悲しい女
短編小説です…
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三人はファミレスへ入った
ラーメンを啜りながら
鈴木「熊木よ~…辛いだろうけど、お前はまだ若い…美人だし…いい女だし…その…あれだ…」
鈴木がなんとか沙織を励まそうとするが…言葉が見つからないらしい
鈴木「とにかく明日も会社へ出てこいよ…月日がたてば…なぁ久美子…」
久美子「そうだよ…沙織は運が悪かっただけだよ…いい男なんて、いっぱいいるんだし…ねッ…」
パスタを食べながら久美子が明るく言う
鈴木「久美子がそれ言うと…説得力ないかもな~?」
久美子「も~うるさいなぁ~私も運がわるいって事かい?アハハ…」
二人は笑っているが…
沙織はあまり食欲はなく…目は宙を舞っていた…
だけど…こんなに沙織を気づかい、二人は遅くまでつき合ってくれている…
有りがたかった…
沙織「ありがとう…心配してくれて…でも、大丈夫だよ…明日も仕事は行くから…」
から元気だったが、沙織はそう言った…
力が抜けベッドへ倒れ込んだ
未来への希望や、新しい恋など
そんなものはもはや、一ミリも頭の中にはなかった
…
…
やがて朝…
メールの着信で目がさめた
久美子からだ…
「おはよう~元気出せ~仕事行けよ~(^-^)/~~」
久美子が心配している
仕方なく沙織は出勤準備を始めた
熱いシャワーをあびながら
ふと…思った…
何故マスターは自首したのだろう
黙って500万持って逃げられたはずなのに…
そして、警察署で手錠をかけられた痛々しい姿のマスターを思い浮かべた
マスターは沙織に謝った…
それは沙織と遭遇して、たまたま謝っただけだろうが…
何故自首したのか?
沙織はそれが疑問だった…
その疑問は、やる気を失せた沙織に変な勇気を与えた…
そして…普段通りに出勤した…
気持ちは沈みがちだったが…
鈴木や久美子に励まされながら…
ゆっくりと月日は流れて行った…
ある夜…携帯に着信音がなった
見知らぬ番号だった…
沙織「…」
田島「もしもし熊木さん?〇〇警察署の田島です…」
沙織「あッ…あの時のお巡りさん?…」
田島「…この間…元気無くされて…ちょっと心配だったもので…」
沙織「…なにか分かったんですか?…マスター…いや赤田さんの事…」
沙織は一瞬緊張した
そして耳を携帯に強く押し当てた…
田島「あの…話しが長くなりますが…今…よろしいでしょうか?」
沙織「大丈夫です…話して下さい」
田島は事務的に淡々と話し始めた
田島「 赤田は結婚してはいるのですが…
赤田は初婚、妻は子連れ再婚です
赤田は寿司屋の店主をしておりました…
寿司屋を回転寿司屋に改装しようとして…
その開店資金、2000万円…
妻が前の旦那に横流ししたらしいです…
妻の前の旦那は借金があって…
それで離婚したらしいのですが…
まだ夫婦は繋がっていたらしいですね~
要するに、赤田は騙されて結婚したんですよ~
逆上した赤田は妻を殴ってしまったらしいのです
そして妻が倒れてそのまま動かなくなってしまい…
てっきり殺してしまったと思ったんでしょうね…
そのまんま逃げた訳です…」
沙織「それで…奥さんは亡くなったんですか?…」
田島「 いえ、いえ、軽い脳しんとうみたいでした…」
沙織はホッとした…
マスターの私生活が垣間見えてきた…
沙織はさらにじっと聞いていた…
田島「その後…赤田は、女に敵意って言うか…
各地を転々としているうちに、結婚詐欺を繰り返して行ったらしいです…」
…マスター自身も騙されていたのだ…
しかもお金も取られて…
騙された惨めな気持ちを知っている…
それなのに…
何故沙織や他の女達を騙したのか?
妻への仕返しのつもりだったのだろうか?
