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14/08/26 16:39(更新日時)

小さいガキだった頃から愛想のねぇ人間だった

親はこいつは好き勝手に生きていくと思っていたんだろう

小学生の頃に読んだなんかの本に

「我が道を行く」

という言葉があった

えらく気に入ったのを覚えている

それが俺だ

14/07/23 13:40 追記
「可もなく不可もなく」
http://mikle.jp/thread/2106160/
このお話のサイドストーリーみたいなお話です。
よかったらこちらもご一読ください。

14/07/28 12:15 追記
☆感想スレ☆
http://mikle.jp/threadres/2121087/
よろしくお願いします

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No.2119335 14/07/23 13:36(スレ作成日時)

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No.52 14/07/29 20:04
小説大好き0 

>> 51 えーと
小説でオールフィクションなので、お許しくださいな
もし良かったら感想スレにお願いします
読んでくださってる方もいるので
m(_ _)m

No.53 14/07/30 09:32
小説大好き0 

結構飲んで、携帯で時間を見たら、10時半だった。

「そろそろ帰るか」

俺はそう言って、残っていたウーロンハイを飲み干した。

「帰るの?」

「帰らねぇの?」

腰を上げかけた俺のシャツの裾を翔子が引いた。

「彼氏が浮気してた」

「へぇ」

俺は座りなおしてタバコに火をつけた。

「で?そのあてつけに俺と浮気し返したいわけ?」

「………わかんない。でも、寂しい」

『寂しい』

俺だって寂しい。

綾。

後悔ばかりだ。

「彼氏とはどんくらい?」

「2年くらい」

「好きなんじゃねぇの?」

「なんか、わかんなくなった」

「だからって、俺にちょっかい出すこともねぇだろ」

「匠くんは今の彼氏の前に付き合ってた人に、ちょっと似てる。喋り方とか、雰囲気が」

「今の彼氏と別れて、その元彼とやり直せば?」

「他の人と結婚しちゃった。それで寂しくて付き合ったのが今の彼」

「グダグダだな」

「匠くんは、グダグダじゃないの?」

「グダグダだよ。惚れてた女にフラれて、会社も辞めて」

「似た者同士でしょ」

「だからって、俺は翔子さんと付き合う気ねぇよ」

「付き合って欲しいなんて、言ってないよ」

No.54 14/07/30 10:20
小説大好き0 

俺の中に、黒い感情が湧いていることに気付いた。

反吐が出るようだった金井。
金井のお気に入りの翔子。

金井が相手にされなかった翔子を抱いたら、溜飲が下がるだろうか。

………小せぇな、俺も

でも、それでもいいような気がした。

どうせ俺は、惚れた女も大事にできなかったんだ。

翔子も彼氏に浮気されて、俺にちょっかい出そうとするような女なんだ。

そして、俺も翔子も、寂しい。

最低な人間同士で傷を舐め合う。

「翔子さん。俺、めんどくさいことは嫌いだよ」

「私はめんどくさい女じゃないと思うよ」

利害が一致したということなのか。

「行こうか」

会計を済ませて店の外に出ると、翔子は黙って俺に付いてきた。

そしてそこから一番近いホテルで、俺は翔子を抱いた。

翔子を抱いているとき、「女も惚れてないヤツとできるんだな」と、変な感心をした。

それでも、寂しさは少し紛れた。

翔子も同じだったんだろう。

でも、やっぱりそれだけだった。

No.55 14/07/30 12:01
小説大好き0 

アルバイトで雇ってもらった会社は発送代行の会社だった。

俺は主に倉庫でフォークリフトを操作することが多かった。

倉庫には男の社員が2人いて、俺に仕事を教えてくれた。
1人は30代後半で大川さんといい、もう1人は40代半ばくらいで瀬尾さん、2人とも既婚者だった。

2人ともフォークリフトの操作に関しては職人技だった。主に大川さんがフォークの指導をしてくれたが、お陰で俺もどんどん上達した。
大川さんは見るからに優しそうな人で、よく自分の子どもの話をした。

瀬尾さんとは、トラックでの配送でよく一緒になった。
瀬尾さんは無口で、俺もあまり喋らないから終始車内は静かなのだが、仕事のポイントはちゃんと教えてくれる人だった。

ただ俺はアルバイトだったので、ときどき人手が足りないと、梱包やピッキングの手伝いもやった。

そっちは倉庫の業務と違い、女だらけだった。
アルバイトや派遣もいないわけではないが、基本的にパートのオバチャンが仕切っている世界だった。

俺が入社した当時でも、常勤パートが30人以上いた。

最初は正直、引いた。

下は20代から上は60歳過ぎ。
年代は違っても、大半は主婦だ。

親父のスーパーでバイトしていたときも、レジや惣菜売り場に主婦パートはいた。
それでも俺はバックヤードがメインだったから、何十人もいるオバチャンに混ざって仕事をするのは初めての経験だった。

No.56 14/07/30 13:36
小説大好き0 

最初は集団になったオバチャンの喧しさに驚いた。

さすがにオバチャンとはいえ、就業時間中は黙々と仕事をしているから、それはいい。

でも昼休みや3時休憩の休憩室の騒々しさは、俺の想像をはるかに超えていた。

タバコが吸いたくて休憩室の中の喫煙コーナーへ行くのだが、入ったばかりで、まだ若い男のアルバイトがもの珍しいのか、いろいろ話しかけてくるのには参った。

仕方なく、タバコは会社の外、飯は事務所のソファーや会社のハイエースを使わせてもらうようになった。

誰に話しかけられても、俺は元々口数が少ないので、オバチャンたちも次第に飽きたらしく、そのうちあまり話しかけられないようになった。

そんな中で、1人だけ変わらず俺を構うオバチャンがいた。
真田さんという60歳のオバチャンだ。
勤続20年近いベテランで、パートのリーダーをしている。
夫も子どももいるが、長男が俺と同い年らしく、なにかと俺に構ってくる。
性格は一言で言うと「がらっぱち」という感じで、口も悪い。
会社の主みたいなオバチャンだった。

真田さんは俺がハイエースの中で寝ていたりすると、自分が作ってきたおかずを持ってやってくる。

最初は遠慮していたが、何度も来るので断りきれず、食べ物をもらう。
俺が「美味い」と言うと、真田さんは喜んだ。

俺は作業場の仕事のほとんどを、真田さんに教わった。
俺でも重いと感じる荷物を、真田さんは小柄なくせにひょいひょい運ぶ。
細かい作業は恐ろしいほど手早くて、この人は老眼とは無縁だと思った。

真田さんには社長ですら頭が上がらない。
面倒みが良くて、経験の浅いパートさんの指導も上手かった。

会社の人間は真田さんを「オバァ」と呼んだ。
沖縄風に真田さんへの敬意を込めた呼び名だった。

No.57 14/07/30 17:37
小説大好き0 

俺は真田さんを見ていて、こんなオバチャンもいるんだと感心した。

倉庫で一緒に働いている大川さんも瀬尾さんも普通にいい人だ。

前の会社を自棄になって辞めたような感じになって、正直気持ちはささくれ立っていたが、真田さんたちのお陰で落ち着いてきた。

落ち着いて周囲を見てみると、パートのオバチャンたちは相変わらず喧しいが、結構有能な人が多いのも分かってきた。

ただ、社員の野本という年増は厄介だった。
社長と一緒に俺を面接した女だ。

勤続は5年くらいだが、去年パートから社員になったらしい。
こいつはどうも社長の従兄弟にあたる部長とデキているという話だ。
お喋りなベテランのパートが俺に「だからあの人には気を付けなさい」と吹き込んだのだ。

社長はそれを知ってるのかどうかは分からないが、とにかく野本は陰で「女帝」と呼ばれるほど社内で力を持っているらしい。

それでも、前の会社にいた金井に比べれば可愛いもんだった。

強引な気分屋で、年増にありがちなひとりよがりな仕事をすることもあったが、現場のことはよく知っているし、普通に仕事をしている限りはなにも問題はない。

俺と絡む仕事もあまりないので、まぁあまり近寄らなければ済む話だった。

俺の時給は普通のアルバイトより高く、早出に残業、土曜出勤も結構多いので、月の手取りは前の会社より多くなった。

食いっぱぐれないために始めたアルバイトだったが、思ったより居心地は悪くなかった。

No.58 14/07/31 10:16
小説大好き0 

アルバイトを始めて3ヶ月たち、年が明けた1月、社長から正社員にならないかと誘われた。

「いずれはどこかで正社員って考えてたんでしょ?だったらこのままウチに来ればいいじゃない。丁度ハローワークに求人かけようと思ってたところだったし」

建設業界に戻りたいという気持ちはあった。

でも、俺の経歴では大手への中途採用などまず無理だし、東京周辺の中小企業となるとどこかで金井と関わりがありそうな気がする。

金井などどうでも良いが、ヤツとトラブって入社半年で会社を辞めたことが原因で面倒なことが起きたらと思うとウンザリした。
どこの現場で前の会社と関わりができるかわからない。

今の仕事は性に合っている。

フォークリフトやトラックに乗るのは純粋に楽しい。
力仕事も細かい仕事も嫌いではない。

最初は喧しいとしか思えなかったパートのオバチャンたちにも慣れた。
愛想のない俺でも仕事さえちゃんとしてればオバチャンたちともそれなりに上手く付き合えたし、若い女が少ないのは、今の俺にとって逆にありがたかった。

