注目の話題
叱らない・怒らない育児の結果って
価値観の違いについて
義母の愚痴です。皆さんも聞かせてください。

しあわせいろ

レス383 HIT数 44518 あ+ あ-

モモンガ( PZ9M )
10/03/14 06:39(更新日時)

私の前には広がる風景があります


目には見えないけどそれは沢山の線となり形となり私のまぶたの裏で形になります


それが私にとって当たり前の風景だった


ずっとこのまま



この当たり前の風景の中で生きていくのだと思っていたよ



あなたと会うまでは




花の色も
海の色も
空の高さも



みんな知らなかった


音が香りが全てが指先を通って私に世界を



光を見せてくれた




目に見える光はどんな色ですか?




私の心の中にはいつも暖かい色があります



ねぇ




幸せってどんな色で描けばいいのかな…

No.1162024 09/08/31 02:16(スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.301 10/01/16 13:08
モモンガ ( PZ9M )

海から下に降りる道に入るとすでに一台の軽自動車が止まっていた



慌てて運転席を覗くが誰もいない




しばらく足早に海岸を進むと誰かが砂浜に倒れていた




『…望くん!?』



駆け寄ろうとすると力なくかすれた声で絞り出した声が響く


『…くるな…



来ないでくれ…



見ないでくれ…』




立ち尽くす私を後ろからお母さんが抱き締めた



お父さんが私を追い越すと『大丈夫か』と望くんを軽々と抱き上げた



お父さんは自分が来ていたコートを望くんにすっぽりかけると望くんの乗ってきたらしい軽自動車に彼を乗せてお母さんに何か話していた




お父さんはシートベルトをしめるとそのまま望くんを乗せて走り出した



わけのわからない私はその場に立ち尽くすとお母さんが優しい声で語りだした



『彼は…きっと一番弱くなった自分をあなたには見せたくなかったのよ…




でも…




あなたの一番側にいたかったのね…



今はそっとしてあげましょう…ね?』




帰り道にもう一度斎藤さんにお母さんが連絡をして



そのまま車で帰路についた

No.302 10/01/16 13:21
モモンガ ( PZ9M )

私が家に帰った父から全てを聞いたのはその日の夜の事だった




望くんがガンに再発したこと




手術をしたが体調が悪く思うように薬が効かなかったこと




体力的にも精神的にも限界のためしばらく日本の病院で治療をしたあとに改めて渡航することだった



気丈で温和な彼があんな姿で横たわるほど体の痛みは激しく辛いのか…




何よりガンにかかっていた現実を受け止める事がまだ私にはできなかった



あの日




彼はどんな想いで私を抱き締めてくれたんだろう…



最後に会った病室での優しい彼を思い出していた



しばらくは絶対安静のため面会は家族も禁止とされていた




それから3ヶ月があっという間に過ぎ



カレンダーの日付はもう5月に入っていた



私は相変わらず毎日工房に行き



病院の看護婦さんに花を渡す毎日を過ごしていた



望くんは一命をとりとめ徐々に体力も回復しているらしいが



まだまだ会うことは許されなかった





そんなある日ふいに『ママズカフェ』に立ち寄った



お母さんに頼まれたチョコレートクッキーを買いに来たのだ

No.303 10/01/16 13:34
モモンガ ( PZ9M )

店内は相変わらず盛況だった


私に気づくとこの間の彼女がぺこりと頭を下げてきた


店内の甘い香りと引き換え私の心は浮き足立たない

あの日お父さんが軽々と抱いた望くんの細い体と

『くるな』と言った声が忘れられない…

うっかり滲み出た涙を拭きながらレジに並ぶと厨房の中から伊藤さんが手を降ってきた


私は一礼するとそのままレジに並んだ


ようやくクッキーを買い店の外に出ると伊藤さんが裏口から出てきて声をかけてきた


『ことりちゃんちょっとちょっと』


少し迷ったが首をかしげながら裏手に歩いていった


『今から少し休憩もらったからご飯なんだけど良かったら一緒にどう?一人じゃ味気なくて』


あまりにも快活に笑う伊藤さんに涙がポロリと出てきた


『ことりちゃん?どうした?』


私はあの日から初めて声を上げて泣いた


声を出して泣くなんていつぶりだろうか

伊藤さんは何にも言わずに高い身長を背にして道路から私をふさいでくれた

『よしよしいっぱい泣け』

その望くんみたいな言い方にまた涙が止まらなくなっていた

No.304 10/01/16 13:47
モモンガ ( PZ9M )

結局


伊藤さんは休憩の間私を慰めてくれた


ちょっと待ってな


と車の中でしばらく待たせてもらうと


私服に着替えた伊藤さんが『送ってくよ』と頭を撫でてきた


いつもなら当たり前のように断るところだがこの日の私は少し参っていた



しばらくして車が家の近くに止まった



車のなかでは私の話を伊藤さんがゆっくり聞いてくれていた



昔自分が障害者だったこと



彼が大好きなこと



しかし今その彼が病気だということ



自分の気持ちに整理がつかないこと…



伊藤さんはただ黙って聞いてくれていた…



人に話して少し落ち着いたからか涙もひいて少し元気が出てきた


伊藤さんは『辛いことがあったら電話しといで』と携帯電話とメルアドを教えてくれた



『今は彼のためにもことりちゃんはしっかり仕事して


少しの間ほっといてやんなさい


会わす顔がないのかも知れないし


彼にも時間が必要かもね』



別れ際にそういうと伊藤さんは優しい顔で『心配ないよ』と笑ってくれた

No.305 10/01/16 17:23
モモンガ ( PZ9M )

『心配ない…かぁ』


うちに帰りソファに倒れ込む



お母さんが紙袋から甘い香りのクッキーを頬張る


『ん~!やっぱりここのクッキーは最高』



上機嫌なお母さんがうらめしい



『いいな…お母さんは…



はぁ…望くん



元気かな』




少し困った顔でお母さんが横に座ってきた



『困るわね~


ため息ばっかりつかれちゃ


陰気くさいんですけど』



そういうと私のおでこを指でパチンとはねた



『ことり、あなた自分の目が見えない時


はじめて望くんに会ったときどんな気持ちだった?』



『え?どんな…って…



目の見える彼が私の世話をあれこれしようとすることに嫌な気持ちだったけど



望くんは違った



何でも自分でできることは自分でやったらいいって…



見えないことを悲しむんじゃない



やれることを探して自分に自信をつけて生きてゆく夢をつかめって…




ことりならできるよって…』

No.306 10/01/16 17:36
モモンガ ( PZ9M )

