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コイアイのテーマ †main story†

レス222 HIT数 58905 あ+ あ-

Saku( SWdxnb )
10/07/03 00:42(更新日時)


誰にでも、たった一人、
忘れられない人が居るハズ




※この作品はフィクションです。
プロローグとして書き綴った『コイアイのテーマ』の続編になります。

ご感想は感想スレにお願いいたします。

No.1324027 10/05/17 20:16(スレ作成日時)

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No.51 10/05/24 22:18
Saku ( SWdxnb )

>> 50 写真撮影が終わり、
テラスには加世子と敦史の二人だけになった。

少し下を見たまま動かない敦史の前に、
加世子は座って、質問表に目を落とした。

「――質問を、させて下さい」

「・・・・・」

「お名前は?」

「・・・・・」

敦史は微動だにしなかった。

「薄井敦史さん、ですね」

加世子は質問表に記入していった。

「お誕生日は?」

「・・・・・」

「7月29日、ですね――
血液型は・・・Aでしたよね?」

「・・・・・」

「ご趣味は?
――映画鑑賞、とかにしておきますか?」

「・・・・・」

次の質問を口にしようとして、
加世子は少し躊躇った。

No.52 10/05/24 22:38
Saku ( SWdxnb )

>> 51 「好きな、女性のタイプは・・・」

その時、初めて敦史は顔を上げ、
加世子を見た。

質問表から目を離した加世子は、
敦史と目が合い、思わず目線を外した。

「・・・すみません。仕事なので――お願いします」

「・・・・・」

それでも、敦史は質問に答えなかった。
その時、中から滝田がやってきた。

「おい薄井、ちゃんと答えてやれよー」

「・・・・・」

「質問は何ですか?」

滝田は加世子の質問表を覗き込んで聞いた。

「好きな女性のタイプです。
・・・有名人とかで居れば」

「好きな女性有名人だってよ。お前って、女っけないもんなぁ・・・。
あ、でも、この間雑誌に出てた同級生のモデルの子――」

滝田の話しに加世子はハッとした。

「種元美咲?」

「そうそう、その子!同じ高校だったんですって。
だから、紹介しろって話してたんですよ」

加世子は質問表に『種元美咲(モデル)』と書き込んだ。

No.53 10/05/24 23:38
Saku ( SWdxnb )

>> 52 すると、敦史は席を立った。

「明日の仕込みしますんで」

そう滝田に向かって言った。

「おう」

敦史は小さく頭を下げ、そのまま去って行った。
加世子も立って、敦史の背中を見送った。

「済みませんね、アイツ、いつもあんな感じでね。
ちゃんと答えもらえました?」

「――はい」

加世子は滝田に答えながら、
敦史が厨房へ消えるまで目で追っていた。


その後、加世子達は店を後にした。

「取材終了ー!今晩は飲んで帰りますか!」

土田の誘いに皆がノリながら、
加世子は敦史のいる店を何度も振り返りながらついて行った。

No.54 10/05/25 20:20
Saku ( SWdxnb )

>> 53 その日、夕方から大衆居酒屋で盛り上がった。
課長の愚痴を呟く土田に、40近い女性の東が同調していた。

加世子はカメラマンのカメラで、今日撮った写真を――
敦史の写真を見せてもらったりして、
何だか幸せな気分に包まれながら、
土田達の話の聞き役に徹していた。

それが気に入られたのか、
「2次会行くぞ~!」と、
すっかり上機嫌に出来上がった土田と東に、
加世子は引っ張られるようにして、
東オススメの洋風居酒屋へとやってきた。

「済みません、今満席で、お待ちいただく事になります」

レジ前で、定員に告げられ、
3人は顔を見合わせつつ、店内に目をやった。

「あれ?JNKの鳴海さんじゃない?」

そう言った東の目線の先――賑わった店内の一角に、
会社の同僚たちと席を連ねて陽介がいた。

陽介はフイにこちらに目を向け、
笑顔で頭を下げた。

土田と東も小さく頭を下げ、

「やめるか」

と店を出ていった。

陽介の前には、空きそうなビールグラスがあった。
陽介と離れた末席で、心配そうな顔をしている山本に気づいたが、
加世子は、後ろ髪引かれる思いで、
土田たちの後について、店を出た。

No.55 10/05/25 20:47
Saku ( SWdxnb )

>> 54 「今日は解散するか」

店を出た所で言った土田に、

「お疲れ様でした」

と皆で声を交え、加世子は方々に去っていく土田と東を
見えなくなるまで見送った。
そして、踵を返して、店の中へ戻っていった。

陽介の周りには、女子社員たちが陣取り、楽しげに盛り上がっていた。
新しいビールが陽介の手元に届く――
陽介が手を伸ばし受け取ろうとした時、
やってきた加世子がそのグラスを取り上げた。

そして、立ったまま、ゴクゴクと一気に飲み干し、
唖然と見ている陽介に向かって、

「いけません」

と言って微笑むと、空になったグラスをテーブルに置いた。
そして、やはり唖然と見ていた陽介の周りの社員たちに、

「まだ本調子じゃないので、飲ませないようにお願いします」

と小さく頭を下げ、最後に陽介にニッと微笑んで、
そのまま店を出て行った。


「えっ?だーれぇー?!」
「すごかったねぇ、一気に飲んだよ」
「キャハハ!おもしろーい!」

周りが面白がって話しだす中、
陽介は唖然とした表情のまま、空のグラスを見つめていた。

No.56 10/05/25 21:01
Saku ( SWdxnb )

>> 55 「今の誰なんですかぁ?妹さんとか?」
「ねぇ、課長!」

「あ、ああ・・・」

我に返って微笑んだ陽介は、席を立ち、上着を手にした。

「ごめん、今日は先に失礼するね」

「えっ課長ー!」
「初の親睦会なのにぃー?!」

女子社員の不満の声にも振り返ることなく、
陽介は店を出て行った。

「あの!・・・」

立ち上がった山本に、皆が注目した。

「口止めされてたんですが、
鳴海課長、GW中倒れて、入院してたんです。
お酒も、本当は飲んじゃいけない筈で・・・」

不満げだった女子社員たちも一斉に黙ってしまった。


店を出た陽介は、左右の道を見渡し、
加世子の後姿を見つけると、全力で走った。

「加世子!」

その声に、加世子は立ち止まって振り向いた。
やってきた陽介は、膝に両手をついて前かがみになった。

「ヤバイ、酔いが回る、ハハ」

そう言いながら、笑顔で顔を上げた。

No.57 10/05/25 22:26
Saku ( SWdxnb )

