―桃色―
世の中の男性が、全て同じだとは思って無い。
「私の付き合う人達」が特別だって、分かってる。
でも…
昔からことごとく浮気されて、今の彼に限って私は4番目の女…
そりゃ、男を信じられなくなるでしょ。
ただ、甘い恋がしたいだけなのに…
「おめでとう」の言葉も、プレゼントも無いまま、彼の腕の中で30歳の誕生日を迎えた―
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私も仕事にキリをつけて、里沙と食堂に向かった。
食堂内の喫煙ルームを覗くと、祐輔は他の部署の人と談笑している。
「リコっ。私達だけ先に注文しちゃおっか?」
「そうだね」
この会社の食堂は、2階のフロア全体に広がっている。
社員のほとんどが、ここで食べているから、すぐに席が埋まってしまう。
ちょうど4人掛けの席が一つ空いたから、小走りで席を取りに行った。
「リコ、先に注文しておいでよ。私、ここに居るから」
「うん、ありがとう」
私は、だいたい食堂でご飯を食べる時は、『日替わりランチ』を注文する。
今日は、鯖の味噌煮定食だ。
ちょっと待ってれば、すぐに出来上がる。
トレーを持って席に戻り、里沙と交代で席につく。
すると、私の携帯が鳴った。
祐輔からの着信。
『もしもし、リコ?今どこ?』
「先に食堂来ちゃった。返却口の近くの席に居るよ」
『OK~』
「あ、私達先に注文しちゃったからさ。祐輔も注文してから来て?」
『了解~』
電話を切ると同時に、里沙が戻って来た。
「木村君から?」
「うん、注文してから来るよ」
「そっか。なら、ちょっと待つかぁ」
「うんっ」
私は祐輔が来るのが待ち遠しくて、中腰になって辺りをキョロキョロしていた。
「あらあら。ダーリンが待ち遠しいのね~」
「や、そんなんじゃ…」
「いや、むしろそれ以外考えられない行動でしょっ」
里沙はテーブルに肘をつきながら、クスクス笑っていた。
からかわれたのが悔しくて、私は祐輔を探すのを止めて、椅子に座った。
「お!ダーリン来たよ?」
里沙の視線の先を見ると、祐輔が少し離れた所でキョロキョロしていた。
私が声を掛けようと立ち上がった瞬間――
「木村せんぱ~い」
同じ部署の後輩数人が、祐輔を囲んだ。
「木村先輩、一人ですかぁ~?よければ、私達と一緒に食べませんかぁ~?」
女の子達は、クネクネしながら満面の笑みだ。
「ごめん、リコさんと里沙さんと食べるから」
祐輔は笑顔を見せる事無く、私達を探しながら答えた。
「え~…よりによって、あの二人とですかぁ~…?」
女の子達は、明らかに不満げな顔をしている。
すると、祐輔が私達を発見したらしく、ニコニコしながら向かって来た。
後輩の子達が、私達をものすごい見ている…
むしろ、睨んでる…?
祐輔は、何事も無かったような顔で席についた。
「ま~、おモテになるのねっ。木村君!!」
里沙は割り箸を割りながら、祐輔をからかう。
祐輔は、首を傾げながら割り箸を割った。
「いや、俺、モテませんよ?」
「それ、本気で言ってんの!?」
里沙は呆れた顔で、日替わりランチを食べ始める。
私は、なんだかモヤモヤした気持ちになっていた。祐輔の顔を見ないようにしていた。
(ヤキモチ…なのかな…)
私の異変に気が付いた祐輔が、私を横目で見ながらラーメンをすすっている。
「リコ?どーしたの?」
「…別に。
そうだ、会社でリコって呼ぶの止めて?あと、祐輔…木村君は後輩なんだからさ…」
「急にどうしたの?
なんか、リコ変だよ?」
里沙は心配そうに、私の顔を覗き込んだ。
私は俯いていた。
――祐輔は、モテる。それは前から分かっていた事…何人かの若い女の子達が、祐輔を狙ってるのも知ってる。
だからこそ…
30歳の私が、堂々と祐輔の彼女ですなんて、言えない。
そう、あの子達から見れば、私は『おばさん』なんだから…
5歳も年下の祐輔と付き合ってるって知られたら、何言われるか…
私は一粒ずつ、お米を食べながら、一人でウジウジしていた。
そんな私を見て、祐輔が何か悟ったのか、フッと笑った。
「リコ…さん?安心して下さい。俺、イジメられてるんですっ」
「は!?誰に!?」
里沙は少し身を乗り出した。
祐輔は肩をすぼめて、箸でラーメンをグルグル掻き混ぜた。
「聞いてくださいよぉ。この前、俺が席を外してる間に、机の上に熱々のお茶が5個も置かれてたんですよぉ?
あれは、絶対イジメだっ。うんっ、絶対そうだ!」
その話を聞いて、私と里沙は顔を見合わせた。
(あれは、里沙が…)
「プッ…あはははは」
私と里沙は、お互いの肩に顔をうずめて笑った。
「何が可笑しいんですか!?
5個もあったんですよ?しかも、熱々のが!何かの罰ゲームですかね?」
真剣な顔で訴える祐輔が、可笑しくてたまらない。
「あ~、それは大変な事だねー」
里沙はケラケラ笑いながら、棒読みで言った。
私は、これ以上笑ったら失礼だと思って、必死で笑いをこらえた。
「鈍感にも程があるねっ…アハハ」
「確かにっ…フフフッ」
私は、笑い顔でランチをもぐもぐ食べ始めた。
祐輔も私の顔を見てニッと笑って、ラーメンを口いっぱい頬張った。
「でもさぁ、なんで木村君は自分がモテないって思ってるワケ?
