いつか解き放たれる時まで…③
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ガチャガチャとドアを開ける音で目が覚めた。
「あきひと…?。」
いつの間にか寝ていた私は音に気付いてベッドから出る。
「ただいま。千鶴…、ごめんな。朝帰りしちゃったね。」
「なんで電話に出なかったの?。何回もかけたよ。」
「ごめん…。話込んじゃって。」
「どこかに泊まってきたの?」
「同じ課のやつんとこにちょっとだけ寄って寝かしてもらった。」
思い切り欠伸をする。
適当にシャツを脱ぎ捨てスーツも床に置いたまま、あきひとはベッドに入った。
一言ごめんねと言っただけ。
私がどれほど心配したか…。
あきひとはすっかり寝てしまった。
スーツをハンガーにかけて胸ポケットに手を入れるとそこにはキャバクラの女の子らしき人物の名刺が入っていた。
さぞ楽しかったでしょうね…。
名刺を引きちぎり、ゴミに捨てた。
アイロンがけと洗濯の事を言われ、荷が重かった。
あきひとと暮らすとなればあきひとに従わなければならないのはわかる。
でも、もっとやさしくしてくれると思っていた。
私の好きなようにしてもいいって言ってたのに。
家事はどちらかと言えば苦手だから、いちいち細かいあきひとに神経を遣うようになった。
一緒に暮らすようになってからあきひとはぱったりと私を抱かなくなった。
それが何故だかわからなかった。
私の事を好きではないのかな。
ずっと疑問だった。
いつも背中を向けて寝ていた。
「あきひと…。寝たの?。」
「まだ起きてるけど。」
そっと体を寄せた…。
私のサインに気付いているはずなのに、振り返ってくれない。
「あきひと…、抱いて…。」
「・・・・・・。」
勇気を出して言ってみた。
私はポスティングの仕事を始めた。
月曜日と木曜日。
それ以外は家に居て家事やアイロンがけをした。
慣れてきたらもっと日数を増やしたい。
あきひととはあれから引き続きずっとレスだった。
ただの同居人みたいな感じだった。
あきひとには他に女がいるのかも知れない。
いつも携帯にロックをかけていたし、残業だと言って電話が繋がらない事もよくあった。
私は携帯を買った。
登録しているのはあきひととポスティングの会社だけ。
友達も居ない。
木曜日のある日、いつものように仕事で団地を回っていた。
いつも深めに帽子を被って顔を隠していた。
「こんにちは。」
家主らしき男の人に挨拶をしながらポストにチラシを入れると声をかけられた。
その日の夜私はカレーを作った。
あきひとは7時過ぎに帰って来た。
「おかえり。」
「ただいま。今日はカレーだね。昼にカレー食ったんだ。」
「そうだったの?。作る前にメールすれば良かったね。ごめん。」
「いや、いいよ。千鶴のカレーうまいから食べる。」
あきひとは帰ってくるとまずシャワーを浴びる。
いつもその間にご飯を温め直していた。
あきひとは家ではあまり携帯をいじらない。
その夜珍しく電話が鳴った。
「あきひと、電話鳴ってたよ。」
シャワーから上がったあきひとに伝えると、一瞬動揺したのを私は見逃さなかった。
「あぁ、わかった。」
「今日汗かいちゃって気持ち悪いから私も今シャワーいいかな。」
「いいよ。ゆっくりな。」
携帯いじれるね。
わざとゆっくりシャワーしてあげるよ。
食べ終わったお皿やグラスを洗っていると、後ろからあきひとがいきなり抱きしめてきた。
「ちょっとどうしたの?、びっくりしたぁ。」
「今日しよっか。」
「えっ?。どうしたの?、無理しなくていいよ。」
「なんでそんな事いうの?。あんなにしたがってたくせに。」
胸元に手を入れてきた。
「ちょっと止めて。今手が泡だらけだよ。」
「ベッドで待ってるから。」
ほんとは私とはしたくないくせに…。
浮気をしている後ろめたさかな…。
なんて単純な男なんだろう。
その一週間後。
あきひとは私に内緒で1日有給を取っていた。
スーツで出掛けたけどバックに私服を隠して、おそらく駅で着替えたのだろう。
時々義務でするあきひとのセックスは前と明らかに違っていた。
自分本位のセックスだったのに優しく時間をかけるセックスに変わっていた。
不思議なのは彼女にしているようなセックスを好きでもない私にすることだった。
私は全くあきひとのセックスに感じなくなった。
ただ目を閉じて感じたふりをした。
いつものように仕事で同じ団地を回っていた。
チラシを入れないでくれと言われた家を抜かして配り歩いていた。
その日たまたま私は帽子を忘れて髪を下ろして歩いていた。