『ことり、お母さんねこう思うのよ


障害者とか健常者とか関係なく誰だって自信がなかったり



『強くいたい』って思っても現実にはそういかなくて悲しい想いをするときがあるわ



今回だって望くんは あなたに心配かけまいとあなたには何も言わずに病気に勝って



元気な体であなたに再会したかったと思うのよ



だけど…



見知らぬ土地で
体調は思わしくなくて
辛くて辛くて…


思わずあなたのいる日本に…


あなたと過ごせなかった一年前のX'masイブを過ごしたくて飛行機に乗ってしまったとしても




お母さん、彼を攻める気にはなれないの



彼はきっと逃げてきたんじゃない



もう一度戦う為にあそこへ行ったんじゃないか…ってね』


私はお母さんの言葉を聞きながらあることを思い返していた

No.307 10/01/16 18:53
モモンガ ( PZ9M )

>> 306 あの海は確か望くんにとって特別な海だった



辛くてくじけそうになるときよく昔来ていた…って




そうだ




望くんは辛くて逃げ帰ったんじゃない



もう一度頑張りたくて




頑張りたくてきっとあの海へ行ったんだ



誰にも会わずに…



レンタカーを借りて…たった一人で…




私が家族と過ごしたクリスマスイブ



彼は一人飛行機の中で一体どんな気持ちだったんだろう



病気に負けそうな弱い気持ちを抱えて



どんな気持ちで日本にきたんだろう…



望くん…




私はその夜意を決して画用紙の裏に丁寧に丁寧にデザインをはじめた




画用紙には翼の生えた馬を大きく描いていた



望くんの翼はけしてもいだりしない



今度は私が望くんを助ける力になるんだ




昔の望くんが私にしてくれたように


何度も何度も『大丈夫だよ』って伝えるんだ



私は次の日からまおみさんと尾関さんに頼み込んでデザインを起こしたペガサスを形にしたいと交渉を重ねた



素人の私が硝子を扱えない素人が


こんな緻密な作品を作れるわけがない

No.308 10/01/16 19:04
モモンガ ( PZ9M )

でも事情を知っている二人や工房のスタッフは笑ったりせず


通常の営業が終わったあと何度も何度も硝子を膨らませたり硝子に慣れることから順番に教えてくれた



いきなり成形などできるわけもなく



形を計りまずはデザインを起こす



その型を発注したあとにやっと硝子を流し込む



硝子がドロドロになるまで溶かされて流し入れられる




そのあとに冷やしながら時間をかけて型をぬく



こんな簡単な作業だが素人の私がやるとなると話は別だ



作業は開始してから2ヶ月以上かかった



私はその間も自宅と工房の生き返りに病院に手紙や花を届け


家に変えるとリビングに倒れ込むように眠った




そして7月に入った



私達が出会って二回目の夏が巡っていた



私の髪は出会った頃のように長くなりいつも髪は1つに束ねていた




望くんとは未だにあっていない



でもそれも今日までた




ついに枠から外れた透明に光る羽が生えたペガサスが完成したのだ



硝子で開いた羽を表現するのは実はとても難しいのだとあとになり尾関さんに聞いた

No.309 10/01/16 19:15
モモンガ ( PZ9M )

私は工房のスタッフにお礼を言うとその足で病院に向かった


わたしだってできたんだよって



一緒に頑張ろうって


どうしても望くんに伝えたい




タクシーに乗り込みあせる気持ちを押さえてペガサスを見つめた




間もなくタクシーが病院に着くと私はいつものように望くんの病室に向かった



ドアが開くといつもの看護婦さんがいた


『こんにちわ


あの…望くんは…』


そこまで言うと申し訳なさそうな顔をしてうつむいた


『…あのね、ことりちゃん


望くんの再手術が向こうで決まったの


だいたいの体力は回復してピークは越えたからって



ごめんね



『彼女には言わないでくれ』って望くんが…




昼の飛行機で立つ予定よ』



私は急いで病院の下まで引き返した



病室で待機していたタクシーに再び戻ると空港へ行くようにお願いした



『お願い…望くんにどうしても伝えたいの…


お願い間に合って…』



平日の昼間ということもあり高速は空いていたがいつ立つのかも何行きなのかもわからずまだ見ぬ望くんをただ想った

No.310 10/01/16 19:26
モモンガ ( PZ9M )

空港に着くとタクシーに待っていてもらい駆け足でロビーに走り込んだ




『北欧行きの便は…』



表示のパネルを見るがやはりよくわからない



そうこうしている間に望くんが行ってしまうかも知れない



こんなにたくさんの人の中でどうやったら見つかるのか




『落ち着いて


落ち着いて…



わかるはずよ、意識を集中して…』



私はロビーのほぼ真ん中で目を静かに閉じた



目の見えない人間の嗅覚や聴力は並外れていい



懐かしい聞き覚えのある声を必死に探した



『望くん…


望くん…!!』



目を閉じて人を探す私に空港の職員が駆け寄ってくる



『お願い!


返事して…!!』



体も声も全部使って探した



望くんじゃなきゃやっぱりダメなんだ



目が見えなかったのはきっとあなたに探してもらう為だったのかも知れない



そして



目が見えるようになったのは


あなたを見つけるためだったのかも知れないね



望くんを呼ぶ私の左手を懐かしい感触がとらえた



柔らかい
ごつごつした太い指

No.311 10/01/16 19:38
モモンガ ( PZ9M )

『バカ


声がでかいよ』


その人は眉毛ギリギリまで夏なのにニット帽を被っていた



長袖のトレーナーにスエット姿で車イスに乗っていて




胸には2つ




銀色の翼をつけたペンダントをつけて…



わたしはその場にヘタヘタと座り込み車イスの望くんの膝にうつぶせた



『…バカじゃないもん』



『…そっか


じゃあ顔あげてみな』



顔を左右に大きくふった




望くんの優しい手が懐かしい感触で私の頭を何度も撫でた



『…心配かけまくってごめん…



ことり…




俺もう一度頑張ってくるよ



今度は負けたりしない



来年…必ず迎えにくるから



もう少し待ってて』




私は顔を上げてぐしゃぐしゃになった顔を見せた


『うわ~しばらく見ないうちに不細工になったなぁ』



笑いながら前髪を整えてくれた



見上げた望くんは口元には大きな医療用のマスクをして笑っていた

No.312 10/01/16 19:54
モモンガ ( PZ9M )

