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交差点

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小説大好き
14/10/01 13:38(更新日時)

教習所に行くまで知らなかったんだよな

交差点って本当は「点」じゃないんだって

道と道が交差してできた「面」のことを交差点っていうんだって、教習所で教わって初めて知った

まぁどうでもいいことなんだけど

道とか交差点って、ちょっと人生みたいだなって思う

ひとつの道がひとりの人間で

交差点が人と人との関係

どんな道も日本のどっかでは繋がってんのかな

14/08/30 18:10 追記
☆感想スレ☆
http://mikle.jp/viewthread/2132637
よろしくお願いします

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No.2131155 14/08/26 13:39(スレ作成日時)

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No.1 14/08/26 13:50
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>>暇なら付き合ってよ

那奈からのメールだ。
こいつはいつもLINEではなくて、普通のメールで連絡してくる。

>>めんどくさいからやだよ

そう打って送信しかけて、消した。

いつも俺は那奈の誘いを断れない。

彼女だっているし、バイトだってしてるのに、那奈からの誘いがくるときの俺は、なぜか暇なことが多い。

>>どこに行けばいい?

そう返信する。

5分ほど経って那奈から
>>S駅7時
と返信がきた。

へいへい
わかりましたよ
お付き合いしますよ

どうせ男と別れたとか、ケンカしたとか、そんな話だ。

分かっているのにノコノコ出て行く俺。

別に那奈に惚れてるわけじゃないはずなんだけど。

それでも那奈には逆らえない。

俺も情けないよなぁ。

No.2 14/08/26 14:16
小説大好き0 

那奈は世間一般でいうところの「元カノ」だ。

俺が那奈を知ったのは、高校2年のときだ。

俺は中学を卒業して、地元の公立高校に進学した。
地元では上の下、中の上、まぁギリギリ進学校といえる高校だ。

那奈とは2年生で初めて同じクラスになった。

それでも那奈を個人として認識したのは2学期だ。
それまでは「大塚那奈」という名前すらよく覚えていなかった。

那奈は派手でも地味でもない、普通の女子だったから、あまり接触する機会もなかった。

俺はどちらかといえば派手な方だった。
一緒の中学から進学した晃というヤツがモテる男だった。
晃はそこそこ勉強ができて性格も明るくて、スポーツは得意。
見た目はその頃人気があった俳優にちょっと似ていて、身長もそれなりにあった。
総合的にモテる要素の多い男だ。

俺はその晃と仲が良かった。
俺は晃ほどは得意なものは少なかったが、身長が179cmと175cmの晃より背が高くて、走るのだけは晃より速い。
総合点は晃より落ちたが、まぁそこそこ女の子にもモテた。
でもまぁ、フツーの男子の部類に入ると思う。

そんな俺が那奈と初めて話をしたのは、体育祭の準備が始まった頃だ。

俺はくじ引きで青組の看板を作る係になった。
那奈も同じだった。

「七瀬くん、そこ白く塗ってくれる?」

那奈は美術部だった。
絵を描くのもレタリングも上手くて、俺は那奈の指示通りに働くだけだった。

ありきたりだが、俺と那奈はそこから急速に仲良くなった。

No.3 14/08/26 15:32
小説大好き0 

体育祭というイベントの雰囲気と一緒に、俺と那奈も盛り上がったようなものだ。

俺も現金なもので、それまで名前も顔もロクに知らなかったのに、那奈のことをいいなと思うようになった。

那奈はサラサラの髪をショートカットにしていて、目は綺麗な二重だ。
鼻が小さいのを本人は気にしている。
目が悪くて、ときどき眼鏡をかけるのだけど、眼鏡が鼻の真ん中あたりまでよく落ちていた。

明るくてお喋りで、俺は那奈と喋るのが楽しかった。

体育祭の当日までに、俺と那奈は一緒に帰ったり、カラオケに行ったりするようになっていた。

体育祭の当日、俺はリレーで走ることになっていた。

「高志、頑張ってね」

那奈が俺に声をかけてくれた。

「おう。応援してくれよな」

「うん」

リレーはプログラムの最後の方だった。
もちろんリレーは体育祭の中でも花形競技だ。

俺はアンカーのひとつ前の第5走者だった。

俺の前の走者は5チーム中の3位で走ってきた。

俺がバトンと受け取ると、クラスの女子の声援が聞こえてきた。

「七瀬くーん、頑張ってー」とかの声に混じって

「高志ー!いけー!」

という那奈の甲高い声が聞こえてきた。

那奈、見てろよ

俺は気合を入れて走り出した。

少し前に2位の赤組が見えたが、俺のほうが速い。

あっという間に俺が2位に上がると、歓声が聞こえ、俺のテンションも上がった。

さすがに先頭の走者は速い。白組だ。
それでも俺は全力で走った。

俺と白組のヤツがバトンリレーしたのはほぼ同時だったと思う。

青組のアンカーは陸上部のエースで、白組のアンカーはサッカー部でも有名な俊足だった。

競って競って、俺の組は1着になった。

No.4 14/08/26 17:08
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「高志、すごかった!」

那奈が駆け寄ってきてそう言った。

自分でもなかなかカッコよかったと思う。

なにしろ高校生活の中での大きいイベントの一つだし。
俺の取り柄の脚の速さを、最高の舞台で披露できたし。

俺たちの青組は優勝した。

その夜は学校近くのファミレスにクラスの人間がほぼ全員集まって、打ち上げをやった。

俺は優勝の功労者のひとりとして、みんなから持ち上げられ、いい気分だった。

打ち上げが9時に終わると、俺は那奈と一緒に帰った。

俺と那奈はここ最近ずっとつるんでいたから、クラスの奴らも、もう俺たちが付き合っているも同然という感じで、帰り際はちょっと冷やかされたりもした。

高校生だから、アシは自転車だ。
那奈の家は学校から1駅くらい、俺の家は学校と同じ市内だが、まぁ俺がちょっと遠回りして送っていく感じになる。

「那奈、あのさ」

那奈の家の近くまで来た辺りで、俺は自転車を停めて那奈に言った。

「なに?」

「俺と、付き合ってくれる?」

俺はこんなつまんない言い方しかできないヤツなんだな、と言いながら思う。

「うん」

那奈は顔を赤くしてそう言った。

最高に可愛いと思った。

No.5 14/08/27 10:29
小説大好き0 

俺と那奈はそうして付き合い始めた。

俺は中学校の頃に2人彼女がいたことがあるけど、すぐに「別れた」みたいな感じになった「彼氏彼女ごっこ」みたいなもんだったから、高校で彼女ができたのは初めてで、やっぱり中学の頃よりは気分的に大人な気がした。

那奈は目立つような美人とか可愛い子とまではいかなかったけど、普通に友達に自慢できるレベルの女子だったし、俺は那奈と付き合い始めて浮かれていた。

俺と那奈が付き合い始めたのは体育祭があった秋で、12月には修学旅行があった。

行き先は九州の長崎だった。
行動グループはあったけど、俺のグループと那奈のグループは仲が良いヤツが多かったから、みんな俺と那奈が一緒に回れるように気を利かせてくれた。

