地獄に咲く花 ~The road to OMEGA~
30XX年。地球。
そこは荒れ果てた星。
温暖化によって蝕まれた大地、海、空気。
そして20年前。生物学者ルチアによって解き放たれてしまった人喰いの悪魔…『人造生物』。世界に跳梁跋扈する彼等によって、今滅びの時が刻一刻と近づいている。
しかし。
その運命に抗う少年達がいた。
人造生物を討伐するべく、ルチアに生み出された3人の強化人間。ジュエル、ロイ、グロウ。
グループ名『KK』。
少年達は、戦う。
生きるために。
…失った記憶を、取り戻すために。
その向こうに待ち受ける答。
そして、運命とは?
※このスレッドは続編となっております。初めて御覧になる方はこちらの前編を読むことをお勧めします。
地獄に咲く花
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…暑い。
暑い日だった。もう10月だというのに。
遠くを見れば、地熱が作り出す陽炎が揺らめいていた。雲一つない空からは眩しすぎる日光が降り注いでいる。
砂漠の中にあるその小さな『国』は、透明なドームに囲まれていた。地球は今や人間が耐えられないほどの温度、そして紫外線に支配されているが、そのドーム…紫外線遮断フィールドによって『国』は守られているのだ。
それは、ドームの外でのこと。
ザッ…ザッ…
砂を踏みしめる音がする。この砂漠で人の足音が聞こえるなんて有り得ない筈だが、その音は確かに規則的な間隔で響いていた。
ザッ…ザッ…
歩いているのは、大きなぼろ切れ同然の白いローブを纏った小柄な人影だ。顔は目深に被ったフードのせいで見えない。
ザッ
足が、止まった。
「…………。」
ヒュウゥ…
風は起こり、渦を巻く。
…ゴォォォォオ…
風は強くなり、徐々に景色を砂の黄土色で塗りつぶしていく。
そして、15秒経つ頃には、辺りの視界は完全になくなってしまった。
しかし、その中でもローブの人影は動かない。目をかばうことも、しなかった。
吹き荒れる風はローブを激しくはためかせた。そして、顔を隠す大きなフードが取れる…。
バサッ
10代半ばの少年だった。
あらわになった赤毛の短髪が風に殴られ、かき乱されている。閉じていた目をスッと開くと、透き通るほど青い瞳があった。前も後ろも分からない砂嵐の中。その瞳は目の前の一点だけを見つめていた。
「目くらましの、つもりか?」
少年は呟く。
それに答える者はいない。勿論風が答えることもない。だが言葉は続いた。
「…残念。」
少年はローブの中から、ぶら下げていた右手をゆっくりと前に突き出した。
その手には拳銃が握られている。銃身30㎝程の中型の銃だ。
少年はニッと笑う。
「見え見えだ。」
ザッ!
そして少年は地を蹴って、その場所から少し跳び下がった。
…そこに。
ザザザザザ!!
ある生物が突然砂の壁から出現し、先程まで少年がいた場所を鋭く長い爪で凪いだ。
少年はそれに向かって、
ドガン!!
銃を撃つ。
「ギイイいィぃィィィ!!!」
おかしな声が聞こえた。獣の声とも、人間の声とも判別がつかない、無機質な叫び声。弾は生物の額に命中していた。
痙攣しながら仰向けに倒れたその生物は、奇妙であった。人間の形に近かったが…決して人間ではないことが伺える。
大人の男性以上の身長はあるそれは、全身の皮膚は真っ白。胸の中心部分には、血のように赤い球体が埋め込まれている。地面に投げ出された腕は異常に長く、その先には何かを引き裂くためだけにあるような、鋭い爪があった。
生物の体は少し経つと全身が砂と化し、荒れ狂う砂嵐の一部となっていった。
だが、少年はそれだけでは気を抜かない。後ろのもう1体…いや、それだけではない。砂嵐に隠れている四方八方からの殺気を見逃がさなかった。
少年はちらりと後ろを見る。
間近にあったのは先程と同じ生物の顔面だ。
まず。鼻と口と耳は見当たらない。あるのは、剥き出しの血走った眼球が2つだけ。…しかし。
ガバッ!
ないはずだった生物の口は、裂けるほどに開いた。そしていくつか唾液の糸を引きながら、シャアア…という声を発していた。
その黄ばんだ犬歯が少年の首筋に迫る!
が。
次の瞬間には、少年の首を喰い千切るはずだった生物の牙は、空を噛んでいた。
そこに少年はいなかったのだ。
そこにはいなかった。
それでは、どこに?
…すぐ近くだった。
たんっ
「グ?」
少年は、生物の左肩の部分に片手をついていた。そして右手の銃を、生物の頭に押しつけている。それは、丁度肩の上で逆立ちをするような格好だった。
ドン!!
「…が!」
発砲。後、少年は足をつく。
生物は崩れ落ち、また辺りに砂が増えた。…それは、一瞬の出来事だった。
だが少年はそこで手を止めない。
ズドンッ!ドン!!…ドン!!
重い音が3つ響く。銃を連射した音だ。直後、姿は見えないが、少し遠くで3つの叫びが聞こえた。
少年が扱っている銃は45口径。強力なその銃は、1発撃ったときの反動が強い。大人でも下手をすれば肩関節がおかしくなる程だ。…しかし、少年は平然としていた。1発どころか、連射しているのに。
次に少年は、自分に向かって何かが向かってくるのを感じ、右上を見た。しばらく砂しか見えなかったが、それは来た。
ゴオオォッ!
風音とともに現れたのは、大きな翼を背中に生やした生物だった。鳥のそれとは違う。とても歪な形をしていた。
…砂が舞っている。翼が起こす風で、砂嵐は作り出されていたのだ。
少年は一度銃を腰のホルスターに収める。代わりに 1本のナイフを取り出した。
そして宙を舞う目標に向かって、勢いよく走り出す!
その後
ザッ!!
ある1歩で砂地を強く蹴り、目標に向かって高く跳躍した。普通の人間では有り得ない高さ。すぐに目標に辿り着いた。
しかし少年はそれすらも飛び越え、放物線を描きながらその後ろに回り込む。…そこで。
パシ!
何かを掴み取る。
それは、生物の片翼だった。
とん
少年はその勢いを利用し、生物の背中に足をつく。
「ギャぁ」
生物は、翼を掴まれたことと少年が上に乗ったことでバランスが崩れ、ぐらついた。そのまま墜落する前に
ザバッ!!
少年はその足場をナイフで横一文字に凪ぎ払う。同時にそこから再び高く跳躍した。
2つに分かれた生物の体が地に堕ちていくのを見届けながら。…少年は空へと駆け上がっていく。その時ローブの留め金は外れ、それは音を立てながら風に飛ばされていった。
唐突に、視界が開ける。
目の前に広がっているのは青。どこまでも続く…青い空だった。そして白光を放つ太陽は、宙に躍り出た少年のシルエットをくっきりと映し出していた。
少年の服装は簡素なものであった。膝下まで捲り上げたジーンズに、汚れたスニーカー。上も薄手のTシャツにGジャンを着込んだだけのものだった。ただ1つ目立つのは腰に2挺の銃が収まっている所だろうか。
翼を生やしたいくつかの影があった。それらは風を切り、ある1点を目指していく。
…すなわち、少年の所だ。その爪で引き裂こうと、猛スピードで飛んでいく。そのうち1体が十分に少年との距離を詰め、爪を振り上げる!
ザッ!!
赤い液が、空の青に散った。
しかしそれは誰のものだったのか?
「ごボぁっ」
どうやら、それは少年のものではなかったようだ。血を撒き散らしながら落ちていったのは、少年に攻撃を仕掛けた方だ。
あの一瞬で起きたことを解説すると、少年は体を捻って攻撃を紙一重でかわし、そこでできた隙をつき、素早く敵をナイフで斬ったのだ。
…今度は、3体。
ザバザバザバ!!
