ついてない女
母子家庭で育った私。
絶対的な立場の母親。
反発しグレた兄。
高校卒業してから勤めていた会社が倒産。
次の仕事が見つかるまでと思いバイトで働き出した、ラブホテルのフロント兼メイクの仕事。
つなぎのつもりが1年になる。
3年付き合って、結婚も考えていた彼氏に振られた。
何人かお付き合いした人もいたけど、絵にかいた様なダメ男ばかり。
男運も悪いらしい。
こんな私は今年は厄年。
お祓いに行った帰りにスピード違反で捕まった。
こんな私のくだらないつぶやきです。
ぼちぼち書いていきます。
13/07/13 11:26 追記
ガラケーからスマホに変えました。
まだうまく使いこなせないため、ご迷惑をお掛け致します。
少し慣れてから改めて更新したいと思います。
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また亜希子ちゃんの旦那さんが同じ女とやって来た。
旦那さんが入室した部屋はうちのホテルでは一番高い部屋。
入室してすぐに内線が入った。
「すみません、このまま泊まりたいのですが…」
「ご宿泊ですね?只今確認のために宿泊料金に切り替えますのでお待ち下さい」
なにくわぬ顔で対応する私。
まさか、旦那さんも今内線をかけている相手が妻の友人だとは夢にも思ってないだろう。
亜希子ちゃんにメールをした。
「今、仕事中なんだけど暇でさ(笑)今日は旦那さんは帰り早いの?」
すぐに亜希子ちゃんから返信。
「今日は出張なんだってさ💦」
「そうなんだ、今度暇があればゆっくり話そうか😄」
これは余計なお世話かもしれないが、亜希子ちゃんに知らせておいた方がいいかも。
私は駐車場に行き、旦那さんの車をホテルの名前がうまく入るアングルで写メを撮り、ナンバーと部屋番号を控える帳簿から何時何分から何時何分まで何号室に滞在したかメモをした。
まだ新婚の亜希子ちゃん。
あんなにいい結婚式で感動し、亜希子ちゃんも亜希子ちゃんのお母さんもあんなに幸せそうだったのに…。
永遠の愛を誓ったはずなのに、まだ1年も経たずに妻である亜希子ちゃんを裏切るなんて許せない💢
亜希子ちゃんは私がラブホテルに勤務している事は知っている。
だから、私がラブホテルで掴んだこの証拠は信じてくれるだろう。
うちのホテルは3回目の来店で500円、5回目で800円、10回目で千円、全室入ると次回は半額というサービスをしている。
ポイントを集めると、ポイントに応じて粗品もプレゼント。
亜希子ちゃんの旦那さんはどうやら5回目の来店の様で、800円割引になった。
それだけ来ているのか。
亜希子ちゃんはうちのホテルは利用しない。
「友達が勤務しているホテルだから、ちょっと躊躇する💦みゆきんが辞めたら行くけど(笑)」
以前、亜希子ちゃんはこう話していた。
だから、夫婦で来ている可能性は低い。
という事は、それだけ今一緒にいる女と来ている可能性が高い。
呆れて言葉が出ないとはこういう事か。
言い逃れ出来ない証拠は掴んだ。
亜希子ちゃんに知らせるべく、亜希子ちゃんと会う約束をした。
今、亜希子ちゃんは勤務していた会社を寿退社し、しばらくは主婦業に専念したいという事で、現在は専業主婦。
亜希子ちゃんに「久し振りに一緒にランチでもどう?夜は仕事だからさ💦」と伝えた。
亜希子ちゃんは「喜んで💕」と快諾。
待ち合わせ場所であるレストラン。
亜希子ちゃんは少しふくよかになっていた。
「少し太ったでしょ😅実はね…妊娠3ヶ月なの😆」
そう言ってお腹に手を当てて、優しい顔をしている亜希子ちゃん。
不倫の事実を知らなければ心から「おめでとう✨」と言ってたと思うが、少し複雑な気持ちになった。
幸せ絶頂の亜希子ちゃんの幸せを壊してしまう。
心苦しい。
少し気持ちを落ち着けるために、出入口にある灰皿が置いてある場所まで移り一服をした。
まさか、妊婦さんの前でタバコは吸えない。
一服しながら考えた。
しかし、きっといつかはわかる事。
意を決して亜希子ちゃんが待つテーブルに戻った。
「亜希子ちゃん…あのね」
「なぁに?」
サラダを食べながら亜希子ちゃんは返事をした。
「旦那さんの事なんだけど…」
と話し掛けたところで亜希子ちゃんが「うちの旦那、みゆきんの勤務先に行ってるんでしょ?」とうつ向きながら話した。
「えっ⁉」
驚く私。
「知ってるよ、私じゃない女とラブホに行って、そういう事をしてるって」
亜希子ちゃんの顔から笑顔は消えていた。
「多分だけど、相手は旦那の会社の事務員だと思うんだよね…確か吉田留美子っていうはず」
サラダを食べながら、淡々と話す亜希子ちゃん。
「実はね…」
亜希子ちゃんは箸を止めて話し出した。
どうやら旦那さんは、亜希子ちゃんと結婚してすぐからその吉田留美子という女性と不倫をしているらしい。
仕事で遅くなると言いながら、石鹸のいい匂いをつけて帰って来る。
出張と言って、一泊の準備をしていくのに、洗濯物はなくワイシャツもそのまま。
おかしいと思い、眠っている旦那の携帯を盗み見た。
すると出張に行ってるはずなのに「昨日は楽しかった❤輝之とずっと一緒にいれて幸せだった❤」というメールが受信されていた。
「俺もだよ😄しばらくは無理だけど、また機会を作るからそれまで待ってろよ😁」
そんなメールを見て火がついた亜希子ちゃん。
旦那と吉田留美子とのやりとりを全て保存し、そのメールを見せてもらった。
「今度はいつ会えるの⁉😢今日は奥さんの元に帰るんだね😫」
「本当に⁉今日会えるの⁉❤やったぁ~✨」
「浮気したら怒るからね😠プンプン😠💢」
「奥さんにバレてないか心配😢」
「今日は輝之と久し振りに愛し合えて、まだ余韻が残ってる❤幸せな時間をありがとう✨」
吉田留美子からのメールはこんな感じだった。
言っちゃ悪いが、決して賢い人ではないだろう。
そして、目を疑う様な内容のメールもあった。
「えっ⁉奥さん妊娠したの⁉信じられない😱妊娠したって事は…奥さんともエッチしてるっていう事だよね⁉私にはピル飲ませてゴムつけて避妊させてるのに、どうして奥さんとは避妊しないの⁉私以外としないって言ってたじゃない‼嘘つき💢」
このメールを見せてもらった瞬間の私の感想は「なんだこいつ💢バカじゃない?💢」だった。
これは懲らしめてやらなければ、怒りがおさまらない。
私と亜希子ちゃんは作戦をたてた。
亜希子ちゃんは表面上では冷静を装っているが、きっと旦那の不倫にハラワタが煮えくりかえっている事だろう。
きっとお腹の赤ちゃんも怒っているはず。
しばらくは旦那さんの行動を観察する事にした。
亜希子ちゃんは、旦那さんの行動をチェックしノートにつける。
ーーーーーーーーーーーー
4月18日
PM2時58分
輝之から「今日も残業で遅くなる。飯はいらない」とのメール。
PM11時頃帰宅。
残業のはずなのに、石鹸のいい匂いがする。
いつもは寝る前に必ずお風呂に入るのに、今日はお風呂に入らずに就寝。
4月19日
PM4時38分
「今日も残業」というメールが来る。
PM8時頃、輝之の会社に電話をかける。
誰も出ない。
輝之の携帯に電話。
電源を切っていたため繋がらない。
PM10時頃帰宅。
この日も石鹸の匂いをつけて帰宅。
4月20日
仕事は休み。
朝10時まで就寝。
この日は1日ずっと一緒に過ごす。
たまに携帯電話を手に取るが、怪しい様子はない。
ーーーーーーーーーーーー
亜希子ちゃんのメモを見て私はホテルの帳簿を確認。
4月18日と19日は、休憩でうちのホテルを利用していた事が確認された。
入室時間と退室時間をメモ。
そして亜希子ちゃんは旦那の携帯をチェック。
亜希子ちゃんのメモによると、旦那は会社から一度退勤し女が住む自宅の近くまで車を走らせ、女が自宅に車を置いて旦那の車でホテルに来ているらしい。
どうやら女は実家暮らしの様だ。
だからホテルを利用するのか。
旦那に色々話を聞く前に、徹底的に言い逃れが出来ない証拠を押さえたい。
ただ身重の亜希子ちゃんの負担も考慮し、長期戦を覚悟でバレない様に証拠を押さえていった。
しかし、個人的に浮気調査をしても限界がある。
そこで亜希子ちゃんの希望でプロの方…そう、探偵さんにお願いをする事にした。
亜希子ちゃんと一緒に探偵の方との打ち合わせで、待ち合わせ場所である喫茶店に着いた。
亜希子ちゃんの顔色が余り良くない。
「大丈夫?」
心配になり亜希子ちゃんに声を掛ける。
「大丈夫だよ😄ただ、つわりが酷くて💧」
私は妊娠した事がないからわからないが、ちょうどこの2ヵ月~3ヵ月って悪阻が酷い時期の様だ。
待っていると、探偵会社の方が来店。
「お待たせして申し訳ありません」
そう言って、40代後半と思われる男性が笑顔で名刺を渡してくれた。
名刺には「代表取締役・斎藤勝美」と書かれていた。
この人、探偵会社の社長さんなんだ…。
本来ならば、当事者以外の同席はダメらしいが、亜希子ちゃんの精神的負担軽減と体調を考慮し、特別に私の同席が許可された。
社長さんは亜希子ちゃんから色々話を聞き出す。
そして亜希子ちゃんは旦那さんの写真を社長に手渡し、不倫相手である吉田留美子の写メールを社長の携帯に送った。
旦那さんの勤務先や車の車種、色、ナンバーや特徴、良く行く場所など細かに聞いていく。
この時、私は初めて吉田留美子の写メを見た。
彼女が自分で自分を撮ったものと思われる。
髪は少し茶髪で写メでは後ろに結んでいて、目鼻立ちが整った和服が似合いそうな顔立ちで美人の部類に入るだろう。
見た目はおしとやかで清楚な感じだ。
とても不倫をする様なタイプには見えない。
探偵との打ち合わせは30分程で終了。
後は結果を待つだけとなった。
社長さんからは「後は私達に任せて下さい。くれぐれも自分達だけで勝手な行動はしないで下さい…相手に警戒されてしまうと、時間もかかりますしうまくいかなくなる場合もありますから」と念を押された。
探偵さんが帰った後、亜希子ちゃんが「私ね、今のところは輝之と離婚は考えてないの。今回で懲りてくれればの話しだけどね」と呟いた。
今回は許すが、次はないという事だ。
それから2週間後、探偵会社から一つの封書が届けられた。
亜希子ちゃんから連絡があり、私は亜希子ちゃんが住むアパートに向かった。
バインダーに挟まった、探偵会社からの報告書だった。
挨拶文のページをめくると…見事な程、決定的な証拠を押さえた写真がたくさん貼られていた。
私が勤務するラブホテルに入る瞬間の写真をはじめ、車の中で笑顔の2人、キスをしているものやホテルの窓から上半身裸で顔を出している旦那さんの姿の写真もあった。
あと、不倫相手の吉田留美子の生年月日と血液型、住所、勤務先、両親の名前と生年月日、勤務先、妹さんがいるらしく妹さんの名前と生年月日、勤務先も一緒にファイルされていた。
吉田留美子はどうやら私達より3つ下の様だ。
勤務先は亜希子ちゃんの旦那さんと同じ。
どうやらバツイチで保育園に通う5歳になる女の子がいるらしい。
娘さんの名前と思われる名前も書いてあった。
そして、吉田留美子のお父さんの勤務先を見て驚いた。
父親の会社だった。
父親の会社で課長職に就いている様だ。
これで、証拠は完璧だ。
後は旦那さんにこれら証拠を突き付けて、亜希子ちゃんに謝罪をして頂こう。
もちろん吉田留美子にもきちんと謝罪はしてもらう。
子供がいるのに不倫だなんて💢
5歳ならまだまだ母親に甘えたい年だろう。
不倫している暇があれば、子供と過ごす時間にしてほしいと思うのは私だけではないはず。
亜希子ちゃんの体調をみて、いよいよ旦那さんに突き付ける日が来た。
その日、私は仕事がお休み。
亜希子ちゃんは私の車の助手席に乗っていた。
体調は悪阻で気持ち悪いものの、比較的落ち着いているとの事。
亜希子ちゃんは旦那さんに「今日は高校時代の友人とご飯を食べに行くから😄」と連絡をしてある。
旦那さんからは「わかった👍ゆっくりしておいで😄何時頃になりそう?」というメールが来ていた。
「今日中には帰る😄」
「了解🆗👍」
よし、これで旦那さんは吉田留美子と会う事は間違いないだろう。
私と亜希子ちゃんは旦那さんの会社のすぐ近くにいる。
旦那さんの退勤時間となった。
15分後、旦那さんは会社の出入口で同僚と別れ、自分の車に乗り込んだ。
右に曲がれば自宅、左に曲がれば吉田留美子の自宅だ。
会社に来る前に吉田留美子の自宅は偵察済み。
住宅街にあるごく普通の一軒家で、玄関には「吉田」という表札が下がっていたので間違いないだろう。
旦那さんは車に乗り込むがなかなか発進しようとしない。
どうやら携帯をいじっている様だ。
吉田留美子にメールでもしているのだろうか?