それに、建築用語や図面、CADから離れることは、綾と過ごした時間を忘れさせてくれるような気もした。

まだ綾のことを引きずっている自分が女々しく思えたが。

そんなことを考えたりはしたが、20歳も過ぎた男がフリーターでいるのも情けないし、安定した仕事に就けるならそれに越したことはない。

だから俺は、ありがたく社長の誘いを受けた。

社長は入社祝いだと言って、お年玉をくれた。

業務内容は正社員になっても大して変わらなかったが、事務的な仕事が多少増えた。

ときどき「女帝」野本のヒステリーにも遭遇したが、俺は適当にかわしていたし、野本も無愛想で表情の乏しい俺には変に気を遣っているようで、それほど軋轢はなかった。

パートのオバチャンたちは今まで俺を「進藤くん」と呼んでいたが、正社員になってからはいつの間にか「進藤さん」と変わった。
ただ、真田さんだけは「進藤くん」と変わらず呼び、俺など小僧扱いだった。

No.59 14/07/31 12:34
小説大好き0 

翔子からは月に2、3回メールがくる。
俺は疲れていなければ返信し、1、2ヶ月に一度くらい、予定が合えば会って一緒に飲んだ。

翔子は自分で言った通り、めんどくさいことは言わなかった。
俺がメールを返信しなくても気にしないようだったし、会ったときの感覚は完全に友達だった。

だから俺も翔子には余計な気は遣わなかった。

翔子が彼氏と上手くいってるかどうかも興味なかった。

ただたまに会って飲んで、お互い気が向いたらセックスして帰る。

まぁこれがセフレと言われればそれまでだが、俺はセックスしたくなったから翔子を呼び出すということはしなかった。

会ってそういう雰囲気になったらホテルへ行く。
だから寝不足だったり疲れていたら会わなかったし、会っても酒を飲むだけで別れるということも結構あった。

綾がいなくなって、しばらくは彼女と呼べる存在はなくてもいいと思っていた。

もう綾のときのような馬鹿な失敗はしたくない。

翔子は最初に彼氏がいると言っていたし、俺と付き合いたいわけでもないというのも本当のようだった。

翔子には遙に感じたような恋愛感情なのか友情なのかもわからないような気持ちも、綾のように常に側にいて安心して安らげるような気持ちも持たなかった。

他の男と付き合っている女と思えば、気持ちも深入りしなかった。

それでも、翔子は友達としてはいい女だった。

No.60 14/07/31 14:01
小説大好き0 

会って飲んでいるとき、翔子に聞かれるまま綾のことを話した。
翔子に対して格好をつけようとも思ってなかった。

「それはフラれちゃうかも」

翔子も遠慮なしに思った通りのことを言った。

「俺でもそう思う」

「なんで『好きだ』の一言くらい言えなかったの?」

「さぁ。好きだと思ったときには見切りをつけられてたみたいだからな」

「どうせなにも言わなくても『こいつは俺に惚れてるから』って思ってたんでしょ」

ずけずけと痛いところを突いてくる。

「口下手なんだよ」

「それは見てればわかる」

「まぁ当分女はいいや」

「そうなの?………って、私も一応女なんだけど」

「俺の女じゃねぇし」

「そうするつもりもないくせに」

「まぁな」

「あー。今の『まぁな』って、元彼にすごい似てた。ねー、もう一回言ってみて」

「やだよ」

翔子とはいつもそんな感じだった。
ホテルにいても、そんな雰囲気のままだった。

お互い気楽なままそういう付き合いができるなら、別にそれはそれでいいかと思った。

No.61 14/07/31 17:05
小説大好き0 

今の会社で働き始めて7年が経った。

会社は少し大きくなって、倉庫と作業場が広くなり、近くに別の倉庫も借りるようになった。

社員も増えて、俺の後に入社した社員も何人かいる。

ただ、俺が入社した時に仕事を教えてくれた瀬尾さんが、持病のヘルニアが悪化して故郷へ帰ると言って4年前に退職した。

その後に入社した俺と同い年の塚田という男は、穏やで落ち着いた性格で、前職は運送屋のドライバーだったこともあり、入社3年目になった今は瀬尾さんの抜けた穴も完全に埋められるくらいになった。

パートの人数も増えたが、「オバァ」と呼ばれていた真田さんは、去年辞めた。
既婚の長女と同居するために引っ越すとのことだった。

リーダーだったオバァの後任には、今年で5年目になる下川さんというパートがなった。
「オバァ」という会社の生き字引みたいな人の後任なので、パート主体の現場を管理する野本は悩んだらしいが、オバァが下川さんを推した。
下川さんはまだ30歳そこそこだが、仕事はほぼすべてこなせるし、なにより人柄が良く、年長者のパートでも下川さんなら仕切れるとオバァは言った。

俺は男で社員だから、外から見ているだけなのだが、常時40人以上パート主婦がいると、女同士ということもあって、人間関係がなかなか複雑だった。

少し長く働いている人間を中心に派閥ができる。
常に誰かと誰かがいがみ合っている。
外から見ている俺は面白がっていればいいが、それを仕切る野本やオバァは大変だった。

だけどオバァはその辺も上手く操って、逆に作業効率を上げていた。

いがみ合っている人間同士をわざと隣同士にして競争させるようにスピードアップしたり、仕事によって派閥の人間をくっつけたり離したりと、その加減が絶妙だった。

いつか俺が「オバァはウチの会社の諸葛孔明だな」と言ったら、オバァは「アタシはそんな頭脳明晰じゃないよ」と笑っていた。

オバァは息子に借りたマンガの三国志を愛読している人だった。

No.62 14/07/31 19:22
小説大好き0 

「下ちゃんなら、猛獣みたいな連中、やんわり仕切って上手いこと回してくれるから、進藤くんも安心して見てられるよ」

オバァは下ちゃん、下川さんのことをそう評価した。

下ちゃんはオバァとはまったくタイプが違うが、確かに下ちゃんならオバァとは違ったやり方で、一筋縄ではいかないパートのオバチャン軍団を仕切っていけるかもしれない。

「オバァ、いつまで来られんの?」

「今月いっぱいは来るよ。まぁ倉庫の方はアンタや大川ちゃんがいれば安心だろ。アンタも入社したころに比べれば大分丸くなったからね」

オバァは俺のこともお見通しか。

「早く彼女作って結婚しな」

「余計なお世話だよ」

「この会社は女だらけだけど、みんな結婚してるからね。たまにバイトの女の子いても、アンタは愛想がないからみんな怖がって近寄らないし。せめて塚ちゃんくらいに優しく喋れればいいのにね」

「塚田は優しいんじゃねぇよ。事なかれ主義だから、誰にでも優しくしてるように見えるんだろ」

「そんでも塚ちゃんの方が人気あるじゃないの」

「この会社には結婚してる女ばっかだって言ったのはオバァだろ。オバチャン連中にモテたって意味ねぇし」

「そりゃそうだけどさ、会社の外でもそんな仏頂面してたら、女の子が近寄れないだろうに」

「あいにく女には困ってねぇよ」

俺がそう言うと、オバァは豪快に笑った。

そのオバァは、6月の終わり、会社のみんなに惜しまれながら、でっかい花束を持って退職していった。

No.63 14/08/01 11:30
小説大好き0 

オバァが言った通り、後任となった下ちゃんこと下川さんは、リーダーになって約1年経つが、仕事をそつなくこなしている。

「下ちゃん、可愛いですよね」

後輩の塚田と2人で飲みに行ったとき、塚田がそう言った。

「へー。塚田はあぁいうタイプが好きなんだ」

「綺麗だし、優しくて素直だし、仕事はできるし。進藤さんは下ちゃんみたいなタイプ好きじゃないんですか?」

塚田は同い年の俺に対していまだに敬語をやめない。
まぁ、本人の好きにすればいいと思う。

「好きもなにも、結婚してるじゃねぇか。俺は人のものには興味ねぇんだよ。下ちゃん32か33歳だっけ?子どももいただろ」

「そうは見えないですよね。進藤さんより年下に見えますよ」

「俺が老けてるとでも言いたいのかよ」

「そういうわけじゃないですよ」

塚田は笑った。
なにを言っても爽やかに感じさせる男だ。
パートのオバチャンの中には塚田のファンも多いらしい。

「あーあ、彼女欲しいなぁ」

「そんなこと言って、お前こないだ俺を無理矢理連れてった合コンで『ピンと来ません』とか言ってたな。メアドとか聞かれてたじゃねぇか」

「進藤さんみたいに合コンで仏頂面してないから話しやすかっただけですよ。もう誰とも連絡してません」

「どうせメール来ても相手しなかったんだろ。塚田はニッコリ笑って相手を斬るタイプだからな」

「そんなことないと思うんですけどね」

No.64 14/08/01 11:58
小説大好き0 

「塚田は理想が高すぎるんだよ」

「そういう進藤さんこそ、理想が高そうですよ。彼女いないんですか」

「俺はひとりが気楽でいいや」

そう言いながら、タバコに火を点けた。

綾と別れて以来、彼女と呼べる女はいない。

強いて言うなら、翔子とは友達なんだかセフレなんだか分からない付き合いがまだ続いている。

翔子は俺と初めて寝た日に言っていた男と、結婚するでもなく、どうやら別れたりヨリを戻したりしながらの付き合いが続いているらしい。
お互い他の相手がいたりいなかったりということもあるようだが、俺がなにも聞かないのではっきりとは分からない。

