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モモンガ( PZ9M )
10/03/14 06:39(更新日時)

私の前には広がる風景があります


目には見えないけどそれは沢山の線となり形となり私のまぶたの裏で形になります


それが私にとって当たり前の風景だった


ずっとこのまま



この当たり前の風景の中で生きていくのだと思っていたよ



あなたと会うまでは




花の色も
海の色も
空の高さも



みんな知らなかった


音が香りが全てが指先を通って私に世界を



光を見せてくれた




目に見える光はどんな色ですか?




私の心の中にはいつも暖かい色があります



ねぇ




幸せってどんな色で描けばいいのかな…

No.1162024 09/08/31 02:16(スレ作成日時)

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No.201 09/11/04 12:12
モモンガ ( PZ9M )

引き出しから取り出した小さな包みから柔らかい巾着のような包みを取り出すとことりの右手の上に載せて握らせた



『…?なぁに?


布…?



何か入ってるけど…』



握った指先で感触を確かめていたことりがゆっくり顔を上げた




『望くん
これって…』




驚いた顔をする顔をすることりの手から包みを取ると中から シルバーの指輪を取り出した



『手ぇ貸して』



ことりが両手を少し上げて戸惑った顔を見せる




『こっち』




左手を取るとするすると薬指に指輪をはめた




ことりは黙って左手の薬指に手をはわせていたが




少しすると優しい笑顔で



『ありがとう…』


とベッドのふちに頭をもたげてきた



小さなことりに合わせて選んだ指輪は本当に小さなサイズで7号サイズだと言われた





以前ガラス工房に行った時にはめる軍手のサイズが会わずにおっちゃんと手のサイズを説明していたのを聞いていたのだ



今回ことりに選んだのはツメで衣類をひっかけないように小さなム‐ンストーンが埋め込まれているタイプだ




立ち寄った宝石屋のおばさんが


『願いを叶える石なのよ』と薦めてくれたからだ

No.202 09/11/04 12:23
モモンガ ( PZ9M )

ことりはいつも俺に『夢がみつからない』と話す



目の見える俺でさえ迷うんだ




見えないことりには選択の自由も



選択の理由も




見つけるのはなかなか難しいだろう



でも、生きている限り何かしら『人生のきっかけ』につながるもんは必ず1つくらいは見つかるもんだ




俺には『命は生かされていて初めて自分で使う事ができる産物だ』ということを知る闘病生活があった



だから命を最大限に使うために



人のために生きながら自分を『必要な人間なんだ』と自負するために働ける『介護士』という道を選んだ



叶うかどうかはわからないが


日本だけじゃなく世界の



本場の現場も勉強しながら風通しのいいとは言えない日本の介護業界に風を通す事ができたらいいとも考えている



あくまでそれは俺の夢だけど



夢をみて
希望をもって
チャレンジする



いつかことりにもそんな『夢』が見つけられるように…



そんな願いを込めてこれを選んだ

No.203 09/11/04 12:35
モモンガ ( PZ9M )

『望くん


私なんかでいいの?』



布団に顔を伏せながらことりが聞いてきた



告白の返事を急かせるつもりはなかったが俺はもう一度ことりに自分の気持ちを伝えることにした



『ことりでいいや



じゃなくて




ことりがいいんだ




目が見えるとか
目がみえないとか



そんなことは俺には問題じゃないんだ



好きな子が目の前にいてくれて


笑ってくれていて



それだけで何にもいらないんだ



ことりが不安になるときはいつも飛んでくるよ



行けないときは電話だってする



口が聞けなくなったら手紙を書くよ



目がみえなくなったらそばにいて抱きしめる



腕がなくなったらキスもするし




目も体も動かなくてもことりの話をちゃんと聞くよ



ただ



ずっと想ってる



もし俺がことりより先に死んだとしても…』




そこまで話すと弱々しい声でことりが顔を上げた



『…例えばなしでも先に死ぬなんて言わないで…



一人になるのは…


嫌…だよ』



両目からボタボタと涙を流し赤い鼻を押さえながら真っ直ぐに俺を見る




『不細工だなぁ


告白取り消そうかな』

No.204 09/11/04 12:53
モモンガ ( PZ9M )

少し笑いながら枕元にあったタオルでことりの顔を拭くと怒ったように頬をふくらませた



『冗談だよ

ごめん』



そう言って膨らんだ頬に一回ずつ交互にキスをした



もうこれ以上何も言わなくてもことりも俺と同じ気持ちなんだと



繋いでいた手をことりが逃げずに握りかえしてくれた事でわかった気がしたのだ




この日俺とことりは初めて素直にお互いへの想いを口にした



障害者ゆえの思い


現実的な付き合い方

俺の海外留学の話


遥が俺を好きかもしれないという話


そしてお互いの将来について…




俺はことりに『1つ1つゆっくり二人で話し合って乗り越えような』と伝えた



その中でも遥かとの事を俺が思いもよらずことりが気にしていたのに驚いた




鈍感なのかもしれないが


遥かはずっと仲間みたいな感じで



俺には『女の子』というより『同士』に近かった



今回のクリスマスパーティーにもケ‐キ屋のバイトが終わってから参加すると言っていたが




俺が倒れてからみんなと何回か顔を出していたらしい



『心配ないよ

俺にはことりだけが女の子だから』


そう言うと小さく頷いて胸に顔を埋めた

No.205 09/11/04 21:43
モモンガ ( PZ9M )

この日から何日かが過ぎて父ちゃんが担当の医師に呼ばれた



どうやら検査結果が出たみたいだ




うちにいるばあちゃんも俺を心配してか不自由な下半身を押して『望に会いたい』とヘルパーさんを困らせているらしい




ことりはと言えばガラス工房でたまに作る作品が好評らしく事務や受付の仕事の合間に女の子向けのペンダンドヘッドや花器やグラスなど




勘を頼りに制作しているという




前は土日だけの勤務だったが周りのボランティアさんや工房のスタッフさんの力添えもあり今では土日も含めて週休2日のアルバイトに変わったらしい




ことりが持って生まれた明るさと優しい気持ちがまわりの人を惹き付けるのだろう




毎日かかってくる電話に一日に一度は必ずくることりに俺はうれしくもあり




ほほえましく感じていた




一日一日



日を追う毎にことりには笑顔が増えていった




『あとはこれで俺が退院すりゃあなぁ…』



読み重ねた漫画と介護雑誌の数が段々増えてくる



検査に検査を重ねてはや一ヶ月近くが経ち



病室の窓からはうっすらと雪景色が覗くことも少なくなっていた




季節は冬から春へとゆっくり変わろうとしていた

No.206 09/11/05 12:15
モモンガ ( PZ9M )

