オート志須磨
気に入らない奴は、すべて
己の拳で、ぶちのめし。
白黒つけてきた苫米地さくら(男)
しかしだ、こんな強い俺でも、瞬ボコされた輩がいる
それは、日本バンタム級王者の…
『オート志須磨』だ!
俺は、オート志須磨に借りを返すべく…
ボクシングに、青春を賭けることにしたぜ、みんな。
14/06/03 21:26 追記
※ボクシング観戦が趣味の作者です。(ボクシング経験は無し)
実際のボクサーは、優しい方々ばかりです。
ハードボイルドと、笑いをテーマに作品を作ってます
読んで下されば、うれしく思います。
14/06/09 10:01 追記
※作者、ただいまボクシングシーン執筆の為、取材中です。構想が、まとまりしだい発表していきたいと思います。
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しばらく進むと、三差路があり左手すぐに、コレの住むアパートがある。
その三差路前に、4台の自転車にまたがり計6人の男子高校生が、寒さで泣きそうな顔をして集まっていた。
『苫米地さくら&キョンシーズ』のメンバー達だ。
キョンシーズは、俺こと、苫米地さくらの手下どもで結成された、親衛隊である。
俺達の通う『西商』へは、番長の俺が乗るドカベン号をガードするようにして、4台囲んで走り、自転車を持ってない2人は、1人は俺の鞄を抱え、もう1人は、俺がシーツを引き裂いて作った、お手製の旗『苫米地さくら&キョンシーズ』と俺の汚い字で書きなぐった、旗をはためかせながら、走って自転車組を追いかけるのだ。
そしてチームの皆で、チームの姫であるコレを迎えに行き、我々の通う『西商』へ登校するのである。
のんびり、煙草をふかしてると、自転車組の世良ことゼブラが、寒さで冷えたのか、近くの電信柱まで小走りに走ってゆき、立ち小便を始める。
こちらに背を向け立ち小便をしながら『苫米地さん』と呼ぶので、
『どうしたんだ、ゼブラ?』と問いかけると、ゼブラが、
『今月、市民ホールでボクシングの試合やるみたいです。うちらみたいな田舎では、めったに生でボクシング見れないから、みんなで見に行きませんかぁ?切符代300円で、観戦できるみたいですぜ。』
それは、安いナァと思い、ゼブラに、誰か世界チャンピオンの試合か?と聞くと、
『えーと、日本バンタム級タイトルマッチで、王者が、オート…何て呼ぶのかな?聞いたことないボクサーの試合ですな。』
テレンス・キング・アメリカンの写真は、そのマイクタイソンに良く似た顔に、ビルドアップされた黒い上半身、豹柄のトランクスの腰回りには、『KING』と黒い文字が刺繍されてあって、いかにも強そうな感じがした。
それに対し、王者のオート志須磨の写真は、青白い肌に、みすぼらしいまったく手入れしていない肩まで伸びた長髪、気弱そうなしかめっ面した顔に、『オート志須磨』と大きく記された、白色のトランクスも、野暮ったい感じがして、さらに、その気弱そうな顔をガッチリ守るように、高く掲げすぎたガードスタイルに、苫米地とゼブラの目には、あまり強そうにない、華のない日本チャンピオンという印象を受けたのだった。
第二章・衝突
前から、オート志須磨が近づいてくる。良く見ると、みすぼらしい長髪は、ポニーテールにして、ウォークマンで歌でも聴いているのか、イヤホンを耳にしている。ポニーテールが、コレのポニーテールと良く似ていて、嫌だなと俺は、思った。
日本チャンピオン、オート志須磨のロードワークの邪魔にならないように、歩道端に寄り、目の前に来たところで、
『トレーニングの最中、すみません。ボクサーのオート志須磨選手でしょうか?』と声を大きくして聞いてみた。
が、オート志須磨と、伴走している女達は、聞こえてないのか、無視して走り去ろうとするので、あわてて近くにいる伴走女に、
『すみません、ちょっと💦』
と慌てて、呼び止める。
俺も不良。番長を張っている以上、メンチにはブチ切れそうになるが、トレーニング中のスポーツ選手のトレーニングを中断させた、こちらが悪いと思いなおし、
『すみません。めったにスポーツ選手に出会わない田舎なもんで、こんなチャンスあまりなくて、すみません。でもサインしていただけると嬉しいのですが。』と我慢して、笑顔で返すと、
ムッツリと不機嫌そうな、オート志須磨は、ため息をつき、
『コレ一回きりだぞ。僕は防衛戦の調整で、忙しいんだ。早く色紙を持ってきたまえ。』
と、こちらに顔をそむけて手を出してきた。横柄な態度に、ムカついてきたが、慌てて、数学のノートの新しいページを見せ、黒マジックを渡そうとすると、
数学のノートを見た、オート志須磨の目が険しくなり
『何だ、これは?』と不機嫌そうに聞いてきた。
色紙でなく、数学のノートなどを渡したので、気分を悪くしたかと思い、偶然オート志須磨選手を見かけたので、ノートしか用意できず申し訳ないですと、必死に機嫌をなおしてもらおうと話してると、ニット女が、
『そんな普段色紙なんて、持ち歩いてる人いないわよ。ノートにサインしてあげるくらい、いいじゃない。』
と、不機嫌そうなオート志須磨に、フォローするように説得してくれて、俺の顔を見ようともしない、オート志須磨は、ニット女には、ニッコリと不器用な笑顔を見せ、
『しょうがないな、君、名前は?』
と数学のノートに渋々サインしてくれる。
オート志須磨の達筆に、やはり日常的にサインする人は、字が綺麗だなぁと感心してる俺に、
