地獄に咲く花 ~The road to OMEGA~
30XX年。地球。
そこは荒れ果てた星。
温暖化によって蝕まれた大地、海、空気。
そして20年前。生物学者ルチアによって解き放たれてしまった人喰いの悪魔…『人造生物』。世界に跳梁跋扈する彼等によって、今滅びの時が刻一刻と近づいている。
しかし。
その運命に抗う少年達がいた。
人造生物を討伐するべく、ルチアに生み出された3人の強化人間。ジュエル、ロイ、グロウ。
グループ名『KK』。
少年達は、戦う。
生きるために。
…失った記憶を、取り戻すために。
その向こうに待ち受ける答。
そして、運命とは?
※このスレッドは続編となっております。初めて御覧になる方はこちらの前編を読むことをお勧めします。
地獄に咲く花
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ロイが最近あまり左手を使わずに戦っているのを、ジュエルは知っている。だから悪い予感はますます強くなっていた。
(あいつの性格だ。どこか敵を有利な場所に誘っているに違いない。…とするとあの倉庫か?)
ジュエルは別れ道を右に曲がった。
(あそこなら大勢で袋叩きにするには向いている。逃げ場も、出入り口の1つだけだ。)
突風のような速さで走る。目的地は、もう決まっていた。後はそこに向かって走るだけだった。
(くそ…無事だといいが。)
少しして、ジュエルは辿り着いた。目の前にあるのは黒ずんだコンクリートで出来た建物。ジュエルは息を切らしながら、倉庫を見た。
「………。」
そこに流れているのは、静寂だけ。何の音もしない。閉まりきった扉は、中の空間を完全に外から隔離しているようだった。ロイの存在を確かめるため、ジュエルはその取っ手を掴む。
そして、
ゴゴゴゴ…
扉はジュエルの手によって
重く、ゆっくりと開かれた。
…その向こうは
生臭いにおいが立ち込めた空間だった。薄暗い倉庫の中は一瞬ではよく見えない。だが目が慣れてくるにつれ、その光景は少しずつ見えてきた。
「っ…」
酷く血が飛び散っている。まるで、よく熟れたトマトを投げ合う祭りが終わった後のようだった。しかし、そこら中に転がっているのは潰れたトマトではない。…潰れた死体だ。彼等は人間でない者が殆どだったが、中には人間も混じっていた。
下半身を下に置き忘れたまま、コンテナの上で倒れていたり
壁に四肢を無くして寄りかかっていたり
床に内臓をぶちまけながら転がっていたり……様々だ。
ジュエルが、そのあまりに惨い死体達を目の前にしていた時だった。
「た、助けてくれ……頼む!」
突然、奥の方から声が聞こえた。ジュエルはそちらを見る。
すると、闇の中に奇妙な人影が浮かび上がっていた。
そこには、2人いる。
小さな1人が、大きい1人を水平に持ち上げている。丁度、それは歪なTの字に見えた。
ジュエルはもう少し、そこに近付いてみる。…すると、顔もはっきり見えてきた。
始め、大柄な男が少年に持ち上げられているように見えた。
…だがよく見ると少し違った。
大柄な男が、少年に胸を貫かれているのだ。
男はまだかろうじて生きている。どうやら先程の声は男のものらしい。マスクが取れているので、その必死な表情がすぐに見て取れた。
「…殺さないで…くれぇ…」
掠れた声で、男は自分の真下にいる少年……ロイに助けを求めていた。ロイは左手を男の胸に埋めたまま何も言わない。
代わりに、
ずぶり。
「ぎゃあぁあ…ぐぼっ!」
埋まっている手で何かしたようだ。男は激しく血を吐く。そして。
ブン!
ロイはそのまま腕を振った。一瞬肉が千切れるような嫌な音を立てた後、男はジュエルの後ろの方に勢いよく吹っ飛んでいく。
ドガシャァン!!
男はコンテナの山に突っ込み、それから静かになった。見れば血塗れのロイの手には肉塊が握られている。…男がもう絶命しているであろうことは、確認しなくてもそれで予想がついた。
ジュエルは
それを見た。
何度も確認した。
ロイの左腕が、ちゃんと人間の形をしていることを。
即ち
左腕の暴走は起こっていない…ということを。
時が止まっているようだった。
そこにあるのはおびただしい数の無残な死体。その中心に立っている少年と、それを見ている少年。ジュエルは、止まった時の中で動けないでいた。声をかけるべき相手はすぐそこにいるのに、体がなかなか言うことを聞いてくれない。
ジュエルは思った。
そこで血塗れになって立っているのは、自分の知っているロイではない。彼は何度も人を殺めて来たが、決して人を苦しませるような殺し方はしないと。
ではそこの『彼』は誰なのか?それが分からないから、ジュエルは恐れを感じていた。しかし思い切って声を振り絞った。
「ロイ。」
小さな一言。これが精一杯だった。あとは返答を待つだけ。
『彼』がどう答えるのかを待つだけだ。
『彼』はゆっくりとこちらを見た。
どろりと濁った、光のない目をしていた。ちゃんとジュエルが見えているのか疑問に思える程虚ろな表情で。そして、
「?」
ジュエルは目を丸くする。
『彼』が目の前から消えたからだ。その後は、どこへいったのか探る暇もなかった。
ジャキ
「!!」
『彼』は、ジュエルの額に銃を押しつけていた。
1分程経った。しかし、状況は全く変わっていない。ジュエルは自分のすぐ左にある『彼』の横顔を見ることも出来ない。今出来る事と言ったら、額にある銃口の冷たい感触を味わう事くらいだ。
だが、やがて『彼』は銃を下ろした。ジュエルは死の危険から解放され、思わず息を吐く。そして『彼』の方を見ようとした。しかし、それより早く声は響いた。
「すまない。」
か細い声だった。ジュエルはその顔をちらりと見る。そこにあったのは、蒼白な顔だ。それはロイのものであって、『彼』ではない。それでジュエルはやっと落ち着きを取り戻したようだった。
「ロイ。何が起こったんだ。」
「…何も起こってない。」
「嘘だ。」
ジュエルは即答した。ロイは何も言わない。とても疲れているようだった。息を切らしながら左腕を押さえている。
「忘れて、くれ。」
ロイが呟いた。
「左腕が暴走を始めたのか。」
「………。」
そして、そのまま歩き出した。ジュエルは勿論呼び止める。
「おい、待てよ!」
その歩みは止まることなく、出口に向かう。
「悪い。…1人に、してくれ。」
ロイの背中は、開いている扉に近づく程、逆光で黒に染まっていった。
「…それで、1人で帰ってきたわけですか。」
と、グロウが笑った。
ジュエルはあれからロイを見失い、結局いつものアジトに戻って来たのだ。
「ロイは帰ってきていないんだな。」
「僕もさっきここに来たばかりなので。そうそう、『鍵』は全くもって無事でした。」
「…そうか。」
「では、聞かせて貰いましょうか。」
グロウは寝ころんでいたソファーから起き上がり、ジュエルに向かいのソファーを勧める。
「何をだ。」
ジュエルは勧められた場所に腰掛けた。
「何故ロイが『SALVER』に狙われているのか、ですよ。さっき話すと自分で言ってたじゃないですか。」
「……。」
「それと。この件には、あの『鍵』も関係していると見てもいいんですね?」
その言葉にジュエルはしばらく沈黙し、溜め息をつく。そして話し始めた。
「…『鍵』は、ロイの血縁者だ。」
シュウウゥ……
何かガスが吹き出すような音が鳴っていた。そこはガランとした何もない部屋だ。
人1人収まりそうな円筒形の水槽以外は。
そこに1人の少女が入っていた。
長い黒髪をポニーテールに束ねている少女が、目を閉じながら自分の体を腕で包んでいた。
水槽の中は、透き通った緑色の気体で一杯だ。少女はその中で眠っているようにも見えたが、
「アンジェリカ。」
低い声が聞こえ、目を開けた。その男は部屋の入口に立っていた。黒いコートを着て、フードを目深に被っている。だから顔は分からない。
「任務は失敗だったな。」
男はそう言いながら水槽の所へ少しずつ歩み寄っていく。
「…申し訳ありません。」
アンジェリカは抑揚のない声で答えた。しかし、表情が微かに歪んでいる。
それは何故か?
