先生…‼
中学3年の4月🌸
新しいクラス、新しい教室、新しい教科書…。義務教育最後の年といえ、やはり学年のスタートは新鮮な気持ちになった。
そして、新しい先生。
ほとんどの先生方が昨年度の持ち上がりの中で1人、新しい先生が教科担任に加わった。
理科の高田先生。
初めて高田先生が教室に入ってきた瞬間、何とも言えない衝撃が走った…!!
私のリアルな経験を、のんびり綴っていきます。
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夕食を終えてそのままラブホへ直行!! っていうのは何だかイヤだけれど、そのまま自宅も寂しい。
…夜景が見たいとか、お茶を飲みながら食後のデザートとか、何かお願いしようかな。
いつも言えない自分に苛立つ。
そうこうしているうちに、高田カーはまっすぐ自宅へ向かった。 時刻はまだ8時前だった。
…だよね。なんかそんな予感してた。
キスもしていない。
手も繋いでいない。
会いたくて会いたくて2ヶ月間我慢してきて、もっと一緒にいたい、くっついていたいと願う気持ちは、またも肩透かしを食らった。
もっとストレートに言うと、キスして抱いて欲しかった。
やがて自宅前に到着した。
「それじゃあな。」
「うん、先生、今日もありがとう。」
もっと何か言いたいけれど、先生にその気がないのだ。求めれば、自分が惨めになる。
車を降りようとドアを開けた時…
私の気持ちは歯止めがきかなかった。
私は運転席を振り返って高田先生に抱きつくと、先生の視界を遮るように、半ば強引にキスをした。
まるっきり、受け身の先生。アクションは返ってこない。
…こんなの…私バカみたい。
私は自分からそっと離れた。
「何だよ。今日はずいぶん積極的だな。」
照れるでも、ノってくる感じでもない。あきれたような、乾いた言い方だった。
私は逃げるように車を降りた。そのまま、振り返ることなく玄関に向かった。
玄関まで20メートルくらいある。そこまでに、背後で高田カーが走り去る音が聞こえた。
玄関に入ろうとしたら、先月うちに来た子犬のモンちゃんが走り寄って来た。
「モンちゃんただいま。」
モンちゃんはタイツを履いた私の脚に飛びついてきた。私はしゃがんで、モンちゃんを抱きしめた。
…あぁ。タイツ台無しだ。もう履けないや。
にじむ涙は、もちろんびりびりタイツのせいではない。モンちゃんは私の腕のなかでもがいていた。
部屋でぼんやり考えていた。
…先生は私のこと、女として好きじゃないのかな?
普段の連絡の少なさ、今日の物足りなさ。
大人の人って、付き合うとキスやセックスを普通にするものだと思っていたけど、違うのかもしれない。
もちろん、キスやセックスだけが愛情表現ではないけれど、少なくとも私が先生に想うような、精神的に求めている様子は無い。
私は香水のビンを見つめた。
…どういう意味なんだろう。
本当にもう好きではないなら、高そうなブランド物の香水なんて贈らないし、誕生日を祝う為に仕事を早めに切り上げてくることもないだろう。
「ハァ…」
考えても考えても分からない。ため息ばかり。私はケータイを取り出した。
『先生は、私のことどう思っているの?私は先生のこと好きだけれど、先生はそうではないのかな?』
送信ボタンは押せず、メール作成画面で止まったまま。
もし、『好きじゃない』って言われたらと考えると送信できなかった。
…今はまだ、私を彼女扱いしてくれている。自分から幕をおろすことはないじゃないか…
私はその文章を消去した。
それからも、相変わらずメールの返事はなく、電話も出てくれない日々が続いた。
…先生は忙しいし、メールや電話が好きじゃないだけ。誕生日もお祝いしてくれたんだから、私のことはちゃんと彼女にしてくれているの!
初めは自分に言い聞かせていたつもりが、催眠というか、そう思い込むようになっていた。
演劇サークルの仲間でよく行く居酒屋で、カウンターの隣に座っていた見ず知らずのオジサンに、
「そんないい加減な男、やめとけ!一度きりの遊びに決まっとる。」
と言われ、
「ちがいます~先生はそんなんじゃないでずぅ~」
と、梅酒ロックを飲みながら大泣きした。
またある時は、わらをもすがる思いで、ショッピングモールにいた怪しげな占い師の爺さんに占ってもらったりもした。言われた内容は居酒屋のオジサンと同じで、なぜか最後にケータイの番号を聞かれたので逃げるように帰ってきた。
友達も、
「もう、高田先生はやめとけって。」
と、何度も言ってくれた。
…別れるのはいつでもできる。少しかも知れないけれど、先生が私のこと好きな気持ちがあるんだから、今別れなくてもいいじゃない!
踏ん切りがつかないまま、だらだら月日は流れた。気が付けば、季節は冬になっていた。
メールや電話が全く無い訳ではなく、諦めた頃にポツリとメールの返事があるくらいで、このころの私はよく、この状況を「首の皮一枚で繋がってる状態でさぁ~」と周りに言っていた。
切り離さない先生。
切り離せない私。
どっちもどっちだが、『さ』と『せ』が逆かもしれなかった。
あたりがクリスマス一色になった12月中旬、高田先生からメールが来た。
『25日、空いてるか?昼だけなら時間作れるぞ。』
…やっぱり!! イベントは絶対、私と約束してくれる。
またも、不安はリセットされた。私はその日、午前中は塾の講師のアルバイトがあったため、ランチだけ一緒に食べる約束をした。
前日、私は高田先生へのクリスマスプレゼントを選んだ。男性にプレゼントするのも初めてだから、すごく悩んだ。でも、悩めていることが幸せだった。
結局、ネクタイを選んだ。ネクタイならいくらあってもいいし、これを身に付けて仕事をする先生を想像すると、頑張る先生の側に寄り添っていられるような気がした。
柄もさんざん悩んだ。先生の好きな濃いブルー地に、ぱっと見ドット柄に思えるほど細かな小花柄。固い先生のイメージとギャップがあって、似合いそうだった。
先生へのプレゼントが入った紙袋を見て、ふと、これが最後かもしれないと思った。
25日には、別れを告げられるかもしれない。
先生は私に、プレゼントなど準備していないかもしれない。
昼間だけっていうのも、夜を避けたいからかもしれない。
張り切ってプレゼントなんか買って、私
バカみたい!