『そら、できた。さぁ、みんなトレーニングを再開しよう。田舎の芋ヤンキー君にサインせがまれて、貴重なトレーニング時間が台無しだからな。』
と俺を小馬鹿にしたセリフを吐くと同時に、サインした数学ノートを俺に、手渡してきた。
…いや、手渡すというレベルではなく、俺の顔面にパンチを入れるような勢いで返してきたものだから、オート志須磨のサインに気を取られていた俺は、避けようがなく、サイン入りノートが顔面に直撃し、悲鳴をあげて俺は鼻血を吹き出しながら、後ろに倒れこんでしまった。
『キャーちょっと大丈夫⁉』
びっくりした、コレや、キョンシーズ、オート志須磨の伴走女達が心配そうに、駆け寄ってきたが、オート志須磨は、振り返る事も無く、小走りに立ち去ろうとしていたので、
『ちょっと待てよ❗』
と、ブチ切れた俺は立ち去ろうとするオート志須磨の後ろ姿に、野獣のごとく襲いかかった。
次の日、俺は医者に見てもらい、幸い脳と、骨には異常がない事がわかり、その足で西商に、退学届けを出しに行った。
西商の教師達や、クラスメート、コレやキョンシーズの皆は驚き、やめないよう熱心に説得したが、『オート志須磨の拳闘界からの抹殺』という俺の、黒い野望の前に誓った決意は固く、退学届けを押し通した。
キョンシーズの自転車組の松根、名付けてマネーが不動産業を営む父親を説得してくれて、松根グループが所有するテナントを、ボクシング器具をそろえた、立派な私設ボクシングジムを俺の黒い野望を達成するまで、無償で提供したいと申し出てくれた。
俺は、マネーの友情に感謝し、その私設ボクシングジムを『ブラックマネーボックス』と命名した。
まずは、24時間『打倒オート志須磨』の為のトレーニングが出来る環境を手に入れたと言うわけだ。
俺は迷わず『週間ボクシング娘』を手にとり、ページを繰って読みはじめる。
目に飛び込んできたのが、赤いベースボールキャップを浅くかぶり、可愛く膨れっ面して赤いボクシンググラブを着けた水着姿の女がこちらに向けパンチを放っているピンナップだった。
『はー、可愛いな❤』と、独り言を連発しながら、週間ボクシング娘のページを繰っていく俺。
次から次へと、色んな魅惑的なピンナップボクサーガールが、俺を挑発してくる。熱心にページを繰っていると、飛び込んできたのが、
〃勝てば官軍〃
日本バンタム級王者
オート志須磨
と文字入りの日本バンタム級の黒いベルトを巻き、済ました顔で、腰に手を当てたオート志須磨の巨大写真だった。
瞬間、ブチ切れた俺は『くそったれ‼』と叫び声と共に、オート志須磨の巨大写真に向け、怒りの右ストレートを炸裂させてしまい、週間ボクシング娘を、引き裂いてしまった。
コブラ拳ボクシングジムに見学に行く前に、髪を短く刈ろうと、いきつけの床屋に行った。床屋の親父は、俺の腫れ上がった顔を見て驚いたが、喧嘩でもしたのだろうと思ったのか、腫れ上がった顔には、触れず黙って髪を切りはじめる。
『おじさんベリーショートにしてよ、爽やかな感じで』
と注文して、俺はできるまで寝ることにする。
『そら、でけたぞ』
と親父が肩を叩くので、俺は眠りから覚め、鏡で自分の顔を見たのだが、
スポーツ刈り
にカットされていた!俺は驚き、親父にダセー髪型にするなと抗議したのだが、餓鬼が生意気な事をいうなと、拳骨で叩かれて渋々カット代を払い、床屋を出た。
街で女達にすれ違う度に、俺のスポーツ刈りカットを笑ってる感じがした(自意識過剰)ので俺は赤面しながら自宅に戻り、青々とした後頭部にため息をついて、腫れ上がった顔を少しでも隠すため母ちゃんの深い緑色のサングラスをかけて、もう一度自宅を出た。
苫米地さくらの自宅の最寄り駅から、快速で20分ほどの距離にある私鉄駅前の公衆電話で、30分おきに電話をかけにくる深い緑色のサングラスの少年を、話題にし始めたタクシーの運転手達の脇を、授業や仕事を終え疲れた顔した通勤者の群れが足早に横ぎって行った。
『あんた、まだウチの場所見つかんないの⁉5回目だよ、電話してくるの』
と受話器の向こうから聞こえる呆れ声を、深い緑色のサングラスをした少年は、疲れはて、汗だくになりながら聞いていた。
バリカンで、見事に刈りあげた青々とした後頭部に、夕暮れの淡い光が当たって、キラキラと汗が綺麗に光っている。
タクシー運転手達の話題になりつつある深い緑色のサングラスの少年は、コブラ拳ボクシングジムに中々たどり着けない、プロボクサー志望の苫米地さくら本人だった。
駅から徒歩10分ほどの距離にあると言うコブラ拳ボクシングジムに、たどり着けない俺に、ジムの練習生を迎えにいかせるから、そこで待っていなさいと言われて、俺は公衆電話の横で待つことにした。
まだまだ2月の寒い時期なので、動いてないと寒い。
『ちょっと、そこの公衆電話使っていいかしら?』
と声をかけられたので、見ると目元の涼しげな、30代くらいの女が微笑んでいた。
『あっ、ど、どうぞ使って下さい。僕は人を待っているだけです。』
綺麗な大人の女に見つめられ、照れてしまった俺は、慌てて離れ、人を探すふりをしながら照れ隠しをする。
女は、黒の皮手袋をした右手で受話器を持ち、テレホンカードを入れ、プッシュボタンを押して電話をかける。そして綺麗な黒髪をかきあげながら、
『オート志須磨さん、いらっしゃる?寿美子と言えばわかるわ。』
『何、オート志須磨だと⁉
まさかこんな所で、オート志須磨の名前を聞くとは思っていなかった。
この女は、オート志須磨とどういう関係なんだろうか?