>> 56 「大丈夫ですか?」

心配げに見つめる加世子を、
陽介は体を起こして見つめた。

「大丈夫だよ――
フッ、自分の心配しろ。一気に飲んで、顔赤いぞ」

「へへ、ちょっと今、ほろ酔い気分で歩いてました」

無邪気に笑う加世子を、
陽介はジッと見つめた。

「休んでる間、自分のこと考えたよ――
課長だとか、バツイチの30男だとか、
フフ、ずっと体面気にして、気を張ってきてさ――」

加世子は黙って、陽介の話しを聞いた。

「でも、体だって、辛けりゃ、休めばいいし、
仕事だって、下を信頼して任せりゃいい。
頼ればいいんだ。甘えればいい、って――」

加世子は、その通りだと微笑んで頷いた。

「加世子が居るから、そう思えるんだよ」

「――」

真っすぐな陽介の眼差しに、
加世子の心は波打ち始めた。

No.58 10/05/25 23:17
Saku ( SWdxnb )

>> 57 「俺、加世子が好きだわ」

「!――」

「失くしたくない、って思ってるよ」

加世子は陽介の真剣な眼差しに耐えられずに下を向いた。

今日再会した敦史の姿が浮かんだ・・・。


「フフ・・・」

陽介の笑い声に、加世子は顔を上げた。
すると、陽介はいつものように笑みを浮かべていた。

「こっちが楽になった分の荷物、
加世子に背負わせちゃった?」

加世子は微苦笑した。

陽介は少し滑稽に振舞いながら近づくと、
加世子の肩に腕を回した。

「まぁまぁ、そう重く考えないで、
楽しくいきましょ!」

「フフ、はい・・・」

加世子も笑って、陽介と一緒に歩いていった。

No.59 10/05/26 00:23
Saku ( SWdxnb )

>> 58 翌日から、加世子は鈴木課長や土田の指示で、
雑誌の編集作業をフル回転で行った。

パソコンに取り込んだ、イケメンオーナー達の写真を選ぶ時、
思わず敦史の写真を最大化して見た。
1年前に見た時より、更に男らしく、シャープな顔つきだった。
カメラに向けただけの視線なのに、自分が見つめられているようで、
加世子はパソコンの前で、一人ドキドキしていた。

「おっとイケメン」

背後の声にドキッとし、振り向くと、
花が、校正済み原稿を持って、隣に座った。

「――でも、鳴海様には負けるけど」

そう言って、淡々と仕事を始めた花を横目に、
加世子は、昨日の陽介の告白を思い出し、
更に、目の前の敦史の写真に、心はざわめき、落ち着かず、
誰かに胸の内を吐き出したい衝動にかられた。

その時、敦史のアンケート文章が目に入った。


『好きな女性のタイプ・・・種元美咲(モデル)』


その時加世子は、無性に美咲に会いたいと思った。

No.60 10/05/26 00:41
Saku ( SWdxnb )

>> 59 そのまま製本、印刷、そして、販売日がやってきた。
加世子は本屋や売店などで見かけると嬉しくて、その度に購入していた。

自分の部屋に何冊もあったが、1冊は実家に送り、
あと2冊、それぞれ袋のまま開けずにとっておいて、残りは大切に保管した。

自分が初めて編集に加わった雑誌。
その本に、敦史が載っている――
それだけで、加世子にとって宝物だった。

開けない1冊は陽介に渡そうと思っていた。
だが、陽介はあの日以降、仕事で海外へ行っていた。
雑誌を見れば敦史のことを知る――
陽介がどんな反応をするのか、加世子は不安でもあったが、
その時はちゃんと正直に伝えようと考えていた。

そして、もう1冊は美咲に――

加世子は、携帯に入った美咲の番号へ
久しぶりに発信した。
もしかしたら繋がらない・・・と思ったが、
呼び出しのコールが鳴り、そして――


『もしもし・・・』

「美咲?加世」

『・・・加世?ああ、随分久しぶり』

「うん、久しぶり」

加世子は久しぶりに聞く親友の声に、
顔をほころばせた。

No.61 10/05/26 00:52
Saku ( SWdxnb )

>> 60 「急にごめんね。今仕事じゃなかった?」

『ううん、家だよ。加世は?大学卒業したんでしょ?』

「うん。それで、今東京にいるんだよ」

『えー!ほんとうに?』

「フフ、本当。だからね、美咲に会いたいなぁって思って」

『うん、会おうよ』

「美咲のお母さんから、住んでるところの住所も
聞いててね、実は今、美咲の家の近くに来てるんだ」

加世子は周りを見渡した。
そこは、美咲の住む場所から一番近い駅の前だった。

『――そう・・・じゃあ、いいよ。おいでよ』

「うん。今から行くね」

加世子は明るく答えて電話を切った。
そして、駅前のデパートの地下で
美咲の好きだったチョコレートケーキを買い、
タクシーに乗って、運転手に美咲の住む住所を告げた。

タクシーは10分程で美咲の住むマンションの前に着いた。

玄関口で美咲の部屋のインターフォンを押す。

「はい」

「美咲?加世」

「どうぞ」

開いた自動ドアから、美咲の部屋へとエレベーターで向かった。

No.62 10/05/26 01:07
Saku ( SWdxnb )

>> 61 玄関のインターフォンを押す。
暫くして、ドアが開き、
高校時代より数段美しく、スタイルのよくなった美咲が現れた。

「加世ー!髪切ったー!」

その一言で、ショートの自分を美咲に見せるのは
中学時代含めて初めてだと、加世子は思った。

「どうぞ、あがって」

「おじゃまします」

玄関を入ってすぐ、男性用のスニーカーが目に入った。

「他にお客さん?」

「ううん、誰もいないよ」

リビングに通されたが、
美咲の言うとおり、誰も居なかった。

「これ、お土産」

「ワーイ、トップスだ!覚えててくれたんだ」

「モチロン」

加世子と美咲は笑いあった。
美咲はキッチンへ入り、紅茶を入れ始めた。

「広いね」

「狭いよぉ」

加世子はソファーに座りながら、
周りを見渡した。
2LDKの間取りだろうが、今居るLDKの隣の部屋には
大きなダブルベットが置かれてるのが見えた。

「私なんて1DKでちょうどいい感じ」

美咲はトレーに紅茶とケーキを切り分けてのせてきた。

「ここは今、二人で住んでるから」

「そうなんだ・・・」

加世子はそれ以上、突っ込んだことは聞けなかった。

No.63 10/05/26 01:17
Saku ( SWdxnb )

>> 62 ソファーに向かい合って、美咲も座った。

「それで、加世は今東京で何をしてるの?」

加世子は持ってきた袋をそのまま美咲に渡した。
美咲は袋を開け、その情報誌を出した。

「ああ、これ、よく買うよ」

そう言って、美咲はパラパラとめくり出した。

「今回、初めて出版に携わったの」

「え?ってことは、加世、編集者なの?」

「編集者なんて、まだ言えないけど、
――この雑誌を出している出版社に就職したの」

「へぇ、凄いじゃーん!」

美咲はパラパラとめくっていくと、敦史の写真が出てきて、
驚いたように手を止めた。
そして、ゆっくりと加世子の顔を見た。

「彼に会ったの?」

「うん」

「いつ?」

「連休明けの・・・」

「6日?」

「そう」

「――へぇ・・・。何年振り位?」

「1年ちょっとかな」

美咲は加世子の少し沈んだ顔を見つめた。

No.64 10/05/26 01:31
Saku ( SWdxnb )

