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地獄に咲く花 ~The road to OMEGA~

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鬼澤ARIS( 10代 ♀ yhoUh )
12/05/31 21:54(更新日時)

30XX年。地球。
そこは荒れ果てた星。

温暖化によって蝕まれた大地、海、空気。
そして20年前。生物学者ルチアによって解き放たれてしまった人喰いの悪魔…『人造生物』。世界に跳梁跋扈する彼等によって、今滅びの時が刻一刻と近づいている。

しかし。
その運命に抗う少年達がいた。

人造生物を討伐するべく、ルチアに生み出された3人の強化人間。ジュエル、ロイ、グロウ。
グループ名『KK』。

少年達は、戦う。
生きるために。
…失った記憶を、取り戻すために。

その向こうに待ち受ける答。
そして、運命とは?


※このスレッドは続編となっております。初めて御覧になる方はこちらの前編を読むことをお勧めします。

地獄に咲く花
http://mikle.jp/thread/1159506/

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No.1242703 10/02/08 19:35(スレ作成日時)

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No.351 11/08/30 23:02
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「…その時まだ小さかった私には分からなかったけど。オメガ遺伝子を得るために彼女のクローンは何体も作られようとしていたの。

でもクローン技術でさえ、体の作成に成功したのは私が知っているルチア1人だけだった。彼女の体を形作ろうとした殆どのクローン細胞は原因不明の壊死に陥ったらしいわ。

クローン技術は、万能細胞に目標となる遺伝子群を組み込んで高速分裂させることで、短時間に本人とそっくりな複製品を作ることが出来るという所まで発達していたけれど…それでは通用しなかった。彼女の遺伝子を受精卵に組み込んで、胎児からゆっくりと成長させることでやっと複製を作ることに成功したのよ。」

「アンジェリカは、どうしてそんな詳しいことを知っているんだ。どこでそのルチアのコピーを知ることができた?」

やがて歩いているうちに目の前に扉が立ちはだかっているのが暗がりに見えてきた。その脇には何か台のようなものがあって、アンジェリカはすっとその上に右の手の平を乗せる。

「私は――ルチアのオメガ遺伝子を増殖させることのできるもう1つの器として。貴方達の研究室に滞在させられていたから。」
「……器。」

ピピッ。

小さく機械音が鳴った。どうやらセンサーがアンジェリカの手に反応したようだった。その後、重たそうな扉が左右にスライドしながら開いていく。同時に、扉の向こう側から少しんぼんやりとした光が漏れ出る。

2人はそこに踏み込んでいった。

No.352 11/09/01 23:22
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

1歩足を踏み入れて、ジュエルは思わず息を呑む。比較的大きなその空間は、ぼんやりとした緑色の光で溢れていた。

正面に続いているのは奥へと続く廊下。その両壁に、等間隔で大きなガラスの円筒が並んでいた。床から天井まで繋がった円筒の中には何かの液体が時々泡を生じながら流れていて、どうやらその液体が一斉に緑色の蛍光を放ち、空気の色を染めているようだった。

ジュエルが周りに目を奪われている間に、アンジェリカは続けた。

「私は、オメガが最初に発見された偏狭の村から『国』の研究室に連れてこられた。オメガ遺伝子を持ちうる、もう1人の人間としてね…」
「……お前、が?」

その時、アンジェリカが再び足を止めた。そのまま同じ位置に立ちながら、どこともない宙を眺める。そして、こうジュエルに訊いた。


「覚えてる?」


と。

ジュエルは何も答えない。何も覚えていないということは、既に先程伝えたからだ。アンジェリカも、勿論そのことを分かっている。それでも彼女は訊いたのだ。さらに彼女はこうも言った。


「貴方が、私をあそこから連れ出したのよ。…多分、私はあの時貴方についていかなければ、今こうならずに済んだのだと思う。

当時の私にだって分かっていた。『国』に行ったら二度と村には戻ってこれないだろうと。あの家族での幸せな時は戻ってこないだろうと。


それでも――私は『国』に行くことを選んだのよ。」


アンジェリカのその目はどこか懐かしそうに、切なげに、遠い日の風景を眺めていた……………




No.353 11/09/02 23:49
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

アンジェリカの瞳の中の風景。それはまず、豊かな草木と花が暖かな日差しに包まれた場所だった。その近くには川があって、さらさらというせせらぎが聞こえてくる。そして――それらを座って眺めている、1つの背中があった。


アンジェリカはそこで1つ吐息をこぼす。そして突然後ろに振り返り、ジュエルに目を向けた。その瞳はとても真剣なものだった。

「ジュエル。私がこれから話すことを聞いて。私は貴方がリタであると信じてる――いいえ、確信がある。貴方の求めている記憶はきっと、私の中にある。

そして20年前に起こったことと、これから起ころうとしていることを知る上でも。…私の話を聞いて欲しい。」


「…アンジェリカ。」

そのあまりに真っ直ぐな眼差しに、ジュエルは少し面食らってしまう。しかし早くに落ち着きを取り戻すと、ジュエルはゆっくりと頷いた。


「頼む。」


2人はそのまま沈黙し互いに少し向き合う。周りの低い機械音がやけにうるさく聞こえた。


やがてその音に飽きる頃、アンジェリカはくるりと背を向けて歩み始めた。


「私とリタが初めて出会ったのは、勿論私の故郷の村でだった。確か、彼は何か土地の調査のために『国』から来ていて…私はその時見つけたの。草原に座って、近くの川をぼんやりと眺めていた、彼を。」


記憶の糸をさらに手繰り寄せる。空気の色、感触までも蘇らせるように。すると自然に、その時交わした会話も思い出されてきた。

No.354 11/09/04 23:38
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

―――――――



「……おじさん、誰?」


私の声は、若干震えていた。どうやら緊張していたようだ。


それはそうだった。見た目からして、明らかにこの村の者ではないのだから。『その人』が羽織っている白い服は、私にとってやけに印象的だった。

私の服だって全体的に白い方だけど、あんなに真っ白じゃない。こんなぼろ切れみたいなワンピースとは比べ物にならないほど、清潔感を思わせる服だった。そんな服は砂埃にまみれたこの村には流通していない。


後で知ったけれど、それは白衣という服だったらしい。


『その人』はただそこの小さな川を見たまま。私の声に反応しなかった。声が小さすぎたのだろうか?

全く、この村の人ではないというだけでも異様なのに。川を見てるって…一体何?これじゃあ声も小さくなる。


「……ねえってば!」


仕方なく私はもう一度、精一杯の声を『その人』の背中に投げかける。すると、ピクッと背中が動いた。


「ん?…」


そして。
『その人』は首だけ動かしてこちらを見た。そうなるであろうことは分かっていたのに、何故かその瞬間、私は思わずビクッと体を震わせてしまった。

「あっ…」

全く何故こんなことになってしまうのか。驚いたにしたって大げさだった。私はそのまま体のバランスを崩し、終いには足ももつれてしまって……


「きゃっ!!」
ドサッ


後ろに盛大に尻餅をついた。そのくせ、土と草が立てた音は本当に地味だった。

No.355 11/09/06 23:49
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「いったぃ…」

柔らかい土がクッションになってくれたからよかったものの、やっぱり少し衝撃は来たようだった。私は無意識にお尻をさする。

微かにふっという笑い声が聞こえた気がした。その時目をつぶっていたから分からなかったけれど、それは間違いなく前方の方から聞こえた。男の人の声だったし――間違いなく、今の声はそこにいる彼のものだ。

そう思って、うっすら目を開いてみると案の定そうだった。


彼は微笑を浮かべていた。本当に、本当に僅かに。そして、私はその時初めて彼の顔を認識したのだった。

後ろで纏めている長い髪、それに瞳の色は黒。私達の色と同じだ。着ている服は村では見たこともないようなものばかりなのに、不思議だった。

整った顔立ちは思わず息が止まってしまうほど。さっき「本当に僅かに微笑を」なんて言ったけど、今見てみれば、彼は殆ど無表情だった。さっき微笑が分かったのは、もしかしたら1つの奇跡だったのかもしれないなと思った。今も笑ってるのかどうかなんて、もう分からない。


そんな色々な考えがまぜこぜになって…その内自分の顔の皮膚が熱くなるのを感じた。急いで私は体勢を立て直し、服についた砂を手で払う。




「…今、笑った?」


彼が何も言ってこないので、私は仕方なく分かりきった質問を小さく呟く。すると、一瞬の内に答えは返ってきた。


「いや。」


彼はそう言って見せた。まるで何も見ていないかのように。あまりにさらっとしているので私は少し唖然としてしまう。


「大丈夫か?…お嬢さん。」


お嬢さん…

何だか、からかわれてる気がする。ますます顔が熱くなったような気がした。

No.356 11/09/07 23:31
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

私は恥ずかしさを振り払うようにして軽く頭を左右に振る。あまり効果はなかったけど、それによってもう1度質問する気力は何とか戻ってきたようだった。

「大丈夫。ねぇ、おじさんはどこの人なの?」

すると、彼は少し困った風な顔をした…ような気がした。これも実に微妙な変化だった。

「…これでも、おじさんという歳ではなんだがな。」

ぼそっとした低い声だったので一瞬聞こえなかったけれど、彼はそう呟いたようだった。なので私はうーんと小さく唸ってもう一度その顔をよく見てみる。その結果、確かにうちのお父さんよりは老けてないな、という結論に至っただけだった。