ただ、俺との付き合いは一言で言うなら腐れ縁で、その彼氏ともやっぱり腐れ縁という感じだった。

俺が翔子と会うペースは適当で、月に2回会うときもあれば、半年とか間が空くときもあった。

会ってもセックスはしたりしなかったりだ。

そういえばここ3ヶ月くらい、連絡すらとっていない。

まぁ、お互いその程度の関係ということなのか。

誰かと飲みたいときとか、人肌恋しいときとか、お互い都合のいいときにだけ会う関係だ。

それ以上でもそれ以下でもない。

めんどくさいことがなにもないから続いているんだろう。

No.65 14/08/01 13:06
小説大好き0 

オバァは俺を丸くなったと言ったが、確か そうかもしれない。

同い年の塚田が入社して以来、会社の人間と飲む機会が増えた。

塚田は人当たりがいいので歳の近いパートとも仲がよく、俺もパート連中と一緒に飲みに行ったりするようになった。

リーダーになった下ちゃんや、下ちゃんと同い年のナカちゃんこと中澤なんかは、2、3ヶ月に一度は飲み会をするメンバーみたいになった。

パート連中と飲むのは気楽だった。

そもそもパートは既婚者ばかりだから合コンみたいにガッツいた空気はないし、歳が近いから話も合う。

俺の愛想のなさも口の悪さもみんな知っているから、俺も気を遣わなくていい。

職場に親しい人間は増えたが、俺は仕事中に必要のないことは喋らないし、パート連中はやっぱり噂好きで喧しいからあまり近寄りたくなかった。

俺も社歴が長くなったので、手を止めてくっちゃべってるパートには注意もするから、余計に煙たがられる。
「進藤さんてコワーイ」ってところだ。
まぁ言葉足らずなのは自分でも認めるが。

でも、オバチャン連中に好かれようが怖がられようが、俺は痛くも痒くもない。

会社では仕事さえしてくれればいいのだ。

それでも、下ちゃんたちが他のパート軍団に、俺のことを「仕事には厳しいけどいい人」とフォローしていることは知っているので、奴らには感謝している。

ちなみにそのことを教えてくれたのは、辞めたオバァだった。
もちろん、多分一番フォローしてくれていたのはオバァだと思うので、オバァには今でも頭が上がらない気分だ。

No.66 14/08/01 15:42
小説大好き0 

9月の下旬、朝から暇だった俺が会社の前でハイエースを軽く水洗いしていると、まだ暑いのに紺色のスーツをきっちり着込んだ若い女が会社の敷地内に入って来た。

20歳そこそこに見えるその女は、辺りを見回してから困ったように俺を見た。

「すみません。面接に来た高橋つぐみといいます。入り口はどこでしょうか」

言葉はきちんとしているが、いかにもおっかなびっくりという感じで俺にそう聞いた。
ウチの会社は倉庫の前が大きく開いていて、その少し横にある事務所の入り口がわかりにくかったらしい。

「そのドア」

俺がそう言って指差すと、その女は「ありがとうございました」と律儀に頭を下げて会社に入って行った。

その後俺は洗車が終わったので倉庫の整理をし、昼前に事務所に戻ると、社長と野本がソファーで話をしていた。

「じゃあ社長、電話していいのね」

「うん、来週の月曜からでいいんじゃない?」

話の流れから、さっきの女のことだと分かった。

去年辺りから会社で請け負う仕事が増えて、勢い事務方の手も不足気味らしい。
先月辺りからハローワークで求人をかけていたようだが、社長と野本がさっきの女を面接して、目出度く採用されたらしい。

………気の毒に

思わず俺はニヤリとした。

野本とあと2人の女子社員がいるが、全員既婚者でパートからの昇格だ。
野本は50代、あとの2人は40代。
気分屋でヒステリー気味の野本と、野本に追従するばかりの残りの2人。

今日来たあの女はまだ若いから、事務所の雑用から作業場の手伝いまでなんでもやらされるのだろう。
となると、現場に出ればパートのオバチャン軍団にもまれながらの仕事となる。

事務所にいても、現場に出ても、一癖も二癖もあるようなオバチャンだらけだ。

2、3年前に事務所のアルバイトで入った20歳くらいの女がいたが、そいつは半年ももたずに辞めてしまった。
まぁ、俺から見ても使えない女だったから、元々向いていなかったのだろうが、同世代の同性の同僚がいない環境が若い女には厳しいことはなんとなく想像がつく。

さて。
今日採用されたらしいあの女は、何ヶ月もつんだろう。
気が強そうには見えなかったが。

いや。
何日かな。

No.67 14/08/02 10:38
小説大好き0 

面接に来た次の週明けから、高橋つぐみが来るようになった。

野本が言っていたが、前職はデザイン関係ということで、事務経験なし、軽作業経験なし。

それを聞いて俺はまた「あの女も前途多難だな」と思った。

高橋は23歳。
ありふれた苗字の通り、これといって特徴のない女だった。

会社に来た高橋は、まず下ちゃんに預けられた。
最初は現場から、ということらしい。

下ちゃんはバランスのとれた人間だから、新人に辛く当たることもないし、甘やかしたり、指導に手を抜くこともない。
高橋も下ちゃんの横で仕事の段取りを覚えたり、パートのオバチャンに混ざって作業をするようになった。

事務所にいるときは、野本の下で、それこそ事務所や休憩室の掃除やゴミ捨てから、電話応対や書類の整理なんかもやらされていた。

畑違いの仕事ということと、元々あまり器用な方でもないらしく、俺が見ても悪戦苦闘しているのが分かった。

下ちゃんはともかく、野本は難しい女だから、野本が「こっちが先なんじゃないの?」とか言うキーキー声がときどき聞こえてきた。

高橋を見ていると、作業場にいても事務所にいても「はい」と「すみません」しか言っていないように見える。

………やっぱ数日コースかな

俺はあたふたと走り回る高橋を見てそう思った。

高橋が入社して半月くらい経ったころ、資材倉庫で高橋がゴソゴソとなにかをしているのを見た。

俺が資材倉庫に入ると、高橋は少し怯えたように見えた。
多分、愛想のない俺が怖いんだろう。

「すみません、オートテーパーってどれですか?」

お。
怖がってるくせに必要なことはちゃんと言いやがる。

「これだ」

俺が上の棚から取ってやると、高橋は「ありがとうございます」と言った。

てっきり俺は「すみません」が返ってくると思っていた。

そうだ。
仕事なんだから謝る必要はない。
誰かになにかをしてもらったら、礼を言えばいい。

なんとなく、こいつはもつかもしれないと思った。

No.68 14/08/02 11:55
小説大好き0 

昼休みにコンビニへ行くと下ちゃんがいた。

「新人、どう?」

「高ちゃん?頑張ってるよ」

高橋は入社して半月だが、もう周囲から「高ちゃん」と呼ばれている。

「半月もたねぇかと思ったんだけどな」

「高ちゃんは大丈夫そうだよ。仕事はまだ慣れないみたいだけど、なんかあの子、すーっと周囲に馴染むタイプみたい。なんか何年も前からいるみたいに違和感のない子だよ」

「へぇ」

オバチャンだらけの職場に放り込まれて、その馴染み様か。

「人懐っこいようには見えねぇけどな」

「そういう感じでもないんだよね。誰にでも丁寧に話すし。なんていうのかな、毒がないんだよね。美沙なんかお気に入りだよ。いじって遊んでる」

「へー。ナカちゃんが。あいつ新人には厳しいのにな」

ちょっと意外だった。

パートの新人が入ると、たいてい最初の1ヶ月くらいは浮いている。
さすがに大人だから誰も苛めたりはしないが、ある程度仕事ができるようになる頃までは、あまり馴染めないことが多い。

パートは女ばかりだから、入社が近いとか歳が近いとか、子ども同士が同級生とかで固まっていて、なかなか新人は混じれない。
それでも下ちゃんあたりは新人によく声をかけたりしているが、それでも居心地は悪そうだ。

高橋はまだ若いし、独身だし、仕事もまだサッパリだが、それでオバチャン軍団に受け入れられているというのが、男の俺には謎だった。

ちょっと興味をもって高橋を見るようになった。

No.69 14/08/02 13:25
小説大好き0 

特徴のない女。

高橋は確かにその通りの女だった。

まだ慣れないようで、仕事は手際がいいとはいえない。

野本にもよく叱られている。

その叱られている様子を見ていて俺は感心した。

野本はひとりよがりなところがあるので、勘違いや行き違いがあっても自分の責任を認めたがらない。

例えば高橋にやらせた仕事があるとする。
高橋は教わった通りにやる。
でも、その仕事は普段は教わった通りでいいのだが、月の特定の日にはやらなくてはいけないことが増えたりする。
でも野本は教えたと思い込んでいて、手順の違う処理した高橋を叱る。

すると高橋はじっと野本がギャンギャン怒るのを聞いている。
例によって合間に「はい」と「すみません」が出る。
高橋は言い訳をしない。

そのうち野本の気が済んでくる。
それを見計らったように、あらためて手順を確認する。
「教わっていない」とは言わずに「メモし忘れました」とか「確認していいですか」と聞く。

