注目の話題
捨てることがやめられない。
🔥理沙の夫婦生活奮闘記😤パート2️⃣😸ニャ~ン
経済的な理由で大学に行けないことはおかしいですか?

しあわせいろ

レス383 HIT数 44517 あ+ あ-

モモンガ( PZ9M )
10/03/14 06:39(更新日時)

私の前には広がる風景があります


目には見えないけどそれは沢山の線となり形となり私のまぶたの裏で形になります


それが私にとって当たり前の風景だった


ずっとこのまま



この当たり前の風景の中で生きていくのだと思っていたよ



あなたと会うまでは




花の色も
海の色も
空の高さも



みんな知らなかった


音が香りが全てが指先を通って私に世界を



光を見せてくれた




目に見える光はどんな色ですか?




私の心の中にはいつも暖かい色があります



ねぇ




幸せってどんな色で描けばいいのかな…

No.1162024 09/08/31 02:16(スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.1 09/08/31 02:34
モモンガ ( PZ9M )

またいつもの毎日が始まる


目を開けてもまぶたを閉じても私には何も映らない


ただ薄い明かりの中を


耳で
指で
体で

感じながらしか生きていくことができない


それでも太陽は暖かいし


雨のしずくは冷たい


風は髪をなぞり


雪は指先を冷やす


ねぇ



目に見える世界はどんな色ですか?



私はどんな人間なんだろう…




高校の卒業式を終えて早いもので季節は夏へと変化しているようで…

私はだんだん袖が短くなったシャツのボタンをいつものようにはめていた


朝になると日射しを体で感じるように私の二階の部屋には小さい頃からカ―テンがついていない



『はぁ…今日も暑いなぁ』


ベッドの上にあったうちわをあおっていると階段を上がる足音が聞こえてきた


多分お母さんの足音だ


(カチャリ)



『ことり?もう起きてる?お母さんもお父さんも仕事に行くからいつものように下でご飯食べてね



9時の位置に牛乳で3時の位置に焼いたパンがあるからね


わかった?』



『もぅわかってるよそれよりどう?



これって昨日お母さんがかってきてくれた新しいシャツだよね

おかしくないかな?』

No.6 09/09/01 08:07
モモンガ ( PZ9M )

あたしたちはリビングに移動すると横ならびに座った


お母さんはあたしが高校を卒業する少し前から結婚する前に勤めていた会社で仕事をし始めた


お父さんも仕事をしているから三人揃うことは今では難しくなっていた



それでもお母さんは積極的にあたしに話しかけたり外に連れ出そうとやっきになっていた



それはあたしが外に出掛けなくなった事が原因だろう


目にはみえないが二人の心配が声を通じて伝わってくる



でも正直言って今のあたしにはどうでもよかった



幼稚園や小学校では普段通りにできていたことも中学校や高校ではそうはいかない事が身にしみてわかったからだ



友達や先生もいるしそれなりに社会にだって理解はあるつもりだよ



でも杖をついて近所の店に行くのだって今のあたしには…



怖い



それは点字ブロックに座り込む人


通れない道幅


遮る自転車


なにより一人では買い物だってできやしない


いつも側に『誰か』がいて


その『誰か』があたしの目になってくれる


つまりあたしは半人前


一人じゃなんにもできないいわゆる『お荷物』なのだ



それが成長するにつれて痛いほどよくわかるのだ

No.11 09/09/02 01:26
モモンガ ( PZ9M )

目が覚めるともうすでにお母さん達の姿はなかった



リビングのテ―ブルの上にはお母さんからの手紙といつものように常温の牛乳と香ばしい香りのパンが置いてあった



お母さんからの手紙は録音テ―プに入っている



昔から伝えたい事があるとテ―ブルの上に小さなレコーダーが置かれていた



わかりやすいように再生のところには丸いシ―ルがはられている



椅子をひいて座ると私はパジャマのままそれを押した



『ことりおはよう


昨日はなかなか眠れなかったみたいね



眠ったのは朝方みたいだったのでおこさずに出掛けるわね



本当はことりとお母さんとお父さんとしっかり話し合ってから決めるべきだったのかもしれないけれど



以前からたまに来ていただいていたガイドヘルパーの斎藤さん覚えているかしら



最後にあったのはことりが高校に入る少し前よね




その斎藤さんの活動してみえるNPOの無償ボランティアにね




ことりと同い年の子が入ったんだって



それでね毎週月曜日と金曜日にね




ことりの話し相手も含めてガイドボランティアをお願いすることにしたの』

No.12 09/09/02 01:35
モモンガ ( PZ9M )

『お母さんがまた勝手に…ってことりは怒るかしらね




お父さんにも昨日怒られちゃったわ…



ことりの気持ちが一番大切だろう…って



だけどね



お母さんまたことりに笑ってほしいの



たくさんのことりの知らない世界を見せてあげたい



ことり…



ごめんなさいね




また帰ったら話聞くからまた感想聞かせてね




ボランティアの子は加藤望ちゃんよ



あなたと同じ19歳




お昼過ぎに斎藤さんとくるからちゃんとご挨拶してね



じゃあ行ってきます』



すべてのテ―プを聞いたあとあたしは牛乳を一口くちに入れた




お母さんは何もわかっていない




同い年だから心が近づくわけでも



女の子だから親近感がでるわけでもないのに…




逆に気がついてしまうの



『彼女に見えてる世界とわたしの世界は全然違う



わたしは普通じゃない』って事に




もう誰にも迷惑はかけたくないのに



そう思っていた




不完全に産まれてしまった自分に生きる目的も



ましてや生きる意味なんかあるわけないと



そう思っていたんだ…

No.17 09/09/03 14:26
モモンガ ( PZ9M )

『とりあえずあがらしてもらおうかな?
いいかな?』



そう言うと斎藤さんがあたしの指先に自分の指を合わせた



これは『私はここにいますよ』ってサイン



私達に突然手をだされてもわからない



ヘルパーの人はみんなそうやって指先を合わせる



そうやって腕に捕まって私達は歩いていく



守られながら




そう

いつも誰かに支えてもらわなければ生きていけないから




その時だった



『斎藤さん


大丈夫ですよ



この子ちゃんと一人でもやれますから



家の中まで手をかす必要はないですよ』


そう言って斎藤さんの手を遮った


『…だよね?


自分の事くらい自分でできるだろ?』



実際はそう思っているのに面と向かって言われると何故か腹がたつ



甘えたくなんかないのに




でもそんは風に


『できるだろう』



と言われた言葉にあたしは正直嬉しい反面とまどいを隠せなかった

No.18 09/09/03 14:51
モモンガ ( PZ9M )

リビングに上がると斎藤さんはあたしに何か飲まない?と聞いてきた




冷蔵庫に何があるか説明を受けた後に3つ麦茶が運ばれてきた



『はいどうぞ


氷が3つ入ってます

気を付けてね』




そう言うとプラスチックの大きめのカップをあたしの指先に運んだ





あたしはそれに口をつけずにテ―ブルにおき直した




短いため息をつくと右隣から男の子があたしに話かけた




『今日から毎週2日


ボランティアで話にきます加藤望です



福祉大学に通う一年生です



ことりちゃんとは同じ年なのでどうぞ宜しく』



あたしは彼の声のする方に軽く頭を下げた




別にしゃべり相手なんか要らないけど


目の前にいる斎藤さんの手前嫌な顔もできないよね



しばらく斎藤さんと昔の話や今の生活の確認などしたのち『次のお宅があるからまたね』と明るい笑顔で席をたった



『加藤くん


ことりちゃんを頼むわよ~



わからない事はなんでもことりちゃんに聞いてね』




加藤くんは斎藤さんを見送りに玄関までいそいだが


あたしは『そのままでいいからね』


とソファーに腰をかけたままだった

No.26 09/09/04 11:13
モモンガ ( PZ9M )

その夜


ベッドの脇に置いた本を指でなぞった



点字はあまり得意じゃなかったけど学校では徹底的に教え込まれる



生きていくために先生立ちも容赦がない



私はため息をつきながらうつぶせになった



指先からまぶたの裏に文字がつながる



『りんごのいろはあかいろ



りんごの味は何味?



りんごの重さはどれくらい?





りんごの皮はつるつるしてるの?




僕の知らないりんご



みんなが知ってるりんご




同じだけどちょっと違う




僕のりんごはどんなりんごかな




まさき




?…まさきって誰?



りんごの…詩かな…



みんなのりんごと僕のりんごはちょっと違う…



りんごなんて


あのちょっと甘くてすっぱいやつだよね


どれも同じじゃないの?



『…よく…わかんないや…』



みんなが私を励まそうとしている



望くんはいい人だと思うけど



あまりにも簡単に人の心に踏み込みすぎるよ



今度あったら



やっぱりボランティアはいらないって断ろう…




お母さん達

がっかりするかな…

  • << 28 三日後 望くんから電話があった 『もしもしことり? 僕だけど、明日ちょっと外にでない? 歩くのが嫌なら僕が車で迎えに行くから』 本当なら断りたい所だったが借りていた本もあるし ボランティアの件もちゃんと断りたかったので私は望むについていく事を承諾した 次の日になり望は私をむかえにきた 『どこに行くの?』の問いに 『いい所だよ』と含み笑いをした 隠したってすぐわかるんだから かげで笑っているかどうかなんて 私にはすぐにわかるんだから 車の中は以外に広く快適だった 望は私をどこに連れていくつもりなんだろう… その答えは意外な場所だった 『ついたよ ことり、ドアが開きます 左足からゆっくり出てね』 風が強い 足についた地面が柔らかい 砂…? 足元の砂に触っているとさらさらと指の間からこぼれ落ちた 遠くから聞こえるこの音は… 『海だよことり くるっと向いてごらん ことりの前方に一面の海 頭の上には高い空が広がっています 『あともうひとつ』 望はあたしの手に触れる
  • << 29 『こんにちわことりちゃん』 前方から声がした 小さな男の子の声だった 『こ…こんにちわ』 『望兄ちゃん本当にかわいいね 言ってた通り お姉ちゃん可愛いよ』 あたしは口元を押さえて顔を伏せた 小さい子にだって『可愛い』なんて恥ずかしい 『ことり、まさきくんたよ りんごのお話の男の子』 『あっ、えっ、そうなの? はじめまして中村ことりです』 あたしは右手を差し出した しかし反応がない 『あれ…遠いのかな… 望くん、まさきくんの手にさわらせて?』 あたしは足を一歩前に出した 『ことり姉ちゃん こっちにきても無理だよ 僕ね肩から腕が両方ともないんだ 目は見えるけどね 手が使えないの だから握手はできないの、ごめんね?』 あたしの目の前のまさきくんは明るい声で自分の話をしてくれた

No.28 09/09/04 11:28
モモンガ ( PZ9M )

>> 26 その夜 ベッドの脇に置いた本を指でなぞった 点字はあまり得意じゃなかったけど学校では徹底的に教え込まれる 生きていくために先… 三日後


望くんから電話があった


『もしもしことり?


僕だけど、明日ちょっと外にでない?



歩くのが嫌なら僕が車で迎えに行くから』




本当なら断りたい所だったが借りていた本もあるし



ボランティアの件もちゃんと断りたかったので私は望むについていく事を承諾した




次の日になり望は私をむかえにきた


『どこに行くの?』の問いに



『いい所だよ』と含み笑いをした



隠したってすぐわかるんだから



かげで笑っているかどうかなんて

私にはすぐにわかるんだから

車の中は以外に広く快適だった


望は私をどこに連れていくつもりなんだろう…



その答えは意外な場所だった



『ついたよ


ことり、ドアが開きます


左足からゆっくり出てね』



風が強い



足についた地面が柔らかい



砂…?




足元の砂に触っているとさらさらと指の間からこぼれ落ちた



遠くから聞こえるこの音は…



『海だよことり


くるっと向いてごらん


ことりの前方に一面の海



頭の上には高い空が広がっています




『あともうひとつ』



望はあたしの手に触れる

No.29 09/09/04 11:37
モモンガ ( PZ9M )

>> 26 その夜 ベッドの脇に置いた本を指でなぞった 点字はあまり得意じゃなかったけど学校では徹底的に教え込まれる 生きていくために先… 『こんにちわことりちゃん』


前方から声がした



小さな男の子の声だった



『こ…こんにちわ』


『望兄ちゃん本当にかわいいね



言ってた通り



お姉ちゃん可愛いよ』



あたしは口元を押さえて顔を伏せた



小さい子にだって『可愛い』なんて恥ずかしい



『ことり、まさきくんたよ


りんごのお話の男の子』



『あっ、えっ、そうなの?



はじめまして中村ことりです』



あたしは右手を差し出した




しかし反応がない



『あれ…遠いのかな…



望くん、まさきくんの手にさわらせて?』




あたしは足を一歩前に出した




『ことり姉ちゃん


こっちにきても無理だよ



僕ね肩から腕が両方ともないんだ



目は見えるけどね


手が使えないの


だから握手はできないの、ごめんね?』



あたしの目の前のまさきくんは明るい声で自分の話をしてくれた

No.35 09/09/05 15:31
モモンガ ( PZ9M )

『真希くんが書いたんですね


最初は何なのかわからなくて…


でもなんで『りんご』なんですか?』



あたしは体勢を起こして真希くんのお母さんの方に顔を向けた



『フフ…


これね真希が二年生の時に書いたお話でね



学校の校外学習でりんご狩りにいったのよ




いつもは特別学級だから、あの子みんなと一緒に遊べるんだってはしゃいじゃってね…




その前の日に書いたお話なのよ



手のないあの子がりんご狩りなんて酷だと思うかしら…?



私も最初はそう思ったのよ



だから真希にもやめなさいって促したの


でもね


『りんごは目でも楽しめるんだよ


誰かが補助具を足につけるのを手伝ってくれたら僕だってみんなみたいに自分で食べれるんだよ



ママにだって苦手な事があるでしょう?




僕も手があるとできる事が苦手なだけなんだよ




だから僕は僕のりんごを楽しめるんだよ



それともりんごは手がないと食べちゃいけないの…?』


ってね



頭を後ろからガ―ンって



叩かれた気持ちがしたわ



あの子が生まれてからずっと



ずっと自分を責めていたの…

No.36 09/09/05 15:46
モモンガ ( PZ9M )

『何故あの子を健康に生んでやれなかったのか…



何が悪かったのか…




私達がいなくなったあとに



あの子はどんな思いで生きていくんだろう…ってね




私は



私は弱い母親だったわ



真希を守ろうとしてばかりで



あの子の



あの子自身の強さや可能性を見つけようともしなかった




ことりさん



望くんはとってもいい人よ




あんなに気持ちの優しい



強い男の子はあんまりヘルパーさんにもいないんじゃないかしら?





望とはね小児病院でのボランティアさんとして出会ったんだけど




望くんだけだったわ、真希に『車椅子から降りなよ』って言ったのは



人混みの中でも
学校でも
遊園地でも



真希は自分の足で歩けるんだよ…ってね



転倒がこわくて
人の目がこわくて…



でもそんなの真希には関係なかったのよ



初めて車椅子から降りて近所の公園に走り出したあの子の笑顔が今でも忘れられないの…』





真希くんのお母さんは最後の方


何度か言葉につまって泣いていた



海の音と



真希くんと望の笑い声が



あたしの中で幸せな音楽のように響いてきた…

No.41 09/09/06 12:37
モモンガ ( PZ9M )

『ボランティアの事だけど…望くんにお願いしようと思うんだ…』



あたしの答えが意外だったのかすぐに返事をしたのはお父さんだった



『いいさいいさ!勿論!!

ことりのヘルパーだ

ことりが決めたらいいんだよな?母さん


…どうしたお前…泣いてるのか?』



お父さんの言葉に驚いて顔をお母さんの方に向けた



お母さんからは何の声もしない


ひょっとしたら私が気がつかないだけでお母さんは私に気づかれないように泣いていたのかもしれない



『お母さん…?』



『…違うわよ泣いてなんかいないわよ


お父さんのバカ

そういうことをことりの前で言わないでちょうだい』



そういうとお母さんは勝手口からバタンと音をたてて庭へと出てしまった



『…おこられちゃったな



やっちまったか』




お父さんは頭をかきながらあたしの隣にこしかけた



『母さんの泣いた顔なんて久しぶりにみたな


ことりの高校の卒業式以来じゃないかな』


そういうとお父さんは『久しぶりに花火でもするか』そう言って私を夜の庭に誘い出した



勿論私には花火なんてわかりはしない


でも焼けた火の匂いにパチパチとなる美しい音は私にとっても夏の風物詩だった

No.42 09/09/06 12:53
モモンガ ( PZ9M )

お父さんは火をつけた花火を私の手に握らせるとポツリと呟いた



『ことりがいて


母さんがいて




幸せだな父さんは』



顔は見えないが優しいお父さんが昔から大好きだった




いつも口うるさくいうお母さんに比べて



お父さんは私に考える時間をあたえてくれる




私が何かに行き当たったときも簡単には手をかそうとしない



私は小さい頃からそれが嬉しかった




『お父さん




お父さんは私が産まれて幸せだった?




目の見えない私より


普通の目の見える娘の方が嬉しかったって思わない?』



私の質問にしばらく黙ったあとにお父さんは大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃ撫でてきた



『ことりは成績はいいのにバカだなぁ



お父さんやお母さんがお前をそんな小さい事で『いい娘』『悪い娘』なんて決めてると思うのか?



目が見えても目が見えなくても



俺の子供はことりだけだ



こんなやんちゃで優しくて困った子はお前一人で父さん充分だ



父さんはお前が笑って生きていても泣いていきていても



お前がお前らしく生きてくれたら何にもいうことないの』




そういうと今度は左の手であたしの肩を抱き寄せてくれた

No.46 09/09/07 13:54
モモンガ ( PZ9M )

次の日


土曜日だったがお父さんもお母さんも仕事があるからといつもどうり会社へとでかけた




あたしは部屋の中でひととうり片付けをしてリビングでくつろいでいた




あんなに小さい真希くんだってあんなに楽しそうにして生きてるのに





あたしだって…



何かできたら…





高校では進学か就職か先生と家族でかなり話し合った



今の時代パソコンくらいできなきゃどんな会社だってとってはくれない



あたしたち目の見えない人間はそれこそがむしゃらにキーボードの配列を覚え込まされる




特殊だが音声に変換しながら入力できるものだってある



あとは点字に手話



はくじょうの使い方


自らを防御するための武術だってある



目の見えないあたしたちは絶対に外出の際はリュックだ




はくじょうを持ちながらかばんなんかもっていたら


『あたしのかばん盗んでください』って言っているようなものだ




足元も不安で
まわりにも気を使い


そんなんでどうやって外出なんて楽しめるだろう



そう健常者の人は思うかな




でもその世界があたしの世界



全てなんだ

No.50 09/09/08 10:43
モモンガ ( PZ9M )

ドライブの途中コンビニに立ち寄ることにした



『望くん行ってきて

私まってるから』



手をふる私のおでこを望くんが軽くこつく



『…いたっ』



『ことりさん~


二本の足が泣いてますよ?


リハビリ
リハビリ


ね?一緒に行こう』


私はドアの外から聞こえる女の子達の声に嫌悪感を感じていた




昔からそうだけど




コンビニの入り口って誰かが座り込んでいて私は利用することをあまり好んでいなかった




はくじょうがもし彼女たちにあたったらと思うとこわくてふれないのだ




こんなこと健常者の人は感じたりしないんだろうな…



望くんは車のドアをあけると私の手に自分の手を合わせた




その手を頼りに私は望くんの腕までたどり着くのだ



『はい、右足からゆっくり…



はい、いいよ

じゃあしめるからね』



そういうと望はゆっくりと歩き出した



少し歩くと女の子達の声が益々大きくなっていく



『ちょっとごめんね

目が悪い子が通るから足しまってくれるかな』



望くんの動きがピタリと止まった

No.51 09/09/08 10:54
モモンガ ( PZ9M )

『えっ


あ~ごめん

はい、これでいい?』



『うん、ありがとね』




ビックリしたが意外にも彼女達はすんなりと足をひいてくれた





何かもっと怖いイメージがあったのに…


店内に入ると望むが言った




『ああいう子ってね


あんまり人を見てないだけで意外と優しい子が多いんだよ



口でちゃんと説明したらわかるときもあるからことりも今度は自分で言ってごらん』



私は黙っていたが心の中では繰り返し頷いていた




しばらく店内を迂回して



『喉が乾いたから僕はアイスコーヒにするけどことりは?』


『私は…



小さい紙パックの野菜ジュースにする』

No.54 09/09/09 02:30
モモンガ ( PZ9M )

工房の暑さにびっくりしていると



『あんたがことりちゃんかい』



後ろの方から年配のおじさんの声がした



望くんの腕につかみながら振り向いた



『中村ことりです


今日は硝子作りをしてみたくて体験に参りました



ご迷惑をかけるかもしれないですがどうぞよろしくお願いいたします』



差し出した手におじさんは低い位置から手を差し出してきた



『よろしく、おじさんは尾崎と言います



尾崎のおっちゃんでいいよ



俺も今日はことりって呼ばしてもらうわな



早速だけどことり



おっちゃんはある障害をかかえています、それはなんでしょうか?



1、ブサイク
2、短足
3、貧乏



さてなんでしょう』



あたしはとっぴょうしもない質問に思わず吹き出してしまった



『そんなの障害じゃないじゃないですか



アハハ


それはただのコンプレックスだよ



ね、望くん』



隣で望くんも笑っていた



『なんやぁ笑ってばっかじゃ答えにならんなぁ…



じゃあ答え教えたろっかな~




正解は4番!


車椅子のおじちゃんでした』

No.55 09/09/09 03:32
モモンガ ( PZ9M )

『ことり


おっちゃんも障害者や



何も特別なものなんてもっとらん



あるのは『やる気』と『仲間』と『いい作品を作るぞ!』って気持ちだけや



ことりが思ってる不安ならみんながフォローするからな?



今日はことりにめちゃくちゃ楽しんでもらって硝子を好きになってほしい



OK?』




あたしは黙って小さく何度もうなずいた



『この工房の名前は【りらいふ】



もう一度生活を楽しもう



そんな気持ちで始めた工房なんだって




色んなところネットで探したけど尾崎さんくらい元気で楽しい先生もいなかったよ』




隣から望くんが優しい声で言った




『りらいふ…




素敵な名前ですね』



あたしが言うと尾崎さんの嬉しそうな声を出した




さっきまでの不安はどこにいったのか




あたしは


素直に伝えた




だけど望はこの時どんな気持ちでこの会話を聞いていたのだろうか




まさか



この時には




こんなにしめつけられるような恋も




あんなに暖かい望の手も




まるで砂時計のようにサラサラと



消えていこうとしてたなんて



思いもよらなかった

No.60 09/09/10 09:01
モモンガ ( PZ9M )

あたしが工房の椅子に座っていると尾崎のおじちゃんが声をかけてきた


『ことり大丈夫か?疲れんかったか?』



わたしのほっぺに冷たいものが当たった


『きゃっ?


おじちゃん、びっくりさせないでよ』



『メンゴメンゴ


アイスや、食うか?』


おじちゃんが切れ目を袋にいれてくれた


『ありがとうね
いただきます』



『あれ?そういや望は?』


『あ…外の風に当たってくるって』



『そうか、ならいいんやけどな



なんか顔色悪くみえたからな



のぼせてしまったかなと思うて』



あたしはハッとして立ち上がった



おじちゃんが慌ててあたしの手をひいた


『ちゃうちゃう


ここが暑いからむせたんやろ


大丈夫や大丈夫や』



あたしはホッとしてもう一度席についた


入り口の方から爽やかな風が入ってくる


奥の熱気とは比べ物にならない



体で感じた空気


指で感じた熱気



心で感じた充実感




『歩み寄れば近づく』




それに気がつけただけ私はしあわせなのかもしれないな




ガラスのグラスに入りきらない幸せが


これからも続けばいいのにな

No.61 09/09/10 11:28
モモンガ ( PZ9M )

『それにしても

ことりはこれからどうするんや?


望から聞いたで


なんや家にこもって何もせんのやって?


気持ちはわかるけどそれはあかんよ


おっちゃんもな…

家族養って30年…


あと少しで娘の結婚式



そんな所でへまして現場から転落してしまってな



このざまだ



情けなくてな…


洋子の…あ、うちの娘な


洋子のあんな泣いた顔見るのは式場でって思っとったんやけどな…




それから半年して



うんと頑張ってリハビリも体力作り物したけど


結局これがワシの人生三本目の足になってしまった



でもな



ちゃんとバージンロードも洋子と手を繋いで歩けたし孫もだける



母ちゃんと並んで買い物したり支えてもらえばプールだって温泉だっていける



ことり



お前だってできるんやで



お前の目はみえんかもしれん



でもその代わりもう一個の目はしっかり開いとるはずや』



『もう一個の目…?』



『そや


心の目や



人間の中でいっちゃん綺麗でにごったらいかん目や




それがしっかり開いとれば大丈夫や』

No.64 09/09/10 13:46
モモンガ ( PZ9M )

放竜痔さん🌱


ありがとうございます😺



はい


おっしゃる通りこちらは五人でのリレー小説になります



よかったら最後までお付き合いくださいね



ちなみに


しあわせいろ🌱感想レス



がありますので

よろしかったらそちらにもご意見くださるとうれしいです🌱


ちなみに参加作者は

りんさん
ピュアホワイトさん
ちとさん
ももんが

あとはインフルエンザでお休み中の

砂の城さん🌱です

No.68 09/09/11 07:59
モモンガ ( PZ9M )

『ただいま~』


玄関を開けると思いがけず明るい声が出迎えてくれた



『お帰りなさい!ことり、どうだった?』


『あれ?お母さん?
仕事は?今日はいつもより早いんじゃない?』


『だって今日はことりの作品が見れる日なんだもの


お母さんいてもたってもいられなくてね


早く早く

見せてちょうだいな』



お母さんがめずらしくあたしをせかしている



何だかおかしいな



『はいはい

ちょっとまっててね』




あたしは靴を脱ぐとリュックをおろしてそのまま後ろに倒れ込んだ



『まぁ

ことりったら』



お母さんがクスクス笑いながらあたしの腕をとった




『…お母さん』


『ん?なぁに』


『…ありがとう


今まだ…自分に自信がなくて…


どうしたらいいのかわからない気持ちがくすぶっていて…




でも

あたし





強くなるから



目が見えないなんて事に負けたりしたくない




本当は一番くやしいのはあたしじゃないもの…



お母さん


ごめんなさい…』




お母さんは黙っていたけれど


握った手には暖かい涙がいくつもあたっていた

No.69 09/09/11 08:10
モモンガ ( PZ9M )

『ことり…

ちょっと強くなったね…


お母さん嬉しくて涙がでちゃったわ』


そういうとお母さんはゆっくりと抱き締めた



何にもいわなくても伝わってくる



見えるよ



お母さんの気持ちが




まぶたの裏には暖かい景色がゆっくりと映っていた




それから少ししてリビングに移動するとあたしは『深い海の色』のグラスをお母さんに見せた



『素敵ねぇ、お母さんも通おうかしら…



綺麗な海みたいな明るい青



空の色ね



とっても爽やかよ




ことりの好きなサイダーみたいにシュワシュワしたイメージかしら』




『…そうなの?』


海の底のような暗いイメージをしていた望くん



あれは…何だったのかな?



望くんの色と私の色が違っていただけ…?



それとも…




『あら?



これはなぁに?

もうひとつ小さな紙袋があるけど』



『あ…それは…



いいや
お母さん開けてみて


それはお土産なの』


『あら素敵ねぇ


何かしら?』



お母さんの言葉が待ちきれなくてほほがにやついてしまう



友達の

それも男の子からなんて


はじめてのプレゼントだった

No.70 09/09/11 08:22
モモンガ ( PZ9M )

『あら可愛らしい』


明るいお母さんの声が更にはずんだ



『何?なんだった?


お母さん教えて』



その時縁側の風と一緒に綺麗な音がした


『チリン…チリン…』



『わかった!風鈴だ!!』



『正解~!


でもねとっても可愛いモティ―フよ



さわってみて?




ここが鐘のなる丸い形ね



その上に…



ほら、わかる?


『…なんだろう?


ん…鳥…?


二つの羽…?かな』



『さすが!!


丸い胴体の上にね小さなことりが一匹とまってるの



ちなみに胴体の絵付けは四葉のクローバー



ことりは透明なブルーで


さながら『幸せの青い鳥』ってところかな?



素敵なお土産ね



よかったわね

ことり』




風がふくたびにチリチリとなるその音は



まるで望くんが


『ここにいるよ』って励ましてくれてるみたいだった



またくる月曜日がとてもまちどうしく感じた




目に見えなくても




心の目




ちゃんと見えてるよ




優しい気持ちが耳から


体から



全部を通して伝わってきた

No.73 09/09/12 03:49
モモンガ ( PZ9M )

『おい、ことり本当にいいのか?今ならまだ間に合うんだぞ?



やっぱりお前だけを置いていくなんて…』


『そうよ~
気持ちは嬉しいけどお父さんもお母さんも気になって旅行なんて楽しめないわよ

ねぇ~ことりも一緒に行きましょうよ』



12月もX'mas一週間前

私はあれから精神的にも経済的にも自立するために土日だけあのガラス工房でアルバイトをすることにした




とは言っても発送する商品の梱包やかかってくる電話の対応など簡単な雑務だけれど




私にはちいさいながらもとても大きな一歩だった



勤め初めてちょうど1ヶ月


送り迎えなどに協力してくれた両親に気持ちだけながらプレゼントを渡すことにした



生まれて初めて私が自分で得たお金はけして多くはなかったはずなのに



『さぼらずによう頑張ったな


えらいぞことり


電話の対応も凄くいいしことりはうちのマスコットやな



これからも頑張ってや』



そう言って手渡された封筒の中にはお給料とイチゴ味の飴が1つ入っていた

No.74 09/09/12 03:58
モモンガ ( PZ9M )

私はその中から2万円を引き出すと望くんに頼んで一泊の格安ツアーを探してもらった



初めてのプレゼントに何がいいのかずっと悩んだけれど



やっぱり旅行しか思い付かなかった



私が生まれてから


特にお母さんは片時も私の側から離れる事はなかった



つまづいては気をもみ


ぶつかってはかけより



出かける時はいつも手をつないで…


季節が変わるたびに

洋服のサイズが変わる度に



お母さんの手を離さなくちゃいけないのに



お父さんに寄りかかっちゃいけないのに



私は二人から離れる事ができないでいた



だからこれは両親への感謝の気持ちと同時にわたしにとっても小さな自立の始まりでもあった

No.77 09/09/13 03:19
モモンガ ( PZ9M )

コンサートが終わりいつものように望くんの腕に捕まって家路に急ぐ



お母さんから『旅館についたよ』からはじまり『今からお風呂だよ』


お父さんからは『今なにしてるんだ?』
『料理もいいけどお酒もうまい』など


着信とメールで私の携帯はずっとコンサート中もブルブルしていた



私の親離れも問題だけど二人の子離れも大問題だな…



私は何だかおかしくなって電車を待つホームでクスクス笑った


『どうした?めずらしいよね、思い出し笑いなんて』



『ううん、何でもないよ


ごめんなさい


ねぇ、望くん


聞いた事なかったのが意外なんだけど望くんて何でボランティアなんてやっているの?



真希くんのお母さんの話だと高校生くらいからもぅ始めてるんだよね?



何か思うところがあったの?』



わたしの質問に望くんはすぐには答えなかった



望くんの体に緊張が走った気がした



触れてはならない話題だったのか…?



私は慌てて話し出した

No.78 09/09/13 03:31
モモンガ ( PZ9M )

『あ…ごめんね


ちょっと思ったもんだから、ごめんなさい…


理由なんてどうでもいいよね?人のために何かしたいって…気持ちが優しいんだよね』


あたしが言うと望くんは わたしの手を腕からはずしそっと手を握った




望くんの大きな手のひらからあったい音がする




このドキドキする気持ちはわたしのものなのか…




それとも…


望くん…?




まわりにいた電車待ちの人達が一段と増えてきた



人の声と電車の交差する音が間近に迫る




そのなかではっきり聞こえた望くんの声は穏やかで



そしてはっきり力強く私には聞こえた




『ことり…



僕はね優しくなんかないんだ



『人の為に何かしたい』



勿論そう思う気持ちに嘘はない



でももっと深いところで僕は



僕はね…『自分の価値』を見つけるために『証』を探しているんだと思うんだ』



『望くんの…証…?』




『そう


僕は本当は卑怯な人間なんだよ


ことり


がっかりさせてごめんね』




握った望くんの手にだんだん力が入ってくる



あたしはもう1つの手をそっと合わせて言った

No.79 09/09/13 03:40
モモンガ ( PZ9M )

『望くん



あたしだって凄く弱いよ



支えてくれる人を無意識に探してしまう



ダメなんだって思いながらも気持ちのどこかじゃ『だってしょうがないよ…』ってあきらめてしまう…




いつも強い完璧な人間なんていないと思う




だからみんながいるんだよ




望くんだけじゃないよ…?



きっとみんなが


少なからずどこか弱いよ



だから『卑怯』なんて言わないで?




本当に弱い人間は自分自信を『弱い』なんて認めないよ



私は



望くんが私のヘルパーで本当に本当に幸せだよ?



これから先も一緒にいたいよ




『私の目になる』



そう行ってくれたよね?』



私は話すだけ話すと不覚にも涙が止まらなくなっていた




理由はうまく言えないが



望くんが今どんな顔でどんな思いをかかえているか



わからない自分がくやしいのかも知れない…



そんな私の頭を望くんはポンポン撫でてくれた



それは今までで一番あったかい




優しい手だった…

No.80 09/09/13 03:53
モモンガ ( PZ9M )

しばらくして私の涙が止まるのを見計らい望は意外な言葉を口にした




『ことり…今から予定変更して


家じゃなくて海に行きたいんだけどいい?



この間、真希と遊んだ海




僕のはじまりの海…



今日はことりに聞いてほしい話があるんだ…』




お父さんとお母さんがいない日に…




ちょっと胸が痛んだけど



『私に話したい』



その言葉に期待と不安が膨らんだ



『うん…いいよ


連れていって?あの海に』



私が答えると望くんは海にいくよう電車を2つ乗り換えて




途中にバスにも乗った




おりたたみのはくじょうを持っていたが


握った手のひらの暖かさを話したくなくて私はあえて何も持たずに望くんについて行った




どれくらい移動したかな…




まわりに人の気配は感じなかった



バスが私たちの横を真っ直ぐと走っていく音がした



『気を付けてねことり


疲れてない?


海まであと100Mくらいかな



時間は今ちょうど夜の9時位



結構かかったね』




望が自分の首にまいていたマフラーを私の首にかけてくれた



『…あったかいね


ありがとう…』



私は望の方を見ながらお礼を言った

No.81 09/09/13 04:09
モモンガ ( PZ9M )

砂浜についた時にはもう海の匂いと波の音が静かに


力強く響いていた


昼間と違い砂も水も驚くほど冷たい



私は体操座りをしながら手をこすり合わせていた



『はぁ―っ…』



『こうすると空気が白くなるんだよね?』



私が言うと望が笑った



『ことりは物知りだな



ことりといると楽しい




元気になる




もっと早くことりに会っていたらよかったな』




そう言うと望くんは私の隣に腰をおろした



指先が自然に合わさって胸が暖かくなる



『望くん…?』




『…ことり



僕ね今の真希と同じ年の頃病気してたんだよ』


望くんがゆっくり語り出した



『それが初めてわかったときに僕はまだ9歳だった



体育の授業中突然体がだるくなって倒れてね




最初はただの貧血かと思っていたけどある日決定的な診断が下されたんだ』





押し黙るあたしをせかすように波の音が大きく聞こえた




『…なんだったの?』




望くんが沈黙の後少し明るい声で答えた


『ガンだったんだ



極度に免疫が後退しててね



ずくに入院だった



家族もしばらくは面会謝絶



凄くつらかったよ


よく覚えてる…』

No.84 09/09/14 12:28
モモンガ ( PZ9M )

>> 83 帰りの電車の中望くんは言葉少なげだった



繋いだ手は相変わらず暖かいけれど私には望くんの表情が見てとれない



望くん…


今何を考えているんだろう…



ガンなんて…


いくら9才の時の話だからって



これからは…

再発の可能性はないんだろうか…



私は怖くてその言葉を口に出すことができなかった



口にだしてしまったら



望くんが私の手の届かないところへ消えてなくなってしまいそうな不安からだった




無意識に繋いだ手に力をこめる



『ん?ことりどうした?

眠い?

いいよ、もう乗り換えも終わったし


寝ていいよ

ついたら起こすからね』



優しい望くんの声に体が甘えてしまう




電車の心地よい揺れと



安心感から



私は望くんの肩に頬を少し寄せた



まわりのひとから見たら私達はどんな風に見えるかな?



仲のいい友達?


それとも兄妹?


それとも…



考えると顔が熱くなってきた




望くんの肩から顔をはずす



『どうしたの?重くないよ?』



『うん…でも』

No.85 09/09/14 12:38
モモンガ ( PZ9M )

『あ…だって

誤解されちゃう


ごめんね、気がつかなくて』



私が言うと望くんの声が明るく上がった



『ご心配なく


焼きもちやいてくれる彼女なんかいませんよ



そんなにモテないしね



どうすることり



ぼくが眉毛の繋がった髭だらけの男なら』


『えっ?望くんて眉毛がつながってるの?



冗談…だよね?』



望くんが声を上げて笑った



『さわってみる?


つながってるかどうか』




そういうと私の右手を自分の顔に近づけた



『これが頬


これが目



これが眉毛




どう?わかる?』



『…フフ



繋がってないね


普通の眉毛だった~』



二人して向き合って笑った



やっぱり望くんといると楽しい



優しい気持ちになれるもの

No.86 09/09/14 15:27
モモンガ ( PZ9M )

『ちなみに頭はこんな感じ』


触った手の感触は以外にも短くてちくちくしていた


『驚いた?昨日ちょっと切ったんだ


短いの今はやってるんだよ



エクザイルみたいな


知ってるエクザイルって』


『うん勿論


凄く綺麗な声の二人組でしょ?


お菓子のCMや歌謡曲で聞いたりするよ



あの声の人もこんなに短いんだね』



私は調子に乗って望くんの頭を撫でた



『こら、はずかしいから』


『だって…以外で可笑しいんだもの』


笑う私の前髪を望くんが器用に上げた


『綺麗なストレート


ことりのは、さらさらしてるよね

ことりはスタイルもいいし髪も肩くらいで綺麗だし



うちの大学だったらサ―クルにひっぱりだこだな



あ、そうだ


ことり


嫌じゃなかったら写メとってもいい?


うちのクラブの連中がことりを見たいってうるさくてさ



嫌なら勿論断って?無理強いするつもりはないからね』



『嫌…じゃないけど私一人でとるの?


電車の中だからはずかしいな』




そういうと望くんは私の頭を抱き寄せるようにした



『いくよ、せ―の』

No.89 09/09/15 09:32
モモンガ ( PZ9M )

>> 88 電車に揺られ何分位が過ぎただろうか



最終電車に近いからかお酒の匂いをさせた人達が沢山乗り込んできた



わたしが辺りを見上げていると一人の乗客が声をかけてきた


『よぉ可愛らしいお姉ちゃん

帰りの電車の仲間で彼氏とおててつないで仲良しだね~



おじちゃんともつないでくれない?』



酔っぱらいだ

どうしよう…



私がこまっていると望が答えた


『おじさんごめん


俺の彼女だからおすそわけはできないなぁ



悪いね』




そういうと望くんは私の体をわざと引き寄せて肩を抱いてみせた




顔から火がでるかと思った



心臓が




ドキン
ドキンと



波打っている




近づいた望くんからは



微かに爽やかな匂いがした



香水…?