(トントン)



『はい、どうぞ』


『失礼しま~す』



扉が開くと共にことりがおばさんと花をかかえて入ってきた



『こんにちわ、おばさんいつもスイマセン』



『ううん~いつもことりがお邪魔しちゃって、こっちこそお休みの時間を取ってしまってごめんなさいね』




おばさんは、はおっていた薄い紫の羽織ものを脱ぐといつものように漫画と雑誌を何冊か差し入れしてくれた



ことりと顔立ちのよく似た優しい笑顔だ



おばさんの方が少しふっくらしているがいつも小綺麗にしていて品がいい人だ




今日は髪を後ろにひとつにまとめて細身のベージュのパンツに黒いニットを着ている



『お~マガジンの最新号!読みたかったんですよ



ありがとうございます』



『む~



ねぇねぇお母さんにばっかり話してないであたしには何かないのかな?



素敵なお花をお持ちしたんですけど』




ベッドの窓際にアレンジされたオレンジ色と白の花がかごに入って置かれてあった


『いい匂いだな



色も明るいし綺麗だ


ありがとな』




そういうとことりは満足したように笑って小さく舌を出してみせた

No.207 09/11/05 12:25
モモンガ ( PZ9M )

『今日は来るのが早いんだな



まだ二時半だぞ?



バイトはないのか?あんまり無理すんなよ?』



『うん、今日は検査があったからお休みしたの




お母さんに付き添ってもらってね』




二人は向かい合うとフフっと含み笑いをした



『なんだよ~二人して


何か良いことでもあったのか?




俺にも教えてくれよ』




ことりは人差し指を口にあてるといたずらっこみたいに笑った



『ひ・み・つ』



『なんだかなぁ…よくわかんないけど、まぁ いっか楽しそうだしな』



ことりはうなずきながらおばさんにも必死に『内緒』のしぐさをしている

No.208 09/11/06 22:06
モモンガ ( PZ9M )

和やかな雰囲気が広がっていた室内に一気に現実が影となって近づいてきた



(ガチャ)



『あ、これは失礼しましたノックもいたしませんで



ことりちゃんいらっしゃい



いつもいつも悪いね』



『いえ、そんな…


でも平日のこんな時間におじさんがいらっしゃるなんて珍しいですね?



お仕事はいいんですか?』



『今日はね、特別でね…



有給使って参上しましたよ



たまには悪息とはいえ見舞わないとあとでうるさいから』



おやじが言った冗談にことりは笑っていたが



平日の昼間に


しかもサラリーマンがこんな春の決算間近に有給をとるなんておかしいと感じたのか




おばさんは何か感じたようで脱いだ上着を手にかけてことりの手をとった



『ことり、そろそろおいとましましょうか?』



『えっ…?だってお母さん


私達今さっき来たばかりよ?』



ことりたちの会話を聞いて親父が口を挟んだ



『そうですよお母さん


そんなに早く帰ってしまったらコイツが拗ねて大変ですからよかったらもう少しいてやって下さいよ』




おばさんは困ったように少し微笑んだ

No.209 09/11/08 02:53
モモンガ ( PZ9M )

『…でもやっぱり

ね、たまのお父さんとの時間だもの


今日はおいとましましょう?


また明日送ってあげるから…ね?』


おばさんがことりの肩をポンポンとたたく



『うん…わかった


そうだよね!せっかくおじさんと二人なんだしお邪魔しちゃ悪いわよね』


ことりは小さくうなずきながら席をゆっくり立った



『大丈夫?ゆっくりでいいからね』



おばさんがことりの左手を握ると慣れたようにするするとおばさんの右手に手をはわせる



『すいません
お邪魔しました



望くん、また遊びにくるからね』



笑顔で笑いながら振り返り右手を上げた



『なんだか気を使わせちゃってごめんな?


また明日な』



親父もおばさんにお礼を言うと二人をドアの向こうまで送った



『何か悪かったなぁ、せっかく来てもらったのにな…』



頭をかきながらばつが悪そうに振りかえる



身長は俺とさほど変わらないが年のせいか少し頭に白髪も混じり、白いシャツをジーパンの中にいれたその姿は俺からは少し小さく見えた



『…で先生何だって?


幾らなんでも検査に時間かかりすぎじゃないか?


何だったんだよ
もったいつけずに言えよ』

No.210 09/11/08 03:06
モモンガ ( PZ9M )

親父は少し黙って下をうつむいた



小さなため息を吐いてジーパンの後ろのポケットから白いメモ用紙を取り出した



小さくたたまれたそれを両手でゆっくり開くと俺の布団の上に静かに置いた



『…なんてこたないぞ



お前は俺の息子だからな



お前ならまたきっと打ち負かせるさ』



そう言いながら親父は俺に背中を向けて少し大きな声で話した



『お前に任せるぞ


日本で戦うか
留学先で戦うか』




俺は以外に冷静に親父の背中を見ながら言った




『…最後のかけにしたいからさ



行っていいなら行くよ



あっちで病院に入りながら介護されながら勉強すんのも悪くないさ



覚悟はしてたんだ


時期が来ただけだ…


正直来てほしくはなかったけどな…



ただこれだけは約束してほしいんだ



ばあちゃんには言わないでくれ



もうこれ以上ばあちゃんに心配かけたくないし…




それと



ことりにも』




俺は目線を窓のそとに落としことりとおばさんの姿を探した



二人の姿は駐車場の見慣れたベージュのコンパクトカーへとゆっくり消えていった



乗り込むときにことりはいつも病院に向かって手をふってくれる

No.211 09/11/08 03:24
モモンガ ( PZ9M )

『…あの子はいい子だな




いいのか?日本を離れるってことはあの子を置いて行くってことだぞ



それにお前の病気の事を話さないで行くってことはあの子には酷な事じゃないのか?




