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地獄に咲く花 ~The road to OMEGA~

レス499 HIT数 52531 あ+ あ-

鬼澤ARIS( 10代 ♀ yhoUh )
12/05/31 21:54(更新日時)

30XX年。地球。
そこは荒れ果てた星。

温暖化によって蝕まれた大地、海、空気。
そして20年前。生物学者ルチアによって解き放たれてしまった人喰いの悪魔…『人造生物』。世界に跳梁跋扈する彼等によって、今滅びの時が刻一刻と近づいている。

しかし。
その運命に抗う少年達がいた。

人造生物を討伐するべく、ルチアに生み出された3人の強化人間。ジュエル、ロイ、グロウ。
グループ名『KK』。

少年達は、戦う。
生きるために。
…失った記憶を、取り戻すために。

その向こうに待ち受ける答。
そして、運命とは?


※このスレッドは続編となっております。初めて御覧になる方はこちらの前編を読むことをお勧めします。

地獄に咲く花
http://mikle.jp/thread/1159506/

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No.1242703 10/02/08 19:35(スレ作成日時)

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No.451 12/03/08 23:33
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「早く終わるといいよね、会議。」
「………アンジェ。」
「え?」
「その…聞いてほしいことが、あるんだけど。」

ルチアはまた口ごもり始める。そこで私は直感的に思った。

多分、ルチアは大した理由なくリタのことをこんなに心配しているのではない。何かもっと、普通よりも大きな理由があるのだ。


「何?何でも話して。」


私は出来るだけ優しく話しかける。その理由がどんなものなのかは想像が付かないけど、私にはそれが原因でルチアが不安定になっているように見えた。

ルチアは少し長い間をおいて、話し始めた。


「あのね、アンジェ。私…今胸が苦しい。リタさんがいないと何だかとっても心配で、不安になるの。でも私、それがどうしてなんだかよく分からなくて。」
「分からない?」
「うん。胸が苦しくなるたび、どうしてこんなに苦しくなるのかなって思うの。それにね、逆にリタさんが研究室にいる時はすごく心が落ち着くんだ。」
「――え、」


ルチアは両手に持った紙コップを自分の胸にちょっと近付けて、目を閉じる。


「変だよね。あの人がそこにいるって分かると、嬉しい気持ちになったり訳もなく楽しい気持ちになったりするの。…どうして、なのかな?ただ遠くから見てるだけのに。」
「………。」


それってまさか――

私は、気付かない内にぽかんと口を開けていた。

No.452 12/03/11 23:08
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「……それは、」


一瞬だけ考えてもう確信した。私は何も知らないであろうルチアに、はっきりとそれを教えてあげることにした。


「それはね、好きっていうことだよ。…ルチア。」
「?」


ルチアは予想どうりに、鳩が豆鉄砲でもくらったような顔をしてくれた。ああ、本当に何もわかってないんだな…と私は心の中で半分呆れる。


「好きって、何が?」


終いにはそんなすっとぼけたような質問が飛んできた。私は思わず頭を軽く片手で抱えてしまったけど、仕方がないので丁寧に答えてあげることにした。


「ルチアがリタのこと、好きなのよ。」
「?…私、好き?…どうして?」
「理由が無くても。その人のことがどうしようもなく心配だったり、一緒にいて楽しかったりする。それが、好きってことなんだよ。」
「え…でも私、」
「ほら、もう顔が赤くなってる。」
「え、えっ…?」


ルチアの頬はほんのりとピンク色に染まっていた。ルチアはカップを脇において両手で自分の頬に触ってみる。

そこで何かを確認すると、何か呆然としたような顔をして沈黙する。そして長い間の後、ぼそりと呟いた。


「どうして?」
「………。」


私は深いため息をつく。
正直、複雑な気持ちだった。

No.453 12/03/12 23:56
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「リタ…どうしてそんなに…」

私は軽い目眩をおぼえつつ呟く。

「アンジェ。そんなに、何?」
「ん…いや…どうしてそんなに引きつける力があるのかなって。」
「引きつける力?」
「だって…だって、うぅ…」

ルチアはどこまでも私に疑問の眼差しを向けてくる。しかしこの時の私は、いきなり事が起きたせいだろうか、もう思考回路が回らなくなっていた。

「…あーもうっめんどくさい!」
「えっ?」

私はそう叫んだ後、紙コップに残ってる水を一気に飲み干した。そして数秒で空になったそれを、椅子に備え付けてあるコップ置きに乱暴に置いた。コンッ!と高い音が部屋に響いた。



「ルチアが聞きたいなら、全部言うよ。リタには人を引きつける不思議な魅力があるって、私確信を持って言える。」
「どうして…?」
「それはね……私もリタが好きだからだよ!!」
「ぇっ!」

これが言っていいことなのか悪いことなのかよく分からなかった。もう半ばやけくそ状態だ。

「しかも、リタはルチア博士と付き合ってるっていう話もあるんだよ?!その上ルチアまでリタを好きになっちゃうなんて!こんなの…こんなの何かの力が働いてるとしか考えられないよ!!」


「………」


ルチアは驚いた顔のまま、沈黙の中固まった。

No.454 12/03/13 23:53
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして私の勢いは早くもそこで止まった。同時に頭から熱い空気が抜けていくような感覚を味わう。するとそれと入れ替わりで、何か罪悪感のようなものがこみ上げてきた。

やっぱり勢いに任せてまずいことを言ってしまったかもしれない。もしかしたらルチアを傷つけてしまったかもしれない。そんな心配が頭を駆け巡った。

しかし。


「アンジェ、それってつまり…皆、今の私と同じっていうことなのかな?」


ルチアは寧ろ純粋にその事に興味を持った様子で、また私に疑問を投げかけてきた。まるで生徒が先生に質問するようなニュアンスだった。


「え、う…うん…そうね。」
「アンジェも、リタさんのことを好きになったんだね。それ、やっぱり理由ははっきりしないのかな?」


だから私は逆に少し動揺した。そして迷った。これ以上この話題を話してもいいものなのだろうか。でも結局言葉は勝手に口から滑り出していくのだった。


「うーん私はね…ずっと前、私が故郷の村で生きていけなくなった時リタが助けてくれたから。あ、いや思えば出会ったその時からもう好きになってた気も…?でも一目惚れとはちょっと違うと思う。


ただ単純に優しかったから、なのかな。」


「優しかった…。」


ルチアは噛みしめるように私の言葉を繰り返した。

No.455 12/03/16 00:04
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして少し何かを考えるように沈黙した後、こう切り出した。

「ねえ、アンジェ。やっぱり私…ちょっと可笑しい気がする。」
「え?」
「私、本当にリタさんとあまり話したことないの。毎日見てはいるけど、アンジェみたいに間近で向き合って話した事なんてないし…。」
「でも、いつもこの研究室に来るときリタと一緒だったじゃない。その時とか話さないの?」

ルチアは首を横に振った。

「よく分からないけど、何だか話すのが怖くて。リタさんも何も言わないから、私も何も言えなくて。」
「…そうなんだ?」
「うん。だから私………自分がなんでリタさんを『好き』になるのかよく分からない。」


そしていつものようにぼんやりと宙を眺める。特にそこには何もないのに、何かを見つめているようだった。


「でもきっと。アンジェが言うように、私はリタさんのことが『好き』なんだと思う。」
「…ルチア…」
「うまく説明できないけど、何だかずっと昔からリタさんを知っているような感じがする。もちろんそんな記憶はあるはずもないけど、とても不思議な感じ……、」


するとその時、ルチアははっとして私の方に向き直った。突然のことだったので、私も思わず目を丸くする。

「ど、どうしたの?」

No.456 12/03/16 23:48
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「アンジェ、さっきルチアさんもリタさんのことが『好き』って言ってた?」
「う、うん。まあ付き合ってる噂があるっていうだけけど…私から見れば2人は仲が良さそうだなって。」

私がそう言うと、

「……そうなの。」
「ルチア?」

ルチアは何か納得したように呟く。
そしてこんなことを言った。


「きっと、それが理由だったんだ。
私はルチアさんのクローンだから。」


私はその言葉の意味が一瞬分からなかったけど、分かった時思わず「あ…」と声が出た。その時、ルチアがふっと溜め息を付いたように見えた。

「私、ルチアさんと完璧に同じ物として作られたって聞いた。だからルチアさんが『好き』なら私も『好き』になっても可笑しくないよね。」
「ルチア、またそんな事言って…」
「ううん。もしかしたら、ルチアさんの『好き』という感覚がそのまま私にも流れ込んできたのかも。」
「?…それってどういうこと?」