沙織には分からなかった…
田島は続けた
田島「…ところがです…
余罪は五件あったんですが…
騙しとったお金1500万…
手付かずに持ち歩いていました…
妻に穫られたお金を取り戻すつもりだったんでしょうかね
金は…いずれ被害者に戻ると思いますが…
…まぁこんな所ですね…
それじゃ…」
沙織「ちょっと待って下さい…赤田さんが、自首した理由はなんですか?…」
田島「…別に…その情報はなにも…ただ…」
沙織「ただ?…ただなんです?…」
田島「いや…熊木さん、もう忘れた方がいいです……あなたのためですから…」
田島は…
「…ただ…」
そう言いかけて止めた…
沙織は気になったが…
もうそれ以上聞いてはいけないような気がして…
沙織「…ありがとうございました…」
そうお礼を言って電話を切った…
それ以来
沙織の気持ちはだいぶ落ち着いて来ていた…
久々鈴木と久美子を誘って飲みに出た
この二人には…随分助けられた
「カンパーイ」
沙織「今夜は私のおごり!どんどん飲んで、食べてね~」
鈴木「熊木!元気になって良かった!…お前のしょぼくれた顔なんか、もう見たくねぇよ…」
久美子「…そうだよ!もう忘れて…楽しくやろう!…」
沙織「…心配かけてごめん…もう大丈夫だよ…」
鈴木「…でもまた寂しくなったらいつでも言って来い!…」
久美子「…鈴木さ~ん…私も寂し~い…」
鈴木「よしよし…二人まとめて俺が面倒みてやるから~いい男探してやるぞ~」
沙織「…男はもういらない…当分は一人でいい…」
沙織がポツンと呟いた
久美子「…沙織…なに言ってんの?あたしは…また男見つけるんだ!…今度は嘘のない…素朴で…真面目な人!…」
鈴木「…そうそう…俺みたいな?!…」
久美子「…やだ~私にも選ばせて下さい…アハハ」
やがて、盛り上がる二人を置いて沙織は先に部屋へ帰った…
また、一人の生活に戻った…
マスターの事はまだ頭から離れないままだったが…
あんな裏切り方をされたにもかかわらず
それでも…まだマスターの事を忘れられないでいる
沙織は自分の気持ちに戸惑っていた…
それは以前のような、ただ好きという気持ちではなく…
マスターの事情を知ってから…
同情にも似た…新しい思いに変わったような気がする…
この先マスターはどんな生き方をするのか?
幸せになれるのだろうか?…
…どうしようもないバカだなお前は…
沙織は自分にそう言って…
寂しく笑った…
そんなある日
鈴木「…熊木!…実は…今俺…」
沙織「…どうしたんですか?鈴木さん鼻の穴広がってますよ!…ヒャハハハ…」
鈴木「…実は…久美子とその…付き合っている…」
沙織「…え?…うそ~うそ~まさか…」
鈴木「…ホントだ…こんな爺さんだけど…久美子と…マユちゃんを…守りたいと思って…」
沙織「あッ…この間の話し…冗談かと思っていたら久美子もまんざらじゃなかったんだ……んで?結婚するんですか?」
鈴木「離婚は成立して親権も取れたっつうのに……それが…マユちゃんが…俺の顔見ると、怖がって泣くんだよ…なついてくれなくて……」
沙織「…アハハそりゃ泣くかもですね~」
沙織はいい話だと思った…
鈴木なら…久美子を裏切らない…
微笑ましくて…ちょっぴり羨ましいと思った…
やがて季節は桜の蕾が膨らみかけた春になろうとしていた…
マユちゃんを連れて久美子が鈴木と結婚した…
沙織は久美子と鈴木の新居に…入り浸りだった…
鈴木はまるで娘と孫にかこまれているみたいだ!
そう幸せそうな愚痴を言い
久美子は
「マユ…じじにお茶持ってって~」
と冷やかしている…
こんな楽しい家族が沙織にも作れるのか自信はなかったが…
ここに来るのは楽しかった…
だが…夜はやっぱり寂しい沙織だった…
やがて桜は散り…暑い暑い夏も過ぎ紅葉の秋になった…
沙織の一人の時間がゆっくり流れて通り過ぎて行った…
ある会社帰り
カンカン…カンカン…
階段を上がると
沙織の部屋の前に男が立っていた…
誰だろう?
