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続・彷徨う罪

レス159 HIT数 36087 あ+ あ-

ゆい( vYuRnb )
14/05/29 21:39(更新日時)

携帯を機種変更したら、ログインが出来なくなったので、新規で更新させていただきます。
彷徨う罪を初めて読む方は「続」ではなく「彷徨う罪」から拝読して下さい。
宜しくお願い致します。

No.1873073 12/11/06 20:41(スレ作成日時)

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No.159 14/05/29 21:39
ゆい ( vYuRnb )


柳原に拾われて幸運だった。

駒にされてる振りで利用していたのは俺の方だ。

警察業は便利だったし、都合が良かった。

修也さんに纏わる関係者達を探れる。

特に、高瀬さんの監視役としてバディに選ばれたのは最高だった。

ただ、一人…あの男だけを除いて。

あの男は、修也さんの…

「僕のクローンには会ったかい?」

深夜の隔離病室。

表向き警官の俺は、柳原の事務所には立ち入れない。

その周辺をウロつく事さえ許されない。

それはもちろん、今の俺は高瀬 亮に一番近い存在だからだ。

「…いぃぇ、まだ一度も。」

いい事ばかりじゃない。

小平だって柳原の忠順な駒じゃない。
自分の好奇心の為に修也さんのクローンを作った。

修也さんの助言を借りて作ったはいいが、赤ん坊を育てたい訳じゃなかった小平はあっさりとその後始末を泣き付いて柳原に頼んだらしい。

実験様のマウス…人間はそんなに世話のかからない動物ではない。

ひどく面倒な生き物だ。

「ちゃんと育ってるのかな…もう一人の僕は。」

貴方が哀しみや憂いのかげを、その表情に浮かべるから…俺は決意するんだ。

「近いうちに、確認して来ます。」

「本当?
嬉しいよ、琢磨!ありがとう‼︎」

幾らでも、何でもします。

貴方は神様。

俺の神様が微笑みを浮かべるなら…

この命を差し出したって構わない。

No.158 14/05/29 20:50
ゆい ( vYuRnb )


その夜に、その右手の感触を思い出しながら俺は自慰行為をした。

『…しても良いんだよ?
僕は、毎晩の様に”それ”を強要されている。
君が望むなら今夜、僕は君を思い浮かべてしても良い。
だから…君も僕でして良いよ…』

修也さん…

貴方が俺の耳元で囁いた言葉が、息の温かさが、全身に巡って熱に変わる。

一つになりたいんだ。

俺と貴方とで表裏一体のコインの様に…

No.157 14/02/27 01:26
ゆい ( vYuRnb )


他の研修生から離れて、病院に潜入していた柳原の部下の手引きで修也さんの病室へと案内された。

柳原の部下は、警察内部や病院の職員も含めて何人もいた。

修也さんの担当医、小平医師もその一人だ。

仲間を殺されたのに、柳原が修也さんをそれほどまで執着する理由は分からない。

知りたくもない。
そんなのはどうでもいい。

だって、いずれは俺だけのモノになるんだ。

「修也君、お客さんだよ。」

線の細い身体付きで膝を抱え蹲る白い少年…。

ティッシュ箱くらいの小さな窓から漏れた光を受けながら、その少年は小平の声に反応して顔を上げた。

「あ…っ」

声が出なかった。

彼は、俺が想像するよりも遙かに美しかった。

「少し前に話しただろ?
彼が長岡君だ。」

人払いがされた静かな空間。

「修也…さん?」

ウソだろ…

俺の目の前にいるのは天使の様に柔らかな笑みを浮かべる少年だ。

「初めまして…長岡君。
君は、僕の友だちなんでしょう?」

柳原が彼に何を言ったのかは知らない。
小平が俺を彼にどう話したのかは知らない。

ただ…俺は、溢れるこの感情をどう表したら良いのか分からずに涙を流した。

こんな感動を味わう事が出来た奇跡。

俺の神様が、手を差し伸べ微笑みを向ける。

「あ…っ、会いたかったです…。
ずっと…ずっと…貴方に…っ」

握られた手を忘れない。

冷たくて細くて柔らかい…あの感触を…。

俺が貴方に触れた、あの最初で最後の指先でした抱擁を…忘れない。





No.156 14/02/27 00:53
ゆい ( vYuRnb )


「あのクソガキな、まだまだ使い所があるんだよ。
ずっと監獄に入れさせるにはもったいない男なんだ。
だけど、いくら使いをやっても一向に心をひらかない。
あれじゃぁ一生、檻の外には出れねー。」

『そこでだ…』

柳原は俺に、こんな話を持ち掛けて来た。

『大学を出て警察に入れ。

修也は世間が言うほど非道な人間じゃない。
あれは、本来なら純粋な人間を好む。
お前のその気持ちが、修也を純粋にリスペクトする意思が伝わるなら修也はお前に心を開くかもしれない。
お前が、修也を暗闇から解き放て。』

嬉しかった。

柳原の言葉が…修也さんを解き放つのは俺しないないと思った。

彼を救えるのは、俺しかいない。

その使命感の為に、必死で勉強して大学へと入った。

柳原が望む様な国家試験1級は狙えなかったが、元々周囲の評判が良かった俺は本庁に配属された。

研修の為に、警察指定隔離病院の見学へと向かった日の事は生涯忘れる事はない。

その日は、俺が初めて修也さんと出逢えた日だから…。




No.155 14/02/27 00:32
ゆい ( vYuRnb )


彼に纏わる記事は、下衆な週刊誌も含めて全て読み漁った。

それらから収集した彼の情報を集約して、俺は少年Aについて独自で調べる様にもなっていた。

現場になった河川敷を全部回っては、写真を撮って丁寧にファイリングしたり、彼が育ったと噂されていた修道院に行ってみたりもした。

修道院は閉鎖され人影も無かったが、当時を物語る非道な貼り紙の破片が彼方此方に残っていた。

『悪魔を育てた醜悪な神の館』として名高いこの場所は、俺にしたらどんな場所よりも聖域な気がした。

「お前、こんな所で何をしている?」

こびりつく様に張り付いた紙を剥がしている俺に、一人の男が声をかけてきた。

恰幅の良い、高そうなロングコートを着た男だ。

「修也の知り合いか?」

しゅうや…?

黙ったまま警戒する俺に、男は葉巻を咥えながら続けた。

「てめぇ、歳はいくつだ?」

上から下まで眺めると、男はニヤリと笑って肩をすくめる。

「まぁ…あのクソガキの事だ。
3歳児だってタラしこむ。
あいつは、悪魔だからなぁ…なぁ、お前。」

張り詰めた空気と、鋭い瞳に見据えられて、俺は小さく震えた。

「修也に会いたいか?」

その男は自分は『柳原』と後に名乗った。



No.154 14/02/25 18:04
ゆい ( vYuRnb )



ーー…

『もう、いいや…』

そうやって何でも無気力に過ごした毎日。

対して頭も良くなければ、運動神経が良い訳でもない。

モテる容姿でもない。

何でも『普通』。

それが俺だ。

趣味は、過去の新聞記事をネットで見ること。

小さな記事でも「そこ」に載れるって事が、俺の憧れだった。

些細な称賛を浴びたくて、子供の頃から人に親切にして来た。

たった10円でも、せっせと交番に届けた。

誰に対しても優しく、学校の先生の言う事もキチンと聞いた。

そうやって周囲の信用を取り、中・高と生徒会に入った。

それでも、俺は会計や書記と言った雑用係で会長などには推薦されなかった。

体育館の教壇で全校生徒を前に意気揚々と語る奴を見ては、「そこに相応しいのはお前じゃない。」と奥歯を噛みしめる。

『長岡君って良い人だけど、地味って言うか…存在感がないんだよね。』

『分かる、分かる!
いるのか、いないのか分からないもんね、あの人!』

生徒会室のドアノブを回せないまま、中から聞こえてきた声に固まった。

「もう、いいや…」

自分が信じた正義が、間違っていたんだろうか?

何かが、プツリと途切れた音がした。

その夜に、俺はある事件の記事を目にしたんだ。

たった12インチのパソコン画面に、その人はいた。

『連続婦女暴行殺人事件』

その犯人、少年Aが犯した罪。

金で暴行された少女達を自ら辱めて、殺害し遺棄した…

その取り引きをした主犯格の幹部も殺害。

「…何らかの内部抗争が原因か?
幹部達の仲間とされる少年が、何故こうした犯行に出たのはか不明だ…」

気がつけば、食い入る様にその記事を声に出して読んでいた。

内部抗争…?こいつ、バカか。

俺には確信があった。

何が不明だよ、能無し野郎どもが…!

この人は、少年Aは…

「制裁したんだよ…!
少女達を金で売って汚した腐った組織の幹部達に罰を与えたんだ。」

そして、綴られる記事。

少年は中性的な容姿とは裏腹に、残虐的な性格を持つ極めて危険な人物であると予想出来る。

中性的?

その言葉の意味がイマイチ分からず、俺は近くにあった辞書で「中性的」を引いた。

中性的…女性っぽい顔立ちをした男性、またはその逆。
男性の場合は、主に整った顔立ちの人に対してこう表す事が多い。

俺は、もう一度パソコンに目を移して瞳を閉じた。

少年A、事件当時は18歳。
整った顔立ち…。

想像を膨らませて、俺は俺の中に自らのヒーローを作り上げた。






No.153 14/01/30 01:10
ゆい ( vYuRnb )


「お願いねぇ。
だったら、それらしく懇願してみてよ。」

「…それらしく?」

銃口を岩屋の額に向けながら、長岡が口を歪める。

「零…ゼロだって?
お前は、『藤森 芽衣』の代用品だ。
誰もお前を人間としては認めていない。
単なる実験体・代用品・しいては、生ごみ処理の依頼をされた粗大ごみだろ?
だけど、お前の代わりに本物の芽衣は死んだ。
お前は、その代わりを果たせよ。」

「代わり?
なにをすれば…」

「まずは、『芽衣』らしく俺に懇願しろよ。
岩屋さんを助けてってさ。」

芽衣らしく…

私はチラリと長岡の後ろにいる高瀬を見た。

高瀬は、眉間に深いシワを寄せて軽く首を横に振った。

分かっている。

私は芽衣の代用品ではない。

私は人間…ちゃんとその証明も手に入れた。

岩屋が…この人が、私にくれた。

『澤田 零』の証明。

だから…

私は迷うことはない。

このクソ野郎に…

「お願いします…長岡さん。
岩屋さんと、亮を解放して下さい。」

泣いて縋る、か弱い女の振りをする事なんて。

あんたの望む、知りもしない芽衣のイメージを演じるくらい屁でもない。

芽衣はこんな女じゃない。

「ははっ…あははっ‼
良い子だね、芽衣は。
ねぇ?高瀬さん!」

嘆かないで高瀬。
嘆く必要なんてない。

あんたの芽衣は、あんたが良く知っている。

「可愛くて可憐な芽衣ちゃん。
君の大好きな高瀬さんが死んだら、君は悲しいよね?
君が高瀬さんと修也さんにしか、した事ない事を俺にもしてよ。」

「え…?」

高瀬と、修也にしかした事がないコト?

「君は、汚れの知らない可憐な女の子なんだってね。
修也さんの寵愛を受けた女の子。
君はさ、可愛いと言われ慣れていつも歪んだ笑顔を浮かべていたんだ。
醜くく腐った表情を内側に隠して、罪を隠して…」

そこまで言った長岡の唇に、私は強く自分の唇を押し当てた。

らしくしろ。

その意味が理解できた。

音を立てて唇を離した長岡は、「らしいね。」と言って笑った後で、もう一度私の唇を割いて舌を絡めてきた。

あぁ…

長岡の救い様のない闇は、終わりがない程に深い。

一体、誰を憎んでいるのか…

岩屋?
高瀬?

芽衣?私?

それとも…

「俺は、君を許さない。
絶対に、許さない。
君の罪を…俺は、死んでも許さない。
死体になった君も、あの人も…許さない。」

それとも…

「何度でも殺すんだ。
何度だって俺が、君という諸悪の根元を殺してあげる。」

本当に憎んでいたのは…

「修也さん…っ」

最愛の人…?



No.152 14/01/30 00:09
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

訳が分からない…

高瀬と岩屋が長岡と攻防戦を繰り広げる。

その光景を目にしても、私は混乱した頭を整理する事が出来ずに立ち竦んでいた。

え…?黒幕?誰が…長岡が??

だって、だって、だって…

だって、あんた…言ってたじゃん…

『高瀬さんは、僕の憧れの人です。』

あれは、ウソ?

瞳を輝かせて照れたように笑って言った、あんたのあの言葉はウソだったの?

あ……

その時に走った違和感の正体。

長岡が用意したフリフリの服。
私の顔を見た時に一瞬だけ光らせた瞳。

長岡は、芽衣を知っていた?

私と彼女が一卵性双生児という情報を…彼女が高瀬の婚約者だという情報を知っていたとしたら…

私に芽衣の様な格好をさせたのはワザと?

高瀬が傷つく事を嘲笑う為の演出。

「こいつ…」

二人掛かりの攻撃を華麗にかわして余裕の笑みを浮かべる長岡に、私は怒りを通り越した憎悪を募らせた。

まんまとそれに乗っかってしまった自分に悔しさが溢れる。

「高瀬さんも岩屋さんも大したことないな。
喧嘩なら、俺の方が強いって事ですかね?」

「ちっ…」

汗を滲ませる二人が、本気を出せないのは長岡のポケットに入っている起爆装置が原因だ。

開いたドアの影から三人の様子を伺うと、長岡が私の視線に気が付いた。

「れーいちゃん!」

獲物を捉えた様な鋭い瞳に身体が強張る。

長岡は高瀬のパンチをよけ、岩屋のキックを腕でかわしながら身を翻して素早く私の髪を掴み上げた。

「てめえ、零にさわんじゃねぇっ…」

長岡の肩を岩屋が掴んだその時、銃声が鳴り響いた。

「ぐっ…うぁ…っっ」

「岩屋っ‼岩屋…っ‼」

目の前で岩屋が倒れる。

「どうしたんすか、岩屋さん。
俺が躊躇なく発砲しないと思いました?」

床が…真っ白な床に真っ赤な血が流れる…

「長岡…てめえ…」

「あぁ…怖い顔してますね。
高瀬さん、俺はあなたのその顔が好きでした。
犯罪者を憎む、その顔が。」

血が流れる…

いや…いや…

「岩屋さん、痛いっすか?
痛いっすよね〜…脚には防弾チョッキ付けれませんからねぇ。」

「ぐっ…‼」

更に痛めつけようと長岡は岩屋の傷口をグリグリと踏みつける。

「なんだよ、マグロかよ。
もっといい声で鳴いて下さいよ、岩屋さん。」

痛みに顔を歪ませながらも岩屋は悲鳴の一つも上げずに長岡を睨みつけていた。

「やめろ…、やめろよ‼」

やっとの思いで声を出した時には私の顔には幾つもの涙が流れていた。

岩屋を失う事は耐えられない。

私は岩屋にまだ何も伝えてない。

死ぬ間際に岩屋に言いたかった言葉を…

だから、岩屋をこれ以上傷つける訳にはいかない。

「長岡…あんたの目的は私なんだろ!
だったら、二人でサシを付けよう。
岩屋と高瀬を解放して、爆弾の解除も…。
あと、警察関係者も傷つけないで。」

「…それは無理だよ、零ちゃん。
だって俺は高瀬も岩屋も嫌いだし。」

お願い。

「お願い…」

お願い…岩屋を助けて…

No.151 13/12/17 00:01
ゆい ( vYuRnb )



「…ファッキン糞やろう…っ!
つーか、マジで喰えない野郎ですね、あなたは。」

口の端を元の位置に戻しながら、溜息交じりに長岡が此方を見据える。

「お誉めに預かり光栄だよ。」

「ふっ….、岩屋さんも人が悪いよ。
あんたが黙って誰かの下に付いて大人しく裏方作業する地味キャラに成り下がるなんてのはこっちだって予想外だし?」

今度は、岩屋を挑発する様に瞳を細めながら長岡が薄く嗤う。

「高瀬さんの犬になったなら、そう言ってくれれば良かったのに。」

俺の犬…岩屋が嫌いそうなフレーズだ。

「うーーーっわ!
クソガキ風情が言ってくれんねぇ。」

両手の拳をボキボキと鳴らしながら岩屋は満面の笑みを浮かべた。

「犬は犬でも、俺の主人はコイツじゃねぇ…。お前が想像できねーくらい遥か上にいるお偉いさんの忠実で凶暴な番犬が俺だ。」

あ〜らら…放し飼いされた狂犬が怒っちゃったよ。

「高瀬さんと、岩屋さん…良いっすね〜。
どちらに相手されても申し分ないですよ。
俺に犯されるのは二人同時でも構わないっすよ?」

下唇をペロリと舐めて、長岡が手招きしながら今度はハッキリと挑発する。

「上等だ。」

「お望み通り…」

『二人掛かりでぶち込んで地獄へとイカせてやる…っ‼』

『うらぁぁぁぁーーーっっ‼』



No.150 13/11/18 01:45
ゆい ( vYuRnb )


「長岡の挑発に乗るな。」

グリップを握る手を、別の手が抑制する。

横眼でその手の主を見ると、そいつは真剣な眼差しで俺に首を振る。

「長岡の狙いは、お前に銃を撃たせる事だ。
お前自身に犯罪者のレッテルを貼らせる事で笑いもんにしようって魂胆だろう。
なぁ?当たりだろ、長岡。」

岩屋の指摘に、長岡は肩を上下に揺らしてほくそ笑む。

「当たり‼
さすが、岩屋さんだ。それに比べて…くっくっ…!」

高瀬は無能…ー!

そんな小馬鹿にした様な笑いに、余裕のない俺は一々腹を立てる。

「高瀬が無能…?
お前(長岡)が、この事件の一連の犯人だと最初に見破ったのは高瀬だぞ?
俺は、単にそれを証明する作業をしただけだ。」

「高瀬さんが…?
へぇ…一体、どのタイミングで俺が犯人だと気が付いたの?」

明らかに、長岡から動揺の色が伺えた。

俺は、こいつに何を教えてやれたんだろう。
こいつは俺の側にいながら、何一つとして学んではいなかったんだ。

「俺がお前を疑ったのは警察の医療施設での爆破事件の時だ。」

「そんな前から…?
なぜ…」

お前は、俺を知ろうとはしなかった。
お前は、澤田しか慕っていなかったからだ。

だから、気づかないんだよ。

「澤田の監獄に向かう途中で、お前は俺に言ったろ?」

厳しい視線を送ると、長岡は眉間にシワを寄せながら首を傾げる。

自分が何を言ったのか、記憶を探っている様だった。

「お前は俺に『澤田はもう、ここにはいない。』と言ったんだ。」

あの日、爆風の熱がこもる薄暗い廊下で怯えながらお前が俺に訴えたセリフだ。

「あっ…。」

「思い出したか?
瞬時に違和感が走ったね。
なぜ、あの状況で『澤田はいない』と言い切れたのか。
仮に、澤田が爆破事件を起こして逃走してたとしてもだ…あの発言は刑事として相応しくない台詞だって分からなかったか?」

そうだろ?長岡…。

「お前は、もうあの時すでに『刑事』ではなかったんだ。
その手で罪を犯した後の『犯罪者』だったんだろ?」

微かな直感で検挙率を挙げる俺のその『癖』を忘れたのは、お前が警察官としての立場を離れたからだ。

その時点で決まってた。

俺とお前との立ち位置が大きく離れた事…。

互いに化かし合う巧妙な心理戦が始まった瞬間だ…。



No.149 13/11/13 01:02
ゆい ( vYuRnb )


「そんなに、俺達の関係が気になる?
ヤキモチかなぁ〜?
高瀬さん、13年も『あの人』のストーカーだったし?今も、ずっと頭の中は『あの人』の事でいっぱいだしね。」

高笑いが室内に響く。

「あぁ、気になるね。
知りたくて、知りたくて吐き気がするよ。」

「くっくっ…良いねぇ〜、あんたのその目付き…怖くてゾクゾクするよ。
高瀬さん、さて問題です!俺は「だぁれ」だ?」

ふざけた態度で、また笑い声を上げる。

あぁ…ヤバイな。
ぶっ殺してやりてぇ…。

醜く腐ったその顔に弾をぶち込んでやりたい。

お前にやった親愛の情も、優しさも、警察としての信念も、全部取り返したい。

俺はダメだな…刑事としても、男としても器が小せぇ…。

「てめぇは、単なる薄汚ねぇ犯罪者だ。」

悔しさで食いしばった奥歯の当たりから鉄の味がする。

「ははっ!当たりっ‼
俺は、あんたがこの世で一番大っ嫌いな犯罪者でぇす‼」

「死ね…この野郎。」

殺意…あぁ、そうか…
殺意ってこうやって生まれるんだな。

憎しみ、悲しみ、憐れみ。

それから…救いようのない…怒り。

No.148 13/11/13 00:33
ゆい ( vYuRnb )


「長岡…っ…なんで、お前が…っ‼」

いつも困った様に笑って、それでも俺に着いて来たその従順さが好きだった。

あれは…俺を、俺たち(警察)を陥れる為の演技だったのか?

全部が…嘘だっていうのか?

数年を共に過ごした可愛い部下だった長岡の笑顔が走馬灯の様に頭の中を駆け回る。

「完璧だと思ったのになぁ〜。
何で分かったの?」

パーカーのポケットに両手を突っ込みながら、少しだけ前屈みになった長岡が俺を見据える。

歪んだ口の端とは逆に目付きは鋭い。

「…岩屋だよ。あいつが、お前のネット回線の足取りを掴んだ。」

中東のネットServerから送った、あの脅迫状だ。

足跡を遮断して証拠を消したつもりだったんだろう。

だが、岩屋がその回線を自らが開発したアプリでデーターを復元させた。

あいつが、俺の隣りで常にパソコンをいじっていたのはそのアプリを開発させる作業だった。

「岩屋かぁ〜…やっぱ、あいつスゲぇー‼
ははっ!マジかよ、あの野郎‼
俺が付く奴、間違ってたかもな〜…」

長岡は身体をピョンピョンと跳ねらせて喜々とした後に、髪をぐしゃりと一撫でしながら俺を再度鋭く睨みつけた。

「まぁ、あんたが間抜けなお陰で今日まで俺は『あの人』の計画を実行できた訳だ。」

長岡が『あの人』と指す人物は澤田だろう。

「お前と、澤田の関係性は何だ?」

こいつらに、どんな接点が?
長岡の様子だと、心底澤田に崇拝心がある事が伺える。

何だ…この胸糞が悪い感じは。

「関係性…ねぇ…。何だろうな〜。
あの人は俺の神様で、俺は神に仕える使徒って感じかな?
檻に閉じ込められた罪なき神に代わって、俺が手となり足となって悪に裁きを下してたんだよ。」

つまり、身動きの取れない澤田に色々な指示を受けて実行したのが長岡だ。

そんな事は、こいつを容疑者として認知していた時から察しがついてる。

俺が聞きたいのは…

「お前と澤田が、何処でどうやって知り合ったのかを聞いている。」

グリップを握る手に力を込めながら、俺は長岡を睨む。

ポケットの中の奴の手には起爆装置が握られている。

残りの爆弾が何処に仕掛けられているかは分からない。

その特定が出来ない限り、俺はトリガーを引けない。


No.147 13/10/05 03:21
ゆい ( vYuRnb )

ドアを開いた光の先には犯人がいる。

「銃を下ろせ。」

同じ様に銃を向ける相手に放つ。

男は、黒いパーカーのフードを頭から深く被っていた。

そのパーカーは零やマウスが着ていた物と同じデザインだった。

ずっと忘れていたが、それはいつか見たソレと一緒のやつだ。

あれは…遠い過去の微かな記憶だった。

いつだったか、芽衣が馴染みのない渋谷に降り立った日があった。

あいつは、いつになく意固地で明らかに挙動不審な動きをしていた。

109の交差点で不機嫌な芽衣を宥めながら、俺は先の信号で不審な男の影を見たんだ。

その男は、あの黒いパーカーを着てフードで顔を隠していた。

動かずに、俺たちの方向をジッと見つめていた。

死神の様に暗い影が、まるで周りと同化する事もなく異様な空気を放っていた。

そうだ…奴は、芽衣を迎えに来た死神だった。

気味の悪いそいつに、芽衣を渡すものかと瞬時に思ったのを…あの時の味の悪さを思い出した。

「今度はお前が死神かよ。」

俺は苦笑いを浮かべて奴を睨みつけた。

『リョウクン、レイヲボク二カエシテヨ。』

ボイスチェンジャーで変えられた機械的な声に、堪らなく吹き出した。

「小細工が効いてるな。
それで、澤田に成り切ってるつもりか?
お前が集めたガキな、全員縛り上げたぞ。」

『レイヲワタシテ、ハヤクニゲタホウガイイヨ。
ジャナイト、全員ガ死ヌ…」

そう言って、奴は銃を構えながら左手をパーカーのポケットから出した。

握っていたのは、携帯電話だった。

岩屋の言ってた事がビンゴなら、あれは起爆装置か?

「馬鹿な行動すんなよ?
どう足掻いたって、お前は澤田にはなれないし意味がないんだ。
澤田は死んだ。
あいつは、もう…計画の遂行なんて望んでいない。
あいつは、零を生かす事を決めたんだ。」

銃のロックを外して、グッと力をこめるとパーカーの男に構えた。

「もう一度だけ言う。
銃を下ろして降伏しろ…長岡っ!」

男は、笑いを堪える様に肩を震わせて被っていたフードを引き下ろす。

そこにいた男は、静かな狂気に満ちた恐ろしい眼差しを俺に向けて歪んだ笑みを浮かべていた。

「あ〜あ、バレちゃったなぁ…高瀬さん。」

さっきまで一緒にいた不器用だけど真面目で優しい男の面影はもういない。

目の前のその男は、巡査部長という肩書きを冒涜した薄汚い犯罪者と化していく。



No.146 13/10/04 18:04
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

零の細い手首を取って階段を駆け上がる。

息を切らしながら、横腹を押さえた手からは血が滲んでいた。

「大丈夫か?」

問いかけると微かな笑みを浮かべて、零は頷いてみせる。

“零を奪ってやる。”

数日前に岩屋が言ったセリフだ。

バカだと思った。

何をこのバカは勘違いしてんのか…。

俺は、零が好きだ。

だが、それ以上に俺は芽衣が好きなんだ。

零と出逢って、零に惹かれて欲しいと願った。

それと同時に、どうしたって拭えない罪悪感があった。

芽衣に対して…。

俺が、もっと精神的に大人だったら芽衣をあんな風に傷付けずにすんだのに。

芽衣と向き合って、その孤独を受け入れてあげられたらお前を失わないですんだのに…。

そんなどうしようもない後悔の念に囚われて仕方ない。

俺にとって零と生きて行く事は、芽衣と共存していくって事だ。

そんなの、芽衣にとっても零にとっても失礼な事だ。

何より、もう芽衣を裏切りたくない。

零は芽衣とは違う。

だが、俺はそんな零から微かでも芽衣の面影を探してしまうんだ。

それはもう、零を愛してるって事にはならないだろう….。

それに……

あの日、零が俺の腕の中で倒れた時…

零は確かに最後の力でお前の名前を呼んでた。

それは、言い慣れた上の名前ではなく…

温もりを求める様な優しい声で放ったお前の名前だ。

「零…」

俺は、その手を離して突き放す様に零の身体を岩屋に預けた。

「おっと…っ!」と間抜けな声をあげて下にいた岩屋が慌てて零を抱きとめる。

零はキョトンとしながら俺を見上げていた。

「ここから先は、俺一人で行かせてくれ。
しばらくして戻らなかったら援軍を呼んで突入しろ。」

「高瀬…?」

不安そうに眉を顰める零に、俺は笑ってみせる。

「零、姉さんよりも沢山の歳を重ねろ。
ばぁさんになって、澤田を見返せ。
お前は、意図的に造られた人間じゃない…生まれるべきして生を受けた立派な人間だ。
お前は、お前の人生を生きろ…!」

じわじわと瞳に涙を浮かべて零が小さな口を震わせる。

泣くなよ?

「高瀬っ!待って…!」

泣くなよ、零。

お前はこれからは笑って生きろ。

「じゃぁな!」

「高瀬っ‼」

零…またな。

この先のドアを開けたら、俺は芽衣との約束を果たさなきゃならない。

澤田に奪われた真実の全てを…。






No.145 13/10/04 17:18
ゆい ( vYuRnb )


閉じた瞳に、何を語ろうか。

修也の遺体を見下ろして、言葉を探す。

「普通に出会っていたら…あの日、公園で砂場遊びをしたのがお前だったなら、俺たちは“友達”になれたのかもな…。」

風を通さない遺体保管室のはずなのに、修也の髪が少しだけそよいだ気がした。

“そんな「もしも…」なんてあり得ないよ”

あの柔らかな笑みでお前は、そう言うんだろうな。

散々思った「もしも」が現実になれば、お前は切に願ったはずなんだ。

「もしも、芽衣と普通に出逢っていれば…」と…。

「修也、俺はお前が憎いよ。
姉ちゃんを殺して、その未来を奪った。
家族さえ奪った、お前が憎い。
だけどな、同じくらいにお前に感謝もしてる…零に出逢ったから。
お前が、零を生み出してくれた。
なぁ、修也……」

そっと、修也に触れよとした瞬間、背後から人の気配がした。

振り向かなくても分かる。
この重たい空気感。

「…俺に、零をくれないか?」

修也に向けて言った言葉に反応したのは背後の男だ。

だから、俺はもう一度だけ同じ台詞を吐く。

「俺が零をもらっても良いんだろ?」

今度は身体を反対に向けて、そいつを見た。

「零は物じゃねぇぞ。
それに、あいつはまだ…」

“まだ…”なんだ?

