悲しい女
短編小説です…
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悦子「いつからなの?」
佐枝子「…夏ごろかな…前から私のことが気になってたらしくて…
夏の懇親会の時アドレス聞いてきたの……」
不倫相手の安西は50歳、既婚者
話しも面白く、包容力があり女子社員には人気があった
だが、まさか不倫する人だとは…
悦子はショックだった
…まして親友の佐枝子と
不倫がばれた佐枝子は、聞いて欲しくてしょうがない様子で
あけっぴろげに言い始めた
佐枝子「ずっとメールだけの付き合いだったんだけどね…
昨日は安西さん、仕事が残業で、誰もいないからおいでっ…会いたいって…そしたら、あんな事になって…
お互い気持ちがおさえられなくなってしまったの…
私も…好きで…嬉しくて、頭の中は安西さんの事でいっぱいになって…おかしくなりそう…」
誰かが言ってたが、不倫する人の頭の中には、チューリップやタンポポが咲いているらしい…その通りだと悦子は思った
会社へ戻り 午後の仕事が始まろうとしている頃
悦子と佐枝子はトイレにいた
佐枝子は手を洗い、化粧直しを始めた
ふと 二人の顔が鏡に映った
オシャレで顔形の整った佐枝子とは違って、悦子は地味で老け顔だった
結婚当初悦子の夫は
悦子は化粧なんかしなくても素顔がかわいい…
なんて言ってくれたのを良いことに、特別な時以外は化粧なんてした事もなかった
自分と佐枝子は会社では常に一緒に行動した
そして、懇親会や、誰かの歓送迎会でも、一緒に並んで座った
特別、悦子は安西を好きという訳じゃないし、佐枝子も安西の気を引くこともなかったように思う
なのに、安西は佐枝子を選んだ
佐枝子は男を惹きつける魅力的な恋する女…
自分は、母、妻
それだけの普通の女
悦子は同じ女として情けなくなってしまった
夜、悦子は洗い物を片付け、風呂から出てきた
旦那の正直は好きなお酒を飲んで
気持ち良さそうにソファーで寝ている…
その姿を見て悦子は思った
メタボのポッコリお腹に、薄くなった頭…
安西と正直は同じ年だが、安西はメタボではなく筋肉質で 営業マンらしく 背広姿はすっきりきまっていた
この違いは、自分と佐枝子との違いに似ているような気がして、
悦子は余計虚しくなった
正直は、名前の通り、ただまじめに人生を歩いてきた人…
悦子は、そこが良くて結婚した
だが今は、ただそれだけの人…と思えてしまう
気がつけば、正直との夜の生活もすでになくなって、二年…
佐枝子のようないい女が相手なら、正直も興奮するのだろうか?
正直が寒いのか体を丸めた
悦子「お父さん、風邪ひきますよ、布団いきますよ…」
旦那がしぶしぶ寝室へ行った
悦子は一人になると、久しぶりに顔のマッサージを始めた…
明日は久々に化粧をしてみようと思った
朝…久々の化粧は照れくさかった
ファンデーションを薄く伸ばし 頬紅も 口紅もやはり薄くした
正直は化粧に気づいているのか 悦子をチラッと見て
「行ってきま~す」と普通に出かけて行った
会社で佐枝子と目が合った 一瞬反応が気になった
佐枝子 「ちょっと悦子、かわいい~…でもどうしたのお化粧なんかして?」
どうしたの?お化粧なんか?
その一言は余計だとは思ったが
悦子 「あ~もう年だし、身だしなみだよアハハ」
笑ってごまかした
悦子は佐枝子に対して自分では気付かないが、対抗意識が芽生えていた
お昼また…ランチに行った
食事の最中でも、佐枝子の携帯のバイブはうなっていた
おそらく、安西からだろうか、佐枝子は、返すのに必死だ…
佐枝子の旦那はかなり前から単身赴任で大阪へ行ったきりだった
息子は、国家公務員、娘は、総合病院で看護士として働いていた…
それに比べて悦子の息子は…
県外で就職はしたもののなんだかんだで、今は契約社員
悦子は小さくため息をもらした
佐枝子は気づかない
悦子 「佐枝子~安西さんから?」
佐枝子 「そう、週末、温泉行くかもしれない…」
佐枝子は嬉しさを隠しきれない様子
白い歯が見えた
やめなよ、旦那さんにばれたらどうすんの?!
