【復讐】‥行き着く先‥
「最初は、ほんの遊びだった。
だけど 今は違うんだ。
本気で想ってる」
夫・チャールズからの言葉。
不穏な空気を感じ取り、泣き出す幼い娘。
「パパ!パパ!
何処へ行くの!?」
それでも、振り返る事なく家を出て行った。
「泣かなくて良いのよ。シャロン。
パパは、きっと此処へ帰って来るわ」
妻・ナンシーが娘を抱き締めて、そう話す。
不敵な
笑みを浮かべて。
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>> 51
‥車を走らせている内に、不思議と咳は落ち着きを見せた。
‐ 昨日の体調と言い、突発的な咳と言い‥何なんだ? 一過性のモノなのか? ‐
自問自答してみても、答えは出ない。
‐まぁ‥でも今日の仕事や会議に差し障り無く過ごせるなら、取り敢えずは良いか ‐
そんな風に頭を切り替えて、コンビニへと移動する。
仕事が始まる迄、まだ時間は有る。
今朝の酷い咳込みで食事が、取れなかったけれど それの治まりと共に少し空腹を感じたのだ。
‐パンとコーヒーでも買って、会社で食おう ‐
と思い、店内に入る。
此処は職場から 遠くも無く近くも無く‥といった場所に建っている。
会社の側に歩いてでも行ける程のコンビニも有り そちらの方が大きく、品揃えも豊富で人気なのだが、彼は そこは余り利用せず 大概 この店に足を運ぶ。
ここに売られているパンの味が気に入ってるのだ。
>> 53
‥‐ 何で、働いてるんだ!? ‐
思わず出掛かった言葉だったが、ナンシーからの代金請求に遮られた。
それを支払った後、色々と聞きたい事が有ったけれど、後ろには人が列を作って並んでいたのと、 仕事まで時間が有ると言っても 悠長に構えてられる程でも無かったので、仕方なく店を後にする。
職場に着き 休憩室で、買って来たパンとコーヒーを前にして、携帯からメールを送る。
リンレイの前で妻宛ての連絡は取りたく無いし、午後からの長い休憩時間‐‐今日は会議の最終打ち合わせの為、返上なのでメールは出来ない。
だから今しか無かったのである。
《ナンシー、どういうつもりなんだ!?
君が働きに出るのは自由だけど、俺は何も聞いて無い!
それに仕事の間、シャロンは誰が見てるんだ!?
放置してるんじゃ無いだろうな! 》
チャールズもナンシーも、互いに実家からは遠く離れていてシャロンを簡単に(両親へ)預けられる距離では無いし、保育園も 自宅近くの地域では、直ぐに直ぐ入園は出来ない。
‐ 本当に、何がどうなってるんだ‥ ‐
そんな気分のまま、妻へメールを送信する。
>> 54
‥チャールズが会社へ行ってる間、リンレイは洗濯物を干していた。
自分の分と彼の分。
今まで付き合って来た人は、何人かいるけれど
一緒に暮らした経験は無かった為 こうして男物の衣類を手にしている事が不思議だった。
それが終わると掃除。
部屋にはチャールズが持って来たボストンバックが置かれてある。
幾ら好きな人で有っても、持ち物を探る趣味は無い。
だから手を触れないつもりでいた。
しかし、ほんの悪戯心と言うのだろうか‥
魔が差したと言うのだろうか‥
ちょっと覗いてみたくなり、鞄を開けた。
本当に詰め込めるだけ、詰め込んで来た!と証明出来る程 豪快に中身が入っている。
ふと、視線を逸らした時 バックの外側に付いている薄くて小さなポケットのジッパーが、少し開いていて 何かが顔を出しているのを見付けた。
その中も覗く。
バックの中とは反対に、ポケットには整理された胃腸薬やら、風邪薬等が入っていて
>> 57
‥会議には、他社の偉いサンが来ていて
“ああ言えば、こう言う”
“こう言えば、ああ言う”
“今まで、こんな風に言い張ってたかと思えば、急に意見が変わる”
などなど、話しが進まず難航していたものの、最後には事前の打ち合わせ通りに終了する事が出来た。
会議室から退出した時には、ドッと疲れが出た気分になる。
仲間と休憩室に行き、それぞれ談話や飲み物を口にする中 チャールズは携帯を開き、電源を入れる。
新着メールにはリンレイからのものが有ったが、ナンシーのは無い。
そして左上のランプが、点滅していた。
電源を落としていても、(仕事柄)留守電だけは入る様にしてある。
カップドリンクを片手に、それを聞こうと通話ボタンを押した。
ガイダンスの後に聞こえきた声‥
「パパ?