考えれば考えるほど、ネガティブになっていった。
それでも25日の朝には、会える嬉しさでウキウキしていた。今回もまた、2ヶ月ぶりである。
塾でバイトを終えて、私は車で待ち合わせ場所の本屋さんへ向かった。(この頃には、親の車を時々借りて乗っていた。)
先生より早く到着したので、車から降りずに駐車場で待っていた。
『先に着いたよ😃車で待ってるね。』
間もなく、私の車の隣に、高田カーがすっと停まった。 私は自分の車から降りて、高田カーの助手席に乗った。
「ここまで来てくれてありがとう。」
「おう。腹へったなぁ~ さっそくメシ食いに行くか!!」
「うん。私も腹ペコ~」
…本当に先生は、会えなかった2ヶ月間は何とも無いんだなぁ。
感心した。
たまにはリクエストも必要だと思い、私の知っているリーズナブルでおいしいハンバーグのお店に連れて行ってもらった。
今日から冬休みなので家族連れも多く、店内は賑わっていた。
メニュー表を見ながら、その価格のお得さに先生は驚いていた。
「いつも払ってもらってばかりだから、今日は私が払うよ。ビンボー学生の支払いだから、この程度で許してねー。」
「ハハハ!サンキュー。」
ウエイトレスのお姉さんを呼んでオーダーをお願いした。
「私、デミグラハンバーグセット。」
「粗挽きビーフのハンバーグセットひとつ。大盛にできる?」
お姉さん
「申し訳ございません。大盛は…」
高田先生ガッカリ。
…しまった!先生には少なすぎるんだ!!
私は焦って
「他に何か頼む?」
と聞いたが、先生は
「まぁいいや。」
と断った。
先生はゆっくりを心掛けて食べたそうだが、運ばれてきたハンバーグセットを5分でたいらげてしまった。
結局、支払いは先生がしてくれた。
先生は言葉や顔には出さないが、物足りないのが分かった。なんだか落ち込んだ。
お店の駐車場を出ると、高田カーは迷わず元来た道を戻り始めた。
…今日は何も期待していなかったから、これでいい。
私は車を置いてある本屋さんへ向かう途中の高田カーの中で、そう言い聞かせた。
と、途中で道を外れた。
「どこ行くの?」
ワクワクしながら聞いた。
行き先は、新しくできたショッピングモールだった。 ここもまた、冬休み初日で混んでいた。私たちはブラブラとウィンドウショッピングを楽しんだ。
でも、手を繋げなかった。私の中の、先生を信じるのが怖い気持ちが踏みとどまらせた。
…先生は私をどう思っているの?好きなの?好きなら手を繋いでよ。このままでいいの?
一緒に歩けて、ショッピングモールまで連れてきてもらえて、めちゃ嬉しいんだけど、複雑な気持ちが私を黙らせた。
…仲のいいカップルなら、「これ買って♪」とかおねだりできるんだろうな。
ほとんど会話は無いまま、何も買わず、私達は1時間もしないうちにショッピングモールを出た。
…ひょっとしたら、先生は私がプレゼントに何かねだるのを待っていたのかな?
そっけないぶりをしている私も悪い。
走る車は、今度こそ本屋さんに向かっていた。
駐車場に着くと、先生が、
「はい。プレゼント。」
と、ノート大の厚みのある包みをくれた。
「わぁ!!ありがとう。何かな?開けていい?」
テンションを上げながらリボンをほどき箱を開けた。
「わぁ!かわいい~」
中から出てきたのは、鮮やかな水色のふわふわなマフラーだった。誰もが知っているブランドのロゴが刺繍してあった。
何度も「もうダメなんだ」と思えば、こうしてまた「大丈夫なんだ」に引き戻される。
私は高田先生がくれたマフラーを巻いてその暖かさに埋もれると、どうしようもなく切なくなった。
マフラーの暖かさと高田先生の肌の温もりが、どうしても重なってしまう。
…最後に先生の温もりを感じたのは夏だよ。もう季節が2つも巡ったんだけどな。今、この寒い季節に先生に抱きしめられたら、どんなに幸せだろう。
マフラーに顔をうずめて寂しさを埋めるしかできなかった。
やがて、お正月を迎えた。高田先生からの連絡は、クリスマスの日以来無い。
私は冬休み中、友人と泊まりでスノボへ行ったり、家庭教師のバイトを増やしたりして、それなりに充実していた。高田先生との約束は諦めていたから、1日たりとも予定ナシの日を作らなかった。
3日になって、高田先生から年賀状の返信が届いた。躍動感溢れる馬のイラストが全面に印刷されているだけの裏面に、私への個人的なメッセージは何も書かれていなかった。
『旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いします。』
行書体で印刷された無味乾燥な文章。
…ふざけるな!!
私の心の中で、初めて高田先生に悪態をついた瞬間だった。
冬休みが終わり、またいつもの日常に戻った。
高田先生のことをゴチャゴチャ悩みたくなくて、学生実験で遅くまで実験室にいることもあった。しかし皮肉なことに「先生も同じことをしてたんだな」と余計に考えてしまう結果になった。
そんな一月のある朝、私は大学に向かう電車に乗っていた。通学の時はいつも先生からもらった水色マフラーを巻いていたが、車内は暖かいのでマフラーを外し、手提げバッグに入れていた。入れたと言っても、教科書やお弁当でパンパンなので、持ち手の間に挟む感じでちょこんと置く感じだ。
終点の駅に着き、電車を降りた。定期券を出そうとして、バッグの中のマフラーが無いことに気が付いた。
…えっ!!マフラーどこ!?
落としたかと思い慌てて振り返ったが、マフラーは見当たらない。車両の中まで戻って見たが、どこにもなかった。
…そんな!高田先生からのプレゼントなのに!!