瞳を震わせながら視線を逸らしてんじゃねぇよ。

お前が同情するほど、俺はヤワじゃないし、自信がないわけでもない。

零を手中にしようなんて純情な男でもない。

これは、修也とお前に対する宣戦布告だ。

零の気持ちなんて分かってる。
もちろん、お前の気持ちもだ。

だから、言ってやる。

お前から…
お前たちから…

「零を奪ってやる。」

今度は離さない。
二度と返してやる気もない。

零が俺と生きる事を望まなくても、例え高瀬と行き歩んで生きてく事を望もうとも。

そんなのクソ喰らえだ。

己の欲望のままにしたいと願って何が悪い。

俺に罪があるとすれば…それは、零への気持ちだ。

愛は形のないもの。
そして、儚いもの。

実体がないものを求めて守り、破壊もする。

永遠に生きている限り、追い求め…
そして、彷徨う。

俺たちが犯した罪の正体…それは…ー


No.144 13/10/02 02:12
ゆい ( vYuRnb )


修也を診た精神科医の鑑定書をグシャリと握り潰しながら、俺は修也に向けて微笑んだ。

「お前の本当のIQは幾つだ?」

この当てにもならない騙されまくった嘘だらけの鑑定書に、なんの意味も持たない。

「…今更、最高裁の判定を覆す事なんて出来るの?
僕は逃げるよ。
君が、どんなに僕を裁こうとしても僕は逃げ切る。」

「勘違いすんなよ。
俺は、お前自身に興味があんだ。
俺の本当のIQは推定でも230…世界水準でも1位か2位だ。
だが、お前はさらに上なんだろ?」

この数字が表ざたにでもなれば大変な目に合うという事は容易に想像出来る。

天才が、凡人のフリをするのは思う以上に大変なんだ。

溢れる好奇心が、己の欲求を満たすまで暴れる。
脳をフル活動していないと、呼吸が出来ないのと同じように苦しくなる。

そんな毎日に恐怖し、人の目を気にしながら生きて行かなければならない息苦しさを俺もお前も嫌というほどに味わってきた。

社会と溶け込むんじゃなく、上手く誤魔化して同化しなければ俺たちは迫害される。

見てはいけないものや知り得てはいけぬ物があるのなら、最初から頭の中を空洞にし、目は眼球を抜いた状態で産まれてくれば良かったんだとさえ思った。

「僕はね、学校のテストじゃ50点そこそこしか採れた事がないんだ。
毎回さ、“こんなもんか”ってな具合で平均より少し悪い点をとるように調整してね。
悪目立ちしない努力は何より大変で…点数配分の調整じゃなくてさ、間違えた答えを書くストレスを必死で隠すのが何よりも大変だった。」

修也の言葉に、学生服の袖口が脳裏に浮かんだ。

そこから伸びた震える手首を必死で反対の手で押さえた。

「その精神鑑定のIQテストもそうだった。
普通より少し低い数字を考えながら、僕は禁断症状に似た全身の震えを抑えたよ。
聖二くん…僕はバケモノなんだよ。
たぶん、君が想像するよりもずっと…ね。」

冷ややかな眼差しに、背中がゾクリとした。

俺は、本当にバケモノを目の前にしているに違いない。
修也は、己の測定値にすら測れぬほどの知能をもった人間なのだ。

人間…?

人の形をした、バケモノと言った方が正しい。

「ほんと…僕みたいなのは産まれてきちゃダメだったんだよね。
存在自体が罪…神様が言った事は正しいよ。
さぁ…君は、どうやって僕を裁くの?
君は天才だけど、まだ人間だろ?
僕は…そんなレベルじゃないんだよ?」

同類ではない。

修也に抱いた儚い想いは、その歪んだ口元から否定された。

それは、修也の本心だったのか…
それとも、微かに湧いた友情を打ち砕く為の小芝居だったのか…。

それを知る術はもう、ない…。



No.143 13/09/10 19:02
ゆい ( vYuRnb )


この事件から、俺の進む道の先には必ず高瀬がいた。

大事な人を失った哀しみや憎しみを、増分に修也に向けられる高瀬が羨ましかった。

正しい事を正しいと紛れもない強さで言える高瀬が羨ましかった。

修也の気持ちなど理解出来ないと真っ向から否定できる正義感が羨ましかった。

俺は…悔しいが、修也の気持ちが理解出来ていたから。

俺も言わば、犯罪者の端くれだったから。
俺の正義は何時だって“必要悪”だった。

修也の遺体と向き合ったとき、初めて二人で会話した時の事を思い出した。

鉄格子越しに、あいつの顔を見た。
穏やかな笑みを浮かべて、あいつは俺に謝罪の言葉を口にした。

修也は、裁判の際にも一切の謝罪を口にしていない。

「なぜ、俺に謝罪する?」

スーツのポケットからタバコを取り出して口に咥える。

「僕が謝らなければならないのは、君だけだから。
真里…彼女を手に掛けた時にだけ、罪悪感が生まれたんだ。
ホンの少しだけど…僕は、確かに彼女にすまないという気持ちがあった。
だから……」

すぅー…っと、煙を吐いて修也を身下ろす。

「直接、俺にだけ謝罪するつもりでいたのか?」

問いただすと、修也はコクリと頷く。
余りにも幼い仕草で。

「お前だけが悪いとは思ってねぇよ。」

ため息を尽きながら、タバコを落として踏み潰す。

「君は…真里と同じ事を言うんだね、聖二君。」

「は?」

「君たちはよく似た姉弟だね…羨ましいよ。
僕には、本当の兄妹もいないし、友達だっていない。
ずっと孤独だった。

君が、僕を探してくれた唯一の人だったんだよ…“S”。」

その妖しく光る無機質な瞳に、同じニオイをこいつに感じた。


No.142 13/09/10 18:29
ゆい ( vYuRnb )


三日三晩寝る間を惜しんで解いた暗号には、と在る倉庫街の住所が記されていた。

“僕を見つけて…S”

最後の暗号を文字に変換した後で、俺は痙攣した指先に残りの力を込めて、その住所を警察のServerに転送した。

パチッ…とキーを押した感覚を感じてから、暗闇に堕ちるように意識を失った…。

目が覚めたのは、修也が逮捕されてから2日後の事だった。

点滴の滴がゆっくりと落ちるのを見ながら、テレビの声を聞いていた。

どのチャンネルに合わせても同じニュースで頭が痛くなる。

『被害者』と名前を変えられた姉ちゃんは、悲惨な女子大生として全国に紹介されていた。

病室の窓から見える青空は美しい程に澄んでいる。

手を翳してその光を遮ると、手のひらが赤く透けるんだ。

血が全身に通っていると証明されているのに、心は冷たく冷え切っている。

無機質な俺は、そこから更に氷河の氷に浸された冷たさに身を置く事になった。

その氷を溶かして、燃える様な熱に侵される事などは生涯を賭けてもないと…そう、思っていた。

零…お前と出逢うまでは…。

そして、何よりも…

俺の眠れる導火線に火を付けた、この男…高瀬 亮との出逢いが分厚い氷の板を壊したんだ。

No.141 13/09/01 01:48
ゆい ( vYuRnb )


部屋中の物を破壊して、漆黒の闇に包まれた真夜中。

俺は、小学生の頃に取った空手の全国大会優勝トロフィーを手に握ってパソコンの前に立ち尽くしていた。

ブルーライトに照らされたそれを割りたい。

この空虚な箱の中身を空洞にしたい。

画面を目掛けて思いっきり腕を振り上げた時、ブルーだったそれが黒くなり、一瞬の間に無数の数式が並び始めた。

虚ろな俺の目に、目まぐるしい速さの英数字が画面一体を支配する。

「…なん…だ?」

まるで追えない。

パソコンがバグったのかと思った。

それくらいメチャクチャで意味不明な暗号だった。

いや、なぜ素直にバグったのだと思えないのか…。

俺は、「ふっ…」と笑ってトロフィーを床に落とした。

そして、食ういる様に画面を見つめた。

「あのやろう…。」

人並み外れた計算式で打ち込んでくる“あいつ”の挑戦状を、俺は持てる最大の頭脳で応戦する。




No.140 13/08/14 01:34
ゆい ( vYuRnb )

入手した資料に、姉ちゃんの事は載ってなかった。

連続婦女暴行殺人事件も警察は手こずっていたみたいだ。

その情報は、連日流れるニュースの内容と同じで進展がない。

苛立ちを募らせる警察内部状況から、俺はあのハッカーを思い出していた。

あいつなら、確かな証拠も残さずに殺人を犯す事なんて簡単なのかも知れない。

自分の犯した罪の捜査がどの程度進んでいるのかが気になってハッキングをしていたとしたら?

あいつ…Sと名乗った、あいつが犯人?

ただの興味本意で危険な綱渡りをする凡人も天才もそうはいない。

俺は、確かな確信を持っていた。

直感、とでも言えようか…あいつは俺を知っている。

第三者を通して、少なからず俺の状況を知っている。

その第三者が、姉ちゃんだと…。

不安を抱えた時、人は物事を悪い方向に考える。

だが、大抵の場合はその考えの通りに物事は運ばれていく。

「くっそ…っ!」

何とかして、あいつが辿ってきた回線を探そうとしたが、既に形跡の跡形も消し去って復元も出来ない様になっていた。

俺に出来る事は尽くされてしまった…。

『聖二、外に出て。
貴方にもいつかは友達が出来るわ…同世代の親友だって作れるのよ?』

「姉ちゃん…っ」

震える声でポツリと呟いて床を殴り付けた。

何度も、何度も…。

姉ちゃんの笑顔が浮かぶ度に、自分の非力を嘆く。

血のにじんだフローリング。
流れる涙。

俺の情けない嗚咽…。

何が許せないって。

こうして姉の死を確信してしまっている薄情な弟である事が…希望を持って諦めないという考えのなさが…何よりも許せなかった。



No.139 13/08/12 22:49
ゆい ( vYuRnb )


姉ちゃんが行方不明になり、両親が必死にその消息を捜す中でも俺はあいかわらず部屋から出る事はなかった。

もちろん、真っ当に相手にしてもらえない警察に両親と行って抗議したい気持ちも大きくあった。

しかし、創り上げた世界の外には無数の得体のしれないモンスター達がウヨウヨといる様な気がして恐ろしかった。

部屋のドアノブに手をかけるだけで、鼓動が爆発しそうなくらいにドキドキと波打つ。

いつの間に、こんなにも臆病になったのか…。

ドアノブから離した拳を握りしめて、パソコンに振り返る。

グッと力をいれてキーボードを打ち込む。

違法だと分かっていた。

それでも、俺が出来る唯一の事はそれしかなかった。

警察の機密機関への侵入。

捜査一課だけじゃない。
上層部や、公安内部へも侵入して一連の捜査資料を入手した。

そこで、俺は別のハッカー(侵入者)を見つけた。

そいつは、俺の仕掛けたトラップに気付いて動きを止める。

「誰だ…」

この微妙な回線経路のトラップを見破った?

見えないコンピューター回路の中で、向き合う様に俺たちは睨み合っていた。

一歩でも近寄れば、警察のServerからお前のハッキングが察知される。

相手も、その事を知っているみたいにピタリと動かない。

『お前は…誰だ?』

数式化した暗号で言葉を送る。

同じ様に、向こうからも返事が返ってきた。

『ぼくは、S。君は誰?』

ぼく…?男か?
いや、そうとも限らないか。

『俺も、Sだよ。』

相手のタイピングの速さと、華麗に暗号化を解く鋭さに圧倒される。

過信していた。

俺以外にも…いや、俺以上に頭のキレるヤツがいる。

その相手が目の前にいる。
指を通して、語りかけてくる。

『ここは、君に譲るよS君。』

そのメッセージを残して、ヤツはプツリと回路を遮断して消えた。

額からは大量の汗が噴き出していた。

指先が震える。

力量の差が…度量の差が…

恐らく、事件のカギを握るそいつが俺よりも遥かに突起した人間であると一瞬にして思い知らされた。







No.138 13/07/26 02:13
ゆい ( vYuRnb )

さて、小さな世界の国の王様になった俺は数式學にハマった。

文語や暗号ですら数式化で表す事が出来る。
色の付いていない複雑なパズルよりも難解で面白い。

昼夜を問わない生活だが、確かな事があった。

プログラミングをしたりネットチェスで世界王者と対戦したりする時、きちんと早寝早起きした時の方が調子が良いという事。

夜は10時には寝て、朝は6時に起きる…引きこもりにあるまじき規則正しい生活だ。

困ったことは、一定量の糖分を取らないと集中力が欠落してしまう事。

その量は年々増えた。

糖分摂取の一日の最低平均量が150gだとすれば、俺は軽くその10倍は取らないと駄目になった。

PCは俺のマストアイテムだが、一般販売のspecでは足りなくなった。

改造に改造を重ね、独自に開発したプログラムも入れて、FBIやCIAのデーターにも軽々と入れるまでになった。

侵入経路をブロックしながらハッキングする技術を持っているのは、おそらく地球上では俺1人だけだ。

高揚しながら優越感に浸り、込み上げてくる笑いを抑えたが、ふっと…次の瞬間には頬に涙が伝った。

『何処にいても、結局、俺は独りなんだ…』

俺は本当は天才でもなんでもない。

ドアの向こうから毎日、姉が縋る様に俺の名前を呼ぶ。

「聖二…」

お願いだから、部屋から出て来て。
もっとたくさんの話をしよう。
家族だけで良いから、楽しい会話をしようよ。

確かな温かい愛情が其処にあったのに、それに気付かないでいた俺は…救いようのないバカだった。

「外に出れば、いつかは聖二にも友達が出来るよ。」

ドアの向こうには姉ちゃんの背中がある。

なぜか穏やかな口調に、その日はドア越しに背中を付け合ってその声を聞いた。

「大丈夫よ、聖二。
貴方には、もっと広くて美しい世界が似合うのだから。」

そう言った姉ちゃんの優しい声は今でもずっと俺の耳に残っている。

それが、最後に聞いた姉ちゃんの声だからだ…。




No.137 13/07/26 01:31
ゆい ( vYuRnb )


『友達。』

それは、何時だって無意味な属性。

捻くれた俺の頭の片隅には、塵同然のそんな言葉が長い事明らかな存在感を放って居座っていた。

ガキの頃から、同い年のヤツらとは何かが違うと思っていた。

砂場で砂を集めて固めただけの山を作り、喜ぶそいつらを理解出来ない。

掘って掻き出された土の層によって変わる砂の状態を把握し、水の分量を微妙に調整すれば立体的な城を作れる。

俺の世界では当たり前の常識は、群れた世の中の当たり前の常識とは遠く掛け離れていた。

それは、幼稚園の頃から薄々気付き始め小学校に上がった時に確信した。

周りと話しが合わない。

同級生を見下していた訳じゃない。

むしろ、俺が異常なんだと思っていた。

担任も、『日本にも飛び級制度があれば良いのにな!』と笑って言った。

それは、授業の解説の間違いを指摘した俺に向けられた皮肉だった。

人は、口元を大きく開けて笑っていようとも目だけは嘘を付けないものだ。

冷たく乾いた瞳の恐ろしさに、俺は、また自分を隠す。

小学校6年までの3年間を上手く計算して、どの教科も平均より少し悪い成績を取る事に徹底した。

ワザとらしくないように…
バレないように…

細心の注意を払う。

それでも、それを中学・高校・大学(?)と続けて行く事を考えると急にバカらしくなって投げ出した。

世間一般から離れた自分なら、そこに居る必要はない。

俺は俺の世界で、俺の常識の世界で生きればいい…。

そこは、5畳にも満たない狭いドアの内側。

中学1年の5月…

仲間や友達とは無縁の遠い、独りの世界が俺の全てになった。



No.136 13/07/26 00:48
ゆい ( vYuRnb )


黒く鋭い瞳に、微かな哀しみが浮かぶ。
その笑みは高瀬の諦めにも似たような覚悟を隠した失笑な様なものか…。

「行こう…」

俺には、その心情など解りはしない。
きっと、どんなに想像力を働かせようとも解からない。

解りたくもない。

『大丈夫か?』

そう…続けようとした言葉は、『愚問』だと口を噤んだ。

前をすり抜けた高瀬の横顔は、今まで見た中でも一番カッコ良い。

癪に触るほどに。

零の頭をクシャリと一撫でする、いつもの愛情表現ですら今回ばかりは許してしまいそうだ…。

俺は、2人の背中の少し後ろを歩く。

きっと、こうしてこの2人の並んだ姿を見るのは最後になる様な気がしていた。

高瀬は…この事件が終われば、まるで糸の切れた凧の様に自由になる。

それは、目的を無くした不自由にも似た自由だ。

そんな奴の間近に迫る不安定な未来を心配する程に、俺は『高瀬 亮』という冷徹で無鉄砲な男に魅せられてしまったのだろう。

同僚…?同志…?

いや………

どうせなら、友達と呼びたい。

初めてそんなむず痒い呼び名の関係性を望んだ。

No.135 13/06/15 09:38
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

男は舌先で銃口を舐め上げて、その入り口を零に向ける。

この男が放った、幾つもの弾丸が零を掠めた。

これ以上は我慢がならないと震える右手。

「おい…っ、岩屋っ!」

気付けば、自然と足が前へと進んでいた。

「岩屋…っ‼」

先に、『下手に動いて相手を刺激するな』と忠告していたのは俺なのに…。

制止するかの様に俺の名前を呼ぶ高瀬を無視して、一歩、また一歩と歩みを進める。

その速度は勢いを増して、男との距離を縮めた。

「く…っ、来るな!」

いきなり詰められた男は瞳を大きく見開いた。

「邪魔をするなっ!」

動揺した男は咄嗟に迫り来る俺へと銃口を向ける。

「岩屋…っ!」

零の叫び声を横目に受けると、床を滑る様にスライディングしながら銃を男の脚を目掛けて発砲した。

乾いた発砲音が2発…ほぼ同時に響き渡った。

「うわぁぁぁ…っ‼」

勢いが余って壁に衝突しつつも、倒れ悶える男に目をやる。

男は、撃たれた脚を抱え込む様にして床をゴロゴロと回っていた。

「大丈夫か…?零…」

寝転びなから、零を見上げる。

「バカ…っ!あんたって…本当に、無茶ばっかり…」

目を真っ赤にして、俺を睨みつけるその眼差しが愛おしく思えた。

「岩屋、てめぇ…よくもこの場(警視庁)で発砲しやがったな。」

男を縛り上げながら、高瀬が静かな怒りを見せた。

どんな処分が下されるか…。
鮮血に汚された白いタイルに目をやりながら、俺は苦笑いを浮かべた。

「高瀬さん、どうしよう。
僕…クビになっちゃうかも。」

「一生やってろ!バーカ。」

呆れ顔で差し伸べられた手を取って立ち上がる。

高瀬は俺の肩に着いた埃を払ってニヤリと笑みを浮かべ、言った。

「さぁ、黒幕の所へ行こうか。」


No.134 13/05/13 22:42
ゆい ( vYuRnb )

口の中に溜まる血を吐き出して、袖で口元を拭う。

修也から受けた2発目の傷口が痛んだ。

わき腹に手を当てると、シャツから血が滲み出ていた。

どうやら、蹴られた時に傷口が開いてしまったようだ。

「…貴重な血なのに。」

看護士が教えてくれた。今、私の身体に巡る血液は、殆んどが高瀬と岩屋から提供された血なのだと。

それを無駄に流す事など許されない。

さっき見た、拳銃のシリンダーは6個…つまり、装弾数は6発。

こいつは、既に5発を発砲してる…私の予想通りなら、残された弾はあと一発。

もちろん、弾の予備が無ければの話だ。

「どぉした、子猫ちゃん。
そんなに、縮こまっちまって…さっきまでの威勢はどこに行っちゃったの?」

あと一発…!それだけ上手く躱せれば…

「なぜ、修也はアンタらの神様なんだよ…?」

質問を投げかけながら、ゆっくりと壁に寄りかかる。

男は、噛み締めていた唇の力を抜いて、口角を上げながら白い歯を見せた。

「初めてあの人を見たのは、19インチの小さな画面だった。
とあるホームページには、修也さんの勇姿を讃えた行いが記されてた。」

男は、少し興奮気味に饒舌に語り始めた。

「オレは、修也さんこそが正義だと讃えるホームページ上の仲間達と一緒に、リーダーが祭り上げた神輿を担いだだけだ。
本当は、仲間なんて必要ないし、リーダーなんてオレには不要だ。」

「じゃぁ…なぜ、あんたは他の奴と一緒になってこんな事をしているの?」

「修也さんをリスペクトしているのは、本心だから。
あの人を神と掲げる忠誠心は、誰にも負けない。
だから、勝手に彼の右腕と自称して組織のリーダーを名乗るアイツに思い知らせてやりたくて。」

にじり寄る私を、男が持つ銃口が追ってくる。

全身から、冷ややかな汗が吹き出してきた。

その台詞の後が読める。

「修也さんが殺れなかったお前を、リーダーではなく、オレの手で殺ってやる…!」


それは、先程までは感じなかった確かな殺意。











No.133 13/05/13 09:36
ゆい ( vYuRnb )

不思議と、この男に向けられた銃に恐怖はなかった。

何度と、その鉛に嚇かされたか分からないけど、心の底から恐怖心を抱いたのは修也の向けたソレだけだと思い知る。

答えは簡単だ。

私を殺そうと本気で思っていたのは、他の誰でもない…修也だけだった。

だから、こんなゲームの延長戦でしかない単なるお遊びにビビる訳がない。

「ふ…っ!」

不意に吹きだした私に、男の肩がピクリと上がる。

「何が可笑しいんだよ。」

低く、ドスの効いた声だ。

「あんたってさ、学芸会でも主役になった事もなければ、運動会のリレーでヒーローになった事もないでしょ?
誰かに賞賛された経験なんて無いんだろ?」

クスクスと笑い声をふくんで、人差し指の腹を男に向けた。

グリップを握った手が震えて、カチッとロック解除の音が聞こえた。

図星なのだ。

「あんた達(テロリスト)は、そういう賞賛を浴びるヒーローの陰で燻る劣等生なんだよ。
悔しかったんでしょ?
いつか、自分もその賞賛の渦にのまれてみたい。そう、考えたのが、このふざけた茶番だ?」

「ふざけた茶番だと…?」

怒りに満ちた男の身体が、静かに震える。

私は、次期に放たれる弾に備えて、身を小さく竦めた。





No.132 13/04/10 01:54
ゆい ( vYuRnb )


何でもいい…。
男の隙を作る何か…。

「そんなに攀じるほど、首筋が感じるの?」

皮肉に笑う歪んだ男の口元。

「あんた…人の痛みが分からないって言ったよね?」

「あぁ、言ったよ?それが?」

ある方法を思いついた。

「私にも分からなかったよ。
世の中の正しい事も…それこそ、何が本当に正しいのかさえ分からずに。
それを分かった風に言って、正そうとする奴なんか皆…偽善者だと思ってた。」

「ふぅん…で?」

男が顔を上げて、私を見る。

少しだけ、興味を持ったって事か?

「人に嫌われて拒絶されるより、人を嫌って拒絶する方が楽だと思ってた。
人の痛みなんて関係ない、考えた事もなかった。
それに比べて、あんたはちゃんと人の痛みを知ってるよ。」

「はぁ?」

人をバカにする様に笑みを浮かべた男の胸ぐらを掴んで引っ張る。

「あんたは、どうすれば人が傷付くのかを知った上で、それを見て快感を得る変態なんでしょう?」

男の耳元で、そう囁いて笑った。

「お前…っ!」

目と目が合うと、男は悔しそうに顔を歪ませて銃を持つ腕を上げた。

馬乗りになってた身体が軽く浮く。

今だ!!

隙をついて腰を浮かせると、男はバランスを崩して身体を右によろけさせた。

そのチャンスを逃さない。

空中に浮いた銃を持つ腕を取って、今度は私が男の上に跨る。

「このアマっ!」

男の力の前では、女の私は非力だ。

この腕を長い間、押さえ付けるのは無理。

「岩屋、高瀬っ…早く!
早く銃を…っ!」

だが、男は攻防しながらトリガーを引くから散乱した銃弾が四方に飛んで高瀬達が近寄れない。

「くそっ!」

「くっ…」

早く…力量に負ける…っ。

腕の力が抜けて行く…!

苦痛を浮かべると、男は私を押し退けて下から腹を蹴ってきた。

痛みが走り、激しくむせ込んだ。

「この女…オレをなめやがって!」

男はゆっくりと立ち上がり、正面に銃を構える。









No.131 13/04/10 00:58
ゆい ( vYuRnb )


「やめて…っ」

引き裂かれたシャツの胸元に男の顔が埋まる。

「いいね、その顔…ゾクゾクするよ。」

肌を吸われる唇の生温かい感触。

こんな奴に、身体を蝕われるのはゴメンだ。

顔を横に背けると、目の前には銃口の丸い穴が飛び込んだ。

黒い鉛のトンネルみたいな入り口。

何とかしないと…。

壁に手を伸ばす。

『壁を蹴り上げて、その反動を利用すれば高く遠くにも飛べるんだ。』

ふいに、マウスの言葉が脳裏に浮かんだ。

パルクール。

マウスが得意としていた移動手段のパフォーマンス。

『マウス、あんた凄いよ!
何でそんな事が出来るの!?』

彼の見惚れる程の技術に、興奮して見ていた。

『岩屋君に教えてもらったんだけど、いつの間にか僕の方が上手くなってた。
身体が小さいし軽いから上達したんだと思う。』

一瞬でも壁を横走りしたり、縦に蹴り上げて人の後ろに回り込むなんてお手のもの。

『ゼロも一緒にやろうよ!』

パーカーから覗いた白い歯…表情や感情を表に出さない彼が、心から笑った日だった。

それから、色々な手解きを受けながら二人で夢中になって練習した。

人との距離を置いていた私に、友達と呼べる相手が出来た。

この、白くて硬いコンクリートに自身を託せるかも知れない。

『ゼロなら必ず飛べるよ。』

そこに、マウスの満面の笑みが浮かぶ。

私は身体をよじりながら、男の気を引く方法を考えた。









No.130 13/04/04 02:17
ゆい ( vYuRnb )


「モテモテだね、零ちゃん。」

帽子から半分だけ覗いた顔でも、こいつが正端な顔立ちとだ言う事が分かる。

頭の回転も、あの正確な射撃術からも、身体能力が高いと分かった。

それに、岩屋の言う様に冷酷な人間だと言う事も…。

厄介な奴に捕まったもんだ。

「愛する人が、目の前で奪われたらどう思うんだろうね。」

男の口角があがると、こいつは私の頭を掴み上げて無理矢理自分の唇に私の唇を合わせた。

「んーーっ!!」

もがくと、額に当てられた銃から弾の回転音が聞こえた。

“大人しくしろ”

そういう事なのだろう…。

「この野郎…っ!」

高瀬が銃をこいつに向け直した時、こいつは引き金を弾いて私に向かって発砲した。

弾は、顔面スレスレの壁に埋め込まれた。

「言っただろ?
下手な真似をすると、零ちゃんを撃つって…今度はこの綺麗な顔に撃ち込んじゃうからね?」

「あの野郎…さっきから、気安く俺の零を呼びやがって…!」

『俺の…』って、いつから私は岩屋のものになったんだよ。

「聞いた?
あの色男さん、零ちゃんにベタ惚れみたいだね。」

「それなら…」

男は薄っすらと妖しげな笑みを浮かべると、銃のグリップ部分で私の顔を殴った。

その衝撃で、壁沿いに倒れる。

激痛と、血の味が口に広がった。

「「零っ!!」」

高瀬と岩屋の声が微かに聞こえた。

ヤバイ…頭が朦朧としている。

「あれ〜、まだ意識がある?
意外と、メンタル強い方なのかな?」

男の顔がぼやける。

「オレはさ…人の痛みが分からないんだよね。
よく、『人の痛みを知りなさい』って、学校の先生や親が言うだろ?
だけど、オレには分からないんだ。
どうしたら、それが分かるのか…。」

「なに…言ってんだよ…」

男が、私の上に跨る。

「だから、どうすれば人が傷付くのか見たいんだ。
ねぇ?手も足も出せないまま、愛おしい人が犯されていくのを見るのはどんな気分なんだろうね…?
愛する人の前で、犯されるのはどんな気分なのかな?」

「やめ…ろ!」

シャツに、奴の手が伸びた…。

やめて…二人の目の前で…
多香子の私を哀れむ瞳の前で…

惨めに、あんたなんかに弄ばれたくない。

男が掴んだシャツを片手で乱暴に引き裂く。

「やめてぇ…っ!!」

ブチブチと、ボタンが弾ける音と、自分でも驚く程に女っぽい悲鳴が響いた。














No.129 13/04/03 02:57
ゆい ( vYuRnb )


「ダメだ、高瀬…。
あいつの銃口の向きと指の動き…それから標的を定める視線は精確だ。
下手に挑発しようもんなら、本気で零を撃つぞ…!」

「へぇ〜、あんな一瞬でオレの事を見分けちゃうのスゴイね。」

岩屋の本気の目…久しぶりに見た。
あんたのその目、逆に恐いんだけど…。

どうやら、高瀬と岩屋は手出しが出来ないみたい。

私が、人質に捕られたからだ。

自分の失態は、自分で何とかしないとダメだ。

「さて、零ちゃん…ご対面しようか。」

男は、銃口を突き付けながら私の前へと回り込んだ。

深く被った帽子から、半分だけ瞳が覗く。

「あれ?ホントに美少女だ。
さすが、修也さんが入れ込んだだけの顔してんね。
リーダーが話を盛ってるだけかと思ったけど…期待以上だよ。」

「何の話し?」

「リーダーが、あんたの事を飛び切り可愛いって言ってたんだよ。
痛ぶるには、S心を掻き立てられて最高だって。」

私を知ってる奴がリーダー?
そいつは、私に会った事が?

