香織。
香織 -13歳-
香織は普通の女の子。
クラスの中では結構可愛い方。
はにかんだ時にちらっと見える八重歯は、なんだか男心をくすぐる。
少し小悪魔チックな性格である。
『香織、何の部活はいる??』
入学式を終えて体験入部の時期がやってきた。
幼なじみの理絵が聞いてくる。
『んー、まだ決めてない。』
人に自分のことをなかなか教えない、というところが『小悪魔チック』の所以か…。
『あたしテニス部の体験してみたい!』と理絵が言ったので、ついて行った。
体験入部してみてすぐにテニスの虜になり、理絵と一緒にテニス部に入ることに決めた。
新しいレスの受付は終了しました
部活をやる中で、たくさん新しい友達ができたし、なにより部活が楽しかった。
毎朝7時集合、コートに着いたらグラウンドを3周、先輩は厳しい…とキツく大変なことはあったが、毎日楽しかった。
テニス部には色々なルールがある。
特に1年生には守らねばならないルールがたくさんあり、例えば、髪は耳がり(耳のところまで髪を切らなくてはならない)・部活中は日陰に入ってはならない・先輩が物を持っていたら『持ちます!』と言いに行かなくてはならない…など、挙げたらキリがない。
そして忘れてはならないのが、『男女交際禁止』だ。
なぜかというと、前に女子テニス部に所属していた女の子が、付き合っていた男の子を試合に連れてきていて、集中できずに負けてしまったから、というのが始まりらしい。
香織 -14歳-
中学1年生は、学校生活に慣れるのと、部活との両立で忙しくあっという間に過ぎていった。
中学2年生になり、クラス替えで新しいクラスになった。
1年生の時にも同じクラスだった理絵と、亜依も一緒だった。
そして、彼も同じクラスになったんだ…
『彼』の名前は、コウ。背が175cmぐらいで、中学生にしては高いかな。肌の色は白めで、目が可愛らしい。笑うと下がる目尻は女の子を虜にする甘いマスク。
小学校の頃からモテて、何人かの子と付き合ったことがあると噂で聞いた。
コウはバレー部に所属しているみたい。
背が高いからバレー部は似合うな、と香織は思う。
新しいクラスになったのにも関わらず、コウの周りには女の子がたくさんいた。
香織は、背が高くて甘いマスク、そして女の子の扱いに慣れているコウのことが少し気になっていた。
香織は時々コウの方を見ていたが、目が合うことがしばしばあった。
香織はその度に、恥ずかしくてパッと下を向いて視線を逸らし、前髪を触って表情を隠す。
亜依『あれー!?香織、どうしたの?なんか変じゃない!?』
理絵『コウくんと見つめ合ってた!?』
香織と一緒にいた理絵、亜依は、そんな二人の様子に気付く。
『ちょっ…と!!やめてよー!』
顔を赤くして、ますます前髪を触る香織。
そんなことが続いたある日だった。
『付き合ってくれない?』
ある日のお昼休み、学校の廊下で香織はコウに告白された……………。
廊下の窓は開け放たれていて、春のあたたかな日差しと心地よい風が香織の頬をくすぐる。
しかし香織は、コウに告白されたことで頭がいっぱいで、そんなこと気にしていない。
香織もコウが気になっていたため、前髪を触りながらも小さく頷く。
この時香織は、テニス部のルールの一つである『男女交際禁止』をすっかり忘れていた。
この告白があとで悲劇を招くことになるとは、香織はこの時気付きもしない……………。
コウとの付き合いが始まっても、部活は相変わらず忙しかった。
朝7時の15分前には、グラウンド3周を走り終えてコートに入っていなくてはならない。
香織は、幼なじみの理絵と一緒にいつも時間通りに登校する。
女テニ(女子テニス部)で仲の良くなった6人グループの中でも、美紗は寝坊でいつも遅刻ギリギリ、むしろギリギリ遅刻だ。
遅刻の場合は、朝のグラウンド3周プラスもう1周走らなければならない。
だからいつも朝から4周走っている。
『美紗~あと1周がんばれ~』
眠たい目をこすってけだるそうに走る美紗を応援しながら、みんなは試合形式の練習を続ける。
後輩たちは、先輩たちをみな嫌いだった。
どうでもいいようなこと、理不尽なことでも後輩を集めていびるからだ。
香織たちが1年生の時に、先輩の後輩いびりで何人も辞めていった。
そして今日も、放課後の部活が始まった時に先輩に集められた。
『またいつものか…』と後輩たちは思う。
しかし今日は先輩たちの様子が少し違うようだった。先輩たちはみな、嫌な笑みを浮かべている。
いつもリーダーになって後輩をいびっている、中沢先輩が口火を切った。
『噂で聞いたんだけど、2年の中で男女交際してるヤツがいるらしいじゃん?』
先輩がニヤッと口角を上げた。
(やばいっっ!!!!!)
そう思うと同時に、香織は体中から冷や汗が吹き出てくるのを感じた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドク、ドク、ドク、ドッドッドッドッドッドッ…
香織の鼓動がどんどん早まる。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……………先輩にばれてたんだ!!!)
香織がギュッと強く目をつぶったその時。
中沢先輩がコートに響くような大声で
『山田ァ!!!…………
黙ってるけど、誰のことかわかってるよなぁ!!??』
と怒鳴りつけた。
小さく畏縮して下を向いている子に、みんなの視線が集まった。
山田と呼ばれたのは、山田優子。優子は黒目が大きくパッチリしていて、明るい性格。
香織は思った…。
(あたしじゃなかったんだ………良かった……)
香織はみんなに気付かれないよう、小さくため息をついた。
汗がスーッとひいていくのがわかった。
中沢先輩といつもつるんで後輩をいびっている、岩田先輩が口をひらいた。
『山田さん…。女テニのルール、知ってるよね?』
優しく言っているようだが、先輩は顔が笑っていない。
優子は下を向いたまま小さく『はい………』と答えた。体が小刻みに震えている。
翌日、優子は部活を辞めていた。
香織は、いつか先輩たちにコウのことがばれるのではないかと怖くなった。
女テニ仲間や友達はみな黙っていてくれたが、いつどこから先輩たちの耳に入るかわからない。
コウは好きだけど…テニスは辞めたくない………。なにより先輩が怖かった。
香織はコウに別れを告げることにした………。
その日の放課後、部活が終わり、いつも通り先輩たちがみんな帰ったのを確認し、校門へ向かう。
『香織!』
コウがいつも通り校門で待ってくれている。
香織の姿が見えると、コウは右手をあげ、小さく手を振っている。
校門では先生たちが、生徒たちがきちんと帰るように見送ったり、談笑したりしている。
校門を出ると、すぐ目の前はゆるやかで長い下り坂になっている。
香織の足取りは重い。
『………り、……香織?』
香織はハッとしてコウの顔を見る。
『大丈夫?上の空だけど…なんかあった?』
歩きながら、コウは心配そうに香織の目を見る。
香織はうつむいて口をひらかない。
坂の1番下に着き、香織はゆっくりと歩みを止めた。
香織の少し前を歩いていたコウも足を止め、香織の方を振り返る。
周りには誰もいない。遠くの方で、車のエンジン音が聞こえる。
『別れてほしい………』
『…えっ!?なんで!?!?』
コウは、思ってもなかったことのようで、心底驚いていることがわかった。
『今日なんかあった?誰かになんか言われた?』
香織はうつむいたままふるふると首を振った。
『じゃあどうして!?』
コウは香織の両肩をガッと掴んだ。
その時コウはポタッと水滴が手についたのを感じた。
香織の肩から手を離し、その手を香織の頬に持っていき、ゆっくりと香織の顔を上げた。
香織は目いっぱいに涙をためて、鼻先は少し赤くなり、体は小刻みに震えている。
コウと別れると思うと本当に悲しかったが、こういう時に涙を出して身体を震えさせれば、『可愛い』と本能が知っていた。
コウは無言で香織の手をひき、学校近くの公園に連れて行った。
公園に着くとベンチに座り、二人ともしばらく沈黙している。
先に話し出したのはコウだった。
『別れたいって…理由を教えてくれる?』
コウは落ち着きを取り戻したようだ。
香織はゆっくりと、女テニのルールのこと、先輩たちのこと、優子のこと、コウのことは好きだけど、テニスも好きだし先輩の存在が怖い…ということを話した。
コウは黙って聞いていたが、しばらく経ってから口をひらいた。
『そういうことだったんだね……。俺、自分のことばっかりで、香織のこと全然考えてあげられなかった…ごめん。』
『俺が香織を守る!だから…別れるなんて言わないでくれ…。』
コウは香織を抱き寄せ、優しく包み込んだ。
香織はコウの腕の中で小さく頷く。
コウは香織の体を離すと、自分の唇を香織の唇にゆっくり重ねた。
これが、香織の初めてのキスとなる。
初めてのキスは唇が重なるだけのものだったが、香織の心をあったかいもので満たしてくれた。
夜7時をまわるところだが、7月でまだ空は明るく、香織の心の中と同じオレンジ色をしている。
香織は結局、コウもテニスも手放すことをしなかった。
コウと付き合いはじめてから、3ヶ月が経った夏のことだった。
8月になり、夏休みになった。
香織は夏休みの間、毎日のようにコウと遊んだ。ただ土曜日は学校に部活をやりに行かなければならなかったが。
そのうちに、コウはだんだんと香織に注文してくるようになっていった。
髪をのばせ、爪ものばした方が良い、スカートも少し短くしろ……
香織はコウの指示に従った。
耳の真ん中辺りまでだった髪も、夏休みが終わるころには耳が隠れるぐらいまでのびた。
コウの指示で、元の色白の肌を保つために日焼け止めも何重にも塗りたくった。
そうして楽しい夏休みは過ぎていき、9月になってまた学校が始まった。
夏休みが終わってから、なんだかコウは変わっていった。
今までもモテていたから、よく女の子たちに囲まれていたり、しゃべったりしているところは何度も見たが…
だんだんと大胆になっていき、女子の髪や顔などを触っている。
触られている子は、頭に花のモチーフがついたピンクのカチューシャをつけて、ロングヘアーを揺らしている。
『やだー、コウくん!』
その子は笑いながらコウの肩をポンとたたいたりして、はたから見るとまるでカップルのようだ。
そんなところを見せつけられると、香織は嫌になって目を背ける。
香織の心の中に、少しずつ真っ黒なものが産まれていく………
別の日。
香織と理絵と仲の良い、亜依とコウが二人でしゃべっている。
あまり見かけない組み合わせなので、香織は
(なんであの二人が…?)