少年は全ての攻撃を避ける、もしくは受け流し、皆同じ様に処理した。
その後宙で1回転。
そして
タッ
着地するに至った。その頃には風がなくなり、砂嵐も消えていた。
少年は ナイフをしまう。
…少年は地平線の彼方に目を向ける。辺りは、まるで何事も無かったかのように元の静寂を取り戻していた。
その時。
「ロイ。」
「!」
突然後ろから声が聞こえた。
ロイと呼ばれた少年は振り向く。…そこにいたのは同い年くらいの少年だった。全身黒い服の上で、肩までかかっている銀髪が目立っている。彼はたいした意味もなく微笑みながら、言った。
「いやぁ見事です。もう終わっちゃいましたね。」
「……当たり前だ。15年もこの仕事をしてんだからな。それに、お前ももう済んだんだろ?…グロウ。」
銀髪の少年、グロウは少し頭を掻く。
「そう言われればどちらもその通りですが。ロイは、まだルノワールでの傷が癒えてないのではないですか?」
「あれから1ヶ月も経ってるんだ。治ったに決まってる。」
その時グロウは、ロイの左腕をちらりと見た。
「まぁ、無理はなさらないことです。………と、そう言えば。ジュエルはまだ来ないんですかね。」
グロウは砂漠をきょろきょろと見回した。
ロイはふぅ、と息をつく。…そして、
「…迎えに行くか。」
歩き出した。
数分後。
ドス!
何かを刃物で突き立てるような音が響いた。…実際。そこにいた少年は、右手に持つ剣を肉塊に突き立てていた。
その少年は黒髪と漆黒の瞳、精悍な顔立ちを持っている。ジーンズと白いパーカー。両手には長剣が握られていた。
先程まで動いていたその血塗れの肉塊は、砂になって風に流れていく。丁度少年がそれを見つめていると…おーい、という声が聞こえた。
「……。」
少年が前を見ると、こちらに歩いてくる2つの人影が見えた。1人が手を振っていたので、こちらも軽く手を振り返す。
…ロイとグロウだった。
「ジュエル、お疲れ。」
ロイが振っていた手を下ろす。
ジュエルは頷くことで返事をした。
「2人とも、遅くなって…すまない。」
「いえいえ。私とロイも今終りましたから。」
グロウはからからと笑った。ロイは両手を頭の上で組むと、腕を思い切り伸ばし…よし、と呟いた。
「今日の仕事は終わり。」
「あれ。もうですか?早いですね。」
「久々だろ?ま、帰って寝ようぜ。」
そう言うと、すたすたと『国』の方へ歩き出す。ジュエルとグロウはしばらくその遠ざかっていく背中を見つめていた。
グロウはポケットにしまっていた携帯電話を取り出し、開く。そこにPM1:32という時刻表示が映っているのを確認すると、2人はロイに続いて歩き出した。
「さて、どうしたものでしょうね。そうすると本当に寝るくらいしかすることが無いのですが…。ジュエルはどうします?」
「決めてないな。」
「と、言うことは寝る以外に何かすることがある?」
「………。」
ジュエルは沈黙する。
考えていた。
自分に、するべきことはないのだろうか。…そんなことを。
空の向こうに、あの日交わした会話が浮かんだ。
ゴゴゴゴ…
エンジン音とプロペラ音の入り混じった低い音。丸い窓から見えるのは雲の絨毯、そして夕日に染まった赤い空。
ここは飛行艇『ヴィマナ』の中だ。
グループ『KK』がもう1つの国、ルノワールでの『人造生物』殲滅活動を完了し、軍と共に帰還する途中のことだった。
コン、コン
ジュエルは、ドアをノックした。向こうから、入っていいと聞こえたのでノブを回す。
ガチャ
…簡単にドアは開いた。大して広くもないその部屋の寝台に、その人物は寝そべっていた。
「ジュエルか。」
「…話がある。」
「まあ、そこに座れよ。」
ロイは、ジュエルを促す。そこには椅子が取り付けられていた。
「で、どうした?」
ゆっくりとベッドから起き上がる。どうやらさっきまで眠っていたらしく、髪の毛はボサボサの上、目は半開きだった。ジュエルはしばらくそんな様子を見ていた。
「…。後にするか。」
「いや、今でいい。」
「ロイは、どう思う?…あのマルコーとかいう奴のことを。」
「……。」
ロイは少し目を逸らし、あいつか…と呟いた。マルコーという人物は、ルノワール全域に人造生物を放っていた張本人だ。自分が人造生物になってしまう程にその研究を重ね、最後には自ら襲ってきた。
「あいつは…何が目的だった?何のために、人造生物の研究を続けていたと思う?ロイは何か知ってるんじゃないか?」
「…何で、そう思う?」
ジュエルは、そこで一枚の折り畳まれた写真を取り出した。少し砂がついている。
「それは…」
「お前が落としたもの、だろう?」
開いてみると、3人写っていた。白衣を着た男性と女性。そして…その間にいる男の子。皆無表情に見えたが、微かに笑っていた。
「その写真がどうしたって?」
ロイはにこりともしない。
「これに写っている男の方は、マルコーだ。その隣の女は分からないが…多分妻、だろうな。真ん中に子供がいる。」
「…。」
「……ロイ。この子供は、」
「俺だって言いたいのか?」
「!」
ジュエルは少し黙り込む。だが、長いのか短いのか分からない間を置いた後、続けた。
「俺は、あの時確かに聞いた。あいつが最後に言った言葉を。…お前のことを、息子と呼んでいた。」
ロイは窓の外を見る。…何も返さない。ジュエルもそれ以上は何も言わない。だから、その部屋にはしばらくエンジン音しか聞こえなかった。
しかし。
「くっ…くっくっく!」
ロイが不意に肩を震わせて笑った。
「ロイ?」
「…ジュエル。お前さあ、あんな得体の知れない奴の言うことを信じているのか?」
「…。」
ロイは笑いを堪え切れないような顔をしている。
「何の証拠が在るわけでもないのに。お前でも早とちりってものをするんだな?」
「…でも。」
「それにな。俺はそいつが俺じゃないと確信してる。…そいつが、俺の筈はない。」
「…?」
「俺はこのルノワールの戦いで、自分の記憶を取り戻した。」
「…。」
「だがな。そんな写真を撮った覚えなんてないぜ。なんせ俺は孤児だったんだからな。1人で生きることに死に物狂いだった。それからハヤトに会って…と。これ以上話したら長いな。」
「……。」
「とにかく。それは俺じゃない。」
「…そう、か。」
ジュエルは椅子からすっと立ち上がり、出口に向かう。するとロイがそれを慌てて呼び止めた。
「おいおい待てよ!まだ何も知らないとは言ってないだろ?」
ジュエルはゆっくりと振り向くと、椅子へ戻った。ロイはふーっと息をついて話し始めた。
「そりゃ俺だって疑問に思ったさ。人造生物なんて増やして何の意味があるのかってな。…だからあいつに聞いてやったよ。お前の目的は何だ、と。」
「……それで。」
そこでロイの表情が落ち着く。…なかなか答えない。何かを深く考えているようだった。
「あいつは、言った。『世界を救うためだ』と。」
「……世界を、救う…?」
ロイは静かに頷く。ジュエルは理解が出来ない、といった様子で眉を潜めていた。
「何でも、生命エネルギーから作られる地球の血液…オメガとか言ったか。それが今の地球に必要らしい。」
「…オメガ。」
ジュエルはその言葉にピクリと反応する。
「人造生物はヒトの何倍もの生命エネルギーを持つ。そうとも言っていた。」
「…じゃあ、オメガ遺伝子というのは何だ。」
「……質問責めだな。」
ロイはやれやれといった風に苦笑いするとまた黙り込んでしまった。ジュエルはその様子を見つめながらただじっと言葉を待つ。
「…………。俺が聞いた限りでは、オメガ遺伝子は生物の体をオメガに同化できるものだということだ。」
「…ロイ。マルコーは、」
ジュエルが再び何かを言いかけたが、