今日は帰って来ゆ(る)よね?」
娘・シャロンから。
涙声で
そう話していた
‐‐‐‐。
>> 58
‥‐退社時間まで後少しだ。
終わったら、直ぐにでも掛け直そう!‐
と、彼は思ってたが 休憩後の仕事をしている時に、ふと ある考えが浮かぶ。
‐ ひょっとして、これはナンシーが仕掛けた罠かも知れない。
シャロンを使えば、俺が帰るとでも思ってる様だな。
まだ3歳にしかならない子供が、携帯のアドレスから俺の番号を見付けて掛けて来る訳ない。
大方、ナンシーがシャロンの悪戯か何かを叱って、泣きそうになった所で電話を渡したんだろ ‐
その他、色んな可能性を探したが この考えが一番シックリ来た。
‐そんな手に乗るか!‐
この時から、チャールズは
“夫婦間が冷め切ってるから家には帰らない”
と言う気持ちから
“意地で”帰らない。
と言う思いに変わる。
リンレイの所へ行くのは
“癒やしを求める”
気持ちから
“逃げ場所”
へと感情が移り変わった。
>> 59
‥家には帰らず、リンレイの元へ行く迄の間も
携帯が、ちょくちょく鳴り響いていた。
ディスプレイには
“ナンシー”
と出ている。
‐ またシャロンを利用してるのか!?
それとも本人か!?‐
そう思いながらも、電話には出ないつもりでいたが 余りにも回数が多い為、近くのパーキングエリアへ車を着け 次に携帯が鳴った時には 通話ボタンを押し こう言った。
「いい加減にしてくれないか!?
俺は帰らない!」
すると電話の向こう側では、何も言わずプツンと切れる。
それから着信音が鳴る事は無かった。
‐これで良い。
せいせいした ‐
そう思えそうなものなのに、何故か そんな風には思えずにいたのだ。
後味が悪い‥と言う訳じゃない。
どうしてなのか自分でも分からないまま、リンレイの所へ行った。
>> 60
‥「メールしたんだけど、届いて無かった?」
チャールズが帰るなり、リンレイは口にする。
シャロンからの電話の一件で、彼女に貰ったメールを読んで無かった‥いや言われる迄 思い出さ無かったのだ。
「御免。今日は会議が手こずったし、ずっと携帯の電源を切ってて つい
さっき入れた所だったんだ」
また嘘半分・事実半分の言葉。
「それなら仕方ないわね。今夜はスパゲティを作ろうと思って、帰る時間に合わせてパスタを茹でるつもりだったの。
ソースも温め直したいし、先にシャワーでも浴びたら?」
リンレイが話し、彼は
それに従う事にした。
世の中の事を知ってそうで、知らない20歳の彼女。
ムードに酔わせて悦ぶ台詞・態度を取る事などチャールズには簡単な話し‥‥。
リンレイの気持ちを高揚させた後、彼はバスルームに向かう。
幸せ気分で料理に掛かっていた時、テーブルへ置かれた携帯に目が止まった。
>> 61
‥‐人の携帯まで見るなんて良くないわ!‐
と自分に制したが、どうしても気になって気になって仕方ない。
‐一回だけ‥それで、やめておこう‐
そう思う事にして彼の携帯を開く。
ロックはされて無い。
‐ 何これ? ‐
着信欄には、職場の人らしき者の名前も有ったが 今日の夕方遅い時間帯から、ずーと“ナンシー”の名が連なっている。
‐チャールズを束縛する気!?
