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元旦那とディズニー旅行に行くシングルマザーの彼女
家を綺麗にしたいんです。

ともだち

レス248 HIT数 76269 あ+ あ-

てん( zEsN )
15/06/27 20:55(更新日時)

雨。

細かい霧雨。

髪に

肩に

サラサラと降りかかる。

いっそ大粒の雨だったら。

私の罪も

彼の罪も

洗い流してくれるのだろうか。

15/03/11 18:45 追記
【感想スレ】
よろしくお願いします( ´ ▽ ` )ノ
http://mikle.jp/threadres/2195421/

No.2192583 15/03/02 15:35(スレ作成日時)

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No.51 15/03/20 14:12
てん ( zEsN )

「………理由になってない」

ゆりは短くなったタバコを灰皿の上で丁寧に火を消した。

「村野と野村さんは、似てる」

顔立ちどうこうの話ではないのが、ゆりにも分かった。

「私もそう思う。恭介とも『前世は一卵性双生児だったのかもね』って話してたくらいだから」

「村野は俺とは付き合ったりしないだろう?だけど野村さんは女だから」

「横山くんに惚れるかもって?」

「そこまでバカじゃないよ。野村さんもさっき言ったじゃないか」

「なにを」

「良さそうな相手とセックスするって」

「………横山くんはいまの私を見てもそんなこと言うの」

ノーメイクの顔。
適当に結った髪。
綿のシャツにジーンズという服装。

「セックスが好きなんだろ?」

そう言って誠は自分がくわえていたタバコをゆりの口に差した。

「学食で横山くんを見たとき、したいと思った」

「そんな地味な格好してたって、無駄だよ」

「横山くんには、分かるんだ」

「分かる」

「でも不自由してないんでしょ」

「村野の匂いに不自由してる」

「私は恭介とはセックスしてないって」

「それなのに野村さんからは村野の匂いがする」

「……興奮する?」

「興奮する」

「私に恭介を重ねてる男とするなんて、興奮する」

「野村さんならそう言ってくれるような気がしてた」

「私はそういう女なのよ」

「昔からそうなんだね」

「多分」

No.52 15/03/20 17:00
てん ( zEsN )

誠が黙って席を立ち、ゆりに手を差し出した。

ゆりはその手を取った。

誠が纏う空気はこの上なく冷たいのに、やはりその手は熱かった。

店を出て、2人は手を取り合ったまま歩いた。

言葉を交わさなくても、行き先は分かっていた。

渋谷道玄坂のホテル街。

お互い戸惑うことなく部屋へ入り、向かい合った。

「野村さん」

「ゆりでいい」

「じゃあ俺のことも好きに呼んで」

「マコ」

「女の子みたいだな」

「マコとは友達になれそうだから」

「ゆりは友達とはセックスしないんじゃないの?」

ゆりは自分より背の高い誠を見上げながら、誠の腰に両手を回した。

「私がセックスできないのは恭介だけ。他は面倒がイヤだから、しないだけ」

誠は自分を見上げるゆりの首筋に手を差し込んだ。

「俺は面倒じゃないよ」

「分かってる。だってマコが好きなのは恭介でしょ?女はセックスの相手でしょ?」

「うん。友達とセックスすることに罪悪感なんて持たない。ゆりも同じだろ」

「そう思ったから私に会いにきたんでしょ」

「そんな匂いがしたからね」

話しながら唇を重ねた。

「セックスしたらもっとお互いのこと、分かると思う」

「いつもはそんなこと分かろうとしないくせに」

「お互い様」

「キスだけでイキそう………」

「そういう女は初めてだよ」

No.53 15/03/21 14:08
てん ( zEsN )

服を脱がされるのが好き

嬲られるのが好き

『男とセックスしたい』ではなく

マコと

セックスしたかった

唇を重ね

舌を絡め

肌を合わせ

手で舌で探り合い

そして

深く深く繋がる

私もマコも

きっとこんな風にしか

他人を知る術を知らないんだろう

気が遠くなる

快感に貫かれるたびに

マコの綺麗な顔の裏に隠れたものが次々と現れる

見えるんじゃない

感じる

マコはそんなに寂しかったの

もう大丈夫

マコ

あなたに愛はあげられないけど

違うものならいくらでもあげる

そう

こうやって繋がって

私は

あなたの友だちになれる

同じ匂いを感じて

快感を共にして

誰よりも深く

繋がっていける

No.54 15/03/21 14:37
てん ( zEsN )

「本当に村野とはしてないの?」

冷蔵庫から出したミネラルウォーターを飲みながら誠が言った。

「うん。どうして?」

ゆりはベッドの上で腹這いになったまま恭介を見た。

「村野も俺と似たような感じなんだろ?だったらゆりとセックスしてみようと思いそうなのに」

「なんでだろうね。多分私も恭介も、すること自体には抵抗ないと思うよ」

「でもしないんだね」

「うん。2人きりでも、一つのベッドで寝ても、なにもする気にならない」

「こんなにゆりはやらしいのに」

「恭介もやらしいよ」

ゆりは笑って恭介からミネラルウォーターを受け取って飲んだ。

「俺とはしたのに」

「マコとしたかったのよ」

「やっぱりゆりは村野と同じ匂いがする」

「前世は双子だからね」

「顔は似てないのに」

「マコの顔は綺麗だよ」

「ゆりはどこもかしこもやらしいね」

「特技」

「やらしいのが」

「そうだよ。でもこんなに気持ちいいのはマコが初めて」

「俺も初めてだな。女なんてみんな同じだと思ってたけど、こんなに違うんだ」

「じゃあもう1回する?」

「いいよ」

「好きな人としたい、っていう子の気持ちが、少し分かったかも」

「俺のこと好きになりそうなの?」

「『好き』の種類が違うみたいだけど」

ゆりはそう言いながら誠の体に掌を滑らせた。

No.55 15/03/21 21:22
てん ( zEsN )

再会の半月後、ゆりは誠と待ち合わせて池袋にいた。

「………やっぱ、俺、帰ろうかな」

待ち合わせ定番の「いけふくろう」の前で、誠は駄々っ子のように言った。

「いまさらなに言ってんの。もう来るんだから」

「でも」

「もー、乙女なんだから。会いたいんでしょ」

「そうなんだけど」

初めてセックスしたあとも、ゆりと誠は何度も会い、そのたびにまたセックスした。

セックスしながら話すのは、恭介のことがほとんどだった。

話せば話すほど、誠の行為は激しくなり、ゆりの快感は深まった。

やっていることは、男と女のすることなのに、回数を重ねるごとに、ゆりと誠は愛ではなく、友情に近いものが深まっていった。

ゆりにとって、誠は女友達のように思えた。

いままで、ゆりに女の子の親友と呼べる存在はいなかった。
女の子とは上辺だけの付き合いしかしたことがない。

だから本当は、ゆりには女友達がどんなものなのかは分からない。

しかし誠は、恭介とも違う、親近感があった。

きっと、誠が恭介を好きだからなのだとゆりは思う。

なぜだか分からないが、恭介に恋い焦がれている誠とセックスをしていると、ゆりはかつてないほど興奮し、そして誠への気持ちが深まる。

おかしな話だ。

それでも誠にそんな気持ちになることは、嫌ではなかった。

ゆりは誠を恭介に再会させてやろうと思い、恭介には内緒で3人での飲み会をセッティングした。

No.56 15/03/22 00:03
てん ( zEsN )

「あれ?」

間もなくして現れた恭介が、ゆりの隣にいる誠を訝しげに見た。

「西中の横山くんだよ」

ゆりがそう言うと、誠は美しい顔を少しだけ緩めた。

「……ああ!どうりで綺麗な顔してると思った。なに、ゆり、友達だったの?」

「ウチの大学に彼女がいるんだって。たまたま学内で会った」

これはまるきりの嘘ではない。
誠はゆりの通う大学の学生と関係がある。
彼女、と言われたら疑問符がつくのだが。

恭介は細かいことは気にしないようだった。

「へー」

「せっかくだから恭介にも会わせようと思って誘ったんだ」

「村野、久しぶり」

誠がそう言って微かに笑うのを見て、ゆりは体の芯が反応した。

誠とのセックスを連想したからなのか、誠が恭介を思う気持ちがゆりの性欲を刺激するからなのか、ゆりにもどちらなのか分からなかった。

取り敢えず駅近くの居酒屋に移動した。

席に案内してくれた若い女性店員も、すれ違った他の女性客も、恭介と誠を見る目が違った。

今日もゆりは普段のままだから、恭介と誠を見たあとにゆりを見る女たちからの視線は、いつもの倍どころか、10倍くらいに感じられた。

女の子にモテる条件を網羅している恭介と、歩くだけで芳香漂うような美形の誠。

はたから見れば、さぞ豪華な顔ぶれで、そこに混ざるゆりが嫉妬を受けるのは当然なのだろう。

彼女たちがゆりたち3人の関係図を知ったらどうなるのかと思うと、ゆりは大声で笑いだしてしまいそうだった。

No.57 15/03/22 09:20
てん ( zEsN )

人目を惹くのは分かっていたので、個室タイプの居酒屋にしていた。

殆ど話したことがない恭介と誠が話しやすいようにと並んで座らせ、ゆりは2人の前に座った。

飲み物が揃い、乾杯して料理が揃うと恭介はビールを飲みながら笑った。

「なに、横山。もう食われちゃったのか」

再会して間もないのに「ゆり」「マコ」と呼び合うことはもちろん、恭介にはゆりと誠の間にある性的な匂いが感じられるのだろう。

相変わらず恭介の笑顔は無邪気で少し幼い。
言っている内容と、女関係の激しさは、その雰囲気とは結びつかない。

そのアンバランスさも恭介の魅力なのだろうかと思いながら、ゆりもビールを飲み笑った。

「そう、食っちゃった。ね、マコ」

ゆりが言うと誠も悪びれず頷いた。

誠もゆりと体の関係があることなど、なんとも思っていないだろう。

それよりいまは、秘めた想いを抱える相手の隣に座っているという緊張と興奮を、その冷たく整った顔の下に隠すだけで精一杯のはずだ。

「ゆり、珍しいな。身近な男とはヤらない主義だったんじゃねーの?」

「マコは特別。友達だから」

「フツーは友達だからヤらねーんだけどな。それでもヤるのがゆりなんだろうけど」

「マコは特別だよ。マコじゃなければヤらないって」

「なるほどな。そうじゃなけりゃここに連れてこないよな」

いちいち説明しなくても、恭介にはゆりと誠の関係はなんとなく分かるようだった。

それでも誠が自分を好きだなどとまでは、さすがに思いもよらないのだろうとゆりは思った。

No.58 15/03/22 11:49
てん ( zEsN )