整髪剤かな…




甘い匂いじゅないけどいい香り…



『あはははは…


ごめんな兄ちゃん

大丈夫だよ


彼氏の前じゃ手もだせないなぁ』



そう言うとおじさんは別の少し離れた場所に移動していった



『よかったね


これで安心』




望くんが優しく肩から私の頭をはずした



今望くんはどんな顔してるのかな…

No.90 09/09/15 10:08
モモンガ ( PZ9M )

>> 88 ことりの声が思いのほか大きかったのか、他の乗客が一斉にこちらをみる。 望は 『ゴメンな、ことり。 そんな意味があったなんて知らなかっ… 『思ったよりいいおじさんで助かったな


ことり大丈夫だった?』



『うん、ちょっとびっくりしたけど平気


ありがとうね



頼りになるヘルパーさんで自慢だね』





『いえいえ

どういたしまして』



二人で笑いあう空気が何だか柔らかい



望くんといると自分がよく見える



弱いとこも強いとこも



意外と調子の良いことも



これからもずっと一緒にいられたらいいのにな…




『あれ?望?



望じゃない?』




停車した駅から明るい声の女の子が声をかけてきた



『おっ、遥じゃんか

なんだよお前こんなとこから』



『バイトだよ



今日からこっちの方でやることにしたんだ



ケ―キ屋さん




クリスマスまでのかけこみ需要かな?



ってごめん


彼女…じゃないよね


『ことりちゃん』かな



昨日言ってた子だよね?




はじめまして

私、井上遥



望と同じ福祉大学の一年です



よろしくね』




そういうと私の手に自分の手を重ねてきた



『あ…はじめまして

中村ことりです



遥さん…ですよね



よかったら座って下さいね』




あたしは空いている左側に手をおいた

No.92 09/09/16 02:06
モモンガ ( PZ9M )

>> 91 …どうしよう


ああは言ったもののお母さんもお父さんも旅行中だったのをすっかり忘れていた…



『しっかりしろ


一人だって帰れるでしょ


もう子供じゃないんだから…』




涙を拭いながらとりあえず駅の改札口まで降りてみた




通いなれた駅のはずなのに傍らに誰もいないのはやはり怖い



特に今から誰もいない家に帰るのだ




不安じゃないわけない…



『意地なんかはるんじゃなかった…』




そう呟きながら駅員さんにタクシー乗り場までの誘導を申し出た



『お客さん、残念だけどタクシーではらっちゃってるわ



ほら、今ボーナスの時期だからタクシーにのって帰るおじさんばっかなんだよ



でもないと困るもんね~



お家の人は?
電話しましょうか?』



『いえ…大丈夫です


タクシー待ってますから



ありがとうございます』



丁寧に頭を下げると駅員さんは『外は寒いから』と暖かいお茶のペットボトルを差し入れして下さった




何だか嬉しい…




タクシー乗り場のベンチに座ると携帯を開いた




お母さんとお父さんに連絡しなくちゃね

No.93 09/09/16 02:14
モモンガ ( PZ9M )

携帯のリダイアルを押したが反応がない


困った



ひょっとして充電が切れてしまったんじゃないかな…



『どうしよう…

正真正銘大ピンチだ…』



手に持ったペットボトルで暖をとるも時間と一緒にだんだんと手の冷たさと変わらない温度まで変わっていった



『こないのかな…



どうしようかな…』



そうこうしているうちに駅の方からシャッターを下ろす音が聞こえてきた



まずい



駅に人がいなくなったら何かあった時に本当にどうにもならない




私は立ち上がるとはくじょうをカバンから出して道を確認した




『確かこっちの方から…』




棒をふりながら点字ブロックを探す



『こつん』



杖の先が何かに当たった




物なのか


それとも人なのか



一瞬たじろくも勇気をだして言った



『あの、ごめんなさい




もしもどなたかいらとしゃいましたら駅員さんの場所まで連れて行ってくれませんか?



…あの、私


目が不自由で…』

No.94 09/09/16 02:25
モモンガ ( PZ9M )

しかし相手からは返事かない



やっぱり物なのかな…



そう思いもう一度はくじょうをふった



『こつん』




やっぱりまた当たる



私はそこを避けて歩き出そうとした



その瞬間嗅いたことのある香りがした



(何の匂いだったっけ…)



立ち止まった瞬間に前から誰かに抱きすくめられた



何がおきたかわからず思わず手から杖を離してしまった



『やめて…!』



相手の腕を振りほどこうとするが力が強くてなかなか離せない



半泣きになっている私にその手は優しく頭を撫でてくれた



『この感触は…』



はっとして顔をあげると思わず頭を撫でた




ちくちくした坊主頭



『望…くん…?』



頬をさわると物凄い汗が吹き出していた



『まさか…走って引き返してきてくれたの…?



遥さんは?』




私はカバンから小さなミニタオルを取り出すと望くんの額からゆっくり汗を拭った



『…なんか喋ってよ


不安になるじゃない…』




私がそう言うと望くんはもう一度私を抱き締めた



さっきよりも


ちょっとだけ強い力で…

No.95 09/09/16 02:37
モモンガ ( PZ9M )

『ごめん…



ごめんな


ことり…』



喋らなかったんじゃない




喋れなかったんだ





望くんは息を乱して言葉を繋ぎながら荒々しく話した



『気になって…



やっぱり次の駅についてことりに電話したんだ…




でも携帯も通じないし…




いてもたってもいられなくて…』




そう言った望くんの背中は雨がふったかのかと思うくらい濡れていて




呼吸する肩は



全身で私を心配していた




どうしたらいいのかな…




こんな場所で


こんな場面で




神様ごめんなさい




私…うれしくて


幸せなんていったらバチがあたりますか…?



望くんが私の為に走ってきてくれたなんて



たとえヘルパーの責任感からだとしても嬉しい…



『ありがとうね…



でもそのままじゃ風邪ひいちゃうよ?』



巻いていたマフラーを望くんの首にそっとかけた




回した手を首にかけた時に望くんが不意に言った



『ことり



ごめん、俺もうことりのヘルパーできないや



こんなに




こんなに優しくて大切な子を




俺はもう『利用者さん』として見れない



ことりが好きだ



こんなこと言ったら困らせちゃうのにな



…ごめん』

No.98 09/09/16 13:06
モモンガ ( PZ9M )

背中に望くんの姿を想像しながらそのままヘタヘタと背中から地面に腰をつける



生まれてはじめての告白に




生まれて初めてのキス…




一体いつから望くんの事が好きだったんだろう…



押さえた口元から言葉がもれる



『わかんないよ


わかんないけど…』



そのままヒザに顔を埋めて足をばたつかせる



神様




人を好きになるってこんな気持ちなんですね




お父さんやお母さんや




学校の先生や友達なんかとは全然違う




恥ずかしくて
嬉しくて
やるせないような
不安な気持ち…




こんな気持ちを『好きになる』って言うんですね



望くんも今こんな気持ちなんだろうか…



『コンコン』




背中越しにノック音がする



望くんだろうか




新聞受けをのぞくと向こう側からフ―ッ と息がかかる



笑い声の向こうから望くんの優しい声がした

No.99 09/09/16 13:21
モモンガ ( PZ9M )

『ことり


そのままでいいから聞いてて



中村ことりさん




僕はしがない福祉大学の一年生です




家族はサラリーマンの父とばあちゃんの三人に柴犬が一匹



名前はハナです



母さんは今別居中で中学の時から会っていません



僕はこれから四年間


福祉の勉強をしたあとに老人ホ―ムでリバビリを手伝ったりしながらこれからの人生を人のためだけじゃなくて



自分の為にも頑張って生きていきたいです




病気については正直再発するかどうか今の僕にはわかりません



だけど




早かれ遅かれその時が僕に迫ったときに



僕には戦う覚悟と


生きぬきたいと思う目標ができました



ことり




僕が君の目になるかわりに



君は僕の明かりになって下さい





君が側で笑ってくれていたら



僕は今よりきっと強く



強くなれます




僕は今のことりが好きだ



目が見えても見えなくてもきっとことりを好きになったと思う




ことり




生まれてきてくれてありがとう』





ドアの向こうの望くんの絞り込んだような声が胸の奥に優しく響いた…

No.100 09/09/16 13:39
モモンガ ( PZ9M )

ドアの向こうで望くんのハァ―っという声が聞こえてきた




緊張したのかな…





私は体勢を変えて新聞受けの向こうに声をかけた



『あの



加藤望くん




私は中村ことりです



サラリーマンの父と母の三人暮らしです



生まれてからずっと目が見えなくて


それが当たり前の中で生きてきました



自分が他の人とは違う『しょうがい者』なんだとわかったときに



みんなには『色』があると知って



外の世界に憧れる反面



生きにくいその『道』に涙もしたしくじけもしました



でも



でも…私も生きたい



みんなみたいに普通に道を歩いたり


手を繋がずに走ったり



『赤色』がリンゴの色だって見てみたい



望くんの顔が見てみたい…



ひっく…



ひっ…




何で…私なの…?




何で私は…好きな人の顔も見れないの…?



ひっく…



うっ…うっ…』


思わず声をあげて泣いた私に心配そうに望くんが声をかけてきた





『…ことり?



ちょっと開けて?』



私は黙ってドアを開けた



外には冷たい手の望くんが立っていた




思わず抱きついたその腕には冷たい粉雪がいくつかついていた

No.102 09/09/17 09:04
モモンガ ( PZ9M )

どれくらい玄関に座り込んでいただろう


足がしびれた感じでやっと時間の感覚を思い出す



『今何時になったのかな…』



靴を脱いでリビングに向かう



いつもの音声次の時計のボタンを押すと真夜中の一時を知らせた



手探りで庭に繋がる大きなガラス戸を開けると



粉雪は本格的雪に変わっていたようでサンダルの上にはいくばしかの雪が積もっていた



『…寒いと思ったらもう雪が降る時期なんだね




ちょっと前までは沢山綺麗な音が聞ける季節だったのにね』



指でレ―ンにかかるガラスのことりを『チリン』と鳴らすと私はそれを丁寧に手探りで外した




『青い鳥…かぁ



幸せを運んできてくれる『青い鳥』



私はいつもみんなにばかり幸せを運んでもらってばかりね



ね、ことりさん』




ガラスのことりは何も言わずただ綺麗な音色を奏でているだけだった



『今日は日曜日…



来週の土曜日は…



望とクリスマス



できるのかな…』



私はソファーから後ろ向きに倒れ込むと疲れからか



そのままぐっすりと眠りこんでしまった

No.105 09/09/18 12:54
モモンガ ( PZ9M )

はなちゃんさん🌱




ありがとうございます😺



大変恐縮ですが『しあわせいろ🌱感想スレッド』を設けてありますので



ご感想❤応援レスはぜひそちらでお願いいたします😺



ももんが

No.107 09/09/18 13:49
モモンガ ( PZ9M )

お土産のお菓子を食べて少しお腹がふくれた所でお父さんがたばこを買いに外へ出た




お母さんと私は後片付けをしながら二人きりの楽しい旅の話をしていた



何だか出かける前よりお母さんの声が明るくなっている気がする



よかった

楽しんできてくれて…



そう思いお皿を拭いているとお母さんが洗い物の手を止めてわたしの手を引いた


『…?どうしたの、お母さん』



『いいからいいから』



何だろうと思いながらタオルで手を拭きソファーへこしかけた



『はい、お土産


ジャジャ―ン


こっちが大本命』



手渡された手のひらに乗るくらいの小さな紙袋を開けてみるとセロファンと薄紙に包まれたペンダントが出てきた




しかも2つ




『お母さん何?


なんで2つも買ってきたの?』



『ん~?

一つはことりに


一つは望くんによ


どうせならお揃いの方がいいかなぁと思って



だって…



ねぇ』




お母さんが肩で私の肩を小さくこついた

No.108 09/09/18 13:59
モモンガ ( PZ9M )

『だって…』



お母さんはわざと私をソファーの端においやると小さな声で



『好きなんでしょ



望くん』



そう囁いた




突然のお母さんの爆発宣言に顔が赤らみ上手い逃げ道が見つからなかった



わたしが小さく何度も首を降ると


『チッチッチッ』



指で三回私の鼻を軽くつついた



『ことりの事はどんな小さな事でもお母さん、ちゃんとわかっちゃうのよ~だ




いいじゃない?




女同士の秘密ね





大丈夫よ、お父さん鈍感だし



誰にもいったりしないから』




私は何も言えないままはずかしさと嬉しさでもじもじするばかりだ



何だかすごくくすぐったい




お母さんに告白された事言っちゃおうかな…



なんて思っていたらお母さんが私の手にそっと手のひらを重ねてきた



『ことりに好きな人なんてね



いつの間にかあなたもずいぶん大きくなったのね…



あなたを助けて守るのでお母さんこの19年必死だった



小さなあなたがどうしたら傷つかずに生きていけるか



どうしたら強く生きていけるか…



あなたの目から光を奪ってしまった自分をずっと責めてきたわ…

No.109 09/09/18 18:52
モモンガ ( PZ9M )

あなたがお腹の中にいる…ってわかった時



お母さんも勿論だけど、お父さんなんか会社を早退してきちゃうくらい喜んでね



まだあなたが2ヶ月にもならないその日に『絶対女の子だ!俺にはわかるんだ』ってね



笑っちゃうでしょう?



お腹のあなたに聞こえるように…って小さなガラガラを買ってきてよく話しかけてくれたわ




あなたが生まれる日なんかもね


『産まれてきたら赤ちゃんが困るだろ』って



ベビーシュ―ズもってきたのよ?




『中村さん産まれましたよ―』って呼ばれた側から号泣だし



お父さんにとっても
お母さんにとっても


あなたはただ一人の娘で


たった一つの宝物なの




ことり




お母さんを許してね



それでもお母さん



どうしてもあなたに会いたかった…』

No.112 09/09/19 12:55
モモンガ ( PZ9M )

>> 111 部屋に戻るとベッドの傍らにある窓をガラッと開いた



外からは冷たい空気と顔に当たる程の雪が吹き込んできた



『まだ降ってたんだ』



急いで窓を閉めるとそのままベッドの上に仰向けになった




『…どうしようかな…』



見えるってどういう事なんだろう



色がある世界ってどんなものなんだろう…




『みえにくくて苦しむ』よりも



『見えるから苦しい』こと



の方がこの世には沢山あるんだろうか…



それに…





100人受けてわずかに10人か15人しか成功しない手術なんて




そんな確率で望をかける事なんかできるのかな…





お金だってかかるみたいだし




良くなるか悪くなるかわからないなら…



いっそこのままの方が誰にも心配も迷惑もかけずに済むんじゃないのかな…




『どうしたら…』



小さなため息をフ―ッとつくと手のひらのネックレスを2つ指でつまんだ



手でチェーンをなぞると羽のようなデザインが見えた



『2つ合わせると飛べるのかな…』




二人で一つ…



そんな風に私達もなれるのかな…

No.113 09/09/19 13:09
モモンガ ( PZ9M )

仰向けだった体をくるりと下にして枕に顔を深く沈めた



望の事


手術の事



両方の未来の事…



考えつかない事がまぶたの裏で嫌な音を立てている



自信も勇気もない



立ち向かう前に足がすくんで動かない…



『望くん…』



顔のしたにあった枕を胸に抱き締めると昨日の光景が自然によみがえってきた




足をバタバタさせて体を左右に動かすているとお尻をパチンと叩かれた




『なにやってるの?さっきから…』




不思議そうな声のお母さんが指に車の鍵をかけて、くるくる回してるような音がした




『ちょっと隣町のケ―キ屋まで行ってくるけどことりはどうする?



クリスマスのプレゼントも見たいしね



…くるでしょう?』




お母さんはいたずらっこみたいな声を出して片方の手を引っ張った




考えても今は答えなんかだせないし



気分転換にいってみようかな…



『行くわ』



そういうと片一方のネックレスを首にかけてその場を立ちあがった

No.116 09/09/20 02:27
モモンガ ( PZ9M )

『いらっしゃいませ―!!』



元気のいい明るい声と共に店内に漂うのは甘い焼きたてのケ―キの香り




店の中はさすがクリスマス一週間前という事もありかなり混雑しているようだ



店のあちこちから色んな会話が聞こえてくる




恋人
家族連れ
年配のおばあさん
赤ちゃんを抱いたお母さん



そこに混じって意外な人の声がとびこんできた



『あれ?ねぇあなたことりちゃんじゃない?



わかるかな、私』




『…遥さん


ですか?』



口調はゆっくりだったがかなり確信はあった



『正解!


ね、まさか一人じゃないよね?


ご家族と?』


『あ…はい



今母がクリスマスケ―キの予約をしにいってます』



『そうなんだ―


うちのケ―キおいしいもんね!見た目も可愛いし…



あ…ごめんなさい


あたし無神経な事言っちゃったね?



悪気はないんだけどあたしついやっちゃうんだよね



本当ごめん』



『ううん、気にしないで



それはちゃんとわかるから大丈夫』

No.117 09/09/20 02:39
モモンガ ( PZ9M )

『それにしても奇遇ね~


ほら、電車で言ってたバイト先


ここなんだ!



会えて嬉しいわ


ね、話は変わるけど聞いた?望の話



昨日から酷い熱が出たみたいで


さっきメールしたら今日から入院だって

明日のヘルパーお休みしなきゃって言ってたよ?




多分昨日から少し調子悪かったんじゃないかな?



電車で会ったときも少し顔色悪かったし…



また望から連絡くると思うけど明日はお休みさせてあげてね


あいつ最近勉強もこんつめてるからさ



来年の北欧留学も狙ってるみたいだし』



望の風邪の事も勿論心配だったがそれよりも『留学』という言葉に私は大きな声をあげてしまった




『えっ?留学?



いつから?どこに?


望くん、いなくなっちゃうの?』




詰め寄る私に遥さんはこっちに来てと店の隅の方へと私を歩かせた



接客してないと怒られるからとわざと商品のケ―スに体をむけているようだ




『留学って…』



私がもう一度聞くと遥さんが丁寧にわかりやすく説明をしてくれた




『あのね 早ければ来年の4月から望は北欧に交換留学生として三年間勉強しに行くのよ』

No.118 09/09/20 02:51
モモンガ ( PZ9M )

『うちの学校はね成績のいい人で語学力のある向学意欲のある生徒に優先的に留学のチャンスを与えてるの



望あれで頭いいのよ


将来は日本にも北欧みたいな利用者主体の過ごしやすいケアハウスを取り入れたいんだって




向こうで学ぶのを凄く望んでいてね



どうせなら向こうの大学で卒業して学んだ経験を日本で活かしたいって言ってた



ケアハウスのね




小児と老人ホ―ムを兼ね備えた施設を作るのが夢なんだって



小さい子もお年寄りもみんな一緒にリハビリしたり



家族の人も気軽に止まれるような施設




そのためにも最先端の施設を見学したり医療も福祉も同時に学ばなきゃって…




聞いてない?
そんな話…』





私は小さく首をふった




まだ告白の返事もしてないのに




なんだかふられてしまった気分だ…




望くんが遠くにいっちゃう…



『三年間…』



わたしが呟くと遥さんが話を続けた



『あいつの昔からの夢なんだよね




あたしね



望とは高校から一緒でもう四年も同じクラスなんだ



進路も一緒なら学科も一緒でね



よく聞いたもんよ』

No.119 09/09/20 03:04
モモンガ ( PZ9M )

『…ことりちゃん


もしも



もしも望からこの話を聞く機会があったらアイツの背中押してあげてね



アイツ変に優しいからさ



ひょっとしたら、ことりちゃんに…』


そこまで言うと背中からお母さんの声がかかった




『おまたせ、ことり


凄い込みようね~



待ったでしょ…




あら?店の方がついててくださったの?


ありがとうございました!』



お母さんはお礼を言うと私の手を軽く握った




『いえ、そんな


私もついつい沢山お話しちゃいまして…



それじゃあね



ことりちゃん、またお会いできたらいいわね



お母さんも、またクリスマスにお待ちしています



ありがとうございました』





遥さんはベルの鳴る扉の向こう側まで私達を見送ってくれた



外はまだ風が強く行きもまばらに降っていた



私はお母さんの車を店の前で待ちながら


『あいつは優しいからことりちゃんに…』



この言葉の続きを考えていた



『優しいから…



「同情」



しちゃうかもね…』



呟きながら



体や顔にあたる雪を私はぬぐえないでいた



雪の中でなら



涙も気づかれないかな…




神様…

No.122 09/09/21 23:20
モモンガ ( PZ9M )

お母さんは私の話を黙って聞いて一言聞いた



『ことり


あなたにとっての夢ってなぁに?』



『夢…?


今は望くんの近くにいたいと思う気持ちかな




他にやりたいことなんて今は見つからないし…



なんでそんな事を聞くの?』




お母さんは少し考えたように黙りこくったあとに私の手にそっと手を重ねた



『ことり



もしあなたが…


あなたの目が見えたときにあなたは何が一番先にしたい?』


『目が見えたら…



もし目が見えたら


私、景色がみたい



空も海も、町も店も…



花も公園も学校も…



いろんな色が見てみたい



お母さんもお父さんも…そして、望くんも…』




私が口元を緩ませるとお母さんが優しい口調で言葉を続けた




『ことり…あなたの目の前の景色が広がったときに



もしもお母さんの目が見えなくなったら


あなたどうするかしら?』



『えっ…?お母さんが!?



そんな!なんで?


…でも もしもそうなったら景色なんか見ずにお母さんを一生懸命お世話するわ



その気持ちがわかるから…』

No.123 09/09/21 23:28
モモンガ ( PZ9M )

『ありがとう

ことりらしい答えでお母さん安心したわ


でもその通りよ



いくら自由に目の前の景色が広がったからって大切な人が困っていればそこから目をそむけなければならないわ…



ことり




もしもあなたが望くんの夢のあとについていくといったら


彼は果たして目の前の自由を選ぶかしら?




目の見えないあなたが慣れない国で右往左往していることを想像したら



力一杯何かを学ぶ気になるかしら…?




お母さん



あなたには選ぶ権利も迷う権利も



ついていく権利もあると思うわ



でもね、人を



好きになった人と一緒にいるのと



好きな人と暮らしていくことは全然違うことなのよ



一緒にいることで幸せに感じること



悲しいこと




そして得るものと無くすもの



沢山あるわ



それを感じるまでにはあなたたちにはまだまだ越えなければならないハ―ドルが沢山ある



わかるかしら



ことり…』

No.124 09/09/21 23:40
モモンガ ( PZ9M )

わたしは黙ってお母さんの言葉に頷いた

『お母さんね


あなたには心から好きになった人と


ゆっくり時間をかけて



愛を育んでいってほしい



迷いながらでも『今はこれが一番の選択だ』って胸をはれる今を生きていってほしい




夢のないあたなが

夢を目指して生きていこうとする彼と


同じ時間をこれから何年も共有できるかしら…?







それを急に考えるのは無理なのかも知れないわね…



ことり、今日はとりあえず帰ろうか…



ね?』




わたしは返事をしないまままぶたを閉じた



発進した車の音が耳に入ってくる



お母さんもそれ以上は何も話さなかった



胸に手を当ててペンダントの羽を指でゆっくり



ゆっくりとなぞった



二人て一つ…




私が与えるのは



自由の羽…?


それとも…



望の自由を奪うことで



自分の羽と無理矢理合わせようとしているんだろうか…




二人にとっての

『今を生きる最高の選択』


それは



予想したくない未来を



私はまぶたの裏に描いた





それが




例え…自分の本心でなかったとしても…

No.126 09/09/23 02:32
モモンガ ( PZ9M )

部屋に入りしばらくすると携帯の着信音が鳴った



うつ伏せたままベッドのサイドデスクに手を伸ばす



かなり長い間鳴っていたと思う




直感で『望くんだ』



そう思った



『…もしもし?』



『もしもし…ことり?


どうした?元気か?



ごめんな、明日実家での用事があってどうしてもぬけらんなくて…その代わり』



続く望くんの言葉を遮るように言葉を被せた



『さっきね、お母さんについてクリスマスケ―キの予約にいってきたの




知ってる?『森の卵』って店



この辺では人気店なんだって



…遥さんも大変だろうね



今日も凄く混んでいたみたい』




私は望くんを試すかのように遥さんとの接触を素直に話した



望くんは…何て言うだろうか…



少し間を開けて望くんが喋った



『ことり


遥から何か聞いた?



ことりの話し方がいつもと違うな』




『…別にいつもと変わらないよ?



遥さんとは色々話したよ



望の風邪の事もね』



『風邪…って大袈裟なんだよ


朝方に咳が止まらなかったからばあちゃんが大事をとれって点滴をしに行ったんだよ』

No.127 09/09/23 02:45
モモンガ ( PZ9M )

『遥からメールが来た時に丁度病院で点滴をしてたから『今ベッドで点滴中。風邪っぽいかな』って返したけど…



そのことで遥が何かことりに言ったのか?』




望くんの声が心配そうに優しく聞いた



『…だって…遥さんが望くんが入院したって…それで明日はこないみたいだよって



…だから私心配で…』




受話器の向こうで望くんが短く息を吐いた




『ことりにうつしたらまずいだろ?



ただでさえあんな寒いとこで一人きりにさせたのに…



安心しな




入院じゃないよ



検査とか薬とかそんなとこだよ



今はもう自宅に帰ってるんだ



明日はばあちゃんの用事でどうしても車を出さなきゃいけなくてさ



本当にごめんな?



ことりは心配症だから電話しといてよかったよ




私は安心して肩で大きく息を吐いた




『なんだ…そっか


じゃあ遥さんの勘違いなんだ…



あ~安心した!



ごめんなさい…
すねたりして…』




『いいえ



そんなことりも好きな所ですから』



受話器の向こうでは望くんの『はずかし―な―』という声が小さく響いていた

No.128 09/09/23 02:56
モモンガ ( PZ9M )

『話は変わるけどさ


明日の埋め合わせに金曜日デ―トしない?



どこでもいいよ



ことりの行きたい所


ある…?』



金曜日はクリスマスイブ



女の子だったら好きな人と腕を組んだりしながら素敵なイルミネーションをみたり



食事をしたり…

きっと楽しい1日になるんだろうな



私は少し考えてから言った



『私、望くんの大学にいってみたい




望くんがどんな風に勉強したり夢をもっているのか…



ほんの少しでも理解したい』




それは



自分を納得させる為でもあった




ついていきたい感情を押さえて



望くんが『行きたい』と願うその夢の向こうに



背中を押すだけの理由がほしかった…



それは同時に



『望くんをあきらめる』




という選択をしようとしている証明でもあった




どんなに好きでもかなわない事もある



どんなに好きでも引かなければいけない時もある




その時が来るまで



わたしも『夢』を見つけよう…



自分が本当にしたいこと



自分の力で乗り越えたいこと…




お互いがその『何か』を見つけてからだって




私達が本物ならきっと




きっと乗り越えられるはず…

No.129 09/09/24 02:36
モモンガ ( PZ9M )

そして5日があっという間に過ぎた



色々考えたが私の答えはもう決まっていた




『望くんとは付き合わない』




くやしいけどこれは私の出した今考える最高の答えだった



19歳の



しかも初めての恋で




のめり込んでしまう所かきっと私は望くんに依存してしまうだろう




望くんは望くん


私はわたし



そう思っていてもきっと私は望くんに頼ってしまう



このままの私が望くんを好きで居続ける事はきっと二人の為にはならない




だから




今日が最初で最後のデート




そう決めたの




私はこの日の為にお母さんにお願いして明るいピンクのコ―トに白いニットのワンピースをプレゼントしてもらった



お父さんからは茶色いブ―ツを買ってもらった



それにあわせた同じような茶色の小さなカバンをお母さんに貸してもらい



リュックじゃない




『特別な私』が



そこにはいたと思う

No.130 09/09/24 02:45
モモンガ ( PZ9M )

『お母さん髪の毛上の方でまとめてもらっていい?



よくわからないけどお願いね』




朝からお母さんと私の着せ替えごっこを横目で見てかお父さんも落ち着かない様子だ



『そんなにおめかしして望くんの大学に行くのか?



いくら見学したいからって…そんな格好しなくても…



なぁ母さん



いつものことりで充分かわいいのに』




お母さんは呆れたように小さく笑いながら手早く髪を束ね始めた



『お父さん今日でそれ六回目



ちょっと落ち着いてくださいよ




ことりだってよその大学にはじめていくんだものオシャレくらいしたいわよね?




お父さんは本当にニブチンなんだから』




私もクスクス笑いながらお母さんの話を聞いていた




10時になったら望くんが迎えにくる




今日は『ガイドヘルパ―』を兼ねたデートだけど




お父さんだけはまだ気づいていない



『すっごく可愛いわよ』




お母さんが小さな声で耳打ちをしてくれた




姿は見えないけどその手触りにワクワクが止まらなかった



今日は1日




とことん楽しむんだ

No.131 09/09/24 21:09
モモンガ ( PZ9M )

出かける直前になる時刻になり私はお父さんの名前を呼んだ


『ん?なんだことり』


『これ、開けてみて』



『何かな…お父さんにかい?』




手渡した細長い箱をお父さんは明るい声で開けていく



『…これは?』



『驚いた?綺麗でしょ



ガラスの一輪挿しよ



それね私がデザインしてお母さんの為に作ってもらったの



お母さん



いつも私たちにはプレゼントしてくれるけど



私たちがお母さんの為に何かするってないでしょ?



だからここにさすお花はお父さんがプレゼントしてあげてね?




約束だからね?』




私はお父さんの顔の前に小指を出すと小さくげんまんをしてくれた





『いつの間にか体だけじゃなくて



気持ちもしっかり大人になっていたんだなぁ…




ことりの『人を思う気持ち』にはお父さん



いつも考えさせられるよ



だけどなことり



あんまり周りに気を使いすぎるなよ?



最近のことりの顔をみてるとたまに心配になるんだよ』




大きなお父さんの手はこれから最大の嘘をつこうとしている私をいつものように優しく撫でた

No.134 09/09/25 20:37
モモンガ ( PZ9M )

どれくらい歩いたかな


直に若い人達のグループと何人かとすれ違ったりした



中には望くんに声をかける人がいたりして



望くんの声も明るくとても楽しそうだった



『俺の校舎に入るからね



もうじき階段がありますから声かけるよ



それまでは普通のコンクリートが続くけど障害物はないから安心して?』




『はい。望殿、階段の前になったら報告願います』



私がおどけたように言うと



『ことり楽しそう』


望むが明るい声で言った



『楽しいよ、ここで望くんが毎日勉強したりしてるんだもんね



楽しいよ』



『そっか、ならよかった



今日は土曜日で授業こそないけど学内は案内できるし何だかんだで人はいるからさ』



『そうみたいね、あちこちから人の声がするわ



みんな勉強熱心なの?


それとも何か集まりがあったりするの?



みんなから笑い声が聞こえるから』



『勉強しに休みに大学来るやつは残念だけどいないかな?


多分あれだよ


サ―クルのクリスマス会とかじゃないんかな



俺んとこも今日なんだ



あとで少しだけよってもいいか?』

No.135 09/09/25 21:01
モモンガ ( PZ9M )

『勿論!


でも私も行ってもいいのかな…?


望くんは何のサ―クルに入ってるの?』



『ん?学生のボランティア団体サ―クルで《どみそ》っていうの




ことりのヘルパーもここから斎藤さんのいるヘルパー事業所にボランティアで行ったんだよ』



『ドミソ?



なんだか可愛い名前ね



何か意味はあるの?』




『う―ん…昔の先輩が立ち上げた由来はさだかじゃないんだけどさ




俺らは勝手に解釈してんのは



『どんなときも』
『みんないっしょ』
『それぞれが1番』




昔からの部内にある張り紙に書いてあんの



なかなかいい言葉だよな』




『どんなときもみんないっしょ…



それぞれが1番




いい言葉だね


凄くいいね


私も覚えておくね』


望くんが優しく私の頭を撫でる



階段の前でいったん止まり私にわかりやすく階段への指示を出す



つないでいた手を離し腕へと手をまわす




階段を上がるたび『何でこうなってしまうんだろう』って思ってしまう



手を繋いで



あなたの後ろじゃなくて




横を歩いていられたら…



そう思うと胸が少しだけ痛んだ

No.136 09/09/25 21:12
モモンガ ( PZ9M )

階段を上がりきると望くんからまた手を繋いできた



『寒くないか?』



ピタピタと私の頬を軽く手で触る



あったかい



優しい大きな手



でもこの優しい手は私だけのものじゃない



ここで学んだ全ての事を



これから彼は色んなところで活かしていかなくてはならない



この優しい手を待っている人が



この街にも


よその国にも



世界中に待っている



もしも私が望くんと付き合ったら、彼はおそらく春の留学をやめてしまうだろう



夢を叶えることは



私が隣にいてはおそらくこの先ないだろう




でも大好き



大好きです





沢山苦労して頑張って生きてきた体も



誰かの為に生きたいと願う心も




自分の弱さを見つめる強さも




未来をつかもうとするこの手も




みんなみんな



大好きだったよ




始まる前に終わるなんて私らしいじゃない




私は強いから大丈夫


ことり泣いちゃだめだよ



今日は絶対に幸せな気持ちで過ごそう




繋ぎ直した望くんの手を握り返しながら私はそんな事を考えていた…

No.141 09/09/26 10:23
モモンガ ( PZ9M )

『ねぇ、聞いてもいいかな



望はどうして福祉の道に進もうって思ったの?




小さい頃に辛い経験をしたから…だけじゃきっとないよね』



『ん―…そうだな



前にも話したと思うけど俺は小児ガンの経験があるだろ?



まずそれで『生きる』ってめちゃくちゃ普通じゃなくて




『生きているから』したい事ができる…って思ったんだ




そんでもって弱い自分やいじけてる自分でも何とか生き抜いて人の助けになりたい…って




それで手始めに社協に電話して無償ボランティアに登録して



はじめて小児のボランティアに参加したよ




そこで真希や他の子供達にあってさ




いかに自分があまっちょろい人間がよくわかったよ




みんなさ…痛くてさみしくて辛くて…



昔の俺みたいなやつばっかりなのに




いつもみんな笑っててさ



『みんなが応援してくれるから』ってさ



すごいよな



本当に生きるって凄いよ』

No.142 09/09/26 10:39
モモンガ ( PZ9M )

>> 140 『そうなんだ、面白い先生だね』 『だろー?まぁまだまだ緊張するけど、教授にはいつも鍛えられてるよ』 頷いた私に望は照れながら笑う 『… 『それからまた色んなボランティアに加入したりして



お年寄りや子供



障害もさまざまな人達と関わった




足の悪い人
目の見えない人
耳の聞こえない人
まひがある人
精神的に弱い人



みんなさ



特別なんかじゃなかったよ



ただ他の人よりちょっとだけ『苦手』なだけ



誰だって苦手な事ってあるだろ?


ただそれが目に見えるってだけだよ



それよりも苦手なものを抱えながらもちゃんと生まれてきたその事の方が実はめっちゃ凄い事なんだよね




そう思ったらさ

『障害』って言葉もへんな言葉だよな


別にそいつ自身が『障害』に感じてなくて普通にできることもあるだろ?




手が悪くてグリップを握れなかったら器具を使えばいいし



握力がなくてドアのノブが握れなかったら開き戸にすればいい




障害って実はそいつ自身が抱えてんじゃなくてさ



環境が障害を生み出していることが実は多いんだよ





もしさ

みんな世界中がエレベーターやエスカレーターが豊富にあって



どんな店も自動ドアで全てが開き戸になった街ならきっともっとみんな外に出ようと思うはずだよな』

No.143 09/09/26 10:58
モモンガ ( PZ9M )

私は望くんの席に近づきながら何度も頷いていた





社会は私達障害を抱えている人にも善意の手を差しのべてはくれる



でも




疑問に思うことも沢山ある




例えば電車



目の悪い私が電車に乗るのは誰かに付き添ってもらえば簡単



でも車椅子の人が電車に乗ったりバスに乗るのは本当に一苦労



まずは大きさ


そして段差


乗るのも降りるのも1人ではできない



エレベーターやエスカレーターがないためにたった三段程度の階段だって迂回しなくてはならないよね



何で町には階段とスロープが交互についていないんだろう




なんで歩道は真っ直ぐに作られていないんだろう?




みんな普通に歩けるから気づかないけど歩道は実は傾斜があり『自走の車椅子では進むだけでもかなりの体力がいるの』と斎藤さんに聞いた事がある




ス―パーのサッカー台で買ったものを包む台はなぜみんな高いの?




何で障害者と健常者の学校は違うの?



私も大好きだった幼稚園の友達と同じ小学校に行きたかった



みんなと同じようにランドセルの色を選んで水泳教室にも通いたかった




いつも『善意』という名前の『特別扱い』




私はそれが一番




一番嫌だったの

No.144 09/09/26 11:09
モモンガ ( PZ9M )

考えていたら昔の自分の事を思い出して涙が出てきた




『ことりちゃんは何かあると危ないかな』




『ことりちゃんには無理だと思うよ』




『ことりちゃんはここで待っていてね』




私はいつも自分の意思で何も決められない



ノ―マライゼ―ションなんかこの世にはないんじゃないのかな…




そう思っていたの




でも私だって


ガラスを扱える


形は作れなくてもデザインならできる




書類は書けなくてもパソコンや電話ならできる




音楽は引いたりできないけど聴いたり感動したりもできる




こうやって恋だってすることができる





『ことり?どうした?



気分悪いのか?』



心配そうな望くんの声が教室に響く



私は軽く首を振りにっこり笑った



望くんが両方の頬をつまみ『ブサイクの出来上がり』と



笑って席を立った




『もう!やめてよ~



絶対つかまえるんだからね!』




私は望くんの声と足音を頼りに机越しに


壁つたいに移動した



『もう~ずるいよ


全然つかまらないもん』



うっすらとかいた汗を拭いながら手にかかった窓らしき鍵をガラッとあけた




冷たくて心地いい冬の風が教室の中に吹き込んでくる

No.145 09/09/26 11:28
モモンガ ( PZ9M )

『風が冷たくないか?』


真後ろに立った望くんの声にチャンスだ!とばかり振りかえった



『捕まえた~!』


両手で思わず抱きついてしまった


我に帰りはっとして腕を離す



『ごっ

ごめんなさい調子に乗っちゃった』



そう言うと望は側にあった椅子に腰かけて私の名前を呼んだ



両手を広げて私の手を左右で握る


『すきだよことり、こっち来て?』



私は言われるがままに望くんの胸の中に顔を埋めた


望くんの優しい腕が私の背中と頭を優しく包む



私のドキドキと胸の中から聞こえる望くんのドキドキが音楽みたいに重なる



何でこんなに好きなんだろう


何で私は障害者なんだろう…


望くんの背中におずおずと自分の両手を回した



しばらくして望くんが私の頬に唇を合わせてきた



あったかくて柔らかい


優しいキスだった



『ことり』



望くんの息が唇に近づいてくる


体中がドキドキして激しい鼓動が全身に響いている



私はさっと両手を離すとその手を口元にかざした


『まだ…ダメ』



小さい声で振り絞るように言うと望くんはもう一度強く私を抱き締めた

No.147 09/09/27 04:14
モモンガ ( PZ9M )

『ことり…』



もう一度優しく望くんが耳元で囁く



少し離した体から望くんの息づかいがまた近くなる…




『すきだよ』




一瞬顔を上げてそれに応じようとしたときに



『カシャン』と何かが床に落ちた




『待って望くん


何か落ちたよ』



私がその場にしゃがむと私より先に望くんがそれを拾い上げた



『…何かな


ペンダントか?



