香織。
香織 -13歳-
香織は普通の女の子。
クラスの中では結構可愛い方。
はにかんだ時にちらっと見える八重歯は、なんだか男心をくすぐる。
少し小悪魔チックな性格である。
『香織、何の部活はいる??』
入学式を終えて体験入部の時期がやってきた。
幼なじみの理絵が聞いてくる。
『んー、まだ決めてない。』
人に自分のことをなかなか教えない、というところが『小悪魔チック』の所以か…。
『あたしテニス部の体験してみたい!』と理絵が言ったので、ついて行った。
体験入部してみてすぐにテニスの虜になり、理絵と一緒にテニス部に入ることに決めた。
新しいレスの受付は終了しました
部活をやる中で、たくさん新しい友達ができたし、なにより部活が楽しかった。
毎朝7時集合、コートに着いたらグラウンドを3周、先輩は厳しい…とキツく大変なことはあったが、毎日楽しかった。
テニス部には色々なルールがある。
特に1年生には守らねばならないルールがたくさんあり、例えば、髪は耳がり(耳のところまで髪を切らなくてはならない)・部活中は日陰に入ってはならない・先輩が物を持っていたら『持ちます!』と言いに行かなくてはならない…など、挙げたらキリがない。
そして忘れてはならないのが、『男女交際禁止』だ。
なぜかというと、前に女子テニス部に所属していた女の子が、付き合っていた男の子を試合に連れてきていて、集中できずに負けてしまったから、というのが始まりらしい。
香織 -14歳-
中学1年生は、学校生活に慣れるのと、部活との両立で忙しくあっという間に過ぎていった。
中学2年生になり、クラス替えで新しいクラスになった。
1年生の時にも同じクラスだった理絵と、亜依も一緒だった。
そして、彼も同じクラスになったんだ…
『彼』の名前は、コウ。背が175cmぐらいで、中学生にしては高いかな。肌の色は白めで、目が可愛らしい。笑うと下がる目尻は女の子を虜にする甘いマスク。
小学校の頃からモテて、何人かの子と付き合ったことがあると噂で聞いた。
コウはバレー部に所属しているみたい。
背が高いからバレー部は似合うな、と香織は思う。
新しいクラスになったのにも関わらず、コウの周りには女の子がたくさんいた。
香織は、背が高くて甘いマスク、そして女の子の扱いに慣れているコウのことが少し気になっていた。
香織は時々コウの方を見ていたが、目が合うことがしばしばあった。
香織はその度に、恥ずかしくてパッと下を向いて視線を逸らし、前髪を触って表情を隠す。
亜依『あれー!?香織、どうしたの?なんか変じゃない!?』
理絵『コウくんと見つめ合ってた!?』
香織と一緒にいた理絵、亜依は、そんな二人の様子に気付く。
『ちょっ…と!!やめてよー!』
顔を赤くして、ますます前髪を触る香織。
そんなことが続いたある日だった。
『付き合ってくれない?』
ある日のお昼休み、学校の廊下で香織はコウに告白された……………。
廊下の窓は開け放たれていて、春のあたたかな日差しと心地よい風が香織の頬をくすぐる。
しかし香織は、コウに告白されたことで頭がいっぱいで、そんなこと気にしていない。
香織もコウが気になっていたため、前髪を触りながらも小さく頷く。
この時香織は、テニス部のルールの一つである『男女交際禁止』をすっかり忘れていた。
この告白があとで悲劇を招くことになるとは、香織はこの時気付きもしない……………。
コウとの付き合いが始まっても、部活は相変わらず忙しかった。
朝7時の15分前には、グラウンド3周を走り終えてコートに入っていなくてはならない。
香織は、幼なじみの理絵と一緒にいつも時間通りに登校する。
女テニ(女子テニス部)で仲の良くなった6人グループの中でも、美紗は寝坊でいつも遅刻ギリギリ、むしろギリギリ遅刻だ。
遅刻の場合は、朝のグラウンド3周プラスもう1周走らなければならない。
だからいつも朝から4周走っている。
『美紗~あと1周がんばれ~』
眠たい目をこすってけだるそうに走る美紗を応援しながら、みんなは試合形式の練習を続ける。
後輩たちは、先輩たちをみな嫌いだった。
どうでもいいようなこと、理不尽なことでも後輩を集めていびるからだ。
香織たちが1年生の時に、先輩の後輩いびりで何人も辞めていった。
そして今日も、放課後の部活が始まった時に先輩に集められた。
『またいつものか…』と後輩たちは思う。
しかし今日は先輩たちの様子が少し違うようだった。先輩たちはみな、嫌な笑みを浮かべている。
いつもリーダーになって後輩をいびっている、中沢先輩が口火を切った。
『噂で聞いたんだけど、2年の中で男女交際してるヤツがいるらしいじゃん?』
先輩がニヤッと口角を上げた。
(やばいっっ!!!!!)
