注目の話題
付き合ってもないのに嫉妬する人って何?
父の日のプレゼントまだ決まってない…
友人に裏切られ、どう対応して良いのか分かりません。

交差点

レス126 HIT数 26044 あ+ あ-

小説大好き
14/10/01 13:38(更新日時)

教習所に行くまで知らなかったんだよな

交差点って本当は「点」じゃないんだって

道と道が交差してできた「面」のことを交差点っていうんだって、教習所で教わって初めて知った

まぁどうでもいいことなんだけど

道とか交差点って、ちょっと人生みたいだなって思う

ひとつの道がひとりの人間で

交差点が人と人との関係

どんな道も日本のどっかでは繋がってんのかな

14/08/30 18:10 追記
☆感想スレ☆
http://mikle.jp/viewthread/2132637
よろしくお願いします

タグ

No.2131155 14/08/26 13:39(スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.126 14/10/01 13:38
小説大好き0 

どうにか完結できました

なんとなく纏まりがない流れになったかもしれません

主の筆力構成力のなさはお許しください

それでも最後まで読んでくださった方

ありがとうございました

No.125 14/10/01 13:36
小説大好き0 

>>暇なら付き合ってよ

那奈からのメールだ。
こいつはいつもLINEではなくて、普通のメールで連絡してくる。

>>めんどくさいからやだよ

そう打って送信しかけて、消した。

いつも俺は那奈の誘いを断れない。

彼女だっているし、バイトだってしてるのに、那奈からの誘いがくるときの俺は、なぜか暇なことが多い。

>>どこに行けばいい?

そう返信する。

5分ほど経って那奈から
>>S駅7時
と返信がきた。

へいへい
わかりましたよ
お付き合いしますよ

どうせ六川さんとの惚気話を聞かされるだけだ。

分かっているのにノコノコ出て行く俺。

別に那奈に惚れてるわけじゃないはずなんだけど。

それでも那奈には逆らえない。

俺も情けないよなぁ。

最近の那奈は、前より明るい。

俺が嫌いだったウジウジしたところが消えた。

俺、高校のころ、こんな那奈が好きだったんだよな。

いまは惚れてないけど。

それでも惜しいことをしたって、少し考えちゃう俺が悔しい。

だけど、好きだった女が幸せそうにしてるのを見るのは、悪くない。


☆☆☆了☆☆☆

No.124 14/10/01 13:17
小説大好き0 

不安がすべて消えたわけじゃない

でも、六川さんが生きていることがすべてだと言いたいのは分かった

誰だって、いつどこで事故に遭うかわからない

いつ重い病気になるかわからない

だから、ずっと一緒なんて約束は、本当はできない

たとえいつか気持が変わっても

大事な人が生きてさえいればいい

そういうことなのかな

いまの気持ちがなければ

未来に続く気持もないんだから

とりあえず

六川さんを信じてみよう

どんなときでも飄々としているこのひとが

大好きだから

No.123 14/10/01 11:21
小説大好き0 

「六川さんとじゃ、喧嘩もできない」

12月、私が不安から六川さんに喧嘩を吹っかけたような感じになったときも、いろいろ言うのは私だけで、六川さんは私をうまくあやして、うやむやになった。

「初めて那奈ちゃんと会ったとき、なんでか分からないけど那奈ちゃんがいいって思った。俺は割りと早く両親に死なれてしまった人間だから、生きてることの大事さは身にしみてる方だと思うんだ。大事な人には元気でいて欲しい、そしてずっと側にいて欲しい」

「私も、ずっと誰かの一番大事な人間になりたかった」

「うん。俺はね、那奈ちゃんのご両親の気持がなんとなくわかるような気がするんだ。那奈ちゃんは自分を亡くなったお姉さんの身代わりみたいに思ってるって言うけど、ご両親にとって、いま生きてる那奈ちゃんが一番大事なのは当たり前なんだよ」

「だからって、死んだ人のために作られた着物なんて着たくない」

「それは言わないと伝わらないよ」

「お父さんもお母さんも傷付くから言いたくなかった」

「ご両親は、那奈ちゃんを身代わりだなんて思ってないから、那奈ちゃんの気持に気付いてないんだよ」

「言っても、いいのかな」

「いいと思うよ。俺は那奈ちゃんの味方だから、那奈ちゃんが傷付いてるところは見たくない」

「ずっと味方でいてくれる?」

「いるよ」

「そう言ってもらっても不安になるのは、どうしたらいいの?」

「俺だって不安だよ」

「そんな風に見えない」

「俺は那奈ちゃんに嫌われることより、ある日突然この世からいなくなることのほうが怖いんだよ」

「死んだりしないから、側にいて」

「いるよ」

No.122 14/09/30 17:16
小説大好き0 

「なにが那奈ちゃんをそんなに苦しめてるの?ついでだから話しちゃえば?」

意地を張るのも、限界なのかな。

六川さんの前で取り乱して、なんだか少し気が楽になった。

私は、誰にも話したことがない姉の話を六川さんに話した。

思ったより、感情を乱さないで話すことができた。

「生きてる者の勝ちだよ」

全部聞き終わった六川さんはそう言った。

「死んだら終わり。生きてる限り、死んだ人には負けない」

「死んだ子どもの身代わりでも?」

「そうだよ。死んだらもうなにもできないからね」

「それはそうだけど」

「俺はね、両親が突然死んだとき、高校生だった。大人でもないけど、子どもでもない。叔父さんが後見人になってくれたけど、とりあえず両親が残してくれたお金はあったし、世話が必要な年でもないだろ?だから1人でこのマンションでずっと暮らしてるけど、平気だったわけじゃないんだ。何度も寂しいって言ったよね」

「うん」

「死にたいときもあったんだよ」

「……うん」

「でも、死んだらおしまいだからね。寂しいまま死ぬのは嫌だった」

「死ななくて良かった」

「両親が亡くなった直後は、先生も友達も腫れ物に触るような感じでね。お陰で勉強は捗って、医大に入れたけど。研修医から勤務医になって、やっとここ数年遊ぶ余裕もできたけどね、恋愛音痴になっちゃってたよ」

「モテるでしょ?」

「モテるって言うのかな。俺は自分で言うのもなんだけど、女の子から見たらただの優良物件だからね。人気の医者で、古いけどマンション持ちで、煩わしい舅と姑もいない。毒もない、無難な男だから。正直言って、遊び相手の女の子に困ったことはないよ。でも、向こうは優良物件の俺がいいだけだし、俺はとりあえず寂しさが紛れればいいだけだったから、本気でなんて付き合わなかったし」

「じゃあ、どうして私ならいいの?私だって、そういう女の子と変わらないと思うけど」

「なんでだろうね」

六川さんはやっぱり楽しそうに笑った。

No.121 14/09/30 16:37
小説大好き0 

ダメだ。

溢れた感情が、私を押し流す。

「あれ買ったの3年前じゃない。お姉ちゃんの20歳の誕生日に買ったの、私が知らないとでも思ってたの?」

『那奈』

「お墓に入れてあげたらいいじゃない。私はいらない」

私はそう言って電話を切り、スマホを乱暴にバッグへ放り込んだ。

息が苦しい。

息を吸って吐くことが、うまくできない。

「那奈ちゃん、落ち着いて。大丈夫だから。ゆっくり息を吐いて」

六川さんが私の背中に手を当ててそう言った。

しばらくの間、六川さんに言われるままに呼吸を繰り返すと、少し楽になった。

「過換気症候群の一歩手前」

六川さんは私を見て笑った。

「さすがドクター」

「皮膚科だけどね」

こんなときでも六川さんは変わらない。

私はつられて笑うことができた。

No.120 14/09/30 16:20
小説大好き0 

「本当は指輪にしたかったんだけど、それはプロポーズのときまでとっておこうと思って」

いつもと変わらない瓢々とした調子で六川さんは言った。

本気なのか、分からない。

この先もずっと一緒にいようと思ってくれているから、そう言っているんだと思う。

でも、本当に私でいいの?

「本気だよ?」

私の考えていることを見透かしたように、六川さんが言う。

「今日で那奈ちゃんもハタチだね。年明けには成人式だ」

頭の中に姉の晴れ着がよぎる。

「でも嬉しそうじゃないのは、どうして?」

「………」

「教えてくれないの?」 

本当は言いたい。

でも言いたくない。

そんな葛藤の中、私のスマホが鳴った。

「電話みたいだよ?」

六川さんに言われてスマホを取ると、母からだった。

『那奈、どこにいるの?』

「友達のとこ」

『今日はお墓参りって言ってあったでしょ』

「行かない」

『お墓参りのあとに写真屋さんを予約してたのよ。この間振袖見せたでしょ?あれを着付けて、先に写真を撮ろうと思って』

「着たくない」

『どうして?あれは那奈のために……』

「嘘つかないで」

No.119 14/09/30 15:51
小説大好き0 

だけど私は心を病んだりしない。

重たいものを内に抱えながら、普通に暮らせる。

眠れなくなることも、食欲がなくなることもないし、家族とも普通に話す。
学校やバイトにも普通に行ける。

いっそ、心を病んでしまったらいいのにと思う。
そうしたら医者に行って、薬をもらって、楽になるかもしれないのに。

自分でも強いのか弱いのか、分からなくなる。

唯一弱音を吐ける相手が高志だ。

だけど、一番深いところまでは話せない。

六川さんには。

甘えることはできるのに、不安をぶつけることはできない。

嫌われたくないから。

だけど、一番好きな人に本音も言えないなんて。

どうしたらいいのか、分からない。

なんだか、迷路の中にいるみたいだ。

そんな風に煮え切らないまま、誕生日が来た。

20歳の誕生日は土曜日だった。

そして姉の命日。

本当なら両親と一緒にお墓参りに行くはずだった。

でも、私は黙って家を出て、六川さんに会った。

六川さんは姉のことなんて知らないから、普通にデートをした。

私が遠出は嫌だと言ったので、この辺りでは有名なケーキ屋さんで小さなケーキを買って、六川さんのマンションで過ごした。

六川さんは私に誕生日プレゼントをくれた。

「開けてみて」

アクセサリーだろうと分かる包みを開けると、小さなダイヤのついたピアスが入っていた。

「可愛い」

シンプルなデザインで、造りも普段着けていてもなくしにくいタイプのピアスだったので、嬉しかった。

「ありがとう」

私がピアスを着けると、六川さんは嬉しそうに笑った。

No.118 14/09/30 12:38
小説大好き0 

19歳の秋。
私は10月25日に20歳になる。
年が明けたら成人式。

母が、成人式の晴れ着を出して私に見せた。

真新しいたとう紙に包まれた振袖と帯。
和装バッグに草履。
小物一式。

私が選んだんじゃない晴れ着。

母が、姉の成人式のために作ったであろう晴れ着。

もちろん、母はそんなことは言わない。

私もそんなことは聞かない。

死んだ子の歳を数える。

どうしようもない、親の気持ち。

毎月5日に姉の墓の掃除に行く母。
祥月命日に行くのが辛くて、姉の誕生日が7月5日だったから、毎月5日に行くのだと、叔母に話しているのを聞いた。

わざわざ両親を傷つけようとは思わない。

だから、私はなにも聞かない。

だけど、私が姉の晴れ着に袖を通したとき、両親は私を見て、その姿に20歳になった姉の姿を重ねるんだろう。

大人になっても、そんなことに拘る私は、幼いんだろうか。

もう大人なんだから、両親にとっての一番なんて求めずに、例えば六川さんみたいに私を好きだと言ってくれる人を信じて、愛されていればいいんだろうか。

本当なら、両親の愛情が、ほかのなによりも不動の愛情で、それを失うことなんて考えずに済むはずなのに。

私は。

いつ、失うか分からない誰かの愛情に縋るしかないのか。

やっぱりいっそ。

誰かに愛されることなんて、諦めた方が、楽になるのかもしれない。

No.117 14/09/29 19:10
小説大好き0 

「……そもそも、高志のせいじゃない」

「なにがだよ」

「高志が私をフッたから、私がいま悩んでるんじゃない」

「またそれを言う〜。高校のころのこと言ったって仕方ないだろ」

「自分はすずちゃんとラブラブだからって余裕だよねー」

「だから、そんなこと言ったって仕方ないだろ」

そう、これは八つ当たりだ。
高志が悪いわけじゃない。

自分で不安をコントロールできない私がダメなだけだって分かってる。

だけど、高志には安心して八つ当たりできる。

高志も、人が好い。
愚痴をこぼされて、八つ当たりされるのも分かっていて、こうやって私に付き合ってくれるんだから。

「六川さんに別れるって言ったら、なんて言うかな」

「やめとけ。好きなのに、わけわかんない理由で別れたりしたら、那奈はボロボロになりそうだ。俺、そんな那奈まで面倒みきれねーよ」

「……うん」

高志の言う通りだ。

だって私は高志と別れたあと、好きでもない人と付き合ったりしてる。

寂しい寂しいって思いながら、変な男に引っかかるとか、あり得そうな気がする。

こうやって高志相手にどうにもならない愚痴をこぼして、六川さんと付き合うのが一番いいんだと思う。

だけど、この不安はどうしたらいいんだろう。

自分でもどうしたらいいのか分からない。

そんな危うい私が、一気に壊れかけることが待っていた。

No.116 14/09/28 18:39
小説大好き0 

「またかよ。で、今回は別れたわけ?」

高志の呆れたような顔が目の前にあった。

結局私は、12月に不安に襲われてから、その不安を六川さんではなく、高志に相談した。

相談したというより、愚痴をこぼす感じだけど。

「別れてない」

そんな感じで相談するのも、もう4〜5回目で、今日も居酒屋なんだけど、私は飲みながらタバコを吸うだけ。

「別れる気がないなら、俺じゃなくて六川さんに相談すればいいだろ?」

「それができるなら、とっくにしてるもん」

「いっつも『嫌われたらどうしよう』『別れた方がいいかも』とか、グチグチ言って、結局なんもしてないんじゃん」

「だって」

高志にも、六川さんにも、私は姉の話はしていない。

人から見たら、どうしてそんなことで悩むのか理解できないんじゃないかと思う。

私も冷静に考えれば、両親にとって私は大事な一人娘だということは解る。
それなのに自分を「出来損ないのピンチヒッター」と考えてしまう自分が嫌だったし、そんな自分を誰かに知られるのも嫌だった。

「まったくさー、普段の那奈は、気が強くてハッキリしてるのに、なんで恋愛になるとそうウジウジするんだよ」

「わかんないよ」

それが原因で高志にフラれたようなものだけど。

でも、高志にフラれたとき、恋愛が怖くなったのは確か。

誰よりも好きな人からの愛情がなくなることは、私にとって一番怖いことだった。

No.115 14/09/27 18:38
小説大好き0 

高志の次に付き合ったのは、高校3年のとき、大学の推薦が決まってから始めたファミレスのバイトで知り合った大学生だった。

高志のときと違って、別にすごく好きだったわけじゃない。
向こうが好きだと言ってきたから、だったら付き合ってみようと思っただけだった。

初体験はその彼だった。

抱かれたら好きになれるのかもしれないと思った。

でも、そんなことはなかった。
気持ち良くもなかったし、話に聞くほど痛くもなかった。

だけど、体を求められると、自分が必要とされてるような気がして、少しだけ安心した。

だけど、そんないい加減な気持ちで付き合っていたからか、私の進学と彼の就職で付き合いは自然消滅みたいに終わった。

そしていま、私は六川さんと付き合っている。

六川さんのことが好きだ。

でも、六川さんを好きになればなるほど、気づかないフリをしながら私の中の不安が大きくなった。

そして、忘年会の日。

私の知らない女の人に笑いかける六川さんを見て、気づかないフリをしていた私の不安が溢れ出してきた。

私は六川さんの一番なのか。

本当に六川さんは私を好きなのか。

言いようのない不安が私の中で暴れた。

苦しい。

六川さんを好きでいる限り、ずっとこんな風に苦しまなくちゃいけないのか。

だったらいっそ。

別れた方が楽なんじゃないか。

そんな思いが生まれた。

No.114 14/09/27 18:22
小説大好き0 

それでも私は道を逸れることもなく、中学高校と思春期を過ごした。

他人から見ても、自分でも、両親がちゃんと私を育ててくれたからだと思う。

でも私は、なんとなく孤独だった。

友達はたくさんいたけど、どんなに仲が良くても、心の底から信用できない。

自分が姉のピンチヒッターとして生まれたことを誰にも言えないからなのか、信用していないから言えないのか、どっちが先なのか分からない。

ただ、そんな心の奥の暗い部分を話せる相手がいないということだけは確かだった。

だから、高校で高志と付き合うようになったときは、嬉しかった。

普通の高校生らしい、楽しい付き合い。

私は高志が好きだった。
好きな人になら、姉のことも話せるんじゃないかと思った。

だけど、高志と付き合うようになってすぐ、私は常に不安に付きまとわれた。

高志は本当に私のことを好きなのか。
ずっと嫌いにならないでいてくれるのか。

好きになればなるほど、不安だけが大きくなっていく。

そんな私から、高志の気持ちはだんだん離れていった。

不安が現実のものになって、私は焦るよりも、「あぁ、やっぱり」と思った。

出来損ないのピンチヒッターとして生まれてきた私なんか、誰かの一番になんてなれないんだ。

私はそんな風に納得した。

No.113 14/09/26 17:30
小説大好き0 

例えば私が着た七五三の着物。
三歳の晴れ着は、両親が姉のために用意したものだった。
七歳の晴れ着も、いつのまにか用意してあった。姉が生きていたら七歳のお祝いをする年に買った晴れ着が私に着せられた。

小学校の入学式に来た可愛いワンピースもランドセルも、姉の「お下がり」だった。

私が中学生になるころには、いろんなことを少しずつ知った。

「死んだ子の代わりに生まれてきた那奈」

これは本当のことだ。

母は不妊治療が辛かったらしい。
だから、姉の奈緒が生まれたとき、もうこれ以上妊娠は望まないと夫婦で決めたそうだ。

その姉が亡くなって、両親は再度子どもを望んだ。

辛いと分かっていて不妊治療をした。

それで生まれたのが、私。

姉が亡くならなかったら生まれてくることがなかった私。

3歳で時間が止まってしまった姉は、両親の中で美化されていく。

あの子は可愛かった。
あの子は賢かった。

両親は普通の人間だ。
だから私に面と向かって姉のことを話したりしない。

それでもなにかの折に姉の思い出話をする。

大人になった今なら、3歳の子どもを失う辛さとか、その子のあとに生まれた子どもを身代わりと考えているわけじゃないことは頭では解る。

実際、私は一人娘として大事に可愛がられて育ってきた。
亡くなった姉と比較された記憶もない。

それでも、私は姉の代わりに生まれてきたという思いは消えない。

出来損ないのピンチヒッター。

そんな思いが消えない。

だから。

誰かの一番になりたかった。

No.112 14/09/26 14:45
小説大好き0 

私がまだ小さかったころから、私には「死んだお姉ちゃん」がいることは知っていた。

両親の部屋には小さな仏壇があって、母がご飯を炊くたびに一口のご飯をお供えして、毎朝お水を替えて、お線香をあげて、鈴を鳴らす姿を見て私は育った。
その仏壇は「死んだお姉ちゃん」のものだ。

家から車で20分ほどの距離にある公園墓地に「死んだお姉ちゃん」のお墓がある。

春と秋のお彼岸、8月のお盆、お正月。
そして命日に近い週末。
必ず私は両親に連れられてお墓参りに行った。

小さいころは、なにも考えずに両親に従った。

でも、私が10歳の誕生日を迎えるころ、母が話したことを聞いてから、私は本当のことを知った。

私の両親は父が26歳、母が23歳のときに結婚した。
同じ会社で出会って、恋愛して、周囲に祝福されて結婚した、ごく普通の夫婦だ。

だけど、両親は子どもに恵まれなかった。
病院で調べると、原因は母にあった。

3年間不妊治療をして、父が32歳、母が29歳のときにやっと授かったのが姉の奈緒だ。

普通に考えて、両親が姉をそれこそ目の中に入れても痛くないほどに溺愛したことは想像がつく。

その姉は、3歳のときに交通事故で亡くなった。
どんな事故だったかは、私は知らない。

そして私は姉が亡くなった3年後に生まれた。
奇しくも、姉の命日に。

両親は私に姉の名前の1文字をとって、「那奈」と名付けた。

もちろん小さいころの私は、そんな事情はまったく知らなかった。

だけど私の10歳の誕生日近く、つまり姉の命日間近の日曜日、お墓参りの帰りに母が言った言葉で私はそれを知った。

「奈緒が死んで、代わりに生まれてきた那奈がもう10歳なんて早いわね」

母は車を運転する父にそう言った。

それを後部座席で聞いていた私は、そのときはあまり深く考えなかった。

でもそれ以来、いままで考えなかったことに気付くようになった。

No.111 14/09/26 14:06
小説大好き0 

六川さんと付き合うようになってもうすぐ1年になる。

相変わらず六川さんは優しい。
飄々としたところも、サラッと好きだと言ったりするようなところも、付き合い始めたころと変わらない。

週に1、2回のペースで会う。

私は六川さんのことをどんどん好きになっていく。

誰に聞いても理想的な彼氏だと言われる。

だけど、私は六川さんを好きになればなるほど、反比例するように心のどこかに重たいなにかが溜まっていく。

初めて六川さんと喧嘩をしたのは、去年の12月だった。

六川さんが病院の忘年会に行ったとき。
「忘年会があるんだよ」と聞いたときは、別になにも思わなかった。

実際私だって、大学やバイト先、高校時代の友達と飲み会やコンパがときどきあるし、高志ともたまに飲んでいる。
六川さんの忘年会の日は、私も高校の友達と忘年会だった。
私は六川さんが好きだから、遊ぶときや飲み会に男の子がいても、フラフラしたりしないし、多分六川さんも浮気なんてしないと思っている。

六川さんは私が普段なにをしてるのかなんて根掘り葉掘り聞いてきたりしない。
私も同じ。
お互い周囲に男女がいる環境なんだから、過剰な束縛なんて無意味だと思ってると思う。

だけど六川さんの忘年会の日、私も忘年会に行き、二次会でカラオケに行く途中、たまたま六川さんが病院の人たちと一緒にいるところを見かけた。
六川さんたちも二次会に行くところという感じだった。

六川さんの両脇に女の人がいた。
六川さんはデレデレしたようには見えなかったけど、普通に笑って話していた。

六川さんは少し離れたところにいる私には気付かなくて、そのままタクシーを拾って一緒にいた女の人たちとタクシーで走り去っていった。

そのとき、私のなかに不安が生まれた。

違うかな。
生まれたんじゃなくて、昔から溜まっていた重たいなにかが、ゾワゾワと音をたてずに浮いてきてしまった。

そのなにかは、いつも私から見えるところにはあったけど、わざと見ないフリをしていた。

でも、毎年毎年、必ず私の前に現れる。

10月25日。

私の誕生日。

そして、会ったことのない姉の命日。

No.110 14/09/25 17:09
小説大好き0 

「好きな人がいるから行けません、って言ったの」

まだ怒った顔をしている。
でも目がちょっと笑っていた。

「好きな人」

「うん」

すずちゃんはそう言って俺の手を握った。

「俺?」

「他に誰がいると思う?」

「ホントに?」

「うん」

こんな人目が多い場所じゃなかったら、俺はこの場ですずちゃんを抱きしめていたと思う。

俺はすずちゃんを抱きしめる代わりに、すずちゃんの手を握り返した。

「あのとき、高志くんがいてくれたから、私は頑張れたの。静岡へ行ってからも、ずっと励ましてくれて嬉しかった」

「俺の気持ちは最初から変わってないから」

「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」

「俺が、一緒にいたいんだ」

その日、俺はやっとすずちゃんの彼氏になれた。

No.109 14/09/25 16:20
小説大好き0 

『いつか一緒に行こうよ』

軽くそう言えたらいいのに、俺は言えなかった。

なんていうか、あの騒動でどさくさ紛れに告白したような感じになって、そのあとすぐにすずちゃんは静岡へ行ってしまって、なんだか俺とすずちゃんの関係は曖昧なままだ。

正月に告白できなかったのも、なんか今更、って思われそうな気がしたからだ。

静岡へ引っ越す前に会ったとき、すずちゃんは俺にキスしてくれたけど、だからと言って好きだって言われたわけじゃないし、俺はいまだにすずちゃんと手を繋ぐことすらできない。

自慢じゃないけど、バイト先のカラオケボックスで、お客さんから連絡先を聞かれたり、バイト仲間から「○○、高志のこと好きらしいぞ」と聞いたりする。

正直、すずちゃんとなかなか会うこともできなくて寂しいと、手近なところで手を打ってもいいかという気分になる。
それで、バイト仲間に誘われるまま、合コンやら飲み会やらにも行ったりするんだけど、そのたびにやっぱり他の女の子には興味が持てなくて、その場で楽しんで終わったりする。

やっぱり俺は、すずちゃんが好きだ。

だけど、あの騒動のせいで、こんな曖昧なままの状態が続いている。

つくづく、野村さん夫婦が恨めしい。

「眉間に皺寄せて、どうしたの?聞いてた?」

気が付いたらすずちゃんが俺の顔を見上げていた。

「あぁゴメン、なんだった?」

俺は慌てて言った。

「だからこの間ね、出入りの業者さんから映画に誘われたの」

「えっ」

すずちゃんはサラッとなにを言ってるんだ。

俺にそんなことを報告するってことは、遠回しに俺は圏外だと言ってるのか?

