売掛金回収
年商二千万
個人事業主
世の中
不景気不景気
しか~し
払うものは払って下さい
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世の中は不景気だ。
金の巡りが悪い時代は人間の心をも貧しくさせる。
困ったものだ。
わが社は
約四年前に独立したリフォーム会社である。
『わが社』と呼べるほど
凄くないのが現状だが…
何せわが社
【猫田板金】は
代表である猫田トシと
従業員で事務担当の
妻・猫田アイコのみ。
後は外注頼みだ。
以前は従業員が居たが、従業員の生活がかかってくる事の圧迫感から外注頼みに変更。
外注費は嵩むが気が楽なのだ。
一人で頑張っている割に
年商二千万はニンマリしてしまう。
しか~し‼
世の中には居るのだ。
平気で売掛金を払わない輩が。
あぁ困ったものだ。
不景気不景気だが、仕事は切れない【猫田板金】
代表の人柄か?
腕の良さか?
まぁ両方ということにしておこう。
わが社が主力にしている取引先は信用があり約款も交わしているから安心な会社だ。
では、何処のどんな会社が駄目なのであろう。
猫田トシ
不覚である。
信頼関係のみでは駄目だと悟った40才だ。
不届き者の個人会社と気付くのが遅かった。
いつもなら
工事終了後に即金払いの
個人会社。
今回は最初から様子が変だった。
工事終了後
相手会社の代表千川の携帯は電源切れ。
女性営業担当東はコールするものの留守電。
悪質な売掛金未払いに遭遇したことがなかったわが社はまだ何も気付かない
5月の終わりだ。
売掛金90万。
個人事業のわが社では大切なお金である。
材料代・外注費・産廃代をここから払う。
経費を払い実際手元に残るのは30万。
呑気な代表トシに対して
妻アイコはしっかり者。
『ねぇ、STさん(相手会社名)おかしくない』
アイコの言葉で
そういえば…と気づくトシ。
これが6月初めである。
6月初め
千川氏・東氏両者
電話に出ない。
困ったものだ。
ST社は自宅を事務所としている。
『猫田板金ですが~
お世話になっております。社長さんはご在宅でしょうか?』
アイコが自宅事務所に電話をした。
『あっお世話になっております。主人は岩手に言ってまして、私が完工書を貰いにお客様のお宅に行く予定です。』
?? ?? ??
音信不通の上岩手???
頭の中が??でいっぱいの
アイコ。
『奥様もお仕事を一緒になさってるのですか?』
『いえ、私はパン工場でパートですが、主人に頼まれまして』
?? ?? ?? ??
更に??がいっぱいのアイコ。
『そうですか』
『社長さんとは連絡とれませんでしょうか?何回お電話しても電源が切れたままなのですが』
『はぁ…』
?? ?? ??
なんだ?この対応は?
アイコは困惑している。
『お客様のお宅に行く時は連絡しますから』
怪しく思ったアイコは
『では、お客様宅へ行かれる時は私も近くまで行きますので、そのままお支払頂けますか?』
『解りました』
『では、宜しくお願いいたします。失礼致します。』
腑に落ちないが仕方ない。
アイコはトシにやり取りの内容を話す。
トシも??がいっぱいになった。
パン工場?の奥さんが
集金??
そんな杜撰でお客様は
お金を払うのか?
6月初め日曜日の前日
アイコの携帯が鳴った。
千川氏妻からだ。
『お世話になってます~
猫田です。』
『あっお世話になってます。千川です。
明日、
午前中の工場が終ったらお客様宅へ行きます。』
必ず『あっ』が入るなぁ~
この人、お客様宅へ行って大丈夫なのだろうか?
