香織。
香織 -13歳-
香織は普通の女の子。
クラスの中では結構可愛い方。
はにかんだ時にちらっと見える八重歯は、なんだか男心をくすぐる。
少し小悪魔チックな性格である。
『香織、何の部活はいる??』
入学式を終えて体験入部の時期がやってきた。
幼なじみの理絵が聞いてくる。
『んー、まだ決めてない。』
人に自分のことをなかなか教えない、というところが『小悪魔チック』の所以か…。
『あたしテニス部の体験してみたい!』と理絵が言ったので、ついて行った。
体験入部してみてすぐにテニスの虜になり、理絵と一緒にテニス部に入ることに決めた。
新しいレスの受付は終了しました
18時半をまわり、みな帰らなくてはならない時間になったため、とりあえずそれぞれ帰宅した。
これ以上この場にいたくなかった香織からしたら、少し気持ちが軽くなった。
香織は湯舟にジャボンと浸かると、ふーっと息を吐いた。
足を思いっきりのばす。
疲れた体に少し熱めのお湯が染み渡る。
亜依に汚されたシューズは、浴室で洗ったが、色とにおいがなかなか取れなかった。
(今日は本当に疲れた。
まだなにも解決していないけど…
明日学校行きたくない……)
香織は眠りにつくまで今日のことを思い返していた。
なにも考えたくなくても、脳裏に焼き付いて離れないから。
しかし次の日。
思いがけず香織は39℃の熱をだして学校を休んでしまう。
昨日色々と考えすぎたせいか…
香織の親は仕事でいない。
(お昼ごはんは…ママがお鍋におかゆがあるって言ってたな)
温めたおかゆを食べながら、ボーッとテレビを見て過ごした。
熱は…まだ38.5℃。
夕方になり、香織のママが仕事から帰ってきた。
ママが帰ってきて少しした16時半ごろ、ピンポーン♪と家のチャイムがなったのを、香織はボーッとしながら聞いていた。
玄関でママが対応しているようだ。
(近所のおばちゃんでもきたのかな…)
そんなことをおぼろげながら考えた。
『香織ー、起きてる?』
階段の下からママの声が聞こえる。
『んー。なにー?』
『学校のお友達がきてくれたわよー。コウくんだって』
香織は家族に、コウと付き合ってることは内緒にしていた。
恥ずかしくて、とても言えなかったから。
香織は、『コウ』という名前を聞いて飛び上がった。
熱があることを忘れるぐらい、気が動転して心臓がバクバクとなっている。
『寝てるって言って!!』
香織はそれだけ言って、布団をかぶって丸まった。
(なんで…コウくんがくるのっ?)
ママが下でなにかゴチャゴチャ言ってるけど、とりあえずコウを帰してくれたようだった。
>> 54
ママが2階にあがってくる足音が聞こえる。
『香織、せっかくきてくれたのになんで帰しちゃったのよ。
学校からの配布物だって』
といい、ママは紙を4~5枚渡して1階に戻っていった。
(…どれもこれも、大事な配布物はないじゃない…)
香織が、1番下にある配布物を見ようと紙をめくったとき。
紙の間に、折り畳まれた小さな紙が入ってるのを見つけた。
香織はその小さな紙を広げてみた。
(この字は…コウくん?)
『香織。
熱の具合はどう?
昨日のこともあったから心配だよ。
今はゆっくり休んでね!
早く良くなるといいな。香織に会いたいよ。
じゃあ、また学校で。
PS.おれには香織だけだよ。』
正直、香織はこんな手紙をもらっても嬉しくなかった。
コウに裏切られていたことが分かってしまったから。
こんなことを言われても、信じられないし、余計に気持ちが冷めていくだけ…。
もう完全に香織の心はコウから離れていた。
(もう会いたくない…でも学校に復帰したらあの3人に会わなきゃいけない…。
気が重い…)
香織のそんな気持ちが表れているのか、2日目も3日目も、熱は下がらなかった。
しかし、コウは毎日、配布物と一緒に手紙を渡しに香織の家まできた。
コウがくるたびに香織はママに呼ばれたが、帰ってもらった。
(ママには変に思われてるかな…でももういいや…。)
香織が熱をだした3日目の夕方。
ママがコウのことについて香織に聞いてきた。
『コウくんのこと避けてるみたいだけど…なにかあったの?』
(やっぱりそうきたか…)
香織は心の中でため息をついた。
香織はなにも語るつもりはなかった。
コウ、亜依、そして理絵にまで裏切られていた。
しかも物を隠されたり、靴にイタズラされたり、イジメのようなことまでされていた。
なんてとても言えなかったし、言いたくなかった。
しかし香織は…次から次へと目から溢れ出てくるものを、止める術を知らない。
香織は、コウが持ってきた配布物をグシャッと握りしめた。
その日も配布物の間に挟んであったコウからの手紙に、雫が染み込んで丸く大きなシミをつくる。
香織は、誰かに話して少しでも楽になりたくて、ママに話した。
ママは黙って聞いていた。
しばらくしてママが先に口をひらいた。
『色々大変だったのね。気づいてあげられなくてごめんね』
と言って、香織を抱き寄せた。
(ママに抱きしめられるなんて、いつ以来だろう…?
