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続・彷徨う罪

レス159 HIT数 36084 あ+ あ-

ゆい( vYuRnb )
14/05/29 21:39(更新日時)

携帯を機種変更したら、ログインが出来なくなったので、新規で更新させていただきます。
彷徨う罪を初めて読む方は「続」ではなく「彷徨う罪」から拝読して下さい。
宜しくお願い致します。

No.1873073 12/11/06 20:41(スレ作成日時)

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No.1 12/11/06 21:19
ゆい ( vYuRnb )


胸の中で渦巻く不安。

「どうしたの?」

胸元を押さえて俯いた私に、修也が訊ねた。

「別に…。」

彼に、零が私の中で蠢いているとは言えない。

完全に封じ込めたと思っていたのに、意外と強情だわ。
時間がない。

零が私に勝って、肉体を取り戻す前に終わらせないと…。

「大丈夫かい?何だか顔色が悪いよ?」

「平気よ。
先を急ぎましょう。」

「そうだね」と言って、修也が私に手を伸ばす。

その手は氷の様に冷たくて細い。

私と同様に、彼もまた時間が無いのだと悟る。

約束の時まであと少し…どうか、間に合います様に。

私達が目指す安住の地へ…永遠の眠りにつくその時を迎えさせて…。

No.2 12/11/12 19:35
ゆい ( vYuRnb )

「相変わらず埃っぽい所だね。」

修也の後を付いて廃墟の中にはいる。

鼻を付くカビの臭いと、薄暗い室内に眩暈が起きそうになった。

私の中にあるトラウマで、身体が反応しているに違いない。

「大丈夫かい?」

「ええ…。」

震えと、吐き気に襲われる。

私は、何とか修也に返事を返す。

「辛いんだね?
レイ、大丈夫…すぐに楽になるから。」

修也に肩を支えられながら、その場に私を座わる。

直後、カチリと頭に硬い感触が走った。

ゆっくりと目を瞑る。

これで終わりだ…。

「ごめんね、レイ。」

流れる涙。
何故、紛い物の私は涙を流すのだろう。

悲しみなど、そんな感情は持ち合わせていないはずよ?

最初から、こうなる事を望んでいた。
修也の手で、零が殺される結末を…私はずっと待ち望んでいたのよ。

ーー…

『レイ…ごめんね。』

眩しい光。

零?

彼女の輝く手が私に伸びる。

『私が、弱虫で卑怯者だったから…。
私の苦しみを、全て貴女に背負わせてしまった。
本当に、ごめん。』

…なに?

『自分で犯した罪の責任は、自分で果たすから。』

“もう、逃げない”

「愛してるよ…レイ…」

パンーーッ‼

銃声が響いて、私は倒れる。

何もかも…これで、終わる…



No.3 12/11/17 12:12
ゆい ( vYuRnb )


ボヤけた視界を閉じると、彼女が立っていた。

化粧気のない、ダサい少女。

野暮ったくて、どこか田舎臭い…そんな彼女が嫌いだった。

私なら、もっと自分の素材を活かせる。
私は、貴女が思うよりもずっとずっと美しいの。

そう…姉にも勝る程に。

だから、何もかもを貴女から奪って少しの間でも外に出て遊びたかった。

私が生まれた証を残したかった。

零…貴女に、私の気持ちが分かる?

『…分かるよ。
私も、同じだった。』

おなじ…?

『生きる事に絶望を感じているフリをして、心の底では生きる意味や自分の存在を誰かに認めてもらいたいと願っていた。』

自分の存在…

『今、私はそれを手に入れた。
自分の存在意義を知ったの。
それを果たさないうちは、死ねない。』

そう…でも、もう遅いわ。

感じる?

この身体の痛みや、血液を失っていく寒気を…。

私も貴女も…もう…

『大丈夫。
私には分かる…もう直ぐ、あの人が此処へ来る。
それまでに間に合えば…十分なんだ。』

バカね。
貴女って本当に…。

『お願い、レイ。
最後に…私の言葉で伝えたいの。
あの人に…だから…』

嫌よ。

でも、苦しんで死んで行くのはもっと嫌。

貴女に最大の苦しみを与えるのが私の目的だった。

だから、最後の苦しみは貴女に味わってもらうわ…。

零、貴女にそれを受け入れる覚悟はある?

『うん…もう、7才の弱い私じゃない。
今まで身代わりにしてゴメン…レイ…』

謝らないで…それから、痛みで簡単にショック死でもしたら許さないから。

十分に苦痛を味わってから逝きなさいね。

『うるせ〜んだよ…けど、ありがとう。』

本っ当に、品のない娘。

だけど初めて、貴女が素朴にキレイだと思えたわ…。

さようなら…零。
さようなら…私の…修也。

私を生んでくれた愛おしい人…。

No.4 12/11/17 18:43
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

多摩川駅には、不自然な気配が漂っていた。

街は封鎖され、代わりに通行人を装った私服警官達が俳優気取りで辺りを警戒しながら闊歩している。

「さすが高瀬さん。
高瀬さんの鶴の一声で、街が完全封鎖されましたね。」

「冷やかすな。
住人を危険に曝す訳にはいかねーだろ。」

冷やかしなんて、とんでもない。
寧ろ、尊敬してる。

もちろん、そんな事は口が裂けても言わない。

殺伐とした駅前から、河川沿いを目指す。

「岩屋、お前ならどこで零を始末する?」

高瀬の背中から、重たい声がした。

俺なら…

「教会の跡地かな。
いや、俺が修也なら…って意味でね。
そこが、あの2人のルーツだから。」

「そうか…。
だが、俺が澤田なら…」

?高瀬は言葉を摘むぐ。

「あんたが修也なら?」

「俺が澤田なら、場所は13年前の現場だ。」

「え?」

生まれ育った場所ではなく、監禁犯行現場だと?
あそこは、2人にとって、忌まわしい場所でしかない。

神聖さを重んじる修也が、その場所で零を殺すはずがない。

「その可能性は低いぞ?
あそこで零を殺害する意味なんて無い。」

「…そうか?
澤田の真の目的が、お前に分かるのかよ。」

カチンときた。

「高瀬さんには分かるんですか?」

「俺の勘が当たっていれば…だがな。」

また、意味深な。
だいたい、勘って…女みてぇな言い方しやがって。

「どの道、迷ってるヒマ無いっすよ。
どっちに行きます?」

「俺の意見に合わせろ。」

なら、最初から俺の意見なんか聞くなよ。アホ。

「ハイハイ、分かりました。教会は、他の奴に行かせますよ。
俺は、あんたに付いて行くしかなさそうだし。」

13年前の犯行現場…

あそこは元々、大型の貸し倉庫だった。

事件の後、オーナーは売り手も付かなくなった倉庫を放置している。

廃墟となり、今では風化した噂と共にちょっとした心霊スポット扱いだ。



No.5 12/11/20 01:47
ゆい ( vYuRnb )


