刺青少女
青春とは程遠く、がむしゃらに幸せになりたいと願う少女
幸せ=金 ?
友達って何?
ど素人の携帯小説なので、中傷は ご勘弁を…。中々スレ出来ない事もあるかと思いますが、お付き合いくれると嬉しいです。
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私は、渚(なぎさ)。両親が海が好きで、海のように寛大な心をもって欲しいと願って、付けたんだってさ。大きすぎる期待と、それに答えなくちゃと必死な幼い私。自分自身を壊し始めたのは12歳の頃だった。
父が帰ると、何も無かったかの様な夕飯が始まる。妹も弟も父が帰った事で嬉しくて笑顔で、はしゃいでいる。「お父さんが帰って嬉しいんだね。はいはい、ご飯食べてね」母のワントーン高い声で妹達は、さらにテンション高く料理を口いっぱいに頬張っていた。私は、父が帰って安心感と胸が張り裂けそうな気分だった。
父は俗に言う子煩悩なタイプで、休みの日は料理をする人だった。
私は父が大好きだった。母からしたら甘い様に見えていたのかもしれないが、沢山の遊びを教えてくれた。何より、父がいると母は怒らなかった。
そんな私も中学に進学した。
中学に入り授業が始まった頃、休み時間には先輩とやらが数人で各クラスを見にやって来た。
その中には小学校から同じクラスだったMの姉がいた。
スカートは足首が隠れる長さで、上着は紫の肌着が見え隠れする程短く、腰まで伸びた髪は綺麗な金髪だった。面識は無かったが「お姉ちゃん!」と呼ぶMを見て姉妹だと分かった。
Mには全く似ておらず、白くて細くて凄く美人という言葉がピッタリの人だった。
私が知っている限りMは、母子家庭で兄弟は兄と姉がいる。
裕福ではないと言えばいいのか、小学校時代の彼女は いつも裸足だった。
私はMが苦手だった。
いつも威張って、強気な態度に小学生の頃は自然と距離を置いていたのは覚えている。
中学になってまで同じクラスになるなんて。
中学は二つの小学校が一緒になった。クラスも10クラスもあり、半分は知らない顔。でもすぐに友達は出来た。名前はF。お互い、FとRと呼び合う様になった。彼女とは長い付き合いになるなんて、その時は考えもしなかった。
彼女は生まれながらに茶髪で、色白で綺麗な子。
私はと言えば、髪も日本人ならではの黒髪で オカッパ頭のワカメちゃんだ。目だけは何故か茶色かかったグリーンで私は自分の目の色が嫌いだった。
- << 8 学校も馴染んで来た秋頃、Fとは「ゆか」と「なぎ」のコンビになっていた。 ある日、ゆかは先輩に呼び出された。 私も着いて行く事になった。 「その髪色、何?」 元々茶髪なだけに、ゆかは「何もしてないです」と体震わせ泣くしかないという感じだった。 数人の見るからにヤンキーな、年上の女に囲まれれば小学校上がりたてな幼い私達は恐くて仕方なかった。「昔からです」と『昔』を知らないのに、精一杯彼女を守ろうと、勝手に口が動いていた。頭は真っ白で、母親とは違う恐怖が頭から 爪先にかけて サー…と血が冷たくなるのを感じた。
中学に入っても母親の暴力は無くならなかったが、どう対応すれば良いのか…その頃の私は自分で対処の方法を考える様になっていた。
良い子でいれば、母親は納得し機嫌も良かった。
私は、いつの間にか母親の機嫌ばかりを気にして、部屋に閉じこもる 『良い子ちゃん』 を演じていた。
>> 6
中学は二つの小学校が一緒になった。クラスも10クラスもあり、半分は知らない顔。でもすぐに友達は出来た。名前はF。お互い、FとRと呼び合う様に…
学校も馴染んで来た秋頃、Fとは「ゆか」と「なぎ」のコンビになっていた。
ある日、ゆかは先輩に呼び出された。
私も着いて行く事になった。
「その髪色、何?」
元々茶髪なだけに、ゆかは「何もしてないです」と体震わせ泣くしかないという感じだった。
数人の見るからにヤンキーな、年上の女に囲まれれば小学校上がりたてな幼い私達は恐くて仕方なかった。「昔からです」と『昔』を知らないのに、精一杯彼女を守ろうと、勝手に口が動いていた。頭は真っ白で、母親とは違う恐怖が頭から 爪先にかけて サー…と血が冷たくなるのを感じた。
中学2年になり、ゆかともクラスが変わり私には彼氏がいた。
彼の事は好きだったが、『付き合う』の意味を分からないまま付き合っていた。
付き合うきっかけは、彼の友達から「お前の事好きなんだって」の一言から、いつの間にか彼女になっていた。
彼はヤンキーのグループにはいたが、外見も美形なので真面目な女子からも人気は凄かった。
付き合いだしてから1ヶ月程たった頃、話をした事もないAが私を呼びにクラスに来た。
AはMの友達だ。
「何?」と私は廊下に出るなり彼女は私を睨み付けた。
「龍一と付き合ってるんだって?本当?」
「そうだけど…」
彼女は、まだ何か言いたげな顔をしながら「そう…」と言って去って行った。
今の何だったの?
教室に入ると、皆の視線が気になったが、何もないように席に着いた。
席に座ろうとした時、Mと目があった…
彼女の目を 反らす事も出来ぬまま、私に近寄ってくる。
うっすら笑みを浮かべた彼女は、すれ違いざまに「生意気」と一言私に言って教室から出ていった。
一瞬教室は静まりかえったが、すぐにざわめきだしたが関わりたくないといった空気が流れていた。
ゆかも一部始終みていたのか、ゆっくりと近寄ってきた。
「大丈夫?」
「訳が分からない」
私は、ゆかの顔をみるなり泣いてしまった。
授業が 終わると、違うクラスの龍一が廊下から私の居る教室を覗いている。
私は気付かないふりして、ゆかに「帰ろっか」と声をかけた。
ゆかも龍一に気付き「龍一君、なぎを探してるんじゃないの?」
「いいの、帰ろう」
と、ゆかの後ろから龍一が来た。私は思わず 嫌な顔をしてしまっていたのか、龍一も機嫌悪そうに「なんだよ、送ってやろうと思ったのによ」と言って、教室から出ていった。
ゆかは「えっ?何?どうしたの?」と訳が分からないという様子だったが、私は龍一の事で 厄介事はごめんだった。
それから龍一と話す事もないままになった。
寂しい感情よりも、龍一の存在を気にしないようにする学校生活が苦しかった。
好きだったんだ…私
ゆかと別れると、重い足取りで家にかえる。
なぎの家は、一軒家が並ぶ閑静な住宅街だった。
門も開け、限界に着くまでの小道は母の手入れがいきとどいた木々や、小花たち。中にはハーブなどもあり、その中でもオリーブの木は なぎは好きだった。
限界を開けると、見慣れない靴があった。
「お帰りなさい」
奥の和室の障子が開き、母が笑顔で出てきた。
「なぎちゃん、お婆様がいらしてるのよ。ご挨拶してね。」
機嫌の良い母だが、祖母の手前なのは なぎには分かっていた。
祖母が帰ると、母は食器を片付けながら話しだした。
「幸子ちゃん、高校受験なんですって。早いわね。なぎ、あんたはどうなの?勉強ちゃんとやってるの?お母さんに恥ずかしい思いさせないでよ。谷口さんとこのお嬢さんは、あの私立の○高校なんですって。偉いわよね…」
「分かってるよ。勉強してくる」
話しを終わらしたく一言いうと、階段を登り部屋に入った。
母は完璧主義だった。子育ても母のレールから外れる事は許されなかった。
長女という立場からも、妹と弟が見習える姉になりなさいと耳が痛いほど言われていた。
12歳の秋だった。
ゆかと私は、いつものようにゲームセンターにいた。
目的は、ゆかの好きな人に会うた為だ。
ゲームセンターには違う学校の子達も出入りしていた。
相手は違う学校なんだと思う。
「なぎ~、どうしよう。緊張するよ~」
「大丈夫。頑張って。」
ゲームセンターに出入りするようになり半月頃だった。
彼の姿が見えた時、ゆかと私は顔を合わせ頷いた。
ゆかは、彼の所に駆け寄り手紙を渡し、すぐに戻って来てしまった。
ゆかは顔が真っ赤だった。後ろの彼に目をやると、彼も照れくさそうに友達のいるコインゲームに戻って行った。
「恥ずかしくて、頭真っ白になっちゃって。私変な子だとか思われなかったかな」
ゆかは興奮しながら、どうしようどうしようと言っている姿が可愛かった。
「頑張ったじゃん。変な子でも印象的なんじゃない?」と笑って言うと、ゆかも落ち着きを戻し「ひどーい、他人事だー」と、二人笑いながらゲームセンターを出た。
「待って」
後ろから声がして振り替えると、さっきの彼だった。
「連れと今からカラオケするんだけど、良かったら…」
ゆかの背中をポンっと叩くと、ゲームセンターに戻った。
ゲームセンターの奥にはカラオケもあり、カラオケの入り口では彼の友達三人が待っていた。
「こんにちは」と軽く挨拶し、カラオケルームに入った。
彼は隣の学校で年も同じだった。席に着くと彼の横から「かんちゃんの事好きなんだって?俺の方が良いよ。」と、茶々を入れた坊主頭の子は『雅』だ。
雅は一つ年下で、第一印象は無邪気な笑顔が可愛い男の子。耳にはピアスが沢山付いていて、彼女とお揃いの指輪なんだと小指にはめた指輪を見せてくれた。
ゆかと、かんちゃんは何を話したらいいか分からない様子で、それを見て雅が又茶々を入れていた。
そんなやり取りでカラオケを出る頃には、ゆかも かんちゃんも楽しそうに会話をしていた。
かんちゃんと ゆかが付き合う様になってから、ゆかとは学校で会うだけになっていた。
そんなある日、ゆかから「うちの親に今日なぎの家に泊まるって事にしてもらえないかな」と相談された。
「ばれても責任もてないよ、いいの?」と言うと、ゆかは嬉しそうにしていた。
「あと…」
「龍一君、Aと付き合ってるんだって」
学校の帰り道、前から原付が近寄ってきた。
「なぎちゃん?」
顔を見上げると、笑顔の雅がいた。
「…雅?」
「なぎちゃんの家って、この辺なの?」
「そうだけど…」
雅とは、あのカラオケ以来久しぶりだった。
坊主が少し伸びていたが、相変わらずピアスは凄かった。
「今から遊びに行かない?」
驚く私に雅は自分の被っていたヘルメットを私の頭にのせた。
「乗ってよ」
家に帰る気分でも無く、雅の無邪気な顔を見ると何か楽しい事がありそうで、ヘルメットを被ると雅の後ろに乗った。
「雅、原付って二人乗り駄目じゃん。」と、原付の音と風邪をきる音に負けずと大きな声で雅に言った。
雅は笑って「だよねっ」と言った。
原付に乗るのは初めてだったが、雅の背中を見ると自然と安心していた。
着いた場所は、海岸から一本裏に入ったコンビニだった。
「お菓子買って、海行こうよ」
「こんな時期に寒いよ。」
すると雅は自分の着ていたダウンを私に差し出した。
「いいよ。雅寒いでしょ!」
突き返すと「俺は風邪ひかないんだって」とコンビニに入って行った。
雅のダウンは温かく、香水なのか甘く良い匂いがした。
浜辺に出て、少し歩いた階段に二人で座った。
丁度いい時間だったのか夕焼けが綺麗だった。
雅の買ってくれたコーンポタージュが温かく、ダウンのお陰で寒くはなかった。
「ジャーン!」
雅の方を振り替えると、花火をもっていた。
「夏の残りで湿気てるかもしれないけど、寒い時期にもいいっしょっ」
雅は得意気な顔して、花火に火を付けた。
夕焼けに花火って綺麗…
「なぎちゃんもやってみっ」
雅は花火に火を付け、私に持たせた。
楽しかった。
二人で花火に夢中で、はしゃいでいた。
最後の一本になった。
「最後の一本。雅やりなよっ」
「おうっ」
渡そうとした時、雅の手が触れた。
雅の手は冷たかった。
「雅ごめんね。私もう寒くないからダウンありがとう」
ダウンを脱ごうとした… 「いいって」と雅の顔が近くなって一瞬目があった。
初めてのキスだった。
一瞬だった。
雅は「帰ろうか」と照れ臭そうに、花火を片付け出した。
「うん」と頷くと、私も片付けを手伝い、二人で雅の原付に向かった。
帰りは、夕飯時で家に入るなり「こんな時間まで何してたの!」と母に頬をぶたれた。
この時は母の気持ちなんて分かる訳もなかった。
「いいでしょう。何がいけないの?」
初めての口答えだった。
母は驚いた顔をしたが、すぐに眉間にシワをよせもう一度私の頬を叩いた。
「親に向かって口答えは許しません。門限は4時。学校終わって友達とお喋りしても4時にはかえれるでしょう。」
母の言いたい事がおわると、無言で二階に上がりベッドに倒れ込んだ。
コンコン…
部屋の扉が開き、妹が顔を覗かした。
「お姉ちゃん、何かあった?」
「別に…」
「お母さん、下で怒りまくってるよ。お父さん帰ってくるまで下には降りて来ない方がいいかもよ」
「ありがと」
妹は気に掛けてくれていたが、1人になりたかった。
次の日、学校に行くと待ちくたびれた様子の ゆかが下駄箱で私を待っていた。
「なぎっ!」
私を見つけると笑顔で駆けよってきた。
私の耳に手をやり、小声で話し出した。
「…エッチしちゃった」
ビックリして声も出ないまま、ゆかの顔を見ると照れ臭そうに私の言葉を待っている様子だった。
