―桃色―
世の中の男性が、全て同じだとは思って無い。
「私の付き合う人達」が特別だって、分かってる。
でも…
昔からことごとく浮気されて、今の彼に限って私は4番目の女…
そりゃ、男を信じられなくなるでしょ。
ただ、甘い恋がしたいだけなのに…
「おめでとう」の言葉も、プレゼントも無いまま、彼の腕の中で30歳の誕生日を迎えた―
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木村君は何も言わずに私の手を引きながら、少し早足で歩き続けた。
(一体どこに連れて行かれるんだろぅ…)
不安な気持ちのまま、私は少し小走りになりながら着いて行った。
駅を通り過ぎ、少し人気の無い道に入った。そのまましばらく歩いて行くと、ネオン街に出た。
「ちょ、ちょっと!ここっ…?」
私の問い掛けにも何も答えず、木村君は黙って歩き続けた。
キラキラ光る電気で装飾された看板や、お店が立ち並んでいる。夜じゃないみたいに明るい。少し眩しいぐらいだ。
周りを見渡すと、綺麗なお姉さんがおじさんと腕を組んで歩いていたり、イケメンと呼ばれる男性が女性に声を掛けたりしていた。
(こうゆうトコ、初めて来た…でも、なんで木村君はこんなトコに私を…?)
私は不安になりながらも、キョロキョロと物珍しく辺りを見渡しながら歩いた。
「ここです」
木村君は、一軒の店の前で立ち止まった。
「えっ!?ここって…!?」
そこは、見るからに高級そうなホストクラブだった。
「行きましょう」
「えっ、うそ!待って…!」
私は少し抵抗したけど、木村君に強く手を引っ張られながら、店の中に連れて行かれた。
店内はとても明るくて、『ゴージャス』って言葉がピッタリな内装。シャンデリアがあちこちにあって、どこかの国のお城の中みたいだ。
客席では、お洒落な男性が女性を接客している。チャラチャラした感じでは無く、大人な雰囲気。
木村君は客席を見渡して、誰かを探しているようだった。
そしてその誰かを見つけたのか、私の手を引きながら、視線の先へ真っ直ぐと歩きだす。
木村君が立ち止まった席には、ミキとユカが座っていた。
木村君は私の手をギュッと握りしめたまま、
「ミキさん、ユカさん。失礼します」
と声を掛けた。
二人は数人のホスト達に囲まれて、お酒を飲んでいた。
ミキが木村君に気付いて振り向くと、少し表情が曇った。
「なぁ~にぃ?今頃ぉ。私達を置いてドコ行ってたのよぉ」
ミキは不満そうに、木村君を睨んだ。
「すみません」
木村君は、ただ頭を下げて謝っていた。
すると、ユカが私達の握られた手に気付いた。
「ねぇ、ミキ。もしかして…」
ユカがミキに耳打ちすると、ミキが私達の手元に視線を落とした。
「あ~、なるほどねぇ…」
ミキは何か悟ったように、ニヤリと笑う。
私は、不安気に木村君の顔を見た。でも、木村君の視線は目の前の二人に向けられたままだった。
「その人がユースケの1番?」
ミキはソファーにもたれ掛かり、足を組んだ。
(1番?どうゆう事?)
私はワケがわからず、ミキと木村君の顔を交互に見た。
「はい。俺が1番好きな女性です」
木村君がそう言うと、ミキはタバコを口にくわえた。すかさず、隣のホストがそのタバコに火を着けた。
そして、フフッと笑いながら煙を吐いた。
「ユースケ、その子の名前は?」
「リコさんです」
「そう、リコちゃんって言うの」
ミキが私を『ちゃん』付けにして呼ぶのに違和感を感じて、二人の顔をよく見てみた。
(あ…れ?二人共、私より年上…?)
さっき外で見た時はゴタゴタしてて気付かなかったけど、明らかに二人は私より年上。30代後半ぐらい…?