現実、あんな風に女の子達に囲まれてるじゃん」
里沙の質問内容は、私も聞きたかった事…
私は目線だけ上げて、祐輔を見た。
祐輔は一瞬目を合わせて、すぐに逸らした。
「俺…何人かに告白された事があります…」
「うそっ!?ウチの部署の子!?」
里沙は目を真ん丸にして、また身を乗り出した。
私は鯖の味噌煮だけを、ただただ見つめていた。
「はい…新人の子達に」
「やっぱり、モテてるんじゃないっ」
里沙は、椅子にもたれ掛かって腕を組んだ。
「モテてるとは、思いません…」
「なんで?」
「俺、嫌いなんですよ。ああやって、グループ行動する女の子…」
「まさか、グループで告白しに来られたの?」
「それに近いですね。告白しに来たのは一人ですけど、付き添いみたいな子達が、離れたトコから見てたんですよね」
「あ~…なんか分かる。小学生みたいなヤツね」
「はい…。どうも、ああいうのが嫌いで…」
「なるほどね~…」
里沙は呆れた表情で祐輔の話を聞いている。
私は…
相変わらず、鯖の味噌煮を見つめたままだった。
「告白されて一人断ると、別の日には付き添いで見てたハズの子が、また数人引き連れて告白しに来るんですよ。
もう、うんざりで…」
「…」
里沙は、あまりにも呆れて言葉が出ないようだった。ただ、大きな溜め息をついていた。
「あんな告白の仕方、絶対本気じゃないと思いません?
誰かがOKされればラッキーみたいな…」
「確かに、その子らの本気の気持ちが見えない行動だね」
「そうなんですよ…
だから、あんなのモテるって言いませんよ」
「そう…だね。
木村君、なんかごめんっ」
祐輔は、ためらいも無く謝る里沙に驚いていた。
「なんで里沙さんが謝るんですか!?」
「いや、なんかさ…
そんな事があったのも知らずに、モテてるって軽く言っちゃって…」
「気にしてませんよ!
まぁ、本当に俺がモテてたとしても、俺はリコさん一筋ですからっ」
祐輔は、私の顔を見てニッコリ笑った。
私も、祐輔の笑顔を見て微笑んだ。
「ちょっと!!
私が居るの忘れてないっ!?」
里沙が冷めた目をしながらバンバンッと机を叩く。
「アハッ…
ごめん、里沙」
「ま、二人がラブラブなのは知ってるけどさっ。
そういえば、昨日何かあったの?」
「えっ!?」
私と祐輔は顔を見合わせて、照れ笑いを浮かべた。
昨日と言えば、いっぱいキスをした…
そんな事、里沙には恥ずかしくて言えない…
「なに二人でニヤニヤしてんの?
今朝、リコ怒ってたじゃん。弱みがどうのって…」
「あっ!!もう、いいの!忘れて?」
(そっちの話だったかっ…!)
今朝の出来事はスッカリ忘れてた…
私は何か嫌な予感がして、今朝の事をはぐらかした。
「え~、気になるじゃん。木村君、リコのどんな弱みを握ったの?」
「リコさんの弱み…?今朝…?なんだろう?」
祐輔は、ん~っと上を見ながら考えていた。
「木村君?もういいからさっ」
思い出されたら大変と、必死で祐輔を説得したけど…
無駄だったみたい…
「あぁ~!もしかして、これの事?」
何かをひらめいた祐輔が、ポケットから携帯を取り出した。
「なに、なに!?」
里沙は興味津々の様子で、目が輝いていた。
「ちょっ、やだ!!」
私は祐輔の携帯を取り上げようとしたけど、手が届かなかった。
「ジャーンッ!
見てくださいよぉ。リコさん可愛いでしょー?」
祐輔は誇らしげに、携帯の待受画面を里沙に見せた。
私は咄嗟に俯いた。
「ま…あ、確かに可愛いけど…
これが弱み…?」
里沙はキョトンとしている。
「恥ずかしいから消してって言っても、消してくれないんだもんっ」
私は祐輔を睨みつけた。
「恥ずかしい?可愛いじゃ~んっ」
祐輔はニヤニヤしながら、待受画面を見た。
「んで?この写真が弱み?」
「…恥ずかしくない?」
「なぁんだっ!つまんないのー。
こんなの普通じゃん」
里沙はシラッとした目で私を見る。
「普通…なの?」
「普通だよ!
私だって、慎ちゃんに色んな写真撮られてるし。逆に私も撮ってるしね。もちろん寝顔も」
「そうゆうものなんだ…」
今までこんな風に彼に写メを撮られた事が無かった私には、里沙の言う『普通』が理解出来なかった。
「それより…
なんでリコの寝顔を木村君が撮れたの?
しかも、リコが着てた服、部屋着だよね?リコはシャワー浴びないと着替えないはず…」
里沙の観察力には、毎回頭が下がる。一枚の写真から、瞬時に情報を得る能力は、まさに探偵並みだ…
「そ、それは!話せば長くなるけど…」
何も無かったハズなのに、何故かテンパった。
「まさか、二人っ…
もう…?」
里沙は口を手で隠して、私達をキョロキョロ見た。
「里沙が考えてる事は、してないって!!」
里沙が何を想像したかなんて、一目瞭然だった。
「『考えてる事は』っ?
って、事は…?