「なぁ、そこの2人の刑事さんって零ちゃんに惚れてんの?」

小馬鹿にする訳でもないような飄々とした質問だ。

こんなKYな奴、きっと社会でも上手く行かなくてテロリストに成り下がったに違いない。

「そんな事…お前に関係なっ「惚れてるよ。」

高瀬にかぶせて岩屋が言った。

「因みに、強がってる横のコイツも惚れてるよ。」

これまた飄々と、隣の高瀬を指差して岩屋は続けた。

そんな岩屋の手を、高瀬がブチ切れながら叩き落とした。

「痛いよぅ…ホントの事言って何が悪いんだよぅ…。」

「黙ってろ、バカっ!」

岩屋も元祖KY男だからな…。

岩屋は警察に入って良かったかも…一歩間違えたら、テロリスト側になってもおかしくない気質だ。










No.128 13/04/03 02:17
ゆい ( vYuRnb )


そこまで自身過剰にいうなら、『仕事出来ますみたいな顔』じゃなくて正真正銘『仕事出来る』って言えば良いのに。

まぁ…それは、身を持って立証した訳だから別に良いのか。

3人を巻き上げて立ち上がると、高瀬が多香子のロープを解いているのが目に入った。

手首を痛めた多香子の手を取って、傷の具合を見る高瀬の瞳は優しかった。

見たくないのに視線を反らせない私は、いやらしい…。

岩屋は、他の刑事達の具合を見ている。

あの輪の中には入れない自分。

また、高瀬と岩屋に距離を感じていた。

あの人達は仲間だが、私は違う。

そんな捻くれた疎外感を抱く私は腑抜けだ。

そんなだから、糸も容易く隙を突かれるんだ。

「零ちゃん、つーかーまーえた。」

忍び込んだ新たな敵に、後ろを取られた。

「「零っ!!」」

高瀬達が私の異変に気付いた時には、武装した男に身柄を取られた後だった。

片手で羽交い締めされ、後頭部には硬いあの感触。

何度、こうして銃口を突き付けられたか分からない。

ある意味、慣れたよ。

それより…

「…何で私の名前を知ってんの?」

嫌な予感がした。

修也の一件は終わったんじゃなかったの?
まさか…まだ、事件は終わってないの?

「あんたが“零ちゃん”なんだろ?
オレらのリーダーが、あんたの事を言ってたからさ。」

リーダー?

「リーダーって、修也の事?」

「修也さんは神様だよ。
リーダーは、修也さんの従順な片腕さ。」

「どういう意味?
修也は死んだの。
それに一連した計画もなくなった…あんた達の目的は何?」

その男は、今までのクソガキめいたテロリスト達とは違う雰囲気を発していた。

表情なんて見えないが、何だろう…全身から漂う空気が冷たくて怖い。

修也が、時折り見せた冷酷なあの雰囲気に似ている。

「目的ねぇ…。
なんだろ?それはリーダーにしか分からないんじゃない?
オレ達は、単にその祭りに乗っかてるだけだからさ。」

つまり…こいつらは、単にゲーム感覚で爆破したり武装して人を拘束しているだけなのか?

「その娘を放せっ!」

高瀬が銃を構える。

パンッー…!!

銃声の後で、さっき拘束した男の一人が悲鳴を上げた。

「貴様っ!!」

「オレを挑発しないでよ…刑事さん。
じゃないと、今度は零ちゃんを撃つよ?」

撃たれた男の肩から、血が流れる。

こいつは、なんの迷いもなく人を撃つ。




No.127 13/04/02 16:58
ゆい ( vYuRnb )

「あーあー、みんな物騒だなぁ。
とりあえず全員、銃を下ろして話し合いで解決しません?」

岩屋が両手を上げて、高瀬を取り囲む男達に言った。

「何言ってんの?おっさん。」

高瀬を挑発した男が、失笑しながら今度はその銃口を岩屋に向ける。

「おっさん…?」

「あれ?気に触った?
俺、あんたらみたいなイケメン気取ったおっさんが大嫌いなんだよ。
いかにも、“仕事出来ます。”みたいな顔してさ。」

男は、銃の先端を岩屋の頬にペタペタと軽く叩いて笑う。

「なるほどね…でもさ、それは君の偏見だよ。
俺は面倒な事が嫌いだし、仕事だって好きで頑張ってる訳じゃないんだ。
それに…俺は、仕事が出来る方じゃない。」

「へぇ〜、その割には仲間を助けようと飛び込んで来たじゃん。
刑事の正義感かな?」

「正義感?違うよ。
大体、そこのイケメン風なおっさんは俺の仲間じゃないし。」

顎でクイっと高瀬を指す。

高瀬は、岩屋の落ち着いた物腰に眉を潜めている。

「じゃぁ、何で助けに来た?」

男が尋ねると、岩屋は手を上げた状態で多香子を指さした。

「あの女…良い女だよね〜。
勇気を出して助けたら、ヤらせてくれないかと思って。」

「…最低。」

縛られた状態で、多香子は岩屋を睨んだ。

ほんと、最低野郎だ。

男は、そんな岩屋に爆笑していた。

「岩屋…てめぇ、ふざけんのも大概にしろよ?」

今度は高瀬が岩屋に銃口を向けた。

「なに…してんの?」

二つの銃口がそれぞれに高瀬と岩屋を差している。

メチャクチャな光景だ。

「オイオイ…仲間割れかよ。
ったく、日本の警官も地に堕ちたもんだな。」

男が皮肉な笑みを浮かべた瞬間、岩屋は身を翻して男の腕を掴んだ。

その男から暴発した弾が、高瀬をすり抜けて別の男の足に当たった。

その隙に、もう一人の男に高瀬が飛び掛かる。

そいつが発砲した弾が、高瀬の頬を掠めた。

全てが一瞬の出来事だった。

岩屋と高瀬の攻防撃は、溜め息が出るほどに俊敏で華麗だった。

二人であっという間に、テロリスト達を鎮圧すると、高瀬が私に手招きをした。

「零、こいつら縛り上げるのを手伝ってくれ。」

手渡されたガムテープを受け取ると、高瀬は拘束されてる仲間の刑事達の縄を解き回った。

私は、岩屋が取り押さえた男の手首足をガムテープでグルグル巻に縛る。

「日本の警察は優秀だって聞いた事あんだろ?」

うな垂れるテロリスト達に、岩屋が言う。

「そうやって、カッコつけられんのも今のうちだ…!」

睨みつける男の頬をペチペチと叩いて、岩屋はそいつの口をガムテープで塞いだ。

「カッコつけてんじゃなくてカッコ良いの!
イケメン気取りじゃなくて、イケメンなの!
分かる?
それから、『おっさん』じゃなくて『お兄さん』ね?」

…根に持つタイプなんだな。





No.126 13/04/02 01:01
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

多香子…。

高瀬が、青ざめた顔してあの女の名前を呼んだ。

その横顔には、私なんて入ってなかった。

痛い…まだ、痛むこの胸が…

「ムカつく!」

「零ちゃん…?」

ドアの陰に隠れて、高瀬とテロリストらしき男達の攻防を見つめる。

男達の銃口が、高瀬に向かっていた。

慌てて、中に入ろうとする肩を、岩屋が押さえる。

『何で、止めんの!?』
私の言葉に出せない思いを、岩屋は真っ直ぐな視線で受け止める。

そして、小声で囁く。

「俺が行く。」

そう言って、岩屋は私の前を過ぎた。

私は唇を噛み締めた。

修也の時も、私は手足すら出せなくて高瀬達の役には立たなかった。

芽衣の時も…
捕らわれの時も…

ただ、傍観して誰も助ける事など出来なかった。

強くなりたい。

せめて今度は、大切な人を守りたい

もう…誰も失いたくない。





No.125 13/04/02 00:30
ゆい ( vYuRnb )


俺が呆れ顔で見ると、岩屋は拾った携帯のICチップを抜いてポケットから別のICチップを取り出して入れ替えた。

「何をしてる?」

「この携帯に掛けた全ての発信源が、俺の携帯を通じて本部に送られるシステムのICチップを入れたんだよ。」

岩屋はニンマリと笑って、そう答えた。

「お前…いつも、そんなもん持ち歩いてんのか?」

「まぁね。
色々な探りを入れるのが俺の仕事だからさ。」

「まさか、警視庁内の何処かに盗聴器でも仕掛け回ってんじゃねーだろうな?」

イヤミも含めた軽い冗談で言ったつもりだが、口角を上げて質問に答えない奴を見て、さながら冗談では済まないかも知れないと思った。

「こいつ…私にも追跡機を仕込んだんだ。」

零の冷たい視線に、岩屋はペロリと舌を出して戯ける。

「この、オタク野郎。」

「零ちゃん…高瀬さんが虐めるよぅ。」

「知るかっ!」

俺と零に突き放されて、落ち込んだフリをする岩屋を放って先に進む。

しばらく行った所で、銃声がした。

それは、その先にある組織犯罪対策部の一室から聞こえた。

組織犯罪対策部には多香子がいる。

「多香子…!」

俺は、銃を構えてその一室に飛び行った。

中には、武装した3人の男と、そいつらに拘束された対策部の連中がいた。

普段時に、銃の携帯所持を許されていない刑事達は丸腰同然だ。

武装した集団に立ち向かうのは不可能に近い。

角に追いやられて両手を縛られた連中の中に、多香子を見つける。

「武装解除して、そいつらを解放しろ!」

銃口を向けてテロリストに放つが、逆に3人の持つ銃が一斉に俺に向けられた。

「お兄さんは、刑事?
なんで、銃を携帯してんの?
ここにいる間は、上司に許可されないと持てないんじゃなかった?」

テロリストの1人が、舐め腐った口調で言う。

深く帽子を被っていて表情が見えないが、声からして10代〜20代のクソガキだと推測出来た。

















No.124 13/04/01 00:27
ゆい ( vYuRnb )

後方に控えてる岩屋に、男の存在を合図で送る。

指のサインを受け取ると岩屋は頷く。

俺は、死角に零の身を潜める様に促した。

男はまだ、此方の動きには気付いていない。

一瞬の隙を付かなければ、仲間を呼ばれるか発砲されてしまう。

出来る事なら、警視庁内での銃撃戦は避けたい。

「オイっ!」

俺の声に、男が振り返る。

「なっ…⁈」

階段上から飛び、そのままの勢いで男に飛び蹴りをお見舞いする。

男は倒れ、呻き声をあげると、苦し紛れにズボンのポケットから携帯を取り出した。

俺はそいつの手を蹴り、携帯を飛ばす。

「このヤロ…」

「あん?なんだよ?」

もう一発、睨みを効かせる男の頭を蹴ると、そいつはグッタリと意識を失った。

すぐさま頚動脈に触れ、脈拍を確認する。

「よし。」

俺は手で合図を送り、岩屋と零を呼び寄せた。

「ありゃ〜…完全に落ちたね。
高瀬さん、相変わらず容赦ねーな。」

岩屋は、ポケットに両手を突っ込みながら伸びた男を見下ろす。

「意識を飛ばさなきゃ、後が面倒だ。」

男の腕を後ろに回して、階段の手すりと手錠で固定する。

「一名、拘束完了。
次行くぞ!」

「はいはい。」

滑り落ちた携帯を拾いあげて、岩屋は空返事を返す。

まったく…緊張感のない野郎だ。






No.123 13/03/31 02:47
ゆい ( vYuRnb )


「さてと…じゃぁ、高瀬さん。
ちょっくら行ってきますか!」

岩屋は、スーツに付いた塵を叩きおとして立ち上がる。

「あぁ…!」

俺も、零の肩を抱いて立ち上がった。

事の事態を理解出来ずに困惑する零の顔を覗いて、「大丈夫だな?」と問い掛ける。

零は、コクリと頷いた。

「お前は、ある程度の腕がある…自分の身は、自分で守れるよな?」

そう言うと、今度は強い眼差しで力強く頷いて見せた。

「よし!」

零の頭を撫でて、俺たちは一課を出る準備を固める。

「待て、高瀬っ!
勝手な事をするなっ!」

刑事部長が止めに入るが、俺は躊躇なく足を進めた。

「ここに居ても、テロリストに侵入され拘束されるだけです。
それなら、こっちも事態の集結に向かわないと負けます。」

「高瀬っ!」

呼び止める声を振り切り、俺は一課を出た。

あぁ…移動だけじゃなくて、今度は降格処分も覚悟しなきゃならねーな。

そんな事を思いながら、身を構えて廊下を壁伝いに進んだ。

辺りは、妙に静かだ。

他の部署も既に拘束されたのかも知れない。

岩屋の携帯にタイムラインで送られてくる映像を頼りに、テロリストがウロついてる場所を探る。

階段に差し掛かると、ブルーの清掃服を着た男が踊り場で立っているのが見えた。





No.122 13/03/31 02:08
ゆい ( vYuRnb )

「はい、岩屋です。
あぁ、前田か…?」

「主任!今どちらですか!?
公安内部に、警視庁で爆発ありとの連絡が入りました!
至急、こちらに戻って来て下さい!!」

緊迫した様子の前田の声が、こっちまで漏れてきた。

「今…?
俺、いま警視庁…てへぺろ!」

…バカか、こいつは。

「なっ?!
渦中じゃんっ!!」

前田…お前も相当テンパってんな。

「前田、公安に入ってる警視庁の爆発状況を教えてくれ。」

「はい。外部から見た被害状況から、第一波の爆発元は1階ロビー入口付近です。
第二波は、4階会議室付近かと思われます。」

1階ロビーと、4階の会議室…。

電話から漏れる声を、必死に聞き取る。

「死傷者の報告は?」

「まだ、詳しい情報は分かりませんが…少なからず被害者は出ている模様です。
それから…」

前田の声が小篭る。

「どうした?
続けろ…。」

岩屋が促すと、前田が低い声で発した。

「清掃員の服装をした複数の何物かに、警視庁が占拠されています…。
すでに、防犯カメラに映ったテロリストらしき人物を確認しています。
警視総監付きのSPから画像を送られてきてますが…テロリストは、銃を保持しています。」

占拠…?
バカな…ここは、警察の中核…警視庁だぞ?

「聞いたか?
高瀬…ここが、占拠されたぞ。」

「あぁ…聞いたよ。
最悪だ…」

俺は舌打ちをして、落ちた始末書の裏にマッキーを走らせた。

「前田、テロリストがウロついている場所を特定して携帯に動画を転送してくれ…それから、警視総監付きのSPは何人いる?」

「5名です。」

「なら、そのうちの3人を対テロリスト班に回せ。
それから、お前もこっちに来れるか?」

「はい、もちろんです。」

岩屋が前田と話をしている中で、俺は紙を刑事部長に見せた。

それは、岩屋と前田のやり取りを簡潔にまとめた報告書だ。

“爆破元1階ロビーと4階会議室。テロリストに同庁占拠された模様”

刑事部長は、目を見開いてそれを読むと慌ててデスクの電話を取った…が、どうやら回線が切られたようだ。

首を横に振って俺には返した。

その様子を岩屋も見ていた。

「…警視庁内の回線が切られた。
ここからSATは呼べない。
公安からSITの要請をかけろ…!」

「…はい!」

こうなれば、岩屋様々だな。


No.121 13/03/31 01:18
ゆい ( vYuRnb )


一課にある、自分のデスクに零を案内する。

周りは、事件の中核であった零に視線を注いだ。

澤田の妹…という事もあり、その視線は鋭くて何とも言えない張り詰めた空気に満ちた。

零は、そんな中で気丈にデスクに腰掛けて、俺が渡した書類を慎重に読み始めた。

「ここに、名前を書けば良いの?」

「あぁ、そうだ。」

零にペンを差し出しだそうとした時だ…。

振動と共に、爆発音が轟いた。

爆風で、天井から微かにヒビ割れた壁の破片が埃と共にパラパラと降り注いだ。

突然の衝撃に皆、咄嗟に床に伏せる。

俺は零の上から覆い被さり、辺りを見渡した。

「なに?何があったの…?」

「分かんねーよ…!」

この建物内で爆発があったのは確かだ。

直ぐに、身を屈めた岩屋と目が合った。

岩屋とのアイコンタクトで、奴の心境をキャッチした俺は、小さく頷いた。

周りは、騒然としている。

電話が、あちこちのデスクで鳴り響く。

「なんだ!!一体、何が起こった!」

「分かりません!
庁内の一室で、爆破があった模様です!!」

「そんな事は分かってる!!
爆破元は何処だっ!」

バタバタと周りが対応の対策で駆けずる中で、再び爆発音が響いた。

床が揺れ、足元がおぼつく。

身を小さくし、零の頭を守りながら岩屋と俺の間に零を挟んだ。

「チクショウ…ナメやがって!」

岩屋が、舌打ちしながら呟いた。

その瞬間、岩屋の携帯が鳴った。




No.120 13/03/31 00:11
ゆい ( vYuRnb )


「もう、二度と私の前に現れないで。」

藤森を見下ろしながら、零はそう吐き捨てた。

これから始まる藤森の地獄は、終わりのない絶望感から幕を開ける。

法では裁けなかった罰を、生きている限り受け続けなければならない。

『君は、芽衣の何を見てきたの?』

まただ…澤田に言われた言葉が、こびり付いて剥がれない。

俺は…芽衣を見ていなかった。
芽衣を解ろうとしなかった。

自分の弱さを言い訳にして…彼女を受け入れなかったんだ。

その代償が、彼女を失うという事になった。

悔いても悔やみ切れない。

芽衣…。

泣き崩れる藤森を横目に、俺もそんな風に何もかもを吐き出して泣きたいと思った。

プライドも、立場や、任務も捨てて…ただただ、お前を想い泣き崩れたい。

お前が死んだ時にそうしていれば、今よりは苦しくなくて済んだのかもな…。

藤森を羨みながら、その横を過ぎる。

後悔しない生き方なんて誰も出来ない。

今だってそうだ。

岩屋に手を引かれる零が目の前にいる…。

一度は切り捨てた愛を、もう一度取り戻したいと願うのは、随分と勝手な思い込みだ。

後悔したくない。

そう、分かっていても…出来ないんだ。

『亮…愛してる。』

零が、死にものぐるいで芽衣の最後の言葉を伝えたから…。

俺は、それを受け取ったから…芽衣を裏切る事は出来ない。

一生…芽衣以外の女を愛する事は許されない。

それが、俺の彼女への責任だ。

岩屋と繋がる零の手に、胸を痛める事さえ罪なんだ…。








No.119 13/03/27 03:58
ゆい ( vYuRnb )

零に、遺骨の引き受人の書類を書いてもらう為にデスクへと戻る途中、拘置室のドアが開いて俺たち三人は足を止めた。

中から長岡と、零とは鉢合わせてはならない男が出て来た。

「高瀬さん…藤森氏の釈放が決まりました。」

一千万の罰則金と、五百万の保釈金を支払う事で『藤森 竜夫』の保釈が認められた。

おそらくは…このまま不起訴となるだろう。

だが、今の問題はそこにない。

俺と岩屋は、咄嗟に零を隠す様にして藤森の前に立ちはだかった。

俺は、長岡に軽く頷いて藤森の前を過ぎた。

だが、事は遅かった様だ…。

通り過ぎる零の腕を掴んで、藤森が彼女を「芽衣っ!」と叫び止めた。

「…誰?」

零は眉を潜めて、怪訝そうに藤森を見る。

「なんでもない、零…急ごう。」

藤森の手を振り払い、岩屋が零の手を引いた。

「待ってくれ!
その娘は…私の娘じゃないのか!?
君は、ゼロ…零なんだね?!」

藤森は、涙を浮かべて零の顔に手を当てる。

その気迫に、俺も岩屋も呆気に取られた。

いや…怒りに満ちた感情から身体が震えて動けないのだ。

そして、零の顔は次第に強張り、藤森を鋭い眼つきで睨んだ。

「触んなよ…おっさん!
私には、父親なんていない!
最初からいないんだよ!」

藤森の手を振り払い、零は罵声を浴びせる。

「零…すまない。
本当にすまなかった…」

再び、藤森が零に手を伸ばした時…

信じられないような言葉が、零の口から放たれた。

「あんたの娘…修也になんて言ったと思う?」

「芽衣が、あの子がなんて…?」

憂を秘めた縋る瞳が、この後に光を喪い漆黒の闇へと変わる…。

「“私を殺して…父の罪は私が償う”
“私が罰を受けるから、父の罪を許して”」

それを聞いた藤森は膝から崩れ落ちて、嗚咽を漏らして泣き叫んだ。

俺も、衝撃を受けた…。

「修也は、芽衣を殺害したんじゃない。
芽衣の願いを叶えたんだよ。」

藤森を見下しながら、零は言った。

だが、

「違う…零、それは違うぞ…!
願いを叶えたなんてキレイなもんじゃない!
例え、それが事実だとしても、あいつは…澤田かした事は、『委託殺人』立派な殺人だっ!!」

「だから…修也は、芽衣を殺害してしまった事を悔いていたんじゃない。
苦しみもがいて、その憤りを原因であった私に向けたんじゃない!
高瀬は解ってない!
修也が本当に殺したいほど憎んでいたのは、全ての元凶を作ったこの男!
だけど、芽衣が命と引き換えに父親を許せと言ったから、修也は他に憎しみを持って行けなくなったんだよっ!!」

「零…」

「私は、この男を許さない。
あんたは、自分の娘を殺したんだ…!
私だけじゃなく、私の双子の姉の命をも奪った!!
芽衣を殺したのは、修也じゃない!
あんただっ…!!!」

トドメを刺す様な零の言葉が、藤森を奈落の底へと突き落とす。

藤森は、立ち上がる気力さえ無く床にへばり付いて泣き叫んだ…
何度も何度も、失った娘の名前を呼びながら…。

No.118 13/03/27 02:33
ゆい ( vYuRnb )


時計の針が15時を回った頃、岩屋が零を引き連れてやって来た。

「修也に会わせて。」

俺は、二人を澤田の遺体が保管されている遺体収容室へ案内した。

番号標識のロックを解除して、中から遺体を乗せたストレッチャーを引き出す。

グレーの感染よけスーツのファスナーを開くと、安らかに眠る澤田の顔が覗いた。

零は遺体に駆け寄り、澤田の頬に手を当て、しばらく駄まって俯いた。

「修ちゃん…」

その哀しみに満ちた表情が、俺の胸をチクリと刺した。

「ごめんね…修ちゃん…」

零の涙が、澤田の顔に落ちる。

そいつは、お前を殺そうとしてたのに…何故、そんな奴の為に涙を流せる?

「修ちゃん…修ちゃん…っ…」

澤田に被さって号泣する零を理解出来なかった。

そいつは…

「殺人犯だ。
お前が、そいつの死を哀しむ義理はない。」

「違う…!
この人は…私の大切な兄なんだ…!
兄なんだよ…」

懸命に、澤田を庇う零に腹が立った。

それを言ったら、俺はお前の仇になるだろう?

「修也が人を殺めたのは、零を守る為だった。
不条理な殺人を強要されたんだよ。
修也には、殺意なんて皆無だった。
一端の殺人鬼とは訳が違う。」

「岩屋、なら…澤田は、組織の男達を殺した時も殺意は無かったと言えるのか?
奴等を殺害した後で、芽衣を殺したのは何故だ?
それにも殺意は無かったと言い切れるのか!」

死人を前に、怒声をあげるのは余りにも大人気ない行為だと解っている。

だけど、澤田を庇う様な岩屋の言い分には我慢がならない。

「…見ろよ。
修也は、罪の罰を受けた…これ以上は此処で口論を繰り広げるのはよそう。」

そう言って、岩屋は零の肩に手をかけて退室を促した。

「火葬したら、お前の元に修也を返すから…。」

岩屋に促されて、零は名残惜しそうに澤田から離れる。

スーツのファスナーをあげて、元のロッカーに澤田を収容すると、岩屋は合掌して澤田の冥福を祈った。

どんな罰を受けようと、俺は澤田を許す事は出来ない。

逆に、憎しみは増すばかりだ。





No.117 13/03/26 23:18
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

岩屋から連絡を受けた。

零に、澤田の遺体と接見させて欲しいと…。

零の記憶喪失は、一時的なショックで起きたものだと言っていたが、どことなくウソ臭い。

あいつ(岩屋)が、零とどんなやり取りをしたのかは分からないが、妙に晴れやかな口調ぶりが気になった。

それよりも…

山の様に聳える報告書や、始末書に頭を悩ませていた。

「ちくしょう…」

「まぁまぁ、とりあえず降格処分は免れたんだから良かったじゃない。」

警視正が、俺の肩を叩いて労いの言葉を掛けた。

確かに降格は免れたが、警視庁からの所轄移動は避けられそうにない。

別に…捜査一課に執着がある訳じゃないから構わない。

周りは俺が、エリートコースから脱落したと歓喜の声をあげているが、別にそれも気にはならない。

むしろ、所轄の方がある程度の無茶振りが効くだろうからやり易い。

その前に、片付ける事がたくさんある。

「さっさと、カタをつけねーとなぁ。」

ふぅ…と溜息が出る。

「そうだよ?
早く始末書片付けて、警視に渡さないとね〜!」

いや…そっちじゃなくて…
でも、まぁ…

「…はい。」

項垂れながら、俺は返事を返した。

零との約束は15時だ。

それまでに、ある程度は片付けておこう。

この書類の山も、
自分の気持ちも…








No.116 13/03/26 22:37
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

零が涙ながらに語った真実は、あまりにも残酷だった。

修也と、芽衣の間に生まれた「愛情」が全ての悲劇の始まり。

その結末は、少女の儚くて健気な乙女心が招いた罪の隠蔽。

修也が犯した罪の責任を、零は背負っていた。

きっと、『芽衣の殺害』を止められ無かった事への罪悪感が“レイ”が語った罪の全貌なのだろう。

“この手で、何人もの人を殺した”

自分が人質になり、修也が犯した罪も、芽衣の罪も…全ては自分のせいだと責め続けていたんだ。

「零…」

その後に続ける言葉が浮かばなかった。
どんな言葉をかけても、零は救われない。

ただ、言わなきゃいけない言葉もあったのは確かだ。

「ありがとう。」

全てを話してくれた事は、感謝しなくてはならない。

零の背負っていた重荷は、吐き出した所で決して軽くはならない。

辛い記憶を鮮明に蘇らせて語るのは辛い。

それでも、零は語ってくれたのだ。

「岩屋…私は、これからどう生きればいいの…?」

道に迷った子猫の様に頼りない視線を向ける零に、俺は胸ポケットから一通の封筒を取り出した。

「自由に生きれば良いんだ。」

零はそれを受け取って開くと、瞳を見開いて俺を見た。

「これって…」

俺は無言で頷いて微笑んだ。

その瞬間、空から光を伴いながら雨粒が落ちてきた。

天気雨だ。

「澤田 零さん…20歳の誕生日おめでとう。」

零は、自分の名前が記載された『戸籍謄本』を胸に握り締めて、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう…!」

光り輝く水滴の中で見たその笑顔は、この世のどんなに美しい物にも勝る程に眩しくて…煌めいていた。





No.115 13/03/26 21:39
ゆい ( vYuRnb )


「亮は…将来、法律家になるのよ?
私…っ、亮に裁かれるなんて嫌ッ!!
ましてや、自分の弁護をさせるなんてもっと嫌よ!
だけど…亮は私を守ろうとする…。
私…彼を犯罪者を弁護する法律家になんてなって欲しくないの…。
彼の将来を潰したくない…」

「芽衣。
君が死んでも、君の罪が亮君に知られないという保証なんかないよ。」

「だから死にたいの…。
私の罪が、亮に知られる前に消えてなくなりたい。
目の前で、彼に軽蔑の眼差しを向けられるのは耐えられない…。
お願い…修也…
私を殺して…。」

修也の瞳に涙が浮かんだ。

残酷な芽衣の胸の内…。

一途に芽衣を愛してきた修也と、
一途に亮を愛してきた芽衣…。

結ばれたのは自分だから…
芽衣の全てを手に入れたいと願うのは罪ではないはずだろう。

修也は、きっとそんな風に思ったに違いない。

「だめっ!!修ちゃん…っ!!」

修也の手が、芽衣の首に伸びる。

「修也、ごめんなさい…。
私…自分の罪を亮に知られたくない…」

芽衣に馬乗りになって力を込める修也を、止めに入る事が出来なかった。

それは…私の罪。

修也を…
芽衣を、守れ無かった…私の大罪。

修也は、芽衣の願い通りに彼女が犯した罪を隠した。

それは、呪いの様に彼を蝕んで侵食していった。

この事実を知っているのは、修也と私だけ…

いつか、私が口外しないとも限らないとさえ不安になる程に、修也の心には大きな闇が生まれた。

あの時…修也を救えなかった罪悪を消すには、自分が修也に殺されるしかないのだと覚悟を決めた。

記憶を全て戻した日から、私は…

修也への罪を償う為に命を預けようとしてた。

それを素直に受け入れられ無かったのは…
高瀬と岩屋がいたからだ。

二人が、私を守ろうと修也達と闘った。

巻き込みたく無かった。

高瀬も
岩屋も

この彷徨う罪に巻き込みたくなんか無かった…。










No.114 13/03/26 20:54
ゆい ( vYuRnb )


