしょ!?」
「…えっ!?」
祐輔は、かなり驚いている様子だった。
「なんで知って…」
「聞いたのっ!!」
「誰に…?」
明らかに祐輔は動揺している。
そんな祐輔の顔を見たら、私はもう、自分の感情を抑える事が出来なくなっていた。
「さっきミキさんに会って聞いたの!!昨日、駅で祐輔に会ったって…。
祐輔が彼女と待ち合わせしてるって言ってたって!」
「それはっ…」
「彼女って誰!?私には21時におやすみってメールしておいて…
他の女と会ってたの!?そもそも彼女ってなんなのよぉーっ…!!」
祐輔の言葉も遮り、私はヒステリーを起こして、感情をぶちまけた。
涙がボロボロ流れてくる。もう、顔もグチャグチャ…
「リコっ、聞いて?」
祐輔は、うずくまる私の上体を起こそうと、肩を掴んだ。
―ドンッ…
私は、祐輔を力の限り突き飛ばした。
「リコ…」
地面に尻もちをついた祐輔は、放心状態だ。
そんな祐輔を私は、冷ややかな目で見ていた。
「あの口紅も、その彼女のなの?」
「口紅…?」
「祐輔の車にあったやつっ!!」
「あ、あれは違う!!」
ムキになって否定する祐輔を見て、私の中で何かが切れた。
(違う…?お店のお客さんのでも無い、昨日の女のでも無い…
なら、一体誰のなの…?)
「祐輔…他にもまだ女がいるの…?」
「違う!俺の話を…っ」
「私だけって、言ったじゃないっ…
1番も2番も居ないって…」
「リコだけだ!信じてくれよ!昨日は…っ」
「信じられない…
もう、ヤダ…もう…」
意識が朦朧としてきた。
「リコ?」
「私…だけ…って…」
―ドサッ…
「リコっ!?」
私は意識を失って、その場に倒れた―――
祐輔の声が聞こえる――
私の、大好きな人の声――
「…コ!?リコっ!?」
目を覚ますと、祐輔が心配そうな顔で私の名前を呼んでいる。
「ゆう…すけ…?ここ…」
「病院だよ!リコ、倒れたんだよ!待ってて、先生呼んでくるっ」
(私…倒れたんだ…)
天井を見ながら、ボーッとしていると、祐輔が先生を連れて病室に入ってきた。
「神谷さん、気分はどうですか?」
「あ、はい…大丈夫です…」
「炎天下の中、興奮状態だったみたいだからね。検査の結果、脳の方に異常は見当たらないから、大丈夫ですよ」
「そう…ですか…」
「もうちょっと休んでいきます?」
「帰っても、いいですか…?」
「神谷さんが大丈夫なら。無理はしないでくださいね?お家でゆっくり休んでください」
「お世話になりました…」
祐輔に支えながら、二人で病院を出た。
タクシーに乗り込み、まだボーッとしたままの私は、祐輔の肩にもたれ掛かった。
「リコ…ちょっと一緒に来て欲しいんだけど…大丈夫かな?」
「うん…」
祐輔が運転手に行き先を告げて、タクシーが走り出す。
私は祐輔に寄り掛かったまま、また少し眠った。
「リコ?着いたよ」
「ん…」
祐輔に手を引かれて、タクシーを降りた。
「ここ…」
辺りを見渡すと、一軒家が立ち並ぶ住宅街。
「これが俺ん家。入って?」
足元がフラつきながら、祐輔に支えられて、家の中に入った。
「ただいまー」
「あ、おかえりー。
…あら?そちらの方は?」
玄関に入ると、奥から祐輔のお母さんが出て来た。
本当なら、初めて彼氏のお母さんに会う時は、緊張するんだろうけど、今の私は緊張する余裕も無かった。
「俺の彼女のリコさん」
「あら~っ!そうだったの!」
「こんにちは…初めまして…」
祐輔のお母さんは、ニッコリ笑ってくれた。
(笑顔が可愛いお母さんだな…)
すると、祐輔のお母さんは私の顔を覗き込んできた。
「リコさん大丈夫?顔色が悪いみたいだけど…」
「ちょっと体調崩してんだ。俺の部屋連れてくから、冷たいお茶出してくれる?」
「あらあら!まぁ~、早く上がって?」
「お邪魔します…」
「俺の部屋、2階の一番奥の部屋だから。先に行ってて?大丈夫?」
「うん…」
私は、ゆっくり階段に向かって歩いた。すると、祐輔とお母さんの会話が聞こえてきた。
「母さん、優希は?」
(優希って、お兄さんかな?)
「あ、さっき帰って来て、シャワー浴びてるわよ?」
「じゃあ風呂から上がったら、優希に俺の部屋に来てって言っといて?」
「え!?大丈夫なの?」
「いいから。このお茶、貰ってくよ?」
(なんでお兄さんを呼ぶの…?大丈夫って、なんだろう?)
私は二人の会話に疑問を抱きながら、やっと祐輔の部屋の前までたどり着いた。
「あれ?まだ入ってなかったの?」
祐輔がお茶を持って階段を上がってきた。
「どうぞ、入って?」
祐輔が部屋のドアを開けてくれた。
祐輔の部屋は、男の子の部屋とは思えない程、綺麗に片付けられていた。
家具は全て腰より低い高さの物だから、とても広く感じた。
「座って、お茶でも飲んでて?
優希が…あ、優希って兄貴ね!もうすぐここに来るから」
「なんでお兄さんが…?」
私は、部屋の真ん中に置かれたテーブルの前に座った。
「リコに、ちゃんと全部話すから」
祐輔は、コップを持ってベッドに座った。
(お兄さんと、今回の事が関係あるの…?)