アイコは思いながら
『では、近くまで参りますので集金完了後お電話下さい。』
『あっ、解りました。』
『では、宜しくお願いいたします。』
電話を切ってから不安な感情がモワモワ出てきたアイコだ。
とにかく明日を待とう。
わが社に入金して貰わなければ材料代の支払いがくる。
翌日、
アイコは領収書セットを持ち、車を走らせ始めた。
約一時間のドライブ。
少し早めに出発したので
コンビニに寄り
一休みしているとこに
携帯が鳴り始めた。
嫌な予感………
やはり…
携帯のウインドウの
【千川氏奥様】の文字。
『猫田です。
お世話になってます。』
『あっ、千川です。
ちょっと早めにお客様のとこに行ったんですが…』
なんだ??
『会社の人間は来ないし、塗装がいい加減と言われてしまって。』
塗装?
うちは無関係の業者。
『で、塗装のやり直しで、終らないと払わないと、
お客様がぁ』
はぁ??
『そうですか。
では、いつ頃になりますか?』
『あっ、
また連絡します。』
『解りました。
失礼致します。』
不安的中。
アイコは事の経緯をトシに報告し、来た道を引き返した。
帰り道。
景色がグレーだ。
あの奥さんに任せて大丈夫なのか?
千川氏は何故連絡してこない?
東氏は何故電話に出ない?
頭の中はクエスチョンだらけだ。
トシとアイコは話し合い
今後もあるし
同じ業界にいる訳だから
少し様子を見ようということにした。
トシの頭の中では
嫌な記憶が蘇っている。
130万売掛金があった会社が計画倒産した記憶。
あの時も困ったものだ
だったよなぁ。
規模の大きい会社で競争馬を何頭も所有しているような社長だった。
勿論、破産管財人はついたが微々たる金額の通知が来ておしまい。
取りっぱぐれは
もう沢山だ。
トシはタバコに火をつけながら心の底から思った。
3日後、アイコの携帯に
千川氏妻から電話だ。
『猫田です。
お世話になってます。』
『あっ千川です。』
相変わらずの受け答えだ。
『どうなりましたか?』
『それがぁ
塗装が一週間ぐらいで
その後、足場をばらさないともらえないので………』
で、何ですか?
冷静に冷静にと自分に
言い聞かせながら
アイコは聞いた。
『それでいつ頃ですか?』
『あっ、二週間ぐらいみてほしいんですけど』
!!!
大丈夫かぁ?
でも、冷静に…
『そうですか。
解りました。
でも、なるべく早目にお願いします。』
本当早くしてね~が
本音だが冷静さを失わないように勤めた。
電話を切ってから
深いため息をつき
アイコもまたトシと同様に
130万の売掛金の事を思い出していた。
あんな思いは
もう嫌。
払ってもらわなくちゃ。
もうすぐ二週間。
連絡無し。
不景気だからと連絡しなくて良いなんて事はない!
痺れを切らしたアイコは
千川氏妻に電話した。
『猫田ですけど、
どうなりましたか?』
『あっ、今、
東さんと会って話してきたんです。』
『東さん、連絡とれるんですか??』
『あっちょっと休んでいたみたいですけど、復帰するみたいです。』
?? ?? ??
また??がいっぱいだ。
仮にも会社として仕事しているのに
千川氏・東氏共に何を考えてるんだ?
千川氏妻では話が進まなそうな様子を感じたアイコ…
『では、私のほうから東さんにお電話してみます。』
そう言って電話を切った。
経緯はどうあれ
やっと、ST社に精通している人間の出現に少し心が
穏やかになったのが解る。
電話を切り、
一呼吸して
東氏に電話した。
少し遅い時間で失礼かとも思ったが、ほったらかしにしていたほうが失礼だろうと考え電話したのだ。
『猫田板金ですが
遅い時間にすみません。』
『あ~どうも東です。
今回はご迷惑かけてしまってすみません。』
ん?案外良い人?
