泥棒女猫(ネコ)
~~修羅場~~
周りにはそう見えたかも知れない。
でも、女は笑っていた…。
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私は今、新しい生命をお腹に宿しているところです。
もうすぐ産まれる✨✨
女の子なら、汐璃って名前にしようかと話したら、お母さんと父に猛反対されました(笑💧)
大きな山と大きな谷。
幾度かの修羅場をくぐり抜けて、今幸せに生きています。
愛のカタチは様々。
何より、愛にカタチなんてあるのかしら…。
海斗の変わらない愛に感謝。お母さんの優しさに感謝。父の懐のデカさに感謝!(笑)
これを読んでくださった皆さまに感謝😆
そして…私を選んでくれた、この子に感謝💕
~完~
父も夏木家で一緒に暮らそう…と言う話しになったけど、母との思い出のある家だから、死ぬまで住むんだと笑っていた。
そんな父が、大好き!
って…夏木家と神崎家は…車で10分くらいしか、かからない距離…😅
生活圏がお互いに、お互いの家と逆方向だっただけで…目と鼻の先ってやつ(笑)
海斗はまた教師になった。コネクションはたくさんある(笑)
人脈と人徳だ…と言うが、どうなんだか
お母さんも元気。相変わらず、由香子さんと毎日楽しそうにしている。
父は定年を迎えた。
今は契約社員として、のらりくらりな毎日を満喫している。
夜になるとしょっちゅうお母さんとお酒を飲んでいる。
戸籍に“×”のある自分が、私をもらえるはずがない…と。
私の父は結婚了承済みだったけど、海斗は拒んだ。
『海斗くん、事情はわかってるつもりだよ。君の気持ちもありがたい。けど…娘が君がいいと言うんだ。私だって、君が息子になってくれるのはとても嬉しい事だよ』
海斗の説得が1番疲れたかも知れない。
もしかしたら、もう嫌われてしまったのかも…と不安にさえなった。
海斗の気持ちを決めたのは、私の言葉。
「結婚しなくてもいいから、ずっと一緒にいよう」
何気ない、当たり前の気持ち。
押し付ける事もない、素直な気持ち。
それで海斗は決めてくれた。
私がプロポーズしたようなもんだ(笑)
誰が探偵の妻にたきつけたのかはわからない…もしかしたら、妻自体が浮気を疑っていたのかも知れないけど、タイミングが良すぎる気がする。
探偵の妻への慰謝料は安東が払った。口止め料も含んでいたらしく、かなりの額を払ったらしい。
それから汐璃からの連絡はなかった。
安東も、海斗を見限ったのか、恥ずかしくて…なのかはわからないけど、一切何も言ってこなかった。
ここからは、人づての話しになりますが…
事態は思わぬ方に傾いて…汐璃との関係に気付いた探偵の妻が出て来て、娘の不貞を知った安東が汐璃を連れて帰り、話し合いの場を持つこともなく、郵送されてきた離婚届けを役場に提出する運びとなったらしい。
海斗が安東家を訪ねた日から、1ヶ月と経たない話しだった。
『偶然かも知れないけどさ…わざわざ選ばないだろ……』
「汐璃さん…どうするんだろ……」
『とりあえず話し合って決めるよ』
「そうだね……海斗…電話ありがとう」
『うん。遅くにごめんな』
海斗は…きっと私の気持ちに気付いた。
決着がつくまでは…私は連絡しないと決めた事。
次の日の朝メールがきていた。
【今からそっちに帰るよ。また終わったら連絡する】
「汐璃さん…海斗を好きだったのかな……」
『安東さんが選んだ俺が好きだったんだよ』
結果的にはそうなんだろうけど…
『おかしいって気づいたのはさ…探偵の名前聞いた時だよ』
「名前?」
『サエキ ノリユキって名前だったんだよね』
「!!ノリユキ!?」
安東と同じ名前……
そんなにまで父親を想ってた!?父親の為に結婚して、父親と同じ名前の男に体を許し、父親の為に海斗に縋り続ける……
言葉は悪いかもしれないけど、異常としか言いようがない…。
1時間ほどしてから電話がきた。
『ごめんね』
「うん。どうだった?」
『ん~何から話そう…』
「とりあえず結果は?」
『とりあえず…離婚は汐璃さんとよく話し合ってくれってさ。俺が教師に戻るのを汐璃さんが納得して、それでも一緒に居ると言うなら面倒見てくれって』
「そっか…うん…それがいいよ。夫婦だもん…」
100%本心ではない。けど、本当にそう思う自分もいる。
『俺は…さ……汐璃さんの為には別れるべきだと思うんだ』
海斗もそう。100%本心ではない。けど、そう思う気持ちもあるんだと思う。
夜になって電話がきた。
『今大丈夫?』
「いいけど、家には電話したの?」
『まだ』
「家が先でしょ。お母さん心配してるだろうし、汐璃さんだって落ち着かないはずだよ」
『わかった。とにかく…声聞きたくて…』
「待ってるから」
『はいよ』
道理に背いてはいけない…そう思ったから。
本当は嬉しかったけど、私はまだ1番に話せる身分じゃない。
海斗から朝一で
【いってきます】
メールがきていた。
結局、1人で行ったらしい。
何を話しに行ったのか…それは今でもわからない。
私もあえて聞かない。
それは、海斗と汐璃、安東家の話しだから。
昼前に
【もうすぐ安東さんの家に着く…緊張してきた…💦】
【喰われるかもよ…】
【それは大変だな😄ありがとう】
【頑張れ】
それからメールが途切れた。
海斗に対する愛情が揺らいだ訳ではない。
“愛”と言うもの自体が不安になった。
あんなに海斗を愛していると思ってたのに…海斗を通して父親を見ていた?
その為にあんなにも周りを巻き込んで……
『明日、安東さんに会ってくる』
「うん……」
『桃…泣くな……』
「うん…」
必死に涙を止めた。涙を止めるのと同時に息も止めていた。
苦しい……💦
「プハッ」
『馬鹿💦💦何やってんだ💦💦』
ふふふ…久しぶりに笑いが込み上げた。
「いってらっしゃい」
海斗はものすごく抱きしめたかったらしい…
でも私は、振り向かずにまっすぐ帰った。
明日は我が身だ💡
玄関で靴を履いていると、海斗が追いかけてきた。
『桃花』
「何か…あれだね。イロイロ…難しいね」
涙が溢れてきた。
私が…好きで好きで諦めた想いは何だったんだろう。痛い、痛いと削った気持ちは…。
水をかけられても、叩かれても…変わらなかった気持ちが初めて揺れた…。
『とにかく、離婚の話しは待ってください。一緒に安東さんに会いに行きましょう…』
『嫌だってば!お父さんに嫌われてしまう!こんな体だし…行きたくないっ!』
『じゃあ、俺1人で行ってきます』
『やめて…やめて…やめてっ!!』
汐璃はうずくまって、耳を塞ぐ。
私はいたたまれなくなった。
汐璃は…海斗に父親を重ねていただけだったのか…。海斗自身を愛していた訳ではなかったのか……。
「私…帰ります…」
誰に…ともなくそう言って部屋を出た。
『汐璃さん…あなたの人生はあなたのモノですよ?どうしてお父さんの犠牲になるんですか?』
『父は絶対なの!あなたは父が認めた人だから…父が後継者にしてみたいって言った人だから結婚したのにっ!』
結局、汐璃は…安東のコマにすぎなかった。
自ら進んでコマになったとは言え……
父親が認めた男だから惚れたのだろうか…そこは定かではなかったけど、とにかく汐璃は納得しなかった。
『汐璃さん…俺………』
海斗が覚悟を決めたように話しだした。
『俺、教師に戻るつもりなんです』
皆初耳だった。
もちろんお母さんすら知らなかった。
『どうして…父はあなたを信じてるのよ!?あなたの将来をっ!あなたは立派に父の後を継げるって…』
汐璃は海斗に縋り付く。
『お願い、やめて!そんな事絶対に許さない!じゃなきゃ私が残る意味がないじゃない!!』
『やっぱり…』
汐璃がハッとした。
『遅かったね』
「さすがに途中から混んでたからね」
『そっか。ご飯は?』
「まだだよ」
『この後、林さん達と祝賀会なんだ。一緒に行くだろ?』
「もちろん。あなたの妻ですからね、海斗」
『にしても、やっぱり林さんが出馬(で)てよかったな~俺なら落選だ(笑)』
「奥さんも嬉しそうね」
『汐璃さん。あなたは何故俺と結婚したんですか?』
『それは、海斗さんが好きだったから…』
汐璃は困ったように答える。
『では、何故離婚を?』
『それは…私が…他の男性と…………』
汐璃は下を向く。
『汐璃さん…俺………』
結局、話し合いで離婚はしない事になった。
「汐璃さん。私も結婚はそんなに軽々しくはできません」
『ほぉら。聞いた?海斗さん。これが桃花さんの本音よ。あなたを愛しているフリをして、いざとなったら結婚はできませんって』
汐璃は海斗に叩きつけるように言った。
『汐璃さん。俺もあなたと離婚したから、すぐに桃花と結婚とは考えませんよ』
汐璃の動きが止まった。
『愛し合ってるんでしょ?一緒になればいいじゃない。別れてあげるって言ってるのに…』
私は海斗を見た。
海斗もこちらを見て、汐璃に向き直した。
例えば、汐璃の言うような生活をしたとして…
汐璃の立場は何になる?
私はお母さんともうまくやっていける。海斗とも愛し合っていけるだろう。
汐璃さんに対して、どう接すればいい?
…それが狙い?
汐璃がいる事での、ぎこちない夫婦関係。ぎこちない嫁姑。ぎこちない生活。
結局は破綻…なんて…
考え過ぎかな。
『とりあえず、離婚も結婚も、ちゃんと話そう』
海斗が切り出した。
汐璃はわんわん泣いて話しにならない。
いっとき経って落ち着いてから汐璃が言い出した。
『みんなが幸せなんだもの!いいじゃない!私はどうしていつも邪魔者扱いなの!?』
その前に…常識的にどうなんだろう…とは考えないのだろうか。
汐璃の気持ちはわからなくはないけど…。
『私は、夏木の家に嫁いで来て、義理の母から自主的に何かを教えてもらった事はありません。自分で見て、盗み、主人に聞き、それでもわからない事は初めて母に聞きました』
海斗は黙って聞いている。お母さんはバツイチだったので、義母に嫌われないように…と必死だったらしい。
『教えてくれれば…教えてくれればよかったじゃないですか!私はわかりませんでした。海斗さんだって何も言ってくれなかったし……』
『嫁としての心得は、自分の母親から学ぶものです。誰かに教えてもらう事ではありません』
『それでも私は、海斗さんと離れたくないんです!』
私は…いない方がいいんじゃないか…?
『あなたの努力って何だったの?料理にしたって、私が作ると言っただけで、手伝うなと言った覚えはない。掃除にしてもそう。ここは広いから、まずはあなたの部屋だけ綺麗にしときなさいと言っただけ』
おやおや…?汐璃さん……嫁の何たるかを、実家では教わって来なかったのかな……😓
お母さんの話しは続いた。汐璃には嫁としての選択権がたくさんあったのに、自分から気づかずに放棄していたのだ…。
『私は努力すらさせなかった覚えはない。あなたが努力しなかったのよ』
汐璃は…ぐぅの根もなかった…。
「汐璃さん💦落ち着いて考えてくださいね😅」
『私は至って冷静よ』
うそぉ~ん💦
『愛し合ってるって事は…私はお邪魔なんだろうけど、どうせ元々いない存在って感じだったものね』
いやいや…もっすげ~存在感でしたけど…😅
『気にしないで』
何かやっぱり汐璃さんペース…
やっとお母さんが口を開いた。
『汐璃さん』
『はい?』
『離婚するなら、この家は出てもらいます。ここは夏木家です。関係のない人間を住まわせる訳にはいきません』
『お義母さんは、どこまでも私がお嫌いなんですね…私、いい嫁になろうって努力すらさせてもらえなかった…』
汐璃が泣きだした。
あぁ…帰りたい…泣
汐璃の実家には、もう兄夫婦が住んでいる。汐璃は兄嫁と仲が悪いらしい。
だから帰りたくないのかな……。
『さ、海斗さんは2枚書かなきゃいけないのよ。明日には両方提出するんだから、早く書いて』
『汐璃さん💧意味わからないんですけど💧💧』
『わからない?私が選んだ、皆が幸せになれる方法なんだけど』
汐璃はニコニコと話しを続ける。
『私はあなたと離れたくない。でも、私のした事は許されない…離婚は当然でしょ?』
ここまでは理解できる。
『だから、籍は抜くけど、ここで暮らすの』
こっからまったく意味がわからん😓💧
『海斗さんと桃花さんは愛し合ってる。私と籍を抜けば結婚できるでしょ。海斗さんの妻になるんだからここで暮らすのは当然でしょ』
何故お前が決める😆✋💦
そして何故明日⁉
日曜だから手続き面倒じゃん💦💦離婚届はいいけどさ…ってそんな話しじゃな~いっっ😱‼
テーブルを囲んで座る。
普通はどう座るかわからないけど、真四角のテーブルに、海斗と汐璃さんが向かい合って座り、私とお母さんが向かい合って座った。
誰も口を開かない。
私が率先して話すのも変だ。
『で、何の話しなの』
お母さんが口を開いた。
汐璃は持っていた紙を広げて、テーブルの上に出した。
“離婚届”
もう1枚…
“婚姻届”………?
『私と別れてください』
ひぇ~超強気……
『ただし、私の受けた屈辱は言葉では言い表せないものです。でも…慰謝料はいりませんが、これからも、ここに住まわせてもらいます』
『…はっ!?』
お母さんビックリ。
いや、みんなビックリだけど……💦
『それから、これ(婚姻届)はあなた達の分です。結婚するんでしょ?一緒に住むんだから、これからも仲良くしてね』
汐璃さぁん…💦何言ってんのよ~😱
海斗が帰ってきた。
『ただいま…桃…』
「おかえり」
『お帰りぃ~♪』
『汐璃さんは?』
『お部屋よぉ』
『呼んでくるわ』
海斗は汐璃の部屋へ行った。
『離婚はしないと思ってたのよ。正直な話し…。海斗が政界に出るから…とかじゃなく……でも汐璃から言い出したの』
「えっ…」
『何でかなぁ…』
海斗は離婚は自分から切り出した風な言い方だった。
海斗が戻ってきた。
『すぐ行きますだって。着替えてくる』
海斗は私の頭をポンポンと叩いて、部屋を出て行った。
お母さんの携帯が鳴った。
『あら、噂をすればね』
海斗からだ。
『もしもし……』
汐璃にとって、私は目の上のたんこぶ。
いくら何でも、結婚したら海斗も諦めると思っていたんだろうな。
もしかしたら、海斗は抱こうと思ったかも知れないけど…最初の頃に触れていないのに、タイミングがなくなっただけかも知れない。
『カイちゃん、急いで帰るって♪』
「何の話しですかねぇ」
『ん~何だろね~?』
お茶を飲みながら、海斗の帰りを待っていた。
~回想終了~
現在に戻る………
『悪い子じゃないのはわかってるんだけどね』
「汐璃さんには伝えたんですか?」
『何を?』
「お母さんがそういう風に思ってる事…」
お母さんが困ったように笑った。
『桃ちゃん…前にも言ったけど、私は海斗が選んで連れてきたあなたのお母さんになりたいの』
「お母さん……」
痛い…久しぶりに痛い。
『海斗も雄一さんと同じで女好きだったからね。もしかしたら、誰にも本気になんてならないかも知れないって思ってたのよ』
親なりの心配…
『それはそれでいいんだけどね。でも…初めて桃ちゃん見た時、嬉しくて嬉しくて……』
お母さんは少し目が潤んでいる。
お母さんは海斗のお父さんで結婚は2度目…。
最初の結婚は散々だったそうだ。
相手の親から猛反対された挙げ句に結婚して、お母さんに子供ができる前に、相手が他の女を妊娠させ、離婚。
海斗のお父さんは、結婚前に言い切ったそう。
『俺は浮気する。でも、他の女に本気になったりしない。帰るのはお前の所だけだ』
えっ…それがプロポーズ⁉と驚いた。
お母さんは笑っていた。
『あんなにはっきり浮気するなんて言うからビックリよぅ。でも、どんなに女の匂いがしても毎晩帰ってきたわよ~♪最初のうちは、やっぱり喧嘩してたけどねぇ~(笑)』
さらに笑いながら続けた。
『だからカイちゃんは、あんな風にならないように仕込んだの♪』
仕込まれたんだ(笑)
お母さんが汐璃の出て行ったドアを見つめながら言った。
『海斗の嫁じゃなければ、あの子ももっといい人生があったろうにね…』
「お母さん…」
『海斗が、桃ちゃんを先に連れて来てなければ、あの子の事受け入れられたと思うのよ…』
お母さんは鬼ではない。
汐璃が私を嫌う別の理由…それは“お母さん”だ。
私はそう思った。
お母さんがお茶を入れに行った隙に、汐璃が自分に宛がわれた部屋から出てきた。
『早かったのね』
「時間を指定されなかったもので」
『ふんっ、海斗さんに早く会いたかっただけでしょ。残念ね。まだ帰ってなくて』
「ところで何のご用なんですか?」
『話しは海斗さんが帰ってからよ』
お母さんがお茶を持ってきた。
『あら、あんたももう出てきたの』
『すぐ下がります』
『そう。はい、桃ちゃん。熱いからね』
「あ、ありがとうございます」
その光景を見て、またふんっと鼻を鳴らして部屋に戻って行った。
とりあえず、7時着。
海斗はまだ帰って来ていない。
早かったかな…
車の音に気付いたお母さんが玄関から顔を出した。
『あれ、桃ちゃん!?どうしたの??』
「ん?汐璃さんに呼ばれて……」
『汐璃に?』
「は…い……。??」
お互い、不思議な顔をしている。
『車の音がしたから、カイちゃんかと思って…まっ、汐璃が呼び出したなら、上がって♪』
家に上がるのはいつぶりだろう…懐かしい匂いがする。お母さんはお香をたく。その香りがとても懐かしい。
一体、何をどうしたら私まで出張らなきゃならないんだろう…
夫婦の問題だろうに。
何時になるかわからないから、父にはメールを入れた。
【今夜は出掛けま~す😄ご飯とおつまみは用意しとくね😆✋】
【了解。あまり遅くならないようにね。】
そういえば何時に行けばいいのかな……😓
ま、7時くらいが妥当?