これ、ことりの?』



望くんが私の右手にお揃いの翼のペンダントをシャラッと乗せた



『あ…


落ちちゃったんだ』



あたしは望くんの体からするりと離れると少し目線を外して言った



さっきの今で



一体どんな顔を見せたらいいのかわからないよ




『あっ



あのね、この間お母さん達旅行に行ったでしょ?




望くんにもお土産だって




男の子にアクセサリーなんてね



ごめんね



良かったらつけてあげて』




私の右手にあったネックレスを望くんに差し出した




『へぇ…可愛いな



お母さんにお礼言わなくちゃな




ありがとことり』



『良かった




お母さん喜ぶね、きっと』




どうしよう
私きっと今カミカミでどもりまくってるよ

No.148 09/09/27 04:38
モモンガ ( PZ9M )

『これさ片翼だけどもう半分はどこにあるの?





ひょっとしたらことりとお揃い?』



私は望くんの顔を見ないままうつむいた状態で胸元からもう片方の翼を見せた




『やった、お揃いだ!俺が右側でことりが左側か




繋げると天使のは似るんだな』

No.149 09/09/28 22:05
モモンガ ( PZ9M )

そういうと望くんはわたしの胸のチェーンを指てすくうと自分の方に伸ばした



『ほら、天使の羽のできあがり



この羽があったらことりの夢も俺の夢もきっと叶うかな』





ねぇ




望くんの夢って何…?



喉まででかかった言葉がどうしても言えない




『なぁ…ことりは俺と出会ってから何か思った事ってあるか?』



『思った事?



いっぱいあるよ



いじいじしてた閉じこもっていた時間がもったいなかったな…とか



自分で思っていたより私って甘えていたのかな…とか




目の見えない私でも何かをするために前を向こうとできるのかな…とかね



望くんがいてくれたから見えるようになったこと




本当にたくさんあるよ




それに…』




それに開眼手術をするかもしれないの




言いかけた言葉が喉から出てこない




…いいや



この事はまだはっきりきまったわけじゃないもんね



『ごめんね、やっぱなんでもないよ』



私は望くんに背を向けてもう一度窓の枠に手をかけた

No.150 09/09/28 22:18
モモンガ ( PZ9M )

『あれ―望じゃんか


どうしたんだよ今日来ないっていってたじゃんか』



室内に元気な男の人の声がした



『お―!佐藤じゃん


あれ?クリスマス会の飾りつけには早くないか?



まだみんな買い出しじゃないの?』



望くんが大きく前に動いた



『佐藤くん』は望くんの背中からひょっこり出てきた私に気づいたのかこちらに歩みよってきてくれた



『うわっ



噂のことりちゃん?

写メより数倍可愛いんですけど


あっ


てかごめんね



俺、望の〃自称〃親友の『佐藤宏樹』です


望とは同じ福祉科の一年です



どうぞお見知りおきを』




わたしの手に佐藤くんの手が触れかかった時に望くんが割って入ってきた



『ことりさわっちゃダメダメ



こいつは悪~いバイキングだから



触ると妊娠する』



さっと片手で私の手を塞ぐと『パシッ』と手を叩く音がした



『お前な~


バイキングはないだろバイキングは



ことりちゃんこんなちっちゃい焼きもち焼きの男に軽々しく告白の返事なんかしちゃだめだよ



こいつね~…』



『うっさい!佐藤!あっち行けって!』

No.151 09/09/29 04:50
モモンガ ( PZ9M )

ふたりが急に追いかけあっこをはじめてしまった



『ことりちゃ―ん


あのね―こいつね―

「ボランティア先の女の子がすっごい可愛いんだ」ってめっちゃ自慢しててさ―



このあほヘルパーね


一目惚れだったみたいだよ―



いや―やらしぃねぇ


不純だわ―
このボランティアさん』




佐藤くんの声が大きくなるに連れて望くんの足音が早くなっていく



『佐藤―!!


学食一ヶ月じゃきかねぇかんなお前



その口ぬいつけてやるぞ!』




まるで小学生の鬼ごっこみたい





私はクスクス笑いながら声がする方を眺めていた




友達って
学校って



やっぱりいいな…




懐かしい手触りの長机を指先で感じながら独特の学校の香りを体で感じていた




もし



進学を選んでわたしも何かを学んでいたら…




こんな風に大切な友達や仲間が私にもできるのかな…




もう一度教室の窓を少し開き隙間から吹き込む冷たい風を頬に感じながら色んな事を思い返していた

No.152 09/09/29 05:08
モモンガ ( PZ9M )

高校三年生の



就職活動か進学かで学校と家族で何回も何回も話し合いの場がもたれた



でも




あの頃の私は『ただ生きているだけ』で『どんな風に生きるか』なんて考える余裕も希望も何もなかった



ただそこにしか道がないかのような選択



マッサージ師
オペレーター
入力業務
成形工場
障害者枠を使った仕事…



一通り何でもできるように訓練はみんな受けた



やろうと思えばなんだってできた



足りないのはやる気だけだ




それは今も変わらないかもしれない



『別にいいや』ってあきらめにも似た気持ちから



『やってみようかな』までは気持ちが動いたけれど肝心な『何か』は未だにわからない…




私でなければ勤まらない何かなんてこの世に存在するのかな…



『わ―!


ことりちゃん―助けて!!




不純ヘルパーがいじめてくる―』



とうとう望くんに捕まったのか佐藤くんの沈痛な声が聞こえてくる



『まぁ…よくもあんなにことりの前でペラペラと…




ことり



こいつの言うことは気にすんなよ』



肩で息をしながら望くんが喋ってきた

No.155 09/09/29 10:21
モモンガ ( PZ9M )

『じやっ

俺も行くわ



ほんならまたね、お二人さん



ことりちゃんこいつと手ぇつないだらあとでキチンと洗ってね』



『はいはい君はあっちいって下さいね


あとでちゃんと参加しますから



高橋も行きましたよ~
はいはいさよならさん』




『えっ嘘高橋もういっちゃったの?



はえ―な―もぅ



ほんじゃまたあとでな


バイバイお二人さん』




騒がしかった教室から足音が消えてまた私達二人になった



私はちいさく肩をおろすと『びっくりしたなぁ』と笑ってみせた



望くんは『ごめんごめん』といいながら私の右手をとった



ついさっきまであんなに近かった唇を思い出してまた顔があかくなってきた




『ことり


思い出し笑いしない』



『しっ


してないよ


思い出してなんかないもん


やらしいこと言わないでよね』



望くんが側でちいさく笑う



繋いだ手はさっきよりずっと私たちを近づけてくれていた

No.156 09/09/30 13:32
モモンガ ( PZ9M )

さっきまでいた教室を出たあとに『お気に入りの場所があるから』と望くんに手をひかれるまま階段をかなり上がった




階を上がることに懐かしい校舎の匂いや


友達と遊んだ感覚が段々とよみがえってきた




『ねぇ、どこまで上がっていくの?』


『もう少しだけ頑張って、いいところがあるから』




ゆるやかなカ―ブを描く階段をいくつか越した頃望くんの手が少し緩んだ



『はい、着きましたよ



入って入って』



あたしは背中を押されるがままに手のひらを前の方に差し出した






指先にドアのノブが当たった




『カチャリ…』




開いたドアの向こうからは何の音もなく普通の部屋という印象だ



『…ここは?』



『いいから入って入って』



おずおずと言われるがままに足を進めた



足を室内に入れた瞬間




左右あちこちからけたたましく発砲音がした



《バババババババン!!》




『きゃっ…!!』


思わず背中を丸めてしゃがみこんでしまった



『やめやめやめ!!』


聞き覚えのある声がパタパタと足音と共に聞こえてきた

No.157 09/10/01 21:08
モモンガ ( PZ9M )

『ごめんごめん

ことりねぇちゃん大丈夫?』



小さな声が私に心配そうに尋ねる



『この声は…真希くんね!



びっくりしたぁ

どうしてここにいるの?』


周りからガタンガタンと机を直す音がして人の気配や声がいつしか耳に入ってきた


『えへ、今日はクリスマスイブでしょ?


いつも僕たちの病院に望兄ちゃん達が慰問にきてくれんだけど


今年はこっちでクリスマスパーティーすることになったんだ


病院の中だと大きな音とかだせなかったりするから



比較的元気な子はリハビリも兼ねてお手伝いなんだ




病院にいる子には夜に会いに行くの



サンタクロースのかっこうして驚かすんだよ




今はその準備をしていたの



てっきり望兄ちゃんかと思って…



ごめんなさい…』


周りにいた子供達もおずおずと声をあげた




『ごめんなさいお姉さん』


『怖くなかった?立てる?』



私がにっこり笑って大丈夫よと伝えると安堵のため息が漏れた



『ごめんなことり


今日この時間に真希とここで待ち合わせしててさ


ことりがくるのは内緒にしてたんだ』

No.158 09/10/01 21:20
モモンガ ( PZ9M )

『そうだったのね


びっくりしたわ』



何とも予想していなかった真希くんとの再会に心が穏やかになった



『兄ちゃんそういえばさっき高橋さん達も来たよ



あとで手伝いにくるねってジュース置いてってくれたんだ



おかしもあるけどまだ食べちゃだめだよね?』




『ん~もうじき12時か



多分今みんなでサンドイッチ作ってる最中だろうからもう少し待っててな



部長たちもデッカイクリスマスケーキ焼いてきてるらしいし



先に飾りつけやクリスマスカ―ドだけ書いちゃおうな』



『うん!見て!僕もね足の裏使って足形のスタンプで〃メリークリスマス〃って書いたんだよ




上手でしょ?』




『あっ!ほんとだ!赤い字と緑の字でうまく書けてるじゃんか



真希やるなぁ』



『えへへ



足裏スタンプおもしろかったよ



雑巾で拭くのが少しくすぐったいけどね』





周りにいる数人の子供達もクスクス笑っている



目には見えないけど私の前には真希くんみたいに身体が不自由な子やうまく自分を表現できない子がいるんだろうな



私は望くんの手を握り一人ひとりに自己紹介を始めた

No.159 09/10/02 03:22
モモンガ ( PZ9M )

『みなさんはじめまして私は中村ことりといいます


目の見えるみんなには私はどんな風に見えるかな?



私は生まれた時からしばらく目が見えません



今は高校を卒業してガラスを作る工場でアルバイトをしています



今日はここにいる加藤望くんにガイドヘルパ―を頼んで大学を探検に来ました



みなさんのクリスマスパーティーに私も参加させて頂いていいですか?』



そういうと周りから沢山の拍手が起こった




『もちろんいいよお姉ちゃん!』



『お姉ちゃんも一緒に折り紙切ろう


見えないところはお口でいうからさ』



あちこちから手を引っ張りたり背中を押されたりした



『いいじゃん、いっといでことり


俺もこっちの飾り付け手伝うから』



望くんに背を向けて私は引かれるがままにある一角に腰をおろした



そこには真希くん



それに二人の女の子がいた



一人は真理ちゃん
もう一人は由美ちゃん


二人とも真希くんと同じく二年生らしい



『ねぇみんなここは何をお手伝いする所なのかな?私にわかるように教えてくれる?』



『ここはね今からクリスマスの歌を歌うチ―ムだよ

[あわてんぼうのサンタクロース]を歌うの』

No.160 09/10/02 03:38
モモンガ ( PZ9M )

『あわてんぼうのサンタクロースかぁ


私も大好きな歌よ



ピアノとかエレクトーンは?


カセットかCDで流すの?』



『うん!大きいお姉ちゃんがねCDをかけてくれるの



真理はね真希くんと一緒でリウマチって病気で足と右手が動かないんだ


だから車椅子で学校行ってるんだよ!


でも歌は大好きなんだ』



明るく元気な声からは想像もつかない



『そうなのね


教えてくれてありがとう、真理ちゃん』


『次は由美ね…


由美はね、お姉ちゃんと同じ目が見えにくいの


弱視っていって顔に一センチくらい物をくっつけないと何かわからないんだ



右目は全然みえないけど左目はぼんやりだけど明るく見えるんだよ




由美も学校に行くときははくじょう持つんだ



ことりねえちゃんみたいにお洒落してカッコイイ彼氏作るんだ!』




可愛らしい声で私の手をひく




みんな小さいのに凄く前向きだ…



小さいながらに自分で出来ること出来ないことちゃんとわかってる…



わたしは?




私にはわかっているかな…自分のしなくちゃいけない何か





明るい会話とは裏腹にほんの少しだけ胸が傷んだ

No.161 09/10/02 21:28
モモンガ ( PZ9M )

『じゃあ歌の練習しようか?』


お母さんに買ってもらったコートを脱ぎながらワンピースの裾を払った


家ではいつもジーパンばかりだからワンピースとはいえ短いスカートは膝回りがこぞかゆい




モコモコとした犬の毛みたいなタートルのワンピースは座ると丈が少しは上がるため床に直接すわるのに抵抗があった




膝に脱いだコートをかけると手拍子に合わせて曲の練習が始まった







歌を歌いながら子供達の楽しそうな明るい顔を思った




歌はいいよね



心が和む




歌いながら小さい頃のクリスマスを思い出していた




あたしがまだ幼稚園で普通にみんなと過ごしていたとき



みんなは当たり前のように目の見えない私に手を貸してくれたり




一緒に遊ぶためにいくつかのルールがあった

No.162 09/10/03 02:14
モモンガ ( PZ9M )

誰かに優しくしたり優しくされたり


守ってくれたり
支えてあげたり…



何だかいつの間にか忘れていた気がする



『これが私だよ 』って今のみんなみたいに笑って言える日がこなきゃいくら私が『変わらなきゃ』って思っててもダメな気がする…



今の私が


今の私を認めてあげなきゃ前には進めない…





変わる所と
変わらなくていい所…



そんな事を考えながら歌を歌っていると真理ちゃんが聞いてきた



『ねぇ
、ことりお姉ちゃんは望兄ちゃんの彼女なの?』




いきなりの質問にびっくりして小さい子相手に真顔で答えそうになった



『えっ?えっ!



えーっとねぇ…


違うよ



私が困ってる人でお兄ちゃんはボランティアさん



それ以外なんでもないよ?





真理ちゃんはおませさんだなぁ』



笑ってごまかそうとすると真理ちゃんは小さな手で私の腕をツンツンしてきた



『うっそだぁ


だってお姉ちゃんこんなに可愛いカッコしてるじゃん~



隠したってダメなんだよ


今日はクリスマスなんだから



神様に嘘ついたら怒られちゃうんだよ』

No.163 09/10/03 02:27
モモンガ ( PZ9M )

『前から優しいけど兄ちゃんはことりちゃんと一緒だともっと優しい顔になるよね




前に海であった時も思ったんだ



今日はいないけど、ママとも『お似合いだよね』って話していたんだよ』



真希くんが話に入ってきた




『あははは…みんな大人みたいだね』


全然笑えない感じで切り返すと由美ちゃんがポツリと言った






『…私も好きな人できるかな…




ママみたいに誰かのお嫁さんになんてなれるのかな…』




『勿論だよ~


由美ちゃんが望めば何だって叶うんだよ?



なぜそう思うの?』




『だって…



だってね…由美の目が見えないせいで結婚しても由美は赤ちゃんのお世話やご飯の用意だって一人じゃきっとできない…




もうじき三年生なのにまだ由美は一人で学校にも行けないの



誰かについてもらってばかり…



なんだか


これからもずっとそうなのかなって…』



小さな手をキュッと結ぶ由美ちゃんの手をわたしは両手で包んだ





『違うよ



由美ちゃんも
真理ちゃんも
真希くんも




みんなみんな望まれて



ママやパパに愛されてお腹から出てきたんだよ




私も昔はそうやって沢山悩んだの』

No.164 09/10/03 02:39
モモンガ ( PZ9M )

『何でかわからないけど私達は街で歩いてるみんなとはほんの少し違う格好や体で生まれてきたよね



でもそれは『ママの子になるしるし』だったんじゃないかな』




『しるし…?』



由美ちゃんが言った


『そう、しるし



どこがどう悪くてもどんなに形が違っていてもママ達が


みんなが




足りなかった部分をきっと与えてくれるの




『足りない所は自分で見つけなさい』って




神様が宝探しみたいに旅にださせてくれたんじゃないかな




真希くんには手を
真理ちゃんには足を
由美ちゃんと私には目を



その部分を埋めてくれる大切な誰かに逢うためにきっとここにきたんだよ




でも、いつ大切な人に逢えるかは神様にもわからなくて



それまではパパやママが守ってくれる…



だから、それまではママやパパに『ありがとう』って甘えていていいんだって私は思うな




それは私も兄ちゃんもここにいるみんなも『みんな一緒』



そう思うな』



私が言うと由美ちゃんが手を握りながら私の膝に顔を埋めてきた



『由美はね…


ここにいてもいいのかな…』

No.165 09/10/04 03:23
モモンガ ( PZ9M )

『あったり前だよ


由美ちゃんそんな事を考えてたの?



由美ちゃんがいないと僕寂しいよ




由美ちゃんがいるから楽しいんだよ



ね。真理ちゃん』



『うん、あたしも由美ちゃんがいないと寂しいよ



真理は一人っ子だし妹もお姉ちゃんもいないけど由美ちゃんには何でも話せるもん



由美ちゃん



これからも一緒に頑張ろう



せっかく友達になれたんだもん



離れたくなんかないよ』




膝にしがみついていた由美ちゃんがゆっくりと顔を上げた



『あたしもみんな大好き



ありがとう…』




そういうと少し明るい声で『ありがとう』ともう一度言って二人の方に座り直した




小さな小さな心には


どんなに痛いトゲが刺さっているんだろう…




不安で
こわくて
さみしくて
迷って…




どんなに自分を奮い立たせてもすぐに闇は追い付いてくる




『大丈夫だ』って気持ちなんて直ぐに飲み込まれちゃう…



だからこそ




私達障害者は強くなるために



生き抜く力を身につけるために



望くんたちみたいなボランティアさんの善意に甘えて強くなるために過ごすんだよね




普通でいるために…

No.166 09/10/05 10:17
モモンガ ( PZ9M )

『みんなおまたせー!!おいしいサンドイッチとクリスマスケーキの到着だよっ



みんなに会いに遠くの国からやってきたサンタクロースがたくさんきたよ!



みんなよろしくねぇ』




室内から『パンパンパン!』と突然の激しいクラッカー音に硝煙が立ち込めた




私がとっさに耳を塞ぐと『姉ちゃん大丈夫だよ

由美ちゃんも



サンタクロースがお祝いにクラッカーをならしたんだよ



もう誰もひっぱらないから平気だよ』



真希くんが詳しく説明してくれた




『ありがとう』


『ううん!あ、あのね今六人の赤い服来たサンタクロースが部屋に入ってきたの


トナカイも二人いるよ?



あとのお姉さんやお兄ちゃん達は廊下にいてね



みんなに小さな包み紙を配って回ってる



今年はなにかな?



去年は病院でチョコレートやお菓子の詰め合わせ配っていたけど』




まわりからは小さな子の『ありがとう』であふれていた



優しい空気が冷えた空気を暖めてくれる



ボランティアって


人を助ける仕事って


こんなに温かくて人の心を咲かせてくれる

No.167 09/10/05 15:01
モモンガ ( PZ9M )

『こーとりちゃん!


あ、真希くんに由美ちゃんと真理ちゃんだぁ




ここは何のグループかな?




クリスマスプレゼントをおもちしましたよ。はい!手を出して~』





目を固くつむり手のひらを差し出すと何かフワッとした感触がした




?なんだろう





指で軽くつまむとビニールに包まれた何かがフワッとへこんだ




『わかる?ことりちゃん



ヒントね~みんなはいっちゃダメだよ?

由美ちゃんもよく考えてね




ヒントその1



丸くてちいさい




ヒントその2




甘くて白い




ヒントその3




そのまま食べてもおいしいけど温かい牛乳かコーヒーに溶かしてもおいしいものなーんだ』




『…あーわかった!』由美ちゃんが声をあげた




『じゃあ…由美ちゃん!』





『んーとね…



マシュマロ!かな』



私も合わせて手をあげる




『せいかーい!!』


まわりからパチパチと拍手が沸き起こる


小さく『やった』と声が聞こえた




いつもの優しい香り


『おめでとう由美ちゃんやったね




ことりも』




頭を二回ポンポンと撫でてくれる優しい手




『望くん』


『そっちはどうだ?』

No.168 09/10/07 03:11
モモンガ ( PZ9M )

>> 167 『マシュマロお見事!すごいな由美ちゃん』




背後から望くんが優しい声をかけると由美ちゃんが照れたように笑った




望くんもそうだけどボランティアの人たちって声かけが本当に優しい




思いやりの気持ちもそうだけど今その人が何を一番望んでいるかちゃんと考えている





望くんが初めてうちに来たときもそうだった




私を見透かしたみたいに『自分の事は自分でできる』っていってくれた




あのときは『何なの?』って失礼な人だなって思ったけど



望くんはちゃんと相手の顔だけじゃなくてその人の気持ちまでのぞきこんでる



それがハッとしたり


ドキンとしたり…




勇気づけられたり…



こうやってみんなは少しずつ自信をつけて勇気をもって前を見据えるんだね




望くんの目指してる仕事ってこういうことなんだね…



みんなの笑い声が私に雨のように降り注ぐ




知りたかったはずのいろんな事が


なぜかしら胸を暖めたり


一人ぼっちになったような気持ちにさせるよ

No.169 09/10/07 03:25
モモンガ ( PZ9M )

しばらくみんなでお菓子の食べあいや差し入れのサンドイッチを満喫したあとに



私達のグループが先頭に立ちクリスマスソングを何曲か歌った




教室のヒンヤリとした空気がみんなの歌声と笑い声で和らいでいく気がする



大きな笑い声とクルスマスの曲に合わせた手拍子や口笛




その後のおたのしみのクリスマスケーキ



たっぷりの生クリームに甘酸っぱいイチゴがたまらなくおいしかった




人と交わりながら声をたてて食べるとこんなにもおいしくなるんだね



時はあっという間に流れてクリスマス会ももう終盤にかかりかけた時だった



真希くんが望くんに質問を始めた




タイムアタックみたいに10数えるうちに答える


という形式らしく



まわりにいた子供達や周りの同級生達も盛り上がって拍手している




さっき声をかけてくれた高橋さんに頼んで私は一度席を後にした




さすがの私もトイレの中にまでは望くんを頼るわけにはいかないもんね




『すみません大切な時に』




高橋さんにつかまりながら一段と引き締まった空気の中を廊下を直線に歩く



『何を言っているのよ?気にしないで』

No.170 09/10/09 02:56
モモンガ ( PZ9M )

学内のお手洗いはさすがに福祉大学らしく障害者ようの広々したトイレが各階についている



手すりにさわりながら高橋さんの説明を受ける


『真っ正面に座る便器がこちら向きにあります



流すのは座って右手の二つ目



一番目は非常時のボタンでひもつきです


トイレットペーパーは流しボタンの側についてます


向かって左側に立ち上がりのバーがありますから



終わられて左側に手荒いで



洗面台の向かって左に石鹸と右にドライタオルの温風機があります



終わったら声かけして下さいね』



優しい口調でハキハキと説明をしてくれた



さすがにボランティアサークルの部長さんだけあって場慣れしていてとてもわかりやすい



『すいません


じゃあ終わったらまたお願いします』



静かにドアを閉めて用事をすませる



広いトイレは使い安くて安心する



和式の狭いトイレは慣れていない人だと足のレバーがわかりにくい




やっぱりボタンが簡単で実に手軽だ




立ち上がり手を洗うと勢いよく温風が吹き出す



扉を開けようとロックを開けるとすぐに高橋さんが駆けよってくれた

No.171 09/10/12 19:25
モモンガ ( PZ9M )

『おまたせしました』


『ううん全然平気よ

大丈夫だった?』


私たちは手を這わせるとまたきた道をまた戻りはじめた



じきに高橋さんの足が不意に止まった



『…どうしましたか?』



『ん?あのね、今共用通路の前なんだけどね



側面が大きなガラスで見下ろせるの



今日はクリスマスだからイベントしてるサークルもたくさんあるんだけど何気にカップルもたくさんいたりしてね



うらやましいなぁってね



あーあ




大学の四年なんてあっという間だったわ


就職も決まって今は気ままなバイト暮らしで




あと4ヶ月何しようかな?』




最後高橋さんは笑いながら照れくさそうに『ばかよね』と付け加えた



時折かかる高橋さんの髪から女の子らしい甘い香りが漏れる



雰囲気はきりっとしているのに可愛らしい方なんだなぁ




私はくすりと笑いながら『私も同じですよ』と 言ったが


『そんなこと言ったら望くんが泣くわよ』



と切り返されてしまった




『…でもね私達まだちゃんと付き合っているわけじゃないんですよ』




ガラスに背中をつけると顔だけを高橋さんに向けた



表情はわからないけど高橋さんの驚いた声が間近に聞こえる

No.172 09/10/16 01:53
モモンガ ( PZ9M )

『本当に?それ聞いて喜ぶ子多分いるかもよ~



ああ見えて加藤くんもてるからね~



そっかそっか…


未だに実らず片思いってやつだね



やつもあたしも前途多難な片思い中ってわけだな』



『えっ?高橋さんも片思い中なんですか?』



『えへへ


ことりちゃんには言っちゃった



でもみんなには内緒だよ?はずかしいから』




そういうと高橋さんはあたしの隣にきて同じようにガラスに背を向けて話し出した



『あたしもね加藤くんと一緒で片思い中なんだけど気合いが違うよ気合いが



なんせ片思い歴三年目なんだから



あ、ひいた?



ストーカーとかじゃないよ?




でもあきらめられなくてね



しつこい女の子とは思われてるかも』



『そんなことないですよ…



でも意外




高橋さんてみんなに人気ありそうだし



明るいし優しいしハキハキしてて…




私が男の人だったら絶対好きになりそう』



『ウフフ照れちゃうわね



ありがとう



ことりちゃんは優しいね




山野くんもね


おんなじ事を言ってたわ』

No.173 09/10/16 02:05
モモンガ ( PZ9M )

『山野さん…って高橋さんの好きな人ですか?』



『うん、そう



山野慎一っていう人でね



あたしたちの主催してるサークルのイベントとかにもたまにくるの




歳は確か27かな



うちの学校のOBで今区役所に勤めてるのよ



なかなかのイケメンなんだけどあたしよりいつも背か低くてだいたい後頭部と話をすることが多いかな?』




あたしはためらっていた言葉を思い切って発した



『…高橋さん



ひょっとしたら山野さんって…』




『そっ


身体に障害がある人なの



下半身は全く動かないし



握力も弱くてね



自走は無理だからいつも電動車椅子



あたしらがいるときは自走にしてるけどね』




『そう…なんですか…』



『なんで?意外だったかな?



爽やかなラガーマンみたいなマッチョだったらお似合いだった?』




高橋さんはおどけたように笑い混じりで言ったあと少し照れくさそうに言った



『でもね


好きなのよ、とっても』




目がみえないってこういう時にもどかしい



幸せそうに


恥ずかしそうに



高橋さんはきっと顔をゆるませたのだろうな…

No.174 09/10/16 02:15
モモンガ ( PZ9M )

『ことりちゃんには聞いてもらっちゃおうかな



あたしの諦めの悪い恋バナ』




あたしが黙ってうなずくと高橋さんは一つ深い息を吐き出してゆっくりと話し出した




『あたしがこの大学に入って初めての夏にね



今のサークルのイベントで海に行く機会があったの




小さい子どもたちに海に触れあってもらおうっていう企画でね




その時に初めてのOBだった山野くんと会ったの



びっくりしたわ



車椅子を砂浜に置いてわずかに動く腕でほふく前進よ



スゴいんだけど笑えちゃってね大笑いしちゃったわ




だって海水パンツ一枚だったし



見上げられて一言



『お前笑うとこちゃうわ』



って一緒に笑ってくれてね




身体は不自由なのにアウトドアで何でもやりたがる身体はもう真っ黒でね



華奢な足とは反対に上半身はがっちりしてて




とにかく笑った笑顔が素敵だったなぁ…



まぁいわゆる私の一目惚れよね



それから寝そべったままみんなで砂の城を作ったり



救命胴衣つけたまま浅瀬で泳いだり



とにかく何でも楽しんでする人だった』

No.175 09/10/16 02:26
モモンガ ( PZ9M )

『それから何回かみんなでイベントを重ねてあたしが二年生になった夏に思いきって告白したの



勿論彼女はいなかったし



いつもみんなには『優しい彼女ほしいなぁ』なんて言ってたわ




だから少なからず期待はしてたの



メルアドも交換してたし



電話もしょっちゅうしてたし



買い物やなんやと遊びにも行ってたしね』



『…それで山野さんは何て?』



『だめだって




『俺は好きな女の子とは付き合わないんだ』って




わけわかんないでしょ?




好きなら付き合えばいいのに




理由は色々あったんだけど大きく3つ



一つは障害者である自分はあたしを守ることが100%できない



危険な時
助けがいるときに一番に駆けつける事ができない




二つ目




下半身に障害があるから子供を作るのは大方無理



仮にできたとしても自分と同じような障害を持つかもしれない子供を作るわけにはいかない



自分の世話に子どもの世話



全てを好きな人に任せるのはできない



自分にだけなら責任を取れとも大切な家族に何もかも任せるような無責任な人生にはしたくないから』

No.176 09/10/16 02:35
モモンガ ( PZ9M )

ここまで聞いてあたしは山野さんの言わんとする事が



本当の深い所にある気持ちが



痛いほどわかった




きっときっとどんなにか嬉しかっただろうか




好きな人に好きだと言われて困る人なんかこの世界にはいないだろう



でも



悲しいかなそれを素直に受け入れられない時がある




私達のように誰かの手を常に借りなければ生きていけない弱い人間だ





自分の意思を伝えるときだって常に周りを意識してタイミングを図る



トイレに行きたいとき




ご飯を食べたいとき



買い物に行きたいとき




いつもいつも



当たり前のようになんてできないのだ




『今いいかな』



そう言って第2の目や足や手を誰かに借りる




借り続けなければ私達は上手く生きてはいけないのだ




だからこそ




好きな人とは生きていけない




大好きな人が自分の為に献身的に尽くしてくれる姿に最初は感謝してその愛情に心も豊かになるだろう…




幸せも感じると思う



でもそれは一年や二年や三年の出来事じゃないのだ




付き合えばゆくゆくは『結婚』という二文字も頭をよぎるだろう

No.177 09/10/16 02:45
モモンガ ( PZ9M )

結婚すればそれが毎日続き



当たり前のように流れる




買い物も食事も家事全般



仕事も育児も



そして介護も



全てを愛する人に委ねるなんて




私にもそんな事はできないと思う



ううん…



きっと愛してるからこそできないと思う



『でもそれが愛だよ』という人もいるかも知れない




でも私は知っているよ




私を置いては1日も離れなかったお母さん




友達とお茶を飲むことも食事をすることもなく




同窓会にだって一度も行ったことがない


若い頃からお母さんからお化粧品の香りがしたこともないし


爪にマニキュアだってしていない




髪の毛もいつも伸ばして縛っているか短いかどちらかだし



何かあって駆けつけられるようにかお母さんは滅多にスカートなんかはいたりしない




自分の時間を


人生を全てをかけて私を生かしてくれている




守ってくれている




そんな風に過ごしているから




そんな生き方しかできなかったから




私たちは愛する人を自分の人生に巻き込めないのだ



きっと山野さんも私に似た気持ちだったんじゃないだろうか…

No.178 09/10/16 02:55
モモンガ ( PZ9M )

『ことりちゃん…?』




ハッとして顔をあげる



『あっ、ごめをなさい



何かスゴい考えちゃって…』



『ううん、いいのよ


ありがとうね聞いてくれて




じゃあ3つ目ね



『俺は今のお前が好きだ



だから絶対に付き合えない』




…なんだって?


あほよね~



思うところはわかるけど



そんなにあたし甘く見られてんのかしらってね』



『…甘く?』



『そっ




『甘く』よ



どうせ奴の考えてることはこうよ



『迷惑かける』
『しのびない』
『ふがいない』



バカじゃないのって思うわ



あたしは『障害者』の山野くんを好きになったんじゃない



好きになった山野くんがたまたま『障害者』だっただけよ



違う?




どんなに健康な人と付き合ったって次の日に事故に遭えばその日からあたしの彼は『障害者』よ





歳を重ねてじいちゃんばあちゃんになってボケたら?



そしたらその日からあたしだって『障害者』よ





あたしたちは『たまたま』『今だけ』健常者なだけで遅かれ早かれいつかは障害者になるのよ




それが今か今じゃないかだけじゃない?

No.179 09/10/16 03:38
モモンガ ( PZ9M )

それにあたしは健常者と付き合えば必ず幸せになれるのかしら?




山野くんを好きなままで?



未練があるままで?




そうね、そうやって他の人を好きになれたら案外幸せなのかもね




逃げてれば



目をそらせば楽なんだもの




でもあたしはそんなのは嫌




しつこいっていわれても



嫌いだって言われても





絶対にいつか彼に好きだと言わせて見せる!





ってあたしやっぱりストーカーなのかなぁ?』




笑いながら言い切った高橋さんは照れていたが




あたしはやっぱり素敵な人だなぁと心がほんわかと温かく感じた



高橋さんのように強く想えたら




好きだと胸を張れたなら…




あたしの気持ちを見透かしたように高橋さんがあたしに言った



『本当に大切なものにはね



人間全部使えちゃうのよ



体も
心もね




だってそうでしょ?


世界でたった一人



大切な人が自分の支えで生きている



こんなに幸せなことってあると思う?』

No.180 09/10/16 03:47
モモンガ ( PZ9M )

『望くん言ってたわ


『ことりといると素直になれる』



『彼女といると幸せな気持ちになれる』ってね




何でことりちゃんは望くんと付き合わないの?




やっぱり山野くんと同じ理由?




それとも望くんの事嫌い…?』




あたしはすぐに頭を横に降った



右手を首から鎖骨に添わせてネックレスを取り出した



『なぁに?羽の形のペンダントね



さっき望くんもしてたけど…




まさかお揃い?』



『はい…


母のお土産なんです


二つ合わせると両方の羽がつながって…



でも…



あたしといると望くんは飛べないんです



きっとあたしに遠慮してしたいこともできない



見たいものも見れない…



行きたい所にだって…』



あたしはいつの間にか両目からぼろぼろ涙をこぼして肩を震わせて話していた




自分でもこんなに素直に気持ちを話せるなんて驚いていた

No.181 09/10/16 03:56
モモンガ ( PZ9M )

あたしはガラスに背をつけたままヘタヘタとしゃがみこんでしまった



声を上げてしゃくりあげるように泣いていながら



不思議と恥ずかしさはなかった




今まで人の目を気にしたり押さえていたりした気持ちが一気に吹き飛んで火がついたように泣いていた



高橋さんは黙ってあたしの背中を撫でてくれていた





望くんが好きだと叫びたい




ずっと一緒にいたいて誓いたい




でも自分の手で見えない足かせを望くんにつけることは絶対に嫌だった




もぅどうしたらいいのかわからなかった



相手の気持ちを想うのはどちらも同じなのに




どうして素直に生きれないんだろう…




ただ側にいたいだけなのに…




『ことりちゃん



私思うんだ




本当に人を愛するって守ることだけじゃないって




弱い自分を知ったり
強い自分を知ったりしながら



一緒に生きていけばいいんじゃないのかな?




幸せにしてもらえたら



幸せにしてあげたり



目を貸してもらったら



笑顔で返してあげたり



ギブアンドテイクだよ



何もかも全部を持っている器用な人なんて絶対にいないと思うんだ

No.182 09/10/16 04:13
モモンガ ( PZ9M )

ことりちゃんは自分が望くんに何もしてあげられないのが不甲斐なくて嫌なのかな?




なら、それは 違うよ



ことりちゃんがいるからアイツは幸せで


色んな気持ちを感じられるんだよ




ことりちゃんが泣いたり笑ったりするとこを




一番近くで見ていたいんだよ




それはことりちゃんのご両親だって同じだと思うな




ことりちゃんが生まれて来てくれて



小さな手や足を沢山動かして命を目一杯使って成長してくれている




そのなかで目が見えないハンデをご両親もことりちゃんと一緒に乗り越えているんだよ




病気と
障害と戦っているのはことりちゃんだけじゃないよ




お父さんやお母さん


望くんや頼りないけど私やみんなもいる




ことりちゃんの目の替わりをする人は沢山いても




ことりちゃん自身は一人しかいないの



今のことりちゃんだからこそ




望くんは好きになったんだと思うよ?




確かに口でいうより介護は大変だよ



それは認める



でもね、『辛い、大変』よりも大切で大好きな人の笑顔が勝る瞬間が勝っちゃうんだよ



どんなにしんどくても一緒に笑っていられるなら幸せなんじゃないかなぁ…』

No.183 09/10/16 04:26
モモンガ ( PZ9M )

私は涙を拭いながら何度か小さく頷いた


そして心の一番深い所にあるあの悩みを口にした




『…でも



私のせいで望くんが夢を諦めちゃうなんて嫌なんです




望くんが彼らしく生きれないなら…



わたし…




私は一緒になんて生きられないです』




『望くんの夢?



それを彼が諦める…って言ったの?



本人がそう口にしたの?』




『いえ…



でも望くんが来年の春に留学したがっているっていう事は人から聞きました



長い間の夢だって…



向こうの大学に入り直して本場の介護を勉強しなおしたいって…




私…



だって…』




『ことりちゃん



それ望くんから聞いたの?』




『いいえ…望くんの同級生の遥さんから…



でも…私は…』



今度は長い息を溜め込んではフーッと吐いた



『こらこら未確認な情報で一喜一憂しないの



いいじゃない




どんな選択をするか一番近くで見てたら』

No.184 09/10/18 04:21
モモンガ ( PZ9M )

『…でも言ってたんです



遥さんが『望くんは優しいから』って…



だから私…』




『だから『私に遠慮して北欧留学の夢あきらめちゃうかも』って…?



ことりちゃんも奴も似た者同士ね



始める前から何でも諦めるの?




相手の為?
犠牲にしたくないから?




私から言わせたらそんなの自分に酔ってるだけだわ



本当の目の前にいる相手を何も信じていない証拠よ



じゃあ、あなた達は今まで生きてきて一度でも傷つかずに生きてこれた?



目が悪くなくても悪くても人間なんだもの傷ついたり泣いたりする日なんか誰にでもあると思う




一番大切なのは傷つかないように生きるんじゃない



傷ついた時に誰とどうやって向き合って立ち直るかよ



違う?




自分で起き上がるのがしんどければ何度だって人の手を借りたらいいのよ



家族だって
友達だって
恋人にだって



あなたについてるその手は何の為にあるの?



あなたの体は目だけじゃないでしょ?



あなたには耳も
手も
足もついてるじゃない』

No.185 09/10/18 04:33
モモンガ ( PZ9M )

高橋さんの優しい



そして厳しい声が私の頭をかすめて構内に響き渡った



誰もいないだろう通路には高橋さんの叫びにも似た想いがこだましている




私はもう頷くしかできなくて何度も黙って涙を拭った



肩で返事をする私に今度はゆっくりと優しく声がかかる



『ことりちゃん



あなたにとって望くんはなぁに?




優しいヘルパーさん?



楽しいボランティアさん?



それとも気の合う友達?




…違うよね?



大切な人なんでしょう?



大事だから自分らしく生きてほしいんでしょ?




それはね


きっと望くんも同じだと思うよ?




だからこそあの子北欧留学の申し込みしたんだと思うよ』




『…え


申し込んだ…?』



顔を上げて声のする位置を必死で探した


困惑する私に高橋さんが両頬を軽く叩いた



『行くんだってさ



来年の4月から卒業までの3年間



これがどういう事かわかる?