お前だって寂しいだろう』




二、三歩歩くと親父も窓の外に視線を落とした



『…いいんだよ


俺は笑ってる ことりの方が好きだからさ



今やっと



本当にことりらしい優しい笑顔が出てるんだ


それを曇らせたままいく方が俺には辛いよ』




手のひらに握ったメモ用紙を小さく破ってベッドの脇にあるゴミ箱へと捨てた




10年目にしての再発



ガンもなかなかしつこいらしい




予感がなかったわけじゃあない



それにもう子供じゃない




戦う気力も体力も用意できる



ベッドサイドの机にあった白いマフラーを巻きながら静かに後ろ向きに倒れた



つむった目の裏にことりの笑顔が見える



親父のごつごつしたシワのある手が髪を撫でる度につぶった瞼から涙がつたう




俺は腕で顔を覆いながら声を出さずにいた




親父は『またくるから』と言い壁にかけてあったカーキのジャケットを羽織るとゆっくりドアの前に経った

No.212 09/11/08 03:42
モモンガ ( PZ9M )

誰もいなくなった部屋でそっと腕を顔から離した




『ハァー』…っと大きく息を吐きながらゆっくりと目を開けた


『なんでなんだよなぁ…ホント…



大学も
彼女も
夢も



全部あと少しの所じゃんか…




本当にかんべんしてよ …』



頬を伝う涙が容赦なく流れ落ちる



『…ことり…』



言い様のない幼い頃の恐怖が身体を


心を




飲み込みそうだった



しかしこのことは自分自身で乗り越えなければならない課題なのだ



命をかけた…



俺は涙を腕で拭うと携帯の待ち受けになっていることりの笑顔を見つめた



『絶対生きてやる



生き抜いてまたお前に会いにくるからな』




神様



まだ俺を連れていかないでくれよ




ことりをまた一人になんかしたくないよ



生きて


生きていないと俺の願いは叶わないよ



なぁ



頼むよ




窓の外からは楽しそうに庭で遊ぶ子供の声と



どこまでも続く青い空が広がっていた

No.213 09/11/15 10:48
モモンガ ( PZ9M )

その日の夕方になりいつものようにことりの来る時間帯にあらかじめおばさん宛にメールを打った



『しばらく新しい検査で部屋を移動することになりました



当面は面会が難しくなりますので



ことりにうまく伝えて頂けますか?




すみませんがお願い致します



望』





一分もたたないうちにおばさんから返信がきた




『望くんへ




体調はどうですか?


色々大変だとは思うけど負けないで




ことりには新しい検査で部屋を移動するから慣れるまでは静かにしてあげましょうと伝えました




わがままな娘を気遣ってくれて本当にありがとう




ことりの好きな人があなたで良かったわ



母より』





文面には
『どうして?』とか『何があったの?』とか



俺に投げ掛ける質問は何一つなかった




おそらくこの間の父親の訪問でおばさんは何かを感じたのだろう…




ことりは『何故自分に直接電話してこないのだろう』と不安に感じているかもしれないな…




『ごめんな…』




俺は小さく呟くと窓の下に広がるオレンジの影を遠くまで目で追っていた

No.214 09/11/22 02:44
モモンガ ( PZ9M )

その日の夜遅くに斎藤にメールをした



昔からの連れの中でも特に仲よくしていて




大抵のことはやつに話している



あと2か月先の留学の選考試験を俺は病院で受けられないか学校に掛け合ってみた



『前例がないので即答ができないが


単位も充分とっているし


作文と面談が可能ならば病院で受けたものも許可したいとは思う



一度学内で検討してみるから返事はまっていてほしい』



留学の相談に色々のってもらっている山田先生からの返答だった



色々考えたが病気を治すことが第一優先に間違いはないが



時期やタイミングを考えて



親父の言う通り戦うなら向こうにしたい



俺は腹を固めていた



勿論可能ならば


だけど




ことりや学校の仲間には言うつもりはないが



ただ




あいつにだけは聞いておいてほしいと思った



いや



誰かに聞いておいてほしかったのかもしれないな

No.215 09/11/22 02:56
モモンガ ( PZ9M )

時々走る手足の鈍い痛み



最近少しだけ感じている




鈍い痛みを押さえながら指先に力をこめる



『斎藤


元気か?



今から言うことは俺とお前の二人と親父しかしらないから心して聞けよ



俺、再発しちまった



幸い進行はまだゆっくりだ



詳しい検査結果を持ってできるだけ早く向こうの大学に入るつもりだ



とりあえず籍をおかせてもらって可能な限り勉強しながら治療していきたいと思ってるんだ



このことはことりも知らない



お前もことりには絶対に言わないでくれ



頼むな




だけど

万が一



万が一、俺に運がなかったときは



ことりの話し相手になってやってな



俺さ、お前だけは男のなかでは信用してっからさ




っていうわけで当分面会はできないんだ



部長にもみんなにもうまいこと言っといてな



あと…はるか元気か?



あいつもだけど


みんなに宜しくな



じゃ、またな』




携帯を静かに二つに折ると顔をベットサイドへと向けた



小さなシルバーのデジタル時計が20:20を指していた

No.216 09/11/22 03:07
モモンガ ( PZ9M )

その脇に綺麗に畳まれた白いマフラーと近くには読みかけのマガジンが無造作に積まれていた




一番上のマガジンをペラペラめくりながらアーム式の豆電球のライトをベッド近くまで持ってきた




病院の消灯は夜の8時だからテレビはつけられないが薄暗い室内の中でも本やメールを打つのに俺は毎晩寝転んではこうして時間を潰していた



大部屋ならこうはいかない



このときばかりは父ちゃんに感謝しなくちゃな



でも



パラパラめくる面白い漫画にも



目も気持ちもついていかない





今、こうしている間にも俺の体の中はガン細胞に少しずつ


ゆっくり

ゆっくり



壊されていくんだ…



言い様のない静かで圧倒的な闇が後ろから迫ってくる




そんな感じかしてならなかった

No.217 09/11/22 14:08
モモンガ ( PZ9M )

しばらくして携帯のバイブが白いシーツの中でうごめいた



うっかり電気をつけながらうたた寝をしていた俺は携帯を手にすると目を擦りながらそれを開いた




時計の数字は21:00を少しだけまわっていた



斎藤からだった



メールと一緒にサークルのみんなとの写真が送付されていた



一枚はみんなで写したもの



二枚目はクリスマス会に参加していた子供たちのものだった



タイトルはなし



文章はいきなり確信に触れていた




『ことりちゃんに言わないのは彼女の為か?


それとも自分の為か?



あんないい彼女を置いていって後悔はしないのか?




もしも死んじまったらあの子の心に傷をつけることにはなんないのか?