旦那さんの車のすぐ近くに吉田留美子の軽自動車が停まっていた。
携帯を閉じると、旦那さんは車を発進させた。
私と亜希子ちゃんはどっちに曲がるか旦那さんの車を目で追い掛けた。
ウインカーは右を示している。
そして右折して行った。
その後すぐに吉田留美子と思われる女性が会社から出て来た。
車に乗り込むと、旦那さんの後を追い掛ける様に車を発進させた。
吉田留美子はどっちに向かうのか?
彼女も右に曲がっていった。
私達は彼女の車を追い掛けた。
行き着いた場所は、亜希子ちゃんのアパートだった。
先に着いていた旦那さんが車から降りて、吉田留美子に車を停める場所を教えている。
彼女はそれに従い、指定された場所に車を停めた。
そして一緒にアパートに消えて行った。
その様子を黙って見ている亜希子ちゃん。
今、亜希子ちゃんは何を思い、何を考えているのか。
話し掛けられる雰囲気ではないため、私はただ黙るしかなかった。
お互い無言のまま約30分が経過。
亜希子ちゃんの部屋の電気が消えた。
今、亜希子ちゃんの部屋で何が起きているか安易に想像がつく。
亜希子ちゃんは抱えていたハンドバッグをギュッと握りしめた。
私はそんな亜希子ちゃんの手を握りしめ「行こう」と言った。
亜希子ちゃんは軽く頷き車から降りた。
私もハンドバッグを持ち、車から降りて亜希子ちゃんの後についていく。
亜希子ちゃんの部屋は2階の角部屋。
階段を昇ってすぐの部屋だ。
極力足音をたてない様に静かに階段を昇る。
ドキドキしてきた。
手が汗ばんで来ている。
亜希子ちゃんはカバンから部屋の鍵を取り出し、鍵穴に鍵を静かに差し込んだ。
カチャン。
鍵を開けた。
玄関には吉田留美子の靴と思われる黒のヒールが、きちんと並べて置いてある。
玄関を入るとすぐにトイレがあり、居間に入るドアがある。
静かにゆっくりとドアを開けた。
居間は真っ暗だった。
居間の奥には寝室として使われている部屋がある。
そこの部屋から、吉田留美子の吐息が聞こえて来た。
「あぁ…輝之…愛してる」
「俺もだ…留美子…」
ギシギシとベッドが揺れる音も聞こえる。
亜希子ちゃんは目を閉じていた。
そして顔をしかめた後に、思い切り寝室のドアを開けた。
そこには裸で重なる2人の姿があった。
突然の出来事に、裸の2人は一瞬何が起きたかわからない様子だった。
「キャー‼」
先に事態に気付いた吉田留美子が悲鳴をあげ、咄嗟にタオルケットを胸から下に巻き付けた。
旦那さんも突然の妻登場に動揺しているのか、不可解な動きをする。
「何をしているの?」
亜希子ちゃんはそんな旦那さんを睨み付け静かに問い掛けた。
「あっ…いや…」
どうやらパニックになっている様だ。
亜希子ちゃんの足元には、2人の服が散乱していた。
「もう一度聞く。何をしていたの?」
亜希子ちゃんはそう言いながら散乱している2人の服を踏みつけながらベッドの上にいる2人に近づいた。
吉田留美子は亜希子ちゃんの迫力に怯えていた。
「奥さん‼本当に申し訳ありません‼」
そう言って泣き出した。
「亜希子‼違うんだ‼話を聞いてくれ‼」
旦那さんは裸のままベッドから立ち上がった。
無言のままの亜希子ちゃん。
思わず目に入る旦那さんのモノには生々しくゴムがつけられたままだった。
まさに最中だった事が伺える。
「奥さん‼私が悪いんです‼旦那さんは悪くありません‼本当に申し訳ありません‼」
「いや、留美子…彼女は悪くない‼俺が無理矢理誘ったんだ‼責めるなら俺だけを責めろ‼」
お互い庇い合う。
「…いつから?」
試す様に亜希子ちゃんは旦那さんに聞いた。
「今日が初めてなんだ‼」
その言葉に思わず私が「嘘言うな💢」と口を挟んでしまった。
「私は亜希子ちゃんの友人です。私のこの声に聞き覚えはありませんか⁉」
私の登場に裸の2人は私を見た。
「いつもご利用ありがとうございます。先日は10回目のお越しで千円割引になりましたよね?ナースのコスプレお貸しした時の内線、実は私が対応してました。私、あのラブホテルの従業員です」
目を丸くする旦那さん。
私は入退室記録を読み上げる。
「この日は18時26分に入室して21時06分に退室、コンビニボックスでおもちゃとコーラと緑茶を購入、翌日も17時55分に入室して20時ちょうどに退室、この日もコーラを購入されました。10回もうちのラブホテルを利用されてますが、モニターでは同じ女性でしたが、それでも今日が初めてだと言い張りますか?」
続けて亜希子ちゃんが「輝之…これも見て欲しい」
そう言って探偵が集めた証拠を見せた。
旦那さんも吉田留美子も、もう言い訳が出来ないと思ったのか黙っていた。
しかし、簡単にはいかなかった。
吉田留美子は何を聞いても「ごめんなさい」と泣いてばかり。
旦那さんは何を聞いても「俺が悪いんだ」ばかり。
何の解決にもならない。
亜希子ちゃんは「吉田留美子さん。あなた、まだ5歳の娘さんがいるのに…こんな事をして恥ずかしくないんですか?」と聞いても「ごめんなさい」しか言わない。
「あなたは主人の事をどう思ってるの?」と聞いても
「…ごめんなさい」
段々イライラしてきた亜希子ちゃんは、とうとう爆発してしまった。
「あんたさ、ごめんなさいしか言えないの⁉それとも泣いてごめんなさいって言えば許してもらえると思ってんの⁉」
「…ごめんなさい」
「バカにしてるの⁉」
亜希子ちゃんは吉田留美子が羽織っていたタオルケットを力強く引っ張った。
胸があらわになり、吉田留美子は再び泣き出した。
無駄な肉がない、スラッとした上半身で鎖骨が綺麗だった。
それを見ていた旦那さんが「亜希子…彼女もこんなに謝っているんだ…その…もう…勘弁してあげないか?」と言いながら、掛け布団を吉田留美子にかけてあげた。
その言動に亜希子ちゃんは旦那さんを叩いた。
「ふざけないでよ💢」
「…亜希子、俺を叩いて気が済むならいくらでも叩け。でも彼女は何も悪くない。だから…娘さんも待ってるし…明日も仕事だし…そろそろ…」
そう言って寝室にある時計に目をやる。
吉田留美子は黙ったままだ。
「話が終わるまでは帰しません」
亜希子ちゃんは怒りに満ちた眼差しで、吉田留美子を睨み付けた。
長年付き合いがあるが、亜希子ちゃんのこんな鋭い眼差しは初めて見た。
その眼差しを反らす様に下を向く吉田留美子。
「あの…」
吉田留美子が下を向きながらボソッと呟いた。
「娘…私がいないと夜寝てくれないんです…今頃きっと泣いていると思います…」
そう言って掛け布団をギュッと握りしめた。
「だから帰りたいと⁉」
「…はい」
「無理です」
その時、旦那さんが「亜希子…お前も母親になるんだろ?わかってやったらどうだ?娘さん…可哀想だとは思わないか?」
「おじいちゃん、おばあちゃん、妹さんもいるんでしょ⁉…こうして娘さんを家に預けて不倫行為をしてる時間はあるのに、話し合う時間はないの?ずいぶん都合いいわね」
「…ごめんなさい」
また「ごめんなさい」に戻ってしまった。
「時間がないなら、早速話し合いに入りましょうか?」
私は声を掛けた。
身内でも兄弟でもない私が出て行って良かったのか悩んだが、このままでは「話し合い」という目的が果たせないままになりそうだった。
亜希子ちゃんが「みゆきんには仲裁の役目で側にいて欲しい。私だけだと絶対感情的になるから…」と言っていた。
「時間がない様ですが、少しお時間を頂いてお話を…まずは服を着ましょうか?目のやり場に困るので」
2人は無言のまま服を着て、居間に移動した。
私と亜希子ちゃん、向かいには旦那さんと吉田留美子が座る。
早速亜希子ちゃんが口を開いた。
「まず輝之…こういう関係になったのはいつから?」
「…今年に入ってから」
諦めたのか素直に答える。
「じゃあ私が妊娠した時には既にそういう関係だったって事⁉」
「…はい」
「妊娠がわかった時にあんなに喜んでくれたのに、違う人ともそういうことをしていたんだ」
そう言って吉田留美子を見た。
吉田留美子は下を向いていた。
「吉田さん」
亜希子ちゃんは今度は吉田留美子に問い掛けた。
「お聞きします。あなたは私から主人を奪うつもりだったんですか?娘さんのお父さんになってもらうつもりでしたか?それとも、ただの遊び?」
「…」
下を向いたまま黙る吉田留美子。
「黙っていてもわからないんですけど」
「…ごめんなさい」
「いや、答えになってないから💢さっきからごめんなさいって、何に対してのごめんなさいなの?」
「…奥様に対してです」
「だから何が?」
「奥様に対して申し訳ないと…」
「じゃあ、本当に申し訳ないと思うなら誠意を見せてよ」
「…と申しますのは?」
「お金かな、慰謝料っていうやつ?」
「慰謝料…ですか」
「そう、別にないならないでいいわよ、その代わり会社とご両親にはきちんとお話しをさせて頂きます」
そこに旦那さんが口を挟んだ。
「なぁ…亜希子、彼女は何にも悪くないのに慰謝料って…しかも払えないなら会社と親に言うって…お前、ずいぶん性格が黒いな…そんなやつだとは思わなかったよ…彼女はきちんと謝罪しているじゃないか」
「輝之‼あんたこそ、こんなにバカだとは思わなかったわよ💢口だけの謝罪で許してもらおうと思ってる方が腹黒いんじゃない⁉さっきから「彼女は悪くない」を連発してるけど、彼女にも非があります。既婚者と知っていて体を許していても悪くないと?自分の意思でここに来たんだよね?それでも悪くないと?」
「誘ったのは俺なんだ‼」
「普通ならその時点で拒否するよね?誘いに乗った女は悪くないの⁉」
「亜希子‼もう勘弁してくれないか⁉悪かった‼お前の希望を全て聞く‼だからもう許してやってくれ‼」
不倫をする人間は、どうやら自分達の事しか考えられないらしい。
不倫をされる相手の事なんて何にも考えられないんだろうな。
話し合いは続いたが、お互いに平行線のままだった。
途中、吉田留美子が携帯を気にし始めた。
「どうかしましたか?」
私が声を掛けると「あの…さっきから親から電話が来ていて…多分、娘が泣いているんだと思います」と帰りたいオーラ全開で答えた。
亜希子ちゃんが「じゃあ、これからあなたのご両親に事情を説明しましょうか?今日は遅くなりますよって」と言うと、吉田留美子は「親には言わないで下さい…」と言ったきり黙ってしまった。
すると突然、旦那さんが怒鳴り出した。
「おい💢亜希子‼もういいだろ💢留美子…もう気にしないで帰っていいぞ、後は俺が話し合うから」
そう言って吉田留美子の肩を抱き立ち上がり、一緒に玄関に行こうとした時、亜希子ちゃんが「待ちなさいよ💢」と立ち上がった。
旦那さんが「うるせぇんだよ💢」と亜希子ちゃんを殴った。
何と…
妊娠中である亜希子ちゃんのお腹を目一杯、グーで下から打ち上げる様に殴ったのである。
「痛い…」
亜希子ちゃんはお腹を抑えてその場に崩れ落ちた。