声が高いおばさんと言う印象である。
『今後は…』
と、聞こうと話始めたら
矢継ぎ早に
『私に連絡下さい。』
どうやら
あまり人の話は聞けない人種らしい。
しかし、
言うことは言わなければ
『そろそろ、お振込頂かないと、私共も材料代諸々立て替えなくてはならないのですが。』
『そうですよね。
解りました。何とか
動いてみます。』
『宜しくお願いします。』
少し日が差したような気分なアイコはトシにいつもの如く報告した。
『そうかぁ~。
東さん、連絡取れたんだ。千川さんは未だに電源切れてるよなぁ。』
日焼けしている顔は
困ってる。
『岩手からまだ帰ってないんじゃないの?
それにしても、
連絡ぐらい出来ないもんなのかなぁ。』
相手側に言えない愚痴を
アイコが溢すとトシは黙って頷いた後に口を開く。
『全額回収したら
取引はもうないな。』
今度はアイコが黙って頷いた。
かなり、不安だったが
その後、東氏より連絡があり
6月中に三回の振込があった。
一回目20万
二回目22万5千円
三回目2万5千円
計45万である。
しかしながら、よくよく考えれば5月の末には90万の予定だったのだから
6月末に45万の残金があるのはおかしな話である。
社のお金の動きは重要だ。
仕入れ先へ
『ちょっと待ってほしい』など言ってしまうのは
簡単な事だが、
わが社が今まで築き上げた信頼は少なからず揺らぐであろうと言う事が容易に想像できる。
そういう訳で
ST社からの売掛金を当て込む予定だった穴埋めが必要だ。
信頼関係にある取引先が何社かある。
その中で、割と柔軟な会社に売掛金を前倒しで振り込んでもらうか…
トシは悩んでいた。
悩んでいるトシに
全く頭になかった会社から電話が入った。
電話の内容は仕事を請けてほしいとごく普通の内容だった。
しかし、この会社は最近資金繰りがあまり良くない噂を聞いている。
そこで
『最近どうですか?松田さんの会社は?』
さりげなく聞く。
察したのか
『いや~一時期大変だったけど何とか持ち直しましたよ。』
『そうなんですか。
今は世の中不景気ですからね』
『変な噂が出ちゃってますよね。』
松田氏は噂を知っていた。
『いやぁ…
まぁ…
お互い頑張りましょうよ。』
少し歯切れが悪いトシに
松田氏が言う。
『噂を解消する為に
着手金で七割まで払いますよ。猫田さんの技術でお願いしたいんです。』
トシの仕事の出来には
業界では定評がある。
お客様からのクレームが出たことないぐらいだ。
電話で話ながら、トシは頭の中で考えを巡らせている。
この仕事を請け、松田氏からの入金をST社の穴埋めに使う。
そして
松田氏の現場にかかる経費をST社の残金から払う。
いくらなんでも、7月末までにはST社も入金してくるだろう。
瞬時にそんな事を考えた。
『解りました。引き受けます。では、現調の打ち合わせをしましょう。』
現調とは現場調査のことで、寸法を計り図面を作成し材料経費・請求金額の算出である。
松田氏の現場の材料代は
7月末の支払い予定だ。
これで資金は廻ると考えたトシだが、果たしてどうなるのか…
7月前半、松田氏の現場は無事完工し
着手金・完工金も滞りなく納めて頂いた。
松田氏以外の会社からの入金も滞りない。
ST社を除いては。
7月に入り異変が起こり始めた。
アイコが何回東氏に電話をかけても呼び出しはするものの留守電になってしまうのだ。
留守電に入金日の確認をさせて頂きたいので折り返しのお電話お待ちしております。
と何回か入れたが連絡が無いまま。
話が出来なくては何も進まない。
困ったことになりそうだ…
連絡が取れないまま二週間が過ぎた。
トシもアイコも困惑だ。
困惑もあるが、少し図々しいとさえ思い始めている。
この頃から
アイコは万が一の事を考え
ネットで【売掛金債権】の事を調べ出していた。
売掛金債権の時効は二年。司法書士であっても140万以下であれば弁護士と同等の職務が出来る。
個人で裁判所から支払い督促を出せる。
60万以下であれば少額訴訟が起こせる。
調べながら
いきなり司法の手に委ねるのは今後を考えあまり良くないとアイコは思った。
しかし、電話でのやり取りを記録に残そうと考え、
さっそく使っていない手帳を出し、今までの経緯を
全て書き留めた。
まだまだ
色々調べなければ…
何かあった時にすぐ動ける体制を作らなければ。
アイコはパソコンに向かいながら
明日は千川氏にダメ元で電話を入れてみようと考えた。
万策尽きたら司法なのか
尽きる前に司法なのか
このラインはパターンにより微妙であることがネットから伺える。
調べるにつれタバコの煙がため息混じりに作り上げられ始めているの解る。
繋がるか?