ハウステンボスでも、長崎市内巡りでも、俺はずっと那奈と一緒だった。

先生たちまで、「お前ら2人で消えるなよ」なんてからかってきた。

修学旅行のあとも、俺と那奈は一緒の時間を過ごした。

俺は陸上部だったんだけど、那奈は俺が終わるのを図書館や学食で待っていてくれて、暗くなった道を2人で自転車を押しながら一緒に帰った。

クリスマスにはディズニーランドへ行った。

俺を可愛がってくれる叔父さんがディズニーランドのスポンサー企業に勤めていて、チケットを手配してくれた。

日曜日で入場制限がかかる日だったから、那奈はメチャメチャ喜んでくれた。

「ディズニーシーとランド、どっちにする?」

「ランドがいいな。ホーンテッドマンションが好きなの」

那奈と電車に乗ってディズニーランドへ行き、夜まで遊んだ。
狂ったような混雑だったけど、那奈と一緒だったから楽しかった。

その日の帰り、那奈を送って行った途中にある公園で、プレゼントを渡した。

小さなピンク色の宝石がついたブレスレットをあげた。

那奈はマフラーをくれた。

そのとき、俺は那奈と初めてキスをした。

寒かったし、外だったから、ホントに軽く触れただけ。

俺は女の子にキスしたのは初めてだった。

なるべく平気そうな顔をしてたけど、内心はすごいドキドキだった。

暗かったけど、那奈が赤くなってるのが分かった。

多分那奈も初めてだったんだと思う。

やっぱり、可愛かった。

No.6 14/08/27 10:53
小説大好き0 

体育祭、修学旅行、クリスマス

イベント、イベント、またイベント。

思えば付き合うきっかけになった体育祭のあたりから、盛り上がりはいきなり最高潮で、盛り上がったままイベント続き。

年が明けて3学期が始まったころから、俺と那奈の間の空気がおかしくなってきた。

付き合い始める前の那奈は、とにかく元気でお喋りだった。
一緒にいるだけでこっちも楽しくなって、とにかく何時間でも喋っていられた。

ところが、那奈はだんだん変わった。

前と変わらず可愛いし、普通に話もするんだけど、どこか前と違う。

「私のこと嫌いにならない?」

気付いたら、それが那奈の口癖になっていた。

毎日何時間もLINEをしていたのが、1日空いたりするようになり、やっても俺からのメッセージは少なくなった。

友達と遊ぶ回数がだんだん那奈と付き合う前に戻っていった。

すると那奈は「なんで最近LINE遅いの?」「また日曜会えないの?」そんな台詞が増えていく。

俺と一緒にいても、前みたいに笑わなくなった。

いつも不安そうにしているような気がする。

俺は明るくて元気でお喋りな那奈が好きだった。

こんな暗い目をする那奈は、俺が好きだった那奈じゃないような気がした。

あんだけ最初っから盛り上がってしまったから、あとは落ちるだけ。

俺と那奈の距離は、どんどん離れていってしまった。

No.7 14/08/27 11:32
小説大好き0 

あとになって思えば、やっぱり俺はガキだった。

最初に盛り上がるだけ盛り上がって、浮かれて、那奈が俺を好きでいてくれるからこそ一緒にいたいとか、離れているときに不安になるとか、そんな気持ちなんか考えなかった。

自己中だった。

でもその頃の俺は、そんなことまで考えられなくて、だんだん那奈の気持ちが重荷になっていった。

那奈にもそんな空気が伝わったのか、うるさいことを言ってこなくなっていった。

あとはお決まりのコースで。

一緒にいる時間が減って減って、ついにはなくなってしまった3月、那奈からLINEがきた。

>>もう終わりなのかな

正直、那奈からそう言ってきてくれて、助かったと思った。

やっぱり、俺から言うのは気が重い。

>>そうかもしれないな

>>私のこと嫌いになった?

>>嫌いにはなってないけど、なんか思ってたのと違う

>>そうか。じゃあやっぱりもう終わりなんだね

>>うん。ごめん

>>私のほうこそ、ごめんね

最後の那奈の一文は、俺の胸を痛くした。

でも、落ちるとこまで落ちた気持ちは、やっぱりもう上がらなかった。

そんな風に、なんともありきたりな流れで、たった半年の付き合いは終わってしまった。

No.8 14/08/27 12:00
小説大好き0 

那奈と別れたあとの4月、3年へ進級してクラス替えがあり、俺と那奈はクラスが別になった。

ホッとした。

俺と那奈が付き合って半年で別れたことなんて、学校の連中からすれば「高校あるある」の一つでしかない。

多少は「七瀬くんと那奈、別れたんだって」みたいな噂話が流れたが、3年になって受験モードに突入する奴らも増えた毎日で、そんな噂もすぐにされなくなった。

それでもときどき校内で那奈と擦れ違ったり、見かけたりすることはあったけど、まぁ多少気まずいくらいなものだった。

俺も那奈も大学進学を希望していた。

俺は塾に通い、夏頃からは模試と勉強漬け。

秋になり、友達からの噂で那奈がどっかの大学の指定校推薦をとったことを聞いた。
学校の授業を怠けがちで、大した成績がとれてない俺は、単純に羨ましいと思った。

親を拝み倒して、東京6大学から、その格下のまぁ名の知れた大学まで、片っ端から受験させてもらった。
トータルで8校。
経済学部、商学部、その辺ばかり受験して、どうにかそこそこ名の知れた大学に1校だけ合格した。

浪人してまで行きたい大学があったわけじゃないから、合格できただけで御の字だった。

指定校推薦が決まっている那奈は、冬休みあたりから暢気にアルバイトなんかしていたようだ。

俺は受験が済んですぐに自動車教習所に通い始めた。
大学に通い始めたら、バイトで金を貯めて、車を買いたいと思った。

そして3月に高校を卒業した。

卒業式の日、遠くの女子の輪の中に那奈がいるのを見た。

那奈は俺には気付いていないようだった。

那奈は俺と付き合い始めた頃のように、明るい顔で笑っていた。

あの笑顔が好きだったのに、那奈の顔を曇らせていたのは俺だった。

でももう、会う機会もないかな。

ちょっとほろ苦い気分で、俺は友達と学校をあとにした。

No.9 14/08/27 12:46
小説大好き0 








思わずリアル「ORZ」したい気分になったのは、大学の新入生オリエンテーションの日だった。

指定の大教室へ向かおうとしていた俺の前に、那奈がいた。

「高志」

那奈はそれほど驚いた風でもなく、某然とする俺の前に立っている。

「指定校推薦とったって、ここだったのかよ」

「なんだ高志、知らなかったんだ。私は高志が10校受けてここしか受からなかったこと、ちゃんと知ってたよ」

なんで那奈はこんなに悠然と構えてるんだ。

「10校じゃない。8校だ」

虚しい反論をしてみる。

「四捨五入したら同じじゃない。でもよかったね、浪人しないで済んで」

いっそ全部の大学に撃沈して、浪人していたほうがよかったんだろうか。

「やだなぁ、高志。そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。心配しなくたって、高志と付き合ってたことは黙っててあげるよ」

那奈は涼しい顔でそう言う。

「そういう問題じゃなくて」

「どういう問題?私が知ってる限り、西高からこの大学に来たのは私と高志だけだよ。だからこれから知り合う人には『ただの同級生』って言えば済む話じゃない?」

どうでもいいけど、那奈ってこんな女だったか?

なんていうか、雰囲気が変わった。

化粧とか、大学生っぽい私服のせいか?

「ま、これからまたよろしくね〜」

那奈は余裕たっぷりな感じにそう言って歩いていった。

ひとり残った俺は、某然とその後ろ姿を見送るしかなかった。

No.10 14/08/27 12:53
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>> 9 ☆入力ミス☆
× ORZ
○ orz

No.11 14/08/27 18:58
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那奈は俺のことなんて、全然気にしていないみたいだった。

大学生活が始まると、ときどき那奈と遭遇した。

学食で昼飯を食っていたりすると、平気で俺の隣や前に座ってきたりする。
それも

「やっほー高志」

みたいな感じで、完全な友達ノリだ。

仕方ないので、取り敢えず喋る。

選択決めたか、とか、語学どうだ、とか、サークル入るのか、とか。

俺がテニスとかコンパとかの適当な雰囲気のサークルに入ったと言うと、那奈は

「へー。私はサークルには入らないと思う」

と言った。

「なんで?」

「なんか、肌に合わない。バイトでもしてる方がいいや」

那奈が言うには、大学のお遊びサークルは「みんな仲良し」みたいな雰囲気が合わないのだそうだ。

「なんか、私、ああいうつるみ方、苦手みたい。協調性ないみたいだね」

那奈はそう言ってアハハと笑った。

俺も那奈も、それぞれ大学の中に友達は増えて行ったが、大学に入ってからの那奈は、俺が知っている高校時代の那奈とはイメージがまったく違っていた。

こんなにサバサバして気が強い感じだったか?

仮にも元カレの俺に、いろいろズケズケ言うようなタイプだったか?

確かに明るくて元気なイメージだったけど、なんか違う。

俺と付き合っていたときの、どっちかっていうとウジウジしていた那奈は、いったいなんだったんだ?

No.12 14/08/28 09:42
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那奈と最初に飲みに行ったのは、たまたま講義のあとに駅までの道で一緒になった日だった。

「高志、今日ヒマなら遊ぼう。飲みに行こう」

なんのこだわりもない感じで那奈が言い出した。

「まぁ俺も今日はバイトないし」

俺は自宅の最寄駅そばにあるカラオケボックスでアルバイトしているが、この日は休みだった。

「じゃあ遊べるね!」

あっさり那奈と2人で遊ぶことに決まってしまった。
嘘でもバイトか用事があると言えば良かったと、那奈と電車に乗ってから思った。

俺と那奈が通う大学の教養課程キャンパスは東京の郊外にある。
那奈は都会へ出るのはめんどくさいと言い、電車で4駅のターミナル駅周辺で遊ぼうと言い出した。

「ボーリング行こう、ボーリング」

まだ夕方の早い時間だから、飲みに行くまでの時間潰しということだ。

言われるがままにボーリング場へ行くと、「なんか賭けようよ」と那奈が言った。

「いいけど、なに賭ける?」

「今日の飲み代賭けよう」

「いいよ。那奈ハンディは?」

「え?くれるの?じゃあ20ちょうだい」

「いいよ」

那奈に嵌められたと悟ったのは、始めてすぐだった。

那奈はボーリングがメチャメチャ上手かった。
そういえば、那奈と付き合っている頃、ボーリングはしたことがなかった。

「なんだよ、ハタとチョウチョばっかじゃねぇか」

1ゲーム終わってみれば、那奈のスコアにはスペアとストライクが並び、ハンディなしで160を越えていた。
俺はそれほど調子が悪いわけでもなく、130。
勝負にならない。

「わーい、勝った勝った」

那奈は得意気に笑った。

「3ゲームって言っただろ。次は俺が勝つから!」

俺もムキになって言った。

No.13 14/08/28 12:36
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結局5ゲームやった。
予定より2ゲーム多くなったのは、俺が「泣きのもう1回」を2回もやったから。

那奈のアベレージはハンディなしでも150越えで、アベレージ130で終わった俺とでは勝負にならなかった。

「那奈~、こんなにボーリング上手いなんて、聞いてなかったぞ」

「高志が知らないだけだよ~」

「完敗だよ。約束通り奢るよ」

「わーい。居酒屋よりカラオケがいいな」

「はいはい」

俺と那奈はボーリング場を出て、カラオケボックスに行った。

未成年だけど、固いこと言わずにビールで乾杯。

那奈はピザだのジャンバラヤだの、ポテトだのから揚げだのと遠慮なしに注文した。

「よく食うなぁ」

俺は那奈の食べっぷりを呆れて眺めた。
遠慮してると俺の食べる分がなくなる。
那奈は俺の分を取り分けてくれるようなこともしてくれない。

「高志が2ゲーム余計にやりたがるから、お腹空いちゃったんだよ」

そう言いながら、那奈はなくなりかけた自分のグラスに気付いて、さっさとインターホンに向かい「巨峰サワー下さい」とか言っている。
俺が「あ、俺レモンサワー」と言うと、那奈は「あ、高志もだった?」とインターホンに俺の分を付け足しのように言った。

カラオケも気が付くと3曲くらい那奈の選曲が続いている。

俺はまた思う。

那奈って、こんな女の子だったっけ?