「だぁから。あいつの言ったことは信用出来ないっつってんだろ。二度も言わせるな。」
ロイが割り込んだ。
「…どうせそれを俺が持っているんじゃないかとか聞くんだろ?お前は。」
「…っ」
「第一。オメガのことは、『国』の資料に一言も載ってない。そんなものが発見された記録なんて、どこにもないんだ。」
「……。」
「ジュエル。このことに執着するのはもうやめた方がいい。…俺達は何の関係のない、ただの作り話だ。」
ロイは真剣な眼をジュエルに向ける。それ以上何も言わせなくするような、強い眼差しだった。
しかし。
「…確かに。この話が本当だという証拠はない。だが、」
ジュエルは真っ直ぐとロイを見返した。
「嘘だという証拠もない。」
2人とも互いの瞳を逸らさない。気付けば辺りは気まずいような沈黙に支配されていた。
…その空気が嫌になったのか、ロイは大きく溜め息をついてまた話を切り出した。
「何で。……そこまでこだわるんだ。」
「悪い予感がする。…それだけじゃ、理由にならないか?」
ジュエルは目を伏せて重く呟いた。
「オメガ…知っている気がするんだ。記憶が無くても。その言葉を思い出す度、頭が痛くなる。気持ち悪くなるんだ。」
「…。」
「逆に聞いてもいいか。ロイ、何故そこまで俺達に関係ないと決めつける?」
「!」
ロイは微かに息を呑む。それをジュエルは見逃さなかった。
「本当は知っているんじゃないのか?何が事実で、何が偽りなのか。…これから何が起ころうとしているのか!」
しばらくの間の後に、その答えは返ってきた。
「………。何が事実だったとしても、何も起こらないさ。」
「ロイ。」
「違う。…何も起こさせはしない。」
ロイはベッドから立ち上がると窓の近くまで行き、そこから見える赤い空や雲をひとしきり眺めた後…ゆっくりとジュエルに振り返る。
「そのための俺達だ。」
その表情は逆光のため、ジュエルからはよく見えない。
「全ての人造生物を葬る。俺達はそれを成し遂げる。それで全ては終わるんだ。」
「……。」
「何も心配することはない。俺達は今まで通り生きていけばいい。…戦いが終わることを信じて、な。」
…結局、ロイがそれ以上言葉を発することはなかった。
「どうしました?ジュエル。」
「!」
ジュエルは、はっと我に返る。どうやら立ち止まってぼうっと空を見上げていたらしい。グロウは怪訝そうな顔をしていた。その上笑っているので奇妙な表情な事この上ない。
「何でもない。」
「全く。ここ暑いんですから早く帰りましょうよ。」
「…ああ。すまない。」
ジュエルは1歩足を進める。
…しかし。
ザッ。
再び足を止めた。
(…そう言えば。)
ジュエルは何かを思い出した。それで自然に足が止まったのだった。
「まだ、何か?」
「グロウ。俺には少し用事ができたみたいだ。先に帰っててくれ。」
「はい?」
「…『鍵』の様子を見てくるだけだ。すぐに戻ると、ロイにも伝えて欲しい。」
鍵…という言葉に、グロウは少し沈黙したが、すぐに何を意味するか気付いたようだった。
「分かりました。では後程。」
「行ってくる。」
互いに手を軽く振り、2人は別れる。グロウは少し離れた所を歩くロイの元へ、小走りで向かっていった。
「ロイ。」
「ん?」
「ジュエルは少し別行動をとるそうです…『鍵』のことで。」
「『鍵』?………。」
やはり、ロイも同じ様に考え込んだ。記憶の糸を手繰り寄せ…思わずぽんっと手を打つ。
「あぁ、あいつか!確かに長い間放りっぱなしだったな。」
「すぐに戻るそうです。まぁ、あれを元の状態に戻すのはかなり難しいと思いますけどね。」
「……そういや、俺も大統領の所に行かなきゃならないんだった。」
「えー、そうなんですか。2人とも案外暇じゃないんですね?」
「留守番よろしくな。」
「…やれやれ。」
ロイは会話を終わらせると、早々と歩き始めた。途中までの方向が同じなのでグロウも後ろについてきているが、互いに無駄な話はあまりしないようだった。だからロイは、自分の思考に十分集中することができた。
(『鍵』。ルチアが残した最後の手掛かり…か。)
何故か。…ロイは言葉に言い表し難い、嫌な感覚に陥った。
小さく舌打ちをして、一歩前にでる右足で砂を強く踏み潰す。
(…俺は、まだ逃げているのか?ルチアが母親だという事実から。1度自分の記憶を見て、思い出しても。結局それを認めることが出来ないのか。)
その時。
『何故、そこまで俺達に関係ないと決めつける?』
飛行艇で発せられた、ジュエルの言葉が蘇った。
(父親のことも同じ。…逃げているんだ、俺は。関わり合うことを避けている。両親の研究。オメガのこと…オメガ遺伝子。)
「…鍵。」
ぽつり、と最後に呟いた。
30分後。
ギイイィ…
ジュエルはその軋む扉を開ける。しかし完全には開けなかった。
「…。」
音が、扉の向こうから聞こえてきたからだ。…柔らかい音。どうやら何かの音楽のようだった。
ジュエルは黙ってその空間に足を踏み入れた。
ひび割れた石造りの壁。ずらりと並んでいる古びたベンチ。所々にある色とりどりのステンドグラスからは、静かに光が射し込んでいる。…そこは教会だった。
では、この音楽は?ジュエルは奥へ奥へと、真っ直ぐ進んでいく。
見えてきたのは、大きなパイプオルガン。それを奏でる1人のシスター。この音はパイプオルガンのものだったのだ。
ジュエルには気付かない。ジュエルは少しその背中を見つめると、近くのベンチにゆっくりと座った。
そして、そこにはもう1人の人間がいた。祭壇の正面の少ない階段。その上でうずくまっている…病院着を着た金髪の少年。
『鍵』だ。
演奏は続いていた。どうやら賛美歌のようだ。歌は無いが、パイプオルガンだけでも、その美しくも切ない雰囲気を十分に醸し出している。
ジュエルは目を閉じて、静かに耳を傾けていた。
…しばらくして、音が止む。
「綺麗な、曲ですね。」
「!」
ジュエルの声にシスターの肩が動く。シスターは振り向いて、ジュエルをまじまじと見つめた。
「…あなたは…」
「ジュエルです。1ヶ月ぶりですね、マリアさん。」
「そう、ジュエルさん。久しぶりですね。でも1ヶ月ではなくて2ヶ月ぶりではありませんか?」
「…そうでしたか。そちらの様子はどうですか。」
ジュエルはちらりと少年のほうを見る。マリアもそっちを見ると、少し顔を曇らせてこう言った。
「何も、変わった様子はありません。あなた達が最後に来た時から。食事は何とかするのですが、それ以外は…。」
「…そう、ですか。」
ジュエルは息をつくと、少年に近付き、そのうずくまっている姿を見下ろした。その後しゃがみ込んでみても、顔は見えない。
(…名前を、呼んでみるか。…えっと…)
ジュエルは思い出す。ルチアが研究所に残した、数枚のレポート用紙…そこに書かれていた、名前。
『時計塔に鍵を隠しました。
それは鍵であると同時に、
私が犯した最後の罪です。』
『どうか助けて下さい。
愛しい私の息子を。』
「………ジル…フィール。」
ジュエルは押し殺した声で呼んだ。
すると、
「…。………。」
金髪の少年は、ゆっくりと顔を上げた。
光を無くした青い瞳と、死んだように無機質な表情が、見えた。
ジルフィールは、ジュエルを見ていない。ただ、目の前にある空間に顔を向けているだけだ。…マリアはそれを見て言う。
「私達には、どうすることも出来ません。病院で正しい治療を受けた方がいいと思うのですが。」
「……。」
ジュエルは返事をしない。ただ、穴が開くほどジルフィールの顔を見つめていた。…心の中に生じた、ある疑問について考えていたのだ。最初胸の中にもやがかかり、その形はよく見えなかったが…
やがて、ジュエルは1つの結論に辿り着く。
(俺は……こいつの顔を、見たことがある?)