「横山、相変わらずモテるだろ」

妬みなど微塵も感じさせない口調で恭介は言った。

「まあね。女の子には困らないよ。村野だって同じなんだろ」

ゆりは目の前に並ぶ2人を見ながら、つくづくこの2人は同じ世界に生きてるのだと思った。

恭介は女の子を弄ぶのが楽しくて仕方ないタイプで、誠は女の子は性欲を吐き出せる便利な存在としか思えないタイプと違いはあるが、基本的に女の子に対する感情は同じだ。

そしてゆり。

類は友を呼ぶ、とはいうが、よくもここまで歪んだ異性観しか持てない人間が集まったものだ。

恭介も直感的に誠に同じ匂いを感じているようだった。

「ゆりとはどうだった?」

「いままでで一番よかったよ」

『あのゲーム面白かった?』『面白かったよ』という会話と同じ調子だ。

「俺はゆりとはヤれないからな。ヤれたらさぞかしイイんだろうとは思うんだけど、どうしたって興奮しないからな」

「最高にエロいよ」

「そうなんだろうな。3人でヤればできるのかな」

「ヤってもいいけど、恭介だけ勃たなかったらつまんないでしょ」

ゆりは鶏肉の唐揚げを頬張りながら笑った。

「だよなあ。それにヤローの裸見るのもな」

「私も3Pはいいや。集中できなさそう」

「男1対女2はよかったよ。女の子同士させると、手間が省ける」

「鬼畜だなぁ。横山、そんなことまでしたのかよ」

「女の子2人にナンパされたときね」

No.59 15/03/22 13:53
てん ( zEsN )

「2人で遊べばいいじゃん」

ゆりは楽しいイタズラを思いついた子どものような気分で言った。

「ナンパ?」

恭介が焼き鳥の串を舐めながら言った。

「ナンパもいいけど、飽きたら交換しちゃえば?女にも好みはあるだろうけど、恭介とマコなら、大抵の女は落ちるでしょ」

ゆりがそう言うと、恭介は「それいいな」と誠に笑いかけた。

ゆりは誠の性欲を感じ取った。

恭介に一番近い存在のゆりを抱くことに興奮する誠。

誠がセックスしたゆり以外の女を恭介が抱き、恭介がセックスした女を誠が抱く。

ゆりとのセックスと違うのは、確実に恭介が触れた女に誠も触れられるというところだ。

きっと誠は、恭介が感じたものを共有することに、歓びを覚えるだろう。

釣った女が淫乱なら、2対2の乱交のようなセックスだってできるかもしれない。

女を玩具にしたい恭介と、その恭介に恋しながら女を捌け口にしている誠には、ぴったりの遊びだ。

「面白そうだね」

誠の切れ長の目に、淫靡なものが見えた。

「今日試してみたら?この店にも緩そうな女の子のグループいたよ。2人が声かけたら一発でしょ」

「いいかもな。横山、お近づきの印にやってみようぜ」

「いいよ」

誠はそう言ってからゆりを見た。

ゆりは黙って笑顔を返した。

No.60 15/03/23 11:35
てん ( zEsN )

そこからはゆりの出番はなかった。

人懐こく見える恭介がOL風の2人連れに声をかけ、手応えがありそうだと分かったところで、ゆりは1人で店を出た。

ゆりはマンガ喫茶に移動して、報告待ちとなった。

3時間を過ぎたところで、ゆりの携帯電話に誠から連絡がきた。

ゆりはマンガ喫茶を出て、誠が待つ駅前まで行った。

深夜でも人通りがそれなりにある池袋駅の前で、やはり誠はただ立っているだけで目立っていた。

「ゆり」

誠のほうが先に気付いてゆりを呼んだ。

「お疲れ様。恭介は?」

「泊まるって」

「女の子2人と?」

「1人は外泊できないってさ」

「ふーん。それでマコも帰ってきたの?泊まってきてもよかったのに」

「ゆりと話したかったんだよ」

さっき居酒屋で別れたときより、誠の目は妖しい色をしていた。

「どっかで話す?」

「俺んちは?」

「いいよ」

誠も恭介と同じく、大学入学と同時に都内でひとり暮らしをしていた。
誠の父親は地方公務員だが上級職で、やはり家庭は比較的裕福らしい。
ゆりは小奇麗な賃貸マンションにもう何度か行っていた。
恭介のアパートは音漏れがあるらしいが、誠のマンションは防音が良いそうで、女の子を連れ込んでも苦情がきたことはないそうだ。

終電には間に合ったので、電車で誠のマンションへ向かった。

部屋にはいるなり、誠はゆりの服を取り始めた。

「マコ、報告は~?」

ゆりは笑った。

「しながら」

「キてるなぁ」

ゆりが店を出たあと、誠と恭介はOL風の2人連れと軽く飲んで、カラオケの名目でホテルへ移動したらしい。
最近ではパーティールームのあるラブホテルも珍しくない。

当然まともにカラオケなどするはずもなく、広い室内の端と端に別れて、あっさりセックスする流れになった。

意外にも女2人のほうはそれほど遊び慣れた感じではなかったらしい。
恐らく、誠と恭介のようなタイプに誘われて舞い上がり、そのまま流されたのだろうとゆりは思った。

それぞれ相手を交換して楽しんだところで、女の1人がタイムリミットとなり、そこで誠も引き上げたそうだ。

No.61 15/03/23 13:38
てん ( zEsN )

「良かった?」

「女は大したことなかった。でも」

「恭介?」

「そう。村野の声が」

「興奮した?」

「うん。村野が抱いたばっかの女として」

「恭介がイカせた女でイった?」

「イった」

「それでも足りないの?」

「女があれじゃあね」

「誰でも同じなんじゃないの」

「ゆり以外は」

「私は恭介とはこんなこと、してないのに」

「やっぱりゆりは違う」

「恭介の横でセックスしながら、私としようって思ってたの?」

「そう。余計興奮した」

「変態ね」

「そう言ってるゆりだって」

「だって、想像するだけで………」

「やらしいだろ?」

「うん」

「村野もやらしかった」

「恭介が好きなんでしょ?」

「たまんないよ」

No.62 15/03/23 18:59
てん ( zEsN )

恭介と誠はあれ以来、悪友のようになった。

恭介にしてみれば、誠はゆりと同等のパートナーだ。
男でないとできない役割を果たすのに、誠はこれ以上はないほど適任だった。

誠は実ることのない想いを抱えたままではあるが、恭介の近くにいることができる。
しかも、普通ではない信頼関係も育っている。

誠の満たされない想いは、ゆりとのセックスで宥める。

悪巧みの中心にいるゆりは、恭介と誠にとって、欠かすことのできない存在だった。

ゆりも付き合った男と別れる算段をするのが億劫なときは、恭介か誠に頼った。

相変わらずゆりと恭介の奇妙な友情は固い。

ゆりと誠は体の関係を持ちながらも、やはり愛だの恋だのとは程遠く、やはり友情としかいえない繋がりが強まる。

恭介と誠は利害の一致した悪友。

3人にとって、この不思議な関係は都合がよく、安定していた。

3人が3人、自分が同世代の人間と比べても、世間一般の道徳や倫理観からみても、まともではないことを自覚していた。

それでも、お互いが理解者になることで、罪悪感など欠片も持てないことすら気に病む必要がなかった。

いつか、手痛い失敗や、因果応報とでもいうべき事態になるのかもしれない。

ゆりには分かっていた。

まだ二十歳を超えたばかりだというのに、ゆりたち3人は、許されない罪を背負っている。

地獄に堕ちるときは、きっと3人一緒だ。

それでもいいと、ゆりは思っていた。

No.63 15/03/24 07:35
てん ( zEsN )

ゆりたち3人はだれも留年することなく大学を卒業した。

恭介は大手飲料メーカーに就職した。
誰でも知っている会社に就職できればいいという志望動機の就職活動で内定をもらった会社の一つだ。

誠は大手の印刷会社に就職した。
こちらもさしたる志望動機はない。
適当に就職活動をして内定をくれた会社にあっさりと決めたというところだ。

2人を見ていると、つくづく外面の良さというのは生きる武器なのだとゆりは思った。

ゆりたちが就職活動をした時期はそれなりに新卒大学生の就職が厳しいと言われていた。

それでも恭介と誠がそれなりの企業に就職できたのは、誰が見ても外見がいいからなのだろう。

リクルートスーツに身を包み、清潔感ある髪型にし、笑顔でいるだけでいい。

そうしていたら、本来の2人がろくでなしだということなど、誰にも分からないのだ。

そしてゆりは以前からの希望通り、大手出版社に就職した。
主席まではいかなくても、有名大学でAが並ぶ成績表、入念な対策で、ゆりは内定を勝ち取った。
もちろん、面接官受けするように、化粧も服装も研究した。
男の欲情をかきたてる必要はなかったが、見た目がいいに越したことはない。

そしてゆりは就職した夏にひとり暮らしを始めた。
仕事はどうしても不規則になりがちだし、学生時代よりも自由な時間が減った。

「趣味」の「恋愛ゲーム」を続けるには、独立したほうがなにかと都合がよかった。

No.64 15/03/24 16:27
てん ( zEsN )

大学を卒業して5年。
27歳になったいまも、相変わらず恭介の女遊びは激しい。

「どんなコだっけ」

恭介のマンションに届いた宅配ピザを、トレーから取りながらゆりは言った。

「22歳処女だった女。××デパートの」

「ああ。スポーツ用品売り場で引っ掛けた女の子だ」

「そう。ナイキのスニーカー選んだ女」

さすがに社会人になってからは、社内の女の子に手を出すとなにかと面倒なので、恭介が女の子を調達するのは会社の外になっていた。

話に出てきたようなナンパに近いようなときもあるし、ゴルフ教室や英会話教室、スポーツクラブのジムなどで知り合う女だ。
そういう場所なら辞めるのも簡単だ。

1、2ヶ月に1回くらいは、恭介と誠がつるんで純粋にナンパをしたりもしているらしい。

「マコにあげちゃえばいいのに」

「思ったより粘着タイプな女なんだ。自殺とかされると面倒なんだよ」

「ふーん。分かった。じゃあ私の手持ちから誠実そうなのあてがおうか」

「よさそうなのいんの?」

恭介は嬉しそうに言いながら立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲んだ。

「うん。一度ヤっちゃうとめんどくさそうなタイプだから、まだヤってないんだ。結婚願望強そうでさ。22歳まで処女だったようなコには合いそう」

「頼むよ」

「いいよ」

ゆりはピザのソースで汚れた指をなめながら、どんな「シナリオ」がいいか考えた。

「こんなのはどう?」

「どんなの?」

「私は恭介の従妹でさ。前々から恭介の女癖の悪さを不快に思ってるわけ。その恭介が22歳処女を食っちゃったのに、捨てようとしてて酷い、みたいな話を愚痴みたいに齋藤さんに聞かせるの」