暫く受話器を持ったまま黙っていた寿美子という女は、オート志須磨が出たのだろう笑顔になり、
『志須磨さん?あたしです、寿美子…え?何で電話するんだって…だってあなた連絡くださらないじゃないの…あたしずっと待ってたんです。あなたとの事主人にバレてしまったし…僕のせいじゃない?えぇ、あなたのせいじゃないけど…でも、もうあたし鎌倉の主人の家には、戻れません…ッ 主人も今度の、選挙の事で頭がいっぱいらしくて…
そこで寿美子という女は、ハンドバッグから、白いハンカチを取りだし、目頭を抑え、涙声になった。
俺は、『おっかしーな、アイツ何してるんだろ…』
と、人を探す振りをしながら寿美子の会話に、全神経を集中する。
寿美子は、潤んだ目で声を震わせながら、
『志須磨さん…あたし今夜ハミルトンホテルに、部屋を取ったんです。…今夜少しだけ会えない?あなたの試合の邪魔するつもりじゃないのよ…お願い、ね?今夜9時、ハミルトンのロビーまで来てほしい…』
そこで寿美子は、小さな声で何かを囁いたが、俺には聞こえない-
寿美子は何かを囁いた後、笑顔になり、静かに受話器を下ろす。そして『頑張ろッ』と小さく呟いて、タクシー乗り場まで行き、タクシーで去っていった。
俺は、慌てて寿美子が話していた公衆電話に行き、10円玉を放り込んで、キョンシーズのマネーの送迎車の自動車電話の番号をコールした。
『はい、マネーです。』とマネーが電話に出たので、
『俺だ、苫米地だよ。マネーあのな、オート志須磨な今夜、凄い美人とホテルで会うらしいんだよ❗うらやましいな、おい❗』
と俺は興奮して、マネーに寿美子の電話の話をすると、マネーが、しばらく考えこんだ後…
『苫米地君、これはあなた非常にいい情報を、得ましたね。使えそうですよ、このネタは。』
『どういうことだ、マネー?』
『苫米地君、あなたどうやってオート志須磨と、試合するつもりなんです?』
何を言ってるんだ、マネーは?
『そんなの、決まってるじゃねぇか。プロになって、勝っていけばオート志須磨と、試合できるんだろ?』
マネーは、受話器の向こうで、ため息をついた後に、
『やっぱり苫米地君は、オート志須磨と試合する現実的なプランを用意してないですね。…いいですか、彼は日本バンタム級王者で、初防衛戦を迎えます。オート志須磨は、世界ランキングには入れていない。世界タイトルに挑戦するには、世界ランキングに、入らないと駄目なんです。』
『オート志須磨は、世界タイトルに挑戦したいのか?』と俺が聞くと、マネーは咳払いをしながら、
『オート志須磨の防衛戦の宣伝ポスターに、はばたけ世界へ!って見出しあったでしょ?それにボクシングで、まとまった金を手にしようとしたら、世界王者にならないと、難しいらしいですからねぇ』
ボクシングを、あまり知らない俺は、そんなものかと思いながら、
『なぜ、俺がオート志須磨と試合できないんだ?勝って、勝って、勝ちまくればできるかもしれねぇじゃないか?』と聞くと、マネーは、フンと鼻を鳴らして、
『苫米地君、あんたは今、ボクシングジムの見学もしてない状態だ。オート志須磨は、日本王者。あんたがオート志須磨と試合組めるレベルになれるまで、何年かかる?』
『大丈夫だぜ、マネー。最速で試合組めるよう派手に行くから…』
と話してると、『あのー』と子供の声がする。今、話してんだから並んで大人しく待ってろ。と後ろの子供に振り返りもせず、シッシッと追い払う仕草をしながら
『今、思いついたんだが俺も、ひとつオート志須磨と、すぐ試合できるアイデアがあるぜ。』
『アイデア?』
マネーが、胡散臭そうに聞くので、俺は得意気に、
『あしたのジョーあんだろ?ボクシング漫画の。』
『…読んだことないですが…』
『まぁ、聞けよ。矢吹丈って主人公がだな、なかなかボクシング教えてもらってる眼帯した親父の昔の悪行のせいでだ、プロでボクシングするの認めてもらえないんだわ。そこで矢吹丈は勝負に出たんだな。新人王戦で、矢吹丈と同じバンタム級のホープ、ウルフ金串がトイレに小便たれに行くのを、待ち伏せてだな挑発し、怒ったウルフ金串が、パンチを打ってきたところを…』
『得意のクロスカウンターで相討ちさせたんだわ❗ボクシング記者達の前で❗』
『…それで?』
『これだよ❗今度、オート志須磨の、テレンス・キング・アメリカンとの試合、テレビで深夜放送されるだろ、その時にだ…』
と俺が興奮して早口でまくし立てるのを、遮るようにマネーが、
『無理です、オート志須磨に、ウルフ金串みたいな事をしたら、警察ざただし、永久にプロライセンスなんか、もらえませんよ。』
『そうかぁ?話題になる…』