ミキさんはタバコをフゥーっと吐いて、私を見た。
「リコちゃん。私とユカは、ユースケの客なのよ。ユカは最近ここに通い始めたんだけど、私はユースケがこの店に入ってきた時から、ずっと指名してきたの」
私はミキさんの目が見れずに、ずっと下を向いたまま話を聞いた。
「でもね、ユースケったら酷いのよ?」
そう言うと、ミキさんとユカさんは顔を見合わせて、クスッと笑った。
ミキさんはタバコの火を消しながら、また話始めた。
「ユースケに『私の事、何番目に好き?』って聞くと、『2番目です』って即答するの」
「私の時もっ」
そう言って、ユカさんはミキさんに寄り掛かった。
「ホストって、たくさんの女性客がついてるでしょ?だから、私は指名したホストを独占したくって。
毎回指名をしたホストに、『私は何番目に好き?』って聞くの。でも、みんな『あなたが1番です』って言うんだけどね。顧客を離さない為に、お店側に言わされてるんだろうけど」
ミキさんはクスクス笑いながら話し続ける。
「なのに、ユースケに聞くと『2番目です』って。『なら、1番は誰?』って聞くと、『僕が心から愛する人です。嘘でも、ミキさんが1番だなんて言えません』なんて言うのよぉ。酷いでしょぉ?こっちは高いお金払ってんのにぃ」
そう言いながら、ミキさんは隣のホストに寄り掛かった。
「ミキに、面白いからユースケに同じ事聞いてみたら?って言われたから、聞いてみたの。そしたら私も同じ答えだったぁ。そこがまた、ユースケの魅力なんだけどねぇ」
ミキさんとユカさんだけじゃなく、周りのホストの人達も一緒になって笑っていた。
木村君は、下を向いて少し照れながら話を聞いていた。
「リコちゃん、安心して?今日はユースケとご飯食べて、一緒にここへ来る予定だったの。私とユースケの間に、ホストと客以上の関係は無いの」
ミキさんは、優しい表情で話してくれた。
私はミキさんの話を一通り聞いて、今まで気になっていた事への不安が一気に解消された。
もう、涙は出ない。
私は木村君と繋いでいる手をギュッと握った。そして、二人で顔を見合わせた。
「ユースケ?」
「はい」
「私達みたいな客と、大切な人を一緒にしてはいけないわ。客に対しての『好き』と、彼女に対しての『好き』は、全く違うでしょ?リコちゃんが『1番』、私達が『2番』って、リコちゃんに失礼だと思わない?」
「はい、すみません…」
「あなたみたいに割り切って仕事が出来ないホストは要らないわ。もう、あなたに用は無い。さっさと二人で、ここから居なくなってちょうだい?今、お楽しみの最中なんだから」
そう言って、ミキさんは私にウインクをした。ユカさんは、優しい顔をしていた。
木村君は申し訳なさそうな表情で二人を見ていた。
「ミキさん、ユカさん。すみませんでした」
「もー、いいからっ。早く行ってちょうだい」
「ありがとうございました。失礼します」
木村君は深々とお辞儀をした。
そして、私達は店の出口に向かった。
すると、一人の男性が出口付近の壁に寄り掛かって立っていた。
「オーナー…」
木村君は、また申し訳なさそうな顔をしている。
「オーナー、俺…」
「ったく…
お客様の酒の席を邪魔した揚げ句、気まで使わせやがって」
オーナーは呆れた顔で木村君を見ていた。
「すみません…」
「祐輔、お前クビな。お前にホストは向いてないわ」
「はい、すみませんでした…」
木村君は俯いた。
すると、オーナーは木村君の肩をポンッと叩き優しい声で囁いた。
「これからは、彼女だけを大事にしろよ?」
またポンポンッと木村君の肩を叩いて、オーナーは客席に向かって歩いて行った。
「お世話になりましたっ!!」
木村君は、オーナーに向かって深々とお辞儀をした。
オーナーは振り返らずに、後ろ向きで手を振った。
「リコさん、帰ろう」
「うん…」
私達は手を繋いだまま、店を後にした。
私達は何も話す事無く来た道を戻り、さっきの公園まで歩いた。
私の中に一つだけ、大きな疑問を残したまま―――
木村君は私をベンチで待たせて、自販機で飲み物を買ってきてくれた。
木村君も隣に座って、私の分の缶を開けて差し出した。
「ありがとう…」
私はコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
「リコさん、なんか…すみませんでした…」
「ううん、でも…」
「でも?」
「木村君に対する誤解は解けたけど…そもそも、なんでホストクラブなんかでバイトしてたの?」
そう、これだけが私の中で大きな疑問となって残っていた。
「それは…話すと長くなりますが…」
「この際だから、全部話してよ。うちの会社って、他の会社より初任給もいい方でしょ?どうしてバイトなんか?
しかもホストなんて…」
木村君はグイッとコーヒーを一口飲んで、ゆっくり話始めた。
「リコさん、1から全部話しますけど…怒りません?」
「もう、勿体振らないでっ!」
眉間にシワを寄せた私の顔を見て、木村君は小さく頷いた。
「俺、随分前から、佐橋さんがリコさんと本気で付き合って無かったのを知ってたんですよ」