喉まででかかった言葉だが、悦子は飲み込んだ
野暮な事言って、僻んでると思われたくはなかった
週末になった
今頃、佐枝子は安西と旅行へ行ってるのだろうか?
悦子は気分転換に美容室へ行った
どういたしましょうか?
若い美容師が愛想良く聞いてきた
悦子「どうしようかな?こんなオバチャンだし、よくわからなくて…」
若い美容師は悦子の束ねた髪をほどいて…
「バッサリ切ったらどうです?!絶対似合いますよ!あと白髪も染めましょう!」
ショートはやったことはなかった
だが、佐枝子の不倫発覚以来、悦子は自分の何かを変えたかった
悦子 「お任せします…」
こっくり頭をさげた
しばらくして
悦子は、鏡を見ておどろいた
短くはなったが、頭のボリューム、両脇は薄く短い…
どこかの女子アナがこんなかんじだった
髪型でこんなに顔って違って見えるのか?
もう老け顔はどこにもない
「どうです?垢抜けたでしょう?」
悦子 「はい…とっても気に入りました」
悦子は子供のようにニッコリ笑った
家に帰って ソファーで 寝そべってテレビを見ている正直に
悦子 「ねえ…髪切ったのどう?」
正直はチラッと悦子を見て
「ああ…」と一言、それっきり正直はまたテレビを見始めた
悦子は鏡を見るのが楽しくなった
月曜日…化粧して 新しい髪型で出勤した
みんなの視線は悦子に釘付けだった
会う人会う人に
…悦子さんて美人ですよね~綺麗ですよね…
悦子は…美人・綺麗と言う言葉を久々きいた
素直に嬉しかったし、気持ちも明るくなった
そんなある昼のランチ
佐枝子 「悦っちゃん…まじ変わった」
悦子 「えへへ…」
佐枝子 「人生は一回きり、だから花を咲かせなきゃ~好きな人とかいないの?」
悦子「はぁ?なんでそっち行くかな~?」
佐枝子 「だってもうすぐ50だよ、このままなんにもなく老け込みたいわけ?…」
佐枝子は自信ありげにそう言い放った
悦子 「でも、不倫は嫌だよ…」
佐枝子 「今は不倫かもしれないけど、私は違う、本気だもの…やっと出会ったのよ、本当に好きな人に…」
またお花畑かい?
悦子は心の中で、あざ笑っていた
悦子 「だって離婚とかって?たいへんでしょう?」
佐枝子 「うちの旦那だってやってるよ…不倫…」
悦子 「ほんとに?」
佐枝子 「前大阪の旦那の部屋へ突然行ったことあったけど、赤い歯ブラシあったもん…単身長いから居たって不思議じゃないよ…」
悦子 「…」
佐枝子「悦っちゃんとこの旦那さんだって分からないよ…男だし…」
悦子 「アハハ、ないない!」
悦子は吹き出した
夜 相変わらず飲んで食べてソファーでいびきをかいて寝ている正直
ため息をつきながら、寝室へ押しやると
悦子はマッサージを始めた
そして 携帯の出会い系サイトをアクセスしてみた
初めての事でよくわからない
なかなか登録できないで 諦めかけた時
登録完了になった
年齢は48歳そのままで 名前は適当に変えた
30分もたたないうちにメールが2つまた一つ
20代30代40代
こんなオバチャンに20代の男性からも?
顔も見えない相手なのにドキドキした…
40代の関東に住む落ち着きのある男とやり取りが数回続いた
気がつくと 午前一時になって
慌てて、電気を消して寝室へ行った
朝起きて携帯を見ると、大量なメールに驚いた
登録を解約したいけどなかなかできない
正直が起きた気配に驚いて、携帯をバイブにしてエプロンのポケットに入れた…
まるで不倫しているみたいな変な気分だ…
会社の帰り、携帯ショップへ駆け込んだ
恥を忍んで、サイトの登録の取り消しをお願いした
恥ずかしかった
…私一体なにやってんだろ…
悦子は落ち込んだ
そんなある日曜日
電話がなった
悦子 「もしもし…」
有香 「有香です…」
佐枝子の娘だった
悦子 「えっ有香ちゃん…久しぶりね~…」
有香 「ちょっと母の事で相談が…あるのですが…」
人気のない静かな喫茶店で有香と待ち合わせた
有香は佐枝子と似て色白でかわいい子だった
挨拶もそこそこに有香はいきなり白い封筒を出した
有香 「これ、見て下さい」
数枚の写真を取り出し
裏返しにそっと悦子の前に出した
悦子は写真を見て慌てて伏せた…
どれも佐枝子と安西の二人が映っていた
ホテルへ入る二人
ホテルから出てくる二人
車の中での熱烈キスも…
そうか佐枝子、ばれたんだ いつまでも花なんか咲いてないよねぇ…
悦子は、内心いい気味だと思った
有香 「…うちの母が不倫をしてるんです、最近おかしいと思って私、興信所へ依頼したんです…そしたら…間違いないみたいで…」
悦子とは違って有香の必死さと深刻さが伝わってくる
有香「母はなんで不倫なんか、汚らしい!…なんにも知らないお父さんが可哀想!」
キレイな頬から涙が一筋流れた
可哀想に、誰にも言えず一人で苦しんできたのだろうか…
佐枝子の馬鹿!
