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地獄に咲く花 ~The road to OMEGA~

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鬼澤ARIS( 10代 ♀ yhoUh )
12/05/31 21:54(更新日時)

30XX年。地球。
そこは荒れ果てた星。

温暖化によって蝕まれた大地、海、空気。
そして20年前。生物学者ルチアによって解き放たれてしまった人喰いの悪魔…『人造生物』。世界に跳梁跋扈する彼等によって、今滅びの時が刻一刻と近づいている。

しかし。
その運命に抗う少年達がいた。

人造生物を討伐するべく、ルチアに生み出された3人の強化人間。ジュエル、ロイ、グロウ。
グループ名『KK』。

少年達は、戦う。
生きるために。
…失った記憶を、取り戻すために。

その向こうに待ち受ける答。
そして、運命とは?


※このスレッドは続編となっております。初めて御覧になる方はこちらの前編を読むことをお勧めします。

地獄に咲く花
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No.1242703 10/02/08 19:35(スレ作成日時)

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No.301 11/05/23 23:27
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

空気が痛いくらいに頬にぶち当たり、ジュエルは思わず小さく呻いた。そして電車の上からの景色を見てみると、先程まで居たはずのホームはとっくに無くなっていた。

ゴオオオオォォォォ!!!

ドームの天井が勢い良く近付く。空中で大きなアーチ状になっている線路を、電車はどんどん駆け抜けていく。下の方を見てみると、宝石箱のように輝くビルの世界が広がっていた。

「っく…!」

ジュエルの体にかなりの重力がのしかかっている。車体の一部を掴んでいる手は千切れそうになっていた。しかし今そこから手を離せば間違いなく吹き飛ばされ、ただ宝石箱へと落ちていくだけということは言うまでもない。

ヴゥン!!!

風が唸りを上げる。電車はあっという間にアーチの頂上へと上り、その次は下りに入っていった。下りは重力の法則に従うので、さらに電車は加速する。その中で。ジュエルは風で目を霞ませながらも、ある一点を注目し始めていた。


それはもう少し先の方にある。今この電車が走っている線路と、全く違う方向に伸びている別の線路――それが上下で交差している地点だ。さらに別の線路の元を辿ってみると、やはり駅のような大きな建物が見えた。


そこから電車が発車するのが見えたとき、

ジュエルは身構えた。

No.302 11/05/25 23:11
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

向こうから発車した別の電車がこちらへ走ってくるのが微かに見えた。結構な距離だったのでその速さはよく分からなかったが、その内どんどん、どんどんこちらへ迫ってきているのが分かった。しかもジュエルが乗っているこちら側の電車も走るので、2本の電車の距離はみるみる縮まっていく。

やがて、ある地点で向こうの電車は急カーブにさしかかる。カーブを曲がってそのまま行ったところには、もう線路の交差地点があった。そしてこちらの電車も真っ直ぐにそこに向かい始めている。


その後に『時』が来るのは5秒も経たなかった。


向こうの列車がカーブを曲がりきり、線路を駆け抜ける。こちらの電車も真っ直ぐ駆け抜ける。どちらも線路に沿って、迷わず交差地点を目指している。こちらの線路が上の方。あちらの線路が下の方で交差している所へと。

結果
2本の電車が交差する――


その『時』に。


「――ッ!」


ジュエルは先程まで掴んでいた部分から自然に手を離した。そして、浮遊感が強くなる前に――

タッ!!

瞬時に、今いる足場を強く蹴った。

No.303 11/05/26 23:00
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

半ば吹き飛ばされるように、ジュエルは宙に躍り出た。周りに巻き起こっている風ををうまく使いながら、自分が落ちていく角度と速さを完璧に計算する。

最後は体に任せた。自分が落ちていく内に下の線路を走る電車の屋根が近づいてくると、ジュエルはそこにむかって限界まで腕を伸ばした。そして――


「はっ!」
ガシッ!!


掴んだ。電車の屋根にある、唯一手で掴める場所を。

ゴオオオオォォォォ!!!

その後、2本の電車は完全に交差地点を通過し、それぞれ全く別の方向に猛スピードで向かっていった。


今一体ジュエルが何をしたのか纏めてみると――飛び移ったのだ。Cブロック行きの電車から、それとは全く違う場所へと運行する電車へ。

No.304 11/05/27 19:55
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ジュエルを乗せた2本目の電車は、真っ直ぐとした線路を走るかと思えば時にはカーブを繰り返し、その度ジュエルは振り落とされそうにないよう身を屈めた。

なので、彼に周りの景色を見る余裕は既にあまりなくなっていたが、段々と都市の中心部に近づいているような感覚はあったようだ。

この都市を上から見てみると、中心部というところは壁で囲まれ、仕切られているのがよく分かる。その壁が――段々と近づいてくるのだ。

地上からでは遠すぎて分からなかったが、壁はかなり高く分厚い。そのずっしりとした存在感は、まるで人を通すことなど絶対にないということを物語っているかのようだ。

その時、

ゴォオ!!
「!」

電車が突如加速しジュエルは息を飲む。さらに電車の進む先を見てみると――何と真っ直ぐ壁の方に向かっていて、線路は壁の所で途切れていたのだ!


ぶつかる………?!


ジュエルのそんな考えもお構いなしに、電車は全く速度を落とすことなく壁へと突っ込んでいく。そこまでの距離が5mになった時点でジュエルは思わず身を固めた。

すると、

カシャカシャカシャカシャ!

途切れている線路の先にあった壁が『変容』した。

No.305 11/05/29 17:45
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それによって電車が壁にぶつかることはなかった。寧ろ、突き抜けるような形になった。

その壁に何重にも設置してあったシャッターが次々と開いていき、行き止まりだった線路の先の道が開いたのだ。結果、そこに電車が辛うじて入れるくらいの穴があくことになる。

ジュエルには躊躇する暇もなかった。即座に全身を倒し、うつ伏せの状態になる。

ガーーーーー!!!

電車が壁の内部を駆け抜ける。いくつかの小さな電灯に照らされた薄い闇の中で、今までとは違う風の音が鳴った。同時にジュエルは激しい耳鳴りを感じた。彼はこの壁の中を通過するまで、ただそこに伏せて耳の痛みをこらえる。その時間はとても長く感じたが、実際にはほんの5秒程だった。




壁の中を抜けると一瞬にして、再び周りに景色が広がった。ジュエルは微かに呻きながら顔を上げる。

するとそこには、
外の世界から隔離されたもう1つの世界が存在していた。



(――ここか――)


ジュエルは心中で呟く。


まず一番目立っていたのは外界からも見えた、ビルが密集している建造物だ。それらはやはりとても巨大で、この世界を区切る壁の高さを軽く越えていた。中で一番高さがあるものは、ビルというよりもタワーに近かった。

No.306 11/05/30 23:45
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして建造物に向かって何本もの線路が、壁から様々な曲線状になって伸びていた。それらはまるで何かのアートのように1本1本が綺麗なラインを描き、その上を何本かの電車が比較的ゆっくりとした速度で行き来している。気付けば今ジュエルが乗っている電車も、先程と比べればずっと遅めになっていた。

大きなカーブを滑るように走り――カーブが終わる頃にはもうゴール地点だった。建造物の中腹あたりに大きく口を開けている所がある。電車はそこに吸い込まれるようにして上の方から入っていった。

そこから忽ち速度が落ち始め、最後には建造物の中で停止した。


プシューーーーーー


完全に停止すると、発車するときと同じように高い空気の音がそこに響き渡る。その時初めてジュエルの体の緊張が全て解けた。ジュエルからは思わず大きな息が漏れ――しかし、そうして安心したのも束の間のことだった。


『ジュエル。早くそこから降りないと見つかりますよ。』
「!…」

首もとから突如聞こえたその声にジュエルは反応する。そして反射的に電車の上から身を翻し、地上に着地した。

No.307 11/06/01 23:19
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ジュエルはホーム側ではなく、線路の敷いてある方へ飛び降りていた。そうすることで、一時的に電車の陰に隠れることが出来る。

ポーン

と、どこかの駅で聞くような合図音が鳴ると

プシューッ!