俺はそこに過去2回ほど行った事がある。

一度めは、修也の裁判が終わった直後。
その時はまだ現場は封鎖されていた。

二度めは、零と出会って間も無くの時。

初めて踏み入ったそこは、湿っぽくて光が届かない陰気な血生臭い場所だった。

こんな所で、零は囚われていたのだと思うと胸が締め付けられて不意に泣けてきたのを覚えている。

高瀬の勘が当たっているなら、今も零はその忌まわし場所に囚われている事になる。

堪らなくイヤだ。

自分の力量で、あいつを救えるか分からないジレンマ。
生きているのか分からない不安。

そんな感情が渦巻いて、吐き気がする。

前を走る高瀬の背中からは、そんな不安をも感じていない強さを感じる。

なぜ、こいつはブレないんだろう。
高瀬は、零は生きていると信じて疑わない。

必ず、自分が救うんだという自信と信念があるんだ。

その広い背中を、不覚にも俺はカッコ良いとか思ってしまうんだよ。

「いそげ!岩屋!!」

振り向くな…バカ野郎。

高瀬は、俺の微かな顔色の変化を察する。

だから…

「心配すんなっ!零は大丈夫だ!」

そんな、真っ直ぐな瞳で俺を励ますんだよ。

それが、俺を惨めにさせるなんて考えもせずに…。

「うるせー、当たり前だろっ!」

俺には、せいぜいこうした強がりしか出来ない。

零…どうか、無事でいて…。

No.6 12/11/20 02:28
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

「ダメだよ…レイ、避けたら楽に死なせてあげられない。」

「あ…うぅっ…」

痛い…寒い…気が遠くなる…

「なぜ、避けたの?
君の大事な身体に、2つも穴を開けたくないのに。」

近づく修也のの靴の先。

カチリと鳴る弾丸の回転音…。

「修也さん、時間がありません。
時期に高瀬達が、此処へ到着します。」

この声…。
レイに支配されて気付かなかったけど、修也の他にも誰かいる。

よく見れば、スニーカーに紛れて数人分の革靴が混ざっている。

スニーカーを履いているのは、修也と…
この黒いコンバースは、マウス…?

間違いない。

擦り切れた踵は、パスクーラーの証し。

なんで、彼が修也と行動を共にしているの?

「ごめんね、レイ。
亮くんが来るまで時間がないそうだ。
これで、本当に終わりだよ…。」

だめ…。
まだ、終われない。

撃たれた肩を押さえて、何とか身体を起こす。

視界はボヤけて、修也の顔も揺れる。

「レイ?」

「たしは…私は…あんたの作った、レイじゃない…」

力を降りしぼって立ち上がる。

「え?」

キョトンと返す修也を睨む。

「私は…零。
あんたと、此処へ拉致られた主人格の零だよ…!」

「零…?
記憶を消した方か…あのクスリはやっぱり、未完然だったみたいだね。
零、記憶を全部取り戻した?」

修也の口調が冷たいものと変わる。
彼が求めたのは、私ではないのだ。

「おかげさまで…此処であった事…全てね。」

「そう。
残念だ…君には、何にも知らず苦しまずに逝ってもらいたかったのに。」

あんたの狙いは、あの事を闇に葬る事…
その為なら、魂を悪魔に売って私(妹)も、自分も殺す事が出来る。

そうなんでしょ?修也…

「死んで…零!」

弾きがねが弾かれて、弾が私を狙う。
今度は、避けられない。

高瀬…っ!

間に合わない…っ

私は、死んでしまう。

高瀬…会いたいよ…

あなたに、会いたい…

No.7 12/12/28 00:07
ゆい ( vYuRnb )


パンーっ!!

銃声が、湿った倉庫内に響く。

私は固く瞳を閉じて耳を塞いだ。

不思議な事に、二度目の痛みは感じなかった。
だから、コレはきっと即死してしまったんだと思った。

終わった…終わってしまった…

何も使命を果たせぬまま、私は死んだのだと思った。

私が行く先は天国か地獄か…
目を開けたら、どちらの世界が広がるのか…

恐る恐る瞳を開けてみる。

…ゆっくりと光を求める様に瞼を開ける。

眩しい…

飛び込んだ光の先に見えた景色…

No.8 12/12/28 00:23
ゆい ( vYuRnb )


私の目に飛び込んだもの…

それは、光り輝く優しい木洩れ陽に天使が舞う世界でも、血の池に針山聳える鬼の世界でもなかった。

「しゅう…や?」

私の目に飛び込んだもの

それは、修也の腕を伝う赤い血と彼の背後で銃を構えた高瀬の姿だった。

修也の足元には、私を狙った拳銃が落ちている。

あの発砲の音は、高瀬の撃ったもの?

「そこまでだ、澤田。
大人しく投降しろ。」

混乱する頭と動揺で上がる心拍。

そんな私とは真逆で、修也は両手を上げながらも涼しい顔で薄っすらと笑みを浮かべていた。

その、美しい冷たい笑みは私の不安を駆り立てる。


No.9 12/12/29 23:28
ゆい ( vYuRnb )


「酷いな亮君…」

修也は腕から流れ出る血を舐め上げながら後ろを振り返る。

「そのまま、こっちへ来い。」

高瀬の鋭く光る瞳は、真っ直ぐに修也を捉えていた。

背筋がゾクゾクする様な、あの瞳。

修也のゆるりとした背中に、僅かな緊張が見える。

「僕の血は、特別なんだ。
足りなくなったら、どう責任を持ってくれるの?」

「知るか、そんな擦り傷程度で死にはしねぇよ。」

2人の緊迫した空気に、私の身体が動かない。

修也の背中越しに映る高瀬の顔も、次第にボヤけ始めた。

肩からの出血は、手で強く止血してもドクドクと溢れ出ている。

時間がない…。

薄れる意識。
その時、頭に堅い何かが当たった。

「銃を降ろせ。
でないと、こいつを撃つ。」

「零っ!」

高瀬の声で、目を見開く。

私は、身柄を拘束されて銃を突き付けらていた。

「あっ…離せっ…!」

背後からがんじがらめにされ、顔は見えないが足元に視線を下げて分かった。

私を押さえ付けているのは、マウスだ。

彼は、私の数少ない友人だった。

そう思っていたのは、私だけだったのだろうか?

No.10 12/12/29 23:54
ゆい ( vYuRnb )


「マウス…あんた!」

拘束を振り切る様に、身体を攀じるが傷口に激痛が走って私は金切り声をあげた。

「動かないで、ゼロ。」

優しく宥める様な声。

「その声…」

何故、今まで気付かなかったんだろう…

いや、今だから分かる。

修也と再会して、記憶を取り戻した後だから鮮明に認識出来るんだ。

彼は、マウスはいつもパーカーのフードを被っているから素顔を見る機会など無かった。

その事に、深い意味など無いと気にもしていなかったが、彼には素顔を人に見せられない理由があったんじゃないか?

だって…

あんたのその声は…

まるで…

「修也…?」

目の前にいる背中と同じ人の声じゃない…


No.11 13/01/06 23:10
ゆい ( vYuRnb )


「マウス…あんたは…誰?」

背後から私を羽交い締めにしている腕をとって訊く。

目線の先には、修也の背中。

まさか…そんなバカ気た事があるはずない。

頭の中でずっと同んなじ台詞がループする。

それと同時に、思い浮かぶ芽依と自分。

この世の中に同じ人間がいる不気味な状況。
身を持って味わう気持ちの悪さ。

僅か3メートル先にある背中の人間に、産まれて始めて嫌悪感を抱き…そして、殺意を抱いた。

「…ゼロ。」

「マウス…私は、あんたを弟みたいに思ってたんだよ?」

なのに…あんたは…

あんたは…

修也の操り人形だっていうの?



No.12 13/01/11 02:34
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

澤田の微笑の背後に映る零。

蒼白の顔…零の肩から流れでる夥しい出血にピントが合わせられて澤田の姿がボヤける。

俺は、零を人質に捕らえた男と澤田を交互に見た。
構えた拳銃の銃口をどちらに向けるか決める為だ。

零を取り押さえているパーカーの男は何者だ?