「君の戦いを見ていた。何故、あの時2人を殺さなかった?」
男の声が響く。その度、彼女は感じているのだ。それは声が近づく程強くなってゆく。
「困るな。君はKKよりも精密な強化人間のはずだろう?…人を殺すことだけが取り柄の。」
キイ…ィン…
「そう。君は精密な、ただの殺人ロボットのはずだ。」
キィイイィン…!
(…頭が、痛い…)
気付けば、アンジェリカはとても苦しそうな顔をして、両手でこめかみを押さえていた。
(来ないで。)
アンジェリカは心の中で訴える。しかし、その願いが届くことはない。男は、もうアンジェリカの目の前まで来ていた。
男はガラスの壁に手をつく。そして水槽の中で頭を抱えている少女を見た。
「もう1度聞く。何故戦うことを止めた?答えろ。」
「…っ」
痛みのあまり、アンジェリカは声が出ないようだった。男の声が、鋭い耳鳴りとなって容赦なく襲ってきているのだ。
『答えろ。』
キイイイィィン…!!
「…よく、覚えていません。」
「何?」
「『グロウ』との戦いはよく覚えていません。気付いたら『ジュエル』と刃を交えてました。そして、私は逃げ出した。」
「…その理由を聞いているんだ。アンジェリカ。」
「……。」
しばらくアンジェリカは息を切らしていたが、やがて途切れ途切れに答えた。
「彼…『ジュエル』は、あなたと同じ感じがしたから。」
その言葉に、男はぴくりと反応する。
「どういうことだ?」
「頭が痛い。耳鳴りがする。近くに来ないでほしい、ということです。」
その瞬間。
バリーン!!!
男はガラスを派手に壊していた。透明な破片が飛び散り、中の緑色の気体が溢れ出す。
「あっ…?!」
アンジェリカは全身の力が抜けたように、そこに倒れ込んだ。
「やれやれ。まだ完全に洗脳できていないみたいだな。」
「うっ…」
「だが心配することはない。もうすぐ何も感じなくなる。」
男はガラスを跨ぎ、アンジェリカのすぐ近くに立つ。その後腰を低くすると、彼女の頭に触れた。
そして、囁いた。
「…痛みも、感情も。」
どくん。
アンジェリカの中で鼓動が響いた。それから、アンジェリカは本当に何も口にしなくなった。言葉も、さっきまで漏らしていた微かな呻き声も。男はそれを確認すると、頭から手を離した。
「アンジェリカ。君にもう1度チャンスを与えよう。ただし別の任務だ。」
「……。」
「次の目標は『ロイ』。…『鍵』の片割れ。命の有無は関係なくここに連れてこい。少し彼を甘く見ていたらしい。容赦はするな。」
男はそう言った後、壁にかけてあるチューブ付きのマスクを手に取った。そして、それをアンジェリカの顔に取り付ける。アンジェリカはそれにも反応せず、ただ目を半開きにしてそこに倒れているだけだった。
「命を浴びないと生きていけない…哀れな人形、か。」
男は呟いた。
そのまま男は部屋を出るようだ。少し先にある金属の扉が自動で横にスライドする。男はそこに吸い込まれていった。
同時に、粉々の水槽の電灯が消える。さっきまで鳴っていたガスの音もなくなり、その部屋に残ったのは暗闇と静寂だけだった。
扉の先。
そこも薄暗い。点々とある蛍光灯から、左右に長い廊下が伸びているということだけは分かる。男は、左の方に進んだ。
カツ カツ カツ
規則的な間隔で響く足音。それは5分程続いただろうか。途中、たまに別れ道や扉があったが、無視して真っ直ぐ進む。
そしてたどり着いたのは、ひときわ大きな扉だった。扉の横にある小さな機械の上に男が手を置くと
ピッ
プシューーッ!
扉は大きめの音とともに左右に開いた。男が中に入った後、扉は同じ様な音を立てて閉まった。
…そこは円形の部屋だった。
特徴は、とても広いということ。さっきの部屋の10倍はある。
そしてもう1つ。
水槽だらけ。
壁一面、円柱型の水槽がひしめいている。中には、緑色の液体が入っていた。
1部の水槽ではその液体を沸騰させている。そこで発生する緑色の気体は、水槽に繋がっているパイプに吸い込まれていた。パイプは天井を伝い、壁を突き抜けている。どうやら、それは別の部屋にも繋がっているようだ。
「オメガ。」
男は言った。独り言ではなく、呼びかけるような口調だった。そして、近くにある大きな水槽に手をつく。水槽は床の下まで伸びており、男はその底を見つめた。底の方は上の方と違い、黒ずんだ緑色で見えにくい。
「命の源。」
しかし、よく見るとそこには何かが沈んでいた。見えるのは、かなり特徴的な形をした影だ。それはいくつもある。1本のなだらかなラインを描く太い棒から、5本の細い棒が折れ曲がりながら伸びている。一瞬何かの花が咲いているようにも見えるが、違う。
それは、
「…星の血潮。」
人の腕だ。
「もうすぐ、私の長年の研究は完成する。全ての命と星を救うことが出来る。」
謡うように、歓喜に満ち溢れた声で。男は両手を広げて言った。ちらりと右の方を見る。
「オメガ遺伝子…『鍵』が揃えば。」
そこにだけ、
空っぽの水槽が2つあった。
その時。
プシューーッ!!