どう?
そう思いながら
携帯のボタンを押した。
思いの外コールした。
出るか?
7、8回目で出た。
出ないと思っていたアイコは少し驚いたが直ぐに言いたい事を頭の中に描いていた。
何回留守電にいれても東氏からの電話が無いこと。
入金日の予定。
今後千川氏は岩手に行かないのか?
的確に答えられない千川氏だったが、
現在の状況を話始めた。
今、銀行ローンで工事する予定のお客様が居て
銀行から融資実行回答が明日になる。
工事終了後に入金になるので、10日から12日待ってほしい…との話。
アイコは折り返し
『明日、解るのですね。』
そう念を押す。
『大丈夫です。東にも聞いてみて下さい。』
何?その東氏が逃げているのにどうやって聞くんだ?
感情を抑えつつ
『では、宜しくお願いします。』
そう言って電話を切った。
翌日、銀行ローンの否可決の行方が気になり電話をするものの、見事に両者共に出ない。
千川氏に至っては
携帯の電源を切る始末だ。
対応の杜撰さにだんだん怒りが強くなってきているのが解る。
このぐらいになってきて
ようやくST社の2人には常識と言う言葉は通じない事を認識しはじめたのだ。
それから約一週間、
こちらからの電話を無視しはじめた両氏。
話さないことには始まらない。
どうする?
自宅兼事務所に電話をすることにしてみた。
事務所と言っても
名刺に記載されているだけの一般家庭である。
案の定
奥さんが普通の電話に出るように出た。
『もしもし~』
『お世話になってます。
猫田板金です。』
『あっお世話になってます。』
『すみませんが、ご主人いらっしゃいますか?』
『あっいえ、まだ仕事で』
『そうですか。ご主人も東さんもお電話に出て頂けないみたいで、すみませんがお帰りになったらお電話下さいとお伝え頂きたいのですが』
『あっはい、解りました』
奥さんに折り返しの電話を頼んだのにも関わらず
その日も電話はないままである。
何か考えなければ…
電話が駄目ならメールかぁと考えていたが
ST社には会社アドレスはない。
文章を送るには効果があるだろうが、携帯アドレスは解らない。
今までのやり取りを思い浮かべていたアイコは思った。
『そうだショートメール』
Sメールはドコモ同士なら携帯番号で送れる文字制限が少ないメールだ。
千川氏はアイコと同じドコモである。
早速、短い文章でも支払いをして頂きたいと言う意思が伝わるような文章を入力し送った。
送った後に何らかの反応を期待したが、結局その日は期待で終ってしまい
アイコは別の手を考えることにした。
別の手立て。
まだ遅れて2ヶ月立たない。
内容証明は早いような気がする。
ならば配達証明をつけて請求書と請求文を送ろう。
請求文はなるべく柔らかくしかし、核心につくような文章を考え
最後に必ずご連絡下さいと入力した。
勿論、これから何が起こるか解らないので請求文は保存である。
郵便局で速達にしてもらいながら、アイコはイライラしている自分に気づく。
何でお金払わないほうが悪いのにこんな面倒な事をしているんだろう?
逃げていてこの人達には
罪悪感は無いのか?
局員に当たるわけにもいかないので、イライラを消化しきれないまま事務所に戻った。
事務所に戻り、請求書を送ったことについて両氏に電話したが、相変わらず出ないままだ。
アイコは更にイライラしてきた。
自分の携帯ではもう出ないのか?