「亮くん…君のそのカッコいい銃を捨てて、こちら側に渡してよ。」

「澤田…てめぇ…っ!」

澤田の勝ち気で人を小馬鹿にした様な笑みに苛立ちながらも、苦痛に浮かぶ零の姿を見れば奴の言う事を聞くべきなんだと悔しさが溢れた。

俺は唇を噛み締めると銃を手から離し、床に落ちたそれを足で蹴った。

俺の拳銃は床を滑りながら澤田のつま先に当たって止まった。

奴は満足気にそれを拾い上げる。

「君のレガッタは、スマートだし磨き上げられていてとても綺麗だね…」

そう言いながら、ロックを解除して銃口を俺に向ける。

「あれ?手を挙げないの?」

徐にタバコを吸いだした俺に、澤田は拍子抜けした様にあからさまにガッカリとした表情を浮かべている。

「自分の相棒(銃)を向けられた所で、怖くもなんともねーよ。」

それに、俺はこいつにだけは絶対に降伏のポーズはとらない。

「本当に怖くない?
なら、撃ってみようか?」

「修也っ!やめて‼」

零の叫び声…。

ダメだ、零。

暴れると傷に障る。

それ以上出血し続けると、ショック死してしまう。

「撃てよ、澤田。
そして、零を解放しろ。」

「刑事の正義感?
それとも、零が芽衣と同じだから助けたい?
きっと、君は零に惹かれたんだろ?
芽依の代わりが現れて嬉しかった?」

腹を抱えて笑う澤田に、俺は初めて奴を哀れだと思った。


No.13 13/01/11 03:22
ゆい ( vYuRnb )


「惹かれたよ。」

ふぅ〜っと煙を吐いてタバコの火を踏み消す。

「零は良く出来てるだろ?
僕の最高傑作品なんだ。」

嬉々として瞳を輝かせる姿は、まるであどけない子どもの様だ。

罪悪感など微塵もない。

零は、粘土でも石膏でも、ましてや金属製などではない。

生身の人間だ。

それをこいつは…。

「俺は、零を芽衣とダブらせて見た事なんて一度もねぇよ。
あいつと、こいつは似てねーし、まるで正反対だろ。
零は零だ。
俺は、芽衣とは関係なく零に惹かれたんだよ。
つーか、元々タイプなのは零(ツンデレ肉食系)の方だし。」

「…似てない?芽依と零が?
同じだよ!同じDNAで作ったんだ!
僕が、自分だけの彼女を作った!僕にだけ微笑んで僕だけを愛してくれる完璧な芽衣をっ!!」

パンッー!

澤田の震えた指から弾かれた弾丸は、俺の頬を掠めた。

やっぱ…

「零は芽依じゃない。」

お前は可哀想な奴だな…澤田。

「それを1番分かってんのはお前自身だろ?
だから、芽衣を殺したんだろ?」

「…黙れよっ!」

パンッ!パンッー‼

今度は的が大きく外れて、頭の上と左側の壁に弾は逸れて行く。

「悔しいよな?好きな女には他に好きな男がいて、代わりにしようとした女にはそもそもお前に恋愛感情すら持ち合わせていない。
似たような話は腐る程ある。
だけどな、まともな人間はそこで諦めて無理に自分の物にしようとは考えないんだ。
大抵の人間はな、好きな相手の幸せを願えるもんなんだぜ?」

「黙れよ…っ、僕は、僕は…っ!」

動揺して弾かれた弾は、その後も俺には当たらずに壁に幾つもの穴を開けた。

それにも腹を立てている澤田は、自らを落ち着かせる為に頭を掻きむしって深呼吸を2〜3回繰り返した。

「僕は、生まれた時から異常なんだ。
まともな人間にはなれない。」

顔を上げたその瞳に、輝きは無かった。
あの不敵な笑みも今は無い。

「さよなら、亮くん。
芽衣によろしくね。」

一切の感情が消え失せた様なその瞳。

腕の震えもなくなり、奴の持つ銃口が真っ直ぐに俺を捉えた。






No.14 13/01/18 02:49
ゆい ( vYuRnb )


瞳を閉じて、次期に向かって来るであろう弾丸を受け止める様に両腕を広げる。

「それが、君の降伏のポーズなんだね。
良いさ、心臓目掛けて撃ち込んでやる。」

耳に届く金属音。

…唸れ、俺の相棒。
お前のその破壊力を俺に見せ付けろ。

「来い!」

バンーーッ!!

「あっ…ぐぅ…っ。
な…んで…?」

弾は、俺の後ろから腕をすり抜けて澤田の右脚に命中した。

澤田は、俺の拳銃を離しその場に倒れた。

「俺の相棒は、こいつだけじゃない。」

落ちたレガッタを拾い上げて澤田を見下ろす。

「せっ…せいじ…くん?」

俺の背後で銃を構える岩屋が、澤田の瞳に映る。

「ずっと…この機会を狙ってたのか…?」

澤田は、悔しそうに睨みつけて俺を見上げる。

「レイが撃った弾の反動で岩屋のメガネが割れた。
伊達だけど、あいつはメガネの淵で狙いを定める癖があってな。
代わりに的となる物が必要だったんだよ。」

「…君のあのポーズは、降伏のポーズじゃなくて…彼の的を定める目印か…?」

「あぁ…悪いな。
めんどくせぇけど、あいつは俺よりも腕が立つ。
お前を殺さないで倒す事が出来るのは岩屋だけだ。」

「なぁ?岩屋!」

「マウス、銃を下ろして澪を解放しろっ!!」

チッ、無視かよ…あんにゃろ。

マウスと呼ばれるパーカー男は、澤田が倒れて戦意を喪失しているのだろう。

構えた銃がガタガタと震えている。

「言う通りにしろ。
岩屋が銃を横向きにしている時は本気でお前を撃ち殺す気だぜ?」

「あっ…、うあぁぁぁぁーーッ!」

マズイ…!!

そう、思った時には遅かった。





No.15 13/01/18 03:33
ゆい ( vYuRnb )


リボルバー式のニューナンブが、ダイヤルを回しながら数発の弾丸を弾く。

その発砲音を皮切りに、四方八方で銃撃音が響いた。

俺は咄嗟に澤田の身体に覆い被さって身を屈める。

この、距離だ。
もしかしたら、数発弾丸を受けていたかも知れない。

だが、上がるアドレナリンのせいか、痛みは感じ無かった。

気掛かりは、この銃撃戦の中で澪がどうなっているかだ。

発砲音の中には、重くて低い特長のある音も含まれる。

岩屋が、発砲して応戦している事が伺えた。

澪…。

頭を庇いながら、顔を上げて澪を探す。

飛び交う弾丸の中、澪はペタリと座り込んで横たわる男の身体を抱いて泣いていた。

その男の顔を見て、俺は更に驚愕した。

パーカーを剥がされたその男は、まだ、12・3歳の幼い少年だった。

いや、正確に言うなら…幼い澤田…と言った方が正しい。

「どう…なってる?」

澤田が二人…⁈

「やめて…もう、やめてッ!!」

その遺体から拳銃を取って、澪が叫びながら天上目掛けて発砲した。

一瞬、辺りは静寂に包まれたが殺気立つ空気は変わらない。

誰も銃を下ろす者は居ない。
いつ、銃撃戦が再開してもおかしくない雰囲気だ。

澪はそれを感じ取ると、身体を這って俺の側に寄って来た。

そして、無言で俺の身体を澤田から押しよけて奴の額に銃口を当てた。

「やめろ、澪!」

「皆動かないでっ!
少しでも動いたら、修也を殺す!!」

「澪ッ!!」

止めに入る俺に対しても、澪は濡れた瞳で鋭く睨み付けた。

…本気なのだと思った。

やめろと心の中で、願う様に言った。

やめてくれ…頼むよ…澪。

俺に、こんな事させないでくれ…

痛む心を振り切り、腕を上げる。

そして、解除したままの銃口を澪のこめかみに押し当てた。

お前に向けたくは無かった。

「撃つな…澪。」

お前がその人差し指を曲げたら、俺はお前を撃たなきゃならない。

やめてくれ…。






No.16 13/01/18 04:01
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

高瀬が私に拳銃を当てる。

微かだけど、小さな震えが伝って来た。

ごめん、高瀬。

だけど、修也に突き付けたこの銃を下ろす気は無いの。

“ゼロ…ごめんね…。”

岩屋の弾がマウスに当たって、彼は倒れた。

“ゼロは…僕の…たった一人の、と…友達…”

マウスは、発砲する前に私を離してた。
岩屋が撃って来る事を覚悟してたから、私を巻き込まない様にしたんだ。

馬鹿…最初から、私を撃つつもりなんて無かったんじゃない!