後ろから扉の開く音がした。同時に、
「リタ~ここにいんのか~?」
とても気だるそうな声が聞こえた。男は振り向く。
すると、扉の前に20代前半くらいの青年が立っていた。燃えるように真っ赤な髪はボサボサで、色んな方向に尖っている。スーツを着ているようだが、ブレザーもブラウスもサイズがダブダブでだらしない格好だ。しかも、穴が空いていたり破れたりしていた。
「ヒトを呼んどいてうろちょろすんなよ。どんだけ探したと思ってるんだ?」
「ヴァイス。喜べ。やっと君のやりたがっていた仕事を与えることが出来る。」
「おま…、ヒトの話聞け!」
指をびしっと突きつける。赤い髪の青年、ヴァイスは激しく怒っているようだった。
「どこに行こうと私の勝手だろう。…それに君はもうヒトではない。」
「てめーがそうしたんだろうが!」
ヴァイスは噛みつくように言う。男はそれに「相変わらず騒がしい奴だ」とだけ返した。その後ヴァイスはバリバリと頭を掻くと、
「まぁ、かなり感謝はしてるがな。…リタ様よ。」
ニィっと笑う。
リタと呼ばれる男も、フード越しに笑った。
「『鍵』探しは、飽きたか。」
「ウンザリだ。」
リタの問いに、ヴァイスは即答した。
「折角ヒトを殺せる体をもらい受けたのに、俺の役目はただの捜し物。殺しの仕事はほとんどアンジェリカに回しやがって。逆だろ逆!」
「だから今それをさせてやると言っている。アンジェは失敗したからな。」
リタは冷めた口調で言う。ヴァイスの無意味な騒ぎっぷりとアンジェリカのことに嘆息しているようだった。ヴァイスはリタの言葉に少し眉を動かした。
「あいつ、しくじったのか?」
「ああ。」
「ハッ!やっぱり、所詮あいつはただの人形だな。」
「……。」
「自分の存在意義も目的も失った奴に、完璧な仕事なんざ出来るはずねぇさ。」
ヴァイスは得意気な笑みを浮かべる。自分なら出来ると言わんばかりだ。リタは目を細めて聞いた。
「なら、お前の存在する意味は何だ?」
「…分かりきったこと聞くなよ。お前馬鹿か?」
とても呆れた風にヴァイスは言う。勿論、リタもその先の言葉は分かりきっていた。
「俺は殺すために存在する。殺すためにこの世に生まれてきた。」
…話を始めてから、30分程経っただろうか。
ジュエルは話し終えた。自分が考えていた全てのことを。グロウはゆったりとした姿勢から、さらに足を組む。
「つまりこういうことですか。連中はその『オメガ』とやらを使って何かをしようとしている。そして、そのために必要である『オメガ遺伝子』を持っているのが、ロイ。ロイの血縁であるジルフィールも同じである可能性が高い…と。」
「……。」
「こんなに少量の情報からここまで仮定を組み立てるとは。特にロイとジルフィールの兄弟関係辺りが面白かったですよ。」
グロウは笑う。ジュエルの話に素直に感心しているようだった。ジュエルがどこか疲れたような表情しているが、それには理由がある。必然的に一言続くからだ。
「証拠はないようですがね。」
ふぅ、とジュエルは溜息をついた。
「それはロイにも言われた。」
「まぁ当然でしょう。話としては面白いですが。」
「…とにかく、『SALVER』はまた俺達に攻撃を仕掛けてくる。今日のよりも強力なやつだ。」
「そいつらから真相を聞けたら聞きませんか。どちらにせよ奴らの本拠地も聞き出しますしね。」
ジュエルは頷いて立ち上がる。
「ここも、多分もう安全じゃない。」
そして、壁に立て掛けてある2本の剣を取った。剣同士は長い鎖で繋がっていて、ジャラリと音が鳴った。
「…これからは別行動にしたほうがいいと思う。」
「賛成します。寝るところも別ですね。連絡は携帯で、ということでどうです?」
「そうしよう。ロイにメールで俺達のことを伝えておく。どうせ返事はないだろうが。」
ジュエルはテーブルの下に置いてある食糧が入った小さな袋をひっつかみ、出口に向かう。
「ジュエル。」
そこでグロウが呼び止めた。ジュエルは足をぴたりと止める。グロウはその背中に聞いた。
「これからどうするつもりですか?」
「ロイの行方を掴む。ロイは今様子がおかしい。1人じゃ危険なんだ。あとジルフィールも、もっと安全な場所に移す。」
「……。」
少し間の後、グロウはこう言った。
「『鍵』のことなら僕が引き受けましょう。」
ジュエルは少し振り向いた。
「あと、僕は上層部で『SALVER』について調べられるだけ調べてみたいと思います。貴方は早くロイを見つけた方がいいかと。」
「…そうか。すまない。」
それからジュエルはその部屋を去った。ドア代わりの大きな布が湿った風でふわりと揺れる。
グロウはそれを見た後、呟いた。
「……さてと。」
プルルル……プルルル……
耳元で呼び出し音が鳴っている。それは1回2回3回と規則的に続く。終いには10回を超えた。
ピッ
ジュエルはその連続を断ち切る。
(やっぱり出ない…か。)
通話を切った後も携帯をしばらく見つめていた。だいぶ古くなったのか、その青い色がくすんで見える。この天気のせいもあるかもしれない。そう思って、ジュエルは誰もいない広い道の真ん中で今にも泣き出しそうな空を見上げた。
『忘れて、くれ。』
ジュエルの脳裏に、声が響いた。すると、自然にあの倉庫での事が思い出された。とても苦しそうなロイの表情が、よぎる。
ジャリッと地面を踏んだ。
(ロイは…何を、思っていたのだろうか。)
そう考えていた時だった。
パリーン!!
いきなり近くの建物の2階の窓が割れた。そして細かいガラスの破片が地面に落ちるその前に、
バッ!!
窓から1つの影が飛び出す。反射的にジュエルはそれに向かって剣を構えた。
瞬間、微かに別の場所からも音がした。ジュエルはそれに気付くと
ザッ
体を独楽のように1回転させた。
すると、奇妙に肥大化した爪を振り下ろしながら後ろから突進してきた黒軍服の敵が、ジュエルの脇を勢いよく通り抜ける。そして回転が終わる頃には、敵の背中はジュエルに丸出しの状態になっていた。そこを、
ざばっ!!
「ごぼっ」
一刀両断。背中にあったボンベも、体も真っ二つになった。割れたボンベからは緑色の煙が。肉からは鮮血がほとばしった。
空かさず視点を前へ。
そこにはピストルを構えている敵がいた。ジュエルは、そこから間もなく発射されるであろう弾丸の軌道を素早く読み取る。
ドン!
敵が発砲した刹那、ジュエルはすっと剣を動かした。次には
キィン!
小さく金属音がしただけだった。弾丸は2つに別れ、音も立てずに地面に転がる。
ドン!ドン!!
続けて何度か銃声が鳴り響く。しかしその後にはいつも小さな金属音が鳴った。ジュエルは敵に向かいつつ、踊るように2本の剣と体を操って弾丸を斬っていた。そして
ザク。
程なくして、ジュエルは弾丸ではないモノを貫いた。
心臓から頸椎にかけて下から上へ。大したことのない量の血が散った後、敵は悲鳴も上げずに絶命した。
辺りに静寂が戻ってくる。
もうジュエル以外は誰もいない。ジュエルは死体となった敵を貫いている体勢から戻り、同時に剣を引き抜こうとする。
しかし、その時。
「!」
瞬間的に脳内映像が流れた。それはぼんやりとしている上、ぶれが生じてかなり見づらい映像だったが、内容は簡単に分かった。
片手で大柄な男の胸を貫き、それを軽々と持ち上げている『彼』の姿。助けを求める男が大きく血を吐き、『彼』に赤い雨が降り注ぐ。
その時の『彼』の表情。
ずるり。
ブシュウウゥ…!
噴水のような音が聞こえた。ジュエルは、のろのろと音源を探す。すると、目の前で死体が勢いよく赤いの噴水を上げながら崩れ落ちていた。その赤い液を吸った剣は、ジュエルの右手にだらしなくぶら下がっている。
ドシャッ!