よく見ると、そこには意外な人物
マスターだった…
…
…
沙織は頭が真っ白になって立ちすくんでしまった…
今更…何の用事だろう
沙織を騙して…
沙織の心を持って行ったまま…
一年たった
沙織の気持ちはまだあの時のまま…
必死で忘れようとしていたのに…
一体なにしに来たのだろう
二人はしばらく見つめ合ったままだったが…
マスター「君に謝ろうと思って…」
沙織「…」
マスター「許して貰えないだろうけど…すまなかった…」
…懐かしい…
沙織の心の中は…
泣いている…
なにも言えないまま…
黙って部屋のカギを開け…
中へ入ってカギを閉めた…
ドアにもたれた時…
涙が溢れた……
沙織「…帰って頂戴!…」
…
マスター「…分かった…だけどこれだけは…言わせて欲しい…
君のような人と ちゃんと生きていきたいと思った
だから…自首した……」
沙織「…また私を騙すの?!…」
マスター「…君を愛している…分かって欲しい…」
沙織「…もう騙されたくないの…帰って頂戴!お願い…」
沙織は、ベッドに突っ伏し…泣いた
会いたかった!
会いたかった!
元気そうで良かった!
だが…もう騙されたくはない
もう傷つきたくない!
やがて…
カンカン…カンカン…
マスターは階段を降りて帰って行った…
…
コノヤロウ!帰れ!馬鹿野郎!
怒鳴り声とドアにぶつかる音
沙織は驚いた
その大声に聞き覚えがあった…
鈴木だ!
ドアを開けると
鈴木はマスターの胸ぐらを掴み、殴りかかっている!
マスターは抵抗しない…
足元には…ふたの開いたタッパーと
惣菜らしきものでぐじゃぐじゃに汚れている…
足音は鈴木が階段を上がる音だった
沙織「止めて!止めて!…殴らないで!お願い!…」
沙織はマスターを庇った
鈴木「沙織!こいつは結婚詐欺師だぞ!ペテン師じゃねぇかッ!」
鈴木は肩で息をつき凄い形相でマスターを睨んでいる
沙織「…でももう罪をつぐなって私に会いに来てくれたの!…謝罪に来てくれたの!…」
鈴木「まさかお前…まだこいつの事を?…」
沙織「…」
鈴木「また騙されたいのか?!沙織!」
沙織「騙されてもいい…私はこの人が…好きです…ごめんなさい…」
沙織はマスターの手を引っ張り階段を駆け降りた…
鈴木はポカンと上から二人を見ていた…
二人は息がきれるまで手を繋いで走り続けた…
やがて…見知らぬ公園で二人は立ち止まり
マスターは沙織を抱きしめた…
マスターが泣いている…
沙織「…騙されてもいい…マスターと一緒にいたい…」
マスター「…ありがとう…もう放さない…」
枯れ葉が二人の上を静かに廻って落ちて行った…
…完…
秋のある日、
葉子は母を総合病院へ連れて行った
母…みつ70歳は最近胃の不調を訴えていた
食欲が無くなったのは年のせいだとみつは言うが、日に日に顔の色艶も悪くなり、やつれてきていた
葉子が病院へ行くよう促しても、さっぱり自分では行く様子はない
そこで葉子は仕事を休み…みつを病院へ連れて来たのだ…
内科は人で溢れていた…
葉子「時間かかりそうだね~…」
みつ「…どんな検査するのかねぇ…」
長年働いて指の節がゴツゴツ硬くなった手の甲を、片方の手で無意識にさすりながら…
みつは心配そうに…診察室を見つめていた
葉子「…かぁちゃんずっと働きづめで疲れが出たのよ…すぐ良くなるって…
いつまでも、一人で暮らしてないで、そろそろ私らの家に来たらいいでしょう?…」
葉子の子供達も大きくなって
長男は都会へ就職し、二男は大学生でやはり都会へ出ていた…
葉子は夫の勝治と二人暮らしだった…
だが…そんな葉子からの同居の話しに返答はせず
みつは
みつ「なぁ…もし悪い病気なら……手術とか、生き長らえる事…なぁんもしなくていいからな…」
