先生…‼
中学3年の4月🌸
新しいクラス、新しい教室、新しい教科書…。義務教育最後の年といえ、やはり学年のスタートは新鮮な気持ちになった。
そして、新しい先生。
ほとんどの先生方が昨年度の持ち上がりの中で1人、新しい先生が教科担任に加わった。
理科の高田先生。
初めて高田先生が教室に入ってきた瞬間、何とも言えない衝撃が走った…!!
私のリアルな経験を、のんびり綴っていきます。
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映画館は薄暗く(当たり前だけど)、2人並んで座るとドキドキした。車に乗っている時より近いし、油断したら手が触れてしまいそうだ。
『パールハーバー』は、第二次世界大戦を舞台にした友情×ラブストーリーで、幸いなことに私でも理解できる内容だった。ラストは涙があふれた。
ただ…
2時間以上、浴衣で椅子に座り続けるのは疲れた。帯が気になって安心してもたれられないし、膝をピッタリつけてないと裾は乱れるし… 軽い筋トレになっただろう。
先生と思わず手がアッ… なんてことも起こらなかった。残念!
映画館を出た私達は、映画の感想を話ながら高田カーを停めてある駐車場に向かった。
「最後、自ら死を選ぶことは無かったのにね…」
「でもな… 俺があの立場なら、同じ事考えるだろうな。」
映画の余韻を残しながら、イイ感じで花火大会の会場へ向かって車は進んだ。日は西に傾き、街には浴衣姿の人々が溢れていた。
「何か食いたい物あるか?」
「うーん、帯が苦しいからいっぱいは食べられない。(笑)」
飲食店はどこもいっぱいで、結局、花火大会の会場から距離のある漫画喫茶に入った。当時はまだネットカフェという言葉ば存在していませーん。
マン喫で食事を済ませた後、私達は花火大会の会場まで歩いて向かった。距離は3キロくらいあった。
あたりは夕闇に包まれ、花火大会に向かう人々で溢れ、遠くからは時折『ドドン!』と号砲が聞こえてきた。雰囲気は最高である。
私と高田先生は、河原の遊歩道を歩いた。何の話をしたか覚えていないほど興奮していたが、キャアキャア笑いながら、3キロの道のりもあっという間に感じるほどだった。
…幸せ…!!
まわりはカップルも多い。私達も、そんなカップルと何ら変わりなく見えたはずだろう。
しかし、多少の緊張感は消えなかった。と言うのも、この花火大会には、中学校の同級生もたくさん来ているはずである。『あっ、高田先生と安藤カナ!?』なんて目撃されてもおかしくない。
かなりスリリングなデートだった。
やがて花火鑑賞エリアに着き、私達は土手の上から敷物が敷けそうな場所を探した。人でいっぱいだが、2人分のスペースならすぐに見つけることができた。
「あそこにしよう。」
先生が指を指した場所は、土手のすぐ下。階段は近くに見あたらないので、斜面を下りなくてはいけない。
下駄で下草ボーボーの斜面を駆け下りるのは至難の技だ。
躊躇しながら一歩を踏み出した時、先生が
「大丈夫か?ほら。」
と手を差し出した。
照れながら、その手につかまる私。 だが、浴衣に下駄では思った以上に動きにくく、私はよろめいた拍子に高田先生の腕に体重を預けるようにしがみついてしまった。
「あっ…!!」
「おっと…」
ここで勢いで体に抱きつくくらいのことができたらカワイイのに、私からすぐにふり解いてしまった。
恋愛初心者は、何をするにもいちいち勇気がいる。
2人でゴザに腰をおろし、空を見上げた。夕暮れの明るさをほんの少し残して、空は確実に夜に近づいていた。
熱を帯びた夏の夜空の下で、私の体も熱くなっていった。
二年前の夏の花火大会で、私は高田先生の彼女になりたいと願った。胸が破裂しそうなほどつのる高田先生への想いを、花火と重ねながら見ていた。
…それが今、現実になろうとしている…
高田先生とは、ギリギリ触れるか触れないかの距離。今の2人の心と同じ。ギリギリ寄り添う気持ちが、あと一歩の所で足踏みしていた。
ヒュゥゥゥーー…
ドォォーーーン!!
花火大会の開始を告げる、一発目の花火が打ち上がった。
「きれーーい!!。」
「すげぇ迫力やなあ!」
目の前で打ち上がる花火は、真上から降り注いでくるようで、私も高田先生も歓声を上げた。
次から次へと、大輪の花が夜空を彩る。
時間が経つのを忘れてしまう。
しばらく花火をみていたら…
高田先生が、私の腰に腕をまわし…
ギュウっと抱き寄せてきた。
私はそのまま、高田先生にもたれかかるようにして夜空を見上げていた。
高田先生は今度は私の肩に手を回し、優しく撫でてくれた。
…大好きな人にこうして体に触れられるって、こんなに幸せなんだ…!
私は高田先生の肩に頭をもたげて、うっとりしていた。
花火はどんどん上がっていく。
夢のような時間が過ぎていった。
しばらくその姿勢でいたが、クライマックスの超大型の花火がドッカンドッカン上がる頃には、2人とも体を離して興奮しながら手を叩いていた気がする(笑)
「もう、『きれい』とか『すごい』なんてもんじゃないけど、それしかでてこないよね!」
「そうだなー。俺も子供の頃から見てるけど、いつ見ても感動するな。」
こうして、感動を共有しているのも素敵だった。
やがて最後の花火が打ち上がり、大会は終了した。人々は次々と立ち上がり、荷物をまとめはじめた。私が立って浴衣の裾を直している間に、先生はゴザをたたんでくれた。
大勢の人の波に流されるように、私達は帰路を進んだ。行きと違い、一気に人が動くため、はぐれそうになった。
私と高田先生は互いにぶつかるほど近づいて歩いていたが、手と手がぶつかった瞬間、先生が私の手をつかんだ。
それでもまだ恥ずかしさをふりきれない私は、なかなかギュッと力を入れられない。
駅の方へ人が流れていく中で、私達だけ大通りを外れて細道に入り車に向かっていた。人通りが少なくなってくる頃には、繋いでいる手の指と指がからまるようになっていた。
生まれて初めて、好きな人と手を繋いだ。
高田先生の車に乗り、私の家へ向かった。道はそれほど混んではおらず、車はスイスイと進んだ。
…もっと高田先生と一緒にいたいけれど、この調子ではけっこう早く着いちゃうなー
なんて少々残念に思いながらも、先生の横顔を見てはいちいち胸をキュンキュンさせていた。
やはり、車を運転する姿って、特別カッコいい。
以前、恋愛経験豊富なみーちゃんから、『ドライブの間、手を繋ぐのオススメだよ』とアドバイスをもらった。憧れたが、高田カーはMT車でしょっちゅうシフトレバーをかき回す為、これまた手を繋ぐのは難しく残念だった。
そのかわり、先生の『はいっ』の合図に合わせ、私がギアチェンジをして楽しんだ。(もちろん私も運転免許はMT車可である)
先生のクラッチを踏むタイミングを見て、そのうち合図はいらなくなった。すると今度は、シフトレバーに置いている私の手の上に先生は自分の手を重ねて運転しはじめた。
…温かい。
先生の手の温かさは、本当に心地よい。
ふと時計を見ると、
『10:23』をさしていた。
「あ、私の誕生日。」
さりげなく、自分の誕生日を教えた。
それから10分ほどして、自宅に着いた。
「先生、ありがとう。映画も花火もすごく楽しかった!」
車を降りるのが惜しい。せめて、次の約束があれば嬉しいけれど…。
「おう。楽しかったな。」
先生は笑顔で手を降った。私もそれに応えて手を振ってから車を降りた。
私は玄関の前で、高田カーが見えなくなるまで見つめていた。
…先生、大好き。
私は、先生に撫でられた左肩を、自分の右手でそっと触れた。まだ、先生の手の感覚が残っていた。
「ただいまー!」
「お帰りー。 あんた、ひとりで浴衣着れたの?」
「うん、なかなか上手いでしょ?」
母とは、いつもと変わらない会話を心がけた。『友達と行く』としか言ってない。
浴衣を脱ぎ、お風呂に入り、布団に入る頃には11時半をすぎていた。
ケータイを見ると、メール受信ランプが点滅していた。
すぐに高田先生からだと確信し、メールを開けた。
『今日の花火は楽しかったな。今度、海水浴に行かないか?』
今日は何度、幸せな気持ちになれるのだろう!!