あいつはね信じてんのよ



自分の肩を押してくれることりちゃんをね




離れていても気持ちは変わらないって




だから決断できたんだと思うよ?』

No.186 09/10/18 04:44
モモンガ ( PZ9M )

『普通は行かないで~って泣くのにね



行ってほしくて泣くなんて…ね



何だか可愛らし過ぎてあなた達お似合いよホント』




最後は高橋さんの笑い声がその場を和ませた



優しい手が私の背中を撫でる



『もぅ泣かない泣かない



あんまり泣いてると私が泣かしてるみたいじゃない




あ、泣かせたのは本当か?ごめんごめん』




『ううん…高橋さんは今の私に大事な事全部言ってくれました



私…望くんの事知ってたつもりで何もわかっていませんでした




見えない相手に



恋に恋していただけかもしれない



これからはもっと


もっとちゃんと望くんを見てみたいと思います





本当に…


ありがとうございました』




額が胸につきそうなくらい勢いよく頭を下げた




こんな気持ちをなんて言ったらいいかわからないけど



胸の中にしまい込んでいた何か大切な物を拾い上げた気分だ



『さっ


行こうか?随分時間経っちゃったよね?



よく考えたらあたしたちまだお昼ご飯も食べてないじゃない?




サンドイッチ残ってるかなぁ?』

No.187 09/10/18 04:53
モモンガ ( PZ9M )

私達は笑いながらもと来た道を戻り始めた



行きとは全く違い足が軽い



胸もすっきりしている



言葉って不思議



人って不思議だね




人を悩ませるのも傷つけるのも人ならば



救ったり成長させてくれるのもやっぱり人なんだね




私もなりたいな



今は無理だけど



誰かの為に私も生きたい…



望くんが前に言っていた



『自分の生きた証』を私も見つけたいな…


望くん


例えそれが自分の為だったとしても



その気持ちをもって乗り越えようと差し出してくれた望くんの手を




私は『ずるい』なんて思わないよ



誰かの為でも
自分の為でも



それは『大きな一歩』に違いないから




私は早く望くんに会いたくて




会いたくて




この気持ちを伝えたくてはやる胸を押さえて望くんの待つ教室を目指した

No.188 09/10/18 05:05
モモンガ ( PZ9M )

しばらく進むと前方から騒がしい声が聞こえてきた



私は笑みを浮かべて小さく息を吐いた



その先を高橋さんが軽く手で止めた



『…何か様子がへんね




廊下にみんな出て何してんのかしら』




高橋さんの言葉に一瞬足取りが止まった



『ことりちゃんここでちょっと待っててくれる?何かあったみたい』



握っていた腕から優しく私の手を外す




私は突然の出来事に戸惑いながらも一人になるのが不安で連れていって欲しいとお願いした





『様子を見たら直ぐにくるからね』



そういうと足早に高橋さんは前方に向かった



相変わらずざわざわしていた方向からみんなが高橋さんを呼ぶ声が聞こえた




『何がおきたのかな…?』




私が首をかしげていると低い位置から私の手を誰かが引いてきた



『ことりねえちゃん


ことりねえちゃん…』



涙ぐんでいるその声は子供達だった




『誰かな?

由美ちゃん達かな…?』




触った手が微かに濡れていた



涙…?




私はその場にしゃがみこみ声のする方へと顔を向けてみた

No.189 09/10/18 05:13
モモンガ ( PZ9M )

『どうしたの…?



何かあったの?』



誰だかわからないけど頭を撫でながらゆっくりと尋ねた



『…兄ちゃんが




望にいちゃんが…』




胸にツキンと何かが走った




『望くんがどうかしたの?



教えて?』



まわりにいた何人かのうち誰かが発した声に私は声を失った



『望にいちゃんがね…


倒れたの…



全然動かなくて…』




子供達を撫でる手が一気に震えた



望くんに今何が起きているのか…




この時の私はまだ予感さえもしていなかった



ただ





なにもできない自分と動かない体でその場に立ちすくむしかできなかった…

No.190 09/10/22 10:53
モモンガ ( PZ9M )

次に泣いたのはその日の夜の事だった




昼間に望くんが倒れ、そのまま学校の近くの総合病院に運ばれた



私は『倒れた』とききながらもどうすることもできずに周りにいた子供達と斎藤くんや高橋さんに支えられて病院に付き添う事ができた




しばらくしてお母さんがやってきて高橋さんやみんなに詳しい事情を聞いていた



私は心配で心配でその場を立ったり座ったり落ち着かなかった



『ことり…気持ちはわかるけど少し落ち着いて?』




お母さんが隣に座りながら優しく肩を抱き寄せる



『望くん…

大丈夫だよね…?



きっと目を覚ますよね…』



お母さんは黙ってポンポンと肩を叩いた



何だか凄くくやしい



目がみえたら誰より先に駆けつけて



誰より先に声をかけたいのに…



望くん…




望くん…



アゴの下辺りで両手を組みまぶたを閉じた



神様


どうか望くんが早く目を覚ましますように…




病院の中の消毒液の匂いに独特の雰囲気に目に見えない不安は更に私の中で募っていった




そのうちに高橋さんが慌ただしく子供達を親御さんに引き渡す準備をはじめ




病院には私とお母さん


それに斎藤くんだけが代表で残った

No.191 09/11/01 03:25
モモンガ ( PZ9M )

(…なんだ?頭が痛い…



ってか…ここは?)




横たわる体を右手で支えながら軽く頭を振ると辺りには白いもやのようなものがかかっていて足元もまともに見えなかった




まるで雲の上を歩いているようだった




さっきまで確か教室の中にいたはずなのに…



しばらく歩いていると辺りが少しだけ明るくなった



もやのようなものがとれて視界が広がった




足元には目をつぶった俺が寝ていて側では斎藤が誰かに電話しながら椅子に座っている





『…まさか俺


死んじまったんかなぁ…』




そりゃいつかは人は死ぬんだけどさ



神様




クリスマスイブなんて




そんなのあんまりだ



しかも好きな子とのデートの最中で




まだ告白の返事も聞いてないのに



『あ‐あ…


ついてねぇなぁ…



まだまだことりと話してないこと



話したいこと



たくさんあったのになぁ…』



病室の上を歩いていると病室の外にことりとおばさんの姿が見えた

No.192 09/11/01 03:48
モモンガ ( PZ9M )

俺はことりの側にそっと降りていった



ことりやおばさんにはどうやら見えないみたいだ



『ことり』




隣に座り声をかけるが反応がない




ことりは両手で手を重ねると目をつぶり独り言をいっていた


『神様…どうか望くんが早く目をさましますように…




私の大好きな人を早く…返して下さい




望くんから未来を取り上げないで下さい…




どうかお願いします…』





横で聞いていたおばさんがことりの頭を優しく撫でていた




座っている椅子から顔をあげると



『面会謝絶』という札がかけられ俺はICUに入っていた




入り口のプレートに『加藤望』と書かれてある




俺はついさっきまで通っている大学の一室でクリスマスのパーティーをしていた




歌を歌い
飯を食って
子供達と遊び
ゲームをしていて俺は突然倒れた



体が突然フワッとした瞬間意識が飛んだのだ




俺は教室の冷たい床を頬に感じながら


みんなの声の中にことりを探した



『ちくしょう…何でよりによってクリスマスなんかなぁ…』



透けた手でことりの手に自分の手を重ねた

No.193 09/11/01 04:01
モモンガ ( PZ9M )

ことりは色白で可愛い女の子だ



しなやかで落ち着いた栗色の髪はいつも肩の辺りで揺れていて



目は見えないが笑うと何ともいえず可愛い



背も小さくて150センチ位だろうか



178センチの俺と並ぶとまるで小学生みたいだ



すっほりと胸に収まるその小さな体はいつも自信なさげにうつむいていて



いつも何かを探しているようだった



でもその反面強い気持ちも実は持ち合わせていて


俺はことりの心の中にあるもうひとつの顔をいつも覗いていた




自分の殻の中でもう一人のことりが出たがっているように見えたからだ




ほんの少しの勇気
ほんの少しの自信



ことりにはどちらもあと少しずつ必要だった




それは俺も同じだった




いつも満たされているようでそうじゃなくて



自信なんかなくていつめ誰かを助けながら庇いながら




本当は自分自身が救われていたのかも知れない…




だからこそ



似た者同士のことりを一瞬で好きになったのかも知れないな




弱くて寂しくて自分が嫌いで



自信なんかなくて



それでも自分でもがいている




ことりを見てるとまるで自分を見ているような気持ちだった

No.194 09/11/01 04:18
モモンガ ( PZ9M )

病室の前で祈ることりの横で話しかけてみた



『ことり


ごめんな



何か俺


死んじゃったかもしれないんだ


何だかなぁ…




いつかは人だから死んじゃうんだけどさ


こんなに呆気ないと何かまぬけだよな



ことりとまだデートしたかったし



これからもデートしたかったし




留学もちゃんとしてさ



介護の勉強もっと頑張ってさ




じいちゃんやばあちゃんになった時にもさ



安心してことりに側にいてもらえるようなじじぃになりたかったのになぁ…




これからまだやりたい事もたくさんあったのになぁ…』




それだけ言うと自分でも知らないうちに涙がポタポタ流れてきた




『…ちくしょう』



目を擦りながら肩を震わせて泣いた





泣きながらことりの事をまた想った



居るのにわかってもらえない寂しさ



隣にいても感じてもらえない孤独



ことりはこんな瞬間を一人で19年も過ごしてきたんだ…



本当の意味でことりの抱える闇にほんの少し触れた気がした



隣にいたおばさんが家に一度連絡を入れるからねと席を立った




ことりは目を開けると『わかった』と優しく微笑んだ



でもその目は赤く



頬には涙の後がいくつもついていた

No.195 09/11/01 04:35
モモンガ ( PZ9M )

ことりと俺は気づかないまましばらく隣に居合わせた



ことりは体を少し揺らせながら小さな声でクリスマスの歌を口ずさんでいた





俺はその様子をじっと眺めていた



ことりを置いてなんていけない





やっぱりことりの側にいて


ずっとことりの声を聞いていたい


俺は立ち上がりことりの前に立って前から体を抱き締めた




見えなくても


想いは本物だ



『ことり


やっぱり好きだ



このまま置いてなんていけないよ



なぁ…』



するとことりが歌うのを止めて何かを感じたかのように前を見据えた




ことりも何かをかんじているんだろうか…




『望…くん…?』




ことりが周りを見渡すような仕草をしている




ことりは再び目を閉じるとまるで見えているかのように俺に語りかけた



『…何だか望くんが側にいてくれてるみたいな気がする



何だか安心するなぁ




今ここに望くんがいるわけないのにね…


望くん



私、わたしも望くんが好きだよ




ずっと



ずっと一緒にいたい



望くんが留学しにいってもちゃんと待ってる



私も夢を見つけてきっと待ってる

No.196 09/11/01 04:49
モモンガ ( PZ9M )

自信がなくて弱音が出るときは電話する



会いたくなったら会いにだって行く…



だから




だから…




私をここに置き去りにしないで…



ちゃんと元気に『行ってくるね』って笑って行ってよ…



このまま会えなくなるなんて…



嫌だよぉ…




望くんに…



会いたい…』





ことりは自分が胸からかけていたネックレスの片方を手に取ると俺の方に差し出すように見せた



『望くをが元気になって



早く夢をかなえられますように…』



俺は右手をことりの肩に乗せるとそのまま肩を沈めてことりの唇にそっと自分の唇を合わせた




このまま死んでなんかたまるか




ことりを残してなんか





その瞬間


体が爆発したような痛みを感じた




頭がくらくらして血の気が引くような冷たさの中



最悪なコンディションの中


俺は斎藤の目の前で意識を取り戻した



それから体の痛みと猛烈な眠気の中



次に目を覚ましたのはクリスマスの余韻も吹き飛ぶ大晦日の朝の事だった

No.197 09/11/02 14:28
モモンガ ( PZ9M )

『の~ぞむくんっ』


病室のドアから覗いた栗色の髪の毛



『ことりさん

そんなとこでかくれんぼしないでくれます?』



『えへへ


ばれちゃった』



『声ですぐわかるっつ‐の』




肩をすくめてちょっと舌を出しながらことりが入ってきた



今日は花柄のシャツに細目のジ‐パン


髪は肩の辺りまで下ろしていてでこっぱちみたいにおでこを出してピンでとめている




相変わらずデカイリュックにはくじょうはいつもの必須アイテムだが




今日はなにやら片手にデカイ紙袋をひっさげている



『どうした?今日はバイトじゃないだろ?


おばさんとどこかよってきたのか?』



『あ、これ?うふふ


これはね~望くんにお土産なの




昨日目を冷ましてから今日まで時間がなかったから急いで作っちゃった




はい、ちなみにクリスマスプレゼントも兼ねてるからね』




ことりはガサガサと白い紙袋を広げると緑と白のチェック柄の包装紙に赤いリボンがかけてある包みを俺の膝のあたりにそっと置いた




『あれから一週間だもんな…


心配かけてごめんな?



な、これ開けてもいいか?』



ことりは嬉しそうに目を細めると小さくうなずいた

No.198 09/11/02 14:55
モモンガ ( PZ9M )

俺があれから意識を取り戻すのに一週間


ことりは毎日のように仕事で忙しい父ちゃんと寝たきりのばあちゃんに代わり




おばさんと毎日見舞いにきてくれていたらしい



大学のみんなはこの病院から場所も近いこともあってしょっちゅうきていたらしいが



目の見えないことりが反応しない俺を見舞うのはさぞかし心配だっただろうと思う




あの時に感じたことりの姿は今となっては夢だったのか現実だったのかはわからないが





一番最初に俺が目を冷ましたのを感じたのはことりだった



と、付き添いの看護婦さんがひやかしながら耳打ちしてくれた




俺があの日倒れた原因はまだ検査の途中だが俺は今ICUから一般に移り検査の結果がでるのを待っている




多少体にふらつきがあるものの食欲もあり非常に元気だ


今すぐに立ち上がってことりと出掛けたいけど




検査の結果が出るまではじっとしてるようにと看護婦さんと父親に昨日さんざん釘をさされた




気がついて見ればクリスマスを飛び越えて大晦日の蕎麦をすすることなく今日は元旦



俺は新しい年を迎えていた

No.199 09/11/02 15:13
モモンガ ( PZ9M )

家族と離れてこうやって病院で年を越すのははじめてじゃない




小学生の頃




まだ母親がうちにいた頃は病気の治療のために長期間入院していたからだ




今となってはかあちゃんは折りのあわない父親に加えどちらかの不貞が原因で俺が中学の時に家を離れた




今もって連絡はこないが多分たよりがないって事は元気な証拠なんだろう




何よりまだ離婚はしていないらしい



まぁそれはおいといて…




俺は結局初めてのクリスマスデートも



告白の返事も




プレゼントも渡せずに



大晦日の夕方に目をさまし



全部中途半端にしたまま新年を迎えてしまったのだ




『望くん…?どうしたの?見ないの…?』




ことりが心配そうに顔を近づける



『どこか痛むの?』



傾けた顔から綺麗な髪がするりとほどける


…可愛いすぎる




ことりは無意識にすぐに人に顔をよせる癖があるので俺は平静を装いながらも内心ドキドキしっぱなしだ



『何でもないよ


ありがと、ことり』



赤いリボンをほどき緑色の包装紙を開くとそこにはガラスでできた淡いブルーの万年筆と真っ白いマフラーが入っていた




『ことり…


これ…』

No.200 09/11/02 15:28
モモンガ ( PZ9M )

『気にいってくれたかな…



万年筆はね、失敗ばっかりでね



何回も何回もやりなおして綺麗なねじれを作ることができたの




中に入ってる青色とペン先の設置はちょっとズルしておじさんに手伝ってもらっちゃったんだけどね




あとマフラーはお母さんに教えてもらったんだ



真っ直ぐ編めてるか不安なんだけど初めての作品だから大目に見てね





ね…


気に入ってくれたかな…?』




『ありがとうな


絶対めちゃめちゃ大切にするよ



マフラーも綺麗に編めてるし



万年筆もかっこいいよ



本当にありがとうな』




『本当に?



あ~よかった




渡すまではドキドキしちゃってね



本当によかった』




また嬉しそうに笑うことりの手をとると俺はベッドサイドにあった丸いすをもう片方の手で引き寄せた



『ことり座って』



『あ、ありがとうね』



ことりは椅子に手を添えると慣れた様子でその場に腰をかけた



俺はもう一度ベッドサイドに手を伸ばすと今度は引き出しの中から小さな包みを取り出しことりの手のひらに乗せた

No.201 09/11/04 12:12
モモンガ ( PZ9M )

引き出しから取り出した小さな包みから柔らかい巾着のような包みを取り出すとことりの右手の上に載せて握らせた



『…?なぁに?


布…?



何か入ってるけど…』



握った指先で感触を確かめていたことりがゆっくり顔を上げた




『望くん
これって…』




驚いた顔をする顔をすることりの手から包みを取ると中から シルバーの指輪を取り出した



『手ぇ貸して』



ことりが両手を少し上げて戸惑った顔を見せる




『こっち』




左手を取るとするすると薬指に指輪をはめた




ことりは黙って左手の薬指に手をはわせていたが




少しすると優しい笑顔で



『ありがとう…』


とベッドのふちに頭をもたげてきた



小さなことりに合わせて選んだ指輪は本当に小さなサイズで7号サイズだと言われた





以前ガラス工房に行った時にはめる軍手のサイズが会わずにおっちゃんと手のサイズを説明していたのを聞いていたのだ



今回ことりに選んだのはツメで衣類をひっかけないように小さなム‐ンストーンが埋め込まれているタイプだ




立ち寄った宝石屋のおばさんが


『願いを叶える石なのよ』と薦めてくれたからだ

No.202 09/11/04 12:23
モモンガ ( PZ9M )

ことりはいつも俺に『夢がみつからない』と話す



目の見える俺でさえ迷うんだ




見えないことりには選択の自由も



選択の理由も




見つけるのはなかなか難しいだろう



でも、生きている限り何かしら『人生のきっかけ』につながるもんは必ず1つくらいは見つかるもんだ




俺には『命は生かされていて初めて自分で使う事ができる産物だ』ということを知る闘病生活があった



だから命を最大限に使うために



人のために生きながら自分を『必要な人間なんだ』と自負するために働ける『介護士』という道を選んだ



叶うかどうかはわからないが


日本だけじゃなく世界の



本場の現場も勉強しながら風通しのいいとは言えない日本の介護業界に風を通す事ができたらいいとも考えている



あくまでそれは俺の夢だけど



夢をみて
希望をもって
チャレンジする



いつかことりにもそんな『夢』が見つけられるように…



そんな願いを込めてこれを選んだ

No.203 09/11/04 12:35
モモンガ ( PZ9M )

『望くん


私なんかでいいの?』



布団に顔を伏せながらことりが聞いてきた



告白の返事を急かせるつもりはなかったが俺はもう一度ことりに自分の気持ちを伝えることにした



『ことりでいいや



じゃなくて




ことりがいいんだ




目が見えるとか
目がみえないとか



そんなことは俺には問題じゃないんだ



好きな子が目の前にいてくれて


笑ってくれていて



それだけで何にもいらないんだ



ことりが不安になるときはいつも飛んでくるよ



行けないときは電話だってする



口が聞けなくなったら手紙を書くよ



目がみえなくなったらそばにいて抱きしめる



腕がなくなったらキスもするし




目も体も動かなくてもことりの話をちゃんと聞くよ



ただ



ずっと想ってる



もし俺がことりより先に死んだとしても…』




そこまで話すと弱々しい声でことりが顔を上げた



『…例えばなしでも先に死ぬなんて言わないで…



一人になるのは…


嫌…だよ』



両目からボタボタと涙を流し赤い鼻を押さえながら真っ直ぐに俺を見る




『不細工だなぁ


告白取り消そうかな』

No.204 09/11/04 12:53
モモンガ ( PZ9M )

少し笑いながら枕元にあったタオルでことりの顔を拭くと怒ったように頬をふくらませた



『冗談だよ

ごめん』



そう言って膨らんだ頬に一回ずつ交互にキスをした



もうこれ以上何も言わなくてもことりも俺と同じ気持ちなんだと



繋いでいた手をことりが逃げずに握りかえしてくれた事でわかった気がしたのだ




この日俺とことりは初めて素直にお互いへの想いを口にした



障害者ゆえの思い


現実的な付き合い方

俺の海外留学の話


遥が俺を好きかもしれないという話


そしてお互いの将来について…




俺はことりに『1つ1つゆっくり二人で話し合って乗り越えような』と伝えた



その中でも遥かとの事を俺が思いもよらずことりが気にしていたのに驚いた




鈍感なのかもしれないが


遥かはずっと仲間みたいな感じで



俺には『女の子』というより『同士』に近かった



今回のクリスマスパーティーにもケ‐キ屋のバイトが終わってから参加すると言っていたが




俺が倒れてからみんなと何回か顔を出していたらしい



『心配ないよ

俺にはことりだけが女の子だから』


そう言うと小さく頷いて胸に顔を埋めた

No.205 09/11/04 21:43
モモンガ ( PZ9M )

この日から何日かが過ぎて父ちゃんが担当の医師に呼ばれた



どうやら検査結果が出たみたいだ




うちにいるばあちゃんも俺を心配してか不自由な下半身を押して『望に会いたい』とヘルパーさんを困らせているらしい




ことりはと言えばガラス工房でたまに作る作品が好評らしく事務や受付の仕事の合間に女の子向けのペンダンドヘッドや花器やグラスなど




勘を頼りに制作しているという




前は土日だけの勤務だったが周りのボランティアさんや工房のスタッフさんの力添えもあり今では土日も含めて週休2日のアルバイトに変わったらしい




ことりが持って生まれた明るさと優しい気持ちがまわりの人を惹き付けるのだろう




毎日かかってくる電話に一日に一度は必ずくることりに俺はうれしくもあり




ほほえましく感じていた




一日一日



日を追う毎にことりには笑顔が増えていった




『あとはこれで俺が退院すりゃあなぁ…』



読み重ねた漫画と介護雑誌の数が段々増えてくる



検査に検査を重ねてはや一ヶ月近くが経ち



病室の窓からはうっすらと雪景色が覗くことも少なくなっていた




季節は冬から春へとゆっくり変わろうとしていた

No.206 09/11/05 12:15
モモンガ ( PZ9M )

(トントン)



『はい、どうぞ』


『失礼しま~す』



扉が開くと共にことりがおばさんと花をかかえて入ってきた



『こんにちわ、おばさんいつもスイマセン』



『ううん~いつもことりがお邪魔しちゃって、こっちこそお休みの時間を取ってしまってごめんなさいね』




おばさんは、はおっていた薄い紫の羽織ものを脱ぐといつものように漫画と雑誌を何冊か差し入れしてくれた



ことりと顔立ちのよく似た優しい笑顔だ



おばさんの方が少しふっくらしているがいつも小綺麗にしていて品がいい人だ




今日は髪を後ろにひとつにまとめて細身のベージュのパンツに黒いニットを着ている



『お~マガジンの最新号!読みたかったんですよ



ありがとうございます』



『む~



ねぇねぇお母さんにばっかり話してないであたしには何かないのかな?



素敵なお花をお持ちしたんですけど』




ベッドの窓際にアレンジされたオレンジ色と白の花がかごに入って置かれてあった


『いい匂いだな



色も明るいし綺麗だ


ありがとな』




そういうとことりは満足したように笑って小さく舌を出してみせた

No.207 09/11/05 12:25
モモンガ ( PZ9M )

『今日は来るのが早いんだな



まだ二時半だぞ?



バイトはないのか?あんまり無理すんなよ?』



『うん、今日は検査があったからお休みしたの




お母さんに付き添ってもらってね』




二人は向かい合うとフフっと含み笑いをした



『なんだよ~二人して


何か良いことでもあったのか?




俺にも教えてくれよ』




ことりは人差し指を口にあてるといたずらっこみたいに笑った



『ひ・み・つ』



『なんだかなぁ…よくわかんないけど、まぁ いっか楽しそうだしな』



ことりはうなずきながらおばさんにも必死に『内緒』のしぐさをしている

No.208 09/11/06 22:06
モモンガ ( PZ9M )

和やかな雰囲気が広がっていた室内に一気に現実が影となって近づいてきた



(ガチャ)



『あ、これは失礼しましたノックもいたしませんで



ことりちゃんいらっしゃい



いつもいつも悪いね』



『いえ、そんな…


でも平日のこんな時間におじさんがいらっしゃるなんて珍しいですね?



お仕事はいいんですか?』



『今日はね、特別でね…



有給使って参上しましたよ



たまには悪息とはいえ見舞わないとあとでうるさいから』



おやじが言った冗談にことりは笑っていたが



平日の昼間に


しかもサラリーマンがこんな春の決算間近に有給をとるなんておかしいと感じたのか




おばさんは何か感じたようで脱いだ上着を手にかけてことりの手をとった



『ことり、そろそろおいとましましょうか?』



『えっ…?だってお母さん


私達今さっき来たばかりよ?』



ことりたちの会話を聞いて親父が口を挟んだ



『そうですよお母さん


そんなに早く帰ってしまったらコイツが拗ねて大変ですからよかったらもう少しいてやって下さいよ』




おばさんは困ったように少し微笑んだ

No.209 09/11/08 02:53
モモンガ ( PZ9M )

『…でもやっぱり

ね、たまのお父さんとの時間だもの


今日はおいとましましょう?


また明日送ってあげるから…ね?』


おばさんがことりの肩をポンポンとたたく



『うん…わかった


そうだよね!せっかくおじさんと二人なんだしお邪魔しちゃ悪いわよね』


ことりは小さくうなずきながら席をゆっくり立った



『大丈夫?ゆっくりでいいからね』



おばさんがことりの左手を握ると慣れたようにするするとおばさんの右手に手をはわせる



『すいません
お邪魔しました



望くん、また遊びにくるからね』



笑顔で笑いながら振り返り右手を上げた



『なんだか気を使わせちゃってごめんな?


また明日な』



親父もおばさんにお礼を言うと二人をドアの向こうまで送った



『何か悪かったなぁ、せっかく来てもらったのにな…』



頭をかきながらばつが悪そうに振りかえる



身長は俺とさほど変わらないが年のせいか少し頭に白髪も混じり、白いシャツをジーパンの中にいれたその姿は俺からは少し小さく見えた



『…で先生何だって?


幾らなんでも検査に時間かかりすぎじゃないか?


何だったんだよ
もったいつけずに言えよ』

No.210 09/11/08 03:06
モモンガ ( PZ9M )

親父は少し黙って下をうつむいた



小さなため息を吐いてジーパンの後ろのポケットから白いメモ用紙を取り出した



小さくたたまれたそれを両手でゆっくり開くと俺の布団の上に静かに置いた



『…なんてこたないぞ



お前は俺の息子だからな



お前ならまたきっと打ち負かせるさ』



そう言いながら親父は俺に背中を向けて少し大きな声で話した



『お前に任せるぞ


日本で戦うか
留学先で戦うか』




俺は以外に冷静に親父の背中を見ながら言った




『…最後のかけにしたいからさ



行っていいなら行くよ



あっちで病院に入りながら介護されながら勉強すんのも悪くないさ



覚悟はしてたんだ


時期が来ただけだ…


正直来てほしくはなかったけどな…



ただこれだけは約束してほしいんだ



ばあちゃんには言わないでくれ



もうこれ以上ばあちゃんに心配かけたくないし…




それと



ことりにも』




俺は目線を窓のそとに落としことりとおばさんの姿を探した



二人の姿は駐車場の見慣れたベージュのコンパクトカーへとゆっくり消えていった



乗り込むときにことりはいつも病院に向かって手をふってくれる

No.211 09/11/08 03:24
モモンガ ( PZ9M )

『…あの子はいい子だな




いいのか?日本を離れるってことはあの子を置いて行くってことだぞ



それにお前の病気の事を話さないで行くってことはあの子には酷な事じゃないのか?




お前だって寂しいだろう』




二、三歩歩くと親父も窓の外に視線を落とした



『…いいんだよ


俺は笑ってる ことりの方が好きだからさ



今やっと



本当にことりらしい優しい笑顔が出てるんだ


それを曇らせたままいく方が俺には辛いよ』




手のひらに握ったメモ用紙を小さく破ってベッドの脇にあるゴミ箱へと捨てた




10年目にしての再発



ガンもなかなかしつこいらしい




予感がなかったわけじゃあない



それにもう子供じゃない




戦う気力も体力も用意できる



ベッドサイドの机にあった白いマフラーを巻きながら静かに後ろ向きに倒れた



つむった目の裏にことりの笑顔が見える



親父のごつごつしたシワのある手が髪を撫でる度につぶった瞼から涙がつたう




俺は腕で顔を覆いながら声を出さずにいた




親父は『またくるから』と言い壁にかけてあったカーキのジャケットを羽織るとゆっくりドアの前に経った

No.212 09/11/08 03:42
モモンガ ( PZ9M )

誰もいなくなった部屋でそっと腕を顔から離した




『ハァー』…っと大きく息を吐きながらゆっくりと目を開けた


『なんでなんだよなぁ…ホント…



大学も
彼女も
夢も



全部あと少しの所じゃんか…




本当にかんべんしてよ …』



頬を伝う涙が容赦なく流れ落ちる



『…ことり…』



言い様のない幼い頃の恐怖が身体を


心を




飲み込みそうだった



しかしこのことは自分自身で乗り越えなければならない課題なのだ



命をかけた…



俺は涙を腕で拭うと携帯の待ち受けになっていることりの笑顔を見つめた



『絶対生きてやる



生き抜いてまたお前に会いにくるからな』




神様



まだ俺を連れていかないでくれよ




ことりをまた一人になんかしたくないよ



生きて


生きていないと俺の願いは叶わないよ



なぁ



頼むよ




窓の外からは楽しそうに庭で遊ぶ子供の声と



どこまでも続く青い空が広がっていた

No.213 09/11/15 10:48
モモンガ ( PZ9M )

その日の夕方になりいつものようにことりの来る時間帯にあらかじめおばさん宛にメールを打った



『しばらく新しい検査で部屋を移動することになりました



当面は面会が難しくなりますので



ことりにうまく伝えて頂けますか?




すみませんがお願い致します



望』





一分もたたないうちにおばさんから返信がきた




『望くんへ




体調はどうですか?


色々大変だとは思うけど負けないで




ことりには新しい検査で部屋を移動するから慣れるまでは静かにしてあげましょうと伝えました




わがままな娘を気遣ってくれて本当にありがとう




ことりの好きな人があなたで良かったわ



母より』





文面には
『どうして?』とか『何があったの?』とか



俺に投げ掛ける質問は何一つなかった




おそらくこの間の父親の訪問でおばさんは何かを感じたのだろう…




ことりは『何故自分に直接電話してこないのだろう』と不安に感じているかもしれないな…




『ごめんな…』




俺は小さく呟くと窓の下に広がるオレンジの影を遠くまで目で追っていた

No.214 09/11/22 02:44
モモンガ ( PZ9M )

その日の夜遅くに斎藤にメールをした



昔からの連れの中でも特に仲よくしていて




大抵のことはやつに話している



あと2か月先の留学の選考試験を俺は病院で受けられないか学校に掛け合ってみた



『前例がないので即答ができないが


単位も充分とっているし


作文と面談が可能ならば病院で受けたものも許可したいとは思う



一度学内で検討してみるから返事はまっていてほしい』



留学の相談に色々のってもらっている山田先生からの返答だった



色々考えたが病気を治すことが第一優先に間違いはないが



時期やタイミングを考えて



親父の言う通り戦うなら向こうにしたい



俺は腹を固めていた



勿論可能ならば


だけど




ことりや学校の仲間には言うつもりはないが



ただ




あいつにだけは聞いておいてほしいと思った



いや



誰かに聞いておいてほしかったのかもしれないな

No.215 09/11/22 02:56
モモンガ ( PZ9M )

時々走る手足の鈍い痛み



最近少しだけ感じている




鈍い痛みを押さえながら指先に力をこめる



『斎藤


元気か?



今から言うことは俺とお前の二人と親父しかしらないから心して聞けよ



俺、再発しちまった



幸い進行はまだゆっくりだ



詳しい検査結果を持ってできるだけ早く向こうの大学に入るつもりだ



とりあえず籍をおかせてもらって可能な限り勉強しながら治療していきたいと思ってるんだ



このことはことりも知らない



お前もことりには絶対に言わないでくれ



頼むな




だけど

万が一



万が一、俺に運がなかったときは



ことりの話し相手になってやってな



俺さ、お前だけは男のなかでは信用してっからさ




っていうわけで当分面会はできないんだ



部長にもみんなにもうまいこと言っといてな



あと…はるか元気か?



あいつもだけど


みんなに宜しくな



じゃ、またな』




携帯を静かに二つに折ると顔をベットサイドへと向けた



小さなシルバーのデジタル時計が20:20を指していた

No.216 09/11/22 03:07
モモンガ ( PZ9M )

その脇に綺麗に畳まれた白いマフラーと近くには読みかけのマガジンが無造作に積まれていた




一番上のマガジンをペラペラめくりながらアーム式の豆電球のライトをベッド近くまで持ってきた




病院の消灯は夜の8時だからテレビはつけられないが薄暗い室内の中でも本やメールを打つのに俺は毎晩寝転んではこうして時間を潰していた



大部屋ならこうはいかない



このときばかりは父ちゃんに感謝しなくちゃな



でも



パラパラめくる面白い漫画にも



目も気持ちもついていかない





今、こうしている間にも俺の体の中はガン細胞に少しずつ


ゆっくり

ゆっくり



壊されていくんだ…



言い様のない静かで圧倒的な闇が後ろから迫ってくる




そんな感じかしてならなかった

No.217 09/11/22 14:08
モモンガ ( PZ9M )

しばらくして携帯のバイブが白いシーツの中でうごめいた



うっかり電気をつけながらうたた寝をしていた俺は携帯を手にすると目を擦りながらそれを開いた




時計の数字は21:00を少しだけまわっていた



斎藤からだった



メールと一緒にサークルのみんなとの写真が送付されていた



一枚はみんなで写したもの



二枚目はクリスマス会に参加していた子供たちのものだった



タイトルはなし



文章はいきなり確信に触れていた




『ことりちゃんに言わないのは彼女の為か?


それとも自分の為か?



あんないい彼女を置いていって後悔はしないのか?




もしも死んじまったらあの子の心に傷をつけることにはなんないのか?





最後の決断はお前に任せるけど



後悔だけはすんなよ



どこにいたって俺はお前の親友だ



俺はお前を信じるよ



あと遥かだけど何かよくわからんが新しい彼氏ができたって騒いでたぞ




お前がちっとも相手にしないからやけになったのかもな



あいつもあいつで可哀想だけどこればっかりは仕方がないよな


まぁ、新しい彼からコクられたらしいからさ


気にすんなよ

No.218 09/11/22 14:22
モモンガ ( PZ9M )

何でもバイト先の先輩だってさ



社会人みたいだし



あいつ子供だしさ



傷を癒すには年上の男がいいかもよ



案外幸せになるかもしんないしさ




お前もな



気持ちがやっと通じたんだし絶対負けんなよ



必ず帰ってきてことりちゃんを幸せにしてやれよ




そんでさ一緒に日本で一番のケアハウス


一緒に作る約束忘れんなよ



お前がいねぇと俺は友達いないしさ(笑)

またメールするわ



じゃあな



早く寝ろよ』

No.219 09/11/22 15:06
モモンガ ( PZ9M )

斎藤らしいメールに少し笑ってしまった

微塵の同情もなく激励もない


いつも通りのあいつらしいメールに何だか頭が下がる思いだ



こういうときって『可哀想だね』



とか『辛いよね』



とか正直言われたくない



言われたってしょうがないし



勿論相手に悪意がないのはわかっているけど



病気が俺にくっていてんじゃなくて


俺がうまく病気に付き合わなきゃいけないんだ


負けるわけにはいかないから


病気の前に気持ちが負けたら何にもならない




あがいたって泣いたって叫んだって事態は何も変わらないなら頑張るしかない



ため息ついたってしんどくたって



諦めたくなったって


病気には背中を見せたくはなかった



例えそれが負ける勝負だとわかっていてもだ

No.220 09/11/23 02:02
モモンガ ( PZ9M )

日々はあっという間に流れカレンダーは一月から2月へと変わっていた




その間にも着々と検査は進み



様々な選択の中から最善の治療の組み合わせを担当医と探していた



鈍かった痛みは体のあちこちを駆け巡っていたが



渡航まであと一ヶ月となり



中途半端な治療はせずに向こうでの治療を優先にした



悩みの種だった留学の試験も学校側が病気の事を考慮して面接はパソコン越しにカメラをつけて行うことが叶った



作文はパソコンから山田先生宛に送信し



一週間も過ぎた頃に


『合格おめでとう』のタイトルがついたメールが手元に届いた




この喜びをいち早くことりに伝えたかったが


あいにく全身に走る痛みをことりに感ずかれる事を恐れて久しぶりにパソコンからことりあてにメールを送った



痛み止の注射を打ち一番痛みが和らぐ瞬間に写真を取ってもらいパソコンに繋いだ




最後にことりに会ってから丸一ヶ月以上が経っていた




ことりからメールは度々きていたが返すことはほとんどできなかった



きっと寂しがっているんだろうな



痛みが和らいでいる瞬間にと急いで指を動かした

No.221 09/11/23 02:11
モモンガ ( PZ9M )

『ハローことり


元気してますか?




最後に会ってからなかなか連絡できなくて本当にごめんな



おばさんから聞いてるとは思うけど体調があんましよくなくて一ヶ月かけて検査入院が続いてます




っても大したことないんだけどさ




留学前ってのもあって慎重になってます



そう!俺さ、合格したんだ交換留学の試験



病院から受けさせてもらってさ



本当にありがたいよな



今日はこの事を一番にことりに伝えたくてメールしました



出発は3月21日




今から三年間向こうの大学に通います



単位とって実地試験して



卒業したら



ことり





ずっと俺の側にいてくれる?



もう離れないように


絶対にことりを守れる男になって帰ってくるから



それまで日本で待っていてくれますか?



ことり




三年たったら迎えに行く



待っていて下さい




望より』

No.222 09/11/23 02:24
モモンガ ( PZ9M )

メールの送信ボタンを押しエンターした頃には腕にはもう鈍い痛みが戻っていた



『近くにおじさんやおばさんがいなきゃいいけどな…』



照れ笑いを浮かべながら枕の脇にあった携帯の待受を覗いた



ことりのパソコンには文字を音声化する機械がとりつけられている



今俺が送った文章はことりの前で音となって届くはずだ




頭をかきながら画面のことりをそっと触る



『あーあ…


ちくしょう…



会いたいなぁ、ことり…』




小さなため息をつきながら天井を見つめた



白い




何にもない空間




来るのは毎日の検診と点滴に注射に薬



常に体温が高く体もダルい




痛み止がきつい日は吐いたりフラフラしたりする



こんな姿はことりには見られたくはない



今回ばかりはことりの目が見えないことに感謝してしまう



なんて言ったらことりはやっぱり怒るのかな




それとも言わなかった俺に泣きながらビンタでもするかな



どっちでもいいや




ことりに会えるなら…




目を軽く閉じて窓に目をやった




『空が…青いなぁ…』



空から正午を知らせる音が優しく鳴り響いていた

No.223 09/11/23 02:36
モモンガ ( PZ9M )

知らないうちに俺はしっかり眠っていたようで夕方の検診にきてくれた看護婦さんの声で目を覚ました



『気持ち良さそうに寝てるとこごめんね~



検温の時間だからちょっと起きてくれるかな?』




『…っはい



すいません…』



『体調はどう?気持ち悪くはない?』



『ん…いつもに比べたら少しはましです』




体温計を脇に挟みながら時計を見ると夕方の4時半をまわっていた




『結構寝てたんだな…』




そういうとフフッと笑いながら看護婦さんがポケットの中から封筒を取り出した



『はい、望くん



彼女から預かってるわよ』



ピンクの便箋に鳥のイラストが描かれている



裏を向けると『中村ことり』と書かれていた




『看護婦さん、これ持ってきた子は?』



『この子?もう帰っちゃったわよ



30分位前だったかなぁ?



