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14/08/26 16:39(更新日時)

小さいガキだった頃から愛想のねぇ人間だった

親はこいつは好き勝手に生きていくと思っていたんだろう

小学生の頃に読んだなんかの本に

「我が道を行く」

という言葉があった

えらく気に入ったのを覚えている

それが俺だ

14/07/23 13:40 追記
「可もなく不可もなく」
http://mikle.jp/thread/2106160/
このお話のサイドストーリーみたいなお話です。
よかったらこちらもご一読ください。

14/07/28 12:15 追記
☆感想スレ☆
http://mikle.jp/threadres/2121087/
よろしくお願いします

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No.2119335 14/07/23 13:36(スレ作成日時)

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No.1 14/07/23 14:46
小説大好き0 

「たくちゃん」

俺をこう呼ぶのはひとりだけだ。

月島 綾。

同い年で、同じ建築系の専門学校に通っている。

綾と俺はコースは違ったが、友達に無理矢理連れて行かれた合コンで綾とは知り合った。

付き合って1年と何ヶ月かになる。

初めて綾を見たときは、ただ単におとなしそうな女だと思った。
色が白くて、黒目がちな目をした、小柄な女だった。

合コンの席で俺はあまり喋らなかった。
人数合わせで呼ばれただけだし、俺を呼んだヤツも俺に盛り上げ役は期待してないだろうと思っていた。
だから飲みたいだけ飲んで帰ろうとしか思っていなかった。

綾はそんな俺のなにを気に入ったのか、メアドの交換を求めてきた。
それも、合コンの最後の最後になって、いかにも「勇気を振り絞って」という感じで声をかけてきた。

「あの、進藤くん。メアド、教えて」

特にそのときはなにも感じなかった。

これで綾が女友達にでも頼んでメアドを聞いてきたりしてたなら、相手にしなかったかもしれない。

俺は女のそういう連帯感というか、ベタベタした雰囲気が、なんとなく気に入らないからだ。

綾はそれをしなかった。
だからメアドの交換くらいは受けてやろう。

そう思っただけだった。

No.2 14/07/23 16:45
小説大好き0 

俺の実家は千葉だ。
地図でいうと上のほうになる。

俺の名前は匠という。
大工だった祖父さんがつけたそうだ。
名前のお陰か、手先は器用なほうだ。

祖父さんは大工だが、建設会社を興した。
だけど三男坊だった親父は、なぜか地元でスーパーを経営している。
長男と次男が建設会社を継いだので、親父は祖父さんが資金を出して起業したというところだ。

親父は慎重な男だ。
慎重なりに商才があるらしく、親父の経営するスーパーはそこそこ繁盛している。
地元の激安店!みたいな感じで夕方のニュースのコーナーで取り上げられたこともある。

俺の5歳上の兄貴が高校を卒業すると同時に親父の仕事を手伝い始めた。
兄貴は親父と似ている男だから、そつなくやってくれるだろう。

本当なら俺も親父や兄貴と一緒に働く方がいいのかもしれない。

でも、そんな気はさらさらなかった。

どっちかっていうと俺は大工の祖父さんに似ているらしい。

祖父さんは地元で一戸建ての家を建てては売っていた。
俺は祖父さんに連れられて、時々現場にも行った。
単純に面白かった。

祖父さんが道具を使って木を削る。
それが家になる。
ガキだった俺には、祖父さんが魔法使いみたいに思えた。

俺は地元の高校を出ると、建築系の専門学校に進学した。

物を作る仕事がしたかったからだ。

兄貴が婚約して嫁さんと実家で暮らすことが決まり、俺は窮屈になるだろう実家を出たかったこともあって、東京都内の学校を選んでひとり暮らしを始めた。

学費と独立資金は親父が出してくれたが、生活費は自分で稼ぐと決めた。

No.3 14/07/23 18:51
小説大好き0 

学校は忙しかった。
正直言えば、バイトなんかしてる暇はないくらいだった。

東京の郊外のワンルームのアパートの家賃と生活費、全部で10万もあればなんとか暮らせる。

俺は進学と同時にファミレスの厨房でバイトを始めた。

夜間の時給は高かったので、そこそこ稼げた。

学校の課題をこなしながらのバイトはキツかったが、なんとかこなす毎日だった。

綾と出会った合コンは、入学して3ヶ月後くらいだった。

メアドを交換したあと、時々綾からメールが来た。

俺は気が向いたときに返信した。

多分、5回に1回くらいのペースだったと思う。

それでも綾は、俺が返信すると、深夜0時を回っていても、すぐに返信してきた。

例えは悪いが、実家で飼っていたレトリバーの「ハナ」を思い出した。

ハナは家族の中で俺に一番懐いていた。
賢い犬で、母親はエサをくれる人、父親はボス、兄貴と俺は散歩と遊びに付き合ってくれる人と認識していて、特に俺の言葉をよく理解している犬だった。

俺が学校から帰ってくるのをいつも門の所で待っていて、俺の足音が聞こえると、吠えたいのを我慢して、ずっと尻尾を振っていた。

『今日は友達んちに行くんだ。帰ってから遊んでやるから、もう少し待ってろ』

俺がそう言うと、ハナは大人しく家に戻り、そしてまた俺が帰るころになると、門のあたりで俺を待つ。

その賢さと忠実さが可愛かった。

ハナは俺が高校生のときに死んでしまったが、綾はそのハナを思い出させた。

No.4 14/07/24 10:27
小説大好き0 

綾とはいつから付き合うということになったのか、はっきりとした日は思い出せない。

綾からのメールが続き、綾が「空いてる日はある?」とメールしてきて、いい加減俺も綾の気持ちは分かってきていたから、遊びに行くことにした。

夏休みだったが、バイトで疲れていたので、遠出はご免だった。
その頃は車も持っていなかったので、手軽に出かけるなら、映画に行くくらいしか思いつかなかった。

ちょうど観たい映画があったので「いっしょに行くか?」とメールすると、綾からすぐに「行きたい」と返信が来た。

渋谷や新宿に行くのは休日の人ごみを考えるだけで億劫だった。
それでも有楽町あたりなら俺の電車の便も良かったので、午後から有楽町で待ち合わせた。

8月のある土曜日、約束した時間に駅の改札で綾は待っていた。

小柄な綾は、人待ち顔で立っているだけで、なんとなく頼りなく見えた。
シンプルなストライプのワンピースを着ていたのはよく覚えている。

その綾が俺の姿を見つけると、明らかに顔を輝かせた。

「進藤くん」

「おはよ」

実際起きたのはここへ来る1時間前だったので、つい「おはよ」と言ったのだが、時間は午後の1時だった。
綾はそんなことは気にしないかのように「おはよう」と笑った。

邦画の話題作だったが、映画はあまり面白くなかった。
気が付いたら俺は寝ていた。
画面がエンディングロールになったころ、綾に起こされた。

「おはよ」

綾は怒るでもなく、またそう言って笑った。

No.5 14/07/24 11:45
小説大好き0 

映画館を出て、お茶を飲んだ。
あまり金はないので、ドトールにした。

「飯、食って帰る?」

俺がタバコを吸いながらそう言うと、綾はなぜか少し迷うような目をした。

「……進藤くんが、迷惑じゃないなら……、なにか、作ろうか」

へぇ、と思った。

綾は東京23区の西部にある自宅から学校に通っているのは知っていた。
料理ができるのか、ということと、俺んちに来ようと言うのが、少し意外だった。
自宅住まいの綾が料理をしようと言うなら、ひとり暮らしの俺のアパートに来るしかない。