「昨日ホテルに泊まったの。ホテルって、すごいんだよ!」
待ちきれんばかりに話し出す、ゆか。
「ちょ…ちょっと待って。落ち着いてよ。」
私は動揺していたと思う。
良かったね!なんて言えば良いのか、どうだった?と聞けば良いのか…正直、かっちゃんに対して不信感を持った。
ゆかは幸せ絶頂な口ぶれで、何があったか聞かずとも1から10まで私に話してくれた。
私は、雅との事は話せないでいた。
雅には彼女がいるし、雅も遊びだったと思うしかなかった。
昼休みにMが話しかけてきた。
「ちょっと放課後、話しあるんだけど」
嫌な予感は的中した。
呼ばれた場所に行くと、先輩の中にMがいた。私を見ると「マジできたんだ」と笑うM。
呼んだのはアンタでしょっ…とも言えず、何が始まるのかが不安で泣きそうだった。
「あんた、カラコンいれてんの?」
「いえ…いれてないです」
「目の色、おかしくない?」
「生まれつきなんです」
「しかも、生意気だね」
何が言いたいのか分からなかったが、すぐに分かった。
「龍一と付き合ってたんだって?」
「…」
「龍一は今Aと付き合ってんだよ。知ってる?」
「はい」
「それならいいんだけど。」と先輩はMの方を見た。
何かしたかったのか、龍一に近寄るなとでも言いたかったのか…
一つ分かった事は、Mには姉がいて、その姉にもMにも逆らえないという上下関係があるのだという事だった。
その場は、すぐに帰る事が出来たがMは 物足りないといった様子だった。
正直ほっとした。
1人になり、帰ろうと後ろを振り向くと目の前に龍一がいた。
龍一は何か言いたげで、悲しそうな顔にもみえた。
いつから居たのかは分からないが、私が呼び出された理由を龍一は分かっている様だった。
私は龍一を無視し、龍一の横を通り過ぎ様とした時、龍一に腕をつかまれた。
「何?」
思わず出た言葉だった。
「ごめん」と、うつ向きながら言う龍一は、弱々しく私の知らない龍一だった。
「いいよっ。龍一も彼女大事にしないとね。」
強がって出た言葉だった。
龍一は私の目をみると、もう一度「ごめん」と言った。
久しぶりに聞いた龍一の声だった。
この時、私の中で何かが吹っ切れた。
青く澄んだ綺麗な空の日だった…
門限までには帰っていた。
母は満足気な顔をして玄関まで出迎えていた。たまに門限ギリギリになると玄関に出て母は待っていた。
それが、なぎには苦痛だった。
家に帰るとすぐに部屋に入った。
数週間がたった頃、家のチャイムがなった。数分後、母がなぎの部屋に入ってきた。
「なぎ…お友達が来てるんだけど…」
母は怒った様な、心配そうな口調で続けた。
「あなた、どんな友達だかは知らないけど、友達を選びなさい。」
私は訳も分からず、誰が来ているのか予想すら出来ないまま玄関のドアを開けた…
「なぎっ」
そこにいたのは、笑顔の雅だった。
「雅?どうしたの?」
驚いた。雅とは、あれから会っていないし、なんで私の家の玄関にいるのか…驚く私をみて雅は笑った。
「なぎにX'masプレゼントっ」
無邪気な笑顔で渡された白い紙袋には、赤と緑のラメが散りばめられた、大きなリボンが付いていた。
「X'masはバイト入ってて…少し早いけど」
照れ臭そうに鼻を触る雅は、少し大人っぽく見えた。
「ありがとうっ」笑顔で答えると
…ガチャ
「渚?」
母が玄関から顔を出した。
雅は母に 「すいません。お邪魔しましたっ」と挨拶をし原付に乗った。「なぎっ!またな。」笑顔でそう言うと、帰って行った。
「渚?今のは誰?」
玄関に入ると不機嫌そうに母が言った。
「友達っ」
なぎは嬉しそうに、そう言うと二階に上がった。
「ちょっと…なぎ!」
階段の下から母が呼んだが、なぎは聞こえないと言わんばかりに部屋のドアを閉めた。
雅は何を持ってきてくれたんだろう…
高鳴る胸をおさえながら、なぎは袋を開けた…
淡いピンクの柔らかい手触りの包みのなかから、手のひらに収まるほどの、丸いガラス玉。中には サンタクロースがいた。ガラス玉を転がしてみると、傾けた方向と同じ向きのまま、サンタクロースは笑顔で赤い袋を持っていた。ガラス玉の中には、雪が降っていた。
その週末、ゆかと私は買い物する為電車を乗り継ぎ街まで出ていた。
地元では、可愛い服も手に入らないからと ゆかに誘われたのだ。それと彼氏のX'masプレゼントも兼ねて。
「なぎ、この服どうかなぁ。」
「可愛いよ。ゆかは女の子らしい服が好きだよね。」
「だって、可愛くみられたいもん。なぎもたまには、こーゆうのもいいんじゃない?」
「無理。似合わないよ。」
「そうかなぁ」
ゆかは悩んだあげく、やっとの事で服を2着買った。
「次は、かっちゃんのプレゼントを選びたいけど、どこがいいかな」
ゆかは、自分と居ない時も私の事を想っていてほしいと、アクセサリーをあげたいようだ。
とりあえず、歩きながら探す事にした。
何軒か回ったがシルバーアクセサリーは、中学生が買える値段ではなく、諦めて他の物にしようかと思っていると一つの看板が目に付いた、
『古着 アクセサリー ΥаКё 』
黒い看板は、白い文字で書かれてあり、小さな照明が看板を照らしていた。
店は、表通りから外れた細い路地にあった。店は二階で、一階は喫茶店だった。古い外観からは、本当に店はやっているのか、怪しい雰囲気さえあった。
「やだ、なぎ!入るの?」
ゆかは不安そうな顔をしていたが、ここで無かったら諦めようと言うと納得した。
ゆかをよそに、なぎは そんな店に入ってみたい好奇心でいっぱいだった。
カン カン カン…
鉄で出来た階段は錆びているのか、赤茶色で 手すりはざらざらしていた。
階段を登りきるとすぐに店に着いた。店は空いている様で、扉が空いており店の中は薄暗く、低音のきいた音楽がかかっていた。
ゆかは不安なのか、なぎの服を掴んでピッタリくっついていた。
店の中に入った。
沢山の服が、なぎの背よりも高くディスプレイされていて、圧迫感がある。そのまま奥に進むと、カウンターがあり、横にはレジがあった。
「いらっしゃい」
低くかすれた男の人の声の主は、カウンターの裏から ひょこっと顔を出した。
頭は、モヒカンで耳には箸くらいの太さのピアスが1つ付いていた。
一瞬、雅の事を思い出したが、「何探してるの?」と 店員に聞かれ、アクセサリーを色々見せてもらった。
シルバーだけでなく、ガラスで出来た指輪や、麻で編んである物や、ターコイズ、オモチャの様な可愛い指輪まであった。
初めは戸惑っていたゆかも、「色々あって迷う」と楽しそうだった。ゆかが選んだプレゼントは 革ひもで小さなガラス玉を編み込んだ腕輪にした。
「彼女はどうする?」
店員は、なぎに言った
「私は、あげる人いないから。」
と、店を出た。
「良いのあって良かった」と、ゆかは満足した様子だった。
なぎは、ゆかの話しを聞いていたが、なぎは雅の事を考えていた。
「ごめん、ゆか。さっきの店に忘れ物しちゃったから、待ってて!」
なぎは、店に 駆け足で戻った。
降りてきた階段を駆け登り、店に入ると「あれ?どうしたの?」と、見た目に似合わない優しい声で店員のお兄さんは出迎えてくれた。
「さっき見てた、シルバーの…」
息を切らしながら、なぎは言った。
「あぁ、ピアスね。」
「これ、下さい。」
お兄さんは、目尻にシワを寄せて笑顔で 「なーに?彼氏いたんだ。」と笑った。
『彼氏』という言葉に、何て説明したらいいのかと言葉をつまらせた。
「沢山の恋をしろよ、若者よ!」とピアスの入った茶色の紙袋を渡された。
臭いセリフ過ぎて、一瞬時が止まったが、思わず笑ってしまうと、お兄さんも笑った。
見た目怖いけど、優しい人そうだった。
家に帰ると、小さな茶色の紙袋をカバンから取り出した。
雅に買ったのは良いけど、いつ渡そうと紙袋を見ると店の名前のスタンプが押してあるのに気付いた。
『ΥаКё』
あの人の名前なのかな。
なぎは、歩き疲れたのか すぐ寝てしまった。
次の日の朝早く、なぎは起こされた。
父だった。
「お父さんと、お母さん今から出掛けるから。」
礼服のネクタイを絞めながら父は続けた。
「お父さんの、伯母さんが亡くなったんだ。帰りも夜中になるだろう。お前達は明日学校だから家にいなさい。」
下に降りると母が 何かあったら電話するようにと、メモ用紙に電話番号を書いていた。
母が家に居ない…
なぎは解放された気持ちになった。
父と母が家を出ると、妹が部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん。」
母が父に、雅が家に来た話しをしていたのを聞いたと言った。
「お母さん達居ないし、彼氏に会いに行ったら?」
何かと厳しく言われている姉を気遣っての事なのだろうか…
「そんなんじゃないよ」と口では言いながら、プレゼント喜んでくれるかなと雅の無邪気な笑顔を脳裏に描いていた。
「弟君は私が見ててあげるからさ」
妹に背中を押され、こんなチャンスも無いかと思い、なぎは、ゆかに電話した。
ゆかは、電話越しに 驚いた様子だったが 雅の彼女の話しを始めた。
「なぎも雅に彼女いるのは知ってるでしょう?」
なぎの気持ちも分かるが、辞めた方が良いと言う。
「小指の指輪ってペアリングなんでしょう?」
言葉を詰まらせ黙った私に、ゆかは 今から会おうかと約束をした。
なぎは、ピアスの入った小さな紙袋をカバンに入れた。
待ち合わせの場所に行くと、ゆかはまだ来ていなかった。
ひんやりと冷たい風の吹く日だった。
朝も早いからか、静けさが よけいに、なぎを寒く感じさせた。
「なぎっ」
振り向くと、ゆかが自転車に乗って現れた。急いで出てきてくれたのだろう、普段の 可愛らしい格好ではなく スニーカーにジーンズ、パーカーだった。
そんな服も着るんだと 思ったが、ゆかの優しさが なぎには嬉しかった。
「私何やってんだろ」ため息まじりで、なぎが言った。
「雅は何考えてんだろねっ」
ゆかは、なぎの顔を覗きこんだ。
「大丈夫?」
なぎは、友達が ゆかで良かったと思った。なぎの全てを受け入れてくれるかの様な、ゆかの優しさに なぎ自身が素直な自分がいる事に驚いた。
「ピアスは、渡さないでおくよ」
「ゆかは、彼氏とどうなの?」
ゆかと学校以外で会うのは、買い物に行って以来だった。
「うん。うまくいってるよ」
ゆかは、彼の家に遊びに行ったり、二人でカラオケに行ったりしていると話した。
ゆかとの時間を彼氏に取られてしまった、そんな思いもあったが話しを聞いていると羨ましい気持ちにもなった。
ゆかと別れた後、なぎはピアスを捨てようか迷っていた。
ピアスって、痛いのかな? 未知の世界に、なぎは興味があった。
ピアスは…一応取っておこう。
少し時間潰して帰ろう…
なぎは、最近出来たばかりの本屋に向かった。
本屋には、ビデオやCDのレンタルまであった。
本の種類も沢山あり、なぎは雑誌を手に取った。
パラパラめくりながら目を通し、又次の雑誌へと手を伸ばす。
何冊目の雑誌だったろう。1つの特集が目についた。
『シルバーアクセ特集』
人気の店や、流行りランキングなどが載っている。
ピアスを買った店は載ってはいなかったが、ゆかと立ち寄った事のある店は何店か載っていた。
あの店、もう一度行ってみたいな…
雑誌を置くと、なぎは本屋を出た。
家路に付くと、クリスマスの飾り付けをしてある家が、いくつかあった。
夜になると、綺麗なんだろうな…
そう思いながら角を曲がると、なぎの家の前に 見覚えのある原付が停まっていた。
「!」
雅だった。
なぎに気付いていないのか、雅は原付にまたがった。
「雅っ!」
雅が行ってしまうと思った。なぎは大声で呼んだ。
雅は、なぎに気付くと原付から降りた。
いつもの笑顔の雅だった。
「お帰りっ」
「…ただいま」
なぎには、なんだか照れくさい やり取りだった。
「なぎの顔見に来たんだ。」
ドキッとした…
「なんで?」
「なんでだろうな」
はにかみながら雅は言った。
「彼女いるんでしょう」
その言葉に雅は、なぎの顔を見た。一瞬だったが、初めて素の雅の顔をみたかの様に思えた。
「彼女はいるけど…、なぎが好きなんだ」
さっきの表情から、いつもの無邪気な笑顔に変わった。
「俺、なぎに会いたいから会いにきたんだ。迷惑だったかな…」
場が悪そうに雅が言った。
なぎは、バカ正直な雅に 思わず笑ってしまった。
「なにそれっ、訳分かんないよっ」
「だよな」
なぎは、雅が自分に会いに来てくれた事が嬉しかった。
彼女がいるなんて事は、どうでも良い様な気がした。
雅の小指には、知り合った頃見た指輪が はめてあるままだった。
二人は歩いて近くの公園に場所を変えた。その公園は、さっきまで ゆかと居た公園だった。 朝の風景とは違って、小学生や子達や家族連れが多く賑わっていた。
公園の入り口に原付を止め、少し丘になったベンチに座った。木に囲まれたベンチの周りには沢山の落ち葉があったが、芝は青々としていた。
「雅は彼女と長いの?