そう思うと同時に、香織は体中から冷や汗が吹き出てくるのを感じた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドク、ドク、ドク、ドッドッドッドッドッドッ…
香織の鼓動がどんどん早まる。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……………先輩にばれてたんだ!!!)
香織がギュッと強く目をつぶったその時。
中沢先輩がコートに響くような大声で
『山田ァ!!!…………
黙ってるけど、誰のことかわかってるよなぁ!!??』
と怒鳴りつけた。
小さく畏縮して下を向いている子に、みんなの視線が集まった。
山田と呼ばれたのは、山田優子。優子は黒目が大きくパッチリしていて、明るい性格。
香織は思った…。
(あたしじゃなかったんだ………良かった……)
香織はみんなに気付かれないよう、小さくため息をついた。
汗がスーッとひいていくのがわかった。
中沢先輩といつもつるんで後輩をいびっている、岩田先輩が口をひらいた。
『山田さん…。女テニのルール、知ってるよね?』
優しく言っているようだが、先輩は顔が笑っていない。
優子は下を向いたまま小さく『はい………』と答えた。体が小刻みに震えている。
翌日、優子は部活を辞めていた。
香織は、いつか先輩たちにコウのことがばれるのではないかと怖くなった。
女テニ仲間や友達はみな黙っていてくれたが、いつどこから先輩たちの耳に入るかわからない。
コウは好きだけど…テニスは辞めたくない………。なにより先輩が怖かった。
香織はコウに別れを告げることにした………。
その日の放課後、部活が終わり、いつも通り先輩たちがみんな帰ったのを確認し、校門へ向かう。
『香織!』
コウがいつも通り校門で待ってくれている。
香織の姿が見えると、コウは右手をあげ、小さく手を振っている。
校門では先生たちが、生徒たちがきちんと帰るように見送ったり、談笑したりしている。
校門を出ると、すぐ目の前はゆるやかで長い下り坂になっている。
香織の足取りは重い。
『………り、……香織?』
香織はハッとしてコウの顔を見る。
『大丈夫?上の空だけど…なんかあった?』
歩きながら、コウは心配そうに香織の目を見る。
香織はうつむいて口をひらかない。
坂の1番下に着き、香織はゆっくりと歩みを止めた。
香織の少し前を歩いていたコウも足を止め、香織の方を振り返る。
周りには誰もいない。遠くの方で、車のエンジン音が聞こえる。
『別れてほしい………』
『…えっ!?なんで!?!?』
コウは、思ってもなかったことのようで、心底驚いていることがわかった。
『今日なんかあった?誰かになんか言われた?』
香織はうつむいたままふるふると首を振った。
『じゃあどうして!?』
コウは香織の両肩をガッと掴んだ。
その時コウはポタッと水滴が手についたのを感じた。
香織の肩から手を離し、その手を香織の頬に持っていき、ゆっくりと香織の顔を上げた。
香織は目いっぱいに涙をためて、鼻先は少し赤くなり、体は小刻みに震えている。
コウと別れると思うと本当に悲しかったが、こういう時に涙を出して身体を震えさせれば、『可愛い』と本能が知っていた。
コウは無言で香織の手をひき、学校近くの公園に連れて行った。
公園に着くとベンチに座り、二人ともしばらく沈黙している。
先に話し出したのはコウだった。
『別れたいって…理由を教えてくれる?』
コウは落ち着きを取り戻したようだ。
香織はゆっくりと、女テニのルールのこと、先輩たちのこと、優子のこと、コウのことは好きだけど、テニスも好きだし先輩の存在が怖い…ということを話した。
コウは黙って聞いていたが、しばらく経ってから口をひらいた。
『そういうことだったんだね……。俺、自分のことばっかりで、香織のこと全然考えてあげられなかった…ごめん。』
『俺が香織を守る!だから…別れるなんて言わないでくれ…。』