「なにが作れる?」

「だいたい一通り。お母さんが料理得意だから。でも、進藤くんちに調味料とかあまりないなら、簡単なものの方がいいかもしれない。進藤くんはなにが好き?」

「親子丼とか作れる?」

「それなら簡単だよ」

そんな話の流れから、綾が俺のアパートに来ることになってしまった。

俺の最寄駅の前にあるスーパーで、綾は俺のアパートにある食材を聞きながら買い物をした。
俺が金を払ったが、1000円もかからなかった。
米は実家からお袋が親父の店に仕入れたものから送ってくる。調味料もひとり暮らしを始めたときに、醤油に砂糖に塩、マヨネーズやケチャップなんかは一通り持たされた。
朝はパンを食ったり、昼は学校の食堂やコンビニ、夜はバイト先の賄い。
自炊する機会はあまりないが、麺類とかチャーハンくらいなら作る。

買い物をして俺のアパートに着くと、綾は1つしかないコンロを使って料理をした。
キッチンが狭いので綾に全部任せたのだが、離れて見ていても、綾の手際がいいのは分かった。

「簡単だよ」と言った言葉通り、40分くらいで親子丼と吸い物が出てきた。
40分かかったのは炊飯器で、すぐに料理の仕込が済んだ綾は、米が炊きあがるまで俺の近くに来ていっしょにテレビを観ていた。

No.6 14/07/24 12:30
小説大好き0 

綾が作った親子丼は美味かった。
親子丼の汁も吸い物も、鰹の削り節を買っていたから、出汁からとったらしく、それを褒めると綾は嬉しそうに笑った。

冷蔵庫には兄貴にこっそり送ってもらった缶ビールと缶チューハイが入っている。
綾にすすめると、あまり飲めないと言いながら、一番甘いチューハイを取った。

本当はそんなつもりじゃなかったのに、俺はその日、綾を抱いた。

俺は高校の頃、短期間付き合った女が遊び慣れていて、その女と経験済みだった。

綾が初めてだったかどうかは分からない。
ただ、そんなには慣れていないことは分かった。

18歳だった俺は、誰もいない自分の部屋で、食欲が満たされアルコールも入り、明らかに自分を好きだと分かる女が近くにいて、なにもしないで帰せるほど大人じゃなかった。

なんにも言わずにキスをしたら、綾は拒まなかった。
そのまま綾を抱いただけの話だった。

綾のことは嫌いではなかった。
特に美人ではないが、まぁまぁ可愛かったし、最初からあれだけ好意を示されれば悪い気はしない。

でも、そのときはまだ、それだけだった。

No.7 14/07/24 13:04
小説大好き0 

そんな始まり方だったから、付き合い始めた日というのがはっきりしない。

秋になり、気が付いたら学校で綾は俺の彼女だと認識されるようになっていた。

綾は俺の学校でのスケジュールとバイトのパターンを大体把握していて、気が付くと横にいる、そんな感じだった。

学校の食堂にいると綾が現れて、俺の世話を焼く。

アイス食いたいな、とか、なんか飲みてぇな、と言って小銭を出すと、綾はスッと小銭を受け取って、俺の好みのものを買ってくる。

俺が疲れていると、横で携帯をいじったり雑誌をめくったりしている。

俺の機嫌がいいと、学校の話や、綾がバイトしているドーナツ屋の話をしてくる。

なんというか、まぁ、気持ち悪いくらいに、俺を不快にさせない女だった。

だから、気が付いたら綾が俺の彼女になっていた、という状況もイヤではなかった。

最初に綾を抱いた日から2ヶ月くらいして、「綾はなんで俺と?」と聞いた。

「入学式のとき、たくちゃんを見て、いいなぁ、って思ったの。学校でもときどき見かけてて、そしたら合コンにたくちゃんが来るって聞いて、それで」

いつの間にか俺を「たくちゃん」と呼ぶようになっていた綾は、そう言った。

俺は不細工ではないと思うが、愛想が悪くて目つきも悪いし、あまり女ウケがいいタイプではない。

ただ、なぜか俺のように愛想がない男を好む女もいるらしい。

高校時代に付き合った遊び人の女以外にも、告白してきた女がいた。

でも、俺が好きだったのは、高1から高3まで、1人だけだった。

No.8 14/07/24 19:24
小説大好き0 

「好きだった」

実はちょっと違うんじゃないかと、自分で思うこともある。

そいつの名前は佐々木 遥といった。
高校に入学したとき、1ヶ月隣の席だった。
単に「進藤」と「佐々木」で名前の順に並んだだけだった。

遥かは綾よりも色が白くて、髪の色も薄い、目の大きな女だった。クラスで一番可愛いと思った。

第一印象はやっぱり大人しそうな女。
最初のころは一人で本ばかり読んでいたからだ。

でもそれは一週間も経つと単なる第一印象だったことが分かった。

とにかく喧しい女だった。
生意気で口が達者で頭の回転が速くて、男みたいな性格の女だった。

何人かで連れ立って行動するような女共とは違っていた。

それでも友達がいないわけでもない。

変わった女だった。

俺はあんまり口数が多い方ではないし、とっつきにくいことも自覚しているが、クラスに馴染んだ遥は、遠慮なしに話しかけて来た。

気がついたら「タクミン」と呼ばれていた。

「タクミンはやめろ」

「なんでー?可愛いじゃん」

遥はまったく気にしない。

俺も諦めて返事をするようになった。

遥は男女関係なく友達が増えた。
よくわからないが、いつも誰かが遥のそばにいる。
要は誰からも人気のある女だった。

その遥は、俺を気に入ったらしく、しょっちゅう放課後付き合わされた。

遥には女を感じない。
遥も同じだったんだろう。

複数だったり、俺と2人だったり、そのときによって違ったが、とにかく遥とつるむことが多かった。

No.9 14/07/24 19:48
小説大好き0 

遥のお陰か、俺にも友達が増えた。

女からは「進藤くんて怖い」と言われているようだったが、男の友達はやたら増えた。

俺が友達とつるんでいると、いつの間にか遥が混ざっていたりする。

そういうときに限ってエロ話をしていたり、気に入った女の話をしていたりするのに、遥は違和感を感じさせずに参加している。

本当に面白い女だった。

遥に乗せられて、文化祭では女装までした。

次の年も遥は同じクラスで、その年の文化祭にはホストクラブをやらされた。

修学旅行で行った東北では自由行動が同じ班だった。
遥は見回りの教師の目を上手に盗んで、男の部屋でやっている酒盛りに参加した。

3年でクラスが別れたが、遥はそんなことはお構いなしに、あちこちのクラスを飛び回りながら、俺の所にもよく顔を出し、放課後もカラオケやらゲーセンやらに付き合わされた。

俺の高校生活は、遥に始まって遥に終わった、そう言ってもいいくらい、遥との付き合いは濃かった。

一緒にい過ぎて、もう遥が男でも女でも関係なかった。

遥に彼氏がいたかどうかは知らない。

俺が例の遊び人とちょっと付き合ってた時も、遥との付き合いは変わらなかった。

簡単に言えば、親友だった。

それ以上でも、それ以下でもない。

そう思っていた。

No.10 14/07/24 20:13
匿名10 

次が気になる(^-^)

No.11 14/07/24 20:21
小説大好き0 

>> 10 こんばんは( ´ ▽ ` )ノ
読んでくださってありがとうございます
続きはしばしお待ちを

No.12 14/07/24 20:36
匿名10 

>> 11 すごく読みやすいです(^-^)

あと主さん…私のタイプです(^-^)