2ヶ月前に見た時ではない。
もっと最近、もっとはっきり見たことがある。
そう心が告げていた。
そして、はっと気付いた時。
ジュエルはズボンの右ポケットに手を入れ、取り出していた。
一枚の、砂がついた写真を。
(同じ。……同じだ!この写真、この顔…!!)
動揺を外に出さないようにする。しかし写真を持つ手は、微かに震えていた。
「ジュエルさん。どうしたのですか?」
「!」
マリアの声で、ジュエルは写真をポケットにぐしゃっと突っ込んだ。
「…何でもありません。」
ジュエルは静かに答えた。そして、冷静に今起こった出来事を解釈する…すなわち、
写真の男女に挟まれた子供が、ジルフィールだったこと。
それが何を意味するのか。
(ジルフィールはルチアの息子。それなら、ここに写っている女はルチア…か。もう一方の男はマルコーだ。…ということは、ジルフィールはルチアとマルコーの間に生まれた子供、ということなのか…?)
その時。
ジュエルの中で、何かが引っ掛かった。
(待て…待て。じゃあマルコーが言っていたことが本当であると仮定したら…どうなる…?)
…思い浮かんだのは、1つの面影だった。
(もし2つの事実が合わさっている物だとしたら。)
「ジュエルさん。」
「……ぁ。」
マリアの呼びかけが再び聞こえ、ジュエルは小さく驚いた。どうやらまた世界が遠のいていたようだ。
しかし。
(!…)
その瞬間、ジュエルは解った。
1つの結果……仮定上の事実を。
「ジュエルさん。少し、疲れているみたいです。ここで休まれていきますか?」
「…大丈夫です。」
マリアは1つ溜め息をついた。
「あの…何ならこの教会に残っているお金で、この子を入院させることも出来ますよ?」
「それは、もうちょっと待って下さい。」
「…何故、ですか?」
「……。」
マリアの本当に心配そうな表情に、ジュエルは少し黙り込む。理由は一応あったが、何も知らないマリアにどう答えていいか分からなかった。
「…お願い、します…」
ジュエルは頭を下げた。
…長い静寂の後、返ってきた答えは。
「仕方がありませんね。」
「!」
ジュエルは思わず顔を上げた。
「あと1ヶ月は、ここで預かります。それでも症状が治らないようであれば、こちらで入院させますね。」
「……。御迷惑を、お掛けします。」
ジュエルは再び頭を下げるのを見て…マリアは微笑んだ。
それから互いに軽く挨拶すると、ジュエルはベンチの列が唯一空けている真っ直ぐな道を戻り、外へと続く大扉の前まで来る。
が、最後に振り返り…呟いた。
「兄弟、か…。」
その時。
「?」
不意に、ロイは振り向いた。
ロイはあれからグロウとも別れ、大統領に会いにいくべく、1人『国』の上層部を目指して歩いていた。
…その途中。
『国』の下層部でのことだった。
(今…何か。…………。)
ロイはしばらくそこに立ち止まり、周りを見る。
そこにあるのは人気が全く感じられない、ひどく寂れた街並み。今にも崩れそうな煉瓦の壁や、破れたテントが陳列しているだけだった。
「…気のせいか。」
やがてロイは再び歩き出した。
…街に潜む、沢山の影を背にして。
ある1人が動く。
陰から陰へ素早く移り、巧みにその姿を隠しながら…ロイを確実に追っていく。
また1人動く。
屋上から屋上へ慣れた動きで飛び移る。時々立ち止まっては、双眼鏡を使ってロイを見ていた。
そう。…彼等は明らかにロイを尾行、もしくは監視していた。
ロイがそれに気付いているのか、そうでないのかは定かでない。ただ、目的地に向かうことに専念するようだった。
そして、ロイは20分程で門に着いた。門の左右には下層部と上層部を仕切る高い柵がずっと伸びていた。
つまり、門を潜るしか上層部に入る手段はない。 ロイがその機会仕掛けの門のセンサーに1枚のカードを当てると、重厚な門の扉は簡単に開いた。
ロイはその中に入ってく。
…尾行はそこで止まったようだった。
ロイはその後現れた黒服にいつも通り案内され、大統領の元へ向かった。地下道をずっと行き、エレベーターに乗る。
そして…
その薄暗い部屋に着いた。
「こんにちは、大統領。」
ロイは頭も下げずに挨拶した。その中年の男は、煙草を吹かしながら窓の外の風景を見下ろしていたが、ロイの方を向く。
「やあ、KK。この前は御苦労だったね。まぁそこに座ってくれ。」
大統領は近くにあった高価そうなソファーに座るよう促した。ロイは着ていたローブを外し、その隣にある1人用のソファーにそれを置いてからそこに座った。
「そうだ。まだ報酬貰ってませんよ。」
「ん?この前いつものやつを届けさせた筈だが?……食糧3ヶ月分だろう?」
「あれはルノワール全域人造生物殲滅活動に参加した分です。…人造生物増殖原因と新種の調査の分の報酬は増えると言った筈ですよ。」
ロイは笑いながら言った。
「そうだったかな。ならもう2ヶ月分届けさせようか?缶詰めと言えども早めに消費したほうがいいと思うがね。」
大統領は苦笑いした。
「それもそうですね。…じゃあ金と食糧以外のものでお願いします。」
「やれやれ。相変わらず、君達には欲があるのかないのか分からないよ。…これは如何かな?」
大統領は棚から少し大きい箱を取り出してくると、テーブルに置いた。
「…これは?」
「私の部屋に腐るほどあるんだ。」
ロイはそっと箱を開いてみる。すると、そこには小さな箱がぎっしり詰まっていた。その大きさとデザインをみるかぎり…煙草だった。
「君達にはまだ早いかもしれない。…あぁ、強化人間の肺なら大丈夫かもしれないな。」
「…。」
「残念ながら、今君達の要望に答えるとしたら、こんなものくらいしか贈れないよ。どうせ新しい武器なんかも要らないんだろう?」
「……。」
ロイはパタンと箱を閉じる。
…そして、
「素敵な報酬を、有り難うございます。」
満足そうな顔を大統領に向けた。
「さて、本題に移りましょうか。大統領、今日はどんな御用で?」
「ああ。…話題をずらされてすっかり忘れるところだったよ。」
「君達KKに、知らせたいことがあったんだ。」
「…伺いましょう。」
大統領は少し大きな溜め息をついた後、低い声で話し始めた。
「最近『SALVER』の動きが激しくなった。今…奴等によって、国会議員が次々と殺される事件が起こっている。」
「……。」
『SALVER』…ロイにとって久しく聞いていない名前だった。『SALVER』とは、ルチアの実験によって人造生物となってしまった被験者達を救うために立ち上げられた団体のことだ。
