ドアーズを聞いた日々

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2025/10/22 13:26(更新日時)

お話を書きたくてミクルにいます。また性懲りもなくお話を書きます

令和の私が短大2年の時代の私にタイムスリップしたら

25/10/06 01:23 追記
だいたいの構想はあるけどお話は行き当たりばったりです。

25/10/06 01:23 追記
画像はイメージ画像で拾い画です

No.4373989 (スレ作成日時)

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No.1

夏が来る前に中身が令和の自分が短大2年の私の中身としてはいる

とりあえず私は名前を加代子という名前にしよう

名字は斎藤という名字にするか

No.2

短大2年になった春ごろからやはり令和の私が中身になったら

という事でまあ〜しょうもない下手なお話を書きます

No.3

実際の私が短大2年だった時よりも英語力は進歩してるとは思う

特に会話に関してだと平成時代と令和時代で話す事の経験は増えた

No.4

実際の短大2年に経験した事や交流のあった人々との事をベースにして中身が令和の私ならこういう風な思考でこういう風に行動するのかなぁ

なんて考えて書いてみよう

No.5

令和の私は結婚して子育ての経験があり毎日の家事を欠かさない

料理は食材を買って一から料理をする

親から沢山沢山怒られた経験があるから

怒られないようにするための注意点を考えて行動する

No.6

短大2年の春の1日

思い出の銀座スイングでのジャズのライブ

カウンターに座ってジャズのライブを聞いていた

本多俊之アンドバーニングウェイブ

本多俊之がサックス

当時はまだ小学生だった奥平慎吾がドラム

その他にギターだかベースだか小川ひろしというお兄さんがメンバーにいた

No.7

あの頃私はラジオを聞いて本多俊之アンドバーニングウェイブの曲を好きになり是非ライブハウスで聴きたいと思った

No.8

カウンターには芸大の先生が友達と来ていた

芸大の先生が本多俊之さんを演奏の休み時間に呼んでくれたので本多俊之さんとお話する事ができた

本多俊之さんのバンドの奥平慎吾さんはまだ小学生で家庭教師を探してると演奏のMCで本多俊之さんが話していた

私は家庭教師少し興味あると言ったら奥平慎吾さんのお父様と話して見たらと本多俊之さんが言っていた

No.9

演奏を最後まで聞く事は叶わず門限があるから9時には店を出て帰宅した

その後本多俊之アンドバーニングウェイブの演奏は新宿や渋谷や六本木のジャズのライブハウスや一般のライブハウスで聞いた

No.10

もちろん奥平慎吾さんに家庭教師をやりたいだなんて申し出はしませんでした

No.11

奥平慎吾さんはその頃アルバムを出していた

レコードのアルバム

勿論買いました

あの当時の奥平慎吾さんは小学生だったけれどドラムに関して言えば一流のドラマーでとても素晴らしく

レコードのアルバムもジャズの名曲揃いでした

No.12

アルバム収録曲がとても渋くてジャズの名曲揃いで素晴らしかった

レコードのアルバムを出した頃は奥平氏は小学生でしたけど

ドラムの腕とプロ意識はベテランジャズメンのようでした

No.13

短大の2年の頃は前半は幸先の良いスタートだった

No.14

幸先の良いスタートだった短大2年

夏休みに入ったばかりの7月には1年と2年の6人でサークル合宿で箱根湯本の民宿のようなところに一泊した

その当時は私はサークルのチーフでした

沢山の人数が1年と2年でいたのですが

候補の行き先や宿を紹介したら

1年生の猛烈部員の面々からブーイングされました

No.15

父が会社で契約している宿を紹介してくれた

そこに決めて新宿発箱根湯本行きのロマンスカーの座席の切符を出席者にあらかじめ送付した

1年生は穏やかで控えめな女の子ふたりでブーイングメンバーは参加ゼロでした

2年生の参加は私と親友ののぶちゃんと

派手派手なお嬢様のリンダさんと美香さんの

全員合わせて6人でした

No.16

7月は穏やかな日々。箱根湯本でのささやかな宿での少人数の合宿はとても良い雰囲気で終わった

1年前の私が短大1年の時の長瀞での合宿は大変だった

No.17

長瀞での合宿はよく合宿に利用されるような民宿だったのです

我々メンバーはとても良かったし楽しい女性の先輩と我々でかなりの人数だった

No.18

リアルでの短大1年の時の長瀞合宿が強烈だったので書く事にします

夜も更けて雷が鳴って大雨

停電で電気が消えた

我々は当時は1年生で2年生のチーフ、たん子先輩についてトイレに行った

No.19

短大1年の時のサークルの長瀞合宿で優しい先輩の皆さんと同じ1年生の仲間で民宿に泊まったのだが夜遅く雷が鳴って大雨が降った

そして停電した

チーフのたん子先輩が懐中電灯を持って我々1年生が3人、たん子先輩と一緒にトイレへ行った時の事だった

No.20

我々一行は和室のひと部屋で全員一緒で雑魚寝

よそのグループのひと達は別の部屋に泊まっていた

部屋の前が手を洗ったり歯磨きしたり顔を洗う為の流しがあって部屋の前から廊下で部屋を出て右方向に進むとトイレがあった

No.21

我々がたん子先輩と一緒にトイレに行く時によそのグループの女の子が泥酔して

ヨロヨロヨロヨロとよろめきながらすみませんと言って先を歩いていた

No.22

トイレは個室が3つあって3つのうちの真ん中にさっきのヨロヨロとよろめきながら歩いていたよそのグループの女の子がはいっていた

チーフのたん子先輩と我々は並んで順番待ちをしていたのだ

No.23

するとたん子先輩が他所のグループの女の子が入ってる個室の外からノックをして

すみません、すみません、と声をかけていた

たん子先輩はドアの下の隙間を懐中電灯で照らしていた

No.24

すると不吉な溶岩のような汚い物体がドアの下の隙間から個室の外へと流れ出てるではありませんか 😨😨😨😰😰😰😫😫😫😫😫😵😫😵😩😩😩😵😵‍💫🤢🤮

No.25

私は何が起こったのかわかった

😰😨😫うわあっ!!!!!


順番が来て通常の短時間トイレを汚染されてないところで済ませて我々は部屋に戻った

No.26

蚊とり線香を自宅から持参したので蚊とり線香をつけた

みんなで布団を並べて寝た

No.27

部屋を出てすぐが廊下で手を洗ったり顔を洗う為の流しがある

さっきトイレで溶岩を撒き散らしてトイレを汚染させたよそのグループの女の子らしきひとがそこの流しでおえ~おえ~っとうなりえづいていた

No.28

私は嘔吐恐怖症だ。うわあっ!!!とおもって凄くショックを受けた🤮🤢😵‍💫😵😩😰😨😫😨😨😫😨😰

No.29

ようするに酒盛りして飲み過ぎてゴジラに変身しちゃったのだ

酒を飲んで吐くやつはゴジラ

No.30

夜中に何度も何度も聞こえて来てかなり嫌な思いをしながら我慢した🤢🤮😵‍💫😵😩😫😨😰😰😨😫😩😵😩😫😨😰

No.31

長瀞合宿民宿ゴジラ溶岩大事件😰😨😫😩😫😨😰

No.32

翌朝朝食を食べて民宿を出て先輩やみんなと電車に乗って帰った

我々の仲間の1年生の女の子が言ってた

彼女は泥酔したよそのグループの女の子の介抱をしたそうだ

No.33

1年生の親切な女の子が泥酔者が洗面器にうえっとしたのを流してあげたらしい

No.34

よく介抱できるな〜と感心した

私なんて令和の時代の私になっても無理だ

No.35

泥酔してゴジラになった女の子が流れ出た溶岩で汚したトイレを ゴジラと同じグループの女の子がふたりぐらいで掃除していた

No.36

帰る頃になってゴジラは少し回復して私のグループの親切な女の子にお礼を言ったらしい

No.37

私に取ってはあのゴジラが嫌な思い出だったがサークルの先輩の皆さんも同学年の皆さんもみんな好き

No.38

私は恐怖症持ちだからゴジラになるまで酒を飲んだ事なんてない

No.39

短大2年の夏休みの前半は田園調布の田園コロシアムでチックコリアとハービーハンコックのピアノデュオコンサートがあった

心に残る素晴らしい思い出だった

No.40

短大2年の頃は同じ学校でクセのあるタイプの人とは上手く行ってなかった

いかなければ良かったと後悔してるのが短大のクラスコンパ

お酒が好きなわけでもなくて女だけの短大のクラスの人との飲み会は別に楽しくもなんともない

No.41

クラスコンパはお金と時間の無駄だった

短大1年の時の最初のクラスコンパだけは楽しかったけどそれ以降はクラスの女の子だけで酒盛りをする意味も意義もなく楽しさなんてまるでない

No.42

正直言って飲み会は他の大学の男子学生グループとのほうが何倍も楽しい

同じ短大のクラスの女子学生だけで飲んでも面白くもなんともない

No.43

勿論三段原恥真希みたいに常日頃よその男ばかりの落研にでも入ってれば年がら年中落研のオタクっぽい男といつも放課後は一緒

No.44

短大2年の時にできた彼 お互いに新宿三丁目のロックの発信地の常連だったから

No.45

デートはレコードをかけるタイプのジャズ珈琲店によく出かけた

ディスコとかはなかった

海に出かけた

上司の車を休みに借りて郊外へドライブに行った

No.46

親と揉め事を起こさない事が一番

そういう意味では短大1年の時にお付き合いしていた彼のほうが印象は断然良い

No.47

🍁🍁🍁お知らせ🍁🍁🍁

最初は物語形式で書くつもりだったけど

やはりエッセイ形式で書く事に致します

No.48

新宿三丁目のハードロックの発信地でロック談義をするようになった

レコードをかけるジャズ珈琲店で珈琲をのみながらのデートが主流だった

No.49

読書、されど読書。短大2年の夏休みに知り合った当時の彼は太宰治がとにかく好き

生い立ちがそうさせるのか私にもこの作品は読んかこの作品は読んだか面接官のように質問が続く

当時の彼は文系。何学部かは聞いていないが文系にどっぷりと浸かったような男である

No.50

また短大の英文科と聞かれたので応えると英語での会話になり向こうが私がどの程度話せるのか英語面接形式で探った

No.51

現在の令和時代の私が短大の2年でこういうタイプの男性と知り合ったとしたら

令和時代の私は英語に関してはその頃よりかなり進歩したし

話すほうはツアーではない個人旅行のひとり旅をこなせる程度にはなってる

政治や経済の話もそこそこ可能だし環境問題の話もそこそこ可能ではある

No.52

もっと会話についても読む分野でも英語力は磨きたい

No.53

読書についてだけど短大2年当時の彼は純文学に固執している

そちらの分野で質問された作品を読んでないと教養がないみたいに言われる

No.54

令和の時代の私が当時の私の中身ならば

(あんたにそんな事を言われたくない)

そう思うが相手はモラハラさんだから言わないよ

No.55

短大2年の時の私と令和の時代の私

時がたてば考え方や思考や感じ方も変わる

No.56

一応慶應義塾大学は出ているのだけれども留年に留年を重ねた末に大学には七年いたそうだ

七年あったら大学院に行けたのに

留年というのは金の無駄と時間の無駄

留年なんてしないほうが良い

本人様には口が裂けてもこんな本音は言いません

No.57

知り合ったばかりの時は学生だと嘘をついていた

令和の時代の私が思う事

ろくでもない嘘

No.58

後日社会人だと自分で言った

それから、こちらが年齢を聞かなかったら件の元彼さんはなぜ年を聞かない?

