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続・彷徨う罪

レス159 HIT数 36095 あ+ あ-

ゆい( vYuRnb )
14/05/29 21:39(更新日時)

携帯を機種変更したら、ログインが出来なくなったので、新規で更新させていただきます。
彷徨う罪を初めて読む方は「続」ではなく「彷徨う罪」から拝読して下さい。
宜しくお願い致します。

No.1873073 12/11/06 20:41(スレ作成日時)

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No.101 13/03/21 23:49
ゆい ( vYuRnb )


芽衣の首を締めた。

この手で…。

苦しみもがく芽衣の口から出た言葉が、僕の胸を締め付けた。

“父の罪を許して…
私が、その罪をかぶるから…
許してあげて…”

聞きたくない 聞きたくない 聞きたくない。

そんな思いで、力を込めて彼女の首を締めた。

芽衣の一雫の涙が零れるのと同時に、彼女は息絶えて、僕の心も死んだ。

そんな僕を…零はただジッと見つめていた。

真っ直ぐに…。

僕の罪は、零の瞳に焼き付かれた。

虚ろな僕が、零には恐ろしく見えたに違いない。

前に、芽衣から預かった薬をポケットから取り出した。

アメリカの研究チームが、藤森製薬に研究費を求めて提出した『記憶を消す新薬』。

まだ開発途中だが、藤森製薬に研究費の援助を求めるくらいなのだから、それなりの治験は済んでるはず。

何かの役に立つならと、芽衣はそれを僕に預けたのだ。

僕は、目の前の惨劇に怯える零にその薬を投与した。

芽衣との約束を守る為…。

そして、零自身を守る為に…。

意識を失う零に、僕はいつの日かまた彼女に会える事を願った。

その時に…
今度こそ、芽衣の元へと行けるように…

それから芽衣の遺体に、あの真新しい白いワンピースを着せて思い出の河川敷に遺棄した。

“私の遺体は、醜くして…
誰もが目を背ける様な姿で殺して…”

それも、彼女からの遺言だった。

僕は、ナイフで芽衣の身体に幾つもの傷を付けた。

斬って、斬って、斬りつけて…!

血液を抜いてない芽衣の身体は、鮮血に染まる。

雪の様に白く滑らかな肌は、跡形もなく消えた。

それでも、やはり顔にはナイフを入れられ無かった。

僕は、芽衣の亡骸を抱きながら大声で泣き叫んだ。

どうしようもないジレンマ…。

芽衣はもう何も喋れない。
僕に笑いかける事もない。

二度と…ない…









No.102 13/03/22 00:27
ゆい ( vYuRnb )


夜明け前まで、芽衣を抱いていた。

次第に冷たく硬くなる身体を実感しながらも、離れられなかった。

僕は倉庫に戻り、零を迎えに行った。

人に見られる前に、近くの養護施設の門に彼女を置いた。

『どうか、元気で…』

後ろ髪を引かれる思いだった。

倉庫に戻るまで、僕は零の産まれた日の事を思い出していた。

小さな手足…
懸命に泣く力強さ…
人差し指を差し出すと、その小さな手で僕の指を握り返した。

初めて寝返りをうった日。
腹這いで僕の後を付いて来た日。

“おいで!”

そう呼ぶと、ハイハイで抱き付いて来た。

「ちゅーちゃ!」

初めて僕の名前を呼んだ日…

色々な事を思い出して思った。

そうだ…

「僕は、零と過ごせた日々が幸せだった。


ちゃんと満たされていたんだ。

今頃、大切な事に気付くなんて遅い。

僕はクスっと笑い、幹部のパソコンを起動させた。

自首なんてしたくない。

だから、一か八かで例のハッカーとコンタクトを取ってみた。

『せいじ…』

君が本物の天才なら、この暗号を文字に変換出来るはず。

そして、信号を受信してこの場所を突き止められるだろう。

それから、この場所で二日間夜を明かし
た。

数台のパトカーのサイレンが遠くから聞こえる。

パソコンの画面には、短い暗号が表示されていた。

“部屋を出てお前を見てやる”

彼からのメッセージだった。

「君の望みが叶ったよ…」

僕は、届くハズのない言葉を呟いた。

この倉庫に、漂う魂に…。

No.103 13/03/22 08:53
ゆい ( vYuRnb )



「犯人は、18歳の少年です。
逮捕時、彼はなんの抵抗も見せずに大人しく連行されました。」

「その時?
えぇ、遺体に囲まれる様に椅子に座って居ました。
異様な光景でした。
我々、刑事たちも目を塞ぎたくなる様な惨劇の中で彼は穏やかな表情を浮かべ微かですが、笑みも浮かんでいたようにも見えました。」


精神鑑定の際に、刑事が医師に告げた内容。

基礎能力テストが終わると、いつも同じ質問が繰り返された。

「なぜ、人を殺めたのか?」

「愛してたんだ…。」

「誰を愛していたんですか?」

「レイだよ。
小さな女の子。」

「あの倉庫には、幼児はいませんでしたが?」

「本当はね、いたんだよ。
僕だけの彼女が…」

「人を殺ろした時に、貴方は快楽を感じていましたか?
または、良心の呵責を持ちましたか?」

「どちらも感じませんでした。」

長引く精神鑑定の結果、僕は精神喪失だと判断された。

別に、死刑を逃れたくてそう装った訳じゃない。

ただ、真実を述べた結果だった。

多少、気が狂った振りはしたけど嘘は付かなかった。

何故なら、僕は…生まれてから一度も嘘はついた事がないのだ。

人間として欠落した部分の一つがそれだった。

冷たい鉄格子に収監されても、僕は芽衣や零の事ばかり考えていた。

そして、どこにいようとも悪は僕に付きまとって来た。

幹部達の様な眼差しを持った欲望の塊が、何度か僕を訪ねて知恵をかせとせがむ。

もう…誰かに使われるのはウンザリだった。

それなら、こちらが使ってやろうと考えた。

メンタリズムを操るのは、簡単だ。

そして現れた…僕の信者。

僕の計画を遂行する、忠実な信者だ。










No.104 13/03/22 16:50
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

病室のドアを開けると、窓のカーテンが風で舞う。

「よぉ、調子はどうだ?眠り姫さん。」

彼女の髪は、そよそよと柔らかに靡く。

事件から5日、奇跡的に一命を取り留めた零だが、それからずっと昏睡状態に陥った。

「本物によく寝るよな〜、ブタになっちまうぞ?」

鼻をグッと指で上げる。

「マジで不細工っ!
ウケる!起きねーなら、写メってFBに画像アップしちまうぜ?」

静かな反応しか返らない事に、落胆と苛立ちが押し寄せる。

ふと、花瓶に生けられた花が目についた。

「高瀬…あいつも来てたのか。
お前、目を開けたか?」

んな訳ないか…と、溜め息を吐く。

「見ろよ、立派な花束だぜ?
枯れちまう前に見ないと損するぞ?」

医師からは、意識の回復の兆しは見られないと告げられた。

このまま、植物状態が続くならば…。

身寄りの無い零は警察の管理下で命の制限を持たれる事になる。

「零、目を覚ませ。
そして、全てを話してくれ…。
お前が見た事、した事を全部、俺に話してくれよ…。
じゃないと…」

じゃないと、終われないんだ。

修也が死んで事件は終わりじゃ、納得が行かない。

お前自身が隠している真実だけが、それを紐解く事が出来るんだ。

だから、頼む…

「目を覚ましてくれ…」

それに…

「あと、3日でお前の誕生日だよ。
約束したよな?
せっかく20を迎えるんだ、ドンペリで乾杯しようぜ。」

零の痩せた指を取った。

約束げんまんをした日が、遠い昔の様にも思えた。





No.105 13/03/22 17:34
ゆい ( vYuRnb )


警察病院に運ばれた時、修也も零も瀕死の状態で微かに息があっただけだった。

「二人共、輸血が必要です。
RH−O型の血液が足りません!」

血の繋がりが無い二人が、同じ型の血液なんて可笑しな話だ。

「僕の…ち…を…全部…れい…に…」

タンカーで運ばれながらも、修也は零を気に掛けていた。

ならば何故、零を殺そうとしたのか。

本当に気が狂っていたのか。

この修也が、本来の修也なのかは分からない。

「俺は、RH−O型だ。
俺の血液を使え。」

高瀬が腕を捲り上げて、看護師に差し出した。

「でも…一人では…院内にあるパックは数個しかありません。
到底、血液を入れ替える程の輸血量には足りません…。」

「俺もRH−のOだ。
センターから輸血パックが届くまで、俺たちで繋げられるだろ。
献血量は規定量を無視した、ギリギリまで取っていい。」

俺も同じ型だと伝えると、高瀬は少しだけ驚いた様子だった。

だが、よくよく考えてある意味、納得した様に軽く哀を含んだ笑みを浮かべた。

そうだよ、俺と「佐々木 真里」は血の繋がった姉弟だから。

柳原が自供した通り、被害者の抜かれた血液は闇ルートで海外に売られていた。

皮肉紛れに、柳原が俺に向けて言ったセリフを、お前も一緒に聞いていたもんな。

“貴様の姉さんは、色々な意味で高く売れたよ…岩屋。”

高瀬は草臥れて、厳格を無くした柳原に対しても容赦無く奴を殴り飛ばしたけど、俺はもう…なんだか、そんな柳原を哀れにさえ思えたよ。

全てを失った柳原に同情でもなく、ただ、ただ、憐れみを感じた。

そこまで落ちぶれたのだと…。

だから、

「当たり前だ。
俺の姉ちゃんは、世界一価値のある女なんだよ。」

そう言えた時に、やっと笑った顔の姉ちゃんを思い出せたんだ。

それでもう…誰も怨む事もない。


No.106 13/03/22 17:46
ゆい ( vYuRnb )


結局、手術室で修也は息絶えた。

被疑者死亡のまま…修也は書類送検された。

高瀬はその責任を問われたが、現場にいた刑事達の状況報告で、あの状況で高瀬を咎める事など出来ないと熱い弁論が交わされた。

高瀬と今回の総責任者の俺に、どんな処分が下されるのかはまだ未定だ。

それほどまでに、最悪な結末となってしまった。

コンビは事実上の解散。

高瀬と俺は、別々の思惑を抱えたまま元の部署へと戻された。

No.107 13/03/23 11:47
ゆい ( vYuRnb )


零に異変が起きたのは、その日の夜だった。

医師に呼び出されて、俺は病院へと駆け付けた。

「零…?」

医師と看護師に囲まれた零に声をかける。

彼女に伸ばした手が震えた…その時、

「岩屋っ!」

ドアが跳ね返る程の勢いで、高瀬も額に汗を浮かべてやって来た。

俺と高瀬は零に近寄り、その顔を覗き込んだ。

「意識が回復して良かった。
とりあえずは、これで命の危険は去りました。」

和かな医師と看護師の様子に、硬直した身体から一気に力が抜けていく。

それは、高瀬も同じだった。

だが、そんな安堵もつかの間…

零の一言で、俺達はまた奈落の底へと落とされた。

「…誰?」

目覚めた零は、俺達を覚えていなかったのだ。




No.108 13/03/23 12:13
ゆい ( vYuRnb )


医師の話では、以前に投与された薬の影響ではないかと言われた。

一部の脳細胞を破壊し、記憶を失くすその薬は本来、二度と記憶を戻す事はない。

未完成の薬だったが、今回の昏睡状態が引き金となって脳に何らかの異変をきたしたのだろう…と。

「道が見えねぇな…」

高瀬がポツリと呟いた。

堂々巡り…真相は、零の闇の中で彷徨う。

出口も、希望の光さえ見えない。

「俺は、やる事が残ってるから先に署に戻る。」

「あぁ、分かった。」

いつもは広い高瀬の背中が小さく見えた。

屋上で煙草を咥えて、煙りを吐き出す。

「虚しいな…」

13年だ…13年もかかって追いかけて来た。

本当にコレでいいのか?
もう道は開けないのか?