私が怪訝な表情をすると、ルチアは胸にそっと手を当てる。

「私の中にははっきりとしてないけどリタさんの記憶がある。だけどそれは私の記憶じゃなくて、ルチアさんの記憶なんじゃないかなって思って。」
「え?でも…いくら博士の細胞から作られたって言っても、その記憶まで引き継げるわけが…」
「きっとね。その『さいぼう』が覚えてたんだよ。」
「――そんな。」


そんなことが有り得るのだろうか。
私は言葉を失った。

No.457 12/03/18 23:41
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

有り得るのか、有り得ないのか。結局考えてみても、私にはそんなこと分からなかった。まだ解明されていない事があるのかもしれないし、単に私が知らないだけかもしれない。とにかく、次に何を言えばいいか分からなくなって私はそのまま下を向いて黙り込んでしまった。

しかし、
しばらくしてルチアはこう言った。


「けど私、それでもいい。」
「…え?」

私は思わず視線をルチアに戻す。


「私、この気持ちが私のものじゃなくてもいいって思えたの。だって、アンジェが教えてくれた。…私が、今私としてここにいることに変わりはないって。」


そこでルチアは私を見てにこりと微笑んだ。

「自分は自分だ、って教えてくれたよね。だから私の中にある気持ちも、今は私の物であっていいと思ったの。それがたとえ、前のルチアさんの物だったとしても。」
「……、」

あまり記憶が残っていなかったけど、確かに前そんなことを言ったような気がした。

「アンジェ、これっていけない事じゃないよね…?」

ルチアの言っていることは何だか難しかったけど、何となく言いたいことは伝わってきた。その意味が分かると、私の頬は自然と緩んだ。

No.458 12/03/19 23:33
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「いけないことなんかじゃない。」

私は隣のルチアの肩にぽんと手を置く。

「ルチアがリタを好きなら、それはルチアの気持ちだよ。たとえ同じ存在を意味していたとしても、あなたはルチア博士じゃないんだから。私はあんまり繋げて考えない方がいいと思うな。要するに、今ルチアはリタのことが心配なんでしょ?」
「…うん。」

ルチアは小さく頷く。やっぱり多少恥ずかしさがあるのか、若干目をそらしているようにも見える。私は自然と、そんなルチアの背中を押してあげたいと思った。

「だったら素直に思い切り心配しちゃおうよ。今日好きだって分かったんだから、何も難しいことは考えないでさ。リタは今何してるんだろうとか、早く帰ってこないかな…なんて悶々とするの。」
「も、もんもん?」
「そう。それでね、もしその日帰ってきたら、飛び切りの笑顔でお疲れ様!って言ってあげるんだよ。」
「…でも私、リタさんと話せるかな。」
「なんだ、そんなこと心配してたの?あはは、大丈夫だよ。突然襲ってきたりしないし。」
「それは…そうだと思うけどっ。」


ルチアがまたちょっぴり不安そうにし始めたけど、恐らく彼女の中でもう『答え』は決まっている。あと足りないのは『勇気』だけだと、私は確信した。

No.459 12/03/20 23:40
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「大丈夫大丈夫。きっと話せるよ。晴れて話せるようになったら……ふふっ!」
「な、何笑ってるの?」
「ああ、でもこれを考えるのはまだ早いかな?」
「アンジェ、どういうこと?」
「んー」

私は意味のない声でもったいぶる。ルチアがそれから何度か同じ質問しても、同じ様にもったいぶった。すると、ルチアは頬を膨らませてこちらを睨む。まあ実を言うとそこまで隠すほどのことでもなかったので、その時点で答えを教えることにしたのだった。

「あはは、ごめんごめんそんなに睨まないで。」
「………。」
「いやさ。話せるようになったら――思い切って告白しちゃえばいいんじゃないかなって思ったんだけど。」
「こくはく?」
「そう。ルチア自身の口から、自分の想いをリタに伝えるって事だよ。」


ルチアはそれを聞くと、予想通りまたこくりと俯く。その上少し赤面していたから、可愛らしいことこの上なかった。


「こくはくしたら、どうなるのかな。」
「まあそれはやってみなきゃ分からないけどさ。けどきっといつか出来るよ!………あ~でもこれって説得力無い。リタと普通に話せる私でも未だに出来てないし…。」


そこで私は今更のように気が付く。


そういえば私も恋の真っ最中だったじゃないか。そうすると、ルチアは言わば恋敵ということになる。それに博士の分も合わせると、私達は綺麗な四角関係になるのだった。

No.460 12/03/23 18:32
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

…とは言ったものの、やっぱり無理な話なのかもしれない。こんな子供の想いを受け入れてもらえるなんてことは想像も出来ない。

でも、その事は今まで何度も自答自答を繰り返した。結果、考えても考えてもきりがなく、いつも答えがないまま終わるだけだった。

だから私は考え疲れていたのだ。もう、考えたくない。思えばそんな逃避心からだったのだろうか。


「じゃあルチア。私と競争しない?」
「えっ?」
「どっちが先にリタに告白できるか、私と競争してみない?」


私はそんなことを口走っていた。


「む、無理だよそんなの……アンジェが勝つに決まってるじゃない。」
「分からないよ。だって私は今までずっと出来てないもの。」
「けど、しようと思えば出来るんじゃないの?」
「それは、そうだけど。」


リタを想う気持ちは確かにある。それを伝えるチャンスだってある。けれどどうしてなのだろうか。やっぱり反応が怖いから、なのだろうか。

「それで、ルチア。この勝負受ける?受けない?」
「そんな…私、困るよ…。」
「私はどっちでもいいよ。でもさ、これってお互いのためになるんじゃない?もしかしてきっかけになるかも。」


「何のきっかけ?」
「勇気を出すきっかけ、だよ。」

No.461 12/03/24 23:35
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「勇気…」
「うん、私達勇気が足りないんだよ。よく分からないけど、きっと勇気があるば――私達、もっと強くなれる気がする。

自分でどうにか出来ることが、勇気がないせいでどうにか出来ないまま終わっちゃったら悔しいじゃない?…って、今まさにそうなりそうだけどさ。」

私は苦笑いを浮かべる。それでも、ルチアはじっと私の話を聞いていた。

「だから私は今こういうことを提案してるんだよ。私は強くなりたい…後悔したくないから。ルチアは、どう?」
「………。」

私の問い掛けに対して、ルチアは沈黙した。床を見つめて何かを考え込んでいるようにも見える。だからそれを邪魔しないように、私も口を閉じた。

そうしていると、やがて短い返答が聞こえた。



「私も、強くなりたい。」


小さい声だったけど、ルチアははっきりとそう言った。


「っていうことは…受けるんだね?」

私が静かに確認すると、今度は力強く頷いた。

「アンジェの言う通り、私も後悔したくない。それに私、もっと自分に自信を持ちたいから。」
「――そっか。」


自信を持ちたいというのは、やっぱりルチア博士の事を気にしての事なのだろうか。そう思ったけど、その辺はもう余計な詮索はしないことにした。

No.462 12/03/28 23:46
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「じゃあ、決まり!」

私はなんとなく気持ちが引き締まる気がして自分の両手をパンッと合わせた。

「アンジェと競争、だね。」
「うん。まずは気持ちの整理をつけるとこから始めないと。これはきっと互角になるね。」
「そうかな…」
「そうだよ。」


それから私達は互いに正面から顔を見合わせる。そして、笑った。



「――頑張ろうね。ルチア。」
「うん、私…頑張る。」



こうして、今日ルチアと私は同じスタートラインに立った。



しかしこの時、私は夢にも思っていなかった。


この競争が決着がつかないまま終わってしまうことなど――








この日は1年に数回の雨だった。雨は貴重な水だ。あの汚い赤に染まった海が蒸発したものでも、きちんと浄化すればちゃんとした飲み水になる。だから、雨が降るのはとても喜ぶべき事なのだ。