葉子「…またそんな事ばっかり言って……」
みつ「…もういっぱい生きたから……もういい…」
膝の上に両肘を付いて細い目をこすりながらみつは言った
葉子「…なに言ってるのよ…まだ70でしょう?…今は…80歳は普通…90歳だってざらだし…長生きしてよ…ねっ…」
やがて一時間ぐらいしてやっと…
『金田 みつさ~ん』
看護師にみつが呼ばれ
葉子が付き添い診察室へ入って行った
眼鏡をかけて、つきたての餅のような
色白の若い男の医者が
仰向けに寝たみつのお腹をゆっくり押す…
「明日検査しましょう 今夜は早くご飯食べて寝て下さい…」
そう言った
みつは痩せた背中を丸めて
「よろしくお願いします…」
昔から…
人には迷惑をかけず、謙虚に コツコツ生きてきたみつは…
丁寧に頭を下げた
葉子は病院の出入り口へ車をつける
運転席から手を伸ばし助手席のドアを開けると
「どっこいしょ…」小さく掛け声をかけ
みつはシートに腰を落とした
貴子「まっすぐ帰る?…」
そう言いながら車を発進させると
みつは、ひどく疲れたのか
あぁ…と、小さく溜め息のような返事をした
葉子の父…みつの夫、英三郎は、漁師をしていたが…
葉子が小学校へ入学する前の年に
漁へ出たまま帰らなかったらしい…
みつは葉子をなんとか高校を卒業させ…
嫁に出すまで、昼は缶詰め工場で働き、夕方から日が暮れるまで畑で野菜を作った…
何年も働き詰めだった…
再婚する訳でもなく…
お洒落をして友達と旅行に出かける訳でもない
娯楽など一切したことのないみつだった
葉子は、自分の子供が独り立ちしたら、みつを温泉にでも連れて行きたい…
親孝行らしいことをしよう
そう思った矢先、
みつは体調を壊した…
寝ているのか、頭を下げ目を閉じている、みつの横顔を見て
貴子は心細くなった…
小さい港に漁船が見えて来た…
坂道を登り、やがてみつの家の前に車はついた
玄関前の畑には、
収穫前の大根が土から白い肌を出して並んでいる
車を降りたみつと葉子がゆっくり家の中へ入って行く
家の中へ入ると土間…
そして黒光りした板張りの床…
縁側からは一面青い海が広がっていて
よく晴れた日には遠くに地平線が見える…
いつ来ても懐かしい場所だ…
ふと久しぶりに父の写真を見上げる…
父親の事は、葉子が5歳までしか記憶にはないが
頭に手拭いをぐるりとまいて無造作におでこの横でしばり
葉子に頬ずりする父親の無精ひげがチクチク痛かった
痛がる葉子にわざと髭を押し付けて
アハハハと笑う父親の顔…
それだけは、四十年たった今でも、はっきりと覚えている
…
みつの病名は…
末期の胃癌だった…
手術も出来ず
余命半年…
葉子は自分の家へみつを連れて来た…
残されたみつの余生を大切に…
一緒に過ごそうと葉子は仕事を辞めた…
夫の勝治と三人の穏やかな生活となり
昼間は母と娘の会話が増えた…
もっぱら孫である葉子の子供達の話しに集中する
そして…
事みつ「…父ちゃんより40年も長く生きてしまった…」
みつは…
指を順番におりながらぽつりと言った
葉子「…母ちゃんが父ちゃんの話しするの…なんだか珍しいね…」
みつ「…」
みつと葉子の親子の会話は絶えないが
葉子の幼少期や、父の話題になると
何故か二人は無意識にそれを避けた
みつは夫の英三郎の話しはしない…
それは葉子がまだ小さい頃…
父親は、漁に出たまま帰らないとみつから聞いてはいたが…
近所の悪餓鬼に…
…お前の父ちゃんは、女としんじゅうしたんだぞ…
そう言われた事があった
葉子は…
しんじゅうという言葉も意味も知らなかった…
だが漁に出て居なくなったはずの父の船は