死体が地面にぶつかると噴水の勢いは少し弱まり、今度はそこに赤い泉を作り始めた。
ジュエルは、じっとそれを見つめた。
しばらくして、ジュエルは自分の頬をなぞってみた。すると手に血が付く。頬にべったりと返り血がついているということが分かった。
――自分は、今どんな表情をしているのだろう?――
そう思った。
血の海の中で、ジュエルは何故か胸が苦しくなる。ひどく虚しく、悲しい。そんな言葉では表しきれない、複雑な気持ちになった。
また
空を見上げる。
それからは時間の感覚を奪う曇天の下、ジュエルはロイを探し続けた。しかしロイの姿はどこにもなく、代わりに敵襲が何度かあるだけだった。そこで返り血を受けると、水が通っている場所に行って血を洗い流した。1日の終わりには下層部の一層目立たない場所で持参していた缶詰めを食べ、そのまま浅い眠りに墜ちた。
そんなぼんやりとした日が3日程続いただろうか。
変わったことと言えばグロウからメールが届いたことくらいだ。そこには上層部で調べたこと、すなわち『SALVER』についての事実がいくつか書かれていた。
まず、『SALVER』が行っている活動のこと。主に『国』への潜入調査と人造生物の捕獲。これまでに人を殺すようなことはなかったということだ。
2つ目。
国が摘出した潜入捜査官から聞き出した情報によると『SALVER』の基地は一つではないということだ。『国』が自主的に潰せた基地は全体の2割程度と推測されている。
そしてさらに気になる情報が、その無数の基地の司令塔の役割をする巨大な施設が存在するという可能性。しかしこれに関しては、どの捜査管も口を割ろうとしなかった。というより、誰も情報を持っていなかったのかもしれない。
そんなものは存在しないのか、それとも『SALVER』の末梢には一切知らされていない極秘の計画が成されていて、今も進行しているのか。『国』は後者の確率の方が高いと見ているようだ。
ここに、最近出没した『SALVER』の武装隊が繋がってくる。『国』が強制捜査した全ての施設内には、それらしい武器などは発見されなかった。だから、今までにない特別な部隊、即ち中枢部分が動き出したと考えられる。その人間から事実を聞き出すことが出来れば、『SALVER』撲滅への大きな1歩を踏み出せるのではないかと『国』は予想した。
その仕事がKKに回ってきたのだと、グロウは言う。
…文字の羅列を全て見ると、ジュエルは携帯を閉じた。
それは、4日目の昼下がりのことだった。
晴天の日は焼けるように暑い日差し。曇天の日はじめじめとした気持ちの悪い湿気がつきまとうこの『国』。でも、今日は違った。
穏やかな晴れ。それはとても珍しいことであった。空は真っ青で、綿飴のような白い雲が風と共にゆっくりと流れている。太陽が時々雲に隠れ、また現れる。その時に感じられる日差しはとても暖かく、気持ちがいい。
その中
ジュエルは何か虚ろな表情で、大通りに立っていた。携帯をジーンズのポケットにしまうと
…ザッ
重く、一歩踏み出す。その時微かに立った砂埃が風に流れていく。それは誰も疑問に思わない自然現象のはずだが、ジュエルは一瞬ぎくりとした。
砂が赤く見えるのだ。
気のせいだと思い、もう1歩踏み出す。
ザッ
だが同じ様にまた赤くなった。
そのうち、粒子状の砂が段々液体に見えてくる。そしてそれが一面に広がっていき、景色が赤に塗りつぶされていく。気付けば、先程の風景が完全に見えなくなっていた。
どこを見ても、どす黒い赤。
(…くそ…。)
ザッ!
それを振り切るように、ジュエルは走り出した。
次に、それは赤い波となって後ろから迫ってくるようだ。見ればそこからヒトの腕が何本も突き出ていた。沢山の呻き声も聞こえてくる。
走らなければ、呑み込まれる。
だからジュエルは走った。どこを目指すわけでもなく、ただそれから逃れるために走った。振り向いてはいけない。一瞬の隙も許されない。
これは何なのか。沸き上がるこの恐怖は一体何なのか。ジュエルには理解できない。
ジュエルは曲がり角も滅茶苦茶に行き、ひたすらにそれとの距離を離そうとした。
…が、
ざっ
「ぁ、」
道につまづいてしまう。これは致命的だった。赤い波は物凄い速さでジュエルのすぐ後ろまで迫る。そして無数の腕は伸び、ジュエルの肩を掴んだ。
…もう間に合わない。
「――っ!!!」
静かだった。
それに何も感じない。
ジュエルは思わず顔の前に持ってきていた腕を、ゆっくりとよける。すると
赤い波が、無い。
「はぁ…はぁ!」
肩を上下させて辺りを見回すが、どこにも見当たらない。さっきまで聞こえていた不気味な呻き声は消え、肩にあった冷たい手の感触も無くなっていた。
「はぁ………。」
…その時。
ふと、ジュエルの目に止まったものがあった。
それは光だった。
ジュエルが走ってきたこの場所はごちゃごちゃとした建物が多く、殆んどの空を切り取っている。下層部の中でも一層薄暗い場所だった。
そんな中、その光は右の曲がり角に1本伸びていた。
まるで見る者を誘うようにそこだけ柔らかな光が射している。実際、ジュエルの気持ちはそれに引かれていた。ジュエルは少しふらついた足取りで、その角を曲がる。
「…?」
しかし曲がり角の向こうの道は思ったよりとても短く、途切れていた。
道が無くなった先は少し急な坂になっている。坂が終わるところには青空があるだけで、向こう側はここから見えない。
ジュエルは、不意にこの坂の向こうに行ってみたくなった。
理由はない。
直感的だったのか、それとも違うものなのかは分からないが、ジュエルは自然と坂に足をかけていた。
階段もない急な乾いた土の坂。下手をすればずり落ちてしまう。それでもジュエルは登った。その先に何があるのかを、無性に確かめたかったのかもしれない。
1歩1歩滑らないように踏み締める。
そして、ジュエルはついにその頂上に着いた。
「…!」
坂の上には息を呑む光景があった。
それは、見渡す限りの草原だ。
大きな風がこちらに吹くと同時に、ざぁ…という音が遠くから流れてくる。緩やかな丘が続いていて、そこに群れを成している緑の波が一斉に揺れていた。
真っ青な空はどこまでも果てがない。いくつか浮いている白い雲はくっきりとした影のコントラストを作り出し、空と緑のキャンパスの上で絵を映し出している。
まるで天国の入口のような、とても涼やかで美しい風景だった。
現実感がなかった。別の世界に迷い込んでしまったかのように、ジュエルは立ち尽くす。ずっとこの『国』で過ごしてきたのに、こんな場所は全く知らなかった。
風になびく自分の髪に少し触れて。その景色の眩しさに目を細めながら隅々まで辺りを見渡す。
そこで気付いた。
「?」
遠くのある丘の上に1本の木が生えている。…ここからだとよく見えない。ジュエルはその木の元に行ってみることにした。
草の上で歩みを進める。固い砂の地面を踏むのとは違く、とても柔らかかった。見れば時々白い花が咲いている。ジュエルはそれを踏まないように気を付けた。
サク サク
草を踏む軽い音が重なる度、自分が広い空に近付くような気がした。手を伸ばせば天に届くだろうか。決して届くことはないと分かっていても、そう感じずにはいられなかった。