と疑問に思った。
亜依がコウから茶色の紙袋を受け取っている。
亜依はコウから受け取ったそれを、サッとカバンの中にしまった。
(なんだろう…?)
香織は、コウと亜依がなにか秘密の隠し事をしているような気がした。
亜依が、香織と理絵の方にパタパタと走ってくる。
『二人ともごめんね~。次、科学室に移動だよね』
亜依は急いで、次の授業で使う教科書やペンケースなどを机の上に出していく。
『おまたせっ!じゃ、行こっかぁ』
3人は横に並んで科学室に向かった。
香織はどうしても気になって、亜依に聞いてみた。
『亜依、さっき…コウくんからなにかもらってなかった?』
亜依は香織の方をチラッと見て、
『あーぁ、さっきの??…まんがだよ!コウくんが貸してくれたんだ~。ホラ、うちのガッコって、まんがとか持ってくるの禁止じゃん。だから見つからないように急いでしまったんだよね』
亜依はニコニコしながらさっきのことを語った。
『そっかー!そうだったんだ』
香織は心の中で、ホッと胸をなでおろした。
亜依や理絵もそうだが、香織もまんがが好きだから時々みんなで貸し合っている。
だから納得した。
『じゃー理絵も今度コウくんにまんが借りよー!』
身長142cmで小さめな理絵が、左腕に教科書などを持ち、右腕をのばしてバタバタしている。
あとから気付くことだが、理絵も亜依も、コウのことが好きだったらしい。
亜依は、顔はまあいたって普通。
身長は150cm、香織と同じ。中肉中背。
香織や理絵と同じテニス部。
しかし『ピアノやバレエの習い事をしているので』という理由で、耳がりを免除してもらっていた。
本当はただ自慢のロングヘアーを切りたくなかっただけのようだが。
そしてそのまま何事もなく…修学旅行を迎えることになる。
これが波乱の幕開けであることを、香織は何も知らない………
修学旅行先は、京都・大阪。
クジで決めた6人のグループにわかれ、京都・大阪で先生たちが決めた範囲内で、自分たちで自由に行動を決める。
京都・大阪の出発地点までは、全員で新幹線、大型バスなどを乗り継いで行く。
クジで決めた為、香織、理絵、亜依は別々のグループになった。
しかし香織には運悪く、亜依とコウが同じグループになってしまった。
亜依が心の中で不敵な笑みを浮かべたのを、誰も気付くはずもない。
香織のグループは大阪廻り、理絵のグループは大阪~京都廻り、亜依のグループは京都廻りになった。
香織は、亜依とコウが同じグループになったのが不安で仕方なかった。
そして、修学旅行の日を迎える。
行きの新幹線で、周りが気を遣って、香織とコウをくっつけて写真を撮ってくれた。
『香織赤くなってる~』『かわい~』とみんなではやしたててくるから、余計恥ずかしくなって香織は下を向いて前髪を触って顔を隠す。
それを横目で見つめる亜依…
京都・大阪の中継地点に着き、グループに分かれ、それぞれ行動を始める。
香織のグループはお寺や神社などを見てまわり、食べ歩きをしたりする。
香織はコウのことを考えていたので、実はあまりよく覚えてないのだが。
(今ごろ…コウくんどのあたりにいるんだろう…)
香織はコウの笑顔を思い浮かべた。
香織のグループのリーダーの男子が、地図やパンフレットなどを見て、
『予定より早めに全部まわっちゃったから…近くに神社があるみたいだから行ってみようか』
と提案したので、みんなで行ってみることになった。
神社に着くと、香織たちの学校の生徒がいっぱいいた。
なんでもこの神社、『恋の神様』がいると言われているらしいのだ。
(道理でうちのガッコの子ばっかり…)
と香織が周りを見渡していると
『あ、香織!コウくんいたよ!』と香織と同じグループの子が神社内のお土産の売り場の方を指差した。
『本当だ…ちょっと行ってくる!!』
香織はコウのところに駆け寄って行った。
『コウくん!』
香織が声をかけると、コウは驚いた様子で振り向いた。
なにかをカバンの中にサッと入れたのを香織は見逃さなかった。
『コウくん、今カバンになに入れたの?なにか買ったの?』
香織は気になって聞いてみた。しかし
『ん…、秘密ー』
と、はぐらかされて香織は少しショックを受けたが、
『香織、夜食べ終わったらラウンジに来て』
と言われて顔が赤くなる。
(あたしって単純だな…)
香織はコウに気付かれないように、自分の頬を軽くつねる。
夕方になり、学校の生徒はみんなホテルに集まった。
夜は和洋折衷のバイキング。全部おいしくて、香織は少し食べ過ぎる。
(おいしかったー!でも、ちょっと食べ過ぎちゃった)
香織はトイレに寄り、みだしなみを整えてからラウンジに向かった。
ラウンジには、二人掛け用のソファー、大きいテーブルがいくつかある。
床から天井まである窓はピカピカに磨かれており、優しい色の照明がうつり、真っ暗な外の景色に映える。
外の庭には池があり、時々鯉がパシャッと跳ねる音が聞こえる。
ソファーに座っているコウが、香織を見つけると立ち上がって微笑みながら手をふる。
香織は小さく手をふり、はにかみながらコウの隣に座る。
『コウくん、どうしたの?』
あれからとても気になっていたので、香織から聞いてみた。
『手をだして、目をつぶって』
香織はコウの言う通りにする。
(何だろう…?すごくドキドキする……)
チャリ
『目をあけて』
香織がそうっと目を開けると、手の上にキーホルダーのようなものが乗っていた。
それは全体的に金色で、ハートの形をしており、ハートの中に鈴が入っているキーホルダーだった。
チリンと可愛らしい音がなる。
『かわいい!これ、どうしたの??』
香織が聞くと、
『実はそれ…あの神社で売ってて。俺と香織がいつまでも仲良しでいられますようにって』
コウは照れながら、
『お揃いなんだ』と銀色のキーホルダーを見せてくれた。
香織はこの時ようやく、神社でコウが隠したものの正体を知った。
(あたしのために買ってくれてたんだ…。あの時は隠したみたいだったから、一瞬疑っちゃった。バカみたい…)
『コウくん、ありがとう!すごくうれしい!!あたし…大切にするね』
素直に喜んだ。うれしかった。
香織はキーホルダーを顔の前まで持っていくと、チリンと鈴の音がなる。
でも、この時の香織はまだ知らない…。
このキーホルダーが、最悪をもたらすことを……………
香織とコウは手をつないで部屋に向かった。
部屋はグループごと、さらに男女ごとにわけられている。
しかし男子と女子の部屋は結構離れている。
コウは香織を女子の部屋まで送り、バイバイと手をふり、自分の部屋に戻っていった。
香織はコウからもらったキーホルダーを、さっそく学校の指定のかばんに付けた。
香織は人差し指でつんとキーホルダーをさわると、ニコーッと微笑んだ。
しかしすぐに顔を戻し、顔がゆるんでいるのを周りの子に見られていないかキョロキョロと見渡す。
香織は幸せな気分のまま就寝した。
日付がかわったころ。
香織はトイレで目を覚ました。
眠たい目をこすりながらトイレを探す。
用を足して、ベッドに戻る…
とその時。
香織の耳に、廊下からなにやら声が入ってきた気がした。
『…ありがとう~』
『…気に入ってくれたかな』
『…うん、すごいうれし~』
(なんだか聞き慣れた声がする…?