「お願い…」

私は、この時の約束を果たす為に生かされた。

芽衣が全身全霊をかけた儚い願いは、必ず聞き届けなければならない義務がある。

芽衣は、私の命の恩人だから。

「芽衣…幹部達の所で一体、何が起きたの?」

修也が芽衣の肩に手を置くと、芽衣は身体を強張らせて修也を見上げた。

「こんなはずじゃなかったの…こんな…殺すつもりなんて無かったのよ…?」

ガダガタと全身を震わせながら、芽衣は事の経緯を話しだす。

「服を…脱げと言われたわ…。
嫌だと拒んだら、リーダー格の男が…私の胸元を掴み上げて…私達は揉め合った。
そして…」

芽衣の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。

「続けて…」

修也は、芽衣を抱き寄せて優しい口調で促す。

「そして…男は背広のタイカクに手を掛けたわ…黒い銃が見えて…私は咄嗟に男の手を掴んだ。
それから銃声が響いて…みるみるうちに、男の胸に血が広がって…っ。
気が付いたら、私…拳銃を持って側にいた男達を撃ってた。」

「他に拳銃を持ってる男はいなかったの?」

修也の問いかけに、芽衣は俯いた。

「持ってたかもしれない…だけど、気が動転して取り出せ無かっただけかも。」

「芽衣…君は、何も悪くはない。
君に殺意は無かった…そうだろう?」

「違うわ!
私には、確かな殺意があった!
無抵抗な人を撃った。
ここへ逃げて来た、その男も殺さなければという思いに駆られたのよ…!
遺体からカギを抜き取る冷静さもあったわ…。
私は…立派な殺人犯よ!」

次第に、お姉ちゃんは落ち着きを失くして興奮状態になった。

「君は、殺人犯なんかじゃない。
公平な裁判を受ければ、正当防衛だって認められるかもしれない。
それ以前に、幹部達を殺したのは僕って事にすれば良い。」

宥める修也にも、芽衣は潤んだ瞳で首を横に振った。

「自分の罪を誰かに押し付けるなんて出来ない…。」

修也の顔に、落胆の色が浮かぶ。

「なら、約束通り…零を解放して、二人で命を断とう?」

哀しみの修也に、それを拒否する芽衣。

大切に想い合ってる二人の別れ…。
その切なさが、幼い心にも痛みを走らせた。

「修也…貴方は生きて。
零を守れるのは貴方だけ。」

「芽衣…なら、君も生きなきゃダメだ。」

「私は…ダメ…」

「なんでだよっ!!」

怒鳴る修也に、芽衣は戸惑い揺れる瞳を向けて懇願したんだ。

「亮が…」

「亮?
高瀬 亮がなに?」

その名前に、修也が気を悪くするのは芽衣も分かっていたはず。

だけど…それは、お姉ちゃんが最初で最後に漏らした本音だった。

自身を犠牲に出来る天使の様な芽衣が見せた最初で最後の自己愛だった。。







No.113 13/03/24 23:11
ゆい ( vYuRnb )

「お姉ちゃん…!?」

芽衣に呼び掛けた時だった。

拳銃の発砲音と同時に、ピシャリと生温い何かが、私の顔に飛びかかって来た。

嫌な感触に手を頬に当てると、ヌルっと重たい液体が指に絡んだ。

私の目の前には、目を見開いたまま朽ちた男…額には丸い穴が空いて、ダラダラと大量の血が流れていた。

恐る恐る震える手を見ると、その手は真っ赤な血で染まっていた。

私が浴びた血は、その男の返り血だった。

「あ…あぅ…やだ…」

袖で懸命に拭うが、脳片を混ざり合わせたドロドロの血液は、逆に肌へと密着するようで落ちない。

「零、零っ!」

パニックから我に返ると、そこには芽衣の顔があった。

いつもの優しい目をした芽衣だ。

「カギを外したわ。
これで、貴女は自由よ…!
もう…大丈夫、大丈夫よ!」

心なしか足元が軽くなった気がした。

芽衣に抱き締められ、彼女から香る甘い香りに、今まで張り詰めれていた緊張の糸がプツリと切れた。

わんわんと、声を出して泣き叫んだ。

しゃくりあげ、えづき、きっと涎や鼻水も凄かっただろう。

だけど、芽衣は…そんな私を落ち着くまで、何度も背中を摩り優しく抱いてくれていた。

だけど本当は、芽衣自身がとても酷く震えていた…。










No.112 13/03/24 22:39
ゆい ( vYuRnb )


13年前…

あれは、昼食を運ばれた直後だった。

「明日の為に磨き上げてやるから一緒に来い。」

男が、お姉ちゃんの腕を掴んでそう言った。

「零を解放してくれたら、一緒に行くわ!」

お姉ちゃんは、その手を振りほどいて拒絶した。

「良いから、大人しく来いっ!」

逆上した男は、無理矢理に嫌がるお姉ちゃんを檻の外へと連れ出して行ってしまった。

「どうしよう…っ!
修ちゃん!お姉ちゃんが…!」

私は動揺して、修也に助けを求めた。

修也は黙って俯いていたが、静かな横顔が怒りに満ちている様で…怖かった。

修也は怒りの感情を静で表すから、その静けさが余計に恐ろしく思えた。

私は、もはや黙り込むしか無かった。

一刻も早く、お姉ちゃんが戻って来る事を祈るしかなかった。

しばらくして一発の銃声が轟き、間を開けずに、パンっパンっ!!と続けて発砲音が響いた。

「芽衣…っ!」

衝撃音に耳を押さえる私を過ぎ、青ざめた顔の修也が鉄格子に手を掛けた。

「お姉ちゃん…?」

修也の不安が、私にもシンクロする。

“芽衣が殺されたんじゃないか?”

足元から崩れた修也の茫然とした顔は、『絶望』を表していた。

きっと、次に殺されるのは私達だと思った。

近付く足音に、私は『来た。』あの革靴の音は黒服の男だ…と。

男は、おぼつかない足元で私達の檻へと近付いて来た。

だけど、何だか男の様子がおかしい。

修也もそれに気が付いていた。

「…何が起こった?」

「た…っ、助けてくれ…!
殺されるっ…!!」

男は、酷く怯えていた。

地面に腰を抜かして、鉄格子にもたれかかり、外側から修也の足を掴んだ。

修也は、そんな男を上から見下ろしてい
た。

冷たく光る瞳で。

「芽衣に何があった?」

「あ…あの女は狂ってる…!
頼むよ、修也っ!
俺を、助けてくれ…っ」

懇願する男の手を足払いながら、修也は無言で壁側に戻って座る。

「修也っ!!」

鉄格子に手を掛けて泣叫ぶ男の姿に、どちらが檻の中なのか分からなくなった。

そして現れた…血塗れの芽衣。

「ひぃ…っ!」

男は、芽衣の姿に引きつり顔を強張らせた。

私も言葉を失い、目を見開いた。

恐ろらく、修也も同じ衝動を受けたに違いない。

あり得ない。

私達の前に現れたのは、血に染まったフレアスカートで銃を構えた芽衣の姿だった。










No.111 13/03/23 22:48
ゆい ( vYuRnb )

「零…頼むよ。
あの日、あの時、あの倉庫で何が起こったのか…全て話してくれ。
例え何があったとしても、俺はお前の味方でいる。
世界中がお前の敵になろうと、俺だけはお前の味方であり続けるから…」

こんなに哀を含んだ瞳の岩屋を見るのは初めてだ。

私は、胸に手を当てて息を整える。

きっと、平常心では語れない。

恐ろしい記憶…

大量の生温かい血が、目の前に吹き出して来た。

その血を浴びたのは私。

「その前に、教えて…」

「なんだ?」

「修也は…どうしてる?」

夢に出てきた二匹のキツネが、修也と芽衣に思えてならなかった。

だとしたら…修也はもう…

「検死を終えた修也の遺体は、まだ、火葬されずに保管されてるよ。」

「…死んだのね。」

また、新しい涙が零れた。

「あぁ…お前の意識の回復を待って火葬する予定だった。」

「妹だから…?」

「…そうだよ。
高瀬が、上に掛け合ってそう話を付けたんだ。」

高瀬…。

「お願いがあるの。
全てを話したら、修也の遺体に会わせて。」

断られたら、きっと、ありのままを話さないだろう。

これは、修也が命がけで守った約束なのだ。

「もちろん、会わす。
約束する。」

岩屋の真っ直ぐな瞳は、私の覚悟を固める。

私は高鳴る鼓動を押さえて、瞳を閉じた。

遠くて近い…13年前の記憶。

鮮明に蘇る銃声と、ベトリとした血の温度や感触…。

大きくなっても未だ残る…血塗れたこの手。





No.110 13/03/23 21:32
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

空が近い…。
手を伸ばすと、届きそうな太陽の光。

足元には、小さく動く車と人々。

『何もかも忘れて幸せか?』

あの人の言葉が木霊する。

「幸せだったかも…」

真っ新になれたら、もう一度、あなた達に出会って今度こそ幸せになれたかも知れない…そんな淡い期待を抱くだろう。

だけど…

手摺りから両手を離して、足を一歩ずらす。

さぁ…準備は出来たよ。

修也…強い風を送って私を吹き飛ばして。

「れーいっ、みーっけ!!」

あと一歩って時に、背中に受けたあの人の声。

「来ないでッ!!」

私は、その声に振り向かずに叫んだ。

「何でーっ?
そこ、気持ち良さそうだなーっ?」

「何言ってんの⁉」

ふざけた口調に腹が立って、思わず振り返ってしまった。

「なに…してんの…?」

岩屋は、しゃがみ込んで陸上競技のスタートポーズをとっていた。

「on your mark…」

強い眼差しをこちらに向けて動いた唇。

「まさか…!やめて!!」

「SETっ!!」

閃光嵌合の様な速さで、岩屋は策を飛び越えて私の横を掠めた。

下はコンクリートの奈落だ。

「いやぁーーっ!!」

まさか…いや…いやだ、いや…

「聖二…っ!」

慌てて下を覗くと、縁に片手を掛けてブラブラと宙を舞う岩屋の姿があった。

私は腰が抜けてその場にへたり込んだ。


「あっぶねぇ〜…死ぬかと思った。」

自力で這い上がって、岩屋も私の隣にへたり込んだ。

「なにしてんのっ⁈
あんた、何考えてんだよっ!!」

岩屋が死んだかと思った。
怖かった…岩屋を失う事が、とても怖かった。

何度も岩屋の胸を叩くと、一気に涙が止まらなくなった。

「お前がしようとしてた事を先にしてやったんだよ。
自分が何をしようとしてたか、事の重大さを思い知っただろ!」

岩屋は私の手首を押さえて、思いっきりこの身体を抱き締めた。

「何で…ひどい…カマをかけたんだね…」

「うるせーよ!
お前の下手くそな嘘なんて、簡単に見破られるんだ。ナメんじゃねーよ…!」

そう…だから、あの時、視線を逸らしたの

記憶を失くしたなんて嘘を見破られない様に…。

そうじゃないと…

私は、自分の命を絶たない限り話してしまうだろうから…。

修也と二人で隠した真実を…。







No.109 13/03/23 20:30
ゆい ( vYuRnb )


零は、ベッドに横たわりながら窓の外を眺めていた。

「本当に、何も覚えてないか?」

俺の問いに、零はゆっくりと頷いた。

「俺も、一緒にいた男の事も?」

「分からない…」

「そうか…。」

沈黙が流れる。

何を、どう話して良いのか分からずに言葉を探す。

「夢を見た…」

沈黙を破ったのは零の方だった。

「どんな夢?」

「二匹のキツネが、仲良く河原を掛けて行く夢…。」

「キツネ?」

「そう…金色の毛並みを靡かせた、とても美しい二匹のキツネ。」

「そうか…。」

その夢を語った後で、零の頬に涙の雫が流れた。

「何故、泣くんだ?」

零は、「分からない…」と布団越しの膝を抱えて泣いた。

「お前は、いつもそうやって顔を隠して泣いてた。
たった一人の世界で、自分自身を抱き締める様に…。
なんで、俺に抱き付いて来ない?
一人では抱え切れない悲しみを、何故、俺に分け与えようとしないんだ?」

零の腕を取って、身体を自分に向かせた。

俺と目が合うと、零は気まづそうに視線を逸らした。

「お前…何もかも忘れて幸せか?」

「……………。」

零からの返事は無かった。

俺はパイプ椅子に掛けた背広を手に取って、涙に濡れた零を置き去りにする様に前を掠めた。

病室のドアに差し掛かると、振り向かずに俺は零に言った。

「お前は覚えちゃいないだろうけど、お前が好きだったあの場所…街の再開発で、明後日に取り壊されるんだってよ。」

ドアを開いて、零との空間に別れを告げる。

お前が飛び込んで来ないなら、側にいる必要などない。

そうだろ?

なぁ…零…



No.108 13/03/23 12:13
ゆい ( vYuRnb )


医師の話では、以前に投与された薬の影響ではないかと言われた。

一部の脳細胞を破壊し、記憶を失くすその薬は本来、二度と記憶を戻す事はない。

未完成の薬だったが、今回の昏睡状態が引き金となって脳に何らかの異変をきたしたのだろう…と。

「道が見えねぇな…」

高瀬がポツリと呟いた。

堂々巡り…真相は、零の闇の中で彷徨う。

出口も、希望の光さえ見えない。

「俺は、やる事が残ってるから先に署に戻る。」

「あぁ、分かった。」

いつもは広い高瀬の背中が小さく見えた。

屋上で煙草を咥えて、煙りを吐き出す。

「虚しいな…」

13年だ…13年もかかって追いかけて来た。

本当にコレでいいのか?
もう道は開けないのか?

知恵を振り絞りれ。

何でもいい。

何度もくたばりそうになって、ココまで来た。

零は生きてる…まだ、希望を捨てるのには早い。

まだ、まだ、道はある。

修也は、いつだって俺にメッセージを送って来た。

あいつは、伝えたいんだ。

俺に、紐解く事を望んでいる…だから、今回も何かを残しているに違いない。

きっと、それが…零なんだ。







No.107 13/03/23 11:47
ゆい ( vYuRnb )


零に異変が起きたのは、その日の夜だった。

医師に呼び出されて、俺は病院へと駆け付けた。

「零…?」

医師と看護師に囲まれた零に声をかける。

彼女に伸ばした手が震えた…その時、

「岩屋っ!」

ドアが跳ね返る程の勢いで、高瀬も額に汗を浮かべてやって来た。

俺と高瀬は零に近寄り、その顔を覗き込んだ。

「意識が回復して良かった。
とりあえずは、これで命の危険は去りました。」

和かな医師と看護師の様子に、硬直した身体から一気に力が抜けていく。

それは、高瀬も同じだった。

だが、そんな安堵もつかの間…

零の一言で、俺達はまた奈落の底へと落とされた。

「…誰?」

目覚めた零は、俺達を覚えていなかったのだ。




No.106 13/03/22 17:46
ゆい ( vYuRnb )


結局、手術室で修也は息絶えた。

被疑者死亡のまま…修也は書類送検された。

高瀬はその責任を問われたが、現場にいた刑事達の状況報告で、あの状況で高瀬を咎める事など出来ないと熱い弁論が交わされた。

高瀬と今回の総責任者の俺に、どんな処分が下されるのかはまだ未定だ。

それほどまでに、最悪な結末となってしまった。

コンビは事実上の解散。

高瀬と俺は、別々の思惑を抱えたまま元の部署へと戻された。

No.105 13/03/22 17:34
ゆい ( vYuRnb )


警察病院に運ばれた時、修也も零も瀕死の状態で微かに息があっただけだった。

「二人共、輸血が必要です。
RH−O型の血液が足りません!」

血の繋がりが無い二人が、同じ型の血液なんて可笑しな話だ。

「僕の…ち…を…全部…れい…に…」

タンカーで運ばれながらも、修也は零を気に掛けていた。

ならば何故、零を殺そうとしたのか。

本当に気が狂っていたのか。

この修也が、本来の修也なのかは分からない。

「俺は、RH−O型だ。
俺の血液を使え。」

高瀬が腕を捲り上げて、看護師に差し出した。

「でも…一人では…院内にあるパックは数個しかありません。
到底、血液を入れ替える程の輸血量には足りません…。」

「俺もRH−のOだ。
センターから輸血パックが届くまで、俺たちで繋げられるだろ。
献血量は規定量を無視した、ギリギリまで取っていい。」

俺も同じ型だと伝えると、高瀬は少しだけ驚いた様子だった。

だが、よくよく考えてある意味、納得した様に軽く哀を含んだ笑みを浮かべた。

そうだよ、俺と「佐々木 真里」は血の繋がった姉弟だから。

柳原が自供した通り、被害者の抜かれた血液は闇ルートで海外に売られていた。

皮肉紛れに、柳原が俺に向けて言ったセリフを、お前も一緒に聞いていたもんな。

“貴様の姉さんは、色々な意味で高く売れたよ…岩屋。”

高瀬は草臥れて、厳格を無くした柳原に対しても容赦無く奴を殴り飛ばしたけど、俺はもう…なんだか、そんな柳原を哀れにさえ思えたよ。

全てを失った柳原に同情でもなく、ただ、ただ、憐れみを感じた。

そこまで落ちぶれたのだと…。

だから、

「当たり前だ。
俺の姉ちゃんは、世界一価値のある女なんだよ。」

そう言えた時に、やっと笑った顔の姉ちゃんを思い出せたんだ。

それでもう…誰も怨む事もない。


No.104 13/03/22 16:50
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

病室のドアを開けると、窓のカーテンが風で舞う。

「よぉ、調子はどうだ?眠り姫さん。」

彼女の髪は、そよそよと柔らかに靡く。

事件から5日、奇跡的に一命を取り留めた零だが、それからずっと昏睡状態に陥った。

「本物によく寝るよな〜、ブタになっちまうぞ?」

鼻をグッと指で上げる。

「マジで不細工っ!
ウケる!起きねーなら、写メってFBに画像アップしちまうぜ?」

静かな反応しか返らない事に、落胆と苛立ちが押し寄せる。

ふと、花瓶に生けられた花が目についた。

「高瀬…あいつも来てたのか。
お前、目を開けたか?」

んな訳ないか…と、溜め息を吐く。

「見ろよ、立派な花束だぜ?
枯れちまう前に見ないと損するぞ?」

医師からは、意識の回復の兆しは見られないと告げられた。

このまま、植物状態が続くならば…。

身寄りの無い零は警察の管理下で命の制限を持たれる事になる。

「零、目を覚ませ。
そして、全てを話してくれ…。
お前が見た事、した事を全部、俺に話してくれよ…。
じゃないと…」

じゃないと、終われないんだ。

修也が死んで事件は終わりじゃ、納得が行かない。

お前自身が隠している真実だけが、それを紐解く事が出来るんだ。

だから、頼む…

「目を覚ましてくれ…」

それに…

「あと、3日でお前の誕生日だよ。
約束したよな?
せっかく20を迎えるんだ、ドンペリで乾杯しようぜ。」

零の痩せた指を取った。

約束げんまんをした日が、遠い昔の様にも思えた。





No.103 13/03/22 08:53
ゆい ( vYuRnb )



「犯人は、18歳の少年です。
逮捕時、彼はなんの抵抗も見せずに大人しく連行されました。」

「その時?
えぇ、遺体に囲まれる様に椅子に座って居ました。
異様な光景でした。
我々、刑事たちも目を塞ぎたくなる様な惨劇の中で彼は穏やかな表情を浮かべ微かですが、笑みも浮かんでいたようにも見えました。」


精神鑑定の際に、刑事が医師に告げた内容。

基礎能力テストが終わると、いつも同じ質問が繰り返された。

「なぜ、人を殺めたのか?」

「愛してたんだ…。」

「誰を愛していたんですか?」

「レイだよ。
小さな女の子。」

「あの倉庫には、幼児はいませんでしたが?」

「本当はね、いたんだよ。
僕だけの彼女が…」

「人を殺ろした時に、貴方は快楽を感じていましたか?
または、良心の呵責を持ちましたか?」

「どちらも感じませんでした。」

長引く精神鑑定の結果、僕は精神喪失だと判断された。

別に、死刑を逃れたくてそう装った訳じゃない。

ただ、真実を述べた結果だった。

多少、気が狂った振りはしたけど嘘は付かなかった。

何故なら、僕は…生まれてから一度も嘘はついた事がないのだ。

人間として欠落した部分の一つがそれだった。

冷たい鉄格子に収監されても、僕は芽衣や零の事ばかり考えていた。

そして、どこにいようとも悪は僕に付きまとって来た。

幹部達の様な眼差しを持った欲望の塊が、何度か僕を訪ねて知恵をかせとせがむ。

もう…誰かに使われるのはウンザリだった。

それなら、こちらが使ってやろうと考えた。

メンタリズムを操るのは、簡単だ。

そして現れた…僕の信者。

僕の計画を遂行する、忠実な信者だ。










No.102 13/03/22 00:27
ゆい ( vYuRnb )


夜明け前まで、芽衣を抱いていた。

次第に冷たく硬くなる身体を実感しながらも、離れられなかった。

僕は倉庫に戻り、零を迎えに行った。

人に見られる前に、近くの養護施設の門に彼女を置いた。

『どうか、元気で…』

後ろ髪を引かれる思いだった。

倉庫に戻るまで、僕は零の産まれた日の事を思い出していた。

小さな手足…
懸命に泣く力強さ…
人差し指を差し出すと、その小さな手で僕の指を握り返した。

初めて寝返りをうった日。
腹這いで僕の後を付いて来た日。

“おいで!”

そう呼ぶと、ハイハイで抱き付いて来た。

「ちゅーちゃ!」

初めて僕の名前を呼んだ日…

色々な事を思い出して思った。

そうだ…

「僕は、零と過ごせた日々が幸せだった。


ちゃんと満たされていたんだ。

今頃、大切な事に気付くなんて遅い。

僕はクスっと笑い、幹部のパソコンを起動させた。

自首なんてしたくない。

だから、一か八かで例のハッカーとコンタクトを取ってみた。

『せいじ…』

君が本物の天才なら、この暗号を文字に変換出来るはず。

そして、信号を受信してこの場所を突き止められるだろう。

それから、この場所で二日間夜を明かし
た。

数台のパトカーのサイレンが遠くから聞こえる。

パソコンの画面には、短い暗号が表示されていた。

“部屋を出てお前を見てやる”

彼からのメッセージだった。

「君の望みが叶ったよ…」

僕は、届くハズのない言葉を呟いた。

この倉庫に、漂う魂に…。

No.101 13/03/21 23:49
ゆい ( vYuRnb )


芽衣の首を締めた。

この手で…。

苦しみもがく芽衣の口から出た言葉が、僕の胸を締め付けた。

“父の罪を許して…
私が、その罪をかぶるから…
許してあげて…”

聞きたくない 聞きたくない 聞きたくない。

そんな思いで、力を込めて彼女の首を締めた。

芽衣の一雫の涙が零れるのと同時に、彼女は息絶えて、僕の心も死んだ。

そんな僕を…零はただジッと見つめていた。

真っ直ぐに…。

僕の罪は、零の瞳に焼き付かれた。

虚ろな僕が、零には恐ろしく見えたに違いない。

前に、芽衣から預かった薬をポケットから取り出した。

アメリカの研究チームが、藤森製薬に研究費を求めて提出した『記憶を消す新薬』。

まだ開発途中だが、藤森製薬に研究費の援助を求めるくらいなのだから、それなりの治験は済んでるはず。

何かの役に立つならと、芽衣はそれを僕に預けたのだ。

僕は、目の前の惨劇に怯える零にその薬を投与した。

芽衣との約束を守る為…。

そして、零自身を守る為に…。

意識を失う零に、僕はいつの日かまた彼女に会える事を願った。

その時に…
今度こそ、芽衣の元へと行けるように…

それから芽衣の遺体に、あの真新しい白いワンピースを着せて思い出の河川敷に遺棄した。

“私の遺体は、醜くして…
誰もが目を背ける様な姿で殺して…”

それも、彼女からの遺言だった。

僕は、ナイフで芽衣の身体に幾つもの傷を付けた。

斬って、斬って、斬りつけて…!

血液を抜いてない芽衣の身体は、鮮血に染まる。

雪の様に白く滑らかな肌は、跡形もなく消えた。

それでも、やはり顔にはナイフを入れられ無かった。

僕は、芽衣の亡骸を抱きながら大声で泣き叫んだ。

どうしようもないジレンマ…。

芽衣はもう何も喋れない。
僕に笑いかける事もない。

二度と…ない…









No.100 13/03/20 01:13
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case12 彷徨う罪


No.99 13/03/20 01:12
ゆい ( vYuRnb )


それから15時間後、私は血を浴びた顔の零の鎖を外していた。

震える手で、南京錠を外す。

「お姉ちゃん…っ。」

自由になった零が、私に飛び込む。

「大丈夫よ…もう、大丈夫…!
零、あなたは私が守ってあげる…。
だから、何も心配しないで…。」

零の頭を撫でながら、私はこの場をどうするべきかを懸命に考えていた。

修也は、遺体の側に落ちた銃を拾い上げて指紋を拭き取っている。

明らかに、彼の顔にも動揺が浮かんでいた。

こんな…こんなのを望んでいたんじゃない。

私達は、零の解放を見届けた後で心中するつもりだった。

まさか…こんな…

私は、零に小さな声で懇願した。

「いつか、いつか…貴女が亮に会うことがあれば伝えて欲しいの…っ。
お願い!亮に伝えて…「愛してる」って。
お願い…!」

そして、修也にも懇願した。

「私を殺して…」

彼は、首を横に振り「嫌だ」と拒否した。

だけど…

「零を守れるのは貴方だけよ?
それに….」

続けて言った台詞に、彼は苦痛の判断をして私の首に手を掛けた。

額に汗を滲ませて力任せに締め付ける。

修也の涙を浴びながら、私は逝く事ができた。

最後の約束が、二人を新たな苦しみへと縛りつけるとは知らずに…


No.98 13/03/20 00:49
ゆい ( vYuRnb )


貴方がセックスを嫌うのは、幼い頃に受けた性的虐待のトラウマもあるけど、それ以上に怖いのでしょう?

自分と同じ遺伝子を残してしまう事が…。

快楽を味あわなければ、射精はしないと幼い頃に調べた本に載っていたのね。

でも、それは嘘だった。

だけど、意識的に残ったそれが貴方の身体と心を縛りつけてしまった。

「修也は初めてでしょう?」

彼の首筋に唇を這わせて、私は囁いた。

「僕は、何度もして来たよ。
だから嫌なんだ。」

それでも、強引に私を引き離さないのは貴方の優しさ?

それとも、女のクセに誘う私に呆れてる?

「本当に好きな人とするのは初めてでしょう?」

「それを言うなら、君は違うだろ?」

だから…修也、貴方は分かってないのよ。

「私の大切な幼馴染…。
それは、貴方もそうなのよ?」

「…え?」

忘れないでよ…
私達が出会った時の事…。

私達はまだ、5才と7才だった。

「私達も、立派な幼馴染でしょ?」

「幼馴染…?
僕と芽衣が…?」

「そうよ…貴方は、私の大切な幼馴染。
だから私は今、貴方の側にいるの…。
亮ではなく、貴方を選んだから…。
修也…私…貴方が愛おしい。」

溢れた涙が、冷たい床に幾つもの雫を落とした。

彼は、頬に流れる涙を唇ですくいながら私をゆっくりと押し倒した。

私達が一つになった、最初で最後の夜だった。

何度も何度もキスをして、身体をよじりながら絡み合った。

時折、修也と目が合うと互いにはにかんで微笑みながら…

修也が「温かい…」と私を感じてくれた。

幸せだった。

こんな幸せに満ちた夜は、二度とないだろう…それでもいい。

修也…好きよ…



No.97 13/03/20 00:19
ゆい ( vYuRnb )


夕刻を過ぎ、漆黒の闇に包まれた中で眠る修也を見つめた。

そして、ゆっくりと彼に近づいた。

肩に触れると、条件反射でピクリと彼は目を開ける。

きっと、穏やかに深く眠りにつく事など出来ないのだろう…。

いつから、彼はそうなってしまったのだろう…?

碧い瞳の奥に、微かな怯えを感じる。

だから、触れている手が私のだと分かると安堵した様に微笑む。

少し離れた場所でグッスリと眠る零を横目で確認して、意を決める。

私は修也の手を取り、自分の胸に当てた。

「芽衣…?」

キョトンとする修也の眉が、嫌悪感で歪むのが分かる。

「何をするの?」

その声は怒っているみたいで、覚悟が歪んでしまいそう。

それを振り払いたくて、私は背を向き服を脱いだ。

全裸になってもう一度、修也の手を取る。

「芽衣、なんのつもり?」

修也は、怒りに満ちた瞳で私を刺す。

「修也に抱かれたいの。」

「何で?
君の心には、いつだって大切な幼馴染がいるんだろ?」

修也の言葉に、私は微かな笑みを零した。

「僕は、彼の代わりじゃない。
君の心の淋しさを、こんな形で受け入れる事はしない。」

修也…貴方は分かってない。

私は、貴方を亮の代わりだと思った事など一度だってない。

淋しさを埋めたいんじゃない。

ましてや、身体を売られる前に貴方と…なんて浅ましい考えもないわ。

「修也、私のここ(胸)は温かいでしょう?
感じる?ドクドクと鼓動を打っているでしょ?」

貴方は冷たい身体を抱き、その度に少しずつ生を嫌ってきた。

生きている心地などしなかったでしょう?

罪悪感なんて無いと言っていたけど、本当は苦しかったでしょう?