『初めまして


加藤望です



今からちょっと大切な用事があるので出かけてきます



今度は俺から会いに来るから…



待っててな』




私は泣きながらただ頷いていた




脇に抱えていたペガサスを望くんに差し出すとつまる声でゆっくり話した



『初めまして…



中村ことりです



私が…だっ



大好きな人のことを想って…初めて作った作品です…



ペガサスは…夢の中の動物だけど…



こうやって…



努力すれば…きっと


形になるから…



望くんも




必ず…必ず帰ってきて』




そう言うと望くんが両手を広げて昔のように抱き締めてくれた



小さくなった肩


細くなった指先


それでも彼はあたたかかった




マスク越しに



『愛してる』



と最後に小さくつぶやいてくれた…




最後に見た
あの日の望くんの笑顔から今日で更に一年が過ぎていた




私は22歳になっていた



あれから望くんと連絡はとっていない



腰まで伸びていた髪は昨日ばっさり肩まで切った

No.313 10/01/16 20:07
モモンガ ( PZ9M )

私は相変わらずガラス工房で働いているし



最近はと言えば仲良しになった伊藤さんのお店でお母さんとお菓子教室に通いはじめた



あれから何度もメールに手が伸びたが



こちらから連絡することはしなかった



今年もあっと言う間にあと一日でX'masだ



今年は家族で過ごすのは辞めてあれから頑張ってとった車の免許であの海に行ってみることにした




望くんがいなくても



ここから頑張ってねって励ましたい






私は望くんに宛てたX'masプレゼントを学校に送るとそのまま『ママズカフェ』に足を運んだ




今年のX'masケーキはお母さんが作るのだと言う




街は行き交う家族連れやカップルが幸せそうに歩いている



ネオンに負けない位きらきらした笑顔はしあわせそのものだ


今年の望くんへのX'masプレゼントは斎藤さんに聞いて靴を送った



来年、それを履いて帰ってきてくれますように…




ママズカフェにつくと奥さまに囲まれてオーナーシェフのおじいちゃんパティシエさんが目を回していた

No.314 10/01/17 03:18
モモンガ ( PZ9M )

『きたきた!ことりこっちこっち』


丁度焼き上がったX'masケーキのスポンジに生クリームを塗るところだった


『ことちゃん、もうワシ休憩ね


こちらのお母様方は不器用なかたが多くて参りますわ』



『そんな~伊藤先生~ちゃんと授業料払ってるんですから教えてくださいよ~』



テーブルの上には砂糖菓子でできたサンタやビスケットでできた家など、カラフルなマカロン、デコレーションがほどこされたチョコレートなど甘くていい香りが鼻に広がる


本店の横に併設された『ママズカフェ・クラス』は10畳程のキッチンがメインのスタジオだ


講師はもっぱらおじいちゃん先生で、たまにはサプライズで有道先生が来ることもあったりする


今日はさすがにX'masイブイブで有道先生は来ないみたいだ



『お母さんファイトだよ~今年の我が家のケーキはお母さんの腕にかかっているって言っても過言じゃないからね~』



楽しそうにケーキを作るお母さん達のコミニュティをその場に残し荷物を置きもう一度外へ出た


日はすっかり短くなり5時過ぎだと言うのにもう夜みたいだ

No.315 10/01/17 03:29
モモンガ ( PZ9M )

外に出た所で後を続き伊藤先生が入り口に腰を降ろした


『あ~疲れた


もぅ降参』



私は『お疲れ様です』と先生の肩を何回か後ろから叩いた



トントン…
トントン…



黙って二人で薄暗い空をしばらく眺めていた



中からはお母さん達の楽しそうな笑い声がもれて聞こえてくる



本店にはお客様がひっきりなしでてんやわんやな状態だ



『いいんですか?お店手伝わなくて…


お母さん達ならもう出来上がりだし大丈夫じゃないですか?』



『いいのいいの

ゆうもこれからはこの店を一人で切り盛りできるようにならんとな


いつまでもワシに味見してもらってばかりじゃアイツの店にならんじゃろ』



そう言うと胸からタバコを一本取りだしおいしそうに深く吸い込んだ


『あっまた!


味が判らなくなるからたばこは禁止!

言ったじゃないですか先生』



『だって今日はもう厨房に入らないもんね~』



愉快そうに伊藤先生が笑った


『ことちゃんがなぁ…


ホンとの孫になってくれたらいいんになぁ…』



『孫…ですか?』



『うん、孫』

No.316 10/01/17 03:41
モモンガ ( PZ9M )

『お孫さんなら有道先生がいらっしゃるじゃないですか~



あんなにできた自慢のお孫さん、なかなかいませんよ?』



『ことちゃんはおるんか?好いとぉ男は』


『…好いとぉ男ですか?



…内緒です


先生お口軽いから』



先生はタバコの煙を吐き出すと静かに右足に前に捨て、それをゆっくりと拾った



つまんだタバコをいつものアルミ缶の中に入れると真面目な顔で『ちょっと座んなさい』と石畳を叩いた



私は首をかしげるように横に座ると先生はいきなり突拍子もない事を口にした



『ことちゃんはゆうの事は嫌いか?


なかなかのイケメンだし自営業だから結婚しても食いっぱぐれはないぞ』



『?え?


あたしが有道先生をですか?



そんなことしたら有道先生のファンに刺されちゃいますよ私』



茶化したように笑うと先生は後に続けて話した



『…でも、ゆうはことちゃんを気に入っとるようにワシにはみえるがの


気のせいかの…』



『気のせい

気のせい


先生、気の使いすぎですよ


取り越し苦労もいいとこです!


もぅ全く』

No.317 10/01/17 03:56
モモンガ ( PZ9M )

先生の肩を少しきつめに揉むんでいると本店の中から有道さんが顔を出した



『じいちゃんヘルプして


もう間に合わないよ


台はだいたいできてるから装飾のチェック頼みます


…あれ!ことりちゃん、来てたの?』



小走りにこちらへ駆け寄った



『母達が忙しいのにスタジオお借りしてすみません



お詫びにたくさんおむすび買ってきましたから



あとでみなさんで召し上がって下さいね』



『うわっ!?マジで?



昼から何にも食ってないんだよね


いつもありがとな』



『いえ、そんな』



私たちのとりとめのない会話を聞いて先生がニンマリしている



『ほ…ほら!先生


片付けはあたしに任せてあちらを手伝って下さいね!』


あたしは先生の背中をギュウギュウ押すとかけ上がるようにスタジオに入った



ドア越しに有道先生の視線が当たるような気がする



でも違う



違うの


この感情は恋なんかじゃ…




あたしは買ってきた差し入れを母に託すとスタジオの後片付けをはじめた



なんとなく有道先生に会いづらかった

No.318 10/01/17 04:03
モモンガ ( PZ9M )

『伊藤先生があんなこと言うからだよ…


あたしには…



望くんがいるんだもん…』





あたしが辛かった時に助けてくれた人



あたしを見つけてくれた人



あたしに色んな世界を教えてくれた人




あたしに恋を教えてくれた人…




あたしを迎えにきてくれる人…




机を拭く手が不意に止まった



あたしは…



今のあたしは…




望くんに会って何をしたいの…?