最後の決断はお前に任せるけど



後悔だけはすんなよ



どこにいたって俺はお前の親友だ



俺はお前を信じるよ



あと遥かだけど何かよくわからんが新しい彼氏ができたって騒いでたぞ




お前がちっとも相手にしないからやけになったのかもな



あいつもあいつで可哀想だけどこればっかりは仕方がないよな


まぁ、新しい彼からコクられたらしいからさ


気にすんなよ

No.218 09/11/22 14:22
モモンガ ( PZ9M )

何でもバイト先の先輩だってさ



社会人みたいだし



あいつ子供だしさ



傷を癒すには年上の男がいいかもよ



案外幸せになるかもしんないしさ




お前もな



気持ちがやっと通じたんだし絶対負けんなよ



必ず帰ってきてことりちゃんを幸せにしてやれよ




そんでさ一緒に日本で一番のケアハウス


一緒に作る約束忘れんなよ



お前がいねぇと俺は友達いないしさ(笑)

またメールするわ



じゃあな



早く寝ろよ』

No.219 09/11/22 15:06
モモンガ ( PZ9M )

斎藤らしいメールに少し笑ってしまった

微塵の同情もなく激励もない


いつも通りのあいつらしいメールに何だか頭が下がる思いだ



こういうときって『可哀想だね』



とか『辛いよね』



とか正直言われたくない



言われたってしょうがないし



勿論相手に悪意がないのはわかっているけど



病気が俺にくっていてんじゃなくて


俺がうまく病気に付き合わなきゃいけないんだ


負けるわけにはいかないから


病気の前に気持ちが負けたら何にもならない




あがいたって泣いたって叫んだって事態は何も変わらないなら頑張るしかない



ため息ついたってしんどくたって



諦めたくなったって


病気には背中を見せたくはなかった



例えそれが負ける勝負だとわかっていてもだ

No.220 09/11/23 02:02
モモンガ ( PZ9M )

日々はあっという間に流れカレンダーは一月から2月へと変わっていた




その間にも着々と検査は進み



様々な選択の中から最善の治療の組み合わせを担当医と探していた



鈍かった痛みは体のあちこちを駆け巡っていたが



渡航まであと一ヶ月となり



中途半端な治療はせずに向こうでの治療を優先にした



悩みの種だった留学の試験も学校側が病気の事を考慮して面接はパソコン越しにカメラをつけて行うことが叶った



作文はパソコンから山田先生宛に送信し



一週間も過ぎた頃に


『合格おめでとう』のタイトルがついたメールが手元に届いた




この喜びをいち早くことりに伝えたかったが


あいにく全身に走る痛みをことりに感ずかれる事を恐れて久しぶりにパソコンからことりあてにメールを送った



痛み止の注射を打ち一番痛みが和らぐ瞬間に写真を取ってもらいパソコンに繋いだ




最後にことりに会ってから丸一ヶ月以上が経っていた




ことりからメールは度々きていたが返すことはほとんどできなかった



きっと寂しがっているんだろうな



痛みが和らいでいる瞬間にと急いで指を動かした

No.221 09/11/23 02:11
モモンガ ( PZ9M )

『ハローことり


元気してますか?




最後に会ってからなかなか連絡できなくて本当にごめんな



おばさんから聞いてるとは思うけど体調があんましよくなくて一ヶ月かけて検査入院が続いてます




っても大したことないんだけどさ




留学前ってのもあって慎重になってます



そう!俺さ、合格したんだ交換留学の試験



病院から受けさせてもらってさ



本当にありがたいよな



今日はこの事を一番にことりに伝えたくてメールしました



出発は3月21日




今から三年間向こうの大学に通います



単位とって実地試験して



卒業したら



ことり





ずっと俺の側にいてくれる?



もう離れないように


絶対にことりを守れる男になって帰ってくるから



それまで日本で待っていてくれますか?



ことり




三年たったら迎えに行く



待っていて下さい




望より』

No.222 09/11/23 02:24
モモンガ ( PZ9M )

メールの送信ボタンを押しエンターした頃には腕にはもう鈍い痛みが戻っていた



『近くにおじさんやおばさんがいなきゃいいけどな…』



照れ笑いを浮かべながら枕の脇にあった携帯の待受を覗いた



ことりのパソコンには文字を音声化する機械がとりつけられている



今俺が送った文章はことりの前で音となって届くはずだ




頭をかきながら画面のことりをそっと触る



『あーあ…


ちくしょう…



会いたいなぁ、ことり…』




小さなため息をつきながら天井を見つめた



白い




何にもない空間




来るのは毎日の検診と点滴に注射に薬



常に体温が高く体もダルい




痛み止がきつい日は吐いたりフラフラしたりする



こんな姿はことりには見られたくはない



今回ばかりはことりの目が見えないことに感謝してしまう



なんて言ったらことりはやっぱり怒るのかな




それとも言わなかった俺に泣きながらビンタでもするかな



どっちでもいいや




ことりに会えるなら…




目を軽く閉じて窓に目をやった




『空が…青いなぁ…』



空から正午を知らせる音が優しく鳴り響いていた

No.223 09/11/23 02:36
モモンガ ( PZ9M )

知らないうちに俺はしっかり眠っていたようで夕方の検診にきてくれた看護婦さんの声で目を覚ました



『気持ち良さそうに寝てるとこごめんね~



検温の時間だからちょっと起きてくれるかな?』




『…っはい



すいません…』



『体調はどう?気持ち悪くはない?』



『ん…いつもに比べたら少しはましです』




体温計を脇に挟みながら時計を見ると夕方の4時半をまわっていた




『結構寝てたんだな…』




そういうとフフッと笑いながら看護婦さんがポケットの中から封筒を取り出した



『はい、望くん



彼女から預かってるわよ』



ピンクの便箋に鳥のイラストが描かれている



裏を向けると『中村ことり』と書かれていた




『看護婦さん、これ持ってきた子は?』



『この子?もう帰っちゃったわよ



30分位前だったかなぁ?