その隙に吉田留美子は逃げる様に部屋を飛び出したのである。
「亜希子ちゃん⁉大丈夫⁉」
私はうずくまる亜希子ちゃんに駆け寄る。
亜希子ちゃんは泣いていた。
「ちょっと💢妊婦を殴るなんて最低じゃない‼」
私は旦那さんに怒鳴った。
すると旦那さんは「いつまでもガタガタうるさいお前が悪いんだろ⁉彼女は悪くないと言ってんのに、しつこいんだよ💢一発殴られたくらいで何大袈裟にうずくまってるんだよ💢妊娠をアピールしてるんじゃねーよ💢そんな子供なんていらねー💢堕ろしてしまえ💢‼」
そう言って、旦那さんは部屋を出て行ってしまった。
亜希子ちゃんは「みゆきん…ごめんね」そう言って、うずくまったまま号泣してしまった。
私は亜希子ちゃんを抱き締めた。
「何にも出来なくてごめんね…亜希子ちゃん…良く頑張ったね」
「みゆきん…私…もう耐えられない」
亜希子ちゃんは泣き崩れた。
あの2人…許せない。
亜希子ちゃんは落ち着いたのか泣き止んだ。
しかし、酷い偏頭痛を訴え嘔吐を繰り返していた。
「大丈夫⁉夜間救急病院に行こう‼お腹を殴られたんだし、赤ちゃんが何かあったらどうするの⁉」
「今日…銀行行ってないからお金おろしてないし…」
どうやら亜希子ちゃんはお金の心配をしている様だ。
「足りない分は私が立て替えるから‼都合ついたら返してくれれば大丈夫だし…ねっ‼亜希子ちゃん…私もついていくから病院に行こう‼」
半ば無理矢理亜希子ちゃんを総合病院の夜間救急の受付に連れて行った。
比較的すいていたため、すぐに診てくれた。
幸い赤ちゃんには異常はなかったが先生が「一応、かかりつけの産婦人科に診てもらって下さい」と言っていた。
偏頭痛と嘔吐は、どうやら精神的なものの様だ。
病院からの帰り道、亜希子ちゃんが「今日、みゆきんちに泊まってもいい?」と言って来た。
「うち?全然オッケーだよ😄散らかってるけど」
一旦亜希子ちゃんのアパートに戻り、ちょっとした着替えを持ちうちに来た。
うちに来た時点で、時刻は夜中1時を過ぎていた。
私はいつもはまだ働いている時間のため苦にはならない時間だが、亜希子ちゃんは本来なら眠っている時間。
少し眠そうだ。
「少し休んだら?私の布団で良かったら使っていいよ😄何にも気を使わなくていいから、うちにあるもの何でも勝手に使っていいからね😄」
「ありがとう…」
亜希子ちゃんが少し微笑んだ。
亜希子ちゃんは持って来たTシャツとジャージに着替えて布団に入った。
少しでも休めるといいけど…でも、やっぱりそう簡単に眠れる訳ではなさそうだった。
私はいつの間にか眠っていたらしく、目が覚めたのは朝9時を過ぎていた。
亜希子ちゃんは既に起きていて、ジャージ姿で居間でテレビを見ていた。
「みゆきん、おはよう😄」
いつもの笑顔の亜希子ちゃん。
「ん…おはよう~ふぁあ~( ´△`)」
大きなあくびをしながら亜希子ちゃんの近くに座った。
亜希子ちゃんが「私、あの女の事が許せない…」と呟いた。
「あのね亜希子ちゃん」
私はある考えを亜希子ちゃんに提案した。
実は亜希子ちゃんの旦那さんと吉田留美子の勤務先は父親の会社系列の会社だった。
ずるいかもしれないが…亜希子ちゃんを悲しませ裏切った代償はきちんとしてもらう。
亜希子ちゃんの旦那さんと吉田留美子が勤務する会社の社長は、父親の弟が経営。
愛人の子供である私や兄に対して「子供に罪はない」と優しく接してくれる。
たまに会うと「みゆきちゃん😄元気そうだね😄」といつも声を掛けてくれた。
ただ愛人である母親に対しては異常なまでに嫌悪感を出していた。
しかし、最近は和解したのか前よりは母親の話しも穏やかにしてくれる様になった。
おじさんは奥さんとは死別。
病気で奥さんを亡くしてからはずっと1人でいる。
息子さんが1人いるが、父親の会社は継がずに全く違う仕事をしている。
息子さんとは面識がない。
私はおじさんに電話をした。
「もしもし⁉孝夫おじさん⁉」
「おぉ~みゆきちゃん😄久し振りだね😄」
「忙しい時にごめんなさい💦」
「いやいや、大丈夫だよ😄みゆきちゃんからの電話なんて珍しいね…何かあった⁉」
「おじさんに相談があって…」
「相談…?」
「私事なんですが…」
私は、亜希子ちゃんの旦那さんと吉田留美子の不倫の話をした。
亜希子ちゃんは体調不良のため、代わりに私から話をした。
おじさんは黙って聞いてくれた。
おじさんの話しによると、吉田留美子は昨年の4月に入社した。
シングルマザーでまだ子供が小さいという事で、6ヶ月間試用期間で様子を見ていたが欠勤や遅刻もなく仕事も経験者という事で即戦力になったため今は正社員として働いているそうだ。
女子社員の中では仕事は出来るとの事。
父親が本社の会社の役職についているのもあり、吉田留美子は社内でも評価はあるそうだ。
亜希子ちゃんの旦那さんは今年に入り外回りから内勤営業に変わり、吉田留美子と一緒に仕事をしているそうだ。
今は営業部の部長補佐という役職がついているそうだ。
会社では仕事が出来る2人と評価されている。
そんな2人が不倫をしているとは…。
おじさんは「仕事が出来る2人をクビには出来ないが、どちらかを違う営業所に移動してもらうか…2人を離そう」
今すぐには無理だが、どちらかを違う営業所に飛ばすと言う約束をしてくれた。
そして、おじさんから2人に少しお灸を据えてもらう事にした。
社長直々に言われれば少しは懲りてくれるだろう。
ずるいやり方なのは承知だが、どうしても2人が許せなかった。
後は、きちんと亜希子ちゃんに謝罪をしてもらいたい。
すぐに吉田留美子の移動が決まった。
社内でも旦那さんと吉田留美子の不倫は噂されていたため、吉田留美子の移動は「仕方がない」と誰しもが納得をしたらしい。
移動先は車で1時間かかる営業所。
吉田留美子は毎日、この距離を通わなければならなくなる。
断ると辞める形になる。
吉田留美子は「子供もいるし、遠くの営業所はきついです」と訴えたらしいが、おじさんから「不倫をする時間があれば通えるだろう」と言われたらしい。
旦那さんは「吉田留美子を飛ばした不倫相手」と影で囁かれる様になり、居づらくなったが自業自得である。
旦那さんはやっと事の事態を理解したのか、亜希子ちゃんに土下座をして謝った。
吉田留美子も亜希子ちゃんに謝罪。
慰謝料はないが、その代わり旦那さんには今後一切会わないという念書を書かせた。
亜希子ちゃんは旦那さんと吉田留美子からきちんと謝罪をしてくれた事に納得をし、旦那さんに「次はないから」と念を押している。
今回は離婚はしない。
亜希子ちゃんの心の傷が癒えるにはまだしばらく時間がかかりそうだが、亜希子ちゃんは以前に比べて表情が少し明るくなった。
ただ、やはり旦那さんを疑う日々。
疑われても仕方がない事をしたのだから、後は信用を少しでも取り戻せる様に、生まれて来る赤ちゃんのためにも頑張って欲しいと思う。
後日、吉田留美子は旦那さんだけではなく、会社の人5人とそういう関係になっていた事が判明した。
しかも。
皆、既婚者である。
更に驚く事に、そのうちの1人は吉田留美子と一緒になるつもりで奥さんに離婚したいと言い、現在は別居状態なんだという。
その人は吉田留美子に本気で惚れたのである。
しかし、遠くの営業所に飛ばされてからは吉田留美子とは一切の連絡が取れなくなった。
「俺はあいつのために別居までしたのに😱」
今更、奥さんのところにも戻れず、子供にも会えず離婚しかないだろう。
現在、吉田留美子は「魔性の女」と言われている。
既婚者に近付いて行き関係を持つ。
しかし恋愛は面倒だ、と体だけの割り切った関係を求めている吉田留美子は既婚者の方が都合良かった。
しかし、家庭が壊れそうになると逃げる様にその人から遠ざかる。
そしてまた新たな既婚者を見付けて割り切った関係を楽しむ。
いけない情事を楽しむ。
何が楽しいのかさっぱりわからない。
営業所を飛ばされてからしばらくは吉田留美子の話でもちきりだったそうだ。
亜希子ちゃんの旦那さんをはじめ、吉田留美子と関係を持った人達は肩身が狭い。
特に女子社員からの視線は冷たい。
吉田留美子は確かにスタイルも顔も悪くない。
話し方も甘えた様なアニメ声で可愛らしさがある。
男性にはずいぶんともてるだろう。
男性が喜ぶ仕草や言動は熟知しているのだろう。
こんな吉田留美子に声を掛けられたら男性としては嬉しいだろう。
「一回くらいなら…」
こう思うのだろうか。
理性が飛ぶのだろうか。
家で帰りを待っている奥さんや子供を思うなら、こんな事は思わないだろう。
独身者なら別に構わないが一時の快楽のために家庭を裏切る心理は理解出来ない。
昨日、亜希子ちゃんが「お礼がしたい😄」とうちのアパートに来た。
赤ちゃんは順調に亜希子ちゃんのお腹の中で成長している。
悪阻はまだ辛いらしいが、前に比べたら落ち着いて来たと言っていた。
まだ性別はわからないらしいが、どちらでも元気に生まれて来て欲しい。
亜希子ちゃんの旦那さんはあれから人が変わった様に優しくなり、信用を取り戻そうと必死な毎日を過ごしているらしい。
今までは一切やってくれなかった家事も手伝ってくれる様になり、亜希子ちゃんを労ってくれる。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅し、今のところ怪しい様子はない。
改心してくれたのかわからないが、亜希子ちゃんはしばらく様子を見る事にした。
亜希子ちゃんの心の傷はまだまだ癒える事はないが、これに懲りてもう二度と亜希子ちゃんを裏切る行為はして欲しくない。
「ねぇ、亜希子ちゃん…あんな姿まで見て良く旦那さんを許したね」
私なら即離婚するだろう。
自分の旦那が他の女を抱いているところを目の当たりにしたら、私なら瞬間湯沸し器の様に一気に血の気が沸騰し、冷静さを失い怒り狂うだろう。
絶対許せない。
亜希子ちゃんは「離婚は正直いつでも出来る、これで弱味握ったし(笑)もっと輝之を困らせてからでも遅くない😁」
冗談を交えて亜希子ちゃんは話す。
まるで観音様の様である。
母親の具合は快方に向かっていた。
元々細い体は更に細くなり、骨と皮しかない状態だが相変わらず口は元気な様だ。
病院内をたまに歩く程度だから筋力も落ちた。
薬のせいか、顔色は良くないがたまに見せる笑顔は変わらない。
父親はほぼ毎日病院に通い献身的に看病をする。
改めて母親にとって父親の存在は大事なんだな、父親にとって母親は大事なんだなと思う。
転移も見つからず、先生から退院に向けてリハビリ頑張りましょう😄と励まされ母親はリハビリを頑張る。
年齢も50代後半という事もあり、なかなかキツイ様だが頑張っている母親。
退院も近い様だ。
父親の話だと、母親が退院して落ち着いたら入籍をするそうだ。
お互いにいい年だから挙式はしないが、身内だけで食事会の予定はしているとの事。