でもこんな時間だと先生に見つかったら怒られちゃうから、まさか生徒じゃないよね…)
香織はそんなことを思ったが、何の気無しに、重いまぶたをこすりながら廊下へのドアをゆっくりと少しだけ開けた。
するとそこには、寝ぼけた香織の目を一瞬にして覚ます光景があった…。
(コウ?と…………亜依!?)
香織の目に、廊下の壁にもたれかかっているコウと、コウの目の前にいる亜依の姿が飛び込んできた。
亜依は、モコモコしているような素材の部屋着らしいものを着ている。
スラッとした長くて白い足を強調して見せているような感じだ。
亜依の手の中で、キラッとなにかが光った。
『…じゃ、また明日ね~』と亜依が言い、香織の方を向きそうになったので、香織は急いで、しかし静かにドアを閉めた。
(今見た光景はなんだったのだろう…………)
香織の心臓はドクンドクンとしずまらない…
そのあと香織は一睡もできなかった…
(なんで……コウと亜依が深夜に……
仲良さそうだったし………)
香織の頭の中をあの場面が、何度も何度も繰り返される。
香織は頭から布団をバサッとかぶるが、あの光景は消えてくれない。
その夜香織は、ずっと考えたりふらふらとベッドの周りを歩いたりを繰り返し、夜が明けた。
修学旅行最終日は、クラスごとに色々見て周り、終わったら大型バスと新幹線でみんなで帰って行き、学校に着いたら解散、というものだった。
コウは香織に普通に話し掛けてきた。
いつもと変わらない笑顔で。
『かーおり!一緒に見て回ろう』
『…うん……』
香織はコウに、目の下のクマに気付かれないように伏せ目がちにする。
コウは無邪気に香織に笑顔を向ける。
まるで昨日のことはなにもなかったかのように…。
『あ、あそこでアイス売ってるよ!』
(良かった、気付いてないみたい…。
昨日のことはもしかしたら夢だったのかな…?)
香織はふるふると首をふり、昨日の出来事を心の奥に押し込めようと思った。
『コウくん、待って!』
香織はコウのところにタタタッと小走りで駆け寄った。
それを見つめる二人の影…
その後は何事もなく、香織は無事に修学旅行を終える。
しかしいつもの学校生活に戻ってから、香織の周りで事件が起きる…
『あれ…?ない………』
香織のシャーペンが見当たらない。
(ペンケースの中に入れたはずだけど…家に忘れたのかな…)
しかし家にもなく…。
次の日も、また次の日も、香織の持ち物がなくなっていった。
(忘れたわけじゃない…。なくしてるわけでもない…。
もしかして、盗まれてる……!?)
ある日には、数時間前の授業にはあったはずの、香織のお気に入りのキティーちゃんのクリアファイルがなくなった。
(絶対盗まれてるとしか思えない!!一体誰なのよ…)
その二日後…盗んでいた犯人がわかることになる………
学校の校舎はコの字の形をしている。
壁と壁に挟まれた中庭には、小さな池がある。
昔、拷問や死刑が普通に行われていた時代に、その池に丸太をさし、さらし首をしていたという言い伝えがあることから『首斬り池』と言われている。
香織が盗みに気付いた2日後。
その日は、先生と生徒で今後の進路について話し合う二者面談を行う日。
その日は2年生のほとんどの子が二者面談だったため、2年生だけ部活は休みになっていた。
香織は17時半から。
亜依と理絵も時間が近かったため、先に面談を終えた二人は廊下で、香織が面談を終えるのを待つという。
香織は廊下のロッカーにかばんを置いていく。
面談を終え、香織は教室のドアを開け、先生に一礼して教室をでた。
教室のすぐ目の前の廊下で理絵と亜依がしゃべって香織を待っている。
『お待たせ!じゃあ帰ろうかぁ』
香織はそう言って、ロッカーの上に置いていたかばんを持ち上げ、歩きだす…
しかし…違和感。
(なんかさっきまでと違う…。音……?
あっ、鈴の音がしない!?)
香織はそう感じてパッとかばんを見ると…
コウからもらったキーホルダーがない。
香織は急いで、かばんを見る。
(やっぱりない…!)
香織は、ロッカーの上、中、かばんの中、廊下、机の中…と探し回ったが、どこにも見当たらない。
『香織?どうしたの?なんかなくした??』
理絵と亜依…
『あたしのかばんについてた、ハートの中に鈴が入ってる金色のキーホルダー知らない!?』
『えっ…知らない。だよね…亜依』
『うん、知らない』
理絵と亜依はどうやら知らない様子…
そのあともしばらく探したが見つからなかったため、香織はまた明日探してみることにし、とりあえず帰ることになった。
3人で玄関に向かって歩いていく。
『どこでなくしたんだろ…』
『また明日探そうよ!もしかしたら誰かが拾って届けてくれるかもしれないし』
『そうだよね…』
香織は、はぁーと深くため息をつく。
(もしキーホルダー見つからなかったら、コウになんて言おう…)
そうして玄関につき、いつもどおりに上履きを脱ぎ、学校指定のシューズを手にとる…
しかし異変を感じた香織は、シューズを落とす。
手がガクガクと震える。
『香織?どうしたの?』
理絵と亜依が香織のところに来る。
香織はその場にしゃがみこみ、手で顔をおおっている。
香織のすぐ近くには、香織のものらしき上履きが落ちている。
上履きからは…本来上履きからでてくるはずのない液体がドロッと流れている。
その液体はツンと鼻につくにおいをはなっている。
ドレッシングのようだ。
『これ…ドレッシング?なんで…』
理絵と亜依は驚いている様子。
『…う、…だ…』
香織は下を向いてしゃがみ震えている。
『…も、う…、やだ……』
初めはすすり泣きだったのが、だんだんしゃくりあげるようになっていき、しまいには嗚咽をもらしながら大粒の涙を流す。
『香織?』
そのとき玄関の外から、香織に声をかける者がいた。
コウだ。
どうやら香織が面談を終えるのを待っていたようだった。
『どうしたの?香織、なんで泣いてるの?』
コウがきて、今まであまり言葉を発しなかった亜依が急にしゃべり始めた。
『コウくん!あのね…。香織の靴に、ドレッシングが入れられてたの…』
かわいそう、というような表情になる亜依。
『そうだったんだ…。香織、大丈夫?立てる?』
コウが香織に近づき、隣にしゃがんで立たせようとする。
香織はコウに立たせてもらいながら、ひたすら謝る…。
『…なさい……ごめんなさい…ごめんなさい…』
『なんで香織が謝るんだよ?香織はなにも悪くないだろ?』
『…コウくんから、もらったキーホルダー……なくしちゃったの…』
香織はうつむき、とぎれとぎれに答えた。
『なくした…?』
香織の言葉を聞いて、コウの態度が一瞬にして変わったようだった。
『自分がなにやってんのかわかってんのかっっ!』
香織はギュッと目をつぶった。
怖くて身体が小刻みに震えているのがわかる。
『あれは香織にあげたんだよっ!返してやれ!』
(…え?)
コウの言葉に疑問を感じた香織は、ゆっくりと目をあける…
コウが亜依の両肩をつかんでいる…?
『亜依なんだろっ?こんなことするの!』
コウは興奮している様子…
(…え?なに?よくわかんない…
コウが…なんで亜依に怒ってるの…?)
『ごめんなさいっ!だって香織がうらやましくって…』
亜依の目から一粒の涙がこぼれた。
(あたしがうらやましい…?亜依、なに言ってるの…?)