娘がこんなに悲しんいるのに…
なにがたった一度の人生だ?!
悦子は腹が立った
悦子 「有香ちゃん、ごめん、私知ってたのよ…
おばちゃんだってお母さんに目をさまして欲しい…でも…人を好きになった気持ちって誰にも…どうにもならないみたいなのよ…」
有香 「好きになったら?なにをしてもいいんですか?!平気で自分の旦那を裏切れるんですか?!」
有香は、張り詰めていた心の糸が切れたみたいに興奮して唇は震えていた
悦子 「ね~あなたが知ってしまった事佐枝子には?…」
有香「まだ言ってません…私も夜勤とかあるし、母とはすれ違いが多いので…今日も朝から…いい年をして派手な格好で朝早く出かけました……。」
いい年をして派手な格好か…
なるほど有香の年代から見れば、私達がオシャレをして化粧すると、そういう風にみられるのか…
悦子は寂しい気持ちになった
有香 「私、父の所へ何度か行ったんです…でも忙しそうで、優しい父に母の不倫の事なんか、とても言いだせなくて…」
悦子 「お父さん真面目な方なのね…でも佐枝子がお父さんの部屋で…その…赤い歯ブラシがあったって…」
有香 「あっ?あの赤い歯ブラシですか?…あれは…去年、看護士仲間と大阪旅行した時、一晩父の部屋へ私だけ泊まったんです、私の置き忘れですよ…また来て欲しいから捨てられないって父が…」
なんだ 佐枝子の勘違いか…
悦子は佐枝子はつくづく馬鹿だと思った…
悦子 「なんか私にできる事あるかな?」
有香 「いえ、もういいんです…なんか話したらスッキリしました、そのうち母には…娘の私から話します、分かって貰えるまで…」
有香は深々と頭をさげると、喫茶店を出て行った
ところがその夜の事だった…
メールが届いた
佐枝子からだった
佐枝子↓
・とんでもないことになった・
佐枝子にしては、絵文字もなく、短い文章だった
悦子↓
・どうしたの?
5・6分して返事がきた
佐枝子↓
・娘が安西さんの自宅に行って、写真 ばらまいた・
悦子は、おどろいた!
有香ちゃんが安西さんの家に乗り込んだらしい!!
悦子↓
それで?どうなったの?どうするの?
返事はそれっきりなかった…
携帯へ電話をしても佐枝子は出なかった
朝、悦子は会社へ急いだ…
だが佐枝子の姿がない
安西はいた…普通だった 特に変わった様子もない
佐枝子は無断欠勤らしい
会社が終わると悦子は佐枝子の家へ向かった
インターホンを押したが…
音沙汰なし、ドアに手をかけると開いた
悦子 「佐枝子~佐枝子~いるの?上がるわよ~」
部屋の窓はカーテンをかけて薄暗い
佐枝子はソファーに寄りかかったまま、動いうごかない…
悦子「佐枝子!」
佐枝子「悦っちゃん~」
佐枝子は悦子にしがみついて泣き出した
化粧っ気もなく泣きはらしただろう佐枝子の顔には
いつもの華やかさなど微塵もない…
しばらく泣いていた佐枝子は、握りしめていた携帯を開いて
安西からの受信メールを悦子に見せた
安西↓
・別れたい、今までの事はなかった事にしてほしい、短い間だったけど楽しかったさようなら・
だった
佐枝子 「それで終わり、送信できないの、アドレス変えたみたい、電話しても拒否されてて…う、う、」
途中から涙声に変わった
佐枝子 「あんなに愛してるって一生放さないって…死ぬまで一緒って…」
佐枝子は号泣している
悦子は、なんて言葉をかけていいやらわからなかった
昨日、有香との話し合いがこじれたのだろうか?