知恵を振り絞りれ。

何でもいい。

何度もくたばりそうになって、ココまで来た。

零は生きてる…まだ、希望を捨てるのには早い。

まだ、まだ、道はある。

修也は、いつだって俺にメッセージを送って来た。

あいつは、伝えたいんだ。

俺に、紐解く事を望んでいる…だから、今回も何かを残しているに違いない。

きっと、それが…零なんだ。







No.109 13/03/23 20:30
ゆい ( vYuRnb )


零は、ベッドに横たわりながら窓の外を眺めていた。

「本当に、何も覚えてないか?」

俺の問いに、零はゆっくりと頷いた。

「俺も、一緒にいた男の事も?」

「分からない…」

「そうか…。」

沈黙が流れる。

何を、どう話して良いのか分からずに言葉を探す。

「夢を見た…」

沈黙を破ったのは零の方だった。

「どんな夢?」

「二匹のキツネが、仲良く河原を掛けて行く夢…。」

「キツネ?」

「そう…金色の毛並みを靡かせた、とても美しい二匹のキツネ。」

「そうか…。」

その夢を語った後で、零の頬に涙の雫が流れた。

「何故、泣くんだ?」

零は、「分からない…」と布団越しの膝を抱えて泣いた。

「お前は、いつもそうやって顔を隠して泣いてた。
たった一人の世界で、自分自身を抱き締める様に…。
なんで、俺に抱き付いて来ない?
一人では抱え切れない悲しみを、何故、俺に分け与えようとしないんだ?」

零の腕を取って、身体を自分に向かせた。

俺と目が合うと、零は気まづそうに視線を逸らした。

「お前…何もかも忘れて幸せか?」

「……………。」

零からの返事は無かった。

俺はパイプ椅子に掛けた背広を手に取って、涙に濡れた零を置き去りにする様に前を掠めた。

病室のドアに差し掛かると、振り向かずに俺は零に言った。

「お前は覚えちゃいないだろうけど、お前が好きだったあの場所…街の再開発で、明後日に取り壊されるんだってよ。」

ドアを開いて、零との空間に別れを告げる。

お前が飛び込んで来ないなら、側にいる必要などない。

そうだろ?

なぁ…零…



No.110 13/03/23 21:32
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

空が近い…。
手を伸ばすと、届きそうな太陽の光。

足元には、小さく動く車と人々。

『何もかも忘れて幸せか?』

あの人の言葉が木霊する。

「幸せだったかも…」

真っ新になれたら、もう一度、あなた達に出会って今度こそ幸せになれたかも知れない…そんな淡い期待を抱くだろう。

だけど…

手摺りから両手を離して、足を一歩ずらす。

さぁ…準備は出来たよ。

修也…強い風を送って私を吹き飛ばして。

「れーいっ、みーっけ!!」

あと一歩って時に、背中に受けたあの人の声。

「来ないでッ!!」

私は、その声に振り向かずに叫んだ。

「何でーっ?
そこ、気持ち良さそうだなーっ?」

「何言ってんの⁉」

ふざけた口調に腹が立って、思わず振り返ってしまった。

「なに…してんの…?」

岩屋は、しゃがみ込んで陸上競技のスタートポーズをとっていた。

「on your mark…」

強い眼差しをこちらに向けて動いた唇。

「まさか…!やめて!!」

「SETっ!!」

閃光嵌合の様な速さで、岩屋は策を飛び越えて私の横を掠めた。

下はコンクリートの奈落だ。

「いやぁーーっ!!」

まさか…いや…いやだ、いや…

「聖二…っ!」

慌てて下を覗くと、縁に片手を掛けてブラブラと宙を舞う岩屋の姿があった。

私は腰が抜けてその場にへたり込んだ。


「あっぶねぇ〜…死ぬかと思った。」

自力で這い上がって、岩屋も私の隣にへたり込んだ。

「なにしてんのっ⁈
あんた、何考えてんだよっ!!」

岩屋が死んだかと思った。
怖かった…岩屋を失う事が、とても怖かった。

何度も岩屋の胸を叩くと、一気に涙が止まらなくなった。

「お前がしようとしてた事を先にしてやったんだよ。
自分が何をしようとしてたか、事の重大さを思い知っただろ!」

岩屋は私の手首を押さえて、思いっきりこの身体を抱き締めた。

「何で…ひどい…カマをかけたんだね…」

「うるせーよ!
お前の下手くそな嘘なんて、簡単に見破られるんだ。ナメんじゃねーよ…!」

そう…だから、あの時、視線を逸らしたの

記憶を失くしたなんて嘘を見破られない様に…。

そうじゃないと…

私は、自分の命を絶たない限り話してしまうだろうから…。

修也と二人で隠した真実を…。







No.111 13/03/23 22:48
ゆい ( vYuRnb )

「零…頼むよ。
あの日、あの時、あの倉庫で何が起こったのか…全て話してくれ。
例え何があったとしても、俺はお前の味方でいる。
世界中がお前の敵になろうと、俺だけはお前の味方であり続けるから…」

こんなに哀を含んだ瞳の岩屋を見るのは初めてだ。

私は、胸に手を当てて息を整える。

きっと、平常心では語れない。

恐ろしい記憶…

大量の生温かい血が、目の前に吹き出して来た。

その血を浴びたのは私。

「その前に、教えて…」

「なんだ?」

「修也は…どうしてる?」

夢に出てきた二匹のキツネが、修也と芽衣に思えてならなかった。

だとしたら…修也はもう…

「検死を終えた修也の遺体は、まだ、火葬されずに保管されてるよ。」

「…死んだのね。」

また、新しい涙が零れた。

「あぁ…お前の意識の回復を待って火葬する予定だった。」

「妹だから…?」

「…そうだよ。
高瀬が、上に掛け合ってそう話を付けたんだ。」

高瀬…。

「お願いがあるの。
全てを話したら、修也の遺体に会わせて。」

断られたら、きっと、ありのままを話さないだろう。

これは、修也が命がけで守った約束なのだ。

「もちろん、会わす。
約束する。」

岩屋の真っ直ぐな瞳は、私の覚悟を固める。

私は高鳴る鼓動を押さえて、瞳を閉じた。

遠くて近い…13年前の記憶。

鮮明に蘇る銃声と、ベトリとした血の温度や感触…。

大きくなっても未だ残る…血塗れたこの手。





No.112 13/03/24 22:39
ゆい ( vYuRnb )


13年前…

あれは、昼食を運ばれた直後だった。

「明日の為に磨き上げてやるから一緒に来い。」

男が、お姉ちゃんの腕を掴んでそう言った。

「零を解放してくれたら、一緒に行くわ!」

お姉ちゃんは、その手を振りほどいて拒絶した。

「良いから、大人しく来いっ!」

逆上した男は、無理矢理に嫌がるお姉ちゃんを檻の外へと連れ出して行ってしまった。

「どうしよう…っ!
修ちゃん!お姉ちゃんが…!」

私は動揺して、修也に助けを求めた。

修也は黙って俯いていたが、静かな横顔が怒りに満ちている様で…怖かった。

修也は怒りの感情を静で表すから、その静けさが余計に恐ろしく思えた。

私は、もはや黙り込むしか無かった。

一刻も早く、お姉ちゃんが戻って来る事を祈るしかなかった。

しばらくして一発の銃声が轟き、間を開けずに、パンっパンっ!!と続けて発砲音が響いた。

「芽衣…っ!」

衝撃音に耳を押さえる私を過ぎ、青ざめた顔の修也が鉄格子に手を掛けた。

「お姉ちゃん…?」

修也の不安が、私にもシンクロする。

“芽衣が殺されたんじゃないか?”

足元から崩れた修也の茫然とした顔は、『絶望』を表していた。

きっと、次に殺されるのは私達だと思った。

近付く足音に、私は『来た。』あの革靴の音は黒服の男だ…と。

男は、おぼつかない足元で私達の檻へと近付いて来た。

だけど、何だか男の様子がおかしい。

修也もそれに気が付いていた。

「…何が起こった?」

「た…っ、助けてくれ…!
殺されるっ…!!」

男は、酷く怯えていた。

地面に腰を抜かして、鉄格子にもたれかかり、外側から修也の足を掴んだ。

修也は、そんな男を上から見下ろしてい
た。

冷たく光る瞳で。

「芽衣に何があった?」

「あ…あの女は狂ってる…!
頼むよ、修也っ!
俺を、助けてくれ…っ」

懇願する男の手を足払いながら、修也は無言で壁側に戻って座る。

「修也っ!!」

鉄格子に手を掛けて泣叫ぶ男の姿に、どちらが檻の中なのか分からなくなった。

そして現れた…血塗れの芽衣。

「ひぃ…っ!」

男は、芽衣の姿に引きつり顔を強張らせた。

私も言葉を失い、目を見開いた。

恐ろらく、修也も同じ衝動を受けたに違いない。

あり得ない。

私達の前に現れたのは、血に染まったフレアスカートで銃を構えた芽衣の姿だった。










No.113 13/03/24 23:11
ゆい ( vYuRnb )

「お姉ちゃん…!?」

芽衣に呼び掛けた時だった。

拳銃の発砲音と同時に、ピシャリと生温い何かが、私の顔に飛びかかって来た。

嫌な感触に手を頬に当てると、ヌルっと重たい液体が指に絡んだ。

私の目の前には、目を見開いたまま朽ちた男…額には丸い穴が空いて、ダラダラと大量の血が流れていた。

恐る恐る震える手を見ると、その手は真っ赤な血で染まっていた。

私が浴びた血は、その男の返り血だった。

「あ…あぅ…やだ…」

袖で懸命に拭うが、脳片を混ざり合わせたドロドロの血液は、逆に肌へと密着するようで落ちない。

「零、零っ!」

パニックから我に返ると、そこには芽衣の顔があった。

いつもの優しい目をした芽衣だ。

「カギを外したわ。
これで、貴女は自由よ…!
もう…大丈夫、大丈夫よ!」

心なしか足元が軽くなった気がした。

芽衣に抱き締められ、彼女から香る甘い香りに、今まで張り詰めれていた緊張の糸がプツリと切れた。

わんわんと、声を出して泣き叫んだ。

しゃくりあげ、えづき、きっと涎や鼻水も凄かっただろう。

だけど、芽衣は…そんな私を落ち着くまで、何度も背中を摩り優しく抱いてくれていた。

だけど本当は、芽衣自身がとても酷く震えていた…。










No.114 13/03/26 20:54
ゆい ( vYuRnb )


「お願い…」

私は、この時の約束を果たす為に生かされた。

芽衣が全身全霊をかけた儚い願いは、必ず聞き届けなければならない義務がある。

芽衣は、私の命の恩人だから。

「芽衣…幹部達の所で一体、何が起きたの?」

修也が芽衣の肩に手を置くと、芽衣は身体を強張らせて修也を見上げた。

「こんなはずじゃなかったの…こんな…殺すつもりなんて無かったのよ…?」

ガダガタと全身を震わせながら、芽衣は事の経緯を話しだす。

「服を…脱げと言われたわ…。
嫌だと拒んだら、リーダー格の男が…私の胸元を掴み上げて…私達は揉め合った。
そして…」

芽衣の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。

「続けて…」

修也は、芽衣を抱き寄せて優しい口調で促す。

「そして…男は背広のタイカクに手を掛けたわ…黒い銃が見えて…私は咄嗟に男の手を掴んだ。
それから銃声が響いて…みるみるうちに、男の胸に血が広がって…っ。
気が付いたら、私…拳銃を持って側にいた男達を撃ってた。」

「他に拳銃を持ってる男はいなかったの?」

修也の問いかけに、芽衣は俯いた。

「持ってたかもしれない…だけど、気が動転して取り出せ無かっただけかも。」

「芽衣…君は、何も悪くはない。
君に殺意は無かった…そうだろう?」

「違うわ!
私には、確かな殺意があった!
無抵抗な人を撃った。
ここへ逃げて来た、その男も殺さなければという思いに駆られたのよ…!
遺体からカギを抜き取る冷静さもあったわ…。
私は…立派な殺人犯よ!」