キス?



抱き締めてほしい?



それとも…




いくら考えても答えはわからなかった



あと3ヶ月




3ヶ月たったら…



春がきたら…



この気持ちが『恋』なんだって



きっとちゃんとわかるよね…




望くん…

No.319 10/01/17 04:41
モモンガ ( PZ9M )

翌日早めにウチを出ることにした



防寒の準備は万全



来るならこい!って感じだ




車にはかばんと



ブランケットにお気に入りのだき枕(ウサギ)



大好きなアーティストのCD



あとはお弁当に水筒

お母さんが作ったX'masケーキを1カットだけ



『何だか寂しい独身女のピクニックみたいに見えるかな…


まぁいっか~』



心配そうに手を降る両親に手を振り返し車を走らせた




目的の海まではゆっくり走って2時間くらい



思い返してみれは一度目は波の音だけ



二度目は夜だった



三度目の正直でこんどこそ望くんが大好きだった『はじまりの海』を見てみたい




望くんが大切にしていた海に私もふれてみたい




車は順調に走り続け昼過ぎには目的地に到着した




『うっ…わ~


予想以上に寒い~』


車を降りブランケットを肩から巻き


サクッ
サクッ


と砂の中に靴が入っていく



『うわぁ……』




目の前に広がるのは青い



青い海に白い波がどこまでも続く風景




空は海より少し青く



その境目は白く光って輝いている

No.320 10/01/18 10:15
モモンガ ( PZ9M )

砂の上に腰をつけて仰向けになる



頭上には抜けるような青空とぽっかり浮かんだ白い雲がいくつも漂っていた




『なんて…


綺麗なんだろう…




目を閉じると冷たい空気しか感じないのにね…




目が見えるって…



心で感じるより綺麗な景色がたくさんある…




でも…




こうして目を閉じていると



何だか落ち着くのは何でなのかな…




見える世界と
見えない世界



本当はどっちか幸せだったのかな…』




まぶたの裏には優しい望くんの声



目の前にあるのは有道さんの笑顔



私ってなんてふとどきものなんだろう



今まで望くんが私にしてくれた事を考えたらこんな風に彼以外の事を考えたらダメなはずなのにね…



こんな気持ちになるなんて



自分でも信じられない…




『バカことり



あんたの好きなのはどっちなのよ…』

No.321 10/01/18 10:24
モモンガ ( PZ9M )

離れそうなのは


気持ちなのか
距離なのか



私は望くんがくれた指輪を空の光にかざしてみた



綺麗な白い光の中でいくつもできる太陽の輪




一年前




ここで望くんが倒れていた夜




彼は薄れいく意識の中で波の音を聞きながら私を想ってくれていたんだろうか…



私がかつて暗闇の中でもがいていたように



怖くて辛くて
なにもできない自分がふがいなくて


ただ


そこにいるだけの自分がみじめで




そんな気持ちで空を見上げていたんだろうか…





私はむくりと身を起こすと砂を払い海岸を歩き出した



歩いてきた後を振りかえるといくつもいくつも足跡がついては波に消されていく



この海の向こうでただ生きようと




私を想ってくれている人がいる…




私は指輪を深くはめ直し




その日から『ママズカフェ』に行くのを辞めた




この曖昧な気持ちでどちらの前にも出たくない



そんな気持ちだった

No.322 10/01/18 10:34
モモンガ ( PZ9M )

それから一週間後



大晦日になった




私は今日で22歳になる




耳の辺りで切ったボブがなんだかスカスカして



今の自分の気持ちのようだ




パジャマから白色のタートルに着替えデニムをはく



上からグレーのストールを巻いてリビングへと降りていった



『おっはよう


今日も寒いね~





あれ…?お母さんは?』



リビングで新聞を読んでいたお父さんの隣に座った



『おせちの引き取りだってさ



いつものパン教室の仲間同士でデパートだとさ




俺はウチにいた方が安全だからさ』



笑いながら次の新聞欄に目を移す



『お父さん


それを言うならパン仲間じゃなくてお菓子仲間!パンとケーキの違いもわかんないの?困りましたね~』



そう言うと『すいませんね』とバツが悪そうに新聞紙で顔を隠した



台所に行くとパウンドケーキと紅茶が置いてあり私宛にメモ書きがしてあった

No.323 10/01/18 10:42
モモンガ ( PZ9M )

『ことりへ


おはよう。お母さんお友達と〇〇デパートに行ってくるわね


今日はお食事をしてから帰る予定なのでお父さんの事よろしくね



あと


伊藤先生も有道先生も最近あなたの顔を見れなくて寂しそうよ?




今日は年末の掃除があるみたいだからご挨拶だけでもしてらっしゃいな



あなたの会社の忘年会、今年はないんでしょ?




あとパウンドケーキ

有道先生からのお土産です



お昼にでもご馳走になりなさいね



それでは宜しく



母より』





手紙を読んだあとポットからお茶を注ぎ紅茶を2つ入れた



パウンドケーキの中身は私の好きなものばかりだった



フォークでひと差しして口に入れると甘くて幸せな味がした



返しておいた砂時計から砂がなくなりもう一度お父さんの横に座り運んだ紅茶に口をつけた

No.324 10/01/18 10:54
モモンガ ( PZ9M )

『ことり


お前そう言えば今年は忘年会ないんだって?』



読み終わった新聞をたたみ無造作にソファーに置くとお父さんが紅茶に手を伸ばした



『うん‥今年はオーナーのお母さんの体調が悪くて昨日から社長達二人で九州の実家に帰ってるの




だからみんなで経過を見てから仕切り直しましょうって




だから今夜の初詣には私も一緒に行くね』




『そうか、じゃ早めにソバの用意しとかなくちゃな




昼から父さん買い物してくるからお前もしとく事があれば早めにやっときなさい』




お父さんは紅茶を勢いよく飲み干すとゆっくり立ち上がり鼻唄を歌いながら庭へと降りていった




私は台所のパウンドケーキを見ながら


『ママズカフェ』に行こうか辞めようか迷っていた




でも挨拶くらいはね‥




したらすぐ帰ればいいんだし‥





残っていた紅茶を飲み終えるとさっと洗い物をすませ


『少しでかけてくるね』とお父さんに伝えた




急いで車に乗り込むと後ろの座席にはお気に入りのだき枕が積んだままになっていた



それを助手席に座らせるとゆっくりアクセルを踏んだ

No.325 10/01/19 10:38
モモンガ ( PZ9M )