なのに。今日の朝はやけに、雨のザーザーと降る音がうっとうしく感じられた。



「――え、何…?」



今、私は研究室でリタと向かい合っている。いつものように朝一番にここに来たばっかりだったから他の研究員は誰もいない。

更に、私はまだ電気もつけていなかった。研究室は薄暗く、大きな窓から見える灰色の空はきっとそこに私達のシルエットを映し出していた。


その中で、リタは重々しくこう言った。



「しばらく、『ルチア』はここに来れなくなった。」

No.463 12/03/29 23:24
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

リタの言った事は一瞬で理解できた。『ルチア』とは博士ではなく、私のたった1人の友達の方だ。

「…どうして?だってルチアの遺伝子を使うプロジェクトはまだでしょう?」
「ああ…だが、」

その時、私は背筋に何かぞくりとしたものを感じた。同時に強い胸騒ぎを感じて、思わずリタの白衣を両手でぎゅっと掴んでいた。

「ねえ、ルチアに何かあったの?ルチアは今どこにいるの?!」

私はヒステリックになって叫ぶ。でもリタはとても冷静な様子で、私の両肩をやんわりと押し返した。


「落ち着くんだ。」


そういさめられて、私はそれだけで何も言えなくなった。そしてリタの真っ直ぐな澄んだ瞳が、私に突き刺さる。


「よく聞くんだ。彼女はルチア博士の研究室の『カプセル』で眠っている。だが、昨夜から原因不明の身体細胞バランスの不調をきたしている。」
「それって、」
「大丈夫だ。命に別状はない。」
「…本当?」
「ただ、酷く不安定な状態だ。下手に動かすと1部の細胞の損壊を起こしかねない。原因が分からないから少なくとも1ヶ月は『カプセル』で様子を見なければならないだろう。…場合によっては、もっと長く。」

「…そんな…」


私は呆然とする。つい昨日までは普通に話せていたのに。それは本当に唐突の事だった。けれど命に別状はないという事だけでも、私はほっとした。

No.464 12/03/30 23:40
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「じゃあリタ。私、ルチアのお見舞いに行ってもいいかな…?」

私は恐る恐る聞く。経験はないけど、何となくこういう時は断られるのが殆どだと思っていたからだ。しかしリタはゆっくりと頷いた。


「ああ。好きな時に行ってくるといい。」


それを聞いて私は目を丸くした。

「いいの?」
「いいに決まっている。君の気持ちを考えれば。」
「毎日、会ってもいい?」
「…ああ。」


その時、私は何だかちょっぴり泣きそうになる。よっぽどルチアの事が心配なのだと改めて自覚させられた。


「ありがと、リタ。」
「しかし今の時間は入れない。後で私が案内しよう。『カプセル』周辺の機器に触れないよう、十分に注意してほしい。」
「分かった…」
「それとアンジェ。君に今日話しておくべき事がもう1つある――連日の会議で決まった事項、だ。」
「え?」


会議。恐らくリタとルチア博士と、マルコーの間で決まった事だろう。それはこれからの私達の方針を決める重要な事だ。そう思い出して私は口を閉じ、静かにリタの言葉を待った。

No.465 12/04/02 23:15
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「アンジェ、よく聞いてほしい。2日後に、オメガの臨床的な試験が開始されることになった。」
「臨床的って?」
「…ヒトを使った試験、という事だ。」
「!」


私は思わず息を呑んだ。


「オメガを……ヒトに使う。そっか…ついに、そこまで来たんだね。」
「そうだな。」

それは私達にとって大きな1歩だ。この時のために私達は毎日オメガの地道な実験を繰り返してきたのだ。その努力がやっと実ろうとしている。

でもリタはどこか浮かない様子で、窓の方に目配せした。

「ルチア博士の動物実験での遺伝子組み替え技術に、マルコー氏の導入法でオメガを触媒的に組み合わせる。そうすることで、ヒトの体で遺伝子崩壊等の害を与えることなく遺伝子組み替えを行う事が出来る……これが、今の計算らしい。」
「これが成功したら、もう私達が地球で生きる手段を確保したも同然だね。」
「…そううまくいくといいが。」


その表情は固い。やっぱりヒトの体を扱うことに、緊張を感じずにはいられないのだろうか。まあ今までの実験に関わってきた私としても、不安な気持ちがある事は確かだった。

「とにかく、臨床試験に備えて私達も色々と準備が必要になるだろう。そこで…1つ、アンジェに協力して欲しいことがある。」
「……何?」

No.466 12/04/03 23:27
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「念の為の事だ。しかし、これは断ってくれても構わない。」
「言い出しておいてなあに?私が出来ることなら何でも手伝うよ。それくらいしか、私のやる事って無いんだし。」
「内容を聞いてから決めて欲しい。」
「……聞かせて。」





そしてその雨の日から、数日が経った。
あれから毎日、私は必ず1回はルチアに会いに行く。ルチア博士の研究室の奥の奥の部屋。そこは薄暗く、そこら中にひしめいている装置の光が明かりになっているような所だ。赤や緑など、色は様々だ。

そして、大きな円筒形の水槽が部屋の中心に置かれている。リタが『カプセル』と言っていた代物だ。部屋の明かりになっている装置は、全部それに繋がっているようだった。中はオメガで満たされていて――ルチアはそこでいつも眠っている。

勿論今日もだ。


「…ルチア、おはよ。今日は調子どう?」


返事が返ってくるはずもないけど、私はいつもこうやってルチアに話しかけている。もしかしたらこの声で目を覚ましてくれるかもしれない、なんて希望を持ちながら。

「今日ね、また臨床試験に参加する人が増えたの。だから少し忙しくなって、来るのが遅くなっちゃった。」


私は『カプセル』の手前に無造作に置いてあったパイプ椅子にそっと座った。

No.467 12/04/04 23:21
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「ねぇ、ルチア。」


尚も、私はルチアに話しかける。今日は少し知らせることがあってここに来たのだ。

「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ。その…まず、何て言ったらいいか分からないんだけど。」


その時は本当に何と言ったらいいか分からなかった。いや、どこから話していいか分からないと言った所だろうか。話というのは、あの雨の日のリタの頼みの事だ。


私はあの頼みを引き受けた。
そして先日、それは実行された。


「この間ね。……私の中にルチアのオメガ遺伝子を『保存』したんだ。」


――もしルチアが聞いたら、言っている意味が分からないって言うだろうなと勝手に思った。


「やり方はよく分からないけど、ルチアの血を使ってた。ほら、ルチア毎日注射してたじゃない?その時のだよ。

私の体の一部分の細胞に、ルチアの細胞の遺伝子を移したの。…凄いよね。リタ、そんなことも出来ちゃうなんて。遺伝子を保存するのには、私を『器』にするのが一番安全だって言ってた。

これは本当に考えたくないことだけど。ルチアが……このまま目を覚まさなかった時のためのものなんだって。」


私は、目を伏せた。

No.468 12/04/06 23:26
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「でもね、私が今言いたかったのはそのことじゃないの。

ルチア。いつか一緒に話したよね。……細胞はその人の記憶を宿すのかってこと。ルチアは、リタの事を好きになったのは、自分が博士の記憶を宿した細胞から出来ているからだって言ってたじゃない?

私は正直、最初はそんなの信じなかった。理論的に考えたって有り得なかった。それに何より、私はそれがルチア自身の意志だと信じたかった。


けど私、ルチアの遺伝子を受け取ってから……何かを感じるようになったんだ。


何て言うんだろう?本当に何もない時に、感情みたいなものが流れ込んでくるんだよ。訳もなく…切なくてたまらなくなるときがあるの。何が切ないのかは全然分からなくて。リタがすぐ近くにいる時でさえも、そうなる時があるんだよ。


それで私思ったんだ
ああ、これは私の感情じゃないなって。


だから、もしかしてあの時ルチアの言っていたことはあながち間違ってなかったんじゃないかって……思っちゃったんだ。」


――それで私が言いたいことは、何だっただろう?


