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ベビーカーの周りに家族が不在
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悲しい女

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秋子( yuBCh )
12/02/20 07:31(更新日時)

短編小説です…

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No.1698360 11/11/03 02:34(スレ作成日時)

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No.351 12/01/15 13:28
秋子 ( yuBCh )

三人はファミレスへ入った

ラーメンを啜りながら
鈴木「熊木よ~…辛いだろうけど、お前はまだ若い…美人だし…いい女だし…その…あれだ…」

鈴木がなんとか沙織を励まそうとするが…言葉が見つからないらしい

鈴木「とにかく明日も会社へ出てこいよ…月日がたてば…なぁ久美子…」

久美子「そうだよ…沙織は運が悪かっただけだよ…いい男なんて、いっぱいいるんだし…ねッ…」
パスタを食べながら久美子が明るく言う


鈴木「久美子がそれ言うと…説得力ないかもな~?」

久美子「も~うるさいなぁ~私も運がわるいって事かい?アハハ…」

二人は笑っているが…

沙織はあまり食欲はなく…目は宙を舞っていた…

だけど…こんなに沙織を気づかい、二人は遅くまでつき合ってくれている…

有りがたかった…

沙織「ありがとう…心配してくれて…でも、大丈夫だよ…明日も仕事は行くから…」


から元気だったが、沙織はそう言った…

No.352 12/01/15 14:09
秋子 ( yuBCh )

力が抜けベッドへ倒れ込んだ


未来への希望や、新しい恋など

そんなものはもはや、一ミリも頭の中にはなかった






やがて朝…

メールの着信で目がさめた

久美子からだ…

「おはよう~元気出せ~仕事行けよ~(^-^)/~~」

久美子が心配している

仕方なく沙織は出勤準備を始めた


熱いシャワーをあびながら


ふと…思った…


何故マスターは自首したのだろう


黙って500万持って逃げられたはずなのに…


そして、警察署で手錠をかけられた痛々しい姿のマスターを思い浮かべた


マスターは沙織に謝った…


それは沙織と遭遇して、たまたま謝っただけだろうが…


何故自首したのか?


沙織はそれが疑問だった…

その疑問は、やる気を失せた沙織に変な勇気を与えた…

そして…普段通りに出勤した…

No.353 12/01/15 14:44
秋子 ( yuBCh )

気持ちは沈みがちだったが…

鈴木や久美子に励まされながら…


ゆっくりと月日は流れて行った…


ある夜…携帯に着信音がなった


見知らぬ番号だった…

沙織「…」

田島「もしもし熊木さん?〇〇警察署の田島です…」

沙織「あッ…あの時のお巡りさん?…」

田島「…この間…元気無くされて…ちょっと心配だったもので…」


沙織「…なにか分かったんですか?…マスター…いや赤田さんの事…」
沙織は一瞬緊張した

そして耳を携帯に強く押し当てた…

No.354 12/01/15 19:54
秋子 ( yuBCh )

田島「あの…話しが長くなりますが…今…よろしいでしょうか?」


沙織「大丈夫です…話して下さい」

田島は事務的に淡々と話し始めた


田島「 赤田は結婚してはいるのですが…
赤田は初婚、妻は子連れ再婚です

赤田は寿司屋の店主をしておりました…
寿司屋を回転寿司屋に改装しようとして…

その開店資金、2000万円…
妻が前の旦那に横流ししたらしいです…
妻の前の旦那は借金があって…
それで離婚したらしいのですが…
まだ夫婦は繋がっていたらしいですね~
要するに、赤田は騙されて結婚したんですよ~
逆上した赤田は妻を殴ってしまったらしいのです
そして妻が倒れてそのまま動かなくなってしまい…
てっきり殺してしまったと思ったんでしょうね…
そのまんま逃げた訳です…」


沙織「それで…奥さんは亡くなったんですか?…」

田島「 いえ、いえ、軽い脳しんとうみたいでした…」

沙織はホッとした…

No.355 12/01/15 20:10
秋子 ( yuBCh )

マスターの私生活が垣間見えてきた…

沙織はさらにじっと聞いていた…

田島「その後…赤田は、女に敵意って言うか…
各地を転々としているうちに、結婚詐欺を繰り返して行ったらしいです…」


…マスター自身も騙されていたのだ…

しかもお金も取られて…

騙された惨めな気持ちを知っている…

それなのに…


何故沙織や他の女達を騙したのか?