兄も了承している様で、この食事会で初めて父親は兄夫婦の子供と対面になる。
母親が退院する前に母親から「部屋を片付けておいて欲しい」と頼まれ、母親のマンションを訪ねた。
やはり家主が不在のマンション。
ポストにはチラシの山。
部屋も少しカビ臭い。
休みの日には母親のマンションに行き片付ける事にした。
母親のマンションは相変わらずの散らかっていた。
ため息をつきながらゴミはゴミ箱へ、服はタンスにしまう。
押し入れを整理していると、写真が出てきた。
母親が10代だと思われる、若かりし頃の写真だった。
もう1人、母親の隣に笑顔で一緒に映っている女性がいる。
背景は母親が住んでいたと思われる下宿。
どうやら一緒に映っている女性は、母親の親友であった太田さんだと思われる。
太田さんは面長で髪は肩までのストレート、えくぼが可愛らしい女性だった。
生前の太田さんとの写真。
きっと母親にとっては大事な大事な写真だろう。
若かりし頃の母親は、知っている母親より顔は丸く、少しふくよかな感じだ。
しかし変わらない目元やスラッと鼻筋が通った顔は母親である事に間違いはない様だ。
写真の裏を見ると、母親の字で「羽村荘前にて」と書いてある。
住んでいた下宿の名前だろう。
他にも写真が出てきた。
若かりし頃の父親と母親の写真が多い。
その中に「隆太」「みゆき」と書かれたアルバムが出てきた。
私と兄が子供の頃の写真だ。
私が赤ちゃんの頃の写真が出てきた。
「我が家にも可愛い女の子が誕生した。この子が生まれた日は雪が降っていた。朝日が雪をキラキラと照らす。美しい雪景色。そこから名前をとり「美しい雪…みゆき」と命名」
名前の由来と一緒に、私への思いが書いてあった。
「15時間の陣痛に耐え誕生した娘、みゆき。生まれた瞬間に聞いた鳴き声は一生忘れません。かけがえのない大事な娘みゆき。元気に育ってくれます様に…」
眠っている赤ちゃんの私の写真に母親が書いた手紙が横に一緒に挟められていた。
今まで母親に対して恨みもあったが、この写真を見た時から母親への気持ちが変わった。
私は出産経験はないが、香織さんの出産を立ち会い命の尊さ、赤ちゃんの誕生の素晴らしさを目の当たりにした。
甥っ子誕生の瞬間は今でも鮮明に覚えている。
陣痛の苦しみに耐え抜き、赤ちゃんが誕生。
普通なら可愛くて仕方がないはずの我が子。
しかし母親は我が子との接し方を知らなかった。
母親が母親の愛情を受けたのはたった5年間。
継母からは何の愛情ももらえず、恨みしかない母親。
母親とはどういうものなのかがわからなかった。
兄も私もお腹を痛めて生んだ子供。
可愛いはずなのに接し方がわからない。
母親もきっと悩んだだろう。
この写真を見るまでは、きっと死ぬまで母親を恨んだかもしれない。
癌と闘っている母親。
抗がん剤の副作用で痩せ細り、毛が抜け落ち、吐きながらでも癌と闘う母親。
「私には娘がいるのよ、30も半ばになるのに結婚の予定どころか相手もいない。私は母親らしい事は何一つしていないけれど、娘の子供を見るまでは死ぬ訳にいかないのよ」
担当の看護師さんが話してくれた。
「お母さん、そう話されてましたよ…だから私は癌なんかに負ける訳にいかないのよって。少々私達を困らせる事もあるけど…藤村さん、頑張っていますよ‼私達も全力で治療をしていきますから😄」
「はい…よろしくお願いいたします」
私は母親を誤解していたのかもしれない。
お互い、素直になれば今より少しは歩み寄れるかもしれない。
でも母親の減らず口に腹を立てた私。
病室で喧嘩をし、しばらく病室に行かなくなる。
しかし母親のマンションでは掃除と片付けは必ずした。
母親の写真は新旧入り交じり、ごちゃ混ぜになっていた。
こうして見ると、結構母親の写真はある。
何気無く写真をまとめていると、気になる写真を見付けた。
私と思われる女の子と兄と思われる男の子がはにかんだ笑顔で一緒にピースをして写っている写真だった。
私は幼稚園の制服を着ている。
4~5歳だろう。
前に住んでいたマンションの玄関先での一枚。
そしてもう一枚。
年配の男性と私と兄が一緒に写っている写真。
多分、同じ頃に撮影されたと思われる写真。
もしかして…
母親の父親、私と兄の祖父なのか?
祖父の名前は知っているが顔は知らない。
というか、この時に会っているのだろうが記憶にない。
兄妹で写っている写真の裏には母親の一言が書いてあった。
「みゆき、4歳の誕生日。自宅玄関にて」
誕生日の記念に撮影したのだろうか?
兄はピースはしているが顔は笑っていない。
私は兄の隣で楽しそうにピースをしていた。
対照的な兄妹の表情。
少し気になる写真だった。
母親の写真を整理して、箱の中にしまう。
若い頃の写真を見ていると、母親への怒りも不思議と落ち着いて来る。
さて、片付けが終わるまでもう少しだ。
タバコに火を点けて一服。
母親がいつ退院してきてもいい様にしておくか。
足の踏み場もなかった部屋はやっと綺麗になり、おかしな臭いも消えた。
片付けられない人に入る母親。
以前、何かで聞いた事がある。
片付けられない人というのは、心の隙間を物で埋める訳ではないが、何か心に隙間がある人が多いと。
寂しかったり、大失恋をしたり、大事な人が亡くなったり…
母親もきっと心の隙間を物で埋めていたのかもしれない。
母親の退院が決まった。
リハビリも頑張ったおかげで、日常生活には不自由ない程までに筋力は回復した。
偶然にもこの日は母親の誕生日であった。
父親や兄夫婦と「ささやかながら誕生日と退院を祝おう」という話しになり、母親が良く買って来ていたケーキ屋のアップルパイと、母親が好きなすき焼きを用意した。
お肉も母親の分は奮発して高い高級牛肉を用意。
私や兄夫婦は「こんな高級牛肉なんて食べたら逆にお腹壊す」と言って一番安い牛肉を用意した。
母親のマンションは全て片付け終わって人を呼べる状態にしていたため、母親にも自宅でゆっくりして欲しいと思い母親のマンションでお祝いをする事にした。
この日はラブホテルの仕事は休みをとった。
父親が母親の迎えに行っている間に、私と香織さんが買い出しへ、兄は子供の面倒を見ていた。
父親と甥っ子姪っ子は初対面である。
香織さんはさすが主婦。
家事も買い出しも要領が良い。
指示も的確でわかりやすい。
見習いたいものである。
全ての準備が終わり、後は父親と母親の到着を待つのみとなった。
勇樹くんにゆめちゃん。
そしてもう1人、まなちゃんという女の子が誕生していた。
この時はまだ生後5ヶ月。
特にゆめちゃんはまなちゃんを溺愛。
可愛くて仕方がない様子。
微笑ましい姉妹の姿に思わず笑顔になる。
兄と私がベランダでタバコを吸っていた時、香織さんは台所にいた。
するとまなちゃんが突然泣き出した。
驚いて振り向くと、ゆめちゃんが慌てて香織さんのところに走っていく。
私も兄も慌ててタバコを消してまなちゃんのところに駆け寄った。
まなちゃんが泣いていた原因は、ゆめちゃんが食べていたマーブルチョコがまなちゃんの口の中に入っていたためだった。
ゆめちゃんが「ゆめが大好きなお菓子だからまなにもあげたら泣いちゃった😫」とゆめちゃんも泣いてしまった。
「ごめんなさい😫うわーん😫」
泣いているゆめちゃん。
香織さんがゆめちゃんを抱き締めて「大丈夫‼泣かないの‼まながもう少し大きくなってから一緒に食べようね」と優しくゆめちゃんに言い聞かせた。
まなちゃんは口からマーブルチョコを出してあげると何事もなかったかの様にケロンとしていた。
ちょうどその時に父親と母親が帰って来た。
元気な泣き声が玄関まで聞こえていた様だ。
母親の第一声が「ずいぶん賑やかだね」だった。
顔は笑顔。
お母さん、退院おめでとう😄
母親の好物がテーブルの上に並べられた。
「恭子、退院おめでとう‼そして誕生日おめでとう😄」
父親はそう言いながら母親にプレゼントを渡した。
母親は早速プレゼントを開けた。
父親からのプレゼント。
高そうなダイヤモンドがついた婚約指輪だった。
「ありがとう😄」
母親は満面の笑みで父親を見つめた。
早速指にはめて、左手を高くかざす。
母親は嬉しそうに手を見つめていた。
母親の退院祝いと誕生日祝いが始まる。
勇樹くんとゆめちゃんからもプレゼントがあった。
勇樹くんからはお小遣いをためて買ってくれた靴下、ゆめちゃんは絵を書いてくれた。
画用紙にパパとママと兄ちゃんと妹と私とばあちゃんがみんなで仲良く横一列で手をつないで笑っている絵だった。
とても可愛く上手に書いていた。
「ゆめは絵が上手だね😄」
母親がゆめちゃんをほめるとゆめちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
「でも、じいちゃんがいないね(笑)」
「じいちゃんの顔知らなかった😢」とゆめちゃんは父親の顔を見た。
父親は目を細めて初めて見る孫の行動を見ている。
こんなに楽しい家族団欒は初めてかもしれない。
楽しい時間が流れた。
兄も楽しかった様でハイペースでお酒を飲み、酔っ払っていた。
まなちゃんがねんねしている隣で兄が眠ってしまった。
こうして眠っている親子を見るとそっくりだね😄と皆で笑った。
子供達も遊び疲れたのか眠そうだ。
母親も退院直後で疲れた様子。
酔いつぶれた兄を起こし、香織さんは子供達を連れて帰って行った。
私はせっせと後片付け。
ある程度は香織さんが片付けてくれたので楽だった。
父親と母親はソファーに座りゆっくりと2人の会話を楽しんでいる様子。
長年一緒にいたはずなのにまるで新婚さんの様に仲が良い2人。
前の私なら嫌悪感丸出しだっただろう。
写真を見てからはそんな気持ちはなくなり、穏やかに2人を見る事が出来る。
片付けも終わり「帰るわ」と声を掛ける。
母親が「みゆき、ありがとうね」と返事をした。
父親も「みゆき、今日はありがとう😄気をつけて帰れよ」と玄関まで見送ってくれた。
私は車に乗り込む。
家族への憧れが更に膨らんだ夜だった。
久し振りに亜希子ちゃんから連絡が来た。
「今日、桑原くんと食事に行く約束をしたんだけど…みゆきんもどう⁉」
桑原くん。
亜希子ちゃんの結婚式以来だ。
「桑原くんが嫌じゃなければ是非😄」
「違うよ💦桑原くんからみゆきんも誘おうかって言われたの」
それはそれは嬉しいじゃないか。
ラブホテルの仕事も休みだし、久し振りに亜希子ちゃんにも会いたいし😄
約束の時間に合わせて家を出る。
既に亜希子ちゃんがいた。
「待った⁉」
「全然😄私も今来たの」
かなりお腹が目立っていた。
「性別はわかったの?」
「うん😄男の子みたい」
お腹に手をやり、すっかりママの顔の亜希子ちゃん。
あれ以来、旦那さんは真面目に頑張っているらしい。
良かった良かった。
その時、桑原くんが来た。