私はこうやってルチアの感情を否定したかったわけじゃない。逆にその存在を肯定したかったはずだ。


そう思って、私は顔を上げた。

No.469 12/04/07 22:58
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「だからきっと。私が感じてるのは――あなたの感情だと思う。ルチア、私今あなたが分かるの。


それで1番に感じるのは、
『寂しい』ということ。」


そう、胸が締め付けられるほどに。寂しくて、不安で。涙が出そうになる。これがルチア自身の気持ちだと、私は感じたのだ。


「…どうして?」


今まで、自分から寂しいなんてルチアが口にしたことはなかった。それどころか、彼女はいつだって朗らかに微笑んでいた。

それなのに。


「こんなに苦しい気持ちで一杯だったなんて。」


気が付いたら、私の頬に暖かいものが伝っていた。そして喉から嗚咽がこみ上げてくる。また、ルチアの感情が蘇ってきたのかもしれない。

私はゆっくりと立ち上がって、
『カプセル』の表面にすがった。


「っ…大丈夫だよ…私はここにいるから…リタだって。ちゃんとルチアのこと、見てる。前に言ってた…必ず守るって。だから心配する事なんてないんだよ……。

ねぇ、ルチア。
どうしてなの……」



しばらくの間、私の嗚咽と低い機械音だけがこの空間を支配した。ルチアから答えが返ってくるはずもなく、

私はただそこで泣いた。

No.470 12/04/09 23:36
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「………。」

ようやく気持ちが収まってきた時、私はふと部屋の隅に置いてある小さな木の机の存在に気付いた。この機械的な部屋には似合わない、可愛らしいデザインの机だ。

その上に何か置いてあるようだ。私は考え無しにそこに近づいてみた。


薄い暗闇の中に机が浮かんでいる。
その上に置いてあったのは、絵本だった。


(これ…)


間違い無い。ルチアがいつも読んでいた、あの絵本だ。


表紙は厚い皮で出来ている、珍しいタイプの絵本だ。童話に出てくるような神秘的な絵が印刷されていて、その上に金の文字で題名が記されていた。


「『光の妖精の話』?…」


私は本を手にとって、パラパラとページをめくってみる。どうやら両親を亡くして1人ぼっちになった主人公の女の子が、どこからともなく現れた光の妖精に出会うという話のようだった。

女の子は絶望の縁でずっと人と会うのを拒んで自分の部屋にこもっていたのだが、毎日現れる光の妖精と話していくことによって少しずつ現実に希望を見いだしていく。

そして最終的には女の子は外の世界に踏み出す。しかしその日から光の妖精は二度と現れることはなかった――という所で、話は終わるようだった。


「ルチア…毎日こんな話を読んでたんだ。」


そう呟きながら、私は本を閉じた。

No.471 12/04/10 23:43
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ルチアは始めのこの女の子のような寂しい気持ちだったのだろうか。私は少し考えたけど、答えは見つからなかった。私は、ルチアの目が覚めたらもっと色々話を聞いてあげたいと思った。


(ルチア。――私待ってるからね。)


私は絵本を胸にぎゅっと抱いて、祈るように目を閉じるのだった。














臨床試験に入ってからは私達はいっそう忙しくなった。被験者は50人程だ。毎日ローテーション式で違う被験者にルチア博士の考案した遺伝子操作を、オメガを使いながら施していく。

その作業を行うための施設も建築されて、最近はそこでリタ、ルチア博士、そしてマルコーの研究グループが合同で作業することが多くなった。

そしてその頃、ついにオリジナルのオメガが本格的に尽き始めてきた。だから、リタの研究室でルチア博士や私の遺伝子を使って人工オメガをオリジナルに近いものに変換する作業も始まった。

どうやらオメガ遺伝子の効果というのは絶大のようで、少しの遺伝子を細胞から抽出して加えるだけでも沢山のオメガを生成することが出来た。

マイクロピペットで僅かな量のルチア博士の遺伝子を加えて、大きな水槽が満たされるくらいのオメガが完成した時は本当に驚いたものだった。


この時私は思った。
もし全身分の遺伝子を使ったら、どれだけのオメガが出来るのだろう?と。


しかしこれと全く同じ事を考えていた人物がいたことを――その頃の私は全く知らなかったのだ。

No.472 12/04/12 23:45
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そうしたのは何日間だっただろうか。とにかく長く感じられた。あの3人が同じ所に集まると、こんなにも嫌な空気になるのかと毎日驚いていた日々だった。けどそれでも、試験は1日1日順調に進んでいたのだ。


3人が、それぞれの能力を十分に発揮していたと言えた。


そのため、試験に滞りなど無かった。全ての作業がスムーズで、度々出てくる結果は大体にして期待通りのものばかりだった。計算が合いすぎて、思わず怖くなった時もあった。


そうしていき――実用化という単語が研究員の間でちらほらと出てきたのが1ヶ月くらいのことだ。『国』から早急に実用化するようにという通達が来てからだと思う。

私はそうやって何も知らないで急かす連中が気にくわなくてしょうがなかったけど、最近開かれた3人の会議で、これからの方針は実用化に本格的に乗り出していくということで固まったようだった。


でも最低限の安全性を考えて、私達は最終的な試験を行うことになったのだった。内容としては被験者を集めて人体改造を行う――今までと全く同じだ。ただ被験者の数がどっと増えるらしい。





そう、多分全体にその発表があってから3日後の事だったと思う。

No.473 12/04/13 23:36
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ある日、私は仕事が始まる前の早朝にルチアの見舞いに来ていた。ルチアは未だに目を覚ましていない。あれからずっと、何日も『カプセル』で眠っているのだ。

ルチア博士から聞いた。ルチアの体はますます不安定になっているらしい。博士は、いつ全ての細胞が分解しても可笑しくないと言っていた。


つまり、いつ死んでも可笑しくないというわけだ。

(……ルチア……。)

私は自分の胸の上に両手を乗せ、祈る。


最後まで信じていたかった。

ルチアは、きっと目を覚ます。
目を覚ましたら、私は彼女に言ってあげるつもりだ。「寂しかったね。でももう大丈夫だよ。」と。

このまま死んでしまうなんて、あまりにルチアが可愛そうだ。何の思いも伝えられないまま――1人、孤独に死んでしまうなんて。

そう思ったときだった。


プシューッ!


すぐ後ろで扉が開く音がした。
次に、


「アンジェ。」


聞き慣れた低い声が聞こえた。その後私が体ごとそちらに振り向くと。そこには、やはり見慣れた姿があった。


「リタ……。」


リタはゆっくりとこの部屋に足を踏み入れる。そして『カプセル』を見上げて言った。

「毎朝、ここに来てるのか。」

No.474 12/04/16 23:22
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「…毎朝ってわけじゃ、ないけどね。」
「そうか。」

私はリタと同じ様に『カプセル』の中のルチアを見上げる。そうすると、静かな空間がより一層静まり返ったようなような気がした。

「ねぇリタ。」
「…何だ。」
「リタは、何か知ってるの?」



するとリタは沈黙した。何のことだと聞き返しもしなければ、眉を潜める様子もない。ただ動かないで、じっと同じ所を見ていた。


「…寂しいんだ。ルチア。

ここに入れられてからずっと1人ぼっちだっていうこともあると思う。でもきっと。こうなる前からルチアは寂しかった。


私には分かる。
だって『感じる』から。


でも理由が分からないの。
どうして寂しかったのか、分からないの。リタには分かる?


……でも分かるはずないか。だってルチアはリタと話したこと無いって言ってたもん。ルチアは自分の気持ち、リタに伝えられないまま眠っちゃっもんね…。」




「ルチアは――。」


そこでリタはようやく口を開いた。けれどまたすぐに黙りこんだ。横目で見てみると、両手に拳を作っていた。



その時、私の勘が働く。



リタは何かの事情を知っている。
けれど、それは私には言えない事なのだ。



私はそう確信した。

No.475 12/04/17 23:43
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「リタ…私に言えない理由が、何かあるんだ?」

そう聞いてみるとやはり、リタはぴくりと肩を動かした。何とも分かりやすい。リタのそういう嘘を隠せないような所も私は好きだったりしたのだが、今はあまりそんな事を考えられる気分にはなれなかった。

リタは言った。


「彼女を守るため。そう言えば分かってくれるだろうか?」


「守る?」
「アンジェ。少し聞いて欲しいことがある。いい、だろうか?」
「え?…うん。」

するとリタは深い溜息を付いた。その表情はかなり疲れ切っている。見てるだけで、思わず私は不安な気持ちになった。

「リタ、何だか疲れてる?」
「…私は大丈夫だ。」
「本当に?」
「ああ。それよりも…君にはもう単刀直入に言っておかなければならない事がある。」
「どういうこと…?」