No.14 14/08/28 12:57
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「那奈」

3時間歌いながら飲み食いして、やっと曲が途切れたところで、俺は那奈に話しかけた。

「なに?」

那奈は選曲用の端末をいじりながら機嫌よく答えた。

「なんか、高校の頃と違うんだけど」

「なにが?」

「那奈が」

そこで那奈は端末から顔を上げて、やっと俺のほうを向いた。

「どこが違うのかな?」

那奈は不思議そうに言う。

「どこが、って言われても困るんだけど………。そうだな、俺と付き合ってる頃はもうちょっと優しかったっつうか、控えめだったっつうか………」

「そんなこと?」

那奈はマンガみたいに「ぷっ」と吹き出した。

「そんなことって言うけどさ、別人みたいだから」

「別人って言えば別人なんじゃない?だってあの頃は高志のこと好きだったけど、いまはそうじゃないし」

那奈。
もうちょっとオブラートに包んだ物の言い方はできないのか。
俺から振ったような形とはいえ、昔好きだった女の子からそんなダイレクトな言い方をされると、若干傷付くんだけどな。

「そういうもんなの?」

「そりゃそうだよ。高志と付き合ってた頃は、嫌われたくなかったし、良く見られたかったし、そりゃ気も遣うでしょ。まぁ、それで高志から嫌われたようなもんだと、私は思ってるけど」

逆に言えば、今は俺のことなんかなんともおもってないから、気なんか遣わないということなのか。

「いまにして思えば、私も馬鹿だけど可愛かったよね。私、すっごい高志のこと好きだったから、好きすぎてどうしていいか分かってなかったんだと思うよ」

不覚にも。
那奈の言葉を聞いて、俺は少女マンガ風に「キュン」としてしまった。

No.15 14/08/28 15:49
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「酔いざまし~歩こう」

4時間カラオケボックスにいて、いい加減酔っ払った俺と那奈は店を出て、駅までの道を遠回りして、近くの公園の中を歩いた。

「ちょっと休憩」

那奈はベンチを見つけると寝っころがってしまった。

「おい、那奈、寝るなよ」

「寝ないよ?」

那奈の頭の横に座った俺を、那奈が仰向けになって見ていた。

待て、那奈。
ヤバイよ。
誘ってんの?
いくらとっくの昔に別れたって言ったって、俺、那奈のこと好みだったから付き合ってたんだぜ?
こんな夜中に、人気のない公園で、そんな風に見られたら、変な気分になるだろ?

俺は気が付いたら、那奈にキスしていた。

那奈の口は少し開いていたから、つい、軽いキスのつもりが、エロいキスになっていた。

那奈は俺にされるままになっていた。

つい手が那奈の胸に伸びる。

「はいはい、そこまで」

那奈の手が俺の手をガッチリ掴んだ。

「なんだよー」

「それ以上したら、高志も引っ込みつかなくなるでしょ」

那奈は「よいしょ」と掛け声をかけながら体を起こし、立ち上がると公園の前の自動販売機でスポーツドリンクを買った。

「あんな無防備だと、男はオッケーなのかと思うだろ」

俺は那奈が飲んでるアクエリアスを失敬して飲んだ。

う。
さっきの那奈のキスの名残があるような気がする。

「キスくらいならいいけど、その先はゴメンだよ」

那奈はバッグからタバコを取り出すと、1本抜いて火をつけた。

「那奈、タバコなんか吸うの?」

「たまにね。おもしろくないことがあったときとか」

No.16 14/08/28 16:08
小説大好き0 

俺は置いてあった那奈のタバコを1本もらい、那奈と並んで煙を吹き上げた。

なんだか那奈は本当に違う女の子になったみたいだ。

付き合っていたとき、那奈にキスしたのは、クリスマスのときの1回だけ。

あのときの那奈は、いかにも慣れてなくて、純情そうな感じが可愛かった。

でもさっきの那奈は、あんなキスにも慣れていたというか………。

おいおい、那奈。
もうオトナになっちゃったのかよ。

なんかショックだな。

「那奈、俺のあとに付き合ったヤツいるの?」

「うん、いるよ」

那奈は律儀にタバコを持っていた携帯灰皿で揉み消しながら言った。

「いまは?」

「こないだ別れちゃった」

「バイト先の人?」

「うん、そう。今年就職してバイト辞めた人」

筋違いなのは分かってるけど、どんな男なのか、無性に気になった。

那奈はそいつと寝たのか。

さっきのキスは、そいつに教わったのか。

………これじゃ、ヤキモチみたいだな

さっき那奈にキスしたのは、那奈のことを好きだからってわけじゃない。
成り行きってやつだ。

那奈も酔った勢いってヤツだろう。

その証拠に、キスしたからって、那奈への気持ちが変動したという感じはしない。

那奈も同じだろう。
どう見たっていまの那奈の態度は、好きな男に見せる態度じゃない。

「私と高志、別れて正解だったよね」

那奈がクスクス笑いながら言った。

「どういう意味?」

「だって、あのまま純愛貫いて高志と結婚しちゃったら、私『ななせなな』になっちゃうもん」

「なんだよ、それ」

那奈。
ポイント、ずれてるだろ………

No.17 14/08/28 19:16
小説大好き0 

高志はただの元カレ

好きだったのはずっと前のこと

なんとなく
普通の男友達より近くて
でももう好きじゃないから
なんでも言える

この間まで付き合ってた彼と別れて
寂しかったから

うっかりキスしちゃったけど

キスくらいならご愛嬌

それ以上は
やっぱり好きな人とじゃないと無理

高志も私のこと好きなわけじゃないんだろうし

でもちょっと
利用しちゃった感じがしなくもない

だからホントは

ごめんね

そう思った

でも言わない

言わなくていいか
って思うから

No.18 14/08/29 11:06
小説大好き0 

やべー
やっちまった

そう思ったのは家に帰って、酔いがさめてきたころだった。

つい、那奈にキスしてしまった。

出来心というか、はずみというか。

別れ際、那奈はなんて言ってたかな。

『お互いのために、まぁなかったことで』

みたいなことを言ってたような気がする。

あー、でも良かった。
あそこで那奈がストップかけてくれなかったら、どうなっていたことか。

ホント、男って好きじゃなくても、ヤりたくなる生き物なんだな。
我ながらアホだと思う。

一応、経験あるし。
那奈と別れたあとだけど、ナンパした女の子と、その日にちょっと。
そのあともちょっと。

でも、那奈は俺とはイヤなんだな。
酔ってたくせに、俺の手を押さえた力は結構強かったし。

那奈は変わったんだろうか。
それとも、元々の那奈が、あれなんだろうか。

本音を言えば、那奈と遊んだ時間はすげー楽しかった。

那奈は俺に気なんか遣わない代わりに、自分が楽しんでるのが俺にも分かったから、逆に俺も言いたいこと言って楽しんだ。

付き合ってる頃の那奈があんな風に振舞えなかったのは、やっぱり俺にも原因があるのかな。

あんな那奈とだったら、ずっと楽しいままでいられたと思うんだけど。

でも、いま那奈は俺を好きじゃないみたいだし、俺も同じ。
嫌いじゃない、ただの友達でもない、でも楽しい。

俺と那奈は付き合うってなると、相性が良くなくて、ただつるんで遊ぶだけなら最高なのかもしれない。

そんな適当なことで、いいのかね。俺も那奈も。

No.19 14/08/29 11:57
小説大好き0 

「ありがと、那奈ちゃん」

従姉妹の葉子ちゃんの声に送られて、私は手を振りながらエレベーターに乗った。

6月の土曜日。
私は市立病院に葉子ちゃんのお見舞いに来ていた。
お見舞いといっても、一昨年結婚した葉子ちゃんが初めての赤ちゃんを産んだから、お祝いに。
葉子ちゃんは私より7歳上なんだけど、割と家が近いこともあって、昔から仲良くしている従姉妹のひとり。
バイト代で肌着と靴下のセットを買って渡したら、葉子ちゃんはとても喜んでくれた。