『香織…。ごめんなさい。
でも亜依も…コウくんのことが好きなんだもん…。』
目をウルウルさせてはいるが、涙はそれ以上でてきていない。
なんなんだ、この女は?
香織は、いま見ている光景や、コウが言っていたことが頭の中をぐるぐるして、なんだかボーッとしてきた…。
『それで、香織にあげたキーホルダーはどこにやったんだよ!』
『………』
亜依は言葉をつまらせた。
『…首斬り池』
ここで、今まで黙って見ているだけだった理絵が口をひらいた。
コウ、亜依、香織の3人が理絵を見る。
理絵はうつむいていて、表情がよくわからない…
『香織…ごめんね。亜依が香織のキーホルダーを池に捨てるのを、止められなかった…いや、止めなかった』
『あたしも、コウくんが好きだから…』
亜依に続いて理絵まで告白してきて、香織はショックなのと『何故?』という疑問と色々なもので頭の中がグチャグチャになって、なんだかボーッとしてきた。
『…亜依もあたしも、1年生のときからコウくんのことが気になってた。
香織とコウくんが付き合うって聞いたときは、胸が苦しくなった…』
理絵は、ハァ、と一息ついて、また話し始めた。
『…それから亜依もコウくんのことが好きだって知って…二人で香織に嫌がらせしようってことになったの…』
ここで、黙って聞いていた亜依が口を開いた。
『理絵。理絵も知らないことがあるから…ここからは私が話す』
『理絵も知らないこと?…わかった』
理絵はすぐにでも『なに?』と聞きたそうな顔をしている。
このころから、コウがなんだかそわそわしだした。
『理絵が言ったように、あたしはコウくんが好き。
香織とコウくんが付き合う前から…。
あたしがもっと早く告白してればあたしと付き合ってたのに…って何度も後悔した。
それで…あたしからコウくんにアプローチすることにしたの…。』
亜依は、理絵も知らなかったという事実を語りだした。
『…やめろよ!』
そこでコウが亜依の言葉を制止した。
コウは、怒りか恐怖か?小さく震えているようだ。
『どうして?ここまで言ったんだからもう良いじゃない』
『もうやめてくれ!』
しかし亜依はコウの制止など構わず話しつづけた。
『夏休みの間…1回だけコウくんの家に行って………私たち、したの』
香織は、亜依がなにを言ったのか、しばらく理解できなかった。
実際には、理解したくなかった…現実から目を背けたかっただけなのかもしれない…。
香織の心の中に芽生えた小さな黒いものは、亜依の行動や言葉を糧にして少しずつ成長していく。
香織が二度と光を手にすることができないように…
18時半をまわり、みな帰らなくてはならない時間になったため、とりあえずそれぞれ帰宅した。
これ以上この場にいたくなかった香織からしたら、少し気持ちが軽くなった。
香織は湯舟にジャボンと浸かると、ふーっと息を吐いた。
足を思いっきりのばす。
疲れた体に少し熱めのお湯が染み渡る。
亜依に汚されたシューズは、浴室で洗ったが、色とにおいがなかなか取れなかった。
(今日は本当に疲れた。
まだなにも解決していないけど…
明日学校行きたくない……)
香織は眠りにつくまで今日のことを思い返していた。
なにも考えたくなくても、脳裏に焼き付いて離れないから。
しかし次の日。
思いがけず香織は39℃の熱をだして学校を休んでしまう。
昨日色々と考えすぎたせいか…
香織の親は仕事でいない。
(お昼ごはんは…ママがお鍋におかゆがあるって言ってたな)
温めたおかゆを食べながら、ボーッとテレビを見て過ごした。
熱は…まだ38.5℃。
夕方になり、香織のママが仕事から帰ってきた。
ママが帰ってきて少しした16時半ごろ、ピンポーン♪と家のチャイムがなったのを、香織はボーッとしながら聞いていた。
玄関でママが対応しているようだ。
(近所のおばちゃんでもきたのかな…)
そんなことをおぼろげながら考えた。
『香織ー、起きてる?』
階段の下からママの声が聞こえる。
『んー。なにー?』
『学校のお友達がきてくれたわよー。コウくんだって』
香織は家族に、コウと付き合ってることは内緒にしていた。
恥ずかしくて、とても言えなかったから。
香織は、『コウ』という名前を聞いて飛び上がった。
熱があることを忘れるぐらい、気が動転して心臓がバクバクとなっている。
『寝てるって言って!!』
香織はそれだけ言って、布団をかぶって丸まった。
(なんで…コウくんがくるのっ?)
ママが下でなにかゴチャゴチャ言ってるけど、とりあえずコウを帰してくれたようだった。
>> 54
ママが2階にあがってくる足音が聞こえる。
『香織、せっかくきてくれたのになんで帰しちゃったのよ。
学校からの配布物だって』
といい、ママは紙を4~5枚渡して1階に戻っていった。
(…どれもこれも、大事な配布物はないじゃない…)
香織が、1番下にある配布物を見ようと紙をめくったとき。
紙の間に、折り畳まれた小さな紙が入ってるのを見つけた。
香織はその小さな紙を広げてみた。
(この字は…コウくん?)
『香織。
熱の具合はどう?
昨日のこともあったから心配だよ。
今はゆっくり休んでね!
早く良くなるといいな。香織に会いたいよ。
じゃあ、また学校で。
PS.おれには香織だけだよ。』
正直、香織はこんな手紙をもらっても嬉しくなかった。
コウに裏切られていたことが分かってしまったから。
こんなことを言われても、信じられないし、余計に気持ちが冷めていくだけ…。
もう完全に香織の心はコウから離れていた。
(もう会いたくない…でも学校に復帰したらあの3人に会わなきゃいけない…。
気が重い…)
香織のそんな気持ちが表れているのか、2日目も3日目も、熱は下がらなかった。
しかし、コウは毎日、配布物と一緒に手紙を渡しに香織の家まできた。
コウがくるたびに香織はママに呼ばれたが、帰ってもらった。
(ママには変に思われてるかな…でももういいや…。)
香織が熱をだした3日目の夕方。
ママがコウのことについて香織に聞いてきた。
『コウくんのこと避けてるみたいだけど…なにかあったの?』
(やっぱりそうきたか…)
香織は心の中でため息をついた。
香織はなにも語るつもりはなかった。
コウ、亜依、そして理絵にまで裏切られていた。
しかも物を隠されたり、靴にイタズラされたり、イジメのようなことまでされていた。
なんてとても言えなかったし、言いたくなかった。
しかし香織は…次から次へと目から溢れ出てくるものを、止める術を知らない。
香織は、コウが持ってきた配布物をグシャッと握りしめた。
その日も配布物の間に挟んであったコウからの手紙に、雫が染み込んで丸く大きなシミをつくる。
香織は、誰かに話して少しでも楽になりたくて、ママに話した。
ママは黙って聞いていた。
しばらくしてママが先に口をひらいた。
『色々大変だったのね。気づいてあげられなくてごめんね』
と言って、香織を抱き寄せた。
(ママに抱きしめられるなんて、いつ以来だろう…?
あったかい。ママのにおい…)
香織はその心地好さに目を閉じた。
どんよりした雲に覆われて真っ暗だった心の中に、優しい光が差し込んでいくのを感じた。
香織はゆっくりと目をあけた。
もう大丈夫。
次の日。
すっかり熱が下がった香織は、学校に行き、部活の朝練でテニスコートにいた。
亜依と理絵も部活にきていて、
『香織…』
と声をかけられたが、
香織は一言も話さず黙々と部活のメニューをこなした。
教室でも、いつも一緒に行動していた仲良し3人組がバラバラで行動していたから、クラスのみんなはきっと不思議に思ったにちがいない。
ただ一人、事情を知っている…というよりは、今の状況をつくった元凶のあの男を除いては。
『香織!』
コウだ。
朝の部活を終えて帰ってきたようで、まだジャージを着ていて、額からは汗が流れている。
『良かった…熱、下がったんだな…』
香織の心をズタズタにしておいて、自分だけ部活を楽しんでいつも通り生活したり、『香織だけが好き』というような手紙を渡してきたりするコウのことが、香織は許せなかった。
亜依と理絵にされたことももちろん許せることではなかったが、全てコウの行動や言動のせいなのだから、悪いのはコウだ。
それにしても、あんなことがありながら、よくもぬけぬけと話し掛けられるな、と香織は心の中で憤る。
香織はもう口をききたくもなかったから、無視して次の授業の準備を始める。
そんな香織の態度を見て、不思議さを隠せない様子のコウ。
自分の席に戻り、制服に着替え始めた。
香織はハァーとため息をついた。
香織はそのあとも理絵、亜依、コウと一言も話さずに、部活の午後練を終えるとさっさと帰り支度をして一人で帰った。
校門のゆるく長い坂の下に、男子が一人立っているのが見えた。
コウだ。
コウは、香織をまっすぐ見つめている。
(やっぱり、きちんと終わらせるべきだよね…
逃げちゃダメだ)
香織もコウを見つめ返す。
そして二人はゆっくりと歩きだす。
同じ方向に向かって歩いてはいるが、気持ちは確実にバラバラの方向へ向かっているだろう。
『香織…
おれのこと避けてるよね?』
(いきなり本題か…)
香織は一瞬とまどったが、素直な気持ちを伝えることを決めた。
『うん…避けてる。
だってあんなことがあったのに、前と変わらずに接しろっていう方が無理だよ…』
香織は下に視線を落とした。
香織の一歩先を歩いていたコウが急に立ち止まったので、香織はぶつかりそうになった。
気づけば、コウと初めてキスした公園にきていた。
(もう二人でくることもないんだろうな…)
『この公園…おれたちの思い出の場所だよね。』
『もうあんなことしない
!香織を裏切ったりもしない!