と言った

No.59

それに対しては私の親のしつけだとか育った家の家風などが影響してるとは答えた

初対面からプライベートな事を根掘り葉掘り聞くのははしたないというような親の教えや育ちかたが影響してる

No.60

令和時代の私は思う。年を聞かないから何? 自分から言いなよ

団塊の世代

私はその人よりひと回り年下

No.61

年齢については後日聞いたら教えてくれてひと回り上だと知った。

しかし私に対してなぜ年を聞いてこないなどと思うなら自分から年を言うのが普通でしょ

No.62

私は初対面から根掘り葉掘りプライベートな事を聞かない

それがマナーだと私は思う

両親やうちの両親のまわりに集まる人達と接して来てそういうのが習慣になって来た

No.63

それで教養に関してだとか私の英語力で英文科のくせに大して話せないんだな

と言われた事に関して令和時代の私が思った率直な感想もある

No.64

当時の元彼さんの出身大学についてだけど

郷ひろみの最初の奥様になった方と同じ出身大学である

学部は聞いてなかったけど文系

No.65

だけど落ちがあって留年に留年を重ねて七年大学にいた

そのせいか職場がかなりの零細企業

職種は営業マン

給料はあの当時の手取りで13万円

No.66

あのさ、人の事を教養云々だの純文学はそれ程読んでない事をディスったりするならさ 

留年なんてしないでさ大学は4年で出て

もっと勉強したいなら大学院へ行けば?

No.67

私は質素な短大だけどさ

私の父はホニャララ大学だよ

ホニャララ大学だけど 嫌味になるから言わないよ

しかも大学院出てるし理系だし工学部だよ

No.68

それでうちの父は大学で勉強した分野を生かしてホニャララ会社で働いていたンだよ

ほんとに嫌味になるから詳細は言わない書かない

No.69

短大2年の時の元彼さんさあ、確かに出身大学は高学歴だよ

でもせっかくなら高学歴を最大限生かしたよ?

人の英語力を面接官みたいに探って大して話せないんだな、などと言うなんて

学歴活かせば大企業に入れたでしょ

No.70

うちの父がホニャララ大学出てるとは私は言わなかったと思う

母は短大出てる

No.71

恐らく令和の自分が当時の私の中身になったとしても言わないほうがいい事は言わないよ

No.72

英語力に関しても確かに今の令和時代の私ならツアーを使わない個人旅行のひとり旅ができるくらいの英語力はあるけど

大して話せないふりをしたほうが良いとは思う

あちらさんは大して話せないんだな

のように軽く威張りたいお方様だから威張らせて上げて花を持たせてあげるほうが得策かもね

No.73

文系の男の人はちょっと

父も理系で弟達も理系で旦那も理系

No.74

いいのいいの。ああいう人には威張らせて上げて花を持たせてあげるほうが円満だから

私は大して英語を話せないふりをしたほうが正解なの

No.75

音楽の話。あの当時の私はその元彼さんの事を音楽に関しても詳しいなあ凄いなあと数段上に見ていた

だからその元彼さんの言う事は説得力あると思っていた

No.76

確かにロックに関して沢山知っていて知識があって凄い

もし令和の私が当時の私の中身だったとしても音楽の知識だとかプロで音楽をやってる人との交流は言わないで置こう

相手に花を持たせたほうが円満

No.77

音楽の話になって私がベンチャーズのコンサートに数回出かけたりした事に関してはお気に召さなかったみたいだ

後日ベンチャーズに関しては卒業しなさいと言われた

No.78

チックコリアやハービーハンコックのコンサートに行った事や本多俊之とバーニングウェイブのジャズライブを聞きに行った事もお気に召さないご様子だった

おそらくあの当時は若い女の子だった私がジャズを好んでジャズライブなんかを聞きに行くのは生意気な印象を与えたかもしれない

No.79

あの時代、若い女の子が聞く定番は歌謡曲だしあの時代なら当時の私の年齢の女の子が聞いていた一般的なのは

竹内まりあ、山下哲郎、チューブ、八神純子、松任谷由実、山口百恵、キャンディーズ、ピンクレディー

No.80

ジャズが好きだとかジャズのライブに行っただとか話すと確かに生意気な印象は与えたかもしれない

No.81

お付き合いしていた頃にエレキのベースギターを前に何か弾いてみろと言われた

それでベンチャーズのワイプアウトの主旋律を弾いたのだが

お気に召さなかったご様子でしらーっとしていた

No.82

では現在の自分なら何か弾いてみろといわれたらクリームのサンシャインラブのイントロ?リフ?

ジェフベックの青き風とか

ディープパープルのスモークオンザウォーターのイントロだとか

No.83

現在の私はアコースティックギターが家にあったら毎日弾くだろうし

思い浮かぶのはクリーム

ヤードバーズやクリームだとかを中心に弾く


当時の私は家にいる時にはアコースティックギターでベンチャーズの曲を弾いていた

今の私ならヤードバーズが好きでエリッククラプトンが好きでクリームが好き

No.84

それからピアノ

妹さんの家に行った時にピアノを前に何か弾いてみろ

私はビートルズナンバーの定番曲を少しだけ

No.85

じゃあ〜現在の私が中身だったら何を弾くかしら

ポールマッカートニーアンドウィングスの死ぬのは奴らだのテーマだとか

No.86

ピアノに関してもその元彼さんはしらーっとしていた

No.87

その当時の元彼さんをテーマにしたのは突っ込みところが満載だから

私がどの程度英語が話せるか 先に元彼さんが英語を話して私に英語で答えさせて私の英語力を探った

No.88

令和時代の私が鋭く突っ込みする

🍁🍁🍁おいおい、この男のニューヨーク赴任でも決まっていて私を連れて行くとかの理由があるならわかるけれど

この時のこの男には海外勤務の予定だなんて皆無だろう

それにこの時のこの男の英語は決して流暢とは言えなかった

No.89

すぐに当時の元彼さんは私がどの程度教養があるのか、だとか私がどの程度英語力があるのかを探り

ギターやピアノもなんか弾いてみろ

だからね

No.90

この時のこの男は教養のある女性を求めていたのだと思う

しかし教養があったとしてもこの男より格下でなければならない

No.91

飲んだくれてあの男の母親に暴力を振るうアルコール依存症で暴力癖のある父親

そして貧乏な家

No.92

そういう生い立ちで本人も零細企業の勤務だからなのか

ようするにマウントを取って威張って人を格下扱いをする

No.93

教養のある女性で思いつくのは皇后様

皇后様はお母様が元エールフランスの客室乗務員でフランス語が堪能だそうだ

No.94

当時の元彼は努力であの大学に入って留年したけどあの大学を出た

あの大学とは郷ひろみの最初の奥様と娘さんふたりも通っていた私立の名門

No.95

だからあの当時の彼は付き合う女性に教養を求めた

だけど同時にあの男よりも格下でなければならない

No.96

名門大学を出て零細企業という理由は

留年沢山して七年かかって卒業したからなのかしらね

No.97

英文科のくせに大して話せないんだな

その通りで御座います

それに対してはそうですねとしか言えないよ

No.98

ではエッセイ内でのショートストーリー

📗短大2年の夏の1日

自宅からエスケープして新宿三丁目のロック発信地のお店に来ています

短大2年の夏の私。中身は令和時代の私

飲み物を注文していると近くの席にいた男性が話しかけて来てロックに関する話しとかから始まり

仕事の話しもその男性がしていた

No.99

かなり大きい音でロックが鳴り響いてるロックの発信地

ゆっくり食事ができる食べ物屋さんでお食事をしようという事で新宿の街を歩いた

No.100

エッセイの中のショートストーリーです

お食事をしてから静かに会話できるカフェのカウンターに並んで話すとします

公園の風景がカウンターの窓から見えるそんなカフェをイメージしました

No.101

そうだね。そういう静かな公園に隣接したカウンターのあるカフェなら静かに珈琲をのみながらのお話ができる

No.102

元彼さんから先に英語で話す

私立の名門出てるから英語力はそれなりにあるけど話すとカタコト

私に対してあの当時 英文科のくせに大して話せないンだな、などと威張って言うわりには話すとカタコト

本人がサマーセットモームの小説を原書の英語で書かれたものを読んだと言って

俺は凄いぞアピールしていたから

英語力は読むほうはそれなりにあるのかな

No.103

いいのいいの。威張りたい男性には威張らせてあげて花を持たせてあげたほうが穏やかでいてくれるから

こういう人には花を持たせたほうがトラブルを回避できるの

No.104

この元彼さんは暴力を振るう傾向がある

私はいつも一歩下がってこの元彼さんを立てていたし私は控えめにしていたから

殴られる事はなかった

No.105

中身が令和時代の私だったら臨機応変に英語で色んな話題で話せるけど

でも英文科のくせに大して話せないじゃないか

と言われるように下手くそなカタコトで話したほうがトラブルにならない

No.106

さて、その元彼さんが親と住んでる家に招待されました

元彼さんがエレキベースを持って来て

何か弾いてみろ

No.107

あの当時の私は ベンチャーズのワイプアウトのメロディーを弾いた

その元彼さんはしらー

お気に召さなかったみたいだ

何も弾けなくて弦を触るだけを期待していたのかな?