「ごめんごめん、お待たせ」
前のスーツ姿とは異なり、ジーンズにシャツというラフな格好の桑原くん。
清潔感があって、なかなか素敵じゃないか。
3人揃ったところで近くの居酒屋に入る。
亜希子ちゃんは「私は飲めないからお茶で」と烏龍茶で乾杯。
私と桑原くんは生ビール。
各々好きなメニューを頼む。
昔話に花が咲き盛り上がる。
楽しい時間が過ぎていく。
お腹もいっぱいになり、お酒もいい感じで回って来た。
亜希子ちゃんが「私、そろそろ帰らなきゃ💦2人はどうする?」と言って来た。
すると桑原くんが「亜希子は帰るのか…そうだ‼藤村、一緒に飲まないか?いい店知ってるんだ」と誘ってくれた。
亜希子ちゃんを見送り、桑原くんと一緒に2件目の店に向かった。
駅前の雑居ビルの地下。
桑原くんの友人が経営兼店長をしている落ち着いた雰囲気のバーだった。
「おっす👍」
桑原くんが店長に挨拶。
「おー‼まさ‼おっ?今日はお連れさんも一緒?」
爽やかな雰囲気の店長。
なかなかのイケメンである。
笑顔で出迎えてくれた。
「高校の同級生の藤村みゆき」
店長に紹介してくれた。
私は軽く頭を下げる。
「はじめまして😄俺はまさ…こいつとは前の勤務先で一緒だった沢崎といいます」
そう言って名刺をくれた。
名刺には「沢崎隆太」と書かれていた。
兄と同じ名前だ。
うす暗く、黒を基調とした落ち着いた店内。
大人の雰囲気たっぷりのお店だ。
「まずはビールで乾杯するか😄」
桑原くんがビールを2つ注文。
お洒落なグラスに注がれた生ビール。
「乾杯」
こんな大人な雰囲気のお店なんて来た事がない。
でも値段はリーズナブル。
なかなかいいお店だ。
「ここのお店、良く来るの?」
桑原くんに聞く。
「月に2~3回かな?最近はちょっとご無沙汰だったけどね」
こうした行き付けのお店があるって、羨ましい話である。
私は余り飲みに出掛けたりはせず宅飲みばかりなのでたまにはこうして飲みに来るのも楽しい。
私がビールを飲み終えた頃店長がまた新しいビールを目の前に置いた。
頼んでないけど…
そう思い店長を見た。
口には出していないが、顔に書いてあったんだろう。
店長は「まさの友人には一杯だけなんだけどサービスしてるんだ😄まさには色々お世話になったからね」
「そうなんですか?ありがとうございます😄」
有難くごちそうになった。
店長と桑原くんが楽しそうに話をしている。
内容はマニアック過ぎて私には何の事だかさっぱりわからない。
たまに話をふられるがわからないため、ただ乾物を食べながら頷くしか出来なかった。
私は出されたさきいかに夢中になった。
程よい塩加減。
なかなか美味である。
カウンター裏から従業員の若い男性が店長を呼んだ。
その声に店長はカウンター裏に消えた。
「藤村、ごめんごめん💦内輪話で盛り上がってしまって」
「大丈夫😄私には美味しいさきいかがあったから」
かすしか残っていないさきいかを見て、桑原くんは爆笑。
「おかわりもらうか?」
「欲しいね」
普段からも酒のつまみでさきいかは良く食べる。
桑原くんと色んな話をする。
元奥さんとの離婚の原因も聞いた。
話しによると、元奥さんは他に男を作り帰って来なくなったらしい。
桑原くんとの離婚後、その男性と再婚をした。
「あなたとの結婚は後悔でしかない。あの人と出会って特にそう感じた。あなたの子供は産みたくないけどあの人の子供は産みたいと思う。
あなたに私を幸せには出来ない、さようなら」
元奥さんにそう言われて、桑原くんは余りの言葉に涙も出なかったそうだ。
「大変だったね」
「もう吹っ切れたけどな」
それから桑原くんは彼女は作っていないらしい。
桑原くんが「藤村はずっと1人か?」と聞かれ「そう、多分一生1人かもね」と答えた。
「まぁ、いい人が見つかればその時は考える」
「結婚は焦ったらダメだ」
「そうだね」
桑原くんとは店が閉店になるまで飲み明かした。
この日から桑原くんと良くメールのやり取りをしたり時間が合えば飲みに行ったりしていた。
恋愛感情はなかった。
仲が良い男友達という感じだった。
桑原くんも「藤村はサバサバしてるから女というより同性と飲んでるみたい」と言っていた。
そんなある日、桑原くんから「藤村に相談があるんだけど…」というメールが来た。
相談?
解決出来るかはわからないけど、話しならいくらでも聞いてあげる。
こうメールで返したら、今度私が仕事が休みの日に会う約束をした。
その日の夕方。
桑原くんがうちに来た。
「相談に乗ってもらうのに手ぶらじゃ悪いから」
そう言って私が好きなビール一箱と、さきいかとするめを買い物袋でいっぱい持って来てくれた。
「いか、好きだろ?」
「ありがとう😄するめも嬉しいね😄」
さきいかやするめは好きだが、お刺身のいかは余り食べない。
「ずいぶんシンプルな部屋だね」
「うん、ごちゃごちゃしているのは苦手でね」
「女の子の部屋ってピンクを基調とした可愛らしい家具なんか置いてるのかと思ったんだけど…」
「期待に答えられなくて申し訳ない」
「藤村らしいといえば、そうだよな、藤村はピンクというより真っ黒だな(笑)」
「日本一ピンクが似合わない女だと思うよ(笑)」
冗談を言い合い笑う。
私は早速持って来てくれたさきいかとするめの封を開けた。
「俺は車だからコーラ持参で来たんだ」
そう言ってショルダーバッグからペットボトルのコーラを出した。
「コーラ以外に飲みたいものがあれば、烏龍茶とオレンジジュースなら冷蔵庫にあるから勝手に飲んで」
「ありがとう😄」
「ところで…相談って?」
「あぁ…たいした話しではないんだけど…」
ちょっと言いにくそうに桑原くんが話し始めた。
「なぁ藤村…藤村の彼氏になるにはどうしたらいいと思う?」
「…は?」
突然の告白に、さきいかを食べる手が止まった。
「さきいかばっか食ってないでさ、どうしたらいいのか聞きたいんだよ…」
「どうしたらって言われても…」
桑原くんの事は嫌いじゃない。
今は特定の男性がいる訳でもないし、好きな人もいない。
桑原くんに対して恋愛感情はなかった。
好きとか愛してるとかの次元じゃなくて、腹を割って話せる大事な人。
「…黙ってるって事は迷惑な相談だったって事か?」
「いや、そうじゃなくて…突然過ぎて戸惑ってる」
「そうだよな…でも、あれから藤村と飲みに行っているうちに「こいつとならうまくやっていけそうな気がする」と思いはじめて、それから藤村が気になる存在になった」
真っ直ぐ私を見つめて真剣に思いを伝えてくれる。
「今すぐにとは言わない。少し考えてくれないか?」
前に桑原くんと飲んだ時に恋愛中の価値観は似ているという話しはしていた。
たまに1人の時間も欲しいし、束縛はされたくないししたくない。
桑原くんも私もお酒もタバコもたしなむから、タバコの煙に気を使わなくてもいい。
ただ、桑原くんは昼間の仕事、私は夜中の仕事で全く逆の生活。
会うとなれば、どちらかが休みの時じゃなければ無理だ。
「少し時間をちょうだい」
「いい返事待ってます」
桑原くんは笑顔で答えた。
恋愛に臆病になっていた私。
桑原くんとなら、いいお付き合いが出来るかな。
でも裏切られるのが怖い。
傷付くのが怖い。
1週間悩みに悩んで、桑原くんに電話を掛けた。
メールではなく直接伝えたかったから。
桑原くんが休みのお昼過ぎ。
携帯を手に目をつぶり深呼吸。
そして桑原くんに電話をした。
「もしもし、桑原くん⁉」
「おっ😄藤村‼やっぱり今日電話くると思ってたよ」
「今電話大丈夫⁉」
「おー全然大丈夫👍」
いつもの桑原くん。
「あの、この間の話しなんだけどね」
「おう」
「条件を出す」
「…条件⁉」
「うん、まず一つ…束縛はお互いしない」
「うん」
「2つ、お互い仕事の邪魔をしない」
「うん」
「3つ、浮気はしない」
「うん」
「それだけ」
「はっ?それって当たり前の事じゃねーの?」
「…そう?」
「言われなくてもわかってるよ😄」
「そう?」
「じゃあ、今日から彼氏っつう事でいいのかな?」
「…かな?」
「なんだ、藤村らしくないな💦」
「恋愛なんて久し振りだからね、どうしたらいいのかわかんないのよ」
「あはは(笑)大丈夫😄俺についてこい」
俺についてこいタイプは初めてだ。
悩んだ理由。
桑原くんは何でも話せるし気は使わなくてもいい関係だった。
飲みに行っても楽しかったし、煩わしさがなかった。
でも彼氏彼女の関係になると、こういう関係が壊れてしまうのではないか?と思ったのだ。
でも、桑原くんならきっと恋愛恐怖症になっている私をいい方向に導いてくれるのではないか、と感じた。
この日から桑原くんとお付き合いする事になる。
桑原くんの仕事は営業。
だから定時で帰れるのは少ないし、付き合いで飲みに行く事も良くある。
理解はしているので不満はない。
桑原くんは離婚してからはずっと実家暮らし。
だから会う時はうちに来る。
日祝休みの桑原くんと平日休みが多い私とでは、なかなか会う時間は少ないがそれはそれでお互い文句はなかった。
たまに休みが合う時は、色々出掛けたりした。
桑原くんとのお付き合いは心地が良かった。
桑原くんと付き合ってしばらく経ったある日。
休みが重なった。
しかし天気はあいにくの雨。
台風上陸の日で雨風が酷かった。
アパートの窓にも雨が激しく当たっていた。
「今日はせっかくの休みなのにこの天気じゃ、何処にも出掛けられないね😫」
桑原くんが言う。
「本当だね、どうしようか?」
「今日は家でのんびりするか?」
桑原くんがうちに来た。
大きな紙袋を抱えていた。
「ゲームしようぜ(笑)」
テレビゲームとソフトを持参した桑原くん。
朝から2人でゲームで盛り上がった。
子供の様にはしゃぐ桑原くん。
憎めない人である。
お昼は私がオムライスを作り一緒に食べた。
「オムライス、なかなかうまいじゃん🎵」
「そう言ってもらえると作った甲斐があるよ」
お昼を食べて一服し、再びゲームをする。
こうして家でゲームをしてのんびり過ごす休日も悪くない。
夕方、台風も過ぎたのか雨風が小康状態になった。
桑原くんが「おっ、雨も止んできたし、藤村が好きな温泉でも行って来るか?」
「いいねぇ😄」
良く行く銭湯に行く。
「ふぅー、気持ちいいな」
やっぱり温泉はリラックス出来る。
こんなデートもいい。
余りお金をかけなくても、こうして楽しめるのは最高の幸せだ。
背伸びをしないで、こういうお付き合いが出来る桑原くん。
いい彼氏に巡り合えたと感謝したい。
桑原くんとのお付き合いも順調。
私は相変わらずラブホテルでの勤務。
仕事中でも特別忙しくない限りメールは出来る。
「仕事終わった😆さて、藤村には悪いがこれから至福の一時を👍」というメールと共に缶ビールの画像が添付されているメールや、「明日は朝一で会議だ😫」という他愛もないメールが送られてくるのを見る。