あったかい。ママのにおい…)
香織はその心地好さに目を閉じた。
どんよりした雲に覆われて真っ暗だった心の中に、優しい光が差し込んでいくのを感じた。
香織はゆっくりと目をあけた。
もう大丈夫。
次の日。
すっかり熱が下がった香織は、学校に行き、部活の朝練でテニスコートにいた。
亜依と理絵も部活にきていて、
『香織…』
と声をかけられたが、
香織は一言も話さず黙々と部活のメニューをこなした。
教室でも、いつも一緒に行動していた仲良し3人組がバラバラで行動していたから、クラスのみんなはきっと不思議に思ったにちがいない。
ただ一人、事情を知っている…というよりは、今の状況をつくった元凶のあの男を除いては。
『香織!』
コウだ。
朝の部活を終えて帰ってきたようで、まだジャージを着ていて、額からは汗が流れている。
『良かった…熱、下がったんだな…』
香織の心をズタズタにしておいて、自分だけ部活を楽しんでいつも通り生活したり、『香織だけが好き』というような手紙を渡してきたりするコウのことが、香織は許せなかった。
亜依と理絵にされたことももちろん許せることではなかったが、全てコウの行動や言動のせいなのだから、悪いのはコウだ。
それにしても、あんなことがありながら、よくもぬけぬけと話し掛けられるな、と香織は心の中で憤る。
香織はもう口をききたくもなかったから、無視して次の授業の準備を始める。
そんな香織の態度を見て、不思議さを隠せない様子のコウ。
自分の席に戻り、制服に着替え始めた。
香織はハァーとため息をついた。
香織はそのあとも理絵、亜依、コウと一言も話さずに、部活の午後練を終えるとさっさと帰り支度をして一人で帰った。
校門のゆるく長い坂の下に、男子が一人立っているのが見えた。
コウだ。
コウは、香織をまっすぐ見つめている。
(やっぱり、きちんと終わらせるべきだよね…
逃げちゃダメだ)
香織もコウを見つめ返す。
そして二人はゆっくりと歩きだす。
同じ方向に向かって歩いてはいるが、気持ちは確実にバラバラの方向へ向かっているだろう。
『香織…
おれのこと避けてるよね?』
(いきなり本題か…)
香織は一瞬とまどったが、素直な気持ちを伝えることを決めた。
『うん…避けてる。
だってあんなことがあったのに、前と変わらずに接しろっていう方が無理だよ…』
香織は下に視線を落とした。
香織の一歩先を歩いていたコウが急に立ち止まったので、香織はぶつかりそうになった。
気づけば、コウと初めてキスした公園にきていた。
(もう二人でくることもないんだろうな…)
『この公園…おれたちの思い出の場所だよね。』
『もうあんなことしない
!香織を裏切ったりもしない!
おれが本当に好きなのは香織だけだから!