実は港にあったのだった…
ある日母ちゃんに
しんじゅうってなに?…
そう聞いてみた
母ちゃんは…
笑い顔から、困った顔になり、目から涙をポロポロ流した
後ろ向きに涙を拭うみつを見て、
葉子も何故か泣いてしまった記憶がある
なにか途轍もない深い意味があるのだと、葉子は子供心にそう感じて
父の話しはもう、しない方がいいのだとその時思った…
だが…
思春期で好奇心旺盛な中学生ぐらいの年頃になると
それは葉子の中で大きく膨らんで行った
夢の中での父ちゃんは
いつも酒を飲み赤い顔で軍歌を唄う
だが…その隣には霧に包まれた女の姿があった…
一体誰だろう
人の父ちゃんと色恋沙汰になり
一緒に死んだ女
ある日みつの弟の清おじちゃんに
怒られてもいいから
意を決してそれを聞いた事があったのだが…
崖の上に二人の靴が並べて置いてあった事ぐらいで
…もう聞くな…
そんな曖昧な答えが返ってきたと思う…
男女の靴を並べて、崖から手に手を取り落ちて行った二人…
その想像は
当時の葉子に衝撃的に残った…
やがて…葉子も結婚して家庭を持つようになると
自分の夫にそんな死に方をされたみつの事を考えるようになった
みつは一体どんな思いで葉子を育ててきたのか
心の中に色んな思いを押し込めたままみつは生きて来たのだろう
ふとみつに目をやると
ソファーに横になり眠っているようだ…
年は明けた…
病院通いと薬と…
みつは痩せ衰えてはいたが
我慢しているのか、特に体の不調を訴える事なく過ごしていた…
そして…春になった…
春の日差しが暖かくなったある日…
みつを連れて
港町の家に出かけた…
家主を失った懐かしい家の周りには
雑草が生い茂り淋しく無残な光景だった…
みつは歩き出すと
草だらけの畑を通り越し
ある場所まで行くとピタリと止まった
みつ「…ごめんな…ごめんな…こんなに…草茫々にして…」
そう言い
丸くなるり…いきなり素手で草をむしり始めた
そこは畑の隅っこに…
穏やかに蕾を膨らませていた…沈丁花の根のまわりだった…
葉子「…かぁちゃん止めなよ…疲れるよ…あとで私が草刈りにくるから…」
そう葉子が言っても
みつは夢中で草をむしっている
そのむしり方は、異様なほど早く…
狂乱じみてさえ見える
みつ「…ごめんよ…ごめんよ…」
そしてやがて泣き声に変わった…
その日から何日かしてみつの容態は急に悪くなり
入院した…
若い色白の先生は
「会わせたい人がいたら会わせて下さい」
そう言った…
それから、みつは沈丁花の花を見る事なく
ひっそり逝った…
親戚が集まり、ささやかに…みつの弔いをした…
清おじちゃんとも久しぶりに会った…
夫の勝治と清おじちゃんが飲みながら話しをしていた
そこへ葉子はビールを持って行った
清「葉子…ここへ座れ…」
清は酔っているのか、目尻にシワを寄せて
葉子の肩をトントンと叩いてそう言った
清「かぁちゃん…今頃…父ちゃんと会ってるかもな…」
葉子は、座りながら言う
葉子「…そうかな?…そうだったらいいね…」
清「…かぁちゃんに口止めされてたけど…もう話してもいいだろう…」
葉子ははっとして耳を傾けた
清「父ちゃんの遺体はとうとう見つからなかったなぁ…」
えッ?
知らなかった…
勝治も意外な顔をしている
葉子「そうなの?…それで…相手の人は?…」
清「…女の方はすぐあがったんだよなぁ…でもあそこは波が複雑に入り組んでいて…父ちゃんは沖に出て流されちまったかもな~」
葉子「そ…それで…相手の人って一体誰だったの?」
清「…そうか…葉子はなんにも覚えてなかったんだな…
…ほら…
浜の近くに食堂があったろ?…
今はもちろん…影も形もないけど…」
食堂?!
そうだ!