>> 63 「1年前の再会に、何か辛いことでもあったの?」

加世子は少し微笑んで、美咲を見た。

「私じゃなくて、敦史の方が・・・
お母さん亡くなられたから・・・」

「そう・・・。
6日の日に会って、彼どうだったの?」

「ううん――全然、普通に話してもくれなかったけど・・・」

加世子は会った時の敦史の姿を思いだしていた。

「ずっと、会いたかったから、嬉しかった」

美咲は加世子の顔を真剣に見つめた。

「加世――まだ、好きなんだ」

そう言われて、加世子は気持ちがドギマギとして、
顔が熱くなるのが分かった。

「美咲は?新しい彼とうまくいってる?」

「うん、まぁね」

「――陽介さんの事は?もう忘れた?」

美咲はケラケラと笑って、紅茶ポットを持って
席を立った。

「とっくに!結婚した人なんて、興味ないよ」

加世子は、美咲の顔を見つめた。

「――陽介さん、離婚したんだよ」

美咲はビクンと立ち止まった。
――その時、美咲の携帯が鳴った。

No.65 10/05/26 01:42
Saku ( SWdxnb )

>> 64 美咲はそのまま携帯に出た。

「はい。――はい、――分かりました、
じゃあ、後ほど・・・」

そう言って電話を切ると、加世子の方を振り向いた。

「ごめん加世、これから事務所へ行かないといけなくて」

「ああ、うん!」

加世子は席を立ち、玄関に向かうと
笑顔で美咲と向かい合った。

「急にきてごめんね。
でも久しぶりに会えて良かった」

「私も。今度一緒にご飯食べよ」

「うん。連絡ちょうだい。
じゃ、おじゃましました」

美咲は玄関で加世子を見送った。
見送った後、ぼんやりとその場に立ち尽くしていた。


加世子もまた、ぼんやりと駅までの道を歩いていた。

『加世――まだ、好きなんだ』

美咲の言葉が、やけに胸に残っている。

 ――わたしは、まだ、敦史が好き――

そう、ハッキリと言葉にして残した途端、
切ない気持ちが込上げてきた。

その時、加世子の携帯が鳴った――

No.66 10/05/26 02:02
Saku ( SWdxnb )

>> 65 『ただいま』

陽介だった。

『今、成田に着いたよ』

「おかえりなさい」

『加世子、今晩一緒に飯食おう』

「うん」

『早く会いたいよ』

久しぶりに聞く陽介の言葉に、加世子の心は、また、
苦しいくらいにざわつきはじめた・・・。


 ――ガチャ――

夜、リビングに居た美咲は、玄関の開く音に振り向いた。

「おかえり」

その言葉に返事はなく、玄関近くの部屋に入っていく音だけがした。
美咲は雑誌を手にリビングを出て向かった。

「今日家に誰が来たと思う?」

中から返事はない。
美咲はドアを開け、着替えをしている男の背中を見つめた。

「これ、持って来てくれたよ
――よく、写ってるじゃん」

そう言って、男の隣のテーブルに、
雑誌を開いて置いた。

男は、雑誌に載った
自分の写真を見ると動きを止めた。

「加世に会ったんだね――敦史」

その男――
敦史はゆっくりと振り向き、美咲を見つめた。

No.67 10/05/26 21:01
Saku ( SWdxnb )

「どうして話してくれなかったの?」

美咲の問いに、敦史はまた背中を向け、

「話す必要もない・・・何もなかったんだから」

と言って、着替えを続けた。

「会ったのって、6日だってね。
――敦史、この部屋から一歩も出てこなかったよね」

敦史は無言で着替えを続けた。

「――1年前も、会ったんだね」

脱いだ服を持ち、ゆるりと振り向いた敦史は、
不安げな顔の美咲を見た。

「あの日帰ってきてからの敦史、変だったよね。
お母さん亡くなって、やっぱりショックなんだって思ってたけど、
そんな訳ないのにね――憎んでた相手なんだから」

敦史は、そのまま美咲の横を通り過ぎ、
脱衣所へ服を運んだ。

「加世に、会ったからだったんだね・・・」

戻ってきた敦史は、美咲の隣で立ち止まった。

「何て言えば気が済むの?」

自分の顔を見つめる敦史の顔を見上げながら、
美咲はその答えが見つからず、敦史に凭れかかった。

「不安になるよ。
――だって、加世はまだ・・・」

そう言って、美咲は口をつぐんだ。
そして、間を置いて敦史から離れると、

「今晩カレー作ったよ、食べよ」

と、笑顔で言った。

No.68 10/05/26 21:44
Saku ( SWdxnb )

>> 67 その晩、加世子は美咲のマンションへ行った足で、
陽介に指定された渋谷の店へと向かった。

従業員に案内され、個室に通されると、
既に陽介が待っていた。

「久しぶり」

「お帰りなさい」

二人は微笑み合い、加世子は陽介の向かいに座った。
陽介は、加世子に飲み物を聞き、加世子は陽介と同じ、ソーダー水にして、
その他のオーダーは陽介がすべて済ませた。

「そういえば、お給料入ったんです。
ここは、私の奢りで」

「おお、そっか。じゃあ、ご馳走になります」

そして、二人は笑顔でソーダー水の入ったグラスを合わせた。

運ばれてきた料理を口に運びながら、
陽介はいつもより口数多く、楽しくたあいのない会話を続けた。

「加世子は、俺の居ない間何かあった?」

「ああ・・・」

聞かれた瞬間、敦史に会ったことが頭をよぎったが、
加世子は、陽介の顔を見つめ、別の話を先に口にした。

「今日、美咲に会ってきました」

No.69 10/05/26 23:13
Saku ( SWdxnb )

>> 68 「おっ!元気だった?」

陽介は拍子抜けするほど、明るく聞き返してきた。

「はい。
――陽介さんが離婚したこと、知らなかったみたいです」

「ああ、ずっと会ってないし、そうかもな」

加世子は他人事のように話す陽介を
少し、寂しく見つめた。

「陽介さんは、美咲のこと、
もう何とも思ってないんですか?」

陽介はそんな加世子を黙って見つめ返した。

「時間が経つと、人の気持ちって、変わっちゃうんですね・・・」

「――加世子、何かあったの?」

加世子は一瞬陽介の目を見あげると、
すぐに足元に置いたバックの中から、袋を取り出し、陽介に渡した。

「雑誌、出ました」

「良かったじゃん、へぇ・・・」

雑誌を取り出し、開いて見始めた陽介を、
加世子はジッと見ていた。

そして、敦史のページを見た陽介の顔からは笑みが消えた。

No.70 10/05/26 23:39
Saku ( SWdxnb )

