泥棒女猫(ネコ)
~~修羅場~~
周りにはそう見えたかも知れない。
でも、女は笑っていた…。
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離任式後、ホームルームがあると言われたけど、春ちゃんに気分が悪いから…と伝え帰る事にした。
今日は卒業した先輩もきてるし。
ホームルームには海斗もくるだろう…
校門を出ようとした時、校門の正面に黒塗りの怪しげな車がいた。
「…夏やんの…」
後ろのドアが開く。
優しそうな顔、穏やかな口調…
『神崎桃花さんかな』
「はい」
『うちの息子が近頃はお世話になっているみたいだね。ま、仲良くやってください』
「……はい……」
すごい存在感。圧倒されてしまった。
家に帰り着いた。
親は今日は2人共仕事だし、誰もいない。
「頭痛い…」
薬箱をあさって、頭痛薬を探し出した時に携帯が鳴った。電話の着メロ。
「春ちゃんかな…」
電話は滅多に鳴らない、メール専用携帯なのに…。
ディスプレイには
《♪着信♪夏木海斗》
「夏やん!?…もしもし!」
『声デカ!』
「あっごめん…」
『教室いなかったから…加藤に聞いたら帰ったって言うから。』
「うん…頭痛くて…」
『大丈夫か?薬あるか?』
「今探してるとこだったよ」
何だろう…声聞いたら痛いのとれた気がした。
いや…やっぱり痛い。
お父さんによろしくされた事を言うべきか迷ったけど、黙っておいた。
ただ、あのよろしく…は、『君と仲良くしてるうちは、女関係も落ち着いて、こちらも楽だよ』
と言う意味を含んでいた…って話しはだいぶ後にしる事になる。
『桃、俺…もう教師じゃないよ』
「うん、あ…何で辞め………」
『?どうした?』
「今日会えない?」
『いいよ。送別会断ったから。まだ学校だから、後でまた連絡入れるよ』
「…うん…」
いろいろ聞きたい事がある。紙に書き出しておこう…。
【終わったぞ⤴家に迎えに行こうか?】
海斗からメールがきた。
【お願いしまぁす❤】
と、返事を返した。
服装とか気にした事なかった。髪型は?肌は荒れてない?
学校からここまで約15分…とりあえず髪型は諦めた。
肌もそこそこ調子がいい。服…これも…夏やんが見た事ない服ならいいか!
程なくして海斗到着。
『お、今日は一段と可愛いな』
と、嬉しそうに笑う。
『とりあえず飯でも行くか。少し離れた所に行こうな。ゆっくり話したいし』
「お任せします♪」
こういう時、どこに行こうか…と頭をかかえる男はつまらんな…と思うが、行き先を決めてリードしてくれる男はいい。
車内では、日常の他愛ない会話をした。畏まった話しは後で…。
海に近い裏道の細い通りに、少し小洒落た和の造りの創作料理店があった。
中は完全個室。と、言っても、テーブルに椅子があり、そのテーブルの幅に合わせて廊下との間に扉がある…って感じなので、広い訳ではないかな…。
「…で?」
お任せランチなるものを2つ頼んで、畏まった話しを始めた…つもり。
『はっ!?』
だよね。急すぎました。
「何で辞めるの?」
『あぁ、親父が長くないんだと』
ペロッとね…。
「ふ~ん…」
沈黙…
『たった1年だったけど、反抗はしたしな。いい事もあったし』
「そっか。よかったね」
コンコン…
『失礼いたします。ランチお待たせいたしました』
ナイスタイミング。
「おいしそ♪」
『ま、食え』
「いただき♪」
『ます。』
「…ます♪♪」
やばっ!うまい…
「ここ、よく来るの?」
『親父に連れてきてもらったな。親父は女口説く時に連れ込むみたいだな(笑)』
「夏やんも使った?」
『いや、連れ込みたい程惚れた女はいないからな』
「ふぅん。美味しいね。私は安全パイだからいいね」
ふふふ…
『始めてだよ』
「ん?」
『惚れた』
食べ終わってからにして欲しかった…
味がよくわからなくなった。
「私…?私に!?」
『そう』
「え…」
好きだと気付いた日に、好きな人から告白され…
ん?