もう一度やり直せない?』
コウの目は嘘をつくような目ではなさそうだった…
でも心が拒否する。
香織は横に首をふる。
なにを言われても、もう香織の気持ちは変わらない。
『おれたち本当に終わったんだね…?』
と、コウが言った。
『うん…ごめん。
コウくんと一緒にいると、つらい思いが蘇るから…』
『わかった…
おれももう香織のこと、諦める。
いっぱい傷つけてごめん。』
こうして、香織とコウの1年半の付き合いは終わった。
中学2年の秋だった。
香織、亜依、理絵は友達として一緒にいることはなくなった。
亜依と理絵は一緒に行動していたが、香織は別のグループに入れてもらった。
コウと香織は一切関わりを持たなくなった。
そして、高校3年になる…
香織 -15歳-
中学3年生のクラス替えは、みんな見事にバラバラになった。
香織は、途中で入れてもらったグループの中の一人、彩(あや)と同じクラスになり、今後一緒に行動する。
あとの話になるが、香織と彩は高校も同じところへ通うことになる。
彩は、お世辞にも可愛いとは言えなかったが、落ち着いた雰囲気をしている。
吹奏楽部だと聞いて、香織はなるほど、と思う。
先輩たちが卒業したため、部活の厳しいルールも3年生になるとかなり緩和された。
香織は、学校生活、部活、受験勉強…と忙しく毎日を過ごす。
3年生は部活は、受験勉強があるためあまり活動自体なかったが。
クラスも離れ、部活動もほとんどなかったため、香織は亜依や理絵、コウに会うことはなかった。
風の便りで、亜依とコウが付き合ったが、すぐ別れたらしいと聞いた。
もう香織にはどうでも良いことだが。
中学3年は忙しく過ぎていき、あっという間に受験シーズンになった。
香織はちょうど真ん中ぐらいの偏差値の高校に無事受かり、彩と一緒に喜んだ。
そして卒業…
香織は、思い出深い校門で、桜の木を見上げていた。
少し早い桜が咲いていた。
(中学では本当に色々あったな…
出会い…別れ…
楽しいことも、つらいこともあった…
高校では、どんなことがあるのかな…?)
そして香織は中学校をあとにする…
『彩~!待って~』
香織 -中学校編 完-
-続き…-
卒業式のあと。
一人、首斬り池に佇む姿。
その人は、手に持っている物を見て、涙を一筋流す。
その人がそれを勢いよく投げた。
それはチリンチリン、と鳴りながら放物線を描いて、ポチャンと池の底に落ちていく…
日の光を浴びながら、キラキラと…
-続き 完-
香織 -16歳-
香織は高校生になった。
成長期だからと、少し大きめを頼んだ真新しい制服、傷一つないカバン。
通い慣れない道、初めて見るクラスメートたち。
彩とは同じクラスになった。
どうやら、同じ中学校の子同士は大体同じクラスになるよう、高校側が配慮してくれたようだった。
教室で自己紹介が始まった。
(最初の挨拶って緊張するんだよね…)
『…じゃあ次』
『あっハイ。
鮎原香織です。○○中学校でした。部活はテニスをやっていました。よろしくお願いします』
香織は立ち上がり、前の子たちが言っていたのと同じように自分のプロフィールを言った。
『はい、じゃあ、次』
先生が次の人を促す。
香織の後ろに座っている人が立ち上がった。
『石川ヒロキ!
ヒロって呼ばれてますっ
よろしく!』
“ヒロ”と言った香織の後ろの人は、それだけ勢いよく言って、ガタッと座った。
『石川は色が黒いが、なんか部活やってたのか?』
先生が聞いた。
『おれ、サッカーやってました!』
これが香織とヒロの出会い。
ヒロは、色が黒くていかにもスポーツやってます、というかんじ。
明るくハキハキしていて、ある意味コウとは真逆のような印象。
クラスのムードメーカー的存在になりそうなイメージ。
まあ、しばらく恋愛を休みたい香織にはあまり興味がなかったが。
残りの子たちの自己紹介を聞いていると、香織はつんつん、と肩をつつかれた。
後ろを振り返ると、ヒロがニコニコしている。
小声で香織に話し掛けてきた。
『鮎原って、アユって呼ばれてた?それとも下の名前?』
香織はヒロの馴れ馴れしさというか、軽さに多少の嫌悪感を示したが、
『みんな香織って呼んでた。
アユって呼ぶのは、一部の子だけだったよ』
と小さく答えた。
『じゃーおれ、アユって呼ぼ!』
ヒロがニカッと笑うと、白い歯がこぼれる。
顔が黒いから歯の白さが目立つ。
(軟派っぽい…
好きなタイプじゃないな…)
これが香織の、ヒロに対する第一印象だった。
中学ではまだだれもケータイを持っていなかったが、高校になってみんな持ちはじめた。
香織もその一人だ。
休み時間にヒロにメアドを聞かれ、香織は乗り気ではなかったが、断るのも悪い気がして交換した。
一緒にいた彩が、
『香織はやっぱりモテるね~』
と冷やかしてきたが、香織は
『そんなつもりじゃないから』
と受け流した。
香織は、高校では部活はやらないと決めていた。
それよりも、バイトをして遊ぶお金が欲しかったから。
香織がなんのバイトがいいか、と彩に聞いてみたところ、
『私これやってみたくて憧れるんだよね~』
とバイトの情報誌を指さして言った。
彩が指さしたのは、『メイドカフェ』のメイド募集だった。
『私、顔がかわいければなぁ~。
香織は可愛いし、結構イケるかもよ!』
香織はもともと容姿には自信があった方だし、メイドの格好も可愛いから好き。
実際、香織は髪も長くなって化粧も始めて大人っぽさが増し、高校に通うようになってから何人かに声をかけられるようになった。
香織は彩から情報誌を見せてもらうと、釘付けになった。
(17時~22時…時給1420円!