>> 69 「――いつ会ったの?」

陽介は雑誌に目線を落としたまま聞いた。

「この間・・・
夜、陽介さんとお店で会った日の日中に・・・」

陽介は小さく笑った。

「フフ、だからか。
――加世子、違ったもんな」

目だけ上げて、加世子を見た陽介を、
加世子はただ黙って見つめ返した。

陽介は、そのまま雑誌をめくり、普通に本の内容について話をし、
その場で、敦史の話しが出ることはなかった。

その後、加世子が会計を済ませ、
駐車場に置いた陽介の車に乗り、自宅へと向かった。
その間も陽介が敦史の事を口にすることはなく、
加世子は、何だか落ち着かない気持ちを抱えていた。

加世子のマンションのすぐ近くで、陽介は車を停め、
自らも降りて、ドアの前に立った。

「今日はご馳走様」

「いいえ」

陽介は加世子を黙って見つめた。
何か言われるかもしれない――そう、感じる間だった。

No.71 10/05/26 23:52
Saku ( SWdxnb )

>> 70 「加世子――」

そう言って、陽介は加世子の顔の方へ手を差し出した。
加世子は躊躇いがちに、顔を伏せた。

「・・・何も、聞かないんですね」

陽介は加世子の手を掴むと、
引き寄せて、唇を合わせた。

そして、唇を離した陽介は
フッと笑んで、寂しげに加世子を見つめた。

「聞かなくても、今ので分かるよ」

「・・・」

「おやすみ」

陽介は加世子の鼻を軽くつまむと、
そのまま車に乗って、走り去った。

加世子は陽介の車を見送りながら、
応えることのできなかったキスに
何ともいえない、切なく苦しい気持ちに包まれていた。

No.72 10/05/27 20:39
Saku ( SWdxnb )

2.仕事


陽介は、課の部下達と共に、
会議室で夏からのCM案について話し合っていた。

「――以上が代理店の企画案です。

決定事項のキャッチコピーは
『一緒に行こうよ、JNKで』
『一緒に遊ぼう、JNKで』
『一緒に過ごそう、JNKで』
若者ターゲットで、撮影都市は海外の3箇所。
そのほかは起用する有名人も含めて、企画案があれば出してほしい。
次回、代理店の案も合わせて検討します」

解散し会議室を出た陽介は、
そのまま廊下に出て、
喫煙所のスペースに行って、タバコに火をつけた。

全面窓ガラスの外には、オフィスビル内の内庭があり、
陽介は人工的に植えられた植物に目をやりながら、
加世子のことを思い出していた。

「――課長」

その声に振り向くと、山本が立っていた。

「タバコ、吸われて大丈夫ですか?」

「ああ・・・」

いつもの癖で、ここに来てタバコに火をつけたが、
考え事をしていて、それを吸わずにいた。
先端が灰に変わったタバコを灰皿に押付けた陽介に、

「お客様がいらしています」

と山本は伝えた。

No.73 10/05/27 20:59
Saku ( SWdxnb )

>> 72 陽介がロビーまで降りると、田神が待っていた。

「おう、久しぶりだな!」

「近くまで、仕事で来たから少し寄ってみた」

二人は笑顔で挨拶を交わすと、
自販機前のフリースペースへ移動した。
陽介が田神の分もコーヒーを買って渡すと、
田神は、それを受け取り、ニヤリと横目で陽介を見た。

「最近、若い子に熱をあげてるらしいけど?」

「ハハ、何だソレ?」

「百合がそのせいで店にも来ないって、嘆いてたぞ」

「ハハハ・・・」

陽介は持ったコーヒーに目線を落として笑った。

「――若い子って、美咲じゃないだろ?」

「フフ、お前もめずらしい名前出すね」

「最近会ってないんだ?」

「全然。――健は仕事で会うだろ?」

「俺も最近会わなくてさ。
――っていうか、美咲の仕事が減ってんじゃねぇかな?
今まで一緒にやってた仕事も別の若い子が来るようになったし、
別の仕事なんかでもね」

「ふーん・・・」

「モデル業界も競争の激しい世界だかんね」

「・・・・・」

田神の言葉に、陽介は考えるように
コーヒーを口に運んだ。

No.74 10/05/27 22:55
Saku ( SWdxnb )

>> 73 支度を終え、部屋から出てきた敦史は、
掃除機の音が鳴っているリビングへ向かった。
美咲は、敦史に気づいてスイッチを切った。

「今から?」

「うん。――仕事は?」

「休みなの。今日は掃除でもしてる」

「・・じゃあ、行くから」

「いってらっしゃい」

美咲は明るく言って、敦史が玄関を出て行く音を聞くと、ため息をついた。

22・・・もうすぐ23歳になる美咲にとって、
ティーンズ雑誌をメインとした等身大の仕事は、辛くなっていた。

美咲は焦りにも似た感情を、
料理や掃除など、家事に没頭することで紛らわしていた。


掃除機を抱え、敦史の部屋へと入った。
棚を、埃取り用のワイパーでなぞり、
背伸びをして、棚の上もワイパーでなぞったら、
小さな箱が落ちてきた。

美咲は中に入っていたであろう小物を手に取って見た。

一つは、キーホルダーだった。
そしてもう一つ・・・
――高校時代に親友が携帯に付けていた、
見慣れたストラップ。

『A to K with』
と刻まれた文字を、美咲はいつまでも見ていた。

  • << 76 その頃、加世子は、会社のデスクに並んで座った花と共に 鈴木課長に声を掛けられていた。 「この間はご苦労さーん。 イケメン効果か、発行部数が伸び続けてるよー」 加世子は振り向いて上機嫌な鈴木の方を向いたが、 花はパソコンに向かったまま仕事を続けていた。 「それでね、次の企画が 『個室でくつろげる和洋中レストラン』なんだよー。 いい所知ってたら教えてねー」 鈴木はそう言うと、上機嫌のまま、席へと戻っていった。 「自分は何も仕事しないくせにね」 加世子の背後でそう言ったのは、東だった。 花は、今度はパソコンを打つ手を止め、東を見た。 加世子は、少しだけオフィス内の関係性が見えた気がした。 「ねぇ加世子ちゃん、これ、この間取材した所に持って行ってくれない?」 「はい」 渡された袋には、発行された雑誌と、 雑誌に載せた以外のスチール写真が入っていた。 その中に敦史の写真をあり、加世子はドキッとした。 「加世子ちゃん、このお店が気に入ってたみたいだしね」 東が意味深に笑むと、隣の花まで、ニヤリと笑んだ。 加世子は顔を赤くしながら、急ぐように外出準備をした。

