続・彷徨う罪
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彷徨う罪を初めて読む方は「続」ではなく「彷徨う罪」から拝読して下さい。
宜しくお願い致します。
「…ファッキン糞やろう…っ!
つーか、マジで喰えない野郎ですね、あなたは。」
口の端を元の位置に戻しながら、溜息交じりに長岡が此方を見据える。
「お誉めに預かり光栄だよ。」
「ふっ….、岩屋さんも人が悪いよ。
あんたが黙って誰かの下に付いて大人しく裏方作業する地味キャラに成り下がるなんてのはこっちだって予想外だし?」
今度は、岩屋を挑発する様に瞳を細めながら長岡が薄く嗤う。
「高瀬さんの犬になったなら、そう言ってくれれば良かったのに。」
俺の犬…岩屋が嫌いそうなフレーズだ。
「うーーーっわ!
クソガキ風情が言ってくれんねぇ。」
両手の拳をボキボキと鳴らしながら岩屋は満面の笑みを浮かべた。
「犬は犬でも、俺の主人はコイツじゃねぇ…。お前が想像できねーくらい遥か上にいるお偉いさんの忠実で凶暴な番犬が俺だ。」
あ〜らら…放し飼いされた狂犬が怒っちゃったよ。
「高瀬さんと、岩屋さん…良いっすね〜。
どちらに相手されても申し分ないですよ。
俺に犯されるのは二人同時でも構わないっすよ?」
下唇をペロリと舐めて、長岡が手招きしながら今度はハッキリと挑発する。
「上等だ。」
「お望み通り…」
『二人掛かりでぶち込んで地獄へとイカせてやる…っ‼』
『うらぁぁぁぁーーーっっ‼』
ーー…
訳が分からない…
高瀬と岩屋が長岡と攻防戦を繰り広げる。
その光景を目にしても、私は混乱した頭を整理する事が出来ずに立ち竦んでいた。
え…?黒幕?誰が…長岡が??
だって、だって、だって…
だって、あんた…言ってたじゃん…
『高瀬さんは、僕の憧れの人です。』
あれは、ウソ?
瞳を輝かせて照れたように笑って言った、あんたのあの言葉はウソだったの?
あ……
その時に走った違和感の正体。
長岡が用意したフリフリの服。
私の顔を見た時に一瞬だけ光らせた瞳。
長岡は、芽衣を知っていた?
私と彼女が一卵性双生児という情報を…彼女が高瀬の婚約者だという情報を知っていたとしたら…
私に芽衣の様な格好をさせたのはワザと?
高瀬が傷つく事を嘲笑う為の演出。
「こいつ…」
二人掛かりの攻撃を華麗にかわして余裕の笑みを浮かべる長岡に、私は怒りを通り越した憎悪を募らせた。
まんまとそれに乗っかってしまった自分に悔しさが溢れる。
「高瀬さんも岩屋さんも大したことないな。
喧嘩なら、俺の方が強いって事ですかね?」
「ちっ…」
汗を滲ませる二人が、本気を出せないのは長岡のポケットに入っている起爆装置が原因だ。
開いたドアの影から三人の様子を伺うと、長岡が私の視線に気が付いた。
「れーいちゃん!」
獲物を捉えた様な鋭い瞳に身体が強張る。
長岡は高瀬のパンチをよけ、岩屋のキックを腕でかわしながら身を翻して素早く私の髪を掴み上げた。
「てめえ、零にさわんじゃねぇっ…」
長岡の肩を岩屋が掴んだその時、銃声が鳴り響いた。
「ぐっ…うぁ…っっ」
「岩屋っ‼岩屋…っ‼」
目の前で岩屋が倒れる。
「どうしたんすか、岩屋さん。
俺が躊躇なく発砲しないと思いました?」
床が…真っ白な床に真っ赤な血が流れる…
「長岡…てめえ…」
「あぁ…怖い顔してますね。
高瀬さん、俺はあなたのその顔が好きでした。
犯罪者を憎む、その顔が。」
血が流れる…
いや…いや…
「岩屋さん、痛いっすか?