と俺がマネーに不服そうに言いかえそうとすると、
『すみません!』
とさっき追い払ったはずの子供がまた後ろで騒ぐので
『電話中だって言ってるだろ!大人しく待ってろと言ったろ⁉』
と苛立たしげに、後ろを振り返ると緑色のダサいジャージを着た、オカッパ頭の男児が睨んでいる。
『コブラ拳に、見学したい人でしょ?』
と男児が聞くので、『お前なんでそんなこと知ってるんだ?』と聞くと、
『コブラ拳の練習生の岡野って言います。会長が待ってるから、早くしてください!!』と怒りだす。
『お前、そんなチビなのにボクシングしてるって?どうせ、誰かの付き添いで一緒に縄跳びしてるだけなんだろ?』
オート志須磨と寿美子の会ってる写真など、どうするんだと思ったが、考えてる時間は無かったので、マネーに任せることにする。
『待たせてわるかったな。さっ、ジムに行こうぜ。』
と、機嫌の悪い男児と歩き出した。
『しかし…お前その『岡野』ってゼッケンまでして、体操服かよ。』
と俺が男児のジャージをからかうと、
『…コブラ拳に通うと皆、必ず着なきゃいけないんだ。僕だってこんな緑のジャージ嫌だ。でも会長や、トレーナーも、皆着てるからしょうがないんだ。』
『マジか⁉俺は、そんな体操服着たくないぞ、オイ❗』
『苫米地』と自分のゼッケン入りの体操服姿で、シャドーボクシングをしたところを見せても、絶対に女はカッコいいとは思わないだろう。
『お前、岡野なんて言うの?』前を歩いている男児に聞くと、
『…金太郎。岡野金太郎』
と嫌そうに答える。
『金太郎!だからお前オカッパなんだな!よし、お前のニックネームは、『オカッパ』だ。俺は、人にニックネームを付けるのが、得意なんだ。』と誇らしげにオカッパに微笑むと、
『チ、うるさいな』
と、舌を鳴らしてオカッパは早歩きで俺から、離れようとした。
コブラ拳の暖簾をくぐると緑色のジャージを来た人々が和やかな雰囲気で、ロープを飛んだり、シャドーボクシング、ミット打ちをやっている。
『ウチは、ご覧の通り狭いからね。この時間帯は、一般の体力強化を目的とした会員と、基礎を学ぶ練習生達が、トレーニングしてるんだよ』
とコブラ高木会長は言うと
『皆さん、ちょっと練習止めて集まって下さい』
と練習している人々に声をかけ、それぞれ手を止めてこちらに集まってくる。
メンツを見ると、老人と子供が多く見られた。
『苫米地君、みんなに紹介する前に、さっきから気になってたんだが、サングラスを取ろう。サングラスしたまま挨拶は、みんなに失礼だからね』
とコブラ高木会長が言うので、俺が渋々、深い緑色のサングラスを外すと、
『やっぱり。凄く顔が腫れているじゃないか。どうしたんだ、そのケガは?』
『コブラ高木会長、この顔は、オート志須磨にやられたんです』
『オート志須磨?本当に?確かに彼の評判は最悪だけど素人にも、手を出したの?』
『はい。俺はハッキリ言ってボクシングには、興味がない。ただ、素人にも手を出す憎きオート志須磨を、ボクシングの試合のリング上で、俺の拳で奴をぶちのめしたい。コブラ高木会長、俺にオート志須磨を倒せるボクシングを教えてください!』と俺は、コブラ高木会長に訴える。
コブラ高木会長は、困った顔をして首を振り、
『ウチのジムでは、基礎からじっくり教えて時間をかけて、ボクシングを教えて、覚えてもらう。それに、復讐とか、そういう考えでボクシングは、してほしくないし。そんな考えで勝てるほど、プロは甘くないよ』
『とにかく、ウチでプロを目指したいなら、オート志須磨への復讐などは忘れてじっくりボクシングの基礎を習って、プロテスト合格をまずは目指す。今、高校生だから二十歳までは、アマチュアで勉強してもらいそこから、プロを目指してもらうという指導しか、ウチは、できないから。』
それでは困る。そんな悠長な事してたら、オート志須磨が引退するかも知れねぇぢゃないか。
『コブラ高木会長!お願いしますよ!俺が通えるのはコブラ拳しかないんです!何とか、最速でオート志須磨と試合できるボクシング教えてくれませんか!』
何を馬鹿な、と不機嫌な顔になったコブラ高木会長は答えない。
とそこへ…
『コブラ高木会長、ワタシがそのボーイに、ボクシング教えるヨ。ワタシに任せてくれないデスカ?』
と、後ろから声がした。
後ろを、振り向くとヘビー級ボクサーじゃねぇかと、驚くほど体格が良くて肌黒く、髪型はチリチリの天然パーマに黒いサングラスをした、中年男が立っていた。この男にパンチを食らったら一撃で死んでしまうのではないかと、ビビるくらい圧倒的な体格をしている。ジムの練習着である緑色のジャージを男も着ていてゼッケンには『スタンリー・スドウ』と名前が記されている。