お母さんいるだろうし…そのくらいでいいかな…
汐璃から電話がきた。
『明日(日曜日)は休み?』
「休みですよ」
『今夜うちに来て』
「嫌です」キパッ😆
『いいから来なさい!』
すぐに声がデカくなるのは相変わらずだなぁ…
「理由は?」
『来てから話します』
「私は関係ないですよね?」
汐璃がだんだんイライラしているのがわかる。
『あんたにも関係があるから呼ぶんでしょ!いいから黙って来ればいいの!いちいち面倒臭い女ねっ』
…百歩譲っても汐璃だけには言われたくない…
「人に来てもらおうって態度ですか?」
『うるさいっっ!!』
ガシャッ!ツーッ…ツーッ…ツーッ…ツーッ…
はぁ………
その電話から2日後…事態はまた汐璃の思惑により、複雑になっていく。
汐璃が私を嫌いなのはわかっている。
妻と愛人が分かり合えるはずもない。
ただ…汐璃が私を嫌いなのは、“海斗の事”だけではない気がしてならない。
「私も思ってますよ。あんたさえいなけるばって…」
『お望み通り、いなくなってあげるわ』
最後まで強気な人…。
「ねぇ、汐璃さん…海斗を愛してた?」
ガシャッ!ツーッ…ツーッ
これが答えだったんだろうな。
汐璃の性格からして、愛していたら、その愛の全てをぶちまけてきただろう。
海斗は汐璃に言ったそう。
『お父さんには、言わないから。離婚は自分から言い出したと言ってもらっても構いません…』
汐璃は最後の最後まで離婚には応じなかった。
私にも何度も電話がきた。
『あんたさえいなければ。あんたのせいだ!あんたが…あんたに…あんたの………………』
私はずっと聞いていた。
汐璃の悲痛な叫びを。
実家に帰っていたとされる2ヶ月間。
毎日探偵に張り込ませていたらしい。
それが1番の証拠。写真もたくさんある。…あったらしい。(私は見てない💦)
汐璃は『知らない、私じゃない!』と言い張ったとか。
汐璃は…海斗を本当に愛していたのだろうか。
捨てられないように…プライドが邪魔をしていたのでは……。
最初に気付いたのはお母さんだったらしい。
出入りするには、あまりに頻度が多過ぎる。
小一時間もしたら、そそくさと帰って行く。
当時はほぼ毎日。
お母さんは聞き耳を立てた。
息を荒げる2人の声。
汐璃を求める探偵の声。
…って、それだけで十分なんだろうけど……
完璧に離婚に至るまでの、たくさんの証拠を海斗は集めた。
だから、私は知らないフリをしなくてはならなかった。汐璃に気付かれたら終わりだから。
私は当事者ではない。
汐璃に責め立てられても、本当に関係ない。
黙って事の行く末を見守るしかなかった。
水曜日。
それが汐璃と探偵の愛欲の日だったらしい。
探偵には妻がいた。
汐璃は探偵の事務所やホテルで寝泊まりしていたらしい。
海斗の事を調べてもらううちに…探偵は汐璃が可哀相になったのだろう。
家にまで出入りしていたあの頃から、何かしらの関係があったらしい。
汐璃は実家には帰らなかったそうだ。
ずっとあの探偵と過ごしていたらしい。
汐璃の行動は全て探偵の入れ知恵。
そりゃそうだ。
いつの間にか、あんなに大きくなり、旦那の不貞騒動で里帰り…なんてシャレにならない。
お父さんの面汚し。
そうでなければ、あの安東の事だから、乗り込んで来ると思っていた。
お母さんに聞いた話し。
『汐璃ね、男がいるの。今、海斗が調べてる…』
私は、敗者復活戦に臨むような気持ちだった。
「とうとうはじまったな」
相手に愛情はなかったかも知れない。寂しさを埋めたかっただけ……。
そういう気持ちだったんだろうと思う。
けど…それを弱みに付け込まれる可能性があるんだから、行動には細心の注意を払うべきだった。
相手は例の探偵。
海斗は探偵を探偵に探らせた。
事の発端はあの日…汐璃が実家に帰ると言った日…。
その日の夕方…汐璃からまた電話がきた。
ため息をつき、一呼吸おいてから電話に出た。
「もしも…」
『あんたね!!海斗さんに変な事吹き込んだの!!』
懐かしい怒号が響く。
そして、サッパリ意味がわからない。
「何の話しですか」
『とぼけるなっっ!私に男がいるなんてデタラメ海斗さんに吹き込んでっっ!そんなに私が憎いっ!?嫌いっ!!?』
はい!!嫌いです😆👍
いやいや……
「私じゃありませんけど…何の話しですか?」
『あんた、よくも……』
汐璃の顔が目に浮かぶ。
私は知っていた。
いや、みんな知っていた。汐璃に男がいる事……。
最近は汐璃から遠慮なしに電話がくる。
水曜日だけ電話がなかった。
次の日曜日は仕事になった。
汐璃から電話がきた時にそれを伝えた。
代休はないの?約束したじよない!私に会いたくないのね!海斗さんを自分だけのものにしようとしてるんでしょ!!
ヒスは相変わらず…な感じもある。会いたくない…は当たってる。
『あっ海斗さん…』
平日昼間に海斗が家に?
『またかけるわ』
もういいし💦💦
……切れてるし。
たまたま好きな人に奥さんがいただけ。
よく聞く不倫の常套句。
恋愛は愛の数だけ。結婚は早い者勝ち。
そう。たまたま海斗は私より早く汐璃と結婚して、たまたま他の女の旦那(モノ)になった。
開き直ってしまえば、元は海斗は私の男。汐璃がいなければ私と結婚していたかもしれない。
それに、取ったのは汐璃の方。
たまたま…が重なり、たら、ればの世界が広がる。
私は敗者だ……。
勝ち負けはないかもしれない。けど…海斗は私のモノではない。
それだけで十分…。
ご飯を食べて、話しをして、どこか行く?と聞かれて「帰ろ」と言った。
笑って言えた。
海斗も笑って『そうだな』と言った。
車に乗って、ドアを閉めた瞬間、腕を引っ張られて抱きしめられた。
『好きだ。すげー好き。………好き………』
驚いた。
汐璃と結婚してからは、そんな事口にはしなかった。どちらに対しての罪悪感なのだろう…。
そして、何故今なんだろう…。
「海斗…?」
『桃は?ごめんな。まだ好きか?』
海斗は真剣な顔をしている。私の頬に手を当てて、真っすぐに私の目を見ている。
「好きよ」
海斗の顔がほころんだ。
私の大好きな笑顔。
海斗も…不安だったんだ…。少し、心が暖かくなった。そして、家に帰った。
『桃…男……できた?』
「えっ、うぅん」
『何か…色っぽくなったかな…って』
「もう大人ですから」
『ハイハイ』
2人で見つめ合って笑った。
海斗が言った。
『俺ね、辛抱強いんだ♪心配しなくていい。なんなら右手もあるしな(笑)』
そこまで聞いてないけど💦笑
気持ちは通じていたみたいだ😅
「そっか」
『桃は…俺なんて忘れて幸せになってもいいんだぞ。お袋だってわかってくれるよ』
「大丈夫。私、辛抱強いの。右手は使わないけど」
『ハハハ(笑)そっか、そっか…ごめんな…待っててな……』
「ん?」
『いんや、何でもない』
“待っててな”
あの事かな………。
そうか…海斗の携帯見てるんだもん。番号くらい調べられるか…。
海斗とは、人目につかない場所で待ち合わせをして、よく行った“ビックリ箱”のお店に行った。
前みたいに他愛ない話しをして、ご飯を食べて…
「ねぇ…海斗……」
『ん?どうした?』
「あの…海斗は……その……」
聞けない…。
エッチしたくならないの?どうしてるの?
誰か…いるの?
「ぁの……やっぱいぃ」
『何だよ』
ふっと笑う。
その顔を見たら、何だか本当にどうでもいい話しに思えた。
私達は今、恋人同士な訳じゃない。
私だって彼氏を作っても、海斗は文句は言えない。
私が他の男に抱かれても、海斗は………
汐璃からの誘いを断った日曜日。
海斗から昨日のうちにランチのお誘いを受けていた。
♪~♪♪~♪
電話の着信。
知らない番号…
こないだ登録外着信拒否を解除したままだった。
「もしもし…」
『桃花さん?汐璃です』
げげっ💦何で番号…
『あっ切らないでね。用事が入ったって聞いたから。お仕事?』
「いぇ…あの…親戚の法事がありまして……」
『そう。残念。次の日曜日は大丈夫よね?私、早く会いたいの!』
「ちょっとまだわかりません…😓」
『ふんっ…まぁいいわ。また連絡するから、登録しといてね』
「あの、し…ぉ…」
すでに切れていた。
私は、そんなに性に対して欲求がない。
今でも海斗が最後。
では海斗は……?
健全な男。性欲だって人並みだろう。
我慢してる……?
どこかで、誰かと……。
眠れない夜には、いつも海斗の事を考えた。
閉ざされた海斗の部屋と同じように、私の気持ちも開けないまま…。
お母さんから聞いた話し…。私はいつまで心に秘めておけばいいのか。
海斗に貰った指輪を見て、ため息をつく。
「愛って難しい…」
私と海斗の過去に、恋愛感情や肉体関係がなければ、一緒に出掛けたり、ご飯を食べに行ったり…なんて、何のやましい事でもなかったんだろうな…。
私は海斗と別れて以降、職場の人に告白された事があった。
何も考えずに、その人を好きになれば…幸せになれたかも知れない。
けど…心はヨソを見ているのに、真正面にいる人と真剣に向き合える訳がない…。
もちろん断った。
『あ、ありがとぉ』
まだ寝ぼけている。
時間は9時半を回ったところ。
『帰ろうか?』
『片付けなきゃ』
「大丈夫ですよ。私やりますから。そんなにたくさんじゃないし」
食べながらちょこちょこ片付けてたから、テーブルの上にあるお皿は数えるくらい。
『じゃ~お願いします』
お母さんはペコッと頭を下げた。
「はぁい」
覚束ない足どりで玄関まで歩く。
『また連絡するから』
海斗が振り返った。
「うん。気をつけてね。お母さんも、風邪ひかないでくださいね~」
『はぁ~い♪』
父が起きてきた。
『あ~寝てたな…。早苗さん、また来てくださいね。海斗くん、気をつけて帰るんだよ』
『はい』
『はぁい。また来まぁ~す』
2人は帰って行った。
お母さんが動いた。
『うぅん…寒いぃ…』
「あ…」
お母さんが体を起こした。
『あれあれ、カイちゃん、おはょぉ』
『はい、おはよ。帰れるか?』
海斗はお母さんに問い掛ける。
『うん』
私は海斗の握っている手を、空いている手でポンポン叩き、手を離すように促した。
理解した海斗はすぐに手を離してくれた。
私はコップに水を入れて、お母さんに渡した。
いけない事だとハッとして、お互いワタワタした。
『早めに帰るよっ』
「うん💦」
久しぶりの唇は…気持ち良かった。
その後はお互い黙ったまま手を握っていた。
テレビをつけててよかった…文明の力は、勝手にしゃべってくれる。
強く…強く握った手を離したくなかった。
『美味い!』
そう言って、作り過ぎたかな…と思った炒飯をペロッと平らげた。
「わぉ…完食」
『腹いっぱい』
海斗は満足げにお腹を叩いた。
『ごちそうさま』
「お粗末さまでした」
海斗はお母さんの方を見た。
『汐璃さんが帰ってきてからさ…お袋、何かすげー気が張ってるんだよね』
「何か疲れた顔してる」
『俺も汐璃さん、何か企んでるんじゃないかって、気が気じゃなくて…気をつけてな』
「汐璃さんは、海斗に愛されたいだけだよ」
少し強がって笑って言ってみた。
海斗がこっちを見た。
『ばぁか。桃がそんな事言ってくれる事ないよ』
海斗が優しく笑った。
私もつられて笑った。
「いつも何時くらいに帰るの?」
『11時とか。今夜はお袋いるし、早めに帰……』
「?」
海斗が話すのをやめた。
お互い無言で見つめ合って…自然に顔が近づいて…キスをした。
海斗はお母さんがいない時は家で夕飯は食べない。
今夜もそうだ。
海斗が来た時には、父もほぼグロッキー状態。
久しぶりだったからな。
お母さんも泊まれるなら泊めてあげたいけど、明日はあいにく平日だ。
家の前に車が止まる音がした。
私は玄関先に出て海斗を迎えた。
「もうダウン」
『ひぇ~まだ8時だぞ』
顔を見合わせて笑った。
「ご飯食べてないんでしょ?」
『何かある?』
「おつまみの残りと…何か軽く作るね。上がる?」
『飯だけね』
冷蔵庫な有り合わせで、炒飯を作って、おつまみをおかずに(笑)食べさせた。
『んふふ♪カイちゃん、貸し1つねっ♪』
お母さんがニタニタしている。
わざとか…笑
「お母さん、なかなかの策士ですね」
『んふふ♪まぁねぃ♪』
それから、今宵の宴の準備が始まった。
父は帰宅後、お風呂に入ってすぐにお酒を飲んだ。
2人の時はあまり飲まない。私もあまり飲まないから。
お母さんがいる時の父は無敵だ(笑)
お母さんもここぞとばかりに飲んで…潰れた😅笑
『あらま♪あ、ついでに迎え頼んでてくれる♪?』
「(笑)はい」
メールBoxを開いた。
【日曜日空いてる?】
そう…人を誘う時はまず相手の都合を確認するのよ、汐璃さん。
【空いてる😄】
さっき空きました😆笑
【やった❗また連絡するわ😄】
【あっ💦今夜、お迎えよろしく😆✋】
【おふくろ?】
【うん😄】
【おふくろはいいな…自由に桃に会えて⤵】
【今夜、待ってる✨】
【了解👍】
『汐璃と会うのはやめなさい』
真剣な顔…。
「大丈夫ですよ」
『お願い…』
「…けど……」
汐璃の誘いを無下に断ると後が恐い…ような気がする。
『次はいつ?』
「日曜日…」
『都合が悪いって電話があった事にしとくから』
「…わかりました…」
♪~♪
メール……
【夏木 海斗】
「海斗からだ」
お母さんは海斗の女遊びを咎めた事はなかったそうだ。
ただ、遊ぶなら“彼女”は作らない事。
“彼女”ができたら一筋に。遊びたいなら別れなさい。
家には絶対に女は連れ込まない事。紹介する女は、一生添い遂げる覚悟をした女だけ。
他の女は見たくもない。
そういう約束をしていたらしい。
だからお母さんは、私をこんなに大事にしてくれるのか…
それを聞いて、やっと理解した。
『変わった子ね』
あぁ…言っちゃった😅
『馬っ鹿じゃないのぉ』
あぁぁ…まだ言うか…
『馬と鹿に失礼ねっ』
そうですね~💦💦
『桃ちゃんはぁ…カイちゃんが選んで紹介してくれた、正真正銘、最初で最後の子なのにぃ♪』
父の仕事の事はよく知らないけど、父は結構上役っぽい人で、休日出勤はザラ。今日もそう。
お母さんが、汐璃からの召集令状(笑)を発見した。
『こないだも、汐璃に呼び出されたでしょぅ?』
「えっはい」
『珍しくめかし込んでだから、出て行く前に呼び止めたら、桃花ちゃんとランチなんですってしゃあしゃあと言うもんで』
「ハハ😅」
『したら帰ってきたら髪バッサリ切ってるからね』
「ハハハ…」
『何があったの?』
「ハハ……ハ…💧実は…」
この前の事をお母さんに話した。
「でも…」
『カイちゃんには口止めされてるから、知らないフリしててねっ♪』
お母さんは相変わらずなテンションになった。
「わかりました…」
少し俯き加減な私を見て、お母さんが言った。
『今夜はここでご飯食べてっていいかなぁ~?』
「はい!お父さんも喜びます」
『よし♪じゃ~いっぱいおつまみ作んなきゃね♪』
最近は海斗に話せない事が多い。
体が1つじゃ足りないな…。
ケーキを食べながら先に問い掛けた。
「どうしたんですか?」
『ふぇっ?ぬぁみ~?』
(へっ?なぁに~?)
ケーキを口いっぱいに頬張っている。
取らないからゆっくり食べてください💦笑
「何か話しがあるんじゃないですか?」
お母さんの動きが一瞬だけ止まった。
『……ばっでね……』
(……まってね……)
コーヒーを飲んで一生懸命ケーキを食べている。
「ふふふ…ゆっくりでいいですよ」
ハムスターを連想させる食べっぷり。
口の中のケーキを飲み込まないうちに次を入れる…を繰り返して、口いっぱいになるらしい。
昔からそう。
話しかけるタイミングを間違えた。
飲み込んでから、コーヒーを一口飲んだ。
『あのね…』
お母さんが話し始めた。
お母さんは…昔、苦労してるから、人の顔色や行動を見て、相手が何を考えてるのかを見抜くのが得意だった。
あんなキャラなのも、他人から自分を守る為に身につけた最終手段。
浅く広く…ニコニコしてれば敵は少ない。
相手は隙を見せるようになるから、そこからイロイロ探るのだと言っていた。
世間知らずのお嬢様かと思っていたので、お酒の勢いでそれを聞いた時には驚いた。
『んふふ♪久しぶりだから、いっぱい買っちゃったの♪これとこれと…これも、これも…はいっ😆』
と、大量の荷物を差し出された。
「はいって…全部!?」
『そう♪久しぶりにお買い物に出たら、桃ちゃんに似合いそうなものがたっくさんあったから♪』
えぇ~💦💦そんな勢いでホントに買っちゃうんだ😅
『こっちは桃パパに♪』
「すいません💦こんなにたくさん😅」
『うぅん…なかなか来れなくて…寂しかったぁ…』
寂しかった?じゃなくて、お母さんが寂しかったんだ…
『ケーキ買ってきたの!食べよ~よ~♪』
いつもに増してハイテンション。
何かあったな…今までの経験からそう感じた。
今日は祝日…
赤紙召集が届いた。
今度の日曜日に……コンスタントだな…。
都合悪ければ…とか言う言葉は、手紙のどこにも書いてない。
都合悪い時は、店に電話する…?海斗の自宅に電話する……
お母さんが出たらいかんな…
ピンポ~ン♪
『こんにちわぁ』
「ん、お母さん?」
『はぁ~い』
急いで玄関に行き、ドアを開けた。
両手にたくさんの買物袋やらケーキの箱などを抱えている。
『はぁ~疲れたぁ』
一体どこから来たんだろう💦💦
次の日の朝、海斗からメールがきた。
【汐璃さん、桃と似た髪型になってたんだけど…】
最初に髪型にしたのか。
【切ったんだ⤴⤴長い髪、綺麗だったのにね✨】
あえて知らん存ぜぬを通す事にした。
海斗がこれからどういう反応をし始めるか…。
【まぁ…髪型似てても、見間違える事はないしな😄】
痩せるらしいしな…後ろ姿くらいなら間違えるかもしれないな…。
【そうだね⤴⤴】
汐璃の本気が恐くなってきた…。
【桃⤴今度、飯食い行こうな】
【うん😄】
【じゃ、仕事頑張って】
【海斗もね⤴⤴】
髪を切った。次は化粧だろうか…。
次の赤紙召集はいつ来るのか…。
断ったらダメかな😅
続いて女性の、以前タオルをくれた店員さんが、汐璃の分の片付けにきた。
『無事でよかったです』
みんな心配してくれてたんだ😅
『うちの人が、また水でもかけられたら今度はすぐ警察呼べって言うから、ずっと目が離せなくて』
「ご夫婦なんですか?」
『はい』
女性店員さんは少し恥ずかしそうに笑った。
それからこの店は、私のお気に入りの店第1位になった。
ま、余談ですけどね。
「海斗に聞いてみるといい…汐璃さんが私になったら愛してくれるかって」
汐璃は黙ってしまった。 諦めたかな……?