痛いっすよね〜…脚には防弾チョッキ付けれませんからねぇ。」
「ぐっ…‼」
更に痛めつけようと長岡は岩屋の傷口をグリグリと踏みつける。
「なんだよ、マグロかよ。
もっといい声で鳴いて下さいよ、岩屋さん。」
痛みに顔を歪ませながらも岩屋は悲鳴の一つも上げずに長岡を睨みつけていた。
「やめろ…、やめろよ‼」
やっとの思いで声を出した時には私の顔には幾つもの涙が流れていた。
岩屋を失う事は耐えられない。
私は岩屋にまだ何も伝えてない。
死ぬ間際に岩屋に言いたかった言葉を…
だから、岩屋をこれ以上傷つける訳にはいかない。
「長岡…あんたの目的は私なんだろ!
だったら、二人でサシを付けよう。
岩屋と高瀬を解放して、爆弾の解除も…。
あと、警察関係者も傷つけないで。」
「…それは無理だよ、零ちゃん。
だって俺は高瀬も岩屋も嫌いだし。」
お願い。
「お願い…」
お願い…岩屋を助けて…
「お願いねぇ。
だったら、それらしく懇願してみてよ。」
「…それらしく?」
銃口を岩屋の額に向けながら、長岡が口を歪める。
「零…ゼロだって?
お前は、『藤森 芽衣』の代用品だ。
誰もお前を人間としては認めていない。
単なる実験体・代用品・しいては、生ごみ処理の依頼をされた粗大ごみだろ?
だけど、お前の代わりに本物の芽衣は死んだ。
お前は、その代わりを果たせよ。」
「代わり?
なにをすれば…」
「まずは、『芽衣』らしく俺に懇願しろよ。
岩屋さんを助けてってさ。」
芽衣らしく…
私はチラリと長岡の後ろにいる高瀬を見た。
高瀬は、眉間に深いシワを寄せて軽く首を横に振った。
分かっている。
私は芽衣の代用品ではない。
私は人間…ちゃんとその証明も手に入れた。
岩屋が…この人が、私にくれた。
『澤田 零』の証明。
だから…
私は迷うことはない。
このクソ野郎に…
「お願いします…長岡さん。
岩屋さんと、亮を解放して下さい。」
泣いて縋る、か弱い女の振りをする事なんて。
あんたの望む、知りもしない芽衣のイメージを演じるくらい屁でもない。
芽衣はこんな女じゃない。
「ははっ…あははっ‼
良い子だね、芽衣は。
ねぇ?高瀬さん!」
嘆かないで高瀬。
嘆く必要なんてない。
あんたの芽衣は、あんたが良く知っている。
「可愛くて可憐な芽衣ちゃん。
君の大好きな高瀬さんが死んだら、君は悲しいよね?
君が高瀬さんと修也さんにしか、した事ない事を俺にもしてよ。」
「え…?」
高瀬と、修也にしかした事がないコト?
「君は、汚れの知らない可憐な女の子なんだってね。
修也さんの寵愛を受けた女の子。
君はさ、可愛いと言われ慣れていつも歪んだ笑顔を浮かべていたんだ。
醜くく腐った表情を内側に隠して、罪を隠して…」
そこまで言った長岡の唇に、私は強く自分の唇を押し当てた。
らしくしろ。
その意味が理解できた。
音を立てて唇を離した長岡は、「らしいね。」と言って笑った後で、もう一度私の唇を割いて舌を絡めてきた。
あぁ…
長岡の救い様のない闇は、終わりがない程に深い。
一体、誰を憎んでいるのか…
岩屋?
高瀬?
芽衣?私?
それとも…
「俺は、君を許さない。
絶対に、許さない。
君の罪を…俺は、死んでも許さない。
死体になった君も、あの人も…許さない。」
それとも…
「何度でも殺すんだ。
何度だって俺が、君という諸悪の根元を殺してあげる。」
本当に憎んでいたのは…
「修也さん…っ」
最愛の人…?