今まで放っといた癖に‐
リンレイは、そう感じたのだが ふと思い【発信】履歴を検索。
〇月〇日・××時××分△秒 =ナンシー宛て=
‐ ・・・・・ ‐
何度も確認。
チャールズは、ナンシーからの電話を掛け直している。
そうなった理由を知らない彼女。
でも聞く訳には行かない。
言えば、彼の携帯を勝手に見た事を知られるから。
>> 62
‥その事はリンレイの胸に引っ掛かったまま、日々を過ごして行く様になってしまった。
そしてチャールズは、彼女お手製の食事を取る度・ベッドルームに入る度に身体が重苦しく感じ、嘔吐や目まいをする事が増える。
その内、朝食をせずに出勤し いつものコンビニ‥ナンシーが働いている店‥へ行き、パンと飲み物 たまにサラダを買って食べる事も増えつつ有ったのだ。
チャールズが入る時間帯は、出勤途中の人達が一番 多い為 妻に聞きたい話しも聞けない。
かと言って時間をずらしてみれば、まだナンシーは勤務の時間帯じゃない・午後には上がってる‥と言った感じで、全く話しが出来ない状態だ。
勿論メールの返事など、一切なかった。
********
そんな日が幾日も幾日も続く中、遂にリンレイが怒り出したのだ。
「どうして私の作った物を食べてくれ無いの!?
一生懸命作ってるのに!
ナンシーさんの料理が、恋しくなった!?」
“夕食を外で食べて来た”
と言った彼に苛立ちを放ったので有る。
この数週間、メールで知らせて来る時も有ったが
>> 63
‥何も連絡せずに食べて来る時も有ったのだ。
「作ってる方の身にもなって!」
そう烈火の如く言いまくり、感情も抑えられなくなって携帯を見た事まで告げてしまったのだ。
「‥本当は、こんな話をしたくなかったけど‐‐‐‐」
チャールズが、リンレイの食事を口にすると どうなるか‥
部屋に入った時の身体的症状‥
それらを全て伝え、携帯を勝手に見られた事には 触れなかったが、内心は 良い気などする筈ない。
「酷い!!
食べたく無いからって、そんな風に言わなくても良いじゃないの!」
怒り冷めやらぬ口調で、リンレイが言った為
仕方なく彼は、デザートだけでも口にする事にしたのだ。
‐これで、初めて此処へ来た時の症状‥いや 今は、それ以上の状態になれば分かってくれるだろう ‐
そう考えて、ヨーグルトプリンを スプーンで救い
口へ運ぶ。
>> 64
‥食べてる最中に、咳き込み それは酷くなって
吐き気がする。
堪らなくなり 御手洗いへ‥。
全てを出すと胃が少し落ち着き、彼はリンレイの元に戻った。
「‥もう1度聞くけど、私の食事を口にして そんなに気分を悪くしたのって一緒に暮らしてからよね?」
いつもなら心配の声を掛ける彼女。
だけど“別れ”を予感していた為 そんな言葉は出ない。
本当に‥本当に
相手が好きなら、あの姿を見れば 心配してしまうだろう。
だけど、それは『普通』の恋愛の場合。
『不倫』でも、確実に一緒になれる確証たるものが有る場合。
道徳の道を外れていても大恋愛だと『錯覚』してる場合。
‥‥
今のリンレイには、どれも当てはまらない。
“肝心”な事を直ぐに言わず先延ばし・先延ばしにして、ギリギリの段階になってから話すチャールズ。
そんな彼を上手い事、操縦して来れたのは
妻・ナンシーのみ。
自分には出来ない。
ナンシーに適わない‥。
ここ最近で、痛感していた。
‥ 敗北感 ‥
と言う味を。
>> 65
‥リンレイからの問い掛けに頷くチャールズ。
だけど、彼は料理の事は別にして まだ彼女をキープしたい思いも有り、色々な言葉を駆使しリンレイを口車に乗せ様とした。
しかし、彼女には それを信じる様な気持ちが消え失せていて、今までなら幸せに感じていた言葉も、全て薄っぺらいモノにしか捉えられない。
「私はね、チャールズを信じてたの!
いつかは家庭を完全に離れて、こっちに来てくれると。
貴方の言葉を信用してたんだから!!
それだけ好きだったの!
でも、いつまで経っても
“いつか離婚する”
“近々、離婚する”
の“いつか”も“近々”も待てど暮らせど一向に来ない!!
そして、チャールズは
ナンシーさんの事を良い様に言わない癖して、奥さんが用意した薬を後生大事に持ってる!
子供さんの写真だって、大切にしてる事 知ってるのよ!
本当は家庭に戻る気持ちも有るんでしょ!?」
弾丸もビックリする程の 勢いで彼女が、言葉を浴びせる。
>> 66
‥「(写真は、ともかくとして)薬‥?どういう事だ?」
チャールズが話し掛けた。
「ボストンバックのポケットよ!