コブラ高木会長が、困った顔して
『いやスドウさんね、この子はボクシングのイロハも知らない子だから、スドウさんのような、ファイタータイプ専門のトレーナーには、あずけにくいね。なんせ防御のやり方も知らない子だから』
と、コブラ高木会長が断ろうとすると、
スタンリー・スドウは、『コブラ高木会長、このボーイの目を見てクダサイ。ナイフのような目をしてるネ。後でスタンリー・テストしまスガ、このボーイ、ワタシが、育てル、得意なケンカファイターの、才能ありますネ。ナイスボーイ。ワタシにまかせてクダサイ。コブラジムのスターに育てる、自信ありマス』
とスタンリー・スドウは、俺に微笑んだ。
潰れた鼻に、歯は全部金歯で、このスタンリー・スドウに教わると、俺の顔もああなるんだろうと恐怖して、俺がコブラ高木会長に断ろうとするとすると
『駄目ヨ、ボーイ。ボーイはワタシにボクシング教わりマス。ボーイ、オート志須磨に勝ちタイ。オート志須磨、セコいボクシングするネ。ワタシが教えるボクシング、セコいボクシングをノックアウトしマス。ダイジョウブ、ワタシにまかせてクダサイ。オート志須磨、ノープロブレムヨ、ナイスボーイ』
と言って、スタンリー・スドウは、俺に抱きついてきた。
スタンリー・スドウの体臭がキツイので、俺が思わず鼻をつまんで顔をそむけると、
『ボーイ、照れてるネ。シャイボーイ。ワタシ、コブラジムと、ビジネスでトレーナーしてマスが、最近なぜかコブラ高木会長、選手ワタシにアズケナイ。ワタシ、オカネもらってボーッとナニもシナイデキマセン。このナイスボーイ、ワタシがボクシング教えマス。トレーナーの仕事するネ。コブラ高木会長、OK?』
とコブラ高木会長に、承諾を求めてきた。
『いや、違うトレーナーで…』
と俺が言おうとしたら、スタンリー・スドウは俺の口を手でふさいできた。力が強く、しゃべれない。
俺が口をふさがれてモゴモゴ言ってると、コブラ高木会長が、
『仕方ないな。スドウさんにはある程度プロキャリアある選手しか、見てもらいたくないんだけども…トレーナー契約しているし、お願いしてみるか。ただし、しっかり防御を教えるのと、しばらくは私の見ているところでしか指導はしない事。スドウさん、苫米地君それでいいかい?』
と承諾しそうだったので俺が必死に断ろうとしたけどもスタンリー・スドウが、
『OK。ダイジョウブ。このボーイ、ボクシング強くなるヨ。世界チャンピオン育てた事あるワタシが言うから間違いありまセン』
とスタンリー・スドウが俺の意思を無視して強引に、話をまとめてしまった。
第5章・始動
スタンレー・スドウ
おそらく日系アメリカ人と思われるが詳細は不明。
昭和50年代に、アメリカデトロイトを主戦場とし、ミドル級のファイターとして25戦21勝(15KO)3敗1引き分けの成績を残す※注自己申告。未確認情報。タイトル歴なし。
引退後、ロサンゼルスでダイエットマシーンのセールスマンの仕事をする傍ら、ロサンゼルスのジムで雑用を手伝うようになる。
この頃、後のWBC世界フライ級王者マイケル・ダンカンと知り合う。マイケル・ダンカンは、ボクシング好きのスパーリング見学者で、極度の人見知りをする青年だった。このボクシングマニアのマイケル・ダンカン青年を、ひたすら口説き、実戦者へと導いたのがスタンレー・スドウだと言われる。
『肉を切らせて骨を絶つ』精神論をベースに、ひたすら手数を出して、前に出るラッシュファイトを身上とし、相手を根負けさせるスタイルで対戦相手を選びながら、キャリアを積み、当時無敗だったWBC世界フライ級王者ルミオ・クアン(インドネシア)に判定勝ち。マイケル・ダンカンを世界王者へと導いた。
その後〃殺戮者〃のニックネームを持つテクニシャン、ロッキー小島(河豚天ジム)に初防衛戦でマイケル・ダンカンは、2回KO負け。引退した。
マイケル・ダンカンと、コンビを解消したスタンリー・スドウは、世界王者を育てた腕を見込まれて、日本の中堅ボクシングジム、カズソー・ボクシングジムとトレーナー契約を結び、昭和60年来日、カズソー・ジムの俊英、日本ライト級王者、小宮山将梅の世界王者奪取の為に、小宮山将梅とコンビを組む。
日本ライト級タイトルを5度防衛し、世界へのテストマッチである元世界王者にも判定勝ちしていた小宮山将梅に、ややかけていた攻撃力アップを計る為、カズソー側はスタンリー・スドウを招聘したのだが、早くもカズソー側とスタンリー・スドウ合流初日にスタンリー・スドウのディフェンス軽視の指導で衝突。