「えっ…どうゆう事…?」
困惑する私の顔を見た木村君は、下を向いて話を続けた。
「2年前の今ぐらいの時期に、佐橋さん本人から聞きました」
「木村君は、トモヤと知り合いだったの!?」
「いえ、同期のヤツと喫煙ルームでタバコ吸ってたら、佐橋さんが話してるのを偶然聞きました…」
「そう…」
木村君は、その時の状況を詳しく話してくれた――――
※※※※※※※※※※※※※※
――あの日、俺は昼休みに同期の中山と二人で、喫煙ルームに行きました。――
喫煙ルームには、佐橋さんと営業部の人達数人が居た。
その時はまだ、俺は佐橋さんの名前は知ってたけど、顔は知らなかった。
「おい、トモヤ。そういえばお前、開発部の神谷さんだっけ?付き合ってんだろ?」
佐橋さんの同僚が、話し出した。
「え?まじ?お前ら付き合ってたの!?」
周りの人達は、佐橋さんとリコさんが付き合ってるのを知らなかったようだ。
「付き合ってる程のもんじゃねーよ」
佐橋さんは、苦笑いしながら答えた。
「は~?どうゆう意味だよ」
周りの人達は顔を見合わせていた。
佐橋さんは、タバコをふかしながら、
「本気じゃねーって事」
と、少し面倒臭そうに言った。
※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※
「本気じゃねーって、結構付き合い長いんだろ?」
「5年ぐらいかな~」
「そんなに付き合ってて、本気じゃないって。なら、なんで付き合ってんの?」
周りは、佐橋さんの言ってる事が理解出来ない様子だ。
「体の相性がいいからぁ。それだけぇ」
佐橋さんは、ふざけた言い方で答えた。
「はぁ~!?うわっ、お前ひどくねー?」
「神谷さんは知ってんのかよ?」
みんな口々に佐橋さんを責め立てた。
「リツコが知る訳ねーじゃん。俺、リツコに一度も好きだって言った事ないし。歓迎会の時、ちょっと顔が好みだったから声かけただけ~」
「鬼だな。いつか地獄に堕ちるぞ」
悪びれた様子も無い佐橋さんに、周りは呆れていた。
「でも、トモヤ。そんなんで、誕生日とかクリスマスとかのイベントはどうしてんの?」
「だよな、プレゼントとか一切無しだったら不信に思われない?」
※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※
「俺、イベントはマメだもん。一応プレゼントとかケーキは用意してるし。でもさぁ、それが4人分ってなると金がキツイんだよなー」
「え?お前、4人分ってなんだよ?」
サラリと言った佐橋さんの一言に、周りは首を傾げた。
「え、リツコの他に3人女が居るって事じゃん」
佐橋さんは、何がおかしいの?って顔で答えた。
「はぁーっ!?お前、どこまで最低なんだよ!」
一人が声を荒らげた。
「いや、リツコは知ってるよ?それでもいいって言われたし」
「神谷さん、こんなヤツのどこがいいんだか…なんか、神谷さんもおかしい気がするけど…」
周りは、あまりリコさんを同情する感じでは無かった。
「まぁ、もうすぐリツコも30歳だし。そろそろ潮時かな~」
「早く別れてやれよ」
「考えとく~」
佐橋さんは笑いながら、喫煙ルームを出て行った。残された人達は、呆れ顔で喫煙ルームを後にした。
※※※※※※※※※※※※※※
木村君は、怖い顔をして缶をギュッと握りしめた。
「俺、許せなくてっ…本当は佐橋さんをぶん殴って、リコさんにも教えてあげたかったっ…でも、中山には聞かなかった事にした方がいいって言われました。俺達が出る幕じゃないって…」
悔しそうに俯く木村君の横で、私はボーッと遠くを見ていた。終わった事だけど、やっぱりショックだった。
でも、不思議と涙は出なかった。
それよりも、他の人がトモヤが本気じゃない事を知っていて、自分は何も知らなかった事に呆れた。
「でも、どうして木村君がそこで、トモヤを殴りたいと思ったの?私に対する同情?」
「同情なんかじゃないですよ…」
木村君は少し顔を上げて呟いた。
「一目惚れだったんです…」
木村君は、照れた様子で目線だけ下に向けた。
「俺が入社して今の部署に配属された日、リコさんは新人の女の子達にお茶の入れ方を教えてあげてましたよね?」
「え、覚えてないや」
「リコさんは給湯室で教えてたんですよ。今は席替えしたけど、最初俺の席は給湯室の横だったんです。だから、中の様子が見えてて」
「そうだったんだ」
すると、木村君はクスッと思い出し笑いをした。
「なに?どうしたの?」
「あ、ごめんなさい…クククッ」
「私、その時何かしてたの!?」
「何かしてたって言うか…」
木村君は深呼吸をして、また話し始めた。
「リコさんは、やかんを火にかけて、何がドコに置いてあるのか説明しながら準備してたんです。それで、みんなのコップが閉まってある戸棚を開けたんですね」
「それが何かおかしいの?」
「おかしかったのは、その後ですよ。戸棚を開けたら、コップが一つも無かったんです。もぅ、リコさんは大騒ぎ!コップが無い無いって言いながら給湯室にある、ありとあらゆる扉を開けて探してました」