私はパニックになりそうだった。慌てて改札口の駅員さんに聞いたけれど、マフラーの落とし物は届いていないらしい。
仕方なくそのまま大学へ行き、帰りにもう一度落とし物を問い合わせたが、やはり無いとのことだった。
唯一の心の寄りどころにしていたマフラーは、突然、手の中から消えてしまった。
マフラーを無くしたことを先生に言えるわけはなかったが、それでも先生に会いたいし話がしたかった。
それから3日ほどして高田先生に電話をかけた。
…はぁ…今日も出てくれないだろうなぁ。
いつものように諦めながら(そう言い聞かせながら)発信ボタンを押して耳に当てた。
プルルル プルルル ガチャ
「はい」
珍しくつながった。
「あ、こんばんは。」
「どうしたぁ お前ホント暇なヤツやなぁ~」
いつものセリフだ。暇人ですみませんね。
「三学期始まったね。相変わらず忙しい?」
「当たり前だ。」
「忙しいのにかけちゃってごめんね。じゃあ切るわ。」
「おいおい、何だそれ(笑)」
内心、「わかった。じゃあな」とか言われたらどうしようかと思った。
…なんだかんだ言って、いや何も言ってないけれど、私と電話で話すのは嫌ではないのか?
「ねえ先生…」
「んー?」
ドキドキする。初めて先生に電話をかけた時に似ていた。
「あのさ…」
「ハハハ、何だよ。変なヤツやなぁ。」
…また『変なヤツ』かよ。
「私、そんなに変なの?」
…茶化さないで。
誤魔化さないで。
もう、いい加減なこと言わないで。
不真面目さゼロの口調で聞いた。
間髪入れずに先生が、
「うん。フルパワーで変。」
…フルパワーって…
私は黙り込んだ。
先生が何か言うまで何も話すまいと思った。
「ハハッ どうした何だよ。」
…何だよじゃないよ。
「あのさ、先生…」
「何?」
「私はいつも、先生と一緒にいたいって思ってるの。先生のこと好きだからさ。でも、先生は…
先生は私のこと、どう思ってるの?」
やっと、言えた。
「…私のこと、どう思っているの?」
ここまで言えば、さすがの高田先生も私の聞きたいことが分かったのだろう。
「…っ …好きだよ。」
小さく、呟くようにそう答えた。
「良かったー。」
思わず、安堵の声が漏れた。
いっそのこと、「好きじゃない」とかバッサリ斬ってくれたほうが、楽だったのかもしれないが。
「俺、ホントこういうの苦手なんだよ~!そこまで言わせないでくれ~」
すぐに先生はいつもの調子に戻った。
先生の口から初めて「好き」と言ってもらえて、私は疑うどころか、またも舞い上がった。
誕生日やクリスマスのプレゼント。
「好き」の言葉。
先生は極度の照れ屋なだけで、私を彼女として好きなのは本当かもしれない。
ただ、私のように「一緒にいたい」とは思わないようだし、仕事で辛い時もあるだろうに、それを私に打ち明けたりして精神的に頼ろうとは思わないのだろう。
その時の私には、そこのところが理解できなかった。
…でも、私のことは好きなんだなぁ。
相当言いにくそうに、照れながら「好きだよ」と言った先生の姿を想像すると、嘘でそんなこと言ったとは思えなかった。
やはり私には、我慢するしかないようだった。とは言え、当時はそれを我慢とは思っていなかったのだが。
…先生の重荷になるなら、メールも電話もいらないよ。
先生が私のことを好きだと思ってくれているだけで良かった。
そうして、1月は過ぎていった。2月になれば、今度はどちらを向いてもバレンタインデーだ。
もちろん、先生には手作りのチョコレートを作るつもりだった。生チョコ、ブラウニー、クッキー… 何を作ろうか何日も前からワクワク考えた。好きな人に手作りのチョコのお菓子なんて、これまた生まれて初めてだった。
作ることより、バレンタインを口実に先生に会えるのが何よりの楽しみだった。
…前に会ったのはクリスマス。やはり私たちは2ヶ月に一度しか会えないんだわー(涙)
立場も年齢(世代か?)も違う2人なんだから、周りの学生カップルのような付き合いはできないことくらい、この半年でじゅうぶん思い知った。もう、これ以上の要求も不満も考えないようになっていた。
バレンタインデーが近づいた土曜日、私は高田先生に電話をかけた。ラッキーにも電話に出てくれた。
「明日だけど、先生家にいる?」
「ああ。午後ならいるぞ。」
「分かった。じゃあ夕方ごろ寄っていいかな?」
「おう、いいぞー」
デートとかお食事なんて言わないから、チョコレートを渡せるだけでいい。もう、キスだの何だの、求める気すら無かった。要求して、拒まれるくらいなら、初めから求めまい。
親からの追及が予想されて面倒くさい為、チョコレートのお菓子を自宅で作れなかったから、同じ演劇サークルの仲間のヨッシー(♂)のアパートを借りた。
材料を買って、昼過ぎにヨッシー宅へ向かった。
「ヨッシー!すまんねぇ」
「おぅカナ!カナの好きなように使っていいぞー 大好きな高田先生の為に腕をふるえや~」
「サンキュー!ヨッシーの分もできるからね。」
ヨッシーは同じサークル仲間のマーコと付き合っている。マーコからは「カナの愛が詰まったチョコ、ヨッシーに味見させて美味しいの作れよぅ」なんて言われているほど、気心の知れた仲だ。
私は準備に取りかかった。トリュフに挑戦する。
チョコを刻み、湯せんで溶かす。牛乳を混ぜて氷水で冷やし、形を作ってココアパウダーをまぶす…
「あれ?」
「カナどうした?うまくできたか?」
作業は氷水で冷やし固める段階でストップしていた。
「トロトロで固まらない」
「えー、なんでぇ?」
「分からん。」
ボウルの中のチョコレートは、冷やしても冷やしても液状である。
「おかしいな。ラップでくるんで丸く形づくれって書いてあるんだけど。」
ヨッシーと2人でレシピを見る。
「どういうことだ?」
私たちはボウルの中の、マヨネーズくらいの柔らかさのチョコレートを呆然と見つめた。
約束の時間は夕方。材料を買って作り直している時間は無い。
大ピンチだ。
トロットロのチョコレートを前に、ヨッシーと2人で呆然としていた。
ずっと後になってから知るのだが、チョコレートを溶かすときの温度が高すぎると、固まらなくなるらしい。
そんなこと知る由もないが、とにかく形にしないと進まない。そこから私たちの試行錯誤が始まった。
作戦①
まず、まぶすためのココアパウダーを混ぜ込んで、固さを出す。
作戦②
冷凍庫で冷やし固める。
ココアパウダーを混ぜ込んだ段階で、マヨネーズから練りワサビくらいの固さに進歩した。
手で丸めることは出来ないが、スプーンですくってそれらしい形にすることはできた。そこで2本のスプーンで丸くすくってココアパウダーのなかに落とし、ユサユサしてまぶした後、トリュフ用の小さなアルミカップにポトンと落とした。
アルミカップには収まったが、トローッと広がって丸い形は崩れた。
とりあえず全てのチョコをカップに入れて、ダメもとで冷凍庫に入れた。