追い足も、逃げ足も兼備する万能ボクサーだった小宮山将梅に、とにかく手数を出して前に出るラッシュ戦法スタイルに変えるように執拗に要求、トレーニングも一気に3倍に増やした。
ディフェンス軽視のその指導スタイルに不安を覚えたカズソー側だったが、世界前哨戦、世界戦と2試合専属トレーナー契約を結んでる為にトレーナー契約解消へ動いたが失敗。ならばと世界前哨戦の相手を、比較的楽な対戦相手を選択、元フリィピンライト級8位を選び世界前哨戦を行ったが、ここでカズソー側に取っては思い出したくもない悪夢が起きる。
スタンリー・スドウの指導で大きく自分のボクシングスタイルとコンディションを狂わせられた小宮山将梅は、世界戦は規定路線で、対戦相手の噛ませ犬的な、半引退状態のロートルボクサーの、さほど早くもない左ジャブを次々と当てられ、コンディションが悪いのか体は重く、相手の左ジャブを避けられない。
いつものスピードに乗ったスタイリッシュなボクシングスタイルの小宮山将梅とは、あきらかに違う動きに観客は、ざわめき出す中次々と相手に打たれ、手も重いのか打ち返す事もできない小宮山将梅に、セコンドのチーフトレーナー、スタンリー・スドウは怒鳴りちらすだけで、劣勢を打開するアドバイスもない。
悲鳴に似た観客の必死の応援にダウンだけは拒否し続けた小宮山将梅も、調子に乗ったロートルボクサーの右アッパーをまともに食らって後頭部から強烈なダウン、そしてそのままKO負けした小宮山将梅は、病院に緊急搬送、一命はとりとめるも体に障害が残り失意の中、小宮山将梅は引退した。
ジムを始めて30年、やっと誕生した俊英、小宮山将梅を失ったカズソー・ボクシングジムの会長は小宮山将梅が引退した、3日後自殺した。
このショッキングな世界前哨戦の後、逃げるようにしてアメリカに帰国したスタンリー・スドウに、静養先のフロリダのホテルにて、小宮山将梅引退問題の取材の為訪れた、月間拳闘ジャーナルの記者のインタビューに次のように答えている。
記者「小宮山将梅の前哨戦、ショッキングな敗戦の一番の敗因は、あなたと小宮山将梅が組んだからだとの批判が出ていますが?」
スドウ「ワタシは、問題アリマセン。一番の問題は、アナタがたのコミヤマの過大な評価デス」
記者「どういうことか?」
スドウ「ワタシは、コミヤマがガッツ石松以来の二人目のライトウエイトの世界王者を狙えるホープと聞いた。しかし、プロフェッショナルのワタシの目には、スピード、テクニック、パワー、メンタル、すべて世界王者になるには、もの足りナイ思いマシタ。コミヤマには、今の状態では世界戦するの恥ずかしいヨ、ハッキリいいまシタ」
記者「小宮山将梅は、28戦して一度負けただけ。日本タイトルの防衛も続け、元世界王者にも判定とはいえ完勝している。世界ランキングも上位にランクされているが?」
スドウ「アナタがた、ボクシングジャーナルは、アルバイトの面接官?履歴は、問題ではありマセン。世界ライトウエイトの世界ランク、コミヤマ程度の履歴求職者は、沢山イマス。ワタシは、カズソーの依頼でコミヤマを世界王者にする仕事受けマシタ。今のままではキビシイ、ならば世界戦で勝てるスタイル、圧倒的な手数でポイントを積み重ねるスタイルをコミヤマに授けたのデス」
記者「小宮山将梅は、世界レベルでも充分通用する多彩な左のリードパンチ、それに加え、相手の攻撃を外して、すぐ反撃に移れる軽快なフットワーク、防御勘にも優れている。なのに、あなたの授けたという強引に前に出て、距離を詰め、ひたすら手数を出すと言う戦い方では、小宮山将梅の良さが、全て消えてしまう」
スドウ「コミヤマは、世界王者?ノー、挑戦者ヨ。チャレンジャーが、逃げ回って世界戦のリングでダンスを披露してどうシマス?ダンスでは、世界タイトルマッチのジャッジは、ポイントつけてくれナイ。
(ここで葉巻を吸い始める)
ボクサーが試合で一番やりずらいタイプ、あなた知ってマスカ?」
記者「ボクサーには、それぞれ色んなタイプがいるから、相性によってやりずらさは変わるのでは?」
スドウ「教えマス。全てのボクサーが、やりずらいタイプは、強引に前に出て、相手に間を与えないどんどん手数を出してくるタイプ。低く、頭から相手に潜入してパンチ、ラッシュするラッシュする回転力どんどんあげていくの。ガードしてる時間アリマセン。だから打たれ強さと、強い闘争心、強引に距離を詰めてラッシュ、ラッシュ!試合終わったら、勝利の女神がキスするのは、ワタシのボクサー。映画ロッキーでも、そうなってるヨ」
