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元旦那とディズニー旅行に行くシングルマザーの彼女
離婚した人と友達以上恋人未満。
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ともだち

レス248 HIT数 76270 あ+ あ-

てん( zEsN )
15/06/27 20:55(更新日時)

雨。

細かい霧雨。

髪に

肩に

サラサラと降りかかる。

いっそ大粒の雨だったら。

私の罪も

彼の罪も

洗い流してくれるのだろうか。

15/03/11 18:45 追記
【感想スレ】
よろしくお願いします( ´ ▽ ` )ノ
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No.2192583 15/03/02 15:35(スレ作成日時)

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No.101 15/04/04 20:13
てん ( zEsN )

「………で、玲奈は全部ぶちまけたわけだ」

呆れたように恭介が言った。

玲奈と会った翌日、ゆりは仕事を終えたあと、報告のために恭介のマンションにきていた。

「そー。私とシちゃったのは成り行きってことになってるからね。ちょっとつついたら洗いざらい打ち明けてくれたよ」

玲奈はいつものように指定席のビーズクッションの上であたりめをしゃぶりながら言った。

「あの玲奈がよくゆりとヤったな」

「恭介とマコのお陰でヘンなセックスの味を覚えちゃったからね。まともな感覚麻痺してるんじゃない?」

「そんなよかった?」

「まあね。男とするのと違って、盛る必要ないじゃない?女の動きはやっぱ繊細」

「病み付き?」

「しばらくは楽しめそう。だけどやっぱ物足りないかなー」

「そんで今日玲奈は横山んとこか」

「そうみたいだね」

時間は夜の10時過ぎ。
予定通りなら、玲奈は誠と会っているはずだ。

昨夜玲奈は、ゆりとの行為に耽りながら、恭介と誠との関係を話した。

秘密の関係が重たかったのだろう。

玲奈は恭介を本気で好きになってしまったのにセックスを中断された夜、誠に抱かれてしまったこと、いまは2人と関係があること、婚約者には嫌悪感を持つまで気持ちが離れたことを、ゆりに嬲られながら話した。

No.102 15/04/05 00:11
てん ( zEsN )

「なんかねー、やっぱ玲奈は恭介に本気みたいだよ」

ゆりはあたりめを飲み込んで、缶チューハイを飲んだ。

「横山ともヤりまくってるのにな」

「マコは歩くフェロモンだからね」

「いま真っ最中かもな」

「女同士は終わりがなくて気持ちいいけど、やっぱ締めがないと」

「締めか」

恭介は笑った。

ゆりは玲奈を「励まし」た。

婚約者にも、恭介にも誠にも、ゆりが協力すれば、バレないように上手くやれる。

ゆりと玲奈があんな関係になったことは、黙っていれば誰にも気づかれることはない。

「女友だち」のゆりなら、結婚したあとに会い続けても、誰にも怪しまれることはない。

もし玲奈が望むなら、結婚してからも恭介や誠と会えるようにゆりが協力できるかもしれない。

結婚は稼ぎのいい婚約者として、恭介は上手く言いくるめて秘密の恋人でいればいい。
誠のセックスがそんなにいいなら、内緒で抱いてもらえばいい。

それだけの価値が玲奈にはあるのだから。

ゆりは玲奈にそんなことを言った。

玲奈にとって都合のいい未来。

1人で悩んでいたはずの乱れて爛れた関係が、ゆりという秘密の共有者の登場で、リスクもなく楽しめるものになる。

「ゆりの言うこと信じるなんて、気の毒に」

恭介は少しも気の毒そうではない顔で笑った。

「セックスは麻薬だね。溺れると、1+1の答えも分かんなくなる」

ゆりはビーズクッションを背中の下に入れ、気持ちよさそうに伸びをした。

No.103 15/04/05 12:59
てん ( zEsN )

恭介は玲奈に緩急つけた接し方をした。

会っているときは玲奈をお姫様扱い。
大っぴらにはできない付き合いの中で、玲奈が欲しがる言葉も、金のかかるプレゼントも欠かさない。

それなのに、他の女の影もチラつかせる。

玲奈と一緒にいるときに他の女とLINEをしたりする。
他の女と会っているときには、何時間も玲奈からのLINEや電話も無視する。
部屋に女物にも見えるハンカチやリップクリームといったグレーな証拠品があったりする。

玲奈は、恭介を追及できない。

婚約者がいる自分の方が立場が弱いのだ。

玲奈がもっと愚かなら、婚約を破棄して、恭介に結婚を迫るのだろうが、玲奈にはそこまでの無謀さはない。

一流都市銀行のエリートと結婚する、ということを捨てられないのだ。

それでも恭介が本気でプロポーズすれば、玲奈も思い切れるのかもしれない。
恭介にはそれだけの価値がある。

プライドの高い玲奈は自分から恭介にそれを迫れない。

会っているときの恭介は、心の底から玲奈を愛しているように見えるし、セックスするたびに玲奈はますます恭介にのめり込む。

愛されているという錯覚は、恭介がいつか結婚を止めてくれるかもしれないという期待になった。

他に女の影があることすら、玲奈に婚約者がいることに寂しさを感じているからなのだと思える。

恭介に抱かれているときは、恭介が玲奈のものだと思えるのに、離れた途端に不安になる。

その繰り返しがますます玲奈の気持ちを強めていた。

No.104 15/04/05 13:29
てん ( zEsN )

そして誠。

誠からは感情が読めない。

ただ、玲奈が不安になったり、寂しさを感じたタイミングを見計らったように連絡がくる。

玲奈はそのたびに誠に会いにいき、抱かれてしまう。

誠は玲奈を褒めることも、好意を示す言葉も言わない。

玲奈は誠の前で自分で服を脱ぎ、誠が言う言葉に従う。

羞恥や屈辱が、玲奈に激しい快感を与えた。

それでいて、時折誠が微かに笑みを見せると、玲奈は誠になぜか清いものを感じた。

綺麗としか表現しようのない男。

これほど美しい男から全身を嬲られるのは、自分という女にそれだけの価値があるのだと思える。

どんなに淫らな行為をしていても、誠の美しさの前では、それは汚らわしいものではなくなる。

誠は行為の最中に玲奈の肌に顔を埋め、

「いい匂いだね」

と呟く。

玲奈は誠のほうこそいい匂いがするのにと思う。

我を忘れるほどの快感の中で、誠はふいに玲奈を現実に引き戻す。

「彼にもこんなことされたの」

「彼」というのが婚約者のことなのは分かっている。

それでも誠にそう囁かれると、玲奈は恭介を思い出す。

誠とは違う雰囲気、違うやり方で、玲奈に快感をもたらす恭介のセックス。

「ごめんさない」

玲奈は誰に向けているのか分からないまま、謝る。

謝れば謝るほど、玲奈の快感は強まる。

それを知っているかのように、誠はいつも玲奈の現実を突きつけてくる。

罪悪感に苛まれるセックスは、麻薬のように甘美だった。

No.105 15/04/05 23:53
てん ( zEsN )

そして、ゆり。

玲奈のなにもかもを受け入れてくれた存在。

婚約者がいながら恭介への想いを抱え、誠とも関係を持つ玲奈を責めたりせずに、味方になってくれた。

罪悪感に押し潰されそうになると、玲奈はゆりに助けを求めるように会いにいく。

玲奈には、ゆりが自分の罪を分かち合ってくれているように思えた。

ゆりは同性愛の趣味はないと言う。

それなのに会えば話しているうちに、いつの間にかゆりと絡み合ってしまう。

玲奈の知っているゆりは、秀才だけど女の子と馴れ合わない、ちょっと変わった中学生だったのに。

ゆりとの行為は、言葉にできないほど淫蕩なのに、快感に揺さぶられるたびに、玲奈はゆりとの一体感を得る。

表面だけの友だちとは違う。

お互いの身体中に触れ、肌を擦り合わせながら、ゆりは玲奈の話を聞く。
玲奈は男に抱かれるときには出ないような吐息と一緒に、抱えている苦しさを吐き出す。

懺悔のようだ。

懺悔の印に、玲奈もゆりが望むように動く。
玲奈が動くと、ゆりは歓びの表情で、さらに玲奈に快感を返してくる。

女同士の行為に対する罪悪感や背徳感は、すべて押し流される。

「私は玲奈の味方だよ」

ゆりがそう囁きながら、玲奈の体の中心に沿って指を滑らすとき、玲奈は堪らず声をあげ、長く快感に震えた。

ゆりの言葉は、玲奈にとってなくてはならないものになっていく。

それを失わないように、玲奈もゆりの歓ぶことを繰り返した。

No.106 15/04/06 13:27
てん ( zEsN )

