地獄に咲く花 ~The road to OMEGA~
30XX年。地球。
そこは荒れ果てた星。
温暖化によって蝕まれた大地、海、空気。
そして20年前。生物学者ルチアによって解き放たれてしまった人喰いの悪魔…『人造生物』。世界に跳梁跋扈する彼等によって、今滅びの時が刻一刻と近づいている。
しかし。
その運命に抗う少年達がいた。
人造生物を討伐するべく、ルチアに生み出された3人の強化人間。ジュエル、ロイ、グロウ。
グループ名『KK』。
少年達は、戦う。
生きるために。
…失った記憶を、取り戻すために。
その向こうに待ち受ける答。
そして、運命とは?
※このスレッドは続編となっております。初めて御覧になる方はこちらの前編を読むことをお勧めします。
地獄に咲く花
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ゴオオオォ…!
大きな砂埃を上げて、建物はあっと言う間に倒壊した。辺りの空気は黄土色に染まり、視界が悪くなる。しかし、それは逆に言えば敵から姿を隠せるようになったということ。ジュエルはとにかくこの密集地帯から離れることだけを考え、走り出した。
微かに見える、倒壊した建物の横の道。半分瓦礫で埋まってしまったが、まだ通ることができそうだった。
バッ!
瓦礫の山を飛び越える。そしてその先にある真っ直ぐで細長い道を行った。ゾンビは後ろからは追ってこないようだった。
道の先にあるのは、分かれ道。…右、左。どっちを選ぶかは1秒で決まった。何故なら、
「!!」
一方からゾンビが押し寄せてきていたからだ。ジュエルはすぐさま右へ曲がる。
(何で…何で!)
しかし、上を見てもちらちらと敵が動いている影がある。屋上からいつ敵が飛び降りてきても可笑しくはなかった。もしかしたらその内、前からも来て挟みうちになるかもしれない。
外はどこも駄目だ。
その結論に辿り着いた。しかし、この状況を打開する手が見つからない…と思ったとき。
道を挟んでいる建物の扉が目に飛び込んできた。
ジュエルは思わずその取っ手を掴むが、すぐには引かなかった。
…家に入っていることが敵に見破られれば、一貫の終わりだ。先程見たように、家ごと木っ端微塵にされるのは目に見えている。
しかしそれ以上迷っている暇はなかった。追いつかれてしまう。
ギィ!
バタン!
一気に引いて、閉めた。
中は薄暗くて静かだった。ここでどうやって生活できるのかと疑いたくなるほど何も無い、コンクリートが剥き出しの殺風景な部屋だった。
見れば近くにパイプのようなものが転がっている。ジュエルはそれを取ると、取っ手に差し込み、つっかえ棒にした。少しでも時間を稼ぐためだろう。
ジュエルはその場にずるずるとへたり込んでしまう。もしもの時の出口を探さないといけないのだが、体に力が入らない。ジュエルは痛む頭を押さえ、うずくまった。
(何で…戦えないんだ。
さっき自分で言ったのに。俺は戦いの向こうに答えを探すって。
……まだ戦える筈なのに!)
「もう…訳が分からない。」
口からこぼれた一言。
その時は、まさかそれに答える者がいるとは思わなかったが。
『怖いんでしょ?リタ。』
「!」
高く透き通った声は正面から聞こえた。ジュエルは声とほぼ同時に顔を上げる。すると、
少し遠くに、小さな少女が立っていた。
さらりと肩にかかっている金髪。青い瞳。それに白いワンピースを着ている。その姿は何だか薄ぼんやりしていて、今にも消えてしまいそうだった。少女は悪戯っぽく笑っていた。
『リタは、怖がりだもんね。』
ジュエルは少女を見つめる。
「……誰、だ?」
そう掠れた声で訊く。
しかし少女はその言葉が聞こえていないかのように、また笑った。
『リタはお化けがきらい。怖くて夜も眠れない。私知ってるよ。』
どくん。
ジュエルの心臓が脈打つ。見知らぬ少女と、聞いたことのない名前。何故かそれに恐怖感を覚えた。
「俺はリタじゃない。人違いだ。」
…少女は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
柔らかな笑みを浮かべたまま。
『私、知ってるよ。……リタがなんでそんなに怖がりなのか。それはね、』
どくん。どくん。
『いっぱい、いっぱいヒトをころしたから。男のヒトも、女のヒトも。男の子も女の子もおじいちゃんもおばあちゃんも。みんなみんなころしたから。』
少女は、ジュエルの間近で止まった。ジュエルは少女の大きな瞳に真っ直ぐ貫かれ、動くことができない。
見れば、いつの間にか少女の肌は異様に白くなっていて、青い瞳はどろりとした赤に染まっていた。
『リタは、罪から逃げたいの。』
どくん!
その時。
ジュエルの脳裏に、一瞬途切れ途切れの映像が映った。
1つ目は、水面。
その水は驚くほど綺麗なエメラルドグリーン湛えていて。ただ、そこにゆらゆらと揺らめいていた。
2つ目は、花と少女。
後ろには色とりどりの花が咲いている。どうやらそこは花畑のようだった。そして、そこには無垢な笑顔でこちらに話しかけてくる金髪の少女がいた。何を話しているのかは…分からない。
3つ目は、夕日と女性。
燃えるような黄昏に支配されている世界だった。そこにすらりとした、同じく金髪の女性のシルエットが浮かび上がっていた。…こちらを切ない表情で見ている。頬には涙が伝っているのが、微かに見えた。
最後は、暗闇。
『ね、リタ。…あの時の私との約束、覚えてるでしょ?
それなら、早く私の所に来て。
私に……会いに来て…』
少女の声が、響いた。
…はっと気がつく。
少女が消えていた。
辺りに残されているのは、静寂だけ。ジュエルはしばらく、そのままぼうっと宙を見ていた。少女が始めに立っていた場所をちらりと見ても、何も無い。
(今のは、)
ジュエルは片方の手の平をそっと自分の顔に持ってくる。
突然現れ、消えた少女。そして脳裏に流れた映像。それらの事実を組み合わせて導くことができる結論は、1つだった。
(…記憶?)
そう。それは失われていた記憶だ。ジュエルは先程の少女の言葉を断片的に思い出し、呆然とする。
(俺が戦えないのは、怖いから?
過去に殺戮を犯した…
その罪から、逃げたい?)
しかし。
「…そんなこと、関係ない。」
ジュエルはゆっくりと立ち上がった。両手の剣が石の床を擦り、軽い音を立てる。
「何を理由にしようとしたって。今戦わなければいけないことに変わりはないじゃないか…。」
誰に話している訳ではなく、ジュエルは自然と自分に言い聞かせていた。…そして、目を閉じる。
(それに今だって。俺は殺戮の罪を背負っている。)
その時、
ドン!!
突然ジュエルの横にある扉が激しく振動した。
その振動で、つっかえ棒にしていた鉄のパイプが一瞬で歪んだ。けれどジュエルは不思議と動じることはなかった。
(罪は、消えない。取り消す事は出来ない。)
バン!!バン!!
続けて振動。今度はパイプではなく、扉自体が大きく歪んだ。次の一撃で破られることは、その尋常ではない歪み方を見れば明白だった。
(罪から逃げる事なんて、出来ないんだ。…あぁ、俺はそんな当たり前の事も忘れていたのか…。)
バァン!!!
ついに扉は破られた。いや、吹き飛ばされたと言った方が正しかった。扉のすぐ前に立っているジュエルに金属の塊が猛スピードで向かってくる!
ガシャアアァン!!