次も楽しみ♪

  • << 14 (∀`*ゞ)テヘッ 女ですけど嬉しいです♪

No.13 14/07/24 22:05
小説大好き0 

遥は成績が良かったので、推薦をもらって大学に進学することになっていた。

俺は専門学校に進んで家を出る。

もう、今までのように同じ時間を過ごすことはない。

そのとき初めて、俺は遥を手放したくないと思った。

その気持ちが恋愛感情だったのか、今でも俺には分からない。

ただ、遥と過ごした毎日が好きだった。

卒業式の日、遥はいつものように笑っていた。

「タクミン、またね!」

遥は男のように俺の肩を抱いて、友達に写真を撮らせた。

その写真には、俺が好きだった笑顔の遥と、相変わらず仏頂面の俺が写った。

俺は遥にしか聞こえない声で「好きだ」と言った。

すると遥は

「タクミン大好き!」

そう言って、俺に抱きついた。

遥が俺にそんなことをしても、誰も冷やかしたりしない。

遥はそういうヤツだからだ。

恋愛感情かどうかすらわからないままだった俺と、最後まで遥らしさを通した遥。

これが恋愛感情だったとしたら、失恋なんだろう。

でも、俺にすらわからないんだから、失恋でもない。

ただわかったのは、俺では遥との恋愛のスタートラインにすら立てないということだった。

……相手が遥かじゃ仕方ねぇか

俺じゃどこにスッ飛んでいくかわからない遥を捕まえることはできない。

最後は苦笑いで終わった高校時代だった。

No.14 14/07/24 22:13
小説大好き0 

>> 12 すごく読みやすいです(^-^) あと主さん…私のタイプです(^-^) 次も楽しみ♪ (∀`*ゞ)テヘッ
女ですけど嬉しいです♪

  • << 16 女性?(//∇//) 凄いですね!! 次楽しみにしてます(^-^)

No.15 14/07/24 22:16
匿名10 

遥さん羨ましいです!


また覗きにきます(^-^)

No.16 14/07/24 22:17
匿名10 

>> 14 (∀`*ゞ)テヘッ 女ですけど嬉しいです♪ 女性?(//∇//)
凄いですね!!

次楽しみにしてます(^-^)

No.17 14/07/25 08:32
小説大好き0 

>> 16 10番さんへ
http://mikle.jp/threadres/2107239/
こちらにお返事書きました
よろしくです

No.18 14/07/25 11:21
小説大好き0 

遥の存在が大きかったのは確かだ。

だけど遥はどこへ行っても遥のままで生きているんだろうと思っていた。

高校を卒業してからは、慣れないひとり暮らしと専門学校での生活に夢中だった。

そこに現れた綾。

なし崩しのように綾を受け入れたのは、やっぱり遥という存在がなくなったことが寂しかったのかもしれない。

遥とはまったく違うタイプの綾。

近くにいるのに俺のものにはできなかった遥。
俺のことなどお構いなしに、常に自由だった遥。

いつの間にか俺の側に寄り添っていた綾。
俺を中心に生きていることが嬉しいという感じの綾。

そもそも遥みたいな女は滅多にいないと思うが、それにしても綾はタイプが真逆過ぎて、却って遥を思い出しようもなければ、比べようもない。

それなのに一緒にいるのが当たり前というところは同じなのが不思議だった。

俺は綾がなにも求めてこないのをいいことに、綾に彼氏らしいことを言ったりはしなかった。

綾はそれでも幸せそうだった。

俺はあまり金もなくて、一緒にいるのは大抵学校か俺のアパート。

俺のバイトは日付が変わってから終わることも多く、俺は綾のためにスペアキーを作った。
スペアキーに俺の手持ちのキーホルダーを付けてやると、綾はこっちが申し訳なくなるくらい喜んだ。

キーホルダーは俺がガキの頃から好きで集めている恐竜のグッズで、ガチャガチャでダブった代物だった。

せめて女が好きそうなキャラクターかアクセサリーの付いたものにしてやればよかったと思ったのは、随分後になってからだった。

No.19 14/07/25 12:58
小説大好き0 

綾とはたまに出かけた。

始まりは適当だったが、次第に綾を「俺の女」と思うようになってきて、たまには喜ばせてやろうと思う気持ちがあったからだ。

金がないのは相変わらずだったから、金のかからないことしかしてやれなかった。

秋の終わり頃の休みの日、金持ちの友達に頼んで車を借りて、ドライブに行った。
予算の関係であまり遠出はできなかったが、常磐道で茨城へ出て、海の近くの水族館に連れて行った。

水族館で綾は子どもみたいにはしゃいでいた。
その頃、綾は俺と外を歩くとき、必ず俺の左腕を取っていた。
気恥ずかしくて俺は手なんか繋いでやれなかったから、綾はいつも自分から俺の腕を取った。

綾が観たいと言ったので、綾と並んでイルカのショーを観た。

高度なジャンプなんかをこなすイルカを見て、単純に「イルカってヤツはすげぇ」と思いながら、横にいる綾を見た。

そういえば、綾と知り合った頃、犬のハナと綾が重なったことを思い出した。
イルカの賢さがハナの賢さを連想させたからだ。

なんで綾は、こんなに俺に尽くすんだろう。
たまにしかこんな風に彼氏らしいことなどしてやれないのに。

そもそも、どうして綾は俺のことが好きなんだ。
一目惚れ、みたいなことは言っていたが、それにしたって、どうして俺なんだ。

イルカがトレーナーを信じ、芸をこなすのと、なにが違うんだ。

理由なんて、必要ないのか。

高校時代、遥を無条件に大切に思った俺を思えば、確かに理由なんて必要ないのかもしれない。

No.20 14/07/25 15:23
小説大好き0 

その日、綾は弁当を作ってきていた。

海岸に出て、コンクリートのブロックに座って弁当を食べた。

前に綾が作った骨付きの鶏肉のから揚げを俺が気に入ったことを覚えていたのか、弁当にはそのから揚げが詰められていた。

相変わらず、綾の作る料理は美味かった。

綾は俺が美味そうに食べるのを見て嬉しそうに微笑んでいた。

秋の海岸は人影はまばらで、ところどころにサーファーのグループが見えた。

天気のいい日で、風も波も穏やかで、気分が良かった。

この海は、綾みたいだと思った。

いつの間に俺は、綾が隣にいることを心地よく思うようになったんだろう。

学校で綾は「進藤夫人」とからかわれ気味に呼ばれたりしていた。

そういえば、綾とは口論のひとつもしたことがない。

綾は俺がなにをしても怒らない。

詮索や束縛とは無縁の女だった。

小柄な綾の内部にある心は、どんだけ広いんだ。

そのとき初めて、綾に対する愛情みたいなものを感じた。

もう何度もキスして抱いてきたが、そんな欲望とは離れたところで、俺は綾に愛しさを感じた。

それでも俺は、いまさらそれを表す言葉を口にすることはできなかった。

照れくさかったのもある。
言わなくても分かってるだろうと思っていたのもある。

要は、綾に甘えていた。

No.21 14/07/25 19:42
小説大好き0 

情が移ったレベルなのか、本当に惚れてきたのかまでは分からなかった。

俺から気持ちを伝えたりしなくても、いつも綾は俺の側にいたから、友達の言う「進藤夫人」じゃないけど、結婚して長年一緒にいる夫婦ってこんな感じなのかと思うくらい、綾は俺に一番近い存在でいてくれた。

綾と過ごすようになって1年経った専門学校2年目の夏頃になると、いよいよ俺は綾に気を遣わなくなっていた。

たまに外で会う約束をしても、相変わらず学校とバイトに忙殺されていた俺は、約束の時間になっても起きられずに寝ていることがよくあった。

綾は15分待って携帯を鳴らし、それが繋がらないとまた少し待ち、約束の時間から30分経つと俺のアパートまでやって来て、俺が寝ていることを確かめると、俺を起こさずに一緒に横になって眠ったり、本を読んだりしていた。