何も弾けないんだな、とでも言う予定だったのかな?

しらーの真意は?

謎だ。

No.108

私がベンチャーズの曲のメロディーを弾いたのがよほどお気に召さなかったみたいだ

No.109

ではでは中身が令和時代の私なら何か弾いてみろといわれたら何を弾くだろうか

やはりすぐに頭に浮かぶのがサンシャインラブ、クリームの有名な曲

そしてディープパープルのスモークオンザウォーターの最初の有名なイントロ

No.110

少し考えて頭に浮かぶのがジェフベック

悲しみの恋人達

主旋律を少しなら弾くだけだ

No.111

それからジェフベックの青き風、だとかフリーウェイジャム、シーズアウーマン

No.112

イーグルスのホテルカリフォルニアの最初のところ

No.113

本当はアコースティックギターでサイモンとガーファンクルのサウンドオブサイレンスを弾き語りできたら

No.114

令和時代の私。ずうっと前からギターに関してはジョーパスのギターがとても好き

ジョーパスはジャズのギターでとてもステキなの

No.115

ずうっと若い時からジャズは好きだった

10代の中学生の頃にクラスの女友達がジャニーズジュニアにキャーキャー言って大騒ぎしていた頃から

私はラジオでジャズギターの特集をしてるとそれを聞きながら部屋の照明を落として雰囲気を楽しんでいた

No.116

まあ〜ベンチャーズに関してはあの元彼さんはちょっと馬鹿にしていたのかも知れない

しら〜という視線

ちょっと気になった

No.117

ご両親と住んでる家。妹さんは結婚するまではこのうちに住んで音大に通ってせっせとピアノを学んで身につけた

No.118

お兄さんである元彼さんの事は置いといて私はこの人の妹さんの事が大好き

この元彼さんつながりで妹さんとも知り合ったから縁が切れてしまい大変残念

No.119

令和時代の私。あの妹さんと違う形で知り合っていたら一生の音楽友達になれたと思う

No.120

妹さんと言っても私よりも7歳年上

女優の梶芽衣子さんのような顔立ちで全てに置いてとてもステキで魅力的な女性で女の子の憧れる女性像だった

No.121

お兄さんである元彼さんに対してはちょっとね、だけど妹さんと違う形で知り合っていたら一生の音楽友達として大切に友達付き合いをしたい人だ

No.122

妹さんの家は元彼さんが両親と住んでる家の同じ鉄道路線で電車で20分ぐらい

かなりの郊外のように思ったけど23区内

駅を出て北の方向に歩く

大通りに突き当たるとたしか左に曲がってすぐだったかな

マンションに到着した

No.123

エレベーターで7階へ

妹さんとの初対面でご挨拶した

インテリアを工夫してステキなお部屋だった

No.124

ピアノの先生をしていたそうだ

No.125

やはり元彼さんが何か弾いてみろと言った

私は定番中の定番の曲を弾いた

No.126

元彼さんはしら〜。特にコメント無し

下手くそだの大して弾けないんだな的なコメントは言われてない無言

No.127

妹さんはコードが正しいと言ってくれた

コードだとかは複雑で覚えたりしないしピアノでのコードは難解で苦手意識

No.128

元彼さんに寄る何か弾いてみろシリーズ

ピアノ編

No.129

その時の私の選曲が定番過ぎて創意工夫がなくつまんない

No.130

中途半端な定番曲を弾くよりは映画音楽やバートバカラックみたいなのがいい

令和時代の私なら選曲のイチオシはバートバカラックの曲

No.131

This Guy だとか アルフィー そして サンホセへの道

No.132

ポールマッカートニーとウィングスなら007 死ぬのは奴らだ のテーマ曲

No.133

妹さんは色んな曲を聴かせてくれて

特に ジャニスジョップリンの曲を演奏し聴かせてくれた

No.134

妹さんは私より7歳年上で 話がわかるステキな憧れる人

No.135

近ければピアノ習いたいな

あの当時はそうおもっても無理だった

No.136

妹さんとはお洋服の趣味だとかインテリア雑貨だのエスニック雑貨の趣味も一緒で音楽に関してもとても趣味が合う

理想の憧れる女性

No.137

妹さんの家のピアノで元彼さんがエリッククラプトンのレイラという曲のエンディングのピアノの部分がとても良いと話していた

その時私の記憶はあいまいだけどその部分を妹さんが演奏したような。

No.138

妹さんの家に最初に出かけたのは午後のティータイムの時間帯だった

あの元彼さんとの付き合い自体は散々で踏んだり蹴ったりな残念な出来事だったけど

ピアノの先生をしている妹さんにお会いできた事は素晴らしい収穫だった

No.139

元彼さんは派手なイメージではない

第一印象は明治天皇のやしゃごの竹田さんのような知的なスマートな印象

竹田さんは中々ステキな方だと思う

No.140

それで眼鏡を外すと若い頃の谷隼人に顔立ちは似ていた

No.141

細身で筋肉質でステキだった

あの当時の私は彼ができた事で嬉しくて幸せだった

No.142

デートのエピソード 海〜三浦海岸

朝の待ち合わせ。電車でのお出かけ

電車を乗り継いで三浦海岸へ

駅からは少し歩いた

No.143

特にきれいな海というわけでもない

私が大人でも大丈夫な浮き輪をレンタルして元彼さんが泳いで私を沖の方まで引っ張って行った

浮き輪を使っていたけどバタバタ足を動かしてすごい運動量

No.144

元彼さんとの海水浴デートの為に黒の無地のビキニを買った

前の年のビキニはトロピカル柄だけどそれ程気に入ってはいなかった

黒のビキニは渋谷の交差点から近い店で買った

No.145

黒い無地のビキニは気に入った。前年に買ったトロピカル柄のビキニは妥協して買った事もありもう着なくなった

No.146

互いに背中や肩などにサンオイルを塗って海水浴は一緒にした。浮き輪無しだと元彼さんのレベルについていけないだろうから私だけ浮き輪あり

浮き輪快適。

No.147

頼まれていた自家製手作りのミックスサンドイッチと飲み物を水泳用の簡素なバッグにいれて砂浜で食べた

おそらくおしぼりの濡れタオルも持参したかも

No.148

あの時代ってペットボトルがまだ普及してはいなかったかも


No.149

今の時代なら真夏の砂浜に手作りの自家製サンドイッチを持参するのならば

当然のように2リットルのペットボトルに水をいれて凍らせて保冷剤の代わりにするし保冷バッグにサンドイッチを入れる

No.150

サンドイッチのお供は麦茶がさっぱりしている。水出しではなく一旦沸騰させたのを冷まして2リットルのペットボトルにいれて凍らせて持参

No.151

午後も泳いで男性女性に別れてシャワーを浴びてきがえて

歩いて駅へ

No.152

三浦海岸のお店であさりだったかホタテだったかを食べた

電車に乗って乗り換えして新宿駅へ

新宿東口から歩いて5分ぐらいのところにある高野でカレーを食べた

No.153

ペアルックエピソード〜車のショールームで販売しているお揃いのTシャツ

元彼さんが水色で私が黄色

ボトムスは元彼さんがジーパンで私がデニムのスカート

No.154

一緒に音楽を聞いたのは課長さんに借りた車でのドライブ

当時の流行りの曲を色々と聞いた

No.155

お付き合いしていた時期に同時に同じアルバムを買ったエピソード

その頃出ていた百恵ちゃんのレコードのアルバムを私も元彼さんも偶然買っていた

No.156

ロイヤルストレートフラッシュ

沢田研二のアルバム

当時はレコードでのアルバム

元彼さんが買った

私もいいなとおもった

No.157

課長さんに借りた車でドライブした時にラジオでかかっていた曲

関白宣言。あの当時はとても良い歌だとおもった

No.158

ナックのマイシャローナ

この曲で思い出すのが元彼さんとのドライブ

No.159

スーパートランプのグッバイストレンジャー

ドライブに合ってる曲で好きな曲だった

No.160

ラジオからは他にも当時の流行の歌が流れていたけど全部は覚えてはいない

No.161

課長さんの車を借りてドライブデートのエピソード

新宿にほど近いところから車に乗った

中央高速を走って富士五湖方面に

No.162

運転のテクニックを見せびらかすような運転

ヤバい、ヤバい、追突する、と戦々恐々としていると

ヒュイっとハンドルを切って隣の車線へ

No.163

運転のテクニックを見せつけるようなスリリングな運転

だけど安全運転のほうがずうっとポイントは高い

No.164

季節は夏が過ぎて初秋になっていた

よく晴れた日だった

河口湖ではボートに乗った

お昼を食べたとは思うけど何を食べたかまでは覚えていない

No.165

帰りに富士急ハイランドに乗った

とても嫌だけど渋々ジェットコースターに付き合いで乗った

No.166

時々こういう男の人っている

やたらにジェットコースターとかに乗りたがる男

ジェットコースターに乗れる俺は若くて強い男だアピール?