知りたい様な知りたくない様な…少し複雑な気持ちだった
「うん…長いな」
雅の目は遠くを見ていた。ゆかが、彼氏の話しをしている時の、あの目とは違っていた。深い意味がありそうで、それ以上は何も聞く事が出来なかった。
悪い事聞いてしまったかと、なぎは沈黙を破った
「雅っ。どっか行こっか」
雅は 振り返り笑顔で2つ返事をした。
原付が置いてある公園の入り口まで来ると、音楽がなった。
雅はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。
「はい。」
雅は手慣れた様子で話し出した。
なぎは驚いた。携帯は自分には程遠いものだったし、年下の雅が持っているなんて考えた事もなかったからだ。
相手は友達なのか、それとも彼女なのか…親しい口調だった。
「おう、それじゃ今から行くわ」
そう言うと雅は電話を切りった。
「ごめんな。今から友達の家に顔出さなきゃいけなくて…」
雅は、困った顔で言った。
「いいよ。又ね」
帰ろうとした…
「一緒に行かない?」
想像もつかない返答に驚いた。
「彼女いるのに、友達に会うのは、マズイでしょう」
雅は、ヘルメットを なぎに差し出し原付に乗るよう促した。
なぎは、雅の後ろに乗った。
雅の無邪気な笑顔に、断る言葉が見つからなかった。
原付を走らせ、10分位たっただろうか。
近いはずの知らない土地だった。
アパートの前で原付は止まった。
「着いたよ」
雅に言われ、原付を降りた。
雅に付いて行くと、一階の2つ目のドアのチャイムを鳴らした。
誰か出てくるのかと思っていたら、雅は勝手にドアを開けた。
部屋の中から声が聞こえた。
「来たよー」
雅が声を掛けると、中から「雅?入って」と女性の声がした。
なぎは、戸惑いながら雅に続いて部屋に入った。
…何の匂いだろう
今まで嗅いだ事の無い匂いだった。
部屋に入ると、なぎは体が固まった。
ベッドに男性が、うつ伏せで寝ており大分歳上の男性が何やらやっている。
「刺青してるんだ」
雅が言った。
「刺青…」
背中に何度も針を刺したりしていた。ベッドに横になっている男性は痛みを堪えている様だった。よく見ると龍の絵柄だ。
「凄い…」
なぎは全身に電気が走ったかの様に感じた。
この匂いは、墨の匂いだったんだ…
その時後ろから、さっきの女性の声がした。
振り返ると、女性が立っていたその女性は、20代後半くらいで 背が高く、ピアスを買った お兄さんを連想させた。女である なぎでも見とれてしまうほどに綺麗な人だった。「コーヒーでも、飲んでいってね」「あ…ありがとうございます」緊張しているのを、お姉さんは分かったのか、「座って、少し待っててね」と言って コーヒーを出してくれた。初めて飲むコーヒーは、苦くて大人の味だった。雅は何やら、彫り師の男性にチラシを渡されていた。 その様子を、しばらく見ていた「雅には、勿体ない子だな」彫り師の男性が低い声で言った。「本当に、雅には勿体ないわ」と、お姉さんも続けた。なぎは、恥ずかしくて うつ向いた。雅は、なぎの隣に座ると 「へへ…」と笑っていた。 「あの彫り師さんが、‘花田さん’で、この姉さんが‘真弓さん’。俺、ここのチラシを配るバイトしてんだ」バイトって、この事なんだ… 「クリスマスまでバイトなんだぜ、ひどい話しだろ」と笑って、雅が言った。「雅には悪いと思ってるんだけどね。クリスマスは若者が多いから」と、真弓さんは顔の前で手を合わせて「ごめんね」と言った。
一時間もいなかったくらいで、私達はアパートを出た。
「真弓さんって、綺麗だし優しくて素敵な人だね」と、なぎは雅に言った。
「綺麗だろ。」
と、自慢気に言う雅に なぎは少し嫉妬した。
「真弓さん、ああ見えて昔は荒れてたらしいよ。」
「そうなの?」
「真弓さん、施設の出なんだ」
「施設?」
「親が居ないとか、親と一緒に住めないとか…そんな、子供が一緒に住む家だよ」
言葉が出なかった…
親が居ない子供がいるなんて事、今まで考えた事もなかったからだ。
「俺も施設だから」
雅は笑顔で言った。
学生までしか施設に居られない事や、真弓さんは お世話になったからと施設の手伝いや、小さな子供の遊び相手になったりしているという話しなど、雅は色々話してくれた。
なぎは、胸が熱くなり、何かが込み上げてきた。
言葉すら、思い浮かばない。
「なぎ?」
雅は、なぎの顔を覗きこんだ。
「泣いてるの?」
なぎの涙は、頬をつたっていた
「あ…」
なぎ自身泣いているのに全く気付かなかった。
「ほんとだ…」
涙を手で拭うと、雅が なぎの頭を撫でた。
「ありがとな」
「年下なくせにっ」
と、なぎが笑って見せた。雅は笑顔で、「年上のくせに」と無邪気な笑顔を見せた。
日が暮れ始めていた。
「送っていくよ」
雅がポケットからバイクの鍵を出した。
なぎは、まだ帰りたくなかった。
「いつもは私、門限あって、今日は親が留守だから…」
今日の様な日は、この先無いだろうと思っていたからだった。
「そっか」
雅は鍵をポケットにしまった。
「ごめん、雅は帰らないといけないよね。私、帰るね。」
自分の都合で何言ってるんだろうと、なぎは自分が恥ずかしくなった。
「まだ俺と居たいって素直に言えばいいじゃん」
雅と目があった。
なぎは、堪えきれずに吹き出した。
可笑しかった。
恥ずかしいような、くすぐったいような。
雅と まだ一緒に居られる事が嬉しかった。
「飯でも行こうか」
バイクに股がり、二人はファミリーレストランに入った。
「なぎ、好きなの食べて良いよ。俺のおごりっ。」
「それじゃあ、次は私がおごるね」
二人は席に案内され、窓際のテーブル席に座った。
夕飯時なのもあって、店の中は 賑やかだ。
「雅、よく来るの?」
メニューを見ている雅に、聞いた。
「俺?初めて」と、にんまり笑った。
「俺みたいなの、こんな所似合わないっしょ。今日は、なぎがいるから」
彼女とは?
聞けないなぁと、なぎもメニューを見た。
ファミリーレストランなんて、いつ以来だろう…
小さい時は、よく家族で来てたっけ…
周りを見ると、家族連れも多く 二人ほど若いカップルは 居なかった。
注目した料理が席に運ばれてくると、二人共 お腹が空いていたのか夢中で食べていた。
その光景が 可笑しくて、なぎが笑うと、雅も笑いだした。
楽しい時間だった。
会計を済ませに席をたった
「やっぱり雅だ」
なぎは驚いた
目の前に居たのは、なぎと同じ学校のAだった…
雅も驚いた様子だったが「愛さん?」と笑顔で話しだした
「久しぶりっすね。飯食いに来たんですか?」
愛は、なぎに気付いているのに 気付いていないかの様な態度だ
なぎは、その場から逃げ出したい気持ちになった
「雅、治美元気?」
「元気…ですよ」
雅の‘彼女’の話しをしている事は、なぎには分かっていた
「治美いるのに…」
愛が なぎを見た
「俺から誘ったんで」すかさず雅が答えたが、愛は なぎから目を離さなかった
「あんたってトラブルメーカーよね」
そう言い残して、愛は自分の席に戻って行った
席には、愛の姉と姉の友達らしき人達が座っていた
雅は、なぎの手を持ちレジに向かった
嫌な気分のまま会計を済ませ店を出た
「ごめんね」
雅が急に謝ってきた
「意味分からないよ」
なぎは答えた
「嫌な思いさせて…」
「雅が謝る事じゃないよ」
「いや…謝らなくちゃいけないくて…」
雅が気まずそうな顔をしていたのを、なぎは 何かあると感づいた
「起こらないから…話して」
二人は場所を変えた
雅がよく友達と たまり場にしているという空き家だった
裏扉の鍵は空いていて、家の中は暗く 月明かりで なんとか部屋の様子が見えるくらいだった
「怖くないよ。入って」
なぎは怖かった
雅が何か話したい事があっての事だと我慢したが、空き家に勝手に入る事態が 足が重かった
「泥棒みたい…」
1番月明かりで 明るい部屋に座った
なぎは早く家を出たくて雅を急かした
「話しって?」
「俺…」
雅は、なぎの顔を見た
「葉月さんに頼まれたんだ…」
なぎは、体が固まった
「頼まれたって…」
葉月とは、なぎのクラスのMだった
「龍一君の事とか…なんか説明しにくいんだけど…」
なぎは、今までの雅との時間が すべて嘘だった様に思った
「何?龍一との事で雅に何か迷惑かけたとでもいうわけ?」
「ち…違うよ。」
雅は動揺していた
「愛さんと同じ学校って初めは知らなくて。龍一君に彼女がいて別れた話しを葉月さんに聞いたんだ。」
今さら 龍一との事で、雅と こんな話しをするなんて… なぎは、怒りが 込み上げていた
「ぶっちゃけ言うと…」
雅は うつむいていた
「何?」
「なぎを犯してほしいって…」
「そう…」
なぎは、雅を睨んだ
「ごめん,でも出来なくて…出来る訳、ないじゃん…」
なんとなく、雅が涙声な様に聞こえた
「私を犯せって、龍一が原因?」
なぎは雅が泣こうが、気にもしなかった
「初めは、そうだったみたいだけど。‘すべてがムカつく、ボロボロにしてやりたい’って…」
「雅ありがとね。‘犯して’くれなくて。…じゃあね」
なぎは、うつ向いたままの雅を背に、薄暗い家を出た。
なぎは涙も出ないほど悲しく、そして今までにない程に苛立っていた。
そのまま家に帰る気にもなれず、なぎは本屋に寄った。
時間は8時を回っていたが、人は ちらほらといた。
暖房の効いた店内は温かく、なぎの心を 落ち着かせた。
雑誌を手にとるが、雅の言葉が頭から離れなかった。
どれくらいの時間がたったのか、レジの壁の大きな時計をみた。
9時…
もう帰ろうと、雑誌を棚に戻した。
ふと向かい側をみると、一目をひく 見たことのある人が雑誌を読んでいる。
あれ?あのモヒカン頭の人って…
なぎの目線に気付いたのか、男は顔をあげた。
「あれ?」
ピアスの店の人だった
なぎは 軽く頭を下げ挨拶をした。
「どうやら家が近所みたいだね」
「そう…みたいですね」
「ピアスあげれた?」
「…。今の私には最悪な質問っ」と、なぎは笑った。
「そっか。実は、あれ俺が作ったやつでさ。」
「えっ?お兄さん作るんだ。」
「キューピットにはなれなかったかー」
「ある意味、守ってくれたのかも」
なぎの言葉に、お兄さんは不思議そうな顔した。
「何?何?」
「内緒っ!又店に遊びに行くね!」
なぎは、その場を離れようとした。
「ピアス、買い取ろうか?中坊は金ないだろ」
後ろから、大きな声が聞こえた。本屋なだけに、響き渡る声で周りの人が、お兄さんを見た。恥ずかしがらないお兄さんを見て、なぎは自然と笑顔になった。
…
「ありがとう。でも、お守りにしとくよ。」
そう言って、なぎは店を出た。
次の日は終業式だった。
朝は いつもの様に、母の朝食が食卓に並ぶ。
なぎは昨日の外出の話しが出ないか、少し冷や冷やしていたが妹が上手い事言ってくれていたらしく、なぎはホッとした。
学校へ行くと、休み前なだけに教室は騒がしかった。
それに今日はクリスマスだ。
ゆかは、彼氏とデートなのだと言う。
ゆかは、雅の話しを知らないのだろうか…。ゆかは知らないとは思うが、彼氏は?
今のゆかには、そんな話しをする事も 聞く事も出来なかった。
終業式が始まる為、全校生徒が体育館に集まる。
体育館に向かう途中に、愛と葉月が こっちを向いて歩いてくる。
終業式をサボるつもりなのだろう。
なぎは、雅の言葉が頭を かすめた。
「犯罪者になるつもりなのね」
葉月と、すれ違いざまに、なぎが言った。
葉月は、目を丸くした。全部知ってるのかと驚いたのか。でも、それですむ相手では無い事は分かっていた。
葉月は なぎの腕をつかんだ。
愛は、ただそれを見ていた。
「誰に向かって言ってるか、あんた分かってんの?」
葉月は、キレた口調で言った。
ゆかは、愛と目があった。なぎは、気でもおかしくなったかと思ったのだ。
「分かってるよ。目の前にいる、あんただよっ。」
なぎは冷静だった。
パシッ!