…約束の時間まであと30分。どうか固まりますように。
ヨッシーと冷凍庫の前で拝んだ。
ヨッシーはそれから間もなくバイトに出かけて行った。私が戸締まりをして、カギは指定された場所に置いておくことになった。
ひとりになった部屋で、高田先生にメッセージカードを書いた。
『先生のことが大好きで、想いを込めたらトロトロにとろけてしまいました。非常に食べにくいと思うけれど、頑張って食べてくれたら嬉しいです❤』
ギャグかと思われそうだが、ポジティブ思考で行かなきゃ。
私は祈る気持ちで冷凍庫からチョコを出した。予想通り、チョコはトロトロのままである。
私はチョコをラッピングして、戸締まりをしてからヨッシー宅を出た。
車に乗り、高田先生の自宅には10分ほどで到着した。
『着いたよ。』
メールを送る。
2ヶ月ぶりに会えるのは嬉しい。この前、電話で「好きだ」と言ってくれた先生を、私は心から愛していた。「好き」というのは追いかける想いで、「愛している」は相手を尊重する想いだと解釈していた。
…私のことを好きだと言った高田先生は、きっと私の気持ちを尊重してはいない。自分本位だ。それでもいい。私は先生を愛している。先生が良いなら、私は何でも待つし我慢もするつもり。
誰かを愛することは、自分自身を大事にした上で成り立つことを、この時の私は気付いていなかった。
メールを送ると間もなく、玄関から高田先生が出てきた。
「あ、先生久しぶり!はい、これプレゼントだよ。」
先生が何か言う前に、目的を果たしたかった。
「ちょっと失敗しちゃったんだけどね~ 良かったら食べてね。」
ラッピングを見れば、中身は何か分かる。
「おお、ありがとう。俺、甘いもの苦手なんだよ~。」
「そんなこと言わんと食べてよ!ちょっと食べにくいんだけどね、ハハハ~」
そのまま車に乗り込み、発車させた。
付き合っている男女がこのやりとりだ。明らかにいびつな状況を、私はまだ冷静に客観的に受け止められなかった。
一番自分本位なのは、私だったかもしれない。
その日の夜、高田先生からメールが届いた。
『今日は来てくれてありがとう。チョコおいしかったよ。』
何度も何度も読み返し、幸せな気分になった。
…今はチョコくらいしか渡せない。でも、そのうちモノじゃなくて、もっと温かくて安らぐような何かを与えられる存在になるからね。
私は幸せだった。
学生であるうちは、私が先生にできることは限られている。先生が求めてくる事も少ない。
…でも、大学を卒業して教師になったら?私も先生の辛さや悩みを分かってあげられる。 もちろん、それが目的で教師を目指しているわけじゃないけど、早く、同じフィールドに立ちたい!
そのために私が頑張ることは、教養や技術を身につけることだと思った。恋ボケして恋愛に狂っている場合じゃないし、そんな私を先生がカワイイなんて思う訳がない。
今は自分がすべきことに一生懸命になって、その時がきたら堂々と自分の想いを先生にぶつければいいんだ。
教師になるまで、最短であと2年。
こうして私は、目線の先を高田先生から少しずらした。
…本当に目指したいものがハッキリしているのだから、ブレずに進めばいいんだ。
このバレンタインデーを境に、私は高田先生にメールを送らなくなった。と言っても、それまでも一週間に1~2回と控えめだったのだが。
この3月で卒業する先輩10人のうち、教員採用試験に合格したのは2人。決してヤワな道じゃないことは、大学に入学した時から分かっていた。
「そう言えばカナー、高田先生にチョコ渡せたか?」
バレンタインデーから2週間ほど経った演劇の練習の時、キッチンを貸してくれたヨッシーが聞いてきた。
「うん、何とかね。余った分、冷凍庫に入れっぱにしてきたけどヨッシー食べた?」
「あははは!あれトロトロのままやんな!うん、味はおいしかったよ~」
周りのみんなも全ての状況を知っているため、ゲラゲラ笑いながら話していた。
「でも、俺、カナのチョコ食べた後に頭が痛くなったぞ。」
「嘘や~!? なんじゃそれ!」
一同に笑いが起こる。
「高田先生も頭痛くなったんちゃう?カナ、先生から何か言われてないか?」
「いやー、別に何も。」
練習の始まりと共に会話は終了した。だが、私は気になって仕方なくなってしまった。
…先生と、話がしたいな。
2週間、私からも先生からもメールも電話もやりとりはない。強がっていても、このまま自然消滅しないか不安で仕方無かった。
その日の帰り、先生にメールを送った。
『最近、メールしてないよね。受信箱に先生からのメール無くなっちゃったよ。このまま、送信箱からも消えてしまうの?』
本当は先生からのメールは全て保存してあるのだが、もし保存してなければバレンタイン以前のメールは本当に消えていただろう。
『送信箱からも消えてしまうの?』は、暗に、この関係を終わらせるという意味だ。
… … …
待てども待てども、先生からの返信は無かった。
もうこの頃には、私にとって高田先生がどういう存在なのか分からなくなっていた。
大好きな人。
愛してる人。
甘えたい人。
甘えられない人。
信じたい人。
信じられない人。
憧れの人。
自分の全てを賭けてもいいと思う人。
・
・
・
挙げればきりがないが、ひとついえることは、高田先生は私の心の一部になっていたことだ。
たった三度のキスと、たった一度のセックス。
『たった』で片付けてしまうには、私の片思いはあまりに長く重かった。
…そろそろ潮時かな。
とも思う。
「はぁ~ どうすればいいんだー!!」
思わずリビングで寝転がりながら叫んだ私に、何の事情も知らない姉が一言。
「どうしていいか分からん時は、何もしん(な)ければ?」
ハッとした。
そうだ、何もしなければいい。
私たちが将来結ばれる運命ならきっとそうなるし、分かれるのが運命ならどこかで分かれるんだし。
ジタバタ、モヤモヤは疲れるだけだと気付き、私は流れに身を委ねてみる気になった。
…高田先生、あんた次第だからね。私は逃げこそすれしがみついていくこともないよ。
ひとりで小憎たらしくなってみた。
何日かして、高田先生からメールが届いた。
3月も半ばになっていた。
『…このまま送信箱からも…』メール以来、本当にメールを送らなかった為、それから更に2週間は経っていた。
そんな頃の高田先生からのメールである。明暗どちらの意味のメールなのか。なかなか開けられない。「未読メール 1件」が気になって仕方ない。
先生からメールが届いて数十分は経っていた。私は思い切って開けた。
『今度の日曜日会えるか?』
…きっと、ホワイトデーだ。
すぐに分かったが、なかなか返信が送れない。断る理由は無いのだが、素直にOKを出せなかった。
…私はこんなに待って、我慢して、諦めて、言い聞かせて毎日を過ごしているのに、向こうからメールが来たらシッポ振って返信するってか? いつもほったらかしなのに、そんなに都合よく返事が来ると思うなよ!