道なりに買い物袋を両手に抱えた家族連れや



兄弟だろうか


後ろからおいかけっこをする子供たちを車で追い越すと駅前につながる道は人であふれていた



『定休日』とかけられたママズカフェの店内を一度素通りして中の様子を伺うが明かりはまだついていなかった



『まだ誰も来てないのかな‥』



駐車場に車を泊めたが誰の気配もなかった



車のエンジンを止めて座席を倒した


後ろにひっくり反ったまま隣からぬいぐるみを取り胸に上げた




『あ~まだ誰もいないかぁ‥』



何をするわけでもなく気の抜けた私は深い安堵のため息をついた




会いたいような


会いたくなかったような‥




『元気だしてよ
ことりちゃん

あたしがいるじゃない』



声色を変えてバカみたいに一人で人形遊びをする




『先生に会いたかったの?』



『違うよ挨拶にきただけだもん』



『嘘はだめだよ、挨拶だけなら携帯でもいいじゃん』




『う‥そうなんだけど‥』



言葉につまるとウサギを胸にきつく抱きしめ勢いよく起き上がった

No.326 10/01/20 11:23
モモンガ ( PZ9M )

首を弱々しく左右に振るとウサギを助手席に戻した



『何か虚しいなぁ‥

やっぱ帰ろっかな』



カバンから携帯を取り出して有道先生にメールを打った



『有道先生へ



おはようございます

今年は色々とお世話になりました



ご挨拶をと思いましたがタイミングが合わずメールでごめんなさい(^人^)



また来年も宜しくお願いします




お土産ありがとうございました



とても美味しかったです。


中村ことり』



一通りメールの文章を確認すると送信してカバンへと携帯を戻した




アクセルを軽く踏みハンドルを切ると私は元来た道をゆっくりと引き返した




途中、本屋があったので読みたかった本を買いに立ち寄った



店内にはお客さんはまばらで立ち読みしている人がほとんどだった



『え~っと‥今月号の「ガラス細工に親しむ」は‥


趣味のコーナーを探しているとカバンの中からメールの着信音が鳴った

No.327 10/01/21 18:18
モモンガ ( PZ9M )

メールの発信者は有道先生からだった


急いで携帯を取り出すと写真付きのメールが届いていた




タイトル:ハッピーバースデー(^-^)g


お誕生日おめでとう&今年一年お世話になりました!一足違いで今店につきましたがもう帰っちゃったかな?じいちゃんは昨日から腰を痛めて当分店はお休みします。正月休みだからちょうどいいけどね!最近めっきり顔を見れないのでちょっと心配してます。もしこのあと予定がなければ店に来ませんか?ことりちゃんの大好きなイチゴのレアチーズ作ろうと思ってます。とりあえず連絡してみました(^_^)v有道





読み終えたメールの下にはブイサインをしてイチゴを口に加えている有道先生がいた




久しぶりにみた笑顔



携帯を見ながらくすりと笑ってしまった



(行かない方がいい‥このままウチに帰ってお父さんと買い物に行こう‥)



心の中でとっさにそうつぶやいた




誰もいない店で先生と二人きりなんて


今の優柔不断な私には行けるはずもなかった

No.328 10/01/21 18:30
モモンガ ( PZ9M )

買いたかった本をレジに持っていき精算をすませた



車の中に戻りシートベルトをかけ、携帯を探した



『有道先生へ



メールありがとうございます



とっても嬉しいんですが残念ながら午後から父と買い物にいく約束をしているので店にはいけそうにもありません


(>_<)ごめんなさい




また来年


母と教室に伺いますね



よいお年をお過ごし下さい



中村ことり』




あえて誕生日については触れないようにして簡単なメールを打った



私はハンドルにおでこをつけた



『‥バカみたい


何一人で意識しちゃってるんだろう‥



あたしはただのお客様なのに‥』



ハンドルを握った左手のくすり指に目線を移す




『大丈夫だよ



あたしちゃんと望くんを待ってるからね‥』



そうつぶやくとゆっくり自宅へと車を走らせた




一度自宅に戻るとお父さんが夕方に食べるお蕎麦の器の準備をしていた



『ただいま~



もう料理の準備をしてるの?あたしも手伝おうか?』




『いや、大丈夫だよ
ありがとう』



父が楽しそうに器を洗っている

No.329 10/01/22 02:21
モモンガ ( PZ9M )

『‥ねえ、お父さんってお母さんのどんなところがよくて結婚しようって思ったの?』



『は‥?』
父はびっくりするような顔で振り向くと『忘れちゃったよそんなの』とはずかしそうに手を動かし始めた



私はソファーに寝ころがると『ふ~ん‥そんなもんなんだ』と足元にかかっていたブランケットを肩まで引き上げた



机の上にはあれから連絡のない携帯電話とカバンが無造作に置かれていた




父はチラッと横目で私を見るとタオルで手を拭きながら会話 を続けた



『昔の話だぞ




母さんがまだうちの取引先の新入社員だった頃だ



父さんはその会社に営業でよくでかけててな『可愛い子が入ったから 』って仲のよかったそこの会社の人に教えてもらったんだ』


『えっ?お母さん昔は可愛かったの?』


父は肩を揺らしながら笑うと二度頷き


『ここだけの話な


かなり可愛かったんだ



今のことりによく似てるかな



髪は肩くらいで小柄な身長にぱっちりした目で笑顔の可愛い人だったよ』

No.330 10/01/22 02:30
モモンガ ( PZ9M )

『じゃあお父さんの一目惚れだったの?』



『う~ん‥まぁ‥なんていうか‥



そんな感じかな?』


お父さんは恥ずかしそうに顔を緩ませた



『でもな、すぐにはデートには誘えなかったんだ』



『何で?恥ずかしかったから?』



『いいや、お父さんな



その頃結婚を前提に付き合っていた彼女がいたんだ



だからすぐに簡単には気持ちは切り替わらなかったんだ



何しろ三年間付き合ってたからな



ただ『可愛いな』ってだけじゃそれは急にはかわらなかったよ



付き合ってる彼女も大切だったしね



このまま憧れみたいな気持ちで終わらせた方がいいかなって自分に言い聞かせてたんだよ』




私はお父さんの話を今の自分と当時のお父さんとを重ねながら聞いてしまった





『それで‥?