怒りの治まった野本に確認が終わると、「ありがとうございました。すぐやり直します」と言って仕事を処理する。

………なかなか賢いかもしれないな、こいつ

野本のヒステリーは聞き流すに限るとしか思っていなかった俺は、高橋のやり方を見て感心した。

No.70 14/08/02 14:40
小説大好き0 

高橋はいつもニコニコしている。

事務所で野本やベテランのパートが一緒になって、ちょっとクセのあるパートや派遣の噂話や陰口を言っていると、高橋はただニコニコと聞いている。

パートのオバチャンに「彼氏はいないの?」とか「塚ちゃんみたいなタイプはどう?」とか言われても、ただニコニコと当たり障りない返事をしている。

自己主張もしない。
絶対に出しゃばらない。

意地の悪い女なら「良い子ぶってる」とか言いそうなものだが、高橋の場合は存在感が薄いから、そんなことも言われない。

高橋は、人畜無害を絵に描いたような女だった。

ストレス溜まらねぇのかな

高橋を見ていて、俺はそう思った。

周囲に気を遣いすぎだ。
気を遣ってるのに、誰もそれには気付かない。
なるべく目立たないように、高橋自身が振舞っているからだと思う。

俺は暇なときに行ったパチンコやスロットで取ったチョコレートや、コンビニで買ったお菓子を、「新人に食わせてやって」と、ときどき下ちゃんに渡した。

女なら甘い物でも食えば、少しはストレスも紛れるだろうと思った。

塚田あたりもたまにジュースやアイスをおごってやったりしているようだったが、俺は柄じゃないので、下ちゃんに任せるほうが楽だった。

誰かを面白い女だと思ったのは久しぶりだった。

そう。遥以来だ。

綾とは違う意味で、遥とは真逆な女だ。

綾を面白いと思ったことはなかったが、高橋のことは面白いと思った。

No.71 14/08/02 15:54
小説大好き0 

久しぶりに翔子に会った。
この日は新宿で会ったが、例によって適当な居酒屋で飲んだ。

「面白い女がいるんだ」

俺が高橋の話をすると、翔子は「へぇ」と面白そうな顔をした。

「なんだよ」

「会社の話するなんて珍しいなと思って。しかも女の子」

「かもな」

自分でも珍しいと思うのでそう答えた。

「気に入ったなら付き合ってみればいいのに」

「そこまで思ってるわけじゃねぇし。それに社内なんてめんどくせぇ」

「でもお気に入りみたいじゃない」

「向こうは俺のこと怖がってるけどな」

「あー。そりゃ怖いだろうね」

翔子は美味そうにビールを飲みながら笑った。

「もう少し女の子に優しくしてみたら?」

「それこそめんどくせぇよ。会社は仕事するところだからな」

「まぁね~。巧くんは私にも優しくないし」

「人のものに優しくするほど心は広くねぇよ」

「永遠に結婚できなさそうだね」

「翔子さんに言われたくねぇな」

「私は結婚願望薄いもん」

「そうだよな。貞操観念も薄いしな」

「そんなことないけど」

「よく言うよ」

本当ならその日、俺は翔子とセックスしても良かった。

会ったのは久しぶりだったし、俺だってヤれる女がいれば、欲望もわく。

でも、その気にならなかった。

自分でもよく分からなかった。

No.72 14/08/03 08:48
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特定の女に興味を持ったのは久しぶりだが、俺は恋愛に関して不器用なことは十分自覚していた。

遥などは恋愛感情かどうかすらも自分で分からなかったし、綾はさんざん向こうから想ってもらったのに、俺が綾を好きだと思ったときにはフラれてしまったし、翔子に至ってはお互い恋愛感情のない付き合いだ。

愛想がなくてクチの悪い俺は、自分から女を口説くことには向いていないのだろう。

高橋とは仕事ではときどき話はする。

でもそれだけだ。

俺はあまり口数は多くない。
高橋は俺を怖がっている。

今までの女はみんな向こうから距離を縮めてくれたが、高橋ではそれもない。

高橋に興味は持ったが、正直社内の女に手を出すことを考えただけで先に「めんどくせぇ」と思うし、それをうまくコントロールできるほど器用な男でもない。

高橋はあっという間に周囲に馴染み、不器用ながらも確実に仕事を覚え、入社3ヶ月も経つと、ずっと前から会社にいた人間のような存在になっていた。

器用ではないが、教わったことは確実に覚えてこなす。
クセのあるパート連中からも信頼されつつある。
気分屋の野本ですら、「高ちゃん高ちゃん」と呼んで重宝しているようだ。

No.73 14/08/03 09:15
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高橋を見ていると、言葉を発する前に一拍おいて考えているように見える。

いまこの人に頼み事をしてもいいのか
この質問にはなんと答えればいいのか
みんなが盛り上がっている雰囲気で自分はどう動けばいいのか
ミスをしたらどうリカバーすればいいのか

それを一瞬で考えて、自分にとってベストな反応をする。

高橋は自分をよく分かっているんだと思った。

自分の年齢、性格、ポジション、能力と欠点。

俺は高橋に尊敬に近いものを感じた。

俺にはできない芸当をする人間だからだ。

俺がこの会社に入ったとき、瀬尾さんや大川さんのフォークリフトやトラックの操作テクニックに感動した。

真田のオバァの人の使い方接し方に感心した。

下ちゃんの手先の早さに驚いた。

あの野本に対してさえ、取引先とのやり取りの上手さに感心した。

そして俺は、自分より年下の新入社員に、自分にはないものを見て、尊敬していた。

どこにでもいるような、平凡な女。

その女を尊敬できるということが、面白かった。

会社の人間は、そこまでは考えていないだろう。

高橋に対する評価は「素直で真面目で一生懸命ないい子」というところだ。

それだけじゃない。

高橋は賢いんだ。

俺は自分の無愛想さや人付き合いの不器用さは、仕事さえ完璧ならどうにかなると思っていた。

高橋とは真逆な俺だから、高橋を賢いと思うのかもしれない。

女というより、一人の人間として、俺はその賢さを尊敬した。

No.74 14/08/03 14:04
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ナカちゃんが飲み会を設定した。

ナカちゃんと下ちゃん、俺と塚田、たまに他のバイトやパートを誘うこともあるが、基本的にはこの4人が多い。
歳が近い人間が集まる感じだ。

ナカちゃんと下ちゃんは既婚で子どもが1人ずついるが、子どもが大きくなって手がかからなくなった一昨年あたりから、たまに子どもをダンナに任せて飲みに行くようになった。

今回は高橋を誘ったらしい。

「若い子が来るから嬉しいでしょ」

お調子者のナカちゃんはそう言った。

比較的早く仕事が終わることが多いので、飲みに行くのは大抵土曜だ。

ナカちゃんが予約した駅前の居酒屋で飲むことになった。

俺は一昨年から自分の車で通勤している。
この会社で働くようになって7年、給料は多くもないが、入社した頃よりはかなり上がった。
賞与もそこそこもらえる。
たまに飲みに行って、たまに暇潰し程度にパチンコやスロットをするくらいなので、そこそこ貯金もできた。
電車通勤が面倒で、思い切って車を買ったのだ。

飲みに行く予定が分かっていれば、電車で来る。

専門学校時代から住んでいたアパートは、電車だと乗り換えがあるし、そもそもボロかったので、3年前に引っ越した。

会社の近くはなんとなくうっとおしいので、3駅離れたところにした。

勤め先も住まいも変わり、そういう意味ではもう俺の中に綾の気配はなくなっていた。

それでもたまに思い出せば、苦いような気持ちにはなるが、昔のような苦しさはとっくに消えていた。

No.75 14/08/03 18:25
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この日は3時ごろ仕事が終わり、会社から家が近いナカちゃんと下ちゃんは一度帰り、塚田は買い物があると言って先に会社を出た。

高橋は通勤に時間がかかるらしく、帰るかどうか迷っていた。

「暇ならお茶でも飲みに行くか?」

俺が声をかけると、高橋はビックリしたように俺を見た。

「は、はい」

意外と迷わず返事が返ってきた。

会社の作業用の服から私服に着替えて、高橋と一緒に会社を出た。

私服の高橋は学生みたいに見える。
まぁまだ23歳だから、大学生とそれほど変わらないのだが。

駅までの道を高橋は俺から一歩くらい後ろを付いてきた。
誘ったはいいが、話すことも思いつかず、とりあえず黙って歩き、駅の近くのコーヒーショップに入った。

カウンターで俺がコーヒーを注文すると、高橋が黙って立っているので、「頼めよ」と言うと、「えっ、いいんですか?」と目を丸くした。

「誘ったんだからお茶ぐらい奢ってやるよ。ケーキ食っていいぞ」

「……いいんですか?」

高橋は遠慮がちにそう言ったが、さっきからレジの横にあるケーキを見ていた。

「いいから選べ。遠慮すんな」

ケーキを見る高橋が子どもみたいなのがおかしくて、俺がつい笑うと、高橋はまた驚いたように俺を見た。
俺が笑ったのが珍しいのかもしれない。

でもそのせいか、高橋は「じゃあこれ食べていいですか?」とチョコレートのケーキを指し、俺が頷くと、一緒にアイスティーを注文した。

No.76 14/08/04 09:39
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高橋に断って喫煙席に座ると、高橋は「ありがとうございます。いただきます」と言ってケーキを食べ始めた。

「……高ちゃん、甘い物好きなんだな」

俺がタバコを吸いながら言うと、高橋はちょっと驚いたような顔をした。

「?なんだよ」

「え、いえ。なんでもないです」

「甘い物好きかって言われて驚くか?」

高橋は困ったような顔をして、少し考えてから俺を見た。

「いえ、あの、進藤さんにそう呼ばれると思わなかったんで」

「……ああ」

高橋は俺から「高ちゃん」と呼ばれたことに驚いたのだろう。

そう言えば言葉の足りない俺は、単語や短文で会話を済ませているかもしれない。
まだこいつの名前を呼んだことはなかったようだ。

「みんな『高ちゃん』て呼んでるから」

「あ、はい、そうですね」

『高ちゃん』の顔に安堵の色が見えた。

多分俺に嫌われてるとか、新人としてうっとおしがられてるとか、そんな風に思っていたんだろう。
きっと下ちゃんやナカちゃんはフォローしてくれていたんだろうが、当の俺を前にすれば、「怖い先輩」に違いない。

それにしても高ちゃんを見ているのは面白かった。

きっとこいつの頭の中では、俺という怖い先輩を相手に、どんな返答をするのがベストかとめまぐるしく考えているに違いない。
そして今は「失言だったかも」というような雰囲気で困っている。

………気を遣いすぎだ

そう言ってやりたかったが、上手く伝える自信もなかったので、代わりに「ケーキ美味い?」と言った。

「はい、美味しいです」

高ちゃんはホッとしたように笑った。

よっぽど俺が怖かったようだ。

No.77 14/08/04 10:43
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「仕事、どうだ?」