「もう、ホントに私の話、聞いてなかったの?」

「ゴメン」

珍しくすずちゃんが怒った顔をしている。
悪いけど怖くない。
可愛い。

「もう言わない」

「ちゃんと聞くから話してよ」

すずちゃんは口をへの字に曲げて拗ねたような顔をしていた。

No.108 14/09/25 15:54
小説大好き0 

季節が変わり、俺は大学で2年目の春を迎えた。
1年生の前期試験でふるわなかった成績は後期試験でどうにか挽回して、とりあえず履修した科目は全部取ることができた。

一緒に進級した那奈は、相変わらず成績が良くて、俺に自慢げに見せてくれた成績表にはAとBが並んでいた。

静岡で保育士になったすずちゃんは、慣れない環境で頑張っている。
俺は決心した通り、バイトに励んで3年落ち中古のフィットを買った。

ゴールデンウィークを利用してこっちにすずちゃんが帰ってきたとき、俺はその車ですずちゃんをドライブに誘った。

「久し振り」

LINEや電話で連絡はとっていたけど、会うのは正月に初詣に誘って以来だった。
そのときは、初詣をして、カラオケに行って終わった。
意気地なしの俺は、もう一度告白にチャレンジできなかった。

4ヶ月ぶりにあったすずちゃんは、初めて会った日と見た目は変わっていなかった。

あの騒動から半年以上経って、傷もだいぶ癒えたのか、表情も明るかった。
車の中で、静岡の保育園での毎日を話してくれた。
いまは4歳児クラスを担当しているそうで、仕事は楽しそうだ。

この日は羽田空港へ行った。
旅行するわけじゃなくて、飛行機を見て、空港内の店で買い物したり、美味しい物を食べたりしようという計画だ。

すずちゃんは羽田限定のお菓子を買って喜んでいた。
綺麗なカフェで食事をして、展望デッキに行って2人で飛行機を見た。

第一と第二、両方のターミナルを歩き回った。
一通り見て、そろそろ帰ろうかとすずちゃんに言うと、すずちゃんはまだ見ていない第二ターミナルからも飛行機を見たいと言ったので、展望デッキに行った。

ゴールデンウィークということもあって、俺たちみたいな旅客以外の客もたくさんいて、展望デッキには人がたくさんいたけど、端っこの方が空いていたので、そこから飛行機を見た。

「私もどっか遊びにいきたいなぁ」

すずちゃんは離陸する飛行機を見ながら楽しそうに言った。

「どこに行きたい?」

「定番のハワイ」

すずちゃんはクスクス笑った。

No.107 14/09/24 15:10
小説大好き0 

「でもさ、その彼女、けっこう幸せだと思うよ」

那奈はタバコの煙をふーっと上に吹きながら言った。

「幸せ?」

俺はちょっとカチンときて言った。

「うん。そりゃ、もうちょっと上手く立ち回れてたら幼稚園を辞めるまではいかなかったかもしれないけど、彼女には悪いところはなかったんだし。話聞いてると彼女は新人なりに一生懸命先生やってたから、いろんな人が味方になってくれたんでしょ。だから、次の職場も紹介してもらえたし、高志みたいに必死に庇ってくれる人間もいたんだよ。辛いことがあったけど、その分、いろんな人から大事にされてることも分かったんじゃない?」

那奈は悪意がある感じじゃなかった。

俺にも那奈の言うことも分かる気がした。

「みんなから大事にされるって、幸せなことでしょ?」

「那奈だって六川さんがいるだろ?」

那奈がすずちゃんを羨ましがっているように聞こえたからそう言った。

「………そうなんだけどね」

「そうなんだけどね、って、そうじゃないか」

「でも、六川さんがずっと私を好きでいてくれるとは限らないじゃない。結婚してるわけじゃないんだし、結婚してたって今時離婚だって珍しくないのに」

「六川さんのこと、信用してないのかよ」

この間会ったとき、六川さんと那奈はいかにも仲が良さそうで、俺は羨ましかった。
那奈は六川さんに甘えているように見えたのに、心底信用してるわけじゃないんだろうか。

「信用してるよ。だけど、不安になるときがあるの。まぁそれは私の問題なんだけどね」

「那奈の問題って、なんか悩みでもあんの?」

「まぁね」

那奈はそう言ったけど、その悩みがなんなのかは言う気はないみたいだった。

No.106 14/09/23 19:43
小説大好き0 

「高志、頑張ったね」

昼近くのファミレスで、俺と向かい合って座った那奈はそう言った。

大学の講義の空き時間、俺はすずちゃんのことを報告するために那奈と会っていた。

那奈は俺が話すのを黙って聞いてくれた。

「結局俺はあんまり役に立てなかったけどな」

俺は自分のタバコを取り出しながら言った。

すずちゃんと会ったときはなんとか男の意地で頑張ったつもりだけど、那奈から優しいことを言われて、弱気な言葉が出た。

カッコつけずに話せるのは、やっぱり那奈なんだな。

「なんていうかさ、彼女は通り魔に遭ったようなものなんだよ。普通にしてただけなのに、不可抗力で変な人間と関わっちゃっただけ。だから彼女は悪くないし、高志はできることをちゃんとしたと思うよ」

「それは分かってるんだけどさ」

「元気だしなよ。フラれたわけじゃないんだし。彼女もちゃんと立ち直れるよ」

「そうだな。俺、静岡で就職しようかな」

「時間が経てば彼女もこっちに戻ってくるかもしれないじゃない。高志は頑張っていい会社に就職して、彼女に『戻ってこい』とか言ったらカッコいいかもよ」

「そうだよなぁ。まだ1年生だもんなぁ。ちゃんといい成績取って、いい会社に就職しないとな」

そういえば9月にあった前期試験の結果は、あんまり良くなかった。

真面目に勉強しないとな。

No.105 14/09/23 18:38
小説大好き0 

「うん」

そう言ってすずちゃんは、俺にそっとキスしてくれた。

軽く触れるだけのキスだった。

それでも、すずちゃんの気持ちが伝わってきたような気がして、俺は嬉しかった。

そっと抱き寄せると、すずちゃんは俺の方に顔を埋めた。

すずちゃんの顔がある辺りがじわっと温かくなって、すずちゃんが泣いているのが分かった。

辛かっただろうな。

いや、いまも辛いんだろうな。

俺は、こうしてすずちゃんをそっと抱きしめることしかできない。

だけど、少しくらい離れたって、俺はずっとすずちゃんを思い続ける。

バイトして金貯めて、中古でいいから車を買って、俺はすずちゃんに会いにいく。

もしかしたら、すずちゃんはしばらく恋愛なんかしたくないかもしれない。

それでもいい。

友達としてだって構わない。

俺はすずちゃんが立ち直るまで、ずっと待ってるから。

そうしたらまたすずちゃんの好きなカラオケにいくんだ。

静岡なら、城ヶ崎の吊り橋とか、シャボテン公園とか、デートするところがいっぱいだ。

だからすずちゃんが引っ越したって、寂しくなんかない。

すずちゃんの辛さを思えば、そんなことは辛くなんかないんだ。

No.104 14/09/23 09:41
小説大好き0 

「好きだって言ってくれて、本当に嬉しかった」

すずちゃんは俺を見てそう言った。

「彼氏にフラれたときも辛かったけど、高志くんが励ましてくれたから、元気になれたんだよ。今回のことも、ずっと高志くんが相談に乗ってくれたから、頑張れた」

「すずちゃんのことが好きだからだよ」

「ありがとう。もっとちゃんと、ゆっくり高志くんと仲良くなれたら……」

「もうこれでお別れみたいなこと言うなよ。静岡だろ?神奈川の隣じゃないか。車でも電車でも、すぐに会いに行けるじゃないか」

「でも……私、高志くんに迷惑ばっかりかけてる」

「いつ俺が迷惑だって言ったんだよ」

「高志くん……」

「すずちゃんがもう俺に会いたくないならそれでもいいよ。でもそうじゃないなら、また会えばいいじゃないか」

「……それでも、いいの?」

「俺は、初めて会ったときから、すずちゃんが好きだ。今回のことだって、結局なんの役にも立たなかったけど、ずっとすずちゃんを守りたいって思ってたんだ」

「守ってくれたよ?」

「俺がいると、迷惑?」

「迷惑じゃない」

「俺の気持ちは前と変わってない。いつか俺のことを好きだと思えるようになったら、俺と付き合って欲しい」

No.103 14/09/23 08:17
小説大好き0 

「未来ちゃんはまだ3歳なのよね。私はもう大人で、未来ちゃんの先生だった。あんな小さな子が、いままで見たことないような顔で母親に甘えてるのを見て、よかったなって思った。大人が少しくらい辛い目に遭っても、子どもが幸せになるなら、それでいいかな、って」

「……うん」

「未来ちゃんがね、『すず先生ありがとう。すず先生だいすき』って。私にぎゅって抱きついて、そう言ってくれたの。やっぱり子どもは可愛いな、って思ったら、もう少し先生で頑張ろうって思えたの」

「すずちゃんなら、頑張れるよ」

「なんかね、こんなことがあったら、この先多少辛いことがあっても、大したことないって思えそうで」

すずちゃんはそう言って笑った。

「うん」

そうだよな。
こんな最悪なことなんて、滅多にないよな。

「すずちゃんは、強いな」

「強くないよ」

「俺だったら、もう同じ仕事はできないかもしれない」

「幼稚園教諭と保育士の資格しか持ってないんだもん、活かさないと勿体ないでしょ」

すずちゃんは冗談ぽく言った。

「高志くんのお陰なのよ」

「俺?俺なんか……」

「私の味方でいてくれたじゃない。園長先生とか、私の両親とか、一部のお母様方とか、励ましてくれた人が何人もいるの。それだけでも、私は幸せだなって思う」

「すずちゃん……」

No.102 14/09/23 08:02
小説大好き0 

複雑な家庭の事情がある園児がいて、その父親は頭がおかしくて、ママハハは思い込みが激しい。

騒動に巻き込まれたのは、すずちゃんの責任じゃないのに。

「運が悪かったんだよ」

そんな当たり前の励まししか出てこない俺が情けない。
だけど、そんなことしか言えない。

「本当は、もう先生なんて辞めようと思ったの。怖いから」

「怖い……」

「自分は普通にしてるつもりでも、こんなことになっちゃうこともあるなんて思わなかったから」

「うん」

先生を続けるってことは、また子どもたちとその親と付き合っていくってことなんだ。

子どもが10人いれば、その親は倍くらいの人数がいて、人間がたくさんいればいるほど、普通じゃ考えられないような人間と遭遇する確率も増えるんだ。

「未来ちゃんに会ったの」

「え?実のお母さんに引き取られたんじゃないの?」

「うん。この間そのお母様が未来ちゃんを連れてウチに来てくれたの」

「なんで?」

「お礼と、お詫びって。こんなことになっちゃったけど、お陰で未来ちゃんと一緒に暮らすことができるようになりましたって。未来ちゃん、香織さんが本当のお母さんじゃないって知ってたの。香織さんが自分の身内に電話で話してるのを聞いちゃったことがあるらしくて。だから、実のお母様が現れて、嬉しかったみたい」

「勘のいい子だって、すずちゃんも言ってたね」

No.101 14/09/23 07:39
小説大好き0 

車の助手席に乗ってきたすずちゃんは、街灯の薄明かりだけでも痩せてしまったことが分かった。

初めてすずちゃんと会ったときは失恋したてだったけど、あの日だってこんなに辛そうじゃなかった。

すずちゃんの家の近くでずっと話しているのもマズいと思って、俺は車を走らせた。

特にどこに行く予定もないから、目についた首都高のインターに入って適当に走っていたら、東北道の案内が見えたのでそのまま東北道に入った。

別に遠出するつもりはないから、最初にあったサービスエリアに入って、建物から遠い所に車を停めた。

夜のサービスエリアは静かだった。

ここに来るまで俺もすずちゃんもずっと黙っていた。

「引っ越しの準備、終わった?」

「うん。とりあえず向こうで必要な物だけはまとめた」

思ったよりすずちゃんはいつもと変わらない口調だった。

「なんか、大変だったよね」

「うん。こんなことになるとは思わなかった」

「俺、ホントに役に立たなかったな」

「ううん。やっぱり私が未熟だったんだと思う。親からもそう言われた」

「すずちゃんは何も悪くないじゃないか」

「……ありがと。だけど、教諭って立場として、判断が間違ってた。色んな子どもがいて、色んな親御さんがいるのが当たり前なのに、それに上手く対処できなかったのは私だから。新人なりに正しい対処があったはずなんだよね」

「すずちゃん……」

No.100 14/09/22 17:17
小説大好き0 

その後、メールや電話でときどきすずちゃんから話を聞いた。

未来ちゃんは、いまは実のお母さんの元にいるらしい。
園長先生が児童相談所に相談し、そうなったらしい。
実のお母さんは離婚後、自分の実家に帰っていて、いまは精神的にも落ち着いて仕事もしている。
これから家庭裁判所で手続きをして、未来ちゃんの親権をお母さんに移すことになるそうだ。

後妻の香織さんも実家に帰ってしまった。
これから弁護士を頼んで、離婚を進めるらしい。

野村さんは前妻と香織さんに対抗するために自分も弁護士を頼んでいるそうだ。

そして、すずちゃんは。

結局幼稚園を退職することになった。

香織さんは仲のいい他のお母さんに今回のことを相談していたので、噂が立ってしまっていた。

すずちゃんに後ろ暗いことはなにもなくても、野村さんがしたことは、十分周囲の好奇の目を集めた。

未来ちゃんも香織ちゃんも、もう幼稚園へ来ることはないのだけど、すずちゃんがいる限り、噂はしばらく収まらないだろう。

すずちゃんは自分から退職を申し出た。
園長先生は引き止めたようだけど、結局このまますずちゃんが先生を続けてもすずちゃんが辛い思いをするだけだし、幼稚園の評判も落ちるのは確かだったから、すずちゃんは体調不良を理由に退職することになった。

園長先生は、自分のつてですずちゃんに次の職場を紹介した。
静岡県にある私立保育園の保育士に欠員があり、来月からそこで働くことになった。

いまは実家に住んでいるすずちゃんは、静岡でひとり暮らしをすることになる。

引越し予定の3日前、俺はやっとすずちゃんに会えた。
それまではメールや電話のやり取りだけだった。

カラオケボックスも、居酒屋も無理だった。
すずちゃんが人目につくのを嫌がったからだ。

ゆっくり話ができるようにと、俺はまた親父の車を借りて、日が落ちてからすずちゃんと会った。

No.99 14/09/22 16:32
小説大好き0 

未来ちゃんが成長するにつれ、反抗的になってくると、やっぱり実の母親ではないからと思うようになってきた。
実の母親なら、もっと上手くいくんじゃないか。
そんな不安を野村さんに話してもまともに聞いてもくれない。

次第に香織さんはそのうち自分も前妻のように捨てられるのではないかと思うようになっていった。
野村さんの携帯電話をチェックするようになったのも、その頃からだ。

そして、野村さんがすずちゃんとやり取りしたメールや、隠し撮りの写真を見つけた。

香織さんは野村さんが今度はすずちゃんと結婚したいと考えていると思い込んでしまった。

「すず先生………ごめんなさい」

香織さんは最後にそう言った。

結局その日は、園長先生が香織さんを彼女の実家まで送ることになった。
未来ちゃんは野村さんの実家に預けているらしい。

俺はすずちゃんを自分の車で自宅まで送った。

車の中で、俺もすずちゃんもずっと無言だった。

すずちゃんの家の近くで車を停めると、すずちゃんが

「高志くん、今日はありがとう。………ごめんね」

と言った。

「ううん。俺………結局なんの役にも立たなかった」

「そんなことないよ。………嬉しかった」

すずちゃんはそう言って自分の家に入って行った。

当然だけど、すずちゃんは元気がなかった。

園長先生に付き添われて歩いて行った香織さんも、生気のない人形みたいだった。

俺はただやり切れない気分だった。

No.98 14/09/22 11:53
小説大好き0 

「あんな女になにができるんですか。心を病んで出て行った女ですよ。あんな女に未来は渡せません」

「そこまで追い込んだのは貴方でしょう?こちらにいるお母さんも、こんなことになっては今までのようにはいかないでしょう。もちろん、すず先生が貴方と結婚する意志があるとは思えません。だから児童相談所にお話して、未来ちゃんにとって一番良い方法を考えるんです」

「余計なことをするな!あんたは無関係だろう!」

「無関係じゃありません!私は、この園に通う子ども達に責任があるんです!こんな話を聞いて、黙っているわけにはいきません!」

野村さんは園長先生の言葉を聞きながら、黙って顔を赤黒くしていた。

そしてしばらく園長先生を睨みつけたあと、「失礼だ!」と言い捨てて、部屋から出て行った。

部屋の中は静まり返っていた。

「………申し訳ありませんでした」

静寂を破ってすずちゃんの声が響いた。

すずちゃんは床に膝をついて、未来ちゃんのお母さんに頭を下げていた。

「私が、軽率なことをしたばかりに、こんな……こんなことになってしまって。お母様と未来ちゃんに、なんてお詫びしたらいいのか、分かりません」

「……自業自得です」

未来ちゃんのお母さんは、すずちゃんをぼんやり見ながら言った。

「はい、申し訳ありません」

「……違います。自業自得は、私なんです」

未来ちゃんのお母さん、香織さんはうつろなまま話し始めた。

香織さんは短大を卒業して野村さんと同じ会社に入った。
野村さんの部下だった香織さんは、野村さんを好きになり、野村さんも最初から香織さんを好きだったと言った。

野村さんは前の奥さんが精神を病んでいると言っていた。だから、離婚したいと何度も香織さんに言った。離婚して、香織さんに未来ちゃんのお母さんになって欲しいと言われ、それを信じた香織さんは会社を辞め、前の奥さんを追い出す形で後妻になった。

会社の人も香織さん自身も、野村さんの話を信じていたから、香織さんも罪悪感はなかったそうだ。

だけど、結婚してみたら、まだ当時は1歳だった未来ちゃんの育児は大変で、しかも野村さんは香織さんとの間に子どもは望まなかった。
良妻賢母を求められるだけで、結婚前のように優しく接してくれることもなくなった。

No.97 14/09/22 10:30
小説大好き0 

「当たり前じゃないか。先生が僕と結婚したら、もう働かないで未来の母親になるんだから。香織は僕にも未来にも相応しい女じゃなかったんだから、大人しく身を引けばいいんだ」

野村さんは薄笑いを浮かべながらそう言った。

「……もしかして、野村さん。アンタ、わざと奥さんにすずちゃんのことばれるようにしてたのかよ」

「香織は前の妻を追い出した女だからね。自分も同じように捨てられるかもしれないとでも思って、ときどき僕の携帯をチェックしてるのは知ってたよ。勝手に誤解したのは香織だよ」

「アンタ、自分のことしか考えてないのかよ。前の奥さんも、そこにいる奥さんも、すずちゃんのことも、なにも考えてないじゃないか。未来ちゃんだって、実のお母さんとそんな理由で引き離されて、幸せなはずないじゃないか」

「君みたいな子どもには解らないよ。大丈夫。こうなったからにはすず先生は仕事を辞めて僕と結婚すれば幸せになれるし、未来だって大好きなすず先生がママになるんだから嬉しいはずだ。香織は慰謝料を渡すから、それで身軽になって勝手にやり直せばいいだろう。君みたいな学生と違って、僕は収入も資産もちゃんと持ってるんだ。子どもは引っ込んでいた方がいいよ」

すずちゃんは泣いていた。
未来ちゃんのお母さんは放心したように座っていた。

「いい加減にしてください」

静かだけど、よく通る低い声がした。

「なんですか?園長先生」

野村さんは園長先生のほうへ顔を向けた。

「この件は、児童相談所に通告させてもらいます」

「なぜですか?未来は虐待などされていない。私は未来を大事にしているし、この女がいなくても、ちゃんと先生が代わりに………」

「秋本先生がそんな話をお受けするわけがないでしょう。ちゃんとこんなに立派な恋人がいて、真面目に一生懸命に子ども達と接してきた秋本先生が、喜んで後妻になると、本気で考えているんですか?」

「香織がいなくなったら、未来の母親がいなくなるんですよ。僕が選んで、未来も懐いているすず先生は、未来を見捨てたりはしないでしょう?」

「実のお母さんがいるじゃないですか」

園長先生がそう言うと、野村さんは目を剥いた。

No.96 14/09/21 18:57
小説大好き0 

「香織!」

野村さんの怒りを含んだ声が飛んだ。

「いまそんなことを言い出すことはないだろう!」

「奥さんは未来ちゃんを引き取りたがっていたのに、あなたは無理矢理親権を取り上げたんじゃない!私と一緒に未来ちゃんを育てたいって言ったじゃない!それなのに、私を捨てて、また違う女を未来ちゃんの母親にするつもりなの?」

「そんな風にすぐ感情的になるから、お前は未来の母親には相応しくないんだ!だから未来も最近反抗的なんだ!」

「未来ちゃんはただの反抗期よ!」

「違う、お前が駄目な母親だから、未来が反抗するんだ。未来はすず先生の言うことなら聞くじゃないか。未来はお前なんかよりすず先生のほうが好きなんだよ!」

「だから先生に言い寄ったって言うの?」

「違う!僕がすず先生を選んだんだ。だから未来も先生に懐いたんだよ。入園式ですず先生を初めて見たとき、僕が香織を選んだことは間違いだってすぐに分かったんだ。未来だって、すず先生は可愛くて優しいから好きだって言ってるんだ!」

2人が怒鳴り合う中、俺を含めた他の人間は呆然と2人を見ているだけだった。

狂ってる。
野村さんはすずちゃんを気に入って、未来ちゃんの母親にしたがっている。
すずちゃんの意思なんて関係ないんだ。

「なんですずちゃんのことが好きなら、立場が悪くなるようなことをするんだよ!こんな騒ぎになったら、すずちゃんは先生を辞めなくちゃいけないじゃないか!」

俺は野村さんに言い放った。

No.95 14/09/20 21:57
小説大好き0 

なんでだ。
どうして野村さんは、すずちゃんともう付き合っているなんて言うんだ。

一連の話の流れからして、野村さんがすずちゃんを好きなのは確かなんだろう。

だけど、どうしてそれを隠さない?
奥さんと子どもがいたら、普通は隠れてすることなんじゃないのか?