高校生からOK!)
ちょうど学校帰りに行けるというのと時給の高さにつられ、香織は早速メイドカフェに電話をした。
3日後に面接を受けることになった。
3日後…
面接を受けた香織は、早速翌日から働くことになった。
バイトをする場合、本来なら学校に届けを出さなければならない。
しかし香織は、バイトの内容が内容で言いづらかったため、学校には言わずに始めることにした。
『今日からバイト?がんばってね!』
放課後香織が帰り支度をしていると、彩が小声で言った。
『うん、ありがと』
彩には本当に感謝している。
中学のとき、クラスで一人でいた香織をグループに入れてくれたり、高校でも仲良くしてくれ、良いバイトも見つけてくれた。
支度を終え、教室から出ていこうとする香織に声をかける者がいた。
『アユ!いまから帰り?』
ヒロだ。
(なんか苦手なんだよね…)
『ん…秘密!
じゃあね』
香織はそれだけ言って、逃げるようにバイトへ向かう。
『え、なになに?なんなの?』
ヒロは目を丸くしている。
『香織が秘密にするなら、言わな~い』
彩はそう言って、帰り支度を始めた。
香織が出て行った方向を見つめるヒロ…
メイドカフェに着いた香織。
店長に案内された先には、『みるく』『れもん』『いちご』など可愛らしい名前が書かれたロッカーがたくさん並んでいた。
『鮎原さんは、ココでは〈もも〉ちゃんでよろしくね』
店長はそう言うと、〈もも〉と書かれたピンクの可愛い名札と、メイド服を香織に渡した。
『これに着替えて、名札はポケットにつけて。
あ、頭は…猫でいいか。
着替えたら声かけてね』
店長はガサゴソとロッカーをさぐり、香織に猫耳がついたカチューシャを渡した。
店長が出ていき、香織は受けとった服に着替え、名札をした。
(わぁ、かわいい!
本当にメイドなんだ…)
香織は膝上15cmぐらいの短めのスカートが恥ずかしくなり、すそを引っ張る。
胸と腰のリボンが歪んでいないかチェックをして、頭にカチューシャをつけた。
(実際着てみると、恥ずかしい…
でも行かなきゃ…)
お店の方に出ていくと、10人ぐらいのメイドの格好の女の子たちが、せかせかと準備をしていた。
『みんな、ちょっと集まって』
店長が女の子たちを周りに集める。
『今日から新しく入った、鮎原香織さん。店でのネームはもも。
仲良くね。』
『よろしくお願いします』
香織はニコッと微笑み、少し恥ずかしくて前髪を触る。
『よろしくね~』
女の子たちは、みんな笑顔で香織を迎えてくれた。
『いちごちゃん、ももちゃんの指導よろしくね』
背が170cmぐらいはありそうなスラッとした姿、綺麗な顔立ちの人が一歩前にでてきた。
『いちごです、ももちゃんよろしくね』
そういっていちごは、香織にニコッと白い歯をみせた。
(綺麗な人だなぁ…)
香織は接客の方をやることになっていたので、香織はいちごに接客のことを教えてもらった。
お客様がいらっしゃったら『お帰りなさいませ、ご主人様(お嬢様)』
メニューをとりにいくときは、『お食事はいかがなさいますか?』
食事を運んだら、魔法のおまじないをする。
別料金で、簡単なゲーム(ミキサーゲーム・じゃんけんゲームなど)の相手をする。
お客様が帰るときは、『行ってらっしゃいませ、ご主人様(お嬢様)』
などなど。
お客様はご主人様なので、
『メイドは本当に仕えている気持ちで接客するように』
とのことだった。
(テレビでは見たことあるけど、できるかな…)
いちごに一通り教えてもらい、香織は接客することになった。
最初のお客様がきた。
『お帰りなさいませ、ご主人様』
香織はニコッと笑顔で対応する。
『あれ?新入り?テラかわゆす~。ももちゃんていうんだ』
香織の最初のお客様は、体格太めで
めがね、チェックシャツ(パンツイン)、リュック…
典型的な『オタク』ファッションの男だった。
(わ…これが本物のオタク?)