幸せそうにケーキを食べていた高ちゃんは、口の中を空にしてから「はい、楽しいです」と言った。

「楽しいか?オバチャンばっかじゃねぇか」

「みなさん優しくしてくれますから。私、あんまり器用じゃないんで、迷惑ばっかりかけてるんですけど、いろいろ助けていただいてます」

回答としては優等生アンサーだ。
でも、高ちゃんの場合、本当にそう思っているのだろう。

「下川さんとか仕事ができる上に優しいし、中澤さんも楽しい方だし、今日も誘ってもらって嬉しいんです」

なんというか、本当に毒のない女だ。

こんな人畜無害な女が、どうして転職したんだろうと思った。
前職はデザイナーと聞いているが、能力はともかく、俺みたいに人間関係でつまずくことはなさそうに見える。

「なんで前の仕事辞めたんだ?」

ちょっと踏み込みすぎかと思ったが、聞いてみた。

「倒産しちゃったんです。印刷会社だったんですけど、一番大口の取引先が不祥事で大変なことになっちゃって」

「なるほど」

高ちゃん自身の問題ではなくて、会社が潰れたなら不可抗力だ。

「でもまた随分畑違いの仕事を選んだな」

「自己都合退職じゃなかったんで、すぐに失業手当も出たんですけど、手続きでハローワークへ行ったときに求人検索もして、『未経験可』の企業にあちこち応募したんです」

「自宅だろ?慌てて再就職しなくても、ゆっくりデザイン関係の仕事も探せたんじゃねぇの?」

「デザイナーで正社員はすぐ見つからないし、フリーでやっていくのも厳しい世界だし……。いくら自宅でもやっぱりちゃんと就職していないと親にも悪いし……。だからなるべく早く正社員になりたかったんで、やったことのない仕事でもやってみようと思ったんです」

No.78 14/08/04 13:03
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要は食ってくために働いているんだ。

俺は建設業界で働きたかった。

専門学校に行って、望み通り建築に携わる仕事に就いたのに、人間関係につまずき、自棄になって辞めてしまった。

きっと高ちゃんもデザインという仕事が好きだったんだろう。

それでも生活していくために畑違いの仕事に就いた。

少し親近感を覚えた。

「あー美味しかった」

高ちゃんはいかにも満足したようにフォークを置き、グラスに入ったアイスティーを飲んだ。

たかだか380円のケーキを食べて、こんな幸せそうな顔ができるのかというような表情だった。

………こんな簡単なことでよかったのか

俺は女に優しくする、ということが、28歳にもなって分かっていなかったらしい。

別に塚田のように分かりやすい優しさがなくてもいいのか。

「良かったな」

「はい」

今まで会社で恐る恐るにしか俺に声をかけられずにいた高ちゃんが、今まで怖いだけだった俺に向かって笑った。

………餌付けか

高ちゃんに対して、そんな失礼な言葉が思い浮かんで、俺は少し笑った。

高ちゃんはそんな俺につられて、やっぱり笑った。

No.79 14/08/04 22:26
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「高ちゃん、進藤さんに苛められなかった?」

飲み会の席でナカちゃんが言った。
予定の6時には全員顔を揃えていた。

「ケーキご馳走になりました」

高ちゃんはにこにことそう言った。

「へぇ〜。進藤さん、優しいじゃん」

「ナカちゃんが知らないだけだよ」

「私もケーキ食べたーい」

「美沙も高ちゃんみたいにいい子になれば食べさせてもらえるよ」

下ちゃんにそう言われて、ナカちゃんはふくれっ面になった。

「えー、塚ちゃん、私もいい子だよね〜?」

「うん。ナカちゃんはいい子だよね」

「ほらー。進藤さんもホントはそう思うでしょ?」

「そうだな。もう少し静かにしてたらナカちゃんもいい子だな」

「えー。それはムリ」

飲み会のときは大抵いつも賑やかなナカちゃんがこんな感じで喋り続けている。

うるさいヤツだと思うが、なぜか憎めないのがナカちゃんだ。

会社でオバチャン連中が喧しいのは苦手だが、ナカちゃん1人くらいなら面白いレベルだ。

そもそもナカちゃんが塚田と仲良くなり、ナカちゃんと一番親しい下ちゃんも混ざり、塚田と同い年の俺が引っ張られた感じで、飲みに行くようになった。

そこにナカちゃんお気に入りの高ちゃんも呼ばれたというところだ。

No.80 14/08/05 11:19
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高ちゃんはナカちゃんと塚田に挟まれた席に座り、やっぱりにこにこと笑っていた。
俺は塚田の前で、隣には下ちゃんがいた。

元々酒好きの集まりだったのだが、高ちゃんもそこそこ飲めるようで、ビールの後に梅酒サワーを飲んでいる。

高ちゃんはときどきナカちゃんにいじられたり、塚田や下ちゃんに話しかけられて答えたり、リラックスしているようだった。

下ちゃんは現場での指導者みたいなものだし、ナカちゃんもベテランで仕事を教わることも多いだろうし、塚田は人当たりがいいから話しやすいだろうし、今日の面子は高ちゃんにとっても居心地がいいメンバーなんだろう。

唯一怖いのは、俺に違いない。

その俺にしても、一緒に飲んでイヤな面子ならそもそも来ていないし、酒が入れば普段よりは喋る。

それにさっき高ちゃんの好物を奢ったばかりだから、高ちゃんも少しは和んだようだ。

「ねーねー、高ちゃんは彼氏いないの?」

ナカちゃんが聞くと、高ちゃんはちょっと情けない顔をした。

「いないんです」

「じゃあ塚ちゃんなんかどう?」

「塚田さんがイヤだと思いますけど」

高ちゃんがそう言うと、塚田は例によって爽やかに笑った。

「そんなことないよ。高ちゃんはいい子だよね」

「塚ちゃんさぁ。私にいい子、高ちゃんにもいい子って、適当に答えてるでしょ」

「だって本当にそう思ってるよ」

「塚田は下ちゃんタイプがいいんだよな」

俺が口を挟むと、塚田は苦笑いした。

「そんなこと言いましたっけ」

「言わなかったか?」

「進藤さんも適当なこと言ってるでしょ」

横にいた下ちゃんがそう言って俺の背中を叩いた。

No.81 14/08/05 12:39
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その日は10時くらいにお開きになった。

自転車で来ている下ちゃんとナカちゃんとは居酒屋の前で別れ、残りの3人で駅へ向かった。

塚田が下り、俺と高ちゃんは上りだった。

先に来た下り電車に塚田が乗り、その5分後くらいに上りが来たので、高ちゃんと一緒に電車に乗った。

電車に乗ると高ちゃんは2駅先で乗り換えると言った。

「楽しかったか?」

「はい」

「そうか、良かったな」

「はい。転職してうまくやっていけるかどうか不安だったんですけど、ホント良くしていただいてるんで良かったです」

電車が乗換駅に着くと、高ちゃんは「お疲れ様でした」と言って降りて行った。

高ちゃんはホームに立ったまま電車が出るのを待ち、ドアのところに立っている俺に会釈をした。

……今どき珍しいくらいに、素直な女だ。

背は高くも低くもないし、太ってもいなければ痩せすぎてもいない。
不細工ではないが、特に特徴のある顔でもない。
仕事ぶりは勤勉、真面目としか評価しようがない。
内気ではなさそうだが、あまり騒がしくはなく、存在感が薄い。

なぜ周囲は高ちゃんを可愛がるんだろう。

「いい子」だからなのか。
同僚としては付き合いやすいに違いない。

でも、高ちゃんの賢さに気付いたのは、俺が最初だろう。

もしかしたら俺は、誰かを賢いと思い、それを尊敬までしたのは、初めてかもしれない。

お茶を飲んだときの反応からして、あまり男慣れはしていないようだった。
まぁ、俺もあまり人のことは言えないが。

そうだ。
俺はひとのものには興味はない。

高ちゃんは誰に対しても空気のように笑う。

そんな女がもし。

俺のものになったら。

どんな風に笑い、どんな風に怒り、どんな風に泣くんだろう。

「いい子」なだけではない高ちゃんを見てみたいと思った。

No.82 14/08/05 13:33
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俺は高ちゃんに興味を持った。

多分、好意に近いものも生まれたんだろう。

でも、それだけだった。

高ちゃんはこれでもかというほど素直だが、ちょっとみんなで飲みに行ったからといって、急に馴れ馴れしくなるような女じゃない。

そして俺はやっぱり愛想が悪くて口数が少ない。
下ちゃんやナカちゃんにさえ、仕事以外で自分から話しかけることは少ないのに、まだ入社して日の浅い高ちゃんとベラベラ喋るようなことはまずありえない。

それでも、高ちゃんは仕事のことなら俺に声をかけやすくなったようだった。

高ちゃんは事務所でも現場でも雑用やら使いっ走りみたいなことが多いので、よく俺のところにも来る。

俺がフォークを操作していたりすると、俺が気付かない少し離れたところで待ち、作業がひと段落したところで声をかけてくる。
それがなかなか絶妙のタイミングで、俺は感心する。

そんなとき、たまに綾を思い出した。

綾も、俺の機嫌や疲れ具合を読んで、俺に話しかけていたからだ。

でも、高ちゃんは綾とは違う。

綾は俺を好きだったから、いつも俺を気遣っていただけだ。

高ちゃんは仕事の流れを妨げないように、俺の作業の邪魔にならないようにと考えているだけだ。
要は、相手が俺だからではなく、仕事に必要な気配りをしているだけの話だ。

まぁ、そんな感じでも、高ちゃんが入社したころに比べれば、多少話す機会は増えた。
休憩時間などなら、多少の雑談もする。
怖がられていただけの頃より親しくはなったようだ。

No.83 14/08/05 16:17
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ある晩、仕事を終えてアパートに帰った俺が風呂から出ると、携帯に着信があった。

下ちゃんからのメールだった。

「珍しいな」

ナカちゃん辺りは仕事の愚痴だったり、なにか面白いことがあるとたまにメールを寄越すが、下ちゃんは基本的に用事があるときしかメールは来ない。

>>今日元気なかったねぇ。どうしたの?