望くんの病室を聞いてきたけどね


今は家族以外は立ち入り禁止なのよって説明したらその場でこれを書きはじめてね




あなたにこれを渡してくれって頼まれたのよ



あ、勿論病気の事は言ってないから安心してね



でも彼女とても心配そうだったわよ



見ていて切なくなっちゃったわ』

No.224 09/11/23 02:49
モモンガ ( PZ9M )

ピピッと鳴った体温計を受けとると看護婦さんは軽く頷き笑顔で病室を後にした



封筒にシールなどはなく



中には便箋で三枚



一枚目には


『おめでとう!』




二枚目には



『がんばって!』




三枚目には




『あいたいよ』




短くて不細工なひらがなが思いのたけを伝えていた




俺は読みながら思わず涙が出てきた




目の見えないことりが




たったこれだけの事を伝えるためだけに



便箋に手を添えて



一文字ずつ書いている姿を思い浮かべた



お世辞にも綺麗ではないし



真っ直ぐにも書けていないが




ことりの気持ちが痛いほど胸に伝わってきた




メールでもなく
電話でもなく



俺の顔を見て『おめでとう』と言いたくてここにきてくれたんだろう





よく見ると三枚目の便箋の隅っこに



『すき』と小さく書かれていた





その横にはニコニコマークが福笑いみたいに書いてあった




『何かはみだしてるし』



笑いながらその部分を指で撫でた



『ことり



俺も会いたいよ




めっちゃ好きだ



ことり…』

No.225 09/11/23 02:56
モモンガ ( PZ9M )

その日は何度も何度もその便箋を見ながらことりの事を想った



『手紙ありがとう



めっちゃ嬉しかった



また連絡するから



お守りにするよ




俺もことりに早く会いたい』



そこまでパソコンで打つと俺は手を止めた




体を擦りながら起き上がり



携帯を持つと窓際に行きことりの番号を呼び出した




窓の外はもう暗く



しんとしながらも夜空には丸い月が少しだけ雲にかかっていた

No.226 09/11/26 02:10
モモンガ ( PZ9M )

夜になると静かになる分気が紛れないから体の痛みが昼間よりも強く感じる



『…ったいなぁ…

ちょっとはましになれよな』



関節をさわりながら側にあった椅子を壁に寄せた



『…月が綺麗だな』


白い息を吐きながら少しだけ窓を開けた



隙間から入る風が冷たいがこの空のしたでちゃんとことりとつながっている事を思うと嬉しく感じた


(トゥルルルル…)


(トゥルルルル…)



耳に当てていた携帯から懐かしい声がこぼれた



『望くん?』



少し高めの甘い声だ



久しぶりに聞いたことりの声に思わず口元が緩んだ




『ん、そう


久しぶりだね

元気?



ありがとう手紙



せっかく来てくれてたのに俺寝ててさ



ごめんな


一人で来たのか?』


『ん?違うよ


お母さんが駐車場で待っててくれたの


今日は有給とってくれてたの


私も検査があったから



病院の帰りにちょっと寄ってもらったの』

No.227 09/11/26 02:21
モモンガ ( PZ9M )

『検査?


ことりどっか悪いのか?


大丈夫なのか?』



続けて話そうとすると受話器の向こうでドアがバタンと閉まり



ことりの笑い声が聞こえた



『ううん違うよ


どこも悪くないの


むしろ逆かな



お母さんさんとお父さんの薦めでね


私…目の精密検査を受けてたんだ



開眼手術ができるかどうか…



でね


今日はその説明があったの



『やるだけやってみましょう』って先生が言ってくれたの



例え可能性が1%でもやらないよりはいいかなって



もともと見えない生活だったんだもん



次に見えなくたって何も変わらないだけだもんね



それならぼんやりとでも見えるようになるなら



してみようかなって…手術



報告が遅れてごめんね



はっきり結果が出るまではお母さんと秘密にしてようねって約束してたんだ




…怒った?』



少し間をあけて言った


『…怒った』






『なんて言うかよ!


すごいじゃんことり

びっくりしたけどおめでとう!


手術はいつなの?』

No.228 09/11/26 02:33
モモンガ ( PZ9M )

『来月…


それが…



一緒なの



その…望くんの留学する日と



私の手術の日…



私…絶対に見送りに行きたいのに…



有名な眼科医さんで予約が難しくてやっと取れた日なんだって…』




ことりの声がみるみる小さくなっていった




『こら、ことり


ワガママ言って先生やおばさん達を困らせたらデコピン100回だぞ



いいじゃんか



俺とことりの新しい1日がおんなじ日なんて



きっと神様が『仲良く頑張れよ』ってわざわざおんなじ日にスタートラインを引いてくれたのかもしれないよ?



俺のゴールが先か

ことりのゴールが先か


お互いリハビリやら学校やら色々あると思うけど



どっちがネを上げずにやりきれるか競争しよう?



多分俺の勝ちだと思うけど~』



『そんな事ないもん



私だってやれるよ!



最近だってね
ガラス工房で作ってる携帯ストラップのデザインや春にある新作のガラスの器のデザインも任されたんだよ



それにね…』




受話器の向こうで仕事の話をすることりはとても嬉しそうで楽しげだった



ついこの間まで引きこもっていたとは思えない位に元気だ



このまま



今のことりでいてほしい

No.229 09/11/26 02:42
モモンガ ( PZ9M )

勿論このままずっと一緒にいたいけど



もしも




万が一それが叶わなくなっても



そんな日がことりにきても




ことりにはずっと笑っていてほしい



辛い事や逃げ出したい位悲しい事があっても



外の世界は



明るくて幸せがいつもあふれていると信じていてほしい



俺がいなくてダメになるような



そんな弱い人生を歩いてほしくはない




辛いときこそ笑っていてほしい



ことり



俺も頑張るから


絶対に


絶対に負けるな




いつかまた会える日が来たら



その時は




ずっと一緒にいような





ことりの話を聞きながら俺はずっとそんな事を思っていた




神様がいるなら




ことりに光をわけてやってほしい



世の中にはまだまだ俺もことりも知らない世界がまだまだある




それを全部



ことりと一緒にみたい




しあわせの形も




しあわせの色も…

No.230 09/11/26 02:53
モモンガ ( PZ9M )

一時間近くお互いの近況を話した後に


名残惜しくも電話を切った



思っていたよりことりが元気でひと安心だったが



体の痛みは増すばかりだった




しばらくしてこらえ切れずに痛み止を打ってもらうがすると今度は体調が俄然悪くなる



ダルくて熱っぽくなるが



それを越えれば少しはましになる



次に目を覚ませば全部夢になってた



なんて事があればなぁ…



いつもそう思いながらゆっくり目を開けるたび目の前に広がる白い無機質な天井と病院独特の薬品の匂いが変わらない1日をまた思い返させる



でも



これも自分の人生の 大切な時間なのだから仕方がない




静かに目を閉じれば過ぎる




そんな日があっという間に過ぎ




カレンダーは3月を知らせ




窓から見える木の枝には小さな若葉があちらこちらから見えはじめていた

No.231 09/11/26 03:14
モモンガ ( PZ9M )