貴方は、河に流された子猫の死骸を拾いあげて埋葬していた。

子猫の冥福を祈って野花を手向けた貴方は、とても優しくて心の清い人。

私には分かる…

貴方は、誰よりも誰かの死を悲しむ。
そして…嘆く。

「芽衣、僕は君を抱けない。
ダメなんだ…セックスは、僕にとって苦痛でしかないんだ。」

「それは、貴方が本当に愛する人と喜びを分かち合えなかったからよ。
私となら、きっと大丈夫…」

そうして、私は修也の唇にキスをした。

修也の唇は硬く閉ざしたまま。

「修也…私を受け入れて…。
人の身体って、とても温かいのよ?」

涙が溢れた。

これが最後になるなら、修也に人の温もりを感じさせてあげたいと思った。





No.96 13/03/19 22:09
ゆい ( vYuRnb )


「約束の3ヶ月が経った。
明後日、クライアントがお前を迎えに来る。
タイの大富豪だ、一生お前は玩具として可愛がってもらえるよ。」

「良かったな。」と醜い笑みを浮かべて、男が私の頬を撫でる。

「そう睨むなよ、お嬢様…。
ブタみたいに太った脂ギッシュなおっさん相手に、お前は何度も抱かれて弄ばれるんだ。
美しく生まれんのも不幸だよなぁ?
可哀想になぁ…くっくっ!」

「約束は守って。」

男の手を振り切って、強く低い声で言った。

男は凍える程、冷たい視線を私に送る。

「お前が無事に売られたらガキを解放するよ。」

「明日、解放して!
その後、あの鉄球に私を繋げば良いわ!」

「大事な商品に傷は付けらんないな。
お前は、俺たちに大人しく従えば良い。
修也みたいにな…!」

男が、修也を指さして高笑いで檻を出る。

「あ、それからコレはボスからのプレゼントだ。
コレを来てブタ嫁に行くんだとよ!」

鉄格子の間から投げ入れられたのは、真っ白なワンピースだった。

男の姿が消えると、身体が震えた。

異国の地で、見ず知らずの…しかも麻薬王と名のしれた男に私は…

「あいつら、零を解放するなんて気はないよ。
芽衣…君も、商品になる必要ない。
僕が…君を守る。」

ワンピースを握りしめた私を修也が抱き寄せる。

武器を持たない私達に、一体何が出来るのだろう…。

どうやって、零を守れるのだろう…。





No.95 13/03/19 21:37
ゆい ( vYuRnb )


修哉の告白は、まるでお伽話の様に現実味がない。

私が双子?
それも、結合双生児?

母の日記にはそんな事、一切書かれていなかったのに。

だけど、子の顔…確かに家にある幼い頃の私の写真とよく似ている。

それが、本当なら…

「なぜ、生まれたのが私だけなの?」

父や母なら、私だけでなく双子の妹も創るはずよ。

私は修哉を見ない様に視線を逸らす。

「君の方が健康な細胞だと判断したからだよ。
リスクを避ける為に、君が選ばれた。」

修哉の瞳は、真実を残酷に語る。

大好きだった両親を憎んでしまう。
それほどまでに…

「酷い人達ね。」

最低な人間だから。

そして、その事実を知らぬまま、のうのうと生きてきた自分も最低だった。

何も知らないって罪深い。

その影で、修哉と零はどれだけ苦しんで来たのか…

鉄球に繋がれた脚の痣は私達、親子がつけてしまったんだ。

「零を自由にしてあげたい…」

小さな頭を撫でて、私は決心した。

起きていると怖いと言って、一日の大半を眠りに費やす彼女に、私がしてあげられる事…。

「修哉…」

本当は、ここに来た事に絶望してた。
知らぬフリをしていれば、亮と幸せになれたかも知れない。

あの朝に、亮と結ばれたかった。
あの日の夜を待って、亮と結ばれれば良かった。

だけど、自分の罪を無視出来なかった。

どうしても…出来なかった。

No.94 13/03/19 21:10
ゆい ( vYuRnb )



彷徨う罪

case11 約束

No.93 13/03/19 21:04
ゆい ( vYuRnb )


芽衣に双子の妹がいた事は、研究所の直也の記録に載っていた。
その記載通りに、零の核細胞はフリーザーに保管されていた。

二人が結合双生児だと知った時、僕は「零」を創り出さなければならないと妙な使命感を感じたんだ。

芽衣と零は、肉体をも結合された強い絆がある。

ならば、僕が零を再生したい。

芽衣、僕は君に訊いたよね?

「きょうだいが欲しいと思った事があるかい?」

確かに君はこう答えた。

「妹が欲しいわ。」

やっぱり、潜在意識的に君は妹を覚えていたのだと、僕は確信した。

去る時に一緒に持ち出した零の核細胞は、液体窒素の入ったクーラーボックスに保管していた。

それを、灯に移植するのはとても簡単だった。

既に精神を病んでいた灯は、僕の提案を喜んで受け入れた。
以前、直也がした行いを僕がする事で彼女は僕を直也だと再確認したからだ。

3日間にも及んだ難産の後、零を産み落とした灯は、満足そうに微笑んで命尽きた。

零を抱き上げ、僕は力強く泣く彼女を一生守って行こうと誓った。

そして、いつの日か零を芽衣に会わせてやろうと思った。

二人の絆を、もう一度繋ぎ合わせてやりたい…そう願った。

それが、芽衣…僕が唯一、君を幸せに出来るたった一つの事だと信じていたから。



No.92 13/03/01 00:52
ゆい ( vYuRnb )


東の空が朱くなると、芽衣は「準備があるから。」と言って土手を登りはじめた。

「後で、必ず貴方の所へ行くから待っていて。」

僕は芽衣の言葉に頷いて、彼女を見送った。

芽衣を信じていた。

そして言葉の通り、数時間後に芽衣はあの湿った薄暗い倉庫に現れた。

「パパの書斎にあった柳原の名刺を見て、彼に連絡したの。」

幹部等に手厚い歓迎を受けて、僕とレイの監獄に芽衣はやって来た。

「柳原と契約したわ。
修也の妹を解放する代わりに、私もこのクラブの商品になる…って。」

柳原は、藤森製薬の令嬢なら相当な高値が付くだろうと踏んだのだろう。

万が一、芽衣が殺害されたとしても柳原と関わりのある藤森は柳原を咎められない。

柳原にとって、芽衣はかっこうの餌食だ。

「お嬢ちゃんは3ヶ月後に、上得意のお客さんに売り出される。
それまで、そこのガキの子守がお嬢ちゃんの仕事だ。」

幹部が、眠っているレイを指差して芽衣に告げた。

僕は、無関心を装って幹部にも芽衣にも視線を向けなかった。

芽衣への気持ちがバレたら僕の弱みは二つになり、厄介な事が増える。

芽衣も、その事は十分に理解していた。

幹部が見回りに来るのは、仕事の指示も含めて一日に3回だ。

その時は、僕と芽衣は互いに目を合わせる事も無く無関心を装った。

「修也に妹がいたなんて知らなかった…」

河川敷で再再会した時に、僕は芽衣にレイの話をした。

だが、その時には単に僕の妹と介して詳しい内容は省略したんだ。

「厳密には、レイは僕の妹じゃない…。」

「え…?」

眠るレイの髪を撫でる芽衣の手が止まった。

「その子の顔に見覚えはない?」

伸びた前髪を分けて、芽衣は戸惑う様にレイの頬を一撫でする。

「まさか…これって…」

芽衣の指先が震える。

僕は芽衣の隣に座ってレイの頬に触れた。

「この子は、君の妹だ。」

「修也…なに…どういう事…?」

怒り?戸惑い?

芽衣の瞳が、僕を静かに責めている。

僕は、芽衣に全てを話した。

レイを作った理由や経緯を…。






No.91 13/02/27 12:09
ゆい ( vYuRnb )

濡れたスカートの裾を絞りながら、芽衣は前を進む。

「どこにあるの?」

そう、訊ねる背中に強い覚悟が伺えた。

「その先の茂み…。
芽衣、引き返すなら今だ。
君が背負うにはこの闇は暗くて重過ぎる。」

引き返してくれ。と祈る反面、僕と共に堕ち果ててくれと言う望みもあった。

これで3度目…

僕にはもう芽衣を手放す正義などなかった。

高瀬 亮から、彼女を永遠に奪う機会はこれで最後なんだ。

返すものか。

「修也…私、もう貴方としか生きていけないわ。
二度と、貴方と離れるつもりはないもの。」

振り返る眼差しが、揺るぎなく僕を刺す。

返すもんか。

芽衣は、僕のものだ。

茂みの奥を指差して、僕は芽衣に残酷な正体を明かそうと決めた。

茂みに入った彼女の後に続いて僕も進んだ。

純真無垢な彼女だ。

きっと、遺体を目のあたりにした事などないだろう。

しかも、ただの遺体じゃない。

そこにあるのは、死体なのだから。

物凄いショックを受けて、倒れてしまうんじゃないかと思った。

「芽衣…?」

同じとし頃の女の子の無残な慣れ果てを前に、芽衣は立ち竦んでいた。

僕は心配になって、彼女の顔を覗き見た。

驚いたのは、僕の方だった。

芽衣は顔色…いや、眉一つ変えずに真っ直ぐに“それ”を見つめていた。

「綺麗ね…まるで、眠ってるみたい。」

意外なセリフだった。

「血を抜いてあるから遺体が綺麗なんだよ。」

「そう…。
修也、持ってるナイフを私に渡して。」

「何をするの?」

「まだ、この娘の身体には傷がないわ。
前の娘には付けてたでしょ?」

ニュースか何かで観たのか。
芽衣は、河川敷の殺人事件と僕が関連しているのでは無いかと思って都内近郊の河川敷を巡り僕を探していたと話した。

だから、僕は洗いざらいを芽衣に話したんだ。

「芽衣にナイフは似合わないよ。」

秘密を共有してくれれば十分。

僕は、彼女の手を汚したくはない。

「いいから、早く頂戴。」

こんな瞳の芽衣を見たのは初めてだった。
優しく澄んだ瞳の彼女が、今は鋭く妖しい光を放いる。

とても美しい光だった。

ナイフを手渡すと、迷いもなく芽衣は死体に星形の傷を付けた。

ナイフは震える彼女手から放たれて落ちた。

「これで…私も共犯よ?」

張り詰めた気が揺るんだ様に悲しみの涙を浮かべながら、芽衣は僕に微笑んだ。

僕は落ちたナイフを拾って汚れと、芽衣の指紋を拭き取り彼女を抱き寄せた。

「もう…離さない。」

「約束して…」

「離さないよ…一緒に堕ちよう。」

どこまでも深い深い闇の底まで…
君と堕ちよう。

こんなに幸せな事は他にないだろう?

君と一緒に誰も届かぬ闇の底へ…









No.90 13/02/27 11:21
ゆい ( vYuRnb )

「め…い?
どうして…?」

震える手で、彼女の頬に手を伸ばす。

だが、彼女は僕の手がたどり着く前に僕の身体を強く抱き締めた。

「ばかっ!!
何してるの⁈一体、何をしようとしてたの!!」

芽衣の肩と声が震える。

泣いている…僕を想い、彼女は泣く。

僕は、芽衣の身体を抱き締め返して小さく「ごめん…」と囁いて泣いた。

一雫の涙が頬に伝うと、堰を切った様に涙は溢れた。

それから何度も僕は「ごめんね」と繰り返して彼女の肩に顔をうずめた。

互いに水に浸かりながら、僕らはただただ泣いたんだ。

「良かった…修也…。
生きててくれて、ありがとう…」

君が、泣きながら優しい言葉を言うから、僕はもう…もう…壊れた様に泣いた。

ほらね、僕は感情が無い訳じゃないんだよ。

君が泣くと僕も涙が流れる。
君が笑うと僕も笑う。

君と一緒なら、僕は自分を出せるんだよ。

芽衣…それは、君が僕の心臓だからなんだ。

ほら、君がいると僕の心臓が活発に動くだろ?

「生きてる…」

「うん…」

「芽衣、僕は…生きてるよ」

君が、望むなら僕は死なない。

どんなに忌まわしい命でも、君が生き絶えるまでは…僕は死なない。

良いんだろ?

君が僕の世界だから
君が僕の神様だから

それで良いんだよね…?




No.89 13/02/27 10:57
ゆい ( vYuRnb )


「どこか遠くへ行きたい…」

ため息と一緒にでた言葉に、僕は思った。

“この世界ではない、別の世界へ…”

だから、あんな子供じみた空想を広げたんだ。

木の棒を片手に、タイムマシーンや宇宙船から降り立った冒険家を気取って未知の世界を闊歩する。

直ぐそばに河がある事など忘れて夢中で妄想の世界へと入り込んだ。

河に落ちて水を浴びると、覚めたように僕は我に返った。

また、虚しい現実が僕を支配する。

「もう…良いか…」

何もかも疲れてしまった。

身体に染み付いた汚れた魂を浄化したい。
僕自身の存在が罪だと言うなら、今ここで消してやるよ。

消えてやるよ…

それでもう…赦してよ。

肩まである水かさじゃ足りない。

僕は頭を沈めた。

息を止めて、僕は僕を殺そうと決めたんだ。

きっと、これが正しい…

「修也っ!」

悲鳴の様に僕を呼ぶ声と、腕を掴まれた。

肩を持ち上げられ、酸素が一気に肺へと送られる。

「うっ…ごほ…っ。
はぁ…はぁ…う…っ⁈」

立ち上がり、咳き込む苦しさで目を細め見たもの…。

驚いた。

僕の目に飛び込んだのは、芽衣の顔だった。

びしょ濡れで、今にも泣き出しそうな顔の芽衣だった。


No.88 13/02/22 17:36
ゆい ( vYuRnb )


「蛍…」

季節外れの淡い光が、僕の肩に止まる。

優しく点滅を繰り返す光。

「他に仲間は居ないのか…?」

当たりを見渡しても、他に緑色の光はない。

「君も一人だな…」

なのに、君は…仲間を求めて懸命に光を送るんだ。

気付いて…僕はここにいる。
気が付いて、愛おしい人よ…僕はここだ。

だから、お願い。

側に来て…僕と一つになって君に命を与えたい。

「そんな感じ?」

僕は肩に乗った蛍を捕まえて掌に握る。

「見ろよ、お前の仲間はとっくに全滅したぞ。
虚しく、愛を求めて何になるって言うの?
命を削って呼び掛けても、お前の求めているものは来ない。
無駄なんだよ。」

それは、バタバタと手の中で抗う蛍に向けて言った言葉だった。

なのに、芽衣が浮かぶのはどうしてなんだ?

哀れな蛍と自分が重なる。

「孤独は寂しくて辛いだろ…?」

掌に力を込める。

「今、楽にしてあげるよ…。」

ギチギチと身体が潰れる感触。

グッと一握りしてしまえば簡単にゴミと化す小さな命。

僕は、拳を開いた。

蛍は、弱々しくも未だに光を放ち続けていた。

「そうか…」

そう呟いて、空に蛍を放った。

フラフラと飛び立つそれは、明日には命尽きる定かも知れない。

それでも、あの蛍は死を拒絶し生き抗う事を望んだのだ。

最愛を求めて朽ち果てるまで、生きる希望を棄てない。

「羨ましいな…」

僕は、あんなちっぽけな虫にですら勝てない。

そんな生き方を…選べない。









No.87 13/02/22 17:05
ゆい ( vYuRnb )


流れるその血は、誰の…?

僕の?それとも君の…?

高瀬 亮に抱かれる、君の手に触れた。

君は死んだの?

動かないその指先に、僕は安堵し笑みを零す。

そして、その瞬間に感じたんだ。

堪らなく…耐え難い後悔が押し寄せた。

レイ…君を失う恐怖。
深い哀しみ。

その波が押し寄せた。

「ダメだ…レイ…死ぬ…な…」

掠れた声が肺から漏れる空気と一緒に出た。

僕との約束はどうした?

君は、僕より先に逝ってはダメなんだよ?

さぁ…レイ。

この指を動かして…僕を殺してくれ…。

そして、どうか…

どうか…君だけは生きて…。

僕は、あと少し。

芽衣と歩んだ…僕らの人生の記憶。

それが今、走馬灯の様に蘇るんだ。

その記憶を辿り終わる前に…君は…





No.86 13/02/16 03:22
ゆい ( vYuRnb )

なぁ、レイ。

約束してくれ…。

何時か、君が僕を救って…僕を自由にして欲しい。

君の手で、僕を解き放ってくれ…

この闇から、終わりのない孤独から…

彷徨い続ける泥の中から僕を救って欲しい。

レイ…君は僕が作った傑作品なんだよ。

僕は君を零とは呼ばない。

標識番号『零』が君の本当の名前ではないから…

君の核を移植した日、その日は美しい三日月が出ていたんだ。

見上げた夜空から、水滴が落ちてきた。

夜には珍しい、天気雨だった。

月明かりに反射した雨粒がキラキラと輝いて、まるで宝石の様だった。

レイン…僕が君に付けた本当の名前だ。

君は、ゼロなんかじゃない。

僕の手から生まれ出たもっとも美しい命がレイ…君だった。

僕は、二度とそんな美しいものは作れない。

だから

君が、最後の願いを叶えてね。

僕を…楽に眠らせてくれ…

約束だよ…?

No.85 13/02/16 03:04
ゆい ( vYuRnb )


あぁ…ここは何て暗いんだろう。

一筋の光も見えない闇にいる。

あぁ…ここは何て寒いんだろう。

温もりの無い世界。

あぁ…そうだ。

それが、僕の人生だ。

ゴールなんてない、その道を照らす明かりもない。

何処へ向かう事など出来ずに彷徨う。

それが、僕の人生なんだ。



No.84 13/02/16 02:54
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case10 共犯者

No.83 13/02/16 02:51
ゆい ( vYuRnb )

その日の夜に、二度目の犯行が行われた。

血を抜いてる間を見守って、パックを交換するのは僕の仕事になった。

一人目の子とは違って、この子は意志の強い女の子だった。

瞳の輝きも失せないまま、強い眼差しを僕に向けている。

「怖くはないの?」

僕は彼女に問いた。

「あんた達なんか、地獄に落ちれば良い…!」

地獄なら、とっくに落ちている。

「君なら、きっと天国に行けるね。」

「何故、こんな事をするの?
あなたの目的は何…?」

怯えているのに、勇敢な姿勢を見せる彼女の隣りに座る。

「僕の目的は、妹の命を守る事。
その為なら何でも出来る…君の命が犠牲になろうと関係ない。」

「妹…?
ここに、貴方の妹が捕らわれているの?
貴方はあの男達に脅されているの?」

僕は頷いた。

彼女の瞳が、敵意から哀れみに変わる。

「妹を助ける代わりに、人を殺せと…?」

「それだけじゃないよ。
高濃度なドラックの作り方や殺害方法を教えたり、遺体を遺棄したり、それを侵したり、ハッキングもやったよ。」

「酷い…っ!」

「酷い?
僕は、別に苦じゃない…それで妹が助かるなら喜んでやるよ。」

僕にとっての諸悪の根源は、柳原や幹部達ではない。

レイや僕の人権を奪い、侮辱し、闇に葬った男…

憎むべきは、藤森 龍生…ただ一人。

「大切…なのね。
妹だから。」

儚く俯いた瞳が揺れる。

愛おしい人を想う時に、人はその瞳を揺らす。

「君にもいるんだね…キョウダイが。」

「弟がいるの。」

「弟?
仲が良いの?」

彼女はフッ…と微笑んで、首を横に振った。

「弟…もう、何年も引きこもりなの。
部屋からはあまり出ないし会話らしい会話もしない。
それでも、私は弟が可愛いし必死にコミュニケーションを図るけどダメで。」

「何故、引きこもってるの?」

「小さい頃から頭の回転が早い子で、人よりも頭が良すぎたのね…周りとの温度差を感じ取ってしまったの。
それでいて、人に媚びたりするのが嫌いだし可愛気も無いから孤立してね。
もう、中学からは学校に行ってない。」

「へ〜…何と無く分かるよ、弟さんの気持ち。」

そう返しながら、血液パックを交換する。

200mlのパック5つ目…もうじき、しんどくなる頃。
そろそろ、眠らせてあげないと可哀想だ。

「あの子が、パソコンだらけの部屋から出てくれるなら…私も何でもするかもしれない。」

パソコン…?

「せいじ…」

彼女は、意識を朦朧とさせて呟く様にその名前を呼んだ。

愛しき弟の名前だろう。

『多分…』

冷や汗の滲む彼女の額を撫でて、僕は彼女の耳に囁いた。

『君の弟は、その狭い部屋の中で君を懸命に捜している…』

彼女に僕の言葉が届いたかどうかはもう…分からない。





No.82 13/02/15 22:57
ゆい ( vYuRnb )

組織と契約しているクライアントは、社会地位の高い奴か金にモノを言わす成金風情が殆どだった。

紹介制か、柳原の目に適った奴だけがクライアントとして選ばれていた。

わざわざ素人の女を攫わなくとも、女が買える場所なんて腐る程あるのに。

スリルを味わいたいが為に大金を払って誘拐した女を弄ぶのは、変態の成せる技だろう。

下衆だ。

「修也、警察の捜査がどこまで進んでいるのか探れ。」

柳原の命を受けた幹部の一人が、僕にそう言ってパソコンを投げてよこした。

「これ使って妙なマネをしたら、あのガキを殺すからな?」

パソコンの画面脇に、ライブカメラが捉えたレイが映る。

目隠しをされた頭に、銃口が向けられた。

「警視庁のデータバンクに侵入しろってこと?」

「ハッキングっていうのか?
お前、得意なんだろ?」

薄笑いを浮かべる男の横で、僕は指の関節を鳴らした。

一息付いて、キーボードを打ち込んだ。

「はぇー、指の動きが見えねー!」

幾つものダミーコードを使って、厳重なセキュリティーを突破していく。

少し時間はかかる作業だか、上手く侵入出来るはずだと思った。

「誰だ…?」

僕は指を止めた。

「何だ、どうした?」

先に、データベースに侵入したハッカーがいる…

このまま続ければ真新しい足跡で、真っ先に僕が警察に追跡される。

ご丁寧に、追跡される事を計算して詮索されないようにウィルスを仕込んである。

僕を撒き、警察の追跡もブロックして一人逃げするつもりだろう。

「お手上げだ。
このままハッキングを続ければ、発信源を追跡される。
警察にこの場所がバレるよ。」

「何とかしろ!」

「それは無理。
一足遅かったみたいだね…先客がいるよ。」

用心深い臆病者の天才か。

ただの性格の悪い天才か…。

「へぇ〜、こんな狭い世の中に僕を手こずらせられる人もいるんだ…。」

「どうすんだよ〜…!」

ボスの命を遂行出来ない事に頭を抱える男の横で、僕は久しぶりに胸を高揚させていた。

僕は、僕以外の人間を低脳だと思って今まで生きて来た。

少なくとも、僕に張り合える人間など存在しないと…

「でも…」

パソコン画面に写る無数に並んだアルファベットや数式化した暗号を見て、そうでもないかも…と期待を募らせた。

この先にいる顔の見えない相手と、いつか巡り合う事が出来たなら…

チェスでも、将棋でも良いから崇高なパズルゲームをしてみたい。

どちらがより計算力があるのか勝負してみたいと思った。

気が向いたら、世間話をしてもいい…

ねぇ、君は誰?






No.81 13/02/15 21:40
ゆい ( vYuRnb )

人が犯される事…殺害される事…それに加担する事に、僕は何の感情も持たなかった。

嫌悪感や、恐怖心…ましてや罪悪感など微塵も感じなかった。

逆に、同情心や哀れみも。

僕は元からそういった感情に乏しい。

無感情に近い。

ただ…感情が無いのとは違う。

僕の場合は、芽依に関してだけが通常の人間と同じ様に感情が働く。

喜び、哀しみ、怒り、楽しみ…

芽依と一緒にいる時だけ、僕は普通の人間になれた。

普通の…恋をする男になれた。

芽依は、僕が生まれ堕ちる時に失くした“心”そのものだった。

だから、彼女が居ないと僕の“心”は動かないのだ。

凍て付く氷は、溶ける事なく深い眠りについたまま…

もう二度と、目覚めたりはしないのだ。




No.80 13/02/15 21:21
ゆい ( vYuRnb )


僕はその犯行を目の前で見ていた。

中年肥りの脂ぎった変態男の慰め物になった彼女は、もう既に廃人と化していた。

瞳は灰色がかり、生気を失っている。

そんな彼女の視線はただ一点…僕に向けられていた。

僕は膝を抱えて、3人掛けのソファーに腰掛ける彼女を見上げる。

時々、彼女の口元が動いたが何を言っているのかは読み取れなかった。

きっと、意味のある言葉など発してはいないのだろう。

だから、僕は微かに微笑んだ。

すると、彼女の口角が小さく上がった。

その瞬間、彼女は身体が大きく跳ね上げて苦しそうに呻き聲を響かせた。

暴れてパニックを起こす彼女の手足を男達が力任せに押さえ付ける。

体内の血液が少なくなって、ショックを起こしている。

意識とは反対に、身体は死を拒んで抗うのだ。

僕は、散乱する医薬品の中から茶色い瓶を手にとってガーゼにその液体を含ませた。

「どいて…。
手首を強く握らないで…締めた痕が残って傷になる。」

怯える彼女の瞳から、一雫の涙が流れた。

彼女の口元にガーゼを当てて、その雫にキスをする。

力が抜けた身体と、ゆっくり閉じて行く瞼…。

君は僕と同じ。

薄汚い大人に利用されて弄ばれた人形だ。

犯されるって、痛くて苦しくて惨めだろ?

僕も君と同じ。

ただ…僕には生まれつき欠落している物がある。

だから、君の様にはなれない。

僕はさ…辱められた自分が許せなくて壊れた君みたいに純粋な生き物じゃない。

だからかな…

僕は君が羨ましいんだ。

こんなにも美しい涙を流せる君が…僕には羨ましいよ。







No.79 13/02/15 20:37
ゆい ( vYuRnb )


組織の人間に、どうすれば遺体を簡単に運び出せるか訊れた。

『ドラム缶に入れてコンクリート詰め?』

僕は首を横に振る。

腐敗が進んだ遺体から発するガスは、固まったコンクリートを割る威力がある。

亀裂が入って空気が入れば、例え海に投げ棄てたとしても浮かんでくる。

運ぶにしても、ドラム缶を転がした痕が現場に繋がるだろう。

『バラバラにするか?』

それにも、首を振る。

人間をバラすのに、どれだけの時間と体力を要すると思うのか…。

そもそも、血液反応は消せない。

運び出す間に、血痕が付いたらそれで足がつく。

バラバラになった遺体を数カ所に分けて棄てるという事は、それだけ多くの証拠を残すという事だ。

遺体になる人間には、目立つ傷を付けないのが得策だ。

銃殺、絞殺、撲殺、毒殺、どれもがナンセンス。

「運び出すのに足がつかない様な方法で、尚且つ簡単にって事なら…全身の血液を抜けば良いよ。」

僕は男達にこう教えた。

彼女達の血液が無くなるまで献血をしろと。

これは、言葉の通り…医療用のパックに血液を溜め込むと言うもの。

傷痕は、針を刺した痕が小さく残るだけ。

そして水分の無くなった人間は、硬直後も軽くて運びやすい。

そうして、実行された一番最初の犯行。














No.78 13/02/12 06:03
ゆい ( vYuRnb )


事を済ませてズボンのベルトを締める。

河のせせらぎと虫の声しか聞こえない。

「本当にバカだな…」

僕の跡を残した所で、最初の体液が消えるはずも無いのに。

それでも、彼奴らはこれを証拠隠滅だと浅はかな自信を持っているのだから。

冷めた目で、持っていたナイフを見つめた。

光る刃先に映る僕。

歪んだ顔が滑稽だ。

僕はその刃先を蒼白い肌に当てて、その皮膚を割いた。

言付けにはない行為。

星型に印を付け、ナイフの汚れをシャツで拭う。

こんな行動に出たのは自分でもよく分からない。

何と無く…

あの忌まわしい僕の痕跡ではない、他の痕を残したかった。

命令されたからじゃない。

僕自身の、罪の痕を…

No.77 13/02/11 03:29
ゆい ( vYuRnb )

僕は、SEXをしても快楽は得られない。

それでも、自然の摂理なのか、事が済めば虚しさの含んだ白い液体は出る。

そのドロドロとした欲望が出ると僕はホッとするんだ。

それは、いつも終わりを告げるシグナルだった。

いつだって苦痛でしかない、この行為の終焉の合図。

幼い頃、灯の相手をさせられた時は涙と共にそれは流れた。

だけど、成長する度に僕の涙は枯れて汚ない濁白色の液体だけが女のカラダを塗りたくる。

僕には、意味のない行為。

だから、例え相手が何であろうと関係ない。

生身の女でも、男でも、それが冷たく硬い肉の塊でも…

無感情に出来る。

僕は、もう人間ですらない。

息を吸って吐くだけの…名前すらない生命体が僕だ。

痛む心なんて無いんだ。

唯の冷たい肉玉になった元・人間の君を侮辱しても、僕には単なる面倒な作業にしか思わない。

「ごめんね…」

そう、呟いたのは罪悪感でも慈しみでもない。

そんな人間らしい感情を持ち合わせていない事を謝っただけ。

それだけなんだ。


No.76 13/02/11 03:00
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case9 冷たいカラダ

No.75 13/02/11 02:54
ゆい ( vYuRnb )


あの日…内心で亮と決別したあの日から、私達の距離は一ミリの変わりもなかった。

ただ、あの翌日から亮は黒髪に戻して茶色く染める事はなくなった。

それでも代わる代わる恋人を作っては別れを繰り返す習性は治らない。

心の奥底では、もう亮とは結ばれないだろうと諦めていた。

いや、諦めなければいけないのだ。

大学に入ってからは、会う回数も自然と減った。

もちろん、それは亮を避けていたから。

上手く逃げてる方だと思う。

亮を諦めて、修也とも会えない。

毎日、気が狂いそうな孤独に襲われた。

そのうち、生きている事の疑問も浮かんだ。

自分は何の為に生まれたのか…

いくら考えても、その答えは両親の慰めでしかないような気がしてならなかった。

まるで人形。

いっそう、感情なんて無くしたい。

でも、そう強く望み過ぎたのか…私の心は日々、少しずつ壊れて本当に全ての感情が薄れて行った。

どす黒い無の影が、心を蝕む。

もう、元の私には戻れない。

醜い自分を愛する事などできない。

寂しい、苦しい…助けて…

お願い…このどうしようもない孤独から私を救い出して…

お願い…助けて…

修也…

もう一度、この手を握って

私を連れ出して…


No.74 13/02/09 21:38
ゆい ( vYuRnb )


修也がいなくなって、2年が経った。

この春から私は、大学の二回生になった。

「今朝方未明に、荒川区足立の河川敷で若い女性の遺体が発見されました。
警視庁は、この女性の身元の確認を急ぐと共に事件の概要を…」

「物騒な事件だな。」

早朝の痛たましいニュースに、父が眉を顰める。

「芽衣も大学が終わったら早めに帰宅しなさい。」

母が、朝食を運びながら私に言った。

「はい…。」

私は空返事を返してテレビに映る遺体発見現場を見つめていた。

ブルーシートの周りで慌ただしそうに動く警官達が映る。

別に、ニュースの内容に釘付けになってる訳じゃない。

私が視線を離せないのは、その現場の方だ。

河川敷…

その蒼く茂る草原と、流れる川に修也が浮かんだ。

キラキラと輝く光の会話。

遠くで優しい笑みを浮かべる、彼のそよぐ柔らかそうな髪。

あの美しく儚い思い出が、胸をチクリと刺す。

「芽衣?」

ハッと、慌ててダイニングを見ると父が心配そうに私の名前を呼んでいた。

「不安なら、亮君に送り迎えしてもらおうか?」

「大丈夫よ。
亮も色々と忙しいみたいだから悪いわ。」

かぶりを振っ て答えた。

「そうか…?」

釈然としなそうな父に、私は微笑む。

そうした偽りの作り笑いが、私の癖になっていた。




No.73 13/02/09 21:07
ゆい ( vYuRnb )


交差点の中間地で行き交う人を見渡した。

すれ違う人々に、修也の姿を探しても見当たらない。
渡り切った東横線の改札口にも彼はいなかった。

私が来るとは思っていなかったんだろうか…?