一緒に暮らしてみて、貴方は整理整頓に対して大雑把だって分かった。
それは良いんだけど‥。
あんなに大雑把なのに、薬だけ 凄く丁寧に整理されて入ってるなんて、ナンシーさんが用意してくれてたんでしょ!」
チャールズは、全く その事に気付いて無かった。
思い返してみれば たった一泊の旅行でさえも、ナンシーは
“何か遭った時の為”
と言っては、個包装になっている鎮痛剤・胃薬・風邪薬などを幾つか、鞄の中へ入れ取り出し易い様に準備していた。
彼自身 とても健康なので、殆ど使う事は無かったのだが 今回、突如として起こった体調不良には その薬が役立ったと言う訳だ。
‐ ‥だけど、不倫相手の所へ行くと知ってて、そんな準備をするのか?
いや!違う!
ナンシーの罠だ!! ‐
チャールズは、妻に問い詰めたくなった。
そして“肝心な事”を直ぐに言わず、先延ばしにする所が災いしてしまう。
「家に帰って妻と会い、話しをして来る」
>> 67
‥チャールズにしてみれば、話しの結果がキチンと分かった上でリンレイに伝え様と考えての事。
まだ、何がどうなるか
分からないまま 早々と話すのも、どうかと思ったからだ。
******
玄関の扉を開けて、出て行く彼に リンレイは、こう言った。
「私は、貴方に手料理を振る舞う事も出来ない。
チャールズが言う“離婚”を待つ事も、家に帰ると言った貴方を待つのも‥辛いだけ。
これ以上、面倒な事を言いたくない。
さようなら。
2度と来ないで。
それと忘れ物よ!」
と告げ、言葉尻と共にボストンバックを ドアの外へ放り投げ、扉を閉めた。
部屋の中で、一人になるリンレイ。
「信じてたのに。
信じてたのに‥。
食事も一生懸命、頑張って作ってたのに‥」
テーブルには、美味しそうな料理が沢山 乗ってある。
お皿の配置も、出来るだけ お洒落に‥食べやすい様にと考えて。
やっと食べてくれたデザートすら、半分以上残っている。
好きな人も努力も幸せも全て‥水の泡‥
打ちのめされた気分に、陥った。
>> 68
‥この気持ちを誰かに、聞いて欲しい。
アドバイスは要らない。
ただ同調して欲しいだけ。
悲しい・悔しい思いの中携帯を開き“悩み相談”の掲示板に投稿する。
答えは瞬く間に返って来た。
しかし‥
・悲しい?悔しい?
何を言ってるの!?
全部、自分が悪い癖に!
・相手はアンタの事よりも家庭が大事だったんですよ。最初っからね。
・呆れた‐。
不倫しといて、よくそんな事が言えますね。
・彼が手作り料理で、気分悪くなるって(笑)
それ、貴女が考えた作り話でしょ。
そんなに自分が可哀想って思われたいんだ?
・結論!!
アナタが好きな男は、アナタよりも奥さんが好きで大切だった。
だから家庭に戻ったんだよ。
・可哀想なのはアナタでも無く、相手でも無くて
奥サマと子供さん。
‐‐そう言った回答の数々。
リアルの友達も、似た様な言葉を返す。
『これに懲りて、既婚者なんかと付き合うのは
やめなよ』
『あのねぇ‥どんな理由でも不倫する方が悪いの!! 泣いてないで目ぇ覚ましな!』
>> 69
‥誰もリンレイの気持ちを分かろうとしなかった。
胸の苦しみや涙の渦だけが、膨張し続ける。
そして翌日からのバイトも、気を付けてたつもりが失敗の連続。
職場では、男に対する態度と女に対する態度と、全く違う。
自信満々の癖して、男には“自分に自信ない”事を それと無くアピールして見せる。
同性から嫌われるのは、そう言う面から来てるのに“私は、周囲の女から妬まれてるの”と言いた気な態度。
‐‐日頃の行いがモノを言い、誰一人として彼女をフォローする人はおらず 男性が助け舟を出す事で、彼女は ますます追いやられた。
本当は、同じ女性に相談し話をしたいのに。
言われる言葉は‥
「今度は失敗を盾に媚び売り。よく、やるよね」
*******
‐ 天罰 ‐
‐ 自業自得 ‐
はたまた‐都合よく考えるのか‐
それは、捉え方次第。
だけど
リンレイは