大きな音が鳴り響いた。そして部屋中に煙にも似た埃が舞い上がる。扉が突き当たりの壁に叩きつけられたのだ。ジュエルはその下敷きになった…わけではなく。
シャキン
同じ所に立ったまま、1本の剣を上に掲げていた。
その鋭い光を放つ銀は、神々しくも見えた。…何が起こったのか?よく見れば後ろに倒れている扉だは、真っ二つに切れていた。
そしてぽっかりと口を開けた部屋の入口には、生ける死者達が蠢いているのが見えた。
「がヴオおおオォぉ」
即座に先頭のゾンビが、ジュエルに向かって鉄の棒を両手で振り上げた。ジュエルはそれと同時に、また剣を動かす。
シュッ
それは目には見えない動きで、殆ど無音だった。しかしその『結果』はすぐそこに現れた。
ガランガラン!
まず、先程までゾンビの手にあった鉄の棒がけたたましい音を立てて床に転がった。…次に。
ブシュウウゥウ!
ゾンビの両腕からどす黒い液体が勢いよく飛び散った。何故そんなものが突然吹き出したのかというと、その両腕が肘の辺りから無くなっていたからだ。床には鉄の棒と一緒に、肘から先の部分が2本転がっていた。
「ぐぎゃうぁア」
ゾンビは悲鳴だかよく分からない奇妙な声を上げると、よろめく。しかしジュエルはそれが倒れるのを待たなかった。すっと息を吸い、
「『迷うな』!!」
その一喝から、始まった。
ザバァ!!
がら空きだったゾンビの胴体が宙に飛んだ。刹那、ジュエルはその後ろにいたゾンビを袈裟切りで体を分断した。その次にいたゾンビは前の攻撃から続く回転切りで首を斬り飛ばし、残った胴体は蹴り倒す。
そのままジュエルは扉から外へ躍り出た。
狭い裏道は、殆どゾンビで埋まっている。
と思った、その時。
「!……?!」
ジュエルは息を呑んだ。急に、先程から付きまとっていた頭痛が引くのを感じた。…しかしそれがジュエルが驚いた直接の理由ではない。
なんと、ゾンビ達の姿が今までと全く違う姿に変化したのだ。それはまるで、今まで見ていた幻がぱっと消えるように、一瞬のことだった。
そこに群れていたのは、体じゅうを武装で固めた、黒服の兵士。背中にボンベを背負っていて、顔が大きなガスマスクで隠れているのが特徴だ。それは前にも見たことがあるものだった。
(…人造生物!)
ブンッ!
「っ!」
ジュエルは右から前置きなく振り下ろされた鉄の棒を避けた。そして振り下ろした張本人斬り払おうとする。が、背後にいるもう1人が銃を構えたのを、ジュエルは微かな金属音で感じ取った。
「ちっ!」
ダダダダダダ!!!
どうやらその銃はマシンガンだったようだ。連続した発砲音が空気を揺るがす。ジュエルはそれが発砲される前に大きく上に跳んでいた。
たっ!
途中で家の壁を蹴って、さらに上へ。そしてジュエルは場所を裏路地から家の屋上に移した。
少しだけ高いその家の屋上に足を着くと、この街の景色が目の前に広がった。ずっと向こうまで続く平坦な街をジュエルは見渡す。…そして、
「『塔』……一体どういう事なんだ。」
ずっと引っかかっていたことを口から零した。それはヴァイスの言った『塔』のこと。前にも記載したかもしれないが、それらしきものは全く見当たらないのだ。まず、目立った建物からしてない。皆同じ様な格好をした、小さな四角い石造りの家なのだ。ジュエルは少しその場に立ち尽くす。
しかし、それ以上の時間は与えられなかった。
ドゴオォ!!
「!」
下から重い音が響いた。その音は少し前に聞いたことがあった。ジュエルは思わず足元を見る。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
揺れていた。激しく家が揺れていた。ジュエルは頭で判断するより早く、そこから駆け出す。
バ!
屋上には柵が備え付けられていない。だから隣に移ることは簡単だった。
がらがらがら…!!
そして後ろからあの物凄い音が聞こえる。振り向くと、家は瓦礫の山と化していた。ジュエルはその難を逃れたことに息をつく…が。
ドゴオォ!!
「っな!」
再び同じ音が、下の方で響いた。
すると、足元が崩れ始めた。ジュエルは慌ててまた隣に飛び移ろうとする。だが、見ればその先にある屋上も。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
同じ様に振動していた。一方今の足場は、みるみるその範囲を縮めていく。ジュエルには、もはや躊躇している時間などというものはなかった。
「くっ!」
たっ!
今残っている、僅かな足場を蹴る。
がらがらがらがら……!!
隣もすぐに崩れ始める。ジュエルはそうなることを分かっていて、今宙へ跳んだのだ。
たちまち、家という存在の意味を持つモノが、瓦礫という存在の意味を持たないモノへと変化していく。しかしそれに惑わされることなく、ジュエルは冷静に着地点を見極めた。
とっ
右足のつま先が着く。そこから1歩、2歩。その歩数は決して無駄には出来ない。だから、ジュエルは2歩目で、再び跳び上がった。
たんっ!
大きく、宙に弧を描く。そして一回転してから、ようやく安定した足場に辿り着く事が出来た。
ゴオオォ!
吹き上がった砂埃が、ジュエルの背を押す。振り向けば、先程まで立っていた2軒の家がなくなっていた。
「くそ…」
と、ジュエルが呟いた
その時。
バッ
という音が、後ろの方で聞こえた。その音はとても小さく、ジュエルは気付くのに遅れてしまう。
「?…」
ジュエルが振り向くと、太陽の光に映し出されたシルエットが宙に見えた。初めそれは何かよく分からない黒い塊にしか見えなかったが、2つの特徴からすぐにその正体が分かった。
その特徴とは、1つはヒトの形をしていること。もう1つは振り上げられた手に、有り得ないほど大きな爪がついていることだ。
次の瞬間。
ザッ!!!
「――っ!」
ジュエルの背中に鋭い痛みが走った。同時に赤い飛沫が、白い屋上にパッと散る。
シルエットの正体は下で群れていた黒服の兵士の1人だった。ジュエルと同じ様に、階段を使わず屋上に来たのだろう。剥き出しにしている変形した爪にはぬらぬらとした鮮血が滴っていた。
ヒュヒュ!!
そこに続いた、突き、薙ぎの2段攻撃。
「ちっ…!」
ジュエルはそれを紙一重でかわすと、剣を振る。
キィン!カッ!!
剣と爪がぶつかり合う音が響く。その爪はまるで金属のように硬く、鋭かった。しかしジュエルはそれをはねのけ、その後よろめいた敵をあっと言う間に3つ程に分断した。
その後、他の敵も次々と高い跳躍で屋上に上がり、ジュエルを囲み始める。それぞれ持っている凶器は銃であったり棒であったり様々だった。ジュエルは痛む背に苦しむ様子もなくそれを見ていた。
そして。
ガガガガガガガ!!
マシンガンの耳障りな銃声を合図に、それは再び始まった。前列の敵が一斉に動き出す。流石にマシンガンの弾を全て剣で防ぎきるのは酷な話だったらしい。ジュエルは体を使ってそれを避けつつ、攻撃を仕掛ける方法を選択した。
だが。防と攻を同時に行うとなれば、それだけ必要な動きが増え、体力の減りも早くなる。ましてや負傷した状態だ。結果、少しづつ動きが鈍くなり、やがて僅かな隙も生まれてくるのだった。
ドッ!!
「っぐ!」
下から掬うようにジュエルの腹が鉄棒で殴られ、その攻撃でジュエルは屋上の外まで吹っ飛ばされた。同時に体全体が浮遊感に包まれる。下には少し遠い地面があった。
ゴオオォ
「くっ…」
そのまま落ちる。落ちていく。
しかしその瞬間、ジュエルはある行動を取ることを考えた。その目に映っていたのは…家の壁に刺さっているパイプと、ガラス張りの窓だった。
そして。
シャッ!