今まで平然を装っていた海斗が…真っ赤になっている。
時間差で照れている。
…可愛い……。
目の前に、大好きな卵焼き…
「とりあえず食べるべ」
『だな』
海斗が目を合わせなくなった。
…可愛い……
ふふふ…
成る程。《ふふふ》は好きな人に向ける、愛おしさを含む笑い方なんだな。
『返事は…急がないし、なんならさ…くれなくてもいいよ』
「んぉ?」
デザートの抹茶プリンを食べながら海斗がそう言った。
『しばらくは地元にいるんだ。けど、いっときしたら全国回ったりしなきゃいけないみたいだし…ただ、その前に気持ちだけ言いたくてさ』
「…知ってる?」
『何を?』
私は携帯電話を出した。
「今はこんな便利な物があります」
私はふふふ…と笑った。
『そうだな。…え、じゃあ…!!』
ちょっと声がデカイ💦個室の意味が…泣
晴れて恋人同士…けど、海斗も意外な事に手を出してこない。
あの告白の日から1ヶ月。私ももう高校3年生…。
進路は就職と決めている。
海斗はマメで、しょっちゅうメールをくれるし、たまに学校にも迎えに来る。
『すんごい好きなんだね』
春ちゃんが言う。
確かにもう教師じゃないけど…他に生徒がいる時は…嬉しい❤…いやいや💦人の目が痛い…
車に乗って出発すると、嫌でも荻野先生の事故現場を通る。
私は努めて現場を見ないように、海斗の方を見て話した。
海斗はたぶん気付いているだろうな…あえて口には出さないけど。
「ねぇ夏やん…」
『な、そろそろ夏やんはやめない?名前で呼んで』
「!!な…夏木さん?」
『そっちかよ』
海斗爆笑。
「………かいと………」
『そそ』
ちなみに今日はどこに行くんだろう。
海斗は色んな所に連れて行ってくれる。
親にも挨拶した。
お父さんは『まだ高校生ですよ』と、少し反対したけど、海斗の熱意…?に押された。
『大事にします』
大事に…勉強もよく教えてくれる。
お母さんは元々海斗が好きだったので、大賛成だったが、あの有名政治家の息子だとは知らなかった。
そこに少し不安を感じたようだった。
少しくらい帰るのが遅くなっても平気だけど、普段は必ず7時までには送り届けてくれる。
お父さんより後に帰る事はまずない。
海斗はキスもあまりしない。
もしかしたら、どこぞで性欲発散させてるかも…
と、思う事はあるけど、そこは聞かない。
3日間、地元を離れると言う。父親について挨拶回りをするのだと。
初めて3日もいない…。
が…いつも以上のメール。学校が終わってからは電話。
そう…浮気なんてしている暇はないだろうと思うほど、毎日毎日メールをしている。
『お前が浮気したらいかんからな』
ちなみに…浮気なんてする暇ないだろう人に付き合ってメールしている私にだってそんな暇はない。
3日間は月曜日からだったので、特に難無く過ぎた。
しかし…祝日だった木曜日…海斗は大量のお土産持参で我が家へきた。
1番多かったのはお酒の肴。海が近い旅館だったらしく、海産物が多かった。
お父さん大喜び。
『今度は休み前に泊まりにくるといい。一緒に飲もう』
お父さん…海斗は酒豪らしいよ…
この3日間…これがなければ…私は海斗と一緒になっていたかも知れない。
…なくてもなれなかったかも知れないけど…どっちにしても、この3日間のせいで、私と海斗の歯車は合わなくなっていった。
もう少し先の話しですけどね。
お父さんと海斗はとても仲良くなった。
海斗は時々我が家に泊まるけど、私の部屋に寝る事はない。
まぁ、夜遅くまでお父さんと語り明かして、寝るのはお母さんが起きる頃みたいだから当たり前だけど。
海斗は年齢の割には落ち着いている。
私と大差ないのに…とても大人に感じる。