忙しい時はなかなか携帯を見れないが、遅くなる時は見るだけで返信はしない。
必ずメールはくれる。
私もメールはする。
今月初めて休みが重なった。
その日は桑原くんの給料日直後という事で、桑原くんがお昼をご馳走してくれる約束をした。
しかし前日の夜に桑原くんから「何だか脇腹が痛いんだよね💦でも、明日は藤村に会えるから会えば治るさ😁」というメールが来ていた。
病院に行きたくてもその日は日曜日。
月曜日も痛かったら、仕事を抜け出して病院に行くと行っていた。
約束の時間通りいつもの桑原くんがうちに来た。
「脇腹の痛みは?」
「うん、大丈夫😄今日は久し振りに藤村とデートだ‼」
嬉しそうに話す桑原くん。
心配はしたものの、いつもの桑原くんだったためデートに出掛けた。
桑原くんの車に乗り込む。
車を走らせる事20分。
桑原くんの顔から笑顔が消え、顔色がみるみる悪くなる。
「藤村…ごめん、ちょっと停まる」
そう言って桑原くんは車を公園の駐車場に入れて停めた。
脇腹を押さえて苦しみ出した。
「桑原くん‼大丈夫⁉」
無言で首を縦には振るものの、苦しそうに顔を歪めている。
これはただ事ではない。
「桑原くん‼救急車呼ぶよ‼」
私は急いでカバンから携帯を取り出し119番をした。
すぐに救急車が到着。
桑原くんは救急車に乗せられた。
私も一緒について行く。
救急車の中でもかなり苦しんでいた。
総合病院の救急外来に到着。
すぐに診察が開始された。
私は待合室で待機。
落ち着かず、椅子から立ち上がったりウロウロする。
不安と恐怖が駆け巡る。
桑原くん…‼
きっと、本当はずっと痛かったのに無理して来てくれたんだ…
もっと早く病院に行ってたら…
桑原くんに何かあったらどうしよう…
泣きそうになりながら待合室にいた。
待合室のドアが開いた。
「桑原さんのお連れ様ですか?」
若い看護師さんが私を見た。
「はい…彼女なんですけど…彼はいったい…」
若い看護師さんに聞いた。
待合室で待っている間、私は「腹膜炎ではないか?」と思っていた。
兄が17~8歳の頃、仕事に行く準備をしていた時、急にお腹が痛いと訴えた。
尋常じゃない苦しみ様にさすがの母親も兄の元に駆け寄る。
その時も兄は右脇腹を押さえていた。
「みゆき‼救急車を呼んで‼」
母親が叫ぶと私は震える手で受話器を取り119番をした。
兄があんなに苦しむ姿を初めて見たからだ。
当時私はまだ中学生。
不安が駆け巡る。
兄はすぐさま救急病院に搬送されそのまま手術、入院となった。
無事に退院し今は何の問題もなく元気な兄だが、この時の事が頭を過った。
しかし、看護師さんから伝えられた病名は全く違っていた。
「尿路結石です」
「尿路結石…ですか?」
「一般的には尿管結石と言われているものです」
尿管結石…これは痛いと聞いた事がある。
倒産した会社の部長も尿管結石になり、石が出るまで苦労した様だ。
部長が「女の陣痛、男の尿管結石、これが痛みで一番辛いが女は赤ちゃん、男は石が出たあの瞬間は最高の幸せだ」と言っていた記憶がある。
それだけ苦しいものなのだろう。
桑原くんはまだ治療が続けられている様子。
命に別状はないと聞いて安心したが、しばらくの間桑原くんは石との闘いになった。
桑原くんの治療が終わり帰宅が許されたのは、午後2時を回っていた。
薬をたくさんもらっていた。
「この座薬すげーぞ‼あんなに痛かったのに、この座薬のおかげであの痛みから解放された😆」
痛みが楽になったらしく笑顔が戻った。
「藤村、悪かったな…せっかくのデートがこんなんなっちゃって⤵」
「大丈夫、気にしないで😄早く石が出るといいね」
「尿管結石ってオヤジがなるもんだと思ってたけど…あっ、俺も十分オヤジか😁」
「えっ⁉桑原くんがオヤジなら同じ年の私はオバサンじゃん(笑)まぁ、オバサンだけど(笑)」
病院からタクシーに乗り、車を停めた公園に向かう途中2人で笑う。
一時はどうなる事かと思ったが桑原くんの笑顔を見てホッとしていた。
桑原くんの車に到着。
「運転大丈夫?」
「大丈夫‼」
桑原くんはそう言って車を走らせた。
「晩御飯になるけど、約束通り飯おごるよ」
「病院代も結構かかったし、無理しなくても…」
「藤村には迷惑かけたし、約束したからね😄」
行ってみたかった先月オープンしたてのイタリアンレストラン。
ビルの最上階にあり、夜景が綺麗だった。
オープンしたてという事もあり満席だった。
少々待ち時間はあったものの、夜景を見ながらの食事は贅沢な気分になる。
また桑原くんとしばらく会えなくなるが、体を大事にしてもらいたい。
話は変わるが、先日勤務先のラブホテルで休憩中、おにぎり片手にお客さんが置いていった地元紙を読んでいた。
するとある記事を目にして驚いた。
以前お付き合いしていた篤志が傷害事件を起こしたという記事が載っていた。
記事によると篤志は酔っ払ってたまたま近くを歩いていた23歳の男性に良くわからない因縁をつけてぶん殴ったらしい。
短気な篤志。
ばあちゃんも心配していた。
とうとう篤志は「容疑者」になってしまった。
今は関係ないが、やはり一時はお付き合いしていた人が容疑者になってしまうのは悲しいというか残念で仕方ない。
ばあちゃんもきっと悲しんでいるだろう。
ばあちゃんも高齢だ。
余計な心配をかけてしまい、ばあちゃんの心労を思うと辛い。
篤志は根は悪い人ではない。
普段は優しくて、特にご年配には見習いたい程の配慮と気配りをする。
横断歩道で歩行者用信号機が点滅していても渡り切れないおばあちゃん。
篤志はおばあちゃんのところまで駆け寄り、おばあちゃんを背負って来た。
おばあちゃんは笑顔でお礼を言った。
篤志も笑顔で答えた。
その笑顔が好きだった。
将来はばあちゃんの面倒を見ると介護の資格も取得していた。
しかし短気な性格がそんな篤志をダメにしてしまう。
短期は損気。
本当にその通りだと思う瞬間だった。
一緒に頑張って来た夜のメイクのゆうちゃんが、今月いっぱいでラブホテルを辞める事になった。
理由は昼間の美容師の仕事が忙しくなり、夕方5時からの勤務に間に合わないからとの理由だった。
夜のメンバー唯一の平成生まれであるゆうちゃん。
昭和の人間には良くわからない言葉も多かったが、仕事は文句を言いながらも欠勤もなく真面目に働いていた。
昼間の仕事の都合で何度か遅れてくる事はあったが、皆理解はしていたので不満はなかった。
カットモデルになって欲しいと言われて、格安で髪を切ってもらった事もあった。
ゆうちゃんが辞めるに伴い、新しい人を募集。
入って来たのは50代の昌代さんという人。
「もう年齢的に仕事がないので、一生懸命頑張ります‼」
そう言っていたものの、想像以上にきつかったのだろう。
翌日には「体力的に無理です」という電話が来た。
今度また40代後半の良子さんという人が来た。
これまた1週間で辞めてしまった。
理由は同じ。
私も最初の半月は身体中が筋肉痛になり、覚える事もたくさんあり何度辞めようと思ったかわからないが、ピークを過ぎ身体が慣れれば楽な仕事である。
新しく人は来るものの、なかなか続かない。
そのうち、ゆうちゃんが辞める日になってしまった。
ゆうちゃんは「本当は辞めたくないけど😢」と寂しそうだったが「暇な時は遊びにおいで😄いつでも待ってるから😄」と言うと、嬉しそうに「ありがとう😄」と言ってお別れした。
ゆうちゃんの後任がなかなか決まらず半月が過ぎた。
それまではゆうちゃんの分も今いるメンバーでこなした。
48歳の真奈美さんという人が入って来た。
前に違うラブホテルで働いていた経験者という事もあり、覚えも早く頑張っていた。
しかしこの真奈美さん、一癖ある人物だった。
今まで一度もなかった、財布の中身が消えるという事が度々起きた。
最初は数え間違いだと思っていたが、そうではなかった。
この真奈美さん。
どうやら盗み癖がある様だ。
ただ確たる証拠がないため真奈美さんに聞く訳にはいかない。
当たり前に否定されるだろう。
私だけではなく、夜のメイクさん全員が被害にあっていた。
そこで作戦を考え実行した。
真奈美さんと私と純子さんの3人が一緒の時である。
私と純子さんは予め1万円分の千円札をお財布に入れておいた。
お札の番号は全て控えた。
私と純子さんはわざと財布を取り出しやすい場所に置き席を離れた。
真奈美さんが来る前は、何処に財布を置いても中身がなくなる事は皆無だった。
ジュースを買うふりをして財布の中身を確認。
8千円しか入ってなかった。
「やっぱり盗ったか」
心の中で呟き、純子さんを見た。
やはり純子さんも中身が減っていた様子。
一か八かのかけに出た。
純子さんが「真奈美さん、申し訳ないんだけど、今日両替する時間がなくて千円札が不足しているの、5千円でもあれば助かるんだけど…」
普段はこんな事はまずあり得ない。
朝と夕方に社長が金庫のお金を計算し、両替をしていく。
お客さんは部屋の中にある自動精算機で精算するため直接お釣りの受け渡しはする事はまずない。
しかし、お客さんが部屋でフードメニューを頼む時に配達をしてくれる食堂に立て替えで支払わなくてはならない。
そういった時のお金である。
まだ入ったばかりの真奈美さんは疑う事もなく「わかりました😄」と笑顔で財布から5千円を出した。
純子さんも笑顔で「申し訳ない、ありがとう😄」と真奈美さんが財布から出した千円札5枚を受け取り、5千円札を手渡した。
そして純子さんは計算をするふりをして、控えたお札の番号をチェック。
すると見事に控えてあった番号のお札を見つけた。
これで真奈美さんが財布からお金を盗んだ確たる証拠になる。
純子さんは私に目で合図し「ねぇ真奈美さん、ちょっと…」とテレビを見ていた真奈美さんを呼んだ。
まさかバレたとは思っていない真奈美さんは笑顔で「はい😄」と言いながら純子さんのところに歩み寄る。
この直後、真奈美さんの顔から笑顔は消えた。
「真奈美さん、ちょっといい?」
純子さんが真奈美さんを手招きした。
「真奈美さんがさっきお財布から出したこの千円札、ここに書いてある番号と同じなの…」
手書きで番号を書いたメモ用紙を真奈美さんに見せて説明をした。
「実は、前から真奈美さんが出勤の時だけ必ずと言っていい程お金の紛失があるから…」
純子さんがまだ話している時に真奈美さんが突然「騙したな‼」と言って純子さんの胸ぐらを掴んだ。
さっきまでの笑顔から一変、鬼の様な形相で純子さんを睨み付けていた。
「ちょ…何するのよ‼」
純子さんが真奈美さんの手を振り払おうとしているが、かなり強い力で掴まれていた。
「人を騙して楽しいのか⁉あーそうだよ‼パクったよ💢盗られたくなきゃ財布をちゃんと閉めておけ💢あれじゃ、盗られても文句言えないんじゃないのか⁉盗った分返すよ💢」
この人…正気なんだろうか?