ジュエルは片方の剣をそのパイプに向かって勢いよく投げつけた。すると、
ガン!
剣が乾いた音を立てて、パイプに突き刺さった。2本の剣は鎖で繋がっている。ジュエルはパイプに刺さった剣から伸びている鎖でぶら下がる形になった。
そこから振り子の勢いをつけて、
ガシャーン!!
ガラスの窓を突っ切る。降りかかる破片を浴びながら、ジュエルは建物の中に転がり込んだ。それからすぐ体勢を立て直すと最後に鎖を引き、パイプに刺さっていた剣を戻した。
「っ…」
ジュエルは少し肩を押さえる。しかし立ち止まっているわけにはいかなかった。まごまごしているとここも破壊されてしまうからだ。
まず素早く辺りを見回してみる。ぱっと見た感じ、すすだらけで伽藍洞の小さな部屋だった。ジュエルは軽く舌打ちをする。
(『塔』の手掛かり。何かないのか…?)
ここには何もない。
そう思い、ジュエルは下の階に降りようとしたが。
「?」
何かこの部屋に違和感を感じ、足を止めた。それが何故なのか初めは気付かなかったが…よく見てみると、その理由が分かった。
それは、足跡だった。
黒い煤で汚れきった小部屋。その床に、同じような形をした足跡が大量についていた。それは誰か1人が歩き回ったと言うより、同じ靴を履いた複数の人間がこの部屋を荒らしたように見えた。
さらに、気になる点がもう1つ。
ジュエルが入ってきた窓の真正面にある壁。そのすぐ下の床についているいくつかの足跡が、不自然に切れている。まるで、この部屋から壁の向こうへすり抜けていったかのように、足跡は壁の境の所で半分程に切れていたのだった。
ジュエルはその壁に近づいてみる。
見た目は何の変哲もない、只の壁だ。ただし、そこに1つだけ、小さなエンブレムのようなものが取り付けてある。ジュエルはそれに手を伸ばした。そして少し表面を触ってみた後、エンブレムの中心を指で押してみた。…すると、
カチッ
意外に軽く押せたのでジュエルは少し驚く。
そして、そこに『変化』が起こった。
カッ
ズズズズズズズ……
壁が縦2つに割れ、扉のように開いていく。それにつれて、壁の向こうにある空間がゆっくりと顔を出した。
床を見てみると、案の定壁で切れていた足跡が向こうへと続いていた。
低く、風を吸い込む音が聞こえる。薄暗い空間の奥にあるのは、真っ直ぐ下に伸びる階段だった。
ザッ…
階段の近くまで行ってみる。そうするとその深さがよく分かった。地上の光は底に届いておらず、ただそこに黒い闇をたたえているのが見えた。
「……。」
ザッ…ザッザッザッ
ジュエルは少しだけ固唾を呑むと階段を降り始める。初めはゆっくり、しだいに足を早めて。その度、靴と砂が擦れ合うがそこに響いていた。
それは長い階段だった。
2、3分は進んでいるだろうか。地下に続いていることは明白だった。敵が追ってきたり、建物が崩れる気配はない。ジュエルは暗闇を進み続ける。
そうしている内に、やがて小さな明かりが見えてきた。
それは蛍光灯の青白い明かりだ。切れかかっているようで、不規則に点滅している。
そしてその下には、とても重そうな鉄の扉が浮かび上がっていた。重厚なその存在感は、まるで入ってこようとする者を威圧するかのようだった。
ジュエルはその扉の取っ手を掴み、ぐっと力を入れる。
ゴゴゴゴゴゴ…
すると扉は重い音を立てながら横にスライドした。
そこには、更なる闇が広がっていた。ひどく寒々しい空気が扉の奥から吹き込んでくる。ジュエルはゆっくりとそこに入り、鉄の扉を閉めた。
ゴゴゴゴ…ガシャン!!
金属音がやけに大きく響き渡る。どうやらそこは中々広い空間のようだ。ジュエルはまず周りを見てみる。殆ど完全な闇に近かったが、天井には小さな裸電球がぶら下がっていた。
その明かりで、うっすら岩肌が見える。裸電球は間隔を開けて点在していて、道を案内しているようだ。それで分かるのは、この道が1本道だということだ。
それらの情報を総合すると、ここは洞窟のような所だった。丁度防空壕のような雰囲気だろうか。
確かに、人造生物の襲撃に備えるため、今や地下に避難所があるのはどの家でも、どの街でも普通のことだ。ジュエルはそれを分かっている。
しかし…と、ジュエルは考える。そこで思い出されたのはヴァイスの言葉だった。
この街は立ち入り禁止区画。初めて人造生物の襲撃を受けた街。そして襲撃を受けた日、街の住民は全員死んだ。
そう言っていた。
即ち、
人造生物が出現するその前から、この地下道はあったということになるのだ。
次に足元を見る。すると、やはりそこに大量の足跡があった。それらはこの1本道をずっと行っている。ジュエルは闇に慣れた目で、それを辿っていった。
そして、進む。
この地下は何のために作られたのか。この先に『塔』があるのか。確かめるために進む。もうジュエルに残された道は、これしかなかった。
道は、思ったよりも続いていた。それを進みきると、また別の方向に進むらしい比較的大きな道が開ける。
そこは…錆び付いてはいるが、整備されたトンネルになっていた。だから先程の細い地下道よりもずっと明るくなっていた。そして、それによってはっきり見えたものがあった。
それは壁に空いている、無数の穴だ。ジュエルが出て来たところも穴になっている。どうやら、このトンネルに繋がっている地下道は他にもあったようだ。数え切れないほどの穴がずらりとそこに並んでいた。
全ての地下道はここへ集結している。街の住人は皆この地下に集まっていたと言うのだろうか。そう考えながら、ジュエルはひたすら足跡を辿った。
空気が通る低い音が不気味に響いている。その頃からジュエルは何となく、そのトンネルの嫌な空気を肌で感じていた。
そして。
ジュエルは程なくしてトンネルの終末に辿り着いた。トンネルの出口は、1階と2階が吹き抜けになっている大きな円柱状の部屋に繋がっていて、今出て来た所はその上の方の階らしかった。そこはトンネルの雰囲気とはまた一変して、大理石で細部まで丁寧に造られた神殿のような部屋であった。
しかし、
「…。」
ジュエルは思わず眉を潜めた。…何故なら、この部屋の状況が明らかに異常だったからだ。
床と壁一面、血だらけなのだ。
それは乾ききってどす黒く変色しているが、間違いなく血痕だった。古びた鉄の匂いと生臭さが入り混じった特有の匂いで溢れ返っている。その匂いはジュエルにとって何度も嗅いだことがあるものだった。
だが、死体はどこにも見当たらない。そこにあるのは血痕だけだ。一体何人がここで死んだのだろうと自然に思える程、それは大量に残されていた。
ジュエルは、その部屋にもっと足を踏み入れる。
するとすぐ脇に、下へと続く階段らしきものがあった。もちろんそこも赤黒く染まっている。見ればその血痕は、下から死体を引きずってきたような跡になっていた。
コツ…コツ…
円柱の壁にそった長い螺旋階段を降りているうちに、ジュエルは確信した。自分は目的地にもうすぐ辿り着くだろう、と。ここが『塔』であり、ヴァイスは間違いなくここにいる。そう思った。
それには理由があった。
「…♪♪~…」
微かにだったが、誰かの鼻歌が聞こえてきたのだ。その曲をジュエルは聞いたことがなく、題名も分からない。だが時々音を外して、音痴になりかけているということだけは分かった。
とにかく、こんな所で鼻歌を歌っている人物など1人しか思いつかなかった。
コツ。
ジュエルは、最後の段を降りる。そこで目の前に広がったのは、上の階よりも一層血濡れの空間だった。円形の講堂のような部屋で、沢山並んだ椅子が中心の講壇を囲んでいるのが特徴的だ。
その講壇の所に。
「♪~♪♪~」
赤毛の青年が座っていた。
こちらを見もせずに、気持ちよさそうに足をぶらつかせながら歌っている。
赤黒い部屋に響く、下手な歌。…それは、何か気持ちの悪くなる光景だった。
「…何を歌っているんだ。」
ジュエルが低く訊く。
すると歌はピタリと止まった。
ヴァイスはゆっくりとこちらを見た。ジュエルと目が合うと、彼は薄く笑った。
「第九も知らないのか?」
初めの一言はそれだった。
「ベートーベン交響曲第九番。人間の世界じゃ結構有名な曲だぜ?……ああ、お前は人間とは違ったか。」
ヴァイスはそうわざとらしく言って見せると、講壇からひょいと降りる。
その時。
「?!」
突然、ジュエルの肩の辺りにぞわりとした感覚が走った。ジュエルが思わずそれを手で抑えようとすると、
ヒュッ!