と、また勢いよく空気の抜けるような音が鳴った。今度は何か重いものがスライドするような音も混じっていたことから、電車のドアが開いたことが容易に予想できた。

『中央塔2C-534ホーム、中央塔2C-534ホーム。お降りの際はお忘れ物にご注意下さい。』


女性のアナウンスと一緒に、硬い床を硬い靴で歩くような足音が複数聞こえてくる。ジュエルは電車に背中を張り付けて、そのまま足音が消えるのを待った。


そして完全に人の気配がなくなった時――ジュエルはやっと身を弛緩させる。


「グロウ…今まで黙っていたから、驚いた。」
『いやいや、驚かされたのはこっちですよー。まさか中心部に来るのにこんなに派手な手を使うとは…それ以前に、貴方が他の人間に見つかったのもかなり冷や冷やものでした。』

No.308 11/06/02 23:10
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「あいつはCブロック行きの電車とここに来る電車が交わる時間を知っていた。ああいう内部の人間の力を借りたおかげで、手っ取り早い方法が取れた。」
『まあ、あの研究員には余計なことをされてなければいいのですが。…では、早速進みましょうか?』
「ああ。俺は今どの辺りにいる?」

グロウは通信機の向こう側でキーボードを打つ。その間にジュエルが周りを伺いながらホームの方に上がると、そこは比較的広い空間だった。電光掲示板や椅子等の物は必要最低限しか置かれていず、寂しいホームだったが中々清潔感も感じられた。そこに厚くて不格好な装備をしている電車が止まっているのはあまりにも合っていないと言える程だ。

『今貴方がいる部屋は2C-534という所です。位置としては丁度、外から見えた一番高い建物の半分くらいの所と言ったところでしょうかね。』
「……グロウは、どこにロイが居そうか予想はついてるか?」

『そうですね――』

No.309 11/06/04 23:09
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

『こちらの解析データを見て判断するとなると、この建物の60階より上の階かと思われます。』

「…根拠は?」

『その階には数多くの研究ブースが存在しているんですよ。体の中の遺伝子を取り出したりするのにはそこが丁度いいと思いますし…他に外から持ち出してきた強化人間を置いておく場所なんて、あまりないと思います。

ちなみに貴方が今いるのは47階ですが、20階から59階までは『SALVER』の機密情報等を扱う特級団員の働く場所になっています。1階から19階はその方々が使う生活ブース…まあいわゆるホテルみたいなものです。

そして地下ですが、どうやらエンジンルームのような所に繋がっているようですね。かなり地下の面積は広く、大掛かりな機器が所狭しと並んでいる所です。察するに、それがこの空中都市の動力源なのでしょう。』

「やっぱり、ここには『SALVER』にとっての重要な要素が凝縮しているということになるのか。」

『まあ、そういうことですね。更に付け加えておきますと、ここの最上階である、80階を叩けば『SALVER』は簡単に機能停止するでしょう。そこが、この建物全体の…いいえ、都市全体の司令塔ですからね。』



「そこに、元凶がいるのか?」



ジュエルの何度目かの問いに、グロウは初めて無言になった。しかし少しの間を置いた後、少し含み笑いをしながら1人の名前を口にした。


『――リタ、です。恐らく。』

No.310 11/06/05 23:30
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「――リタ――」

『…さてジュエル。心の準備はそろそろ出来たでしょうか?ここからは僕の言う通り進んで下さいね。通信機に搭載してある超小型広範囲熱感知器で『SALVER』の人間の位置もこちらで把握できるので、見つからないように僕が指示します。いいですか?』

「……、ああ。頼む。」


ジュエルの返事は、どこか気のないものになっていた。何か別のことを考えていたような、そんな感じだ。グロウはそれをあまり気に止めることなく、案内を始める。


だが、


『ではいきますよ。まず、正面に見えている――



ブツッ!』



「?」


不意に、通信機から何かが切れたような音が聞こえた。そしてその後に続くはずのグロウの言葉が、何も出てこない。少し待ってみても同じだった。当然ジュエルは疑問に思い、襟から通信機を取り外してみる。

「グロウ?…グロウ!」

通信機に向かって何度か名前を呼んだ。しかし、通信機はただただ沈黙するばかりで何の音も届けない。電源が切れていることを疑ったが、そこにある小さなランプには緑色が灯っていて、ちゃんと電源が入っているということを証明している。


それでも、もう通信機からグロウの声を聞けそうな気配はなかった。


(どうしたんだ?)


と思った、その時。

No.311 11/06/08 23:33
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ウゥーーーン………

「?!」

ジュエルは思わず辺りを見回す。

それはそうだった。
突然何かが機能停止するような音とともに、先程まで煌々とついていた天井の明かりが――暗くなっていくのだから。


幸いなことに、天井の明かりが完全に消えるということはなかった。ぼんやりと紫がかった光が暗闇を薄く照らし、何とか景色を映し出している。

ジュエルは微動だにせずに、周囲の様子をうかがっていた。背後から来るものはないか。電車の中に隠れているものはないか。改札機の陰からこちらを見ているものはないか。

しかし、全くと言っていいほどそんなものの気配は感じられなかった。代わりに全身の感覚器に押し寄せてくるのは、不気味な程の静寂。人の気配は勿論、建物も機能している感じがしない。暗闇の中に見えるホームの景色にも変わった様子は皆無だった。


シャキン


ジュエルは腰から双剣を2本同時に抜く。そして少しの間同じ位置から動かなかったが、やがて意を決したように歩き出す。まずは、正面に見えている改札へと。ジュエルはグロウの最後のメッセージに従った。

No.312 11/06/10 00:12
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

コツ…コツ…

薄暗闇と沈黙の空間の中で、足音だけが響き渡る。ジュエルは辺りを警戒し、慎重に歩いた。そうして改札の前まで来ると、そこには昔ながらの改札機が3台程並んでいた。カードをかざすと、先に取り付けられている小さな扉が開くタイプだ。

しかし、
機械は動いていなかった。

それはある程度予想が出来たことだった。改札機をカード無しで通ってみても、機械は開きっぱなしの扉を閉じることもせず、警報音も鳴らさない。ジュエルにとってとても好都合なことであったが――やはり異様だった。

何故先程のタイミングで建物の電力の大半が落ちたのか。その疑問を拭い去ることは出来ない。それにもう1つ、ジュエルの中には少し前から引っかかっていることがあった。

それは空中都市に自分が来れたことだ。ジュエルはヒカルが言っていたことを思い出す

即ち、

『空中都市には団員のカードだけでは来ることが出来ない。中枢で認められた人間しか、空間移動ゲートを通るのは不可能だ。』

という言葉を。

ジュエルは、この時自身に駆け抜けた激しい違和感を今でも覚えていた。

No.313 11/06/11 23:46
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

何もない、只のゲートと化した改札を通り抜けた先には、細い廊下が続いていた。それは始め3本の分かれ道が十字に伸びていて、真っ直ぐ進んでみるとまた3本分かれ道があった。まるで迷路のようであったが、幸いなことに上の方には行先案内の看板がぶら下がっていた。

ジュエルの行き先は1つ。上に行くためのエレベーターだ。

看板に書いてある細かい字を見てみると、それぞれの道を示す矢印の上に『総合事務室』『会議室A8』『会議室A9』など、同じような部屋の名前が沢山書かれている。そして『エレベーターホール』の文字が隅の方に。ますます小さな字で、ある矢印の下に書かれていた。


それに従い、しばらく進む。


進んでも進んでも、人の気配はなかった。電車から降りた人間はどこへ行ったのだろうと、ジュエルはまたも疑問に思う。ビル内が停電したというのに、誰も動く気配がないというのも可笑しい。そう思い、ジュエルは歩いている間に、今まで感じた疑わしい情報を統合する。そして、1つの結論を導き出した。


それは――


(ここの人間は、部外者がロイを助けるためこのビルに来ることを分かっていた。そして今――部外者、俺を誘っている。何の妨害もせずに、只手をこまねいて。俺がロイの元に辿り着くのを待っている…?)