この段階で【債務者】と言うのは失礼なのかもしれないが、これが債務者の常套手段なのかと思ったアイコは引出しから滅多に使わないもう一台の携帯を取り出した。
これで出れば
こちらとしては話が出来て好都合だが、明らかに
こちらの電話を無視したことが解る瞬間だ。
さて、東氏…出るのか?
コールが始まった。
出ないか?
『はい、東です。』
出た!!
『猫田です。
お世話になってます。』
『えっ』
聞こえるか聞こえないかぐらいだが驚いた様子が伺えた。
少し気分が良いアイコ。
だが、
その気分の良さは続きはしないだろう。
アイコはトシの仕事を手伝うまでは、ある程度知名度の高い会社で事務をしており これから東氏と話すなかで今までの常識が通用しない人間を相手にしていることを痛感するのだ。
『すみません、何度もお電話したんですが…』
『千川のほうから話聞いてますよね。』
最初から応戦体制か?
『ええ、聞いております。それで、』
と、言いかけたとこで
『いいですか、奥さん! 今日は何日ですか? 千川が言った日から 1、2、3、4、5、6、7、8 まだ8日目ですよ! それを、何回も何回も電話してきて!』
『いえ、それはですね…』
言い終らないうちに
『正直、こんなにしつこいのは奥さんのとこだけですよ!』
あ~あ 己に非がある人間は何でこうも逆ギレするんだ?
うんざりだ。
心の中で叫ぶアイコ。
東氏の逆ギレマシンガントークは終らない。
『ええ、ですから』
『私だって一生懸命やってるんですよ!』
また、人の話を遮る。
『ですからね』
『私が話しているんだからから聞いてください!』
またまた、遮る。
東氏はヒステリックにエキサイトしていく。
何なんだこの女は?
人の話が聞けないで、 よく社会で働けるもんだ。
いい加減頭にきはじめたアイコはマシンガントークを止めるために
『聞いてください。』
『いえ、奥さんが聞いてくださいよ!』
『だから、聞きなさい!』
はぁ… 声をあらげてしまった。
しかし、
こうでも言わない限り
このヒステリックな女性はエキサイトに喋り続け
話にならない。
一瞬
東氏が止まった。
今だ!!!!
チャンス!!!!
『電話に出て頂けたら
一回で済む話なんですよ。私が日にちを待たずにお電話をしたのは、融資実行されたかお聞きしたかったからです。』
相手に話させないように
間髪入れずにアイコは続けた。
『遅れているのは仕方ありません。ですが、次回入金予定が解らなければこちらも困ります。12日間まで待って、やっぱり無理ですと
当日や前日に言われたらアウトになります。』
『それは、
解りますけど。』
やっと東氏は落ち着き始めたようだ。
『ですから、
確認の為にお電話を入れていたのです。』
『まだ、この間の現場は残金が貰えてなくて。
月末には貰える予定ですから。』
?? ??
また、話が刷り変わってきたぞ。
東氏エキサイト再び到来!
『他の業者さんは
こんなに煩く言ってこないですよ!何も言わずに
待っててくれてます!』
かち~ん!
なんだ?この人?
あ~面倒臭い。
アイコのイライラは頂点にきはじめている。
『お言葉ですが、塗装屋さんと、うちでは材料費だけでも金額が全く違います。まして、クレームになったのは塗装屋さんですよね。それに、塗装屋さんは6月に施工、うちは5月に施工です。条件に違いがありますよ。』
東氏更にエキサイト!
『奥さん、クレームクレーム言いましたけど、 ベランダに落ちない塗料のようなものが着いていて、私が必死に落としたんですよ!着けたのは猫田さんかもしれないでしょ!』
アイコ、絶句…………
塗料って?
うちはシリコンは使うが塗料なんて使わない。
『それに、5月に完工って言うけど、猫田さんが早く入れてくれって言うから入れたのに!』
?? ??