このカフェでは、本当に帰ってきたように靴を脱ぎ、ピンク色のソファーでゆったりとくつろぐようになっている。
男は香織がなにをいわずとも靴を脱ぎ、靴入れに入れて鍵をかけると受付に鍵を渡した。
男を見ると、いちごちゃんが小声ですかさず
『ももちゃん。あのお客様、毎日くるんだけど。
セクハラするときがあるから気をつけて!』
香織は最初のお客様からついてないようだ…
男はお店の1番奥のソファーにドサッと座ると、
『ももちゃん、こっちきて!』
といい、香織を呼んだ。
『ハイ、ご主人様』
香織は
(ちょっと嫌だな…
でも初めてのお客様だし、頑張って接客しなきゃ)
と気合いを入れた。
『お呼びでしょうか』
『まずは食事にしようかな。
愛のラブラブオムライスと…
スペシャルいちごミルク!
これがぼくのお気に入りのメニューなんだ』
男はニヤッとする。
『ご主人様、お食事をお持ちいたしました』
香織は、ホカホカと湯気のたつオムライスと、いちごがたっぷり入ったいちごミルクを男のテーブルに持ってきた。
オムライスにはまだケチャップがかかってない。
『これこれ!これだよぉ~』
男はニマニマしている。
『ももちゃん、隣座って!』
男に言われ、香織はチラッといちごちゃんの方を見る。
いちごちゃんは頷き、小さく『ファイト』のポーズをした。
『ハイ、ご主人様』
『じゃあケチャップかけてくれる?』
男は香織にケチャップを渡した。
男が香織の手の上に自分の手を重ねる。
香織はそのしめっぽさに嫌悪感を覚えた。
『じゃあご主人様、ご一緒に。
真っ赤なケチャップ、ラブラブケチャップ。
ハートになあれ』
男と一緒に唱えながら、香織はケチャップをハートの形に描く。
あとは一人でハートに顔を描いたり、周りにケチャップでデコレーションしたりする。
『ハイ、ご主人様。召し上がれ。
では、ごゆっくり』
そういって香織が席をたとうとすると、男は
『食べ終わるまでここにいて!』
と香織を制した。
香織は心の中でため息をつく。
(キャバクラじゃないんだから…)
香織は仕方なく席に戻った。
男はオムライスを頬張る。
『うぅぅーん。やっぱりオムライスはここが1番!』
口のまわりはケチャップだらけ、口の中にはオムライスを含んだまま
男は歓喜の声をあげながら完食した。
いちごミルクもあっという間に飲み干した。
『今日はごはん食べにきただけなんだ。
近くのフィギュアの店に用があってさぁ。
でも新入りの、こんなに可愛いももちゃんがずっと隣にいてくれて幸せだなぁ~』
食べ終えて満足したらしく、男は帰っていった。
『ももちゃん、大丈夫だった?なにもされなかった?』
男が帰るとすぐ、いちごちゃんが小声で聞いてきた。
『とりあえず大丈夫でした~』
香織は苦笑いで返す。
香織の初めてのお客様は、満足して帰ってもらえたようだ。
香織はそれからしばらく学校もバイトも両立してがんばっていた。
やはりあの男は毎日きていたが…。
バイトをしているうちに、メイドカフェには色々な人がくることがわかった。
女の子数人、スーツを着た男の人、もちろんオタク…
そして香織は、そこで運命の出会いをすることになる…
その日も相変わらず、あのオタク男がきた。
男は香織が入店した日からずっと香織を指名している。
その日もいつも通り香織に声をかけ、隣に座らせていた。
『今日はミキサーゲームやりたいな』
『ハイ、ご主人様』
香織はミキサーゲームにつかうものを厨房から色々と持っていく。
ミキサーゲームとは、お客とメイドが、ミキサーに順番に5つ食材を選んで入れていき、飲み切れば勝ち、飲み切れなければ負け
勝てばメイドと写真が撮れる、負ければゲーム代2倍
というルールだ。
『ぼく勝っちゃうよ~
じゃあ始めようか!』
順番にミキサーに選んだ食材を入れていく。
納豆、タバスコ、牛乳、フルーツなどの混ざった、スパイシーでネバネバの白濁したものが完成した。
(まずそっ)
これをグラスに分け、『せーの』で飲む。
『『せーの!』』
香織は鼻をつまんで一口。
ゴクッ
(無理っ!)