…海で泳ぐって、当然水着だよね!? やだ、恥ずかしい!! 脚太いの隠せないし。
誘いは嬉しくて仕方ないのだが、なかなか勇気がいる。
しばらく悩んだけれど、一緒に海デートしたい気持ちが勝った。
『うん、行きたい!連れてって!!』
すぐに返事が来た。
『了解。考えておくよ。おやすみ。』
…くうぅ~っ、幸せすぎーっ!!
私は叫びたくなるのをかみ殺し、枕に顔をうずめた。
嬉しさと興奮で眠気はぶっ飛び、高田先生からのメールを何度も読み返し、繋いだ手の感触を思い出し、目を閉じた。
翌日、さっそく水着を買いにいくことにした。
翌日、さっそく私は駅前のデパートへ水着を買いに行った。
脚の太さをカバーできる水着なんて、あるわけない。思い切ってビキニを試着すると、ウエストの肉はショーツに乗っかり、お尻の肉は醜くはみ出した。
せめてと思い、ヒラヒラの腰に巻くタイプのパレオをつけてみた。太股から下の太さが際立った。
2時間ほとアレコレ試着して、キャミソール+ミニスカートタイプの水着に決めた。脚の太いのは諦めた。とりあえず尻肉のはみ出しはカバーできていた。
…脚は太いけれど、私はまだ19歳のピチピチの肌!38歳から見たら綺麗にうつるだろう。
持ち前のポジティブ思考で、開き直った。
その日の夜、高田先生からメールが来た。
『8月14日はどうだ?』
『大丈夫!空いてるよ。』
『よし決まり。場所は◆◆湾の海水浴場に行こう!』
『わーい、楽しみ!』
今夜もしばらく眠れないだろう。
…ちょっと待てよ。◆◆湾って、日帰りできるのか?
隣の隣の県にある◆◆湾は、高速道路を使っても車で3時間から4時間はかかるだろう。往復で六時間以上。なかなか厳しいプランだ。
…まさか… お泊まり… なわけはないよね?
とりあえず翌朝、父に聞いてみた。
「ねぇ父さん、今度サークルの先輩が『みんなで海行こう』って誘ってくれたんだけど、行き先聞いたら◆◆湾だって。すごく遠いよね?」
父は仕事であちこち飛び回っているので、こういう質問には的確なアンサーが期待できた。
「ああ、三時間か四時間。下手したらそれ以上だぞ。泊まりか?」
やはり父も私と同じ事を考えていた。
「泊まりとは聞いてないけど… とりあえず14日でお盆の最中だから、かなり大変だよね。」
「そうだな。何でそんな遠くにしたんだ?近くの○○浜でじゅうぶんだろ。」
「決めたの私じゃないから…。」
「だよな。その先輩に○○浜って提案したらどうだ。」
「そうしてみるよ。」
私は部屋にもどり、高田先生にメールを送った。
『先生、◆◆湾ってとても遠いよね?そんなに遠くまで連れて行ってくれるの?』
先生がどういうつもりなのか知りたかった。
…『泊まりで』なんてきたらどうしよう!!
間もなく返信がきた。
『間違えた。◇◇湾だ。』
◇◇湾は、父の勧めた○○浜のある海だ。このあたりの人は、たいてい近場のこの浜へ行く。
◆◆湾と◇◇湾。ひらがなにすると、一文字違い。
本当に、ただの打ち間違いor変換ミスらしい。
…あーびっくりした。
そのまま海デートについてのやりとりが続いた。
『お前の家に8時ごろ迎えに行くから。時間に余裕持って行くぞ。』
近場と言っても、ここは海から離れている内陸の為、かなりの距離がある。
『分かった。2時間くらいで着くかな?』
『そうだな。昼前に着けるぞ。』
『お昼はあっちで食べるんだね。またラーメン?(笑)』
『ラーメンもいいけど、お前の手料理が食いたい。』
…イャアァアァァ~ッ!!
体の中からくすぐられるような感覚で思わず小躍りした。
『うん、頑張ってお弁当作るよ。』
『楽しみにしてるよ(^-^)』
どんどん、私を『彼女』扱いしていく高田先生。きっとこれは… 信じていいよね?
14日まであと一週間以上ある。ダイエットを決意した。
そこで、食事の量を減らした。炭水化物抜き。これはさほどつらく無かったが、うちは必ずお菓子が常備してある家だった。ごはんを減らした分、ついついお菓子に手が伸びてしまった。 両親が甘い物やスナック菓子大好き人間なので、目の前で食べられると、なかなか意志を貫けなかった。
弱っ…
…どうせ一週間ガマンしたところで、脚が細くなるとは思えないし。
そんな諦めがあったから、我慢が続くはずなかった。
そして海デート前日。
…なんで一週間ガマンしなかったんだろう。たとえ一週間でも、頑張れば少しは変わったかもしれないのに…
自称アホカナ。
とりあえず、気を取り直してスーパーへ向かった。明日はいよいよお弁当!初めての手料理、がんばらなきゃ!!
作る予定のおかずと材料が書かれたメモを片手に、食品売り場をうろうろした。
…こんなふうに、愛する人に食べてもらう料理を考えたり作ったりできるの、幸せだぁ。
高田先生に手料理なんて、夢のよう。妻になった気分だった。
その日は明日の朝に備えて早く布団に入ったが、嬉しくてなかなか寝付けなかった。
海パン姿の先生の背中に抱きついたり、あらわになった胸にもたれてみたり、妄想に忙しかった。
そして海デート当日。朝6時から起きてお弁当作りを開始した。
エビフライ、イカリングフライ、タコさんウインナー、卵焼き、おにぎりは梅と鮭と昆布。野菜が足りないのでレタスとプチトマトも使って彩りよくレジャー用お弁当箱に詰めた。 あっさりしたおかずが欲しくて、チンゲンサイのしょうがじょうゆのおひたしも作ってタッパーに入れ、梨も切って皮をむいた。
こうして文章にしてみると、なかなか良い出来に見えるのだが、実際はイマイチだった。
エビフライはくるんと丸まってちっこいし、タコさんは脚を8本忠実に作ったものだから、炒め中に細い脚から順に取れていった。
卵焼きは傷まないようによく火を通さなきゃと思い、焼きすぎてボソボソになった。
…おいしそうに見えないな。
料理なんて普段やってないから、段取りも悪く、時間はどんどん迫る。キッチンは激しく散らかり、揚げ物後の後片付けを母に頼んで行くことになってしまった。
お茶くらいコンビニで買えばいいのに、一生懸命で頭が回らなかったのだろう。家にある一番大きい水筒に麦茶をいっぱい用意した。
レジャー用の弁当箱に大きい水筒、おひたしと梨を入れたクーラーバック、そして水着にバスタオルに普段のバッグ。
…なんちゅう大荷物だよ。
両肩にかけ、両手に持ち、肝っ玉母ちゃんのような出で立ちで私は玄関を出た。
高田先生に家の前で待っていてもらうのは気が引けたので、家から200mほど離れた所で待っていてもらった。
「遅くなってごめんなさ~い!!」
約束の時間から20分近くもオーバーしていた。
「お前なぁ~遅刻だぞ。」
「お弁当に手間取っちゃって…ごめんなさい。」
肝っ玉母ちゃん風の私が遠くから歩いてくるので、高田先生はかなり面白かったらしい。
先生は笑いながら私から荷物を受け取ると、トランクに入れた。
「よし、出発だ!」
高田カーは勢いよく発進した。私はシートに座った途端、ドッと疲れが出た。
…はぁー。なんで私はこうなんだろ。お弁当はあまりキレイじゃないし、遅刻だし。
高田先生に会うときは、いつも空回りしている気がした。高田先生のことは大好きだけど、先生の助手席はいつまでたってもソワソワ落ち着かないことが多い。いや、大好きだから緊張したり気取ったりして、いちいち疲れる。
カーステからは、宇多田ヒカルのアルバム「Distance」が流れていた。
『近づきたいよ
君の理想に
大人しくなれない
can you keep a seclet? 』
私の大好きな『can you keep a seclet』だ。
…先生の理想って、どんな女性なんだろう?こんな、はちゃけた子どもみたいな私、女としてみてくれているのかな? 空回りばかりで、スマートに振る舞えない自分が嫌になった。『大人しくなれない』そうだね。もう少し、落ち着いた女性になりたい。 けど… 今の私は程遠い。
自分の思いと重なり、思わず熱唱した。私の気持ちが先生に届くように。
「ねぇ先生、今度カラオケ行こうよ。」
ドキドキしたけど、さりげなく誘った。
「俺、歌は苦手なんだよ…」
あっさり却下された。残念!