うちの猫田はそんなに懇願しない性格だし、 コンスタントに仕事をこなす取引先もあるし ありえないだろと思った。
『そうですか、それは仕事上のトラブルですので 猫田に伝えてます。』
エキサイトな東氏に対してかなり冷静に伝えた。
『えっ、いやそれは 猫田さんには敢えて言わないで下さい。人づてだと、違った解釈になりますから。』
少し意地悪したくなったアイコがいる。
『それがミスならば 猫田にしっかり伝えなくてはならないので、伝えますよ。』
『いえ、、言うなら猫田さんには私が直接言いますから』
『すみませんでした。』
おっ 謝った。 驚きだ。
懇願した東氏。
冷静を装ったアイコ。
猫田には言わないでと相手代表者を罵り最終的に内緒にしてくれなどとの道理は通さない。
アイコは全てトシに伝えた。
『他に仕事があるから
この辺でいれてほしいとは言ったけど早くいれてくれなんて言ってないよ。
それに、ベランダに塗料って、瓦剥がして埃や泥は落ちるかもだけど塗料って何?だよ。』
『だよね。』
『しかも、現状復帰は当たり前のことだから掃除してるし。』
『だね。』
『払えないから、何かと理由つけてるんだな。』
普段穏やかなトシの顔は
かなり険しい。
アイコは悪く言われたことにかなりの腹立たしさを感じている。
しかし、ここで騒いでは
分が悪くなる可能性も無きにしもあらずだ。
とりあえず、千川氏と話した日から12日間待つことに決めたのだ。
気が気でなく待つ数日間。
この数日間は実に嫌な思いだった。
何故払わないほうが勢い良く逆ギレするのか?
その心理がアイコには理解し難いことだと思った。
次はどうでるか。
また考えなくてはならないと思うと気が重い。
ふと、そう言えば配達証明の受取証明が届かないことに気付いた。
速達で送ったのにも関わらずだ。
今日あたりきてるかもしれない。
そう考えた理由は郵便局の保管ギリギリになっていたからだ。
確認の為、ポストを見に行ったアイコ。
開けると数種類の封書の中に一枚のペラペラの葉書があった。
郵便局からである。
受取日を確認すると、やはりギリギリの日付だ。
じっと見つめながら
なんて
いい加減でバカにしている行為なんだと思った。
果たして支払う気があるのか?
払う気が無いならば
詐欺罪で警察とも思ったが相手が【払う意思がある】と言えば介入すらしてもらえないだろう。
こうなると、お金を回収することは大事だが
ST社を追い込みたい気持ちでいっぱいだ。
千川氏と話してから
12日たった。
東氏から電話がきたら言いたいことは山程あるが、冷静に対応することを心掛けなければいけない。
本当は
『ふざけんな!
くそばばぁ!』ぐらい言ってやりたい気分だが、ぐっと堪えなけば。
しかし、一向に東氏からは電話がない。
嫌だったがこちらからかけることにした。
本当はヒステリックになる人間となど話したくないのが本音だが、コンタクトをとらなければ何も変わらない。
元々ウツの症状があるアイコはこの辺りから悪化しはじめた。
電話に出ない東氏。
おそらく千川氏も出ないだろう。
仕方ない、ショートメールで一刺ししよう。
Sメールは文字数が限られている為、中々短文にこちらの言いたい事を詰めるのは難しい。
取り敢えず、
期間が過ぎた事
電話に出てもらえない事を丁寧な文章で送った。
思いの外反応があった。
東氏から電話がきたのだ。
東氏の甲高い声を聞いた瞬間からアイコは動悸がしはじめている。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
念じながら話をするアイコの目は涙が溜まる。
相手に感ずかせてはダメだ。弱味は見せるな。
東氏が何と言おうが
悪いのは【債務者】達なんだ。
相手に伝わらないように
深く深呼吸をする。
『すみませんが、12日間過ぎましたが?