次第に、お姉ちゃんは落ち着きを失くして興奮状態になった。

「君は、殺人犯なんかじゃない。
公平な裁判を受ければ、正当防衛だって認められるかもしれない。
それ以前に、幹部達を殺したのは僕って事にすれば良い。」

宥める修也にも、芽衣は潤んだ瞳で首を横に振った。

「自分の罪を誰かに押し付けるなんて出来ない…。」

修也の顔に、落胆の色が浮かぶ。

「なら、約束通り…零を解放して、二人で命を断とう?」

哀しみの修也に、それを拒否する芽衣。

大切に想い合ってる二人の別れ…。
その切なさが、幼い心にも痛みを走らせた。

「修也…貴方は生きて。
零を守れるのは貴方だけ。」

「芽衣…なら、君も生きなきゃダメだ。」

「私は…ダメ…」

「なんでだよっ!!」

怒鳴る修也に、芽衣は戸惑い揺れる瞳を向けて懇願したんだ。

「亮が…」

「亮?
高瀬 亮がなに?」

その名前に、修也が気を悪くするのは芽衣も分かっていたはず。

だけど…それは、お姉ちゃんが最初で最後に漏らした本音だった。

自身を犠牲に出来る天使の様な芽衣が見せた最初で最後の自己愛だった。。







No.115 13/03/26 21:39
ゆい ( vYuRnb )


「亮は…将来、法律家になるのよ?
私…っ、亮に裁かれるなんて嫌ッ!!
ましてや、自分の弁護をさせるなんてもっと嫌よ!
だけど…亮は私を守ろうとする…。
私…彼を犯罪者を弁護する法律家になんてなって欲しくないの…。
彼の将来を潰したくない…」

「芽衣。
君が死んでも、君の罪が亮君に知られないという保証なんかないよ。」

「だから死にたいの…。
私の罪が、亮に知られる前に消えてなくなりたい。
目の前で、彼に軽蔑の眼差しを向けられるのは耐えられない…。
お願い…修也…
私を殺して…。」

修也の瞳に涙が浮かんだ。

残酷な芽衣の胸の内…。

一途に芽衣を愛してきた修也と、
一途に亮を愛してきた芽衣…。

結ばれたのは自分だから…
芽衣の全てを手に入れたいと願うのは罪ではないはずだろう。

修也は、きっとそんな風に思ったに違いない。

「だめっ!!修ちゃん…っ!!」

修也の手が、芽衣の首に伸びる。

「修也、ごめんなさい…。
私…自分の罪を亮に知られたくない…」

芽衣に馬乗りになって力を込める修也を、止めに入る事が出来なかった。

それは…私の罪。

修也を…
芽衣を、守れ無かった…私の大罪。

修也は、芽衣の願い通りに彼女が犯した罪を隠した。

それは、呪いの様に彼を蝕んで侵食していった。

この事実を知っているのは、修也と私だけ…

いつか、私が口外しないとも限らないとさえ不安になる程に、修也の心には大きな闇が生まれた。

あの時…修也を救えなかった罪悪を消すには、自分が修也に殺されるしかないのだと覚悟を決めた。

記憶を全て戻した日から、私は…

修也への罪を償う為に命を預けようとしてた。

それを素直に受け入れられ無かったのは…
高瀬と岩屋がいたからだ。

二人が、私を守ろうと修也達と闘った。

巻き込みたく無かった。

高瀬も
岩屋も

この彷徨う罪に巻き込みたくなんか無かった…。










No.116 13/03/26 22:37
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

零が涙ながらに語った真実は、あまりにも残酷だった。

修也と、芽衣の間に生まれた「愛情」が全ての悲劇の始まり。

その結末は、少女の儚くて健気な乙女心が招いた罪の隠蔽。

修也が犯した罪の責任を、零は背負っていた。

きっと、『芽衣の殺害』を止められ無かった事への罪悪感が“レイ”が語った罪の全貌なのだろう。

“この手で、何人もの人を殺した”

自分が人質になり、修也が犯した罪も、芽衣の罪も…全ては自分のせいだと責め続けていたんだ。

「零…」

その後に続ける言葉が浮かばなかった。
どんな言葉をかけても、零は救われない。

ただ、言わなきゃいけない言葉もあったのは確かだ。

「ありがとう。」

全てを話してくれた事は、感謝しなくてはならない。

零の背負っていた重荷は、吐き出した所で決して軽くはならない。

辛い記憶を鮮明に蘇らせて語るのは辛い。

それでも、零は語ってくれたのだ。

「岩屋…私は、これからどう生きればいいの…?」

道に迷った子猫の様に頼りない視線を向ける零に、俺は胸ポケットから一通の封筒を取り出した。

「自由に生きれば良いんだ。」

零はそれを受け取って開くと、瞳を見開いて俺を見た。

「これって…」

俺は無言で頷いて微笑んだ。

その瞬間、空から光を伴いながら雨粒が落ちてきた。

天気雨だ。

「澤田 零さん…20歳の誕生日おめでとう。」

零は、自分の名前が記載された『戸籍謄本』を胸に握り締めて、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう…!」

光り輝く水滴の中で見たその笑顔は、この世のどんなに美しい物にも勝る程に眩しくて…煌めいていた。





No.117 13/03/26 23:18
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

岩屋から連絡を受けた。

零に、澤田の遺体と接見させて欲しいと…。

零の記憶喪失は、一時的なショックで起きたものだと言っていたが、どことなくウソ臭い。

あいつ(岩屋)が、零とどんなやり取りをしたのかは分からないが、妙に晴れやかな口調ぶりが気になった。

それよりも…

山の様に聳える報告書や、始末書に頭を悩ませていた。

「ちくしょう…」

「まぁまぁ、とりあえず降格処分は免れたんだから良かったじゃない。」

警視正が、俺の肩を叩いて労いの言葉を掛けた。

確かに降格は免れたが、警視庁からの所轄移動は避けられそうにない。

別に…捜査一課に執着がある訳じゃないから構わない。

周りは俺が、エリートコースから脱落したと歓喜の声をあげているが、別にそれも気にはならない。

むしろ、所轄の方がある程度の無茶振りが効くだろうからやり易い。

その前に、片付ける事がたくさんある。

「さっさと、カタをつけねーとなぁ。」

ふぅ…と溜息が出る。

「そうだよ?
早く始末書片付けて、警視に渡さないとね〜!」

いや…そっちじゃなくて…
でも、まぁ…

「…はい。」

項垂れながら、俺は返事を返した。

零との約束は15時だ。

それまでに、ある程度は片付けておこう。

この書類の山も、
自分の気持ちも…








No.118 13/03/27 02:33
ゆい ( vYuRnb )


時計の針が15時を回った頃、岩屋が零を引き連れてやって来た。

「修也に会わせて。」

俺は、二人を澤田の遺体が保管されている遺体収容室へ案内した。

番号標識のロックを解除して、中から遺体を乗せたストレッチャーを引き出す。

グレーの感染よけスーツのファスナーを開くと、安らかに眠る澤田の顔が覗いた。

零は遺体に駆け寄り、澤田の頬に手を当て、しばらく駄まって俯いた。

「修ちゃん…」

その哀しみに満ちた表情が、俺の胸をチクリと刺した。

「ごめんね…修ちゃん…」

零の涙が、澤田の顔に落ちる。

そいつは、お前を殺そうとしてたのに…何故、そんな奴の為に涙を流せる?

「修ちゃん…修ちゃん…っ…」

澤田に被さって号泣する零を理解出来なかった。

そいつは…

「殺人犯だ。
お前が、そいつの死を哀しむ義理はない。」

「違う…!
この人は…私の大切な兄なんだ…!
兄なんだよ…」

懸命に、澤田を庇う零に腹が立った。

それを言ったら、俺はお前の仇になるだろう?

「修也が人を殺めたのは、零を守る為だった。
不条理な殺人を強要されたんだよ。
修也には、殺意なんて皆無だった。
一端の殺人鬼とは訳が違う。」

「岩屋、なら…澤田は、組織の男達を殺した時も殺意は無かったと言えるのか?
奴等を殺害した後で、芽衣を殺したのは何故だ?
それにも殺意は無かったと言い切れるのか!」

死人を前に、怒声をあげるのは余りにも大人気ない行為だと解っている。

だけど、澤田を庇う様な岩屋の言い分には我慢がならない。

「…見ろよ。
修也は、罪の罰を受けた…これ以上は此処で口論を繰り広げるのはよそう。」

そう言って、岩屋は零の肩に手をかけて退室を促した。

「火葬したら、お前の元に修也を返すから…。」

岩屋に促されて、零は名残惜しそうに澤田から離れる。

スーツのファスナーをあげて、元のロッカーに澤田を収容すると、岩屋は合掌して澤田の冥福を祈った。

どんな罰を受けようと、俺は澤田を許す事は出来ない。

逆に、憎しみは増すばかりだ。





No.119 13/03/27 03:58
ゆい ( vYuRnb )

零に、遺骨の引き受人の書類を書いてもらう為にデスクへと戻る途中、拘置室のドアが開いて俺たち三人は足を止めた。

中から長岡と、零とは鉢合わせてはならない男が出て来た。

「高瀬さん…藤森氏の釈放が決まりました。」

一千万の罰則金と、五百万の保釈金を支払う事で『藤森 竜夫』の保釈が認められた。

おそらくは…このまま不起訴となるだろう。

だが、今の問題はそこにない。

俺と岩屋は、咄嗟に零を隠す様にして藤森の前に立ちはだかった。

俺は、長岡に軽く頷いて藤森の前を過ぎた。

だが、事は遅かった様だ…。

通り過ぎる零の腕を掴んで、藤森が彼女を「芽衣っ!」と叫び止めた。

「…誰?」

零は眉を潜めて、怪訝そうに藤森を見る。

「なんでもない、零…急ごう。」

藤森の手を振り払い、岩屋が零の手を引いた。

「待ってくれ!
その娘は…私の娘じゃないのか!?
君は、ゼロ…零なんだね?!」

藤森は、涙を浮かべて零の顔に手を当てる。

その気迫に、俺も岩屋も呆気に取られた。

いや…怒りに満ちた感情から身体が震えて動けないのだ。

そして、零の顔は次第に強張り、藤森を鋭い眼つきで睨んだ。

「触んなよ…おっさん!
私には、父親なんていない!
最初からいないんだよ!」

藤森の手を振り払い、零は罵声を浴びせる。

「零…すまない。
本当にすまなかった…」

再び、藤森が零に手を伸ばした時…

信じられないような言葉が、零の口から放たれた。

「あんたの娘…修也になんて言ったと思う?」

「芽衣が、あの子がなんて…?」

憂を秘めた縋る瞳が、この後に光を喪い漆黒の闇へと変わる…。

「“私を殺して…父の罪は私が償う”
“私が罰を受けるから、父の罪を許して”」

それを聞いた藤森は膝から崩れ落ちて、嗚咽を漏らして泣き叫んだ。

俺も、衝撃を受けた…。

「修也は、芽衣を殺害したんじゃない。
芽衣の願いを叶えたんだよ。」

藤森を見下しながら、零は言った。

だが、

「違う…零、それは違うぞ…!
願いを叶えたなんてキレイなもんじゃない!
例え、それが事実だとしても、あいつは…澤田かした事は、『委託殺人』立派な殺人だっ!!」

「だから…修也は、芽衣を殺害してしまった事を悔いていたんじゃない。
苦しみもがいて、その憤りを原因であった私に向けたんじゃない!
高瀬は解ってない!
修也が本当に殺したいほど憎んでいたのは、全ての元凶を作ったこの男!
だけど、芽衣が命と引き換えに父親を許せと言ったから、修也は他に憎しみを持って行けなくなったんだよっ!!」

「零…」

「私は、この男を許さない。
あんたは、自分の娘を殺したんだ…!
私だけじゃなく、私の双子の姉の命をも奪った!!
芽衣を殺したのは、修也じゃない!
あんただっ…!!!」

トドメを刺す様な零の言葉が、藤森を奈落の底へと突き落とす。

藤森は、立ち上がる気力さえ無く床にへばり付いて泣き叫んだ…
何度も何度も、失った娘の名前を呼びながら…。

No.120 13/03/31 00:11
ゆい ( vYuRnb )