未来ちゃんのお母さんは、野村さんのスマホを見たと言っている。
普通は疚しいことがあったら、ロックしたりしないのか?

これじゃあまるで、自分からバレるように仕向けてるみたいじゃないか。

本当に野村さんがすずちゃんと付き合っているなら、なにもかもブチまけてでも奥さんと別れたいと思うこともあるのかもしれない。

だけど、すずちゃんは野村さんとなんか付き合っていない。

おかしい。
野村さんのやっていることはメチャクチャだ。

「………ひどいわ」

低い声が聞こえた。

「ひどい」

未来ちゃんのお母さんが、虚ろな顔でつぶやくようにそう言っていた。

「お母さん」

主任の先生が労わるように未来ちゃんのお母さんの腕に手を添えると、未来ちゃんのお母さんはそれを鋭く払った。

「前の奥さんを追い出してまで私と結婚してくれたのに、どうして違う女と付き合うの?」

「追い出して?」

俺は思わず問い返した。
だって野村さんは前の奥さんは浮気して出て行ったと言っていた。

「そうよ。離婚する前から私と付き合ってたの。育児で疲れてた奥さんがもっと追い込まれるようにわざと辛く当たって、精神的に不安定にさせて、それを理由に離婚したのよ」

No.94 14/09/20 21:28
小説大好き0 

落ち着け。

そう自分に言い聞かせながら、俺は一呼吸置いた。

「俺はすずさんと上野動物園へいったとき、そこにいる野村さんご夫婦と、未来ちゃんに偶然会いました。その半月くらい後に、今度は彼女の家の近くのカラオケボックスで野村さん……お父さん1人だけとまた偶然会いました。そのとき、野村さんは未来ちゃんのことを彼女に相談して、そして連絡先を交換したんです」

「それは、すず先生も野村さんも同じ説明ですね」

主任の先生がそう言ったので、俺は小さく頷いた。

「そのあとしばらく経って、彼女は野村さんから相談以外のメールがきたり、食事に誘われるようになったと言って困っていました。俺は彼女と付き合ってるんです。ずっと相談を受けていたし、彼女が野村さんと特別な関係なんかないのは、俺がよく知ってます」

俺はそこまで言って、大きく息を吐いた。

「……でも野村さんは、すず先生が自分に好意を持っていて、既に深いお付き合いをしていると仰ってるんです」

「違います!」

主任の先生が言った言葉に、すずちゃんは即座に反論した。

「すず先生からメールの遣り取りも見せてもらったけど、都合の悪いメールは削除もできるし……。お母様は疑念をお持ちだし、野村さんはお付き合いをしていると仰っているし……、正直言ってすず先生と七瀬さんのお話をそのまま鵜呑みにするわけにもいかないんですよ」

主任の先生はそう続けた。

No.93 14/09/20 21:01
小説大好き0 

「高志くん………!」

園長先生に案内されて、さっき野村さんが入っていった部屋へ入ると、応接用のソファーの横に真っ白な顔をしたすずちゃんがいた。

すずちゃんの隣には、20代後半くらいの女の人がいて、その横に中年の女の人がいた。
多分若いほうがすずちゃんと一緒に担任をしている先生で、中年のほうが主任の先生なんだろう。
2人ともいかにも学生といった感じの俺が突然現れたことに驚いているみたいだった。

園長先生と俺の後から未来ちゃんのお母さんが入ってきて、少し間が空いて野村さんが入ってきた。

未来ちゃんのお母さんはさっきより少しだけ落ち着いているように見えた。
野村さんはさっきまでの薄笑いを消して、沈痛な表情をしている。

「秋本先生のご友人の……」

園長先生がそう言って俺を見たので、俺は

「七瀬です」

と言った。

「彼が話をさせて欲しいと言うから、お連れしたよ」

園長先生がそう言った。
ゴリラみたいにいかつい雰囲気に似合わない、優しい話し方をする人だった。

園長先生は野村さん夫妻に座るように言ってから、目顔で俺を促してくれたので、俺は深呼吸して話し始めた。

「俺は、彼女と……すずさんと付き合ってます。すずさんが野村さんとなにかあるんじゃないかって誤解されてるみたいなんで、話をさせてもらいたいと思ってます」

No.92 14/09/20 17:21
小説大好き0 

「君は………」

野村さんは俺を覚えているのかいないのか、幼稚園の建物から漏れる薄明かりの中で、不思議そうに俺を見た。

「動物園とカラオケボックスでお会いしました。七瀬といいます。すずちゃん……先生と付き合ってます」

俺がそう言うと、未来ちゃんのお母さんが弾かれたように俺を見た。

「騙されないんだから!」

「嘘じゃないです。俺、すずちゃんと一緒に野村さんの相談、聞いてたんです」

「嘘!」

「本当です。お願いです。俺の話、聞いてください」

ギラギラしていた未来ちゃんのお母さんの目が、少しだけ和らいだように見えた。

「………僕は君と会ったことなんてないけど」

野村さんは薄く笑いながら俺に言った。

「忘れてるならそれでもいいです。でも俺はすずちゃんの恋人として、誤解があるなら奥さんや園長先生に話をさせてもらいたいんです」

「君は、部外者だろう?あまり余計な首を突っ込まないで欲しいな」

「奥さん、お願いです」

俺は野村さんは無視して、未来ちゃんのお母さんに言った。

「どうぞ」

その声に顔を向けると、ゴリラみたいな雰囲気の男の人が立っていた。

「園長先生」

野村さんがそう言ったので、この人が園長先生だと分かった。

俺は園長先生に小さく頭を下げて、園長先生と一緒に幼稚園に入った。

No.91 14/09/20 17:02
小説大好き0 

野村さんは幼稚園の前に着くと、門の横にある通用門を開けて中へ入っていった。

さすがに部外者の俺が中へ入るのはマズイかなと思って、門の外から野村さんが入っていくのを見ていた。

門の中は園庭になっていて、建物は園庭に面して廊下があるらしく、窓から野村さんが一室に入っていくのが見えた。

野村さんが入った部屋は建物の一番端だった。俺がいる歩道から回ると、多分その部屋なんだろうなと思う窓があったけど、閉まっていたし、建物と歩道の間にはフェンスもあるから中の様子は分からない。

だけど、近くにバス停があったので、スマホをいじりながらバスを待っているようなフリをして、幼稚園のフェンスに寄りかかった。

10分くらいそうしていたら、窓から女の人の声が聞こえたような気がした。

なにを言っているのかは分からないけど、未来ちゃんのお母さんなんじゃないかと思った。

続いてまた同じような声が聞こえた。
なにかを叫んでいるような感じだった。

そしてあまり間をおかずに、ガチャンガチャンと耳障りな金属音がして、さっき野村さんが入っていった門から女の人が出てきた。

「離して!」

ヒステリックな女の人の声が聞こえた。

「まだ話は終わってないだろう?」

野村さんの声だ。
ヒステリックな奥さんと対照的に、気持ち悪いくらい落ち着いている。

俺は気がついたら2人に近寄って「こんばんは」と間抜けな挨拶をしていた。

No.90 14/09/19 15:38
小説大好き0 

話し合いの日、俺は親父の車を借り、すずちゃんから聞いた場所にある幼稚園の近くまで行った。

すずちゃんが働く幼稚園は、電車ならすずちゃんの最寄駅から途中で乗り換えがあって、20分。

野村さんと会ったカラオケボックスは、すずちゃんの最寄駅近くだった。

幼稚園って、俺が小さい頃もそうだったけど、家から近いところに行くもんだよな。
だから、野村さんの家も幼稚園からそんなに遠くないはずで、都心で働く野村さんがあのカラオケボックスに偶然いたのは不自然なんだ。

今更だけど、やっぱりあのとき野村さんはすずちゃんの後をつけていたんだと思う。

話し合いは夜の7時からだ。
俺は7時10分前に幼稚園から少し離れたところにあるコンビニに車を停めて、車の中ですずちゃんを待つことにした。

すると、コンビニの前を野村さんが通り過ぎるのが見えた。

仕事帰りのスーツ姿で、幼稚園に向かって歩いている。

俺はその姿を見て、ゾッとした。

コンビニの明かりに薄く照らされた野村さんの顔は、笑っていた。

車の中からでも、満面の笑みなのが分かった。
笑い声が聞こえてきそうなくらいだった。

野村さんは、今日の話し合いが自分の不倫疑惑についてだってことくらい分かっているはずだ。

それなのに、笑っている。

俺は嫌な予感がして、車を降りて野村さんに気付かれないように幼稚園へ続いた。

No.89 14/09/19 11:57
小説大好き0 

すずちゃんの置かれた状況は、結果として悪くなった。

すずちゃんは俺と相談して、主任の先生や園長先生に野村さん夫婦のことを報告した。
幼稚園側からはまず最初に個人的に相談を受けたことがすずちゃんの判断ミスだと言われた。
ただ、未来ちゃんのお母さんがママハハだというデリケートな事情もあるので、その辺はまぁ仕方ないという空気にはなったらしい。

だけど、幼稚園が対応しようとした矢先に、未来ちゃんのお母さんが幼稚園に乗り込んできてしまった。

主任の先生と園長先生が対応して、すずちゃんは同席させてもらえなかったようなんだけど、未来ちゃんのお母さんは思いつめて感情的になっていて、すずちゃんと野村さんが不倫していると思い込んでいるらしい。

結局、日を改めて野村さんも呼んで、話をするということになってしまった。

そして、なぜかすずちゃんは園長先生から「病欠」するように指示された。

「なんですずちゃんが休まなくちゃいけないんだよ」

電話で話を聞いた俺は、すずちゃんにそう言った。

『話を大きくしないためにも、騒ぎが落ち着くまで出勤しないようにしたほうがいいって言われちゃった』

電話の向こうから聞こえるすずちゃんの声は、疲れ切っていた。

「すずちゃんはなにも悪くないのに」

『やっぱり連絡先なんか教えちゃったのが良くなかったんだよね。だからこんなことになっちゃって………。私、どうなるんだろう』

「とりあえず、野村さんも一緒に話し合うことになったんでしょ?そこで誤解が解ければなんとかなるんじゃない?」

『そうだといいんだけど………』

野村さんも交えた話し合いは、今度の金曜日の夜に、幼稚園ですることになったらしい。

野村さんからすずちゃんへは連絡が来なくなっているから、野村さんがいまなにを考えているかは分からない。

「すずちゃん、俺、その日は幼稚園の近くで待ってるよ」

『そんな………。時間かかるし、悪いよ』

「すずちゃんのことが心配なんだ」

『ありがとう』

そう言ってくれたけど、すずちゃんの声は沈んだままだった。

No.88 14/09/18 19:03
小説大好き0 

六川さんの言葉は、私にとって甘い誘惑だった。

私の体の奥にヘドロみたいに溜まっているものを、言葉にして六川さんに全部話してしまえば、どんなにいいだろう。

だって六川さんは、私にそんな部分があることを気付いている。

どうして六川さんには分かっちゃうんだろう。

全て曝け出したくなる。

でも、言えない。
言いたくない。

言葉にしてしまうのが怖い。

「私を嫌いにならないで」

気がついたら、そう言っていた。

「どうして泣いてるの?」

「わかんない」

「那奈ちゃんが好きだよ」

「うん」

「初めてあった日からずっと、俺は那奈ちゃんが好きだ」

「うん」

「ずっと一緒にいて」

「うん」

六川さんに抱きしめられると、いろんなことを忘れられる。

六川さんは寂しいと言ってた。

私で六川さんの寂しさを埋めてあげられるんだろうか。

私は本当は弱いのに。

いつの間に私はこんなに六川さんを好きになってしまったんだろう。

好きになればなるほど、六川さんを失いたくない気持ちが強くなっていく。

もっともっと、六川さんから必要とされたい。

No.87 14/09/18 17:10
小説大好き0 

「那奈ちゃんは高志くんと仲がいいんだね」

六川さんのマンションに戻って軽く飲み始めたら、六川さんがそう言った。

「うん。大学で同じ高校だったの高志だけだし。2年のとき同じクラスだったの」

もちろん、高志と高校時代に付き合っていたことは一言も言わない。
今日だって、高志の好きな人についての相談だったから、六川さんに頼んだだけ。

「ヤキモチ、妬いてくれたの?」

「妬いた。でも彼は好きな人がいるから許す」

「ありがと」

「厄介ごとがうまく解決するといいんだけどね」

「正直言って、私や高志みたいな学生じゃ、どうしたらいいのかわからない」

「俺もよく知ってるわけじゃないけど、普通に考えて、幼稚園の先生と園児の父親がどうこう、なんて、厄介なトラブルになりそうだと思うよ。先生になったばかりだっていうしね。要領よく立ち回れればいいんだけど」

「お父さんからは勝手に好かれて、お母さんからは勝手に誤解されて、なんだか可哀想」

会ったこともないけど、私は「すずちゃん」という人に同情した。
失恋したばかりなのに、自分はなにも悪くないのに変なトラブルに巻き込まれて。

「高志、ちゃんと彼女を守ってあげられるかな」

「好きな人のことだからね。那奈ちゃんのことは俺が守りたいな」

「守ってくれるの?」

「大事だからね。那奈ちゃんの悩みは俺がなんとかしたいよ」

私は六川さんの顔を見た。

「悩みはないけど」

「そう?でも俺にも話してないことがあるでしょ」

「……それはあるけど」

「いつか話したくなったら話して」

No.86 14/09/18 13:00
小説大好き0 

もうすぐあの日がくる

花とお線香とたくさんのお菓子とジュースを持って、墓地へいく

小さなころは、花や緑に溢れた公園みたいな墓地へ行くのはピクニックと同じだった

その日の私のおやつは、いつもお墓にお供えしたもののお下がりだった

少しずつ私が大きくなり、気が付いたら、その場所へいくことは、楽しくもなんともない、奇妙な義務になっていた

いきたくない

そう思っても、毎年あの場所へいかなくてはいけない

墓地の一角にある、小さな墓石

掃除なんかしなくても、雑草ひとつ生えていない

毎月5日に掃除をしている人がいるから

それでも私は墓石を磨く

ゴミなど落ちていない周囲を掃き清める

手を合わせる私の心の中は

いつも真っ暗だ

No.85 14/09/17 17:28
小説大好き0 

「大丈夫かな」

「どうも思い込みで誤解してるみたいだからね。先生がいくら弁解しても聞いてくれないんじゃないかな。そのうち周囲のお母さんとかに相談とかしだしたら、勝手に噂が大きくなって、結局先生が悪者にされて収拾つかなくなりそうな気がするよ」

「女の人って怖いもんね」

自分も女のくせに、那奈はそう言った。

「うん、怖いよ。俺はロリコンにされちゃったからね」

「中学生と付き合ってるって?」

「そうそう」

途中から那奈と六川さんにしか分からない話になって、俺はなんとなく仲間はずれな気分になった。
まぁ仕方ないんだけど。

「とにかく、早くなんとかしたほうがいいと思うよ」

「わかりました」

俺はそう言って立ち上がり、

「なんかいきなりなのに、相談に乗ってくれてありがとうございました」

と六川さんに頭を下げた。

「那奈ちゃんの友達だからね。またなにかあったら相談に乗るよ。皮膚科の領分なら、健康相談も受け付けるから」

六川さんは楽しそうにそう言った。

「もう帰るの?」

那奈はコーヒーを飲みながらそう言った。

「うん、帰ってすずちゃんに電話してみるよ」

俺はもう一度六川さんに軽く会釈して、那奈には「ありがとな」と言って店を出た。

電車の中で、那奈は幸せそうだったなと思った。

六川さんはやっぱり年齢相応に大人で、余裕が感じられた。
那奈は六川さんにベタベタしたりはしていなかったのに、口調のところどころに甘えた感じがあった。

やっぱ、俺ってガキなんだなと思った。

No.84 14/09/17 15:09
小説大好き0 

那奈が六川さんに俺とすずちゃんのことをどこまで話しているかは分からないけど、とりあえずすずちゃんと俺が出会った経緯なんかは省いて、すずちゃんが困っている状況を説明した。

六川さんは俺が話している間、タバコを吸ってコーヒーを飲みながら、余計な口は挟まずに聞いてくれた。

「その奥さんはそのすずちゃんっていう先生と旦那さんの関係を怪しんでる、ってことなんだね」

「そうだと思います」

「その人、なんて名前か聞いてもいい?」

「野村さんです」

「お子さんの名前は?」

「未来ちゃんです」

「………その子、ウチの患者さんだ」

「ホント?」

那奈が初めて口を挟んだ。

「うん。夜間外来に蕁麻疹で受診してね。たまたま俺がいて診たんだ。確かお母さんが1人でお子さん連れてきてた。そのあと、湿疹とかでも皮膚科にきてたよ」

「なんか、普通のお母さんだね」

「そうだね。後妻さんとは知らなかったよ」

ちょっと意外だった。
すずちゃんの話を聞いて、未来ちゃんのお母さんは気の強いママハハで、あまり子どもの面倒を見ていないようなイメージを俺の頭の中で勝手に作っていたみたいだ。

「お父さんのほうは、メールを送ってきたり、写真を隠し撮りするくらいだから、その先生を好きなんだね。で、それを奥さんが見て、誤解してると」

「そうです。どうしたら彼女の立場を悪くしないで済むと思いますか?」

「とりあえず、すぐに勤め先の幼稚園の責任者に相談するべきだね。うしろめたいことがないんだから、変に噂になる前に報告しておいたほうがいい」

「彼女はそれをしたくないみたいなんですけど」

「もうお母さんが直接先生に接触してきてるからね。先生だけじゃ、誤解は解けないと思うよ」

No.83 14/09/17 10:37
小説大好き0 

「……あ、どうも、あの、七瀬です」

この流れだと、俺も挨拶するしかない。

「那奈ちゃんの高校の同級生の高志くんでしょ?まぁ座って」

六川さんはニコニコと笑いながら俺に椅子を勧める。

「あ、私が六川さんの隣にいけばいいね」

那奈は立ち上がって六川さんの隣に移動すると、「ほら、高志」と俺に座るように促した。

仕方なく俺は座り、店員にドリンクバーをオーダーした。

「高志、とりあえず飲み物取ってこよう」

那奈は立ち上がって六川さんにもお代わりを聞き、2人分のカップを持って俺と一緒にドリンクバーへ向かった。

「那奈~、なんで彼氏が一緒なんだよ」

「ダメだった?」

「普通、デート中に元彼の相談は受けないだろ」

「暇だったし。六川さんには元彼だなんて言ってないし。それにさ、私たちみたいな学生がごちゃごちゃ悩むより、社会人に話を聞いたほうがいいんじゃない?」

「それにしたって、あの人だって、いい気はしないだろ」

「大丈夫だと思うけど。六川さん、変わってるけどいい人だし。それに女の多い職場で働いてる人なのよ。彼女のこと相談するには悪くないと思うけど?」

確かに、学生の俺や那奈は、社会人のことはいまひとつピンとこない。しかも、すずちゃんは微妙な話に巻き込まれている。

大人のアドバイスは欲しいかもしれない。

すずちゃんには悪いけど、こうなったら六川さんに相談してみようと思った。

No.82 14/09/16 17:17
小説大好き0 

「那奈、助けてくれ」

すずちゃんを家の近くまで送ったあと、俺は那奈に電話をかけた。

『どうしたの?』

那奈の声を聞いて、不覚にも俺はホッとしていた。

「この間話したすずちゃんのことなんだ」

俺は勢い込んで那奈に今日のことを話した。

「どうしたらいいと思う?」

『うーん。なんかややこしいね………。会って話す?』

「いいのか?」
もう夜の9時になるんだけど、那奈は出てきてくれるんだ。

『大丈夫だよ』

那奈は自分の最寄駅そばにあるファミレスの名前を俺に言い、いまから行くと言った。

俺は走って駅に向かい、電車に乗った。

電車を降りて駅の外に出ると、那奈に言われたファミレスはすぐに見つかった。

タバコ吸いの那奈だから喫煙席のほうを見ると、那奈が手を上げてくれた。

近付いて行った俺の足が止まった。

入り口からは柱の陰で見えなかった那奈の向かいに、男の人が座っている。

………例の医者の彼氏………

「こんばんは」

28歳って那奈から聞いてたけど、想像していたより若く見える。せいぜい25歳くらい。
いわゆるイケメンって感じでもないけど、いかにも穏やかで優しそうな顔をしている。

座っていても背が高いのが分かる。細身の体型にラフな白いデニムのシャツとジーンズという服装だ。

デート中、だったのか。
なんでそれを言わないんだよ、那奈!

ラブラブな彼氏に元彼会わせて、どうするつもりなんだよ!