海水浴場までは、予定どおり2時間ほどで着いた。ここの湾はリアス式海岸で小さな入り江がいくつもある。なので、小さな海水浴場が点在している感じだ。
私たちは、更衣室とシャワーがあるだけの、さほど混んでいない小さな浜に決めた。
車を停めて外に出ると、潮の香りが漂っていた。
「うわー、海来たねぇ!!」
「天気もいいし、気持ちいいなぁー。 よし、荷物運ぶぞ。」
先生はトランクを空けると、お弁当やパラソル、ゴザなどを次々出した。
物品の運搬なら日頃の演劇サークルで慣れている。しかも足が大きい私に履けるミュールなど無く、歩きやすいサンダルを履いていたので、砂浜も苦労なく歩けた。
「重いの持ってぇ~」
とか甘えたらカワイイかもしれないが、キャラがそれを許さなかった。
さすがに重いものは先生が持ってくれたが、2人でガッツリ荷物を持ち、砂浜をザクザクすすんだ。
荷物を下ろし、ゴザ&パラソル設営を終えると、先生が言った。
「水着に着替えて来いよ。」
先生はすでに海パンにTシャツなので、上を脱ぐだけの格好だ。
「はい。行ってきます。」
更衣室に入る。
汗ばんだ体で水着を着るのは大変だった。どう整えても、はみ出し気味の肉と歩く度に揺れる太股はどうにもならない。
…今さらどうにもならない!行くぞ!!
意を決して更衣室を出た。パラソルの下の高田先生のもとへ向かう。
先生は、すでに上半身裸で、こちらに背中を向けて座っていた。
中学生の時、黒板に字を書く高田先生の背中を、何度見つめたことか。
その背中が、あらわになってそこにある。
「お待たせしました~。」
後ろから声をかけると、先生は振り返りながら立ち上がった。
アツい夏がキター!!!!!
上半身裸の高田先生を、直視できずに目をそらした。そして同時に、水着姿を見られていることも恥ずかしくて、私はゴザにストンと座ると肩からバスタオルをかけた。
…やばい。ドキドキしすぎて、先生と何をしたらいいのか分からない。
すると、先生が
「日焼け止め、塗ったか?」
と聞いてきた。
…あっ、日焼け止め持ってくるの忘れた!!
買って机の上に置いたまま忘れてきたことを今思い出した。
「おいおい、日焼け止め持ってこないって、お前っ…」
先生は呆れて笑った。結局、日焼け止めは先生に借りて、体に塗った。
「先生は塗ったの?」
「あと背中だけ。塗ってくれ。」
そう言って、私に背中を向けた。
…うそーっ、見るだけで精一杯なのに、素手で塗るんですかー!?キャーッ!!
「オッケー!」
動揺に気付かれないように、明るくサラッと返事をした。私は手のひらに日焼け止めクリームを取ると、思い切って、先生の背中にペタッと手のひらを当てた。
ぬりぬりぬり…
…うわぁ、先生の背中って広い…
少しザラザラして引き締まった先生の背中に、男を感じてドキドキした。
「はい、できたよ。」
バチン!!
「いってぇー!! コノヤロー、お前も背中出せ。」
「いいよ。自分で塗る!」
「塗れてないだろ(笑)。いいのかそのままで。」
「う…っ」
「ハハハ。早く背中出せ。」
私は大人しく先生に背中を向けた。
先生の手が、私の肩、首すじ、背中となでていく。ものすごくくすぐったい。キャミソールの肩紐をひょいと上げて、そこにも塗ってくれた。
何事もないかのように大人しくしているのが精一杯だった。 いつまでもぬりぬりしていて欲しかった。
「はい、完了!」
バチン!!
「いったぁ!!」
仕返しを忘れない高田先生も大好き。
日焼け止めを塗り合ったことで、緊張感がほぐれた。すると今度は、急に眠気がやってきた。
夜中に寝る前に最後に時計を見たのは1時。6時には起きてそれからバタバタ動いていたから、寝不足と疲れがやってきたのだ。
ふわぁ~
あくびがでた。
「お前、眠いのか!?」
笑いながら高田先生が聞いていた。
「うん。だって…」
私は事実を話した。
「そうか、朝早くがんばったんだもんな。少し寝てもいいぞ。」
…先生の隣で寝るなんて!? そっ、そんな!!
ためらったが、本当に眠かったのでこのまま海に入ったら溺れる自信があった。
私はゴロンと横になると、腰から下にバスタオルをかけた。やはり、太脚は隠したい。
… …
5分ほど経過。
先生は隣に座ったまま動かない。
… …
「眠れないよ」
私はガバッと起き上がった。めちゃくちゃ眠いのにこのシチュエーションで安眠できるほど、神経太くはないようだ。
「やっぱり泳ごう!」
「忙しいヤツやなぁ」
先生も立ち上がる。
2人でフロートに空気を入れ、2人で担いで海に入った。
「キャーッ!! 冷たい!」
「気持ちいいなぁ~!!」
私は子どものようにはしゃいだ。先生も楽しそうにしていた。
「先生、それ~!」
先生めがけて水をかけた。
「こいつ!やったな~」
「イヤーっ!!」
やり返してくる先生。
…あぁ、夢にまで見た恋人同士の海での水のかけ合いっこ!
ベタな展開にテンションは上がりっぱなしだった。そのうち、先生とつかみ合いになり、沈め合いに。もう、互いの素肌にふれ合うことにためらいはなくなっていた。
私はひどい近視で、コンタクトレンズが手放せない。当時は今ほど使い捨てレンズが流行っておらず経済的ではなかったので、私はハードレンズを使用していた。
着用したまま海に入って、流されたらウン万円がパーになり何も見えなくなる。
仕方ないので、大学の体育の授業で使っていた度入りのゴーグルをつけた。しかもレンズは濃いグレー。かわいいブルーのチェックの水着にはあまりにもミスマッチだったが、このハズし具合が高田先生のツボにはまったらしい。
「お前、なんだそれ!!」
「教員たるもの、いつ何時目の前で生徒が溺れるが分からない。そんな時いちいちコンタクトレンズ気にしてられないでしょ。外れたら足元すら見えないし。」
大学の授業では、こう習った。
「これつけてないと、先生溺れても助けられないでしょ。」
「そうだな。お前が溺れるなよ。」
「溺れたらどうしよう。」
「しゃーねーで助けてやるよ。」
『しゃーねーで』=
『仕方ないから』
高田先生の口癖だ。仕方ないとかいってるくせに、それが本心だと思うと、私はこの『しゃーねーで』が好きだった。素直に言えない高田先生も、かなりシャイな性格だ。
私たちは、フロートに捕まり沖まで泳ぐことにした。
高田先生持参のフロートは、2人が横に並んでビート板のように使えるような形と大きさだった。私達は両腕をのばしてつかまり、首から上だけをフロートに乗せ、体は海の中。パーマン×2人のような格好で進んでいた。
「足が付かなくなってきたね。」
「ああ。まだ少ししか進んでないのにな。」
私達は進のを止めて、波に乗ってプカプカ浮いていることにした。
私はゴーグルをつけた顔で海の中を覗いた。海底は私の足のはるか下にあり、小さな魚がたくさん泳いでいるのが見えた。
「魚!魚!魚がたくさんいるよー!」
私は童心にかえってはしゃいだ。海に来るのは小学生の時に家族で来た時以来だ。
先生はゴーグルをつけていないので海中が見れない。私は何度も潜っては見える物を先生に報告した。
何度か潜り、少し休憩したくなった。フロートの上に腕組みをし、その上に頭を乗せた時だった。高田先生が突然、
「溺れるなよ」
と言って、私の肩に腕を回してきた。私は先生に包み込まれるような格好だった。
花火大会の時とは違う。素肌と素肌が直接触れ合い、高田先生の肌のぬくもりが直に感じられる。
私は先生にされるままに体を預けた。顔を先生の方に向けると、先生の顔がすぐ近くにあった。
…こんな状況じゃ目を開けてられないよ~!!
私は目を閉じた。
そのまましばらく、私達は波に揺られていた。
程なくして突然高田先生が、
「うわぉう!!」
と叫んで私から離れた。
目が点になる私。
…いい感じだったのに、何!?
先生はフロートを離して1人立ち泳ぎしながら、驚いた顔をしていた。
「どうしたの?」
「はぁーっ、びっくりした… クラゲかと思ったらお前のヒラヒラだったよ。」
どうやら、海の中で体が近づいた時に、私の水着のスカート部分が先生の脇腹か腿かどこかを『さわっ』と触れたらしい。
「なんだそれー!!」
…クラゲと間違えるか!!