ここは自分の知らない世界。だから、今どんな有り得ないことが起こったとしても何ら不思議ではない。ジュエルはそう思った。
やがて透き通った風が通ると、さらさらという葉の擦れ合う音が聞こえてきた。あの木はもう、すぐそこだ。
ジュエルは
それを見上げた。
大きな木だった。
20mあるだろうか。所々にうろがある、けれどしっかりと根付いた太い幹は何十年の時を感じさせる。それが天に向かって真っ直ぐ行き、何本もの枝を伸ばしていた。葉はその全てに美しく覆い茂り、風に揺れていた。
木漏れ日の模様が動く、まだらな影の部分にジュエルは足を踏み入れる。
が、そこで止まった。
思わず小さく声を上げた。
何故なら木の裏側に…見慣れた、同時に久しい後ろ姿が少し見えたからだ。木の根元に寄り掛かって座っている後ろ姿が。
走り出しそうとしたがジュエルは止めた。何となく、この心地の良い静寂を打ち破るのは気が進まなかった。
今までと同じ速度で、その背中に向かって歩く。そしてすぐ後ろまで来た。 しかし背中は動かない。振り向かない。だから、こちらから声をかけることにした。
「そんな所で何をしているんだ?…ロイ。」
さわさわさわ…
また風が吹いて、木が静かに歌う。ロイはその歌が終わる頃にゆっくりと振り向いた。始め少し驚いたような表情だったが、それはすぐに和らいだ。
「ジュエルか。…よくここが分かったな。」
「ここは、何だ。ロイは知っていたのか?」
「この場所はずっと前からあったさ。でもお前とグロウにはさりげなく行かせないようにしていた。…こっちに来ると無駄足になるだけだとか、危険だとか言ってな。それで、お前達に無意識的にこの区域から避けるようにさせてたんだ。」
「この場所をを独り占めしたかった、そういうわけか。」
「ああ。くっくっく!」
ロイは、ジュエルの「してやられた」というような口調に肩を震わせて軽く笑う。その後、ジュエルから視線を外して言った。
「前、見てみろよ。」
「…?」
ジュエルは言われるままに向こう側に目を移した。
すると、
ジュエルは言葉を失った。
「俺の秘密の場所だ。」
ロイは静かにそう言ってみせる。目の前にある、この景色を見つめながら。
白い花畑だった。
1つ1つの花はとても小さく、5枚の形の整った花びらが真ん中の黄色い花心にきちんと並んでいる。とても可愛らしい花だ。それが丘の下り坂1面に、わあっと咲いていた。ジュエルはしばらくそれを目に焼き付けた後、しゃがんでその1輪を見てみる。
「この花…ここに来る途中でも何度か見かけた。でも、ここだけこんなに咲いてるんだな。」
「いずれお前が見た所もここと同じ様になると思う。花はその命を失うと同時に沢山の種を残す。だからどんどん範囲を広げて、やがて1つの花畑になるんだ。」
「……。」
「俺はここで、この景色を見るのが好きだ。」
ロイは、穏やかに言った。
「この草原も、この木も。この花も。何故生きていられるかはよく分からないけど…こんなにも逞しく生きている。
全ての命が尽きかけている、腐りかけたこの星。もはや殺し合わないと生き延びられなくなった人間の世界。
……この地獄で。」
ロイが語りかけるように話す。ジュエルは黙って耳を傾けた。
「きっとこの花は。枯れ果てて命が尽きるその時まで生きて、種を残す役目を果たし、死んでいくのだろう。」
「…そうだな。」
「なぁジュエル。俺達人間も、こうやって生きられると思うか?」
ジュエルは一瞬ロイの口から出た問いの意味が分からず、少し沈黙した。
「今生きているじゃないか。」
「…そうじゃない。」
ロイはジュエルの言葉をあっさり否定すると少し俯く。それから、風で一斉に揺れる花を見つめた。
「ただ、普通に。争って殺し合うことも、互いに苦しむこともなく。普通に大人になって、老いて穏やかに死ぬ。もしかしたら子供を残しているかもしれない。……そういう生き方が、俺達に出来ると思うか?」
さわさわさわ……
ジュエルは何も言わなかった。
それは、今となっては夢のような話だった。温暖化で環境が壊滅状態になった今、人々は生きることに必死になっている。さらに人造生物の襲来。もはや平和に生きている人間などいない。ましてや自分達は強化人間。普通に老いることすら叶わぬ体なのだ。
出来るはずがない
そんなこと
ジュエルはそう思った。
しかし言わなかった。
言いたくなかった。
沈黙が続く。今のジュエルには、答える術が見つからなかった。草木のざわめく音だけが辺りに響いていた。長い間が過ぎた後、ロイは力無く笑う。
「変なこと訊いたな。こんな、分かり切っていること。……分かってる。そんなのは無理だって分かってるんだ。今更こんな事言ったって、どうにもならないことくらい。」
「…ロイ。」
「多分、俺は今まで自分で気付いてなかった。だけどきっと、心の隅で感じていたんだと思う。
もう誰かの命を奪って生きるのは嫌だって。」
ジュエルは 目を閉じる。
ロイの隣に座った。
ロイがこれから紡ぐ、続きの言葉を聞くために。
「あの時。ルノワールに行った時。俺は自分が強化人間になる前の記憶を思い出した。…そこで思い出したのは初めての殺人の記憶と、その代償。俺はそれをこの目で見た。
2人の人間を殺したんだ。親友を助けるために。それは自分のためでもあった。でもそれからは不幸の連続だった。
その親友は『死』に、俺も『死』んだ。親友の妹は失った兄を求めるだけの人形になった。最初殺した時は全員が幸せになると思っていた。…けど違ったんだ。
誰も幸せになんてならなかった。」
「死は…何も、生み出さないんだ。」
ロイは下を向いてぐっと身を縮める。そして黙り込んでしまった。ジュエルは暫くそれを見ているだけだったが
意を決してあの事を聞くことにした。
「ロイ。1つだけ聞かせてくれ。3日前、あの倉庫で何があった…?人を殺したくないと思っていたなら、あんな殺し方は出来ない筈だ。」
ジュエルは、あの無残な部屋を思い出していた。もちろん『彼』のことも。…ロイは返事をしない。それでもジュエルは続けた。
「だから、あれはお前じゃない。お前の意志じゃなかった。別の何かの意志だった。そうなんだろう…?」
ジュエルは出来るだけ口調を和らげた。ロイに気を使ってのことだったのかもしれない。しかし、ロイはまだ返事をしない。反応していないようにも見えた。
3分程経ってジュエルが声をかけようとするが、その時やっとロイが口を開いた。
「違う。あれは…俺だった。」
「…まさか。」
「最初は…殺そうと思っても殺せなかった。銃の引き金を引こうと思ったら、指が動かなかった。きっと無意識に体が俺を止めたんだと思う。」
ロイは少し息を切らしながら話し始めた。
「でもそこで…俺の中に、あれが入ってきたんだ。俺はそれに勝てる筈だった。けどっ…勝てなかった。俺は、負けたんだ。」
「…ロイ?」
ジュエルは、気付いた。
少し前からロイの様子がおかしい。その頬をよく見てみると、粒状の汗が流れていた。それに、段々息切れが激しくなってきているのも分かる。
(…これは!)