「まあ、おじさんでも構わないか。おじさんは、ここからずっと遠い『国』から来た――と言うより、帰ってきたんだ。」
「帰ってきた?」
「ああ。自分は、元はこの村の住人だよ。けど…そうだな。色んな事を勉強するために10才くらいの時に『国』に移り住んだんだ。それでここに帰ってくるのは10年ぶりだ。だからちょっと懐かしくなって、そこの川を見てたんだ。」
「ふーん…?」
「ここは、昔からずっと変わらないな。」

さらさらさら……

彼は川の方に向き直ると、また沈黙する。すると、さっきからずっと聞こえているせせらぎ音が静寂を塗りつぶした。


私は好奇心かどうかはわからなかったけど何となく彼が気になって、近付いてみることにした。じゃりと草を踏みながら、彼のすぐ隣へ。

No.357 11/09/09 23:25
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

彼は目を閉じていた。せせらぎに耳を傾けているようだった。川が流れているだけの風景はそんなに懐かしく思えるのかな、と毎日のようにここに水くみに来ている私は少し首を傾げる。(それで今日も水くみに来たらこの人がいた、というわけだ。)

「おじさん、どうしてここに帰ってきたの?」
「……探しに来たんだ。」
「何を?」
「………。」

簡単な事を聞いているだけなのに、彼はまた沈黙する。その時、私は見た。彼が唇の端をくっと上げたのを。

はっきり、笑っている。その笑みはやけに印象的で、優しく暖かいものにも見えたし、また自嘲的にも見えた。そのまま、彼は一言こう言ったのだった。


「神を。」


え?
というのが思わず口をついた。神という言葉を知らないわけではない。神様のことだ。本当に小さい頃から、ほぼ毎日お母さんに神様の話を聞かせられてきてもう7才になるのだから知らないわけがない。


「神様は空にいるものだよ。」


神様はいつも空の向こうにある天国から私達を見守ってくれている、なんてことをお母さんがいつも言っているのを思い出す。一応お母さんの話は信じてる。まあいつでも見られているなんて怖いな…とも少し思ったりしているわけなんだけど。


「…そうとも限らないさ。もしかしたら、そこの木陰で笑っているかもしれない。」

彼は少し後ろの方に生えている大きな木を指差す。

「ええっ?うそだよー」
「それだけじゃない。そこの川の中で手招きしているかもしれないし、もしかしたら風に紛れているのかもしれない。……探したいんだ。それを。」
「……おじさんの言ってることが、分からないよ。」
「よく言われる。」


ふふっと彼は肩を揺らした。

No.358 11/09/10 23:28
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「…ここは、本当に豊かな自然がある。君はここから外の世界を見たことがあるかい?」

彼の話がよく分からないまま、私は首を横に振る。こことは別の住む世界があることは聞いたことはあるけど、実際にこの村から出たことはないのだ。

「なら、君は外の世界の人間がどんな生活をしていると思う?」
「…分からないよ。でも大体私達みたいに暮らしているんじゃないの?木とか草とか、川とか海とかあって。木の実をとったり、兎を弓矢で狩ったりしてさ。」

そんな想像しか出来なかった。それ以外どんな生活が出来るというのか、私には全く見当がつかなかった。だって、この村以外のことは何も知らないから。

と思ったところで



「木とか草?そんなものは無い。…辺り一面、ただの砂漠だ。」


「…え?」
「ついでに川も海も、無いのとほぼ一緒だな。もう既に汚れきっている。」
「?…ええ??」

また、私が全く考えもしないような答えが返ってきた。

「それって…じゃあ、木の実や兎はどこでとるの?」
「勿論、木がなければ木の実はならない。生産者である植物がなくなることによって食物連鎖が無くなるから、兎の食べるものが無くなり、兎も死に絶える。他の動物も…全て同じだ。」

彼は淡々と、事実だけ告げるようにして私に聞かせた。

No.359 11/09/12 23:22
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

私はしばらく絶句していた。外の世界は、何もない一面の砂漠??イメージがつかなかった。ここは、こんなにも草木が覆い茂っているのに。こんなにも綺麗な水が流れているのに。

「…どうして、ここだけ砂漠じゃないんだろう。」

と、ぱっと浮かんだ疑問を口にしてみる。すると彼はゆっくりと頷き、真っ直ぐに私を見る。その目は、真剣そのものだった。ちょっと、気圧されてしまうくらいだ。

「そこだ。この地には、何か特別なものが存在している。私は、それを探しに来たんだ。」
「…あ」
「水も、食べ物もなく。ここから遠い地の者は今も苦しんでいる。その人達を助けるために――」



その時。
彼はピクッと何かに反応して後ろの方に振りかえった。最初その行動が何を意味していたか分からなかったが、その内すぐに分かった。

「………タさーん、リタさーん!」

遠くから声が聞こえる。そして程なく声の主は砂利を踏む音を立てながら小走りにやってきた。男性で、今私の横にいる彼と同じような白い服を纏っている。


「どうした。」
「はぁ、はぁ……はい!村人の聞き込みで1つ手掛かりが見つかりました。」
「よくやった。…どんな手掛かりだ。」
「それは、村に戻ってから。話に詳しい方がいるんです。」
「分かった。直ぐ戻る。」

そう言うと彼はすっくと立ち上がり、そのまま村の方に2人で歩き始める。けれどその歩みを止めて、最後に彼は私の方に寄ってきた。

「悪いな、話が途中で終わった。また会う機会があったら続きを話そう。」

そして私の頭にぽん、と手を置く。

「!」


彼の暖かい手の感触を頭に感じた。


「元気でな。」

No.360 11/09/13 23:33
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そう言って、彼はこの場を去る。


「…リ、タ?」


だいぶ距離が開いたところで、私は自然と彼が呼ばれていた名前を復唱した。何というか、少し変わった人だったという印象が残った。

神様を探しているなんて訳の分からないことを平然と言うし、ずっと無表情かと思えば時々優しい笑みを浮かべたりする。あの短い時間だけで、真面目なのか、それともちょっぴりふざけてるのか…判別がつかないときが沢山あった。


何て、よく分からない。


けれど何故か、私はどんどん遠ざかっていく彼の背中を、見えなくなるまでずっと見ていたのだった。また話す機会なんて、あるのだろうか?そんなことをぼんやり考えながら、ずっと。よく晴れた日の真昼の出来事だった。




その後私は川で水をくんだり洗濯をしたりといったいつも通りの日課をほぼ終え、やっと自分のテントで夕食の席につく。ござの上にお父さん、お母さんとお姉ちゃん。それにお婆ちゃんが座る。目の前には湯気を上げる豆のスープとどんぐりのパン。そして今夜の主役は焼き魚らしい。私は思わず唾をゴクリと飲み込む。


でもすぐには食べれない。いつもお婆ちゃんが神様への祈りの言葉を並べた後に「いただきます」をするのだ。ああこの時間が1番じれったい…魚が冷めちゃうじゃない。

「アンジェ、ちゃんと祈りなさい。」

そんなことを考えているのを見透かされたようだった。お母さんが私を諭す。

「はぁい…。」

私は渋々返事をして、手を胸の前で合わせた。そして目を閉じてお婆ちゃんの祈りに耳を傾ける。


と、そこであることに気付いた。

No.361 11/09/16 23:14
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして祈りの言葉がアーメンで終わった後、皆が食事に手を着け始めた頃に、私は聞いてみた。

「ね、お婆ちゃん。」
「…んん?どうしたのかい?」
「神様は、空にいるんだよね?空から、この世界の全てを見てるんだよね?」
「そうだよ。主はいつも天から私達を見守ってくださる。私達人間は主の恩恵を受け、この地で生きることが出来るのだよ。お母さんから、きっと耳にタコが出来るくらい聞かされているだろうて。」

優しい笑顔でお婆ちゃんはそう言った。するとお母さんは少しむっとした顔をする。

「何度も聞かせるのは当たり前です。この村は主に守ってもらっているのですから。これくらいの常識は身につけてもらわないと恥ずかしいですよ。」

すると、お父さんもスープの器を口に付けながら

「アンジェリカも、もう7才になる。ちゃんと、1人前の大人に育てなくてはいけないな。」

と、賛成した。お姉ちゃんはというとただ隣で黙々とパンを食べているだけだ。


今の流れの中で、私の中で何かが引っかかった。それが何なのかははっきりしなかったけれど、何かとてつもなく気になった。

「…お母さん。この村は、神様に守られてるの?」
「そうだって言ってるでしょ。お願いだからそんな当たり前なこと聞かないでちょうだい。」
「神様に守られているから…ここだけ、こんなに自然があって、私達は平和に暮らせてるのかな。」


私は軽く言った。


しかし―――

No.362 11/09/17 23:22
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

何故だっただろうか。私が聞いたその時、お母さんは眉根を寄せた。私があんまりにも当たり前なことを言うから怒ってしまったのだろうか?