「齋藤って、そのめんどくさい男?」

「そう、めんどくサイトー」

「つまんねーな」

恭介に笑われて、ゆりは指を拭いたティッシュを投げつけた。

「多少話を盛って、齋藤さんが22歳元処女に同情するように仕向けとくよ。で、仕込が済んだら、恭介が別れ話でもしてるところに同席でもして、そしたら齋藤さんが彼女に興味持つようにもっていけそう」

「ゆりは『親切で優しいお姉さん』キャラでいくんだろ」

「ピンポーン。私が彼女を慰めて、齋藤さんは傷ついた彼女に同情して、彼女も傷ついてるところに優しい男が現れて、丸く収まりそうじゃない?」

No.65 15/03/24 17:31
てん ( zEsN )

「シナリオ」の粗筋ができたころには、ピザが綺麗に片付いた。

「横山、会社辞めたんだって?」

恭介が話題を変えた。

「うん。フリーライターになるんだって」

「やってけんの?」

「さあ」

印刷会社に就職した誠は営業をやっていたのだが、最近退職してフリーライターになると言い出した。
宮仕えは性に合わないらしい。

「あいつ、金あんの?」

「お父さんはお役人みたいなんだけど、もともと家が地主みたいな感じらしいから、マコも生前贈与された不動産があるんだって」

「へー」

「恭介んちだって、お金持ちじゃない」

「そういやゆりはあんまり自分ちの話、しないな。親父さん、サラリーマンだっけ」

「そう。ゼネコン」

ゆりは興味なさそうに答えた。

「お袋さん、元気?」

「元気なんじゃない?」

「たまにゆりんち行くとお茶出してくれたよな」

「良妻賢母やるの好きな人だからね」

「なんか他人行儀な言い方だな」

「他人だもん」

ゆりは飲み終えたチューハイの缶を小気味いい音をさせて潰した。

「他人?」

「親父の後妻だもん」

「初耳だよ」

「聞かれないし」

「へー。どおりで若いと思った」

恭介はそれ以上は聞かなかった。

「眠い」

ゆりはそう言って大あくびをした。

No.66 15/03/24 19:49
てん ( zEsN )

数日後、ゆりは誠のマンションを訪ねた。

「マコ、きたよ」

ドアが開いて誠が顔を出した。

「溜まってるね」

ゆりの顔を見て誠は笑った。

「うん。いま適当なのいなくて」

「すぐしたい?」

「したい」

誠との付き合いも相変わらずだった。

ゆりは最近まで付き合っていた男と別れたばかりだ。

仕事絡みで知り合った広告代理店の男だった。

いかにも遊んでいそうな男だったので「恋愛ゲーム」の相手というよりは、単純にセックスフレンドになりそうだと思っていた。

それが、付き合って2カ月ほど経つと、相手が変わってきてしまった。

お互い仕事が忙しいので、ゆりは週に1、2回セックスできれば満足だったのだが、相手はLINEを朝昼晩と送ってきて、毎日のようにゆりに会いたがるようになった。

相手をその気にさせたり、セックスを盛り上げるためにムードを作ったりという細工をしなかったのが逆効果だったらしい。

自分が楽しむための奔放なセックスをしていたのが、逆に相手の男には刺激になったらしい。

心まで求められるのは迷惑だった。

「恋愛ゲーム」だろうがセフレだろうが、面倒になるまえに離れることにしていた。

誠とは、特定の相手がいてもいなくても、会って時間があればたいていセックスをした。

愛だの恋だのが存在しなくても、お互いが一番セックスの相性がいいことに変わりはなかった。

No.67 15/03/25 12:53
てん ( zEsN )

「同窓会があるらしいよ」

誠とのセックスがひと段落したところで誠が言った。

「西中の?」

ゆりがそう言うと、誠がリビングから往復葉書を持ってきた。

「へー。こんなの来てたんだ。実家にあるかな」

「新宿だって」

「マコいく?」

「どっちでも」

「いこうよ」

「なんで」

「恭介の初恋」

ゆりがそう言うと、誠が目を細めた。

「………誰?」

「南玲奈」

「覚えてない」

基本的に恭介は周囲の人間に興味がないらしい。
来る者拒まず、去る者追わず。

恭介とゆり以外は。

「卒業アルバムないの?」

「実家」

「顔は可愛いよ」

「西中で可愛いって程度なら、大したことないだろ」

「玲奈が恭介をフッたの」

「………いつ」

「卒業式で。恭介はすごく好きだったみたいなんだけど、手酷くフラれてさ。そこからあんなんなったんだよね」

ゆりの言葉を聞いて、恭介がゆりの体に手を伸ばした。

「………恭介のこと聞いたら、興奮しちゃった?」

「村野、なんて言われたの」

「『身の程知らず』」

「………見たい」

「一緒にいこ」

ゆりは恭介の背に手を滑らせながら、「楽しくなりそう」と笑った。

  • << 70 【訂正】 このレスでも「恭介」と「誠」が間違ってます。 誤)基本的に恭介は周囲の人間に興味がないらしい。 正)基本的に誠は周囲の人間に興味がないらしい。 誤)ゆりは恭介の背に手を滑らせながら、「楽しくなりそう」と笑った。 正)ゆりは誠の背に手を滑らせながら、「楽しくなりそう」と笑った。 申し訳ありません

No.68 15/03/25 14:55
てん ( zEsN )

数日後、ゆりは仕事を終えた後に恭介へ電話をかけ、同窓会に誘った。

『同窓会?』

「うん。きっとあのコもくるよ」

『誰』

「南玲奈」

その名前を聞いて、電話の向こうで恭介は一瞬黙った。

『………久しぶりに思い出した』

「玲奈はくるよ。栄光のモテモテ中学時代だもん」

『ふん』

恭介の声は毒を含んでいた。

玲奈はどんな女になったのか。

きっといまでもちょっと可愛くて男好きする雰囲気は変わっていないだろう。
でも、女としての価値は年々下がるばかりだ。
「ちょっと可愛い」だけなら、27歳の玲奈より、20歳前後の女の子のほうがいいに決まっている。

玲奈は飛び抜けて勉強ができるわけでも、得意なスポーツや特技があるわけでもなかった。
世間を見れば、綺麗な女はゴマンといる。知性や能力がずば抜けた女もいる。容姿が冴えなくても、性格のよさや家庭的な面で好感を持たれる女もいる。

玲奈のように可愛いだけで人気者になれるのは、幼いころだけだ。

「マコもいくって」

『村野が?』

「そう。マコと組んで、玲奈で遊べばいいじゃん」

恭介と誠が組み、ゆりが入れ知恵をする「遊び」。

玲奈にフラれ侮辱され、それをきっかけにいまの恭介がいる。

もともと恭介に素質があったのは確かだ。
だから、ゆりと気が合った。

いまでも玲奈を恨み続けるほどの感情はないだろう。

でも、どうでもいい女を玩具にすることが楽しくて仕方ないなら。

自分をフッた女を、一番酷な方法で弄ぶことは、なお楽しいはずだ。

「シナリオ」を考えるのはゆりだ。
「ターゲット」がどうなるかは、ゆりの匙加減次第。

『楽しみになってきた』

「ね」

ゆりは恭介との電話を切ったあと、体に篭った熱をどうにもできなくなり、誠に電話をかけた。

No.69 15/03/25 15:31
てん ( zEsN )

>> 68 【訂正】
>誤)「マコもいくって」
『村野が?』
「そう。マコと組んで、玲奈で遊べばいいじゃん」

正)「マコもいくって」
『横山が?』
「そう。マコと組んで、玲奈で遊べばいいじゃん」

No.70 15/03/25 17:40
てん ( zEsN )

>> 67 「同窓会があるらしいよ」 誠とのセックスがひと段落したところで誠が言った。 「西中の?」 ゆりがそう言うと、誠がリビングか… 【訂正】
このレスでも「恭介」と「誠」が間違ってます。

誤)基本的に恭介は周囲の人間に興味がないらしい。
正)基本的に誠は周囲の人間に興味がないらしい。


誤)ゆりは恭介の背に手を滑らせながら、「楽しくなりそう」と笑った。
正)ゆりは誠の背に手を滑らせながら、「楽しくなりそう」と笑った。

申し訳ありません

No.71 15/03/26 06:19
てん ( zEsN )

翌月のある土曜日、新宿で同窓会があった。

ゆりは恭介と誠と待ち合わせて会場へ向かった。

先生がくるような会ではなく、幹事数人が手分けして分かる限りの同級生に通知したらしく、会場のダイニングバーで見る顔は、クラスも部活もバラバラだった。
学年で200人くらいいたが、集まったのは50人前後のようだった。卒業して10年以上経っていることを思えば、人数が集まったほうだ。

今日のゆりは、仕事のときと同じような雰囲気だ。
化粧と服装は抑え気味だが、昔よりは垢抜けた印象だ。
もちろん、今回は男が目的ではないので、そういう雰囲気はシャットアウトしてある。

昔から目立つ人気者だった誠はともかく、恭介は女性陣の興味を惹いていた。

中学時代は平凡な印象だった恭介だが、嫌味なく整った顔、185cmの長身とバランスのいい体型、センスのいい髪型と私服、それだけで十分目立った。

それに加え、そこそこの大学から名の知れた会社に就職という経歴に加え、人当たりのいい話しやすい雰囲気、同窓会という場で女性陣からもてはやされる条件が揃っていた。

もちろんゆりは会場では自分の知った顔を見つけて、恭介や誠のそばにはあまり近寄らない。3人で固まっていては意味がないからだ。

ゆりはすぐに「ターゲット」を見つけた。

南玲奈だ。

No.72 15/03/26 06:43
てん ( zEsN )