平たく言えば、

これは罠かもしれない。ということだった。

No.314 11/06/12 23:42
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そんな疑惑を持ったままでも前に進むしかない。ジュエルにとっては、とにかくロイを助け出すことが先決だった。彼は入り組んだ道を同じ歩幅で歩み続け、程なくしてエレベーターホールに辿り着く。

少しだけ広めの長方形の部屋に正面から入ると、エレベーターが間隔を空けて3つ並んでいた。周囲は酷く殺風景で、どこかの大きなホテルのような高級感は欠片もない。ベンチすらなく、床と壁と、エレベーターがあるだけの部屋だった。しかしそれ故に、その部屋の可笑しな点が入ってすぐに分かった。


ジュエルが注目したのは、2つのエレベーターに挟まれた真ん中のエレベーターだった。


可笑しな点というのは、そこの扉だけが開いていたことだ。


「ここに入って下さい」と言わんばかりに。しばらく見てても扉は閉まらずに、その口を開けたまま、エレベーター内の明かりをこちらの闇に落としている。そして更に可笑しかったのは、その隣にある2つのエレベーターは動いていないことだ。

今2つのエレベーターは何階にあるのか分からないし、いくら脇にある上矢印のボタンを押してみても反応している様子がない。やはり、真ん中のエレベーターだけが、ジュエルを誘っているようだった。


そしてその行き先は――上。


ジュエルの考えは、かなり確信へと近付きつつあった。

No.315 11/06/14 23:34
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それでも、ジュエルは躊躇わずにエレベーターに足を踏み入れる。残された時間がもう少ないことを、十分に分かっていたからだ。

そして完全に乗り込むと、そこにあった数字入力式のボタンに60と打ち込んだ。グロウが言っていた、研究ブースのある階だ。ジュエルは、そこからしらみつぶしに捜索するつもりだった。

ゴゥン
ウィーーーーン

エレベーターの扉が閉じ、結構な速さで上がっていく。階の表示は、0.6秒毎に変わっていた。このまま一気に60階へと上がっていく――かと思いきや。

ウゥーーン……
「?」

何故か、エレベーターはその手前の59階で止まった。ポーンと平和な音を立て、またその扉を開く。


と、




ザンッ!!




ジュエルは、何かを斬り飛ばした。



それは一瞬の出来事だった。何かが開いた扉から飛び出してきたのだ。

「ギャウン!!」

人のものではない叫び声が1つそこに響くと、

バン!!!

それはエレベーターの後ろの壁に激突し、血の飛沫を飛ばした。ジュエルはそちらには振り向きもせず、前を見据える。エレベーターの扉の先は真っ暗闇だった。


その中に、剥き出しの無数の殺気が感じられた。

No.316 11/06/16 23:37
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

エレベーターの扉が閉まる様子はない。ジュエルは外へゆっくりと踏み出した。

「グルルルルルル……」

低い唸り声が四方から飛び交っている。それらの存在はとても分かりやすかった。何故なら暗闇の中に、エレベーターの明かりを反射して光る獣の眼球が、いくつもいくつも蠢いていたからだ。

ポーン
……ゴゥン

そして今更のようにエレベーターの扉が閉じる。すると辺りは完全な闇に包まれた。同時に眼球の光も一斉に消え、先程からずっと鳴っている唸り声だけがその空間に残された。


「………お前達にあまりかまっている暇はないんだ。」


ジュエルは溜息混じりに言う。
勿論返事はない。周りの殺気はいたずらに膨らみ続けるばかりで、今にも破裂しそうだ。ジュエルはすっと双剣を構え、戦闘態勢に入る。視界が完全に奪われた状況でも彼は全く動じず、ぽつりと獣達に話しかけた。


「来るならまとめて来い。来ないならこっちから斬りに行く。」


時が砕け散ったのはこれがきっかけだった。


『ガアアァアア!!!』
『オオオオンッ!』


数体の気配が、空気を斬りながら勢いよく動いた。

No.317 11/06/17 23:25
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

1体の気配が飛びかかってきた。ジュエルは攻撃を避けざまに片手の剣を振る。

ザシュ!

肉を斬る音と、手応えが感じられた。

続けて4体の気配が飛びかかってきた。ジュエルは少し身を屈め、その後素早く自分にとって都合のいい場所へ動く。即ち、全ての攻撃を避けることができ、同時に全ての敵を1度にかたずけることの出来る場所だ。ジュエルは、4体が着地し同じ場所に集まったところを

ザン!!

なぎはらうように両手の剣で纏めて斬った。居合い斬りだ。


続けて10体、いや20体。もしくはそれ以上かもしれない。何体も何体も、それぞれ不規則なタイミングで襲いかかってくる。しかし、ジュエルはそれら1体1体に正確に対応をしていった。

ある時はシンプルに双剣を使いこなしながら。ある時は体術を織り交ぜてみたり、ある時は剣を持ちながら体を独楽のように回し、周囲の敵を一掃してみたり。


それは、
暗闇の中の激しい戦闘だった。

No.318 11/06/19 23:44
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ザシュザシュ!ブンッ!!

次々に獣を処理していく度、哀れな動物達の悲鳴が響く。しかしある時、それに入り交じって違う音が1つ鳴った。

タン!

大した音量ではなかったが、それは闇の奥の方から確かに聞こえた。ジュエルは反射的に獣への斬撃を中断し、その場から右の方に跳んで離れる。すると、

チッ
「っ――」

左耳に何かが掠ったような鋭い痛みを感じた。瞬間、ジュエルの脳内からひやりとしたものが全身に行き渡る。今の音が銃声で、もう少し避けるタイミングが遅ければ危なかったということがすぐに分かったからだ。

「ガアアァ!!」

そこに、1匹の獣が空中から突っ込んできた。

「!……くっ!」

だが、銃声に気を取られていたジュエルには隙ができていた。その上、今は空中で剣を構えていない無防備な体勢になっている。

それでも獣の牙が迫ってきていることを体で感じたのか、ジュエルは状況を頭で理解する前に、両腕を顔面の前でクロスさせていた。

そして、


ガブリッ!
「!」

ジュエルの左手首にはっきりとした痛みが走った。どうやら、獣がそこに噛みついたらしい。

No.319 11/06/20 23:59
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そのまま獣に押し倒される形で、ジュエルは床に背をついた。

ド!!
「ぐっ!」

床は大理石のように硬く、荒い痛みと衝撃がジュエルの体を襲う。そして獣はその体の上に乗り、首を激しく振って、噛みついた左手首を喰い千切ろうとしているようだった。立て続けの痛みにジュエルは顔を歪める。

さらに悪いことに


タン!


ジュエルは思わず息を飲んだ。遠くから、またあの大したことのない音が鳴ったのだ。

「――ちっ!」

迷っている暇は無かった。ジュエルは強く舌打ちをすると、左腕を噛みついている獣ごと、床の方に乱暴に振り下ろした。強化人間の力を発揮したのか獣の体は軽々と持ち上がり、左腕の動きに従う。――結果。

ドガッ!!
「ギャイン!!」

獣は床に叩きつけられた。先程のジュエルが倒れたときとは少し違う、床が砕けるような音が鳴った。

獣はもうそれ以上動かなかった。力の抜けた獣の口から、ジュエルは素早く左手を引き抜く。そしてすぐさま、自分の体を右の方に転がした。

直後、


ガッ!!!