………なんのことだ。

俺は今日も昨日もいつもと変わらず仕事をしていた。
下ちゃんが気にするようなことはなかったはずだ。

>>なんだよ、誤爆か?

俺が返信すると、5分くらいして返信があった。

>>ゴメン、間違えちゃった。理沙あてだった。

>>下ちゃんでもボケるんだな

>>もう年かな(笑)

俺は携帯を置いて、買ってきたコンビニ弁当を食べ始めた。

食べながら、なにかが引っかかるような感じがした。

ナカちゃんは今日、会社でなにかやらかしたか?
まぁ、ナカちゃんはあれでも既婚者だから、子どもやダンナのことでなにか悩むこともあるのかもしれない。
それにしても、今日もナカちゃんは能天気だった。

「あ」

漬物を噛み砕きながら俺は思わず声を出した。

今日なにかをやらかしたのは、塚田だ。

運送屋に頼む荷物を間違えたのだ。
半分積んだところで俺が気付いて積み直したが、あのまま気付かずにいたら、神奈川の配送センターに行くはずの荷物が茨城へ行ってしまい、期日が間に合わなくなるところだった。
前も同じ依頼主でミスがあり、元々ミスにはうるさい会社で、しかも毎月けっこうな量を委託されているところなので、あってはならないミスだった。

普段は穏やかな社長が、事務所で塚田をいつもより厳しく注意していた。

塚田もさすがに落ち込んだようだった。

………まさかな

そう思ったが、また違う違和感が湧き上がった。

No.84 14/08/06 10:08
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そうだ。
この間、高ちゃんが参加した飲み会だ。

席順がいつもと違ったんだ。
小さいことだから気にしていなかった。

今までの飲み会、俺の隣はいつもナカちゃんだった。
そして塚田と下ちゃんが並ぶ。
ナカちゃんと俺が憎まれ口を叩き合って、塚田と下ちゃんが前で笑っているのがいつもの光景だった。

でもこの間は高ちゃんが塚田とナカちゃんに挟まれて座り、俺の隣に下ちゃんが座った。

初参加の高ちゃんがいたから、あのときはなにも気にしなかったが。

まぁ、高ちゃんを引っ張ってきたのはナカちゃんだし、高ちゃんも賑やかなナカちゃんの隣にいれば溶け込みやすいだろうとは思うから、あの席順で良かったんだろうが。
それでも、他の人間が参加したときでも、塚田と下ちゃんは並んでいたと思う。

下ちゃんを気に入っていた塚田。

下ちゃんは以前の飲み会で、夫婦仲のことをこぼしていた。

『仮面夫婦なのよ~。だから私が飲み会に行こうがなにしようが、ダンナは興味ないみたい』
『娘が独立したら離婚したいな。だからお金ためようと思って働いてるんだ』

そんな風に言っていた。
そのときはよくある主婦の愚痴として聞き流していたが。

まぁ、塚田は俺と同じ28歳、下ちゃんは32か33歳。
年齢的にはありえない話ではないか。

下世話な話、あの2人、デキてるんだろうか。

もしそうなら、不倫ってやつになるのか。

No.85 14/08/06 12:38
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俺には縁のない話だ。

今まで俺は自分から女に惚れて付き合ったことがない。

遥とは恋愛以前で終わったし、綾は向こうから来てくれたから俺も惚れた。
翔子とはいい加減な関係だが、最初に来たのは翔子の方だ。

そういう意味で俺は、その辺の中学生よりも女に関しては不器用かもしれない。

そもそも俺はめんどくさがりだから、社内恋愛でしかも不倫なんていう面倒なことには手を出さないと思う。

しかも下ちゃんはいくら家庭がうまくいっていなかろうが、ダンナがいる。
ダンナや彼氏ががいるという時点で、俺はその女には興味がなくなる。

俺は多分嫉妬深くて独占欲が強いんだろう。

だから、今までみたいな恋愛しかできない。

そんな俺から見ると、仮面夫婦だと言っていた下ちゃんはともかく、独身の塚田が面倒やリスクを冒してまで不倫をするというのは、正直理解の範疇を超えている。

翔子と適当な付き合いをしている俺だから、別に道徳やら倫理やらを言うつもりはないが、ひとの物をそうまでして欲しがる気持ちがわからない。

まぁ、仕事に支障がでないなら、いくらでもヨロシクやってくれ、と思うが。

あの穏やかな性格の2人が、そんな激しい感情を持っているとは想像がつかない。
今のところ、俺が小さな違和感を覚えただけなんだが。

でももし本当に俺の想像が当たっているなら。

そこまで誰かを想うことができることが、少し羨ましく思えた。

No.86 14/08/06 14:48
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誤爆メール以来、塚田と下ちゃんをちょっと気にして見ることは増えた。

そういう目で見れば怪しくも見えるし、気にしなければやっぱり俺の思い込みかとも思える。

ただ、詮索するつもりもないので、本当のところは分からなかった。

高ちゃんに関しても似たようなものだった。

好意を持ったにしても、特別なにも変わらない。

俺は会社では相変わらずだった。

高ちゃんは日が経つにつれ、仕事の能力も上がっていった。

休憩時間などには、いろんなパート連中やアルバイトの人間と楽しそうに話をしている姿を見ることが増えた。

高ちゃんは着実に会社で自分の居場所を作っている。

俺に対する態度も変わってきた。
たまに冗談を言ってきたり、雑談をしたりもするようになった。

気の遣いすぎは相変わらずだが、入社して間もない頃の緊張感がない分、高ちゃんは会社で楽しそうに仕事をしているように見えた。

最初に高ちゃんが参加した飲み会の後、帰りが同じになったとき、飯に誘った。
誘ったといっても、俺が食べるついでなので、ファミレスだった。

俺が「飯食ってく?」と聞くと、高ちゃんは「はい、行きます」と言って付いてきた。

そのときも俺が払ったのだが、高ちゃんは自分の財布を出して「いいんですか?」と言った。

年も社歴も上の人間が、会社の女の子とファミレスで飯を食って割り勘はないと思うのだが、高ちゃんはそう言う。

男から飯を奢られたことも少ないのかと思うと、逆に俺は嬉しかった。

No.87 14/08/06 16:07
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「今度引っ越すことにしました」

高ちゃんが入社して1年半が経った頃、昼休みに俺と雑談していた高ちゃんがそう言った。

「へー。なんで?」

「通勤がちょっとしんどいんです。いまドアツードアで40分くらいかかるんで、残業とかあるともう疲れちゃって。ここでお世話になって独立資金も貯まったし、いつまでも実家にいるのもどうかと思うから、思い切ってアパート借りることにしました」

「どの辺?」

「下川さんちに結構近いところです。会社からだと自転車で10分くらいなんで」

「そうか、偉いな」

俺がそう言うと、高ちゃんはキョトンとした。
褒められたのが意外だったのか。

「引越し祝い、なんかやろうか」

「えー、いいですよ」

「遠慮すんな。馬鹿高いものじゃなければ買ってやるぞ」

高ちゃんは少し考えて口を開いた。

「………じゃあ、薬缶」

「ヤカン?」

「はい。薬缶が欲しいです」

ヤカン。
生活必需品ではあるなと思った。

その数日後、帰りが高ちゃんと一緒になったので、「飲みに行くか?」と声をかけた。

例によって「はい」と返事が来たので、高ちゃんを俺の車に乗せて駅の近くまで行き、車はコインパーキングに停めた。

「飲みに行く前に、ヤカン、買いに行くか?」

車を降りて俺がそう言うと高ちゃんは「覚えててくれたんですか?」と喜んだ。

高ちゃんがパーキングの近くに雑貨屋があると言うので、一緒に行った。

No.88 14/08/07 10:41
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「これ可愛い」

雑貨屋に入り、台所用品のコーナーに行くなり、高ちゃんはすぐに白く塗られたヤカンを手に取ってそう言った。

「それでいいのか」

「はい。これが欲しいです。ホントに買っていただいていいんですか?」

ヤカンに付いていた値札は定価の上に値引きのシールが貼られて、1890円と書いてあった。

「こんなんでいいの?他にいるもんねぇの?」

「はい。これがいいです」

レジへ行き、俺が金を払い、高ちゃんは袋に入れられたヤカンを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。

店を出ると、高ちゃんは
「進藤さん、ありがとうございました。すごく嬉しいです」
と言った。

欲のない女。
こんなささいなことで喜んでくれる女。
どんな小さな好意でも、最大限の感謝で返してくれる女。

可愛いのはヤカンじゃねぇだろう。
高ちゃんだ。

平凡を絵に描いたような女。

俺は高ちゃんの賢さに気付いたときから、高ちゃんを気にかけるようになっていた。

美味いものでも食わせてやりたい
仕事が大変なら助けてやりたい

そう。
なにかをしてやりたいんだ。

なぜなのかよく分からないが、俺は高ちゃんが可愛いんだ。

そうだ。

俺は高ちゃんに惚れているんだ。

No.89 14/08/07 11:42
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自覚したはいいが、だからといってどうなるものでもない。