怒りに似た感情が湧いてきた。
「ハァ… 何なんだよ!!」
イライラに任せてケータイをソファーに投げつけた。
…もう、高田先生のこと好きじゃない?
NO
…日曜日会うの断る?
NO
…やはり、会いたいか?
YES
悔しいけれど、会いたい気持ちに逆らえない。
私達は今度の日曜日の夕方、先生が指定した喫茶店で待ち合わせる約束をした。
高田先生に対しての怒りや疑問が沸いてくるのに、それでも先生を好きでいる自分にさらに苛立った。
でも、日曜日に会えるのは楽しみで仕方なかった。
そして日曜日。私は久々にウキウキしてメイクをした。買ったばかりの三色セットのグロスを重ねづけした。ネイルもグロスの色に合わせてた。ワインレッドにシルバーを重ねてフレンチネイルに。
鏡を見て、ヨシと頷いた。自分の好きな感じのメイクに仕上がった。
先生が指定した喫茶店は、大学の近くの大きなショッピングセンターの近くで、さほど迷わず到着した。車を駐車場に停めると、ほぼ同時に高田先生の車も停まった。
やはり、先生の白のスポーツカーはいつ見てもカッコ良くてドキドキした。
車を降りるタイミングもほぼ同時だった。視線が合った。
「…」
何て言えばいいのか分からない。 もう、無邪気にはしゃぐフリをする気にはならないし、「こんにちは。久しぶりだね」なんて挨拶も白々しい感じがする。
何も言わない私を先生はすこし不思議に思ったようだった。
「どうした?元気ないなぁ~」
(クスッと笑って)
「そんなことないよ。お店、入ろう。」
…先生は、何を考えているんだろう?
私は先生の後に付いてお店に入った。
お店の中は、棚やテーブル、カーテンや食器にいたるまでアンティークな雰囲気で統一されていた。「お洒落」とか「綺麗」とか月並みな言葉しか出てこない自分の語彙力を残念に思う。
「素敵なお店だね。」
「俺が学生の時から変わってないよ。よく来たからな。」
意外だった。先生とこの中世ヨーロッパみたいな雰囲気はまるで似合わないのだが…。
聞けば、何度か通ううちマスターとも仲良くなったらしい。そんなお店に私を連れて入るのは、やはり先生の中で私はいい加減な存在ではないのだろうか?
とりあえず、私はホットレモンティーを注文した。
「お前、この店は本格的なコーヒーが飲める店だぞ。ここへ来て紅茶はないぞ。」
「そうなんだ。でも私、コーヒー苦手で一口も飲めないの…」
コーヒーの美味しさは全く理解できないが、カウンターからは先生の言う「本格的なコーヒー」の意味が分かる気がした。きっと本当に美味しいコーヒーなんだろう。
…先生は行きつけのお店で、私に美味しいコーヒーをご馳走する気満々だったのか…
申し訳ないのと残念な気持ちで、さらに口数が減ってしまう。
やがて、コーヒーと紅茶が運ばれてきた。一目で高価な物と分かるカップだった。
「このカップ、すごくかわいいね。」
「お客の雰囲気に合う柄のカップを選んで煎れてくれるんだよ。」
確かに、先生と私でカップの柄が違った。先生は紺、私はボルドーに近いピンク。苺の柄だった。今日のメイクや服に雰囲気がピッタリだ。よく見るとカウンターの後ろの棚に並んでいるカップは、同じ柄のものが2つと無かった。
お店のセンスの良さ=先生のセンスの良さと思われて、目の前の高田先生をますます好きになってしまいそうだった。
それから間もなくして、胃がキリキリと痛み出してきた。
…どうしたんだろう?
私は子供のころから胃が弱く、自分でそうと思っていなくても些細な事がストレスになり胃痛を起こす。
…高田先生と一緒で緊張してるのかな?まさか。
そんなはずは無いと思いながらも、いつの頃からか高田先生の前で心から明るく振る舞えていないことに気付いた。
先生の好みに合わせようとか、こう言ったら嫌われるかなとか、ベッタリして重い女に思われないようにとか。後から思えば、探ったり我慢したり裏腹な行動を取ったりと、私の心は休む間が無かったのかもしれなかった。
「かわいいアンカナに、はい。」
突然だった。私は耳を疑った。
…かわいいだと!?