「高志、六川さんだよ」

那奈は涼しい顔をしてそう言った。

No.81 14/09/16 17:02
小説大好き0 

>> 80 ☆訂正☆
>>×実際すずちゃんは野村さんとはすずちゃんの話しかしていないんだろうし、食事の誘いも受けていない。

○実際すずちゃんは野村さんとは「未来ちゃん」の話しかしていないんだろうし、食事の誘いも受けていない。

No.80 14/09/16 16:47
小説大好き0 

「え?」

「今日のお迎えのときに、その封筒を渡された」

「なにも言わずに?」

「………そのときは。あとから、メールがきた」

すずちゃんはそう言ってスマホを取り出すと、俺に渡した。
メール画面だ。



>>主人のスマートフォンに先生の写真がたくさんありました。メールの履歴も見ました。どういうことなのか教えていただけませんか? 野村



「………これはつまり、未来ちゃんのお母さんが野村さんのスマホを見て、すずちゃんの写真とか、すずちゃんとのメールとかを見た、っていうことなんだよね」

「うん」

「文章の雰囲気からすると、なんか、すずちゃんのことを、疑ってるのか?」

「そんな気がする。でも私、写真撮られてたことも知らないし、メールも誤解されるような返信なんてしてないの」

「それなのに、疑われてるんだ」

「………どうしたらいいんだろう」

本当に、こういうときはどうするのが一番いいんだろう。

実際すずちゃんは野村さんとはすずちゃんの話しかしていないんだろうし、食事の誘いも受けていない。
この間は俺と付き合っているとも伝えている。

それもメールを読んで知っている上で誤解されているとしたら、すずちゃんが弁解して、未来ちゃんのお母さんは分かってくれるんだろうか。

結局俺は、すずちゃんにまともなアドバイスをしてあげられなかった。

どうしたらすずちゃんが傷付かずに済むのか、考えつかなかった。

ただひたすら意味もなく「大丈夫だよ」とすずちゃんを慰めることしかできなかった。

No.79 14/09/16 16:26
小説大好き0 

すずちゃんから運動会が終わったと連絡があった。

久し振りにカラオケに誘って、10月半ばの金曜日の夜、すずちゃんに会った。

前にも行ったカラオケボックスのある駅の改札に行くと、すずちゃんが待っていたんだけど、すずちゃんは浮かない表情だった。
前日の夜にLINEをしたときにはいつもと変わらなかったのに。

「すずちゃん、どうしたの?」

「うん………」

とりあえず前と同じカラオケボックスに入って落ち着いてからすずちゃんに話を聞くことにした。

「なにかあったの?」

「………うん」

すずちゃんは少しの間黙って考えていたけど、バッグの中から封筒を取り出した。

「手紙?」

「ううん」

すずちゃんは封筒を俺に渡して「中を見て」と言った。

封筒の中には写真が入っていた。

すずちゃんの写真だ。

「なんの写真?」

「多分、運動会のときの写真」

「多分」?と思いながら写真を見ると、すずちゃんは髪を二つに結わえていて、いかにも幼稚園の先生という雰囲気で、笑顔でなにかを喋っているように見える。視線はカメラに向いていない。

「隠し撮り?」

「そうだと思う」

「誰が撮ったの?」

「………野村さん、みたい」

「『みたい』って、この写真、誰からもらったの?」

「………未来ちゃんのお母様………」

No.78 14/09/15 10:28
小説大好き0 

『特になにかあったわけじゃないんだけど……。お母様が迎えに来ても、未来ちゃんはカバンだけ渡してお庭に走って行っちゃって遊んでるし、お母様も他のお母様とずっと話しているだけで未来ちゃんとあまり話さないし……』

「それは野村さんには伝えたの?」

『うん。家では普通ですから大丈夫だと思います、って』

やっぱり変だ。
そもそも未来ちゃんとお母さんのことが心配だって相談してきたのに、すずちゃんからそんなことを言われてそんな軽い反応なんて。

でもこれ以上すずちゃんに余計な心配をさせても仕方ないのかな。

「野村さんがそう言うなら、あまり深入りしないほうがいいのかもしれないね」

『うん。未来ちゃんのことで相談があればお聞きするけど、こっちから踏み込んだらいけないと思う』

そのあとすずちゃんと運動会が終わったらまたカラオケに行こうとか話して電話を切った。

電話を切ったあとも、俺はなんだかモヤモヤした。

単なる野村さんへのヤキモチとかじゃなくて、なんとなく気持ち悪い。

野村さんが普通に子どもとママハハの関係を心配するいいお父さんで、お母さんは継子を頑張って育てているいいお母さんで、未来ちゃんも普通に元気な幼稚園児であれば、なにも問題はないんだけど。

なんとなく、スッキリしないのが気持ち悪かった。

No.77 14/09/15 10:16
小説大好き0 

すずちゃんは10月にある運動会の準備で忙しいようなので、俺から誘うことは控えている。

でもすずちゃんから、野村さんに俺と付き合っていると伝えることができたと電話で報告があった。

「向こうはどんな感じだった?」

『あぁ、やっぱり彼氏さんだったんですね、って』

「それだけ?」

『うん。運動会を楽しみにしてるから、必ず観にいきます、って』

そうか。
子どもの運動会なら親もくるんだな。

「野村さんもくるんだ」

『運動会で親御さんと話す時間はないと思うんだ。私は子どもたちに付ききりだし、いろいろ忙しいし。野村さんのことは私が気にし過ぎだったのかもしれないね』

「そうかなぁ。子どもとママハハの相談まではアリかと思うけど、彼氏がどうとか食事に誘うとか、やっぱり少し変だよ」

俺は那奈に言われたことを思い出しながら言った。

『うん。誤解されても仕方ないことだよね。だからもしまたそういうことを言われたら、そういうことはできません、ってハッキリ言おうと思うんだ』

「そのほうがいいよ。万一下心がなかったとしても、すずちゃんが迷惑してるって分かってもらわないと」

『うん。私の態度が曖昧だと、野村さんにも迷惑がかかるよね』

「すずちゃんは優しいな。でも変なのは野村さんのほうなんだから、すずちゃんは悪くないよ」

『ありがと。でも最近、ちょっと未来ちゃんとお母様の様子は気になるんだ』

「なんかあったの?」

No.76 14/09/14 07:57
小説大好き0 

愛されたい

愛されたい

愛されたい

那奈だけが好きだ

那奈だけが必要だ

そう言われたい

だから私は臆病になる

好きだと言われ

好きだと言い

それが信実だと思い込んでいたのに

あっさりとそれが消えてしまうこと

誰かの一番になること

それを誰よりも願っているから

No.75 14/09/13 10:13
小説大好き0 

「おばあちゃんからもメアドきかれたら教えちゃうの?」

「ヤキモチ?柄本さんからメールがきたから?」

「プライベート用なんでしょ?」

「整形の先生で女の子大好きな人がいてね。結婚してる癖に、女の子としょっちゅう飲みに行ってるんだ。その先生が俺のメアドを勝手に教えちゃうの」

「本当?」

「ホントだよ。なんなら、いますぐアド変しちゃおうか」

「そんなことしなくていい」

私だって、男の子の友達くらいいるし。
高志なんか元彼だし。
六川さんだって私が元彼と会ってるって知ったら嫌だろうと思う。

「でもあのゆるふわの人は嫌い」

「俺も好きじゃないよ。俺の好みは那奈ちゃんだから」

「ホント?」

「那奈ちゃんは特別だよ」

「ホント?」

「一番大事だよ」

「私も六川さんが好き」

「大好き?」

「大好き」

六川さんの言葉を聞いて、私は安心する。

その日も私は六川さんに抱かれた。

六川さんの腕の中にいると、また私は安心する。

体に触れられて、キスされて、息遣いの激しくなった六川さんの口から何度も「好きだよ」と言われて、私は六川さんの気持ちを感じ取る。

それでも、私はまだ、心のどこかで、いつか六川さんの心が離れていかないかって、不安になる。

好きだと言われるほど

好きだと言うほど

不安になる。

それを忘れるために、私は六川さんに何度でも抱いてもらいたくなる。

No.74 14/09/13 09:02
小説大好き0 

六川さんとピザを食べているときに、音を消してある六川さんのスマホがテーブルの上で振動した。

六川さんはスマホを取ろうとしないので、「病院からじゃないの?」と聞いたら、「これはプライベート用だから違うよ」と六川さんは言った。

「見ないの?」

「迷惑メールかな?」

六川さんはそう言ってやっとスマホを手にすると、

「やっぱり迷惑メールだ」

と私に画面を見せた。

>>こんばんは♡いまみんなで○○で飲んでるんですけど、六川先生もきませんか?

「………病院の女の人?」

「こないだ那奈ちゃんも会った人」

「ゆるふわパーマの人?」

「そうそう」

六川さんはスマホを操作して私に画面を見せた。

>>デート中だから無理だよ

六川さんは私の目の前で「送信」をタップした。

「病院でなにか言われちゃわない?」

「別に構わないよ」

「ロリコン疑惑、どうなった?」

「んー?あの日の後?聞かれたよ。『あの子、中学生ってウソでしょー?』って。だからウソだよって言っておいた」

「そしたら?」

「何歳なんだってうるさいから、50歳だって言っておいた」

「ひどい」

私は声を立てて笑った。
あのかわいこぶったゆるふわパーマが膨れっ面で怒るところが目に浮かんだから。

「病院で熟女好きって言われちゃうよ」

「俺、おばあちゃんとかにモテるんだよ」

「それは熟女すぎ」

「そうだねー。70過ぎのおばあちゃんとかいるからね」

No.73 14/09/12 18:47
小説大好き0 

土曜日、私は六川さんとショッピングモールの中にある映画館で映画を観て、ちょっと買い物をしてから、六川さんのマンションにきた。

夕食はなにがいい?と聞かれて、私はデリバリーのピザを食べたいと言った。
六川さんは放っておくとすぐに私をちょっと高いお店に連れていってくれる。

たまになら嬉しいけど、いつも甘えるのは気が引ける。

でも六川さんは私が行きたいと言えば、牛丼屋でもファーストフードでも、どこでも行ってくれて、いつも楽しそうにしている。

私は、私を見て笑っている六川さんが好きだ。

六川さんはスマホでピザを注文すると、冷蔵庫から缶ビールを出してくれた。

「那奈ちゃんのご両親は厳しくないの?」

プルタブを引き上げながら六川さんは言った。

「うん。ちゃんと学校に行ってれば、あとはあんまりうるさく言われない」

「そう。厳しいご両親だったら、ちゃんと送っていって挨拶したほうがいいかと思ったんだけど」

「大丈夫。……ねぇ、今日泊まっていきたいな」

「いいよ」

「じゃあ泊まる」

「『一緒にいたいから』って言わないの?」

「言って欲しい?」

「ぜひ」

「じゃあ言わない」

「またそんなこと言ってる」

六川さんが笑いながら私をソファーに押し付けてキスしようとしたら、インターホンが鳴った。

「ピザがきた!」

私がそう言って六川さんの口を手で押し返すと

「那奈ちゃんは俺よりピザなんだね」

と六川さんは拗ねて見せながら立ち上がった。

No.72 14/09/12 17:29
小説大好き0 

「だから高志は頼りないって言われるのよ」

那奈は容赦なく言い放つ。

「だってあのカラオケボックス、すずちゃんちから近かったから、幼稚園の父兄も近くにいるのかと………」

「彼女が働いてる幼稚園も近くとは限らないでしょ」

そう言えばすずちゃんの家から幼稚園が近いとは聞いていない。

「仰る通りです………」

「とにかくおかしいよ、そのお父さん。彼女は気をつけたほうがいいと思う」

「そうだな」

「なんかあったら助けてあげるからさ」

「え?」

俺は思わず那奈の顔を見た。

「なによ」

「那奈がそんなこと言うと思わなかった」

「フラれた恨みで?そこまで恨んでたら、こうやって会って飲んだりしないけど」

那奈はそんなことを言いながらも、いつものようなツンツンした表情でタバコを吸った。

「那奈って、いいヤツなんだな」

俺はちょっと感動しながらそう言った。

「なによ、今更。そんないい子を振ったくせに」

「やっぱり根に持ってるんじゃないか」

「根に持つのは当たり前。恨んではいないの」

「………ありがとな」

「ふん」

那奈はタバコを灰皿で揉み消すと、グレープフルーツサワーをゴクっと飲んだ。

照れ隠しだ、って分かった。

やっぱり、那奈はちょっと可愛いと思った。

No.71 14/09/11 18:53
小説大好き0 

「そういえば、高志もなんか話があるとか言ってなかった?」

「そうだよ、俺が相談したいことがあったんだよ」

「聞いてあげるけど?」

なんだかなー。
ノロケられた挙句に上から発言。

やっぱ可愛くないぞ。

それでも俺はすずちゃんが野村さんのことで困っている話をした。
ちゃんとすずちゃんに好きだから付き合いたいって言ったことも話した。

「やだー高志、カッコいいじゃない」

満更お世辞でもない感じで那奈はそう言ってくれた。

「まだ付き合ったわけじゃないけど」

「まぁ高志がその調子で頑張れば、そのうちちゃんと付き合ってもらえるよ」

那奈め。
自分は彼氏と上手くいったからって、余裕の発言だな。

「いまは付き合うよりも、あのオッサンをどうにかしないといけないんだよ」

「なんか変な人みたいだしね。これでなんかトラブルがあったら、そのすずちゃんて彼女、立場が悪くなるんじゃない?」

「だからそうなる前に、オッサンには退場してもらいたいんだよ」

「でもさ、ちょっと気になったんだけど、本当に偶然だったの?」

「なにが?」

「ほら、高志が彼女とカラオケしてるところに偶然そのお父さんが来た、って話。もしかしてその人、彼女のことつけてたんじゃないの?」

俺は那奈に言われて初めてそれに気が付いた。

そういえばあのとき野村さんは1人なのか、友達か同僚と一緒なのかも言っていなかった。

No.70 14/09/11 16:42
小説大好き0 

「恋愛するのが怖い、とか言ってたくせに。あっさり転びやがって」

俺はむっつりして文句を言った。

「仕方ないじゃない。好きになっちゃったから」

「こないだだってホントは好きだったんだろ」

「まだ迷ってたの」

「ふーん。なんで迷いが吹っ切れたわけ?」

「吹っ切れたわけじゃないけど………。六川さん、私がなにしても優しいから。意地張り続けるのも馬鹿馬鹿しくなったの。そうしたら、やっぱり好きだって思ったんだもん」

なんだかなぁ。
今日の那奈は本当に可愛いぞ。
でもそれは彼氏のせいであって、俺は関係ない。
別に那奈を好きなわけじゃないけど、微妙にムカツクような。

「ハイハイ。それが決定打なわけね」

「決定打は六川さんが『私が必要だ』って言ってくれたからだもん」

「必要、かぁ」

「誰かに必要とされたいのよ」

いままで浮かれてデレデレしていた那奈が、真顔になったように見えた。

那奈は真剣なんだな。
元彼としては、祝福してやるべきなんだろう。

「良かったじゃん。彼氏ができて。でもなんで俺がいつも那奈の男関係の話を聞かされなくちゃいけないんだよ」

那奈はそれを聞いて最近のツンツンしたいつもの那奈に戻った。

「高志が私を振ったんじゃない。責任とって話くらい聞いてくれてもバチは当たらないんじゃない?だって高志と別れなければ他の人と付き合うこともなかったんだから」

なんだ、それ。
理屈がメチャクチャだ。

でも俺は反論できない。
元カノって、そういうもんなんだろうか。

No.69 14/09/11 16:26
小説大好き0 

「なんか、気持わりーな」

俺は目の前でグレープフルーツを嬉しそうに絞る那奈を見ながらそう言った。

今回は俺から那奈を呼び出した。
もちろん、すずちゃんのことを相談するためだ。

他の友達に相談することを考えないわけじゃないんだけど、なぜか真っ先に那奈を思い浮かべる。

それでメールして、今日また安い居酒屋で那奈と会っている。

会ったときから那奈はご機嫌で、俺に会う前に一杯ひっかけてるのかと思うような雰囲気だった。

最近は生意気でツンツンしてる那奈しか見たことがなかったから、つい「気持わりーな」という台詞が出た。

「気持わりーとはなによ」

案の定、那奈はグレープフルーツを絞る手を止めずに俺を睨んだ。

「なんかウキウキしてるから」

「えっ、そう?」

那奈は驚いたように両手を口に当てた。

ナンだよ、乙女かよ。
ホント、最近の那奈らしくない。

「医者の男と進展したんだろ」

「うふふ。当たり」

俺を睨んでいたときとはまったく違う緩んだ表情。
デレデレじゃねーか。

「付き合うことにしたの?」

「そういうことになったの」

那奈はそう言ってまたうふふと笑う。

「見ちゃいらんねーな」

俺はタバコに火をつけて煙を吸い込むと、那奈に向かって吹いてやった。

とは言うものの。
目の前にいる那奈は可愛かった。

顔が可愛いとかじゃなくて、いかにも幸せそうにしているのが可愛い。

俺と付き合っているときには、ここまで可愛いくなかった。

なんだか少し妬けるような気がした。

No.68 14/09/11 12:35
小説大好き0 

「………嬉しい」

すずちゃんは小さな声でそう言った。

「初めて会ったとき、私、あんなみっともないところ見せちゃって。でも、だからかな。高志くんと会うと逆に安心できて、すごく楽しいの。だけど、私は年上だし、失恋したばかりだから、高志くんに軽い女の子だって思われちゃうんじゃないかって思ってた」

「そんなこと思ってたら、好きだなんて言わないよ」

「本当?」

「本当だよ。俺のこと、いますぐ好きになってくれとは言わない。でも、すずちゃんが俺のこと好きになってくれたら、俺と付き合って欲しい」

「………ありがとう」

よし。
NOとは言われなかった!

「でもさ、野村さんのことは俺も心配だよ。嘘でもいいから、俺のこと彼氏だって言っちゃいなよ」

「それじゃあ高志くんのこと利用してるみたいで……」

「利用すればいいよ。俺はすずちゃんを守れるなら、それでいいんだ」

「野村さん、それでメールとか控えてくれるかな」

「とりあえず今度聞かれたら伝えてみればいいよ。それで野村さんの反応をみてみようよ」

「高志くんに相談してみてよかった。ホントにありがとう」

俺のバイト先のカラオケボックスで泣いていたすずちゃんを見た日から、俺はすずちゃんが好きだ。

すずちゃんが俺を好きになってくれるまで、いくらでも待つ。

自分でも情けないところがある男だと思うけど、すずちゃんのためなら、俺はなんでもできるような気がする。

No.67 14/09/10 16:17
小説大好き0 

「それって、完全にすずちゃんのこと狙ってるじゃん」

既婚者のくせに、なんてヤツだ。
子どもの幼稚園の先生に手を出そうなんて、普通考えるのか?

「食事に誘われるって言っても、『食事をしながら相談したい』みたいな感じなんだけど……、そんなのお受けするわけにはいかないし。だから最近困ってたの。他の先生とか主任とか、ましてや園長先生にも相談しにくくて」

すずちゃんはそう言ってまたため息をついた。

「すずちゃん」

「え?」

「俺じゃダメかな」

「ダメって?」

「俺、すずちゃんの彼氏にしてもらえないかな」

「野村さん向けに?」

「違うよ。俺はすずちゃんと付き合いたいってずっと思ってたんだ」

「高志くん……」

すずちゃんは驚いたように俺を見ていた。

「すずちゃんが失恋したばっかりなのは分かってる。でも、俺はすずちゃんと付き合いたいんだ。野村さんみたいな変なオッサンにすずちゃんがちょっかい出されないように、俺がすずちゃんを守りたいんだ」

「私、高志くんより年上だし……」

「2つくらい年上のうちに入らないよ。そりゃすずちゃんはもう社会人で俺は学生だから頼りないかもしれないけど、でも、俺、初めて会った日から、ずっとすずちゃんのこと好きだったんだ」

相談があるっていうから個室にしておいて良かった、と俺は喋りながら思っていた。

No.66 14/09/10 15:55
小説大好き0 

「はぁ」

すずちゃんは俺の前でためいきをついた。

「どうしたの?なんか疲れてるみたいだけど」

俺は土曜日の夜、バイトが終わってからすずちゃんの家に近い駅前の居酒屋ですずちゃんと会っていた。

すずちゃんと出会って3ヶ月。

8月は幼稚園も夏休みだから、比較的すずちゃんも余裕があるみたいで、何回か遊んだり、飲みにいったりした。
普段もLINEを送るとちゃんと返事をくれた。

9月に入ると、幼稚園は2学期になって運動会の準備が始まるようで、すずちゃんは忙しくなったみたいだった。

だからなんとなく誘いにくい気がしていたら、すずちゃんから「相談したいことがあるんだけど」とLINEが入ったというわけだ。

「野村さんのこと覚えてる?」

「もちろん。未来ちゃん、だっけ?なにかあったの?」

「野村さんからメールがくるんだけど……」

俺とすずちゃんが上野動物園で未来ちゃん親子に会ったのは7月のアタマだった。
野村さんとカラオケボックスで偶然会って話を聞いたのはその月の中頃。

そのあと幼稚園は夏休みで、その間野村さんからはメールは来なかったそうだ。

それが9月に入って幼稚園が始まると、2、3日おきに野村さんからメールが来るようになった。

「最初は『未来の様子はどうでしょうか?』とかだったんだけど、だんだんなんか内容がおかしくなってきて」

未来ちゃんにもお母さんにも特に変わったところはないから、すずちゃんはその通りに返信する。
そうなるとすずちゃんが野村さんと差し当たり連絡を取る必要もないんだけど、それでも野村さんからはメールが来る。

「『この間一緒だった男の子は彼氏なんですか?』とか、『先生のお誕生日はいつですか?』とか、未来ちゃんには関係ないことを聞かれるようになって。忙しいフリして返信しなかったりすると、『なにか失礼なことがありましたか?』って何回もメールが来るから、『そんなことないですよ』って返信すると、またいろいろ聞かれるメールが来たりして、困ってたの」

それって、野村さんはすずちゃんを口説こうとしてるのかと普通に思える。

「それでもときどき未来ちゃんの話も聞かれるから、メールを断るわけにもいかないでいたら、最近は食事に誘ってきたりするようになって」

No.65 14/09/10 13:21
小説大好き0 

六川さんが住む部屋は3LDKだった。

六川さんの趣味なのか、亡くなったご両親の趣味なのか、インテリアはシンプルでセンスがよかった。

広いリビング。

ここで1人で過ごす六川さんを想像すると、「寂しい」と言った六川さんの気持が解るような気がした。

六川さんがいれてくれたコーヒーをソファーで並んで飲んだ。

私がカップを置くと、六川さんの腕が伸びてきて、私は六川さんに引き寄せられた。

「意地っ張りの那奈ちゃんは、こうでもしないとなにも言えないんでしょ」

六川さん顔が近くにある。

「私、本当はすごい甘えん坊なんだと思うの。六川さんはそれでもいい?」

「いくらでも甘えていいよ」

「本当はすごいヤキモチ妬きなの」

「ヤキモチ妬いて欲しい」

「すごく手がかかってめんどくさい女の子かもしれない」

「そうだね。めんどくさいことばっかり言ってないで、『好き』って言ってごらん」

「……好き」

「もう一回」

「好き」

その言葉に被せるように、六川さんの口が私の口を塞いだ。

そして私は六川さんに抱かれた。

いままで張っていた糸がプツンと切れたみたいに、私は六川さんに甘えていた。

六川さんはそんな私を、ずっと嬉しそうに見つめていた。

私が好きだと言うたびに、倍以上六川さんから好きだと言われた。

ずっと、そのままでいたいと思った。

No.64 14/09/10 11:59
小説大好き0 

六川さんのマンション。

同じエリアだから、外からならしょっちゅう見る建物。

その7階に六川さんの住む部屋があった。

六川さんはいままで一度も家に誘ってはこなかった。
手を握ったり、腕や背中へ触れられたりはときどきあったけど、それも強引な感じはしなかった。

六川さんと出会ってもうすぐ2ヶ月。

多分私は六川さんを好きなんだと思う。

でも、本当はまだ自信がない。

六川さんみたいな人が本当に私を好きなのかも

私自身が本気で六川さんを好きなのかも

だから、自分の気持ちを確かめたかった。

「好き」って言葉にしたら、私はどうなるんだろう。

六川さんは、どう思うんだろう。

私が臆病なのは、失恋した経験だけが原因じゃない。

それは自分が一番よく分かってる。

それでも。

本当に六川さんに愛されてるのか、知りたくなった。

だから、六川さんのマンションに連れてきてもらった。

No.63 14/09/09 19:38
小説大好き0 

「那奈ちゃん、最近敬語が減ったね」

「そうかも。最近六川さんとよく会うから」

「笑ってくれるのも増えたね」

「六川さんが楽しいことばっかり言うからでしょ」

「那奈ちゃん」

「?」

「俺は家族がいないでしょ。両親が事故で亡くなった後、お袋さんの弟が保護者になってくれたけど、愛知に住んでるから、俺は両親が遺してくれたいまのマンションに1人で住み続けてる。1人暮らしにはすぐ慣れたけど、ときどき無性に寂しくなるんだ」