妻への仕返しのつもりだったのだろうか?

沙織には分からなかった…

No.356 12/01/15 20:26
秋子 ( yuBCh )

田島は続けた

田島「…ところがです…
余罪は五件あったんですが…
騙しとったお金1500万…
手付かずに持ち歩いていました…

妻に穫られたお金を取り戻すつもりだったんでしょうかね
金は…いずれ被害者に戻ると思いますが…

…まぁこんな所ですね…
それじゃ…」


沙織「ちょっと待って下さい…赤田さんが、自首した理由はなんですか?…」


田島「…別に…その情報はなにも…ただ…」


沙織「ただ?…ただなんです?…」

田島「いや…熊木さん、もう忘れた方がいいです……あなたのためですから…」


田島は…

「…ただ…」

そう言いかけて止めた…


沙織は気になったが…

もうそれ以上聞いてはいけないような気がして…


沙織「…ありがとうございました…」

そうお礼を言って電話を切った…

No.357 12/01/15 21:40
秋子 ( yuBCh )

それ以来

沙織の気持ちはだいぶ落ち着いて来ていた…

久々鈴木と久美子を誘って飲みに出た

この二人には…随分助けられた

「カンパーイ」

沙織「今夜は私のおごり!どんどん飲んで、食べてね~」

鈴木「熊木!元気になって良かった!…お前のしょぼくれた顔なんか、もう見たくねぇよ…」


久美子「…そうだよ!もう忘れて…楽しくやろう!…」

沙織「…心配かけてごめん…もう大丈夫だよ…」

鈴木「…でもまた寂しくなったらいつでも言って来い!…」

久美子「…鈴木さ~ん…私も寂し~い…」

鈴木「よしよし…二人まとめて俺が面倒みてやるから~いい男探してやるぞ~」



沙織「…男はもういらない…当分は一人でいい…」

沙織がポツンと呟いた

久美子「…沙織…なに言ってんの?あたしは…また男見つけるんだ!…今度は嘘のない…素朴で…真面目な人!…」

鈴木「…そうそう…俺みたいな?!…」

久美子「…やだ~私にも選ばせて下さい…アハハ」

やがて、盛り上がる二人を置いて沙織は先に部屋へ帰った…

また、一人の生活に戻った…

マスターの事はまだ頭から離れないままだったが…

No.358 12/01/15 21:55
秋子 ( yuBCh )

あんな裏切り方をされたにもかかわらず

それでも…まだマスターの事を忘れられないでいる

沙織は自分の気持ちに戸惑っていた…

それは以前のような、ただ好きという気持ちではなく…

マスターの事情を知ってから…

同情にも似た…新しい思いに変わったような気がする…

この先マスターはどんな生き方をするのか?

幸せになれるのだろうか?…


…どうしようもないバカだなお前は…

沙織は自分にそう言って…

寂しく笑った…

No.359 12/01/15 22:53
秋子 ( yuBCh )

そんなある日

鈴木「…熊木!…実は…今俺…」


沙織「…どうしたんですか?鈴木さん鼻の穴広がってますよ!…ヒャハハハ…」

鈴木「…実は…久美子とその…付き合っている…」

沙織「…え?…うそ~うそ~まさか…」

鈴木「…ホントだ…こんな爺さんだけど…久美子と…マユちゃんを…守りたいと思って…」

沙織「あッ…この間の話し…冗談かと思っていたら久美子もまんざらじゃなかったんだ……んで?結婚するんですか?」


鈴木「離婚は成立して親権も取れたっつうのに……それが…マユちゃんが…俺の顔見ると、怖がって泣くんだよ…なついてくれなくて……」


沙織「…アハハそりゃ泣くかもですね~」

沙織はいい話だと思った…

鈴木なら…久美子を裏切らない…

微笑ましくて…ちょっぴり羨ましいと思った…

No.360 12/01/15 23:03
秋子 ( yuBCh )

やがて季節は桜の蕾が膨らみかけた春になろうとしていた…

マユちゃんを連れて久美子が鈴木と結婚した…

沙織は久美子と鈴木の新居に…入り浸りだった…

鈴木はまるで娘と孫にかこまれているみたいだ!