「…そうよ。守られているのよ。」
「?…」

お母さんはすこしの間をおいた後そう答える。周りは何も言わない。私は何かとてつもなく不味いことを言ってしまったような気がした。同時に予感がした。これ以上質問したら、何か良くないことが起こる。


けれど、私にはまだ聞きたいことがあった。どうしても聞きたかった。だから、自然に口が開いてしまった。



「でも…どうして、ここだけのかな。」




その一言で――


バッ!


お姉ちゃん以外、全員勢いよく顔をあげて私を見た。

(…え?)

皆、同じ顔をしていた。とても丸い目をしながら眉を潜めて。それは一言で言うと、恐かった。

お父さんも、お母さんも。いつも優しくしてくれるお婆ちゃんでさえも。いきなりのことに、私は一瞬何が起こったか分からなかった。そして、皆私を凝視したまま何も言わない。

何だろう、これ?
何か言わないと…駄目?


「ほ、ほら。神様はこの世界の全てを見て下さっているんでしょ?だったら…どうして砂漠になってる外の世界にも、この村みたいなお恵みがないのかなって…思ったんだけど…」


仕方ないのでもっと分かりやすく私の疑問を言ってみたけれど、それはどうやら逆効果のようだった。隣にいたので分かったのだけど、お母さんの眉がみるみるうちに、恐ろしいほどにつり上がっていくのだ。

予感は外れていなかった。
と、今更後悔しても遅い。

No.363 11/09/20 23:21
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「アンジェ。…その話をどこで聞いたの?」

怒鳴りはしない。しかしその目で私は震え上がった。お母さんに叱られることは何度もあったけど、それは今までに見たことのないような恐ろしい目だった。

間違いない。私は何か禁忌に触れたのだ。 この村の、禁忌に。家族皆の目がそう物語っている。

「…その、話……って?…」

声が掠れてうまく言葉が出ない。私は今や完全に恐怖によって体の動きが封じられていた。お母さんの視線に刺し貫かれて、逃げ出すことも、そこから顔を背けることすら出来ない。

「村の外がどうなっているのかということを、誰に聞いたの。」
「………。…白い服を着た…おじさん。」

あんまりにも恐ろしくて。私は自然に答えを言っていた。あの人の名前は言わなかったのは少し幸いだったかもしれない。

でも、名前を言っても言わなくても。あの人に危険が及ぶような気がしてならなかった。どうしよう…何かあったら。

「白い服?」
「…ルカ。」

怪訝な声を出すお母さんにお父さんが声をかけた。

「今朝から、外の者がこの村を調べに来た可能性があるという話は聞いているか。」
「聞いてない。それは本当の話?」
「ああ。いま村中で勝手に荒らされないよう警戒してるらしい。ちょっと外で話すか。…お袋も。」

そしてお父さんは私達に「先に食べてなさい」と言うとお母さんとお婆ちゃんを連れてテントの外に出て行った。



テントには、私とお姉ちゃんだけが残される。お姉ちゃんは何故かずっと俯いてて、沈黙していた。私はそこに声をかける。


「なん…だったの?今の。ねえ、お姉ちゃん…」
「アンジェ。」
「…えっ?!」

突然すごく低い声で言うので、思わず驚いてしまう。が、


「食べよ。」


それだけだった。お姉ちゃんは無表情で、ゆっくりとパンを口に運んで、かじる。

「あ……うん…。」

私も真似してパンをかじった。
その味は全くと言っていいほど、なかった。

No.364 11/09/21 23:19
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その夜はそのまま終わった。お母さんとお父さんとお婆ちゃんはいつまで経っても夕食を食べに戻ってこないので私達は先に寝床についたのだ。

いつもの私はこのハンモックの上の薄い布団で体を包むと数分もしない内にまどろみに落ちていく。だが、あの時のお母さんの目が脳内にこびりついたせいか、なかなか眠れなかった。外で何の話をしているのか気になっていることもあったのだし。

だからその日は長い夜だった。
明日になれば何か分かるだろうかと思いながら、私はただ目を閉じる。


しばらくそのままの状態で過ごした――はずだったのに、いつのまにやら私は意識が落ちたらしい。

「パトリシア、アンジェ!起きなさい。朝ご飯が出来たわよ!」

遠くからお母さんの声が聞こえたので、私はぱっと目を開けた。私は夢も見ないうちに朝が来たことに、少し驚く。隣のハンモックで寝ていたお姉ちゃんも目を擦りながらまだ寝ぼけ気味だった。

それからのろのろと起き出して寝室を出てみると、当然のように床にひかれたござの上にご飯が並んでいた。今朝はコーンが主食らしい。

そして食卓を前にして、お父さんとお婆ちゃんが座っていた。お父さんは起き出してきた私を見てにこりと笑った。

「おはよう。アンジェ。」
「え?……あ、うん…おはよう。」

それはいつものお父さんの挨拶だった。お父さんは決まって一番最初に私達におはようを言うのだ。

No.365 11/09/23 23:34
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

お婆ちゃんもにっこりと笑って言った。

「おはよう。2人ともよく眠れたかい?」
「…え、ぁ。うん。」

私はどちらともいえず曖昧に頷く。そこでお母さんが私達の前を少し急ぎ足で横切り、台所から持ってきたスープの鍋をどん、と食卓の中央に置いた。その後に、5人分のスープの取り皿、スプーン、コップを次々に持ってくる。お母さんはいつでも動きが俊敏だ。朝から晩まで家事で一杯だからそうならざるを得ないのかもしれない。

「さぁ出来たわよ。お義母さん、お願いします。パトリシア、アンジェ。座りなさい。ああ、今日は天気がいいから、この朝食を済ませたら2人で川に洗濯に行って頂戴ね。」

「はい。」
「………」

お姉ちゃんはお母さんに促されてすぐにそこに座ったけれど、私はしばらくぼうっとそこに立ち尽くしていた。何故かと聞かれれば、違和感があったからだと思う。


それは、あまりにいつも通りの朝だったのだ。


同じ様な台詞の流れを昨日の朝も、一昨日の朝も聞いた。と言うより毎日のように聞いている。お父さんのおはよう、お婆ちゃんの綻んだ顔と、お母さんの言うその日の天気と家事分担で「ああ、今日も1日が始まるんだな」と私は実感するのだ。


これが普通なのだけど、
昨日の夜と繋がらない。


うちの家族はあまり引きずるような性格の人は1人もいないと言ってもおかしくない。けれど。私はおかしさを感じずにはいられなかった。

あまりにも、まるで昨日の夜が無かったことのようだった。お父さんとお婆ちゃんのあの表情も、お母さんのあの目も――全て無かったことのようだった。


No.366 11/09/24 23:06
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そうやって突っ立ってる内に当然ながら「何やってるの、早く座りなさい」と言われた。そうして初めて我に返って、私はお母さんの隣に座る。それと同時にまたお婆ちゃんが長い祈りの言葉を紡ぎ、終わったところで食事が始まる。


その時に私は恐る恐るお母さんの顔を横目で見た。お母さんは鍋のスープを自分の皿に大きなスプーンで取り分ける所だった。

怒っている様子はない。怒ったような口調が多いように思えるけれど、毎日過ごしているから分かる。これが普通で、昨日は異常だった。

お母さんは殆どお湯の色をしているそれを分け終えて、皿を自分の前に持ってくる。と、そこで――


「?どうしたの、アンジェ。」

「!…っあ、ええと…」

私の視線に気付いたみたいだった。気付かれるとは思ってなかったので、突然言われてしどろもどろしてしまう。


「あの、お母さん昨日の話…、」


…違う。そこは「何でもない」と答えるところだ。こんな余計な話をわざわざ思い出させる必要がどこにあるというのか。そう分かっていてもつい口から滑り出てしまった。私は自分の気持ちにあまり嘘をつけなくて、隠そうとしても出てきてしまう。そんな損なタイプの人間だった。

「……………」

お母さんは沈黙する。私の背筋が少しぞくりとする。ほら、やっぱりこうなるじゃないか――と思ったけれど、その後怒鳴られることはなく、あの目で見つめられることもなかった。

ただお母さんは、押し殺した声で私にこう言った。


「昨日会った人のことは、忘れなさい。…これからもこの村で暮らしたいと思うなら。」


小さくて聞こえにくかったけど、はっきりと言葉は分かった。ああやっぱり私は何か村の禁忌に触れたのだなと、再び理解できた。あれは聞いてはいけないことだったのだ。

忘れよう。あの人の事は。
私は、そう心の中で決めた。

No.367 11/09/26 23:23
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そんな憂鬱の朝食が終わると、今日も皆すぐ家事という名の仕事が始まる。

例えば、お婆ちゃんが機織りで私達の服を織ったり、お父さんがいろんな道具をその手で作り出したり。家事と呼ぶには少し変わったこともあるかもしれないけど、それらだってこれからも生活を続けるためにしている立派な仕事なのだと言えるだろう。

かく言う私達とお姉ちゃんはさっきお母さんに言いつけられたとおり、一緒に川へ洗濯をしに行く所だ。私が洗濯物の大きな篭を持ってテントの外に出ると、午前の少し柔らかさを感じる日差しが迎えてくれた。今日も快晴だった。