だから、助けたんでしょ?

マウスのお腹から流れる血液。
押さえても、生ぬるい赤い血は決壊したダムの様に溢れでる。

もう、ダメだ…

そう諦めた時、マウスのパーカーを剥がした。

初めて見た彼の顔を見て、私は不思議と微笑む事が出来た。

“あぁ…明るい…光が。
ゼロ…ありがとう…あり…が…と…”

初めて見た彼の顔…
彼は、柔らかく微笑んでゆっくりと瞳を閉じた。

マウス…あんたが、本当の天使だった。

私にとって、あんただけがずっと側にいた味方だったんだね。

ごめん、もっと早くに気付いてあげるべきだった。

私達の敵を…
倒さなきゃならない相手を…。

待ってて…マウス。

あんたを、光が降り注ぐ暖かい場所まで連れて行ってあげる。

一緒に太陽の下、たくさんの光を浴びて昼寝しよう。


No.17 13/01/18 15:39
ゆい ( vYuRnb )

「ふっ…なかなか、面白い状況だね。」

修也が薄笑う。

「笑うな。
何故あんたとマウスは同じ顔なの?」

「何故か…って?
そんなの、決まってるじゃないか。
彼は僕のクローンだからだよ。」

クローン…?

「あんたが、自分で彼を作ったの?」

恐らく、私の時と同じ様に…。

「冗談はやめてくれよ…僕があんな出来損ないを作る訳ないだろ?
僕は、主治医の小平に僕のDNAを提供して核移植のやり方を教えただけだ。
マウスを作ったのは小平だよ。」

「お前は小平を利用した挙句、用済みになったから殺したのか?」

高瀬の静かな怒りが声に出ている。
修也は逃げ出す時に人を殺しているの?

「無能な医師だった。
もう少し役に立つかと思ったのに、中途半端なクローンしか作れなかったんだ。
僕のDNAをあげたのは無駄だったよ。
あんなゴミ当然の失敗作…」

「黙って…!」

グリップを握る手に力が入る。

「マウスは、ゴミなんかじゃない!
あの子は…私の大切な友達よ!
あんたなんかよりも、ずっとずっと人間らしい温かみのある優しい人間よ!!」

「人間…?
僕らは人間なんかじゃないさ。
澪、君もマウスも芽衣だって同じさ…生きる事を迫害され、忌嫌われる…ただの研究用のネズミだ。」

「違う!!
マウスも、芽衣だって血の通ったまともな人間だった!
あんたなんかと一緒にしないでッ!」

「なら…」と、修也は身体を半分起こしながら半笑う。

「何故、お前やマウスには名前が無い?
人としての権利を与えられたか?
何故、芽衣は死を選んだかお前は知ってるだろ?」

芽衣…。

“私を殺して…”

あの日のお姉ちゃんの涙…。
修也の涙…。

目に入った悲劇が、今も鮮明に蘇る。

この倉庫で起きた、悲し過ぎる出来事。






No.18 13/01/22 17:49
ゆい ( vYuRnb )


「修也…もう、やめよう…。
こんな事…もう、意味ないよ…」

修也…早く気付いて

あんな約束に縛られて周りを巻き込んだのは大きな間違いだった。

私もその過ちに気付くのが遅かった。

修也…芽衣は…

「芽衣は…」

口を開いた瞬間、修也は目を見開いて瞬時に私の手から銃を奪って発砲した。

「澪ッ‼」

一発の銃声がした後で、直ぐに二発目の銃声が轟いた。

まるでスローモーションの様にゆっくりと身体が倒れて行く。

「澪っ、おいっ!澪っ!」

高瀬の顔に血が付いている。

それは、私の手が高瀬の頬に触れていたからだ。

「しっかりしろっ!!」

次第に視界がボヤけて、声を発する力すら抜けて行くのが分かる。

早く、言わないと…

私は、最後の力を振りしぼって高瀬の襟元を掴んだ。

「芽衣…からの…伝言…」

「澪、喋るな…っ!」

懸命に止血をする彼の手を止めて、私は高瀬の頬に触れる。

「りょう…ごめんなさい。
りょう…愛してる…」

高瀬の涙が手に伝う…。

やっと、約束を果たせた。
お姉ちゃんが最後に言った、恋人へのメッセージ。

そして…私が最後に言いたい事は…

高瀬の後ろで呆然と立ち尽くす彼に…

岩屋 聖二に…

私は…

「せい…」

彼に伸ばした手はもう届かない…



No.19 13/01/22 18:20
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

パトカーのサイレンが倉庫の周辺で鳴り響く。

やっと、要請した応援が来たのだ。

高瀬の背中に隠れて見えない澪の姿。

一歩ずつ、重たい足を前に進めてその場に立ち尽くす。

力無く下がった腕と静かに涙を流す高瀬に、俺は「嘘だろ」と首を横に振る。

「はっははっ…これで…僕の…計画は遂行される…」

口から血を吐きながら修也は満足そうに動かない澪を見て笑った。

「修也…!」

ケラケラと笑う修也の頭に銃を突き付けて、グリップを握った。

「よせ、岩屋…」

澪を抱きしめ顔を伏せていた高瀬の低い声が俺を抑制する。

「俺が撃った弾は澤田の肺を貫通している…そいつも次期に死ぬ。
わざわざ、トドメを刺す理由はない。」

「あはははっ…あ〜…やっとだ…。
芽衣…やっと、僕らの約束が果たされたよ…。
僕らの…彷徨う…罪…」

澤田 修也の最後のセリフだった。

その後は、駆け付けた応援がその場にいた組織の人間を総員で確保した。

柳原はなんとか一命を取り戻して、今までの悪事を自供した。
アルファムも、組織も解体…事件は解決された。

ー…しかし、

実際は、何も解決などされてはいない。

事件の全貌は未だ闇の中にある。

澤田 修也の狙いや、彼に加担した首謀者も割れていない。

最初のエクスタシーを使用した殺人事件の容疑者だって、あの検挙した犯人の中にはいなかった。

ー彷徨う罪…

本当に罪を犯した人間は誰だ?

暗闇の中で、今も澤田の笑い声が木霊する。


No.20 13/01/22 18:39
ゆい ( vYuRnb )


あとがき

あえて、中途半端な最後にしております。

題材が彷徨うなので、色々な意味を考えて結末を曖昧なものにしました。

さて、皆様は納得のいかないモヤモヤした心境でいる事だと思います。

謎や、訳の分からない最後にした事で私が皆様にお願いしたい事があります。

この先の真実を知りたいか知りたくないかです。

皆様なりに想像したこの先のストーリーを尊重し、このまま私の結末を書かない手もありかと思います。

皆様のご意見やご感想を聞かせて下さい。

皆様に感謝やお礼の言葉は今は言いません。

このストーリーは、どんな形であれ続いています。
それを完成させて、皆様を納得させられた時に心からの感謝を伝えたいと思います。

煩わしく思われる方もいらっしゃると思いますが、私の執筆スタイルは読者様の参加型をとっているのでご了承下さい。

皆様は、彷徨う罪…完結編を迎えますか?