祐輔が何をしたいのか分からなくて、ただお兄さんを待つしかなかった。
しばらく沈黙が続いていたら、
―コンコンッ
と、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「入って」
中から祐輔がドアの向こう側に声を掛けると、ガチャッとドアが開いた。
ドアの方に視線を移した時、私は言葉を失った。
「えっ、あのっ…」
私は完全にテンパッていた。
言葉がうまく出せない。
頭の中で処理し切れない現実に直面した私は、祐輔に助けを求めるように目で訴えた。
困惑する私を見た祐輔は、クスッと笑った。
「ハハッ…リコ、超テンパッてる」
(当たり前じゃない…だって、この人…)
そう、私の目の前に立っているのは、どこからどう見ても『女の人』…
お兄さんが来ると言われて待っていたのに、何故か目の前に『女の人』が現れた。
思考回路が完全に停止した。
「あの…初めまして…」
『女の人』は、後ろで手を組み、俯き加減でモジモジしていた。
「初め…まして…」
私は硬直していた。
祐輔は立ち上がって、『女の人』に歩み寄った。
「リコ、紹介するね?俺の兄貴の優希。正確には、元兄貴?
今は姉ちゃんか」
祐輔は緊張する優希さんに、安心させるような優しい笑顔を見せた。
(ちょっと待って!?元兄貴?今は、姉ちゃん?じゃあ優希さんは、いわゆる…)
頭の中で目の前の現実を必死に整理した。
「優希、この人は俺の彼女のリコさん。可愛いだろ?」
祐輔は得意げに私を紹介した。
優希さんは、私の事をじっと見ている。
「あぁ、この人が…
もしかして、ずっと前に私の口紅で、不安にさせちゃった人?」
「そっ!今も俺、フラれそうな勢いで信用無くしてんだ…
悪いんだけど、優希から話してくんない?」
(私の口紅って…あれは優希さんのだったの!?)
目を見開いたままの私の前に、優希さんはゆっくり座った。
座る仕草一つとっても、元男性とは思えないぐらい、本当に綺麗…
「えっと…リコさん?」
「は、はいっ」
私は声が裏返っていた。
祐輔はベッドに座って、笑いをこらえている。
「リコさんの話は、祐ちゃんからよく聞いてます。いつも、弟がお世話になっております」
「あ、いえっ!こちらこそ…」
私は足を崩していたけど、優希さんの落ち着いた話し方に、自分より年下とは思えず、慌てて正座した。
「あの、リコさんが祐ちゃんの車で見つけた口紅…私のだったんです」
「そう…でしたか…」
「後から祐ちゃんに言われました。『せっかくデートに誘ったのに、お前の落とした口紅で信用無くした』って」
優希さんは、唇をキュッと噛んで控えめに笑った。
私は、自分がちょっと恥ずかしくなって下を向いた。
「祐ちゃんがリコさんをデートに誘った日の前日、私は祐ちゃんに職場まで送ってもらってたんです。その時、車の中で化粧してたから、落としちゃったみたいで…」
「そう…だったんですか…」
優希さんは女の私から見ても、綺麗としか言いようが無かった。
でも、やっぱり兄弟なんだな。祐輔と顔のパーツが似てる。
「ごめんね、リコ…
俺の口から優希の事言っても、信じてもらえないと思ったからさ…言えなかったんだ」
申し訳なさそうな表情を浮かべる祐輔を見て、私は軽く微笑んだ。
「あ、優希!あと、『小百合さん』の事も話して?
その事で、リコを泣かせちゃったんだ…」
「えっ?祐ちゃん言ってなかったの!?」
「言いにくくて、隠してた…」
優希さんは、呆れ顔で溜め息をついた。
(『小百合さん』…?)
二人の会話についていけず、キョトンとしている私を見た優希さんは、深々と頭を下げた。
「リコさん、ごめんなさい…」
「えっ?」
「馬鹿な弟が隠し事をした為に、リコさんに辛い思いを…」
「えっ、いや…
『小百合さん』って…?」
「話すとちょっと長くなるんですけど…」
私は、真っ直ぐ優希さんの顔を見て話を聞いた。
「私、スナックで働いてるんです。
そこで一緒に働いている女の子が居て、その子が『小百合』っていうんです」
「あの、小百合さんは…その…」
私の聞きたい事を悟った優希さんは、ニッコリ笑った。
「れっきとした、女の子ですよ」
「あ、そうなんですか…」
「スナックのママも、ちゃんとした女性です。
それで、本題なのですが…」
私はゴクリと唾を飲んだ。
「一ヶ月ぐらい前から、よくお店に来るようになったお客さんがいるんです。
その方が、小百合を異常に気に入ったみたいで…毎日お店に来ては、小百合を口説いてたんです」
優希さんの話しを、私は静かに頷いて聞いていた。
優希さんが言うには…
― 小百合さんは、あまりにもしつこいから、本当は居ないのに、「彼氏が居る」と嘘をついた。
そしたらその男に、「そいつに会わせろ。会ったら諦める。嘘なら許さない」と脅された。
怖くなり、昨日は仕方無く祐輔が彼氏のフリをして、その男に会って話しをしたという事らしい…
なんとなく理解したけど、疑問点がいくつもある…
スッキリしない顔で居ると、祐輔が顔を覗き込んできた。
「リコ?怒ってる…?」
「いや、怒ってるっていうか…スッキリしない…」
「何?