赤ちゃん、小さかったな

初めて見た新生児は可愛いというより小さい、って感じ。

女の子、って聞いたけど、まだ顔が可愛いかどうかなんて分からない。

でも、小さくてフヤフヤ泣いてて、それは可愛かった。

エレベーターが1Fに着いて受付とか会計窓口のあるホールの端を歩いていくと、隅の自動販売機の前で悪戦苦闘している若い男の人がいた。

なんで悪戦苦闘しているかは一目瞭然だった。
その人は2本の松葉杖を左手に持って、多分ギプスで固められている左足を庇いながら飲み物を買おうとしている。

大変そうだなぁ、と思って見ていたら、チャリンチャリンと涼しい音がして、小銭が床に散らばった。

仕方ないなぁ。
そう思いながら私の足元に転がってきた10円玉と100円玉を拾い、その人の近くまで行ってまた10円玉を5枚拾った。

「どれを買うんですか?」

私が掌に拾った小銭を広げて見せて言うと、彼は「ありがとう」と戸惑ったように言った。

彼は「じゃあ悪いけどこれ頼める?」と言ってコーラを指差したので、私は小銭を投入口に入れてボタンを押し、出てきたペットボトルを取り出した。

No.20 14/08/29 14:31
小説大好き0 

「ありがとう」

彼はそう言ってペットボトルを受け取ろうとしたが、まだ手には小銭入れは持ってるし、松葉杖は2本あるし、「どうやって飲むの?」という感じだった。

お節介ついでと思って、私が「あちらにお座りになったらどうですか?」と言って空いている長椅子を指すと、彼は「あぁ、そうだね」と言って小銭入れをポケットに入れてから杖をつきなおし、慣れない感じで椅子まで移動して座った。

私は彼が座り終わったところで「どうぞ」と言ってペットボトルを差し出した。

彼は「助かったよ、ありがとう」と笑った。

私より少し年上かな。
23、24歳くらい?
清潔感のある優しい雰囲気のある顔をした人だ。

「じゃ、お大事に」

私がそう言ってその場から離れようとすると、彼は「あぁ、ちょっと待って」と言って私を手招きした。

「なんですか?」

私が彼のほうに向き直ると、彼は小銭入れを出して、500円玉を私に差し出した。

「もう1本、なにか買ってきてくれない?」

「………いいですけど、なに買いますか?」

「君の飲みたいものでいいよ」

「はぁ」

私はさっきの自動販売機の前に行き、無難なところで缶コーヒーを買った。

彼にそれを差し出すと、「まぁ、どうぞ」と言って、彼は自分の隣を掌で指した。
座れ、ということか。

つまり、ナンパ?

そう思ったけど、相手はどっからどう見ても怪我人だし、ここは真昼間の病院だし、まぁいいかと思って彼の隣に座った。

「ひとりで飲むのも寂しいから、付き合ってよ」

なんとも悪びれない感じで彼は言う。
いい歳した男の人が寂しいもなにもないもんだ。
そう思ったけど、なんとなくこの人は男の人特有の嫌らしさとかが感じられなくて、不快には思わない。

だから言われるままに彼の隣に座った。

No.21 14/08/29 18:49
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「どなたかのお見舞い?」

彼は馴れ馴れしいとは感じない程度に、人懐っこい口調で言った。

「はい、まぁ」

従姉妹が出産したとか説明するのも面倒なので、そんな答えになった。

「俺はね、診察。もうすぐギプスが取れるんだ」

「はぁ。大変ですね」

私は缶コーヒーも開けずに、掌で弄びながら答えた。
ギプスがもうすぐ取れるというなら、骨折だかなんだかわからないけど怪我して結構経つんだろうに、この人はいまだに松葉杖を持て余しているんだ。
不器用なのかな?

「帰るなら、駅まで送らせて?」

初対面の人と?
しかも怪我人と?

私があからさまに怪訝な顔をしたのを見て、彼は笑った。

「怪我人のくせにって顔してるね。文明の利器ってすごいよね。オートマの車なら、右足が動けば運転できるんだよ」

なるほど。
でも初対面の男の車にホイホイ乗るほど、私も軽くない。

「知らない人の車に乗ったらダメって、お母さんから言われてる?」

………馬鹿にしてるのかな

「警戒しなくても、俺はこの通り怪我人だし、悪さはできないよ。なんならこれ」

彼はそう言って財布を出して、中から運転免許証を出して私に渡してきた。

仕方ないので見てみる。

『六川 司』

「ろくかわ?」

「そう。『ろくかわ つかさ』といいます」

「珍しい苗字ですね」

「そうでしょ」

なんとなく、こないだ遊んだばかりの高志を思い出した。
高志の苗字は七瀬だったな。

数字つながり。

No.22 14/08/29 23:20
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「……27…28歳?」

「そう。28歳」

六川さんはにこにこ笑った。
この人、童顔なんだ。
下手したら大学生かと思うのに。

住所を見ると、同じ町名で、六川さんは1丁目、私は3丁目。近い。
あ。中学の友達んちもあるマンションだ。

「怪しい者じゃないよ」

怪しい者が自分で怪しいとは言わないでしょ。

でも、なんか、この六川さんと話していると、調子が狂う感じがする。

飄々とした、って、こういう人のことを言うのかもしれない。

「怪我して病院通いしてたお陰で、好みのタイプの女の子と知り合えたわけでしょ?しかも足がこんななら余計な警戒されずに済むし。そんなチャンス、逃したら勿体ないと思わない?」

「さぁ」

そう言いながら、つい吹き出してしまった。

「変わった人ですね」

「そうかな」

結局私は六川さんの誘いを受けた。

普段なら会ったばかりの人の車になんて、絶対に乗らないのに。

六川さんの車はプリウスだった。
キレイなメタリックブルー。

「ついでにお茶に誘ってもいい?」

「車にまで乗り込んで、嫌とは言いません。お付き合いします」

「わぁ。今日はついてるなぁ」

六川さんは大袈裟に喜んでみせた。

変な人。

No.23 14/08/30 14:30
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六川さんは広い駐車場のある珈琲店へ車を乗り入れた。

成り行き上、私が六川さんが車から降りるのを介助する感じになる。
相手は怪我人だから仕方なくしているんだけど、傍目にはどんな風に見えるのか。

私は六川さんと店に入ると、案内の店員さんに「喫煙席で2人です」と言った。

「タバコ吸いなんだ」

六川さんは席に落ち着くと、興味深そうに私に言った。

「はい、すみません」

女の喫煙者が男性から嫌われがちなことくらい、承知の上。

でも強引に誘われた感は否めないし、ナンパみたいな形で会った人に良く思ってもらおうとも思わない。

ところが六川さんは
「わー、嬉しいな。希少な同志だ」
と言って、ショートホープをバッグから取り出した。

調子狂うなぁ。

「ねぇ、名前教えてもらっていい?」

美味しそうにタバコを吸いながら、六川さんは言った。

「大塚 那奈です」

「そんな名前の女優がいたね」

「よく言われるネタです」

「これはつまり、美人さんだね、って言ってるんだよ」

調子のいい人だ。

「いくつ?」

「10月に19歳になります」

「いいねー若い若い」

オッサンか。

「大学生?」

「はい」

「学部は?」

「英語学科です」

「すごいね」

六川さんはニッコリする。

不覚にも、ちょっと素敵だと思ってしまった。

No.24 14/08/30 16:45
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「その怪我は骨折ですか?」

「そう。事故に遭ってね。あはは」

あはは、って。明るいなぁ。

「もうすぐギプス取れるでしょ?そしたらちょこっとリハビリして、完全復活」

「……良かったですね」

そのくらいしか私には言いようがない。

「ねぇ、那奈ちゃん」

ちゃん。
まぁいいけど。

「完治したらさ、デートしてよ」

あー、つくづく軽いな。

「………どこへ?」

私も私だ。
私ったら、断らないんだ。

「そうだなぁ。オーソドックスに海とか山へドライブとか行きたいなぁ」

「ドライブなんて、足が完治してたら安全な人じゃなくなるじゃないですか」

私は呆れながら自分のバージニアスリムに火をつけた。

「お。那奈ちゃん、鋭いね」

なんか、ホントにこの人はどこまで冗談なんだろう。
掴み所がない。

「安心して。俺は安全な男だよ」

さっき初めて会ったばかりの人のこんな言い分を、どう信じろと言うんだろう。

腹が立つよりも、呆れておかしくなった。

「あ。やっぱり那奈ちゃんは笑った方が可愛いね」

臆面もなくこんなこと言う六川さんが、新鮮だった。

「笑ってくれたついでに、連絡先聞いてもいい?」

「いいですよ」

なんか、完全に六川さんのペースに乗せられた。

私は六川さんにメールアドレスだけ教えた。しかも捨てアド。

「捨てアドですけど、メール来たらちゃんと返事しますよ」

「十分十分。ありがとう。嬉しいなぁ」

やっぱり変わった人だと思った。

No.25 14/08/30 17:35
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俺はその日、バイト先のカラオケボックスにいた。
だいたい週に4回から5回、夕方から夜、たまに深夜までのシフトに入る。

4月に入ったサークルにはたまに顔を出す程度。それもコンパのときばかり。
それでも許されるような、ユルいサークルだった。

サークルには同じ大学や、他大学の女の子がたくさんいたけど、俺はいまいちピンとくる子がいなかった。

那奈とはあの「うっかりキス」があったというのに、変わらない付き合いが続いている。

たまに学食で一緒になったり、駅まで歩いたりしていて、友達からは「七瀬の彼女?」とか聞かれたりするけど、それを横で聞いてた那奈が「ちがーう!同じ高校にいただけ!」と、プロテニスプレイヤーのスマッシュみたいな返しをした。