何か小さな塊が、懐から飛び出した。それは真っ直ぐヴァイスの方に向かっていき、彼はそれをパシッとそれを掴み取る。
「…俺の体の一部をお前に送り込んで、お前がどうするか見ていた。」
そして、彼は笑った表情からさらにニィと笑った。
「いやぁ楽しかった!あの慌てたり、逃げたりしてる様!そんでもって、最後にはいきなりあの肉人形共をゴミみたいに殺しやがった。その規則性のない行動。ただの殺人人形とは少し違ったってワケだ。…どっちかっていうと、お前は人間に近い方なのかもしれないな?」
ジュエルは、実に楽しそうに喋るヴァイスを不快そうに睨みつけた。
「あの幻も、全部お前が作り出したのか。」
ジュエルは低く訊いた。
ずっとひっかかっていたのだ。現実には有り得ないような変な空間に引き込まれたり、ゾンビが突然人造生物に変わったりといった、奇妙な現象が。
ヴァイスは一瞬きょとんとするが、少しして思い出したように「ああ」と声を出した。
「…そうだ。そういう能力があってな。俺の声に、ある波長の音波を混ぜてやるんだ。そうすればだいたいの奴はオちる。生き物の脳味噌なんて、ちょいと神経回路を狂わせてやれば簡単にいかれちまうのさ。」
頭をトントンと指で小突いてみせると、ヴァイスはジュエルの方にゆっくりと歩みよった。
そして、口を開く。
『こんな風に!!』
その声は空間を揺るがした。
キイイイィン!!
「…っ!」
耳に超音波のような嫌な音が駆け抜け、ジュエルは思わず顔を歪める。同時に、ジュエルの周りの世界がまた可笑しくなり始めた。…空気が赤く染まり、今立っている地面がぐにゃりと歪む。
しかし、実際には何も起こってはいなかった。
ただジュエルがよろめいただけで。現実の世界は今までと何ら変わらず、そこにあったのだ。
少しして、それは治まった。ジュエルは2、3回息をついてから再びヴァイスを見る。
「…く」
「まあ。言っちまうと元々俺にあった能力じゃないがな。全く、リタも面白いものをくれたもんだ。」
(?)
一瞬、ヴァイスの言葉にジュエルの思考が止まった。そこに1つ、聞いたことがある固有名詞が混じっていたからだ。
(リタ?)
ジュエルはつい先程のことを思い出す。地上の戦いの時逃げ込んだ家で見た、1人の謎めいた少女を。彼女の言葉が、ジュエルの中で瞬時にフラッシュバックしていく…。
『リタは、罪から逃げたいの。』
『ね、リタ。…あの時の約束、覚えてるでしょ?』
(…言っていた。)
『私に……会いに来て…』
「おい。何ボケっとしてんだ?」
その声は唐突に、間近から聞こえた。
ジュエルがはっと顔を上げる。すると、目の前には大きな槍を振り上げるヴァイスの姿があった。
そして一呼吸の間もないまま、槍はジュエルへと向かう!
「!」
ギィン!!
ジュエルはとっさにそれを剣で受け流し、素早く後ろに跳び下がった。
――お知らせ――
こんにちは。ARISです。(^-^)
いつも『地獄に咲く花~The road to OMEGA~』を読んで下さり、誠に有り難う御座います。さてさて、知らせたい事と言うのは……またあの魔の期間がやってきてしまった事です。
即ち、
テスト期間!!
というわけで…やむなく、今日からまたしばらく休載することにしました。申し訳ありませんが、ご了承下さい。(/_;)
再開は8/4です。
これからも、本作品をどうぞ宜しくお願い致します。<(_ _)>
ズザザッ!
ジュエルは着地した後、
バ!
すぐに斬りかかっていった。
勢い良く加速していき、ヴァイスの攻撃範囲に入ったところで強く地を蹴る。
タッ!
そのまま弾丸のように目標に向かっていき、まず右手の剣で彼の胴を薙ぐ!
しかし。
「?!」
ジュエルは自分の目を疑った。彼の姿が霧のように消えたからだ。
その後瞬時に、背後に殺気が現れた。ジュエルはそれに気付き、振り向こうとしたが。
ザシュ!!!
「――ぁ」
…遅かった。
ジュエルはその痛みに、声にならない声を上げた。攻撃を受けたのは、先程人造生物から受けた傷だ。即ちその傷が開かれたことになるので、かなりの激痛が走った事は明白だった。
後ろには、血で濡れた槍を弄ぶヴァイスの姿があった。
「おやおや、どうしたのかなぁ?…くっくっく!」
ヴァイスはわざとらしくジュエルの心配をするふりをして、それが可笑しかったのか自分で笑う。
『また幻でも見たか?』
キィィン…
再び強い耳鳴り。ジュエルの中であの気持ち悪い感覚が蘇り、ヴァイスの姿は変に歪んで見えた。その上肩からの出血は激しく、視界全体が白く霞み始めていた。
ジュエルは肩を押さえ、身を屈める。霞み歪んだ景色の中には、ぼんやり赤毛の男がゆっくりと槍を振り上げるのが見えた。先端の銀がやけにギラギラと光っている。
(…くっ…)
このままでは、殺される。平衡感覚がなくなり自由に動かない体を鞭打って、ジュエルはゆらりと剣を構えた。
そして槍の光は一層強くなる。…次の一瞬で、始まるのだ。
「なあぁ!」
ブン!!!
剛速で槍が振り下ろされた。
「っ」
ギィン!!
ジュエルはその一撃を、受け止める。しかしヴァイスの攻撃はそれだけでは終わらない。
「ヒャッハハハ!!」
「!」
ガッガガガガガ!!
ヒュンヒュン!
踏み込みながらの突きを3連続。それは空気を切り裂き、そこに一瞬出来た真空をも切り裂く。かろうじてジュエルは全て剣で受け流した。ヴァイスはそこからさらに槍を上に振り上げ、素早く回転させた。遠心力がたっぷりとついたところでそれを振り下ろす!
「ハアァッ!!」
ガガ!!!
「ぐっ…!」
ジュエルはそれを防いだ。しかしその強烈な衝撃を受け止めきることは出来なかったようだ。
瞬間、ジュエルの体は物凄い勢いで吹っ飛ばされていた。
ドガシャァン!!