お父さんはどうしたの?』



『うん、それでな思いきってデート‥してみることにしたんだ



最初で最後のデート



これで自分の気持ちがはっきりわかるんじゃないかと思ったよ』

No.331 10/01/22 02:40
モモンガ ( PZ9M )

『仲良く喋るようになってしばらくしてな、お母さんを食事に誘ったんだ




ランチデートってやつだ



いきつけの魚がうまい定食屋でね



男ん中で紺色の制服を着ながらお母さんは嫌な顔をひとつもしないで楽しそうにご飯を食べてたよ』


『うん、それで?』



『うん、それでな


魚を実に綺麗に食べてな



若いのに食べ方の凄く気持ちのいい子だなって感心した



一緒にいて
何も話さないときも何て言うか‥緊張したかったんだ



何だか‥空気が同じっていうか‥



楽だった』



私は頷きながらお父さんの話に聞き入っていた



『食べ終わったあとにな


言ったんだよお母さん



『ごちそうさま

とても美味しかったです』



って』




『‥誰に?』



『定食屋のおばちゃんにだよ



それを見てお父さん


この子とずっと一緒にいたら人生凄く楽しく過ごせるかもなって



見てて何故かそう思ったんだ



今でも不思議だけどな』




お父さんは膝をたたくと『買い物にいくか』と上着を羽織に部屋へ戻った

No.332 10/01/22 02:49
モモンガ ( PZ9M )

私が今こうしてここにいるってことは



お父さんは結局その彼女と別れてお母さんを選んだっていうことだよね




かたや三年



かたや数日間



決め手になったのは『空気感』




まだ私には少し難しい話だけどよく聞くところの『価値観』ってやつなのかな‥



『この人しかいない位好き』って思っていつも『それ以上の誰か』に会うたびにパートナーを変えていたら身が持たないんじゃないのかな‥



それはもともと『本当に好き』じゃなかったんじゃないのかな‥



『本物』って



一体何が違うんだろう‥




大好きだけど心変わりしたお父さんは


最初の彼女とは手に入れられなかった『何か』をお母さんとは見つけられたのかな‥




人を好きになるって


人を想うって




そんなに簡単で単純な話じゃないんだね

No.333 10/01/22 02:59
モモンガ ( PZ9M )

ただ私がわかるのは二人は今とても幸せそうだっていう事



お母さんはお父さんを



お父さんはお母さんをとても大切にしている




たまには口喧嘩やすれ違いもあるけれど


結局それでもちゃんと仲直りをしてまたお互いを認め会う




人を『愛する』って


認めあったり
許しあったり
励まし合ったり
譲りあったり



そういうことがカチッと会うってことなのかな‥



リビングの壁にはいつか私がデザインしたガラスの花瓶にお父さんが手入れしてある温室の花が綺麗に活けてあった



お母さんの好きなピンクのチューリップ




そして



ソファーの横には体の大きいお父さんを気遣ったカロリーを抑えたメニューのレシピ本に付箋が何枚も貼り付けてある



相手を思いやるって



言葉の中以外にもきちんと存在しているんだ




そういうことがきっとお互いのリズムでしっかり刻める人が




『本物』に近い人なのかも知れないな‥

No.334 10/01/22 03:04
モモンガ ( PZ9M )

玄関から『そろそろ行くぞ~』とお父さんの声がした



私はブランケットを綺麗に四ッ折にするとかけてあったベージュのダウンジャケットを羽織った




部屋を出るときもう一度お父さんとお母さんと私で写した家族写真を見つめた



私はこの家族に巡りあえて本当に幸せものだ




そう思いながらお父さんの声がする玄関へと駆けていった

No.335 10/01/22 13:02
モモンガ ( PZ9M )

今度はお父さんの車に乗り込み近所の24時間の大型ショッピングセンターへ出かけた




年末の年越しそばは必ずお父さんが作る


と言っても茹でたお蕎麦に汁をかけるいわゆるレトルトなんだけど‥



それでも


『年末と正月は母さんの唯一の休日だから』とお父さんはお母さんを台所にたたせたりしない




本当に何だかんだいっても愛妻家だ




お父さんと一通りの材料を買い込み正月のお酒とおつまみをカゴにつめこむと私達は少し遅い昼食をとった



『夜は蕎麦だから』と軽めにおにぎりの専門店で済ませた後



足が止まった可愛らしいワンピースの前でおねだりなしで『誕生日プレゼント』を図々しく頂いた



『着てみなくていいのか?』



『うん!大丈夫~


でもいいのお父さん、これ‥一万五千円もするよ?』



小さな声でお父さんに伝えると『誕生日だからな、しかたない‥』となけなしのお小遣いを出してくれた

No.336 10/01/22 13:19
モモンガ ( PZ9M )

きれいなピンクに花柄のシフォンワンピース



まだ少し寒いけど薄手の長袖インナーなんかに合わせたらとても可愛らしいですよとお店のお姉さんが教えてくれた




私は肩から大きな紙袋をかけて久しぶりにお父さんと腕を組んで歩いた




懐かしい感覚





久しぶりに寄り添った父は少し照れくさそうにゆっくり歩いた

No.337 10/01/24 02:00
モモンガ ( PZ9M )

お父さんとしばらくウィンドーショッピングを楽しんだ後お母さんから連絡がきて出先の〇〇デパートまでついでに迎えに行った



駅で合流すると『まだまだ買わなきゃ~』と言う他のおばさん 達にお別れをしてお母さんは両手に抱えていた荷物をトランクにつめこんだ


『あ~疲れたわ~
もう初詣に行く元気なくなっちゃったわ』



そう言うと力なく後ろの座席に横たわった



『もぅ~おせち料理が何でこんな大荷物になるんだ~?』



お父さんがバックミラーで横たわるお母さんに話しかけている


『だって~


新年のお洋服とカバンだって欲しいでしょ~



あとはお父さんとことりの洋服に



伊藤先生へのお年賀のお菓子におせちでしょ?それに‥』



話を続けるお母さんに首をすくめながらお父さんが『な‥?家にいて正解だったろ‥?』



と耳元でささやいた



『ほんとだね』



二人してクスクス笑うと後ろでお母さんが頬をふくらませていた

No.338 10/01/24 02:09
モモンガ ( PZ9M )

車の窓から見る年末の風景はとても幸せそうだった




家族連れ
恋人同士
学生のグループ
年配のご夫婦
歩道をかける子供



みんなが笑っている



目に見える輝かしい幸せ




いつまでもこんな毎日が続けばいいのにね



ただ当たり前のように過ぎていく毎日が



大切な人が存在していることが



こんなに幸せなんだと流れる景色を見ながらガラスの窓越しに伝わる冷たい空気と一緒に感じていた




望くん


あなたは今幸せですか‥?