途方に暮れながら、私はその場に立ち尽くした。

そして、修也への想いを馳せながら涙を流した。

「修也…」

黙って行ってしまうなんて…

もう会えないの?

なぜ?

なぜ、私を信じてくれなかったの?

溢れでる涙を止める術が分からずに、その場に座り込んだ。

膝を抱えて、この大都会でただ独り孤独を感じていた。


No.72 13/02/04 23:04
ゆい ( vYuRnb )

109に出て、スクランブル交差点で信号待ちをする。

人が多くて、向こう側の様子が見えない。

修也はもう来ているのだろうか?

「待てよ、芽衣!」

肩を引かれた反動で、振り返る。

薄っすらと額に汗を滲ませて亮が私を睨んだ。

私達は、いつもそう…。

顔を合わせれば、可愛くない態度で接して喧嘩になる。
互いに素直になれないまま、想いは空回る。

亮に会うのも、これが最後かも知れない。

そう思うと、急に淋しく、そして愛おしさが込み上げて来た。

少なくとも、必死で追いかけて来てくれた事が嬉しかった。

「お前…俺の好みを分かってねーよ!」

「え?」

亮の手が私の頬に触れる。

「俺は、ギャルが好きなんじゃない。
本気で好きな女には、短いスカートなんて履いて欲しくない。
素顔が可愛い子なら、化粧なんて皆無だ。」

日に照らされた亮の髪の一部が、輝いて金髪に見える。

「亮、髪の毛また染めたの?」

「メッシュいれたんだよ、カッコイイだろ?」

あの子と同じ…。

その空いたポロシャツの胸元で揺れるネックレスも、彼女とのペアだって知ってる。

「亮は、黒髪のままの方がカッコ良いのに…」

背伸びして、亮の髪に触った。

「お前は、そのままの髪でいろよ?」

そう優しく微笑んで、私の髪を撫でる。

彼のたまに見せるその笑みは、私の宝物だ。

「私は、何も変わらないわ。」

そう…きっと、何があっても…
亮への気持ちは変わらない。

「お前…俺だけにそうやって笑えよ?」

胸が痛むのは、それを守れそうにない罪悪感から?
それとも、別れが辛いから?

「りょ…っ」

名前を呼び掛けた時、亮の携帯が鳴った。

亮はポケットから携帯を取り出して、私は口を紡いだ。

「あぁ、美香?」

美香…彼女からだ。

「うん、後で行くから。」

彼女の所に行くんだ…。
行って何をするんだろう…。

邪な考えが浮かぶ。

会話を弾ませる亮と、交差点を交互に見る。

亮の白い歯が覗いた時に、信号が青に変わった。

私は、亮に繋がれた手をそっと放して彼に笑って見せた。

そして、そのまま人混みに紛れて交差点を渡る。

もう…亮には私を見つける事は出来ないだろう。

私の決して気持ちは変わらない。

だけど…修也への想いは高まる一方だった。

彼を愛してるの?と訊かれれば、そうだとは答えられないだろう。

ただ…愛おしい。

矛盾にも聞こえるだろうが、そうだった。

その感情を上手く説明するには難しい。


No.71 13/02/04 22:24
ゆい ( vYuRnb )


早歩きの後を亮が付いて来る。

修也との待ち合わせ場所までに、亮をまかなくては。

「なぁ、シカトすんなよー!」
「付いて来ないで。」

電車に乗りこんでも、そんなやり取りを繰り返していた。

原宿を過ぎると駆け足で後部車両まで行って、渋谷で慌てて降りた。

ドキドキと緊迫する胸を押さえて、後ろを振り返る。

亮の姿は無かった。

「良かった…」

上手く振り払えた…そう思っていた。

ところが、ホームを抜けて階段を上がった所で、腕を組んで壁に凭れ掛かって不機嫌に立ちつくす亮の姿が目に入った。

「俺を撒こうとするなら、もっと上手くやれ。」

「一人になりたいの。
今日は勘弁して…」

そう言って亮の横を掠めると、強く腕を掴まれた。

「代官山か青山でしか買い物しないお前が、渋谷でショッピングか?」

皮肉をいう時も、亮はこうして人を小馬鹿にした笑みを浮かべる。

「私だって、渋谷で買い物するわ。
神南辺りでね。」

「なら、原宿で降りた方が近いだろ。
マルキューでギャルファッションでも探すのか?」

不意に、亮の彼女が頭に浮かんだ。

茶色い髪にルーズソックス。
大きな花の付いた通学カバン。
短すぎる制服のスカート。
ダボダボのベスト。

あの紺色のベストは、亮の物だ。

都立一の男子校に通う彼氏を持つ女の子が、それを自慢する為にわざわざ彼氏の学校指定のベストを着る。

下らない流行りの風習。

「私も短いスカートを履いて、頭に大きな花でも咲かせようかしら?
亮好みのギャルメイクもしてね!」

腕を振りほどいて、吐き捨てながら走った。

嫌味のつもりで言った吐きセリフ。

…ホントは、ただのヤキモチ。

亮のベストを着たあの子を見る度に、胸を焦がした。
ズキズキと痛む。

羨ましくて仕方なかった。

亮が、あの子の頭を撫でる度に
亮が、あの子の腰に手を回す度に
亮が、あの子に優しい笑みを送る度に…

私は、自分の気持ちを押し殺して微笑んだ。

まるで、気にしていないように振舞って気丈なフリをしていた。

今、私は修也の元へと行こうとしている。

直前になっても、それが正しいのかは分からない。

ただ、亮にはない私への優しさが修也にはあるから…

亮から逃げたいだけなのかも知れない。

だけど、確実に分かる事が一つだけあるの。

亮には私が居なくても大丈夫だけど、修也は私が居ないとダメなんだという事。

自惚れた考えだけど、確信している。

修也には私が必要なんだと…







No.70 13/02/02 00:14
ゆい ( vYuRnb )

携帯が鳴る…。

眠たい目を擦って目覚まし時計に手を伸ばす。

AM5時30分。

こんな時間に電話をかけて来る無神経な人は一人しかいない。

渋々、スタンドライトの脇に置いた携帯をとって耳に当てた。

何やら周りが騒がしい。

「おい、芽衣。
お前、今日暇か?」

友だちと朝まで遊び通していたのだろう。

亮の電話の先で、数人がじゃれ合う声がしていた。
その中に、猫なで声で「りょう〜、早く電話切ってよー。」という女の子の声も入って来た。

起こされた挙句、気分を激しく害された私は冷たく「暇じゃない。」と吐き捨てる様に電話を切った。

その後も、携帯は鳴り続けたが出る事はしなかった。

修也との約束を守りたい。

今日、私は彼に会わなければならない。

“家族と婚約者を捨てて…”

正直、その覚悟は出来ていない。

だけど今日、修也に会わなければ一生、彼には会えなくなりそうで怖かった。

いつも通り学校へ行き、授業が終わると急いで教室を出た。

中庭を過ぎた辺りから校門まで、生徒達がザワザワと群がって騒がしい雰囲気だ。

何だろう…

顔を紅潮させながらヒソヒソ、そわそわした女の子達。

不思議に思いながら、校門を抜けてその理由が分かった。

「芽衣!」

彼が私に手を振りながら近寄って来る。

生徒たちの注目を浴びて、私は肩を竦めながら小さく周りを見渡す。

『藤森さんの彼氏かな?
カッコ良いよね。』

『良いなぁ〜、藤森さん。』

『可愛いくてお金持ちだから、遊ばれてんじゃない?』

色々なコソコソ話しが耳を掠める。

亮には聞こえないのかな?

「おい、お前!
電話無視してんじゃねーよ!」

ムスッとした態度で、亮は私のおでこをピンと弾いた。

私は無言でおでこを摩って早歩きで駅に向かう。

早く学校から離れたかった。

No.69 13/02/01 23:39
ゆい ( vYuRnb )

私は失ったものなんてない。

むしろ、与えられた事の方が多い。

優しい両親。
愛する婚約者。
裕福な家庭。
名門女子校。

恵まれた環境にいる自分。

修也はどうだろう…

彼は、私とは真逆の人生だった。

生まれながらに沢山のものを与えられた人間と、生まれながらに失ったものが多い人間。

私と修也は一体、何が違うというの?

女の子なら誰もが憧れを持つ学校の制服。

姿見の前に映る、その制服を着た自分。

リボンを解いて、脇のファスナーをさげる。
スカートを脱いで下着も外す。

裸になった自身を見た。

飾りを捨てたら、私も修也と同じ。

なんの違いも無い。

違いなんてない。





No.68 13/02/01 23:20
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪

case8 狂気の先

No.67 13/01/31 11:59
ゆい ( vYuRnb )

芽衣、君は知らない。


僕たちの絆は、繋いでは解ける糸みたい。

君の全てを僕は守りきれないのに…。
君に縛られた心と身体は自由を求める事はない。

いつまでも、君に囚われて操られていたい。

それでも…君は誰かの言葉で笑う。

良いよ…芽衣。

君のその笑顔は、いつか僕の笑顔になる。

君が幸せなら、僕だって幸せさ。

解けた二つの想いは、夜空の星に溶ける。

僕は君を忘れない。
君も僕を忘れないでね。

さようなら…僕の……





No.66 13/01/31 09:48
ゆい ( vYuRnb )

翌日、最後になると決めた仕事を片付けて新宿から山の手線に乗って渋谷に向かった。

深くパーカーのフードをかぶった。

16時まであと15分…僕は地下鉄乗り場の階段脇から109側に視線を向ける。

しばらくして、芽衣を視界に捉えた。

「来た…!」

僕の心臓は飛び跳ねた。

足を一歩踏み出した所で、僕は立ち止まる。

芽衣の隣には、高瀬 亮がいた。
彼女の幼馴染で婚約者だ。

どんなに人混みに紛れても、僕は芽衣しか見えない。

だから、ハッキリと見えてしまうんだよ…

君が、彼の隣でニッコリと微笑んでいるのが。

踵を返して、またJRのホームに向かった。

足を進める度に浮かぶ、二人の親密さ。

彼女の手を取って握る彼の手。
彼女の頭をクシャクシャと撫でる大きな手。
彼女の柔らかい髪が、それで大きく絹糸の様に揺れる。

その後の彼女の笑顔。
優しい笑み。

背の高い彼が、かがんで彼女の顔を覗き、その頬に触れる。

数秒前に見た映像が、そうやってゆっくりと瞼に浮かんだ。

痛みを感じて、握った拳を開いてみた。

真っ赤な血が滲んでいる。

嫉妬と憎悪が流した鮮血だ。

僕は、彼の様に背は高くはない。
芽衣より一つ頭が出ているだけ。

僕は、彼の様にゴツくて男らしい手を持ってはいない。

僕は、彼の様に芽衣を笑わせてはあげられない…。

そんな陳腐で馬鹿げた下らない感情で流れる痛み。

…バカバカしい。

普通の人間に成り下がりたいのか?

自問自答を繰り返す。

そして、何度でも出ている答えに僕は落胆するんだ。

『普通に生まれていれば…』

この暖かい太陽の下、君と肩を並べて歩けたかもしれない。

普通に…

だから僕は…

『普通の人間になりたかった。』

下らない感情。

それは、芽衣を求めるのと同じくらいに恋い焦がれた切ない思いだった。








No.65 13/01/31 09:01
ゆい ( vYuRnb )


幼いレイを宥めるのとは訳が違う。

芽衣を納得させる説得力のある言葉を…

「芽衣…君は家族を捨てて、婚約者も裏切って僕の処へと来れる?」

「ぇ…?」

濡れた瞼が揺れる。

何も、彼女に対して離れる言い訳など考えなくても良かった。

僕の叶わぬ願望を、そのまま彼女にぶつけてしまえば簡単にカタが付くのだから。

「もし、僕と一緒に来てくれるなら明日の16時に渋谷のスクランブル交差点中央で会おう。
僕は東横線側から、君は109側から渡って来て。」

それだけを告げると、動揺して固まった君を置いて僕は去った。

絶対に来るはずが無いのに、人混みに紛れて逃げようと考えてる辺りに淡い期待を抱いていたのだろう。

僕も、ただのつまらない男だな。

自分に失笑しながら、藪を掻き分けてレイの元へと急いだ。




No.64 13/01/31 02:03
ゆい ( vYuRnb )


感じる…芽衣の体温と香り。

髪の柔らかさ…愛おしさ。

汚れた僕に、神が与えてくれた天使が芽衣だ。

そんな至福の時を味わえる僕は何と罪深い事か…。

「芽衣、もう遅い…日が暮れるとこの辺りは人通りがなくなる。
危ないから、もう帰ろう…」

後ろ髪を引かれる思いで彼女を引き離した。

僕は、芽衣を送っては行けない。
人目のある場所で彼女と並んで歩く訳にはいかないのだ。

だから、少しでも明るい内に彼女を家に帰したかった。

「修也…気を付けて…。
誰かが、貴方を傷つけようとしているわ…。
もしかしたら、命に関わるかも知れない…」

「誰かって?」

一瞬、驚いた。

まさか、芽衣が僕のしているヤバイ事を知っているのかと思った。

だが、『誰?』と訊いた僕の視線を避けて俯いた彼女を見てその心配はなさそうだと胸を撫で下ろした。

いや、ホッとしてる場合じゃないな。

僕は馬鹿じゃない。

組織関連でなければ、僕を消そうとしている相手はあいつしかいない。

芽衣の反応からしても間違いないだろう。

それは、藤森 龍生…芽衣の父親だ。

藤森だとしたら、狙いは僕だけではなくレイも標的になるだろう。

クソっ…レイの存在を知られたのは失態だった。

まだ幼かった僕は、レイの誕生に驚きうろたえる藤森を、勝ち誇った様に笑ってみせた。

見下したんだ…奴を。

それが、仇となったか…。

「芽衣、大丈夫だよ。
僕は、逃げるよ…しばらく会えないかも知れないけど、無事でいるから安心して?」

あの修道院にはいられない。

近いウチに、レイを連れて逃げよう。

どの道、組織から離れれば僕は追われる身になる。

なるべく遠くへ行き、生活を立て直そう。
幸い、僕には其れなりの蓄えがある。

その為に貯めた金だ。

「会えなくなるなんてダメ!
どこに行くのか私には教えて!
また修也と離れ離れになるなんて嫌よ…!
絶対に嫌…っ」

掴まれたシャツの胸元が、芽衣の涙で濡れた。

困る…めんどくさいという感情は色々な場面で常に感じていたが、困るという感情を抱いたのは初めてだった。

僕は困っていた。

芽衣を邪険に扱えない。

だからと言って、わざわざこんな厄介事に巻き込みたくもない。

宥める…僕は、芽衣を宥める言葉を探した。








No.63 13/01/31 01:19
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case7 嫉妬と憎悪の××

No.62 13/01/31 01:16
ゆい ( vYuRnb )


「芽衣、大丈夫?」

修也が心配そうに私の伏せた顔を覗き込んだ。

私は、ふっ…と作り笑を浮かべて彼に「うん」と頷いて見せた。

その時に思った。

今、私が浮かべた笑みは、修也がいつも浮かべている笑顔と一緒だと。

彼は、そうやっていつも傷付いた心を隠す為に笑っているのだと。

はたから見たらとても穏やかなその微笑みは、哀しみを含んだ切ない微笑みなのだと初めて知った。

「修也…」

貴方って…

なんて心の寂しい人なの…?

この人には、心を温めてくれる人も、甘えられる場所も無いのだと思った。

「修也…」

私は修也を抱きしめ、耳元で彼の名前を呼んだ。

私の背中に、彼の手が力強く絡まる。

伝わるだろうか…私の体温が。

同情なんかじゃない。

ただ、私が彼の…修也の心を温めてあげたいと心から思ったのだ。

偽りじゃない、彼の笑った顔が見たい。

私が、彼の甘えられる場所になりたい。

力強いその腕が、私を圧迫する…。

その痛みと、少しの苦しみが、私を安心させてくれる。

修也…私、貴方を満たしてる…?




No.61 13/01/31 00:18
ゆい ( vYuRnb )

事実を聞いて、幼い頃から修也が研究所にいた理由が理解出来た。

そして、私が生まれた理由も分かった。

それを聞いて、両親に対しての哀れみと同情が芽生えた。
それと同時に、怒りも芽生えた。

失った我が子を再生するという、あまりにも自分勝手な行為で修也の様な犠牲者が出た事…。

それだけじゃない、亮もその為に私と婚約させられているのだ。

両親が犯した罪を、私が生まれた罪を正当化させる為だけに亮は…。

いつか暴かれるかも知れないその日…亮は、私を守ろうとするのだろう…。

そんなの…そんな事は耐えられない!
私…亮に自分の秘密を知って欲しくない!

真っ直ぐで正義感に溢れる彼を、私の闇に触れさせて落とす様なマネは出来ない。

嘘…そんな事は全部、私の偽善だ。
亮の為?違う…。

もっと単純に言えば良い。

ただ、彼に嫌われたくないのだと…。

嫌われたくない。

私…亮には嫌われたくないの…。

No.60 13/01/28 08:01
ゆい ( vYuRnb )


「本当にクローンなの…?」

修也の頬に触れて、彼の瞳を覗く。

真っ直ぐに見つめるその揺るぎない瞳が、真実だと語る。

「それでも僕らは生きてる…」

ずっと、抱えてきた罪悪感や後ろめたさの理由が分かった気がした。

そして、新たに生まれた喪失感。

別に、何かを失った訳じゃない。

だけど…造られた命だという事と、誰かの代わりという概念。

私自身の人生は、他の誰かが歩むものだったのかも知れない。

そう思った時に、将来の希望も薄れて行った。

「修也…私の出生の秘密を知ってる?」

修也が私について、どこまで知ってるのか知りたい。

「それと、修也の秘密も私に教えて。」

もちろん、修也の事も知りたい。

「天使の正体を明かしたら、とてもつまらない結果が待ってるかもよ?」

良いの…
修也…貴方の、その…

「泣きそうな笑顔の理由を教えて…」

生まれてきた罪を共有する事が、私達を破滅に追い込んで行くとしても…

私達は、うぅん…私は、修也からは離れられない。


No.59 13/01/26 03:02
ゆい ( vYuRnb )


光を避けずに佇む修也の姿。

彼の容姿のせいだろうか?

胸が締め付けられる程にその姿が美しくて、泣きたくなってしまう。

初めて行った、フィレンツェのドゥオモから一望した夕陽に溶け合う美しい街並みを見た時にも同じ様に泣きたくなった。

それは、その景色に感動したからなんだ。

今、私は目の前の光の少年に感動しているんだ。

修也は不思議な子。

いつも優しい笑顔を向ける。

楽しい時も、悲しい時も、寂しい時も…

その微笑みは、いつだって儚い。

修也は、私の全てを受け入れてくれる…そんな気がした。

だから、もう一度、私は彼に言葉を送ったの。

彼がどう応えても構わない。

私は彼に聞いてもらいたかっただけ。
秘密の共有をしてもらいたかっただけだった。

“私、死んだ人間のクローンかも知れない”

修也はちゃんと見ていただろうか…?

声に出せない私の秘密。


送った後に手が震えた。

チカチカ…直ぐに修也からの返信が届く。

暗号を文字に変換する。

“僕もだよ”

涙が頬を伝う。

瞬きすら忘れた瞳から、ポロポロと流れる。

気付いた時には、走り出していた。

額に汗が滲んで、息切れがした。

時折咳き込みながら、懸命に走った。

そうして辿り着いた修也のいる川縁。

彼は、いつもの様に柔らかくて儚い笑顔で私を待っていた。

「僕もだよ、芽衣。」

修也に抱き付いた。

こうして抱き締め合うのは、これで2回目。

私達は近すぎる関係と言うよりも、ほぼ一体化したような関係だった。

修也は私の一部で、私は修也の一部。

私は修也の影で、修也は私の影。

あるで…同じ運命を辿る様に私達は何度でも巡り合う。

No.58 13/01/26 02:21
ゆい ( vYuRnb )



彷徨う罪…

case6 大罪

No.57 13/01/26 02:17
ゆい ( vYuRnb )

それから毎日、僕は芽衣と会った。

学校が終わり、レイの待つ修道院へと帰る間の平日の数十分だけ。

その時間だけは、僕は普通の16歳でいられた。

芽衣も学校帰りで、いつも制服姿でやって来た。

芽衣の制服は、ブルーのリボンが付いた襟まで真っ白なセーラー服で、彼女はこの制服がよく似合っていた。

“今日の学校はどうだった?”

“僕は学校に寝に行ってるだけだよ”

たわいも無い話。

それでも、僕たちは手元を光のリズムに合わせて動かし続ける。

暫くして、芽衣の動きが急に止まった。

どうしたんだろう…?
疲れてしまったのだろうか?

僕はふざけて光を芽衣の顔に当てた。

彼女は眩しそうに手を顔に翳してその光を遮り、仕返しに僕の顔にも光を浴びせた。

眩しくて目を細める。

芽衣が僕に与えくれる光は暖かく柔らかい。

そのまま…僕はゆっくりと瞳を閉じた。

僕の罪を消して…
君の手で、僕を消して…

芽衣…僕は…君を…

君を…愛してる。



No.56 13/01/25 17:27
ゆい ( vYuRnb )


この信号が君に届くだろうか…

すると、芽衣はポケットから手鏡を出して僕に光の信号を返した。

“懐かしい”
“モールス信号ね”

芽衣は覚えていた。

昔、僕が教えたモールス信号の暗号を。

芽衣が昼間、他の誰かと一緒に研究所に来る用事がある時、向かいの研究室から会話が出来る様にと僕が教えたんだ。

キラキラと輝く光に、僕らの会話をのせた。

“覚えてたんだね”
“良かった”

他の人には知られない…秘密の会話。

“修也、また会える?”

『また、会える?』

芽衣からのメッセージに、僕は手を止める。

会って良い事はない。
下手をしたら、芽衣を危険な目に合わせてしまうかも知れない。

会わない方が良いに決まっている。

だけど…。

もう、夕陽が落ちようとしていた。
光が消える前に、僕は最後のメッセージを送る。

“この川縁で、こうして離れて会おう”
“夕陽が沈むまでの少しの時間だけ…”

芽衣が頷くのを確認してから、僕は藪の中へと消えた。

芽衣との接触をギリギリ避けるとしたら、これが限界だろう。

それでも良い…また、君にあえるなら。
この広い川を挟んで、君と語り合えるなら…。



No.55 13/01/25 10:28
ゆい ( vYuRnb )


僕らは互いに手を繋いでホテルを後にしてタクシーに乗り込んだ。

何処に行く当てもない。

「行った事のない世界に行きたい…」

芽衣がポツリと外の景色を見ながら言った。

行った事のない世界…

僕の住む世界は、おそらく芽衣の知らぬ世界だろう。
もちろん、そんな所に芽衣を連れて行けるはずもない。

「そうだ、芽衣。
面白い事をしようか?」

僕がそう言うと、君は瞳を輝かせて「何?」と訊いてきたね。

タクシーは河川敷で止まる。

君を川縁に立たせて、

「ここで少しだけ待ってて…!」

「何をするの?」

不安気な君を置いて、僕は川の反対側の川縁に着いた。

川を挟んで君と向き合う。

拾った瓶の破片を光に当てて、信号を送った。

芽衣、覚えてる?

僕は微かな望みを光の信号にのせて君に送る。


No.54 13/01/24 23:43
ゆい ( vYuRnb )


どんなに多勢の人間に囲まれても、僕はすぐに芽衣を見つけることが出来る。

彼女は、上品な白いドレスを身に纏っていた。

想像した通りの美しい少女に成長した芽衣に、僕の鼓動は高鳴る。

薔薇の花の様な華やかな美しさと例えるよりも、芽衣には百合の花の様な聡明な美しさと例える方が合う。

人目を引く程の美しさを放つのに、遠慮がちに佇む姿がまた、いじらしく可憐だと思った。

僕はしばらく、色々な角度から彼女を見つめた。

今の僕の立場では今後しばらく、彼女に会う事はなくなるだろう。

だから、今の彼女を瞳に焼き付けて記憶に留めておきたかった。

そんな穏やかな心情を打ち破る様に、君が怒鳴り声を上げた。

もの凄く悲しいそうな顔して出て行くから、僕は思わず君の後を追ったんだ。

一目、君の顔を見るだけで良かったのに…

話し掛けるつもりなんて無かったのに…

君の声を殺して泣く姿に、僕はこの手で君に触れてしまった。

薄汚れた手で、君の手を…




No.53 13/01/24 13:09
ゆい ( vYuRnb )


狭い路地から空を見上げる。

汚い雑居ビルの間でも、その空は青く澄んでいた。

眩しくて、目を細める…

芽衣に会いたいと思った。

僕の中にある美しいモノ…それは、芽衣と過ごした幼い頃の思い出。

彼女だけが、僕を満たしてくれる。

僕は、ヨレた開襟シャツを着て芽衣のいる帝国ホテルへと赴いた。

もちろん、招待状のない僕は会場の中には入れない。

著名人の集まる厳粛なパーティだ。
警備も半端ない。

さて、どうしようか?

頭を捻って、至極単純な策を思い付いた。

ホテルから出て、近くの高級ブティックに入る。

なるべく、金持ちに見れる様な格好の服を選んで着た。

終始、怪訝そうな顔を浮かべたブティックの店員は、僕がポケットからさし出したボロボロの札束を見るなり態度を一変させた。

深々と頭を下げて見送る姿が滑稽だ。

さて、次は…

ホテルに戻り会場近くのトイレに入る。

そこで、狙いを定めた相手に声を掛けた。

「こんにちは、佐川さん。」

男は、僕の顔を見るなり驚いて身を翻す。

「逃げないでよ。
ボスに言われて来たんじゃないから安心して?」

ニッコリと笑って、彼の顔を見る。

「しゅ…修也…、ここで何を…?」

「友達に会いたいのに、招待状がないんだ。
佐川さんの招待状を僕に頂戴よ。」

「招待状……?」

この男が、僕に怯える理由は、こいつもバカで低脳な人間だからさ。

政界のご子息には、たまにこんな救われないバカもいるんだよ。

友達は、幅広く持っていた方が良い。

こんな時に便利だからさ。

僕は、まんまとパーティ会場に入る事が出来た。

No.52 13/01/24 12:39
ゆい ( vYuRnb )

明日、芽衣の父親の社長就任祝賀パーティが帝国ホテルで行なわれる。

「あの人…社長になるんだぁ。」

僕を研究所に幽閉して、その自由を奪った男。

僕は、その記事に載ったwork雑誌を路地裏のゴミ箱へと投げ捨てた。

「おぅ、修也。」

クラブハウスの入り口で僕を手招くのは、柳原の所で働く下っ端の男だった。

「例のブツは持って来たか?」

辺りを警戒して、僕はポケットから小さなジップに入れたクスリを彼に手渡した。

「スゲぇ〜、お前って天才だな。
ボスに手渡したら、絶対にお前を欲しがるよ。」

「いいから、早くしまって。
関口の奴らに見つかったら、僕は殺される。」

僕は、相変わらず裏の世界で小金を稼いでいた。

何故、そんなに金がいるのかって?

答えは簡単だ。

女は愛で服従させられるが、男は金で服従させられるから。

僕は、この世界で新しいドラッグを開発してはそれを売り込んでいた。

関口も、他の組もこぞってそのドラッグを欲しがった。

そうして少しずつ、僕の名前が界隈に知れ渡り不本意にも身の危険に晒される事になった。

僕は客を選ばないし、誰の派閥にも入らない。

関口にしろ、柳原にしろ、僕は彼らをクライアントとしか見ていない。

どちらが、僕により膨大な資金を出すのか…僕の興味はそこだけだ。

そうする事でしか、僕は僕の存在意義を見出せなかったんだ。




No.51 13/01/24 12:09
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case5 秘密

No.50 13/01/24 12:04
ゆい ( vYuRnb )


「修也…何で?」

なんで、こんな所にいるの?