なぜか友達はみんなそれをストレートに信じた。

仮にも元カノなのに。
こないだはキスまでしたのに。

俺と那奈にはそういう雰囲気がまるでないらしい。

まぁいいんだけど。

そんなわけで、いまの俺には女っ気がなかった。

それはそれで気楽なんだけど。
バイトにもせっせと通って、懐も暖かくなるし。

まぁそんな感じで、俺は6月の終わり頃の土曜もバイトに勤しんでいた。

土曜の夜ということで、満室御礼。

俺はオーダーのあったカクテルを運んでいた。

ドアを開けると、女の子が1人で熱唱中。

古い歌、歌ってるなぁ

プリンセスプリンセスの「M」。

よく主婦グループの部屋で聴く曲だな。

俺はそう思いながらテーブルにグラスを置いた。

No.26 14/08/30 18:07
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☆感想スレ☆
http://mikle.jp/viewthread/2132637
たてさせていただきました。
読んでくださっている方がいらしたら、お時間あるときにお願いします。

No.27 14/08/31 08:43
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歳は俺と同じくらいかな。

そう思ったときに彼女がちらっと俺を見た。
『あ、オーダーしたやつきた』くらいな感じで。

でも、俺はヤベって思った。

彼女の歌は上手かった。
音程は完璧で、澄んだ綺麗な声だったから、部屋に入ったとき思わず聴き惚れたくらいで。

なのに、俺から見えた顔は、涙でずぶ濡れだった。

普通泣きながら歌ったら、音程が乱れたり、声が割れたり、歌詞が途切れたりするもんだけど、彼女の歌はそれもない。

ただ、目からポロポロポロポロ涙がひっきりなしに流れてる。

もしかして、そういう病気なのかな?
なんでもないときに涙が止まらなくなるような。

そう思うくらいだった。

それでも俺は一応店員だし、そこは見て見ぬ振りをするのが正解。

そう思ってそのまま部屋から出ようとしたら、彼女はいきなりマイクを下ろして

「この歌、切ないですよね?」

と俺に言った。
まだ涙はポロポロ出てるけど、話す調子も普通だった。

「え、えっと、そうですね。お上手ですね」

俺は驚いてどもりがちになりながらそう言った。

「他になにか『失恋ソング』ないですか?グッとくるやつ」

どうでもいいけど、涙、止まらないのかな。

「『会いたくて会いたくて』とか『プラネタリウム』とか、どうですか」

一応思いついた曲名をあげてみる。

「王道、ですね」

彼女は「ありがとう」と言って座り直すと入力端末をいじり始めた。

変わった女の子だな。

俺はそっとその部屋から出た。

No.28 14/08/31 09:02
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俺はその日は11時に上がった。
本当は10時までだったんだけど、10時からの先輩が遅刻したから、その先輩が来るまで延長になっていた。

着替えて帰ろうと思ってエレベーターに乗り込むと、さっきの変わった女の子が「すみませーん」と言いながら乗ってきた。
もう涙は出ていないみたいだ。

俺はすぐ気付いたけど、向こうは俺が私服に変わっているからなのか気付いていないみたいだった。

そのまま1階まで降り、ドアが空いたので俺はつい店員気分のまま「開」ボタンを押しながら「どうぞ」と彼女に声をかけた。

すると彼女は俺の方を向いて「あ」と言った。
声を聞いて俺がさっきの店員だと気付いたらしい。

彼女に続いてエレベーターから出ると、彼女は
「さっきはごめんなさい。びっくりしたでしょ」
と照れ臭そうに笑った。

「いえ、別に、大丈夫です」

さっきは涙に気を取られてたから思わなかったけど、この子、笑うと可愛いなと思った。

「混んでると延長できないのね」

彼女は残念そうに言った。
ひとりカラオケだったみたいだけど、まだ物足りないのかな。

「すみません、土曜だから」

「ああ、ゴメンね。文句言ってるわけじゃないの」

「駅の反対側に違う店ありますよ。ウチより高いけど」

「ホント?どのへん?私、この辺り初めてなの」

No.29 14/08/31 23:41
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なんとなく、俺が彼女を違うカラオケボックスへ案内することになってしまった。

いや、彼女はちょっと好みだったから、決して嫌々ではないんだけど。

泣いてたし。
キレイな声で歌ってたけど、失恋ソング歌いながらポロポロ涙流してたってことは、普通に考えて失恋したのかなぁ、と思う。

失恋したての女の子にヨコシマな気持ちを抱くのも男らしくないような。

でも、俺、元々そんなに男らしくない自覚があるし。

なんてゴニョゴニョ考えながら、駅の中を抜けて東口から西口へ行き、駅前通りから一本入ったところにあるカラオケボックスへ彼女を案内した。

自然と歩きながら、少し話をした。

「えーと、店員さんは何歳?」

俺のことをなんて呼んだらいいのか迷ったようで、彼女はそんな言い方をした。

「この間19歳になりました」

「学生さん?」

「はい。○○大です」

「いいなぁ。私はこの間卒業しちゃったの。××短大」

てことは2コ上か。
俺と同じくらいにも見えるから、童顔なんだ。

「××短大ってことは、幼稚園の先生かなにか?」

「ピンポーン。正解。今年からすみれ組の先生です」

可愛い先生だなぁ。
俺も幼稚園児になりたい。

カラオケボックスの前まで来ると、彼女は
「ありがとね」
と言った。

「いえ、どういたしまして」

一応、まだ店員感覚で礼儀正しく答えた。

No.30 14/09/01 12:30
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結局意気地なしの俺は、そこで彼女と別れた。

俺がもうちょっと図々しくて押しが強かったら「一緒していい?」って聞けたんだろうけど。

彼女はもっとひとりで歌いたかったんだろうと思った。

キレイな歌声だったけど、ポロポロ涙が落ちている顔は、やっぱり悲しそうだった。

そんなときに見ず知らずの俺がいたって、邪魔なだけなんじゃないかと思う。

惜しいことをした、とは激しく思うけど、やっぱりあれで良かったんだ。

そう。
俺の行動は正解だった。

次の土曜日、また彼女が俺のバイト先のカラオケボックスにきた。
この日も彼女はひとりだった。

受付で彼女は俺に「この間はありがとう」と言って笑った。

オーダーされたドリンクを運んだのも俺だった。

もちろん彼女は泣いてなくて、歌っていた曲も「ジョイフル」で元気いっぱいだった。

曲が終わりかけていたので、俺は「あっちの店、どうでした?」と聞いた。

「うん、2時間歌っちゃった」

彼女はそう言って舌を出して見せた。

「良かったです」

あまり長居するわけにもいかないので、俺はそう言って部屋から出ようとした。

「今日もこないだと同じくらい?」

彼女の声が俺を追いかけてきた。

「え?」

「バイトの時間。良かったら、あっちの店、一緒に行かないかなと思って」

もちろん俺は断らなかった。

No.31 14/09/01 15:22
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さすがに正面きって店の客と並んで出て行くわけにもいかないので、この間案内したカラオケボックスの前で彼女と待ち合わせることにした。

俺が10時にバイトを終え、急いで駅の反対側まで行くと、ちゃんと彼女は待っていてくれた。

「お疲れ樣」

彼女は俺を見て笑った。

俺は「お疲れ樣」じゃないし、「こんばんは」でもないし、ちょっと考えて「どうも」と言った。

彼女と一緒に小さめの部屋に入り、彼女はドリンクバーからウーロン茶をとってきて、俺はとりあえずのビールを頼み、乾杯した。

「夏目さん、でいいんですよね」

今日彼女の受付をしたとき、会員カードを見ていた。

「そうです。秋本すず、っていいます」

すずちゃんか。
幼稚園ではすず先生とか呼ばれてるのかな。

「俺は七瀬っていいます。七瀬高志」

「高志くんね。あらてめてよろしくね」

「すず……さん?すずちゃん?なんて呼んだらいいかな」

「年上扱いされてもムズムズするから、すずちゃん、がいいな」

「うん、わかった」

すずちゃんはすぐに歌いださずにウーロン茶を飲んでいた。

「こないだは変なところ見せちゃってゴメンね」

「別にいいけど、今日は元気そうだね」

「うん。大分元気になった」

「………やっぱ、失恋とかしちゃったの?」

聞いちゃ悪いかな、と思ったけど、あれだけモロに泣いてるところを見ちゃったんだし、却ってなにも聞かないほうがわざとらしいかと思った。

No.32 14/09/01 15:25
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>> 31 ☆訂正☆
>> × 「夏目さん、でいいんですよね」

>> ○ 「秋本さん、でいいんですよね」

No.33 14/09/01 17:18
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すずちゃんはあの日のことを話してくれた。

すずちゃんが住んでいるのは、この辺りではなくて、ここから電車で30分くらいの場所だ。

あの日、すずちゃんは彼氏と電車に乗っていたらしい。
彼氏は大学生で、あの日は彼氏に誘われて、ここの駅から少し下ったところにあるショッピングモールへ買い物へ行った。
彼氏の誕生日が近かったので、すずちゃんは彼氏が欲しがっていた財布をプレゼントした。