最近は、ちょこちょこ父親に着いて回る事が増えてきて、会えない事も多くなった。
けど…相変わらずなメールと電話攻撃に安心させられた。
まずは…
海斗の父親が、とうとう入院しなくてはならないほど、病気が悪化してしまった。
これにより、海斗の立場がグンッと上に上がっていく。
会えない事が、さらに以前より多くなった。
メールはマメにくれるけど…途中で途切れる事が多い。
寝てしまうらしい。
疲れているんだろうな…。
忙しい中、会う約束をしていた日に、急用が入ったからと、珍しく向こうから謝りの電話がきた。
そう…後に私と修羅場を繰り広げる、あの女の登場だった。
でも、あの頃の私はまだ知らない。
「仕方ないよ」
と、努めて明るく言うのがやっとだった。
海斗は嘘をつかない。
次の日、埋め合わせに…と『ランチだけしか無理だけど』
と、時間を作ってくれた。
告白されたあのお店に行く事にした。
あのお店は…私のビックリ箱。
いつもビックリする話しを聞かされる。
ちなみに父親が倒れたと電話があったのもあの店にいる時だった。
相変わらず、ランチを2つ頼んで、他愛ない話しをしていた。
そして、とても言いづらそうに、私の名を呼んで話し始めた。
『昨日は親父と、急な接待だったんだ』
「お父さん、大丈夫だったの?」
『半日だけ無理言って外出許可をもらったらしい…』
「そうなんだ」
『で…な…初めて親父に着いて3日間K県に行っただろ?あの時に会った安東さんが来たんだ。親父の見舞いも兼ねてね』
「……うん……」
安東さんは大物政治家だ。そんな人が…何で…
『……娘さんがいてね。昨日も一緒に来てたんだけどさ………』
「……………」
『……………』
コンコン
『失礼致します。お料理お持ち致しました。ごゆっくりどうぞ』
今日も一段と美味しそうな料理が並ぶ。
「食べてからにしよ。たぶん…ご飯が食べられなくなりそうな話しっぽいから」
『ん…だな…』
すでに味はあまりわからない。
「美味しいね」
とか言いながら食べてるものの…話しの続きを勝手に想像した。
~想像その1~
昨日は夜もメールがなかった。もしやその女と…
惚れちまったよ…ごめんな…みたいな。
~想像その2~
安東さんが海斗を気に入って、娘の旦那にしちゃおう大作戦…的な?
~想像その3~
逆に娘が海斗を気に入って、『お父さん、私海斗さんと結婚したいわ❤』『よしよし、可愛い娘の為だ。お父さんに任せなさい』な流れ…?
~妄想…いや、想像その4~
更に言っちゃうと、海斗が安東さんの娘を気に入って😱😱😱…ないな。それならこっちから出向くか。
妄想は却下…
はぁぁぁぁぁぁ…
疲れた…。
「安東さんは親父の党の重鎮なんだ。親父………」
しばらく間があく。
「親父、お袋との結婚は失敗だと思ってるんだ」
海斗のお母さんは大きな企業の社長令嬢だが、政治的なコネクションがあまりなかった。
海斗のお父さんは、政治家になる野望を当時はそんなに全面に出しておらず、どちらかと言えば逆玉チックな結婚だったそうだ。
しかし、いざ政治家になる時には苦労したらしく…海斗にはそんな思いはさせたくない…と。
「でも…」
『大丈夫だよ。安東さん達は帰ったよ』
「……でも……」
私の家には政治力がないのはわかりきっている…。
安東さんの娘と結婚したら、間違いなく先は安泰だろう。
『好きでもない女と一緒になるくらいなら、政治家なんてならなくていいよ』
海斗は…まだ自分の置かれている状況がわかっていなかった…。
当然私も…ただ海斗の言葉に一喜一憂して…。
『また連絡するよ』
そう言って海斗は帰った。
その日…海斗のお父さんの秘書さんから電話があった。
両親と一緒に病院に来て欲しいと。