お姉ちゃんはまだテントから出てきていない。だから私はお姉ちゃんを待つ間、重い篭を両手でぶらんとぶら下げてしばしその青い空を見上げることにする。すると、自然と溜め息が1つこぼれた。


「あーあ、一体なんだって言うのよ…。」

私は、そう空に向かってぼやくしかなかった。

それと殆ど同時だったと思う。テントの中からお姉ちゃんの声が微かに聞こえた。

「…ってきます。お母さん。」

その後、テントの扉の役割をする地面まである長い暖簾から、まず白くて細長い5本の指が覗いた。それから小さな顔が覗く。その顔は確かにお姉ちゃんのものだった。

「お待たせ。」

お姉ちゃんはそのまま静かにテントから出てきた。

No.368 11/09/28 23:13
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「お姉ちゃん。篭、1人じゃ重いから片方持ってよ。」
「……ああ、ごめんね。」

お姉ちゃんはゆっくりとした動きで片方の篭の取っ手を持って――

ガクッ
「あっ、」
「わ!」

洗濯物の重さで少しよろけたようだった。いきなりのことだったから私もバランスを崩しそうになったけど、何とか洗濯物を地面にばらまいてしまう事態は避けた。

「もう、危ないなあ!」
「ご、ごめん…」

まあお姉ちゃんは体を使うことが元々苦手だからこういうことになるのは予測の範囲内だった。私より3つ歳が離れているのに、運動能力に関しては私よりも大きく下回ってると言えるかもしれない。


お姉ちゃんは一呼吸して体勢をまたゆっくり立て直した。

「じゃあ、行くよ。お姉ちゃん。」
「………うん。」

それから私が先頭になって、2人で洗濯物を運ぶ。普通は立場が逆なような気がするのだけど、しょうがない。本当に、お姉ちゃんは『おとなしくて可愛い女の子』の方なのだから。


それからしばらく2人で草を分け、裸足で石を踏みながら歩いた。

No.369 11/09/29 23:15
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

でも、それにしても――と思い始めたのは何分ぐらい経ってからだっただろうか。私は今朝と同じように、違和感を感じたのだ。

ちらりと後ろに視線を送る。お姉ちゃんは今私の後ろで篭を持って歩いていた。私はその目を見る。…それはどこか上の空で、現実の世界をあまり見ていないような感じだった。歩き方を見ても、地に足が着いていないような。かろうじて真っ直ぐ歩けている感じだった。

確かにお姉ちゃんはあまり動けない方だけど、いつもこんなにふわふわしていたっけ…?いや。私の経験から言って、お姉ちゃんは体が弱い分、頭がしっかりしていたと思う。そうだ。お姉ちゃんはいつも、ちゃんと目に映る現実を見て、何をするべきか分かって行動する人間だ。

お姉ちゃんも、いつもと違う。…どうして?やっぱり私がいけないことを言ってしまったから?と思った矢先、

「ねえ、アンジェリカ。」
「!…何?」

まさか横目で見ている間に気付かれるとは思わず、息を呑む。そしてその瞬間、理由もなくあるものが体中を駆け抜けた。電気的な刺激は脳にまで簡単に行き渡り1つの答を出す。

すなわち、それは予感だった。


「アンジェリカ。…昨日のこと、なんだけど。」


ほら。やっぱり。

No.370 11/10/01 22:23
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「……。」

朝に忘れようと決めたばかりの事なのに。まあ今はまだ忘れてないけど…二度とこの話題は口にするものかと思っていたのに、やっぱり付きまとってきた。

私はお姉ちゃんの話に乗るか、一瞬迷った。けど、運がいいのかどうかは分からないけど、今ここにはお姉ちゃんと私以外誰もいない。普段この時間帯は、他にも川に用がある人が歩いているものなのに。

…お姉ちゃんは昨日の話を何か知っている?それを知るタイミングは、2人きりで他の誰にも聞かれないこの時しかないということを、私は何となく悟ったような気がした。

「…なに?」

私は極力声を小さめに返事をする。視線も合わせない。周りにも警戒した。

「昨日、アンジェは言ってたよね。白い服を着たおじさんに会ったって。」
「うん。あの人はお父さんが言ってたとおり、外から来た人だよ。元はこの村にいたらしいけど。」
「そう…アンジェも、リタに会ったんだね。」
「え?」

その一言に、私は驚いてお姉ちゃんの方に振り返ってしまう。「リタを知っているの?」と聞くと、お姉ちゃんは黙って頷いて言った。

「あの人達はね、一昨日村に入ってきたのよ。村の大人は皆変な目で見てた。最初、リタの周りにいる人達は村の皆に何か聞こうとしていたみたいだったんだけど…誰も相手にされてなかったと思う。村の人は皆冷たくあしらってたもの。それがどうしてなのか、その時の私には分からなかった。

だからね。私が話を聞いてみることにしたの。こっそりその人達を誘って…皆に見つからない所で、話を聞いてみたわ。」

「それで、何を聞いたの?」
「アンジェも聞かれなかった?」


お姉ちゃんはそこで首を横にふる私を見ると、一呼吸おいて続けた。

No.371 11/10/02 23:25
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「今この村の外の世界がどうなってるのかは、もう聞いたんだよね。」
「うん。昨日私がお母さんに言ったの、聞いてたでしょ。」
「…そう。外の世界はもう人が暮らせないくらい自然がなくなってしまった、という事。このままでは本当に沢山の人達が死んでしまって、終いには人類滅亡も有り得るという話。

だからね、外の人達は、何としても自然を取り戻す必要があるということなのよ。そんな中…この村だけは、こんなに豊かな自然が残っているでしょう?食べ物も沢山あるし、水も綺麗で。

だから、外の人達は探しに来たの。この自然は何によって守られているのか、どうして外の世界との境があるのか。その全ての原因をね。」

そんなことを言っていたっけ。言っていたかもしれない。はっきりとは思い出せないけど。事実から考えてみても、その考えが1番妥当な理由だと言えるだろうという結論に辿り着いた。

………あ、そう言えば。

「お姉ちゃん、ちょっと思い出したよ。リタはね…神を探してるって、言ってた。それってさ、お姉ちゃんが言うところの全ての原因っていう意味なのかな。」
「神…そうね。多分そういう意味だとお思う。」
「…やっぱりそうなんだ。考えてみればそうだよね、お母さんも、この村はいつでも神様に守られてるって、いつも言ってるし。」
「お母さんが言う神様と、リタがアンジェに言っていたっていう神様は意味がちょっと違うと思うけどね…」

私は納得して頷いた。けど、やっぱりよく分からないのは、どうして村の大人ははるばる助けを求めてやってきた外の人間を受け入れないのか、ということだった。

No.372 11/10/04 23:15
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そのことをお姉ちゃんに聞いてみたところ、こんな言葉が返ってきた。

「ねぇアンジェ。今村が自然を保てているのは、お母さんがいつも教えるとおり、神様に守られているからなんだって思ってる?」
「ん、うーん…神様が本当にいるっていうのはそんなに信じてるってわけじゃないけど、私にはそれ以外理由が思いつかないよ。何かの偶然が重なってるとか…そんな理由しか。」
「……そう。」

すると、お姉ちゃんは黙り込んだ。けど、まだ私の質問の答を聞いていない。

「それが、どうかしたの?」

そう聞いてみても、お姉ちゃんは何も言わないままだ。私は少しじれったくなって、「ねえってば」と何度もお姉ちゃんを呼ぶ。それからしつこく言っても効果がなかったので、私は憮然とした顔をしてまた前に歩き始めるのだった。


でも、後々分かった。この沈黙の間、お姉ちゃんが私にこの事を話すのを相当迷っていたことが。


しばらく経ってから、やっと声が返ってきた。



「―――私ね。もしかしたら、本当のことを知ってるかもしれないの。」



「え?」

それは本当にぽつりとした声だった。その時風が吹いていなくて、草木がざわめかなかったから何とか1回で聞き取れたけれど、少しでも違う音が混じっていたら聞き取れなかったに違いない。



No.373 11/10/06 06:50
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「本当のことって?」

お姉ちゃんの言う意味が一瞬分からず、私は聞き直す。でもそれはすぐに理解できることだった。


「この村が守られている原因、よ。」


お姉ちゃんが真っ直ぐに私を見て言った。

「原因?まさかお姉ちゃん、神様をみたの?」
「違うよ。そんな曖昧なモノじゃない。もっとこう…何て言うか、実際にに目に見えるものだし、触れる事が出来るモノ。それを、私は見たことがある。確か、アンジェくらいの時だったと思う。」
「…そうだったの?私、お姉ちゃんからそんな話聞いたこと無いよ!」
「それはそうよ。私以外の人間にこの話をするのは、これで2回目。昨日、リタに打ち明けたので初めてだったのだから。…そして、この原因について考えてみれば、何故村の人間が外の人間とあまり関わりを持とうとしないのか、その理由が見えてくると思う。」

そう言い合っている内に、やがて川の涼しげなせせらぎの音が聞こえてきた。

音が近づいてくると、しだいに風景も見えてきた。今日の川は晴れ渡った空の色を映し、綺麗な青に染まっていた。周囲の樹木はその清らかさを引き立てているようにも見える。


そして。
そんな風景の中に、1つの人影があった。


No.374 11/10/07 23:19
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その人影の姿がはっきり見えてくると、私は足を止めた。 後ろを歩いていたお姉ちゃんも、足を止める。


すらりとした背中。1つに束ねられた黒髪。それに、真っ白なあの服。見た瞬間に分かった。だって昨日と雰囲気が全く一緒だったから。

また出くわすなんて思わなかった。まさか、私達が洗濯に来る時にいるなんて。昨日は水くみの時に偶然会ったのだと思うけど…今日のこれは偶然、なの?