ジュエルは10m程先の、壺が沢山置いてある場所に背から激しく突っ込み、終いには石壁に叩きつけられた。壺は衝撃で割れ、中に入っていた水が亀裂から溢れ出す。舞い上がる埃と壷の破片が散らばっている中、ジュエルは血と水でずぶ濡れになって倒れた。
「っ…」
まだ視界は回復しない。寧ろ悪化している。だがこんなところで休んでいる暇はないと、すぐに思い知らされた。またあの男の哄笑が四方から、こだまのように響いてきたからだ。
だがその時。
不意にジュエルは何かを感じた。
一言で言うと『疑問』だった。あまりはっきりとしたものではないが…思えば、それは初めてヴァイスに会った時から感じていた。
即ち、
ヴァイスの
異常なまでの殺人への執着。
生命をいたぶることへの快楽。
その理由だ。
何故、そんなに笑っていられるのか。これから繰り広げるのは、血の宴。命の取り合い。傷つけ合い。それをこんなにも楽しんでいる。ジュエルには、一瞬それが疑問だった。
そんなことを考えている間にも、彼は目の前にいた。…また体を動かさなければならない。ジュエルはゆっくりと身を起こした。
「もっと、踊れ。」
「!」
タン!
ヴァイスの声がはっきりと耳を突き抜けたのと同時に、ジュエルは高く跳んだ。
ガシャン!!
ヴァイスの槍はジュエルのいた空間を突き、同時に巻き上がった風圧が、また数個の壷を倒した。
その時。
微量、時の流れが止まる。
そして空中に舞うジュエルとヴァイスの目が合った。ヴァイスのニィッと口元を歪めた表情が、ジュエルの赤い視界に映りこむ。
…ジュエルは、
「……。」
すっと目を伏せた。
タッ!!
時がまた動き出す。ヴァイスが勢いよく跳んだ。恐ろしい程の速さでジュエルとの距離を詰める。その際、
「…っ」
ジュエルには自分に向かってくるそれが何人にも分かれ、四方から攻撃が迫るように見えた。しかし、本物は1つだけだということは分かっていた。
ジュエルは目を閉じ、瞬間的に意識を耳に集中させる。…そして、
「っらぁ!」
ビュッ!
バ!
繰り出された槍を紙一重で避けることができた。結果、前にのめったヴァイスには隙が生まれることになる。ジュエルはそこを突きにかかった。剣が煌めく。
しかし、
「残念だったなぁ。」
「?!」
今、この時。ジュエルは確かにヴァイスの背を取っていた。今剣を振り下ろせば、完璧に相手に致命傷を与えることが出来る。だから、ジュエルはヴァイスの言葉にぞくりとした。
それと、
その鈍い音が響いたのはほとんど同時だった。
ドヅ!!
「ぁ…?!」
何が起こったのか、初めジュエルには分からなかった。鋭い痛みはなく、ただ何かの異物が自分の中に突然入ってきた感じがした。その部分に、ジュエルはゆっくりと目を移す。
「ぐ…ゴボッ!」
血がこみ上げてきて、吐いた。ヴァイスの背から妙なものが伸びて、ジュエルの右脇腹に突き刺さっていたのだ。それは植物とも動物とも判別がつかない、何かの棘だった。
次に。ヴァイスは槍をくるりと回し、そこにジュエルを絡め取る。すると、
ブシュウゥ…!
ジュエルの体から棘が抜け、傷口からは鮮血がほとばしった。ヴァイスはさらに槍を回し、
「そらよ!」
ブン!!
地面に向かって勢いよく振った。それはジュエルを下に投げつけたのと同義だ。深い傷を負ったジュエルは成す術がなく、そのまま墜ちていくしかなかった。
そして…
ドォ!!
「っが…!」
固い地面に体が打ち付けられ、ジュエルは思わず声を上げた。それからは、全く体が言うことを聞かなくなったようだった。…血が溢れ、力が入らない。ジュエルはただ仰向けになって倒れた。
そこに。
タン
軽い音が鳴る。今、ヴァイスが地に降り立った。
「あ―ぁ。また服に穴が増えちまった。」
彼はボリボリと頭を掻きながら、もともと穴だらけの服の背を見る。さっきの棘は消えていた。
「しっかし…もう終わりか?もっと楽しませてくれるかと思ったんだがな。」
ヴァイスは遊び足りないといったような表情を浮かべた。
ジュエルは少し息を切らしながら高い天井を見つめる。やがてそのまま、こう訊いた。
「お前は、楽しんでいるのか?」
「あ?」
「お前は…殺し合いを本気で楽しんでいるのか、と訊いたんだ。」
ジュエルはゆっくりとした口調で言い直した。その問いにヴァイスは即答した。
「ああ。楽しい。」
「…何故だ?」
「簡単だ。俺は殺すために生まれてきたからだ。」
「……。」
あまり理由になっていないその答に、ジュエルは少し沈黙する。するとヴァイスは、こう続けた。
「殺すことが俺の糧であり存在の証。快楽なんだ。…俺は俺の力で、自分を満たしている!」
「!………。」
ヴァイスは血塗れの部屋の中心で両手を広げ、天井を振り仰ぐ。その目はとても恍惚としていた。
ジュエルはその言葉でまた沈黙した。
が、その時。
「……ふ。」
「?」
「ふ…ふふふ、あっははははは…!」
ジュエルの笑い声が、広い空間に響き渡った。血だらけで倒れてたまま笑っているその姿は異常者を連想させた。ヴァイスは初め不快そうな表情をしていたが、やがて薄く笑って訊く。
「どうした。今自分が死ぬしかないと理解出来て、気でも狂ったか?」
「ふふ……違うさ。今やっと分かったんだ。お前への違和感の正体が。」
「…何?」
ジュエルは多少痛みに顔を歪めながらゆっくりと背を起こし、よろりと立ち上がった。
「最初からおかしいとは思っていた。…お前の強すぎる殺しへの執着。
戦いの中でのお前はことあるごとに言っていた。自分の求めているものは殺しによって得られる快楽だと。
…けど、それは違う。
それは、ただの『言い訳』に過ぎなかったんだ。」
「言い訳、だと?」
ヴァイスはピクリと眉を動かす。
「もしくは、誤魔化しだ。」
「……俺が何を誤魔化しているって?」
ジュエルは少し呻きながら、だけれども淡々と続けた。
「勿論、お前自身だ。」
「!」
「お前は言った。自分は殺すために生まれてきた。殺すことが存在の証であると。…その時点で、お前は『自分が殺人鬼である』と主張している。
でも本当に殺人鬼なら…そんな分かりきったことは言わない。俺は、この目で本当の殺人鬼を見たことがある。」
ジュエルが目を閉じて思い出していたのは
倉庫で見た『彼』のことだった。
「殺人鬼は…そもそも感情を持っていないに等しい。だから言葉も喋らない。ただ無情に、ただ人を殺す。それによって何の悦びも得ないし、動じることもない。」
血の海に佇む『彼』の虚無の瞳。突きつけられた銃口の冷たさを、ジュエルは鮮明に思い出した。
「つまりお前の言っていた言葉で言い換えると…殺人鬼は、殺人人形なんだ。
だが、お前はそうじゃない。こんなにも必死に、何度も。自分は殺人鬼だと叫び、分からせようとするんだ。
殺す相手ではなく…自分にな。」
「はっ…だからどうしたよ?どっちみち、お前は今から死ぬんだ。」
ヴァイスはせせら笑う。
その時からだった。…彼の体に変化が起こり始めたのは。
ビリッ
彼の右肩から、先程の棘が突き出た。その拍子に服が破け、少し大きな音が鳴った。
ジュエルの声がまた響く。
「お前は俺と似ているよ。殺人人形にも普通の人間にもなりきれない、まるで中途半端な存在だ。
だから分かる。何かはっきりした『意志』がなければ、俺達みたいな奴はずっと殺しを続けることなんて出来ないんだ。必ず、その内自分を保てなくなる時が来る。」
ビリッ
「俺はただ終わらせたい。この狂った世界を。だから闘っている。…お前は何故、今闘っている?」
ビリ。ビリ!
「何故、その答えを誤魔化しているんだ?」
ビリビリビリ!