「いまも寂しい?」

「那奈ちゃんが横にいると寂しくないよ」

「どうして?」

「世界で一番那奈ちゃんが好きだから」

「それから?」

「ずっと那奈ちゃんのことを好きでいるよ」

「……それから?」

「俺は那奈ちゃんが必要なんだ」

「私、まだ、六川さんにちゃんとしたこと、言ってない」

「言ってみて」

「ここでは言わない」

「人が通るから?」

「ううん。二人きりなら言うかも」

「俺のマンションなら二人きりだよ」

「来て、って言ってくれなきゃ、行かない」

「俺の家においで」

「うん」

私は初めて、自分から六川さんの手を取った。

No.62 14/09/09 12:54
小説大好き0 

「別にいいんじゃない?」

六川さんは相変わらず楽しそう。

「六川さん、病院でロリコンって噂されちゃうかもしれないね」

私はそっと六川さんから体を離した。

「どうでもいいよ。髪の毛ふわふわしてた子いるでしょ?あの子が俺のこと好きらしいって、看護師から聞いた」

「ふーん。やっぱりそうなんだ。あの人の方がストレートの人より目が怖かった」

「うん、でもね、彼女は医者である俺が好きなだけであって、医者ではない俺には興味ないタイプだと思うから」

「女は医者が好きだもんね」

「そうみたいだね。那奈ちゃんは医者は好きじゃないの?」

「まだ私18歳だし、結婚相手でもないのに、相手のステイタスまで気にしない」

「どんな人が好きなの?」

「世界で一番私を好きになってくれるひと」

「あとは?」

「ずっと私を好きでいてくれるひと」

「あとは?」

「私を必要としてくれるひと」

「俺はけっこうその条件に当てはまると思うんだけど」

六川さんならそう言うだろうな、って思ってた。

No.61 14/09/08 23:49
小説大好き0 

「おにいちゃん、この人たち誰?」

「病院で働いてる人だよ。事務の柄本さんと検査室の須藤さん」

「ふーん」

私は聞いておいて興味なさそうにソッポを向く。

いくらなんでも中学生には見えない私。
2人は馬鹿にされたとばかりにムッとしている。
面白い。

「六川先生、中学生って」

サラサラが口を尖らせて言う。
ノリが悪いなぁ。

「うん、見えないでしょ」

さすが六川さんはノッてくれる。

「彼女、どう見たって中学生じゃないですよぅ」

ゆるふわもヒネった返しはできないんだな。
最初に「何年生?」って言ったのは自分なのに。

「おにいちゃん、帰ろうよ」

「うん、そうだね。お二人も職場の人間がいると気を遣うかもしれないしね」

「えー。ご一緒させていただきたかったのにー」

サラサラが言った。

「なにしろ中学生だからね。帰る時間だよ」

六川さんはクスクス笑いながらそう言って、ウェイターさんに向かって合図した。

「それじゃお先に」

六川さんはにこやかに笑い、立ち上がった私の背に手を回してレジへと向かった。

外に出て、店が見えなくなる辺りまで来ると、私は堪えきれなくなって吹き出した。

「あー面白かった。私、性格悪い」

No.60 14/09/08 23:30
小説大好き0 

六川さんは私がなにしててもそんなことを言う。

会うたびに、私って六川さんの手の中で転がされてるのかも、って思う。

素っ気なくしても、笑っても、六川さんは同じようにニコニコしているから。

「六川さんは」
いつもそんなこと言うんだから、と続けようとしたときに

「六川先生!」

という声が後ろから聞こえた。

文字で書いたら「ろくかわせんせえー」って感じ。

ゆるふわパーマをかけた可愛い感じの女の人と、サラサラストレートロングのお人形のリカちゃんのお友達みたいな女の人がテーブルの横にきた。

「ああ、こんばんは」

にこやかに六川さんは挨拶する。

「やだー、六川先生。私たちの誘いを断ってこんな可愛い女の子とー」

サラサラの方がそう言った。

「ホントかわいー。こんばんは。何年生?」

そしてゆるふわ。

あー。
悪意の塊。
「何年生?」って、高校生以下に見えるって暗に言ってるんだ。
優しいおねーさんみたいな喋り方の裏にある嫌味。
いくらなんでも高校生をお酒メインのダイニングバーに連れてくることないって分かってるくせに。

このおねーさんたち、六川さんのファンとか、狙ってるとかなんだろうな。
六川さんが私みたいな普通の小娘連れてるのが気に入らない、ってこと。

張り合うのも馬鹿馬鹿しいな。

「中学3年生です。ね、おにいちゃん」

ニコニコ笑いながら私がそう言うと、六川さんは物凄く嬉しそうに笑った。

No.59 14/09/08 19:34
小説大好き0 

六川さんからは毎日メールがくる。

相変わらず、ちょっと面白い軽い内容ばかり。

そしてたまに食事やお酒に誘われる。
映画やドライブにも誘われる。

私は六川さんの誘いを断らない。

六川さんと一緒にいるのは楽しい。

鎌倉へ行った日、六川さんは私を抱きしめたけど、それ以上のことはしてこなかった。

歩いていると、ときどき手を取られたり、人混みで引き寄せられたりするけど、いつも自然にそうするだけで、私が嫌な気分になるようなことはしない。

「最近那奈ちゃんは笑ってくれることが多いね」

六川さんはそんなことが嬉しそう。

会う回数が増えるにつれて、六川さんに馴染んでいく。

六川さんは私になにか買ってくれようとすることもあるけど、それは断っている。

ただでさえ、学生が出入りするには不相応な場所にも連れていってもらってるのに、服だのアクセサリーだのもらうわけにはいかない。

私はたまにお茶代をださせてもらったりするんだけど、それさえも「那奈ちゃんは学生なんだから」と言われてしまう。

自分でも女の子らしくないと思う。

もっと甘えてワガママを言えるような女の子なら可愛いのに、そう思う。

だから、ダイニングバーでお酒を飲んでいるときに、六川さんにそう言ってみた。

「そう?那奈ちゃんはいまの那奈ちゃんだから可愛いんだけど」

六川さんはそう言った。

No.58 14/09/08 13:08
小説大好き0 

俺からすると、「ママ友」なんて縁のない世界だ。
たまーにテレビやネットで聞くくらいで、大変そうだなとか、めんどくさそうだな、って思う。

でもすずちゃんは、そういう世界と近いところで仕事をしているんだな。

「そういうお母さんだから、すずちゃんは動物園で噂されるとか気にしてたんだね」

「うん。すごくお友達の多い方なのよ。幼稚園にくるお母様たちは、噂好きな人も多いから、ちょっと怖い」

そうだよな。
すずちゃんだって俺とたいして歳も変わらなくて、まだ先生になったばかりだから、そんな世界が怖いのも俺と同じだと思う。

「子どもたちは可愛いんだけど、親御さんとの付き合い方は難しいのよね」

「モンスターペアレント、だっけ」

「そういう感じの親御さんもいるみたい。未来ちゃんのお母様はそういうことはないんだけど。ただ、家庭の問題に入り込むと、場合によってはクレームになったりするだろうし」

「ホント、大変だなぁ。俺じゃ役に立たないかもしれないけど、愚痴くらいならいつでも聞くよ」

「ありがとう。本当は園児やその家庭のことを外部の人に話したりしちゃいけないんだけどね」

「俺もいるのに押しかけてきたのは野村さんだよ。だから今日のことはすずちゃんには責任ないじゃん。すずちゃんから聞いたことは、誰にも話さないようにするし」

「ゴメンね、せっかく誘ってもらったのに、今日はこんな変な成り行きになっちゃって」

「すずちゃんのせいじゃないんだから気にしないでよ」

「ありがとう」

俺はまだ学生で頼りないかもしれないけど、すずちゃんの力になりたいと思った。

No.57 14/09/07 21:38
小説大好き0 

野村さんが部屋から出て行くと、すずちゃんはため息をついた。

「なんか、大変そうだね」

「うん。本当は園児の親御さんと個人的に連絡とるなんて、良いことじゃないと思うんだけど、あんな風に言われちゃうと……」

「事情を聞いちゃったしね」

「未来ちゃんの家庭環境は園でも承知してはいたの。野村さんにはああ言ったけど、実際は未来ちゃんは他の園児よりもトラブルが多いの。でも、要注意とまではいかないのも本当なの」

「若いけど優しそうなお母さんだったよね」

「あのお母様も野村さんに話した通りなんだけど、やっぱり未来ちゃんに対して微妙に距離があるかもしれない、って感じるときはあるんだ」

「継母、ってことだもんね」

「未来ちゃんは賢い子なの。勘が鋭いっていうか。だから、野村さんが言ったようになにか勘付いているかもしれないとは思う。でもそんな家庭のことに幼稚園からは迂闊に手も口も出せないし」

「そうなんだ」

「相談に乗ったり、さっきみたいに未来ちゃんやお母様の幼稚園での様子をお話しするくらいしか、私にはできないんだけど、ただ……」

すずちゃんが言いにくそうに言葉を切った。

「ただ?」

「お母様は少し気になるの。なんていうか、お母様グループの中心にいる方で、そこでときどきトラブルがあることを聞くから」

「『ママ友』ってヤツ?」

「そう。関わりの仕方が難しい部分だって、先輩も言ってるから」

No.56 14/09/07 09:44
小説大好き0 

>> 54 「こんばんは。お邪魔してすみません」 すずちゃんの開けたドアから、上野動物園で会った未来ちゃんのお父さんが入ってきた。 ワイシャ… ☆訂正☆
>> × ワイシャツと上着を取ったスーツ姿。
いかにも会社帰りのサラリーマンという感じだった。

>> ○ ネクタイと
上着を取ったスーツ姿。
いかにも会社帰りのサラリーマンという感じだった。

No.55 14/09/07 08:45
小説大好き0 

「未来ちゃんはときどき他のお子さんとケンカやトラブルになることはあります。でもそれは、私や涼子先生が間に入れば解決できる程度のことで、特に未来ちゃんが問題あるお子さんということはありません」

あとから聞いたら、涼子先生というのは先輩の先生らしい。
年少クラスは2人担任がつくことになっていて、すずちゃんは涼子先生と2人で担任をしているんだそうだ。

「お母様に関しても、お迎えのときに未来ちゃんの様子を私たちにお聞きになったり、他のお母様と親しくお話しされたり、未来ちゃんや他のお子さんと遊んだり、私から見ても特に気になるところはありません」

「そうですか」

「はい。だから野村さんが心配なさるお気持ちはわかりますけど、いまのところ未来ちゃんとお母様の様子を気にかけて差し上げるくらいでいいかと思いますが」

「……安心しました」

野村さんはそう言って笑顔を見せた。

「お恥ずかしい話、仕事が忙しくてあまり未来と妻と接する時間もあまりないんです。あの……もしご迷惑でなければ、ご連絡先をお聞きできませんか?」

「え?私のですか?」

「はい。あまりいろんな方に相談できる内容ではないですし、未来は先生をとても慕っているようなので、特に未来のことについては他にもいろいろご相談させていただきたいんです。ご迷惑でしたら言ってください」

「迷惑なんて、そんなことはないです」

そう言って、結局すずちゃんは野村さんとメアドと携帯番号を交換した。

No.54 14/09/07 08:02
小説大好き0 

「こんばんは。お邪魔してすみません」

すずちゃんの開けたドアから、上野動物園で会った未来ちゃんのお父さんが入ってきた。

ワイシャツと上着を取ったスーツ姿。
いかにも会社帰りのサラリーマンという感じだった。
30歳くらいかな。

「どうぞ、お座りになってください」

すずちゃんに声をかけられて、未来ちゃんのお父さんは空いているスペースに座った。

「野村です」

未来ちゃんのお父さんは俺にそう言って頭を下げた。
俺は一応部外者だから、軽く頭を下げて黙っていた。

「野村さん、ご相談ってなんですか?」

すずちゃんは礼儀正しく野村さんに話しかけた。

「実は未来と妻のことなんですが」

野村さんはそう言って話し始めた。

実はこの間動物園で会った未来ちゃんのお母さんは、未来ちゃんの実の母親ではない。

未来ちゃんを産んだ母親は、未来ちゃんが1歳になってすぐ浮気をして家を出てしまった。
結局離婚ということになって、未来ちゃんは野村さんが育てることになった。

離婚から半年後、知人の紹介でいまの奥さんと知り合い、その半年後に再婚した。

まだ3歳の未来ちゃんはそのことをよく分かっていない。
いまのところ実のお母さんと思っている。

後妻となった奥さんは、未来ちゃんの母親として頑張ってくれている。

ただ最近、未来ちゃんが反抗的で、奥さんもなんとなく持て余しているような気がする。

未来ちゃんは本当の事情をなんとなく察しているのではないか。

幼稚園での様子や、送迎や行事で会う奥さんの様子はどんな雰囲気なのか。
担任のすずちゃんに聞いてみたいと思っていたが、幼稚園に直接電話したり赴いたりするのも大袈裟かと思い迷っていたら、今日偶然ここで会えたので、図々しくもお話させてもらうようにお願いした。

そんな内容だった。

  • << 56 ☆訂正☆ >> × ワイシャツと上着を取ったスーツ姿。 いかにも会社帰りのサラリーマンという感じだった。 >> ○ ネクタイと 上着を取ったスーツ姿。 いかにも会社帰りのサラリーマンという感じだった。

No.53 14/09/06 18:03
小説大好き0 

その次の週の土曜はすずちゃんが言っていた幼稚園のお祭りがあったので、誘うのは遠慮した。

日曜にメールすると、お祭りは雨も降らず、楽しく済んだとすずちゃんからメールが来た。

お祭りが済んですずちゃんの幼稚園での仕事もひと段落したようなので、飲みに誘ってみた。

>>カラオケがいいな

よっぽどカラオケが好きなんだな、とメールを見てつい笑ってしまった。

金曜日の夜にすずちゃんの最寄り駅に近い駅で待ち合わせて、カラオケボックスへ行った。

すずちゃんは楽しそうに歌っている。
きっと幼稚園でも子どもたちとこんな風に歌っているんだろうな。
想像するとすずちゃんも園児みたいで可愛い。

途中すずちゃんがトイレに立ったので、俺はEXILEの新曲を練習で歌った。

ドアが空いてすずちゃんが戻ってきたんだけど、すずちゃんが困ったような顔をしている。

「どうしたの?」

「この間、上野動物園で会った未来ちゃんていたでしょ?お父さんが偶然ここに来てて、なんか相談があるんだけどって言われちゃって」

「え?いま?」

「うん。友達と一緒だって言ったんだけど、少しだけお邪魔できませんか?って」

すずちゃんにしてみれば、幼稚園の父兄だから断りにくいんだろう。

でも普通、いくら娘の幼稚園の担任だからって、プライベートで友達と遊んでるところに割り込んでくるか?

「俺はいいよ」

本当はイヤだったし、変な話だと思ったけど、すずちゃんが困っているみたいだからそう言った。

No.52 14/09/06 16:00
小説大好き0 

「こんにちは」

すずちゃんは女の子にそう言ってから、後ろにいる両親らしき2人にも「こんにちは」と言った。

「すず先生、デート?」

未来ちゃんと呼ばれたその子は、マセた感じでそう言った。

「デートっていうか、先生のお友達とパンダに会いにきたの」

「かれしじゃないの?」

「ちがうわよ」

苦笑しながらすずちゃんはそう言った。
まぁまだ彼氏ってわけじゃないし、そうだったとしても父兄もいる前で「彼氏」と言うわけにもいかないだろうな。

「みらいね、おとなになったらたくまくんとデートするの」

「素敵ね」

「未来、先生困ってるよ」

お父さんが助け舟を出してくれた。
未来ちゃんはまだ喋り続けていたけど、お父さんが「どうも、失礼します」と言って未来ちゃんの手を引いたので、すずちゃんは「失礼します」と頭を下げ、俺も会釈して未来ちゃん親子から離れた。

なんとなく、また未来ちゃん親子に会うのも気まずいかと思って、他の動物を見ながら止まらずに順路を進み、最初にいた東園から西園まで移動した。

不忍池の前までくると、すずちゃんは「あー、驚いた」と笑った。

「こういう場所で園児に会っちゃうんだね」

「お母さんたちの間で噂になっちゃうかも」

「そういうもんなの?」

「って、先輩の先生は言ってる」

「おとなしそうなお母さんだったから大丈夫じゃない?」

さっき見た未来ちゃんのお母さんは、服装も派手な感じじゃなかったし、優しそうにただニコニコとしていた。

「うーん。いろいろあるのよ」

すずちゃんの表情が少し曇ったように見えた。

でもそのあとのすずちゃんはいつものように元気だったから、動物園を出たあとに有名な店のあんみつを一緒に食べ、ファッションビルですずちゃんの買い物に付き合ったりした。

夕食はアメ横近くにあるパスタ屋で済ませ、俺はすずちゃんを最寄り駅まで送り、その日は別れた。

別れ際、すずちゃんは
「楽しかった。またどこかに一緒に行こうね」
と言ってくれた。

すずちゃんの失恋の傷は、治ってきたんだろうか。

とりあえず、このまま順調に親しくなれば、そのうち俺から気持ちを伝えることもできるかと思った。

No.51 14/09/06 15:22
小説大好き0 

その次の日曜日、俺はすずちゃんと上野で待ち合わせた。

約束の時間に上野駅の公園口改札へ行くと、すずちゃんが先にきて待っていてくれた。

チェックのシャツに膝丈のパンツという格好のすずちゃんは、やっぱり俺より年上には見えない。

「おはよう」

「おはよう。いい天気だね」

公園内を散歩しながら動物園へ向かった。

「俺、動物園なんて中学のときに学校の行事で行って以来だよ」

「そうなんだ。私、動物園好きだから、大人になってからもけっこうくるのよ」

例の元彼ともきたんだろうかと、ヤキモチを妬く俺は小さい男だ。

園内に入ると、すぐにすずちゃんが見たがっていたパンダ舎がある。

やっぱりパンダは人気があって、通路は混んでいる。

パンダは外の運動場にいた。

「やっぱりパンダ可愛い~」

すずちゃんはスマホを取り出して、寝っ転がっているパンダの写真を何枚も撮っている。

混んでいるのでずっと見ていられなかったけど、すずちゃんは満足したようだった。

そのあと順路に沿って進み、ゴリラや猛獣がいるエリアに行った。

動き回るゴリラをすずちゃんと並んで見ていたら

「すず先生!」

と甲高い声がした。

「未来ちゃん?」

驚いたようにすずちゃんが振り向いた先に、水色のワンピースを着た小さな女の子がいて、その後ろに若いお父さんとお母さんという感じの2人が笑顔で立っていた。

No.50 14/09/06 15:04
小説大好き0 

2回目に俺のバイト先のカラオケボックスにすずちゃんが来た日以来、俺はすずちゃんとメールできるようになった。

幼稚園の先生というのは忙しいらしい。
いまは幼稚園でやるお祭りの準備で毎日遅くまで頑張っているらしい。

>>お祭りってどんなことするの?

>>子どもたちに盆踊りの練習をさせたり、飾り付けの準備をしたり、夜店の準備をしたりするの

>>先生も浴衣とか着るの?

ぜひ見てみたい、と思う。

>>先生はハッピを着るのよ

残念。
でもそれはそれで可愛いだろうな。

>>そんなに忙しいと遊びにいく元気もないよね

そろそろすずちゃんを誘おうと思っていたから、探りを入れてみる。

>>土日祝日はお休みだから、そうでもないよ

>>じゃあ、どっか行かない?

チャンスとばかりに送信した。

>>高志くんはどこか行きたいところがある?

やった。
断られなかった。

>>すずちゃんが行きたいところでいいよ

>>じゃあ動物園に行きたいな

>>どこがいい?

>>パンダが見たいから上野動物園がいいな

そんな感じですずちゃんとデートできることになった。

No.49 14/09/06 12:48
小説大好き0 

「なんか、まだよく分からない」

「いますぐ好きになってとは言わないけど」

六川さんの手が、温かい。

「俺は本気だよ」

本気なの?
本当に私に一目惚れしたっていうの?