そう幸せそうな愚痴を言い

久美子は
「マユ…じじにお茶持ってって~」
と冷やかしている…

こんな楽しい家族が沙織にも作れるのか自信はなかったが…

ここに来るのは楽しかった…

だが…夜はやっぱり寂しい沙織だった…

No.361 12/01/15 23:40
秋子 ( yuBCh )

やがて桜は散り…暑い暑い夏も過ぎ紅葉の秋になった…

沙織の一人の時間がゆっくり流れて通り過ぎて行った…


ある会社帰り


カンカン…カンカン…

階段を上がると


沙織の部屋の前に男が立っていた…

誰だろう?


よく見ると、そこには意外な人物



マスターだった…






沙織は頭が真っ白になって立ちすくんでしまった…


今更…何の用事だろう

沙織を騙して…


沙織の心を持って行ったまま…


一年たった


沙織の気持ちはまだあの時のまま…

必死で忘れようとしていたのに…


一体なにしに来たのだろう


二人はしばらく見つめ合ったままだったが…


マスター「君に謝ろうと思って…」

沙織「…」


マスター「許して貰えないだろうけど…すまなかった…」


…懐かしい…


沙織の心の中は…

泣いている…


なにも言えないまま…


黙って部屋のカギを開け…


中へ入ってカギを閉めた…


ドアにもたれた時…

涙が溢れた……


沙織「…帰って頂戴!…」

No.362 12/01/16 00:11
秋子 ( yuBCh )

マスター「…分かった…だけどこれだけは…言わせて欲しい…
君のような人と ちゃんと生きていきたいと思った

だから…自首した……」



沙織「…また私を騙すの?!…」


マスター「…君を愛している…分かって欲しい…」


沙織「…もう騙されたくないの…帰って頂戴!お願い…」


沙織は、ベッドに突っ伏し…泣いた

会いたかった!
会いたかった!

元気そうで良かった!

だが…もう騙されたくはない

もう傷つきたくない!


やがて…

カンカン…カンカン…

マスターは階段を降りて帰って行った…

No.363 12/01/16 00:38
秋子 ( yuBCh )

コノヤロウ!帰れ!馬鹿野郎!


怒鳴り声とドアにぶつかる音


沙織は驚いた


その大声に聞き覚えがあった…


鈴木だ!


ドアを開けると


鈴木はマスターの胸ぐらを掴み、殴りかかっている!


マスターは抵抗しない…


足元には…ふたの開いたタッパーと

惣菜らしきものでぐじゃぐじゃに汚れている…


足音は鈴木が階段を上がる音だった

沙織「止めて!止めて!…殴らないで!お願い!…」
沙織はマスターを庇った


鈴木「沙織!こいつは結婚詐欺師だぞ!ペテン師じゃねぇかッ!」


鈴木は肩で息をつき凄い形相でマスターを睨んでいる


沙織「…でももう罪をつぐなって私に会いに来てくれたの!…謝罪に来てくれたの!…」

鈴木「まさかお前…まだこいつの事を?…」


沙織「…」


鈴木「また騙されたいのか?!沙織!」


沙織「騙されてもいい…私はこの人が…好きです…ごめんなさい…」


沙織はマスターの手を引っ張り階段を駆け降りた…


鈴木はポカンと上から二人を見ていた…

No.364 12/01/16 00:49
秋子 ( yuBCh )

二人は息がきれるまで手を繋いで走り続けた…


やがて…見知らぬ公園で二人は立ち止まり


マスターは沙織を抱きしめた…


マスターが泣いている…


沙織「…騙されてもいい…マスターと一緒にいたい…」


マスター「…ありがとう…もう放さない…」



枯れ葉が二人の上を静かに廻って落ちて行った…



…完…

No.365 12/01/23 23:34
秋子 ( yuBCh )

第14章

…過去を紐解く女…

No.366 12/01/23 23:40
秋子 ( yuBCh )

秋のある日、

葉子は母を総合病院へ連れて行った

母…みつ70歳は最近胃の不調を訴えていた


食欲が無くなったのは年のせいだとみつは言うが、日に日に顔の色艶も悪くなり、やつれてきていた


葉子が病院へ行くよう促しても、さっぱり自分では行く様子はない


そこで葉子は仕事を休み…みつを病院へ連れて来たのだ…


内科は人で溢れていた…


葉子「時間かかりそうだね~…」


みつ「…どんな検査するのかねぇ…」

長年働いて指の節がゴツゴツ硬くなった手の甲を、片方の手で無意識にさすりながら…


みつは心配そうに…診察室を見つめていた

No.367 12/01/23 23:43
秋子 ( yuBCh )