気付けば。ヴァイスは殆ど体の表面が棘だけで埋まって、人間の形を失っていた。彼はくぐもった声でこう言う。
「少し黙れ。」
ジュエルはそこで真っ直ぐとヴァイスを見返した。
「結論を言う。俺には、お前が何かから逃げ出そうとして闘っているようにしか見えない。」
「…黙レと言ってイルんダ!!」
ザッ!!
ヴァイスは猛然とジュエルに向かった。その時もまだ、ジュエルはヴァイスの目を静かに見つめていた。それがますます彼の神経に触れたようだった。
「さっさと逝けエエェ!!!」
ブンッ!!
目の前で槍が振り上げられる。ジュエルはその場から動かず、目を閉じた。だからジュエルは次の瞬間で死ぬはずだった。
だがその瞬間に響いたのは、
悲鳴でも血の吹き出る音でもなかった。
カシャン!
何かが落ちる音だった。
「グ…」
そして小さな呻き声も聞こえた。ジュエルはそこで、ゆっくりと目を開ける。
始め、床に落ちている長い槍がが見えた。次に見えたのは、棘だらけでうなだれているヴァイスの姿だった。
メキメキメキ…
真っ黒で、鱗のついているその棘は、ヴァイスの体を幾重にも覆っていく。それは何か、新たな生物を形作っていくように見えた。
「…」
ジュエルは少し後ずさる。そして離れた距離になった所で足を止め、それを見た。
「ゥぅォオオオォ…」
低い声と共にヴァイスの体はみるみる巨大化し、変貌していく。
それにつれ
彼の意識は、遠い闇の中に堕ちていった。
闇の先は、闇だった。
そこには何もないけれど、安らかな空間だった。
甘くて、暖かくて、
ずっとそこに居たくなる。
そんな場所だった。
しかしその時
誰かの声が聞こえた。
それは始め、小さく彼に聞こえていた。だが次第に大きくなっていく。
「…ック…ジャック!起きてよ!」
そしてその後、しばらく同じ様な言葉が繰り返され…彼は段々それに嫌気がさしてきたようだった。
「うるせぇな。放っておいてくれ。」
「ちょっ…こんなところ見つかったら上の人に怒られるわよ?」
「…あぁ?」
彼は気だるそうに目を開けた。
すると、
真っ青に澄んだ空が彼の目いっぱいに広がっていた。さんさんと降り注ぐ日の光がとても気持ちいい。
(……)
気持ちよさのあまり、彼はまた目を閉じそうになってしまう…が。
「寝るな!起きろ~!」
ギュッ
「いっててててて!!!」
それは阻止された。彼の頬が思い切りつねられたのだ。彼は抗議の声を上げながら跳ね起きる。すると、起こした張本人…十代後半の少女は溜息をこぼした。
「やぁっと起きた。ジャック。あたしが一体何回呼びかけたと思ってる?」
ジャックと呼ばれた彼の目の前に、風景が広がる。
その高い丘からは、街全体が見渡せた。同じ様な形をした小さい四角い建物が並んでいる。目立った建物もなく、とても平坦な街だった。
そして、隣にしゃがみ込んでいる彼女の顔。ボロボロなワンピースとエプロンを身に着けているが…それよりも猫のように大きな瞳と可愛らしいピンクの唇が目に留まった。彼女の栗色の巻き毛が、風にふわりと揺れる。
ジャックは反射的に、彼女の名前を口にした。
「ローラてめぇ!何しやがる!」
「…もー折角起こしてあげたんだから感謝くらいはしてよね?本当に、あんたのサボり癖には昔から困らされてんだから。」
「うっせぇ!毎回起こしてくれと頼んだ覚えはねぇっつってんだろ!」
ジャックの乱暴な言葉使いに、ローラは慣れた様子だった。全く動じない。
「へぇ、そっちがその気ならいいわ。ジャックがここでサボってますよーって今度こそ街中の人に広めちゃうから。」
「…ぐ。」
「この街中の人が一生懸命働いてる時に。さすがにこのタイミングは…不味いかもね?」
ローラは座った目で笑みを浮かべる。ジャックはこれだけで黙り込んでしまった。
「…大体おめーはどうなんだ。街に戻って仕事しろ。」
「あたしは配給係。このサンドイッチをを配るのが仕事なの。」
そう言うと、ローラは肘に掛けていた籠の中をジャックに見せた。中にはレタスやベーコン、トマト等を挟んだ、色とりどりのサンドイッチがぎっしりと並んでいた。
するとローラは、おもむろにその1つをジャックに差し出した。
「あんたにも。…お昼時だし、お腹空いたでしょ?」
「……空いてねぇよ。仕事サボって寝てたからな。」
ジャックはローラから目を反らす。しかし、『それ』はまさにそのタイミングのことだった。
グウゥゥ……
「ぅ。」
彼の胃袋が、あの特有の音を立ててしぼんだ。思わず恥ずかしさが込み上げ、彼は赤面する。ローラは呆れたように笑った。
「ほら見なさい。あんたって本当に分かりやすいわ。」
「う、うるせー!てめーはもう黙ってろ!!」
ジャックは乱暴に差し出されたサンドイッチを取り、かぶりつく。それから2、3秒程でそれをたいらげた後、少し喉に詰まらせたようで胸をドンドンと叩く。
「っ…はぁ…。」
そして全て呑み込むと、深く息をついた。
それから、ジャックはすっと立ち上がった。
「街に戻る。」
「へぇ、今日は珍しいね?あんたから仕事に戻ろうとするなんて。」
不思議がるローラを背に、ジャックは丘を下り始める。そこで彼は不意に止まって振り向くと、こう言った。
「バーカ。俺はお前がいるこの場から、1秒でも早く離れたくなっただけだよ。」
「なっ…」
ローラは、ジャックの一言にさすがにカチンときたようで、バッと立ち上がった。けどここでヒステリックになっても、ますます馬鹿にされるであろうことはその目に見えていた。言い返すことが出来ず、ローラは憮然としてそこに立ち尽くす。
だが、しばらくして。
ローラはだいぶ遠ざかった背中に向かって大きく叫んだ。
「…仕事頑張ってねー!またどっかでサボったりすんじゃないわよー!!」
その高い声は
風に乗って青空に響いた。
彼の背中はただ遠ざかっていく。ローラは自分の声が彼に届いたのか一瞬不安になった。
しかし、
「…ぁ」
思わず小さく声が出た。かなり遠くではあったが、背中越しに彼が手を振っているのが見えたからだ。
彼女はそれを見て、
柔らかく笑った。
その丘から少し荒れた小道を通るとすぐに道が開け、街に出る。その砂埃にまみれた街は、沢山の人々が行き交っていた。
スコップやつるはしを持って歩く若者達。大きな石を積んだ猫車を押す中年。それに水や食糧を配る女達。がやがやとした人の声で溢れかえっていて…薄汚れているが、それは賑やかな風景だった。
と、そこに。
2人の少年が歩いていた。
「…あー仕事詰めで肩が凝った。こんな作業いつまで続ければいいんだか。」
「仕方無いッスよ~スミスさん。これも皆の将来のため!あの『国』がいつ攻めて来るか分かんないッスから。」
「ラースは相変わらず真面目だな。………お。ばあちゃん、そのサンドイッチくれないか?腹が減ってもう作業どころじゃない。」
「あいよ、豚肉サービスしとくよ!」
そんな平和なやりとりがされている所に、ジャックが通りかかる。
サンドイッチを受け取ろうとしていた少年…ジョン・スミスはそれを見て目を丸くした。
「あぁあ!ジャック!!」
それはとても大きな声だった。
もう1人…ラース・インディは思わず「ひゃあ」と声を上げる。当のジャックもその声に気付いたようで、そちらを見た。
「おう、ジョン。」
ジャックは軽く手を振る。ジョンはそこにずかずかと歩み寄った。彼の筋肉質で大きな体格は行きすがる人を時々強引に押しのけ、何人かを驚かせた。
「『おう』じゃねぇ。探したんだぞ!てめぇどこいってやがった?!」
「…便所だって言ったぜ。」
「便所に3時間もかかるか!」
ごつん!!