恐ろしく感じた。
真奈美さんは財布から千円札15枚を取り出し、純子さんが座っていた机に「ドンっ‼」と目一杯叩きつけた。
「これで文句を言われる筋合いはないでしょ?あーくだらない💢もういいわ、帰る」
そう言って真奈美さんは荷物をまとめて帰ってしまった。
翌日から真奈美さんが来る事はなかった。
とりあえずお金が返って来た事と、もう会う事はないだろうとの理由で警察には連絡しなかった。
仮に私が1人で休憩室にいて誰かの財布が無造作に置いていても真奈美さんの様に手をつけようと思わない。
大変驚いた出来事だった。
48歳、子供4人の母親である真奈美さん。
一番下の子供も小学校4年生だと言っていた。
こんな母親では子供が可哀想である。
もう4年生なら良い事悪い事の判別はついていてもいい年齢だろう。
自分の母親が職場の人の財布からお金を抜き取り、発覚したら逆ギレするなんて聞いたらショックを受けてしまうだろう。
真奈美さんが辞めてからもなかなか人が決まらない。
そして綾子さんという40歳の人が入って来た。
大人しい人だが、話せば話してくれる。
仕事も真面目に頑張り、だいぶ慣れて来た。
子供さんが3人いて、一番上の娘さんは有名私立進学校に通っている。
昼間もパートをして夜も働く綾子さん。
「子供にお金がかかって昼間のパートだけじゃキツくて💦」
そう話していた。
旦那さんはいるが、なかなか生活は厳しい様だ。
この不景気で旦那さんの給料も減らされたと話していた。
綾子さんは週3~4日でメイクで入っている。
昼間のパートと合算したらそれなりの金額になるだろう。
子供を一人前に育てるには一千万円かかると聞いた事がある。
娘さんも進学校なら大学に進むだろうし、まだまだ頑張らなくてはならない。
ただ無理をして倒れてしまっては大変だ。
「のんびりやりましょ😄」
いつも綾子さんに声を掛ける。
一生懸命頑張っている綾子さん。
ずっと頑張って欲しいと思う人が入って来てくれた。
仲間として大変嬉しい。
ある日の休日。
桑原くんは仕事のため、仕事が終わったらうちに来る約束をしている。
日中は暇だったため、午前中は部屋でゴロゴロして午後からリサイクルショップに出掛けた。
前の休みに使わなくなった服やカバンを整理したやつを売りに行った。
いくらかにでもなれば有難い。
紙袋に入れて、リサイクルショップに持ち込む。
「いらっしゃいませ😄お売り頂けるものですか?」
笑顔で若い男性店員が声を掛けてくれた。
「はい」
「では、15番でお待ち下さい😄計算が出来たらお呼び致します😄」
15と書かれたプラスチックの小さな札をもらい、それまでプラプラと店内を見て歩いた。
古着を見ていると「みゆきじゃないか‼」と声を掛けられた。
振り向くと以前お付き合いをしていた慎吾だった。
「…ご無沙汰してます」
無愛想に挨拶。
一方慎吾は「元気だったか?」と終始笑顔。
「今は何をしてるんだ?」
「彼氏は出来たか?」
「何か服でも買うのか?」
色々質問をしてきたが、答える筋合いはないと適当にかわしてした。
その時に「番号札15番のお客様」と店内放送が流れた。
慎吾に「呼ばれたから」と言い、カウンターに向かった。
思っていたよりも高い金額で買い取ってくれた。
お金も受け取り、店を出ようとした時に慎吾に「久し振りに会ったんだから、ちょっとお茶でもしないか?」と言われたが断った。
しかし慎吾は「ちょっとくらいいいじゃん」としつこく追いかけて来たため「奥さんがいる人とは関わりたくない」と慎吾を振り払った。
「あっ?俺、離婚したんだよ」
「はっ?子供は?」
「向こうが引き取ったよ」
「そう」
私は振り返らずに返事をして自分の車に向かって歩く。
「みゆき‼よりを戻さないか?」
慎吾が叫んだ。
「無理✋」
私は即答。
そして車に乗り込んだ。
慎吾と付き合っていた時は結婚も考えたが、裏切られ、元カノと子供を作り元カノと結婚。
元カノと別れたからまた私とよりを戻したいとは、余りにも自己中である。
何より今の私には桑原くんという大事な人がいる。
桑原くん以外の男性は全く興味がない。
こんな慎吾みたいな男は別れて正解だ。
桑原くんからメールが来た。
「今日は残業になるから😞」
今は繁忙期で忙しいと言っていた。
仕事なら仕方がない。
洗濯をしながら、録り溜めしておいた番組を見る。
まだ桑原くんの仕事は終わりそうもない。
冷蔵庫の中にある半端野菜を入れてカレーを作った。
そうこうしているうちに桑原くんから着信があった。
「やっと帰れる😫」
ふと時計を見ると、午後8時40分だった。
「遅くまでお疲れ様」
「このまま真っ直ぐ藤村んちに行くかな?」
「晩御飯は食べたの?」
「食べてない⤵」
「カレーだったらあるけど」
「食う‼急いで帰る😍」
20分後、インターホンが鳴った。
ネクタイを緩めたスーツ姿の桑原くんが笑顔で立っていた。
「おっ🎵カレーのいい匂いがする😍」
桑原くんはカレーライスが大好きらしい。
一緒に手を合わせて「いただきます」
「んーうまいっ‼」
桑原くんは相当お腹がすいていたのか、一気にカレーを頬張る。
憎めない人である。
ご飯も食べ終わり一服。
「なぁ藤村」
タバコを吸いながら桑原くんが話し掛けた。
「何?」
先に一服し終え、後片付けをしていた私はお皿を洗いながら答えた。
「藤村にちゃんと話しておかないといけない事があって」
お皿を洗う手を止めて振り返ると、真面目な顔をした桑原くんがいた。
「俺、10月から転勤が決まったんだ」
「えっ…?」
「多分、転勤したら2~3年は帰って来ない」
言葉に詰まった。
転勤先は飛行機に乗らなければ往き来が出来ない距離だ。
「そこで藤村に相談なんだけど…」
「何?」
「俺と一緒について来る気はないか?」
「えっ?」
「10月の話しだから、今すぐの返事は望んでいない。少し考えてくれないか?」
「…うん」
「藤村、俺と結婚しないか?」
「結婚⁉」
突然のプロポーズに驚いた。
「藤村と一緒にいて、心から安らげるし気は使わないし最高のパートナーだと思っているんだ…年齢的にもさ」
「…うん」
「考えてみてくれないか?俺、藤村の事を心から愛しているんだ。こんなに女性を愛した事はない」
そう言って桑原くんは台所に立っていた私を抱き締めた。
桑原くんがいつもつけている香水のいい香りに包まれた。
こんな桑原くん、初めて見た。
いつも少年の様にはしゃぎ、いつも笑顔で優しさに満ち溢れている桑原くん。
戸惑いもあったが抱き締められている時は幸せな気持ちでいっぱいだった。
結婚かぁ。
桑原くんとなら幸せな結婚生活が送れるかな…。
桑原くんについていく決心をした。
ラブホテルも辞める事になる。
このアパートも引き払う事になる。
住み慣れた街を離れるのは寂しいが、桑原くんと一緒なら慣れない街も住めば都。
きっと頑張れる。
まだ先の話ではあるが、桑原くんとの結婚も視野に入れて準備を始める。
桑原くんのご両親にご挨拶に行った。
定年退職されたが、元郵便局長のお父さん。
亜希子ちゃんのお母さんと仲が良いお母さん。
お父さんは寡黙な方だが、お母さんは良く話す。
「あなたがみゆきさんね😄亜希子ちゃんと仲が良いって聞いたわ😄」
「はい」
お母さん手作りのレアチーズケーキを頂いた。
「お口に合うかわからないけど…」
「とても美味しいです」
甘くなく、程よい酸味のバランスが絶妙。
大変美味しい。
お母さんはたまに私の名前を間違える。
その度に桑原くんが「みゆきだから」と訂正する。
元嫁の名前だと思われる。
気にはなったが仕方ないと思う様にした。
「みゆきさん😄雅之の事よろしくお願いしますね😄」
「こちらこそ💦」
緊張したがご挨拶を終えた。
桑原くんにはお兄さんがいるが、この日は仕事の都合で会えなかった。
後日、お兄さんに会う予定である。
私の方にも挨拶。
誰よりも兄が桑原くんを気に入った様だ。
母親は体調が優れなかったが、桑原くんと会ってくれたが長時間は厳しいとの理由で簡単な挨拶で済ませた。
「みゆき、多分お袋無意識なんだろうけど元嫁の名前で呼んでごめん」
「いいよ、仕方ない」
桑原くんとの結婚に向けて少しずつ準備をしていった。
桑原くんの転勤予定日まで2ヶ月を切った。
そろそろラブホテルにも辞める事を伝えなくてはならない。
大家さんにも退去する事を伝えなくてはならない。
ラブホテルの社長や皆と別れるのは寂しいが、とても飛行機では通えない。
桑原くんも転勤前の仕事で忙しく、なかなか会えない日が続いた。
そんなある日。
私はラブホテルの仕事が珍しく連休。
桑原くんは仕事だが、連休初日は早く帰れるとの事で久し振りに会う約束をした。
「今日は藤村んちでピザでもとるか🎵」
桑原くんからお昼休みに連絡が来た。
桑原くんが来る前に部屋を片付けて掃除機をかける。
洗濯もして、飲み物を買いに近所のスーパーに買い物に来た。
後は桑原くんが来るのを待つだけだ。
夕方6時過ぎには帰れると言っていた桑原くん。
しかし6時半を過ぎても音沙汰がない。
「仕事終わらないのかな」
そう思っていた。
そして午後8時過ぎ。
未だ連絡がない。
桑原くんにメールをする。