おれが本当に好きなのは香織だけだから!
もう一度やり直せない?』
コウの目は嘘をつくような目ではなさそうだった…
でも心が拒否する。
香織は横に首をふる。
なにを言われても、もう香織の気持ちは変わらない。
『おれたち本当に終わったんだね…?』
と、コウが言った。
『うん…ごめん。
コウくんと一緒にいると、つらい思いが蘇るから…』
『わかった…
おれももう香織のこと、諦める。
いっぱい傷つけてごめん。』
こうして、香織とコウの1年半の付き合いは終わった。
中学2年の秋だった。
香織、亜依、理絵は友達として一緒にいることはなくなった。
亜依と理絵は一緒に行動していたが、香織は別のグループに入れてもらった。
コウと香織は一切関わりを持たなくなった。
そして、高校3年になる…
香織 -15歳-
中学3年生のクラス替えは、みんな見事にバラバラになった。
香織は、途中で入れてもらったグループの中の一人、彩(あや)と同じクラスになり、今後一緒に行動する。
あとの話になるが、香織と彩は高校も同じところへ通うことになる。
彩は、お世辞にも可愛いとは言えなかったが、落ち着いた雰囲気をしている。
吹奏楽部だと聞いて、香織はなるほど、と思う。
先輩たちが卒業したため、部活の厳しいルールも3年生になるとかなり緩和された。
香織は、学校生活、部活、受験勉強…と忙しく毎日を過ごす。
3年生は部活は、受験勉強があるためあまり活動自体なかったが。
クラスも離れ、部活動もほとんどなかったため、香織は亜依や理絵、コウに会うことはなかった。
風の便りで、亜依とコウが付き合ったが、すぐ別れたらしいと聞いた。
もう香織にはどうでも良いことだが。
中学3年は忙しく過ぎていき、あっという間に受験シーズンになった。
香織はちょうど真ん中ぐらいの偏差値の高校に無事受かり、彩と一緒に喜んだ。
そして卒業…
香織は、思い出深い校門で、桜の木を見上げていた。
少し早い桜が咲いていた。
(中学では本当に色々あったな…
出会い…別れ…
楽しいことも、つらいこともあった…
高校では、どんなことがあるのかな…?)
そして香織は中学校をあとにする…
『彩~!待って~』
香織 -中学校編 完-
-続き…-
卒業式のあと。
一人、首斬り池に佇む姿。
その人は、手に持っている物を見て、涙を一筋流す。
その人がそれを勢いよく投げた。
それはチリンチリン、と鳴りながら放物線を描いて、ポチャンと池の底に落ちていく…
日の光を浴びながら、キラキラと…
-続き 完-
香織 -16歳-
香織は高校生になった。
成長期だからと、少し大きめを頼んだ真新しい制服、傷一つないカバン。
通い慣れない道、初めて見るクラスメートたち。
彩とは同じクラスになった。
どうやら、同じ中学校の子同士は大体同じクラスになるよう、高校側が配慮してくれたようだった。
教室で自己紹介が始まった。
(最初の挨拶って緊張するんだよね…)
『…じゃあ次』
『あっハイ。
鮎原香織です。○○中学校でした。部活はテニスをやっていました。よろしくお願いします』
香織は立ち上がり、前の子たちが言っていたのと同じように自分のプロフィールを言った。
『はい、じゃあ、次』
先生が次の人を促す。
香織の後ろに座っている人が立ち上がった。
『石川ヒロキ!
ヒロって呼ばれてますっ
よろしく!』
“ヒロ”と言った香織の後ろの人は、それだけ勢いよく言って、ガタッと座った。
『石川は色が黒いが、なんか部活やってたのか?』
先生が聞いた。
『おれ、サッカーやってました!』
これが香織とヒロの出会い。
ヒロは、色が黒くていかにもスポーツやってます、というかんじ。
明るくハキハキしていて、ある意味コウとは真逆のような印象。
クラスのムードメーカー的存在になりそうなイメージ。
まあ、しばらく恋愛を休みたい香織にはあまり興味がなかったが。
残りの子たちの自己紹介を聞いていると、香織はつんつん、と肩をつつかれた。
後ろを振り返ると、ヒロがニコニコしている。
小声で香織に話し掛けてきた。
『鮎原って、アユって呼ばれてた?それとも下の名前?』
香織はヒロの馴れ馴れしさというか、軽さに多少の嫌悪感を示したが、
『みんな香織って呼んでた。
アユって呼ぶのは、一部の子だけだったよ』
と小さく答えた。
『じゃーおれ、アユって呼ぼ!』
ヒロがニカッと笑うと、白い歯がこぼれる。
顔が黒いから歯の白さが目立つ。
(軟派っぽい…
好きなタイプじゃないな…)
これが香織の、ヒロに対する第一印象だった。
中学ではまだだれもケータイを持っていなかったが、高校になってみんな持ちはじめた。
香織もその一人だ。
休み時間にヒロにメアドを聞かれ、香織は乗り気ではなかったが、断るのも悪い気がして交換した。
一緒にいた彩が、
『香織はやっぱりモテるね~』
と冷やかしてきたが、香織は
『そんなつもりじゃないから』
と受け流した。
香織は、高校では部活はやらないと決めていた。
それよりも、バイトをして遊ぶお金が欲しかったから。
香織がなんのバイトがいいか、と彩に聞いてみたところ、
『私これやってみたくて憧れるんだよね~』
とバイトの情報誌を指さして言った。
彩が指さしたのは、『メイドカフェ』のメイド募集だった。
『私、顔がかわいければなぁ~。
香織は可愛いし、結構イケるかもよ!』
香織はもともと容姿には自信があった方だし、メイドの格好も可愛いから好き。
実際、香織は髪も長くなって化粧も始めて大人っぽさが増し、高校に通うようになってから何人かに声をかけられるようになった。
香織は彩から情報誌を見せてもらうと、釘付けになった。
(17時~22時…時給1420円!
高校生からOK!)
ちょうど学校帰りに行けるというのと時給の高さにつられ、香織は早速メイドカフェに電話をした。
3日後に面接を受けることになった。
3日後…
面接を受けた香織は、早速翌日から働くことになった。
バイトをする場合、本来なら学校に届けを出さなければならない。
しかし香織は、バイトの内容が内容で言いづらかったため、学校には言わずに始めることにした。
『今日からバイト?がんばってね!』
放課後香織が帰り支度をしていると、彩が小声で言った。
『うん、ありがと』
彩には本当に感謝している。
中学のとき、クラスで一人でいた香織をグループに入れてくれたり、高校でも仲良くしてくれ、良いバイトも見つけてくれた。
支度を終え、教室から出ていこうとする香織に声をかける者がいた。
『アユ!いまから帰り?』
ヒロだ。
(なんか苦手なんだよね…)
『ん…秘密!
じゃあね』
香織はそれだけ言って、逃げるようにバイトへ向かう。
『え、なになに?なんなの?』
ヒロは目を丸くしている。
『香織が秘密にするなら、言わな~い』
彩はそう言って、帰り支度を始めた。
香織が出て行った方向を見つめるヒロ…
メイドカフェに着いた香織。
店長に案内された先には、『みるく』『れもん』『いちご』など可愛らしい名前が書かれたロッカーがたくさん並んでいた。
『鮎原さんは、ココでは〈もも〉ちゃんでよろしくね』
店長はそう言うと、〈もも〉と書かれたピンクの可愛い名札と、メイド服を香織に渡した。
『これに着替えて、名札はポケットにつけて。
あ、頭は…猫でいいか。
着替えたら声かけてね』
店長はガサゴソとロッカーをさぐり、香織に猫耳がついたカチューシャを渡した。
店長が出ていき、香織は受けとった服に着替え、名札をした。
(わぁ、かわいい!