あなたは私と巡りあって幸せでしたか‥?




目の見えない私をなんの迷いもなく受け入れてくれた彼を



あの日のか細い彼を



私は愛せたらきっと幸せになれるだろうね‥



ううん



今度は私が幸せにしてあげなくちゃいけない




私は開いていた携帯を閉じると静かに目をつむった




これ以上迷ってはいけない




心の中でそう一人つぶやいた

No.339 10/01/26 02:15
モモンガ ( PZ9M )

それからほどなくして家に着いた私達はお父さんのお手製年越しそばと冷たいビールで一年の労を労い乾杯した



お母さんからは誕生日プレゼントにと春らしい白いレースのリボンがいくつも重なったキャミソールとお揃いのカーディガンをもらった



『うわ~可愛い!どうもありがとう~』


私はお母さんの前でそれをあてがうとくるくる回ってみせた



『色でなやんだけど無難にクリーム色にして正解ね



よく似合うじゃない』



『そうだことり



お父さんの買ったあれも着てみてくれよ


なけなしのあれ』




ビールを一本既に飲み終えたお父さんはご機嫌に二本目のプルトップに指をかけていた



『なぁに~?なけなしって‥


さてはことり‥』



お母さんがうらめしい顔をしてわざと腕を組むが私は笑いながら『おねだりしたんじゃないもん』と笑いながら二階へとかけていった



部屋に付くと着ていた服を全て脱ぎ新しいアンダーウェアを身に付けた




両親のプレゼントしてくるた服はそのまま着るにはまだ寒いが家の中なら充分だった

No.340 10/01/26 02:37
モモンガ ( PZ9M )

ピンクの薄いシフォン生地の中にある細かい花柄と綺麗なラインのワンピースにカットソーのレース感がよく合っている


『これで可愛いサンダルでもあれば春にはお出かけできるわね』



鏡の中の自分がため息をつきながら力なく笑った



脱いだ服をひとまとめして階段を下り始めると下での賑やかな声が広がっていた


脱衣場に服を置きふと玄関を見ると見慣れないスニーカーが一足置いてあった


『‥お客様かな‥』


通路からリビングをこっそり覗くとそこにはお父さんの横でビールを断っている有道先生がいた


『えっ‥何で』


小さな声でつぶやくとドア越しにお母さんが私を見つけ手招きをしている


お母さんは嬉しそうに先生に出すお茶と小皿を用意していた


中からは

『いやいや中村さん、僕はもうこのままおいとましますから‥』


笑いながら有道先生の声がしていた



テーブルにはお店のケーキボックスにピンクのリボンがかかっていた




朝言っていたいちごのチーズケーキだろうか‥




私はドアから少し離れ脱衣場に逃げ隠れた

No.341 10/01/26 02:49
モモンガ ( PZ9M )

有道先生の突然の訪問に完全にてんぱってしまっていた



着ていたワンピースを脱ごうとするが後ろのファスナーになかなかうまく手が届かない





手を後ろに回し跳び跳ねていると前の鏡にきょとんとしている有道先生が写っていた



『‥こんにちわ


トイレお借りしたいんだけど



いい‥?』




笑いをこらえながら片手を口にあてた



『‥えっ?あっ?



あ!トイレ



トイレ!どうぞこっちです




両手で左側にあるトイレを指すと先生は笑いをこらえながら『ありがと』と背中を向けた




足の先から頭の上まで赤くなったに違いない



私が慌てて脱衣場から立ち去ろうとするとドアの中から有道先生がわざと顔を出した



『ことりお姉さん



その服凄くかわいいね



凄く可愛い』




そう言うとバタンとドアを閉めた



私は両方の頬を押さえながら鏡の中の自分と向き合うと少し頬をつねった




二階に上がりいつものようにジーパンに長袖のカットソーを着るとストールを肩から巻いてリビングへと降りていった

No.342 10/01/26 11:26
モモンガ ( PZ9M )

もじもじと淡いピンクのカットソーの裾を手でひっぱると意を決してリビングのドアを開けた



『こんにちわ』



白いシャツにグレーのパーカー


それにデニム



仕事帰りにそのまま来てくれたのだろうか、膝は真っ黒でシャツや爪には所どころ生クリームがついていた



『こんにちわ‥


珍しいですね』



『ね、図々しくお邪魔してます



お土産付きだから歓迎して』



有道先生が指を指す方にはさっきのリボンがかかった箱があった




お母さんがその横で嬉しそうにケーキをカットしている




『素敵!!凄くおいしそう』




白いお皿には切り分けたケーキが4つ並んでいた




『見て見て!あなたの好きなフレッシュチーズよ


早く頂きましょう』

No.343 10/01/28 02:28
モモンガ ( PZ9M )

遠巻きにチラッとテーブルを覗くと濃厚なチーズの中にドライのラズベリーやブルーベリー、イチゴが混ざり


上の方にはフレッシュな果物が綺麗に均一に並べられている



『おいしそう!』



思わず声に出して手を叩いたその様子を嬉しそうに腕を組ながら有道先生が見ている



『さぁ~美味しそうなケーキが来ましたよ

みんなで頂きましょう』



お父さんと有道先生が横ならびにソファーに座りお母さんはお父さんの前へ


私は有道先生の前へ座った

『ことりの22歳のお誕生日を祝って!

カンパーイ!』

お父さんが飲みかけの缶ビールを持ち上げると有道先生がお母さんの入れたオレンジティのグラスをを重ねた


『カラン』と氷の揺れる音がして、続いて私とお母さんもお父さんにグラスを重ねた


『おめでとう』


お母さんが目尻を下げて優しく笑った


何だか不思議な展開だが、私達と有道先生はそれから結局二時間近く甘いケーキをつまみながら楽しい時を過ごした


ご機嫌なお父さんはそれほど強くもないのについに四本目を開けると、片方の肘をついたまま眠ってしまった

No.344 10/02/01 12:40
モモンガ ( PZ9M )