記者「映画ロッキーと、実戦のボクシングは、別ものですよ(笑)それに、あなたの言うインファイターも、ディフェンスを疎かにしてません。それと、この前哨戦、小宮山将梅は、まったく体が動いてない…いや動けない風に見えたんですが、試合前のコンディション作りに失敗した?」
スドウ「ノー。コミヤマはベストコンディションのはずデス。ワタシは、今回の試合が決まる1ヶ月前に、コミヤマのコーチを引き受けたのデスガ、ロードワークの距離を1日10キロから、朝夕あわせて40キロ、バーベルを使った筋力トレを取り入れて、もちろん肉をバンバン食べさせるネ。ストロングパワーつける為デス。後は、バンバンスパーリングさせマス。スパーリング相手は、全員4階級上のミドル級ネ。大きな相手と、毎日スパーリングすることによって、相手のパンチに対するタフネス、ゲットシマス。コミヤマとカズソーは、スパーリングを試合前120ラウンドさせていましたが、ワタシは、5000ラウンド強制的にやらせたネ。コミヤマ、スパーリング中も何度もダウンしたけど、ガッツが足りない言ってワタシ、怒鳴りマシタ。試合当日も、世界戦ラウンド3試合分の計、36ラウンド、スパーリングさせマシタ」
記者「私は、世界中のトレーナーにインタビューしてきましたけど、あなたのような指導、いや、『しごき』ですか…始めて知りましたよ。良くそんな無茶苦茶なスパーリングさせて選手があなたの指導受け入れましたね?」
スドウ「ワタシが現役(選手)時代、デトロイトでは、これくらい当然。日本のボクシング、デトロイトよりかなり遅れてマス。コミヤマは、生真面目だけが取り柄のチキンハートボーイ。マイケルはワタシの指導に、「もっともっと痛めつけてほしい」と泣いて懇願してマシタ。ガッツありまシタ、マイケル」
記者「あなたにコンディションとか聞くだけ無駄みたいでした(笑)」
(記者も葉巻を取り出して吸い始める。スドウの安葉巻より高級な、キューバ産葉巻)
記者「フロリダまで来て無駄な時間を過ごしたみたいです。小宮山将梅は私ども取材する側、ファンがこれからも応援していきます。最後に日本のボクシングファンに一言お願いします」
スドウ「(小宮山将梅サイドに謝罪の言葉なし、ファンに一言は無視)世界中のボクシング関係者のミナサン、スタンリー・スドウは有能なボクシングトレーナーデス。ギャラしだいでは誰よりも早くアナタの大切なボクサー、世界チャンピオンにシマス。ワタシの事知っていたら、カシアスクレイ、シュガーレイレナード、マイクタイソン…カレらはワタシを選択してマス。ワタシは、優秀なボクシング関係者を心から愛してマス」
月刊拳闘ジャーナル昭和60年9月号から-
その後、日本ライト級のホープ小宮山将梅を潰したトレーナーとして、日本ボクシング界から敬遠されたスタンリー・スドウだったが、アメリカでは、クルザー級の有望選手のトレーナーのオファーがあり、これを受けたものの、昔はシカゴのギャングだったと言う血の毛の多いその悪童選手は、スタンリー・スドウの日本で手に入れてコミヤマを叩いて指導していたと言う竹刀で、尻を叩かれ逆上、鞄に入れてあった銃をスタンリー・スドウの口にねじ込んで凄まれたスタンリー・スドウは、泣いて謝罪、そのままトレーナーの仕事をバックレた。
やがてアメリカでもトレーナーの仕事が無くなって(やはり指導法が問題視された)タイに渡り、タイでダイエットマシーンの営業をしていたところ、(タイでトレーナーとして再起を図っていた)10才年下の日本人女性と恋に落ち、アクション女優だと言うその年下の日本人女性と結婚、日本に住むようになるが、ポルノ男優の仕事のオファーが、スタンリー・スドウに舞い込んで喜んだスタンリー・スドウは、快諾し何本かのポルノ映画に出演した。が、自分の夫が知らないうちにポルノ男優になっていたことに、年下のアクション妻は大激怒。ポルノ夫を、ボコボコに殴って裸のまま家から追い出し、即、離婚した。出会ってから、わずか3ヶ月の出来事である。
年下のアクション女優との愛に終止符を打たれてしまった、ボクシングトレーナー兼ポルノ男優のスタンリー・スドウは、撮影所でしばらく寝泊まりしていたが、そこでも撮影所スタッフとトラブルを起こし、撮影所を追い出され、ボクシングトレーナーと、ポルノ男優の仕事のオファーもなく元々浪費癖のある彼は、あっというまに、貯金も使い果たし、まともな生活ができなくなってしまう。
行き場が無くなった彼は、やがて路上生活を始め、路上生活の先輩達に声を掛け口がうまい彼は、始めは先輩達に可愛がられ、一緒に生活できていたが、トラブルメーカーの彼は、ここでもトラブルを起こし、路上生活の場所を変えざるを得なかった。
そんな彼が路上生活の新天地として選んだのが、コブラ拳ボクシングジムのある亀の湯前だった。