すると……
『まぁいいわ。とにかく、また会ってね』
「……え。」
『あなたのお化粧の仕方とか教えて欲しいの』
え~っ!わかってない💦
「汐璃さん💦💦」
『今日はありがとう!また連絡するから』
そういうと、伝票を持ってサクサク1人で会計を済ませて出て行ってしまった。
んん~……
店長さんがこちらに歩いてくる。
『ご無事で何より』
「アハハ、ホントに💧」
『ごゆっくらなさってください。コーヒー入れ直しましょうか?』
ご飯でお腹いっぱいだったから、ケーキとコーヒーにはまだ手をつけていなかった。 今なら食べれそう。
「いえ、大丈夫です」
『猫舌ですか?』
「あっいえ全然…(?)」
そういうと、コーヒーカップを取り
『入れ直してきますね』 と、笑顔でカウンターに戻った。
『でも、私はあなたになるの。海斗さんが好きなあなたに。だから、海斗さんと付き合ってた頃のあなたじゃなきゃ意味がないと思うの』
「あの…私になるって事自体が無意味だと思いますけど…」
『どうして?』
「汐璃さんは海斗から嫌われている訳ではないんですよね?」
『えぇ。そう思う』
「だったらありのままの汐璃さんを愛してもらえるような努力をした方がいいんじゃな…」
『それじゃダメなの!』
私の言葉を遮った。
『もうあなたと別れてどれくらい経つ?なのに、彼は一向にあなたを忘れようとしない。うぅん。逆に気持ちが強くなってるんじゃないかと思うくらい』
汐璃がヒートアップする。
『私、前は浮気って体の関係だとばかり思ってたから、全然気づかなかったの。海斗さんの中にあるのは、純粋な愛情。だから私、あなたになるの。あなたになって愛されたい』
汐璃の気持ちはわかった。けど……
「言いたい事はわかりました。でも…あなたは私じゃありませんよ。違う人間ですから……」
汐璃が冷静だと、話しやすい。前よりはいい女になった。…化粧はすごいけど…😅
「昔の、私と付き合っていた頃の彼との時間は私の大事な思い出ですから。あなたには未来がある。今からその時間を作ればいい」
悔しかった…過去にしかしがみつけない自分が。
惨め…だから強気な態度で言った。
『そう…それもそうね。ごめんなさい。ほら…今更デートに誘うのに、海斗さんの好きな事何も知らないから…どこに行けばいいかもわからなくて』
妻ってすごい…。
また思った。
いや…妻と言うより
“汐璃ってすごい”
汐璃はケーキを食べ終わるとお腹を押さえて言った。
『甘い物食べ納め』
本気でやるんだ…💧
『お母さんに聞いても、海斗さんの事わからないだろうから、元カノのあなたにいろいろ聞きたいの!』
「海斗の事?」
『そ!好きな音楽、好きな映画、好きな事。あと…好きな食べ物とか好きな場所とか…海斗さんの事なら全部!私達、交際期間がなかったから…ねっ?』
ねっ…て言われても💧
「今から自分で調べてもいいんじゃないですか💧彼の好みも変わったかも知れないし💧💧」
『いいの♪それはそれ。昔の海斗さんも知りたいの。だって私は妻なんですから。知る権利があると思わない?』
「…思いません💧」
汐璃の顔が強張った。
汐璃はとても満足そうにしている。
言いたい事、言い切った感じなんだろうけど…
言われた私はさっぱり…。
『まずは、あなたくらいに痩せなきゃね。次に髪型とかお化粧とか』
あぁ…そういう事!!
………馬鹿だ。。。
食後にデザートまでついてきた。
んなに食えるか…
汐璃はパクパク食べている。
それをぼ~っと見ていたら、その視線に汐璃が気付いた。
『あっごめんね』
「いぇいぇ…」
『でね。』
汐璃は改まってケーキのフォークを置いて背筋を伸ばした。
『私、気付いたの。海斗さんは、私を嫌いなんじゃなくって、あなたを好きなんだって』
「………ん?」
『だ~か~らぁ』
意味わかりません。
『海斗さんは、私の事嫌ってる訳じゃないのよね』
「はぃ」
『でも、好きなのはあなたな訳よ』
「……はぁ……」
『だからね、私、あなたになろうと思って』
「………はっ?」
あぁ………無理っ!今までで1番わからん💧💧💧
『ここ何ヶ月かで気付いた事があってね』
相変わらず笑顔…
「はぃ……」
『あっお料理がきた』
タイミング悪いな…店長さん…💧
『美味しそう!先に食べちゃいましょう。話しは後でね』
美味しく食べれる訳ないじゃん…
味は美味しいけどね…
雰囲気と相手が微妙です。
お店の人が選択のしようがないように、汐璃に先に注文させ、同じ物を頼んだ。
あ…持ってくるのはお店の人だからそんな事しても一緒か…。
『桃花さん』
「はい」
『この前は、ごめんなさいね。水かけたり叩いたり。大人気ない事して』
「…いぇ…(恐っ)」
『海斗さんから、私が帰ってる事聞いてた?』
「どちらか行かれてたんですか?」
実家に帰った事も、こっちに帰ってきた事も知らない事にした方がいい…
『あ…いいの。気にしないで』
「………」
『それで…ね……』
汐璃は…照れてる……?
モジモジ…モジモジ…。
フッと視線を感じた。
カウンターを見ると、この前の店長さんらしき人。(…いや、確認したら、はっきり店長さんだったんだけど…)が、こっちを心配そうに見ていた。
少し頭を下げたら、変わらない笑顔を向けてくれた。
『あのね』
汐璃の声で、また汐璃の方を向き直す。
『私、考えたの…』
「(何を………恐)」
何なんでしょう…😓💦
どうしよう………
汐璃の正面に座ったのはいいけど、目のやり場に困る……
注意した方がいいかな💧
「あのぅ……💦」
『なぁに?』
汐璃は前と違って、とても友好的だ…。
そして、前とかなり違う点がもう1つ………
「化粧…派手過ぎませんか……?」
『えっそう?』
過ぎます…過ぎますって!ビックリしたもん💦あんなにお化粧上手だったのに💦
「えぇ…っとぉ………塗り過ぎっ(言えたっ😆👍)」
『気にしないで』
んん~バッサリ。
「はぃ😅…それで…お話って…?」
『まぁ、先に何か頼んで。この前のお詫びにご馳走させて』
……どっかで毒でも盛られやしないだろうか…
ってか、何で笑顔!?
恐い……違う意味でこの前より恐い………泣
指定された時間…
やはり少し早く着いた。
店のドアを開けると、以前と同じ場所に汐璃がいた。
少し痩せたような…気のせいかな………😅
前のように正面に立った。
「っっ!!汐璃さん!?」
あまりの事に、つい大きな声を出してしまった。
~拝啓~
…から始まった手紙は、
『ぶっちゃけ話しがあるから、一緒にご飯でも食べましょう』
~敬具~
こちらの都合も聞かずに、時間と場所を指定するのは相変わらず。
都合悪かったらどうすんだろ…。
しかもまた修羅場った店。
「恥ずかしくないのかなぁ…」
汐璃は、余計な事を心配させるキャラだ。
「ま、いいか…しかし明日か……」
日曜日に出勤した代休をもらわなければいけなかった。ちょうどいい。
ちょうどいい……。
汐璃が言った
『もう少し』
の期限は、特に“どれくらい”とは決まっていなかった。
『良い妻を演じる汐璃は健気だけど、腹の底を知っているからな…』
汐璃は毎晩海斗の携帯チェックを欠かさないらしい。やましい事はないから…とロックはしていない。
帰宅のお出迎えをするのは、女の残り香がないかどうか…朝見送るのは、帰ってきた時との変化を見比べるため…。
1度、事務所でコーヒーをこぼして着替えて帰ったら、すごい形相で問い詰められたとか…。
接待でお姉ちゃんのいる店に行った後…
『桃花に会ったんじゃないでしょうね!』
と………。
『根は変わってないよ』
海斗はそう言った。
あれからまた2ヶ月。
汐璃から手紙がきた。
汐璃は元々育ちがいい。
汐璃の母親も、愛する旦那様の為に尽くすタイプではなさそうだった。
お手伝いさんが世話をして、家事をやり、旦那様の事もする。
娘は母親を見て、愛する旦那様の世話をする。
やる事に限界があったようだ。
慣れない事をすればボロがでる。
それでも必死に良き妻を演じていた。
離婚話しも持ち出しにくい。
汐璃がやっぱり離婚は不服だと裁判所へ駆け込んだら…?
改心しようとした妻を受け入れず、一方的に別れを切り出した海斗の方が不利かも知れない…。
汐璃の演技がいつまでもつか…それが見物だと思った。
お母さんも、汐璃がそんな感じなので家を出にくいらしく、最近はあまりうちに来なくなった。
…なるほど…。
そういう作戦か。
やっと気付いた。
反抗的で、威圧的な女王様では疎まれる。
では…
謙虚で、友好的なお姫様なら……?
汐璃が手放しで海斗を自由にするわけがない。
あんなに執着していたのに………。
父親に言われたから、
『はい、わかりました』
と諦められるものだったのか…?
わからなくて、逆に恐い…😓
帰ってきてからは、大人しく、お母さんの言う事も聞き、海斗の帰りを何時までも待ち、朝も見送るようになったらしい。
実家で母親に諭されたのだろうか。
妻らしく、謙虚な女性…最近の汐璃はそんな感じらしい。
結果は呆気なかった。
『お父さんが、もう海斗さんとは別れなさいって言ったのよ』
汐璃はそう言ったらしい。
『ただ、すぐには無理です…。もう少し待ってくださいね』
とても清々しい笑顔で、そう言ったらしい。
何か企んでるような…。
汐璃の立場になって考えた。
自分が汐璃ならどうするだろう…。
海斗を想って、汐璃のようにならないだろうか…。
なるかも知れない。
同じ男を愛しているから、わかる気持ちもある。
あのまま、素直に結婚していたら、もしかしたら私が汐璃の立場だったかも知れない。
発狂し、喚き散らし、暴れ、暴言を吐き………
嫉妬ほど恐ろしい感情はないな…改めて思った。
時計ばかり気になる。今日に限って父は飲み会が入っていて帰りが遅い。
布団に入っても、寝るに寝付けない…。
父の帰ってくる音が聞こえた。顔を出すと父がバツの悪そうな顔をするので、寝たふりをしていた。
夜中、ウトウトしていたんだと思う。携帯の音で目が覚めた。
時計を見たら、2時を少し回った所だった。
海斗からかな……。
携帯を開いた。
【新着メール】
【夏木 海斗】
恐る恐る…メールを開いた。
その日は落ち着かなかった。メールがきたのが昼過ぎ。それから仕事が終わるのが待ち遠しくて、もどかしかった。集中できず、何度も小さなミスをしてしまった。
しっかりと確認作業を行うので、クライアントに影響はないけど、上司がとても心配していた。
『珍しいな…どうした』
「すいません…」
『怒ってる訳じゃないよ。ただ…具合悪いんじゃないか?』
「大丈夫!元気です」
『気分悪いなら言えよ。』
部長は優しい。社長の弟で、社長には似ても似つかない素直で真面目な人だ。
…社長ゴメン…笑
残業もなく、真っすぐ家に帰る。今日はカレーができついる。
「作っててよかった」
♪~♪
メールの音。
画面も確認せず携帯を開いた。
【今日は早めに切り上げて帰るよ。また連絡する】
汐璃が帰宅した日に、海斗からメールがきた。
【汐璃さんが帰ってきたらしいよ】
突然の帰宅で、お母さんからの連絡だったのだろう。
【また話しをするだろうから、連絡するよ】
今夜決まるのだろうか…。
2ヶ月間、相変わらず海斗とは逢わず終いだった。
逢わないようにしていた訳ではないけど、結局仕事が忙しくて逢えなかった。
でも、汐璃がいないからこの隙に…と言うのもフェアじゃない。
汐璃が一体、どんな答えを出してきたのか……。
『夕べね、汐璃さんと話しをしたんだ』
お母さんも立ち会ったらしい。でもお母さんは一言もしゃべらなかったらしい。
最初は離婚を嫌がっていた…。戸籍はくれると言ったのに…父を裏切るの!?と…。私はどうなるの?あなたはあの女と一緒になるつもりでしょ!許さない!!
そんな感じで相変わらずテーブルを両方でバシバシ叩いていた…と。
『とりあえず、実家に帰る事になったよ』
「汐璃さん?」
『他に誰が(笑)』
確かに。
『1、2ヶ月くらい離れて考えたいってさ』
「そっか…」
『前向きに…考えてくれるといいんだけどな』
「……ん……」
自分の幸せの為に、人の不幸を願う…浅ましい女…それは汐璃と変わらないじゃないか……
素直に喜んでいいのか…
海斗が頭をポンポンと叩いた。
学生の頃の記憶が甦る。
海斗はそのまま仕事場に向かった。
約2ヶ月、以前のような穏やかな日が続いた。
そして…季節も冬に移り変わった頃…汐璃が帰ってきた。
その日の晩は空が荒れた。
台風のような風雨。
隣の犬がけたたましく吠え続けている。
今日は、お互いに連絡は取らない事にした。
結果は明日。
父に、一通りの話はした。
父は一言…
『海斗くんを信じなさい』それだけ言った。
翌日は、昨日の風雨が嘘のように晴れた。
父は朝が早い。私は父の後片付けをして、自分のペースで準備や片付けをしていた。
ピンポ~ン♪
家のチャイムが鳴った。
インターホン越しに海斗が見えた。
慌てて玄関のカギを開けた。
『おはよ』
「おはよ💦どうしたの」
『今日報告するって言ったろ。時間、いい?』
「うん、さっきお父さんは仕事行ったから…上がる?」
もしかしたら上がらない…かも……
『少し、上がらせてもらおうかな』
もしかしたら、私には喜ばしい報告なのかもしれない。汐璃の不幸の上に成り立つ幸せ…。
痛い……最近、痛い事ばっかりだな……。
私が泣き出したら、海斗の抱きしめる腕が強くなった。
『どうすれば……』
風が強くなってきた。
今夜は雨が降るそうだ。
『海斗…』
お母さんが海斗の肩を叩いた。
『おじいちゃんの事はいいから、汐璃と話をなさい』
おじいちゃんの事はいい…婚約時の話だろう。
「お母さん!」
『いいのよぅ。どうせ後継ぎもいないし…可愛い孫の為だもの。今は趣味でやってる仕事だし、重機なんかを売れば借金もなくなる。足りなきゃこの家売ればいいだけ。雄一さんもわかってくれるでしょ♪』
お母さんはサラッと言った。もしかしたら、随分前から考えていたのかも知れない。
「けど…!」
『私、桃ちゃんのお母さんになりたいの♪ずっと、ず~っと思ってたのよぅ♪海斗が初めて桃ちゃん連れてきた時からね♪』
「お母さん…」
海斗から離れ、お母さんに抱き着いた。
『あははぁ♪幸せ♪』
そして、その日、海斗は汐璃に離婚話しを持ち出した。
女は、愛する男を最初の人にしたがる。処女を捧げるってやつ。
でも…愛する男の最後の女になった方が何倍も、何十倍も幸せじゃない?
妻を一生抱かない海斗の最後は、海斗が他の女を愛さない限りは私であり続ける。
海斗、離婚すればいいじゃんと思われるかも知れないけど…離婚は難しいらしい。
最初の関門として、まずは汐璃が首を縦に振らなければ話は進まない。
お母さんが泣いている。
林さんがお母さんをなだめる。
汐璃は家の中から見ているかも知れない。
でも離れられない…。
「ふぇっ…」
涙が溢れてしまった…。
子供の両手を、両方からそれぞれ引っ張って取り合った時に、先に手を離すのは“本当に愛している方”だと聞いた。
私はそれさえもできない。ずっと…ずっと海斗を不幸にする存在になる…?
汐璃と…他の女となんて幸せになって欲しくない。
けど……
「わかった。また連絡するね」
私の肩に置いてある海斗の手に触れた。
服が邪魔だと感じた。
皮膚が…邪魔だと感じた。
泣きそうになった。
私だって汐璃のように大声で泣きたかった。
海斗が欲しいと暴れ、叫びたかった。
妻ってすごいと思った。
痛い…痛い…
どこが痛いかわからない。
必死で涙をこらえた…
先に海斗が動いた。
『どうして一緒に居られないのかな……』
小さな声で
私を抱きしめながら呟いた。
「海斗……」
海斗は私を見て、私の言葉の先を読んだらしい。
本当は抱きしめようと思ったらしいその腕を肩に置いた。
『頼むから…逢わない方がいいなんて…もう言わないで……』
汐璃よりは幸せだろう。
でも…置かれた状況はあまり変わらない。
愛されているのに、その気持ち以外は望めない私。
愛されてはいないけど、私が欲しかった居場所に一生居られる汐璃。
海斗が1番不幸だと思った。
残された4人…とりあえず、汐璃の姿が玄関先から消えるまで見ていた。
ガシャンッ!