葉子「…かぁちゃんずっと働きづめで疲れが出たのよ…すぐ良くなるって…

いつまでも、一人で暮らしてないで、そろそろ私らの家に来たらいいでしょう?…」

葉子の子供達も大きくなって

長男は都会へ就職し、二男は大学生でやはり都会へ出ていた…

葉子は夫の勝治と二人暮らしだった…

だが…そんな葉子からの同居の話しに返答はせず

みつは

みつ「なぁ…もし悪い病気なら……手術とか、生き長らえる事…なぁんもしなくていいからな…」


葉子「…またそんな事ばっかり言って……」


みつ「…もういっぱい生きたから……もういい…」

膝の上に両肘を付いて細い目をこすりながらみつは言った

No.368 12/01/23 23:46
秋子 ( yuBCh )

葉子「…なに言ってるのよ…まだ70でしょう?…今は…80歳は普通…90歳だってざらだし…長生きしてよ…ねっ…」

やがて一時間ぐらいしてやっと…

『金田 みつさ~ん』

看護師にみつが呼ばれ

葉子が付き添い診察室へ入って行った

眼鏡をかけて、つきたての餅のような

色白の若い男の医者が

仰向けに寝たみつのお腹をゆっくり押す…


「明日検査しましょう 今夜は早くご飯食べて寝て下さい…」

そう言った


みつは痩せた背中を丸めて

「よろしくお願いします…」

昔から…

人には迷惑をかけず、謙虚に コツコツ生きてきたみつは…

丁寧に頭を下げた

No.369 12/01/23 23:52
秋子 ( yuBCh )

葉子は病院の出入り口へ車をつける

運転席から手を伸ばし助手席のドアを開けると


「どっこいしょ…」小さく掛け声をかけ

みつはシートに腰を落とした


貴子「まっすぐ帰る?…」
そう言いながら車を発進させると

みつは、ひどく疲れたのか

あぁ…と、小さく溜め息のような返事をした


葉子の父…みつの夫、英三郎は、漁師をしていたが…

葉子が小学校へ入学する前の年に


漁へ出たまま帰らなかったらしい…

みつは葉子をなんとか高校を卒業させ…

嫁に出すまで、昼は缶詰め工場で働き、夕方から日が暮れるまで畑で野菜を作った…


何年も働き詰めだった…


再婚する訳でもなく…

お洒落をして友達と旅行に出かける訳でもない

娯楽など一切したことのないみつだった

葉子は、自分の子供が独り立ちしたら、みつを温泉にでも連れて行きたい…

親孝行らしいことをしよう

そう思った矢先、
みつは体調を壊した…

寝ているのか、頭を下げ目を閉じている、みつの横顔を見て

貴子は心細くなった…

No.370 12/01/24 00:02
秋子 ( yuBCh )

小さい港に漁船が見えて来た…


坂道を登り、やがてみつの家の前に車はついた


玄関前の畑には、

収穫前の大根が土から白い肌を出して並んでいる


車を降りたみつと葉子がゆっくり家の中へ入って行く

家の中へ入ると土間…

そして黒光りした板張りの床…


縁側からは一面青い海が広がっていて

よく晴れた日には遠くに地平線が見える…

いつ来ても懐かしい場所だ…

No.371 12/01/24 00:05
秋子 ( yuBCh )

ふと久しぶりに父の写真を見上げる…

父親の事は、葉子が5歳までしか記憶にはないが

頭に手拭いをぐるりとまいて無造作におでこの横でしばり


葉子に頬ずりする父親の無精ひげがチクチク痛かった

痛がる葉子にわざと髭を押し付けて
アハハハと笑う父親の顔…

それだけは、四十年たった今でも、はっきりと覚えている

No.372 12/01/24 00:10
秋子 ( yuBCh )




みつの病名は…


末期の胃癌だった…

手術も出来ず


余命半年…


葉子は自分の家へみつを連れて来た…

残されたみつの余生を大切に…


一緒に過ごそうと葉子は仕事を辞めた…


夫の勝治と三人の穏やかな生活となり

昼間は母と娘の会話が増えた…


もっぱら孫である葉子の子供達の話しに集中する


そして…

事みつ「…父ちゃんより40年も長く生きてしまった…」

みつは…

指を順番におりながらぽつりと言った

No.373 12/01/24 00:15
秋子 ( yuBCh )