有香はずいぶん思い切った事をした…
でも、不倫は、誰かが何かを壊さなきゃ 終わらないものなのだろう…
そう悦子は思った
悦子は、佐枝子の泣き顔を見ると、
哀れで悲しくなった…
今まで佐枝子が羨ましいと思った気持ちは
何処かへ消えていた…
悦子 「佐枝子!もう目をさましなよ!…安西さんは、佐枝子をそのときは愛していたかもしれないけど、結局家庭を壊したくないんだよ!
悦子も家庭大事にしなよ、いい旦那さんがいるじゃないの!」
佐枝子 「なに言ってんの?恋愛もしたことない、男と女の事…知りもしない、あんたに何がわかるの?!!…あの人は、奥さんにいいようにされてんのよ、あんなババァより私の方がいいに決まってるでしょう!…携帯も没収されたに違いない!あ~腹が立つ!!」
佐枝子は髪を振り乱して悦子の腕に掴みかかった
悦子 「…狂ってるよ…」
悦子は佐枝子の手を振り払い
佐枝子の家を後にした
次の日 佐枝子はいつも通りの華やかさで出勤してきた…
だが悦子には目も合わせない
悦子も無視をした…
昼間も悦子は会社の食堂にいた
佐枝子も外にはいかず、食堂の隅に一人で座っている
時より安西が通りかかると、佐枝子の安西を追う鋭い視線が気になったが…
悦子は、無関心を装っていた…
それから2、3日たった
それは、夕方だった
悦子は台所にいた
正直は風呂へ入っていた
悦子は、携帯のバイブに気づいた
佐枝子からだった
悦子 「もしもし…」
佐枝子「………」
悦子 「佐枝子?どうしたの?」
佐枝子 「やって…し…まった…」
佐枝子の異様さに悦子は嫌な予感がした…
佐枝子 「あの人を刺した…」
悦子 「どこ?!今どこ?!佐枝子!」
佐枝子 「彼の家…前…」
悦子は全身ガクガク震え出した
ジャンバーと車の鍵をとると
風呂の正直に
「用事が出来てでかけます」
そう言うと、正直の返事も聞かないまま…
悦子は玄関を抜け、車に飛び乗った
体の震えはずっと続いて、悦子はハンドルにしがみつきながら、やっと運転していた…
安西の家の近くまで来た時
すでに家の前には人だかりがあり
救急車、パトカーもいた
担架で運ばれる安西…
警察官に両脇をはさまれた佐枝子の姿が見えた
悦子「佐枝子!佐枝子!!佐枝子~」
どんなに大きい声を出しても佐枝子はうつむいたままパトカーに乗り込んだ
悦子は声をあげて泣きながら冷たいコンクリートに座り込んだ
そんな悦子の肩を抱えて立たせてくれた男がいた
悦子は泣きながら振り返ると
それは正直だった
悦子 「どうしてあなたここに…」
そういいながら悦子は正直に抱きついて、また大きな声をあげて泣き出した
正直 「帰ろう…」
悦子の車は近くの空き地に止めて
正直の車の助手席に悦子は乗った
正直はタバコに火をつけ
ふ~~と吐き出すと、悦子にポツリと言った
正直 「お前じゃなくて良かった…」
悦子「え?…」
正直 「浮気してたと思ってたよ…」
悦子 「まさか、私が?」
正直 「だって最近きれいになったし、携帯持ち歩くし…さっきだっていきなり飛び出して…男に会いに行くんだと思って…後をつけて来た…」
悦子はおどろいた
正直は悦子になどまるで感心がないと思っていた
悦子 「私になんか全然感心ないと思ってた…」
悦子は鼻水をすすりながら言った
正直 「自分の奥さんに感心が無いわけないだろう…キレイになったなんて…この年で恥ずかしくてそんな…言えないし……自惚れて浮気でもされたらな~」
悦子は正直の横顔を見た…
悦子の目から嬉しい涙が溢れ出し幾つ幾つも流れた
安西が声をかけたのが、もし…自分だったら、佐枝子は悦子だったかもしれない…
自分の馬鹿さ加減に呆れた…
悦子は心の中で何度も正直に詫びた
…ごめんなさい…
正直 「今度いつか旅行でも行くか?…」
「うん…」
悦子はそう、うなずいた
…完…
朝になったらしい…
カーテンの隙間から陽が漏れている
外から、車の通り過ぎて行く音が頻繁に聞こえる
ここはどこだろう