そもそも高ちゃんは会社の後輩だ。

そして恋愛音痴の俺だ。

俺は会社で自分のプライベートはほとんど喋らない。

会社の人間が知っているのは、俺が千葉県出身で独身でひとり暮らしだということくらいだろう。

彼女がいるかどうかを聞かれることがあっても、はっきり答えたことはない。
実際、翔子みたいな適当な付き合いの女もいて、なんとなく周囲は「いい歳なんだから彼女くらいはいるんだろう」と思っているようだ。

正直、いくら高ちゃんに惚れたといっても、社内恋愛が面倒なことには変わらない。

オバチャン連中に「進藤さんて高ちゃんのこと好きなのかしらね」と噂されることを想像するだけで、ゲンナリする。

でも俺が高ちゃんと飯を食ったり飲みに行ったりしても、不思議なほど周囲はそのことを色恋沙汰には繋げない。

高ちゃんがよく言われているのは「塚ちゃんどう?」が一番多かったりする。

まぁ、無愛想な俺と、目立たないけどいい子の高ちゃんとでは、恋愛に繋げる要素がそれだけ少ないのかもしれない。

実際、高ちゃんと2人でいても、高ちゃんは仕事中と大差ない態度だし、始終敬語だから、多分知らない人間が俺と高ちゃんを見ても、先輩と後輩、上司と部下、師匠と弟子、そんな雰囲気なんだろうと思う。

でも、俺はそれでいいと思っていた。

高ちゃんが同じ職場にいる限り、今の関係は続くだろう。

入社当時、俺を敬遠していた高ちゃんが、いまは飯に誘えばにこにこして付いてくる。
高ちゃんが仕事で失敗したり、困っていたりしたら、俺なら自然に助けてやれる。

いまはそれでいい。

もし高ちゃんが他の男に惚れてしまったらそれまでだが。

恋愛音痴な俺が下手な動きをするよりも、会社という俺のテリトリーにいる限り、俺は高ちゃんを一番近いところに置いておける。

もう、昔のような苦い失敗はしたくない。

大事なものは、近くに置いて、ちゃんと見ておかないとダメなんだ。

No.90 14/08/07 13:52
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半年振りに翔子と会った。
今は8月で、前に会ったのはまだ寒い時期だった。

2年前、高ちゃんが入社した直後に翔子と会ったときもそうだが、俺は翔子とセックスしなくなった。

会う頻度も半年くらい間が空き、会っても飲んで帰るだけになった。

「匠くん、彼女できたの?」

翔子にそう聞かれた。

「いや。できてない」

「もともとツレないけど、最近ますますツレないよね」

「俺がいなくても翔子さんにはいろいろいるだろ」

「わかった。例の会社の女の子と進展あったんでしょ」

「ねぇよ」

「そうかな。でもその子のこと好きなんでしょ」

「まぁね」

俺がそう言うと、翔子は驚いた表情をした。

「なんだよ。おかしいか」

「おかしくないけど、匠くんが認めると思わなかった」

「翔子さんにカッコつけてもしょうがねぇし」

翔子とは長い付き合いだ。
お互い気持ちが深入りしていない分、割と本音が言えるところがある。

「………なんか、ショック」

「今更?」

「匠くんは一生独身でいるような気がしてたのに」

「別に結婚するなんて言ってないだろ」

「『恋愛?結婚?めんどくせぇ』とか思ってたでしょ」

「いまでも思ってるけどな」

「それなのに、好きな子ができたんでしょ」

「まぁな」

「自分から女の子口説いたりするのはめんどくさい匠くんが」

「別に口説こうと思ってねぇし」

No.91 14/08/07 14:13
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「………本気、なんだ」

「多分な」

俺がそう答えると、翔子は普段見せないようなションボリしたような顔をした。

「珍しいな、弱気じゃねぇか」

翔子の遊び相手は俺だけではない。
腐れ縁の彼氏とはいまだにウダウダ付き合っているし、どっかの金持ちだとか、水商売の男だとか、適当に遊び歩いている。
俺も翔子もお互い執着していないから、逆に10年近くもこんな付き合いが続いている。

「もう32歳になるし」

「いいんじゃねぇの?どうせ結婚して、子ども産んで、なんて考えてねぇんだろうし」

「まぁね。でも、最近誰とも本気になれないのが、ちょっと寂しいような気もして」

「俺はそこまで面倒みきれねぇよ」

「冷たいのね」

「器用じゃねぇからな。惚れた女で手一杯だ」

「ずるい」

「ずるい、とか言ってねぇで、翔子さんもそろそろ落ち着きゃいいだろ」

「誰と?」

「腐れ縁の彼氏でいいじゃねぇか。何年グダグダやってんだよ」

「匠くんとも腐れ縁じゃない」

「惚れてねぇからな。腐ってようが新鮮だろうが、あんまり関係ねぇし」

「はっきり言うのね」

「俺はひとの物には興味ねぇって何度も言ってるだろ。それに俺に惚れてない女に優しくするほど寛大じゃねぇんだよ」

No.92 14/08/07 16:13
小説大好き0 

「しょせん、ただのセフレか」

翔子は置いてあった俺のタバコを1本抜くと、火をつけた。

「セフレっていえるほど、やってねぇじゃん」

「嫌いな男とはしないわよ」

「俺だって翔子さんは嫌いじゃねぇよ。正直なところ、前の女と別れたときは、失業とダブルパンチでかなり打ちのめされてたからな。翔子さんには助けられたと思ってるよ」

「でも惚れてないんでしょ?」

「翔子さんだって俺を嫌いじゃないけど惚れてねぇだろ」

「よく、わからない」

「寂しかっただけだろ。俺がそうだ」

「その子と付き合ってるわけじゃないんでしょ。寂しくないの?」

「俺の近くにいるからな。だんだん懐いてきたし」

「野良猫じゃないんだから」

翔子は笑った。

「もう私はいらないのね」

「別にそんなことはねぇよ。セックスしなくてもこうやって一緒に飲んでるじゃねぇか」

「でももしその子と付き合ったら、もう会わないだろうね」

「そうだな」

最初から俺のものにできるとも、しようとも思わなかった。

俺のものじゃないから、気楽に抱けたし、飲み友達でいられた。

でも俺は、まだ自分のものにはできないが、いつか俺の手元に置いておけたらと思う女ができた。

そんな女を自分の内に抱えながら、翔子は抱けない。

この日、翔子と別れ際に「じゃあね」「じゃあな」と言い合った。
いつも「またね」とは言わない。

「さよなら」も言わない。

そもそもなにもないところにいたからだろう。

No.93 14/08/08 12:57
小説大好き0 

9月の中旬くらいから、どうも高ちゃんの様子がおかしいことに気が付いた。

別にいつもと同じように仕事をしているし、普通に話もするのだが、休憩時間やちょっと手の空いたときに考え込んでいるように見える。

高ちゃんは春先にひとり暮らしを始めたが、初めてのひとり暮らしだから慣れないのかと少し心配になったが、たまに話をしても、特にそのことについては問題はなさそうだ。

そう思っていたら、仕事帰りに寄った会社近くのブックオフで、偶然高ちゃんに会った。
時間もまだ早かったし、飲みに誘った。

高ちゃんがひとり暮らしを始めてから、誘う回数が少し増えた。
ウチの会社の事務職は給料が安いから、「ちゃんと食ってるのか」となんとなく心配になる。

高ちゃんは自転車なので一旦別れてから駅の近くにある焼き鳥屋に行ったが、最近の様子については聞かず、会社とは関係ない話をした。

高ちゃんは基本的に人の話を楽しそうに聞く。
話を振れば一生懸命考えて返してくる。
嬉しそうに食べたり飲んだりする。

どこにも作為的な「いい子さ」を感じさせないのが高ちゃんだ。
それでも自分がどう振舞うべきかを、いつも考えている。

俺は高ちゃんを賢いと思うが、その賢さは作られた物ではなくて、高ちゃんがもつ天性のものなんだと思う。

噂話や陰口に参加せずに笑っているのも、天性の賢さだ。

そんな高ちゃんを前にして思った通りの言葉を口にした。

「高ちゃんは賢いな」

すると高ちゃんは目を丸くした。

「そうですか?あんまり勉強はできないですけど」

高ちゃんは褒められ慣れていないのがよくわかる。
大抵褒められると謙遜の言葉が出てくる。

「そういう『賢い』じゃないよ。人間として『賢い』って言ってんの」

「そうかなぁ。自分で言うのもナンですけど、あんまり取り柄がないんですよ」

「クチが固いのは取り柄だろ」

俺がそう言うと、高ちゃんは明らかに動揺した。

No.94 14/08/08 13:44
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なんで褒められて謙遜じゃなくて動揺するんだ。

……なんか言えないことがあるんだな

だけど、クチの固い高ちゃんは言わないだろう。
俺に言いにくいことなら、それはきっと会社に関係することだ。
なら、多分突っ込んでも言わないだろう。

そう思ったとき、塚田と下ちゃんのことを思い出した。

誤爆メール以来、やっぱりたまに気になってはいるのだが、どうしても疑念が拭えない。
俺がそういう目で見ているからなのか、仕事中や飲み会のときにも、なんとなく以前と違う雰囲気のように思える。