その人は体ごとゆっくりこちらに振り返った。今日は私が何も呼びかけなかったのが違うけれど、これは昨日と全く同じ展開。私は知らない内に息を止めていた。

そして、彼と目が合う。


「やあ、また会ったね。お嬢さん。」


…リタは、相変わらずの無表情でお嬢さんなどと言った。驚いた様子は全く無い。まるでここで私達がまた会うのが当然だったかのように。けれど、実際それは当然だったらしい。

「おはようございます。リタさん。」

私がぽかんと口をあけている間に、お姉ちゃんが静かに挨拶した。

「おはよう、パトリシア。今日は案内、宜しく頼むよ。」
「今日は妹のアンジェリカも一緒でいいですか?…細かいことは大丈夫だと思います。まだ小さくて、村の人達とは認識が違いますから。」
「ああ、君の妹さんだったんだね。昨日会ったから知っている。君の言うとおり、見たところまだこの村に染まりきっていないから大丈夫だと思う。その代わり、今日のことは口外しないよう、君からよく聞かせてくれないか?」
「もちろんです。」


2人が何の話をしているのか、全く分からなかった。

No.375 11/10/11 00:28
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

私はお姉ちゃんに振り返る。

「お姉ちゃん?どこいくの?」
「…アンジェ、大丈夫。」

お姉ちゃんは私に優しく微笑んだ。別に怖がってなどないけど、どうやら私は知らず知らずの内に不安の表情を浮かべていたらしい。

「私は確かめたいの。そしてアンジェにも確かめて欲しい。さっき言った…私がずっと前に見たモノを。」
「…この村が守られてる、原因?」
「そうよ。大人達がずっと隠している事を、私はこの目で確認したい。」

お姉ちゃんは目を落とす。

「でも、これに近付くのはとっても危険。アンジェはお母さんの前でこの話題を出して、あんなに恐い顔されたから分かるよね?今からやることがバレたら、どんな目に遭わされるか分からない。そもそも村が立ち入りを禁止している場所に踏み込むわけだから、それだけで罰があると思う。」

お姉ちゃんの呟きの中の『村が立ち入りを禁止している場所』はすぐにピンときた。そんな場所は1つしかないからだ。


「まさか…コルツ山に行くの?!」


コルツ山はこの村の霊峰と言われていて、大人達が神が住む山として尊んでいる場所だ。そこに汚れを持ち込んではならないとされていて、誰も近寄ることを許されていないのだ。

No.376 11/10/11 23:16
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

私はただただお姉ちゃんがそんな大胆な行動を起こすなんて信じられなかった。けど、お姉ちゃんは確かに首を縦に振る。

「私あの山にこっそり入って、見たの。今でも忘れられない。あの透き通ったエメラルド色の――」
「え…?」
「…アンジェ、どうしても嫌なら無理についてこなくてもいい。けれど、これだけは約束して。絶対に、このことは皆に内緒よ?」

お姉ちゃんは途中で言葉を切った上に、真剣な眼差しで私を真っ直ぐ見つめてくる。そんな、そんな風に言われたら、気になってしょうがなくなってしまうじゃない。それに昨日からこのことはとっくに気になってる。

そう、私の中にはお姉ちゃんと一緒にコルツ山に行く以外、選択肢なんてないんだと思う。誰かに見つかったらどうなるか分からない不安より、好奇心の方が大きかった。

「一緒に行くよっ…私だけ置いてきぼりにしないで…!」
「来て、くれるの?」
「私も確かめたいもの。」
「そう…有り難う。」

一体お母さんが何を隠してるのか。皆が神様と呼んでいるモノの本当の姿が何なのか。見れるものなら、見たかった。



――そうだ。
この選択肢によって、私の運命が決まったんだ。

No.377 11/10/13 23:16
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして、私達はコルツ山へと向かうことになる。何でも、お姉ちゃんとリタは元々この時間に川で待ち合わせていたらしく、話はすぐにまとまった。川へ来た最初の目的の洗濯はどうなったかというと、出発の前にリタが2人程の白衣の人を呼びつけ「代わりにやっておくように」と言って篭を渡した。押し付けられた側は苦笑いしながらそのままどこかへ歩いていったのだった。

―――


「はぁ、はぁっ………」


私は今息を切らしながら、コルツ山のごつごつとした岩肌を歩いている。底の浅い靴から足に岩の硬さがもろに伝わる。私は山に足を踏み入れてから30分も経たない内に、自然と息が上がり始めていた。

体力には自信があったけれど、私は登山の経験なんてないし、何よりここは道無き道だった。普通の登山道もあるらしいのだけど、入口はしっかり見張りがついていて、とても入れる状態ではなかった。だから、こうしてお姉ちゃんが昔山に忍び込んだというルートを使うしかないのだ。

「アンジェ、もう少しだから頑張って」

道案内のために1番前を歩いているお姉ちゃんは振り返り、少し小声で私に呼びかけた。お姉ちゃんの後ろについているリタもこちらを見る。2人とも顔色一つ変えてないのが私には信じられなかった。

「背に、乗るか?」

リタが手をさしのべる。

「え?…いい、の?」
「減るものじゃないからね。」
「じゃあお願いしますっ…もう歩けない…」

私はそれからリタの背中におぶさった。

No.378 11/10/14 23:22
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その背中は大きくて暖かかった。私はほっと一息つく。
と、そこで少し思い出した。

「ね、おじさん。おじさんの名前、まだ聞いてなかったよね?」
「ん…そうか。君のお姉さんからは聞いていないか?」
「下の名前だけ知ってるよ。リタ…でしょ。これってさ、女の人の名前なんじゃないの?村にそういう人いるから分かるよ。」
「その事は今はもう割り切っているつもりだが、昔はかなりコンプレックスに感じていた。まあ世の中には色んな名前があるということさ。」
「ふぅん。それでファミリーネームは?」
「アルティマ。リタ・アルティマ。…良かったら君の名前も教えてくれないか?いつまでも『お嬢さん』だと、……。」
「あー、あれってやっぱり無理して言ってたんだ?」
「…む…そういうわけでもないが…」

私がカラカラと笑うと、リタはぼそぼそと呟いてから黙り込んでしまった。何というかこう、この人少し不器用な感じがする。私みたいな年下と話すのが苦手な感じかな?私も年下嫌いだから、その気持ちは分からないでもない。

「私、アンジェリカ・オーニッツ。アンジェって呼んでもいいよ。」
「…なら、アンジェと呼ばせてもらおう。よろしく、アンジェ。」
「よろしくね、リタ。」

私は誰に顔を見られているわけでもないのに、にっこりと笑った。…不思議だ。たったこれだけの会話でさっきの疲れが吹き飛んだ気がした。

No.379 11/10/16 23:31
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それから何十分か経っただろうか。

「…あそこです。」

お姉ちゃんは唐突に立ち止まって言った。同時にリタも急に足を止める。私はリタの揺れる背中ですっかりリラックスしていたから、止まった瞬間少しびっくりしてしまった。あたりをきょろきょろと見回してみる…相変わらず斜面に転がる岩ばかりで何の変化も見えないように思えたけど、お姉ちゃんの視線を追ってみると私にもその場所が分かった。

それは少し向こうに見える、小さな穴の空いた場所だった。積み重なってる岩と岩の隙間に、何とか人が入れるくらいの穴が出来ているのが分かる。

「あんな所に入れるの?」
「あの奥に、あった。今でも残ってるかどうか、分からないけど…」
「…何があったんだ?」
「多分入ってみれば、分かります。前にも言いましたけど口ではうまく説明できないんです…でもきっと、私はリタさんが探しているものかなって思います。」

そう言うと、お姉ちゃんは段差をぎこちなく進み始める。さっきまではただの斜面で比較的危険ではなかったのに、ここからは1歩間違えたら足を踏み外して、岩肌を転がり落ちて大怪我をしてしまいそうなレベルだ。

あの運動神経の鈍いお姉ちゃんがこんな所を行くなんてすごく意外だった。もしかして今までお姉ちゃんのこと、色々勘違いしてたのかもしれない…

「アンジェ、しっかり掴まってるんだぞ。」

私は勝手にそう思いながら、リタの言うとおりしっかり背中に掴まった。

No.380 11/10/17 23:12
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

リタが私を背負ったまま足場を渡るのは危険ではないだろうかとも思ったけれど、それはしなくてもいい心配だったみたいだ。高い段差でお姉ちゃんが両手を使っているのに、リタはひょいひょいと足だけで移動して見せた。やっぱり足が長いからなんだろうか。この分じゃお姉ちゃんに手を貸す余裕さえありそうだ。実際、後半の方はリタが先頭になり、お姉ちゃんを手助けしていた。