コウは香織を抱き寄せ、優しく包み込んだ。
香織はコウの腕の中で小さく頷く。
コウは香織の体を離すと、自分の唇を香織の唇にゆっくり重ねた。
これが、香織の初めてのキスとなる。
初めてのキスは唇が重なるだけのものだったが、香織の心をあったかいもので満たしてくれた。
夜7時をまわるところだが、7月でまだ空は明るく、香織の心の中と同じオレンジ色をしている。
香織は結局、コウもテニスも手放すことをしなかった。
コウと付き合いはじめてから、3ヶ月が経った夏のことだった。
8月になり、夏休みになった。
香織は夏休みの間、毎日のようにコウと遊んだ。ただ土曜日は学校に部活をやりに行かなければならなかったが。
そのうちに、コウはだんだんと香織に注文してくるようになっていった。
髪をのばせ、爪ものばした方が良い、スカートも少し短くしろ……
香織はコウの指示に従った。
耳の真ん中辺りまでだった髪も、夏休みが終わるころには耳が隠れるぐらいまでのびた。
コウの指示で、元の色白の肌を保つために日焼け止めも何重にも塗りたくった。
そうして楽しい夏休みは過ぎていき、9月になってまた学校が始まった。
夏休みが終わってから、なんだかコウは変わっていった。
今までもモテていたから、よく女の子たちに囲まれていたり、しゃべったりしているところは何度も見たが…
だんだんと大胆になっていき、女子の髪や顔などを触っている。
触られている子は、頭に花のモチーフがついたピンクのカチューシャをつけて、ロングヘアーを揺らしている。
『やだー、コウくん!』
その子は笑いながらコウの肩をポンとたたいたりして、はたから見るとまるでカップルのようだ。
そんなところを見せつけられると、香織は嫌になって目を背ける。
香織の心の中に、少しずつ真っ黒なものが産まれていく………
別の日。
香織と理絵と仲の良い、亜依とコウが二人でしゃべっている。
あまり見かけない組み合わせなので、香織は
(なんであの二人が…?)
と疑問に思った。
亜依がコウから茶色の紙袋を受け取っている。
亜依はコウから受け取ったそれを、サッとカバンの中にしまった。
(なんだろう…?)
香織は、コウと亜依がなにか秘密の隠し事をしているような気がした。
亜依が、香織と理絵の方にパタパタと走ってくる。
『二人ともごめんね~。次、科学室に移動だよね』
亜依は急いで、次の授業で使う教科書やペンケースなどを机の上に出していく。
『おまたせっ!じゃ、行こっかぁ』
3人は横に並んで科学室に向かった。
香織はどうしても気になって、亜依に聞いてみた。
『亜依、さっき…コウくんからなにかもらってなかった?』
亜依は香織の方をチラッと見て、
『あーぁ、さっきの??…まんがだよ!コウくんが貸してくれたんだ~。ホラ、うちのガッコって、まんがとか持ってくるの禁止じゃん。だから見つからないように急いでしまったんだよね』
亜依はニコニコしながらさっきのことを語った。
『そっかー!そうだったんだ』
香織は心の中で、ホッと胸をなでおろした。
亜依や理絵もそうだが、香織もまんがが好きだから時々みんなで貸し合っている。
だから納得した。
『じゃー理絵も今度コウくんにまんが借りよー!』
身長142cmで小さめな理絵が、左腕に教科書などを持ち、右腕をのばしてバタバタしている。
あとから気付くことだが、理絵も亜依も、コウのことが好きだったらしい。
亜依は、顔はまあいたって普通。
身長は150cm、香織と同じ。中肉中背。
香織や理絵と同じテニス部。
しかし『ピアノやバレエの習い事をしているので』という理由で、耳がりを免除してもらっていた。
本当はただ自慢のロングヘアーを切りたくなかっただけのようだが。
そしてそのまま何事もなく…修学旅行を迎えることになる。
これが波乱の幕開けであることを、香織は何も知らない………
修学旅行先は、京都・大阪。