葉月は、なぎの頬を力強く叩いた
なぎは、一瞬 驚いたが すぐに葉月の頬を叩いた。
周りに人だかりが出来ていた。
その中で1番驚いたのは、葉月自身だった。
思わずゆかが、なぎの腕を引っ張った。
「ちょっと…なぎ?」
なぎは、葉月から目を離さなかった。
「お前達何やってるんだ!早く体育館に行きなさい!」
生徒達が群がる後ろから、先生の声が聞こえた。
葉月は愛に 「行こう」と、体育館ではない方向へ歩いて行った。
ゆかは なぎの腕を引っ張り、体育館に向かった。
「なぎ…痛くない?どうしちゃったの?」
ゆかは、心配そうな顔で なぎに言った。
「大丈夫だよ。ただ、葉月が嫌いなだけ。」
「嫌い…って。」
「あいつ、男に頼んで私を犯そうとしてたみたい」
ゆかは、なぎに色々話しを聞き出そうとしたが、先生が急かしに来たので モヤモヤのまま終業式が始まった。
体育館は冷たく、校長の話しがより長く感じた。
帰りは、並んだままクラスにもどり通知表を渡され下校となった。
ゆかは、すぐに なぎの机に向かった。
「なぎ…。さっきの話し…」と言いかけた時、愛が廊下から なぎを呼んだ。
「ゴメン、先帰ってて。」
なぎは、ゆかに言うと 教室から出て言った。
「葉月が話しあるからって…」
愛は、いつもの態度とは違って ケンカ口調ではなかった。
「うん。なんで自分で呼びに来ないんだろうね」
「あの子に手だすなんて、マジでビックリだよ。大丈夫かよ?」
愛が笑った。
「分かんない」
なぎも笑って言った。
初めてする‘会話’だった。
呼ばれた場所に行くと、葉月と葉月の姉がいた。
葉月の姉は久しぶりに学校に出てきていたのか、それとも葉月に呼ばれて来たのか。久しぶりに見る顔だった。
「あんたが、なぎ?」葉月の姉が なぎに聞いた。
「はい。」
「妹が、あんたに殴られたって言うんだけど。」
「はい。」
「私の妹だと知っての事だよね。」
「はい。知ってます。でも、その原因をお姉さんは知ってるんですか?」
なぎは、内心 心臓が飛び出しそうな程緊張していた。
カケだった…
もし、知っているのなら 殴られたりするのだろうと 覚悟もしていた。
「原因?」
と、姉が葉月の顔を見た。
葉月が気まずそうに なぎを睨んでいる所をみると、話すとマズイ事になるんだと 、なぎも愛も勘づいていた。
「出来れば、二人で 話したいんです。二人の問題なので、すいません」
なぎは面倒な事が嫌なだけだった。
「私からも、お願いします」と、愛が頭を下げた。
葉月の姉は、少しの間黙っていたが「…分かった。何かあったら、私に言いなね」と、なぎに言った。まるで空気を読み取ったかの様だった。
葉月の耳元で、葉月の姉は 囁いて帰って行った。
葉月は、唇を噛みしめ 呆れた顔をして なぎを見た。
「なぎって、変わった奴だな」
一1年後
なぎは、受験真っ只中だ。
家中に張り詰めた空気…輪をかけて母の厳しい言語に なぎは息苦しかった。
「お姉ちゃんは受験だから、静かにしてなさい。」と、母は兄弟にも何かと厳しく叱った。
学校が終わると、進学塾に通い、帰宅する。
夕飯が終わると、すぐ机に向かうという毎日だった。
寝るのは、0時回ってからだ。
なぎは家族が寝静まった頃寝間着から、服を着替え始める。
家族に気付かれない様に、そっと階段を降り 玄関を開けた。
寒い空気と、静けさの中に出ると門の前に 人が待っていた。
なぎは小声で「お待たせ」と声をかける。
待っていたのは、雅だった。
「それじゃあ行こうか」と、少し離れた雅のバイクまで歩く。
雅は借りてきた単車にエンジンをかける。マフラーが改造してある為、ドキッとする音に なぎは家の方向を振り向いた。
…親は気付いてなさそうだ。
なぎは雅の後ろに乗り、走り出した。
雅とは、あれから半年ぶりに会い葉月を踏まえて話しをする機会を 雅が葉月に頼んだそうだ。
愛とも、葉月と雅のきっかけで仲良くなっていた。
葉月は今だ、尖った態度ではあるが、誰に対しても同じ態度なだけに素直になれないだけだと なぎは思っていた。
ゆかは、そんななぎに距離を起き出したのも この頃からだった。
雅とバイクで30分程走った。風景は山道へと変わり、細い道で何台かの車と すれ違う。
付いた場所は夜景スポットだった。
カップルも ちらほらいる。
展望台に登ると、見事なまでの夜景が広がっていた。キラキラと光輝く世界に、 感動が押し寄せる。
なぎは深呼吸をした。 「何度来ても、いいもんだねえっ」 「オバサンみたいな言い方だな」ここに連れてきてもらうのは、四回目だった。雅とは、相変わらず彼氏、彼女の仲では無いが雅の優しさに なぎは甘えていた。 「なぎ、ホテル行こうか」雅は なぎの耳元で囁く。「ばーか。」「冗談だよ。お前の堅さは俺が1番知ってるって。」雅は相変わらず無邪気な笑顔で、なぎの頭を撫でた。なんとなく、そんな雰囲気な時もあったが 今の二人を大切にしたいと なぎは拒んでいた。雅も、なぎの気持ちを大事に思った。 「受験終わったらさ…」雅が 落ち着いた声で話し出した。「高校生になるんだろ」余りにも、態度と言葉のギャップに なぎは笑った。「当たり前だよ。中学の次は大学生とでも思った?」笑いながら言うと、雅は少し ふてくされた顔をした。
「違うよ」何か言いたげな顔をしていた。「ごめんね。どうしたの?」なぎが聞くと「んー…まぁいいや。そろそろ送って行くよ。」送って行くと言われ、家の事が気になって 雅の言いかけた言葉を 聞き返さずに、送ってもらう事にした。「雅、いつもありがとう。」「いいって。俺も気分転換になったし。勉強頑張れよ。」「うん」
あの時の言葉を、ちゃんと聞いておけば良かった。
私を送った後
雅は 死んだんだ
雅のバイクに、車が突っ込んだんだって。
相手は、居眠り運転は認めたが 信号は青だったと言い張っているらしい。
家に警察が来て事故の状況などを話してくれ、私も雅と夜中に会っていた事を全て話した。
親は、泣き崩れて警察に謝っていたが 私と別れた後だから過失はないですと 説明していた。
警察が帰ると、私は母に殴られた。髪を引っ張られ、何度も何度も殴られた。 父は そんな場面を見るのは初めてだったと思うが 、リビングの机に向かって頭を抱えたまま動かなかった。
どれだけ殴られても、涙すら出ない。
母は気がすむと、冷蔵庫から缶ビールを取り出し 立ったまま飲みだした。
そんな母の姿は初めてだった。
雅に逢いたい…
人間は 生きる事よりも死のうとする事の方が 大変なんだと 精神科の先生が話してくれた。
何度死のうと思っただろう。その度に雅の無邪気な顔が頭から離れない。
最後の言葉は「頑張れよ」だった。
あの時、雅の言葉を聞き返しておけば雅は生きていたのかもしれない。
私が夜中に雅と会わなければ、雅は死ななかった。
雅が居ないのは、私のせいだ。
親も私には呆れたのか、興味すら持たなくなった。
大分後で分かったのは、雅が事故にあった時 信号は点滅信号だったという事だった事。
私は受験はせず、美容師の見習いで働く事に決めた。
見習いで働いて、そこから免許を取る道を選んだ。
専門学校に通う方が早いのは分かってる。親に頼めば、いくらでも金は出すだろうけど…。
甘えたくもないし、甘えられなくもないんじゃないかな。
卒業式には、親は来なかった。
葉月の親も来てないみたいで「うちの親は、こーゆうの面倒臭がるんだ」って。
「でも、お姉さん来てるから良いじゃん」って葉月に言ったら、嬉しそうに笑ってた。
ゆかは 親と一緒に帰って行った。 どうも、嘘ついて彼氏との外泊がばれて どういう訳か私が悪者になってたし。
今までの話しは、私の‘幼いなぎ’の話し。
今から話す話しは、本当の‘なぎ’の話し…
就職してから3年が経っていた。
なぎは資格を取るまでの間、掛け持ちでバイトをしながら必死に勉強をした。わずかだが お金も貯め、受験に備えていた。
実家を出てから、食べて行くのに こんなにも大変だとは思ってもいなかった…
「なぎちゃん、お疲れ様。今日は、もう帰って良いよ。明日は大事な日だから。」
店のオーナーが気遣って、いつもより二時間早く上がらせてくれた。
明日は、待ちに待った美容師検定試験。
これに受かったら…
なぎは一人暮らしの自宅に帰ると、明日の準備の確認をして 早めに寝た
ピルル…
携帯が鳴ったのに気付いて、眠い目を擦りながら時計を見た
…2時?
電話に出るなり、「迎えに来て!」と騒いでいたのは葉月だった。酒にでも酔い潰れているのか、内容が聞き取りにくい。断っているのに一方的に「迎えに来て」の一点張り。
普段の葉月じゃない…
葉月とは、卒業してからも 相変わらずな付き合いをしていた。
弱気な部分を見せない葉月のままだが、一人暮らしをしてから「ちゃんと飯食ってんの?」と、いちいち口うるさく電話をくれるのは、彼女だけだった。
仕方なく迎えに出たが、葉月の説明ではよく分からなく 携帯片手に探して回った。
人気の無い商店街の近くに来た時、1人の男が声をかけてきた
「渚さんですか?」
一瞬驚いて言葉が出なかったが、頷くと「葉月さんが迎えに行けって…。良かった。会えて…」とホッとする男に、なぎは正直ムカついた。
心配して探し回った分、葉月の居どころがわかると、腹がたったのだ。
着いた先は、裏路地にある 古びた外観に、赤く錆びた階段…
男は階段を登りながら、なぎを 急かした。
「ここです」と…
見覚えのある店内に入った。
店内は、相変わらず服のディスプレイが高く積み上げられ 圧迫感があるが、低音の効いた音楽は流れていなかった
ここは、前にピアスを買った店…そう、雅の為に。
全てがよみがえるかの様な心境の中、店の奥に入って行くと 葉月がカウンターにもたれかかって寝ていた。
「葉月!」
揺すって起こしても起きない。
「ちょっと、何なの?葉月どうしたの?」
私の騒ぐ声が聞こえたのか奥から人が出てきた。
モヒカン頭ではなかったが、あの時の この店の お兄さんだった。
お兄さんは私に気付かないみたいだった。
「あの、葉月どうしたんですか?訳が分からなくて…」
お兄さんは困った顔して「酔っ払ってるだけだよ。寝かせてやって。」と言ったが、お酒の匂いなんてしなかった。
何かあるんだろうと、なぎを迎えに来た男を外に連れだした。
「あのさ、言いにくいのは分かるけど、こんな時間に呼び出されて理由も聞かずに帰れないよ。葉月、お酒飲んでないよね?」
彼はうつむいたまま、重たい口を開いた…
理由を聞いて驚いた。
「…ヤク?」
葉月と彼は、葉月が同棲している相手と、日中から 注射器を使って薬をやっていたという。
そんな中、同棲相手と葉月が口喧嘩になり、外に出てフラフラしている所を店のお兄さんが保護したそうだ。パニックなった葉月が私に電話したのも、その時だと言う。
思わず、ため息が出た
そこへ、お店の お兄さんが階段を降り私達の所へ来た。
雰囲気を感じ取ってはいたんだと思う。
「あの子、大分前にもフラフラしてるの見掛けたけど、なんだかまずいんじゃないの?」
煙草を吹かせながら続けた。
「辞める、辞めないは本人次第だからなぁ」
起こしても起きない葉月を、葉月と一緒だった男に頼み、タクシーで家まで送る事にした。私とお兄さんが タクシーを見送った時には、辺りは明るくなっていた。
…まずい!早く帰らなきゃ!
焦る気持ちを押さえて、お兄さんに お礼を言って 帰ろうとた。
「本当に…すいませんでした。」
「雰囲気かわったなぁ」
さっきまで気難しい顔をしていたお兄さんが、目尻にシワを寄せて笑顔になっていた。
「早く帰って寝ろよ、若者よ!」
そう言って階段を上がって行ってしまった。
数ヶ月後
なぎが働いていた美容室には、なぎの姿はなかった。
資格は取れたが、美容師の道へは行かなかった。
実家がある地元を歩いていた。
懐かしい風景だった。実家には 行かず ある家を訪ねる為に地元へ戻って来た。
チャイムをならす…
中から「どうぞ」と女性の声
今にも泣き出してしまいそうなのを、ぐっとこらえ「失礼します」と言って玄関のドアを開けた…
「…なぎちゃん?」
玄関に出迎えてくれたのは、真弓さんだった。真弓さんは私を見て驚いた顔をしていた。雅の姿が忘れられず、意を決して真弓さんの所へ 訪ねて来たのだった。
「お久しぶりです。」
部屋の奥では、花田さんが 客の背中に刺青をしている最中だった。
…初めて来た時と変わらない
真弓さんは私が来た理由が分かったのか「外に出ようか」と、近くの喫茶店へ二人で行った。
注文した珈琲が机に並ぶと、私は 席を立ち 土下座をした。
「すいませんでした。私のせいで…私が…私が…」
必死だった
今までの感情が、余りにも溢れだし過ぎて、言葉にならない
そんな私を優しくなだめながら、真弓さんは席に座らせた。
「辛かったよね。」
その言葉で、我慢していた涙が 体の奥底から溢れだし、止まらない…
泣きたいんじゃない
「私の…私のせいで雅が…」
話している間、真弓さんは私の目を離さなかった。雅の最後を看とるかのように、そして私の罪を しっかり受け止めるかのように…
話し終わると、真弓さんの目は 真っ赤だった
「雅の事は、忘れなさい。なぎちゃんが幸せにならないと、雅も報われない」
…私の幸せ?幸せなんて雅が居ない時点で想像すらしていない
美容師になると頑張ってきた時間は、全て ‘逃げ’だと思っていた。一つの事を追い求めれば、自分の罪から 一瞬でも逃げれると思っていた。でも、そうじゃなかった。雅は私の中で、まだ生きていた。現実から逃げられず、真弓さんに 殴られに来た様なもの。
なのに真弓さんは赤い目から流れる涙を拭きながら「なぎちゃんは、悪くない。」と言う。
真弓さんの温かすぎる位大きな心に、救われたのは言うまでもない。真弓さんは、私の一つ一つの言葉に、雅の最後を看とるかの様な、私の罪を受け止めるかの様な、そんな目をしていた。
目は口ほどにものをいう…なんだか分かる気がした
「一つお願いがあります」
私は 刺青をいれてほしいと、頼んだ。
「居ない人を想って彫るなんて…」と、真弓さんは反対したが、私の決意は変わらなかった。「雅の事を一瞬でも忘れる時があったとしても、雅がいたから私なんです。雅を想い続けるつもりではなく、私の為」