それとも、題材を尊重しこの結末で良いと考えますか?



No.21 13/01/22 20:53
携帯小説ファン21 

主様、何とぞ完結編を続けて下さい。

主様の小説が大好きで心待ちしていますので

宜しくお願いしますm(__)m

No.22 13/01/22 21:19
匿名22 

私も完結編を希望します。



主さん、是非ともお願いします(>_<)

No.23 13/01/22 22:22
アン ( ♀ 8J8Qnb )

私も、完結編希望します。


ワクワク ドキドキ しながら拝見させて戴きましたm(__)m


この先が…気になって(TT)
仕方ありません(TT)

主様の 小説は、すご~~~くのめり込めます(*^^*)
いつもありがとうございますm(__)m

いつまでも待ちますから、お時間のある時に お願いいたしますm(__)m

No.24 13/01/23 06:47
匿名24 ( 30代 ♀ )

完結編をお願いします!!
楽しみに待ってます(o^-^o)

No.25 13/01/23 13:21
ゆい ( vYuRnb )


ご意見を下さった皆様、ありがとうございました。

この先は、私の描く彷徨うの結末です。

皆様の納得を得る結末かどうかは分かりませんが、書きたいと思います。

No.26 13/01/23 13:24
ゆい ( vYuRnb )



彷徨う罪…

ケース1 罪の子

No.27 13/01/23 13:54
ゆい ( vYuRnb )


「フーンフーンフーン…フーンフーン♪」
(キラキラ星をファミングする声)

川辺がキラキラと輝く。

僕の手は泥だらけで、乾いてパリパリの草があちらこちらにくっ付くんだ。

つまらないから、妄想でもしよう。

ここは、未知の惑星。
僕の乗った宇宙船はこの惑星に不時着した。

船から出て、散策をする。

この木の棒は、レーザーを発するサーベルだ。

邪魔な草木を掻き分けて、この星の生命体を探す。

「さぁ…僕の他に誰かいないか?」

それは、僕の味方となるか敵となるか…どっちだ?
僕の敵になるなら、仕方が無いが死んでもらうしかないぞ…!

「出てこい…エイリアンめ!」

勢いを付けて、背丈まである藪を抜けた。

「あっ…」

藪を抜けた先は、川だった。

ドボンと、そのまま水に落ちた。

冷たい秋の水が身体に刺さる。
咄嗟に、立ち上がると水かさは腰の部分までの低さで僕は風呂に浸かる様に、ゆっくりともう一度身体を沈めた。

洗い流される事のない罪を…

許される事のない命を…

どうにかして、清めたかったのかも知れない。

月夜の星空の下で、君が僕の肩を掴むから…

僕の罪は清められずに、膨張して行った。

僕は…自分を消すチャンスを失って、君と再会するという幸運を手に入れた。


No.28 13/01/23 14:26
ゆい ( vYuRnb )


僕の名前は、澤田 修也。

本当の名前は、松井 直也だ。

僕は彼のコピーなんだ。

その事を教えてくれたのは、彼の恋人の澤田 灯だった。

灯は、戸籍上では僕の母親らしいけど、彼女は僕を愛おしい恋人として見ていた。

哀れな女(ひと)だ。

オリジナルの彼が飛行機事故で死んで、その代わりにまだ幼い僕を愛するしかなかったのだから。

僕には、生まれつき自由なんて無かった。

外に出る事も、特定の人以外の人間との接触も許されない。

それが、当たり前だし僕だけではなく、皆がそうなんだと思っていた。

芽衣…君が、僕を見つける日までは…

No.29 13/01/23 14:58
ゆい ( vYuRnb )

僕が生まれた場所はとある研究所。

毎日、何もする事がない退屈な場所。

なのに、ここに住む人間は毎日忙しなく動き回っている。

「一体、何がそんなに忙しいのさ…」

彼等の単純作業が、莫大な富を生むという事は既に知っていたが、内心では規律良く見える作業でも無駄があると揶揄していた。

「僕ならもっと上手くやるのに…」

研究資料なら端から端まで頭に入ってる。

だが、僕は言葉を発し無かった。

周りの人間は、そんな僕を心配し知的障害や発育不全と言った。

だが、それは違う。

僕が口をきかないのは、溢れ出る言葉や知識を垂れ流さない様にだ。

ここの人間レベルでは、僕の言葉を理解出来ない…それなら喋るだけ無駄だと思った。

実は、こんな考えを3歳の時から持っていたんだ。

僕は今、数えで5歳…自己流でやったIQテストでは201の数値が出た。
平均より驚異的な数値に、僕は確信した。

僕は、天才…なのだ。

それでも、子どもらしく周りの大人達の言う事を純粋に信じていたりもした。

「外には細菌がたくさんいて、人間は外に出ると死んでしまうのだよ。」

僕は、外にいる目には見えない細菌が恐ろしかった。

天窓から見える美しい空。
そこを自由に舞い飛ぶ小さな鳥は、人間よりも優秀な生き物だと思った。

生まれ変わるなら次は、鳥になりたい。

僕は、夜中になると誰もいない事を確認してから色々な研究をした。

輪廻転生理論を数式で表すと、僕が死んで生まれ変わるまでに何年掛かるのかとかを必死で計算するんだ。

細かい数式に囲まれると気持ちが落ち着く。

僕の手は、チョークを握ったまま素早く数字やアルファベットを描く…。


No.30 13/01/23 15:21
ゆい ( vYuRnb )


「そこで、何をしているの?」

誰かの声に僕は手を止め、身を小さく屈めた。

机の下に隠れて、足音に耳を澄ます。

「誰かいるの…?」

赤い小さな子どもの靴が、僕の目の前で止まる。

(誰…?僕の他に子どもがいたの…?)

息を殺して、物音一つ立てない様に気を付ける。

なのに、不思議だ。

僕は、僕と同じ子どもの人間に興味が出た。

顔が見たい。

僕は、今まで他の子どもを見た事がなかったんだ。

赤い靴の先にはリボンが付いている。

女の子…だろうか?

僕は、灯の影響からか、女は苦手だった。

それでも、湧いた好奇心は抑えられなかった。

意を決して、立ち上がろうとした時だ。

「芽衣、帰るぞー!」

別の声がして、僕は再び身を縮めた。

「自分家で肝試しなんて意味ねーだろうよ!」

「研究所って、何かいそうで怖いじゃない?」

楽しそうに会話を弾ませる人影を、こっそりと物陰から見送る…。

「僕と…同じ子どもが2人…」

めい…は、女の子の名前?

もう1人は?

2人とも、ここに住んでるのかな?
僕を知ってるのかな?

この晩に起きた出来事は、僕にワクワクとさせる新しい感情を芽生えさせた。

No.31 13/01/23 15:42
ゆい ( vYuRnb )


その日から、僕の『めい』探しが始まった。

とは言え、僕は自由に研究所を歩き回れる訳ではない。

だから、大人たちの会話を隈なく聞き入った。
会話の中で、少しでも『めい』にまつわる内容があれば嬉しかった。

そうやって、探し当てたのが研究所の室長の娘が『めい』だと言う事だ。

歳は僕より2歳上の8歳の女の子。

聡明で可愛らしい子らしい。

そんなに小さいのに、なんと婚約者までいるとか…婚約者ってなんだ?