「あの…、すいません。」
振り向くと前に話しかけてきた男の人がわざわざ家から出て来て声をかけてきた。
「思い出しました。公園で会いましたよね。」
「公園…?。公園なんか行ったかな…。あっ…。」
今頃私はその人の事を思い出した。
「そうでしたね。やっとわかりました。先日は失礼しました。」
何故か嬉しそうな表情をしている。
「これからお仕事なんですか。」
スーツ姿のその人は重役なのだろうか。
今から出勤は遅い。
「はい。割と時間自由なんで…。チラシ配ってるんですね。」
「はい。」
「良かったらお茶でもどうですか?。」
「ありがとうございます。でもまだ仕事途中なので。」
「ですよね…。あの、良かったら連絡下さい。いつでもいいんで。」
一方的に名刺を渡して来た。
彼は会社を経営している人だった。
全くそんな気はないのに。
彼は私に名刺を渡してすぐ車で出掛けてしまった。
ポケットに名刺をしまうとまた仕事を再開した。
「千鶴、今日遅くなる。ご飯いらないから。」
「わかった。行ってらっしゃい。」
今日もみゆと会うのね。
そんなに大好きなんだ(笑)。
私は今日は仕事が休みだった。
アイロンがけを早めに終わらせて、彼に会うつもりで電話をかけてみた。
「もしもし。小椋さんですか。」
「もしかして、ポスティングの彼女ですか。」
「はい。」
「待ってたよ。」
「今日私休みなんです。良かったらお会い出来ませんか。」
「勿論。迎えに行くよ。どこがいい?。」
私は彼と会う事にした。
あきひとに対する後ろめたさはない。
あきひとは私が浮気に気付いているとわかっているくせに開き直っている。
あきひとより大人な彼と遊んで楽しもう。
内緒でこの日のために買った新しい服と靴で私は出掛けた。
彼の車はとても綺麗だった。
そして彼のスーツ姿は素敵だった。
「嬉しいよ。君名前何ていうの?。」
「千鶴。」
「千鶴かぁ…。あまり聞かない名前だね。今日何時くらいまで大丈夫なの?。」
「何時でもいいです。」
「ほんと?。じゃあとりあえずドライブしようか。」
私の浮気初日だった。
小椋さんは都会から離れた静かな山あいにあるレストランに連れて行ってくれた。
景色を眺めながらゆっくりランチをした。
彼は色んな話をして私を楽しませてくれた。
「笑った顔最高に可愛いね。千鶴ちゃんは笑ってなきゃ駄目だよ。公園で会った時正直柄悪い姉ちゃんにしか見えなかったよ(笑)。」
「小椋さんは見た目そのままの素敵な方ですね。」
ある程度食事を終えて私達は店を出た。
「どこ行きたい?。行きたいとこあったら言って。」
「どこでもいいです。」
「じゃあ俺の別荘に連れてくよ。ここから近いんだ。」
どんだけ金持ちだよ。
「楽しみです。」
別荘に着く間に彼の携帯には時々仕事の電話が入っていた。
社員に慕われているような印象を受けた。
「ごめんね、せっかくのデートなのに。」
「気にしないで下さい。忙しい時間を私に費やして下さって逆にごめんなさい。」
携帯のメモリを消して、小椋さんの存在を消した。
嘘をつくのは慣れっこだ。
あきひとの部屋の明かりが見えた。
本当ならあきひとが帰って来る前に戻って何もなかったように振る舞うつもりだった。
「ただいま。」
「お帰り…。なんだその格好。新しい服いつ買ったの?。化粧も濃いね。」
「ひさびさだね、私の事きちんと見てくれたの。」
「はぁ?、いつも見てるよ。お前さぁ今日休みだったの?。」
「うん…。あきひとは何で帰ってきたの?、具合悪いってどうかしたの?。」
「風邪気味だったから、早退したの。てっきりお前仕事終わって帰って来てると思ったら居ないし参ったよ。」
「そういえば…。あきひとが仕事行ってから変な電話がきたの。」
「電話?。」
「ずっと黙ってて気持ち悪かった。でも何となく女の人みたいな気配がしたけど。」
あきひとの目が泳いだ。
「誰なんだろう…。うちの番号知ってる人いる?。」
「間違い電話かなんかだろ。気にすんな。」
「そう…?、あきひとに用があるんじゃないの?。」
「ていうかお前電話出たのか?。」
「出たよ、あきひとだと思ったし。出ちゃいけなかったの?。」
「いや…。別に。」
あきひとがバツ悪そうな顔をした。
馬鹿だ。
私の話を鵜呑みにするなんて。
電話なんか来てねーよ。
その夜あきひとはそれから私に何も問い詰めて来なかった。
私はうまくかわすことが出来た。
「やっぱ熱ちょっと高いね。」
あきひとは背が高いからベッドに座らせてパジャマを着せた。
あきひとと目を合わせたくなくて目線を気にしないようにした。