後日、私は花田さんに ‘蝶’を彫ってもらった。その蝶を纏うかの様な天女。
全て入れ終わるには2年かかった。
私は22歳になっていた。
季節は、雅と知り合った頃の様に 肌寒くなっていた。
「こんにちはー。武さんいるー?」
なぎは、ピアスの店に 頻繁に出入りする様になっていた。
お兄さんの名前は「武」 やっぱり店の名前は 武からとったらしい。
相変わらず薄暗い店内から「おー、いるぞ」と かすれた武の声。
「武さん、一緒に昼食べに行こうよ」
なぎは、武の落ち着いた雰囲気と 優しい人柄が好きで 時間があるだけ一緒にいた。
「お前、そう言って俺におごらせる気だな」武の笑顔は なぎより、12歳年上とは思えない程子供だ。
「いいじゃん。私、スパゲティ食べたいな」
仕方ないなといった様子で、武は黒い皮ジャンを羽おい ジャラジャラとシルバーや沢山の鍵が付いたキーケースを手に取った。
「やった!武大好きになるっ」
無邪気にはしゃぎながら、武の腕に つかまった。皮ジャンは ひんやりと冷たかったが、なぎは皮ジャンの匂いが 好きだった。
「姫は、調子が良いなぁ」
武と一緒にいると、自分の世界が ガラッと色を変える。心地良くて、ずっとこのまま武の色の中で、ゆっくりと溶けてしまいたいほど…
ある日、ひょんな事が切っ掛けで武に「俺を好きになるなよ」と言われた。
何で?と聞いても、「俺は幸せにさせる事が出来ない」としか言わなかった。
「なら、私が幸せにしてあげるよ」
本心だった
なのに、笑ってごまかされた。顔に出てしまう性格の私を見て武は ギュッと抱きしめてくれた。
ドキドキなんて…しないわけでは無いけど、抱きしめ合う‘ハグ’は武にとっては日常だ。
店番も よくある事。最近じゃ、お客に顔も覚えてもらえ、すっかり馴染んできた。
その中でも鼻にピアスをつけた‘マーチン’という、あだ名の子と仲良くなっていた。彼女は、私の1つ年上で、背も高く華奢で髪も短く、 一見綺麗な顔の男かと思ったほど。
彼女はパンクのボーカルで、一度見に行ったがステージの上で叫ぶ彼女は中性的でかっこよかった。
武とも前から仲が良く、店を閉めると三人で明け方まで飲んでいた日もあった。
「なぎはピアス開けないの?」
マーチンは私の耳を触りながら、似合うよと言った。
「色白だし、ゴツイのいれたら…」と、武とマーチンで勝手に私の似合うピアスで盛り上がり出してした。
私は、ジーンズの後ろポケットから、古ぼけた茶色の小さな紙袋を取り出した。
ぼろぼろの紙袋の中からは、輝きを失っていないピアス
「私、ピアスつけるなら、これがいい」
武は驚いて「おーっ!持っててくれたんか。」と言い、ピアスを手に取った。
雅にあげれず、御守りとして持っていたピアスだった。
「かなり大きい穴開けんと…」マーチンは心配そうに、私の耳にピアスを当てる
「俺が開けてやるよ」
武は、奥から氷と 針を持ってきた
私は怖さと、痛さを我慢する為に テキーラを一気に喉に流した
マーチンが私の前に座り、武が横に座った。
「一気にいくからな。」武の声が、耳の近くで聞こえる
私はマーチンを、じっと見ていた。彼女もまた私を見ている。
グッと力が入ってしまうほどの激痛が走ったが、それ以上にマーチンの力の方が強くて 我慢が出来た。
雅の息が耳元で感じる。見つめ合っているのはマーチンで…なんだか変な感覚。
鏡を見ると、今まで肌身離さず持っていたピアスが耳についていた。
ジンジンして痛いが、雅への今までの思いや感情に 少しだけ踏ん切りがついたかの様な気分だった。
ピアスの違和感が無くなるまで、そう時間は かからなかった。
私は マーチンのライブがある度に、ライブハウスに顔を出していた。そこのオーナーに、バイトが辞めて困っていると聞いて 雇ってもらう事になった。
毎週月曜と火曜が休みで、夕方4時から11時迄の間 お酒を作ったり、受付をするだけで良いと言った。
ライブハウスには、武の店での馴染みの客もいた為、働きやすかった。
マーチンは、自分のライブが無い日も お酒を飲みに顔を出してくれていた。
「なぎ、どう?仕事慣れた?」
カウンター越しに、ジンライムを飲みながらマーチンが聞いてきた。爆音の中、私達は耳を傾けながら会話をしあっていた。
そんな中、マーチンの友人の‘さや’がカウンターに来た。マーチンの横に座り「テキーラ頂戴」と軽く私に言うと、マーチンの方へ体ごと向けて何やら会話を嬉しそうにしていた。
まるで‘私のものよ’と言うかの様な態度に、なぎは 可笑しかった。
「はい、テキーラ。おまけに、オリーブはどう?」と聞くと、「もらうわ」と軽く言われてしまった。
なぎは気にもしていなかったが、マーチンは気にしていた様子だった。
仕事が終わると、急いで武の店に行った。
時間的には店は閉まっていたが、武は いつも店にいた。
「お疲れ様」
なぎの差し入れの缶ビールを二人で飲む時間が、なぎには嬉しかった。
「なぎちゃん、痩せた?」
武が心配そうに なぎを見た。
そういえば、最近ろくに食べてないや…
仕事始まるまで寝て、仕事の間は 客と お酒を飲んで 後はオーナーの差し入れの お弁当。仕事が終わると、こうして武と飲む事が日課になっていた。
「おしっ。俺が旨いもん作ってやる」
武は 張り切って奥にある台所へと入って行った。
武の手料理は 初めてだった。慣れない手付きでキャベツを切る。作ってくれたのは‘焼きそば’だ。
「キャベツ焼きそばだ」と小さなテーブルに置いた焼きそばは、温かい湯気が発っている。
「美味しそう!いただきますっ!」
お腹が 空いていたのと、武が作ってくれた事が嬉しくて夢中で食べた。
キャベツと麺とソースだけだが、本当に美味しかった。
「武さん、料理出来るんだ」
食べ終わって、満足した体を崩し聞いてみた。
「貴重な一品だぞ」
得意気に威張る武の姿に、なぎは笑った。
次の日も仕事だった
4時前に店に着くと、最初にライブをする子達が待っていた。
初めてのライブらしく、緊張していた。年は10代だろうか。幼い顔に、なぎは兄弟の事を思い返していた。
…元気でいるのかな
今妹は21歳、男は19歳だろう。随分家族には会ってはいなかった。
5時になり、なぎは 受付に立つ。
客が 次々と入ってくる中に、珍しく武の姿があった。
なぎは嬉しくて声を描けようとしたが、言葉を掛けるのをやめた…
武の隣には、綺麗な女の人がいた
なぎのタイプとは正反対で、クルクルと巻かれた髪は腰近くまであり、可愛らしい人だった。
なぎは、逃げ出したい気持ちと 武に問いただしたい気持ちを抑え、受付を続けた。
「よっ!」
数時間前と変わらない武が、なぎに声をかけた
なぎは思わず、目を反らしてしまった。
「大人二枚ね」
チケットを渡すと、武は二人分のお金を払った。
なぎの不自然な態度に、武は気付かないのか二人で店の中に入って行った。
…誰だろ?武の彼女?
武の事が気になって仕方ないが土曜という事もあり、客の多さに 中々受付から離れる事が出来なかった。
やっと、人も途絶えカウンターに入ると、そこにはマーチンがいた。
「元気?」
マーチンの笑顔と優しい言葉の音程は、自然と人を和ませる
「ありがと、元気だよ」
今日はマーチンがメンバーの子達とライブをするのもあって、マーチンの後ろにはマーチンと話したくて仕方ない様子の女の子達が群がっていた。
「あのっ隣座って良いですか?」
顔を真っ赤にしている女の子。マーチンに憧れているのが、服装を見ればすぐに分かる。
「いいよ」
その返事に周りが「キャー」とざわめいていた。
…マーチンって、凄い人気なんだ
女の子が座ろうとした時、「そこは私の席よ」と声が聞こえた。
ファンの子達の中から、さやが現れた。
女の子は、驚いたのか 泣きそうな顔をして席を譲った。
マーチンは、困った顔をして女の子に「悪いね。またね。」と優しく言葉をかけた。女の子も頷いてマーチンと話せただけで嬉しかった様子だった。
さやは‘当たり前’の様にマーチンの横に座り、嬉しそうな顔して会話を始める。
そんなやり取りを 何気なく見ていると、カウンターに女性が「ビール2つもらえるかしら?」と 声をかけてきた。
「はい、ビ…」
思わず言葉が詰まって…というよりか、動揺していたんだと思う。
目の前にいるのは、武と一緒に来た彼女だっだから…
何気ない素振りでグラスにビールを注ぎ、彼女の前に置いた。
頭の中では‘どんな関係?’という文字が ちらつく…
彼女は細い指でグラスを2つもつと、なぎに笑顔を見せた。
「ありがとう」
綺麗すぎて、武が好きになる気持ちも分かる気がした。
私が渡したビールを二人で飲むのかと思うと胸が苦しかった。
マーチンのライブが始まると、凄い盛り上がり方だった。
なぎもカウンターからステージを見ていたが、マーチンの姿が何とか見えるくらいだ。マーチンの歌声を聞きながら、忙しく 注文されたお酒を作っていた。
武の姿を探しても分かるはずもない
…仕事終わったら、武の店にはいけないし、飲みにでも行こうかな
仕事が終わったのは0時回ってからだった。
「お疲れ様っ!」
バイトの子に飲みに行こうと誘っても、皆約束があって駄目だった。
渋々店を出ると、店の前でマーチンが待っていた。
「今からメンバーで打ち上げするんだけど、来ない?」
わざわざ誘うために、寒い中待っていた様だった。
「ごめん。そんな気分じゃなくて…」
断る私の手を取り、「そんな気分だからこそ行こうよ」と連れていかれてしまった。
マーチンらしい行動に、なぎは 思わず笑顔になった。
「行っときますか!」
ライブハウスの近くにある居酒屋に入ると、待ちわびていたメンバーの3人が奥の座敷で待っていた。
「おつかれー。」と同時に乾杯をしてジョッキのビールを飲んだ。
マーチンのメンバーとは面識はあったがライブハウス以外で会うのは初めてだった。
「なぎちゃんだっけ?俺らのライブどうだった?」
聞いてきたのはベースの‘俊’だ。
「ごめんな。俺ら音楽バカだから。」
と、ドラムの‘祐希’
「話す事といったら音楽の話ばっかだもんな」
すでに いい気分のギターの‘宏樹’
プロになりたいと語っている人達を前に、なぎは少し羨ましかった。
マーチンも、プロを目指している一人だ。
私達が いい気分で居酒屋を出たのは深夜2時過ぎだった。
俊の家で飲み直そうと話が盛り上がっていたが、なぎは一人先に帰る事にした。
帰る途中、武の店に寄ろうか、そのまま家に帰るか迷ったが店の前まで行って帰る事にした。
毎日の様に、武の店に寄って帰る事が‘当たり前’になっていたから、何となく酔いざましにと思ったからだった。
店の前まで行くと、部屋の電気は付いていた。
…まだ起きてるのかな
気になっても、彼女といる事を想像してしまって、階段を登ることが出来ないまま家に帰った。
次の日も仕事で、その日は 珍しくマーチンは来なかった。変わりに カウンターには珍しい客が座っていた。
ゆかと、かんちゃんだった。
偶然にも、かんちゃんの後輩がライブをするから二人で見に来たらしい。
正直、二人をみて、まだ続いていたんだと思った。
ゆかとは卒業式以来会ってないだけに、私も ゆかも ぎこちない。
「久しぶりだね」
ゆかも、何を話していいか分からない様子なのを かんちゃんは話題を切り出した。
「なぎちゃんとは、ゆかと知り合った日以来だよな」
かんちゃんの話は、いつも ゆかから聞いていたが、会うのは二回目だ。
「ほんとに久しぶり。二人共変わらないね」
なぎは、ゆかの注文したカクテルを作りながら答えた。
自然と雅の話になる事は予想していた。
二人は私を責める事なく、雅の思い出話を話す。
雅の身長。雅の声。雅の あの無邪気な笑顔…
全てがよみがえる…
ゆかの前にカクテルを置く なぎの手は震えていた。
丁度、かっちゃんの後輩がライブの出番になった為、ゆかはカクテルを手に持ち かっちゃんと ホールに入って行った。
…やっぱり、忘れる事すら したらいけないんだ
なぎは、普段と変わりなく次から次へと 客に酒を作ってはいたが、頭の中は雅の事で いっぱいだった。
仕事が終わり、なぎは家に帰ると冷蔵庫を開けたまま、缶ビールを片っ端から飲んだ。
「雅…ごめん…ごめんね」
気が付くと朝だった
ズキズキする頭、冷蔵庫は開けたままで、ビールの缶は 散らかり放題。 中身が残っていた缶からはビールが溢れていた。
なぎは、そのままベッドに入った。
ただ、ボーっとしているだけで、時間だけが過ぎていった。
昼近くになり煙草を吸おうと、煙草を手に取ると中身は空だった。
なぎは、小銭を握りしめ近くのコンビニに行った。
コンビニで煙草を買うと、外に出て すぐに煙草に火を着けた
雲1つない青空は、なぎには眩しすぎた
…私、何したいんだろ
帰り道に、何となく武の店の近くを通った
…武いるかな
そう思って階段を見ると、武が座っていた
武は なぎに気付くと変わらない笑顔で なぎに近寄ってきた
「お前。ひどい顔だな」
無言のなぎを、武は優しく抱きしめた
…いつものハグ
「昨日、なんで来なかった?」
驚いて武の顔を見上げた
武は私のグシャグシャな髪を触りながら「しかし、見事な爆発だな」と笑った。
恥ずかしくなって、私まで 笑った。
「なぎちゃん今日休みだろ?」
そのまま武に連れていかれ階段を登り店に入った。
武は すぐに珈琲を入れると、なぎに渡した。
「二日酔い?」
頷きながら、珈琲を飲んだ。
「あったかい…」
武は、あくびばかりしている。…もしかしたら、寝ずに待っていてくれたのかな。
そんな時、店に客が入って来た。
その客は、自分が作っている服をカウンターに広げ、店に置かしてもらえないかと武に話しを始めた。
武も 服を見て乗り気だ。
話も長くなると思い、なぎは家に帰る事にした。
「夜、飯食いにいこうな」
そう言うと、武は又客と話を始めた。
なぎは家に帰ると時計は2時前だ。シャワーを浴びて 空き缶をごみ袋に入れた。
…少し早いけど、武の店に戻ろうかな。
外に出ようと玄関のノブを手に取ると、偶然にも家のチャイムが鳴った。
そのまま玄関を開けると、驚いた事に目の前には母が立っていた。6年振りだ。
「出掛けるの?」
母は ‘着物の発表会’があり、近くまで来たから寄ったと言う。