私は嫌なんだけどね

ジェットコースターが楽しいだなんておもえない

No.167

この当時のジェットコースターはまだ宙返りしないタイプのものだからまだ良かった

宙返りするタイプのだと絶対に嫌だ

No.168

ジェットコースターに渋々乗って不快な動きに全力で耐えた

No.169

🍁🍁🍁さて、令和時代の私が中身なら乗らない。

乗らないと言えば元彼さんが怒って機嫌が悪くなる

No.170

🍁🍁🍁機嫌が悪くなった元彼さんとずうっと一緒はつらいから富士急ハイランド駅から私だけ電車で帰るしかない

機嫌の悪いモラハラ男とふたりだけはさすがに怖いからね

No.171

🍂🍂🍂このスレのお話は当時の私が恋愛で幸せでしたという内容とは真逆です

No.172

あの当時の私は嫌でも渋々でもジェットコースターに乗って良かった

ジェットコースター自体は嫌いで楽しめないけど

モラハラ傾向にある元彼さんを怒らせて機嫌を損ねた状態の元彼さんとふたりきりは恐ろしいからね

No.173

余談。ジェットコースターに乗ってわかさをアピールする男達

◆このスレのテーマにしている元彼さん以外にもいた

ジェットコースターだの絶叫マシンだの私は好きではない

はるか昔 幼稚園に通っていた頃の幼かった私は向ヶ丘遊園地のジェットコースターに乗りたいと言った

その時代のジェットコースターは昔だからそんなに過激なやつではなかった

No.174

男性がジェットコースターに乗りたがるのは若さのアピールと強さのアピールにしか見えなくて

バカみたい

No.175

余談になるが、後にキャセイ航空の成田行きで隣の座席になった香港在住のインド人のおじさんと東京ディズニーランド観光に出かけた事がある

ディズニーランドが開園して話題になっていた頃だ

おじさんなのにスペースマウンテンに乗りたがって若さアピールしてバカみたいだとおもった

私は話しの種にお供して乗ったが

スペースマウンテン特に面白いとはおもえない

世の中の人には人気があるようだが

私はスペースマウンテンに乗って特に感動もなかった

No.176

さらに余談になるが

随分昔に長身のホテルマンとゲンティンに行った時にホテルマンと別行動した

ホテルマンが大喜びでジェットコースターに乗って若さアピール強さアピールして大喜びしていた

なんかジェットコースターに乗ってアピールしてバカみたいだわ〜とおもった

No.177

ちなみに女性がジェットコースターに乗ったら勇敢な人だな、とプラスのイメージ

No.178

私と行動を共にした男性がジェットコースターに乗ると若さアピールでバカみたい

No.179

ドライブ自体は楽しかった

河口湖のお土産屋で元彼さんは課長に渡すお土産を買っていた

No.180

あの話が出るまではそれなりに楽しかった

あの話が出て巻き込まれて悪夢の始まりだった

No.181

悪夢の始まりはあの男がアパートを借りる事になってからだ

No.182

あの男が勝手にアパート借りてこちらを巻き込まず本人がこちらに一切の迷惑をかけなければ本人の自由だし本人の自己責任だしこっちには一切の関係はない

No.183

呼び方も元彼さんからあの男に変えた

別に家賃をあの男が払って家具もあの男が払って掃除もあの男がして私は関与しなくても良いなら実害はない

No.184

あの男は両親と住んでるからアパート借りても住まないよとは言ってた

アパート借りようと思うんだといわれた時に

厄介ごとに巻き込まれたくないと心底おもった

No.185

まず不動産屋の外から物件情報をメモして教えてくれといわれた

これだけで済むならまだ実害はない

一応言われた通りにした

No.186

アパートはあの男が勝手に契約していて

休みの日にあの男の職場の親友の青木さん(仮名)が手伝いに来ていた

私も呼ばれた

No.187

あの男から頼まれたものを買いに出かけた

中々見つからなくて戻るのが遅いと怒られた

No.188

青木さん(仮名)が来てくれたときは青木さんがいてくれて良かった

買って来た飲み物で青木さんも含めて3人で乾杯した

No.189

アパートは渋谷区

具体的な地名は控えよう

こういう掲示板だから余り具体的な地名は書かないほうが良い

No.190

本当の悪夢の始まりはあの男から頼まれて家具店に行って家具を買う事から始まった

連絡先に嘘を書くわけには行かないので

私が親と住んでる家の連絡先を書いた

No.191

ベッドが搬入される日は早く家を出たのだが

私がアパートに到着する前に業者がアパートに到着して

うちの母に連絡が行ったそうだった

No.192

公衆電話から家具店に電話してその事を知った私は絶対絶命で妹さんのマンションへと向かった

No.193

電車に乗って最寄り駅で降りて

妹さんのマンションの建物に到着したら

妹さんとお母様にばったり出くわした

わけを話したら

お母様と妹さんは私を家に招きいれた

No.194

妹さんの家からあの男の会社に電話をかけた

あの男がどうしてお前がそこにいるんだと聞いたので

私はだって家に帰れないのと答えた

No.195

妹さんもお母様も親切で私を庇ってくれて優しくしてくれた

No.196

妹さんの事もお母様の事も大好きだった

お二人にはとても良い印象を持ってる

妹さんが手作りのお食事を勧めてくれた

お言葉に甘えてご馳走になった

No.197

お料理が上手で美しく親切で魅力的な妹さんと控えめで優しく聡明なお母様


一方でうちの母はヒステリックで怒りっぽくて怖い怖い怖い母

No.198

その日は家に帰って両親からボコボコに殴られ暴言を沢山吐かれた

No.199

家を出ようとおもったのは

怒ってばかりの親なんかといるよりは

尊敬する妹さんや聡明なお母様とこれからもご一緒したいとおもったから

No.200

あの男のお母様は日本女性のかがみのような聡明なお母様

控えめで優しく逆境に耐えて来た立派なお母様

うちの母よりもお母様が好きだった

うちの母は怒りっぽくてヒステリックで弟と私を差別するし親ガチャにハズレだったが

お母様は逆境に耐えて我慢強く優しく控えめで聡明な方だった

No.201

怒ってばかりの両親の管理下の元で針のむしろのような両親の家での生活

母ががっちりガードした

No.202

あの男のお父様は飲んだくれてお母様に暴力を振るうのだと聞いた

お母様は昔からあの男と妹さんを守りながら育てた

No.203

お父様にもお会いしたけど私は良い印象を持った

No.204

本気で家を出ようとおもって荷造りもしたし

出先から学校へ行こうとおもった

怒ってばかりの怖くて怖くてヒステリックで恐ろしい両親よりも

あの男のお父様やお母様や妹さんや妹さんのご主人との和やかな暮らしを夢見た

No.205

あの男についてはちょっとね、だけど

怒ってばかりの怖くて恐ろしい両親といるよりはずうっとましだった

No.206

結局は考えて考えて私が折れた

No.207

それからうちの母は事あるごとに私をとことんまでいじめるようになった

心理的な虐待を日常的にするようになった

No.208

あの男といるほうが恐ろしい両親といるよりもずうっとましだとおもったが結局は両親に虐待される道を選んだ

No.209

じゃあ家を本当に出ちゃってたらどうなったのかなとおもった

No.210

その事を機にその後何十年も虐待がつづいた

No.211

親による何十年もの壮絶な虐待がつづいた事を考えるとそのような形で家を出るという選択肢も有っても良いかと思う

No.212

壮絶な親からの虐待。私は親に屈伏する道を選んだからその後の壮絶な虐待を耐えて耐えて耐えてやり過ごした

No.213

父は正論で長々長々長々と3時間の説教を頻繁にした

正直なところ親から見てお気に召さない出来損ないの娘だから怒りをぶつけて八つ当たりをした

No.214

元彼さんと呼んだあの男には飲んだくれて暴力振るう父親もいたのだが

両親からの虐待に比べたらあの男の父親のほうが優しい人なのかともおもった

No.215

母からの虐待についてはこれまで沢山沢山ひとりだけのスレを立てては書いて来た

うちの母は鬼姑みたいな目上のモラハラババアにはかしずいて従順な良い嫁を演じて

一番母の手伝いをして母を助けて来た私にはその後何十年も酷い壮絶な虐待を繰り返した

No.216

あの男の借りたボロアパート

四畳半ひとまで風呂無しでトイレ共同

これはお腹痛くなったら絶対絶命で地獄だ

No.217

その後の何十年にもわたる親からの虐待を思えは

あのような形で家を出てしまうのもありかもね

No.218

私からあの男にはドアーズのレコードのアルバムを貸していた

No.219

父が手紙を書いてあの男に借りた書籍を返却した

こうして親に屈伏する道を選んだから親から別れさせられた

No.220

虐待には屈伏して屈伏してひたすら耐えた

残りの学校生活も耐えた

なんとか卒業して就職もようやく決まった

No.221

その前に短大2年の時にまだ別れた後にあの男とまだゴタゴタがあった

No.222

出会ってから親に別れさせられた時期まで1ヶ月。

別れてからもまだ夏休みで家には母がいて私が外の公衆電話に行かないようにがっちり監視

No.223

8月の上旬に出会って9月の半ばあたりにお別れ

本格的なお別れの前にとある出来事があったのだ

No.224

母からの24時間管理下に置かれたのは

私が親に屈伏する道を選んでからだ

私が外の公衆電話に行かないように母から監視されていた

No.225

母からしっかり監視され管理下におかれていた期間に母から連れられクラシックコンサートに出かけた

No.226

クラシックコンサートの後で母とお昼をたべた

子供を連れた若い母親が子供の世話をしてるのを私が見てとても素晴らしい母親だねとうちの母と話した

うちの母がクラシックコンサートでの外出で穏やかにしていてくれてホッとした

No.227

翌日は近所にロイヤルホストができたのでできたばかりのロイヤルホストに母と徒歩で出かけた

No.228

私と母はボックス席へ

窓際のボックス席に私と母は腰かけた

するとカウンター席に営業での外まわりでお昼を食べに来たあの男、すなわち元彼さんがいた

あの男こと元彼さんはお昼ごはんのトレイを持って席を移動させて私と母のところに来た

No.229

親から別れさせられた後で私は親に屈伏する道を選んだあとの出来事だった

お食事を持って私と母の席へ移動してきたあの男こと元彼さんに

うちの母はお仕事がある方だから先にお昼を召し上がってくださいと言った

No.230

🔶✴️母と出かけたロイヤルホストにあの男こと元彼さんと遭遇したのは事実です。母からの管理下に置かれて私はコソコソと外の公衆電話から連絡する事は不可能でした

No.231

🔶✴️あの当時は携帯電話もスマホもネットもパソコンもなかった

コンピューターは出たばかりだけどインターネットなんて普及してなかった

No.232

✴️🔶あの時代は百恵ちゃんがまだ現役でテレビの歌番組や友和さんとの共演映画で活躍していた時代でした

No.233

ロイヤルホストの窓際の席で

元彼さんを目の前にして母は言った

きちんと話し合いをしなさいと神様からのメッセージなのね

No.234

私と元彼さんはうちの母に、真面目にきちんとしたお付き合いをしていてお互いに本当に真面目な気持ちなんだと話した

No.235

元彼さんからはプロポーズをされていてお互いに真面目な気持ちで真剣にお付き合いをしていたのは事実でした

No.236

母の管理下に置かれた初日に妹さんからうちの電話にかかって来た

私は元彼さんとの真面目なお付き合いを諦める旨を話した

母が電話を代わって母が謝った

No.237

ロイヤルホストでは静かな話し合いをした

元彼さんもお仕事があるので食べ終えて解散した

No.238

ロイヤルホストから帰った日の夜、和室で両親と私が話した

両親はすごく怒ってる

私は元彼さんの事は諦めましたと伝えた

No.239

母が元彼さんの事を魅力あるよ。なんかホニャララが強そうで、と言った

でたよ、うちの母の爆弾発言!