「今。この『カプセル』の中にいるルチアは、命を狙われている。」



「…?!」


瞬間的に、私の頭の中一杯に「どうして」という短い文が広がった。――思えば、この頃の私はその答えを予想もしていなかった。何も考えようとはしていなかったのだ。

「な、何で…どうして?!」
「だから私達は隠さなければならない。この、ルチアの存在を。そして私は彼女を守らなければならない――いや、守る。この命に代えてでも。」

No.476 12/04/19 23:41
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「アンジェ。今の第5研究所での試験フェーズがもうすぐ全て終わる。そしてその後すぐに最終試験をすることになった。場所は、この建物だ。」
「…リタ…?」
「これが最後の機会、しかも場所はこことなると。『何か』あるとしたら、この時しかないと思う。」

「『何か』って何のこと?まさか、

あいつ――?!」


頭の中に、ある人物の顔が瞬時にフラッシュバックする。私の中で、心当たりはその1つしかなかった。そしてどうやら、リタが言おうとしていることはそれで合っているみたいだった。リタは重々しく頷く。


「マルコー教授は――最近異常な程にオメガ遺伝子を欲している。外の方のルチアが、彼に脅迫を受けているくらいだ。」
「えっ…ルチア博士?!」

初めて聞く話に、私は目を白黒させた。 

「今私が彼女の身柄をどうにか守っているが。でももうとっくに、何が起こっても不思議じゃない状態になっている。」
「そんな、何で…あいつ一体何をするつもりなの?!」
「……理由は分からない。だが、今彼が裏で動いているのは事実だ。」
「じゃ、じゃあ…私、どうすればいい?そしたら、こっちのルチアも守らなきゃ!」

No.477 12/04/20 23:18
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「アンジェ、少し落ち着くんだ。」
「でもっ!」
「よく聞いて欲しい。」

リタはそう言いながら私の両肩を掴む。大きな手の感覚に、私は思わず息を呑んで言葉を失った。

「いいか。マルコー教授は、オメガ遺伝子を手に入れたがっている。…ということは、アンジェも危ない事になるんだ。」
「えっ……私?」


私は一瞬思考が止まる。
でもすぐに思い出した。

…すっかり忘れていた。私もオメガ遺伝子を持つ人間だったことを。そうだ、私がオメガ遺伝子を持っていたからこそ、ルチアの遺伝子を拒絶反応無しに体に保存することが出来たのではないか。

「ぁ…」

私は愕然とした。


「だから。最終試験の期間が始まったら、アンジェはしばらく身を隠していて欲しいんだ。」
「でも、隠れるところなんて――」
「この部屋は外から隠せるように出来ている。ここから出ない限り、教授に見つかることはないだろう。」
「リタは?……リタは大丈夫なの?」
「私の事は何も心配無い。アンジェとルチアが身を隠してさえいれば、君達を守ることが出来る。」
「……本当?」
「ああ。私を信じて欲しい。」

リタは力強く頷いて、私の肩から手を離す。けれど何故か、私の不安は残ったままだった。

リタがこんな風に言うとき、私はいつだって彼を信用してきたというのに。

No.478 12/04/23 00:00
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それでも、私が出来ることなんてありはしないのだ。私が外に出てマルコーを問い詰めてみる――なんて事は出来るはずもない。だったら全てをリタに任せて、ここに身を潜めている方が、リタにとっても私にとっても安全なのだろう。そう思った。


「じゃあ……私、ここでルチアと待ってる。これでいいんだよね?」
「…すまない。しばらく窮屈な思いをさせてしまうと思う。しかしこの部屋はこう見えて、ある程度の生活が出来るようになっているから安心してほしい。恐らく試験はそう長くはかからない筈だが………耐えられそうか?」
「うん、大丈夫だよ。その代わりね、約束して欲しいことがあるの。」
「?」

私はリタの瞳の奥を見つめて、言った。


「試験が終わったら――必ずここに戻ってきてね。だって、ルチアがまだ貴方に『想い』を伝えてないから。」

「…!」

リタは少し驚いた様子で目を丸くした。もしかしたら、これだけで彼に意味が伝わったのかもしれない。

そう思うと、私があの試合を放棄してしまったように思えた。でもきっとルチアの方が、今の私よりもずっと彼が必要なのだと。最近、私はそう感じ始めるようになったのだ。


「もしもね。ルチアが目を覚ました時、まず会いたいのはリタだと思う。それで、あの子に言ってあげて欲しいの…もう独りじゃないって。」
「…ルチア…。」

リタは彼女の名前を重く呟いた。

No.479 12/04/23 23:29
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「あとね、その後でいいから。私にも本当の事――ルチアの事、教えて欲しい。」
「………。」
「それだけだよ。」

リタはどこか思い詰めたような表情を浮かべていた。けど、この願いだけは譲れない。私はその場から動かず、ただリタを見つめていた。


すると、リタは言った。



「分かった。

約束する。私は、ここに戻ってくる。必ず、ルチアとアンジェを迎えに来るよ。

だからそれまで、
少し待っていてくれないか。」



彼は真剣だった。

私も真剣な眼差しを向ける。そうしているとまた少し、機会の音だけが響く時間が生じた。

その中のある時点で場の沈黙を解いたのは私の方だった。私は、ふっとリタに笑顔を見せた。


「約束だよ。リタ。」


すると、リタも微笑みを浮かべた。
それはやっぱり、初めて私の頭を撫でてくれた時と同じ微笑みだった。

同一人物だから当然かとも思ったけど、その時はまるであの時の風景まで見えてくるかのようだった。荒涼な山に吹いていた乾いた風も、辺りを寂しげに照らし出していた日の橙色も――はっきりと思い出せた。


「ああ。……約束だ。」


その影響だったのだろうか。私は無意識のうちに、リタの体にすがっていた。


私は白衣に頬を当てながら、ゆっくりと目を閉じて。


ずっとそのままでいた。

No.480 12/04/25 23:26
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして私達はその日々を迎えた。


これが最後。私達がこれまで積み上げてきたものを試す最後の機会。これが通ったらその技術は世に実現し、人はこの地球で生きながらえることが出来るようになる。

遺伝子組み替えをされても、ヒトとしての外見には全く影響を及ぼさない。けど巨大なオゾンホールから降り注ぐ有害な紫外線も、今の酸素が無いに等しい空気も問題にはならなくなる。海の赤い毒水を飲むことさえ、出来るようになるのだ。さらに長い間食事をしなくても、生きるのに必要な栄養分は体内で生成出来るようになるらしい。

まさに夢の体だ。人々がこれを得れば、本当に徐々にだけど、今の様々なテクノロジーでこの地を緑豊かだった頃に戻していけるに違いない。

そしてまた、地球は繁栄の時代を迎えるのだ。きっと今までよりずっと豊かになる。飢える人も無くなり、国同士の争いも無くなるのだろう。


皆、幸せになる。
私はそんな世界を想像した。


「夢の世界か。」


私は部屋の壁に備え付けてある仮眠用のベッドに寝転がりながら呟いた。ちらりと横の方に目を移せば、『カプセル』の中でルチアが眠っているのが見える。


「私達も見てみたいね。…ルチア。」

No.481 12/04/26 23:25
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

この試験さえ終わればいい。そうすれば、全てが解決する。


けれど、何だろう?この焦燥感は。
もう私達が求めてきた夢の世界はすぐそこにある筈なのに。


私はデジタルに時刻が表示されている時計を見上げる。今は試験が始まってから7日目。7日目の、午後2:45だ。

時計の隣のスペースには大きなモニターがある。それはまるで警備室のようにこの建物の様々な部屋を同時に映し出していた。

それぞれの映像を見ている限り、試験は着々と進んでいるように見えた。病院着を着た多くの被験者が廊下を行き交う姿や、研究員が被験者に遺伝子処理をしてる姿が伺える。そして処理が終わった被験者は、今のルチアと同じ様な『カプセル』に入れられて眠っていた。何でも組み換えた遺伝子を体内で安定させるために、しばらくオメガでの培養が必要になるらしい。

見れば、被験者が入っている『カプセル』が沢山並んだ部屋があった。本当に沢山並んでいる。確かリタが言っていた事によると、被験者は1000人らしい。これに合わせて『国』はこの研究所を大幅に増築し、スタッフも増やしたとかも聞いた。


よくそれだけの事が出来たなとも思ったけど、でも今はそんな事はどうでもよかった。

肝心なのは、最近それらの映像のどこにもあの3人の姿が見当たらなくなったという事だ。

No.482 12/04/29 22:31
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

マルコー、ルチア博士、それにリタ。カメラに映らなくなったのは一昨日辺りからだっただろうか。それからというもの、私の中での不安は日に日に強くなっているのだ。

『何か』が起こるとしたらこの時だけ。
というリタの言葉を、私は思い出した。


(『何か』って何だろう…)


そう心の中で呟いてみたけど、答えなんてもう決まっていた。マルコーがここにいる私達の命――オメガ遺伝子を狙って来るということに尽きるだろう。


けど、少し引っかかる。マルコーは、何故そんなにもオメガ遺伝子を欲しているのだろうか?