ギリギリまで…?」
「ギリギリでもないっ!!」
私は、もう顔が真っ赤だ。自分でも分かる。
「ふうん、キス止まりか」
「…!?」
「はい、図星。
リコ、分かりやすっ」
里沙は、私を指差して笑った。
祐輔も、私のリアクションを見て面白がっていた。
「なによ、もうっ!!!二人して人をバカにしてっ!!」
私は残りの冷めた味噌汁を一気飲みした。
そして、二人を睨みつけた。
「そんな怒らないでよ?キスなんて、恋人なら誰でもするじゃん」
「そーゆー事じゃないもん…」
「も~、リコさん怒らないで?俺の写真あげるからっ」
「いらないっ!!」
二人は、クスクス笑いながら食べ始めた。
私は食べるのを止めて、二人が食べ終わるまで、無言のままそっぽを向いていた。
――恋人同士がキスしたりすのは自然…
でも…
私は、祐輔とキスをしたり抱きしめ合ったりした事を他の誰にも言いたくなかった…
もちろん、里沙にも…
キス一つとっても、私にとっては大事な愛情表現。体の奥底から沸き上がる、祐輔への愛情を伝える為のモノ…
それを誰かに言ってしまう事で、なんだか軽いモノになってしまいそうで嫌だった。
今までの彼氏との事は、そこまで深く考えた事無かったけど、祐輔との付き合いは、私にとって本当に特別なモノになっていた。
里沙に悪気があった訳じゃないのも分かってる…
顔に出やすい自分が、本当に嫌になっただけ。
それから二人は食べ終わっても、私に話掛ける事は無かった。
結局私は、いじけたまま午後の仕事に取り掛かった。
あまりにも、どんよりしていたからだろうか。隣の席の小林さんが、声を掛けてきてくれた。
「神谷さん、大丈夫?体調悪い?」
「あ、大丈夫…ありがとう…」
「あまりにも調子悪かったら言ってね?仕事、手伝うから」
「本当に大丈夫。小林さん、ありがとう」
私は小林さんに気付かれ無いように、小さく溜め息をついた。
(あからさまに、顔や態度に出ちゃうなんて…本当に情けない…)
私は顔をペチペチ叩いて、姿勢を正して仕事に打ち込んだ。
すると、里沙から社内メールが送られてきた。
――from 田中 里沙
さっきは、ごめん…
今日、リコの家に行っていい? ――
(最近里沙、素直に謝るな…慎也さんに、きつく言われたのかな?)
やけに素直なメールに、私はフッと口元が緩んだ。
――to 田中 里沙
私の方こそ、ごめん。大人げ無かった。
一緒に帰ろう。――
メールを送信して、里沙の方を振り返ると、里沙も私の方を振り返った。
そして、顔を見合わせて笑った。
定時になって、私と里沙は帰り支度をした。
祐輔は、まだ少し残って仕事をしていくみたい。
慎也さんは、結局定時になっても戻って来なかった。
里沙は、電車の中で慎也さんにメールをしていた。
「あ~あ。結局慎ちゃんの顔見れなかった」
「何時に帰ってくるの?」
「食事に誘われたって言ってたし、遅いんじゃない?」
「慎也さんも大変だね」
「しょうがないね、一応部長だしっ」
里沙は少し寂しげな表情で笑った。
私の家に着くと、里沙はすぐに化粧を落とす。
これが、私の家に来た時の日課。
二人でソファーに座って、ビールで乾杯した。
「リコ、今日は本当にごめんね?私が面白がって、色々聞き出したから…」
「もういいよ。私がもっと大人にならなきゃいけないんだ」
「でも、あんなに怒るとは思わなくて…
リコの胸の内を聞かせて?」
里沙は何かあると、私の胸の奥深くにしまい込んでいる本音に、耳を傾けてくれる。
私は、素直に全てを打ち明けた。
全てを話し終わると、里沙はビールをグイッと飲んだ。
そして、膝を抱えて座った。
「リコ、ごめんね。
そんな風に木村君との事を大事に思ってたなんて…
それにも気付かず、傷付けちゃったよね」
「本当に里沙が悪いんじゃないよ?
私が深く考え過ぎてただけなんだし…」
しばらく沈黙が続いた。
「ねぇ、リコ?」
「ん?」
「私も慎ちゃんとキスしたりする事、軽くなんか考えてないよ?」
「里沙…」
「そりゃあ、挨拶程度でしちゃう事もあるけどさ…
でも、私もリコと同じように、愛情を伝える為のモノだと思ってるよ?」
「うん…」
「だからと言って、誰かにそれを話したら、軽いモノになっちゃうとは思わないなぁ」
「どうして?」
「ん~、うまく説明できないけど…」
里沙は、頭を抱えて小さく丸まった。
私は小さくなった里沙の背中を撫でた。
「確かに、自分から周りにペラペラ話しまくったら、軽いモノになっちゃうよね?」
「うん…」
「でも、私はリコと木村君の話聞きたいな?ちゃんと向き合ってさ」
「うん…」
「って言っても、今日は私が無理矢理吐かせちゃったんだけど…」
「フフッ、もう気にしないで?里沙、ありがとう」
私は里沙の肩にもたれ掛かった。
「でも、それだけリコが木村君を好きって事だね」
「かなりね…ヤバイかも…」
里沙はフッと笑った。
「リコと木村君のラブラブ話、私に聞かせてよ?どれだけ二人が愛し合ってるのかさ。
もちろん、私達だけの秘密ね!」
「里沙…」
――祐輔との事は、誰にも言いたく無かったけど…
本当の本当は、ふざけないで、きちんと里沙に聞いて欲しかったのかもしれない。
祐輔と過ごした、大切な時間を、面白半分で話したくなかったんだ。
体がスーッと軽くなった。
里沙は、私のノロケ話を優しい笑顔で聞いてくれた。
>> 217
一時間以上かな。
私は一人でひたすら喋った。
祐輔は、私を大事にしてくれてるんだって、ちょっと自慢げに話した。
里沙は木村君にしては、ちょっと意外だって笑っていた。
すると、私の携帯にメールが届いた。
「噂のダーリンじゃないっ?」
「かな…?」
――from 祐輔
今会社出たんだけど、リコに会いたい。
今から家に行ってもいい?――
私は、メールを見てちょっと困っていた。
「リコ?どうしたの?」
「あ、いや…祐輔が今から来たいって…」
「よかったじゃん!」
「でも、里沙夕飯は?食べてくでしょ?」
「ううん、今日はいいよ。リコのラブラブ話しでお腹いっぱい!」
里沙はニコッと笑って、帰り支度をし始めた。
「ごめんね、里沙…」
「いいから、いいから!また明日ね!」
「うん、また明日…」
里沙は、笑顔でテキパキと帰って行った。
部屋に一人になった私は、祐輔にOKとメールを返した。
祐輔の為に、腕を振るうか!