クジで決めた6人のグループにわかれ、京都・大阪で先生たちが決めた範囲内で、自分たちで自由に行動を決める。
京都・大阪の出発地点までは、全員で新幹線、大型バスなどを乗り継いで行く。
クジで決めた為、香織、理絵、亜依は別々のグループになった。
しかし香織には運悪く、亜依とコウが同じグループになってしまった。
亜依が心の中で不敵な笑みを浮かべたのを、誰も気付くはずもない。
香織のグループは大阪廻り、理絵のグループは大阪~京都廻り、亜依のグループは京都廻りになった。
香織は、亜依とコウが同じグループになったのが不安で仕方なかった。
そして、修学旅行の日を迎える。
行きの新幹線で、周りが気を遣って、香織とコウをくっつけて写真を撮ってくれた。
『香織赤くなってる~』『かわい~』とみんなではやしたててくるから、余計恥ずかしくなって香織は下を向いて前髪を触って顔を隠す。
それを横目で見つめる亜依…
京都・大阪の中継地点に着き、グループに分かれ、それぞれ行動を始める。
香織のグループはお寺や神社などを見てまわり、食べ歩きをしたりする。
香織はコウのことを考えていたので、実はあまりよく覚えてないのだが。
(今ごろ…コウくんどのあたりにいるんだろう…)
香織はコウの笑顔を思い浮かべた。
香織のグループのリーダーの男子が、地図やパンフレットなどを見て、
『予定より早めに全部まわっちゃったから…近くに神社があるみたいだから行ってみようか』
と提案したので、みんなで行ってみることになった。
神社に着くと、香織たちの学校の生徒がいっぱいいた。
なんでもこの神社、『恋の神様』がいると言われているらしいのだ。
(道理でうちのガッコの子ばっかり…)
と香織が周りを見渡していると
『あ、香織!コウくんいたよ!』と香織と同じグループの子が神社内のお土産の売り場の方を指差した。
『本当だ…ちょっと行ってくる!!』
香織はコウのところに駆け寄って行った。
『コウくん!』
香織が声をかけると、コウは驚いた様子で振り向いた。
なにかをカバンの中にサッと入れたのを香織は見逃さなかった。
『コウくん、今カバンになに入れたの?なにか買ったの?』
香織は気になって聞いてみた。しかし
『ん…、秘密ー』
と、はぐらかされて香織は少しショックを受けたが、
『香織、夜食べ終わったらラウンジに来て』
と言われて顔が赤くなる。
(あたしって単純だな…)
香織はコウに気付かれないように、自分の頬を軽くつねる。
夕方になり、学校の生徒はみんなホテルに集まった。
夜は和洋折衷のバイキング。全部おいしくて、香織は少し食べ過ぎる。
(おいしかったー!でも、ちょっと食べ過ぎちゃった)
香織はトイレに寄り、みだしなみを整えてからラウンジに向かった。
ラウンジには、二人掛け用のソファー、大きいテーブルがいくつかある。
床から天井まである窓はピカピカに磨かれており、優しい色の照明がうつり、真っ暗な外の景色に映える。
外の庭には池があり、時々鯉がパシャッと跳ねる音が聞こえる。
ソファーに座っているコウが、香織を見つけると立ち上がって微笑みながら手をふる。
香織は小さく手をふり、はにかみながらコウの隣に座る。
『コウくん、どうしたの?』
あれからとても気になっていたので、香織から聞いてみた。
『手をだして、目をつぶって』
香織はコウの言う通りにする。
(何だろう…?すごくドキドキする……)
チャリ
『目をあけて』
香織がそうっと目を開けると、手の上にキーホルダーのようなものが乗っていた。
それは全体的に金色で、ハートの形をしており、ハートの中に鈴が入っているキーホルダーだった。
チリンと可愛らしい音がなる。
『かわいい!これ、どうしたの??』
香織が聞くと、
『実はそれ…あの神社で売ってて。俺と香織がいつまでも仲良しでいられますようにって』
コウは照れながら、
『お揃いなんだ』と銀色のキーホルダーを見せてくれた。
香織はこの時ようやく、神社でコウが隠したものの正体を知った。