ーー…
『もう、いいや…』
そうやって何でも無気力に過ごした毎日。
対して頭も良くなければ、運動神経が良い訳でもない。
モテる容姿でもない。
何でも『普通』。
それが俺だ。
趣味は、過去の新聞記事をネットで見ること。
小さな記事でも「そこ」に載れるって事が、俺の憧れだった。
些細な称賛を浴びたくて、子供の頃から人に親切にして来た。
たった10円でも、せっせと交番に届けた。
誰に対しても優しく、学校の先生の言う事もキチンと聞いた。
そうやって周囲の信用を取り、中・高と生徒会に入った。
それでも、俺は会計や書記と言った雑用係で会長などには推薦されなかった。
体育館の教壇で全校生徒を前に意気揚々と語る奴を見ては、「そこに相応しいのはお前じゃない。」と奥歯を噛みしめる。
『長岡君って良い人だけど、地味って言うか…存在感がないんだよね。』
『分かる、分かる!
いるのか、いないのか分からないもんね、あの人!』
生徒会室のドアノブを回せないまま、中から聞こえてきた声に固まった。
「もう、いいや…」
自分が信じた正義が、間違っていたんだろうか?
何かが、プツリと途切れた音がした。
その夜に、俺はある事件の記事を目にしたんだ。
たった12インチのパソコン画面に、その人はいた。
『連続婦女暴行殺人事件』
その犯人、少年Aが犯した罪。
金で暴行された少女達を自ら辱めて、殺害し遺棄した…
その取り引きをした主犯格の幹部も殺害。
「…何らかの内部抗争が原因か?
幹部達の仲間とされる少年が、何故こうした犯行に出たのはか不明だ…」
気がつけば、食い入る様にその記事を声に出して読んでいた。
内部抗争…?こいつ、バカか。
俺には確信があった。
何が不明だよ、能無し野郎どもが…!
この人は、少年Aは…
「制裁したんだよ…!
少女達を金で売って汚した腐った組織の幹部達に罰を与えたんだ。」
そして、綴られる記事。
少年は中性的な容姿とは裏腹に、残虐的な性格を持つ極めて危険な人物であると予想出来る。
中性的?
その言葉の意味がイマイチ分からず、俺は近くにあった辞書で「中性的」を引いた。
中性的…女性っぽい顔立ちをした男性、またはその逆。
男性の場合は、主に整った顔立ちの人に対してこう表す事が多い。
俺は、もう一度パソコンに目を移して瞳を閉じた。
少年A、事件当時は18歳。
整った顔立ち…。
想像を膨らませて、俺は俺の中に自らのヒーローを作り上げた。
彼に纏わる記事は、下衆な週刊誌も含めて全て読み漁った。
それらから収集した彼の情報を集約して、俺は少年Aについて独自で調べる様にもなっていた。
現場になった河川敷を全部回っては、写真を撮って丁寧にファイリングしたり、彼が育ったと噂されていた修道院に行ってみたりもした。
修道院は閉鎖され人影も無かったが、当時を物語る非道な貼り紙の破片が彼方此方に残っていた。
『悪魔を育てた醜悪な神の館』として名高いこの場所は、俺にしたらどんな場所よりも聖域な気がした。
「お前、こんな所で何をしている?」
こびりつく様に張り付いた紙を剥がしている俺に、一人の男が声をかけてきた。
恰幅の良い、高そうなロングコートを着た男だ。
「修也の知り合いか?」
しゅうや…?