葉子「…母ちゃんが父ちゃんの話しするの…なんだか珍しいね…」


みつ「…」


みつと葉子の親子の会話は絶えないが

葉子の幼少期や、父の話題になると

何故か二人は無意識にそれを避けた

みつは夫の英三郎の話しはしない…

それは葉子がまだ小さい頃…


父親は、漁に出たまま帰らないとみつから聞いてはいたが…


近所の悪餓鬼に…

…お前の父ちゃんは、女としんじゅうしたんだぞ…


そう言われた事があった

No.374 12/01/24 00:20
秋子 ( yuBCh )

葉子は…

しんじゅうという言葉も意味も知らなかった…


だが漁に出て居なくなったはずの父の船は


実は港にあったのだった…


ある日母ちゃんに

しんじゅうってなに?…

そう聞いてみた


母ちゃんは…

笑い顔から、困った顔になり、目から涙をポロポロ流した


後ろ向きに涙を拭うみつを見て、

葉子も何故か泣いてしまった記憶がある


なにか途轍もない深い意味があるのだと、葉子は子供心にそう感じて


父の話しはもう、しない方がいいのだとその時思った…

No.375 12/01/24 00:23
秋子 ( yuBCh )

だが…

思春期で好奇心旺盛な中学生ぐらいの年頃になると


それは葉子の中で大きく膨らんで行った


夢の中での父ちゃんは

いつも酒を飲み赤い顔で軍歌を唄う

だが…その隣には霧に包まれた女の姿があった…

一体誰だろう

人の父ちゃんと色恋沙汰になり

一緒に死んだ女

No.376 12/01/24 00:29
秋子 ( yuBCh )

ある日みつの弟の清おじちゃんに


怒られてもいいから


意を決してそれを聞いた事があったのだが…



崖の上に二人の靴が並べて置いてあった事ぐらいで


…もう聞くな…


そんな曖昧な答えが返ってきたと思う…


男女の靴を並べて、崖から手に手を取り落ちて行った二人…


その想像は


当時の葉子に衝撃的に残った…

No.377 12/01/24 00:32
秋子 ( yuBCh )

やがて…葉子も結婚して家庭を持つようになると


自分の夫にそんな死に方をされたみつの事を考えるようになった


みつは一体どんな思いで葉子を育ててきたのか


心の中に色んな思いを押し込めたままみつは生きて来たのだろう


ふとみつに目をやると


ソファーに横になり眠っているようだ…

No.378 12/01/24 00:40
秋子 ( yuBCh )

年は明けた…

病院通いと薬と…

みつは痩せ衰えてはいたが

我慢しているのか、特に体の不調を訴える事なく過ごしていた…


そして…春になった…


春の日差しが暖かくなったある日…

みつを連れて

港町の家に出かけた…

家主を失った懐かしい家の周りには

雑草が生い茂り淋しく無残な光景だった…


みつは歩き出すと

草だらけの畑を通り越し


ある場所まで行くとピタリと止まった


みつ「…ごめんな…ごめんな…こんなに…草茫々にして…」

そう言い

丸くなるり…いきなり素手で草をむしり始めた


そこは畑の隅っこに…

穏やかに蕾を膨らませていた…沈丁花の根のまわりだった…


葉子「…かぁちゃん止めなよ…疲れるよ…あとで私が草刈りにくるから…」


そう葉子が言っても


みつは夢中で草をむしっている

そのむしり方は、異様なほど早く…

狂乱じみてさえ見える


みつ「…ごめんよ…ごめんよ…」


そしてやがて泣き声に変わった…

No.379 12/01/24 00:46
秋子 ( yuBCh )

その日から何日かしてみつの容態は急に悪くなり


入院した…


若い色白の先生は

「会わせたい人がいたら会わせて下さい」


そう言った…


それから、みつは沈丁花の花を見る事なく


ひっそり逝った…

親戚が集まり、ささやかに…みつの弔いをした…

No.380 12/01/24 00:54
秋子 ( yuBCh )

清おじちゃんとも久しぶりに会った…

夫の勝治と清おじちゃんが飲みながら話しをしていた

そこへ葉子はビールを持って行った

清「葉子…ここへ座れ…」


清は酔っているのか、目尻にシワを寄せて

葉子の肩をトントンと叩いてそう言った


清「かぁちゃん…今頃…父ちゃんと会ってるかもな…」

葉子は、座りながら言う


葉子「…そうかな?…そうだったらいいね…」


清「…かぁちゃんに口止めされてたけど…もう話してもいいだろう…」

葉子ははっとして耳を傾けた

No.381 12/01/24 00:57
秋子 ( yuBCh )

清「父ちゃんの遺体はとうとう見つからなかったなぁ…」


えッ?