でもあきひとは私をじーっと見ている。
「何?、どうかした?。」
「お前浮気してんのか?。」
「何、急に…。するわけないでしょ。そういうあきひとはどうなの?。」
急にあきひとが私を押し倒した。
「ちょっとびっくりするじゃない。やめてよ。」
「お前を外に出したくないんだよ。」
「はっ?。」
「俺のものだ。」
「よく言うよ…。浮気してるくせに…。」
「もう別れる。だから、お前も浮気するなよ。」
随分勝手な言い分だ。
私の浮気を疑うようになったら急に私が気になるんだね。
自分が決めてあきひとの側に来たけど、それが失敗だったと認めたくなかった。
あきひとなら素の自分で居られると思ったし、私を守ってくれると信じていたから…。
全てを投げ出してあきひとの所に来たけど、互いに浮気をして別れる事になるなんて…。
私の覚悟ってなんだったんだろう…。
あきひとの事、本当はそんなに好きじゃなかったのかな…。
あきひともそんなに私を想ってなかったのかな。
茶碗を洗いながらふさぎこんだ。
神様、私はどうすればいいの?。
やっぱり間違いだったの?。
この部屋で命を絶ったらあきひとに迷惑がかかる。
死ぬなら誰にも気付かれない所じゃないと。
私が死んでも悲しむ人は一人もいない。
でも私を憎む人はたくさんいる。
なんでこんな風になってしまったのかな…。
私はその場にしゃがみこんでただただ泣いた。
「千鶴…、千鶴…、大丈夫か?。」
「ん…、あれ?、どうしたの?。」
「こんな所で寝てたら駄目だろう。どうしたんだ。」
目を開けるとあきひとがいた。
「仕事は?。」
「午後は年休取ったんだ。千鶴とゆっくり話がしたかったから帰って来たんだよ。」
「あきひと…。」
「ん?。」
「私達…、別れるの?。」
「なんで?。」
「彼女と結婚するんだよね?。」
私はあきひとにすがって泣いた。
「千鶴…。」
「嫌っ…。彼女の所に行かないで…。私を捨てないで。」
あきひとは私を抱きしめた。
「千鶴を捨てたりなんかしないよ。」
「あきひと…。」
私はキスを求めた。
自らあきひとの手を胸元に持って行く…。
「いや…?。」
「嫌じゃない…。久々燃えてきた(笑)。」
「触って…。」
あきひとの手をスカートの中に持って行く…。
「千鶴、大胆だね…。」
あきひとを仰向けに寝かせ、またがった…。
彼女なんかどうでもよくなるくらい、あきひとを私でいっぱいにしてやる…。
「なに?、千鶴がリードしてくれんの?。」
自ら服を脱ぎ、下着だけになる。
「それも取っちゃえば?。」
言われた通りにブラも外した。
「いやらしいな…。」
私の乳房が髪の毛で隠れるたびに、あきひとは後ろに払う。
私の乳房を眺めながら指で悪戯する。
あきひとの下半身に私の局部をこすりつけ前後に動かしあきひとの上で自慰をしてみせる。
「欲しいの?。」
「うんっ…。欲しい…。」
思い切り淫らになってみる。
「雨だ…。」
暑くて窓を開けると久しぶりに雨が降っていた。
「雨の匂いってあるよね…。」
「ん?、匂い?。あんま気にした事ないけど…。」
「あきひと…。」
「ん?。」
「私怖いんだ…。」
「怖い?、何が…。」
「明日が来ることも、生きてく事も…すべて怖い。」
「俺もだよ…。明日死んじまうかもしんねーし、わかんねー事だらけだし。」
「私ここにいて迷惑じゃない?。」
「迷惑?、何で…。居なきゃ困るよ。」
「ほんと?。」
「本当だよ。」
「とりあえずパンツぐらい履くか(笑)。」
「そだね(笑)。」
もうしてしまった事を悔やんでも仕方がない。
ただ、たくさんの人を悲しませた事を今更ながらに悔やんでいた。
あきひとは結局みゆという女と別れなかった。
でも私を邪魔者扱いする事もなく出ていけとも言わなかった。
開き直って私に時々相談まで持ちかける事もあった。
聞くに耐え難い事を言われた時は話題を変えたりもした。
あきひとはどこまで無神経なんだろう…。
彼女とうまくいっている時ほど私も耐えられず浮気に拍車がかかった。
だけど、忙しそうな彼には連絡しにくくて我慢をした。
“お疲れ様です。早く会いたいです。”
精一杯のアピール…。
“ごめんね。なかなか時間なくて。また連絡するから。”
しつこいと嫌われるから、もうメールは控えよう。
「千鶴…?。」
「なに?。」
「今度うちに彼女連れて来たいんだけど…。」
「…。あぁ、私が邪魔なんだね。わかった、どこか行くから安心して…。」
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