望くんの病室を聞いてきたけどね


今は家族以外は立ち入り禁止なのよって説明したらその場でこれを書きはじめてね




あなたにこれを渡してくれって頼まれたのよ



あ、勿論病気の事は言ってないから安心してね



でも彼女とても心配そうだったわよ



見ていて切なくなっちゃったわ』

No.224 09/11/23 02:49
モモンガ ( PZ9M )

ピピッと鳴った体温計を受けとると看護婦さんは軽く頷き笑顔で病室を後にした



封筒にシールなどはなく



中には便箋で三枚



一枚目には


『おめでとう!』




二枚目には



『がんばって!』




三枚目には




『あいたいよ』




短くて不細工なひらがなが思いのたけを伝えていた




俺は読みながら思わず涙が出てきた




目の見えないことりが




たったこれだけの事を伝えるためだけに



便箋に手を添えて



一文字ずつ書いている姿を思い浮かべた



お世辞にも綺麗ではないし



真っ直ぐにも書けていないが




ことりの気持ちが痛いほど胸に伝わってきた




メールでもなく
電話でもなく



俺の顔を見て『おめでとう』と言いたくてここにきてくれたんだろう





よく見ると三枚目の便箋の隅っこに



『すき』と小さく書かれていた





その横にはニコニコマークが福笑いみたいに書いてあった




『何かはみだしてるし』



笑いながらその部分を指で撫でた



『ことり



俺も会いたいよ




めっちゃ好きだ



ことり…』

No.225 09/11/23 02:56
モモンガ ( PZ9M )

その日は何度も何度もその便箋を見ながらことりの事を想った



『手紙ありがとう



めっちゃ嬉しかった



また連絡するから



お守りにするよ




俺もことりに早く会いたい』



そこまでパソコンで打つと俺は手を止めた




体を擦りながら起き上がり



携帯を持つと窓際に行きことりの番号を呼び出した




窓の外はもう暗く



しんとしながらも夜空には丸い月が少しだけ雲にかかっていた

No.226 09/11/26 02:10
モモンガ ( PZ9M )

夜になると静かになる分気が紛れないから体の痛みが昼間よりも強く感じる



『…ったいなぁ…

ちょっとはましになれよな』



関節をさわりながら側にあった椅子を壁に寄せた



『…月が綺麗だな』


白い息を吐きながら少しだけ窓を開けた



隙間から入る風が冷たいがこの空のしたでちゃんとことりとつながっている事を思うと嬉しく感じた


(トゥルルルル…)


(トゥルルルル…)



耳に当てていた携帯から懐かしい声がこぼれた



『望くん?』



少し高めの甘い声だ



久しぶりに聞いたことりの声に思わず口元が緩んだ




『ん、そう


久しぶりだね

元気?



ありがとう手紙



せっかく来てくれてたのに俺寝ててさ



ごめんな


一人で来たのか?』


『ん?違うよ


お母さんが駐車場で待っててくれたの


今日は有給とってくれてたの


私も検査があったから



病院の帰りにちょっと寄ってもらったの』

No.227 09/11/26 02:21
モモンガ ( PZ9M )

『検査?


ことりどっか悪いのか?


大丈夫なのか?』



続けて話そうとすると受話器の向こうでドアがバタンと閉まり



ことりの笑い声が聞こえた



『ううん違うよ


どこも悪くないの


むしろ逆かな



お母さんさんとお父さんの薦めでね


私…目の精密検査を受けてたんだ



開眼手術ができるかどうか…



でね


今日はその説明があったの



『やるだけやってみましょう』って先生が言ってくれたの



例え可能性が1%でもやらないよりはいいかなって



もともと見えない生活だったんだもん



次に見えなくたって何も変わらないだけだもんね



それならぼんやりとでも見えるようになるなら



してみようかなって…手術



報告が遅れてごめんね



はっきり結果が出るまではお母さんと秘密にしてようねって約束してたんだ




…怒った?』



少し間をあけて言った


『…怒った』






『なんて言うかよ!


すごいじゃんことり

びっくりしたけどおめでとう!


手術はいつなの?』

No.228 09/11/26 02:33
モモンガ ( PZ9M )

『来月…


それが…



一緒なの



その…望くんの留学する日と



私の手術の日…



私…絶対に見送りに行きたいのに…



有名な眼科医さんで予約が難しくてやっと取れた日なんだって…』




ことりの声がみるみる小さくなっていった




『こら、ことり


ワガママ言って先生やおばさん達を困らせたらデコピン100回だぞ



いいじゃんか



俺とことりの新しい1日がおんなじ日なんて



きっと神様が『仲良く頑張れよ』ってわざわざおんなじ日にスタートラインを引いてくれたのかもしれないよ?



俺のゴールが先か

ことりのゴールが先か


お互いリハビリやら学校やら色々あると思うけど



どっちがネを上げずにやりきれるか競争しよう?



多分俺の勝ちだと思うけど~』



『そんな事ないもん



私だってやれるよ!



最近だってね
ガラス工房で作ってる携帯ストラップのデザインや春にある新作のガラスの器のデザインも任されたんだよ



それにね…』




受話器の向こうで仕事の話をすることりはとても嬉しそうで楽しげだった



ついこの間まで引きこもっていたとは思えない位に元気だ



このまま



今のことりでいてほしい

No.229 09/11/26 02:42
モモンガ ( PZ9M )

勿論このままずっと一緒にいたいけど



もしも




万が一それが叶わなくなっても



そんな日がことりにきても




ことりにはずっと笑っていてほしい



辛い事や逃げ出したい位悲しい事があっても



外の世界は



明るくて幸せがいつもあふれていると信じていてほしい



俺がいなくてダメになるような



そんな弱い人生を歩いてほしくはない




辛いときこそ笑っていてほしい



ことり



俺も頑張るから


絶対に


絶対に負けるな




いつかまた会える日が来たら



その時は




ずっと一緒にいような





ことりの話を聞きながら俺はずっとそんな事を思っていた




神様がいるなら




ことりに光をわけてやってほしい



世の中にはまだまだ俺もことりも知らない世界がまだまだある




それを全部



ことりと一緒にみたい




しあわせの形も




しあわせの色も…

No.230 09/11/26 02:53
モモンガ ( PZ9M )

一時間近くお互いの近況を話した後に


名残惜しくも電話を切った



思っていたよりことりが元気でひと安心だったが



体の痛みは増すばかりだった




しばらくしてこらえ切れずに痛み止を打ってもらうがすると今度は体調が俄然悪くなる



ダルくて熱っぽくなるが



それを越えれば少しはましになる



次に目を覚ませば全部夢になってた



なんて事があればなぁ…



いつもそう思いながらゆっくり目を開けるたび目の前に広がる白い無機質な天井と病院独特の薬品の匂いが変わらない1日をまた思い返させる



でも



これも自分の人生の 大切な時間なのだから仕方がない




静かに目を閉じれば過ぎる




そんな日があっという間に過ぎ




カレンダーは3月を知らせ




窓から見える木の枝には小さな若葉があちらこちらから見えはじめていた

No.231 09/11/26 03:14
モモンガ ( PZ9M )

『もうお前の荷物は全部向こうの大学の寮と病院へ送ったからな


あとはこっちでの転院の処理と会計だけだ』


久しぶりにきた父さんがベッドに座り言った


『ありがとな

ワガママ言ってごめんな


あとは向こうでの手術がうまくいくの願ってて

その前に俺の体が持てば…だけど』



力なく笑うと容赦なく後頭部に平手が飛んだ



『アホかお前は


『持つなら』じゃなくて『持たせる』んだよ


うちみたいな貧乏な家から留学費用やら入院費やら手術代とってんだから完治したらちゃんと働いて返せよ』


頭をくしゃっと撫でながら優しい声で言った父さんが顔を背けて目頭を擦っていた


『泣くなよな泣きたいのは俺なんだからさ…父さんも年くったんだなぁ


あ、白髪発見』


今度は後頭部にげんこつが飛んできた



こんなたわいもない笑い話もあと出発を明日に控えていた俺にはありがたかった


父さんには今回本当に沢山迷惑をかけた


ばあちゃんには結局会えずじまいだったがことりが作ってくれた万年筆で父さんが来るたびに手紙を書いた


青い綺麗なインクで書いた 手紙をばあちゃんは嬉しそうに父さんに見せるらしい

No.232 09/11/28 17:12
モモンガ ( PZ9M )

『あと…お前から頼まれたあの箱な


今日郵便局から出してきたからな


…でも本当にまだいいのか?


ことりちゃんはまだ知らないんだろ?お前が手術することも

向こうでまた入院する事も?




留学…って思って待ってんなら



お前を信じて待ってることりちゃんを絶対泣かせるなよ



必ず…帰ってこいよ



父さんは母さんがいるし仕事もあるから家を離れるわけにはいかないが




お前がピンチの時には必ず行くから



だから絶対に負けんなよ』



父さんが俺に背を向けたままベッドの縁に座りながら話した



俺はその背中を見ながら黙って大きく頷いた



『わかってるよ


父さんにもことりにも必ず帰るって約束するよ』



『…当たり前だ
バカ息子



見送りには行かないからな



父さんはここから見送らせてもらうよ








行ってこい



お前が病気に勝ったら



お前にしか助けられない人が世界中でお前を待ってる



お前が今経験している苦しい気持ちや悲しい気持ちを忘れずに


立派な介護士になって帰ってこい』

No.233 09/11/28 17:28
モモンガ ( PZ9M )

『望



お前の名前…な


アイツが…


母さんが考えた名前なんだ』




『…母さんが?』




『ああ、アイツは結果的にいい母親ともいい妻とも俺には今は言いがたいが



お前のことだけはことさら気にかけているよ



『私達が望んだように、誰からも必要とされる暖かい心を持った男の子になるように』




そんな願いがお前の名前には込められてるんだ



いいか望、人はけして一人じゃ生きてはいけない



嬉しいときも
悲しいときも



いつでも誰かといたいもんだ




お前も誰かのたった一人の『特別』になれ



お前は父さんの自慢の息子だ



どこにだしても恥ずかしくない




お前ならやれるさ




行ってこい』




父さんは立ち上がるとこっちを振り返らずに片手を上げてドアの前に立った




『父さん…俺』



いいかけた言葉を遮るように言葉を挟んだ



『帰ったらお前の奢りで焼き鳥な



忘れるなよ』




振り返った顔には涙で赤くなった目で必死に笑う父さんの顔があった




『…ああ



必ず行こうな


約束な』




これが日本でのとうさんとの最後の約束になった

No.234 09/11/29 15:56
モモンガ ( PZ9M )

親父が帰ってから明日の退院の時間の確認と向こうの病院の受け入れ体制、ドクターの名前



なんかを説明しに担当の橋本先生といつもの看護婦さんがきた




『加藤くん、どう?調子は…



向こうのドクターには君のカルテももう渡ってるし受け入れも万全だ




予定通りに準備に入りうまくいったら骨髄の手術に入るよ



向こうはこっちよりもドナーが多いし


なにより環境も体制も整ってるから



心配しないでいってきてくれ



付き添いの私もいるから安心してとりかかろうな』





橋本先生は若干大学を卒業して5年とキャリアもまだまだだがガン治療のエキスパートでその道では結構名が知られている人だ

No.235 09/12/08 02:09
モモンガ ( PZ9M )

『もちろん頼りにしてますよ



明日は…宜しくお願いします』



ベッドの中から頭だけもたげて先生を見上げた



見慣れたはずのこの光景も明日からは違うんだと思うとなぜか寂しくも思える




右手に走る小さな痛みを感じながら目を窓な外にやった



澄みきった空




ことりも今俺と同じこの空をみているんだろうか…




最後にやっぱり会いたかったな…




『なぁに?望くん


何だかにやけた顔ね~



わかった!この間の彼女の事考えてるんでしょ?違うかな~?』




看護婦さんがいたずら顔で笑いながら脱脂綿で腕をもんでくれる




手のひらをひらひらさせて『違う違う』と言うもののあとのまつりで先生も茶化してくるからばつが悪い




『なんだぁ望くん

俺にも誰か紹介してくれよ



って…俺明日からいないんだ日本に』




先生と看護婦さんが目を会わせて笑っている




こんなときでも俺の心は冷静だ



心からは笑えたりしない

No.236 09/12/08 02:21
モモンガ ( PZ9M )

ことりも明日の手術に向けて前日の今日から泊まりの事前検査があるらしい



おばさんからの詳しい内容を添えてメールが届いていた



添付されていたことりは若干痩せたようだったが以前と変わらない優しい笑顔で画面に映っていた



これからことりの目に光が戻ればそれはどんな現実として彼女の目に映るんだろう…




今の



この世界は




彼女が見たかった



夢にまで見た風景に値するんだろうか…



それとも…




俺は軽く目を閉じると深く溜め息を一つついた



胸にかかるペンダントを軽く指でなぞる



『俺が守ってやらなくちゃ…な』



小さく呟くと後片付けをしていた看護婦さんが俺を見ていた


『それじゃあ片付けも済んだしまた昼に来るわね



ちゃんとゆっくり休んでるのよ』




辺りにはもう先生の姿はなく



看護婦さんも部屋を後にした




『…だりぃなぁ



早く治療始めないとからだの方がしんどいな…』





背中を丸めて布団をかけ直すと手を組んで軽く伸ばした

No.237 09/12/08 02:33
モモンガ ( PZ9M )

ついこの間まで無造作に積まれていた雑誌や漫画は既に処分されて



冷蔵庫の中にもミネラルウォーターが一本あるだけでベッド脇のテーブルの上には





腕時計に携帯電話



あとは明日の着替えに小さなリュックだけだった



壁に掛けられたベージュのダウンの首からはことりのくれた白いマフラーがかかっていた




『大丈夫かな…


ことり…』




携帯を取ろうと振り替えるためにベッドから起き上がると




一度上げた体を支えていた手を目にあてて二、三度こすった





入り口の前に





淡いグリーンのコ―トにジ―パン

足元は茶色のブーツ

髪の毛は短く切られショ―トカットになったことりがはにかんだ笑顔でそこに立っていた

No.238 09/12/08 02:46
モモンガ ( PZ9M )

『…え



なんで…?』




目の前の事実に戸惑う俺にことりは声を頼りにまっすぐと歩いてきた






ベッドサイドに立つとおもむろに首に手を回して抱きついてきた




『ことり…?』




久しぶりのことりの肌



やわらかい髪




小さな肩





かみしめるように痛む 両手で抱き締める



『…あったかい…




望くん…




会いたかった…





会いたかったよ…』




手に回した手に力が入る




『…俺も





俺も会いたかった…




スゲー会いたかったよ…』




しばらくお互いに感触を確かめるとどちらからともなく顔を近づける





おでこ








まぶた










あご





順番に優しくキスをする





柔らかい

ふにゃっとした唇




重ねた瞬間理性が飛び思わずことりを体の下に倒してしまった





『ことり…』




唇から顔をあげるとそのまま首筋に近づけた





ことりは少し驚いたように結んでいた手を緩めて『…病人のくせに』




といたずらっぽく笑った

No.239 09/12/08 08:01
モモンガ ( PZ9M )

俺達は体勢を正すと手をつないでベッド脇へと座り直した




『…びっくりした?



…よね



ごめんなさい



病院に行く前に少しだけ…





元気な声だけ聞いたら…帰るつもりだったのよ



でも…』





ことりはそこまで言うと繋いでいた手をするりと離して俺の前へと立ち直した




息を整えると小さな深呼吸をしてこう言った




『望くん、行ってらっしゃい!




三年、私ちゃんとここでお留守番してます




私も自分にできる最高の三年間にしておくから、望くんも





望くんも、負けないで





目指した夢においつけるような素敵な介護士になって帰って来てください




私なら平気よ





会いたくなったら手紙も書くし、メールだってあるし…電話だって…』




ことりのとびきりの笑顔の横をパタパタと大粒の涙がなぞる




『電話だって…


できるもの



会いたくなっても…



信じて待ってるから…』




それだけ言うとすっぽりと顔を埋めてしばらく泣いていた




俺は気の利いた台詞も言えずに



ただ黙ってことりを抱き締めていた

No.240 09/12/17 19:19
モモンガ ( PZ9M )

『なんでだろうね…


なんで私ってこうなんだろうね…




障害者に生まれて…

目が見えなくて…



その事でたくさんのハンディはあるけど不安ばかりが先で『辛いんだ』なんて思うこともなかったよ


でも…




でも…



好きな人が病気になっても



悲しいことがあっても私にはそれがどんな真実か調べる事もできない



望くんがどんな気持ちでいるのかを知ることも…



目が見えたら…




望くんの顔が見えたら『いってらっしゃい』も笑ってうまく言えたのに…』



小さく鼻をすすりながらポケットからチェック柄のハンカチを取り出した

No.241 09/12/20 06:25
モモンガ ( PZ9M )

俺はことりの背中を黙って撫でながらポンポンと叩いた


小さくうつ向くことりの涙はなかなか止まらない


しばらく黙って抱き締めた後にゆっくりと話だした



『ことりありがとな


でも…目が見えても見えなくても離れる寂しさは多分同じくらいだよ


俺だって本当は寂しいし、知らない土地へ行くのは正直不安だ



勇気もいるし


ことりに会えないのも苦しいと思うし、せっかく想いが通じてこれからいっぱいことりといられるっていうのに


わざわざ寂しい思いまでさせて…


ことりが一番不安なときに側に居られなくて本当にごめんな』



ことりは俺の言葉を聞くと顔をあげてゆっくりと首を横にふった



俺は少し笑うとことりの短くなった頭を撫でた



『…この髪がまた肩の辺りまで伸びた頃に絶対にことりを迎えに来る



約束する

ことりもしばらく会えなくて寂しいと思うけど信じて待っててほしいんだ』

No.242 09/12/20 14:58
モモンガ ( PZ9M )

『俺はまだまだひよっこで



誰かの手を借りないと生きていけない




俺みたいな健常者だって目に見えない誰かの手にいつも助けられてるんだ



ことり




もし…ことりの目が見えるようになったらつくってほしいものがあるんだ』



『…?なぁに?』




『まだまだ秘密



今度会えたときにお願いするから



それまでにリハビリ頑張って



待ってるって約束してな?』




ことりがやっとクスッと笑った



『おかしいね



約束の約束なんて



…でもわかった



三年後の約束承ります』




そう言って笑うことりに想いをこめて何度も



何度もキスをした




目をつむったままでも思い出せるくらい



何度も…




どれくらい唇を重ねただろう



しばらくしてドアの向こうから小さなノックが2つ聞こえた



『お母さんかな…』



重ねていた唇をゆっくりと離し体を起こした




ドアがゆっくり開き頭を下げながらことりの両親が顔を出した

No.243 09/12/20 15:16
モモンガ ( PZ9M )

『おばさん…』


俺が立ち上がろうとするとおばさんは慌てて側へ駆け寄り、両手で俺の手を握りしめた


ことりには見えない

あの日からずいぶん痩せただろう俺を見てもあえて何も言わないでくれた



『…望くんいってらっしゃい


また必ず…会えるって

おばさん信じてるから…


三年後にまたみんなで会いましょうね』


そういうと赤い目で力を込めて俺の手を握りしめた


俺の発病をただ一人知るおばさんはそれだけ言うとたまらなくなったのかクルッと背を向けおじさんの元へと歩いていった



おばさんを抱き締めるおじさんも何も言わずに俺の顔を見ると大きく一度頷いた


『ありがとうございます


出発前にみんなに会えて嬉しかったです


ご両親にも何かとご迷惑をおかけしましたが明日から三年精一杯頑張ってきます


どうかことりを…



いえ、お嬢さんを支えてあげてください


宜しくお願いします』


深く頭を下げるともう一度ことりの方をまっすぐ見た


手を首の後ろに回すと翼のモチーフのペンダントをはずしてことりの首にかけ直した

No.244 09/12/20 15:32
モモンガ ( PZ9M )

『これは…』




胸をなぞるようにしてペンダントを確認する



『ん…



お守り、な



明日は側についててやれないから



不安なときには俺が近くにいるって勇気出してな



二人で一つ…だろ?






そう言ってまた泣き出したことりの頭を優しく撫でた




『おじさん、おばさん



ことりを頼みます』



その場に立ち上がるとゆっくりゆっくり



ことりの手を引いておばさんの元に歩いていった




ことりの手をおばさんに渡すともう一度ご両親に深く一礼した





『君も頑張るんだぞ』



『…はい


みなさんもお元気で』





一礼するとことりのご両親が『さ…行こうか』とことりの肩を抱いて歩き出した



ことりは少しうつむいたまま通路を曲がるまで振り向こうとはしなかった




振り向いたら泣いてしまうからだろう



ことり




大好きだよ





君に会えて幸せだった



神様どうか





ことりの目に光を



しあわせな色をたくさん見つけさせてやって下さい

No.245 09/12/20 15:41
モモンガ ( PZ9M )

病室に戻るといつものように窓の下へ目をやった




小さなベージュのコンパクトカ-に三人の姿が見える



おじさんが一番に乗り込むとおばさんがことりに手をかして乗り込もうとしている





『さよなら、ことり



幸せになるんだぞ』



発信する車を目で追いながら見えなくなるまでその場から動けなかった





明日から





俺にもことりにも新しい人生が待っている




それは幸せなものか



そうでないのか…




ベッドに倒れるように横になると転がった携帯から笑ったことりの笑顔がみえる



また



この笑顔に会える日が本当に来るんだろうか…




胸に一抹の不安を抱きながらも最後に見たことりを思い出すように




瞼を閉じてゆっくり眠った

No.246 09/12/20 16:00
モモンガ ( PZ9M )

翌朝



よく晴れた快晴の空の下



俺と担当医の先生は空港のロビーにいた



あったかい缶コ-ヒ-を片手に予定の便を待っていた




『どうだい?昨日はよく眠れた?』


黒い首のあるセ-タ-にベージュのジャケット



下はデニムにカバンとお揃いのLVロゴのある靴を履きラフな姿で先生がリラックスした様子で聞いてきた




空港は平日ということもありもの凄い人でもなかったが何かの団体やツアーの客か



あちらこちらに人がたちらばっていた




俺たちの見送りは病院を出るときの看護婦さん達だけで静かなものだった




今頃ことりも手術の段取りがはじまっているころだろうか…



『よく眠れましたよ』と答える俺に




『彼女がこれなくて寂しいな

お互い』



先生が携帯を開けたり閉めたりしている



『先生



彼女いるんですか?』




『そりゃあいますよ



勉強ばっかりじゃつまらないじゃないですか』



先生はニヤッと笑うと待ち受けになっていたロングヘアーの美人の彼女を見せてくれた

No.247 09/12/20 16:13
モモンガ ( PZ9M )

『うわっ


綺麗な人っすね



あの…ほら芸能人の…』



『田中麗奈みたい?


よく言われるんだよな』




先生はそう言うと携帯を開けてキスをする振りをした



『先生…微妙にリアルだからやめてくださいよ』



俺は苦笑いを浮かべて空路が見える大きな窓際へと歩き出した




あと30分か…




色々あったけどもう出発かぁ…



明日からどんな生活が待っているんだろうか




治療はうまくいくんだろうか…




俺は…また生きてこの日本の地を踏めるんだろうか…




目の前に大きな旅客機がいくつも旋回していく




先生の方を振り替えると恋人からだろうか




嬉しそうに電話で話をしている





俺は小さいため息をついて残りのコ-ヒ-を飲み干した





『の-ぞ-む-くんっ』




背中をとんとんと押されまさかと振り向くと大学の仲間達が頭にサンタクロースの帽子をかぶって立ち並んでいた

No.248 09/12/20 16:25
モモンガ ( PZ9M )

『何だよみんな…


斎藤も先輩も…』



見渡すと左手の指をこれ見よがしにキラキラさせた遥もいた


『よぉ、幸せになったんだってな


おめでとうさん


彼氏はいいのか?』


『ん、今仕事してる


一応付き合いもあるし見送りにきてやったよ』


はずかしそうに笑う遥も何だかんだ幸せそうだ



きっと彼氏がいいやつなんだろうな



『みんなありがとうな



先輩達も卒業前で忙しいのにありがとうございます』



『ううん…



こっちこそ、何もできなくてごめんね



あっちについたらちゃんと連絡しなさいよね




帰国したらまた復活パーティーしましょ』



みんなが頷いてまっすぐ見ている




『…ってか


何でみんなサンタの帽子かぶってるんすか?




もう正月もバレンタインも終わってますけど…』




俺がいい終わるとみんながニヤニヤして空港のロビーに設置してある電光掲示板を指差した



『日本を離れる加藤望くんに一足遅れのクリスマスプレゼントです



さあ見ちゃって下さい!』

No.249 09/12/20 16:36
モモンガ ( PZ9M )

みんなは時計を見ながらカウントダウンをはじめた


『10…9…8…7…6…5…4…3…2…1!』



企業広告のCMをしていた掲示板の画面が変わり


一転して懐かしい大学の校舎が写った



そこには去年まで学んでいた仲間や


教えてくれていた先生方



ボランティア先のおじちゃんやおばちゃんに



真希たち小児病院の子供たち



そして実家の親父にばあちゃんの姿もあった



『みんな…』



俺が見るとみんながブイサインで笑っている



画面は病院に切り替わりお世話になった看護婦さんに先生方



ボランティアの事業所のおばちゃん達も笑って手を振ってくれている



最後に見慣れた家が出てきた




ことりの家だ




ドアを開けるとおじさんとおばさんが出てきて階段の上を指差す



カメラが上に上がっていくとことりの部屋の前で止まった



ノックをする手が映る

No.250 09/12/20 16:44
モモンガ ( PZ9M )

扉の向こうにははにかんだ笑顔で笑うことりが映る



手招きをしてカメラマンを招き入れた




髪はもう短い




チェック柄のあたたかそうなワンピースに細身のデニムをはき


手には画用紙をもっている



一枚めくるとそこにはことりの字で



『望くん

空港は人がいっぱいですか?』


と書かれてあった



どうやら今日の俺へのビデオレタ-みたいだ



メッセージは続く




『今日はみなさんと一緒に見送りにいけなくてごめんなさい』




『でも、この空のしたでちゃんと望くんと繋がってるって思ってるよ』




メッセージが終わるたびにことるが一枚ずつ画用紙をめくっていく

No.251 09/12/20 16:59
モモンガ ( PZ9M )

『あの日望くんが私のうちへヘルパーとしてきてくれて私本当はとても嬉しかった』


『誰も私の気持ちなんてわかってくれないってわたしの気も知らないくせにって思う一方で』



『本当は誰か一人でもいいからわたしの本当の気持ちをわかってほしかった』



『かわいくない言い方もたくさんしたけど望くんは私に目の前の現実も、たくさんの未来の夢もそして…』


『そして恋も教えてくれました』


『わたしの心の中に映る望くんは優しくて強い素敵な人』



『いつも誰かをはげまし勇気づけてくれる…』



『望くんいってらっしゃい』



『世界中にいる誰かの笑顔を引き出せる素敵なヘルパーさんでいてください』


『私も絶対あきらめない』



最後まで画用紙をめくりきるとことりは目をつむり深呼吸をした



そして次の瞬間


『あ…り…が……と』



初めて聞くことりの声だった

No.252 09/12/20 17:13
モモンガ ( PZ9M )

カメラの向こうのことりははずかしそうに小さく手をふっていた



そこで画面は終わりさっきまでの企業のCMが始まっていた



見上げといた俺に側で見ていたカップルがパチパチと拍手をしてくれた




目頭を熱くしながら周りを見渡すと


周りからも小さな拍手があちこちから起こっていた




それは




誰かに何かを伝えたいと思うことりのひたむきさが伝えた事実だと思う





椅子に座っていた先生がきて『最高の見送りだな』と背中をたたいた




俺はその場にいた一人一人にお礼を言い


最後に斎藤と抱き合った



斎藤は小さな声で『絶対負けんなよ』と聞こえないように言った




2009年3月15日



午前10時45分


俺は目指すべき北欧へと進む旅客機で旅立った



この空のした



繋がった糸は必ずまた巡り会うと



そう信じながら…

No.253 09/12/20 17:36
モモンガ ( PZ9M )

その日



望くんが日本を旅立ったその時間



私はまさに開眼手術の真っ最中だった




目の手術はご存知の方も見えるだろうが目を閉じる事ができない


目を見開いたまま角膜の手術を行う



麻酔は勿論かけるが感覚はおとろえず激痛が走る




およそ三時間弱の手術が終わり



目の回りには包帯が大量にまかれて私は一日半もの間眠り続けた





目が覚めるとやはり激痛とかすかなかゆみで目に手を当てるがこするわけにもいかずにただただ我慢だ




『ことり?』



お母さんの声だ




『…うん…


大丈夫よ…』




ベッドの脇からお母さんが手を滑り込ませる



暖かさに安心する…



『あのね…今望くんからメールがあってね



『無事に学校に着きました』って




ことりのこと



とても心配していたわ




だから『手術は成功しました』って伝えたらとても喜んでいたわ』



『そう…良かった…


無事についたんだね』



ベッドの中で重なった羽のペンダントをもう片方の手で握った



お守りが効いたね


小さな声でそう呟いた

No.254 09/12/20 19:32
モモンガ ( PZ9M )

意識が戻ってどれくらいの時間がたったのか



食事と点滴以外の時間はずっとベッドの上だった



季節は春に移りつつあるようで



冷たい風から暖かさを感じるように気候も変化していった



寝たきりで汗ばむ肌も看護婦さんやボランティアの女性ヘルパーさんが清拭にきてくれる




清拭とは寝たきりのひとなどお風呂に入れない人の体を拭いたりパジャマを変えてくれたりする行為だ



そのときにベッドに寝たまま洗髪などのケアもしてくれる




寝たきりの身には本当にありがたい




今日も久しぶりに清拭をしてもらい洗髪もすませたので



風が入る度に髪からいい香りがして本当に気持ちがいい




『早く包帯とれないかなぁ…』




いつの間にか目の回りに感じていた痛みも和らぎかゆみも徐々に感じなくなっていた




この目に少しでもいい…




光が戻ってきてくれていたら…



そう思うと不安と期待で胸がはりさけそうだった




見えない不安
見えることへの期待


交差する気持ちに答えは出ずまた更に数日が経った

No.255 09/12/20 19:55
モモンガ ( PZ9M )

『中村さん調子はどうかね?』


年配の紳士の声がした



『渡辺先生…?ですか?』



『ご名答!さすがことりちゃんだね



さ~て


今日はちょっと目の周りを確認してみようかね』



そういうと側にあった椅子を近づけて包帯をくるくると外した




『お母さん呼んできて』



看護婦さんにそう言うと目の回りに当てていたガ-ゼをピンセットでとっていくようだった




目の回りがすっかり軽くなり目頭がムズムズする




呼ばれてきたお母さんが顔の近くにきた


『ことり…』




心配気なお母さんの声に遅れてお父さんも慌てて部屋に入ってきた




今日はいよいよ包帯をとる日だ




この日が来るのをどんなにか待っただろう



お母さんからカレンダーの日がもうじき5月になると昨日聞いて驚いたばかりだ



約一ヶ月半



夢にまでみた





胸に手を当ててはやる気持ちを押さえようとする




先生が軽く瞼をめくったり目頭を見たりする




『…じゃあね、ことりちゃん



ゆっくり…ゆっくり目を開けてみてくれる?



そっとでいいからね』

No.256 09/12/20 20:05
モモンガ ( PZ9M )

ごくんと喉を唾が通過していく




産まれてきて動かしたことのない瞼はなかなか固くて動かない…




まぶたの先がピクピクと動きまつ毛が少し揺れる




痛みはないが見えないかも知れない視界をなかなか受け止める事ができない…




『ことり…頑張って…』



『ことり…』



心配そうに手を握るお母さんとお父さんの声が聞こえる




息を飲んで深呼吸を大きくしてみる




まぶたを開けたその先には




白く濁った世界と真っ赤な世界が混濁していた




しばらく目をパチパチと上下していると


白いモヤが薄まってきて、赤い世界がやがてオレンジから薄い黄色へと変化していった



『…もう少し



もう少し…』



しばらく時間が過ぎると左右にあった黒い固まりが一つの焦点に合わさった




何か上着をきた年配の眼鏡をかけた男性



『先生…?』

思わず声がもれた

No.257 09/12/20 20:19
モモンガ ( PZ9M )

男性はにっこり笑って『はじめまして、渡辺です』と手を差し出してきた



私はびっくりして手を口元にあてて首を左右に振った



『ことり』



右側から涙声のお母さんの声がする




声のするほうに顔をやると年配の女性が髪を束ねてシャツを着て立っている



『お母さん…?


お母さんなの…?』



よく見ると女性の襟元には細工の施したピンが刺さっていた



おそらく私が昔作ったガラスのピンブロ-チだ




丸い形に綺麗な青色を混ぜた作品だった



『このブローチ…


こんなに綺麗な色だったんだね



お母さんによく似合ってて良かった…』



お母さんは思わずその場に泣き崩れてしまい男性と看護婦さんが立ち上がらせるのに手を貸していた



隣にいて涙をにじませるかっぷくのいい男性がお父さんかな



優しそうな人だ


想像通りのお父さんだ




私は自分の手のひらをまじまじと見つめた



左手の薬指にはくすんだ色のリングが優しく光っていた



『望くんのくれた指輪…



こんなに綺麗な色だったんだね…』

No.258 09/12/20 20:36
モモンガ ( PZ9M )

見渡す全てが綺麗で全部が美しかった


壁にもベッドにも人にも色があって凹凸があって




窓の外に見える綺麗な『空』に『雲』は音もたてずに私の前を静かに通過していった




『この空の向こうに望くんがいるんだね…』



そう呟くとお母さんがなき張らした目で優しく笑っていた



『さぁ…急にあんまり使わないて少し休もうか



また明日からリハビリが始まるからね』



目の前に座る渡辺先生が優しく笑ってこちらを見た

No.260 10/01/15 20:10
モモンガ ( PZ9M )

>> 259 ピノさん🌱


ありがとうございます💦



なかなか更新できずにごめんなさい



今から少し書きますので 良かったら読んでくださいね🙇





ももんがより🌱

No.261 10/01/15 20:24
モモンガ ( PZ9M )

手術から一ヶ月近くがたった




すっかり眼筋力が衰えた私は毎日少しずつ眼を動かすリハビリをこなしていた




最初はうまく視点を保てなかったが日を追って中心が定まるようになりひとつのものを捉える時間も長くなっていった




手術の成功はその日のうちにお母さんから望くんに知らされた




しばらく経ち私は望くんと話すことができた


『やったなことり!おめでとう!よく頑張ったな』


とお母さんの携帯電話でしばらくしてから受話器越しに話をした




『ありがとう…』




包帯をはずした私の目の前に移るまどの向こうに広がる空の向こうの望くんを思って胸が熱くなった




おかしいかな




まだ一度も見たことのない彼氏




でも、一番大切なもの




何もないと思っていた私に恋も


家族も

友達も


未来も



たくさんの景色をみせてくれたね



受話器の向こうで涙ぐむあなたに早く



早く会いたいです…

No.262 10/01/15 20:35
モモンガ ( PZ9M )

病院での日々は楽しかったけどやっぱり早く家に帰りたかった



覚えることもたくさんあって今はひらがなや色の勉強をしている




視力が戻ったとはいえ裸眼で0.2ほどで万全とは言えない



度を合わせた眼鏡を必要な時だけかける生活を送っている



あまりにも眼鏡に頼ると眼鏡に視力が合ってきてますます視力が下がるからだ




そうするとまた眼筋力が下がる



渡部先生にも釘をさされている




とはいえリハビリも楽ではない



でもこの眼は大切に使いたい…




失った視力があると言うことは



新しい角膜があるということは




誰かの命を私はもらって生きている



そういうことだよね



人間だとか動物だとか関係なく



それまでのまだ見ぬその人の生きてきた大切な時間を引き継ぐと言う重みを私はちゃんと受け止めなくちゃいけない




私は生きながらにして二度生かしてもらっている



大切にしなくちゃいけない



まぶたを閉じるたびそんな気持ちでいっぱいだった

No.263 10/01/15 20:46
モモンガ ( PZ9M )

『ことり?入るわよ』



半袖の白いブラウスに細身のデニム姿のお母さんがニコニコ笑いながらやってきた




季節はいつの間にか望くんと出会った夏へと姿を変えていた



望くんとはメールや手紙でやりとりしている



メールは毎日のようにくるし



手紙も出来る限り書いている




私たちは距離こそあれ順調そのものだった



短かった私の髪もいつの間にか肩につくほどに伸びていた



『暑いわね~窓開けたら?




…っとハイ!王子様からの手紙


おまちどうさま』



お母さんがわざとぴらぴらと手で振ってみせる水色の便箋を慌ててひったくる




『もう~はずかしいからそう言うこと言わないでよ』



お母さんにわざと頬を膨らませて怒ってみせる



水色の便箋には



『中村ことり様』


いつもの斜めの文字


嬉しくて胸があったかくなるのがわかる



お母さんが開けてくれた窓から夏のじわっとした


でも気持ちのいい風が窓の外の音と一緒に入ってきた

No.264 10/01/15 20:57
モモンガ ( PZ9M )

『いよいよ明日ね


退院



体調は大丈夫?』



『うん、平気


目も調子いいし体調も万全!