俺の勘違いならそれでいいが、もし本当に2人になにかあったらどうか。

ウチの会社には噂好きのパートのオバチャンがわんさかいる。
俺が怪しいと思うなら、パート連中がなにか勘付いていてもおかしくない。

高ちゃんはそんな連中に混ざって仕事をしている。
噂を耳にすることも多いだろう。

他の連中には聞けないが、クチの固い高ちゃんになら、塚田と下ちゃんのことを聞いてもいいような気がした。

「塚田と下ちゃんて怪しいと思うんだよな」

俺がそう言うと高ちゃんは「ええっ?!」と驚いた。
純粋に意外なことを聞いて驚いているように見えた。

結局「気のせいじゃないですか?」となったのだが、途中で高ちゃんは俺に「進藤さんは、彼女とかいないんですか?」と聞いてきた。

「いない」と答えるのは簡単だ。
でも、高ちゃんの反応を楽しみたくなった。

「彼女はいないよ。遊ぶ女ならいるけど」

翔子のことが頭に浮かんだのでそう言うと、高ちゃんは返答に困っているようだった。

ウブなんだな

分かってはいたが、目の前で困っている高ちゃんは可愛かった。

適当にからかって「さて、帰るか」と言うと、高ちゃんはホッとしたような顔をした。

あんまりからかいすぎて嫌われても困るが、またこんな顔が見たいと思った。

No.95 14/08/08 19:30
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俺は高ちゃんの困った顔を見るのが好きなようだ。

それでも高ちゃんが野本辺りに叱られるのを見るのは嫌だった。

野本は忙しくなると高ちゃんや他の部下への指示が抜けたりする。

俺は毎日帰る前に次の日の予定表をチェックするが、高ちゃんが担当している業務を気にする癖がついた。

たまに何かの手配が抜けていたりすると、それが高ちゃんの責任ではなくても、叱られるのは高ちゃんだった。

俺がからかって困っている高ちゃんは可愛いが、理不尽に叱られて困っている高ちゃんを見るのは嫌だった。

だから他の人間のミスは余程業務に支障があること以外はわざわざ限り探したりはしないが、高ちゃんの担当していることは丁寧にチェックした。

そう。
これは依怙贔屓だ。

この間も野本の勘違いから起きた手配漏れに俺が気付いたのでフォローしておいたら、高ちゃんは俺にお礼を言いに来た。

お礼を言われても照れ臭いだけなので、どうしても素っ気なくなるが、高ちゃんは慣れたもので気にしないようだ。

自分でも随分遠回りなことをしていると思う。

でも、高ちゃんがあの素直さで、俺への信頼感を深めてくれるのを感じるのは、やっぱり嬉しかった。

仕事は仕事でキッチリこなさないと、気分が悪い。
私情を挟む余地はないはずだが、高ちゃんは別だ。

惚れた女だからだ。

No.96 14/08/09 18:49
小説大好き0 

ある日仕事中に手が空いたので、俺は事務所のパソコンをいじって遊んでいた。
事務所には高ちゃんがいて、野本に言われた書類を作っていた。

俺はガキのころからなぜか恐竜が好きだった。
まだ幼稚園とかだった頃、恐竜図鑑を買ってもらって以来、恐竜にはまった。

ジュラシックパークは全部観たし、DVDも持っている。
恐竜のフィギュアも好きで、実家にはかなりの数が置いてあり、いま住んでいる自分のアパートにも置いている。

ガチャガチャや食玩にもときどき手を出す。

中学の部活でバスケをやったくらいで、小説も読んだりするが、いまでも一番の趣味といえば恐竜だ。

SNSには興味はないが、あるサイトの恐竜マニアのコミュニティだけはときどき見る。

この日もそのコミュニティを見ていたら、恐竜のイベント情報がアップされていた。

リンクから飛ぶと、イベントのホームページに入れた。
精巧なジオラマが展示されているとあって、行ってみたくなったが、場所が横浜だった。

東京郊外のこの辺りからだと、結構遠い。

「いいなー、これ」
思わずつぶやくと高ちゃんが顔を上げた。

「なんですか?」
「『大恐竜展』。見に行きたいなー」
「恐竜好きなんですか?」
「ガキの頃から」
「行くんですか?」
「遠いんだよな、横浜だってよ」
「車ならすぐですよ」
「運転めんどくせ〜」

No.97 14/08/09 19:14
小説大好き0 

……高ちゃんを連れて行けるなら、何時間でも運転するけどな

横浜自体はデートスポットだが、いくらなんでも恐竜みたいなマニアックな趣味のイベントに、惚れた女を誘うほど俺も間抜けじゃない。

時計を見ると、そろそろ俺が担当している会社の荷物が入る時間だった。

俺はパソコンの電源を落として仕事に戻った。

そのときはそんな感じだったが、結局俺はジオラマ見たさに、次の土曜日が仕事も休みだったので、1人電車で横浜まで行った。

石川町駅から中華街へ出て、たまに友達と来る裏通りの店でパイコー飯を食べた。
美味いのでときどき食べたくなるのだが、なかなか横浜まで来ようとは思わないので、ちょうどよかった。

それから中華街を出て、歩いて赤レンガ倉庫へ向かったのだが、通り沿いのコインパーキングの前で意外なものを見た。

トヨタ、黒のハチロク。スポーツカーだ。

ハチロクといって思い出すのは、会社の塚田だ。
塚田は車が趣味で、薄給のくせにハチロクを去年新車で買った。

「塚田のじゃねぇか」

塚田は車道楽らしく、抽選のナンバーを付けている。
「33」なので間違えようもない。

……塚田もこの辺りにいるのか

横浜くんだりまで、誰と来るんだ。

まぁマニアックな趣味のために1人で来ている俺だから、ひとのことは言えないが。

そう思いながら俺はコインパーキングの前を通り過ぎ、赤レンガ倉庫へ向かった。

No.98 14/08/09 20:53
小説大好き0 

赤レンガ倉庫に着いた。

赤レンガ倉庫にはいろんな店が入っているが、女じゃあるまいし、見て回る趣味もないので雑貨屋やら洋服屋の前は素通りしたが、一軒の女物の洋服屋の前で俺は足を止めた。

「………塚田」

思わず声に出してつぶやいた。

塚田が女物の洋服屋にいる。
塚田が動くと、連れがいるのが見えた。

……やっぱりそうなのか

連れは下ちゃんだった。

俺はそのままそこを離れ、別棟にあるカフェに入った。

誤爆メールから始まって、なんとなくあの2人は怪しいとずっと思っていて、高ちゃんにも探りを入れてみたりした。

だから驚くよりも、やっぱりと思うだけだ。

ただ、実際目の当たりにすると、なんとも座りの悪い気分になった。

塚田。
なんで下ちゃんなんだ。

そりゃあ、下ちゃんは美人だ。朴念仁の俺でもそれは認める。
性格もいい。
仕事でも有能だ。

でも、下ちゃんは人妻じゃねぇか。

なんでひとのものが欲しいんだ。

下ちゃんの家庭環境は俺だって知っている。

下ちゃんの旦那は会社の近くの小学校と中学校を卒業していて、旦那の父親は町内会の会長で、ウチの社長とも商工会で付き合いのある土建屋だ。
旦那の親戚には市議会議員もいる。

下ちゃんは都内の出身で、結婚して嫁に来た人間だ。

そんな女と不倫なんかするのは、面倒を自分から呼び込むようなもんじゃねぇか。

No.99 14/08/10 08:49
小説大好き0 

俺と塚田は恋愛の相談をし合うような関係ではない。

一緒に合コンに行ったこともあるし、塚田から「下ちゃんて可愛い」とか、どんな女が好みだとか、そんな程度の話はしたことがあるが、それ以上深い話はしたことはない。

塚田と俺は同い年だから、親しい方だが、それでも俺が先輩となってしまうし、そもそも俺も塚田も会社の愚痴や文句は多少言っても、プライベートな悩みを相談するようなタイプではない。

お互い今までの女関係すらほとんど知らない。

そんな感じだから、塚田は下ちゃんのことを俺に相談することはないだろう。

塚田は穏やかで誰にでも優しい男だ。
5年くらい一緒に仕事しているが、30歳の男として、普通に常識も節度もある。
だからこそ、会社のオバチャン連中にも人気があるし、俺を含めた会社の塚田より立場が上の人間からの信頼もある。

そんな塚田が、不倫、しかも会社のパートに手を出していた。

なにが塚田を狂わせたんだ。

確かに下ちゃんは家庭が上手くいっていない。

下ちゃんも塚田と同じように人柄も仕事ぶりも会社で信頼されて、パートとはいえリーダーを任されるような人間だ。

そんな2人でも、狂うのか。

2人で会う場所を地元から遠く離れた横浜に選ぶほど、慎重で、発覚を恐れているのに、それでも会うのか。

No.100 14/08/10 09:07
小説大好き0 

俺にはわからない。

俺は社内恋愛すら面倒に思っていた。
会社の主婦パートに手を出すなんて、考えたことすらなかった。

いまは高ちゃんに惚れてはいるが、会社の後輩だからこそ、迂闊なことはできないと思っている。

俺は高ちゃんだから、惚れた。
社内で面倒なのは分かっていても、高ちゃんを知って、気持ちが入っていくことを止められなった。

塚田も下ちゃんも、そこは同じなのか。

不倫と分かっていても、発覚したらとんでもない事態になると分かっていても

それでもお互いが欲しかったのか。

ハードルが高くても、リスクが大きくても、それでも。

ウチの会社の人格者代表みたいな塚田と下ちゃんでも、そんな激しい感情を持つのか。

………人間て、わかんねぇもんだな

塚田と下ちゃんのことをよく知っているから複雑な気持ちにはなるが、世間一般で見れば、社員とパート主婦の不倫なんて、さして珍しい話ではない。

別に俺は不倫が絶対悪だと思うほど、高尚な人間でもない。

実際、千葉の地元の友達にも、不倫をしている人間がいるが、「まぁ頑張れ」としか思わない。

会社で見ている限り、塚田と下ちゃんが怪しいと思っているのは俺だけのようだし、俺が黙っていれば、余程2人が間抜けな失敗をしたり、なにかのきっかけで黙っていられなくならない限り、そうそう発覚はしないだろう。

………黙っててやるけどな

お節介も悩み相談もしてやれないが、知らないことにしといてはやれる。

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