どうにもならない苦境に 放り出されている。
仕事を辞めれば生活が出来ない。
辞めなければ、同性からの白い目を浴び続ける。
>> 70
‥ = 自宅 =
チャールズが“家に帰る”と言って、リンレイのマンションから出て行った(追い出された)日の夜‐‐
自宅では、こんな光景が繰り広げられていた。
今日のナンシーは、朝 仕事に行く前も帰宅してからも、カレンダーをチラチラ見ている。
そして、夕食の支度に取り掛かる時間・食事時、片付け 娘を、お風呂に入れた後や子供とのコミュニケーションの時間などなど、合間 合間には 時計を見ていた。
「ママ。今日はカレダァ‐(カレンダー)と、お時計サンばかり見てるね。どうして?」
いつもと、少し違う母親にシャロンは不思議そうな顔で話し掛ける。
「そろそろ‥パパが帰って来るんじゃ無いかなって思ってるのよ」
ナンシーが娘を包容しながら、笑顔で伝えた。
その『笑顔』は、嬉しい気持ちから来たもので無かった。
‥『意味深なる笑顔』‥
だが、まだ幼いシャロンに そこ迄 見抜ける洞察力など有る訳ない。
純粋に、チャールズが帰って来る事を喜んでると 思っていたので有る。
>> 71
‥「良かったね!
パパが帰って来るの、楽しみね‐」
そう言って抱き付き返すシャロン。
そんな姿にナンシーが、答える。
「そうね。
どんな顔をして‥
どんな話しをして来るのか‥
とても‥ とても
楽しみで仕方ないわ」
******
およそ30分後、
ガレージに車が停まる音が聞こえる。
眠いのを我慢しつつ、ベッドで待っていたシャロンが起き上がり ナンシーの元へ。
「ママ‐!パパが帰って来たみたいよ。
(玄関で)お迎えするね‐」
娘は小さな足でドアの前まで走り、扉が開くのを 待った。
鍵を開ける音。
ドアが開かれる音。
「パパ!お帰りなしゃい。(なさい)」
シャロンの声が響く。
リビングのソファーへ腰を下ろしていたナンシー。
音と声を耳にしながら、笑みを零す。
意味あり気な笑顔。
ますます“深み”を放って。
‥‥‥。
>> 72
‥「シャロン まだ起きてたのか?
ママは何処だ?」
久々に会った娘の姿を見て喜ばしい気持ちも有ったが、それよりナンシーへの疑惑を晴らしたい心境が先走り つい、そんな言葉が口を突いたのだ。
シャロンは、自分が思っていたよりも そっけない父の態度を見て、ご機嫌斜めになり
「あっちにいるよ!!」
と怒りながら指を差した。
*****
チャールズが廊下を渡り、リビングのドアを思いっ切り開ける。
「ナンシー!
一体 どう言う事なんだ
!
リンレイに何か吹き込んだのか!?
何が目的なんだ!!?」
声を荒立てながら、憤慨する夫に向かい 妻が答えた。
「リンレイ‥?
あぁ 貴方の相手をしてくれたお嬢さんね。
良かったじゃないの。
着いて来てくれる人が居て」
皮肉たっぷりに、やんわりと言葉を返し こう続ける。
「私の目的なんて聞かなくても分かる‥と思ってたんだけど、理解出来ないなら教えてあげる。
-- 復讐 --
だだ それだけ」
>> 74
‥
ー・ 沈黙 ・ー
静けさが静けさを呼ぶ程に‥
少しでも手を触れると、見えないガラスが割れてしまうかの様な雰囲気‥
再び言葉を切り出したのは、チャールズだった。
「‥リンレイの料理か?
それとも部屋に充満していた香りか?
いや!まてよ!
その前に、どうしてナンシーが あの店で朝から働いてたんだ!?
仕事の間 シャロンは、何処に行ってるんだ!
放っといてるんじゃ無いだろうな!?」
これを聞き、妻がクスクス笑い返答する。
「あらあら。
真っ当な道を歩んでた貴方に、子供の事を言われるなんて」
と嫌味混じりの言葉の後で、こう続けた。
「シャロンの将来の為に、少しでも働いて貯蓄をしょうと考えたのよ。
私自身 まさか、あんなに早く採用されるなんて思って無かったけどね。
あの店には託児室が有るの。
仕事中、そこに預けてるわ」
「そんな話(仕事をする事に関して)俺は一切、聞いてないぞ!