週末、ゆりは誠のマンションにいた。

玲奈はこの土日、結婚式の準備で体が空かない。

「やっぱりゆりがいい」

誠はセックスしたあと、ゆりの首筋に顔を埋めて言った。

「玲奈も恭介の匂い、プンプンさせてるでしょ」

ゆりはそう言って笑った。

「匂うけど、中身が違う」

「玲奈はバカだけど、私ほど悪党じゃないよ」

「俺は玲奈のほうが悪党だと思う」

「どうして?」

「自分さえよければいいと思ってるくせに、自分からはなにもしない」

ゆりには、誠の言いたいことが解るような気がした。

「シナリオ」を書いて、網を張り、玲奈がいまの状況になるように企んだのはゆりだ。

だけど、玲奈は100%の「被害者」ではない。

昔自分が振った恭介の変貌を見て興味を持ったのは玲奈。
性欲を持て余し、誠の誘いに乗ったのも玲奈。
恭介に心を奪われながら、条件のいい婚約者を捨てられないのも玲奈。

ゆりは一番効果的なタイミングを見計らって撒き餌をしただけで、その餌に寄ってきて、返し針があることも知らずに美味しい餌の付いた針に食いついてきたのは、玲奈自身だ。

「あんなに村野に惚れてるくせに。さんざん抱かれてるくせに」

「そうだよね。玲奈はマコのできないことをしてるんだよね」

「そのくせ俺がなにを命令してもその通りにする」

「玲奈、マコとセックスすると、頭がおかしくなりそうなくらい気持ちがいいんだって」

「クズだな」

「マコは、ホント玲奈が嫌いだね」

ゆりは宥めるように、誠の腰の辺りを撫でた。

「村野の匂いがしていいのは、ゆりだけだ」

「でも私は恭介とはヤれないから、玲奈で我慢して。好きにしていいから」

「村野、そろそろ玲奈に飽きてくるころじゃないか」

「かもね。マコも私とするのに飽きてきた?」

「飽きない」

そう言って誠はゆりの脚に手を滑り込ませた。

No.107 15/04/06 17:46
てん ( zEsN )

誠の予想通り、恭介は玲奈に飽き始めていた。

そもそも相手に本気になられるまでは楽しいが、そのあとはたいてい鬱陶しくなる。

セックスも一通りのことをしてしまえば、目新しさはなくなる。
アブノーマルなセックスまで全部やるつもりはない。
せいぜい誠と組んで複数プレイをするくらいだ。

相手に愛情でも持てれば、いわゆる倦怠期がきても、飽きない努力もするのだろうが、恭介にそんな気持ちがあるわけがない。

ましてや、玲奈は昔、恭介をバカにしてフッた女だ。

最初のうちこそ、恭介の好意を求めて必死な玲奈を見るのは溜飲が下がったが、すぐに見慣れてしまう。

「飽きてきたぞ」

いつものように仕事を終えたゆりが恭介のマンションにいくと、恭介はそう言った。

「やっぱり?」

ゆりは着替えながら笑った。

「○○のお寿司買ってきたけど食べる?」

「イクラがいい」

「イクラはダメ。ウニあげる」

「ちぇ」

ビールを飲みながら2人で寿司をつまんだ。

「マコもね、そろそろうんざりみたい」

「あいつ、俺より女嫌いだもんな」

恭介は相変わらず無邪気にも見える顔で笑った。

3人で悪さばかりしているが、誠が恭介を好きだということだけは、恭介に知られるわけにはいかない。

「マコは玲奈みたいなタイプは一番嫌いみたい」

「俺だって嫌いだよ」

「でもセックスは上手になったでしょ?」

「横山とー俺とー、そんでゆりまで3人がかりで仕込んだら、上手くなるに決まってんじゃん」

「玲奈、中毒みたいになってるもんね」

「よっぽどいままで不自由してたんだな」

No.108 15/04/07 15:12
てん ( zEsN )

「恭介が冷たくなったら、玲奈はますます追うよね。で、マコも抱いてくれなくなると、欲求不満は解消できないよね」

「ゆりがヤるだろ」

「私は慰め役だけどさ、女同士じゃ物足りないでしょ」

「他の男でもあてがうか」

「いまの玲奈なら、誰とでもヤっちゃいそうだけど」

玲奈の結婚式まであと5ヶ月。

このまま玲奈は、元の玲奈が作り上げてきた、理想的な女としての人生のレールに戻れるのだろうか。

いまならまだ間に合う。

女として世間から受けのいい学校を出て、名の知れた都市銀行に就職して、そこの稼ぎのいい男と結婚して、ゆとりある生活の中で子どもを産み、妻としての務めを果たしながら、世間から羨まれるような家庭に納まる。

玲奈にとって、男は自分の利益になる存在だったはずだ。

コンパにいけばちやほやされ、玲奈の気をひくための贈り物や、行きたい場所があれば連れて行ってもらえる。

セックスは玲奈からそんな男たちへのご褒美だった。

それなのに、いまの玲奈は、恭介に愛されていると信じたいがためにセックスをする。

麻薬のように甘美な快感をもたらす誠とのセックスにも溺れる。

罪悪感を紛らわせ、罪を分かち合うためにゆりと抱き合う。

いままで知らなかった快楽。

自分が渇望する行為。

ゆりたちのように、もとからセックスも異性関係も、「娯楽」でしかなかった人間たちと関係したことで、玲奈の心も体も、爛れてしまった。

玲奈がこのまま結婚したら、どうなるのだろう。

あの男では、玲奈が満足することはないだろう。

一度知った快楽を忘れることはできないかもしれない。

No.109 15/04/09 12:52
てん ( zEsN )

恭介は言葉通り、玲奈から距離を置き始めた。

毎週のように会っていたのに、直前になって他の女に会ったり、LINEや電話も無視することが多くなった。

玲奈はゆりに泣きついてきた。

ゆりが仕事を終えて帰宅した時間に合わせて、玲奈がマンションへきた。

「恭介くんに嫌われたのかな」

玲奈は少しやつれたように見える。

「嫌われるようなことしたの?」

「分からない」

嫌われるもなにも、玲奈にはもともと婚約者という他の男がいて、誠とも関係があって、しかも女のゆりとまで関係がある。

玲奈自身が普通の状況ではない。

恭介がなにも知らない立場だったら、他の男のことが原因で嫌われるということもあるかもしれないが、そもそもゆりたち3人が仕組んだことなのだ。

玲奈に飽きた。

それだけなのだが、玲奈にしてみれば、そんなことは想像もつかないだろう。

「恭介もモテるからね」

「やっぱり、他に好きな人がいるのかな」

恭介が本気で誰かを好きになったことは、ない。

皮肉にも、中学時代、玲奈に片思いをしていたことだけが、恭介の本気の恋だった。

「そんな雰囲気あったの?」

「………うん」

「やめちゃえば?」

「恭介くんを?」

「うん。玲奈なら他にいい人いくらでもいるんじゃない?」

「でも………」

「そんなに恭介が好きなの」

「うん」

玲奈は迷わずそう答えた。

No.110 15/04/09 17:21
てん ( zEsN )