そうして互いに協力し合って、ようやくそこに辿りつくことが出来た。私はリタの背から下りる。狭い足場に3人が立つと、そのすぐそこに入口があった。近くで見てみれば向こう側で見たときよりも大きく見えるかもしれないと思ったけれど、逆に余計に小さく見えた。これくらいだと背の低い私達はぎりぎり立ったまま入れるけど、リタはかなり屈んで入らなくてはならないだろう。

「…入れそう、ですか?」

お姉ちゃんがおずおずとリタに聞く。

「これくらいなら問題はないだろう。…こういうことは他の土地の調査でも度々やっている。」
「そうですか?それならいいんですけど…」

なるほど、見かけによらず山登りは得意なのか。何の調査をしていたんだろう。…ここに来た理由と同じ事なのだろうか。



「じゃあ、…行きます。」


お姉ちゃんは穴の方に踏み出した。

No.381 11/10/19 23:22
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

穴の先は、とても狭い岩のトンネルが続いていた。1番後ろからついてきているリタはずりずりと屈めだ背中を天井にこすらせながら何とか進んでいる。時々岩の尖った部分に当たっていて地味に痛そうだ。

このトンネルは――山の内部に向かっているような感じがする。1本道で、真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいるのだ。このまま行ってもどこへ出ると言うんだろう。いったい何を見せられるんだろう。疑問と好奇心が疼いている。

その内、暗いトンネルの向こうにぼんやりとした光が見えてきた。

光?…山の内部に光なんてあるわけがない。トンネルが山を真横に貫通していて、さっきとは反対側の出口に出るなんていうことだとしても、あんなに大きな山をこのたった数分で横断できる?トンネルに潜ってから2分経ったかどうかも怪しいというのに。その時お姉ちゃんがほうっと息を吐いた。


「よかった…まだ残ってた。」
「…何が?」


お姉ちゃんは答えない。直接見れば分かるらしい。気付けばもう出口は目の前まで迫ってきていた。出口だけはさっきまでの狭さが嘘のように大きな口を開いている。私達は迷わずそこを突き進む。すると、そんなに明るくはなかったが、柔らかい光が私達を迎えてくれた。



No.382 11/10/21 23:50
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その瞬間、私は目の前に広がった光景に息をのんだ。

「うわぁ…すごい!」


――ぽちゃん。


静寂の中、少し遠くから水音が1つ。それは天井にびっしり這っている木の根と根の間からの雫が落ちた音だった。

雫が落ちたところからは、たちまち波紋が広がっていく。それは遠くからつーっと私達の足元まで来て…端まで来ると跳ね返って消えていった。

そう。山の中にあったその『部屋』にあったのは――湖だったのだ。水面は静かに佇み、驚くほどの透明を湛えていた。これは地底湖の類にはいるのだろうか。よく分からないけど、初めて見る神秘的な風景に私は完全に目を奪われていた。

けれど、私はこの後さらに驚かされることになる。お姉ちゃんがすっと湖の中を指差す。そこにあるものを見たとき、私は目を疑った。

「……なに、あれ…?」

湖の水が透明なので、深い所…底まではっきりと見える。けど、何だかおかしい。底には岩肌が見えると思ったのに、見えない。代わりに、何か不思議な光を発しているものが、湖の底全体を覆っていた。


あれはなんだろう?

綺麗なエメラルド色に光ってる。


その光が湖全体から発せられて、この『部屋』を照らし出していたのだと分かった。

No.383 11/10/22 23:42
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「……これは。」

後ろからのリタの声。表情は見なかったけど、多分目を見開いているに違いない。今までにない、驚きが混じった声だった。

「リタさん。これ、他の国で見たことはありますか?」
「こんなものは見たことがない。いや…まさか。まさか本当に『オメガ』は存在したというのか…?」
「え?」

リタは湖に跪き、片手をその水で濡らしてみる。

「水温に異常はない…潜って調べてみる価値はありそうだ。」
「リタさん…『オメガ』って?」
「昔、私達のような地球環境を司る学者の間で存在を問われていた。全ての生命が生まれ、還元する泉――どんなものでも具現化出来る程のエネルギーを持つと言われる、神にも等しい存在。

だが、今までそれを見たのは議論を持ち出してきた人間ただ1人。地球環境がまだ悪化し始めてない頃に各地で捜索が盛んに行われたが、ついに『オメガ』を見つけた者はなかった。『オメガ』は次第に時代が進むに連れ幻になり、忘れ去られていったんだ。…ただの夢物語として。」

リタは水に濡れた拳をぎゅっと握りしめる。

No.384 11/10/24 23:23
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

細かいことはよく聞いてなかったけれど、私達がとんでもないものを見つけたということは分かった。リタの言うことが全て事実だとすれば、これが村の緑が保たれている原因…となるのだろうか。

「すぐにここを調査しよう。何人か助手を呼んでくるから少しの間、ここで待っていて欲しい。」
「…はい。大人に見つからないよう、気をつけて下さい。」

後ろのそんな会話の最中にも私はぐっと湖を覗き込む。湖底を覆う一面のエメラルド色。それは水よりも重い液体のようで、ゆらゆらと水面が揺らめいているのが見えた。水面が揺らめくと同時に、沢山のぎらぎらとした光が瞳に飛び込んでくる。

「お姉ちゃん、これ…よく見つけたよね。」
「うん。やっぱり私も大人が何か隠している風なのは前から気になってたから、入っちゃ行けないっていう山に入れば何かあると思ってた。

まあ、ここを見つけたのは本当に偶然。見張りの人に見つかりそうになって何とか振り切って。その後この穴を見つけて急いで隠れたんだよ。」

「そっかぁ~危なかったね。…ん?待って。そうすると大人が隠してた事って…これのことになるの?」
「確証はないけど、多分。この山で他にも分かりやすい所にいくつかこういうのがあって、それを見張ってるんじゃないかな…。」



No.385 11/10/25 23:31
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「でも、どうして隠す必要があるんだろう。これが緑を生み出す泉だとしたら、今外の世界で困ってるっていう人達にも分けてあげればいいんじゃないの?」
「ん……どうだろう。でももしここにあるのが無限でないのだとしたら、他に分けたところで私達の村の分がなくなってしまうのかも。」
「でも、これって何だか独り占めしてる気がするな、私は。少しくらい分けてあげてもいいじゃない。それに思ったんだけど、どうして私達にまで隠してたのかな。外の人はともかくとしても。」
「それは、分からない…何か、私達に知られたら良くないことがあるのかもしれない。」

「ふーん…」

私はまだ湖底から目を離せずに終いには軽く話を流した。何しろ生まれて初めて見るものだし、インパクトも相当ある。あれって触ったらどんな感触なんだろう?

「ねえお姉ちゃん、私あれ触ってみたい。」
「え…駄目だよっ。まだあれがなんなのか分かってないし、危険だよ!それにリタさんが今調べてくれるって言うし…。」

リタはもういなくなっていた。さっき助手を連れてくるとか言ってたっけ。

「でも平気だよ?上の水触っても熱くないし。」
「だから止めておきなってば…触れるとしても触っちゃいけないものなのかもしれないじゃない…!」

ああ、お姉ちゃんはこういう時だけ変に慎重だ。私は露骨に頬を膨らませた。

No.386 11/10/28 23:10
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その時だった。
私が異変を感じたのは。

キ………ィィ…
「?」

最初は気のせいだと思った。けど、何かが聞こえた。まるで耳鳴りにも似た、その音。それは今の一瞬で消えたように思えたが、またすぐに聞こえてきた。

キィィ…ィィイン

「何?これ。」
「…アンジェ?どうしたの?」
「お姉ちゃん、聞こえない?この音。」
「音?」

…ィィイ、キィィイイイン

「何も聞こえないよ?」
「嘘だよ…こんなに、ほら。段々大きくなってきてる……っ」

その内、音は脳内に直接発せられてるようにうるさくなる。…ああそうか、私の頭の中だけで音がしてるのならお姉ちゃんに聞こえるはずがない。きっとこれは、本当に耳鳴りなんだ。

いきなり山なんて上ったから体に負担がかかったのかな…なんて思っている内に、音はどんどん強くなっていく。頭が割れるくらいに痛くなってきて、吐き気すら覚えた。

「うぅっ…」

私はたまらず、頭を抱えてその場にうずくまる。

「…アンジェ?ちょっと、大丈夫?!」

お姉ちゃんはしゃがみ込み私の背中をさすってくれた。でも大した意味はなかった。何だか、音で脳が麻痺していく感じがした。痺れが――頭から、体全体にどんどん広がっていく。感覚が奪われていく。もう体が支えられなくなるくらいに。

そしてふらりと、
私の体が傾く――……




「?!?!…アンジェ!!」



ドッパーン!!!!

No.387 11/10/29 23:02
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

水が、冷たかった。その瞬間、全身が急速に冷え込んだ。どうやら、私は前のめりに湖へと倒れ込んでしまったらしい。

地面に顔をぶつけるよりはいい結果だったかも、なんて思ったけど。耳鳴りがまだ止まない。意識は失われることなく、私は水の中で顔をしかめた。呻き声の代わりに、口から空気の泡が漏れ出ていく。

1つ、3つ、6つ…

ゴボ…ッ!