『あらあら…お父さんたら調子に乗ってこんなに飲むんだから…



恥ずかしい所見せちゃってごめんなさいね』



お母さんが寝室から運んだ毛布をお父さんにかけながら有道先生に言った



『いえ、僕のほうこそお忙しい中にお邪魔してしまってすいませんでした



もうおいとましないと…』




そういうとソファーの脇に折り畳んでいたカーキのダウンジャケットを手に取った



そのあとに続くように私が立ち上がった


『ことりちゃん、またね』



優しい笑顔で笑う



『何のおかまいもしませんで…



また改めて新年のご挨拶に二人で伺いますね』




お母さんが私の背中を軽く押した


『せっかくだからそこまでお送りしたら?ことりったら最近めったにお会いしてないんだから』




思わずお母さんの顔から視線を落とした



もう、二人きりで会うのは辞めにしたいのに…




『うん、そうだね』


そう言い玄関脇にかけてあったお母さんのベージュのジャケットを羽織ると玄関に降りた



そんな私を見て何か感じたのか『寒いからいいよ、家に入ってて』


また優しい顔を私に向けた

No.345 10/02/01 23:54
モモンガ ( PZ9M )

『でも、せっかくだからそこまで』そう言うと履き慣れた白いスニーカーを素早く履き家の前の道を下り始めた




我が家の前の道は幅があまり広くない上にスクールゾーンなので来客があるときはお願いして公園のまわりに止めて頂く事にしている




この日も有道先生は公園脇の電話ボックスの近くに車を止めてきたらしい



『何だかわざわざ悪かったね、寒いのに』




『いえ、こちらこそお土産美味しかったです


何だか得しちゃいました』



左側から見上げる有道先生の顔が優しく見える



公園に着くと近くにあるベンチに座り有道先生が手招きをした




おずおずと歩みより少し離れて右側に座った




『最近彼とは…どんな感じなの?また行かれたんだよね…フィンランドの病院に



まだこっちには?』



『まだ…向こうだと思います



連絡も、ないのですが日本にはまだ来てないと思いますよ』

No.346 10/02/25 10:02
モモンガ ( PZ9M )

『そっか…』


有道先生が小さな声で下を向いた



私は先生の隣に座りながら膝をくっつけたり足を揺らしたりと落ち着かなかった



ときめき?
はずかしさ?
望くん以外の男の人だから?
それとも…




考えながらふと横を見ると有道先生が真っ直ぐにこちらを見ていた



いつもの優しい顔でもなく


真っ直ぐな
真剣な顔だった



『あのさ…』



体の向きを変えて私の方に向きな押した



先生の左の腕がベンチ越しに私の背中に軽くあたった



とっさに指先に力が入った



『あの、私そろそろ…』


笑って立ち上がろうとすると先生の手が私を捕らえた


『有道せん…せい?』


そう言うやいなや先生の見た目より意外にがっしりとした腕が私の目の前にあった




何が起きたのかわからずに放心していると小さく一言先生が


『好きだ』




と呟いた

No.347 10/03/03 03:46
モモンガ ( PZ9M )

頭がまっしろ



…ってこういう時に使うのかな



気持ちとは裏腹に頭は意外に冷静に動いていた



近くにいると先生の服から懐かしい店の甘い香りがしてきた



バターとお砂糖の甘い匂い…



私がいつもドキドキしていたあの…甘い香りとは違う…




私は急に望くんの事を考えて涙がでてきた



何故だろうか…



心の深い所で望くんが笑っているような感じがした




『ことりの好きなようにしたらいいよ』



そう言って望むくんが笑って手を降っている画が浮かんだ



私は思わず目を開いて先生の腕から身をよじった



先生はなにも言わず優しく頭を二回撫でてくれた



『…なんてね



彼氏がいたらぶっとばされちゃうもんな


ごめん、ことりちゃん』



そう言うとパシン!と手を合わせて拝むように私に謝って見せた



その手が微かにふるえていたのを私は涙を拭きながら見ていた




ごめんなさい



ごめんなさい先生…



優柔不断な気持ちと
受け入れられなかった自分と



とにかく今は最高にごちゃごちゃした嫌な気持ちだった

No.348 10/03/03 03:58
モモンガ ( PZ9M )

それから私達は言葉少なげに公園で別れた



22歳の



大人の誕生日とはとうてい言いがたい情けない



そして記憶に残る誕生日だった




その年が



私に一番の思い出をくれたとしたら



翌年



23歳になった私は人生でけして忘れることのできない衝撃的な




衝撃的な恋をした



そしてそれはけして叶うことのない恋となった




翌年の3月



望くんの友達の斎藤さんから一通のメールをもらった




『ことりちゃんへ




本日午前3時21分

望は空に帰りました


やっと3月になり君に会えると笑っていたのに




お疲れ様って



よく頑張ったねって誉めてやってな』




そういってメールには日付の入った空の写真と



クリスマスに送った白いスニーカーをはいた足だけの写メが写っていた



体調が芳しくないとお父さんから斎藤さんに連絡がきて



駆けつけた次の日に望くんは亡くなったのだという



私には




絶対言わないでくれと最期の最後まで言っていたんだと




次のメールで知った

No.349 10/03/03 04:08
モモンガ ( PZ9M )

私はその日工房での仕事を休んでベッドで布団を頭から被りただただじっとしていた




涙がでないのだ




頭も心も悲しいと叫んでいるのに



現実に望くんを見ていないからだろうか



私はからっぽの人形のようになってしまった




左のくすり指にはめたムーンストーンを静かにはずすとベッドサイドにそっと置いた



『ことりに夢がみつかりますように』



願いを叶えてくれたのは指輪じゃなく望くんだった



いつでも励ましてくれていつでも希望をもてるように声をかけてくれた



失意の底にあった私に色んなものを見せてくれた



恋も
未来も
生きる力も…



それなのに



私はまだ何にも彼に返せていない…



脱け殻のようになった体は寝返りをうつことも布団をめくることもなくただ横たわるだけだった



ふがいない私なんかどこか消えてしまえばいいのに



あの日先生の胸の中で見た手を降って笑っていた望くんの笑顔が頭から離れなかった

No.350 10/03/03 04:17
モモンガ ( PZ9M )

それからまたしばらくして望くんの遺骨が半分日本に届いたと斎藤さんから連絡がきた




生前からの望くんの意向で骨は向こうの 海に半分と



日本の海に半分まくということらしい




今週の日曜日



はじめて望くんといったあの海にお父さんと大学のみんなと

小さな子供たちと



最期のお別れをするらしい



よかったら私にも立ち会ってほしい


というものだった



小さく…



小さくなった望くんを見たら涙もでるんだろうか…



私はそのメールを見ながら『伺います』の短い文章を打つのに30分以上かかってしまった




望くん



望くんが最後に私に言いたかったことはなんだろうね



自分とは違う男を想っていたバカな彼女に言いたい事はありますか…?



暗い暗闇の中に再び迷い込んだ



そんな気持ちだった

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

お知らせ

5/28 サーバメンテナンス(終了)

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