ゆりは不思議だった。

どうして玲奈は恭介を好きなのだろう。

そういえば誠にも同じことを訊いた。

『どうして?』

ゆりがそう尋ねたら

『理由なんてあるもの?野村さんはいちいち理由を考えて誰かと付き合う?』

誠はそう答えた。

ゆりは恭介を親友だと思っている。

でも恋焦がれたりはしない。

どんな男とセックスしても、やはりその男を恋しく思ったりはしない。

誠とセックスして、繋がりが強まることは感じても、やはり男として好きだとは思わない。

誰に対してもそういう気持ちがないから、女の玲奈との行為にも抵抗がないのかもしれない。

「ゆりちゃんもいまの彼のこと好きなんでしょ」

「うん。好きだよ」

セックスさえ頑張ってくれれば、誰でも。

だから絡み合っているときの玲奈も、同じだ。

逆に言えば、他の時間は、誰にも興味はない。

ゆりが心を許すのは、長年親友でいる恭介と、セックスで心身が繋がる誠だけだ。

「玲奈はマコのことも好きなの?」

「好きっていうより、どうしても離れられない」

「玲奈の欲張り。じゃあ今日はなにもしないでいいね」

「ゆりちゃんと抱き合うと安心するの」

「私としたい?」

「したい………」

ねだるように顔を寄せてきた玲奈のキスを受け入れながら、ゆりは久しぶりに子どものころのことを思い出していた。

No.111 15/04/10 13:26
てん ( zEsN )

小さいころからゆりは賢くて冷めた子どもだった。

ゆりの母親は、ゆりが3歳のときに家出した。

ありきたりだが、男を作って出て行ったらしい。

母親は気が付いたらいなかった、という感じだ。
母親を恋しがって探し回って泣いたとかいう記憶はない。
ある日気が付いたら母親がいなくて、代わりに父方の祖母がゆりの身の回りの世話をしていただけの話だ。

ゆりの父親は大手ゼネコンに勤めていて、仕事が忙しいようであまり家にいるのを見たことがない。

その父親はゆりが小学校2年生のときに、後妻を迎えた。
会社の部下だったらしい。

ゆりは継母を拒絶しなかった。

継母は穏やかで優しい人だったし、ゆりの世話をよくしてくれた。
だからゆりも継母を「お母さん」と呼び、家族として暮らした。

だけど、継母を慕っていたわけではない。

ゆりの生活に支障がなかったから拒絶しなかっただけだ。

ゆりは小学校のころもやはりあまり目立たない、勉強だけはできる女の子だった。
いじめに遭わなかったのは、ゆりが1人でいることを厭わないタイプで、周囲の誰に対しても穏やかだったからだ。

学校の先生も、父親も継母も、ゆりを「しっかりしたいい子だ」と評した。

ゆりは賢い子どもだったので、「しっかりしたいい子だ」と周囲が思っていれば、大人の干渉がなく、精神的にも物理的にも自由が多いことを悟っていた。

だからその評価から外れるようなことはしなかった。

継母が腹違いの弟を産んだときも、ゆりは周囲の期待に応えて「いいお姉ちゃん」になった。

別に弟だろうが他所の子だろうが、自分より小さな子を可愛いともなんとも思わないが、「いいお姉ちゃん」でいることは、やっぱりゆりにとって有益なことだった。

勉強ができて、学校での揉め事もなくて、家庭では反抗もなく、小さな弟に優しい姉。

ゆりにしてみれば、そうしないことのほうが叱られたり、監視されたりと、面倒が増えて嫌だった。

しょせんは面倒くさがりだから、ゆりにとっての楽な道を選んだら「いい子」になったということなのだろう。

No.112 15/04/10 22:11
てん ( zEsN )

実母の家出の理由を知ったのは、小学校5年のときだった。

遊びにきていた祖母と父が話しているのを偶然聞いてしまったのだ。

母は特に父や祖母との関係が悪かったわけではなかったらしい。

相手は行きつけの美容室の美容師だった。
その美容師が他県の店に移ることになり、母はそれを追って家を出た。

ゆりはその事実を知っても、ショックを受けたりはしなかった。

ただ、自分の母という人間は、そういう人間なんだなと思っただけだった。

ゆりは自分が他の同世代の子どもとは少し違っているのは分かっていた。

初恋も知らないし、あまり友達もいない。

母に捨てられ、継母と暮らしているからそうなったわけではない。

ゆりは元々そういう人間なのだ。

唯一心を許せる存在だったのが、中学校で知り合った恭介だった。

恭介は家庭に問題があるわけでもないし、普通に友達もたくさんいた。
ゆりとは違う。

それでもゆりが恭介と親しくなったのは、ゆりが恭介に自分と近いなにかを感じたからなのだろう。

ゆりは自分の性癖も、生来のものなのだと思っている。
生い立ちは関係ない。

ただ、幼児を捨ててまで好きな男を選んで家を出た実母の存在を思うと、納得がいく。

恋愛中毒の愚かな母。

その娘であるゆりは初恋も知らないまま大人になったのに、楽しむためのセックスを繰り返す。

その因果関係は、数学の方程式のように、理にかなっているようにゆりには思えた。

No.113 15/04/10 23:17
てん ( zEsN )

そんなゆりに、肌に直接染み込むような共感を持てるのが誠だった。

歪んだ性的指向の誠。

恭介に恋焦がれながら、性欲のためだけに女を抱く。

誠は、自分の想いが決して叶うことはないと思っている。

ゆりはそんな誠の潔さが好きだった。

誠が恭介の匂いを求めて、狂ったようにゆりとセックスするのが、いじらしく思える。

それに引き換え、玲奈を筆頭にした女たちは、なんと潔さとさ無縁なのだろうと思う。

自分の利益のために男を求めるくせに、その薄汚れたものを、恋だの愛だのという聞こえの良い言葉で誤魔化しているようにしか見えない。

本当はみな、ゆりのようにセックスを楽しんでいるのに、セックスを男への餌にし、それを恋や愛だと錯覚している。

ゆりの実母は愚かだが、玲奈のような女たちは、愚かな上に卑怯だ。

だから玲奈が許されない恋に酔い、複数の男や同性のゆりとのセックスに溺れ、そのくせ罪悪感や背徳感に苛まれているのを見ると、ゆりは楽しくて仕方がない。

もしかしたら、玲奈は壊れてしまうかもしれない。

そうなればいいと、ゆりは思う。

玲奈には憎しみもなければ、親愛もない。

それでも、愚かで卑怯な女の代表のような玲奈を翻弄するのは、気分がいい。

恭介と誠と、ゆりと。

世界を共有している3人の玩具になった玲奈には、壊れるまで踊ってもらおうとゆりは思う。

あまり簡単に壊れてしまっては面白くないから、メンテナンスしながら、もう少し楽しませてもらうつもりだ。

No.114 15/04/11 07:44
てん ( zEsN )

女同士の行為には、終わりがない。

男と違って何度でも絶頂を繰り返すことができる。

それでもゆりには物足りないし、泥沼のように恭介や誠とのセックスに溺れた玲奈も、爛れた欲望に忠実だ。

特に玲奈は恭介が離れていこうとしているいま、不安を紛らわすために、さらに行為に没頭する。

ゆりにとっては悪くないことだ。

「恭介は他の女がいるのかもね」

ゆりは玲奈の背後から耳元に囁いた。

「そんな………」

体に這い続けるゆりの手に体を委ねながら、玲奈は首を振った。

浮気、というのもおかしな話だが、ついこの間まで玲奈をお姫様のように扱っていた恭介は、玲奈にとって「恋人」なのだろう。

「恭介はモテるから」

「それは、知ってるけど」

「エッチも上手なんでしょ」

「………」

玲奈が言葉に詰まったのは、ゆりの言葉と手の動きに、恭介とのセックスを連想して興奮が高まったからだろう。

「玲奈だって、モテるのにね」

「私なんて、ダメ」

「玲奈はこんなに可愛いのに」

「ホント?」

「男の人が玲奈のこんな姿見たら、みんな夢中になるよ」

少し前の玲奈も、セックスは嫌いではなかっただろう。

だけど、ここまでではなかった。

それが恭介や誠、さらには女のゆりとまで行為を繰り返し、玲奈の体は変わった。

普通の男なら、いまの玲奈とセックスしたら、溺れてしまうだろう。

No.115 15/04/11 08:33
てん ( zEsN )