私は笑いが止まらない。
「お前なぁー 本気でビビったぞ。」
高田先生も大ウケしている。
「ビビったのは私もだよ。突然私を突き飛ばすみたいにするから、私何かしたかと思ったわ~。」
2人でケラケラ笑った。
私はこっちの雰囲気のほうがいい。しっとりしたムードはドキドキするけど、なかなか慣れない。
私たちは浜に上がり、お弁当をたべることにした。
海から上がり、バスタオルで体を拭いた。
「さぁ~、メシだメシだ!腹減ったー!!」
「うん、食べよう。」
私はお弁当箱の蓋を開けた。あまり上手くできなかったから、先生の反応が心配だった。
「おー、うまそうだな。いただきまーす。」
ウインナー、エビフライ、おにぎり… 先生はパクパク口に運んだ。
見栄えはイマイチでも、味はそれほど悪くないだろう。ウインナーは焼いただけだしフライは揚げただけだから。
… … …
先生は何も言わずに食べている。
…あんまりおいしくないのかな?「どう?」って聞けないや。
先生が卵焼きを口にした時だった。
「お前… これ… 自分で食ってみたか?」
「え? 食べたよ。」
「そうか…。」
…何!? 何なの?
そりゃ確かに少しパサついて舌触りは良くないけれど。絶句するほど不味いとは思えない。
「俺、初めて食う味だ。」
「へ?」
…至って普通の卵焼きですが。
実は、この地方の卵焼きは、砂糖やみりんを入れた甘い味が主流である。しかし、うちの父の出身地方では塩味の卵焼きだそうで、それに合わせて安藤家の卵焼きは塩味が定番だった。
うちが例外だったことをこの時は知らなくて、給食やお店で食べる卵焼きが甘いのは、単に子ども向けに作ってあるからだと思っていた。
甘い卵焼きしか食べたことのなかった38歳には、かなり衝撃的で口に合わなかったようで、高田先生は「ごめん。」と言って卵焼きを一切れしか食べなかった。
高田先生が食べられない理由がよく分からなかった私はかなりショックを受け、ヤケクソ気味に卵3個を使って作った残りの卵焼きを全部食べた。
そのかわり、残りのおかずとおにぎりを、全部高田先生に渡した。
「アンカナも食えって(笑)」
「卵焼きでお腹いっぱいになったから、いらない。」
大食いの高田先生は、苦笑いしながらもお弁当を全部食べた。
…きっと、おかずも大しておいしいと思ってないんだろうな。
アホだと思いながらも、卑屈になっていった。気分を変えようと、クーラーバッグから梨のタッパーを取り出した。
「うまい!梨うまいよ!」
高田先生はムシャムシャ食べた。
「梨ヒットやなぁ~!!」
フォローのつもりだろうけど、梨は切って剥いただけですから。
そんなこんなでお弁当が終わった。片づけようとしてクーラーバッグを開けた時に見つけた。
…あ、チンゲンサイのおひたし忘れてた。
しかし、『梨ヒット』で終わっている高田先生に、今さらおひたしを出す気にはなれず、そのままバッグの蓋を閉めた。しかも、おひたしの汁がバッグの底に漏れ出していたのもチラッと見えて、さらに気分はしぼんだ。
…はぁーっ、スーパー空回りだよ。
初めての手料理は、ほろ苦い思い出となった。
…次、先生に食べてもらう時は、絶対『うまい』と言わせるぞ!
心に誓った。
それから私達は、一休みしてから再び海で泳ぎ、午後2時頃には引き揚げることにした。まだ昼のうちから帰らないと、道が混んで遅くなってしまう。
シャワーと着替え、荷物の積み込みを終え、車に乗った。
「楽しかったね。疲れたと思うけれど、帰り道もよろしくね!」
「じぇ~んじぇん疲れておりません。まだ山登れるくらいの元気はあるぞー。」
全く疲れ知らずの先生をよそに、再び眠気がやってきた私は、シートにもたれてそのままウトウト眠った。
ふと目を覚ました時には、1時間半ほど経っていた。
「あ、こんなに寝ちゃってた…。今どのあたり?」
私は窓の外を見た。
「まだ○○。なかなか進まないなー。」
お盆の真っ最中、どこの道も混んでいるようで渋滞にはまっていた。
それから2時間くらいノロノロ走行が続き、まったーりとした時間が流れていた。
CDは再び宇多田ヒカルに戻っていた。その間、先生は仕事について話した。
私は、自分からは先生の仕事のことを聞くのは避けていた。大変なのはわかっているし、たとえ先生が仕事の悩みを吐露しても私はどうしたらよいか分からない。アドバイスなどできるわけもないし、苦労を知らない私に励まされた所で先生の心が軽くなるとも思えない。
相づちをうちながら、黙って聞くだけだ。
それでも、時々
「大変なんだね。」
と共感したくなる。すると先生は、
「他人事みたいに言うなー。」
と言う。
…他人事じゃないよ。大事な、大好きな高田先生のことだもん。
私は、高田先生の心の支えになりたいと、ずっと考えていた。
でも、今の私は子供すぎて、高田先生を支える存在など程遠い。先生も、私の支えなんて求めていない気がした。
「他人事じゃないよ。そりゃ、学生の私に教師の大変さを本当に理解なんてできないけれど…。」
「そうか…。」
沈黙。
…先生は、私に何か求めているの?こうして側にいていいのかな?
車がすいーっと走るようになった頃には、夕方になっていた。自宅まではまだまだあったので、夕飯も一緒に食べることにした。
「もう少し先に、うまいラーメン屋があるんだ。」
「やっぱりラーメン?(笑)」
「嫌かー?」
「嫌じゃないです(笑)是非ともラーメンを。」
やがて一軒のラーメン屋さんに入った。海で泳いだ疲れと、ほとんど卵焼きしか食べていないせいでお腹はぺこぺこだった。
高田先生はいつも大盛り。それをあっという間に平らげる。
「速いなー!」
「教師になればお前も早食いするようになるから。」
「そうそう。先生達ってみんな速いよね。なんで?」
「のんびり食ってたら生徒が逃げる。」
…?
「給食食い終わった奴が廊下出たりするだろ。それを食い止める。」
…そんな事もあるのか。
私はゆっくりラーメンをすすっていた。
食事を終えると辺りは暗くなっていた。
「ねえ先生、順調にいけばあと1時間くらいかな。」
「まっすぐ帰れば…な。」
この時先生が何を考えていたか、私は気付いていなかった。
再び車を走らせた所で、高田先生が、
「お前、これからまだ時間大丈夫か?」
と聞いた。
「うん。大丈夫だよ。親には遅くなるって言ってあるから。」
…まだ、どこか連れて行ってくれるの!?
期待でワクワクした。
「お前、□□山の展望台行ったことあるか?」
「ない。」
□□山は、私達K大生なら知らない者はいないほど有名な近場の夜景スポットだ。下宿生の友達や彼氏がいる子は夜な夜な行っているが、私はまだ行ったことがなかった。
「行くか!□□山。」
「やったー!!」
…一度は行ってみたかった!それが大好きな高田先生と一緒だなんて。
先生はカーナビの目的地を□□山の展望台にセットした。田舎の田んぼ道を突っ切り、気づけば山道に入っていた。
くねくねのカーブ、ガタガタの舗装、常識的なスピードで走っても遊園地のアトラクション並に面白かった。
やがて展望台に着いた。しかし、お盆ということもあり、カップルや若者の集団でごった返していた。
かろうじて人の間から見えた夜景は、息をのむほど美しかった。想像以上だった。
「うわー、きれい…。」
それ以外に言葉がでない。
ただ、人が多くて見えにくいし、ギャーギャー騒がしくて、ムードがいまいちなのが残念だった。
高田先生によると、展望台ではないがもうひとつ夜景がよく見える場所があるというので、私達は場所を変えることにした。
展望台から5分くらい車を走らせた所で、先生は車を停めた。
路肩をすこし広くしてあって、車が5台ほど停められるほどの場所だった。
…『知る人ぞ知る』って感じかな。相当行き慣れてるぞ。昔の彼女と来てたのかな?
なんて考えながら、車を降りた。
が、あたりは雑木林で夜景は見えない。
「先生~、見えないよ。」
そう言って先生を振り返った拍子に何気なく空を見上げた。
そこには、満点の星空が広がっていた。多少星座や星の名前を知っている私でも、どれがどの星か分からないほどだった。
「星が… すごい…」
高田先生は、言葉を無くしている私の隣に来て優しく肩を引き寄せた。
「こんな夜景もいいだろ?」
私は無言で頷いて、うっとりと夜空を眺めた。
すると、肩を抱く先生の腕に力が入り、私の視界が遮られた。
目の前に、高田先生の顔…
…キスだ!!