(あたしのために買ってくれてたんだ…。あの時は隠したみたいだったから、一瞬疑っちゃった。バカみたい…)
『コウくん、ありがとう!すごくうれしい!!あたし…大切にするね』
素直に喜んだ。うれしかった。
香織はキーホルダーを顔の前まで持っていくと、チリンと鈴の音がなる。
でも、この時の香織はまだ知らない…。
このキーホルダーが、最悪をもたらすことを……………
香織とコウは手をつないで部屋に向かった。
部屋はグループごと、さらに男女ごとにわけられている。
しかし男子と女子の部屋は結構離れている。
コウは香織を女子の部屋まで送り、バイバイと手をふり、自分の部屋に戻っていった。
香織はコウからもらったキーホルダーを、さっそく学校の指定のかばんに付けた。
香織は人差し指でつんとキーホルダーをさわると、ニコーッと微笑んだ。
しかしすぐに顔を戻し、顔がゆるんでいるのを周りの子に見られていないかキョロキョロと見渡す。
香織は幸せな気分のまま就寝した。
日付がかわったころ。
香織はトイレで目を覚ました。
眠たい目をこすりながらトイレを探す。
用を足して、ベッドに戻る…
とその時。
香織の耳に、廊下からなにやら声が入ってきた気がした。
『…ありがとう~』
『…気に入ってくれたかな』
『…うん、すごいうれし~』
(なんだか聞き慣れた声がする…?
でもこんな時間だと先生に見つかったら怒られちゃうから、まさか生徒じゃないよね…)
香織はそんなことを思ったが、何の気無しに、重いまぶたをこすりながら廊下へのドアをゆっくりと少しだけ開けた。
するとそこには、寝ぼけた香織の目を一瞬にして覚ます光景があった…。
(コウ?と…………亜依!?)
香織の目に、廊下の壁にもたれかかっているコウと、コウの目の前にいる亜依の姿が飛び込んできた。
亜依は、モコモコしているような素材の部屋着らしいものを着ている。
スラッとした長くて白い足を強調して見せているような感じだ。
亜依の手の中で、キラッとなにかが光った。
『…じゃ、また明日ね~』と亜依が言い、香織の方を向きそうになったので、香織は急いで、しかし静かにドアを閉めた。
(今見た光景はなんだったのだろう…………)
香織の心臓はドクンドクンとしずまらない…
そのあと香織は一睡もできなかった…
(なんで……コウと亜依が深夜に……
仲良さそうだったし………)
香織の頭の中をあの場面が、何度も何度も繰り返される。
香織は頭から布団をバサッとかぶるが、あの光景は消えてくれない。
その夜香織は、ずっと考えたりふらふらとベッドの周りを歩いたりを繰り返し、夜が明けた。
修学旅行最終日は、クラスごとに色々見て周り、終わったら大型バスと新幹線でみんなで帰って行き、学校に着いたら解散、というものだった。
コウは香織に普通に話し掛けてきた。
いつもと変わらない笑顔で。
『かーおり!一緒に見て回ろう』
『…うん……』
香織はコウに、目の下のクマに気付かれないように伏せ目がちにする。
コウは無邪気に香織に笑顔を向ける。
まるで昨日のことはなにもなかったかのように…。
『あ、あそこでアイス売ってるよ!』
(良かった、気付いてないみたい…。
昨日のことはもしかしたら夢だったのかな…?)
香織はふるふると首をふり、昨日の出来事を心の奥に押し込めようと思った。
『コウくん、待って!』
香織はコウのところにタタタッと小走りで駆け寄った。
それを見つめる二人の影…
その後は何事もなく、香織は無事に修学旅行を終える。
しかしいつもの学校生活に戻ってから、香織の周りで事件が起きる…
『あれ…?ない………』
香織のシャーペンが見当たらない。
(ペンケースの中に入れたはずだけど…家に忘れたのかな…)
しかし家にもなく…。
次の日も、また次の日も、香織の持ち物がなくなっていった。
(忘れたわけじゃない…。なくしてるわけでもない…。
もしかして、盗まれてる……!?)