驚く私の前に、先生はかわいくラッピングされた陶器の器を差し出した。器の中にはキャンデーのようなお菓子がいっぱい詰まっている。
「わぁ。ありがとう!!」
高田先生の「かわいい」発言にすっかりテンションが上がり(単純)、私は自然と笑顔になった。 ホワイトデーのプレゼントということは言わずと分かった。
「でもお前、その爪… そういうの好きじゃないな。ケバいぞ。」
私は思わず両手をグーにして、フレンチネイルを隠した。
悔しかった。
「いいじゃない。キレイでしょ?今こういう塗り方流行ってるんだよ。」
くらい言ってやりたかった。
「あなたの好み通りばかりとはいきませんよーだ!」
ってね。
実際は言えるわけもなく…
胃がキリキリ痛む。
レモンティーはおいしかったが、それでも三分の1を残して飲めなくなった。
相変わらず胃はキリキリする。紅茶が刺激になっているのかもしれなかった。
1時間くらいのお茶で、私達はお店を出た。当然その後は… 何もない。
「じゃあね。新しい学校でも高田先生らしく頑張ってね!」
先生はこの3月いっぱいで転勤する予定なのだそうだ。
「おう。ありがとな。お前もがんばれよ。」
お互い車に乗り込んだ。私はシートにもたれると、痛む胃をさすった。先生が先に車を発進させて、駐車場を出て行ったのを見届けてから、私は体を丸めるようにして身を縮めた。
…痛い…
じっとしていれば、この胃痛はそのうち治まる。だから平気だった。
その時、自分がひどく疲れていることに気が付いた。この後夕飯や遊びに誘われなかったことに内心ホッとしていた。
…もう、ワケ分かんないよ。
私は意識を胃の痛みに集中させて、泣きそうになるのを紛らわせた。
もうそろそろ、私の中で答えが出てくる頃だった。
…この先、この関係を続けていても、きっと私の欲求は満たされないな。
私が教員になって、その時にまだ繋がりがあったとしたら、また向き合ってみてもいい。縁があれば、また男女の仲になるだろう。
…でも先生は?
別れるにしろ付き合い続けるにしても、今、先生がどう考えているのか知りたかった。
『好きだよ』
『かわいいアンカナ』
別れようと思うたび、何度もこの言葉に振り出しに戻される。
悔しいが、高田先生を嫌いになれない。 先生が望めば、関係を続けたいと思う。
「………。」
要するに、ひとりで答えを出すことはできない。
私は携帯を取り出すと、高田先生の番号を表示した。
…これが、最後の電話になるかもしれない。
意を決して、発信ボタンを押した。
ホワイトデーのプレゼントをもらった一週間後の土曜日の夜だった。
…留守電になるかな?ブチって切られるかな?それとも出るかな?
高田先生に電話をかけるときはいつもこう思う。多い順に3択だ。
プルルルル プルルルル …
…今日は逃げない。ちゃんとはっきりさせるんだ。
プルルルル プルルルル …
…先生出て!今を逃したら言いたいことも言えない気がする!!
プルルルル ガチャ
「はい」
…出た!
「もしもし先生?こんばんは」
「何や~?ヒマな奴。」
…そのリアクションでどれほど私の心が傷ついたか、分からないんだろうな。
「先生、先週はありがとう。かわいいプレゼント…」
「ああ。」
…何て言おうか。
「って、それだけかよ!ハハハ!お前なぁ~ ホント変わった奴やなぁ。」
…じゃあ何を話たら『まともな奴』とか思ってくれるの?
「あのさ、先生。変な奴ならもう、側にいなくてもいいよね。」
「………。」
「私はさ、先生のこと好きなんだよ。好きだけど… 何か… 意味ないよね。」
長い沈黙があった。実際は長くない気もするけど。
先に口を開いたのは、先生だった。
「お前は… 考え方も趣味も違う俺と居て楽しいか?」
これで、決定的だ。
もう、彼女でいる意味はない。
「そうだね。じゃあ、もう会うこともないね。」
ヤケになってそう言ったのではなく、心から納得して出た言葉だった。
…考え方も、趣味も違う。確かにその通りだね。
心にストンと落ちた。
「先生、今までありがとう。」
「…そんな事言うなよ。」
「だって、すごく楽しかったからさ。ホントに…」
「そうか…。」
「うん。それじゃあね。先生お仕事大変だけど、体に気をつけて。」
「ああ。お前もがんばれよ。」
「先生、私が採用試験に受かったら、また連絡していい?」
「ああ。待ってるよ。」
「じゃあね。」
私から電話を切った。
もっと泣けるかと思ったけれど、拍子抜けするほどスッキリしていた。
…案外平気みたい!
私はそのままお風呂に入った。
「ハァーーーッ」
湯船に浸かり、ため息をついた。その拍子に涙がこぼれた。 涙は後から後から落ちてきた。
…これでもう、悩むことも苦しむこともない。
悲しいのではなく、安堵の涙だった。
こうして私は高田先生の彼女を辞めた。
分かり易い言い方をすれば『別れた』『振った(になるのか?)』なんだけれど、それはしっくりこなかった。 そもそも夏休み以降は付き合っていたと言えるのかさえ怪しい状況だったから、別れる以前に終わりきっていたのかもしれない。
ただ、自分の中では『高田浩之の彼女』だったから、それを辞めたのである。
どれだけ考えても、高田先生の本心は分からなかった。
体の関係を持ってからは、私に興味を無くしたように見えた。
まさか本当はあれでも高田先生なりの愛し方だったのか?
教師と元教え子だから、距離を保っておきたかったのか?
ただのキープだったのか?