すぐ近くで金属に着弾したような音が鳴った。


ジュエルは2回目も被弾という難を逃れることに成功したのだ。――しかし、体の緊張を解くにはまだ早すぎることを彼は分かっていた。

No.320 11/06/23 00:13
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

タン! タン!

今度は連射だ。ジュエルは転がる勢いを利用して地に足をつき、そのまま流れるように体勢を立て直す。そして剣を構えると、

キィン!

暗闇の中にも関わらず、自分に向かってきた1つの弾丸を斬った。ジュエルは超人的に優れた視覚と、聴覚、それに空気の動きを捉える触覚を活用しながら、明るい場所で戦うのと同じような感覚を補っているのだ。


次に、ジュエルにはそこに残っている5体の獣がぐるりと自分を囲んでいるのが『見えた』。


バッ!!


獣達は一斉に飛びかかってきた。しかし剣を構えたジュエルの前ではそんなことはあまり意味をなさない。それらは次の一瞬で――


ザンッ!!
『ギャアァ!!!』


四方に飛ばされた。
血飛沫を上げながら。それぞれ部屋の壁に大きな音を立ててぶつかった後、全員沈黙した。

今回はいつものような剣舞ではなく、両手の一振りだけだった。ジュエルは斬った後の体勢を少しの時間維持した後、剣に付いた血を払うように、軽く空気を斬る。


――その時だった。


バヅン!


突然目立った音が鳴ると天井の明かりが一面ついて、辺りが急激に明るくなった。

「っ…」

ジュエルは眩しさに少し目を眩ませる。同時に、その部屋全体を視覚に捉えた。

No.321 11/06/23 23:57
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そこは大きめの多目的ホールのような所だった。

いや、どちらかというと物置と言った方が正しいのかもしれない。床も壁も灰色のコンクリートで目立った特徴はなく、ただ、そこらじゅうに空っぽの円柱型の水槽が立ててあったり、大小様々な機械が陳列していたりした。

床一面にはジュエルが始末した何十体もの獣の死体が血溜まりに転がっている。

獣の見た目はドーベルマンに近いが、頭から細長い触手が1本伸びていたり足の筋肉が外に剥き出しになっていたりと、やはり自然に発生した動物ではないことをうかがわせる姿だった。だがそれらは少しの時間も経たないうちに肉がみるみるうちに乾いていき、終いには皆ただの灰になっていくようだった。


やがて、ジュエルはそんな光景を脇目にして正面を見据える。その視線の先には、灰まみれになった床の上に佇む人影が1つあった。

その人物は右手に小さな銃をぶら下げて、ゆっくりとこちらに歩みを進めてきた。


「やっぱりお前…か。」


ジュエルはぽつりと独り言のように呟く。その人物は、ジュエルにとって間違いなく前に見たことのある顔だった。

No.322 11/06/26 00:15
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

闇よりも深い黒を湛えた瞳。そして長い黒髪をポニーテールで纏めているのが印象的な――10代後半の少女。すらりとした体のラインが見える戦闘服を纏い、腿のホルスターと腰にさしている短刀だけが目立っている。軽い武装だ。


前に1度だけ『SALVER』の部隊の襲撃を受けたときに刀を交えただけだったが、ジュエルはその少女をよく覚えていた。


だが今の少女の表情は前以上に無に限りなく近く、瞳には光が宿っていない。ジュエルはそれを見ると、両手に構えていた双剣を少し下ろした。


「この階にわざわざ誘ったのは――お前に俺をここで始末させるため、か。」
「……」
「俺はお前と戦う気はあまりない。戦うとしたら、今お前を使っている最上階の奴とだ。ロイを返してもらうついでに、『国』からの依頼だからな…『SALVER』を機能させなくするように、と。」
「……」
「俺がここに来た目的はそれだけだ。だから、今ここでお前が無駄に命を落とすことはないと思う。」

少女は全く何も答えない。ただ、目の前の目標――ジュエルだけをその死んだような目に捉え、向かってくる。


ジュエルは少しだけ重い溜め息をつくと、こう言った。


「言っても無駄か――残念だ。」

No.323 11/06/26 23:43
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ジャキッ!

少女は銃をホルスターにしまい腰の短刀を右手で引き抜くと、走り出す。同時にジュエルも双剣を構え、応戦体勢に入った。少女はどんどん加速し、真正面からジュエルに向かっていく。そして距離が互いの5m程まで縮まると、

とん!

軽く床を蹴った。そのまま短刀を突きの型で構え、空中から勢いよくジュエルに突っ込む!

ギィン!!

ジュエルは突きを横にそらすような形で、縦に構えた左手の剣で受け流した。それによって、少女はジュエルの左後ろの方に着地することになる。だが地に足をつく瞬間に、

タンタン!!

いつのまにかホルスターから再び引き抜いた銃を、至近距離から連射する。だが、ジュエルは少女が銃を引き抜く瞬間を見逃してはいなかった。銃声が響く直前に軽くフットワークを効かせ、2発とも当たらないように位置をずらしていた。

そして銃弾が後ろへ通り過ぎていった後、ジュエルはそこから攻撃に転ずるようだった。背を低くし、両手の剣をクロスさせて少女へと切りかかる。

ガ!!

クロスの状態から切り払うような斬撃をお見舞いしようとしたが、それは少女右手のの短刀によって止められた。少女はジュエルの剣の重い力をものともせず、着地した場所からも動かなかった。

No.324 11/06/28 23:55
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ギィン!!

少女は攻撃を防いだところから、そのまま片手でジュエルの剣を振り払った。その時ジュエルの前に生じた小さな空の空間に、容赦なく短刀が煌めく。

ヒュッ!ヒュンヒュン!!

前に踏み込みながらの連続切り。少し粗めの斬撃だったが、気の入れ具合が違う。1回も当たれば致命傷になる――そうジュエルは直感した。

ギィン!!ガッガガ!!

断続的に続く少女の短刀を、1つ1つ両手の剣で確実に防ぐ。少女の剣の重さに、ジュエルは少し息を胸の辺りで止めた。

(前より強くなっている…それもずっと!)

この時点からジュエルは防に徹し気味になっていたが、心中では虎視眈々と攻撃の機会を伺っていた。どこかに生じるであろう動作の綻びを全神経を研ぎ澄まし、探る。

すると。

ブンッ!!

ある瞬間、少女の短刀が空ぶった。そして僅かであったが、その時少女の脇腹の辺りには空の空間が生じていた。

その映像が、ジュエルの脳内に素早く行き渡る。彼にとってこのチャンスを逃す手はなかった。

「オォ!!」

ブンッ!!!

タイミングと位置を十分に見極め、気合い一閃。


しかし、次の瞬間――

No.325 11/06/29 23:45
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「!?」

ジュエルは息を呑む。何故なら、ジュエルが今斬った所には何もなく――斬ったのはただの空気だったからだ。確かに斬り込みのタイミングを正確に計ったのにも関わらず。


少女は音もなく消えていたのだ。少女がどこに行ったのか、ジュエルにはその瞬間に理解することが出来ない。しかし、そこで第六感とも言える感覚がはたらいたようだった。

「っ――!」

ジュエルは、勢いよく後ろに振り返る。


ガッ!!!


すると同時に、少女の短剣とジュエルの右手の剣が激しくぶつかり合った。そして互いにぎりぎりと小競り合う。

その時ジュエルの瞳には、少女の不気味な程な無表情が映った。それは例えて言うならマネキンに近い。人間の形をしているのに、人間ではない。そんな無機質さしか感じられず、ジュエルは眉根を寄せた。

「くっ…お前は、」

ジュエルは、どんどん重みを増していく少女の剣をぐっと押し返す。そして――


「それでいいのか!!」

ギィンッ!!!


辺りに大きな金属音が響き渡った。ジュエルが少女の剣を振り払ったのだ。それにより少女は後ろへ押し出される形でよろめく。

バッ!!