No.76 10/05/27 23:28
Saku ( SWdxnb )

>> 74 支度を終え、部屋から出てきた敦史は、 掃除機の音が鳴っているリビングへ向かった。 美咲は、敦史に気づいてスイッチを切った。 「今から?」 … その頃、加世子は、会社のデスクに並んで座った花と共に
鈴木課長に声を掛けられていた。

「この間はご苦労さーん。
イケメン効果か、発行部数が伸び続けてるよー」

加世子は振り向いて上機嫌な鈴木の方を向いたが、
花はパソコンに向かったまま仕事を続けていた。

「それでね、次の企画が
『個室でくつろげる和洋中レストラン』なんだよー。
いい所知ってたら教えてねー」

鈴木はそう言うと、上機嫌のまま、席へと戻っていった。

「自分は何も仕事しないくせにね」

加世子の背後でそう言ったのは、東だった。
花は、今度はパソコンを打つ手を止め、東を見た。
加世子は、少しだけオフィス内の関係性が見えた気がした。

「ねぇ加世子ちゃん、これ、この間取材した所に持って行ってくれない?」

「はい」

渡された袋には、発行された雑誌と、
雑誌に載せた以外のスチール写真が入っていた。
その中に敦史の写真をあり、加世子はドキッとした。

「加世子ちゃん、このお店が気に入ってたみたいだしね」

東が意味深に笑むと、隣の花まで、ニヤリと笑んだ。
加世子は顔を赤くしながら、急ぐように外出準備をした。

No.77 10/05/28 00:52
Saku ( SWdxnb )

>> 76 店はランチタイムが14時までで、
その後18時から夜の営業だった。

加世子は、溢れんばかりの緊張感を携え、
時間を見計らいながら15時過ぎ頃に店を訪れた。

「今、オーナーは不在なんです」

「そうですか」

店の前を掃除していた若い女性スタッフに言われ、
拍子抜けした気持ちで、その子に袋を渡そうとした時だったーー

店舗脇の細い道を、私服姿の敦史が出てきて、
加世子とバッタリと対面した。

二人は、この間と同じ様に動きを止め、
お互いの顔を見つめた。

「薄井さん、こちら、出版社の方で、
雑誌と写真を持ってきてくれたそうです」

加世子は慌てた感じになり、

「…この間は、あ、ありがとうございました。
これを…」

と上手く言葉に出来ず、
ただ、袋を差し出した。

その袋を敦史は無言で受け取った。

用件が済み、緊張に押し潰されそうな加世子は、
俯くように頭を下げた。

「…では、失礼します」

そして、そのまま敦史に背中を向け、歩き出した。

「薄井さん、タバコ買いに行くんですか?」

女性スタッフが言うのが耳に聞こえた。

No.78 10/05/28 12:39
Saku ( SWdxnb )

>> 77 会ったら沢山話したい事があったハズなのに、
まるで他人の様に、敬語で話してしまった自分が不甲斐なくて、
加世子は悲しい気持ちに包まれ歩いていった。


「加世!」


加世子はドキリと立ち止まった。

記憶に残るその呼び方、その声に、
加世子は思わず泣きそうになった。
そして、ゆっくりと振り向くと、
後を追いかけてきた敦史が立っていた。

「…少し、話せない?」

敦史もまた、緊張しながら言葉を口にした。


そのまま二人は、何も発せずに近くの公園へとやってきた。

空いたベンチに、敦史は日陰を残すように座った。
その気遣いに、加世子はトキメキ、日陰になった敦史の隣に座った。

それぞれが緊張を抱えて、しばらく、何も言葉が出なかった。

No.79 10/05/28 20:03
Saku ( SWdxnb )

>> 78 「雑誌が出て、…お店どう?」

加世子は苦しい程の沈黙を自ら破った。

「ーーエライ迷惑」

「えっ…」

敦史は前方を見たまま、
口元に少し笑みを浮かべた。

「仕事中に何度も呼び出されるんだ」

「ゴメン…。
ーー敦史は、あのお店で、ずっと働いてるの?」

「うん」

「そっか…頑張ってきたんだね」

加世子は、敦史との会話を繋げようと、話題を探した。


「加世…」


真剣な敦史の声に、加世子は身を固くして敦史を見つめた。


「ーーあの日…
酷いことしてーーゴメン」

「……」

「それだけ…ずっと謝りたかったんだ」

加世子は涙目になり、首を横に振って見つめた。

No.80 10/05/28 22:04
Saku ( SWdxnb )

>> 79 「あの時は、辛かったけど・・・
でも・・・
敦史に会えなくなった方が、ずっと辛かった・・・」

敦史はベンチに座って初めて加世子に顔を向けた。
加世子もまた、敦史を見つめた。

キラキラと輝く美しい瞳に見つめられ、
今、手を伸ばして敦史に触れたいと思った。

だけど、その願いを簡単に叶えられるほど、
二人の間には何の確証も、繋がりもないことを、
加世子は痛いほどに感じていた。
会わなかった時間は、
二人が付き合っていた時間を優に超えていたのだ。

「・・・敦史、今、彼女は」

加世子は、自分の気持ちの収め所を探していた。

「・・・うん」

敦史はまた前方を見つめて答えた。

「そうだよね・・・居ないわけ、ないよね」

加世子は沈んでいく心とは反対に
微笑みながら言った。

「加世は?」

「私は・・・」

陽介の姿が浮かんだ。

「聞かなくていいや」

敦史は加世子の話を拒絶するように立ち上がった。
加世子は一気に寂しく、辛くなった。

「――似合ってるよ」

歩いて行こうとした敦史は、躊躇いがちに振り向いた。

「その髪――加世に」

そう言うと、ゆっくりと去っていった。

No.81 10/05/29 00:43
Saku ( SWdxnb )

>> 80 加世子は会社へ戻りながら、
さっき会った敦史のことを考えていた。

体つきや表情、どことなく落ち着いた雰囲気は、
付き合っていた時より、うんと大人に感じられた。

きっと、東京で生活してきた4年間、
敦史は確実に成長してきたのだ。
そして、その期間、側で敦史を支えた彼女も
今の敦史には欠かせない存在なのだろう。

加世子はその現実を、寂しいながらも
冷静に受け止めることができていた。


同じ頃、敦史は、仕事に戻る前に
喫煙所でタバコを吸いながら、加世子を思っていた。

1年前に見かけ、東京に戻ってきてから、
ずっと残像のように思い出していたが、
加世子が取材に訪れた日から、
その姿は鮮明に色を持ち、消すことが出来なくなっていた。