「もう、二度と私の前に現れないで。」

藤森を見下ろしながら、零はそう吐き捨てた。

これから始まる藤森の地獄は、終わりのない絶望感から幕を開ける。

法では裁けなかった罰を、生きている限り受け続けなければならない。

『君は、芽衣の何を見てきたの?』

まただ…澤田に言われた言葉が、こびり付いて剥がれない。

俺は…芽衣を見ていなかった。
芽衣を解ろうとしなかった。

自分の弱さを言い訳にして…彼女を受け入れなかったんだ。

その代償が、彼女を失うという事になった。

悔いても悔やみ切れない。

芽衣…。

泣き崩れる藤森を横目に、俺もそんな風に何もかもを吐き出して泣きたいと思った。

プライドも、立場や、任務も捨てて…ただただ、お前を想い泣き崩れたい。

お前が死んだ時にそうしていれば、今よりは苦しくなくて済んだのかもな…。

藤森を羨みながら、その横を過ぎる。

後悔しない生き方なんて誰も出来ない。

今だってそうだ。

岩屋に手を引かれる零が目の前にいる…。

一度は切り捨てた愛を、もう一度取り戻したいと願うのは、随分と勝手な思い込みだ。

後悔したくない。

そう、分かっていても…出来ないんだ。

『亮…愛してる。』

零が、死にものぐるいで芽衣の最後の言葉を伝えたから…。

俺は、それを受け取ったから…芽衣を裏切る事は出来ない。

一生…芽衣以外の女を愛する事は許されない。

それが、俺の彼女への責任だ。

岩屋と繋がる零の手に、胸を痛める事さえ罪なんだ…。








No.121 13/03/31 01:18
ゆい ( vYuRnb )


一課にある、自分のデスクに零を案内する。

周りは、事件の中核であった零に視線を注いだ。

澤田の妹…という事もあり、その視線は鋭くて何とも言えない張り詰めた空気に満ちた。

零は、そんな中で気丈にデスクに腰掛けて、俺が渡した書類を慎重に読み始めた。

「ここに、名前を書けば良いの?」

「あぁ、そうだ。」

零にペンを差し出しだそうとした時だ…。

振動と共に、爆発音が轟いた。

爆風で、天井から微かにヒビ割れた壁の破片が埃と共にパラパラと降り注いだ。

突然の衝撃に皆、咄嗟に床に伏せる。

俺は零の上から覆い被さり、辺りを見渡した。

「なに?何があったの…?」

「分かんねーよ…!」

この建物内で爆発があったのは確かだ。

直ぐに、身を屈めた岩屋と目が合った。

岩屋とのアイコンタクトで、奴の心境をキャッチした俺は、小さく頷いた。

周りは、騒然としている。

電話が、あちこちのデスクで鳴り響く。

「なんだ!!一体、何が起こった!」

「分かりません!
庁内の一室で、爆破があった模様です!!」

「そんな事は分かってる!!
爆破元は何処だっ!」

バタバタと周りが対応の対策で駆けずる中で、再び爆発音が響いた。

床が揺れ、足元がおぼつく。

身を小さくし、零の頭を守りながら岩屋と俺の間に零を挟んだ。

「チクショウ…ナメやがって!」

岩屋が、舌打ちしながら呟いた。

その瞬間、岩屋の携帯が鳴った。




No.122 13/03/31 02:08
ゆい ( vYuRnb )

「はい、岩屋です。
あぁ、前田か…?」

「主任!今どちらですか!?
公安内部に、警視庁で爆発ありとの連絡が入りました!
至急、こちらに戻って来て下さい!!」

緊迫した様子の前田の声が、こっちまで漏れてきた。

「今…?
俺、いま警視庁…てへぺろ!」

…バカか、こいつは。

「なっ?!
渦中じゃんっ!!」

前田…お前も相当テンパってんな。

「前田、公安に入ってる警視庁の爆発状況を教えてくれ。」

「はい。外部から見た被害状況から、第一波の爆発元は1階ロビー入口付近です。
第二波は、4階会議室付近かと思われます。」

1階ロビーと、4階の会議室…。

電話から漏れる声を、必死に聞き取る。

「死傷者の報告は?」

「まだ、詳しい情報は分かりませんが…少なからず被害者は出ている模様です。
それから…」

前田の声が小篭る。

「どうした?
続けろ…。」

岩屋が促すと、前田が低い声で発した。

「清掃員の服装をした複数の何物かに、警視庁が占拠されています…。
すでに、防犯カメラに映ったテロリストらしき人物を確認しています。
警視総監付きのSPから画像を送られてきてますが…テロリストは、銃を保持しています。」

占拠…?
バカな…ここは、警察の中核…警視庁だぞ?

「聞いたか?
高瀬…ここが、占拠されたぞ。」

「あぁ…聞いたよ。
最悪だ…」

俺は舌打ちをして、落ちた始末書の裏にマッキーを走らせた。

「前田、テロリストがウロついている場所を特定して携帯に動画を転送してくれ…それから、警視総監付きのSPは何人いる?」

「5名です。」

「なら、そのうちの3人を対テロリスト班に回せ。
それから、お前もこっちに来れるか?」

「はい、もちろんです。」

岩屋が前田と話をしている中で、俺は紙を刑事部長に見せた。

それは、岩屋と前田のやり取りを簡潔にまとめた報告書だ。

“爆破元1階ロビーと4階会議室。テロリストに同庁占拠された模様”

刑事部長は、目を見開いてそれを読むと慌ててデスクの電話を取った…が、どうやら回線が切られたようだ。

首を横に振って俺には返した。

その様子を岩屋も見ていた。

「…警視庁内の回線が切られた。
ここからSATは呼べない。
公安からSITの要請をかけろ…!」

「…はい!」

こうなれば、岩屋様々だな。


No.123 13/03/31 02:47
ゆい ( vYuRnb )


「さてと…じゃぁ、高瀬さん。
ちょっくら行ってきますか!」

岩屋は、スーツに付いた塵を叩きおとして立ち上がる。

「あぁ…!」

俺も、零の肩を抱いて立ち上がった。

事の事態を理解出来ずに困惑する零の顔を覗いて、「大丈夫だな?」と問い掛ける。

零は、コクリと頷いた。

「お前は、ある程度の腕がある…自分の身は、自分で守れるよな?」

そう言うと、今度は強い眼差しで力強く頷いて見せた。

「よし!」

零の頭を撫でて、俺たちは一課を出る準備を固める。

「待て、高瀬っ!
勝手な事をするなっ!」

刑事部長が止めに入るが、俺は躊躇なく足を進めた。

「ここに居ても、テロリストに侵入され拘束されるだけです。
それなら、こっちも事態の集結に向かわないと負けます。」

「高瀬っ!」

呼び止める声を振り切り、俺は一課を出た。

あぁ…移動だけじゃなくて、今度は降格処分も覚悟しなきゃならねーな。

そんな事を思いながら、身を構えて廊下を壁伝いに進んだ。

辺りは、妙に静かだ。

他の部署も既に拘束されたのかも知れない。

岩屋の携帯にタイムラインで送られてくる映像を頼りに、テロリストがウロついてる場所を探る。

階段に差し掛かると、ブルーの清掃服を着た男が踊り場で立っているのが見えた。





No.124 13/04/01 00:27
ゆい ( vYuRnb )

後方に控えてる岩屋に、男の存在を合図で送る。

指のサインを受け取ると岩屋は頷く。

俺は、死角に零の身を潜める様に促した。

男はまだ、此方の動きには気付いていない。

一瞬の隙を付かなければ、仲間を呼ばれるか発砲されてしまう。

出来る事なら、警視庁内での銃撃戦は避けたい。

「オイっ!」

俺の声に、男が振り返る。

「なっ…⁈」

階段上から飛び、そのままの勢いで男に飛び蹴りをお見舞いする。

男は倒れ、呻き声をあげると、苦し紛れにズボンのポケットから携帯を取り出した。

俺はそいつの手を蹴り、携帯を飛ばす。

「このヤロ…」

「あん?なんだよ?」

もう一発、睨みを効かせる男の頭を蹴ると、そいつはグッタリと意識を失った。

すぐさま頚動脈に触れ、脈拍を確認する。

「よし。」

俺は手で合図を送り、岩屋と零を呼び寄せた。

「ありゃ〜…完全に落ちたね。
高瀬さん、相変わらず容赦ねーな。」

岩屋は、ポケットに両手を突っ込みながら伸びた男を見下ろす。

「意識を飛ばさなきゃ、後が面倒だ。」

男の腕を後ろに回して、階段の手すりと手錠で固定する。

「一名、拘束完了。
次行くぞ!」

「はいはい。」

滑り落ちた携帯を拾いあげて、岩屋は空返事を返す。

まったく…緊張感のない野郎だ。






No.125 13/04/02 00:30
ゆい ( vYuRnb )


俺が呆れ顔で見ると、岩屋は拾った携帯のICチップを抜いてポケットから別のICチップを取り出して入れ替えた。

「何をしてる?」

「この携帯に掛けた全ての発信源が、俺の携帯を通じて本部に送られるシステムのICチップを入れたんだよ。」

岩屋はニンマリと笑って、そう答えた。

「お前…いつも、そんなもん持ち歩いてんのか?」

「まぁね。
色々な探りを入れるのが俺の仕事だからさ。」

「まさか、警視庁内の何処かに盗聴器でも仕掛け回ってんじゃねーだろうな?」

イヤミも含めた軽い冗談で言ったつもりだが、口角を上げて質問に答えない奴を見て、さながら冗談では済まないかも知れないと思った。

「こいつ…私にも追跡機を仕込んだんだ。」

零の冷たい視線に、岩屋はペロリと舌を出して戯ける。

「この、オタク野郎。」

「零ちゃん…高瀬さんが虐めるよぅ。」

「知るかっ!」

俺と零に突き放されて、落ち込んだフリをする岩屋を放って先に進む。

しばらく行った所で、銃声がした。

それは、その先にある組織犯罪対策部の一室から聞こえた。

組織犯罪対策部には多香子がいる。

「多香子…!」

俺は、銃を構えてその一室に飛び行った。

中には、武装した3人の男と、そいつらに拘束された対策部の連中がいた。

普段時に、銃の携帯所持を許されていない刑事達は丸腰同然だ。

武装した集団に立ち向かうのは不可能に近い。

角に追いやられて両手を縛られた連中の中に、多香子を見つける。

「武装解除して、そいつらを解放しろ!」

銃口を向けてテロリストに放つが、逆に3人の持つ銃が一斉に俺に向けられた。

「お兄さんは、刑事?
なんで、銃を携帯してんの?
ここにいる間は、上司に許可されないと持てないんじゃなかった?」

テロリストの1人が、舐め腐った口調で言う。

深く帽子を被っていて表情が見えないが、声からして10代〜20代のクソガキだと推測出来た。

















No.126 13/04/02 01:01
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

多香子…。

高瀬が、青ざめた顔してあの女の名前を呼んだ。

その横顔には、私なんて入ってなかった。

痛い…まだ、痛むこの胸が…

「ムカつく!」

「零ちゃん…?」

ドアの陰に隠れて、高瀬とテロリストらしき男達の攻防を見つめる。

男達の銃口が、高瀬に向かっていた。

慌てて、中に入ろうとする肩を、岩屋が押さえる。

『何で、止めんの!?』
私の言葉に出せない思いを、岩屋は真っ直ぐな視線で受け止める。

そして、小声で囁く。

「俺が行く。」

そう言って、岩屋は私の前を過ぎた。

私は唇を噛み締めた。

修也の時も、私は手足すら出せなくて高瀬達の役には立たなかった。

芽衣の時も…
捕らわれの時も…

ただ、傍観して誰も助ける事など出来なかった。

強くなりたい。

せめて今度は、大切な人を守りたい

もう…誰も失いたくない。





No.127 13/04/02 16:58
ゆい ( vYuRnb )