…思い出した…
父ちゃんが浜で網の繕いをしているとき
葉子はよく父ちゃんを迎えに行って一緒に帰ってきた
その途中に確かに
食堂があった
父ちゃんはいつもコップ酒を飲んでいた
そのコップに一升瓶を両手で持って
酒を注いでいた女がいた…
着物の上に白い割烹着を着た…
あの人だ…
…
葉子はしばらく呆然として…
おぼろげに遠い昔を思い出していた…
あの女の顔は思い出せないが
髪を綺麗に結い
髪の束ねた隙間に赤いクシを刺していた…
清「…母ちゃんは…葉子をあの食堂に…よく父ちゃんを迎えにやらせてたよな…」
葉子「…そうだったの……」
二人が変な関係にならないようにと願ったのか
それとも…
女に父ちゃんの家族を意識させる為だったのだろうか
母ちゃんは葉子を迎えにやらせていたのだった…
みつがいなくなって…
葉子はみつの家を訪れた…
草刈りに来ると言いながら
みつが入院して以来すっかり
家も畑も荒れ放題になっていた…
ふと沈丁花を見ると…
毎年この時期にいい香りを漂わせ咲いていたのを思い出す…
今年は誰にも見てもらう事もなく、散ってしまった…
だが…あの狂ったようなみつの草むしりは
一体何故だろう?…
ごめんよ…ごめんよ…
涙まで流して…
ふと葉子は思った
そういえば、この沈丁花はいつからここに咲いていたのだろう
昔はこの辺り一面ジャガイモ畑だったはず…
そしてこの奥には行ってはならない場所があった…
大人の背丈ほどの竹藪がしばらく続き
その先は雑木林になっているが…
山菜が沢山とれた
だが…山菜を取りながら進むと
やがて…眼下は絶壁になっていて
高さは20メートルもあろうか
うっかり足を踏み外したら海に真っ逆様に落ちる…
絶対行ってはいけないと
葉子はみつに何度も言われていた…
だが…
葉子は思い出してしまった…
それは…
遠い日の記憶を紐解くように…
あの日…
父ちゃんは、あの赤いクシをさした女と
笑いながら
この竹藪へ入って行った…
それを、葉子は見ていた…
そして…母ちゃんに
『父ちゃん、食堂のおばちゃんと…
危ないとこへ入って行ったよ…』
そう言ったんだ…
そのあと 母ちゃんは…
山菜をとりに行くと言って
紐の長い袋を首にさげ
鎌を持って…
あの竹藪に入って行った…
葉子は、家へ入ってお菓子を食べ
テレビで豚の人形劇のブーフーウーを夢中で見ていた…
そして…そのまま眠ってしまった…
母ちゃんに起こされたのは
夜だった…
そして…
そして…
父ちゃんが海へ漁にでたまま戻って来ない!
そう言って母ちゃんは大きな声を出して泣いていた…
…
あの日だ…
たしか
あの日だった
葉子はしゃがみ込んだ…
あの後 あの三人は一体どうなったのか?
先に入って行った男と女は楽しそうで…
とても心中するとは思えない
だとすると
その情事を母ちゃんは見てしまったのだろうか?
父ちゃんの遺体はみつからない
葉子には…
ある恐ろしい想像が渦巻いた
家続きの小屋に向かって走ると
スコップを持って来て
沈丁花を掘り出した…
もしかして…
もしかして…
根は何処までも深く、
葉子は狂ったように掘り続けた
やがて…
沈丁花はひっくり返り
根の下から…
白い骨がボロボロと姿を表した…
父ちゃんだ!
これは、
父ちゃんだ!
葉子は強烈な吐き気に襲われ
ゲーゲー吐いた…
母ちゃんは…
母ちゃんは…
父ちゃんを…
葉子は気が狂ったように
叫び続けた
『あ──────────────────────────────────』
…完…
俺の名前は小村昭夫
35歳独身…
ぽっちゃり系で背は低く、口下手で小心者…
女とはとんと縁のない男だ…
ある日社内でソフトボール大会があった…
運動神経も悪い俺は、キャッチボールをしていて
「こむら~」
そう誰かに呼ばれて横を向いた瞬間
ボールが左目を直撃した…
目から火花が飛び散り激痛が走った
「いてて…て…」
「大丈夫…か?」
目を押さえて、かがみ込む俺に同僚が駆け寄るが
人のいい俺は
「大丈夫です…」
目を冷やして試合はベンチで観戦した…
痛みも収まり、時々目を開けてみるが、長く押さえていたせいか
左目はぼんやりとしか見えない
同僚に
「病院行った方がいいんじゃね~?」
そう言われたが
「明日になったら治るべ…」
そう言い、打ち上げでたらふく飲み食いして
家に帰ってきた
夜、右目を抑えて左目だけを開けてみる