汐璃は乱暴にドアを閉めた。
お母さんが最初だった。
『大丈夫だった?』
少し冷たい手を、そっと私の頬にのせた。
「きれいには入らなかったから平気です」
平手打ちはなかなか難しい。パチン☆と、きれいに頬に入るより、アゴとか耳辺りを叩く事も結構多い。
『ぶたれたんか!?』
海斗が慌てて駆け寄ってきた。
『カイちゃん、ダメよぅ…桃ちゃん、か弱いんだからぁ…』
涙目…いつものお母さんだ。
林さんは黙って遠巻きに見ている。
「あ、私…帰りますね」
『送るよ!』
海斗が言う。
「明日仕事だし。今日は汐璃さんの神経逆なでしない方がいいよ…」
『……わかった…』
林さんが言った。
『これが1番落ち着く光景なんですけどね…』
私が汐璃の立場なら、狂おしいほど愛おしくてたまらないなら…心がない男なんて殺してしまうかも知れない。
愛して止まない相手から、『戸籍だけ』なんて言われたら、戸籍を抹消してしまうかも知れない。
汐璃はどれほど耐えただろう…
あんなに惚れて、手に入れた男に、1番美しかった時でさえ触れられず…
どれほど私と言う“過去”を恨んだだろうか。
今現在、男女の関係にあればどれだけよかったか…。
汐璃は海斗の問い掛けに返事もせずに、走って家の中に入って行った。
『汐璃さん………』
言葉を選んでいるのか…よほど言いにくい事なのか…海斗が口をキュッと閉めた。
『汐璃さん。俺は汐璃さんのものにはなれません』
はっきり言った。
『でも、戸籍はあげますから…桃花にはもう関わらないでください』
つまりは…一生妻の座は汐璃のモノ。
私は…一生海斗の心に留まるカセ……。
『いいですか』
海斗は汐璃に聞いた。
汐璃は………
そこへ海斗が帰ってきた。
しかしお母さんは汐璃から目を離さない。
汐璃は私から手を離した。地面にヘナヘナと座り込み…大泣きし始めた。
こっちが泣きたいよ…。
海斗が駆け寄ってくる。
修羅場の真ん中にいるはずの汐璃が泣いている。
海斗は私を見つめ、汐璃を見た。
『どうなったんだ?』
海斗は誰ともなく、汐璃を見ながら尋ねた。
『私が叩いたよ』
お母さんが言った。
海斗はとりあえず、汐璃を立たせた。
何か言いにくい事を言おうとしている…海斗の顔はそういう顔をしている。
『汐璃さん…』
海斗が口を開いた。
汐璃が車から降りてきた。こちらに近づいてくる。
お母さんが『やっと降りた』な、ため息をつくと同時に………
汐璃が私の頬を平手で叩いた。
意味わかりませんけど…
『汐璃っっ!!』
『汐璃さん!?』
汐璃は顔をしかめた瞬間、泣き出した。
泣くだけならよかったのだが…私の胸倉を掴み、何度も引っ張りながら叫び出した。
どうして私のような小娘なのか…どうして自分では海斗の心を満たせないのか…どうして…どうして………………
『とにかく桃ちゃんを離しなさい!!』
間に入ったお母さんに
『うるさいっ!』
と怒鳴った。
プチッ
ときた瞬間、お母さんは汐璃を平手打ちした。
助手席のドアを開け、お母さんが汐璃に降りるようにうながした。
汐璃は降りない。
返事もしない。
お母さんが汐璃と話している。声は聞こえるけど、何を話しているかはわからない。
林さんが話し掛けてきた。
『桃花ちゃん、大丈夫?何もされなかったの?』
「はい、大丈夫ですよ」
『海斗くんが…すごく心配しててね…汐璃さんを置いて飛び出そうとしたんだ。僕は止めたんだけどね…一応…汐璃さんは奥さんだからさ…』
「はい。それでよかったと思います」
『でも…海斗くんの気持ちはわかってるよね?』
「………はい………」
林さんは満足そうに笑った。
でも………
林さんが言った。
『あんなにはっきり否定されたのは初めてなんでしょうね…それから一言もしゃべらなくなってしまいました…』
『海斗は?』
お母さんが林さんに尋ねた。
『もうすぐ帰って来ると思います。桃花ちゃんを心配してましたから。一度帰ってお宅を訪ねるって言ってたから、ここに居たら安心しますよ』
林さんはまた笑った。
お母さんが汐璃の所へ行く。
汐璃はお母さんに気付いたけど車から降りようとはしない。
座って、頭をかかえ、下を見ている海斗を、立っている汐璃はものすごい形相で見下ろしていたとか。
汐『あなたがあの女と、もう何の関係もないって証明できる!?何故あなたは私に触れないの!!?』
それが1番聞きたかった事だろう…
何故触れないのか……。
海斗は言ったそう。
うなだれたまま…小さな声で、でもはっきりとした口調で…。
『俺の戸籍だけじゃ不満なのか』
海『桃花!?お前、桃花を呼び出したのか!!?』
普段、海斗は汐璃に対して敬語を使う。
年上なのと、自分より階級(?)が上の娘なので、そうらしい。
しかし、その時ばかりは違った。
汐『私が呼び出されたの!あなたと別れろって…』
汐璃は泣くような素振りを見せたらしいけど…海斗の目には入っていなかった。
海『どうして…』
汐『…え?』
海『どうして桃花を巻き込むんです!?』
汐『だから、巻き込まれたのは私の方っ…』
海『あいつが今更そんな事する必要はない!あいつはそんな事しない…』
海斗は深くうなだれた…とか。
客人は『また来るよ』と、帰って行ったそうで、それからが大変だったとか。
海斗が何故濡れているのかを尋ねると、
『その前に私を待たせた事に対して何もないの!?』と、すごい剣幕だったとか…。
海『来客中だったでしょう?急ぎの用事なら、先に電話でもくれてればいいんじゃないですか?』
汐『あなたは妻よりも仕事を優先させるの?私が今どんな気持ちで待っていたか!!』
海『ですから何の用なんですか?』
汐『あなたの女に呼び出されて、水をかけられたのよ!』
海斗は不思議な顔をしていたらしい。
海『女?誰のです?』
汐『あ・な・た・の・お・ん・な!!!神崎桃花!』
それを聞いた瞬間、海斗は大声で汐璃を問いただし始めたとか。
林さんの話しをまとめる。
海斗の所に汐璃がやって来た。汐璃は濡れていたそうで、海斗は接客中なのでねで…と、応対した林さんが、とにかく着替えさせた。
とりあえず林さんは海斗に汐璃が来た事は伝えたけど、海斗は接客を優先させていたそうで…すると汐璃は突然キレて、海斗の部屋に怒鳴り込んでしまった…と。
来ていた客人もさることながら、海斗もビックリして汐璃の文句を黙って聞いていたとか。
客人は海斗のお父さんの知り合いで、海斗が小さな頃からよく知っている人だったからよかったものの…
それでも海斗は赤っ恥もいいとこだ。
「林さん…」
『なんで林さんと汐璃?』
お母さんが玄関先から駐車場に戻ってきた。
林さんが車から降りる。
汐璃は降りる気配がない…。
『こんばんは』
林さんが笑顔で挨拶をする。
「こんばんは」
『林さん、何事?』
私の挨拶とほぼ同時にお母さんが口を開いた。
『実は…』
林さんが困った顔をして話しはじめた。
林さんが汐璃を連れてきた…と言う事は、汐璃は海斗の所に行ったのだろう…それは想像できたが……。
時計が6時を知らせる。
「…お母さん…私帰ります…海斗帰って来るだろうし…」
『カイちゃんは遅いから平気よ。でもお父さんのご飯の支度とかあるもんねぇ』
お母さんは悩んでいる。
『あっ♪お父さんも一緒にうちで食べたら~♪』
「お母さん!?」
『やっぱりダメかぁ~』
チェッと言いながら少し拗ねてしまった😅
『じゃ~気をつけて帰ってね~』
「はい。また」
お母さんに別れを言い、車に乗り込もうとした時、林さんの車が来た。
助手席には…汐璃が乗っている……。
「え…だいぶ先に出ましたよね。どこかに寄ってるのかな」
私だけが上がって待つには気が引ける…何年ぶりかの夏木家。海斗の家…。
『何してるのかな、まったく…』
お母さんはイライラしている。
5時近くになっても帰らない。海斗が帰宅する……
「!もしかして、海斗待ってるんじゃ!?」
『カイちゃん?どうして?カイちゃん居たら逆に話しづらいでしょ』
確かに…キレて水かけるくらいだ。海斗にそんなトコは見られたくないだろう。
では……なぜ……
夏木家に到着。
先にお母さんを降ろし、車を止めた。
汐璃はまともに話しができるのだろうか…。
私はもう話す事はない。
話したくない。
話せば話すほど…海斗が私の手の届かない人なのだと思い知らされる。
と、車から降りた私にお母さんが駆け寄ってきた。
『汐璃、帰ってきてない』
汐璃も免許は持っていない。タクシーで先に帰っているはず。
少し気は重いけど、お母さんを車に乗せて夏木家に向かった。
時間はもう4時前…モタモタしていると海斗が帰ってくる。
お母さんは汐璃の前では“強いお義母さん”を演じているのだろう。
家が近付くにつれて、顔が険しくなる。
私はお母さんのそんな顔は見たくない…。
そっと手を握った。
「大丈夫ですよ」
すると、いつもの可愛らしさ顔で笑ってくれた。
帰りしな、お母さんが
『とにかく着替えて』
と、服を買ってくれた。
お母さんは免許がないので、この近くまでタクシーで来たのだろう。
「何から何まですいません…」
本当に申し訳なくて、でも、とにかく謝る事しか思いつかなかった。
すると……
『なんで…なんで桃ちゃんが謝るのぉぉぉぉ~』
…泣き出してしまった。
しまった…やらかしてしまった…😅
通りの真ん中で遠慮なく泣いているお母さんをなだめながら、車を止めた駐車場まで歩いた。
ありがとうございます💦
読んでいただいてる方いらしたんですね😆💦
お粗末ですいません…
感想スレを立てる程、立派なモノではないので恐縮ですが………
私、誉められて伸びるタイプなので(笑)誹謗、中傷されたら泣いちゃうぞ⤴
な、感じですが…
それでも立てちゃいますか⁉
私とお母さんは顔を見合わせた。
『桃ちゃん、ごめんね💦場所がわかんなくて…何もされなかった?』
お母さんは私の体をペタペタとあちこち触って無事を確認した。
「大丈夫ですよ」
『水かけられたんですよ…彼女に』
わいわいと興奮していた客の女がお母さんに告げ口した。
「あ…」
『あのバカ嫁…💢』
困った…
店長さんらしき人は律儀にコーヒーのお釣りを持ってきた。
「いいのに…」
『いえ、またどうぞ』
そう言って笑ってくれた。
この人…騙されやすいタイプだろうな…。
「お騒がせしました」
他の客にも頭を下げて店を出た。
汐璃の姿はない。
『困った嫁だわ』
お母さんは呟いた。
『あんたが呼んだんでしょ!?』
いやいや…全然…
『私が勝手にきたのよ!あんたが刃物でも持ち出すんじゃないかと思ってね!』
お母さん、ちょっぴり正解。“水”と言う飛び道具が出ました。
「お母さん、もう帰るとこなんですよ」
『まだ話しは終わってないって言ってるでしょ!!』
汐璃はまだ食らいつく。
『こんなとこではしたない!失礼でしょ!!話すならうちに来なさい!!!』
お母さん…怒れる人なんだ…。
汐璃はグゥの根もない。
千円札をテーブルに乱暴に置き、
『お釣りはいらないっ』
と、サクサク店を出た。
『いらっしゃいませ💦』
店長さんらしき人は客に向かって慌てて笑顔を向けた。
中には帰りたい客もいたかも知れないけど…そんな雰囲気ではない。
『お一人様ですか?』
客は一人なのだろう。
バタバタバタ…
子供…?
『桃ちゃん!!』
この足音にこの声…
客を見ると、お母さん。
声に汐璃も反応し、入り口を振り返った。
『どうしたの、濡れちゃって💦雨!?ごめんね、迷っちゃって💦』
『お義母さん…どうしてここに!?』
『どうしてじゃありません!』
私にもわからない。
『誰が帰っていいって言った!!?』
またでかい声で私を怒鳴る。
はっきり言って、私には汐璃に話す事はない。
ヨリを戻した訳でも、男女の関係でもない。
先に奪ったのは汐璃の方だ。私には文句を言う権利はあっても、文句を言われる筋合いじゃない。
私は何も注文していないので席を立った。
「もう話す事はありません。あなたの考えるような関係ではありませんから」
店中がしんっ…として、こちらに神経を集中している。
汐璃の前を立ち去ろうとした時、店に客が入っていた。
刃物でも持っていたら、襲いかかってきそうな勢いだ。
お母さんに
「海斗には内緒に」
と、口止めしたのが悔やまれる。
ま、刺されても目撃者はたくさんいる…死なない程度に…無理かな…😅
『どうぞ…』
店員の女性が、話しかけたのを機にタオルを差し出してくれた。
「すいません」
店員さんはタオルを渡すとそそくさとカウンターに戻った。
『警察呼びますか?』
店長さんらしき人が私を見て言う。
「大丈夫ですよ。もう帰りますから、すいません」
汐璃が反応した。
水をかけたくらいで大人しくなると思ったのだろうか。まぁ、多少は冷めただろうけど、汐璃の飲みかけのコーヒーをかけられるよりはマシか。
水も、氷が溶けていたから冷たいだけで痛くはなかった。
『最終的にあの人は私を選んだの!わかる?あなたは海斗さんに捨てられたのよ!』
「そうですね。だったら汐璃さんは、何のために私を呼び出したんですか?」
思い通りに事が運ばないもどかしさに、完全に汐璃はおかしくなった。
テーブルを両手で叩き、頭を掻きむしり、足をバタつかせ…
『あ~っ!!違う違う違う…違うっっ!!!』
さすがに見兼ねた店員が、店長らしき男性を呼んできた。
『お客様💦』
他の迷惑にもなるだろうし…何より心配だ…。
ずっと下を見ている汐璃を見ていたら、何だかおかしくなってきた。
私は笑った。
汐璃はそれに反応して、顔を上げた。
「あなたは、何がしたいんですか?話し、終わったなら帰っていいですか?」
そう言った瞬間、汐璃の顔は一気に鬼の形相になり、テーブルにあったコップの水を私にかけた。
まぁ…俗に言う修羅場です。笑
『人の旦那寝とっておきながら図々しい!!』
寝とってないし!被害妄想ですか!?
それから汐璃は、私が口を挟む間もないほどに文句の限りを言いだした。
やれ、泥棒だの売女だの、ただの盛りがついた雌猫だの…生意気だの非常識だの礼儀がなってないだの。
そりゃ~でっかい声で。
私は恥ずかしくないのかと、逆に心配になった。
言いながら、ものすごい汗をかいて息が切れてきた汐璃。
だんだん飽きてきた。
育ちがいいからだろうか…汐璃はボキャブラリーが少ない。
やっと黙った。
息を切らしている汐璃に、私は言った。
「汐璃さん。今あなたが言った言葉、そっくりそのままあなたにお返ししますよ」
微笑み混じりで言ってやった。
~~修羅場~~
周りにはそう見えたかも知れない。
汐璃は、テーブルを叩い手を握りしめ、顔を下に向けて肩を震わせている。
「(帰っていいかなぁ)」
女同士でランチでもしに来たのであろう客の1人が、こちらの状態を勝手に想像して
『何だろ~修羅場ってんの?え、どっちが嫁な訳??下見てる方が負けっぽくない?』
そんな事言いながらケタケタ笑っていた。
私に聞こえたのだから、汐璃にも聞こえただろう。
だから場所考えればよかったのに…。
「不貞のお話だけですよね?私には関係のないお話です。そんなに気になるなら、余所に女でもいるんじゃないですか?」
『あんた以外は1人も浮かばなかったから、こうして話してるんでしょ!』
少し興奮した汐璃はテーブルを叩いた。
廻りの客が少し反応する。
コソコソとこっちを見ながら話しをしている。
『今の関係は?』
汐璃にとって問題はここからだろう。
いくら調べても何も出ない。お母さんがうちに出入りしているのは調べればすぐにわかるだろう。
しかし海斗は…?
「何の関係もありませんけど。またに顔を見たら話しをしますけど(顔見たらね。メールはしてるけど)」
『嘘言いなさい。男女の関係なんでしょ。人の旦那を取るなんて泥棒。泥棒猫。薄汚い雌猫』
他の客に聞こえないようにだろう。一応声は押し殺しているが、すごい顔…。
だからこんな所選ぶから…。
「そんな汚い関係じゃありませんよ」
『嘘。外で晴らさずどこで晴らすのよ』
性欲の話しですか?
結婚当初の汐璃なら、抱いて惜しくない女だっただろうが…今は………。
好き嫌いが別れる風貌になっている…。
海斗にも選ぶ権利はあるだろう。
『ご存知の通り、夏木海斗の妻の汐璃です』
「神崎桃花です」
『あなたと主人の関係を教えてください』
「お調べになった通りですよ」
私と汐璃は年が10違う。年下に生意気な事を言われて少し顔色が変わった。
『自分の口で言いなさい』
強い命令口調。
「高2の時の副担任です。生徒と教師と言う関係でした(最初はね(心の声))」
嘘はついていない。
『は?違う!その後!』
「あなたと結婚するまで付き合ってましたよ」
『恋人同士だったのね』
「はい。あなたがしゃしゃり出てくるまでは」
『今は私の物です』
「海斗は物ではありませんよ」
あれ、私の毒舌ショーになってる?笑
しかし、チクチクと反抗する私に、年上として、妻としてのプライドがフツフツと煮えたぎっているのが顔に出始めた。
汐璃は入り口に背を向けて座っていた。
何だか…日々丸みを帯びているような……。
ストレスとは恐ろしい…。
他にも何人かお客がいて、不貞の話しをするには…どうよ?って場所な気がする。
まだ指定の時間より前だ。
「お待たせしました」
汐璃の正面に立ち挨拶をした。
『始めまして………どっかで見た顔ね……』
「さて、どうでしょう」
『座ってください』
「失礼します」
さあ、汐璃毒舌ショーの幕開けです。
内容的には、不貞の疑いがある。晴らしたければ、堂々と話し合いの席に来られたし…と。
日にちと時間と場所を指定されていた。
「たいそうな話しですねぇ…」
『ホントに!自分がまいたタネなのに😠私も行こうか⁉』
「いえいえ、大丈夫」
お母さんが来ると、逆に話しがこじれそう…苦笑
そして…指定された日時に、指定された場所へ向かった。
―ピンポ~ン
「あ、誰かきたみたいですね」
『汐璃だったりして』
「まさか(笑)」
私の足音に反応した客人が、インターホンのマイクのボタンを押す前に口を開いた。
『郵便で~す』
「郵便屋さんだって」
『んもぅ、心臓に悪い』
お母さんはホッとしたようだった。
しかし…あながち間違いではなかった。
「夏木汐璃…」
差出人は汐璃。
やたらと切手が貼ってある。
『なぁに?』
「何でしょう…」
開けてみると、中の便箋に【内容証明】の文字。
「内容証明?」
『チッ。あのバカ…』
お母さんが舌打ちをした。最近、お母さんのキャラが変わりつつあるような気がする…😅
ある時、お母さんが言った。
『汐璃…桃ちゃんの事調べてる…』
「ん?」
お母さんが、汐璃を名前で呼ぶのは珍しい。
たぶん…徹底的に調べているのであろう事は…想像できた。
「平気ですよ。やましい事はありませんから」
『けど…桃ちゃんに何かあったら…』
刺される?殴られたり…縛られたり…監禁とか!