ところが彼氏はプレゼントをもらうだけもらっておいて、帰りの電車の中で別れ話を切り出したらしい。

電車の中ということで、込み入った話もできず、すずちゃんは泣くこともできず、耐え切れなくなって彼氏と別れて途中で降りたのがここの駅。

そして目に付いたカラオケボックスで泣きながら歌っていた、ということだったらしい。

「ひでーな、そいつ」

俺は思い切り憤慨してそう言った。
すずちゃんにプレゼントを買わせたあとで言い出すところがセコい。
そんな状況で泣きながらひとりカラオケしていたすずちゃんの気持ちを考えると、俺が代わりにそいつを殴ってやりたいくらいだ。

「多分ね、大学で新しい彼女ができたんだと思う。私は去年まで彼の大学のサークルに参加してたんだけど、多分そのサークルの子。後輩で彼のこと好きだっていう子がいるのは聞いたことあるから」

「そんなヤツ、別れて正解だよ」

「うん。私もさんざん歌って、やっとそう思えるようになってきた」

「じゃあ今日も歌いなよ。付き合うからさ」

「ありがとう」

すずちゃんはそう言って笑った。

馬鹿だなぁ、その彼氏。
すずちゃんはこんなに可愛いのに。

まぁ俺だって那奈のこと、なんとなく重い、みたいな理由で振っちゃったから人のこと言えないけど。

でも、すずちゃんは可愛い。

那奈は背が165cmくらいあってスラっとしてたけど、すずちゃんはもっと小さくて、童顔なこともあって、なんか可愛いんだよな。

No.34 14/09/01 18:39
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「見てよ」

私の顔を見るなり、六川さんはズボンの裾をめくって左足を見せた。

カフェみたいな場所でそんなことをしても、あまり違和感がないのは、どういうことなんだろう。

「あー、良かったですね」

私は軽く流して六川さんの前に座り、オーダーを取りに来たウェイターさんにカプチーノをオーダーした。

市立病院で六川さんと会って半月。
一日おきくらいに六川さんからメールが来ていた。
「今日は雨だね」「やっぱりラーメンは味噌だよね」「チョコボールで銀のエンゼルが出たよ」
いつもそんなしょーもないメールばっかり。

つい笑ってしまうんだけど、たいてい「ハイハイ」ってノリで返信してた。
油断すると、すぐ六川さんのペースになっちゃうから。

そんな調子のメールに紛れて、食事に誘われた。

なにが食べたい?と聞かれたので、イタリアンがいいと言うと、青山だの代官山だの言われたので、そんなとこまで出て行くのはイヤだと言ったら、私と六川さんの使う沿線にもいいお店があると言われ、今日がその約束の日だった。

「よかった。那奈ちゃん、来てくれないんじゃないかと思ってドキドキだったんだよ」

相変わらず臆面もなくこんなことを言う。

「イタリアン大好きなんで」

「ちゃんと予約しといたよ」

予約なんてしたんだ。
そこそこいいお店なのかな。
それなりの格好してきてよかった。

No.35 14/09/02 13:20
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六川さんが連れて行ってくれたお店は、私が思っていたより高級そうなお店に見えた。

28歳って言ってたけど、やっぱり大人なんだなぁ、と思う。

親やおじいちゃんおばあちゃんと一緒に都心のホテルのレストランとか、ちょっといいレストランに何度か行ったことはあるから、そういう雰囲気に慣れないというほどでもないんだけど、男の人と来るなんて初めて。

六川さんに「どれがいい?」なんて聞かれながら、前菜、肉料理、パスタなんかを選んだ。

コースなんて食べきれないから、一品ずつ選んだんだけど、どれも値段が高い!

………そういえば六川さんて、仕事はなにやってるんだろう

無職、ってことはないよね。
怪我してても、肉体労働じゃなければ出勤するだろうし。

六川さんはセレブな雰囲気とは思わないけど、着ているものも持ち物も、そこそこいいものに見える。

イメージ的には、ゆとりある独身サラリーマンって感じなんだけど。

食事は楽しかった。
食前酒も、ソムリエさんが選んでくれたワインも、デザートに食べた大好きなティラミスも美味しかった。

食事中、六川さんは怪我の治療中の苦労話なんかをして、私の大学や、高校時代の話を聞いてきたりした。

話し上手、聞き上手。
一緒に食事をする相手としては楽しい人だと思う。

私はカフェラテを飲みながら、「六川さんて、お仕事はなにしてるんですか?」と聞いた。

「へへ、秘密」

即答だった。

「無職じゃないですよね」

「無職じゃないよ」

「じゃあ教えてくれてもいいじゃないですか」

「謎が多いほうがいい男に見えるかと思って」

つくづく、変わった人だと思うけど、悪い人とは思えない。

この日、食事のあと「送っていくよ」と言う六川さんを断りきれずに、自宅の側まで送ってもらった。

なにしろ同じ町名の1丁目と3丁目だから、断りようもない。

「またデートしてね」

六川さんはそう言って楽しそうに自分のマンションの方へ帰っていった。

六川さんは私みたいな年下の大学生相手に、どこまで本気なんだろう。

No.36 14/09/02 17:00
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従姉の葉子ちゃんから頼まれごとをされたのは、六川さんと食事に行った次の週だった。

葉子ちゃんは小さいころからアトピーがあって、いまでも治療に通っている。
それで病院へ薬をもらいにいきたいとのことなんだけど、生まれたばかりの赤ちゃんがいて、ひとりで病院へ行くのが大変らしい。

葉子ちゃんの両親はまだ現役で働いているし、旦那さんのご両親は北海道に住んでいて、赤ちゃんを預ける人がいない。

そこで大学生で比較的時間に融通のきく私が、葉子ちゃんに付き添いを頼まれたというわけだ。

車の免許は春休みに合宿でとったんだけど、さすがに若葉マークの身で葉子ちゃんと赤ちゃんを乗せて運転するのは気がひける。
ウチの車にはチャイルドシートはないし。

そんなわけで私は葉子ちゃんと赤ちゃんと一緒に電車に乗って、葉子ちゃんが通っている総合病院へ行くことになった。
その総合病院の皮膚科の方針が葉子ちゃんには合っているらしい。

電車の中で赤ちゃんを見た。
もうすぐ1ヶ月になるらしいけど、生まれたてのときより太っていて可愛くなっている。
ちなみに名前は「有羽ちゃん」という。
葉子ちゃんに似ているような気がする。
葉子ちゃんは美人だから、きっと有羽ちゃんも美人になるんだろうな。

私もいつか結婚して、赤ちゃん産むんだろうか。
まだ想像できないなぁ。

葉子ちゃんと喋っているうちに病院へ着き、葉子ちゃんと一緒に皮膚科の外来へ行った。

葉子ちゃんが言うには普段よりは比較的空いていて、それでも30分待って葉子ちゃんは診察室へ入った。

私は持ってきたベビーカーに乗せられて眠っている有羽ちゃんを見守りつつ、スマホのゲームをしながら葉子ちゃんを待った。

「那奈ちゃん、ありがとう」

15分ほどで葉子ちゃんは診察室から出てきた。

「幸村さん」

「先生、なにか?」

葉子ちゃんの声に何気なく顔を上げると、葉子ちゃんの前に白衣を着た六川さんが立っていた。

No.37 14/09/02 17:15
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「六川さん?」

「やぁ、那奈ちゃん。幸村さんの付き添いって、那奈ちゃんだったんだ」

六川さんはこないだ会ったときのように楽しそうに言った。

「那奈ちゃん、六川先生と知り合いだったの?」

葉子ちゃんは少し驚いたように言った。

「うん、ちょっと」

「幸村さんの妹さん?」

「従妹なんですよ。お産したときも、市立病院にお見舞いに来てくれて」

「仲がいいんですね」

葉子ちゃんと会話する六川さんは、ちゃんとドクターっぽく見えた。
白衣のせいかもしれないけど、普段よりは誠実そうに見えるというか。

六川さんは葉子ちゃんに新しい薬の注意点を言い忘れたらしく、その説明をすると、「お大事に。じゃあね、那奈ちゃん」と言ってまた診察室へ戻っていった。

帰り道、当然葉子ちゃんは六川さんのことを聞いてきた。

仕方ないので、葉子ちゃんがお産した市立病院で会ってお茶を飲んだことを話した。
でも、面倒なので、食事に行ったことは黙っておいた。

「それだけ?それにしては『那奈ちゃん』とか呼ばれて親しそうだったじゃない?」

「そう?」

「六川先生、きっと那奈ちゃんのこと気に入ってるのね。多分病院の職員にも患者さんにも人気があるから、那奈ちゃん恨まれるかもよ」

「そんなこと知らないよ~」

「でも、六川先生はいい人よ。ドクターとしてもいい先生だと思うけど、人柄も」

「そうなの?」

No.38 14/09/03 09:28
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葉子ちゃんが病院で聞いた話なんだけど、どうも六川さんの怪我は名誉の負傷ということらしい。

車に轢かれそうになったお年寄りの男性を助けようとして、六川さんは怪我をした。
事故があった場所は私や六川さんが住んでいる地区で、だから六川さんは自分の勤務先の総合病院ではなくて、葉子ちゃんがお産した市民病院で治療を受けていた。

六川さんは勤務先の病院へはプライベートなただの事故と報告していたそうだけど、助けられたお年寄りがいろいろ調べて六川さんを探し、病院までお礼にきたことから真相が周囲に知られることになったそうだ。