本当にメイドなんだ…)
香織は膝上15cmぐらいの短めのスカートが恥ずかしくなり、すそを引っ張る。
胸と腰のリボンが歪んでいないかチェックをして、頭にカチューシャをつけた。
(実際着てみると、恥ずかしい…
でも行かなきゃ…)
お店の方に出ていくと、10人ぐらいのメイドの格好の女の子たちが、せかせかと準備をしていた。
『みんな、ちょっと集まって』
店長が女の子たちを周りに集める。
『今日から新しく入った、鮎原香織さん。店でのネームはもも。
仲良くね。』
『よろしくお願いします』
香織はニコッと微笑み、少し恥ずかしくて前髪を触る。
『よろしくね~』
女の子たちは、みんな笑顔で香織を迎えてくれた。
『いちごちゃん、ももちゃんの指導よろしくね』
背が170cmぐらいはありそうなスラッとした姿、綺麗な顔立ちの人が一歩前にでてきた。
『いちごです、ももちゃんよろしくね』
そういっていちごは、香織にニコッと白い歯をみせた。
(綺麗な人だなぁ…)
香織は接客の方をやることになっていたので、香織はいちごに接客のことを教えてもらった。
お客様がいらっしゃったら『お帰りなさいませ、ご主人様(お嬢様)』
メニューをとりにいくときは、『お食事はいかがなさいますか?』
食事を運んだら、魔法のおまじないをする。
別料金で、簡単なゲーム(ミキサーゲーム・じゃんけんゲームなど)の相手をする。
お客様が帰るときは、『行ってらっしゃいませ、ご主人様(お嬢様)』
などなど。
お客様はご主人様なので、
『メイドは本当に仕えている気持ちで接客するように』
とのことだった。
(テレビでは見たことあるけど、できるかな…)
いちごに一通り教えてもらい、香織は接客することになった。
最初のお客様がきた。
『お帰りなさいませ、ご主人様』
香織はニコッと笑顔で対応する。
『あれ?新入り?テラかわゆす~。ももちゃんていうんだ』
香織の最初のお客様は、体格太めで
めがね、チェックシャツ(パンツイン)、リュック…
典型的な『オタク』ファッションの男だった。
(わ…これが本物のオタク?)
このカフェでは、本当に帰ってきたように靴を脱ぎ、ピンク色のソファーでゆったりとくつろぐようになっている。
男は香織がなにをいわずとも靴を脱ぎ、靴入れに入れて鍵をかけると受付に鍵を渡した。
男を見ると、いちごちゃんが小声ですかさず
『ももちゃん。あのお客様、毎日くるんだけど。
セクハラするときがあるから気をつけて!』
香織は最初のお客様からついてないようだ…
男はお店の1番奥のソファーにドサッと座ると、
『ももちゃん、こっちきて!』
といい、香織を呼んだ。
『ハイ、ご主人様』
香織は
(ちょっと嫌だな…
でも初めてのお客様だし、頑張って接客しなきゃ)
と気合いを入れた。
『お呼びでしょうか』
『まずは食事にしようかな。
愛のラブラブオムライスと…
スペシャルいちごミルク!
これがぼくのお気に入りのメニューなんだ』
男はニヤッとする。
『ご主人様、お食事をお持ちいたしました』
香織は、ホカホカと湯気のたつオムライスと、いちごがたっぷり入ったいちごミルクを男のテーブルに持ってきた。
オムライスにはまだケチャップがかかってない。
『これこれ!これだよぉ~』
男はニマニマしている。
『ももちゃん、隣座って!』
男に言われ、香織はチラッといちごちゃんの方を見る。
いちごちゃんは頷き、小さく『ファイト』のポーズをした。
『ハイ、ご主人様』
『じゃあケチャップかけてくれる?』
男は香織にケチャップを渡した。
男が香織の手の上に自分の手を重ねる。
香織はそのしめっぽさに嫌悪感を覚えた。
『じゃあご主人様、ご一緒に。
真っ赤なケチャップ、ラブラブケチャップ。
ハートになあれ』
男と一緒に唱えながら、香織はケチャップをハートの形に描く。
あとは一人でハートに顔を描いたり、周りにケチャップでデコレーションしたりする。
『ハイ、ご主人様。召し上がれ。
では、ごゆっくり』
そういって香織が席をたとうとすると、男は
『食べ終わるまでここにいて!』
と香織を制した。
香織は心の中でため息をつく。
(キャバクラじゃないんだから…)
香織は仕方なく席に戻った。
男はオムライスを頬張る。
『うぅぅーん。やっぱりオムライスはここが1番!』
口のまわりはケチャップだらけ、口の中にはオムライスを含んだまま
男は歓喜の声をあげながら完食した。
いちごミルクもあっという間に飲み干した。
『今日はごはん食べにきただけなんだ。
近くのフィギュアの店に用があってさぁ。
でも新入りの、こんなに可愛いももちゃんがずっと隣にいてくれて幸せだなぁ~』
食べ終えて満足したらしく、男は帰っていった。
『ももちゃん、大丈夫だった?なにもされなかった?』
男が帰るとすぐ、いちごちゃんが小声で聞いてきた。
『とりあえず大丈夫でした~』
香織は苦笑いで返す。
香織の初めてのお客様は、満足して帰ってもらえたようだ。
香織はそれからしばらく学校もバイトも両立してがんばっていた。
やはりあの男は毎日きていたが…。
バイトをしているうちに、メイドカフェには色々な人がくることがわかった。
女の子数人、スーツを着た男の人、もちろんオタク…
そして香織は、そこで運命の出会いをすることになる…
その日も相変わらず、あのオタク男がきた。
男は香織が入店した日からずっと香織を指名している。
その日もいつも通り香織に声をかけ、隣に座らせていた。
『今日はミキサーゲームやりたいな』
『ハイ、ご主人様』
香織はミキサーゲームにつかうものを厨房から色々と持っていく。
ミキサーゲームとは、お客とメイドが、ミキサーに順番に5つ食材を選んで入れていき、飲み切れば勝ち、飲み切れなければ負け
勝てばメイドと写真が撮れる、負ければゲーム代2倍
というルールだ。
『ぼく勝っちゃうよ~
じゃあ始めようか!』
順番にミキサーに選んだ食材を入れていく。
納豆、タバスコ、牛乳、フルーツなどの混ざった、スパイシーでネバネバの白濁したものが完成した。
(まずそっ)
これをグラスに分け、『せーの』で飲む。
『『せーの!』』
香織は鼻をつまんで一口。
ゴクッ
(無理っ!)
香織はあまりのまずさにだしそうになる。
香織は恐怖で声がでない。
顔が青ざめ、身体はカタカタと震える。
(ヤダ!ヤダヤダヤダ!)
香織はギュッと強く目をつぶった。
男のねっとりとした指が、ニーハイからのびた白くすべすべした香織の太ももを、ゆっくりと這う。
男の手が香織のスカートの中に…
(だれかッだれか助けて!!)
その時。
『おい!なにやってんだよ!?彼女、嫌がってんだろ!』
『へっ!?だれだよ、お前!?
関係ないだろう』
(…?)
香織はゆっくりと目をあけた。
オタク男が、背の高い男にむなぐらをつかまれている。
オタク男はジタバタともがいている。
オタク男、背の高い男の周りには3人の男たちがいた。
あわてふためいているようだ。
メイドの女の子や他のお客たちも、どうしたら良いか困っている様子だ。
店の奥から店長がバタバタとやってきた。
『お客様っ!