終いには大きな泡が一気に出ていった。もう体に力が入らない。まさか、私はここで溺れ死ぬ?そんなこと、ここに来るまで欠片も考えなかった。

こんなことがあるなんて。
そんな驚きが死の恐怖より先だったことに、私は心の中で少し苦笑いした。


沈んでいく。
私の体はどんどん沈んでいく。
あのぎらぎらと輝くエメラルドが迫ってきて、凄く眩しい。



お姉ちゃんは私の名前を今も呼んでいるのかな…けど、耳鳴りで全然聞こえない。お姉ちゃんは私が死んだら泣いてくれるのかな?お父さんやお母さん、お婆ちゃんは?


キイイイ…ィィィィン!!



ああ。もう駄目、だね。

私の人生の終わりはこんなにも呆気なかったんだ…



私は全てを諦め、自分を闇に放り込んだ




はずだった――

No.388 11/11/01 23:11
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

――ふと気がつくと、私はどことも知れぬ空間にいた。

『いた』と言っても一体立っているのか、横になっているのか、それとも漂っているのか…どうもよく分からない。何しろ辺りは白一色なだけで、何も無かったのだ。それは文字通りの意味。地面もないし、さっきまであったはずの水もなかった。

それは現実離れした風景だったけど、あまり驚きはしなかった。死後の世界は何もないというのなら、私にとってそれはそれで納得できることだったから。


ただ、暖かい。
とても心地がいい。

それが印象的だった。




――キィ……ン ――



「!」

…また耳鳴りが聞こえる。

しつこいな。せっかく気分が良かったのに。一瞬そう思ったけど、この空間で聞くその音はさっきのものとはどこか違っていた。厳密に言うと同じ音なのだけど、その奥で微かに何か別の音が混じって聞こえるような。

何の音?私は注意深く耳を澄ましてみる。キーンとしたのじゃなくて、もっと後ろでぼそぼそと聞こえてるあの音だ…


『………。………』
『……』


え、何?


これは


声?


『……は……しか出来ない』
『…何も…?人間………いうのか?』

よく聞こえない。
姿も見えない。
何を、話してるの?


そこに誰かいるの――?

No.389 11/11/02 23:14
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

声は聞こえづらいけど、それは私のすぐ近くから聞こえている――細かな方向は分からなかったけど、そんな気がした。その声に呼びかけてみようかとも思ったけど、何故か声が出なかった。

私はもどかしさに少し眉を寄せる。けどその瞬間、私は今どうして声が出ないのかを考えるよりも、どうしたらこの声の主に私の存在を認識してもらえるのか考えていた。


そうして考えたら。


気付けば、私は自分の前に真っ直ぐ手を伸ばしていた。その手が空間の上に向いてるのか、下に向いてるのか、はたまた左右どちらかなのかは分からない。とにかく、もしかしたら話している人に私の手が届くんじゃないかと思って、今こうして手を伸ばしているのだ。

ただ、そんなに本気ではなかった。

現に今私の目の前には何も見えていない。手を伸ばしてもどうせ虚空をひっかくだけだろうということは簡単に予想がつく。それに、仮にもし声の主に私の手が届いて私の存在を分かってもらったとしても、その後どうするつもりなのか…全く何も考えていなかった。


つまり、駄目で元々。
そんな軽い気持ちだった。

だから

まさか本当にこの手が何かに触れるなんて思わなかったんだ。


No.390 11/11/05 23:21
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「え?――」


私はその違和感に目を丸くする。うまく言葉に出来ないけど、まるで私の伸ばした腕だけが、どこか別の空間に繋がったような感覚がよぎった。もし手のひらにも目がついているとしたら、顔についている両目に見えていない風景がそこに映っているのではないか?と思う程。

何を考えているんだろう、私は。そんなこと起こるはずがないじゃないか。ちゃんと私の手は今もここにあるじゃないか…。


でもその瞬間だった。

伸ばす手の先に、何かが触れたのは。


「……っ?!」


私は思わず息を呑む。
何?何に触っている?
今私の手には確かに何もないのに。

やっぱり、あの違和感は気のせいじゃなかったんだ。きっとあちらの世界では、何かに手が届いているに違いない。…そう思った。

私はもっと腕を伸ばす。
触れているモノをもっと探れるように――


「ん…っ!」


すると、分かった。

これは、何本かの細い指だ。誰かの手が触れているのだ。もしかしたら、さっき話してた人に手が届いたのかも知れない。


まさか本当に届くなんて。
一体、この世界の何者に届いたというのだろう。

No.391 11/11/06 23:26
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

この手を掴んだらどうなるだろうか。自然にそんな考えが頭に浮かんだ時だった。

「あっ」

私が触れた手はびっくりしたように震え、一瞬のうちに引っ込んでしまった。それはごく普通の反応だと思う。知らない誰かにいきなり手を握られたら、それは驚くだろう。私の姿があちらに見えていたのかどうかは分からないけど。

「待って…っ」

それでも私は、どうしても相手を知りたかったらしい。無意識に零れたその言葉を繰り返して、もがいた。

「待ってよ!あなたは誰なの?教えて…!」

でも、さっきまでの可笑しな感覚はみるみるうちに薄れていく。私は今、ただ無意味に腕を痛いくらいに上に伸ばしているだけなんだ、という当たり前の認識がどんどん脳を埋めていくようだった。

もうこんなの無駄なこと。

その考えが全て脳を埋め尽くす直前。最後に残った僅かな感覚を信じて、私は叫んだ。


「ねえ待って!!」


私は思い切り手を開いて――


パシッ!





何かを掴んだ?








「アンジェ。大丈夫か。」
「…?…」

その低い声に私はうっすらと目を開く。すると、ぼやけてよく分からない視界が広がった。それからピントがゆっくりと合っていく。

そして見えたのは、1つの知っている顔だった。

No.392 11/11/08 23:55
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「リタ…」

そう、リタだった。しかもびしょ濡れだった。長い前髪は肌にぴったりとくっついて、白衣も半透明になってとても重そうだ。

気が付けば私は湖のほとりに仰向けになっていて、今リタはそれを上からしゃがみ込んで覗き込んでいるようだった。

「気が付いて良かった。」
「リタ?…私…どうしたんだっけ…」
「それは私が聞きたい所だ。でも本当に危ない所だった。君の姉さんが私を呼び戻してなかったら、今頃君は死んでいただろうな。」
「…あぁそうか…私、溺れたんだった…」
「それで、この手はどうしたんだ?」
「て?」

よく分からない質問に私は眉を潜める。けれど右手に感触があったので、私の目は自然とそっちに行った。

「………?」

最初それを見ても頭がぼーっとしていたせいか、どういう状態なのかあまり分からなかった。ただ…私は何かを思い切り掴んでいる?

何を掴んでる?何を………
というところで。


「――っ!!」
バッ!

理解できたら、まず私はそこから手を離した。そして背中をバウンドさせるように起こす。

「ぁ…っご、ごめ、ごめんなさい!!」

私はぎゅっと、逃がすまいという勢いで掴んでいたのだ。少し困った顔をしている、リタの右手首を。

No.393 11/11/09 23:48
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

私が勢いよく起き上がると、リタはきょとんと目を丸くした。その後は互いに固まっていた。

…どうしよう。取り敢えず謝ってはみたものの、その後の言葉が思いつかない。

何だか分からないけど――不思議と胸の音がドキドキと強くなっている。それに、顔が微かに熱くなっている気がした。…顔が赤くなってる?私は思わず俯いてしまって、この沈黙をさらに気まずいものにしてしまう。

けれど。
リタの小さな笑い声が、その沈黙を打ち消した。

なので、私はちらりとだけ彼の顔に視線を向けた。


「…驚いた。もうそれぐらい動けるのか。だが、もうしばらくは横になって様子を見た方がいい。さっきのことは気にしていないよ。そんなにしゅんとする必要は無いと思うが?」
「ぅ……うん」

しゅんとはしていないと思う。ただ恥ずかしかっただけ――だと思うのだけど。

「さ。横になるといい。」
「……。」

私は何となく複雑な心境のまま、言われるままにまた地面に背を預けるのだった。




それでしばらくすると、遠くから別の声が聞こえた。

「…アンジェ!アンジェ!!」

この声はお姉ちゃんだ。私がのろのろと首を横に動かすと、入り口の所にお姉ちゃんが後ろに白衣の人を2人程連れて立っていた。だけどお姉ちゃんは、すぐに私の元へ駆け寄ってきて――

「アンジェ!」
「…お姉ちゃん。」
「気が付いたの?!…良かった…ぅ…良かったぁ…」

半べその顔を私に見せた。



No.394 11/11/12 23:27
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

少しして、白衣の人が持ってきてくれていた柔らかい布で私とリタは体を拭いた。脱衣場があるわけじゃないから、濡れた服は着たまま絞るくらいしか出来なかったけど。

その頃には私の体は完全に落ち着いたようで、もう立ち上がれる程になっていた。お姉ちゃんはしばらくたってもまだ泣きそうな顔をしていたので、私は少し呆れた視線をお姉ちゃんに送った。