オメガ遺伝子は条件に合った有機物質をオメガに変換すること以外にその性質は分かっていない。即ち、マルコーは今大量のオメガが必要だということになるのではないだろうか?それもかなり純度が高い、オリジナルと同等のオメガを――なるべく早急に。

でも私達からオメガ遺伝子を得るチャンスなんて、今までにいくらでもあった筈だ。何故今の時期になって急に?


正直、謎だらけだった。


(もし大量のオメガを合成したら……何が出来るっていうの?)


そう思った直後、私の背中にひやっとしたものが走った。

何だかかなり嫌な予感がした。もしかしたらリタの言っていた『何か』とは、この地球全体を揺るがすほどの大きな事なのかもしれない。私はそう思った。

No.483 12/04/30 23:22
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

リタはそれを防ぐために私達をここに隠して、1人外に出て行ったのだとしたら。そう考えたところで、私は唐突にリタが言っていた言葉を思い出した。



『守る。この命に代えてでも。』




どくん、と鼓動が1つ鳴った。

やけにうるさい音だった。まるで心臓が実は頭の方に存在していたかのように。



(リタ……まさかっ?!)





そう思った時には、
私は既にその場を駆けだしていた。


向かう先はこの部屋の扉だ。比較的狭い部屋なので、10歩程走ったところですぐに扉の目の前に来ることが出来た。そして、私は扉の横に取り付けられている重たそうな大きなレバーに手を伸ばす。扉はリタが外から閉ざしたが、これを下に下げることでこちらからも扉を開ける事が出来るようになっているのだ。

しかし少し位置が高い。私は必死につま先で立ち、腕を千切れんばかりに伸ばして――やっとそれに手をかけることが出来た。試験が終わるまで、絶対に下ろしてはいけないとリタに言われたレバーだ。

でも――


「く…っ!」
……ガシャ。


私はそれを力一杯に引き下ろす。下ろしきったとき、金属音がその場に重く鳴り響いた。そこから低い電子音が聞こえた後、


ガシャン
ガシャ、ガシャ……


扉を閉ざすいくつものロックが外れていった。そして、最後の音はひときわ派手だった。


プシューーー!!!

No.484 12/05/03 23:07
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

空気が勢いよく抜けるような音を出して、その分厚い扉は横にスライドした。私はすぐに外に1歩踏み出す。

ここはルチア博士の研究室の廊下の一角だ。もう何度も来ているので、慣れた場所のはず。しかし、私は思わず立ちすくんだ。

「――…」

いつもなら、ルチア博士や研究員が行き交ったりしていて誰かの話し声や物音がするものだ。でも、今は誰もいない。誰もいないし、何の物音も…気配すら感じられない。私は何だかそれだけで怖くなった。それでも、今リタが命を奪われそうになってるかもしれないと思うと、私は居ても立ってもいられなかったのだ。

とりあえず、まず扉を閉めなければならないと思った。こっちの方からは扉から5メートル程離れた所に置いてある電子パネルに手を乗せれば、扉の操作をする事が出来る。私は急いでそこに駆けより、パネルに手を置いた。

すると、扉は先程の順序と逆の音を発しながら元の位置に戻っていく。そして完全に閉まりきった後は――成る程、ただの壁にしか見えない。これでルチアの安全は確保されたはず。私はそう確信した。

No.485 12/05/04 23:17
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして、不気味な静寂に包まれた空間を私は走った。

(リタ…ッ!!リタ、どこ?!)

勿論行き先は決まってない。とにかく手当たり次第に部屋の扉を開き、探す。そうしてルチア博士の部屋を全部あたったけど、やはり誰もいなかった。

この建物は実験棟と研究棟が連絡通路で繋がった構造になっている。確かに、あらかたの研究員は最終試験で実験棟の方に居るとも考えられるが、研究棟に誰1人残っていないというのは経験上おかしかった。

今まであった試験期間だって、研究棟には多少の人が残っていたはずだ。試験棟のアクシデントを解析し、すぐ対応できるようにという事だったと思うが。

「……っ!」

私はルチア博士の研究室を飛び出す。試験棟に向かった方がいいだろう――そう思った。人が居ないことがおかしかろうと、ここに人の気配が無い以上そっちの方がリタが居る確率が高いに決まっているからだ。

私は正面に真っ直ぐ続く白い廊下を一気に駆け抜け、突き当たりのT字路で左に曲がる。その先を行くと十字路があった。これを右に行けばリタの研究室、左に行けばマルコーの研究室。真っ直ぐ行けば試験棟に行けるはずだ。


そうして私がそこを真っ直ぐに通ろうとしたときの事だった。

No.486 12/05/06 23:54
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

ゴゥ………ン


私はそこに立ち止まった。


「……えっ?」


何故なら突然低い音と共に、辺りが薄暗くなったからだ。上を見れば、廊下に沿って羅列している蛍光灯が、今までの半分くらいの明るさになって不規則に明滅していた。まるで、どこかの廃墟にあるつきっぱなしの蛍光灯のような感じだ。


(何これ…っ)


何かの原因で電力の供給が不安定になっているのか。けれど今までこんな事はなかった。一体何が起こっているのか、私には全く理解出来なかった。異常な明滅を繰り返す蛍光灯の明かりのせいで辺りはますます不気味さを増し、私は怖くなってその場から2、3歩後ずさる。


だけど、私はそこではっと気が付いた。


(ルチア……ルチアは大丈夫なの?!)


もしこれが建物全体の停電に近い状態なのだとしたら、機械で制御されている『カプセル』はどうなっているのか。『カプセル』は――ルチアの生命維持に直結しているというのに。


「ルチア!!」


私は踵を返してまた走り出した。全力で。とにかく全力で走る。激しい胸のざわつきを振り払うように。


だから、この時私は気づくことが出来なかった。


十字路の先にあるマルコーの研究室の扉が、ロックの解除音と共に横にスライドしたのに。

No.487 12/05/08 00:11
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

私はすぐにルチア博士の研究室に戻ってきた。やはり電力の異常はこの部屋にも及んでいるようだ。辛うじて自動ドアはまだ機能しているものの、照明は廊下と同じ様になっていた。

部屋は薄暗くなっていて――と、そこで私はまた足を止めた。

入口に入ってすぐ目に入ったのはメインコンピューターのモニターだ。縦5m横8mとかなり大きい。確かさっき見た時には操作待機中の画面が映し出されていたと思う。

だが今は違ったのだ。

(?!……何?!)

今は、画面いっぱいに大きな緑色の文字が点滅していた。その文字を見て私は息を呑む。


『オメガプロジェクト始動』



「オメガプロジェクト…?」


聞いたことのない名前だ。でもその名前を聞いて、何故かとてつもなく嫌な予感がした。私はメインコンピューターのキーボードに近付き、詳細が見れるようにキーを叩く。


すると、画面がスッと切り替わった。そこには見覚えがある装置が描かれていた。


(これって――『カプセル』?)