そう思うと、ジュエルは急に立ち上がった。そしてロイの左側に回り込んであの部分を見てみる。…即ち、左腕だ。
しかし、
ロイの左腕はどこも変な所はなかった。変形もしていないし肥大もしていない。いつもの、普通の腕の形。だが、ジュエルは明らかに変だと感じた。それは、ロイが左腕を押さえているからだ。
「おい、大丈夫か!」
「…左腕はまだ、狂っていない。それより問題なのは…俺の…殺人衝動だ。」
「殺人衝動?!」
「…そう。ルチアを、殺した時と……同じ。左腕は…それを強めてるだけだ。」
「何で今になって…!!」
その時、ロイは不意にポケットから小さな箱を取り出し、中身を取った。
それは煙草だった。ロイはそれを口にくわえ、ライターで火をつけた。
それを吸った途端、
「ぐ…ゲホ!ゲホ!!」
ロイは激しく咳き込んだ。ジュエルは思わず、ロイの手から煙草を取り上げた。
「何をしているんだ!こんなもの吸ったらますます…!」
だが、ジュエルはそこで言葉を切った。ロイがこちらに向かって手を伸ばしていたのだ。震えている所を見ると、とても必死そうに見えた。
「ジュエル…返して、くれ。」
「…え、」
「っ…早く!!」
「!あ、ああ。」
ジュエルは慌てて煙草を返した。ロイはもう一度それをくわえ、吸い始める。今度は咳き込まなかった。落ち着いて少しずつ紫煙を吐いていた。4回程吸って吐いてを繰り返した後、ロイは手を止めた。
「くそ……もう3日も吸ってるのに。始めの1回がいつまで経っても慣れやしない。」
「ロイ。その煙草は…?」
「大統領の贈り物だよ。まさかこんな所で役に立つとは思っていなかったが…衝動が来たときは、これで少しは凌げる。」
「…そうだったのか。」
「でも、耐性がつくのは時間の問題だと思う。この衝動を自身の力で制御出来るようにならない限り、俺はここを動くわけにはいかない。」
ロイはどこか窶れた表情で呟いた。
しかし、煙草を吸った後のロイは驚くほど落ち着いていた。息切れも震えも止まっている。
気付けば、ジュエルがここに来たばかりの時感じられた、あの穏やかな空気も舞い戻ってきていた。
そこで、
「多分。…衝動が来るのは、決着をつけられていないからかもしれない。」
ロイは再び切り出した。
「…?」
「殺しを止めたいなんて言っても、長い間人造生物と人を殺しながら生きてきた。その日常を変えることは不可能に近い。でも、やっぱり心のどこかで変わりたいと感じている。……そんなごちゃごちゃした心が、殺人衝動を生み出しているのかもしれない。」
「……。」
「これから自分がどうしたいのか。どうするべきなのか。答えが見えないんだ。…だから、俺はここでそれを見つけたい。
自分に、決着をつけたいんだ。」
ロイの言葉はそこで終わった。
…ジュエルはふっと息を吐くと、木の根本のあたりに置いていた剣をゆっくりと取り、1歩踏み出す。そしてこう言った。
「なら決着をつけるまで…そこを動くな。」
ロイが思わず顔を上げると、そこには剣を両手に携えながら静かに立っている、ジュエルの背中があった。
――お知らせ――
皆さん今晩は、ARISです。
『地獄に咲く花』をいつも読んで下さり、有り難う御座います。(^-^)
更新の事なのですが、これからの展開を考えたいので、誠に勝手ながら一週間だけ筆(ボタン?)を休めたいと思います。少し精神状態も危ういので…(^^;)
でも旧スレのサイドストーリーのほうは今までと変わらず時々不規則に更新するつもりなので、そちらの方も見てくださったらと思います。(^^)
再開は5/20です。これからも『地獄に咲く花』をどうぞ宜しくお願い致します。<(_ _)>
ARISでした(^^)/~~~
「………。最近、俺もお前と同じ様な事を考えていたような気がする。」
ジュエルは遠くの方を見てぽつりと言う。ロイは少しその言葉に驚いた様子だった。
「同じ事?」
「ああ。人を殺すこと…いや。人じゃない人造生物を殺すことさえ、疑問に思えてきたかもしれない。
俺達はこれまでに数え切れないほど命を狩ってきた。止まった時間の中、ただ同じ作業を繰り返して。でも、それでこの世界は何か変わっただろうか。」
「……。」
「…変わらない。殺しても殺しても返り血が飛んでくるだけで、何も変わらない。」
ジュエルは振り返り、いつもの無表情をロイに見せた。しかし、ロイはその無表情の向こうに少しだけ寂しげな笑みを見た気がした。
「俺達はルチアに記憶を消され、殺すことだけを教えられて水槽の中で生まれた。だから殺すことしか知らない。
でも、俺達は命を奪うことが好きかどうかと訊かれたら、そうじゃないと思う。ロイも俺も…グロウも。殺す以外の『他の生きる術』を知らないだけだと思うんだ。
…なんて言っても。この滅びが近い、荒れ果てた世界ではどうしようもない。
ロイ。お前の気持ちが、よく分かるよ。」
少し強い風が流れてきた。
砂漠の彼方からやってきたその風は草原に届き、雲を運び、草花をざわめかせる。そして真正面からジュエルとロイに当たり、一瞬で勢いよく通り過ぎていった。それを感じると、ジュエルは両手の剣を強く握りしめた。
「けど、それでも俺達は今殺し合いを避けられない。『SALVER』は間違いなく俺達を狙っているんだ。」
「…そう、だな。」
「…ロイはここを動くな。」
ジュエルは先程と同じ言葉をロイに云った。
「お前は戦える状態じゃないだろ。今は、この草原でお前の答えをゆっくりと考えればいい。それが終わるまで、俺が代わりに戦ってやる。」
ロイはまたジュエルの背を見る。
「けど…ジュエル。お前は、」
「俺はまだ戦える。戦わなければいけない。1人分も2人分も同じだ。」
ジュエルは透き通った青い空を見上げた。
「俺はお前のように記憶から答えを探すことが出来ない。記憶がないから。だから今は、戦いの向こうに答えを探そうと思う。」
「…ジュエル。」
「ロイ。俺も信じたくなったんだ。…それが許されないことだとしても。この世界がお前の言う、争いのない平和な世界になることを。」
「…お前はそれでいいのか?」
ロイの問いかけにジュエルは静かに頷く。そして、歩き出した。
「ここには、誰も来させない。」
最後にそう言い残して。あとは振り向かなかった。ロイを通り越し、元来た道を歩いていく。ロイは早くもなく遅くもない速さで遠ざかっていくその背中を、横目で見送った。
どくん。
左腕が脈打つ。
どくん…どくん。
時折メキメキという音を立てながら疼くそれに触れると
ロイは息を吐き、すっと目を閉じた。
「すまないな…ジュエル。」
サク。
ジュエルは、道の途中で足を止めた。あの木から随分遠ざかった所だった。辺りにあるのは、来たときと同じく緑色の草だけ。その筈だった。
しかし、それはそこにあった。だからジュエルは足を止めたのだ。即ち…それは人影だった。
20代前半の男性だった。真っ赤で少し長い髪が色んな方向に尖っている。着ているのはスーツらしいが、破けたり穴が空いたりしていて一瞬ではそれと分からない。そして何より目に付くのは、男性が片手に持っているものだった。それは身長以上ある長い槍だ。
この草原には合わない、とても目立った格好だった。
男は暫く遠くに立っていただけだったが、やがてこちらに歩いてくる。そして間合いが5メートルくらいになったところでピタリと止まった。
「よぉ。」
男は挨拶する。ジュエルはあからさまな警戒の目をそれに向けていた。
「…誰だ、お前。」
「初めまして、俺ヴァイスってんだ。よろしく。」
「何をしにきた。」
ジュエルの冷え切ったその眼差しを、ヴァイスは全く気にしていない。余裕そうに、右手に持った槍の背でトントンと自分の肩を叩いて見せている。
「なぁに、ちょっくらこの先に探し物をしに来ただけだ。……ってなわけで。」
ブンッ!