香織はあまりのまずさにだしそうになる。
香織は恐怖で声がでない。
顔が青ざめ、身体はカタカタと震える。
(ヤダ!ヤダヤダヤダ!)
香織はギュッと強く目をつぶった。
男のねっとりとした指が、ニーハイからのびた白くすべすべした香織の太ももを、ゆっくりと這う。
男の手が香織のスカートの中に…
(だれかッだれか助けて!!)
その時。
『おい!なにやってんだよ!?彼女、嫌がってんだろ!』
『へっ!?だれだよ、お前!?
関係ないだろう』
(…?)
香織はゆっくりと目をあけた。
オタク男が、背の高い男にむなぐらをつかまれている。
オタク男はジタバタともがいている。
オタク男、背の高い男の周りには3人の男たちがいた。
あわてふためいているようだ。
メイドの女の子や他のお客たちも、どうしたら良いか困っている様子だ。
店の奥から店長がバタバタとやってきた。
『お客様っ!
どうなさいました!?』
『この…っ、この男がいきなり…!』
『こいつが嫌がってる女の子に無理矢理触っていたんです!』
背の高い男は遮るように言った。
店長は香織に目を向ける。
未だに震えが止まらない状態だ。
『ちょっと奥まできていただけますか』
店長はそういい、オタク男を連れて行った。
多分、オタク男の今までの悪行も店長の耳に入っていたのだろう。
メイドの女の子たち、周りのお客は、みなざわざわとしている。
『大丈夫?』
いまだ震えている香織に、背の高い男が優しく声をかける。
『あのオタクなんだよー』『マジ、キモッ』『その子大丈夫か?』
3人の男が背の高い男に話しかける。
香織の目から…
次から次へと涙がでてくる。
怖かった…
『…こ…わ…かッた……』
香織は自らをギュッと抱きしめた。
いちごちゃんが小走りで香織に近づいてきて、
『ももちゃん!店はなんとかするから、今日はもう帰っていいって店長に言われたから!』
と小声で言い、香織を店の奥に連れて行った。
『あとはまかせて』
いちごちゃんは店の方に戻っていった。
いちごちゃんの『ご主人様方、お嬢様方、失礼いたしました~!』という明るい声が、遠くで聞こえる。
香織はしばらく店の奥でうずくまり、一人で泣いた。
1時間ぐらい経ったか…いや2時間ぐらいだろうか。
香織は私服に着替えて、店の裏口から出ようと扉を開けた。
すると、扉のすぐ近くにだれかが立っている。
香織をオタクから助けてくれた、背の高い男だ。
『あっ!
お店の女の子に、ここから出てくるって教えてもらって…』
男は慌てて早口でしゃべり続ける。
『あの、これ、もしよかったら連絡してくれないかな。
それじゃ!』
男は折りたたまれた紙を1枚、香織に手渡すと、小走りで去っていった。
香織がそっと紙をひらくと、紙にはメールアドレスが書かれていた。
(もしかして…
これを渡すためだけに2時間待っていてくれた…?)
家に帰った香織は、助けてくれた男からもらった紙を見つめていた。
突然のことばかりで顔をあまり覚えてないけど、背が180cmぐらいで優しい眼差しをしていたような…
(そういえばちゃんとお礼言ってなかったな…)
『香織~、お風呂入っちゃいなさいよ』
香織はため息をついて紙を学校のカバンへ落とし入れ、お風呂へ向かった。
お風呂からあがると、携帯に着信があった。
店長からだった。
かけ直すと、内容はこうだった。
『(オタク)男は、もう出禁にしたから。
今までもあいつの被害に遭ってた子はいたんだけど、現行犯でなかなか捕まえられなくてね。
ほら、あいつって、いつも1番奥の席に座るから』
店長は、ハハハと笑っていたが、香織や被害者にとっては笑い事ではない。
『とにかく、もうあいつは来ないから。
香織ちゃん、明日はゆっくり休んでいいから、明後日からまたきてくれるかな?