『もうお前の荷物は全部向こうの大学の寮と病院へ送ったからな


あとはこっちでの転院の処理と会計だけだ』


久しぶりにきた父さんがベッドに座り言った


『ありがとな

ワガママ言ってごめんな


あとは向こうでの手術がうまくいくの願ってて

その前に俺の体が持てば…だけど』



力なく笑うと容赦なく後頭部に平手が飛んだ



『アホかお前は


『持つなら』じゃなくて『持たせる』んだよ


うちみたいな貧乏な家から留学費用やら入院費やら手術代とってんだから完治したらちゃんと働いて返せよ』


頭をくしゃっと撫でながら優しい声で言った父さんが顔を背けて目頭を擦っていた


『泣くなよな泣きたいのは俺なんだからさ…父さんも年くったんだなぁ


あ、白髪発見』


今度は後頭部にげんこつが飛んできた



こんなたわいもない笑い話もあと出発を明日に控えていた俺にはありがたかった


父さんには今回本当に沢山迷惑をかけた


ばあちゃんには結局会えずじまいだったがことりが作ってくれた万年筆で父さんが来るたびに手紙を書いた


青い綺麗なインクで書いた 手紙をばあちゃんは嬉しそうに父さんに見せるらしい

No.232 09/11/28 17:12
モモンガ ( PZ9M )

『あと…お前から頼まれたあの箱な


今日郵便局から出してきたからな


…でも本当にまだいいのか?


ことりちゃんはまだ知らないんだろ?お前が手術することも

向こうでまた入院する事も?




留学…って思って待ってんなら



お前を信じて待ってることりちゃんを絶対泣かせるなよ



必ず…帰ってこいよ



父さんは母さんがいるし仕事もあるから家を離れるわけにはいかないが




お前がピンチの時には必ず行くから



だから絶対に負けんなよ』



父さんが俺に背を向けたままベッドの縁に座りながら話した



俺はその背中を見ながら黙って大きく頷いた



『わかってるよ


父さんにもことりにも必ず帰るって約束するよ』



『…当たり前だ
バカ息子



見送りには行かないからな



父さんはここから見送らせてもらうよ








行ってこい



お前が病気に勝ったら



お前にしか助けられない人が世界中でお前を待ってる



お前が今経験している苦しい気持ちや悲しい気持ちを忘れずに


立派な介護士になって帰ってこい』

No.233 09/11/28 17:28
モモンガ ( PZ9M )

『望



お前の名前…な


アイツが…


母さんが考えた名前なんだ』




『…母さんが?』




『ああ、アイツは結果的にいい母親ともいい妻とも俺には今は言いがたいが



お前のことだけはことさら気にかけているよ



『私達が望んだように、誰からも必要とされる暖かい心を持った男の子になるように』




そんな願いがお前の名前には込められてるんだ



いいか望、人はけして一人じゃ生きてはいけない



嬉しいときも
悲しいときも



いつでも誰かといたいもんだ




お前も誰かのたった一人の『特別』になれ



お前は父さんの自慢の息子だ



どこにだしても恥ずかしくない




お前ならやれるさ




行ってこい』




父さんは立ち上がるとこっちを振り返らずに片手を上げてドアの前に立った




『父さん…俺』



いいかけた言葉を遮るように言葉を挟んだ



『帰ったらお前の奢りで焼き鳥な



忘れるなよ』




振り返った顔には涙で赤くなった目で必死に笑う父さんの顔があった




『…ああ



必ず行こうな


約束な』




これが日本でのとうさんとの最後の約束になった

No.234 09/11/29 15:56
モモンガ ( PZ9M )

親父が帰ってから明日の退院の時間の確認と向こうの病院の受け入れ体制、ドクターの名前



なんかを説明しに担当の橋本先生といつもの看護婦さんがきた




『加藤くん、どう?調子は…



向こうのドクターには君のカルテももう渡ってるし受け入れも万全だ




予定通りに準備に入りうまくいったら骨髄の手術に入るよ



向こうはこっちよりもドナーが多いし


なにより環境も体制も整ってるから



心配しないでいってきてくれ



付き添いの私もいるから安心してとりかかろうな』





橋本先生は若干大学を卒業して5年とキャリアもまだまだだがガン治療のエキスパートでその道では結構名が知られている人だ

No.235 09/12/08 02:09
モモンガ ( PZ9M )

『もちろん頼りにしてますよ



明日は…宜しくお願いします』



ベッドの中から頭だけもたげて先生を見上げた



見慣れたはずのこの光景も明日からは違うんだと思うとなぜか寂しくも思える




右手に走る小さな痛みを感じながら目を窓な外にやった



澄みきった空




ことりも今俺と同じこの空をみているんだろうか…




最後にやっぱり会いたかったな…




『なぁに?望くん


何だかにやけた顔ね~



わかった!この間の彼女の事考えてるんでしょ?違うかな~?』




看護婦さんがいたずら顔で笑いながら脱脂綿で腕をもんでくれる




手のひらをひらひらさせて『違う違う』と言うもののあとのまつりで先生も茶化してくるからばつが悪い




『なんだぁ望くん

俺にも誰か紹介してくれよ



って…俺明日からいないんだ日本に』




先生と看護婦さんが目を会わせて笑っている




こんなときでも俺の心は冷静だ



心からは笑えたりしない

No.236 09/12/08 02:21
モモンガ ( PZ9M )

ことりも明日の手術に向けて前日の今日から泊まりの事前検査があるらしい



おばさんからの詳しい内容を添えてメールが届いていた



添付されていたことりは若干痩せたようだったが以前と変わらない優しい笑顔で画面に映っていた



これからことりの目に光が戻ればそれはどんな現実として彼女の目に映るんだろう…




今の



この世界は




彼女が見たかった



夢にまで見た風景に値するんだろうか…



それとも…




俺は軽く目を閉じると深く溜め息を一つついた



胸にかかるペンダントを軽く指でなぞる



『俺が守ってやらなくちゃ…な』



小さく呟くと後片付けをしていた看護婦さんが俺を見ていた


『それじゃあ片付けも済んだしまた昼に来るわね



ちゃんとゆっくり休んでるのよ』




辺りにはもう先生の姿はなく



看護婦さんも部屋を後にした




『…だりぃなぁ



早く治療始めないとからだの方がしんどいな…』





背中を丸めて布団をかけ直すと手を組んで軽く伸ばした

No.237 09/12/08 02:33
モモンガ ( PZ9M )