それは『カプセル』だった。今ルチアを飲み込んでいるものと全く同じ形だ。その絵が小さく幾つも幾つも描かれているのだ。

No.488 12/05/09 23:51
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

程なくして、整列した幾つものカプセルの絵は小さな画面に収縮し、そのすぐ横に別の画面が出現した。それはカメラの映像のようで、画面にはある部屋が映し出されていた。

「!」

私は目を見開く。ついさっき、私はその部屋をルチアの部屋から見ていたのだ。恐らく試験棟のどこかだろう、沢山の『カプセル』が並んでいる部屋だ。『カプセル』の中にはもちろん被験者が入っている。まだ1000人には達していないと思うが、映像を見ている限り少なくとも400人くらいはいそうだった。


そうして私が呆然としている間に、また画面は動く。気付けば、1つ1つのカプセルの絵から何か細い線が伸びていた。やがてそれらは収束し、1本の太い線を形成する。

その線はどこかに伸びていくようだった。それを目で追っていくと――


「えっ…」


太い線は、1つの『カプセル』へと繋がった。ひときわ大きく描かれた『カプセル』の絵に。そして、その出来上がった図の上に文字がぱっと表示される。



『接続完了』




私は大きな『カプセル』の絵というのが何を表しているか一瞬で予測がついて――頭から足へ、血がさぁっと落ちていくような感覚に襲われた。

No.489 12/05/10 23:37
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

それと殆ど同時に私は駆け出した。ルチアの元へ。 何が起こるかなんてまだ分からない。それでも、焦らずにはいられなかった。

「……ルチアっ!」


メインルームの脇にひっそりとある廊下へ、そしてあの扉を開く装置の元へ。息が切れ切れになりながらも、私は何とかそこに辿り着いた。

もう私の目の前にはパネルがある。後はパネルに手の平を乗せるだけだ。問題は、この装置が作動するかどうかだけ。電力が遮断されてないのを祈ることしか、私には出来なかった。



(お願い、動いて…!!)


そして
私は意を決して、手をパネルに押し付けた。


しかし――


ザ、ザザ、
「え?!」


パネルの雑音に私は反射的に眉根を寄せる。どうやら電源は生きてるが、電力が十分でないようだった。微妙に手を認識しようとしているが、扉のロックは解除されない。

「そんな…っ!」

試しにもう1度同じ様に手を乗せてみたが、同じに駄目だった。

「お願いだから動いて!…動いてよ!!」

バン……バン!

何度も何度も、画面が壊れるくらいに押し付けても変化は見られなかった。それでも私は何度も何度も、同じ事を試す。


「このままじゃルチアが、」

ザザザ!ザ!



お終いに、私はこう叫んでいた。


「ルチアが、……死んじゃうよおおぉーー!!」







……コツ。


バンッ!!!
ピーーーッ

No.490 12/05/13 23:19
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

その高く鋭い音に私は息を呑んだ。これはパネルの認識音だ。力任せに叩いた右手がじんと熱を帯びて痛む。


プシューーー!
ガシャン、ガシャン

すると後ろの方であの扉が開いていく音が聞こえた。私は何だか信じられないような気持ちになってまだパネルの上の手を見つめていた。


…馬鹿。こんなことをしている場合じゃない。一刻も早くルチアに会いに行くべきだ。今すぐにでも振り返って部屋に駆け込むべきだ。


そう思ったけど、
実を言うと私には1つ気になったことがあったのだ。


それは私が思い切りパネルに手を叩きつけてから認識音が響く前のことだったような気がする。もう1つ真後ろで音が聞こえたのだ。丁度誰かの足音のような――



足音?



ぱっと後ろを振り返ってみると
すごく近くに、いた。
今にもぶつかってしまいそうなくらい。


薄暗くてよく見えないけど、多分白衣を着た大人の男性だと思う。私はその人を見上げた。


一瞬リタかとも思ったけど、違った。でも何だか見覚えのある顔だ。その人は眼鏡の奥にある目玉で、ぎょろりと私を見下ろした。まるで獲物の鼠を追い詰めた蛇のような目に、私はぞくりとする。




「……!!!!」


私はその瞬間に気付いたのだった。

No.491 12/05/14 23:17
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

――お知らせ――

こんばんは。ARISです。いつも本作品を読んでくださり有り難うございます。お陰様で40000hitも越え、嬉しい限りです。


なのですが、最近精神状態があまりよくないので今日から一週間ほどお休みを頂きたいと思います。更新がまばらになっている上申し訳ありませんが、ご了承下さると嬉しいです。



再開は5/21の夜となりますので、何卒よろしくお願い致します。<(_ _)>



ARISでした

No.492 12/05/21 23:33
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

バヅン!!!

「ぁっ!!」

突然目の前で閃光がほとばしった。瞬間、私の全身がビクンと強張る。私はその時何が起こったのか分からなかった。


分からないまま、意識は乱暴に闇に放り込まれた。




あの瞬間は忘れもしない。
今思えば、彼にスタンガンを当てられたのだと思う。

年はリタより少し年上。きちんと整った赤毛、眼鏡、白衣。それはまるでどこかの名医のような身なり。けれど、眼光はあんなにも威圧的だ。

そう、私はいつも遠くから彼を見ていた。あんなに近くで見たのは初めてだったけれど。でも、あれは間違いなくマルコーだった。



してやられた――
床に崩れ落ちた私は無意識の中でそう思うのだった。











頭の中がじんじんしている。
全身が全く動かない。

「………ぅ」

そんな中で私はうっすらと目を開けた。あれからどうなったのだろう。気が付くと、私はどこかの床に転がっていた。

(ここは…?)

まだ視界がぼやけていて景色がよく見えない。どこか薄暗い所だということしか分からなかった。


「ん…、」


私はもっと周りをよく見ようと、起き上がろうとした。しかしやけに動きづらく、中々上半身が起こせない。特に両手が思うように動かない――

「…?!」

私はまさかと思って、ぎこちなく背中の方に首を回してみる。すると案の定、両手はコードのようなもので後ろに縛られていた。

No.493 12/05/22 23:31
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

(やだっ!)

何とか縄抜けできないか手首を捻ったりしてみたけれど無理だった。腕に力がうまく入らない上、コードは結構きつく結ばれている。仕方ないので、私はとにかく起き上がることだけを考えることにした。

私は両膝を畳みながら背中を丸め、それから思い切り横腹に力を入れる。

「ぅ……ん!」

ゆっくりと。足の使い方も工夫して。
そうして、やっと上半身だけ起こすことができた。

「はぁ!」

普段力を入れることのない腹筋を使ったせいか、何だか異常に体力が消耗したような気がする。私はしばらく肩を上下させる事しかできなかった。

その間ずっと、辺りに響いている低い機械音が私の耳に入ってきていた。やけに大きい音だ。「何の機械だろう?」と思った所で私ははっとした。何故なら、その音は聞いたことがあったからだ。



私は音のする方――すぐ後ろを恐る恐る振り返った。


すると、


「!!」


私は思わず息を呑んだ。
真後ろには『カプセル』があったのだ。こうして床に座りながら見るとかなり大きく見える。そしてその中には、


「…ルチア!!」


彼女が中で眠っていた。今までと何ら変わらずに。

それからはっきりとした意識で辺りを見回してみると。ここは私がさっき必死になって開けた扉の先、即ちルチアの部屋であることが分かった。

No.494 12/05/24 23:32
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

(よかった…ルチア、まだ生きてる…)


私は少しだけ安心する。でも、さっきから胸の中で張り詰めている緊張感は全く解けなかった。

見れば、この部屋の扉はもう閉ざされているようだ。扉の脇にレバーがあるが、両手が使えない上に位置が高いので、私の手で引く事は無理だ。つまり、私はここに閉じこめられたことになるのだ。

そう自覚したとき、私は背筋にひんやりとした恐怖感を感じずにはいられなかった。


(何か、起こる……?)



そう思った時だった。


ピーーーー
「!!――」


予感は的中した。


ウィーーーン……
「…?!何?!」


私は思わずそう口に出した。今何が起こっているのかというと、部屋の壁の上半分がゆっくりとせり上がっていっているのだ。この円筒形部屋の壁全体でそうなっているので、私は半分パニック状態になって辺りを見回す。

せり上がった壁の向こうには、ガラス張りがあった。その中に数人の白衣の研究員が見える。正直驚いた。ここには、この部屋を囲むようにしてもう1つの部屋があったのだ。

そこにいる大半の研究員達は、椅子に座って私達の方に目を向けていた。ここからでは見えないけど、多分向こうにはコンピューターの様なものもあるのだろう。下を向いて何やら操作している者もいた。

しかしその中で、1人だけ立っている人物がいる。私はその人物に真っ直ぐ目を向けた。

No.495 12/05/26 00:06
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「マルコー…!」

私はぎりっと奥歯を噛み締める。そこにいたのは思った通りの人物だった。でもよく見ると、その後ろにもう1つ人影があるようだった。

そこに目を凝らしてみて、私はまた驚いた。

「?、ルチア博士?!」

そこにあったのは博士の姿だった。何か悲しそうな顔をして俯いている。博士もマルコーに捕まったのだろうか?