私は、目を閉じた。
先生の唇が、そっと私の唇に重ねられた。
生まれて初めてのキス。
高田先生を好きになって、6度目の夏だった。
私はそのまま、初めての感触に頭の中からとろけそうになった。
唇の優しさ。
触れ合う温かさ。
抱きしめられている腕の力強さ。
…ついこの間まで、手と手を繋ぐことさえドキドキしていた高田先生と、こんなふうに、キスしているなんて!!
先生好き!!大好き!!
愛してる!!!
…
満ち足りた時間が過ぎていった。
10秒なのか、1分なのか、3分くらいなのか、どれくらいの時間が経ったのか… 先生が唇を離した。
私は、何か言うことも、先生を見つめることも、離れることもできずに、そのまま先生の胸に顔を埋めるようにして抱きついた。
先生は私を抱きしめ、何度も何度も背中を優しく撫でてくれた。
そのまま、またどのくらいの時間が経ったのか… やがて先生は体を離し、
「車に戻ろうか。」 と言った。
私は黙って頷くと、高田カーに乗った。
走り出した車のなかで、不意打ちのファーストキスに頭がしびれていた私は、何も話せず無言だった。
今思い出そうとしても、この後先生とどんな会話ややりとりがあったのか、真っ白だ。次の記憶があるのは、帰宅した自分の部屋。どんな別れ方をしかのかも、全然覚えていない。
自室で我に返ってから、私は高田先生にメールを送った。
『今日は、楽しい1日になったよ。ありがとう。私のファーストキスでした。幸せです。』
先生からも、返信が来た。
『俺も楽しかった。オプションツアーも思い出に残りそうだな。』
まだ、先生の唇の感触が残っている。お風呂で顔を洗っても、その感触は消えない。
…私も、ついに…キスしちゃった。しかも相手は高田先生。本当に、高田先生とキス…
湯船につかりながら、ひたすらキスの余韻にひたっていた。片思いが長すぎたせいか、信じられない思いでいっぱいだった。
お風呂からあがると、再び高田先生からメールが届いていた。
『次、映画見に行こう。明日行けるか?』
…会いたくて一緒にいたい気持ちは、先生も同じなんだ。
幸せすぎる。
先生は、言葉では『好き』も『付き合って』も言わない。一緒にいて分かってきたが、先生は生徒の前では熱いが、恋愛ではその真面目な固い性格が邪魔をして、甘い言葉の一つも言えないようだった。
残念ながら翌日は家族と予定があったので、翌々日に映画を見に行くことにした。
『了解!ではあさって、映画見てからおいしいもの食べに行こう。』
今度はラーメンじゃないと思った。 黙っていたが、初めてのキスは…
塩ラーメンの味でした。
そして2日後。
この頃にはバイトでお金もあり、服のレパートリーも増えていた。
高田先生の好みも把握していた。先生は、派手な服や化粧は好きじゃない。フリフリやドット柄などの女の子すぎるのも好きじゃない。
今年のバーゲンで買ったばかりの、ノースリーブの赤いカットソーに、ブーツカットの黒パンツを合わせた。カットソーの両脇はレザーの紐で編み上げのデザインで、カッコカワイイ感じ。靴はやっと探して見つけた3Lサイズの、ラインストーンの細ストラップ使いのミュール。
ジーパンにスニーカーの、垢抜けない頃のアンカナではない。
茶髪は嫌いなので、私は髪をカラーリングしたことはなかった。宇多田ヒカルの影響かもしれなかったし、高田先生も茶髪は好きじゃないはずだ。
先生と映画館前で待ち合わせして、当たり前のように手をつなぐ。
今回も、戦争が舞台の映画だった。タイトルは忘れたけれど、今回は友情や人間の愚かさがテーマだった。(ちょっと難しかったけど)
映画館を出た頃には日が暮れていた。
「今日は何食べに行くの?」
「◎◎公園のレストラン行かないか。」
「◎◎公園って、あの河川敷にできた、新しい所だよね?レストランもあるんだ!」
「俺も行ったこと無いんだ。行ってみようぜ。」
「うん!!」
高田カーは、◎◎公園にある光るタワーを目指して進んだ。
一生忘れられない夜の始まりだ。
着いた先の公園は、公園というよりレジャー施設に近い。敷地が広く、アスレチックやバーベキュー場もある。夜でも家族連れやカップルなど大勢の人で賑わっていた。
私達は、レストランに入った。水族館も併設されていて、お魚を見ながら食事ができる雰囲気抜群のレストランだった。
カウンターに並んで座り、正面の魚たちを指差して会話を弾ませながら、楽しく食事をした。
…高田先生と一緒にいると、本当に楽しい。
2日前のキスを、私は何度も思い出していた。今日も、先生とキスできることを願っていた。
レストランを出た後、先生と公園の敷地内を散歩した。所々に街灯があるだけの薄暗い遊歩道を、手を繋いでいっぱい歩いた。
「ちょっと疲れてきただろ、ベンチあるぞ。」
「うん、少し休もう。」
ヒールの高めなミュールでの散歩は、確かにちょっと疲れていた。
2人で並んでベンチに腰掛けた。座るや否や体を向け合うと、私達はきつく抱き合った。そのまま、唇を重ねた。
長い長いキス…
初めは優しく、徐々に激しく。
もう、言葉はいらなかった。私達はお互いの気持ちを確かめ合うように、むさぼるようなキスをした。
私の頭の中では、
「高田先生愛してる!!」
が爆発していた。
どのくらい経ったか…
先生は顔を離すと、体勢を直して再び私の体を抱き締めた。
「なぁ、星を見に行かないか?」
先生が耳元で囁く。
「でも、今日は曇っているよ。星見えないよ。」
「見える所があるんだよ。」
「屋外じゃない。」
「あ、分かった。プラネタリウム?」
「いや、違う。」
…?
「カラオケもあるぞ。」
…!!!!!
「えっ、もしかして…」
「嫌か?」
びっくりして体を離すと、先生はニコニコして私を見つめた。
一昨日初キスを経験したばかりで、心の準備ができていなくて、かなりビックリしてるけど…嫌じゃなかった。
私は先生の首に腕を巻き付けるようにして抱きつくと、無言で首を振るのがやっとだった。
…嫌じゃありません。
「行く?」
「うん。」
私達は立ち上がると、車に向かって歩き出した。
…ついに、ついに、私も経験するんだ。
不安と、嬉しさと、
緊張と、愛しさと…
様々な気持ちは言葉では表せず、その代わりに繋いでいる手に力を入れて、ギュッと握った。
車に乗ると、先生はすぐに高田カーを発進させた。
「まさか、お前とこういう関係になるとはな(笑)」
「本当だね。私も自分のことながらビックリするよ!」
車は、来た道とは反対方向に進んでいた。来たことのない知らない場所を走っている。
私が中学生の時、橋本先生という男性の先生がいた。歳は、高田先生より10歳ほど上だと思う。
「お前、橋本先生の奥さん知っているか?」
「顔も名前も知らないけれど、噂で聞いたことあるよ。元教え子の方なんだってね。」
「そうだよ。あの堅物の橋本先生がだよ。奥さん15歳下なんだぞ。」
「うちら18歳… 私誕生日まだだから、今は19歳差だよね。橋本先生以上だよね!」
「そうだな。ハハハ!!」
…でも、妻と彼女は違うじゃないか。
「俺の妹の旦那は、俺と同い年なんだ。」
「普通だよね。」
「でもな、俺は義理の兄にあたるだろ?歳は同じでも、俺のこと『お兄さん』って呼んでくれる。」
…ふむふむ。
「もし、俺が結婚したら、俺の奥さんのことを『お姉さん』って言うんだろう。例え、どんなに歳下でもな。」
…先生、まさか… 私とのこと、そこまで考えてくれているの?
高田先生は遊びで女の子と遊ぶ歳ではない。きっと、結婚のことを、真剣に考えているはずだ。このタイミングで話すのも、軽い気持ちで私と関係を持とうとしてるのではないと伝えたいからだろう。
私はそう捉えた。
…先生は、私との結婚まで考えている?
ついこの前まで、私のことを好きかどうかさえ疑問だったので、めちゃくちゃ嬉しい反面、思考が追い付いていかなかなった。
車は夜の街を疾走していった。
やがて、窓の外は煌びやかなネオン街に変わっていた。
先生は、目立つ大きなホテルではなく、こぢんまりとしたホテルの駐車場に迷うことなく入った。まるで、前からここに決めていたような感じだった。
…ここが、ラブホテル…
もう、会話を交わす余裕はなくなっていた。
私は車を降りた。先生は私の手をとると、ホテルのドアを開けた。そこは駐車場と部屋が直結している造りのホテルで、ドアの向こうはすぐにその世界が広がっていた。
…やだ。恥ずかしい。こんな大きなベッドに、スリガラスの奥はシャワー? 私、本当にここで、高田先生とセックスするの…!?