あの時のうちの母は46歳

所帯じみて分別くさい中年のいい年した母だけど

時々、煩悩が顔を出す

母の爆弾発言!!!

  • << 244 あーあ、父の前でこんな爆弾発言しちゃってさ。 この時のとばっちりはうちの母本人にでなくその後の人生で何度も何度もそのとばっちりが私の方へ向かった

No.240

日頃、上品ぶって教養人ぶった分別くさいうちの母ではあるが

そんな発言する母って実はスケベ

そしてこのスレを書いてる令和時代の私が当時のうちの母にツッコミ入れる


お母さん、だめだめ。お父さんの前でそんな事を言ったらだめでしょ

No.241

見た目のタイプ的には明治天皇のやしゃごの竹田さんににていて眼鏡を外すと若い頃の谷隼人に似ている

筋肉質で痩せ型

No.242

うちの母はああいうタイプの外見の男性とお手合わせ致したいのかしら

父はスルーしていたけど父の前でそういう爆弾発言はだめじゃん

No.243

明治天皇のやしゃごの竹田さんとあの男の出身大学は同じ

あの男に関してだけど学部までは知らん 

聞いてない

No.244

>> 239 母が元彼さんの事を魅力あるよ。なんかホニャララが強そうで、と言った でたよ、うちの母の爆弾発言! あの時のうちの母は46歳 … あーあ、父の前でこんな爆弾発言しちゃってさ。 この時のとばっちりはうちの母本人にでなくその後の人生で何度も何度もそのとばっちりが私の方へ向かった

No.245

うちの母は父を挑発するような爆弾発言してはいけない

No.246

学校が始まっても親の管理下で節制した生活を送った

No.247

10月の下旬になりあの男から手紙が来た

電話や手紙の返事がない場合、僕は動くと書いてあった

No.248

翌日私はあの男の会社に電話をかけた

No.249

電話していたらうちの母が出先から帰って来た

No.250

すみません、母が帰ってきましたので

と私は言って電話を切った

No.251

その日の夜に早速あの男が来た

玄関ではなく台所がある勝手口の方へ来た

No.252

父が応対していた

あの男は父に 私と少しだけふたりだけで話させて欲しいと父に懇願した

それは私が外に出てあの男と私が歩いて勝手口から出てあの男とふたりだけで話す事をあの男は望んだ

No.253

あの男とはとてもお互いが真面目な気持ちで付き合っていたしお互いに真剣な気持ちでのお付き合いだった事は確かなのではあるが

親から別れさせられて私自身も親に屈伏する道を自ら選んだ

なので別れて1ヶ月のその当時はもう親に逆らう気持ちはなくなった

親の言う通りに生きて行けば間違いがないと私はおもった

No.254

父は激怒するかと思いきや冷静におことわりの言葉を繰り返していた

私とふたりだけで話したいというあの男の懇願も父が冷静におことわりをしていた

No.255

あの男にプロポーズされ家まで来て父親にあの男は私と話したいと懇願した事

私は申し訳なく思い父が見てる前であの男に頭を下げてお詫びした

そして親の管理下で生きる道を選んだ事を告げて深く頭を下げた

No.256

父が常に冷静にお断りをしたのであの男は帰った

No.257

やらなきゃならない学校の勉強に専念して学校を卒業した

あの男が家に来てからしばらくたった後で 私があの男に貸していたドアーズのレコードが勝手口の門の外側に置いてあった

No.258

あの男とのお付き合いからお別れ、そして学業に専念して学校を卒業したところまで書いた

この件には続きがあるのだが

令和時代の私が短大の2年の時の私の中身だったとしたらを想像して書いてみよう

No.259

中身が令和時代の私の場合

デートも節制して早めに切り上げ早めに帰宅

親に心配をかけない節制したお付き合いを心がける

No.260

三浦海岸での海水浴や河口湖ドライブは普通に楽しむ

然し節制して早めに帰れるスケジュールを調整するだろう

No.261

中身が令和時代の私だったら

アパートの話しがでた時点での私の対応

No.262

申し訳ないのだがアパートをあの男が借りるのは自由で反対はしませんが

私はアパートには行かない、部屋にはいらない

あの男が私にベッドを買えと言った時に中身が令和時代の私だったら

ベッド代金の半額を渡して申し訳ないが買いには行かないよと言う

ベッド代金の半額を渡すからこれで勘弁してくださいませと頭を下げてお願いする

No.263

とにかく私はアパートには行かない、部屋にはいらない

ベッドを買えという命令にベッド代金の半額だけ渡してこれで納得してくださいとひたすら頭を下げてお願いする

No.264

なぜペコペコ頭を下げて卑屈になるのかと言うと

あの男はモラハラ体質で女を殴る癖があるからが理由

毅然として断ると生意気だと思われなぐられそうだからだ

No.265

殴られる事を防ぐ為にはペコペコ頭を下げて卑屈になるのもやむを得ないのである

No.266

アパートには行かない。

風呂無しトイレ共同。四畳半一間

汚いボロいオンボロアパート。暗い陰気

No.267

あの男が借りたアパートのせいで厄介ごとや面倒ごとに巻き込まれたくない

No.268

昭和の昔の日本映画に同棲時代というのがあった。古くて汚くオンボロで暗くて陰気なボロアパートが同棲時代の映画の恋人達の愛の巣だった

No.269

他にも昭和の大昔の若い恋人達の同棲をテーマにした映画やドラマも四畳半一間で風呂無しのボロアパートが舞台だった

No.270

あのさ、私ら世代は生まれた時からもっと文明的な暮らしをしていたので

こういう古くて汚くてボロくて暗くて陰気なアパートに郷愁も愛着もないのである

No.271

昭和の昔のドラマで沿線地図というのがあった

広岡瞬と真光寺君枝が恋人同士で同棲を始めたドラマで古くてボロくて暗くて陰気なボロアパートが愛の巣だった

No.272

いやはや、よくまあこんなボロアパートにドラマや映画の恋人達はふたりで住んで愛を育めるなあと思う

No.273

あれは映画やドラマだから映画やドラマの中では楽しく描かれている

No.274

とにかく令和時代の私があの当時の私の中身なら あの男とは節制したデートで早めに帰宅してのめりこまない

アパートなんて関与したくないから行かない部屋には上がらない

No.275

ベッドはお前が買えといわれたら

安いベッドの値段を調べて

ベッド代の半額だけお渡しして

申し訳ないのですがベッドは買いには行けませんと頭を下げる

No.276

他人は卑屈だと批判するだろうけど

相手はモラハラ男で女を殴るなんて日常茶飯事の暴力男なのである

殴られないように防衛するためにあえて頭を下げるしベッド代の半額を渡して謝るのである

No.277

では令和時代の私が本音をストレートに言うとこうなるのである


え?アパート?あなた様がアパートを借りるのはあなた様の自由だから私は反対しませんよ。

No.278

しかしそのアパートに私は行かないし部屋には入りませんよ

え?ベッドは私が買えですか?

申し訳ありませんが買えません

お金はベッド代の半額渡しますからどうかこれで勘弁願います

No.279

汚くボロくて古いそして暗くて陰気なオンボロアパートだなんて

私は厄介ごとにも面倒ごとにも関わりたくないので御座いますのですよ

No.280

親を刺激したくない。親に怒られるような交際はしたくありません

No.281

ドラマ ドクターエックスの米倉涼子のように

いたしません!