今まで何処にいたの?

聞きたい事が山の様にあるのに…

「僕は君の天使だ…君が僕に会いたいと願えば、僕は君に会いに来るよ。」

なのに…

私は、そんな貴方の嘘を信じてしまう。

もう、貴方がどこの誰であろうと…

どうでも良い…。

私も、自分が何者なのかは分からないのだから….




No.49 13/01/24 10:42
ゆい ( vYuRnb )


「修也…?」

その手を見て、瞬時に分かった。

「うん?」

顔をあげると、彼が柔らかいあの笑顔で私を見つめた。

私の涙は静かに頬を伝って彼の手に雫を付けた。

私達は無言で抱き締め合った。

それは、恋愛感情などではなく…大切な存在同士がする自然な抱擁。

成長した修也の背中は、少しだけ広くて温かかった。



No.48 13/01/24 10:16
ゆい ( vYuRnb )


父の社長就任祝賀パーティの日…。

本当は、心から父の晴れ舞台を祝いたかった。

政界や、他の著名人達の挨拶も私は能面な顔でしか受け応えられていなかっただろう。

「どうした、なんかあったか?」

お皿いっぱいの料理を頬張りながら、亮が私の顔を覗き込んだ。

「…べつに。」

「ふ〜ん、不機嫌なんだな。
お前、こんな時にそんな態度で通したら一生感じの悪いワガママ令嬢としてマスコミに叩かれるぞ?」

いつもの憎まれ口。

いつもなら、相手になんかしないで流してた。

だけど…今日は、無理だった。

「ワガママ?私が?!
いつ、私がワガママ言った?
感じ悪いって?
いつ、感じ悪くしたのよっ!
私は、いつだって良い子にしてたわっ!!
いつだって…いつもよ…」

爆発した感情が、決壊して怒鳴り声となる。

周りはザワザワと、白い目で私を見た。

亮も驚きながら、口元からパスタをポロリと落とす。

涙が、ハラハラと止まらない。

「芽衣?どうしたんだ?
ん?何があった?」

慌てた父が、優しく私に駆け寄って肩を抱いた。

「すみません、親父さん。
申し訳ありません、皆さん。
僕が、芽衣に子供じみた意地悪をしたんです。」

亮が深々と頭を下げて、頭を搔いた。

亮の機転が講じて、周りから疎らな笑い声沸き起こった。

「なんだ、喧嘩するほど仲が良いってやつか!」

総理大臣の一言で、周りがドッと笑い、父も横で安堵の溜め息を漏らした。

「ごめんなさい、失礼します…」

私は父に一礼して会場を離れて、ホテルの非常階段へと逃げた。

ただ…思い切り泣きたかった。

なのに、やはり周囲を気にする小心者の私は声を押し殺して泣く事しか出来なかった。

そんな私の手に、そっと別の手が添えられた。

細くて長い…美しい手だった。



No.47 13/01/24 09:44
ゆい ( vYuRnb )


「芽衣?準備できた?
下で車を待たせてるから…」

母が部屋のドアを開けながら、顔を出した。

私は、咄嗟にパソコンを強制終了させて、ぎこちない笑顔で母を見た。

「どうかした?
何だか顔色が悪いわ…」

額に当てる母の手を取って、「大丈夫よ…」と微笑んで、その手を離した。

本当は、泣きたかった。

自分が…怖い。

気持ち悪い…。

目の前の母に、嫌悪感が募った。




No.46 13/01/24 09:34
ゆい ( vYuRnb )


それから、半年位経った頃…

私はひょんな事から自身の出生の秘密を知る事になる。

「めーい、準備は出来たのー?」

一階から母の声が響いた。

私は背中に手を伸ばして懸命にファスナーを上げていた。

「良し!」

鏡を見て、胸元が寂しいかもと思った。

大人っぽい、オフホワイトのシフォンドレスには私の持ち合わせのアクセサリーでは不釣り合いだ。

私は母の部屋に行き、クローゼットの中に入った。

確か、パールに一粒ダイヤが付いた素敵なネックレスがあったはず…。

母が大切にしてある、とっておきの箱を見つける。

「あった!」

高い位置にあるその箱に腕を伸ばす。

あと…少し…

箱に手は掛かったものの、その横にあった古いアルバムや、本も一緒に落ちてきた。

「あん!もうっ!」

慌てて、アルバムや散らばった本を纏める。

日記…?

本だと思っていたそれに、母の字がしたためられていた。

読むつもりはなかったが、最初に入った文字に目を剃らせなかった。

『12月17日最愛の娘が死に、暗い闇を彷徨う…』

12月?娘…?

私が産まれたのは春だ。

私が生まれる前に、母は子どもを亡くしているのだろうか…?

私は、母の日記を読み始めた。

日記には、今の母とは想像が付かないような荒んだ心境が書かれていた。

『子どもを抱く他の母親が憎らしい…。』

子を失った母の気持ちと、それを知らずに今まで生きて来た事に胸が痛んだ。

母の苦労も知らず、内心では干渉の激しい母を疎ましく思う事もあった。

私は、なんて親不孝な娘なのだろう…。

気持ちを改めて、これからは母に報いろうと決めてページを捲る…

『1976年7月7日…核移植した受精卵を胎内に戻す手術が成功した。
これで、またあの子に会える。
また、あの子を抱ける…。
失った命は、再生できる。
夫に感謝して、これからもずっと彼を愛していく。』

体外受精…。

この日記には、母が体外受精を受けた事が記されている。

不妊症だったのだろうか?

だけど…核移植って?

私は日記を閉じて元の場所に置いた。

一度、自分の部屋に戻りパソコンを開いた。

『核移植』

直ぐにページが開く。

目に飛び込んだ記事に、立ちくらんだ。

『核移植…クローン技術手術』

『クローン再生』

『クローン羊と馬の成功例、核移植…』

スクロールする度に繰り返し出るその文字。

“失った命は再生できる”

母の字が…言葉が…霞んだ瞳に焼き付いて離れない。

1976年の7月…

逆算して、私を身籠った頃の出来事。

間違いなく、私を指す出来事だった。





No.45 13/01/24 01:17
ゆい ( vYuRnb )

父に修也の事を訊ねてみよう。

大丈夫…あの父が悪い事に手を染めるハズがないわ。

そうよ…私ったら最低、実の父を疑う様な事…。

仕事から戻ったばかりの父に、私は修也の事を聞きたくて高まる胸を押さえながら父の書斎へと向かった。

部屋の前で息を整えてノックをしようとした時…

中から、父の声が聞こえてきた。

「だから、信用出来る貴方にお願いしているんだ!」

荒げる声が、私の動きを止める。

「修也を野放しにするな…あの子が成長したら、芽衣にとって脅威の存在になるんだ…!」

修也…今、修也って言った?

やはり父は彼を知っている。

電話の相手は誰?

「とにかく、なるべく早いうちに二人とも始末してくれ…金は幾らでも払うし、政界の後押しも協力する。」

始末…って何⁈
お金を払うって…どういう事?

「あぁ…そうだ。
長くはもう、待てない…」

あ…なに…?

パパは、何をしようとしているの?

『芽衣にとって脅威の存在になるんだ』

私の事?

私と修也って…何の関係があるの?

フラフラと靴も履かずに研究所へと向かった。

修也と初めて出会った第二研究室…ラボへと行けば、何か分かるかも知れない。

頭の中から、父の声が木霊した。

『始末してくれ…』

嘘よ…聞き間違いよ!

父が、あの優しい父が、人殺しの依頼なんてするはずない‼

何度も振り切り、パソコンの電源を起動させた。

『修也』と打ち込むが、何もヒットしない。

親指を噛んで考える…『芽衣』と打つ。

私の記録も、何もヒットしない。

結局、研究室には私と修也を結ぶ手掛かりは無かった。


No.44 13/01/24 00:15
ゆい ( vYuRnb )



修也が消えて、数年の年月が経っていた。

私は、高校3年生になっていた。

いつかの星空に祈った願い事は容易くは叶わず、私は未だに大人にはなれていなかった。

『早く、亮のお嫁さんになりたいです。』

そんな事を純粋に思っていた頃が懐かしい。

目の前の、茶髪の腰パン・チャラ男は…

同じ様に品のなさそうなチャラい女とイチャイチャしていた。

「あなた達ってお似合いね。」

本心だった。

頭の軽そうなカップル…。

「だろー?
特進クラス組の最強カップルって言われてんだぜ?」

「ねーー♪」

腑に落ちない…。
何でこの二人が、東大志望特進Aクラスなのよ!

亮と同じ予備校に行けた喜びも束の間、こいつは早々にこんなおっぱいだけが大きいのが取柄の女と付き合い始めた。

「じゃぁね、Bクラスさん!
あ、いろんな意味のBね‼」

挙句…意地悪じゃない!

腹ただしいったらない…。

亮は、一度でも私を女として見た事なんて無い。

私が…Bだから?

ペタンコな胸を撫で下ろして、溜息を吐いた。

「つまらない…」

家でも、学校でもニコニコして何でも二つ返事でいう事を聞いて…

私…何でこんな性格なの?

周りに遠慮して、気を使って嫌われない様に振る舞う。

どこかで、生きている事に罪悪感に似た感情があるの。
本来なら、ここにいてはいけない人間なんじゃないかって不安になる時がある。

だから…本当の自分は出せない。

素直な気持ちをさらけ出すのが怖い。

亮にも…。

修也…

修也と一緒に過ごしたあの年月だけは、私…不安を感じる事は無かった。

穏やかで、満ち足りた毎日だった。

私…何で修也にあんな酷い事をしちゃったんだろう…

彼は、今どこにいるの?

もう一度、彼に会えたなら…


No.43 13/01/23 23:45
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case4 免罪

No.42 13/01/23 23:43
ゆい ( vYuRnb )

夜になると、教会の屋根裏から星を覗いた。

あの研究所で、芽衣と見ていた星空だ。

彼女も、どこかでこの星を眺めているはずだ。

「修ちゃん…?」

小さな手が、僕の親指を握る。

「どうした?レイ。」

長いまつ毛を濡らして、レイは不安気に僕を見つめている。


「怖い夢でも見たのかな?」

「うん…修ちゃんがいなくなる夢…」

僕はレイの前髪を撫でて、彼女の肩まで毛布を掛けた。

「僕は、レイの側にいるよ。
ずっと、君の側で君を守ってあげるから…」

そうだ…。

君は、芽衣の大切な妹。

彼女が望んだ、双子の片割れなんだ。

君達は、二人で一人の…僕にとって掛け替えのない大切な存在なんだよ。



No.41 13/01/23 23:29
ゆい ( vYuRnb )



「あっ…修也っ…」

金を稼ぐ。

一番高く売れたのは、僕の身体だった。

「静かにして…集中出来ない。」

同じ学校にも僕の客はいた。

中学の社会科の教師だった。

校内の狭いトイレで、僕は己れの欲求を満たしていた。

それは、性的な欲求ではない。

僕は、不感症らしい。

特に快楽に達する事なく射精が出来るタイプだ。

僕の欲求を満たす物…それは…

「好きよ、修也…。
もっと私に特別な事をして…私にだけに…」

人の心を弄ぶ事だ。

人間って実に単純だ。

「愛してる」とか「好き」っていう曖昧な言葉だけでコロリと感情を流す。

特に、女は簡単だった。

もっと、僕という人間にひれ伏して服従させたい。

男でも女でも構わない。

いつかは、僕を闇に葬った奴に復讐してやりたい。
僕を邪険にした連中を許さない。

騙してやるさ…。

僕以外の人間を全て…。


中学生の僕は、周りの人間全員が敵に見えた。

社会のルールを反する行為は、多額の金を生み出せる事も熟知していた。

あのバカトリオの紹介で、大規模な闇組織の関口組とのパイプも出来た。

「修也、今週中に効果性のあるハーブを作れないか?」

No.2直々の仕事依頼だった。

「ハーブ?
なんでハーブなの?」

あんな紛い物より、場所の提供さえしてくれたら高濃度なMDMAだって作れるのに。

「ボスからの依頼だよ。
他のシマが流すより良いハーブをガキに売って、金にしようって魂胆だろ。」

関口は、せこくて金に意地汚い。

どうせなら、対抗する柳原の一味になれば良かった。

柳原なら、懐が深くて金に糸目は付けないやり口で大金を稼ぐと言われていた。

チャンスがあれば、柳原に乗り換えよう。

僕の才能なら、柳原も高く買ってくれるに違いない。

行く行くは、彼の組織ごと乗っ取ってやる。

それが、僕が抱いた最初の目標だった。





No.40 13/01/23 20:20
ゆい ( vYuRnb )

「修也、こっちだ…!」

学生服を着たガラの悪い連中が、ヒラヒラと手招く。

「持って来た?」

茶色い小瓶に入った液体が差し出される。

「本物に、コレが上物の薬みたいになるのかよ⁈」

「簡単だ。
モルヒネを混ぜるだけで、純度の高いコカインみたいになる。
ほら、やってみて。」

注射器に薬を注入して手渡す。

受け取った彼は、ゆっくりと自身の腕に針をさして空を仰ぐ。

甘いため息が漏れると、彼は満足気に笑った。

「今度、君達のボスに会わせてよ。
金次第では、もっとマトモな薬を作るからさ。」

「修也はスゲぇな〜!
お前みたいな優等生が、一番タチが悪いって本当だぜ!」

「マジで!なぁ、お前なんでそんな金がいんの?」

若いのに、前歯がスカスカの君達には分からないよ。

「子育てしてんだよね。
まだ、ヨチヨチの赤ん坊の。」

僕の言葉に、一瞬の沈黙を置いて一斉に笑が沸き起こった。

「あはははっ!!
なんだよそれっ!
お前…冗談よせよっ!腹がいてぇ〜っ!」

「なぁ!!
あ〜ウケるっ!
修也、避妊に失敗したんか?」

「馬鹿っ!
こいつ、まだ小6だろ⁈」

そうだよ。
小6だ…そんなガキが、コカインに匹敵するような薬を作り出せる事を先に疑問に思えよ。

これだから万年発情期の低脳は嫌なんだ。

「僕の初体験を知ったら、兄さん達驚くよ?」

「「おぉーーっ!!」」

バカだ…。

バカは金になる。

教会で神父が毎日の様にいう言葉…

『隣人を愛せよ』

僕は今、この言葉の習わし通りにしている。

隣のバカは、僕の愛しき隣人だ。


No.39 13/01/23 19:46
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case3 隣人を愛せよ


No.38 13/01/23 19:42
ゆい ( vYuRnb )


色々な葛藤を抱えつつ、今夜も私は修也に会いに行く。

「兄妹が欲しいと思った事はある…?」

修也からの唐突な質問。

兄妹…すぐに、浮かんだのは亮の顔だった。

少しだけ気持ちが沈んだ。

「…妹が欲しいわ。」

嘘だった。
亮を頭の隅に消し去る為の適当な嘘。

「妹か…君の妹なら可愛いだろうね。」

修也の屈託のない笑顔に胸が痛んだ。

「修也は?
兄妹とか欲しい…?」

「僕は…君の願い事だけを叶える天使だからね。」

愚問…って事だったのかしら?
修也は、徹底して自分の事は語らなかった。

「芽衣、君の願いは全て僕が叶えるよ。
君は、僕の全てだ…」

彼の手が頬に触れる。

私は、思わず彼のその手を振り払ってしまった…。

その時に見せた彼の瞳は忘れない。
酷く傷付いた…その淋し気な瞳を…。


結局、修也とはその日を最後に会えなくなってしまった。

彼は、研究所から姿を消した。

私が拒絶したから…?

彼は…本物の天使だったのかも知れない…。

後悔の念は虚しく、私の深夜徘徊も無くなった…。

秘密が無くなり、また親や先生の言付けを守るだけの良い子になる。

つまらない、操り人形…。

それが、私…藤森 芽衣なのだ。

No.37 13/01/23 19:15
ゆい ( vYuRnb )


そんな秘密の密会は数年に及んだ。

私は、小学5年生になっていた。

薄々、さすがに修也は普通の人間だろう…と分かってはいたが、彼が何者であるのかを知るのは怖かった。

明らかに、研究所は彼の存在を隠している。

学校にも通ってる様子はない。

なのに、なぜ彼はあんなに沢山の事を知っているの?

私の宿題なんて、まるで考えもせずに解いていく。
問題を見ただけで答えを割り出せるみたいに…。

次第に、修也が恐ろしくなっていた。

彼は…誰なの?

父は何故、修也を研究室に置いているの…?

それを聞き出す勇気はない。

何か悪い予感がする…。

父は、私たち家族に言えない悪い事をしているのかも知れない。

そんな思いを馳せていた。

No.36 13/01/23 19:01
ゆい ( vYuRnb )


修也と出会い、私は毎晩の様に彼に会いに行った。

修也は、研究室に住む天使だと言った。
心の清い人にしか自分は見えないのだと…。

他の人には、自分の存在を聞いたり話したりしちゃいけないのだと私に言った。

私は、もちろんその約束を守った。

修也は私の事をよく知っていた。

私の守護天使だから知っていて当たり前なんだって。

私は修也と過ごす時間が好きだった。

彼の柔らかい雰囲気は心地よく、その膨大な知識は私を好奇心の渦へと引き込んだ。

No.35 13/01/23 18:50
ゆい ( vYuRnb )

深夜に家を抜け出すのは、私の日課になった…。

元々、大人しいタイプじゃない。

朝から晩まで予定を詰め込まれる毎日だけど、少しでも自由な時間が欲しかった。

それに…不思議と、父の研究所に惹かれる何かがあったのだ。
よく分からないけど、あそこには私が置いてきた大切な宝物が眠ってる気がした。

それが何かは…うまく説明は出来ない。

ただ、私はいつか“それ"と対面しなくてはならない。

そんな気がした。

その日も、私は父の研究所に忍び込んで不気味な廊下を歩いていた。

「ドキドキするぅ〜…」

1人で来たのは初めてだった。

静かで、水の滴る音が廊下まで響く。

身を強張らせて、いつも禁じられている第二研究室に足を踏み入れた。

こんな事…父や、他の職員に知られたら…。

叱られる心配より、今は好奇心の方が勝っていた。

ここは、ラボ…細胞を培養する場所だわ。

気分は、まるでやり手の女研究員。

掛けてある白衣を羽織って、革張りの椅子に腰掛ける。

「うふふっ。」

クルクルと椅子を回転させて遊んでいると、天窓から射す月明かりに照らされた大きな銀色の筒状の物体が目に入った。

「タイムマシンみたい…」

どうやって開けるのかな?

中に、何が入ってるんだろう…。

私は、それの開け方を探る。

「それは、フリーザーだよ。」

いきなり背後から声がして、私は肩を竦めた。
叱られる!と、瞳をギュッと瞑った。

「中には色々な人の細胞が入ってる。」

幼い声に、恐る恐る瞳を開けた。

「あ…」

お化け?と言いそうになった口が間抜けな程に閉じれない。

私が見たのは、お化けなんかじゃない。

まるで…絵画に出てくる天使。

「はじめまして…芽衣。」

ニッコリと微笑む美しい顔に、私は言葉をなくして…代わりに、一雫の涙を落とした。

私は…性別の分からない、目の前の天使を本物だと信じたから。



No.34 13/01/23 16:29
ゆい ( vYuRnb )



「誰かいるの…?」

私は確信している…。

パパの研究所には、お化けがいるの。

夜中になると、たまに聞こえるチョークを走らせる音。

それだけじゃない…パソコンのキーボードを打つ音もするの。

パパに言わないのは、夜中に研究所に忍び込んでいる事を知られない為。

ここは、私と亮の秘密の遊び場。

「芽衣、帰るぞー!」

肝試しなんて幼稚だと亮は言うけど、本当はお化けが怖いだけ。

亮は意外と臆病者だから。

「夜中に家を抜け出すなよな。
親父さんに見つかったら、俺まで怒られるよ。」

「だって、亮とは学校が違うのよ?
塾が終わって、会えるのは今の時間しか無いんだから…」

私は私立で、亮は公立の小学校…亮のご両親の意向で、亮は公立の学校に通わされている。

亮は、私よりも頭が良いのに…もったいないわ…。

「付き合いきれねー…。
俺は、朝から夕方まで遊び疲れてんのっ!
早く寝て、明日に備えてーんだよっ!」

なによ…

「ふん…もう、誘ってあげないから…」

亮が公立なら、私も同じ学校に行きたかった。
女の子だから…。

そんな理由でエスカレーター式の女子校に入れられるなんて…不公平よ。

せめて…亮がもっと私を好きでいてくれたら良いのに…。

なんて…無理かっ!

小学2年の男子なんて子どもだもんっ!
夜になればグッスリと眠っちゃうお子ちゃまよね!

夜空を見上げると、キラキラと星が瞬く。

私は祈りを込めて願い事を唱える。

『早く、大人になれますように…』

そして、一日も早く…亮のお嫁さんになりたいです。

私の…密かな願い事だった。

No.33 13/01/23 16:05
ゆい ( vYuRnb )


彷徨う罪…

case2 天使の仮面

No.32 13/01/23 15:57
ゆい ( vYuRnb )


箱型の画面に、1人の少女と細胞の写真。

開いたページを見て、僕は歓喜の涙を流した。

彼女は、僕と同じ…クローン人間だった。

彼女の誕生の秘密を知った。
研究所の一部の人間と、僕だけが知る秘密。

それに、彼女を作ったのがオリジナルの僕だなんて…嬉し過ぎて涙が出てきた。

芽衣は、僕のものだ。

早く、彼女に会いたい…。

ウキウキしながら、ついでに婚約者を調べてみた。

婚約者…将来、夫婦となる事を約束した者同士。
または、結婚の約束をした者。

結婚…。

嬉々とした気持ちに、水を差されたような暗い気分になった…。

芽衣は、僕のだ。

誰にも渡しはしない。

誰にも…彼女と僕の間に入れたりはしない…。

僕は、天性の悪人だった。


No.31 13/01/23 15:42
ゆい ( vYuRnb )


その日から、僕の『めい』探しが始まった。

とは言え、僕は自由に研究所を歩き回れる訳ではない。

だから、大人たちの会話を隈なく聞き入った。
会話の中で、少しでも『めい』にまつわる内容があれば嬉しかった。

そうやって、探し当てたのが研究所の室長の娘が『めい』だと言う事だ。

歳は僕より2歳上の8歳の女の子。

聡明で可愛らしい子らしい。

そんなに小さいのに、なんと婚約者までいるとか…婚約者ってなんだ?

僕は、いつもの様に深夜にパソコンを開いた。

『めい』とキーを打つ。

いつもなら簡単なセキュリティーコードに移り変わるのに、なんだか勝手が違う…。

彼女は、厳重な管理システムに守られて内部の人間にも詮索されないようになっていた。

「なんでだ?」

僕は、指の関節をならしてパスワードの解除コードを探す。

幾つものウィルスをパソコンに送り混んで重厚な管理システムを打破する。

この時にしていたこの行為をハッキングだとは、当時の僕はもちろん知らない。

“婚約者”の意味を知らない僕は、既に犯罪の手口は知っていたんだ。


No.30 13/01/23 15:21
ゆい ( vYuRnb )


「そこで、何をしているの?」

誰かの声に僕は手を止め、身を小さく屈めた。

机の下に隠れて、足音に耳を澄ます。

「誰かいるの…?」

赤い小さな子どもの靴が、僕の目の前で止まる。

(誰…?僕の他に子どもがいたの…?)

息を殺して、物音一つ立てない様に気を付ける。

なのに、不思議だ。

僕は、僕と同じ子どもの人間に興味が出た。

顔が見たい。

僕は、今まで他の子どもを見た事がなかったんだ。

赤い靴の先にはリボンが付いている。

女の子…だろうか?

僕は、灯の影響からか、女は苦手だった。

それでも、湧いた好奇心は抑えられなかった。

意を決して、立ち上がろうとした時だ。

「芽衣、帰るぞー!」

別の声がして、僕は再び身を縮めた。

「自分家で肝試しなんて意味ねーだろうよ!」

「研究所って、何かいそうで怖いじゃない?」

楽しそうに会話を弾ませる人影を、こっそりと物陰から見送る…。

「僕と…同じ子どもが2人…」

めい…は、女の子の名前?

もう1人は?

2人とも、ここに住んでるのかな?
僕を知ってるのかな?

この晩に起きた出来事は、僕にワクワクとさせる新しい感情を芽生えさせた。

No.29 13/01/23 14:58
ゆい ( vYuRnb )

僕が生まれた場所はとある研究所。

毎日、何もする事がない退屈な場所。

なのに、ここに住む人間は毎日忙しなく動き回っている。

「一体、何がそんなに忙しいのさ…」

彼等の単純作業が、莫大な富を生むという事は既に知っていたが、内心では規律良く見える作業でも無駄があると揶揄していた。

「僕ならもっと上手くやるのに…」

研究資料なら端から端まで頭に入ってる。

だが、僕は言葉を発し無かった。

周りの人間は、そんな僕を心配し知的障害や発育不全と言った。

だが、それは違う。

僕が口をきかないのは、溢れ出る言葉や知識を垂れ流さない様にだ。

ここの人間レベルでは、僕の言葉を理解出来ない…それなら喋るだけ無駄だと思った。

実は、こんな考えを3歳の時から持っていたんだ。

僕は今、数えで5歳…自己流でやったIQテストでは201の数値が出た。
平均より驚異的な数値に、僕は確信した。

僕は、天才…なのだ。

それでも、子どもらしく周りの大人達の言う事を純粋に信じていたりもした。

「外には細菌がたくさんいて、人間は外に出ると死んでしまうのだよ。」

僕は、外にいる目には見えない細菌が恐ろしかった。

天窓から見える美しい空。
そこを自由に舞い飛ぶ小さな鳥は、人間よりも優秀な生き物だと思った。

生まれ変わるなら次は、鳥になりたい。

僕は、夜中になると誰もいない事を確認してから色々な研究をした。

輪廻転生理論を数式で表すと、僕が死んで生まれ変わるまでに何年掛かるのかとかを必死で計算するんだ。

細かい数式に囲まれると気持ちが落ち着く。

僕の手は、チョークを握ったまま素早く数字やアルファベットを描く…。


No.28 13/01/23 14:26
ゆい ( vYuRnb )


僕の名前は、澤田 修也。

本当の名前は、松井 直也だ。

僕は彼のコピーなんだ。

その事を教えてくれたのは、彼の恋人の澤田 灯だった。

灯は、戸籍上では僕の母親らしいけど、彼女は僕を愛おしい恋人として見ていた。

哀れな女(ひと)だ。

オリジナルの彼が飛行機事故で死んで、その代わりにまだ幼い僕を愛するしかなかったのだから。

僕には、生まれつき自由なんて無かった。

外に出る事も、特定の人以外の人間との接触も許されない。

それが、当たり前だし僕だけではなく、皆がそうなんだと思っていた。

芽衣…君が、僕を見つける日までは…

No.27 13/01/23 13:54
ゆい ( vYuRnb )


「フーンフーンフーン…フーンフーン♪」
(キラキラ星をファミングする声)

川辺がキラキラと輝く。

僕の手は泥だらけで、乾いてパリパリの草があちらこちらにくっ付くんだ。

つまらないから、妄想でもしよう。

ここは、未知の惑星。
僕の乗った宇宙船はこの惑星に不時着した。

船から出て、散策をする。

この木の棒は、レーザーを発するサーベルだ。

邪魔な草木を掻き分けて、この星の生命体を探す。

「さぁ…僕の他に誰かいないか?」

それは、僕の味方となるか敵となるか…どっちだ?
僕の敵になるなら、仕方が無いが死んでもらうしかないぞ…!

「出てこい…エイリアンめ!」

勢いを付けて、背丈まである藪を抜けた。

「あっ…」

藪を抜けた先は、川だった。

ドボンと、そのまま水に落ちた。

冷たい秋の水が身体に刺さる。
咄嗟に、立ち上がると水かさは腰の部分までの低さで僕は風呂に浸かる様に、ゆっくりともう一度身体を沈めた。

洗い流される事のない罪を…

許される事のない命を…

どうにかして、清めたかったのかも知れない。

月夜の星空の下で、君が僕の肩を掴むから…

僕の罪は清められずに、膨張して行った。

僕は…自分を消すチャンスを失って、君と再会するという幸運を手に入れた。


No.26 13/01/23 13:24
ゆい ( vYuRnb )



彷徨う罪…

ケース1 罪の子

No.25 13/01/23 13:21
ゆい ( vYuRnb )


ご意見を下さった皆様、ありがとうございました。

この先は、私の描く彷徨うの結末です。

皆様の納得を得る結末かどうかは分かりませんが、書きたいと思います。

No.24 13/01/23 06:47
匿名24 ( 30代 ♀ )

完結編をお願いします!!
楽しみに待ってます(o^-^o)

No.23 13/01/22 22:22
アン ( ♀ 8J8Qnb )

私も、完結編希望します。


ワクワク ドキドキ しながら拝見させて戴きましたm(__)m


この先が…気になって(TT)
仕方ありません(TT)

主様の 小説は、すご~~~くのめり込めます(*^^*)
いつもありがとうございますm(__)m

いつまでも待ちますから、お時間のある時に お願いいたしますm(__)m

No.22 13/01/22 21:19
匿名22 

私も完結編を希望します。



主さん、是非ともお願いします(>_<)

No.21 13/01/22 20:53
携帯小説ファン21 

主様、何とぞ完結編を続けて下さい。

主様の小説が大好きで心待ちしていますので

宜しくお願いしますm(__)m

No.20 13/01/22 18:39
ゆい ( vYuRnb )


あとがき

あえて、中途半端な最後にしております。

題材が彷徨うなので、色々な意味を考えて結末を曖昧なものにしました。

さて、皆様は納得のいかないモヤモヤした心境でいる事だと思います。

謎や、訳の分からない最後にした事で私が皆様にお願いしたい事があります。

この先の真実を知りたいか知りたくないかです。

皆様なりに想像したこの先のストーリーを尊重し、このまま私の結末を書かない手もありかと思います。

皆様のご意見やご感想を聞かせて下さい。

皆様に感謝やお礼の言葉は今は言いません。

このストーリーは、どんな形であれ続いています。
それを完成させて、皆様を納得させられた時に心からの感謝を伝えたいと思います。

煩わしく思われる方もいらっしゃると思いますが、私の執筆スタイルは読者様の参加型をとっているのでご了承下さい。

皆様は、彷徨う罪…完結編を迎えますか?