「……信じない」

「そのうち信じてくれればいいよ」

「ずっと信じないかもしれないのに」

「もっと俺のこと好きになったら信じられるかもしれないよ」

「いまだってよく分からないのに」

「俺のこと少しだけでも好きだからここにいるんでしょ」

六川さんの言葉が私を追い詰める。

どうして逃げられないのかな。

握られたままの手も、私に向けられた言葉も、決して強くはないのに。

振り払えない。

「……少しだけ」

「少しだけ、なに?」

「六川さんの言う通りかもしれないって」

「なにが?」

自分でなにを言いたいのか分からなくなる。

「……少しだけ、好きかもしれない」

「これからもっと好きになって」

「そんなの、わからない……」

六川さんの言葉に雁字搦めにされたような気がした。

でも気がついたら、言葉じゃなくて、六川さんの腕に絡めとられていた。

強い力じゃないのに、やっぱり私は六川さんから逃げられない。

ほのかに、六川さんからいい匂いがすると思った。

No.48 14/09/05 16:45
小説大好き0 

「………離して、ください」

「嫌なの?」

そう聞いてくるのに、もう片方の手も掴まれた。

「嫌?」

「離して」

「そんなに強く握ってないよ?振りほどいていいよ」

ホントに。
どうして振りほどけないんだろう。

「嫌じゃないんでしょ?」

「………」

「嫌じゃないから、こうやってデートしてくれるんでしょ?」

六川さんは私から視線を外さない。

私いま、どんな顔をしてるんだろう。

「嫌だったら………最初から、来てません」

「俺のこと、嫌い?」

「嫌い、じゃ、ありません」

「さっきの答え。『どうして私に構うんですか?』。那奈ちゃん、一目惚れって信じる?」

「………分かりません」

「病院で那奈ちゃんと会った日からずっと、『デレ』の那奈ちゃんを見たいって思ってるんだよ」

「そんな可愛い子じゃ、ないです」

「どうして那奈ちゃんはそんなに肩肘張ってるの?どうして意地張ってるの?一瞬でいいから、力を緩めた那奈ちゃんを見たい」

六川さんの言葉が。
私の頭の中をいっぱいにする。

………なにも、考えられなくなりそう

No.47 14/09/05 14:14
小説大好き0 

「アイス食べたいな」

ラーメンを食べたあと私がそう言うと、六川さんはまたどこの店に行こうか、みたいな感じで考え始めたので、私は「コンビニのアイスがいい」と言った。

六川さんは「はい、かしこまりました」と言って車をコンビニに入れてくれたので、そこでアイスを買った。
六川さんが買おうとするのを止めて、「このくらい私が出しますよ」と私がお金を払った。

海が近かったので近くに車を停めて、海岸に下りてアイスを食べた。

「美味しいねぇ」

六川さんは棒つきのチョコレートアイスを食べながら、子どもみたいにそう言った。

「六川さん」

「なに?」

「どうして私に構うんですか?10歳も年下の大学生構って、楽しいですか?六川さんから見たら子どもでしょ?」

私がそう言うと、六川さんは食べ終わったアイスの棒をペロリとなめて私を見た。

「那奈ちゃんこそ、どうして誘ったら付き合ってくれるの?」

質問返しされてしまった。

「先に質問したのは私です」

「そうかぁ。そうだね」

六川さんは楽しそうに笑った。
なんていうか、私の反応を楽しんでるみたい。

「那奈ちゃんはトンガってるでしょ。特に俺の前では」

「そんなことないです」

「そうかな?俺は那奈ちゃんはツンデレだと思ってるんだ。ツンツンしてるところはたくさん見せてもらったからね。今度は」

六川さんの手が、私の手を掴んだ。

「『デレ』の那奈ちゃんを見たいって思ってるんだけど」

No.46 14/09/05 13:52
小説大好き0 

「那奈ちゃんのご家族は?俺はきょうだいがいないんだけど」

「父親は鉄道会社に勤めてます。母はパート。……私は一人娘、です」

「ひとりっこなんだ。年齢の割にしっかりしてそうだから、3人きょうだいの長女とかかと思ったよ」

「しっかりなんて、してませんよ」

「そうかな?」

車の中で、六川さんは楽しそうだった。

職業が明らかになったのに、やっぱり仕事の話はほとんどしない。

映画や本の話とか、お笑いの話とか、今日行く鎌倉の薀蓄とか、やたらと話題が豊富。

鎌倉に着いたころ、お昼だったので、六川さんは逗子マリーナのカフェに連れていってくれた。

軽く食事をして、そのあと散歩して。

デートっぽいな。

普通に楽しい。

六川さんは楽しそうに話してくれて、ときどき話題を振ってくれて、会話のテンポが気持ちいい。

鎌倉にきたら大仏を見なくちゃ、と六川さんが言い出して、大仏も見に行った。

海岸線をドライブして、ケーキの美味しいお店にも行った。

「この辺りはいいお店がいっぱいあるよ」

夕食の時間が近くなって、六川さんがそう言った。

「ラーメン食べたいな」

意地悪のつもりでそう言った。
どうせこないだみたいなちょっと高級でオシャレで、「さすが湘南、鎌倉」みたいなとこに行く気なんだろうなって。

でも六川さんは
「あるある、美味い店が」
と喜んで言って、本当に迷わずラーメン屋に連れて行ってくれた。

その店のラーメンは、文句なく美味しかった。

No.45 14/09/04 19:03
小説大好き0 

六川さんからドライブに誘われた。

バイトのない土曜日、六川さんと出かけることになった。

メールでどこに行きたい?と聞かれたけど、思いつかなかったので「お任せします」と返したら、「鎌倉に行こうよ」と言われた。

六川さんは迎えにくると言ったのだけど、親に説明するのも面倒なので、駅前で拾ってもらうことにした。

「ドライブ日和だねー」

車の中で六川さんはご機嫌だった。

「土曜は休診ですか?六川先生」

「先生はやめてよ。土曜は外来ないんだよ。皮膚科は入院病棟もないしね」

「お医者さんだなんて、ちょっと驚きました」

「そう?」

「どうしてお医者さんになったんですか?」

「勉強が得意だったからね。特に理数系。学者とか研究者には興味なかったから、消去法で医者になったんだよ」

「でも医学部だなんて、お金持ちなんですね」

「親父は普通のサラリーマンだったよ。でも死んじゃったからね。保険をたくさんかけてくれてたから、そのお陰だよ」

「お父さん、亡くなったんですか」

「そう。お袋さんも一緒にね」

「お母さんも……」

「事故だから仕方ないよね。俺が高校2年のときだったけど」

軽い気持ちで振った話題だったのに、ご両親が亡くなった話が出てくるなんて思わなかった。

「ごめんなさい」

「別に那奈ちゃんが謝らなくていいんだよ。もう昔の話だから」

六川さんは相変わらず飄々とした感じで笑った。

No.44 14/09/04 14:16
小説大好き0 

「そうかな」

俺も現金なもんで、那奈からそう言われると、上手くいきそうな気分になってくる。

「でもその人、社会人なんでしょ?だったら高志はもう少ししっかりしないと、弟みたいになっちゃうかもね」

う。
那奈め。痛いとこついてきやがる。

「わかってるよ」

「年下でも頼りになる、って思ってもらえればいいけどね。でもいまのところ嫌われそうな要素もなさそうだし、また誘ってみたら?」

「うん」

すずちゃんは那奈と飲むみたいに気楽には誘えないかもな。

「那奈もさ、あんまり難しく考えないで、イヤじゃないならその人とまた会ってみればいいじゃん。楽しかったんだろ?」

「まあね。変わった人だから。掴みどころのないタイプなんだよね」

「好きになるかどうかも、相手のこと知らなきゃ始まらないだろ。ウジウジしてないで、会ってみたいなら会えよ。眼中にないなら、きっぱり断ればいいだろ。俺にはズケズケ言うくせに、自分のことになると優柔不断なんだから」

「そうなんだよね。だから高志に嫌われた」

さっきと違って今度はあんまり暗い感じじゃない。

「俺、付き合ってたころの那奈より、いまの那奈のほうが好きだけどな。付き合いやすいよ」

「私、そんなに変わった?」

「変わった」

「そうかな」

そう言った那奈は、なぜか少し寂しそうだった。

No.43 14/09/04 14:01
小説大好き0 

「ゴメン」

「こっちこそゴメン。別に高志を責めようと思ったわけじゃないから。ただね、誰かを好きになっちゃって、そのあと嫌われるのが怖いの」

「そんなこと言ってたら、恋愛も結婚もできないじゃん」

「そう思って、高志と別れたあとに違う人と付き合ってみたんだよね。でも、本気になるのが怖いっていうか、気持ちが深入りしなくて。私がそんなだったから、彼が就職したらすぐにフェードアウトみたいになっちゃったんだと思う」

那奈はどうして人を好きになることをそんなに難しく考えるんだろう。

なにか理由があるのかな。

「高志に話したら、ちょっとスッキリした。なんか女の子には相談しづらくてさ。自慢話って言われるのがオチかなぁって。高志には悪いけど、元彼って相談しやすいね。もう付き合うこともないからカッコつけないで済むし」

あんまりスッキリしたようには見えないんだけど。

「高志はどうなの?彼女できそう?」

那奈はさっきとは打って変わって興味津々という感じで俺を見た。

「俺のことはいいじゃん」

あんな話聞いたあとで、すずちゃんの話をするのも気がひけるような。

「あー、なんかあるでしょ。いいじゃん、私も聞いてもらったんだから、ちゃんと聞くって」

押しが強いなぁ。

俺は気が進まないながら、すずちゃんの話をした。

「年上かぁ。でも2コ上くらいなら普通じゃない?」

「那奈もそう思う?」

「うん。聞いてると可愛い感じの人みたいだし、高志には合うような気がする。失恋したばっかだから、グイグイいくのはどうかと思うけど、仲良くなれそうならいいんじゃない?」

No.42 14/09/04 13:44
小説大好き0 

「悪い人じゃなさそうとしかいえないんだから、いまのまま付き合ってればいいじゃん。それでいいと思ったらちゃんと付き合えばいいだけだろ」

「それはそうなんだけど」

「それ以上なに悩む必要あんの?」

俺がそう言うと、那奈はちょっと考え込んでしまった。

那奈が新しく火をつけたタバコが根元まで灰になってから、那奈は口を開いた。

「恋愛するのが怖い」

「なんで?」

「だって、最初はお互い好きでも、途中で人の気持ちって変わるじゃない。好きだったはずが、そうじゃなくなったり、違う人を好きになっちゃったり。こっちが本気で思っていればいるほど、相手の気持ちが変わったときが、辛い」

俺の胸がズシンという感じに痛んだ。

那奈が言っているのは俺のことか。

いきなり盛り上がって付き合い始めたのに、たったの半年で気持ちが冷めちゃった、俺の。

那奈と別れることになったとき、案外あっさり終わったような気がしてたけど、それは俺だけだったのか。

那奈は、俺が思っていた以上に、傷ついたのか。

気持ちの変化は自分でもどうしようもないことなんだけど、やっぱり面と向かって那奈の気持ちを聞くと、俺はものすごく酷いことをしたような気になる。

那奈は別に俺を責めたいわけじゃないんだと思う。

実際俺と別れたあとに、バイト先で違うヤツと付き合ってたんだし。

それでも俺は中途半端に那奈を振り回しただけの存在だったのかもしれないと思うと、自己嫌悪しそうだ。

No.41 14/09/03 19:17
小説大好き0 

年上で、そこそこ見た目も良くて、そこそこ金持ってそうな医者から気に入られたってなったら、普通の女は浮かれるんじゃないか?

だって那奈の話を聞いて、俺は少しそいつに嫉妬したくらいだったから。
なんていうか、元カノの次の彼氏(になるかもしれないやつ)が、絵に描いたような理想的な男だなんて、悔しいっていうか、敗北感を感じたっていうか。

でも那奈はあんまり嬉しそうに見えない。

なんでなんだろう。

「そんだけ条件のいい男から気に入られたってのに、那奈はなにが気に入らないんだよ。那奈だってそいつのことイヤじゃないから、食事にも行ったんだろ?」

「まぁ、そう、なんだけど、さ」

那奈はつまらなそうに煙を吹き上げた。

「なにが気に入らないんだよ」

「なんか、出来すぎてるのがイヤ。どうして六川さんが私を気に入ったのかサッパリ分からないのが気持ち悪い」

「那奈は普通に可愛いけど」

「私のことフッたくせに」

那奈は怖い目で俺を睨んだ。

「しょうがないだろ」

「しょうがないんだけどさ」

確かに俺が那奈をフッたんだけど、那奈も悪くなかったってことはないと思う。

俺はちゃんと那奈に何回も好きだって言った。
それでもウジウジ不安がってたのは那奈じゃないか。

俺が未熟者だから、って言われたらそれまでだけどさ。

No.40 14/09/03 17:09
小説大好き0 

だけど、年上の女の子を好きになったのは初めてなんだよな。

中学でも高校でも、告白されたのは同い年か年下だったし。

いうまでもなく那奈は同級生だったし。

すずちゃんは俺が年下でも気にしないといいんだけど。

そんな風に悩んでいたら、那奈からメールがきた。

>>ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど

俺は那奈が元カノということより、いまの俺にとって、一番恋愛関係の話をしやすいのが那奈のような気がする。

なんでだろう。
俺と付き合っていたころの那奈は後ろ向きだったけど、最近の那奈はさっぱりしてるっていうか、気を遣わなくていいっていうか、とにかくなんでも話しやすい。

那奈も彼氏ができそうなのか。

だったらますます会うことに関してハードルは低くなる。

俺が「いいよ」と返信すると、3日後なら俺も那奈も予定がないということで、また飲みに行こうということになった。

俺と那奈の家の中間点くらいにあるターミナル駅で待ち合わせて、駅から一番近いチェーンの居酒屋に入った。

「話したいことってなに?」

飲み物が揃ったところで俺が聞くと、那奈はタバコを取り出して火をつけ、ため息みたいに煙を吐き出した。

「なんかさ、わかんなくって」

「なにが?」

那奈はちびちびグレープフルーツサワーを飲みながら、六川という28歳の男と知り合って、最近そいつが医者だということがわかったことを、あまり楽しそうな感じじゃなく話した。

俺にはなんで那奈が楽しそうじゃないのか、さっぱり分からない。

No.39 14/09/03 12:36
小説大好き0 

カラオケに行ったとき、すずちゃんは連絡先を教えてくれた。

あの日俺を誘ってくれたのは、すずちゃんにしてみれば初めて会った日のことに対するお礼とお詫びだったみたいで、すずちゃんはカラオケボックスの代金を払うと言っていた。

もちろん俺は断った。
すずちゃんは俺より年上で社会人だけど、そこで喜んで奢られるような男だと思われるのは絶対にイヤだった。

「本当にそんな気を遣ってくれなくていいんだ。俺、楽しかったし。良かったらまた遊ぼうよ」

別れ際に俺はすずちゃんにそう言った。

すずちゃんは失恋したばかりだし、そこにつけ込んで口説くつもりはないけど、でももう会えなくなるのは寂しいと思った。

ここはやっぱりセオリー通りに「お友達からお願いします」といきたい。

社会人と学生、俺の方が年下、ってハンディがあるけど、そのくらいのハンディは気にしたくない。

すずちゃんも俺に悪い印象がなかったから、誘ってくれたんだろうし。

すずちゃんは俺の言葉を聞いて頷いた。

「高志くんにはみっともないところ見られちゃったから恥ずかしいんだけど、そのせいかな、安心して話せる気がする」

安心。
男からするとそれは褒め言葉ではないんだけど、警戒されたり嫌われたりするよりは全然いいよな。

俺はすずちゃんに一目惚れしたようなもんなのかな。

No.38 14/09/03 09:28
小説大好き0 

葉子ちゃんが病院で聞いた話なんだけど、どうも六川さんの怪我は名誉の負傷ということらしい。

車に轢かれそうになったお年寄りの男性を助けようとして、六川さんは怪我をした。
事故があった場所は私や六川さんが住んでいる地区で、だから六川さんは自分の勤務先の総合病院ではなくて、葉子ちゃんがお産した市民病院で治療を受けていた。

六川さんは勤務先の病院へはプライベートなただの事故と報告していたそうだけど、助けられたお年寄りがいろいろ調べて六川さんを探し、病院までお礼にきたことから真相が周囲に知られることになったそうだ。

「感じのいい先生だからもともと人気があったんだけど、その一件でますます株が上がったのよね」

「へー」

六川さんらしいといえば、六川さんらしいような気もする。

飄々とした六川さんに、自慢話はしっくりこない。

だいたい、私が職業を聞いたときも、勘違い男なら胸を張って「医者なんだよ」とか言いそうだけど、六川さんは「へへ、秘密」だったし。

相変わらず「変な人」と思うけど、やっぱり悪人ではないのかもしれない。

葉子ちゃんが言うように、勤務医とはいえれっきとした医者で、見た目もそこそこ悪くなくて、人柄もいいなら、六川さんはモテるんだろう。
よりどりみどり、とまではいかなくても、女には困らないタイプなんだと思う。

実際六川さんの態度は、女性慣れしてるのがわかる雰囲気だったし。

だから私は余計に首を傾げる。

だって私は高校を出たばかりの小娘で、誰もが振り返るような美人でもなければ、すごくモテるタイプの女の子でもない。

女には困っていなそうな大人の男の人が、なにを好んで私に近付きたがるのか。

単に若い女の子が好きなのかな。

初対面のときこそ、相手が怪我人だと思うから少しお節介をしたけど、そのあとの私の態度は好意的だったとはいえない。

そう思うと、私である必要性がもっと感じられなくて、「なーなーちゃーん♡」と構ってメールを送ってくる六川さんが、ますます分からないんだよね。

No.37 14/09/02 17:15
小説大好き0 

「六川さん?」

「やぁ、那奈ちゃん。幸村さんの付き添いって、那奈ちゃんだったんだ」

六川さんはこないだ会ったときのように楽しそうに言った。

「那奈ちゃん、六川先生と知り合いだったの?」

葉子ちゃんは少し驚いたように言った。

「うん、ちょっと」

「幸村さんの妹さん?」

「従妹なんですよ。お産したときも、市立病院にお見舞いに来てくれて」

「仲がいいんですね」

葉子ちゃんと会話する六川さんは、ちゃんとドクターっぽく見えた。
白衣のせいかもしれないけど、普段よりは誠実そうに見えるというか。

六川さんは葉子ちゃんに新しい薬の注意点を言い忘れたらしく、その説明をすると、「お大事に。じゃあね、那奈ちゃん」と言ってまた診察室へ戻っていった。

帰り道、当然葉子ちゃんは六川さんのことを聞いてきた。

仕方ないので、葉子ちゃんがお産した市立病院で会ってお茶を飲んだことを話した。
でも、面倒なので、食事に行ったことは黙っておいた。

「それだけ?それにしては『那奈ちゃん』とか呼ばれて親しそうだったじゃない?」

「そう?」

「六川先生、きっと那奈ちゃんのこと気に入ってるのね。多分病院の職員にも患者さんにも人気があるから、那奈ちゃん恨まれるかもよ」

「そんなこと知らないよ~」

「でも、六川先生はいい人よ。ドクターとしてもいい先生だと思うけど、人柄も」

「そうなの?」

No.36 14/09/02 17:00
小説大好き0 

従姉の葉子ちゃんから頼まれごとをされたのは、六川さんと食事に行った次の週だった。

葉子ちゃんは小さいころからアトピーがあって、いまでも治療に通っている。
それで病院へ薬をもらいにいきたいとのことなんだけど、生まれたばかりの赤ちゃんがいて、ひとりで病院へ行くのが大変らしい。

葉子ちゃんの両親はまだ現役で働いているし、旦那さんのご両親は北海道に住んでいて、赤ちゃんを預ける人がいない。

そこで大学生で比較的時間に融通のきく私が、葉子ちゃんに付き添いを頼まれたというわけだ。

車の免許は春休みに合宿でとったんだけど、さすがに若葉マークの身で葉子ちゃんと赤ちゃんを乗せて運転するのは気がひける。
ウチの車にはチャイルドシートはないし。

そんなわけで私は葉子ちゃんと赤ちゃんと一緒に電車に乗って、葉子ちゃんが通っている総合病院へ行くことになった。
その総合病院の皮膚科の方針が葉子ちゃんには合っているらしい。

電車の中で赤ちゃんを見た。
もうすぐ1ヶ月になるらしいけど、生まれたてのときより太っていて可愛くなっている。
ちなみに名前は「有羽ちゃん」という。
葉子ちゃんに似ているような気がする。
葉子ちゃんは美人だから、きっと有羽ちゃんも美人になるんだろうな。

私もいつか結婚して、赤ちゃん産むんだろうか。
まだ想像できないなぁ。

葉子ちゃんと喋っているうちに病院へ着き、葉子ちゃんと一緒に皮膚科の外来へ行った。

葉子ちゃんが言うには普段よりは比較的空いていて、それでも30分待って葉子ちゃんは診察室へ入った。

私は持ってきたベビーカーに乗せられて眠っている有羽ちゃんを見守りつつ、スマホのゲームをしながら葉子ちゃんを待った。

「那奈ちゃん、ありがとう」

15分ほどで葉子ちゃんは診察室から出てきた。

「幸村さん」

「先生、なにか?」

葉子ちゃんの声に何気なく顔を上げると、葉子ちゃんの前に白衣を着た六川さんが立っていた。

No.35 14/09/02 13:20
小説大好き0 

六川さんが連れて行ってくれたお店は、私が思っていたより高級そうなお店に見えた。

28歳って言ってたけど、やっぱり大人なんだなぁ、と思う。

親やおじいちゃんおばあちゃんと一緒に都心のホテルのレストランとか、ちょっといいレストランに何度か行ったことはあるから、そういう雰囲気に慣れないというほどでもないんだけど、男の人と来るなんて初めて。

六川さんに「どれがいい?」なんて聞かれながら、前菜、肉料理、パスタなんかを選んだ。

コースなんて食べきれないから、一品ずつ選んだんだけど、どれも値段が高い!