きっと、疲れてるだろうと思って唐揚げを作る事にした。
お店で売ってる粉をまぶして、揚げるだけのヤツだけど…
20時過ぎ、インターホンが鳴った。
揚げ物の途中だったから、急いで玄関を開けた。
「いらっしゃい!入って?」
祐輔にそれだけ言って、私はまた走って台所に戻った。
「お邪魔しま~す。
お、いい匂い!唐揚げだぁ~!」
「適当に座ってて?」
「うん」
と、言いながらも祐輔は私の横で、ずっと唐揚げを眺めていた。
「すぐ出来るからね!」
「ごめんね、リコ。こんな時間に来て、夕飯まで作ってもらっちゃって…」
「いいよ。さっきまで里沙が来てて、私もまだ食べてなかったからさ」
「そっか」
祐輔はソファーに座って、んーっと伸びをした。
「はーい、出来たよ~」
「美味そう!!手伝うよ」
祐輔は食器をテーブルに並べたり、コップにお茶を入れたり、準備を手伝ってくれた。
「ありがとう、祐輔。さ、召し上がれ!」
「いただきまーすっ!」
祐輔はガツガツと唐揚げを頬張り、ご飯を口に押し込んだ。むせ返りながら、味噌汁を流し込む。
やっぱり、ハムスターに見えて仕方ない…
「そんな慌てて食べなくても…」
「だって美味いんだもん!リコ料理上手だね!」
「そ、そう?」
祐輔の笑顔を見ていたら、粉をまぶして揚げただけなんて、言えなかった…
私達は、とくに会話をする事なく食べていた。たまにお互いの顔を見ながら、微笑んでいた。
すごく穏やかな空気の中、幸せを噛み締めていた。
「ご馳走でしたっ!」
「はい、お粗末様でした」
後片付けも、祐輔は手伝ってくれた。
「あ~、幸せ…」
祐輔はソファーに寝転がって、お腹を撫でていた。
「祐輔、何飲む?」
「う~ん…じゃあ、クリームソーダ!」
「わかった、ホットミルクね」
「スルーかよっ」
私はクスクス笑いながら、ホットミルクとコーヒーを入れた。
「はい、クリームソーダ」
「もう、いいよ…」
祐輔は、いじけた顔でホットミルクを飲んだ。
その顔を見てフッと笑った私は、床に座った。
「残業して疲れてるのに、うち来て大丈夫だったの?」
祐輔は、上目使いで私を見ている。
「なに?」
「お昼食べた後から、リコの様子がおかしかったから…」
「あ~…」
私は里沙に気持ちをぶつけた後だったから、そんな事は、すっかり忘れていた。
「俺が里沙さんに、リコの写真を見せたから…?」
「そんなんじゃないよ。たいした事じゃないから、気にしないで?」
「ん~…」
祐輔は、まだ納得がいかないのか、上目使いで私を見たままだ。
「ねぇ、リコ?」
「ん?」
「里沙さんだけにじゃなくて、俺にも本音をぶつけてよ?」
祐輔の表情は、なんだか寂しそうだ。
私は笑ってごまかした。
「里沙さんには、何か話したんでしょ?
俺だって、リコの理解者になりたいよ…」
小さく膝を抱えた祐輔の表情が、とても切なかった。
私はマグカップをいじりながら、里沙に話した事と同じ事を祐輔に話した。
祐輔は、相槌だけして聞いていた。
全て話した後、私は自分が情けなくて、笑ってごまかした。
「私って考えが固いのかなぁ~。フフッ、キスした事がバレただけで、あんなに不機嫌になってさ。
笑って話しちゃえばいいのにね…
ただ、あんな形で話したく無かったんだ」
俯いていると、祐輔は私を後ろから抱きしめた。
「固くなんかないよ。俺は嬉しい…」
祐輔は私の肩に顔をうずめて、ギューッと抱きしめる。
「嬉しい?なんで?」
「だって…俺との事、そんな風に大事に思ってくれてるんでしょ?