そこはもう、どうでもよかった。 ただ、愛せないならさっさと切ってくれた方が良かったのに…とは思った。
電話の翌日には心はスッキリ晴れ上がっていた。またいつもの、明るくて、アホで、そそっかしくて、知的を装うアンカナに戻った。
憑き物が取れたどでもいうのだろうか。その日からは空の色が違って見えたのを覚えている。
4月になり、大学三年生になった。三年生は、教育学部最大のイベント、教育実習がある。実習以外にも、小学校の全ての教科の教育法、人権や道徳、苦手な体育の実技など、専門の理科から離れた授業がメインとなった。
教員になる意識や意欲がより高まっていくにつれ、恋愛モヤモヤは無縁となった。と同時に、教員になった自分を想像すると高田先生の姿とかぶった。
高田先生は、理想の教師像として切り取っておきたい部分だけ持っておくことにした。
それ以外の彼は、元カレとしての思い出だ。片思いが実り、大好きな人と結ばれた事実は素敵な思い出だ。
心の整理に、苦労はしなかった。
教職過程にどっぷりの三年生はあれよあれよと言う間に過ぎた。
四年生は逆に教職から離れて教科の専門の研究になる。私は化学を専攻し、毎日、朝から晩まで白衣を着て薬品と化学反応に明け暮れた。
子どもの頃から理科が好きで、中学生の時には漠然と「将来は研究する人になりたい」と思っていたため、この研究の日々はめちゃくちゃ楽しかった。
この頃の私のヘアスタイルは、ショートカットを明るいオレンジに染め、全体にパーマをかけてワックスを揉み込みもじゃもじゃにしていたため、白衣を着て、
「うっ… ゴホッゴホッ… 実験は… またしても失敗だ…」
とか言って廊下をすれ違う後輩を脅していた。
迷惑な先輩である。
(余談ですが、薬品と薬品を混ぜたらボンっ!!なんていうベタな展開、実際に数回経験しました。もちろん、理論上起こりうる化学反応を想定してやってるから、手当たり次第に混ぜたって訳じゃないですが。激しく反応すると一瞬で高温になったりするんです。
私が使っていた薬品は、空気に触れると爆発する性質があったから、それはそれは厄介でした。一度、先生が講義で研究室にいないときに爆発し、慌てて隣の研究室の先生に助けを求めに行きました…)
そんな楽しい日々の中で、忘れちゃいけない『教員採用試験』がやってくるのである。
一次試験に合格した者が二次試験に望み、それを通った者だけが採用内定となる。
そして、一次試験初日を迎えた。ジリジリと日が照りつける、暑い7月のことであった。
一次試験は、教養と専門に関わる筆記試験と小論文、集団面接だった。
筆記試験はマークシートなので「?」な問題には勘で。
小論文は勢いで。
面接は多少の思考とラブ&ピースな精神で。
通過した。
二次試験はお盆過ぎ。理科実験の実技と水泳、個別面接×3種 2日間の日程だった。
残暑厳しくクーラーも無い公立中学校の校舎では、試験官も受験者も汗だくである。できれば二度と受けたくなかった。
二次試験の結果は、10月にならないと分からない。試験が終わった翌日からは、また何事も無かったかのように研究室での生活が始まった。
一次試験を通過した段階では、高田先生に連絡はしなかった。二次試験の結果を伝えるまで、楽しみは先延ばしにした。
10月に入ったある日、一学年上の先輩からメールが届いた。
『教採の結果出てるよ~』
先輩は昨年度の試験で不合格だったので、今年私達と一緒に受けていた。
先輩の言う『結果出てる』とは、県庁の掲示板のことだ。ネットでは明日以降の発表になるので、待ちきれない者達は県庁へと足を運ぶ。私もその1人だ。
そわそわを抑えながらその日の研究を切り上げ、大学を出たのは8時過ぎだった。
車に乗り、県庁へ向かう。と言っても県庁は自宅への帰り道なので、大通りを途中で曲がって寄り道するだけだ。
夜の県庁は閑散としていた。駐車場に停車し、街灯にぼんやり照らされた掲示板に向かって歩いた。
…合格者は十数名。二次試験の段階では倍率が2倍になるようにふるいにかけられたから、五分五分だ。 五分五分なら、勝てる!!
私は、負ける気がしなかった。理由や根拠は無い。ただ、そんな気が止まらなかった。
「ふふっ…」
緊張と、期待と、スリル感がたまらない。私の夢が叶うのか否かはもう決まっていてそこで待っているのだ。
私は掲示板の中の、何枚か貼られたA4コピー用紙の中から『中学校 理科』を探した。
県庁から帰る車の中で、私は高田先生にどんな言葉で結果を伝えようか考えていた。
とりあえず掲示板で結果を知った後、電話で両親に伝えた。20分もすれば直に伝えられるのだが、「もし帰りに交通事故とかで私が死んだら、結果分からずじまいになってしまう。」とか言う妙な心配から、結果は伝えておいたのだ。
帰宅し、両親からそれなりの声をかけてもらってから、いそいそと部屋に入った。
ベランダに出ると、夜空に光る星がキレイに見えた。
私はケータイを取り出し、画面に高田先生の番号を表示した。
…最後の電話から、もう一年半経つんだな。
なかなか、発信ボタンを押せない。
…あの時に、最後「結果を連絡する」と行ったこと、先生は忘れているかも。着信表示見て「今さらアンカナから?」って変に思われるかな?それとも…私の番号なんて消去されてるかな。
考えるほど、滅入ってきた。
…そう言えばこのドキドキ感、なんか以前にいっぱい経験したな~
ちょっと笑えたりもした。
笑えた勢いで、発信ボタンを押した。
今はもう先生は彼氏でも何でもないのだ。どう思われようがかまわない!
プルルルッ
「おう、もしもし」
まるで電話がかかってくるのをまっていたかのように、高田先生はすぐに電話に出た。口調からするに、相手は私だと分かっているようだった。
…私の番号、消去されてなかったんだね。
安心した。
「先生、こんばんは。お久しぶりです。お元気でした?」
「おう、お前も相変わらず元気そうだな。」
「おかげさまで。研究楽しいから、毎日遅くまで頑張ってるよ。」
他愛ない会話が続く。
一年半振りに聞く高田先生の声は、やはりカッコいいと思ってしまう。
好きで好きで仕方がなかった頃、ケータイに録音していた先生の「おやすみ~」を、何度も何度も再生しながら会えない寂しさを埋めていた。その頃の感覚が蘇る。
「先生、あのね、教採の結果出たよ。」
「おっ、どうだった?」
「来年度から私も教員。合格しましたー!!!」
この瞬間をずっと夢見ていたのだ。高田先生に、採用試験に受かったと報告できる時を。
「本当か!? すごいなーお前。うちの学校の講師の子たちはみんな一次試験でダメだったのに。さすがだな、アンカナ。」
「うん、めちゃ嬉しい!私も、自分のことながらよくやったと思うわ(笑)」
「本当やな。いやぁ~、おめでとう!!」
先生がおちゃらけ感ゼロで、素直に喜び祝福してくれているのが分かった。まるで、中学生に戻り、先生と生徒で話しているようだった。
…男女として付き合っていなかったら、ずっとこんなふうに恩師と元教え子でいられたのかな?
とも思った。
4月からは、私も中学校の理科の教師だ。
高田先生と同じ土俵に立つ。
電話を切った後も、しばらくベランダから夜空を見上げていた。
高田先生との会話の余韻に浸っていた。そして、もう二度と高田先生のことを異性として付き合うことはないのだと納得した。
高田先生は結婚していた。
お相手の方の歳や職業なんかは聞いてないし、興味もない。ただ、先生が結婚したことを知ってホッとしている自分がいた。
「先生、お幸せにね!」
「ありがとう。お前も、4月から頑張れよ。大変だからな。」
「うん。嬉しいけれど、自分が教員やってる姿が全く想像できない。不安だよ。」
「誰だってそうだよ。でも、お前なら大丈夫だよ。」
もう軽々しく甘えちゃいけないと思いながら、最後にこう言うのを止められなかった。
「つらくなったら、また電話していい?」
「ああ。いいぞ。」
この先また先生に電話をかけるかどうかは分からない。でも、完全に繋がりが断たれてしまうようで、このまま切るなんてできなかった。
高田先生に未練はない。顔も名前も知らない奥さんに嫉妬する気持ちもない。
でも、高田先生はそれだけの存在ではなかった。憧れであり、理想の先生であり、目標でもある。この先何十年続くであろう私の教員人生の一部となる人だ。
数年後---
時計を見て席を立ちつと、私は職員室を出た。歩きながら白衣を身につけ、理科室へ向かう。
キーンコーン カーンコーン…
「起立 礼!