………そういえば六川さんて、仕事はなにやってるんだろう

無職、ってことはないよね。
怪我してても、肉体労働じゃなければ出勤するだろうし。

六川さんはセレブな雰囲気とは思わないけど、着ているものも持ち物も、そこそこいいものに見える。

イメージ的には、ゆとりある独身サラリーマンって感じなんだけど。

食事は楽しかった。
食前酒も、ソムリエさんが選んでくれたワインも、デザートに食べた大好きなティラミスも美味しかった。

食事中、六川さんは怪我の治療中の苦労話なんかをして、私の大学や、高校時代の話を聞いてきたりした。

話し上手、聞き上手。
一緒に食事をする相手としては楽しい人だと思う。

私はカフェラテを飲みながら、「六川さんて、お仕事はなにしてるんですか?」と聞いた。

「へへ、秘密」

即答だった。

「無職じゃないですよね」

「無職じゃないよ」

「じゃあ教えてくれてもいいじゃないですか」

「謎が多いほうがいい男に見えるかと思って」

つくづく、変わった人だと思うけど、悪い人とは思えない。

この日、食事のあと「送っていくよ」と言う六川さんを断りきれずに、自宅の側まで送ってもらった。

なにしろ同じ町名の1丁目と3丁目だから、断りようもない。

「またデートしてね」

六川さんはそう言って楽しそうに自分のマンションの方へ帰っていった。

六川さんは私みたいな年下の大学生相手に、どこまで本気なんだろう。

No.34 14/09/01 18:39
小説大好き0 

「見てよ」

私の顔を見るなり、六川さんはズボンの裾をめくって左足を見せた。

カフェみたいな場所でそんなことをしても、あまり違和感がないのは、どういうことなんだろう。

「あー、良かったですね」

私は軽く流して六川さんの前に座り、オーダーを取りに来たウェイターさんにカプチーノをオーダーした。

市立病院で六川さんと会って半月。
一日おきくらいに六川さんからメールが来ていた。
「今日は雨だね」「やっぱりラーメンは味噌だよね」「チョコボールで銀のエンゼルが出たよ」
いつもそんなしょーもないメールばっかり。

つい笑ってしまうんだけど、たいてい「ハイハイ」ってノリで返信してた。
油断すると、すぐ六川さんのペースになっちゃうから。

そんな調子のメールに紛れて、食事に誘われた。

なにが食べたい?と聞かれたので、イタリアンがいいと言うと、青山だの代官山だの言われたので、そんなとこまで出て行くのはイヤだと言ったら、私と六川さんの使う沿線にもいいお店があると言われ、今日がその約束の日だった。

「よかった。那奈ちゃん、来てくれないんじゃないかと思ってドキドキだったんだよ」

相変わらず臆面もなくこんなことを言う。

「イタリアン大好きなんで」

「ちゃんと予約しといたよ」

予約なんてしたんだ。
そこそこいいお店なのかな。
それなりの格好してきてよかった。

No.33 14/09/01 17:18
小説大好き0 

すずちゃんはあの日のことを話してくれた。

すずちゃんが住んでいるのは、この辺りではなくて、ここから電車で30分くらいの場所だ。

あの日、すずちゃんは彼氏と電車に乗っていたらしい。
彼氏は大学生で、あの日は彼氏に誘われて、ここの駅から少し下ったところにあるショッピングモールへ買い物へ行った。
彼氏の誕生日が近かったので、すずちゃんは彼氏が欲しがっていた財布をプレゼントした。

ところが彼氏はプレゼントをもらうだけもらっておいて、帰りの電車の中で別れ話を切り出したらしい。

電車の中ということで、込み入った話もできず、すずちゃんは泣くこともできず、耐え切れなくなって彼氏と別れて途中で降りたのがここの駅。

そして目に付いたカラオケボックスで泣きながら歌っていた、ということだったらしい。

「ひでーな、そいつ」

俺は思い切り憤慨してそう言った。
すずちゃんにプレゼントを買わせたあとで言い出すところがセコい。
そんな状況で泣きながらひとりカラオケしていたすずちゃんの気持ちを考えると、俺が代わりにそいつを殴ってやりたいくらいだ。

「多分ね、大学で新しい彼女ができたんだと思う。私は去年まで彼の大学のサークルに参加してたんだけど、多分そのサークルの子。後輩で彼のこと好きだっていう子がいるのは聞いたことあるから」

「そんなヤツ、別れて正解だよ」

「うん。私もさんざん歌って、やっとそう思えるようになってきた」

「じゃあ今日も歌いなよ。付き合うからさ」

「ありがとう」

すずちゃんはそう言って笑った。

馬鹿だなぁ、その彼氏。
すずちゃんはこんなに可愛いのに。

まぁ俺だって那奈のこと、なんとなく重い、みたいな理由で振っちゃったから人のこと言えないけど。

でも、すずちゃんは可愛い。

那奈は背が165cmくらいあってスラっとしてたけど、すずちゃんはもっと小さくて、童顔なこともあって、なんか可愛いんだよな。

No.32 14/09/01 15:25
小説大好き0 

>> 31 ☆訂正☆
>> × 「夏目さん、でいいんですよね」

>> ○ 「秋本さん、でいいんですよね」

No.31 14/09/01 15:22
小説大好き0 

さすがに正面きって店の客と並んで出て行くわけにもいかないので、この間案内したカラオケボックスの前で彼女と待ち合わせることにした。

俺が10時にバイトを終え、急いで駅の反対側まで行くと、ちゃんと彼女は待っていてくれた。

「お疲れ樣」

彼女は俺を見て笑った。

俺は「お疲れ樣」じゃないし、「こんばんは」でもないし、ちょっと考えて「どうも」と言った。

彼女と一緒に小さめの部屋に入り、彼女はドリンクバーからウーロン茶をとってきて、俺はとりあえずのビールを頼み、乾杯した。

「夏目さん、でいいんですよね」

今日彼女の受付をしたとき、会員カードを見ていた。

「そうです。秋本すず、っていいます」

すずちゃんか。
幼稚園ではすず先生とか呼ばれてるのかな。

「俺は七瀬っていいます。七瀬高志」

「高志くんね。あらてめてよろしくね」

「すず……さん?すずちゃん?なんて呼んだらいいかな」

「年上扱いされてもムズムズするから、すずちゃん、がいいな」

「うん、わかった」

すずちゃんはすぐに歌いださずにウーロン茶を飲んでいた。

「こないだは変なところ見せちゃってゴメンね」

「別にいいけど、今日は元気そうだね」

「うん。大分元気になった」

「………やっぱ、失恋とかしちゃったの?」

聞いちゃ悪いかな、と思ったけど、あれだけモロに泣いてるところを見ちゃったんだし、却ってなにも聞かないほうがわざとらしいかと思った。

No.30 14/09/01 12:30
小説大好き0 

結局意気地なしの俺は、そこで彼女と別れた。

俺がもうちょっと図々しくて押しが強かったら「一緒していい?」って聞けたんだろうけど。

彼女はもっとひとりで歌いたかったんだろうと思った。

キレイな歌声だったけど、ポロポロ涙が落ちている顔は、やっぱり悲しそうだった。

そんなときに見ず知らずの俺がいたって、邪魔なだけなんじゃないかと思う。

惜しいことをした、とは激しく思うけど、やっぱりあれで良かったんだ。

そう。
俺の行動は正解だった。

次の土曜日、また彼女が俺のバイト先のカラオケボックスにきた。
この日も彼女はひとりだった。

受付で彼女は俺に「この間はありがとう」と言って笑った。

オーダーされたドリンクを運んだのも俺だった。

もちろん彼女は泣いてなくて、歌っていた曲も「ジョイフル」で元気いっぱいだった。

曲が終わりかけていたので、俺は「あっちの店、どうでした?」と聞いた。

「うん、2時間歌っちゃった」

彼女はそう言って舌を出して見せた。

「良かったです」

あまり長居するわけにもいかないので、俺はそう言って部屋から出ようとした。

「今日もこないだと同じくらい?」

彼女の声が俺を追いかけてきた。

「え?」

「バイトの時間。良かったら、あっちの店、一緒に行かないかなと思って」

もちろん俺は断らなかった。

No.29 14/08/31 23:41
小説大好き0 

なんとなく、俺が彼女を違うカラオケボックスへ案内することになってしまった。

いや、彼女はちょっと好みだったから、決して嫌々ではないんだけど。

泣いてたし。
キレイな声で歌ってたけど、失恋ソング歌いながらポロポロ涙流してたってことは、普通に考えて失恋したのかなぁ、と思う。

失恋したての女の子にヨコシマな気持ちを抱くのも男らしくないような。

でも、俺、元々そんなに男らしくない自覚があるし。

なんてゴニョゴニョ考えながら、駅の中を抜けて東口から西口へ行き、駅前通りから一本入ったところにあるカラオケボックスへ彼女を案内した。

自然と歩きながら、少し話をした。

「えーと、店員さんは何歳?」

俺のことをなんて呼んだらいいのか迷ったようで、彼女はそんな言い方をした。

「この間19歳になりました」

「学生さん?」

「はい。○○大です」

「いいなぁ。私はこの間卒業しちゃったの。××短大」

てことは2コ上か。
俺と同じくらいにも見えるから、童顔なんだ。

「××短大ってことは、幼稚園の先生かなにか?」

「ピンポーン。正解。今年からすみれ組の先生です」

可愛い先生だなぁ。
俺も幼稚園児になりたい。

カラオケボックスの前まで来ると、彼女は
「ありがとね」
と言った。

「いえ、どういたしまして」

一応、まだ店員感覚で礼儀正しく答えた。

No.28 14/08/31 09:02
小説大好き0 

俺はその日は11時に上がった。
本当は10時までだったんだけど、10時からの先輩が遅刻したから、その先輩が来るまで延長になっていた。

着替えて帰ろうと思ってエレベーターに乗り込むと、さっきの変わった女の子が「すみませーん」と言いながら乗ってきた。
もう涙は出ていないみたいだ。

俺はすぐ気付いたけど、向こうは俺が私服に変わっているからなのか気付いていないみたいだった。

そのまま1階まで降り、ドアが空いたので俺はつい店員気分のまま「開」ボタンを押しながら「どうぞ」と彼女に声をかけた。

すると彼女は俺の方を向いて「あ」と言った。
声を聞いて俺がさっきの店員だと気付いたらしい。

彼女に続いてエレベーターから出ると、彼女は
「さっきはごめんなさい。びっくりしたでしょ」
と照れ臭そうに笑った。

「いえ、別に、大丈夫です」

さっきは涙に気を取られてたから思わなかったけど、この子、笑うと可愛いなと思った。

「混んでると延長できないのね」

彼女は残念そうに言った。
ひとりカラオケだったみたいだけど、まだ物足りないのかな。

「すみません、土曜だから」

「ああ、ゴメンね。文句言ってるわけじゃないの」

「駅の反対側に違う店ありますよ。ウチより高いけど」

「ホント?どのへん?私、この辺り初めてなの」

No.27 14/08/31 08:43
小説大好き0 

歳は俺と同じくらいかな。

そう思ったときに彼女がちらっと俺を見た。
『あ、オーダーしたやつきた』くらいな感じで。

でも、俺はヤベって思った。

彼女の歌は上手かった。
音程は完璧で、澄んだ綺麗な声だったから、部屋に入ったとき思わず聴き惚れたくらいで。

なのに、俺から見えた顔は、涙でずぶ濡れだった。

普通泣きながら歌ったら、音程が乱れたり、声が割れたり、歌詞が途切れたりするもんだけど、彼女の歌はそれもない。

ただ、目からポロポロポロポロ涙がひっきりなしに流れてる。

もしかして、そういう病気なのかな?
なんでもないときに涙が止まらなくなるような。

そう思うくらいだった。

それでも俺は一応店員だし、そこは見て見ぬ振りをするのが正解。

そう思ってそのまま部屋から出ようとしたら、彼女はいきなりマイクを下ろして

「この歌、切ないですよね?」

と俺に言った。
まだ涙はポロポロ出てるけど、話す調子も普通だった。

「え、えっと、そうですね。お上手ですね」

俺は驚いてどもりがちになりながらそう言った。

「他になにか『失恋ソング』ないですか?グッとくるやつ」

どうでもいいけど、涙、止まらないのかな。

「『会いたくて会いたくて』とか『プラネタリウム』とか、どうですか」

一応思いついた曲名をあげてみる。

「王道、ですね」

彼女は「ありがとう」と言って座り直すと入力端末をいじり始めた。

変わった女の子だな。

俺はそっとその部屋から出た。

No.26 14/08/30 18:07
小説大好き0 

☆感想スレ☆
http://mikle.jp/viewthread/2132637
たてさせていただきました。
読んでくださっている方がいらしたら、お時間あるときにお願いします。

No.25 14/08/30 17:35
小説大好き0 

俺はその日、バイト先のカラオケボックスにいた。
だいたい週に4回から5回、夕方から夜、たまに深夜までのシフトに入る。

4月に入ったサークルにはたまに顔を出す程度。それもコンパのときばかり。
それでも許されるような、ユルいサークルだった。

サークルには同じ大学や、他大学の女の子がたくさんいたけど、俺はいまいちピンとくる子がいなかった。

那奈とはあの「うっかりキス」があったというのに、変わらない付き合いが続いている。

たまに学食で一緒になったり、駅まで歩いたりしていて、友達からは「七瀬の彼女?」とか聞かれたりするけど、それを横で聞いてた那奈が「ちがーう!同じ高校にいただけ!」と、プロテニスプレイヤーのスマッシュみたいな返しをした。

なぜか友達はみんなそれをストレートに信じた。

仮にも元カノなのに。
こないだはキスまでしたのに。

俺と那奈にはそういう雰囲気がまるでないらしい。

まぁいいんだけど。

そんなわけで、いまの俺には女っ気がなかった。

それはそれで気楽なんだけど。
バイトにもせっせと通って、懐も暖かくなるし。

まぁそんな感じで、俺は6月の終わり頃の土曜もバイトに勤しんでいた。

土曜の夜ということで、満室御礼。

俺はオーダーのあったカクテルを運んでいた。

ドアを開けると、女の子が1人で熱唱中。

古い歌、歌ってるなぁ

プリンセスプリンセスの「M」。

よく主婦グループの部屋で聴く曲だな。

俺はそう思いながらテーブルにグラスを置いた。

No.24 14/08/30 16:45
小説大好き0 

「その怪我は骨折ですか?」

「そう。事故に遭ってね。あはは」

あはは、って。明るいなぁ。

「もうすぐギプス取れるでしょ?そしたらちょこっとリハビリして、完全復活」

「……良かったですね」

そのくらいしか私には言いようがない。

「ねぇ、那奈ちゃん」

ちゃん。
まぁいいけど。

「完治したらさ、デートしてよ」

あー、つくづく軽いな。

「………どこへ?」

私も私だ。
私ったら、断らないんだ。

「そうだなぁ。オーソドックスに海とか山へドライブとか行きたいなぁ」

「ドライブなんて、足が完治してたら安全な人じゃなくなるじゃないですか」

私は呆れながら自分のバージニアスリムに火をつけた。

「お。那奈ちゃん、鋭いね」

なんか、ホントにこの人はどこまで冗談なんだろう。
掴み所がない。

「安心して。俺は安全な男だよ」

さっき初めて会ったばかりの人のこんな言い分を、どう信じろと言うんだろう。

腹が立つよりも、呆れておかしくなった。

「あ。やっぱり那奈ちゃんは笑った方が可愛いね」

臆面もなくこんなこと言う六川さんが、新鮮だった。

「笑ってくれたついでに、連絡先聞いてもいい?」

「いいですよ」

なんか、完全に六川さんのペースに乗せられた。

私は六川さんにメールアドレスだけ教えた。しかも捨てアド。

「捨てアドですけど、メール来たらちゃんと返事しますよ」

「十分十分。ありがとう。嬉しいなぁ」

やっぱり変わった人だと思った。

No.23 14/08/30 14:30
小説大好き0 

六川さんは広い駐車場のある珈琲店へ車を乗り入れた。

成り行き上、私が六川さんが車から降りるのを介助する感じになる。
相手は怪我人だから仕方なくしているんだけど、傍目にはどんな風に見えるのか。

私は六川さんと店に入ると、案内の店員さんに「喫煙席で2人です」と言った。

「タバコ吸いなんだ」

六川さんは席に落ち着くと、興味深そうに私に言った。

「はい、すみません」

女の喫煙者が男性から嫌われがちなことくらい、承知の上。

でも強引に誘われた感は否めないし、ナンパみたいな形で会った人に良く思ってもらおうとも思わない。

ところが六川さんは
「わー、嬉しいな。希少な同志だ」
と言って、ショートホープをバッグから取り出した。

調子狂うなぁ。

「ねぇ、名前教えてもらっていい?」

美味しそうにタバコを吸いながら、六川さんは言った。

「大塚 那奈です」

「そんな名前の女優がいたね」

「よく言われるネタです」

「これはつまり、美人さんだね、って言ってるんだよ」

調子のいい人だ。

「いくつ?」

「10月に19歳になります」

「いいねー若い若い」

オッサンか。

「大学生?」

「はい」

「学部は?」

「英語学科です」

「すごいね」

六川さんはニッコリする。

不覚にも、ちょっと素敵だと思ってしまった。

No.22 14/08/29 23:20
小説大好き0 

「……27…28歳?」

「そう。28歳」

六川さんはにこにこ笑った。
この人、童顔なんだ。
下手したら大学生かと思うのに。

住所を見ると、同じ町名で、六川さんは1丁目、私は3丁目。近い。
あ。中学の友達んちもあるマンションだ。

「怪しい者じゃないよ」

怪しい者が自分で怪しいとは言わないでしょ。

でも、なんか、この六川さんと話していると、調子が狂う感じがする。

飄々とした、って、こういう人のことを言うのかもしれない。

「怪我して病院通いしてたお陰で、好みのタイプの女の子と知り合えたわけでしょ?しかも足がこんななら余計な警戒されずに済むし。そんなチャンス、逃したら勿体ないと思わない?」

「さぁ」

そう言いながら、つい吹き出してしまった。

「変わった人ですね」

「そうかな」

結局私は六川さんの誘いを受けた。

普段なら会ったばかりの人の車になんて、絶対に乗らないのに。

六川さんの車はプリウスだった。
キレイなメタリックブルー。

「ついでにお茶に誘ってもいい?」

「車にまで乗り込んで、嫌とは言いません。お付き合いします」

「わぁ。今日はついてるなぁ」

六川さんは大袈裟に喜んでみせた。

変な人。

No.21 14/08/29 18:49
小説大好き0 

「どなたかのお見舞い?」

彼は馴れ馴れしいとは感じない程度に、人懐っこい口調で言った。

「はい、まぁ」

従姉妹が出産したとか説明するのも面倒なので、そんな答えになった。

「俺はね、診察。もうすぐギプスが取れるんだ」

「はぁ。大変ですね」

私は缶コーヒーも開けずに、掌で弄びながら答えた。
ギプスがもうすぐ取れるというなら、骨折だかなんだかわからないけど怪我して結構経つんだろうに、この人はいまだに松葉杖を持て余しているんだ。
不器用なのかな?

「帰るなら、駅まで送らせて?」

初対面の人と?
しかも怪我人と?

私があからさまに怪訝な顔をしたのを見て、彼は笑った。

「怪我人のくせにって顔してるね。文明の利器ってすごいよね。オートマの車なら、右足が動けば運転できるんだよ」

なるほど。
でも初対面の男の車にホイホイ乗るほど、私も軽くない。

「知らない人の車に乗ったらダメって、お母さんから言われてる?」

………馬鹿にしてるのかな

「警戒しなくても、俺はこの通り怪我人だし、悪さはできないよ。なんならこれ」

彼はそう言って財布を出して、中から運転免許証を出して私に渡してきた。

仕方ないので見てみる。

『六川 司』

「ろくかわ?」

「そう。『ろくかわ つかさ』といいます」

「珍しい苗字ですね」

「そうでしょ」

なんとなく、こないだ遊んだばかりの高志を思い出した。
高志の苗字は七瀬だったな。

数字つながり。

No.20 14/08/29 14:31
小説大好き0 

「ありがとう」

彼はそう言ってペットボトルを受け取ろうとしたが、まだ手には小銭入れは持ってるし、松葉杖は2本あるし、「どうやって飲むの?」という感じだった。

お節介ついでと思って、私が「あちらにお座りになったらどうですか?」と言って空いている長椅子を指すと、彼は「あぁ、そうだね」と言って小銭入れをポケットに入れてから杖をつきなおし、慣れない感じで椅子まで移動して座った。

私は彼が座り終わったところで「どうぞ」と言ってペットボトルを差し出した。

彼は「助かったよ、ありがとう」と笑った。

私より少し年上かな。
23、24歳くらい?
清潔感のある優しい雰囲気のある顔をした人だ。

「じゃ、お大事に」

私がそう言ってその場から離れようとすると、彼は「あぁ、ちょっと待って」と言って私を手招きした。

「なんですか?」

私が彼のほうに向き直ると、彼は小銭入れを出して、500円玉を私に差し出した。

「もう1本、なにか買ってきてくれない?」

「………いいですけど、なに買いますか?」

「君の飲みたいものでいいよ」

「はぁ」

私はさっきの自動販売機の前に行き、無難なところで缶コーヒーを買った。

彼にそれを差し出すと、「まぁ、どうぞ」と言って、彼は自分の隣を掌で指した。
座れ、ということか。

つまり、ナンパ?

そう思ったけど、相手はどっからどう見ても怪我人だし、ここは真昼間の病院だし、まぁいいかと思って彼の隣に座った。

「ひとりで飲むのも寂しいから、付き合ってよ」

なんとも悪びれない感じで彼は言う。
いい歳した男の人が寂しいもなにもないもんだ。
そう思ったけど、なんとなくこの人は男の人特有の嫌らしさとかが感じられなくて、不快には思わない。

だから言われるままに彼の隣に座った。

No.19 14/08/29 11:57
小説大好き0 

「ありがと、那奈ちゃん」

従姉妹の葉子ちゃんの声に送られて、私は手を振りながらエレベーターに乗った。

6月の土曜日。
私は市立病院に葉子ちゃんのお見舞いに来ていた。
お見舞いといっても、一昨年結婚した葉子ちゃんが初めての赤ちゃんを産んだから、お祝いに。
葉子ちゃんは私より7歳上なんだけど、割と家が近いこともあって、昔から仲良くしている従姉妹のひとり。
バイト代で肌着と靴下のセットを買って渡したら、葉子ちゃんはとても喜んでくれた。

赤ちゃん、小さかったな

初めて見た新生児は可愛いというより小さい、って感じ。

女の子、って聞いたけど、まだ顔が可愛いかどうかなんて分からない。

でも、小さくてフヤフヤ泣いてて、それは可愛かった。

エレベーターが1Fに着いて受付とか会計窓口のあるホールの端を歩いていくと、隅の自動販売機の前で悪戦苦闘している若い男の人がいた。

なんで悪戦苦闘しているかは一目瞭然だった。
その人は2本の松葉杖を左手に持って、多分ギプスで固められている左足を庇いながら飲み物を買おうとしている。

大変そうだなぁ、と思って見ていたら、チャリンチャリンと涼しい音がして、小銭が床に散らばった。

仕方ないなぁ。
そう思いながら私の足元に転がってきた10円玉と100円玉を拾い、その人の近くまで行ってまた10円玉を5枚拾った。

「どれを買うんですか?」

私が掌に拾った小銭を広げて見せて言うと、彼は「ありがとう」と戸惑ったように言った。

彼は「じゃあ悪いけどこれ頼める?」と言ってコーラを指差したので、私は小銭を投入口に入れてボタンを押し、出てきたペットボトルを取り出した。

No.18 14/08/29 11:06
小説大好き0 

やべー
やっちまった

そう思ったのは家に帰って、酔いがさめてきたころだった。

つい、那奈にキスしてしまった。

出来心というか、はずみというか。

別れ際、那奈はなんて言ってたかな。

『お互いのために、まぁなかったことで』

みたいなことを言ってたような気がする。

あー、でも良かった。
あそこで那奈がストップかけてくれなかったら、どうなっていたことか。

ホント、男って好きじゃなくても、ヤりたくなる生き物なんだな。
我ながらアホだと思う。

一応、経験あるし。
那奈と別れたあとだけど、ナンパした女の子と、その日にちょっと。
そのあともちょっと。

でも、那奈は俺とはイヤなんだな。
酔ってたくせに、俺の手を押さえた力は結構強かったし。

那奈は変わったんだろうか。
それとも、元々の那奈が、あれなんだろうか。

本音を言えば、那奈と遊んだ時間はすげー楽しかった。

那奈は俺に気なんか遣わない代わりに、自分が楽しんでるのが俺にも分かったから、逆に俺も言いたいこと言って楽しんだ。

付き合ってる頃の那奈があんな風に振舞えなかったのは、やっぱり俺にも原因があるのかな。

あんな那奈とだったら、ずっと楽しいままでいられたと思うんだけど。

でも、いま那奈は俺を好きじゃないみたいだし、俺も同じ。
嫌いじゃない、ただの友達でもない、でも楽しい。

俺と那奈は付き合うってなると、相性が良くなくて、ただつるんで遊ぶだけなら最高なのかもしれない。

そんな適当なことで、いいのかね。俺も那奈も。

No.17 14/08/28 19:16
小説大好き0 

高志はただの元カレ

好きだったのはずっと前のこと

なんとなく
普通の男友達より近くて
でももう好きじゃないから
なんでも言える

この間まで付き合ってた彼と別れて
寂しかったから

うっかりキスしちゃったけど

キスくらいならご愛嬌

それ以上は
やっぱり好きな人とじゃないと無理

高志も私のこと好きなわけじゃないんだろうし

でもちょっと
利用しちゃった感じがしなくもない

だからホントは

ごめんね

そう思った

でも言わない

言わなくていいか
って思うから

No.16 14/08/28 16:08
小説大好き0 

俺は置いてあった那奈のタバコを1本もらい、那奈と並んで煙を吹き上げた。

なんだか那奈は本当に違う女の子になったみたいだ。

付き合っていたとき、那奈にキスしたのは、クリスマスのときの1回だけ。

あのときの那奈は、いかにも慣れてなくて、純情そうな感じが可愛かった。

でもさっきの那奈は、あんなキスにも慣れていたというか………。

おいおい、那奈。
もうオトナになっちゃったのかよ。

なんかショックだな。

「那奈、俺のあとに付き合ったヤツいるの?」

「うん、いるよ」

那奈は律儀にタバコを持っていた携帯灰皿で揉み消しながら言った。

「いまは?」

「こないだ別れちゃった」

「バイト先の人?」

「うん、そう。今年就職してバイト辞めた人」

筋違いなのは分かってるけど、どんな男なのか、無性に気になった。

那奈はそいつと寝たのか。

さっきのキスは、そいつに教わったのか。

………これじゃ、ヤキモチみたいだな

さっき那奈にキスしたのは、那奈のことを好きだからってわけじゃない。
成り行きってやつだ。

那奈も酔った勢いってヤツだろう。

その証拠に、キスしたからって、那奈への気持ちが変動したという感じはしない。

那奈も同じだろう。
どう見たっていまの那奈の態度は、好きな男に見せる態度じゃない。

「私と高志、別れて正解だったよね」

那奈がクスクス笑いながら言った。

「どういう意味?」

「だって、あのまま純愛貫いて高志と結婚しちゃったら、私『ななせなな』になっちゃうもん」

「なんだよ、それ」

那奈。
ポイント、ずれてるだろ………

No.15 14/08/28 15:49
小説大好き0 

「酔いざまし~歩こう」

4時間カラオケボックスにいて、いい加減酔っ払った俺と那奈は店を出て、駅までの道を遠回りして、近くの公園の中を歩いた。

「ちょっと休憩」

那奈はベンチを見つけると寝っころがってしまった。

「おい、那奈、寝るなよ」

「寝ないよ?」

那奈の頭の横に座った俺を、那奈が仰向けになって見ていた。

待て、那奈。
ヤバイよ。
誘ってんの?
いくらとっくの昔に別れたって言ったって、俺、那奈のこと好みだったから付き合ってたんだぜ?
こんな夜中に、人気のない公園で、そんな風に見られたら、変な気分になるだろ?