知らなかった…

勝治も意外な顔をしている


葉子「そうなの?…それで…相手の人は?…」


清「…女の方はすぐあがったんだよなぁ…でもあそこは波が複雑に入り組んでいて…父ちゃんは沖に出て流されちまったかもな~」


葉子「そ…それで…相手の人って一体誰だったの?」

No.382 12/01/24 01:05
秋子 ( yuBCh )

清「…そうか…葉子はなんにも覚えてなかったんだな…
…ほら…
浜の近くに食堂があったろ?…
今はもちろん…影も形もないけど…」


食堂?!



そうだ!


…思い出した…


父ちゃんが浜で網の繕いをしているとき

葉子はよく父ちゃんを迎えに行って一緒に帰ってきた

その途中に確かに
食堂があった


父ちゃんはいつもコップ酒を飲んでいた



そのコップに一升瓶を両手で持って

酒を注いでいた女がいた…


着物の上に白い割烹着を着た…


あの人だ…

No.383 12/01/24 01:10
秋子 ( yuBCh )



葉子はしばらく呆然として…

おぼろげに遠い昔を思い出していた…


あの女の顔は思い出せないが


髪を綺麗に結い

髪の束ねた隙間に赤いクシを刺していた…


清「…母ちゃんは…葉子をあの食堂に…よく父ちゃんを迎えにやらせてたよな…」


葉子「…そうだったの……」


二人が変な関係にならないようにと願ったのか

それとも…

女に父ちゃんの家族を意識させる為だったのだろうか

母ちゃんは葉子を迎えにやらせていたのだった…

No.384 12/01/24 01:14
秋子 ( yuBCh )

みつがいなくなって…


葉子はみつの家を訪れた…


草刈りに来ると言いながら


みつが入院して以来すっかり


家も畑も荒れ放題になっていた…


ふと沈丁花を見ると…


毎年この時期にいい香りを漂わせ咲いていたのを思い出す…


今年は誰にも見てもらう事もなく、散ってしまった…

だが…あの狂ったようなみつの草むしりは


一体何故だろう?…


ごめんよ…ごめんよ…


涙まで流して…

No.385 12/01/24 01:18
秋子 ( yuBCh )

ふと葉子は思った

そういえば、この沈丁花はいつからここに咲いていたのだろう


昔はこの辺り一面ジャガイモ畑だったはず…


そしてこの奥には行ってはならない場所があった…


大人の背丈ほどの竹藪がしばらく続き


その先は雑木林になっているが…


山菜が沢山とれた

だが…山菜を取りながら進むと


やがて…眼下は絶壁になっていて


高さは20メートルもあろうか


うっかり足を踏み外したら海に真っ逆様に落ちる…


絶対行ってはいけないと


葉子はみつに何度も言われていた…

だが…


葉子は思い出してしまった…


それは…


遠い日の記憶を紐解くように…

No.386 12/01/24 01:23
秋子 ( yuBCh )

あの日…


父ちゃんは、あの赤いクシをさした女と

笑いながら


この竹藪へ入って行った…


それを、葉子は見ていた…


そして…母ちゃんに


『父ちゃん、食堂のおばちゃんと…
危ないとこへ入って行ったよ…』


そう言ったんだ…

No.387 12/01/24 01:29
秋子 ( yuBCh )

そのあと 母ちゃんは…


山菜をとりに行くと言って


紐の長い袋を首にさげ


鎌を持って…


あの竹藪に入って行った…


葉子は、家へ入ってお菓子を食べ


テレビで豚の人形劇のブーフーウーを夢中で見ていた…


そして…そのまま眠ってしまった…

母ちゃんに起こされたのは


夜だった…


そして…


そして…


父ちゃんが海へ漁にでたまま戻って来ない!