心配で来てくれたのは有り難いが。なぎの姿を見ると「恥ずかしい」と言い、手土産を渡すと部屋にも上がらず帰って行ってしまった。
「恥ずかしい…か」
今までなら、そんな態度の母に腹を立てていたが、‘母らしい’と、なぎは笑みを浮かべた。
渡された袋を開けると、手のひらほどの木箱が入っていた。蓋を開けると、漆塗りの手鏡が入っていた。奥深い色は、母の好みだろう。
手鏡を手に持ち、自分の顔を映した。
「ひどい顔…」
なぎは部屋に戻り、化粧箱を取り出した。大きな鏡があるが、なぎは手鏡を見ながら化粧を始めた。
化粧が 終わると、外へ出た。
向かった先は美容院だった。
なぎの黒髪は艶やかで、見事なストレート。髪を触りながら「本当に切ってもいいんですか?」と、美容師は心配そうに聞いたが、なぎは揺れなかった。
店を出ると胸まで伸びた髪は、顎が少し出るくらいまで短くなっていた。
自分が変わらなければ、何も変わらない。今自分に必要だと思ったのは気分転換だった。
その足で なぎは武の店に向かった。
武の店の近くには和服の店があった。
その店の前を通ると、なぎは母を思いだした。少しだけ心が弾んだ。
店の前には、着物の切れ端で手作りされた小物が並んでいた。何気なく見ていると、店の主人だろうか、和服姿の50代の男性がなぎに声を掛けてきた。
「可愛いでしょう。これは全部私の母が作っているんです。」
その男性の母親というと、70代なのだろうか。
1つ手に取って見てみる。フクロウのキーホルダーは、細かい所まで繊細に作られており、愛嬌のある顔、羽は格子柄で可愛い。
「こちらはどうですか?」
男性の手には黒と、鮮やかなピンクが際立つ雫型の小物が付いた携帯ストラップだった。
「可愛い」思わず笑顔になった。
「失礼ながら、勝手にお客様らしい物をと思いまして…」
見るからに絡みたくないだろう私に、店の人は終始優しく丁寧な態度だった。
「これ、頂いていきます」
すぐに携帯に付けたストラップを見ながら店をでた所で、後ろから「こんにちは」と声を掛けられた。
振り替えると昨夜、武と一緒だった彼女が目の前に立っていた。
「意外ね」
と彼女は、なぎの出てきた店に目をやる。
「今、武に会った帰りなの」
「少し、時間ある?」
…この人は一体‘武’の何を話したいのだろう。
「いいですよ」
なぎは落ち着いた様子で彼女に言うと、表通りにあるファーストフード店に入った。
珈琲を手に持ち、二階の席に座る。平日の夕飯前な時間だけに、二階の席には誰もいなかった。
「ご免なさいね。時間取らせてしまって…」
申し訳なさそうな彼女の態度に、なぎは ‘変な人ではなさそう’だなと思いながら珈琲を口にした。
「…武とは長いの?」
「‘長い’って言っても、彼氏彼女でもないです」
なぎは武との関係を第三者の おかげで、現実を見せられている、そんな可笑しな風景に困った様子で煙草に火をつけた。
「お姉さん、私はお姉さんが想像している様な武さんとの関係ではないと思いますよ」
彼女は、一瞬不思議そうな顔をしたが理解したのか笑顔になった。
「やだっ。ご免なさいね!これじゃ警察の取り調べみたいよね」と口を押さえて笑った。
「私、武とは夫婦だったの」
笑みを見せながら彼女は続けた。
「離婚した原因は私の浮気なの。バカよね、今になって後悔してるわ。」
なぎは驚いて思わず吸っていた煙草を落としてしまった。
「まだ好きなんですね」
灰皿で煙草を消しながら、なぎは聞いた。
「でも武の中には私の入る隙間もないみたい。貴方の事を…大切に想ってるんだと思う」
彼女と武が付き合ってる当時、武は店を出したばかりだったそうだ。お金も無い武だったが、武となら お金なんてなくても楽しく暮らしていける自信があったという。
「現実は苦しかったわ。それに お店も、今の様な客足すらなくて。かと言って、サラリーマンにも向いてないでしょ、あの人。二人の時間がずれて、ずっと寂しかった。それでも武は 変わらなかった。変わったのは私の方ね。」
武との時間を大切そうに話していた。後悔しても、何も始まらない事は なぎには、痛いほど分かる。
「そんなに好きなら、もっと頑張ればいいだけの事じゃないですか。ちゃんと、後悔してるなら今の気持ち、大事にしたらいいと思いますよ」
お姉さんは目を丸くした。
「そうよね。そうしたいけど…武は変わらないわ。」
なぎは、自分の知らない武を彼女は沢山知っていると思った瞬間だった。
「昨日貴方の店に行ったのも、武が私を貴方に会わせたかったからなの」
どんな意味だか分からなかった
「復縁を迫ってる‘元妻’に、諦めさせたかったのね。きっと…」
彼女は なぎに煙草を1本欲しいと言い、煙草に火を着けた。
「久しぶりだわ。煙草なんて。武と一緒だった頃は吸っていたのよ。‘彼’が煙草嫌いな人だったから…」
懐かしそうに煙草を吸っている姿を、なぎは黙って見ていた。
「貴方と話せて良かった。諦めがついたもの。」
煙草の火を消す彼女の目は、少し潤んでいた。
「そろそろ新幹線の時間だから…」
手触りの良さそうなコートを羽織ると、目の前に手を出された。
「私もこれからよね。幸せになるわ。」と握手をした。
「私も話せて良かったです。お元気で」
見送るなぎを、彼女は振り返り「髪型似合ってるわよ!貴方の飾らない所に武が惚れるのも分かるわ」と言い、帰って行った。
なぎは軽く会釈をした。
店を出ると、外は真っ暗だった。急いで武の店に向かう なぎの足取りは軽かった。
階段を登り いつもの様に「武さん、いる?」と声を掛ける。
「おー。いるぞー」と、いつもの武の声が返ってきた。
カウンター裏の椅子に座っていた武は、なぎの姿を見ると 思わず立ち上がった。
「なぎちゃん、やるねぇ。見違えたよ」
その言葉に、なぎは嬉しかった。
「ありがとう。いい女を何処に食べに連れてってくれるのかな?」
武は、鍵を手に持ち店を閉めた。
着いた先は‘いつものラーメン屋’だったが 武と過ごす変わらない日常に、なぎは嬉しくて仕方なかった。
「明日も休みだよな…」
武が店に なぎを呼んだ。
コンビニで買った缶ビールを開けると、武が なぎに紙袋を渡した。
「明日クリスマスだしさ」
…クリスマス
すっかり忘れていた。クリスマスというイベントは、雅との時間が止まってから 何もないまま過ごしていた。
「開けていい?」
紙袋を開けると、中には 小さなサボテンが入っていた。サボテンは帽子をかぶり、マフラーまでしている。そんなサボテンのあまりに可愛らしい風格に、なぎは可笑しくて笑った。
「面白いよ。‘名前を付けてね’って書いてあるよ!」
武と色々迷った結果、二人の好きなアーティストの名前を取り‘シド’になった。
それから半年経った頃、いつもの様に仕事に向かっていた。その日は偶然にも 愛と逢った。久しぶりに見た愛は凄く痩せていた。
愛は私に気付くと目を反らし、様子がおかしかった。
「久しぶりだね。どう?元気?」
愛はポツリと「元気」と答えると、そのまま立ち去ろうとした。
見るからに‘元気’がない愛に、一緒に店に行かないかと誘った。
「お酒 ご馳走するから、一緒に行かない?」
愛とは終始目があう事なく「いい」と一言 言うと 行ってしまった。
…どうしたんだろう。もしかして…
不安は 的中だと思った。店で マーチンに愛の様子を話すと「間違いないね、薬打ってるわ」と返ってきた。
「なぎ、悪い事は言わない。友達の事を思うなら身内か警察に言うべきだね」
…警察
「友達でいたいなら、結局は今のままの関係なんだよ。警察に言えば彼女は救われる。けど警察に言えば、なぎを恨むよね」
その通りだと思った。警察に言えば、薬と離れられる。けど… 友達でもいたい。
正直何が1番良いのか分からなかった。
「マーチンなら、どうする?」
「私なら、相手にもよるな」
マーチンは煙草の煙を見ながら「相手がなぎなら、自分の身を捧げても守るよ」と言った。
思わず「ありがとう」と言ったが、マーチンの深い意味を 私はまだ知るよしもなかった。
その夜は全く寝付けなかった。寝たのか寝ていないのか、分からないまま朝を迎え普段よりも早く布団から出た。
近くの喫茶店へ行き珈琲を飲みながら、外を眺めていると神社の看板が目に止まった。
…こんな所に神社なんて あったんだ
残りの珈琲を一気に喉に流し入れ、喫茶店を出ると神社に向かった。
神社は街中とは思えない、大きなな木々に囲まれ静けさが漂う中、砂利を踏む音が響き渡る。
境内では、おみくじや 御守りも売っている。
『健康祈願』
愛に持っていて欲しいと、1つ買うことにした。
神社を出て直ぐに愛に電話をしたが出なかった。
だいぶ後から分かった話だが、愛は警察に捕まったと耳にした。
季節は夏になろうとしていた。
野外でロックフェスティバルがあると、武から聞いた。
そこで、店を出すそうだ。面白そうだから一緒に着いて行く事にした。
現地入りすると、直ぐにテントを広げ服や 小物を並べた。客足も良く、普段より倍近く売れた。
日が暮れ始めると、会場は盛り上がりをみせ 武は そわそわし始めた。
「店は見とくから、行ってきて」
武は嬉しそうに走って行った。
…武が戻ったら、変わってもらおう
そんな時、1人の客が来た
「いらっしゃい」
顔を上げると、そこには懐かしい人が立っていた
「もしかしてって見てたんだけど…なぎ?」
龍一だ
「やっぱり、なぎだ!久しぶりっ」
ポカンと見上げている私の前には笑顔の龍一がいる
中学生の頃とは違い、声も低く 大人びてていた。
「店に貢献しようかな」と、龍一はシルバーの並べられた箱を見た。
…‘好き’とか そんなんじゃなく、ドキドキしていた
龍一は友達数人と、昨日の夜からテントで泊まっていると話す。「良かったら、テント来ない?なぎの知ってる奴もいるし」
龍一の選んだシルバーリングのタグを外しながら、「ごめん、今店空けられなくて」とリングを手渡した。
「そっか。そうだよな。それじゃ…またな」
右手の中指にリングを通すと、龍一は来た道とは違う方向へ歩いて行った。
それから、何人か 客が来た後に 武が戻って来た。
「悪いな。これ買うのに かなり並んで…」
手には、缶ビール2つと 牛肉の串焼きを持っていた。
「うわぁ。美味しそうっ」
なぎは武が戻って来てくれて、ホッとしていた。二人で 肩を並べ、店番をしながら食べる。
「うまいっ」
武が 満足そうに言った。
「外で飲むビールもうまいっ」
なぎは、缶ビールを 飲み終えると 武に店番を頼んだ。真夏だというのに、夜になるにつれ肌寒くなり、武は商品の皮ジャンを なぎに羽織らせた。
暗い道にロウソクの火が地面を照らす
楽しそうな笑い声が、あちらこちらから聞こえてくる
メイン会場に近づくにつれ、人が多くなる
音楽が 段々近付いてきて、なぎの心は踊った。
舞台の前は凄い人だかりで遠目から バンドが見える程だ。中に入ると 時間も忘れてしまいそうで、なぎは ビールが売っている露店に並んだ
やっとの事で、ビールを2つ買い武の元に戻ろうとした
「おーい。なぎちゃん」
振り替えると武が立っていた。
「店は?」
驚いた なぎに、武は笑顔で「せっかくだし、なぎちゃんと楽しもうと思って」
テントに『外出中』とかいた紙を貼ってきたから大丈夫だと武は言った。
なぎは 武の気持ちが嬉しくて「ステージの前まで行こうっ」と武にビールを手渡した。
なぎは日常の事を、全て忘れる程、爆音と人混みの中とにかく楽しんでいた。
どれくらい時間が経ったのか、店が心配で戻る事になった。
二人を待ち受けていたのは最悪な事態だった。
テントには『人殺し』と大きく書かれ、服や小物は 踏みつけられ、泥だらけになっていた。
なぎは 気が抜け、その場に座り込んでしまった。
「なんだよ、これ…人殺しって…」
なぎは、力が抜けて座り込んでしまった。
武は、隣接のテントの人に聞きに回ったが、留守や「知らない」と返事が返ってくるだけだった。
「気にするな」と武は言ったが、なぎは涙が止まらなかった
「ごめんなさい…私のせいだ…」
なぎの言葉を聞くと武は 何も言わずにテントを たたみだした。なぎは、泣くしかなかった。
いつの間にか人だかりが出来ていた。
ざわめきで我に返り、無言のまま帰り支度を手伝った。
車に戻る途中、偶然か、最悪か…
龍一が声を掛けてきた。
「なぎ、もう帰るの?」
龍一は友達と一緒だった。なぎの、赤い目を見た龍一は「どうした?」と心配そうに言った。
…私のテントを知ってるのは龍一しかいない
そう思った瞬間、
なぎは龍一を 殴っていた。
まだ飛びかかろうとしている私を、武が止めた。
その時、龍一の友達の1人が なぎに近寄ってきた。
なぎは、頬を力強く叩かれた
「あんたが なぎ?」
なぎは驚いて、振り向くと 女だった
「なんだよ!」
彼女は なぎを睨みながら言った
「雅の…女だよ」
…私は頭が真っ白になった。
武も私を見てる
龍一も…
雅の彼女は、この人だったんだ
「悪いな。今日は急用で なぎを連れて帰らないと いけないんだよ」
落ち着いた声の武だった
そんな武に彼女は「こいつ、人殺しなんだよ。お兄さんも殺されんなよ」と言い、その場を去っていった。
龍一は…龍一の私を見る目が…
私は 気を失った…
目が覚め、私は車の中で寝かされていた。車は動いている。
「武さん…」
運転中の武に 恐る恐る声を掛けた
武は普段と変わりのない様子で「なぎちゃん起きた?」と言った
しばらくの間、お互い黙ったまま車に揺られていた
いつの間にか、窓の外の風景は明るくなり、 もうすぐ武の店に着くと知らせていた
「なぎちゃん、店寄っていきなよ。珈琲飲んでいきな」
武に連れられ、店に入った
店に入り椅子に座らせられ、武は珈琲を入れに奥へ入っていった。
珈琲のいい香りがする。武はなぎの頭を後ろから軽くポンと叩いた。
振り向いたなぎに「熱いから気を付けろよ」と武は珈琲を 手渡した。
「話したくないなら話さなくても良い。けどな、話して気が楽になる事もあるぞ」
なぎの目には涙が今にも こぼれ落ちそうだ。それを見た武は なぎを強く抱きしめた。
「…私の…私のせいで、雅は死んだの!」
なぎは今まで誰にも言えない感情を全て武に ぶつけた
「雅…雅に会いたいよ…会いたいんだよ」
そんな事があってから、私と武は自然と距離をおくようになった
なんでかって?