緊張と怖さで、うつむいた。
「怖い?」
先生は優しく抱きしめながら聞いた。
私は黙って頷いた。
「大丈夫だよ。少し座ろうか。」
2人でソファーに腰を下ろした。そのままキス。先ほどのベンチのように、体をひねり、向かい合う形で抱き合った。
優しく、長いキス。
「大丈夫?」
「うん。」
すると今度は、先生の手が服の裾から中に入ってきた。ブラをめくり、優しく私の左胸をさするその手は熱い。
くすぐったいのと、なんとも言えない初めての感覚に、私は身をよじった。
「んっ…」
喉の奥から、息とも声ともとれない音が洩れる。
…恥ずかしい!でも、嫌じゃない!!
私はうっすら目を開けて天井を見上げた。 そこにはブラックライトで光る星空が描かれてていた。
どれほど時間が経ったか、分からない。
「シャワー浴びてくる?」
「うん。」
「先に浴びて来いよ。」
私は立ち上がると、バスルームへ向かった。
…あれ? あれれ?
脱衣場って無いの?
焦った。正確には、部屋から脱衣場が丸見え。壁も目隠しも無い。そりゃこれから裸でいちゃいちゃする者が、いちいちコッソリ服を脱ぐ必要は無いわけで。
「ここで… 脱ぐの?」
…先生から丸見えじゃないか!?
「恥ずかしいか?」
「うん、ムリだよ~」
「見てないから、そこで脱げって(笑)」
結局、恥ずかしさに勝てなかった私は、バスルームの中で服を脱いだ。
先生のいる向こうの部屋とはスリガラス一枚。
…バスルームを明るくしたら見え見えじゃないか!?
私は何とかバスルームを暗くしたくて、いろいろ照明スイッチを押した。
「何やってるんだよ~」
笑っている高田先生。
結局、一番薄暗い、必要以上にムーディな照明を選んでしまった。
…ラブホって、すごい(汗)
私は頭からシャワーを浴びて、全身ゴシゴシ洗った。もちろん、肝心な所は念入りに。
バスルームにバスタオルを持ち込んでおいたおかげで、裸体で登場は免れた。
私は体にバスタオルを巻き付け、部屋に出た。
「お先です。」
「よし、俺も入る。」
先生はシャツを脱ぎ、ベルトに手をかけた。ズボンを下ろす所から、恥ずかしくて直視できなかった。
私は布団にもぐると目を瞑った。
…こんなんで、私は本当に高田先生とHできるの!?
先生が1秒でも長くシャワーを浴びてくれることを願った。
『ガチャ』
バスルームの扉が開く音がした。バスタオルのパタパタという音も聞こえた。
…あぁ すぐそこに全裸の高田先生が居るんだ。
ふとんの中で、ハーハーと息が荒くなった。興奮してるんじゃなくて、緊張で。
先生がこちらに近づき、ふとんを少しめくった。私は観念して頭だけふとんから出した。もちろん、視界に入ってくる物を慎重に選びながら。
「バスタオル取ったのか?」
コクンと頷いた。
「じゃあ、俺も。」
先生は腰に巻いていたバスタオルを取ると、ふとんの中に入ってきた。すぐ目を開けていられなくなった為、先生の上半身しか見ていない。
私はこの歳まで、エロ本、エロビデオの類を見たことが無かった。男性の下半身は、写真ですら見たことがない。子供の頃一緒にお風呂に入った時に、父親のを見たことがあるだけ。
それしか知らない。
だから、高田先生の下半身を想像しようにも脳裏に浮かぶのは父の姿なわけで…
気持ち悪くて考えられない。
緊張で固くなっている私の体を、先生がそっと抱きしめてくれた。
初めて肌で感じる、男性の体…
温かくて、固くて、脚のあたりはザラザラする。
…これが、大好きな高田先生の体!!!
私は目を瞑ったまま高田先生の胸に顔をうずめ、これから起こる全てを先生に委ねる覚悟をした。
緊張で強ばらせる私に対して、先生はどこまでも優しかった。
「大丈夫?」
「怖くない?」
「ここはどう?」
…
中学生の時、授業でずっと聞いていた声と同じ声で、先生は今は信じられないような言葉を発してくる。
高田先生の中に教師ではない大人の男を感じて、私は体が火照っていくのが分かった。
恥ずかしさから徐々に解放され、自分の中の女があらわになっていく。
…先生愛してるーーー!!!
爆発するように溢れ出す感情。何か言ったかも知れないし、何も言えなかったかもしれない。言葉になっていなかったかもしれない。
『初めてのセックスってねぇ、すっごく痛いんだって』
『膜が破れてね、血がいっぱい出るんだって』
…それが高田先生なら、私は耐えられるわ!!
私は恐怖心を抑えた。
「入れるよ…」
「うん。」
先生のが入ってくる…
でも無理!!
「あっ、待って!痛いっ!!」
…本当に痛い!! なんだこれ!!
「痛いか!?ごめん。」
痛がる私に、もっと優しくなる先生。
再び焦らず、丁寧に、優しく優しく刺激される。
「先生、大丈夫。もう一度。」
「よし、いくよ…」
ゆっくり、ゆっくり圧迫感が迫ってくる。
…今度は、さっきよりいくぶんマシ…だけどやっぱり痛ーい! ってか耐える!
「全部入ったよ。動いていい?」
私は頷いた。
気持ちいいとはほど遠いけれど、大好きな高田先生と繋がっていると思うと、幸せだった。
私は、終始目を瞑っていた。先生は途中、笑いながら「見る?」と聞いた。
…むり~!
私は首をブンブン振った。
ここまできたにもかかわらず、まだ勇気が出ない。見られるのも恥ずかしいから、照明は暗めにしてある。
目を閉じている分、肌のぬくもりや息づかい、声、手… 高田先生の全てを敏感に感じ取れた。
…なんて幸せなんだろう。
ふと、先生の動きが止まった。腕を立てて私に覆い被さるような姿勢のまま。
…先生?
うっすら目を開けると、目の前に先生の顔があった。青くて暗めの照明の中で、先生は、寂しそうな悲しそうな、何ともいえない表情をして私を見つめていた。
…先生!?どうしたの?
切なくて、胸が締め付けられそうになった。
あの一瞬の表情を、今でも鮮明に覚えている。いつも笑うか、熱く語るか、真剣に指導するイメージからはほど遠い弱々しい表情だった。
あの時の先生の気持ちを想像する余裕は、あの時は無かった。
私は再び目を閉じた。高田先生の動きは激しくなり、私は痛みを我慢するあまり険しい表情になった。
ウワサに聞くようないやらしい声を出す余裕は全くなく、心の中で
『早く終わってぇえぇ~っ』
と叫んだ。今だから分かるけれど、決してこの時の先生が長かった訳じゃない。どちらかというと、早く終わらせてくれていた。
やがて先生は私から離れ、ゴロンと横になった。
「よかったよ。すごく***た。」
恥ずかしさをごまかす為、私はクスクス笑って体を先生の方に向けた。先生も私のほうに向き直った。
「キレイだよ。」
そう言って、首筋から背中、ウエストとゆっくり指を這わせていく。
ウエストからお腹、そして乳首。指先でこちょこちょされた時、体がのけぞった。
「んっ…」
「感じるの?」
私は頷いた。自分は乳首が弱いことを、この時高田先生に教えられた。
しばらくしてから、私達はホテルを後にした。
車の中でも、余韻で頭がぼーっとしていた。鈍く残る痛みが、何度も何度もあの時の感覚を呼び覚ました。
キスをした時と同じように、この日の帰りの車のこともよく覚えていない。やはり、記憶があるのは自分の部屋で休んでいるところから。
お風呂から上がり、ベッドに入ってからも、疲れているのに目が冴えて眠れなかった。
時刻は0時を過ぎていた。
…先生、今ごろ何してるかな?先生も寝たかな?
時間が遅いから、メールは送らなかった。私は全身に残る先生の感覚をひとつひとつ思い出しながら、とても幸せな気分で目を閉じた。
先生のお盆休みは今日までで、明日から通常勤務に戻るそうだ。夏休みに先生がどんな仕事をしているか想像できなかったが、会議や出張、部活動の指導なんかで忙しいらしい。
…明日から、なかなか会えなくなるんだろうな。でも、お仕事がんばって!