「仕事お疲れ様💦今日は残業なのかな?」
いつもなら残業でも必ず10分以内には返信があるが9時近くになっても返信がなかった。
「桑原くん…何かあったのかな…」
電話をしてみるが、留守番電話サービスに繋がる。
不安が駆け巡る。
時刻は午後9時を回ったところ。
何度か携帯に連絡をするがやはり繋がらない。
「桑原くん…何かあったの?」
その時、私の携帯に着信があった。
私の携帯に登録されていない携帯番号。
「もしかしたら桑原くん⁉」
会社が支給した携帯も持っていたため、その電話だと思ったのだ。
「もしもし⁉」
慌てて電話に出た。
「あの…藤村みゆきさんの携帯でしょうか?」
低い声の男性からの電話だった。
「はい…そうですけど…」
警戒する私。
「私、桑原雅之の兄ですが」
桑原くんのお兄さん⁉
「はあ…」
突然のお兄さんからの電話に戸惑った。
「突然のお電話失礼します。あのですね…弟、雅之は交通事故に遭いまして今、病院の救急センターにいます」
お兄さんの話しで全身の血の気がひいていくのがわかった。
手足が震え、背筋が冷たくなった。
「弟はずっとうわ言の様に「藤村…藤村…」と言っているみたいでして…病院に来て頂けませんか?」
「わかりました‼これからすぐに向かいます‼」
着替えもせず、貴重品と免許証が入ったバックを手に取り、ダッシュで階段を駆け降りて車を走らせた。
うっすらと目に涙が浮かぶ。
無我夢中で車を走らせる事20分。
お兄さんが教えてくれた総合病院の救急センターに到着。
桑原くんのご両親とお兄さんが控え室にいた。
「桑原くんの様子は⁉」
私は涙を溜めながら聞いた。
「みゆきちゃん‼」
お母さんがハンカチを握りしめながら私を見た。
お父さんは眉間にシワを寄せていた。
話を聞くと、営業先から帰る途中に大型トラックと信号がない交差点で出会い頭に衝突し、桑原くんが乗っていた会社の軽は大破、桑原くんは全身打撲と頭部強打で救急車でこの病院に運ばれて来たとの事だった。
会社の方がそう話していたらしい。
お母さんは体が震え、顔色も悪い。
お兄さんも仕事帰りだったのかスーツ姿のままだった。
看護師さんが控え室のドアをノックした。
「桑原さんのご家族の方ですか?」
「はい‼そうです‼」
お母さんがすぐに返事をした。
「息子です‼息子はどうなんですか‼」
お母さんは泣きながら看護師さんに向かって叫ぶ。
「まずこちらに来て頂けますか?」
看護師さんが桑原くんの治療をしている部屋に呼ばれた。
私は控え室で待機する事に。
桑原くんは手術をする事になった。
私は祈る事しか出来ない。
医者でも看護師でもないため、医療については無知である。
私が病院に来たからと言って桑原くんの怪我が劇的に変わる訳でもない。
何も出来ない私。
ただただ祈る事しか出来ない。
「神様…‼どうか桑原くんを助けて下さい‼お願いします‼」
いつも笑顔の桑原くん。
どんなに仕事で疲れていても私が休みの日には「藤村の顔を見ると、どんなに高い栄養剤より元気になる😁」とどんなに残業で遅くなっても、10分でも必ず顔を出してくれた。
「テトリスは俺に敵うやつはいない😁」
そう言い切ったが私にあっさり負けて「もう一回やるぞ‼」と腕捲りをして頑張っていた。
初めて一泊で旅行に行った時、本館と別館を間違えてしまい「別館はお隣でございます」とフロントのお姉さんに言われて、真っ赤になっていた桑原くん。
初めて一緒に過ごした夜、頑張り過ぎて終わってから腰が痛いと泣いていた桑原くん。
桑原くんは椎茸とシメサバと納豆が嫌い。
野球が好き。
車が好き。
カラオケが好き。
子供が好き。
「子供は3人欲しいな😍」
そう言っていた。
実家で飼っている犬を溺愛。
可愛いチワワ。
名前は「やま」
桑原くんの友人であるヤマさんという人からもらったから「やま」とつけたらしい。
たまにうちに「やま」を連れて来ていた。
余り吠えず、桑原くんの言う事をちゃんと聞くお利口な犬「やま」。
桑原くんとの色々な事を思い出す。
またあの桑原くんの笑顔が見たい。
少しハスキーなあの声をまた聞きたい。
手術が終わった。
時刻は既に夜中1時を過ぎていた。
桑原くんは集中治療室に運ばれた。
沢山の管が体につけられ、周りには沢山の機械があった。
あちこちから色んな機械音が聞こえる。
人工呼吸器が装着されている。
顔は事故の衝撃で腫れているが怪我は少ない。
麻酔で眠っている桑原くん。
桑原くんのお父さんとお兄さんは一度自宅に帰った。
お母さんは眠っている桑原くんの頭をさすり顔を見ている。
「みゆきちゃん」
泣き腫らした顔のお母さん。
「こんなに遅くまでごめんなさいね」
「いえ…」
「この子、みゆきちゃんの話をする時はいつも笑顔で…幸せそうだったわよ」
そう言って桑原くんの顔を見た。
「桑原くん…」
涙が止まらない。
どうか無事に回復します様に…
桑原くんが入院して5日が過ぎた。
私は仕事に出ていた。
しかし桑原くんの事が気になりミスばかり。
さすがに社長に呼ばれた。
「藤村、最近どうした?普段しないミスばかりだけど…」
「すみません」
「余りプライベートを聞くのは好きではないが…何かあったのか?」
「あの…実は今お付き合いをしている人が事故に遭いまして…まだ意識が回復しなくて…そればかりが頭に…」
私は下を向きながら答えた。
社長は「そうか…それは大変だな…」
まだ社長に辞める事は伝えていなかった。
社長と相談をし、桑原くんの容態が落ち着くまでは早上がりさせてもらう事にした。
自宅に帰りシャワーを浴びる。
シャワーから上がり、ドライヤーをかけていた時に私の携帯が鳴った。
桑原くんのお兄さんからだった。
「夜遅くに大変申し訳ありません…桑原雅之の兄ですが」
「いえ、大丈夫です…こんばんは」
「雅之の意識が回復しました」
「本当ですか⁉良かった…‼」
私は嬉しさの余り飛び上がった。
「しかしまだしばらくは絶対安静なので、お見舞いは…お気持ちだけで。一般病棟に移った時にはいつでもお待ちしています」
「ありがとうございます‼」
お兄さんとの電話を切ってから私は嬉し泣き。
良かった…
本当に良かった‼
お兄さん、ご報告感謝です。
怪我が良くなるまでかなり時間はかかるだろうけど、1日も早い回復を願う。
その日は夢を見た。
元気な桑原くんが私と手を繋ぎ、いつもの笑顔で仲良くデートをしていた。
私が履いていたスニーカーの靴紐がほどけた。
私は桑原くんに「ちょっとごめん」と言って靴紐を結び直した。
立ち上がると隣にいたはずの桑原くんがいない。
「あれ?桑原くん⁉」
私は周りをキョロキョロしながら桑原くんを探した。
すると桑原くんは何故かスーパーマンの様に空を飛んでいた。
「おぉーい‼藤村‼」
上空から笑顔で私を呼ぶ。
「桑原くん⁉」
私は下から桑原くんを呼ぶ。
その時、ガタンという音がしたと同時に目が覚めた。
チェストの上にあげておいた桑原くんとのツーショットの写真を飾ってある2つ折りの写真立てが倒れていた。
たまに倒れる写真立て。
「はぁ…」
ため息をつきながら写真立てを直す。
「桑原くん…」
桑原くんとの笑顔の写真。
一泊旅行に行った時に撮影したものだ。
「早く元気になってね」
写真の桑原くんに話し掛ける。
そして再び就寝。
「回復した」の言葉に安心したのか、久し振りにゆっくり眠れた日だった。
翌朝。
目が覚めると朝10時半を過ぎていた。
久し振りにゆっくり眠れたおかげで目覚めも良かった。
あくびをしながら寝起きの一服をしにリビングに向かう。
タバコに火を点けてすぐに携帯が鳴った。
父親からだった。
「みゆき、おはよう😄」
「おはよう」
「何だ、寝てたのか?」
「今起きた」
「来週の木曜日は仕事か?」
「来週の木曜?あーちょっと待って」
私はシフト表を見た。
「休みだけど…?」
「そうか😄じゃあ飯でもどうだ?」
「ご飯?」
「あぁ。来週の木曜日に籍を入れようと思ってるんだ」
「そうなんだ、じゃあ私邪魔じゃん。2人で仲良く食べればいいのに」
「隆太も呼ぶつもりなんだが」
「兄ちゃんも?」
「あぁ、そうだ。入籍の日に家族でご飯を食べたいと恭子の願いでもあるんだよ」
「そう」
「隆太は仕事だろうから夜にでも電話をするつもりだ」
「香織さんや子供達は?」
「隆太に聞いてみない事には…」
「わかった、じゃあ来週の木曜日はあけとくよ」
桑原くんの容態が回復していなければ断っていたが、回復したと聞いたため木曜日は家族でご飯を食べに行く事にした。
お兄さんは度々、桑原くんの様子を教えてくれた。
まだ人工呼吸器は外れないが、血圧も心拍数も落ち着いているとの事。
少しずつ回復しているのがわかった。
お兄さんも離婚経験があり今は彼女もいないらしい。
会社の独身寮にいる。
独身寮と病院が近いため、ほぼ毎日病院に行っている。
お兄さんからの電話で桑原くんの様子を聞く度に安心した。
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
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