俺は半分寝呆けた状態で綾を引き寄せ、そのまま綾の匂いを感じながら、日が落ちるまで眠った。

やっと起きた頃にはもうどこへも行ける時間ではない。

横で眠ってしまっている綾の顔を見て、「またやっちまった」と思うのだが、俺が起きた気配で起きた綾が

「おはよ」

と言う寝呆けたような甘い声になぜかいつも欲情して、そのまま綾を抱いた。

それでも綾は文句など一言も言わずに、俺を受け入れてくれた。

No.22 14/07/25 20:00
小説大好き0 

そんな綾が一度だけ怒ったことがある。

綾が高校時代の写真を見たいと言い出して、アルバムを出してやった。

「たくちゃん、あんまり変わってない」

「そうか?」

「うん」

綾は楽しそうに写真を見ていた。

特に俺が文化祭で女装した写真や、ホストクラブをやった写真を見て笑い転げた。

修学旅行、遠足、意味もなく教室で撮った写真。

俺も楽しかった高校時代を思い出して、俺にしては珍しく、その時々にあったことを綾に話して聞かせた。

アルバムの最後には、俺が遥と最後に撮った写真が入れてあった。

「この子、可愛い」

遥を指差して綾が言った。

「あぁ、遥だ」

綾はまた最初からパラパラとアルバムをめくり、俺を見た。

「たくちゃん、この子のことすきだったんでしょ」

綾はもう一度、卒業式の日の写真の遥を指差した。

「…………」

あまり深く考えずに綾にアルバムを見せていた。
確かに遥は誰よりも一番多く、俺と一緒に写真に収まっていた。

遥に抱いていた気持ちを、綾になんて説明したらいいか、分からなかった。

「そういうんじゃ、ねぇんだよな」

「じゃあどんな?」

綾にしては珍しく突っ込んで聞いてきた。

「なんつうか、男とか女とか、そういうの関係ないヤツだったっつうか……….。とにかく綾が思ってるようなモンじゃねぇよ」

「………そっか」

そのときはそれで終わった。

No.23 14/07/26 08:41
小説大好き0 

千葉の俺の地元では、たまに仲の良かった友達が集まって、飲み会なんかもあった。
中学も高校も、時々友達から飲み会の声がかかった。

俺は忙しかったし、あんまり実家にも帰りたい気分じゃなかったから、進学して最初の正月に実家に帰ったときの中学時代の友達との新年会に顔を出したくらいだった。

専門学校2年目の秋、高校の友達から飲み会の連絡があった。

連休の初日にけっこうな人数が集まるから来ないかと言われた。

地元じゃなく、上野でやるというので、行く気になった。

誘ってきたのは遥と俺とよくつるんでいた光輝というヤツだった。
光輝は地元で就職している。

『遥が来るってよ』

光輝は電話でそう言った。

遥は神奈川にある大学に進学していて、学生寮に入っていた。

遥とは卒業以来、連絡していない。

高校時代は学校を中心につるんでいたし、千葉の田舎の高校生だった遥も俺も、その頃携帯電話みたいなツールは持っていなかった。
だから余計に気がついたら気の合った仲間でつるんでいるという感覚が大きかったような気がする。

遥が来る。

一瞬、高校を卒業した頃に感じた気持ちが蘇った。

単純に、遥に会いたかった。

本当なら、卒業後も遥と連絡を取る手段はいくらでもあった。

でも、遥も俺も、そんなことはしなかった。

薄情とかそういうのとも違う。

そういう付き合いじゃないのだとしか言いようがなかった。

No.24 14/07/26 10:33
小説大好き0 

飲み会の前の日、バイトを終えてアパートに帰ると綾がいたので、「明日の夜は飲み会だから」と言った。

「バイトの人と?」

「いや、地元の連中と」

綾はそこで俺を見た。

「高校の?」

「そうだよ」

「あの人も来るの?」

「あの人」というのが遥のことなのが、なぜかすぐに分かった。

「来るよ」

綾は能面のような顔になった。

「……いかないで」

「え?」

綾がそんなことを言うのは初めてだった。

詮索も束縛もしないのが綾だと思っていた。

「遥のこと気にしてんの?」

「だって、たくちゃん遥さんのこと好きだったんでしょ?」

「そんなんじゃねぇって言っただろ」

「嘘」

綾は引かなかった。

俺は初めて綾がそんなことを言っていることに戸惑った。

「遥だけじゃねぇし。他の連中も集まるんだよ。今回は地元じゃなくて上野でやるから楽だし」

「でも、遥さんに会いに行くんでしょ?」

イラっときた。

確かに遥は特別だった。

でも、俺にすら恋愛感情があったかどうかわからないのが遥だ。

遥との関係を一言でいうなら、やはり「友達」としか言いようがない。

しかも、高校時代に一番濃い付き合いをした大事な友達だ。

会って何が悪い。

そう思った。

No.25 14/07/26 11:29
小説大好き0 

だいたい、いまの俺の女は綾だ。

確かに遥には恋愛感情に似たものを持っていたのかもしれない。

でも、遥に抱いた気持ちと、綾に対する気持ちは、似ているようでまったく違う。

遥は同じ時間を共有していても、常に自由で、どこかにスッ飛んで行ってしまう。

でも綾は、いまの俺の生活の一部だ。
飯を作ってくれるとか、セックスできるとか、そういう都合のいいことじゃなくて、俺の毎日に綾がいるのが当たり前だった。

これが綾じゃなかったら、とっくにうっとおしくなって、離れていたはずだ。

綾だから、こんなに存在が自然なんだ。

でも俺は、そんな気持ちをうまく言葉にできるような人間じゃなかった。

だから、能面のようになった綾に説明するのが面倒だった。

「うるせぇな。勝手にそう思ってりゃいいだろ」

俺がそう言ったとき、綾の白い顔にスッと赤味がさした。

綾は怒ったのだ。

約束をすっぽかして俺が寝ていようが、金がなくてどこにも連れて行ってやれなかろうが、誕生日に安いネックレスしかプレゼントできなかろうが、一度も不満を見せたことのない綾が、怒った。

頭の隅では「不味いことを言った」と思っていた。

でも、いままで俺に尽くしてくれる綾に甘え切っていた俺は、そこで綾の機嫌をとったり、宥めてやる方法が分からなかった。

「帰る」

綾はバッグを持つと、そのまま出て行った。

「待てよ」

No.26 14/07/26 14:31
小説大好き0 

とりあえずこんな時間に綾を1人で帰す訳にはいかない。

頭に血がのぼっていた割にはそれだけは思い出して、俺は綾に付いて外に出た。

綾は足早に駅へ向かって歩いた。まだ終電には間に合う。

綾は俺が後ろから来ていることに気付いていても、一言も喋らず、振り返りもしなかった。

駅前まできたところで俺は「綾」と呼んだ。

「………」

綾はそこでやっと振り返って俺を見た。

「明日、ウチで待ってりゃいいだろ。遅くならねぇように帰ってくるよ」

「………わかった」

綾はそう言って駅に入って行った。

俺はそれで済んだと思っていた。

綾が遥を気にする気持ちは分からなくもなかった。

初めて俺に対して怒りを向けた綾を目の当たりにして、いま大事なのは綾だということに初めて気付いた。

遥は確かに大事な友達だ。

でも、遥との時間は、高校卒業と同時に終わったんだ。

今でも大事な友達であることは変わらなくても、俺のものにできなかった遥より、常に俺に寄り添っている綾の方が、失いたくない存在になっていた。

それでも、綾の要求をのんで、飲み会へ行くことをやめようとは思わなかった。

綾はいつも10時くらいまでバイトして、そのあと俺のアパートで待っている。
俺が帰るのは大体深夜0時前後だ。

明日飲みに行ったとしても、そのくらいの時間に帰ってやれば、綾の機嫌も直るだろう。

俺は簡単にそう考えていた。

No.27 14/07/26 16:01
匿名10 

うわぁ~ん(//∇//)