そう言って母ちゃんは大きな声を出して泣いていた…

No.388 12/01/24 01:32
秋子 ( yuBCh )

あの日だ…

たしか

あの日だった

葉子はしゃがみ込んだ…

あの後 あの三人は一体どうなったのか?


先に入って行った男と女は楽しそうで…

とても心中するとは思えない


だとすると


その情事を母ちゃんは見てしまったのだろうか?


父ちゃんの遺体はみつからない


葉子には…

ある恐ろしい想像が渦巻いた


家続きの小屋に向かって走ると


スコップを持って来て


沈丁花を掘り出した…


もしかして…

もしかして…


根は何処までも深く、

葉子は狂ったように掘り続けた

No.389 12/01/24 01:40
秋子 ( yuBCh )

やがて…


沈丁花はひっくり返り


根の下から…


白い骨がボロボロと姿を表した…


父ちゃんだ!

これは、

父ちゃんだ!


葉子は強烈な吐き気に襲われ


ゲーゲー吐いた…


母ちゃんは…

母ちゃんは…


父ちゃんを…



葉子は気が狂ったように

叫び続けた


『あ──────────────────────────────────』



…完…

No.390 12/01/29 10:11
秋子 ( yuBCh )

…第15章…

…画面に写る女…

No.391 12/01/29 10:19
秋子 ( yuBCh )

俺の名前は小村昭夫

35歳独身…

ぽっちゃり系で背は低く、口下手で小心者…


女とはとんと縁のない男だ…


ある日社内でソフトボール大会があった…

運動神経も悪い俺は、キャッチボールをしていて


「こむら~」

そう誰かに呼ばれて横を向いた瞬間

ボールが左目を直撃した…


目から火花が飛び散り激痛が走った

「いてて…て…」


「大丈夫…か?」

目を押さえて、かがみ込む俺に同僚が駆け寄るが


人のいい俺は

「大丈夫です…」

目を冷やして試合はベンチで観戦した…


痛みも収まり、時々目を開けてみるが、長く押さえていたせいか

左目はぼんやりとしか見えない

同僚に

「病院行った方がいいんじゃね~?」

そう言われたが


「明日になったら治るべ…」

そう言い、打ち上げでたらふく飲み食いして


家に帰ってきた

No.392 12/01/29 10:23
秋子 ( yuBCh )

夜、右目を抑えて左目だけを開けてみる


蛍光灯がチカチカして、ぼんやりしか見えない

痛みはないが目の奥に違和感が残っている

やっぱり明日病院へ行こう

失明したら大変だ
酔いも回ってやがて俺は爆睡してしまった…

No.393 12/01/29 10:28
秋子 ( yuBCh )

朝、まだ違和感はあったが

昨日よりはいくらか良くなった気がする

鏡を見ると、目の回りが紫色に内出血して真っ黒に見える


ふと映画で見た明日のジョーを思い出し


「立て!…立つんだジョー!……」
拳を突き出し、思わず吹き出した


眼科か…

面倒くさいな…

左目はぼんやりだったが右目がカバーしてくれるせいで…

それ程支障はない

もう少し様子を見よう…

眼帯をかけ普通に出社した…

No.394 12/01/29 10:35
秋子 ( yuBCh )

会社へ着くと

眼帯の俺はみんなの注目を浴びた


「小村さ~ん大丈夫ですか?」


女の子たちが声をかけてくれる

優しくしてくれる…

俺はなんだか転校生の気分だ


昼休み、普段から憧れていた…あの園美ちゃんまで

園美「だいじょうぶ?…病院行ってきたんですか?…」

そう声をかけてきた


う…嬉しかった

小村「大丈夫ですよ…だだ目のまわりが酷いことになって…いや見せられないですけどね…」


園美「…ちゃんと見えてます?…」

園美ちゃんの目が近づいてくる…

小村「…どうだろ眼帯してるからよくわかんないよ…」

園美「…ちょっと眼帯はずしてみせて…」

園美ちゃんの弟もサッカーしていてボールが目にあたり、網膜剥離になったと説明してくれた

小村「…笑わないで下さいよ…薗美ちゃんにだけ特別に見せちゃいますから…」

眼帯をはずした

No.395 12/01/29 10:43
秋子 ( yuBCh )