いかがですか?』
甲高い声が返ってきた。
『この暑さで職人さんが熱中症で現場が終らなくて
まだ、銀行から入らないんです。』
また、言い訳か。
『では、いつまで待てばいいのですか?』
前回、散々文句を言われ
待たされたのに、何故低姿勢にしてなければいけないのか、悔しさが心から溢れる。
汚い言葉で罵るのは簡単だが、それを逆手に取り払わないと言われては今までの労力は水の泡だ。
次の入金日を東氏の口から出させなければ。
『今、千川が銀行で融資の話を進めていますから。
それが通れば払います。』
銀行で融資?
千川氏に銀行融資が可決されるとは思えない。
理由は簡単だ。
ST社に帳簿などないであろう動きをしているからだ。
『千川さん自身が融資をうけるのですか?』
東氏の声は更に甲高くなり
『そうですよ!千川がSTの代表なんですから!』
あまりにも信憑性がないので、その話に突っ込むのは止めにした。
『そうですか。』
『いつまでお待ちすれば良いんですか?』
エキサイトしはじめた東氏が炸裂した。
『まだ、猫田さんが入った現場から全額もらってないんですよ!!!
払えるようになったら
連絡しますよ!』
払えるようになったらって友達でも親族でもなく
会社間の問題なのに何を抜かしているんだか。
この人はちゃんと会社組織で働いたことがあるのだろうか?
常識が通用しない人間がいかに厄介かを感じた。
きっちり約束させなければこういう人間はのらりくらりと理由をつけて逃げ道を作る。
『お客様からはいついただるんですか?』
『月末です!!』
いちいち返しが感に障る言い方である。
『月末までお待ちしたら
入金頂けますか?』
こちらも食い下がる。
『全額は払えませんけど
払います!!』
語尾を強く言う威圧感のある女。
全額は無理だと?
『おいくらなら大丈夫なのですか?』
『計算しないと解りません!だいたいこんなに煩いのは奥さんとこだけですよ!』
またか。
そんなに偉そうに言うならば早く払えよ!
言わずにいられなくなったアイコは
『私共もSTさんみたいなやり方は初めてです。他の会社さんは遅れても次回入金日をお知らせしてくれますよ。』
少しすっきりしたアイコだ。
スッキリしたのはほんの一瞬の出来事であった。
『私、払わないっていってないですよね!
お金が入ったら払うっていってるでしょ!』
この人は、どうしてこうも攻撃的なんだ。
冷静に話すことは出来ないのか?
どうせなら払わないって言ってくれたほうが
警察に行けていいのに。
少し、突っついてみよう。
『うちの事を煩いように仰いますが、月末で2ヶ月ですよ。何だかんだと2ヶ月立つってことはお支払頂けますよね。』
『だから、払わないって言ってないですよ!』
この人には何を言っても通じないのか、疲労が蓄積されていくのが身体中で感じる。
『解りました。
月末ですね。それまでお待ちします。』
何回、
こんなことを繰り返せば全額払ってくれるんだ?