仕事が大変でも、精神的に支えられる存在になりたいと願った。
夏休みも残りわずかとなった8月の下旬、高田先生からのメールで、勤務する中学校に卒業生が夜中に不法進入するという事件があったと知った。
そこで翌日から、男性の先生たちで夜間の張り込みをすることになったそうだ。
高田先生は体育館の担当になった。夜の真っ暗な体育館でたった1人、現れるかどうか分からない犯人を待つのだという。
夕方ごろ、メールが届いた。
『いったん自宅に帰ってきてた。これからまた学校にむかうよ。ヤレヤレだ。』
『ほんとにヤレヤレだね。お疲れさま。気を付けてね。』
…本当は一緒にそばについていてあげたい。
そんな気持ちをストレートに文で伝えることも、照れくさくてできない。
8時ごろ、再びメール。
『配備完了!真っ暗だぜ。』
『メールはしていて大丈夫なの?』
『ああ。バレなきゃ大丈夫だろ。』
緊急事態に備えて、全員片手に携帯電話を握りしめておく指示が出ているそうだ。
たった1人で真っ暗な体育館に身を潜める先生の姿を想像すると、切なかった。
10時ごろ、再びメール。
『疲れた、眠い、腹へった。』
…ああ!おにぎりのひとつでも持って、駆け寄ってヨシヨシしたい!!
『大変だね。まだまだかかるの?』
『まだ上からの退去命令は出てない。』
もちろん、残業手当てなど付かない。お金が全てではないけれど、大変な仕事だ。 でも、この状況で私にメールで弱音をこぼしてくれるのが嬉しかった。
今までは、『先生好き好き!』で一直線だったのが、こういう関係になってからは自然と『先生の心の支えになりたい。』に変わっていった。
…辛いことや苦しいことがあった時、どうか、私を求めてくれますように…。
夏休み最後の日曜日、私のリクエストで水族館に連れて行ってもらうことにした。
二学期が始まると、土日も部活動でゆっくり時間がとれなくなる。貴重な一日をムダにしないように、午前中から出掛けた。
魚たちを見てからレストランでランチ、港へ続く遊歩道を散歩した。
…こんなふうにゆっくりデートできるのも、しばらくお預けかぁ~
そんなことを思いながら、ペンギンコーナーへやってきた。
たくさんのペンギンが、岩の上で休んだり、水に飛び込んだり、スイスイ泳いだり、とても楽しそうにしていた。
そんな様子を、2人で並んで椅子に座り、ぼんやり見ていた。
…先生、退屈なのかな?
先生がほとんど喋らないのが気になって、ペンギンを楽しめない。
…さっきから、キレイな魚たちを見てキャアキャア歓声を上げていたの、子供っぽいと思われたのかな。
気になり出したら不安になってきた。
「先生、そろそろ行こう。」
「もう行くのか。見ていて飽きなかったのにな。」
…え、そうだったの!?
「それならもう少し見ていようよ。」
慌ててそう言った時には、すでに先生は立ち上がって歩き出そうとしていた。
…なんか、怒らせた?
慌てて先生の後を追いかけた。
そのままの流れで、私達は水族館を出た。先生が怒ったかもしれないのは思い過ごしのようで、あれからも普通だった。
水族館の駐車場を出たのは4時頃だった。まっすぐ帰れば、1時間半くらいでうちに着く。
私は、先日の先生と過ごした、ドキドキの夜を思い出していた。
…今夜も、素敵な夜になるといいな。この後、どこか連れて行ってくれるのかな?
期待は口には出せず、当たり障りない会話を続けていた。
しばらく行ったところで、先生が、
「少し早いけれど、メシにするか?」
「うん。」
時刻は5時過ぎ。お腹はすいていなかったけれど、先生の頭の中にあるこの後のプランを重視すべきと判断した。
…何を食べるのかな?
とワクワクしていたら、
「ヤマ吉でいいか?」
と聞いてきた。ヤマ吉とは、このあたりにしかないカレーライスのチェーン店。
「うん。いいよー」
とは言ったものの、ロマンチックさゼロの選択に、少々ガッカリした。かと言ってお腹すいていないから、どこか行きたい所も思いつかない。
…まぁ、カレーライスなら食べられるか。
と納得させて、2人でヤマ吉に入った。
ついさっき昼ご飯を食べた気がする中で、お皿いっぱいのカレーライスはかなりヘビーだった。にもかかわらず、先生は大盛りをペロリ。
「先生… もう… 食べられない。」
お皿に残ったご飯をスプーンでつつきながらつぶやいた。
「こら、残すな。お前、教師になったら生徒が給食ホイホイ残すの注意するんだろ。」
けっこう強い口調で叱られた。どうやら、やはりご機嫌斜め…なのかもしれなかった。
半泣きになりながら、カレーライスを完食した。
ヤマ吉を出て、再び車に乗った。
…この後は、先生何か考えているのかな?
期待とは反して、車は真っ直ぐ自宅のある方向へ向かって行く。
…先生、今日はキスもしてないよ。
だんだん不安になってきた。そして、もっと一緒にいたいと言えない自分にイライラしてきた。気づけば車内は無言である。
すると先生が、
「俺、あのカレーライスは夕食じゃない。」
と言い出した。
「えっ、まさか、まだ食べるの?」
「ああ。家帰ったら夕飯食うぞー(笑)」
「どんなお腹してるの!? と言うより、そんなに食べて、どうしてそんなにスリムなの? うらやましい~!!」
ちょっと会話は盛り上がったが、先生の夕飯発言はこの後帰宅することを意味していることに気づき、心の中でため息をついた。
「お前、人のこと羨ましいと思ってないで、努力しろよ。その太い脚を何とかしろ~」
「ひっどーい!!」
私は窓の外を見る振りをして、下唇を噛み締めた。喉の奥が震え、こぼれる涙に気付かれないようにするのが精一杯だった。
そのまま自宅へ到着。
「先生、今日もありがとう。新学期からもお仕事頑張ってね!」
「おう!」
先生の車を見送ると、ドッと疲れが出てきた。
…「その太い脚を何とかしろ」
先生はどこまで冗談で行ってるのか分からない。一番気にしている太い脚を指摘され、キスもないまま帰された。
…今日は何だったの?
その太い脚を何とかしろ
その太い脚を何とかしろ
その太い脚を何とかしろ
…
やがて、新学期が始まった。忙しいから時間のゆとりはないだろうと思い、電話は控え、メールを送った。
『今日もお仕事お疲れ様。まだまだ暑いから体調気を付けてね!』
返信はない。
『今日は大学でね、物理の講義に苦戦したよ~ もうすぐテストだから頑張るよー!!』
返信はない。
…忙しいんだよね。
煩わしいと思われたくないから、返信しなくてもいいような当たり障りない内容のメールしか送れなかった。
それでも一週間、そんな状態が続くと、さすがに寂しく辛くなった。土曜日の晩に電話をかけた。
プルルルル プルルルル…
なかなか出ない。
プルルルル ガチャ
「はい、高田です。」
「あ!先生、こんば…」
「只今電話に出ることができません。ご用件を…」
私はそのまま電話を切った。
待てども待てども、先生から折り返し電話がかかってくることはなかった。
…お風呂とか夕飯で、着信に気付いていないのかな?
胸が張り裂けそうに痛かった。
その日、夕飯を終えて、私は自分の部屋で雑誌を見たりしてくつろいでいた。
すると、一階のリビングから、
「おーい、カナ!!ちょっと降りて来い!!大変なことが起きたぞー!!」
という父の叫び声が聞こえた。
「なにー?」
階段を下りてリビングに入るや否や、信じられない光景がテレビに映し出されていた。
…ビルに飛行機が突っ込んだ!?
