いつか解き放たれる時まで…③
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「どうしたの?、その荷物。」
「追い出されちゃいました。」
「えっ?、何、彼氏のとこ?」
「はい。」
「とりあえず乗って。」
小椋さんの車はエアコンが効いていてとても涼しかった。
「今日も暑いね。千鶴ちゃん白いから焼けるでしょ?。」
「はい。夏は嫌ですね。」
「髪切ったんですか?。」
「うん。なかなか忙しくて行けなかったんだよ。やっとこの前切ったよ。」
助手席に座る私を時々見ながら小椋さんは言った。
「追い出されたって事は、行くとこないって事?。」
「まぁ…、そんな感じです。」
「何があったか知らないけどひでー奴だな(笑)。」
「もう、お互いに気持ちなかったから。いつかこうなると思ってました。」
「もう好きじゃないの?。」
「はい。」
「じゃあ俺の女にしてもいい?。」
そう言うと彼は私に触れてきた。
買い物を済ませて別荘に向かった。
「夜も雨降んないといいんだけどな…。」
「どうしてですか。」
「夜の散歩。星がめちゃくちゃ綺麗なんだよ。あと夏には蛍も見れるんだ。」
「蛍…。最近は見なくなりましたよね。」
「うん。だから千鶴ちゃんに見せたいな。」
小椋さんは少し浅黒い。
痩せているほうではないけどでもおじさんぽくもない。
でも父親というだけあって落ち着いていて包容力がある。
「こんな事聞いたら失礼だけど。今日って朝までいいのかな?。」
「……。」
一瞬ドキッとしてしまった。
「はい、大丈夫です。」
「わかった…。」
小椋さんはチラッと私を見るとスカートから見える脚に目線が行った…。
下心が丸見えだった。
この人も所詮普通の男なんだな…。
「タバコ吸っていいからね。気を遣わないでね。」
「はい…。」
「いいな…。千鶴ちゃん。結婚したら楽しいだろうな。」
結婚て言葉は今の私には重すぎる。
「恋愛してるほうが幸せです、きっと…。そのほうが、ずっと相手に優しく出来るし愛せると思う…。」
「千鶴ちゃんは幸せな結婚じゃなかったの?。」
さり気なく聞かれた言葉に返す言葉はなかった。
「まっ…、でも本当そうかもな。実際俺も失敗してるから。」
「きっと結婚したら、自分のものにしたくなるから…。自由にやりたいことも出来なかったり、そうすると優しく出来なくなったり愛せなくなったり…。よくわからないけど、我慢の方が多いような気がします…。」
「千鶴ちゃんも色々あったんだね…。今は…、楽?。」
「楽?。う~ん、わからないです。男の人見抜けないみたい(笑)。」
小椋さんが笑った…。
ご飯が出来上がった。
木のテーブルに、木のベンチ。
カレーとサラダを並べて、グラスを置いた。
あまり使っていないのか、カトラリーはピカピカだ。
「じゃあ、乾杯しようか。」
「はい。お腹空きましたね。」
ずっと冷蔵庫で冷え冷えだった瓶ビールを小椋さんは持ってきた。
「お疲れ様。今日はゆっくりしてね。」
男の人にグラスに注いでもらうのは初めてだった。
「すみません、ありがとうございます。」
マニキュアが少し剥がれ気味で恥ずかしかった。
「お疲れ様でした。」
彼のグラスにも注ぐ…。
小椋さんはいつも私から目線を外さない。
普段から人と目を合わせるのが苦手な私はあまり小椋さんの目を見れなかった。
「好きだよ。」
突然何を言うのだろう…。
どんな顔すればいいの…。
心臓がバクバクした。
「あれ?、千鶴ちゃんていくつだっけ…。」
「34です…。」
「じゃ、俺の6つ下かぁ…。」
小椋さん40なんだ…。
「若く見られるでしょ。」
「ん~、どうですかね。」
「何飲む?。」
「じゃ、同じのいただきます。」
「酒強いの?。」
「最近そんなに飲まないのでわかりませんけど、嫌いではないです。」
「それにしても、君色白だね。」
ノースリーブのマキシワンピースは腕がもろに出ていた。
「なんか透き通って血管まで見える(笑)。」
「あまり見ないで下さい…。」
「言葉悪いけど、雪女みたいだね(笑)。雰囲気的に…。」
「雪女ですか…。」
「うん…、目も細めだし、でも唇は色っぽい。」
「雪女なんて見たことないですから(笑)。ていうか小椋さんはちょっと熊っぽいですね。」
「あぁ、最近腹も出て来たしね(笑)。」
「なんか手が小さくて可愛い…(笑)。ちょっと黒いし本当熊みたい。」
「千鶴ちゃんも笑うと益々不気味な笑みだぞ。」
この人とセックスは出来るのだろうか…。
ちょっと滑稽に見えてきた。
「映画でも観る?。気になって買ったけど観ないまま置いてあるやつあるんだ。」
「映画、最近全然観てないですね…。是非観たいです。」
おつまみはチョコとナッツ。
字幕にするか日本語にするかでちょっと悩んだ末、日本語になった。
洋画のサスペンスだった。
「こっちおいで…。」
小椋さんに言われ、彼の肩に寄りかかった。
「好きだよ。」
「どうしてそんなに好きだって言うんですか。」
「好きだから。」
「私の事あまり知らないくせに…。」
「キスしていい?。」
小椋さんの顔が凄く近くなる。
初めてのキス。
私にとってキスはセックスよりも特別だった。
抵抗するわけでもなく、私は黙って彼を受け入れた…。
その時の私には感情がなくなっていた…。
どうあがいてもあきひとの所へは戻れないのだ。
小椋さんのことは好きになれそうにもなかった。
キスのやり方、愛撫…。
マメだけど私には長すぎた。
“気持ちいい?”