ジュエルはそこに踏み込んだ。

No.326 11/07/03 00:07
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして左手の剣が唸る。ジュエルは無駄な動きを最小限に押さえ、踏み込んだところからの突きを繰り出した。

瞬間。
微かに、少女の半開きだった瞼が開いたように見えた。彼女はジュエルの攻撃を避けるように、体を勢いよく右の方に捻る。

ザッ!
「――!…」

が、遅かったらしい。そこに鮮血が少しだけ飛び散ると、彼女の右上腕に細長い切れ込みが出来ていた。彼女は虚無の表情を殆ど変えない。それでもジュエルは、彼女の僅かな焦りの空気を感じ取ったようだった。

「はぁっ!」
ヴゥンッ!!

ジュエルは彼女に体勢を立て直す暇を与えず、先程の突きから流れるように――右手の剣を下から斬り上げた。空気が低く震え、剣は目にも止まらぬ速さで、がら空き状態の少女の胴体に向かっていく。


このまま何も起こらなかったら、その攻撃は確実に彼女へ届いていた。

だが、


その時『異変』が起こったのだった。






「――なっ…」

ジュエルは少女に剣が届く直前、それに驚きの声を漏らした。

彼が何を見たのかは、第三者から見れば直ぐには分からない。その『異変』はほんの少しの変化だったのだ。




簡単に結果として言葉にすると――ジュエルは、少女が目を見開くのを見て声を上げた。




そう。彼女はこれ以上ないくらいに瞼を大きく開き、眼球を空気にさらしていたのだ。それは先程までの無機質な表情とは明らかに違った。


しかし、問題はその表情の激しい差ではなかった。

No.327 11/07/03 23:59
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ジュエルは、今この時も見ていた。

即ち



血のような赤に染まった
彼女の瞳を。





ジュワッ!!

剣が少女に当たった瞬間、何か可笑しな音がした。

ジュエルには一瞬何が起こったのか分からなかった。何故なら彼女の瞳から目を離すことが出来なかったからだ。

だが、ジュエルは変に右手が軽くなったのを感じた。それに、突然目の前で見慣れない液体が飛び散ったのを見た。何かが高温で熱されて溶けたような、炎の色を帯びた液体だ。

実際、1、2滴その液体がジュエルの手や顔につくと――強化人間なので平気だったものの、普通の人間なら大火傷をするような温度を感じた。


「……?!……」


時を刻む速度が、急激に遅くなる。


ジュエルの目には、かなりゆっくりとした速度で降る炎の雨と、その向こう側に立つ赤い瞳をした少女の姿が映っていた。


そこで起こったことを理解したとき、

ジュエルは言葉が出なかった。


バッ!

ジュエルは激しく身の危険を感じ、今いた場所から大きく跳びずさる。そうして距離を置くと、恐る恐る右手に握っているものを見た。いまだに、そこからはジュワジュワという音が聞こえていた。

No.328 11/07/06 00:04
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

思った通り、剣の半分から先が溶けて無くなっていた。柄から出ている根本の部分まで熱されて、赤く発色している。ジュエルは溶けた剣先を、剣同士を繋ぎ合わせている長い鎖に押し当てた。

ジュウゥ……!

すると、鎖も簡単に液体になった。押し当てられた所から赤い雫がボタボタと滴る。そこから鎖が断裂するのを確認すると、ジュエルは今右手にある、ただの金属と化した物を床に捨てた。

カシャン

大した音はしなかった。ジュエルは未練もなさそうに、黙って左手にある剣を両手に持ち、構える。しかし、その頬には一筋の汗が伝っていた。


少女は今も先程と変わらない位置で立っている。鮮やかな赤色の瞳は、遠くからでも確認できる程だ。


ジュエルは考える。

あの一瞬で金属を溶かすほどの熱は、どこから生まれたのか?もはや常識では考えられない現象であることは言うまでもなかった。彼女はバーナーや火炎放射器などは持っていない。隠し持っていたとしても、それを取り出すタイミングはなかったし、使った様子もなかった。

そうして情報を統合してみた結果、やはりあの現象は彼女の瞳の色と関連しているという結論に辿り着いた。つまり――彼女は人間には出来ない何かの能力を得た、ということだった。

No.329 11/07/06 23:37
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

剣は少女に触れた瞬間に溶けた。彼女の視線が熱線になっていたのか、体が発熱していたのかは定かでない。とにかく、迂闊に近づくのは危険だった。ジュエルは距離をとりつつ、様子を伺った。彼女が得た特殊能力がこれからどのような形で駆使されるのか、観察する必要があったのだ。

意識を集中させ、1つ1つの動作を捉える。すると、

ダム!!

今まで立ったままだった少女が、弾かれたように動き出す瞬間が見えた。彼女は激しく地を蹴り――その後は見えなかった。

「!…」

ジュエルは一瞬怯んだが、その後直ちに、目でものを見ようとする方法を止めた。瞼を閉じ、五感を最大限に生かして音と気配を全範囲で探る。

No.330 11/07/09 00:16
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そうして少しすると、少女の気配が『見えた』。音はなかったが、微かな熱が感じ取れた。それは――後方に、少し遠くから。

タン!

瞬間、銃声が後ろから響いた。ジュエルは振り向きざまに剣を振りかざす。

キィン!

綺麗な音がして、弾丸が斬れる。同時にジュエルは少女の姿を捉える――はずだったが、既にそこに少女の姿はなかった。


刹那。

タン!
タン!
タン!!

3回の銃声がそれぞれ全く別の場所から、間隔は0.5秒程で響いた。

「っ!」

正面か、真横か、それとも斜めの方角からか?1つ1つの銃声の間隔が速い上に、音が重なることで弾道の予測が難しくなる。そこでジュエルは頭で答えを出すよりも体を先に動かすことを選ぶ。

タッ!

結果、ジュエルはその場でバック宙をしていた。広い空間を使い、なるべく高く。そうして天地がひっくり返った空間の中を浮遊する間に、頭の真下を3つの弾丸が通り過ぎていくのが見えた。

絶妙な方向と角度。
あのまま地上にいたら、弾丸に当たる可能性は少なくとも50%は増えていたかもしれない――そんなことを思った時。

チャキ。

と地味な音が、近くで鳴った。正確に言えば今のジュエルの位置よりもっと高い、空中の位置からだ。

はっきりとしたその音源に、ジュエルは逆さまの状態から視線を下に動かした。

No.331 11/07/10 00:20
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

すると、少女がこちらに銃口を向けているのが見えた。有り得ないことに、彼女は空中で直立の姿勢を取っている。地面から空中へ跳んだというような雰囲気は全くなかった。

そして、その真っ赤な瞳の色とは対照的に、酷く冷たい視線をこちらに送ってきている。


だがそんなことよりも、ジュエルにはもっと気になったことがあった。この1秒にも満たない時の中で、『それ』に気づいたのは奇跡に近かったかもしれない。

「?」

ジュエルの視線の先には、少女のこめかみがあった。そこに、かすかに光った物があったのだ。

(あれは……)

目を凝らしてみると、それは一円玉程の大きさにも満たない、小さな金属の固まりだった。少女の片方のこめかみに貼り付いていて、そこについているこれまた小さなランプに緑色の光が灯っている。どうやら、ジュエルが見たのはこの光だったようだ。

No.332 11/07/12 00:00
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

タン!!