私の中に『雅』がいる事に武が気付いたから
私も含め…ね
今思えば、武の存在は大きかった。けれど、雅への気持ちを埋める為だったのかもしれない。ほんと、『私』って最悪だよ。
雅もいない、武もいないんじゃ『なぎ』って何?って思ってた
そんな『なぎ』に、『それが、なぎ』と教えてくれたのがマーチンだった
私は、前と変わらずライブハウスでバイトをしていた
ある時、トイレの掃除をしに女子トイレに向かっていた
扉を開けた瞬間、体に電気が走った
なぎが目にしたのは、マーチンと女の子がキスをしているところだった
驚いて扉を閉めた
たしか…今の女の子は、前にマーチンに「隣に座っていいですか?」って声を掛けていた子だ
閉めた扉が 直ぐに開いた
「なぎ…」
困った顔をしたマーチンが出てきた
「ごめん!見てないから」
焦って その場を逃げ出そうとする なぎの腕をつかみ、マーチンが止めた
「何でもないから…カウンターに行こう」
私をカウンターに連れ出すマーチンの後ろには、何とも言えないくらい悲しい顔をした女の子が なぎを見ていた
その表情で、何となく分かった
カウンターでマーチンの注文したカクテルを作り、マーチンの顔を見た
「なぎ!ニヤニヤするなよ」
マーチンは怒った口調で言った
「ごめん、キスの現場なんて産まれて初めて見たんだもん」
カクテルをグラスに注ぎ、マーチンに差し出した
煙草に火を着け「参ったな」とマーチンは苦笑いをした
「それよりさ、良いの?今頃トイレで泣いてるよ」
さっきの彼女の顔が頭から離れなかった
「いいよ、私からキスした訳じゃないし」
マーチンは そう言いながらも、気にしていた様子だった
数分後、彼女がカウンターに現れた時は正直ホッとした。女の子がトイレで‘一人泣き’なんて寂しすぎる
話しを切り出せない彼女に、なぎは「何飲む?」と聞いた
「あの…同じの下さい」
そんな彼女にマーチンは振り返り「乾杯でもしようか」と優しく声を掛けていた
そんな二人が、なぎには微笑ましい光景だった
彼女の名前は‘春美’
歳は二十歳で、看護学校の生徒だという
マーチンがデビューしてからずっと追っかけだった様だ
その時は、春美がかなりのトラブルメーカーだとは分からなかった
ある日、マーチンのバンドのライブがあり その日も凄い数の客がライブハウスで盛り上がっていた。マーチンがマイクを片手に歌っている最中、春美がカウンターに来た
「こんばんは。マティーニ下さい」
その頃には、なぎと春美はマーチンを通じて仲良くなっていた
「いらっしゃい。今日も凄い人だね」
なぎが言うと「ほんと…皆、自分の事見て欲しさに 凄い露出。無駄な努力…あり得ないと思いません?」
なぎは春美の強気な口調に驚いた
マーチンといる時は‘可愛い’印象だったのに、目の前にいる春美は全く別人の様だった
「露出が似合う子が来てくれると、お客が増えるし私としては嬉しいけどね」
何となく答えた言葉だった。
「そんなに露出したいなら、他でヤってればいいのに…」
黙っている なぎに、付け足すように春美は言った
「マーチンはビアンなの。女の子しか興味ないの」
「そう…」
マティーニをカウンターに置き、なぎは煙草に火を着けた
春美の中の‘女’に、なぎは呆れた
「何が気に食わないかは知らないけど、 そういう話しはマーチンがいる時にしたら?」
春美は、ムッとした顔で席を立った
「なぎさんだから話したのに」
そう言い残し、マーチンが歌うホールへと入って行った
店が終わると、マーチンが なぎを待っていた。隣には、春美がいる
「打ち上げ、なぎも行くでしょ?」
なぎは 春美と目があった
「なぎさんも来ますよね!」
‘可愛い春美’だった。
「予定ないんでしょ」と なぎの腕をマーチンがつかんだ
「行きますよね」
と春美は なぎとマーチンの間に入り二人の腕を組んだ
「ごめん、今日は体調悪くて…」
別に体調なんて悪い訳でもなかった
本音を言うと、春美と接する気分でもなかったから。ただ、面倒だった
そのまま家に帰る気分でもなく、何となく武の店に寄ってみた
店の電気は消えている。ホッとする自分と、寂しく思う自分がいた
…仕方ないか
コンビニに寄り缶ビールを買い、家に帰った
私の時間から武が居なくなってから、仕事と家とを往復する毎日が続いていた
…雅がいたら、今頃の私達はどうなってたかな
なぎの中で‘雅’が思い出に変わってきつつあった
突然携帯の音楽が鳴り、着信を見た
マーチンだった
「どうしたの?」
今頃は打ち上げのはず…
『抜け出したんだ。なぎ、体調はどう?』
片手に持っている缶ビールを 思わず机に置いた
「ありがと、大丈夫」
『あのさ、今からそっち行ってもいいかな』
携帯ごしに伝わる、マーチンの周りの音…
「雨降ってる?」
車が行き交う場所で電話をくれたのは、すぐに分かった
それから15分位でマーチンが家に来た
傘もなく走って来たのか、息を切らしたマーチンは頭から水をかぶったかのよう
すぐにタオルを渡した
「大丈夫?」
春だというのに、冷え込んだ夜だった
「お風呂、良ければ使う?」
マーチンが お風呂に入っている間、濡れた服をハンガーにかけ干していた
飲み途中の缶ビールを口にし、軽く つまみの用意をした
出来上がる頃にマーチンが お風呂から出てきた
「ごめん、急に来たのにお風呂まで借りて…」
なぎの用意した、なぎの部屋着はマーチンには少し小さく感じ、化粧を落としたマーチンは、普段よりも さらに綺麗だった
「凄い雨だね」
強い雨音が、テレビの音よりも大きく、台風でも来るんじゃないかという程だった
「急にどうしたの?」
なぎがマーチンに缶ビールを手渡し聞いた
「うん…」
何だか言いにくい話しなんだろう…
「まさか武さん絡みとか?やめてよ、今さら会える訳ないじゃん」
「なぎは、まだ武の事好きなの?」
雰囲気で、武絡みではないみたいだった
「違うよ。そんなんじゃないけど、そうかなって思って…マーチンこそ打ち上げ抜け出して、何かあった?」
「何となく…」
いつの間にかマーチンは、ビールをあっという間に飲み終えていた
…‘何となく’って雰囲気でも無いし、きっと何かあったんだ
缶ビールを持ってこようと冷蔵庫を開けた
…!
マーチンが後ろから抱きついてきた
「マーチン?」
どうしたのかと思い、振り替えると突然キスをされた
慣れたキスだった
「ごめん…」
うつ向き、謝るマーチンを見て思考回路が一瞬停止したかの様に思えた。何が起こったのか再認識するまでに時間がかかった
「なぎの事が好きなんだよ…」
そう言い、又なぎを抱き締めるマーチン
…温かかった
「あ…でも、あの…彼女は?ほら…そう、春美!」
なぎは動揺を隠せずにいた
「あいつとは何でもない」
なぎの耳元で、マーチンは落ち着いた声で答えた
「驚かせて、ごめん」
そう言い、なぎの横からマーチンが白くて長い腕で冷蔵庫を開け、缶ビールを2つ取り出した
「ごめん、飲み直そうよ。飲んだら帰るから」
結局、その夜はマーチンと朝を迎える事になった
それからマーチンは毎日なぎの家に来る様になっていた
外食ばかりだった二人が、いつの間にか家で ご飯を食べる様になり、それが‘当たり前’になっていた
幸せ絶頂だった
それに輪をかけ、マーチンのバンドは近い内にデビューが決定していた
そんな頃、なぎは仕事先で 急に気分が悪くなりトイレで吐いたりする事があった
元々胃が弱い なぎは、初めは余り気にもしていなかったが 見かねたマーチンが、嫌がるなぎを病院に連れて行った
病院は産婦人科…
結果は妊娠4ヶ月
私とマーチンの間で子供は授からない
だとしたら…
‘武’だ
「こんな時に、ごめん」
謝るマーチン
マーチンは今からスタジオでレコーディングだった
「いいよ、行ってきて。マーチンの夢は私の夢だもん。頑張って行ってきて!」
パタンと扉が閉まる
内心不安で、本当は一緒に居て欲しかった
…どうしよう
お腹に手をあて、病院で貰った赤ちゃんのエコー写真を手に取り‘嬉しい気持ち’と‘この先どうしよう’といった感情が頭の中でグルグル回っていた
父親は武に間違いはない
その日も仕事に行ったが、悪阻の繰り返しで見かねたオーナーが 「風邪かもしれないから帰りなさい」と、その言葉に甘えて帰る事になった
「ご迷惑おかけして、すいません」
家に帰る途中、武の店に寄ると時間もまだ早く 店の電気は付いていた
…武さん、店にいるんだ
店の階段を登る勇気もなく、なぎは 家に帰る事にした
バタン…ガチャ…
驚き階段の上を見上げると、店の電気は消え 誰かが扉の鍵を締め階段を降りてきた
…武さん?
武ではなかった
武よりも若く、似たタイプの男の人だった
思わず なぎは男に声を掛けた
「すいません!この店、武さんが居ましたよね…?」
「武さん海外っすよ。商品の買い付けとかで…イギリスだったっけな?」
…海外
「武さんの知り合い?」
男は なぎに聞いたが、お礼を言うと すぐに家に向かった
もし…武に会ったとしても‘妊娠’の事は話せないでいたかもしれない
玄関の扉を開けると、マーチンが待ちわびていた様子で立っていた
「なぎっ!私色々考えたんだ。子供、産んでくれないかな」
唖然と立ちすくむ なぎをマーチンは部屋へと上がらせ、ソファーに座らせた
「よく聞いて、なぎ。私は二人で子供を育てたいと思ってるんだ。なぎが働かなくても私の収入で充分やっていけるよ」
確かにマーチンの今の収入だけでも充分だ。でも子供はマーチンの子じゃない…
そんな なぎの表情を見て、マーチンは なぎの頭を撫でた
「大丈夫だよ。絶対うまくいくよ」
なぎは次の日、家を出てから初めて実家に電話を掛けた
受話器越しに懐かしい声… 母だ
「珍しいの事もあるものね…なぎちゃん元気でやっているの?」
優しい声を聞くと、中々言い出しにくく胸が痛かった
「電話してきたのは、何かあったんでしょう?あなたも大人なんだし、お母さん怒らないから…」
涙が止まらなかった
なぎは、今自分が妊娠している事を母に話した
母は口出しもせず、なぎの話を黙って聞いていた。
「ちゃんと食べているの?」
母の顔が頭に浮かび、なぎは「ごめんなさい」と涙ながらに言った
今まで感じた事のない母への愛しい気持ちだった
「なぎちゃん、一度帰っていらっしゃいね。お父さんには、お母さんから話しておくわ」
「分かった」と言うと、なぎは電話を切った
何かから解放されたかの様な気持ちと、これから どうなるのかといった不安感とが なぎの頭をごちゃ混ぜにした
なぎの心の中では決心がついていた
なぎは もう1度だけ武に会いに店に向かった
お腹の子の父親になってもらいたいとも、妊娠しているとも伝えるつもりは無かったが自分の中での‘けじめ’だった
店に繋がる階段は、なぎを懐かしい気持ちにさせた
…相変わらず錆びだらけ
自然と笑顔になった なぎは元気に「武さん、いる?」と声を掛けた
普段聞き慣れた武の返事は聞こえなかったが、昨日店の下で逢った男が出てきた
「あ、昨日の…。武さんまだ帰って来てないんすよ」
男は申し訳なさそうに頭をかいた
「そうですか…すいません、ありがとう」
なぎは階段を降りようと男に背中をむけた
「武さん、明日か明後日には帰ると思います」
振り返り、もう1度お礼を言うと なぎは階段を降りた
…もう武に会う事もないか
家に帰り、なぎはマーチンと一緒に暮らす為、少ない荷物を段ボールや 鞄に詰め込んだ
マーチンの住むマンションは、元々母親と二人で住んでいたが、5年前に母親が再婚してからは、ずっと1人で住んでいた様だ
この先3人で住むには、なぎの1DKの部屋では住みずらいとマーチンが提案し、なぎも賛成した
ある程度荷物が片付いた所でマーチンが帰ってきた
「なぎ、駄目だよ。私がやるから」
マーチンは、結びかけの荷物を「貸して」と 持ち上げた
「なぎは妊婦なんだし、よく食べて、よく寝て…あとは 好きな事していればいいよ」そう言いながらマーチンは優しく なぎのお腹を撫でた
「今日ね、うちのバンドのCM撮影してきたんだ」
マーチンは 今が1番大事な時だ
「凄いね!どうだったの?」
なぎも自分の事の様に嬉しかった
「なんだろう…私なのに私じゃないみたいな…」
マーチンは苦笑いをして、換気扇の下で煙草を吸い始めた
…何かあったのかな
冷蔵庫から冷えた缶ビールを取りだし、なぎはマーチンに差し出した
「ありがとう。私、なぎが子供産むまで飲まない事に決めたんだ」
なぎは驚いて目を丸くした
「もう決めたからさ。煙草は悪いけど辞めないよ」と言って、煙草の煙を吸うといけないと なぎを奥の部屋に促した
なぎも自分の親に連絡した事を話そうとしたが、煙草を吸うマーチンのポケットからは携帯の音楽が鳴り響いていた
「もしもし…うん、分かった」
電話を切り終えるとマーチンは今から外に出ると言い、ジャケットを羽織った
「今からって…」
なぎはマーチンに側に居て欲しかったが「すぐ帰るから」と玄関を出て行ってしまった
なぎはマーチンに腹を立てるよりも、電話の相手に嫉妬していた
思わず煙草に手が出るが、火を付ける事が出きなかった
…私、こんなんで母親になれるのかな
なぎは「すぐ帰る」と言ったマーチンの言葉を信じ、帰ってきたら二人で 食べようと夕飯の準備を始めた
始めたものの、湯気や水道の匂いでさえ 気持ちが悪くなり、夕飯を作る所ではなくなってしまった
…これが妊娠なの?