「あーあー、みんな物騒だなぁ。
とりあえず全員、銃を下ろして話し合いで解決しません?」

岩屋が両手を上げて、高瀬を取り囲む男達に言った。

「何言ってんの?おっさん。」

高瀬を挑発した男が、失笑しながら今度はその銃口を岩屋に向ける。

「おっさん…?」

「あれ?気に触った?
俺、あんたらみたいなイケメン気取ったおっさんが大嫌いなんだよ。
いかにも、“仕事出来ます。”みたいな顔してさ。」

男は、銃の先端を岩屋の頬にペタペタと軽く叩いて笑う。

「なるほどね…でもさ、それは君の偏見だよ。
俺は面倒な事が嫌いだし、仕事だって好きで頑張ってる訳じゃないんだ。
それに…俺は、仕事が出来る方じゃない。」

「へぇ〜、その割には仲間を助けようと飛び込んで来たじゃん。
刑事の正義感かな?」

「正義感?違うよ。
大体、そこのイケメン風なおっさんは俺の仲間じゃないし。」

顎でクイっと高瀬を指す。

高瀬は、岩屋の落ち着いた物腰に眉を潜めている。

「じゃぁ、何で助けに来た?」

男が尋ねると、岩屋は手を上げた状態で多香子を指さした。

「あの女…良い女だよね〜。
勇気を出して助けたら、ヤらせてくれないかと思って。」

「…最低。」

縛られた状態で、多香子は岩屋を睨んだ。

ほんと、最低野郎だ。

男は、そんな岩屋に爆笑していた。

「岩屋…てめぇ、ふざけんのも大概にしろよ?」

今度は高瀬が岩屋に銃口を向けた。

「なに…してんの?」

二つの銃口がそれぞれに高瀬と岩屋を差している。

メチャクチャな光景だ。

「オイオイ…仲間割れかよ。
ったく、日本の警官も地に堕ちたもんだな。」

男が皮肉な笑みを浮かべた瞬間、岩屋は身を翻して男の腕を掴んだ。

その男から暴発した弾が、高瀬をすり抜けて別の男の足に当たった。

その隙に、もう一人の男に高瀬が飛び掛かる。

そいつが発砲した弾が、高瀬の頬を掠めた。

全てが一瞬の出来事だった。

岩屋と高瀬の攻防撃は、溜め息が出るほどに俊敏で華麗だった。

二人であっという間に、テロリスト達を鎮圧すると、高瀬が私に手招きをした。

「零、こいつら縛り上げるのを手伝ってくれ。」

手渡されたガムテープを受け取ると、高瀬は拘束されてる仲間の刑事達の縄を解き回った。

私は、岩屋が取り押さえた男の手首足をガムテープでグルグル巻に縛る。

「日本の警察は優秀だって聞いた事あんだろ?」

うな垂れるテロリスト達に、岩屋が言う。

「そうやって、カッコつけられんのも今のうちだ…!」

睨みつける男の頬をペチペチと叩いて、岩屋はそいつの口をガムテープで塞いだ。

「カッコつけてんじゃなくてカッコ良いの!
イケメン気取りじゃなくて、イケメンなの!
分かる?
それから、『おっさん』じゃなくて『お兄さん』ね?」

…根に持つタイプなんだな。





No.128 13/04/03 02:17
ゆい ( vYuRnb )


そこまで自身過剰にいうなら、『仕事出来ますみたいな顔』じゃなくて正真正銘『仕事出来る』って言えば良いのに。

まぁ…それは、身を持って立証した訳だから別に良いのか。

3人を巻き上げて立ち上がると、高瀬が多香子のロープを解いているのが目に入った。

手首を痛めた多香子の手を取って、傷の具合を見る高瀬の瞳は優しかった。

見たくないのに視線を反らせない私は、いやらしい…。

岩屋は、他の刑事達の具合を見ている。

あの輪の中には入れない自分。

また、高瀬と岩屋に距離を感じていた。

あの人達は仲間だが、私は違う。

そんな捻くれた疎外感を抱く私は腑抜けだ。

そんなだから、糸も容易く隙を突かれるんだ。

「零ちゃん、つーかーまーえた。」

忍び込んだ新たな敵に、後ろを取られた。

「「零っ!!」」

高瀬達が私の異変に気付いた時には、武装した男に身柄を取られた後だった。

片手で羽交い締めされ、後頭部には硬いあの感触。

何度、こうして銃口を突き付けられたか分からない。

ある意味、慣れたよ。

それより…

「…何で私の名前を知ってんの?」

嫌な予感がした。

修也の一件は終わったんじゃなかったの?
まさか…まだ、事件は終わってないの?

「あんたが“零ちゃん”なんだろ?
オレらのリーダーが、あんたの事を言ってたからさ。」

リーダー?

「リーダーって、修也の事?」

「修也さんは神様だよ。
リーダーは、修也さんの従順な片腕さ。」

「どういう意味?
修也は死んだの。
それに一連した計画もなくなった…あんた達の目的は何?」

その男は、今までのクソガキめいたテロリスト達とは違う雰囲気を発していた。

表情なんて見えないが、何だろう…全身から漂う空気が冷たくて怖い。

修也が、時折り見せた冷酷なあの雰囲気に似ている。

「目的ねぇ…。
なんだろ?それはリーダーにしか分からないんじゃない?
オレ達は、単にその祭りに乗っかてるだけだからさ。」

つまり…こいつらは、単にゲーム感覚で爆破したり武装して人を拘束しているだけなのか?

「その娘を放せっ!」

高瀬が銃を構える。

パンッー…!!

銃声の後で、さっき拘束した男の一人が悲鳴を上げた。

「貴様っ!!」

「オレを挑発しないでよ…刑事さん。
じゃないと、今度は零ちゃんを撃つよ?」

撃たれた男の肩から、血が流れる。

こいつは、なんの迷いもなく人を撃つ。




No.129 13/04/03 02:57
ゆい ( vYuRnb )


「ダメだ、高瀬…。
あいつの銃口の向きと指の動き…それから標的を定める視線は精確だ。
下手に挑発しようもんなら、本気で零を撃つぞ…!」

「へぇ〜、あんな一瞬でオレの事を見分けちゃうのスゴイね。」

岩屋の本気の目…久しぶりに見た。
あんたのその目、逆に恐いんだけど…。

どうやら、高瀬と岩屋は手出しが出来ないみたい。

私が、人質に捕られたからだ。

自分の失態は、自分で何とかしないとダメだ。

「さて、零ちゃん…ご対面しようか。」

男は、銃口を突き付けながら私の前へと回り込んだ。

深く被った帽子から、半分だけ瞳が覗く。

「あれ?ホントに美少女だ。
さすが、修也さんが入れ込んだだけの顔してんね。
リーダーが話を盛ってるだけかと思ったけど…期待以上だよ。」

「何の話し?」

「リーダーが、あんたの事を飛び切り可愛いって言ってたんだよ。
痛ぶるには、S心を掻き立てられて最高だって。」

私を知ってる奴がリーダー?
そいつは、私に会った事が?

「なぁ、そこの2人の刑事さんって零ちゃんに惚れてんの?」

小馬鹿にする訳でもないような飄々とした質問だ。

こんなKYな奴、きっと社会でも上手く行かなくてテロリストに成り下がったに違いない。

「そんな事…お前に関係なっ「惚れてるよ。」

高瀬にかぶせて岩屋が言った。

「因みに、強がってる横のコイツも惚れてるよ。」

これまた飄々と、隣の高瀬を指差して岩屋は続けた。

そんな岩屋の手を、高瀬がブチ切れながら叩き落とした。

「痛いよぅ…ホントの事言って何が悪いんだよぅ…。」

「黙ってろ、バカっ!」

岩屋も元祖KY男だからな…。

岩屋は警察に入って良かったかも…一歩間違えたら、テロリスト側になってもおかしくない気質だ。










No.130 13/04/04 02:17
ゆい ( vYuRnb )


「モテモテだね、零ちゃん。」

帽子から半分だけ覗いた顔でも、こいつが正端な顔立ちとだ言う事が分かる。

頭の回転も、あの正確な射撃術からも、身体能力が高いと分かった。

それに、岩屋の言う様に冷酷な人間だと言う事も…。

厄介な奴に捕まったもんだ。

「愛する人が、目の前で奪われたらどう思うんだろうね。」

男の口角があがると、こいつは私の頭を掴み上げて無理矢理自分の唇に私の唇を合わせた。

「んーーっ!!」

もがくと、額に当てられた銃から弾の回転音が聞こえた。

“大人しくしろ”

そういう事なのだろう…。

「この野郎…っ!」

高瀬が銃をこいつに向け直した時、こいつは引き金を弾いて私に向かって発砲した。

弾は、顔面スレスレの壁に埋め込まれた。

「言っただろ?
下手な真似をすると、零ちゃんを撃つって…今度はこの綺麗な顔に撃ち込んじゃうからね?」

「あの野郎…さっきから、気安く俺の零を呼びやがって…!」

『俺の…』って、いつから私は岩屋のものになったんだよ。

「聞いた?
あの色男さん、零ちゃんにベタ惚れみたいだね。」

「それなら…」

男は薄っすらと妖しげな笑みを浮かべると、銃のグリップ部分で私の顔を殴った。

その衝撃で、壁沿いに倒れる。

激痛と、血の味が口に広がった。

「「零っ!!」」

高瀬と岩屋の声が微かに聞こえた。

ヤバイ…頭が朦朧としている。

「あれ〜、まだ意識がある?
意外と、メンタル強い方なのかな?」

男の顔がぼやける。

「オレはさ…人の痛みが分からないんだよね。
よく、『人の痛みを知りなさい』って、学校の先生や親が言うだろ?
だけど、オレには分からないんだ。
どうしたら、それが分かるのか…。」

「なに…言ってんだよ…」

男が、私の上に跨る。

「だから、どうすれば人が傷付くのか見たいんだ。
ねぇ?手も足も出せないまま、愛おしい人が犯されていくのを見るのはどんな気分なんだろうね…?
愛する人の前で、犯されるのはどんな気分なのかな?」

「やめ…ろ!」

シャツに、奴の手が伸びた…。

やめて…二人の目の前で…
多香子の私を哀れむ瞳の前で…

惨めに、あんたなんかに弄ばれたくない。

男が掴んだシャツを片手で乱暴に引き裂く。

「やめてぇ…っ!!」

ブチブチと、ボタンが弾ける音と、自分でも驚く程に女っぽい悲鳴が響いた。














No.131 13/04/10 00:58
ゆい ( vYuRnb )


「やめて…っ」

引き裂かれたシャツの胸元に男の顔が埋まる。

「いいね、その顔…ゾクゾクするよ。」

肌を吸われる唇の生温かい感触。

こんな奴に、身体を蝕われるのはゴメンだ。

顔を横に背けると、目の前には銃口の丸い穴が飛び込んだ。

黒い鉛のトンネルみたいな入り口。

何とかしないと…。

壁に手を伸ばす。

『壁を蹴り上げて、その反動を利用すれば高く遠くにも飛べるんだ。』

ふいに、マウスの言葉が脳裏に浮かんだ。

パルクール。

マウスが得意としていた移動手段のパフォーマンス。

『マウス、あんた凄いよ!
何でそんな事が出来るの!?』

彼の見惚れる程の技術に、興奮して見ていた。

『岩屋君に教えてもらったんだけど、いつの間にか僕の方が上手くなってた。
身体が小さいし軽いから上達したんだと思う。』

一瞬でも壁を横走りしたり、縦に蹴り上げて人の後ろに回り込むなんてお手のもの。

『ゼロも一緒にやろうよ!』

パーカーから覗いた白い歯…表情や感情を表に出さない彼が、心から笑った日だった。

それから、色々な手解きを受けながら二人で夢中になって練習した。

人との距離を置いていた私に、友達と呼べる相手が出来た。

この、白くて硬いコンクリートに自身を託せるかも知れない。

『ゼロなら必ず飛べるよ。』

そこに、マウスの満面の笑みが浮かぶ。

私は身体をよじりながら、男の気を引く方法を考えた。









No.132 13/04/10 01:54
ゆい ( vYuRnb )


何でもいい…。
男の隙を作る何か…。

「そんなに攀じるほど、首筋が感じるの?」

皮肉に笑う歪んだ男の口元。

「あんた…人の痛みが分からないって言ったよね?」

「あぁ、言ったよ?それが?」

ある方法を思いついた。

「私にも分からなかったよ。
世の中の正しい事も…それこそ、何が本当に正しいのかさえ分からずに。
それを分かった風に言って、正そうとする奴なんか皆…偽善者だと思ってた。」

「ふぅん…で?」

男が顔を上げて、私を見る。

少しだけ、興味を持ったって事か?

「人に嫌われて拒絶されるより、人を嫌って拒絶する方が楽だと思ってた。
人の痛みなんて関係ない、考えた事もなかった。
それに比べて、あんたはちゃんと人の痛みを知ってるよ。」

「はぁ?」

人をバカにする様に笑みを浮かべた男の胸ぐらを掴んで引っ張る。

「あんたは、どうすれば人が傷付くのかを知った上で、それを見て快感を得る変態なんでしょう?」

男の耳元で、そう囁いて笑った。

「お前…っ!」

目と目が合うと、男は悔しそうに顔を歪ませて銃を持つ腕を上げた。

馬乗りになってた身体が軽く浮く。

今だ!!