…テレビドラマ!よくあるやつ…苦笑……
海斗には…黙っておいた。口止めはされてないけど…言うべきではない気がした。ドラマっぽいし✨
~~病室~~
『すいませんね、こんな所まで…はじめまして、夏木雄一です』
知ってますよ。知っていますとも。
『こちらこそ。娘がいつも海斗さんにお世話になってます。挨拶にも伺わずに…』
父が…ド緊張で返事を返す。母も頭を下げるのが精一杯。
『今日はお話がありまして、お越しいただきました』
「…安東さんのお話ですよね?」
『海斗に聞いたのかな?』
「はい」
『隠し事がないんだね』
「はい」
『林くん』
秘書を呼んだ。
林さん…と呼ばれた秘書さんは、手に黒いバックを持ち出し、海斗のお父さんに渡した。
『息子に…私のような苦労はさせたくないんだ』
「海斗さんは断ったんですよね?」
『あぁ…付き合っている女性がいますとはっきり言い放ってしまったよ』
父と母は話しが見えなくて顔を見合わせている。
「安東徳行さんの娘さんが、海斗を気に入ったんだって」
ぶっきらぼうに両親に告げた。
母は大きく息を吸い、口を両手で押さえ…目が点になっていた。
…そりゃ驚くわな…。
しかし父は違った。
『それで。娘を呼び出して何のお話でしょうか』
少し…声を荒げて夏木雄一に尋ねた。
ドラマではここでお金とかポンと出されて、手切れ金です…とかくる。
このドラマは果たして…
『私も親でね…娘もいる。あなたの気持ちはよくわかる。海斗の気持ちも尊重してやりたい』
夏木雄一はそう言った。
『桃花ちゃん。キミは海斗を押し上げられるかな?』
…無理です。
そう私が言う前に父が口を開いた。
『つまり、娘に別れろとおっしゃりたいんですね?娘から海斗くんに別れを切り出せ…と』
父は声を震わせている。
怒っている…。
『…申し訳ない。しかし、そういう事です。強要はしません。お願いです』
夏木雄一の目は真っ直ぐこちらを見ている。
―コンコン―
病室のドアを叩く音が聞こえた。
『どうぞ』
夏木雄一は招き入れる。
そこに現れたのは海斗だった。
こんな時間に来るのは珍しいのだろう。夏木雄一は驚いた顔をしていた。
『あれ、桃?に…お父さん達まで…??』
海斗は頭がいいし、回転も早い。何かを察したのだろう。
『親父っ!!』
そこに林さんが止めに入る。
『あなたの為ですよ!』
『俺の為?だったらまずは林さんが出馬(で)ればいいじゃねぇか!あんた狙ってたろ?親父の推薦で上がれたらいいって!』
そう。林さんにとって、夏木雄一が病気になって海斗が後釜で名乗りを上げられたのは予定外だった。
先に自分が政界に入るつもりだったのだ…。
『先生が選んだのなら、私に選択権はないんだよ。海斗くん。キミだって先生をずっと見てきただろう!?』
ラチがあかなそうなので…帰る事にしよう。
「あの…帰って…考えます」
『っ…!!親父!別れろって言うなら俺は政治家なんてならない…』
『甘えるなっ!』
海斗の言葉を遮るように、あの穏やかな夏木雄一が突然怒鳴った。
『お前にはお前の道があるかも知れん。しかし、お前はそれでも教師を辞めて、こっちの道を選んだんじゃないのか!!』
『だからって嫁まで親父に選ぶ権利があるか!?』
母は今にも泣きそうになっていた。父は海斗親子の会話を聞きながら、黙って何かを考えていた。
私は………
派手な親子喧嘩。
お互いがネタ切れになるまで続いた。
林さんは私達に椅子に座るように促してくれた。
好意に甘えさせてもらった。
家ではよくある事なんだろうな…林さんはこんなに激しい喧嘩を見ても、慌てる様子もない。
『とにかく。俺は別れないからな。シオリさんとも結婚はしない』
敵は、シオリさんって言う名前なんだ…。