ちゃんと全部話すから、なんでも聞いて?」
優希さんも、心配そうな顔で私を見ていた。
「うん…なんで昨日ミキさんに会った時に、『彼女と待ち合わせ』って言ったの?わざわざミキさんにまで『彼女』って言う必要無かったんじゃない?」
「それはあの時、すでに男が駅前で待ってて、近くに居たんだよ。だから、怪しまれないように仕方無く…」
「どうして近くに居るって分かったの?祐輔は、その男の人の顔を知ってたの?」
祐輔は苦笑いして目線を逸らした。
「俺、旅行から帰ってきた次の日から、優希の居るスナックを手伝ってたんだ。
厨房だったから、表には顔出して無かったんだけど、その男の顔は見てたんだよね…」
「えっ、祐ちゃん。手伝ってた事も言って無かったの!?」
優希さんは、眉間にシワを寄せて呆れていた。
「リコさん、ごめんなさい…
祐ちゃんが旅行から帰って来た日に、急遽連休中だけって約束で、私が頼んだんです…
小さなお店だけど、この時期になると忙しくて、人手が足りなかったんです…」
「祐輔?どうして私に隠してたの…?」
「その…」
「会社がバイト禁止なのに、また規則破った後ろめたさ?」
「いや、バイトとしては働いてないよ。
スナックのママは俺達の親戚の叔母さんなんだ。
親戚の店の手伝いって名目で、ママのポケットマネーからこずかい貰っただけ」
「なら、なんで黙ってたの?」
私が問い詰めると、祐輔は棚から小さな紙袋を取り出し、黙って私に差し出した。
「これは…?」
祐輔に手渡された小さい紙袋の中には、細長い箱が入っていて、ピンクのリボンがかけられていた。
「プレゼント…開けてみて?」
祐輔は照れ臭そうに笑っている。
箱を開けると、小さなハート型に羽が付いた、ネックレスが入っていた。
「ど…して…?」
「俺、旅行で結構金使っちゃってさ。
店を手伝えば臨時収入が入るから、リコに内緒でそれをプレゼントしようと思って…
今年の誕生日は、何もあげて無かったから…」
私の目から、ポタッポタッと涙が零れ落ちた。
どうして泣いているのか、自分でもよく分からなかった。
「リコ…?どうしたの?」
なんとなく答えは分かっていたけど、私は祐輔に最後の質問をした。
「ど…して、毎晩…21時頃にっ…メールを…」
「それは…
もし店手伝ってる間にリコから連絡きても、すぐに返せないから、怪しまれちゃうかなって思って…
それなら、俺から先にオヤスミってメールしちゃえば、リコから連絡は来なくなるでしょ?」
祐輔の口からは、予想通りの答えが返ってきた。
「祐輔の…」
「何?」
「祐輔のバカァッ!!」
私は優希さんが居るのにも関わらず、大声を張り上げた。そして、ネックレスを握りしめてその場に泣き崩れた。
全て誤解が解けてホッとしたのと、
小百合さんに対するヤキモチと、
思わぬ祐輔からのプレゼントへの喜びと、
それと…
今回、祐輔を信じる事が出来なかった自分への悔しさが、涙となって一気に溢れ出した。
祐輔が優希さんに目で合図をすると、優希さんは小さく頷いて静かに部屋を出て行った。
「リコ、ごめんね?結局俺、リコを不安にさせちゃってたんだね…」
「バカ…バカァ…」
私は『バカ』しか言葉が出なかった。祐輔に対して言ったのと、勝手に妄想を膨らませて祐輔を疑ってしまった自分に対してと…
泣きじゃくる私の首に、祐輔はネックレスを着けてくれた。
私が落ち着くまで、祐輔は私を抱きしめながら、頭を撫でていてくれた。
しばらく泣き続けたら、だんだんと涙も出なくなってきた。
「大丈夫?」
祐輔は優しい表情で、私の顔を覗き込んだ。
目が真っ赤に腫れ上がった私は、顔を上げる事なく頷いた。
「俺の事、嫌いになっちゃった…?」
祐輔の言葉に、せっかく引いた涙が込み上げてくる。
「あぁっ!ごめんっ、リコ…泣かないで?」
「フリでも…嫌だよ…」
「フリ?」
「もう、他の子の彼氏のフリなんか…しないで…。祐輔は…私の彼氏なんだからっ!
うわぁーっん!」
まるで私は、自分のオモチャを取られた子供のように泣いた。
呆れられてもいい…
小さい人間だって思われてもいい…
私は、祐輔が他の女の子と歩くのが許せなかった。
そんな私を祐輔は、息が出来ない程きつく抱きしめた。
「分かった…もうしない。他には?何かある?」
「もう…隠し事しないで…不安になるから」
「うん、約束する。他には?」
「プレゼントなんか要らない。祐輔にお金が無くてもいい。だから、ずっと一緒に居て…?もっと祐輔と一緒に居たい…」
「俺もリコと一緒に居たい。
俺さ、店を手伝ってる時、すげぇリコに会いたかったよ。でも、昨日で手伝いも終わったから」
「もう、いいの?」
「うん。今日と明日はママが旅行に行くから、店は休みなんだ。俺の連休も明日で終わるし、ちょうど良かった」
「そう…」
気持ちも落ち着いてきて、急に甘えたくなった私は、祐輔の胸に顔をうずめた。
「姉さん、他に何かご要望はありますか?」
祐輔は、ちょっとおどけて私に問い掛けた。
「好きって言って?」
「…大好きだよ」
「愛してる?」
「愛してる」
「ネックレスありがとう…」
「どういたしましてっ」
「疑ってごめんね…」
「俺の方こそごめん…」
「一緒に暮らそう…?」
「うん…えっ!?」
祐輔はビックリして私を引きはがした。
「本当に…?いいのっ!?」
「もう祐輔が隠し事出来ないように、家に閉じ込めとく…」
「鎖でも着けとく?」
「いいかも…」
私達は、コツンと額を合わせて笑った。
「リコ、俺からもお願いしていい?」
「何?」
「キスさせて…?」
「いっぱいしてくれるなら…」
祐輔は私を愛おしむように笑って、キスをした。
お互いの気持ちを再確認するように…
『ごめんね』と伝え合うように…
深く深く、何度も唇を重ねた。
― バンッ
突然部屋のドアが開き、ビックリした私達は、唇を合わせたままビクッと跳ね上がった。
恐る恐るドアの方を見ると、祐輔のお母さんが目を丸くして立っていた。
「あら…ごめんなさいね。続けて?」
そう言い残してお母さんは、そそくさと立ち去ろうとした。
(続けてって…)
私は恥ずかしくなって俯いた。
「母さん!ノックぐらいしろよっ!」
祐輔は恥ずかしさを隠すように、大声を出した。
「何度もノックしたわよ~?なのに全然返事が無いから、何かあったんじゃないかって思って…」
(全然気付かなかった…)
私と祐輔は顔を見合わせて苦笑いした。
「あ、そうそう。もう時間も遅いし、リコさん夕飯食べて行かない?お父さんも会いたいって」
全然時間の事なんか気にして無かった私は、慌てて部屋の時計を探した。
もう20時過ぎ…
「そうだよ、リコ!