どうなさいました!?』
『この…っ、この男がいきなり…!』
『こいつが嫌がってる女の子に無理矢理触っていたんです!』
背の高い男は遮るように言った。
店長は香織に目を向ける。
未だに震えが止まらない状態だ。
『ちょっと奥まできていただけますか』
店長はそういい、オタク男を連れて行った。
多分、オタク男の今までの悪行も店長の耳に入っていたのだろう。
メイドの女の子たち、周りのお客は、みなざわざわとしている。
『大丈夫?』
いまだ震えている香織に、背の高い男が優しく声をかける。
『あのオタクなんだよー』『マジ、キモッ』『その子大丈夫か?』
3人の男が背の高い男に話しかける。
香織の目から…
次から次へと涙がでてくる。
怖かった…
『…こ…わ…かッた……』
香織は自らをギュッと抱きしめた。
いちごちゃんが小走りで香織に近づいてきて、
『ももちゃん!店はなんとかするから、今日はもう帰っていいって店長に言われたから!』
と小声で言い、香織を店の奥に連れて行った。
『あとはまかせて』
いちごちゃんは店の方に戻っていった。
いちごちゃんの『ご主人様方、お嬢様方、失礼いたしました~!』という明るい声が、遠くで聞こえる。
香織はしばらく店の奥でうずくまり、一人で泣いた。
1時間ぐらい経ったか…いや2時間ぐらいだろうか。
香織は私服に着替えて、店の裏口から出ようと扉を開けた。
すると、扉のすぐ近くにだれかが立っている。
香織をオタクから助けてくれた、背の高い男だ。
『あっ!
お店の女の子に、ここから出てくるって教えてもらって…』
男は慌てて早口でしゃべり続ける。
『あの、これ、もしよかったら連絡してくれないかな。
それじゃ!』
男は折りたたまれた紙を1枚、香織に手渡すと、小走りで去っていった。
香織がそっと紙をひらくと、紙にはメールアドレスが書かれていた。
(もしかして…
これを渡すためだけに2時間待っていてくれた…?)
家に帰った香織は、助けてくれた男からもらった紙を見つめていた。
突然のことばかりで顔をあまり覚えてないけど、背が180cmぐらいで優しい眼差しをしていたような…
(そういえばちゃんとお礼言ってなかったな…)
『香織~、お風呂入っちゃいなさいよ』
香織はため息をついて紙を学校のカバンへ落とし入れ、お風呂へ向かった。
お風呂からあがると、携帯に着信があった。
店長からだった。
かけ直すと、内容はこうだった。
『(オタク)男は、もう出禁にしたから。
今までもあいつの被害に遭ってた子はいたんだけど、現行犯でなかなか捕まえられなくてね。
ほら、あいつって、いつも1番奥の席に座るから』
店長は、ハハハと笑っていたが、香織や被害者にとっては笑い事ではない。
『とにかく、もうあいつは来ないから。
香織ちゃん、明日はゆっくり休んでいいから、明後日からまたきてくれるかな?
いま香織ちゃんが指名No.1だからさ、香織ちゃんに来てもらわないと困るんだよね~』
香織はバイトを始めて少しの短期間で、指名No.1までのぼりつめていた。
香織は、もうあの男がこないということを聞いて気持ちが少し楽になった。
それもあってか、香織は助けてくれた男にお礼のメールをしようという気になった。
香織はカバンに入れた紙を拾い、書かれたアドレスの一文字一文字を間違えないようにゆっくりと入力し、再度確認した。
『メイドカフェ○○○のももといいます。
今日は助けていただいて、ありがとうございました。
直接お礼を言いたいので、是非またお店に遊びにいらしてくださいね』
香織は入力を確認したあと、そういえば相手の名前を知らないこと、自分の名前を相手も知らないことに気づいた。
なんだかおっちょこちょいで香織は可笑しくなった。
香織は本文の最後に自分の名前を書き加え、送信した。
返事はすぐにきた。
『メールありがとう!
くれないかと思ってたからすごく嬉しいよ!
お店、行かせてもらうね(笑)
ってか、名前教えてなくてごめん!
俺は藤原ケイスケって言います。
よろしくね』
(フジワラケイスケ…
登録完了、と)
香織は携帯のアドレス帳に登録して、携帯をぱたんと閉じた。
(藤原ケイスケさん…
どんな人なんだろう?)
そんなことを考えながら、香織は眠りについた。
このときはまだ、ケイスケが香織にどのような影響を与えるのか、まだだれも知らない…
香織も、ケイスケでさえも…
次の日は予定通りバイトを休みにしてもらっていたので、久しぶりに彩と一緒に学校から帰ることになった。
『ゴメンお待たせ!
マジ、放課後すぐの女子トイレ混みすぎ~』
彩が手を拭きながらバタバタと走って戻ってきた。
『そんなに急がなくても良いのに』
『香織最近忙しそーだからさ!一緒に帰るの久々だし♪』
香織と彩が帰り支度をしていると、ヒロが話しかけてきた。
『あゆ!今日はバイトないんだ?
俺も一緒に帰りたいな~』
ちょっと考えて、香織と彩は顔を見合わせて笑った。
『女の子同士の話があるからダメ~』『ね~』
『チェッなんだよー。
じゃ、またな』
『じゃあ、また明日ね~』
キャッキャと笑いながら帰っていく香織と彩の後ろ姿が見えなくなるまで、ヒロはずっと見つめていた…
次の日の放課後。
香織は店に行っていた。
メイド服に着替え、リボンを直す。
頭に猫耳をつけ、ニーハイを引っ張って上にあげる。
『よし』
鏡を見て最終チェックして、店の方に向かった。
19時ごろ。
『お帰りなさいませ…あっ』
『ももちゃん!遊びにきたよ』
ケイスケさんだ。
この間きたときは他に友達らしき人が3人ほどいたが、今日は一人なようだ。
『メイドカフェってこの間きたのが初めてでよくわからないんだけど…
指名しても良いのかな?』
『ハイ、できますよ。
どの子にしますか?』
香織は、食事が書かれたメニューを裏返しにして見せた。
お店の女の子の顔写真、名前が載っている。
『じゃあ…この子』
ケイスケが指差したのは…
『あたし…ですか?』
『うん、よろしくね』
ケイスケはニコッと笑った。
白い歯がこぼれる。無邪気な笑顔。
香織はドキッとした。
(なんだろ…この『ドキッ』は?)
香織はふるふると首をふった。
『じゃあ…お席にご案内いたしますね、ご主人様』
『なんかご主人様って呼ばれるの恥ずかしいね!』
ケイスケは顔を赤らめてはにかむ。
(なんか可愛いな…)
席に着いて、先程見せたメニューを差し出す。
『お食事はどうなさいますか?』
『じゃあ…ハンバーグセットと、コーヒー。ブラックで』
『かしこまりました』
しばらくしてハンバーグがきた。
ケイスケはナイフとフォークをつかい、切り分ける。
ハンバーグからは湯気がでて、肉汁が溢れ出てきている。
ここのハンバーグは、フライパンで焼いたあとオーブンでじっくり中まで火を通しているので、本格的で評判が良い。
香織の鼻いっぱいにいい匂いが広がる。
『あの男はあれからこない?』
ケイスケはフーフーと熱々のハンバーグを冷まし、一口食べる。
『うわ、うまっ!』
『ハイ、店長が話をつけて、出入り禁止にしたそうです』
『それならよかった』
ケイスケはライスをフォークの背にのせ、一口食べる。
(まつげ長い…
というか、前はあんまり顔覚えてなかったけど、よく見るとカッコイイかも)
整った目鼻立ち、きちんと剃られたヒゲ、髪は爽やかにカットされている。
身長も180cmぐらいありそう。
香織は以前付き合っていたコウを思い出した。
コウも背が高かったけど、もう少し高そう…
香織はじーっと見つめていたが、ケイスケと目が合うと恥ずかしくなり下を向いた。
『あの…この間は助けていただいて本当にありがとうございました』
『さっきも言ったけど、メイドカフェってこの間きたのが初めてなんだ。
店入ってすぐ、ももちゃんが目に入った。
可愛いって思って、ずっと目で追ってたんだ。
それでなんか様子が変で、気づいた』
香織は『可愛い』と言われたことに反応して、顔を赤らめた。
『また…指名しても良いかな』
ケイスケが真っすぐ香織を見つめる。
二人だけの世界になったような気がした。
香織は、周りの笑い声で現実に引き戻された。
(あたし…どうしちゃったんだろ…)
『じゃあ、またくるね!メール…しても、良い?』
『ハイ…。』
そんな会話をして、ケイスケを見送った。
その夜。
香織の携帯にメールがきた。
ケイスケからだ。
『ももちゃん(メールでは香織ちゃんで良いのかな)、今日はありがとう!