…犯罪ぢゃん…苦笑
海斗は離婚はしないと思う。愛は無くとも世間体は保たねば。政治家になるのなら、妻の存在は不可欠だろう。
妻に拭いきれない負の部分を、私が取り払えたら…そう思っていた。
だから、海斗の隣は望まずとも、見えない所からそっと背中を押してあげたかった。
お母さんは相変わらず暇になると現れる。
私が向こうを訪ねる訳にはいかないが…本当によく来てくれる。
…父とお酒が飲みたいだけかも知れないけど…笑
海斗はうちでご飯を食べてからは、お母さんを迎えに来る事に抵抗がなくなったらしい。
でも、絶対に家には上がらない。
私も無理には上げない。もちろん父も。
お母さんだけがいつも不満そうにしている。
『いつもすいません😅』
海斗は迎えに来るたびにそう言っている。
『うちも2人だからね、かまわないよ。早苗さんが居てくれると、娘がもう1人増えたみたいだよ』
あまり年が変わらない人をつかまえて娘とか言うし…笑
そしていつも
『またね』
と帰って行く。
穏やかな…幸せな時間だ。
『カイちゃんと桃ちゃんが一緒なら、あちこちしなくていいのにぃ😠』
お母さん…飲みすぎです…。
世の中には、そんな汐璃を羨む人もいるだろう。
お金は黙っててもかなりの収入がある。子供はいない、家事はしなくてもいい、セックスもしなくていい。主婦の憧れではないだろうか。(そうじゃない方、ごめんなさい💦💦)
しかし…裏を返せば…
お金は黙ってても適当に使えと渡される。支払いなどは海斗がするから、後のお金は汐璃が自由に使えるお金。『俺は構わないから、好きにしろ』的な。
子供は…できる訳がない。抱くつもりはない…作る気もない。
家事はさせてもらえない。飯は作るな、掃除は自分の部屋だけやればいい…。
どうだろう…。
私なら耐えられないだろうな…。
そんなに妻の座は居心地がいいのだろうか。
もしかしたら、海斗が1度でも汐璃を抱いていたら、今のように逢う事なんてできなかったかもしれない。…いや、できるはずもない。
きっと私は嫉妬で狂ってしまうはず…。
その前に…海斗は1度でも汐璃を抱いたら、大事にしただろう。
愛は無くとも妻は妻。
妻にはそれ相応の生活費を渡し、家事は一切しなくても…させていないのだけど…それでも文句も言わない。
“愛情”の反対語は、憎しみや恨み…なんて言葉ではない。
“愛情”の反対語は“無関心”…。
なるほど納得だった。
そういえば、何か歌にもなってたな…。
まさに、海斗の汐璃に対するモノは“無関心”だった。
夫婦でも、2年以上体の関係がなければ不貞をしても裁かれる確率が断然低くなる…と聞いた。
海斗と汐璃は、2年どころか、1度もそんな関係がない。
それって…どうなんだろう…。
男と女は難しい。
ただでさえわからないのに、法律なんて絡まれたらお手上げ。
私は…十分我が儘だ。
世間的には…やっぱりこれは“不倫”になるのだろうか。
いつぞやあったドラマでは【昔の恋人が相手なんて、浮気よりもたちが悪い】
みたいな事を言っていた。
…私は悪い事をしているのだろうか……。
汐璃には面白くないだろう。けど…私はそれ以上の我慢をした。
とりあえず、駄々をこねるお母さんを適当にあしらいながら
『またね』
と帰って行った。
『海斗くんは変わらないな…お前も…もっと我が儘に育ててやればよかったな』
父が珍しく自分の育て方を反省している…。
「お父さん…気持ち悪…」
その言葉にハッとした父は、笑いながら私の頭をコツンと叩いた。
「いてっ」
私は父の娘でよかった。
海斗は自分の立場を理解している。
ご飯だけ食べたらお母さんを連れて帰ろうとした。
食べに出掛けても、食べたらすぐにお母さんを迎えに来て帰っただろう。
今の私達はそういう関係だから。
ただ…お母さんの方がかなり不満そう…笑
『んもぅ、カイちゃん、子供じゃないんだから😠』
連れて帰られる事に腹をたててるのか…律儀に何もせずに素直に帰る事に腹をたててるのか…。
「今日は父も休みで家にいるから、あんまり遅くなれないんですよ」
笑いながら答えると
『あ、じゃ~私が桃ちゃん家に行けばいいんだ♪んでぇ、パパさんにご飯作れば問題なしねっ♪』
お母さんは…一度決めたら結構譲らない。
結局、そうなる事になった。
熊にエサはやらなくていいのかな…
車2台で私の家に行き、お母さんを降ろして事情を話、「ご飯だけ行ってくる」と伝えた。
『何時になってもいいんだぞ』
ここにもいた…笑
父は海斗との再会を本当に喜んだ。海斗も父に会いたかったらしかった。
「ねぇ…みんなで家で食べればいいんじゃないの?」パッとひらめいた。
『あ…』
『そっかぁ~』
誰も考えてなかった。
私と海斗は外に行く事しか考えてなかったけど、汐璃がいる訳じゃなし、どうせならみんなで食べた方がマシじゃないか。
で、そうする事になった。
『いつもこっちまで来るのか?』
海斗が私のカゴをヒョイッと取り上げた。
元々少し重かったのに、砂糖を入れたから更に重くなった。
でも持てないほどじゃない。
…けど…嬉しい…。
「春ちゃんの所からの帰りなの」
『あぁそうか。』
お母さんがニコニコ…いや、ニヤニヤしている。
『カイちゃん、お母さん歩いて先に帰っとくから、荷物車に乗せとくねぇ』
海斗のポケットから車のカギを取った。
『帰りは何時でもいいのよ♪熊は寝てたし』
「熊?」
もしや…
『うちのバカ嫁よぉ』
熊なんだ…
お父さんの命日の時から、2ヶ月ほど経った頃だった。相変わらずメールと、一方的な電話と言う関係が続いていた。
春ちゃんの家に行った後だと、どうしても海斗の家の近くのスーパーが通り道になる。
その日は日曜で、チラシが入っていたらしく、お客さんが多かった。
夕方4時のタイムセールと言うやつらしい。
必要なものだけカゴに入れ、お買い得商品に目の色変えている主婦のレジの列に並んだ。
「この人達は、同じ商品を持って後何回並ぶんだろう…」
前の主婦のカゴを見ながらそんな事考えていた時だった。
私の後ろに並んだ人が、私のカゴにチラシの砂糖とティッシュを入れた。
「!?」
驚いて振り返ると、お母さんと海斗…
『桃ちゃんも協力してね~♪』
ここにもチラシを見て来た主婦がいた😅
『1人1個って書いてあるから、カイちゃん引っ張ってきたの~♪連れてきて正解♪♪』
お母さんは超ご機嫌だ。
ある日…海斗から着信があった。
…海斗には電話はしないように言ってある。
怪し過ぎる………
海斗が私を何と登録しているかわからない。
一か八か…
「はい、お待たせしました。どうしました?夏木さん」
当たり障りなく、名乗らないように出た。
ら、切れた。
…汐璃だな………
海斗はお風呂だろうな。
汐璃がかけてきた…と言う事は、女の名前で登録してあるんだろうな…本名かな。
私は海斗を“名無しの権兵衛”扱いにしていたのに…笑
その後は着信はなかった。女の名前、全員にかけているのかな…ご愁傷様な事だな…
日頃の私は…
家と会社の往復以外には、夕飯の買い出しか、春ちゃんの家に行くか…会社の人達と飲みに行く程度。
趣味は特にないし、今は仕事が恋人だ。
海斗にも、携帯のデータは消すように言ってある。
が…やましい話はしない。毎日の出来事や会社の愚痴、父の話やお母さんの話など…愛を囁いたのは最初の日だけだった。
着信履歴は個人が取得できるデータには残らない…と聞いたので、たまに私から電話をかけた。
愛はそこで育んだ。
離婚を望んだ訳ではない。ただ、海斗と何かが繋がっているのが嬉しかった。
汐璃は、お父さんの命日からこっち、必死に“私”を探していた。
探偵を雇っても、早々に見つかる訳はない。
現在進行形な関係ではない。あれからメールはするようになったけど、お互いの忙しさも重なってまだ逢う事はできていない。
そこで“元カノ”の線に切り替えたのだろう。
ビンゴ❗やっと“私”にたどり着いたらしい。
ただ…浮気の証拠がない。この前のお墓の一件も、ほんの偶然だったのだから…さすがに探偵もお手上げだっただろう。
送【了解😄海斗の事だけ考えるよ✨✨】
受【指輪…してくれてたね😄】
貰った日からずっとつけてる。1日だって外してない。左手の薬指…には少し大きくて…右手の薬指にはめていた。
送【ありがとね💓ずっとつけてる✨】
受【今度は左手だな】
あれ…左手にはまらないの知ってたんだ。
てか…左手は結婚指輪では…
この時から、海斗はどうにかして汐璃と別れる手段を探していた。
――送信――
【そうだね…✨少なくとも私は待ちだったょ😄今どこ?】
受【今、事務所😄来る?】
送【バカ😜行かないよ】
連絡方法にメールを選んだのにはちゃんと理由がある。
電話では履歴が残る。
メールは消せば残らない。誰に何を送ったのか、誰から受けたのか…個人ではそんな情報まではわからない。
汐璃がどこまでの女なのかわからない。
海斗だって、家でお風呂に入る事もあるだろう。
そんな時に、浴室まで携帯を持って入る訳がない。
そのすきに携帯を見ないとも限らない。
受【会えてよかった…】
送【私も…でも、汐璃さんは大丈夫?】
受【あいつの事は気にしなくていい】
送【そういう訳にはいかないでしょ…😓】
受【いいから…俺の事だけ考えて】
…海斗の事考えるから、もれなく汐璃がついてくるんですけど……
携帯のメモりから海斗の名前は消していた。
ただ…
♪~♪
【新着メール受信中】
きた……
【名無しの権兵衛さん】
ん………
………登録しよ………
【またメールできる日がくるとは思わなかったよ…アドレス変えなかったんだな…お互い、連絡待ちだったのかな】
「汐璃さん…一緒に来たの?」
『はっ?いや。あいつは家で寝てたよ』
「ふぅん…」
私の視線に気付き、海斗は駐車場の方を見た。
『はぁ…』
海斗は大きな溜め息をついた。何に対する溜め息だったのだろう。
海斗の視線に気付いた汐璃は、帰って行ってしまった。
「…お墓参りじゃなかったんだね…」
『来た事ないよ』
「ふぅん…」
海斗は私を見た。
『元気そうだ』
「元気だよ。海斗も、元気そう。忙しいんでしょう?」
『林さんがいるからね。楽だよ』
「そっか…」
『…たまには…飯くらい行かないか?』
「…たまに…ならね…」
私は海斗と別れてからも、携帯番号もアドレスも変えていない。
『連絡する…』
と言う海斗に
「メールなら」
と答えた。
「アドレス変わったでしょ?私は変えてないから、メールしててね」
『変えてないよ』
「え…」
私は…心のどこかで海斗からの連絡を待っていた。だから番号もアドレスも変えなかった。
海斗も…同じだった。
もう1度、お父さんのお墓の前まで一緒に行き、お参りをする海斗を見ていた。
その時…駐車場からこちらを見ている汐璃に気付いた。
花は持っていない。
墓参りではないのか…。
今は特にやましい事はない。私は慌てる事もないと思ったが…汐璃はそうは受け取らなかったようだった。
もしかしたら、海斗は汐璃を連れてお墓参りに来るかも知れない…と思い、いない事を確認しながらそそくさと済ませ、ザッとお墓の周りの草を抜き、逃げるように帰ろうとした…
その時…前から海斗が1人で現れた。
隠れる場所もなく、立ち尽くす私に気付いた海斗も、その場で立ち止まった。
勝手にお父さんに似合いそうな色を想像して、花屋さんでお墓参り用のお花の盛り合わせ(笑)を作ってもらった。
淡い色を基調に、白をメインにしてもらった。
昔から、お墓参りは午前中…と言う習慣が我が家にはあり、それは他人様を参るときも一緒だった。
別段会わなくてもいい奴とは結構会う。
が、逢いたい人とはなかなか逢えない…私はそういう人間だ。
行動範囲が決まっているからだろうな。
海斗とも、逢うつもりになればいつでも逢える距離だけど、全然逢わない。
もちろん、汐璃とも会わない。
あの日は…
海斗のお父さんの命日だった。
毎年お墓参りには行っていたけど、海斗に逢う事はなかった。
その年の命日は日曜日…。
春ちゃんは、散歩がてらナオ先輩の会社まで歩いて行って、一緒に帰るからと、そのまま別れた。
晩御飯の材料を買うのに、海斗の家に近いスーパーに行ったら、お母さんがいた。
相変わらず、私の顔を見るとはしゃぐはしゃぐ…笑。
今夜は海斗は帰ってくるらしい。
汐璃も買い物に来ている…と言う事で、すぐに離れた。
居た…。
お母さんとは別会計。先に帰って行った。
買い物を済ませて外に出たら、お母さんに呼び止められた。
『はい、これ』
お刺身の盛り合わせ…
『お父様に♪』
「(笑)喜びます」
『じゃ~ねぇ~♪』
手を振り振り去って行った。
汐璃は…以前よりかなり太った。
私もそんなに細くはない。
が…間違いなく私より…。ストレスからくる過食症だったのだと、後から聞いた。
そういえば…お菓子とかなんとか買ってたな…。
海斗の収入があるから、仕事はしていない。
知らない土地で知り合いもいないし、出掛けもしない。
食っちゃ寝…な生活。
憐れ…過ぎる…😓
海斗には逢わない。連絡もしない。
けど、お母さんは来る😅
そんな生活が当たり前になっていた。
仕事も順調。
責任ある仕事も1人で任せられようにもなった。
もうすぐお母さんの誕生日。社会人3年目の4月…
お母さんの誕生日プレゼントを選びに、ショッピングモールへ行った。
久しぶりの登場の春ちゃんは、もう2人のママ。
チビちゃんとチビチビちゃんを連れて、気晴らしに誘った。
お母さんのプレゼントを選んで、チビちゃんとチビチビちゃんへの玩具のプレゼントを買い、ランチを済ませた。
『変な関係だね~』
食事のコーヒーを飲みながら春ちゃんが笑った。
「お母さん、大好きなんだもん」
『夏やん…桃の事、まだ好きだよ』
春ちゃんは囁くように言った。
「ん?」
『こないだナオと買い物に行った時に、偶然会ったんだ。夏やんと』
「そっか」
『す~~~~んごい、心配してた。桃の事』
「え、私の事?」
体の事とか?仕事の事とか?
『まだ彼氏はいないのかな~だって😁』
「!」
『アハハハハ~』
汐璃はプライドが高いので、夏木家でのはみ出し生活を安東には話していないのだろう…
そんな事したら多分、安東は乗り込んでくる。
もしかしたら別れろ!まで言うかも知れない。
汐璃は…意地で海斗の妻で居続けていた。
憐れ………。
『妻です』
と、紹介される場もある。それだけが楽しみ、喜び。
結婚して、一度も自分に触れない海斗。
探偵を雇った事もあるそうだ。
女の影もない。
当たり前だ。
…ざまあみろ…。
おっと…失礼…。
成人式には、お母さんが選んだ着物を着て行った。
お母さん、はしゃぎまくり…笑
海斗の妹は、18になってすぐ結婚して、海外で暮らしている。
ただでさえ滅多に戻らない彼女は、汐璃が居座ってからは連絡すらよこさなくなったとか…。
だからお母さんは寂しいのだろう。
海斗がいない日は、ほとんどうちにいるような気が…
それから2年が過ぎた。
父とお母さんはとても仲がいい。でも、変な関係にはならない。いつもお互いの連れ合いとのノロケ話しをしたり、汐璃の愚痴を言ったりしている。
由香子さんもよく来る。
あのまま、私と海斗がヨリを戻す事を期待していたようだったけど…笑
感謝は、言葉じゃ言い切れなかったけど…。
ホテルのチェックアウト時間ギリギリまでいた。
不思議と、離れる苦痛は前ほどは感じなかった。
「逢わない方がいい…」
海斗は納得してくれた。
逢おうと思えば逢える距離。でも…仮面とは言え汐璃のモノ。
もしかしたら、海斗は辛かったかもしれない…。
でも笑顔で別れられた。
お互いの道を…別々の道を歩き始めるために。
甘い夜…熱くて…愛おしくて……
今後の事を考えた…。
やっぱり…逢わない方がいいだろう…。
だから…今夜は…
時計が12時を告げる。
「おめでとう…」
好きだから抱きたい…それまではよくわからなかった。でも…その日は本当に抱かれたいと思った。
こういう気持ちなんだな…。
極上飛び切りスマイルの店員さんは、店のオーナーで、由香子さんの息子さんらしい。
海斗の誕生日と、私の卒業祝いに…とものすごい料理が出てきた。
デザートもでっかいケーキ。
食べる分だけ切り分けて貰って、残りはお持ち帰り…と言うか、明日取りに来ます😅状態。
由香子さんは実はお手伝いさんではなく、本当にお母さんの友達で、お手伝い役は“趣味”らしかった。
この時、初めて知った。
息子さんから、ホテルの招待状を貰った。
『これは僕からです』
県内随一のホテル…しかも…お部屋…スイートなんですけど…。
『あ、気にしないでくださいね。父が社長なんで』
…もう…好きにしてください…。泣
「え…あ、元気そうで、お久しぶりです。あれ、何で?あ…お母さん達は?」
人間、慌てると本当に思考回路が逆に回る…と言うか、止まると言うか。
とにかく落ち着かない。
自分ですら何を言ったんだか。
海斗が近付いてくる。
『逢いたかった…』
優しく抱きしめられる。
意味がわからなかったけど…何だか落ち着いた。
ほんの2ヶ月くらい。
彼にはどれだけ長かったんだろう…。
肩が震えている…。
泣いてる…?
『由香子さんからの誕生日プレゼントなんだ』
3月5日は海斗の誕生日。
「そっか…」
『今夜は帰らない』
「……うん……」
その日は…帰らなかった。父には…由香子さんから連絡が入っていたらしい。
帰らない…と電話を入れたら…
『ダメな父親だな…本当は止めるべきなんだろうけど……』
心なしか…父の声は嬉しそうだった。
由香子さんの指定した3月4日。
6時には少し早く着いた。
小洒落たお店だけど、私でも入りやすいあまり畏まらないお店。
お母さんと由香子さんが来るものだと思っていた。
お店の人に招待状を見せると、
『お待ちしておりました。お連れ様は先にお越しですよ。どうぞ…』
と、極上飛び切りスマイルで言われた。
…何て接客向きな人なんだろう…。
お店の人に先導され、ドンドン店の奥に通される。
厨房の横の狭い通路を通り、更に奥へ…💦
『こちらです』
こっ…個室!?
コンコンと部屋をノックして、ドアを開けた。
私の位置からは中にいる人は見えなかった。
『ごゆっくりどうぞ…すぐにお料理、お持ちいたします』
相変わらずな極上飛び切りスマイル…。
お店の人は厨房に入って行った。
部屋の中を覗くと…
「…っ!海斗っ!?」
『…桃…』
手の平に収まるくらいの小さな包み。
メッセージカード…は、後で見よう。
薄いピンクの包みに白いリボン。
包みにもキラキラとした宝石のような装飾が施してある。…捨てられないだろ💦
中には白い箱。
開けて見ると…指輪…
慌ててメッセージカードを見る。
~ I LOVE YOU ~
…痛い…痛いよ…
お手伝いさん…の、由香子さんからのプレゼントは、薄い黄色い和紙で包まれていた。
開けてみると、写真立てが入っていた。
写真立てに紙が挟んであった。
【3月4日 PM6:00 レストラン・ポアレ】
…予約招待状…?
ん~手の込んだ事を…
行くべきだろうな…
そして最後に…海斗からのプレゼント…
本当に…楽しい時間だった。
お母さん達は、10時頃タクシーで帰っていった。
父はお母さん達が帰った後、片付けをして…すぐ倒れ込んだ。
……呑みすぎ。
毛布をかけて、ストーブを点け、加湿器をつけて、プレゼントの包みを空けた。
お母さんからのプレゼントは意外にも手作りではなかったけど、名前のイニシャルの刻んである、物凄く高級感のある砂時計…。
青い砂の中に…金…!?