なんなら、泊まってけば?」
「あら、いいわね!
リコさん、ゆっくりしてって?」
「そんな…ご迷惑じゃ…」
思いもよらないお誘いに、私は困惑した。
「遠慮しなくていいのよ~?狭い家だけどっ」
「じゃあ、遠慮なく…」
「あ、母さん!リコと一緒に暮らしていい?」
この場で同棲する事をサラッと言う祐輔に、私は驚いた。
「若いっていいわね~。
一緒に暮らせば、誰にも『邪魔』されないもんねぇ~?」
お母さんは、ニヤニヤしている。
「母さん、何を考えてっ…!」
「んふふふっ。
早く下りていらっしゃいね~」
お母さんは意味深な笑みを浮かべながら、部屋を出て行った。
「ごめんね、リコ…あんな母さんで…」
「フフッ…面白いお母さんだね」
「普通、あの状況で『続けて?』なんて言うかぁ~?」
「アハハハッ…でも、ビックリしたぁ~」
祐輔はちょっと呆れ顔で、私はクスクス笑いながら部屋を出た。
とにかく、祐輔の御家族は明るい人達だ。
御両親は、女として生きている優希さんの事も理解して、心から応援していた。祐輔も、愛情たっぷりに育てられてきたんだなって、この御家族からすごく伝わってきた。
楽しい夕食の一時を終え、私は後片付けを手伝った。
そしてお風呂に入って、優希さんから新品の下着を貰った。
祐輔の服を借りたらダボダボで、『子供みたいで可愛い』って笑われた。
もう日付が変わろうとしていたから、御両親と優希さんに『おやすみなさい』を言って、祐輔と部屋に戻った。
「なんか、長い一日だったなぁ~」
祐輔は、ベッドに大の字になっている。
私は着て来た洋服を畳んでいた。
「そうだね…
色々あったけど、祐輔の御家族に癒されちゃった」
背中に祐輔の視線を感じる…
「なに?」
「リコ、こっち来て…?」
祐輔はタオルケットにくるまって、甘えた目をしていた。
私が立ち上がると、祐輔は起き上がって布団をポンポンッと叩いた。
ベッドに座ると、祐輔は後ろから私の髪をかきあげた。
「首の跡、消えちゃったね?」
「もうっ、あれから隠すの大変だったんだからっ」
「また付けなきゃね。俺のモノだって証…」
「バカ…」
祐輔は優しく私の首元にキスをした。
こういう雰囲気、もう祐輔とは何度か経験してきたけど…
やっぱり毎回ドキドキする…
私はギュッと目を閉じた。すると…
― コンコンッ
と、ノックの音がした。
祐輔は、ハァ~…と溜め息をついてドアを開けた。
「母さん…今度は何?」
「祐輔っ?分かってるんでしょうね?」
「何が?」
「嫁入り前の娘さんに何かあったら、あちらの親御さんに顔向けできないでしょ?だから、細心の注意を払って…」
「あ~もうっ!分かってるよ!はいはい、おやすみっ!」
「ちょ、ちょっと…」
祐輔はお母さんをグイグイ部屋から追い出して、バンッとドアを閉めた。
私は笑いをこらえるのに必死。だけど、もう限界…
「あははははっ!もうダメっ!お母さん最高っ」
「最高じゃねーよ…
絶対分かってて邪魔してるよ…」
なんだかドラマみたい。こんな時、『超ウケる』って言葉がピッタリだ。
「もぉ~、ムードぶち壊し…まじ泣きそう…」
祐輔はベッドに丸まっていじけた。
やっぱり祐輔は可愛い…
こんな祐輔が、私はたまらなく愛おしい。
私は祐輔に覆い被さって、首筋にキスをした。
「いっ…!?リコ?」
祐輔の首筋に、『私の存在』を強く刻んだ。
「私、初めて彼氏に『跡』付けた…」
「まじで!?写メ撮って?」
「やだよっ!」
「えぇ~」
二人でケラケラ笑いながら横になった。
「おやすみ、リコ」
「おやすみ」
軽くキスをして、祐輔の腕枕で眠った。
― 大好きだよ、祐輔…
― 翌日の昼頃
私と祐輔は玄関に居た。
「昨日は突然お邪魔しまして…」
私は見送りに出て来てくれた祐輔の御家族に挨拶をした。
「いいのよ~、また来てねっ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、行ってくるから」
祐輔が玄関に置いた大きな荷物を持ち上げると、お父さんが首を傾げた。
「祐輔、その荷物は?」
「今日からリコの家に住むから。あれ?母さん言ってなかったの?」
お父さんは、キョトンとしてお母さんを見ている。
「あら、私はてっきり祐輔からお父さんに言ったものだと…」
「なにっ!?母さん知ってたのか!?しかも、突然過ぎるじゃないか!!」
お父さんが声を荒らげると、その場の空気が一気に静まり返った。
「祐輔…」
「父さん、ダメ…?」
二人は真剣な顔で向き合う。
「父さんも連れてけっ!」
「はあっ!?」
「なんで父さんまで来るんだよっ!?」
「こんな可愛い子と一緒に暮らすだなんて…羨ましいじゃないか!」
お父さんは、子供みたいにダダをこねていた。
「お父さん、私がいるじゃない?」
お父さんを諭すように、優希さんが優しい笑顔を見せた。
「おぉ、そうだな!俺にはこんなに可愛い娘がいるんだ!
