ゆっくり歩く

レス31 HIT数 2297 あ+ あ-


2014/06/01 12:49(更新日時)

ゆっくり歩いて

ワタシは自分の来た道を振り返る

そこにはどんな道ができているのか…

13/06/12 20:30 追記
ただいまやる気無しです。すいません。

No.1896322 (スレ作成日時)

投稿順
新着順
主のみ

No.1



結婚式を終えて、世に言う初夜も迎え、それなりに熱い夜を過ごし💦次の日に崇史さんの家に向かった。

突然、私は奥さんになったのだ。昨日まで、藤原りおんだったのに、今日から川口りおんになったのだ…

…なんだか変な感じ…

崇史さんの会社は結婚すると、一週間の休みが貰えた。実は新婚旅行の事は全く考えてなかったのだけど、急遽二泊三日の新婚旅行に行く事にした。


関西方面に。

今思えば、この新婚旅行が幸せの頂点だった…

No.2



ピアノが好きです。

クラシックでも、ポップスでも。

坂本龍一の弾くピアノを生で聴いてみたい…いつか…

にほんごであそぼ

を観ています。

No.3



新婚旅行から帰って来て、崇史さんも会社に行ってしまうと、私は自宅に義父といる毎日になってしまった。

崇史さんの両親と完全同居するようになると、だんだんと崇史さんの家族の関係やそれぞれの性格が見えてきた。

崇史さんは独りっ子なので家ではチヤホヤされているかと思いきや、義父からはだいぶ見下されている感じだった。

義母はそんな義父をたしなめたり、崇史さんに非があれば、一緒になって崇史さんを非難していた。

が、崇史さんはそんな義父に対して反抗したり、ふてくされている様子は無く、もう慣れっこのようだった。

私の実家家族は平和主義で、それぞれを尊重しながら育てられたので、他の家族をあまりバカにするようなことが(多少はあったが…)ここまでなかったので、聞いていてあまり気分の良いものではなかった。