海斗がグルッとこちらを振り向き父と母に深々と頭を下げた。
『うちの親父が失礼しました』
『いや…お父さんは海斗くんの事を思えばこそ…それはわかったよ』
父は…父親同士、何か通じるものがあったのだろう。
『お母さんも…すいませんでした』
母は首を横に軽く振った。
海斗が私を見た。
『桃…』
私は正直、何が何だか…な状態だった。
『桃花?』
「ん。」
海斗が私の肩を掴んで、私の目線の高さに自分もしゃがんだ。
『明日、デートしよう。今日は遅いから、もう帰ってゆっくりして』
優しく笑う。
その顔を見たら、何故か涙が溢れ出して止まらなかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
そう言いながらどうにかして涙を止めようとしたけど……
弱い女だなんて思われたくない。
両頬をパンッと叩き、唇をきつく結んだ。
涙はまだ流れるけど、気持ちは落ち着いた。
『私の妻もよく泣く女でね…今のキミのように強がる素振りなんか見せた事もない…キミは……キミなら大丈夫かな…』
夏木雄一はそう言った。
意味はわからなかった。
『今日は本当に申し訳ありませんでした。桃花ちゃんも、ご両親も…本当に…』
少しふらつきながら、立ち上がり、夏木雄一は頭を下げた。
『お体の具合はどうなんですか?』
父が尋ねた。
『もう…悪あがきな状態でしてね。海斗はまだ年が足りない。私の下でいろんな経験をさせてやりたかったんですがね…』
ハハハと笑いながら夏木雄一は言った。
『お母さん、大事な娘さんを傷つけてしまいましたね…大丈夫ですか』
夏木雄一の問い掛けに
『大丈夫です。私、夏木さんのファンですから!』
今言うトコじゃない!
でも、その言葉で少し場が和んだ。
『芳枝っ!』
父が恥ずかしそうに母を叱る。
『ハハハ。ありがとうございます。まだまだ頑張らないといけませんね。こんな所で寝てる場合じゃないな。……林くん。紙袋を取ってくれるか』
『失礼な話し…相手が高校生のお嬢さんだと知って、海斗が本気だとは思ってなかったんです』
そう言って紙袋から何かを取り出した。
『手ぶらでは申し訳ないので…お見舞いに来ていただいた方用なんですが…』
と、取り出したのは有名ブランドのティーセット。
うん十万円はするだろう代物…
『こんな立派な……』
もの頂けません。
と言おうとした父を遮って『貰ってください。』
と、夏木雄一。
相変わらずな存在感。
この場合は威圧感…かな。
それから、ティーセットを割らないように母はしっかりバランスを取りながら、父は小さな段差でも母を気遣い…
家に帰ったらヘトヘトになっていた。
『夏木さん…いい人だな』
父がそう言うと、母が笑いながら返事をした。
『あら。お父さんの方が素敵ですよ』
…バカップルめ。ご馳走さま。
『桃も疲れただろ』
「大丈夫。……お父さん……ありがとう」
私は心からそう思った。
本当に父はかっこよかった。私のヒーロー✨
『可愛い娘の為だ』
海斗のお母さんは天然だ。可愛らしい…と言うのがピッタリで、裁縫が得意で、よく色んな物を作ってくれた。
初めて会った時も、気さくでとても人懐っこい笑顔で、嬉しそうに私の回りをグルグルと…仔犬のようだった。
『カイちゃんが女の子連れてきたの初めてね💓』
私の両手をギュッと握り、とびきり極上スマイルだった。
夏木雄一は…間違いなく海斗の父親だ…。聞けば年は10以上離れているらしい。女好きは血統か…笑
政治家先生の家にしては、そんなに大きくないらしい。が、私の家よりははるかにでかい。
お手伝いさんは1人いるけど、海斗の母親は殆ど家事をこなすので、お手伝いさんはお母さんの《お茶友達》が仕事らしい。