いま香織ちゃんが指名No.1だからさ、香織ちゃんに来てもらわないと困るんだよね~』
香織はバイトを始めて少しの短期間で、指名No.1までのぼりつめていた。
香織は、もうあの男がこないということを聞いて気持ちが少し楽になった。
それもあってか、香織は助けてくれた男にお礼のメールをしようという気になった。
香織はカバンに入れた紙を拾い、書かれたアドレスの一文字一文字を間違えないようにゆっくりと入力し、再度確認した。
『メイドカフェ○○○のももといいます。
今日は助けていただいて、ありがとうございました。
直接お礼を言いたいので、是非またお店に遊びにいらしてくださいね』
香織は入力を確認したあと、そういえば相手の名前を知らないこと、自分の名前を相手も知らないことに気づいた。
なんだかおっちょこちょいで香織は可笑しくなった。
香織は本文の最後に自分の名前を書き加え、送信した。
返事はすぐにきた。
『メールありがとう!
くれないかと思ってたからすごく嬉しいよ!
お店、行かせてもらうね(笑)
ってか、名前教えてなくてごめん!
俺は藤原ケイスケって言います。
よろしくね』
(フジワラケイスケ…
登録完了、と)
香織は携帯のアドレス帳に登録して、携帯をぱたんと閉じた。
(藤原ケイスケさん…
どんな人なんだろう?)
そんなことを考えながら、香織は眠りについた。
このときはまだ、ケイスケが香織にどのような影響を与えるのか、まだだれも知らない…
香織も、ケイスケでさえも…
次の日は予定通りバイトを休みにしてもらっていたので、久しぶりに彩と一緒に学校から帰ることになった。
『ゴメンお待たせ!
マジ、放課後すぐの女子トイレ混みすぎ~』
彩が手を拭きながらバタバタと走って戻ってきた。
『そんなに急がなくても良いのに』
『香織最近忙しそーだからさ!一緒に帰るの久々だし♪』
香織と彩が帰り支度をしていると、ヒロが話しかけてきた。
『あゆ!今日はバイトないんだ?
俺も一緒に帰りたいな~』
ちょっと考えて、香織と彩は顔を見合わせて笑った。
『女の子同士の話があるからダメ~』『ね~』
『チェッなんだよー。
じゃ、またな』
『じゃあ、また明日ね~』
キャッキャと笑いながら帰っていく香織と彩の後ろ姿が見えなくなるまで、ヒロはずっと見つめていた…
次の日の放課後。
香織は店に行っていた。
メイド服に着替え、リボンを直す。
頭に猫耳をつけ、ニーハイを引っ張って上にあげる。
『よし』
鏡を見て最終チェックして、店の方に向かった。
19時ごろ。
『お帰りなさいませ…あっ』
『ももちゃん!遊びにきたよ』
ケイスケさんだ。
この間きたときは他に友達らしき人が3人ほどいたが、今日は一人なようだ。
『メイドカフェってこの間きたのが初めてでよくわからないんだけど…
指名しても良いのかな?』
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私の煌めきに魅せられて
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69レス 814HIT 瑠璃姫 -
喜🌸怒💔哀🌧️楽🎵
今日もまた… 嫌いな自分 閉じ込めて 満面笑みで …(匿名さん0)
40レス 899HIT 匿名さん -
西内威張ってセクハラ 北進
高恥順次恥知らず飲酒運転していたことを勘違いなどと明らかに嘘を平気でつ…(自由なパンダさん1)
100レス 3324HIT 小説好きさん
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🌊鯨の唄🌊②4レス 144HIT 小説好きさん
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人間合格👤🙆,,,?11レス 151HIT 永遠の3歳
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酉肉威張ってマスク禁止令1レス 154HIT 小説家さん
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今を生きる意味78レス 526HIT 旅人さん
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 982HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 144HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 151HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 154HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1410HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 526HIT 旅人さん
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32レス 498HIT 恋愛初心者 (20代 女性 ) -
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44レス 1305HIT 恋愛好きさん (30代 男性 ) -
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