と毅然として言えば

モラハラ暴力男の怒りを買って殴られる

No.282

デートも節制したデートをする。親とゴタゴタ面倒な事になりたくない

お付き合いの楽しい部分だけ、美味しい部分だけ味わえたらそのほうが良い

No.283

それにはのめりこまない

あの当時の騒動が尾を引いて事あるごとに親から虐待をされた

No.284

もちろん親は子離れできない親で両親ともに暇過ぎるから悪い意味での干渉ばかり

No.285

理想の親とは夫婦でラーメン屋だとか食堂だとか町中華だとかをやってるようなご夫婦が私が思う理想の両親

No.286

夫婦で定食屋さんをやっていて朝から夜まで夫婦で働いてるそういうご夫婦は忙しいから子供に余計な干渉をしないし子離れできていて立派だ

No.287

うちの親は夫婦揃って暇を持て余しているから余計な干渉ばかりする

子離れできてなくて本当にだめ

No.288

ここは弟達も親戚も知らない読んでない場所だから子離れできないだめな親のだめなところを遠慮なく書ける

No.289

楽しいところだけ。美味しいところだけ

それが一番。

だから親を刺激しないためにも節制したデートで早めに帰宅して心配かけないのが一番

No.290

心配性な親って無駄に暇を持て余してるから心配ばかりしている

心配という厄介な干渉で娘を苦しめる

No.291

だーかーらー、両親揃って定食屋だとかをやってる家庭は忙しいから

だらだらだらだらと子供の心配なんてしない

No.292

うちの母も働いて働いて生きがい見つければ良かったのに

No.293

うちの母は結婚前にせっかく先生になったのに1年半ぐらいでやめて家事手伝いなんかになって

ああ勿体ない

No.294

母のお兄さんが戦争に行って結核になって帰って来て自宅療養していたから

せっかく先生になったのにお兄さんの看病をする為に先生をやめちゃってああ勿体ない

No.295

美談として語り継がれているけど

私はそうは思わない

貴重な若い時期を家にくすぶって病人の看病だなんて 貴重な若い時期の時間の使い方が勿体ない

No.296

お手伝いさんでも雇って看病をお願いするか病院に入れちゃえばいいだろう

No.297

家事手伝いという身分は全然いいとは思わない

先生という職業を通して給料もらったほうがいいに決まってる

No.298

母が先生をやめて家事手伝いになったのはおばあちゃんが大変だったからだそうだ
子供の頃は美談として聞いた

しかし人生経験を積んだ今は家事手伝いなんかになるのは屈辱だとしか思わない

自己犠牲で自宅で病人の看病か、踏んだり蹴ったりじゃないか

No.299

病院に入れるかお手伝いさんを雇って看病はお手伝いさんに任せるとかして

せっかくなった先生だからそんな理由で辞めるだなんて変だよ

No.300

母からの虐待は小6ぐらいになってから

小さい頃は良かったし幸せだった

小6ぐらいから母からの虐待の始まり

No.301

娘の虐待ばかりしてるのは母は暇過ぎるから

なかなかパートだとかその当時の母の年齢ではなかった

No.302

あの当時の私の本音はお付き合いの楽しい部分だけ美味しい部分だけ楽しみたかった。

それがあの男がアパート借りる事に鳴って私を巻き込んだから最悪だった

No.303

親との生活を選んだ理由を書いてみよう

正直、学校を卒業しないといけない

それには9月下旬からの短大2年の後期で勉強に専念しないとならない

No.304

学校を卒業したら企業で一般事務の仕事をして服やバッグを買ってお洒落したいし就職先でできた女友達と海外にも行きたい

No.305

あの当時おもったこと

私は小学2年の時からお見合いで結婚して親や親戚から祝福される結婚をしないといけないと自分の運命を分かっていた

運命に逆らうことをしていたから苦しんだ

No.306

学校を卒業してそこそこの企業で一般事務の仕事をして適齢期にお見合いで結婚する

No.307

じゃああの男と生きて行く道を選んだ場合だが

温室育ちの私には無理だ。雑草のような強さがあればいいが私にはとにかく無理だ

No.308

あの男と生きて行く道を選んだらおそらく学校は卒業できずに中退になる。勉強に専念しないとならない時もあの男がテレビをみたり用事を私に言いつけたりして勉強に専念させてはくれないだろう

No.309

あのボロアパートで新婚生活だとかぞっとする

狭い暗い部屋であの男に尽くすだけの日々

No.310

甘い新婚生活だなんてそん風に行かない

真面目な気持ちで真剣にお付き合いはしていたがボロアパートからのスタートだとか絶対に嫌だ

No.311

風呂無しトイレ共同。お腹痛くなったら絶対絶命で地獄だ

No.312

あのボロアパートに訪れた時は幸いお腹痛くなったりはしなかったから良いが

生活したらお腹痛くなる事もある

No.313

ボロアパートで他の住人もいてトイレ共同だとか絶対に無理

あの当時は近くにコンビニだのなかった

No.314

いつでも使える快適なトイレがある事は生活の上で大切な事

No.315

あのボロアパートではきちんとした料理は無理だ。ちょっとした流しは部屋にあった

No.316

親との生活を選んだのはあの男と生きて行く道を選んだらボロアパートからの出発だから

No.317

せめて木造アパートでもきちんとした料理が作れるキッチンに風呂とトイレもある事

洗濯機と冷蔵庫とエアコン

ベランダには洗濯物を干すスペースがあること

No.318

いとこの薔薇美は4年制大学の2年の時に中退して最初の旦那と結婚

それに関するうちの母が何度も何度も言っていた薔薇美の生き方の批判をいつも聞かされていた

No.319

薔薇美と最初の旦那は質素なアパートからの出発だったそうだ

No.320

生活力は大切。せめて2DKの木造アパートでキッチンにはコンロが2つか3つあって魚焼きグリルが付いていて

台所には食卓テーブルが置けて和室が2つあってタンスも置けて

赤ちゃんが生まれたらベビーベッドが置けて

ベランダには沢山洗濯物を干すスペースが有る

トイレとお風呂と冷蔵庫に洗濯機にエアコン

No.321

贅沢ではない最低限の必要なもの

質素ながらも人間らしい暮らし

No.322

結婚イコール家事であり生きて行くための暮らし

ボロアパートからの結婚生活だなんてありえない

No.323

あの男は私が余り文学作品を読んでない事を教養がないと批判した

No.324

そして英文科のくせに大して英語は話せないんだなと批判した

No.325

あのさー、私の父はホニャララ大学出てるししかも大学院も出てる

専門分野は応用化学だし研究論文とかいつも書斎で書いていた

No.326

大学の具体な名前はとても嫌味になるから書きません

No.327

うちの父は母と結婚して社宅にはいった

私はそこで生まれた時から小1の途中まで過ごした

風呂と水洗の゙トイレがあり台所の脇に食卓テーブルで

応接セットも置いてあった

和室が2部屋

そこに布団を敷いてみんなで寝た

No.328

あの男が私に対して教養がない事を批判して英文科のくせに大して英語を話せないんだなと批判した

No.329

でもさ、うちの父はホニャララ大学だし大学院出てるし仕事は研究職だし

コツコツ働いて家も建てたし

あの男は私を批判するが

私の父は学生時代は秀才だし社会人になり研究職でやりがい持って働いたし

教養だの学歴だの社会人としての仕事打とか

あの男より数段上だから

No.330

あの当時のあの男は32歳で零細企業勤務で手取り13万円

No.331

申しわけないけどあの男のお父様は飲んだくれてお母様に暴力を振るう酒癖悪いお父様

No.332

一方の私の父だけど職場のみんなが金曜になると仕事の後で麻雀をしに来るようになり

うちの母がおつまみとお酒を出して父は仕事の仲間と和やかに酒を飲んだ

No.333

令和時代の私は人生経験重ねただけ

若い時とは違った考えかたを持つ

No.334

しかしあの男のお母様と妹さんは立派な方で尊敬できる

No.335

文学の話

沢木耕太郎の深夜特急

あれはバックパッカーのバイブルだ

No.336

沢木耕太郎の深夜特急は私の旅の原点

No.337

それに英会話。あの当時よりは話せるし

海外ひとり旅が可能なくらいの英語力はある

No.338

あの当時のあの男と我が家のひとり息子

我が家のひとり息子がそれなりの仕事で年に数回飛行機に乗って帰ってくる

No.339

うちの息子は一時期 有名なアパートに住んでた

No.340

うちの息子がそれなりの暮らしをしてるようで良かった

No.341

あの男に馬鹿にされたシリーズ

教養

英語力

ベンチャーズ

No.342

エレキベースを前にして何か弾いてみろ

私はベンチャーズのワイプアウトを弾いた

No.343

あの男はしらーっとしていた

しらーっの真意は?

No.344

あの当時感じた事

私が何も弾けない事を期待していたのかしら?  弾けた事がお気に召さないのかしら?

ベンチャーズのワイプアウトの旋律を弾けた事が気に入らなくてしらーかしら

No.345

クリームのサンシャインラブのイントロを弾いたなら?

そう言えばあの男は人を褒めない傾向がある

貶す事は得意だけど人を褒めない

No.346

ベンチャーズを馬鹿にするあの男

もしかしたらエリッククラプトンやクリームとかならあの男も好きなのかな

No.347

アパートの件、心底嫌でした

オンボロアパートで古くて汚くて暗くて陰気

あの世代はこういうボロアパートに郷愁だのロマンを感じるのかしら

No.348

ユーミンが四畳半フォークと名付けた神田川や赤ちょうちんは名曲だけどね

あれは歌の歌詞の描く四畳半アパートでの同棲が映画やドラマで描かれるから良いのであって

現実に四畳半で風呂無しトイレ共同では本当に困る

No.349

実は親から別れさせられて翌月の10月下旬にあの男が来て父が対応して父がおことわりしてからもう会う事はないと思ったが後日談はある

No.350

あの男が亡くなった夢を見たのが翌年の3月で短大2年で卒業間近の頃

親との約束で私はもうあの男に電話をかける事もなかった

あの男が亡くなった夢を見たのであの男の職場の建物の近くに出かけたが

職場を遠巻きに見ただけで帰った

No.351

学校を卒業して小さい会社の一般事務として働きだした

社会人になってから3ヶ月

7月に西新宿のレコード屋に行きレコードを見ていた

おい、と声がする

その声が私にではないと思ってスルーしてるとまたおい、という声が


あの男だった‼️‼️‼️‼️‼️

親との約束で別れたあの男‼️‼️‼️‼️

No.352

喫茶店に行き互いの近況を話した

あの男は言ってた

私が就職できた事が意外だったらしく短大の卒業後は更に親の意向で学校に通わされて親から自立を阻まれてると思ったそうだ

No.353

西新宿で会った事はもちろん親には言わなかった

No.354

つぎの日曜日に会った

あの男は開口一番に言った

掃除してくれよ

No.355

私は嫌だったけどハイと言って言われた方法でボロアパートの掃除をした

No.356

あの男は見てるだけ

その日は掃除だけしてあの男はご苦労様とだけ言って帰った

No.357

それからも会った。ボロアパートにエレキベースを持ち込んで何か弾いてみろ

やはりベンチャーズの曲

あの男は馬鹿にしたように

もう卒業しなさいよ

要するにベンチャーズを聞く事を卒業しなさいよと言った

No.358

私は従順にハイと言った

色々思う事があっても私は反発は出来なかった

No.359

あの男の皮肉や嫌味にも従順にハイと言ったし素直に聞いた

No.360

あの男の両親の家は近い

だから最寄駅も両親の家もボロアパートも同じ

あの男と会って帰る時に最寄り駅近くを歩いていたら妹さんとご主人のふたりにあった

No.361

ステキな装いの妹さん。若い頃の梶芽衣子さんに似た美しい妹さん

優しそうな穏やかなご主人もステキな方

No.362

私は以前心配かけた事をお詫びした

No.363

ある日の日曜日にいつもの喫茶店、新宿駅に以前あったニュートップスでの待ち合わせ

しかし両親から言われた家の模様替えで私は両親に約束があって出かける事を言えなかった

あの男は両親の家でなくボロアパートで生活していて

ボロアパートには電話はなかった

No.364

その時代は携帯電話は無くてネットもめーるもLINEもない

No.365

連絡できないまま待ち合わせの喫茶店

新宿のニュートップスには行けなかった

No.366

後日会ってあの男に謝ったらあの男はもうなにも言わないよと言った

No.367

そのうちにあの男は新宿にあるどん底で夜のアルバイトを始めた

No.368

勤務時間中に来てというのでどん底に行ってカウンターにすわった

No.369

アルバイトは昼間のお仕事が終わってからの夜の仕事で週3回ぐらい

No.370

どん底。令和のこの時代でもやってるんだ

驚きだ。

新宿三丁目のロックインローリングストーンからだと徒歩でどのくらいだろう

No.371

どん底へ行ったのは一度だけ

あの男が勤務中、私はカウンター席に座り

あの男はときおり私に声をかける

No.372

どん底には長居はしなかった

No.373

社会人になって1年目の夏に新宿のレコード屋で声をかけられて親に内緒でときおり会っていた

実はレコード屋で再会してしばらくすると冷めた

No.374

冷めた時の心理的な変化とその時の状況を書いてみよう

No.375

レコード屋での偶然の再会、喫茶店で近況を話して仕事の後だとか休みの日に会った

冷めたのは再会してからわりかし早かった

No.376

再会したつぎに会った時に掃除してくれよと言われて私は素直に従って掃除をした

嫌だと言わなかったのは言えなかった


No.377

本当は嫌だったけどそういう役目をさせられるのは仕方がなく思っていたしご機嫌を損ねたくないとおもっていた

No.378

冷めた経緯と理由はあのアパートに住んでご飯を炊いて保存したらしいのだが何故かゴキブリがはいったとあの男が言ってた。冗談でゴキブリをおかずにしてめしを食おうかと思ったとあの男が言っていた

No.379

それを聞いて冷めた。あの男とレコード屋で再会してから1ヶ月もしないで冷めた

No.380

再会して2回目が3回目で冷めてからはなかなか別れられなくて苦しかった

No.381

素朴な疑問。炊飯器にゴキブリがはいったのは炊いたご飯がはいった状態でふたを開けっ放しだったのかしら?