OL御用達ブランドの華やかな服。
流行のブランドバッグに靴。
念入りなメイクにヘアスタイル。

ゆりが予想した通りの玲奈だった。

女の子の輪に入れば、同級生の噂話はいくらでも聞きだせる。
直接声をかけなくても、玲奈の情報は簡単に揃った。

玲奈は都内中堅大学の付属女子高からエスカレーターで女子大へ進学。
大学卒業後は都市銀行に就職し、いまは都内の支店勤務。

そしてゆりにとって一番美味しい情報だったのは、玲奈が最近社内恋愛の末に婚約したということだった。

独身でも既婚でも、面白い「シナリオ」が作れそうだと思っていたが、婚約中というのは更に楽しめそうだとゆりは思った。

玲奈はかつて学校のアイドルだったときそのままに、男女に囲まれて笑っていた。

ゆりは玲奈に声をかけるタイミングを測っていたが、トイレに行ったときに向こうから声をかけてきた。

「ゆりちゃん、久し振りだね」

玲奈とは2年生のときに同じクラスだったが、「ちゃん」付けで呼ばれるような仲ではなかった。

人気者だった玲奈から見れば、中学時代のゆりは眼中にない存在だったはずだ。
それでも、当時はゆりは何回かノートや課題を玲奈に貸してやったこともある。
玲奈のようなタイプに睨まれると面倒だから、恩を売っていただけなのだが。

きっと玲奈はゆりが大手出版社に就職したことを聞いて、声をかけてきたのだろう。

マスコミという華やかな世界は、玲奈のような女にとって、興味津々なはずだった。

No.73 15/03/26 12:52
てん ( zEsN )

「○○社に就職したんだって?スゴイね」

案の定、玲奈はそう言ってきた。

「スゴくもないけど」

出版社に就職できたことは、実際ゆりにとっては自慢でもなんでもないので、こういう場面で相手が明らかな反感を持つことは少ない。

「南さんこそ、××銀行でしょ。会社の先輩と婚約したって聞いたよ」

「やだぁ、もう噂になってる?全然、大したことないのよ」

謙遜が下手くそだな、とゆりは思う。

玲奈のようなタイプは、謙遜しているように見せかけて自慢話をするのが大好きだ。
普段は面倒だから相手をしないのだが、今日はそういうわけにはいかない。

「彼エリートなんでしょ。羨ましいな」

「でもあんまりカッコよくないのよ」

「南さんは点数が厳しいんだよ」

「そんなことないよ」

「写真見たいなぁ」

「えー、恥ずかしいよ」

「またぁ。ラブラブなんでしょ」

ゆりがおだてあげると、玲奈は割りとすぐにスマホを出して婚約者の写真を見せてくれた。

『………下手そう』

不細工ではないが、なんの特徴もないのっぺりとした顔をした中肉中背の男を見て、「シナリオ」でこの男とセックスする場面はないとゆりは思った。

「優しそうなのに、デキる男って感じ」

セックスが下手そうな男には仕事がデキるヤツはいない、というのがゆりの持論だ。
もちろん、玲奈に言った言葉にそんな雰囲気はカケラもにじませてはいない。

「ねぇねぇ、それよりゆりちゃん編集者なんだって?どんな人と仕事してるの?」

「いま担当してるのは吉岡丈一郎っていう新人作家さん」

「知ってる。この間テレビで見たよ」

「○○賞受賞したから」

「すごーい」

恐らくはファッション誌くらいしか買わないだろう玲奈にとっては、有名か無名でしか作家を判断できないのだろう。

『相変わらずバカそう』

ゆりは嬉しくなった。

No.74 15/03/26 19:11
てん ( zEsN )

ゆりには興味のない雑談を、さも楽しそうにしていると、トイレにいったらしい恭介が近付いてきた。

「南さん?久し振りだね」

飛び切りの笑顔だ。
この場合の「飛び切り」は満面の笑みではなく、少しはにかんだような、照れ隠しのような、玲奈には意味ありげに見えそうな笑顔だ。

「村野くん、カッコよくなっちゃって」

玲奈の本音だろう。
そう、他の同級生と歓談しているときも、いまゆりと話している間も、ときどき恭介を目で追っていた。

かつて玲奈が振った恭介。
冴えない部類だったはずの男の子が、女の子誰もが理想としそうな大人になって現れた。

玲奈は恭介を意識しているのだろう。

ゆりと恭介が中学時代仲がよかったことは玲奈も知っているし、今日は一緒にここへ現れた。

ゆりをダシにして恭介と話すきっかけを窺っていたのかもしれない。

「南さんは相変わらず可愛いね」

昔の恭介なら絶対に言わないようなセリフ。

見た目も中身も、変わったのだ。

「恭介、南さん婚約したんだって」

ゆりがそう言うと、一瞬玲奈が反応した。

きっといまここで言われたくなかったのだろう。

「南さんは昔からモテるもんな。まだ結婚してなかったって方がおかしいくらいだよ」

「彼の写真、見せてもらっちゃったー」

「えー、どんな人?」

「やだ、ゆりちゃん、恥ずかしいからやめて」

玲奈がなんとなく慌てている雰囲気に、ゆりは手応えを感じた。

No.75 15/03/27 12:59
てん ( zEsN )

少し3人で雑談をしていたが、ゆりはトイレと言って2人から離れた。

化粧直しをゆっくりしてトイレから出ると、誠が近付いてきた。

「そろそろマコもいこうよ」

「そうだね」

誠と並んで恭介と玲奈といた場所へ戻ると、2人は壁際に置かれた椅子に並んで座り、親密そうに話していた。
2人とも手にはスマホがあった。
連絡先を交換したのだろう。

「恭介、南さん、マコもきたよ」

「横山くん、お久しぶり」

玲奈は誠に笑顔を向けた。

「南さん、元気だった?」

微かに口元を緩ませるだけで、誠からは「色気」としかいいようのない空気が流れる。
ゆりの性欲をかきたてる種類の「色気」ではないのだが、普通の女ならドキッとするはずだ。

「元気よ。横山くんってゆりちゃんと仲良かったっけ?」

「大学のころ、偶然会ってから、ゆりとも村野とも付き合いあるんだ」

誠の言葉に玲奈は「ふぅん」とどこか不満げに答えた。

玲奈にしてみれば、誠のような男がゆりと親しげにしていることが不思議なのだ。
ゆりがいくら垢抜けようと、玲奈の基準では女として「格下」「ランク外」なのだから、誠のように上等な男と親しくなることは、不自然に思えるのだろう。

恭介のように条件のいい男や、誠のように誰が見ても容姿が際立った男にふさわしいのは、玲奈のような「可愛くて女の子としての価値が高い女」が相応しいと信じている。

『誠と夕べさんざんセックスしてたって知ったら、驚くだろうな』

自分の価値観がすべてだと思っていそうな玲奈。

きっとセックスも、教科書通りに違いない。

相手の男が好みそうな下着、半分以上は演技の喘ぎ声、イケなくても「イッちゃった」と囁く嘘。

いかにも育ちが良さそうだが、面白みなどなさそうな婚約者と、玲奈はそんな面白くもなんともないセックスをしているのだろうか。

玲奈も、他の女の子たちも、本当は欲望にまみれているはずなのに。

全身汗と体液にまみれて、頭がおかしくなるようなセックスだってしてみたいはずなのに。

『うそつきには、お仕置き』

ゆりは玲奈を見ながら思った。

No.76 15/03/27 16:38
てん ( zEsN )

玲奈を含めたゆりたち4人は、中学時代の思い出話や近況を話し合った。
同窓会では普通の光景だ。

ゆりは不自然にならない程度に玲奈に親しくなりたい雰囲気を見せた。

恭介は上手な相槌で、玲奈を気分よく話させた。

誠は自分からはあまり喋らないが、時折玲奈と目が合うと、少しだけ表情を和らげて見せた。

他の同級生も混ざりながら話は盛り上がり、途中幹事主催でゲームがあったりもしながら同窓会は開始から3時間ほどでお開きになった。
終了までにゆりと誠も玲奈と連絡先を交換していた。

「2次会いく人~」

幹事が手を上げているのを見て、玲奈はゆりに「どうする?」と聞いた。

「あ、私、無理。明日用があるし」

ゆりがそう言うと、玲奈は「2人は?」と恭介と誠に聞いた。

「俺も帰るわ。今週忙しかったんだ」

恭介がそう言い、誠は黙って頷いた。「NO」ということだろう。

「れいなー、いこうよ」

中学時代、玲奈と仲が良かった女子が数人で玲奈を呼んだ。

玲奈は少し名残惜しそうな顔をしたが、「じゃ、またね」とゆりたちに手を振って他の同級生たちの輪に戻った。

ゆりたちはそのまま駅へと向かった。

「恭介はどうするの?」

「池袋」

「あぁ、例のインストラクター」

恭介は最近スポーツクラブのジムインストラクターと付き合っている。
どちらかというと割り切ったタイプの女で、恭介も「たまにはいいだろ」と駆け引き抜きで体の関係を楽しんでいるらしい。

「ゆりは?」

「マコとやる」

「好きだな、お前らも」

恭介とは新宿駅で別れ、ゆりと誠はそのまま電車に乗って誠のマンションへ向かった。

No.77 15/03/27 17:30
てん ( zEsN )

「ねぇマコ。だれだと思う」

「村野だと思う」

「私は、私だと思う」

「どうして?村野が南にフラれた話をしなかったから、気になって仕方ないはずだよ」

「だからって恭介に連絡したら、ガッついてると思われるじゃない」

「ガッついてるって………こんな風に?」

「もう………あのコはもの欲しそうに思われるのはイヤなはずだから」

「あぁ、だからゆりに?」

「そう。探り入れるなら私でしょ」

「『恭介くん、昔のこと怒ってるかなぁ』って?」

「そうそう」

「今日だって、俺か村野が声かけたら、即テイクアウトできそうだったのに」

「そんな簡単にヤっちゃったら、面白くないじゃない」

「焦らす?」

「ギリギリまでね。そうだな、玲奈が自分から足開くまで」

「あの南が『抱いてください』って?」

「そこまでいったら、きっと玲奈も気持ちいいと思うよ」

「いまのゆりほどじゃないだろ」

「最初はマコになるんじゃないかな」

「俺?」

「うん。私の『シナリオ』通りにいけば」

「まぁそれでもいいけど」

「玲奈自体は大したことなくても、筋書きには興奮できるよ」

「それでゆりもこんなに興奮してるんだ」

「そう。こういうこと考えながらするのが好き」

「村野もいまごろ?」

「インストラクターのお姉さんと」

「ヤってんだろうな」

No.78 15/03/28 11:04
てん ( zEsN )

同窓会から数日後の夜、ゆりの読み通り、玲奈からLINEがきた。

>>この間はお疲れ様。久しぶりに会えて嬉しかった♡

そんなお決まりのメッセージから始まり、ゆりも当たり障りなく返信し、他愛ない話でメッセージが続いた。

>>今度時間あったら夕飯でも一緒しない?