働くのは自由だけど、何故 黙ってたんだ!?」
>> 75
‥「話たら聞いてくれたの!?
寝ても覚めても、別の女の事を考えてた人に、何をどう相談したって どうせ返事は上の空でしょ!」
今度はナンシーが怒鳴りつけた。
他の男性なら分からないが、チャールズの場合だとナンシーが言う通り
あの時に話されても、ほぼ聞き流す程度だったに違いない。
「‥それから、さっき貴方が話してた“料理”と“香り”なんだけど。
私が作った物以外は、受け付け無い様に‥
ずっと味に慣らしていたのよ。
チャールズがリンレイと知り合った時‐‐貴方の様子が おかしくなった頃あたり‐‐から、そうして来たの。
香りも同じよ。
普通なら、そこまで思わないけど そうじゃない場合、過敏に反応する様にね」
そう伝えるナンシーに、チャールズが また疑問を投げかけた。
「俺は、リンレイの料理と部屋の香りしか言って無いのに、どうして 詳しく分かったんだ?
手を組んでたのか‥?」
「何を言い出すのかと思えば。
何で 私が不倫相手の女と仲良く手を組まなきゃならないの?」
>> 77
‥「そうよ。
でも、その お陰で助かったでしょう?
(リンレイと知り合う前から)ずっと、私がイザと言う時の為と思って、準備してた薬に対し 散々 文句を言ってらしたけど。
“俺には必要ないから、余計な事しないでくれよ!”
ってね。
その“必要ない薬”に救われてる‥なんて考えたら楽しくて。
あなたが不倫相手の所へ行く時、こっそりと用意したのよ。
世の中には、不倫をされても 主人の事が好きだから、帰宅を待つ奥様や
帰って来なくて良いから、慰謝料や養育費を貰う方法を取る人
ショックで悲しくて落ち込む方
離婚の形‥
他にも色々なタイプが居るけれど、私は どれも違うの。
裏切られた分以上の復讐をしたい。
こんな事を言えば
『だから、旦那さんに
不倫“される”』
と周りは思うでしょうね。
だけど、そんなの気にしてられないし 関係の無い世間の目なんて、どうでも良いわ!
それよりも、私が許せないのは リンレイよりも何よりも
チャールズ!貴方よ!!
>> 78
‥私自身だけの事なら、また考えも違ってたかも知れない。
だけどね、貴方はシャロンの心まで傷つけ 裏切ったのよ!
あの子が、どんな思いで‥どういう気持ちで‥
帰りを待ってたと思ってるの!?
それを見て、涙ぐんだ夜も有るわ。
シャロンが、考えに考え 迷って悩んで‥貴方の元に電話して話した時
(留守録だったけど)
どうして 掛け直そうとしなかったの!?
流石に、貴方が ここ迄の人だとは思わなかった。」
「電話はナンシーが仕組んだんだろ?
シャロンは、まだ3歳だしアドレス探して掛けれる訳ない」
そう答えたチャールズ。
その言葉に
ナンシーが抱えている
復讐の炎が‥
夫を囲む様に
燃えたぎる
‐‐‐。
>> 79
‥「子供の事を、何ひとつ知らないで よくもまぁ今まで
“家族サービスをしてやってる”
なんて態度をしてたものね!
シャロンは、貴方の名前が分かるのよ。
私の携帯には
‐ パパ ‐
と表示される様にしてあるから。
操作は、アドレスからじゃなく着信履歴か発信履歴で見て掛けたのよ。
悪戯で違う所に、電話してしまったら駄目だし 私も側で見てるけど。
最初は、貴方の所へ電話しょうとしたシャロンを止めたわ。
でも、あの子は どうしても掛けたい!と言って泣いたの。
何度も 何度も。
やっと出た貴方が言った言葉は
『いい加減にしろ!』
その声は、近くにいた私にも聞こえた位よ。
少しでも
ほんの少しでも
娘を思いやっていたら、そんな言葉なんて出なかった筈だわ。
シャロンはね
酷く 酷く 傷ついたの‥‥‥』
ナンシーが、そう話しながら
ゆっくりと
チャールズの方へ
歩む。
>> 80
‥「ねぇ‐‐。
チャールズ。
自分が子供から、どう思われてるのか知ってる?