体つきも仕草も大人っぽくなったのに、フイに見せる
変わらない微笑みを、自分だけのものにしたかった。
短くした髪から臨む、色白の肌の全てを露にし、
抱いてみたいとさえ思った。

いま男がいるのか・・・考えるだけで、苦々しい気持ちになった。

だが、それらの感情は決して表立たせてはいけない――。
美咲の存在や加世子へした仕打ちが、重いくびきとなっていた。

No.82 10/05/29 10:32
Saku ( SWdxnb )

>> 81 仕事の休みが続いていた美咲は、ある日突然事務所に呼び出された。

もしかすると契約解除の話しかもしれないーー、
憂鬱な気持ちを抱えながら、夕方の道を事務所へと向かっていた。


事務所に着くと、美咲の担当マネージャーの菅村が、慌てた様子でやってきた。

「皆さんもうお待ちだから」

と、美咲の腕を持つと、応接室の前へ連れて行き、ドアをノックした。

「種元です。失礼します」

中へ入ると、こちらを向いた社長の前に、
スーツ姿の男性が3人、背中を向けて座っていた。

美咲は菅村の後をついて、社長の傍らに立った。

一番端の、若い男が立ち上がって、美咲に向かって頭を下げると、
反対側に座った男も立ち、
最後に中央に座った男が、ゆっくりと立ち上がり、美咲を唖然とさせたーー。

「こちらは、JNK旅行の鳴海さんと、山本さん。
それから、広告代理店の内田さん。
うちのモデルの種元美咲です」

社長が紹介する間、
美咲はずっと、陽介を見つめていた。

No.83 10/05/29 13:03
Saku ( SWdxnb )

>> 82 内田が美咲に名刺を渡した後、
陽介も美咲に対面し、名刺を差し出した。

「JNKの鳴海です。
よろしくお願いします」

続けて山本からも受け取った美咲は

「種元美咲です」

と名乗って小さく頭を下げ、一番上にした陽介の名刺に視線を落とした。

自分と付き合っていた当時、若手社員だった陽介が、
今は課長となり、部下を連れているーーその風格を備えた姿、変わらない男の色香を漂わせた陽介に、
高校時代一目惚れした感情が蘇る思いだった。


「今回、JNK旅行さんのCMに、あなたを起用したいという依頼なの」

「えっ…」

No.84 10/05/30 19:43
Saku ( SWdxnb )

>> 83 驚いている美咲の気持ちを代弁するように、
内田が話し始めた。

「今までJNKさんのCMには、有名なタレントさんを起用してきて、
高く評価もされてきました。
ただ、今回は、旅行都市の知られていない魅力、美しさを引き立てる、
そのシーンに合った、美しくてあまり知られていない人材を――
というJNKさんの意向が強くありましたので、
種元さんに是非ともお願いしたいと思ったんです」

その話を聞いている間、美咲は陽介に何度か目を向けたが、
陽介は余裕のある表情でただ座っていた。

その時、山本の携帯が鳴り、頭を下げ部屋の隅で話すと、
すぐに戻ってきて、陽介に耳打ちをした。

「申し訳ありませんが、私達は会社に戻ります。
CMの件は、内田さんに一任しておりますので、
どうぞ、お話しを続けてください」

そう言うと、陽介は内田と二,三言話し、
美咲らの方に向かって頭を下げ、山本と共に部屋を出て行った。

美咲は後を追いかけたい衝動を抑え、
陽介がオフィスを出て行くまでの些細な物音にも注意を払い、
陽介の気配が無くなったと分かると、ドッと切ない気持ちに包まれ、
内田の話しにもぼんやりと耳を傾けた。

No.85 10/05/30 20:08
Saku ( SWdxnb )

>> 84 内田も帰り、応接室に残った社長は、
向かい合わせに座った美咲に、歓喜の表情を向けた。

「美咲、JNKさんのCMなんて凄いことよ!
こんな事、今までならありえない話!
ほんと、奇跡みたいなんだから」

横に立つ菅村も何度も頷き、
今にも泣きそうな顔をしていた。

自分は雑誌のモデルというだけで、
まだ、CMに起用されたことも無いし、
TVにも、ちょこっと顔がでるかの出演していない。

JNKの様な大手のCMの仕事が決まるなんて、
「奇跡」みたいだという事は、美咲にも十分理解ができた。

そして、その「奇跡」を仕掛けた人物も・・・。

美咲は社長他、オフィスのスタッフの激励から開放されると、
一人、オフィスを出たところで、
陽介の名刺を手に持った。

仕事用だろうが、携帯番号が載っていた――

美咲は、迷うことなくその番号に電話をかけた。

No.86 10/05/30 20:55
Saku ( SWdxnb )

>> 85 数回コールで電話は繋がった。

『はい、鳴海です』

その電話の声に、美咲の胸は熱くなった。

「――陽ちゃん?」

『おう、美咲か――今日はお疲れさん』

背後に賑やかな声がして、
職場ではないように思われ、
美咲は気にせず、話しを切り出した。

「CMの仕事、陽ちゃんの紹介なんだね」

『ハハ、美咲の実力だよ。
会社の若手みんな、知ってたし、
部長も好みだって、即決。フフ』

美咲は思い出していた。
陽介と付き合っていた中で、幾度となく感じた、
守られ、満たされる感覚――
そして、追いつきたても追いつけない、一歩先を行く感覚を。

「――陽ちゃん、離婚したんだってね」

『ああ、もう2年も前の話だよ』

「・・・そうなんだ」

『美咲は、俺よりいい男見つけて、
うまくいってんだろ?』

「うん・・・まぁね」

『それ聞いて、安心したよ』

No.87 10/05/30 21:26
Saku ( SWdxnb )

>> 86 その瞬間、4年前の、美咲にとっては
苦しみでしかなかった日々の思い出が蘇ったけれど、
美咲はそれを悟られないように、話を変えた。

「――陽ちゃんは、新しい誰か居ないの?」

『ハハ、俺かぁ。
気になってる子位かなぁ・・・。
そういや、これから都内の撮影時にお邪魔すると思うから』

「じゃあ、美味しい差し入れ持ってきてね」

『りょーかい』

「じゃ、その時にね」

『おう、おやすみ』

「おやすみ」

美咲は自ら電話を切った。
切ったまま、暫くその場から動けなかった。
陽介との会話にこんなに心が揺さぶられるなんて・・・。
そして、陽介が口にした、身も知らずの
『気になってる子』に嫉妬していた。


美咲との電話を切った陽介は、
クラブの廊下でタバコを吸いながら、
「加世子」のアドレスを開いて考えるように眺めた。

夜の9時40分――仕事は終わってるだろう。

陽介は思い切ったようにタバコを灰皿に押し付け、
発信ボタンを押した――

No.88 10/05/30 21:51
Saku ( SWdxnb )