しかし、人造生物を元の人間に戻すのは不可能に近く、その術も見つけられてはいないので『国』は人造生物を殲滅する方針を取っている。
即ち、『国』と『SALVER』は対立しているのだ。
「『SALVER』とあれば無差別に殺していったツケが回ってきたんじゃないですか?」
『国』は『SALVER』の団員を消去する。KKも、時々その手伝いをさせられていた。
「…余計なことをして、またあんなモノを生み出してもらっては困るのでね。仕方のない事だ。」
「……。国会議員を殺したのは『SALVER』に間違いないのですか?」
「間違いない。殺された1人が血塗れの手でIDカードを握り締めていたよ。………最後の抵抗、だろうな。」
大統領は、ゆっくりと紫煙を吐きながら言った。
「ふぅん…それで。私達はどうしましょう。」
ロイの目がすっと細くなる。
それは依頼を受ける時独自の表情だ。
「うむ。我々は『SALVER』を潰さなければならないだろう。…君達の仕事は、『SALVER』本部の場所を調査、特定、報告することだ。あわよくばそのまま内部を叩いてほしい。……こちらの方でも少し探ってみるが、何しろ色々忙しい。ガードを固めるだけでも人手が足りなくなるんでね。」
「……。」
「後は、君達も取り敢えず身のまわりには注意してくれたまえ。『SALVER』はどこに潜んでいても可笑しくないからな。」
ロイはしばらく黙って大統領の話を聞いていたが…
やがてふっと笑った。
「そいつらなら。…もう、見ましたよ。」
…大統領は目を丸くした。
「本当か?」
「ええ。はっきり。隠れていたつもりなんでしょうが……気配は丸出し。後ろをちょこちょこと騒々しい奴等でした。」
ロイは、やれやれといった風に肩をすくめて見せた。
「尾行、か。」
「はい。取り敢えず今は放っておきましたが、また現れるようなことがあれば。」
「……君達なら軽いものではないかね?」
大統領は口の端を上げる。
「ええ。丁度いいから場所も聞き出しておきますよ。」
ロイはいつものようにニッと笑った。
ゴーン…ゴーン……
夕暮れ。
地平線の向こうに沈んでゆく太陽が全てのものを赤く映し出す。同時に、『国』から少し離れた所にある無人時計塔の鐘の音が、重く響きわたっていた。
「ただいま。」
ロイは、ドア代わりに掛かっている大きな布を手で除け、部屋に入る。
壁も床も剥き出しのコンクリートであるその部屋にあるのは、座り心地の悪そうな2つのソファー。その間にある低いテーブル。…それだけだった。幾つかの裸電球が、それらを寂しく照らしている。
ここがKKの『帰る場所』だ。
「……って、起きてねぇか。」
片方のソファーに寝転がっている影が1つあった。黒い服に、銀髪……グロウだ。顔に何かの本を被せて寝ているように見えたが…。
「起きてますよ。実は。」
「おっ。」
グロウは顔にあった本を、ひょいと右手で取った。
そして、グロウはうーん…と体を伸ばす。ロイは、それを見終わらないうちに切り出した。
「グロウ。…今日、尾けられなかったか。」
グロウはしばらく返事をせず、伸びをすることに専念している。ロイはその間にも、いつも通りのあっさりした答えが帰ってくることを予想していた。
『ありましたね。』…と。
だが。
「はい?何のことです?」
「……え。」
ロイは思わず気の抜けたような声を出してしまった。別に深く問ったわけではなかったのに。…ロイは、こんなに驚いている自分が今いることを、不思議に感じた。グロウはさらに付け加える。
「なかったと思いますけど。…記憶を探る限り。」
「そうか?俺の所には来たんだがな。」
「何の尾行でしょう。」
グロウはロイに向き直った。
「多分『SALVER』だ。…大統領が言ってた。動きが激しくなったんだと。」
「はあ、そうなんですか。…ロイに仕掛けるとは勇気のある方々です。何が目的でしょうね?」
「知るか。とにかく、その事に関して依頼が来た。…ジュエルは?」
ロイは辺りを見回す。
グロウは外の方を見て言った。
「こんな時間に水浴びです。」
ザバー!!
水音が響く。
そこは路地裏のさらに奥にある、薄暗い場所だ。夕日が微かに入り込んでいる。その逆光に1つの影が浮かび上がっていた。
ザバー!!
それはジュエルだった。いつも着ている白いパーカーを脱ぎ、ジーンズだけ穿いた状態だ。近くにある井戸から水を汲み上げては、頭からそれをぶっかけている。
ザバー!!
「……。」
長めの黒髪から水を滴らせながら、ジュエルは少し放心していた。
その時。
「アホかお前は。」
「!」
後ろから聞き慣れた声がした。ジュエルはちらりと視線を動かした後、少しだけ振り返って声の主を見た。
「夜の前に地下水を浴びるなんて。…自殺行為だぞ。」
そうロイは言った。
半分冗談気味だったが、半分は冗談でない。この世界の日中は燃え尽きそうな程暑いのだが、夜は凍える程寒いのだ。
ジュエルは、無表情な横顔で呟いた。
「急に頭を冷やしたくなった。…大した理由はない。」
「まぁ自由だが。身体は大事にしたほうがいいぜ。それと新しい依頼の話があるから、そろそろ戻って来いよ。」
「…ああ。」
用が済み、ロイはジュエルに背を向けた……が。
「待て。」
声を発したのはロイだった。
「言い忘れたことがあった。グロウにも聞いたことだけどな…お前、今日尾けられなかったか?」
ジュエルはその問いを聞くと、ゆっくりとロイの方を見る。
そしてしばらく沈黙した後…
一言、
「無かった。」
答えた。
ロイは溜め息をつき、そうか、とだけ言った。そしてその場を立ち去ろうとする。
「ロイ。」
だが、今度はジュエルが呼び止めた。…ロイはぴたりと足を止める。
「何だ?」
「依頼の話を済ませた後。またお前と話がしたい。」
「……。」
「とてもつまらない話を、な。」
ジュエルは憂鬱な表情で呟いた。
10分程後。3人はあの場所に集まった。そしてそれぞれ思い思いの位置についた後、ロイは話した。大統領から聞いた話の全て。自分達の次の目標…するべきこと。
「以上。これが依頼内容だ。」
「…また面倒な仕事が来ましたねぇ。」
グロウが1人ごちる。ジュエルは毛布を羽織りながら、部屋の隅でじっとしていた。何かを考えるように宙を見ていた。
夕日は沈み、やがて辺りは暗闇に支配されていく。冷たい空気が流れ込み、夜は更けていくのだった。
朝だった。