メッセージカードに
~素敵な時を~
何だか…とても深いプレゼント。
「お母さん、これ、ありがとうございました」
海斗からのプレゼントを持ち出してそう言った。
すると、とても嬉しそうに笑った。
『カイちゃんと2人で買い物に行ったのよ!』
そう言って、バックをゴソゴソし始めた。
『あれ?あれ?』
何か探している。
『早苗さん、外のポケットですよ』
お手伝いさんがお母さんの隣で耳打ちをした。
『あ、そっか』
探し物が見つかったらしい。笑
『桃ちゃん!これは私からのお祝いね』
ピンクの可愛らしい…お母さんの方が似合いそうな包みを私に差し出した。
『早苗さん…すいません。海斗くんからも…』
父が恐縮した。
『すいません…私からも…』
お手伝いさんもプレゼントを出した。
タイミングがよかった…と言うか、雰囲気が一気に和んで、みんなほぼ一斉に吹き出した。
前にも言ったけど、お母さんは“可愛らしい”がとても似合う人だ。
汐璃との生活は気が張っているのだろう…
お手伝いさんがなだめている。
父も、あまりにも急に泣き出したので驚いた。
…そういえば、海斗のお父さんが、よく泣くって言ってたな。
『桃ちゃ…ん…グス……ごっめ……ね…グス…』
ふぇ~ん…グスグス…
何となく…罪悪感…
そういえば…海斗からのプレゼントを持ってきたって事は…海斗は今日お母さんがうちに来るのを知っていたんだろうな…。
海斗は家に帰っても、汐璃と寝る事はないそうだ。
それどころか、お母さんの部屋のソファーで寝るか、帰った気配を悟られないように、カギのついた自分の部屋で寝るらしい。
可哀相に…
ご飯も、お母さんが作るらしい。
と、言うよりは、お母さんが汐璃に作らせないとか。『海斗は好き嫌いが多いのよ』
とか言っちゃってるみたい。
…海斗はマザコンではない。が、汐璃からしたらマザコンにしか見えないだろう…笑
お母さんがいてくれてよかった。
お母さんの話を聞きながら、申し訳ないが汐璃の不幸を少し喜んだ。
ところが、急にお母さんが泣き出した。
泣き上戸⁉
私の日常から、海斗が消えた。
汐璃との結婚が決まってから、別れる事にした。
連絡もしない事にした。
好きで好きで堪らなかったから…
連絡しなかった。
父も、海斗の話はしない。2人で毎日楽しく過ごした。
卒業も2人で…と、思っていたら、海斗のお母さんが来てくれた。
お友達のお手伝いさんと、すごいご馳走を作ってくれた。
……海斗からの卒業祝いを貰った。
海斗と汐璃はお母さんと一緒に住んでいる。
海斗の離れの部屋にはカギがかけられたらしい。
結婚してからは、海斗はほとんど家に帰らなくなったそうだ。
結婚初夜から仕事に明け暮れていたらしい。
汐璃は
『父もあまり家にはいませんでしたから』
と、強がっているとか。
父とお母さんはまた2人でお酒を呑みながら、汐璃の愚痴でグイグイやっていた…笑
しかし…政治家も、党の重鎮ともなればかなりの力がある。
海斗のお母さんの実家の会社が…傾き始めた。
すごい、すごい。
トントント~ンと、事は進んだ。
私が高校を卒業する前に…海斗は汐璃と結婚した。
お母さんは泣いて謝った。お母さんは、結婚式には…出なかった。
夏木家の人間は、誰も出席しなかった。
代理でも立てただろう。
式は滞りなく進んだのだそうだ。
海斗のお母さんは、好き嫌いが露骨に顔や態度に出るようなタイプではないけど、汐璃だけは…生理的に受け付けない…って感じらしい。
《婚約発表》を現実にするために、凄まじい勢いで根回しをしていたらしい。
その報告と、義理の母親になる海斗のお母さんへの初のご挨拶。
それなら安東が出向くのも納得。
しかし、お母さん…
『あら。海斗のお嫁さんになる子と、昨日から年越ししたのよ~。あなたは…海斗の…何になるの?』
天然なのか…それでなければかなりイヤミだ。
お母さん、素敵すぎ✨✨
両家とも不幸があったので、お節料理は抜きにした。お雑煮と、バラ寿司。せめてものお祝い…と言う事で。
父も海斗のお母さんもお酒が好きだったので、両家の亡くなった相方の遺影を立て、その前にお酒を添えて…供養を言い訳に(笑)グイグイ呑んでいた。
午後になり、さすがに長居し過ぎたので、帰る事にした。
私と父が帰った後…安東が来たらしい。
普通、自分より目下の人間の家に挨拶に行くものではない。
…汐璃の《海斗捕獲大作戦》の本格的な幕開けだった。
年末になっても、海斗は相変わらず忙しそうだった。
それでも、マメに連絡はくれるし、海斗のお母さんもちょいちょい連絡をくれて、ご飯やお菓子を作ったり、服やバックまで作ってくれた。
時々、父もお呼ばれして、みんなでご飯を食べたりもした。
クリスマスもそうやって過ごした。大晦日からお正月にかけては、父も海斗の家に泊まって、みんなでおめでとうを言った。
『明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします』
汐璃も安東を追うように外へ出た。
父は…魂が抜けたようになっていた。
海斗が駆け寄った。
『すいません…俺のせいで…』
父は海斗が大好きだ。
息子が欲しかった父は、海斗を自分の息子のように可愛がっていた。
父は海斗の肩に掴まって立ち上がって、海斗の肩を叩いた。
『君も大変だな…』
父はふっ…と笑った。
後に海斗は言う。
あの時、突き放されたら…たぶん立ち直れなかっただろう…と。
父は海斗が大好きだったから…。
いや…今でも大好きだ。
『夏木海斗の婚約者の安東汐璃です。海斗さんとどう言う関係かは存じませんが、この度はご愁傷様でした』
父はまだ固まっている。
海斗が汐璃の手を掴んで、安東の元に引っ張って行った。
『お断りすると言ったはずです。こんな真似して…お帰りください!』
『そうか…帰るぞ、汐璃』
そう言って玄関へ向かう安東。
『本気で断れると思ってる?』
捨て台詞を吐く汐璃。
そこへ大きな足音が近寄ってくる。
『こんな物いらんっっ!政治家風情が!家内が汚れるわっ!!!』
父が安東に駆け寄り、分厚い香典を投げ付けた。
あんなに激しい父は初めて見た…。
玄関にいた安東の秘書らしい女が香典を拾い、安東を見た。
『持って帰れ』
そう言うと、秘書は香典をかばんに入れ、安東と共に外に出た。
安東が来たのだ。汐璃を引き連れて。
いや…汐璃が安東を連れて来た…が正しいのかも知れない。
分厚い香典。
意味がわからなかった。
父も固まっている…。
そんな中、安東が口を開いた。
『娘の婚約者がお世話になった方が亡くなったと聞いて…一大事だと駆け付けました』
娘の婚約者…?
弔問客が騒ぎ出した。
『どなたかと…勘違いをされているのではないですか?』
と、父は眉をしかめた。
そこへ海斗が出た。
『安東さん…』
『海斗くん。やっぱり間違いない』
「…海斗…?」
『安東さん、お帰りください!』
海斗が声を荒げた。
『海斗さん。私はあなたの妻になるの。今のうちから、あなたのお世話になった方には挨拶をしておく必要があります』
汐璃はそう言って、父の前に立った。
その日は仏滅だったので、次の日がお通夜になった。海斗は慌てて帰ってきてくれた。
その時は、まだ婚約の事は知らなかった。
ただただ…悲しかった。
父親の死を悲しむ暇もなかった海斗を不憫にすら思っていた。
海斗は、父に本当によくしてくれた。
父も海斗を心底信頼していた。
それは…まだ弔問客がたくさんいる中、始まった…。
海斗がK県に1日泊まりで行くと言った。
林さんも一緒。林さんは日帰りを希望したのだが、あの安東に却下されたらしい。
安東主催の後援会のパーティー。と、称した娘の誕生日ア~ンド婚約発表。
今時あるんだな…的親バカ。
その日…母が…息をひきとった。
『もしもし、今病院出た。ごめんね!』
「ビックリした!!何、何ヶ月?てか…おめでと~☆産む…よね?」
『もちろん!3ヶ月だって。卒業もできるよ!』
「やった~!よかったね!先輩は?」
『すっごい喜んで、今泣いてる~笑』
「アハハ。先輩らしい」
『今からうちの親に挨拶に行くって。そのあとナオんトコに行くから』
「了解、気をつけてね!明日学校来る?」
『行く、行く!また明日ね~』
あの春ちゃんが…お母さんになる…
自分が、親戚のおばさんになるような感覚を覚えた。とても幸せだった。
♪~♪
―メール受信中―
春ちゃんからだった。
【桃、どうしよう…出来ちゃった😆❤】
はっ!!!?
慌てて電話をかけた。
…出ない…
♪~♪
【ごめん💦今、ナオと病院なんだ❗後でTelする】
…了解…
意識が戻らないまま、一週間が過ぎた。
父は仕事の帰りに毎日病院に行く。
会社も、残業はさせないように気を使ってくれていたようで、面会時間ギリギリまで病院で過ごしていた。
もうすぐ11月。
クリスマスやお正月の話しもそんなに遠くなくなった頃だった。
いつも明るい海斗のお母さんが、泣きそうな顔をしていつものように手を握ってくれた。
『大丈夫、大丈夫』
お母さんの手料理を食べて、海斗の部屋へ行った。
何を話したかも思い出せないけど、海斗はずっとそばにいてくれた。
海斗も病院に駆け付けてくれた。
母は意識が戻らないままだった。
父はずっと母の手を握っている。
完全看護だけど、今夜だけはいい…と了解を得たので、海斗の運転する車で父と私は一度家に帰った。
父はシャワーを浴び、1日分の着替えだけをかばんに詰めた。
自分の車で行く…と言う父を海斗は止めた。
海斗とまた病院まで送って行った。
病院の入り口で
『すまないが…娘を頼むね』
と言い、父は病院へ入って行った。
今夜は海斗の所へ泊まる事になった。
海斗も忙しい日々を送っていたけど、なるべく家に帰れるように…と林さんが配慮してくれていた。
『林さん。ホントに先に出馬(で)なよ』
と言う海斗の呼び掛けに、いつも笑顔で
『僕は先生の意志を継ぎたいので…』
と、海斗を先に…と言う信念を曲げなかった。
……林さんは実は超いい人だ。最初は嫌いだったけど…。
海斗のお父さんの急死からいっときは穏やかな日が続いた。
たまに海斗の家に顔を出したら、お母さんはいつものようにはしゃいでくれた。
海斗がいない時でも、気兼ねなく遊びに行けたのは、お母さんの人柄だろう。
海斗のお父さんは、お母さんとの結婚を後悔していると言っていたけど、それは政治的な話しで、私生活はとても幸せそうだった…とお茶友達のお手伝いさんに聞いた。
お父さんのいなくなった家は少し寂しげだったけど、残った財産等ナドで、とりあえず一生暮らせるようだった。
「今、お客様いないの?お母さんも呼んで来ようか」
『いや、安東さんと話してるよ』
「あぁ…」
ナルホド。
そこへ汐璃が海斗を探しにきた。
『海斗さん、やっと見つけた』
『汐璃さん。何か?』
海斗は空返事。
『あ、いえ…姿が見えなかったから…ごゆっくり』
汐璃は私と妹さんに頭を下げて、そそくさと立ち去った。
『何だい、あの子』
妹さん、フンッと鼻を鳴らした。
後に、汐璃と対面した時に『どっかで見た顔ね』
と言われるのだが…
ここでお会いしておりました。妹とかイトコ程度にしか見えなかったろうね。
まさか制服着た女子高校生と海斗が付き合ってるなんて、思いもしなかっただろう。
そこへひょっこり海斗が現れた。
『おばさん、お疲れ様。ありがとうございます』
『あら、いいのよ~。こんな可愛い娘さんと一緒にお茶汲みなんて、滅多にできないわよ』
『桃もありがとな』
「うん」
今日はお互いゆっくり顔も見ていなかった。
『カイくん、少し休んだら?お茶入れるわ』
『すいません』
「何か食べる?」
『そこの最中でいいや』
海斗はどんなに小さな事にもお礼を言う。
「はい」
言われた最中を渡す。
『ん、ありがと』
ほらね。
『はい、カイくん、お茶。熱いからね』
『すいません、ありがとうございます』
やっと一息…悲しむ暇もないね…。
私は奥の間に下がって、お客様用のお茶汲みを手伝っていた。あらかたお客様がいなくなった頃に、海斗のお父さんの妹さんが近づいてきた。
『遅くなるから帰っていいよ。ありがとうね。助かったわ』
お父さんにそっくりな笑顔を向けられた。
その顔を見たら涙が出てきてしまった。
妹さんビックリ。
『どうしたの??』
『すいません…お父さんにそっくりで…つい…』
妹さん、少し安心したようで、『よく言われるの』と笑っていた。
妹さんはギュッと抱きしめてくれた。
『海斗はいい子を見つけたね~』
アハハ、と笑う感じは…お母さんにも似ていた。
海斗より年上に感じた。
安東一族の気配に気付き、海斗のお母さんが海斗を呼ぶ。
『安東さん。わざわざこんな所まで、ありがとうございます』
海斗が深々と頭を下げる。
『何を言うんだ、海斗くん。ご愁傷様だったね。雄一の分まで頑張るんだぞ。いくらでも力になるからな』
少し…上から目線の嫌な奴だと感じた。
父親を押し退け、汐璃が顔を出した。
『海斗さん。この度は…何て言ったらいいのか…』
泣き出した。
『汐璃さん。ありがとうございます。大丈夫ですよ。わざわざすいません』
とか言いながら、『泣くなよ、面倒臭い』と思ってるのは間違いない。笑
フロアの方が急に騒がしくなった。
覗いて見たら…
“安東徳行”その人だった。あちこちから偉い人達が来る中、異様な空気を醸し出している。
その後ろに…安東の妻らしき女性と、“息子”と紹介されている男性。
そして…お通夜には少し不具合な格好で登場した女性。
彼女が“シオリ”。
安東汐璃…。
1度すると、男は付け上がる…と聞いた事があるけど、海斗はそうではなかった。
キスの数は断然増えたけど…。
そんな中…海斗のお父さんが亡くなった。
まだ55歳という若さだった…。
お通夜に行って、いろいろお手伝いをした。
ただの彼女だから、でしゃばらないように気をつけた。
この状況でごゆっくりとか言うか…
私は過去に1人しか経験がない。
しかも、初体験で1度切り…。
「責任取って」
なんて面倒臭い事言わないのに、処女だとわかったら連絡が取れなくなった。
そして今…この状況…
ド緊張で心臓やら動脈やら体中が脈打ちまくり。
『桃……いい…?』
声も出せずに頷くのみ。
こうして…海斗と初めて結ばれた。
部屋を見ている途中で、ふと昨日の事を思い出した。
「海斗…嘘ついたね」
『嘘?』
「安東さんに…付き合ってる人がいるって断ったって、お父さんが言ってた」
『あぁ』
少し照れてはにかむ。
座っている海斗の足元にしゃがみ込み、海斗の顔を覗き込む。
「ありがとう」
『桃…』
そういうと…ムラムラした海斗は……笑
滅多にキスもしないのに、ここぞとばかりにキス、キス、キス。
時間を見ていたかのようなお母さん登場。
お母さんも海斗も、慌てる事なく…
『ごゆっくりね』
と、お母さんは去っていった。
『んもぅ、彼女連れてくるなら言ってくれなきゃ、何もないじゃない。今からお菓子焼くから、1時間待っててね』
そう言って、コーヒーだけ用意してくれた。
『何もいらんよ』
『カイちゃん!お母さんに恥をかかせないでね』
『あぁ、ハイハイ…』
なかなか扱いの難しい人らしい。
海斗の部屋は意外と小綺麗で、物があまりない。
座ってキョロキョロしていたら
『見て回っていいよ』
と笑われた。
政治家先生の家にしては、そんなに大きくないらしい。が、私の家よりははるかにでかい。
お手伝いさんは1人いるけど、海斗の母親は殆ど家事をこなすので、お手伝いさんはお母さんの《お茶友達》が仕事らしい。
海斗の部屋は、母屋から廊下で繋がった離れにあった。外観は和風なのに、中は思い切り洋風だった。
『ま、大丈夫なのは見た目だろ』
そんな適当な感じも好きだ。笑
海斗のお母さんは天然だ。可愛らしい…と言うのがピッタリで、裁縫が得意で、よく色んな物を作ってくれた。
初めて会った時も、気さくでとても人懐っこい笑顔で、嬉しそうに私の回りをグルグルと…仔犬のようだった。
『カイちゃんが女の子連れてきたの初めてね💓』
私の両手をギュッと握り、とびきり極上スマイルだった。
夏木雄一は…間違いなく海斗の父親だ…。聞けば年は10以上離れているらしい。女好きは血統か…笑
それから、ティーセットを割らないように母はしっかりバランスを取りながら、父は小さな段差でも母を気遣い…
家に帰ったらヘトヘトになっていた。
『夏木さん…いい人だな』
父がそう言うと、母が笑いながら返事をした。
『あら。お父さんの方が素敵ですよ』
…バカップルめ。ご馳走さま。
『桃も疲れただろ』
「大丈夫。……お父さん……ありがとう」
私は心からそう思った。
本当に父はかっこよかった。私のヒーロー✨
『可愛い娘の為だ』
『失礼な話し…相手が高校生のお嬢さんだと知って、海斗が本気だとは思ってなかったんです』
そう言って紙袋から何かを取り出した。
『手ぶらでは申し訳ないので…お見舞いに来ていただいた方用なんですが…』
と、取り出したのは有名ブランドのティーセット。
うん十万円はするだろう代物…
『こんな立派な……』
もの頂けません。
と言おうとした父を遮って『貰ってください。』
と、夏木雄一。
相変わらずな存在感。
この場合は威圧感…かな。
『お体の具合はどうなんですか?』
父が尋ねた。
『もう…悪あがきな状態でしてね。海斗はまだ年が足りない。私の下でいろんな経験をさせてやりたかったんですがね…』
ハハハと笑いながら夏木雄一は言った。
『お母さん、大事な娘さんを傷つけてしまいましたね…大丈夫ですか』
夏木雄一の問い掛けに
『大丈夫です。私、夏木さんのファンですから!』
今言うトコじゃない!