>> 87 呼び出しコールが鳴っている時に、
客を見送って店に帰ってきた百合絵が、
入口を挟んだ所にある灰皿の前にやってきて、タバコを吸い始めた。
だが、陽介も百合絵も意に関せずといった感じだった。

携帯が繋がるとすぐに、陽介が口火を切った。

「俺から連絡しないと、繋がっていられない感じだね」

電話口の向こうで、躊躇った表情の加世子が居るようだった。

『そんなことは・・・。新しい企画のお店探しで忙しくしてたんです。
それに、陽介さんもお仕事が忙しいのかと思ってて・・・』

「そんなこと気にしないで、連絡してこいよ。
こっちは待ってるんだから」

『はい』

「で?新しい企画ってどんなの?」

『《個室でくつろげる和洋中レストラン》です』

「へぇ・・・。何件か思い当たるよ」

『ほんとですか?教えてもらえると助かります』

「じゃあ、会う約束」

『フフ、いつでも』

「フッ、じゃあ、予定確認して後で連絡するよ」

『はい、待ってます』

「じゃ、おやすみ」

『おやすみなさい』

陽介は電話を切った。

No.89 10/05/30 22:07
Saku ( SWdxnb )

>> 88 百合絵がフフフと笑んで、吸っていたタバコを灰皿に落として、
ゆっくりと陽介の元へやってきた。

「ずいぶん入れ込んでるのね。
何だか、陽介じゃないみたいだった」

陽介は自嘲的に笑った。

「自分でも分からないよ。
どうしようもなく、身動きがとれなくって。
どう動いたら落とせるとか、考える余裕もないよ」

「そんな弱音まで吐いちゃう相手なのね」

百合絵は初めて見る陽介の姿を、
目に焼き付ける程に見つめた。


「うちに来る?」


「・・・・・」


「なぐさめてあげる」

百合絵は艶かしくも美しい微笑みを陽介に向けた。

No.90 10/05/30 22:53
Saku ( SWdxnb )

>> 89 夜中、シャワーを浴びた百合絵はバスローブに身を包み、
冷蔵庫からベットボトルのミネラルウォーターを取り出し、
開けて、ゴクゴクと飲むと、それを持って部屋へと戻った。

ベットで裸のままうつ伏せ寝していた陽介は、
百合絵が来ると、顔だけむけて微笑んだ。

「凄かったね。彼女を思って抱いたの?」

そう言って、百合絵はベットに座って飲み欠けのペットボトルを差し出した。
受け取ろうと、体を起こした陽介の首元にペットボトルの縁をつけ、
割れた腹筋の線に沿って下へなぞった。

「陽介の体が好き。顔も、――ココも」

そう言って、毛布のかかった陽介の股間にペットボトルを置いた。

「それじゃ全部だろ?」

陽介は笑って、ペットボトルを取った。

No.91 10/05/30 22:57
Saku ( SWdxnb )

>> 90 「陽介の心は好きじゃない。
どこかで私を見下してるでしょ?」

陽介は笑って百合絵の腕を引き寄せ、キスをしながら
バスローブを脱がせ、裸にしベットに引き入れた。
唇を離した陽介は、下になった百合絵を見た。


「見下したことなんて、一度もないよ」


そう言って、百合絵が感じるように丁寧にキスをした。
唇を離された百合絵は、まるで恋人の様な眼差しで陽介をみつめた。


「感じてたもの――
結婚していた時から、ずっと・・・」


愛撫を始めていた陽介は、フフと笑っただけで、
百合絵を感じさせるように激しく抱いた。

No.92 10/05/31 23:22
Saku ( SWdxnb )

>> 91 翌日、休みの陽介は午後に目を覚まし、
百合絵の用意した、昼食のサンドイッチを気だるく口に運んだ。

「私、美容院行って、同伴だから、もう行くけど。
ゆっくりしていっていいわよ。アナタの家だったんだし」

「うん」

百合絵が、少し笑ってこちらを見ていた。
陽介は「ん?」とボーとした眼をと少し上げた。

「一緒に生活していた時と変わらないな、って」

「フフ」

「鍵、掛けていってね。じゃあ、またね」

玄関のドアが閉まって、陽介はぼんやりと部屋の中を見渡した。

2年前まで、百合絵と一緒に生活していたマンション。
百合絵一人には広すぎるが、購入したのもあって、百合絵は出たがらなかった。

陽介にとって、今の百合絵との関係は、
言い方は悪いが『性の捌け口』になっていた。
長い付き合いだが、体の相性がよく、百合絵を抱くときは常に欲情した。
自ら誘うことはなくとも、誘われれば断らずに関係を続け、
他に面倒な関係を作らないで済んでいたのだ。

空腹も満たされ、何の束縛もない時間の中で、
今、側に加世子が居たら楽しいだろうと、陽介は思った。
そして、こんな場所で加世子を思っている自分を笑った。

No.93 10/05/31 23:51
Saku ( SWdxnb )

>> 92 同じ頃、加世子は自分の部屋で、
手に持った携帯を見つめ考えていた。

土曜日の今日、陽介は仕事だろうか――
出来れば陽介から、お店の情報を早く教えてもらいたい。
でも、昨日の今日では、催促しているようで申し訳ない・・・。
あの晩――、陽介を拒絶するような態度をとってしまった晩以来
会っていなくて、ずっと胸につかえている小骨のようなものを、
取り去るためにも、陽介に会いたい・・・。

そんな気持ちが交錯する中、
加世子は「5回コール!」と決めて、陽介に発信した。

・・・1回・・・2回・・・3回

 ―カチャ―

加世子はドキッとした。

「もしもし・・・」

『フフ』

電話口から聞こえる笑い声に、
加世子は戸惑い、

「・・・陽介さん、ですか?」

と聞いた。

『だーよ。今、思いが通じたと思ってさ』

「えっ?」

『俺も、連絡しようとしてたとこだった』

「ハハ、そうでしたか」

加世子は思わず微笑んだ。

No.94 10/06/01 20:45
Saku ( SWdxnb )

>> 93 「なぁ、」
「あの、」

声が重なり、二人して笑った。

「加世子、なに?」

「フフ。――今晩、一緒にご飯食べませんか?」

「フフ、俺も同じこと」

「フフフ」

穏やかな会話に、加世子の顔はずっと微笑んでいた。

「なぁ――
まだ早いし、ドライブにでも行かない」

「いいですよ」

「じゃあ・・・1時間後に迎えに行くわ」

「はい」

そのまま電話を切った。
部屋の時計を見ると午後2時30分近くだった。
まだ部屋着だった加世子は、右往左往しながら
まずは洗面所で顔を洗って、化粧を始めた。

No.95 10/06/01 20:58
Saku ( SWdxnb )