僕は、いつもの様に深夜にパソコンを開いた。

『めい』とキーを打つ。

いつもなら簡単なセキュリティーコードに移り変わるのに、なんだか勝手が違う…。

彼女は、厳重な管理システムに守られて内部の人間にも詮索されないようになっていた。

「なんでだ?」

僕は、指の関節をならしてパスワードの解除コードを探す。

幾つものウィルスをパソコンに送り混んで重厚な管理システムを打破する。

この時にしていたこの行為をハッキングだとは、当時の僕はもちろん知らない。

“婚約者”の意味を知らない僕は、既に犯罪の手口は知っていたんだ。


No.32 13/01/23 15:57
ゆい ( vYuRnb )


箱型の画面に、1人の少女と細胞の写真。

開いたページを見て、僕は歓喜の涙を流した。

彼女は、僕と同じ…クローン人間だった。

彼女の誕生の秘密を知った。
研究所の一部の人間と、僕だけが知る秘密。

それに、彼女を作ったのがオリジナルの僕だなんて…嬉し過ぎて涙が出てきた。

芽衣は、僕のものだ。

早く、彼女に会いたい…。

ウキウキしながら、ついでに婚約者を調べてみた。

婚約者…将来、夫婦となる事を約束した者同士。
または、結婚の約束をした者。

結婚…。

嬉々とした気持ちに、水を差されたような暗い気分になった…。

芽衣は、僕のだ。

誰にも渡しはしない。

誰にも…彼女と僕の間に入れたりはしない…。

僕は、天性の悪人だった。


No.33 13/01/23 16:05
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case2 天使の仮面

No.34 13/01/23 16:29
ゆい ( vYuRnb )



「誰かいるの…?」

私は確信している…。

パパの研究所には、お化けがいるの。

夜中になると、たまに聞こえるチョークを走らせる音。

それだけじゃない…パソコンのキーボードを打つ音もするの。

パパに言わないのは、夜中に研究所に忍び込んでいる事を知られない為。

ここは、私と亮の秘密の遊び場。

「芽衣、帰るぞー!」

肝試しなんて幼稚だと亮は言うけど、本当はお化けが怖いだけ。

亮は意外と臆病者だから。

「夜中に家を抜け出すなよな。
親父さんに見つかったら、俺まで怒られるよ。」

「だって、亮とは学校が違うのよ?
塾が終わって、会えるのは今の時間しか無いんだから…」

私は私立で、亮は公立の小学校…亮のご両親の意向で、亮は公立の学校に通わされている。

亮は、私よりも頭が良いのに…もったいないわ…。

「付き合いきれねー…。
俺は、朝から夕方まで遊び疲れてんのっ!
早く寝て、明日に備えてーんだよっ!」

なによ…

「ふん…もう、誘ってあげないから…」

亮が公立なら、私も同じ学校に行きたかった。
女の子だから…。

そんな理由でエスカレーター式の女子校に入れられるなんて…不公平よ。

せめて…亮がもっと私を好きでいてくれたら良いのに…。

なんて…無理かっ!

小学2年の男子なんて子どもだもんっ!
夜になればグッスリと眠っちゃうお子ちゃまよね!

夜空を見上げると、キラキラと星が瞬く。

私は祈りを込めて願い事を唱える。

『早く、大人になれますように…』

そして、一日も早く…亮のお嫁さんになりたいです。

私の…密かな願い事だった。

No.35 13/01/23 18:50
ゆい ( vYuRnb )

深夜に家を抜け出すのは、私の日課になった…。

元々、大人しいタイプじゃない。

朝から晩まで予定を詰め込まれる毎日だけど、少しでも自由な時間が欲しかった。

それに…不思議と、父の研究所に惹かれる何かがあったのだ。
よく分からないけど、あそこには私が置いてきた大切な宝物が眠ってる気がした。

それが何かは…うまく説明は出来ない。

ただ、私はいつか“それ"と対面しなくてはならない。

そんな気がした。

その日も、私は父の研究所に忍び込んで不気味な廊下を歩いていた。

「ドキドキするぅ〜…」

1人で来たのは初めてだった。

静かで、水の滴る音が廊下まで響く。

身を強張らせて、いつも禁じられている第二研究室に足を踏み入れた。

こんな事…父や、他の職員に知られたら…。

叱られる心配より、今は好奇心の方が勝っていた。

ここは、ラボ…細胞を培養する場所だわ。

気分は、まるでやり手の女研究員。

掛けてある白衣を羽織って、革張りの椅子に腰掛ける。

「うふふっ。」

クルクルと椅子を回転させて遊んでいると、天窓から射す月明かりに照らされた大きな銀色の筒状の物体が目に入った。

「タイムマシンみたい…」

どうやって開けるのかな?

中に、何が入ってるんだろう…。

私は、それの開け方を探る。

「それは、フリーザーだよ。」

いきなり背後から声がして、私は肩を竦めた。
叱られる!と、瞳をギュッと瞑った。

「中には色々な人の細胞が入ってる。」

幼い声に、恐る恐る瞳を開けた。

「あ…」

お化け?と言いそうになった口が間抜けな程に閉じれない。

私が見たのは、お化けなんかじゃない。

まるで…絵画に出てくる天使。

「はじめまして…芽衣。」

ニッコリと微笑む美しい顔に、私は言葉をなくして…代わりに、一雫の涙を落とした。

私は…性別の分からない、目の前の天使を本物だと信じたから。



No.36 13/01/23 19:01
ゆい ( vYuRnb )


修也と出会い、私は毎晩の様に彼に会いに行った。

修也は、研究室に住む天使だと言った。
心の清い人にしか自分は見えないのだと…。

他の人には、自分の存在を聞いたり話したりしちゃいけないのだと私に言った。

私は、もちろんその約束を守った。

修也は私の事をよく知っていた。

私の守護天使だから知っていて当たり前なんだって。

私は修也と過ごす時間が好きだった。

彼の柔らかい雰囲気は心地よく、その膨大な知識は私を好奇心の渦へと引き込んだ。

No.37 13/01/23 19:15
ゆい ( vYuRnb )


そんな秘密の密会は数年に及んだ。

私は、小学5年生になっていた。

薄々、さすがに修也は普通の人間だろう…と分かってはいたが、彼が何者であるのかを知るのは怖かった。

明らかに、研究所は彼の存在を隠している。

学校にも通ってる様子はない。

なのに、なぜ彼はあんなに沢山の事を知っているの?

私の宿題なんて、まるで考えもせずに解いていく。
問題を見ただけで答えを割り出せるみたいに…。

次第に、修也が恐ろしくなっていた。

彼は…誰なの?

父は何故、修也を研究室に置いているの…?

それを聞き出す勇気はない。

何か悪い予感がする…。

父は、私たち家族に言えない悪い事をしているのかも知れない。

そんな思いを馳せていた。

No.38 13/01/23 19:42
ゆい ( vYuRnb )


色々な葛藤を抱えつつ、今夜も私は修也に会いに行く。

「兄妹が欲しいと思った事はある…?」

修也からの唐突な質問。

兄妹…すぐに、浮かんだのは亮の顔だった。

少しだけ気持ちが沈んだ。

「…妹が欲しいわ。」

嘘だった。
亮を頭の隅に消し去る為の適当な嘘。

「妹か…君の妹なら可愛いだろうね。」

修也の屈託のない笑顔に胸が痛んだ。

「修也は?
兄妹とか欲しい…?」

「僕は…君の願い事だけを叶える天使だからね。」

愚問…って事だったのかしら?
修也は、徹底して自分の事は語らなかった。

「芽衣、君の願いは全て僕が叶えるよ。
君は、僕の全てだ…」

彼の手が頬に触れる。

私は、思わず彼のその手を振り払ってしまった…。

その時に見せた彼の瞳は忘れない。
酷く傷付いた…その淋し気な瞳を…。


結局、修也とはその日を最後に会えなくなってしまった。

彼は、研究所から姿を消した。

私が拒絶したから…?