祐輔っ!さっさと出て行け!」
「はぁ~?意味わかんねーよ…」
私は玄関の壁に向かって肩を震わせながら笑った。
この家族、最高にツボにハマる…
「リコさん…祐輔を宜しくね?」
「はい。急な申し入れで、申し訳ありません…」
ニコッと笑って頭を下げるお母さんに、私も深々と頭を下げた。
「どうせ、まだ部屋の荷物取りに帰って来るから。リコの家も、そんなに遠くないし。
じゃあ、またね!」
祐輔は笑顔で手を振り、私はもう一度深くお辞儀をして、祐輔の家を後にした。
私の住むアパートには駐車場が無い。
だから、月極めの駐車場が決まるまで、祐輔の車は実家に置かせてもらう事にした。
一度祐輔の荷物をアパートに置いてから、昼食を食べるついでに、買い物に出掛けた。
一応余分に食器とかはウチにあるけど、せっかくだから、二人お揃いの食器を買って、あとは生活に必要な日用品と、祐輔の服を入れるクローゼット用の引き出しも買った。
祐輔との新生活に、私はテンションMAX!
あれもこれもと、次々にカートに詰め込んだ。
でも祐輔は、カートを押しながら元気が無い。
「祐輔、どうしたの?」
「すごく申し訳無いんだけど…」
「何?」
「俺…こんなに買うお金、持って無いよ…」
少し沈んだ雰囲気で俯く祐輔の背中を、私はポンッと叩いた。
「心配しないで!
ここは、お姉さんに任せなさいっ!」
「でも…」
「いいからっ!だけど、ちゃんと生活費は貰うからね?」
「それは、もちろんだよっ!!」
祐輔は、すごく悲しい表情だ。
「ほら、祐輔笑って?私一人浮かれてても、つまんないじゃん!」
「うん…」
「なら、出世払いという事で?」
「うんっ!俺、社長になる!」
「無理無理。」
「即答っ!?」
祐輔に笑顔が戻った。その顔を見て、私も一安心。
残りの生活用品と、夕食の材料を買って、荷物が多過ぎるからタクシーで帰った。
アパートに戻り、荷物を運び込んで、ドッと疲れた私達は大きな溜め息をついた。
「ゆっくり片付けていこうね?とりあえず、夕食の準備するねっ」
私は台所にあるエプロンを着て、買ってきた袋の中から材料を取り出した。
「リコさん!!」
急に大声を出した祐輔の方を見ると、床に正座していた。
「フフッ…どうしたの?」
「木村祐輔、本日からお世話になります!どうぞ、宜しくお願いしますっ」
祐輔は深々と頭を下げて、額を床に付けた。
私も祐輔の前に正座した。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
深々と頭を下げ、二人同時に顔を上げたら目が合って、可笑しくなって吹き出した。
「俺、少し片付けるね」
「お願いねっ」
こんな、たわいもない会話一つでも、私は胸が弾んだ。
今日は簡単にオムライスとスープとサラダを作った。
私が料理をしている間、祐輔は驚異的な早さで片付けを済ませた。
「まだ、実家に荷物あるけど入るかな?」
「玄関の隣の部屋、ほとんど使って無くてスペースあるから、大丈夫じゃない?」
「りょ~かいっ」
「さ、食べよ!」
テーブルに食事を並べると、祐輔は写メを一枚撮って、あっとゆう間に食べ切った。
(本当に作り甲斐があるなぁ)
後片付けを二人でして、交代でお風呂に入った。
さすがに二人共疲れて、すぐに布団で横になった。
寝転がりながら私を後ろから抱きしめて甘える祐輔に、どうしても聞きたい事がある…
「ねぇ…祐輔?」
「ん~?」
「あのね、言いたく無かったらいいんだけど…」
「何?」
「御実家にお給料の半分を入れてるって、前に言ってたじゃん…?」
「あぁ、その事…?」
祐輔は私から離れ、ゴロンと仰向けになった。
私は祐輔に背中を向けたままでいた。
「家に金入れてるっていうかぁ…優希に?」
「優希さんに?」
振り向いた私に、祐輔はフッと照れ臭そうに微笑んだ。
「優希が女になる為には、何かと金掛かるじゃん?手術とか、整形とか…」
「うん…」
「アイツ、前はニューハーフの人達が働く店に居たんだけど、どうもあの『ノリ』についていけなかったみたいでさ」
「ノリ…?」
祐輔は肘に頭を置いて、私の方に向き直った。
「ああゆう店って、元は男であるって事を全面的に売りにするでしょ?