日はまだ昇っていないものの、東の空は薄い紫色に染まっていた。しかし、世界は静寂に包まれている。全てのものが、まだ眠りについているのだ。
…だから、
その音はやけにうるさく響き渡った。
ギイイィィイイ
重く、軋んだ音。誰かが、扉を開いたのだ。扉の先にある空間に、外からの蒼い光が細く差し込んだ。
…次に。
ギッ…ギィッ…
1人分の足音と混じって。規則的に、床が小さな悲鳴を上げていた。どうやらその人物は、扉の中に入ってから真っ直ぐ進んでいるようだ。
そして…それは止まった。
薄暗い教会の中で、ロイが。
1つのうずくまっている人影を見下ろしていた。
金髪の、病院着を着た少年を。
ロイの片手にはくしゃくしゃの紙が握られている。…よく見れば、それは写真だ。少し砂がついている。
「…おはよう、『鍵』。」
ロイは静かに挨拶した。返答は期待していない。ただ一方的に話すような感覚だった。
「昨日ジュエルから聞いたよ。それで思い出した。…お前。ルチアの息子だったんだよな。」
ふっと笑った。
「奇遇だな。…俺も、ルチアの息子なんだよ。」
ジルフィールは、反応しない。俯いているだけ。ロイは黙ってその姿を見つめた。今。2人の少年が、この空間に閉じこめられている。蒼く透き通った、冷たい空気が、部屋全体を密やかに包み込んでいる…不思議な空間。
ロイはしばらくして、再び口を開いた。
「俺には、確かにある。…記憶が。」
目を閉じる。すると、瞼の下にはっきりと浮かんだ。暗い刑務所と実験室。血塗れの自分に向かって泣き叫ぶ女性。その時に感じた、温もり。
母。
…ルチア。
「あるのは、それだけだ。俺にはその記憶しかない。」
「…。」
「1人で生きたその前のこと。両親、お前のことも。…記憶がない。」
「……。」
「だから。お前が兄弟だなんていう実感は、全くない。」
ロイは、天井を仰ぐ。
「でも。
これが『現実』なら。
…俺は、」
ゴーン…ゴーン……
時計台の鐘が鳴り響く。
この世界に、『朝』がやってきた。
続いた言葉は、鐘の音にかき消されていた。
そして。
それが鳴り止む頃には、ロイは先程入ってきた扉の取っ手を掴んでいた。
…ロイは、少し振り返った。
「ジルフィール。」
ロイは名前を呼んだ。遠くからでも聞こえるように、大きめに。その声は少し残響して、またすぐに沈黙が返ってきた。
押しつぶされそうな静けさの中。今度は呟いた。
「……『死ぬなよ』。」
そして。
ロイはその部屋を去った。
ジルフィールは少し顔を上げ、彼が去っていった方を見つめた。…青い虚ろな瞳。限りなく無機質な、死人のような眼差しで。
しかし、その時。
「…ク……リス………」
ジルフィールが
…初めて言葉を発した。
微かな、本当に細い声。まるで透き通ったガラスのような声だった。ジルフィールは震える右手をゆっくり…ゆっくりと前に伸ばす。何かを掴もうとするように。
だが、いくら手を伸ばしても、
もうそこには何もない。
「………。」
ジルフィールは腕を下ろし、膝を抱え直す。目を閉じて、顔をそっと腕に埋めた。
…それ以上、ジルフィールが動くことはなかった。
ロイは帰路についた。がらんとした教会の庭に伸びる1本道を、ずっと行く。そしてスラム街の大通りに出た後、入り組んだ裏路地へと進んだ。
…そこで。
「……。」
ロイは歩きながら、ちらりと視線を動かした。四方八方から複数の気配を感じたのだ。…前にも感じたことがある。
尾行。
昨日と同じく、何もしてこない。…ついて来るだけ。そして、教会の庭や大通りといったひらけた場所では去っていく。ロイは表情を堅くした。
(………自分達に有利な場所に着くのを待っているのか?)
此方から攻撃しようかとも考えたが、止めた。ロイは心中で不敵に笑った。
(そういうことなら。…受けて立ってやるよ。)
別れ道がある。本当は右に行くはずであったが、ロイはその道を左に曲がった。…そして進む。勿論気配はそれに続いた。
進んで、進んで…。
1つの場所に辿り着いた。
それは打ち捨てられた倉庫だ。トタンの屋根、壁を伝って伸びているパイプ…あらゆるものが錆び付いている。開きっぱなしの大きな扉から中へ入ると、じめじめとした空気が辺りを支配していた。ゴロゴロ転がっているコンテナだけが目立っていた。
だだっ広い倉庫の真ん中で、ロイは足を止める。そして声を張り上げた。
「いい加減出て来いよ。…わざわざこんな所まで足を運んでやったんだ。ここなら思う存分やれるだろ。」
辺りにはしばらく何も変化がない。しかし、あの気配は確かに倉庫の至る所にある。
「最初から分かってんだよ!お前らのことは!!」
ロイの2度目の罵声で、ようやく気配がざわつき始めた。ロイはゆっくりと右腰の銃を抜き、真っ直ぐ構える。
「…。」
ロイは闇の中に、黒い人間達を見た。銃やナイフなどの武装をしている。顔は殆どガスマスクのような物で隠れていて、鋭い眼光だけがゴーグルから覗いていた。コンテナの陰や、階段。柵越しに見える2階。あらゆる所に、沢山の人数が蠢いている。…ロイは、低く訊いた。
「……お前ら何もんだ?」
2階にいた1人が軽々とコンテナの山に飛び降り、床に降り立った。ロイは薄く笑う。
「人間の匂いがしねぇな。」
黒い人は手の甲を前にして構える。ジャキッっと言う音と共に、長い爪を模した5本の刃物が手袋から飛び出した。
「オメガ遺伝子を頂戴する…」
黒い人はどす黒く言った。
直後。
バッ!
何人かがロイに襲いかかった。まずは接近戦のようだ。皆手に刃物を持っている。
「舐めるな。」
ロイはすっと体を動かした。
その無駄のない動きは、次々と襲い来る敵の攻撃を、全て見切ったものだった。いくら斬っても突いても、ロイには当たらない。例えるなら、それは水の動きだった。…その後。
ガッ!!
1人を手に持った銃で思い切り殴りつけた。殴られた敵がガクッと膝を折る。
「何だ。全然大したことないな。」
ロイは心底呆れた顔をして言う。…敵の動きが一旦止まった。
「さて。遊びはこれくらいで終わりだ。吐いて貰うぜ。お前らの巣。…そういう依頼なんでな。」
ロイは、銃を構え直した。
「容赦はしない。」
そのまま、引き金を引く
はずだったが。
どくん。
(…?!)
ロイは引き金を引かなかった。…いや、違う。引けなかった。指が強張って動かないのだ。
(何だ……これ。)
さらに。
どくん!!
左腕に激しい違和感。まるで、何かが腕の中で蠢いているような…。とても気持ちの悪い感覚。
…敵を目の前にして。
(……っ!!!)