No.382

ゴキブリが炊飯器にはいったのは本当だと思うがゴキブリをおかずにめしを食うのは冗談に決まってる

冷めた理由はその発言

No.383

冷めてからは別れたいと言えずに困った

No.384

会う度に心が重くて苦しんでいた

No.385

あの男の名誉の為にお伝えしますが

その発言以外は清潔な人です

身なりをきちんとしていて清潔に気を配ってきちんとした身だしなみをしている人です

No.386

ゴキブリをおかずにしてめしを食うも百パーセント冗談で、あの男はそんな不潔なご飯は捨てただろうしきちんとあたらしく洗って炊飯器で清潔なご飯を炊いたと思う

No.387

冷めてからはまた掃除をしに来て欲しいと言われていてはっきり断らずに生返事をしていた

No.388

冷めてからはもうアパートには行ってない

No.389

その頃職場でできた仲よしの同僚に早く別れてスッキリしたいと本音をこぼしていた

No.390

親には内緒で呼び出されて時々会っていた

冷めたなんてとても言えなかった

何度も呼び出されてつらくなった

No.391

親には内緒。でも付き合いはとても重い

あの男が私の母を味方にして父を説得して結婚しようと常にその話だ

No.392

私はとにかく親を刺激したくない

親を刺激しないで平穏無事に過ごしたかったのだ

No.393

近くに両親と住んでいた家があるのだからあのボロアパートに住むこともない

それこそオンボロアパートに住むなんて金の無駄だ

No.394

家賃が安くともオンボロアパートの家賃は捨て金だ

No.395

零細企業で手取り13万円

それなら給料を有効に使い資産を形成する事をしないとね

No.396

私と知り合う前に酒で肝臓を壊して入院したそうだ

あのね、酒って金の無駄なんだよ

No.397

食後にグラス1杯のワインを少し飲むぐらいなら良いのだが

零細企業で手取りが13万円だから

体を壊すような酒の飲み方はだめだ

No.398

アメリカのトランプ大統領もメラニア夫人も酒を飲まない

酒は色々とデメリットがある

No.399

体を壊すような酒の飲み方

それはデメリットだらけだ

No.400

せっかく石破茂首相と同じ出身大学なのだからお金の使い方をかんがえて賢く資産を形成して貧乏脱出しないと

No.401

こんな本音は本人に言えるわけが無い

だって言ったら生意気だしあの男は殴りたくなるからね

No.402

生まれ育った家が貧乏は仕方がない

父親が飲んだくれてお母様に暴力を振るうような家庭なのも気の毒である

No.403

せっかく努力して石破茂首相と同じ大学にはいった

郷ひろみの最初の奥様もそこの名門大学の出身だ

No.404

じゃあ留年しないで4年で卒業したら良かったのに

そして一流企業に就職すれば良かったのに

努力で貧乏から脱出するチャンスだったのに

No.405

4年で卒業して一流企業に入ればエリートの仲間入り

父親が飲んだくれてお母様に暴力を振るったり生まれ育った家が貧しくとも

一流企業に入ってコツコツ真面目に働いて出世すれば貧乏とはおサラバだ

No.406

せっかくいい大学にはいったのに勿体ない

No.407

あの男は私に教養がないだとか英文科のくせに大して英語を話せないんだな

と言った

No.408

短大2年当時の私はその通りでしたよ

今は英語での会話はツアーではなく個人旅行でひとり旅が可能な英語力

No.409

息子に至っては英語は毎日仕事で使ってる

アラビア語は話せてアラビア語の新聞も翻訳出来るぐらいだし

もしもどこかで偶然あの男に遭遇したら

喫茶店で嫌味にならない程度にそれを話そう

No.410

あの男がベンチャーズを散々馬鹿にした件

今はすごく好きなのはヤードバーズとクリームとデュランデュラン

ソウルアンドディスコならアースウィンドアンドファイアー

他にはジャズだとかを聞いてる

No.411

あの男に冷めてから結婚の話が出る度に苦しくて親の反対を理由に無理だとつたえていた

No.412

じゃあ親の反対の件は置いといてお前の気持ちはと聞かれた

申し訳ないけど冷めてしましたと伝えた

No.413

あの男がお互いに贈り物を贈りあって別れようと言ったので

私は青山で船具をテーマにした雑貨店で買った錨をモチーフにしたペーパーナイフを贈った

No.414

その後も友人としては会いたいと言うから

きらくな付き合いならいいよと応じた

No.415

恋人同士としてお付き合いしていた頃寄りも私が冷めてから友達として付き合うようになってからのほうがあの男が優しくなったし会った後は自宅の門のところまで送ってくれたり京王プラザホテルのバー、ポールスターに連れてってくれたりして驚いた

No.416

私はもちろん図に乗ってわがままざんまいなんかせずにきちんと礼節はわきまえた

No.417

冷めてから友達として会うようになって以前よりすごく優しくなったり家の前まで送ってくれるようになっても

私はあの男の優しさは私を獲得したいが為の優しさで本質はモラハラ暴力男だと分かっていた

No.418

それからも友達としてあの男に呼び出されて会ったエピソードがある

No.419

友達として付き合おうと言われて応じた

ジェフベックのコンサートに行こうという申し出にも応じた

No.420

チケットは私に買いに行って欲しいという提案にも応じた

昔だったからチケットは扱ってる店に買いに行った

No.421

それで9時には行くよと私が言ったらあの男は

8時に行けよと言った

No.422

8時に行けよに対してだけど責任持てませんと私は言った

無理なものは無理

No.423

私の家からチケット取扱い店までは1時間かかる

8時にチケット取扱い店に到着するためには自宅を出るのは6時40分に出る事になる

No.424

そんなに早い時間に外出したら親から詮索されて文句言われるに決まってる

No.425

結局その時はジェフベックのコンサートには私は行くのをやめた

No.426

ジェフベックはあの男と知り合う前に短大1年の時に一人で行った

No.427

あの男が良いと認めるミュージシャンは

ジェフベックやクリームやエリッククラプトン

やはりヤードバーズ出身のミュージシャン

No.428

あの男と友達として会ったエピソード

ジミヘンチュニック

No.429

あの男とレコード屋で偶然再会したのが社会人になって3ヶ月後の社会人1年目の夏のことだった

No.430

時は社会人3年目の夏が過ぎて秋が過ぎて冬になった頃

年が明けて1月で正月もすぎて普段の日常の日々のなか

会いたいと呼ばれて外で会った

おそらく喫茶店とか食べ物屋に行ったと思う

No.431

私は職場にも慣れて初めての海外ツアーも体験して日常を楽しんでいた頃だった

No.432

あの男に会っても結婚の話を去れないから気楽にこちらは本当に友達として会っていた

No.433

あの男にもうすぐ2度目のシンガポールに行くんだと言った

あの男はジミヘンが着てるようなエスニック調のトップスを買って来てと言ってた

No.434

あの男はその時の私を見てきれいになったね、恋でもしてるのかと言ってた

あの男と出会ってからは3年と半年が過ぎていた

毎日職場に出勤して仕事をして、そんなに日常を過ごしていた

No.435

要するにジミヘンが着てるチュニックの事だ。あの当時の私は2度目のシンガポールに出かけた

まだまだシンガポール国内で余り分からなくて頼まれたお土産を探す余裕もなかった

No.436

ジミヘンチュニックは見つけられなかった旨は報告した。

🍂🍁🍂あの男とのエピソードはここまでだった

No.437

中身が令和7年の私ならシンガポールでジミヘンチュニックを探すとしたらどこを探すだろうか

本当はシンガポールではなくインドのゴアにでも1人で行って探して来てくださいと伝えるだろう

No.438

インドのゴアとかバックパッカーには人気だけど私は行かないよ

No.439

ではシンガポールで探すならば

私はリトルインディアを探そう

ダンロップストリートにあるファニファーテキスタイル

そこでインド系男性向けのショップでさがそう

No.440

それからシンガポールの都市交通の電車に乗ってパヤ・レバー駅で降りてシティープラザというショッピングセンターを歩いてみよう

マレー系の男性の民族服を見てみよう

No.441

ジミヘン的なチュニックを探すならインドのゴアとバリ島のウブドに1人でインド探しておいでとアドバイスしたらバッチリ

バリ島のウブドにはそれらしきものがありそうな気配が

No.442

🫖☕🧉ここからは創作物語を書こう🧉☕🫖

ときは令和の7年。創作なので物語の背景は実際はの場所や建物とは変えています。

令和7年の秋の創作物語を始めます

No.443

令和7年の等身大の私が楽器店の誰でも弾いていいピアノでクリームの英雄ユリシーズを弾いた

他にはクリームのサンシャインラブも弾いた

それより前にナットキングコールのアンフォアゲッタブルだの

ジュリーロンドンのクライミーアリバーなんかも弾いた

No.444

ピアノ弾きたそうな他のお客さんが来たので私はピアノを弾くのは終わりにして

楽器店の楽譜のコーナーを見ていた

No.445

するとひとりの老人が声をかけてきた

『ピアノ聞いてましたよ。ピアノのほかには何か楽器を弾きますか?』

とたずねられた

老人は男性で痩せてる

ジーパンに紺色のジャケットと細いストライプのシャツを合わせていてなかなか上品な着こなしだ

そして眼鏡をかけてる

No.446

エレキギターを持ってたけどバンド組んだりもしなくて息子にあげちゃいました

ギターは趣味でさわるぐらいでした

と答えた

No.447

ジーパンに淡い水色のストライプのジャケットにジーパンで眼鏡をかけた老人

馴れ馴れしい人だなとおもった

『良かったらそこのギター弾いてみませんか』

と言われてお客さんが弾いてもいいギターを持たせてくれた

私はサンシャインラブの冒頭のところを弾いて

『これだけです』

と告げた

No.448

『余り弾けないのでごめんなさい』と言って楽器屋を出て歩いた

老人は私に聞いた

『これから何処か行くのですか?』

私はちょっと食事に行きますと答えた

No.449

老人はご一緒していいですか?と聞いてきた

私はこれから徒歩でココイチに行きます

老人は是非ご一緒させてくださいと言った

No.450

駅から歩いたところにあるココイチにはいった

いつものメニューを頼んだ

老人もカレーライスを注文した

No.451

老人から聞かれた

ドアーズのアルバム ソフトパレードを知ってますか?