少女は何の迷いもなく引き金を引いた。軽い音とともに、銃弾が打ち出される。

「!」

ジュエルは反射的に剣で顔を隠すようにしながら、空中で逆さまになった所から両足に力を入れた。そうすることで体全体がさらに半回転し、足は地面に向くことになる。

その大きな動きで銃弾をかわせるかとも考えていたが、そう甘くはなかった。少女は確実にジュエルの動きを読んだ上で、的確に狙いを定めていたらしい。

ズッ
「ぅっ…!」

ジュエルは丁度左鎖骨の上、即ち首の付け根辺りに抉るような痛みをおぼえた。小さく赤い血が飛び、ジュエルはそれと共に宙から落ちていくようだった。

スタッ

何とか着地は出来た。だがその後の容赦ない被弾の痛みで、ジュエルは軽く呻き声を上げる。思わず傷口に触れた手には、べっとりとした血糊がついた。

「…くっぅ…」

一体先程から少女の身何が起こっているのか理解出来ない――と言った様子で、ジュエルは膝を突いたまま空中を見る。

そこには彼女がいた。相変わらず宙に直立したまま、赤い瞳でこちらを見つめて。

そこで、先程の瞬間移動も空間を飛行して出来た技なのかもしれない、とジュエルは理解する。もう彼女が人間ではなくなったことは明白だった。

No.333 11/07/13 00:00
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

今の彼女は強化人間であるのか、それとも人造生物であるのか?どちらにせよ彼女がジュエルの力を軽く上回っていることは確かだった。

それを分かっていても、ジュエルはよろりと立ち上がる。少なくとも大切な仲間を助け出すまでは、ここで死ぬわけにはいかなかったからだ。それに、まだ完全に勝機を失ったわけではないということを知っていた。

ジャキ

だから、ジュエルは再び剣を両手で構え、少女に強い視線を向ける。少女はそれを確認すると、空中を降り始めるようだった。

ゆっくりと垂直に下降していくと、爪先から床につけ後にかかとを落とす。彼女は、ジュエルの前に舞い降りた。

ジュウゥゥ…

少女が着地した金属の床が、焼ける音とともに少量の煙を立てる。よく見れば、彼女の体は赤い光に包まれていた。それはジュエルの剣を一瞬にして溶かした――熱気だった。

熱気は球状に彼女を包み込んでいて、球体の中にある彼女の身の回りの物は何ともなっていない。熱気は、言わば彼女の盾のようなものらしい。

そこに剣で斬りかかっても、また同じ様に溶かされてしまうことは明らかだ。ジュエルは考える。まずあの盾を何とかすることが先決だった。

No.334 11/07/15 23:33
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

だが、今のところ盾を消す方法など見当もつかない。ジュエルは心の中で舌打った。

(どうすればいい?……)

その間にも少女がまた動く。両手を素早く背中の方に回して前に持ってくると、どこから取り出したのかその手には何十本のくないのようなものが握られていた。それを、

シュバババ!!

手から放つ。複数のくないは盾を貫通し、まるで拡散式の銃のように勢いよく空気を斬って、目標に向かう。

シュタタッ

ジュエルはその内の1本にでも当たらないように、様々な体術を活用して攻撃を避ける。

シュバババッバババ!!!

だが彼女の攻撃は連続に続く。次第に体力は削られ、体術だけでは避けきれなくなり始める。なので、ジュエルは剣でくないを弾いてもみた。

キィンッガッカ!!
シュッタタッタン

しかし手も使うことにより、体力が減る速度が余計に大きくなった。せめてもう1本の剣があればある程度余裕もできそうなものだったが、それは先程無くなってしまったことは言うまでもない。

不慣れな単剣での戦いの上、銃で撃たれた首もとの傷も深い。どちらにせよ、このままでは持たなくなる――という考えにジュエルは至った。

だから
迷っている暇は、もう無かった。

No.335 11/07/17 23:43
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ダ!

ジュエルは真正面へと走り出した。即ち、その先にに立っている少女に向かって。

一見してそれは無謀な行動だった。少女はその冷たい赤い瞳で、ジュエルの姿をはっきりと捉えると、間髪入れずにまた手に持っているくないを投げた。

シュババ!!!

放たれた20本程のくないがジュエルに向かっていく。しかし、ジュエルが動じる様子はなかった。彼はこの瞬間も目標だけを目に入れ、真っ直ぐに走る。

そして

くないの嵐とジュエルの姿が重なる、まさにその時。

ダン!

ジュエルは地を蹴り、前方へ高く跳躍した。結果、少女のくないはジュエルの下の方にある空間を虚しく切った後、後ろの方の壁でカシャカシャンと地味な音を立てる。

そう。ジュエルは、くないの弾幕を飛び越えて避けた。


弾幕は拡散する形であり、空中に避難したとしてもとても避けきれるものではなかったはずだった。しかし、先程ジュエルが真正面か少女に向かっていくことで、少女の攻撃の範囲を無意識的に狭めさせることに成功したのだ。

No.336 11/07/19 00:06
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

くないの攻撃を避けつつ、そのままジュエルは斜め30度くらいから真っ直ぐ少女に向かっていく。彼女の盾があるにも関わらず、その瞳には何の迷いもなかった。

そして、ジュエルは剣を振り上げない。左手に握ったまま、それをただ持っているだけだ。代わりに――

バッ!

右手を真っ直ぐに、少女へと伸ばした。


「……。」

少女はそれを見て、微かに息を呑んだように見えた。予想もしなかったジュエルの行動に驚いたせいか、この時彼女の手にまだ沢山残っているくないは放たれなかった。彼女はただ、自分に向かって手を伸ばす1人の少年に釘付けになっていた。


そして次の瞬間、ジュエルの右手が彼女の盾に触れた。

シュウウゥ!!!
「ぅぐっ!!」

灼熱がジュエルの右手を焼く。しかし驚くことに、その右手が爛れ落ちることはなかった。どうやら剣を溶かしてしまう熱さにも、ジュエルの体は耐えることが出来てしまうようだ。

そう、ジュエルは自分の身体能力を予測して、この手段を取ったのだ。

だが、これは一か八かの賭けだった。果たしてこれ以上少女の盾に腕を挿入しても、腕は耐えることが出来るのか?その答えはジュエルには分かっていない。


それでも、ジュエルは腕をもっと伸ばす。


――彼女のこめかみに付いている小さな金属に向かって。

No.337 11/07/21 00:16
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

同じ瞬間。


彼女はまだ見つめている。
苦悶の表情を浮かべながらも、こちら側へ必死に手を伸ばそうとしているジュエルを――


――いや、それは違う。彼女が見ていたのはジュエルではなく、1つの幻像だった。


どくん。

「……ぁ、」


彼女の中で大きな鼓動が鳴り、その赤い瞳が見開かれる。そこに映った映像に彼女は思わず声を漏らしたのだった。




それは、こちらに優しく伸ばされた手。


成人男性の大きな手だ。
見れば、彼は白衣を身に纏っている。


その男性の顔は逆光になっていてよく見えない。けれど、


何故か彼は微笑んでいるように見えた。とても、とても柔らかく。




その映像が、
ジュエルと重なる。


どくん。
「…っ!」


幻の中の『彼』の手は近付く。どんどんこちらに近付いてくる。それに彼女は抗う事は出来ず、息さえ出来なかった。


そして音もなく、


その手が小さな彼女の頭を撫でたとき。


幻は光に包まれて
彼女の前から消えた。




「……ぅおおおおおお!!!!」

ジュエルは、吼える。
その手を伸ばして――


パシッ!!

No.338 11/07/22 00:02
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

……ゴオォォォ…!!

ジュエルが彼女のこめかみついた金属を掴み取ると、彼女を包んでいた熱気が一瞬にして熱風となって辺りに吹き荒び、霧散した。

「ぁ…ぐ!!」


ジュエルは白い煙を上げる腕を抱えながら前へのめった。また、少女もこめかみのものがなくなったと同時に、体からふっと力が抜けたように両膝をつく。

ドッ!!