早く先が気になります~

  • << 29 10番さん お返事書きましたので↓こちらまでよろしくお願いします♪ http://mikle.jp/threadres/2107239/

No.28 14/07/26 17:23
小説大好き0 

次の日、俺は上野にある居酒屋に向かった。

駅を出て、不忍通りを歩き出してすぐに、後ろから人がぶつかってきた。

「タクミン!」

遥が勢いよく背中に抱きついていた。

「遥〜」

俺は呆れながら遥を引っぺがした。

「相変わらずビックリ箱みたいなヤツだな」

「タクミンこそ、相変わらず地球最後の日みたいな顔しちゃって〜」

遥はシンプルなワンピースにジーンズという服装に、高校時代にはしていなかった化粧を薄くしていた。
少し大人っぽくなったように見える。

「タクミン、痩せた?」

「背が伸びたんだよ」

やっぱり顔を合わせた途端に高校時代の感覚に戻る。

一年半のブランクなどまったく感じさせない。

今日は誰が来るのかなど話しながら歩いているうちに、光輝から聞いた居酒屋についた。

「やっほー!」

遥がそう言いながら座敷に入ると、もう15人くらい集まっていたヤツらが「遥!」と言って遥を囲んだ。

相変わらず、1人でその場の空気を持って行ってしまうのが遥だった。

俺と遥が来た後の15分位で残りの参加者も揃い、適当な雰囲気で飲み会は始まった。

遥は昔とまったく変わらない雰囲気で、あちこち動き回り、大きな声で笑っていた。

俺も久し振りに会う顔が多くて、色んなヤツと話が弾んだ。

「タクミン、おまたせ!」

一通りの人間と絡んで気が済んだようで、遥は自分のグラスを持って俺の隣に座った。

「待ってねぇし」

「もー、相変わらずツレないんだから」

No.29 14/07/26 17:29
小説大好き0 

>> 27 うわぁ~ん(//∇//) 早く先が気になります~ 10番さん
お返事書きましたので↓こちらまでよろしくお願いします♪
http://mikle.jp/threadres/2107239/

No.30 14/07/26 18:00
小説大好き0 

遥は自分のグラスを俺のグラスに軽く当てた。

「改めて再会を祝してかんぱーい」

「はいよ」

「タクミン、学校どう?」

「忙しい。遥は?」

「休学する!」

「はぁ?」

「ちょっくらオーストラリアに行ってくる!」

話の飛びっぷりが相変わらずだ。

遥と歳の近い叔母がオーストラリアの人と結婚して向こうに住んでいて、昔から語学留学したいと言っていた遥を呼んでくれたのだそうだ。

「何年の予定なんだ?」

「まだわからない。語学学校の後、もしかしたら向こうの大学に入るかもしれないし」

「遥、英語得意だったもんな」

なんというか、久し振りに会ったと思えば、やっぱり遥はどこかへ行ってしまう。

やっぱり俺は苦笑いするしかない。

「タクミン、彼女できた?」

「できた」

「どんなこ?」

「遥と真逆な女」

「そりゃ、いいこだ!」

「だろ?」

本当は遥と顔を合わせるまで、少し不安だった。

俺はいま、遥をどう思うのか。

遥は、やっぱり高校時代というあの時だったから、恋愛感情かどうかわからなくなるほど大切に思った女なんだ。

いまの俺の女は、綾だ。

「タクミン、どうりで顔つきが優しくなった」

「適当なこと言うな。さっきは『地球最後の日みたいな顔』とか言ってただろ」

「そうだった?」

遥はそう言って声をたてて笑った。

No.31 14/07/26 20:37
小説大好き0 

11時に一旦お開きになった。
物足りない連中は二次会に行くらしい。

「タクミン、帰るの?」

居酒屋の前で遥が言った。

「ああ、帰るわ」

「彼女が待ってるんでしょ」

「うるせぇな」

遥は高校の卒業式の日と同じように、俺に抱きついてきた。

「タクミン、大好き!」

あぁ、俺も遥が好きだ。

遥はいつになっても遥のままだ。

でも、もう俺も遥も高校生じゃない。

遥は遥の思うようにスッ飛んでいけばいい。

俺は俺でなんとかやっていく。

体を離した遥に、俺は手を差し出した。

「遥、頑張れよ」

俺がそう言うと、遥は思い切りよく、俺の掌を良い音をさせて叩いた。

「タクミンもね」

俺は他の連中にも適当に挨拶して、駅に向かった。

遥。

変わった女で、面白い女で

本当に俺の大事な友達の遥。

やっぱりお前はいい女だと言ってやりたかった。

でも、どんなに遥がいい女でも、俺はやっぱり綾がいまは一番大事だ。

遥みたいにどこにスッ飛んで行くかわからないような女の相手は、俺には務まらない。

そうだ。
綾はいつも俺のそばにいてくれる。

俺は綾が好きだ。

俺は、大事なものは、いつも自分の近くに置いておかないと安心できないんだ。

綾に、そう伝えたら、綾はなんて言うだろう。

俺は駅に向かって歩きながら、綾に早く会いたいと思った。

No.32 14/07/27 08:04
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日付が変わる前にアパートに帰った。

でも、綾はいなかった。

テーブルの上にメモが置いてあった。

『今日は帰るね』

ときどきそういうことはあった。

帰りが遅くなる日が続いたり、俺のところに泊まったりした後は、『そろそろ親に叱られるから』と、綾は俺を待たずに帰ったりした。

でも、昨日あんな態度を見せた後だったから、俺は気になった。

>>ただいま。ちゃんと帰れたのか?

俺は綾にメールを送った。

するといつもと同じくらいの早さで

>>おかえり。 ちゃんと帰ったよ。

と返信があった。

とりあえず返信があったことに安心した。

でも、綾に会いたかった。

いま、俺が大事なのは綾なんだと、伝えたかった。

メールなんかで伝えたくなかった。

綾の顔を見て、綾を抱きしめて、伝えたかった。

せめて電話で伝えようかと思ったが、やめた。

綾とはまた学校で会える。

綾を怒らせてしまい、それでも俺は遥と会った。

でもそのお陰で、俺は綾への気持ちをはっきり自覚することができた。

これから綾を、もっと大事にしよう。

春になれば、俺も綾も就職だ。

学校という場がなくなっても、俺は綾を手放さない。

この頃の俺は、馬鹿だった。

もう20歳だというのに、ひとりよがりで、一番大事な女のことを本当には理解できないでいた、ガキだった。

No.33 14/07/27 17:50
小説大好き0 

そんなことはあったが、その後の綾は以前と変わらず俺のそばにいた。

俺も綾も就職は内定しており、俺は相変わらずの毎日だった。

卒業しても、俺も綾もまだ20歳で、これから社会人になるという時期では、まだ結婚は現実的な話ではなかった。

同棲も考えなくはなかったが、俺の頭が古いのか、いっしょに暮らすのは結婚するときという意識があった。

綾は相変わらず穏やかで、俺は遥の件で綾を怒らせたことを次第に忘れた。

俺が遥に会った飲み会の日、綾がいなかったことで、俺は綾に対する気持ちを伝えるきっかけを失った。

以前と変わらない綾を前にして、あらためてなにかを伝えるのは、気恥ずかしかった。

そして俺と綾は2年間の専門学校を修了し、それぞれ違う職場で働くことになった。

綾は親戚の紹介で、新宿にある設計事務所の事務兼任のCADオペレーター、俺は東京郊外にあるそれほど大きくはない建設会社に入社した。

施工管理をやりたかったのだが、欠員のあった積算の方に配属された。

要は図面を見て使用する材料の選定と数量を拾い出す仕事だ。

もちろん、新卒で入社したばかりの俺は、現場の経験もなく、先輩社員の指導を受けて補助的な仕事をするところから始まった。

最初に俺の指導係になった加山さんという30代の男性社員は、ちょっと暗い感じの人だったが、まぁそれなりに普通に指導をしてくれた。

現場に出ずに机に向かうことが多かったが、もともと図面を見るのは嫌いじゃなかったし、案外細かい仕事に向いているのだと自分で思うくらい、仕事は面白かった。

No.34 14/07/27 18:13
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綾とはお互い就職したばかりで忙しく、なかなかゆっくり会うというわけにはいかなかった。