No.452

私は答えた

はい。CDで持ってます。以前はレコードでのアルバムも持ってました

No.453

老人は言った

ぼくは大澤と申します。大澤義彦です。

以前は渋谷区本町に住んでました

No.454

私も自己紹介した

私は田中栄子です。旧姓は黒岩でした

No.455

お互いにやっぱり、と言って当時の話をして近況を話した

No.456

渋谷区本町に住んでた大澤義彦さん

お久しぶりですと互いに言った

No.457

カレーを食べ終わり喫茶店へ移動する事にした

途中、駅にほど近い公園に寄ってベンチに座ってお話する事にした

No.458

あの、ジミヘンが着ていたチュニックなんだけど

私が話を始める

おそらくバリ島のウブドかまたはインドのゴアにでも行けばあるかと

No.459

大澤さんは言った

覚えていてくれたのですね

もうこんな老人だから見つけたとしてもぼくは着ないとおもいますよ

No.460

シンガポールならゲイラン地区のパヤ・レバー駅近辺のショッピングセンターやリトルインディアの民族服のコーナーを思い浮かべたけど

マレーの民族服もインド系の民族服の店を見てもジミヘンチュニックはなさそうです

No.461

大澤さんは言った

あれからぼくは節約してツアーでシンガポールに行きました

安いツアーでフリータイムの多いツアーでした

サマーセットモームゆかりのラッフルズホテルにはお土産買ったりシンガポールスリリングを飲む為に寄りました

No.462

珈琲飲みに行きましょう

落ち着いたアンティーク調のインテリアの珈琲専門店でホット珈琲を注文した

クラシック音楽が静かにかかってる

No.463

あれから大澤さんは結婚して息子さんがひとりいて息子さんも結婚していて

高幡不動の一戸建ての二世代住宅に住んでるそうだ

奥様の実家がかなりの資産家で奥様自身も薬剤師でかなり稼いでるそうだ

No.464

二世帯住宅ではとても幸せで

お嫁さんのご両親の邸宅も近くにあり

モダン建築で美しい家なのだそうだ

No.465

大澤義彦さんの奥様の親が会社経営者で

大澤さんは営業マンの腕を買われてそこへ天職して大澤さんは会社役員をしていたそうだ

No.466

大澤さんの息子さんご夫妻は二世帯住宅の2階に住んで大澤さんと大澤さんの奥様は一階に住んでるらしい

珈琲を飲みながら携帯の写真を見せてくれた

No.467

金持ちになった大澤さんは性格も穏やかになりまろやかな笑顔になった

私は大澤さんの話すライフストーリーに耳を傾けた

No.468

私と友達としても疎遠になってからは仕事を頑張り資格も取って転職したそうだ

上司に気に入られてお見合いで奥様と知り合いトントン拍子で結婚したそうだ

No.469

私は大澤さんが幸せになり本当に良かったとおもった

あの時に友達として会うのをやめて私がもう会わないよと言った事で

大澤さんは努力して道を切り開いた

No.470

あれから奥様と知り合い結婚して意識してクラシック音楽を聞くようにしていた事を大澤さんは話してくれた

No.471

妹さんの息子さんは音大を出てバークレー音楽大学でジャズピアノを学んで

ジャズピアニストとして活躍中してるとの事

妹さんは今でもピアノ教室を続けているらしい

No.472

渋谷区本町の両親が住んでいた家は更地にして土地を売って

土地を売ったお金を妹さんと分けたそうだ

No.473

大澤義彦さんと良い友人として会話と喫茶とお食事の健全な友人として交流する事になった

No.474

大澤さんとはドアーズの話やアルバムソフトパレードの話をした

大澤さんが昔のバンド仲間とお爺さんバンドを組む事になった話をした

私はそれは素晴らしいねと言った

No.475

また珈琲店で会った時にお爺さんバンドの話を大澤さんがしていた

ギターもベースも弾けるけどボーカルをやるんだと言っていた

No.476

カラオケ付き合ってと大澤さんから言われて駅の近くのカラオケに出かけた

好きな歌を歌っていいよと言ってくれた

No.477

私は天地真理の歌やちあきなおみの歌や南沙織の歌を歌った

No.478

大澤義彦さんは歌を私に聞いて欲しいと言ってドアーズの歌を数曲歌った

ハートに火をつけて

水晶の舟

タッチミー

No.479

他にはサンシャインラブ〜クリームの曲

レイラ〜エリッククラプトンの曲


などを歌った

No.480

バンドでドアーズをカバーする活動で大澤義彦さんはボーカルだから是非歌を私に聞いて欲しいそうだ

No.481

大澤義彦さんは私に好きな歌を歌っていいんだよと言った

そうだね。じゃあバリーマニローのコパカバーナでも

No.482

私はコパカバーナの他に

エンドレスラブ

クライミーアリバー

ジャニスジョップリンのサマータイム

No.483

大澤義彦さんはドアーズの他には

イーグルスのホテルカリフォルニア

その他には

レーナード・スキナードの曲

ローリングストーンズの曲

No.484

他にはどんな曲を歌うの?

大澤義彦さんからもっと好きな曲を歌っていいんだよと言われた

じゃあ〜ジャズのスタンダード曲で

テンダリー

他にはちょっとメランコリックな歌だけと

レフトアローン

それから

やはりロックに戻って


クリームの英雄ユリシーズ

No.485

楽しい雰囲気でカラオケは終わって真っ直ぐ帰宅した

No.486

来週、妹の息子が帰って来るから本格的なジャズピアノが聴けるよと

妹さんの家に誘われた

No.487

妹さんも高幡不動に住んでるそうだ

妹さんの家に行く日は京王線の高幡不動駅とモノレールの高幡不動駅を結ぶ通路に面したカフェで待ち合わせをした

No.488

大澤義彦さんと共に歩いて妹さんの家に来た

玄関でご挨拶する

一戸建ての家でモダン建築の一戸建てで防音のピアノの部屋がある

ピアノの部屋ではソファがあってソファはピアノを囲んで座るようになってる

No.489

妹さんと私はあれから何十年ぶりなので懐かしい話をした

大澤義彦さんが私を現在は音楽友達で珈琲友達なんだよと紹介した

No.490

先にお昼ご飯にしましょうね。

妹さんが作った手作りのお料理が並ぶ

フランスパンで作ったカナッペにサラダ

そして鶏肉料理に海老の料理

ポトフ

ナポリタンスパゲッティ

No.491

2階から息子さんが降りて来てみんなにご挨拶して息子さんも一緒にお昼を召し上がるそうだ

No.492

息子さんが仕事で演奏している店の話やセッションメンバーの話をしてくれた

それからピアノの話やジャズピアノを専門にやるようになったいきさつなんかを話した

No.493

大澤義彦さんはバンドを組んだ話をしてオリジナル曲の為の歌詞をあれこれ書いてると話した

No.494

大澤義彦さんは日本のジムモリソン的な要素を持つ人ですよねと言った

大澤義彦さんはドアーズを中心にカバーをやってるからジムモリソンは目標だよと言った

No.495

和やかな雰囲気でお食事を食べて私はお皿洗いを積極的にお手伝いした

食後の珈琲を妹さんがいれてくれた

No.496

ピアノルームにみんなで移動して息子さんのピアノを聞いた

曲も本格で

Prelude to a kiss

sophisticated lady

アートブレイキーのモーニン

On green dolphin street

処女航海

など本格的だった

No.497

妹さんもピアノを弾いた

以前聴かせてくれたジャニスジョップリンのサマータイム

エアロスミスのドリームオン

イーグルスのホテルカリフォルニア

本格的なロックミュージックのコードを駆使した素晴らしい演奏だった

No.498

多い義彦さんが昔の俺様キャラだった時みたいに私に何か弾いて見ろと言った

何を弾こうか迷ったのだが

弾き慣れてる曲を無難に弾く事にした

バートバカラックのジスガイ

バートバカラックのアルフィー

レオンラッセルの A Song for you

No.499

翌月になり 私がキッチン兼ピアニストとして働いてるお店に

大澤義彦さんと妹さんと妹さんの息子さんが来た

私はロールキャベツが今夜のおすすめですと言った

大澤さんと妹さんと妹さんの息子さんがロールキャベツを召し上がった

No.500

私がピアノを弾く番になりロングドレスのママさんがピアノを弾いてと言った

最初は無難なカクテルピアノを数曲引いた

みんなが喜ぶロックにシフトした

大澤義彦さんの為にドアーズのタッチミーをピアノソロで弾いた

すると大澤義彦さんがピアノのそばに来てジムモリソンのように歌った


タッチミーはアルバムソフトパレードに入ってる人気のキャッチーな曲

お客さんも大澤さんの本格的なボーカルでノリノリでロックな夜になった



🍀🍀🍀🍀🌿🍀🍀🍀🍀🌿🍀🍀🍀🍀🌿

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