ある日には、数時間前の授業にはあったはずの、香織のお気に入りのキティーちゃんのクリアファイルがなくなった。
(絶対盗まれてるとしか思えない!!一体誰なのよ…)
その二日後…盗んでいた犯人がわかることになる………
学校の校舎はコの字の形をしている。
壁と壁に挟まれた中庭には、小さな池がある。
昔、拷問や死刑が普通に行われていた時代に、その池に丸太をさし、さらし首をしていたという言い伝えがあることから『首斬り池』と言われている。
香織が盗みに気付いた2日後。
その日は、先生と生徒で今後の進路について話し合う二者面談を行う日。
その日は2年生のほとんどの子が二者面談だったため、2年生だけ部活は休みになっていた。
香織は17時半から。
亜依と理絵も時間が近かったため、先に面談を終えた二人は廊下で、香織が面談を終えるのを待つという。
香織は廊下のロッカーにかばんを置いていく。
面談を終え、香織は教室のドアを開け、先生に一礼して教室をでた。
教室のすぐ目の前の廊下で理絵と亜依がしゃべって香織を待っている。
『お待たせ!じゃあ帰ろうかぁ』
香織はそう言って、ロッカーの上に置いていたかばんを持ち上げ、歩きだす…
しかし…違和感。
(なんかさっきまでと違う…。音……?
あっ、鈴の音がしない!?)
香織はそう感じてパッとかばんを見ると…
コウからもらったキーホルダーがない。
香織は急いで、かばんを見る。
(やっぱりない…!)
香織は、ロッカーの上、中、かばんの中、廊下、机の中…と探し回ったが、どこにも見当たらない。
『香織?どうしたの?なんかなくした??』
理絵と亜依…
『あたしのかばんについてた、ハートの中に鈴が入ってる金色のキーホルダー知らない!?』
『えっ…知らない。だよね…亜依』
『うん、知らない』
理絵と亜依はどうやら知らない様子…
そのあともしばらく探したが見つからなかったため、香織はまた明日探してみることにし、とりあえず帰ることになった。
3人で玄関に向かって歩いていく。
『どこでなくしたんだろ…』
『また明日探そうよ!もしかしたら誰かが拾って届けてくれるかもしれないし』
『そうだよね…』
香織は、はぁーと深くため息をつく。
(もしキーホルダー見つからなかったら、コウになんて言おう…)
そうして玄関につき、いつもどおりに上履きを脱ぎ、学校指定のシューズを手にとる…
しかし異変を感じた香織は、シューズを落とす。
手がガクガクと震える。
『香織?どうしたの?』
理絵と亜依が香織のところに来る。
香織はその場にしゃがみこみ、手で顔をおおっている。
香織のすぐ近くには、香織のものらしき上履きが落ちている。
上履きからは…本来上履きからでてくるはずのない液体がドロッと流れている。
その液体はツンと鼻につくにおいをはなっている。
ドレッシングのようだ。
『これ…ドレッシング?なんで…』
理絵と亜依は驚いている様子。
『…う、…だ…』
香織は下を向いてしゃがみ震えている。
『…も、う…、やだ……』
初めはすすり泣きだったのが、だんだんしゃくりあげるようになっていき、しまいには嗚咽をもらしながら大粒の涙を流す。
『香織?』
そのとき玄関の外から、香織に声をかける者がいた。
コウだ。
どうやら香織が面談を終えるのを待っていたようだった。
『どうしたの?香織、なんで泣いてるの?』
コウがきて、今まであまり言葉を発しなかった亜依が急にしゃべり始めた。
『コウくん!あのね…。香織の靴に、ドレッシングが入れられてたの…』
かわいそう、というような表情になる亜依。
『そうだったんだ…。香織、大丈夫?立てる?』
コウが香織に近づき、隣にしゃがんで立たせようとする。
香織はコウに立たせてもらいながら、ひたすら謝る…。
『…なさい……ごめんなさい…ごめんなさい…』
『なんで香織が謝るんだよ?香織はなにも悪くないだろ?』
『…コウくんから、もらったキーホルダー……なくしちゃったの…』
香織はうつむき、とぎれとぎれに答えた。
『なくした…?』
香織の言葉を聞いて、コウの態度が一瞬にして変わったようだった。
『自分がなにやってんのかわかってんのかっっ!』
香織はギュッと目をつぶった。
怖くて身体が小刻みに震えているのがわかる。
『あれは香織にあげたんだよっ!返してやれ!』
(…え?)