お願いしまーす」
「はい、では始めましょう。」
私の前には、あの頃のアンカナと同じように制服を着た中学生が大勢いる。
「大変寂しがり屋で、絶対に誰かと一緒でないといられなくて。
でも、相手は誰でもいいわけでなくて、たくさんの人と同時に仲良くするのも苦手で。2人か3人でないとダメなんです。」
「安藤先生のこと?結構ワガママやね。」
「違います。でもいるでしょう?あ、自分の事だと思う人。」
あちこちで小さな笑いが起こり、ざわつく理科室。
「で、先生結局誰の話?」
「酸素原子よ。」
安藤の理科は鬱陶しい。私に酸素原子を語らせたらそれだけで1時間終わってしまう。ある程度セーブしないと。
中学生とのやりとりは楽しい。私が楽しいと生徒も授業が面白いようで、嬉しい反応が返ってくる。
が、期末テストを採点すると、自分の授業力の無さにガッカリする。
その繰り返しだ。
授業をしていると、よく高田先生が教壇に立つ姿を思い出す。生徒の気持ちを引きつけるための授業の第一声、生徒への意見の求め方、的確な説明。
私の理想だ。今の私はまだまだだ。
…こうしている今も、高田先生もどこかの教室で熱弁してるんだろうな。
恋愛感情のなくなった今も、時々そう思っては胸が熱くなる時がある。
さらに何年かが経過した。
教員も6年目をむかえたある日、私は久々に高田先生に電話をかけた。
実はこの6年間の間に、私は三回ほど高田先生に電話をかけていた。学級経営がうまくいかない時、教科指導で悩む時、誰かに聞いてもらいたい時、高田先生に聞いてもらっていた。
未練はないし、奥様と幸せでいてほしいと思っていた。が、恋愛感情が全くないとは言い切れなかったかもしれない。
でも、この電話が最後になる。
プルルルル プルルルル…
「はい、もしもし?」
「先生、お疲れさまです。こんばんは。」
「こんばんは。アンカナ久しぶりだなぁー!!どうしたよ?」
お互いの近況を伝え合う。年齢も経験もそこそこいってる高田先生は、三年生の担任であり学年主任。進路指導主事も兼ねていた。なかなか厳しい校務分掌である。
平のぺーぺーの私とは雲泥の差だ。
「先生、私、『アンカナ』じゃなくなります。」
少しの沈黙の後、先生はすぐに意味を理解してくれた。
「そうか。おめでとう。」
「ありがとう。」
私はその翌月に結婚した。
遡ること1年前、紹介で今の夫と知り合った。それまでに何人かの男性とお付き合いしたが、会った瞬間に「あ、結婚するのはこの人だ」とピンときたのは初めてだった。
今は、子どもに恵まれて私も一児の母である。
教員の激務から離れ、穏やかな育児休暇中の身だ。
かわいい子どもの相手をし、夕飯の準備をして愛する夫の帰りを待つ。
こんな幸せな日常は他に無いと思う。
高田先生は私の青春そのものであり、今は教員としての目標である。今でも私の一部分だ。
高田先生と出会わなければ、また違った人生だったかもしれない。男女の関係でなければ、考え方も違ったかもしれない。
高田先生の本心は、今でも分からない部分が多い。でも、それで良かったとも思う。
最後に、もう伝える機会も無いと思うけれど、心から言いたい。
「私は青春時代、あなたを愛せて本当に楽しかった。あなたから得た物事の見方や考え方は、今でも私の生き方を支えています。
あなたに出会えたことを、心から感謝します。ありがとう。」
-完-
読者の皆様へ
最後まで読んでくださり、ありがとうございました😃
私がこの小説を書こうと思ったのは、単に青春時代を懐かしく思うからだけではなく、気持ちを整理したいからという思いがあったからです。
仕事で悩む時、今でも高田先生に話を聞いてもらいたいと思うことが度々あります。弱っちい私が弱みを見せられる唯一の人です。
強がりな私は、仕事の悩みは同僚にも上司にも打ち明けません。
サラリーマンの夫には、10話しても2くらいしか分からない世界なので、
「私はダメだ~」
「理不尽だ~」
「腹が立つ~」
という漠然とした言葉で愚痴を聞いてもらっています。
一方、2話せば10分かってくれた高田先生の存在は大きいのです。
互いに家庭を持った今、高田先生とどうこうなりたいとはまるっきり思いません。しかし今、高田先生は我が家から車で五分くらいのすぐ近くの学校に勤務しており、私の大学の同級生(♂)が同じ学校で理科教師として勤務しています。私と高田先生との関係を知らないはずですが、その同級生から仕事の話を聞くと、高田先生の名前も聞きます。
アパートの窓から見える範囲で高田先生の存在を感じると、なかなか忘れることもできずにいます。
そこで、小説で綴ることにしたのです。
青春時代のアホで熱くて全力だった頃、関係を持ってから悩み続けた頃、しがらみから解放され心から感謝できるようになった頃。
思い出しながらその時々の思いを文章にすることで、私の中に溜まっていた想いが形となりました。
締め切っていた胸の内が整理され、爽やかな風が吹き抜けるようになった感じです。
感想はそれぞれお持ちでしょうが、私自信は清々しい気持ちでまた前を向いて歩いて行けます。
長い時間、本当にありがとうございました。感想スレに寄せて下さった方にも、お礼をさせていただきます😊
安藤カナ
追伸:安藤カナ 高田浩之
その他出演者は皆仮名です。
身近に高田という理科教師がいてもその人ではないので、ご迷惑をおかけしている事がありましたらお詫びいたします。
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