ついこの間まで無造作に積まれていた雑誌や漫画は既に処分されて



冷蔵庫の中にもミネラルウォーターが一本あるだけでベッド脇のテーブルの上には





腕時計に携帯電話



あとは明日の着替えに小さなリュックだけだった



壁に掛けられたベージュのダウンの首からはことりのくれた白いマフラーがかかっていた




『大丈夫かな…


ことり…』




携帯を取ろうと振り替えるためにベッドから起き上がると




一度上げた体を支えていた手を目にあてて二、三度こすった





入り口の前に





淡いグリーンのコ―トにジ―パン

足元は茶色のブーツ

髪の毛は短く切られショ―トカットになったことりがはにかんだ笑顔でそこに立っていた

No.238 09/12/08 02:46
モモンガ ( PZ9M )

『…え



なんで…?』




目の前の事実に戸惑う俺にことりは声を頼りにまっすぐと歩いてきた






ベッドサイドに立つとおもむろに首に手を回して抱きついてきた




『ことり…?』




久しぶりのことりの肌



やわらかい髪




小さな肩





かみしめるように痛む 両手で抱き締める



『…あったかい…




望くん…




会いたかった…





会いたかったよ…』




手に回した手に力が入る




『…俺も





俺も会いたかった…




スゲー会いたかったよ…』




しばらくお互いに感触を確かめるとどちらからともなく顔を近づける





おでこ








まぶた










あご





順番に優しくキスをする





柔らかい

ふにゃっとした唇




重ねた瞬間理性が飛び思わずことりを体の下に倒してしまった





『ことり…』




唇から顔をあげるとそのまま首筋に近づけた





ことりは少し驚いたように結んでいた手を緩めて『…病人のくせに』




といたずらっぽく笑った

No.239 09/12/08 08:01
モモンガ ( PZ9M )

俺達は体勢を正すと手をつないでベッド脇へと座り直した




『…びっくりした?



…よね



ごめんなさい



病院に行く前に少しだけ…





元気な声だけ聞いたら…帰るつもりだったのよ



でも…』





ことりはそこまで言うと繋いでいた手をするりと離して俺の前へと立ち直した




息を整えると小さな深呼吸をしてこう言った




『望くん、行ってらっしゃい!




三年、私ちゃんとここでお留守番してます




私も自分にできる最高の三年間にしておくから、望くんも





望くんも、負けないで





目指した夢においつけるような素敵な介護士になって帰って来てください




私なら平気よ





会いたくなったら手紙も書くし、メールだってあるし…電話だって…』




ことりのとびきりの笑顔の横をパタパタと大粒の涙がなぞる




『電話だって…


できるもの



会いたくなっても…



信じて待ってるから…』




それだけ言うとすっぽりと顔を埋めてしばらく泣いていた




俺は気の利いた台詞も言えずに



ただ黙ってことりを抱き締めていた

No.240 09/12/17 19:19
モモンガ ( PZ9M )

『なんでだろうね…


なんで私ってこうなんだろうね…




障害者に生まれて…

目が見えなくて…



その事でたくさんのハンディはあるけど不安ばかりが先で『辛いんだ』なんて思うこともなかったよ


でも…




でも…



好きな人が病気になっても



悲しいことがあっても私にはそれがどんな真実か調べる事もできない



望くんがどんな気持ちでいるのかを知ることも…



目が見えたら…




望くんの顔が見えたら『いってらっしゃい』も笑ってうまく言えたのに…』



小さく鼻をすすりながらポケットからチェック柄のハンカチを取り出した

No.241 09/12/20 06:25
モモンガ ( PZ9M )

俺はことりの背中を黙って撫でながらポンポンと叩いた


小さくうつ向くことりの涙はなかなか止まらない


しばらく黙って抱き締めた後にゆっくりと話だした



『ことりありがとな


でも…目が見えても見えなくても離れる寂しさは多分同じくらいだよ


俺だって本当は寂しいし、知らない土地へ行くのは正直不安だ



勇気もいるし


ことりに会えないのも苦しいと思うし、せっかく想いが通じてこれからいっぱいことりといられるっていうのに


わざわざ寂しい思いまでさせて…


ことりが一番不安なときに側に居られなくて本当にごめんな』



ことりは俺の言葉を聞くと顔をあげてゆっくりと首を横にふった



俺は少し笑うとことりの短くなった頭を撫でた



『…この髪がまた肩の辺りまで伸びた頃に絶対にことりを迎えに来る



約束する

ことりもしばらく会えなくて寂しいと思うけど信じて待っててほしいんだ』

No.242 09/12/20 14:58
モモンガ ( PZ9M )

『俺はまだまだひよっこで



誰かの手を借りないと生きていけない




俺みたいな健常者だって目に見えない誰かの手にいつも助けられてるんだ



ことり




もし…ことりの目が見えるようになったらつくってほしいものがあるんだ』



『…?なぁに?』




『まだまだ秘密



今度会えたときにお願いするから



それまでにリハビリ頑張って



待ってるって約束してな?』




ことりがやっとクスッと笑った



『おかしいね



約束の約束なんて



…でもわかった



三年後の約束承ります』




そう言って笑うことりに想いをこめて何度も



何度もキスをした




目をつむったままでも思い出せるくらい



何度も…




どれくらい唇を重ねただろう



しばらくしてドアの向こうから小さなノックが2つ聞こえた



『お母さんかな…』



重ねていた唇をゆっくりと離し体を起こした




ドアがゆっくり開き頭を下げながらことりの両親が顔を出した

No.243 09/12/20 15:16
モモンガ ( PZ9M )

『おばさん…』


俺が立ち上がろうとするとおばさんは慌てて側へ駆け寄り、両手で俺の手を握りしめた


ことりには見えない

あの日からずいぶん痩せただろう俺を見てもあえて何も言わないでくれた



『…望くんいってらっしゃい


また必ず…会えるって

おばさん信じてるから…


三年後にまたみんなで会いましょうね』


そういうと赤い目で力を込めて俺の手を握りしめた


俺の発病をただ一人知るおばさんはそれだけ言うとたまらなくなったのかクルッと背を向けおじさんの元へと歩いていった



おばさんを抱き締めるおじさんも何も言わずに俺の顔を見ると大きく一度頷いた


『ありがとうございます


出発前にみんなに会えて嬉しかったです


ご両親にも何かとご迷惑をおかけしましたが明日から三年精一杯頑張ってきます


どうかことりを…



いえ、お嬢さんを支えてあげてください


宜しくお願いします』


深く頭を下げるともう一度ことりの方をまっすぐ見た


手を首の後ろに回すと翼のモチーフのペンダントをはずしてことりの首にかけ直した

No.244 09/12/20 15:32
モモンガ ( PZ9M )

『これは…』




胸をなぞるようにしてペンダントを確認する



『ん…



お守り、な



明日は側についててやれないから



不安なときには俺が近くにいるって勇気出してな



二人で一つ…だろ?