「でも誠くんは、そうは見えない」

「マコは特別でしょ。婚約者の彼はどう?」

「たくさんしてくれるけど、全然よくない」

「玲奈も、もっといろんな人と付き合ってみたら?」

「そんな」

「恭介は、玲奈が自分から離れられないと思ってるから、浮気するんじゃない?」

「ヤキモチ、妬いてくれるかな」

「玲奈が浮気してるかも、って思ったら悔しいかも」

そんなことがあるわけがない。
元から恭介の気持ちなどないのだから。

「恭介くん、また抱いてくれるかな」

玲奈はゆりと体を入れ替えて、ゆりに絡みつく。

「分かんないけどね」

「………最近、誘ってくるひとがいるの」

「銀行のひとはやめなね。彼にバレちゃう」

「大学のときの、サークルの先輩」

「奥さん持ちもやめなね。面倒だから」

「独身だから………」

「玲奈は可愛いから」

「会って、みようかな」

「エッチしなくても、玲奈に他の男の人がいるかもしれない、って思わせたらいいんだよ」

「会うくらい、いいかな」

「いいんじゃない?」

本来の玲奈。

黙っていても男はみんな玲奈に優しかったはずだ。

玲奈はその男たちの中から、お気に入りを選べる立場だった。

「でも玲奈、男の人とばっかり会って、私のこと忘れたらダメだよ」

「ゆりちゃんは大事な人だから」

ゆりは答える代わりに玲奈の体に舌を這わせた。

大事な玩具だから。

No.116 15/04/11 12:26
てん ( zEsN )

玲奈はその先輩と会った。

案の定、会ったその日に玲奈はその男とセックスをした。

玲奈は気づいていないかもしれないが、いまの玲奈は隙だらけだ。

アンテナの感度がいい男なら、少し押せばすぐにセックスまでできると分かるだろう。

恭介の気持ちは離れ気味で、もともと誠とは爛れた関係で、婚約者には玲奈の気持ちがない。

玲奈が会った男は、玲奈を手に入れるためにいろんなことをしてくれる。

玲奈を褒め称え、玲奈が喜びそうなものをプレゼントし、そしてセックスするときは、玲奈を満足させようと技巧を凝らす。

恭介や誠とのセックスほど快感は少なくても、そこに至る過程や、その後の男の態度は、忘れていた玲奈の自尊心を呼び戻した。

「してあげる」セックス。

恭介や誠には通じない餌が、他の男には極上の餌になる。

しかも、玲奈はセックス三昧のようなこの数ヶ月を経て、その辺の女の子よりセックス自体のテクニックが上がっている。

普通の男なら、玲奈に夢中になるだろう。

『最高だって言われちゃった』

玲奈はゆりにそう電話してきた。

「そうだよ。玲奈は可愛い上に、エッチも上手いんだよ」

『また会いたいって言われちゃった』

「その彼は玲奈が結婚することは知ってるの?」

『知ってるけど、昔から私のこと好きだったから、他の男のものになる前に会いたかったんだって』

「カスだ」とゆりは思った。
もちろん玲奈にそんなことを言ってやるほど親切ではない。

No.117 15/04/12 13:38
てん ( zEsN )

玲奈が「浮気」を始めて少し経つと、恭介はまた玲奈と会い始めた。

もちろん玲奈は新たな男の存在など恭介には言わないが、自信を取り戻した玲奈は恭介にとって前よりも「面倒くさくない女」になった。

誠も玲奈に嫌気がさしながらも、時折玲奈を呼び出し、セックスをする。

新たな男の存在は、玲奈にとって福音になった。

気持ちが安定してくれば、愛情のない婚約者へ優しくする余裕もでてくる。

秘密の重圧は、ゆりが心身ともに癒してくれる。

一皮むけば、玲奈は綱渡りをしているようなものだ。

足元のロープは細く、ところどころ切れかかっている。

玲奈はそのことに気づいていない。
ゆりが気づかせないようにしている。

その状態も、長くは保たないだろうとゆりは思う。

足元のロープが切れれば
綱渡りの玲奈のバランスが崩れれば

玲奈は、落ちる。

もちろんゆりは切れたロープを掴んでやるつもりもなければ、玲奈に手を差し伸べるつもりもない。

見ているだけだ。

いつ玲奈が転落するのか。

なにが決定打になるのか。

それとも玲奈が踏ん張って、ロープを渡り切るのか。

どう転んでも、ゆりにとっては、楽しい。

ゆりは「シナリオ」を作る。
網を張り餌を撒く。

それでも人間は、全ては予想通りには動かない。

そこにゆりは痺れるような興奮を覚える。

No.118 15/04/12 20:05
てん ( zEsN )

「面白いことになった」

数日後、ゆりが誠のマンションへ行くと、誠が楽しげにそう言った。

ゆりはストッキングを脱ぎながら「えー、なに?」と誠を見た。

「玲奈の婚約者、浮気してる」

「ホント?」

「多分」

スーツを脱いだゆりの手を引いて、誠は笑った。



「昨日、新宿のラブホに行ったんだ」

「○○商事の彼女?」

「××不動産のほう。で、玲奈の婚約者が女と歩いてるの見た」

「ホテル街でしょ。買った女じゃないの」

「カタギだよ。だって□デパートの女だった」

「あぁ、最近切ったコだよね」

「切った、っていうより、違う男ができたってことだったんだね」

「男はホントに彼だったの?会ったことないじゃん」

「写真で見たのと同じだった。昨日女に聞いたら××銀行の男だって言ってたから間違いない」

「へー。のっぺり顔のくせに、やるじゃん」

「あの女、エリート好きだから」

「どこで会ったのかな」

「合コンだって」

「玲奈がいるのに合コンかぁ。やっぱ玲奈がフラフラしてるの、なんとなく気がついてるのかな」

「かもね」

「モテない男がそんなんなると、狂うかも」

「気の毒にね」

「どっちが?」

「2人とも」

「うそつき」

「バレた」

「玲奈にはいつバレるかな」

「ゆり、興奮してる」

「うん」

「俺も」

「分かってる」

No.119 15/04/13 12:59
てん ( zEsN )

ゆりにねだられて、誠はそのデパート勤めの女に探りを入れた。

というより、誠が連絡したら、その女はあっさり誠に会いにきた。
結婚と恋愛とセックスを割り切って考えるタイプの女らしい。

誠には拒絶する理由もないのでその女を抱き、ちょっと焦らしながら誠が訊ねると、女はゆりが知りたいことをツラツラと喋った。

その女は玲奈の婚約者が都市銀行に勤めていることしか知らないらしい。
もちろん婚約していることは知らない。

誠が言うにはその女は玲奈と外見も中身も似たタイプらしい。
強いて言うなら、玲奈よりももともと男好きというところだ。

その女から見ても、玲奈の婚約者は面白みのない男らしい。
都市銀行で順当に出世できそうな男だというのが最大の魅力だ。

その女は玲奈の婚約者に対し、「尽くす女」となっている。
男の気を惹く言動はもとより、セックスも頑張っているようだ。

その甲斐あって、玲奈の婚約者はその女に入れ込んでいる。

それも当然だ。

ここ数ヶ月の玲奈は、心ここにあらず、といった状態で、結婚の準備にも熱が入らない状態だったはずだ。
婚約者とのセックスも倦怠期の夫婦のように、お義理の状態だろう。

ただ、玲奈の婚約者もバカではないはずだ。

恐らくは玲奈との婚約は職場では周知のことで、上司に仲人を頼んだり、職場の人間を披露宴や2次会に呼ぶ段取りが進んでいる。

ここで婚約破棄などしたら、玲奈の婚約者は立場を悪くし、将来にも響くのは確実だ。

だから、玲奈の婚約者も、浮気、遊びのつもりでその女と付き合ってはいるのだろう。

ただ、肩書き以外に女を惹きつける要素が乏しい男にしてみれば、熱烈(に見える)なその女との関係に舞い上がってしまうかもしれない。

セックスひとつにしても、仕方なく応じる玲奈よりも、サービス精神に富んだ浮気相手とのほうがいいに決まっている。

No.120 15/04/13 16:03
てん ( zEsN )