俺が就職した会社は一言で言えば中小企業だった。
土曜は交代で隔週休みというのは完全な建前で、仕事に慣れない俺は日曜しか休めなかった。

綾は土曜の夜に俺のアパートへ来て泊まっていったり、日曜の午前中に来たりした。
最初はそれも毎週とはいかず、月に2回とかにもなった。

それでも学生時代も忙しかった俺に慣れている綾は、アパートにくるとやっぱり一緒に昼寝をしたり、飯を作ってくれたり、会えば以前と変わらない雰囲気だった。

そんな毎日の繰り返しで3ヶ月ほど経ち、俺も少し仕事に慣れてきた。

ところがその辺りで、俺の指導係だった加山さんが体調不良で休みがちになった。

最初は風邪で1日2日休んでいたのが、1ヶ月もすると、休職ということになっていた。

経験の浅い俺では、加山さんがやっていた業務などとてもこなせない。

そこで加山さんの1年先輩に当たる主任が新たに俺の指導係になることになった。

金井さんというこの主任は、加山さんとは違い、明るくて人当たりのいい男だった。

ただ、それはあくまでもただの印象だった。

一緒に仕事をするようになってすぐに、加山さんは俺のことを根掘り葉掘り聞いてきた。

どこの出身か、どこの専門学校に行ったか、その辺はまだいい。

彼女はいるのか、この会社の女の子なら誰が好みか、そんなことを聞いてくる。

馬鹿か。

そう思った。

No.35 14/07/27 18:21
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>> 34 ☆訂正☆
>>一緒に仕事をするようになってすぐに、加山さんは俺のことを根掘り葉掘り聞いてきた。

正)
>>一緒に仕事をするようになってすぐに、【金井】さんは俺のことを根掘り葉掘り聞いてきた。

すみません

No.36 14/07/27 19:35
小説大好き0 

でもまあ、まだその程度ならただのお喋り野郎で済ませることもできる。

だけどこの金井という男は、まず俺に休職した加山さんの悪口を言いたい放題言った。

あいつは無能だった。
現場の経験が浅いくせに知ったかぶっていた。
あいつのミスを何度も尻拭いさせられた。

そして加山さん以外の人間も、いちいち個人名をあげては批判する。

そして、誰と誰が付き合っているだの、不倫しているだの、誰は誰にフラれただの、それほど多くもない社内の人間の噂話を事細かに話して聞かせる。

……仕事しろよ。

俺は3日でゲンナリした。

金井が言うには、自分は前社長で今は会長の甥にあたり、いずれはこの会社は自分が継ぐのだと。

これには思わず失笑した。

今の社長は会長の息子で、まだ50歳前だ。
社長の息子も30代で、やはりこの会社で働いている。

どこに金井の出る幕があるのだ。

でも一番問題だったのは、金井は仕事ができないことだった。

以前は施工管理もやっていたらしいが、どうもメチャクチャな仕事ぶりだったらしい。
おまけに取引先や下請けを何度も怒らせるようなミスをして、それで社内に引っ込めたらしい。

俺のようなペーペーが見ても、こいつは図面を読めないのかと思うような有様だった。

それでも、他のベテラン社員がどうにかフォローしてなんとか回してる状況だったのだが、加山さんが休職したら、今度は俺の教育係に出しゃばってきたらしい。

俺にはいい迷惑だった。

No.37 14/07/27 20:02
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「災難ですね」

そう声をかけてきたのは、経理をやっている俺より2年先輩に当たる、宇田川さんという女子社員だった。短大を出て2年目なので、歳も2歳上だった。

俺は昼休みに会社の近くのファミレスにいたのだが、後から1人で食事に来た宇田川さんが俺の前に来て「一緒にいいですか?」と言ったのだ。

「災難?」

「金井さんですよ」

「あぁ」

ここで宇田川さんと一緒になって金井の悪口を言うわけにもいかない。
俺は簡単に答えた。

「加山さんが休職したの、金井さんが原因ですよ」

「へぇ」

「まぁ、パワハラですよね。金井さん、自分ができない仕事は全部加山さんに押し付けて、成果が上がれば自分の手柄、ミスがあったら加山さんのせい。そんな感じだったから。加山さんの体調不良って、鬱病です」

なるほど。
まぁあの男がやりそうなことだ。

「だから進藤さんも気を付けた方がいいですよ。油断してると潰されちゃいます」

「そうすか。まぁ気を付けます」

「私、進藤さんのファンなんです」

「は?」

「ふふ、だから金井さんには負けないで欲しいと思って」

「はぁ」

物好きな女だ。

まぁそこそこ可愛い雰囲気の女だが、興味はない。
俺には綾がいる。

そういえば、独身の金井はこの宇田川さんがお気に入りのようで、よく「宇田川さんて彼氏いるのかなぁ」とか言っている。

……アンタこそ気を付けた方がいいよ

俺は心の中でそう思った。

No.38 14/07/28 10:25
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金井のお陰で変に神経をすり減らす毎日が続いた。

金井の指示も指導もいい加減なので、勢い残業も増え、日曜すら休めないこともあった。

そのため、綾に会えない日が続いた。

綾に会社の愚痴など言ったことはなかったが、察しのいい綾はときどき返事のいらないメールを寄越してくるくらいだった。

綾だから。

俺はそう思って安心しきっていた。

でも、綾はそうじゃなかった。

>>明日休めそうだ

9月のある土曜日、俺は綾にそうメールした。

>>明日行くね

綾からそう返信があった。

日曜の昼過ぎ、綾は俺のアパートにやってきた。
会うのは3週間ぶりだった。

部屋に入ってきた綾は、俺の前に座ると、バッグからスペアキーを出してテーブルに置いた。

「たくちゃん。これ返す」

「え?」

俺はテーブルの上にある肉食恐竜のフィギュアがついたキーホルダーを見た。

あぁ、こいつはスピノサウルスだ。
中生代白亜紀。
ジュラシックパークに出たヤツだ。
渡したときに、綾にそんな薀蓄を語ったような記憶が蘇る。

「もう、ここには来ない」

綾は、背筋を伸ばし、正面から俺を見て、そう言った。

「………なんでだよ」

そう言いながら、俺は頭の隅で、綾がこんなことを言い出すのも当たり前だと、冷静に考えていた。

No.39 14/07/28 10:39
小説大好き0 

「好きな人がいるの」

綾はそう言った。

綾の言う好きな人とは、綾がバイトしていたドーナツ屋の常連だった男だった。
そいつは30歳、バツイチだが、子どもはいない。
大手のコピー屋の営業をしている男で、綾のバイト先でよくコーヒーを飲んでいたそうだ。
専門学校を卒業する半年くらい前から、ときどき声をかけられていた。

綾は最初はそいつに興味などなかったが、卒業してバイトを辞めるときに、連絡先は教えた。

綾は就職してから、そいつに誘われて、何回か食事に行ったりした。

そいつは、綾が俺と付き合っていることを知っていた。
それでもいいから、付き合って欲しい。

綾は何度もそう言われた。

「………そいつと、付き合うのか」

「うん」

「もう、決めたんだな」

「うん」

本当は、綾を追求したかった。

なぜだ。
どうしてそんなバツイチ男のほうがいいんだ。
俺を嫌いになったのか。

でも、俺はそんなことは言えなかった。



なぜなら俺は。



一度も綾に好きだとも愛してるとも言ったことがなかったからだ。

No.40 14/07/28 11:25
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「………遥のこと、まだ気にしてるのか」