隙をついて腰を浮かせると、男はバランスを崩して身体を右によろけさせた。

そのチャンスを逃さない。

空中に浮いた銃を持つ腕を取って、今度は私が男の上に跨る。

「このアマっ!」

男の力の前では、女の私は非力だ。

この腕を長い間、押さえ付けるのは無理。

「岩屋、高瀬っ…早く!
早く銃を…っ!」

だが、男は攻防しながらトリガーを引くから散乱した銃弾が四方に飛んで高瀬達が近寄れない。

「くそっ!」

「くっ…」

早く…力量に負ける…っ。

腕の力が抜けて行く…!

苦痛を浮かべると、男は私を押し退けて下から腹を蹴ってきた。

痛みが走り、激しくむせ込んだ。

「この女…オレをなめやがって!」

男はゆっくりと立ち上がり、正面に銃を構える。









No.133 13/05/13 09:36
ゆい ( vYuRnb )

不思議と、この男に向けられた銃に恐怖はなかった。

何度と、その鉛に嚇かされたか分からないけど、心の底から恐怖心を抱いたのは修也の向けたソレだけだと思い知る。

答えは簡単だ。

私を殺そうと本気で思っていたのは、他の誰でもない…修也だけだった。

だから、こんなゲームの延長戦でしかない単なるお遊びにビビる訳がない。

「ふ…っ!」

不意に吹きだした私に、男の肩がピクリと上がる。

「何が可笑しいんだよ。」

低く、ドスの効いた声だ。

「あんたってさ、学芸会でも主役になった事もなければ、運動会のリレーでヒーローになった事もないでしょ?
誰かに賞賛された経験なんて無いんだろ?」

クスクスと笑い声をふくんで、人差し指の腹を男に向けた。

グリップを握った手が震えて、カチッとロック解除の音が聞こえた。

図星なのだ。

「あんた達(テロリスト)は、そういう賞賛を浴びるヒーローの陰で燻る劣等生なんだよ。
悔しかったんでしょ?
いつか、自分もその賞賛の渦にのまれてみたい。そう、考えたのが、このふざけた茶番だ?」

「ふざけた茶番だと…?」

怒りに満ちた男の身体が、静かに震える。

私は、次期に放たれる弾に備えて、身を小さく竦めた。





No.134 13/05/13 22:42
ゆい ( vYuRnb )

口の中に溜まる血を吐き出して、袖で口元を拭う。

修也から受けた2発目の傷口が痛んだ。

わき腹に手を当てると、シャツから血が滲み出ていた。

どうやら、蹴られた時に傷口が開いてしまったようだ。

「…貴重な血なのに。」

看護士が教えてくれた。今、私の身体に巡る血液は、殆んどが高瀬と岩屋から提供された血なのだと。

それを無駄に流す事など許されない。

さっき見た、拳銃のシリンダーは6個…つまり、装弾数は6発。

こいつは、既に5発を発砲してる…私の予想通りなら、残された弾はあと一発。

もちろん、弾の予備が無ければの話だ。

「どぉした、子猫ちゃん。
そんなに、縮こまっちまって…さっきまでの威勢はどこに行っちゃったの?」

あと一発…!それだけ上手く躱せれば…

「なぜ、修也はアンタらの神様なんだよ…?」

質問を投げかけながら、ゆっくりと壁に寄りかかる。

男は、噛み締めていた唇の力を抜いて、口角を上げながら白い歯を見せた。

「初めてあの人を見たのは、19インチの小さな画面だった。
とあるホームページには、修也さんの勇姿を讃えた行いが記されてた。」

男は、少し興奮気味に饒舌に語り始めた。

「オレは、修也さんこそが正義だと讃えるホームページ上の仲間達と一緒に、リーダーが祭り上げた神輿を担いだだけだ。
本当は、仲間なんて必要ないし、リーダーなんてオレには不要だ。」

「じゃぁ…なぜ、あんたは他の奴と一緒になってこんな事をしているの?」

「修也さんをリスペクトしているのは、本心だから。
あの人を神と掲げる忠誠心は、誰にも負けない。
だから、勝手に彼の右腕と自称して組織のリーダーを名乗るアイツに思い知らせてやりたくて。」

にじり寄る私を、男が持つ銃口が追ってくる。

全身から、冷ややかな汗が吹き出してきた。

その台詞の後が読める。

「修也さんが殺れなかったお前を、リーダーではなく、オレの手で殺ってやる…!」


それは、先程までは感じなかった確かな殺意。











No.135 13/06/15 09:38
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

男は舌先で銃口を舐め上げて、その入り口を零に向ける。

この男が放った、幾つもの弾丸が零を掠めた。

これ以上は我慢がならないと震える右手。

「おい…っ、岩屋っ!」

気付けば、自然と足が前へと進んでいた。

「岩屋…っ‼」

先に、『下手に動いて相手を刺激するな』と忠告していたのは俺なのに…。

制止するかの様に俺の名前を呼ぶ高瀬を無視して、一歩、また一歩と歩みを進める。

その速度は勢いを増して、男との距離を縮めた。

「く…っ、来るな!」

いきなり詰められた男は瞳を大きく見開いた。

「邪魔をするなっ!」

動揺した男は咄嗟に迫り来る俺へと銃口を向ける。

「岩屋…っ!」

零の叫び声を横目に受けると、床を滑る様にスライディングしながら銃を男の脚を目掛けて発砲した。

乾いた発砲音が2発…ほぼ同時に響き渡った。

「うわぁぁぁ…っ‼」

勢いが余って壁に衝突しつつも、倒れ悶える男に目をやる。

男は、撃たれた脚を抱え込む様にして床をゴロゴロと回っていた。

「大丈夫か…?零…」

寝転びなから、零を見上げる。

「バカ…っ!あんたって…本当に、無茶ばっかり…」

目を真っ赤にして、俺を睨みつけるその眼差しが愛おしく思えた。

「岩屋、てめぇ…よくもこの場(警視庁)で発砲しやがったな。」

男を縛り上げながら、高瀬が静かな怒りを見せた。

どんな処分が下されるか…。
鮮血に汚された白いタイルに目をやりながら、俺は苦笑いを浮かべた。

「高瀬さん、どうしよう。
僕…クビになっちゃうかも。」

「一生やってろ!バーカ。」

呆れ顔で差し伸べられた手を取って立ち上がる。

高瀬は俺の肩に着いた埃を払ってニヤリと笑みを浮かべ、言った。

「さぁ、黒幕の所へ行こうか。」


No.136 13/07/26 00:48
ゆい ( vYuRnb )


黒く鋭い瞳に、微かな哀しみが浮かぶ。
その笑みは高瀬の諦めにも似たような覚悟を隠した失笑な様なものか…。

「行こう…」

俺には、その心情など解りはしない。
きっと、どんなに想像力を働かせようとも解からない。

解りたくもない。

『大丈夫か?』

そう…続けようとした言葉は、『愚問』だと口を噤んだ。

前をすり抜けた高瀬の横顔は、今まで見た中でも一番カッコ良い。

癪に触るほどに。

零の頭をクシャリと一撫でする、いつもの愛情表現ですら今回ばかりは許してしまいそうだ…。

俺は、2人の背中の少し後ろを歩く。

きっと、こうしてこの2人の並んだ姿を見るのは最後になる様な気がしていた。

高瀬は…この事件が終われば、まるで糸の切れた凧の様に自由になる。

それは、目的を無くした不自由にも似た自由だ。

そんな奴の間近に迫る不安定な未来を心配する程に、俺は『高瀬 亮』という冷徹で無鉄砲な男に魅せられてしまったのだろう。

同僚…?同志…?

いや………

どうせなら、友達と呼びたい。

初めてそんなむず痒い呼び名の関係性を望んだ。

No.137 13/07/26 01:31
ゆい ( vYuRnb )


『友達。』

それは、何時だって無意味な属性。

捻くれた俺の頭の片隅には、塵同然のそんな言葉が長い事明らかな存在感を放って居座っていた。

ガキの頃から、同い年のヤツらとは何かが違うと思っていた。

砂場で砂を集めて固めただけの山を作り、喜ぶそいつらを理解出来ない。

掘って掻き出された土の層によって変わる砂の状態を把握し、水の分量を微妙に調整すれば立体的な城を作れる。

俺の世界では当たり前の常識は、群れた世の中の当たり前の常識とは遠く掛け離れていた。

それは、幼稚園の頃から薄々気付き始め小学校に上がった時に確信した。

周りと話しが合わない。

同級生を見下していた訳じゃない。

むしろ、俺が異常なんだと思っていた。

担任も、『日本にも飛び級制度があれば良いのにな!』と笑って言った。

それは、授業の解説の間違いを指摘した俺に向けられた皮肉だった。

人は、口元を大きく開けて笑っていようとも目だけは嘘を付けないものだ。

冷たく乾いた瞳の恐ろしさに、俺は、また自分を隠す。

小学校6年までの3年間を上手く計算して、どの教科も平均より少し悪い成績を取る事に徹底した。

ワザとらしくないように…
バレないように…

細心の注意を払う。

それでも、それを中学・高校・大学(?)と続けて行く事を考えると急にバカらしくなって投げ出した。

世間一般から離れた自分なら、そこに居る必要はない。

俺は俺の世界で、俺の常識の世界で生きればいい…。

そこは、5畳にも満たない狭いドアの内側。

中学1年の5月…

仲間や友達とは無縁の遠い、独りの世界が俺の全てになった。



No.138 13/07/26 02:13
ゆい ( vYuRnb )

さて、小さな世界の国の王様になった俺は数式學にハマった。

文語や暗号ですら数式化で表す事が出来る。
色の付いていない複雑なパズルよりも難解で面白い。

昼夜を問わない生活だが、確かな事があった。

プログラミングをしたりネットチェスで世界王者と対戦したりする時、きちんと早寝早起きした時の方が調子が良いという事。

夜は10時には寝て、朝は6時に起きる…引きこもりにあるまじき規則正しい生活だ。

困ったことは、一定量の糖分を取らないと集中力が欠落してしまう事。

その量は年々増えた。

糖分摂取の一日の最低平均量が150gだとすれば、俺は軽くその10倍は取らないと駄目になった。

PCは俺のマストアイテムだが、一般販売のspecでは足りなくなった。

改造に改造を重ね、独自に開発したプログラムも入れて、FBIやCIAのデーターにも軽々と入れるまでになった。

侵入経路をブロックしながらハッキングする技術を持っているのは、おそらく地球上では俺1人だけだ。

高揚しながら優越感に浸り、込み上げてくる笑いを抑えたが、ふっと…次の瞬間には頬に涙が伝った。

『何処にいても、結局、俺は独りなんだ…』

俺は本当は天才でもなんでもない。

ドアの向こうから毎日、姉が縋る様に俺の名前を呼ぶ。

「聖二…」

お願いだから、部屋から出て来て。
もっとたくさんの話をしよう。
家族だけで良いから、楽しい会話をしようよ。

確かな温かい愛情が其処にあったのに、それに気付かないでいた俺は…救いようのないバカだった。

「外に出れば、いつかは聖二にも友達が出来るよ。」

ドアの向こうには姉ちゃんの背中がある。

なぜか穏やかな口調に、その日はドア越しに背中を付け合ってその声を聞いた。

「大丈夫よ、聖二。
貴方には、もっと広くて美しい世界が似合うのだから。」

そう言った姉ちゃんの優しい声は今でもずっと俺の耳に残っている。

それが、最後に聞いた姉ちゃんの声だからだ…。




No.139 13/08/12 22:49
ゆい ( vYuRnb )


姉ちゃんが行方不明になり、両親が必死にその消息を捜す中でも俺はあいかわらず部屋から出る事はなかった。

もちろん、真っ当に相手にしてもらえない警察に両親と行って抗議したい気持ちも大きくあった。

しかし、創り上げた世界の外には無数の得体のしれないモンスター達がウヨウヨといる様な気がして恐ろしかった。

部屋のドアノブに手をかけるだけで、鼓動が爆発しそうなくらいにドキドキと波打つ。

いつの間に、こんなにも臆病になったのか…。

ドアノブから離した拳を握りしめて、パソコンに振り返る。

グッと力をいれてキーボードを打ち込む。

違法だと分かっていた。

それでも、俺が出来る唯一の事はそれしかなかった。

警察の機密機関への侵入。

捜査一課だけじゃない。
上層部や、公安内部へも侵入して一連の捜査資料を入手した。

そこで、俺は別のハッカー(侵入者)を見つけた。

そいつは、俺の仕掛けたトラップに気付いて動きを止める。

「誰だ…」

この微妙な回線経路のトラップを見破った?