俺だったら、逆にみんなに自慢げに言い触らしたいもん」
「それは、やだ…」
「でもリコの話聞いて、俺も考え方変わった。
リコとキスしたりした事、誰にも言いたくない。大事に心に閉まっておきたい」
「祐輔…」
私は祐輔の腕をギュッと握った。
「でも里沙さんとは、なんか共有したい」
「なんでよ!?」
「里沙さんなら、なんか微笑ましく聞いてくれそう…」
「祐輔も、里沙の事がよく分かってきたね」
二人でクククッと笑った。
「里沙が面白可笑しく、からかうハズなんかないのにさ。
それなのにムッとしちゃった自分が恥ずかしいよ…」
「あれでしょ?場所とか、雰囲気の問題もあるんじゃない?」
「あ~、そうかも。
あんなに人が沢山いる所で、キスとか軽く口に出されたのが嫌だったのかも」
自分自身、よくわからなくてモヤモヤしてた部分を、祐輔が解決してくれた。
頭がスッキリした。
「祐輔、ありがとう。こんな、私でごめんね…」
「リコの全てが好きだから」
私達は見つめ合った。
祐輔は年下だけど、年上の私を甘えさせてくれる。
無理に強がらなくていいから、祐輔の側がとても居心地よかった。
見つめ合った後、祐輔はずっと私を抱きしめていた。
「祐輔?どうしたの?」
「やっぱり、俺、リコと暮らしたいな…」
「ダメって言ったでしょー?」
祐輔は、口を尖らせてソファーに戻った。
「なんでそんなにダメなの?」
「だって、まだ付き合い始めたばっかだし…」
「まぁ、それが普通の考えかっ」
祐輔は口元だけ笑って、冷めたホットミルクを飲み干した。
私は、なんだか申し訳無い気持ちになって、俯いていた。
「リコ」
「なに?」
「キスして?」
「はっ!?」
私は眉間にシワを寄せて顔を上げた。
「早くっ」
祐輔は目をつぶって、ん~っと唇を突き出した。
「なんで私が…」
すると、祐輔が私の腕を掴んでグイッと引き寄せた。
私をソファーに座らせると、祐輔は私の肩に寄り掛かった。
「俺、今日仕事で失敗しちゃってさ…
だから残業してたんだ」
「そうだったの…
お疲れ様」
私が祐輔の頭を優しく撫でていると、祐輔はその手をギュッと握った。
「お願い、リコ。
元気ちょうだい?」
おねだりするように私を見上げている祐輔が、無性に愛おしくなった。
そして、そっと唇にキスをした。
唇を離した瞬間、祐輔に両腕を掴まれて、ソファーに押し倒された。
抵抗しようにも、男性の全力の力には勝てない。
そのまま、私の唇を奪うようにキスをする。
さっきまで、甘えん坊な顔をしていた祐輔は、完全に男の顔付きになっていた。
「リコ、好きって言って?」
「好っ…んっ…!?」
言いたくても、祐輔は言わせてくれない。
いつもは可愛い祐輔だけど、たまにすごく強引で意地悪になる。
そんな祐輔に、私は完全に心奪われていた。
祐輔は私にキスする以外、本当に何もしない。
私の髪を撫でたり、額や頬っぺ、目に口づけをするだけ。
私の体には触れない。
触れても、抱きしめるぐらい。
私は少し、もどかしい気持ちになる。
なんだか、逆に焦らされてるような…
だけど、すごく幸せだった。大切にされてる自信が持てた。
祐輔は長く激しいキスをし終わると、私を抱き起こしてくれた。
私はソファーに座ってるのがやっとだった。
体に力が入らない。
私の頬っぺにチュッとキスをして、祐輔はベランダにタバコを吸いに行った。
祐輔がタバコを吸ってる姿をボーッと見ながら、私は、パタンッとソファーに倒れ込んだ。
祐輔に酔ったのだろうか。なんだかウトウトしてきた…
「リコ、眠いの?俺、帰るね」
「えっ!?」
私は眠気も吹っ飛んで、ガバッと起き上がった。
「もう…帰るの?」
意外な言葉が私の口から出た。
祐輔を引き止めるような発言をして、自分でもビックリしてる。
なのに、祐輔は黙々と帰り支度をする。
「じゃあ、リコ。また明日ね」
「え?え?あ、うん…」
「バイビ~」
「いや、だから、バイビ~って今時…」
バタンッ――
呆気なく、祐輔は玄関から出て行ってしまった。
私のツッコミも最後まで聞かずに…
私はソファーの上で、固まったままだった。
「ちょっと、何コレ…
呆気なさ過ぎじゃない…?」
どうしてあんなにサッサと帰ってしまったのか…
祐輔の行動と気持ちが読めない…
とりあえず、シャワーでも浴びようと立ち上がると、携帯が鳴った。
(電話…祐輔…?)
「もしもし…?」
『俺…ダメだ…』
「どうしたの?急に。なにがダメなの…?」
『俺、リコと一緒に居るの、ツライ…』
「えっ…どうゆう意味?」
頭が真っ白になる。
――私と居るのが辛いって…
別れを予感させる祐輔の言葉に、心臓がバクバクしだす。
不安の波が押し寄せてくる…
「ゆ…すけ…?」
泣きそうで声が震える。
『俺…リコを本当に食べちゃいたくなるんだ…』
「はいっ!?」
また訳の分からない祐輔の言動…
『可愛いモノを見ると、「食べちゃいたいぐらい可愛い」って言うでしょ?』
「…で?」
『だからさ、リコと一緒に居ると、可愛いくてマジで食べたくなるんだよね。
あ、変な意味じゃなくて、食事感覚の意味ね?』
「だから?」
私は、半分キレ気味だった。
『もぅっ、分からない?それぐらいリコがカワイくて、俺を惚れさせてんのっ』
「だから何!?」
『だからぁ、リコと一緒に居ると、俺が俺じゃ無くなるの!!
キスした後、ヤケに色っぽいし…
さっきだって、軽く引き止めるし…
ダメでしょー?俺の決心を揺るがしちゃっ』
何故私が怒られてるのか…
でも、一人で悶えてる祐輔も可愛いとか思っちゃう私も、相当惚れてるんだな。
顔はニヤけちゃってるけど、ちょっと言葉だけ冷たくしてみた。
「そんなの知らないよ。祐輔が勝手に誓い立てて、勝手に我慢してんじゃないっ」
『うわぁ~んっ』
「勝手に泣いてれば?呆気なく私を置いてった罰よっ」
『リコのバカっ!!』
(プッ…子供か…?)