「いてぇーっ!!!」
と、ジャックは声を張り上げた。ジョンが、ジャックの頭に上から一発拳をふり下ろしたのだ。かなり痛かったらしく、ジャックはその場で頭頂部を抱え、悶絶した。
「…ったく。てめぇのおかげで2人でずっと穴掘りしてたんだぞ。無駄に使った0.5人分の労力返しやがれ!」
「ままま、スミスさんもういいじゃないッスか!こらえてこらえて。」
憤怒しているジョンの前に慌てたように小柄な人影が割り込んできた。…ラースだ。
「監督にばれなかっただけでも良かったッスよ。…でもヴァイスさん、本当に心配しましたよ?一体どこ行ってたんスか?」
ギロリ、と。
ジャックは心配そうな顔をするラースに、不機嫌そうな眼差しを向ける。ラースは思わず「あっ」と口を押さえた。
「…俺をその名呼ぶなと、何度言ったけなあ。ええ?」
ジャックはゆらあと顎をあげた。その低い声と、言葉で言い表しようのない物凄い目つきに、ラースは額に青筋を立てながらにへらと笑う。
「あ、ははぁ…10回くらいかなぁ…スんません。やっぱ俺、どうも先輩のことはファミリーネームで呼ぶ癖が」
「黙りやがれ。てめぇ今度という今度は許さねぇからな…?」
ガシッ!っとラースの胸ぐらが掴まれ、そのまま体を持ち上げられる。
「ひぃ!」
と、情けない悲鳴が上がった。そこにジョンが加わり…。
「コラ、話をそらすな!ジャック。この埋め合わせはしてもらうからな!」
「てめぇまだそのこと根に持ってやがるのか?文句があるなら今かかってこいよ。」
「…ほぉ、幼なじみのよしみで殺すのだけは止めておいていたが…そうか。今ギッタンギッタンにされたいか。」
ボキボキッとジョンは指の関節を鳴らす。ジャックはそれを見るとニヤリと笑い、ラースを持ち上げたまま…チョイチョイと空いてる方の手の指を動かした。
「あぅぅ…先輩もう離してくだざい~!」
その後3人で殴り合いの大混乱になったことは、言うまでもないだろう。
賑やかな昼休みが終わると、街はやけに静かになった。辺りに見当たるのは、皿などの片付けを始めている女達や小さな子供くらいになっていて、殆どの男達はそこから姿を消していた。
彼等がどこへ行ったのかというと…地下であった。街の中心となる場所に大きな穴が空いていて、そこから出入りしているらしい。先程の3人も、そこに入っていった。
地下は地上と全く違って、ランタンで黄色く照らされる闇の中、慌ただしく人と罵声が行き交っていた。
その端のほうで、
「はぁ…こってり監督に叱られちゃたッスね。うぅ、僕は巻き込まれただけなのに…」
ラースはドラム缶に座って、半べそ状態になっていた。その顔は殴られた箇所が大きく腫れていてあまり原型をとどめていない。
「…で。どうだった?ジャック。」
ザクッと、ジョンは土に大きなスコップを突き立てる。ジョンも同じ様な顔をしていた。
「どうって、何が?」
ジャックもやはり痣だらけの変な顔をして、少し大きめの岩を荷台に積んでいた。
「決まってんじゃねーか。デートはどうだったかって聞いてんだ。」
「…は?」
その言葉に、ジャックはさらに変な顔を作った。
「お前のことだ。どうせどっかでサボってやがったんだろうが……会ってきたんだろ?彼女に。」
ジョンはニヤニヤと楽しそうに笑いながらジャックの肩にどんと腕をかける。ジャックは心底その話に乗りたくないといった風に、それを横目でジトッと見た。
「何の話だ、そりゃ。」
ぼそっと呟く。
でも心では、ジョンが言う『彼女』が誰のことを指しているか…言われたその瞬間から分かっていた。
その話は、近くにいたラースにも聞こえたらしい。
「え!ヴァ…ジャックさん、彼女いたんスかぁ?!」
ラースは勢いよく立ち上がる。そしてさっきまでの様子が嘘のように目を輝かせ始めた。
ジャックは不機嫌そうに黙っているので、代わりにジョンが。
「おうよ。俺と同じ、こいつの幼なじみでさ。昔はよく3人で遊んでたもんだが、俺ぁあの時から分かってたぜ。」
「何スか?」
「それはなぁ……。」
「そ、それは………?」
そこで、ジョンはじらすように少し間を置く。ラースはごくりと唾を呑んだ。
「……こいつ、彼女にベタぼれだってなぁ!」
その時。
ブチッ
ジャックの中で何かが切れた音がした。
めしゃ。
その瞬間にはもう、ジャックの拳がジョンの頬にめりこんでいた。彼は悲鳴をあげる暇もなかった。その後形のきれいな弧を描いて横に吹っ飛ばされ、
「ぅおお?!」
ドザザッ
スコップで盛った土の山に頭からまともに突っ込んだ。上半身だけを土に埋もれさせ足をばたつかせている彼の滑稽な姿に、ジャックは呆れたような眼差しを向ける。
「誰がベタぼれだ。…あいつが勝手に俺につきまとってくるだけだっつの。」
「ということは、その人と付き合ってはいるんスね?」
ピキッ!
背後からラースが真顔で質問してきて、ジャックは思わず体を硬直させた。そして鬼のような顔をしてギギ…ッと後ろを振り向く。
「付き合ってねぇ!!」
「いや、でも先輩のことを想ってくれる人が近くにいるわけッスよね?」
「…はっ、どうだかなあ。あいつはいつもいらねぇ世話ばかり焼いて来やがる。ありゃ一種の嫌がらせの類だと思ってるぜ。俺は。」
「大切にしたほうが、いいと思いますよ。」
ポツリと、ラースが呟く。
ジャックはそれでハッとした。自然と怒りは収まる。見れば、少し寂しいような目をした少年が目の前に立っていた。
「…ラース?」
その一変した雰囲気に、ジャックは戸惑っていた。ラースはそれにふっと笑いかけると、くるりと背を向ける。
「いつ会えなくなるか分かりませんから。………あ、そこの石。僕が運んでおきますね。」
そう言い残すと、彼は近くに置いてあった猫車の取っ手を持ち、それを押しながらゆっくりとその場から去っていった。
ジャックはそこに残され、ただ呆然とラースを見つめていた。…すると、
「おい!」
いきなり後ろからガシッと肩を掴まれる。びくっとして振り向くと、顔面土だらけの少年が真剣な目でジャックを見ていた。
「ジャック。確か、お前はまだ聞いてなかったよな。あいつに何があったか。」
「…?」
「つい最近のことなんだよ。あいつの妹が…あの事件に巻き込まれたのは。」
「!」
ジャックはその言葉にピクリと反応する。
「…『失踪事件』に、か?」
「ああ。」
2人の表情ははたちまち重苦しくなった。気の毒で仕方がないといったような感じだ。
沈黙が2人を包む。しかし、そこでジャックはふいと訊いた。
「ところで…誰だ?お前。」
それからジョンはジャックを軽く張り倒した後…顔にひどくこびりついた泥土をタオルで拭き取りながら、さっきまでラースが座っていたドラム缶にどっかと腰掛けた。
「ったくこんな時にまでボケかますんじゃねぇよ。お前は。」
「…そんな面白いツラで真面目な話をするてめーが悪い。」
「お前がこんなツラにしたんだろうが!」
ジョンがそう噛みつくように言うと、ジャックはけたけたと笑う。しかしその笑い声も、すぐにこの重くなった空間にかき消されてしまった。
「つい最近…って、いつのことだ?」
ジャックが静かに聞いた。
「一週間前、だ。俺達と同じ作業場に配置されて間もない頃だな。」
ジョンは持ってきていた煙草を懐から取り出すと、ライターでそれに火をつけた。
「あいつはここに来たときからやけに真面目でな…熱心に作業に取り組んでたよ。お前も分かるだろ?」
ジャックは目を閉じて、思い出す。
ラースは確かによく働いていた。前線でというわけではないが、いつも気を利かせ自分達の仕事の手助けをしてくれる。
彼が笑顔を絶やすことはなかった。
とても、最近家族を失ってしまった少年には見えなかった。
この街で起きている失踪事件。それは3年前から始まっていた。
平均して1ヶ月に2人程だろうか。 性別年齢問わず、不規則に人が消えているのだ。そのほとんどの者は失踪する前には何の問題もなく、ただ普通に。いつも通り生活を続けていただけらしい。
では、何故失踪は起きたのか?