2人は同時に、床に倒れ込んだ。



それから何分経っただろうか。
ジュエルは小さく呻きながら、うっすらと目を開けた。

冷たい床の感触と、まだ残留している体の重みを感じ取る。どうやら倒れた所と同じ場所で目を覚ましたらしい――と認識すると、無意識に抱え込んでいた右腕をちらり見た。

パーカーの袖は勿論焼け焦げてボロボロになっている。そこから剥き出しになっている腕は酷く爛れ、赤く腫れ上がっていた。

「…ちっ……」

鼓動とともに腕にズクンズクンという刺激が伝わり、強い痛みを感じる。しかし、何とか動かすことは出来るようだった。ジュエルは握ったままの手をゆっくりと開いてみる。

No.339 11/07/24 00:12
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そこには確かに、黒く焼け焦げた小石ほどの大きさの物が在った。

ジュエルは暫くそれを睨んだ後、左手を支えにして体を起こそうとする。右腕は大きく動かせないため床に引きずるしかない。だがその瞬間即座に再び激痛が襲い掛かり、ジュエルは微かな悲鳴を上げて腕を押さえた。

そうしながら5分程かけてなんとか背中だけ起こすと、今度はのろのろと首を後ろの方に動かしてみる。



――すると、そこには少女がこちらに背を向けて床に横たわっていた。




ジュエルは少し息を止める。




そして何となく体全体をそちらに傾け、じっと少女の小さな背中を見つめた。



(……あの時、俺を殺そうと思えば殺せたはずなのに。)



そう心中で呟くと、右腕を焼かれるのに耐えながら少女に向かって手を伸ばしていた時のことを思い出した。――あの時彼女は武器を持った手を動かそうともせず、何を見ていたのか?ジュエルはぼんやりとした記憶を探りながら疑問を巡らせる。


そうして、そろそろ立ち上がろうと足に力を入れたときだった。



ピクッ

と彼女の肩が動いた。

「!…」

No.340 11/07/26 00:12
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「うっ…」

と、か細い声が響く。その声にジュエルは思わず慌てて立ち上がろうとして、

ズキ!!
「――っ!」

首と腕の痛みが体中に突き抜けた。大きくよろめき、それでもなんとか地に足をついたまま体を支える。


しかし、それからは何も出来なかった。立ち上がった後にどういう行動を取ればいいのか、ジュエルには分からなかった。

もしかすると再び襲ってくるかもしれないという考えもあったが。結局痛む傷を抑えながら、彼女がそこでぎこちなく体を起こすのを見ているしかなかった。


やがて、彼女は完全に起き上がる。


彼女は両足を折りたたんで床に座った体勢のまま、ゆっくりと辺りを見回す。そして、最後に後ろにも首を回したところで――



2人の目が合った。



その時ジュエルはやはり何も言えなかった。彼女も黙っている。見れば彼女の瞳からは先程までの赤い色が消え失せ、元の黒に染まっていた。2人は互いの漆黒の瞳を、沈黙の中で見つめ合った。



そうしていたのは10秒程だったのか、はたまた5分は経っていたのか、はっきりとしたことは分からない。どの程度にせよ、その沈黙を最初に破ったのは



「…………目は、覚めたのか?」



ジュエルだった。

No.341 11/07/26 23:59
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その言葉に彼女はすぐには反応しない。微動だにしないのでジュエルはちゃんと言葉が届いているか不安になった。しかし少しして、彼女は視線だけを動かし始めた。


まずジュエルのボロボロの右腕に目を移し、そのまま下へ伝って握り拳の所で止まった。まるでその中に握られている物を透視するかのようにそこを穴の開くほど見つめると、

「………。」

最後に胸に軽く手を当て、俯くように下に目を落とす。そして、


「ええ。」


と短く答えた。

すると、ジュエルは握っているものを脇の方に放った。それは床にぶつかってカラン!と高い音を立て、転がった。

「どういう事情があってここに来ることになったのかは知らない。けれど、ここにはいない方がいい…それは自分で理解できるだろう?」
「待ってたのよ。」
「…、」

突然会話の速度が早くなり、ジュエルはそれについていけずに沈黙する。その間に彼女はすっと顔を上げ、またジュエルの目を見つめた。



「……誰を?」



ジュエルは内心戸惑いながらも静かに問いなおす。

その次に返ってくる答えは、何となくジュエルの中で予感があった。

そして予感は、的中する。




「貴方を。」

No.342 11/07/29 00:30
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それでもやはり驚きを隠せないようで、ジュエルは目を丸くしながら絶句した。彼女は目を閉じて、胸に当てた手から自身の鼓動を感じていた。


どくん

どくん。


「――呼応するの。」


「……?」
「前に貴方に会ったときから、感じていたことだった。洗脳で記憶を一時的になくされても、この体に写し取られた『彼女の想い』が消えることはないから。」

そう言いながら彼女はゆっくりと立ち上がる。そしてジュエルの方におぼつかない足取りで歩み寄った。ジュエルは、よく理解できない話の流れに戸惑うことしかできない。

「それは、もしかして……俺達はずっと前に…、」

彼女はジュエルのすぐ前まで来ると、ぴたりと立ち止まる。すると自動的にジュエルは少し背が高い彼女を見上げる形になった。自分より背が高いのか――などと一瞬考えがよぎったその時だった。



バッ……!!


「――――」


ジュエルはその突然の出来事に、掠れた声さえも出せなかった。




彼女は今、膝をついてジュエルの背に腕を回していた。両手でギュッと服を掴み、額をジュエルの胸の辺りに押しつける。

それは抱きしめるというよりも、どこかすがりつくような感じだった。ジュエルは彼女を振り払えないで、固まっている。放心しているのかもしれない。

そして彼女は言った。
せき込むような声だった。



「どうして…っ!もっと早く来てくれなかったの……リタ!!!」

No.343 11/07/30 00:14
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それは聴いたことのある名前だった。ジュエルの麻痺した脳にじんと染み渡る。ぼんやりとして働かない思考に鞭打って必死に記憶を探っていくと、今から討とうとしている者の名前だということを思い出した。

「……リタ。」

気付けば、自然にジュエルはその名を口にしていた。

さらに少女は半ば叫びながら言う。



「貴方があの時彼女を――ルチアを守ってくれたなら!迎えに来てくれたなら!!こんなことにはならなかったのに…っ!!」




その内彼女は
ジュエルにしがみついたまま、すすり泣き始めた。


(……ルチア…?…)


また、聴いたことのある名前だった。ジュエルは精神がやっと落ち着いてきたのか、すぐにその名前の主を思い出す事が出来た。しかしそこから冷静に考えてみても、彼女の言っていることは理解が出来なかった。


(ルチアは、殺した。あの時目を覚まして、水槽から出て直ぐに。なのに、迎えにいかなければならなかった、守らなければならなかった。…俺が?どうして?

そもそも『リタ』は――

いや、それよりも……『こんなこと』??)



駄目だ。


とジュエルは感じた。彼女の言葉は断片的すぎて、自身が目を覚ます以前の空白の記憶の補完は出来そうにないようだった。


やああって、ジュエルはそっと目の前にある彼女の両肩に両手を乗せる。

No.344 11/08/01 00:58
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「……すまないが。今の俺には、何のことだか分からない。」

その一言に、少女は思わずそこにしがみついたままジュエルを見上げた。頬が少し涙で濡れている。ジュエルは彼女をなだめるように、静かにこう付け加えた。


「けれど。俺には、失った記憶がある。」



「!…」
「もしもお前が本当に過去の俺に会っていて、俺が何をしたのか知っていると確信してるならば。その話をもっと聞かせてほしい。…話す気力がないならそれでもいいが。」


やがて彼女は黙りこくったままジュエルから手を離し、そこから離れて立ち上がる。その俯いた顔からは少し気まずそうな表情が浮かんでいた。自分のしていたことがある種大胆だったことに気がついたような感じだった。

「……。」
「聞かせて、くれないか?」

そうジュエルが問うと、彼女はやっと口を開いた。


「本当に、何も覚えてないの?」


少し声が震えていたが、段々と冷静さを取り戻してきているようだ。彼女は正面に真剣な眼差しを向けていた。


ジュエルは何も言わず、頷く。


それを確認すると、彼女はふっと吐息を零した。


「なら。……話すわ。」


酷く虚しいような、絶望したような。平坦な言葉だったが、そんな色が混じっていた。ジュエルはその後の言葉に迷ってから、1つだけ単純な質問した。

「名前は?」


すると、長い間の後に1つの単純な答えが返ってきた。


「アンジェリカ。」

No.345 11/08/02 00:13
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「俺は、――」