左目をゆっくり開けた


おかしい…

なんだこれは…


真ん中が映っていない

まるで壊れ掛けのテレビ画面のように縁だけしか映っていない


薗美「…やだ…目が真っ赤よ…」


そう言う薗美ちゃんを見た時


俺は…

見えない目で…


あるものが…


見えたんだ…


壊れかけた真ん中に浮かび上がる映像…



No.396 12/01/29 10:50
秋子 ( yuBCh )

画面の真ん中に薗美ちゃんがいた…

男と抱き合い、見たくないがキスをしている…

相手は知らない男…

イケメンで背が高そうだ…

薗美ちゃんは幸せそうで

薗美ちゃんの回りにオレンジ色の明るいオーラが出ていた


しかし男のオーラは…

薄汚れた灰色だった…


薗美「…ダメよ小村さん、病院行かなきゃ!…」

薗美ちゃんの少々真剣で、張り詰めた声が聞こえて

俺は我に返った…

No.397 12/01/29 10:53
秋子 ( yuBCh )

薗美ちゃんは色々アドバイス的な話しを続けてくれていたが


俺はさっきの映像が頭から離れないでいた…


また薗美ちゃんを
壊れ掛けの画面に映るように

見た…




…男はいた…


さっきのイケメンのあの男だ…


暗闇のベッドの上で

女と絡み合っている…

実に嫌らしいセックス描写だ…


相手は…

薗美ちゃんではない

派手な頭ギンギン色の女だ…


薗美「小村さん聞いてるの?」


やがて昼休みは終わり

薗美ちゃんへ適当にお礼を言い


俺は再び眼帯をかけて仕事に戻った…

No.398 12/01/29 11:55
秋子 ( yuBCh )

ボーっとしていた

目の異常と…

薗美ちゃんと…

男と…

セックス…


だが…

俺の目に映ったというだけの事だ…

現実ではない…


目の神経は脳に一番近いから


俺の…妄想が映っただけなのかも…

仕事に全然集中できないまま


退社時間になっていた…


会社の前で薗美ちゃんが近づいてきて


紙に書いたメモを渡した


薗美「ここの眼科 ね…弟も看てもらって…いいお医者さんなの…必ず行ってね…必ずよ!…」


小村「ありがと必ず行くね…あの…園美ちゃん…」


園美「…なに?…」

小村「…園美ちゃん…彼氏いるの?…」


園美「…ん……どうして?…」


小村「…はっき答えてくんない?…」


園美ちゃんは…


多分…俺が園美ちゃんに気があると思っただろう


それでもいい


俺はどうしても聞いておきたかったんだ…

No.399 12/01/29 20:18
秋子 ( yuBCh )

園美「彼氏…いるよ…」


園美ちゃんは、俺に申し訳なさそうに…

そして…

だから諦めて…

みたいな雰囲気で言った

小村「…そう、分かったよ!…」


俺は、少し寂しかったが…妙に納得して

園美ちゃんと別れた…

夜…園美ちゃんに貰ったメモをよく見ると…

眼科の住所と…


*迷ったら連絡頂戴
ヽ(^^)

携帯の番号も書いてあった

なんて可愛い文字だろう…

俺は携帯に園美ちゃんを登録した

虚しさと…嬉しさが半分半分だったが…

No.400 12/01/29 20:35
秋子 ( yuBCh )

朝…

俺は園美ちゃんのメモを見ながら眼科へ向かった


手術とか、最悪失明したら…

でも片方の目があるから…

なんて心配しながら待っていると

「小村昭夫さん」


俺は診察室に入って行った


若い男の先生がパソコンから目を離し、俺の方を向いた

その先生の顔を見て…


俺は驚愕した!!


あのイケメン野郎だ!!

間違いない!

こいつが園美ちゃんの彼氏なのか!

驚いて固まっている俺に

「どうかしましたか?眼帯はずして下さい…」

イケメン野郎が眼帯をはずして俺の目を覗いた


すると…

また…見えた

イケメン野郎が画像に浮かび上がった…

それは…

イケメンが女と二人、椅子に座って下を見ている…


まさか読書でも?

よく見ると…

腕に…注射器…

まさか…

まさか…

覚せい剤?…


「…ウ…ウ…ウオ〰〰〰〰〰〰〰〰💦」


気がつけば俺は病院を飛び出し、夢中で走り出していた…

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