街の住人は皆、こう言う。
『国』に消された…と。
『国』。砂漠にぽつんと在る、透明なドームに囲まれた小さな土地。円の中心のほうには高層ビルが林立しているが、端の方は砂漠の上にテントや古い石造りの家が建っているだけの乾いた地が広がっている。
街は、その『国』の後者の方に含まれている。住人が言う『国』とは、主に前者…いわゆる上層部の方を指していた。
ここで少し歴史を紹介しておくと、元々この街は『国』に存在していなかった。
昔、悪化する地球環境によって国を滅ぼされた難民の一部が偶然この『国』に辿り着いたという。そこで、難民達はここに住まわせてくれと哀願した。
『国』はその者達を受け入れた。彼等に住むところを与え、限りのある食糧を供給した。そうすることで彼等は生き長らえ、子孫を残し…この街を発展させたのだ。
ここまではよかった。
しかし問題はここからだった。
それからしばらく経ってからの事だ。いつの間にか『この街は国に生かしてもらっている』という事実が、悪い方向で上層部の者達に深く根付いてしまったのは。
街は、何かとその理由につけて『国』からあまり良くない扱いを受け始めるようになっていた。
例えば何人かの者が突然『国』に集められては、少数では到底終わらない、かなり重労働な土木工事を全て手作業でさせられたり。酷い時は、何も知らない者が適当に選ばれただけで『国』の者が犯した罪を着せられたり。…それで死刑になった者もいた。
『国』からの差別は年々激しくなり、街は恐怖に彩られる。いつ自分達に降りかかってくるか分からない災難に怯えて暮らすのが日常になっていった。
そして、今回起こっている失踪事件。
街の者達が『国』のせいで起こっていると考えていても、何ら不思議ではなかった。
実際。ここにジョン・スミスと対面して座っている20代前半くらいの赤毛の青年…
ジャック・ウィル・ヴァイスもその1人だった。
「けっ…どっかのご先祖様が、こんな腐りきった国に泣きつかなきゃあ良かったんだがな。」
ジャックは吐き捨てるように言った。ジョンはその苦虫を噛み潰したような顔を見ると、「また始まった…」というような目をする。
「あのなぁ、そうしなきゃ俺達はこの世には生まれていなかったんだ。それは仕方ない事だって何度も言っただろ。……お前の家を恨んでる奴なんて、この街にはいない。むしろ、皆こうして生きていられることに感謝してるんだぜ?」
「……ちっ。」
舌打ちが1つ鳴った。
ジャックが自分のファミリーネームを嫌っていた理由は、ここにあったのだ。
先程記載した、国を滅ぼされ砂漠をさまよっていた難民。この『国』に新しい街が生まれるきっかけとなった者達。そのリーダー格の男が、ジャックの直系の先祖に他ならないのである。
ジャックは地面に唾を吐くと、黙り込んでしまった。
「…それにな、ジャック。俺達はそれに対して何も出来ない訳じゃない。近い内に俺達は『国』と戦うことになるだろうさ。」
ジョンは、少し勢いをつけて紫煙を吹いた。
「今俺達が建設しようとしている…この『塔』を拠点にして、な。」
「戦争、か。そんなものが果たしてうまく行くかな…。」
「じゃあお前は、このまま一生『国』にへこへこしているつもりか。…いいか、俺達の未来は俺達で切り開くんだ。過ぎたことを悔やんでるだけじゃ何も進展しないだろ。」
そう言うと、ジョンは持っていたタバコをぽとりと足元に落とし、その火を踏み潰して消す。そして傍らに立てかけてあったスコップを取って立ち上がった。
「さて。そろそろ作業再開といくか。…ラースが戻ってくる。」
ジョンはさっきまでいた自分の仕事場に向かう。その途中、まだ座っているジャックに振り返った。
「お前だってローラっていう守りたい女がいるだろ?それだったら今キリキリ体を動かせ。」
その一言だけで、ジャックはがたりと勢いよく立ち上がった。
「あいつは別に関係ねぇっつってんだろ!」
「ハッハッハ…冗談だよ。なージャック君?何をそんなに反応しているのかなあ?」
「てめぇ!」
ジャックは思わずニヤニヤ顔のジョンに殴りかかりそうになったが、
「先輩…まだそのことで喧嘩してるんスかぁ…?」
唐突に背後から聞こえたラースの呆れ声に、ぐっとその動きを止めたのだった。
それから3人は仕事に戻った。時々休憩を挟みつつ、いつも通り日が暮れるまでそれは続く。
その間、ジャックは考えていた。戦争なんて起こしても、無駄に犠牲がでるだけで、何も解決しない確率が高いのではないか。『国』は軍事力を整えてあるが、こちらは武器になるのはせいぜいナイフや鶴橋くらいのもの。勝ち負けは誰の目にも見えているのだ。
しかし、それでも立ち向かう。
ジャックの周りにはそんな意見しか転がっていない。その事実を再認識する度に溜息がでるが、きっとそれ以外に自分達に出来ることはないのだろうとジャックは思った。
今や砂漠に出る事は、死を意味する。そして、このまま『国』にいいように飼い慣らされ続けるのは街全体の意に反する。仮に『国』に従い続け、生き延びていたとしても『国』にとって街が用済みになれば、いつ国外に放り出されるか分からない。
どの道死ぬしかないのならば、皆運命に逆らって死ぬ方を選ぶのかもしれない。
その結論に至った。
自分はどうしたいだろう?と問いかけてみるが…よく分からないという答しか彼の中では出せなかった。
ふとそこで、ローラの事が思い浮かんだ。
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11レス 124HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 126HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1392HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 511HIT 旅人さん
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コンビニ店員、怖い
それは昨日の話 自分は小腹空いたなぁとコンビニに行っておにぎりを選んだ、選んだ具材はツナ おにぎ…
32レス 891HIT 張俊 (10代 男性 ) -
ディズニーの写真見せたら
この前女友達とディズニーに行って来ました。 気になる男友達にこんなLINEをしました。ランドで撮っ…
55レス 1759HIT 片思い中さん (30代 女性 ) -
ピアノが弾けるは天才
楽譜貰っても読めない、それに音色は美しい 自分はドレミファソラシドの鍵盤も分からん なぜ弾けるの
20レス 529HIT おしゃべり好きさん -
既読ついてもう10日返事なし
彼から返事がこなくなって10日になりました。 最後に会った日に送って、1週間後に電話と返事欲しい旨…
24レス 874HIT 一途な恋心さん (20代 女性 ) -
娘がビスコ坊やに似てると言われました
5歳の娘が四代目のビスコ坊やそっくりだと言われてショックです。 これと似てるって言った方も悪意…
22レス 740HIT 匿名さん -
一人ぼっちになったシングル母
シングルマザーです。 昨年の春、上の子が就職で家を出て独り立ちし、この春下の子も就職で家を出ました…
12レス 311HIT 匿名さん - もっと見る