彼は…本物の天使だったのかも知れない…。

後悔の念は虚しく、私の深夜徘徊も無くなった…。

秘密が無くなり、また親や先生の言付けを守るだけの良い子になる。

つまらない、操り人形…。

それが、私…藤森 芽衣なのだ。

No.39 13/01/23 19:46
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case3 隣人を愛せよ


No.40 13/01/23 20:20
ゆい ( vYuRnb )

「修也、こっちだ…!」

学生服を着たガラの悪い連中が、ヒラヒラと手招く。

「持って来た?」

茶色い小瓶に入った液体が差し出される。

「本物に、コレが上物の薬みたいになるのかよ⁈」

「簡単だ。
モルヒネを混ぜるだけで、純度の高いコカインみたいになる。
ほら、やってみて。」

注射器に薬を注入して手渡す。

受け取った彼は、ゆっくりと自身の腕に針をさして空を仰ぐ。

甘いため息が漏れると、彼は満足気に笑った。

「今度、君達のボスに会わせてよ。
金次第では、もっとマトモな薬を作るからさ。」

「修也はスゲぇな〜!
お前みたいな優等生が、一番タチが悪いって本当だぜ!」

「マジで!なぁ、お前なんでそんな金がいんの?」

若いのに、前歯がスカスカの君達には分からないよ。

「子育てしてんだよね。
まだ、ヨチヨチの赤ん坊の。」

僕の言葉に、一瞬の沈黙を置いて一斉に笑が沸き起こった。

「あはははっ!!
なんだよそれっ!
お前…冗談よせよっ!腹がいてぇ〜っ!」

「なぁ!!
あ〜ウケるっ!
修也、避妊に失敗したんか?」

「馬鹿っ!
こいつ、まだ小6だろ⁈」

そうだよ。
小6だ…そんなガキが、コカインに匹敵するような薬を作り出せる事を先に疑問に思えよ。

これだから万年発情期の低脳は嫌なんだ。

「僕の初体験を知ったら、兄さん達驚くよ?」

「「おぉーーっ!!」」

バカだ…。

バカは金になる。

教会で神父が毎日の様にいう言葉…

『隣人を愛せよ』

僕は今、この言葉の習わし通りにしている。

隣のバカは、僕の愛しき隣人だ。


No.41 13/01/23 23:29
ゆい ( vYuRnb )



「あっ…修也っ…」

金を稼ぐ。

一番高く売れたのは、僕の身体だった。

「静かにして…集中出来ない。」

同じ学校にも僕の客はいた。

中学の社会科の教師だった。

校内の狭いトイレで、僕は己れの欲求を満たしていた。

それは、性的な欲求ではない。

僕は、不感症らしい。

特に快楽に達する事なく射精が出来るタイプだ。

僕の欲求を満たす物…それは…

「好きよ、修也…。
もっと私に特別な事をして…私にだけに…」

人の心を弄ぶ事だ。

人間って実に単純だ。

「愛してる」とか「好き」っていう曖昧な言葉だけでコロリと感情を流す。

特に、女は簡単だった。

もっと、僕という人間にひれ伏して服従させたい。

男でも女でも構わない。

いつかは、僕を闇に葬った奴に復讐してやりたい。
僕を邪険にした連中を許さない。

騙してやるさ…。

僕以外の人間を全て…。


中学生の僕は、周りの人間全員が敵に見えた。

社会のルールを反する行為は、多額の金を生み出せる事も熟知していた。

あのバカトリオの紹介で、大規模な闇組織の関口組とのパイプも出来た。

「修也、今週中に効果性のあるハーブを作れないか?」

No.2直々の仕事依頼だった。

「ハーブ?
なんでハーブなの?」

あんな紛い物より、場所の提供さえしてくれたら高濃度なMDMAだって作れるのに。

「ボスからの依頼だよ。
他のシマが流すより良いハーブをガキに売って、金にしようって魂胆だろ。」

関口は、せこくて金に意地汚い。

どうせなら、対抗する柳原の一味になれば良かった。

柳原なら、懐が深くて金に糸目は付けないやり口で大金を稼ぐと言われていた。

チャンスがあれば、柳原に乗り換えよう。

僕の才能なら、柳原も高く買ってくれるに違いない。

行く行くは、彼の組織ごと乗っ取ってやる。

それが、僕が抱いた最初の目標だった。





No.42 13/01/23 23:43
ゆい ( vYuRnb )

夜になると、教会の屋根裏から星を覗いた。

あの研究所で、芽衣と見ていた星空だ。

彼女も、どこかでこの星を眺めているはずだ。

「修ちゃん…?」

小さな手が、僕の親指を握る。

「どうした?レイ。」

長いまつ毛を濡らして、レイは不安気に僕を見つめている。


「怖い夢でも見たのかな?」

「うん…修ちゃんがいなくなる夢…」

僕はレイの前髪を撫でて、彼女の肩まで毛布を掛けた。

「僕は、レイの側にいるよ。
ずっと、君の側で君を守ってあげるから…」

そうだ…。

君は、芽衣の大切な妹。

彼女が望んだ、双子の片割れなんだ。

君達は、二人で一人の…僕にとって掛け替えのない大切な存在なんだよ。



No.43 13/01/23 23:45
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case4 免罪

No.44 13/01/24 00:15
ゆい ( vYuRnb )



修也が消えて、数年の年月が経っていた。

私は、高校3年生になっていた。

いつかの星空に祈った願い事は容易くは叶わず、私は未だに大人にはなれていなかった。

『早く、亮のお嫁さんになりたいです。』

そんな事を純粋に思っていた頃が懐かしい。

目の前の、茶髪の腰パン・チャラ男は…

同じ様に品のなさそうなチャラい女とイチャイチャしていた。

「あなた達ってお似合いね。」

本心だった。

頭の軽そうなカップル…。

「だろー?
特進クラス組の最強カップルって言われてんだぜ?」

「ねーー♪」

腑に落ちない…。
何でこの二人が、東大志望特進Aクラスなのよ!

亮と同じ予備校に行けた喜びも束の間、こいつは早々にこんなおっぱいだけが大きいのが取柄の女と付き合い始めた。

「じゃぁね、Bクラスさん!
あ、いろんな意味のBね‼」

挙句…意地悪じゃない!

腹ただしいったらない…。

亮は、一度でも私を女として見た事なんて無い。

私が…Bだから?

ペタンコな胸を撫で下ろして、溜息を吐いた。

「つまらない…」

家でも、学校でもニコニコして何でも二つ返事でいう事を聞いて…

私…何でこんな性格なの?

周りに遠慮して、気を使って嫌われない様に振る舞う。

どこかで、生きている事に罪悪感に似た感情があるの。
本来なら、ここにいてはいけない人間なんじゃないかって不安になる時がある。

だから…本当の自分は出せない。

素直な気持ちをさらけ出すのが怖い。

亮にも…。

修也…

修也と一緒に過ごしたあの年月だけは、私…不安を感じる事は無かった。

穏やかで、満ち足りた毎日だった。

私…何で修也にあんな酷い事をしちゃったんだろう…

彼は、今どこにいるの?