ジュエルが途中まで言ったところで、少女――アンジェリカは背を向けて部屋の奥の方に歩き始めた。

「貴方達のことは、もう知ってる。…今の『リタ』から聞かせられてたから。」
「……。」
「急いでいるんでしょう?先に進みながら話すわ。」

ちらりと振り返り、すぐまた歩みを進める。部屋の奥とは、ジュエルが部屋に入ったところから丁度突き当たりの所だ。すると程なくして、アンジェリカは壁の前に着いた。

「?…おい、」

そこは一見只の行き止まりのように見える。ジュエルは思わず呼び止めるが、

「ここから引き返しても、貴方の望む場所には行けない。ここからは一般の人間が踏み込めないようになっているの。」

アンジェリカはそう言うと、不意に壁に手を触れる。すると何かが共鳴したように空気が振動した。

ヴーーン

同時に何か機械の作動音が鳴る。それから少し待つと、

ウィーーン

壁は、上の方にスライドする形で『開いた』。その向こうには、大きめの通路姿を現していた。奥は暗闇に染まっていて見通すことが出来ない。ジュエルはその光景を見て微かに息を呑んだ。


「案内、するから。」


ぽつり、とアンジェリカは言った。

No.346 11/08/03 19:34
鬼澤ARIS0 ( 20代 ♀ )

――お知らせ――


皆さん今晩は(^-^)ARISです。いつも『地獄に咲く花』を読んで下さり有り難う御座います。

ええと…やはりあの魔の期間が来てしまいました。



テストです。(;_;)



もう、本当に、本当にやんばいです(;_;)なのでちょっと執筆お休みして逝ってきます。


再開は8/26となりますので、どうかご了承ください。<(_ _)>

ps

もうお気づきの方もいらっしゃるかとは思いますが、執筆の時は2日おきに休んでいます。更新が遅くて苛々させてしまうかもしれませんがこれが自分のペースとなってしまったので…どうかお許しください<(_ _)>


とそんなわけで、これからも本作品をどうぞよろしくお願いします。(^^)/

ARISでした。

No.347 11/08/26 22:06
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

――お知らせ2――

どうも(^-^)テストが死んだARISです。

お待たせしました。今日からまた更新始めますのでどうぞよろしくお願いします<(_ _)>

と、1つここでお知らせしたいのですが…私は明日から2泊3日の合宿が入っています。あと再テストも最低5教科はあるので、もしかしたら9月前半までは更新できない日も多く出てくるかもしれません。

なるべくペースを保つようにはしたいと思いますが、そこだけどうかご了承お願いします。<(_ _)>


それでは、物語の続きをお楽しみください……




ARISでした。

No.348 11/08/26 23:05
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

コツ、コツ。
…コツ。

明かりはぽつぽつと、小さな弱々しい電灯しかない。殆ど真っ暗闇の通路に2人分の足音が響く。ジュエルは何だかよく分からなかったが気まずいような気がして、前を歩くアンジェリカの背中から、少し下の方に目を反らしていた。


それからしばらく歩いても景色が変わらない。――そんなときだった。


「腕は、」


突然の高く透き通った声に、ジュエルは思わず顔を上げる。声を発したのはアンジェリカだ。

「腕は、痛む?」

前を歩きながら、振り向かずにアンジェリカは訊く。その表情はジュエルからは分からない。けれど、自分の心配をしてくれていることは言葉で分かった。

「痛みは、もう大したことはない。」
「そう…。」

アンジェリカは瞼を伏せて「よかった」と加える。すると、そっと歩みを止めて振り返った。

「貴方や貴方の仲間には、申し訳ないことをした。」
「ロイをさらったのは…やっぱりお前、なのか。」
「………。」
「1つ、訊きたいことがあるんだ。」
「…何?」

そこで、ジュエルは言葉を一瞬飲み込む。ジュエルにはアンジェリカにまず訊きたいことがあった。だが、それが果たして聞いていいことなのか分からなかった。



と言うより、知るのが怖かった。



知っても得をするわけではない。寧ろ、何となく嫌な現実を引き寄せるような気がしてならない。

それでも、ジュエルはその事実を知るべくして口を開いた。

No.349 11/08/27 01:40
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「お前は自覚しているのか?さっきの戦いの時――自分が赤い瞳をしていたことを。」
「…瞳?」

アンジェリカは微かに眉を潜める。気付けばジュエルはまた、彼女の黒い瞳を見つめていた。

ジュエルはどうしても、あの現象の理由を確かめたかった。何故なら、最近同じものを別の場所で見たからだった。

夕暮れの病室での出来事が脳をよぎる。



「瞳の色は分からないけれど。時々自分の体から計り知れない力が沸いてくるのは分かる。」
「それは衝動的なもの、なのか?…いつから、どんな理由で?」
「………理由。」

アンジェリカはジュエルの言葉をなぞった。

「赤い、瞳。」


記憶の糸を辿るように、ゆっくりと目を閉じ、さらに長い時の流れを一瞬にして遡っていく。色とりどりな幾つもの記憶、風景、感情も飛び越して。


そうして辿り着いたのは、1つの記憶。その中には、確かに赤い瞳があった。



真っ赤な、血みどろの瞳が。


「っ――」

それを思い出したとき、彼女はどこか悲しげな表情で俯いた。


「一言では、言えない。」
「……。」
「もしそれでも言おうとするならば、これは彼女の『涙』なのかもしれない。」

「…さっきも言っていたな。彼女というのは――ルチア・ミスティのことか。」


アンジェリカは沈黙で答えを返す。


No.350 11/08/29 23:44
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「何があった?……一体ルチアは、お前と何の関係があったっていうんだ。」

するとアンジェリカは再びジュエルに背を向ける。そして先程よりも若干重い足取りで歩き出した。ジュエルはそれに続く。


「まだ、貴方が『リタ』だった頃。20年前。私とルチアは友達だったの。……正確に言えば。そのルチアはクローン技術で作り出された存在だったけれど。」


「クローン?…何故?」


「貴方達はもう分かっている?今この『SALVER』で行われている研究の事柄と、『鍵』の意味。」
「『鍵』…オメガ遺伝子。人間から作り出される不純なオメガを、完全に純粋なオメガに変換する事の出きる物質…。」

「その通りよ。」


短い一言にジュエルは小さく「やっぱり」と呟く。予想は外れていなかったのに自然と眉間にしわが寄っていた。アンジェリカは話を進めていくようだった。


「純粋なオメガを作る。この研究は20年前から、ルチア、マルコー。そしてリタ…貴方よって行われていた。」
「20年前…『国』でされていた人体強化の研究のことか。」
「そこまで分かっているのなら話が早いわね。」

アンジェリカはにこりともしない。

「…理由は表と裏の2つがあった。表は、ルチアの人体強化を失敗をすることなく進められるようにすること。これは3人の研究の主要な目的に沿ったものだったから、全員が知っていた。

けれど裏の理由は違った。マルコーだけがこっちを目的にしていた。――そして、こっちの方が今続けられている研究の理由よ。」

「……。」

「これは後で話すわ。とにかく、どちらにせよ研究のためには大量のオメガ遺伝子が必要だったの。けれどそれはとても希少で、持っていたのは偶然にもルチアだけだった。

しかも、その遺伝子を培養して複製を行おうとしても、オメガ遺伝子は不安定ですぐに壊れてしまった。…オメガ遺伝子は、彼女の体内でしか増殖は有り得なかったの。だから、」

「ルチアのクローンが作り出された…のか。」


ジュエルは、病室でグロウから聞いた20年前の記録を思い出しながら、アンジェリカの話を聞いていた。

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