「いたよ」

いい歳をして探偵ごっこもないものだが、ゆりは恭介を伴って玲奈の婚約者の「浮気現場」を見に来ていた。

「あいつ、なんて名前?」

「覚えてない」

玲奈の婚約者と浮気相手の女がいるのは、池袋のバーだった。
会う場所と時間は誠が女から聞き出した。

ゆりと恭介の顔を向こうは知らないので、すぐ側の席に座っても大丈夫だ。

学生がくるようなバーではないが、店内はほどほどに騒がしい。

ときどき話し声が聞こえてきた。

大したことは話していない。

恐らく玲奈の婚約者は仕事の話をし、聞いている女が大げさに相槌を打つ。

「昔アニメでああいうのいなかったっけ」

「なんのアニメ」

「ゲゲゲの鬼太郎」

「あぁ、『ねずみ男』」

「似てる」

恭介と顔を寄せ、くすくす笑いながらゆりは男を盗み見る。

「確かに似てるな」

これは男のことではなく、浮気相手の女が玲奈に似ているということだろう。

「遊ぶなら、もうちょっと違うタイプにすればいいのにね」

「ああいうのが上等なんだと思ってるんだろ」

「かもね」

しばらく飲んだあと、2人が店を出るような気配を見せたので、ゆりと恭介は先に会計を済ませて、店の外で2人を待った。

「玲奈に教えてやんの?」

歩き始めた2人の少し後ろから歩きながら、恭介はゆりに訊いた。

「教えない」

ゆりは唇を舐めた。

「放置プレイか」

「っていうかさ、あれなら放っておいても、ねずみ男がボロ出すでしょ」

玲奈の婚約者は女に顔を寄せてなにか囁きながら、女の腰を引き寄せている。

「おなにーおぼえたてのがきみてー」

恭介が呆れたようにそう言った。

ほどなく、2人はビジネスホテルに入っていった。

「すぐそこにちゃんとしたホテルもあるのにね」

「そこまで金かけるつもりもないんだろ」

2人がエレベーターに乗るのを見届けてから、ゆりと恭介はそこを立ち去り、久しぶりにカラオケボックスへ向かった。

No.121 15/04/14 16:22
てん ( zEsN )

「他に女がいるみたいなの」

ゆりと恭介の探偵ごっこから半月、玲奈がゆりに会いにきてそう言った。

仕事のあと、チェーンの居酒屋で会ったのだが、個室に座った玲奈は感情の乱れた顔をしていた。

「確かなの?」

「LINE見ちゃった」

「真面目そうな人なのに」

「もしかして、私が浮気してることに気付いて、あてつけのつもりなのかな」

「彼の態度は?」

「あまり変わらないけど………」

玲奈は女にあまりモテない婚約者は浮気などしないと高を括っていたのだろう。

乱れた男関係に悩むのも、婚約者との結婚が間近だからこそだった。
婚約者は玲奈に夢中だと思っているからこそ、隠していた。
嫌悪に近いものまで感じながら、セックスにも応じていた。

その婚約者の気持ちが、他の女に向いているかもしれない。

軽んじていた存在から、逆に自分が軽んじられているのかもしれない。

玲奈から見えるのは困惑が一番大きかったが、その中に怒りや屈辱もゆりには垣間見えた。

でも、しょせん普通の女の玲奈は、婚約者を問い詰めることができない。

先に彼を裏切ったのは玲奈のほうだ。

浮気どころか、複数の男、女のゆりとまで関係している。

もしボロが出たら、玲奈のダメージは大きい。

ここはなんとしても、自分のことは棚に上げたまま隠し通し、できることなら婚約者の気持ちを取り戻さなくてはいけない。

「彼と別れる気はないんでしょ?」

玲奈の腹の内を察して、ゆりは首を傾げて見せた。

「結納も済んでるのに、いまさら婚約解消なんて、私もだけど、彼も無理だと思う」

「そうだよね。大騒ぎになっちゃうよね」

「ゆりちゃん、私、どうしたらいいと思う?」

なにも知らずに、玲奈はそう言う。

ゆりが味方だと信じて。

賢いゆりなら、なんとかしてくれると思って。

『バカな玲奈』

ゆりはそう思いながら「大丈夫だよ」と囁き、玲奈が歓ぶ耳に舌を這わせた。

No.122 15/04/14 17:41
てん ( zEsN )

「玲奈は恭介と結婚したいの?」

ゆりは玲奈の服の下に手を滑らせながら言った。

「ホントは恭介くんが一番好きだけど………。結婚やめられないし。第一、恭介くんは誰とも結婚しそうな感じがしなくて」

『面倒くさいから』
恭介が結婚しない一番の理由はそれだ。

わざわざ自分に足かせを嵌めるつもりなどないからだ。

いまの時代、結婚しない人間は多い。

ましてや恭介は自他共に認める「モテる男」だ。

結婚できないのではなく、結婚したくない男。

玲奈が恭介を好きなのは本当だろう。

だが、「結婚したくない男」「女にモテる男」そんな恭介と結婚するのも、万一結婚したとしたらそのあとも、簡単にはいかないことくらい、玲奈にも分かっているはずだ。

ゆりの手に反応して、玲奈はため息をついた。

「玲奈、可愛い」

「ゆりちゃん」

「彼にも、こんな可愛い顔するの?」

「多分、してない」

「してあげたらいいのに」

「だって………」

「玲奈が本気で彼に尽くしてあげたら、きっと彼はまた玲奈に夢中になるのに」

「でも………」

「私が玲奈を助けてあげるから、玲奈は彼にたくさん抱かれてあげて」

「ゆりちゃん、どうするの?」

「秘密。ねぇ玲奈、ウチに帰ろう」

「うん。ここじゃ………」

玲奈は熱に浮かされたような目をしながら、ゆりの手に指を絡ませた。

No.123 15/04/15 13:08
てん ( zEsN )

「別れさせるの」

「うん」

「親切だね」

「そう思う?」

「思わない」

「どうせなら派手に踊ってもらおうかな」

「誰に」

「玲奈と、ねずみ男と、デパートの女」

「どうする?」

「マコが仕掛けて」

「いいよ」

「玲奈も、年貢の納め時かな」

「ゆりは玲奈が嫌いなんだね」

「嫌いっていうか、飽きた」

「昨日もヤったんだろ」

「やっぱ男のほうがいい」

「だよな」

「マコは特別」

「俺たち同類だもんな」

「ホントは恭介とこうしたいんだよね」

「したいよ」

「私で我慢してね」

「ゆりが一番いいよ」

「もう少し玲奈ともしてあげてね」

「壊れるまでなら」

「もう壊れるかも」

「いい気味だ」

「マコも、ホント玲奈嫌いだね」

「ゆりが壊していいよ」

「勝手に壊れるよ」

No.124 15/04/15 16:39
てん ( zEsN )

仕掛けるのは簡単だった。

誠が女を抱く。

いつもより念入りに、女の快感の波を操り、頭の心まで爛れるように。

程よくアルコールの力も借り、女は口も軽くなり、快感と一緒に囁かれる誠の言葉は、砂に浸み込む水のように女に滴り落ちる。

焦らされた女は、欲望のままに、誠を求め、支配される。

ゆりに言わせれば、欲張りな女。

セックスに貪欲な女は、他の欲望にも忠実だ。

ゆりはセックスが好きだ。

他の女たちもゆりと同じようにセックスを楽しむくせに、なぜ他の欲望を捨てられないのだろう。

いい服を着たい。
いい物を持ちたい。
美味しい物を食べたい。
いい学校へ行きたい。
いい会社で働きたい。
ひとから羨まれる男と付き合いたい。
稼ぎのいい男と結婚したい。
ひとよりいい所に住みたい。