ただこれは義父の性格もかなり影響があった…

No.4



私は義父が嫌いだ。

日々同じ屋根の下で過ごしていく中で、義父に対しての嫌悪感が徐々に増えて行ったのだ…

義父は
神経質。
知ったかぶり。
外面がいい。

私が義父のいるリビングに入って行くと何か視線を感じる…そう、義父は私の行動をジッと見て、揚げ足をとるのだ。

義父の座っている位置からキッチンが見えるのだが、ある日玉ねぎを剥いていると、ダメ出しされた…

はぁ⁉義母に言われるならまだしも、なんで義父に⁉

私は徐々に義父への嫌悪感を募らせて行った…

それは子供が生まれてから更に加速していった。

No.5



義父との平日が嫌なのと、家計のこともあるので、職を探した。

ちょうど近くのショッピングモールでレジを募集していたので応募して採用してもらえた。短時間だが、それでも日中ずっと義父といるよりはマシだった。

が、なかなかレジ業務とはいえ、難しくて大変だった。以前のデパートのレジより遥かに難しくて面食らってしまった。

悪戦苦闘しながらも、働き始めて一ヶ月がたとうとしていた頃、風邪を引いてしまった。

近くの医院に診てもらい、処方された薬を飲んだが、なかなかよくならなかった。

そしてたまたま仕事がお休みの日に体調が悪化してしまった。
症状は咳が止まらない、頭痛と吐き気。ただ熱は微熱のままだった。

次の日は仕事だったが、とても出勤できる状態ではなく仕事を休んだ。

No.6



風邪にしては、微熱のわりに頭痛や咳、吐き気が強いので、風邪ではないような気がする…

と、なると…

妊娠⁉
だが、まだ生理予定日前だった。次の日がその月の予定日だ。

心配する義母に妊娠かもしれない事を告げると次の日、早速妊娠判定薬を買ってきてくれた。

結果は…

陽性。

あまりにあっさり妊娠したことにビックリしてしまった。

やはり、体調不良は悪阻だった。

悪阻だと分かって少し安心した。
だが、体調は相変わらずで、ずっと車酔い、二日酔い状態で、仕事を続けるのは難しかったのでパートは辞めることにした。

No.7



食欲も少し落ちてしまったり、悪阻はなかなか収まらなかったので、義母が気を使ってくれて、しばらく実家に行く事を勧めてくれた。

なので、2~3週間実家に滞在した。

…義母にしてみれば、家のこともしない嫁がいても意味ないので、(義母はまだフルタイムで働いている)その方が都合がよかったのだろう。

夏頃には悪阻も収まり、また家に戻った。そしてまた日中は義父との生活…

悪阻も収まったというのに、私は、朝は主人とほとんど同じ時間に起き、義母の用意してくれた朝ごはんを食べ、主人を送り出した後は部屋を掃除して、あとは部屋でゴロゴロ…

本当に今考えれば、どうしようも無い嫁だった…もちろ主人のお弁当も義母…最低だ…

それなのに、義両親の不満は日々積もっていくのも予想できないアホな私がいた…

No.8



仕事を辞めて、家に居る毎日。
今考えると、よく嫌にならなかったなぁ、と思う。

私の住む地域では車が必須だが、私はその頃ペーパードライバーだった上に車も無かったので、ほとんど独りでは出掛けられなかったのだ。

崇史さんの休日がいつも待ち遠しかった。

そんな10ヶ月間だった。

義父はよく車で独りでどこかへ出掛けて行った。そんな日は私も気楽に過ごせた。

義母は義父が昼間フラフラと出掛けているのを気付いていて、義父に嫌みを言っていたが、私は義母に告げ口はしなかった。

私には義父が出掛けてくれた方が良かったので。

そして臨月を迎えた…

No.9



お腹にいる赤ちゃんに話しかけるのがいい、と聞いて、よく喋りかけていた。

初めての出産だったので、不安もあった。

どんな痛さなんだろう…
耐えられるだろうか…

病院ではお産の時を想像しながらリラックスして、お産に備えるように言われた。

私はリラックスするためにエンヤの
『watermark』
をよく聴いた。

もともと、眠れない時にこの曲を聴くとよく眠れたり、私には癒しの曲です。

No.10



少しずつ春が近づいてきた。

私の予定日も。

ある本に、お腹にいる赤ちゃんにカレンダーを指さしながら、「ど日に産まれてくるか」問いかけると、その日を指したところでお腹を蹴った、というのを読んで、私もやってみた。

しかし、反応は無い(^_^;)

なので、逆にこちらから土曜日をお願いしておいた。

土曜日なら崇史さんも休みなので。

そして、お願いした土曜日を明日に控えた金曜日の夜。

お布団に入って寝ようとした時だった。

お腹の中で、小さく
パン
音がした気がした…
そして、何やらオマタの辺が濡れてる…

私は眠りかけていた崇史さんを慌てて起こした。

「たっちゃん、破水しちゃったよ」

崇史さんは寝ぼけながら慌てていた。

急いで準備して病院に行った。

しかし、なかなか陣痛は強まらず結局その晩は、よく眠れずに夜を明かしてしまった。

あまり破水してから分娩出来ずにいると、赤ちゃんが菌に感染してしまう恐れがあるため、次の日には陣痛促進剤を使うことになった。

それが効いたのか、お昼頃には陣痛が強まってきた。

とにかく、お腹と腰がヤバイ。崇史さんが根気よく揉んでくれた…が、やはり辛かった。

No.11

>> 10

訂正

×
「ど日に産まれてくるか」



「どの日に産まれてくるか」

No.12



徐々に陣痛の間隔も狭まり、いよいよ分娩室に。

崇史さんは立ち合わないので、分娩室では独りだった。が、正直なところ、崇史さんより助産師さんの方が(当たり前だけど)腰の揉み方も上手いので、むしろ良かった。

分娩室に入って、お医者さんが診てくれたのだが、少し分娩室に入るのは早かったようだった。
まだ、産まれる程の陣痛ではなかったらしい。
え、まだ、これより強い陣痛が来るの⁉
アタシはかなり限界なんだけど…と、思いながら痛みに耐えた。

ようやく、本格的に産まれそうになってきて、お医者さんにイキンでいいよ、と言われたのだが、なかなか上手くイキめない…

が、どうやら私は自分ではイキんでいるつもりが、実はイキまないようにしていたようで、(今までまだイキんじゃダメと言われてたので)ようやくコツを掴めたら、あっさり産まれた。

男のこだった。

感動…というより、お医者さんと助産師さんに感謝感謝だった。

No.13



自分が結婚して赤ちゃんを産むなんて、20代の頃までは、彼氏の「か」の字も無かったのに…

何が起こるかわからないものです。

一週間入院して、退院の日は自宅に戻り、翌日、実家へと里帰りした。

初めての育児。
分からないことばかりで、不安になることも多かった。

実母はすでに5人の孫を預かって面倒みたりしているので、その点は心強かった。

でもなかなか寝ない子で、夜自分も寝れなくてかなり参った。

それは自宅に戻っても変わらず、私の寝不足は続いた。

そして、義両親の孫への過干渉が私のストレスを増長していた…

No.14



それは義父が主たる原因だった。

私が赤ちゃんのオムツ替えをしていると、慣れない私に
「早くやらないと寒くて風邪ひく。」などと言って焦らされたこともあった。

離乳食が始まって、ゴハンをあげようとするのだけど、なかなか食べてくれずにグズっている赤ちゃんに、バナナを口につっこまれたこともあった。

さすがにこれには腹が立った。

義母がいれば、そんなことしようものなら、義父を非難してくれるのだが、あいにくその時は出掛けて留守だった。崇史さんはお風呂に入っていた、が、その場にいても何も言えなかっただろう。