ヴァイスは槍を頭上で1回転させた後、その先端を勢いよくジュエルに突きつける。そして、こう言った。
「大人しくそこを退くんだな。…ロイ君。」
少しだけ、ジュエルは固まった。ヴァイスは変わらず不敵な笑みを浮かべている。自分の犯した間違いに気付いていないようだった。
「さもないと、命の保証はしないぜ?」
ジュエルは少し溜め息をついた後、ぼそりと言う。
「俺はロイじゃない。」
「おい聞いていやがんのか………は?」
…ヴァイスはかなり間の抜けた声を出した。
「…じゃあグロウか?あ、いやグラウだったような。」
ヴァイスはジュエルに背を向けて問答を始める。もうジュエルはその話し相手にはなる気はない。この間に、そこにいる男の戦闘能力を計ることに専念した。
「いやいや、そいつは銀髪の奴か?…ならあと1人は…」
すると、ジュエルは直ぐに1つの答えに辿り着いた。…即ち、この頭が少し変な男はかなり出来るということだ。
ジュエルが見ていたのは、ヴァイスの背中だった。それは一見隙だらけに見える。全く警戒がなく、今攻撃すれば間違いなく致命的な一撃を加えることが出来る。始めはそう思った。
しかし、第六感とでも言える何かが、今手を出してはいけないと心の中で警鐘を鳴らしていたのだ。
「………。駄目だ、思い出せん。」
それにあのボロボロの服だ。
何が原因であの様になったのかが分からず、得体が知れなかった。少なくとも攻撃を受けて出来たものではなさそうだ。大きく空いた穴から見える肌には何の傷跡も見当たらない。
「ええい、名前なんてもうどうでもいい。俺は覚えることが苦手なんだ!」
ヴァイスはついに正しい答えを導き出すことはなく、終いには1人で怒鳴った。
「面倒くせぇ。…お前も、リタの言う星の血液とやらになってもらうぜ。」
ヴァイスが振り向いた瞬間、彼の『気』が変わったのをジュエルは感じ取った。それははっきりと分かる、殺気だ。…ヴァイスはさっきとはまるっきり違う、低い声で言う。
「『命が要る。この星を満たすほどの。星に命を捧げ、新たな道標が開かれる。』……だ。」
「!」
ジュエルは少し息を呑んだ。その言葉は聴いたことがない筈なのに…何故か、聞き覚えがあった。
「まあ、俺はそんなことに興味はねぇ。どうせその『新たな道標』なんてものに辿り着いたとしても、俺の生き方は今までと同じ。
殺人を楽しむだけだからな。」
ヴァイスはニィっ…と笑う。
それは、とても猟奇的な笑み。獲物の鼠を見る蛇のような目つきだった。ジュエルの体は勝手に戦闘態勢に入っていた。
…そして、
ブンッ!
ザッ!!!
草を薙ぐ音が響いた。それが戦いの合図。ヴァイスが踏み込み、槍を横に振ったのだ。攻撃範囲は半径4メートル。しかもその勢いは、棒の部分に当たっただけで骨と肉が砕けそうな程だ。
ジュエルは後ろに大きく跳び下がり、それを避けていた。
しかし、攻撃がそれだけで終わる筈がなかった。ヴァイスは手首のスナップを使い、横に凪いだ槍の勢いをそのまま利用する。大きく踏み込み、斜め上からもう一振り。
「ッハ!」
ブンッ!!
空気が重い音を立てて斬れる。だがジュエルはここまでの動きを読んでいた。体術を使い、それを紙一重でかわした。
ひゅひゅ!
休む間もなく槍の突きが2回来る。
キィン!ガガ!!
今度は剣でそれを受け流した。その後ジュエルは動く。剣を槍に付けたまま地を蹴り、上に跳んだ。次には、
とん。
ジュエルは槍の上に着地していた。その時、互いの目が真っ直ぐ合い両者の動きが少しだけ止まった。
「…ほぉ?」
ヴァイスが楽しそうに笑う。
バッ!!
そこからまた時が動き出した。ヴァイスはジュエルを振り払うように槍を下から上に振る。その力を受けて、ジュエルは空へと跳んだ。
太陽の光にその姿が霞む。しかし、それはただ一瞬のことだった。ジュエルは頭から地上に向かっていく。体を横に回転させていて、両手にある2つの銀が激しく煌めいていた。
地上に着く直前、最終的に足から着地できるよう縦に1回転。そして右手の剣を振り上げる!
ザン!!
着地と同時に斬り込んだ。
ガッ!
それはヴァイスが構えた槍の柄で防がれる。しかし、ジュエルの攻撃はここからだった。左手の剣が唸りを上げる。
ガッ!ガガガガ!ガガ!!
攻める。攻める。激しい剣撃を繰り出す。その動きは言葉に出来ないほど力強く、華麗なものだった。ヴァイスは瞬く間に後ろに押されていく。だが、ジュエルの剣を全て片手で防いでいた。
「ハッ…面白ぇじゃねぇか!!」
ヴァイスは沸き上がるように声を上げた。そしてジュエルに出来る刹那の隙を見計らい、槍を一瞬で振り下ろす!
ブンッ!
「!」
ジュエルは詰めの甘さに気付いたが、遅かった。
ドガ!!
「ぐっ!」
槍の柄はジュエルの左脇を強打した。ジュエルは横に吹っ飛ばされ、地面にゴロゴロと転がる。だがそのまま転がっていくわけではなかった。地面に手をつき、素早く体勢を立て直す。
「…。」
左脇を押さえながらヴァイスを睨みつけた。
「俺の槍を受けて砕けない、か。やっぱお前人間じゃねぇな。」
「普通の人間なんて、すぐにバラバラになっちまう。お前、あのルチア博士に作られた強化人間なんだろ?…こりゃあ、楽しめる!」
「……。」
ジュエルの冷たい目つきは変わらない。ヴァイスはそれを見て、すっと目を細めた。
「そういや。さっき戦ってみてやっと思い出したぜ。確かお前ジュエル…とか言ったか。俺はお前を殺すように、リタの奴から言われてたんだった。『鍵』の片割れの方は別の担当なんでな。」
(…『鍵』の、片割れ。)
「でもまぁ、安心したぜ。あんな死にかけで、化け物になりかけの奴。」
「!」
その言葉に、少しジュエルは眉を動かした。
「あんなものを殺しても、満たされない。」
ヴァイスは舌なめずりをしながらこちらに歩み寄ってくる。
「俺の求めるものは、苦しみ。喘ぎ。…悲鳴。痛みも感じない化け物を相手にしてもしょうがないんだ。
そう、お前のような人間らしい、丈夫な殺人人形が丁度いい。」
ジュエルは再び剣を構える。ヴァイスは立ち止まり、言った。
『楽しませてくれないか?たっぷりと!』
その時だった。
「…?!」
ジュエルは思わずよろめいた。
なぜなら、
目の前の草原が、一瞬にしてなくなったからだ。空も、地面も分からない、ぐにゃぐにゃとしたマーブル模様をしている黒紫色の空間が、ジュエルを包み込んだのだ。
(…何だ、これは!)
完全に現実感が無い空間。しかし目の前には、ちゃんとヴァイスがいた。ヴァイスは空いている手の人差し指で、ちょいちょいと相手を誘う仕草をする。
「さあ、今から俺に付いて来い。さもなければ……死ぬぞ?」
そう言いながら、今度はジュエルの後ろの方を指差す。その時、ジュエルに異変が起こった。
がくんっ!
「っ?!」
突然足のバランスを崩して倒れそうになったのだ。辛うじて転倒は避けたが、ジュエルは何が起こったのか理解できず足元を見てみる。
「なっ…!」
そして思わず声を上げた。右足が何かの黒い手に掴まれていたからだ。…恐る恐る後ろを見てみると、
巨大な赤い波があった。
それはさっき見たばかりのおぞましい光景。辺り一面血の赤。渦を巻くような沢山の呻き声、赤い海から突き出ている何本もの亡者の腕。その1本が、今ジュエルの右足を掴んでいた。
…ジュエルの表情が凍りつく。
「来いよ!」
ヴァイスの姿が闇に溶ける。後には大きな哄笑がこだましていた。ジュエルはぐっと右足を戻そうとするが、纏わりつく黒い手は中々離れない。その上、手が増えてくる。それらはジュエルを赤い波の中に引きずり込もうとしているようだった。
「この……離せ!!」
気持ち悪さに耐えきれず、ジュエルは剣を振り上げた。
ザッ
すると腕は簡単に斬れる。全く手応えはななかった。斬れた腕は黒い砂になって霧散していった。その隙に、
バッ!