「お姉ちゃん、もう大丈夫だからさ。そんな泣きそうな顔しないでよ…。」
「だって。だって本当に死んじゃったかと思った。あの時アンジェはどんどん沈んでいって、湖の底に呑み込まれて…見えなくなったんだよ!」
「…私、あそこまで沈んだ…?」

ぼんやりとした記憶を辿る。意識はどんどん薄れていってたから確証はなかったけど。確かに、最後にぎらぎらとしたエメラルドグリーンをかなり近くで見た気がする。

でも、そこに口を挟む人間が1人いた。


「少し…おかしいな。」
「?」

リタだった。ここから離れた場所で髪をタオルで軽く拭きながら、私とお姉ちゃんに目を向けていた。

「何が?」
「私が君を助けにここに戻った時。君の体は水面近くまで浮かび上がっていた。もしパトリシアの言っていることが事実なのだとしたら、一度底まで沈んで再び浮き上がってくるというのは考えにくい。この湖は、見たところかなり深いしな。」


リタは何か考え込むように親指を顎に当てていた。

No.395 11/11/13 23:20
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「リタさん…私、嘘は言ってません…」

お姉ちゃんがこぼれかけた涙を拭って言った。

「そもそも私も、正直君が生きていたことが不思議なんだ。パトリシアが私を呼び戻しに行ってから私がここに来るまで、最低でも5分はかかっていたと思う。その間ずっと水の中にいたのなら、息が持つはずがない。生きている確率はかなり低くなるはずなんだ。しかし、それでも君は生きた。」
「それって――」

確かにリタの言っていることは正しいと思う。でも、それだとどういうことになるんだろう?

「その理由としては2つ考えられる。1つは、湖底に沈んだという事実はなく、水面で溺れ、沈みかけているところを私が助けたか。」

「だから、私は嘘を言っていません…」とお姉ちゃんは反論する。

私もお姉ちゃんが言っていることが正しい気がした。水の深いところへ沈んでいく感覚は何となく覚えていたからだ。けれど沈んでからの記憶は、無い。変な夢を見て、気が付けばリタの手を掴んでいたということしか覚えていない。

リタは続けた。

「次に2つ目は、あの湖底にあるものの何かの作用によるものか。」
「…作用…?」

私は眉を潜めた。



No.396 11/11/16 23:27
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「こんなこと、普通は有り得ない。しかし今ここにオメガが存在した。ならば、有り得ないことが起こっても不自然ではないかもしれない。……いや、これがオメガであるのかはまだ確証がないが……」
「ありえないこと?」

何だかぶつぶつと独り言を言っているような気がしたけど、私は割り込んだ。でもその答えは思えば何となく予想が付いていた。

どんな仕組みになっているのかは、全然分からないけど…あれがオメガとかいうもので、神と同じほどの力を備えているというのが本当なら何ら不思議でないと思った。

「オメガが――アンジェを生かしたか。」

「私は1回死んで、あれで生き返ったってこと?」
「?!…そんなこと、あるんですか?!」
「有り得るかも知れないが、まだ調べてみないことに分からないな。」

それからリタは後ろの2人の助手に何か指示をする。すると2人は一旦洞窟の外に出て――戻ってきたら別の服装になっていた。

それは今までに見たことのない服で、体全体にくっついているぴっちりとした生地と、両足についてる大きな水かきらしきものが印象的だった。それに顔面には変なマスク?が取り付けられている。その格好のあまりの可笑しさに私は少し吹き出してしまった。まあ、水かきがあったから水に潜るためのものだとは理解できた。


「採取してくれ。どんなことが起こるか分からないから、用心しろ。」
「了解!」

リタが一言言うと、2人はすぐに動く。

No.397 11/11/18 23:21
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

大きな水しぶきが2つあがると、また私とお姉ちゃんとリタの3人になった。

「アンジェ。もう1つ、君に聞きたいことがあるのだが。」
「何?」
「君はどうして突然湖に落ちたりしたんだ。何も面白半分で湖に入ったわけではないんだろう?」
「最初は軽い気持ちで湖に入ろうとしてたけどね、何だかその後おかしなことになったの。いきなりきーんて耳鳴りがしはじめて、凄い頭が痛くなって…体が支えられないくらいになっちゃって。丁度、湖を覗き込んでたところだったからそのまま湖に落ちたんだと思う。思えば沈んでる最中もずっと耳鳴りは鳴り止まなかった。」
「その耳鳴りは、前にも起きたことが?」
「全然無いよ。あんなのは初めて。耳鳴りがあんなにうるさいものだとはホント思わなかった。…夢の中にまで出てきたし。」

私はふいっとリタから視線を逸らす。目が醒めたときのことを思い出すと、また恥ずかしくなってしまうから。考えてみればそんなに恥ずかしがる理由も無いはずなのだけど…



それにしても夢の中のあの耳鳴りはなんだったんだろう?



夢の内容は鮮明に覚えている。私がどこかにいて耳鳴りがした。でもその耳鳴りは、段々話し声のようなものに変わっていったんだ。まるで誰かが、誰かと話すような―――微かだったけど聞こえた。


No.398 11/11/19 23:33
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

現実での話し声が夢に届いたのかとも思ったけど、それは無い。

目が覚めたときにはリタ1人しかいなかったし、お姉ちゃんは話によるとリタを呼び戻しに行って、そのままリタに助手を呼んでくるように頼まれたらしい。だから、私がその間に誰かの話し声なんて聞けるはずがない。


「夢、か。どんな夢を見た?」

リタは意外と興味深そうに聞いてきた。

私はその内容を全て話した。いつから見ていたのか分からない。思えば、あの夢の中は今までにないくらい不思議な感じだった。

やけに意識がはっきりしていて、まるで現実の私が動いているようだったけど、決してあそこは現実の世界ではなかった。だからこれは死後の世界なんじゃないかって思った気がする。…確かそうだった。

それで、あそこで触れた手は?

目が覚める瞬間に掴んだのはリタの手だった。でもその前にも私は誰かの手に触れた。1回目もリタの手に触れたのだろうか。

「ねえ、リタ。私は目が覚めるもっと前にも…リタの手に触ってた?」
「いいや。君が私の手を掴んだのは覚醒直前のあの1回だけだ。夢の中で最初に触れた手というのは、私ではないだろうな。」
「…そう。」


じゃあ誰だったんだろう。

聞けるはずのない話し声。
触れるはずのない誰かの手。

ただの夢だとは思うものの、喉に引っかかった魚の骨みたいに気になることだった。

No.399 11/11/23 23:31
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それからしばらくして。

湖からさっきの2人の助手が上がってきた。すると、その1人の手に栓が付いている細長いガラス瓶が握られていた。中には――きらきらと輝く、エメラルドグリーンの液体が入っている。

リタと助手とのよく分からないやりとりの間、私はずっとその輝きに見入っていた。ずっと見ていると何だかまたキーンと聞こえてくるような気がした。けど、何故かもう悪い気分にはならなかった。寧ろ、もっとそれに耳を傾けていたかった。もしかしたら、また誰かの声が聞けるような気がしたから。


「よくやってくれた。ひとまず、これは『国』に持ち帰って分析に回すべきだ。」
「ええ。持ち運びについては、見たところ何も問題がなさそうです。ただこのままの状態を『国』に着くまでに保っていられるかどうかは分かりませんが。」
「ああ。すぐ出発しよう。……希望が、見えた。」

リタは満足そうに少し微笑む。そこで、おずおずとお姉ちゃんが口を開いた。

「私達、お役に立てましたか?」
「…パトリシア、君には深く感謝している。これで世界中の人が救われる糸口が見つかるかも知れない。まだこれが何なのかは分からないが、何かしらの結果は十分に望めると思う。」
「…よかった…」

リタの笑顔につられてお姉ちゃんも笑った。2人とも穏やかな表情だった。そして、私の頬もゆるむ。

今まで世界が大変だなんて全然知らなかったけど、こんな私達でも困っている人達を助けることが出来るならそれはとても嬉しいことだった。


No.400 11/11/24 23:07
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その後、今度は岩陰で助手2人が着替えを済ませてから。

「…ね、早いとこここ出ちゃった方がいいんじゃない?」

私はそう提案した。元々ここは入ってはいけない場所だ。用が済んだのなら、なるべく早く出た方がいいと思った。そしてそれはここにいる全員同感だったらしい。みんな小さく頷いた。すると、

「…私、先に外を見てきますね。そとにいる見張りが心配なので。皆さんは少しここで待っていて下さい。」

お姉ちゃんが、そう告げて出口へかけていく。何とも気が利くのもお姉ちゃんのいいところの1つだ。

それから私達は少しここで待った。ここを出る準備を全部済ませて。


でも―――








「お姉ちゃん遅いな?何やってるんだろ。」

…もう10分くらいは経ったと思う。少し辺りに目を配ってからすぐ戻ってくるのかと思ったのに。どこまで確認しに行ってるんだろう?

「……。」

リタは黙って出口の方を見ていた。少し眉を潜めながら――


「…まさか。」


ぼそりと呟いた。


え?何?
まさか…って。


そう思った。

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