見えないコンピューター回路の中で、向き合う様に俺たちは睨み合っていた。

一歩でも近寄れば、警察のServerからお前のハッキングが察知される。

相手も、その事を知っているみたいにピタリと動かない。

『お前は…誰だ?』

数式化した暗号で言葉を送る。

同じ様に、向こうからも返事が返ってきた。

『ぼくは、S。君は誰?』

ぼく…?男か?
いや、そうとも限らないか。

『俺も、Sだよ。』

相手のタイピングの速さと、華麗に暗号化を解く鋭さに圧倒される。

過信していた。

俺以外にも…いや、俺以上に頭のキレるヤツがいる。

その相手が目の前にいる。
指を通して、語りかけてくる。

『ここは、君に譲るよS君。』

そのメッセージを残して、ヤツはプツリと回路を遮断して消えた。

額からは大量の汗が噴き出していた。

指先が震える。

力量の差が…度量の差が…

恐らく、事件のカギを握るそいつが俺よりも遥かに突起した人間であると一瞬にして思い知らされた。







No.140 13/08/14 01:34
ゆい ( vYuRnb )

入手した資料に、姉ちゃんの事は載ってなかった。

連続婦女暴行殺人事件も警察は手こずっていたみたいだ。

その情報は、連日流れるニュースの内容と同じで進展がない。

苛立ちを募らせる警察内部状況から、俺はあのハッカーを思い出していた。

あいつなら、確かな証拠も残さずに殺人を犯す事なんて簡単なのかも知れない。

自分の犯した罪の捜査がどの程度進んでいるのかが気になってハッキングをしていたとしたら?

あいつ…Sと名乗った、あいつが犯人?

ただの興味本意で危険な綱渡りをする凡人も天才もそうはいない。

俺は、確かな確信を持っていた。

直感、とでも言えようか…あいつは俺を知っている。

第三者を通して、少なからず俺の状況を知っている。

その第三者が、姉ちゃんだと…。

不安を抱えた時、人は物事を悪い方向に考える。

だが、大抵の場合はその考えの通りに物事は運ばれていく。

「くっそ…っ!」

何とかして、あいつが辿ってきた回線を探そうとしたが、既に形跡の跡形も消し去って復元も出来ない様になっていた。

俺に出来る事は尽くされてしまった…。

『聖二、外に出て。
貴方にもいつかは友達が出来るわ…同世代の親友だって作れるのよ?』

「姉ちゃん…っ」

震える声でポツリと呟いて床を殴り付けた。

何度も、何度も…。

姉ちゃんの笑顔が浮かぶ度に、自分の非力を嘆く。

血のにじんだフローリング。
流れる涙。

俺の情けない嗚咽…。

何が許せないって。

こうして姉の死を確信してしまっている薄情な弟である事が…希望を持って諦めないという考えのなさが…何よりも許せなかった。



No.141 13/09/01 01:48
ゆい ( vYuRnb )


部屋中の物を破壊して、漆黒の闇に包まれた真夜中。

俺は、小学生の頃に取った空手の全国大会優勝トロフィーを手に握ってパソコンの前に立ち尽くしていた。

ブルーライトに照らされたそれを割りたい。

この空虚な箱の中身を空洞にしたい。

画面を目掛けて思いっきり腕を振り上げた時、ブルーだったそれが黒くなり、一瞬の間に無数の数式が並び始めた。

虚ろな俺の目に、目まぐるしい速さの英数字が画面一体を支配する。

「…なん…だ?」

まるで追えない。

パソコンがバグったのかと思った。

それくらいメチャクチャで意味不明な暗号だった。

いや、なぜ素直にバグったのだと思えないのか…。

俺は、「ふっ…」と笑ってトロフィーを床に落とした。

そして、食ういる様に画面を見つめた。

「あのやろう…。」

人並み外れた計算式で打ち込んでくる“あいつ”の挑戦状を、俺は持てる最大の頭脳で応戦する。




No.142 13/09/10 18:29
ゆい ( vYuRnb )


三日三晩寝る間を惜しんで解いた暗号には、と在る倉庫街の住所が記されていた。

“僕を見つけて…S”

最後の暗号を文字に変換した後で、俺は痙攣した指先に残りの力を込めて、その住所を警察のServerに転送した。

パチッ…とキーを押した感覚を感じてから、暗闇に堕ちるように意識を失った…。

目が覚めたのは、修也が逮捕されてから2日後の事だった。

点滴の滴がゆっくりと落ちるのを見ながら、テレビの声を聞いていた。

どのチャンネルに合わせても同じニュースで頭が痛くなる。

『被害者』と名前を変えられた姉ちゃんは、悲惨な女子大生として全国に紹介されていた。

病室の窓から見える青空は美しい程に澄んでいる。

手を翳してその光を遮ると、手のひらが赤く透けるんだ。

血が全身に通っていると証明されているのに、心は冷たく冷え切っている。

無機質な俺は、そこから更に氷河の氷に浸された冷たさに身を置く事になった。

その氷を溶かして、燃える様な熱に侵される事などは生涯を賭けてもないと…そう、思っていた。

零…お前と出逢うまでは…。

そして、何よりも…

俺の眠れる導火線に火を付けた、この男…高瀬 亮との出逢いが分厚い氷の板を壊したんだ。

No.143 13/09/10 19:02
ゆい ( vYuRnb )


この事件から、俺の進む道の先には必ず高瀬がいた。

大事な人を失った哀しみや憎しみを、増分に修也に向けられる高瀬が羨ましかった。

正しい事を正しいと紛れもない強さで言える高瀬が羨ましかった。

修也の気持ちなど理解出来ないと真っ向から否定できる正義感が羨ましかった。

俺は…悔しいが、修也の気持ちが理解出来ていたから。

俺も言わば、犯罪者の端くれだったから。
俺の正義は何時だって“必要悪”だった。

修也の遺体と向き合ったとき、初めて二人で会話した時の事を思い出した。

鉄格子越しに、あいつの顔を見た。
穏やかな笑みを浮かべて、あいつは俺に謝罪の言葉を口にした。

修也は、裁判の際にも一切の謝罪を口にしていない。

「なぜ、俺に謝罪する?」

スーツのポケットからタバコを取り出して口に咥える。

「僕が謝らなければならないのは、君だけだから。
真里…彼女を手に掛けた時にだけ、罪悪感が生まれたんだ。
ホンの少しだけど…僕は、確かに彼女にすまないという気持ちがあった。
だから……」

すぅー…っと、煙を吐いて修也を身下ろす。

「直接、俺にだけ謝罪するつもりでいたのか?」

問いただすと、修也はコクリと頷く。
余りにも幼い仕草で。

「お前だけが悪いとは思ってねぇよ。」

ため息を尽きながら、タバコを落として踏み潰す。

「君は…真里と同じ事を言うんだね、聖二君。」

「は?」

「君たちはよく似た姉弟だね…羨ましいよ。
僕には、本当の兄妹もいないし、友達だっていない。
ずっと孤独だった。

君が、僕を探してくれた唯一の人だったんだよ…“S”。」

その妖しく光る無機質な瞳に、同じニオイをこいつに感じた。


No.144 13/10/02 02:12
ゆい ( vYuRnb )


修也を診た精神科医の鑑定書をグシャリと握り潰しながら、俺は修也に向けて微笑んだ。

「お前の本当のIQは幾つだ?」

この当てにもならない騙されまくった嘘だらけの鑑定書に、なんの意味も持たない。

「…今更、最高裁の判定を覆す事なんて出来るの?
僕は逃げるよ。
君が、どんなに僕を裁こうとしても僕は逃げ切る。」

「勘違いすんなよ。
俺は、お前自身に興味があんだ。
俺の本当のIQは推定でも230…世界水準でも1位か2位だ。
だが、お前はさらに上なんだろ?」

この数字が表ざたにでもなれば大変な目に合うという事は容易に想像出来る。

天才が、凡人のフリをするのは思う以上に大変なんだ。

溢れる好奇心が、己の欲求を満たすまで暴れる。
脳をフル活動していないと、呼吸が出来ないのと同じように苦しくなる。

そんな毎日に恐怖し、人の目を気にしながら生きて行かなければならない息苦しさを俺もお前も嫌というほどに味わってきた。

社会と溶け込むんじゃなく、上手く誤魔化して同化しなければ俺たちは迫害される。

見てはいけないものや知り得てはいけぬ物があるのなら、最初から頭の中を空洞にし、目は眼球を抜いた状態で産まれてくれば良かったんだとさえ思った。

「僕はね、学校のテストじゃ50点そこそこしか採れた事がないんだ。
毎回さ、“こんなもんか”ってな具合で平均より少し悪い点をとるように調整してね。
悪目立ちしない努力は何より大変で…点数配分の調整じゃなくてさ、間違えた答えを書くストレスを必死で隠すのが何よりも大変だった。」

修也の言葉に、学生服の袖口が脳裏に浮かんだ。

そこから伸びた震える手首を必死で反対の手で押さえた。

「その精神鑑定のIQテストもそうだった。
普通より少し低い数字を考えながら、僕は禁断症状に似た全身の震えを抑えたよ。
聖二くん…僕はバケモノなんだよ。
たぶん、君が想像するよりもずっと…ね。」

冷ややかな眼差しに、背中がゾクリとした。

俺は、本当にバケモノを目の前にしているに違いない。
修也は、己の測定値にすら測れぬほどの知能をもった人間なのだ。

人間…?

人の形をした、バケモノと言った方が正しい。

「ほんと…僕みたいなのは産まれてきちゃダメだったんだよね。
存在自体が罪…神様が言った事は正しいよ。
さぁ…君は、どうやって僕を裁くの?
君は天才だけど、まだ人間だろ?
僕は…そんなレベルじゃないんだよ?」

同類ではない。

修也に抱いた儚い想いは、その歪んだ口元から否定された。

それは、修也の本心だったのか…
それとも、微かに湧いた友情を打ち砕く為の小芝居だったのか…。

それを知る術はもう、ない…。



No.145 13/10/04 17:18
ゆい ( vYuRnb )


閉じた瞳に、何を語ろうか。

修也の遺体を見下ろして、言葉を探す。

「普通に出会っていたら…あの日、公園で砂場遊びをしたのがお前だったなら、俺たちは“友達”になれたのかもな…。」

風を通さない遺体保管室のはずなのに、修也の髪が少しだけそよいだ気がした。

“そんな「もしも…」なんてあり得ないよ”

あの柔らかな笑みでお前は、そう言うんだろうな。

散々思った「もしも」が現実になれば、お前は切に願ったはずなんだ。

「もしも、芽衣と普通に出逢っていれば…」と…。

「修也、俺はお前が憎いよ。
姉ちゃんを殺して、その未来を奪った。
家族さえ奪った、お前が憎い。
だけどな、同じくらいにお前に感謝もしてる…零に出逢ったから。
お前が、零を生み出してくれた。
なぁ、修也……」

そっと、修也に触れよとした瞬間、背後から人の気配がした。

振り向かなくても分かる。
この重たい空気感。

「…俺に、零をくれないか?」

修也に向けて言った言葉に反応したのは背後の男だ。

だから、俺はもう一度だけ同じ台詞を吐く。

「俺が零をもらっても良いんだろ?」

今度は身体を反対に向けて、そいつを見た。

「零は物じゃねぇぞ。
それに、あいつはまだ…」

“まだ…”なんだ?