「あ!!もしかして…」
「思い出しました?」
「…」
私は自分の失態を思い出して、恥ずかしくなって俯いた。
「結局あの日、女の子達に教えてた時には、リコさん自身が朝一で全員分のお茶を入れて配った後だったんですよね?」
「…」
「大騒ぎしながらリコさんが給湯室から出て来たら、もうみんなの机には熱々のお茶が並んでるんですもん。それに気付いたリコさん、顔を真っ赤にして謝ってましたね」
「そんなんで、一目惚れ…?」
「真っ赤な顔したリコさんが、もうめちゃくちゃ可愛いくて!一瞬で心奪われました!全然先輩気取りもしてなかったですしね。でも、周りの先輩とかにリコさんには彼氏が居るって聞いてたから、片思いでしたね」
「そ、それで、トモヤの話と一目惚れの話が、ホストのバイトとどう繋がるのっ」
私は照れ隠しで、ちょっとキツめに問い詰めた。
「まだまだ、バイトの話までは長くなりますよ」
木村君は残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「俺、ちょっと事情があって、給料の半分を家に入れてるんです」
「そうだったの!?」
「はい、だから俺、あまり金が無いんですよ」
木村君はハハハッと笑って見せた。
「リコさんが最近まで身につけてたアクセサリーって、全部佐橋さんからのプレゼントだったんですよね?貰う度に、里沙さんに嬉しそうに話してたの聞いてました」
「うん…」
私はトモヤから貰った物は、いつも身に付けていた。会社にも…
でも、別れた日に全部捨てた…
私は少しトモヤの事を思い出して、手元の缶を見つめていた。
「さっきも言ったけど、アクセサリーとかプレゼントできるだけの金が俺には無いから…やっぱり、男は多少は金持ってた方がいいのかなって。だから、ホストなら少しは稼げるかもって思って。土日だけバイト始めたんです。一年ぐらい前からかな~?」
「ちょっと待って!?なんかおかしくない!?」
私は木村君の話に疑問を抱いて、思わず立ち上がった。
「え?何がですか?」
木村君はキョトンとしている。
「だって…一年前なんて私っ、まだトモヤと付き合ってたじゃない!?」
「はい、それが何か?」
声を張り上げる私を木村君は不思議そうに見ていた。
「だからっ…他の男の人と付き合ってる私の為に、バイト始めたって事でしょ!?」
「そうですけど?」
「それがおかしいって言ってんの!まだその時は、トモヤと別れるつもりも無かったし、それにっ…別れたとしても、私が木村君を好きになる保証がドコにも無いじゃない!」
「うーん…」
私が問い詰めると、木村君は顔を上げて何か考えていた。
「佐橋さんが喫煙ルームで言った、『リツコももうすぐ30歳だし、潮時かな』って言葉がずっと気になってたんですよね。もしかしたら、30歳を境に別れるつもりなのかなって」
木村君は、淡々と話出した。
「それに、俺、なんか変な自信があったのかも。絶対リコさんを振り向かせるって。彼氏がいるからって、諦めるつもりも無かったですし。だから少し金貯めて、絶対告白しようと思ってたんです」
木村君の言葉に、私はア然としていた。
(なに、この子…言ってる事がメチャクチャじゃない。
でも…不思議と嬉しい気がする。そこまで私を想っててくれてたんだなって…)
木村君は両手を広げて、ベンチに寄り掛かった。
「あ~、でもなぁ。結果的に、俺が暴走したせいで変な誤解招いちゃったし…会社の人達にも見られてたなんてなぁ…
ホント、俺ってバカだなぁ~」
「大馬鹿だよ」
そう言うと、木村君はプクッと頬っぺたを膨らました。
「バイトもクビになったし…まぁ、もともと新人の俺には、あまり客がついて無かったから、給料も低かったしね。多少貯金は出来たけど…」
私は静かに木村君の横に座った。
「でも、私が木村君と女の人が腕を組んで歩いてるのを見たって言った時に、どうしてバイトの事を言わなかったの?そこで正直に言えば、それで済む話じゃない?」
「リコさん、知らないんですか?うちの会社ってバイト禁止なんですよ。もしバレたら、クビなんです~」
木村君は頭を抱えた。
「だけど、日曜日に全部私に話すつもりだったんでしょ?なら、どうして話す気になったの?」
木村君は優しい顔をして、私を見た。
「もう、これ以上リコさんを不安にさせて泣かせたく無かったんです。だから、もしリコさんにバイトの事話して会社にバレて、クビになっても…それでもいいと思いました」
「そうゆう事か…」
木村君の話に納得した私は、溜め息をつきながら空を見上げた。
「それなら…もうちょっと上手く隠れてバイトしなよ。あんなに堂々と女の人と腕組んで街歩いてさぁ。気ぃ抜き過ぎ!」
「反省してます…」
そう木村君は小声で呟いて、小さく丸まった。
二人で一通り話をしたら、次は何を話していいか分からなくなって、しばらく二人で空を眺めていた。
すると、私の携帯が鳴り響いた。
開いてみると、里沙からのメールだった。
――木村君と話は出来た?