その頃…ジュエルとグロウの方にも敵が来ていた。狭い路地で、2人はお互いの背を合わせて戦っていた。
「毎度の事ながら、ロイは一体どこへ行ったんでしょうね?」
グロウはワイヤーで10人程の敵を凪払いながら聞いた。ジュエルは苦い表情で答える。
「あれほど1人で行動しない方がいいと言ったのに。」
「……そういえば。昨日、あなたとロイは何か口論をしているようでしたね。」
「…別に喧嘩してたわけじゃない。」
ジュエルは溜め息をついて、ついさっき転がった死体を眺めた。その数は30体程。
「何を話していたんですか?」
「……。」
ジュエルはその問いに黙り込む。…そして、長い間を置いてから答えた。
「昨日ロイだけについていた尾行の事。それと…教会に置いていたあの『鍵』の事。簡単に言えばそんな所だ。」
「本当に簡潔ですね。」
「……。そうだな。」
そこで1度会話が途切れる。いつの間にか曇り始めた空の下、2人は背中を向けているだけになった。グロウはそれ以上先を促すような発言はしない。
…だが、ジュエルが再び口を開いた。
「グロウ。ルノワールでの最後の戦いを覚えているか?」
「まあ、おおよそは。」
「なら結論から言う。……今、ロイが危ない。マルコーに命を狙われている可能性が、高い。」
ジュエルは振り向いて、静かに告げた。グロウは相変わらずの笑顔を崩さずに沈黙する。
「………言っている意味が分かりませんね。あの方ならもう死んだでしょう。」
「マルコーと繋がっている組織があるとしたら?」
その言葉を聞いて、グロウはうつ伏せになって転がっている死体をとん、と蹴った。すると軍服の胸元に小さくついている紋章が見えた。
「…『SALVER』だと言いたいのですか?」
「……。」
「『SALVER』は人造生物を人間に戻すことが目的のはず。強力な人造生物を開発しようとしていたマルコーとは、真逆の関係ですよ。」
「グロウ。その死体、もっとよく見てみろ。」
「?」
グロウはさっきの死体を一瞥する。そして、顔を隠しているガスマスクとゴーグルを剥ぎ取ってみた。
「…。」
声には出さないが、グロウは少し驚いたようだった。
…ジュエルは低く呟く。
「何で、その団員がこんなことになっている?」
露わになったその顔は…ひどい有り様だった。
片方の目だけ瞼がなく、そこには剥き出しになっている大きな眼球がある。 瞬きをすることが出来ないので激しく充血していた。…それに唇がない。歯ぐきと歯並びは誰が見ても一瞬で分かるようになっていて、その開きっ放しの口から涎がだらだらと流れていた。
グロウが他の死体も調べてみると、ある者は鼻がなく、ある者は口が耳のすぐ下まで裂けていた。
…そのかなり異様な者達を、2人はよく知っていた。
「……人造生物、ですか。」
「ああ。それも出来損ないの。半分はまだ人間だ。」
ジュエルは脇にある外れたマスクを手に取ってみる。そのマスクはチューブに繋がっていて、チューブの先にはボンベのようなものがある。…全ての死体が、そのボンベを背負い、マスクをつけていた。
「どうやらこの団員達は、ボンベの中身を吸っていないと生きていけないらしい。ボンベを壊しただけで死んだ奴もいたからな。」
「しかし、この方々は完全な人造生物からこうなったのか、完全な人間からこうなったのか…分からないですよ。」
「多分、後の方だ。」
ジュエルは更に死体を調べた。
そして…ジュエルはあるものを見つけ、グロウに差し出した。
それは黒い革のカード入れだった。中には『SALVER』の団員証が入っている。写真に写っている端麗な男性の顔は、今の本人のそれとは全然違うものだ。
「更新日を見てみろ。」
ジュエルの一言で、グロウはその団員証を見てみる。
「……3年前、ですね。」
「つまり、少なくとも3年前までこいつは普通の人間だった。」
ジュエルは腰を上げながら続ける。
「人造生物が、ヒトに感染することはない。」
「人造生物が放たれたのは20年前。それから彼等は分裂によってしか数を増やしてきていない。…そういうことですか。」
グロウが確認すると、ジュエルは頷いた。
「『SALVER』は20年前の犠牲者を使ってしか、人造生物をヒトの姿に還元する研究は出来ない……有り得ないんだ。3年前まで人間だった奴が、こんなことになるなんて。」
「…だから、人造生物の研究をしていたマルコーと繋がっている可能性が高いと?」
ジュエルは沈黙で答えを示す。
「そうすると、彼らの目的は何でしょう。何故ロイを狙う必要が?」
グロウが面白そうに先を促した
その時。
ザッザッザ…!!
少し遠くから激しい足音が響いた。…2度目の敵襲。皆さっきの敵と全く同じ格好だ。見た目は武装をした普通の人間だが、中身は半人造生物。
「ちっ…またか。」
「それに。今度はなかなかやるのが1人混じっていますね。」
「?」
ジュエルが見ると、グロウは上の方を見上げていた。つられてジュエルもそちらを見る。すると2人の視線が重なった所に、1つの影があった。
その少女は、建物の上に立っていた。…10代後半だろうか。
他の兵士に比べて、身軽に動けるような軽い武装をしている。それに、顔を隠していない。艶のある黒髪。長いポニーテールが風にゆるりとなびいている。静かに下の風景を見下ろすその黒い瞳は闇よりも深く、限りなく冷たい眼差しを持っていた。
「ジュエル。雑魚を頼んでも?すぐに終わらせますから。」
グロウは一言そう言うと、右手のワイヤークロウを上に向かって構え、
バシュッ
そこから5本のワイヤーを射出した。それは建物から突き出した鉄の棒に絡みつく。そしてグロウは地を蹴った。
たんっ
同時にワイヤーを手に巻き戻していく。…グロウはそのまま上に向かっていった。
黒い雲に覆い隠された空の下、建物の上。そこにグロウと少女は対峙していた。少女は、見つめられた者誰もが凍えてしまいそうな程冷たい表情でグロウを見ていたが、彼は平気そうにしている。寧ろ楽しそうに少女に話しかけた。
「ご丁寧な挨拶をどうも。さて、僕達に何の御用で?」
返ってきたのは沈黙…かと思いきや。
「命が要る。」
少女は口を開いた。グロウは大して驚きもせずに、先を促す。
「どういうことでしょう。」
「命が要る。…この星を満たす程の。星に命を捧げ、輝ける新たな道標が示される。」
まるで呪文のように。一言一言噛みしめるように少女は言葉を紡いだ。しかし、生気は籠もっていない。グロウはしばらく少女の瞳を見つめると、
笑った。
「…操り人形。」
その言葉と同時だった。
シャッ!
グロウが動いた。右手のワイヤーが一斉に少女に向かっていく。さらに、微妙な指の調節でワイヤーの動きはかなり不規則になった。その予想がつかない動きで、目標を四方八方から切り裂く…という攻撃だ。
だが。
キィン!
少女はその攻撃を弾いた。気付けば、少女の右手には小さなナイフが握られていた。
キィンッガッカカカッ!!
少女はそれから右手のナイフだけで、1秒間に6回切りかかってくるワイヤーを全て弾いていた。グロウはそれを見て、
シャ!!
左手のワイヤーも追加した。そして、両腕の動きをより複雑にする。そうすると攻撃は1秒間に12回…いや、それ以上かもしれない。目にも止まらぬ速さとはこの事だろう。
ガガガガガガッ!!バッ!
キィン!
凄まじい音が鳴り響く。少女は、同じ様に攻撃をナイフで防いだ。ただ防ぎ切れない分もあったので、そこでは体術を使い、紙一重でかわした。
「遅い。」
ギィン!!!
少女は呟きながら、何度目かの攻撃を今までで一番強く弾いた。
「…っ」
グロウの手の動きに一瞬の隙が生じる。少女はそこを狙った。太腿の所に収まった小振りのピストルを左手で素早く引き抜く。
タン!
軽い銃声が1つ。
その弾はワイヤーの嵐をくぐり抜け、確実にグロウへと向かっていく。
「!」
グロウはそれを小さくかわした。しかし、微妙に体勢が崩れてしまう。
バッ!!
そこで少女は突っ込んだ。前に跳ぶようにして、グロウの間合いにあっと言う間に侵入した。
突っ込んだその勢いのまま少女はナイフを構え…突く!
「おっと。」
グロウは両かかとを少し捻ることで体の位置をずらし、攻撃を免れる。そして両手のワイヤーを一旦巻き戻した。
少女は続けて、突きの体勢で前に出ている左足を軸にして
ブン!!
回し蹴り。
今度、グロウは直立の状態から少し屈む。蹴りが入るであろう腹は凹み、少女の攻撃は空ぶった。
シャッ!
そこで再び、グロウが右手のワイヤーを出す。それは収束し、接近戦で戦える剣の形を成した。…ワイヤーソードだ。
少女は、回し蹴りの1回転が終わると同時に
シュッ!
手首のスナップを効かせて何かを下から投げつけた。それは縦に回転しながら勢いよく目標に向かっていく。
キィン!
グロウはワイヤーソードでそれをはねのけた。弾かれたもの…少女のナイフはまだ回転しつつ放物線を描き、下へと落ちていった。
グロウはそのまま守から攻へと転じる。ワイヤーソードを瞬時に振りかざした。
…しかし。
ガッ!