きっかけと言えば、ただ一度だけ綾が怒った、あの一件しか思いつかなかった。

「………あのことだけが原因じゃないけど、関係なくはないかな」

「本当に、遥はそういう関係じゃないんだけどな」

「分かってるよ。だけど、それだから余計に気になった」

俺は、そのとき初めて、失敗を痛感していた。

遥と会ったことは、別に構わなかったと、いまでも思っている。

でも、綾があれほど気にしていたことを分かっていて、なぜフォローのひとつもしてやれなかったのか。

なんで俺は、いま俺が好きなのは綾なんだと言わなかったんだ。
なんで俺は、いま俺が一番大切に思ってるのは綾なんだと言わなかったんだ。
なんで俺は。

綾がいなくなったら困ると、綾に言わなかったんだ。

出会ったときから、全身で俺を好きだと表していたような綾。
俺がなにをしても怒らない綾。
いつも俺のことを考え、俺のためになにかをしていたような綾。

その綾を安心させてやるようなことを一言も言わなかったのは

俺だ。

いつか茨城の海で思った。
穏やかな海が綾のようだと。

でも俺は忘れていた。
海は荒れることもあることを。

そんな簡単なことも忘れるほど、俺は綾に甘えきっていた。

大事なものは手元に置いておかないと安心できない。

手元に置いておくだけではダメだった。

大事にしないと。

壊れてしまう。

俺はそんな簡単なことも分からないような、馬鹿なガキだった。

No.41 14/07/28 11:57
小説大好き0 

☆感想スレ☆
たてさせていただきました。
読んでくださっている方がいらしたら、よろしくお願いします(´∇ ‵*)
http://mikle.jp/threadres/2121087/

No.42 14/07/28 12:45
小説大好き0 

綾が友達から「なんで進藤くんと付き合ってるの?楽しい?」とか聞かれていたことは知っている。

俺の友達から「もっと綾ちゃんを大事にしてやれよ」と言われたついでに、そいつの彼女の話ということで聞かされたりしてたからだ。

綾は、そんなことは気にしなかった。

綾はそれでも俺が好きだから、俺のそばにいたんだろう。

そう。
綾はおとなしいだけの女じゃない。
芯が強くて、意思が固くて、頑固なところがある女だった。

だから周囲からなんと言われようと、俺のそばにいた。

その綾が、俺と別れると決めた。

そのバツイチの男に惚れたから、俺と別れることに決めたんだろう。

きっと、迷っていたに違いない。

俺と過ごした時間と、新たに現れた男との間で、迷って、考えて、そして

その男を選んだんだろう。

引き止められなかったのは、俺のせいだ。
俺が、綾をもっと大事にしていたら、大事に思う言葉を口にしていたら、もしかしたら綾はこの先もずっと俺のそばにいてくれたのかもしれない。

でも、もう遅い。

俺には綾を引き止めることはできない。

「ごめんな、綾」

俺は綾にそう言った。

綾は一瞬泣きそうな顔をしたが、唇を噛んで首を小さく横に振った。

本当はなりふり構わずに、好きだと言って抱き締めて、俺のそばにいてくれと言えば良かったんだろうか。

でも、俺にはそれはできなかった。

No.43 14/07/28 14:22
小説大好き0 

その日、俺は冷蔵庫にあった酒を片っ端から飲んで、気が付いたら眠っていた。

目が覚めたのは、朝だった。

頭がガンガンした。

それでも、その頭痛のお陰で、綾のことを考えずに済んだ。

考えたって、綾は戻らない。

俺は吐き気を堪えながら食パンをコーヒーで流し込み、シャワーを浴びて会社に向かった。

最悪の気分だった。

それでも会社に行けば、また違う最悪な気分が綾のことを忘れさせてくれる。
その日も金井は反吐が出るような仕事ぶりだった。

機械的に飯を食う。
会社ではどうしようもない人間に従いながら仕事をこなす。
アパートに帰って酒を飲んで寝る。

その繰り返しだった。

綾を失った喪失感は、そんな毎日をこなしているうちに薄まるのだろうか。

いつか俺でも心の底から綾の幸せを祈ってやれるようになるんだろうか。

そうやって1ヶ月が過ぎたころ、金井が大失敗をやらかした。

けっこう大きな案件の積算を、金井が間違えたのだ。

本当は他の人間がやるはずだった案件に、横から手を出してきたのが金井だった。
それでまんまと図面を読み違えた積算をし、会社はその案件を受注できなかった。

ウチの会社としては大きな金額だった案件を逃した。

前までならその仕事の面倒なところは全部加山さんにやらせて、金井は成果だけ持って行ったんだろう。
しかし、今回は加山さんがいない。

なんとなく流れを察していた俺は、金井がどうするのかと、陰でほくそ笑んでいた。

No.44 14/07/28 15:03
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「進藤くん、ちょっといい?」

俺が金井に手招きされたのは、金井の失敗が明らかになった2日後だった。

金井が会長のところに何度も行っていたのは知っている。
会長は妹である金井の母親を可愛がっており、自動的に金井も溺愛している。
だから金井は会長に泣きついて、今回の失敗を不問にしてもらおうと工作しているのだろうと思っていた。

俺が席を立つと、金井は俺を会長と社長が使っている部屋へ連れて行った。

部屋へ入ると、会長と社長、そして積算部門の部長がいた。

「進藤くん、金井くんから話は聞いたけど」

部長がそう言い出して、嫌な予感がした。

金井は自分のミスを俺のミスに仕立て上げていた。

俺がやりたいと言ったので、今回の積算の大部分を俺に任せたと。
金井は忙しくて、チェックが甘くなったと。

そんな馬鹿な話があるか。
この積算は、会社と昔から取引のある大事な客先からの仕事だった。
内容も多岐に渡り、規模も金額も小さくない。

そんな仕事を、まだ経験の浅い、入社1年目の人間に任せる馬鹿がどこにいる。

部長の話を呆然と聞きながら、俺はストーリーが作られていることを感じた。

会長は馬鹿じゃない。
なのに、いい歳したこの出来損ないの甥を可愛がっている。
でも、昔からの客先の信用を大きく損なうわけにはいかない。

今回の失敗を、新人の勇み足にして、言い訳しようというのではないか。
この先、他の仕事で多少無理を聞けば、客先も取引をやめるとまでは言わないだろう。

そして金井を庇うこともできる。

俺も、新人ということで、今回はお咎めなしにしてやる。
だから余計なことは言わずに、黙って言うことを聞けばいい。

そんなストーリーが見えるような気がした。

No.45 14/07/28 17:16
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俺は、なにも言わなかった。

部長が説教めいた話をし、金井はどこか偉そうな口調で部長に同調し、社長は会長の意向を伺い、そして会長は「まぁ、今回は残念だったけど、進藤くんもこれからは金井くんの指導の元で成長してもらって、頑張ってくれればいいから」と話を締めくくった。

俺がなにも言わなかったのは、怒っていたからではない。

この出来損ないの茶番劇を客席から観て、大笑いしたいのを堪えていただけだ。

こんな茶番しか演れない役者の下で働いている自分を、笑いたいのを堪えていただけだ。

俺は一人部屋から出されると、自分の机に戻り、パソコンから社内の申請書類を引っ張り出した。

もちろん、「退職願」だ。

もし、綾と別れていなかったら、ここで辞めようとまでは考えなかったかもしれない。

まぁ、金井から離れるために、現場や営業に回してもらうよう、希望くらいは出したかもしれないが。

綾もいない今、こんなクソみたいな会社にしがみつく意味はないと思った。

加山さんは心を病んだが、俺はそこまで会社に忠誠を尽くすつもりはない。
というより、そこまで忠誠を尽くす価値のある会社じゃないと思った。

学生のころ、バイトしていたファミレスや、単発で働いた引越屋、高校生のころバイトさせてもらった親父のスーパー。
いろんな人間を見たが、金井ほど腐った人間は見たことがなかった。

個人の性格、能力、やる気、相性、いろんな人間を上に立つ者は上手に使い、その労働への対価として給料を払う。
働いている人間は、多少誰かと相性が悪くても、仕事上はどうにか折り合いをつけて自分の能力で働く、それも給料への対価の一部だ。

それが仕事だと思っていた。
商売人の子として育った、俺の感覚だ。

別に一族経営の会社で、身内が優遇されているのは構わない。
仕事さえちゃんとしてくれればいい。
中小企業なら、そんな面がプラスに働くこともあるだろう。

でも、金井のような無能で腐った人間を、身内だという理由だけで庇うような会社、先は見えている。

こんな体質の会社では、ろくな物は作れない。

もう、この会社には用はないと思った。

No.46 14/07/29 09:55
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会社を辞めるなら、金井に言いたいことを言ってやろうか、下っ端の俺にすら分かったような不始末をバラしてやろうか、そんなことを少し考えた。