それとも、題材を尊重しこの結末で良いと考えますか?



No.19 13/01/22 18:20
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

パトカーのサイレンが倉庫の周辺で鳴り響く。

やっと、要請した応援が来たのだ。

高瀬の背中に隠れて見えない澪の姿。

一歩ずつ、重たい足を前に進めてその場に立ち尽くす。

力無く下がった腕と静かに涙を流す高瀬に、俺は「嘘だろ」と首を横に振る。

「はっははっ…これで…僕の…計画は遂行される…」

口から血を吐きながら修也は満足そうに動かない澪を見て笑った。

「修也…!」

ケラケラと笑う修也の頭に銃を突き付けて、グリップを握った。

「よせ、岩屋…」

澪を抱きしめ顔を伏せていた高瀬の低い声が俺を抑制する。

「俺が撃った弾は澤田の肺を貫通している…そいつも次期に死ぬ。
わざわざ、トドメを刺す理由はない。」

「あはははっ…あ〜…やっとだ…。
芽衣…やっと、僕らの約束が果たされたよ…。
僕らの…彷徨う…罪…」

澤田 修也の最後のセリフだった。

その後は、駆け付けた応援がその場にいた組織の人間を総員で確保した。

柳原はなんとか一命を取り戻して、今までの悪事を自供した。
アルファムも、組織も解体…事件は解決された。

ー…しかし、

実際は、何も解決などされてはいない。

事件の全貌は未だ闇の中にある。

澤田 修也の狙いや、彼に加担した首謀者も割れていない。

最初のエクスタシーを使用した殺人事件の容疑者だって、あの検挙した犯人の中にはいなかった。

ー彷徨う罪…

本当に罪を犯した人間は誰だ?

暗闇の中で、今も澤田の笑い声が木霊する。


No.18 13/01/22 17:49
ゆい ( vYuRnb )


「修也…もう、やめよう…。
こんな事…もう、意味ないよ…」

修也…早く気付いて

あんな約束に縛られて周りを巻き込んだのは大きな間違いだった。

私もその過ちに気付くのが遅かった。

修也…芽衣は…

「芽衣は…」

口を開いた瞬間、修也は目を見開いて瞬時に私の手から銃を奪って発砲した。

「澪ッ‼」

一発の銃声がした後で、直ぐに二発目の銃声が轟いた。

まるでスローモーションの様にゆっくりと身体が倒れて行く。

「澪っ、おいっ!澪っ!」

高瀬の顔に血が付いている。

それは、私の手が高瀬の頬に触れていたからだ。

「しっかりしろっ!!」

次第に視界がボヤけて、声を発する力すら抜けて行くのが分かる。

早く、言わないと…

私は、最後の力を振りしぼって高瀬の襟元を掴んだ。

「芽衣…からの…伝言…」

「澪、喋るな…っ!」

懸命に止血をする彼の手を止めて、私は高瀬の頬に触れる。

「りょう…ごめんなさい。
りょう…愛してる…」

高瀬の涙が手に伝う…。

やっと、約束を果たせた。
お姉ちゃんが最後に言った、恋人へのメッセージ。

そして…私が最後に言いたい事は…

高瀬の後ろで呆然と立ち尽くす彼に…

岩屋 聖二に…

私は…

「せい…」

彼に伸ばした手はもう届かない…



No.17 13/01/18 15:39
ゆい ( vYuRnb )

「ふっ…なかなか、面白い状況だね。」

修也が薄笑う。

「笑うな。
何故あんたとマウスは同じ顔なの?」

「何故か…って?
そんなの、決まってるじゃないか。
彼は僕のクローンだからだよ。」

クローン…?

「あんたが、自分で彼を作ったの?」

恐らく、私の時と同じ様に…。

「冗談はやめてくれよ…僕があんな出来損ないを作る訳ないだろ?
僕は、主治医の小平に僕のDNAを提供して核移植のやり方を教えただけだ。
マウスを作ったのは小平だよ。」

「お前は小平を利用した挙句、用済みになったから殺したのか?」

高瀬の静かな怒りが声に出ている。
修也は逃げ出す時に人を殺しているの?

「無能な医師だった。
もう少し役に立つかと思ったのに、中途半端なクローンしか作れなかったんだ。
僕のDNAをあげたのは無駄だったよ。
あんなゴミ当然の失敗作…」

「黙って…!」

グリップを握る手に力が入る。

「マウスは、ゴミなんかじゃない!
あの子は…私の大切な友達よ!
あんたなんかよりも、ずっとずっと人間らしい温かみのある優しい人間よ!!」

「人間…?
僕らは人間なんかじゃないさ。
澪、君もマウスも芽衣だって同じさ…生きる事を迫害され、忌嫌われる…ただの研究用のネズミだ。」

「違う!!
マウスも、芽衣だって血の通ったまともな人間だった!
あんたなんかと一緒にしないでッ!」

「なら…」と、修也は身体を半分起こしながら半笑う。

「何故、お前やマウスには名前が無い?
人としての権利を与えられたか?
何故、芽衣は死を選んだかお前は知ってるだろ?」

芽衣…。

“私を殺して…”

あの日のお姉ちゃんの涙…。
修也の涙…。

目に入った悲劇が、今も鮮明に蘇る。

この倉庫で起きた、悲し過ぎる出来事。






No.16 13/01/18 04:01
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

高瀬が私に拳銃を当てる。

微かだけど、小さな震えが伝って来た。

ごめん、高瀬。

だけど、修也に突き付けたこの銃を下ろす気は無いの。

“ゼロ…ごめんね…。”

岩屋の弾がマウスに当たって、彼は倒れた。

“ゼロは…僕の…たった一人の、と…友達…”

マウスは、発砲する前に私を離してた。
岩屋が撃って来る事を覚悟してたから、私を巻き込まない様にしたんだ。

馬鹿…最初から、私を撃つつもりなんて無かったんじゃない!

だから、助けたんでしょ?

マウスのお腹から流れる血液。
押さえても、生ぬるい赤い血は決壊したダムの様に溢れでる。

もう、ダメだ…

そう諦めた時、マウスのパーカーを剥がした。

初めて見た彼の顔を見て、私は不思議と微笑む事が出来た。

“あぁ…明るい…光が。
ゼロ…ありがとう…あり…が…と…”

初めて見た彼の顔…
彼は、柔らかく微笑んでゆっくりと瞳を閉じた。

マウス…あんたが、本当の天使だった。

私にとって、あんただけがずっと側にいた味方だったんだね。

ごめん、もっと早くに気付いてあげるべきだった。

私達の敵を…
倒さなきゃならない相手を…。

待ってて…マウス。

あんたを、光が降り注ぐ暖かい場所まで連れて行ってあげる。

一緒に太陽の下、たくさんの光を浴びて昼寝しよう。


No.15 13/01/18 03:33
ゆい ( vYuRnb )


リボルバー式のニューナンブが、ダイヤルを回しながら数発の弾丸を弾く。

その発砲音を皮切りに、四方八方で銃撃音が響いた。

俺は咄嗟に澤田の身体に覆い被さって身を屈める。

この、距離だ。
もしかしたら、数発弾丸を受けていたかも知れない。

だが、上がるアドレナリンのせいか、痛みは感じ無かった。

気掛かりは、この銃撃戦の中で澪がどうなっているかだ。

発砲音の中には、重くて低い特長のある音も含まれる。

岩屋が、発砲して応戦している事が伺えた。

澪…。

頭を庇いながら、顔を上げて澪を探す。

飛び交う弾丸の中、澪はペタリと座り込んで横たわる男の身体を抱いて泣いていた。

その男の顔を見て、俺は更に驚愕した。

パーカーを剥がされたその男は、まだ、12・3歳の幼い少年だった。

いや、正確に言うなら…幼い澤田…と言った方が正しい。

「どう…なってる?」

澤田が二人…⁈

「やめて…もう、やめてッ!!」

その遺体から拳銃を取って、澪が叫びながら天上目掛けて発砲した。

一瞬、辺りは静寂に包まれたが殺気立つ空気は変わらない。

誰も銃を下ろす者は居ない。
いつ、銃撃戦が再開してもおかしくない雰囲気だ。

澪はそれを感じ取ると、身体を這って俺の側に寄って来た。

そして、無言で俺の身体を澤田から押しよけて奴の額に銃口を当てた。

「やめろ、澪!」

「皆動かないでっ!
少しでも動いたら、修也を殺す!!」

「澪ッ!!」

止めに入る俺に対しても、澪は濡れた瞳で鋭く睨み付けた。

…本気なのだと思った。

やめろと心の中で、願う様に言った。

やめてくれ…頼むよ…澪。

俺に、こんな事させないでくれ…

痛む心を振り切り、腕を上げる。

そして、解除したままの銃口を澪のこめかみに押し当てた。

お前に向けたくは無かった。

「撃つな…澪。」

お前がその人差し指を曲げたら、俺はお前を撃たなきゃならない。

やめてくれ…。






No.14 13/01/18 02:49
ゆい ( vYuRnb )


瞳を閉じて、次期に向かって来るであろう弾丸を受け止める様に両腕を広げる。

「それが、君の降伏のポーズなんだね。
良いさ、心臓目掛けて撃ち込んでやる。」

耳に届く金属音。

…唸れ、俺の相棒。
お前のその破壊力を俺に見せ付けろ。

「来い!」

バンーーッ!!

「あっ…ぐぅ…っ。
な…んで…?」

弾は、俺の後ろから腕をすり抜けて澤田の右脚に命中した。

澤田は、俺の拳銃を離しその場に倒れた。

「俺の相棒は、こいつだけじゃない。」

落ちたレガッタを拾い上げて澤田を見下ろす。

「せっ…せいじ…くん?」

俺の背後で銃を構える岩屋が、澤田の瞳に映る。

「ずっと…この機会を狙ってたのか…?」

澤田は、悔しそうに睨みつけて俺を見上げる。

「レイが撃った弾の反動で岩屋のメガネが割れた。
伊達だけど、あいつはメガネの淵で狙いを定める癖があってな。
代わりに的となる物が必要だったんだよ。」

「…君のあのポーズは、降伏のポーズじゃなくて…彼の的を定める目印か…?」

「あぁ…悪いな。
めんどくせぇけど、あいつは俺よりも腕が立つ。
お前を殺さないで倒す事が出来るのは岩屋だけだ。」

「なぁ?岩屋!」

「マウス、銃を下ろして澪を解放しろっ!!」

チッ、無視かよ…あんにゃろ。

マウスと呼ばれるパーカー男は、澤田が倒れて戦意を喪失しているのだろう。

構えた銃がガタガタと震えている。

「言う通りにしろ。
岩屋が銃を横向きにしている時は本気でお前を撃ち殺す気だぜ?」

「あっ…、うあぁぁぁぁーーッ!」

マズイ…!!

そう、思った時には遅かった。





No.13 13/01/11 03:22
ゆい ( vYuRnb )


「惹かれたよ。」

ふぅ〜っと煙を吐いてタバコの火を踏み消す。

「零は良く出来てるだろ?
僕の最高傑作品なんだ。」

嬉々として瞳を輝かせる姿は、まるであどけない子どもの様だ。

罪悪感など微塵もない。

零は、粘土でも石膏でも、ましてや金属製などではない。

生身の人間だ。

それをこいつは…。

「俺は、零を芽衣とダブらせて見た事なんて一度もねぇよ。
あいつと、こいつは似てねーし、まるで正反対だろ。
零は零だ。
俺は、芽衣とは関係なく零に惹かれたんだよ。
つーか、元々タイプなのは零(ツンデレ肉食系)の方だし。」

「…似てない?芽依と零が?
同じだよ!同じDNAで作ったんだ!
僕が、自分だけの彼女を作った!僕にだけ微笑んで僕だけを愛してくれる完璧な芽衣をっ!!」

パンッー!

澤田の震えた指から弾かれた弾丸は、俺の頬を掠めた。

やっぱ…

「零は芽依じゃない。」

お前は可哀想な奴だな…澤田。

「それを1番分かってんのはお前自身だろ?
だから、芽衣を殺したんだろ?」

「…黙れよっ!」

パンッ!パンッー‼

今度は的が大きく外れて、頭の上と左側の壁に弾は逸れて行く。

「悔しいよな?好きな女には他に好きな男がいて、代わりにしようとした女にはそもそもお前に恋愛感情すら持ち合わせていない。
似たような話は腐る程ある。
だけどな、まともな人間はそこで諦めて無理に自分の物にしようとは考えないんだ。
大抵の人間はな、好きな相手の幸せを願えるもんなんだぜ?」

「黙れよ…っ、僕は、僕は…っ!」

動揺して弾かれた弾は、その後も俺には当たらずに壁に幾つもの穴を開けた。

それにも腹を立てている澤田は、自らを落ち着かせる為に頭を掻きむしって深呼吸を2〜3回繰り返した。

「僕は、生まれた時から異常なんだ。
まともな人間にはなれない。」

顔を上げたその瞳に、輝きは無かった。
あの不敵な笑みも今は無い。

「さよなら、亮くん。
芽衣によろしくね。」

一切の感情が消え失せた様なその瞳。

腕の震えもなくなり、奴の持つ銃口が真っ直ぐに俺を捉えた。






No.12 13/01/11 02:34
ゆい ( vYuRnb )

ーー…

澤田の微笑の背後に映る零。

蒼白の顔…零の肩から流れでる夥しい出血にピントが合わせられて澤田の姿がボヤける。

俺は、零を人質に捕らえた男と澤田を交互に見た。
構えた拳銃の銃口をどちらに向けるか決める為だ。

零を取り押さえているパーカーの男は何者だ?

「亮くん…君のそのカッコいい銃を捨てて、こちら側に渡してよ。」

「澤田…てめぇ…っ!」

澤田の勝ち気で人を小馬鹿にした様な笑みに苛立ちながらも、苦痛に浮かぶ零の姿を見れば奴の言う事を聞くべきなんだと悔しさが溢れた。

俺は唇を噛み締めると銃を手から離し、床に落ちたそれを足で蹴った。

俺の拳銃は床を滑りながら澤田のつま先に当たって止まった。

奴は満足気にそれを拾い上げる。

「君のレガッタは、スマートだし磨き上げられていてとても綺麗だね…」

そう言いながら、ロックを解除して銃口を俺に向ける。

「あれ?手を挙げないの?」

徐にタバコを吸いだした俺に、澤田は拍子抜けした様にあからさまにガッカリとした表情を浮かべている。

「自分の相棒(銃)を向けられた所で、怖くもなんともねーよ。」

それに、俺はこいつにだけは絶対に降伏のポーズはとらない。

「本当に怖くない?
なら、撃ってみようか?」

「修也っ!やめて‼」

零の叫び声…。

ダメだ、零。

暴れると傷に障る。

それ以上出血し続けると、ショック死してしまう。

「撃てよ、澤田。
そして、零を解放しろ。」

「刑事の正義感?
それとも、零が芽衣と同じだから助けたい?
きっと、君は零に惹かれたんだろ?
芽依の代わりが現れて嬉しかった?」

腹を抱えて笑う澤田に、俺は初めて奴を哀れだと思った。


No.11 13/01/06 23:10
ゆい ( vYuRnb )


「マウス…あんたは…誰?」

背後から私を羽交い締めにしている腕をとって訊く。

目線の先には、修也の背中。

まさか…そんなバカ気た事があるはずない。

頭の中でずっと同んなじ台詞がループする。

それと同時に、思い浮かぶ芽依と自分。

この世の中に同じ人間がいる不気味な状況。
身を持って味わう気持ちの悪さ。

僅か3メートル先にある背中の人間に、産まれて始めて嫌悪感を抱き…そして、殺意を抱いた。

「…ゼロ。」

「マウス…私は、あんたを弟みたいに思ってたんだよ?」

なのに…あんたは…

あんたは…

修也の操り人形だっていうの?



No.10 12/12/29 23:54
ゆい ( vYuRnb )


「マウス…あんた!」

拘束を振り切る様に、身体を攀じるが傷口に激痛が走って私は金切り声をあげた。

「動かないで、ゼロ。」

優しく宥める様な声。

「その声…」

何故、今まで気付かなかったんだろう…

いや、今だから分かる。

修也と再会して、記憶を取り戻した後だから鮮明に認識出来るんだ。

彼は、マウスはいつもパーカーのフードを被っているから素顔を見る機会など無かった。

その事に、深い意味など無いと気にもしていなかったが、彼には素顔を人に見せられない理由があったんじゃないか?

だって…

あんたのその声は…

まるで…

「修也…?」

目の前にいる背中と同じ人の声じゃない…


No.9 12/12/29 23:28
ゆい ( vYuRnb )


「酷いな亮君…」

修也は腕から流れ出る血を舐め上げながら後ろを振り返る。

「そのまま、こっちへ来い。」

高瀬の鋭く光る瞳は、真っ直ぐに修也を捉えていた。

背筋がゾクゾクする様な、あの瞳。

修也のゆるりとした背中に、僅かな緊張が見える。

「僕の血は、特別なんだ。
足りなくなったら、どう責任を持ってくれるの?」

「知るか、そんな擦り傷程度で死にはしねぇよ。」

2人の緊迫した空気に、私の身体が動かない。

修也の背中越しに映る高瀬の顔も、次第にボヤけ始めた。

肩からの出血は、手で強く止血してもドクドクと溢れ出ている。

時間がない…。

薄れる意識。
その時、頭に堅い何かが当たった。

「銃を降ろせ。
でないと、こいつを撃つ。」

「零っ!」

高瀬の声で、目を見開く。

私は、身柄を拘束されて銃を突き付けらていた。

「あっ…離せっ…!」

背後からがんじがらめにされ、顔は見えないが足元に視線を下げて分かった。

私を押さえ付けているのは、マウスだ。

彼は、私の数少ない友人だった。

そう思っていたのは、私だけだったのだろうか?

No.8 12/12/28 00:23
ゆい ( vYuRnb )


私の目に飛び込んだもの…

それは、光り輝く優しい木洩れ陽に天使が舞う世界でも、血の池に針山聳える鬼の世界でもなかった。

「しゅう…や?」

私の目に飛び込んだもの

それは、修也の腕を伝う赤い血と彼の背後で銃を構えた高瀬の姿だった。

修也の足元には、私を狙った拳銃が落ちている。

あの発砲の音は、高瀬の撃ったもの?

「そこまでだ、澤田。
大人しく投降しろ。」

混乱する頭と動揺で上がる心拍。

そんな私とは真逆で、修也は両手を上げながらも涼しい顔で薄っすらと笑みを浮かべていた。

その、美しい冷たい笑みは私の不安を駆り立てる。


No.7 12/12/28 00:07
ゆい ( vYuRnb )


パンーっ!!

銃声が、湿った倉庫内に響く。

私は固く瞳を閉じて耳を塞いだ。

不思議な事に、二度目の痛みは感じなかった。
だから、コレはきっと即死してしまったんだと思った。

終わった…終わってしまった…

何も使命を果たせぬまま、私は死んだのだと思った。

私が行く先は天国か地獄か…
目を開けたら、どちらの世界が広がるのか…

恐る恐る瞳を開けてみる。

…ゆっくりと光を求める様に瞼を開ける。

眩しい…

飛び込んだ光の先に見えた景色…

No.6 12/11/20 02:28
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

「ダメだよ…レイ、避けたら楽に死なせてあげられない。」

「あ…うぅっ…」

痛い…寒い…気が遠くなる…

「なぜ、避けたの?
君の大事な身体に、2つも穴を開けたくないのに。」

近づく修也のの靴の先。

カチリと鳴る弾丸の回転音…。

「修也さん、時間がありません。
時期に高瀬達が、此処へ到着します。」

この声…。
レイに支配されて気付かなかったけど、修也の他にも誰かいる。

よく見れば、スニーカーに紛れて数人分の革靴が混ざっている。

スニーカーを履いているのは、修也と…
この黒いコンバースは、マウス…?

間違いない。

擦り切れた踵は、パスクーラーの証し。

なんで、彼が修也と行動を共にしているの?

「ごめんね、レイ。
亮くんが来るまで時間がないそうだ。
これで、本当に終わりだよ…。」

だめ…。
まだ、終われない。

撃たれた肩を押さえて、何とか身体を起こす。

視界はボヤけて、修也の顔も揺れる。

「レイ?」

「たしは…私は…あんたの作った、レイじゃない…」

力を降りしぼって立ち上がる。

「え?」

キョトンと返す修也を睨む。

「私は…零。
あんたと、此処へ拉致られた主人格の零だよ…!」

「零…?
記憶を消した方か…あのクスリはやっぱり、未完然だったみたいだね。
零、記憶を全部取り戻した?」

修也の口調が冷たいものと変わる。
彼が求めたのは、私ではないのだ。

「おかげさまで…此処であった事…全てね。」

「そう。
残念だ…君には、何にも知らず苦しまずに逝ってもらいたかったのに。」

あんたの狙いは、あの事を闇に葬る事…
その為なら、魂を悪魔に売って私(妹)も、自分も殺す事が出来る。

そうなんでしょ?修也…

「死んで…零!」

弾きがねが弾かれて、弾が私を狙う。
今度は、避けられない。

高瀬…っ!

間に合わない…っ

私は、死んでしまう。

高瀬…会いたいよ…

あなたに、会いたい…

No.5 12/11/20 01:47
ゆい ( vYuRnb )


俺はそこに過去2回ほど行った事がある。

一度めは、修也の裁判が終わった直後。
その時はまだ現場は封鎖されていた。

二度めは、零と出会って間も無くの時。

初めて踏み入ったそこは、湿っぽくて光が届かない陰気な血生臭い場所だった。

こんな所で、零は囚われていたのだと思うと胸が締め付けられて不意に泣けてきたのを覚えている。

高瀬の勘が当たっているなら、今も零はその忌まわし場所に囚われている事になる。

堪らなくイヤだ。

自分の力量で、あいつを救えるか分からないジレンマ。
生きているのか分からない不安。

そんな感情が渦巻いて、吐き気がする。

前を走る高瀬の背中からは、そんな不安をも感じていない強さを感じる。

なぜ、こいつはブレないんだろう。
高瀬は、零は生きていると信じて疑わない。

必ず、自分が救うんだという自信と信念があるんだ。

その広い背中を、不覚にも俺はカッコ良いとか思ってしまうんだよ。

「いそげ!岩屋!!」

振り向くな…バカ野郎。

高瀬は、俺の微かな顔色の変化を察する。

だから…

「心配すんなっ!零は大丈夫だ!」

そんな、真っ直ぐな瞳で俺を励ますんだよ。

それが、俺を惨めにさせるなんて考えもせずに…。

「うるせー、当たり前だろっ!」

俺には、せいぜいこうした強がりしか出来ない。

零…どうか、無事でいて…。

No.4 12/11/17 18:43
ゆい ( vYuRnb )


ーー…

多摩川駅には、不自然な気配が漂っていた。

街は封鎖され、代わりに通行人を装った私服警官達が俳優気取りで辺りを警戒しながら闊歩している。

「さすが高瀬さん。
高瀬さんの鶴の一声で、街が完全封鎖されましたね。」

「冷やかすな。
住人を危険に曝す訳にはいかねーだろ。」

冷やかしなんて、とんでもない。
寧ろ、尊敬してる。

もちろん、そんな事は口が裂けても言わない。

殺伐とした駅前から、河川沿いを目指す。

「岩屋、お前ならどこで零を始末する?」

高瀬の背中から、重たい声がした。

俺なら…

「教会の跡地かな。
いや、俺が修也なら…って意味でね。
そこが、あの2人のルーツだから。」

「そうか…。
だが、俺が澤田なら…」

?高瀬は言葉を摘むぐ。

「あんたが修也なら?」

「俺が澤田なら、場所は13年前の現場だ。」

「え?」

生まれ育った場所ではなく、監禁犯行現場だと?
あそこは、2人にとって、忌まわしい場所でしかない。

神聖さを重んじる修也が、その場所で零を殺すはずがない。

「その可能性は低いぞ?
あそこで零を殺害する意味なんて無い。」

「…そうか?
澤田の真の目的が、お前に分かるのかよ。」

カチンときた。

「高瀬さんには分かるんですか?」

「俺の勘が当たっていれば…だがな。」

また、意味深な。
だいたい、勘って…女みてぇな言い方しやがって。

「どの道、迷ってるヒマ無いっすよ。
どっちに行きます?」

「俺の意見に合わせろ。」

なら、最初から俺の意見なんか聞くなよ。アホ。

「ハイハイ、分かりました。教会は、他の奴に行かせますよ。
俺は、あんたに付いて行くしかなさそうだし。」

13年前の犯行現場…

あそこは元々、大型の貸し倉庫だった。

事件の後、オーナーは売り手も付かなくなった倉庫を放置している。

廃墟となり、今では風化した噂と共にちょっとした心霊スポット扱いだ。



No.3 12/11/17 12:12
ゆい ( vYuRnb )


ボヤけた視界を閉じると、彼女が立っていた。

化粧気のない、ダサい少女。

野暮ったくて、どこか田舎臭い…そんな彼女が嫌いだった。

私なら、もっと自分の素材を活かせる。
私は、貴女が思うよりもずっとずっと美しいの。

そう…姉にも勝る程に。

だから、何もかもを貴女から奪って少しの間でも外に出て遊びたかった。

私が生まれた証を残したかった。

零…貴女に、私の気持ちが分かる?

『…分かるよ。
私も、同じだった。』

おなじ…?

『生きる事に絶望を感じているフリをして、心の底では生きる意味や自分の存在を誰かに認めてもらいたいと願っていた。』

自分の存在…

『今、私はそれを手に入れた。
自分の存在意義を知ったの。
それを果たさないうちは、死ねない。』

そう…でも、もう遅いわ。

感じる?

この身体の痛みや、血液を失っていく寒気を…。

私も貴女も…もう…

『大丈夫。
私には分かる…もう直ぐ、あの人が此処へ来る。
それまでに間に合えば…十分なんだ。』

バカね。
貴女って本当に…。

『お願い、レイ。
最後に…私の言葉で伝えたいの。
あの人に…だから…』

嫌よ。

でも、苦しんで死んで行くのはもっと嫌。

貴女に最大の苦しみを与えるのが私の目的だった。

だから、最後の苦しみは貴女に味わってもらうわ…。

零、貴女にそれを受け入れる覚悟はある?

『うん…もう、7才の弱い私じゃない。
今まで身代わりにしてゴメン…レイ…』

謝らないで…それから、痛みで簡単にショック死でもしたら許さないから。

十分に苦痛を味わってから逝きなさいね。

『うるせ〜んだよ…けど、ありがとう。』

本っ当に、品のない娘。

だけど初めて、貴女が素朴にキレイだと思えたわ…。

さようなら…零。
さようなら…私の…修也。

私を生んでくれた愛おしい人…。

No.2 12/11/12 19:35
ゆい ( vYuRnb )

「相変わらず埃っぽい所だね。」

修也の後を付いて廃墟の中にはいる。

鼻を付くカビの臭いと、薄暗い室内に眩暈が起きそうになった。

私の中にあるトラウマで、身体が反応しているに違いない。

「大丈夫かい?」

「ええ…。」

震えと、吐き気に襲われる。

私は、何とか修也に返事を返す。

「辛いんだね?
レイ、大丈夫…すぐに楽になるから。」

修也に肩を支えられながら、その場に私を座わる。

直後、カチリと頭に硬い感触が走った。

ゆっくりと目を瞑る。

これで終わりだ…。

「ごめんね、レイ。」

流れる涙。
何故、紛い物の私は涙を流すのだろう。

悲しみなど、そんな感情は持ち合わせていないはずよ?

最初から、こうなる事を望んでいた。
修也の手で、零が殺される結末を…私はずっと待ち望んでいたのよ。

ーー…

『レイ…ごめんね。』

眩しい光。

零?

彼女の輝く手が私に伸びる。

『私が、弱虫で卑怯者だったから…。
私の苦しみを、全て貴女に背負わせてしまった。
本当に、ごめん。』

…なに?

『自分で犯した罪の責任は、自分で果たすから。』

“もう、逃げない”

「愛してるよ…レイ…」

パンーーッ‼

銃声が響いて、私は倒れる。

何もかも…これで、終わる…



No.1 12/11/06 21:19
ゆい ( vYuRnb )


胸の中で渦巻く不安。

「どうしたの?」

胸元を押さえて俯いた私に、修也が訊ねた。

「別に…。」

彼に、零が私の中で蠢いているとは言えない。

完全に封じ込めたと思っていたのに、意外と強情だわ。
時間がない。

零が私に勝って、肉体を取り戻す前に終わらせないと…。

「大丈夫かい?何だか顔色が悪いよ?」

「平気よ。
先を急ぎましょう。」

「そうだね」と言って、修也が私に手を伸ばす。

その手は氷の様に冷たくて細い。

私と同様に、彼もまた時間が無いのだと悟る。

約束の時まであと少し…どうか、間に合います様に。

私達が目指す安住の地へ…永遠の眠りにつくその時を迎えさせて…。

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