ノリのきいたシーツと枕カバー、その肌触り
ホテルのようだ
男が加奈の顔を覗きこんでいる
だが にぶい頭痛と、目を開けるとひどい吐き気がして…
加奈はまた目を閉じた
この状況はなんだろう
どうして自分はホテルなんかに…
まして、正人以外の男と…
ぼんやりした頭の中で記憶をたどってみた
昨日 恋人の正人と二人で焼き鳥の美味しい居酒屋に行った
そこを出て めずらしく、もう少し飲もうと正人が言うので、酒の苦手な加奈だったが、たまには付き合う事にした
ジュテームという、カウンターとボックスが2つだけの小さい飲み屋に入った
着物姿の愛想のいいママさんがカウンターの中にいて
「あら~正人さん、よくいらしたわね~さぁこっちへ」
正人と加奈はそのカウンターの椅子に腰掛けた
正人は、よくそこを会社の接待で使っていたらしく、ママさんとは馴染らしい
ママさんに加奈を紹介して、客のいない店内で三人は、話しをしながら静かに飲んでいた
そこに現れたのが森田だった
森田、そうだ!
さっき加奈の顔を覗き込んだ男
それは森田だった
でも、なぜ?
私はどうして森田とこんなホテルにいるのだろう
正人はどうしたのだろう?
そして加奈は自分が裸であることに気がついて血の気が引いた…
なんで! どうして!…
そして、残酷な記憶が鮮明に目をさました
ゆうべ加奈はかなり酔っていた
森田にここに連れ込まれて
このベッドに倒された
必死で抵抗したが、強いお酒でも飲まされたのか
力も入らず
森田のなすがままだった
加奈の体中を好きなようにもてあそび
加奈の体の上で森田の荒い息
ハァハァ…ハァハァ…
その息づかいのたび体は上下へ揺らされた
森田の、肉付きのいい脂ぎった頬と、口元の盛り上がったホクロ…
はっきりと蘇ってきた…
正人に知られたくない…
正人…ごめん
早くこんな所から出よう
我に返った加奈は半身を起こし 服を椅子から引っ張り取った
ヨロヨロしながら着始めた
森田は起き上がった加奈に気づき
森田「加奈ちゃん…怒ってるのか?…悪いことしたな……」
加奈はなにも聞きたくない
そう否定するように夢中で服を着ている
森田「加奈ちゃん…俺…一度だけ加奈ちゃんを抱いてみたかったんだよ…そんなに俺が嫌いか?…」
加奈「嫌いです!誰があんたなんか!…汚らわしい!!」」
加奈は吐き捨てるように言った
そして出口へ向かった
すると森田は
森田 「この事は正人も承知だ!…」
「え??」
加奈は一瞬意味がわからなかった
正人も承知?
なんの事?
耳を疑った…
加奈を呼び止めるための、口からでまかせだろう
そう思って、また歩き始めようとした時
森田が強い口調で言った
森田 「正人は自分の会社をつぶさない為に、やったんだ!」
加奈は固まってしまった
森田が近寄ってきて
森田 「まぁ聞け…」
加奈の肩を押して椅子へ座らせた
森田は、森田整備会社の社長 55歳
森田 「…正人の工場も、もう危ないよな~もちろん正人も頑張ってはいるが、俺のとこも不況の煽りで…」
正人は従業員20人足らずの、小さな板金工場の社長をしていた
父親が脳溢血で突然亡くなって、正人は東京から帰ってその後を継いだ
五年前の事だ
加奈も事務で三年前から働き…
二人が社内でつき合うようになってもう二年
正人は27歳
加奈は25歳
森田の会社は正人の会社の親会社だった
森田 「不景気でよぅ…俺のとこも苦しいんだよなぁ…子会社は正人んとこばっかじゃないし…みんな次々倒産して行くからな~…正人も辛かったんだよ
それでだいぶ前に正人に、加奈ちゃん抱かしてくれたら、おまえんとこは絶対見捨てない…なんていっちまって…なに、酒呑んだ上の冗談だったんだよ……正人、それを間にうけたんだろうな…なんたって従業員の生活がかかってっからよ…」
信じられない話しだった
森田に抱かれたのもショックだが
それ以上に正人の加奈に対する気持ちが信じられなかった
私は、正人にとってなんだったのだろう…
私はモノか?