さっき シャロンが貴方を迎えに、玄関まで迎えに行ったけれど それは
父親が帰って来たのが嬉しいから。
そんな風に思ってると考えてた?」
これに彼は返答しないで いた。
あれだけナンシーから、帰宅しなかった期間の事や、電話の件を散々言われていたのにも関わらず
‐シャロンは、まだ小さい。
事態を理解してる訳ないだろう ‐
と高を括っていたからだ。
そんなチャールズの心境を見抜いたのか、妻が話し出す。
「あの子は 貴方に愛情なんて一つも持ってやしないわ。
チャールズが居ても、
“居ないのと同じ”
様に見ていくでしょうね」
と言い、娘の様子を見る為 チャールズだけ残しリビングを出て行った。
‐ ナンシーは大袈裟な奴だ ‐
と彼は思っていたのだが、どうしてか 拭い切れない気持ちも芽生えて来る。
それは
とてつもない
【 危機感 】
それが、どんな“危機”なのか‐‐?
心と背中に
冷たい風が吹く。
>> 81
‥その日から、ナンシーとチャールズの寝室は別々になった。
広く大きな家で有るから ゲストルームが3部屋も設けられており、当然 各部屋には 1人で休むにしても、充分大きなベットもバスルームも付いてある。
質の良いリゾート・ホテルを思わせる部屋。
そこにナンシーが移動したのだ。
チャールズの事だから、ほとぼりが冷め 落ち着き出したら、上手く言いもって この部屋に来るのは承知していた。
だから
香り高い芳香剤を置いておく。
甘い甘い香り。
持続性は抜群。
誰もが、それに心地良さを感じる程。
ただ1人だけ、
その香りに吐き気を催す。
ナンシーの巧みな技で、少々の香りにも過敏に反応するチャールズだ。
彼女は、夫が使っている部屋とキッチン以外の全ての部屋に、香りは違えど その芳香剤を設置していた。
そうなれば、当然
チャールズが家に帰って来ても、気分良く入れるのは
自分の部屋(バスルームと御手洗いも設置されている)キッチンのみ。
娘の部屋にも入れない。
>> 83
‥ -翌朝-
「ご馳走さま」
朝食を食べ終えたシャロンが、そう言って椅子から降り ナンシーに甘えた後、リビングのソファーに座って 朝早くから放送している子供向けのアニメを見ていた。
その番組に、主人公の父親が出て来た時 シャロンはチャールズの事を思い浮かべる。
初めて自分達を置いて、家を出て行った時の姿
帰って来ない事が寂しくて、気になって‥母親から止められても 泣きながらでも勇気を出して電話した気持ち、それに対してチャールズからの冷たい反応。
ようやく戻って来ても、素っ気ない言動。
‥誰に言われる訳でも無く、シャロン自身はチャールズを『冷淡』としか 捉える事が出来ずにいた。
>> 84
‥それでも、自分が今いる場所にチャールズが入って来た時
「おはよう。パパ!」
と笑顔で挨拶をしたのは、ナンシーから言って聞かされ躾られたからだ。
『嫌だと思ってる人にでも、ニコニコして挨拶をするのよ。
シャロンが、そうしてるのに相手は知らない顔したり、意地悪言った時は その人が悪いのよ。
挨拶をしないんだからね』
と。
だから、シャロンの笑顔と挨拶に対して チャールズが大して答える事もせず
「そんなにテレビの近くで、見ていると目が悪くなるぞ。
離れなさい」
と注意のみをした姿に、幼い娘の心は
“ 挨拶をしない父親が悪い”
と言う思いで、より一層 嫌悪感が広がる。
(ニコニコして御挨拶したのに。
パパは“おはよう”なんて全然!!言わなかった!)
そう思ったのだ。
チャールズからすれば、娘の笑顔と挨拶に、癒やされはしたものの シャロンとテレビの距離が、余りにも近かったので
思わず最初に出た言葉が、注意だっただけ。
しかし これ迄の態度が災いし、子供から恨まれる結果へと歩んで行く事となった。
>> 85
‥それは、まだ3歳とは言え 自分達を置いて出て行った時の父親の後ろ姿は 忘れられない光景で有ったし、今は 何処に行っていたのか分からないけれど これから先、成長して行き、年頃に達する時には--
あの頃・あの日、あの時
チャールズが何処に向かい、誰と会い どんな事をしていたのか--
自然と分かる時期が来るであろう。
そんな父親に対し
“小さい頃、色々と注意された時あるけどパパは 私を思ってくれてたのね”
などと考えるだろうか?