9.11 アメリカ同時多発テロである。
「何…これ… 事故なの?」
「分からない。いきなり速報が流れて画面が変わったんだ。」
父と2人でテレビに食いついていたら、飛行機がもう一機、ビルに突っ込んだ。
「うわーっ!!」
父と2人で叫んだ。
「えっ、えっ…!? これ、事故じゃない?なんで!?」
「何だこれ… 何で立て続けに?」
父と2人で呆然と画面を見つめていた。テレビでは、リポーターかアナウンサーかが、見たままの光景を言葉にしているだけで、詳しいことは何ひとつ伝わってこない。
お風呂から上がってきた母も、呆然としていた。
しばらく後、私は部屋に戻り、高田先生にメールを送った。
『何これ。信じられない。まるで映画でも観ているみたい…』
あえて主語を入れなかったり、『映画』という言葉を使ったり、気を引きたい度バリバリな文章である。
数分後、高田先生から返信がきた。
『ああ。信じられない。何が起こったんだ?』
まるで、今までの2週間近くの空白など無かったような感じだった。
不謹慎ながらこの時、先生からメールが来たことがめちゃくちゃ嬉しかった。
高田先生とのメールのやりとりはその日だけで、翌日も調子に乗ってメールを送ったが、やはり返信は来なかった。
大学では、相変わらず仲良しのみーちゃん、さっちゃん、岩田ちゃんに高田先生とのいろいろを相談していた。夏休み中もメールで経過報告はしていた。
「高田先生、なんでメールくれないんだろうね?カナちゃんつらいよね。」
「ちょっと、高田先生何なの?手出すだけ出してあとは無視ってひどいやん!!」
「高田先生忙しいんだろうけど、メールの返信もできないほどってワケは無いよなぁ。」
忙しい先生からメールが来ないのを寂しく思うのは、どうやら私のワガママではないようだ。誰が見ても不思議な状況だと分かり、少し安心した。
週末、私は再び高田先生に電話をかけた。
…うっとうしいと思われるかな?でも、やはり声が聞きたいよ。疲れきっていないか、心配だよ~
私は勇気を出して、通話ボタンを押した。
プルルルル プルルルル…
ガチャ
「もしもし」
…やった!出てくれた。
「先生、こんばんは。元気?」
「 ああ。なんとかな。ハハハ!」
思ったより普通だ。 私達はいつものように、他愛もない話をした。
そして、気になっていたことを聞いた。
「ねぇ先生、私からメール送ったり電話かけたりするの… あまり良くない?」
「そんなことないぞ。」
「だって… いつもメールの返信こないからさ。」
「お前なぁ… 俺が忙しい最中にメールくれても返せないって。それにお前が話したいことって、どうでもいい内容だろ?」
「うん、そうだけどさ…」
ちょっとふてくされた感じで言った。
「『そうだけどさ…』、何だ?」
意地悪っぽく口調を真似してくる。
…あぁ、先生ってこういう感覚なんだ。『どうでもいい内容』か。会えないからメールしたいとか声を聞きたいとか思わないんだ。
「もぅ、いいもん!」
「ハハハ!変なヤツ~」
…また出たよ、『変なヤツ』。
いつも、へこんだ時はおちゃらけてしまう自分が嫌だ。
でも、高田先生が私を嫌いになったとか、メールや電話をうっとうしく感じているわけではないと分かり、少し安心した。
…うちら学生では彼氏彼女とメールのやり取りは普通だけれど、大人の男の人って、きっとこういう感覚無いんだろうな。世代が違うもん。仕方無いよね。
自分に言い聞かせた。
たしかつい4~5年前までは携帯電話でのメールなんて全てカタカナだった。それが日本語入力が可能になり、最近ではなんと画面がカラーになった。2つ折れタイプが主流になりつつ、2年ほど前から着信音が単音から4和音になって驚き、今は16和音に驚愕!階名を入力して何時間もかけて着信音を作曲した。本体からはアンテナが生えていた。
今の30代後半の人とは感覚が違いますから。
それでもやはり連絡が無いのは寂しいので、一週間のうちメールは二回、電話は週末に、と自分で制限した。
それでもメールに返信があるのはごくたまに。電話がつながるのはまれだった。たいていは留守電になるか、ひどいと呼び出し音の途中で『ブツッ』と切れた。
寂しかったが、そう思う自分がワガママだと思っていた。
…先生は忙しいんだから。
…重荷になっちゃいけないから。
…うっとうしいと思われないように!
この頃の私は、誰がどう高田先生を非難しようと、
「自分の我慢が足りない」、「ワガママなのは自分」と思い込み、誰の言葉も聞こえていなかった。
細々と繋がった状態で、私の誕生日が近づいた。そんなある日、高田先生からメールが来た。
『お前の誕生日、お祝いにご馳走するよ。予定明けておけよ。』
めちゃくちゃ嬉しかった。
…ほらやっぱり!先生はちゃんと私の誕生日を覚えてくれていたし、お祝いもしてくれる!!
2ヶ月近く連絡の乏しい日々が続き、自信を失いかけていた私は、この誕生日の約束で不安はリセットされた。
普段は、メールを我慢して、電話も我慢して、返信やかけ直しは期待はせず、ひたすら先生の邪魔にならないことだけを考えていた。約束ができると、一気に喜びが爆発して、舞い上がった。私のハイ&ローの激しさに、周りは困惑していった。
一応、友達は、
「カナちゃん、良かったね。」
と言ってくれるが、冷静に見ているからこそ、
「普段ほっといて誕生日だけ誘うなんて、アンカナの気持ちを弄んでいるとしか思えん。」
とも言ってくれた。
私は、
「違うよ!高田先生は忙しいの。それなのに、誕生日の予定入れてくれたんだよ。しかも平日だよ!!めっちゃ感謝だよ~!!何が弄んでいるの?」
と言い返した。
どんどん周りが見えなくなっていった。
そして、誕生日を迎えた。
そして誕生日。
その日は、先生は仕事を早めに切り上げてくるそうで、6時半に大学まで迎えに来てくれた。
到着した高田カーの助手席に乗ると、会えなかった2ヶ月間の積もった感情が溢れてきた。
「先生、今日はありがとう!お仕事大丈夫だったの?」
「ああ。大丈夫だよ。今日はもう学校にはもどなくていい。」
夜まで一緒にいられると分かり、期待が募った。8月のあの夜のことを私は何度も思い出し、会えない寂しさを埋めてきた。
…今夜もどうか、幸せな時間を共有して下さい。
車は、おしゃれなイタリアンのお店に着いた。
「俺、ココしか知らないけれど…」
照れくさそうに言った。
「おしゃれなお店だね。私、イタリアン大好き!」
私達は並んでお店に入った。
お互いにパスタを注文し、先に出てきたセットのサラダをつついた。
「私、今日から二十歳だし、ワインとか飲んでみたい。」
ちょっと甘えてみたら、
「ダメだ。」
と叱られた。
…残念。怒られたよ。
私達は、おいしいパスタを頂きながら、これまでの空白など感じないような自然さで会話が続いた。
お店を出て、車に乗った。普段は履かないスカートに、買ったばかりの七分袖のカーディガン、全体的に秋らしいベージュ&ボルドーで合わせて少し大人っぽい雰囲気を心がけた。
…この後、どこか連れて行ってくれるかな?
時刻は7時半。
高田カーは夜の街に走り出した。
赤信号で停まっている時、先生は体をねじるように後部座席に手を伸ばし、
「はい。」
と言って小さな包みを手渡してきた。
…誕生日のプレゼント!?
「ありがとう!ねぇ、開けていい?」
「俺こういうの慣れてないんだ。選ぶの苦労したよ。気に入るかどうかボソボソ…」
照れくさそうに、視線を窓の外に向けていた。多分、プレゼントを渡すシチュエーションも悩んで、振り向いてすぐ手の届く所に置いておいたのだろう。
普段、生徒の前では、熱くて堅くて真面目な面しか見せない先生だから、本当に照れくさいんだと思った。
…ふふっ、イイ歳した大人なのに、もぅ…
私はにやけた。
プレゼントは手のひらに乗るくらいの、四角い箱だった。青い包装紙で包んであり、リボンがかけてあった。振ると、カタカタと音がした。
私はリボンをほどき、包装紙をゆっくりはがした。
「わあ…!!」
生まれて初めての男性からの誕生日プレゼントは、某有名ブランドの香水だった。
…なんて大人っぽいんだろう。
「きれいだね。嬉しい。先生、ありがとう。」
私は、香水のビンを外の明かりにかざして、キラキラ光る様子をうっとり眺めた。
私は香水は持っていない。映画と同じく、強い香りも刺激となって頭痛を引き起こすからだ。過去二回の先生との映画でも、その後の楽しさで紛れているものの、頭痛を感じていた。
…どうか、頭痛を起こさない、スッキリ系の香りでありますように。
と、いただいたばかりのプレゼントに心の中で注文をつけていた。
高田カーは夜の街を走り抜け、そのまま通り過ぎていく。
…あれ?
夜のエンターテイメントを期待していたが、車はすでに田んぼの中を走っている。
ザ・田舎道の先に見えるのは、自宅かラブホテルかのどちらかだ。うちの周りは、田園地帯に住宅が点在し、その一角にまばゆい光を放つラブホ街がある。田舎なので、ラブホ街といっても4、5件しかホテルは無いのだが。
もう少しソフトに表現したいところだが、自宅かラブホか、希望するならどちらかはハッキリしていた。
誕生日。
この後の予定は無し。
ブランドの香水。
約2ヶ月ぶりのデート。
究極の選択肢が並ぶ前で、高田先生の中では決まっていたようだ。
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