蛍光灯がチカチカして、ぼんやりしか見えない
痛みはないが目の奥に違和感が残っている
やっぱり明日病院へ行こう
失明したら大変だ
酔いも回ってやがて俺は爆睡してしまった…
朝、まだ違和感はあったが
昨日よりはいくらか良くなった気がする
鏡を見ると、目の回りが紫色に内出血して真っ黒に見える
ふと映画で見た明日のジョーを思い出し
「立て!…立つんだジョー!……」
拳を突き出し、思わず吹き出した
眼科か…
面倒くさいな…
左目はぼんやりだったが右目がカバーしてくれるせいで…
それ程支障はない
もう少し様子を見よう…
眼帯をかけ普通に出社した…
会社へ着くと
眼帯の俺はみんなの注目を浴びた
「小村さ~ん大丈夫ですか?」
女の子たちが声をかけてくれる
優しくしてくれる…
俺はなんだか転校生の気分だ
昼休み、普段から憧れていた…あの園美ちゃんまで
園美「だいじょうぶ?…病院行ってきたんですか?…」
そう声をかけてきた
う…嬉しかった
小村「大丈夫ですよ…だだ目のまわりが酷いことになって…いや見せられないですけどね…」
園美「…ちゃんと見えてます?…」
園美ちゃんの目が近づいてくる…
小村「…どうだろ眼帯してるからよくわかんないよ…」
園美「…ちょっと眼帯はずしてみせて…」
園美ちゃんの弟もサッカーしていてボールが目にあたり、網膜剥離になったと説明してくれた
小村「…笑わないで下さいよ…薗美ちゃんにだけ特別に見せちゃいますから…」
眼帯をはずした
左目をゆっくり開けた
おかしい…
なんだこれは…
真ん中が映っていない
まるで壊れ掛けのテレビ画面のように縁だけしか映っていない
薗美「…やだ…目が真っ赤よ…」
そう言う薗美ちゃんを見た時
俺は…
見えない目で…
あるものが…
見えたんだ…
壊れかけた真ん中に浮かび上がる映像…
…
画面の真ん中に薗美ちゃんがいた…
男と抱き合い、見たくないがキスをしている…
相手は知らない男…
イケメンで背が高そうだ…
薗美ちゃんは幸せそうで
薗美ちゃんの回りにオレンジ色の明るいオーラが出ていた
しかし男のオーラは…
薄汚れた灰色だった…
薗美「…ダメよ小村さん、病院行かなきゃ!…」
薗美ちゃんの少々真剣で、張り詰めた声が聞こえて
俺は我に返った…
薗美ちゃんは色々アドバイス的な話しを続けてくれていたが
俺はさっきの映像が頭から離れないでいた…
また薗美ちゃんを
壊れ掛けの画面に映るように
見た…
…男はいた…
さっきのイケメンのあの男だ…
暗闇のベッドの上で
女と絡み合っている…
実に嫌らしいセックス描写だ…
相手は…
薗美ちゃんではない
派手な頭ギンギン色の女だ…
薗美「小村さん聞いてるの?」
やがて昼休みは終わり
薗美ちゃんへ適当にお礼を言い
俺は再び眼帯をかけて仕事に戻った…
ボーっとしていた
目の異常と…
薗美ちゃんと…
男と…
セックス…
だが…
俺の目に映ったというだけの事だ…
現実ではない…
目の神経は脳に一番近いから
俺の…妄想が映っただけなのかも…
仕事に全然集中できないまま
退社時間になっていた…
会社の前で薗美ちゃんが近づいてきて
紙に書いたメモを渡した
薗美「ここの眼科 ね…弟も看てもらって…いいお医者さんなの…必ず行ってね…必ずよ!…」
小村「ありがと必ず行くね…あの…園美ちゃん…」
園美「…なに?…」
小村「…園美ちゃん…彼氏いるの?…」
園美「…ん……どうして?…」
小村「…はっき答えてくんない?…」
園美ちゃんは…
多分…俺が園美ちゃんに気があると思っただろう
それでもいい
俺はどうしても聞いておきたかったんだ…
…
園美「彼氏…いるよ…」
園美ちゃんは、俺に申し訳なさそうに…
そして…
だから諦めて…
みたいな雰囲気で言った
小村「…そう、分かったよ!…」
俺は、少し寂しかったが…妙に納得して
園美ちゃんと別れた…
夜…園美ちゃんに貰ったメモをよく見ると…
眼科の住所と…
*迷ったら連絡頂戴
ヽ(^^)
携帯の番号も書いてあった
なんて可愛い文字だろう…
俺は携帯に園美ちゃんを登録した
虚しさと…嬉しさが半分半分だったが…
朝…
俺は園美ちゃんのメモを見ながら眼科へ向かった
手術とか、最悪失明したら…
でも片方の目があるから…
なんて心配しながら待っていると
「小村昭夫さん」
俺は診察室に入って行った
若い男の先生がパソコンから目を離し、俺の方を向いた
その先生の顔を見て…
俺は驚愕した!!