その攻撃は防がれた。少女が腰に挿してあった短刀を抜いて応戦したのだ。その後両者は小競り合うと、後ろに下がり、互いに間合いを取った。
グロウは身構えたまま話しかける。
「やはり貴女はあの雑魚とは違うようですね。しかし人間でもない。」
「……。」
「…強化人間であるのか。」
そして、目を細める。
…微かに、グロウの瞳の奥は赤に染まったように見えた。
「それとも違うモノなのか。」
その時。
どくんっ
「?!」
少女に異変が起こった。
かっと目を見開き、グロウを見ている。…瞳の奥にはグロウと同じ様な赤をちらつかせていた。
「…」
少女は、そのまま剣を構える。その表情は少し歪んでいるように見えた。苦痛か、怒りか…?その原因は定かでない。
「どうかしましたか?」
ギィン!
少女は動いた。
速い。物凄く速かった。どうかしたかと聞かれた刹那、グロウと剣を交えていた。それからは
「はあぁ!」
ギンッ!ガ!ガガ!!!パシ!
斬り。突き、突き。宙返りながら蹴り。体勢が崩れる所を狙い左手の拳!
バキッ!
最後の1発を、グロウは右頬にまともにくらい、吹っ飛ばされた。この勢いでは屋上から落ちてしまう。
「っ」
その前にグロウは宙返り、ズザザッと音をたてて着地した。
そして顔を上げた。
直後見えたものは、剣を振りかざしている少女の姿。曇り空だというのに、その銀色は神々しい光を放っていた。
…空気が凍り付いている。これを防がなければ、命はない。戦いを経験した者なら誰でも直感的にそう思える程に、この一瞬は緊迫していた。
だが。
「…ふ。」
グロウは右手のワイヤーソードを動かさない。ただ…何かを楽しむような表情で少女を見ていた。
「あああぁ!!」
また、少女は手を緩めない。
渾身の力でその剣を振り下ろす!
ブン!!
ガキイィン!!!
そこに、大きな金属音が響き渡った。グロウの前で少女の剣を受けている人物が1人。
…ジュエルは言った。
「グロウ…何してる。殺されるぞ。」
グロウの返事は聞こえない。代わりにガチガチと、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえた。ジュエルは少女の顔を見る。
(…女なのに何て重い剣だ。)
そう思った時。
「?」
ジュエルは眉を潜めた。
何故なら、
「……。」
少女が驚いた表情で、穴のあくほどジュエルを見ていたからだ。突然戦いに割入って来たから驚いているのとは…違うようだ。
さらに、ジュエルは異変に気付いた。
少女の赤に染まっていた瞳が、みるみる黒みを帯びていく。
やがてそれは完全な黒になった。
「あ…ぁ。」
そして少女は2歩程後ずさった後、左のこめかみを押さえ…膝をついた。右手に持った剣がコンクリートに落ち、カシャンッと音が鳴る。
(……何だ……?)
ジュエルは混乱した。一体何が起こっているのか全く理解できなかった。迷った後、取り敢えず少女に声をかけてみることにした。
「おい…」
多少警戒しつつも、ジュエルは少女に歩み寄る…が。
「……近寄るなっ!!」
少女は下を向いたまま吠えた。ジュエルは思わずびくりとして足を止めた。
「く…」
気まずい沈黙が流れる中、少女はゆっくり顔を上げる。そして、やはりジュエルの顔を見ていた。…少女は小さく呟いた。
「何で…こんな所に…っ!」
ジュエルは既に混乱しているのに、ますます理解に苦しんだ。もう呆然とする事しか出来なくなる。
…だから、
バッ
素早い動きで屋上や屋根に飛び移って逃げていく少女を、追うことが出来なかった。
「…一体、何なんだ。」
ジュエルは少女が消えた方向を未だ眺めながら呟いた。
「どうやら、あの方は操られていたようですね。」
突然聞こえたグロウの声にジュエルは振り向く。
「操られていた?」
「ええ。脳内に特殊な電波受信機を埋め込まれ、電波によって操作されていた…そんなところでしょうか。以前そういうのを見たことがあるので。」
「…瞳が赤く変色していたのもそれが原因か?俺が見たときは黒い瞳だったと思うが。」
その時…ざぁっと風が吹いた。
湿った空気と黒雲を運ぶ風は、グロウの銀髪をふわりと揺らし、少しその顔を隠す。
「どうでしょうね。」
グロウはさらりと言った。それ以上は何も言わなかった。…風が止むと、そこにはいつものように笑った顔があった。
ジュエルは息をつき、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「それにしても、珍しいな。…お前が押されるなんて。」
「…そうですか?」
「珍しいさ。」
そう言った後
ジュエルは、はっとする。
「そうだ。1人でいるロイが尚更危ない。俺は探しにいく。悪いが、あの話の続きはロイを見つけてからだ。」
そして、
ジュエルは歩き出した。
「グロウは教会の『鍵』を見てきてくれ。」
ジュエルが付け加えた。
「何故です?」
「その話も後でする。今は『鍵』の安否を確かめてほしい。」
「…そうですか。」
グロウが深く追求する事もなく了承する。それを確認したジュエルは「頼む」と一言残して、屋上からひらりと飛び降りて行った。
…グロウは、
ジュエルが消えた後もぽつんと屋上に立っていた。
「『珍しい』、ですか。」
そこで呟いたのはさっきのジュエルの言葉。そして再び少女が去った方向を見やって…言った。
――少し…からかってみただけですよ。――
ジュエルは走る。…走る。
その中で、考えていた。
1つ目は、ロイが今既に襲われている可能性が高いということ。連中は、多分ロイだけにターゲットを絞っている。さっきの自分達への敵襲は、ロイへの援護を断ち切るために仕掛けられたものだろうということ。
2つ目はロイの危険。
それは後から聞いた事。ルノワールでロイの左腕に宿った…合成獣の細胞。それが、まだ生きているというのだ。つまり、いつ激しい戦闘で、左腕が再び暴走しても可笑しくない状態にある…ということだ。
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神社仏閣珍道中・改500レス 14753HIT 旅人さん
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真田信之の女達2レス 364HIT 小説好きさん
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1365HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 468HIT 旅人さん -
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神社仏閣珍道中・改
この豆大師についての逸話に次のようなものがあります。 『寛永…(旅人さん0)
500レス 14753HIT 旅人さん -
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて
『次の惑星はファミレス、ファミレスであります~』 「ほえ?ファミレス…(匿名さん)
25レス 894HIT 匿名さん -
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勇者エクスカイザー外伝 帰ってきたエクスカイザー
「チェンジ!マッドキャノン!!三魔将撃て!!」 マッドガイストはマッ…(作家さん0)
78レス 1750HIT 作家さん
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評価してください こんな僕は人生負け組でしょうか?
男性 社会人 年収 550 年齢33 身長176 体重67 彼女いたことない 病気等はな…
37レス 1210HIT おしゃべり好きさん (30代 男性 ) -
インターネットがない昭和時代の会社員はどう働いたの?
令和時代の現在のところでは、パソコン・スマホを使ってスムーズに働けるけど、インターネットのない昭和時…
36レス 1152HIT 知りたがりさん -
男性心理と女性心理
マッチングアプリで出会った男性と4回目のデートに行ってきました。 告白や進展はなく男性は奥手なのか…
12レス 336HIT 恋愛好きさん (30代 女性 ) -
旦那がいちいち人のやることにけちつけてくる。
この前洗濯機が壊れて、縦型の乾燥機付き洗濯機を買った。 旦那も納得して買ったのに、今日乾燥機回して…
15レス 301HIT 聞いてほしい!さん (30代 女性 ) -
食事の予定日になっても返信なし
気になる男性がいたのですが… 相手は30代バツイチ 彼からの誘いで一度食事に行きました。その…
10レス 233HIT 恋愛好きさん (30代 女性 ) -
付き合い始めると余裕がなくなる。
付き合うと不安になります。最近彼氏ができました。元彼と別れてから自分磨きをして、恋愛において、自信と…
7レス 190HIT 恋愛好きさん (20代 女性 ) - もっと見る