こんなに酷い杜撰な会社は今までで初めてだ。
不景気=お金がないは
人間の人格までを変えてしまうのか、本来の姿が出てしまうのか、実に実に嫌なものである。
しかし、無いから払えないがまかり通ってしまうなど許されない事である。
ネットで検索をすると売掛金回収で悩んでいる人が沢山いることが解った。
その数だけ
図々しく払わない人間がいることになる。
裁判で勝訴しても
取れないケースもざらだ。
嫌な世の中に
なったものだ。
図々しく払わない人間が
普通の暮らしをしていて
払ってもらえない人間が頭を抱え資金繰りに奔走するケースが多い。
そして、払わない債務者は開き直るらしい。
トシとアイコは40万は全額手元にこなくても良いから
司法に委ねるか考え始めた時期であった。
月末の入金はかなり怪しくなってきている。
それでは困るのだ。
ST社の未入金の穴を松田氏の現場で埋めている為、松田氏の現場の経費諸々をST社からの入金で埋める予定が狂ってしまう。
入金は出来ないと言われた時の為に手を打っとかなければならない。
アイコはパソコンの請求書のファイルを開いて何社かの請求書をめくった。
10年来の付き合いのある会社の請求書で手を止め、じっと考えている。
『ねえ、トシ。
鍋田さんとこ、入金日より先に入れてくれないかなぁ。前に鍋田さんとこが遅れた時に何かあったら協力してくれるって言ってくれたんだよ。』
鍋田さん…ラッキーハウス株式会社の社長だ。
1月2月と入金の遅れがあったが期限を決めきっちり全額入金してくれた。
その時に
ご迷惑をお掛けしたのだから手助け出来る時はしますからと言ってくれた。
たとえ、それが社交辞令だとしても聞いてみる価値はある。
『鍋田さんとこ、持ち直したみたいだから聞いてみる価値はあるかもな。』
トシは図面を見ながら答えた。
勿論、交渉するのはアイコである。
トシはもともとは現場大好きでかなり職人気質な人間の為、あまり交渉は得意ではないからだ。
鍋田さんは多忙な人なので電話に出るか不安だったがかけてみることにした。
『鍋田です~。』
相変わらず人当たりの良い声だ。
『猫田です。お世話になってます。』
『あ~どうもどうも』
『あのですね。』
『あ~前回大変ご迷惑かけちゃったから、今回早めに入金するつもりなんですよ。』
アイコのばつの悪そうな
あのですね…察したように鍋田氏は答えた。
曇っていたアイコの脳裏から雲が消えた。
『すみません。なんか催促してしまったみたいで。』
『いえいえ、じゃ半分二三日中に入れて、残りは来週中に入れるので大丈夫ですかね?』
『はい。本当に助かります。実は今、未払いにあってて。支払日も言ってもらえず困ってるんですよ。』
少し愚痴をもらした。
『近いなら直接集金に行ったほうがいいですよ。』
鍋田氏に言われ、それもそうだなと考える。
『そうですね。今回は無理を聞いてくれてありがとうございました。』
『がんばってください。』
そう言って鍋田氏は電話を切った。
直接集金かぁ…相手側には効き目があるかもしれない行為だ。
月末まで待って未入金ならば行ってみよう。
もうすぐ月末が来る。
7月の末は土曜日だ。
それは、現金集金を意味する。
振込でこちらに入金するならば8月2日である。
これで、入金がなければお客様の家の屋根材を剥いで返して貰いたいとこだが、調べた結果、所有権はお客様になるらしい。
そうと解ると益々払わないST社の2人が図々しい債務者に思えてくる。
7月末日。いよいよ今日だ。東氏からの連絡を待つ。
相変わらず連絡してこない杜撰な会社である。
連絡が無いまま暗くなり始めた。
もうため息も出ないぐらい呆れながらアイコは東氏の名前を携帯の画面に出し発信ボタンを押した。
『東です。』
珍しく電話に出た。
『猫田ですが、月末になりましたが、どうですか?』
この後、
アイコの問いに対して
東氏の口から辻褄の合わない言葉が出てきたのだ。
甲高い年配女性の声で東氏が言う。
『集金は出来たんですけど、リース会社の引き落としで、あのお客様からのお金はもう無いんです。』
言われたことをアイコは瞬時に頭の中で整理している。
月末集金と言っていた筈なのに、何故、引き落としが出来る月末前に銀行にお金が入っている?
月末集金と言うのは嘘だったのか?
うちが施工した売掛金がリース会社代だと言うことなのか?
『と、申しますと、払うお金は無いと言うことでしょうか?』
頭の中では聞きたいことが沢山あったが、取り敢えずそう聞くので精一杯であった。
『ええ。
リース会社には引き落としを待ってくれって言ったんですが、引き落とされちゃったみたいで。』
上手いこと言って確信犯ではないか。
入金を予定していたこちら側の事など微塵も考えていないんだろう。
アイコの中では敵意が芽生え出しているが、いつもの如く冷静でいかなければならない。
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