俺は気が付いたら、那奈にキスしていた。

那奈の口は少し開いていたから、つい、軽いキスのつもりが、エロいキスになっていた。

那奈は俺にされるままになっていた。

つい手が那奈の胸に伸びる。

「はいはい、そこまで」

那奈の手が俺の手をガッチリ掴んだ。

「なんだよー」

「それ以上したら、高志も引っ込みつかなくなるでしょ」

那奈は「よいしょ」と掛け声をかけながら体を起こし、立ち上がると公園の前の自動販売機でスポーツドリンクを買った。

「あんな無防備だと、男はオッケーなのかと思うだろ」

俺は那奈が飲んでるアクエリアスを失敬して飲んだ。

う。
さっきの那奈のキスの名残があるような気がする。

「キスくらいならいいけど、その先はゴメンだよ」

那奈はバッグからタバコを取り出すと、1本抜いて火をつけた。

「那奈、タバコなんか吸うの?」

「たまにね。おもしろくないことがあったときとか」

No.14 14/08/28 12:57
小説大好き0 

「那奈」

3時間歌いながら飲み食いして、やっと曲が途切れたところで、俺は那奈に話しかけた。

「なに?」

那奈は選曲用の端末をいじりながら機嫌よく答えた。

「なんか、高校の頃と違うんだけど」

「なにが?」

「那奈が」

そこで那奈は端末から顔を上げて、やっと俺のほうを向いた。

「どこが違うのかな?」

那奈は不思議そうに言う。

「どこが、って言われても困るんだけど………。そうだな、俺と付き合ってる頃はもうちょっと優しかったっつうか、控えめだったっつうか………」

「そんなこと?」

那奈はマンガみたいに「ぷっ」と吹き出した。

「そんなことって言うけどさ、別人みたいだから」

「別人って言えば別人なんじゃない?だってあの頃は高志のこと好きだったけど、いまはそうじゃないし」

那奈。
もうちょっとオブラートに包んだ物の言い方はできないのか。
俺から振ったような形とはいえ、昔好きだった女の子からそんなダイレクトな言い方をされると、若干傷付くんだけどな。

「そういうもんなの?」

「そりゃそうだよ。高志と付き合ってた頃は、嫌われたくなかったし、良く見られたかったし、そりゃ気も遣うでしょ。まぁ、それで高志から嫌われたようなもんだと、私は思ってるけど」

逆に言えば、今は俺のことなんかなんともおもってないから、気なんか遣わないということなのか。

「いまにして思えば、私も馬鹿だけど可愛かったよね。私、すっごい高志のこと好きだったから、好きすぎてどうしていいか分かってなかったんだと思うよ」

不覚にも。
那奈の言葉を聞いて、俺は少女マンガ風に「キュン」としてしまった。

No.13 14/08/28 12:36
小説大好き0 

結局5ゲームやった。
予定より2ゲーム多くなったのは、俺が「泣きのもう1回」を2回もやったから。

那奈のアベレージはハンディなしでも150越えで、アベレージ130で終わった俺とでは勝負にならなかった。

「那奈~、こんなにボーリング上手いなんて、聞いてなかったぞ」

「高志が知らないだけだよ~」

「完敗だよ。約束通り奢るよ」

「わーい。居酒屋よりカラオケがいいな」

「はいはい」

俺と那奈はボーリング場を出て、カラオケボックスに行った。

未成年だけど、固いこと言わずにビールで乾杯。

那奈はピザだのジャンバラヤだの、ポテトだのから揚げだのと遠慮なしに注文した。

「よく食うなぁ」

俺は那奈の食べっぷりを呆れて眺めた。
遠慮してると俺の食べる分がなくなる。
那奈は俺の分を取り分けてくれるようなこともしてくれない。

「高志が2ゲーム余計にやりたがるから、お腹空いちゃったんだよ」

そう言いながら、那奈はなくなりかけた自分のグラスに気付いて、さっさとインターホンに向かい「巨峰サワー下さい」とか言っている。
俺が「あ、俺レモンサワー」と言うと、那奈は「あ、高志もだった?」とインターホンに俺の分を付け足しのように言った。

カラオケも気が付くと3曲くらい那奈の選曲が続いている。

俺はまた思う。

那奈って、こんな女の子だったっけ?

No.12 14/08/28 09:42
小説大好き0 

那奈と最初に飲みに行ったのは、たまたま講義のあとに駅までの道で一緒になった日だった。

「高志、今日ヒマなら遊ぼう。飲みに行こう」

なんのこだわりもない感じで那奈が言い出した。

「まぁ俺も今日はバイトないし」

俺は自宅の最寄駅そばにあるカラオケボックスでアルバイトしているが、この日は休みだった。

「じゃあ遊べるね!」

あっさり那奈と2人で遊ぶことに決まってしまった。
嘘でもバイトか用事があると言えば良かったと、那奈と電車に乗ってから思った。

俺と那奈が通う大学の教養課程キャンパスは東京の郊外にある。
那奈は都会へ出るのはめんどくさいと言い、電車で4駅のターミナル駅周辺で遊ぼうと言い出した。

「ボーリング行こう、ボーリング」

まだ夕方の早い時間だから、飲みに行くまでの時間潰しということだ。

言われるがままにボーリング場へ行くと、「なんか賭けようよ」と那奈が言った。

「いいけど、なに賭ける?」

「今日の飲み代賭けよう」

「いいよ。那奈ハンディは?」

「え?くれるの?じゃあ20ちょうだい」

「いいよ」

那奈に嵌められたと悟ったのは、始めてすぐだった。

那奈はボーリングがメチャメチャ上手かった。
そういえば、那奈と付き合っている頃、ボーリングはしたことがなかった。

「なんだよ、ハタとチョウチョばっかじゃねぇか」

1ゲーム終わってみれば、那奈のスコアにはスペアとストライクが並び、ハンディなしで160を越えていた。
俺はそれほど調子が悪いわけでもなく、130。
勝負にならない。

「わーい、勝った勝った」

那奈は得意気に笑った。

「3ゲームって言っただろ。次は俺が勝つから!」

俺もムキになって言った。

No.11 14/08/27 18:58
小説大好き0 

那奈は俺のことなんて、全然気にしていないみたいだった。

大学生活が始まると、ときどき那奈と遭遇した。

学食で昼飯を食っていたりすると、平気で俺の隣や前に座ってきたりする。
それも

「やっほー高志」

みたいな感じで、完全な友達ノリだ。

仕方ないので、取り敢えず喋る。

選択決めたか、とか、語学どうだ、とか、サークル入るのか、とか。

俺がテニスとかコンパとかの適当な雰囲気のサークルに入ったと言うと、那奈は

「へー。私はサークルには入らないと思う」

と言った。

「なんで?」

「なんか、肌に合わない。バイトでもしてる方がいいや」

那奈が言うには、大学のお遊びサークルは「みんな仲良し」みたいな雰囲気が合わないのだそうだ。

「なんか、私、ああいうつるみ方、苦手みたい。協調性ないみたいだね」

那奈はそう言ってアハハと笑った。

俺も那奈も、それぞれ大学の中に友達は増えて行ったが、大学に入ってからの那奈は、俺が知っている高校時代の那奈とはイメージがまったく違っていた。

こんなにサバサバして気が強い感じだったか?

仮にも元カレの俺に、いろいろズケズケ言うようなタイプだったか?

確かに明るくて元気なイメージだったけど、なんか違う。

俺と付き合っていたときの、どっちかっていうとウジウジしていた那奈は、いったいなんだったんだ?

No.10 14/08/27 12:53
小説大好き0 

>> 9 ☆入力ミス☆
× ORZ
○ orz

No.9 14/08/27 12:46
小説大好き0 








思わずリアル「ORZ」したい気分になったのは、大学の新入生オリエンテーションの日だった。

指定の大教室へ向かおうとしていた俺の前に、那奈がいた。

「高志」

那奈はそれほど驚いた風でもなく、某然とする俺の前に立っている。

「指定校推薦とったって、ここだったのかよ」

「なんだ高志、知らなかったんだ。私は高志が10校受けてここしか受からなかったこと、ちゃんと知ってたよ」

なんで那奈はこんなに悠然と構えてるんだ。

「10校じゃない。8校だ」

虚しい反論をしてみる。

「四捨五入したら同じじゃない。でもよかったね、浪人しないで済んで」

いっそ全部の大学に撃沈して、浪人していたほうがよかったんだろうか。

「やだなぁ、高志。そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。心配しなくたって、高志と付き合ってたことは黙っててあげるよ」

那奈は涼しい顔でそう言う。

「そういう問題じゃなくて」

「どういう問題?私が知ってる限り、西高からこの大学に来たのは私と高志だけだよ。だからこれから知り合う人には『ただの同級生』って言えば済む話じゃない?」

どうでもいいけど、那奈ってこんな女だったか?

なんていうか、雰囲気が変わった。

化粧とか、大学生っぽい私服のせいか?

「ま、これからまたよろしくね〜」

那奈は余裕たっぷりな感じにそう言って歩いていった。

ひとり残った俺は、某然とその後ろ姿を見送るしかなかった。

No.8 14/08/27 12:00
小説大好き0 

那奈と別れたあとの4月、3年へ進級してクラス替えがあり、俺と那奈はクラスが別になった。

ホッとした。

俺と那奈が付き合って半年で別れたことなんて、学校の連中からすれば「高校あるある」の一つでしかない。

多少は「七瀬くんと那奈、別れたんだって」みたいな噂話が流れたが、3年になって受験モードに突入する奴らも増えた毎日で、そんな噂もすぐにされなくなった。

それでもときどき校内で那奈と擦れ違ったり、見かけたりすることはあったけど、まぁ多少気まずいくらいなものだった。

俺も那奈も大学進学を希望していた。

俺は塾に通い、夏頃からは模試と勉強漬け。

秋になり、友達からの噂で那奈がどっかの大学の指定校推薦をとったことを聞いた。
学校の授業を怠けがちで、大した成績がとれてない俺は、単純に羨ましいと思った。

親を拝み倒して、東京6大学から、その格下のまぁ名の知れた大学まで、片っ端から受験させてもらった。
トータルで8校。
経済学部、商学部、その辺ばかり受験して、どうにかそこそこ名の知れた大学に1校だけ合格した。

浪人してまで行きたい大学があったわけじゃないから、合格できただけで御の字だった。

指定校推薦が決まっている那奈は、冬休みあたりから暢気にアルバイトなんかしていたようだ。

俺は受験が済んですぐに自動車教習所に通い始めた。
大学に通い始めたら、バイトで金を貯めて、車を買いたいと思った。

そして3月に高校を卒業した。

卒業式の日、遠くの女子の輪の中に那奈がいるのを見た。

那奈は俺には気付いていないようだった。

那奈は俺と付き合い始めた頃のように、明るい顔で笑っていた。

あの笑顔が好きだったのに、那奈の顔を曇らせていたのは俺だった。

でももう、会う機会もないかな。

ちょっとほろ苦い気分で、俺は友達と学校をあとにした。

No.7 14/08/27 11:32
小説大好き0 

あとになって思えば、やっぱり俺はガキだった。

最初に盛り上がるだけ盛り上がって、浮かれて、那奈が俺を好きでいてくれるからこそ一緒にいたいとか、離れているときに不安になるとか、そんな気持ちなんか考えなかった。

自己中だった。

でもその頃の俺は、そんなことまで考えられなくて、だんだん那奈の気持ちが重荷になっていった。

那奈にもそんな空気が伝わったのか、うるさいことを言ってこなくなっていった。

あとはお決まりのコースで。

一緒にいる時間が減って減って、ついにはなくなってしまった3月、那奈からLINEがきた。

>>もう終わりなのかな

正直、那奈からそう言ってきてくれて、助かったと思った。

やっぱり、俺から言うのは気が重い。

>>そうかもしれないな

>>私のこと嫌いになった?

>>嫌いにはなってないけど、なんか思ってたのと違う

>>そうか。じゃあやっぱりもう終わりなんだね

>>うん。ごめん

>>私のほうこそ、ごめんね

最後の那奈の一文は、俺の胸を痛くした。

でも、落ちるとこまで落ちた気持ちは、やっぱりもう上がらなかった。

そんな風に、なんともありきたりな流れで、たった半年の付き合いは終わってしまった。

No.6 14/08/27 10:53
小説大好き0 

体育祭、修学旅行、クリスマス

イベント、イベント、またイベント。

思えば付き合うきっかけになった体育祭のあたりから、盛り上がりはいきなり最高潮で、盛り上がったままイベント続き。

年が明けて3学期が始まったころから、俺と那奈の間の空気がおかしくなってきた。

付き合い始める前の那奈は、とにかく元気でお喋りだった。
一緒にいるだけでこっちも楽しくなって、とにかく何時間でも喋っていられた。

ところが、那奈はだんだん変わった。

前と変わらず可愛いし、普通に話もするんだけど、どこか前と違う。

「私のこと嫌いにならない?」

気付いたら、それが那奈の口癖になっていた。

毎日何時間もLINEをしていたのが、1日空いたりするようになり、やっても俺からのメッセージは少なくなった。

友達と遊ぶ回数がだんだん那奈と付き合う前に戻っていった。

すると那奈は「なんで最近LINE遅いの?」「また日曜会えないの?」そんな台詞が増えていく。

俺と一緒にいても、前みたいに笑わなくなった。

いつも不安そうにしているような気がする。

俺は明るくて元気でお喋りな那奈が好きだった。

こんな暗い目をする那奈は、俺が好きだった那奈じゃないような気がした。

あんだけ最初っから盛り上がってしまったから、あとは落ちるだけ。

俺と那奈の距離は、どんどん離れていってしまった。

No.5 14/08/27 10:29
小説大好き0 

俺と那奈はそうして付き合い始めた。

俺は中学校の頃に2人彼女がいたことがあるけど、すぐに「別れた」みたいな感じになった「彼氏彼女ごっこ」みたいなもんだったから、高校で彼女ができたのは初めてで、やっぱり中学の頃よりは気分的に大人な気がした。

那奈は目立つような美人とか可愛い子とまではいかなかったけど、普通に友達に自慢できるレベルの女子だったし、俺は那奈と付き合い始めて浮かれていた。

俺と那奈が付き合い始めたのは体育祭があった秋で、12月には修学旅行があった。

行き先は九州の長崎だった。
行動グループはあったけど、俺のグループと那奈のグループは仲が良いヤツが多かったから、みんな俺と那奈が一緒に回れるように気を利かせてくれた。

ハウステンボスでも、長崎市内巡りでも、俺はずっと那奈と一緒だった。

先生たちまで、「お前ら2人で消えるなよ」なんてからかってきた。

修学旅行のあとも、俺と那奈は一緒の時間を過ごした。

俺は陸上部だったんだけど、那奈は俺が終わるのを図書館や学食で待っていてくれて、暗くなった道を2人で自転車を押しながら一緒に帰った。

クリスマスにはディズニーランドへ行った。

俺を可愛がってくれる叔父さんがディズニーランドのスポンサー企業に勤めていて、チケットを手配してくれた。

日曜日で入場制限がかかる日だったから、那奈はメチャメチャ喜んでくれた。

「ディズニーシーとランド、どっちにする?」

「ランドがいいな。ホーンテッドマンションが好きなの」

那奈と電車に乗ってディズニーランドへ行き、夜まで遊んだ。
狂ったような混雑だったけど、那奈と一緒だったから楽しかった。

その日の帰り、那奈を送って行った途中にある公園で、プレゼントを渡した。

小さなピンク色の宝石がついたブレスレットをあげた。

那奈はマフラーをくれた。

そのとき、俺は那奈と初めてキスをした。

寒かったし、外だったから、ホントに軽く触れただけ。

俺は女の子にキスしたのは初めてだった。

なるべく平気そうな顔をしてたけど、内心はすごいドキドキだった。

暗かったけど、那奈が赤くなってるのが分かった。

多分那奈も初めてだったんだと思う。

やっぱり、可愛かった。

No.4 14/08/26 17:08
小説大好き0 

「高志、すごかった!」

那奈が駆け寄ってきてそう言った。

自分でもなかなかカッコよかったと思う。

なにしろ高校生活の中での大きいイベントの一つだし。
俺の取り柄の脚の速さを、最高の舞台で披露できたし。

俺たちの青組は優勝した。

その夜は学校近くのファミレスにクラスの人間がほぼ全員集まって、打ち上げをやった。

俺は優勝の功労者のひとりとして、みんなから持ち上げられ、いい気分だった。

打ち上げが9時に終わると、俺は那奈と一緒に帰った。

俺と那奈はここ最近ずっとつるんでいたから、クラスの奴らも、もう俺たちが付き合っているも同然という感じで、帰り際はちょっと冷やかされたりもした。

高校生だから、アシは自転車だ。
那奈の家は学校から1駅くらい、俺の家は学校と同じ市内だが、まぁ俺がちょっと遠回りして送っていく感じになる。

「那奈、あのさ」

那奈の家の近くまで来た辺りで、俺は自転車を停めて那奈に言った。

「なに?」

「俺と、付き合ってくれる?」

俺はこんなつまんない言い方しかできないヤツなんだな、と言いながら思う。

「うん」

那奈は顔を赤くしてそう言った。

最高に可愛いと思った。

No.3 14/08/26 15:32
小説大好き0 

体育祭というイベントの雰囲気と一緒に、俺と那奈も盛り上がったようなものだ。

俺も現金なもので、それまで名前も顔もロクに知らなかったのに、那奈のことをいいなと思うようになった。

那奈はサラサラの髪をショートカットにしていて、目は綺麗な二重だ。
鼻が小さいのを本人は気にしている。
目が悪くて、ときどき眼鏡をかけるのだけど、眼鏡が鼻の真ん中あたりまでよく落ちていた。

明るくてお喋りで、俺は那奈と喋るのが楽しかった。

体育祭の当日までに、俺と那奈は一緒に帰ったり、カラオケに行ったりするようになっていた。

体育祭の当日、俺はリレーで走ることになっていた。

「高志、頑張ってね」

那奈が俺に声をかけてくれた。

「おう。応援してくれよな」

「うん」

リレーはプログラムの最後の方だった。
もちろんリレーは体育祭の中でも花形競技だ。

俺はアンカーのひとつ前の第5走者だった。

俺の前の走者は5チーム中の3位で走ってきた。

俺がバトンと受け取ると、クラスの女子の声援が聞こえてきた。

「七瀬くーん、頑張ってー」とかの声に混じって

「高志ー!いけー!」

という那奈の甲高い声が聞こえてきた。

那奈、見てろよ

俺は気合を入れて走り出した。

少し前に2位の赤組が見えたが、俺のほうが速い。

あっという間に俺が2位に上がると、歓声が聞こえ、俺のテンションも上がった。

さすがに先頭の走者は速い。白組だ。
それでも俺は全力で走った。

俺と白組のヤツがバトンリレーしたのはほぼ同時だったと思う。

青組のアンカーは陸上部のエースで、白組のアンカーはサッカー部でも有名な俊足だった。

競って競って、俺の組は1着になった。

No.2 14/08/26 14:16
小説大好き0 

那奈は世間一般でいうところの「元カノ」だ。

俺が那奈を知ったのは、高校2年のときだ。

俺は中学を卒業して、地元の公立高校に進学した。
地元では上の下、中の上、まぁギリギリ進学校といえる高校だ。

那奈とは2年生で初めて同じクラスになった。

それでも那奈を個人として認識したのは2学期だ。
それまでは「大塚那奈」という名前すらよく覚えていなかった。

那奈は派手でも地味でもない、普通の女子だったから、あまり接触する機会もなかった。

俺はどちらかといえば派手な方だった。
一緒の中学から進学した晃というヤツがモテる男だった。
晃はそこそこ勉強ができて性格も明るくて、スポーツは得意。
見た目はその頃人気があった俳優にちょっと似ていて、身長もそれなりにあった。
総合的にモテる要素の多い男だ。

俺はその晃と仲が良かった。
俺は晃ほどは得意なものは少なかったが、身長が179cmと175cmの晃より背が高くて、走るのだけは晃より速い。
総合点は晃より落ちたが、まぁそこそこ女の子にもモテた。
でもまぁ、フツーの男子の部類に入ると思う。

そんな俺が那奈と初めて話をしたのは、体育祭の準備が始まった頃だ。

俺はくじ引きで青組の看板を作る係になった。
那奈も同じだった。

「七瀬くん、そこ白く塗ってくれる?」

那奈は美術部だった。
絵を描くのもレタリングも上手くて、俺は那奈の指示通りに働くだけだった。

ありきたりだが、俺と那奈はそこから急速に仲良くなった。

No.1 14/08/26 13:50
小説大好き0 

>>暇なら付き合ってよ

那奈からのメールだ。
こいつはいつもLINEではなくて、普通のメールで連絡してくる。

>>めんどくさいからやだよ

そう打って送信しかけて、消した。

いつも俺は那奈の誘いを断れない。

彼女だっているし、バイトだってしてるのに、那奈からの誘いがくるときの俺は、なぜか暇なことが多い。

>>どこに行けばいい?

そう返信する。

5分ほど経って那奈から
>>S駅7時
と返信がきた。

へいへい
わかりましたよ
お付き合いしますよ

どうせ男と別れたとか、ケンカしたとか、そんな話だ。

分かっているのにノコノコ出て行く俺。

別に那奈に惚れてるわけじゃないはずなんだけど。

それでも那奈には逆らえない。

俺も情けないよなぁ。

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

お知らせ

6/10 カテゴリの統合(6月20日、26日実施)

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