今日買った洋服、さっきの公園のベンチの下に置いておいたんだけど、もう帰っちゃった?―
(あ、洋服の事すっかり忘れてた…)
慌てて今座ってるベンチの下を覗くと、紙袋が置かれていた。
(里沙…)
――ありがとう里沙。心配かけて、ごめんね。今、ちょうど公園で木村君と話してたとこ…―
私は里沙にメールを返信して、洋服の入った紙袋を見つめていた。
私の行動の一部始終を不思議そうに見ていた木村君が、ヒョイッと私から紙袋を取り上げた。
「これ、なーに?」
「やだっ…ちょっと返して!?」
木村君は、取り返そうとする私をかわすようにベンチから離れて、紙袋の中の洋服を引っ張り出した。
「うわっ超可愛い!!」
木村君は目を輝かせながら、ワンピースを広げて眺めていた。
「やだ、見ないでよっ!!」
何度取り返そうとしても、木村君にヒラリとかわされてしまう。
「ねぇ、リコさん。もしかしてこの洋服、明日着て来るつもりだった?」
木村君は口元を緩ませながら、私を横目で見た。
「か、勘違いしないでよ!それは里沙が無理矢理…いつもは、そんな洋服買わないんだから!」
私は、自分には似合うと思って無いワンピースを買った事を木村君にからかわれたくなくて、必死に言い訳した。
「絶対リコさん似合うよ。明日、コレ着て来て?」
「あ、明日って!?もう木村君の話は済んだじゃない」
「まだ済んでないよ」
急に木村君は真面目な表情になった。
そのまま木村君は何も言わずに洋服を紙袋に戻すと、私に手渡した。
「告白の返事」
「えっ…!?」
紙袋を受け取りながら、思わず木村君を見上げた。
「まだ、リコさんに返事もらって無いよ」
「あの…そのぉ…」
私は何て言っていいかわからずに、目が泳いだ。
すると、木村君は立ち尽くす私の目の前に一歩近付いて来た。
――とても真剣な顔をしてる…
私は見た事の無い木村君の表情に、見とれてしまっていた。
――すごく、胸がドキドキする…
「リコさん」
「…はい」
「俺は年下だから頼り無いかもしれないし、金も無いし、馬鹿だけど…
俺っ、リコさんの事が好きな気持ちは誰にも負けません。本気でリコさんが好きです。だからっ、俺と付き合って下さい!!」
――ドキドキし過ぎて、心臓が破裂しそう…
下を向いて黙り込む私の顔を木村君が覗き込んだ。
「リコさん?」
真剣な顔をしていた木村君は、ちょっと不安そうな表情に変わった。
「私…もう30歳だよ…?」
声が震える…
「歳なんか関係ないです。俺はリコさん自身を好きになったんだから」
「私、弱虫だし、泣き虫だし…」
「リコさんの弱虫なところも、泣き虫なところも、全部受け止めます。
不満や不安な事も、俺に全部ぶつけてください」
木村君の優しい声が、私の涙腺を緩ませる。
「私のこと…、何番目に好き…?」
この言葉を口にしたら、一気に涙が溢れだした。
次の瞬間、木村君に体をグッと強く引き寄せられて、ギュッと抱きしめられた。
「2番も3番もいないよ。俺が好きなのは、リコさんだけだっ…」
私は大声を出して泣きながら、木村君の胸に顔をうずめた。
――『私だけ』…
ずっと言われたかった言葉。
今まで私だけを見ていてくれた人がいなかった。
木村君だけが、私だけを見ていてくれた…
「……き」
「え?」
「わだじもっ、ぎむらぐんが、ずぎぃー」
「ちょっ、リコさん、ムード台なし!!」
木村君が、私の耳元で吹き出した。
「うぇ~んっ」
顔を涙と鼻水でグチャグチャにして、泣き叫ぶ私の頭を木村君は優しく撫でていてくれた。
私の泣き声が治まってくると、木村君はゆっくり私から体を離した。
「ごめん、リコさん。さっきの、取り消して?やっぱり2番目が…」
木村君は深刻そうな顔で下を向いた。
「え…?」
私は治まった涙が、また溢れてきそうになった。
「やっぱり忘れられないよ…」
「…誰なの?」
不安な顔をする私に、木村君は目線だけを向けた。
「クリームソーダ…」
「は!?」
予想もしない答えに、私は眉間にシワを寄せた。
「やっぱり忘れられないよぉ。ごめん、リコさん。リコさん1番、クリームソーダ2番!!」
ふざけた顔して笑う木村君に腹が立って、私はまた大声を張り上げた。
「ふざけないでよ!人の気持ちをなんだと思ってんの!?」
そう言って木村君を突き飛ばしたら、そのまま腕を掴まれて引っ張られた。
チュッ―――
私の額に、木村君の唇が触れた。
私は一瞬の事で、訳が分からずに固まってしまった。
何が起きたのか理解したら、急に恥ずかしくなって、木村君の顔を見たまま顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かった。
すると、木村君はちょっと困った顔をした。
「ダメだよ、リコさん…そんな顔で俺を見ちゃ…」
「えっ?あ、ごめん…」
私は咄嗟に顔を横に向けた。
「そんな可愛い顔で見つめられたら、理性が吹っ飛ぶじゃん」
「はっ!?もうっ、ふざけるのもいい加減にっ…。……!?」
騒ぐ私の口を塞ぐように、木村君は私の唇にキスをした――
ただ、触れているだけの優しいキス…
ビックリした私は、ずっと目を見開いたまま固まっていた。
ゆっくり唇を離した木村君が、私を抱きしめる。
「あーあ。リコさんの唇は、明日のお楽しみにしようと思ってたのにっ」
「なにそれ…」
木村君の胸の鼓動が聞こえてくる。
――私と同じぐらい早い…?