望むところだ。

ちゃんと向こうから網に飛び込んできた。

ゆりは嬉しくなった。

さっそくその週の木曜日に玲奈と約束をした。
東京駅近くに老舗の洋食屋があるので、そこへいくことにした。

八重洲口で待ち合わせ、ゆりは玲奈と連れ立って店へいった。

料理を頼み、グラスビールで乾杯すると、同窓会の日と変わらない雰囲気で会話が弾んだ。

料理が揃い、食べながら話していると、玲奈が「あのさ」と言いかけてやめた。

いつものゆりなら気付かぬフリをして流してしまうのだが、今日の目的となる話が出てくるタイミングなのは明らかだったので、ゆりは「どうしたの?なにか心配事?」と水を向けてやった。

ためらったのはポーズだけで、さっそく玲奈は「あのね」と話し始めた。

「この間、久しぶりに恭介くんに会ったけど、あのあと、なにか言ってた?」

「なにか、って?」

ゆりもここはとぼけておく。玲奈は話したくて仕方がないのだから、放っておいても勝手に話を続けてくれる。

「ゆりちゃんも知ってるでしょ?あの、私、恭介くんに告白されたことがあるの」

「ああ、卒業式の日でしょ。聞いたよ、落ち込んでたもん」

「恭介くん、そのこと気にしてないのかな」

『オマエがどんな酷い言葉で恭介をフッたのか覚えてないのか?』とツッコミたいところだが、もちろん飲み込んだ。

「なにも言ってなかったよ。だってずいぶん昔のことじゃない。恭介いまはけっこうモテてるみたいだし」

「そうだよね、カッコよくなったよね」

「惜しいことした、って思う?」

ゆりはタンシチューに入っているニンジンをナイフで切りながら、悪気ない調子で言った。

「やだ、ゆりちゃん。私、婚約者いるし、そういうつもりじゃないよ」

「そうだよね。ラブラブなんだもんね」

「そうよぅ。ただね、告白されたときは断っちゃったから、嫌われてたら悲しいな、って思っちゃって」

No.79 15/03/28 13:01
てん ( zEsN )

男はみんな玲奈を好きだと思っているのだろうか。
手酷くフッた相手も、ずっと玲奈を思い続けているとでも?

玲奈がそんな心配をしなくても、恭介はいい男になった。

ちょっと女心をくすぐってやれば、女たちはみんな恭介に抱かれてしまう。

そのうち玲奈も、その中の1人になる予定なのだから。

「嫌ってなんかいないと思うよ。『南さんもくるかな?』って楽しみにしてたし」

楽しみにしていたのは本当だ。
意味がまったく違ってはいるが。

「恭介くんは彼女いるの?」

「ああ、いるみたいだよ」

「ゆりちゃんはヤキモチ妬かないの?」

「恭介に?まさか」

ここはゆりも演技なしで笑った。
一つのベッドで眠ろうが、恭介の前をバスタオル一枚でうろつこうが、お互いなにも感じない関係で、嫉妬とは無縁だ。

「昔からすごく仲がいいのに」

「気が合うんだよね」

悪だくみをするときは特に。

「ゆりちゃんの彼氏はヤキモチ妬かないの?」

「あんまりヤキモチ妬きの人とは付き合わないから」

「ふうん」

きっと玲奈はゆりが付き合う男は、ゆりと同じように格下で、やっと見つけた彼氏だと思っているのだろう。

確かにゆりは玲奈より容姿が劣る。
それでも化粧とファッションというツールをフル活用したときのゆりが、どんなに性的魅力を持つか、玲奈は知らない。

ゆりの趣味はセックスなのだ。
それを楽しむために、研究も努力も怠らない。
そんなゆりだから、相手の男もゆりとのセックスに溺れる。

相手の男にステイタスは必要ない。
ただ、セックスを楽しむなら、ゆりの許容範囲の容姿と、セックスを思い切りできる場所を用意できる程度の経済力は必須だった。

だからゆりの相手は、普通のサラリーマンだったり、仕事関係で知り合うフリーの人間だったり、ゆとりある生活をする学生のこともあれば、やたらと羽振りのいい経営者のこともあった。

愛するつもりがないのだから、セックスさえ頑張ってくれる男なら、誰でもいいのだ。

No.80 15/03/28 15:04
てん ( zEsN )

ゆりの性癖を知っているのは、恭介と誠だけだ。

多分玲奈が知ることは一生ないだろう。
いくらゆりでも、自分の性癖が世間一般の感覚から大きくずれていることくらいよく分かっている。

途中からゆりはあえて恭介の話題から離れるようにもっていった。

玲奈はゆりの仕事の話などを熱心に聞いているように見えたが、恐らく本音はもっと恭介の話をしたいのだ。

わざと誠の話は出してみる。
誠がフリーライターになると言って仕事をやめたので、ゆりが知り合いのフリーライターや編集プロダクションを紹介したりしていた。

玲奈の中ではきっと誠への興味が薄れたはずだ。
いくら誠が容姿に恵まれていても、しょせんは自由業。
テレビのコメンテーターでもやるような売れっ子ライターならともかく、いまはフリーターよりも不確かな状態だ。

誠よりも恭介に興味を持つのは、玲奈にとって男はステイタスがすべてだからだ。
婚約中のいま、浮気しようとか、他の男に乗り換えようとまでは、玲奈も考えていないだろう。
それでも、総合的にステイタスの高い男に擦り寄っていく。

男のステイタスでしか、自分の価値を見つけられない女。

中学のころから、玲奈はまったく成長していない。

「イケていない」という理由で恭介をフッたのに。

その恭介に気にして欲しいんでしょう?
いまでも恭介に好意を持ってもらいたんでしょう?
本当は婚約者が恭介みたいにカッコよかったらいいのにって思ってるんでしょう?

玲奈。
望み通りにしてあげる。

そのときがきたら、玲奈がどんな風になるのか楽しみ………。

ゆりは玲奈と食後のコーヒーを飲みながら、次の展開を予想していた。

ゆりは玲奈に気付かれないように、微かに身震いした。

No.81 15/03/29 07:46
てん ( zEsN )

次の日の夜、ゆりは日付が変わる少し前に恭介のマンションへ行った。

「遅かったな」

不満そうな素振りでもなく、いつものようにゆりを迎え入れた。

「打ち合わせ長引いちゃったよ」

ゆりは勝手にシャワーを使い、恭介の部屋着に着替えた。

恭介はスマホをいじりながら、バーボンを飲んでいた。

ゆりもキッチンからグラスと氷を取ってくると、横からボトルを取って注いだ。

「どう?」

「まぁこんなもんじゃねえの?」

恭介は自分のスマホをゆりに渡した。

スマホにはラインのトーク。

相手は玲奈だ。

昨日ゆりと別れたあと、恐らく電車の中から、夜の9時台に初めてのメッセージ。

>>この間はお疲れ様
>>いまゆりちゃんとゴハン食べてきたよ
>>やっぱり懐かしい

「ちょ、恭介。どうして返信がこんな遅いの?」

「取り込み中でした〜」

「どの女?」

「××生命」

「落ちたんだ」

「早かったよ」

恭介と話しながら、メッセージをスクロールしていく。

>>お疲れ〜

恭介の返信は2時間後くらいに始まり、玲奈のメッセージ3〜4回に1回のペースで、無愛想にならない程度に短文で返信されていた。

同窓会のときの続きのような、当たり障りない話題が続いていた。

「お、ここらで玲奈焦れたね」

>>卒業式の日のこと、覚えてる?

玲奈から話題を振ってきていた。

No.82 15/03/30 14:09
てん ( zEsN )

>>覚えてるよ

恭介はシンプルに返している。

>>恭介くんに悪いことしたって、ずっと気にしてたの

「嘘だぁ。あんな酷いこと言っておいて~」

思わずゆりはスマホに向かってツッコんだ。

>>昔のことだから

>>一度謝りたいって思ってたの

>>気にしなくていいよ

>>でもこの間から気にかかって仕方なくて

>>そうだったの?

>>会って謝れたらいいんだけど

>>謝らなくても、いつでも会えるじゃん

>>ホント?

「わー、上手いこと食いついてきたね~」

恭介は次の金曜に会う約束をしていた。

「恭介、すぐに食っちゃダメだからね」

「分かってるよ」

恭介は楽しそうに言った。

恭介は約束通り、玲奈と会った。

そのときの玲奈はやはり謝ってきたらしい。

恭介はやはり「気にしなくていいよ」とその話は流し、普通に玲奈を飽きさせないように会話し、適当に切り上げて別れた。

すると今度は玲奈から相談を持ち掛けられた。
要は「このまま結婚しちゃっていいのか不安になる」というような、くだらない悩みだ。

恭介はLINEで少しやりとりをしたあと、また玲奈と会った。
愚痴のような玲奈の話を辛抱強く聞いてやる。
またLINEがくる。
また会う。

それが3回ほど続いた。

ころあいを見計らって、ゆりは玲奈に連絡を入れた。

もちろん、ゆりは玲奈が恭介と会っていることは知らないことになっている。

>>結婚の準備、忙しい?