昨日ガラス工房のスタッフもお見舞いにきてくれてね、入院中に書いていたデザインスケッチ渡してみたの



その中からいくつか実案してみようかって



だから早く仕事しに行きたいばっかり』



『そう、良かったわ


明日はことりの好きなものいっぱい作るからね




お父さんなんか明日は会社お休みしてことりをお祝いするんだって今からソワソワしてるのよ



あんなお父さんことりが生まれる前以来みたことないわ』



お母さんが懐かしそうに眼を細めていた



『…お母さん



私が生まれるときってどんな風だったの?』



お母さんは少し驚いた顔をしたあと優しい顔をするとゆっくり話始めた





『ことりがお腹にできた…ってわかった時ね…




お母さんはお父さんと結婚してもう10年以上経ってたわ…




お母さん


なかなか子供ができなくてね


何度もそのことで悩んだりしてたの』

No.265 10/01/15 21:08
モモンガ ( PZ9M )

『大好きな人とせっかく結婚したのにね


子供が大好きなお父さんなのに



抱かせてあげられないのがくやしくてね


そのせいで何度も自分を責めたし


お父さんとも喧嘩したりしたわ…



お父さんは『子供がほしくて君と結婚したんじゃない。僕は君と生きていきたいから結婚したんだ』ってね



何度も何度もいってくれたわ




でもね




時々街中で見せる子供への優しい顔を見るたびに本当はこの人は父親になりたいはずなのに…ってね


一時期は離婚まで考えたこともあったのよ』



さらりというお母さんに慌ててベッドから飛び起きた



『りっ、離婚?』



『そう、離婚。


バカみたいだけど真剣に考えてたわ



この人の本当の幸せは私は与えてあげられないんじゃないかってね…




普通の女性なら当たり前のように与えてあげられる幸せを私はこれからもあげられない…ってね



何でなんだろう



何で私たちなんだろう…って



当時はそんなことばかりを考えていたわ』

No.266 10/01/15 21:25
モモンガ ( PZ9M )

今もそうだけど不妊治療には当時もお金もかかるしね



検査には屈辱的なこともあったしね



私達はあえてその道を選ぶことはなかったの




色んな意見もあるし


色んな見方もあるからね、一概に何が正しくて何が倫理に反するかはお母さんにはわからないけど…



でもそのなかでお母さん達はあえて自然体を貫こう…って決めたのよ




今みたいな何でもオープンな時代じゃなかったしね』




そういうとお母さんは私の頭をポンポンと撫でて側に座った




『忘れもしないわ



今から20年前の2月


病院であなたがお腹にいるってわかって


お母さん



この世に神様っているのかも知れないって




本当にそう思ったのよ




お父さんなんか仕事場から病院まで直行しちゃってね



あぶないあぶないって



あなたが無事に生まれるまでお母さん台所にたたせてもらえなかったのよ』




思い出したかのようにお母さんは肩を揺らせて笑いだした

No.267 10/01/15 21:39
モモンガ ( PZ9M )

『ことりがお腹にきてしばらくしてね



大量出血を起こした事があったの




2ヶ月の終わりくらいかな



お母さん家で掃除をしててね



感じた事のないくらいの痛みだった




トイレに行ったらものすごい痛みで力んだ瞬間に大量の血があふれてきたわ



もう内心あのときみたいにダメかも知れないって思った…』



私は顔を上げてお母さんをみた



『…あのとき…って』



お母さんはカバンの中から安産祈願のお守りをとりだし中から一枚のモノクロの写真を取り出した



『…これは?』




モノクロの写真には小さな白い丸いものがぽつんと映っていた



『…これはね



あなたのお兄さんかお姉さんになる予定だった赤ちゃんよ』



驚いた




今までずっと一人っきりで兄妹がいる家庭を羨ましくも思った時代もあった私に兄か姉がいたなんて



お母さんの顔を次に見た時は大粒の涙がいくつもいくつも頬を伝っていた



『お父さんと結婚する前に…ね



できた子供なのよ




私達はまだ社会人で付き合ってこそいたけど結婚を考えてなんてまだまだいなかった』

No.268 10/01/15 21:48
モモンガ ( PZ9M )

『お母さん達正直迷っていたの



こんな自分達が果たして結婚間もなくお腹にいる子供の親になんてホントになれるのかって



結婚もまだしていない自分達でこれからどうしようかって…



でもね



お父さん、このお守りを持ってきてくれてね『絶対に幸せになろう』って励ましてくれたの




その矢先だった…




三回目の検診の日




お医者様がね…



何度も何度も画像を見てね




暗いお顔でね



『お母さん


残念だけど赤ちゃん…


だめみたいです』って




目の前が真っ白になってね




お医者様が肩を叩いてくださるまで動く事ができなかった…





せっかく来てくれたのに…




お母さん




赤ちゃんに何もしてあげられなかった…




だからことりの時は何としても助けたいって



絶対に何があっても守りたいって


そう思ったのよ』

No.269 10/01/15 21:59
モモンガ ( PZ9M )

お母さんは大事そうに写真をお守りにしまうとまたカバンの中へと静かに戻した



いつも元気なお母さんにこんな悲しい過去があったなんて…



そのあとに産まれた私を両親がどんな気持ちで大切に育ててくれたのか…



今思うと胸がしめつけられる





『お母さんね



急いで病院に電話してお隣のおじさんに病院へ運んでもらったの



切迫流産っていってねとても危険な状況だったけどことりは頑張って持ちこたえてくれたわ




ひょっとしたらお空の赤ちゃんが力を貸してくれたのかしらって



お母さん涙が止まらなかったわ




それから約半年案定期に入るまで入院生活を続けて



12月31日朝8時45分



元気な



まっかな顔のあなたが私達の家族に生まれてきてくれた



小さな体をたくさん震わせてね



いっぱい息を吸ってね



大きな声で泣いていたのよ』




お母さんは鼻をすすりながら嬉しそうに話してくれた

No.270 10/01/15 22:11
モモンガ ( PZ9M )

『その時のお父さんたらね



ソワソワソワソワしちゃってね



こっちが落ち着かなくなっちゃうくらいにうろうろしてね



産まれた時なんかビデオ回しながら声しか入ってなくてね



泣きながら抱きついてきたのよ



『ありがとう


ありがとう…』ってね




大事をとってことりは帝王切開で産まれたんだけど2800近くあって大きな女の子だったのよ




性別は当日の楽しみでとっておいたから女の子ってわかってからお父さんが名付け辞典を片っ端から見てね



考えて考えて



やっと決まったのは役所に行く当日の朝よ



それまでは中村の『なかちゃん』って呼ばれてて可哀想だったけど…


『ことり』


お父さんがもってきてくれた名前を見てお母さんもこれならと思ったの




のびのびと自分らしく生きている鳥のようにおおらかに生きてほしい



でも女の子だから『ことり』



なんかお父さんらしいでしょ?





そうやってことりは私達の娘になってくれたのよ



そして20年があっというまに経ちまして…




今年の暮れには21歳か…』

No.271 10/01/15 22:27
モモンガ ( PZ9M )

>> 270 『成人式はバタバタして写真しか取れなかったから退院したら一度お参りしようね』


私は小さく頷くと小さい頃からいつも私の側にいてくれた母の姿を思い出していた


けしてオシャレなどしない母の姿からはいつも石鹸の香りがして

抱きつくと優しく抱き締めてくれる



気取った格好やネックレスなどは私の記憶にはまずない



目の見えない私を考えて身に付けるものは肌触りのいい木綿にエプロン



いつもそれだけだ




華奢な体でかさかさの手でいつも全力で私を支えてくれた



目の前にいる母はもう50代も半ばになっていた


あっという間の人生だっただろう


それでもいつも母は暗闇から私を光の世界へと導いてくれた


時には優しく

時には厳しく…


でもけして手だけは離さないでいてくれた


お母さんありがとう

繋いだ手のひらから小さなあの日の記憶を思い返していた


私はなんてなんて幸せ者だったんだろう…


静かに微笑むお母さんの肩に久しぶりに顔を埋めて泣いてしまった

No.272 10/01/15 22:38
モモンガ ( PZ9M )

生きているとたまに理不尽で辛くて


自分じゃどうしようもない『うねり』みたいなものがあったりする


もがいてももがいても行きたい岸には着けない



だんだんそのうち泳ぎ疲れて『もう…』と手を落としたくなる



でも私は言いたい




『あきらめないで』


と。




苦しくても苦しくても頑張った分は見えなくても確実に前に進んでいるから




溺れそうになった時に




必ず



必ず




苦しいときに側にいてくれるひとはきっといるから



だからあきらめないでと




病院の中ですれ違う沢山の人達



彼らは体力こそ弱いけど誰よりも人に優しい



強い心をもっている


それは



『諦めない強い力』だ



私はこれまでの人生を振り替えるのに20年もの時間が必要でした



でもそれはけして無駄な時間じゃなかったはず




大切なのは



『これから』




望くん



私頑張るね




今から何ができるかわからないけれど



貰った世界と

繋がった命をたくさん活かして



私らしい生き方をみつけたいと思う

No.273 10/01/15 22:53
モモンガ ( PZ9M )

お母さんとひとしきり話をして一人になったあとに



自分の気持ちを正直に便箋の上に綴った



いつか




またあなたにあえた時に



私はどんな女性になっているかな…




そんな期待を膨らませていた夏





窓の景色は木の葉の色を緑から赤に染め上げ




更に日の長くなった空が冷たい空気を運び



カレンダーはめくるたびに薄くなっていった



12月24日




クリスマス前日




私は望くんに宛てた手紙を入れてプレゼントを送った帰り道だった



最近少しずつメールが減っている



手紙も月に一度も怪しいくらいだ



『忙しいのかな…』



そう思いながら母に頼まれたケーキを買いに駅前にできた新しい店に立ち寄った


『ママズカフェ


ここね』



ナチュラルな木製の外観に沢山の観葉植物が配されて落ち着いた店内に沢山のお客様があふれている



ドアをあけると小さなベルがチリチリとなり暖かい空気と焼きたての甘い香りが鼻いっぱいに広がる


『いい香り!』



そのまま人混みをかき分け『御予約専用』のカウンターへ進んだ

No.274 10/01/15 23:04
モモンガ ( PZ9M )

『あの、すいません予約をしていた中村ですが…』



そう言うと中から白い長帽をかぶったパティシエらしき男の子人が出てきた


店内の女の子達が一斉にざわめく


確かにカッコいい



長身にこのルックスなら女の子のお客様も多いんだろうな



そう思いながら引換券を渡した




『中村様ですね



お待ちしておりました!X'masケーキ7号サイズですね



少々お待ち下さい』




カウンターの中では箱をもったアルバイト達が右往左往していて中のパティシエ達もそれを手伝っている



『お待たせいたしました…』



中から高校生くらいの女の子がX'masケーキを運んできてくれた



次の瞬間



『キャッ…!』




足が絡まったのか彼女はケーキごとカウンターの中に消えてしまった


心配になり声をかける



『あの、大丈夫…?』



カウンターの中から声がない



『森さん?』


さっきのパティシエが慌ててかけよる

No.275 10/01/15 23:16
モモンガ ( PZ9M )

『あ…あの…』


小さな声がおずおずとしたと思うと涙声の女の子が申し訳なさそうにへこんだ箱を取り出した



カウンターの中がざわめく


『本当に…申し訳ありません!』



泣き出す高校生と帽子を脱いだパティシエが頭を下げてきた


どうやら我が家のX'masケーキがだめになったらしい



少し覗いてみるといちごがずれて斜めになっている



パティシエが申し訳なさそうに『中村様…大変申し訳ありませんが本日は7号サイズのこちらと同じケーキが現在ございません



時間を少し頂けますか?改めて焼き直させて頂きます』



丁寧に頭を下げるパティシエと女の子が謝る



『いいですよ
少しいちごが崩れただけだもの


おいしく頂きますから気にしないで下さい


家族もきっと気にしませんから』



私はそう言うと崩れたケーキをパティシエの手から受け取った



『あの…でも…』



女の子が慌てて手を出したがそれをそっと押さえた



『私もねよく仕事場でミスするのよ


でも手を加えればちゃんと生き返るから大丈夫よ』



そう話した

No.276 10/01/16 00:46
モモンガ ( PZ9M )

>> 275 『私もね物を作る仕事をしているからわかるの


少しぐらい形がいびつだって中身は変わらないもの大丈夫おいしく頂きますから』


私はもう一度彼女にそういうとパティシエに向かって

『いいですよね?』

と再確認した



パティシエの彼は申し訳なさそうな顔をしながらも頭を深々と下げて『ありがとうございます』と言った




私は何人かの厨房にいたスタッフから頭を下げられ店をあとにした



こちらが申し訳なくなるくらい丁寧な対応だった



店を出てまだ明るい日差しを頭上に受けて歩き出すと店の中から慌てて初老の老人が後をかけてきた



『お客様…中村様…!』



息を切らせて走る初老の彼は先程のパティシエと同じ白衣に長帽をかぶっていた



『あの…中村様…これをどうかお持ちください』


彼の手には母の好きなチョコレートクッキーが握られていた


『先日…お母様がご注文のさいにお好きだと買われていかれたものです良かったらお詫びにこちらをお持ち帰り下さい』


慌てて詰め込んできたのか透明のセロファンに店のシールがつけてあるだけというものだったが年配のパティシエの心使いが嬉しかった

  • << 278 お母さんはお土産のチョコレートクッキーを幸せそうにつまみ父は横で安い赤ワインを飲んでいる 幸せな風景だ 目が見えるとこんなに幸せが飛び込んでくるんだなと改めて感じる 赤いトマトに緑の野菜 白いクリームシチューに黄色いかぼちゃ 食卓には笑顔の両親 そしてソファーの上には望くんからの1日早いX'masプレゼントが届いていた 私なんて今日送ったのに… 食事のあと小包を二階に運んであけることにした 中からはいつもの手紙と可愛らしい白い陶器の子馬のオルゴールが入っていた 背中に花籠を背負いネジを巻くとクルクル回る 聞いたことのない外国のタイトルが書いてある 『可愛らしい曲…』 私はパジャマに着替えると便箋をハサミで綺麗に開き中からは二通の便箋を取り出した

No.277 10/01/16 01:20
モモンガ ( PZ9M )

『こちらこそ返ってすみません


母はチョコレートに目がなくて



きっと喜びます




わざわざこれを私にきてくださったのですか?お忙しいのにありがとうございます』



私がそう言うと年配のパティシエさんは


『ここのオーナー兼パティシエをしております伊藤です


もしよれしければまたお母様とお寄りくださいませ


ご迷惑をおかけしたお詫びにサービスさせて頂きたい』




『そんな


これ以上は申し訳ありませんよ


でも、きっとまた母とお邪魔します』



私は一礼をするとその場を失礼した



伊藤さんは帽子をとり深々と頭を下げてしばらく私を見送ってくれた




美味しいだけでなく心遣いもあんなにあるなら間違いなくはやるわね




家に帰って崩れたケーキをつまみながら『美味しい~』を連発しながらお母さんと話していた



真っ白い生クリームが甘すぎずなめらかで柔らかいスポンジに甘酸っぱいイチゴがなんとも言えない



崩れたってこんなにおいしいんだから見た目なんて関係ない

No.278 10/01/16 01:29
モモンガ ( PZ9M )

>> 276 『私もね物を作る仕事をしているからわかるの 少しぐらい形がいびつだって中身は変わらないもの大丈夫おいしく頂きますから』 私はもう一度… お母さんはお土産のチョコレートクッキーを幸せそうにつまみ父は横で安い赤ワインを飲んでいる



幸せな風景だ




目が見えるとこんなに幸せが飛び込んでくるんだなと改めて感じる




赤いトマトに緑の野菜



白いクリームシチューに黄色いかぼちゃ


食卓には笑顔の両親



そしてソファーの上には望くんからの1日早いX'masプレゼントが届いていた



私なんて今日送ったのに…



食事のあと小包を二階に運んであけることにした



中からはいつもの手紙と可愛らしい白い陶器の子馬のオルゴールが入っていた



背中に花籠を背負いネジを巻くとクルクル回る



聞いたことのない外国のタイトルが書いてある



『可愛らしい曲…』




私はパジャマに着替えると便箋をハサミで綺麗に開き中からは二通の便箋を取り出した

No.279 10/01/16 01:44
モモンガ ( PZ9M )

『ことりへ



メリーX'mas


こちらは凄く寒いです



もう銀世界だよ



そっちは雪はまだですか?



雪を見ていたらなんだか凄くことりに会いたくなってきたよ



大好きなことりへ




望より



PS・子馬の背中覗いてみな』





私は手紙をもう一度綺麗にしまうとオルゴールを手にとった



『子馬の背中って…』




よく見ると背中の部分に小さな割れ目があり爪でひっかけて開ける事ができた



背中の中からは指輪とお揃いの石を使った一粒石のペンダントが出てきた






『可愛い…


望くん、ありがとう…』




望くんからの思いがけないプレゼントにその夜は嬉しくてなかなか寝付けなかった




一年前




望くんが倒れて中止になったデート



これを着けてきっと楽しく続きができるよね…





でも私の想いとはうらはらにこの日を境に望くんからの連絡は絶たれてしまうことになる

No.280 10/01/16 07:53
モモンガ ( PZ9M )

大晦日


X'masのテンションは続かずもやもやした気持ちの朝が続いていた




『…また来てない』



これで連続7日、望くんからメールが来ない



1日や2日なら学校が忙しいのかな…とか思うけどさすがに一週間ともなると心配から怒りに変わる



『~もう!せっかくのカウントダウンの日なのに』



ふてくされてリビングに降りると『誕生日なのに』の間違いだろ?とお父さんにからかわれた



実際望くんは私の誕生日を知らない



私もまだ望くんの誕生日を知らない



私たちは今思うとあまりお互いについて細かい話しはしていなかった



聞けばすむ話




そう思うとついついきっかけがないまま当日になってしまった



わざわざ自分から『今日わたし誕生日なんだよ』って言うのも催促してるみたいで気が引けるし…




お母さんの作ってくれた朝食を食べながら工房へ行く支度をしていた



工房自体はもう年末からの休みに入っていたが今日はみんなで大掃除をすることになっていた

No.281 10/01/16 08:04
モモンガ ( PZ9M )

『今日は遅くなるのか?お父さんたち夕方から初詣に行く準備をするけど、ことりはどうする?』


『ごめんね、今日は掃除のあとに忘年会があってそのあとの帰宅になるからお母さんと二人で先に行ってきて?終わったら一度電話するから』



そういうと去年お父さん達にX'masプレゼントで買ってもらった白いコートをはおり胸元にはムーンストーンのネックレスを身につけた


今年は二人から新しい茶色のフレームの眼鏡をもらった



いざと言うときの私の相棒だ



軽いチタンの素材でフレームの先はオーダーで白と緑のラインストーンでことりのモティーフがあしらわれている



『行ってきます』



出掛ける前にもう一度携帯を開くが望くんからの転送メールはまだない



もう一度頬を膨らまし靴に足をかけると



『21歳の女の子のする顔じゃないわね』


腕組をしたお母さんが吹き出すように笑った

No.282 10/01/16 08:14
モモンガ ( PZ9M )

元気よく家を出ると道なりにせわしなく行き交う人



歩きなれた黄色の点字ブロックがでこぼこしながら足先に懐かしい感覚を蘇らせる




目が見えるようになってから驚いたのは人と車の数


それに建物の多さだ


ゆっくり一定の速度で歩くのが身に付いている私には街のスピードはやはり早く感じる




ゆっくり


確かめるように歩き出す


ついつい手すりや慣れた点字ブロックの上を歩くのが私の日課だ




もちろん身障者には優先するけどね




駅前まできてあの日の『ママズカフェ』の前にも今日はさすがに『クローズ』の札がかかっていた



年末だものね




そう思い駅に向けて足を進めると勢いよく店のドアが開いた


『中村様!』




あの日の初老のパティシエさんだ



今日は白いシャツにチノパンだ



となりにはあの日の若い彼も並んで立っていた



『おはようございます、今日はお休みなんですよね』



近くに寄って少し話をはじめた

No.283 10/01/16 08:27
モモンガ ( PZ9M )

『ええ、今日は孫と大掃除に』



若い彼はどうやらオーナーのお孫さんらしい



『私も今から会社で大掃除なんですよ』笑っていうとオーナーさんが



『ゆう、お前もういいから中村様をお送りしたらどうだ?』



驚いて両手を小さくふった



『あの、いえ、いいんですいいんです


電車に乗ってもすぐですし


時間もかかりませんから』



そう言うと若いパティシエが『どこの会社ですか?』と聞いてきた




工房の場所と駅名を言うと『帰り道だから』と結局ことわりきれず同乗することになった




お土産にとどっさりチョコレートクッキーまでもらってしまった



何度も何度もおじいさんに頭を下げて歩き出すと


『ごめんなさいね


じいちゃん一度言うと聞かないもんだから…迷惑じゃなかったかな』



若いパティシエさんが申し訳なさそうに車のドアを開けてくれた

No.284 10/01/16 08:38
モモンガ ( PZ9M )

車中で若いパティシエさんから名刺をもらった


『伊藤有道』


(いとうありみち)



少し考えてから質問してみた



『あの…お名前


ありみちさん、ですよね?



さっきおじいさま『ゆう』って呼んでいませんでしたか?』



伊藤さんは笑いながら少しこちらを見ると『気づきましたか?じいちゃん昔から(ありみちって)呼びにくいからって僕のコトを『ゆう』って呼ぶんですよ



せっかくじいさんから一字もらって付けた名前なのにってお袋も苦笑してます』


『おじいまさから名前を?なんだか素敵ですね』



『うちのじいさんああ見えて腕は良くてね



留学したドイツやフランスの製菓の学校を首席で卒業してね


日本に戻ってからは有名なホテルのパティシエに就任していたんだけどこの度いよいよ定年退職しましてね…




このままじゃもったいないからって僕と共同であの店を始めたんです』



『そうなんですね


おじいさま実はすごい方だったんですね』


伊藤さんは長い前髪を手でかき分けると照れくさそうに笑った

No.285 10/01/16 08:51
モモンガ ( PZ9M )

『実は自慢の祖父だったりします』



年のころはさほど自分とかわらないだろう彼が自分の祖父を誉める姿は素直で新鮮だった



最近は親離れだったり核家族と言われる世の中なのにこんな風に親が親を



孫が祖父を思いやれるなんて素敵だなと嬉しく感じた



『中村様は…ガラス職人さんなんですか?』



伊藤さんが不意に聞いてきた



『いいえ、私は成形にはまだまだ…


デザインや企画をしながらの事務仕事です



でもガラスは大好きなんですよ』




『僕もガラス好きなんです



お袋が看護婦なんですけど今はボランティアでたまに趣味のステンドグラスなんか教えてましてね



小さい頃からよく一緒に見て回りました』



車の中での会話は楽しくガラスの話をひとしきりした頃あっと言う間に工房についてしまった



『すみません

わざわざ送って頂いて有難うございました


またお店にもお邪魔しますね



おじいさまに宜しくお伝え下さい』


車を降りて一礼すると伊藤さんは『こちらこそ楽しかったです』と丁寧に挨拶をして車を走らせた

No.286 10/01/16 09:03
モモンガ ( PZ9M )

>> 285 振り向くと何人かの工房スタッフが驚いた顔で『浮気現場発見!望くんにお知らせせねば~』と泣き真似をしている


『浮気なんかしません~!もう!


近所のケーキ屋さんです!



帰り道に送ってくれただけです~』



『あやしい…あのBMWにあのイケメン…


しかもケーキ屋!



こりゃさすがのことりちゃんも惚れてまうわな』



『だから!惚れてませんってば!』



顔を赤くして怒ると益々からかわれるだけだが、いつもこんな調子で私はみんなに可愛がって頂いてる



工房には七人のスタッフがいる




オーナーの尾関さん


お嫁さんのまおみさん



製造スタッフが四人に



事務とレジは私がやっている



昔はまおみさんがやっていた仕事を私が引き継がせてもらったのだ




まおみさんはすらりとしたスタイル抜群の女性だがいつもTシャツにデニム



それにエプロンに三角巾だ



みんな工房のスタッフは夏でも長袖を身に付けているが



そのスタイルのよさはエプロン姿からもわかるほどだ

No.287 10/01/16 09:17
モモンガ ( PZ9M )

まおみさんは目の見えない私に親身になって細かい仕事からわかりやすく教えてくれた

残念ながらお子さんは見えないが夫婦二人仲良くこの工房をきりもりしている


昔は籍を入れないスタイルだったらしいがけじめだと今年からめでたく同じ籍に入ったのだと聞かされた


『まおみさ~ん

みんなが意地悪いうんですよ~』



笑いながら店の椅子に座りながらタバコを吸っていたまおみさんが『イケメンやったね~』とにやっと笑った



『もう!まおみさんまで!』


頬を膨らませながらいつものエプロンに袖を通す



今日は比較的あたたかいので釜に火は入っていなかった


午前中に掃き掃除や拭き掃除を済ませて製作したガラスの小物に丁寧にビニール袋を被せていった



すべての作業が終わったのは午後も大きくまわり四時過ぎだった


『それでは今年もお疲れさん~みんな来年も宜しくなぁ!』


尾関さんが音頭をとり忘年会はエアコンの効いた工房の中で机を寄せて始まった


昼御飯はまおみさんが作ってくれたサンドイッチを食べたが体力勝負のおっちゃん達にと夜は特別に焼き肉忘年会となっていた

No.288 10/01/16 09:28
モモンガ ( PZ9M )

すべての片づけが終わったのは夜も8時を過ぎていた



『酔っぱらいは寝かしときな

いつもの事だから』



とまおみさんがお皿を拭きながら笑った


だいたい飲んだあとはこうやってみんな酔いつぶれて目が覚めたら初詣

というのがこの会社の流れだと話してくれた



最後のお皿を拭き終わると休憩しようかと裏庭の椅子に腰かけた



工房の中では私達以外の五人がテーブルにふせって高いびきをかいている



まおみさんは奥から毛布を取り出すと一人ずつ肩からかけて回った


『ん、ことり』


『有難うございます』



手渡された暖かいコーヒーに息をかける


まおみさんは首を左右に揺らしながらコキコキ鳴らしている



まおみさんはまだ35歳でオーナーの尾関さんより10歳位若い


だから私には『奥さん』というより『お姉さん』みたいな人だった



朗らかで気のきく明るいその性格に私は今まで何度も助けられてきた



尾関さんはホントにいい人を奥さんにしたなぁと感心する

No.289 10/01/16 09:40
モモンガ ( PZ9M )

『まったくさぁ…


年末年始とみんなは休めていいけど嫁は休む暇なんかないっつぅの


ね~』



『ホントですよね


特にまおみさんはよくやってますよ



尊敬しちゃいます』



『まじで?ことりはいい子だよね~

誉めても何にも出ないけどとりあえずお菓子でも食べな


あんたさっきほとんど食べてないでしょ?



おにぎり作っといたから食べなさい

ね?』



いつの間にやらつくってくれた一口だいのおにぎりを台の上に置くとまおみさんは大きく伸びをした



昔は飲み屋のママさんをしていたという彼女はホントによく気がつく



見ていないようで色んな事に目が行き届いている



しかもさりげない


私もこんな風になれたらいいのにな…



鞄にしのばせた携帯をちらっと見るが着信もメールもなかった



入れてもらったコーヒーを貰うとまおみさんが口を開いた



『まだ望くんから連絡ないの?』




まおみさんには望くんから連絡がないことを工房に来てから話していた

No.290 10/01/16 09:52
モモンガ ( PZ9M )

『はい…



こんなに来ないの初めてだからちょっと心配です』




『だね、でもさ


あの子の事だから心配いらないよ。なんてったってことりしか見えてないからね~』



まおみさんはからかうような声で言った



少し話した後『遅くなると危ないから』と最寄りの駅まで車で送ってくれた



『じゃあまた来年ね


望のことあんまり心配しないようにね』



そう言うとまおみさんは『誕生日プレゼント』と言い尾関さんが作ったガラスの花瓶をくれた



丸い形できれいなオレンジ色だ



その場でまおみさんにお礼をいい落とさないように紙袋を胸に抱えて電車に乗り込んだ



ここから自宅まで乗り換えをして30分



年末だからかいつもより人が多い



私は空いていた角の席に座るともう一度携帯を確認した



お父さんからのメールが一通だけ



『今からでかけるからな』



ため息をつきながら携帯とまぶたを閉じた



目が見えるようになってから私は少し欲張りになったんだろうか

No.291 10/01/16 10:03
モモンガ ( PZ9M )

目が見えない頃は不安や不便も多かったが人をもっと信じられた気がする



想像したり確認したりもっと自分を持っていた



でも今は




携帯にメールがなかったら連絡がないだけで心配だし焦ったりする




目の前の文字にこんなに踊らされている自分がいる




今も電車の中では半分以上の人が下を向いて携帯を打っている




心のつぶやきを文字にしてしか表せないのかな…


時々思う



せっかく目も口も耳も手も足もついているのに



なんでそんなに見えるものに頼ってしまうんだろうか…




私はだんだん当たり前のように見えるものしか信じられなくなってきている自分が悲しくていやしい人間に思えてきていた




望くんだって遊びでいっているんじゃない



テストだって
ボランティアだって
バイトだってあるかも知れない…


『好きだから』って当たり前みたいに毎日連絡できないことくらい私だって想像できる

No.292 10/01/16 10:14
モモンガ ( PZ9M )

私は携帯に『勉強お疲れ様、日本はもうすぐ年越しだよ



クリスマスプレゼント気に入ってくれたかな?




学生だからカバンなんて安易だったかな?気に入ってもらえたら嬉しいです



ハッピーニューイヤー



ことりより』




そして相変わらず望くんから連絡がないまま新年が無事に開けた




年末に両親とお寺で合流した後、自宅に戻りゆっくり過ごした




お土産にともらったチョコレートクッキーはあっと言う間になくなり



お餅も底をつきはじめた頃久しぶりにお母さんと買い物に出かけることにした




まだそれほど人混みに慣れていない私を気遣って年明けのデパートに日にちをずらして出かけてくれた



福袋は諦めたけどバーゲンは今からよ



と私なんかそっちのけで婦人服のタイムセールに飛び込んでいった



私はちょうどそのデパートで行われていた外国のガラス作家の展示会が八階で催されていたのでそちらで時間を割くことにした

No.293 10/01/16 11:03
モモンガ ( PZ9M )

作品会場は海外の作家のコラボレーションで色々な作品が飾られていた



とうていガラスとは思えないほどの細かい細工を施した美しい作品




個人的にはガレの作品のようなアンティークなものが好きだが色んな作家の作品を見るのは目にも心にもいい



しばらく会場を歩いていると見覚えのある顔が近づいてきた



『こんにちわ』


驚いたように声をかけてきた



伊藤さんだ



『こんにちわ

奇遇ですね、こんな所で!


今日はおじいさまはご一緒じゃないんですか?』


『オーナーは材料もって仕込みに行っていますよ


今日はお袋と買い物です、中村様は?』



『あの…中村さんでいいですよ


『様』は慣れなくて…』



伊藤さんはくすりと笑いながら『じゃあ…中村さんは?』と言い直してくれた


『私も母と買い物なんです。って言っても恥ずかしながら母はバーゲンでして


私は人混みが 苦手なでこちらに避難してきました』




『僕んちも同じですよ


今頃お袋同士奪いあってたりして』



二人して少し笑うとせっかくだからと一緒にまわることにした

No.294 10/01/16 11:24
モモンガ ( PZ9M )

長身で見映えのいい彼は会場にいた奥様方にも注目されていた



横にいても視線が痛い



少し見上げると整った顔にくるくる動く瞳が印象的だ



しばらく話をすると伊藤さんが私より6つ年上の27歳という事がわかった




大学を出たものの好きだったお菓子作りを極めるため海外に留学して日本に帰ったのは去年




おじいさまと開いたお店があの店なんだという




洋菓子界のサラブレッドとも言おうか



どことなく品のある彼はどうしても目を引いてしまう




青と白のストライプのシャツにブルーのデニム



髪の毛は後ろでひとつに短く結ばれて



足元にはお洒落な茶色のブーツ



さながらどこかのモデルさんみたいだ



店にいた若い女の子の数にも頷ける



『中村さん?』


『え?』



『そんなに乗り出して見られると恥ずかしいんだけど…』



気がつくと私は伊藤さんの前に回り込んで見上げていた



『ごっ、ごめんなさい



すいませんでした』



2、3歩その場を下がるとぺこりと頭を下げた

No.295 10/01/16 11:35
モモンガ ( PZ9M )

伊藤さんは笑いながら側によると『中村さんて…しっかりしてるのかそうじゃないかわかりませんね


おもしろいや』



そう言うとすっと私の右手をとった


『!?』



すかさずその場で伊藤さんを見上げると

『周りの人の目が気になるでしょ?

僕もこの身長だから目立っちゃって


少しデートのふりしててもらえますか?』



そう言うと私の鞄を持って前を歩きだした



振りほどこうと思えばいつだってふりぼどけたはずなのに



私は繋がれた手をそのままに出口まで彼に同行した



出口を出る頃には


『中村さん』から


『ことりちゃん』に呼び方が変わっていた




少し驚いたがその後はお礼を言ってその場を離れた



望くんとは違う長い指



望くんはもっとごつごつしてふにゃっとしてた



何ていうか大人の男の人の手だった



その日は戦利品の説明を鼻高々にするお母さんの話は右から左に流れて


ただ右手の感覚だけ思い出して自己嫌悪に陥っていた

No.296 10/01/16 11:45
モモンガ ( PZ9M )

『望以外の男と手ぇ繋いだ!?』



驚いたようにまおみさんが振り返った



仕事初めの工房には活気が戻っていた



まおみさんは裏庭にゴミを片付けながら汗を拭いた



『しかも、あのイケメンとか』



黙って小さく頷くと笑いながら『キスまでならいいんじゃない?』とウインクしてみせたが私は今にも泣き出しそうだった




『望くんにいった方がいいのかな…』



『ばっかね~アホかあんたは



望に『あなた以外のイケメンと手を繋いじゃったの~ごめんなさい~』って言うの?



アホか



辞めときなさい』



『でも…』



『でも、じゃないよ


結婚してるわけでめないし浮気してるつもりもないみたいだし、そんなん言う必要全くナシ!反ってややこしいよ



望だって心配すんでしょ?


余計な心配かけないの、わかった?』



まおみさんはあたしの頭を後ろからグシャグシャっとすると笑顔で中へと入っていった

No.297 10/01/16 12:06
モモンガ ( PZ9M )

右手をじっと見た後首を左右に振り工房の中に入った



伝票や資料を整理しながら新しいアイデアをスケッチブックに書いていく



昼になり一端まおみさん達は自宅に帰りあたしと数人の職人さん達は工房でお昼をとる



お茶の用意をしていると仲間の一人に呼ばれた



『ことちゃん

お客様』



入れていたお茶をテーブルに運ぶとカウンターに向かった



『あの…中村ことりさんですよね』



入り口にトレーナーにデニムとカジュアルな装いの若い男の人が立っていた



その声には聞き覚えがある




『初めまして


俺、斎藤といいます』



言われた瞬間に側に駆け寄った



『望くんの大学の!』



一昨年大学でのデートの時に出会った斎藤くんだった



目が開いてから初めて望くんの友達に会った



『うわぁ、どうしたんですか?よくここがわかりましたね』



斎藤くんは真面目な顔で切り出した



『ことりちゃん


少し時間いいかな』



私はあの時に胸に走った緊張感を今でも忘れることができない

No.298 10/01/16 12:27
モモンガ ( PZ9M )

工房の裏庭に回り椅子に腰をかけた



斎藤くんはつくやいなや一枚の手紙を見せてくれた




斉藤くんにあてた望くんからの手紙だった




消印はX'mas前




望くんと連絡がとれなくなる少し前だ



『読んでも…いいんですか?』



斉藤くんはその場で頷いた



『斎藤へ



久しぶりだな、みんな元気にしてるかな



俺は相変わらずだよ



ことりは元気かな



ことりにもみんなにも会いたいな




メリーX'mas



加藤 望』




読み終わった後葉書を斉藤くんに戻した



『このあとにさ、望に連絡が取れなくなってさ




望の実家にも聞いてみたんだけど親父さんにもわからないらしい



そんで思いきって留学先に連絡してみたんだけど



望、いなくなったらしいんだ




大学にも寮にも…



ことりちゃんには何か連絡ないかなと思って』



突然の望くんの失踪


その場から足がすくんで動かなくなってしまった

No.299 10/01/16 12:46
モモンガ ( PZ9M )

望くんの失踪



思いがけない斎藤さんとの再会がとんでもない方向に話が進んだ



望くん
どこへ行ったの…?




その日の夜


『もしも望から連絡があったらすぐに知らせて』と斎藤さんからもらったメルアドを見ながらベッドにふせっていた



話によると荷物も部屋もそのまま



居なくなったのはX'masイブの当日



携帯電話と財布がなくなっていたらしい



私の送ったプレゼントはまだ手付かずで管理人さんが預かっているという



当初はほんの少しの外出かと思われたが



無断外泊が一週間以上続いた上に連絡も取れなくなった為みんな心配しているらしい





望くんがまわりの人に何も言わずにいなくなるなんて…




何があったのか…





そんな気持ちを抱えたまま日々が過ぎたある日公衆電話の通知で携帯に電話がかかってきた




『…もしもし?』




『……』





『…望くん…?


望くんなの…?』




『…ことり…



…ごめんな…』




『望くん?どうしたの!?



どこにいるの?