でも止めた。

俺はもうこんな会社は辞めるんだ。
馬鹿に付き合っている暇はない。

部長に退職願を渡すと、部長は一応慰留した。

面倒なので、親父を病気にした。
親父が倒れたので千葉の実家に帰って、兄貴を手伝うと。

もちろん親父はピンピンしているが、まぁ勘弁してもらおう。

あの騒ぎの直後で、部長も金井も、俺がなぜ辞めると言い出したのかは分かっていたはずだ。

それでも俺の作り話の真偽は追及されず、退職願を出した次の日から俺は実家に帰ると言って会社を休んだ。

一応、ネットで調べて、退職の日付は2週間先にした。
でも、入社後まだ半年経っていない俺には有休はない。
当然、欠勤扱いになって、日割りで給料が引かれる。
辞めた後も失業手当は給付されない。

このままでは食っていけない。

そこで俺は、休んだ日に最寄り駅へ行って、求人のフリーペーパーをもらってきた。

※アルバイト募集※
『倉庫内業務・配送業務補助』

俺のアパートから自転車で20分くらいの場所にある会社だった。

俺は履歴書を買って帰り、その会社に電話をかけた。

次の日には面接に行った。

50歳にも40歳にも見える人の好さそうな社長と、年増の女が俺を面接した。

今の会社を辞める理由は、「向いてなかったので」とだけ言ったが、社長も年増もあまり突っ込んで聞いてこなかった。

社長が「いつから来られる?」と言ったので、「今日からでも大丈夫です」と言うと、「じゃあ明日8時に来て」と言われた。

「社長、この子、フォーク乗れるみたいよ」

横にいた年増が、俺の履歴書を見てそう言った。

資格のところに、普通自動車免許とフォークリフト免許と書いたからだ。

「建築の学校で免許取れるの?」
社長も履歴書を覗き込んでそう言った。

「実家がスーパーやってるんで、手伝うために18になってすぐ取りました」

No.47 14/07/29 10:38
小説大好き0 

本当のところは少し違う。

俺は高校生になると、親父のスーパーでアルバイトをしていた。
男なので、裏方ばかりやっていた。

バックヤードにいたニーチャンオッサンたちは、みんな社長の息子である俺を可愛がってくれた。
休憩時間になると、ライトバンやトラックを敷地内で練習させてくれたり、俺が乗りたいと言ったので、フォークリフトも教えてくれた。
田舎のスーパーなので、敷地がやたら広いのだ。

お陰で、車の免許は教習所に通わずに、18歳になってすぐ、試験場一発で通った。

そこで俺は親父に頼んで、フォークリフトの技能講習に通わせてもらった。
車の免許取得に金をかけなかったし、俺がフォークの資格を持っていれば役に立つと思ってくれたのか、そっちの費用は親父が出してくれた。

実際は、俺は高校を卒業してからは、ほとんど親父のスーパーを手伝ったりしていないから、役に立ったと言えるのは高校卒業までの間だけだったが。

「どのフォークもいける?」

「大体できます」

「それはいいなぁ」

社長は喜んで、俺はフォークリフトの資格のお陰で、求人内容よりも高い時給で雇ってもらえることになった。

親父と親父のスーパーにいるニーチャンオッサンたちに感謝した。

No.48 14/07/29 10:58
小説大好き0 

退職日付に書いた日、俺は手続きのためにアルバイトを休んで出社した。

一応、部長や金井、同じ部署の社員には「お世話になりました」と頭を下げた。

金井がニヤニヤしながら「いいねぇ、避難できる場所があると、逃げ帰れて」と言ったときには殴ってやろうかと思ったが、どうにか堪えることができた。

俺は総務に行って退職関係の書類をもらい、早々に会社を出た。

「進藤さん」

会社を出て少し行ったところで、経理の宇田川さんが立っていた。

「どうしたんすか」

「銀行に行くの」

「お世話になりました」

俺はそう言って歩き出したが、宇田川さんが付いてきた。
俺は駅に向かうのだが、銀行も駅周辺なのだ。

「私、進藤さんのこと応援してたのに、やっぱり金井さんのせいで辞めちゃうのね」

「…………」

うるさい女だ。
クソみたいな会社に見切りをつけだだけだと言ってやりたかったが、負け犬の遠吠えになりそうなので黙っていた。

「怒った?ごめんごめん」

宇田川さんは気にした様子もなく、機嫌よく早足の俺に付いてくる。

「ねぇ、今夜暇なら飲みに行かない?送別会」

「遠慮します」

「彼女に義理立て?」

「…………」

「行こうよ」

なんか面倒くさくなって、つい「わかりました」と言ってしまった。

いや、そうじゃない。

俺の気持ちなどお構いなしにポンポン話しかけてくる口調が、少しだけ遥に似ていたのだ。

でも、あくまでも少しだけだ。
別に、この女を気に入ったわけじゃない。

ただ、この女なら余計な気遣いは無用なのかもしれないと思った。

駅に着くまでの間に携帯で連絡先を交換させられ、夜どこかで飲むことを約束させられた。

No.49 14/07/29 13:39
小説大好き0 

場所は池袋にした。
宇田川さんがどこに住んでいるのかなど知らなかったので、単に俺が行きやすかったので決めた。

パルコの下で待ち合わせた。
時間ちょうどに着くと、宇田川さんもほぼ同時くらいに来たようだった。

「来てくれないかと思った」

「どうして」

「気分が乗らないみたいだったから」

「まぁ酒は飲みたい気分なんで」

適当に目についたチェーンの居酒屋に入った。

宇田川さんは酒が強かった。
最初の中ジョッキを俺と同じペースで空けると、そのあとはジントニックに変えて美味そうに飲んでいた。

うるさい女だというイメージしかなかったが、案外さっぱりした性格で、一緒に飲むには悪くないと思った。
下の名前が「翔子」というのも、この日初めて知った。

「進藤さんが辞めて残念だな」

「俺、もう会社辞めちゃったし、俺の方が歳下なんだから、『さん』はやめてくださいよ」

「じゃあ『たくちゃん』」

「それはやめてください。別れた女がそう呼んでたんで」

「あらま。じゃあ『匠くん』」

「まぁ好きに呼んでください」

「そっちも敬語やめてくれる?仕事してるみたいで肩こるから。『翔子』でいいし」

うるさいけど、面倒くさいところのない女だと思った。

俺はここのところ酒の量が増えていたので、結構早いペースで飲んでいたが、翔子も似たようなペースでグラスを空けた。

No.50 14/07/29 16:48
小説大好き0 

「金井には気をつけたほうがいいよ」

余計なお世話と思いつつ、俺は翔子にそう言った。

「私は仕事ではほとんど絡まないもん」

「あいつ、翔子さんのことお気に入りだったよ」

「私、色白でムチムチした男は嫌いなのよね。なんかあの人ネバネバしてるし。だから何回か食事に誘われたけど、断った」

「彼氏いるんだろ?」

「まぁね」

「ふーん」

「匠くんはさっき『別れた女』とか言ってたけど、最近のこと?」

「1ヶ月くらい前」

「じゃあ寂しいでしょ」

「別に」

「慰めてあげようと思ったのに」

「ひとの物には興味ないんだよ」

「ひとの物だから気楽っていうこともない?」

「フン」

いくら俺でも、翔子が誘ってきていることは分かる。
このままホイホイ乗っかってしまっていいものか。

「前に言ったでしょ、ファンだって」

「物好きな女だな、って思ったよ」

「見るからに優しそうな男にも、あんまり興味がないの」

「Mなんじゃねぇの?」

「かもね」

翔子とは妙に話が合った。
というより、今日会ったときに感じたように、余計な気遣いは必要のない女だった。

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