男とセックスを楽しむくせに、そんな欲望を叶える手段にも男を使う。

なんとくだらないことなのだろう。

ゆりは恋愛ゲームを楽しみながら面倒のない男とセックスをし、ひとりで生きていくために働き、恭介とじゃれあい、誠とセックスできれば充分だ。

ゆりは欲張りな人間が嫌いなのだろう。

だから性欲にまみれた男で遊んだり、恭介や誠のような「いい男」に執着する女たちを翻弄したり、そんな「遊び」をしたくなる。

誠が仕掛けた餌。

毒があることなんて、少し気をつければわかるはずなのに。

勝手に喰らいついて、毒に冒され、苦しみ踊ることになるのは

愚かだからだ。

No.125 15/04/16 13:03
てん ( zEsN )

誠の「仕掛け」は1ヶ月ほど経ってから作動した。

その間、玲奈は以前より婚約者と過ごす時間を増やしていた。

玲奈はゆりに言われた通り、「尽くす女」を演じていた。

もともと婚約者のほうも、玲奈と本気で別れるつもりはなかったのだろう。

女とは切れないながらも、玲奈の変化に心が動いたようだった。
普段の態度も変わったが、それまであまり気が乗らない様子でセックスしていた玲奈が、ゆりに言わせれば「修行の成果」とでもいう状態で婚約者に抱かれるようになり、それも大きく影響したようだ。

結婚の準備も忙しくなってくる。

勢い、浮気相手の女への態度はぞんざいになる。

そこで誠の「仕掛け」はタイミングよく作動した。

そこからどう展開するかはゆりにも読めなかった。

真っ青な顔をした玲奈が、日付の変わる直前にゆりのマンションを訪ねてきて、ゆりは仕掛けが面白い方向に作動したことを知った。

「ゆりちゃん、どうしよう」

部屋着で寛いでいたゆりが玲奈を迎え入れると、玲奈が縋りついてきた。

「どうしたの?落ち着いて」

「彼………、クビになっちゃうかもしれない」

「えっ。どうして?」

「彼の浮気相手が、銀行に押しかけてきちゃって………」

ゆりは玲奈を座らせ、コーヒーを淹れてやり、玲奈の話を聞いた。




誠は浮気相手の女に囁いた。

『そんなに結婚したいなら、妊娠しちゃえば?』

もちろん、フェイクでいい。
「生理が遅れている」と言うだけでも、あの気の小さそうな男には充分な衝撃を与えられる。

女は誠の言葉を実践した。

玲奈の婚約者をそそのかし、避妊もせずにセックスを繰り返した。
排卵検査薬まで使い、確率の高い日に。
愚かな男は「今日は安全日だから」という言葉を信じ、女を何度も抱いた。

女の運が強いのか、念が強いのか、その月の排卵期に女は本当に妊娠してしまった。

フェイクだったとしても大騒ぎになっただろうに、本当に妊娠という事態になり、男は慌てふためいた。

No.126 15/04/16 20:17
てん ( zEsN )

玲奈の婚約者は浮気相手に堕胎を頼み、手術費用にそれなりの金額を乗せて、女に渡した。

女は納得がいかず、結婚を迫った。

そこで初めて玲奈の婚約者は、自分が婚約中で、数ヶ月後には結婚式を挙げる予定だと打ち明けた。

当然女は取り乱した。

堕胎はしない、婚約は破棄して自分と結婚してくれと言い出した。

玲奈の婚約者はますますうろたえた。

そんなことをしたら、仲人を頼んでいる上司の面目は丸潰れだ。

いままで特に秀でたところもないのに、そこそこ出世が望める立場にいたのは、大きな失敗もなく無難に仕事をこなし、上司に気に入られるように努力してきたからなのだ。

なんとか穏便に事をおさめたい。

玲奈の婚約者は平謝りに謝り、女に渡す金を増やした。

しかし、女はそれを拒否した。

LINEもメールも携帯電話も無視されるようになり、女は銀行に電話をかけ続けた。

あまりに執拗な電話攻撃のお陰で、すぐに玲奈の婚約者が女性関係でトラブルがあるらしいと噂になった。

上司の耳にも入り、玲奈の婚約者は自分の不始末を明かすしかなくなった。

玲奈も婚約者本人から、とんでもないことになった現実を知らされた。

両家の親に黙っていられるような話でもなく、話はどんどん大きくなり、騒ぎが広がっていく。

結局は玲奈の婚約者の家が裕福だったこともあり、大金を女に渡し、女は堕胎し、別れを承諾することになった。

No.127 15/04/17 12:48
てん ( zEsN )

「そんなことになってたんだ」

ゆりは玲奈の話を聞いて、驚いてみせた。

驚いたのは、半分は本当だ。

誠が女を唆したのは事実だが、せいぜい「生理がこないの」とでも嘘をつく程度だと予想していた。
女がそこまで本気で行動するとは思っていなかった。

都市銀行という看板以外になんの魅力もない男。

ゆりは看板にはまったく興味がないので、女や玲奈がその看板にそこまで執着する気持ちがいまひとつ解らないのかもしれない。

「銀行なのに、こんなことがあったら、最悪辞めるしかないかも」

ゆりが裏で糸を引いていることに玲奈は気付くはずもない。

「犯罪やっちゃったわけじゃないんだから、辞める羽目にはならないんじゃないかな」

「でも………」

最悪退職するかもしれない男。
退職を免れても、経歴に傷が付いた男。
そもそも、外見にも中身にも、魅力が乏しい男。

バブル崩壊、リーマンショック並に、価値が暴落した男。

「彼はなんて言ってるの?」

「私とは別れたくないって………」

しょせんはモテない男の火遊びだ。

大火傷をして目が覚めたのだろうが、かなり重傷だろう。

「でも彼女とは切れたんでしょ」

「そうだけど………」

「彼はこの先玲奈には頭が上がらないんじゃない?考えようによっては、玲奈にとって悪い話じゃないかもしれないよ」

浮気して騒ぎを起こした男。
玲奈の乱行はバレていない。
クビにさえならなければ、玲奈は都市銀行員の妻に納まり、弱みのある夫を放ったらかしにして、好きに暮らせるかもしれない。

「でも、あんなみっともないことがあった人と結婚なんて」

みっともない。

自分のことは棚に上げて、とはよく言ったものだ。

男に狂い、セックスに溺れながら、世間体や見栄を捨てられない玲奈が一番みっともないことに、本人は気付いていない。

No.128 15/04/17 17:26
てん ( zEsN )

「ふーん。じゃあ婚約破棄するの?」

「………とりあえず、結婚式は延期になった」

当然だが、玲奈の両親は婚約を白紙に戻すと怒ったようだ。

婚約者は玲奈の両親の前で土下座せんばかりに謝罪し、息子の不始末をどうにか収拾付けたい婚約者の両親も、必死にとりなしてきたらしい。

婚約者の父親は一流企業の役員だった。
銀行とも繋がりが深く、政治家とも付き合いがある。

玲奈の父親も一流企業勤めではあるが、立場でみれば婚約者の父親よりは格下だ。
恩を売っておくのも悪くないと思ったのか、一旦矛を収め、結婚式を延期という形になった。

本当なら玲奈本人がもっと怒るべき話なのだが、玲奈自身もうしろめたいことばかりだ。

両家の話し合いの最中に問いただされた婚約者が、

「玲奈さんが結婚に乗り気ではないように見えて、つい他の女に目がいってしまった」

と弁解したとき、玲奈は一瞬ヒヤリと感じた。

婚約者が玲奈の様子の変化に気付いていたとしたら、少し調べられば玲奈の乱行ぶりはすぐに分かってしまうかもしれない。
婚約者の家は裕福なのだから、探偵を雇うくらい容易だ。