ジュエルは走り出す。
後ろには戻れない。前に行くしかなかった。ジュエルはこの訳の分からない空間の中、脇目も振らずただ走る。…先程の繰り返しだった。
あれに呑み込まれたらと思うと、ジュエルはぞっとした。ヴァイスが見せている幻影にしろ、自分の妄想にしろ、絶対に近寄りたくはないと思うのだった。
しばらく走っていると、そこに再びヴァイスの声が響いた。
――怖いか?――
どこからかは分からないが、それは亡者の呻きにかき消されることなくはっきりと聞こえた。ジュエルは足元をすくわれないように、走ることだけに集中しなければならない。だから聞き流すようにしていた。
それでも声は、響く。
――俺はそいつらに捕まったら死ぬと言ったが。捕まる前に、全員お前の剣でたたっ斬ることも出来るんだぜ。――
「!…」
――さっき簡単にやっていたじゃないか。お前なら、5分も経たずに皆殺しに出来るだろうよ。死者が生者に勝てるはずもない。――
ジュエルの後ろで、幾百の亡者達がひしめいていた。やがて腕だけでなく、顔も血の海から露わになってくる。人間や人造生物だったものが、各々もがきながら絶望の声を上げている。それはまるで地獄絵図のような光景だった。
――おい、殺さねぇのか?――
ヴァイスの言葉はジュエルに届いている。だがジュエルは足を止めない。後ろも振り向かない。…すると、
――怖いか――
最初の問いが繰り返された。
――そいつらが怖いかよ。――
「うるさい…」
ジュエルは自然とその一言を口に出していた。
「うるさい!!!」
その時。ジュエルを中心に空間が揺らいだ。直後、
バッ!!
「っ!」
白い光が辺りを包み込んだ。その眩しさに、ジュエルは目を焼かれる。
「っはぁ……はぁ…」
気付けば、ジュエルは道端で手を膝に当てて息を切らしていた。もうあの異次元空間はなく、上にはちゃんと空がある。周りを見てみると草原ではなく、下層部の風景が広がっていた。
しかし、見慣れた風景ではない。いつも見ている下層部は、人気がなく、今にも崩れそうな煉瓦の家が陳列している荒れた土地だ。
…だが今見えている風景は、それ以上に荒れ果てたものだった。
一言で言うなら、瓦礫の街。立ち並んでいる建築物は完全な形をしているものが殆ど無い。半分壊れていて中を剥き出しにしていたり、完全に瓦礫と化しているものもある。地面には大小様々な家の破片が転がっていた。…ヒトの姿は勿論ない。
(…ここは……)
「立ち入り禁止区画なんだとよ。」
「!!」
ヴァイスの声がすぐ近くで聞こえて、ジュエルは反射的に振り向く。しかし、またもやそこに姿は無かった。
(くそ…どこだ?!)
「20年前に出現した人造生物。その襲撃を初めに受けたのが、ここだ。」
今度は上の方から聞こえた。その時から、ジュエルは頭痛に見舞われ始める。何となく、さっきの異次元にまだいるような気がした。
「あの日、ここの住民は全員死んだ。…今じゃゴーストタウンってわけさ。」
右の方から。
「んで、今からお前もその住人になる。どうだ、嬉しいだろ?」
左。
その時瓦礫の裏の方で何かの影が動く。ジュエルはそれを見逃さなかった。
ダッ!
そこへ駆け出す。
影はそこから動かない。だから簡単にそこで影の正体を確認することができた。
だが、
「!!」
ジュエルは足を止めた。
次の瞬間、
ブンッ!
目の前のそれによって鉄パイプが勢いよく振り下ろされる。ジュエルは慌てて後ろに跳び下がった。
チッ
「っ!」
ガン!
鉄パイプは地面に当たり、重い金属音を立てた。そして、ジュエルの頬には一筋の血が流れていた。影の主はふらつきながら振り下ろした鉄パイプをのろのろと持ち上げようとしている。…攻撃のチャンスはいくらでもあった。
だが、ジュエルは呆然としてそれを見ているだけだった。
何故なら、
その者は、どうみても生者ではなかったからだ。
元はボロボロの服を着た男性…人間のように見えた。しかし、左肩から右脇腹にかけてざっくりと裂けている。切り口からは折れた肋骨が突き出ていて、今にも溢れ出てきそうな小腸は危なげに揺れていた。
それは生きる屍。
いわゆるゾンビという奴だった。
「…っ…」
思わず後ずさる
が、
「ア゛…ぁア゛ああ」
「!」
ジュエルの心臓が飛び跳ねた。もう1人後ろにいたのだ。まさかと思い、急いでさっきいた場所に戻ってみる。すると
ゾンビだらけだった。
屋根の上、瓦礫の陰、建物の中から出てくる者。道は言うまでもない。既に20近くのゾンビで埋まっていた。…さっきの頭痛が一層強まる。同時に、耳の奥にキイィンという鋭い音が鳴り響いた。そして聞こえてくる、あの声。
「さあ、ゲームの始まりだ。ルールは簡単。お前のすることは邪魔者をなんとかしつつ、この街にある『塔』まで辿り着くこと。俺はそこにいる。」
「?!」
「あと1つ補足。その邪魔者は見た目と違って強い。お前が逃げきれるほど甘いもんでもないから、覚悟しておくんだな。…じゃ、スタート!」
わけの分からないまま、始まりを言い渡された。ジュエルは素早く辺りを見回してみるが、
(塔…?)
困惑した。塔なんてどこにもなかったからだ。そしてその間にも、ゾンビ達は鈍い動きでジュエルを囲み始める。
「く…」
チャキ
ジュエルは剣を構えた。だが、構えただけだった。その後に体が動いてこない。手は震えている。
…対処することができない。それは亡者達に追われるときと同じだった。
ジュエルは、激しく苛立ちを覚えた。
(何で!!)
ダダダ!
その時、敵の動きが変わった。複数のゾンビが走ってくるのだ。そして各々ジュエルに飛びかかる形でを拳を振り上げた。
ブンッ
「!」
ジュエルはとっさに右にある建物の方へ移り、壁に張り付く。それでなんとか攻撃は避けた。
しかし間一髪の所だった。1人のゾンビの拳がジュエルの顔を掠り、後ろの壁に当たる…
ドゴオォ!!!!
物凄い音が響いた。
壁は、その後ガラガラと音を立てて消え失せる。1部分だけではなく1面が。それどころか、
ゴゴゴゴゴ…
建物全体も揺れ始めた。次に起こることの予想がすぐにつき、ジュエルは建物から離れた。
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ディズニーの写真見せたら
この前女友達とディズニーに行って来ました。 気になる男友達にこんなLINEをしました。ランドで撮っ…
55レス 1748HIT 片思い中さん (30代 女性 ) -
ピアノが弾けるは天才
楽譜貰っても読めない、それに音色は美しい 自分はドレミファソラシドの鍵盤も分からん なぜ弾けるの
20レス 529HIT おしゃべり好きさん -
既読ついてもう10日返事なし
彼から返事がこなくなって10日になりました。 最後に会った日に送って、1週間後に電話と返事欲しい旨…
24レス 874HIT 一途な恋心さん (20代 女性 ) -
娘がビスコ坊やに似てると言われました
5歳の娘が四代目のビスコ坊やそっくりだと言われてショックです。 これと似てるって言った方も悪意…
22レス 734HIT 匿名さん -
一人ぼっちになったシングル母
シングルマザーです。 昨年の春、上の子が就職で家を出て独り立ちし、この春下の子も就職で家を出ました…
12レス 311HIT 匿名さん - もっと見る