その時私は思った。きっと博士がマルコーに私達のことを話したのだろうと。脅されたか、自分から話したのかは分からないけど。

しかしマルコーがいて博士までここにいるとなると、一体リタはどうなったというのだろう?


「……博士!!これは、どうなっているんですか?!リタは今どこにいるっていうんですか?!」


私はそう呼びかけてみる。向こう側に声が届くとは思っていなかったけど、呼びかけた直後、博士はますます顔を曇らせて私から目をそらした。どうやら、声は届いたようだった。

さらに、

『……ごめんなさい。』


上から博士の声が聞こえた。スピーカーを通した声のせいなのか、とてもぼそりとした声に聞こえた。

「博士?!」
『……どうやら、たった今時が満ちたようだ。』
「っ!」

私は再度博士に呼びかけたが、それを遮るようにして上からマルコーの声が降ってきた。

No.496 12/05/27 23:25
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「あんた、何をしたの。」

私は敵意を込めて低い声で言う。

『………』
「答えなさいよ!!何をしたの?!研究所の電力は?カプセルの被験者や、ルチアは?!もし完全に研究所の電力が無くなったらシステムを制御出来なくなって全員死んでしまう所だったのよ!」
『…やれやれ、この期に及んでまだそんなことを言っているとは。リタの助手にしては頭が悪い。』
「何ですって…っ!」

マルコーは完全に人を馬鹿にしたような口調だった。私の腹の中で怒りが煮えたぎる。

『君は先程あれを見たじゃないか。それでも、理解が出来ないか。』
「何を!」


マルコーはにぃ、と口を細い三日月の形にし、そして地の底から這い出るような不気味な声でその名を口にした。


『オメガプロジェクト。』
「!、…」


私は瞬時に思い出す。ルチア博士のメインルームで見た、あの映像を。覚えているのは試験棟の部屋に羅列しているカプセルだ。

『殆どの電力は、こっちに回させてもらった…それだけのこと。少しカプセルの数が足りなそうだが、問題はない。それにやっとオメガの源であるルチア・ミスティを見つけたのだ。この計画を今遂行する他は、ないのだよ。』
「…どういうことよ…」

その時、

ヴゥゥゥ……ン!
「?!」

大きな振動音で、私は反射的に後ろに振り向いた。

No.497 12/05/28 23:55
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

そして振り向いた私の目に、異様な光景が映った。

(え…?!)

ルチアが入ったカプセルが――いや、カプセルの中のオメガが光を放っていたのだ。その眩しさに私は少し目を細める。その透明感のあるエメラルドグリーンの光は、気付けばこの部屋全体を包み込んでいた。

そしてルチアは、光の中心となっている。。

「ルチア………ルチア?!」

私は何も出来ないと分かっていても、そこによたよたとなりながら駆け寄った。

『オメガ遺伝子、そしてオメガとなる材料は十分ここにある。オメガに馴染ませた肉体は膨大なオメガを生み出し、星の血液の循環を作り出す。今こそ私はこの星を統括する者としての第一歩を踏み出すことが出来るのだよ。』
「これ、どうなってるの…?!ルチア!ねえ起きて!目を覚ましてよ!!」

私はもはやマルコーを見ずに、ただ必死に呼びかけた。手で何も出来ないのがとてももどかしい。しかしルチアは目を覚まさない。ずっと、目を閉じたまま…眠っている!

そうしていると、この部屋の天井近くのモニターに映像が映った。あれは、試験棟の様子だ。さっきも見た大量のカプセルが…暗闇の中で皆、ここと同じ様に光っている。まさか、あれらが材料だとでも言いたいのだろうか。



『全ての生命をオメガへと返し、世界に救済を。その暁には……私はこの地球の神となる。』


そして。


ヴヴヴ…ゴポゴポゴポ……!!!
「?!――」


その後目の前で起こったことに。私は自分自身の目を疑った。

ゴポ…ゴポゴポ!

オメガが激しく沸騰したかと思うと
やがてルチアの体が。


ゴポゴポゴポゴポ!!


下の方から
体が、溶けていっている。

「……ひっ」

足首まで溶けて。膝まで溶けて。
手も指先から溶けてきて。
赤い血が混じって。
それさえもオメガの色に染まって。


ルチアが、
消えていく。


「い……いやああああああぁ!!」

No.498 12/05/31 00:20
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

「止めて!止めてよ!!何なのこれ…?!うわああぁぁぁぁ!!!」

その想像もしなかった光景に、私は絶叫した。叫びでそれが止まるものなら、いくらでも叫べた。けれど私の叫びは無意味に虚空に消えていくだけで、ルチアの体はその間にどんどん溶けて無くなっていった。


「ああああ、あぁぁ……っ!!!」


それでも喉が枯れるほど叫んだら、やがて涙が溢れてきた。涙はゆっくりと私の頬を伝い、ぽたりと床に落ちた。


「どうして……ルチア。だってあなた…まだリタに想いを伝えてないじゃない。」



どくん。



私の中で鼓動が鳴り響く。
これはあの感じだ――即時にそう思った。

私の中に埋め込んだルチアのオメガ遺伝子が『呼応』している。声にならないもう1つの叫びが、私の中で響いている。それはぐるぐると渦巻く感情となって私の全身を駆け巡っていく。




『悲しい。』



『寂しい。』



…『会いたい。』




ああ、やっぱりそうなんだ。


私はぎゅっと下唇を噛み締める。きっと、この止めどなく溢れる涙はルチアのものなんだ。ルチアはずっと待っていたのに。目を覚まして、リタと会えるその日をずっと待っていたのに。

「リタ………」

せめて、彼が最後の時までそばにいてくれたら。


「リタ…ねぇどこにいるの…迎えに来てあげてよ……ルチアを…だって、まもるっていってたじゃない……約束、したじゃない…」


私はその場にがくりと膝をつく。そして、止まらない涙を流しながら、ルチアが消えていく姿を見ていた。もう、手足は殆ど原型を留めていない。


(そっか……もう、駄目なんだ。)


私は絶望する。多分この後、私も同じ様に消されるんだろうなと思った。


それで、全部終わり。


結局、私の人生に意味なんて無かった。最後まで何も出来なくて。自分の想いを伝えることさえ出来なくて、そのまま終わる。その事が、ただただ虚しかった。








しかしそれは終わりではなかった。




全ては、ここからが始まりだった。
本当の終わりへの、始まり。



その終わりがどんなものなのかはまだ私には分からないが。



そう、この瞬間
刻は満ちたのだ。








――To be Continued――

No.499 12/05/31 21:54
鬼澤ARIS ( 20代 ♀ yhoUh )

――あとがき――


地獄に咲く花~The road to OMEGA~(中編)

皆さん今晩は。ARISです。
何とか終盤近くまで来たかな?と思ったらスレが埋まりそうになってましたね。(^^;)…あれ、500レスでいいんですよね?取り敢えず一旦切ることにしました。

中編ということなのですが、かなりマイペースのスローペースで書きました。ここまで付き合って下さった方々には感謝してもしきれません。(_ _)

色々な無駄話を書いたり、かと思えばさらっと書かなきゃいけない話を飛ばしたり。自分何でこんな風に書いたんだろう?ということが珍しくありませんでしたね。(^^;)特にキャラ設定があまりうまくできていなかったので、自分としてはそこが大きな反省点となりました。

そして後編に関してですが、後編とはっきり言い切るからには、これで終わらせたいと思います。当初『The road to OMEGA』を立てたとき、これが後編!と思っていたのですが…見事に終わりませんでしたorz今度こそ、と意気込んでいるところです。

取り敢えず、全ての謎を明らかにしたいと思います。敷きすぎた複線を拾うのは大変でしょうが……努力します。(切実)

後は、いつも通り好き勝手に書いて行くと思うのですが、1つ付け加えるとするなら、この作品を通して私が何を皆さんに伝えることが出来るのか、これからじっくり考えながら書いていければと思っています。


相変わらずスローペースになるとおもうのですが、それでもお付き合い下さるという方は、これからもどうぞ『地獄に咲く花』を宜しくお願い致します。<(_ _)>


今回は『The road to OMEGA』を読んで下さり誠に有り難うございました✨


―――


※続編スレッドを立てましたので、続きはこちらからどうぞ。


地獄に咲く花~I'll love you forever~
http://mikle.jp/thread/1800698/

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