海斗の部屋は、母屋から廊下で繋がった離れにあった。外観は和風なのに、中は思い切り洋風だった。
『ま、大丈夫なのは見た目だろ』
そんな適当な感じも好きだ。笑
『んもぅ、彼女連れてくるなら言ってくれなきゃ、何もないじゃない。今からお菓子焼くから、1時間待っててね』
そう言って、コーヒーだけ用意してくれた。
『何もいらんよ』
『カイちゃん!お母さんに恥をかかせないでね』
『あぁ、ハイハイ…』
なかなか扱いの難しい人らしい。
海斗の部屋は意外と小綺麗で、物があまりない。
座ってキョロキョロしていたら
『見て回っていいよ』
と笑われた。
部屋を見ている途中で、ふと昨日の事を思い出した。
「海斗…嘘ついたね」
『嘘?』
「安東さんに…付き合ってる人がいるって断ったって、お父さんが言ってた」
『あぁ』
少し照れてはにかむ。
座っている海斗の足元にしゃがみ込み、海斗の顔を覗き込む。
「ありがとう」
『桃…』
そういうと…ムラムラした海斗は……笑
滅多にキスもしないのに、ここぞとばかりにキス、キス、キス。
時間を見ていたかのようなお母さん登場。
お母さんも海斗も、慌てる事なく…
『ごゆっくりね』
と、お母さんは去っていった。
この状況でごゆっくりとか言うか…
私は過去に1人しか経験がない。
しかも、初体験で1度切り…。
「責任取って」
なんて面倒臭い事言わないのに、処女だとわかったら連絡が取れなくなった。
そして今…この状況…
ド緊張で心臓やら動脈やら体中が脈打ちまくり。
『桃……いい…?』
声も出せずに頷くのみ。
こうして…海斗と初めて結ばれた。
1度すると、男は付け上がる…と聞いた事があるけど、海斗はそうではなかった。
キスの数は断然増えたけど…。
そんな中…海斗のお父さんが亡くなった。
まだ55歳という若さだった…。
お通夜に行って、いろいろお手伝いをした。
ただの彼女だから、でしゃばらないように気をつけた。
フロアの方が急に騒がしくなった。
覗いて見たら…
“安東徳行”その人だった。あちこちから偉い人達が来る中、異様な空気を醸し出している。
その後ろに…安東の妻らしき女性と、“息子”と紹介されている男性。
そして…お通夜には少し不具合な格好で登場した女性。
彼女が“シオリ”。
安東汐璃…。
海斗より年上に感じた。
安東一族の気配に気付き、海斗のお母さんが海斗を呼ぶ。
『安東さん。わざわざこんな所まで、ありがとうございます』
海斗が深々と頭を下げる。
『何を言うんだ、海斗くん。ご愁傷様だったね。雄一の分まで頑張るんだぞ。いくらでも力になるからな』
少し…上から目線の嫌な奴だと感じた。
父親を押し退け、汐璃が顔を出した。
『海斗さん。この度は…何て言ったらいいのか…』
泣き出した。
『汐璃さん。ありがとうございます。大丈夫ですよ。わざわざすいません』
とか言いながら、『泣くなよ、面倒臭い』と思ってるのは間違いない。笑
私は奥の間に下がって、お客様用のお茶汲みを手伝っていた。あらかたお客様がいなくなった頃に、海斗のお父さんの妹さんが近づいてきた。
『遅くなるから帰っていいよ。ありがとうね。助かったわ』
お父さんにそっくりな笑顔を向けられた。
その顔を見たら涙が出てきてしまった。
妹さんビックリ。
『どうしたの??』
『すいません…お父さんにそっくりで…つい…』
妹さん、少し安心したようで、『よく言われるの』と笑っていた。
妹さんはギュッと抱きしめてくれた。
『海斗はいい子を見つけたね~』
アハハ、と笑う感じは…お母さんにも似ていた。
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