でも、その言葉で少し場が和んだ。
『芳枝っ!』
父が恥ずかしそうに母を叱る。
『ハハハ。ありがとうございます。まだまだ頑張らないといけませんね。こんな所で寝てる場合じゃないな。……林くん。紙袋を取ってくれるか』
弱い女だなんて思われたくない。
両頬をパンッと叩き、唇をきつく結んだ。
涙はまだ流れるけど、気持ちは落ち着いた。
『私の妻もよく泣く女でね…今のキミのように強がる素振りなんか見せた事もない…キミは……キミなら大丈夫かな…』
夏木雄一はそう言った。
意味はわからなかった。
『今日は本当に申し訳ありませんでした。桃花ちゃんも、ご両親も…本当に…』
少しふらつきながら、立ち上がり、夏木雄一は頭を下げた。
私は正直、何が何だか…な状態だった。
『桃花?』
「ん。」
海斗が私の肩を掴んで、私の目線の高さに自分もしゃがんだ。
『明日、デートしよう。今日は遅いから、もう帰ってゆっくりして』
優しく笑う。
その顔を見たら、何故か涙が溢れ出して止まらなかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
そう言いながらどうにかして涙を止めようとしたけど……
『とにかく。俺は別れないからな。シオリさんとも結婚はしない』
敵は、シオリさんって言う名前なんだ…。
海斗がグルッとこちらを振り向き父と母に深々と頭を下げた。
『うちの親父が失礼しました』
『いや…お父さんは海斗くんの事を思えばこそ…それはわかったよ』
父は…父親同士、何か通じるものがあったのだろう。
『お母さんも…すいませんでした』
母は首を横に軽く振った。
海斗が私を見た。
『桃…』
派手な親子喧嘩。
お互いがネタ切れになるまで続いた。
林さんは私達に椅子に座るように促してくれた。
好意に甘えさせてもらった。
家ではよくある事なんだろうな…林さんはこんなに激しい喧嘩を見ても、慌てる様子もない。
『先生が選んだのなら、私に選択権はないんだよ。海斗くん。キミだって先生をずっと見てきただろう!?』
ラチがあかなそうなので…帰る事にしよう。
「あの…帰って…考えます」
『っ…!!親父!別れろって言うなら俺は政治家なんてならない…』
『甘えるなっ!』
海斗の言葉を遮るように、あの穏やかな夏木雄一が突然怒鳴った。
『お前にはお前の道があるかも知れん。しかし、お前はそれでも教師を辞めて、こっちの道を選んだんじゃないのか!!』
『だからって嫁まで親父に選ぶ権利があるか!?』
母は今にも泣きそうになっていた。父は海斗親子の会話を聞きながら、黙って何かを考えていた。
私は………
―コンコン―
病室のドアを叩く音が聞こえた。
『どうぞ』
夏木雄一は招き入れる。
そこに現れたのは海斗だった。
こんな時間に来るのは珍しいのだろう。夏木雄一は驚いた顔をしていた。
『あれ、桃?に…お父さん達まで…??』
海斗は頭がいいし、回転も早い。何かを察したのだろう。
『親父っ!!』
そこに林さんが止めに入る。
『あなたの為ですよ!』
『俺の為?だったらまずは林さんが出馬(で)ればいいじゃねぇか!あんた狙ってたろ?親父の推薦で上がれたらいいって!』
そう。林さんにとって、夏木雄一が病気になって海斗が後釜で名乗りを上げられたのは予定外だった。
先に自分が政界に入るつもりだったのだ…。
ドラマではここでお金とかポンと出されて、手切れ金です…とかくる。
このドラマは果たして…
『私も親でね…娘もいる。あなたの気持ちはよくわかる。海斗の気持ちも尊重してやりたい』
夏木雄一はそう言った。
『桃花ちゃん。キミは海斗を押し上げられるかな?』
…無理です。
そう私が言う前に父が口を開いた。
『つまり、娘に別れろとおっしゃりたいんですね?娘から海斗くんに別れを切り出せ…と』
父は声を震わせている。
怒っている…。
『…申し訳ない。しかし、そういう事です。強要はしません。お願いです』
夏木雄一の目は真っ直ぐこちらを見ている。
『息子に…私のような苦労はさせたくないんだ』
「海斗さんは断ったんですよね?」
『あぁ…付き合っている女性がいますとはっきり言い放ってしまったよ』
父と母は話しが見えなくて顔を見合わせている。
「安東徳行さんの娘さんが、海斗を気に入ったんだって」
ぶっきらぼうに両親に告げた。
母は大きく息を吸い、口を両手で押さえ…目が点になっていた。
…そりゃ驚くわな…。
しかし父は違った。
『それで。娘を呼び出して何のお話でしょうか』
少し…声を荒げて夏木雄一に尋ねた。
~~病室~~
『すいませんね、こんな所まで…はじめまして、夏木雄一です』
知ってますよ。知っていますとも。
『こちらこそ。娘がいつも海斗さんにお世話になってます。挨拶にも伺わずに…』
父が…ド緊張で返事を返す。母も頭を下げるのが精一杯。
『今日はお話がありまして、お越しいただきました』
「…安東さんのお話ですよね?」
『海斗に聞いたのかな?』
「はい」
『隠し事がないんだね』
「はい」
『林くん』
秘書を呼んだ。
林さん…と呼ばれた秘書さんは、手に黒いバックを持ち出し、海斗のお父さんに渡した。
『また連絡するよ』
そう言って海斗は帰った。
その日…海斗のお父さんの秘書さんから電話があった。
両親と一緒に病院に来て欲しいと。
…テレビドラマ!よくあるやつ…苦笑……
海斗には…黙っておいた。口止めはされてないけど…言うべきではない気がした。ドラマっぽいし✨
「でも…」
『大丈夫だよ。安東さん達は帰ったよ』
「……でも……」
私の家には政治力がないのはわかりきっている…。
安東さんの娘と結婚したら、間違いなく先は安泰だろう。
『好きでもない女と一緒になるくらいなら、政治家なんてならなくていいよ』
海斗は…まだ自分の置かれている状況がわかっていなかった…。
当然私も…ただ海斗の言葉に一喜一憂して…。
「安東さんは親父の党の重鎮なんだ。親父………」
しばらく間があく。
「親父、お袋との結婚は失敗だと思ってるんだ」
海斗のお母さんは大きな企業の社長令嬢だが、政治的なコネクションがあまりなかった。
海斗のお父さんは、政治家になる野望を当時はそんなに全面に出しておらず、どちらかと言えば逆玉チックな結婚だったそうだ。
しかし、いざ政治家になる時には苦労したらしく…海斗にはそんな思いはさせたくない…と。
~想像その1~
昨日は夜もメールがなかった。もしやその女と…
惚れちまったよ…ごめんな…みたいな。
~想像その2~
安東さんが海斗を気に入って、娘の旦那にしちゃおう大作戦…的な?
~想像その3~
逆に娘が海斗を気に入って、『お父さん、私海斗さんと結婚したいわ❤』『よしよし、可愛い娘の為だ。お父さんに任せなさい』な流れ…?
~妄想…いや、想像その4~
更に言っちゃうと、海斗が安東さんの娘を気に入って😱😱😱…ないな。それならこっちから出向くか。
妄想は却下…
はぁぁぁぁぁぁ…
疲れた…。
『昨日は親父と、急な接待だったんだ』
「お父さん、大丈夫だったの?」
『半日だけ無理言って外出許可をもらったらしい…』
「そうなんだ」
『で…な…初めて親父に着いて3日間K県に行っただろ?あの時に会った安東さんが来たんだ。親父の見舞いも兼ねてね』
「……うん……」
安東さんは大物政治家だ。そんな人が…何で…
『……娘さんがいてね。昨日も一緒に来てたんだけどさ………』
「……………」
『……………』
コンコン
『失礼致します。お料理お持ち致しました。ごゆっくりどうぞ』
今日も一段と美味しそうな料理が並ぶ。
「食べてからにしよ。たぶん…ご飯が食べられなくなりそうな話しっぽいから」
『ん…だな…』
すでに味はあまりわからない。
「美味しいね」
とか言いながら食べてるものの…話しの続きを勝手に想像した。
海斗は嘘をつかない。
次の日、埋め合わせに…と『ランチだけしか無理だけど』
と、時間を作ってくれた。
告白されたあのお店に行く事にした。
あのお店は…私のビックリ箱。
いつもビックリする話しを聞かされる。
ちなみに父親が倒れたと電話があったのもあの店にいる時だった。
相変わらず、ランチを2つ頼んで、他愛ない話しをしていた。
そして、とても言いづらそうに、私の名を呼んで話し始めた。
まずは…
海斗の父親が、とうとう入院しなくてはならないほど、病気が悪化してしまった。
これにより、海斗の立場がグンッと上に上がっていく。
会えない事が、さらに以前より多くなった。
メールはマメにくれるけど…途中で途切れる事が多い。
寝てしまうらしい。
疲れているんだろうな…。
忙しい中、会う約束をしていた日に、急用が入ったからと、珍しく向こうから謝りの電話がきた。
そう…後に私と修羅場を繰り広げる、あの女の登場だった。
でも、あの頃の私はまだ知らない。
「仕方ないよ」
と、努めて明るく言うのがやっとだった。
お父さんと海斗はとても仲良くなった。
海斗は時々我が家に泊まるけど、私の部屋に寝る事はない。
まぁ、夜遅くまでお父さんと語り明かして、寝るのはお母さんが起きる頃みたいだから当たり前だけど。
海斗は年齢の割には落ち着いている。
私と大差ないのに…とても大人に感じる。
最近は、ちょこちょこ父親に着いて回る事が増えてきて、会えない事も多くなった。
けど…相変わらずなメールと電話攻撃に安心させられた。
この3日間…これがなければ…私は海斗と一緒になっていたかも知れない。
…なくてもなれなかったかも知れないけど…どっちにしても、この3日間のせいで、私と海斗の歯車は合わなくなっていった。
もう少し先の話しですけどね。
3日間、地元を離れると言う。父親について挨拶回りをするのだと。
初めて3日もいない…。
が…いつも以上のメール。学校が終わってからは電話。
そう…浮気なんてしている暇はないだろうと思うほど、毎日毎日メールをしている。
『お前が浮気したらいかんからな』
ちなみに…浮気なんてする暇ないだろう人に付き合ってメールしている私にだってそんな暇はない。
3日間は月曜日からだったので、特に難無く過ぎた。
しかし…祝日だった木曜日…海斗は大量のお土産持参で我が家へきた。
1番多かったのはお酒の肴。海が近い旅館だったらしく、海産物が多かった。
お父さん大喜び。
『今度は休み前に泊まりにくるといい。一緒に飲もう』
お父さん…海斗は酒豪らしいよ…
少しくらい帰るのが遅くなっても平気だけど、普段は必ず7時までには送り届けてくれる。
お父さんより後に帰る事はまずない。
海斗はキスもあまりしない。
もしかしたら、どこぞで性欲発散させてるかも…
と、思う事はあるけど、そこは聞かない。
海斗はたぶん気付いているだろうな…あえて口には出さないけど。
「ねぇ夏やん…」
『な、そろそろ夏やんはやめない?名前で呼んで』
「!!な…夏木さん?」
『そっちかよ』
海斗爆笑。
「………かいと………」
『そそ』
ちなみに今日はどこに行くんだろう。
海斗は色んな所に連れて行ってくれる。
親にも挨拶した。
お父さんは『まだ高校生ですよ』と、少し反対したけど、海斗の熱意…?に押された。
『大事にします』
大事に…勉強もよく教えてくれる。
お母さんは元々海斗が好きだったので、大賛成だったが、あの有名政治家の息子だとは知らなかった。
そこに少し不安を感じたようだった。
晴れて恋人同士…けど、海斗も意外な事に手を出してこない。
あの告白の日から1ヶ月。私ももう高校3年生…。
進路は就職と決めている。
海斗はマメで、しょっちゅうメールをくれるし、たまに学校にも迎えに来る。
『すんごい好きなんだね』
春ちゃんが言う。
確かにもう教師じゃないけど…他に生徒がいる時は…嬉しい❤…いやいや💦人の目が痛い…
車に乗って出発すると、嫌でも荻野先生の事故現場を通る。
私は努めて現場を見ないように、海斗の方を見て話した。
『返事は…急がないし、なんならさ…くれなくてもいいよ』
「んぉ?」
デザートの抹茶プリンを食べながら海斗がそう言った。
『しばらくは地元にいるんだ。けど、いっときしたら全国回ったりしなきゃいけないみたいだし…ただ、その前に気持ちだけ言いたくてさ』
「…知ってる?」
『何を?』
私は携帯電話を出した。
「今はこんな便利な物があります」
私はふふふ…と笑った。
『そうだな。…え、じゃあ…!!』
ちょっと声がデカイ💦個室の意味が…泣
食べ終わってからにして欲しかった…
味がよくわからなくなった。
「私…?私に!?」
『そう』
「え…」
好きだと気付いた日に、好きな人から告白され…
ん?
今まで平然を装っていた海斗が…真っ赤になっている。
時間差で照れている。
…可愛い……。
目の前に、大好きな卵焼き…
「とりあえず食べるべ」
『だな』
海斗が目を合わせなくなった。
…可愛い……
ふふふ…
成る程。《ふふふ》は好きな人に向ける、愛おしさを含む笑い方なんだな。
「おいしそ♪」
『ま、食え』
「いただき♪」
『ます。』
「…ます♪♪」
やばっ!うまい…
「ここ、よく来るの?」
『親父に連れてきてもらったな。親父は女口説く時に連れ込むみたいだな(笑)』
「夏やんも使った?」
『いや、連れ込みたい程惚れた女はいないからな』
「ふぅん。美味しいね。私は安全パイだからいいね」
ふふふ…
『始めてだよ』
「ん?」
『惚れた』
「何で辞めるの?」
『あぁ、親父が長くないんだと』
ペロッとね…。
「ふ~ん…」
沈黙…
『たった1年だったけど、反抗はしたしな。いい事もあったし』
「そっか。よかったね」
コンコン…
『失礼いたします。ランチお待たせいたしました』
ナイスタイミング。
海に近い裏道の細い通りに、少し小洒落た和の造りの創作料理店があった。
中は完全個室。と、言っても、テーブルに椅子があり、そのテーブルの幅に合わせて廊下との間に扉がある…って感じなので、広い訳ではないかな…。
「…で?」
お任せランチなるものを2つ頼んで、畏まった話しを始めた…つもり。
『はっ!?』
だよね。急すぎました。
程なくして海斗到着。
『お、今日は一段と可愛いな』
と、嬉しそうに笑う。
『とりあえず飯でも行くか。少し離れた所に行こうな。ゆっくり話したいし』
「お任せします♪」
こういう時、どこに行こうか…と頭をかかえる男はつまらんな…と思うが、行き先を決めてリードしてくれる男はいい。
車内では、日常の他愛ない会話をした。畏まった話しは後で…。
【終わったぞ⤴家に迎えに行こうか?】
海斗からメールがきた。
【お願いしまぁす❤】
と、返事を返した。
服装とか気にした事なかった。髪型は?肌は荒れてない?
学校からここまで約15分…とりあえず髪型は諦めた。
肌もそこそこ調子がいい。服…これも…夏やんが見た事ない服ならいいか!
お父さんによろしくされた事を言うべきか迷ったけど、黙っておいた。
ただ、あのよろしく…は、『君と仲良くしてるうちは、女関係も落ち着いて、こちらも楽だよ』
と言う意味を含んでいた…って話しはだいぶ後にしる事になる。
『桃、俺…もう教師じゃないよ』
「うん、あ…何で辞め………」
『?どうした?』
「今日会えない?」
『いいよ。送別会断ったから。まだ学校だから、後でまた連絡入れるよ』
「…うん…」
いろいろ聞きたい事がある。紙に書き出しておこう…。
家に帰り着いた。
親は今日は2人共仕事だし、誰もいない。
「頭痛い…」
薬箱をあさって、頭痛薬を探し出した時に携帯が鳴った。電話の着メロ。
「春ちゃんかな…」
電話は滅多に鳴らない、メール専用携帯なのに…。
ディスプレイには
《♪着信♪夏木海斗》
「夏やん!?…もしもし!」
『声デカ!』
「あっごめん…」
『教室いなかったから…加藤に聞いたら帰ったって言うから。』
「うん…頭痛くて…」
『大丈夫か?薬あるか?』
「今探してるとこだったよ」
何だろう…声聞いたら痛いのとれた気がした。
いや…やっぱり痛い。
離任式後、ホームルームがあると言われたけど、春ちゃんに気分が悪いから…と伝え帰る事にした。
今日は卒業した先輩もきてるし。
ホームルームには海斗もくるだろう…
校門を出ようとした時、校門の正面に黒塗りの怪しげな車がいた。
「…夏やんの…」
後ろのドアが開く。
優しそうな顔、穏やかな口調…
『神崎桃花さんかな』
「はい」
『うちの息子が近頃はお世話になっているみたいだね。ま、仲良くやってください』
「……はい……」
すごい存在感。圧倒されてしまった。
しかし、チャンスは意外な形で早くきた。
いわゆる《離任式》で、何故か海斗が檀上にいる…。
転勤の先生達の挨拶なんて耳に入らない。
もしかして、メールに書いてあった?授業中に言った?何で…何で…
海斗の挨拶の番だ。
『え~…多分、先生方も驚かれてると思いますが…家庭の事情で、教師職を辞める事になりました。……………』
それ以上はもう聞いていなかった。
昨日もメールしたのに。
こないだ好きって気付いたばっかりなのに…
もう会えないなんて…。
テスト期間中は、海斗も忙しいらしく、普段よりはメールの量が幾分少ない。
テスト情報は当たり前だけど聞かない(笑)聞いたら嫌われちゃうかも…
ん…?嫌われちゃう…?
……嫌われても……平気だよ。聞かないのは当たり前だからだよ。
何となく自分で自分に言い訳してるのがおかしくて笑ってしまった。
「夏やんの事…好きなんだ…」
しかし、今はテスト期間中。邪念はとりあえず置いといて…
「夏やん、ホントにフリーなのかな…」
いか~ん!テストテストテストテストテスト…
大きなため息をついた。
「卒業したら…言おう」
――2年の終わり頃…
海斗のお父さんと言う人を初めて生で見た。
ポスターとかはよく見るし、たまにテレビにも出る。学校に何の用事かは知らないけど、《秘書》っぽい人が引っ付いていた。
校長はご丁寧に校門まで見送り、見えなくなるまで頭を下げていた。
『授業始めるぞ~』
期末テストも近い。
真面目に勉強しなきゃ。
事故…だと言えば、そのくらい近かった。
「あっごめんね!」
慌てた私はとっさに謝ってしまった。
『新鮮な反応だね』
「何言ってんの!?わざと!?バカっ!意味わかんない!」
私の今の慌て様の方が意味わかんない…だろう…
『ごめん、ごめん。俺が急にそっち見たからな』
ふふふ…また笑う。
最初に出掛けた時は、こんなに穏やかに笑う人じゃなかった。
海斗とは何度か出掛けた。プレイボーイなのは知っていたけど…あまり女の影を感じない。
「夏やんは、今ホントにフリーなの?」
『気になる?』
「少しね」
『フリーだよ』
「ふ~ん。あ、夏やん…」
話しかけようと、顔を海斗の方に向けると、海斗もこちらを向いた。
……近い……と感じた瞬間
キス……してしまった。
次の日、春ちゃんと出掛けた。
ショッピングモールで、映画を観たり、買い物したり…ランチの時に、春ちゃんが海斗の事を聞いてきた。
『夏やんと、付き合ってるの?』
「いや、全然」
嘘じゃない。
『よく一緒に出かけるの?』
「2回目かな」
『夏やんは…ダメだよ』
「ないない。同情してくれてるだけだょ。荻ちゃんの事」
『そうかな…昨日、何もされなかった?』
「(笑)される訳ないじゃん」
これは嘘だ。
「きれ…」
1番奥に滝が見える。虹が架かっている。流れる川も、水がとても澄んでいる。
心が吸い込まれそう…息をするのもやっとなくらいの絶景。
ガードレール越しに見下ろす…
スッ――と後ろに海斗が立つ。
頭のてっぺんに息がかかる。
「夏やん?」
『俺さ…女ここに連れてきたの初めてだわ』
「そうなの?こんなトコに連れて来られたら、女はイチコロだよ」
『お前も?』
「私は……まだ……」
海斗がまた、ふふふ…と笑った。
『夕暮れがまたきれいなんだ』
心臓が…飛び出すかと思った。
春ちゃん達は、まだ買い物したいからと、商店街の近くで降りた。
翌日、春ちゃんと遊ぶ約束をした。
春ちゃんの独壇場になっていた車内は、2人になって沈黙が続いていた。
『まだ時間いいか?』
「うん、大丈夫」
『ちょっと寄り道な』
商店街から山手の方に走り、民家を抜けて、段々薄暗い細い山道になった。
「…夏やん…?」
どこに連れて行かれるやら…。
『大丈夫、間違ってないよ』
ふふふ…と笑う。
『何~?ホントにデートなの?桃と夏やん』
「違うよ」
『違うぞ』
声がハモる。
しかし…世間的にデートじゃなければ何だと言うんだろう…。
……謎……
後半は春ちゃん達と4人で回った。
生徒3人なら、もし誰かに見られても海斗は保護者的な…。
春ちゃんと先輩はバスで来たと言う事で、帰りは海斗の車に乗った。
『いいの~?邪魔じゃない?夏やん』
なんて、冗談言いながら。
パーク内の食堂でご飯を食べる事にした。
食券を先に買うシステム。
『何食うか?』
「ん~…」
『ん~俺、無難にカレーかな』
「一緒でいいや」
『カレー2枚…』
『4枚、夏やん♪』
!?