ゆりのそんな問いに

>>うん、まぁね

と、テンションの低いメッセージが返ってきた。

元気ないね、心配事?もしかしてマリッジブルー?などと送ってやると、

>>ゆりちゃんに相談してもいいかな

と送られてきた。

ゆりはもちろん、会うことを快諾した。

No.83 15/03/30 16:54
てん ( zEsN )

綺麗目の居酒屋で玲奈と会ったゆりは、恭介から聞いていたのと同じような内容の悩みを聞いた。

「ホントは恭介と付き合えたらいいと思ってるんじゃないの?」

玲奈の話が一区切りした辺りで、そう言いながらも嫌味にならないように、ちゃんと「冗談冗談」とすぐに打ち消しておく。

「恭介くんは私なんてイヤだと思うよ」

以前は「そんなつもりじゃない」と否定していたのに、微妙にニュアンスが変わっている。

「昔フっちゃったから?」

「それもあるけど、恭介くん、ずいぶんいまはモテるみたいだし」

「まあね~。でも南さんは初恋の人みたいなもんだから、特別かもね」

「そんなことないよ~」

玲奈の望む言葉をところどころに混ぜてやる。
ゆりが一番得意とするところだ。

「あ、ゴメン。このあとマコと会う約束してるんだけど、ここに呼んでいい?」

スマホを見ながらゆりは自然にそう切り出した。

「横山くん?いいよ、私も会いたい」

玲奈はなにも不自然には感じていないようだった。

しばらくして、誠が現れた。

「ゴメンね。女の子同士の邪魔して」

誠はそう言って玲奈の隣に座った。

そうするように打ち合わせておいたし、最初からゆりが奥まった席に座り、誠が玲奈の隣に座りやすいようにしておいた。

少し経って、ゆりは

「ゴメン、仕事の電話。すぐ戻るね」

と言って、2人を置いて店を出た。

もちろん、嘘だ。

30分ほど近くのコーヒーショップで時間を潰し、元いた店に戻った。

「ゴメンね~」

背後の壁からそう声をかけると、玲奈が驚いたように顔を上げ、顔が赤くなったのがよく分かった。

「南さん、マコ、あんまり喋んないから、つまんなかったでしょ」

ゆりは朗らかにそう言い、玲奈は「ううん、そんなこと」と歯切れ悪く言った。
誠は相変わらず少しだけ和らげた目元を玲奈に向けた。

誠の毒は、玲奈に回り始めているのだろうか。

しばらく飲んで、またそれほど遅くならない時間に店を出た。

玲奈とは駅で別れたが、ちゃんと誠は新たに毒を仕込んだ。

ゆりがsuicaにチャージをしている隙に、誠は玲奈に囁いたはずだ。

「………今度はふたりで会いたいね」

別れ際の玲奈の潤んだ目で、誠が上手くやったことが、ゆりにはよく分かった。

No.84 15/03/30 17:13
てん ( zEsN )

「どこ触った?」

「最初髪。あとまつ毛ついてたから顔」

「マコの指ってエロいんだよね」

「いまほどじゃないだろ」

「まあね。でも、マコみたいな男にそんなことされると、女はドキドキするらしいよ」

「ふうん」

「私が戻ってからもなんかしてたでしょ」

「ギリギリ」

「ギリギリ?」

「手が触れるか触れないか。膝が当たるか当たらないか」

「テーブルの下ね。ちょっとエロいな」

「効いてただろ」

「うん。目が潤んでた」

「ゆりほどじゃないけど、南もちゃんとエロいとこあるんだな」

「女は欲張りだもん」

「次ふたりで会ったらヤれちゃいそうだけど」

「まだまだ」

「恭介の出番か」

「そう。もっと焦れてもらわなきゃ」

「ゆりも焦らされたい?」

「そう言いながら焦らしてるんじゃん」

「そのほうが気持ちいいんだろ」

「すごく」

No.85 15/03/31 14:20
てん ( zEsN )

玲奈はゆりと誠と会ってすぐ、また恭介に連絡をしてきた。

あまり日を空けず、3回ほど2人で会ったそうだ。

玲奈は3ヵ月後に結納、その半年後に結婚式を予定しているらしい。

恭介と会う回数が増えるのに比例して、玲奈の口から婚約者への不満が多く出るようになった。

「破談まで持ってっちゃうのは、さすがに可哀想かなぁ」

ゆりは恭介のマンションでスマホをいじりながら言った。

今日誠はどこかの女と一緒にいるらしい。

「ゆりにしちゃ優しいじゃん。玲奈のこと嫌いなんじゃねーの?」

「遊ぶだけ遊んで、後始末はのっぺり顔の婚約者殿に任せるのが一番ラクでいいかなーって思ったんだ」

「おー、いいねぇ。フシダラの限りを尽くした挙句にそ知らぬ顔で嫁に行く、なんてエロい」

「恭介の基準はエロいかエロくないかしかないね」

「ゆりに言われたくねーな」

「嫁入り道具には『罪悪感』と『背徳感』を持たせてあげようかな」

「どんな?」

「へへー。まだヒミツ」

「どうせまた鬼畜なこと思いついたんだろ」

恭介は笑いながらそれ以上追求せずにスマホのゲームを始めた。

玲奈は確実に恭介へ気持ちが傾いている。

大手都市銀行でそこそこ出世は見込めるが、面白みのなさそうな婚約者。

婚約者ほどではないが学歴も勤め先もそこそこ名の知れ、外見を含めた総合点が高い恭介。

いまは不安定なフリーライターだが、誰よりも容姿が美しく、そして妖しい魅力のある誠。

この要素だけでも、ゆりの「シナリオ」は充分面白くできる。

かつて恭介を侮辱した女。
親友を侮辱されて怒りを覚えたのは確かだが、憎んでいるわけではない。
憎んではいないが、好意などは爪の先ほどもない。

ああいうタイプで遊べば、さぞ楽しいだろうと思うだけだ。

「私も頑張っちゃおうかな」

ゆりが鼻歌混じりに言うと、恭介は「ふーん」と聞き流した。

No.86 15/03/31 16:12
てん ( zEsN )

玲奈の結納の日まで1ヶ月近くなったころには、ゆりの思惑通りに進んでいた。

玲奈はマリッジブルーが酷くなった。

もちろん恭介のせいだ。

恭介は2ヶ月かけて、少しずつ玲奈に思わせぶりな態度を増やしていった。
でも、はっきりとした言葉は言わない。
月並みな「可愛い、綺麗」という言葉、婚約者を羨ましがる言葉、中学時代の想い。

会ったとき、電話したとき、LINEのメッセージ。

玲奈がしびれを切らして「恭介くんは私のことどう思う?」などと聞いても「玲奈には幸せになって欲しいよ」と紳士的なことしか言わない。

そのくせ、「今日玲奈の手に当たって、やわらけーって思ったよ」などと伝える。

恭介から続けてLINEを送ったかと思えば、数日放置。

古典的なやり方だが、玲奈には効果があった。

ここでもし恭介が「結納なんてしないで、俺のとこにこいよ」などと言えば、玲奈はその言葉に迷い、酔うだろう。

でもそれは「シナリオ」にはない。

そしてときどき、スパイス代わりに誠から玲奈へ連絡が入り、流れで誠とも会うことが数回。

玲奈は恭介に惹かれていながら、誠へも興味を持っていた。

誠は恭介のように思わせぶりなことは言わない。
それなのに、玲奈は誠の「毒気」とでもいうべき雰囲気にも染まっていった。

誠は、自分が想いを寄せる恭介に近付く玲奈に対して、不快感を持っている。
それなのに、恭介と一緒に玲奈を嬲ることに激しい興奮も覚える。

黙っているだけでそばにいる女がぼうっとなるような誠。

その誠が視線に、口元に、指先に、「毒気」を含んだ「情欲」を匂わせる。

婚約者から乗り換えてもいいと思える恭介。
女の部分を刺激される誠。

その2人から好意を持たれていると錯覚している状況は、玲奈にとって、どんなに苦しくも甘美なことだろう。

『ともだちだから』

玲奈は中学の同級生という言葉を免罪符にして、2人と会い続ける。

玲奈自身、婚約者と何事もなく結婚するのが一番自分にとっていいのは分かっているのだ。

婚約破棄、他の男と新たに交際。
それはやはり、リスクが高い。

死語にも思える「世間体」は、やっぱり玲奈のような女にとっては大事なことなのだ。

No.87 15/04/01 15:43
てん ( zEsN )

「そろそろいいかなぁ」

ゆりがそう言い、恭介が動いた。

いつも玲奈から誘われていた恭介のほうから、玲奈を誘って飲みにいった。

泥酔しない程度に、かつ理性が飛ぶほどに酔わせるのは、簡単だ。

恭介はいい塩梅に玲奈が酔ったのを見計らって、初めて口説いた。

「俺の家にくる?」

あとで恭介からそのときのことを聞かされたゆりは爆笑した。

好きだ、とはひと言も言わないのに、ここ最近の積み重ねで、その言葉は玲奈には「好きだ」と言われたのと同じように聞こえただろう。

ゆりが聞いても「ヤりたい」と言っているようにしか聞こえない。

玲奈は一応は迷った。
なにしろ、1ヶ月後には結納という正式な婚約を控えているのだ。

「ごめん。玲奈のこと困らせるだけだな」

恭介はそう言って退いたあとは、いつもの調子に戻った。
そしていつもと同じような時間に店を出て、玲奈を送るためにタクシーに乗った。

そこで玲奈が行き先を変えた。

玲奈は自分から恭介のマンションへいくと言ったのだ。

その辺の駆け引きは恭介が一番得意とするところだ。
なにしろ高校以来、いかにして女の子を落すか、そればかり精進してきたような恭介なのだ。

玲奈が正気に戻るほどの時間もかからず、恭介は玲奈を伴って自宅マンションへ入った。

恭介は普段ほとんど女を自宅には連れ込まない。

学生時代、安普請のアパートに住んでいたころ、音漏れに懲りたからだ。
いま住んでいるマンションは割と防音もしっかりしているのだが、長く付き合うつもりのない女を自宅にいれるのは気が進まないらしい。

しかし今回は恭介の自宅が一番都合がいい。

酔ったフリがどこまでなのか分からない玲奈は、恭介に抱きかかえられるように、部屋へと入った。

No.88 15/04/01 16:32
てん ( zEsN )

部屋に入ってから、また少し飲み直した。

飲みながら、恭介は玲奈としばらく話をしたりして、自分から手は出さなかった。

誘ってきたのは、玲奈だった。
もちろん、あからさまに誘ったわけではない。

ソファーで並んだ恭介に軽くもたれかかり、手を恭介の腿に置き、恭介を見つめたら、誘っていないとはいえない状況だった。




「へえ。玲奈やるじゃん」

ゆりはここまでの話を聞いて機嫌よく言った。

恭介が玲奈と会ったのは昨日にあたる金曜日、今日は土曜だ。
恭介が起きたと連絡してきてからきたので、ゆりは夕方にやってきた。

ゆりは指定席のビーズクッションに埋もれるように座りながら、柿の種をぽりぽりと食べていた。

恭介が座っているソファーに夕べは玲奈が座っていたことになるが、もちろんそんなことはゆりにとってはどうでもいい話だ。

「まぁ、そこそこエロかったな」

「予定通り?」

「ああ」




恭介は玲奈の誘いを受けて、キスをした。

ゆりには分からないが、年季が入っているだけに、上手いらしい。

ソファーに座ったまま、恭介は玲奈を弄んだ。

唇にキスをした。
玲奈が反応する場所にもキスをした。
ブラウスの胸元から、スカートの裾から、恭介の手は動いた。

それでも。

玲奈は裸になるどころか、ストッキングすら脱ぐことはなかった。

さんざん嬲るだけ嬲った挙句に、恭介が止めたからだ。

「やっぱこんなことしたらダメだよな」

女をそこまでその気にしておいてよく言えたものだが、恭介はそこでぴたりと手を止め、玲奈の服の乱れまで直してやった。

「スゴイ寸止め」

ゆりはコーラを飲みながらくつくつ笑った。

「ゆりがそうしろって言ったんだろ」

恭介も笑いながらミネラルウォーターを飲んだ。

No.89 15/04/01 16:52
てん ( zEsN )