瞳を震わせながら視線を逸らしてんじゃねぇよ。

お前が同情するほど、俺はヤワじゃないし、自信がないわけでもない。

零を手中にしようなんて純情な男でもない。

これは、修也とお前に対する宣戦布告だ。

零の気持ちなんて分かってる。
もちろん、お前の気持ちもだ。

だから、言ってやる。

お前から…
お前たちから…

「零を奪ってやる。」

今度は離さない。
二度と返してやる気もない。

零が俺と生きる事を望まなくても、例え高瀬と行き歩んで生きてく事を望もうとも。

そんなのクソ喰らえだ。

己の欲望のままにしたいと願って何が悪い。

俺に罪があるとすれば…それは、零への気持ちだ。

愛は形のないもの。
そして、儚いもの。

実体がないものを求めて守り、破壊もする。

永遠に生きている限り、追い求め…
そして、彷徨う。

俺たちが犯した罪の正体…それは…ー


No.146 13/10/04 18:04
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

零の細い手首を取って階段を駆け上がる。

息を切らしながら、横腹を押さえた手からは血が滲んでいた。

「大丈夫か?」

問いかけると微かな笑みを浮かべて、零は頷いてみせる。

“零を奪ってやる。”

数日前に岩屋が言ったセリフだ。

バカだと思った。

何をこのバカは勘違いしてんのか…。

俺は、零が好きだ。

だが、それ以上に俺は芽衣が好きなんだ。

零と出逢って、零に惹かれて欲しいと願った。

それと同時に、どうしたって拭えない罪悪感があった。

芽衣に対して…。

俺が、もっと精神的に大人だったら芽衣をあんな風に傷付けずにすんだのに。

芽衣と向き合って、その孤独を受け入れてあげられたらお前を失わないですんだのに…。

そんなどうしようもない後悔の念に囚われて仕方ない。

俺にとって零と生きて行く事は、芽衣と共存していくって事だ。

そんなの、芽衣にとっても零にとっても失礼な事だ。

何より、もう芽衣を裏切りたくない。

零は芽衣とは違う。

だが、俺はそんな零から微かでも芽衣の面影を探してしまうんだ。

それはもう、零を愛してるって事にはならないだろう….。

それに……

あの日、零が俺の腕の中で倒れた時…

零は確かに最後の力でお前の名前を呼んでた。

それは、言い慣れた上の名前ではなく…

温もりを求める様な優しい声で放ったお前の名前だ。

「零…」

俺は、その手を離して突き放す様に零の身体を岩屋に預けた。

「おっと…っ!」と間抜けな声をあげて下にいた岩屋が慌てて零を抱きとめる。

零はキョトンとしながら俺を見上げていた。

「ここから先は、俺一人で行かせてくれ。
しばらくして戻らなかったら援軍を呼んで突入しろ。」

「高瀬…?」

不安そうに眉を顰める零に、俺は笑ってみせる。

「零、姉さんよりも沢山の歳を重ねろ。
ばぁさんになって、澤田を見返せ。
お前は、意図的に造られた人間じゃない…生まれるべきして生を受けた立派な人間だ。
お前は、お前の人生を生きろ…!」

じわじわと瞳に涙を浮かべて零が小さな口を震わせる。

泣くなよ?

「高瀬っ!待って…!」

泣くなよ、零。

お前はこれからは笑って生きろ。

「じゃぁな!」

「高瀬っ‼」

零…またな。

この先のドアを開けたら、俺は芽衣との約束を果たさなきゃならない。

澤田に奪われた真実の全てを…。






No.147 13/10/05 03:21
ゆい ( vYuRnb )

ドアを開いた光の先には犯人がいる。

「銃を下ろせ。」

同じ様に銃を向ける相手に放つ。

男は、黒いパーカーのフードを頭から深く被っていた。

そのパーカーは零やマウスが着ていた物と同じデザインだった。

ずっと忘れていたが、それはいつか見たソレと一緒のやつだ。

あれは…遠い過去の微かな記憶だった。

いつだったか、芽衣が馴染みのない渋谷に降り立った日があった。

あいつは、いつになく意固地で明らかに挙動不審な動きをしていた。

109の交差点で不機嫌な芽衣を宥めながら、俺は先の信号で不審な男の影を見たんだ。

その男は、あの黒いパーカーを着てフードで顔を隠していた。

動かずに、俺たちの方向をジッと見つめていた。

死神の様に暗い影が、まるで周りと同化する事もなく異様な空気を放っていた。

そうだ…奴は、芽衣を迎えに来た死神だった。

気味の悪いそいつに、芽衣を渡すものかと瞬時に思ったのを…あの時の味の悪さを思い出した。

「今度はお前が死神かよ。」

俺は苦笑いを浮かべて奴を睨みつけた。

『リョウクン、レイヲボク二カエシテヨ。』

ボイスチェンジャーで変えられた機械的な声に、堪らなく吹き出した。

「小細工が効いてるな。
それで、澤田に成り切ってるつもりか?
お前が集めたガキな、全員縛り上げたぞ。」

『レイヲワタシテ、ハヤクニゲタホウガイイヨ。
ジャナイト、全員ガ死ヌ…」

そう言って、奴は銃を構えながら左手をパーカーのポケットから出した。

握っていたのは、携帯電話だった。

岩屋の言ってた事がビンゴなら、あれは起爆装置か?

「馬鹿な行動すんなよ?
どう足掻いたって、お前は澤田にはなれないし意味がないんだ。
澤田は死んだ。
あいつは、もう…計画の遂行なんて望んでいない。
あいつは、零を生かす事を決めたんだ。」

銃のロックを外して、グッと力をこめるとパーカーの男に構えた。

「もう一度だけ言う。
銃を下ろして降伏しろ…長岡っ!」

男は、笑いを堪える様に肩を震わせて被っていたフードを引き下ろす。

そこにいた男は、静かな狂気に満ちた恐ろしい眼差しを俺に向けて歪んだ笑みを浮かべていた。

「あ〜あ、バレちゃったなぁ…高瀬さん。」

さっきまで一緒にいた不器用だけど真面目で優しい男の面影はもういない。

目の前のその男は、巡査部長という肩書きを冒涜した薄汚い犯罪者と化していく。



No.148 13/11/13 00:33
ゆい ( vYuRnb )


「長岡…っ…なんで、お前が…っ‼」

いつも困った様に笑って、それでも俺に着いて来たその従順さが好きだった。

あれは…俺を、俺たち(警察)を陥れる為の演技だったのか?

全部が…嘘だっていうのか?

数年を共に過ごした可愛い部下だった長岡の笑顔が走馬灯の様に頭の中を駆け回る。

「完璧だと思ったのになぁ〜。
何で分かったの?」

パーカーのポケットに両手を突っ込みながら、少しだけ前屈みになった長岡が俺を見据える。

歪んだ口の端とは逆に目付きは鋭い。

「…岩屋だよ。あいつが、お前のネット回線の足取りを掴んだ。」

中東のネットServerから送った、あの脅迫状だ。

足跡を遮断して証拠を消したつもりだったんだろう。

だが、岩屋がその回線を自らが開発したアプリでデーターを復元させた。

あいつが、俺の隣りで常にパソコンをいじっていたのはそのアプリを開発させる作業だった。

「岩屋かぁ〜…やっぱ、あいつスゲぇー‼
ははっ!マジかよ、あの野郎‼
俺が付く奴、間違ってたかもな〜…」

長岡は身体をピョンピョンと跳ねらせて喜々とした後に、髪をぐしゃりと一撫でしながら俺を再度鋭く睨みつけた。

「まぁ、あんたが間抜けなお陰で今日まで俺は『あの人』の計画を実行できた訳だ。」

長岡が『あの人』と指す人物は澤田だろう。

「お前と、澤田の関係性は何だ?」

こいつらに、どんな接点が?
長岡の様子だと、心底澤田に崇拝心がある事が伺える。

何だ…この胸糞が悪い感じは。

「関係性…ねぇ…。何だろうな〜。
あの人は俺の神様で、俺は神に仕える使徒って感じかな?
檻に閉じ込められた罪なき神に代わって、俺が手となり足となって悪に裁きを下してたんだよ。」

つまり、身動きの取れない澤田に色々な指示を受けて実行したのが長岡だ。

そんな事は、こいつを容疑者として認知していた時から察しがついてる。

俺が聞きたいのは…

「お前と澤田が、何処でどうやって知り合ったのかを聞いている。」

グリップを握る手に力を込めながら、俺は長岡を睨む。

ポケットの中の奴の手には起爆装置が握られている。

残りの爆弾が何処に仕掛けられているかは分からない。

その特定が出来ない限り、俺はトリガーを引けない。


No.149 13/11/13 01:02
ゆい ( vYuRnb )


「そんなに、俺達の関係が気になる?
ヤキモチかなぁ〜?
高瀬さん、13年も『あの人』のストーカーだったし?今も、ずっと頭の中は『あの人』の事でいっぱいだしね。」

高笑いが室内に響く。

「あぁ、気になるね。
知りたくて、知りたくて吐き気がするよ。」

「くっくっ…良いねぇ〜、あんたのその目付き…怖くてゾクゾクするよ。
高瀬さん、さて問題です!俺は「だぁれ」だ?」

ふざけた態度で、また笑い声を上げる。

あぁ…ヤバイな。
ぶっ殺してやりてぇ…。

醜く腐ったその顔に弾をぶち込んでやりたい。

お前にやった親愛の情も、優しさも、警察としての信念も、全部取り返したい。

俺はダメだな…刑事としても、男としても器が小せぇ…。

「てめぇは、単なる薄汚ねぇ犯罪者だ。」

悔しさで食いしばった奥歯の当たりから鉄の味がする。

「ははっ!当たりっ‼
俺は、あんたがこの世で一番大っ嫌いな犯罪者でぇす‼」

「死ね…この野郎。」

殺意…あぁ、そうか…
殺意ってこうやって生まれるんだな。

憎しみ、悲しみ、憐れみ。

それから…救いようのない…怒り。

No.150 13/11/18 01:45
ゆい ( vYuRnb )


「長岡の挑発に乗るな。」

グリップを握る手を、別の手が抑制する。

横眼でその手の主を見ると、そいつは真剣な眼差しで俺に首を振る。

「長岡の狙いは、お前に銃を撃たせる事だ。
お前自身に犯罪者のレッテルを貼らせる事で笑いもんにしようって魂胆だろう。
なぁ?当たりだろ、長岡。」

岩屋の指摘に、長岡は肩を上下に揺らしてほくそ笑む。

「当たり‼
さすが、岩屋さんだ。それに比べて…くっくっ…!」

高瀬は無能…ー!

そんな小馬鹿にした様な笑いに、余裕のない俺は一々腹を立てる。

「高瀬が無能…?
お前(長岡)が、この事件の一連の犯人だと最初に見破ったのは高瀬だぞ?
俺は、単にそれを証明する作業をしただけだ。」

「高瀬さんが…?
へぇ…一体、どのタイミングで俺が犯人だと気が付いたの?」

明らかに、長岡から動揺の色が伺えた。

俺は、こいつに何を教えてやれたんだろう。
こいつは俺の側にいながら、何一つとして学んではいなかったんだ。

「俺がお前を疑ったのは警察の医療施設での爆破事件の時だ。」

「そんな前から…?
なぜ…」

お前は、俺を知ろうとはしなかった。
お前は、澤田しか慕っていなかったからだ。

だから、気づかないんだよ。

「澤田の監獄に向かう途中で、お前は俺に言ったろ?」

厳しい視線を送ると、長岡は眉間にシワを寄せながら首を傾げる。

自分が何を言ったのか、記憶を探っている様だった。

「お前は俺に『澤田はもう、ここにはいない。』と言ったんだ。」

あの日、爆風の熱がこもる薄暗い廊下で怯えながらお前が俺に訴えたセリフだ。

「あっ…。」

「思い出したか?
瞬時に違和感が走ったね。
なぜ、あの状況で『澤田はいない』と言い切れたのか。
仮に、澤田が爆破事件を起こして逃走してたとしてもだ…あの発言は刑事として相応しくない台詞だって分からなかったか?」

そうだろ?長岡…。

「お前は、もうあの時すでに『刑事』ではなかったんだ。
その手で罪を犯した後の『犯罪者』だったんだろ?」

微かな直感で検挙率を挙げる俺のその『癖』を忘れたのは、お前が警察官としての立場を離れたからだ。

その時点で決まってた。

俺とお前との立ち位置が大きく離れた事…。

互いに化かし合う巧妙な心理戦が始まった瞬間だ…。



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