コウの言葉に疑問を感じた香織は、ゆっくりと目をあける…
コウが亜依の両肩をつかんでいる…?
『亜依なんだろっ?こんなことするの!』
コウは興奮している様子…
(…え?なに?よくわかんない…
コウが…なんで亜依に怒ってるの…?)
『ごめんなさいっ!だって香織がうらやましくって…』
亜依の目から一粒の涙がこぼれた。
(あたしがうらやましい…?亜依、なに言ってるの…?)
『香織…。ごめんなさい。
でも亜依も…コウくんのことが好きなんだもん…。』
目をウルウルさせてはいるが、涙はそれ以上でてきていない。
なんなんだ、この女は?
香織は、いま見ている光景や、コウが言っていたことが頭の中をぐるぐるして、なんだかボーッとしてきた…。
『それで、香織にあげたキーホルダーはどこにやったんだよ!』
『………』
亜依は言葉をつまらせた。
『…首斬り池』
ここで、今まで黙って見ているだけだった理絵が口をひらいた。
コウ、亜依、香織の3人が理絵を見る。
理絵はうつむいていて、表情がよくわからない…
『香織…ごめんね。亜依が香織のキーホルダーを池に捨てるのを、止められなかった…いや、止めなかった』
『あたしも、コウくんが好きだから…』
亜依に続いて理絵まで告白してきて、香織はショックなのと『何故?』という疑問と色々なもので頭の中がグチャグチャになって、なんだかボーッとしてきた。
『…亜依もあたしも、1年生のときからコウくんのことが気になってた。
香織とコウくんが付き合うって聞いたときは、胸が苦しくなった…』
理絵は、ハァ、と一息ついて、また話し始めた。
『…それから亜依もコウくんのことが好きだって知って…二人で香織に嫌がらせしようってことになったの…』
ここで、黙って聞いていた亜依が口を開いた。
『理絵。理絵も知らないことがあるから…ここからは私が話す』
『理絵も知らないこと?…わかった』
理絵はすぐにでも『なに?』と聞きたそうな顔をしている。
このころから、コウがなんだかそわそわしだした。
『理絵が言ったように、あたしはコウくんが好き。
香織とコウくんが付き合う前から…。
あたしがもっと早く告白してればあたしと付き合ってたのに…って何度も後悔した。
それで…あたしからコウくんにアプローチすることにしたの…。』
亜依は、理絵も知らなかったという事実を語りだした。
『…やめろよ!』
そこでコウが亜依の言葉を制止した。
コウは、怒りか恐怖か?小さく震えているようだ。
『どうして?ここまで言ったんだからもう良いじゃない』
『もうやめてくれ!』
しかし亜依はコウの制止など構わず話しつづけた。
『夏休みの間…1回だけコウくんの家に行って………私たち、したの』
香織は、亜依がなにを言ったのか、しばらく理解できなかった。
実際には、理解したくなかった…現実から目を背けたかっただけなのかもしれない…。
香織の心の中に芽生えた小さな黒いものは、亜依の行動や言葉を糧にして少しずつ成長していく。
香織が二度と光を手にすることができないように…
>> 49
『えっ…ちょっとどういうこと!?亜依!抜け駆けはナシって約束したじゃん!』
理絵はなにも知らなかったようで、興奮して取り乱している。
『理絵にも…嘘ついちゃったね。ごめん…。でもどうしてもコウくんが欲しかったの…コウくんの一番が香織だったとしても』
『香織、違うんだ!おれが本当に好きなのは香織だけなんだ!』
亜依の言葉を遮るようにコウが言う。
香織の頭の中は、まるでこんがらがってほどけなくなった糸のようになっていた。
(理絵も亜依もコウくんを好きで…?
コウくんと亜依はもう経験していて…?
それなのにコウくんはあたしを一番だと言う…?