「祐輔?」
『ふんっ、何?』
「大好きだよっ」
『…』
「祐輔…?」
『おれもっ、リコがっ、だぁいすきだああああああああ』
耳がキーンッとする程の大声で、祐輔が電話の向こうで叫んでいる。
「ちょっ、今どこなの!?」
『え?リコん家の近くの駅まで来た』
「恥ずかしいから止めなよ!周りに迷惑でしょ!?」
『なら今度デートした時、リコからいっぱいチュウしてくれる?』
「なっ…」
『嫌なら、次はフルネームで叫ぶ』
「それだけはっ…
もうっ、すればいいんでしょ!?わかったわよ!!」
私は、もうヤケクソだった。
『今の、録音したからね?』
「ええっ!?」
『おやちゅみ~』
「おやちゅみって、ちょっとアンタ…」
プーップーップーッ…
グアーッと、私は頭を掻きむしった。
――その夜
寝る支度を終えた私は、ベッドの中で、『祐輔』という人間について考えた。
カッコよくて、
カワイくて、
優しくて、
頼りがいがあって、
強引で、
意地悪で、
訳の分からない思考回路してて、
私の心を時々振り回す。
まだ、あるのかもしれないけど…
祐輔の全てが好き。
こんなに人を好きになった事が、あるのだろうか。
(一緒に暮らしたいけど、やっぱりまだ早いよね…
会社の人達にも、まだ言って無いんだし。祐輔も、まだ誰にも話してる気配が無いもんな…)
会社の人達には言い出しにくいけど、他の女の子達に祐輔を取られたく無い。
いい歳して、独占欲湧いちゃってる…
もう、年下の君に夢中だよ…
祐輔の事しか考えずに、私は眠りについた。
――8月
季節も変わり、暑い夏の真っ只中。
私と祐輔の関係は、相変わらず社内では秘密。里沙と慎也さんしか知らない。
何度も祐輔には、隠す必要無いのにって言われたけど…
他の女の子達の目を気にしていた私は、公表する勇気が無かった。
祐輔も、渋々了解してくれた。
もちろん里沙と慎也さんも、私達が秘密にしてる以上は、誰にも言わないと言ってくれた。
だけど会社に居る時は、私と祐輔と里沙の3人で居る事が多かった。お昼を食べたり、休憩しながら3人でお茶したり…たまに慎也さんも加わった。
周りからは、少し怪しげな目で見られていたけど、とくに何を聞かれる事も無かった。
休日は祐輔とデートをしたり、私の家に祐輔が来たり、里沙と慎也さんも一緒に4人で出掛ける事もある。
もちろん、私と祐輔の関係は良好。
喧嘩をするネタも無く、言い合うとしても、くだらない内容ばかりだ。
祐輔と同じ時間を共有する程、どんどん好きになっていった。
『好き』という気持ちには、限界は無いようだ。
それから…
まだ祐輔と私は、一線を越える事は無かった。
祐輔が、いっその事、一緒に暮らすまで手を出さないと言い出したから。
しつこいぐらいに、一緒に暮らしたがる祐輔。
何故、祐輔がそこまで同棲にこだわっているのかは、私には分からなかった。
今月は、お盆休みがある。
祐輔と付き合ってから、初めての大型連休。
私は、今までに無いぐらいワクワクしていた。
「ねぇ、リコ?
今年の連休の予定は?」
社員食堂のランチを運びながら、里沙が私に問い掛ける。
「別に、予定という予定は立てて無いんだけどね…」
『初めて木村君と過ごすのに?』
里沙は、周りに聞こえ無いように言う。
「だって、先月まで連休の事なんか忘れてたんだもん」
「まぁ~、それだけ彼との普段の生活が充実してんだね~」
里沙は背伸びしながら、遠くをキョロキョロ見ている。
「あ、いた!リコ、あそこ!」
里沙の視線の先には、祐輔と慎也さん。先に注文して、席を取っておいてくれていた。
席に着いて、みんな揃って食べ始めた。
「里沙は、予定決めてあるの?」
私は今日のランチのカレーを掻き混ぜながら、里沙を見た。
「私と慎ちゃんは、毎年近場の海に行ってるんだ。
ね~、慎ちゃんっ?」
里沙がニコッと慎也さんに話しを振った。
「あぁ。俺の親戚が旅館を経営してんだ。だから毎年そこに安く泊まって、近くの海に入ってるんだよ」
「海かぁ、いいっすね~」
祐輔が、カレーのスプーンをくわえたまま、遠くを見ながらうっとりしている。
「ねぇ、慎ちゃん!
リコ達も、そこに泊まれないかな!?」
「え、いいよ!いいよ!せっかく、二人で行くのに邪魔でしょ?」
里沙の唐突な提案に、私は首をブンブン振って遠慮した。
「行きたい!俺、行きたいっす!」
「ちょっと、祐…
木村君!?」
祐輔は目を輝かせながら、慎也さんを見つめていた。
「あ~、後で電話して聞いてみてもいいけど、神谷は大丈夫か?」
「え、えっと…」
なんだか申し訳なくて、なかなか答えが出せない。
「みんなで行ったら楽しいって!ねっ、リコ達も行こうよぉ」
「リコさん、行きましょ~よ~」
里沙と祐輔が身を乗り出して、私を説得する。
「あ、じゃあ…里田部長達がご迷惑で無いのなら…お願いします」
「迷惑なワケないだろ?分かった、連絡してみるよ。最悪、俺達と相部屋でもいいしな」
「やったぁぁぁ!!」
里沙と祐輔は、スプーンを振り上げて喜んでいた。
その光景がなんだか微笑ましくて、私も素直に楽しみな気持ちが膨らんできた。
『今日、会社帰りに水着買ってこ?木村君好みのヤツ』
『う、うん…』
祐輔と慎也さんに聞こえ無いように、里沙と約束をした。
「神谷っ」
昼休み明け、給湯室でお茶を入れていると、慎也さんが声を掛けてきた。
「なんだ、神谷がお茶入れてんのか?