もう一度、彼に会えたなら…


No.45 13/01/24 01:17
ゆい ( vYuRnb )

父に修也の事を訊ねてみよう。

大丈夫…あの父が悪い事に手を染めるハズがないわ。

そうよ…私ったら最低、実の父を疑う様な事…。

仕事から戻ったばかりの父に、私は修也の事を聞きたくて高まる胸を押さえながら父の書斎へと向かった。

部屋の前で息を整えてノックをしようとした時…

中から、父の声が聞こえてきた。

「だから、信用出来る貴方にお願いしているんだ!」

荒げる声が、私の動きを止める。

「修也を野放しにするな…あの子が成長したら、芽衣にとって脅威の存在になるんだ…!」

修也…今、修也って言った?

やはり父は彼を知っている。

電話の相手は誰?

「とにかく、なるべく早いうちに二人とも始末してくれ…金は幾らでも払うし、政界の後押しも協力する。」

始末…って何⁈
お金を払うって…どういう事?

「あぁ…そうだ。
長くはもう、待てない…」

あ…なに…?

パパは、何をしようとしているの?

『芽衣にとって脅威の存在になるんだ』

私の事?

私と修也って…何の関係があるの?

フラフラと靴も履かずに研究所へと向かった。

修也と初めて出会った第二研究室…ラボへと行けば、何か分かるかも知れない。

頭の中から、父の声が木霊した。

『始末してくれ…』

嘘よ…聞き間違いよ!

父が、あの優しい父が、人殺しの依頼なんてするはずない‼

何度も振り切り、パソコンの電源を起動させた。

『修也』と打ち込むが、何もヒットしない。

親指を噛んで考える…『芽衣』と打つ。

私の記録も、何もヒットしない。

結局、研究室には私と修也を結ぶ手掛かりは無かった。


No.46 13/01/24 09:34
ゆい ( vYuRnb )


それから、半年位経った頃…

私はひょんな事から自身の出生の秘密を知る事になる。

「めーい、準備は出来たのー?」

一階から母の声が響いた。

私は背中に手を伸ばして懸命にファスナーを上げていた。

「良し!」

鏡を見て、胸元が寂しいかもと思った。

大人っぽい、オフホワイトのシフォンドレスには私の持ち合わせのアクセサリーでは不釣り合いだ。

私は母の部屋に行き、クローゼットの中に入った。

確か、パールに一粒ダイヤが付いた素敵なネックレスがあったはず…。

母が大切にしてある、とっておきの箱を見つける。

「あった!」

高い位置にあるその箱に腕を伸ばす。

あと…少し…

箱に手は掛かったものの、その横にあった古いアルバムや、本も一緒に落ちてきた。

「あん!もうっ!」

慌てて、アルバムや散らばった本を纏める。

日記…?

本だと思っていたそれに、母の字がしたためられていた。

読むつもりはなかったが、最初に入った文字に目を剃らせなかった。

『12月17日最愛の娘が死に、暗い闇を彷徨う…』

12月?娘…?

私が産まれたのは春だ。

私が生まれる前に、母は子どもを亡くしているのだろうか…?

私は、母の日記を読み始めた。

日記には、今の母とは想像が付かないような荒んだ心境が書かれていた。

『子どもを抱く他の母親が憎らしい…。』

子を失った母の気持ちと、それを知らずに今まで生きて来た事に胸が痛んだ。

母の苦労も知らず、内心では干渉の激しい母を疎ましく思う事もあった。

私は、なんて親不孝な娘なのだろう…。

気持ちを改めて、これからは母に報いろうと決めてページを捲る…

『1976年7月7日…核移植した受精卵を胎内に戻す手術が成功した。
これで、またあの子に会える。
また、あの子を抱ける…。
失った命は、再生できる。
夫に感謝して、これからもずっと彼を愛していく。』

体外受精…。

この日記には、母が体外受精を受けた事が記されている。

不妊症だったのだろうか?

だけど…核移植って?

私は日記を閉じて元の場所に置いた。

一度、自分の部屋に戻りパソコンを開いた。

『核移植』

直ぐにページが開く。

目に飛び込んだ記事に、立ちくらんだ。

『核移植…クローン技術手術』

『クローン再生』

『クローン羊と馬の成功例、核移植…』

スクロールする度に繰り返し出るその文字。

“失った命は再生できる”

母の字が…言葉が…霞んだ瞳に焼き付いて離れない。

1976年の7月…

逆算して、私を身籠った頃の出来事。

間違いなく、私を指す出来事だった。





No.47 13/01/24 09:44
ゆい ( vYuRnb )


「芽衣?準備できた?
下で車を待たせてるから…」

母が部屋のドアを開けながら、顔を出した。

私は、咄嗟にパソコンを強制終了させて、ぎこちない笑顔で母を見た。

「どうかした?
何だか顔色が悪いわ…」

額に当てる母の手を取って、「大丈夫よ…」と微笑んで、その手を離した。

本当は、泣きたかった。

自分が…怖い。

気持ち悪い…。

目の前の母に、嫌悪感が募った。




No.48 13/01/24 10:16
ゆい ( vYuRnb )


父の社長就任祝賀パーティの日…。

本当は、心から父の晴れ舞台を祝いたかった。

政界や、他の著名人達の挨拶も私は能面な顔でしか受け応えられていなかっただろう。

「どうした、なんかあったか?」

お皿いっぱいの料理を頬張りながら、亮が私の顔を覗き込んだ。

「…べつに。」

「ふ〜ん、不機嫌なんだな。
お前、こんな時にそんな態度で通したら一生感じの悪いワガママ令嬢としてマスコミに叩かれるぞ?」

いつもの憎まれ口。

いつもなら、相手になんかしないで流してた。

だけど…今日は、無理だった。

「ワガママ?私が?!
いつ、私がワガママ言った?
感じ悪いって?
いつ、感じ悪くしたのよっ!
私は、いつだって良い子にしてたわっ!!
いつだって…いつもよ…」

爆発した感情が、決壊して怒鳴り声となる。

周りはザワザワと、白い目で私を見た。

亮も驚きながら、口元からパスタをポロリと落とす。

涙が、ハラハラと止まらない。

「芽衣?どうしたんだ?
ん?何があった?」

慌てた父が、優しく私に駆け寄って肩を抱いた。

「すみません、親父さん。
申し訳ありません、皆さん。
僕が、芽衣に子供じみた意地悪をしたんです。」

亮が深々と頭を下げて、頭を搔いた。

亮の機転が講じて、周りから疎らな笑い声沸き起こった。

「なんだ、喧嘩するほど仲が良いってやつか!」

総理大臣の一言で、周りがドッと笑い、父も横で安堵の溜め息を漏らした。

「ごめんなさい、失礼します…」

私は父に一礼して会場を離れて、ホテルの非常階段へと逃げた。

ただ…思い切り泣きたかった。

なのに、やはり周囲を気にする小心者の私は声を押し殺して泣く事しか出来なかった。

そんな私の手に、そっと別の手が添えられた。

細くて長い…美しい手だった。



No.49 13/01/24 10:42
ゆい ( vYuRnb )


「修也…?」

その手を見て、瞬時に分かった。

「うん?」

顔をあげると、彼が柔らかいあの笑顔で私を見つめた。

私の涙は静かに頬を伝って彼の手に雫を付けた。

私達は無言で抱き締め合った。

それは、恋愛感情などではなく…大切な存在同士がする自然な抱擁。

成長した修也の背中は、少しだけ広くて温かかった。



No.50 13/01/24 12:04
ゆい ( vYuRnb )


「修也…何で?」

なんで、こんな所にいるの?

今まで何処にいたの?

聞きたい事が山の様にあるのに…

「僕は君の天使だ…君が僕に会いたいと願えば、僕は君に会いに来るよ。」

なのに…

私は、そんな貴方の嘘を信じてしまう。

もう、貴方がどこの誰であろうと…

どうでも良い…。

私も、自分が何者なのかは分からないのだから….




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