黙ったまま警戒する俺に、男は葉巻を咥えながら続けた。
「てめぇ、歳はいくつだ?」
上から下まで眺めると、男はニヤリと笑って肩をすくめる。
「まぁ…あのクソガキの事だ。
3歳児だってタラしこむ。
あいつは、悪魔だからなぁ…なぁ、お前。」
張り詰めた空気と、鋭い瞳に見据えられて、俺は小さく震えた。
「修也に会いたいか?」
その男は自分は『柳原』と後に名乗った。
「あのクソガキな、まだまだ使い所があるんだよ。
ずっと監獄に入れさせるにはもったいない男なんだ。
だけど、いくら使いをやっても一向に心をひらかない。
あれじゃぁ一生、檻の外には出れねー。」
『そこでだ…』
柳原は俺に、こんな話を持ち掛けて来た。
『大学を出て警察に入れ。
修也は世間が言うほど非道な人間じゃない。
あれは、本来なら純粋な人間を好む。
お前のその気持ちが、修也を純粋にリスペクトする意思が伝わるなら修也はお前に心を開くかもしれない。
お前が、修也を暗闇から解き放て。』
嬉しかった。
柳原の言葉が…修也さんを解き放つのは俺しないないと思った。
彼を救えるのは、俺しかいない。
その使命感の為に、必死で勉強して大学へと入った。
柳原が望む様な国家試験1級は狙えなかったが、元々周囲の評判が良かった俺は本庁に配属された。
研修の為に、警察指定隔離病院の見学へと向かった日の事は生涯忘れる事はない。
その日は、俺が初めて修也さんと出逢えた日だから…。
他の研修生から離れて、病院に潜入していた柳原の部下の手引きで修也さんの病室へと案内された。
柳原の部下は、警察内部や病院の職員も含めて何人もいた。
修也さんの担当医、小平医師もその一人だ。
仲間を殺されたのに、柳原が修也さんをそれほどまで執着する理由は分からない。
知りたくもない。
そんなのはどうでもいい。
だって、いずれは俺だけのモノになるんだ。
「修也君、お客さんだよ。」
線の細い身体付きで膝を抱え蹲る白い少年…。
ティッシュ箱くらいの小さな窓から漏れた光を受けながら、その少年は小平の声に反応して顔を上げた。
「あ…っ」
声が出なかった。
彼は、俺が想像するよりも遙かに美しかった。
「少し前に話しただろ?
彼が長岡君だ。」
人払いがされた静かな空間。
「修也…さん?」
ウソだろ…
俺の目の前にいるのは天使の様に柔らかな笑みを浮かべる少年だ。
「初めまして…長岡君。
君は、僕の友だちなんでしょう?」
柳原が彼に何を言ったのかは知らない。
小平が俺を彼にどう話したのかは知らない。
ただ…俺は、溢れるこの感情をどう表したら良いのか分からずに涙を流した。
こんな感動を味わう事が出来た奇跡。
俺の神様が、手を差し伸べ微笑みを向ける。
「あ…っ、会いたかったです…。
ずっと…ずっと…貴方に…っ」
握られた手を忘れない。
冷たくて細くて柔らかい…あの感触を…。
俺が貴方に触れた、あの最初で最後の指先でした抱擁を…忘れない。
柳原に拾われて幸運だった。
駒にされてる振りで利用していたのは俺の方だ。
警察業は便利だったし、都合が良かった。
修也さんに纏わる関係者達を探れる。
特に、高瀬さんの監視役としてバディに選ばれたのは最高だった。
ただ、一人…あの男だけを除いて。
あの男は、修也さんの…
「僕のクローンには会ったかい?」
深夜の隔離病室。
表向き警官の俺は、柳原の事務所には立ち入れない。
その周辺をウロつく事さえ許されない。
それはもちろん、今の俺は高瀬 亮に一番近い存在だからだ。
「…いぃぇ、まだ一度も。」
いい事ばかりじゃない。
小平だって柳原の忠順な駒じゃない。
自分の好奇心の為に修也さんのクローンを作った。
修也さんの助言を借りて作ったはいいが、赤ん坊を育てたい訳じゃなかった小平はあっさりとその後始末を泣き付いて柳原に頼んだらしい。
実験様のマウス…人間はそんなに世話のかからない動物ではない。
ひどく面倒な生き物だ。
「ちゃんと育ってるのかな…もう一人の僕は。」
貴方が哀しみや憂いのかげを、その表情に浮かべるから…俺は決意するんだ。
「近いうちに、確認して来ます。」
「本当?
嬉しいよ、琢磨!ありがとう‼︎」
幾らでも、何でもします。
貴方は神様。
俺の神様が微笑みを浮かべるなら…
この命を差し出したって構わない。
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
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