まるで自分の体ではないかの様に、自由が利かない
なぎはベッドに横になり、いつの間にか寝てしまっていた
…ガチャ
玄関の鍵を閉める音で なぎは目を覚ました
時計を見ると7時を回っている
「ごめんね、起こした?」
出ていってから30分程でマーチンは戻ってきた
「お帰り」
マーチンが帰った事でホッとした なぎはベッドから起き上がろうとした
「なぎ、体調悪い?夕飯出来るまで寝てて良いよ」
マーチンは 白く綺麗な手で、なぎの頬を撫で「愛してる」とキスをした
…幸せ
マーチンが誰と会ってきたかなんて、どうでもよくなった
夕飯を食べながら、なぎは自分の親に連絡した事を話した
「私、一緒に行くから」
マーチンの気持ちは嬉しかったが「うちの親に何を言われるか分からないよ」と 、なぎは素直に話したが 「大丈夫だよ」とマーチンは言った
引っ越しも無事終わり、マーチンの家に慣れてきた頃 なぎとマーチンは、なぎの実家へと向かっていた
その時は妊娠5ヶ月、なぎのお腹は 少しだけ目立つ様になっていた
黒い細身のスーツを着ているマーチンは、まるでモデルみたいだった。通りすぎる人の目がマーチンに向いている
…やっぱりマーチンって垢抜けてるんだ
そんなマーチンは、いつも付けているピアスや指輪は全部外していた
「私の為にありがとう」
なぎが照れくさそうに言った
「これからの二人の為だよ」
実家に近づくにつれて、なぎは緊張していたが マーチンは普段と変わらない様子だ
実家のインターホンを マーチンが押した
マーチンはネクタイを絞め直していると、玄関の扉が開いた
「初めまして、工藤 真澄です」
マーチンは深々と お辞儀をした
なぎは、そんなマーチンを見るのも初めてだったが本名も その時知った
母は一瞬目を丸くしたが「渚の母です。よく入らしてくれました。奥に主人が居ますので、どうぞ お入り下さい」と冷静に話した
奥の和室に入ると、父が座って待っていた
少し痩せ老いた父は、長い間会っていない事を物語っていた
「ただいま…」
父に言うと懐かしい笑顔で なぎとマーチンを出迎えた
マーチンは「失礼します」と父に 挨拶をした
母が お茶をいれ、私とマーチンの前に そっと置くと、父はようやく口を開いた
「真澄さんと言ったね、真澄さんは私が見るからに女性だが…どういう事なのか説明して貰えるかな?」
「はい。私は女です。ですが渚さんを愛しています。私は 女性としか恋愛が出来ません。戸籍上、私と渚さんが結婚する事は無理だという事も十分承知の上で 挨拶に伺わせて頂きました」
深々と頭を下げるマーチンの横で なぎも頭を下げた
「お父さん、お母さん。今まで迷惑かけてばかりで信じてもらう事は難しいのは分かっています。でも子供を産んで、二人で育てていきたい気持ちは信じて下さい」
そんな二人を両親の目から どのように映っていたかは分からないが、なぎもマーチンも必死だった
どれくらい時間がたったのだろう
両親はマーチンの事は受け入れた様だったが、これから産まれてくる子供に対しては将来的に二人で育てる事には反対した
そんな事は初めから分かっていた
「お願いします」
二人で何度も頭を下げた
「二人の事は認めるが…なんと言えば良いか…」
父は親戚の目もあると実家への出入りを禁止する条件で、二人を認めると話した
「私達も、おじいさんおばあさんになるのね」と母が笑った
帰り際、父と母は「娘を宜しくお願いします」とマーチンに深々と頭をさげた
自分が両親にとって、どんな存在だったのか なぎは産まれて初めて分かった気がした
マーチンも目に涙を浮かべ、なぎの両親に頭を下げていた
それから4ヶ月後…
季節は秋 なぎは臨月を向かえ、母は 私達の家に よく顔を出す様になっていた
「なぎちゃん、もう男か女か先生に聞いた?」
母は嬉しそうに手慣れた手付きで孫の靴下を編んでいた
「マーチンも私も産まれるまで聞かない事にしてるの」
マーチンはこの時期には ライブや、アルバムの収録で毎日忙しい日々を送っていたが、どんなに深夜になっても必ず家に帰って来てくれていた
「そう、真澄さんも忙しいから体壊さないと良いけど…」
父も母も ‘娘が一人増えたようだ’と嬉しそうに話す様になってくれていた
「なぎちゃん、産後は体を休ませないといけないから家に帰っていらっしゃいね」
なぎは洗濯物を取り入れていた途中で、部屋にいる母に ベランダから駆け寄った
「いいの?!」
そんな なぎを母はクスクスと笑い「お父さんも賛成しているのよ。少しの間、真澄さんに会えないのは寂しいとは思うけど、少しの間だしね」と言った
その夜 早速マーチンに話すと「少しの間だけど、お母さんに甘えてきなよ」と賛成してくれた
翌週いつものように、なぎは大きなお腹を抱えながら夕飯の買い物に出ていた
平日の昼間のスーパーは、小さな子供連れのママ達が大半を占めている
なぎは自然と子供に目がいき、自分のお腹に手を当てる
…もうすぐ赤ちゃんに会えるんだ
出産準備は揃っていたが、子供服売り場に立ち寄ったりするだけでも楽しく思える
スーパーの袋を片手に店をでる頃には日が暮れ始め、時計を見ると4時を回っていた
…日が短くなったなぁ
急いで帰ろうとした時、急にお腹が張りだし 仕方なく近くの公園に入りベンチに座った
…歩き過ぎたかな
なにか生暖かい感触が足元を伝うのを感じ、なぎは驚いて履いていたズボンに目をやった
…え?
それは‘破水’だった
…どうしよう
なぎは慌ててマーチンに電話をかけた
『こちらは○電話です。只今電話に出る事が出来ません…』
なぎは すぐに電話を切り、母親に掛け直そうとした
…!!
今までに味わった事のない腹痛が なぎを襲った
なぎは痛みに耐えられず、体を縮め その場にうずくまってしまった
…赤ちゃん産まれちゃうの?
不安と焦りの中、携帯を握りしめボタンを押せないまま、声を出す事が出来ない
「大丈夫ですか?今救急車呼びますね!」
うずくまるなぎに声を掛けてくれたのは、スーツ姿の女性だった
彼女は「えっと…えっと…救急車…」と なぎの背中を 擦りながら動揺している様子だった
「あ!119だ!」
そう 言って携帯のボタンを押そうとした時後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた
「僕の連れです。お世話かけました。」
彼女はホッとした口調で「良かった」と言って去っていった
「大丈夫だよ。すぐ病院連れて行くから」
大きな手が、なぎを ひょいっと持ち上げた
優しい目で なぎを見つめるのは武だった
なぎは自然と安心した
武は なぎを抱えたままタクシーに乗り込み、車が走り出した頃、なぎのお腹は少しずつ 痛みが 落ち着いてきた
「武さん…ありがとう。あのね…」
なぎは 今の状況を どう説明したらいいかと言葉を濁らせていた
「知ってる…マーチンから聞いてるから…」
…知ってるって
「俺の子供だろ?」
なぎは泣きたくもないのに目から涙が 溢れ出していた
そんな なぎを武は優しく抱き寄せた
「お前、やっぱスゲーよ。俺が惚れた女なだけあるな」
武は泣いているのか、声が いつもとは違い どもっていた
なぎは又腹痛に 襲われ、病院に着くまで 武と話す事は出来なかった
武も 黙って なぎの手を握りしめたまま離す事は無かった
それから2時間後 なぎは男の子を出産した
3240gの真っ赤な顔で泣く元気な姿に、なぎは 嬉しくて涙が止まらなかった
「頑張りましたね!お母さん、元気な男の子です」
…お母さん
それからお産の処置が始まり赤ちゃんに初乳をあげ、病室に戻ったのは2時間後だった
病室に戻ると 父と母の姿があったが、武の姿は 無かった
「なぎちゃん、よく頑張ったね。真澄さんも、今こっちに向かってるわよ」
母は 嬉しそうに赤ちゃんの居る‘ベビーステーション’に父と二人で 孫を見に病室を出ていき、入れ違いに看護婦が入ってきた
「変わりないですか?」
なぎは 思いきって武の事を聞いた
「あの、ここに来た時…男性が一緒だったのですが…」
看護婦はなぎの腕の脈を計りながら「あぁ、あの男性なら…先程お帰りになりましたよ」
…さっき?
きっと武の事だから子供の顔を見て帰ったのだろう
なぎは武がまだ外にいるかもしれないと着てきたカーディガンを羽織った。その時、病室の前で 楽しそうに会話をする声が聞こえてきた
その声に耳を澄ませると、声の主は母とマーチンだ
なぎは慌ててベッドに座り、扉が開くのを待った
「なぎ!頑張ったなっ!」
目に涙を浮かべ、嬉しそうに はしゃぐマーチン
父と母は 二人に気を使ってなのだろう、病室には入って来なかった
「名前…どうしようか」
…名前
「男の子だし…何が良いかな」
マーチンは興奮が収まりきれない様子で 次々と名前を上げていく
「ゆっくり決めようよ。出生届けまでには少し時間あるし…」
なぎは軽く言ったつもりだったが、マーチンは「どうしたの?調子悪い?」と心配そうに なぎの背中を擦った
「あのさ…」
なぎは武の事を聞こうとした
ガチャ…
「赤ちゃん連れて来ましたよ」
看護婦が 小さなベッドを運んできた
ベッドを覗き込むと、フカフカの白い布団の中では気持ち良さそうに眠っている可愛い我が子がいた
結局、武の話は出来なかった。タイミングが悪いのも、武の話はするべきでは無いのだと自分自身に言い聞かしていた。
息子の名前は‘空’と命名した
‘空’は、誰のものでも無く、誰にでも必要なものだから…
空が一歳になった頃には、マーチンとは週に一度会えればいい程 マーチンの仕事は忙しくなっていた
テレビの画面から見るマーチンは、いつも輝いていた。空も分かっているのか、マーチンが画面に映る度、テレビに指をさすようになっていた
どの雑誌を見ても、チャンネルを変えても、必ずと言ってもいいほどマーチンを見る事が出来る
「ごめん、いつも家にいれなくて…」
マーチンは帰ってくる度、変わらない優しい口調で抱き締めてくれていた
それでも、幸せだった
ある一本の電話が掛かってくるまでは…
その電話は突然だった
いつもの様に二人きりの夕飯を食べ、満足そうにミルクを飲んで空は寝ている
食器を洗おうと水道の蛇口に手をかけた時、携帯電話が鳴った
…マーチン?
時計を見ると7時を過ぎていた
携帯の画面には見覚えのない番号
「…はい」
電話の相手は前に一度だけ会った事のあるマーチンのマネージャーだった
「杉浦さん?マーチンに何かあったんですか?」
何か…事故でもあったのかと思った
「すいません、突然電話して。あの…とても言いにくい話なんですが、渚さんにも伝えておかないといけない事がありまして…」
それは、マーチンと別れて欲しいとの要望だった
マーチン本人にも伝えてあると…
「今が大事な時なんです。明日の、週刊誌を見て頂ければ僕の言いたい事は分かると思います。」
杉浦は、マーチンの所属事務所から手切れ金が出ると言った
「二人の問題に何で第三者が出てくるのですか?その話、お断りします」
電話を切った後は頭が真っ白になっていた。すぐにマーチンに電話をかけたが留守番電話に繋がってしまう
その夜は不安のまま、空にピッタリと くっつき朝を迎えた
朝早く目が覚め、昨晩の杉浦の言葉を思いだし、近くのコンビニへと走った
寝ている空を置いて家を開けるのは初めてだった。だが、マーチンとの、これからの人生が決められてしまうかもしれないという不安で なぎの胸は痛く苦しく必死だった
コンビニに並んでいる 全ての週刊誌を手に取りレジに向かった
家に帰り、まだ寝ている空の姿を見てホッとして 買ったばかりの雑誌を机に広げた
「なに…これ」
思わず息をのんだ…
『スクープ!あの人気グループのボーカルはレズ?』
雑誌の内容は 面白可笑しく書かれていた
ある雑誌にはマーチンと空と三人で近くのスーパーへ買い物をしている所だろうか、なぎと空の目には黒い棒が入ってあり『交際相手のAさん』と『その子供』と書かれていた
他の雑誌にも目を通したが どれも同じ様な内容だった
マーチンの事が心配になり、携帯電話を手にしたが ダイアルを押す事が出来なかった
投げ捨てた雑誌の開いたページにはファンへのインタビューの様子が写真と一緒に載っていた
写真は足元だけだったが『ショックでした』や『ファン辞めます』と 文字が刻まれていた
なぎは悔しくて、雑誌を引き裂いた
「何で?何が駄目なわけ?」
本当に悔しかった
「ふざけんな!」
その声に隣の部屋で寝ていた空が泣いた
なぎは すぐに空の元へと行き、泣いている空を抱き締めた
「ごめんね…しっかりしなくちゃね、ごめん…」
…とにかく、マーチンから連絡くるまで待っていよう
空の顔を見たら、冷静になれた自分がいた
―ピンポーン
玄関のチャイムが鳴り、モニターで誰なのか確認した
小さい画面では よく分からないが、そこに女性が映っていた
‘通話’を押し、女と繋がるが否や 女は一方的に喋り出した
『○テレビです。今日の週刊誌は見られましたか?真相はどうなんでしょうか。お子様は今何歳になられるんでしょう?お話伺えませんか?』
…うわっ、何?
驚いて何も答えずに 直ぐに切ったが、またチャイムが鳴った
何度も何度も家の中にチャイムの音が鳴り響き、さすがに空も泣き出してしまった
読んで下さった方 ありがとうございます🙇
そしてレスを下さった方々、本当にありがとうございます🙇
私情ではありますが、多忙が重なり ここに来る事が出来ませんでした。
少しづつではありますが、今まで通り最後まで頑張りたいと思っております。ご迷惑おかけしました事をここでお詫び申し上げます🙇
「工藤さん居る?」
睨み付けるような目に ゾッとした
「いません…」
「それならアンタに言っておけばいいかね?」
それは、苦情や退去の要請がマンション住人から出ているとの内容だった
「まぁ、あくまでも他の住人の方々からの声を伝えたまでなんですわ。工藤さんは、えらい有名らしいし中には静かに暮らしたい人もいるっていう事なんですがねぇ」
うつ向く私に管理人は続けた
「雑誌の相手っちゅうのはアンタなんだろ?」
ニヤニヤする管理人に私は 殴ってやりたい気持ちだったが、「考えておきます」とだけ言い扉を一方的に閉めた
扉を閉めた手は震えていた
…マーチン帰ってきてよ、私壊そうだよ
それから1週間経ったころ、マーチンから電話がきた
夜中の2時だった
「なぎ…ごめん」
マーチンは何度も何度も同じ言葉を繰り返す
言われる度に、何故マーチンが謝るのかを理解してしまった
「マーチン…この電話で最後にしようと思ってるんだね」
マーチンは また「ごめん」と言う
もう、どうする事も二人で進む事も出来ないんだ
確信した瞬間、私は気持ちとは逆に「さようなら」と言ってしまった
マーチンは泣いていたんだと思う
あの時、私が嫌と言っていたら 横にいてくれましたか?
あれから5年が経ちました
テレビで貴方の元気な姿を見る事が出来ています
正直辛いです
空は元気です…私も…
空は幼稚園に元気に通っています。本当に大きくなりました。
報告ですが家族が二人増えました。
新しい命と、貴方の よく知っている人です。
雅に買ったピアスは ‘お守り’の役目を果たしてくれた様です
どうか貴方も幸せになって下さい
[完]
蝶さん初めまして🌱更新されたと思ったら完結だったのでびっくりしました😲
これは、実話だったのですね。マーチが誰なのか気になってしまいます。その後タケシさんと結婚かれたんですね😃今が幸せでありますように…完結お疲れ様です💐🎉
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