「玲奈、怒った?」

「一応平静だったよ。あの玲奈があそこで怒ったら、最後までやってもよかったんだけどな」

「怒るわけないよ。あのコは女が『ヤりたい』って思うことは恥ずかしいと思ってるんだから」

「バカだよなぁ」

「そのあとどうしたの?」

「さすがに気まずいだろ?黙ってたら玲奈が『今日は帰る』って。一応送るって言ったんだけどな、さすがに『1人で大丈夫』ってさ」




ここからは誠に聞いた話だ。

恭介のマンションを出た玲奈に電話がきた。

誠からだ。

もちろん、恭介から誠へ連絡したからそのタイミングだ。

誠は詳しく話さなかったが、恐らくは

『誠くん?どうしたの?』

『なんとなく』

『電話なんて珍しい』

『ひとり?』

『………うん』

『会う?』

そんな感じの会話だっただろう。

酔いが残り、直前まで恭介に嬲られた挙句に途中で止められた状態の玲奈。

酔いと、女として傷ついたプライドと。

きっといままで感じたことがないだろう、体の奥の熱と。

そこにスマホから聞こえる誠の声。

玲奈の中でなにかが、転んだ。

誘われるまま、玲奈は誠のマンションへ向かうために、大通りからタクシーに乗った。

No.90 15/04/01 17:39
てん ( zEsN )

「辛いの」

誠のマンションに着き、部屋に迎え入れられるなり、玲奈はそう言ったそうだ。

「なにが辛いの」

「なんか、どうしたらいいか分からなくなっちゃって」

「………今日の玲奈は、いつもと違うね」

誠が玲奈を抱き寄せると、玲奈は自分から誠にキスしてきた。

誠は玲奈を寝室へ誘い、あとは誠の思うがままとなった。

数時間後、玲奈が消えたあとにゆりが入れ替わりでやってきた。




誠は直前まで玲奈を抱いていたその手で、今度はゆりを抱いた。



「玲奈、どうだった」

「前戯いらないくらいだった」

「恭介にさんざんイタズラされたんだね」

「あちこちから、村野の匂いがしたよ」

「よかったでしょ」

「玲奈はどうでもよかったけどね」

「玲奈、イった?」

「最初にここ触ったら、すぐ」

「ソコ、マコに触られたら、誰でもダメでしょ」

「なんか、どこ触っても、だった」

「ちゃんと最後までしてあげた?」

「ちゃんと『お願い』させたからね」

「玲奈も、サカったねぇ」

「ゆりほどじゃないよ」

「玲奈も気持ちよかっただろうな」

「泣いてた」

「イったことなかったんじゃないかな」

「かもね。だけど、終わったあと、我に返ったみたいだよ」

「そりゃあね。婚約者でも、狙った恭介でもなくて、マコとヤっちゃったんだもんね」

「『みんなには、黙ってて』ってさ」

「うんうん。知らないことにしとこう」

「俺とゆりがいまこうしてるなんて、夢にも思ってないだろうな」

「マコ、そういうの、ホント好きだね」

「ゆりだって」

No.91 15/04/02 13:40
てん ( zEsN )

昨夜、恭介は玲奈へ「さっきはゴメン。ちゃんと帰れた?」とLINEで送っていた。

当然その連絡は玲奈が恭介に抱かれている最中に入ったので、玲奈からの返信は今朝だった。

>>大丈夫。私もごめんなさい

>>嫌われたかと思って心配してた

>>そんなことない

>>じゃあまた会えるかな

>>うん。近いうちに

「へー。玲奈まだ恭介に未練未練だね」

ゆりは恭介のスマホを見ながら笑った。

「横山とさんざん楽しんだのにな」

玲奈は誠とは一夜限りと思っているのかもしれない。

誠とのセックスは、いままで経験したことがないほどよかったはずだ。
その誠にまた誘われても、玲奈は拒めるのだろうか。

一晩に何度も絶頂を迎えるようなセックスを経験したあとに、あの面白みのなさそうな婚約者に抱かれることができるのだろうか。

とりあえず誠には今日にでも玲奈に連絡するように言ってある。

ゆりが誠にLINEを送ってみると、しばらくして返事がきた。

「マコ、明日も玲奈に会うらしいよ」

ゆりは誠とやりとりしながら恭介に言った。

「へえ。玲奈、ヤりたいのかな」

「なんか、ちゃんと話したいって言ってるんだって」

「セックスしながらか」

「昼前からマコのマンションで会うらしいから、玲奈、夜まで鳴きっぱなしだね」




翌日、玲奈は本当に誠のマンションへいった。

玲奈はまだ婚約を解消するつもりはないらしい。
つまり口止めの念押しだったのだが、当然それだけで終わらなかった。

誰でも一度セックスしてしまえば、2回目以降はハードルが低くなる。
ましてや玲奈は、金曜の夜も自分から誠に会いにいったのだ。

この日も誠が軽く手を引いたら、そのまま倒れこんできたそうだ。

誠もだてにいろんな女とセックスしてきたわけではない。

土曜の夜は恭介に嬲られたあとだったが、この日は恭介がイチからゆっくりと嬲り、玲奈が経験したことがないことばかりをしたらしい。

玲奈は次の日からまた仕事だというのに、11時くらいまで誠のマンションにいたらしい。

食事はデリバリーと買い置きのもので済ませたというから、まるまる半日、セックスに没頭していたのだろう。

No.92 15/04/02 15:42
てん ( zEsN )

『けっこうエロくなったよ』

誠はゆりに電話をかけてきてそう言った。

その週は木曜日が祝日だった。

恭介は火曜に玲奈へ連絡をした。

話がある、と言うと、玲奈はあっさりと水曜の夜に恭介と会うことを約束してきた。

ゆっくり話がしたいから、と恭介が伝えると、これまたあっさり恭介のマンションへくることをOKした。

外で軽く食事をしてから、恭介は玲奈を伴ってマンションへ帰った。

部屋で軽く飲みながらの話になった。

「この間はあんなことしてゴメンな」

もちろん「未遂」のことだ。

「………ううん」

「玲奈には婚約者がいるって分かってるんだ。だけどどうしても玲奈のこと諦められなくて」

「恭介くん」

「昔フラれたから言い出しにくかった」

「ううん。………嬉しい」

「簡単に結婚するのをやめるわけにはいかないよな。だけど俺も本気なんだ」

ここで「婚約破棄して俺のところへこい」とは言わないのがポイントだ。

「私、どうしたらいいの………」

玲奈は混乱していた。

婚約者がいる自分。

恭介へはっきりと好意を自覚した自分。

それなのに誠にも惹かれてしまう自分。

恭介のマンションで、恭介も玲奈に好意を持ってくれたと信じかけたところで、
セックスは中断された。

持て余すような性欲にかられたことのない玲奈は、そのまま誠に抱かれた。

想像もしたことがなかった快感を得たが、我に返った玲奈に残ったのは、罪悪感、不道徳感だ。

それなのに再び誠に会いにいったのは、そういう感情が欲情を掻き立てるからだということを、玲奈は気付いていない。

No.93 15/04/02 16:23
てん ( zEsN )

恭介はそのまま玲奈を抱いた。

「彼とするときも、こんな風になるの?」

恭介のそんな言葉に、玲奈は乱れた。

婚約者への裏切り、抱かれてしまった誠への裏切り、それを知らないはずの恭介への裏切り。

玲奈はその男たちみんなが、自分を欲しがっていると思っている。
だから、他の男とセックスしたことなど、口が裂けても言えない。

誠とのセックスは、「陰」だ。
羞恥と倒錯の中、快感の波が永遠と続く。

恭介とのセックスは「陽」だ。

恭介は玲奈を嬲りながら褒め言葉を並べ、かと思うと婚約者への嫉妬のような感情を玲奈にぶつけてくる。

型通りのセックスをする婚約者とは、2人ともまったく違った。

ゆりに言わせれば当たり前だ。
なにしろ2人とも落とした女の数が違う。

玲奈はいままでセックスなど「男にさせてあげる」ものだと思っていたのだろうが、恭介や誠では「セックスしてもらう」雰囲気になる。

玲奈が気付かない間に、立場が逆転していた。



玲奈は恭介と誠と関係を続けたまま、結納の日を迎えた。

玲奈は恭介に止めて欲しかったはずだ。

でも恭介は決定的なことはなにも言わなかった。
そのくせ玲奈が会いたいと言えばいつでも会い、抱いた。

そして誠と会うことも止められない。
誠からLINEでひと言「くる?」と言われれば、玲奈は誠に抱かれにいった。

婚約者に会うのは、結納や結婚式の打ち合わせがあるときだけになった。

もともと婚約者も多忙で、週末には趣味のゴルフが予定に入ることが多かった。
それでも玲奈が会いたいといえば会えるのだが、その玲奈からの連絡が減った分、デートの回数は減った。

会えば婚約者は玲奈を抱いた。

誠や恭介のときのような激しい快感のない婚約者とのセックスは、玲奈にとってだんだん苦痛になっていった。

玲奈は勘違いしていた。

セックスの快感の強さは愛情とはイコールではないのだ。

ゆりがかつてバカにしていた女たちと同じだ。

セックスと言う行為が、愛情の証だと信じていられるのは、幼いころだけだ。

そんな玲奈に、もっと面白い「イベント」を用意してやろうとゆりは思っていた。

No.94 15/04/03 13:22
てん ( zEsN )