そう言ってまた泣き出したことりの頭を優しく撫でた




『おじさん、おばさん



ことりを頼みます』



その場に立ち上がるとゆっくりゆっくり



ことりの手を引いておばさんの元に歩いていった




ことりの手をおばさんに渡すともう一度ご両親に深く一礼した





『君も頑張るんだぞ』



『…はい


みなさんもお元気で』





一礼するとことりのご両親が『さ…行こうか』とことりの肩を抱いて歩き出した



ことりは少しうつむいたまま通路を曲がるまで振り向こうとはしなかった




振り向いたら泣いてしまうからだろう



ことり




大好きだよ





君に会えて幸せだった



神様どうか





ことりの目に光を



しあわせな色をたくさん見つけさせてやって下さい

No.245 09/12/20 15:41
モモンガ ( PZ9M )

病室に戻るといつものように窓の下へ目をやった




小さなベージュのコンパクトカ-に三人の姿が見える



おじさんが一番に乗り込むとおばさんがことりに手をかして乗り込もうとしている





『さよなら、ことり



幸せになるんだぞ』



発信する車を目で追いながら見えなくなるまでその場から動けなかった





明日から





俺にもことりにも新しい人生が待っている




それは幸せなものか



そうでないのか…




ベッドに倒れるように横になると転がった携帯から笑ったことりの笑顔がみえる



また



この笑顔に会える日が本当に来るんだろうか…




胸に一抹の不安を抱きながらも最後に見たことりを思い出すように




瞼を閉じてゆっくり眠った

No.246 09/12/20 16:00
モモンガ ( PZ9M )

翌朝



よく晴れた快晴の空の下



俺と担当医の先生は空港のロビーにいた



あったかい缶コ-ヒ-を片手に予定の便を待っていた




『どうだい?昨日はよく眠れた?』


黒い首のあるセ-タ-にベージュのジャケット



下はデニムにカバンとお揃いのLVロゴのある靴を履きラフな姿で先生がリラックスした様子で聞いてきた




空港は平日ということもありもの凄い人でもなかったが何かの団体やツアーの客か



あちらこちらに人がたちらばっていた




俺たちの見送りは病院を出るときの看護婦さん達だけで静かなものだった




今頃ことりも手術の段取りがはじまっているころだろうか…



『よく眠れましたよ』と答える俺に




『彼女がこれなくて寂しいな

お互い』



先生が携帯を開けたり閉めたりしている



『先生



彼女いるんですか?』




『そりゃあいますよ



勉強ばっかりじゃつまらないじゃないですか』



先生はニヤッと笑うと待ち受けになっていたロングヘアーの美人の彼女を見せてくれた

No.247 09/12/20 16:13
モモンガ ( PZ9M )

『うわっ


綺麗な人っすね



あの…ほら芸能人の…』



『田中麗奈みたい?


よく言われるんだよな』




先生はそう言うと携帯を開けてキスをする振りをした



『先生…微妙にリアルだからやめてくださいよ』



俺は苦笑いを浮かべて空路が見える大きな窓際へと歩き出した




あと30分か…




色々あったけどもう出発かぁ…



明日からどんな生活が待っているんだろうか




治療はうまくいくんだろうか…




俺は…また生きてこの日本の地を踏めるんだろうか…




目の前に大きな旅客機がいくつも旋回していく




先生の方を振り替えると恋人からだろうか




嬉しそうに電話で話をしている





俺は小さいため息をついて残りのコ-ヒ-を飲み干した





『の-ぞ-む-くんっ』




背中をとんとんと押されまさかと振り向くと大学の仲間達が頭にサンタクロースの帽子をかぶって立ち並んでいた

No.248 09/12/20 16:25
モモンガ ( PZ9M )

『何だよみんな…


斎藤も先輩も…』



見渡すと左手の指をこれ見よがしにキラキラさせた遥もいた


『よぉ、幸せになったんだってな


おめでとうさん


彼氏はいいのか?』


『ん、今仕事してる


一応付き合いもあるし見送りにきてやったよ』


はずかしそうに笑う遥も何だかんだ幸せそうだ



きっと彼氏がいいやつなんだろうな



『みんなありがとうな



先輩達も卒業前で忙しいのにありがとうございます』



『ううん…



こっちこそ、何もできなくてごめんね



あっちについたらちゃんと連絡しなさいよね




帰国したらまた復活パーティーしましょ』



みんなが頷いてまっすぐ見ている




『…ってか


何でみんなサンタの帽子かぶってるんすか?




もう正月もバレンタインも終わってますけど…』




俺がいい終わるとみんながニヤニヤして空港のロビーに設置してある電光掲示板を指差した



『日本を離れる加藤望くんに一足遅れのクリスマスプレゼントです



さあ見ちゃって下さい!』

No.249 09/12/20 16:36
モモンガ ( PZ9M )

みんなは時計を見ながらカウントダウンをはじめた


『10…9…8…7…6…5…4…3…2…1!』



企業広告のCMをしていた掲示板の画面が変わり


一転して懐かしい大学の校舎が写った



そこには去年まで学んでいた仲間や


教えてくれていた先生方



ボランティア先のおじちゃんやおばちゃんに



真希たち小児病院の子供たち



そして実家の親父にばあちゃんの姿もあった



『みんな…』



俺が見るとみんながブイサインで笑っている



画面は病院に切り替わりお世話になった看護婦さんに先生方



ボランティアの事業所のおばちゃん達も笑って手を振ってくれている



最後に見慣れた家が出てきた




ことりの家だ




ドアを開けるとおじさんとおばさんが出てきて階段の上を指差す



カメラが上に上がっていくとことりの部屋の前で止まった



ノックをする手が映る

No.250 09/12/20 16:44
モモンガ ( PZ9M )

扉の向こうにははにかんだ笑顔で笑うことりが映る



手招きをしてカメラマンを招き入れた




髪はもう短い




チェック柄のあたたかそうなワンピースに細身のデニムをはき


手には画用紙をもっている



一枚めくるとそこにはことりの字で



『望くん

空港は人がいっぱいですか?』


と書かれてあった



どうやら今日の俺へのビデオレタ-みたいだ



メッセージは続く




『今日はみなさんと一緒に見送りにいけなくてごめんなさい』




『でも、この空のしたでちゃんと望くんと繋がってるって思ってるよ』




メッセージが終わるたびにことるが一枚ずつ画用紙をめくっていく

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