突然の声に振り返ると、春ちゃんと先輩。
「春ちゃ~~ん!」
『夏やんとデートか~?』
夏休みになってから、春ちゃんは部活を引退した先輩と出かける事が多くなったみたいだから…と気を使って(?)あまり誘わないようにしていた。
手を握ってはしゃぐ2人。
「夏やん、カレー4枚!」
『へいへい。大人はツライね…』
「先輩、1食分浮いたね」
先輩は笑った。
―――
「せっかくの休みに、生徒誘うなんて、今はモテ期じゃないんだね」
『まぁいいじゃないか!どうせお前も暇だろ~』
「失礼な。学生時分は勉強が忙しくてよ」
『はいはい。ほら、どっか行きたいとこないか?』
「予定なしに誘ったの?」
『当たり前だろ』
最近、2人の時はほぼ敬語は使わない。
『サファリパークでも行くか』
「…ガキ…」
『動物はいいぞ~』
「(笑)じゃ、行こう」
さらに人目もあまり気にしない傾向が…
【明日、空けとけ😄】
1行!?しかも軽やかに命令口調!?
ハガキ届いたよ、ありがとう
…とかないの!?
♪~ブブブ…♪~
【忘れてた⤴暑中見舞いありがと✋】
…聞こえた!?
…明日ね…了解…。
先生の事を忘れた訳ではないけど、生きてる人間は腹も減れば眠くもなる。
元気と言えば元気だ。
そんなこんなで、夏休みになった。
海斗には携帯のメールアドレスつきの暑中見舞いを出した。
翌々日にはメールがきた。
『授業、いいの?』
「あっ…いえ…姿見たら夢中で…戻ります」
急に恥ずかしくなった。
『家、知ってる?』
「…はい…」
知らないって言うべきだったかな…
『今度、来てやってね。お通夜であなたの顔見なかったもの…お線香、あげてやってね。』
妻の勘…だろうか。
お通夜には確かに行かなかった…。
けど、たくさんの生徒が焼香しに行ったはずなのに…。私を覚えていたなんて。
「あ…教室戻ります」
頭を下げて、来た時より急いで走った。
…そういえば…
1限目は海斗の授業だ…
コツコツ…
足音が近づいてくる。
妻の前にバッと立ち、頭を下げた。
顔を上げた私の顔を見て、妻は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに思い出したようだった。
『あ、この前ショッピングモールで…』
「はい!あのっ…私…あの…」
何て言えばいいんだろう。頑張って下さい、なんて子供が言うのはおかしい。
ご愁傷様…有り得ない。
『ありがとう』
妻を見ると、あの綺麗な微笑みを浮かべた。
『心配してくれてるんでしょう?荻野がよくあなたの事話してた。あなたの事、好きだったのね。すごく優しくて、いい子だって』
妻の余裕…ではなく、本心から話している。そう思った。
妻から奪うつもりはなかった。当たり前だ。
自分がまだ子供なのは充分理解していたし…何より、先生が別れるつもりがないことはわかっていた。
同じ痛み…私以上の痛みを抱えた妻…
無意識に、私は大職員室に走っていた。
次の授業の事なんて、すっかり頭にはなかった。
妻はまだ校長室にいるみたいだ。
私は大職員室の近くの階段で待った。
《予鈴》
「あ…授業…」
その時、
『失礼しました…』
『お気をつけて、頑張って下さいね!』
…来た…
海斗も担任に続いた。
『神崎さん、無理はしないようにね~』
「はい、ご心配おかけしました」
と、頭を下げて海斗の顔を見て舌をペロッと出した。
私のクラスの廊下からは、大職員室が見える。
大職員室…先生達が一同に集う場所。校長とか、教頭とか…お偉もいる。
フッと見ると…
黒いスーツに身を固めた綺麗な女性…
一礼をして大職員室に入って行った。
――先生の妻…――
校長に挨拶にでもきたのだろう…。
以前見た時よりやつれた感じがした。
遠かったからかな…。
…違うな。本当にやつれていたんだろうな…。
可哀相…
心の底からそう思った。
次の日、学校に行くと、春ちゃんが一目散に駆け寄ってきた。
『大丈夫?元気?よかった…』
ギュッと抱きしめてくれた。
クラスみんなが心配してくれて、少しくすぐったいような、申し訳ないような…。
朝のホームルーム。
担任が今日1日の話をする。副担任が、職員会議の話をする。
『昨日は休んでごめんな。』
海斗がそう言うと、1人の男子が茶化した。
『夏やん、落ちてるモン食ったんやろ~』
『失礼な。ちゃんと、3秒以内に拾って食べたぞ』
クラス中がドッと笑う。
ホームルームが終わると、担任に呼ばれた。
「もう大丈夫です。身近な人が亡くなるの初めてで…ご心配おかけしました」
『元気ならいいよ』
と、軽く肩をたたき、担任は笑った。
『どこ行きたい?海?山?川?
それとも…男と女ですから…?』
悪戯っ子みたいに笑う海斗。
「海、山、川!」
『全部か?贅沢だな』
「ドライブ!」
『はいはい』
自分が制服なのも忘れて1日はしゃいだ。
海に行って、綺麗な川のある山にも行った。
奥まで歩かなくてもいい所に滝もあって、2人でマイナスイオンを全身に浴びて…帰りは手を繋いでくれた。
『ナイト役が俺でごめんな』
「もったいないくらい」
人気のない山道。
海斗が急に止まった。
『不自由はしないけど、満たされないよ。
言い寄ってくるうちの何人が俺を本気で想ってくれてると思う?』
「え?」
『玉の輿』
「あぁ…。
先はやっぱり、お父さんと同じ道なの?
『30までだろうね、先生できるの』
「…大変…だね」
海斗が笑った。
『箱入り息子ですから』
「何それ」
私も笑った。
「夏やんはモテるでしょ」
ハハッと笑い、タバコを出した。
『いい?』
ライターを見せて、火をつけてもいいかを聞かれた。
「いいよ~」
タバコに火をつけた。
一口すぅっと吸い込み、大きく煙りを吐き出した。
『正直、女には不自由しないけどね』
真面目な顔をしていた。
何故かわからないけど…おかしくなって少し笑った。
「子供の恋愛だよ。片思いだしね」
少し嘘をついた。
海斗は知ってたらしい。
唯一ホテルに行ったあの日…海斗もホテルにいたらしい。
でも、海斗もあえて言わなかった。
海斗は、あえて学校や先生とは関係のない話題ばかりを話した。
海斗が、政治家の息子である事や、いつも違う女を連れている…なんて話しはよく聞いていた。
『夏木先生と結婚したら、玉の輿だね』
なんて、クラスの女子が騒いでいた。
海斗は近くの公園に車を止めていた。
『学校とは逆に行かなきゃな』
「春ちゃんには…連絡しとく。今日行くって言っちゃったの」
『俺と一緒だって言うなよ~俺、一応先生だからな』
久しぶりに少し笑った。
気持ちが晴れた。
外に出たら、スッキリした。
次の日、学校に行こうと外に出たら彼がいた。
彼…夏木海斗。
「夏やん…」
『一緒に行こうと思って』
優しく微笑み、玄関先まで見送りに出た母に頭を下げた。
「副担任の夏木先生。昨日も来てくれたの」
母は慌てて頭を下げた。
母が見えなくなってから、彼が言った。
『俺、今日腹が痛くて学校休んだんだ。お前も腹が痛くないか?』
声色を少し変えて、今日まで休みます…と学校に電話をした。
『荻野先生…1年の時の担任だったんだってな。加藤が、神崎は先生とすごく仲良かったって言ってた』
「はい…大好きでした…
心配かけてすいません。
明日から学校行きます。わざわざ、ありがとうございました」
少し頭を下げて、玄関から出て行く先生を見送ろうとした。
ポンポン…
頭を軽くたたかれた。
『元気出せ』
…涙が…止まらなかった。慌てる彼をよそに…
先生がいなくなってから…始めて泣いた…。
どうして先生と別れる事になったのか…。
どうして………
学校の前で、車にひかれそうになった生徒をかばったのだとか。
登校時の…学校の前の細い道を信号無視して飛ばしてきた車に………。
私は救急車の音を聞いた。
事故を知らせてくれたのは春ちゃんと先輩だった。
春ちゃんは泣きじゃくり…先輩も、何を言っているのか、言葉にならない…といった感じだった。
どこかの施設に預けようと言う話になった。
母親にその話をしたところ…
『娘夫婦に虐待されそうになっている。助けてくれ』と、電話をされたそうだ。
そんなストレスから、先生もいつの間にか性的不能になってしまったそうだ。
先生にも親はない。
唯一、妻の母親だけが夫婦にとっての親。
面倒を見る義務はあるから、無下にはできないのだと。
そんな中での、癒しが私なのだと言った。
妻とは、確かに不仲ではないけど、性的不能なので、もちろんそんな行為はない。
母親の事で言い合いになる事もたまにはあるし、家には必ず母親がいる…。
『また私の文句か』
『親の面倒を見るのは子供の務めだ』
うんざりしているのだと。
~~~
先生は、先生の妻と、妻の母親と暮らしていた。
妻の母親は若くして脳梗塞で倒れ、半身不随なのだそうだ。
先生の妻は小学校の教師をしている。
共働きなので、普段はヘルパーさんを雇っているそうだ。
しかし…妻の母親は、汚い言葉を平気で使い、体の自由がきかないのを理由に、先生や妻を足蹴にしているそうだ。
結婚してすぐ倒れ、いっときして妊娠した時も…
『体の不自由な親を放ったらかしにして、子育てなんかするんだね』
と言ったそうだ。
妻はそれでも産もうとしたが、精神的ストレスから………。
シャワーも浴びないうちに、ベッドに倒された。
突然の驚きに、声も出ず、目を見開いて先生を見つめた。
『俺ね………』
言葉につまる…。
軽くキスをして、私の体を起こした。
向かい合って座り、先生が話始めた。
先生とは…肉体関係はない。
ない…と言うよりは…
できなかった。
最初は…大事にしてくれてるのだと思った。
いっときしたら、不安になった。
魅力がない?嫌いになった?
思い切って聞いてみた。
『…ホテルに行こうか』
経験はある。
処女ではない。
けど…やっぱり、男が変わるたびに、最初はドキドキする。
その気持ちだけは、間違いなく処女だ。
『ごめんな。売り場が売り場だけに、1人じゃ恥ずかしくて、嫁さん連れて行ったんだ』
そんなに大きくはない包み…手の平に収まりきるくらいの大きさ。
ワインレッドの包み紙に、黒いレースのリボン。小さな白いバラのアクセントが可愛らしい。
「開けていい?」
『どうぞ』
包みを破らないようにゆっくり開ける。
『相変わらずA型だな(笑)』
出てきたのは、アクセサリーが入っているであろう、紺色の箱…
中には、シルバーに薄いピンクの石がついたブレスレット…。
「可愛い…」
『嫁さんは連れて行ったけど、ちゃんと俺が選んだやつだからな。』
「ありがとう!嬉しい…」
また…先生としばらく付き合うようになった。
まだ、まさか彼と付き合う事になるなんと、そんな気配すらない頃だった。
あったかい… 先生に抱きしめられ、目をつぶった…。 「奥さん、綺麗だね…見惚れちゃった」 『(笑)嫌な事言うなぁ』 そう言うと、先生は少し私から離れて、バックをあさりはじめた。
『あ、あった』
そう言って、私に何か差し出した。
『誕生日おめでとう。
会いたいって言ったのに、宿題の方選ぶから、遅れたけどな(笑)』
…知ってて、あの日誘ってくれたんだ… 先生と妻を見た翌々日… 私の誕生日だった。
――放課後――
先生のいる第3理科室の準備室は、校門から1番離れた校舎の3階にあった。
1番古い校舎で、3階には第3理科室以外は使われていない教室ばかりだった。
春ちゃんには、1つ上の彼氏がいる。
先輩は部活があるから、文学少女の春ちゃんはよく、先輩の部活が終わるのを図書室で待っていた。
利用者のいない第2図書室…。古い本がたくさん置いてある、春ちゃんの大好きな場所だ。
職員室からカギを借りて、自由にゆっくり本を読む…。
放課後の春ちゃんの過ごし方。
第2図書室は、第3理科室と同じ校舎の2階にある。2階にはいくつか使われている教室があるけど、人気はほとんどない。
春ちゃんは、私が先生と会う時にも、いつも図書室にいた。
今日もそう…
『おい、神崎。』
「!!ひゃぃっ!?」
驚きのあまり、変な声になってしまった。
クラス中、大爆笑。
『今でも放課後でもいいけど、俺んとこ来い。加藤もな。』
「…はい…」
『元気ないな?どうした』「あ、いや。元気ですよ~放課後行きます!」
『加藤の首ねっこ捕まえて連れてきてくれよ』
「はぁい」
笑顔で去って行く…。
その後、いっとき教室は呼び出しか~、何したんだ?なんて話で笑いが起こっていた。
加藤春海は、私の親友で、2年でも同じクラスだった。
先生との事を知っている。加藤も=…そういう事だ。
加藤……
…春ちゃんがトイレから慌てて戻ってくるなり、耳元で囁いた。
『荻ちゃんが2年の校舎来てたよ』
「今呼び出しくらったよ」『マジ?ここに来たの。』「うん。春ちゃんも…だって。」
『了解。』
春ちゃんは嬉しそうに笑った。
ブブブ…
昼休みに携帯のバイブが揺れた。
【❤先生❤】
特別フォルダ。
【久しぶりに顔が見れてよかった😄担任を希望したんだけど、僕は1年生向きらしいよ⤵⤵
近いうちにまた会おう❗】
メールを見た瞬間…顔がニヤけてしまった。
先生の転勤がなかったのは素直に嬉しかった。
でも……
あの後、メールは何度かやり取りした。
電話には出なかった。
会いたい…と言われもしたけど、宿題があるから…と断った。
先生は、また1年生の担任になった。
「また…代わりの子見つけるかな…」
あれ以来、先生とは何となく気まずくなっていた。
「奥さんと別れて」
なんてよくある台詞、言うつもりもなかったし、先生とのそれ以上の関係を求めていた訳でもなかった。
でも…
『可愛い生徒さんね、薫』先生の妻は綺麗な微笑みを崩す事なく、先生に向かってそう言った。
先生も微笑み、
『自慢の生徒なんだよ』
…と、私を見て少し困った顔をした。
―――――――
彼と出会ったのは、高校2年の時だった…。
私はいわゆる…表向きは真面目な生徒。
学校にはしっかり行くし、テストの点数も人並み以上。先生達とも仲が良く、友達もたくさんいた。
彼は…新卒の先生で、副担任。
女の子達は騒いでいた。
でも私は…当時、1年の時の担任と付き合っていた。
先生には妻がいた。
1年の終業式の後…春休みに…1度街で見かけた。綺麗で、明るい色が良く似合う人だった。
私と知り合う前の彼は、プレイボーイで、父親もだいぶ手こずらされたようだ。女に不自由しない…女の方から寄ってくる…。
顔はいい。頭もいい。
それに優しい…。
極めつけはお金持ち。
母親がとてもいい人だった。育ちはいいのに、嫌味がなく、彼を真っ直ぐ育て上げた。
ただ…男の部分は父親に似たらしい…。
教師になるのが親に対する彼のささやかな抵抗で、それでもゆくゆくは父親同様、政治の道に進むよう、しっかりと根回しがしてあった。
当時から、問題を起こさないように…と、父親の厳しい目がいつも光っていた。
私との関係も知っていただろう…
でも、何故か…そこには父親の介入はなかった。
所詮、遊びだと思われていたのだろう。
それはそうだ。
《教師と生徒》
騒いでも、逆効果だと思われていたのかも知れない。
私の家庭は、生活するにも困らない、貯金も出来る、母は専業主婦でも充分やっていける…そんな家庭だった。
ただ、政治的な関係は皆無で…彼は、そんな繋がりを持った妻をめとらなければならなかった…。
――高校教師――
出会った時の彼は、それが仕事だった。
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(続き) 死後の裁きといえばたいていの人が思い浮かべる方がおられ…(旅人さん0)
222レス 7538HIT 旅人さん -
猫さんタヌキさんさくら祭り
そこで、タヌキさんの太鼓よくたたけるよう、太鼓和尚さんのお住まいのお寺…(なかお)
1レス 51HIT なかお (60代 ♂) -
ゲゲゲの謎 二次創作
「幸せに暮らしてましたか」 彩羽の言葉に、わしは何も言い返せなか…(小説好きさん0)
12レス 109HIT 小説好きさん
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🌊鯨の唄🌊②4レス 111HIT 小説好きさん
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人間合格👤🙆,,,?11レス 124HIT 永遠の3歳
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酉肉威張ってマスク禁止令1レス 125HIT 小説家さん
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今を生きる意味78レス 510HIT 旅人さん
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 949HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 111HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 124HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 125HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1391HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 510HIT 旅人さん
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コンビニ店員、怖い
それは昨日の話 自分は小腹空いたなぁとコンビニに行っておにぎりを選んだ、選んだ具材はツナ おにぎ…
27レス 472HIT 張俊 (10代 男性 ) -
ディズニーの写真見せたら
この前女友達とディズニーに行って来ました。 気になる男友達にこんなLINEをしました。ランドで撮っ…
42レス 1158HIT 片思い中さん (30代 女性 ) -
ピアノが弾けるは天才
楽譜貰っても読めない、それに音色は美しい 自分はドレミファソラシドの鍵盤も分からん なぜ弾けるの
19レス 401HIT おしゃべり好きさん -
既読ついてもう10日返事なし
彼から返事がこなくなって10日になりました。 最後に会った日に送って、1週間後に電話と返事欲しい旨…
20レス 440HIT 一途な恋心さん (20代 女性 ) -
娘がビスコ坊やに似てると言われました
5歳の娘が四代目のビスコ坊やそっくりだと言われてショックです。 これと似てるって言った方も悪意…
18レス 402HIT 匿名さん -
一人ぼっちになったシングル母
シングルマザーです。 昨年の春、上の子が就職で家を出て独り立ちし、この春下の子も就職で家を出ました…
12レス 253HIT 匿名さん - もっと見る