客も変に色々聞いてきたりさ」
私は黙って祐輔の顔を見つめていた。
「優希が20歳の時に親にカミングアウトしてから、1年ぐらいはそうゆう店で働いていたけど、どうしても自分は『元男だった』って目で見られるのが嫌で、辞めたんだ。
それで、事情を知った今のスナックのママが『女』として、優希を雇ってくれたんだよ」
― 優希さんはスナックに勤め始めたけど、やはりお給料は前の店よりも少なく、手術や整形費用が思うように貯まらなかった。
それでも頑張っている優希さんの力になりたくて、祐輔が今の会社に入った時から、お給料の半分を優希さんに、お母さんから渡してもらっていた。
この話しを聞いたら、祐輔の家族に対する想いに感動したと同時に、ここまで想われている優希さんに、少しだけ嫉妬した…
祐輔の実のお姉さん(?)にまで嫉妬する私は、人として恥ずかしいと思った…
複雑な表情を見せた私の頬に、祐輔の手がそっと触れた。
「リコには、すごく申し訳無いんだけど…
今月の給料までは、半分優希に渡したいんだ…俺も突然出て来ちゃったし」
少し悲しげな表情を浮かべる祐輔に、私は少しだけ微笑んだ。
「リコには既に迷惑かけちゃってるけど…来月からは、ちゃんと生活費も渡すし、今日買った分も必ず返す。
それじゃあ、ダメかな…?」
私は小さく首を横に振った。
「別にお金の事をうるさく言いたかった訳じゃなくて…
ただ、興味本位で聞いただけなの。ごめんね…」
「なんでリコが謝るの?俺がちゃんと話して無かったのが悪かったんだ。ごめんね…」
「ううん、祐輔って…家族想いだね」
「そう?自分では普通だと思ってたけど…」
「私の事も…大事に想ってくれる…?」
私は、すぐに自分の言った事に後悔した。きっと私…最低な質問をしてる…
― 絶対嫌われた…
私が、分が悪い表情で祐輔から目を逸らすと、祐輔はクスッと笑った。
「リコぉ…もしかして、俺の家族にヤキモチ?」
― うっ…
心を見透かされた私の顔が強張った。
「ハハッ、本当にリコって、可愛いな」
(可愛い…?)
思いも寄らない事を言われた私は、祐輔を見上げた。
「家族はもちろん大事だけど…それは家族愛ってヤツ?
リコに対しては、LOVEだね」
「私、最低だよね…家族と比べさせるなんて…」
「それぐらい、俺に惚れてんだろ?」
「…病気じゃないかって思うぐらい」
枕に顔をうずめる私の頭に、祐輔の唇が触れた。
「祐輔…私、祐輔を独占したいと思っちゃう。自分で自分が怖い…」
「俺だって…リコが慎也さんと話すだけで、嫉妬してるよ?
あ、里沙さんにもっ」
枕から顔を上げると、祐輔はニッと笑った。
「祐輔…」
「こんなに嫉妬深い俺、嫌いになった?」
私はブンブンッと首を横に振った。
すると、祐輔は優しく微笑んだ。
「でも、俺はリコを束縛するつもりは無いから。
里沙さんとか、周りの人達と関わってるから、今のリコがいるんだし。でも、リコの心は俺のモノ」
「うん、私も同じ気持ちだよ…」
「リコ、愛してる…」
「私も…」
祐輔が私の首筋に優しいキスをした時…
「あ゛っ!!」
私の、すっとん狂な声に驚いた祐輔が、ガバッと起き上がった。
「どうした!?」
「実はさっき、月に一度のモノが…」
言いにくいそうに目線を外す私の様子に、祐輔が何かに気付いた。
「あ、あぁ~…女の子の…?」
私はコクンと頷く。
祐輔は一瞬何かを考えて…
「お、お大事に?」
ひねり出された祐輔の言葉に、私は真顔で固まった。
祐輔は困った表情で私を見ている。
「ブフッ…フフフフフ…」
こらえきれず、私は吹き出した。
「え?何か俺、変な事言った!?」
「フフフッ、ごめっ…ククッ…ありがと?」
女の子の日になって、初めて『お大事に』なんて言われた。
よく分からないなりに、一生懸命考えて言ってくれた祐輔の『お大事に』が、私のブルーな日を少しだけhappyにしてくれた。
「祐輔っ」
「ん?」
「だ~い好きっ!!」
― ドスンッ
「うわっ!!」
「きゃあっ!!」
たまらず祐輔に飛び付いたら、二人でそのままベッドから落ちた。
床に倒れ込んだまま、二人でいつまでも笑っていた。
― 祐輔の家族にまで嫉妬するなんて、完全に病気じゃん。
カッコ悪い…
もっと、大人になろう…
お盆休みが明けて、久しぶりに会社の人達と顔を合わせる。
日焼けしている人、遊び疲れてグッタリしてる人、恋人が出来て浮かれてる人…
みんな、思い思いで出社して来た。
私は、浮かれてる部類に入る人間だ。
鼻歌を歌いながら、給湯室でお茶を入れていると…
「リぃ~…コぉ~…?」
「ほわぁぁっ!?」
突然背後から里沙のホラーな声が聞こえてきて驚いた私は、なんとも情けない声を上げた。
「り、里沙!?はぁ~、びっくりしたぁ…おはよう?」
胸に手を当てて、大きく溜め息をつく私を里沙は、口を尖らせてジーッと見ている。
「ずっと…リコからの連絡、待ってたのに…」
「連絡…?あぁっ!!」
(しまったぁ~…
すっかり忘れてた…)
一昨日、祐輔と私を残し、里沙が去って行って…
あれから里沙に一度も連絡をしてなかった…
「ごめん…ごめんね!?あれからゴタゴタしてて、その…」
必死で弁解する私を見た里沙は、ニカッと笑った。
「う~そっ!多分、二人なら大丈夫だろうなぁって思ってたから、私からも連絡しなかったんだよねっ」
得意げにピースをする里沙の顔を、私はまともに見る事が出来なかった。
「リコ、何かあったの?」
「あ、いやぁ…
何かあったと言いますか…」
「何!?ちょっと気になるじゃん!」
険しい顔をして、悪い事を想像してるっぽい里沙を給湯室の壁に向かわせた。
身を寄せ合い、私は小さい声で里沙に話した。
「実は…祐輔と、ウチに住む事になって…」
一瞬固まった里沙は、バッと私から体を離した。
「えぇぇーーーーっ!?」
「里沙っ!声が大きい!」
「ごめ…、え?いつから?」
「いつからっていうか、もう昨日から住んでる…」
「えぇぇぇーーーっ!?