先輩なんだし、新人にやらせればいいのに」
「若い子達には教えてるんですけどね…たまに忘れちゃうみたいで」
「そっか…神谷も忙しいのに、ありがとな」
「いえ、私に何か用ですか?」
「そうそう。さっきの旅館なんだけど、ちょうどキャンセルがあったみたいでな。部屋、とれたぞっ」
慎也さんは、ピースしながら笑った。
「なんか、すみません…無理言っちゃったみたいで…」
「何謝ってんだよ。素直に喜べっ」
「はい、ありがとうございますっ」
私が笑顔で返すと、慎也さんは自分の分のお茶を持って、給湯室を出て行った。
(祐輔と旅行…
よっしゃあああっ!)
私は給湯室で一人、小さくガッツポーズをした。
お茶を配り終わって席に着き、パソコンの隙間から祐輔を見た。
私の視線に気付いた祐輔に、私は周りに気付かれないようにピースをした。
一瞬祐輔は意味が分からない様子だったけど、すぐに旅館の事だと気付き、満面の笑みでピースを返した。
お盆休みまで、あと2日。
仕事をしながらも、もう私の頭の中は海の事でいっぱいだった。
胸を踊らせながら仕事をしていると、時間が経つのが早い。
もう定時の時間だ。
里沙と早々に帰り支度をして、祐輔と目で挨拶を交わし、そそくさと会社を後にする。
『orange』の駅の近くにある、ショッピングモールに向かった。
「リコ~、これは?」
水着売り場の遠くの方から、里沙が何着か持って走ってきた。
「ちょっと、里沙!
なんか全部きわどくないっ!?」
「え~、そう?」
里沙は口を尖らせて、自分が選んだ水着を眺める。
里沙が選んだ物は、『胸の部分は、絆創膏で代わりがきくんじゃないか』と思える程きわどいデザインのビキニ…
「一応聞くけど、それは誰が着るの…?」
「リコに決まってんじゃん」
「却下っ!!!」
里沙はブツブツ言いながら、不満げに水着を返しに行った。
(あ、コレ可愛いっ)
私がパッと見て気に入ったのは、花柄のビキニ。
(ビキニなんか初めてだけど…挑戦してみようかな…)
私が商品とにらめっこしてたら、里沙が後ろからヒョイッと取り上げた。
「うんっ、リコにしては上出来っ」
「そうっ?」
「可愛いじゃん。しかもビキニなんて、珍しいね」
私は、ちょっと照れて下を向いた。
そんな私を見た里沙は、ニコッと笑った。
「木村君、喜ぶよっ」
「うん…」
買い物を終えて、ショッピングモール内にあるパスタ屋で、里沙と夕飯を食べた。
「そういえば、里沙。日にちとか聞いてなかったんだけど?」
「あ、そういうばそうだね。休み入った初日から、2泊3日だよっ」
「えっ!?もう、明後日じゃーん」
「慎ちゃんが乗せてってくれるから、また詳しい事は明日教えるね!」
「分かった。祐輔にも言っておくね」
「楽しみだね~」
「ね~」
その日は、里沙と海に行ってからの話題で盛り上がった。
ちなみに…
里沙が買った水着は、フリフリのピンクのビキニ。
人には、きわどいのを選んでおいて、自分はちゃっかり無難なのを買っていた…
帰宅後。
シャワーを浴びた後、コーヒーを飲みながら祐輔に電話をした。
『もっしも~し』
祐輔の声を聞くと、一日の仕事の疲れが全部飛んでいく。
「祐輔?今いい?」
『うん、リコからの電話待ってたんだよ』
「ごめんね、さっき帰って来たんだ」
『里沙さんと、ドコ行ってたの?』
「秘密~」
『気になるなぁ』
「フフッ…あ、そうそう!出発の日は明後日だって。2泊3日だけど、大丈夫?」
『おおっ!もう、すぐじゃん!全然OKだよ~』
「楽しみだねっ」
『うん、リコの水着姿がっ』
「おやすみ~」
『あ~、待って待って!冗談だってば!』
こんな風に、祐輔と話してる時間が至福の時。
会社帰りに会わなかった日は、毎回電話してる。
それから私達は、たわいのない話しをして、電話を切った。
翌日。
ハッキリ言って私達3人は、浮かれていた。仕事しながらも、ソワソワしていた。慎也さんだけが、いつもと変わらずにテキパキ仕事をこなしていた。
あっという間に定時になり、慎也さんが、部署内の社員を集めた。
連休に入る前の挨拶をする為だ。
「皆、お疲れ様。明日から連休だ。
俺から言う事は一つ。連休明けは、全員一人も欠ける事なく出社する事!!