「感じのいい先生だからもともと人気があったんだけど、その一件でますます株が上がったのよね」

「へー」

六川さんらしいといえば、六川さんらしいような気もする。

飄々とした六川さんに、自慢話はしっくりこない。

だいたい、私が職業を聞いたときも、勘違い男なら胸を張って「医者なんだよ」とか言いそうだけど、六川さんは「へへ、秘密」だったし。

相変わらず「変な人」と思うけど、やっぱり悪人ではないのかもしれない。

葉子ちゃんが言うように、勤務医とはいえれっきとした医者で、見た目もそこそこ悪くなくて、人柄もいいなら、六川さんはモテるんだろう。
よりどりみどり、とまではいかなくても、女には困らないタイプなんだと思う。

実際六川さんの態度は、女性慣れしてるのがわかる雰囲気だったし。

だから私は余計に首を傾げる。

だって私は高校を出たばかりの小娘で、誰もが振り返るような美人でもなければ、すごくモテるタイプの女の子でもない。

女には困っていなそうな大人の男の人が、なにを好んで私に近付きたがるのか。

単に若い女の子が好きなのかな。

初対面のときこそ、相手が怪我人だと思うから少しお節介をしたけど、そのあとの私の態度は好意的だったとはいえない。

そう思うと、私である必要性がもっと感じられなくて、「なーなーちゃーん♡」と構ってメールを送ってくる六川さんが、ますます分からないんだよね。

No.39 14/09/03 12:36
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カラオケに行ったとき、すずちゃんは連絡先を教えてくれた。

あの日俺を誘ってくれたのは、すずちゃんにしてみれば初めて会った日のことに対するお礼とお詫びだったみたいで、すずちゃんはカラオケボックスの代金を払うと言っていた。

もちろん俺は断った。
すずちゃんは俺より年上で社会人だけど、そこで喜んで奢られるような男だと思われるのは絶対にイヤだった。

「本当にそんな気を遣ってくれなくていいんだ。俺、楽しかったし。良かったらまた遊ぼうよ」

別れ際に俺はすずちゃんにそう言った。

すずちゃんは失恋したばかりだし、そこにつけ込んで口説くつもりはないけど、でももう会えなくなるのは寂しいと思った。

ここはやっぱりセオリー通りに「お友達からお願いします」といきたい。

社会人と学生、俺の方が年下、ってハンディがあるけど、そのくらいのハンディは気にしたくない。

すずちゃんも俺に悪い印象がなかったから、誘ってくれたんだろうし。

すずちゃんは俺の言葉を聞いて頷いた。

「高志くんにはみっともないところ見られちゃったから恥ずかしいんだけど、そのせいかな、安心して話せる気がする」

安心。
男からするとそれは褒め言葉ではないんだけど、警戒されたり嫌われたりするよりは全然いいよな。

俺はすずちゃんに一目惚れしたようなもんなのかな。

No.40 14/09/03 17:09
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だけど、年上の女の子を好きになったのは初めてなんだよな。

中学でも高校でも、告白されたのは同い年か年下だったし。

いうまでもなく那奈は同級生だったし。

すずちゃんは俺が年下でも気にしないといいんだけど。

そんな風に悩んでいたら、那奈からメールがきた。

>>ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど

俺は那奈が元カノということより、いまの俺にとって、一番恋愛関係の話をしやすいのが那奈のような気がする。

なんでだろう。
俺と付き合っていたころの那奈は後ろ向きだったけど、最近の那奈はさっぱりしてるっていうか、気を遣わなくていいっていうか、とにかくなんでも話しやすい。

那奈も彼氏ができそうなのか。

だったらますます会うことに関してハードルは低くなる。

俺が「いいよ」と返信すると、3日後なら俺も那奈も予定がないということで、また飲みに行こうということになった。

俺と那奈の家の中間点くらいにあるターミナル駅で待ち合わせて、駅から一番近いチェーンの居酒屋に入った。

「話したいことってなに?」

飲み物が揃ったところで俺が聞くと、那奈はタバコを取り出して火をつけ、ため息みたいに煙を吐き出した。

「なんかさ、わかんなくって」

「なにが?」

那奈はちびちびグレープフルーツサワーを飲みながら、六川という28歳の男と知り合って、最近そいつが医者だということがわかったことを、あまり楽しそうな感じじゃなく話した。

俺にはなんで那奈が楽しそうじゃないのか、さっぱり分からない。

No.41 14/09/03 19:17
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年上で、そこそこ見た目も良くて、そこそこ金持ってそうな医者から気に入られたってなったら、普通の女は浮かれるんじゃないか?

だって那奈の話を聞いて、俺は少しそいつに嫉妬したくらいだったから。
なんていうか、元カノの次の彼氏(になるかもしれないやつ)が、絵に描いたような理想的な男だなんて、悔しいっていうか、敗北感を感じたっていうか。

でも那奈はあんまり嬉しそうに見えない。

なんでなんだろう。

「そんだけ条件のいい男から気に入られたってのに、那奈はなにが気に入らないんだよ。那奈だってそいつのことイヤじゃないから、食事にも行ったんだろ?」

「まぁ、そう、なんだけど、さ」

那奈はつまらなそうに煙を吹き上げた。

「なにが気に入らないんだよ」

「なんか、出来すぎてるのがイヤ。どうして六川さんが私を気に入ったのかサッパリ分からないのが気持ち悪い」

「那奈は普通に可愛いけど」

「私のことフッたくせに」

那奈は怖い目で俺を睨んだ。

「しょうがないだろ」

「しょうがないんだけどさ」

確かに俺が那奈をフッたんだけど、那奈も悪くなかったってことはないと思う。

俺はちゃんと那奈に何回も好きだって言った。
それでもウジウジ不安がってたのは那奈じゃないか。

俺が未熟者だから、って言われたらそれまでだけどさ。

No.42 14/09/04 13:44
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「悪い人じゃなさそうとしかいえないんだから、いまのまま付き合ってればいいじゃん。それでいいと思ったらちゃんと付き合えばいいだけだろ」

「それはそうなんだけど」

「それ以上なに悩む必要あんの?」

俺がそう言うと、那奈はちょっと考え込んでしまった。

那奈が新しく火をつけたタバコが根元まで灰になってから、那奈は口を開いた。

「恋愛するのが怖い」

「なんで?」

「だって、最初はお互い好きでも、途中で人の気持ちって変わるじゃない。好きだったはずが、そうじゃなくなったり、違う人を好きになっちゃったり。こっちが本気で思っていればいるほど、相手の気持ちが変わったときが、辛い」

俺の胸がズシンという感じに痛んだ。

那奈が言っているのは俺のことか。

いきなり盛り上がって付き合い始めたのに、たったの半年で気持ちが冷めちゃった、俺の。

那奈と別れることになったとき、案外あっさり終わったような気がしてたけど、それは俺だけだったのか。

那奈は、俺が思っていた以上に、傷ついたのか。

気持ちの変化は自分でもどうしようもないことなんだけど、やっぱり面と向かって那奈の気持ちを聞くと、俺はものすごく酷いことをしたような気になる。

那奈は別に俺を責めたいわけじゃないんだと思う。

実際俺と別れたあとに、バイト先で違うヤツと付き合ってたんだし。

それでも俺は中途半端に那奈を振り回しただけの存在だったのかもしれないと思うと、自己嫌悪しそうだ。

No.43 14/09/04 14:01
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「ゴメン」

「こっちこそゴメン。別に高志を責めようと思ったわけじゃないから。ただね、誰かを好きになっちゃって、そのあと嫌われるのが怖いの」

「そんなこと言ってたら、恋愛も結婚もできないじゃん」

「そう思って、高志と別れたあとに違う人と付き合ってみたんだよね。でも、本気になるのが怖いっていうか、気持ちが深入りしなくて。私がそんなだったから、彼が就職したらすぐにフェードアウトみたいになっちゃったんだと思う」

那奈はどうして人を好きになることをそんなに難しく考えるんだろう。

なにか理由があるのかな。

「高志に話したら、ちょっとスッキリした。なんか女の子には相談しづらくてさ。自慢話って言われるのがオチかなぁって。高志には悪いけど、元彼って相談しやすいね。もう付き合うこともないからカッコつけないで済むし」

あんまりスッキリしたようには見えないんだけど。

「高志はどうなの?彼女できそう?」

那奈はさっきとは打って変わって興味津々という感じで俺を見た。

「俺のことはいいじゃん」

あんな話聞いたあとで、すずちゃんの話をするのも気がひけるような。

「あー、なんかあるでしょ。いいじゃん、私も聞いてもらったんだから、ちゃんと聞くって」

押しが強いなぁ。

俺は気が進まないながら、すずちゃんの話をした。

「年上かぁ。でも2コ上くらいなら普通じゃない?」

「那奈もそう思う?」

「うん。聞いてると可愛い感じの人みたいだし、高志には合うような気がする。失恋したばっかだから、グイグイいくのはどうかと思うけど、仲良くなれそうならいいんじゃない?」