すごい楽しかった。また遊びに行くね』
香織はすぐ返信した。
『来てくれてありがとうございました。
いつでもお待ちしていますね、ご主人様(笑)
メールでは香織で良いですよ』
少ししてケイスケからメールがきた。
『あの…もし良かったら。
デートに誘っても良いかな』
香織はいきなりのデートのお誘いに一瞬おどろいたが、
正直、うれしかった。
深呼吸して、ゆっくりとメールをうつ。
『ハイ、良いですよ』
…送信。
そうして、会う曜日、時間、場所を決めた。
次の土曜日、午前11時、お台場…
今日は水曜日。
ケイスケとのデートまであと3日…
香織は、ドキドキと高鳴る鼓動をしずめようと胸に手をおいて、フゥーとゆっくり息を吐いた。
次の日の放課後。
香織はバイトが休みだったため、彩と一緒に学校近くのショッピングセンターに行くことにした。
学校の最寄り駅からバスで10分ぐらいで行けるため、よく二人で放課後に遊びに行く。
『サーティワンにするー?』『あたし今日はクレープの気分~』
キャッキャと女子二人ではしゃぐ。
結局、香織が食べたいと言ったクレープのお店に入った。
香織が頼んだのは、イチゴ・たっぷりの生クリーム・小さくカットされたチーズケーキが入っているもの。
彩は、チョコアイス・チョコケーキ・チョコソースがかかったチョコ三昧のもの。
『おいし~』
『やっぱクレープうまっ』
香織は久しぶりに食べるクレープに舌鼓をうつ。
クレープを食べ終わり、一緒に頼んだミルクティーを一口飲み、香織は口をひらいた。
『あたしさ…
メイドカフェで知り合った人と、今度デートすることになったんだ』
香織は彩に、少しずつ話はじめた。
オタク男にセクハラ?されそうになったこと…
助けてくれたケイスケのこと…
メールをはじめて、デートに誘われたこと…
土曜日…
東京テレポート駅の改札前で待ち合わせ。
香織は、ピンクのカーディガン・白のフリルブラウス・黒のふりふりミニスカート・ニーハイブーツの大人可愛いコーデ。
髪は巻いて、メイクもバッチリ。
電車に乗って11時ちょうどに駅に着く。
改札に行くと、すでにケイスケが待っている。
『ごめんなさい!待たせちゃいましたか?』
『ううん、俺も着いたばかりだから大丈夫』
ケイスケはニコッと微笑んだかと思うと、ジッと香織を見つめる。
『どうしたんですか?』
香織は気になって聞いてみる。
『いや…メイド服も可愛いけど、私服姿もめちゃくちゃ可愛くて…
見とれた』
恥ずかしいことをサラっと言ってのけるケイスケに、香織はたまらず顔を赤くさせる。
『そんなことっないですっ』
『香織ちゃん、可愛いなぁ。
じゃあ、とりあえず行こうか。』
香織とケイスケは話しながらお店へ向かい、洋食屋でランチする。
『香織ちゃんて高校生だよね?
メイドカフェって働いても大丈夫なの?』
『はい、16歳です。お店は大丈夫です。
ケイスケさんは…大学生ですか?』
『そう、大学生。ハタチ。香織ちゃんは4コ下かー。いいなぁ』
香織は一瞬、ケイスケが言った『いいなぁ』の意味がよくわからなかったが、聞き流すことにした。
『ランチ食べたらどうしよっか?』
『近くに屋内型テーマパークあるけど…
行ってみる?』
香織は、その周りのショップは行ったことがあったが、テーマパークは入ったことがなかったため、興味があった。
そこで二人で行くことにする。
アトラクションによってはかなり距離が近いものもあり、二人の心の距離も少しずつ近づいていった。
『あー楽しかった!』
その建物をでてすぐ、レインボーブリッジが目の前に広がる視界のひらけた場所にでた。
ベンチがいくつもあり、タコ焼き、アイスなどの小さいお店が出ていた。
ベンチに座り、8コ入りのタコ焼きを二人で仲良くわける。
天気も良く心地好かったため、そこでしばらく過ごす。
話は弾み、まだ夕方だがあたりは暗くなってきた。
『香織ちゃん、まだ時間大丈夫?』
香織は腕にはめた時計を見て
『まだ…大丈夫です』
と答える。
『行きたいとこがあるんだけど、良いかな』
そういってケイスケは、香織の手をひいて歩きだす。
(恋人つなぎだ…)
香織はつながれた手を見つめる。
15分ほど歩き、駅に戻ってきた。
『観覧車、好き?』
突然の問い掛けに一瞬戸惑ったが、頷く。
『ほら、あれ』
ケイスケが指差す方を見上げると、観覧車があった。
ケイスケは再び香織の手を引き、観覧車まで連れて行って乗る。
香織は少し緊張して固まってしまう。
香織はケイスケに手を引かれ、そのまま観覧車に乗る。
観覧車は、ゆっくりゆっくりと頂上を目指していく。
もうすでにお台場は、夜の色に染められていた。
観覧車に乗ったのも久しぶりだったし、高いところから見るビルや街のあかりは、いつもとはまた一味違ってとても美しく見えた。
レインボーブリッジも見える。
夜になるとキラキラとした光をまとい、幻想的な姿に変わる。
『キレイ…』
思わず、感嘆の言葉がもれる。
『ベタだと思われるかもしれないけど…
香織ちゃんの方が、綺麗だよ』
ケイスケが香織の隣にきて座り、香織の肩を抱き寄せる。
甘い香水の香りが、香織の鼻をかすめる。
ケイスケの顔が香織に近づいていく…
二人の唇が重なる。
ケイスケのキスは、最初は優しく、だんだん激しくなっていく…
ケイスケの舌が、香織の舌に絡み付いてくる。
以前付き合っていた、コウのとは全く違うキス。
コウとはディープキスをしたことがなかった香織は、ケイスケの激しい舌づかいと初めての感触に、されるがままになる。
綺麗な夜景と、甘い香りに酔わされていたのかもしれない…
ケイスケの唇が香織から離れる。
観覧車が地上に近づいていたようだ。
『こんな気持ちじゃ、今日は香織ちゃんを帰したくないよ…』
香織も、このまま帰りたくなくなっていた。
地上に着き、ケイスケと香織は観覧車を降りた。
香織は先ほどの夢のような出来事のせいで、足がふらつきよろめく。
ケイスケがすかさず
『大丈夫?』
と声をかけ、支えてくれる。
香織は小さく頷くが、ケイスケの顔を見ると、ついさっきのことを思い出して恥ずかしくなり顔を背ける。
『ごめん、俺、あんなこと…
嫌じゃなかった?』
香織は下を向いたまま、こくん、とまた小さく頷く。
『俺、今日は香織ちゃんを帰したくない。
香織ちゃんが嫌なら無理強いはしないけど…』
ケイスケは、支えていた腕をゆっくり離し、香織の顔をあげさせた。
きっと香織は真っ赤な顔をしていただろう。
『…あたしも…
帰りたくない…』
香織はケイスケの顔を上目遣いで見て、ケイスケの服のすそを持った。
香織はママに『友達の家に泊まる』とだけメールをした。
生まれて初めて、男との外泊。
香織の胸は高鳴っていた。
適当なホテルを探し、入った。
部屋を適当に決め、受付でキーを受け取り部屋へ向かう。
香織は初めてのことだらけで、すべてケイスケに任せた。
ケイスケは、香織はよくわからないがどちらかというと、慣れているような印象を受けた。
エスカレーターの中で、香織はケイスケに後ろから抱きしめられ、耳元でささやかれた。
『大丈夫?こわい?』
『大丈夫…です』
香織は、全く怖くないというのはうそになるが、もうあと戻りはできないと思った。
エレベーターがチン!となり、止まる。
部屋を見つけ、鍵をあけて中に入る。
入った途端、ケイスケが香織を抱きしめ、唇に吸い付いてくる。
香織の小さな唇は、あっという間にケイスケに覆われる。
いきなりのキスに、香織は少し抵抗して唇を離す。
『はっ…はぁ』
吐息がもれる。
なんだか息が苦しい。
『香織ちゃん…
俺、もう理性が保てない』
ケイスケは香織を抱き寄せて耳元でささやいたかと思うと、香織をお姫様抱っこで持ち上げた。
『っ!?
あたし…重いよ!』
『全然重くなんかないよ』
ケイスケがニッコリ微笑む。
ドサッとベッドにおろされると、香織の上にケイスケがのる。
ケイスケは、香織にキスをしながら脱いでいき、上半身裸になる。
香織はどうすれば良いのかわからず、されるがままになる。
ケイスケが香織のカーディガンを脱がせ、ブラウスのボタンをはずしていく…
香織の胸があらわになる。
ケイスケは香織の首筋、鎖骨、そして胸へ…
顔をうずめる。
『ぁっ』
香織は思わず、小さく声をもらす。
『香織ちゃん、すごくかわいいよ…』
ついに香織はスカートも脱がされ、下着とニーハイブーツだけにされてしまう…
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