結局、玲奈は結婚の延期を受け入れるしかなかった。

「私、銀行辞める」

「辞めちゃうの?」

「あんなことがあって恥ずかしいし、どっちにしろ式の1ヶ月前には退職する予定だったんだもん」

「そのほうがいいかもね」

ゆりは優しく笑いながら玲奈に触れた。

さすがにここ最近の騒ぎの中、玲奈は恭介にも誠にも、他の男にも会いにいけていないだろう。

「玲奈、欲求不満なんでしょ」

ゆりは玲奈の服に手をかけながらそう言った。

「恭介くんに会いたい………」

「そうだね。会わせてあげる」

「ゆりちゃん、協力してくれるの?」

「うん。可愛い玲奈のためだから………」

No.129 15/04/18 13:10
てん ( zEsN )

玲奈の結婚は延期したまま予定が立たなくなった。

騒ぎを起こした婚約者が、地方の支店へ異動することになったのだ。

銀行は転勤の多い業種ではあるが、若手の出世コースにいる人間がいく支店ではない。
ほとぼりが冷めるまで、ということかもしれないが、そんな状態では結婚話も進みようがなかった。

玲奈は銀行を辞め、差し当たり派遣社員として働き始めた。

騒ぎの直後はゆりと3人で会ったり、玲奈がゆりのマンションに泊まると言って恭介と会ったりしていたが、婚約者が転勤になり、暫定的に自由の身になってからは、そんな口実がなくても玲奈はしょっちゅう恭介に会いにくるようになった。

「アイツ、ヤバいんじゃねぇ?」

仕事帰り、マンションへきたゆりに、恭介は面白がっているような顔で言った。

「玲奈?」

ゆりは買ってきたバーボンを開けながら聞き返した。

「そう、玲奈。なんか底なし」

「あー、それ私のせいかも。私とすると濃ゆいから」

「そうじゃないんだよ。ヤってないと落ち着かないみたいでさ。激しいのはいいんだけど、ヤってない時間が耐えられないっつうか」

「どんな?」

「『私のこと好き?私とエッチすると気持ちいい?』って何度も聞いてきて、適当に答えてると泣き出して、泣きながらもう1ラウンド」

「一緒にいる間ずっと?」

「ずっと」

「中毒だね」

「ああいうのメンヘラっつうのかな」

「かもね」

ゆりがロックアイスをグラスに落としバーボンを注ぐと、「寄越せ」と言って恭介がグラスを掠め取った。

ゆりは肩をすくめてキッチンから新しいグラスを取ってきて、自分のグラスに酒を作った。

「恭介、諦めて結婚でもしてあげる?」

「めんどくせーな」

「だよね」

「玲奈さ、俺が他の女と会ってんのも知ってんだよ。『でも私のことが一番好きだよね』とか言ってくる」

「『好きだよ』って言ってやれば?」

「言ってるよ」

「嘘まるだし」

「横山に聞いたけど、玲奈、横山ともヤりまくりなんだろ」

「らしいね」

玲奈は恭介と会わない日には誠と会っているらしい。

誠はうんざりだと言いながらも、拒むこともなく相変わらず玲奈を抱いている。

誠が言うには、「ああいうの淫乱っていうのか」という状態らしい。

「なんかね、派遣先でもヤっちゃった男がいるみたい」

「やっぱ?」

No.130 15/04/18 15:58
てん ( zEsN )

「ヤりたいオーラ全開なんだよね」

ゆりはつまみに買ってきた柿の種の小袋を開けてぽりぽりと齧りながら言った。

「セックスはメチャメチャよくなったよなー」

「仕込がいいからね」

「だけどメンヘラじゃな」

「幸せになりたいんだってさ」

「バカだよなぁ」

「昔からじゃん」

中学校時代の玲奈。

他の女の子よりちょっと可愛くて、目立つ存在の玲奈。

他の女の子が羨むような男の子としか付き合わない。

大人になって、男に求める要素が変わっただけで、本質はなにも変わっていない。

自分は他の女の子より特別な存在だと思いたいのだ。

玲奈が中毒のようにセックスを求めるのは、身体的な快感だけではなく、玲奈を歓ばせる男の行為が、玲奈の願望を満たすからなのかもしれない。

しかし恭介や誠は、そんな気持ちで女は抱かない。

性欲を満たすため、退屈をしのぐため、弄んで楽しむため

そんなことのために女を抱く。

相手が美形の女でも平凡な女でも不細工な女でも、恭介や誠からすれば、やることは同じなのだ。

恭介は女を愛さない。
誠は女ではなく恭介だけを愛している。

玲奈も他の女たちも、セックスの回数を重ねるごとに相手からの愛が深まることを信じているのだろうが、もともとそんなものは彼らの中には存在しない。

他の男にしても、玲奈に好意を持っている男ならともかく、「簡単にヤれそうだ」という理由で関係する男は、恭介や誠と似たり寄ったりだ。

いまの玲奈に本気で誠実に近付いてくる男は少ないだろう。

普通の男は、普通の女が好きなのだ。

セックスに依存するような女は、性欲のはけ口には丁度よくても、付き合いたいのは身持ちの固い、普通の感覚の女。

玲奈だけが、自分自身の変化に気付けていない。

もう玲奈は中学生のころのように、異性からもてはやされる存在ではなく、ただ単にセックスが好きでたまらない女としか見られていないということに。

No.131 15/04/19 18:52
てん ( zEsN )

「野村さんは結婚しないの?」

そう尋ねてきたのは、ゆりが担当する作家だった。

吉岡丈一郎というその作家は、3年前ゆりの勤める出版社が主催する新人賞を受賞してデビューし、しばらくはサラリーマンと作家の二足の草鞋を履いていたが、ある作品で文学賞を受賞し、それを機に作家稼業に専念することになった。

受賞作はベストセラーとなり、順調に重版され、最近はテレビドラマ化も決まり、売れっ子作家の仲間入りしている。

吉岡は33歳で独身だが、もちろんゆりは仕事の関わりが深い彼と、異性の関係になるつもりはない。

だから吉岡が言ったセリフも、単なる世間話の一つと取った。

「予定はないですね。仕事が好きだし、あんまり結婚とか子どもとか考えたことないんですよ」

これは本音だ。

「まぁ編集なんてやってたら、普通の奥さんになるのは難しいかもしれないね」

「そうですね。先生こそご結婚なさらないんですか?」

「しばらくはしないと思うよ。まだ駆け出しだし、いまは仕事を頑張らないといけない時期だから」

吉岡は快活に言った。

吉岡は平均的な身長で、痩せている。
年相応の毒のない顔立ちだが、話しているとやはり個性的なことを言う。

「先生も売れっ子だし、女性からモテて大変なんじゃないですか」

「否定はしないけどね。だけど多少ひとに名前を知られるようになって、それに釣られて近づいてくる女性ばかりのような気がして、僕の方は逆にシラけた気分になるよ」

No.132 15/04/20 15:15
てん ( zEsN )

シニカルというかシビアな人だと思うと同時に、逆に女に夢を持っているからそう言うのかもしれないとゆりは思った。

女に愛を求めるから、地位や名声に惹かれてくる女はいらない、ということにも聞こえるからだ。

「『真実の愛の伝道師』ですものね」

ゆりはそう言って笑った。

吉岡の書く小説は恋愛小説だ。

不治の病と闘う恋人同士であるとか、若い女性の恋愛観であるとか、そういったありきたりな題材を独特の視点と表現で描き、20歳代から30歳代の女性読者から多くの支持を得ている。