何度も聞いてきてうざいと思ってしまった…。
「ごめんなさい…、ちょっと痛いです。」
「えっ?、どこが?。ごめん気持ち良くないね…。」
すっかり渇いているのに刺激されても痛いだけ。
寝室にしまってあったのか、引き出しから何やらゴソゴソ持って来て私に無理矢理使おうとした。
奥さんとの時に使ったものなのだろうか。
気持ち悪い…。
「ごめんなさい、もうやめていいですか。」
「やだ?。嫌ならやめるね。ごめんね…、満足させられなかったね。」
嫌な空気が流れた。
小椋さんの目玉焼きは半熟で、私が好きな目玉焼きだった。
ベーコンをカリカリになるまで焼かないのも私好みだった。
コーヒーも私が好きなものだった。
偶然なのだろうか…。
美味しい朝食をいただいて、私は身支度をした。
小椋さんが喜ぶ事がしたくて、何がいいか考えた末、別荘を掃除する事に決めた。
ラジオを聞きながら、掃除をしたり食器を洗う。
天気がいいので、勝手に洗濯をした。
別荘の周りに咲いている花に目をやると、とても癒された。
蝉の声も聞こえてくる。
ここで毎日暮らしていたら何も考えなくていいのかも…。
そんな生活もいいな…。
窓を全て開けて風を入れた。
半日かけて掃除機や窓拭きをやった。
意外と別荘は汚れていて、掃除に時間がかかった。
高い掃除機なのか、持ち運びが楽で吸引力も良く掃除が捗る。
モップもかけてピカピカになった。
バスタオルや枕カバーも、風と太陽で昼過ぎにはほぼ乾いていた。
食材はほとんど買ってないために、何も作れそうになかったけど、買い置きのパスタとソースを見つけた。
勝手にあちこち物色するのも失礼かな…。
携帯がなり、着信を見ると小椋さんだ。
「もしもし?。」
「もしもし千鶴ちゃん?。」
「はい。」
「何してたの?。ご飯は食べたかい?。」
「はい、いただきました。とっても美味しかったです。」
「それなら良かった~。あのさ千鶴ちゃんいきなりで悪いんだけど、今夜うちのチビ連れて帰っていいかな。」
「あっ、はい。大丈夫です。」
「ごめんね急に。今日預かってほしいって連絡来て…。迎え行って買い物してから帰るから6時くらいになるけど。」
「わかりました。気をつけて…。」
ちょっと動揺した。
という事はお泊まりだ…。
「パパゲームしたい。」
家に入るなり藍斗君が言った。
「ちゃんとご飯食べて風呂に入らないとゲームは無理だよ。」
藍斗君はちょっと不満そうだ。
「あの…、ご飯どうしましょう。」
「俺さっと炒飯でも作るよ。風呂は…、それからにしようかな…。」
「ご飯私作ります。お風呂入って下さい…。」
「本当?、ごめんね。じゃあ飯お願いしようかな。」
小椋さんは微笑んだ。
「藍斗君の着替えって…。」
「多分リュックに持たせてあるはずなんだけど。」
「分かりました。小椋さんのは二階ですよね。」
「うん、ベッドのとこのタンスに入ってる。」
「準備しておきますね。」
「ありがとう、千鶴。」
小椋さんが私を呼び捨てにした。
私は奥さんになった気分だった。
こんな風に子供とお風呂に入ってくれるパパっていいなと思っていた。
藍斗君のリュックには着替えが何枚か入っていて、あとはゲーム機が入っていた。
適当に詰めたような感じだった。
藍斗君はどこか表情が暗い。
笑った顔が見たいな…。
出来るだけ野菜を細かく刻んで炒飯を作った。
思い鉄鍋を使って作った炒飯は割と美味しそうに見える。
サラダとスープも作ってテーブルに並べた。
「千鶴~。」
バスルームから小椋さんが呼ぶ。
「ごめん、藍斗の体拭いてくれるかな?。」
ちょっと驚いたけど、言われた通りに藍斗君のお世話をする。
「気持ち良かった?。」
黙って頷く。
「お腹空いた?。」
ちょっと首をかしげた。
まだ私の様子をうかがっているようだ。
「藍斗ね、今日ひろみ先生と折り紙したんだ。」
パジャマを着せていると突然しゃべりだした。