以上!お疲れさんっ」
短い挨拶だけど、慎也さんの想いは、皆に充分過ぎる程伝わった。
今日は明日に備えて、会社からそのまま家に帰った。
夕飯はインスタントラーメンで済ませて、シャワーを浴びて、急いで荷造りをした。
新しく買った水着も忘れずに入れて…
祐輔の反応を想像しながら、ニヤニヤしていた。
明日は7時に家を出る為、22時前には布団に入った。
そして祐輔に、おやすみメールをして眠りについた。
翌朝、8時。
集合場所である慎也さん家のマンションの下に、私と祐輔は居た。
「俺、今朝目覚まし鳴る前に起きたんだ」
「私も~。修学旅行とか思い出すね」
「修学旅行よりも楽しみだったかもっ」
私と祐輔は、ニコニコが止まらない。
こんなにもテンションが上がっているのは、初めてかも。
「おはよー!」
「待たせたな」
昨日から慎也さんの家に泊まっていた里沙と、慎也さんがマンションから出て来た。
「宜しくお願いしまーすっ」
私と祐輔は、ペコッと頭を下げた。
「よし、じゃあ行くか!」
慎也さんの車は、3列シートのワゴン車。一番後ろのシートを折り畳んで、全員分の荷物を詰め込む。
里沙が助手席に、私と祐輔が後部座席に乗り込み、いよいよ出発!!
突き刺さる程の陽射しが降り注ぐ中、車は高速道路の入口を通過した。
さすが連休初日。
高速道路に入ると、交通量の多さに驚いた。
「初日だし、渋滞は仕方無いな」
慎也さんの、ちょっと嫌そうな顔がルームミラーに映った。
「俺、目的地に着くまでの過程って好きだなぁ。
渋滞も、いい思い出ですよねー」
そう言いながら祐輔は、スナック菓子の袋をバリッと破いた。
「臭っ!ちょっと木村君、何そのお菓子!?」
「え?ニンニクチップスですけど」
「うわっ!最悪!慎ちゃん臭いよー」
「木村っ!!その菓子しまえっ!!車に匂いがつく!!」
「そんなぁ~」
とても賑やかな車内の空気に、私も心踊らせて、持参したお菓子の封を開けた。
「臭っ!?木村、お前またっ…」
「違いますよぉ。リコですよー」
えっ!?という顔で、慎也さんはルームミラー越しに、一瞬私に視線を送った。
「リコ、もしかしてこの匂い…酢こんぶ…?」
里沙が、恐る恐る私を覗き込んできた。
「あ、うん…」
「アハハハッ!リコおばちゃん臭いー」
「お、おばちゃんっ!?」
里沙が車内に響き渡る程の大声で笑いだした。
(おばちゃん臭いって…ヒドイっ)
私は、旅行といえば酢こんぶ。子供の頃からの定番だった。
酢こんぶを握りしめて俯いていると、祐輔が私の手をギュッと握った。
すがるように祐輔を見ると、ニッコリ笑ってくれた。
「例え、リコがおばちゃんでも…
俺の愛は、変わらないよ」
「おばちゃんって言うなぁーっ!!」
私は、思い切り祐輔に酢こんぶを叩きつけた。
「うわっ、木村くせーっ!!降りろっ」
「木村君、最低ーっ」
「祐輔のバカーっ」
「なんで俺が、こんな目にぃ~」
渋滞に巻き込まれても、私達は終始楽しく(?)、車内での一時を過ごした。
8時30分に慎也さん家のマンションを出発して、もう14時を回っていた。
途中、何度かサービスエリアで休憩したり、昼食を食べたりして、ゆっくりと走った。
騒ぎ過ぎて疲れたのだろうか、里沙と祐輔は眠ってしまった。
「神谷、お前も寝てていいぞ?って言っても、もう着くけどな」
「私は大丈夫です。あ、コーヒー飲みますか?」
「お、サンキュー」
10分後、車はゆっくりと高速道路を降りた。
町を抜けると、旅館やホテルなどの宿泊施設が立ち並んでいた。
そして、真っ青でキラキラ輝く海も見えてきた。
「わぁ~…里沙!祐輔!海だよっ、海!」
私は急いで二人を起こした。
「ん~…?
あっ海だ!キャーッ早く泳ぎたい!木村君も起きて!!」
「ん、ん~…あっ!
やったー!!ビキニがたくさんー!!って…あれ?みなさん…?」
車内の冷たい視線は、全て祐輔に向けられていた。
(なんだかんだ言って、やっぱり他の女の子に目移りするんじゃないっ)
私は、祐輔がビーチに居る女の子達のビキニに反応した事が、面白くなかった。
「先に旅館に荷物置いてから、海に行こう」
「はーい」
ビーチから車で10分程走って、私達の泊まる旅館に着いた。
「慎ちゃん、お疲れ様~」
里沙が慎也さんの頬っぺにキスをした。
「ねぇ、リコっ!俺にも~」
祐輔は、自分の頬っぺを指でツンツンしながら、私に顔を突き出してきた。
「ビキニの女の子達にしてもらえばぁ?」
私は祐輔を睨み付けて、車を降りた。
「違うんだってぇ、さっきのはノリで…」
「あっそ」
私は祐輔を置いて、慎也さんと里沙と、自分の荷物を旅館に運んだ。
3階建ての旅館の建物自体は、とても綺麗だ。代々受け継がれてきた、長い歴史のある旅館だけど、3年前に思い切って改築したらしい。
この旅館の女将さんは、慎也さんの叔母さん。とても気さくで、明るい人だった。
私と祐輔は2階の部屋に案内された。
里沙と慎也さんは、3階の毎年決まった部屋に泊まるらしい。
私は部屋に入っても、祐輔と口をきかなかった。
いつまでもムスッとしている私を祐輔が後ろから抱きしめた。
「離してっ」
「やだ」
「やだじゃなくって…」
私は涙がこぼれた。
せっかく祐輔と旅行に来ているのに、くだらないヤキモチで、ムスッとしていた自分が嫌になったから。
「リコ…ごめんね…」
「ううん、謝るのは私の方…」
「リコを怒らせた俺が悪いのっ」
「祐輔…」
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