モゴッ…!?」
大声を出し続ける里沙の口を、私は両手で塞いだ。
― キーンコーン…
始業を知らせるチャイムが鳴った。
「また後で聞かせてよっ!?」
「うんっ」
私と里沙は、急いで席に戻った。
連休明けって、頭が働かない。部署内の空気もダラッダラ…
椅子の背もたれに寄り掛かって、チラッと祐輔の方を見る。祐輔も、私と同じ格好で私を見ていた。
祐輔がニッと笑って目線を外した。
とぼけた顔で遠くを見ながら、クイッとワイシャツの襟を指で下ろした。
チラリと見えた祐輔の首元には、
私が付けたキスマーク…
ガタガタンッと座り直した私は、誰かに見られていないかと周りをキョロキョロ。
そんな挙動不振な私を見た祐輔は、手の平を額に当てて顔を隠し、下を向いてクスクス笑っていた。
祐輔のバカバカ!
でもちょっと、優越感…
午前中は、祐輔とのやりとりで気分上昇だったのに…
午後になると、私の顔は常に引きつっていた。
「木村せんぱ~い。これぇ、お土産ですぅ」
「受け取ってくださいっ」
新人の女の子達が祐輔を囲んで、次々にお土産を手渡していく…
「あ…ありがとう…」
笑顔は見せないものの、祐輔は渡された物を全て受け取っていた。
女の子達が嵐のように散って行くと、祐輔は溜め息をついて私の方を見た。
私は咄嗟に目を逸らした。
そして私は、澄ました顔でパソコンに向かう。
(お土産ぐらいで何嫉妬してんの!
ダメよリコ!大人になれっ――)
休憩時間になると、祐輔は廊下で、他の部署の女の子達に囲まれていた。
祐輔って、他の部署の子達からもモテるんだ…
全然知らなかった。
そんな光景を見て、イライラッとしながらも、私は頑張って平静を装い続けた。
― その日の夜
「ギャハハハハハハッ」
会社帰りにウチに来た里沙の笑い声が、部屋中に響き渡った。
「里沙、笑い過ぎ…」
「だって、木村君のお兄さんが女になってたって…」
一昨日の出来事を私から聞かされて、いつまでもソファーで転げ回る里沙に、私はコーヒーのおかわりを差し出した。
「私も最初はビックリしたけど…優希さん、本当に綺麗で女性らしいんだよ?色々苦労もしてきたみたいだし…」
「へぇ~。会ってみた~い」
ソファーで寝転ぶ里沙に笑顔を見せて、私は夕食の支度を始めた。
「木村君は、今日は遅いの?」
「少し仕事が残ってたみたいだったけど、もう帰って来るんじゃない?」
― ピンポーン…
「あ、帰って来た!」
私は早足で玄関に向かい、笑顔で祐輔を迎えた。
「ただいま~…
あれ?里沙さん、来てたんですか?」
「お帰り~。お邪魔だったかしら?」
「いえいえ、そんな事は」
ニヤニヤしながらソファーで寝転ぶ里沙に、祐輔は笑顔で答えた。
「お疲れ様、ご飯すぐ出来るからね」
「も~、俺お腹ペコペコ~!」
「はいはい」
私達のやり取りを見た里沙は、満足げに微笑み、帰り支度を始めた。
「里沙さん、帰るんですか?」
部屋着に着替えた祐輔が、里沙の前で立ち止まった。
「里沙、ご飯は?」
「いらな~い。これ以上、こんな恥ずかしい空間に居られないもん」
「なんで恥ずかしいの?」
「二人でイチャイチャしちゃってさ。
見てるコッチが恥ずかしいわっ」
私と祐輔は顔を見合わせて、照れ笑いを浮かべた。
「あ~あ、私も慎ちゃんと暮らそっかな~。
じゃ~ね、お邪魔しましたっ」
「気をつけてね」
「おやすみなさーい」
私と祐輔は、二人並んで里沙を玄関から見送った。
二人きりになった私達は、ニコニコとリビングに向かった。
台所で料理の続きを始めると、祐輔が後ろから腰に手を回してきた。
「今日は何作ってんの?」
「ハンバーグだよ」
「わ~いっ」
祐輔はグリグリと私の肩に顔をうずめて甘えている。
きっと、こんな祐輔は私しか知らない…
そう考えると、どんなに祐輔が会社でモテていても、気にならなくなってきた。
「そういえば、祐輔って他の部署の子からもモテるんだね?」
私は余裕の表情で祐輔に問い掛けた。
「見てたの…?」
「たまたまね」
「なんで来てくれなかったの?」
さっきまで甘えていた祐輔の声が、急に低くなった。
「なんでって…」
「俺達の事、みんなにいつ言うの?」
「…」
私は料理をする手を止めて、俯いてしまった。
私から離れた祐輔は、小さく溜め息をついて、ソファーに寝転がった。
(怒らせちゃったかな…)
腕を頭の後ろに組んで天井を見上げる祐輔を、ただ見つめていた。
何も話そうとしない祐輔が少し怖くて、声を掛けられずにいた私は、ゆっくりとハンバーグを焼き始めた。
「い~匂い…」
私は振り返り、ボソッと呟いた祐輔の方を見た。
「祐輔、私…」
「あのさ…」
言い訳をしようとする私の言葉を遮るように、祐輔が口を開いた。
「俺、いつまでもリコとコソコソ付き合ってたくないよ。最初はリコの言う通り黙ってたけど、なんか…もう嫌だ…」
言葉が出なかった。
私に勇気が無いばかりに、祐輔を苦しめていたなんて、思いもしなかった。
私は黙って、フライパンの上のハンバーグを見つめていた。
ソファーからゆっくりと立ち上がり、祐輔は私の方へと近付いてきた。
ハンバーグから目を離さず立ち尽くす私の前に割り込み、何も言わずに祐輔はハンバーグをひっくり返した。
「あ~あ、焦げちゃった?」
「あ…ごめ…」
慌てて祐輔からフライ返しを受け取り、再びハンバーグと睨めっこをした。
クスッと笑った祐輔が、また後ろから私の腰に手を回し、頬を寄せる。
「俺、会社でリコの事見てるだけで、気持ちが抑え切れない…」