情けなかった…
裏切られた…
涙も出なかった…
森田 「俺も大人気なさすぎた…昨日は完全に調子にのりすぎた…ごめん加奈ちゃん…」
森田は頭を下げた
送って行くという森田の言葉に返事もせず加奈はホテルを出て、歩き出した
一人になりたかった
タクシーを拾い
行き先を告げると
タクシーは動き出した
昨日、ママさんがカクテルを作ってくれた、ピンクや赤、紫…
みんなが
飲め💦飲め💦
飲まされた…
加奈が、お酒に弱い事を知っている正人まで、止めなかった…
そして、こっそり居なくなった正人…
あの三人はグル?!
酷い!酷すぎる!許せない!
耐えきれず加奈は声を上げて泣き出した
タクシーの運転手が驚いて
『どないしました?大丈夫ですかぁ?』
心配して声をかけたが
加奈は泣き続けた
そして加奈は涙をふくと、思いつめたように、運転手に言った
加奈「行き先を変えたいのですが……」
やがてタクシーが止まった
そこは正人のアパートだった
いつも幸せに満ちたりていた、正人の部屋のドアだった
だが、今日は怒りに震えながらチャイムを鳴らした
正人が出てきた
「あッ…か…加奈…」
加奈 「ふざけないでよ!馬鹿にしないで!!💢人をなんだと思ってるの!!」
加奈は思いっきり正人の頬を殴った
正人は土下座した
正人 「ごめん加奈……」
加奈 「なんで?!どうして…私がこんな目にあわなきゃないの?!」
正人は加奈の膝にすがりながら
正人 「許してくれよ!…ああでもしないと、この工場は…やっていけないんだ…分かってくれ加奈!」
加奈 「私の気持ちはどうでもいいの?!」
正人 「だから…謝るよ、お前のおかげで工場はもちなおした…さっき森田さんから電話があって…だから…これから加奈と結婚して、二人で工場やって行こう…」
加奈 「結婚?…」
そうだ…加奈は正人からのプロポーズを待ち望んでいた…
だが、人の気持ちを散々に傷つけておいて…
こんな時に、こんな形で結婚の話しなど聞きたくはなかった…
加奈の未来の幸せはボロボロに崩れて行く…
許せない!
加奈は台所へ行き
包丁を握って正人へ向かって行った
「あなたと森田とママは、グルなんでしょう?三人とも殺してやる!!」
おどろいた正人は狭い部屋の中を逃げ回った
正人「加奈!止めてくれ!!」
加奈 「私が殺人犯で逮捕されたら、洗いざらいぶちまけてやる!!あなたの工場も森田の会社もジュテームも、みんななくなってしまえばいい!!!」
加奈の怒りは止められない
正人は壁際に追い詰められた…
加奈は正人の顔を見た…
恐怖に怯え、頬に流れた涙の後が光っている…
これが、私の愛した人、一緒に幸せになるはずだった人
今でも、その腕の中に飛び込みたい、甘えたい…
だけど、この心の傷を抱えたまま、この人との未来はない
加奈は両手で握った包丁を一気に突き刺した!
正人 「あッーー!」
正人は目を固く閉じた…
だが、包丁は…壁に突き刺さった
加奈は、わざとはずした
正人は力が抜け、ヘタヘタ座り込んだ
加奈 「…くだらない…もう嫌だ……もういい…」
静かに言うと、加奈は涙をこらえて正人のアパートから出た
雨が激しく降り出している
情けなさと喪失感で力が抜けた
駐輪場の柱に寄りかかって、あたりかまわず声を上げて泣いた…
そんな時
涙と雨でずぶ濡れた加奈を誰かが、そっと傘に入れた
『大丈夫かぁ?様子がへんやったから、ちょっと待っとったんですわ、乗っておくれやす…』
さっきのタクシーの運転手だった
加奈は煩わしかったが…早く帰りたかった
見ず知らずの運転手に支えられて、タクシーに乗った
自分の部屋の近くで、タクシーから降りようとした時
加奈はよろけて、転んでしまった
タクシーの運転手が、駆け寄り
『ねぇちゃん、だいじょうぶか?』
そう言って加奈の肩に手をかけた時
加奈「やめて!」
一瞬森田の顔がよぎった
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