私いまからそこにいくから場所を言って?』

No.300 10/01/16 12:57
モモンガ ( PZ9M )

『…ことり


会いたいな…



何か俺…疲れちゃったよ…』



受話器の向こうから生気のない声を出す望くんに思わず涙が出る



『…なんで…こうなんだろうな



やっぱり俺…だめみたいだ…』



声の向こうで微かに波の音がする



海…



いつか望くんが連れていってくれた海かもしれない




私は携帯で話ながらメモをとりお母さんに斎藤さんに望くんから電話がきたこと



昔小さな男の子と会った『海』の場所を知らないか聞いてもらった



場所はすぐにわかり私は望くんと携帯で話ながら両親とその場所へ向かった



ひょっとしたら望くんはそこにいるかも知れない



焦る胸を押さえながらその場所へと急いだ





日付が夜明けを追い越した頃



道なりにきらめく水平線が漆黒の闇に美しく浮かんでいた




望くんはほとんど会話をしなくなりもう波の音しか聞こえなくなっている




私はできるかぎり声をかけて望くんを励まし続けた

No.301 10/01/16 13:08
モモンガ ( PZ9M )

海から下に降りる道に入るとすでに一台の軽自動車が止まっていた



慌てて運転席を覗くが誰もいない




しばらく足早に海岸を進むと誰かが砂浜に倒れていた




『…望くん!?』



駆け寄ろうとすると力なくかすれた声で絞り出した声が響く


『…くるな…



来ないでくれ…



見ないでくれ…』




立ち尽くす私を後ろからお母さんが抱き締めた



お父さんが私を追い越すと『大丈夫か』と望くんを軽々と抱き上げた



お父さんは自分が来ていたコートを望くんにすっぽりかけると望くんの乗ってきたらしい軽自動車に彼を乗せてお母さんに何か話していた




お父さんはシートベルトをしめるとそのまま望くんを乗せて走り出した



わけのわからない私はその場に立ち尽くすとお母さんが優しい声で語りだした



『彼は…きっと一番弱くなった自分をあなたには見せたくなかったのよ…




でも…




あなたの一番側にいたかったのね…



今はそっとしてあげましょう…ね?』




帰り道にもう一度斎藤さんにお母さんが連絡をして



そのまま車で帰路についた

No.302 10/01/16 13:21
モモンガ ( PZ9M )

私が家に帰った父から全てを聞いたのはその日の夜の事だった




望くんがガンに再発したこと




手術をしたが体調が悪く思うように薬が効かなかったこと




体力的にも精神的にも限界のためしばらく日本の病院で治療をしたあとに改めて渡航することだった



気丈で温和な彼があんな姿で横たわるほど体の痛みは激しく辛いのか…




何よりガンにかかっていた現実を受け止める事がまだ私にはできなかった



あの日




彼はどんな想いで私を抱き締めてくれたんだろう…



最後に会った病室での優しい彼を思い出していた



しばらくは絶対安静のため面会は家族も禁止とされていた




それから3ヶ月があっという間に過ぎ



カレンダーの日付はもう5月に入っていた



私は相変わらず毎日工房に行き



病院の看護婦さんに花を渡す毎日を過ごしていた



望くんは一命をとりとめ徐々に体力も回復しているらしいが



まだまだ会うことは許されなかった





そんなある日ふいに『ママズカフェ』に立ち寄った



お母さんに頼まれたチョコレートクッキーを買いに来たのだ

No.303 10/01/16 13:34
モモンガ ( PZ9M )

店内は相変わらず盛況だった


私に気づくとこの間の彼女がぺこりと頭を下げてきた


店内の甘い香りと引き換え私の心は浮き足立たない

あの日お父さんが軽々と抱いた望くんの細い体と

『くるな』と言った声が忘れられない…

うっかり滲み出た涙を拭きながらレジに並ぶと厨房の中から伊藤さんが手を降ってきた


私は一礼するとそのままレジに並んだ


ようやくクッキーを買い店の外に出ると伊藤さんが裏口から出てきて声をかけてきた


『ことりちゃんちょっとちょっと』


少し迷ったが首をかしげながら裏手に歩いていった


『今から少し休憩もらったからご飯なんだけど良かったら一緒にどう?一人じゃ味気なくて』


あまりにも快活に笑う伊藤さんに涙がポロリと出てきた


『ことりちゃん?どうした?』


私はあの日から初めて声を上げて泣いた


声を出して泣くなんていつぶりだろうか

伊藤さんは何にも言わずに高い身長を背にして道路から私をふさいでくれた

『よしよしいっぱい泣け』

その望くんみたいな言い方にまた涙が止まらなくなっていた

No.304 10/01/16 13:47
モモンガ ( PZ9M )

結局


伊藤さんは休憩の間私を慰めてくれた


ちょっと待ってな


と車の中でしばらく待たせてもらうと


私服に着替えた伊藤さんが『送ってくよ』と頭を撫でてきた


いつもなら当たり前のように断るところだがこの日の私は少し参っていた



しばらくして車が家の近くに止まった



車のなかでは私の話を伊藤さんがゆっくり聞いてくれていた



昔自分が障害者だったこと



彼が大好きなこと



しかし今その彼が病気だということ



自分の気持ちに整理がつかないこと…



伊藤さんはただ黙って聞いてくれていた…



人に話して少し落ち着いたからか涙もひいて少し元気が出てきた


伊藤さんは『辛いことがあったら電話しといで』と携帯電話とメルアドを教えてくれた



『今は彼のためにもことりちゃんはしっかり仕事して


少しの間ほっといてやんなさい


会わす顔がないのかも知れないし


彼にも時間が必要かもね』



別れ際にそういうと伊藤さんは優しい顔で『心配ないよ』と笑ってくれた

No.305 10/01/16 17:23
モモンガ ( PZ9M )

『心配ない…かぁ』


うちに帰りソファに倒れ込む



お母さんが紙袋から甘い香りのクッキーを頬張る


『ん~!やっぱりここのクッキーは最高』



上機嫌なお母さんがうらめしい



『いいな…お母さんは…



はぁ…望くん



元気かな』




少し困った顔でお母さんが横に座ってきた



『困るわね~


ため息ばっかりつかれちゃ


陰気くさいんですけど』



そういうと私のおでこを指でパチンとはねた



『ことり、あなた自分の目が見えない時


はじめて望くんに会ったときどんな気持ちだった?』



『え?どんな…って…



目の見える彼が私の世話をあれこれしようとすることに嫌な気持ちだったけど



望くんは違った



何でも自分でできることは自分でやったらいいって…



見えないことを悲しむんじゃない



やれることを探して自分に自信をつけて生きてゆく夢をつかめって…




ことりならできるよって…』

No.306 10/01/16 17:36
モモンガ ( PZ9M )

『ことり、お母さんねこう思うのよ


障害者とか健常者とか関係なく誰だって自信がなかったり



『強くいたい』って思っても現実にはそういかなくて悲しい想いをするときがあるわ



今回だって望くんは あなたに心配かけまいとあなたには何も言わずに病気に勝って



元気な体であなたに再会したかったと思うのよ



だけど…



見知らぬ土地で
体調は思わしくなくて
辛くて辛くて…


思わずあなたのいる日本に…


あなたと過ごせなかった一年前のX'masイブを過ごしたくて飛行機に乗ってしまったとしても




お母さん、彼を攻める気にはなれないの



彼はきっと逃げてきたんじゃない



もう一度戦う為にあそこへ行ったんじゃないか…ってね』


私はお母さんの言葉を聞きながらあることを思い返していた

No.307 10/01/16 18:53
モモンガ ( PZ9M )

>> 306 あの海は確か望くんにとって特別な海だった



辛くてくじけそうになるときよく昔来ていた…って




そうだ




望くんは辛くて逃げ帰ったんじゃない



もう一度頑張りたくて




頑張りたくてきっとあの海へ行ったんだ



誰にも会わずに…



レンタカーを借りて…たった一人で…




私が家族と過ごしたクリスマスイブ



彼は一人飛行機の中で一体どんな気持ちだったんだろう



病気に負けそうな弱い気持ちを抱えて



どんな気持ちで日本にきたんだろう…



望くん…




私はその夜意を決して画用紙の裏に丁寧に丁寧にデザインをはじめた




画用紙には翼の生えた馬を大きく描いていた



望くんの翼はけしてもいだりしない



今度は私が望くんを助ける力になるんだ




昔の望くんが私にしてくれたように


何度も何度も『大丈夫だよ』って伝えるんだ



私は次の日からまおみさんと尾関さんに頼み込んでデザインを起こしたペガサスを形にしたいと交渉を重ねた



素人の私が硝子を扱えない素人が


こんな緻密な作品を作れるわけがない

No.308 10/01/16 19:04
モモンガ ( PZ9M )

でも事情を知っている二人や工房のスタッフは笑ったりせず


通常の営業が終わったあと何度も何度も硝子を膨らませたり硝子に慣れることから順番に教えてくれた



いきなり成形などできるわけもなく



形を計りまずはデザインを起こす



その型を発注したあとにやっと硝子を流し込む



硝子がドロドロになるまで溶かされて流し入れられる




そのあとに冷やしながら時間をかけて型をぬく



こんな簡単な作業だが素人の私がやるとなると話は別だ



作業は開始してから2ヶ月以上かかった



私はその間も自宅と工房の生き返りに病院に手紙や花を届け


家に変えるとリビングに倒れ込むように眠った




そして7月に入った



私達が出会って二回目の夏が巡っていた



私の髪は出会った頃のように長くなりいつも髪は1つに束ねていた




望くんとは未だにあっていない



でもそれも今日までた




ついに枠から外れた透明に光る羽が生えたペガサスが完成したのだ



硝子で開いた羽を表現するのは実はとても難しいのだとあとになり尾関さんに聞いた

No.309 10/01/16 19:15
モモンガ ( PZ9M )

私は工房のスタッフにお礼を言うとその足で病院に向かった


わたしだってできたんだよって



一緒に頑張ろうって


どうしても望くんに伝えたい




タクシーに乗り込みあせる気持ちを押さえてペガサスを見つめた




間もなくタクシーが病院に着くと私はいつものように望くんの病室に向かった



ドアが開くといつもの看護婦さんがいた


『こんにちわ


あの…望くんは…』


そこまで言うと申し訳なさそうな顔をしてうつむいた


『…あのね、ことりちゃん


望くんの再手術が向こうで決まったの


だいたいの体力は回復してピークは越えたからって



ごめんね



『彼女には言わないでくれ』って望くんが…




昼の飛行機で立つ予定よ』



私は急いで病院の下まで引き返した



病室で待機していたタクシーに再び戻ると空港へ行くようにお願いした



『お願い…望くんにどうしても伝えたいの…


お願い間に合って…』



平日の昼間ということもあり高速は空いていたがいつ立つのかも何行きなのかもわからずまだ見ぬ望くんをただ想った

No.310 10/01/16 19:26
モモンガ ( PZ9M )

空港に着くとタクシーに待っていてもらい駆け足でロビーに走り込んだ




『北欧行きの便は…』



表示のパネルを見るがやはりよくわからない



そうこうしている間に望くんが行ってしまうかも知れない



こんなにたくさんの人の中でどうやったら見つかるのか




『落ち着いて


落ち着いて…



わかるはずよ、意識を集中して…』



私はロビーのほぼ真ん中で目を静かに閉じた



目の見えない人間の嗅覚や聴力は並外れていい



懐かしい聞き覚えのある声を必死に探した



『望くん…


望くん…!!』



目を閉じて人を探す私に空港の職員が駆け寄ってくる



『お願い!


返事して…!!』



体も声も全部使って探した



望くんじゃなきゃやっぱりダメなんだ



目が見えなかったのはきっとあなたに探してもらう為だったのかも知れない



そして



目が見えるようになったのは


あなたを見つけるためだったのかも知れないね



望くんを呼ぶ私の左手を懐かしい感触がとらえた



柔らかい
ごつごつした太い指

No.311 10/01/16 19:38
モモンガ ( PZ9M )

『バカ


声がでかいよ』


その人は眉毛ギリギリまで夏なのにニット帽を被っていた



長袖のトレーナーにスエット姿で車イスに乗っていて




胸には2つ




銀色の翼をつけたペンダントをつけて…



わたしはその場にヘタヘタと座り込み車イスの望くんの膝にうつぶせた



『…バカじゃないもん』



『…そっか


じゃあ顔あげてみな』



顔を左右に大きくふった




望くんの優しい手が懐かしい感触で私の頭を何度も撫でた



『…心配かけまくってごめん…



ことり…




俺もう一度頑張ってくるよ



今度は負けたりしない



来年…必ず迎えにくるから



もう少し待ってて』




私は顔を上げてぐしゃぐしゃになった顔を見せた


『うわ~しばらく見ないうちに不細工になったなぁ』



笑いながら前髪を整えてくれた



見上げた望くんは口元には大きな医療用のマスクをして笑っていた

No.312 10/01/16 19:54
モモンガ ( PZ9M )

『初めまして


加藤望です



今からちょっと大切な用事があるので出かけてきます



今度は俺から会いに来るから…



待っててな』




私は泣きながらただ頷いていた




脇に抱えていたペガサスを望くんに差し出すとつまる声でゆっくり話した



『初めまして…



中村ことりです



私が…だっ



大好きな人のことを想って…初めて作った作品です…



ペガサスは…夢の中の動物だけど…



こうやって…



努力すれば…きっと


形になるから…



望くんも




必ず…必ず帰ってきて』




そう言うと望くんが両手を広げて昔のように抱き締めてくれた



小さくなった肩


細くなった指先


それでも彼はあたたかかった




マスク越しに



『愛してる』



と最後に小さくつぶやいてくれた…




最後に見た
あの日の望くんの笑顔から今日で更に一年が過ぎていた




私は22歳になっていた



あれから望くんと連絡はとっていない



腰まで伸びていた髪は昨日ばっさり肩まで切った

No.313 10/01/16 20:07
モモンガ ( PZ9M )

私は相変わらずガラス工房で働いているし



最近はと言えば仲良しになった伊藤さんのお店でお母さんとお菓子教室に通いはじめた



あれから何度もメールに手が伸びたが



こちらから連絡することはしなかった



今年もあっと言う間にあと一日でX'masだ



今年は家族で過ごすのは辞めてあれから頑張ってとった車の免許であの海に行ってみることにした




望くんがいなくても



ここから頑張ってねって励ましたい






私は望くんに宛てたX'masプレゼントを学校に送るとそのまま『ママズカフェ』に足を運んだ




今年のX'masケーキはお母さんが作るのだと言う




街は行き交う家族連れやカップルが幸せそうに歩いている



ネオンに負けない位きらきらした笑顔はしあわせそのものだ


今年の望くんへのX'masプレゼントは斎藤さんに聞いて靴を送った



来年、それを履いて帰ってきてくれますように…




ママズカフェにつくと奥さまに囲まれてオーナーシェフのおじいちゃんパティシエさんが目を回していた

No.314 10/01/17 03:18
モモンガ ( PZ9M )

『きたきた!ことりこっちこっち』


丁度焼き上がったX'masケーキのスポンジに生クリームを塗るところだった


『ことちゃん、もうワシ休憩ね


こちらのお母様方は不器用なかたが多くて参りますわ』



『そんな~伊藤先生~ちゃんと授業料払ってるんですから教えてくださいよ~』



テーブルの上には砂糖菓子でできたサンタやビスケットでできた家など、カラフルなマカロン、デコレーションがほどこされたチョコレートなど甘くていい香りが鼻に広がる


本店の横に併設された『ママズカフェ・クラス』は10畳程のキッチンがメインのスタジオだ


講師はもっぱらおじいちゃん先生で、たまにはサプライズで有道先生が来ることもあったりする


今日はさすがにX'masイブイブで有道先生は来ないみたいだ



『お母さんファイトだよ~今年の我が家のケーキはお母さんの腕にかかっているって言っても過言じゃないからね~』



楽しそうにケーキを作るお母さん達のコミニュティをその場に残し荷物を置きもう一度外へ出た


日はすっかり短くなり5時過ぎだと言うのにもう夜みたいだ

No.315 10/01/17 03:29
モモンガ ( PZ9M )

外に出た所で後を続き伊藤先生が入り口に腰を降ろした


『あ~疲れた


もぅ降参』



私は『お疲れ様です』と先生の肩を何回か後ろから叩いた



トントン…
トントン…



黙って二人で薄暗い空をしばらく眺めていた



中からはお母さん達の楽しそうな笑い声がもれて聞こえてくる



本店にはお客様がひっきりなしでてんやわんやな状態だ



『いいんですか?お店手伝わなくて…


お母さん達ならもう出来上がりだし大丈夫じゃないですか?』



『いいのいいの

ゆうもこれからはこの店を一人で切り盛りできるようにならんとな


いつまでもワシに味見してもらってばかりじゃアイツの店にならんじゃろ』



そう言うと胸からタバコを一本取りだしおいしそうに深く吸い込んだ


『あっまた!


味が判らなくなるからたばこは禁止!

言ったじゃないですか先生』



『だって今日はもう厨房に入らないもんね~』



愉快そうに伊藤先生が笑った


『ことちゃんがなぁ…


ホンとの孫になってくれたらいいんになぁ…』



『孫…ですか?』



『うん、孫』

No.316 10/01/17 03:41
モモンガ ( PZ9M )

『お孫さんなら有道先生がいらっしゃるじゃないですか~



あんなにできた自慢のお孫さん、なかなかいませんよ?』



『ことちゃんはおるんか?好いとぉ男は』


『…好いとぉ男ですか?



…内緒です


先生お口軽いから』



先生はタバコの煙を吐き出すと静かに右足に前に捨て、それをゆっくりと拾った



つまんだタバコをいつものアルミ缶の中に入れると真面目な顔で『ちょっと座んなさい』と石畳を叩いた



私は首をかしげるように横に座ると先生はいきなり突拍子もない事を口にした



『ことちゃんはゆうの事は嫌いか?


なかなかのイケメンだし自営業だから結婚しても食いっぱぐれはないぞ』



『?え?


あたしが有道先生をですか?



そんなことしたら有道先生のファンに刺されちゃいますよ私』



茶化したように笑うと先生は後に続けて話した



『…でも、ゆうはことちゃんを気に入っとるようにワシにはみえるがの


気のせいかの…』



『気のせい

気のせい


先生、気の使いすぎですよ


取り越し苦労もいいとこです!


もぅ全く』

No.317 10/01/17 03:56
モモンガ ( PZ9M )

先生の肩を少しきつめに揉むんでいると本店の中から有道さんが顔を出した



『じいちゃんヘルプして


もう間に合わないよ


台はだいたいできてるから装飾のチェック頼みます


…あれ!ことりちゃん、来てたの?』



小走りにこちらへ駆け寄った



『母達が忙しいのにスタジオお借りしてすみません



お詫びにたくさんおむすび買ってきましたから



あとでみなさんで召し上がって下さいね』



『うわっ!?マジで?



昼から何にも食ってないんだよね


いつもありがとな』



『いえ、そんな』



私たちのとりとめのない会話を聞いて先生がニンマリしている



『ほ…ほら!先生


片付けはあたしに任せてあちらを手伝って下さいね!』


あたしは先生の背中をギュウギュウ押すとかけ上がるようにスタジオに入った



ドア越しに有道先生の視線が当たるような気がする



でも違う



違うの


この感情は恋なんかじゃ…




あたしは買ってきた差し入れを母に託すとスタジオの後片付けをはじめた



なんとなく有道先生に会いづらかった

No.318 10/01/17 04:03
モモンガ ( PZ9M )

『伊藤先生があんなこと言うからだよ…


あたしには…



望くんがいるんだもん…』





あたしが辛かった時に助けてくれた人



あたしを見つけてくれた人



あたしに色んな世界を教えてくれた人




あたしに恋を教えてくれた人…




あたしを迎えにきてくれる人…




机を拭く手が不意に止まった



あたしは…



今のあたしは…




望くんに会って何をしたいの…?



キス?



抱き締めてほしい?



それとも…




いくら考えても答えはわからなかった



あと3ヶ月




3ヶ月たったら…



春がきたら…



この気持ちが『恋』なんだって



きっとちゃんとわかるよね…




望くん…

No.319 10/01/17 04:41
モモンガ ( PZ9M )

翌日早めにウチを出ることにした



防寒の準備は万全



来るならこい!って感じだ




車にはかばんと



ブランケットにお気に入りのだき枕(ウサギ)



大好きなアーティストのCD



あとはお弁当に水筒

お母さんが作ったX'masケーキを1カットだけ



『何だか寂しい独身女のピクニックみたいに見えるかな…


まぁいっか~』



心配そうに手を降る両親に手を振り返し車を走らせた




目的の海まではゆっくり走って2時間くらい



思い返してみれは一度目は波の音だけ



二度目は夜だった



三度目の正直でこんどこそ望くんが大好きだった『はじまりの海』を見てみたい




望くんが大切にしていた海に私もふれてみたい




車は順調に走り続け昼過ぎには目的地に到着した




『うっ…わ~


予想以上に寒い~』


車を降りブランケットを肩から巻き


サクッ
サクッ


と砂の中に靴が入っていく



『うわぁ……』




目の前に広がるのは青い



青い海に白い波がどこまでも続く風景




空は海より少し青く



その境目は白く光って輝いている

No.320 10/01/18 10:15
モモンガ ( PZ9M )

砂の上に腰をつけて仰向けになる



頭上には抜けるような青空とぽっかり浮かんだ白い雲がいくつも漂っていた




『なんて…


綺麗なんだろう…




目を閉じると冷たい空気しか感じないのにね…




目が見えるって…



心で感じるより綺麗な景色がたくさんある…




でも…




こうして目を閉じていると



何だか落ち着くのは何でなのかな…




見える世界と
見えない世界



本当はどっちか幸せだったのかな…』




まぶたの裏には優しい望くんの声



目の前にあるのは有道さんの笑顔



私ってなんてふとどきものなんだろう



今まで望くんが私にしてくれた事を考えたらこんな風に彼以外の事を考えたらダメなはずなのにね…



こんな気持ちになるなんて



自分でも信じられない…




『バカことり



あんたの好きなのはどっちなのよ…』

No.321 10/01/18 10:24
モモンガ ( PZ9M )

離れそうなのは


気持ちなのか
距離なのか



私は望くんがくれた指輪を空の光にかざしてみた



綺麗な白い光の中でいくつもできる太陽の輪




一年前




ここで望くんが倒れていた夜




彼は薄れいく意識の中で波の音を聞きながら私を想ってくれていたんだろうか…



私がかつて暗闇の中でもがいていたように



怖くて辛くて
なにもできない自分がふがいなくて


ただ


そこにいるだけの自分がみじめで




そんな気持ちで空を見上げていたんだろうか…





私はむくりと身を起こすと砂を払い海岸を歩き出した



歩いてきた後を振りかえるといくつもいくつも足跡がついては波に消されていく



この海の向こうでただ生きようと




私を想ってくれている人がいる…




私は指輪を深くはめ直し




その日から『ママズカフェ』に行くのを辞めた




この曖昧な気持ちでどちらの前にも出たくない



そんな気持ちだった

No.322 10/01/18 10:34
モモンガ ( PZ9M )

それから一週間後



大晦日になった




私は今日で22歳になる




耳の辺りで切ったボブがなんだかスカスカして



今の自分の気持ちのようだ




パジャマから白色のタートルに着替えデニムをはく



上からグレーのストールを巻いてリビングへと降りていった



『おっはよう


今日も寒いね~





あれ…?お母さんは?』



リビングで新聞を読んでいたお父さんの隣に座った



『おせちの引き取りだってさ



いつものパン教室の仲間同士でデパートだとさ




俺はウチにいた方が安全だからさ』



笑いながら次の新聞欄に目を移す



『お父さん


それを言うならパン仲間じゃなくてお菓子仲間!パンとケーキの違いもわかんないの?困りましたね~』



そう言うと『すいませんね』とバツが悪そうに新聞紙で顔を隠した



台所に行くとパウンドケーキと紅茶が置いてあり私宛にメモ書きがしてあった

No.323 10/01/18 10:42
モモンガ ( PZ9M )

『ことりへ


おはよう。お母さんお友達と〇〇デパートに行ってくるわね


今日はお食事をしてから帰る予定なのでお父さんの事よろしくね



あと


伊藤先生も有道先生も最近あなたの顔を見れなくて寂しそうよ?




今日は年末の掃除があるみたいだからご挨拶だけでもしてらっしゃいな



あなたの会社の忘年会、今年はないんでしょ?




あとパウンドケーキ

有道先生からのお土産です



お昼にでもご馳走になりなさいね



それでは宜しく



母より』





手紙を読んだあとポットからお茶を注ぎ紅茶を2つ入れた



パウンドケーキの中身は私の好きなものばかりだった



フォークでひと差しして口に入れると甘くて幸せな味がした



返しておいた砂時計から砂がなくなりもう一度お父さんの横に座り運んだ紅茶に口をつけた

No.324 10/01/18 10:54
モモンガ ( PZ9M )

『ことり


お前そう言えば今年は忘年会ないんだって?』



読み終わった新聞をたたみ無造作にソファーに置くとお父さんが紅茶に手を伸ばした



『うん‥今年はオーナーのお母さんの体調が悪くて昨日から社長達二人で九州の実家に帰ってるの




だからみんなで経過を見てから仕切り直しましょうって




だから今夜の初詣には私も一緒に行くね』




『そうか、じゃ早めにソバの用意しとかなくちゃな




昼から父さん買い物してくるからお前もしとく事があれば早めにやっときなさい』




お父さんは紅茶を勢いよく飲み干すとゆっくり立ち上がり鼻唄を歌いながら庭へと降りていった




私は台所のパウンドケーキを見ながら


『ママズカフェ』に行こうか辞めようか迷っていた




でも挨拶くらいはね‥




したらすぐ帰ればいいんだし‥





残っていた紅茶を飲み終えるとさっと洗い物をすませ


『少しでかけてくるね』とお父さんに伝えた




急いで車に乗り込むと後ろの座席にはお気に入りのだき枕が積んだままになっていた



それを助手席に座らせるとゆっくりアクセルを踏んだ

No.325 10/01/19 10:38
モモンガ ( PZ9M )

道なりに買い物袋を両手に抱えた家族連れや



兄弟だろうか


後ろからおいかけっこをする子供たちを車で追い越すと駅前につながる道は人であふれていた



『定休日』とかけられたママズカフェの店内を一度素通りして中の様子を伺うが明かりはまだついていなかった



『まだ誰も来てないのかな‥』



駐車場に車を泊めたが誰の気配もなかった



車のエンジンを止めて座席を倒した


後ろにひっくり反ったまま隣からぬいぐるみを取り胸に上げた




『あ~まだ誰もいないかぁ‥』



何をするわけでもなく気の抜けた私は深い安堵のため息をついた




会いたいような


会いたくなかったような‥




『元気だしてよ
ことりちゃん

あたしがいるじゃない』



声色を変えてバカみたいに一人で人形遊びをする




『先生に会いたかったの?』



『違うよ挨拶にきただけだもん』



『嘘はだめだよ、挨拶だけなら携帯でもいいじゃん』




『う‥そうなんだけど‥』



言葉につまるとウサギを胸にきつく抱きしめ勢いよく起き上がった

No.326 10/01/20 11:23
モモンガ ( PZ9M )

首を弱々しく左右に振るとウサギを助手席に戻した



『何か虚しいなぁ‥

やっぱ帰ろっかな』



カバンから携帯を取り出して有道先生にメールを打った



『有道先生へ



おはようございます

今年は色々とお世話になりました



ご挨拶をと思いましたがタイミングが合わずメールでごめんなさい(^人^)



また来年も宜しくお願いします




お土産ありがとうございました



とても美味しかったです。


中村ことり』



一通りメールの文章を確認すると送信してカバンへと携帯を戻した




アクセルを軽く踏みハンドルを切ると私は元来た道をゆっくりと引き返した




途中、本屋があったので読みたかった本を買いに立ち寄った



店内にはお客さんはまばらで立ち読みしている人がほとんどだった



『え~っと‥今月号の「ガラス細工に親しむ」は‥


趣味のコーナーを探しているとカバンの中からメールの着信音が鳴った

No.327 10/01/21 18:18
モモンガ ( PZ9M )

メールの発信者は有道先生からだった


急いで携帯を取り出すと写真付きのメールが届いていた




タイトル:ハッピーバースデー(^-^)g


お誕生日おめでとう&今年一年お世話になりました!一足違いで今店につきましたがもう帰っちゃったかな?じいちゃんは昨日から腰を痛めて当分店はお休みします。正月休みだからちょうどいいけどね!最近めっきり顔を見れないのでちょっと心配してます。もしこのあと予定がなければ店に来ませんか?ことりちゃんの大好きなイチゴのレアチーズ作ろうと思ってます。とりあえず連絡してみました(^_^)v有道





読み終えたメールの下にはブイサインをしてイチゴを口に加えている有道先生がいた




久しぶりにみた笑顔



携帯を見ながらくすりと笑ってしまった



(行かない方がいい‥このままウチに帰ってお父さんと買い物に行こう‥)



心の中でとっさにそうつぶやいた




誰もいない店で先生と二人きりなんて


今の優柔不断な私には行けるはずもなかった

No.328 10/01/21 18:30
モモンガ ( PZ9M )

買いたかった本をレジに持っていき精算をすませた



車の中に戻りシートベルトをかけ、携帯を探した



『有道先生へ



メールありがとうございます



とっても嬉しいんですが残念ながら午後から父と買い物にいく約束をしているので店にはいけそうにもありません


(>_<)ごめんなさい




また来年


母と教室に伺いますね



よいお年をお過ごし下さい



中村ことり』




あえて誕生日については触れないようにして簡単なメールを打った



私はハンドルにおでこをつけた



『‥バカみたい


何一人で意識しちゃってるんだろう‥



あたしはただのお客様なのに‥』



ハンドルを握った左手のくすり指に目線を移す




『大丈夫だよ



あたしちゃんと望くんを待ってるからね‥』



そうつぶやくとゆっくり自宅へと車を走らせた




一度自宅に戻るとお父さんが夕方に食べるお蕎麦の器の準備をしていた



『ただいま~



もう料理の準備をしてるの?あたしも手伝おうか?』




『いや、大丈夫だよ
ありがとう』



父が楽しそうに器を洗っている

No.329 10/01/22 02:21
モモンガ ( PZ9M )

『‥ねえ、お父さんってお母さんのどんなところがよくて結婚しようって思ったの?』



『は‥?』
父はびっくりするような顔で振り向くと『忘れちゃったよそんなの』とはずかしそうに手を動かし始めた



私はソファーに寝ころがると『ふ~ん‥そんなもんなんだ』と足元にかかっていたブランケットを肩まで引き上げた



机の上にはあれから連絡のない携帯電話とカバンが無造作に置かれていた




父はチラッと横目で私を見るとタオルで手を拭きながら会話 を続けた



『昔の話だぞ




母さんがまだうちの取引先の新入社員だった頃だ



父さんはその会社に営業でよくでかけててな『可愛い子が入ったから 』って仲のよかったそこの会社の人に教えてもらったんだ』


『えっ?お母さん昔は可愛かったの?』


父は肩を揺らしながら笑うと二度頷き


『ここだけの話な


かなり可愛かったんだ



今のことりによく似てるかな



髪は肩くらいで小柄な身長にぱっちりした目で笑顔の可愛い人だったよ』

No.330 10/01/22 02:30
モモンガ ( PZ9M )

『じゃあお父さんの一目惚れだったの?』



『う~ん‥まぁ‥なんていうか‥



そんな感じかな?』


お父さんは恥ずかしそうに顔を緩ませた



『でもな、すぐにはデートには誘えなかったんだ』



『何で?恥ずかしかったから?』



『いいや、お父さんな



その頃結婚を前提に付き合っていた彼女がいたんだ



だからすぐに簡単には気持ちは切り替わらなかったんだ



何しろ三年間付き合ってたからな



ただ『可愛いな』ってだけじゃそれは急にはかわらなかったよ



付き合ってる彼女も大切だったしね



このまま憧れみたいな気持ちで終わらせた方がいいかなって自分に言い聞かせてたんだよ』




私はお父さんの話を今の自分と当時のお父さんとを重ねながら聞いてしまった





『それで‥?


お父さんはどうしたの?』



『うん、それでな思いきってデート‥してみることにしたんだ



最初で最後のデート



これで自分の気持ちがはっきりわかるんじゃないかと思ったよ』

No.331 10/01/22 02:40
モモンガ ( PZ9M )

『仲良く喋るようになってしばらくしてな、お母さんを食事に誘ったんだ




ランチデートってやつだ



いきつけの魚がうまい定食屋でね



男ん中で紺色の制服を着ながらお母さんは嫌な顔をひとつもしないで楽しそうにご飯を食べてたよ』


『うん、それで?』



『うん、それでな


魚を実に綺麗に食べてな



若いのに食べ方の凄く気持ちのいい子だなって感心した



一緒にいて
何も話さないときも何て言うか‥緊張したかったんだ



何だか‥空気が同じっていうか‥



楽だった』



私は頷きながらお父さんの話に聞き入っていた



『食べ終わったあとにな


言ったんだよお母さん



『ごちそうさま

とても美味しかったです』



って』




『‥誰に?』



『定食屋のおばちゃんにだよ



それを見てお父さん


この子とずっと一緒にいたら人生凄く楽しく過ごせるかもなって



見てて何故かそう思ったんだ



今でも不思議だけどな』




お父さんは膝をたたくと『買い物にいくか』と上着を羽織に部屋へ戻った

No.332 10/01/22 02:49
モモンガ ( PZ9M )

私が今こうしてここにいるってことは



お父さんは結局その彼女と別れてお母さんを選んだっていうことだよね




かたや三年



かたや数日間



決め手になったのは『空気感』




まだ私には少し難しい話だけどよく聞くところの『価値観』ってやつなのかな‥



『この人しかいない位好き』って思っていつも『それ以上の誰か』に会うたびにパートナーを変えていたら身が持たないんじゃないのかな‥



それはもともと『本当に好き』じゃなかったんじゃないのかな‥



『本物』って



一体何が違うんだろう‥




大好きだけど心変わりしたお父さんは


最初の彼女とは手に入れられなかった『何か』をお母さんとは見つけられたのかな‥




人を好きになるって


人を想うって




そんなに簡単で単純な話じゃないんだね

No.333 10/01/22 02:59
モモンガ ( PZ9M )

ただ私がわかるのは二人は今とても幸せそうだっていう事



お母さんはお父さんを



お父さんはお母さんをとても大切にしている




たまには口喧嘩やすれ違いもあるけれど


結局それでもちゃんと仲直りをしてまたお互いを認め会う




人を『愛する』って


認めあったり
許しあったり
励まし合ったり
譲りあったり



そういうことがカチッと会うってことなのかな‥



リビングの壁にはいつか私がデザインしたガラスの花瓶にお父さんが手入れしてある温室の花が綺麗に活けてあった



お母さんの好きなピンクのチューリップ




そして



ソファーの横には体の大きいお父さんを気遣ったカロリーを抑えたメニューのレシピ本に付箋が何枚も貼り付けてある



相手を思いやるって



言葉の中以外にもきちんと存在しているんだ




そういうことがきっとお互いのリズムでしっかり刻める人が




『本物』に近い人なのかも知れないな‥

No.334 10/01/22 03:04
モモンガ ( PZ9M )

玄関から『そろそろ行くぞ~』とお父さんの声がした



私はブランケットを綺麗に四ッ折にするとかけてあったベージュのダウンジャケットを羽織った




部屋を出るときもう一度お父さんとお母さんと私で写した家族写真を見つめた



私はこの家族に巡りあえて本当に幸せものだ




そう思いながらお父さんの声がする玄関へと駆けていった

No.335 10/01/22 13:02
モモンガ ( PZ9M )

今度はお父さんの車に乗り込み近所の24時間の大型ショッピングセンターへ出かけた




年末の年越しそばは必ずお父さんが作る


と言っても茹でたお蕎麦に汁をかけるいわゆるレトルトなんだけど‥



それでも


『年末と正月は母さんの唯一の休日だから』とお父さんはお母さんを台所にたたせたりしない




本当に何だかんだいっても愛妻家だ




お父さんと一通りの材料を買い込み正月のお酒とおつまみをカゴにつめこむと私達は少し遅い昼食をとった



『夜は蕎麦だから』と軽めにおにぎりの専門店で済ませた後



足が止まった可愛らしいワンピースの前でおねだりなしで『誕生日プレゼント』を図々しく頂いた



『着てみなくていいのか?』



『うん!大丈夫~


でもいいのお父さん、これ‥一万五千円もするよ?』



小さな声でお父さんに伝えると『誕生日だからな、しかたない‥』となけなしのお小遣いを出してくれた

No.336 10/01/22 13:19
モモンガ ( PZ9M )

きれいなピンクに花柄のシフォンワンピース



まだ少し寒いけど薄手の長袖インナーなんかに合わせたらとても可愛らしいですよとお店のお姉さんが教えてくれた




私は肩から大きな紙袋をかけて久しぶりにお父さんと腕を組んで歩いた




懐かしい感覚





久しぶりに寄り添った父は少し照れくさそうにゆっくり歩いた

No.337 10/01/24 02:00
モモンガ ( PZ9M )

お父さんとしばらくウィンドーショッピングを楽しんだ後お母さんから連絡がきて出先の〇〇デパートまでついでに迎えに行った



駅で合流すると『まだまだ買わなきゃ~』と言う他のおばさん 達にお別れをしてお母さんは両手に抱えていた荷物をトランクにつめこんだ


『あ~疲れたわ~
もう初詣に行く元気なくなっちゃったわ』



そう言うと力なく後ろの座席に横たわった



『もぅ~おせち料理が何でこんな大荷物になるんだ~?』



お父さんがバックミラーで横たわるお母さんに話しかけている


『だって~


新年のお洋服とカバンだって欲しいでしょ~



あとはお父さんとことりの洋服に



伊藤先生へのお年賀のお菓子におせちでしょ?それに‥』



話を続けるお母さんに首をすくめながらお父さんが『な‥?家にいて正解だったろ‥?』



と耳元でささやいた



『ほんとだね』



二人してクスクス笑うと後ろでお母さんが頬をふくらませていた

No.338 10/01/24 02:09
モモンガ ( PZ9M )

車の窓から見る年末の風景はとても幸せそうだった




家族連れ
恋人同士
学生のグループ
年配のご夫婦
歩道をかける子供



みんなが笑っている



目に見える輝かしい幸せ




いつまでもこんな毎日が続けばいいのにね



ただ当たり前のように過ぎていく毎日が



大切な人が存在していることが



こんなに幸せなんだと流れる景色を見ながらガラスの窓越しに伝わる冷たい空気と一緒に感じていた




望くん


あなたは今幸せですか‥?



あなたは私と巡りあって幸せでしたか‥?




目の見えない私をなんの迷いもなく受け入れてくれた彼を



あの日のか細い彼を



私は愛せたらきっと幸せになれるだろうね‥



ううん



今度は私が幸せにしてあげなくちゃいけない




私は開いていた携帯を閉じると静かに目をつむった




これ以上迷ってはいけない




心の中でそう一人つぶやいた

No.339 10/01/26 02:15
モモンガ ( PZ9M )

それからほどなくして家に着いた私達はお父さんのお手製年越しそばと冷たいビールで一年の労を労い乾杯した



お母さんからは誕生日プレゼントにと春らしい白いレースのリボンがいくつも重なったキャミソールとお揃いのカーディガンをもらった



『うわ~可愛い!どうもありがとう~』


私はお母さんの前でそれをあてがうとくるくる回ってみせた



『色でなやんだけど無難にクリーム色にして正解ね



よく似合うじゃない』



『そうだことり



お父さんの買ったあれも着てみてくれよ


なけなしのあれ』




ビールを一本既に飲み終えたお父さんはご機嫌に二本目のプルトップに指をかけていた



『なぁに~?なけなしって‥


さてはことり‥』



お母さんがうらめしい顔をしてわざと腕を組むが私は笑いながら『おねだりしたんじゃないもん』と笑いながら二階へとかけていった



部屋に付くと着ていた服を全て脱ぎ新しいアンダーウェアを身に付けた




両親のプレゼントしてくるた服はそのまま着るにはまだ寒いが家の中なら充分だった

No.340 10/01/26 02:37
モモンガ ( PZ9M )

ピンクの薄いシフォン生地の中にある細かい花柄と綺麗なラインのワンピースにカットソーのレース感がよく合っている


『これで可愛いサンダルでもあれば春にはお出かけできるわね』



鏡の中の自分がため息をつきながら力なく笑った



脱いだ服をひとまとめして階段を下り始めると下での賑やかな声が広がっていた


脱衣場に服を置きふと玄関を見ると見慣れないスニーカーが一足置いてあった


『‥お客様かな‥』


通路からリビングをこっそり覗くとそこにはお父さんの横でビールを断っている有道先生がいた


『えっ‥何で』


小さな声でつぶやくとドア越しにお母さんが私を見つけ手招きをしている


お母さんは嬉しそうに先生に出すお茶と小皿を用意していた


中からは

『いやいや中村さん、僕はもうこのままおいとましますから‥』


笑いながら有道先生の声がしていた



テーブルにはお店のケーキボックスにピンクのリボンがかかっていた




朝言っていたいちごのチーズケーキだろうか‥




私はドアから少し離れ脱衣場に逃げ隠れた

No.341 10/01/26 02:49
モモンガ ( PZ9M )

有道先生の突然の訪問に完全にてんぱってしまっていた



着ていたワンピースを脱ごうとするが後ろのファスナーになかなかうまく手が届かない





手を後ろに回し跳び跳ねていると前の鏡にきょとんとしている有道先生が写っていた



『‥こんにちわ


トイレお借りしたいんだけど



いい‥?』




笑いをこらえながら片手を口にあてた



『‥えっ?あっ?



あ!トイレ



トイレ!どうぞこっちです




両手で左側にあるトイレを指すと先生は笑いをこらえながら『ありがと』と背中を向けた




足の先から頭の上まで赤くなったに違いない



私が慌てて脱衣場から立ち去ろうとするとドアの中から有道先生がわざと顔を出した



『ことりお姉さん



その服凄くかわいいね



凄く可愛い』




そう言うとバタンとドアを閉めた



私は両方の頬を押さえながら鏡の中の自分と向き合うと少し頬をつねった




二階に上がりいつものようにジーパンに長袖のカットソーを着るとストールを肩から巻いてリビングへと降りていった

No.342 10/01/26 11:26
モモンガ ( PZ9M )

もじもじと淡いピンクのカットソーの裾を手でひっぱると意を決してリビングのドアを開けた



『こんにちわ』



白いシャツにグレーのパーカー


それにデニム



仕事帰りにそのまま来てくれたのだろうか、膝は真っ黒でシャツや爪には所どころ生クリームがついていた



『こんにちわ‥


珍しいですね』



『ね、図々しくお邪魔してます



お土産付きだから歓迎して』



有道先生が指を指す方にはさっきのリボンがかかった箱があった




お母さんがその横で嬉しそうにケーキをカットしている




『素敵!!凄くおいしそう』




白いお皿には切り分けたケーキが4つ並んでいた




『見て見て!あなたの好きなフレッシュチーズよ


早く頂きましょう』

No.343 10/01/28 02:28
モモンガ ( PZ9M )

遠巻きにチラッとテーブルを覗くと濃厚なチーズの中にドライのラズベリーやブルーベリー、イチゴが混ざり


上の方にはフレッシュな果物が綺麗に均一に並べられている



『おいしそう!』



思わず声に出して手を叩いたその様子を嬉しそうに腕を組ながら有道先生が見ている



『さぁ~美味しそうなケーキが来ましたよ

みんなで頂きましょう』



お父さんと有道先生が横ならびにソファーに座りお母さんはお父さんの前へ


私は有道先生の前へ座った

『ことりの22歳のお誕生日を祝って!