いや 年頃の娘ならば
“そんな事をしていた人に、注意なんてされたくない!”
と感じるであろう。
要するに--
『平凡な生活に“刺激が欲しい”』
と『理想』を実行に移したチャールズ。
『平凡な生活だけど、家庭と子供も守り抜きたい』
と願い『現実』に目を向け、実行に移したナンシー。
後者の方が、出来るだけ先を見て計画を立てて行く。
「シャロンは貴方に愛情なんて持って無いわ」
そんな風に、ナンシーがチャールズへ向けた言葉も、今の時期だけで無く 将来を見越しての事で有る。
>> 87
‥一口食べて、様子を見る。
何も起こらない・・。
二口目を食べて、様子を見る。
何も起こらない・・。
三口 四口‥
食べてく毎に様子を見る--を繰り返すが、何も変化は無く 美味しく頂けた。
- 家も有って、飯も食えるなら 別に他の所に女が居なくても良いな -
この期に及んで、そんな都合いい考えが浮かぶチャールズ。
リンレイに見せていた時の様に“良い顔”をして“いい言葉”を、ナンシーに掛けるつもりで口を開きかけた。
しかし そんな心の声が聞こえていたのか‥‥
まるで読心術者みたいに ナンシーの方が先に言葉を切り出す。
「この先も、ずっと私が作る食事が食べられるなんて、本気で思っているのかしら?
家も同じよ。チャールズ---。」
>> 88
‥「それは昨日、話していた料理の味つけと部屋の匂いの事か?
(※NO,76・77参照)
確かにリンレイの手料理や室内では気分が悪くなった!
お前は、俺が何処に行っても同じ様な目に遭うとでも言いたい気な口調だったが 本当は
“リンレイの所だけで”発作が起きる様、仕向けたダケだろ?」
鼻で笑いながら話したのは、彼の心には 昨夜に感じた -危機感- を、ナンシーに悟られたく無かったからだ。
大声を出すと返って、気持ちを読み取られてしまいそうな思いがした。
-見透かされたら最後!
どんな目に遭わされるのか分かったもんじゃない-
と思った為だ。
しかし そんなチャールズの小芝居も空しく‥
ナンシーの言葉が彼の身を包む。
----。
>> 89
‥「そう思うのなら、今すぐにでも 外食なり宿泊なり、大好きな刺激を求めてけば?」
振り向きもせずに、言葉を放つナンシー。
「じゃあ そうするよ!」
席を立つチャールズ。
しかし 心境は、こうだった。
- ナンシーの言った事が本当だったら、俺は何処に行って何を食べても
“死と隣り合わせ”と同様の苦しみを味わう。
泊まる場所も同じだ。
この家と妻が無ければ、俺は 間違い無く、いつか飢え死に・・。
だからナンシーを追い出す事は出来ない。
あの取り留め無い-危機感-は、この事なのか-
考え込む夫に、またもや 声が降り注ぐ。
「何処へ行っても構わないのよ。
貴方は
必ず 此処へ戻ってくるわ」
何とも言えぬ口調。
静まり返ったキッチンでは、
男性の指の様なウィンナーを切る
包丁の音が鳴り響いていた。
----。
>> 91
‥** 後書き **‥
主の澪です。
最後まで小説を読んで下さった皆様、どうも有り難う御座います!
この作品以前に、何作か此方のサイトで投稿しておりました。
ホラーもの・サスペンスもの・動物虐待
(‥のつもり)を書いていて、完成した作品も有れば 挫折した作品も有ります。
どの小説も、殆どの舞台が中世・貴族が中心だったので、たまには視点
(?)を変えてみょうと考えて書いた作品が、
【復讐】‥でした。
私は、不倫や浮気の経験が無い為 登場人物の感情や行動は、想像で書いていた為 お読みになられている方々の中には、不快と感じる点が有るかと思いますが、大変 申し訳ございません。
また機会が有れば、何か書いてみたいと思っていますので、宜しければ
また お付き合いの程よろしく、お願いしますね
-(^∀^)ノ
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