幼なじみの亀の湯主人、亀田金八から大きな図体をした男が、うちの銭湯横で寝ていると聞いた、コブラ高木会長が、腹をすかせたスタンリー・スドウと話をするようになり、スタンリー・スドウの悪評も知っていた上で気の毒に思った人格者のコブラ高木会長は、自分のジムのトレーナーとして、彼を採用したのである。
緑色の深いサングラスをしたバリカン頭の苫米地さくらが、疲れた顏して自宅に戻ったのは、夜10時頃だった。玄関の鍵を開けて、室内灯をつけ、リビングでくつろぐ。母ちゃんは、今日この時間友達とカラオケに行く日で、夜遅くに帰ってくる。
明日から本格的にコブラ拳に通うことになり、最後の一服とばかり、ズボンのポケットに手をつっこみ安煙草のわかばを探したが、もう中身は無かったので母ちゃんの煙草キャメルを、こっそり一本抜き取り、薄暗い庭に出て吸い始める。
あのスタンリー・スドウって胡散臭い奴が、俺にボクシングを教えてくれるらしいが、正直気がのらない。話半分に聞いて、コブラ拳ボクシングジムでは、スタンリー・スドウに教えを乞う『フリ』をし、俺の私設ボクシングジムのブラックマネー・ボックスに、マネーに頼んで違うボクシングトレーナーを招き、そこで対オート志須磨仕様のボクシング技術を会得しようと思った。
とにかく所属ジムがなきゃあ、プロのリングには立てないしな。
女が、身支度をしてオート志須磨の部屋から帰ったのは夜8時だった。
今夜、9時にはハミルトンホテルで寿美子に会う。
オート志須磨は、黒のブリーフ一枚でシャドーボクシングを始める。
寿美子は、利用価値のある女だ。寿美子は、学習院出の良家の娘で、父親の自明党幹事長、餅田忠寿に接近するため、寿美子を口説き落とした。
オート志須磨には、ある計画がある。その計画には力ある後ろ立てが必要なのだ。
ボクシングをしているのもその計画を形にして、確実に実践する為である。
シャドーボクシングを終えると、彼はソファーに横たわり、三島由紀夫のノンフィクション、特に楯の会関連のページを熱心に読み始めた。
褐色の鍛え上げられた肉体が、躍動し荒々しく重いパンチを打ち込んで行く。
『あーっと、強烈な右アッパー❗何かガチンと、物凄い打撃音が実況席まで聞こえてまいりました‼』
『パピヨン西本、効いてますよ、今の右アッパーは。パピヨンは、今までダウンしたことない、タフな選手なんですがねぇ』
『あーっと、左フック炸裂❗あっ、ダウンです、パピヨン西本、ダウン‼』
『あー駄目だな、こりゃ』
『レフェリー、カウントを数えるのをやめました。テレンス・キング・アメリカン選手の勝利です。無敗の強打者対決は、一方的な内容で、テレンス・キング・アメリカンが、パピヨン西本を倒して、これで12連続KO勝利です』
ただいまのノックアウトタイムは1ラウンド、2分17秒、テレンス・キング・アメリカン選手のKO勝ちで、ございます。
オート志須磨は、対テレンス・キング・アメリカンの攻略を思考する。
テレンス・キング・アメリカンの試合を全部確認したところ、これまでの対戦相手は、テレンス・キング・アメリカンのプレッシャーに、序盤からペースを握られていた。
まず、こちらから先手を打つ必要があった。
これまでの対戦相手も、先手必勝で望んだ者もいたが、テレンス・キング・アメリカンのパンチ一発でも食らうと、その凄まじいパンチ力に恐れをなし、とたんに防御体勢に従事してしまう。
どんどん前に出てプレッシャーをかけてくるテレンス・キング・アメリカンに、なるべく遠い距離から、出鼻を挫くパンチが欲しい。
今の、オート志須磨の左ジャブの威力では、テレンス・キング・アメリカンの前進を止められそうになかった。
オート志須磨が、細かいフェイントから左ジャブを放つ。
大至急呼び出した河豚天ジムの練習生、花田トビオが持つテレンス・キング・アメリカンに似た人形、名付けて「キング君」の顔面に左ジャブが突きささる。
「トビオ、どうだ?」
「…志須磨さん、キング君の左目えぐれて取れちゃいましたよ。思いっきりサミング(目に指を突っ込む。反則技)してますけど大丈夫ですかね?」
「僕が、なぜ勝てているか
わかるか、トビオ?」
高校で、女子不良グループにイジメられて、女番長をボクシングでぶちのめすという野望を持つ花田トビオは、
「逃げ足の速さと、しつこいクリンチと、意外に打たれ強いのと、ハンドスピード(パンチを打つ速さ)が世界王者クラスなのと、…反則技のスペシャリストなのと…」
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