ゆりは玲奈に連絡をした。

>>忙しい?またゴハンでもどうかなと思って♪

玲奈からはすぐに返信があり、翌日仕事が終わったあとに会うこととなった。

「最近野村さん楽しそうだね」

ゆりは会社で先輩編集者からそう言われた。

「私はいつも楽しいですよ」

ゆりは打ち合わせの資料を整理しながら笑顔を見せた。

「彼氏でもできた?」

「そうなんですよ」

「そりゃよかった」

会社でのゆりは、有能な編集者だ。

仕事柄、生活は不規則になりがちだが、その合間を縫って時間を作るのは得意だ。

逆に不規則なほうが、ゆりにとっては都合がいいかもしれない。

特定の相手との関係は長くて半年なのだが、深入りするのは相変わらず避けたいことだった。

なので、男と会ってセックスしたあとに呼び出しだと言ってすぐに帰ったり、相手の男がゆりに執着しだす気配を感じたら、仕事量の増加を理由にフェイドアウトしたりした。

会社と関係の深い相手は避けた。
世間体など気にするタイプではないが、社内で悪い噂が立つのは、ゆりの嫌いな面倒ごとを招きやすい。

社内の女関係が派手な男から目をつけられると、トラブルになりやすい。
同性から嫌われれば、仕事にまで影響がでる。

男にだらしない女という評価が、仕事の評価まで下げるのも馬鹿馬鹿しい。

社内からも、作家や外部の人間からも、人間として固い評価を得ていたほうがいいに決まっている。

会社でのゆりは化粧も服装も女はあまり感じさせない雰囲気にしており、周囲からはやはり有能で真面目な女性編集者と評価されているようだった。

「デート?」

割と早い時間にゆりが帰り支度を始めたので、さっきの先輩がからかい気味に声をかけてきた。

「そうですよ」

ゆりはニコニコ笑いながら、「女の子ですけどね」と返した。

「男っ気ないと思ったら、野村さんはソッチだったんだ」

「そうですよ」

冗談で返し、ゆりは挨拶して部署から出た。

エレベーターを待ちながら、くすっと笑った。

いまゆりが考えていることを、同僚たちが知ったら。

そう思うと、つい身震いしてしまいそうだった。

No.95 15/04/03 15:49
てん ( zEsN )

玲奈とは池袋で会った。

店も綺麗で美味しい串焼き屋へ誘った。

「元気ない?」

飲み物と料理が出たところでゆりがそう聞くと、玲奈は「そんなことないよ」と笑ってみせた。

一昨日、玲奈が恭介と会っていたことは知っている。
その前日には誠と会っていたことも。

仕事のあと、週に何度も男に抱かれているのだから、多少寝不足なのもあるだろうが、同窓会で会ったころとは明らかに玲奈の顔つきは変わっている。

溺れている女の顔だ。

男に。快楽に。背徳に。

自分でもいまのままではいけないと思いながら、抜け出せない。

「彼は元気?」

ゆりが串からタレ付けのレバーを外しながら言うと、一瞬玲奈は戸惑ったように見えた。

「あ、うん。元気よ」

ゆりの言う「彼」が、玲奈には恭介なのか誠なのかと思えたのだろう。
なにもなければ婚約者のことだとすぐ分かるはずなのに。

「幸せな忙しさだもんね」

ゆりがレバーを箸で摘みながら言うと、玲奈は曖昧に笑った。

「なんか、ゆりちゃんこそ、ちょっと変わったんじゃない?」

「そう?」

正解だ。

ゆりは玲奈に会う前に、駅近くのホテルのパウダールームで念入りに化粧を直し、服もワイシャツ風のブラウスから緩いニットに替えた。

これは「男」と会うときの服装だ。

2時間ほど経ったころに、ゆりは「ウチにこない?」と言い出した。

「ゆりちゃんちに?」

「うん。南さんに見せたいものがあって」

「なにかな」

「ヒミツ」

ゆりは笑いながら店員に勘定を頼んだ。

No.96 15/04/03 16:46
てん ( zEsN )

「どうぞ」

ゆりは池袋から私鉄で15分ほどの場所にある自宅へ玲奈と帰った。

単身者向けの1LDK賃貸マンションで、オートロックが付いている。
就職した歳からずっと同じ場所に住んでいるが、誰かを家に入れたことはない。

付き合う男はもちろん、恭介も誠もだ。

特に理由があってのことではない。

付き合う男には自宅の場所は教えないし、恭介や誠のマンションのほうが都心寄りで行きやすいだけだ。

自宅に招くほど親しい同性の友人はもともといない。

「いいなぁ、ひとり暮らし」

実家暮らしの玲奈はそう言って羨ましがった。

「仕事の時間がめちゃくちゃだから、仕方ないのよ」

ゆりは玲奈にリビングのソファーを勧め、キッチンでコーヒーを淹れた。

「シンプルで綺麗な部屋」

「ここは寝に帰るだけなの」

池袋で買ったケーキとコーヒーを出して、ゆりは玲奈の隣に座った。

「見せたいものって、なに?」

コーヒーを飲みながら玲奈が言った。

「これ」

ゆりは立ち上がってテレビ台の上に置いておいたなにも書かれていない白いケースを取った。

「DVDかブルーレイ?」

「うん。知り合いのライターさんに観て感想を聞かせて欲しいって言われたの。独身女性の感想がいいんだって」

「映画?」

「内容教えてくれなかったの。観れば分かるって」

「怖いビデオかな」

「だったら1人じゃイヤだと思って南さんにきてもらったの」

ゆりはそう言ってケースからディスクを取り出してブルーレイのレコーダーにセットした。

No.97 15/04/04 13:24
てん ( zEsN )

「………映画かドラマ?」

そうつぶやいた玲奈が観る画面には、友人同士らしい20代くらいの女の子が2人。

都会のカフェのような場所で、片方の女の子が失恋したことを話し、もう1人が慰めている。
失恋を癒すために旅行へ行こうという話になり、2人は温泉旅行へ。

貸切露天風呂に2人が入るシーンから雰囲気が変わった。

慰めていた方の女の子が「ずっと○○を好きだった」と衝撃の告白。
驚くもう1人は困惑して黙り込むが、告白した女の子は風呂の中で彼女に接近していく。

「ちょっとゆりちゃん、これって………」

「やられた。そういうことか」

「どうしてこんなビデオ」

「エロ雑誌になにか書くのかな。困った人」

ゆりはそう言って笑い飛ばした。

「だからって、こんなもの女性に渡すなんて、セクハラじゃない」

「この業界、変わった人も多いからね」

「ゆりちゃん、よく平然と観てられるね」

画面は温泉ホテルの客室に移り、女の子2人が絡み合うシーンが続いている。

「ん?南さんはエロビデオとか観たことない?」

「ないわけじゃないけど………ゆりちゃんは観るの?」

「しょっちゅうじゃないけど。作家さんに頼まれて資料で探したこともあるし」

「そう、なんだ」

「消そうか」

「う、うん」

「とか言って、南さんずっと観てる」

玲奈は言葉ほど嫌がっているようにも見えない。

「だってテレビが目の前にあるから」

「南さんがイヤじゃないなら、もうちょっと観てみる?こういうの、自分じゃ借りたりしないじゃない」

ゆりは陽気にそう言うと、キッチンへ行き、冷酒を取ってきた。
女性向けの口当たりのいい、純米大吟醸酒だ。

「やっぱりこういうのは、飲みながら観なくっちゃ」

ゆりがそう言って玲奈に冷酒を注いだグラスを渡すと、玲奈は戸惑いながらも「あ、美味しい」と言って冷酒を飲んだ。

No.98 15/04/04 13:53
てん ( zEsN )

最初は困惑して抵抗していたはずの女の子が、相手の女の子の愛撫を受けて乱れている。

しょせんは作り物なので、嘘ばかりだ。
女優2人も、カメラを意識した動きとセリフばかり。
男の欲情を掻き立てるための映像。

ゆりが観ても、「どうせなら男と女のほうがまだ面白い」としか思わないが、玲奈はどうなのだろう。

ゆりは香りのいい冷酒を口の中で味わいながら玲奈を見た。

目が潤んだのは、アルコールのせいだけなのか。

「あの女優さん、胸小さいね」

ゆりがそう言うと、玲奈は我に返ったように「えっ、あっ、うん」と言った。

「南さんはけっこう大きそう」

「そうでもないよ」

「嘘だぁ」

ゆりはグラスを持っていないほうの手で、軽く玲奈の胸に触った。

「きゃっ」

「やっぱりけっこうあった」

ゆりが笑いながらそう言うので、玲奈もつられたように笑った。

「私は胸、ないんだよね。ほら」

ゆりは玲奈の手を取って自分の手に当てた。

「ね?」

「もう、ゆりちゃんてば」

「最近エッチしてないからなぁ。前より縮んだかも」

「そんなことないよ」

「南さんは彼がいるもんね」

「………」

そう、思い出して。

一昨日は誰に抱かれた?
その前の日は?

気持ちよかったでしょう?
毎日でも、抱かれたいでしょう?

婚約者ではない、あの2人に。

こんなビデオ観たら、いますぐ恭介かマコに会いにいきたくなるでしょう?

No.99 15/04/04 16:25
てん ( zEsN )

ビデオは旅行から帰った2人が別の日にまた会い、なし崩しのように隠微な関係が続いているという展開になっていた。

「私、こういう趣味ないんだけど、どうなんだろうね」

ゆりがグラス越しに玲奈を見ながら言うと、玲奈は「どう、って?」と聞き返した。

「女同士って、そんなにいいのかな」

「そんなの、分からないよ」

「………試してみる?」

「………え」

玲奈は驚いて口に含んだ冷酒でむせた。

「大丈夫?」

ゆりは玲奈の背に手を当てた。

「……だ、大丈夫」

「お酒が………」

玲奈の口元から少し零れた冷酒を、ゆりは自分の人差し指で拭った。

「玲奈、って呼んでいい?」

「え?あ、もちろん………」

「玲奈って、可愛い」

ゆりはゆっくりと玲奈に顔を寄せ、唇を重ねた。

避けようと思えば避けられるくらい、ゆっくりとした動作だったのに、玲奈は避けなかった。

「試して、みる?」

ゆりはそう言いながら玲奈の返事も待たずに、また顔を寄せた。

玲奈はやはり拒まなかった。

またなにかがひとつ。

玲奈の中で、転んだ。




今日はね、恭介もマコもいないの。

だから私が。

玲奈を気持ちよくしてあげる。

No.100 15/04/04 16:43
てん ( zEsN )

「まさか私、自分がこんなことするなんて、思ってもみなかった」

「私も。でも玲奈、すごく可愛かった」

「………ゆりちゃんがこんなに上手だなんて」

「気持ちよかった?」

「………」

「ゴメン、恥ずかしいよね」

「私ばっかりこんなに………」

「じゃあ、玲奈も私にしてくれる?」

「………うん」

「玲奈。このことは2人だけの秘密ね」

「うん」

「こんなことしちゃったけど、玲奈と私、親友になれると思うの」

「親友………」

「だってこんな秘密を分け合えるんだもん、玲奈は私のこと信じてくれるよね」

「………信じる」

「だから、私には隠し事はしないでね」

「うん」

「玲奈、ホントはなにか悩んでるでしょ」

「ゆりちゃん、聞いてくれるの?」

「もちろん。もしかして、彼とうまくいってないの?」

「………どうして分かるの?」

「玲奈と、気持ちいいことしたからかも」

「ゆりちゃん」

「私は玲奈の味方だから」

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