とにかく何も出来ないくぜに口ばかり出して来た。

数え挙げればキリがない。

こんなこともあった。

息子のオムツをかえているちょうどその時、玄関のチャイムがなった。リビングには義父もいたので、私は義父が出てくれると思ったが全く出ようとしない。仕方ないので、オムツを外したまま応対して戻ると、息子のお尻がウンチまみれに…

義父はただ騒いでいるだけ。

「お前が出りゃこんなことにならなかったんだよ!!」
…叫びたかった…

No.15



ただでさえ初めての育児で不安なのに、自分のなかで方針があるのに、自分の思い通りにはやらせて貰えないことが多かった。

義母はまあまあ私のやり方を尊重してくれる事は多かったが、心の中では私に反発している部分もあったと思う。

それが、今後爆発する事にもなる。

また男の子という事もあってか、本当に育て難いと感じる子であるのも、要因のひとつだった。

それは自我が芽生え始めて更に加速していった。

所謂、魔の2歳児というヤツだ。

外で遊ぶのが大好きな子で、一旦外に出ると、全く家に入ろうとしなかった。

無理矢理入れようとしようものなら、ギャンギャン泣いて意地でも動かない。

義父はその泣き声にイライラして、孫を叱りつけるのだが、私はそれが凄く嫌だった。

なぜなら、義父は孫を想って叱ってはいなかったからだ。ただウルサイのが嫌なだけなのだ。


落ち着きもなく、実母にも、もしかして障害があるんじゃ⁉と言われたこともあった。

義両親との同居に加え、すんなりいかない育児で本当に辛い毎日だった。

No.16



どんどん溜まっていくストレス。

どこにも捌け口がない…
実母に愚痴を聞いてもらうこともあったが、心配かけたくない気持ちからか、あまり話せなくなっていた。

友人と会う機会もなく、悶々とした日々が続く…

そんなある日、東京から由布子が地元に帰省するので久しぶりに会おうと言うことになった。もうひとり、隣の市に住む麻美と3人で。

久しぶりに飲もうという事で、私は息子を崇史さんと義母に預けて夕方から出掛けた。

この事が後々更に私のストレスを悪化させることになる…

No.17



麻美のアパートで飲むことになり、おつまみお酒を買い込み、お邪魔した。

私はここぞとばかりに、日々の愚痴を吐き出した。

二人とも、客観的に感じたままを言ってくれる。

「りおん、がんばってんね。」

「でもりおんは(義母に)大事にされてると思うよ。」

私はお酒の勢いもあって、言うつもりではなかった、とてもデリケートな問題も二人に喋った…

…実は、崇史さんにはどうしても止められないことがあった…

  • << 24 ☆ そんな少しシリアスな話もした。 今まで誰にも言えなかったので、ほんの少し気が楽になった気がした。 2人は真剣に聴いてくれた。

No.18



崇史さんの止められないこと…

…それは風俗だ…

その事を知ったのは、妊娠しているとき、家の引き出しに大量のカードを見つけたことがキッカケだった。

名前(源氏名?)と出勤日の書いてあるヤツだ。
最初はスナックかとも思ったが、違った。

そんなカードを大量に大事にとってある人って…やはりヒク…

が、風俗に行っていた事はそんなに拒否反応はなかった…過去のことだと思っていたから…

が、実際は違った…

No.19



30年近く前に砂嵐寸前の隣県の放送局の
『ベストヒットUSA』
を観たりしてました。

あの頃はテレビのチャンネルも4局しかなくて(田舎なので…)洋楽を主にした番組なんて観れなくて …

それが今では何局観れんの⁉

で、BSでベストヒットUSAを久しぶりに観ました。

ちょうどDavid Bowie の新曲のプロモも観れました。

あぁ…若かりし頃のボウイを感じました。

小林克也さんもお元気で。

ボウイも10年ぶりの新作らしいですが、やっぱ 好きです。コアなファンとは言えないけど…

No.20



まだ風俗てものが、どんなものなのかよくわかってないこともあった。

ネットでいろいろ調べてみた…風俗といえどいろんな種類があるのを知った。そして性病の怖さも知った。

それとなく風俗の話をして、崇史さんにもう行かないように釘を刺した…

だが、それは崇史さんの胸には刺さっていなかった。

女の勘は時にすさまじい威力を発揮する。

自分でも怖いくらいに…

No.21



子供が1歳を過ぎたので、断乳をすることにした私は、ゴールデンウィークに実家に何泊かすることにした。

その方が義家族に気を使わずに断乳できるから。