木村君の心臓の音を聞いていると、なんだか落ち着く…。
木村君の胸に耳を当てて、目を閉じた。
「あんまり、心臓の音聞かないでくれる?」
「すごく早いよ。緊張してるの?」
「何がなんだか、わかんねぇ。俺、格好悪いね…」
「そんな木村君も好きだよ?」
「リコ…」
私の名前を優しく呼んで、木村君は、また優しいキスをしてくれた――
「眠れないっ!!」
時計を見れば夜中の3時。未だに私の目はパッチリだ。
「今日は早起きして、髪の毛とか巻いてみたいのに…」
昨日、木村君に駅まで送ってもらって、家に着いたのが23時。
木村君と過ごした時間の余韻に浸ってて、帰り道の記憶が無い。
ハッキリと残ってるのは、木村君の唇の感触…
思い出しただけでニヤけてきちゃう。
眠ろうとして目を閉じても、木村君の顔が浮かんじゃって眠れない…
「私達、恋人同士になったんだ…」
木村君が初めての彼氏な訳じゃないのに、『恋人同士』という言葉がやけに新鮮に思える。
「どうせ眠れないなら、今日の準備をしよう」
木村君と恋人同士になって、今日が初めてのデート。
寝る事を諦めた私は、髪の毛のトリートメントをしたり、美容液たっぷりのマスクしたり、外が明るくなるまで、やれる事は全てやった。
――7時
カーテンを開けると、部屋の中に朝日が差し込む。
徹夜明けの私には、こたえるぐらいの陽射しだ。
少し、頭がボーッとする…
「無理矢理でも寝ればヨカッタかな…」
眠気覚ましに顔を洗う。
私はいつも、胸の位置まである髪の毛を一つにまとめて、おだんごにしている。今の会社に入社してから、一日だってヘアスタイルを変えて行った事が無い。
だけど、今日は長年眠っていた『コテ』を引っ張り出し、ドレッサーに向かった。雑誌を何度も見ながら、髪の毛を少しずつ巻いていく。
慣れない『コテ』に悪戦苦闘しながら、一時間かけて巻き終えた。
「疲れたぁ…」
メイクをする前に一息入れようと、台所に向かうと携帯が鳴った。
「里沙からだ…」
「もしもし里沙?おはよ~」
『リコおはよー。起きてた?』
「うん。昨日はごめんね、連絡もしないで…」
『ううん。あの後すぐに、慎ちゃんに迎えに来てもらったんだ』
「そっか。何かあったの?」
『それは、こっちのセリフ!
昨日木村君とどうなったの?今日はどうするの?』
「どうなったって…
今日木村君と会うよ…」
私は、なんだか恥ずかしくて、木村君と付き合う事になったって里沙にハッキリ言えなかった。
『ほ~…
なら、お昼食べたら慎ちゃん家に来てよ。木村君も一緒に』
「えっ、なんで!?」
『なんでじゃないでしょ~?私も慎ちゃんも心配してたんだよ?ちゃんと二人で話に来てよっ』
「そっか、ごめんね心配かけて…木村君に聞いてみるよ」
『聞いてみるじゃなくて、連れて来るの!分かった?』
「あ、はい…」
『よし!じゃあ、待ってるね!』
そう言って、里沙は電話を切った。
(そうだよね、散々心配かけたんだもん。ちゃんと話すべきだよね)
私は野菜ジュースを飲んで、急いでメイクを始めた。
外に出ると、本当に眩しいぐらいの陽射しが、容赦無く寝不足の私を襲う。
電車に乗ると、心地良い揺れで一気に眠気が襲ってくる。
落ちてくる瞼と格闘しながら、待ち合わせの駅に着いた。
結局、早々に出掛ける仕度が終わって暇な時間を持て余していた私は、10時に着いてしまった…
(あと一時間、何して待っていよう…)
小さく溜め息をついて、近くのコンビニで時間を潰す事にした。
雑誌コーナーで立ち読みをしていると、
「いらっしゃいませ~。おはようございま~す」
お客さんが来る度に、店員さんの爽やかな挨拶が聞こえる。
私はファッション雑誌を食い入るように見ていた。
すると、
「あれ、リ…コ?」
ドキッ――
振り向くと木村君が立っていた。
「木村君!?」
「やっぱりリコだ~!いつもと雰囲気違ったから一瞬分からなかったよ。おはよ~」
「あ、おはよ…」
木村君の笑顔を見て、さっきまでの眠気が一気に吹っ飛んだ。
「天気いいし、昨日の公園でも行く?」
「あ…うん…」
初対面でも無いのに、私は緊張し過ぎて木村君の顔がまともに見れなかった。
木村君がコンビニでコーラとオレンジジュースを買って、二人で公園まで歩いた。
「木村君、早かったね…?」
「あ~、俺寝て無いんだ。リコの事考えてたら、全然眠くならなくてさぁ。
でも、リコだって早かったじゃん?」
「わ、私も…寝て無い…木村君と同じ理由で…」
「まじ!?うわ~、なんか嬉しい」
木村君は照れたのか、ニヤけ顔で周りをキョロキョロしていた。
公園に着いた私達は、昨日と同じベンチに座った。
木村君はオレンジジュースのフタを開けて、私に差し出した。
「あ、ありがとう…」
(ダメだっ、木村君の顔が見れないよぉ。だって、昨日の今日なんだもんっ)
私はずっと下を向いたまま、ちびちびとオレンジジュースを飲んでいた。
そんな私を変に思った木村君が、顔を覗き込んできた。
「リコ?もしかして、緊張してる?」
「やっ、そんな事は!うんっ、大丈夫っ」
「大丈夫って、何が?」
木村君は口に手を当てて、笑いをこらえている。
「し、仕方ないじゃない!!昨日の今日なんだから!」
「次は怒ってんの?」
木村君は口元を緩ませながら、私の顔を見てからかう。
「怒ってなんかない!」
そう言って、私はオレンジジュースをグイッと飲んだ。
「クックックックックッ…」
木村君は、丸まって笑い出した。
「何が可笑しいの!?」
「だってっ…笑ったり、緊張したり、怒ったり…コロコロ表情変わるんだもん。やっぱりリコ可愛い」