>> 94 1時間も経たずに、「着いたよ」と携帯が鳴った。

加世子が下へ降りていくと、
マンションの前に陽介が車を停めて待っていた。

「オス」

「こんにちは」

何だか、さっきの電話の余韻のままに
二人は笑いあって挨拶を交わし、
加世子は陽介に促されるままに助手席に乗った。

「どうしようかなぁ、って思ったんだけどさ、
鎌倉行かない?」

「鎌倉?」

「ちょっと早いけど、紫陽花が咲き始めたし、
今くらいだと、混んでないんだ」

「いいですね」

「じゃあ、決まりね」

陽介は笑んで、車を発信させた。

「ご実家寄りますか?」

「うーん、気分次第」

「じゃあ、ちょっと寄り道してください」

陽介は加世子の言う道を辿った。

No.96 10/06/01 21:13
Saku ( SWdxnb )

>> 95 少し走った場所で、陽介は車を停めた。

加世子は老舗の和菓子店で、
最中を買って車に戻ってきた。

「いいのに」

陽介は少し笑って、車を発進させた。

「これ、うちの両親に買って帰ったら気に入って、
頼まれる位の好物なんです。
陽介さんのご両親にも、食べて貰いたいなぁと思って」

「フフ、考え方が素直だね」

「えー?」

「やっぱり加世子はいい子だよ」

「フフフ、陽介さんって先生みたい」

「はぁ?何の先生よ」

「うーん・・・」

「体育教師か家庭教師か、プールの教官以外は却下」

「ハハ、何ですかソレ?
うーん、その中だったら・・・家庭教師、かな」

「いいねぇ」

「フフ、どう、いいんですか?」

「色んなこと教えちゃうの。
モチロン勉強以外」

「アハハ」

車の中では、ずっと笑いと会話が絶えず
鎌倉までの道のりを楽しく過ごした。

No.97 10/06/01 22:27
Saku ( SWdxnb )

>> 96 陽介は目当ての寺近くの駐車場に車を停め、
加世子と一緒に中を拝観した。

閉園時間30分前で、人もまばらだったが、
咲き始めの紫陽花も美しく、加世子は気持ち良く
眺め歩いた。

「やっぱダメだな。早朝くるべき」

寺を後にした陽介は、残念そうに言った。
加世子は微笑んで、

「凄く良かったですよ。また来たいです」

「フフ。俺としては不完全燃焼だけど、
加世子がそう言うなら、来て良かったよ」

陽介は車を挟んで、加世子を見た。

「うちの実家、ここから車で10分なんだけど、
行ってみる?」

「はい」

二人は車に乗り込み、
陽介は携帯で、実家へ電話を掛けた。

「――俺。今、北鎌倉の駅近くに居てさ。・・・うん。
・・・病院で会った彼女と一緒。・・・はいよ。じゃ、行きますんで」

電話を切った陽介はエンジンをかけた。

「まっ、気楽に」

そう加世子に向かってニッと笑んで、
アクセルを踏んだ。

No.98 10/06/02 00:09
Saku ( SWdxnb )

>> 97 陽介の実家は、広い敷地の日本家屋で、
加世子は暫く唖然と眺めていた。

「先に言っておくけど、うちの親、あの会社の経営しているから。
・・・先々代の力。萎縮するなよ」

陽介は横目で加世子に叱るような目を向けた。
陽介が指差した先には、有名な食品メーカーの工場があった。

加世子は萎縮したまま、陽介の後をついて行った。

「真中さん、どうぞいらっしゃい」

玄関で、陽介の母の規子が笑顔で迎えてくれた。
その穏やかな笑顔に、加世子の緊張も和らぎ、

「お久しぶりです」

と笑顔で挨拶をし、促されるままに中へと入った。

リビングに通され、お茶を運んでくれた規子に、

「よろしければ、召し上がってください」

と、持ってきた最中を渡した。

「あら、どうもありがとう。
気を遣わせてしまって、ごめんなさいね」

規子がキッチンへ戻ると、両親と同居している陽介の実姉の祥子と、
その夫で、婿だという茂、7歳と5歳の二人の娘、そして父、誠司が、
次々と挨拶をにやってきて、
その場はあっという間に賑やかさを増した。

No.99 10/06/02 00:27
Saku ( SWdxnb )

>> 98 「夕飯、食べていきなさいね」

規子が、陽介に言う。
陽介は壁の時計に目をやった。もう18時を過ぎていた。
陽介は加世子の顔を見た。無言で、気持ちを探るようだった。
そして、暫くの間の後、

「食ってくわ」

と規子に向けて返事をした。

加世子自身、陽介の二人の姪っ子に懐かれ、笑顔で話しを交わし、
久しぶりの家族の雰囲気を、楽しく味わっていたのだ。

「ヤッター!」

姪っ子が跳ねるように喜んだのが可愛くて、
その場の皆が笑った。

姪っ子を見つめる陽介は、叔父というより、
まるで父親の様なあたたかな表情で、
加世子は初めて見る陽介の顔を、安らいだ気持ちで見つめた。

フイに目を上げ、加世子と目が合った陽介は、
途端に男の眼差しに変わり、
そのギャップに、加世子はドキっとして思わず目線を外した。

No.100 10/06/02 01:08
Saku ( SWdxnb )

>> 99 その後、規子の手作りの夕飯をご馳走になり、
談笑しながら、楽しい時間を過ごしていたら、
時間は夜の9時を過ぎてしまった。

「泊まっていったら?」

そう言った規子に、

「明日仕事だから」

と、陽介は加世子に帰る仕草をして、席を立ち、
加世子もその後をついて、席を立った。

玄関で家族皆が名残惜しそうに見送ってくれた。
加世子も少し寂しい気持ちになった。

車に乗り、陽介は早々にエンジンをかけ、家を離れた。

「明日仕事って嘘」

「え?」

「早く、加世子と二人きりになりたくて」

加世子は前を見据えて運転する陽介の横顔を見た。

すると、陽介はフイに笑んで、

「帰り、キレイだぞー」

と明るい声で言った。

陽介の言う通り、ベイブリッジを通り、
湾岸線を走る車から見る夜景は、
とてもキレイで、そして、ロマンチックだった。

  • << 101 加世子は窓の外を見ながら、空にポッカリと浮かぶ満月を見つけた。 月を見上げる度に思ってしまう… 敦史も今、どこかでこの月を見ているかもしれないーーと。 「今、なに考えてるの」 陽介が優しい声で聞いてきた。 「……」 「俺ね、どんな話しでも聞いてやるスタンスに戻るから」 「…きっと、陽介さんには、面白くない話しばかりですよ」 「どんな話しでも聞くよ。いつか言ったろ? 俺は加世子の都合のいい男になるって」 「ーー」 「ここまで加世子の心を捕えて離さない、アイツの話しを聞いてみたい、ってのもあるけどね」 終始、穏やかな口調の陽介に、 月を見上げ敦史と電話で話した思い出を、加世子は話した。
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