断乳決行の夜はさすがにかなり流れたが、次の日にはさほど泣かず、意外とあっさりと乳離れできた。

そして、実家から戻って数日経ったある日。
私は崇史さんが普段使っている車の中でレシートらしきものを見つけた。

それは高速道路のサービスエリアの売店のものだった。

場所は自宅からはかなり離れた名古屋方面。

おかしなことに、崇史さんからも、義両親からも、名古屋方面に出掛けたという話は聞いていない…

ちょっと変だな…そう思いつつも、そのままそのことは忘れていた。

No.22



夏になりお盆休みに名古屋の親戚が遊びにやって来た。

私が台所でお茶の支度をしていると、今まで賑やかに話していたリビングの人達がヒソヒソ話を始めた。

聞き耳を立てるワタシ。

「このコそっちの方に行ったんだよ。独りで。」

そうか‼

ゴールデンウィークに私が実家にいる時に崇史さんは独りで名古屋に行っていたのだ。親戚の家に行くでもなく、目的は…

あれしかない。

私はパソコンの履歴を見てみた。

ビンゴ

風俗店のホームページをやたら見ている。

つい最近も。

その晩、崇史さんを問い詰める。

崇史さんは黙ったままだった。

私は裏切られた気持ちでいっぱいだった。
嫌だから止めてほしいとお願いしているのに、その気持ちを踏みにじられている。悲しかった。

その日から私は崇史さんを拒否した。

No.23



私が止めて欲しいと言っているにも拘わらず、風俗に行ったことが、裏切られたような気がして仕方無かった。凄く悲しかった。

私の中では離婚の文字も浮かぶほどだった。

が、そう簡単に離婚はできない。

私はどうにか自分の気持ちに折り合いをつけた。

No.24

>> 17 ☆ 麻美のアパートで飲むことになり、おつまみお酒を買い込み、お邪魔した。 私はここぞとばかりに、日々の愚痴を吐き出した。 二人とも、客…

そんな少しシリアスな話もした。

今まで誰にも言えなかったので、ほんの少し気が楽になった気がした。

2人は真剣に聴いてくれた。

No.25



さすがにその日麻美のアパートに泊まるまではできないので崇史さんな迎えに来てもらった。

が、息子は一緒ではなく、義母が見てくれといるという。

そしてその時にちょっとしたアクシデントが起きていた。

自宅に着くと、義母が息子をオンブして玄関にいた。

どうやらグズっているらしい。

見ると、息子の唇にキズが…

No.26



久しぶりに
エニグマ
『Return to innocence』

を聴いた。

一瞬にして、あの頃に戻った…

田舎から東京に出てきて、専門学校の寮に暮らしていた。2年の時の寮は4階の部屋だった。

この曲を聴きながら、窓からいつもすぐ近くの民家を見下ろして眺めていた。その家の玄関には水槽があって、その水槽が夜になるとキラキラと輝いていた。

あぁ懐かしい…

その水槽を観ながら
ZABADAK
『小さな宇宙』
を聴くのも最高です。

No.27



間違えた!!

★じゃなく、♪

さすがにサボってただけある(-"-;)

No.28



キズは義母が息子とお風呂に入り、先に息子をお風呂から上げて義父に預けて、義母がまだ入浴中に、居間のイスから落ちて出来たものだった。

私はその事に、特に腹を立てているということは無かった。あ~仕方ないね、暴れん坊だから、程度で。が、義母は若干バツが悪そうだった。

このアクシデントが、のちのち尾を引いていく…

No.29



息子が2歳近くになり、世に言う魔の2歳児の兆候が…。

とにかくイヤイヤが激しい。

毎日息子と家にいるのが苦痛になってきた。

しかもそこに義父もいるので私のストレスは爆発寸前だった。

もう耐えられない…私は意を決して、息子を保育園に通わせ、働きに出ることに決めた。

No.30



とはいえ、仕事はそう簡単にはみつからなかった。

が、ようやく病院の清掃のパートがみつかった。

No.31



が、この職場、かなりキツイものだった。

清掃の時間にシビアで、しかもあるパートのオバチャンに目をつけられてしまったのだ。

まあ、私の仕事の出来なさも要因ではあるのだけど…

投稿順
新着順
主のみ

新しいレスの受付は終了しました

日記掲示板のスレ一覧

携帯日記を書いてみんなに公開しよう📓 ブログよりも簡単に今すぐ匿名の日記がかけます。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少

新着のミクルラジオ一覧

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