「ん?、ひろみ先生?。」
「ひろみ先生ってわかる?。」
「う~んわかんないなぁ…。藍斗君はなにぐみさん?。」
「くま組だよ。」
「くまさんかぁ…。パパもくまさんみたいだよね。」
藍斗君が笑った…。
「藍斗ねぇ~パパとママと飛行機乗ったんだよ。」
「へぇ~すごいね~。」
「藍斗、お姉ちゃんと何話してるんだ?。」
小椋さんも出てきた。
藍斗君は私に慣れてくると色んな話をした。
片言な所や、テレビのCMを見て一緒に歌ったり、突然戦いごっこを始めたり…。
私は男の子を育てた事がない。
だから藍斗君がとても可愛く思えた。
「藍斗、そろそろ歯磨きして寝ないと明日幼稚園だぞ。」
「あしたようちえんやすみたい。」
「だめだよ、ママと約束しただろ。」
「‥‥‥。」
「あいと、お姉ちゃんとあそびたいもん。」
私達は目を合わせた。
「ちゃんと幼稚園行かないとパパもママに怒られるんだよ。」
小椋さんがちょっときつく言った。
泣きそうだ。目に涙を溜めている。
「あいとくん?、お姉ちゃんあしたお仕事なの。だから遊べないんだぁ。ごめんね。」
藍斗くんは涙を拭いながら頷いた。
「やっと寝たよ~。」
30分くらいしてから小椋さんが二階から降りてきた。
「すみません、ゆっくりしてました。」
「千鶴、色々ありがとね。」
ソファに腰掛けるなり小椋さんが手を握って来た。
「改めてなんですか、気にしないで下さい。」
「君さ…、子供いるの?。」
「えっ…。」
「なんか扱い慣れてるし、もしかしたらそうかなって。」
「います…。もう中学生です。」
「うそっ?、本当に?。いやぁ…、驚いたよ…。」
「私、実家が秋田なんです…。」
「秋田?。なんでまたこっちに?。」
「好きな人諦めきれなくて…。」
「……………。」
「置いてきたのか…。」
「はい…。」
それ以上、小椋さんは私に何も聞かなかった。
「これからどうするか考えてるの…?。」
「考えてはいます。でも何から始めたらいいのかもわかりません…。もう何もないんです。明日行く場所も、何も…。」
「千鶴。お願いがあるんだけど。」
「お願いって…。」
「俺の家に居てほしい。」
「どういう意味ですか…。」
「あの家に藍斗を連れて帰りたいんだ。そしてあの家から幼稚園に通わせたい。でも今の俺の状況じゃ、藍斗の事ずっとみてやれないから。千鶴さえ良かったら、藍斗と俺と三人で暮らしたい。」
「小椋さん…。」
私にとってはありがたい話だった。
涙が出るほど嬉しかった。
「あの…。小椋さんは奥さんと離婚なさったんですか。」
「してない。藍斗をどうするかで揉めてる…。」
「まだ離婚なさってないのに上がりこむ訳にはいきません。勝手にそんな事出来ないです。」
「藍斗を行ったり来たりさせたくないんだ。もう俺が育てたほうがいいと思うんだ。あいつろくに幼稚園行かせないで平気で休ませたり、飯も適当だし藍斗が可哀想でみてられないよ。」
翌朝、小椋さんは藍斗君を幼稚園へ送りながら仕事に行った。
“お姉ちゃん、今日も遊ぼうね。”
藍斗君は不安な顔をしてそう言った。
“とりあえず今日はここに居て?。後で電話するから。”
今日は落ち着かない1日になりそうだ。
ある程度掃除も終わると暇になってしまう。
テレビもつまらなかった。
私は庭の雑草が伸びている事に気付いて、草取りをする事にした。
草の中から藍斗君のおもちゃが出てきた。
枯れた向日葵を抜くと、土の中からダンゴムシが出てきた。
ゴム手袋の中は蒸れてきて、汗もかいて気持ち悪くなった。
広すぎる庭の草取りはなかなか終わらない。
もうそろそろ終わりにしようかと思った時、一台の車が別荘に向かって来るのが見えた。
小椋さんではない。
まずい、隠れなきゃ…。
私はベッドの下に隠れていた。
汗まみれのまま、埃だらけになり不快でたまらない。
早くここから出たい。