木村君は、サラッと『可愛い』って言ってくれる。それがすごく嬉しくて、私をニヤけさせる。
私は照れてるのを隠したくて、話題を変えた。
「そうだ、木村君。今日里沙がね…」
「…名前」
「え?」
「『木村君』は止めてよ」
「あ、そうだった!祐輔君?」
「…」
祐輔君は返事をせずに、とぼけた顔で遠くを見ている。
「ちょっと、祐輔君!?」
「返事しなーい。その呼び方もヤダー」
木村君は遠くを見たまま、子供みたいにふて腐れている。
「ゆう…すけ?」
「なぁにっ!?」
祐輔は満面の笑みでこっちを振り向いた。
「祐輔、子供みたーい」
私は横目でジロリと見た。
「あ~そうですよ。どうせ俺は子供ですよ~」
そう言って、祐輔はコーラをガブガブ飲み出した。
「プッ…祐輔も可愛いよ?」
「知ってる」
祐輔は、私の顔を見て得意げな顔で言い放った。
見つめ合って、二人で吹き出した。
「あ、ごめん。里沙さんがどうしたの?」
祐輔はいつもの優しい顔に戻った。私もすっかり緊張が解けた。
「そうそう。今日、お昼食べたら二人で里田部長の家に来てって」
「え!!なんで!?しかも、里田部長の家!?」
「なんか、昨日の事をちゃんと話してって」
「バイトの事も…?」
「あ~…」
二人は、そういえばって感じで黙り込んだ。
「里田部長なら大丈夫だよ!きっとバイトの事も、会社に黙っててくれるんじゃないかなっ?」
下を向いて考え事をしている祐輔に、私は必死でフォローした。
すると祐輔は、ニコッと笑顔を見せた。
「リコありがとう。まぁ、なんとかなるっしょ!今考えても仕方な~い」
祐輔は、私を変に心配させない為に、気を使って笑ってるんだろう。
だから私も、祐輔の前で気にするのを止めて、笑って見せた。
「じゃあ、昼飯食ったら里田部長の家だな。リコ、家分かる?駅からどのぐらい?」
「分かるよ。車で10分ぐらいかな?そういえば祐輔、今日車は?」
「朝時間あったから、歩いて来た。俺ん家、あそこの駅から一駅行ったトコの近くなんだ」
「一駅って結構歩かない?」
「リコの事考えながら歩いてたから、すぐだったよ」
祐輔は、ニッて笑って見せた。
(愛されてるって、こうゆう事なのかな…)
「リコ、そこに立って?」
「??」
私は祐輔に言われるままに、ベンチから少し離れて立った。
「その服、すっごく似合ってる。髪型もいつもと違うし。さっきコンビニで見た時、いい女がいるな~と思ったら、リコだった」
「祐輔、ナンパとかするの!?」
私は服装を褒められた事よりも、祐輔が外で見かけた女性を『いい女』って思う事に焦った。
「学生の頃は、友達とふざけてナンパした事あるけど…今はリコしか目に入らないよ。だからきっと、コンビニで俺がいい女って思えたのは、それがリコだったからだよ」
(ホント…
なんで祐輔は、そんな恥ずかしいフレーズを平気で言えるんだろう…)
赤面していると、祐輔が私に近付いて来た。
祐輔は、私の髪を優しく撫でた。
「そんなに髪の毛クルクル巻いて、シャンプーの匂いさせて…俺の事誘ってんの?」
「や、そんなワケじゃっ…」
私は顔が赤くなり過ぎて熱くなってきた。
祐輔は、私を優しく抱きしめて髪に顔をうずめた。
「祐輔っ!?昼間だし、誰かに見られたらっ…」
「リコ…」
「なにっ!?」
「俺、幸せだよ」
そう言って祐輔は、ギュッと強く抱きしめてきた。
「どうしたの…?」
「だって、ずっと片思いしてた人が、今は俺の彼女なんだもん…」
「ゆう…すけ…」
甘えたように耳元で囁く祐輔が、たまらなく愛おしく思えて、私も祐輔を強く抱きしめた。
「リコ…俺、幸せ過ぎて…腹減った」
「ブッ、なにそれ。雰囲気ぶち壊し!」
「えっ、このままチューして欲しかった?」
「バカっ!!」
私は祐輔を突き飛ばして、公園の出入り口までズンズン歩いた。
私の鞄を持って追い掛けてきた祐輔が、私の手をとった。
「あっ、やべぇ!!」
「えっ!?」
祐輔の突然の大声に驚いて振り向くと、
チュッ――
唇にキスされた。
「いただきっ!」
祐輔は、してやったりという顔で笑う。
「ばか…」
照れる私を見て、祐輔は満足そうにしていた。
時計を見ると、もう12時近かった。
祐輔と一緒に居ると、本当に時間が経つのが早い。
私達は、駅の近くのファーストフード店で、簡単に昼食を済ませた。
駅前でタクシーを拾い、里田部長の家へ向かう。
タクシーに乗ってる間、祐輔はずっと窓の外を見て、考え事をしているようだった。
(やっぱりバイトの事が気になるのかな…)
だけど私は、あえて何も言わなかった。
また、祐輔に気を使わせちゃうと思ったから…
程無くして、タクシーは里田部長のマンションの前に停まった。
タクシーから降りた祐輔は、マンションを見上げて口を開けている。
「すげー…高級マンション…」
「賃貸らしいよ。いつでも引っ越せるように、家は買わないんだってさ」
「ふ~ん…」
いつまでもボーッとする祐輔の手を引いて、マンションの中に入った。
オートロックの扉の前で、インターホンを押す。
ピンポーン ――
『はーい』
里沙が出た。
「こんにちはー」
『はいは~い、どうぞ~』
自動ドアをくぐり、10階にある里田部長の家を目指す。
「10階って、布団干すの怖いよね?」
祐輔が心配そうな顔で言う。
「プッ…普通、こうゆうマンションって、布団干すの禁止じゃない?」
「そうなの?あ~、でもよかったぁ。里田部長が布団叩きで、布団をパンパン叩いてる姿は、見たくないよね」
「確かに…」
二人でクスクス笑い合った。
たまに思う。
祐輔の頭の中って、どうなってるんだろう?