カンパーイ!』

お父さんが飲みかけの缶ビールを持ち上げると有道先生がお母さんの入れたオレンジティのグラスをを重ねた


『カラン』と氷の揺れる音がして、続いて私とお母さんもお父さんにグラスを重ねた


『おめでとう』


お母さんが目尻を下げて優しく笑った


何だか不思議な展開だが、私達と有道先生はそれから結局二時間近く甘いケーキをつまみながら楽しい時を過ごした


ご機嫌なお父さんはそれほど強くもないのについに四本目を開けると、片方の肘をついたまま眠ってしまった

No.344 10/02/01 12:40
モモンガ ( PZ9M )

『あらあら…お父さんたら調子に乗ってこんなに飲むんだから…



恥ずかしい所見せちゃってごめんなさいね』



お母さんが寝室から運んだ毛布をお父さんにかけながら有道先生に言った



『いえ、僕のほうこそお忙しい中にお邪魔してしまってすいませんでした



もうおいとましないと…』




そういうとソファーの脇に折り畳んでいたカーキのダウンジャケットを手に取った



そのあとに続くように私が立ち上がった


『ことりちゃん、またね』



優しい笑顔で笑う



『何のおかまいもしませんで…



また改めて新年のご挨拶に二人で伺いますね』




お母さんが私の背中を軽く押した


『せっかくだからそこまでお送りしたら?ことりったら最近めったにお会いしてないんだから』




思わずお母さんの顔から視線を落とした



もう、二人きりで会うのは辞めにしたいのに…




『うん、そうだね』


そう言い玄関脇にかけてあったお母さんのベージュのジャケットを羽織ると玄関に降りた



そんな私を見て何か感じたのか『寒いからいいよ、家に入ってて』


また優しい顔を私に向けた

No.345 10/02/01 23:54
モモンガ ( PZ9M )

『でも、せっかくだからそこまで』そう言うと履き慣れた白いスニーカーを素早く履き家の前の道を下り始めた




我が家の前の道は幅があまり広くない上にスクールゾーンなので来客があるときはお願いして公園のまわりに止めて頂く事にしている




この日も有道先生は公園脇の電話ボックスの近くに車を止めてきたらしい



『何だかわざわざ悪かったね、寒いのに』




『いえ、こちらこそお土産美味しかったです


何だか得しちゃいました』



左側から見上げる有道先生の顔が優しく見える



公園に着くと近くにあるベンチに座り有道先生が手招きをした




おずおずと歩みより少し離れて右側に座った




『最近彼とは…どんな感じなの?また行かれたんだよね…フィンランドの病院に



まだこっちには?』



『まだ…向こうだと思います



連絡も、ないのですが日本にはまだ来てないと思いますよ』

No.346 10/02/25 10:02
モモンガ ( PZ9M )

『そっか…』


有道先生が小さな声で下を向いた



私は先生の隣に座りながら膝をくっつけたり足を揺らしたりと落ち着かなかった



ときめき?
はずかしさ?
望くん以外の男の人だから?
それとも…




考えながらふと横を見ると有道先生が真っ直ぐにこちらを見ていた



いつもの優しい顔でもなく


真っ直ぐな
真剣な顔だった



『あのさ…』



体の向きを変えて私の方に向きな押した



先生の左の腕がベンチ越しに私の背中に軽くあたった



とっさに指先に力が入った



『あの、私そろそろ…』


笑って立ち上がろうとすると先生の手が私を捕らえた


『有道せん…せい?』


そう言うやいなや先生の見た目より意外にがっしりとした腕が私の目の前にあった




何が起きたのかわからずに放心していると小さく一言先生が


『好きだ』




と呟いた

No.347 10/03/03 03:46
モモンガ ( PZ9M )

頭がまっしろ



…ってこういう時に使うのかな



気持ちとは裏腹に頭は意外に冷静に動いていた



近くにいると先生の服から懐かしい店の甘い香りがしてきた



バターとお砂糖の甘い匂い…



私がいつもドキドキしていたあの…甘い香りとは違う…




私は急に望くんの事を考えて涙がでてきた



何故だろうか…



心の深い所で望くんが笑っているような感じがした




『ことりの好きなようにしたらいいよ』



そう言って望むくんが笑って手を降っている画が浮かんだ



私は思わず目を開いて先生の腕から身をよじった



先生はなにも言わず優しく頭を二回撫でてくれた



『…なんてね



彼氏がいたらぶっとばされちゃうもんな


ごめん、ことりちゃん』



そう言うとパシン!と手を合わせて拝むように私に謝って見せた



その手が微かにふるえていたのを私は涙を拭きながら見ていた




ごめんなさい



ごめんなさい先生…



優柔不断な気持ちと
受け入れられなかった自分と



とにかく今は最高にごちゃごちゃした嫌な気持ちだった

No.348 10/03/03 03:58
モモンガ ( PZ9M )

それから私達は言葉少なげに公園で別れた



22歳の



大人の誕生日とはとうてい言いがたい情けない



そして記憶に残る誕生日だった




その年が



私に一番の思い出をくれたとしたら



翌年



23歳になった私は人生でけして忘れることのできない衝撃的な




衝撃的な恋をした



そしてそれはけして叶うことのない恋となった




翌年の3月



望くんの友達の斎藤さんから一通のメールをもらった




『ことりちゃんへ




本日午前3時21分

望は空に帰りました


やっと3月になり君に会えると笑っていたのに




お疲れ様って



よく頑張ったねって誉めてやってな』




そういってメールには日付の入った空の写真と



クリスマスに送った白いスニーカーをはいた足だけの写メが写っていた



体調が芳しくないとお父さんから斎藤さんに連絡がきて



駆けつけた次の日に望くんは亡くなったのだという



私には




絶対言わないでくれと最期の最後まで言っていたんだと




次のメールで知った

No.349 10/03/03 04:08
モモンガ ( PZ9M )

私はその日工房での仕事を休んでベッドで布団を頭から被りただただじっとしていた




涙がでないのだ




頭も心も悲しいと叫んでいるのに



現実に望くんを見ていないからだろうか



私はからっぽの人形のようになってしまった




左のくすり指にはめたムーンストーンを静かにはずすとベッドサイドにそっと置いた



『ことりに夢がみつかりますように』



願いを叶えてくれたのは指輪じゃなく望くんだった



いつでも励ましてくれていつでも希望をもてるように声をかけてくれた



失意の底にあった私に色んなものを見せてくれた



恋も
未来も
生きる力も…



それなのに



私はまだ何にも彼に返せていない…



脱け殻のようになった体は寝返りをうつことも布団をめくることもなくただ横たわるだけだった



ふがいない私なんかどこか消えてしまえばいいのに



あの日先生の胸の中で見た手を降って笑っていた望くんの笑顔が頭から離れなかった

No.350 10/03/03 04:17
モモンガ ( PZ9M )

それからまたしばらくして望くんの遺骨が半分日本に届いたと斎藤さんから連絡がきた




生前からの望くんの意向で骨は向こうの 海に半分と



日本の海に半分まくということらしい




今週の日曜日



はじめて望くんといったあの海にお父さんと大学のみんなと

小さな子供たちと



最期のお別れをするらしい



よかったら私にも立ち会ってほしい


というものだった



小さく…



小さくなった望くんを見たら涙もでるんだろうか…



私はそのメールを見ながら『伺います』の短い文章を打つのに30分以上かかってしまった




望くん



望くんが最後に私に言いたかったことはなんだろうね



自分とは違う男を想っていたバカな彼女に言いたい事はありますか…?



暗い暗闇の中に再び迷い込んだ



そんな気持ちだった

No.351 10/03/10 02:22
モモンガ ( PZ9M )

週末は予想に反して暖かい日で…

穏やかな快晴となった

私は斎藤さんと最寄りの駅で待ち合わせをした

どうせなら一台で行こうかと言う話になったからだ

私はこの朝


久しぶりに望くんがくれた指輪を左手にしっかりとはめた


気のせいだろうか少しサイズが合わなくなっている気がする…


気持ちゆるくなった薬指で遊ぶようにキラキラと指輪が光る


『まぶしいな…』


はきなれた白いスニーカーとこの空みたいな色の淡い水色のシャツワンピ―スを着た下には黒の細身のパンツを合わせた


髪は相変わらず短く耳の辺りで揺れている



『…さて、行かなくちゃね…』



行きなれた駅までの道をゆっくり歩く



駅までは斎藤さんが迎えにきてくれる



足が自然と歩きなれた道を通ろうとしている


目は見えるのに足が無意識に進んでいるのがよくわかる



この道を何度望くんと歩いたんだろう…


少し厚くてごつごつした指で必ず私を右側によせて歩く




私は一歩後ろで望くんの右腕をつかむ



『大丈夫?早くない?』



点字が消えるたびに聞いてくれた

No.352 10/03/10 02:37
モモンガ ( PZ9M )

はじめてあった日

そう言えば望くんを女の子とまちがえたんだっけ…


あのときは図々しく思えて何か好きになれなくて…


でも健常者でもそうでなくても『そんなの関係ない』って私自身をちゃんと見てくれた人だった



小さな子にも大人の人にも


人間に、あったかい人だった…



風景の見えない私にも



高い空や広い海を教えてくれた



生きにくい現実を必死に生きている仲間を教えてくれた



私にも前が見えるんだと夢を見つけようと言った



雪の降る日には私にも恋ができるんだと教えてくれた



こんなにたくさんの風景をみせてくれたのに



目の前にはあなたはいない



あるのは果たせなかった再会の約束と、うわついた気持ちに悩んでいた小さな私


あなたを笑顔にすることもできずにあなたはたった一人でいってしまった…



だんだん歩幅が広くなり目の前には駅前のロータリ―が広がっていた



その近くに有道先生のカフェもあったが顔を向けることができなかった

No.353 10/03/10 02:54
モモンガ ( PZ9M )

約束は朝の10時時間まではあと30分近くもある…


ロータリ―の中に入ると春休みに入っているからか人混みが人波に変わっていた



コンビニにクリーニングやさん



喫茶店に本屋さんが立ち並ぶ



私は駅の入り口にあるからくり時計の下に腰をおろした



『10時になったら何が出るのかな…』



そう言いながらため息をついた



くやしい位に穏やかな空




首を上に上げてぽっかり浮かぶ白い雲を真上に見上げていた



その時不意に知った顔がよぎった




『よぉ~久しぶりじゃな

ことりちゃんじゃないかい?』




そこには久しぶりに見るカフェのおじいちゃん先生が笑顔でたっていた



『伊藤先生…!どうしたんですか?週末の忙しい時に…もうすぐお店開いちゃいますよ?』


白衣を脱いでいる先生は青いアロハシャツにチノパンで赤と白のボーダ―のバンダナをしていたお洒落なおじいちゃんだった



相変わらずくわえタバコで煙を吐きながらにっこり白い歯をだして笑う



『今日は彼女とデートなの


働いてばっかりじゃつまらんじゃろ?』


そう言ってまた笑った

No.354 10/03/10 03:17
モモンガ ( PZ9M )

『デートですか…

いいなぁ…』



私がそう言うと先生は胸から携帯灰皿を取り出してキュッと火を消した



『わしねぇ…初恋は親戚のおばちゃんだったのよ』



先生が急に話し出した



私が黙って頷くと先生は懐かしそうに遠くを見つめた



『何歳の頃だったかなぁ…



親父の妹、あ、ワシのおばちゃんね


その人が結婚してさぁ



そりゃあ悲しくてさ


結婚式でワンワン泣いて大変だったっちゅうわ



ワシ、今でも覚えとるもんなぁ




そんときにおばちゃんが抱っこしてワシにこう言ったんさ



「有希には有希の幸せが必ずあるのよ



有希にはいろんな人の幸せがたくさんくっついてるの



だから今度は有希がたくさん幸せを分けてあげられる人を探しなさい」ってね



わしの『有希』っつう字ね


昔おばちゃんがつけた名前からとった大切な名前なんやって



だからわしも有道に『有』の字つけたんじゃ



ありがとう


の『有』ってな』

No.355 10/03/10 03:33
モモンガ ( PZ9M )

『親父もおふくろもよく言っとったわ


幸せっちゅうのは必ず続くもんだって


例え途中で悲しくなったり辛くなったりしても逃げたさずに真っ正面から生きた人間には必ず神様からご褒美があるんだって



おふくろは看護婦やったからないろんな人の生き死にを見とったし、ほんとによくいっとったわ


悲しみは雨
笑顔は晴れ
悩みは曇り
怒りは雷


でもどれもずっと同じ空には続かない


いつかは晴れるしいつかは降る


でもそうやっていくうちに人間は成長するんだって



人間も植物も同じなのよって


だから人間も木と同じで意志がなくなっても消えるわけじゃない


その根に残った幸せの種は必ずまだ芽吹くってね


だから人間は咲くのを諦めたらあかん』


先生はそう言うとまた胸からたばこを一本取り出した


『幸せは…続く…』

『そう。ここで終わりじゃなわけで

第二章っちゅうもんがある

三章も四章もね

悲しみだけじゃない幸せだけじゃない


続きは自分で見つけなきゃ』


そう言うと先生は駅から出てきた可愛らしいご婦人に手をふった

No.356 10/03/10 03:45
モモンガ ( PZ9M )

『あ~ちゃ~ん!』


先生は駅の入り口まで走っていくとぽっちゃりした可愛らしいご婦人の手をとった



彼女らしきそのご婦人は私を見ると恥ずかしそうに頭を下げた



うきうきした先生がまたこちらへ走ってきた



『可愛らしいお人やろ?



こないだ北海道行った時に友達になったん


お互いフリーやしな

デートに誘ったんや』



先生は白い歯をまたみせた


『三度目の恋がうまくいくように祈っといてや!』



そう言うとまるでスキップするように彼女のもとへと歩いていった



彼女のもつキャリーバックを右手に持つと空いた左手で彼女の手をとって歩く



まるで昔からの恋人同士みたいだった



きっとあの二人はうまくいくだろう…




なぜかそんな予感が心にわいた



口元が自然に緩むのがわかる



『幸せが…今きっと先生に巡ってきてるんだね』



青く晴れた雲の上から祝福の歌が聞こえたような気がした…

No.357 10/03/10 04:01
モモンガ ( PZ9M )

頭上では『イッツ・ア・スモールワールド』にあわせてからくりの人形達が出たり入ったりを繰り返して10時の時を知らせていた


顔を左右にふるとロータリーに止まる白い車から身を乗り出して手をふっている男の人がいた



『ことりちゃん、こっちこっち!』



以前にあったのが三年前だからもうすっかり今は大人っぽくなっていた斎藤さんがそこにはいた



聞いた話では今、とある施設で介護福祉士として働いているらしい


その笑顔が望くんと重なってみえる


『お久しぶりです』
『お久しぶり…ことりちゃん変わらないからすぐわかったよ

変わったのって髪型だけじゃないの?』

意地悪な言葉とはうらはらに出る優しい笑顔



やはりこの人は望くんの親友だ


何故かそう思った

白いシャツに黒いブラックデニム


黒いスニーカーをはいた斎藤さんは少し日に焼けた肌にうっすらかいた汗を肘で軽くこすった


『じゃあ…行きましょうか…』


どちらからともなく車に乗り込んだ車には昔望くんと聞いたEXILEがかかっていた

No.358 10/03/10 04:14
モモンガ ( PZ9M )

『この曲…よく聞きました


望くんと…』



そう言って軽く目を閉じると『望もね…昔きみと同じこと言ってたよ』と斎藤さんは曲のボリュームを少し上げた



道はあの日の海へと向かってまっすぐ走っていた



空は高くて風も穏やかで…



あのときの私達も今みたいに走っていたのだろうか…



思ったよりスムーズに道は進んで約束の正午には海の駐車場に車を止めていた



途中コンビニに立ち寄って買ったお茶に口をつけると


先に来ていた大学のみなさんと小さかった真希くん達が大人目いた顔つきでそこに立っていた

No.359 10/03/11 03:20
モモンガ ( PZ9M )

『あ…あなた』


そういいかけると車イスに固定された少年はニコッと笑ってみせた


『ことりねえちゃん…!』


聞き覚えのあるあの時の声とは少し違う


でも懐かしい声



『真希くん…ね?

久しぶりだね


元気…?』



初めて目にする痛々しい姿


でも目の前の彼はいたって普通に


少しうつむいた顔で言った



『望にいちゃん…


残念だったね…



僕…また兄ちゃんに合いたかった…』



そう言うと海の一番近くに歩みよっている茶色のジャケットを羽織った中年の男性に目をやった



私が不思議そうな顔をしていると後ろから斎藤さんが小さく言った



『望のお父さんだよ


見たら驚くよ


望によく似てるから』



そう言われた通り



波間に見える光に包まれた望くんのお父さんは望くんに本当によく似ていた



身長もさほど変わらず望くんをそのまま年をとらせたかのような風貌だった



茶色のジャケットにブルーのデニム


中は白いシャツで中に黒い色のネクタイをはめていた



両手には白い箱がちいさく抱かれていた

No.360 10/03/11 03:29
モモンガ ( PZ9M )

その横顔は寂しさよりも


力強い



意思をもった表情だった




あの日空港であった望くんの目にも似ていた



お父さんは私や回りのお友達に気がつくと深々と頭を下げた



『本日は…忙しいなかをお集まり頂きまして誠にありがとうございます…



この場所にあいつがいないことが何より残念ですが…



どうか




あいつによくやったって




声をかけてやって下さい



遺骨は半分こちらに持ち帰りました



望の意思で半分は日本にまいてほしいというものでした…



あいつの最後のワガママを聞いてくださり本当にありがとうございます…』




左右前後から小さな並みのようにすすり泣く声が聞こえる



ハンカチを目にあて必死にこらえる人



声をだして抱き合う人



歯をくいしばって目を赤らめる人…



私のように表情も変えずに見据えている人間なんておそらくいないだろうな…

No.361 10/03/13 02:23
モモンガ ( PZ9M )

誰ともなくおじさんのいる場所へと足を運んだ



みんながおじさんのもっている小さな箱に手を合わせてから中に入った粉のようなものを波にそっと置くようにまいた




一度砂浜に打ち寄せられた小さな波は望くんを確認するかのように穏やかにそれを海へと持ち帰っていった




また一人



また一人




お別れの言葉を言いながら




海に叫びながら…





目の前の海には


対照的に穏やかなブルーと白い波と雲が美しい日常を作り出していた




白い花束がまるで小舟のように海を進んでいる




大学のお友達が一通り終わり


お世話をしていた小学生も泣きながら手を振って別れを惜しんだ




気づけばあとは私と斎藤さんだけになっていた



『ことりちゃん…


大丈夫かい?』



心配した斎藤さんが顔をのぞきこむ



『大丈夫ですよ


斎藤さん…先にどうぞ』私は真顔で前を見つめた



彼は黙って頭を下げると見守る大学の仲間を背に海へと近づいた

No.362 10/03/13 02:33
モモンガ ( PZ9M )

斎藤さんは時折肩を震わせながら握ったそれをしばらく見つめていた



そして何かを言うと波打ち際にそっと流した



そしてまたしばらく手を合わせていた




戻ってきた斎藤さん は泣きはらしたような赤い目をしていた



私も望くんのお父さんも表情を帰ることはなかった




『…斎藤さん


私…少し望くんのお父さんと話がしたいので良かったら先に帰っててください


近くの駅まではバスもありますし



少し…歩きたい気分なんです




ごめんなさいね』



斎藤さんの顔を見て少し力なく笑った




『それなら近くの駐車場で…』



いいかけた台詞を遮るように顔を左右にふった



私は黙って頭を下げると望くんに一歩一歩近づいていった




三年ぶりに会う彼は



小さな




小さなチョークを削ったようなサラッとした粉に姿を変えていた



『望くん…』




その残りをゆっくり丁寧に手のひらにのせた



片手で余るその姿に



しばらく足が動かずにいたが



望くんのお父さんが『一番会いたかった人がきたな…』



そう呟いた

No.363 10/03/13 02:44
モモンガ ( PZ9M )

『望くん


私に会いたがっていましたか…?』



横はむかずに前を見たまま聞いた




『…ええ



最後に呼吸器の中でもあなたの名前を呼んでいましたよ



『ことり…』ってね



壁にかけられた白いスニーカーも



その前に届いたプレゼントも



くじけそうになると『負けたくない』ってね




そりゃあ…アイツ頑張ってましたよ』



おじさんは優しい目をすると手のひらにのった小さな姿になった息子に言った



『なぁ望



お前頑張ったよな…』




足から崩れるように砂浜へと体が倒れていった



両手は砂を叩き


体は大きく震えていた



見守っていた参列者も顔を背けて泣いていた




私は視線を手のひらに落とすとそれをそっと口元へと運んだ



最初で最後の彼へのキスだった




唇についた粉をぬぐわずにそっと波の中へと足を進めた




春といっても水温はかなり冷たかった





白いスニーカーは全てが波の中に入りふくらはぎまであっという間だった

No.364 10/03/13 02:56
モモンガ ( PZ9M )

『望くん…


よく頑張ったね



私も負けないように頑張ったよ




二人ともよく頑張ったよね





だから



もう頑張らなくてもいいからね…』




そう言うと両手の粉をそっと海の中へと沈めた




手のひらからこぼれるそれは流れるように緩やかに海へと帰っていった




彼の一つの命はこれで終わった




あったかい背中も



大きな手も




甘い香りも




響く声も




体さえも




もう


何もなくなった





そう思った瞬間



体の中から吹き上がるような孤独感と喪失感が込み上げた



『…っッ…


まっ…て…



待って!待って!!

行かないで!!』



私は海の中にザバザバ入ると両手を掻き分け望くんのあとを追いかけた




体が半分以上海に浸かって胸の辺りまで波がきた時におじさんと斎藤さんに脇を抱えられて岸へと引き戻された

No.365 10/03/13 03:07
モモンガ ( PZ9M )

…はァッ…はァッ…


ゴホッ

ゴホ…ッ



三人の息が絡み合う砂浜で斎藤さんが声をあげた



『…ッ


バカなことすんな!


ことりちゃんがそんなことしてどうなるんだよ!!




ちゃんと望にサヨナラしてやってくれよ…!!』




斎藤さんの頬からは海水と涙が交互に落ちていた


手のひらには細かい砂利が無数につき



それでも気にすることなく顔をこすった



おじさんは私の頭を撫でると優しく言った



『ことりさん…



あいつねぇ…本当によく頑張ってましたよ



介護の勉強も強い副作用も


絶対最後は笑って帰るんだってね



愚痴も一言も言わなかった



『もうことりに弱い自分はみせたくない




最後までことりの好きなままの俺でいるんだ』ってね



君の携帯ばっかり見ていたよ』




そう言うとジャケットのポケットからシルバーの携帯を一台取り出した




画面には笑顔で笑う髪の長い私がいた



そこには


何回も



何回も見たんだね




あせた色がにじんでついていた

No.366 10/03/13 03:18
モモンガ ( PZ9M )

黙ってそれを見ていると未送信のメールが一通入っていることに気づいた



日付は3月



望くんの亡くなる前の日付だった




メールボックスを恐る恐る開けると



宛先は『ことりへ』



私になっていた




私はお父さんに断って携帯を見せてもらうことにした



もう危険な事はしないからとみんなには帰ってもらい



日の当たる砂浜で一人




あの日のクリスマスに望くんが倒れていた場所まで歩いた





腰を下ろすと携帯を静かに開いた




『ことりへ』




『ことり


元気かな



ことり




会いたいな…




なんでだろう


たまに意識がなくなる



もう本当にヤバいのかも知れない




頑張るけど



念のためにメールうちます



指もなかなか思うように動かない



めっちゃ遅いんだ



でも打ちながらことりのこと考えてます




なぁ、ことり




もしもこれを見てるってことは



俺は多分この世にはいないんだよな




だっていたら俺は多分このメール消すもんな



ことり



ごめんな』

No.367 10/03/13 03:32
モモンガ ( PZ9M )

『ことり

俺がもしいなくても悲しまないでな


って無理か


ことり泣き虫だもんな


でも泣かんといてな


俺、ことりを泣かしたままで行きたくないわ


行けんわ…


なぁ、ことり


ことりからもらったペンダント


2つあるから俺は多分うまく飛べる気がする



もし今度生まれ変わっても


ことりをまた見つける


絶対


ちゃんと探しだすからごめんけどこれからは一人で生きてな


俺に謝るとか俺に悪いとかそんなんやめてな


俺が最後にする神様へのお願いはことりの幸せ



ことりの幸せは今からたくさん見つかる


友達も
仕事も
家族も
好きな人も


ずっとことりの側におる


だから負けんな


絶対しあわせになれ


俺が空からチェックしとるからな


泣いたりいじいじしたりしてたらまた両手でしあわせ隠してしまうぞ



だからいつも笑っといてな


それが俺の最後の願い』

No.368 10/03/13 03:52
モモンガ ( PZ9M )

『ことり


最後にしりとりしよっか



『ありがとう』



次はことりの番な



今度あったら絶対にげんなよ



中村ことり




しあわせになれ



ことりに会えてめちゃめちゃしあわせだったよ



2010.3月



加藤望』





その写真には2つのペンダントを握り、力いっぱい笑望くんが帽子をかぶっていた




あの日


絶対迎えにくるからと笑った



あの笑顔のままだった





私は携帯のディスプレイを静かに閉じた



望くんのお父さんに『形見だから』とさっき渡されたペンダントを2つカバンから取り出した




その2つを手に乗せると静かに砂の中に埋めた

No.369 10/03/14 03:34
モモンガ ( PZ9M )

>> 368 私はその場所でしばらく空を真上に仰向けになった



羽を手にいれた望くんは今はどこにいるんだろう…




果たせない約束を胸に抱きながら



ただ私を想って…



なのに私は…





望くんのメールを見ながらくやしくて


自分が許せなくて


やりきれなかった



自分がこんなにも小さい人間だったなんて



今はもうきっと空から私を見て



嘘つきって



きっと思ってるよね…




決めた



私もう誰も好きになんかならない



こんなに愛してくれた人を受け入れられなかった私なんか人を好きになる資格なんかない




22歳の春




初めての恋が


私の最後の恋となった



しあわせなんか




しあわせなんか


私には何もみつけられない…




心からそう思った…

No.370 10/03/14 03:45
モモンガ ( PZ9M )

その日



結局家についたのはかなり日が落ちてからだった



帰るまでに斎藤さんから何度も着信やメールがあったがどうしても返す事ができなかった…



お母さんもお父さんも衣服の乱れた真顔の私に驚いて駆け寄ってきたが



何も聞いてはこなかった




すぐに着替えをもってお風呂に入ると頭までお湯の中に潜った



こんな私なんか



泡になっていなくなっちゃえばいいのに



望くんの代わりに


私がいなくなればよかったのに



それでも



そう思っても息が苦しくなると顔を出してしまう



結局私は自分が可愛いんだ





世界で一番自分が嫌い



この気持ちを押さえることがどうしても


どうしてもできなかった





私はその日




嘘つきな私に罰を与えた




手首を切ってしまったのだ




薄れいく意識の中で



温かい


綺麗な赤が瞼の裏に残った




ごめんね



ごめんね…




そう呟きながら私は意識を失いながら浴槽の中に沈んでいった…

No.371 10/03/14 03:54
モモンガ ( PZ9M )

次に目が覚めた時は強烈な痛みを頬に感じていた


『いたたたた…』



左頬が強烈に痛い



目を覚ますと見たこともない顔で望くんが怒っていた




『こら!!バカもの!!




お前は俺のメール読まんかったのか!




生きろって書いただろうが!



誰か死んでくれなんて頼んだんだよ!』


私は慌てて身をおこそうとするが左手が痛くてなかなかうまく起き上がれない



『なん…で?


夢?



夢…だよね…



ごめんね望くん


わたし全然約束なんて守れなかったよ



望くんはあんなに私のことを思ってくれたのに…』



うつむく私に夢の中の望くんは大きなため息を1つついた




『ことり…


ことりバカだなぁ



そんな事で死のうとしたのか?



こら!こっち見る!



ことりにとって命ってそんなに軽いのか?



俺があんなに頑張ってもつかめなかった物をそんなに簡単に捨てる事ができるのか…?』

No.372 10/03/14 04:06
モモンガ ( PZ9M )

望くんにつねられた左頬がまだジンジンする




命を軽くなんてみてないよ



たった1つの命だもん




だけど私は自分が許せなかった




自分が望くん以外の人に恋をしはじめた事を認めたくなかった



そんな恩知らずな人間になりたくなかった




どうすればよかったのかわからなかった




私が下を向いて黙っていると望くんが言った



『ことり


しりとりしよ』



そう言うと望くんは私の左横に座った




いつもの位置だ




並べた肩が暖かい…



『メールで書いただろ?ありがとうって


だから

ありがとうの『う』からな』



私の顔を覗きこむと優しい笑顔でくしゃっと笑った



夢の中の望くんは白い帽子にグレーのTシャツを着て白いマフラーをしていた



『あちぃな』



帽子を取るとチクチクした坊主頭が現れ恥ずかしそうに撫でてみせた




私はそっと触れながら懐かしい昔を思い出していた




『う』だぞ?再度望くんに言われて私は少し考えた



『うそつき…』




私が言うと望くんは優しい笑顔で黙って笑った

No.373 10/03/14 04:16
モモンガ ( PZ9M )

『きらいになんかならない』



望くんが言う



『いくじなし』


『心配かけんな』



『泣き虫』



『しかたない』




『いいわけばっか』



『悲しい顔すんな』



『情けなくて自分が嫌い』



『いつだって大事だ』



『大好きだったのに…』




私がそう言うと望くんは横から肩を抱き締めてくれた




『ことり…




俺な

覚悟はしてたよ?



ことりに世界が戻って、目のなかに色んなものが蘇ったら…


きっと見えていなかった本当の気持ちに気がつく事があるだろう…って




だから




ことりが俺じゃない誰かを好きでいるとしても



それは普通のことなんだよ



寂しくないっていったら嘘になるけどね



目が見えていても
見えていなくても



人の気持ちに『絶対』なんてのはないんだよ



でも

それでいいんだ


そういう時もあるんだよ…』




望くんは抱いていた肩をポンポンと叩くと最後にバシッと背中を叩いた

No.374 10/03/14 04:27
モモンガ ( PZ9M )

『じゃあ最後な


『にげんなことり


前を見ろ



お前を大切に思う人がいる限り生きろ



俺を好きだった気持ちを嘘にしたくないならまた人を好きになれ



俺が好きだったことりの笑顔で生きろ



俺から


自分から逃げんな



わかった…?』




そういうと望くんは私を両腕にギュウっと抱き締めた




そして小さく短いキスをした



『行くわ、ことり



時間だ




今話したこと忘れんなよ?



今度アホなことしたら化けて出てやるからな』




望くんはいたずらっぽい顔でまたクシャクシャな笑顔を作った




『やだ…待って…』



追いかけようとする私に望くんは首をふって制止する



『ここからはくんな』



そう言って私に背を向けた




背中には二枚


白い羽がついていた



『天国でもどうもじいちゃんやばあちゃんがいっぱいいるみたいでさ



ヘルパー大募集だってさ



だからもう行くわ




ことり



自分に嘘はつくな



自分の目を信じろ



お前ならできる』




望くんはそう言うと背中の羽を大きく動かした

No.375 10/03/14 04:42
モモンガ ( PZ9M )

目の前が白い羽で一瞬見えなくなった



目を細めた先には大きく羽を広げた望くんが『さよなら』

と…



そう言いながら飛び立つ姿が見えたような気がした




金色に辺りが輝きだし眩しさにまた目を細めた



私はそのままの体勢で転げ堕ちるように



深い底へと体ごと下へ落ちていった…






次に目が覚めたのは白い天井が見える医薬品の臭いがする病院の一室だった



身を乗り出したお父さんとお母さん



そして




傍らには有道先生がいた




『な…?



どうして…』



私が口を開くとお母さんが一気に顔を高揚させて泣き伏せた



あまりの泣き声に驚いたが



お母さんの体の重みで左腕の痛みを再び確認することができた




そっか…


私、死のうとしたんだ…



お母さんの横でお父さんも黙ったまま声を出さずに泣いている



『お母さん…



お父さん…』



思わず涙がでそうになった




ベッドの右側にいた有道先生が口を開いた

No.376 10/03/14 04:51
モモンガ ( PZ9M )

『気がついてよかった…



生きていて…』




有道先生は店に今さっきまでいたかのような姿で私の右手を握った




『なん…で?』



顔を右に寄せるとお父さんが口を開いた




『あんまりお前が元気がなかったから気になってお母さんが覗いたんだよ



そしたらこんな…



気が動転してうまく救急車を呼べなくて



お菓子の教室に電話して救急車、呼んでもらったんだよ』




それで先生が…




そっか…




再度顔を右に向けると有道先生の目から涙が溢れていた




『こんな事…


もう二度としないでくれ…』




そういうと握った手に少し力を込めた




私はまぶたを閉じると黙ってうなずいた



傷は思ったより深くなく発見も早かったため




私は念のためにともう1日入院しただけで次の日には退院していた

No.377 10/03/14 05:21
モモンガ ( PZ9M )

退院の日病室には両親が迎えにきてくれた

手首に巻かれた白い包帯はまだ生々しいが一刻も早く家に帰りたい気持ちでいっぱいだった


久しぶりの自分の部屋はあの日のままだった



脱いだ服とカバンがあり、そして…望くんの携帯電話も



恐る恐る電話を開くと


そこにはもう未送信メールはなかった


私が読んでいるうちにうっかり消してしまったのものかも知れないが、望くんが『言いたい事は全部言ったから』…って


あえて消してしまったのかもしれない



そんな事を考えたりした



ふと見ると

ベッドの上には見知らぬ箱が1つ置いてあった


宛先はわたし…


送り主は…『加藤隆利…?』



住所を見ると望くんのお父さんからだった


中には


『ことりさんへ


これは息子が渡航する前に私が預かった荷物です

もし万が一自分に何かあったらあなたに渡してくれと頼まれました


息子の気持ちです受けとってやってください

加藤』



包みの中には白い便箋に達筆な文字で書かれた手紙が入っていた




中身は長細い筒のような段ボールの箱ねような箱だった

No.378 10/03/14 05:46
モモンガ ( PZ9M )

『なんだろう…』



左手はまだ痛むので左脇に包みを抱えながら右手でガムテープをゆっくりはがしていく





中身は画用紙だった



中を空けると一枚



色んな色鉛筆で書かれた文字でこうかかれていた




『卒業証書



中村ことり殿



あなたは今まで沢山努力をしてがんばりました




そして俺と出会いました



これからも頑張れば今まで以上の幸せをつかめるとここに宣言します




2010年3月




加藤望より卒業して下さい





これからのことりの幸せを願います



2007年3月



加藤望』





名前の下には『よくがんばりました』のピンクの桜マ―クのシ―ルが貼ってあった




私は何回も何回も書かれた言葉を繰り返して読んだ



彼はどんな気持ちでこれを渡航する前のあの病室で書いたのだろう




もしも自分が死んでしまったあとに



私が行き詰まらないように




私が迷わないように…




それだけのために…




くせのある右上がりの文字をゆっくり指でなぞった




ポタポタと卒業証書が水玉模様になっていく

No.379 10/03/14 05:59
モモンガ ( PZ9M )

それは望くんが死んだと聞いてから私が流す初めての涙だった




どんなに自分が愛されていたか



どんなに優しい人だったか




どんなに素敵な恋だったのか




それに初めて気が付いたのに



彼はもう



どこにもいなかった




声を上げて涙が渇れるまで泣いた




まぶたの裏では望くんが優しく笑っていた




生きろと



生き続けるんだと



私に命をかけて教えてくれた恋だった




こんなに人を愛する事ができるんだと教えてくれた恋だった



『望くん


望くん…』



白い卒業証書は私の忘れられない卒業証書となった…






あの日からまたたく間に3年が過ぎた




私はもう25歳になっていた





そして今日26歳を迎える



世の中は大晦日になり町は師走で賑わっている




人も町も活気にみちあふれて輝いている

No.380 10/03/14 06:12
モモンガ ( PZ9M )

私はあれから工房を退社して自分で小さなアトリエを持った



もっと本格的にガラスを学ぶためにイタリアに飛んだ



以前から気になっていた作家の工房に弟子入りを志願した



勿論イタリア語なんて話せるわけもなく生活は大変なものだった



それでも2年を過ぎたころ作品をギャラリーで発表したりと何とか生活していくだけの力はついていった




くじけそうになるときはネックレスにかけたム―ンストーンの指を空にかざして眺めて過ごした




そして今年の春



日本で個展を開き

小さな店でガラス雑貨を作りながら喫茶店を開くことになった



髪を後ろに束ね


花柄の三角巾をキュッとしばる



店に広がる甘い香りと入れたての紅茶



厨房からは聞き覚えのある元気なおじいちゃんとおばあちゃんの声




そして…



『ことり、イチゴのチ―ズタルトワンホ―ル追加しとくからな』



慌ててショウケ―スにケ―キを収めると慌ただしく車を走らせる





喫茶店の名前は『happy.cafe』



訪れる人がみんな幸せな気持ちで過ごせますように



そんな気持ちでつけた

No.381 10/03/14 06:24
モモンガ ( PZ9M )

右手の薬指には真新しいベネチアンガラスで作った指輪



透きとおった綺麗な蒼


あの日みた海と空を忘れないように…




ねぇ




望くん



今私はどんな顔で笑っていますか?



あなたが示してくれた幸せに進めていますか?




私の前には今道があります




生きるという人生の 道




時には厳しく
時には楽しく



積み重ねて
失敗しながらも



私はまた生きていきます




望くん

あなたに会えてよかった


いま心からそう思うよ



しあわせの線
しあわせの形
しあわせの色



みんな重なると笑顔になるんだね




あなたに会えたから私は気づいたんだよ



心からありがとう



ハッピーバースデー


新しいわたし



これからも沢山の笑顔を作っていけるように空から見ていてね

No.382 10/03/14 06:31
モモンガ ( PZ9M )

また新しい笑顔が店の中にはじける



『いらっしゃいませ!ようこそ』




道に迷ったり
自信のない方はいませんか?



そんな時にはぜひ当店へ



暖かい紅茶と
とびきりのケ―キでしあわせな気持ちになっていきませんか?




厨房の新婚おしどり夫婦も待っていますよ



スタッフ一同お待ちしております




中村ことり




2010.3.14




P・S
素敵なホワイトデーをお過ごしくださいね





(fin)

No.383 10/03/14 06:39
モモンガ ( PZ9M )

(あとがき)



みなさま


なかなか進まない更新にお付き合い頂き



遅筆で粗末なお話に最後まで目と耳を傾けて下さりありがとうございました🙇💦



お話を書きながら本当に色んな事を思い


考えました



人間だれしもいつもハッピーではありません



でもずっと不幸せでもありません



生きていく力は誰しも持っている最高の力だとももんがは思います




とりわけ最初からリレー形式で始め



参加して下さったみなさんにも心からありがとうございます🙇💦




今後は休止している『山川弘美の日常』を開始したいと思います



待ってくださっている方



レスを下さった方



お待たせいたしました🙇💦



そして『しあわせいろ』を読んで下さった全てのみなさんに感謝を込めて…😺❤



2010.3.14


🌱ももんがより🌱

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

お知らせ

5/28 サーバメンテナンス(終了)

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