二人が階段をあがって来る音がした。
やばい。本当にやばい。
もうおしまいかも…。
そう思った時、二人は藍斗君の部屋の前を素通りして、奥の夫婦の寝室らしき部屋に向かった。
きのう小椋さんが寝ていた部屋。
その部屋に男を連れ込む…?。
嘘でしょ…、あり得ないよ。
部屋のドアが閉まり、かすかに鍵をかける音がした…。
今だ…、今のうちに下に降りて家から出なきゃ。
慌てた私は柵に頭をぶつけた。
そっと部屋を出て静かに階段を降りた。
カウンターに置いてあるバッグを持ち出し、靴をもったまま家を出た。
鍵もかけて見つからないように裏を回って家から離れた。
私は疲れていつの間にか眠っていた。
藍斗君のベッドが一番落ち着いた。
携帯の音に起こされ、慌てて出ると小椋さんだった。
「千鶴、今どこ?。」
「あぁ…ごめんなさい、別荘にいます。ちょっと寝ちゃってて。」
「大丈夫か?、何回も電話したよ。」
「大丈夫です。それより、どうなりましたか…。」
「今日あいつと連絡取れなくてさ、藍斗も預けっぱなしのくせに電話1本よこさないで、何やってんだか…。」
「奥さんて、車運転されますか?。」
「するけど、なんで?。」
「あっ…、ただ。幼稚園お迎え行くのかなって気になったから…。」
「今日どうしようか…。そこにいても不便だし、家来るか?。」
もし今日来た人が奥さんなら、何も遠慮はいらないかな…。
「はい…。行かせていただきます。」
「じゃ、今から迎えに行くからある程度支度しててくれる?。あとしばらくまた行かないかも知れないから戸締まりとか元栓もお願いしていいかな。」
「分かりました。」
ゴミをまとめ、水回りも綺麗にした。
まるで、コテージをチェックアウトするかのような気分だった。
「お姉ちゃん!、行かないで!。」
藍斗君が追いかけてきた。
「帰っちゃやだ。帰んないでよぉ!。」
「ごめんね…、お姉ちゃん藍斗君ちには行けないんだ。」
「お菓子食べようよ、ゲームしようよ~。」
「またね…。お利口にして待っててね…。」
小椋さんも外に出てきた。
「千鶴…。一緒に居てくれないか。」
「無理です。そんな資格ないですから。」
「藍斗の母親になってくれないか…。」
「はっ?…、何言ってるの?。」
「わかってるよ…。当たり前だよな…、でももう気持ち固まってんだよね…。千鶴とずっと一緒に居れたらいいなって、最近ずっと考えてたんだ。」
私は動揺した。
「ちゃんとけじめつけるから。だから、ずっと俺達のとこに居てくれないか。」
「小椋さん。私…、私今自分がこれからどう生きてったらいいかわかんなくて悩んでるんです。頭ぐちゃぐちゃだし、自分がしてきた事も悔やんでも悔やみきれないし、あなたに甘えてしまう事で、益々駄目な人間になってしまいそうで…。なんでそんな事言うんですか?。」
私は泣いた。
小椋さんはそれから何度か奥さんと話し合いを重ね、1ヶ月後に離婚した。
藍斗君は小椋さんが引き取った。
奥さんが私物を取りに来るという日、私は家に居ないようにした。
何時に来るかも分からないし、夜まで戻らないようにした。
藍斗君は幼稚園を休み、小椋さんは仕事を休んだ。
小椋さんは私にお金を渡した。
「好きなように使っていいから。行きたいとこに行っておいで…。落ち着いたら電話するよ。」
「ありがとうございます。」
「千鶴?、もう敬語は使わないで…。俺の事も名前で呼んで欲しいな…。」
「名前…、小椋さんてなんて言うんですか(笑)。」
「あれっ、言ってなかったっけ??。」
「多分…。」
「雅樹だよ(笑)。」
照れながら言った…。
「雅樹…、雅樹さん?。」
「千鶴に言われると照れるな。名前で呼ばれたのも久しぶりだな…。」
「じゃあ…、行ってきますね…。」
今日は秋晴れで気持ちがいい。
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