「祐輔…?」
「真剣に仕事してるリコ見てると、後ろから抱きしめて、そのぷくっとした唇にキスをして、大好きだって言いたくなる…」
祐輔の言葉の一つ一つが、私の胸を熱くする。
私だって同じ気持ち。
真剣に仕事に打ち込む祐輔を見てると、触れたくなる…
「で、でも…みんなに言ったからって、会社でソコまでは…」
祐輔は顔を赤くして俯く私の後ろから手を伸ばし、コンロの火を消した。
「分かってるよ、でも…」
そう言いながら私の手を引き、ソファーに連れて行かれて座らされた。
床に膝をついた祐輔が、私の頬にそっと触れて見つめる。
「それぐらい、俺とリコは愛し合ってるんだって、会社のヤツらに見せ付けたい…
リコ以外の女に言い寄られるの、もう嫌だ…」
「私も、祐輔が他の女の子達に囲まれてるのを見るの、もう嫌…」
見つめ合った私達は、どちらからともなく唇を合わせた。
新しいレスの受付は終了しました
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
- レス新
- 人気
- スレ新
- レス少
- 閲覧専用のスレを見る
-
-
君は私のマイキー、君は俺のアイドル9レス 145HIT ライターさん
-
タイムマシン鏡の世界4レス 113HIT なかお (60代 ♂)
-
運命0レス 77HIT 旅人さん
-
九つの哀しみの星の歌1レス 91HIT 小説好きさん
-
夢遊病者の歌1レス 94HIT 小説好きさん
-
また貴方と逢えるのなら
まあ、素性も知らない人に名乗るなんてニホンという処では当たり前なのかし…(読者さん0)
6レス 236HIT 読者さん -
わたしとアノコ
今新しいお話2つ書いてるんだけど分かる?? (小説好きさん0)
172レス 2643HIT 小説好きさん (10代 ♀) -
神社仏閣珍道中・改
【鑁阿寺】さん 毎月二十三日は、鑁阿寺さんの多宝塔(二重塔)が開…(旅人さん0)
285レス 9921HIT 旅人さん -
私の煌めきに魅せられて
「歌和井さん,,,なんか今日は雰囲気が違うね,,,」 あ、松井さん。…(瑠璃姫)
65レス 748HIT 瑠璃姫 -
仮名 轟新吾へ(これは小説です)
ち!書き間違えたわ❗❗ あなたと私が 1987年からずっと恋人とし…(匿名さん72)
198レス 2945HIT 恋愛博士さん (50代 ♀)
-
-
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②4レス 142HIT 小説好きさん
-
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?11レス 148HIT 永遠の3歳
-
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令1レス 154HIT 小説家さん
-
閲覧専用
今を生きる意味78レス 526HIT 旅人さん
-
閲覧専用
黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 979HIT 匿名さん
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 142HIT 小説好きさん -
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 148HIT 永遠の3歳 -
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 154HIT 小説家さん -
閲覧専用
おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1409HIT 檄❗王道劇場です -
閲覧専用
今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 526HIT 旅人さん
-
閲覧専用
サブ掲示板
注目の話題
-
35歳以上は無理なのですか?
よく女性は30歳を過ぎたら、価値がないような事を言われてますが、35歳位から婚活を始めても、本気で大…
19レス 506HIT 匿名さん -
妊娠中から旦那が無理になった
旦那(バツイチ)14上 妊娠中変わっていく体型を見てトドみたいだねと言ってきた(笑って受け流せ…
8レス 338HIT 主婦さん (20代 女性 ) -
私はどうでもいい女?
先に約束していたのは私なのに、彼氏に友達と釣りに行く約束をしたとそちらを優先されました。 どこ行く…
29レス 920HIT 聞いてほしいさん ( 女性 ) -
考え無しで発言する旦那に疲れた
旦那に対しての不満を吐き出させてください。 旦那はビッグマウスくんというか基本的に先を見据えた…
20レス 286HIT 戦うパンダさん (30代 女性 ) -
義母との関わり方
義母との関わり方について悩んでいます。 旦那のことが大好きなのか心配なのか、 毎月旦那のシフ…
7レス 206HIT 聞いてほしい!さん (20代 女性 ) -
女です。大食いすぎて悩んでます。
今良い感じの雰囲気になってる男性がいます。両想いみたいです。何度かご飯に行ってますが、ラーメン屋さん…
8レス 245HIT 相談したいさん - もっと見る