悪い意味じゃなくて、普通の人と発想が少し違うと思う。
エレベーターが10階に着くと、扉の向こう側に人影があった。
「いらっしゃ~い、お二人さんっ」
里沙がニヤけ顔で立っていた。
「あ、里沙さん…こんにちは…」
祐輔は顔が引きつっている。
「木村君、な~にビビッてんの!ほらっ、行こ!」
里沙の案内で里田部長の家に入った。
「お邪魔しまーす」
「どうぞ、どうぞ!」
玄関から廊下を抜けると、24畳程のLDKが広がる。とても綺麗に片付けられていて、モデルルームみたい。
私は開いた口が塞がらない。
「広~い…」
「あれ?リコは里田部長の家の中は初めてなの?」
「うん、家の下までなら来た事あるんだ」
「そうなんだ?
俺もいつか、こんな広い家に住みたいなぁ。んで、子供達と優雅な一時を…」
祐輔は、うっとりと夢を語っていた。
(祐輔の夢の中に、私もいるのかなぁ…)
「そういえば里沙?里田部長は?」
「あ、慎ちゃんは今、ベランダで布団叩いてるよ?」
「えっっっ!!!」
私と祐輔は、声を揃えて驚いた。
「なに、二人でそんなに驚いてんの?天気がいいんだし、普通でしょ?」
里沙はコーヒーを入れながら、ベランダに視線を移した。
私と祐輔は、恐る恐るベランダを覗く――
バァンッバァンッ!!
と、里田部長が全力で布団を叩いていた。
「ブフーッ、クックックックッ…」
私達は、下を向いて必死で笑ってるのを隠した。
肩が震えて止まらない。
すると、こちらに気付いた里田部長が、布団を抱えて部屋に入ってきた。
「おー、来たか。悪いな、ちょっとこれだけ部屋に置いてくる」
「ブフッ、お邪、お邪魔して…ククッます…」
必死に笑いを堪えて挨拶をする私達を見て、里田部長は首を傾げながら布団を抱えて行った。
『ククッ…おいっリコ!話が違うぞ!!』
『フフッ…そんなっ…このマンションの規則なんか知らないもんっ。普通なら禁止って言ったでしょっ』
『でも、ブフッあんなに全力で叩かなくてもっ』
コソコソと小声で笑い合う私達の元に、里沙がコーヒーを持って来た。
「なぁに?二人してコソコソしてぇ。見せつけないでよねー。
早くコッチ座んなよ」
里沙はニヤニヤしながらテーブルにコーヒーを並べる。
豆から挽いたのだろうか。とてもいい香りがする。
布団を片付けた里田部長も戻って来た。
「お待たせ。そこに座って?地べたで悪いけど」
「あの、このマンションはベランダに布団干していいんですか…?」
とりあえず、気になった事を里田部長に聞いてみた。
「あ~、外から見えない位置なら大丈夫らしい。ベランダの中とかな。それがどうかしたか?」
「いえ…」
私達は、下を向いたままテーブルに向かった。
床に置かれたテーブルの前には、二人掛けのソファーが1つ。
私と祐輔は、ソファーが置かれて無い所に並んで座って、正面に里沙と里田部長が床に座って、ソファーに寄り掛かった。
「さて、昨日の事を詳しく聞きましょうか?」
里沙は、とても楽しそうだ。
「俺が話します」
祐輔は正座をして、背筋をピンと伸ばして拳を膝の上に置いた。
それを見て、私もきちんと座り直す。
里田部長はタバコに火を着けて、真剣な顔で祐輔を見ている。
「公園で、里沙さんと別れた後…」
祐輔はユックリと、そして詳しく話し始めた。
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