No.44 14/09/04 14:16
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「そうかな」

俺も現金なもんで、那奈からそう言われると、上手くいきそうな気分になってくる。

「でもその人、社会人なんでしょ?だったら高志はもう少ししっかりしないと、弟みたいになっちゃうかもね」

う。
那奈め。痛いとこついてきやがる。

「わかってるよ」

「年下でも頼りになる、って思ってもらえればいいけどね。でもいまのところ嫌われそうな要素もなさそうだし、また誘ってみたら?」

「うん」

すずちゃんは那奈と飲むみたいに気楽には誘えないかもな。

「那奈もさ、あんまり難しく考えないで、イヤじゃないならその人とまた会ってみればいいじゃん。楽しかったんだろ?」

「まあね。変わった人だから。掴みどころのないタイプなんだよね」

「好きになるかどうかも、相手のこと知らなきゃ始まらないだろ。ウジウジしてないで、会ってみたいなら会えよ。眼中にないなら、きっぱり断ればいいだろ。俺にはズケズケ言うくせに、自分のことになると優柔不断なんだから」

「そうなんだよね。だから高志に嫌われた」

さっきと違って今度はあんまり暗い感じじゃない。

「俺、付き合ってたころの那奈より、いまの那奈のほうが好きだけどな。付き合いやすいよ」

「私、そんなに変わった?」

「変わった」

「そうかな」

そう言った那奈は、なぜか少し寂しそうだった。

No.45 14/09/04 19:03
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六川さんからドライブに誘われた。

バイトのない土曜日、六川さんと出かけることになった。

メールでどこに行きたい?と聞かれたけど、思いつかなかったので「お任せします」と返したら、「鎌倉に行こうよ」と言われた。

六川さんは迎えにくると言ったのだけど、親に説明するのも面倒なので、駅前で拾ってもらうことにした。

「ドライブ日和だねー」

車の中で六川さんはご機嫌だった。

「土曜は休診ですか?六川先生」

「先生はやめてよ。土曜は外来ないんだよ。皮膚科は入院病棟もないしね」

「お医者さんだなんて、ちょっと驚きました」

「そう?」

「どうしてお医者さんになったんですか?」

「勉強が得意だったからね。特に理数系。学者とか研究者には興味なかったから、消去法で医者になったんだよ」

「でも医学部だなんて、お金持ちなんですね」

「親父は普通のサラリーマンだったよ。でも死んじゃったからね。保険をたくさんかけてくれてたから、そのお陰だよ」

「お父さん、亡くなったんですか」

「そう。お袋さんも一緒にね」

「お母さんも……」

「事故だから仕方ないよね。俺が高校2年のときだったけど」

軽い気持ちで振った話題だったのに、ご両親が亡くなった話が出てくるなんて思わなかった。

「ごめんなさい」

「別に那奈ちゃんが謝らなくていいんだよ。もう昔の話だから」

六川さんは相変わらず飄々とした感じで笑った。

No.46 14/09/05 13:52
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「那奈ちゃんのご家族は?俺はきょうだいがいないんだけど」

「父親は鉄道会社に勤めてます。母はパート。……私は一人娘、です」

「ひとりっこなんだ。年齢の割にしっかりしてそうだから、3人きょうだいの長女とかかと思ったよ」

「しっかりなんて、してませんよ」

「そうかな?」

車の中で、六川さんは楽しそうだった。

職業が明らかになったのに、やっぱり仕事の話はほとんどしない。

映画や本の話とか、お笑いの話とか、今日行く鎌倉の薀蓄とか、やたらと話題が豊富。

鎌倉に着いたころ、お昼だったので、六川さんは逗子マリーナのカフェに連れていってくれた。

軽く食事をして、そのあと散歩して。

デートっぽいな。

普通に楽しい。

六川さんは楽しそうに話してくれて、ときどき話題を振ってくれて、会話のテンポが気持ちいい。

鎌倉にきたら大仏を見なくちゃ、と六川さんが言い出して、大仏も見に行った。

海岸線をドライブして、ケーキの美味しいお店にも行った。

「この辺りはいいお店がいっぱいあるよ」

夕食の時間が近くなって、六川さんがそう言った。

「ラーメン食べたいな」

意地悪のつもりでそう言った。
どうせこないだみたいなちょっと高級でオシャレで、「さすが湘南、鎌倉」みたいなとこに行く気なんだろうなって。

でも六川さんは
「あるある、美味い店が」
と喜んで言って、本当に迷わずラーメン屋に連れて行ってくれた。

その店のラーメンは、文句なく美味しかった。

No.47 14/09/05 14:14
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「アイス食べたいな」

ラーメンを食べたあと私がそう言うと、六川さんはまたどこの店に行こうか、みたいな感じで考え始めたので、私は「コンビニのアイスがいい」と言った。

六川さんは「はい、かしこまりました」と言って車をコンビニに入れてくれたので、そこでアイスを買った。
六川さんが買おうとするのを止めて、「このくらい私が出しますよ」と私がお金を払った。

海が近かったので近くに車を停めて、海岸に下りてアイスを食べた。

「美味しいねぇ」

六川さんは棒つきのチョコレートアイスを食べながら、子どもみたいにそう言った。

「六川さん」

「なに?」

「どうして私に構うんですか?10歳も年下の大学生構って、楽しいですか?六川さんから見たら子どもでしょ?」

私がそう言うと、六川さんは食べ終わったアイスの棒をペロリとなめて私を見た。

「那奈ちゃんこそ、どうして誘ったら付き合ってくれるの?」

質問返しされてしまった。

「先に質問したのは私です」

「そうかぁ。そうだね」

六川さんは楽しそうに笑った。
なんていうか、私の反応を楽しんでるみたい。

「那奈ちゃんはトンガってるでしょ。特に俺の前では」

「そんなことないです」

「そうかな?俺は那奈ちゃんはツンデレだと思ってるんだ。ツンツンしてるところはたくさん見せてもらったからね。今度は」

六川さんの手が、私の手を掴んだ。

「『デレ』の那奈ちゃんを見たいって思ってるんだけど」

No.48 14/09/05 16:45
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「………離して、ください」

「嫌なの?」

そう聞いてくるのに、もう片方の手も掴まれた。

「嫌?」

「離して」

「そんなに強く握ってないよ?振りほどいていいよ」

ホントに。
どうして振りほどけないんだろう。

「嫌じゃないんでしょ?」

「………」

「嫌じゃないから、こうやってデートしてくれるんでしょ?」

六川さんは私から視線を外さない。

私いま、どんな顔をしてるんだろう。

「嫌だったら………最初から、来てません」

「俺のこと、嫌い?」

「嫌い、じゃ、ありません」

「さっきの答え。『どうして私に構うんですか?』。那奈ちゃん、一目惚れって信じる?」

「………分かりません」

「病院で那奈ちゃんと会った日からずっと、『デレ』の那奈ちゃんを見たいって思ってるんだよ」

「そんな可愛い子じゃ、ないです」

「どうして那奈ちゃんはそんなに肩肘張ってるの?どうして意地張ってるの?一瞬でいいから、力を緩めた那奈ちゃんを見たい」

六川さんの言葉が。
私の頭の中をいっぱいにする。

………なにも、考えられなくなりそう

No.49 14/09/06 12:48
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「なんか、まだよく分からない」

「いますぐ好きになってとは言わないけど」

六川さんの手が、温かい。

「俺は本気だよ」

本気なの?
本当に私に一目惚れしたっていうの?

「……信じない」

「そのうち信じてくれればいいよ」

「ずっと信じないかもしれないのに」

「もっと俺のこと好きになったら信じられるかもしれないよ」

「いまだってよく分からないのに」

「俺のこと少しだけでも好きだからここにいるんでしょ」

六川さんの言葉が私を追い詰める。

どうして逃げられないのかな。

握られたままの手も、私に向けられた言葉も、決して強くはないのに。

振り払えない。

「……少しだけ」

「少しだけ、なに?」

「六川さんの言う通りかもしれないって」

「なにが?」

自分でなにを言いたいのか分からなくなる。

「……少しだけ、好きかもしれない」

「これからもっと好きになって」

「そんなの、わからない……」

六川さんの言葉に雁字搦めにされたような気がした。

でも気がついたら、言葉じゃなくて、六川さんの腕に絡めとられていた。

強い力じゃないのに、やっぱり私は六川さんから逃げられない。

ほのかに、六川さんからいい匂いがすると思った。

No.50 14/09/06 15:04
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2回目に俺のバイト先のカラオケボックスにすずちゃんが来た日以来、俺はすずちゃんとメールできるようになった。

幼稚園の先生というのは忙しいらしい。
いまは幼稚園でやるお祭りの準備で毎日遅くまで頑張っているらしい。

>>お祭りってどんなことするの?

>>子どもたちに盆踊りの練習をさせたり、飾り付けの準備をしたり、夜店の準備をしたりするの

>>先生も浴衣とか着るの?

ぜひ見てみたい、と思う。

>>先生はハッピを着るのよ

残念。
でもそれはそれで可愛いだろうな。

>>そんなに忙しいと遊びにいく元気もないよね

そろそろすずちゃんを誘おうと思っていたから、探りを入れてみる。

>>土日祝日はお休みだから、そうでもないよ

>>じゃあ、どっか行かない?

チャンスとばかりに送信した。

>>高志くんはどこか行きたいところがある?

やった。
断られなかった。

>>すずちゃんが行きたいところでいいよ

>>じゃあ動物園に行きたいな

>>どこがいい?

>>パンダが見たいから上野動物園がいいな

そんな感じですずちゃんとデートできることになった。

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