あのイケメン野郎だ!!
間違いない!
こいつが園美ちゃんの彼氏なのか!
驚いて固まっている俺に
「どうかしましたか?眼帯はずして下さい…」
イケメン野郎が眼帯をはずして俺の目を覗いた
すると…
また…見えた
イケメン野郎が画像に浮かび上がった…
それは…
イケメンが女と二人、椅子に座って下を見ている…
まさか読書でも?
よく見ると…
腕に…注射器…
まさか…
まさか…
覚せい剤?…
「…ウ…ウ…ウオ〰〰〰〰〰〰〰〰💦」
気がつけば俺は病院を飛び出し、夢中で走り出していた…
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小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
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依田桃の印象7レス 139HIT 依田桃の旦那 (50代 ♂)
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ゲゲゲの謎 二次創作12レス 130HIT 小説好きさん
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私の煌めきに魅せられて33レス 314HIT 瑠璃姫
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✴️子供革命記!✴️13レス 93HIT 読者さん
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猫さんタヌキさんさくら祭り1レス 56HIT なかお (60代 ♂)
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依田桃の印象
バトル系なら 清楚系で弱々しく見えるけど、実は強そう。 恋愛系…(常連さん7)
7レス 139HIT 依田桃の旦那 (50代 ♂) -
神社仏閣珍道中・改
暦を見ると本日は『八十八夜』となのだといいます。 八十八夜とは、…(旅人さん0)
231レス 7803HIT 旅人さん -
西内威張ってセクハラ 北進
特定なんか出来ないし、しないだろう。実際しようともしてないだろう。意味…(自由なパンダさん1)
82レス 2827HIT 小説好きさん -
仮名 轟新吾へ(これは小説です)
彼女は 🌸とても素直で🌸とても純粋で 自分の事より先ず! 🌸家族…(匿名さん72)
182レス 2793HIT 恋愛博士さん (50代 ♀) -
一雫。
あれから一週間過ぎてしまった(蜻蛉玉゜)
78レス 2367HIT 蜻蛉玉゜
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🌊鯨の唄🌊②4レス 122HIT 小説好きさん
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人間合格👤🙆,,,?11レス 127HIT 永遠の3歳
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酉肉威張ってマスク禁止令1レス 129HIT 小説家さん
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今を生きる意味78レス 512HIT 旅人さん
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 950HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 122HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 127HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 129HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1392HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 512HIT 旅人さん
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サブ掲示板
注目の話題
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🍀語りあかそうの里🍀1️⃣0️⃣
アザーズ🫡 ここは楽しくな〜んでも話せる「憩いの場所🍀」となっており〜ま〜す🤗 日頃の事…
493レス 4619HIT 理沙 (50代 女性 ) 名必 年性必 -
ベビーカーの周りに家族が不在
交通機関のターミナルでの事です。 待合所の座席にほとんどお客が座っている中、通路側の端の席に荷物が…
39レス 1051HIT 匿名 ( 女性 ) -
レストランに赤ちゃんを連れてくるな
これってそんなおかしい主張なんでしょうか。 一昨日の夜にレストランに行った時の話です。料理も美味し…
16レス 539HIT 相談したいさん -
自分を苦しませる人
数年前に亡くなった彼女が夢に出て、 苦しめてきます。 今、自分に自信が無くなって、 女性と付き…
7レス 317HIT 恋愛好きさん (30代 男性 ) -
学校休むか休まないか…
高校生です 先日1年付き合った彼氏とお別れしました 今日は祝日で学校がありませんでしたが、明日か…
25レス 536HIT 学生さん (10代 女性 ) -
彼女になってほしいと思われるには
彼女にしたい、彼女になってほしい女性ってどんな人ですか? 異性に聞きましたが、家庭的で料理がで…
6レス 259HIT 匿名さん (30代 女性 ) - もっと見る