「真実の愛の伝道師」と吉岡を表したのは、ゆりの勤める出版社が発行している女性向けファッション誌の特集記事だ。

「僕が書いた小説は夢物語だからね。現実の女性たちは結婚なんか考えるようになったら、愛よりもコレだろ」

吉岡は親指と人差し指で丸を作って見せた。

「そういう女の子は多いでしょうね」

「他人事みたいに言うけど、野村さんだって若い女性じゃない」

「私はお金は自分で稼ぐものだと思ってますから」

「そりゃあ大○○社さんは給料はいいよね」

「同級生の男の子よりはもらってると思いますよ」

「じゃあ優秀な編集者の野村さんに聞きたいんだけど」

吉岡は楽しげにゆりを持っていたシャープペンで指した。

「なんなりと」

「野村さんにとって、恋ってなに?」

「恋」

ゆりは吉岡が言った言葉を咀嚼するように繰り返した。

恋は、知らない。

知らなくてもなにも困らなかった。

ゆりが知っているのは、恭介への友情。

誠への友情。

セックスするしないはそこにはなんの因果関係もなく、ただ無条件に彼らを信用し、同じ空気を共有してきた。

「理不尽」

「理不尽?」

吉岡は面白い冗談を聞いたような顔で聞き返してきた。

No.133 15/04/21 13:06
てん ( zEsN )

「先生は恋情は、思い込みと勘違いの産物とは思われませんか?」

「思うね」

「だから、誰かに恋情を抱いた人は、それらしいきっかけだとか理由だとか並べるけど、よく聞くと理由にはなってないんですよね」

「確かにね。容姿とか性格とか経歴だとか、一定のレベルになければ異性には相手にされないだろうし」

「そんな曖昧な感情に振り回されることは、理不尽だと思われませんか?」

「思うね。だけど曖昧だから、恋は楽しいんだよ」

「私は先生の書く恋愛小説は好きです」

ゆりは嘘のない気持ちでそう言った。

吉岡の書く小説は、本人が言っている通り、夢物語だ。

ゆりが登場人物に共感したり、憧れたりすることはない。

それでも、吉岡の描く恋情は、いろいろな角度から人間の本質を見せてくれる。

恋も愛も、ゆりには縁がないが、自分が擬似恋愛やセックスを楽しむことができる理由が、なんとなく見えてくるような気がする。

「野村さんはクールだね」

「クールですか?欠陥人間ですよ」

甘い恋など興味はないし、男の恋情や欲情を操って、セックスの快楽だけを楽しむ自分は、確かに欠陥人間なのだろうとゆりは思う。

「男友達くらいはいるんでしょ?」

「いますよ。親友は2人とも男性です」

「恋愛感情はないの?」

「ないですね」

ゆりは笑った。

嘘や取り繕う必要のない会話が楽しいのだ。

「信じられないな」

吉岡は眉根を寄せてうなった。

「先生、そのうち『男女の友情』をテーマに書きませんか」

「無理無理」

「あら。ダメですか」

No.134 15/04/21 15:38
てん ( zEsN )

ゆりは吉岡がなにを言うのか興味を持った。

「男と女の間に純粋な友情なんて成立しないでしょ」

「先生には女性のご友人はいないんですか?」

「いるけどね。性格はいいけど外見があまりにも好みから外れてたら、ソノ気にならないだけでさ。逆に言えば、そういう女性は好みとはいえなくても許容範囲ならソノ気になるかもしれないよ」

「体の関係になったからって、イコール恋愛ではないでしょう?」

「いや、本気で好きとか愛してるとか思わないとしてもさ、ベースにはトータルして好ましいって思いがあるわけでしょ。ひとかけらもそういう感情がない相手は抱けないよね」

ゆりは腕組みをして首を少し傾げた。

「先生は友情だけで、セックスできたりします?」

「普通は友情を壊したくないからしないんじゃない?」

「友情も恋情も、好意の一つですよね」

「まぁね」

「だったら友情のある相手ともセックスできるんじゃないですか?」

「僕は無理だな。セックスした時点で友情が化学変化を起こす」

「化学変化ですか」

ゆりは小学生のころにリトマス紙で実験したことを思い出して笑った。

やっぱりゆりには解らない。

ゆりは恭介とセックスはしないが、恭介は大事な親友だと思っている。
誠とは飽かずにセックスを繰り返すが、やはり大事な親友だ。

恭介は異性ではなくて、ゆりにとっては中性だ。
誠は異性ではなくて、ゆりにとっては同性に近い感覚だ。

恭介はゆり以外の女は、弄ぶためにいるのだと思っている。
誠は異性ではなく、他の同性でもなく、ただひとり恭介だけが好きだと言う。

ゆりは、誠以外の男は、セックスするための必須アイテムとしか思えない。

ゆりは恋をしたいと思ったことがない。

ゆりに夢中になった男は何人もいるが、厄介なことにならないようにかわしてきた。

ゆりのリトマス紙は、色が変わったことがない。

No.135 15/04/21 17:08
てん ( zEsN )

「野村さんは何歳だったっけ?」

「27歳です」

「結婚願望なしと」

「皆無ですね」

「野村さんが僕の担当になって2年?」

「まだ1年ですよ」

「野村さんは僕には興味ない?」

「ありますよ。作家さんとして」

「僕は野村さんに興味があるな」

「口説くおつもりですか?」

ゆりは微笑した。

「口説きたいね」

「ビジネスパートナーとはセックスできません」

「やっぱり?」

吉岡は悪気なく笑顔を返してきた。

吉岡と2人きりで行動することは少なくない。

いまいるのは吉岡が仕事用に借りているウィークリーマンションだが、何度もここで打ち合わせもしているし、ゆりは吉岡から男を感じたことはない。

別に吉岡がゆりに好意を持とうが、性的な興味を持とうが、一向に構わないが、ゆりのほうは吉岡を仕事相手としかみることはなかった。

ゆりは吉岡の書く小説が好きだし、会社側の立場からしても、吉岡には大きく育ってもらいたいと思っている。

吉岡とセックスすること自体に抵抗はないが、吉岡のほうがゆりと関係したあとでなにかが変わってしまうかもしれないと思えば、しないほうがいいに決まっている。

他にいくらでも相手がいるのだから。

No.138 15/04/22 13:03
てん ( zEsN )

「野村さんは変わってるね」

貶されたとも取れる言葉だが、実際ゆりも自分は同世代の女の子たちと比べたら、かなりズレた感覚を持っていることは昔から自覚しているので、腹も立たない。

「そうかもしれませんね」

「野村さんと付き合う相手は大変?」

「どうでしょうね」

大抵の男は自覚もないまま恋愛感情をゆりにコントロールされながら、ゆりが満足するセックスを求められる。

相手には自覚がないのだから、大変ではないかもしれない。

独占欲が強くなったり、結婚を考え始めた男からは、ゆりはいつも上手い具合に逃げてきた。

ゆりは面倒ごとが嫌いだし、相手もゆりに深入りし過ぎて変に傷つく前に離れていくのだから、考えようによっては親切ともいえるかもしれない。

「いま恋人はいないの?」

「いますよ」

いま付き合っているのは、証券会社の営業マンだ。
ときどき行くコーヒーショップで声をかけられた。
一目見てセックスがよさそうだと思ったので、酒の誘いを受けた。

忙しい男なので、あまり頻繁に会うことを求められないのが気に入っている。
1、2週に1度のセックスは、間が空く分、密度が濃かった。

モテない男ではなさそうだが、他に女はいないようだった。

深い関係になってまだ2ヶ月経っていないので、いまはゆりも夢中になっているポーズをとっている。

いずれにせよ、ゆりの中では半年が限界ラインだと思っているので、男の態度が変化し始めたら、関係を終わらせるかもしれない。

「先生は結婚なさりたいんですか?」

「1人だと不自由だからね」

「よりどりみどりなのに、先生の名声目当ての女性は嫌、と」

「そうなんだよ」

「ワガママですね」

「だから野村さんを口説こうと思ったんだよ」

「光栄ですけど、私には作家さんの妻は務まりませんよ。こんな仕事してるし、家庭的な要素は少ないです」

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