頭の中が破裂しそう………)
- << 51 香織は静かに言った。 『結局…なにも知らないで呑気に過ごしていたのは、あたしだけだったってことなのね……』 香織の表情は重く険しい。 『コウくんも…あたしを好きだとか言いながら亜依を…っ!』 香織は言葉を詰まらせた。このまま泣きつづければ、いつか涙が枯れるのだろうか…? 『違うんだ!そのことは本当に悪かったと思ってる!でもおれが本当に好きなのは香織で…』 『もうそんな言い訳聞きたくない!!亜依が好きなら亜依と付き合えば良い!』 香織はどんどん声を荒げていく。香織がコウにこんな大声だした姿を見せたのは初めてだ。 早くこんな場所からいなくなりたい………
新しいレスの受付は終了しました
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
- レス新
- 人気
- スレ新
- レス少
- 閲覧専用のスレを見る
-
-
運命0レス 35HIT 旅人さん
-
九つの哀しみの星の歌1レス 58HIT 小説好きさん
-
夢遊病者の歌1レス 74HIT 小説好きさん
-
カランコエに依り頼む歌2レス 86HIT 小説好きさん
-
北進ゼミナール フィクション物語11レス 112HIT 作家さん
-
マントラミルキー
マントラミルキーは、お釈迦様からお坊さんになるため得度と言われる儀式受…(小説好きさん0)
26レス 676HIT 小説好きさん (60代 ♂) -
西内威張ってセクハラ 北進
高恥順次恥知らずで飲酒運転 酉肉威張ってマスク禁止令 今ほど罰則も社会…(自由なパンダさん1)
93レス 3049HIT 小説好きさん -
北進ゼミナール フィクション物語
勘違いじゃないだろ飲酒運転してたのは本当なんだから日本語わからないのか…(作家さん0)
11レス 112HIT 作家さん -
神社仏閣珍道中・改
【鑁阿寺 春の大祭】 つい最近参拝しておりましたこともあり、当初…(旅人さん0)
258レス 8752HIT 旅人さん -
私の煌めきに魅せられて
「うんっ!また!」 私は彼に背を向けながら手をヒラヒラ振った。少し泣…(瑠璃姫)
47レス 500HIT 瑠璃姫
-
-
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②4レス 131HIT 小説好きさん
-
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?11レス 130HIT 永遠の3歳
-
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令1レス 143HIT 小説家さん
-
閲覧専用
今を生きる意味78レス 513HIT 旅人さん
-
閲覧専用
黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 962HIT 匿名さん
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 131HIT 小説好きさん -
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 130HIT 永遠の3歳 -
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 143HIT 小説家さん -
閲覧専用
おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1398HIT 檄❗王道劇場です -
閲覧専用
今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 513HIT 旅人さん
-
閲覧専用
サブ掲示板
注目の話題
-
母親は子どもを健康に産んだだけでも素晴らしいし偉い?
よく言われてました 「あんたは健康に産んでもらったんだから幸せよ。ありがたいことよ。親に感謝しない…
42レス 1388HIT 育児の話題好きさん (30代 女性 ) -
美人や可愛い子は恋愛で苦労しない
男性が彼女候補を選ぶ時って顔やスタイルなどの容姿がクリアしたら内面を見ていくって感じじゃないですか?…
67レス 1823HIT 恋愛したいさん (30代 女性 ) -
婚約者と別れました
婚約者と別れました 先週彼とお別れし、一昨日彼が荷物を取りに来た際、体を求められ、とりあえず告白し…
21レス 1024HIT 恋愛初心者さん (30代 女性 ) -
私が悪いことをしてしまった?
他の方から見て、自分が悪いことをやらかしてしまったのか知りたいです。 昨日、ネット友達Aに「お…
10レス 463HIT 匿名さん -
怒られた意味がわかりません。
旦那の親戚から出産祝いを頂いたので内祝いを送りましたが、めちゃめちゃ怒られました。 お返しはい…
9レス 415HIT 聞いてほしいさん -
パパ活と間違えられる
結構だいぶ前からなんですけれどパパ活っていうのがニュースで流れてきたときに個人の意見としては援助交際…
14レス 447HIT 教えてほしいさん - もっと見る